第026回国会 文教委員会 第30号
昭和三十二年七月十一日(木曜日)
    午前十時四十一分開議
 出席委員
   委員長 長谷川 保君
   理事 高村 坂彦君 理事 竹尾  弌君
   理事 河野  正君 理事 佐藤觀次郎君
      簡牛 凡夫君    永山 忠則君
      並木 芳雄君    牧野 良三君
      櫻井 奎夫君    下川儀太郎君
      高津 正道君    辻原 弘市君
      野原  覺君    平田 ヒデ君
      小林 信一君
 委員外の出席者
        法務事務官
        (人権擁護局
        長)      鈴木 才藏君
        文部事務官
        (大学学術局
        長)      緒方 信一君
        文部事務官  
        (大学学術局大
        学課長)    春山順之助君
        厚 生 技 官
        (公衆衛生局
        長)      山口 正義君
        厚 生 技 官
        (公衆衛生局精
        神衛生課長)  大橋 六郎君
        厚生事務官
        (医務局医事課
        長)      坂元貞一郎君
        参  考  人
        (日本弁護士連
        合会人権擁護委
        員)      島野  武君
        参  考  人
        (新潟精神病院
        総婦長)    田中 ハル君
        参  考  人
        (元九州大学教
        授)      平光 吾一君
        専  門  員 石井つとむ君
    ―――――――――――――
七月十一日
 委員鈴木義男君辞任につき、その補欠として辻
 原弘市君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 学術(新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人
 体接種問題)に関する件
    ―――――――――――――
○長谷川委員長 これより会議を開きます。
 本日は新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種問題について調査を進めます。
 調査の進め方について申し上げます。参考人としてはお手元に配付いたしてあります名簿の四君を予定しておりましたが、桂重鴻君より病気のため欠席する旨の連絡がございましたので、御了承願います。
 それではこれより参考人より意見の聴取に入りますが、委員長よりごあいさつを申し上げます。参考人各位には御多用中にもかかわらず遠路御出席いただきありがとうございます。新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種問題につきましては、第二十六回国会以来調査を進めておりますが、本問題が純粋に治療として行われたものであるか、あるいは人体実験の意味を持つものであるかにつきましては、人権擁護の見地から、本委員会といたしましても重大な関心の存するところでございます。参考人各位にはどうかそれぞれの立場から忌憚のない御意見を御開陳下さいますようお願いいたします。御意見の開陳は、時間の関係上それぞれ二十分以内にお願いいたします。
 まず東京弁護士連合会人権擁護委員の島野武君より御意見を聴取いたします。島野君。
○島野参考人 ただいま委員長の御紹介で、東京弁護士連合会といわれましたが、これは正確に申しますと日本弁護士連合会人権擁護委員でございます。
 日本弁護士連合会の人権擁護委員会におきましては、昨年の十一月以来この問題について調査をいたしまして、委員会の結論を出し、これを日本弁護士連合会が取り上げまして、すでに当時の会長海野晋吉弁護士の名前で、法務省、厚生省、文部省、その他各関係方面に善処方の要望をいたし、また地元の新潟大学の桂博士その他の各医師の方々に対しても、地元弁護士会である新潟弁護士会を通じまして、を発送して反省を促すところがあったのであります。
 この事件を日本弁護士連合会の人権擁護委員会が取り扱いますことになった発端、それから調査の内容、委員会の監察並びに結論というものを一通りかいつまんで申し上げたいと思います。この問題が日本弁護士連合会に届きましたのは、昨年昭和三十一年の十一月二十八日に、連合会の所属会である新潟弁護士会所属の渡辺喜八弁護士、坂上富男弁護士、この両弁護士から人権侵犯容疑についての提訴と題しまして、新潟市の平島にある新潟精神病院、これは医療法人青山信愛会の経営にかかるものでありますが、この病院において昭和二十八年から三十年にかけて、新潟市の新潟大学医学部の桂内科のツツガムシ病治療法の研究のために、精神病院に入院しております患者約五十名を対象として、人体実験を行なったという疑いがあるという提訴があったのであります。
 提訴者の申します提訴の理由としましては、この事件の、こういう事実の発端は、この新潟精神病院と、それと並行しております社会福祉法人新潟県更生慈仁会、この二つの病院で、労働組合の幹部三名を解雇した。これが不当解雇である、不当労働行為であるということから、新潟県の地方労働委員会の不当労働行為事件の調査があり、審問が始まって、その第三回の審問の席上、昭和三十年九月一日でありますが、この第三回の審問の席上に、病院の小島副院長が昭和二十八年から昭和三十年にかけてツツガムシ病原菌――リケッチャーと申しますか、これを患者約五十名に注射したという証言があったのであります。病院側は患者の発熱療法として治療のためにやったのだと称しておるのである。小鳥副院長のこの証言、それから越えて九月二十日にこの労働委員会の審問における高橋康夫という医師の証言、これを総合すれば、一、注射は桂内科の要請で行なったのである。二、それまでツツガムシ病の療法はやったことがない。三、病原菌を植え付けたり熱を下げるという措置は桂内科の人がやった。また病原菌を植え付けたあとのその場所の皮膚をはぎとったのも桂内科の人である。四、病院から桂内科に治療費を払っていない。五、ツツガムシ療法を行なったことについてこれをカルテに記入していない。こういうことが証言を総合してわかった。このことはツツガムシ病にも効果があるといわれるオーレオマイシンが輸入許可になったのは昭和二十二年十一月十九日、その国内製造の許可を受けたのが昭和二十九年四月五日であって、これもツツガムシ病にきくといわれるクロロマイセチンの国内製造は昭和二十七年の四月一日以降であって、しかもこれらがツツガムシ病の特効薬であるという程度にまではいっていなかった。その後桂内科でやや特効薬に近い療法、それもオーレオマイシンとクロロマイセチンなどを特殊な研究のもとに併用配合したものを発見したというのが昭和三十年の末から同三十一年に入ってからであって、この病院で行なったツツガムシ病の発熱療法というのは、昭和二十八年から三十年春ころまでのことである。病菌を患者に植え付けるときには、初めは病院の従業員も手伝わしたのであるが、後にはそれを従業員が拒否したということなどがあったために、桂内科で一切やるようになった。病院側は発熱療法が精神病患者に効果があったといっているが、それならばなぜその療法を続けてやらなかったものであろうか。昭和三十年の春ころから以降は何ゆえか一切その療法をやめているのであって、この点からしても桂内科は精神病患者を研究の実験に使用したことにはほとんど間違いがない。病原菌を植え付けられた患者の中で死亡している者があるらしく、カルテに記載がないとすれば、その患者の死亡の原因とツツガムシ病菌を植え付けたということとの間に何らかの関係がないとは言い得ない。また桂内科はこの研究について病院に対して感謝状を送っているということである。こういうことが提訴者の提訴理由の概要でありました。渡辺喜八、坂上富男両弁護士の提訴によりましで、日本弁護士連合会はさっそくこれを連合会の人権擁護委員会に付託しました。人権擁護委員会は事件の重要性にかんがみて、恙虫病人体実験特別委員会を特に組織しまして、上代琢禅弁護士をその委員長に任命して、事件の調査を始めたのであります。
