第019回国会 外務委員会 第11号
昭和二十九年二月二十七日(土曜日)
   午前十時四十四分開議
 出席委員
   委員長 上塚  司君
   理事 今村 忠助君 理事 富田 健治君
   理事 福田 篤泰君 理事 野田 卯一君
   理事 並木 芳雄君 理事 穗積 七郎君
   理事 戸叶 里子君
      大橋 忠一君    北 れい吉君
      森   清君    帆足  計君
      細迫 兼光君    菊川 忠雄君
      吉川 兼光君
 出席政府委員
        調達庁長官   福島愼太郎君
        外務政務次官  小滝  彬君
        建 設 技 官
        (営繕局長)  木村 惠一君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (調達庁不動産
        部次長)    大石 孝章君
        農林事務官
        (水産庁漁政部
        長)      立川 宗保君
        海上保安監
        (警備救難部
        長)      砂本 周一君
        海上保安監
        (警備救難部公
        安課長)    高見 正夫君
        参  考  人
        (渋谷区教育委
        員)      小林 儀光君
        参  考  人
        (渋谷区山谷小
        学校PTA会
        長)      谷村 直雄君
        参  考  人
        (渋谷区代々木
        山谷婦人の会代
        表)      天瀬 千鶴君
        参  考  人
        (渋谷区議会議
        員)      藤山與喜衞君
        参  考  人
        (九十九里浜無
        線組合連絡会会
        長)     小栗山熊太郎君
        参  考  人
        (九十九里浜演
        習地貸与関係
        者)      中村甚太郎君
        参  考  人
        (千葉県漁民組
        合協議会会長) 中村 一郎君
        専  門  員 佐藤 敏人君
    ―――――――――――――
二月二十五日
 委員喜多壯一郎君及び吉川兼光君辞任につき、
 その補欠として金子與重郎君及び西尾末廣君が
 議長の指名で委員に選任された。
同月二十七日
 委員中山マサ君、上林與市郎君、加藤勘十君及
 び河野密君辞任につき、その補欠として森清君、
 帆足計君、菊川忠雄君及び吉川兼光君が議長の
 指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
二月二十六日
 日本原に駐留軍演習地設置反対に関する請願(
 小枝一雄君紹介)(第二五六三号)
の審査を本委員会に付託された。
同月二十四日
 中日貿易協定に関する陳情書(石川県議会議長
 宮永盛雄)(第一〇六〇号)
 日韓会談再開等に関する陳情書(東京都港区芝
 田村町一丁目三番地亜細亜問題研究会大東国
 男)(第一〇八九号)
 李ラインの国際漁場問題解決促進等に関する陳
 情書(経済団体連合会会長石川一郎)(第一一
 二七号)
を本委員会に送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び
 区域に関し参考人より意見聴取
    ―――――――――――――
○上塚委員長 ただいまより会議を開きます。
 本日は日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び区域に関する件を調査するため、参考人より意見を聴取することといたします。本日参考人として出席を求めましたのは、ワシントンハイツ隣接地の駐留軍宿舎建設に関する問題について渋谷区教育委員小林儀光君、渋谷区山谷小学校PTA会長谷村直雄君、渋谷区代々木山谷婦人の会代表天瀬千鶴君、渋谷区議会議員藤山與喜衛君、また千葉県九十九里浜演習地に関する問題について演習協力会会長小栗山熊太郎君、演習地貸与関係者中村甚太郎君、千葉県漁民組合協議会会長中村一郎君であります。
 議事に入るにあたりまして参考人の方々に対しごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ遠路わざわざ御出席をいただき、厚くお礼を申し上げます。当委員会といたしましては、国政調査の一項目として、日米行政協定の実施状況を調査して参りましたが、今回現地の方々の意見を聴取するため、時に参考人各位の御出席をお願いいたした次第であります。本日の議事の順序につきまして申し上げますと、まず参考人の方々おのおのの御意見を開陳していただき、そのあとにおいて委員より質疑がある予定であります。なお御意見の開陳は一人十分ないし十五分程度にまとめていただきたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところにより、発育は委員長の許可を受けることとなっております。また発言の内容は、意見を聞こうとする案件の範囲を越えてはならないことになっております。なお参若人は委員に対し質疑をすることはできませんから、さよう御了承をお願いいたします。
 それではこれより参考人から御意見を聴取いたします。
○並木委員 議事進行。委員長にお願いをいたします。きょうは重要な案件についての審議でございますが、外務大臣も当該所管の伊關局長も見えておりません。そこでわれわれが後ほど質問する関係もございますので、至急大臣及び伊關局長に出席を願うようにおとりはからいをお願いいたします。
 それから小瀧次官にお尋ねをしますが、きようの問題は国連協定とも非常に関係が深いのでございます。先般調印を見ました国連協定はいつ国会の方へ上程になりますか、その日取りをお尋ねしたい。
 それともう一つMSAの調印でございますが。とうとう今週もきようで終りでございます。一昨日岡崎さんはアリソン大使と面会しておりますが、本日に至ってなお調印の運びに至らないところを見ると、その間に何か特別な理由があるのではないかと思うのであります。それとも来週中には確実に調印できる運びになりますか。伝えられる顧問団が解決しないような場合は、その問題はあとまわしにても早急これを調印する所存でございますかどうか、お尋ねいたします。
○上塚委員長 ただいま並木委員よりの委員長に対する御要求に対しましては、ただちにさようとりはからいます。
○小滝政府委員 国連協定の方は、大体の予定といたしまして三月九日に閣議を催しまして、十一日ころ議会の方へ送り込むことになっております。それからMSAの協定の調印につきましては、多少遅れまして遺憾に存じますが、御指摘の顧問団に要する行政費の点もできるだけすみやかに話合いをつけまして、来週中には調印の運びにいたしたいと考えております。行政費を最高額どの程度まで認めるかということは、日本側としても重要な点でありますし、先方も一応知っておきたい点でありますので、これをあとまわしにするというようなことはしないで、来週中に片づけたいという考えで進んでいる次第であります。
○上塚委員長 それではワシントンハイツ隣接地の駐留軍宿舎建設に関する問題に関する参考人の方々の御意見からまず聴取いたしたいと思います。渋谷区山谷小学校PTA会長谷村直雄君。
○谷村参考人 御紹介にあずかりました渋谷区立山谷小学校PTA会長でございます。ワシントンハイツ接続地域の独身兵舎、宿舎建設反対のための請願の要旨を簡単に陳述いたしまして、御参者に供したいと思います。
 最初に一言だけ申し上げますが、終戦後日本におけるPTAというものの功罪はいろいろございましようが、功績の面は非常に大きかつたという点を御留意願いたいと思います。これはほとんど全国であつて、ことに戦災を受けた都市等においては、PTAなるものが昔の後援会式のものとかわつた、アメリカ式のいいところを取入れて、そして教育の復興に非常に功績があつたということを、私は自画自讃ではないけれども、皆さんの御参考に供したいと思うのであります。特にもう一言だけ、これも自画自讃になりますが山谷小学校PTAは、まずPTAのうちでもいい方のPTAであるとされておりました。昭和二十五年七月十五日に、全米PTA協議会長ヘイズ女史が山谷小学校PTAについて、わざわざ来訪されましていろいろ調査せられましたが、あの方が日本におられる間に単位小学校PTAを訪問されたのは、わが山谷小学校だけであるという点から見ましても、いずれにしても特徴のあるものであつたということ――もちろん私たちは何でもかんでもアメリカ式がいいというので、それを模倣したわけではありません。だれかの言った言葉をまねするわけではありませんが、PTAに関する限りは、アメリカニズムを通してアメリカニズムの上にということを、私たちは常に肝に銘じて、日本にふさわしいPTAをつくろうという気持で運営して参りましたことを、一言最初に申し上げておきます。
 しからばPTAのよいというのは、どういうところから来るかと申しますと、いよいよ問題に入りますが、環境がいいということであります。教師と父兄が相一致して、非常に熱意を持つて、戦後の教育復興にほんとうに犠牲的にやつたということは、これは事実でございますが、さらに地区における教師でも父兄でもない一般の方々も非常に協力したということ、一例をあげますと、私どもの場合におきまして、昨年七月に衆議院、参議院を通過した学校図書館法ができまして、本年の四月一日から実施になりますが、予算の裏づけがないので、広く父兄及び父兄以外の方に協賛を求めまして、実は寄付をもらつた。ところが十日もたたないうちに予定額を突破し、さらに寄付許可の期間内に、予定額の倍に到達したという点、この子弟に対する、ネキスト・ゼネレーシヲンに対する、父兄のみならず一般の人たちの熱意というものは、非常なものであるということを強調いたしたいのであります。このことは、この山谷小学校の環境、山谷町の自然環境――今申し上げたのは人的環境と申しますとすれば、自然環境がよろしいから、やはりそこに住んでいる方々も非常に社会性のある、理解のある方々が多い。そのためにこうしたいろいろの教育上の成果も上げることができたの事であります。この地区は純良なる、概していえば住宅区域であります。このことは、教育環境として最もふさわしい。ことにあの明治神宮の緑の森を控えて、いつも児童のためにいい心的影響を与えておつたということは、強調してよろしいと思います。要するに、教育的環境が非常によかつたということが、この山谷地区、現在問題になつておりますこの近所の一つの特徴だと思います。
 いま一つ、これに対蹠的な特徴といたしましては、まるで反対でありますが、地理的に新宿の繁華街に近いという特徴がございます。お手元に差上げてあると思いますが、参宮橋の上に立つて手を上げれば、すぐ伊勢丹なり三越なりの、あの新宿の繁華街が指呼の間に、呼べば答えるような状態である。差渡しにして五百メートルないし七百メートル、ここに詳細な地図を持参しておりますが、そういう距離にあるということ、都心に近いということ、この環境がいい一面において、また新宿というようなああいう繁華街に近いという点に、特徴があるということを御留意願いたいのであります。そのためか、昨年あたりからいわゆる温泉マークのホテルというものが、あの近所に非常にふえました。これは代々木、千駄ヶ谷、原宿、渋谷地域、あの方面に非常にふえて、いろいろ悪い弊害がございましたので、私たちやはり教育的立場からこれを批判しまして、業者に反省を求めるとともに、これを住宅専用地区指定の請願運動に切りかえまして、当局の非常なる理解のもとに、住宅専用地区に指定されたのであります。問題の独身兵舎の建ちます下の方、代々木山谷町、初台町と書いてあるその辺は住宅専用地区になつております。その目と鼻の接続した地点であります。
 そこでこの独身兵舎と申しますか、宿舎と申しますか、これができるのにどうして私たちは反対するか。これは結局住宅専用地区になる前に、あの温泉ホテルが氾濫した。現在でも撤去したわけでないので、ただ増設ができないというだけでありますが、とにかくあの一時非常に刺戟的な状況を呈した。あれにまた逆もどりする危険があるという点に私たちは教育的立場から非常に心配する。今申し上げた通り、北は新宿に近く、また南は、あのワシントンハイツ、御承知の通り渋谷の繁華街にも接続している。北に新宿、南に渋谷、これでは結局いろいろな弊害が起る。一、二の例を簡単に申し上げますと、たとえば悪い気持ではないけれども、駐留軍の方々が子供たちにキヤラメルなどを与える。こちらからキブ・ミー・キヤラメルと言わなくても、こじきに物を与えるように地べたの上に投げる。それを争つて拾うというようなことが現にありました。また幼稚園の子供の遊びには非常にげびた遊び、たとえばこういう席で言うのははばかりますが、ズロースを脱がせるようなしぐさをするとかいつたような、見るにたえないような遊び、あるいはまた女子の高等学校の生徒が学校の帰りがけに進駐軍の兵隊さんから肩をたたかれた。その気持は悪意ではないかもしれないけれども、これは普通の良家の子女としてはびつくりするわけでございます。こういうようなことが非常に多かつたのであります。子供を非常に卑屈にする。今まではワシントンハイツは家族持ちでありましたから、私たちも安心しておりましたが、今度独身の方が多数来られることになりますと、これは兵隊であろうと将校であろうと、人間の欲望、気持にはかわりはないのでありますから、将校だから大丈夫だというようには私たちは考えておりません。そうしますと、この地区における多少でも、一部屋でも二部屋でも余裕のある家庭が、どうしても流れ込ん来るパンパン・ガールの宿所に提供するということになる。これは現在の経済情勢においては必ず起ることは目に見えております。かかる結果になりますと、せつかく私ども終戦後誠意をもつて、熱意をもつて次代の国民を育てるためにやつて来たのが、非常に害されるということであります。
 その他、これは皆さんからもお話があると思いますが、道もよくなりますから、交通量の激増によつて、交通事故の頻発という点も非常に考えられるのであります。この兵舎は去る二十日に地鎮祭を挙行せられまして、現在すでにやぐらを何本か建てたという話であります。まだ工事は、非常に進行してはおりませすから、今のうちにぜひこれを阻止していただきたい。近所には山谷小学校のみならず学校が非常にたくさんあり、いずれも狭いので、従来この地域に対して小学校、中学校並びに高等学校の建設を当局に請願し、また区、都などにおいても政府の方に対していろいろ交渉しておりますが、遺憾ながらこれが実現しないうちに本件のような事態が発生したのであります。
 さらにもう一つつけ加えますならば、あの明治神宮――戦後は非常に風潮がかわりましたけれども、しかし崇敬婦人会その他の団体があつて、いろいろ神宮のために奉仕しておる。また特にそうした関心のない方であつても、御承知の通りあの内苑には昔の全国、つまり北は樺太から南は台湾までのいろいろの樹木を集めて植えてあります。当時青年が奉仕してああいうものをつくつた。従つて小島などが非常に多い、野鳥の会がたびたび催される、こういう自然科学の教室としても非常に理想的なところでありますが、これが終戦後いわゆる男女の会合の場所に非常に使われたということは顕著な事実でございます。かかる事態が最近せつかくよくなつたのに、またこれがもどるのではないか。これはかりに駐留軍の方々が悪意はない、意識的ではないといたしましても、風俗習慣の相違その他から、いろいろ私たち付近住民の生活の索乱を惹起することは疑いない。日本人はよく旅の恥はかき捨てと申しますが、いわんや軍人軍属の方々でありますから、やはり命をかけておるんだという――それほどの強い気持はあるかどうかわかりませんが、そういう人たちのわれわれに対する、悲しむべき現実であるけれども一種の優越感をもつてして、多少の無理は許されるような気持でふるまわれたならば、私たちは何をか言わんやと申し上げたいのである。
 結論的に申しますと、私は決して排他的な狭い気持で言つているのではない。PTAというものは、私たちの規約にもございますけれども、国際的親善にも寄与するという項目もあるくらいで、もちろん多くの人と親交を結びたいけれども、私たちの次代を守る、民族の名誉をどこまでも保持したい、その教育的見地からの弊害に対しては、私たちは最後まで反対いたしたい。この点につきまして国政を担当せられる皆さん方の絶大なる御支援、御指導をお願いする次第でございます。
 たいへん尽しませんでしたけれども、以上要旨を申し上げます。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 次は、渋谷区代々木山谷婦人の会代表天瀬千鶴君。
○天瀬参考人 山谷婦人の会の天瀬と申します。ただいま谷村さんがおつしやいましたように、特別環境のよい住宅地として私たちはここを選んだにもかかわりませず、独身将校宿舎が建ちますということは、私たちは非常に悲しいと思うのでございます。その反対理由といたしまして、住宅地としての風紀上、公衆衛生上、交通上、そしてまた神宮の神域であるという国民感情の上から、これを申し述べて行きたいと思います。打合せが不十分のために重複するところもあるかと存じますが、お聞きいただきとうございます。住宅地としての風紀上から申し上げますと、最近は温泉マークの姿をかりましたチヤブ屋が至るところにできましたものですから、住宅専用地区の指定運動をいたしまして、やつと指定されたと思つて喜びましたとたんに宿舎ができることになりましたので、住宅専用地区に指定されたことが何にもならなくなつたといつて皆さんが嘆いておるのであります。将校の方が要求されるとされないとにかかわらず、この建物を目がけてパンパンは必ず集まつて来ることと思います。そうすればパンパン目当の悪徳業者も集まつて来ることでありましようし、また学生のおりました部屋はパンパンが住むようになるのじやないかと言つてお母様方は心配しておられます。そうすると幾つかの家庭の破壊のもとともなるのでございます。また住宅地区でございますものですから、道路が暗くて、今でも夜歩きますのが非常に物騒なところ、夜の学校のPTAや婦人会のお集まりでおそくなりましたりすると、これからもう出られないなどと言つて皆さんは非常に不安がつておられます。また公衆衛生上から申しますと、パンパンなんかがたくさん入つて参りますと、浴場のようなところが汚されて、子供が病気に感染したりするような問題も起るのじやないかと心配していらつしやるお母さんもいらつしやいます。交通上から申しましても、ただいまでさえも非常に自動車の数が多くて、通学等に危険を感じておりますのに、こういうものができましてなお一層自動車の数が多くなりますと――大達文相のおうちがあるのでございますが、あの辺の場所は、ワシントンハイツへの交通の要路となつておりますけれども、前が神宮でございまして、道幅が一間半あるかないかのところでございます。そこのところを自動車が通れば、人が一人やつと通れるかどうかというところで、これから自動車の数がふえますと、ほんとうに危険で、事故は必ず起るのじやないかと存じます。明治神宮は神域であるとともに私たちのいこいの場所でございまして、子供たちは写生にレクリエーシヨンに、また私たちは家族連れで、そこに行くのを唯一の楽しみとしておりますが、パンパンに横行されますと、もう子供たちも遊びにやれなくなりますし、私たちも行くことができなくなると存じます。
 幸い外務委員会でこの問題をお取上げいただきましてたいへんありがたく感謝をいたしておりますが、どうかただいま申し上げました風紀上、公衆衛生上、交通上、また神域であり、いこの場所でもある神宮の内苑に、独身兵舎をお建てになることは中止していだいて、ぜひ学校をお建てになつていただきたい、これをお願いいたします。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 次は渋谷区教育委員小林儀光君。
