第019回国会 外務委員会 第35号
昭和二十九年四月十五日(木曜日)
   午前十一時六分開議
 出席委員
   委員長 上塚  司君
   理事 今村 忠助君 理事 富田 健治君
   理事 福田 篤泰君 理事 野田 卯一君
   理事 穗積 七郎君
      大橋 忠一君    北 れい吉君
      熊谷 憲一君    須磨彌吉郎君
      上林與市郎君    福田 昌子君
      細迫 兼光君    加藤 勘十君
      西尾 末廣君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (調達庁不動産
        部連絡調査官) 久保田栄一君
        外務事務官
        (国際協力局第
        三課長)    安川  壯君
        参  考  人
        (福岡県農地部
        開拓課長)  小田部善次郎君
        参  考  人
        (福岡県古賀町
        助役)     安武 徳郎君
        参  考  人
        (福岡県新宮村
        村会議長)   鴛海  実君
        参  考  人
        (元海軍大佐) 長谷川英雄君
        参  考  人
        (元港運業)  久保田邦一君
        専  門  員 佐藤 敏人君
        専  門  員 村瀬 忠夫君
    ―――――――――――――
四月十五日
 委員三浦寅之助君辞任につき、その補欠として
 熊谷憲一君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員熊谷憲一君辞任につき、その補欠として三
 浦寅之助君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び
 区域に関する件
 ソ連地区における邦人に関する件
    ―――――――――――――
○上塚委員長 これより会議を開きます。
 本日はまず日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び区域に関する件を調査するため、参考人より意見を聴取することといたします。本件について本日参考人として出席を求めましたのは、福岡県農地部開拓課長小田部善次郎君、古賀町助役安武徳郎君、新宮村村会議長鴛海実君であります。
 議事に入るにあたりまして、参考人各位にごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中のところ、遠路わざわざ御出席をいただき、厚く御礼を申し上げます。なお当委員会といたしましては、国政調査の一つとして日米行政協定に基き駐留軍に提供する施設及び区域に関する件を調査して参りましたが、今回本件に関し、特に福岡県古賀訓練場に関する問題について参考人各位の御出席をお願いいたした次第であります。議事の順序について申し上げますと、まず参考人の方々よりおのおのの御意見を開陳していただき、そのあとにおいて委員より質疑がある予定でございます。なお御意見の開陳は一人二十分以内にとめていただきたいと存じます。念のため申し上げておきますが、衆議院規則の定めるところにより、発言は委員長の許可を受けることとになつております。また発言の内容は、意見を聞かんとする案件の範囲を越えてはならないことになつております。なお参考人は委員に対し質疑をすることはできませんから、さよう御了承を願います。
 それではこれより参考人の意見を聴取いたします。福岡県農地部開拓課長小田部善次郎君。
○小田部参考人 古賀訓練場の問題につきまして、県として意見を述べさしていただきます機会を与えていただきましたことを本委員会に厚く御礼申し上げます。
 私はこの問題に当初より関係いたしておりますので、現在までの経過の概略と、それから県として考えております結論的なことを申し上げたいと思います。この古賀演習場の位置は、この地図に示しております通りでございまして、福岡県糟屋郡古賀町並びに新宮村となつております。これは九州本線の門司がここになりますが、その門司から九州本線がこう走つております。これが福岡になるのですが、そのちようど中間に位しております。本地区は福岡市から大体東北四里半くらいの地点にございまして、地区内を西鉄の電車がずつと走つております。この地区内に花見駅、それから新古賀駅、新宮駅という三つの西鉄の電車の停留場を持つておる地帯であります。この面積は、町歩にいたしますと、三百五十七町歩でございまして、その内訳を申しますと、耕地が六十四町歩、それからその他の宅地とか山林原野が二百九十三町歩になつております。ここに色わけをしておりますが、この茶色に染めておりますところが、大体海岸の松のはえておる地帯でございます。それからここに緑色に着色いたしております地帯が、耕地になつております。ここには関係しております戸数が四百五十二戸でございまして、必ずしも地区内だけではありませんが、四百五十二戸の人がこの接収に関係しております。その内訳は、一般の農家が百二戸、それから開拓者といたしまして九十九戸、その他一般の住民の方々が二百五十一戸になつております。計四百五十二戸となつております。この地区内には、ここに大体点でずつと示しておりますが、いろいろな施設がございまして、おもなるものを申し上げますと、ただいま申し上げました中央を西鉄の電車が通つておりまして、そのほか消防ポンプ格納庫、学校、会社工場、これは八社あります。それからそのほか農産物の出荷所とか、神社、公会堂、変電所、それからゴルフ場、海水浴場とか、この地帯が海であります関係上、地びき網のひき場が二箇所ございます。そのほかセメント瓦の工場が八社ございますが、その砂をとるのをこの付近一帯でやつておるわけであります。そういうふうないろいろな施設が中に散在いたしております。
 県といたしましては、この問題を当初知りましたのは、昭和二十七年の六月でございまして、調達庁からの文書をもつて承知いたしたのであります。このPDは、昭和二十六年、その前年に出されておりますPDでありまして、そのPDの内容は、昭和二十一年にさかのぼつたPDの内容であります。これを一応受領いたしましたので、知事といたしましては、ただちに総理、大蔵、外務、農林各大臣並びに特別調達庁、当時の予備隊、そういう方面に対しまして次のような要望書を提出いたしております。全面的にこの地域を返していただきたい、こういうことが第一の要望でございますが、どうしてもこれが返されないならば、県といたしましては、この川の以西の地区にしていただきたい。この以西の地区は、ごらんの通りこれは松原でありますが、その大部分は国有林になつております。赤で斜線を引いてありますのは、国有林であります。そういう地帯にとどめてもらいたい、こういうことを要求いたしたわけであります。これが理由といたしましては、この地区が現在まで駐留軍によつて正式に使用されたことは一回あります。その一回も、ただ兵隊が通信の電線をからいまして、十数人のものが松原の中をうろうろしたというただ一回の事実でございますので、使用していないものを接収する必要はないのじやないかということが第一の理由でございます。第二には、さつき申しました通り、PDが昭和二十一年十月に遡及して、しかもずつと四、五年遅れて出されている。しかもそのPDは、この地区内にここに元陸軍の小倉造兵廠の分場があつたわけです。約六千坪の土地でありますが、わずかこの地帯が旧陸軍用地であつたということで、どういう間違いか知りませんが、いわゆる軍用財産と誤認されまして、この地区一帯をPDにひつかけられている、こういうふうな実情でございましたので、そういう誤認されたものを解除してもらうのは当然じやないか、こういうふうな理由が第二でございます。それから旧軍用地として一応PDが出されております関係上、接収は事実上昭和二十一年からなされておりますが、これに対して補償の関係は全然考慮されていない。こういうふうな事実に基きてまして、PDは無効であるということを県側としては主張いたしております。そのほか、先刻申し上げました通り、中央に電車が通つているとか、いろいろの施設がある。特にこの地帯には、地区内ではございませんが、ここに国立療養所が三つあるのでございます。一つは国立福寿園、一つは国立清光園、一つは国立病院福岡療養所という結核の療養所がありまして、これは病後のアフターケアとか、この松原の風光明媚な地帯を対象にして設立された病院でございますので、こういうところを演習のために踏みにじられては困る、こういうふうなこともございます。そういう理由からしてどうしても解除方をお願いしたのであります。その後昭和二十八年に至りまして、非公式の文書ではありましたが、農林省農地局から、次のような条件で接収するが、承知しないかというふうな文書が届きました。これによりますと、今までは歩兵及び車両の訓練場ということでPDの内容が示されておつたのでありますが、新たにここを露営地とするということがうたわれたのであります。それでそういうことではここに家なんかをじやんじやん建てられては困るということと、それからその当時、すぐ近くに博多キヤンプがあるのでありますが、その博多キャンプの方では福岡の調達局と相談いたしまして、実は博多キヤンプとしてこの地区内にいるのは非常に小面積でいいのだ。それでキヤンプの方からの要求によりましてここで測量いたしましたのは、このくらいの部分を博多キヤンプとしてはもらいたい、そのほかの土地はいらないのだというふうなことを、図面にも示しておりますし、そういうふうなことを実際博多キヤンプから出したのであります。そういうふうな関係もありましたので、農林省から二十八年八月に示されたものは、こういう地帯を当初は接収すると言つて来たものを、今度は、ここにこういう青い線でずつとチエツクしておりますが、これより海岸線をもらいたい、こういうことでございます。