第024回国会 文教委員会 第20号
昭和三十一年三月二十七日(火曜日)
    午前十時四十五分開議
 出席委員
   委員長 佐藤觀次郎君
   理事 赤城 宗徳君 理事 加藤 精三君
   理事 坂田 道太君 理事 米田 吉盛君
   理事 辻原 弘市君 理事 山崎 始男君
      伊東 岩男君    稻葉  修君
      北村徳太郎君    久野 忠治君
      杉浦 武雄君    田中 久雄君
      千葉 三郎君    塚原 俊郎君
      並木 芳雄君    町村 金五君
      山口 好一君    河野  正君
      木下  哲君    小牧 次生君
      高津 正道君    野原  覺君
      平田 ヒデ君    山本 幸一君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 清瀬 一郎君
 出席政府委員
        文部政務次官  竹尾  弌君
        文部事務官
        (初等中等教育
        局長)     緒方 信一君
    ―――――――――――――
三月二十三日
 万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特例に
 関する法律案(内閣提出第七七号)(参議院送
 付)
の審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 地方教育行政及び運営に関する法律案(内閣提
 出第一〇五号)
 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の施
 行に伴う関係法律の整理に関する法律案(内閣
 提出第一〇六号)
    ―――――――――――――
○佐藤委員長 これより会議を開きます。地方教育行政の組織及び運営に関する法律案並びに地方教育行政の組織及び運営に関する法律の施行に伴う関係法律の整理に関する法律案を一括議題こし審査を進めます。質疑の通告がありますのでこれを許します。平田ヒデ君。
○平田委員 前回の委員会で現行制度か教育にプラスした点、いわゆる成果についてお尋ねいたしましたところが、大臣は調べて報告するとおっしゃいましたので、それをお伺いいたしたいのでございます。私はどういうことをお伺いいたしたいのかと申します、現行制度が子供たちの人間としての成長にいかにプラスしたかというここなのでございます。それについて緒方局長さんは、施設の整備とか内容の改善とか業績は多であるとおっしゃったのでございますけれども、子供たちの成長の内容については御説明ございませんでしたので、大臣と局長さんとお二方にお願いいたします。
○緒方政府委員 教育委員会が教育行政制度として果されました従来の業績と申しますか、これにつきましては、前回も申し上げましたように、特にただいまもお話がございましたように、新しい教育制度のもとに六三制を確立いたします上に非常な努力をせられまして、特に施設の面等につきまして整備が行われたわけであります。なおそのほか実際の教育の面でどういう効果があったかということでございますけれども、教育委員会制度というものは、教育行政を営みます組織あるいはそれを運営していきますための制度でございまして、教育の実体につきましては、別に教育基本法に基きまして学校教育法というものがございまして、それぞれの法律に基いて運営されているのであります。教育委員会制度そのものが新しい教育の内容の面につきまして直接にどういう効果をあげたかということはちょっと申し上げかねるのであります。これは学校教育法に基きまして、それぞれの学校におきまして教師がその教育活動を行いまして、それが実際に教育の実効としてあがってくるわけであります。そういうことでございますから、これこれのことが教育委員会の実績である、こういうふうな言い方はむずかしいものであると存じます。
○清瀬国務大臣 今局長が答えました通りでございますが、この案を作るに際して、現在の教育委員会のいいところと不都合なところを対照して、庁内で調べたことがございます。完全ではございませんけれども、もし参考になるならば申し上げてみようかと思いますか……。
○平田委員 どうぞ。
○清瀬国務大臣 われわれはその長所としまして物事は長所は同時に短所にもなるのですが、教育委員会を設けましたがために、住民が教育に関して大へん関心を持つようになったということは事実のようでございます。今までの村長または校長まかせが委員会を通じてやるということで、村民の教育に関する関心が高まっております。それから第二は、委員の発言は、やはり村内の委員が出ておりまするから、民意がそれで代表されたという感じは持っておられることも事実であります。三番目には、理事者すなわち町村長に対して、教育という観点、立場からの主張が行われております。これも長短で、あまり教育の立場に拘泥し過ぎて困るということもありましょうが、長所の方の見方から言えば、教育の立場がよく主張されておると見なければなりません。四番目に、この制度は会議制の執行機関でありますから、独任制を持つよりは、利己的とか、独善的とか、独断的の判断じゃなくて穏健な結果にいっておるんだろうと思います。これは一々の委員会について見なければわかりませんけれども、学校の教員または助教員などが、だれか一人がやっておる場合には、これは迎合しなければならぬといったような遠慮もありますが、大体朗らかに教育ができるといったようなことが委員会、わけても地方委員会のよかったことと思っております。今緒方局長がいいました六三制等で非常に施設がいるのに、教育委員会がこれをなし遂げたということは、三番目の理事者に対し教育としての主張が通ったということの一面と思います。けれども、これにはまた反面もあることは御存じの通りであります。
 それから短所の方にいきましょう。これは言わないでおきましょうか。
○平田委員 この前は、いろいろな問題を並べているときに、暴力の問題とか悪い点だけを具体的におあげになりましたので、私それじゃ具体的によい点をとお願い申したわけなのであります。実にいろいろと今よい点をおあげになりましたけれども、この中で私またお伺い申し上げたいことがあるのでございますけれども、その悪い点を伺ってからにいたしましょう。
○清瀬国務大臣 そうすると、工合が悪かろうという点は、第一選挙ですから、すべての選挙に伴う弊害ですから、これは選挙に伴う弊害とだけ言っておきましょう。すでに御承知の通り、また平田さんも選挙なすっておるので、いろいろ選挙運動があり、それからまた選挙する人の団体が狭いものですから、特殊な無理な請託ということが起りいたしますから、選挙に伴う弊害がある。それからしてやはり選挙に伴う弊害ですが、えてして委員の行動にひもがつきやすい。三番目に、そういう状況でありまするから、いい人がかえって選挙をきらって出ない場合もある。それから選挙でありますから、政治的所属の制限ができませんので、全員または過半数が一党に固まってしまって、中立性を危なくするおそれがあるということ。それからして同時に皆退職いたしまするとき連続性を、すなわち安定性を欠くということ。理事者と教育委員との政治的立場があべこべになる場合があって、無用の、無用じゃありませんけれども、摩擦が激しくなる。その次に合議性の長所は申しましたが、同時にまた委員一人一人の責任感が薄くなりはせぬか、だれかがやってくれるだろう。それからわが国で初めての合議制の執行機関でありますが、議事機関でなく、合議制の執行機関であるがために、処理が敏速を欠くという点がありはせぬか。それから執行機関であるがために、自分が執行機関だという自覚で教育長の仕事のあまり細部まで干渉し過ぎはせぬか、こういうふうな両方の長所短所を拾い上げまして、いろいろ検討したことでございます。そのうちで大きな問題とまた付随的な問題とも混同しておりまするけれども、今は組織的に申し上げたのじゃなく、ただ数え上げただけでございます。
○平田委員 ただいまの御説明と矛盾するところがあるように思うので、ちょっとお伺いいたしたいと思うのでございますけれども、よい点の方でありますが、委員の発言は民意が反映された、これは選挙することによって住民が皆市町村の教育行政に参画しているというその意思が、要するにここに反映されたのであると私は思います。そうしますと、今度とられますところの任命制という場合でございますけれども、私はこれと矛盾しはしないかと思います。ことにこの前の私の質問に対する御答弁の中にございましたように、もしもその市町村に人格高潔でりっぱな方がいらっしゃらないようなときには、よそから連れてきてもいいということになりますと、そこにお住みになるならば別でございますけれども、お通いになるということになりましたら、私はやはりその土地に住んでいる人が最も事情がわかっていらっしゃると思いますので、この点矛盾しないかということでございます。
 それから選挙についての弊害でございますが、これは教育委員会の選挙だけではない、――教育委員の選挙の場合は、私は普通のいわゆる議員の選挙のときよりもきれいにいっているのじゃないか、比較の問題でございますけれども、そういう感じを持っております。ことにこの間も申し上げましたように、普通の議員の選挙なんかにはあまり出たくないけれども、教育委員の選挙ならば出てみようという方もだいぶおられるわけでございまして、そういう点について、むしろこれを弊害とすることよりも、この教育委員会の選挙を通じてほんとうに明るい、いわゆる教育ということを通じてほんとうに模範的な選挙というものが行われるように、文部大臣としてはむしろその方面の育成ということに協力されるのが当然ではないかと私は思うのでございますが、まず第一点としてこの点をお伺いいたしたいと思います。
○清瀬国務大臣 全くお説の通り矛盾しておるのです。長所と一方唱えたところは、他方では短所になっております。短所というところが角度を変えれば長所になっておるので、私は矛盾した長所と短所と二つ述べておるのであります。選挙は民意を反映するので、これは長所でございます。すべて選挙を通じての民主主義の政治がいいのであります。ただしかしいい反面にはあまり小さい団体の民主主義でありますから、選挙のときのちょっと無理のような約束がすぐ左の手では実行しなければならぬというふうなことになり、長所と短所がやはり交錯いたしておることは事実でございます。文部省としては今までは全国に一万もあったのですから、とても委員会を直接どうということには参りませんでしたが、しかし選挙制度でやるのであったならば、選挙粛正ということを徹底し、新生活運動の趣意も徹底して、政府たるものはこれを改善するという努力はしなければなりません。ただしかし前回も前前回も述べました通り、今回は日本も政党主義がだんだん徹底しそうな情勢になりましたから、このうちで短所と述べた一つであります、一党が全部の委員会を占領してしまうとか、少くとも一党が選挙の結果過半数をとって動かぬというようなことがあっては、これは幾ら政府が指導しても選挙はいかんともできませんから、そこで中立を保つために期限をつけ、それから五人のうち最大限同党派が二人、三人にはせぬといったような制限をつけて、任命制にしたらどうか、任命というと戦前の任命をすぐ連想いたしますけれども、選挙をした町村長が選挙で出た町村会議員に相談してやるのだから、この方が実際上は中立になるだろう、こういうことを申し上げておるのでありまして、今の長所と短所が矛盾しておることは、あなた御指摘の通りであります。
○平田委員 そういたしますと、大臣は教育委員会の選挙のあり方、それから選ばれた人の割り振りというものをお考えになっていらっしゃいますけれども、それではいわゆる国会の選挙法の改正は、あなたは今まで責任大臣であられたのでございますけれども、これは大へんな矛盾じゃないかと思うのでございます。教育委員会ばかりにその形をとるということを力説されるということは、これは大へんな矛盾だと思いますけれども、それに対していかがでございますか。
○清瀬国務大臣 お問いの趣意にぴったり合うかどうか知りませんが、今日本の国会は大体イギリス型の議院内閣制度をとっております。そうして民意のあるところを総選挙に問うて、一つの党派が比較的多数であったら、それが内閣をとってやっていく、永久のことかどうか知りませんが、二大政党主義を、日本人は今いいとしてとっておる。ところが教育の方、ことに義務教育の方は、二大政党主義というような一方にまかして、それが少数になったら他方にまたまかしてしまう、小さい船がゆれるようにやっていったらいけないのであって、やはり一貫してずっとやっていこうというのが教育の中立性であります。中央の政府が倒れたり起きたりするということと同じふうに、義務教育を実行していくことは望ましからぬ。そういうことから考えておるのであります。