 次に調査の概要を申し上げますと、この特別委員会の委員は新潟市に出張しまして、新潟弁護士会の人権擁護委員などとともに、提訴者である渡辺喜八弁護士を調べ、また新潟大学医学部の桂博士、副手の勝田和夫氏、また医療法人青山偏愛会、新潟精神病院の院長医単博士長谷川渙氏、副院長の医学博士小島保、病棟主任の看護人の野沢謙吾、看護婦長の大川ハルさんなどについて事実を取り調べました。また桂博士からは恙虫病の臨床というパンフレット、その他恙虫病の化学療法、週刊医学通信、恙虫療法における経験、恙虫病と恙虫病の新知見と題するそれぞれの印刷物その他の提供を受けました。さらに現地におもむきました委員は、全快に近いと認められる新潟精神病院の入院患者金子イネという婦人の承認を受けまして、小島副院長の提出するところに従って一もちろんこれは患者が承諾の上で任意になされたものでありますが、右の大腿部に注射して皮膚を取り去った傷あとを検分したり、さらには長谷川、小島両氏を東京の特別委員会に招致をいたしまして調査をしたのであります。調査の内容としましては、提訴者の渡辺喜八弁護士の言うところは、提訴の理由とほぼ同一趣旨でありました。桂博士は発熱療法というものの概念あるいはツツガムシ病による発熱療法のわが国における沿革、その他詳細説明をせられまして、自分としては上村、上田、林博士等により、ツツガムシ病原体接種を発熱療法として十分用い得るのみならず、マラリア療法よりすぐれた点さえあるといわれているので、もし発熱療法を行うに適当と思われる症例があるなら、ツツガムシ病による発熱療法を行い、そしてその病態を観察させてもらえないかということを、昭和二十七年新潟精神科の上村教授及び新潟精神病院小島副院長に申し出て、両氏からともに承諾を得たものである。この場合、特にツツガムシ病の臨床、なかんずくその治療について関心を持っていたためで、従ってもし精神神経病患者の治療にも役立ち、またそれとともにツツガムシ病の病態をより明らかにして、本病の治療に貢献することができるならば一挙両得と考えたのであるというふうにも言われました。こういう観点から、桂博士は昭和二十七年十一月十五日から昭和三十一年の一月十一日までの間に、主として副手の勝田和夫を新潟精神病院に差し向けて、入院中の患者百四十九名に対して、人により注射量はそれぞれ異なるけれども、ツツガムシ病原菌の皮下注射または皮内注射をなさしめ、また人により乳剤を用いた者がある、注射した患者中に皮膚を切り取った者が九名ある、そういうことを申されました。また注射の施行者としては、主として勝田和夫博士であるが、その際に新潟大学医学部の助教授木下康民氏以下講師二名、助手八名、副手十一名がこれを手伝った。注射施行及び皮膚の切除患者に対しては、カルテには記載せずに、温度表を作成した、こういう供述をなされたのであります。桂内科の副手の勝田和夫氏は桂博士とほぼ同一の内容の口述をなされました。新潟精神病院の副院長の小島保氏は、桂内科の懇請をいれて昭和二十七年十一月十五日から同三十一年一月十一日まで新潟精神病院の患者森田露子外百四十八名に、桂内科の勝田和夫副手が病院に来て、ツツガムシ病の注射をしたことは間違いないが、それは発熱療法を必要としたからである。注射患者中数名の皮膚を切除したということはあるが、生命に危険ありと思われる治療には、家族その他の同意を必要とするが、この場合には差しつかえないと考えてこれを行なったのだ、なお病院としては発熱療法を考えている際に、桂内科の方から話があって、桂内科としてはツツガムシ病研究、当方つまり病院側としては発熱療法と考えてやったのである。注射患者にはカルテに記載をしなかった、温度表だけを作成した。注射の患者中八名死亡した者があるが、これは注射とは関係がないと信ずる、そういう要旨の供述をされました。新潟精神病院の院長長谷川渙博士は小島副院長とほぼ同趣旨の供述をされたのであります。それからさらにこの小島、長谷川の両氏は東京の特別委員会に出頭せられまして、注射した患者は精神病者であって、そのうち数名に法律上保護者の承諾を受けることなくして皮膚を切除せしめ、その皮膚を桂内科に持ち去らしめたこと、及びカルテに注射、投薬、皮膚切除、温度関係を記載しなかったことはまことに遺憾であったという旨を口述されたのであります。
 なお病棟主任の野沢謙吾氏の供述、または病院の看護婦長大川ハルさんの供述、そういうものもありますけれども、これは省略さしていただきます。
 以上が特別委員会の調査の概要でありました。調査の結果として特別委員会が観察したところ、これは一、桂博士が昭和二十七年十一月十五日から同三十一年一月十一日まで新潟精神病院副院長小島保氏に懇請して、同院長長谷川渙氏の承認のもとに、その部下である副手勝田和夫、ときには講師の原義雄、副手の玉木明等を同病院に派遣して、入院患者森田露子外百四十八名にツツガムシ病原菌の注射を施し、その血液を採取し、金子イネその他八名より注射部分約二センチの皮膚を切除せしめる等の行為があったことは認める。二、その間注射の際また注射のあとの模様観察のために、前記の助教授木下康民、講師寺田一郎、同原義雄、助手寺田秀夫外七名、副手の金子庄之助外十名を派遣したことも事実である。三、これらの患者に対して法定代理人または保護者の同意を得ずにカルテ、病棟日誌、看護日誌を作成しておらないということも事実と認める。四、その行為が治療方法であるかまたは研究、実験であるかが残る問題であって、ほんとうに治療方法であるとするならば、法令の命ずるカルテなどに当然記載すべきであって、またその行為を継続すべきである。しかるに昭和三十一年の一月以降はこの治療を行わないし、またカルテ等に記載のない事実からすれば、治療方法とは認めがたいものであるといわなければならぬ。この点につきまして桂博士の手記、あるいは長谷川渙、小島保両氏の供述、いろいろありますけれども、特別委員会はそういう事実の観察をいたしまして、かりにツツガムシ病原菌注射行為が医療方法と仮定しても、皮膚を切除するという行為は断じて許さるべきものではなかろう、いろいろの点からして総合考察してみれば、ツツガムシ病の研究が主であったものと断ぜざるを得ないという観察をいたしました。
 特別委員会としては次の結論を出したのであります。結論としては一、わが国の医学が進歩して多数の生命を保護したということは認められるけれども、法令を無視して人の身体を医学上の研究資料とすることは許さるべきではない、本特別委員会は、さきに愛知大学が小児科において、乳児院の乳児に対して大腸菌を注入するというような人体実験をした違法不当な行為に対して、医学界に反省を求めたことがあったのだが、またこの事件が起ったのを遺憾とする。二、新潟大学医学部の桂内科の教授医学博士桂重鴻氏が、ツツガムシ病の研究のために新潟精神病院副院長小島保氏に懇請して、副手の勝田和夫、講師の原義雄、副手の玉木明氏らに命じて、入院中の精神病患者百四十九名にツツガムシ病原菌の注射をなさしめ、そのうち八名から皮膚を切除せしめ、その患者にして三年以上経過した今日、なお痕跡明らかに存するというようなことに至らしめたのは、法令を無視して人体実験をなしたるものと認めざるを得ない。三、その行為は国民の基本的人権の無視であり、傷害罪を構成するおそれがある案件である。四、しかしこの種の行為は桂内科のみにとどまらないということは桂博士の著述やその手記によっても想像するに十分であるので、この際に一般の反省を促したい。五、よって左のような処置をとる必要がある。一つは、ツツガムシ病原菌を精神病患者に注射を懇請し、これを実行、皮膚の切断を指示したる新潟大学医学部教授桂博士、二は、桂博士の示唆によってその失行をなした同大学の講師原義雄、同助手勝田和夫、同副手玉木明、三は、桂博士の懇請をいれてその実行をなさしめ、終始実験に立ち会った新潟精神病院の副院長小島保氏、四は、病院長こして責任を無視して小島副院長の行為を承認した同病院の院長長谷川渙、これらの人々に対しては、将来再びこり種の行為に出ないように厳重警告する必要がある。また原、勝田、玉木氏らの行為を幇助したと認められる新潟八学医学部助教授の木下康民氏以下関係者約二十名に対しては何らかの方法で注意を加えるべきである。なお本件を文部、法務、厚生の各大臣、衆参両院の法務委員長、検事総長、東京高等検察庁の検事長、全国医師会長、各弁護士会長などに通報して、関係当局者に善処を求めるべきであるという結論に達した。これが特別委員会の結論でのりました。なお、この件に関しまして社団法八日本精神病院協会理事長金子準二氏は、長谷川、小島両氏と同道せられて特別委員会に出頭、今後は再びこのような行為に出ないよう全国精神病院長に通報するということを確約せられたのであります。
 以上のような特別委員会の結論に基きまして、日本弁護士連合会は、ことしの三月二日に海野晋吉連合会長の名前で法務、文部、厚生各省など関係方面に警告、善処方の要望をいたしました。またその後三月二十六日付で地元の新潟弁護士会を通じまして、桂博士、勝田、原、玉木、長谷川、小島、これらの各氏に警告書を送ったのであります。
 以上が日本弁護士連合会人権擁護委員会のツツガムシ病人体実験特別委員会の調査並びに結論の概要であります。
 この事件につきまして証人として私が衆議院のこの委員会に呼ばれましたのは、どんな事情による御人選かわからないのでありますが、この問題につきましてさらに詳細な証言のできるいわば適任者としましては、日本弁護士連合会の当時の人権擁護委員長の戸倉嘉市弁護士、特別委員会の委員長の上代琢襌弁護士、特別委員として現地にもおもむいて詳細な調査をしました横田隼雄弁護士、これらの人がさらに適任だと思うのであります。特に横田君は現地に行って最も熱心にかつ詳細な調査をしてきた人でありますから、今後もしこの委員会が続行され、調査を続けられるということならば、ぜひ同君を喚問されるように希望するものでございます。
 なお最後に私の考えを簡単に申し添えさしていただきますならば、昨年愛知大学の乳児に対する大腸菌注入というような人体実験の事件、また今回の新潟医大の桂内科によるツツガムシ病病原菌の注射という人体実験を疑わしめる実験、こういうものはいずれも意思能力のない、また薄弱な人々を対象としておるものである。この点特に留意すべき点があるのではないか。私としては、研究は大事であります、医学の進歩も大事であります、だが医学と人権との境界というものについては最も深甚な注意と考慮が払われなければならないものと信ずるものでございます。
○長谷川委員長 次に、青山信愛会、新潟精神病院総婦長田中ハル君より御意見の開陳を願います。田中ハル君。
○田中参考人 私、新潟精神病院の田中ハルでございます。ツツガムシ病病原菌注射のことでありますが、私はその当時婦長として治療室に勤務しておりまして直接先生の桂さんについていたものでございます。そして私ども看護婦は大体仕事としまして先生の補助、患者の介抱をするわけでありますけれども、それは看護婦自身がするのではなくて、すべてお医者さんの指示によるものでございます。