○小林参考人 私は渋谷区の教育委員小林儀光でございます。教育委員としての立場から、渋谷区の教育の現況を申し上げまして、どうしてもあそこが学校建設川地にほしいということを申し上げたいと思うのでございます。御参考までにお手元にいろいろの表並びに図面、資料を添えて差上げてあるのでございます。教育委員会と申しましても地方教育委員会でございますが、二十七年十一月に発足いたしたのでございますが、そのときに渋谷区人口増加の状態を想定いたしましてつくつたのがお手元にあります炭で、昭和二十九年、三十年、両年度の表を小学校と中学校とにわけましてつくつたのでございます。それが二十九年度におきまして大体ふえるのは小学校が二千名、中学校が千五百名の増加でございます。渋谷全体の人口は二十三万でございます。人口一万に対して小学校一つというのが大体の標準になつておるのでございます。ところが渋谷区には小学校が二十一しかございません。中学校が七つしかございません。従つて教室数が二十九年度において不足するのは小学校において四十学級、中学校において三十学級くらいの不足見込みでございます。これは二部教授をやるに忍びないのでございますから、あらゆる無理をいたしまして特別教室など全部つぶしまして、ひどい学校になると廊下までもはみ出すというような状態でございますが、中学校のごときはことに二部教授をやるに忍びないという建前から、かなり無理をして収容はするだろうと思いますが、それでもある一部分は二部教授になるのじやないかというのが、渋谷区の教育現勢でございます。そこで一昨年教育委員会が発足いたしまして、二十九年度、三十年度の人口増加の状況を想定いたしまし、どうしてもこれは学校用地を獲得しなければ困るというわけで、昨年八月三日お手元にあるようなワシントンハイツの払下げ申請書を出した次第でございます。その前にいろいろ方々に散らばつておる民有地の買収も幾たびか試みたのでございますが、地価の騰貴率が非常に急激でございまして予算がそれに伴わないそうこうしておる間に、民有地は事業家にさらわれてしまうというのが、今までの実情であつたのでございまして、足かけ二年間に辛うじて一箇所の学校用地しかとらまえ得なかつたというのが実情でございます。それもいろいろ予算の問題等がありまして、なかなか解決は見なかつたのでございますが、私ども熱心にこれを説きまして、ずいぶん無理をいたしまして、区財政の上にかなりの無理をいたしたのでございますが、中学校の校地を辛うじて一箇所だけ買収した、さらに第二、第三の校地獲得は至急を迫られておるのでございますが、なかなか中学校の用地あるいは高等学校の用地というような土地がないのでございます。そこでどうしてもこのワシントンハイツの土地を払い下げてもらわなければ困るということで、いろいろの角度から申請をいたしたのでございます。地方教育委員会が発足する前、昭和二十六年七月都の教育長からこの払下げ申請は提出されたのでございますが、二十七年の三月になりまして接収解除はとうていむずかしいというような理由のもとに、これの払下げ申請書が却下されたのでございます。越えて二十八年の七月払下げ再申請をいたしたのでございますが。その申請に対しましては、二十八年八月になりまして、解除になり次第払下げするという文書の回答が、東京都の教育長の方へ参つておるのでございます。ところがその後二十八年十月になりまして、これは外務省から話があつたのでございますが、何かどうもあそこは解除ができそうもない、従つて払下げということはちよつと今のところはわからないよというような返事があつたのでございます。その後何か日米合同委員会において、あそこの兵舎が三鷹に移るというようないろいろなうわさが飛びまして、私ども勇躍いたしまして、ぜひそれをひとつ実現さしてもらいたい、そしてあの一部を学校用地に払い下げてもらいたいというようなことで、いろいろお話を進めたのでございますが、何かこれも単なるうわさでございますが、日本側の方ではそれを強行する意向であつたが、アメリカ側の方でどうしてもそれに反対したために、遂にそれが実現できなかつたというような話を私どもは承つておるのでございます。そうこうしている間に、一方これは東京都の教育長の方でその運動を進めておつたのでございますが、そのうちに私どもの方の地方教育委員会が発足いたしまして、先ほど申し上げましたような人口増加の率を想定いたしまして、どうしても早く学校用地を獲得しようということで出したのが、お手元に差上げてあります大蔵省の管財局に出した払下げ申請書でございます。これがそのときの参考書類でございます。そのときの書類も添えております。その場所は今問題になつておる独身寮の建つ――謄写版刷りの図面をごらんくださればわかりますが、代々木山谷町としてございますが、そこが第一の目的地でございます。さらに宇田川町としてあるところでございますが、これは元の陸軍の衛戌病院のあつたところでございます。さらにその右手の方に神南町としてあるところでございますが、これは区役所のすぐ隣でございます。この三箇所合計三万坪の払下げ申請を出したのでございます。ところがその後の折衝なかなか私どもの意が通じないのか、とうとうそれに対する御返事を聞かないうちに、今度の独身寮の建築着手というようなことになつたのでございまして、地元のPTAからも先ほど申し上げられたように、いろいろ風紀上、学校建築用地獲得の上からも、非常に地元としては困つておるような次第でございまして、何とか皆様方のお力によりまして、これが阻止でき、渋谷区の学校校地としてこれが獲得できるならば非常に幸いに思うものでございます。またぜひそうしていただきたいのでございまして、私どもはなはだ貧弱な材料ではございますが、人口増加の統計並びに払下げ箇所とを図面に出した次第でございます。
 さらに一番下の図面でございますが、これが渋谷区全体の図面でございます。ごらんのように渋谷区はあまり大きくない区でございますが、明治神宮、代々木練兵場というようなものがちようど区のまん中にありまして、相当広い地域をここに占拠されておる次第でございまして、今渋谷区のいずこを見ましても、三千坪、五千坪という地所はほとんど見当らないのでございまして、何か今衆議院議長の堤さんの持つておられる地所などは渋谷区がまつ先に目をつけたところでございます。あそこは元鍋島侯爵の土地でございまして、その後ある会社に行き、三転いたしまして堤さんの手に入つた。ところがその前に渋谷区でもこれを獲得すべくいろいろ手はまわしたのでございますが、たまたま区長リコールの問題が渋谷区に起きまして、それがためにこうした教育行政の積極的手段というものが、大分手抜かりであつたということは免れない事実でございます。その二年間の空白をとりもどすため、今私ども教育委員会が一丸となつてこれをやつておるわけでございますが、唯一のたよりにいたしました鍋島侯爵の土地がそういう事情で堤さんの手に入つた。堤さんに対しましても、私ども教育委員会並びに地元の有力者あるいは都知事までも煩わしましていろいろ嘆願、懇願いたしたのでありますが、なかなかこれも言うことを聞いてくれません。実に私ども弱つておるのでございます。幸い先生方はお仲間でございますから、何とかしてひとつ御説得願いたいのでございます。あそこが手に入りますれば、正直のところ渋谷区としても非常に学校用地にゆとりができるのであります。場所も渋谷区のまん中でありまして、高等学校、中学校、小学校というものはあわせてここに設置できるのでございます。今問題になつておるところのワシントンハイツのところも、これがもし手に入れば、渋谷区として教育上のいろいろの問題はほとんど解決するというような場所でございますがゆえに、何とかひとつ先生方の御努力によりまして、これをぜひ獲得していただきたい。もしこれがいろいろの事情がございますならば、先ほど申し上げました堤先生のお持ちになつたあの地所をぜひとも願いたい。これによつて渋谷区の教育行政の根本が解決し得ると存ずるのでございます。
 はなはだ雑駁な話でありましたが、以上で終ります。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 次は渋谷区議会議員、渋谷区文教委員長藤山與喜衛君。
○藤山参考人 ただいま御紹介をいただきました渋谷区議会文教委員長をあずかつております藤山であります。本問題につきましては、区民より陳情書が議長あてに出ておるやに聞き及ぶのでありますが、いまだに正式に本委員会には付託せられていないために、委員長としての意見は申し述べるものでございません。議員といたしましての立場からの意見だとお聞き及び願いたいのでございます。
 ただいま三者から申し述べられたごとく、本問題には反対するものでありますが、この反対の理由といたしまして、明治神宮の神域あり、わが渋谷区の人口は二十三万五千でございます。しかるところ小学校二十一校、中学校七校でございましてもはやわが渋谷区には増設、新設しなければならぬ小学校、中学校の用地といたしまして二千坪、三千坪のさら地は絶対にないがために、ただいまの箇所は小学校、中学校、欲をいうならば高等学校を鼎立形態をとつてそこに建設したいというのが、区民一同のひとしく考えておるところでございます。ときに国家の計画といたしまして、あの建物はどうしても建てなければならぬものだということになりますれば、命をかけてまで反対するものではございませんが、これには強い条件を付していただきたい。その条件とは、たとえば風紀その他絶対地元渋谷区民に迷惑をかけないというような条件を付していただきたいのでございます。さらにまたこれは防衛分担金の工事費が現年度余つたのだ、それがために本事業を施行するのだというようなことも聞き及びますときに、そうであるならば、本委員会において本件は絶体阻止していただきたいことをこいねがうものでございます。
 以上はなはだ簡単でございましたが、私の意見はこれをもつて終りといたします。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 これにて本問題に関する参考人の陳述は終了いたしました。
 これより政府当局並びに参考人に対し質疑を行うことといたします。通告順によりまして質疑を許します。帆足計君。
○帆足委員 最初に参考人の方にお尋ねいたしますが、実は私どもちようどこの問題の起つております第四区の選出議員でございます関係もありまして、同僚の社会党菊川代議士、並びに自由党の花村代議士とともに、一市民として超党派的にこの問題に対して痛切に心配もいたし政府の善処を切望いたしている次第でございます。
 そこでこの重要な問題につきまして、まず政府当局の方でこのような措置を御準備なさいますについては、渋谷の区会並びに地方の教育関係の各機関あるいは明治神宮の当局等に事前に連絡し、また協議し、了解を得ましたものかどうか、その点につきまして参考人の方のそれぞれの御担当の方から御意見を伺いまして、それにつきましてまた政府当局の御意見を伺いたいと思います。
○小林参考人 私どもは昭和二十八年八月三日にお手元にあるような払下げ申請書を出しておつたのでございますがこれに対して何らのあいさつなしに工事に着手いたしたのでございます。私どもはあまりにも事の乱暴にあつけにとられておつた次第でございます。それでこの陳情になつた次第でございます。
○藤山参考人 ただいまの帆足先生の御質問にお答え申し上げます。参考人の小林儀光君からも申されたごとく、渋谷区議会議員は寝耳に水でございまして、突如請願書が出されたというときに初めて知つたような次第でございます。
○天瀬参考人 ただいまのお尋ねでございますが、明治神宮当局は全然このことを知らなかつたとおつしやつていらつしやいまして、私どもの方から通知をいたしまして初めてお知りになつて、たいへんお驚きになつて、絶対反対をしたいとおつしやつておられます。
○谷村参考人 一言ただいまの御質疑にお答えいたします。私たち渋谷区民といたしまして、まずPTAとして調査したところによりますれば、渋谷区長はこのことにつきまして事前に当局の方から何らの了解も求められておらない、全然お知りにならないということを私たちは聞いております。
○帆足委員 ただいまそのことを伺いまして私も意外で、事ここに至つたのは、まつたく政府当局においてこの準備について遺漏があつたと思います。従いまして、善後策としてはぜひともこれを撤回して、もう一度協議し直していただかねばならぬことはもとよりのことと存じますが、かねて私どもは、市内の進駐軍の軍事諸施設を、日本の独立後は逐次郊外に移すというふうに承つておりまして、まことにごもつともなことでもあるし、両国の親善のために適切な措置であるとして期待していたわけです。ところが、郊外と申しますのは、いわば茶の間にありました従来の軍事諸施設を、離れか、またはずつと外庭の方に移すというふうに理解しておりましたが、今度のこの件を見ますと、茶の間にありましたものをお座敷の中に持つて参りまして、しかもお神だなの下にわざわざ置かれた。一体どのように神宮内外苑の地域をお考えになつておられるか、この点政府において慎重な考慮に欠けるところがあつたのではないかと思います。私どもは特に明治神宮につきましては、文明開花の最初の窓を開きました英明の君主として、そこに国民的な森厳な感情があるわけでありまして、これは個人の宗教、信仰の問題とかかわりなく、一つの国民的な気持でございますとこれらのことをも当然重要な考慮に入れてお考えにならなければなりませんし、さらにまたただいまの渋谷区に住んでおられます教育、区会、婦人各代表の御意見を承りまして、一々ごもつともと思うのですが、政府当局はただいまお尋ねする問題に対して、一体どのような見解を持つておられたのか、その点を事務当局並びに外務次官から伺いたいと思います。
○小滝政府委員 仰せのごとく、この市内にありますいろいろな施設をできるだけ外へ移すということは、方針といたしまして私どもも考えて来たところであり、そのように交渉して参つたのでありまして、府中とかその他にも移動するものもありますが、もう一つ、民有施設を使わないで、できるだけ国有のものを使うという一方の原則もありますので、その双方を考えあわせまして、これが必ずしもいい場所であるという考えからではなかつたのでありますが、従来占領中に使用せられておつたところであり、それに接続した場所がゴルフ練習場のようなことに使われておりましたので、二十七年の七月二十六日の閣議決定によりまして、このワシントンハイツ一帯の地を米軍の宿舎建設の予定地といたしたのであります。その後昨年の八月の合同委員会において双方の合意を見まして、建設省が工事を受持つて、今問題になつておるところへ宿舎を設けるということになつた次第であります。もちろんできればもつと遠い郊外へ持つて行きたいところでありますけれども、いろいろの条件から考えまして、やむを得ない措置としてこの地を提供することになつたのであります。なるほど神宮からあまり遠くないという点は、仰せの通りでございますが、しかし先ほどから参考人の方がおつしやいましたような点につきましては、すでに他の地域において実施いたしておりますように、風紀対策かいろいろの対策のための連絡協議機関を設けて、いろいろ話合いをして、できるだけ弊害を少くするという措置をとりまして、この宿舎ができても今御懸念になつておるような弊害が生じないように万全を期したいと考えております。
○帆足委員 それでは次官にお尋ねいたしますが、明治神宮から遠くないと言われましたけれども、実はまん前でありまして、十五棟のものはまるで明治神宮を睥睨するがごとくそびえ立つことになるのであります。私は国民感情としてまことに好ましからぬことでもあるし、その他の弊害は申すまでもないことであると思う。今吉田さんは、臣茂とまで言われて、きわめて伝統的国民感情の旺盛な方であります。吉田首相のもとにこういうことがなされるということは、外務当局としてはまことにこれは慎重なる考慮において欠くるところがあつた、従いまして、この問題は大臣から一言吉田さんにお話すれば、すぐ解決つく問題じやないかと思うのですが、総理のお耳に入つておるかどうか、そのことをお伺いいたしたいと思います。
○小滝政府委員 これは閣議決定によるものでありまして、閣議には総理も出席しておられたはずでありますから、総理もこの点は承知しているはずであります。先ほどから申しますように、他に適当な場所がないためにやむを得ず、この土地がちようど国有財産でもありますので、提供せざるを得なかつたという次第でございます。
○帆足委員 適当な土地がなかつたと言われますけれども、東京郊外は実にまだ広いのでございまして、神宮の内苑よりもつと適当な土地は探せばあると私は思います。また進駐軍の諸君は幸いにしてみな自動車を持つておられますから、その点はわれわれが考えるよりも、郊外に移つていただいたところで、それほど御不自由はかけないのじやないかと思います。
 そこでお尋ねしたいのですが、ここは、将校の兵舎と言いますけれども、大部分は独身の将校の住宅である、武蔵野のように家族持ちの将校の精舎でなくて、いわば独身寮といつた種類の兵舎であると聞いておりますが、その点はいかがでしよう。
○小滝政府委員 私からお答えいたします前に一言申し上げておきたいのは、昨年十二月一日以来国内官庁、また地方の関係者等の連絡協議、その他施設の提供につきましては、調達庁の方が責任を持つてこれを遂行することになつております。ただいま調達庁の長官が参つておりますから、委細は調達庁長官がお答えすると思いますが、ただいま御質問の点は私も承知いたしております。これは独身者の宿舎であります。大体男が二千人くらいで十一棟、女が四棟で四百人というようなことになつておりますので、仰せの通り独身者の宿舎でございます。
○帆足委員 それでは正確に理解いたしますために、時間もありませんので、この宿舎のあらましだけを簡単に調達庁の長官なり責任者の方から承りまして、それから質問させていただきたいと思います。
○福島政府委員 建設並びに施設のことをあらまし申し上げますが、この旧代々木練兵場における建設工事は、旧麻布三連隊、旧陸軍省跡とともに、都内の民間建物を解除するために行われるものでありまして、これは昨年の半ばごろにきまつたのでありますが、この三つの地区の建物が完成いたしますと、相当市内の建物が明いて参る。中央部の接収関係が返還されるということになるわけなのでありますが、工事の概要は、代々木練兵場は将校宿舎十一棟、婦人将校橘舎四棟に食堂一棟であります。市ヶ谷並びに麻布連隊の方もこれに似たような施設でございます。これに関連いたしまして、代々木練兵場ができ上りますと、中央部で返還される建物は、三菱仲十五号館・大蔵ビル、野村ビル、八重洲ビル、有楽ビル、味の素ビル、旧海上ビル、三菱本館、農林ビル、三菱二十一号館、日本郵船ビル、霞クラブ、内幸町モーター・プール、東京カーゴー・プール、大手町モーター・プール、これらのものを返還する予定で、代々木練兵場などの工事を進めているわけであります。
○帆足委員 ただいま次官から、風紀の取締りその他については適切な措置を考えると言われましたが、一体どういうような手段をお考えでありましようか、参考のために伺つておきたいと思います。
○小滝政府委員 すでにいろいろの土地で実施しておるところであります。地方の協議会のようなものを持ちまして、日本側では教育関係の方であるとか、あるいは警察当局の方、先方の将校もまじりまして、いかなる措置をとつたら風紀問題を解決するのに適切であるか、また売春とかこれに伴う犯罪を取締るには、どういう措置をとつたらいいか、双方で連絡する。どういうやり方にしたら一番適当であるかというようなことを協議し、あるいは特定の非常に弊害の多いような場所に対しましては、特に立入り禁止の制度を設けるとか、いろいろそうした問題を現地で解決するように――中央の合同委員会というものは大きな原則的な問題を取扱うが、個々の問題については、現地で一番都合のいい方法をとるというために、こうした協議会を設けてやつておりますが、幸いにして、とれまでの成績は非常に良好のようであります。
○帆足委員 ただいまの風紀の取締りにつきまして、たとえば明治神宮に対してパンパンを携帯して立ち入ることは禁止するとか、またはパンパン宿において売春行為をあの地域において行うととは厳重に禁止するというようなことも、考えていただけるものでしょうか。
○小滝政府委員 その辺は現地でいろいろ話し合つて、適当な措置がとられるものであろうと信じます。