従つて、おもなる住家の密集しております地帯とか、それから耕地の大部分、そういうものは一応除かれましたが、なお漁業関係とか、あるいはいろいろの施設がこの中にまだずつと含まれているわけです。そういうふうな要求を二十八年に至りまして農林省の方から示されたのでありますが、その間日米合同委員会から三回現地調査があつております。なお当時におきましては、衆議院の外務委員長を初めといたしまして衆参両院から数回にわたつて調査もございましたし、また両院に対しまして請願書を提出したのでございます。その後、昨年の十一月でございますが、農林省、外務省の方から、もうこの案件も三箇年近くなるので、ひとつ最後の県の腹を出してみい、こういうふうなことでございましたので、最後の県の案といたしましては、花鶴川以西の地区で、漁業、採砂、農業に支障のない範囲をもつて演習場としてもらいたい。その具体的な範囲はこういう地帯でございます。但しそれには条件を付しまして、福岡市のここに当時一一八陸軍病院と申しておりました進駐軍の病院がございますが、それが移転する場合には、この地帯に建てられたらどうかということが第一の条件、第二には、ここの地帯が国有林になつております。国有林はごらんの通り、ここだけが国有林でありまして、ほかには大した国有林もありませんし、こちらの方はほとんど全部民有林であります。ここに国有林が二町幾らかあります。それからこつちの方には百二十町ばかりの国有林がある。こういうような形態の国有林であるので、地元としては非常に迷惑をされるのだから、国内問題としては、ひとつこの国有林を払い下げられるということであれば、地元も納得されると思うので、ひとつぜひともこの国有林を払い下げていただきたい、こういう条件を付しまして、最後の県側の腹としております。
 この問題の発生以来、地元の町村代表は実に円満解決のためにいろいろ努力されたのでありますが、現在のところまで絶対反対を唱えておる人が多いのであります。それで今申しましたような状況でありますので、使用していないものはぜひとも返してもらいたいというのが、私の方の第一の希望でありますが、どうしてもいけなければ、最悪の状態においては、今言つたような条件をかなえてもらいたいというふうな考えを持つております。
 大体以上であります。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 次は古賀町助役安武徳郎君にお願いいたします。
○安武参考人 古賀町地元の方からお願いいたしたいと思いますことは、大体要約いたしまして皆様方の手元に差上げてありますが、なお地元の真相をお話申し上げまして、ぜひ私どものお願いいたしております反対の実現方を国家の力においてやつていただきたく存じておるわけでございます。
 まず地元の状況を申し上げます前に、皆様方に対しましてお礼を申し上げたいと思います。それは本問題が惹起しましてから数年間、地元といたしましては、巨額の費用と長い時間をこれに費しておるのでございますが、この間私どもも数回にわたり上京いたしまして、各方面にわたつて陳情いたしましたとき、あるいは政府当路者の方々、衆参両議院関係の方々が何回となく現地御調査においでになりましたとき、いつも非常に楽観的なお話を承つておつたのでございます。ことにあるお方などは、こんな狭隘な土地、こんな周囲の事情にある土地は、ただちにこれを解除すべきである、もう少し強力に地元の人が押さなければだめである、内灘の問題ぐらいにひとつやつたらどうかというようなことを、お話なさつた方もいられたのでございます。こんな楽観的なお話の中でありながら、なおかつどうしてきようまで解決されないのであるか、私どもは何か釈然としない、割切れない、隔靴掻痒の気持をまだ今日感じておるわけでございます。ところが今日まで長い間この問題につきまして御心配してくださいました上塚委員長さん初め、外務委員の方々のお力によりまして、今回地元の陳情を聞いていただきます時間を与えてくださつたことにつきましては、深甚のお礼を申し上げたいと思うのでございます。
 私ども出発にあたりましては、今回はすでに最後であろうから、一生懸命にやつて来てくれという激励の言葉によつて見送られましたし、なお私どもも今までの陳情とは違う機会でございますので、悲壮な気持をもつて参つたのでございます。なお陳情中はいろいろ失礼なことを申し上げるかもしれませんが、この点は何とぞ御了承くださるように、前もつてお許しを得たいと思います。
 古賀町はどういうところにあるかということを申し上げますと、さつき課長さんからお話のありましたように、大体福岡市から東北に乗物で三十分、北九州の市街地から約一時間、その中間にある土地でありまして、鉄道、バス、電車などは間断なくこれを走つております。また土地も平坦で、近年会社工場が非常に建設を見ますし、なお住宅の建築も非常に目ざましい。なお町民も和風一致の気持で、日に月に発展の一路をたどつておつたのでございますが、今回の問題が起りましてから、ここ数年間はまつたく停頓いたしまして、町の発展がおびただしく阻害を受けておるのでございます。
 ではどうしてこの問題はいつから私どもは知つたのであるか、この問題が地元でどんなかつこうで起つたかということを申し上げてみますが、第一はどんな方法で大体接収されておるのかが、私どもは全然わからないところがあるのでございます。発端は、実は昭和二十七年七月二十七日に、西日本新聞、毎日新聞、夕刊フクニチなどの各新聞が、一斉に接収のことを掲載発表したのでございます。その中に、演習場として古賀町、新宮村と掲載してあります。なおその下に(国)、こういうふうにしてありましたが、よく注記を読んでみますと、(国)というのは国有地である。(公)というのは公有の所有物である。(私)は個人の所有物である。こういうふうに説明がしてあります。私どもは最初本町内の国有地はわずか六千坪ぐらいしかないのでございますから、あえて気にもしていなかつたのでございますが、その後聞くところによりますと、あの接収地の五十五万全部が国有地として接収されておることがわかつたのでございます。これを知りました関係者はもちろん、一般町民はまつたくはちの巣をつつついたようにごうごうとして立ち上つたのでございます。どうしておれの土地を与えたのだ、どうしておれの土地をやつたのだ、喧々ごうごう、毎日役場に押しかけて参つたのでございます。もちろん私ども町当局としましても、同時に知つたようなわけであります。ところでさつそく新宮村と話しまして、接収反対協議会を組織いたしまして、今日までこれを中心として強力に推進して参つたのでございます。それでどうして国有地となつておるのかということを調べてみますと、政府のある機関がこれを国有と誤認されて、接収しておることがわかつて来たのでございます。すなわち問題の原因は、終戦末期に陸軍の小倉造兵廠、さつき課長さんのお話があつたあの問題がありますが、これが大体大蔵省から昭和二十三年九月三十日と二十四年一月七日に、すでに民間に払下げになつて、その帳簿の整理が不行届きであつたというような原因を突きとめ得たのでございます。これなどは大体その責めに当つていただいている人が、役場にでも来られて土地台帳などをお調べになりますと、これが国のものであるのか、町村のものであるのか、あるいは私のものであるのかが、一目瞭然、簡単に判明するところを、漫然としたお気持で、国の所有として接収せられていることは、私ども地元としてはまつたくあきれてものが言えないというような感じがいたしております。もしこれが反対の立場で、国の土地を町の方で無断で使用しておつたならば、これは国の方からとてもきついおしかりを受けるのでございます。この点は従来福岡の調達局に何回も申し上げておりましたが、昭和二十八年九月七日に、これはこちらがまずかつたのだということをようやく認めてくれたのでございます。しかしその後当局は、何らこれを解決してくれようとはいたしておらないのでございます。こんなふうで、国の所有として取扱おれておりましたために、地元としては接収されていることは全然知らなかつたのでございます。また書面や口頭で一度も相談を受けてはいないので、私の方としてはごうも承諾したことはないのでございます。
 第二はPD問題でありますが、さつきお話のようにPDが昭和二十六年に出され、それが二十一年にさかのぼつて効力を発するという、まつたくこのPDに対しましては、私ども地元の責任者としては同意のサインをしたことも全然ありません。これは私どもから言いますれば全然PD地区でないと言えるのであります。また国家が認めております公の帳簿、土地台帳などには、厳然として個人の所有権が認めてあります。この問題は、所有権を有しております町民が受入れないといつて絶対反対をいたしておるのであります。またこれは個人の人権を尊重する立場において当然のことであると断言し得られるのであります。それゆえかもしれませんが、さつき課長さんのお話のように、大体補償の問題でも、これは今日までまだびた一文もらつていないのであります。
 第三に日本の国土は非常に狭いのでありまして、人口がごろごろしておる。九年の間に一、二問使用したくらいであろうと思いますが、それくらいのものを接収してじつとしまつておるということは――こういうところは国内でも多数あるように聞き及んでおりますが、こんなところから日米間の感情がいろいろ阻害されて行くということも一面考えられるのであります。もつともさつきの課長さんのお話のように、一度来ました。またそのほかに、これは昭和二十七年十月二十六日であつたと思うのですが、六名のアメリカの兵隊が遊びに来て、あの松林の中で約五千発くらいの実包をところきらわず盲めつぽうに撃ちまくつたのであります。付近のたんぼの中や山で働いておりました者は、まつ青な顔色になつて、命からがら家に帰つて来たのでありますが、幸いに一名の負傷者も出していません。このことは不幸中の幸いだつたと思つておりますが、こんな使用の方法であれば一日も早く解除してもらいたい。地元の方では特にこれで刺激されたわけであります。