 それでツツガムシの何とか、今いろいろ問題が出ておりますけれども、いろいろの熱療法を精神病患者に用いられます。それで、ツツガムシを接種した後もやはり一週間ないし十日の潜伏期間をもちまして大体三十七度から九度くらいの熱発を見ます。それで私たちはそういう精神病患者による発熱療法として考えておりました。すべて私たちは療法としか考えていなかったわけです。簡単ですが、ただそれだけ申し上げさしていただきます。
○長谷川委員長 次に、前九州大学教授の平光吾一君より御意見の開陳を願います。
○平光参考人 私は新潟大学とは何の関係なく、また桂教授その他の方がおやりになったことについては新聞を読んだ以外に何も知らずにおるもので、今日ここで参考人のお話を伺って初めてそういう事柄であったかということを知ったにとどまるものであります。
 それで私は全く中立の立場で、医学の進歩に人体実験がいかなる役目をしてきたかということを申し述べることが私の参考人としての立場じゃないかと信ずるのであります。そういう点からなるべく簡単に御参考のために申し述べて、そうしてほんとうに述べたいことは、角をためて牛を殺すというようなことがありますが、せっかく日本の医学が今日はつらつたる元気をもって向上しようとしておるときに当って、その元気及びその進歩の足並みを乱すようなことにならないように御考慮を願いたいということが私のお話しようとすることであります。
 今日医学が大へん進んで参りまして、一番目につくことは、どしどし新薬が出てくることでありまするが、その新しい薬が出てくるためにはどういう順序をとるか。第一は試験管、第二は動物実験、第三は人体実験であります。これはしかし人体実験とは申しません、臨床試験と普通申すようでありまするが、要するに、生体の実験、これをぜひ必要としておるようなわけであります。
 それで一つ例を申しまするが、最も普通御承知の話でありまするけれども、牛のほうそうを人間に植えるということを実行して成功したのはエドワード・ジェンナーという人ですが、皆さん御承知でありますけれども、あの方は研究にも非常に慎重を期して、一七七五年から酪農家の中へ入り込んで牛痘の研究をし、一七九六年になってようやく成功したという自信のもとに、八才になるジェームズ・フィップスという子供に実際に注射して、つまり人体実験をやったわけです。そのころやはりとかくの批評があり、非難と罵倒とはごうごうたるものであり、従ってその研究発表も容易にさせられなかったのでありまするが、しかし、とにかくそれが成功の基礎を作ってほうそうというものは確実にきくものだということが世間にわかってきた。
 もう一つ大きな例を申しますならば、たとえばモルヒネのことなんです。モルヒネの研究は、一八〇三年から一八一七年にかけてセルチュネルという男が研究をして、ようやく分離して、これが実際にモルヒネの役をするものだということを承知しましたときに、最後になって友人三人と自分と四人、一時間、大体四十分に〇・〇三グラムずつ三度注射して、いよいよ眠りに入ってしまったわけであります。普通ならば、致死量をはるかに越しておるから死んでしまうわけだけれども、幸いにして命はとどめたというようなことで、モルヒネの効果がはっきりしてきた。そして、その命を賭した実験によってモルヒネの発見者という名誉をになったのであります。そういう危険を冒して研究した結果、モルヒネの効能が認められた、これは自分自身で自分のからだを実験した例であります。
 自分自身のからだを実験台にしたということで気の毒な例といたしましては、たしか昨年と思いますが、北海道の砂川で小笠原康雄君が、ペニシリンを自分にさして、自分で検査し、自分で試験をしようとして、結局なくなった、そういう犠牲。そこには実に尊敬すべき勇気と、それから学問に対する熱心さがあって、小笠原康雄君――これは北大出身の熱心なる学徒でありましたのが、若い命をなくして、まことに気の毒にたえぬわけであります。
 そういう工合に、人体実験は、人にやるか自分にやるか、必ずしなければならぬのです。病原体の発見にいたしましても同じことで、初めは培養器の中で培養してみて、それを動物に植えると、人間の病気と同じような病気が起る、起るか起らぬかを検査する。それからさらにそれを人間のからだに入れてみて初めて、なるほどこの病気の原因はこのばい菌である、こういうことを明らかにして、初めて病原菌がきまるわけであります。
 そういうことの反面に、人間のからだというものが偶然のことで医学の進歩に貢献することがたくさんあります。たとえば脳隘血を見ますると、あれは自然の人体実験だと普通言うております。脳の一部分に出血を起す、そうして脳の一部分がそこに欠損部を生じますると、欠損部に応じて脳及び脊髄にいろいろの変化が起ってくるわけです。そこで脳を取り出して研究を積み重ねる。それで脳の研究というものは、ほとんどそういう偶然の場合に行われてきたのが、今日の脳の知識になっておるわけであります。脳隘血、それから脳の腫瘍、脳の中におできができる、そういうおできができたためにいろいろからだの機能の障害が起ってくる、そういうこともやはり自然の人体実験であります。
 それから、戦争で鉄砲のたまが頭の中を前からも横からも、あちこちに貫くものです。これは実はわれわれフランクフルトの病院で、さきの世界戦争のために傷ついた人たちが収容されているところを見ました。そして、脳の中を縦に貫いておる、横に貫いておる、あっちこっち鉄砲のたまが通りまして、しかし命はある、命はあるけれどもそれだけの障害があるというのを収容しつつ脳の中の機能の分布を調べておるのにぶつかり、それを見せてもらった記憶がありまするが、戦争というものは、実際には悪いけれども、そういう意味でまた医学には相当貢献をしておる。脳の知識は、第一次世界戦争のときにうんと発達しておるわけであります。第二次世界戦争の後の研究発表というものを実はわれわれ詳しく見る機会を得ませんでしたから、ほとんど知りませんけれども、さきの第一次戦争のときには、脳の知識、それから外科手術が飛躍的に進歩しておるのでありまして、今日スイスの近所では、各開業医がどこでも脳の手術をする、それくらいにまで進んでおるわけです。
 そういうときに、実はこういう席で私が述べたいと思いまするのは、スイスなどでは、だれだれが脳隘血で死んだそうだ、脳隘血で死亡者ができたということになりますと、脳研究所から助手を派遣して、その死亡者の宅で脳を開いて、そうしてブリキカンの中に脳をおさめて研究所に持ってきて脳の研究をする。それは今のように脳隘血という自然の実験を利用して脳の研究をしておるわけであります。こういう方面で最も有名なのはフランスのシャルコー、ドイツではグッデン、スイスではモナコー、こういう人たちは、そういう材料を基礎にして脳の研究を進めてきておるのであります。
 そういう例はたくさんありますけれども、今度はまた逆に死んだからだをどうするかという大きな問題があることを御考慮に入れていただきたいのであります。人間のからだというものは死んでからでも傷つけちゃならぬということ、これはキリスト教では復活ということ、これはキリスト教では復活ということの精神があるし、仏教でも輪廻ということの観念から、死んだからだを傷つけちゃならぬというようなことも考えられているわけでありますけれども、このものはキリスト教以前から、ギリシャ時代から、人間のからだは傷つけちゃならぬ、人間のからだというものは神様の形をかたどったものであるというような意味で、有名なアリストテレスとかそういうような自然科学者でも、人間のからだだけは解剖しなかった。ローマに来まして、たとえば有名なガレヌスなど、これは紀元一世紀、二世紀の人でありますけれども、こういう有名なお医者の元祖の方でも人間の解剖だけはやらなかった。ヒポクラテスでも人間のからだだけは解剖しなかった。解剖したのはアレキサンドリアでヘロフィロスという人が初めて解剖しているわけであります。そのガレヌスという人はアレキサンドリアに行って骨格などを勉強してきた。こういう工合で、ガレヌスの医学の知識はルネッサンスまで続いて、そうして結局それまでの医者は豚とかサルとか、動物の解剖の知識だけで医者をやってきたわけであります。そういうときにルネッサンスの最初の学者として有名なヴェザリウスという人、この人などは実に冒険に冒険を重ねて、学問の途中には死刑場へ行って、ぶら下げてある死体をかついで盗んできて、そうして解剖をするというようなことで、人体の自然の形というものはヴェザリウスの研究によって初めてわかったのでありますけれども、このヴェザリウスという人は一般の死体の得方は説明しておりません。ある特殊の方法によって死体を得たということを大体書いてあるだけであります。