○帆足委員 実は武蔵野の兵舎の問題が起りましたときに、この問題が非常に紛糾いたしまして、地元の市民諸君は非常に心配いたしまして、結局あのときは、武蔵野の兵舎は家族持ちの将校さんたちだけが大体住むということで話合いがつきました。ところが最近また独身下士官のクラブができるというので、今折衝中のような状況でございます。ところが武蔵野よりもずつと都心に近く、また新宿、渋谷のような、一ぱい飲んで上きげんになるような盛り場も、近所に控えておる場所でありますし、かたがた明治神宮の内苑の地域でありまして、今あなたから承りますと、独身兵舎が大部分であるということでございますので、これは私は少々の取締りでは不可能であろうと思います。御当局の善意はわれわれも信じますけれども、とうていそれは不可能なことであろうと思います。従いまして先ほど、吉田首相の御出席になつた閣議できめたという次官のお話でありましたけれども、閣議の決定事項はたいへん多いのですから、一つ一つこまかなものまで総理の御記憶に必ずしもないのではないかと私は思います。この問題につきまして私が承るところによりますと、明治神宮当局もほとんど知らなかつた、また鷹司さんの方でも非常にこの問題を御心配なさつておられるということも聞いておりますので、それらのことが吉田首相のお耳に入り、また地元の市民諸君の心痛しておることが吉田さんの耳に入り、また次官がごあつせんくださいますならば、アメリカといえども教養のそう低い民族でもないわけでありますから、話し合えば、他の国民の国民感情を尊重するという点におい――これは一番不適当なところにこの兵舎の建設の地を卜せられた、今になつて冷静にお考えくださるならば、これは一大失策であつた。あやまちは改めるにはばかるなかれであつて、今ならばまだ基礎工事も何も進まないから、至急代替地について御研究なさるならば、私はこの問題は解決つくのではないかと思います。その点について吉田首相にもひとつ次官からお話くださる御意思ありやいなや、その点を伺いたいと思います。
○小滝政府委員 他に適切なる国有財産があるということになれば、お説の通り、アメリカはどうしてもあそこになければならないといつて、がんばるものでもなかろうと存じます。がしかし、これはすでに先方の使用に供するように合意を見ておるのであります。しかも先ほどから申しますように、適当な代替地がないとすれば、結局この施設を提供せざるを得ないということになるわけであります。この建物ができるということが、ただちにもつて明治神官の神聖の害するという結論にはならぬだろうと考えますが、しかし先ほどからお話のような弊害ができないように、最善を尽して、神宮に御迷惑をかけないような措置をとりたいというように考えます。
○帆足議員 時間も移りますので、あと一、二問で政府の善処をお願いしたいと思います。
 ただいまの次官のお答えは、次官としては事務折衝の済んだあとですから、そうおつしやることはごもつともであつて、腹と言葉と多少違うのじやないかと私は御了察しておるのですが、それはただいま同僚委員諸君がお聞きになりましても、確かにこれは失態であつた。これは神官当局も知らず、地元の区長さんでさえも――もちろんあの区長さんはちよつと問題を起しておつて、ごたごたの最中であつたせいもありましようが、区長さんさえも御存じなかつたということは、確かに政府当局の手落ちであろうと思います。従いまして何としてもこれは改めていただかねばならぬ。一体神宮内苑についてこの国民感情、これは全国的なものです。アメリカ政府にとつては、先日も私伺いましたけれども、神宮外苑、また内苑といえども、もうアメリカ軍にとつては公園と同じように考えておる。何ら一般の場所と異なるところでないと思つておる。これはアメリカ軍としては当然のことでありましようけれども、しかし日本国民としては、これに対してはやはり歴史的、伝統的な国民感情を持つておるわけでありますから、この点は外務省当局としては、やはり一つの国民的教養としてこの問題をはつきり理解して、善処されることが、当然の責任であろうと思います。郊外で土地がないからということは、それは言いのがれであつて、どうしてもしかたがないとなれば、そういう方針をとれないことはないと思います。
 従いまして最後にもう一つ伺いたいのですが、先ほど参考人の区の教育委員長さんから、防衛分担金の方に残額があつたために、その残額予算をあれに使つたのではないかという風評があるが、どうかという御質問がありました。これにつきまして、事情のほどをひとつ御答弁願いたいと思います。
○小滝政府委員 防衛分担金に残額ができてこの工事が始まつたということではございません。先ほど申し上げました通り、都内中央部にございます海上ビル始め十五施設を返還させるということは、かなり前からきまつた方針でありまして、そのために代替施設をするという計画がずつと以前からございまして、やうやく最近に具体化したというだけでありまして、余つたからというための施設ではないわけでございます。
○帆足委員 私はこの兵舎が、家族持ちの将校の兵舎であろうというところへ、実は一縷の望みを持つていたのだすが、伺いますとやはり独身兵舎が大部分ということでありますし、ただいま政府当局の御答弁を伺いますとそれならばやむを得ないとうべない得る節は一つもないようでございますから、さらに外交委員会においてこの問題の審議を続けられ、同町に政府当局において御善処せられんことを切に要望いたしまして、他の同僚委員各位からもこの問題について御質問がございますから、私の質問はこれで終らしていただきます。
○上塚委員長 次は菊川忠雄君。
○菊川委員 帆足委員からの御質問によつて大体問題の輪郭だけはわかつたと思いますので、これにつけ加えて四、五点だけお尋ねを申し上げます。
 最初に参考人の方に簡単にお尋ねしますが、藤山さんでありましたか最後のところで、もし風紀上の心配のないように条件をはつきりしていただければ、やむを得ない場合にはがまんもできるという意味にとれるお言葉があつたのでございますが、今の帆足委員と小瀧次官との質問と答弁から、こういうものができた場合に、はたして風紀上心配がないということが想像できますかどうか。このことを、地元の皆さんの今のお気持としてもう一ペんお聞きいたしたいと思います。
○藤山参考人 ただいまの菊川忠雄先生の御質問にお答えいたしますが、もちろん本問題については絶対的に阻止したいというのが私の意見でございます。しかし国家が計画を立てて、もはや万やむを得ない場合においては、強い条件をつけていただきたいということだけでございます。
○小林参考人 ただいまの菊川先生から藤山さんに対する御質問の、風紀に対する保障があればどうかということでございますが、私ども教育委員の建前といたしまして、風紀の保障があろうがなかろうが、学校建設用地として絶対不可欠な地所でございますから、ひとつこの線に沿つて御尽力願いたいと思うものでございます。
○天瀬参考人 地元の人たちは、風紀は二の次といたしまして、教育上からここは絶対反対いたしたいと思うておりますし、絶対に学校を建てていただきたいとみなが申しております。断然風紀の上からも最後まで譲る意思は持つておりません。
○菊川委員 よくわかりました。
 そこでもう一度参考人の方のうちお一人でけつこうでありますが、伺いたい。皆さんに対してか、あるいは区長に対してか、あるいは御町内の方に対してか、都知事の方からこの件について、いよいよ工事に着手せざるを得ないような事情に立ち至つた際に何らかの通告がありましたか、全然ありませんでしたか。
○小林参考人 先ほど帆足先生からも御質問がありましたが、そのことは全然お話がないのでございます。しかも教育委員といたしますれば、この払下げ申請書を出しておるにかかわらず、これに対して一言のあいさつなしに着手したのが実情であります。
○菊川委員 ただいまの件について外務当局にお尋ねいたしますが、日米合同委員会の会議の結果こういうことにきまり、その際に閣議決定をされる前かあとか、東京都知事には何らかの通知をなさいましたか、あるいは何らかの打合せをなさいましたか。その事実があるかないかをお尋ねいたします。
○小滝政府委員 御承知の通り、この土地は国有地でありまして、民間所有者との契約などは必要でございません。従いましてこれまで事前に民間の関係者と協議するという措置はとつておらないのであります。いよいよできるということになりまして建物が建つことになれば、先ほどから申し上げました風紀の問題とか、道路の問題とかいろいろ出て参りますから、協議しなければならないわけでありますが、土地の提供については協議いたさなかつたというのが実情でございます。
○菊川委員 協議しなかつたということでございますので、これは別個の問題であろうと思いますが、それでは従来軍事基地において何らかの施設をされる場合、それが民有地でない国有地である場合においては、当該都道府県の知事あるいは責任者には何らの事前の打合せ、あるいは事後の通知なしにおやりになることが、外務省の御方針と承知してよろしいかどうか、このことをお尋ねいたします。
○福島政府委員 御承知の通り、国有財産管理に関する法律ができまして以後は、関係都道府県と協議することになつておりますが、それ以前は事前に協議することはやつておらないわけであります。閣議決定になりますと同時に通知はいたしております。
○菊川委員 これは非常に重要な問題と私考えますので、また別個にお伺いいたしますが、今のところをもう一ぺん確認しておきたいと思います。
 そうしますと国有財産の管理という建前から、地方の府県知事とは打合せをし、あるいは事後において通知をすることが必要であると考えるが、しかしそれ以外に風紀上、あるいは文教上当該府県が何らか事前に計画を持つておるものと、抵触するようなことがあると考えられる場合においても、そういうことは考慮に入れなくてよろしいということで、軍事基地におけるこういう施設の問題をお扱いになるのが外務省の方針である、こういうふうに解釈してよろしゆうございますか。
○福島政府委員 新規提供業務は現在調達庁の方に移管になつておりまして、私どもの担当業務であると思いますので、私からお答え申し上げますけれども、国有財産の提供という場合には、その国有財産に関係の深い町村で計画を持つておるとか、そういうことがはつきりいたしております場合には、もちろん協議いたさなければならぬかと考えます。しかしそういう計画が国有財産の上に立てられておらなければ、一応国有財産管理の問題として、その法律に従つて措置いたすべきものであると考えております。
○菊川委員 これは調達庁の責任者が御答弁なすつても、私はピントはずれだと思います。調達庁は物と人を調達される方でございますから……。
 そこで外務次官にお尋ねいたします。こういう軍事基地に施設をする場合において、ただ物だけが自分の方の国のものだから、そこを使うのは自分の方できめればよろしいのだ、その結果都民あるいは区民が生活上、文教上、風紀上どういう迷惑をしようとも、そのことはわれわれが事前あるいは事後において、当該地区あるいは府県の責任者と何ら打合せをすべき事柄ではないのだというふうにお考えになるのか。それとも調達庁長官におまかせの通りで、ほかのことはお考えにならない御方針なのか。これは外務省の次官に外務省の方針としてお尋ねいたします。
○小滝政府委員 その点は先ほど答弁したつもりでございますが、風紀の問題とかそういう交通の問題とか、地方の利害に関係の深い問題が起るようになりましたならば、いよいよ宿舎を建てるというふうになれば相談するということを申した次第であります。なお外務省の方に対外的な面を受持つておりますから、外務省の責任であるというようにお考えになるのもこれはごもつともと思いますが、合同委員会のうちで、こうした施設関係の方は調達庁の方が責任を持つてこれに当つているのでありまして、国内的な施策につきましては、先ほども申しましたように十二月一日以後ははつきりと調達庁でこれを取扱うということになつております。但しアメリカ側と交渉を要するような問題につきまして、外務省が合同委員会に正式にテーク・アップしなければならぬ問題は、もちろん外務省としてこれを取扱うことになつております。
○菊川委員 私が先ほどからお尋ねしているのは、東京都知事と事前事後におきまして交渉をしたのかしないのかということです。ところが先ほどはしていないということです。ところが先ほどの御報告によりますと、すでに建設工事は着手しておられる。そうすると、するようになれば相談をする、あるいは通知するという今のお言葉が間違いなければ、そこに一つの大きな手落ちがあります。この手落ちはあつたとお認めになりますか、なかつたとお認めになりますか。これに対してお尋ねいたします。
○小滝政府委員 これを手落ちとおつしやるならばあるいはやむを得ないと思いますが、本件に関する限り、この土地の提供の際に東京都庁と事前に協議はいたしておりません。その点は長官からも申しましたし、本件に関する限り、前もつて東京都庁とは協議いたしておりません。
○菊川委員 事後に通知しましたか。
○小滝政府委員 いや調進庁がその責任の衝にあるので、調達庁から通知したと言つておりますが、外務省がそういう事務を取扱つておらないという点を、もう一度申し上げます。
○菊川委員 通知はしたのですね。
○福島政府委員 してあります。
○菊川委員 この点はもう一応われわれの方で十分調べた上で、追つてまた御質問などする機会があろうと思いますから、保留いたしておきます。
 次にお尋ねいたしますが、先ほど小瀧次官の帆足委員に対する御答弁の中で、こういう施設の使用については、なるべく郊外地という方針とあわせて、民有地ではいろいろ煩鎖な問題が起るから国有地を使うという、大体二本建の方針でお考えになつているということであります。もちろんほかにも原則はございましよう。ところが一体この場合に、郊外でなるべくいろいろの風紀上あるいは文教上、あるいはその土地のいろいろの計画、こういうものと支障がないということを第一にされるのか、それともこの二つの場合を合せた場合に一多少いろいろな弊害があつても国有地であればやむを得ないというお考えなのか。どちらを一体重しとしてこの場合お考えになるのですか。この点形式的ですが、ちよつと伺いたいと思います。
○小滝政府委員 もちろん非常に弊害があるということが明らかであれば、その点も十二分に考慮に入れなければならぬのでありますが、しかしこの施設の提供につきましては、行政協定が実施になる前の予備作業班がありましたころから原則を研究したものであります。そこでできるだけ都心地から離れた郊外地域に移すようにしなければならないということと、もう一つは提供はひとつできるだけ国有財産を使用して私有財産は返還する、こうした建前で進むことになつたのであります。がしかし仰せのように非常に重大なる弊害があるという場合には、当然その点も考慮に入らなければならない。これは申し上げるまでもございません。
○菊川委員 それではお尋ねいたします。国有地ということでいろいろとお考えになつているということでありますが、先ほどあの土地は元ゴルフ場などに使つておつたということであります。一体ゴルフ場で使うのと、二千人近くの男女の独身兵隊の兵舎になるのとはわけが違うのであります。このことは例としても適当でない。今後こういうことで例を引くことはおやめ願いたいと思います。この場合にははなはだ誤解を招きます。そこでそういうような兵舎をつくるという場合に、他の適当な土地があればということを言われたのでありますが、しからばここに至るまでにどういう土地を候補地としてお考えになつたか。何かほかに必ずあるはずであります。初めからいきなりこれ以外にはないとしてお諮りになつたはずはないのであります。いろいろの条件、特に他に適当な土地があれば郊外に持つて行きたいということである以上は、これは言葉のあやでなくて、何らかその場合に候補地があつたはずでございますが、このことが十分に説明されなければ地元の人に対しましても、なるほどああいう土地もあつた、こういう土地もあつたが、日本中探してみてもあるいは東京中探しても、ここよりほかにしかたがなかつたということを納得してもらうわけに行かない。そういう調査についての経過を御報告願いたいと思います。
○小滝政府委員 ゴルフ場と申しました点誤解を招いたようでありますが、私が申しましたのは、昭和二十七年の七月二十六日の閣議決定で、土地そのものはすでに向うへ提供されておつたので、そこでゴルフの練習などしておつたということを申したのでありまして、土地そのものはもうすでに提供してあつたので、結局あとの問題は兵舎をここに建てる問題だろうと思います。その点につきましては、調達庁の長官からお答えいたします。
○福島政府委員 東京の都心部にあります大体すべての施設を特に私有財産でありますが、返還させるという方針がきまりましてから予備作業班というものを設けまして、東京近郊をあまねく調査いたしたのでありまして、その他の国有財産についても調査は及んだわけでありますが、結局代々木練兵場でなければ、先ほど申し上げました大蔵省ビル初め海上ビルその他十五施設の代替になる土地がないのみならず、工地そのものは旧陸軍の散地であつたために、アメリカ側に提供してあるという関係もありますので、代々木練兵場が選ばれたと了承しております。
○菊川委員 あとに質問せられる方がございますので、これでもつて打切りたいと存じますが、協力局の関係にお願いいたしますが、本件が日米合同委員会において審議せられたという場合に、先ほど参考人の方がお述べになつた中に、これはうわさによればという言葉がございましたが、日本側ではなるべくここ以外のところということを主張された。しかしながらアメリカ側が非常にこの土地について強い主張を持つておつたようであるということをお述べになつているのでありますが、この合同委員会において本件についてそういうふうな傾向であつたのかどうか。なおそういう傾向であるとすれば、アメリカ側が特にこの土地をということを主張したところのおもなる理由はどの辺にあつたのか、この点を伺いたいと思います。
○福島政府委員 アメリカ側がこの土地を主張せられまして、日本側も同意いたしました一番大きな理由は、先ほど来申し上げておりますこれだけ多数の都心部における私有財産を返還せしめるに足る施設を一括できる場所が、代々木練兵場よりほかになかつたということであろうと思います。
○上塚委員長 穂積七郎君。
○穗積委員 時間がありませんから簡単にお尋ねいたします。
 まず第一に、次官並びに調達庁長官に率直にお尋ねいたしますが、先ほど来四人の参考人の方の言われましたのは、学校建設がどうしても必要だということ、それから周囲の風教上よろしくないということ、第三点は、明治神宮の神域の内苑であるという点だと思います。これらのことは、単に土地の方々の利己的なまたは排他的な意見ではなくして、国民感情から見まして、当然な御要望であるようにわれわれ伺いましたが、この参考人の方々の陳情を伺われまして、次官、長官はどういう感じをお持ちになりましたか、ちよつとお尋ねいたします。
○小滝政府委員 私どもといたしましては、学校の問題まことにお気の毒に存じますけれども、最善を尽して弊害が起らないようにいたしたいと思つております。
○福島政府委員 学校の問題まことにお気の毒だということはよくわかりますけれども、しかしながら私どもの考えております私有財産を返して、私人の損害をなるべく少くして、国有財産によつてこれにかえるということは、適切な方針であろう、こう考えております。
○穗積委員 もう一点。神宮の問題は、先ほど帆足君からも言われたように、国民感情上必ずしも無視できないことだと思うのですが、そのことに対する地元の陳情が無理だとお考えになつたか、もつともだとお考えになつたか、率直にお答えいただきたい。
○小滝政府委員 先ほど来再三申しますように、神宮の神々しさ、尊厳を害しないように、よく現地で話合いをして、そうした弊害を除去する、起らないうちに未然に防ぐという策をとるため、最善を尽したいと考えます。
○穗積委員 大分苦しいお答えで、御同情申し上げますが、いずれにしても地元の陳情要求が無理でないということは、言葉の裏から見まして、お認めになつておるようでございます。そこで、そういうことでありますならば、お尋ねいたしますが、さきに菊川委員からお話があつて、都知事または区長、教育委員長、地元のPTA会長、婦人会長等に連絡または協議をしなかつた事由についてはお伺いいたしました。ところが、次官、長官ですらももつともだと思われるような要望をもつてこれに反対を今起されておるわけでございます。しかも風紀上の取締りをするという条件で納得することができないということを強く言つておられる。そこで私は国有財産処理については、そのことに関する限りにおいては、必ずしも私は、長官の言われる通り、知事または区長に相談する必要はなかろうと思いますが、そうではなくて、その財産処理の問題ではなくて、学校建設または風教上の理由から当然なもつともな理由によつて反対をされておる。そこで今まで連絡または協議しなかつたことを手落ちと認めるか認めないかということについて、先ほどのお話以上に追究いたしません。そこでお尋ねいたしたいのは、こういう地元のほとんどすべての方がほうはいとして反対をして、先ほどからの政府の答弁ではまだ納得が行かないという現状にございます。いわば政府と地元民と対立の状態にあるわけです。そこで、政府が政治全体に対して責任を持つということでありますならば、当然今からでもおそくはございませんから、地元の方に納得してもらうように、または地元の方の要望をもう一ぺんよくお考えになるように、地元の正式な代表者でも選ばれまして、そこでもう一ぺん協議連絡をされる御意思があるかどうか、お尋ねいたしたいと思います。