 なお本町は前に申し述べましたように、大体北九州の枢要な住宅地帯にありまして、交通、地形等は天与の地の利と得ております。都市計画の遂行とともに一大住宅街の出現も遠からぬうちにできるのでありまして、町の発展は一にかかつてこの土地に期待をいたしておるのであります。この点から見ましても、この点はぜひ解除していただきたい。
 第四は、指定されております海岸の松林は、大体幅が百メートルか、広いところで百五十メートル、しかも起伏のはなはだしい砂地であります。そこからわずか百メートルくらい離れておるところには、先ほどお話のようにすでに電車が走つておる。なお住宅がある。もしここで演習されるということになりますと、毎日の新開に掲載されております幾多の日米間のトラブルが、古賀のみには起り得ないとは断言できないのであります。町民の精神的な打撃は非常に強いのでありまして、この点はひとつ押して御了承願いたいと思うのであります。
 第五は、以上申し上げましたことは、大体昨年の暮れまでの状態でありましたが、本年一月二十七日、日米合同委員会の嶋内課長さん、和栗課長さん、マレー中佐一行の方々が最後的とりきめのために来町されたのであります。私どもは委員会の中でも最も枢要な地位におられる方々の御来町でありますので、何とかこの機会に最善の方法をとつていただきたいと思いまして、町の幹部はもちろん、一般町民多数お迎えいたしまして、いろいろ御説明申し上げたのであります。現地を引揚げられまして、県知事の応接間におきまして、この方々と私ども地元の者が立ちあいまして、いろいろ最終的な結論を検討したのでありますが、大体本町といたしましては、さつき申しましたような事情で絶対反対を申し上げたのであります。しかし一つの問題を解決しますのに、一方的にのみこれを主張しては成立し得ないということは存じております。ぎりぎりのところさつきのお話のように、一、二の条件を付しまして、新宮村にあります国有地と古賀町の一部にあります松林を接収することに双方の意見の一致を見たのであります。しかしまた一部の町村民の中には、軟弱な政治である、腰が弱いなどという非難もありましたが、私どもは涙をのんで了承しておつたのであります。これは一面これまで町のがんとなつて、町の発展を阻害して来ましたこのことが、もしこれで解決するとなるならば、この条件で将来町の発展をしなければならないという安堵とともに、考えを新たにいたしまして、御承諾申し上げたのであります。それで今日まで三箇月の間に、すでにこの土地に相当多数の住宅の建築を見ておりますし、今後たくさんの建築計画が進められておるわけであります。ところが今回突然どんな理由か知りませんが、過日一致した意見が全然根本的にくつがえされたと聞いて、私どもまつたく寝耳に水で、またしても事態は逆転し、私どもがこれを円満に解決しようとして来ました犠牲的な努力も熱意も完全に踏みにじられてしまつたのであります。当局がこういうふうに一方的にくつがえされたことはまつたく遺憾のきわみでありまして、こうして事態が以前に返つたといたしますならば、私ども町といたしましても、再び当初の線である全面的な反対の位置に復さなければなりませんが、これはひつきよう御当局の責任においてなされたものであるということは言をまたないのであります。以上のような理由でございますので、ひとつ国会ですみやかに解除方を決議してくださいますよう強くお願い申すのであります。
 なお最後にもう一つお願いいたしたいと思いますことは、民有地であるから接収中使用しないということで使用はされておりませんが、長い間縛られておりまして、さつき申しましたように、それには運動費といたしまして数百万金の金を出しておる。つぎ込んでおる。ことに昨年の、私どもの地方におきまする六十年来の大豪雨によりまして、町及び町村民は極度に疲弊しております。この血税の中からやりくりいたしまして、金を出しておるような状態でありますので、この点何とかしてひとつ補償してくださいますようお願いするものであります。
 いろいろ申し上げたいことがありますが、大体これで私の陳述を終りたいと思います。結論といたしましては絶対反対であることを強力に申し上げまして、この線に向つて国会は御努力くださいますことをお願い申し上げまして、私の意見を終ります。
○上塚委員長 ありがとうございました。次は新宮村村会議長鴛海実君にお願いします。
○鴛海参考人 大体反対につきまして私の申し上げたいことは県の開拓課長さんなり、今の古賀町の助役さんの方で言い尽されておりますので、重複いたしますから省略いたしまして、村としての一、二の希望を述べさせていただきまして意見の発表にかえたいと思うのでございます。
 ただいままでこの演習場の問題につきましては、現地に委員の方々が再三お越しになられておりますので、地形その他の点はよく御了承のことと思うのであります。名前が古賀演場習となつていますが、現在の段階では地形的にたくさんとられておる形になつておりますので、むしろ新官の演習場と言つた方がいいと思います。大体新宮村の方は古賀と違いまして国有林が非常に多いのでございますから、国有林を使用される面で、村としましてはこれらの反対運動を続けますについては、やはり古賀町と一致してやつて行かなければ新宮としての立場が非常にに苦しいのでございますが、このことにつきましていろいろ折衝を進めた結果、どうしても花鶴川から以西の面は――外務省で嶋内課長さんにお願いしたときに、花鶴川から以西ならば自分に自信があるという仰せがございましたが、花鶴川から以西になりますと、古賀町と新宮村との境界は地図で御承知と思いますが、松林地帯で、現地の姿というものは一方は民有地であり、一方は国有林と申しますが形は同じであります。双方とも砂地に松が立つておるので、名前は一方が民有地であつて一方は国有林、こういう関係になつておりますので、かりに今後演習にこれを使用されまして補償問題などが起つた場合には、当然民有地である古賀町の方には補償の裏づけがあるだろうと思うのですが、国有林という名前をつけられておるこの新宮村は、何らそういう裏づけを持たないのであります。そういう結果から、兵隊がたくさん入つて来て一番不便不利を感ずるのはむしろ新宮側であつて、そこの土地で演習をされるという場合に、言葉の通じない兵隊がたくさんおるときに――新宮は漁業で立つておる村でございます、漁民がその海岸地帯で地びき網で網を引上げることになつておりますが、岡で引きげるのは女がおもにやるのでありまして、男は船で沖の方におりますから、そうすると、その女がそういう言葉の通じない兵隊さんの中を平気で帰つて来られるのかどうかという問題になつて来ますと、やはりお互いに恐怖心というものはありますから、自然そういう場合には網などのことも非常に被害を受けるのは新宮村自体でありますので、これもさいぜん古賀の助役さんから申しまたように、PDを発せられたことが誤りであつて、旧小倉の六千坪という射撃場がなかつたならば、新宮村のみがこの演習の対象にはならない。つまりある機関が誤つて、これが敵性財産であつたというところの誤認のもとにこれが接収されたのでありますから、ちようど新宮のわれおれの住んでおるところは犠牲になつたような形になつておりますので、こういう際にぜひひとつ国家の犠牲者としてわれわれも甘んじて行くかわりにはこの国有林を、先方さんが撤収された後には払い下げていただきたいということで、この国有林の払下げの問題を外務省へ持ち出したわけであります。その際嶋内課長さんはこれは日米合同委員会の問題じやないけれども、国内的のことだから解決がつくだろうと言うのですが、その後一月の二十七日に知事室で話したときには多少言葉を濁されまして、国内的のことだから別な方法でそれを解決したらどうかというお話があつたのですが、私どもとしましてはこれを別の方法でやるということは、これは非常に不利なと申しますか、過去に苦い経験を持つておりますので、この問題はわれわれが犠牲なるかわりに、国家もこのくらいな恩恵は村民に与えていただきたいということを強くお願いするわけでございますが、過去におきまして新宮村におきましては、新宮村大字下ノ府一八〇ノ一が四十五町二反一畝十歩のうち二十五町三反というものを四十筆で四十人、会社、個人、農協、こういうものに払い下げております。同じく一六四ノ一を、六町四反四畝二十九歩というやつが四反五畝が九人に個人と農協とに払い下げております。同じく上ノ府一五九二ノ一の、六十六町五反七畝二十九歩といううちの三十一町二反が百四十三人に個人、会社、農協、こういう順序で払い下げておつて、そのほかが残つておるわけでございますが、現に百三十三町九反のうち二十二町二反が無線局の方で今払下げを受けておりますが、新宮村としましては中学校の敷地に一万六千坪、慰霊塔の敷地に三千坪、それから厚生省の施設で名前は新光園と申しますが、肢体不自由者を収容しておる病院を建てますのに地元が誘致しました関係上、地元の方で借地料を払つておりますが、それに提供しておる地所が三千坪、伝染病院、火葬場で千五百坪、合計二万何千坪の土地を村が借りておりまして、借地料も年々二万円払つておるので、こういうような公共の建物に対するこういう土地柄からも、ぜひ林野庁の方から払い下げていただきたいということを再三運動しているのですが、今日に至るまでどうしても払い下げが不可能になつておりまして、それがために村は二万円ずつの借地料を払つているわけでございますので、こうい関係上、こういう際に犠牲になるかわりに、村民にもこのくらいな恩恵を与えていただきたいということをお願いいたしまして、意見の発表にかえさせていただくわけでございます。どうぞよろしくお願いいたします。
○上塚委員長 どうもありがとうございました。これにて参考人の意見の陳述は終了いたしました。これに関し質疑の通告があります。順次これを許します。熊谷憲一君。