 そういうようなルネッサンスの文化のあけぼのの光がだんだん明るくなるに従って、各国には大学ができる、大学ができれば医学部、医科ができます。そうして医科ができると、どうしてもまず解剖死体が必要です。ところが解剖は政府及び国家が許しておりません。従ってその解剖死体をどうして得たかと申しますと、多くの場合は、お葬式があると、お葬式のあった死体を盗んでくる。大体これが普通の得方であります。死体を盗んできましても、盗まれた方では、キリストの復活と同じように復活して死体は昇天したのだというような信仰のもとに、別にそれを問題にもしないで済んでしまってきたらしいのです。そういうようなことで、死体を売るのを復活商売人、復活業者と言ったぐらいなんです。そういうことをしているうちに、今度はそんな葬式などで、葬式の死体をとるなどということはめんどくさいというような利口な考えを起したやつが、今度は人間を殺して大学に売りに行く、こういう商売が始まった。これはパーク及びヘーヤの事件が、殺人をして死体を売り込んだ最も有名な例でありまして、一八二九年に絞首刑になりましたが、そのときにはウォルター・スコットとか、そういうえらい人も見物したということであります。そのときはずいぶん世間の問題になった。むろんそうであろうと思いますけれども、そういうような工合で、犯罪を重ねてきておったわけであります。そういう問題があって、初めてこれではいかぬ、こういうことではますます悪い罪が重なってくるばかりだからというので、初めて米国のマサチューセッツ州では、一定の条件のもとに死体解剖を許すという法律ができたのです。それができると、アメリカでは各州だんだんその法律によって死体解剖を許すようになった、各国、ドイツ、イギリスなども許すようになった、日本では明治四年に太政官令によってたしか許されておる。こういうような工合で法律で許すようになった。初めて死体を盗んでくるというようなことをしないでも済むようになった。法律で許さぬがために盗んでくる、殺人をして売るというような、そういうことまでやる。とにかくイギリスのエジンバラ大学は少くも十六体買っている。そういうようなことまで行われた。こういうような忌まわしい事実があるのでありますが、この生体解剖ということは、その小さい行為と見るべき普通バイオップシーということがあります。これはしばしば医療上用いられることであります。バイオップシーという言葉は医学の方では常に使われておって、何も珍しいことではない。医者の方ではそういう工合にやっておる。しかしこれは問題にすれば問題だと思うけれども、医学の必要上、つまり診断の必要上ということで多くはやっておるわけであります。それで死体を得るということでも、とてもやはりむずかしい問題なんです。そういうむずかしい問題であって、従って小説にも、たとえばボディ・スナッチャーというような有名な小説などもありますが、死体をどろぼうすることが行われた。アメリカでも独立戦争のときの軍医総監シップという人などは死体を盗んだということのために暴徒に襲われて殺されたということがある。それからニューヨークの大きな病院では、一七八八年に標本をガラスビンに入れているのをだれか見つけた者がありまして、死体を解剖したということで世間がやかましくなり、暴動が起きて、その病院を焼き打ちする、とうとうおさまらなくて軍隊まで出動してその暴徒を押えたというほどのことがあったわけであります。そういうようなことで、アメリカではいち早く、これは法令にして取り締らなければいかぬ、許すことは許す、というような工合で、一定の条件をつけて死体解剖を許したということです。そういうことが徹底してきて、皆さん御承知かどうか知らぬけれども、朝鮮の兵乱のときなど、飛行機で持ってきて、日本で解剖して、そしてアリメカへ送るものは送っておったということです。アメリカで、そういう方面のことは、今解剖は徹底してやっておるわけです。大学などの病院へ入院した者は全部解剖するというようなことになっておりますように聞いておりますが、スイッツルとかドイツの方でもむろんそうやっているわけです。飛行機で持ってきた朝鮮戦争で死んだ死体などは、日本で解剖して、そうしてふわけをして送っておったというようなことがあるほどに、死体を解剖するということは非常に重大視されているけれども、しかし法によってある程度許されてやっているから、問題が起らずに済むわけです。
 それでこの臨床試験というようなことも、よくそこは調査しまた考えていただいて、学問の進歩のために必要なことであるということを御理解していただきたいと思うわけであります。臨床ということは、普通まず治療するという場合に相当するわけでありますけれども、そこに他からいろいろつつかれるというと、相当いろいろな問題が起ってくるわけであります。こういう場合にもよく考えて、臨床の実験というものは必要だということをある程度認めていただくということがまず必要だろうと思います。こういう問題に当って優生保護法なんというものを私常に思い出すのですけれども、ちょっと考えれば、あれは相当大きい人権問題だと思っておりますが、いろいろの理由をつけて優生保護法というものが成り立っているわけです。それで臨床試験というようなものもよくこういうことに関連して研究していただきたい。私はこういうツツガムシ病がこうした立法の府の国会において取り上げられたということは、まことにもって仕合せなことであり、いい機会であると私はしみじみ感ずるのでありまして、それで参考人として呼ばれたときに、私は実は喜んで上ったわけであります。こういうようなツツガムシ病をいろいろ御査問せられ、御研究せられる機会に、医学の進歩発展上臨床試験ということも必要なものであるから、法に触れないように、あるいは人権問題を起さないようにする指導方針を御考慮していただきたいということを切にお願いするわけであります。私の申し上げることは、直接このツツガムシ病には関係なかったかもしれませんが、臨床試験というものについて御考慮あらんことをお願いする、こういう意味で私はこの席を汚さしていただいたわけであります。終ります。
○長谷川委員長 以上をもちまして参考人各位の御意見の開陳は終りました。これより参考人各位及び政府当局に対する質疑に入ります。質疑の通告があります。順次これを許します。櫻井奎夫君。
○櫻井委員 ツツガムシ病原体の注射の問題につきましては、去る二十六国会以来本委員会で取り上げて参ったわけであります。参考人からもいろいろ御意見がありましたように、医学と人権の問題、その限界をどこに置くか、こういう問題はきわめて微妙なことであり、なおこの新潟のツツガムシの問題にいたしましても、事患者の人権に関する問題であります。私ども疑点が完全に払拭されたという段階ではなかったわけであります。従って今日当時のこの実験の中心になられた桂博士等の御意見を十分聞かしていただいてわれわれの判断に資しよう、こういうつもりで当委員会では桂博士の臨席を心から待望しておったわけでありますが、不幸にして桂博士が病気のために本日この委員会にお見えになっていない。こういうことで私どもの質疑の中心点がいささかはずれたような感なきにしもあらずで、私どもとしてははなはだ遺憾に存ずる次第でございます。けれども、弁護士連合会において調査された件について、その調査の結果出された結論について私どもは大体意見を同じくするものでございますが、なおわれわれの今日までいろいろ調査してきた点につきまして、特にカルテの問題であるとか患者の病床日誌の問題であるとか、そういう技術的な問題、それから百四十九名ですか、これだけの多数の患者が果してツツガムシ病の療法を必要としたのかどうか。あるいはこの中には脳梅毒の方もあったでありましょうし、あるいは分裂症の人もあったでありましょうし、発育停止の状態の患者もあったと思う。そういういろいろな患者に対して、一斉にツツガムシの病原体の注射が行われたというような点に関して、やはりこれは実験であったという感を深くせざるを得ないわけです。そういう点について、私は当の桂博士からいろいろと医学的立場における所信をお聞きしたい。これが今日の私の目的であったわけでありますが、このような事態でございますので、質問の中心点が実は私にはなくなったわけであります。従って、最後にお話し下さいました平光参考人の御意見は、非常に私どもとしても得るところが多いわけであります。しかし医学の進歩というものは重大なことでございますが、それに便乗して人権が侵されるということは許しがたいことであって、この点は弁護士会連合会の方で結論を出しておられるように、関係各官庁の十分の指導というようなものが今後必要になってくるのではないか、こういうふうに考えるわけであります。この問題はすでに相当論議せられておりますので、特に人権擁護局は人権の立場から、あるいは厚生省は厚生省の立場から、それぞれ結論が出ておると思うのです。一応各担当官庁における結論を私はお伺いしたいと思うのでございます。
○鈴木説明員 それでは人権擁護局におきます調査の結果、並びにそれにつきまして人権擁護局で考えました本件に対する意見の概略を申し上げたいと思います。お断わりをいたしておきますが、これはあくまで人権擁護局の意見でございます。
 本件につきまして、人権擁護局では、人権侵害があるかどうか、その認定につきましては大学の関係――大学と申しますのは、桂重鴻教授の属しておられました新潟医科大学の問題と、それから本件のツツガムシ・リケッチャーを接種されました患者が入院しておりました新潟精神病院の関係、この二つについて考えた次第でございます。と申しますのは、人権問題から考えますと、大学の関係と病院の関係とはその侵害の態様と申しますか、そういう点においてやや異なるものがあったように思ったからであります。さらにつけ加えさしていただきますのは、人権擁護局といたしましては、人権侵害の有無あるいはその程度、ひっくるめて申しますと人権上の問題から考えては精神病院の方に重点を置いた次第であります。まず精神病院の点から申し上げたいと思います。人権擁護局におきまして認定いたしました事実は大体左の通りでございます。
 まず新潟精神病院の小島保副院長は昭和二十七年九月ごろ、かねてツツガムシ病に対する治療法の研究を行なっておりました新潟大学医学部桂重鴻教授の主宰されております桂内科研究室から、その研究室の勝田和夫助手を通じまして、同病院に入院中の精神病患者にツツガムシ・リケッチャーを人工接種をして発熱させ、精神病に対する発熱療法をかねて上記のツツガムシ病治療法の実験研究を行いたいという申し出を受けました。そしてこの小島副院長は病院長と相談の上これは了承し、昭和二十七年十一月十五日ごろから昭和三十一年二月ごろまでの間に、右の話し合いに基いて、さき申しました桂内科研究室の勝田助手らの手によりまして、精神病院に入院中の森田露子ほか百四十九名に対しましてツツガムシ・リケッチャーの人工接種をなさしめた。これは間違いのない事実であると認めました。先ほど申しましたようにこのツツガムシ・リケッチャーの接種というものは発熱療法をかねてやろうという話し合いがあったことは認められるのであります。けれども実際にツツガムシ・リケッチャーの接種後の実情、それに対する関係者の態度等を調査いたしますと、先ほど申しましたリケッチャーを接種した森田露子等の患者の大半は、最近の医学上発熱療法がほとんど効を奏しないといわれております慢性的精神分裂病患者でありまして、適応患者の選択について良心的な配慮がなされたと認めがたい点があるのであります。