○小滝政府委員 こういうとりはからいは調達庁でやつておりますけれども、もちろんこれらはよく話合いをして、そうした対立的な感じがあるならそれをほぐすように、対策を立てたいと考えております。
○穗積委員 参考人の方に申し上げますが、ただいま次官が責任のある答弁をなさいまして、無理やりにこれを推し進めようとは考えていない、これから地元の適当な方々との間に正式な協議連絡をしたいという御趣旨でございましたので、その点につきましては、地元にお帰りになりましたら、しかるべき機関を通じて、地元からも政府に対して正式に協議連絡をやつてもらうよう要望されることと存じますが、そういう御意思がありますか、お尋ねいたしておきます。
○小林参考人 穗積先生のありがたい御質問で、まことに感激いたしておる次第でございます。私どもは、そういうようなお話でございますならば、よほどの犠牲を忍んでも、すぐああいう施設を遠くへ持つて行つていただきまして、あの土地を明けていただきたいのでございます。渋谷区の学校はどうしても渋谷区へ建てなければならない。まさか三鷹の方へ持つて参るわけには行きません。それにはどうしてもあそこを明けてもらわなければ、渋谷区の学校行政は解決しないのであります。ああいう施設はよほど遠くへ持つて行つても間に合うわけでございますけれども、渋谷区の学校はどうしても渋谷区へ建てなければならないという建前において、これは渋谷区の各種団体だれ一人として異存はなかろうと思うのであります。その意味においては、私ども万全の措置を講ずるつもりでございます。
○小滝政府委員 穗積さんは、私が再三再四立ちまして答弁いたしましたところを十分おわかりくださつたはずであります。速記録をごらんになつてもおわかりだろうと思いますが、私が申しましたのは、風紀対策などについて十分連絡をして、そうした弊害が生じないように、そのための協議かするということを申したのでありまして、根本論についてどうこうということを申したのではございませんので、その辺ひとつ誤解のないようにお願いいたします。
○穗積委員 もとより風紀対策も条件の一つでございまして、根本にわたることでございます。先ほど言いましたように地元の反対理由は三つございました。文教上、渋谷区の学校をぜひ建てたいという理由、もう一つは風教上の理由、第三は、神域を汚すものであるという理由でございまして、今日お見えになりませんが、あそこの神宮奉讃会の会長であり、今の天皇陛下のお嬢さんの義父に当ります鷹司さんも、夜な夜な明治天皇が慨嘆しておられるということを言つておられるそうであります。こういうものは好ましくないと言つておられて、今日もここへ出席されてものを申したいという御意思すらあつたようでございますが、この選考上三人に限りましたので、そこで天瀬さんに託されまして、その意思を伝えてもらいたい、これは先ほど仰せの通りでございます。本質の問題と条件とは、これは不可分でございますから、従つて納得させてやつていただく。御方針は御方針として、私は、ここで場合によればかえてもよいという御答弁をいただこうとは思いません。そうではなくて、納得させてやるという民主的な政治のルールだけは、ここで確認していただきたいということでありますから、もう一ぺん御確認いただきたい。
○小滝政府委員 鷹司さんという人は偉い方であるか知りませんが、私どもはそんな個人関係でものをとりはからつておるのではないのであります。国家全体の利益ということを考えておりますので、その見地からできるだけ円満に話合いを進めて、そうして皆様に理解していただいてこの案件が解決できるように、特に風紀の問題――学校の問題は私ども直接どうもできませんが、風紀問題とか、神宮でおもしろくないことが行われないように最善を尽したいと考えます。
○穗積委員 今のことでちよつと誤解があるから申し上げておきますが、私は鷹司さんという人が偉いから、へぼいから申し上げておるのではない。神宮奉讃会の会長として言つた、すなわち神宮の側からの要望ということなのです。天瀬さんが外から眺めてそう推測したのでない。神宮の側から見て、ああいうところで、今ですらこういう神域でパンパンが横行し、アメリカ兵のルーデ・サックが神域の中に赴かれておるということを慨嘆されておるので、個人ではございませんから、誤解のないようにしていただきたい。続いて調達庁長官にお尋ねします。お聞き及びだと思いますが、地元からこの地区を学校建設用地として払下げの再申請書がすでに昨年八月に出されております。それに対して大蔵省は、接収解除になつたら払下げをするように努力しましようということを御答弁になつた。続いて一月ばかり遅れて、外務省から、接収解除は困難であるというお話があつたということでございます。これはどういう正式な文書その他をもつてなつたか存じませんが、そういうことでありますので、先ほど言いました政治論として、地元の方に納得させないのでものをやるということは、民主主義政治のルールに反するから、その御努力を願いたいということを今次官から確約をいただいたわけですが、これは手続上からいいますと、きよう初めて反対陳情があつたのではございません。学校用地としてこれがほしいということは、もうすでに昨年から、長くいえば一昨々年から出ておるのでございます。しかも一ぺん却下されたものが、現在まだ政府の方へ出たままになつておるのでございます。去る二十日でございますか、すでにそれの地鎮祭を始めたということでございますが、そうでありますならば、当然管財局から地元に対しまして、この申請却下の手続がなければならないと思います。それにについては、おそらく調達庁から管財局へ御通達があつて、そういうことになろうと思いますが、管財局にはその旨もうすでに御通達になつておるのですか、どういうことになつておりますか。何がゆえに一体この申請書に対して、口頭または文書をもつて何らの御返事もないのに、一方において工事をどんどん始めようとされておるのか。その行政手続上のことについてわれわれ遺憾に存じますが、その間の事情を明らかにしていただきたいと思います。
○福島政府委員 管財局でございますか、大蔵省関係において、接収解除になつたあかつきには払い下げてもいいという意向がありますことは、私ども別に何も異議のあるわけはありません。しかしながら、二十七年以来の接収というものは、私どもの思つております私有財産を返還し、国有財産にこれをかえるという方針からいたしまして、接収解除の見込みは当分ないということははつきりいたしておるのであります。それ以後におきまして、解除になりましたあかつきには、大蔵省がその権限に基きましていかようの処置をとりましても、これは私ども別に異議のあるところではございません。また代々木練兵場に関連いたしまして、接収解除の方針が立つておらないという点は、大蔵省といえども了解しているはずでございます。
○穗積委員 大蔵省関係の方はきようはお見えになつておりませんか。
○上塚委員長 きようは来ておりません。
○穗積委員 それではこの申請書に対する大蔵省の処理の手落ちといいますか、手遅れについてはあらためてお伺いいたしますが、あと二点ばかり外務次官にお尋ねいたします。
 先ほど、神域でもあり、住宅専用地区に指定された実情もよくわかつており、従って地元の者が心配のないような、特に風紀上の問題については、心配皆無のような対策を立てる自信があるから納得しろという趣旨のお答えがございました。その趣旨については、私どもお言葉としては伺うわけです。実は今まで七百箇所の軍事基地におきます各地区の実情を見ておりますと、風紀上の問題については各地区とも非常な反対または陳情がございました。その都度政府は万全の措置をとるから心配するなということを言われましたが、今まで実情を見ますと、さらに安心ができない実情のままに放置されております。従つてお言葉を疑うわけではございませんが、今までの各軍事基地におきまする政府の風紀対策に対する態度、方策等から勘案いたしますと、過去の実績から行きまして、今のお言葉をそのままわれわれは受取って安心するわけには行かない。そういうことでありますので、特にこの地域については、神域であり、住宅専用地区でもあり、しかも都心に近いインテリの多いところでもあるので、これに対しては特にそういうことをなからしむるということでありますならば、今までやつておられたようななまぬるい態度、方策では、過去の実績から行きましてもとうてい安心ができない。にもかかわらずそういうことをここではつきりおつしやる以上は、今までと違つた格別の御対策、御決意があろうかと思いますが、その格別の対策とは一体どういうことでありますか。安心してよろしいという対策を伺いたいのであります。
○小滝政府委員 この点は、同じことを申し上げて恐縮でありますが、調達庁の方で取扱うことになろうと存じます。しかし風紀対策に最善を尽すという点においては、これは調達庁として当然のことでありまして、私どももそれに対しては十分の協力をしたいと考えております。しかし前から申しておりますように、これは現地の警察あるいは教育委員会、あるいは区役所というような関係の向きとよく話し合つて、現場に即したやり方をしなければなりませんから、現在いかなる具体策を調達庁が持つているかということになりますと、それはこれから協議して十分納得の行くような方法をしようということを申し上げるほかないと存じます。
○穗積委員 最後に、これは地元の方に御注意申し上げます。今のような御答弁は、あらゆる軍事基地の問題がこの委員会で取上げられたときに、常におつしやつた政府のお言葉でございます。しかし現実は、お聞き及びと思いますが、ことに冨士山麓を初めといたしまして、各地区におきまする軍事基地においては、地元の人が文教上、風紀上、公衆衛生上これならば常識的に見て安心できる、そういう事態はどこにもございません。ですから先ほどおつしやつたように、次官のお言葉によりまして、これから話合いをしていただくことになると思いますが、その場合におきましては、どうぞお手抜かりなく各地区の状況もお調べになりまして、しかる後に、言葉の上だけで絶対というような言葉で眩惑されないように、万全の処置を講じていただきたいということをお願いしておきます。
 続いて一点お尋ねいたしますが、実は軍事基地その他のことにつきましてわれわれからながめますと、吉田政府の方々の、アメリカ軍との交渉については、少し弱過ぎるというよりは、むしろ迎合する態度の片鱗をすら、われわれは随所に見受けるわけであります。従つて個々の陳情があつたからといつて、すぐ政府が思いを改めて、合同委員会を通じて強く向うへ交渉して、工事をとりやめてもらう。政府にたよつただけでは、そこまで行くことはちよつと困難だということも予測しておかなければなりません。その場合に地元の方々は、政府が十分その意思を伝えてもらえないならば、米軍に直接陳情をする、米軍の方々は言葉の上だけにいたしましても、日本よりは民主主義の古い国でございます。従いましてそれを建前ともいたしております。ですから教養のある地元のほとんどすべての方々が、しかも理の通つた理由で、これに反対をされるというような事態に当面されるならば、日本の政府よりは、むしろアメリカの兵隊さんたちの方が考え直す余地もあろうかと思いますが、そういうことも考慮されて、政府に、もし強くこの方針をかえるように交渉していただけない場合には、皆さんは米軍に直接陳情なさるお心組みがあるかどうか、この際念のためにちよつと伺つておきたいと思います。
○谷村参考人 穗積先生のただいまの御質問にお答えいたします。地元住民といたしましては、説明申し上げるまでもなく、二十三万の区民を持つておるということは、一つの地方においては相当の都会でございます。都心に近いということをよく言われますが、私たちから見ますればほとんど都心そのものであると考えております。もちろん丸の内あたりから見れば都心に近いということになりますが、東京都全体から見れば、これは都心だと言つてもいいと私は思う。それで先ほど来いろいろお話もございましたから繰返しませんが、早い足を持つておられる駐留軍のことですから、もう少し遠方でもいささかも支障がないように私たちは考えます。しかるにその都心ともいうべき点に――私たちの区における教育、これはもういかなる立場の方も国家百年の大計と申しますが、教育は第一主義でやつていただきたい。はなはだ失礼ですが私たちは成人に対しては自分らを含めてあまり信用しておらぬ。この日本をりつぱな文化国家に立て直すには、どうしても次代の国民をほんとうにりつぱな国民に育てなければいかぬという悲願をいつも持つておるわけであります。この意味におきまして、子供たちが卑屈な国民になるということは、私たちの耐えがたいことであります。雄大な国民をつくりたいのが念願です。失礼ながら委員長さんなども、かつては多くの青年を海外に派遣されたりして、雄大な感情を国民の間に植えつけようとされた努力は私たちは記憶しております。私たちはいたずらに新憲法以前の光の日本に返そうとはちつとも思つておらない。新しい構想に基いて、そうして世界に伍するに足るところの国民をつくりたい。小さいは小さいけれども、りつぱな素質を持つておると私たちは確信を持つておる。これをあのアメリカさんあたりに迎合するような卑屈な現在の成人のまねは絶対にさせたくない、その意味において私たちは条件付で賛成ということではなくて、どこまでも反対して行く決心であります。従いましてただいま御質問のごとく、もし政府当局におかれまして、私たちの要望を不十分にしかあちらに伝えていただけないならば、私たちはみずから立つて直接に日米合同委員会にでも、しかるべき機関にお願いする、折衝する決心を持つておることをお答えいたします。
○穗積委員 合同委員会の方にお尋ねいたしますが、今参考人の方が言われた通りでございます。政府御当局の方といたしましては、過ぐる日にすでにアメリカとの間に合意を完了いたされまして、しかも工事を進められる段階に入つておる。そこで今からあれはちよつと思い違いであつたからやめてもらいたいということもなかなか言いにくかろうと思います。そういうことであれば、実は予測しなかつたことだが、地元がかくかくの理由によつて反対をしておる、それが事実であることをわれわれも伝えるが目のあたりに見てもらいたいということで、地元の方が合同委員会に出ておられる米軍代表の方々に陳情なさるときに、あつせんをしていただく御親切がございましようかどうですかお尋ねいたします。
 最後にもう一点一緒にお尋ねしておきたいと思います。先ほど言われる通りに条件付でということではございません。この第一の目的はあくまで絶対に必要な学校建設に困つておる、これをどうしても貫徹しなければならないというのが地元の方々の第一の強い要望でございます。そこで本問題は補償その他法律上の責任は政府にないでありましよう。ありませんが、この問題は地元区民の力だけでは、または区役所だけの力では、教育委員会の力だけでは、とうてい解決のできないという実情は御賢察がいただけたと思うのです。そういう意味から、法律上の責任ではございませんが、政治的な親心をもつて、この渋谷区の義務教育施設建設については何らかの口きき、またはごあつせんをしていただくだけの御親切、御意思があるかどうか、その二点を最後にお尋ねいたしておきたいと思います。
○福島政府委員 この施設の関係は合同委員会ということになるわけでありますが、合同委員会の内部に施設特別委員会というのがございまして、これが施設全般の仕事を担当しておるということになりまして、日本側の代表も出ているわけであります。アメリカ側の代表もおるわけであります。アメリカ側の代表に地元の方が直接御交渉になるのを、私どもおやめいただきたいということを申し上げる筋合いではございませんし、そういう御要望があるということは取次いでさしつかえございませんが、施設特別委員会といたしましては、この計画をとりやめるという線での御相談には、私の関する点では乗れないと思います。アメリカ側の代表に御相談になることをおやめくださいと申し上げるわけに行かないと思います。
 なお補償ということでございましたが、調達庁の担当いたします損害の補償という面におきましては、この代々木練兵場跡の施設に関する現実の損害が起つて参りますれば当然補償する義務があるのです。ただいまのところそれが予想されませんので、調達庁の担当いたします補償という関係は出て来ないと思います。ただその他の官庁におきまするいろいろな施策の面に、代々木施設の関係で渋谷区に気の毒な思いをさせておるという意味におきましてあつせんと申しますか、調達庁がどれほどの力があるか知りませんが、施設特別委員会もしくは調達庁としてできることはいたしたいと思います。
○上塚委員長 福田篤泰君。
○福田(篤)委員 先ほど来参考人の方方から非常に貴重な陳述があり、また各委員からも熱心な御質疑がありまして、これに対して政府側の各機関を代表してきわめて熱心な御答弁があつたのであります。結論から申しますと都内の十五箇所の宿舎を一本にまとめて、ワシントン・ハイツのそばにできるわけでありますが、これは渋谷区民の方々の立場からいえばきわめて気の毒な、いわゆるしわ寄せみたいなことであります。これはわれわれ委員も全部御同感であろうと思います。できるならばほかの地点がないかということが第一点、これがどうしてもだめならば、具体的な日米の今後の友好関係、根本的にお互いにしつかり手を握つて行くという国策から考えましても、予想できる弊害を最小限に食いとめるという二点しかないと思うのであります。今まで拝聴していまして、今穗積委員の御質問を伺いますと、趣旨その他きわめて御同感の節が多いのであります。ただ一点、従来の成果について大きな疑問がある、従つてだめな場合は地元でやるということは一つの御意見でございますが、私どもの感じから申しますならば、地元の方々も、政府はきわめて日米間の困難な問題にとつ組んでおられるのでありますから、この問題が反政府的あるいは反米闘争に利用されることは、あくまでも避けなければならぬと思うのであります。日本の大きな立場からいつて、やはり政府を鞭撻され、政府の誠意を信頼されてこそ、今日のこの委員会の意味があると思いますので、この点、今後地元からもおそらく政府に熱心な陳情がせられると思うが、同時に政府も献身的に、お互い同胞でありますから、アメリカに対してわれわれの尽すべき義務は尽すが、同時に卑屈にならないで、堂々と交渉その他でわれわれの利益を代表するものと確信いたします。この点ひとつ政府側の御意見並びに確信のほどを承りたいと存じております。
 また地元の方も、この点につきまして政府側と並行して地元自身もまた熱心な御交渉をなさるお建前であるかどうか、この二点だけをお伺いしておきます。
○小滝政府委員 お説まことにごもつともでございまして、われわれとしては、今後の交渉にも最善を尽したいと考えておる次第でございます。
○上塚委員長 地元の方には御意見はありませんか。
○小林参考人 私どもはもう何をおいてもこの地はほしい地所でございます。先ほども申し上げましように、渋谷区の学校は渋谷区の区内に建てなければならぬ、学区内に建てなければならぬという一つの限界がございますが、米軍の宿舎はどこでもいいのですから、もし先ほど政府当局者がおつしやつたように、地所がない――もうこれは渋谷区がそんな大それたことを言つたらさかさまになりますが、むしろ私どもは向うに地所を買い求めても、あそこは明けてもらいたいという気持です。学校をどこかへ持つて行くというわけには行かないのです。区内に置くより以外にしようがないのですから、何とかして地所を明けてもらいたい、こういう気持で一ぱいであります。もしそういうことになりましたら、私たち地元は相当な犠牲を払つてもやるつもりでございます。
○福田(篤)委員 その解決の方法の一つとして、先ほど重大な御発言があつた。それは堤議長の地所が非常にいい場所であるというお話がありましたが、これはやはり具体的に解決する点からも大事なことでございますので、この点は、別個の立場から調査されて、地元の方々とよく今後も御相談されることが、政府として必要だろうと思います。