○平田委員 ただいまのお答えによりますと、教育というものはあくまでも中立を守らなければいけないから、これでいかなくちゃいけないということでございますけれども、それでしたら大臣はいかがでいらっしゃいますか。この前もたびたびその御意見があったのですけれども、党議を優先させるというお説を承わっております。これは何べんも承わっております。理想的に言いますならば、文部大臣は党籍があってはいけない、無所属でなければならない、それはこの人格高潔にしてということに比肩すると思うのです。私はここに矛盾があってはならないと思いますけれども、この点についてはいかがでございます。
○清瀬国務大臣 非常にむずかしい御質問でよくお聞き願いたいのですが、その中立性を保ち得るような法律を作るということは、たとえ議院内閣でも、内閣の提案の責任であります。できた法律に従って実際の行政をする、子供を教えるということが中立でなければならぬ、こういうことであります。どうしても今の政党内閣制では教育のことも、裁判――これも中立ですが、裁判のことも、もとはやはりここで提案し、ここで審議しなければならぬ。ここということになりますと政党政治のことであります。
○平田委員 問題は教育委員会ができ、文部大臣がいらっしゃるということも、その対象はだれかというとこれは子供でございます。日本の教育を受ける子供たちの問題でございます。焦点がはずれていてはいけないと思います。これはいたずらにおとながああしよう、こうしょうというのではなく、その実行し得る制度なり、いろいろな教育に対する法律というものは、すべてこれは子供をよくするためであるわけでありまして、教育委員会というものは要するに中立を守るためにこういう法律に規定されていったといっても、またそれが慎重に審議されたという言葉がこの間もございましたが、またむし返しますけれども、それはいろいろな教育の審議機関の手を通さずに、いろいろな調査会、審議会を設けられて、その中で案を練られたものでありまして、どうしてもこれはいわゆる自由民主党の政策というものが、その中に織り込まれていないということは言えないと私は思います。これはどうしても私は政党色が濃厚であると言いたいのであります。それに今度の府県の教育長は、大臣が任命される。それから地方教育委員の長は、これは都道府県の教育委員会がこれをきめるということになっておるようでございますけれども、私は大きなそこにふといひもがつながれている。縦の関係になってきてしまっているというふうに感じます。これであっては私はほんとうの教育の中立というものが行われるかどうか大へん疑問に思います。これは私が感じておるばかりでなくて、世論もそれを高く批判しておると思いますけれども、その点いかがでしょうか。
○清瀬国務大臣 それは非常に説明しにくいことで、だからたとえなどをとるといけませんけれども、お許し願いたいのです。船を作る造船所とできた船を運航する船長さんのようなものです。そこで教育法をどうするかということは、日本では国会という造船所でやるのほかは造船所がないんです。法律を作る以上は、やはり政党内閣が提案いたしまして、反対派の方にも集まってもらって、十分に検討して、この間私は他の委員会で反対派に耳を傾けると言ったのが非常にお気にさわったとみえて問題を起しましたが、あなた方の意見も十分に聞いて、横暴はしないように政党内閣制、二大政党に分れた国会でやるんです。あるいは表決の結果は、多数党が勝を制するかもわかりませんけれども、初めからそれを予定しておるんじゃございません。しかしながら教育法というものができましたら、これを運航する委員会でも、先生方でも、公平中立に、一方に偏しないようなふうに教育委員会の行政をやっていただき、また学校の先生も中立の教育をしてもらいたい。中立というものは、そこに重点を置いて皆さんおっしゃっておるんだろうと思います。教育が中立だからといって、国会で案を謝するときに、中立の人だけで委員会を作るというわけにも参りませんので、これは今日の制度上やむを得ぬことだと私は思っておるのでございます。
○平田委員 教育長を都道府県の場合は選任にされておりますけれども、地方の場合は委員会の互選にした、この違いはどういうところから出ておるのでございますか。
○清瀬国務大臣 教育長のことでございますか。
○平田委員 ええ。
○清瀬国務大臣 それはもう簡素という一口でございます。村のことですから、五人委員をこしらえて、またその上に――五人は議事機関じゃありません、執行機関であります。五人おって、それが執行機関であるから、またそれにもう一つ支配人を作るというよりも、会社でも小さい会社であったら、支配人なしに常務でやっておるというふうに、やはり簡素にいこう。これもたとえですから、さようお考え願いたいと思います。小さい市町村単位では簡素にする方がよかろう、こういう考えです。
○平田委員 どうして簡素にしなければならないんですか。
○清瀬国務大臣 小さい村では、やはり何事でも簡単にする方がいいと思います。所轄する学校の数も少い。現に大阪あたりは、学校は二百ありますね。二百の学校を動かすというのには、それは大がかりでいかなければなりませんが、合併するまでの小さい村は、三つくらいで済ましていたものもある。小学校二つと、中学校一つ。これが合併しておりますから、三つが一諸になって十前後ありますね、それにむやみに大きな――昔から牛刀をもって鶏をほおるということがありますが、あまり大きな組織は必要じゃなかろう、こういう考えであります。
○平田委員 そうすると、ただいまの御意見を伺いますと、町村の方は人数が少いし、簡単でよろしい。それから人数の多い市とかそういうところは、これは簡単であってはいけないというふうにとれますけれども、教育は機会均等であります。人権は尊重されなければなりません。少くとも教育の問題に関しては、簡単というようなことがあってはならないと思います。みな同じようでなければならない。慎重に審議されて教育は行わなければならない。どんな山の中の子供でも、文化の潤いに酔うておるほどの都会の子供でも、同じように教育の恩恵に浴さなくちゃいけないと思うのですけれども、いかがでございますか。
○清瀬国務大臣 それは議論で、私が反駁などをいたしてはいけない範囲に属しておると思います。私は人間の力は限りがあるから、大きなところではたくさん要りますが、小さいところでは少い人数でも運行ができると、常識的にかように考えておる次第でございます。
○平田委員 大体教育の機会均等をうたっておりますけれども、私はぐるぐる回って歩いておりまして、ほんとうに同じ国民でありながら、都会は文化の波に飲まれるほどのいろいろな文化施設がございますけれども、いなかの方といったら、ほとんど何にもない。石ころと棒きれをもって遊ばなければならないような子供たちが非常に多いのでございます。私はこれは平均化されなくちゃいけないと思うのでございますけれども、大体今の御説明を伺っておりますと、私は教育の機会均等をいつでもうたっていらっしゃる大臣のお考えとしては、何か物足りない。私はそういうお考えであってはいけないと思います。これは平均化されなくちゃいけないと思うのですけれども、大体教育委員のあり方からしておかしいと思いますことは、それは学校が一つしかないような小さい村であれば、教育委員は三人であっていいとお考えになりますでしょう。この中に三人でもいいということがうたってあります。そうすると、教育長が一人、委員長が一人、平委員が一人、こういうやり方は一体どうでございますか。
○清瀬国務大臣 まだ合併を終えぬ小さい村も少し残っておる。今年の九月になればなくなると思いますが、三つくらいの村で五人も委員を置くのはどうか、こういうふうな考えです。しかしながら置くなというのではないのです。小さい村は三人まで下してもよろしいというだけのことでございます。
○平田委員 三人で一体運営ができるかという問題について、お伺いいたしたいと思います。
○清瀬国務大臣 勉強して下されば、三人で三つの学校の世話はでき得ることかと思っておるんです。できなかったら五人お置きになっても差しつかえはないんです。
○平田委員 今度提出された法案によりますと、これは形の上では知事とか市町村長に対して自主的な権限は残されておりますけれども、実際には教育委員会は大事な点をほとんど骨抜きにされてしまっております。そうして実際の運用に当っては、先ほど申し上げましたように、中央からの強いひもがつけられる仕組になっております。いわゆる国家統制への道をたどっておる。私はあえてたどっておると申します。大臣は御答弁がなかなかお上手でいらっしゃいまして、私どもなかなかあれでございますけれども、現行法では、大学、私立学校を除く教育行政については、教育委員会が全責任を負っております。これは完全なる地方分権の建前でございますが、今度ははっきりと教育全般にわたっての指導、助言、援助ができるということになっております。これは文部大臣のいわゆる監督権が非常に強化された。すなわち責任が生じて参るということになるわけでございます。そういたしますと、たとえば昨年のように紫雲丸の事件が起ったり中河原海岸の水難事件が起る、いわゆる不慮の災害によって生徒児童の命がたくさん失われるというような場合の国の責任ということは、要するに大臣の責任でございますけれども、こういう場合はどういう責任をおとりになるつもりでございますか。
○清瀬国務大臣 今回のような、学校全体について、地方では間接にはなりますけれども、指導助言措置をする、これだけの権限を当局、大臣が持ちながら、誤まって過失によって重大な問題を生じたならば、その事件の大きさによってそれぞれ責任をとらなければならぬと思います。その責任の限度は、事件の重さ、ウェートによりまするから、どの場合はどうと私ここで明言はできませんけれども、今でもしかしながら指導助言の権限はあるのです。非常に間接になりますけれども、責任があればこそ前任者の松村さんは国会に出て誠意をもって陳謝いたしております。今度の案でもう少しこれがふえますから、閣僚の責任たるや非常に事重大になります。薄氷を踏む思いをもって教育行政に臨まなければならぬと私は思っております。
○平田委員 前松村文部大臣は私の質問に対して、国の責任が明確でないから事故を防ぎようがないという意味の答弁をされておるのでございます。今次の法案が通過するといたしますと、国の責任が明確になって参りますから、国の責任において事故の防止はできる所信でございますか。
○清瀬国務大臣 しなければならぬと存じます。いやしくも国が国民教育だといって日本国の子供を全部学校へやらせておいて、事故が起きた時分に国が責任がないということは言えませんです。その責任をとるためには、平生から指導監督の力をもう少し強くやってよかろうかというのが全体の世論でございまして、この案をそういう趣意で立てております。
○平田委員 国が責任を持たれたからといって災害を防ぐことは私はできないと思います。責任をとられるということ、その責任ということはどういうことでございましょうか。大臣がたとえば旅行についてお歩きになったら事故は絶対に起らないということは言えない。こんなことは当然のことでございますけれども、その責任ということは、ただいまの御答弁では私は不満足でございますが、それについてもう一度お答え願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 御説の通り世の中に不可抗力といってどうしても人間の力で防げないということが起ります。しかしながらぎりぎりまでは人事を尽して天命を待つたとえのごとくに、日本の何千万の国民を預っておる学校に関係する当局としては、十分な注意をしなければならぬ。注意が一点、一毛でも欠けたらそこに責任が生ずるのであります。責任と注意は裏と表でございます。注意の欠けた場合にそこに責任がわいてくるのでございます。
○平田委員 責任をとられても、国がどんなに注意をし、万全の措置を講じたと思っても、災害は起ることがあり得る。そういう場合に失われた子供の命は再び返ってこないのでございます。それで私は、子供の命と人間の成長とは、現実の問題としてだれが一体責任をとっているのかということについて伺いたいのであります。