 次に第二番目といたしまして、リケッチャーの接種並びに接種後発熱療法に必要であると言われております発熱の程度、その持続期間、抗生物質の投与によりまして解熱をする時期を決定する、その他すべての医療措置というものは、ほとんど桂内科研究室の医師に一任をされております。そうして精神病院の主治医はほとんどこれに関与しておりません。こういう点からも果して精神病院が発熱療法の効果を期待したものであるかどうか、はなはだ疑わしい点があるのであります。現に三十八度程度の発熱がありまして後、一日あるいは二日くらいで解熱をさせている事例が多数見受けられるのであります。また高熱によりまして苦痛を訴える患者に対しましても、その主治医は一々桂内科に連絡をしてその手当の指示を受けていた事実が認められるのであります。
 第三番目に、病院に備えつけの診療録――カルテと申しますか、には、ツツガムシ・リケッチャーの接種によります右発熱療法について何の記載もなく、また看護日誌につきましてもその事実を記載するような指導がなされておりませず、医師法上の手続につきましても著しい怠慢が認められるのであります。
 大体以上申しました三つの点から見まして、本件の百五十名の精神病院に入院しておりました患者についてなされましたツツガムシ・リケッチャーの接種というものは、精神障害者に対する発熱療法としての治療措置よりも、むしろさきに述べました桂内科研究室が行なっておりましたツツガムシ治療の研究実験のために、その重点が置かれていたと認定せざるを得ないように思われるのであります。
 元来精神病院というものは、入院中の精神障害者の医療並びに保護を使命とすると考えるのであります。その入院患者は精神に何らかの障害があって、通常人の精神状態に欠けるものでありましても、その患者の人権はあくまで尊重されねばならぬと思うのであります。それゆえにその取扱いにつきましては、人権上一そうの慎重を要するものと考えられるのであります。その精神病者の病症の治療目的を逸脱いたしまして、あるいはそれに関連なく、主として医学上の実験に供するということは、患者の人権を侵害する疑いが濃厚であると考えるのであります。大体そのように、本件につきまして人権擁護局は意見を持っております。
 それから大学の関係でございますが、大体この事実関係におきましては、精神病院の関係について述べた事実と同様であります。ただ、リケッチャーを接種したほかに、その接種をいたしました患者のうち金子イネといわれる方のほか十名に対しまして、その接種部位の皮膚の一部、幅一センチ平方深さ三ミリ程度を切除したという事実を加えております。
 右のツツガムシ・リケッチャーによる治療に際しまして、リケッチャーの接種はもちろんのことでございますが、自後の治療措置というものはすべて桂内科研究室の医師がこれに当りまして、特に発熱療法に必要である発熱の程度、その持続期間及び解熱時期の決定につきましては精神病院の主治医は全くこれに関与しておらず、全部大学側の医師がこれに当られております。これは先ほど申し述べた通りであります。
 さらに、リケッチャーの接種後におきます抗生物質の投与時期、その量並びに投薬の種類は患者ごとに異なっておりまして一定しておりません。この点から見ますと、ツツガムシ・リケッチャー接種後の措置というものは、桂内科が従来研究しておられました抗生物質の微量投与法あるいは再燃防止法等の効果測定に重点が置かれていたように認められるのであります。
 次に、患者十一名の接種部位の皮膚の切除の理由につきましては、桂内科研究室の関係者は、局所反応の強い患者に対して接種部位のかいよう並びにその悪化を防ぐためにとられた医療措置であると説明されておられるのでありますけれども、実際の事例を見ますと、十倍ないし百倍の株を接種いたしました患者については、接種後一時間以内に接種部位の皮膚を切り取っておられる事例が見受けられるのであります。これらは従来のツツガムシ治療法の一つでありました患部切り取り療法の効果研究のためになされたのではないかとの疑いが持たれるのであります。
 このような事実を総合いたしまして考えますと、桂内科研究室の桂教授以下関係医師の方々は、精神障害者の発熱療法につきまして適切な措置を講ずる意図を欠いておられ、もっぱら本件精神病患者を自己のツツガムシ病療法実験研究のために利用されたのではないかとの疑いが持たれるのであります。
 桂重鴻教授はその学界における実験報告あるいは法務局の調査官に対しましても、医療即実験ということを盛んに提言されるのであります。私たちもこの医療即実験という提言は是認するものであります。確かにこの医療即実験という提言の意味する医師の旺盛な研究心というものこそ、医学並びに医術の向上進歩をもたらすものであろうと考えます。現に本件リケッチャー接種に関連してなされましたこの実験により、抗生物質の医療投与法則というものが確立されまして、ツツガムシ治療上一大貢献をなされたことはわれわれも認めるにやぶさかでないのであります。しかし医療即実験ということを提唱される場合に、その実験には医療目的からの制約があると考えるのであります。国際人権規約草案にも、何人もその自由な意思なくして危険を伴う医学的実験に供せられない。ただし肉体的または精神的健康のために必要とされる場合はこの限りでない、こうあるのでありますが、これもまた当然の事理を掲げたにすぎないと思うのであります。このように人体についての医学上の実験には、人道上ないし人権尊重上の見地から、おのずからそこに限度並びに制約がある、こういうふうに結論せざるを得ないのであります。患者に対する医療目的を逸脱し、あるいはそれに関連なく医学上の実験研究を行い、そうして患者をその自由な同意なくして自己の実験対象に供することは患者の人権を侵害するものではないかとの疑いを持たれるのであります。大体このような意見であります。
○大橋説明員 お答えいたします。厚生省といたしましても、実態を把握いたしますために派遣をいたしまして、精神病院のその当時の関係者につきまして調査をいたしました結果、その事実としてははなはだ遺憾の点が認められますので、次の三点につきまして遺憾の意を表しまして、新潟県知事を通じまして、新潟精神病院長及び新潟大学医学部長に対しまして、十分注意をされるように通牒を出した次第でございます。
 三点と申しますのは、この事件が、たとい精神病の治療のための発熱療法を行なったものであるとは称しておりますが、カルテには記載がなく、またその病原体を接種いたしましたその前後の症状というものも、観察が十分行われていないというような事実からいたしまして、治療行為としての裏づけは非常に不完全な点があったと認めたのでございます。第二点は、一部の患者に病原体を注射いたしまして、その注射した後短期間に皮膚を切り取りましたことにつきましては、それが注射部位のかいようを予防するような意図があったということはわかりますが、何らかそこにツツガムシ病というものの発生の予防効果というものを観察する意図も働いていたのではないかということを認めたのでございます。次は、精神障害者というものを取り扱う場合には、特殊な患者でございますので、一般の患者に対してよりもさらに慎重な配慮が望まれなければならない。しかるに本件におきましてはツツガムシ病原体の注射をする際におき供しても、また皮膚の切除行為などにおきましても、保護者の了解を得るよりに努めていなかったというようなことから考えますと、そこに非常に慎重を欠く点がある、従って精神障害者に刑するところの人権尊重ということの満州が不足しておったのではないかということを認めるのでございます。こういう三点を指摘いたしまして、先ほど申しましたように、新潟県知事を通じまして厳重な注意を勧告した次第でございます。なおこの件につきましては全国の精神病院に対しまして、今後かかることなきよう厚生省といたしましては通牒を流す準備をいたしております。
○緒方説明員 文部省といたしましても、厚生省あるいは人権擁護局と十分連絡の上調査を進めて参りました。あるいは文部省の係官を派遣いたし、あるいは大学の当局者を招致いたしましてよく事情も調査いたしました。ただ文部省といたしまして、これは医学的に検討いたしますには、やはり専門は厚生省でございまして、厚生省と十分連絡をいたしますと同時に、専門の方々にいろいろ意見を伺ったりして今日まで参ったわけでございます。先ほど来御指摘がありましたように、厚生省あるいは人権擁護局から御指摘がありましたような事実につきましては、文部省といたしましてもまことに遺憾に存じている次第でございます。
 この問題につきましては、先ほどからのお話にもございますように、これからここまでが大学の責任であって、これからここまでが病院の責任だと画然と分けて考えることは非常にむずかしいことであろうかと存じますけれども、大学といたしまして考えられますことは、精神病院との間に打ち合せが十分でなかったという点が特に認められるのではないかと思います。あるいは患者の選択とかあるいは治療に対しまする保護者の了解を得るとかいうような点につきまして、十分な連絡ができていない点が指摘されるのではないか、あるいはカルテの記載にいたしても、大学の方では精神病院の方で記載があると考えておった、大学の方では温度計だけをつけておった、そういう点につきまして、もう少し治療あるいは研究にいたしましても、その間に十分打ち合せを遂げてやるという配慮が足りなかったのではないか、かような点も考えられるわけでございまして、この点につきましては、文部省といたしましても、厚生省の先ほど具体的に御指摘になりました通達が出ましたので、それに即応いたしまして、大学の学長に対しまして今後かようなことが起らぬように十分注意をされますように書面でも注意を促したような次第でございます。