○熊谷委員 私は外務省並びに調達庁の方にお尋ねしたいのであります。実はこの問題につきましては、三月の十六日でありましたか、一度お尋ねしたことがあるのであります。そのとき私が耳にいたしましたのは、第一は、アメリカ軍のこの基地に対する政府の方針がどこにあるかということ、つまりこの土地のごときは、先ほど参考人から申されたごとく、二十七年に一回使つただけで、終戦後今日までほとんど一度もほかには使用していない。そういう土地を、現在の人口が多く、国土が狭い日本の現状におきまして、やはりなお接収しておかねばならぬのであるか、この点に私は非常に疑問を持つのであります。その際に同僚今村委員からも質問がありまして、かくのごとき土地がほかの地方にもあるのではないか、接収はしたけれどもほとんど使用しない、また使用はするが、不必要な部分まで接収しているという事例がありはしないかという質問に対して、そのとき外務省、調達庁は御答弁ができなかつたのでありまして、いずれ調査して報告をするというようなお話があつたのであります。この古賀町以外にそういうような事例が他にあるかどうか、これをまずお尋ねしてみたいと思います。
○安川説明員 ただいまの御質問でございますが、こまかく個々の施設について私の方で十分の調査はできませんので、個々の施設については、調達庁の方で所管されております。私の承知している限りでは、ただいまでももしありとすれば、その都度不用の土地については、現在の施設委員会を通しまして、ここは使つておらないから接収を解除するようにという交渉をしております。まだ交渉途中で懸案になつておるものがあると思いますが、ありとすれば、その都度解除の要求をしておるというのが実情であります。
○熊谷委員 そうだといたしますと、この土地につきましては、問題が起つてもう三年くらいになると思いますが、その間、そのうちに使うであろうと言いながら、一回も使つてない、この土地について今まで御処理をいただかなかつたのはどういう理由であるか、それをはつきりしていただきたい。
○安川説明員 私は三年前のことにつきましては、当時事務を担当しておりませんので、はつきりした御答弁ができないのでございますが、私がこの職につきまして以来は、現実にこの古賀地区を演習場として使用したいという要求がすでに出ておりましたので、その要求に応ずるかどうかということが問題でありましたので、要求がある以上、これを接収解除しろということはできなかつたのであります。
○熊谷委員 ずいぶん長い問題で、参考人からもお話がありましたように、昨年の水害にもかかわらず非常にたくさんな金を使つて何回も上京されて、あなたのところに何回か行つたと思うのでありますが、荏苒今日まで一向解決がつかない。さようにして、ことしの一月何日でありましたか、外務省の嶌内さんや、農林省の和栗君なんかが現地に行かれまして、せつかく話がまとまりつつあつたのが、またひつくり返つたということを聞いております。私はこの日本の現状において、こんなに使わぬものであるならば、一応解除して、入り用になつたときに話をするということがいいのじやないか。これらの土地で長い間もみ合うということは、いたずらに反米思想を起す根源になるのではないかと思うのですが、もう一回あなたの御意見を伺つておきたい。
○安川説明員 ただいま一月二十七日に話がきまつて、ひつくり返つたというお話でございますが、御承知のように、昨年十二月まで外務省が主として本件の交渉の任に当つておつたのでございますが、十二月以降合同委員会の下に特別の施設委員会を設けまして、本件もその施設委員会に付託いたしまして、主として調達庁が中心になつて、米軍側並びに地元との交渉にも当つておつたのであります。ただいまひつくり返つたというお話は、私もよくその意味がわからないのでありますが、調達庁の方が中心になりまして、施設委員会、またその下に演習分科委員会がございまして、そこで話合いが進んでおると私の方は了承しておりまして、現在ひつくり返つたというような話はまだ私の方は聞いておらないのであります。最近非公式に聞いたところによりますと、大体話合いはまとまりつつある、まだ正式の決定には至つていないけれども、大体最初の地元側の要望にも極力応じ得る線で話がまとまりつつあるというように聞いております。その具体的内容につきましては、ここに調達庁の直接折衝に当られた課長が来られておりますから、そちらの方から御説明があるかと思いますが、そういう状態であります。
○久保田説明員 ただいまのひつくり返つたという点につきましては、交渉の過程において軍が要求しました線が、何かの間違いによつて地元にその線が伝わつて、それがひつくり返つたという意味にお考えになつているのではないかと考えるわけでございます。この問題につきましては、軍側はかなり広い面積を要求しているわけでございますが、現在日本側としましては、あくまでも地元の要望の線に沿つて折衝いたしております。従つて一月当初現地においていろいろ話合いをいたしました線は、強く軍側に対して申入れをしているわけでありまして、まだ最終的な結論は出ておりませんが、近いうちにただいま申しました線によつてきまることと考えております。
○熊谷委員 この問題はもう長いことでありますし、できるだけすみやかに解決していただきたいと思います。この問題は、もう少し率直に日本の国情なり、地元民の要望を強くアメリカの方に言うていただくならば、アメリカもわからぬことはないと私は思うのであります。日本のこの狭い国土、多い人口、これを言うていただけば、一回も使わない土地をいつまでも使うというふうなことをアメリカ側が主張することはなかろうと思う。従つていろいろ地元民の意向はあるようでありますけれども、使わぬ土地ならば、一応全部接収解除して、そして一年のうち一回か二回か使うような場合に地元民と交渉して、何月何日から何月何日まで使わせてくれというようにすれば、地元民も気持よく使わせるだろうと思います。ここで一度接収を解除するような交渉をなさる御意思はありませんか。
○久保田説明員 ただいま御質問の点につきましては、過去におきましても、軍側に全面的返還を折衝したように承つております。なお最近に至りましても、この点につきましては繰返し軍側に再考を求めたわけでありますが、依然として軍の方は今後使う計画があるという強い主張で、それに基いて現在交渉を進めておるわけであります。なお現在まで使つていないという点につきましては、委員会におきまして条件がきまるまでは使うことを遠慮してもらいたいということも申し入れてございます。その線に沿つて軍もまだ範囲、条件等がきまらない関係上、使用を遠慮しておるものと承知いたしております。
○熊谷委員 私はそうじゃなかろうと思いますがね。現在までもう七、八年も一回も使わぬで、今後どういう目的に使うかわかりませんけれども、おそらく私は使わぬのじやないかと思う。将来使うかもしれぬということでこれだけの土地を保留するということに対して、私は日本側として主張が強くできないということはよくわからない。必要なときに先ほど申し上げたように使うことを認める、だから継続して使う場合においてこそ初めて接収の問題が起つてもよくはないか。従つて古賀町だけの問題でなくて、ほかの土地にもこういう問題があるようでありますから、もう少し腰をすえて率直に日本の事情、ことにだんだん反米思想も強くなろうとしているのですから、こういうことが私は非常に大事な問題じやないかと思うのです。でありますから外務省におかれましても調達庁としても、もう少ししつかりした態度で率直にやられてほしい、こう私は思うのであります。
 そこで私が第一に希望するのは、全面的に接収を解除してもらいたいということでありますが、今後半年なり、一年間全然使用しなかつたならば、いさぎよく全部解除するというようなことを協定といいますか、協約の中に織り込むというようなお考えはないものですか。
○安川説明員 ただいま頻繁に使わないものならば何も施設にする必要はないじやないか、一応きれいに解除して、必要があるときに使つてはどうかという御意見でございますが、この点につきましては行政協定の建前上、使用の頻度いかんにかかわらず、一応軍が演習なりその他の目的のためにある一定の地域を使うということになりますと、法律上と申しますか、少くとも形式上はある地域を施設として指定せざるを得ないのが、この行政協定の建前になつておるわけでございます。従いまして施設と区域としまして指定しますと、いかにもここから日本側の一般の住民の生活なり、日本側の生活活動というものが全面的に排除されてしまうというような印象を与えがちなのでございますが、この点は施設の種類によつて違うのでございまして、演習地につきましてもいろいろ態様がございまして、それはものによりましては演習の頻度が非常に高いために、これは全面的に接収と申しますか、全面的に日本側の活動というものが排除されるという場合もあるのでありますが、これは演習場の態様によりますので、演習の頻度あるいはその態様のいかんによりましては、向うの必要の限度において日本側の生活活動なりその他は行い得るわけであります。これはそれぞれの演習場の使用条件によるわけでございます。従いまして、この古賀演習場の使用条件がどういうふうに具体的にきまつておるかは私は承知しておりませんけれども、少くとも米軍の実際に使う必要の限度以上に、日本側の生活活動なりあるいは地元の方々の生活活動が排除される、施設であるという形式的な理由のために、一般の活動が排除されるという心配はないのでありまして、一応形式的には施設として指定いたしますが、実際の使用条件そのものはまた別個のものでありまして、その使用条件に反しない限りは、一般の日本側の生活活動というものは決して排除されるわけではないのであります。その点は誤解のないようにお願いしたいと思います。少くとも一週間に一回であろうとも米軍がある地域を使用する限りは、現在の行政協定の建前からは形式的には施設という一つの区域を設定しなければならぬということになつております。