○清瀬国務大臣 今おっしゃる通り、十分なる責任を文部大臣もとり、また十分なる最善の注意をしても、不可抗力、外国では神の行い、アクト・オブ・ゴッドといいますが、運命上起ることは防げません。これが防げれば非常にいいのですが、そういうことはやはりございます。不可抗力で人命の失われたときにどうするかとおっしゃいますが、もうそれは何とも仕方がないので、東京都内でも自動車事故等で日々数十の人命を失なっておるのでございます。それゆえにあなたの党派では、災害の補償を立法化しようといって御提案に相なっているのはそこだろうと思います。この行為には私も敬意を表しております。しかしながらこれをやるのには国の財政措置が要るので、十分にこれは考えたい、これよりほかに仕方がなかろうと思います。
○平田委員 私どもの方で提案をしております災害補償の法律案を皆さん方の御賛成によってぜひとも通させていただきたいと思う次第でございます。そこで私は人間としての成長ということをしきりに申しておるのでございますけれども、子供の命と人間としての成長は、親と教師が全責任を負うてこの衝に当っているのだという大臣のお答えを実は期待しておったわけなのでございます。人間の尊厳の確立ということは、どこまでも教育の絶対的な基準でございまして、ほんとうの教育の政治的中立の唯一の正しい意味はここにある。人間の尊厳の確立ということをほんとうに国は守っていかなければならぬのだと思っている次第でございます。それについて政治的中立ということは、教育委員会あるいは委員の数とかだけに限られている。もちろんこれは法律ですからそういうことにもなりましょうけれども、そこまで考えていったときに、それじゃこの教育委員会はどうならなければならないか、制度としてもその存在の意義をどう生かしていかなければならないかというときに、私はどうしても中味のあるものにしていかなければならぬ。今のような骨抜きの法案であってはいけないということを強調いたしたいのでございます。意見でございますけれども、お答え願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 申され方は意見のようでありますけれども、やはり質問でございますからお答えいたします。直接選挙で、きのうまでお互いにけんかした者が相手を倒した、おれが当選したというような、そういう気負い立ったことでは中立は保ち得ないので、どの党派も絶対多数はとらぬように工夫して、任命制による――任命制でもむろん明治時代の任命のように天下りではなくして、選挙された人が、他の選挙された人に相談をして、そこで任命するといったおだやかな中立委員ができるじゃないか。もっとも、どの制度でも運行によりますから、それはよくこの法律の精神を体して、町村長さんも町村会議員さんもやって下さることを期待しなければなりませんが、荒っぽい選挙からすぐ出てきた者、敵を倒して、おれが勝ったのだというような者だけでやるよりは、今度の方がいい結果を生ずると私は考えておるのでございます。
○平田委員 私はもう一つ、二つで質問を終りますけれども、この前の私の質問に対しまして大臣は、選挙のような俗事にわずらわされずにということをおっしゃっていました。選挙のような俗事にという、俗事にということはどういう意味でございますか、これは詳しくお述べ願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 これも私の癖の、言葉づかいの不正確でございます。精神界のことと比べて、目に見える世の中のことを俗事と言うんで、俗ということは悪いのじゃない、世俗、常識、通常ということであって、悪意で言ったのじゃございません。
 しかしながら何といっても選挙界は、あなた御承知の通り、通俗なものでございます。必ずしも演説をしないで、君よろしく頼むと言ったり、親族の縁故で頼んだり、はなはだしきは、君の坊ちゃんは来年入学じゃないか、そのときはお世話するからくらいのことは言うんです。そういうことを頭に措いて俗事と言ったのでありまするが、もし悪ければ、取り消すことにやぶさかじゃございません。
○平田委員 大臣は弁護士でいらっしゃいますから、弁護士的な答弁が非常に多い。私は文部大臣としての御答弁を要求したいのでございますが、長年の間の弁護士生活はなかなか払拭し切れないのであります。
 そこで私は、俗事ということをおっしゃいますならば、今国会はあげてこの俗事に没頭していると言ってもいいんじゃないかと思いますが、大臣はどうお思いになりますか。
○清瀬国務大臣 今言ったように、俗事は取り消します。まあ人間界で行われる通常の事物であるから、こういうふうに御了解を願いたいのであります。
○平田委員 そうすると、あなたは日本の教育全般の問題についての最高責任者でおありになりますが、選挙が俗事でないように、公正にきれいに、純潔な清潔なものに行われるように努力されるのが大臣の責任ではないかと私は思います。単に取り消すだけではなく、そういう悪い言葉は、子供に話して聞かせるような態度ではなく、真摯な態度でなくちゃいけないと思います。
 それからもう一つ、私はこれで終りますけれども、大へんむずかしいことを、親孝行論をここで展開しようとは思いません。いずれあとからゆっくりさしていただきますが、こうおっしゃっていらっしゃいました。私の子供とか、お孫さんでございますか、学校で親孝行はしなくてもいいということを教師が言った、そういうことを私二度この委員会で承わっております。そういうことを言う教師というのは、およそ常識で考えてもちょっとあり得ないことでございます。親を大切にするとか、人に親切にするとか、秩序を守るとか、そういうことをしなくてもいいなどと教える教師は、常識的に考えてもおりません。そういうことはないと思います。
 それからもう一つは、私の子供が言ったのだからほんとうだと信じていらっしゃいますけれども、それは少し親ばかのたぐいじゃないか。それはなぜかと申しますと、私高等学校の生徒をちょっと教えたことがございますけれども、私の話したことをそのまま受け取る子は、クラス五十名のうち一割だと思います。今の子供はもっと利口になったかもしれませんけれども、私はこういう体験も持っております。その教師の言ったことをほんとうに受け取ってくれる子供、そういう子供はそうあり得ないのでございます。それを私はやっぱり父兄会などございまして懇談をいたします場合に、いろんな質問を受けました。それで私が話しますと、ああそうであったのですかといって、父兄はすなおに了解されるのでございます。そういう経験から申しまして、大臣それはお孫さんをあんまりかわいがり過ぎて、自分の孫の言うことはほんとうだ、大臣はいずれ学校の御成績もよく、御秀才でいらっしゃいましたから、そうすなおに子供のことをお考えになるでしょうけれども、五十人のうち四十五人は、まず教師の言うことそのままを受け取っていないということを知っていただきたいと思います。そのまま受け取られますと、しかも大臣というような重大な責任を負うていらっしゃる方が、お孫さんの小さい口から、あるいは半分くらいしか受け取れない口からおっしゃったとすれば、しかもそれを教育行政の面に反映されるような言動がございますことは、私は非常に大臣のために遺憾に思う次第でございます。何ですか、そういうお話をお聞きになると、一歩突き進んで、そうか、そうかといって迎えられるような態度が、もしもおありになるとすれば、これは重大な問題だと思う次第でございます。失礼かもしれませんけれども、あえて申し上げます。
○清瀬国務大臣 今の私に対する御注意は、ありがたく了承いたします。
○佐藤委員長 木下哲君。
○木下委員 大臣に御質問申し上げますが、質問に入ります前に一言お願いをしておきたいのであります。これからふなれな私が御質問を申し上げるのでございますので、大臣はどうか一つ、先ほど同僚平田委員からもお願いしたように、答弁をなさるときに、ほかにいい言葉がございませんで失礼でございますが、ぬらりくらりおっしゃるようなことではなくて、親切に一つ御答弁をお願いしたいと思います。
 それと、私が質問に入るのでありますが、それはただいま議題になっております教育委員一部改正法案に関する質問でありますが、質問をしておりますときに、一向関係がないことではないかと一応お取り違えになるようなことがあるかと思いますが、後ほどそれが関係のあることになりますので、私はそういう確信を持っておりますので、十分しまいまでお聞き届けを願いたい、そのことをお願いしておきます。
 それともう一つ、これははなはだ失礼でありますけれども、私これはお願いというよりもはっきり申し上げておきたいことは、大臣は御答弁の中に、先ほども二度ばかりございましたが、ときどき大事なところで英語をお使いになる。私は幸いに、大臣ほどじゃありませんが、幾らか英語も知っておりますが、この国会は日本の国会でありますから、ぜひとも一つ英語をお使いになることは、以後やめていただきたい。と申しましても、これはマッチをりんすんと言えとか、野球の場合にストライクを正球と言えという意味じゃ毛頭ございません。その点をお願いしておきまして、質問に入ります。
 最初に、近来に起ります問題について、ぜひとも急を要することだと思うし、非常に大切なことだと考えることがあるのであります。近ごろの新聞紙上を見ますと、小学校の生徒あるいは中学校の生徒、高等学校の生徒、男女を問わず、入学試験に落ちたとか、就職試験に落ちたとかいうようなことで、かわいそうにみずから命を断っておることが相当あることを私は知っておるのでありますが、これについて御調査をなさっておるかということをまず承わりたい。
○清瀬国務大臣 省内に連絡班という責任を持ったものを設けまして、そういう事故は逐次あるたびごとに調査させるようにいたしております。
○木下委員 調査させておりますということでなく、調査の結果はあったかないか。
○清瀬国務大臣 一々の事件を御指摘下さいましたら、その事件の原因、結果等の調べは申し上げることはできると思います。
○木下委員 あることは知っております。その点について一々私から質問しょうとは思いませんが、あなたの方で調べる機構にはなっておるというふうな答弁でなくて調べたことがあるかないかをはっきり承わりたいのです。
○清瀬国務大臣 機構があるということは、すなわち調べさせておるという意味に御了解願いたいと思います。
○木下委員 機構があるということは調べさせておることだということはよくわかっております。その結果として現実にあったかどうか。調査の結果がゼロと出たか、五と出たか、五万と出たかということを伺いたい。
○清瀬国務大臣 現に入学試験に落ちたり、就職ができないで命を断った者はあるのでございます。
○木下委員 調査の結果、入学試験に落ちたり就職試験に落ちたりして、みずから命を断った者はあるという調査が出ておる。これについて善後処置としまして、いかような処置をおとりなっておりますか。
○清瀬国務大臣 やはり教育全般の改善のほかはなかろうかと思っておるのであります。
○木下委員 私があえて、ふなれと申し上げて、大臣の前に懇切にお願い申し上ておるのは、今のような御弁ではなくて、これに対しては直接どうするつもりだ――あなたに考えがまだないなら、ないとはっきり承われば、ないものを私は追究しゃしません。今の教育全般にわたってこれこれというような御答弁でない御答弁を下さるならしていただきたいと思います。
○清瀬国務大臣 局長よりかわって答弁をしてもらいます。
○緒方政府委員 ただいまおあげになりました学校の児童生徒がいろいろな原因によりましてみずから命を断つというようなことがあるかないかというお話でございますけれども、大臣から御答弁がございましたように、まことに違憾でございますが、そういう事例があるように思います。先ほどお話がありましたように、現在初中局の中に臨時調査連絡班という機構を設けまして、地方におきますさような学校の事故あるいは児童生徒の非行の問題等につきまして調査をいたすことにいたしておるわけであります。これは調査いたすだけでは能がないのでございまして、その調査の結果を検討いたしまして、これを地方の実際の教育の上に生かして、そういう事故をなくしていきたい。今お示しになりましたような自殺事故等につきましては、教師の指導の問題とか、あるいはほかのいろいろな問題がございましょうけれども、いわゆる生活指導、生徒指導を徹底することによりまして、かようなことを防止していきたいと考えまして、鋭意努力しているわけであります。特に三十一年度におきましては、予算も計上いたしまして、生徒指導の仕事を十分地方に設定したい、そのために地方におきまして講習会を開き、あるいはまた協議会を開く等のことによりまして、いろいろな生活面におきます事故を学校教育の上からなくしていく努力をいたしたい、かように存じて、三十一年度におきましては特に予算を計上いたした次第でございます。