 ただ大学病院といたしましては、先ほど来お話がありましたように、診療と同時に研究という点も持っております。その間にどこまで診療と同時に研究の点が許されるかということは、具体的な各問題につきまして、これに当りまする教授あるいは助教授等の良識に待っていくほかはないと思いまするが、あくまで診療、研究をいたします場合におきましても、人権の軽視の起らぬようにこれは十分注意していかなければならぬものと考えておる次第でございます。かような点につきまして今後十分注意していきたいと存じております。
○櫻井委員 大体わかりましたが、特に厚生省も遺憾の意を表して、十分今後注意を喚起するということでありますが、今までの公述を聞いておりましても、大学の方は別にいたしましても、病院の方の患者に対する取扱いはきわめて疑問点が多い。病院の使命を逸脱して患者の人権を侵害したという点は、今日なお私どもの疑念というものは取り去るわけにはいかない。こういうものを単なる警告というようなことにとどめておかれるのかどうか。これは私は非常に重大な問題だと思うのです。監督官庁であるところの厚生省はもう少ししっかりした今後の態度を確立して、これらの病院等に対する指導をなさっていかなければこのような事件は跡を断たないと思うのです。医術、医学の問題については私どもはしろうとでありますから、詳しいことはここで意見を述べることもできませんけれども、特に精神病患者であるとか、幼児であるとか、こういう一人前の判断力を持たない者が医学の実験の対象になったり、あるいはこういう事態になった場合に非常に問題があるのです。われわれとしても医学の進歩の上に臨床実験というものが必要であるということは認めるのにやぶさかでない。これは今日の常識です。しかし正常の判断力を持たない人間をそういう対象になさる場合には、これはくれぐれも十分な注意をしていかないと、このような事態が次々と起きてくるのです。この点は厚生省としてははっきりした指導方針を確立されて、厳重な態度をもって臨んでいただかなければ、先ほどあった愛知県の乳幼児の大腸菌の注射みたいな、だれが見ても人権を侵害する。いかに医術の進歩発達が必要であるからといって、人間の生命を犠牲にしてそのようなことをやるということは絶対に許されないのです。そういう点について私は厚生省のもう少しはっきりした態度を望みたいのです。病院に対してはどういう態度をもって臨んでおられるのですか。ただ知事を通して警告を発した、この程度でこの事件の処置をピリオドを打たれるつもりであるかどうか、御所信をお伺いしたい。
○大橋説明員 ただいま櫻井委員のおっしゃることはまことにごもっともなことだと存じます。このたびの事件につきましては、いろいろおっしゃるようなことも十分勘案をいたしまして、警告を知事から強く発していただいたわけでございまするが、それまでの間におきましても精神病院協会等からも相当強い批判もございまして、当精神病院長または副院長等といたしましても、社会的な制裁と申しますかを十分受けております。また受けたものと私は考えましてこういうような措置をとったわけでございます。
○櫻井委員 厚生省は知事を通じて警告を発した、これでもう処置を終ったとお考えになるのかどうか、その点を聞いておる。社会的制裁というのは厚生省のあれではないでしょう。厚生省と全然関係ありませんよ。私は厚生省としての今後の処置を聞いておる。ただ知事を通じて警告を発した。新潟県以外のところにまたこういう事件が発生するかもしれない。そういう全国的な立場に立ってあなた方はどういう考え方を持っておられるかということをお聞きしておる。
○大橋説明員 監督官庁といたしましては何らか病院長等に対する行政的な面も考えられなければならないということも十分感じておりますが、先ほど申しますように、この通牒を出す前後におきまして、この事件の発生以来非常に遺憾の意を当事者も述べておりますことであり、ただいまおっしゃるように知事を通じての警告では手ぬるいじゃないかとおっしゃることは私もわかるのでございます。今後ともかかることのないように、この際は知事の監督下にあると認めまして、われわれは知事を通じて警告を発した次第でございます。
○櫻井委員 厚生省としては新潟県だけを監督しておられるのじゃないのだから、もっと全国的立場に立ってどう処置をされるか。新潟県のこの病院に対しては知事を通じて厳重な警告を発する、これも一つの方法でしょう。私はそれでは手ぬるいという、また全国的な規模に立ってはどういう処置を講じられるか、この二つについてはっきりお答えを願いたい。
○大橋説明員 先ほど冒頭お話しいたしましたように新潟県だけの通牒に終らせる意思はございません。これを例にあげまして、この例によりまして全国に通牒を出すよう準備中でございます。
○平田委員 関連して田中さんにお伺いいたしますが、百四十九名の病原体の接種をされた患者さんでございますけれども、男女の性別比率はどうなっておりますか。男が何人、女が何人。
○田中参考人 はっきりその点はわかっておりませんです。
○平田委員 資料をお持ちにならない。
○田中参考人 はい。
○平田委員 先ほどから吉田何とかさんとおっしゃったんですが、女の方の患者さんのお名前がたびたび出ておりますね、先ほど人権擁護局の方からも。それで私女の患者さんが非常に多いのじゃないかしらと思ったものですから、大体どれくらいですか。およそでけっこうです。
○田中参考人 大体同じくらいかと思いますけれども、全般的に男子の力が多いのじゃないかと思います。はっきりした名簿を私持っておりませんものですから……。
○平田委員 それからあなたは総婦長さんで、監督の立場にお立ちになっていらっしゃると思うのですけれども、特に女子の場合は時期的に特殊な事情を考慮されてなされたかどうかということでございますが、その点はいかがでございますか。ある時期的なからだの事情に応じてでございますね、生理的なその点を考慮されたかということなのです。おかまいなしにされたか。
○田中参考人 それは一応治療する患者を先生が大体示して下さいますし、それに従って私たちはするわけですから、私たちとしては、看護婦としてはそういうことは別に考えておりませんでした。
○平田委員 私はその点大へん残念に思うのですけれども、これは看護婦さんたちにお願いしたい点もありますが、接種なさったお医者さんはそこまではお考えになっていらっしゃらないと思うのです。やはり今まで総合して伺っておりますと、この患者、この患者というように御自由になさったのではないかと思います。私はこの精神病の患者たちがどの程度であるかというようなことはわかりませんので、ほんとうに抽象的な質問になっているわけでございますけれども、そういう場合、やはり看護婦さんはそういう点御存じだろうと思いますから、今この患者にはいけないのじゃないかというようなあなた方の御意見というものはちっともお述べにならないで、忠実に、こうしろ、はい、ああしろ、はいと言っていらっしゃるわけでございますか。
○田中参考人 それは看護記録というものをお医者さんの方でよくごらんになっておりますから、お医者さんの方でよくおわかりだと思います。
○平田委員 ただいまのいろいろな方の御意見で、カルテとか病床日記というものもついていない。これは皆さんが、特にあなた御婦人でもいらっしゃいますし、どうしておつけにならないのかしらというふうにお考えにならなかったのですか。普通の患者さんは全部つけていらっしゃるのでしょうか、それとも特にとのツツガムシの病原体の接種をなさった方々にだけこういう手落ちがあったのかどうか。その病院には患者さんは全部で何人いらっしゃるのですか。
○田中参考人 男女合せまして四百八十名前後だと思います。
○平田委員 そのうちの百四十九人……。
○田中参考人 そうでございます。
○平田委員 カルテや病床日誌というのは……。
○田中参考人 ついております。
○平田委員 そしてこれだけおつけにならないというのは不審にお思いになりませんでしたか。
○田中参考人 それは別に先生の方からつけろとか、つけるなという指示はございませんし、私たちの記録をお医者さんの方でよくごらんになっておりますから、もし私たちの間違いがあれば先生の方から御指摘があると思います。
○平田委員 あなた方の間違いじゃなくて、先生が当然おつけになるべきものをおつけにならないのは、どうもこれはおつけになっていらっしゃらないけれどもというふうに、不思議にお思いになりませんでしたかと伺っているのです。
○田中参考人 カルテはすべてお医者さんが書いていらっしゃるものです。私どもはカルテをつけるとかなんとかいうようなことは全然ないのです。
○平田委員 お医者さんがおつけになるのですけれども、あなた方は、これはおつけにならないということについて別に何ともお思いにならなかったか、それともどうしておつけにならないのだろうというふうにお考えになりませんでしたかということを伺っているのです。何ともお思いにならなかったか、それともなぜおつけにならなかったのだろうと不思議に思われなかったかということです。
○田中参考人 あとでそういうことがカルテに書いてあるとかないとかいうことを聞きましたのですけれども、カルテというものはほとんど看護婦が目をつけておりません。治療とかなんとかあるのは、ほとんど指示票とかによって私たちはやりますから……。