○熊谷委員 一週間に一回も使えばそういう必要があろうかと思うのですがね、繰返して何度も申し上げますように一年間に一ぺんも使つていない、ただ一回使つたのはたまたま九人か十人ぐらいの兵隊が来て、遊びがてら実弾を五千発も撃つたということだけです。そういう状態ならば、一番初めにお話がありましたように、必要がなければだんだんと話合いの上で解決しておるという言葉でありましたが、もう少ししつかりとおやりにならぬと、いろいろとめんどうな問題が発生するおそれがあると私は思うのであります。それでもう少ししつかりして全面的の接収解除を主張していただくと同時に、今後一年くらい使わなければもう解除をするというような気持でひとつ折衝していただきたいと思うのであります。
 第二点は、先ほど参考人からお話があつたように、この土地は約五十五万坪という話でありますが、そのうちにたまたま旧陸軍の小倉工廠、造兵廠の六千坪があつたのを役所の方でお間違いになつて、それを国有地として、地元民に御相談なく昭和二十七年に新聞に発表された。ところが調べてみますと、昭和二十三年と二十四年の二度にわけまして財務局長名でちやんとそれは国有地として民間に払下げになつておるのであります。その間違いがあつたということを調達庁の方はお認めになりますか。
○久保田説明員 この古賀演習場の経緯について申し上げますと、終戦直後、当時接収関係については地方庁が担当されておつたわけでございますが、当時の記録を調べてみますと、軍側が旧日本軍の施設があつたという関係上、これを軍事占領物件として誤認して、この地区をPD地区とした様子でございます。そのまま調達庁ができました際に引継ぎまして、先ほどお話がございましたように、これは一部を除いては軍事占領物件でないということが判明いたしましたから、占領期間中数回にわたつて軍側にこのPDの書きかえ方を要求いたしておつたわけであります。ところが当時としましては事務的に策側の処理ができなかつたまま講和発効になつたような次第でございます。講和発効直後におきまして提供施設として発表された当時は、事務上の誤り等に基きまして旧PD時代のままで一応掲載されたものかと存じますが、ただいまでは民有のもの、国有のもの、はつきり区分はいたしております。
○熊谷委員 誤つて国有地ということで一方的にやられたわけでありますが、民有地としてはつきりしたわけでありますが、民有地を接収するには民有地の所有者の同意というものはいらないのでありますか、どういう手続でやつておりますか。
○久保田説明員 これは民有地を提供いたします場合は、民法の契約の原則に基きまして、所有者の同意を得ることになつております。
○熊谷委員 古賀町の民有地の場合はおそらく私はまだ同意していないと思う。民法の契約の原則によつて、すなわち契約書があつてお互いに判こをつかなければ私はできないことだろうと思う。その接収をしよう、判こを押さないという場合に今後どういう方法をとられますか。
○久保田説明員 現存までは先ほどから申し上げますように、条件がきまつていないためにその手続をとつておりません。使用の条件と範囲がきまり次第、国有の分、民有の分の区分がはつきりいたします。それに基きまして調達庁は所要の手続によつて民有地につきましては契約の手続をとることになつております。
○熊谷委員 その条件が成立して民間の所有者が同意をしない場合には、そうすると接収はできないのですか、それともそういう場合には土地収用法か特別措置法か、何かの規定によつて強制的に収用されるということでありますか、どちらでありますか。
○久保田説明員 調達庁といたしましては、できるだけ法の適用でなく、話合いで契約ができるように常に最善の努力をいたしております。
○熊谷委員 私はもしできない場合にはどうされるかということを聞いているのです。
○久保田説明員 この区域を提供することにきめました場合、あらゆる努力の結果同意が得られず、契約ができない場合には、所要の手続を経まして特別措置法による処置をいたすことになつております。
○熊谷委員 そうすると政府の考え方は、八年間も一回も使わぬ、今後も何に使うかわからぬという場合におきましても、強制収用というか、特別措置法というか、それで強制的に取上げて、いつ使うかわからぬが待つておるというような方法をおとりになるつもりでございますか。
○久保田説明員 ただいまの私の説明を補足いたしますと、軍が必要だ、従つて国といたしましてこの地域を行政協定に基いて提供するということがきまつた場合において、ただいまのような手続に基くという意味でございます。
○熊谷委員 この場合において、もし民間の者が判をつかない、契約に応じないという場合に、その必要ありとお考えになりますか、それともアメリカの出方を見ておやりになるつもりか、その場合にもう八年間も使わないのだから、強く接収解除を要求されるというつもりであるか、その辺の気持をもう一ぺん聞いておきたい。
○安川説明員 これは特に古賀演習場に限りませず、全般的な問題でございますから、私から申し上げます。ただいま将来使用するかどうかわからぬものを強制的にやるかということでございますが、われわれとしましては――われわれと申しますか、現在は調達庁の方で分担しておるわけでありますが、軍がほんとうに使用する意思があるかどうかを確かめるために、今まで交渉が長引いたわけでありまして、その使用する意図あるいは条件がきまらぬ限り、われわれとしてこれをただ漠然として施設に提供するわけはないのであります。従来の交渉経過におきましても、向うが使用条件なり使用の意図並びにその必要性というものをはつきりしない限りは、こちらはあくまでも提供には応じないという方針で来たわけであります。従いましてこれが提供に決定するということは、すなわち日本政府としても、どうしても使用する必要がある、しかもこういう条件で必ず使用するということがはつきりしてこそ提供するのでありまして、先ほど申されましたように、将来使うか使わぬかわからぬようなものを漠然と提供して、しかも強制的な手続によつて収用するかという御質問は、たいへん失礼な言い分でありますが、ちよつと的をはずれておりはしないかと思います。こちらとしては、どうしても向うが使う必要がある、しかも具体的にこういう条件で使うのだということがはつきりすれば、それに基いて必要な手続をする、こういうことになつております。
○熊谷委員 そうすると、今まではそういうことは、軍がどういう目的で使うかということは、八年の間はつきりしていなかつたのでございましよう。それを継続してずつと接収されておつた理由はどこにあるのですか。
○安川説明員 先ほど申し上げましたように、私が直接この仕事に携わりまたのは約一年前でありまして、その以前のことは責任を持つて御答弁できないのでございます。少くとも過去一年以来私が承知している限りは、向うから一応どうしても使うという要求が出て、それに対してこちらがなぜ使う必要があるか、使うとすればどういう条件で使うかという交渉が結果的には一年間延びているということになるわけであります。
○熊谷委員 古いことは御存じないようでありまして、外務省の御意見と調達庁の御意見と少し違うようでありますが、あなた方にお願いするよりほかにしようがないのであります。とにかく困つている状況はよくおわかりだろうと思いますし、現に八年間も使わなかつたということで、あまり必要でない土地であるということが証明されているのではないかと私は考える。よほどはつきりした、すぐ使うというようなことがわかつていない以上は、そう簡単に接収されるということは、いろいろな結果から見て、おもしろくない事象が起りはしないかということを私は心配するのでございます。この点は十分お考えをいただきまして、力強くこの問題を御解決を願いたいと思います。
 それから参考人からもお話がありまして、その後調達庁からの話によりますと、調達庁でも何かこの前私が外務委員会で質問した以後、適当な考えがまとまつたようにも聞いておりますが、そのお考えを聞くことができるならば、この際御説明を願いたい。
 それからもう一つ、実際一度も使用はいたしませんけれども、長い間の精神的の、目に見えない束縛がやはりあるものであります。従いましてこの町の発展も何年間か非常に立ち遅れたということは事実であります。そういうことに対して国家として多少の補償はあつてしかるべきものではないか、ことに土地は民有地であります。それらの点につきましてお伺いを申し上げたいのであります。
○久保田説明員 適当な考えはまとまつたかとおつしやいましたが、どの点でございますか。
○熊谷委員 古賀町、新宮村について、一月二十七日でありますか、あれが途中アメリカ軍の考え方であれよりもなおさら悪い条件になりつつあつたのが、最近少し好転している、まだアメリカとの折衝の段階には達していないけれども、あなたの方でこういう考え方で話をしようかという案が決定したように聞いておりますが、それを御説明できれば伺いたい。
 なおこの前三月十六日のこの委員会で、私補償の問題についてお願いをしておつたのでありますが、大蔵省との関係もあり、調査の上で答えるということでありましたが、その後の結果を、補償ができるものであるか、できないものであるか、今後も研究を要するものであるか、そういう点を伺いたいと思います。
○久保田説明員 ただいま御質問の点の、現在軍と折衝しております範囲は、花鶴川から古賀町寄りの分につきまして――ここに図示してあります図面は間違つておりまして、花鶴川から古賀町寄りの部分につきましては全面的に返還をする。ただ海岸の砂地の部分だけは、軍がそこを徒歩で通過することを認めさせるように努力いたしております。それから西側につきましては、大体川寄りから鉄道の線の内側、海岸寄りの線に沿つてずつと参りまして左の赤い線、青い線でなく下の線の国有の分、多少民有の分も入つておりますが、あの線をとる。その他こまかい点につきましては、現在予定地域内にある火葬場とか避病院、病院、神社、ゴルフ場、変電所、農耕地の大部分、住宅、並びにラジオビーコンのステーシヨンがありますが、その分を地域から除外する、さらに鉄道の分は、先ほどお話がございましたが、もちろん提供の区域にはしないということになつております。さらに米軍側に対しては、漁業及び砂どりあるいは植林等を妨害しない、樹木に損害を与えない、現地住民の地域内の立入りは演習に支障ない限り自由に認めるという線で現在交渉いたしておるわけであります。補償の問題につきましては、ただいまのところまだ結論が出ていないというぐあいに承つております。過去の補償の問題につきましては、いろいろ困難な問題があるやに伺つております。