○福島政府委員 私ども今の地所の話はよく存じませんけれども、しかしながら、この代々木練兵場にかわる民間の土地を買い上げるということは、これは予算その他の関係でちよつとむずかしかろうと思います。
○上塚委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 すでに他の委員から御質疑がありましたから、私は簡単に一、二点伺いたいと思います。
 本日の四人の参考人の方からのお話を承りましても、教育上、風紀上いかに不適当な土地であるかということはだれでも認めるところだと思います。しかるに教育上不適当な土地であるということに対しましては、政府の御答弁はまことにお気の毒であるというだけでございまして、何ら解決の方法がないようでございますし、また風紀上の問題につきましては、今後話合いの上でそういう問題が起きないようにするというような御答弁でございましたが、私はこれに対してまことに不満でございます。今日基地で一番大きな問題は風紀上の問題でございまして、そういうふうな御答弁をたびたび繰返しているにもかかわらず、各地の子を持つ母親がどんなにこの問題で苦しんでいるかということを、政府は御存じないからそのような答弁をなされているのではないか。今日政務次官のお話を聞いておりましても、何らか具体的に話し合つて、困らないように、そういう問題が起きないようにするとおつしやいましたけれども、少しもそこに具体性が現われておらないので、また同じようなことを繰返して、その土地にいる婦人たち、ことに東京の都心のお母さんたちがどんなにか苦しむのではないかということを私は最も恐れるものであります。従つて、そういうことがないようにするためにも、そうしてまた教育上の問題から考えましても、この土地についてはもう一度根本的に御考慮を願いたいと思いますので、今日出ました意見をどうぞそのまま合同委員会でもう一度取上げていただきたいと思いますが、その点の御意思があるかどうかを承りたいと思います。
○福島政府委員 今日の各方面の御意見を施設特別委員会、合同委員会と同じでございますが、この施設特別委員会に取上げて、アメリカ側にその意を通じてみるということは、アメリカ側にこういう問題が起つておるのであるということ、従つて、将来ここに宿舎ができた場合に、万全の措置をとらなければならないのであるという意味におきまして、当然これはアメリカ側にその意思を伝えるつもりでございます。しかしながら、私どもはまあ一方の代表でございますが、施設特別委員会においてこの工事をとりやめるというようなことにはなかなか困難があろうかと存じます。
○戸叶委員 私は、こういうふうな意見が国会で行われた、こういうふうに地元の代表が言われていた、だから今後気をつけてほしいと、そこまでおつしやらないでいただきたいと思います。こういうように、こんなに反対意見がある、しかも地元民は全部が反対しているのだということだけでけつこうだと思いますから、そういうふうにお伝えいただきまして、それだから今後気をつけなければならぬというようなよけいなことはおつしやらないでいただきたい、そこに余地を残しておいていただきたいということの希望をつけ加えておきます。その点に関する御意見を承りたいと思います。
○福島政府委員 承知いたしました。
○戸叶委員 もう一点、これに関連したことなのでございますが、大体駐留軍関係の施設費として防衛分担金の中にどのくらいとつていて、今ここで工事をするためにどのくらい使おうと予定されているのか、その点も参考までにちよつと伺いたいと思います。
○福島政府委員 この工事関係の費用は安全保障諸費支弁になるものでございまして、代々木練兵場の関係はかれこれ十五億円くらいになります。
○戸叶委員 いろいろこのことにつきましての問題が残されておりますが、それは一々他の機会にゆつくり聞かせていただきたいと思います。
○上塚委員長 これにてワシントンハイツ駐留軍宿舎建設に関する質疑は終了することといたします。
 参考人各位には、種々御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。
 なお、時間が大分経過いたしましたが、引続き、九十九里浜演習場に関する問題につきまして、参考人より意見を聴取いたすことといたします。まず、千葉県漁民組合協議会会長中村一郎君にお願いをいたします。
○中村(一)参考人 私たち千葉県九十九里浜において働く漁民の数は約二万七千名であります。それで、昭和二十三年以降アメリカ軍が九十九里浜の中心部である千葉県山武県豊海町に駐留して参りまして、その海岸におきまして半径三万一千ヤードの海面を接収いたしまして、当初は月曜日から金曜日まで毎日演習を始めておつたのでございます。それから地元の強硬な反対意見もございまして、午後に変更され、ただいまでは月曜日から木曜日までの正午から午後六時まで、高角砲並びに機関銃による実弾射撃を開始しておるのでございます。
 御承知のように、千葉県の九十九里浜は、日本におけるいわしの三大漁場の一つでございます。そしてあぐり網百統、その従業員約八千人、雑漁船約百二十隻、その従業員約二千名近く、それに約六、七十統近い地びき網がございまして、その従業員は約三千人くらいに上るのじやないか、この点は数字がはつきりいたしませんが、こういうことでございまして、私はあぐりの乗組員がございますので、おもにあぐりの面につきまして申し上げたいと思います。あぐり漁業はまき網漁業でございまして、九十九里の今射撃場のあります豊海町を中心に大体沖合い十マイルから十五マイル以内の海面を主たる漁場として働いておるのでございます。その理由は、豊海町を中心にした十マイル以上のところは岩礁が多くて、投網することができないことと、水深が深いために、魚が網にかかる率が非常に少い、また漁群は、岩礁には非常に強敵がおりますので、どうしても砂地の方に寄つて来る、そういう関係で、九十九里浜においては大体十マイル以内の海面が、昔から最も魚をとることのできる海面でございました。そこでお昼から午後6時まで演習をぼかぼかやられる、船が操業することができない、こういう事態が昭和二十三年から今日まで依然として継続されておるのでございます。われわれは大体午前五時から六時ころ港を出まして、その十マイル圏内のところを右に左に魚群を探し求めて進行して行くのでございますが、ちようど魚に当つて、これからとろう、あるいは一、二番投網したという時期に射撃が開始される。大急ぎで退避しなければ、実弾が当るというような危険な操業を続けておるのでございます。
 去る十六国会でございますか、この非常に大きい被害に対して政府当局も考慮いたしてくれましたのですが、何か補償の立法がされまして完全補償をするというふうにはつきり法律にもうたわれておるのでございますが、しかし一昨年の昭和二十七年度補償の申請時におきまして、千葉県の演習による損害を受けた漁業者は、約三億八千万円の被害申請をしておるのでございます。しかも被害期間は昭和二十七年の四月二十九日から同年の十二月三十一日まででございます。ところが政府はそれに対して、昭和二十七年四月二十九日から翌年の三月三十一日まで分として二億三百万円を決定したというふうに聞いておるのでございます。しかもそのうちの約一億四千何百万程度は漁民の手に渡つたのでございますが、いまもつて二十七年度の残りの一、二、三月分が渡つておらないということも、われわれが非常に困る理由の一つであります。私は昭和二十一年から漁夫になりましていろいろ操業をしておるのでございますが、大体昭和二十三年から今日までの千葉県下の漁民の損害総額は、二十億を上まわつているというふうに私は計算できるのでございます。具体的根拠といいましてもなかなかむずかしいのでありますが、ところがそれに対して行われた補償は、わずか二億ちよつとというような数字しかくれておらない。
 それから米軍演習による人的被害も、昭和二十七年講和発効後におきまして、豊海町の亀丸という船に乗つております機関長がアメリカ軍の機関銃のたまに当りまして、咽喉の下から左わきの下に貫通したという事故も発生しております。これに対して政府は何らの処置もしておらなかつた、見舞金もくれなければ、何もしてくれておらない。生活保障の方は従業員たちがお互いに出し合つてやつた。また医療費については、船主がこれを負担しておるわけであります。このような事件がほかにも発生しているやもわからない状態でございます。また陸上におきましては、アメリカの兵隊の自動車の高速度運転によつて事故を起した家屋の損害あるいは人命の損害が、家屋が十軒、人間も、死亡とか重傷、軽傷合せまして十人以上に上つているのでございます。そのほかに無人機を、標的に使います関係から、十一時五十分くらいあるいは十二時ぴつたりかもわかりませんが、飛ばしまして、これを無線で誘導するために、非常に危険なときが多いのでございます。無線機の故障あるいは飛行機自体の故障によつてどこにでも墜落して来る。道の上だろうが、屋根の上だろうが、海の上だろうが、どこでもおかまいなしに無人機が落ちて来る。無人機が飛んでいるときは、家の中に入つていることができない。家に入つていると、空が見えないから、無人機がどこに落ちて来るかわからない。こういうようなことで、その土地の住民は恐怖の上に恐怖を重ねているわけでございます。そのほか委員各位のお手元に私の方から被害の実情なども提出してございますので、御質問があればその都度申し上げたいと思います。
 それから二月十一日に新聞紙上に発表されましたアメリカ軍の威嚇射撃のことについて、私は少し意見を申し上げたいと思います。この日は私は午後の一時十五分ころまで豊海町の隣の白里町におつたのでございますが、一時過ぎには射撃が行われておりました。その射撃が威嚇射撃だということでございますが、これは白里、南白亀、白潟という豊海町の隣の町村の船が約四十隻くらい、豊海町真亀沖約八マイルから九マイルの地点において操業中――操業中といつても、網を張つたのではございませんで、魚群を探しながら帰港するような状態にあつたのでございます。そのときアメリカ軍がその方向に向つて射撃を開始した。私が聞くところによりますと、白里町の五良丸の約二、三百メートルの地点に不発弾が落ちて、大きな水煙を上げている。そのほかにも弾片等も落ちたように見受けられたということをほとんど全員が言っております。このようにしてたとい私たちが射撃圏内を通つたからといつて、それをぼかぼか撃たれたのでは、これはどうにもならぬ。それからそれに対して県当局並びにここにおられる福島長官も、この間現地に視察に来たということを聞いております。長官もいろいろお聞きになつて事の真相をおわかりと思いますが、私が基地連絡所にいる須藤という連絡官に聞きましたところでは、アメリカ軍の圧力によつて、それをとめることもできなかつた。そうしてアメリカ軍は撃つた、こういうようなことを私にはつきりと話しております。海上保安庁の「なみちどり」がそのときに圏外に漁船を去らせるために出動しておつたということをあとで新関紙上で見ておりますが、これについても「なみちどり」ではなくて、あとで「はやぶさ」だというように、政府であるかあるいは県であるか知りませんが、訂正しております。しかもそのときに射撃を受けた漁民は、そういう監視船を見た人は一人もいないということをはつきり私に話しております。しかもそれに対して私たちが非常に不可解に存じますことは、海上保安庁の船はどういう任務があるかわりませんが、少くとも人命あるいは船体、そういつたものの保護に当るのが、海上保安庁の任務ではないかというふうに記憶しておるのでございますが、県庁の知事あるいは水産部長の吉明は、あるいは須藤連絡官の言い分には、海上保安庁の船だけが射撃が始まつたらどんどん逃げて行つてしまつて、あとの漁船はそのままそこにどうにもならぬでおつたというようなことでございます。少くとも海上保安庁の船がたまに当るのはしかたがない下、私どもの船にたまが当るのでは、これはやりきれないと思うのでございます。あとは順次もし委員からこれに対していろいろ御質問があればお話することにいたしまして、このくらいにして私はとどめたいと思います。
○上塚委員長 ありがとうございます。次は小栗山熊太郎君。
○小栗山参考人 小栗山です。ただいま中村君からお話になつた通り、漁民はまことにこの射撃場におきましては困るということは、漁民のみならず、われわれ業者一同もともに困ることは考えております。但しただいま申されました威嚇射撃というお言葉につきまして、たくさんの船がいたということでありますが、私は九十九里無線組合の連絡会長をしておるのであります。先ほど政府のあれには協力会長という名目になつておりますが、協力会長ではないではないのであります。基地無線連絡会長というのであります。そのときの状況を私聞くのには――私は十一日はうちにおりませんでした。勝浦の方に委員会がありましておりませんでしたが、新聞紙上を見ましてたいへん大きな問題だと言うて、自分も多少の責任がある関係上、方々の船に連絡をとつてみましたが、このときの無線局の放送には、米軍より一時三十分にレーダーで演習地以南の沖に船が見えるからこれに連絡してくれ、操業中でなかつたなら早く引揚げてもらいたいという連絡があつて、それを無線で探しましたら、白里町の業者高仲一郎という人の大丸という船に無線がありまして、無線の回答を一時五十五分に受けたそうです。無線局が受けましたこのときには、この船の船長の申すのには、船は一つもおらず、私が演習区域はずれのところに今南下中である、ほかの船は見られなかつた――これは先ほど中村さんの言うのと、私の尋ねたところとでは少し食い違いがあるかと思いますが、私が十分に聞いてみた範囲ではこういうような状況ございますので、別段威嚇射撃ということはどう考えますか、私にはわかりません。私の話は終ります。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 次は演習地貸与関係者中村甚太郎君。
○中村(甚)参考人 自分は中村甚太郎であります。ところが七十にもの年になつて耳が不自由でありますから、大きい声でもつてお話します。自分は演習場の一番近いところで雑漁業をやつております。私の屋敷のすぐのところに、四百十二坪のアメリカ軍に接収されたところがあつて、そこに兵舎がこしらえられてありました。その付近に木を植えてありましたが、その地所は、小石川の林町八十四番地の佐藤末吉さんが海浜学校をつくる、このじいさんのところに行つて聞いてみたらいいからというので、私が国有地払下げを譲つてやろう、そうしたところが、その佐藤さんが、支那事変が始まつたから学校は延びるから、すいかでもつくつて食わせろ、こう言つて来ました。それで自分はすいかをつくつて、子供はみな兵隊にひつばられてしまつた。その間私は眼病をわずらつて、はなはだしい苦労をしました。子供が三人ひつぱられた。そして一人が六年と十二日目に帰つて来ました。帰つて来たのでようよう漁業ができる、こういうわけで喜んでいました。その前には、おそらくわれわれのような者は犬かねこのように各方面で見ておるかと思つた。なぜならば、油が不足だから供出をしない者には油を当てがわない、こういうことを言いました。また魚を供出しろと言うから出したところが、車が一車で魚の保存が悪いから腐つてしまいました。腐ってしまったから、六百三十円のものが、五日目に着いたが五百三十二円にしかなりません。もう話にならぬ。その五百三十二円の金を県の会計部へいただきに行きました。そういう苦心をして、これは負けただからしかたがない、負けただからしかたがないと考えておりました。小型漁船としては、九十九里沿岸で私たちのようにおつばつてやる小型漁船はないんですよ。朝の一時半に出て、射撃を始めるから朝の十時半にはしまわなければならぬ。陸から三里も沖になわを放して、五間のなわを十間も放さなければならぬので、相当手数がかかる。たいは九十九里の海のまん中に見えておる、それを中心にかけて、いざもぐろうとすると、もどらなければならぬというので若い衆が二名がかりで汗を流してとるんです。それが十時半にできなければ、射撃の方もまつ最中ですからどうにもならないのです。そしてやや二十分かそこらしたかと思うとアメリカの兵隊さんが来て英語で手つきをする、ところが英語がわからないから、何と言つているかわからない。これも負けただからしかたがない。ところがそれほど苦心をして漁業をやつておるのに、たまさかに船の出るときも、この補償金は、まあまあ自分の私欲の関係というようなぐあいになりますが――地元の前にある船をそつちへ持つて行けといつて、昔の言葉で三百間くらいも持つて行かせられてしまう。われわれはほんの地元だが、部隊長によつてはそういうことを言う。船を揚げるのは、砂原だから砂原にもぐらないようにしなければならない。それで加工業者の方の牛や馬を借りてひつぱる。一貫目や八百匁もあるたいがあるのに、そのなわをとつていては時間も来るし、それを捨てて行かなければならないので、はなはだしい被害がある。それだから、この被害としては、私たちは付近で私ほど大きいものはないだろうと考えておるのです。この補償金は私ははなはだ少いです。それもどうか詳しく調査してもらつて、それがいただきたい。私の考えとしたならば、子供三人やつて二人死んでしまつた。これも負けただからしかたがない、負けただからしかたがないと考えておつたが、他の者はろくに商売もしないでたいへんな金をもらつおります。それらをよく調査をしていただくようにお願いを申したい。
○上塚委員長 ありがとうございました。これにて本問題に関する参考人の陳述は終了いたしました。これより政府当局並びに、参考人に少し質疑を行うことといたします。通告順によつて質疑を許します。森清君。
○森(清)委員 参考人にお尋ねいたしますが、ただいま小栗山参考人と中村一郎参考人との、例の威嚇射撃と称す過日の射撃問題の陳述が多少食い違つておるので、その点私はまず最初にお尋ねいたしたいと存じます。
 まず今までこういう事件があつたかどうか。私はこの間ちようどここにおられる特別調達庁の長官とともにこの状況を調査に参りましたが、そのときに私どもが調査いたしましたところによりますと、従来射撃をやる時間が来ても、もし漁をやつている場合には、一応これの区切りがつくまでは、射撃をしないで待つていてくれる例がしばしばあつたというふうに聞いております。さらにまたどうしても射撃をしなければならない時間になつた場合でも、射撃地域を右、左半分に切つて、射撃をしたいという位置の半分以外に漁船がそれた場合に射撃している例が、今まで再三再四あつたというふうなことも聞いておりますが、まず第一に、今までにこういう例があつたかどうかということと、時間が一時過ぎになつておりますが、先ほど中村参考人からのお話では、十二時から射撃を開始するということになつておりますので、大分時間がたつておりましたが、それまでに退去命令が何べんくらいあつたかということをお尋ねいたしたいと思います。
○中村(一)参考人 今までは正十二時から六時まで射撃を行つております。それからこれは小栗山さんの方でよく御承知だと思いますが、たとえば時間が来たときに、漁船が危険区域内におつて退去しないというときには、自分たちで――自分たちというのはちよつと変なのでありますが、補償金の中から買つた無線機をもつて連絡をして、早く退去をしろというようなことが過去にあつたと思います。それからせんだつて私がマーテイン少佐に会いましてよく当時の事情その他を確かめましたところが、マーテイン少佐は、きようは大漁だから射撃を延期してくれというような要請はいまだかつて一回もなかつた、ただ二月の十六日一回文書であつただけで、それ以外に一回もなかつた、こういうふうに言つておりました。
 それからいま一つ、これはちよつと御質問のピントにはずれるかもしれませんが、非常に重大なことで、私がマーテイン少佐から聞いたことをお話したいと思います。それは、基地司令官であるマーテイン少佐と部隊指揮官との間に権限の問題があるということでございます。マーテイン少佐は基地を警備する任務を負つて来ておる、部隊司令官は射撃に関する一切の問題について権限を持つておる、こういうことでございます。そうしますと、私たちがしばしば聞いておりますことでは、日にちによつてあるいは月によつて前と違う。たとえば、延期の要請をしても、してくれなかつたり、あるいはしてくれたこともあつたかもしれぬ。部隊司令官によつてその射撃に関するいろいろな動作といいますか、何といいますが、たとえば、漁船が来たからやめてやれというようなことの権限は、部隊司令官にあつてマーテイン少佐にはない。ただマーテイン少佐が言うのは、公共の安全のためには、アメリカの兵隊は一兵卒に至るまでも射撃を停止することができるというようなことは言つておりましたが、現実に漁船が時間内に区域内に入つて来たときに、それをレーダーでもつて確認し、射撃をしろとかあるいは危険だからやめろという権限は、部隊司令官にあつてマーテイン少佐にないということでございます。それと、部隊司令官から、漁船がいるからどかせろという要請があつて初めてマーテイン少佐の任務が発生するというふうに、私はマーテイン少佐から聞いております。このようにしますと、部隊司令官の考え方によつて、漁船がいても撃つたり撃たなかつたり、こういうような事態が今後も発生するというふうに考えられて非常に危険なのでございます。ですからこういう点については、私たちはもとより一日も早く手を打つてもらわなければなりませんが、それには交渉も必要だろうと思いますので、少くとも最小限の交渉期間中においても、政府当局が、マーテイ少佐とかそういうような下部の指縄官に現地で直接交渉することなく、もつと根本的な問題について、極東軍司令部とかそういうようなところと射撃に関する問題をはつきりときめてもらいたい、こういうふうに考えております。