○平田委員 看護婦さんの方はそれでやめます。平光先生にお伺いいたしますけれども、平光先生の御意見、私賛成でございます。法に触れずに、人権問題を起さないように医学の進歩に貢献するような、そういうあり方ということを大へん希望しております。私も賛成でございますが、それに対してただいま先生のお持ち合せの御構想がございましたら、お伺いいたしたいと思うのでございます。
○平光参考人 今の御質問にお答えいたしまするが、こういうことに関連して、実は先ほど日本弁護士連合会の人権擁護委員の島野さんからのお話の最後に、法令を無視するというようなお言葉がありましたが、この法令というのはどういうことを意味するか私実はわかりませんが、憲法をちょっと見ただけでは、どうもそういう工合にすぐこれに適応するような文句がないようで、それはなかなかむずかしいことだと思います。それで実は私がここにこうした委員会の皆さんに希望することは、こういう事件が起ったのを機会にいたしまして、これはこういう点が悪い、こういうことが法に触れるというようなその法を一つ作って、そうしてこういう法に触れているというようなことを指示し得られるような状態に持ってきてもらいたいということを私は希望しておきます。そして医学の進歩上臨床試験ということはぜひともやらなければならぬことになってきますから、そこで人権に触れない、人権を侵さないようにするためにはこうしなければいけないぞと、はっきりお示しをお願いするわけであります。今日私はああしろ、こうしろという意見はむろんありません。
○平田委員 緒方大学学術局長さんにお伺いいたしますが、各医科大学では解剖するのに大へん困っていらっしゃるというような実情でございますね。それに対して、ただいま平光先生がおっしゃいましたように医学の進歩に貢献するための資料といったら、これは大へん問題になると思いますけれども、死体の解剖ということが足りなくて困っておるということをたくさん聞いているのですけれども、今のような問題が起ったのを機会に、何かお考えになっていらっしゃいますでしょうか。
○緒方説明員 これは今度の問題とは別の問題だと思いますけれども、私もまだ各大学の事情をつまびらかにいたしませんが、十分調査をいたしまして、対策を講ずべきものがあれば一つ講じたいと思っております。
○高津委員 関連して鈴木人権擁護局長にただ一点お尋ねしますが、その精神病院の院長あるいは注射関係の主任的な地位にあった人、その人が大学の桂研究室から報酬を受けたことがあるのですかどうですか。その点をお調べになったですか。
○鈴木説明員 報酬を受けた点につきましては、私たちの調査では否定的であります。別に報酬をもらっておるという事実はございません。ただ桂内科の研究のために、病院側に便宜をはかってもらったという患者を、常に桂教授が学界の報告あるいはその書かれます文献の中には書いておられます。
○長谷川委員長 河野正君。
○河野(正)委員 先ほどからいろいろ前議がかわされたわけでございますけれども、こういった問題が起りましたことはまことに遺憾だというふうに言わなければならぬことを私どもは非常に残念に考えるのでございます。しかしながら先ほどからいろいろと参考人から意見が申し述べられましたように、学問の進歩あるいは研究の前進ということを考えて参ります場合には、やはりこういつた問題を私どもが国会で慎重に検討して参ることもきわめてまた重要なことと言わなければならぬと思うのであります。ことにこういった問題が起りますと、今後国民が医療というものに対して非常に大きな不安を呼び起すということがまず考えられて参ります。あるいはまた研究者がこういった問題を契機として、一つの萎縮状態に置かれていくということも考えてみなければなりません。あるいはまた今後実際に治療する場合に、治療を担任する医師が、こういった問題を契機として、能率的な治療ということに対して非常に萎縮的な状態に置かれるというようなことも考えなければならぬと思うわけでございます。そこで私どもは、そういった学問の発展あるいは治療の向上というようなことのために、今度起りました不祥事件ではありまするけれども、この事件を契機として、災いを転じて福となす努力をむしろ私どもはやって参らなければならぬというふうに考えるわけでございます。そういった意味で、本日私どもが待望しておりました当事者の一人であります桂教授が出席なされなかったということはまことに残念と言わなければならぬし、ことに私どもが心外に感じますことは、先ほど来人権擁護委員会の方々等の御報告によると、桂教授が今日依然として医療即実験ということを強く主張されておるというこの一点でございます。もし依然として桂教授が今日までやりました実験あるいは臨床実験と申しますか、生体実験と申しますか、こういった実験を正しいのだという前提に立って本日御欠席になったとするならば、私どもはその責任をなお今後追及していかなければならぬと思うことを申し添えておきます。
 こういった意味から私ども一、二御質疑を重ねて事の真相を究明いたしますとともに、今後学問の進展、研究の発展に対していろいろと努力して参りたいと思うわけでございます。ところでただいままでいろいろ論究された実情を承わって参りますと、私どもは必ずしも事件の本質をついておるというわけには参らぬのであります。たとえて申しますならば、御報告の中に、患者の選択が悪かった、保護者との連絡が十分でなかったというようなお話でございますが、そういうことは今度の事件の本質ではないと思います。問題は、今度行われた実験がどこに目的を置いておったかということをここの席において明確にすることによって、今後いろいろな問題を解決して参らなければならぬ、これが本日私どもが論究いたします問題の焦点ではなかろうか、本質ではなかろうかというふうに考えて参るわけでございます。いろいろと厚生省あるいは文部省その他から御報告があったことでございますが、先ほど申し上げたように、本質は、その実験の目的がどこにあったかということでございますから、そこで私が第一にお尋ね申し上げておきたいと思いますことは、今度行われた実験は、果してどこに目的を置いておったのかという点でなければならぬと思います。厚生省はいろいろ専門的立場からも御調査いただいておると思いますし、なおまた文部省もいろいろと厚生省等の意見を伺ってここに最終的な結論も出しておられると思いますので、果してこの実験の目的がどこに置かれておったものか、この点に対する御答弁を明確にしていただきたい、かように考えるわけでございます。
○山口説明員 おわびを申し上げなければなりませんが、遅刻して参りまして、御質問の途中からこの席につきましたので、あるいは私の答弁中、先生の御質問と食い違った点がもし出て参りましたら、まことにおそれ入りますが、重ねてお尋ねをいただきたいと存じます。御指摘になっております新潟精神病院における精神病患者に対してツツガムシ病原体による発熱療法を行なったという事柄について、どういう考えでおやりになったかというような点、私どもの方から調査団を出していろいろ調査いたしましたし、また私ども厚生省にも関係者の方に来ていただいて、いろいろ直接話を伺ったのでございますが、結論的に申し上げますと、桂内科の方では、もっぱらツツガムシ病の病態観察を期待されたというふうに私どもは聞いておるのでございます。しかしながら同時に病院側としては、主としてツツガムシ病原体の接種によって治療効果を期待したというふうに説明しておられるのでございますが、従来の発熱療法とのいろいろな関係から考えまして、そういうふうな治療の効果を期待したと言われる病院側の説明についても一応納得はできるように思われるのでございます。しかしながらその患者の選択とか、病原体を接種した際の前後における患者の観察の状況、あるいは病歴に対する記録の方法等につきましていろいろ遺憾の点があったということは認めなければならない。そういうふうに考えております。
○緒方説明員 文部省といたしましてもただいま公衆衛生局長のお話のような観点からこれを考えております。ただ、先ほど申し上げましたように、これは大学病院と桂内科とそれから精神病院と両方で行われたのでありまして、両方の目的、おのおのそれはあったかもしれません。これを一つの問題として見ました場合に、やはり両方の目的があった、こう申してもよいのではないかと思います。その間によく打ち合せが行われて、その治療の観察をどういうふうに行うか、あるいはもう少し具体的な打ち合せが行わるべきであったのではないかということを私どもは申しておるわけでございます。その点は厚生省と同じように考えております。
○河野(正)委員 ただいま山口局長、緒方局長の御答弁を承わって参りますと、一面においては治療効果を期待して行なったということでございます。治療効果をねらって行なったといたしますならば、あと起って参ります問題というものは微々たる問題でございます。あるいは患者の選択が悪かったとか、保護者との連絡が悪かったとか、これは枝葉末端の問題だと思います。しかしながら私どもが今までいろいろと人権擁護協会あるいはその他の御報告を承わりますと、どうも治療効果を期待して行なったという実験ではなさそうだという疑問を持ったところに、私は今日問題の起りましたところのきわめて重要な要素があったというふうに考えるわけでございます。そこでお尋ね申し上げておきたいと思いますことは、治療効果を期待して行なったということでございますならば、その根拠を一つ示していただきたい。もしそれで私どもが納得いたしますならば、自後の私の質問は中止いたします。