○木下委員 今局長の答弁ではあったときにこうするということで、予算まで取ってプランは立てているというお話で、原因はこれこれだと思うから、それに気をつけなければならないと思っている。そういうことで防げると思うということなんですけれども、私が伺っていることは、今あるかないかということをお伺いしたところがございますということなので伺いたいと思ったわけなんです。近ごろこういうことがたまたまふえてきたと私は思うのでありますが、近ごろふえてきたということについて原因をお調べになる必要ありとお考えですか、お調べになっておりますか。
○緒方政府委員 統計的にはまだ出ておりませんので、最近特にふえているかどうかということは私申し上げかねます。こういう事故は従来も間々あったことでございまして、最近特にそれがふえているというふうには、実は今のところ考えていないわけでございます。今申しましたような機構によりまして統計的な結果が出ましたならば、これは申し上げ得るかもしれませんが、現在のところ、そういうことは申し上げかねるわけであります。
○木下委員 私は近ごろふえているのではなかろうかという気がいたすのでありますが、その点について早急に調べる、またそういうことが現実に起らないようにするということの対策よりも、現実に起きている人たちをどうするか、親から見たときにはかわいい子供ですから、それが小さな命を断っていくということは非常に重大な問題だと思いますので、この点は一つ文部省の方ではっきりした資料のないことも怠慢だと思いますが、早急にお調べになっていただくことをお願いいたしまして、この問題はこの程度で終ります。
 次に大臣にお伺いしますが、学生に対して学区制を設けられているが、教育の機会均等ということからいきまして、学区制を設けて縛っておくことが機会均等ということに沿うものとお考えになるか、将来これをお続けになるおつもりであるかどうかということをお伺いいたしたい。
○清瀬国務大臣 木下さんのお問いのことは、まことに重大なことで、ある考えから見れば、学区制を設けてどの子供でも区内なら入れるようにしてやろうといったようなことで、たくさんの子供を学校へ入れるという考えもありまするし、学区制を撤廃して、競争して試験に及第すれば町それはもう実力の示すところで仕方がない、それが機会均等だという考えがございます。新教育制度ができてからずっと国内に学区制というものがございます。それが広いところもやや狭いところもあるのでございます。この案では学区制のことはしばし現行通りに維持していくことにいたしているのでございます。
○木下委員 この案では現在通りでお進めになるということはわかったのでありますが、そうすることが教育の機会均等ということに沿うことであると大臣はお考えになりますか。
○清瀬国務大臣 絶対にそれが永久の方法としていいとも考えておりませんけれども、今しからばこれを撤廃して――遺憾ながら学校差というものができておるのですね。そこへ集中させてしまうといったようなことも重大でございまするから、まず当分は現行でいくような案を立てて、この法律に規定いたしておるのであります。
○木下委員 大臣の今の答弁の中にありましたその学校差というものを、大臣は区制をしいておかなければ常校差をなるたけ少くするということはできないとお考えになっておるが、私は区制をのけて学校差をなくするようにしなければならぬ、それには金が要するというようなこともございましょうけれども、そうなるとまた理論的に軍備費をのけてこっちへ回せというようなことにも飛躍しますが、学校区を設けることで学校差をなくするということになぜなるのかお聞かせ願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 現在ある学校差といいまするか、正確なものではありませんが、現にあるのですね。これはだれがこしらえたというのじゃなくできたんです。かような、同じ国民教育であり、高等学校教育であるのにその差があることはおもしろくないのでございます。しかしながら区域を法律の面で一ぺんに撤廃してしまうということはできないので、皆さんのお知恵を借りて、どうすればこういうような区域がなくて、しかも機会均等に子供が勉強できるようになるか工夫をいたしたいとは日夜考えております。これは現実に即して――今回撤廃するというわけには参りませんでした。
○木下委員 私は学校区を撤廃することは学校差をなくすることに何らのじゃまにはならない、機会均等という意味からいいましても、すみやかに区制を廃すべしという意見を持っておりますから、大臣には一つ私のこの意見をお聞き取りになって、とうすれば学校差がなくなるか、機会均等に沿うにはどれがいいか、学校差をなくするということは、あるいは校長、先生、施設の完備というようなことで学校差をなくするということであって、区制をしいて、行きたいところへ行かせないようにすることが学校差をなくする重大なものであると考えておりませんことを申し上げますから、この点について十分御審議をしていただきたいということをお願いいたしまして、学校区の問題は終ります。
○清瀬国務大臣 木下さんのお説は十分敬意を表して考えてみます。
○佐藤委員長 ただいま清瀬文部大臣は参議院の本会議に出席を要求されておりますので、この際暫時休憩いたします。
    午前十一時五十四分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時三十五分開議
○佐藤委員長 休憩前に引き続き会議を再開いたします。
 質疑を続行いたします。木下哲君。
○木下委員 午前中に引き続きまして、大臣にお尋ねいたします。結論から申しますと、文部省の中に体育局を設けていただきたい、かように考えるわけであります。なぜかということについては、いろいろと考えてもおりますが、今申し上げることは差し控えますが、私の知り得ました範囲においては、すでに文部省において省議で決定されたことなんだということなのでありますが、体育局をお設けになるおつもりがあるかどうか。
○清瀬国務大臣 その希望は持っております。
○木下委員 希望は持っておるということでは際限のないことなので、希望は持っておるが何とも処置をとっておらないかどうか。希望を持っておるという答弁だけでは私ははなはだ御親切でないと思うのですが、私の意思をおくみ取りになりまして、実はこういうふうにやっておるとか、全然なければないというお答えでけっこうですから、希望を持っているということだけではなくて、もう少し具体的にお話願いたい。
○清瀬国務大臣 まだはっきりきまりませんが、この点についてはあなたも私も全く同一と思います。文部省には体育局を置くべきものでございます。昭和三十一年度の予算を作るに当りましても、その主張を閣内閣外にいたしたのでありまするが、何しろわが国の財政状態はこの通りでございます。それからことに今年は行政機構の改革ということもあり、それやこれやで熟するに至りませんでしたが、機会あらばこれを復興いたしたい、かように考えておるのであります。
○木下委員 今のお話で少しくわかったのでありますが、金が足りないということについては、申し上げるまでもなく私どもの意見としては軍事費をそちらに回せということで、いつでもできるように考えるわけでありますと同時に、金がないからということでそれをお取り上げにならないということについては、もう少し体育局ということに関して御言及をなさっていただきたい。金が金がということでお片づけにならないように進んでいただきたいということを御要望申し上げます。と同時に大臣はご存じないかどうかは存じませんが、私これを読み上げることは差し控えますが、私が調べました範囲においても建議、要望、請願というような形で相当これに関心を持った日本全国のあらゆる団体、競技会その他から文部省の方に書類は出ていることでありますから、こういう点につきましても一つ御調査の上、私と同じ御意思がございますように拝聴いたしましたので、ぜひ早急にお進めになるようにお願いをいたしまして、体育局のことは終ります。どうぞよろしくお願いします。
 続いて伺いますが、今から一週間くらい前だと思うのでありますが、十人の学者たちから声明書が出たのでありますが、その後日数もたちましたし、状況の変化もあったと思うのでありますが、大臣は御心境の変化は少しもございませんかどうかをお尋ねいたします。
○清瀬国務大臣 この十名の学長、また元の学長の方々の書面は、直接手渡しは受けませなんだが、新聞等によって知っておりまするので、よく読んでみました。原則としては異議はないのでございます。私の考えておる通りです。ただ最後の事実が少し間違っておる。従いましてこれを書いた方にも、間違っておることを弁明いたしました。かような次第であります。
○木下委員 私が御質問申し上げたことは、今の答弁のことと全然違うと思うのであります。その後の御心境の変化はないかどうかということを伺っておるわけであります。
○清瀬国務大臣 少しもございません。
○木下委員 では私進んでお尋ねいたしますが、十人の学者たちがああいう意見を出されたのに対して、大臣はこの前も本委員会で御答弁なさったように、また今もお話がございましたように、まことにけっこうな意見だ、この通りと思う。事実についてはいささか調査が間違っておることがあるが、意見としてはこの通りだということをはっきりたびたびおっしゃっておると思うのであります。しからば私は、立法なさるときになぜ中教審その他に聞かなかったかということを、今さら問いませんが、よいことだ、この通りだとはっきりあれほどおっしゃりながら、なぜ逆な御提案をされたか。お言葉ではこの通りだ、これがけっこうだとおっしゃりながら、提案なさることは逆なことだ。集約して言いますと、よろしい、この通りだとおっしゃりながら、それを守らなくて、公選を指名にするという逆なことをお考えになる。これはいかがなもんでしょう。
○清瀬国務大臣 この声明は、教育委員会の構成を公選方法にすべしという御主張じゃないんです。この中には、各方面に聞くがよろしい、こういうことが最後でございます。私もそれを聞くに努めたのでございます。文章のあげ足をとるのじゃございませんが、これは教科書法と、今ここでやっておる地方教育行政の組織運営の法律と、二つに限って言っておるのであります。ところが教科書法のごときは、中教審に諮問をいたしまして、ほとんど九分通りは諮問の答え通りにやっておるのです。それに諮問されぬということは、どうも表現が悪いのか、少し違っておるのです。それからまた教育委員会のことにいたしましても、中教審に諮って一ぺんかけておりまするし、また地方制度調査会にもかけておりまするし、教育委員会制度協議会にもかけておりますし、また政令諮問審議会にもかけておりまするが、これは一々違った答えが出ております。違った答えをみなとるわけにいきませんから、これらを研究いたしまして、また党内の調査も経てここに至ったのでございます。これは教科書のように、一つの単純なものじゃございませんから、どの委員の方も、おれの言っていることが通っておらぬとお考えでありましょう。しかしながらどの委員会のおっしゃることも、みな少しはとってあります。こういうことなんです。
○木下委員 私もよくわかっておりますが、今のお話を前段と後段に分けましたときに、諮問したということは、大臣のお話では、いろいろあれもしたこれもしたということは、後段に関することだと思うのでありまして、前段については、私は公選を指名と申し上げましたけれども、民主教育の根底をゆるがすようなことをやってはいけないということを集約して、公選を指名にすることはいけないと、私はそれが一番大事なことだと考えますから、民主教育の根底をゆるがすようなことを軽率にやってはいけないと、そこを私が集約しただけであります。大臣は、前段としてはその通りだ、民主教育の根底をゆるがすようなことはしてはいけないと思う、その通りだ、けっこうな意見だとおっしゃりながら、民主教育の根底を一番ゆるがす公選を指名になさるということで諮問しなかったということ――後段の、それぞれなさったことはこの間から聞いておりますし、図書に関しての諮問が、まだ足りないということを今御指摘申しているのではありません。ただし中教審に対して、民主教育の根底を動かすような、これこれについて諮問がしてあるとおっしゃいますけれども、それは大達文相のときにしたことをおっしゃるのじゃないかと思うのでございますが、いかがでございますか。
