第019回国会 外務委員会 第36号
昭和二十九年四月十六日(金曜日)
    午前十時五十八分開議
 出席委員
   委員長 上塚  司君
   理事 今村 忠助君 理事 富田 健治君
   理事 野田 卯一君 理事 並木 芳雄君
   理事 穗積 七郎君 理事 戸叶 里子君
      北 れい吉君    増田甲子七君
      須磨彌吉郎君    福田 昌子君
      細迫 兼光君    加藤 勘十君
      河野  密君    西尾 末廣君
 委員外の出席者
        外務事務官
        (アジア局第五
        課長)     鶴見 清彦君
        参  考  人
        (法政大学教
        授)      安井  郁君
        参  考  人
        (一橋大学教
        授)      大平 善梧君
        専  門  員 佐藤 敏人君
        専  門  員 村瀬 忠夫君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した事件
 北太平洋マーシヤル群島附近における危険区域
 に関する件
    ―――――――――――――
○上塚委員長 これより会議を開きます。
 本日は北太平洋マーシヤル群島附近に於ける危険区域に関する件について参考人より意見を聴取いたします。本日参考人として出席を求めましたのは法政大学教授安井郁君、一橋大学教授大平善梧君の御両君であります。
 議事に入るにあたりまして、参考人各位にごあいさつを申し上げます。本日御多忙中のところわざわざ御出席をいただき、まことにありがとうございました。議事の順序につきまして申し上げますと、まず参考人の方々よりおのおのの御意見を開陳していただき、そのあとに委員より質疑がある予定でございます。
 それではこれより参考人の御意見を聴取いたします。法政大学教授安井郁君。
○安井参考人 本日の外務委員会において、私に課せられました任務は、上塚委員長からいただきました文書によれば、北太平洋マーシヤル群島付近における危険区域に関して参考人として意見を述べることであります。去る三月二十二日のMSA協定に関する公聴会において申しました通り、私は国際法学の研究と並行して国際政治学の研究を進めておりまして、MSAのような政治的性質の強い問題に関しては、国際政治学の立場から学問的批判を加えることを適当と認めますが、本日は問題の性質上、主として、というよりも、ほとんどもつぱら国際法学の立場から意見を述べることにいたします。その点を最初にお断りいたしておきます。
 ビキニ被災事件が発生して以来、私は問題の重要性に顧み、深い関心を持つて事態の推移を注視して参りましたが、これにつき国の内外において国際法を無視した言動あるいは国際法を誤解した言動がなされるのを見聞いたしまして、まことに憂慮にたえません。私の観点からこの事件に関する国際法上の論点を整理いたしますと、主要なものは大体において次の三点に帰着するかと思います。
 第一に公海は自由であるから、公海において原子兵器の実験のために危険区域を設定することもまた自由であるという見解があるが、それは正しいかどうか。第二に新しい原子力時代において公海自由の原則は時代遅れであるとして、国家が一方的にこの原則を変更することが許されるかどうか。第三に危険区域の設定は信託統治協定に基いて合法的になされ得るものであるという見解があるが、それは正しいかどうか。このほかにもなお問題となる諸点が残つておりますが、今までに現われたところでは、主要な論点はこの三つに要約されると見てよろしいでありましよう。
 第一の論点と第二の論点は国際法の根本原則に関するものであります。第三の論点は信託統治協定のこまかい規定に関するものでありますが、信託統治については、幸いに私が参議院法制局の委嘱によつて書きました信託統治制度と日本と題する調書がありますので、委員長の許可があればお手元に配付いたします。この調書は信託統治制度と日本との関係が沖繩等について問題となる場合に備えて、あらかじめ実証的研究を試みたものでありますが、今回の事件についても参考となるところがあると思います。委員長関係資料を配付してよろしゆうございましようか。
○上塚委員長 よろしゆうございます。どうぞ配付してください。
○安井参考人 それでは事務局の方お願いいたします。
 それではさきにあげました三つの論点について順次に私の意見を述べることにいたします。
 第一の論点は、公海は自由であるから、公海において原子兵器の実験のため危険区域を設定することもまた自由であるとする見解が正しいかどうかということであります。表現の仕方は必ずしもこの通りではありませんが、この見解はビキニ事件に関するアメリカの立場を擁護するため一部の人々によつて主張されております。この見解が正しいかどうかを判定するためには、公海の自由とはいかなる意味のものであるかを学問的に検討しなければなりません。国際法の角度からながめるとき、地球上の空間は大まかにいつて二つの種類にわかたれるのであります。一つは国家の領域であり、もい一つは公海であります。国家の領域は国家が原則として排他的に支配することのできる区域であります。これについても国際法の制限がいくらかありますが、国家はその領域においては自由に立法、行政、司法の権力を行使することのできるのが原則であります。これに反して、公海はいかなる国家もこれを排他的に支配することを許されないのであります。国際法はいずれかの国家が公海の全部または一部から他の国家または国民を締め出して、自国のみがこれをもつぱら支配することをかたく禁止しているのであります。これが公海の自由のほんとうの意味である。ここに公海自由の原則の根本があるのであります。
 私は今排他的支配という言葉を用いて説明いたしましたが、国際法学においては排他的管轄、エクスクルーシヴ・ジユリスデイクシヨンというテクニカル・タームを用いるのが普通であります。私の著書「国際法学」の第一巻においても「公海はいかなる国家によつても排他的に管轄され得ないという意味において自由と認められる。これを公海の自由の原則という。」と説明しているのであります。アメリカの代表的な国際法学者であり、かつてアメリカ国務省の法律顧問を勤めたハイド教授は、その名著「国際法」の第一巻において「公海とは国際法上においてあらゆる国家または国家群の排他的なコントロールの外にある水域であり、従つていかなる国家の領域にも属するものと認められてはならない。」と述べております。このハイド教授の著書に、主としてアメリカにより解釈され、かつ適用されたというサブタイトルがつけられていることは注目に値すると思います。表現はいくらか異なつておりますが、公海の自由についてアメリカのハイド教授のとる見解は、私の見解と根本においては一致しているのであります。この意味における公海自由の根本原則のわくの中で、国際法は公海の使用の自由、公海を使うことの自由を認めております。幾何学でいう公理と系――コロラリーとの関係にも当るものでありましよう。公海の使用の自由、すなわちいずれの国家の船も自由に公海を航行し、またいずれの国家の国民も公海において自由に漁業に従事することができるという意味であります。この公海の使用の自由は無制限のものでないことを注意しなければなりません。それはさきに述べた公海自由の根本原則、いかなる国家も公海を排他的に支配することを許されないという根本原則に反しない限りにおいて認められるものであります。国際法上において、公海の自由とはいかなる意味のものであるかは、以上の検討によつて明らかになつたかと思います。それはいかなる国家も公海を排他的に支配することを許されないという意味であり、この根本原則に反しない限りにおいて、公海の使用の自由が認められるのであります。
 ところでアメリカはエニウエトク環礁やビキニ環礁における原子兵器の実験のため、公海の広い範囲にわたつて危険区域なるものを設定いたしました。これはその区域への立入りを禁止したものではなく、立入りの危険を警告したものにすぎないともいわれております。かりにそうであるとしても、重大な危険を伴う原子兵器の実験のために危険区域を設定する以上、実際にはその区域への立入りは不可能となり、他国の船の航行の自由や他国民の漁業の自由は著しく制限されることになります。かくてアメリカによる危険区域の設定は、アメリカが公海の一部を排他的に支配することを意味し、明らかに公海自由の根本原則を侵害するものといわなければなりません。公海は自由であるから、公海において原子兵器の実験のために危険区域を設定することもまた自由であるとする見解は、公海自由の原則の意味をまつたく誤解したものであります。もつとも従来においても、国家が実弾射撃などのために公海の一部を使用することがあります。しかしそれはきわめて短かい期限を限り、かつ狭い範囲において行われるものであり、それが他国の船の航行の自由や他国民の漁業の自由を著しく制限することはありません。重大な危険を伴う原子兵器の実験のために、公海の広い範囲にわたつて、何箇月も何箇年も引続いて危険区域を設定することは、従来の例とははなはだしく性質を異にするものであります。両者を同一に論ずることはできないと私は思います。