 それから森先生の御質問のことでございますが、今までに漁船がいた場合に時間の延期というようなことは、二、三あつたかと記憶しております。それから当日の時間のずれでございますが当日は定刻の十二時から射撃を開始するということになつておつたのでございますが、十二時ぴつたりに射撃を開始したとは私は申し上げておりません。それから私と小栗山さんとの話が食い違つておるという点については、先ほど申し上げたように、小栗山さん自身は、演習協力会長であるかどうかわかりませんが、当日は夷隅郡勝浦町に海区調整委員会の委員として出席しておつて不在であつた。あとで皆さんの意見をたとえば無線機を扱つておる人たちあるいは須藤さんに聞いたかわかりませんが、そういつた人の意見を総合して、私は直接戸叶先生が視察に参りましたときに、飛地連絡官の須藤という人といろいろ話し合ったところが、はつきりと須藤さんが漁船がいてもアメリカ軍が待たないで撃つたということを戸叶先生にも話しておるわけであります。そうして、その漁の数は船、三、四十隻であるということと、自分の直感的な考えでは、船の方より多少角度をずらしてアメリカ軍が射撃したように言つておりますが、その船に乗り込んでおつた従業員の話では、確かに自分の船の近くへたまが落ちておるということを、はつきりとほとんどすべての人が私に話しております。
○森(清)委員 中村君は直接その場に居合せましたので、あるいはそのことが事実かもしれませんが、実は私が現地に参りまして、いろいろ調査いたしまして、そのときに連絡官の須藤という人にも会いました。ところがこの須藤君のいわく、時間が来て射撃をしたいと思うんだが、船が入つておるから、これをすぐ撤去するように命じろということで、須藤君は銚子にある無電局でございますか、あそこに連絡をとつて、海上保安庁の船に来てもらつて、そうして退去命令をしてもらつた。自分はただレーダーでもって、退去したかしないか、そのことをはつきり自分がこの自で確かめることができなかつたことが、落度といえば落度であるけれども、確かに退去したという報告を受けて、これならばよろしいということでそれを通達しそれから射撃が始まつた、こういう証言でございました。さらに先ほど申し上げましたが、射場の左右いずれかの半分に船が退去したときには、今までも射撃を開始した場合が間々あつたということもつけ加えておりました。そこでさらに地元の人たちにもいろいろ意見を聞きましたが、最近は非常に協力的になつて来ているので、あの問題も地元としてはそれほどの問題がない。こういうふうな意向も聞いて来たのでございますが、このことにつきまして、また先ほどの私の質問に対しまして、小栗山参考人からも重ねてお答えをいただきたいと思うのであります。
○小栗山参考人 ただいま森先生から御熱心なお尋ねを受けました。今まで行政協定に入りましてからは、大原方面の船は、場合によると演習地の近くへ来ておつて、忠告をしない場合には操業をしておることもあると思います。またあの演習地の豊海、白里、片貝の三町のあぐり漁船は、おそらくあの射場のまつ下で操業をするのです。但し、演習がありまして、十二時から演習を開始する場合に、出漁しておつて、たとい演習場を離れてわきへよけても、船が見えたときには演習場の方でも射撃をしません。また無線を持つた船から連絡をいたしまして、いろいろ進駐軍の方でも、演習隊長に通告を出しまして、一時間なり二時間なり待つて、沖の漁業時間や漁獲の状況を見て、そうしてよく時間を伝えて今日やつておる次第であります。但し、十一日の問題は、今私も話しましたが、私は行つていませんでしたが、これは先般諸先生方がお調べに参りました後に、私この問題をきようこちらへ参考人としていうてあつたものですから、実は無線局の方を調べてみた、こういう状況で、無線局においては、別段進駐軍からも業者からも小言がありませんでした。いろいろの今までの状況で、そういつた進駐軍が行政協定に入らないときさえもわれわれ業者が参りまして、演習隊長、または基地の隊長、今までの隊長にも申しまして、不漁であつて、たまたまの漁であるから、きようは操業させてくれ、但し、二時間くらい漁をさせてくれというときには、今まででさえも聞いてくださつて操業させてくださつたのですから、当日のあれは、私どもにははつきりわからない。中村さんは白里町におつたそうでありますが、それは事実であるか、私の言うことかうそであるか、これはおいでになつた先生方も調べた経験もありましようが、これは政府の方で御判断を願いたいと思いますが、今までそういう面で苦しいながらもそういう操業ができておつたのであります。
○森(清)委員 いずれにいたしましてもこの問題は、もし中村参考人の言われるように、その弾着が船のごく近くであつて、生命の危険を感じたようなことであつたとするならば、これはゆゆしい問題だろうと私は考えるのであります。社会党の戸叶君もさつそくその直後に現地を視察いたしましたし、また私どももつぶさに現地を視察して参りましたけれども、ただ問題は大したことがなかつた、こういうふうなことは間々あるので、これを新聞で発表されると、かえつて現地でいろいろと迷惑することがあつて困るのだというふうなことも聞いておりますし、また一方中村参考人の言うごとく、非常に身の危険を感じた、あんなことがあつてはわれわれはあくまでも撤退を要求せざるを得ないというような強い要求もございました。いずれにいたしましても九十九里に射場があるために、いわゆるいわしの三大漁場の一つであるところのあの附近の住民が非常に困窮し、生活にも困難を来しておるということは、これは周知の事実でありまして、どうか関係官庁におかれましては至急にこの真相をきわめられまして、今後かかる事態が再び起きないように善処していただきたいと思うのであります。つきましては、先ほど中村参考人からいろいろ説明ございました通りに、事実地元におきましては九十九里が演習場に指定されて以来いろいろと事故が頻発しております。そのあげくのはてには反米思想まで及んで来ておりまして、何とかしてアメリカさんをこの漁場から撤退させてもらいたいという運動が熾烈になつておりまして、ことに豊海の町を中心とした撤退期成同盟というものは、昨年あたりは非常に活溌な動きをしておりました。ところが外務省に地元の人たちが参りましても、あるいは特別調達庁に参りましても撤退は絶対にできない、そこでこれにかわつて何とか補償の点で妥協する手はない、だろうかということを、担当の人たちが常に申されております。ところが今まで補償を受けておるのは海上の補償だけでございまして、特にあぐり網の業者が二十七年度も一億三百万という補償を受けておりますが、それ以外の陸上補償というものは、たとえば無人機が飛んで、これが墜落をして人家をこわしてしまつた、あるいは人命に殺傷を与えたとかいうような事件がひんぴんと起きておりますが、しかし無人機の問題は、先ほどの中村参考人の説明にもありましたが、現在は陸上は飛ばないで、もつぱら海上だけにこれは協定されまして、これは厳守しているように私は見て参りました。ところが、問題はその補償でございますが、演習地を撤退してくれという要求も、国家が完全なる補償をしてくれるならば、あえて引続き使用してもかまわないという空気が、最近は非常に強くなつて来ております。
 そこで担当官庁である特別調達庁の長官にお尋ねいたしたいのでございますが、九十九里浜の地びき網の業者というのがございます。これはたしか私の記憶によりますと、半径三万一千ヤードの区域が去年の五月一日にたしか二万ヤードぐらいに、縮小されまして、そこで今まではこの地域に入つていた人たちに対しては補償があつたのでありますが、縮小された関係で、縮小された地域に入つた人たちは、これからは補償がないということを申達された。しかもその申達が去年の五月一日以降は補償しないということで、その通知が来たのが五月末日であつた。従つて五月一日から五月末日までの間は、そういうふうに改正されたことを知らないために、皆はその演習場に入らなかつた。当然これは改正前の、通達を受けるまで、一般にそれを知るまでの間というものは、当然これは補償を受けなければならないものと考えておりますが、この点はいかがでございましよう。
○福島政府委員 地びき網の補償でございますが、今の五月の関係というのは、私じかに承知していないのでありますが、無人機が落ちまして、落ちた無人機は引揚げてないために、網にひつかかつて網がこわれるというような点は、この間現地に参りましたときに地びき網関係の諸君からも話を聞いて参りましたので当然その補償はすべきものと考え、研究させるようにいたしております。
 御指摘の入つてもよろしいという、補償しなくなつたという期間の、通達の遅れている間の問題をどうしなければならないかということでございますが、はなはだ申訳ないのですが、私自身は承知しておらないのでございますが、不動産部次長の意見によりますと、制限区域でないのでありますから、原則は補償できないわけでありますが、さような通知漏れというような関係もあるというので、関係省庁の間で目下研究中であるそうでございます。
○森(清)委員 さらにその地びきに関係してでございますが、この期間的なずれという点に合せまして、御承知のごとく九十九里浜は十八里ございまして、その十八里の人たち全部に関係することなのですが、制限区域にいるいないにかかわらず、あれだけ月曜日から木曜日まで、ほとんど間断なく大砲のたまを撃つているということは、さながら砲弾の幕があの十八里の沖合いにできたようなものでありまして、当然これが魚群に及ぼす影響もこれは考えなければならない問題でありますし、さらに今長官が言われましたところの、砲弾のために網が破損してしまうというようなこともありまして、これは制限区域内外を問わず、当然私は補償の対象になると考えるのであります。どうかこの点もあわせて御研究なさつていただきたいと思うのであります。
 次に九十九里浜の水産加工業者というものがございます。これは他の地域の水産加工業者と違いまして、水産加工業者といつても、その加工するものは、すべてあぐり網でとつて来たところのいわしだけでございます。それ以外のものは何も関係していないのでございます。たとえば九州方面から魚をとつて来るとか、あるいは東京からこれをひつぱるというようなことなくして、すべてあぐり網業者と一体になりまして、あぐり網でとつて来たいわしというものは、東京の市場には生では一尾も出ない。全部水産加工業者に渡つて加工して東京の市場に出すということになつておりまして、水産加工業というよりは、むしろこれは漁民の一労務者といつても過言ではない状況であります。二十七年度の補償金が二億三百万にきまりまして、この水産加工業者と呼ばれる人たちの補償金が含まれているかいないかということをお尋ね申し上げたいと思います。
○福島政府委員 漁業の補償に関連いたしまして、水産加工業者の問題というのは非常にむずかしい問題でありまして、魚がとれなくなつたということで、はんぺん、かまぼこの生産業者まで補償するということになりますれば、これは相当関係をたどることがむずかしくなりますので、原則的には加工業者というものに及ばないであろうかと思います。しかしながら御指摘のように九十九里浜の関係は非常に特殊な状況にあるということは、私どもによくわかつておりますので、加工業者として扱うということになりますと、むずかしくなるかと思いますが、漁業労働といいますか、そういう関係の扱い方をいたしまして、私どもの、これはまあ正式にきまりますまで他の省庁の意見が出て来るかと思いますけれども、私自身の感じといたしましては、先般初めて現地に伺つて状況をお話いただいたような始末でありますけれども、千葉県九十九里浜におけるいわしの関係の加工業者の諸君の損害というものは、漁業労働という関係から二億三百万の中に入れて考えるべきものであると考えております。
○森(清)委員 さらに先般長官は直接に現地をごらんになりましたので、おわかりだと思いますけれども、今一番問題になつております問題は陸上補償でございます。無人機は、先ほど申し上げましたように、もう海上だけにとどめて、陸の方は絶対に飛ばなくなり、まして、今後は厳重にこれを監視し、同時に厳重にアメリカ軍がこれを遵奉していただけば、おそらくこれの被害はなくなるとは思いますが、ただあの殷々たる砲声のために、すぐ近くにある学校では授業が終日できないというような状況があつたり、あるいはまた自動車が制限時速を守らないでもって、あの小さな町を疾駆して、そのために人命を殺傷したり、あるいはまたこれらの重量物が通るために、道路が非常に破損したりする例がたくさんございます。これらのことに関しまして、その被害に対する補償の御意思があるかどうか、同時にもしその補償をするとすれば、その金額はどのくらいに見込んでいるかということをお尋ねいたしたいと思います。
○福島政府委員 漁業の補償の関係は、先ほど来お話の出ております二億三百万円ということになるわけでありますが、それ以外に陸上に与えた損害の補償ということも、私ども研究しているわけでございます。人命に対する殺傷というものが起りますれば、当然これは民事特別法もしくは見舞金制度によつて補償を実施することになります。不法行為による人命の損害が起れば、行政協定第十八条による補償も行うことになります。その他の陸上施設の損害に対しましては、一番顕著なものはもちろん道路でございます。これに対しましては、予算をとりまして道路を直すという措置はとらなければならないかと思つております。また学校の関係で、防音装置をしなければ授業ができなくなる、校舎もゆるむというような関係に対しましては、その予算を現在獲得するように手配中でありますが、ただ先般現地に参りましたときに、学校に対する防音装置と申しましても、学校が大分古くなつていたんでいることは間違いなくいたんでおりますが、一つの小学校の例でございますけれども、お建てになつたのが明治三十九年で、現在ゆるんでおることはずいぶんゆるんでおるけれども、これは全部爆音のためではないということもありますので、必ずしも建直しの費用が全部出るということにはならないということは、御承知願わなければならないかと思います。しかしながら、当面学校で問題になりますのは三件あるわけでありますが、三件とも防音装置もしくはその他の改良施設のできますように予算をとつて参りたいと思つております。さしあたり目下手配中の学校関係の予算額は、七百万円を多少上まわる程度であるかと考えておりますが、現地に参りまして関係町村の諸君の意向も多少打診してみたわけでありますが、大体現地の御希望と合つておるというふうな印象を得て参りました。なおそのほかに接収と申しますか、提供を受けております土地の賃貸料を支払うという問題でございますが、この賃貸料の支払いはいたしております。しかし現実に接収と申しますか、借り上げております土地のごく一部分しか、演習場の関係施設に使われておらない次第でありますので、使つてない土地を解除するような手配をいたしております。
○森(清)委員 ともかく九十九里浜におきましては、自分たちの唯一無二の仕事でありますところの漁業というものが、この演習場に指定されて以来ほとんど制約されておりまして、自由な漁業ができないということが、ひいては反米的な思想になり、あるいはまた反政府的な気持にだんだん醸成されつつあるのでありまして、この問題解決にあたつては、ただ誠意とそれを裏づけるところの補償以外に私はないと思いますので、どうか実情をさらに一層の御調査をなさいまして、漁民並びに陸上の人たちが完全に納得するような補償をぜひやつていただきたいと思うのであります。以上で私の質問を終ります。
○中村(一)参考人 私ただいまの森清先生の加工業者の件と、それから福島長官の加工業者に対する補償の方法について、私の意見を申し上げたいと思います。
○上塚委員長 参考人の意見はすでに終了いたしました。それでなお他に質問がありますから、もし必要であれば質問者を通じてあなたの意見を言われたらよかろうと思います。吉川兼光君。
○吉川(兼)委員 私は小栗山さんにちよつとお伺いしたいのですが、あなたはただいま発言の当初におかれまして、演習協力会長という、きようの肩書が違つているというお話でございましたが、念のためにもう一度はつきり御資格をお知らせ願いたい。
○小栗山参考人 吉川先生にお答え申し上げますが、演習協力会というものは、実はわれわれ業者で、演習に協力しなければこの営業が成り立たないじやないかというので、演習協力という名自で、つくつたときは二十四年のときでありまして、その後演習連絡会となつています。
○吉川(兼)委員 演習連絡会長のほかに、九十九里浜不漁対策委員長というのもやつておられるのですか。
○小栗山参考人 現在はやつていません。二十七年度補償していただくまではやつておりました。
○吉川(兼)委員 それからなお豊海町の漁業協同組合長をやつておられるのですか。
○小栗山参考人 やつております。
○吉川(兼)委員 そこで私は小栗山さんに、先刻森委員からもお話が出たようでありますけれども、確認のためにもう一度簡単にお伺いしたいのであります。二月十一日に行われました、一部において威嚇射撃と解されておりますような、こういう事実は今まで何回かあつたのでございましようか。簡単でけつこうです。
○小栗山参考人 今までは、こういう私ども連絡会とか協力会とかいう、私のやつておりましたときは、そういう新聞も出ませんので、円満な処置をとつておつたと思います。
○吉川(兼)委員 あるにはあつたのですか。
○小栗山参考人 こういう威嚇射撃なんということはございません。また船が鼻もとにいれば、アメリカ側としてもあぶないというので、そのころは無線もありませんので連絡がとれないために撃たなくて――船のどけるまでは全然撃ちませんでした。ですから今回におきましてどうしてこういう威嚇射撃をしたかということは、私もたまげて調査してみましたら、無線局から無線を入れたところが、無線局長のいわくには、高仲四郎、この船長のいわくには、そういう射撃は受けなかつたというお話を承りました。
○吉川(兼)委員 たいへん時間が迫つておるようでありますから、どうか御答弁はできるだけ簡単にお願いいたします。演習区域内に漁船がいます場合には、日米間の連絡をした上で、漁船の立ち去るまで射撃を延期するということに原則はなつておると思いますが、今あなたは演習連絡会の方のお仕事をやつておられるようでございますが、ただいま日米間の現地における連絡は円滑に行つておるのでございましようか。
○小栗山参考人 現在は千葉県の渉外課の方でやつておりまして、渉外課があの現地へ出張しましてやつておりましたので、私はあまり今までは携わつておりません。
○吉川(兼)委員 そうしますと連絡会というお仕事は、こういう大事な、たとえば威嚇射撃か何か知りませんけれども、あるいは人命の点にも及ぶかもしれないというような場合に連絡するためにあるのではないかと思いますが、あなたのやつておられます連絡会といいますのは、そういう場合の連絡は県庁から来ておる人にまかせ切りで、その他の連絡をするというのですか。
○小栗山参考人 県の方から連絡を受けたことは船に報告をいたしまして、連絡をいたしております。連絡のないことはやりませんです。