○清瀬国務大臣 その通りでございます。
○山崎(始)委員 それに関連いたしまして、ちょっと一言だけお尋ねいたしておきますが、昨日でございましたか、久しぶりに中教審がたしか開かれたと思うのでありますが、そのときに、今回政府が御提案になりました、いわゆる教育委員会法の改正のこの法律案について、中教審の開かれた会合の席上で、何ゆえにわれわれに諮問をしなかったかという苦情の発言がありましたかどうでしたか、一つお答え願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 ございました。
○山崎(始)委員 どういうふうな内容のお尋ねであったでありましょうか、できれば一つ明らかにしていただきたいと思います。
○清瀬国務大臣 昨日ですか、中央教育審議会に、教育等の海外との交流に関する件の諮問をいたしました。一応の諮問を終りましてから後、文部省のいわば常設的の最高の諮問機関でございますから、文部省のやっているおもなことを御報告申し上げるが適当と思いまして、今回提案しました予算のうち、文教予算の全貌をお話いたしました。それから、数字としては文教予算の全貌のうちに含んでいるのでありますが、そのうちの臨時教育制度審議会のことを説明し、教育委員会のことを説明し、教科書のことは、皆さんの御答申によって立法化して、今衆議院で審査を求めております、という意味の説明をいたしたのでございます。そうすると委員の一人から、しからば教育委員会のことについて、なぜここにあらためて諮問がなかったかというお問いがありました。これに対する私の答えはいかがでございましょうか。
○山崎(始)委員 どうぞおっしゃって下さい。
○清瀬国務大臣 それに対して私はここでも申し上げましたが、教育委員会の方で、ただいま世間で問題になっている大きな論点の一つは、選挙によるかよらぬか――たくさん論点がありますけれども、それが根本のことです。ところが選挙は本年の十月に行われる。選挙によらぬということなら、そのつもりでいかなければならないし、よるということなら、そのつもりでいかなければならぬ。よるにしてもよらぬにしても、国会の立法事項でありますから、それまでに国会の審議を受けるのは、この二十四国会のほかはないのであります。私どもが組閣したのが十一月二十二日で、十二月の十日過ぎには国会が開ける、皆さんに御諮問申し上げても、三週間ではとうていお答えを得ることができないと思いまして、個別的には皆様の御意見も拝聴いたしました。また各方面のほかの委員会等の答申も参酌いたしまして、先刻御報告したような委員会を作ったのでございますという意味の答えをいたしましたら、一、二回重ねて問いがありましたか、私は了解して下さったものと思って閉会をしたのでございます。
○山崎(始)委員 私は関連でございまして、いずれ私の順番が回ってきたときに、またあらためてお尋ねをいたします。私は関連ですから、これでけっこうです。どうぞ続けて下さい。
○佐藤委員長 関連して河野正君。
○河野(正)委員 先日の委員会から、大臣も御承知のように、矢内原総長以下十氏の声明につきましては、いろいろ論議がかわされたわけでございます。本日も木下委員の質問に対しまして、そのような学者の意見はあるけれども、今日自分の決意を動揺させるには至らないというような、非常に強い決意が表明されたわけでございます。しかしながら大臣も御承知のように、その後関西におきましても、滝川京都大学総長以下十三氏のいわゆる矢内原総長声明に対する支持の声明が表明せられて参りました。なおまたその後私どもがいろいろ承わるところによりますと、そういったそれぞれの学校を代表せられます一部の方々の意見のみならず、その他のいろいろな学者の問におきましても、こういった矢内原総長以下の声明を支持するんだという強い意思表示がだんだん行われておるということを私ども承わっておるわけでございますが、そういたしますると、先般も大臣は、もちろんいろいろそういった人々の意見を尊重するけれども、しかしながらそういった人々の意見というものは、一部学者の意見であるということが大臣の口から表明せられて参ったのでございます。ところが今日の情勢では、先ほど申し上げますように、私どもの立場から申し上げますならば、日本のきわめて権威ある学者の声明であるというように私どもは理解いたしますけれども、大臣はそれはきわめて一部の学者の声明であると言われる。ところが今日に至りましては、関西においてもあるいは全国におきましても、そういった機運が非常に強く盛り上ってきておる。これが一つの情勢の推移であるというふうに私は見て参るわけでございますが、そういった情勢の推移が起って参っても、なお大臣としては、やはりそれは一部の学者の意見であるというふうにお考えになっておられますかどうか。この点は将来の審議におきましても、私はきわめて重要でございまするので、今日の情勢のもとにおいて、大臣がいかがお考えになっておりまするか、一つ御所信を承わっておきたいと思います。
○清瀬国務大臣 関西での学者の御決定は、そういうことがあったという新聞は読んでおりますけれども、どういう声明文か私まだそのテキストは知りません。あの方々は私の友人も多いのですが、まだ書面もちょうだいしておりません。しかしながら東京の十大学学長の御意見は、必ずしもこの法案をやめてしまえとか、どこを訂正せいということじゃなくして、民主主義の教育の方針は捨てるなとおっしゃるので、私も捨てません。改正の必要があったら適当なところに諮問せいとおっしゃるから、将来も諮問するつもりであります。現在も諮問してこれを作ったので、一向私のやっておることと抵触しておらないのです。ゆえにこれを尊重して、現に新聞の切り抜きまで私は張って持っておるくらいで、けんけん服膺しておるのでございます。
○河野(正)委員 関連でございまするから、いろいろ申し上げたくはございませんけれども、しかしながら矢内原総長以下十名の方々が声明せられました態度につきましても、やはりこれは日本の教育の将来を憂え、あるいはまた日本の教育の将来をおもんばかるがゆえに、あえて声明を出されたものと私は確信いたします。なおまた関西における滝川総長以下十三氏が、矢内原総長以下十名の声明を支持するんだという声明につきましては、大臣もそういったことを聞いたということでございまするけれども、しかしながら具体的にはどういうことかわからぬというただいまの答弁でございまするが、私はまことに残念に存じ上げます。と申し上げますのは、いずれにいたしましても、今日この問題が国民に非常に大きな関心を呼んでおるということ、いろいろな論議が行われますし、またいろいろな論説が新聞でも行われておる、とういった事実から見て参りまして、この教育委員会法というものが国民にいかに重大な関心を与えておるかという事実は、大臣も御理解だろうと考えます。そういたしますると、少くとも関西におきましても、滝川総長以下十三名の方々が声明を支持するのだというふうなことでございますれば、一体どういったことを支持するというふうに彼らが考えたのであるかというくらいのことは、この法案がきわめて重大であるということでありますならば、そこまでもう一歩突き進んで関心を持っていただくべきではなかろうかというふうに私は考えるわけであります。ところがただいま大臣の仰せられますように、具体的にはわからぬのだということは、この法案がきわめて重大であるというような建前から考えますると、大臣が確固たる自信を持っておられるせいかもわかりませんけれども、私の立場から申し上げますならば、きわめて不満の意を表せざるを得ないのでございます。
 そこで私がさらに申し上げたいことは、もちろん新聞の論評を見て参りましても、矢内原総長以下十名が出されました声明文というものは、きわめて抽象的であるというふうな批判もあるわけでございます。しかしながらこういった日本の権威ある学者の方々、中には公務員の方々もおられますが、そういった方々があえてそういった声明を出されたという熱意、この点は私は十二分に買っていただかなければならぬと思いますし、先ほど大臣も平田委員の質問の中でお話しになっておりましたが、政府は造船所である、教育委員会というものは、船を動かす人々であるということになりますならば、やはり船を運航いたします上において、非常に能率的に船を動かしていくということを考えまする場合には、船を動かす人々の知識あるいは意見を聞いて、そうしてりっぱな能率ある船を作るということは、当然私は政府――大臣の言葉で申し上げるならば造船所の任務ではなかろうかというふうに考えます。もちろん矢内原総長以下十名の方方の声明文の中には、今日の教育委員会法あるいはまた教科書法、ことに教科書の問題に対しまする政府の考え方なりあるいは国政審議の内容なりが理解不十分なために、多少大臣の仰せられるような感なしとはいたしません。しかしながら、こういった人々が今日日本の教育を憂え、あるいは日本の教育の将来を憂えるがために、あえてそういった熱意を示されたわけでございまするから、やはりその熱意にはこたえるべきであり、具体的にはそういった人々の意見を十二分に参酌して、そうして今後こういった重要な法案の改正に対しまして、慎重なる態度をとらるべきではなかろうかというふうに私は考えるわけでございます。そういった意味で私は先ほどから質問申し上げておるわけでございますから、そういった意味での大臣の御答弁をお願いしたいと思います。
○清瀬国務大臣 この声明には私同意でございまして、今までやったこともこれには間違っておらぬと思います。今後といえども、民主主義の教育はこれを尊重し、また一そう民主主義、中立主義に進んでいこう、こうは考えております。これは私は誹謗したり無効にしたりすることではございません。将来のことは私がどうやるかどうぞ見ておって下さい。民主主義をじゅうりんするという考えはちっともないのです。この文章は学者がお書きになったのだからいいのでございましょうけれども、文章よりもこの意味を私は尊重したいと思っております。
○河野(正)委員 いま一点。大臣から、民主主義をじゅうりんするものではない、今後そういった点については十分見守ってくれというお話でございます。
    〔委員長退席、山崎(始)委員長代
  理着席〕
 ところで声明文というものは、先ほど大臣が仰せられましたように、あるいはまた新聞が論評しておりますように、きわめて抽象的なものでございます。そこで大臣がこういう人々の意見を聞くということにやぶさかではない、そういった人々の意見も十二分に尊重したいということでございますならば、単に声明文についていろいろ論議されるのではなくて、要するにそういった権威ある学者というものが具体的にどういった意見を持っておるのか、あるいはまた具体的にどういった考え方をしておるのかといった点をもう少し突っ込んで尊重される必要があるのではなかろうか、声明文をどうのこうのとわれわれは言っているのではなくして、こういった日本の権威ある学者の方々があえて声明文まで出されたその具体的な考え方なり、あるいは具体的な方針なりといったものをお聞き取り願う必要があるのではなかろうかということを私は申し上げておるわけでございます。平たい言葉で申し上げますと、声明文を出されました学者の方々と具体的な意見の交換をされるお気持は大臣にはないかどうかということを私はお尋ねしておるわけでございます。
○清瀬国務大臣 機会あらば御意見を承わりたいと思います。
○木下委員 大臣の今のお話は非常におかしいと思うのであります。この十人の学者の方たちの声明は、文章にとらわれるのではない、その意味を尊重したい、口ではそうおっしゃっておられます。しかも民主教育の方針は捨てるなという意見だ、全く同感で捨てない、こうもおっしゃっておるのであります。ですから、この声明の全般にわたることは大臣は百パーセントよろしいとお認めになっておるという御答弁であるにもかかわらず、こういう学者の方たちが声明まで出さなければならないような逆なコースの提案をされておるということ、口でよろしいと言いながらこれをなぜのまないかということについてお答えを願いたいのです。
○清瀬国務大臣 今回の世間でいう二つの文部省の提案はこの趣意に沿うておるのでございます。ちっともこれと矛盾いたしておりません。