 以上が第一の論点に関する私の意見であります。
 第二の論点は、新しい原子力時代において、公海自由の原則は時代遅れであるとして、国家が一方的にこの原則を変更することが許されるかどうかということであります。公海自由の原則は長い歴史を持つものであるが、原子力時代となって、原爆や水爆の実験というような新しい必要が生じたのであるから、古い国際法が破られてもやむを得ないというような見解が、一部の国際法学者によつて唱えられております。この議論は、新しい時代の動きに即応するものとして、一応もつともなように聞えます。私も時代の推移とともに国際法もまた変動することを否定するものではありません。しかし私たちはここで国際法のもう一つの根本原則を顧みる必要があります。国際法上において古い原則を変更し、新しい原則を打立てる場合には、国家の一方的な行為によつてこれを行わず、関係諸国の合意によつてこれを行うのが通常の手続であります。この通常の手続をふまずして各国がかつてに行動をするときには、国際法秩序は破壊され、国際社会は混乱するのであります。原子兵器の実験について、もし公海の広い範囲に長い期間にわたつて危険区域を設定することが必要ならば、国際法の根本原則に従つて、関係諸国の合意のもとにこれを行うべきであります。その手続をふまずして、アメリカが一方的に危険区域を設定することは明らかに不法であります。これは李承晩ラインの例にも当てはまるものであります。韓国の李承晩大統領は、公海自由の原則はすでに過去のものとなつたと公言し、公海の広い範囲にわたつて李承晩ラインなるものを一方的に設定いたしましたが、このような無法きわまる措置は、国際法上において許されません。韓国政府は李承晩ラインに関する国際法の先例として、一九四五年のトルーマン宣言をあげております。トルーマン宣言は、大陸だなに関するものと、水産資源の保全に関するものとの二つがありますが、いずれも、他国の利害に関係する場合には、関係諸国の合意によつて問題を決定するものとはつきり認めております。これは李承晩ラインに附する韓国の態度とは著しく異なるものであります。アメリカとしては少くともトルーマン宣言において示した態度、すなわち関係諸国の合意によつて問題を決定するという態度を、危険区域の設定についてもとるべきであります。また日本としては、もし李承晩ラインについて韓国に公海自由の原則の違反を抗議するならば、危険区域の設定についてアメリカに同様の抗議をするのが当然でありましよう。そうでなければ、はなはだしい自己矛盾に陥ることは明らかであります。
 以上が第二の論点に関する私の意見であります。
 第三の論点は、危険区域の設定が、信託統治協定に基いて合法的になされ得るものであるという見解は正しいかどうかということであります。ビキニ事件の直後、わが政府当局は国会答弁の中で、アメリカによる危険区域の設定は、太平洋諸島に関する信託統治協定の第十三条に基くものであると言明したと新聞に報道されました。私はそれを開いて非常に驚きまして、とりあえず三月十八日の読売新聞を通じて警告を発しました。外務委員会の中にも、あるいはその談話記事をお読みくださつた方もあるかと思いますが、その記事はきわめて簡単に要約されておりますので、本日ここにこの問題をもう少し詳しく検討することにいたします。
 結論から先に述べますと、この点に関する誤解は、信託統治協定の規定する閉鎖地域――英語ではこれをクローズド・エリアと申しておりますが、この閉鎖地域というものと、このたび問題となつた危険区域――英語ではこれをデインジヤー・ゾーンと申しておりますが、この危険区域というものとを混同したことから生じたものであります。
 太平洋諸島に関する信託統治協定の第十三条は、先ほどお手元に配付いたしました「信託統治制度と日本」の四十七ページに掲げてあります。この規定は、戦略地区として指定された信託統治地域の中に、施政権者が安全上の理由によつて閉鎖地域を設定することを認めております。閉鎖地域がいかなるものであるかは、同じく「信託統治制度と日本」の二十三ページに説明をしておきましたから、御参照願います。信託統治は、御承知の通り国際連合の監督を受け、国際連合は信託統治地域に対して定期視察を行うことになつておりますが、この閉鎖地域については、施政権者は国際連合の定期視察を断ることができるのであります。閉鎖地域とはこういう性質のものであります。それは信託統治地域の一部が安全上の理由によつて閉鎖されたものであり、当然に信託統治地域の中に設定されるのであります。「信託統治制度と日本」の三十二ページの註八にしるしておきました通り、アメリカは施政権者として、一九四七年エニウエトク環礁に閉鎖地域を設定し、続いてビキニ環礁にも閉鎖地域を設定いたしました。これらの閉鎖地域の設定は、信託統治協定の第十三条によつて認められたものであるといつてよろしいでありましよう。
 このたび問題となつた危険区域は、今述べた閉鎖地域とはまつたくその性質を興にするものであります。危険区域は信託統治地域の中にのみ設定されるものではなく、公海の非常に広い範囲にわたつて設定されるものであります。またそれは国際連合の定期視察を断るというようなものではなく、他国の船に立入りの危険を警告するものであります。このような性質を持つ危険区域の設定について信託統治協定が規定するはずはなく、まだ規正すべきものでもありません。危険区域の設定を信託統治協定の第十三条によつて合法化しようとする見解は、まつたく誤りであると断定してさしつかえないと思います。以上が第三の論点に関する私の意見であります。
 これら三つの論点について私の述べたところが正しいとすれば、危険区域の設定そのものが国際法に違反するものでありますから、ビキニ事件については、第五福龍丸が危険区域の外にあつたといなとを問わず、アメリカの責任は免れません。原子兵器の実験はその後も引続いて行われ、その被害は直接、間接に広い範囲に及んでおりますが、アメリカとしてはこれに対して適当の補償をなすべきであります。私は日米両国の政府当局がその措置を誤ることのないよう切に希望いたします。それよりもさらに大切なのは、今後再びこのような悲劇を繰返さないためには何をなすべきかという問題であります。
 ビキニ事件は日本国民を深い不安に陥れました。私は社会教育の立場から各階層の人々に親しく接する多くの機会を持つておりますが、国民の不安は想像以上に深刻なものがあります。またこの事件は全世界に対して異常なシヨツクを与えました。特にイギリスにおいては、ビキニ事件を契機として、原子兵器の問題が議会において熱心に論議されております。これはまさに現代の最大の課題と言えるでありましよう。これと真剣に取組むとき、問題は単なる原子兵器の実験の管理から原子力そのものの国際管理へ、さらには原子兵器の禁止へと、次第に突き詰められて行くのであります。
 原子兵器の脅威から人類を守るこの大きな仕事について、私は国際法が一つの役割を果すことを期待しております。従来も国際法は、恐るべき毒ガスやバクテリア戦法から人類を守るために、苦しい努力を続けて参りました。原子兵器の脅威は、従来の兵器のそれとは比較を絶するほど大きいものであります。国際法がいかにしてそれと対決するかは焦眉の急を要する問題でありますが、本日それについて語ることは、この外務委員会において私に課せられた任務の範囲を越えるものであると思います。
 以上をもつて私の意見の陳述を終ることにいたします。危険区域の問題に関する国会の調査について、何らかの参考になれば幸いであります。(拍手)
○上塚委員長 これにて安井参考人の意見の陳述は終りました。大平参考人はまだ出席されておりませんので、先に安井参考人に対しまして質疑を許します。並木芳雄君。
○並木委員 ただいま安い教授から明快なる見解の表明がありまして傾聴した次第でございます。それについて二、三お伺いをしておきたいと思います。
 その第一は、先般岡崎外務大臣は、安井教授の御見解によればかくも明快な国際法上許されざる危険区域の使用に対して、ある会場において演説をして、国連協力の線において自由主義陣営のために日本は協力せざるを得ないという見解を表明しておるのでございます。しかし、ただいま安井教授の話を岡崎外務大臣がここにいて開いたら、おそらくその気持に動揺を来すのではないかということを私も感じたのです。そこでお伺いしますけれども、岡崎外務大臣の言うところの国連協力という見地から、危険区域の使用ということに対して日本の協力が出て来るかどうか、それについて教授の御見解を披瀝していただきたいと思います。