○吉川(兼)委員 そこで米軍が演習のために水面を使うということを認める法律が、先般、十六国会でしたか、できたのでありますが、その中に、その後の外務省の告示の中にもはつきり出ておるのでございますが、大漁の場合、どうもそれを急にとりやめるわけに行かない。いわゆる漁の操業をやめられないというような場合には、これまた現地で、日米間で連絡をして、射撃の開始を一時延期してもらう、こういうことがちやんと規定されておるのでございます。あなたは、今伺いましたように、三つほど――まだほかにもいろいろおありだろうと思いますが、そういうやや公的なお仕事をなさつております関係等から考えまするに、現地において、大漁だから射撃を少し待つてくれ、延期してくれ、こういうようなことを申し出るが、その大漁を認定する、大漁であるとか、ないとかいうことをだれがきあるかということになるわけですが、そのことが実ははつきりしておらないのですよ。それは要するにあなたさんなどが、大漁かいなかという認定をするについてのお役割があるのではないかと思いますが、その点をひとつお伺いしたいと思います。
○小栗山参考人 別段にそういつた専門的はございませんが、われわれの無線組合の七艘の無線を持つた船の船長から、操業中に大漁であるということを無線で報告を受けた場合に、県の出張所の係官の方へ申し上げて行きます。沖から、つまり操業しておる船から、きようは大漁であるから、演習を二時間待つてくれとか、あるいは一時待つてくれ、一時間のうちにはいわしをとりあげてしまうという連絡を得られて、初めて米軍の方に通達をいたします。そうして通達を済ました上に、ここで御了解を得ていただけば、その報告をまた船の方に無線を返してやる。現在そういうやり方で、だれが責任を持つてやるかということは、ちよつと――現在では九十九里の七艘の船でやつておるわけでありますから、これはよくよく大漁のときでなければ、そういう報告もせぬし、また現在大漁でなくても、演習地は午後射撃の時間が参りますが、お昼前にいわしがたくさん射撃場の下におるという報告が出て、いわしの大群がいるから、一時間射撃を々ばしてくれということはあると思います。
○吉川(兼)委員 実は非常に大事なところですから、もう少し念を入れてお伺いしたいのですが、今の無線の船の七艘といいますのは、豊海町の範囲内だけですか。
○小栗山参考人 いいえそうではありません。大原町に一台、長生郡に一台、白里町に一台、豊海町に一台、片貝町に一台、海上捜索に一台、銚子外川で一台が無線組合のものであります。
○吉川(兼)委員 実は私、先日現地を視察に参りましたのですが、司令官のマーテインさんとかなり長時間お目にかかりまして、いろいろなことを聞いて来たのです。まあここで申し上げてもいいかと思いますけれども、マーチインさんに、この大漁の認定はだれがやるのかということを聞いたのです。大漁でなくても、沖合いで操業中の漁船が大漁だといえば、それで延ばすと、いうわけにも参らぬでしようが、大漁の場合、一々現地に行かないでも、陸上のどういう機関か、あるいはどういう人か、そういうものの証明といいますか、発言といいますか、それを信用して、射撃部隊の方では、これは大漁だ、こう認定して射撃を延期することになるのではないかと思いますので、その点を聞きましたところが、実はあなたの名前をあげたのです。大漁は、実はミスター小栗山のところできまるんだ、こういうことを言われたのですが、マーテインさんは、われわれがこういうところにお呼びしてお伺いするような相手でありませんので、その言葉を引くことすら私ちよつと躊躇したのですが、実際問題として、あなたといいますか、あなたの関係しておる七台の無線の組合といいますか、そういうところで、大漁かいなかを認定するということに事実はなつておるのですか。
○小栗山参考人 事実は船長がやるということになつております。また、マーテイン隊長から、その点は私にやつてくれと言われましたけれども、各業者、ここに漁民代表もおりますが、そういう方と協議の上で今後きめよう、そういう報告をいれる場合の責任者としては、皆さんで御相談をしてから申し上げますと、こういう言葉でそのときに私は言つておきました。
○吉川(兼)委員 そういう御答弁でありますと、もうちよつとその点を確かめさしていただきたいのです。そうしますと、どういうことなのですか。これは今後そういうふうにしたいとおつしやるのですか。
○小栗山参考人 陸上の方で報告をいれる責任のことは、今後きめたい。現在やつておるのは、沖から出たことをただ私が連絡をしていれるだけでありまして、責任を持つてその通達をやるということは、今後きめようということであります。
○吉川(兼)委員 わかりました。そうしますとこういうふうに了解してよろしゆうございますか。沖と陸ということをおつしやいましたけれども、まあ大漁でどうかということは、大体こつちで最初きあるのでなく、沖から来るのでしようから、それが陸の方に伝わつて来た場合に、これからは漁民代表等と相談をして認定する。但しそういう情報がいつ来るかわからぬものですから、来てすぐ漁民を呼ぶわけにも行かないでしようから、結局それは、一つの相談する機関、会議といいますか、委員会というか、そういうものをつくろうということですか。
○小栗山参考人 そういうことになると思います。
○上塚委員長 なお、小栗山君に注意しますが、速記の都合がありますから、発言を求めてから御発言を願います。
○吉川(兼)委員 そこで、昭和二十三年に九十九里浜の演習場が始まりましてから今日まで、あるいは独立の効力発生後でもよろしいのですが、大漁のために射撃の延期を頼んだようなことはございますか。あれば何回くらいあるかをお聞きしたい。
○小栗山参考人 二十三年に演習を始めたときは、朝の八時からでありますが、演習が半日になりましてから、一年間百七十日働くとしますれば、その中には五回や十回は、そういうことは度々あります。それは今まではよく聞いてくださいました。
○吉川(兼)委員 そこで参考人の小栗山さんは、今もお話の中に出ましたように、有数なあぐり綱の経営者と私は存じ上げております。今の演習場はあれはたしか二十八万坪くらいあるのじやないかと思うのでありますが、今の調達庁長官のお話を伺つておりますと、使わないところは近く返すかもしれぬというお話であります。現在はそのくらいな面積を海岸で占めておるわけでございますが、そこで一週間に四日間、午後六時まで射撃をやつておる。こういうような状況のもとにおいて、あぐり網漁業の経営がちやんと立つて行く、こういうふうにあなたはお考えになつておるかどうかということをお伺いしたい。
○小栗山参考人 あぐり網経営は、今日では苦しいと思います。経営が成り立たないと思います。
○吉川(兼)委員 そこであなたは不漁対策委員会の委員長その他連絡会の会長、いろいろなお仕事をやつておられるので、非常にお詳しいはずでございますが、今のこの演習地を米軍に接収されまして以来、今日まで九十九里浜一円における演習から生ずるもろもろの損害は、どのくらいのものであるか、大よそでけつこうですから、それを伺いたい。それから、その損害に対する今日までの補償の大体の額をおついででありますから、今あなたはあぐり網の経営は非常に困難になつて来た、こう言われたのでありますが、あなたのようなあの地方における大きなあぐり業者であつてもそうでありますから、従つてもつと小規模の業者には、いろいろな悪い、大きな影響が来ておるのではないか。従つて倒産等の事実もあるかもしれないと想像されますので、そういうことがありますなら、御一緒にお答え願いたいと思います。
○小栗山参考人 先ほど中村君からもお話になつた通り、われわれは、だち業者、地引業者、あぐり業者の三業者の形で、私は補償対策委員会の会長を、地元の関係上やらされておりますが、この問題は、実際あの演習のためには、どつちかといえば、演習場を移動してもらいたいのがわれわれの希望であつたのです。演習場はとうてい移動できないということは、先ほど森先生からもお話になつた通りで、そこで政府は完全補償というのでありましたが、われわれの解釈ではわれわれが出した三億八千万円に対して二億三百万円でこれはどういう計算のもとにああいうことになつたのか、その点をひとつ特別調達庁長官にお聞き願いたいと思うのです。
○吉川(兼)委員 なるほど森委員でしたか、あるいは森委員が向うでお聞きになつたという、このごろはやりの伝聞のお話であつたか、ちよつとはつきり私も記憶しておりませんが、外務省なり調達庁におきましては、撤去その他はできないと言つておるそうでございますけれども、私は絶対できないというと言えないと思う。たまたま今の吉田内閣はそういうことを言つておりますが、吉田内閣はいつかわるかもしれぬという情勢で、これが絶対性をそんなに強く持つもの、であるかどうかということは、これはにわかにだれもきめ得ない。先刻来私が伺つておりますと、これは私の方が邪推であるかもしれませんが、邪推であれば直しますけれども、中村参考人とのお話の閲で、何となしに一つの食い違いのようなものを感じておる。あなたの方は、今は絶対に撤去、移転ができないということを前提にしたお話をなさつておるように見える。これは聞き違いかもしれませんが、今の中村漁民組合協議会会長のお話を伺つておりますと、どうしてもこれでは現在立ち行かないということをもつぱら主張されておるのであります。この際でありますから、特に体裁をつくつたり、長いものに巻かれたりするような考え方が多少でも動くことによりまして、あの不幸な事態が永久不変のものであるかのようなことが、あなたのお言葉として、国会の記録に残ることは非常に考えてもらいたいと私は思う。これは変なことを申し上げるようでありますけれども、泣く子と地頭には勝たれないという言葉がありまして、今の政府は、あるいは昔の地頭のような強力な重圧をもつてあなた方に臨んでおるかもしれないが、あくまでもこれは限りのある力でありますから、それ以上の力ではね返せば、こういう問題は立ちどころに解決されるし、またしなければならないというふうに、現地である悲惨な状態を見まして、つくづくと感じておるのであります。そういう点を特にあなた方の方でおもんばかる必要がないのかどうかということを、私は考えなければならぬというふうに思います。
 そこで、関連してこの際お伺いしたいのは、あなたは一方におきましては、九十九里浜で不漁対策委員長という仕事をしまして、これは直接米軍に向つてではありませんが、調達庁その他、日本の政府を通じてこの対策をどうするかという重要なお仕事をなさつておられる。一面におきましては、なるほど演習協力会ではなく、連絡会だそうでありますけれども、演習連絡という、特に大漁のことなども無電で連絡して協力をするということが、全部が全部私はいけないとは思いませんが、その間に、考え方に一つの相反するものがあるのじやないか。やはりあなた方のような、あの辺の指導者の方は、真にあの不幸な状態を一日も早く解消せしめるということに向つて、いわゆる不漁対策委員会の長として、御活動することが自然な姿であり、何だか調達庁の嘱託か何かのような間違いをしたり、考えを起させるような妙な連絡会というようなことは、これは御自身がおやりになつておつて、その間に何かの矛盾をお感じになるようなことはないかということを、ひとつこの機会に伺つておきたいと思います。
○小栗山参考人 私は連絡会というものは、決して米軍についてどうこうという連絡会ではなく、ただ自分としては、漁業者にこの演習のために不幸があるというので、自発的に連絡会をつくつてやつたのあります。また補償対策委員会でも再々これは問題になつたが、終戦後五箇年も九十九里浜に演習場を置くことについては、九十九里、だけが単に戦争をやつて負けたのじやない、それで九十九里の演習地を、日本政府――外務省なり水産庁なり県を通じて、再々大勢でもって、この演習地をかたしてくれということを申し上げてあつたのでございます。それがどうしてもあそこの演習地はかたすことができない、いかに漁民の委員会で日米合同委員会に交渉しても、あそこの演習場はかたせない、完全補償をするから、がまんしてくれというような御意向であるが完全補償といつても、政府が地元へ一箇年に対一して一万円くらいのわずかな補償では、かわいそうだということを私は申し上げたい。
○吉川(兼)委員 非常によくわかりました。要するに、それじやこういうふうに了解してよろしいでしようか。今どなたかのお話の中に、結局補償ではないかというお話があつたように思いますが、あなた御自身は、完全補償といつても、決してそれは御満足の行くような補償はもらえない。従つてこの問題は、結局するところ、補償で解決するというふうに自分は考えない。但しいろいろ今まで運動を続けられ、努力をして来れたけれども、なかなか撤去は困難なようであるから、本心は、撤去を求めるのだけれども、すなわち撤去が前提であるけれども、撤去をされるまでの間は、ああいう制約のもとに漁業を続けながらもその漁業が少しでも成績がいいように、従つて補償などにつきましても、少しでもよけい補償がもらえるように考えておるのだ、こういうふうに了解してよろしゆうございますか。
○小栗山参考人 ただいま吉川先生の言う通りに、私も実際漁民の御期待に沿うようにしたいということは、もとより考えております。ぜひとも、今後演習場はかたさないものならば、漁民にもう少し政府が補償してやつてくださることをお願いします。
○吉川(兼)委員 次は漁民組合の協議会長の中村さんにお伺いしたいと思います。たいへん時間が迫つておるようでありますから、非常に失礼でありますが、できるだけ答弁は簡潔にお願いいたしたいと思います。中村さんは当日現場に居合したそうでございますが、先刻のお話の中にもちよつとあつたようでありますけれども、はつきり聞きとれなかつたので念のためにお伺いしたいのであります。その射撃が始まりましたときの砲弾は大体どの辺に落ちたか、これは相手が海でありますから落ちた跡はないわけでありますけれども、漁船から見てどのくらいの距離に落ちたと思われるか。あなたはしよつちゆう海に出ておられるので、目測はかなり確かなものであると思われますから、その点をお伺いしたい。
○中村(一)参考人 当日私は白里町の陸上におつたのでありまして、撃つた砲弾がどの方角に飛んで行つたかという点につきましては、前の林もありますし、その点は全然わかりませんでした。ただ船から帰つて来た漁船従業員の言い分を聞きますと、真亀沖約八海里から九海里の地点、それも地もやといいまして、多少もやがかかつておつたために、結局陸岸がよく見えないために、どこそこというはつきりした地点はわからないけれども、漁場から引返して来ての時間的推測、また自分が毎日漁場で働いておる直観的な勘から、大体真亀沖七、八海里から八、九海里のところへ落ちた。しかもその落ちた地点は五良丸という船の近く二、三百メートルの地点だつたということを漁民は、言っております。
○吉川(兼)委員 それからちよつと、二、三、あわせてお伺いしますが、その日の演習場内に居合した船は、どこかよその地方の船だなどということをだれか話したということを新聞記事で見たような気がしますが、その船はどこどこの船であつたかということが一つ。それからもう一つは、海上保安庁の船が来ておつたというのでありますが、これをあなたは見られたのかどうかということをお伺いしたい。それから九十九里場浜の、いわゆるいわしの三大漁場などと言われておりますが、ほんとうの漁場といいますか、いわゆる中心地帯は演習地との方角とか距離とかいうものからして、大体どのくらいのところにあるのか、そういう関係等をあわせて御説明していただきたいと思います。
○中村(一)参考人 第一の、どこかよその船ではないかという点につきましては、白里町のあぐり漁船一統は、四隻ないし五隻の編成になつております。それから南白亀、白潟地区の漁船合せて三十隻ないし四十隻近くになるのではないかと思います。この船が現に射撃場の中におつた。しかもこの船が帰港したのは午後五時三十分ごろ陸岸に接岸している。それまでは射撃を受けたために、一旦沖合い南方に退避して、それから一宮沖をずつと接岸して、そこで一旦投網して、その網を張つて上げるまでに一時間かかつております。その網を上げてから船が帰つて来ているという事実がございます。
 それから第二の海上保安庁の船の件でございますが、私は当日陸上におりましたので、海上保安庁の船を見ることはできませんでしたけれども、五良丸、大丸といつた漁船従業員の言を聞きますと、海上保使庁の船は見ていない、当日は見えなかつたということをみんな言つております。それから新聞紙上あるいは須藤連絡官、調達庁長官あたりからお聞きになつたかどうかわかりませんが、「なみちどり」の件でございますが、「なみちどり」は当日九十九里浜海面には入つて来ておらない。あとで、「はやぶさ」が入つて来て、連絡あるいは退避せしめる任務に当つたというふうに、県並びにほかの人たちも訂正しております。そういうでたらめのことをやつておる。
 それから第三の九十九里浜の漁場でありますが、九十九里浜のほぼ中心が片貝町であると思います。この片貝町の南隣が豊海町、その豊海町の南の真亀川を中心といたしまして、豊海町側が高射砲陣地、白里町側が機関銃の陣地と今なつておると思います。それから半径二方二千ヤードありますから、海上郡の矢指村よりもちよつと南でありますが、それから長生郡の隣村あたりまでの二万二千ヤード、それから沖合いは約一〇・四マイルでございます。水深にいたしますと約二十二、三ひろあると思います。いわしの漁場は、従来から片貝町、それから豊海町、白里町、白潟町、東浪見下というようなところがおもな漁場であります。大体普通、いわしが最もとれるところは、水深七ひろから十三、四のところが最も漁場として価値があるところでございます。ところが演習の危険区域内は約二十二、三ひろのところまでやつておる。ですから九十九里浜の漁場は、南も北も沖も、全部危険区域内に入つておるということがはつきり申し上げられます。それよりも沖はもう岩礁、あるいは非常に水深が深いために、投網してもそこへ届かないために、魚が底をくぐつて逃げてしまうということで、漁獲が非常に少いのであります。
○吉川(兼)委員 そこで、たいへん失礼ですが、できるだけ時間を短かくお答え願いますと幸いですが、これは大事なことでありますから、ぜひひとつあなたに承つておきたいと思いますことは、演習予定の時刻が来ますと、大体漁船は退避をしなければなりません。よく言うように、漁というのは何も木に成つているのをちぎりに行つたり、たなに置いてあるものを取りに行くのではありません。相手も動いていますから、これはそうきちつと時間的に割切れるものではなかろうと思います。従つて時間で打切られてもなかなか打切れないというような場面があることが一つ。それからこれは後ほど調達庁長官に聞きたいと思うので、あなたに聞くことは飛ばして行きます。この従業員に対する補償は非常に私は少いと思います。従つてなかなか漁の方は十分な働き及びそれに伴う収入は期待できない、補償の方になりますと、零細な漁夫になればなるほど非常に割当が少い、こういうようなことでだんだん食つて行けなくなるのは当然でありまして、娘を売つたりするような問題も起つておるそうで、その統計を私は持つておりますが、時間の関係で避けますけれども、そういうわずかな補償ではどうしても生活ができない、そういうことになつて来ました場合に、あの辺で転業して何か仕事をしようと思つても、あの辺は御存じのようにそうどんどん失業者がありつけるような仕事はない。そういうことから考えまして、結局子供のときから海で育つているので、海に行つて働く以外にはないということになるのではないかと想像されますが、他に収入がなくなつて来て、もう食うこともできない、こういうような場面になつた場合に、多少危険を冒しても、いわゆる射撃の下をかいくぐつても出漁せねばならぬという事態が、漁民の方には出て来るのではないかということを、私はこの間現地の悲惨な状況を見て、そういう想像をたくましくしておるのでございますが、漁業労働者の代表として参考人は、そういう場面があるかどうかということをこの機会にはつきりと伺つておきたいと思います。
○中村(一)参考人 今の、時間で打切ることができるかどうかということにつきましては、なかなか魚というものはしつぽがついておつて泳ぎますので、そう簡単に十二時になつたらぴしやつとしまえというわけには行かない。たとえば午前中は大した漁のようでなくとも、午後になつて魚の大群が接岸して来るという状態もあるので、この点については時間ではつきりと何時からやつちやいかぬというようなことは、非常に無理が生じて来るというふうに私は思つております。