○木下委員 これは果てしがないことなのでありますが、趣意に沿うておる、この通りだとおっしゃりながら、公選をしておるものを指名にする――私はこれは少し言い過ぎかと思いますが、民主的な政治をやるということは、いろいろなお話はございましょうが、非常に愛情のある情のある政治をするということが民主主義的な政治だと思うのでありますが、そこに指名というような、旨いかえれば官僚に近いようなものを作ってやる――官僚が冷たいと言い切ってはしまいませんが、公選をすることが民主主義に沿うことなのに、それをあえて指名にするということは、民主主義的な教育方針を捨てないで、それがいいことだと思いながら公選を指名にするということは非常に逆なコースだということを私は幾らでも申し上げたいのでありますが、もっと納得のいく御答弁をいただきたい。
○清瀬国務大臣 木下君も御同意下さると思いますが、民主主義は国民による、国民のための政治なのです。それゆえに選挙というのは国民によってという条件でございまするが、やはり国民のためにしなければならぬ、これを考えあわせますと、日本のような二大政党になろうという国が素朴に直接選挙ですぐやって、五人の教育委員会が一党専制ということになれば、国民のための委員会ではなくなってくるのです。国民のための委員会は中正かつ永続的なものでなければなりません。そこで任命といっても官吏が一人も指名に関与いたしません。国民によって選挙された町村長が、国民によって選挙された町村議会の同意を得て任命して、一党専制にならぬように半数以上は一党には属さないという工夫をいたしまして委員会を構成する方が、国民のためになるのでありまして、国民によってという原理は無視してはおりません。町村会には官吏は一人もおりません。しこうして目的は国民のためにということでありますから、今回の委員会はやはり民主政治を尊重しておる。リンカーンの言う民主政治の定義が普通なりとすれば、これで、あの人が生きておれば日本はいい委員会制度を作ったとほめてくれるだろうと思うのです。
○木下委員 ただいまのお話でまだわからないことは、国民が選んだ議員が選ぶことがなぜいいのか、同時にまた一党一派に偏したものができたときに困るということをおっしゃいますが、現在までそういうものはどこにあるか、まだないわけであります。そういう論法でお進みになると、県知事も指名にしなければならぬというような理論が出てくると思うのであります。国民が中立性を守るこの人ならばということで一票入れて選ぶのでありますから、大臣の御心配になるような人は選ばない結果が出る。国民に自由に選ばしたときに、教育に関して一番適切な人で中立性を守る人を選び出しますから、その御心配は要らないことであると考えます。まだ私は納得がいかないのでありますから、もう一歩進んだお話をいただきたい。
○清瀬国務大臣 私は現実的にものを見ているものです。この国会の場とは違って、教育というものは、たとい二大政党主義であっても一党が勝ちおおして教育をやるのはよくなかろうという前提があるのであります。これは間違っておったらなんですが……。それからまた今日幸いにして、あるいは不幸にしてか知りませんが、日本の二大政党の手足はまだ町村にまで及んでおりませんけれども、私の方の党派は県の次には郡で、その次は町村にも支部を設けようと思っておるのです。こちらがそういたしますと、あなたの方はむしろ先んじておやりになるかもわからない。そうすると町村にやはり政党の勢力が浸潤するだろうと思うのです。そのときに教育委員会だけは中立だといったところで、やはり党派の指令を受ける教育委員が出てくるのです。一方の村では自由党が勝ってしまい、次の村では社会党が勝ってしまい、教育委員会の性質が一方に傾いてしまうということがありはせぬかということを私は心配しているのです。これはよけいな心配で、私の間違いかもしれませんのですけれども、そういうふうなことがないようにするためには、数を制限して均衝を得なければならぬ。けれども選挙制度をとる以上はこれ以上勝つなというような選挙はありませんから、そこでこの案で同じ党派は三人のうちで一人、五人のうちで二人。五名以上取ったら均衡を失するということで任命に制限を置きまして、任命する人は、官吏、公吏あたりのくちばしは一切入れぬ。選挙によった町村長、選挙によった村会議員、これでやって下さるというならいけるのではないか、ものを現実的に見過ぎているかしりませんが。お説の通り、直接選挙は民主主義一本からいったらそれが一番いいんです。国民も教育の選挙だから当りまえの選挙と違うて中立性の多い人を選ぼうといって選んでもろうたら一番いいのです。けれどもその通りいかぬことがありはせぬかということが私の心配なんです。
○木下委員 ただいまのお話で、一党に偏してある村ではこっちが五人、ある村では逆の方が五人出るという御心配、これは私の意見からいいますと、要らぬ御心配だと思うのでありますが、大臣は十人の学者の方たちのこのお話に対して、この通りだ、これでよろしい、私もやる――先日のお話の中に、ただ答申に対して――これは答申ではございませんが、うのみにするわけにはいかないというお話が出ておりましたが、もっともこれは大臣から承わらなくても答申をうのみにしなければならぬというような方法のないことぐらいだれでも知っております。そのときにうのみにするわけにはいかないが、私は自分の所属しておる政党の意見を尊重してこういう提案をしたのだというお話がございました。大臣は、御自分ではこれがよろしいとお考えになりながら政党第一主義――私はあのお言葉ではこう申し上げたいのでありますが、政党第一主義ということにお考えがいつからなったのか、口では事教育に関するこの大事なことを、この通りだ、この通りだとおっしゃりながらも、縛られてやることは、政党に所属しておるからということでお話があったのでありますが、この点について明瞭にしていただきたい。
○清瀬国務大臣 今のことは、そのときの問いと答えとを合せて考えなければいけませんけれども、私は自由民主党に所属して以来、政党でおきめになったことには従おうと思っております。この案を作るについても、党議で、党の政策審議会で非常に熱心に御審査願いまして、それを閣議に持っていって、閣僚諸君の同意を得てその後に初めて法律の成文にいたしたのでございます。今の政党員としてはそれが当然であるかと思います。この党議をおきめになる際、また閣議をきめる際にも、私は所属一党員として審議会にも出席し、閣議では閣僚の一人として出席いたしております。私の言うことばかりが通るわけではありません。多数合議でありまするから、いい意見にはこれに従い、私の言うことも聞いてもらい、出てきた結果がこれでございまするから、それ以上私は無理なことを言った覚えはございませんが、お問いに対して私の答えの仕方が悪かったかもしれませんけれども、今言うことが基準であります。
○木下委員 今のおっしゃることを基準にいたしましてもおかしいのは、御自分がいやしくも文部大臣として文部行政に関することをこうすべきが国民のために国家のためによろしいとお考えになっておる場合に、たまたま党議の案であるからといって党議に服するような文部大臣なら、とんでもない文部大臣だと思うのであります。その点について大臣に私は重ねてお伺いすることは、この十人の学者の意見がこの通りだ、これがよいのだということをはっきりお認めになって、今の、所属しておる政党のためにこれこれとおっしゃったのは――これは大臣がそう考えておるということに間違いはございませんかどうか。今の御答弁を察しますに、おれは暗にこの十人の学者の言うことはよいと思うが、たまたま党議によってこうされたのだから、それに服したのだというお話があったことは、裏に十人の学者の意見はこの通りだと御了解になっておる節があると取ってよいと思うのでありますが、その場合に党議がこうであるからということで――これは別な小さなことなら一々反対しろ、やめろとまでは申し上げませんが、このことに関して党議ということで、間違ったことをがまんしておやりになるということでは、日本の文部行政の責任者として大へんなことだと思うのでありますが、いかがでありますか。
○清瀬国務大臣 党でおきめになったことに私は逆なことはしないのであります。やはりだんだん研究の結果党できまったこの案に全部賛成で――私の心をこめてこの案を弁護しておるのではございません、これは私の心の通りになっております。これにいくいきさつについては、友人同士、党員同士の意見を交換したことはありますが、この結論は、私は心から支持しております。しこうしてこの案ができてから後に学者先生が声明をお出しになった。この声明を文字に拘泥せずに熟読翻味いたしますると、これまたわれわれの案と根底において違うところはございません。民主的教育はこれを守るということ、それからして一部改正の必要があったら適当な機関に相談すること、これもわが党議と決して反するものではないのでございます。その間ちっとも矛盾も何もございません。こういうことなんです。
○木下委員 その党でおきめになって熟慮された結果としてこう出された。そのときはおれはそれをよいと思ったのだ、その後にこれが出されたのだ、ところが出されてみると、われわれの考えておることと何ら変らないとおっしゃるのですが、その変らないとおっしゃることが、民主教育の方針を捨てるなというようなことは変らないでありましょうが、公選を指名にするということ――こういう今のような案が提案されたので、学者の方々が一番心配しておることは、公選を指名にするということを心配して出されておるわけなんであります。文章にこだわらずに意味をおくみ取りになって考えてやろうと口でおっしゃりながら――そういうことは書いてございませんが、民主教育の根底をゆるがすようなことをやるな、民主教育の方針を捨てるなということは、今まさに捨てようとしておるからこういうことが出されたのでありまして、そのことについて……。
○清瀬国務大臣 私は公平に善意を持ってこの文章を反覆熟読いたしておるのでありますが、ここにあります政争の外において安定させるというのは、私の方の中立主義でございます。すなわち一つの党派がもし全部でもとってしまうて、勝手次第に教育委員会をやれば、政争の外に置いたということにならない。それからして民主主義を守れとおっしゃいまするから、直接選挙で選ばれた議員と直接選挙で選ばれた村長とが相談で五人の委員をきめる、そうして二人しか同じ党派は認めぬというのでありますから、ちょうど先生のお考え通りにやっておると私は思うのです。
○木下委員 このことにつきまして重ねて不なれな私がいろいろ申し上げても、果てしがないように考えますし、了解は毛頭いたしておりません。了解の逆に劈頭申し上げて心配したように、やはりのらりくらりした御答弁をなさるということで、りっぱな理論がそこにあるということは毛頭考えませんが、これを打ち切りまして質問を次に進めます。私は質問をいたしますときに、感情を加えてははなはだ御迷惑だと思いますし、自分でも差し控えたいと思いますが、また一方感情的に考えても、どういうものの考え方をお持ちになる方かということを判断したり、また御人格についてどういう御人格の方かというようなことをはかり知る場合、あるいは感情というようなものに幾らかこだわることがあるかと存じますが、この点を御了承いただきたいのでございます。