○安井参考人 岡崎外務大臣の演説は私直接に承知いたしておりませんが、新聞を通じて大体を伺つたわけであります。並木委員の御質問においては、特に国連協力の線から、あるいはまた自由世界に対する協力というような問題が岡崎外務大臣において述べられたようであります。国連協力というようなことを申す場合、国際連合というものの根本精神というものが何であるかということを、私どもはこの機会にもう一度確認しなければならないと思います。私が国際法学者として、また国際政治学者として理解する限りにおきましては、国際連合というものは、決して一部の国々に対して敵対的な態度をとるものでなく、全世界の国々が集まつて再び痛ましい戦争ために、次の世代を不幸に陥れないために、平和の努力をするという、それが国際連合の根本精神であろうと思つております。私の解釈はその通りであります。その線から考えますと、私は国連協力というふうな線から、国際法の根本原則を侵害するような問題について日本の立場を導き出すということは非常な矛盾ではないか、少くとも私の立場からは、是認できないものであることをお答えいたさなければなりません。そうしてそういうあらゆる場合、国連協力とかあるいは自由世界協力とかいうことが一方的な意味をもつて言われておりますが、私どもはこの場合もう一度その根本の意味を考えまして、国連協力というふうな言葉を出します場合、その真精神であるところの全世界の平和を守り、全人類の幸福を守るというその線から、日本の外交政策を導くべきものであると考えております。以上簡単でありますが、お答えいたします。
○並木委員 ただいまの御答弁は政治的の意味もあるかとも私拝聴いたしました。そこで純粋に法的の見地から国際連合のあり方をお考えになつた場合に、公海自由の原則を排除するような今回の危険区域というものが、国連憲章の条項によつて何らか例外的に処置される場合があり得るかどうか、ただいま教授の御見解は絶対的のものであるかどうかという点であります。他のいかなる国連憲章の条項によつても例外的に取扱われることがあり得ないということになりますれば、なおはつきりするわけなのであります。しばしば日本の憲法において基本的人権と称せられるようなものが、公共の福祉という名前でもつて制限されるということが最近出て来ております。それと同じような見地から、国連憲章の何らかの条項によつて、岡崎外相の演説が肯定されるような点が出て来る余地があるかどうか、という点についての見解をお伺いしたいと思います。
○安井参考人 実は私の第一回の答弁も、政治的意味でなくて、私としては法律学的のつもりなのでありますが、今重ねての御質問の意味は私に非常によくわかりますから、重ねてお答えをいたします。今の問題を少しこまかに法律論として申しますと、国際連合憲章の中でしばしば世界の平和及び安全を守るためというふうな言葉が実は出て参るわけなのであります。先ほどお手元に配付いたしました「信託統治制度と日本」の中にありますように、信託統治制度の問題として、実は第一に世界の平和及び安全を守るためという言葉が出て参るわけなのであります。先ほどの資料では三十七ページに国際連合憲章の第七十六条があります。そこでは「国際の平和及び安全を増進すること。」という規定になつておりますが、同じ意味であります。そこで問題は、法律的に申しますと、その国際の平和及び安全を増進する、世界の平和及び安全を守るという意味が、法律学的な解釈においては、一部の国々が解釈するようなその意味が正しいのか、それとも私が先ほど申しましたような意味が正しいかということになろうと思います。一部の国々はそういう条項を解釈いたしまして、国際の平和及び安全を守るためにはこういう処置をとらなければならない、こういう政策をとらなければならないという解釈をしておるのではないでしようか。そこが私がたびたび申します国際連合憲章あるいは国際連合の根本精神を、政治的でなく、法律学的にいかに解釈するのが正しいかということになるわけであります。その点で、今の一部の国々がとつているような解釈が、むしろある意味では政治的解釈でありまして、私が申しますような意味において、それは世界全体の平和及び安全を守るためのものであると解釈し、それらの条項をその意味において適用するというのは、法律学的に私は正しいと思つております。そしてその点から見れば、国際法の根本原則を無視して、そうして他国民にも非常に危害を与えるような措置を、先ほど申しました通り、一方的にとるということになると、国連協力というふうな言葉をもつて合法化されるものではない。これは政治論ではなくて、むしろ法律論であると私は考えるのであります。いかがでありましようか。
○並木委員 第一点の、アメリカが公海の一部を排他的に支配するようになつたという点でお伺いしたい。教授の言葉の中に、しかしながら従来実弾射撃等の場合には、きわめて短かい期間、きわめて狭い範囲にわたつて公海の一部を制限したことはあり得るということでありますが、これが拡大されて、今度の原子力の実験ということになつて来たと思うのであります。そこで問題は、今までの世界では、実弾射撃なといつても、われわれの常識で考えても、着弾距離などというものはそう遠くはございません。従つて狭い範囲でよかつたし、またその実験もしよつちゆう行われるわけではございませんので、これは常識的に判断できたと思う。ところが、原子爆弾ができてからは、この常識というものがまるつきり転覆されてしまつたわけです。そこで新しい常識が今度生れつつあるのじやないか。それが教授の第二点にあげられた点にも触れて来ると思うのです。そこでこういうものが今までの概念では許されたところのきわめて短かい期間、狭い範囲というものに該当するかどうかということは、法律的に考えますと、どこかで判定を下さなければならないと思うのです。これは教授の見解も、私自身の見解も、世界の人々たれでも、従来の観念から見れば、まるつきりかけ離れた広い範囲のものであり、またきわめて長い間継続的に行われるということは異論のないところであると思います。そこでこれをもう一歩進めて、しからばこれが従来の範疇から逸脱をしているものであるということをどこできめつけたらいいか、そのきめだまはどこで行わるべきだということを御説明願いたいと思います。
○安井参考人 ただいまの並木委員の御質問で、私が先ほど簡潔に述べましたことを補足する機会を与えられ、私としてもありがたいと思うのであります。端的に申しますと、キー・ポイントは、そういう措置が人間の仕合せと申しましようか、人間にいかなる危害を与えるかどうか、そこにあると私は思います。従来の実弾射撃の範囲内においても、それは公海の一部が支配されることではありますけれども、それが人間に対して決定的な影響を与えない。つまり非常な危害とか、あるいはまた漁業の自由を奪つて、多くの漁民を苦しめるとか、そういうことが比較的少かつた、その点に私は重点があると思います。ところが今度はその範囲において、危害の性質において、また期間において、単なる量的な差異ではなくて、今私が述べたキー・ポイント、他の国の船あるいは、他の国の国民に重大な危害を与えることは明らかであります。しかも原子物理学者の言うところによれば、今後その披露はどのような範囲にまで及ぶか予測もできない、そういう状況であろうと思います。つまりそういう危害の点において、人間のコントロールすることのできない範囲のところまで原爆、水爆の実験というものは来ております。そこできめ手と申しましようか、キー・ポイントは、それほどにまで人間の生活に危害を与えるものは、やはり国際法上も許されないのではないか。もしそれについて新しい措置をとることが必要ならば、私が第二点で申しましたように、関係諸国と特に申しておきましたが、できれば世界各国と申したいところでありますが、少くとも関係諸国の合意によつて最も合理的な措置をとることが適切であると考えるのであります。
○上塚委員長 並木君にちよつと申し上げますが、ただいま大平善梧君がお見えになりましたので、この際、せつかく質問中ですが打切りまして、そして大平参考人の意見を聞いたあとで質問を許すことにいたしたいと思いますから、どうぞさよう御了承願います。
○並木委員 ではまたあとで質問いたします。
○上塚委員長 それでは一橋大学教授大平善梧君にお願いいたします。大平善梧君。
○大平参考人 今回の水爆実験に関係いたしまして、危険区域の国際法上の地位につきまして話をするように命ぜられたわけでございます。
 最初に国際法の問題というものは、国際法の妥当性と申しますか、国際法がこうなつておるという一つの法規を示す、こういう一つの問題があるとともに、そのあるところの国際法をいかに効果あらしめるかという実効面の問題がある。さらにそういう国際法を使つて、またそういう国際法があるということを知つておりながら、いかにこれに対処するかという政策の問題が出て来ると考えられるのであります。きようは主として国際法の妥当性、国際法がいかにあるかという点に中心を置きましてお話をいたしたいと考えます。
 今度の水爆の実験――水爆であるかどうかということは私よくわからないのでありますが、実験の合法性、こういう実験をアメリカ側がするということの合法性に対する問題、次に通告の問題、第三に放射能物質による汚毒の問題、最後に補償の問題をお話いたしたいと思うのであります。