○熊谷委員 これで終りますが、ただ私は全般的な問題として、もう少し強腰で当つていただきたいと思います。八年間も使わない土地を宙ぶらりんで置いておくということは非常にいかぬと思う。地元民の間に反米思想も起つて来ておりますし、いろいろな結果から見ておもしろくない。今後いかなる目的に使うかということをはつきりすることができなければ、この際接収は解除するという強い線で交渉を進めていただきたいのであります。もしそれがどうしてもできなければ、今後一年間ぐらい使わなかつたならば接収はやめるというような条件でも付してもらつたらどうだろうか、第三は、現地の人たちは長い間数回にわたつて相当の費用を使つて東京に来ております、また福岡でもいろいろ歩きまわつておるようでありますが、これらの点につきまして、多少の補償をしてやる必要があるのじやないか、あの地は昨年の夏の水害で非常な打撃を受けたところでもありますから、その点について十分なる御考慮をお願い申し上げまして、私の質疑を終ります。
○大橋(忠)委員 関連して。私は基地の問題ほど反米感情を刺激する問題はないと思いますので、アリソン大使なぞに会う機会には、個人的にときどき話しておりますが、アリソン大使も、ぜひこの問題は摩擦の起らないように、すみやかに合理的に解決しなくちやいかぬということを言つておるのであります。しかも、朝鮮事変も終つて、九州方面の基地の必要性も、常識的に見て次第に薄らぐという傾向にあることは疑うべからざる事実であります。しかも自衛隊を今度強化して、向うの防衛の負担を日本側で負うということになつて来れば、なおさら大勢的に見て基地というものは次第に減つて行く方向に向わすべきものであると思うのであります。そこで、こういう機運に乗じて当局のほうにおいて適当に交渉せられれば、こういうような、ことに長い間事実上使つておらないようなもののごときは、比較的簡単に解決しはせぬか。これを解決するためには、どうもあまり下の方の課長、事務官程度の人が、向うの課長、事務官程度のただ単にテクニツクにのみとらわれる傾向のある人と話合つていたのでは解決がむずかしくなる。そこで、こういう大局のわかつた上の方の人となるたけ交渉をしてもらいたい。おそらく他にもこういう非常に不合理な問題があるだろうと思いますが、そういうものをまとめて岡崎外務大臣からアリソン大使に直接交渉をして、こういう不必要に摩擦を起しているようなものはすみやかに解決されることが道じやないかと私は思う。そこで私は、調達庁ならば福島長官に、外務省なら外務大臣に一任して、最上級のところでひとつ大局的に方針をきめてもらつて、下の方に命令するという形でやられることが、こういう問題の解決に一番手取り早いかと思う。ぜひ上司にそのことを話していただきたい。これをいつまでもこういうことをしておいたのでは、日米関係上はなはだおもしろくない。そこで私は、参考のためにちよつと希望を述べておきます。
○上塚委員長 福田昌子君。
○福田(昌)委員 大分おそくなりましたので、簡単にお尋ねさせていただきたいと思います。外務省の課長さんにお尋ねいたしますが、新しくできた施設委員会の日本側のメンバー、向う側のメンバー、どういう地位の人が入つておるか、その権限、決定された事項はどれだけの効力があるか、そういう点を承りたい。
○安川説明員 施設委員会のこちら側の首席代表は福島調達庁長官です。そのほかに各省の担当局長あるいは局長に準ずる者が委員になつております。名前を申し上げますと、外務省は国際協力局の関次長、大蔵省は主計局次長、管財局長、それから農林省は農地局長、それから水産庁の漁政部長、調達庁からは不動産部長、連絡調査官、運輸省の港湾局長、これが正式のメンバーになつております。アメリカ側は私名前を一々覚えておりませんが、米国の代表は、極東軍司令部のJ四、これは一般の施設調達関係、そこのチーフをしておりますスミス海軍少将、これが首席、あとは大体陸海空の代表者、階級は大体大佐か中佐、一々名前を覚えておりません。
 施設委員会は、以上のような構成に基きまして、先方からの施設に関する要求は、全部この施設委員会に出ております。日本側からは、これに対する回答、あるいはこちらから解除の要求その他もすべて施設委員会を通じて出します。そうして施設委員会の下に各種のまた分科委員会を持つております。施設委員会で決定する内容は、要するに施設を新規に提供する場合、それを提供するかどうか、提供するとすれば、どういう条件にするかということをきめるわけであります。解除の場合も同様であります。
 そこで施設委員会できめました事項は、両者の代表がそれを確認いたしましたならば、それを合同委員会の本会議に上程するわけであります。そこでそれを承認するか承認しないか、あるいは変更するか、最終的には合同委員会で決定するわけであります。合同委員会で決定いたしましたことは、国内的にはそれぞれ閣議において――最終的には施設に関する両国政府の協定がございます。それは最初に両国政府代表、これは合同委員会を離れまして、政府として施設を提供するという協定がございまして、今申しましたような手続で合同委員会できめます施設をその大本になります協定の附表に追加して行くわけであります。
○福田(昌)委員 最終的の両国政府の代表というのは、日本の場合においては外務大臣でございますか。相手のアメリカ側においてはどなたでありますか。
○安川説明員 合同委員会の首席代表は、こちらは伊関国務協力局長、先方の首席代表が、現在民事関係の参謀部長のまたその下でございますが、ハンロンという海軍少将であります。それから施設の政府間の協定の代表者も、これは合同委員会の代表と同じ人がなつております。これは合同委員会の代表という資格ではなしに、両国政府の代表という資格で、こちらは伊関国際協力局長、先方はハンロン少将、こういうことになつております。
○福田(昌)委員 私どもは最終的な決定というものの責任者は、アメリカ代表の方はいざ知らず、日本においては当然外務大臣が当られると考えておつたのでありますが、そうでもない。外務大臣がいわば職権外、関知せざる範囲内において、それがきめられて行くことも考えられるわけでありまして、はなはだその点遺憾に思うわけであります。重ねてお伺いをいたしたいのですが、外務大臣にはどの程度のことを御報告しておられるのか、外務大臣がこういう施設委員会の全般の決定事項に対しまして、アメリカ側と大局にわたつての折衝をなさつたことがあるかどうか、この点お伺いいたしたいと思うのです。
○安川説明員 外務大臣が関知せざる間に政府間の協定がなされるのではないかという御質問だと思うのでございますが、この点は国内的には、合同委員会で決定いたしますと、この合同委員会の決定というのは、最終的な決定でないので、これは日本側で申しますと、閣議で承認されるかどうか、条件として合同委員会できめる。従いまして合同委員会できめました事項はすべて閣議に提出するわけであります。これも従来外務省が合同委員会の施設関係の国内的な仕事を担当しておりました場合には、閣議に上程します場合に外務省が主管して手続をとつたわけであります。現在国内的な事務は調達庁が主管しておりますので、閣議に対する承認の稟請も調達庁が主管となつております。そこへ各関係大臣が出ておる。当然外務大臣も閣議の一員として、最終的に閣議で承認する際には外務大臣として関与しております。従いまして外務大臣が関知しない間に、すべての政府間の協定を締結するということはないわけであります。
 それから外務大臣が従来この施設全般のことについて、交渉したことがあるかどうかというお問いについては、私は存じません。
○福田(昌)委員 その点私はたいへん御無理な質問をいたしたわけでございますから、外務大臣の交渉の過程など御答弁いただけないのは当然でございますが、私どもといたしましては、こういう重大なことを外務大臣が関知しないとは申しませんが、きわめて積極的な関心が薄いと言われても、しかたがない形においてきめられて行く機構が、民主的であるかのごとくでありますが、実質的にはその権限というものは、非常に弱体化された形においてきめられて行くということに、非常な遺憾の意を持つているわけであります。そういう意味で、今後ともこういう接収地の問題に対しましては、全般的にもつと外務大臣がみずから乗り出して行つて、向うの最高幹部に会つて、積極的に交渉していただくという、その積極的な意欲というものをこの際持つていただきたいと思います。どうか課長さんにおかれましても、この委員会の空気をお伝えいただきまして、外務大臣に反省をしていただきたいと思います。
 ついでにお尋ねいたしますが、施設委員会は各都道府県には、どういう形でこの末端機関が持たれておるか、この点お伺いしたいと思います。
○安川説明員 施設委員会の地方の末端機関というものはないのでございますが、国内的に施設に関するいろいろな問題の連絡は、施設委員会ができます前は、外務省が主としてやつておりました。外務省ばかりがやつたのではないのでありまして、調達庁は調達庁でそれぞれの出先機関を通じて、地元関係機関との連絡に当つておつたわけであります。現在は国内的な事務は、調達庁の責任においてすべてやつて行くということになつております。