 ここで大へん私事を申し上げまして恐縮に存じます。この点幾重にも申訳なく思っておるのでありますが、御説明いたさなければ了解がいただけないと思うのでありまして、私事をほんの二、三分申し上げますことをお許しを願いたいのであります。私は終戦以来現在まで県におりまして、御存じのように各学校にPTAがあるし、郡連があり、市達があり、県連があり、日本PTAがありますが、県連のPTAの会長という役職を七カ年続けてやってきたのでございます。自分が子供たちに教えたという経験は毛頭ございませんが、PTAのPとしての資格は、子供も多く持っておりますし、十分わきまえておると思うのでありまして、そのことに関連して御質問を申し上げますことは、私が七カ年の県連のPTAの会長をやっておったと同時に、お見かけのようなからだをしておりますために、体育協会の世話もずっと続いてやっております。そのために若い青年男女と非常に関係が深いのでありまして、これはまた余談にわたって恐縮の上にも恐縮でありますが、日本が戦争に負けたこの責任は、今から考えれば、今年が四十より上の人にあることで、今二十以下はもちろん二十から三十になるような青年男女にはこれっぽっちも戦争に負けた責任はないと思うのでありますが、彼らもそう考えておると同時に、逆にこの日本を再建させる責任はおれたちに重大なものがるということを自覚して、それぞれ勉強もし、勤労しておるのであります。その純真な青年男女が私に会うごとに非常に質問をすることがある。私にすると同時に、近ごろのこの国会の様子を見まして、日夜聞いてくることは、総理大臣がいろいろとごまかしの御答弁をなさる、それに関連して私どもが何よりもたよりにすることは教育だと思う。その結果として文部大臣のお人柄はどういう方だろうか、一つどういうお考えをなさっておる方か、どういう人かよく大臣に聞いてくれということがあるのでありまして、それをお伺いするわけであります。前置きが長くなりまして恐縮でありますが、これは文部大臣にお尋ねするのに、今さら自衛隊が憲法違反かどうかというようなことをお伺いするのじゃ毛頭ございませんが、総理大臣の自衛隊に関する御答弁の中に、自衛のために最小限度の戦力を持ち得る、最小限度の武力を持ち得るという言葉をお使いになっておるのであります。最小限度の戦力、最小限度の武力というような言葉は、これは日本語で字に書けばちゃんとございますが、最小限度の武力とか最小限度の戦力とかいうようなことは、純真な中学の二年くらいの者ならば、これはすっと聞きのがすかもしれませんが、今の祖国再建に燃えておる純真な子供たち、青年男女は、こういうごまかしの答弁をする総理大臣ということで、もう力も何も落しておるのであります。続いて次のたよりにしておる教育の最高の責任者の文相は、総理大臣のその最小限度の武力というような字句に関して、いかようにお考えになっておるかを聞いてくれという注文で、私もまた承わりたく思います。これが後ほどただいま提案されております教育法案に関係もございますので、御答弁を願いたいと思います。
○清瀬国務大臣 大へん重要な御質問でありまするが、私も総理大臣もいわゆる自由主義を信奉しておる一人であります。民主主義を信奉しておる一人であります。それゆえに独立国は自分の存在を保つ、独立を保つということが、国としての第一義的の義務であり、責任と思っております。現行憲法には、前文に平和を愛好する諸国の力に信頼して生存を保つとは書いてありますけれども、他の力ばかりにたよって生存をするということはいかにも情ないことなのです。やはり自分の力を尽す、今日の世の中では一国だけの力ではとうていいけないので、他の援助を求めることは別だが、自分を守るという心を捨ててしまったら、その民族は奴隷民族なんです。自分の生だけは保つというもとの精神は守らなければならぬ。しかしわが国は不戦条約にも入っておりますし、憲法九条第一項においては侵略戦争を禁じておるのです。それゆえにどこの国からきても、自分の国だけは守る、それ以上を持てば侵略のようになりますから、自分の国を守るだけぎりぎりのところまでで戦力はいいのでありますけれども、その限度内の戦力は、日本民族は保つべきものだ、こういうふうに了解いたしてあります。簡単な言葉で答えますると誤解が多い命題でございまするが、私は従前いろいろな会合でその意見を述べ、私の書いた本もございます。国民がわが国は自衛すべきでないのだ、自衛の戦力なんて要らぬということをすっかりみなが思い出したらどうなりましょう。日本再起の第一歩は独立民族たるの精神、心を十分に持つことに始まると私は心から思っておるのであります。
○木下委員 私の問いをよくお聞き願いたいのは、私は今さら自衛隊を持つことがかれこれという論をここでしょうとしておるのではないのでありまして、また先ほど申し上げましたように、憲法に違反するかどうかということを伺っておるのではないのと同時に、最小限度の戦力、武力というのは、線をどこに引くのですかということを伺っておるのでもないのです。最小限度の武力というのは、力を一出す、二十す、どこのところをさすのですかということを伺っておるのでもございません。向うが攻めてきたときに自衛のために最小限度の戦力で防禦するというとき、最小限度の武力というような言葉が内容的に成り立つとお考えでしょうか、どうでしょうか。今のお答えは私の質問に全然関係がございません。字句的に国語として成り立つことは、これは最小限度の武力ですけれども、内容的にそういうことがあり得るかどうか、現実という意味からいつもおっしゃる、その現実、そういうことが考えられるかどうかということを御質問しておるのであります。
○清瀬国務大臣 ほかの言葉でいえば、自衛のための必要以上に及ばぬということであります。それは考え得られることと思います。
○木下委員 重ねて御質問いたしますが、自衛のためには考えられる必要以上の力は出さないんだというお話でありますが、向うが攻めてきたときに自衛をする。これは例をとりまして大へん恐縮に思いますが、かわいい自分の子供と相撲を取ったり、百メートルを走ったりするときには、あるいは三十メートル勝つやつを十五メートル勝って子供を喜ばせるときもあろうし、おやじが子供に相撲で負けて勝たせてやることもありますが、撃たなければ撃たれる、殺さなければ殺されるというように向うが攻めてくるときに、最小限度の武力という言葉が使われるとまだお思いになるのでありましょうか。私はそういうことは全然ごまかしの言葉であると自分で自信を持っているわけなんであります。大臣の言うのは、今私が申し上げました遊びじゃないのでありまして、撃たなければ撃ち殺されるときに、最小限度、言いかえれば、戦争に半分戦争をするというようなことが考えられますかへっぴり腰で戦争をするということをお認めになりますか。戦争ですよ。相撲なら半分の相撲はありますが、撃たなければ撃たれる、殺さなければ殺されるというように攻めてきたときに、半分戦争をする、最小限度の武力でこれこれということがまだりっぱに成り立つと重ねておっしゃいますか、どうですか。私は今例をとって御質問申し上げますから、もう一度御答弁を願います。
○清瀬国務大臣 自衛の必要以上には武力を持たない。
    〔山崎(始)委員長代理退席、委員長
  着席〕
 従って、国際間のことじゃなくて、人間のことには刑法に正当防衛というものがあります。超過防衛といって、一ぺん防衛する、それに乗じて、向うが逃げておるのにやるやつを超過防衛といいますが、そんなことはしない、こういうことです。
○木下委員 今の超過防衛ということはわかりました。これはお説の通りだと思うのです。本来やった方が悪いのでありますが、攻めてきたときに――先ほど申し上げましたように、もう一度重ねてお伺いしますが、超過防衛のことを私はお伺いしていないのであります。自衛をするときに、あの総理大臣のお話では、超過防衛をやらない防衛を最小限度の武力と言っていないのでありまして、攻めてきたときに、自衛のために最小限度の武力を出すということ、へっぴり腰で戦争をする、半分戦争をするというようなことは、重ねて言いますが、考えられないことなんであります。それを今またすぐ超過防衛に話を飛躍させて御答弁なさるということは、私が一番心配しておる、ひいては人格的なことに私は考えが及ぶのでありますが、ごまかしをおっしゃるということに私としてはとらなければならぬようになりますから、もう少し私のわかるようにお話を願いたいのであります。私の聞いているのは、超過防衛のことじゃございません。自衛のためにやるときに、最小限度の武力というようなものが成り立つ言葉かどうかということです。
○清瀬国務大臣 わが国を防衛する以上のことはしませんので、防衛をするためにちょうど一ぱいのところまでの武力以上にはやらぬということなんで、私の説明もまずいのでございますが、あなたもまた非常にむずかしい問いをして下さるので、必要限度を越えないということは、防衛のことでもほかのことでも、あるいは食べものでも、飲みものでも、栄養に必要なだけの食物を摂取するということは人が言うことで、またそれが何升、何グラムというふうには人によってきまりませんけれども、やはりお医者さんが必要以上の食物をとるなと言われたら、それで患者の方は考えて、このくらいだろうという寸尺はきまるのであります。それと同じように、自衛のため最小限度までしか武力を持たぬという法律あるいは解釈がきまるのでありまして、行政当局が、わが国はこれだけの島国で、これだけの人口だが、このくらいが必要最小限度だろうという寸尺は、むずかしいことではありますけれども、きめようと思えばきめられぬことはないのであります。それ以上は技術問題であるということになりはしないかと思います。
○木下委員 今の例をおとりになったので、また食物の例に至ってはよくわかりますし、医者がこれより食っちゃいけないというのを守らないで食っているとこういうぶくぶくになることもありますが、それは、なったところで太るくらいな話なんであります。それを、撃たなければ撃ち殺されるというときの戦力の場合に、食物の例をおとりになって、ちょうどいいのはここだからといっても、食物に至っては好ききらいもありましょうし、好きなものがあれば法外に食うこともありますが、それは食い過ぎたところで大したことはないのでありまして、次の日胃散を飲めばようなおるくらいなことで、それを戦争の場合に、超過防衛はおやめになったとしても、自衛のためにちようどいいくらいだ、それを最小限度の戦力の行使ということでやはりりっぱに成り立つと重ねておっしゃいますか。今食物の例が出ましたから、食物とは違うという私の意見を申し上げて、もう一度お伺いいたします。
○清瀬国務大臣 たとえを引いてはなはだ悪かったんです。たとえというものは、その本質が違いますから、それを広げていくと矛盾を生ずるのであります。単に一応のたとえと御了解願いたいと思います。しかしながら防衛でも、やはり世の中の現在の状況を見、日本の国の大きさも見、人口を見て、自衛ならこのくらいでいいということはおのずからわかるのであります。それを超過すれば、世論の反撃も受けましょうし、国会で糾弾も受けましょうし、あるいは予算の不足も一生じ、いろいろな故障を生じますから、その故障が生じないように適当な――わけてもわが国は仮想敵国はありませんけれども、世界各国のやっているやり方――今世界で一番強い国はアメリカ、ソ連等でしょうが、その軍事科学の様子等を見て、この国を守るのはこれでよかろうということは、私一人ではよう言えません。けれども、みなと相談すれば、このくらいの限度――今度御審議を求めている予算もこれが防衛の限度以内だろうということで、みな相談をしてああいう寸尺をきめているのであります。鳩山さんが使われた自衛のための最小限度の軍を持つということは、非常に矛盾してわからぬ言葉で、そういうことを言うのはよくないと非難さるるほどのことではないと、私も総理の意見に全幅の賛成をしているのであります。
○木下委員 もうこの件につきまして繰り返して御質問することをやめますが、ただ、まだ全般的な最後の意見ではないのでありますが、その件についての意見として一応ピリオドを打ちますに当って、私のもとに、先ほど申し上げましたような関係で、非常に多数の青年男女が寄ってきて心配しているが、彼らは今の文部大臣の御答弁では、終始非常に力を落し、落胆する、これを文部大臣はいかようにお考えになるか知りませんが、私がこの報告をしたのでは、心のたよりにしている教育の最高責任者である文部大臣がやはりごまかしを言うたかということにおそらく全員なるわけでありまして、重ねての質問はもうやめますが、私はその点について、私の周囲に待っておる青年たちはこういうことになるということを申し上げて次に進みます。
 それではもう一つそれに関連いたしまして御質問するわけでありますが、向うが攻めてきた、こっちがあなたのおっしゃる最小限度の、むずかしいけれどもちょうどのところで――これは妙な話なのでありまして、そういうことが現実にできることではないと思うのでありますが、そのちょうどのところで防いだ、向うは帰ってまた来た、またちょうどのところでやる、これを繰り返すと結局、大戦争を起すのも一発のピストルからの例もありますが、これをやることは非常に戦争を誘発することになると思うのでありますが、いかようにお考えでありますか。
○清瀬国務大臣 それもむずかしいお問いでありまするが、わが国を守るだけの武力を持っておるという場合に、それが戦争の原因となるとは考えておりません。非常にたくさん武力を持ち過ぎるか、またはちっとも武力を持たないか、こういう場合は戦争の原因になるおそれはありましょうけれども、わが国をきぜんとして守るだけのものを持っておるということが世界の戦争の原因になろうとは、私は考えておりません。