 第一に今度の原爆はビキニ環礁において行われたと考えられるのでありますが、その周辺の公海、非常に広い範囲の公海で天破壊的な力を持つている実験が行われたわけであります。この実験の合法性を考えます場合に、エニウエトクあるいはビキニ環礁――マーシヤル群島の中の小さな島々であるのでありますが、これが信託統治地域になつておる。日本の旧委任統治地域が信託統治地域になつているわけでございまして、これが戦略地域ということになつておつて、アメリカがこれを軍事的に使用する権利が認められておるわけであります。太平洋における旧日本委任統治諸島に対する米国信託統治協定というものができ上りまして、一九四七年四月二日国連安保理事会が承認し、同年七月十八日に効力が発生している。この信託統治協定によつてアメリカが現在施政を行つているわけであります。そこでそういう信託地域においてそういう軍事実験を行うことができるか、これは一応できるといわざるを得ないのであります。但しその実験はその領土及び領水――領土といつても信託地域でありますが、その領土及び領水の範囲においてなされなければならないと一応言えるわけであります。但しその範囲が公海に及んでいるわけであります。ところがアメリカ側におきましてはエニウエトク環礁及びビキニ環礁につきまして、さきに申しました信託統治協定第十三条によつて閉鎖区域を設定いたしまして、これを国際連合安全保障理事会の方に通告しておるわけであります。この閉鎖区域というのは信託統治地域内について行つているわけでありますが、これは立入り禁止の区域をつくつた、事実軍事的に非常に危険なる所であるということの通告をしているわけであります。その点につきましては、ある程度問題があるかもしれませんが、一応安全保障理事会も通告を受けておるのでありまして、これは認められるところであるのでありますが、事が公海に及ぶという点が非常に重大な意味を持つて来るのであります。公海において演習その他におきまして危険なる行動をとるということは事実あるが、いわゆる危険区域というものを公海に設定した先例があるかということが問題になるのであります。この先例は実はあまりたくさんはございませんで、第一次大戦の際にデインジヤー・ゾーン、これは主としてイギリスがやつたのでありますが、敷設水雷その他の危険物を置いたという告示をしている。一九一六年であります。その場合にはここに近寄つて危険な目にあつた場合にはその責任を英国側で負わない、こういうふうに言つているわけであります。なお防衛水域というようなものも、ある意味においては危険水域というものと関係があるような概念でありまして、日露戦争の当時防禦海面というようなものを公海に設定したというような例は日本についてもございます。また戦争ではなかつたのでありますが、支那事変当時、いわゆる航行遮断をやりました。昭和十二年の八月二十五日に初めて温州、福州というような港に敷設水雷その他の危険物を置いた。従つて第三国の船舶もこれに近寄ることは危険である。普通の平時封鎖であるならば、第三国の船舶には効果がないわけでありますが、日本の航行遮断は十四年に初めて行われたのですが、それが拡大して危険物を置いたから第三国の船も近寄つては困るではないかということを言つているわけであります。日本の現在各地にあるところの海上における実弾射撃場というようなものはしばしば問題になつている。九十九厘浜事件その他問題になつておりますが、事実行われております。これは安保条約、行政協定によつて認められていて、日本の法規関係はそこに説明されるのでありますが、公海におけるこの危険の行動をとつているということについては深く議論されていなかつたわけです。但し日本人以外にはこれに近寄るのは少かつたと思うのであります。でこのビキニの危険区域につきましては、そういうような先例を考えているかどうか知りませんが、アメリカ側がはつきりとこの危険区域の設定を告示しているのであります。これは一九五三年の五月二十七日にビキニについてやつておりますし、エニウエトク環礁につきましては、四八年の七月一日に告示しております。この告示が日本側にやはり通告されているわけであります。これは国際水路会議の決定、会議の申合せに基きまして、日本側にそういう危険物があるという通知がありまして、これについて海上保安庁の水路部において航路告示というものを出すのであります。航路告示の全文を私は見たのですが、きわめて簡単に書いてありまして、地域が一応限定されておりますが、しかも航行は禁止されているというふうに日本の航路告示には書いてあるのであります。海上保安庁は昭和二十六年の二月十日、二十七年の十一月一日、二十八年の十月十日の三回にわたつてやつております。これはアメリカ側の告示を見ましてそういう水爆実験というようなものが行われるという、危険なることを知らしたものと考えられるのでありまして別に日本の船舶の航行が禁止されているということを考えて、禁止を命令した――また禁止する権利も告示にはないわけでありますが、おおむ返しにそういう告示をしたのでありまして別に深く考えなかつたのであります。その点が問題になる点かもしれませんし、また事実アメリカ側はそういう危険物をやつておるのですから、そのやつておることについては問題でなく、ただ一応あぶないということを日本人に知らせるという意味であつたかと思うのであります。しかしともかくこの告示というものは漁民の方には徹底しなかつたようでありまして、その方に近寄つた漁船もあつた、よく聞いてみると、そういう危険区域というものを知らないというようなこともあつたのであります。そこでさらに徹底させるというようにいたしておるわけであります。
 そこでこのビキニ環礁において水爆実験を行う、それは領土権――信託統治権、まあ領土権というような名前を使つておりますが、その権利で一応できる。しかし公海において実験をやつた、その影響は非常に大きいという場合にはどうなるか、公海をそういう実験に使用するということは一応認められておる、しかしながらその実験が非常に大きな損害を他に及ぼしたという場合にどうなるか。この場合におきまして公海の自由は、一応そういうものを実験するようなためにも使用するという権利は各国にあるわけであります。しかしながらそれは平等性を他国に認めるということ、それから恒久に他国の使用を制限しないという二つの条件が考えられるのであります。たとえば一つの船が通過すれば、その同じところを他の船は通過することができません。しかしながらその前の船が通過したあとは自由でありますから、それは通過ができる、こういうのでありまして、恒久にそれを妨害をし、あるいは同じような使用を他の船にさせないということは、これは航行の自由、公海の使用の自由に害することになると考えられるのであります。そこで私はアメリカの実験というものは、一応権利としてこれを認めることができる、但し権利の濫用である、こういうふうに考えるものであります。
 次にアメリカの警告でありますが、向うの危険区域を設定したノーテイフイケーシヨン、告示を見ますと、この地域が航行が禁止されているということはうたつていないのでありまして、マーシヤル群島の閉鎖区域の方は領土及び領水について島及びその海面については、立入り禁止でありますが、公海については立入り禁止ということはできないのであります。そこで非常な危険があるということを知らせ、但しこの危険区域内における生命、財産に損害の及ばないように、できるだけオール・ポシブル・プロポーシヨンに予防措置をあらかじめとるのだということを言つておりますが、その区域外にもし災害が及ぶようなことがあれば、必要ならば予告をするというようなことを言つておるのであります。従つて航行が禁止されておるというふうにかえることはできないが、しかしアメリカ側としても、予防措置をとるということはみずからも言つておるわけであります。今度の事件が起りましてからはアメリカにいろいろな希望を出しまして、あらかじめ通知をしてもらいたいと言つたところが、向うはそれに応じないというような情勢になつておるかとも新聞などで拝見いたします。しかしながらこれはアメリカ側が予防措置をとる、そうして日本に通告するという義務を、国際法上の義務として、条約上の義務として引受けるということを拒否しておるのであつてあらかじめこういう通告をした、通告の文章の中のそういう方針はかわつていないというふうに考えられると思うのであります。
 そこで今度の問題の、第五福龍丸が例の危険区域外にあつたかどうかという問題があるわけでありますが、これは日本側といたしまして、約十五マイル離れておつたということをいろいろ調べた結果認定いたしまして、これをアメリカ側に通報したわけであります。それで私はこの損害賠償の請求というような問題につきまして、一応の証拠をあげてこちら側が区域外にあつたということを言う場合には、向う側としてこれを受入れなければならないだろう。それで音か何かの関係で簡単に、地域外にあつたのではなくて地域内にあつたのだというような記事が出ておつたようでありますが、しかしそれも、もしそういうことを主張するならば、向う側が証拠をあげて地域内にあつたということを言わなければならないと思うのでありますが、そういう証拠を向うがあげて日本側をくつがえすことができないとするならば、一応日本がプリマシイ、一応日本がこうであるという主張は向うが認めなければならないと考えるのであります。かりにその危険区域内に日本側の船があつたといたしましても、向うの告示がその中の財産、生命というものの危険を防止するためにあらゆる措置をとる、こう言つておるのでありまして、その措置をとらなかつたという、そういう措置の過失が考えられるわけであります。たとい地域内にありましても、アメリカ側の責任は免れない、こう考えられるのであります。