○福田(昌)委員 私どもその点についても非常に遺憾に思うのであります。施設委員会ができた、そうしてまたこの接収地に関しまする問題を中心にして、民主的にとりきめて行くということにおいては賛成でありますが、しかしこれが東京にその本部だけあつて、末端のそれぞれの市町村に存在しておるところの重大な現地の問題ということについての輿論、その土地の大衆がどういう感じを持つておるか、この接収に対してどういうようなことを要望しておるかということについては、十分訴えるだけの機関というものを末端に持つていない。このことは外務当局においてもよほどお考えを願いたい点であると思うのであります。合同委員会におきましても、これはもう私たびたびこの委員会においてお願いをしておつたことでありますが、末端に縦の連絡がある合同委員会の末端機関がないということ、このことがいわば結局日米間の意思の疎通を欠きまして、つまらない反米思想をあおつておる原因にもなつておると思うのであります。従いまして、それぞれの所管として調達庁の都道府県の末端機関でやつておるという御説明はいただいたわけでありますが、私はこういう接収地の問題をそういう調達庁だけにおいて取扱つていただくということは民主的な、そしてまたその解決の速度においても欠けるものがあると思うのであります。従いましてこの縦の連絡を今後こういう全般の問題にわたつてはどのようにやつて行こうというお考えであるか、これも課長さんにははたはだ御無理な御質問であると思うのでありますが、個人的な御見解でもけつこうですから、承らしていただきたいと思います。
○安川説明員 施設の要求が施設委員会に出まして、あとの国内の末端機構というものとの連絡方法でございますが、これは今申し上げましたように調達庁の方で所管されております。決して施設の要求が出ましたときに、地元と何らの連絡もなしに、ただ一方的にきめるというようなことは、従来もやつたつもりはないのであります。将来もそういうことはないでありましよう。ただいまここに来ております調達庁の課長から話を聞きますと、施設の要求が出ましたときに、地元の調達司でもそれぞれ関係筋に連絡するわけでありますけれども、本庁の方からも直接関係の都道府県の知事にはその要求の内容をすぐ連絡いたしまして、これに対する意見を求めるという方法をとつておるわけであります。
○福田(昌)委員 課長さんにおかれては、もちろんその職能の範囲において忠実に、勤勉に、そしてまた熱心にやつておられるわけでありますから、その職権の範囲内においては、十分民意にこたえておられるわけでありまして、当然の御答弁であるわけでありますが、御承知のように、日本は非常に官尊民卑の思想のあるところでありまして、県庁側に行つて報告をいたすにいたしましても、非常に民間人というものは遠慮がちでございます。従来そうでありましたし、また特調に行つていろいろ要求する場合においても、きわめて言葉を慎み、穏便な消極的な形で要望しておるわけであります。従つて今日までの日本の官庁に対しまする態度におきましても、民間人と官庁人との折衝というものが、必ずしも十分な民主的な運営がされており、また地元の意向が妥当な形において民主的にしんしやくされているとは言いがたいものがあるように思われるのであります。そういう現状の上に、事接収地、アリメカ軍と関係あることになりますと、さらにまた一層民間人というものは歩が悪い形で遠慮いたしております。従つて私は、実際の問題は課長さんがお考えになつておられるような形で、決してわだかまりなく解決できてはいないと思うのであります。この点ぜひお考えいただきまして、不必要と思われるくらいに地元の意向を聞いて、それがつまらない反米感情の温床になることのないような、温床になるかもしれない問題を残すことがないような解決策というものを、今後考えていただきたいと思うわけであります。これは課長さんのみにお願いする問題ではないのでありまして、外務省当局全般の方に、ぜひその点一応御配慮いただきたいと思うのであります。
 それからこれは課長さん個人にこういうことを申し上げては失礼だと思いますが、いろいろ御熱心にやつていただいておるわけでありますが、それにもかかわらず、たとえば古賀の接収地のようた問題は、これは形式的な接収であるから、たとえば漁業の問題においても、耕作地の面から受ける問題においても、演習自身が大してなかつたのであるから、実質的な被害がなかつた、これはほんの形式的な接収であるにもかかわらず、非常にそれを誇大視して被害が大きいように考えられておつたというようなお話に私は受取れたお言葉があつたのであります。しかしこの点私といたしましては、私どもの考え方とは少々食い違つておるという感じがいたしたのでございます。もちろん現実の結果から見ますと、ある程度形式的という言葉が言えるかもしれません。しかしやはり接収されておるということにおきましては、大きな精神的な障害というものが、その現実の面にも現われて参つておりますし、この点きよう御足労いただきました参考人の方から、農耕地の収穫における損害、漁業における損害というものをお聞きしたいと思いますが、外務省御当局のその形式的なものであるから損害は大したことはない、この考え方は即刻改めていただきたいと思うわけであります。ついででありますから参考人の方から、農作物の収穫上の損害、また耕作上における損害、また漁業上における損害、そういつた点をごく簡単に御説明いただきたいと思います。
○小田部参考人 今実質的な損害あるいは精神的な損害という質問があつたのでありますが、漁業上あるいは耕作上またはいろいろな点からの損害のうちでここで最も大きいのは、ごらんの通りこういうふうな住宅地帯でございます。実は県といたしましては、こういうところに県営住宅をずつと持つて来る予定にしておつたのであります。そういうものが正式に接収を知りまして以来は、これが建てられないようになつております。ほかの施設もこの付近に相当のものをいろいろやりたいという希望はあるのでありますが、それが全部一応ストツプされておる、しかもそのストツプの期間が非常に長引いておる、こういうところが一番大きな問題だと考えております。
○福田(昌)委員 古賀の助役さんと新宮の議長さんから、この事情を一もう少し承りたい。
○安武参考人 ただいまの小田部課長さんの御説明の通りでございまして、私のところは大体今のところ耕作物の被害よりかも、そういうふうに長い年月において縛られております関係上、町の発展を阻害されたということで非常な痛手を感じておるわけでございます。これを早くひとつ元の空気に返していただきたいと思うわけであります。
○鴛海参考人 新宮村といたしましては、現在まだ演習場として米軍の方で使用しておりませんので、漁業関係では現在のところまで何ら被害はございませんが、漁民としましてはやはりこの関係を片づけませんと、網の調節だとかいろいろな面で――大体今水産庁の方にお願いをして防波堤をつくらなければいけないので、現在計画を進めて二年度が終つたところでございます。六千三百万円の工事で今九百万円終つたところでございますので、そういう関係上、船を引揚げて漁業に出ておるという状態でございます。これは漁業にはさしつかえがないというお達しの接収方法でございますから、いよいよこれが演習場となりました場合に、なるほど何らの被害がないということになるでしようが、先ほど私が申し述べましたように地びき網というものは女がおかから引上げるものでございます、引上げて男の者は船でそのまま船の繋留場に帰りますが、女は三々五々この松林の中を通つて帰らなければならないのが一つの苦痛でありますのと、行つた方は御承知と思いますが、福岡市に隣接しました一番きれいな松林、かつ白砂――あそこの砂は特徴がありまして白い砂でございまして、寝ころんでもどうしてもからだにつかないという砂のところで、これは西日本随一を誇つておる海水浴場として新宮村はやつて来ておるのでございますが、演習場のこの問題が起りましてから、西日本鉄道が主催しておりました海水浴場の方も、現在津屋崎の方に設備を移されました。新宮村としましては、この海水浴場もそういう関係で津屋崎の方に持つて行かれました関係上、わずかに商工会の手によつて一昨年から経営を続けておる。むしろやめたらどうかという説もあるのですが、松原地帯でございますので学校だとか会社だとか、いろいろな団体だとかいうのがキヤンプに非常に都合がいいので、よくキヤンプに来ます。村の方でこれにタツチしないと、あとに紙くずを散らかしたり弁当がらを散らかしたりして、あとが非常に風紀が悪くなるものですから、やむを得ず現在村から十万円の補助を受けて商工会がその海水浴場の形態を続けておるということも、こういう演習場の接収ということから、西鉄が津屋崎の方に――あそこに戦争前はもつと大きい設備があつたのですが、戦争後も二階建の大きな海水浴場の設備があつたのですが、それを津屋崎の方に移したものですから、新宮は漁業面においては何ら今日まで被害はありませんが、随一を誇つておる海水浴場に対しての被害は、そういう状態でこうむつておるわけでございます。
○福田(昌)委員 久保田調査官にお尋ねいたしたいのでございますが、私どもといたしましては接収地の全面解除ということが最も望ましいし、ぜひそうしていただきたいと思つて、かねがねお願いもいたして参つたわけでありますが、久保田調査官御自身が施設委員会のメンバーでおありにならないかとも存じますが、施設委員会の意向といたしまして、これを全面解除するということは、目的通り貫徹できるような感じであるか、あるいはまた不可能であるか、そのお見通しを承りたいと思います。
○久保田説明員 先ほど申し上げましたように、これ以上全面解除を要求することは困難だと考えております。
○福田(昌)委員 全面解除が困難であるということは、アメリカ側が接収して使用する必要があるという理由にもある程度なるわけでありますが、アメリカ側はこの接収地を何に使い、また将来どれくらいの期間これを使うような意向にそんたくできるか、その点をもしおさしつかえなければ御説明願いたい。