 それから、その次の従業員の補償でございますが、従業員の補償が、昭和二十七年の四月二十九日から十二月の三十一日までの分として、中心部の最高の人で約七千円から八千円くらいでございます。それから両端の――たとえば私の方の大原町とか、そういうところでは三千円、それ以下になりますと千円から千五百円、銚子、九十九里、それから外川方面も、その程度でございます。そのようにして非常に微々たるというか何というか、これくらいならいらないというような金でございます。しかもそれで四日間の午後はやめさせられるという事態でありますから、そういうことになりますと、何とか米軍の基地をどこかへ持つて行つてもらいたいという声が非常に高まつて来ております。当初基地撤退の運動を皆さんがやつていただきましたときに、政府当局は、撤退は現在できないから、補償をやるからがまんしろというようなことで、多少それに、少くとも経営者の方は含みといいますか、満足はしないまでも何とかなるというような気持を持つておつたと思います。ところがその補償が、ふたをあけてみたら申請の半分にも足らないというようなことでございますので、この点については漁民は政府に対してむしろ憤激を感じておる……。
○上塚委員長 中村君、できるだけ簡略に、要領をつかんでお答えを願います。
○中村(一)参考人 そういうわけでございますから、少くとも今後予想される撤退運動に伴い、反米闘争は徐々に高じて来るであろうということは、私がここではつきり申し上げられると思います。
○吉川(兼)委員 どうもありがとうございました。それでは中村甚太郎さんに一、二伺いたいのですが、あなたは演習場のすぐ隣にすんでおられるそうですが、演習が始まつてからお宅の受けたいろいろな迷惑なこと、それからその御近所等で爆音だとかあるいは無人機が落ちたり、いろいろな迷惑なことがあると思いますが、それを一つ伺いたい。それからもう一つは、土地を接収されたということを今言つておられましたが、その土地を接収されたときの状況、たとえば木が植わつていたのをどうしたとか、あるいは海岸のことですから船がつないであつたでしようが、そういうものがどうなつたとか、接収された土地の代金は坪当り幾らもらつているとか、そういうことをきわめて短かく話していただきたいと思います。
○中村(甚)参考人 坪当り二十八銭、これは一本の木を五銭で買って来たのが七百五十本、それを四百十二坪植えたのをアメリカの自動車がリイヤーを持つて来て、三台でいきなりひつぱつて真亀川に捨てに行つた。それで大騒ぎで、みんなで話しに行つたが、話が通じないで、追い返された。それから、夜中どかどか落ちる。食いものがないから野郎どもは兵隊に出ちやうし、女の子は芝地を起して、陸稲でもとろうと思つたら、米軍の犬のすきな方が犬を飼つていて、八匹も十匹もわんわんくらいつきやがつて、走りまわつたり、ころがつたり、麦の穂が出るころは、そこらべた一面に走りまわる。それから海に落ちた無人機を一台拾つて来ました。その前に四回、五回、無人機をあげていますが、おとといは落ちたばかりのをあげて来ました。そうすると、米軍がすぐ車に載せて持つて行つた。落下傘だけは置きつぱなしで行つてしまいました。私は兵隊さんだからしかたがないよと言つているが、これくらいの金をもらつて、ろくなことはない、こう考えてお願いに上つたようなわけでございます。
○吉川(兼)委員 参考人に対する質問はこの程度で、政府側に少し質問申し上げたいと思います。たいへん時間が経過したようで、申訳ありませんが、実はこういうことになろうかと思つて、お昼休みはいいかということを係の方までお伺いしたのですが、どうしても強行なさるということで、私、初めて出た外務委員会ですから、私はあまり委員長の言うことを聞かない方ですが、ここではすなおに従つて参つておりますので、もう少し質問することをお許し願いたいと思います。
 そこで、私は外務大臣の出席を求めておつたのですが、大臣はとうとうお姿が一度もお見えにならないので、政務次官の小瀧さんにお尋ねいたします。この二月十一日の米軍の威嚇射撃、これは威嚇射撃ではないという議論もありますから、威嚇射撃といわれている事件くらいにいたしておきましよう。このことにつきまして先日私はマーテインという現地のいわゆる射場司令官、演習場指令官に会いました。この方は、事件の直後に千葉の県庁に現われて、新聞記者を集めてインターヴユーなどをやつて、それも記事に出ております。そういうもの等から全部総合して行きますと、当日は演習区域内に相当数の漁船がいたことを、米軍のレーダーで認めた、しかしそれは危険はないと思つたから、射撃を始めた、要約しますと、話はこういうことになるのであります。私は、演習区域内におりますことを危険がないという見方はどうかと思いますが、いずれにいたしましても、先刻どの参考人でありましたか、お話の中に、昨年の二月でありますか、機関銃の流れだまに当りまして、貫通銃創を負つたというお話をされておつたのであります。限られました演習場の中で、たとえばそれが片一方に片寄つておるからと申しまして、大砲、機関銃を撃ちますと、それがどういうふうにそれるかわからないのでありまして、私はやはりそれは危険区域ではないかというふうに見たいのでありますが、この私の見方が否定されないとしますれば、明らかに漁船に乗り組んでおります多数の生命を脅かす行為であるということになるのではないかと思うのです。はたしてそうでありますならば、米軍が演習するために日本国の水面を使用することを認めましたこの法律の精神に反するものと私は思いますが、この点につきまして、外務省当局の所見をお伺いしたい。
○小滝政府委員 本日の参考人のお話を開きましても、また過日当委員会におきましての海上保安庁の説明を聞ききても、いろいろ当時の事実について矛盾した、相反するような証言がありますが、この事実問題については、調達庁長官も現地に行つたようでありますから、長官の方からお話した方がよろしかろうと存じます。しかしながら私の方でこれまで調べましたところでは、米軍の方でもできるだけ日本側と協力して、生命に危険がないように措置をとるよう、努力したようであります。当日におきましても、南端の方に二、三隻船を認めたけれども、北の方に撃てばさしつかえないというので、絶対安全な角度をとつて射撃したというように申しております。現地のことについては、吉川さんの方がよけいお詳しいでありましようが、もし危険なことをしたということになれば、これに対してはもつと話合いをして、そういうことを避けるような措置をとらせるため、調達庁長官の出ている委員会を通じ、またさらにもつと必要があれば、合同委員会の本会議なり、外交的なチャネルを通じて申入れをしなければならないと思います。しかしとにかくあの地域は、危険区域としてすでに指定せられたところでありまして、それに対して時間も限り、また適当な連絡方法を講じて、危険がないように努力しておるようであります。現在の段階におきましては、そうした違法行為があつたとか、あるいは撃つてはならないときに撃つたのだという事実をはつきりつかんでおらないため、結局現地において今後こうした事件が再発することのないような措置をとるのが、一番適当な方法であらうという考えから、今後の対策を話合いをして、今後は一隻でも出て来ておるような場合は、撃たないという結論に到達し、話合いができたわけであります。しかしその話合いの内容については、福島長官から説明するだろうと存じます。
○吉川(兼)委員 特調長官には後ほど御質問がありますから、一緒にまとめてお伺いしますが、小瀧次官の御説明は、ほとんど説明になつておらないと私は思います。実は十七日の本委員会におきまして、戸叶委員に対する外務大臣の御答弁の中には、よく先方と話し合つて、今後不測の事故の起らないように要望したいということをお述べになつております。これと同じようなことを少し敷衍して、今小瀧さんが言われたのでありますが、先方とはどこのことでありますか。いわゆる合同委員会をさすのではないかと思うのでありますが、あの事件が起りましてからもう十数日もたつておりまして、戸叶さんの質問が行われてからも、もう十日たつておる。これだけの時日が経過しておりますのに、どういうことをお話合いになつたかを聞きたい、そしてそのお話の結果が、どういうものになつておるかを聞きたい。今日におきましてなお、十七日の大臣の答弁と同じようなことを開くものとは、私どもは考えておらないのでありますから、その点をお答え願います。
○小滝政府委員 なぜ合同委員会にかけなかつたかは福島君からお話すると思いますが、私どもの方では合同委員会にかけるような性質の事件が起つていないという認識でありますので、合同委員会には何も諮つておりません。ただ過般戸叶さんの御質問がございましたので、その了解事項は一体どうだという点については、いずれ後に福島君からも説明するでありましようが、私から申し上げますならば、第一は現在関係漁業組合の船で無線を装置しておるものが七隻、その他の漁船は八百隻ぐらいあるが、この無線を最大限に利用して、米軍側と漁船との所要の連絡をとるようにするということ。また無線装置の船をできるだけ増加して、さらに連絡を徹底するよう努力する。その次に、退去のため一時射撃を延期してもらうための連絡は、午前十一時までに米軍に通報するということ。その次には事前に米軍に連絡をとつた上危険区域内通過を承認された漁船があるときは、その通行を終るまで射撃を中止する。なおこの種の通行は、従来は三隻以上の漁船がまとまつた場合にのみ承認されておつたようであるが、今後は一隻でも通行する場合には、それが通行し終るまで射撃をしないということを承認させる。次に漁船が危険区域の境界線を明瞭に確認することができるように、米軍において水深その他を記入した図面を作成して、各漁業組合に交付すること。こうした話合いを現在の米軍側とつけたのであります。結局現地の実情に適した連絡方法をとり、危険を避ける実際的な措置をとることが必要でありますから、この問題は現地で解決する方針をとつた次第であります。
○吉川(兼)委員 たいへんおそくなりまして、委員長その他委員の方にも御迷惑で恐縮でございますが、できるだけ急いで簡単に済ませますから御了承願います。
 小瀧次官の御説明は、どうしてもその程度しかできないのはやむを得ないと思います。そこで私は外務省の政務次官として最後に一つだけ伺つてみたいのは、先刻参考人でしたか委員でしたか、どなたかのお話の中にあつたことですが、昭和二十七年度の漁船の損害に対する補償の申請でございます。これは三億八、九千万円の額が申請されたように伺つております。それが先刻も特調長官が言つておられましたように、三億三百万円というところに、削られて決定しておるのでございますが、このことについて、実は現地の新聞界などでこういうことが伝わつておるのです。それは当時の特調の査定は、この三億八、九千万円という向うの県庁を経由して提出されましたところの補償とほぼ同じような額を出した。ところがこれに対しまして大蔵省を主として、どうも外務省も大蔵省側に肩を持ったような形跡がある。そうしてそれが二億三百万円に削られたというのです。そのために、そのときの特調の長官の根道何がし、それから不動産部長の鈴木何がしという人がどうにもいたたまれなくなつてやめたのか、あるいはやめさせられたのかもしれませんが退任した、こういうことを現地の新聞社の人が言つておりますが、これは単なる風説であればけつこうでありますけれども、私はこの間向うに行きまして各社の人に取囲まれてこういう話を聞いたのでありますが、この際その点をはつきりされた方がいいと思います。
○小滝政府委員 そういうことは全然事実に反することであります。外務省といたしましては、かりに私どもが個人的な立場を考えてみましても、こうした問題について第一線に立つていろいろ皆さんの御質問に答え、また円満に解決しなければならぬ立場にありますので、そうした中に立つてあつせんしなければならない外務省として、そういう現地側に不利なことを特に主張するということは、道理から申しましてもないはずであります。ことに根道者が退任いたしましたこととこれとは何ら関係がないことでございます。ただよくお考え願いたいのは、いろいろ類似のケースもたくさんございますので、大蔵省といたしましては財政上の見地その他いろいろな点で、必ずしも申請通りできない場合もあるだろうと思いますが、こうした面につきましては調進庁及び外務省ではできるだけ努力いたしまして、満足の行く線にできるだけ近い線で話をまとめたいというふうに考えておる次第でございます。
○吉川(兼)委員 もう一点だけお伺いしたいのは、先刻来の参考人の話を伺いましても大体御想像がいただけると思いますが、私は時間がないのでいろいろな資料がありますけれども差控えますが、もうすでに七年間も演習場をあそこに設定しておるのであります。しかもなかなか動かしそうにもないというので、現地の人も前途に非常に希望を失つておるのでありまして、そのために経済の困窮から来ますいろいろな、たとえば娘を売るとか、あるいはパンパンがふえておりますから、そのために風紀が非常に乱れるとか、そういうことはあそこの実際の問題としましては、むしろ大きくない方に属するかもしれませんが、そういう副作用的なものまでどんどん出て来ておる。死人であるとかけが人というものは盛んに続出しておりますし、それに対する補償は全然やられておらない。しかもそれは法律における演習区域内でないというのでそれが行われておらない。人が死んでも県知事から五千円くらの見舞金で済まされるという例が幾つもあるという状況であつて、なるほどこれは行政協定をアメリカとの間に結んでおります日本といたしましては、いわゆる演習場の設定を認めざるを得ないということはやむを得ないかもしれません。しかしながらそのためにひとり千葉県の九十九里浜のあの二万七千の漁民のみが数年間に、しかも将来いつ撤退になるかという見通しもつかないような状況で、犠牲を払わなければならないということは、私は政治の貧困といいますか、きわめて不公平なことではないかと思う。われわれは敗戦後の日本といたしまして、今日の経済の困つております状況等から考えまして、乏しきを少しも憂えるものではない。しかしながらひとしからざるを憂えるという言葉がありますように、まさに私は乏しきを憂えてひとしからざるを憂えずという逆の状態が、九十九里にあることを私は断言するものでございます。従つてこれをすべからく撤去ないし移転してもらわなければならない。補償等につきましては後ほど特調長官にも多少の質問を試みたいと思いますけれども、あらゆるものの前提に、あそこの人だけが七年間にわたりまして、しかも将来は一向光明も見えないというような状況で、犠牲を強いられるというようなところはどこにも発見することができないのでありますから、これをひとつどこかに移らてもらいたい。そこでいろいろ私は調べてみたのでありますが、一ついい候補地があるのです。それは神奈川県の由比ヶ浜というところです。次官もおそらく大臣と同じことを言われるかもしれませんが、実はこの間の戸叶さんの質問に対して大臣はいろいろその移転できない理由をあげておりましたが、そのどの理由から申しましても由比ヶ浜ならば移転ができる。しかもこれは外務大臣の岡崎さんの選挙区のすぐそばでありますから、朝晩何かとこれを見て、演習というものの被害が付近にどんなに及んでおるかということを見ることもできる。やつとこの間特調長官が片貝の演習場を事件が起つてから見に行つたという連絡ぐあいでは、私どもの考えておりますような政治が公平に均霑するということはなかなか期待できない。岡崎さんの選挙区のすぐそばになるのでありますから、由比ヶ浜あたりに持つて行つていただきたい。由比ケ浜に移転することに困難な事情がありますれば――実はこれは岡崎君に開きたかつたのでありますが、あなたはあの辺のことはおわかりにならないかもしれませんが、今すぐでなくてもよろしいから、これはぜひ近い将来に可能な時期におきまして、できるだけ早く神奈川県に持つて行つてもらいたい。そうして演習場設定によりますところの付近住民の悲惨な状況に触れていただきたいということを私は希望いたしておきます。これは御答弁はいりません。
○上塚委員長 吉川君に注意しますが、もうすでに一時間以上も許しております。これは吉川君の特別な選挙区関係等もありますから、これを尊重して今まで許したのでありますが、できるだけ簡略にお願いします。
○吉川(兼)委員 私の選挙区ではございませんけれども、きわめて簡単にお伺いしたいのですが、それでは特調長官に対する質問は留保をさせていただきまして、この辺で打切らしていただきたいと思います。
○並木委員 簡単に当局に質問いたします。最近の演習の状況はどうなつておりますか。私は、朝鮮の動乱なんかの成行きから見て、もうそんなに日本で演習をしなくてもいいのじやないかと思うのです。それで九十九里の演習の目的もどこにその目的があるか、よくわかりません。いかなる敵襲を想定してやつておるのか、そういうこともわからない。最近の情勢は一体どういうふうになつておりますか。演習は逐次縮小されるような傾向にあるのではないかと思いますけれども、いかがですか。九十九里なども早晩やらないで済むようなけはいはございませんか。
○福島政府委員 九十九里の高射砲の射撃演習は何を目的としているかということでありますが、御承知の通りあそこに演習場がありまして、演習場の管理部隊がおる。実際に演習するのは東京辺の東京防空部隊が一週間に四日間ずつ交代で来て演習をして帰つて行く。東京の防空部隊でありますので、東京から行けるところでないといけないということになつておるわけであります。
 演習が縮小する傾向があるかないかというお話でありますがが、全国的な面は必ずしもわかりませんけれども、九十九里浜に関しまする限りは、三万メートル以上ありました演習地区を二万メートルに縮小もいたしましたし、五日にわたりましたものを四日に縮めましたし、一日になつておりましたものが半日になりましたし、また漁があるということになれば待つ習慣なども相当ふえておるようでありますし、減りつつあることは間違いないと思います。しかしながらこれを当面撤廃させる具体的な時期の見通しがつくかということになりますと、これはつかないと申し上げるほかはないと思います。
○並木委員 妙義山の問題なんかはどうなつていますか。
○福島政府委員 妙義山の山岳演習を行うためにあそこの地域を借り上げるという問題につきましては、現地の住民諸君と円満な話合いをつけて借り上げるということを方針にいたしまして、鋭意話を進めておりますが、最近に大体円満に妥結する見通しであります。
○並木委員 それではついでに次官に二点だけお尋ねをしてしまいます。それは今の問題とは別なのですけれども、時間があればこれもゆつくり質問するつもりでしたけれども、なくなつてしまいましたので簡単に質問いたします。
 一つは大野氏がフイリピンでガルシア副大統領と賠償の問題で予備会談をしております。そうして予備会談の模様は、すこぶるフイリピン側に好意をもつて迎えられておるという報道であります。そこでお尋ねいたしますが、現在大野・ガルシア会談というものはどういうふうに進行して、これが賠償に及ぼす影響はどういうふうになつておりますか。
 それともう一つは、国際砂糖協定の問題です。この国際砂糖協定の承認は済んでおるはずですけれども、至急国会の批准にかけべきではないか。最近砂糖の問題なんかもずいぶんやかましくなつておりますが、どうなつておりますか。
○小滝政府委員 フイリピンにおります大野君は、着任以来絶えずガルシア外務大臣と接触いたしまして、賠償問題その他についていろいろ話合いをしておるのであります。幸いにしてだんだん相互の理解を深めまして、相当進捗をいたしておりますけれども、まだはつきりここまで行つたということを報告する段階に参つておりませんが、そういう時期が参りましたら、いずれこの委員会に報告する考えであります。ただ御承知のようにフイリピンとの貿易とりきめは、きわめてわずかの期間四十五日間だけ延長になりましたため、そのとりきめはこのままほつておいたならば、三月十五日で期限が切れるという関係になりますので、賠償問題のみならず、貿易とりきめについても話合いをしておる、こういう関係で、大野君は随時先方の外務大臣に会見をしておる次第でございます。
 砂糖協定はロンドンで調印せられましたが、できるだけ早い機会に議会に提出いたしまして御承認を仰ぎたいと考えておりますが、しかし砂糖の今の国内相場の問題と協定とは直接関係はございません。この協定は麦の協定と異なりまして、値段の最高値段、最低値段がきまつておるわけではない、生産を調整し、市価を安定せしめるという趣旨のものでありますので、国内の砂糖の値段の問題、砂糖輸入に対する外貨割当の問題とは直接関係のないものであるということを、御了解いただきたいと存じます。
○上塚委員長 これにて本問題に関する質疑を終了することといたします。
 参考人各位には長時間にわたり種々な御意見の陳述をいただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後二時五十五分散会