 次に海水の汚濁の問題でありまして、これは放射物質あるいは放射能の灰が非常に飛んで、どうなるか、そうして最後の補償の関係とも関連するわけであります。原子力あるいはその他の今度の問題は、どうも専門的な知識がないとよくわからないのであります。オツペンハイマーと原子学者が、原子問題については、よく知つておる者は黙つておる、知らない者が盛んに言うが、それが的をはずれておるということを言つておるのでありまして、どうもこの放射能がどの程度まで危険があるかという点についての科学的な調査が、まだ十分でないように考えられるのであります。あらゆるまぐろが危険であるというように考えられる。それはもつともな話なのでありますが、この問題についてわれわれ研究委員会をつくつておるのでありますが、そのうちの一人の委員の檜山義夫氏は、水産学の立場から、まぐろというものは非常に清潔な魚で、海の表面にいないでむしろ深海の方におる。そうしてプランクトンを食わないで大きな魚を食べておる。そうすればたといプランクトンが動いておつても、まぐろがそう簡単に放射能物質を体内に置くということは考えられない。しかも皮膚はなめらかで粘液が出ておつてというようなことを言いまして、どうも日本のこの点についての考え方は少し無知なんじやないかというような気もするのであります。しかしこの点はわかりません。結局海水をほんとうに汚染しておるといたしますならば、この海水汚染に対する責任というものもアメリカ側にあるのではないか。これは海上において油を流すというその程度の汚染ならば、これは別に問題にされていないのであります。しかしながらほんとうに放射能物質がそれだけの損害を及ぼしておるということがはつきりいたします場合には、その点についての国際法上の責任があるのではないか、こう考えられるのであります。
 最後に今度の事件に関する補償でありますが、この点については、危険区域というものが決して日本側の船舶の航行を禁止するというような性格のものではなかつたし、また禁止する権能も向うにない。従つて日本側にたとい若干の過失があつたといたしましても、その責任を向うが免れるというわけには行かない。断然今度の事件に対しまして、直接損害について補償を行わなければならない。間接損害につきましては、これは非常に問題があるでありましようし、先ほども申しましたように、海水の汚染あるいは日本国民に与えた心理的な恐怖というようなことまでになりますと、非常に問題がむずかしくなるのでありまして、これは外交交渉によつてどういうふうに解決するか、適当におまかせすべきものではないかと考えるのであります。
 原子力の実験について日本が協力するかしないかというようなこともありますが、これは国際条約の点におきましては、協力するもしないもきまらない問題でありまして、まつたく外交政策の問題だと思います。
○上塚委員長 ありがとうございました。
 これにて大平参考人の意見の陳述は終りました。引続き質疑を許します。並木君。――並木君に申し上げますが、時間の都合もありますから、できるだけ集約してお願いいたします。
○並木委員 先ほどの質問を安井教授に続けたいと思います。先ほど教授は、李承晩ラインの問題も性質を同じゆうするものである。従つて日本としては李承晩ラインについて韓国に抗議をするならば、ビキニの場合においても当然アメリカに抗議をすべきであると言明されたのであります。それについてアメリカとしては、今まで危険区域について関係各国と全然協議をしておらないのでしようかどうか。もし危険区域について関係各国と協議をするならば、それは閉鎖区域について、信託統治協定第十三条にあげられておるところの協定ができたその統治国全部とやるべきものでありましようかどうか。危険区域については、閉鎖区域について協定をした国々全部を包含する必要がないかどうか、そういう点についてお伺いいたします。
○安井参考人 一つは危険区域とそれから閉鎖地域との関係でありますが、私は先ほど申しましたような意味において、両者まつたく別個の問題と考えております。閉鎖地域で行われる水爆の実験が危険区域に影響を及ぼすというその関係はもちろん認めますけれども、法律上の性質ははつきり区別しなければなりません。でありますから、もし危険区域の問題についてアメリカが相談する、新しい原則を合意をもつてきめるとするならば、私は閉鎖地域の場合、つまり信託統治協定をつくる場合の関係国ではなくして、この危険区域の問題について最も被害を受け、その意味において利害関係を持つているところの国と第一に協議をすべきである、それが筋であると思います。その点の結論は、私が先ほど申しました参考意見の結論として当然に出て来るわけであります。今の御質問に対してはそういうお答えをしなければならないと思います。
○並木委員 もしそれでもアメリカが日本の抗議に対して応じない場合、日本としては次にはどういう手段をとつたらいいとお考えになりますか、われわれ先般来国際司法裁判所に提訴すべきではないかということも考えておるのでございますけれども、教授としてどのような手段によつてこの抗議を実現させて行くべきであるとお考えになつておりますか、お尋ねしたいと思います。
○安井参考人 抗議をして、それを向うが受入れない場合どうすべきか、これは本質的には外交技術の問題であります。私としてはなはだお答えしかねるのでありますが、国際法学を学ぶ者としての立場から、国際司法裁判所という問題を考えています。これは筋道からいえば、国際司法裁判所に提訴するということも、もちろん一つの手段であると考えられることであります。しかし現実は、御承知の通り国際司法裁判所に提訴するということは非常に多くの困難を伴つておりまして、それには時間的な点を考えてなかなか容易でないでありましよう。その点をわれわれとしては考慮しなければならないと思います。そういたしますと、私としても、外交技術の点は別として、この差迫つた問題を解決するにはどうすればよいか、非常に苦しんでいるのであります。これは国際法の議論から離れますが、やはり政治は一つは力であり、一つは輿論、それに基くところの道義であると思つております。やはりこの問題については世界の道義に訴えると申しましようか、政治学の根本で政治を分析する場合、そこに力の要素――。パワー・ポリテイツクスという意味において、力の要素を最も重要視すると同時に、それと並んで、若干やはり道義と申しましようか、それに影響力を及ぼすところの輿論というものを考えなければなりません。私としては今の並木委員の御質問には非常にそれるのでありますけれども、一見法律でないそういう手段というものが、この場合においては相当考えられるのじやないか。私は一個の市民としてその問題と今真剣に取組んでおるわけであります。
○並木委員 それについて思い出しましたのは、広島、長崎の原子爆弾の被災であつたろうと思います。今日原爆、水爆とわれわれの口の端から簡単に出るようになりましたけれども、一体こういう悲惨な被害を与えるところの原爆、水爆の行使というものは、国際法上許されているでしようか、許されていないのでしようか、私どもは疑わざるを得ません。かつては毒ガスの使用の禁止がされておりまして、この禁止は現在でも生きているのではないかと思います。ましてや、毒ガスどころか、それに百倍も千倍もするところの原爆、水爆の行使というものはやはり許さるべきものではないのじやないかと思いますので、その点をお伺いしたいのです。もし許されないとするならば、われわれとしては長崎、広島に落された原爆についてあらためて抗議を申し出ることができるのではないかとさえ考えているわけであります。但しあれは戦争中のことでございましたから、その解釈はどういうふうになりますか。従つて平時における原爆、水爆の実験と、戦時における原爆、水爆の行使との間に、どのような差異が生じて来るものでありましようか。戦争中においては、先ほど来教授の述べられた点が違つて来るのであるかどうか、こういうような点について見解を表明していただきたいと思います。
○安井参考人 二、三の点に触れなければならないと思います。第一は戦時と平時との違いでありまして、私の友人大平教授の先ほどの御意見にも触れると思います。先ほど教授があげられました二、三の防衛水域とかその他の例は、教授の御意見の中にもありましたように、はつきりとそれは第一次世界戦争中とか、日支事変中とか、いわば国際法上の戦時状態のもとであります。そういう戦時状態の場合と平時状態の場合と、われわれは国際法的な諸問題の取扱いを区別して考えなければならないと思います。もちろん大平教授もその点を意識されて例としてあげられた。私は今並木委員の御質問の機会を借りて述べますが、われわれは国際法上戦時と平時と、諸問題を法律的に考える場合に区別して考えなければなりません。その点をちよつと初めに触れておきたいと思います。