○久保田説明員 使用の方法につきましては、この地域が歩兵部隊の訓練場として使う、この地域内では実弾等は使用しない、こういう条件で設定するように目下交渉いたしております。
○福田(昌)委員 私どもはこれが危険でない形において使用される――使用されるそのことに私どもは根本的に賛意を表しておりませんが、しかしやむなく使用されるといたしますれば、危険でない形において使用されるということにおいては、これはもう非常にけつこうなことだと思いますが、承りますと、歩兵部隊が使うというようなこと、これは言いかえますれば、行軍の訓練をしたり、大して特定の地域を指定しなくてもできるような形がその訓練の中に入つているのではないかと思うのであります。これをあえてこういう海岸の特別な地域を指定して使わずとも、日本には自由な山野があるわけでありますから、そういつたところで行軍の訓練でも何でもなさればできることじやないかと思うのでありますが、これは軍の機密に属することにも関連があることかと存じますから、政府としてもアメリカ側の意向というものは十分知り得ない点もあるかと思いますが、歩兵部隊の訓練に使うというのであるならば、私はこの指定の意義というものは、きわめて必要性は薄いと思う。これに対しまして特調としては、福島長官は一体どういう説明をなさつたか、この点も承らしていただきたい。
○久保田説明員 ただいまの御質問によりますと、歩兵部隊であれば特定の地域でなくてもいい――ある程度特定の地域でなくてもいいというお考えのような御質問でございますが、行政協定によりまして、特定の場所をきめないということになると、どこでも演習に使えるということでは、かえつて影響がある。従つて演習する場所としては、特定の地域をきめるということになつております。その方針で現在も進んでいる次第であります。
○福田(昌)委員 それは演習場としては、いかなる簡単な演習でありましても、特定の地域を指定するということが望ましいかと思うのでありますが、日本の狭い領土の中に多くの人口をかかえまして国民生活の貧困な今日の情勢、日本の国柄というものを十分アメリカ側にも知つていただく、日本政府とされましても十分なる御説明をいただきまして、土地の広いアメリカで考えておられたと同じような訓練の形式を日本でおとりになるということに、一つの反省を持つていただくという意味においても、私はもつと施設委員会に出ておられます日本側の代表というものは、この点についての十分なる御説明が願わしいと思うのであります。こういう点を考えますと、狭い日本の土地においても、アメリカの広い土地で訓練しておつたと同じような形で訓練しなければならないというような考え方は、日米友好の見地からいたしましても、はなはだしくけつこうな考え方とは言えないと思うのであります。そういう意味で施設委員会の代表の方方は、日本の立場――狭い日本の領土の中でたまたましか使わない、ことに古賀の演習地のような九年間に、よく考えてみても一回ぐらいしか使用していない、それもほとんど使用したとはいえないような形で使われたというようなところを歩兵部隊の訓練場として接収されるということは、どう考えても私どもとしては了解できないのであります。きつと地元の方は同じような感じを持つておられると思うのでありますが、そういう意味におきまして、施設委員会において、もう少し日本の特殊な立場を強く御説明願いたいと思うのであります。このことはアメリカ側にも日本の立場を了解していただくということが、いたずらなる反米思想をあおらないという点においても必要な点でありますから、この点福島長官に御伝達願いたいと思います。
 重ねてお伺いいたしますが、今度きめられるであろうという、目下交渉の過程にある接収地の範囲でありますが、その地図よりいささか狭く御説明をいただいたようでありましたが、その中に民有地があるという御説明でございました。民有地に対する補償というものは夫決定ではございましようが、大体どの程度のものを腹案としてお考えになつておられるか、この点承らしていただきたいと思います。
○久保田説明員 ただいまの御質問に対して具体的に、現在復案等については私は承知いたしておりません。全般的に申しますと、現在きめられております要綱では、農地の場合は農業所得の八〇%、山林原野等につきましては登録価格の四分という基準になつております。これは実際の現地の実情に応じまして、それぞれ算定いたすことになつております。ただいまの古賀の場合につきましては、それぞれの実情に沿つて算定されることになつております。
○福田(昌)委員 大体全般的な基準を承らしていただきましたが、私ども民間におりましていろいろ見聞いたし、関係いたしております事項というものは、地方によりまして非常にまちまちでありまして、補償の基準、額面が非常にアンバランスであるということを強く感ずるのであります。従いまして全般的な問題にあたりましては、どうか調達庁におかれては、できるだけ不公平のないように、そういう点を調節していただきたいということを全般の問題として要望いたしておきます。
 それから農耕地に対しまする補償でありますが、これは所有者に対する補償でありますか、耕作者に対する補償になるのでありますか。
○久保田説明員 農耕地は、借上げの場合は、契約は建前といたしましては所有者とやるわけでありますが、その場合に、権利として耕作者がある場合には、耕作者にも実際所得、収穫に基く計算をいたします。耕作者ということになつております。
○福田(昌)委員 その具体的な例をあげまして、どういう形で配分されるかという点を御説明いただきたいと思います。地主に対してもある程度補償する、耕作者に対してもある程度補償するという点においてはわかりましたが、現実の問題としてこれを考える場合、どういう形でそれが配分されるかという点を承りたいと思います。
○久保田説明員 ただいまの説明、多少まずかつた点があるかと思いますが、地主との関係は、原則的に申し上げますと、耕作者は一定の小作料を払つておる。その小作料の部分につきましては、地主と小作人との関係になつておりまして、調達庁といたしましては直接タツチしておりません。
○福田(昌)委員 そういたしますと、農耕地に対する補償というものは、大体耕作者に対する補償といこように考えてよろしゆうございましようか。また耕作者から地主に対しては、小作料的なものを交渉して考えるということに解釈するのでございますが……。
○久保田説明員 さようでございます。
○福田(昌)委員 ところが私どもがいろいろな例で見聞いたしておりますところでは、耕作者に対する政府の補償というものは、間々地主にのみその補償の対象が向けられておりまして、いわゆる小作人には補償の金額は渡らないという事例があるのでございます。近いところでは、福岡の板付の飛行場周辺の接収農地におきまして、その典型的な事例が出ております。政府の説明によると、これは耕作者に対する補償であるというお話でありますが、受取つた者はたんぼを現実に耕作していない地主が補償を受取つておるというような状態が出ておるわけであります。今後の問題におきましては、そういう受取人を誤つたというようなことも、お役所としては同じ間違いを繰返すこともないかと思いますが、今後そういうことは絶対にないように、耕作者自身に対する補償であるならば、その受取人は必ず耕作者であるという形においてぜひ事務を運んでいただきたいと思うわけであります。ついででございますからお尋ねさしていただきたいと思うのでありますが、あの板付の小作人に対する補償問題は、これも長い間の懸案になつておりましたが、どのような解決をなされたか、この点あわせて承りたいと思います。
○久保田説明員 ただいま御質問の点につきましては、私担当いたしておりませんので、ここで御返事申し上げかねる次第であります。
○福田(昌)委員 いろいろ政府に要望いたしておきたいと思うのでありますが、時間がございませんからやめさしていただきますが、私どもといたしましては端的に申し上げますと、先ほども申し上げたのでありますが、狭い日本の領土の中におきまして、こういう私有地を含めた相当広範囲にわたる接収地がたくさんできるということは、日本政府とされましても、民生の安定の上からよほど強腰に接収の担当者は当つていただきたいという点であります。私ども民間人が考えますと、これをアメリカ軍の歩兵部隊の演習場に指定し、限定するということの必要妥当性というものを、日本の現状から認めがたいのであります。そういうものに使われる演習場接収の問題につきましては、今後この施設委員会において特に強腰で交渉に当つていただき、地元民が要望しておりますように、全地域が早急に返還できるように御勘案いただきたいと思うのであります。この点を要望をいたしておきますので、どうか外務当局におかれましても、また特調の久保田調査官におかれましても、この施設委員会のメンバーの方々に十分お伝え願いたいと思います。こういう要望をいたしまして、質問を終ります。
○上塚委員長 これにて古賀、新宮町演習地問題に関する質疑は終りました。
 参考人各位には種々御意見を開陳していただきまして、まことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。
 午後二時より再開することといたして、暫時休憩いたします。
   午後一時八分休憩
     ――――◇―――――
   午後三時二十分開議
○上塚委員長 休憩前に引続き会議を開きます。
 この際委員長より一言申し上げます。本日はソ連地区における邦人に関する件を調査するため、参考人として長谷川英雄君、久保田邦一君を招致いたしたのでありますが、折あしく本会議におきましてきわめて重要なる案件が上程されますので、委員会を継続することができません。まことに残念でありますが、本日はこれにて委員会を打切ることにいたしたいと存じます。参考人各位にはまことに恐縮でありますが、その旨御了承くださるようお願いいたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十二分散会