○木下委員 考えておらないとおっしゃればこれはいたし方がないわけです。ただし私としては、戦争の誘発になると考えておらないという御答弁はまことにごまかしの御答弁であると思うわけであります。それではその自衛のためにある最小限度の、ちょうど守るためにという妙な言葉なのでありますが、それを持っておって一体どこまでくるとお考えになっておるわけでありますか。
○清瀬国務大臣 同じお問いに対して予算委員会でお答えいたしましたが、今わが国の閣僚として、どこの国が来そうだなんということを答えるべきではないと私は思います。それはごめんこうむりたいと思うのであります。
○木下委員 それではこれでもうやめますが、結論としまして、大臣は長い間超国家主義をお唱えになってこられた方でありまして、もうお年も七十を越されておるし、私と話をしておっても際限のない感覚の違いがございますので、もう徹頭徹尾遺憾なのでありますが、ここで繰り返したところでいたし方がありませんからやめますけれども、このために青年男女が、戦争をやめて平和の国の日本を再建させようとしておる子供たちが、力も何もなくなってしまって、非常にデカダンになっていく危険があるのであります。大臣はその御責任をとっていただかなければならぬと思うのでありますが、私がこれほどの青年たちの気持を伝え、また私の考えます主観を入れて申し上げて、何とか一つ――今の御様子ですとおそらくむずかしいことだと考えますが、大へんな御責任のあることでございますから、今後十分お考えをいただきたいと思いますが、いかがなものでありましようか。
○清瀬国務大臣 今のお言葉の中で私の立場を超国家主義とおっしゃるのは断然間違っております。私の国家観はその反対に、むしろ自然法主義の国家観なんであります。すべての人民は最大の主権を持っておって、国家を構成するがために一部を国家に供出しておる。こういう私の国家観であります。超国家主義は国家が最大の道徳で国民を保護してやるんだ、こういうことですから見方は逆でございますから、これは弁明いたしておきます。
 それからしてデカダンの問題でありますが、私は、実は語弊がありまするけれども、戦後の青年が集団である国家についてもう少し考えてくれて、日本民族の使命に目ざめてくれる。そうして日本の将来の絵を描いてくれる、自分の将来の絵を描いてくれる、その理想にマッチするような行動をとってくれるように日夜願っているので、デカダンというのは目標、希望、目的のないものの行動であります。私は希望、目的、目標を青年に与えて、それに従って行動を律するようにしてもらいたい。今回臨時教育制度審議会を求めたわけの一部分も実はそこにあるのでありまして、青年のデカダンになることを、私はもうヘビよりもおそれておるのでございます。一日も早くこれを直したいというのが私の念願でございますから、どうかあなた方が教えて下さるところの青年男女には、私の心持を一つどうかお伝えあらんことをお願いいたすのでございます。
○木下委員 ただいま御自分のお考え方につきまして、私が超国家主義のお考えを持たれた大臣ということを申し上げたところが、御訂正がございました。御訂正の通りに拝聴いたしますが、私がそう申し上げたのは、私の材料としてはかって中野正剛さんあたりといろいろと御行動をともにされておやりになっておるようなことを、私が知る限りの知識においてそう申し上げたことでありまして、ただいまのお話でよくわかりましたが、ただデカダンということにういて、その通り心配しておる、だからあれはそれを心配しているんだから、そうなっちゃならぬという一つの目標、光明を見出して楽しみにやれというように言ってくれとおっしゃいますが、今のような文部大臣のお考え方では、私はその逆になると思う。だから一つもっと御反省を願いたいということを――これは水かけ論でありますが、私はそれなりにこうも譲らない今の大臣の御答弁では、徹頭徹尾青年たちがデカダンになる御責任があなたにあるということを追及いたしまして、私のきょうの質問をこれで終ります。
○清瀬国務大臣 最後に反省すべしという御忠告については、ほんとうに敬意を表します。日に三たびわが身を省みるということは、もう古今の金言であります。私の及ばないところは私もよく承知しておりますが、非常にふつつかでありまするけれども、日本の文政のような大切なことを預かりました以上、けさからあなたのおっしゃって下さることをことごとく善意をもって受け取って反省したいと思っております。
○高津委員 関連して……。大臣は教育は中正永続的なものであるから、一党専制にならないようにするために一つの党派から二人以上は出ないというような任命の制限を作っておる、こういうお話でありましたが、ある党に登録されておる法律上の党員、それから登録されておらない熱心な熱心な党員、二種類あります。あれは党員じゃないといっても、任命する場合には委員を全部一党で任命することもできるのであります。それで党員と言われる場合は衆目の見るところ、十指の指さすところ、あれはこういう主義を持っておる、こういう考えを持っておるという人間と登録された法律上の党員と区別ができますか。それも質問になるが、今区別ができるできぬは取り消しまして、そういう二種類ありますが、あなたの言われるのは登録党員だけのことですか。
○清瀬国務大臣 これは各党自身で登録名簿を作る党派と、作らない党派もあろうと思います。党員であるやいなやは客観的の事実によることと思います。
○高津委員 客観的な事実というものはどういう基準ですか。
○清瀬国務大臣 この法律が通過すれば、党員であるかないかをきめることも考え得らるると思いまするが、外国では本人の宣誓を命じておるところもあります。わが国はそれをどういたすか、同じ党員であるかないかの事実を確かめた上のことでございます。
○高津委員 現在自民党は多数党でありますが、それがだんだん世界の室の中で日本もむされて、国際情勢の動くままに社会党を支持する人が五割一分、五割三分というように多くなった場合に、党に登録はしておらぬ、――名立たる人は大てい社会党だ、その中から村でも市でも教育委員を選ぶ場合に、社会党的精神を持った、登録はされておらぬ者がずらっと並びますよ。その場合に、あなたはこの法律ではどうするおつもりですか。
○清瀬国務大臣 この法律は現在の日本を見て立てたものでございまして、日本人が全部社会党になった場合は、また社会党の方で別に法律を提案すると思います。
○高津委員 私は指導者的なものの考え方をする人が全部社会党になった場合を質問しているのじゃないのです。すりかえちゃだめですよ。社会党が五一%あるいは五五%というようになった場合を聞いたのですが、しかしそれなら大きな問題をこれから質問しますから……。
 私はこの法律案は最近の国際情勢に逆行するものであるという確信を持っておるのであります。もし通行しないものであると思われるならば、どのように最近の国際情勢をあなたはお考えになっておるのか。それを知らないでこういう法律を出されては困るのですよ。あなたは大臣の中のインテリの最右翼だろうと思う。どう国際情勢を見ておられるか、国際情勢に反すると私が言うのですから、反しないならば反しない、国際情勢はどうなっておるか、どういう方向をたどっておるか、それを聞きたい。
○清瀬国務大臣 この法律を立てる範囲においては、国際情勢と申しましても毎日朝と晩とに寄せてくる外国電報によって、刻々違った情勢を顧みる必要はないのです。ただ今日の世界の情勢においては、いまだ人類は永遠平和の域に達しておりません。世界の情勢はここ数年間はやや平静でありまするけれども、人類はお互いが目で見る通りの人間で満ちておるのであります。それゆえに一方わが国は守ることはしなければならぬ、しかしながら日本人の教育、日本人をよくするのは教育でございます。わが国は昔のように武力をもって一等国になろうとは思っておらないので、いわゆる文化国家を建設するということであれば、教育は非常に大切なことであり、不動な状態において教育制度を作るべきでないから、イギリス、アメリカあたりで経験の結果逐次改正した教育委員会制度もこれはとるべきである、これを日本の土に植えて育つようなものにやってみたい、私はこういう認識でおるのでありまして、マレンコフがイギリスへ行ってどう待遇をされた、エジプトがどうなっておるという日々の情勢の変化に応じたものではございません。
○高津委員 朝と晩とにいろいろな外電が入ってくるその国際情勢のこまかい動きですね、その分を一々適用した法律ができているとは私は思わないが、大きなカーヴというものがあります。その大きなカーヴを清瀬文相は少しも認識することなく、ここ数年間は平静であるというのは、私はあまりに認識不足だと思う。それはなぜかといえば、力による外交が話し合いの外交に変ったという、これはここ数年の間の世界的な一大急変なのですよ、そしてまた力の外交の本尊はアメリカであるが、そのアメリカのにしきの御旗は反ソ反共であろうが、その反ソ反共を一番主張する張本人であるマッカーサーというものは、まるでアメリカから勢力がなくなって葬られておる。その上ダレスのせとぎわ政策は、共和党においても民主党においても非常に不人気になっておる。このような大きな特徴があるその上に、バンドン会議――それがジュネーヴ会議を動かすもとでありますが、ハンドン会議の根本精神は何かといえば、アジアのことはアジア人の手で、アラブのことはアラブ人の手で、そして反植民地主義、民族の独立、それが燎原の火のごとく今世界を風しておるのです。これは民主主義に向っているのだと思う、そして社会主義に向っているのだと思う。このソ連に属せずアメリカに属せずという中立主義、その中立主義も、どっちにもつかないという弱々しいものでなしに、積極的な中立主義というものが現在世界を風擁しておるので、たった一つの短かい外電を見ても、われわれはよくやってくれたといってこの老人が胸おどるのでありますよ。終戦以来十五ほど民族が独立をいたしましたが、去る十二月から始めてもスーダンが独立し、エジプトが独立し、ずっとどこの国も次から次へ独立しておって、英国もフランスも手をやいておるのですよ。こういう反植民地主義、民族の独立――大国の特権というものがくずれて、中国や小国の地位が、比重がうんと上っておる。この中間勢力は田の数が多いものでありますから、これがソ連につきそうだと見るとアメリカがあわてるのであります。これがアメリカにつきそうだと見るとソ連があわてるのであります。実に審判官のような地位にわれわれ中間地帯の国々の勢力が大きく上ってきたのであって、このような大きな特徴、前になかったような大きな要素が現われておるのに、それらのことにまるで目をつぶるのかあなたの目に見えないのか、ここ数年間は国際情勢が変ってはおらぬから、何もそんなことは眼中に置く必要はないのだと、これほど大きなものを、一国の文教をつかさどる文部大臣が見ないでいるというのは大へんなことですよ。ヴィブラートのような小さい震動じゃない、大きな富士山や、あるいはヒマラヤのような大きな高いカーブが現われておるとわれわれはこれを思うのであります。これらの世界の大いなる大勢、それは民主主義を徹底することに一面進んでおると思うのでありますが、これは選挙などということを抜きにして、それらをみんな奪って、今度は任命制に切りかえるという、そしてそれらの原動力は海のかなたから来ておる。これはまたあらためて証拠を持って質問します。このような特徴を見ておらぬということは遺憾でありますが、こういう世界の大勢に法律も合せていかねばならぬと思う。これは世界の大勢に反するような法案であるということを私は指摘するのでありますが、第一間違いのないことは、ここ数年間国際情勢には変動がなかったという、見るべき変動がないというのは、それはひどいでしょう。文部大臣たるもの、その点は心得ておってもらわねば困ると思う。変動ありやなしや、そこをまずきめましょう。
○清瀬国務大臣 高津さんが非常な雄弁でこの複雑な国際情勢をお述べになりましたが、その中で一つだけ私は意見の違うことがありますけれども、しかしそれでも、この案もまた非常に幅のある案で、あなたのおっしゃる通りの国際情勢でございましても、この法案を実施することには何ら差しつかえがなきのみならず、これを実施することによってわが国の将来の発育を見るものと見ておるのであります。
○佐藤委員長 本日はこの程度とし、次会は明二十八日午前十時より委員会を開会いたします。
 これにて散会いたします。
    午後四時二分散会