 次に、そういう点を論理的に明らかにした後に、戦時において一体原爆、水爆のような恐るべき兵器を使用することが許されるのかどうか、これは厳密に申しますと、次のように言うのが正しいのじやないかと私は考えるのであります。今まで国際法は、陸戦の場合、海戦の場合、いろいろの外的手段を制限して、そうして人類に惨禍を与えないように努力して参りました。その一つの流れが、先ほど申しました毒ガスとか、あるいはまたバクテリア戦法とかになつて参りました。そういう国際法の精神から申しますと、それの何百倍、何千倍の恐るべき脅威を与える原爆、水爆の使用は、当然禁止されるというふうに考えられますが、しかし厳密な実定法としては、当然そうであるというだけではちよつと足りないと思います。それで私はそういうふうに常識において、また法の精神からは考えられる原爆、水爆の戦時における使用禁止について、ぜひはつきりとした国際法の規定を設けなければならない。それをしないで、ただ国際法の精神とかなんとかいうだけでは、やはり議論が弱いのじやないでしようか。厳密な法律論としては、残念ながらやはりそういうことをいわざるを得ない。一日も早く、戦時においても原爆、水爆のような恐ろしい兵器は絶対に使われない、そういう方向で国際法がはつきりした実定規定をつくるように、世界の政治家は努力すべきじやないかというふうに考えるのであります。それと平時における水爆実験とはちよつと違うわけであります。平時においては、戦時において許されるような、人を傷つける行為も実は許されないわけであります。その平時においてこういう非常な危害が起る、そうしてまた多くの人々に深刻な不安を与えているということが、まさにわれわれの問題点でありまして、そもそも平時において国際法はそういうものを許していいかどうか、その点にまで行くのじやないでしようか。そうすると先ほど申しましたように、国際法の根本原則からいつて、また信託統治協定の点からいつて、これを合法化することは、きわめて法律的にむずかしいのではないか、そういう結論を先ほど申し述べたわけであります。なお信託統治の根本精神との関係についても触れたいのでありますが、時間が大分迫つておるようでありますから、一応お答えをこの程度にいたしたいと思います。
○並木委員 閉鎖区域の問題でございますが、このクローズド・エリアというものは、関係国の間で協定さえできれば制限はないものでしようか。先ほどおあげになりました信託統治協定第十三条で、閉鎖区域は認められておるとのことでございますが、関係国が承認をすれば、その地域的の制限、あるいは時間的の制限、ともにこれは限界がないのでありましようか。それにはまた一定の限界があるのかどうか。なぜこういうお尋ねをするかと申しますと、今度のビキニ実験に基いて、危険区域のことばかりをわれわれは取上げて、アメリカに抗議を申し込んで行く。それならば閉鎖区域を広げようじやないか、そういうようなことになつて来ると、これはかえつてやぶへびになつてしまうおそれがありますので、この際お尋ねをしておきたいと思うのであります。
○安井参考人 閉鎖区域につきましては、先ほど私が申しました通り、明瞭に地域的限界はあるわけであります。それはその信託統治協定に基いて認められました信託統治地域内に限る。信託統治地域内ということは、ある意味においては、まわりに今国際法上で認められておりますところの領水及び領島を含むということになりまして、要するに信託統治地域内に限る地域的限定がある、これは何人も否定すべくもないだろうと思います。
 それではそういう信託統治地域内に、かつてにいつまでも閉鎖区域を設けることができるかどうか。並木委員の御質問は次にはその点に触れるだろうと思いますが、それについては先ほど原文を読むのを省略いたしました第十三条に、「施政権者は、安全上の理由によつて閉鎖されたものとして自己が随時に特定することのあるいずれかの区域への右規定の適用の可能性の範囲を決定することができる。」ということを言つておるわけです。唯一の制限は「安全上の理由によつて」ということであります。その安全上の理由とはいかなるものかは、この規定を見ますと、施政権者がこれをやはり判定するのではないでしようか。そうすると、地域的限界はありまして、信託統治地域内ということになりますから、この信託統治協定の厳密な法律的解釈としては、施政権者が自己が安全上の理由によつて必要と認めたならば、随時に特定の地域を閉鎖区域とすることができる、そういうふうに認めざるを得ないという気持が私にはいたします。
 そこで問題は、そういうふうに使うことが、一体信託統治制度というふうな国際統治制度の根本精神に合するものか、その点が当然問題になつて参ります。この信託統治制度の目的につきましては、国際連合憲章に書いてある通りでありまして、第七十六条にそれが書いてあります。「信託統治制度の基本目的は、この憲章の第一条に掲げた国際連合の目的に従つて、次のとおりとする。(い) 国際の平和及び安全を増進すること。(ろ) 信託統治地域の住民の政治的、経済的、社会的及び教育的の進歩を促進すること。」「(は) 人権、性、言語又は宗教に関する差別のない、すべての者のための人権と基本的自由とを尊重することを奨励し、且つ、世界の人民の相互依存の認識を助長すること。」多少省略いたしましたが、そういうことが書いてあります。こういう基本目的で信託統治が認められたわけであります。それと一体そういうことが両立するかどうか、その点が問題になつて参ります。唯一の逃道は、一番初めにありますところの「国際の平和及び安全を増進すること。」に必要であると解することである。先ほどの並木委員の質問との関係において論じましたあの点、それが再び問題になつて来るのじやないでしようか。私は率直に申しまして、そういう現実的機能が、国際信託統治制度というふうなものを実際に動かしている、そういうふうに考えております。それが現実的解釈であります。国際連合憲章の正面に掲げる信託統治制度の理想とは非常にかけ離れたものである、私はそれははつきり確認できるのじやないかと思います。
○並木委員 それでは最後に李承晩ラインとの関連でございますが、ただいま問題になつております濠州のアラフラ海の問題について、お尋ねをしておきたいと思います。アラフラ海の真珠貝採取に関する濠州側の主張と、日本側の主張が、やはり食い違つておるのでございます。これについてもやはり先ほど李承晩ラインのときにお述べになつたように、あれと同じような性格のものである、こう了解してよろしゆうございますかどうか。
○安井参考人 多少性質の異なるところがあります。私は先ほど参考意見の中で述べなかつたのでありますが、アラフラ海の問題は定着漁業その他多少こまかい問題があります。その点は私よりも、むしろ大平教授が専門的に研究されておりますので、私はただ多少性質を異にするということだけを並木委員にお答えしておきたいと思います。そのこまかい内容は、今十分用意しておりませんので、もし間違うといけませんから、きようはちよつと留保しておきます。
○細迫委員 大平教授にお尋ねした方が適当かと思われますが、通告のことに触れられましたが、これは通告と申しましても別でありまして、今度の危険地域の設定を国際水路協会ですか、協定ですか、あれへ通告することになつて、通告したという話でありますが、あの国際水路協定というものには日本も入つておると思いますが、確実に入つておるかどうか。その国際水路協定というものがあつて、この地域は危険であるということを通告することの効果、それに通告しておけば、一切危険地域設定者は賠償義務から解放せられるというような効果を持つのか、その効果の及ぶ範囲、効力等についてお示し願いたい。
○大平参考人 この国際水路会議というのは、これは国際連合の専門機関のような公式なものではございませんで、半官半民のものでございます。日本は占領中マツカーサーの方から勧誘がありまして、これに参加しておるのです。正式に参加しております。そこで、その申合せというのは、別に条約でもないし、また命令でもないのでありますが、申合せによりまして、この燈台が火を消すとか、そういうような海上の安全に関する情報を相互に交換し合うわけなのです。従つて、その交換することは、事実の告知と申しますか、そういう通知でありまして、法律的な責任関係というものはないわけです。そういうふうに理解していいのではないか、こういうふうに考えております。最初には、日本が国際水路会議に参加しておる。それから通知というものは、要するにそういう申合せに基いて相互に通知し合う、その結果それが世界の航路に関するいろいろな情報が各国にわかる、そういうことになつておるのであつて、その関係は決して責任を免れるとかなんとかいうことではない。実際危険であるところを知らせるということである、こういうふうに私は解釈しております。
○戸叶委員 大平教授にお伺いしたいのですが、先ほど大平教授のお話によりますと、第一次世界戦争中の例をお引きになりまして、結局危険区域というものは公海に設けてもいいのだというようなことをおつしやいましたが、たとえば今回のような平時の場合で、しかも非常に他の国に影響を及ぼすようなときであるにもかかわらず、かつてにそうした危険区域というものを閉鎖区域のまわりに設けてもいいという解釈をなすつていらつしやる、こういうふうに了承いたしましたが、そういうふうに考えてよろしいわけでございますか。
○大平参考人 原子爆弾の実験というようなものに関する国際法というものは確立していないわけであります。しかし信託統治区域において実験をするというような関係から危険区域を設定する。結局危険区域を設定するというのは、それだけでは私は事実関係だと思うのです。言いかえると、危険であるからそこへ来たら困るということを言つた、そういう地域なのであつて、それだけをとれば、危険であるということを知らした事実関係なのです。しかしながら、その結果が非常な危険であつて、そうしてその地域が非常に大きい、かつ期間が長いということは、海上を使用する場合――実験も一つの使用でありますが、実験でも何でもそういう使用をする場合には、平等性というものを確保しなければいけない、かつ恒久に他国の使用を妨害してはならない。恒久性ということが要件でありますから、一応そういう軍事的な実験をする権利はあるけれども、それは濫用になる。その点において国際法違反の結果が出て来る。言いかえると、地域を設定しただけでは別に違反にならないわけです。その違反は、軍事的な実験をし、その結果としてこちらの方に妨害があるというところから、それが国際法的に濫用になる。こういうふうに考えるのです。
○戸叶委員 先日私は条約局長に質問をしたのですが、条約局長も、危険区域を設定することは、アメリカにそういう権利はない、しかし日本が自由世界との協力をする以上は、そういうふうな実験をするのはしかたがないのだから、最小限度の危険をなくするための協力をしなければならない、だから危険区域はまあ認めなければならないだろう、こういうふうな御答弁でございまして、そうしてそのままでございましたが、私がそれに対しまして、それでは、たとえば日本が竹島などの周囲を何らかの実験に使う場合、これを一方的に危険区域ということを言ってもさしつかえないかと言いましたところが、条約局長はそれに対して、まあしかたがないだろうというような答弁でございました。これに対しましては大平教授はどのようにお考えになりますか、お伺いしたいと思います。
○大平参考人 条約局長の答弁を聞いておりませんが、結局、自由国家群の方において全体の防衛力を増大するというような意味において実験をしているということが、全体として利益があると考えて、そういう実験を黙認して、これに協力するというような形をとるというのは、これは外交政策の問題であると思うのでありまして、今日までの条約関係――MSAの協定が批准されて、あの軍事義務を含ませるか含ませないかということは別であると思います。しかし今までの航路告示は、占領中に向うから通知されたやつをうのみにして第一回はやつたというような形であります。第二回は、日本の漁船が行きまして、調べられたところがやはりそういう危険区域というものを知らない、それは徹底しないじやないかということを向うから言われました。これは確かに告示している、徹底させよう、こういうようなわけで、そういう関係はあまり考えないでほんとうに協力するというような考えはなくして、実際において協力しておつたことがあるのじやないかと私は思います。
 日本が今後危険区域を設定してやることができるかできないかということですが、国際法的には私は戦時関係において防衛海面の話をいたしましたが、九十九里浜において基地を認めて実弾射撃をやらせておるということは、日本にそういう権利があるからやらせておるのだと思うのです。だからそういう権利は――権利ということから出て来るかどうか知りませんが、事実関係から当然やつているわけです。ただそれが、他国のそういう使用を妨害しない、それから、それが恒久にわたらない、あまり広い範囲であつては困る、こういうような条件があると思うのです。国際法的に申しまして、危険区域というものの法理をしかつめらしく質問されましても、なかなかはつきりできないと思うのです。
○福田(昌)委員 大平教授にお尋ねいたしたいのでございますが、この危険区域の設定の件でございます。安井教授におかれては、危険区域の設定というものは、戦時中だけの場合においてはそういう先例もあるし、ある程度考慮できるというお話でありましたが、大平教授におかれては、危険区域の設定というものは、戦時中であろうと平時であろうと、一応条件としてお述べになりました平等性と恒久にわたらないという条件がつけば、違法ではないというお考えに承つたのであります。平時においてもこの条件さえそろつておれば違反にならないというわけでありますが、アメリカが今度通告して参りました危険区域の設定には期間的な限定もなければ、また平等性というような点においても、私どもそれらしきものを考えさせられることができないのでありますが、それでもやはりこれは違法にはならないという御意見でございましようか。
○大平参考人 戦時の場合と平時の場合は非常に区別しなければならないということは、これはもちろん私の言えるところでありますが、但し軍事的必要というものは各国とも非常に真剣に考えているのではないかと考えるのでございます。そういう意味からいたしまして、戦時と平時との中間に位するような事変、あるいは朝鮮動乱の場合のクラーク・ラインというようなものは、軍事的な必要の限度において実際に行われている。それを国際法的に黙認するような形になつているのではないか。もちろんクラーク・ラインの場合におきましては、国際連合に協力するというようなことでこれを容認している形であります。今度の場合におきまして、これは国際法違反であると断ずることができると私は思いますし、また権利の濫用であると申したのは、国際法違反であるということを言つておるわけでありまして、その点は意見はかわつていないと思うわけです。ただ危険区域を設定したというだけでは、決して国際法違反にはならない。実際にそういうようないろいろな障害が出て来たとき、そういう結果が国際法違反、権利濫用になる、こういうふうに考えるわけであります。
○福田(昌)委員 おつしやることはわかることはわかりましたが、私の意見といたしましては必ずしも納得できない点がございます。重ねてお伺い申し上げたいのでございますが、原爆の実験をいたします場合に、危険区域内においていついつ実験するかということを通告してくれという日本側の要請に対しまして、アメリカ側からは何らそれに対する応答がないわけでございますが、この点は国際法上いかがなものでございましようか。
○大平参考人 これは外務省も交渉中でございまして、詳しく発表されてない問題であろうと思います。そこで結局最初に原爆実験のための危険区域設定当時、告知、あらかじめ予防措置をとる、こう言つておる。それをやつてもらうということでありますから、日本側から要求するのは当然であり、いつ幾日やるというふうに――何時何分にやるということまで向うが告知するかどうか、これは現在の状態から判断いたしまして不可能ではないかと思う点もあります。結局具体的にやる場合には飛行機なり電波なりで十分に警戒をして、さらに日本側にもいつごろやる、この時間においてやるということを通告してもらうというのは、当然日本として要求すべきであろうと思うのです。しかしこれをやらない。しからば、やらなければ国際法上どうなるか。ここがつまりいうと、国際法というものは国際法できまつておりまして、たとえば大平が国際法違反であるということをここではつきり申しましても、それは何らの効果がないことである。そういうこまかいデリケートなところが一体国際法にきまつておるかというと、きまつておりません。ですからそういう通告をしないのは国際法違反であるという国際法があるかと言われると、やはりはつきりしないのです。私はそういうふうに日本側としてはあくまでそれを要求するという態度で行くべきであると思う。しかしながら向うが応じないという場合に、これは国際法違反であるといいましても、それは何らの効果が出て来ないわけではありませんけれども、国際法それ自体が問題を解決してくれない、それが国際社会の一つのメカニズム――からくりになつておるという問題があると思うのであります。
○福田(昌)委員 私いつだつたか、この委員会で危険区域と閉鎖区域とは明らかに違つておるという意味から御質問を申し上げまして、そのときに外務当局の御答弁は、危険区域と閉鎖区域というものを同じように御説明いただいたのでありますが、大平教授はこの点どのような御見解をとつておられますか、御説明をいただきたい。
○大平参考人 立入りを禁止するという点において両者が似ている点はあるのでありますが、閉鎖区域を設定することは国際連合憲章及び信託統治協定に基いて信託区域内においてはできるものであります。しかしながら危険区域につきましては、実は国際法上できるというようなはつきりした根拠があるかというと、そこは根拠がないわけです。ただ慣習的にそういうふうなことが事実上行われておるという点が違つておると思います。それから立入りを禁止しておる閉鎖区域内において実験をしたその結果が、公海に波及しておるというふうに考えるのでありますから、結局今度の事件は両方にひつかかるわけでありまして、最初に爆発した場所については国際連合憲章上それを行うことができる、その影響が公海に及んだというふうに考えるべきではないか、しかし法理論それ自体としては違つておる。現在日本側に問題になつている点は、それは確かに危険区域の問題である。立入り禁止されたる閉鎖区域において問題が起つたのではない、こういうことがはつきりしているわけであります。
○福田(昌)委員 先ほど国際水路会議でございますか、協定でございますか、その話がございましたが、この国際水路会議というのはいつ生れまして、大体どういう国が加入しておるのかという点。第二点は、この危険区域などの設定に関する通告におきまして、この国際水路会議に加入していない国に対しましてはどのような形で通告され、それがまたどのような効力があるのか、この国際水路会議に加入してない国の立場というような点について、御説明いただきたいと思います。
○大平参考人 私は海上の方はそれほど詳しくやつておりませんで、むしろ実際にその衝に当られる方からこの点については説明していただいた方がよろしいかと思います。ただ私はきよう参考人として説明する範囲内において調べて来たのでありまして、詳しいことはわかりませんです。
○上塚委員長 外務当局何かありませんか。
○福田(昌)委員 恐れ入りますが、安井教授もし御説明願えるようでしたら……。
○細迫委員 ほかになかつたら問題外ですがちよつと……。両教授からこもごもお教えを願いたいのであります。両者あるいは御意見が通うかもしれませんから……。
 問題は戦時と平時という区別をする期間の問題であります。直接私が問題にしておりますのは、つまり交戦権の発生時期ということと連関して考えておるのであります。アメリカなどにおきましても、従来十ばかり戦争をやつたようですが、宣戦布告のない戦争が五つその中にあるとかいう話であります。宣戦布告があつた場合はこれは明白でありますが、宣戦の布告なき戦争の場合でも、事実上交戦権が認められたような実例をわれわれは持つわけなのでありますが、宣戦布告なき戦争が、どういう時期において交戦権の認められるような戦争状態ということに相なるのか、そのキー・ポイントと申しますか、御見解をこもごも教えていただきたい。
○安井参考人 少しこまかくなりますが、宣戦ということは、国際法上の戦争状態が成立する一つの要件であります。絶対の要件ではありません。宣戦があれば、もちろんそこにおいて国際法上の戦争状態は成立いたします。宣戦という形式的行為がなくて、当事者ともその意思は国際法上の戦争をやるつもりであり、また何人が見ても国際法上の戦争と認められる状態が起れば、形式的宣戦という行為がなくても、国際法上の戦争状態が成立することはあります。その場合はちよつと認定がむずかしいですが、大体において、その具体的な例について見れば、これは明らかにすることができます。
 注意すべきは、それと違いまして、非常に国際法上の戦争状態に近いような事態が起つておるにかかわらず、当事者双方が国際法上の戦争ではないと言う、そういうことが近い例であつたことは御承知の通りであります。それは、戦争という状態を発生せしめてはぐあいが悪いいろいろな政治的の他の考慮があつた場合であります。しかしそれは平時とは逢う。非常にあいまいですが、準戦時状態とでも言えましよう。国際法上の正式の戦時状態ではないけれども、戦争に準ずるような状態があるということが、最近のわれわれの記憶にあるわけであります。そういうものでもなくて、単なる武力行使だけであるという場合においては、まだ平時状態が続いており、そこにある程度の武力行使がなされておるというふうなものと解すべきでありましよう。大体論理的に区別すると、今のように考えられると思いますが、その具体的判定は個々の事実について行うほかないのであります。これが私の考え方でありますが、大平教授からもお答えがあろうと思います。
○大平参考人 戦時と平時との区別というものは、近代戦争におきましては非常に薄れて参ります。実戦の前段階において、すでに経済関係の断絶とか、場合によつては外交関係を断絶するというような場合が起つて参ります。また国内法におきまして、たとえば為替統制とかあるいは居住制限とか、ときには通商条約の破棄、金融梗塞というようなことが行われる。従つて国内法において戦争はいつ始まる、また戦争がいつ終るかという時期は一概に言えない。ちようど夜明けどきから昼にいつなるかわからないように、戦時と平時の関係はきわめてあいまいであります。ただ具体的な事件につきまして、具体的な法令についてはつきり言うことができる。たとえば日本のポツダム宣言受諾というものは、一体休戦なのか、講和の前段階なのか、あのときはつきり確定したのかということはわからない。それからだんだん小刻みに講和が進んで来た、また講和条約ができて、ある一面においては主権を回復したけれども、全面講和になつてない。こういうように、いつになつたら完全に平和になるかということがわからないような状態が起つて来ているのではないか。その点は最近学者がいろいろ論じておるところでございまして、きわめてデリケートで、昔のように、はつきり宣戦布告したときに始まるのだということも言えないし、前の連盟規約とか国際連合というような面の規定を避けるために、事実上は戦争と言われない戦争というものが起つて参ります。従つてその点は非常にむずかしい問題であるということだけお答えいたします。
○細迫委員 もう一つ質問を許していただきたい。恐れ入りますが、また両教授こもごもお教えいただきたいのですが、国際紛争という言葉が憲法にも出て参つております。これに関することでありますが、今までこの委員会に現われました外務当局あるいは保安庁方面の見解に疑問があるような気がいたします。問題を明確にするために、韓国との間の問題を例にとりますが、李承晩ラインなるものは、不法なものだ、いやそうではないというような見解の相違は、これは国際紛争という範疇に入るものかどうかということ。それから竹島問題、これがどちらの領土であるかということについて両国間に見解の相違がある場合、やはり国際紛争という概念の中に入るのかどうか。一部の説としましては、両者違うのだ。竹島問題においては、もし何かのことがあれば、これは明らかに侵略だ。だから自衛行動がそこにおいて発動できるのだということを言つておられる。しかし私の狭い私見では、大きな川の中の島がどちらの領域に属するかということで戦争を始めたり、あるいは国際紛争が始まつた例もあるやに思うのであります。両者ほとんど区別なきにあらずやと実は疑問を持つておるのでありますが、御見解のほどを教えていただきたい、
○大平参考人 国際紛争という言葉は、やはり国際法の言葉でございまして、いろいろな場合にいろいろなふうに使われると思います。たとえば政治的紛争、法律的紛争というような二つの分類をするような意味において国際紛争といようなものも考え得ると思います。いろいろな場合について国際紛争の意味を考えなければならないのじやないかと思います。従つて憲法九条における国際紛争とはどういう意味かということは、これは私はやはり不戦条約とかその他の国際法上のいろいろな考え方も入れながら、最後には日本憲法の解釈としておきめになるべき問題であろうと思います。
 そこで、国際紛争の解決の手段としての戦争というものを国際法はどういうふうに考えておるかというと、これは結局自分の権利を守るために実力を発動するという場合の戦争を、国際紛争解決のための戦争、こう言つておるわけであります。従つて緊急やむことを得ない場合に発する自衛のための戦争というものとはやはり区別しておるので、そこでやはり竹島は日本の領土であるというふうに考える場合に、これを侵略されたと考えて防衛するならば、これは自衛のための戦争というか、武力行為に相なると思われるのでありますし、同時に竹島を相争つておるという考えからいたしますと、これは国際紛争の問題だ、こういうふうに考えられるわけであります。そこで結局問題のかぎは緊急性にあるのじやなかろうかと考えられる。それから自分の発動するものは自衛であるけれども、他方はそうは見ない、まして国際機関はそうは見ないという認定の問題がございまして、結局竹島の問題に関しましてはやはり国際連合憲章ができておりますから、アームド・アタツク――武力的攻撃というものがあつた場合に、日本として緊急性というものを感ぜられておるかどうかということで、判断するよりほかにないと思つております。
○安井参考人 細迫委員の御質問は、国際紛争というものの概念、定義というようなものにキー・ポイントがあるのではないかと思います。国際紛争の概念は個々の条約等においてこれがこまかくその条約の立場から定義されることもあります。ここで一般的にいえば、今御質問を受けてから私は考えたのでありますが、現存の国際法上においては、国家の正式代表者である政府と他の国家の正式代表者である政府との間に見解の相違があつて、両政府がこれを争つておる、その事実がある場合にはおれはそこに国際紛争がある、そう認めてよろしいじやないでしようか。但し一国と他方の国民との間に何か意見の相違があるという場合においては、いまだ厳密な意味においては国際法上における国際紛争とは言い得ないのじやないか、一般定義はそのように考えてよろしいかと考えます。
○上塚委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。参考人各位には種々有益なる御意見を開陳していただきましてまことにありがとうございました。委員長より厚く御礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十三分散会