○山口説明員 最初に私が申し上げましたように、これは病院側の考えと大学側の考えと申しますか目的と申しますか、そこに今緒方局長もおっしゃいましたように二通りのお考えがあったのではないかというふうに私ども受け取るわけでございます。それでツツガムシ病原体の接種によって発熱させるということが全然治療効果がないということは私は言えないと思うのでございます。それで治療効果を期待したといわれることについては一応納得しなければならないのではないかというふうに私ども考えるわけでございます。ただこれは、発熱療法と申しましてもいろいろな式があると思いますが、通常一般に用いられますマラリア療法とツツガムシの病原体の接種による発熱療法とは発熱の状況も違いますし、また持続期間その他のいろいろな状況も違うと思いますが、その発熱させることによって病状の寛解を期待するということを頭から否定してしまうということは無理ではないか。病院側としてはそういう期待を持たれたのでありますが、大学側の方では病態を観察するということがおもな目的であったというふうに考えられるわけでございます。これは非常にデリケートな問題でございまして、私どもこれに基いて治療効果を期待することは全然できなかったというふうに否定することはできないものでございます。一応病院側でこのツツガムシの病原体によって病状の寛解を期待したといわれることについては、先ほど申し上げましたように、患者の選択とかあるいはそのほかいろいろな注意の面で欠けるところはあったと思いますけれども、それを全然否定することはできないという意味で申し上げておるのでございます。
○河野(正)委員 ただいま御答弁がございましたように、大学側あるいは病院側にそれぞれ言い分があってということでございますけれども、それぞれ言い分があるということがやはり今日いろいろ誤解を招く大きな原因になっておるわけでございますから、そこで私どもはそういった実情を十分聴取して、そして今後研究の発展を阻害することがないようにということで本日いろいろ論及を重ねておるわけでございます。ところがただいま局長からお話がございましたように、私どもも、ツツガムシ病を発病せしめまして、もろもろの精神疾患者に対しまして一つの影響を与えていこうということが、学問的あるいは理論的に成り立つということを全面的に否定するものではございません。しかしさればといって、学問的、理論的に否定することができないからといって、現実において果してそのツツガムシの熱をもって精神障害者に対して影響を与えようという方法を用いたかどうかということが私は問題であるというふうに考えるわけでございます。ところがまことに残念でございますけれども、先ほどからいろいろ実地調査の御報告を承わりますと、熱療法には一つの学説、定説というものがございます。この定説を全く無視したような方法で、しかも専門家の監督下において行なっておるというところに、私は一つの非常に大きな問題があると思います。これがたとえば専門家でないお医者さんの監督下においてやっておるということでありますれば問題はございませんけれども、いやしくも精神病院という都道府県知事が認可し、あるいは厚生省が精神衛生法に基いて許可されておるところの専門的な病院が、学問の定説を全く無視するような治療をやっておることが正しいかどうか、この点は私は非常に問題だと思うのです。そういった点から、山口局長がおっしゃいますように、理論的に私どもは全面的に否定するものではございません。熱を出させることが精神疾患者に対しましてある程度の効果をもたらすであろうということは、今日までいろいろマラリアその他の熱療法の実験によりましてもあることでございますから、そういった点を私どもは全面的に否定するものではございませんけれども、しかしながら先ほどの御報告からいたしますと、学問的な定説、常識的な定説、そういう常識的な定説すら無視してやっておるということが果して妥当であるかどうか、こういった点を考えて参りますと、治療効果を期待しておったというようなことは理論的には認められるといたしましても、現実の問題といたしましては、決して認めて参ることができない、認めて参るような根拠がないということを、私ども残念でございますけれども御指摘申し上げなければならぬ。そこでそういった点を十分一つ御承知の上で、やはり期待しておったというふうに今日なお厚生省がお考えになっておるかどうか。もし厚生省がその治療効果を考えておったのだというふうにお考えになっておるとするならば、私どもは、これは厚生省におきましても非常に問題点を残しておるというふうに考えますので、その辺の事情を承知した上、なお治療効果をねらっておったというふうにお考えになっておるかどうか、その辺を一つ明確にしておいてもらいたいと思います。
○山口説明員 御指摘の点まことにごもっともだと存じますが、非常にむずかしい判断に立たなければならないと思うのでございます。御説の通り、熱の出させ方というようなこと、あるいはとにかく治療効果をねらったというならば、その発熱療法を行なったあとの観察というようなことも十分しなければならないと思うのでございます。そういう点において欠けるところが非常に多うございますので、私どもは治療効果をねらったということを無条件に受け入れるということはなかなかむずかしいように思うのでございます。しかしながらこれは見解の相違というように、また問題が起ってくると思うのでございますが、これらの従来からマラリア療法をやっていいような患者に対して、こういう程度の発熱療法をやらして、それを期待したといわれますと、いやそれは全然そんなことは考えられませんといって頭から否定してしまうということもできないというような立場に立たされております。私ども厚生省といたしましても、ただいま河野先生が御指摘になりましたように、いろいろの疑問点がたくさん調査をいたしております途中にも出て参りましたので、そういう点は十分頭に入れながら検討していたわけであります。治療効果をねらったということを全面的に受け入れるということはなかなかむずかしいように思われるのでありますが、しかしかといって治療効果を全然ねらったのではないというふうに否定してしまうこともむずかしいというようなことで、非常にあいまいな立場でございますけれども、そういうふうに考えざるを得ないのであります。ということでございます。
○河野(正)委員 局長がそういうように御答弁になりますと、私ども科学者の立場からもう少し追及して参らなければならぬというふうに考えるわけですけれども、局長も見解の相違というような言葉を使われましたが、そういった場合に、一つのものをはかる基準となりますのは学問的定説だと思います。論争の焦点になります場合には、今日行われております学問的定説というものを基準にしてものごとを判断することが一番正しい方法だというふうに私は考えるわけであります。ところがこれは厚生省が知っておられておっしゃるのかどうか知りませんけれども、先ほどからいろいろ御報告を承わって参りますと、熱を出しますと、これはツツガムシがもう発生しておりますから、直ちに抗生物質を与える。御承知のように学問的定説は精神病に熱療法がきく場合には、高熱を相当度発生せしめるということがなければ、これは一つの刺激療法にならぬわけです。ところが熱が出たならばすぐ抗生物質を投与して下熱せしめておるというような点、あるいは十一名の患者に対しましては、接種いたしまして一時間以内に直ちに皮膚の切除をやっておる。もし熱療法をやろうとするならば、接種いたしまして、少くとも熱が出るまで待って、その治療効果を期待しなければ、その熱療法を期待するわけには参らぬ。少くともこの百四十九名でございますか、その中の十一名に対しましては、接種を局部にやって、直ちに皮膚の切除をしておるわけですから、そういった患者に熱が出るはずがないのです。それに厚生省が依然として熱の治療効果を期待しているんだというふうに御判断なさることは、私ども医者自身といたしましても、とうてい納得するわけにはいかないわけですから、厚生省としてもいろいろお苦しい立場はございましょうけれども、私どもは何も責任を追及するということが目的でないわけです。そういった誤解を国民の前から解くことによって、今後学問の発展なり、あるいはまた国民の医療に対する不安を除いていこうというのが私どものねらいですから、悪いことは悪いと率直に認めていただいて、先ほど櫻井委員から御指摘のありましたように、そういった事態というものが再び起らないように、それが私ども委員会の目的とするところでなければならぬと思うのであります。しかるに依然として、そういうふうに熱療法の効果を期待しているんだというふうにおっしゃるならば、私どもはとことんまで追及していって事の黒白を争わなければならぬということになるのでありますが、しかしながら、そういったことは私どものねらいではありませんので、悪い点は悪いとおっしゃっていただきたい。今後そういったことが起らないようにということが目的で私どもは論及しているわけですから、当局もそういった立場に立って率直に御答弁していただきたい、かように考えるわけです。
○山口説明員 私の申し上げ方が、私の意のあるところを十分尽さなかったかもしれませんが、私ども調査して参ります途中で、ただいま河野先生御指摘のように、発熱に至らない、接種して直後にいろいろな措置を講じた、これでは発熱の目的を全然達しない。従ってそれで治療効果を期待することはできないということはおっしゃる通りでございます。そういうものについてはこれは熱効果を期待しながらやったんだけれども、途中でかいようを予防するためとか、あるいは発熱状況によって全身症状とにらみ合せてやったとか、いろいろ説明はございました。けれどもそれは私どもは必ずしも納得できないと思うのでございます。しかしながら私が二回において、発熱による治療効果を期待するということも頭から否定できないと申しましたのは、ある程度の持続期間、発熱した者もございますから、そういう点については、それを全然否定することはできないというふうに申し上げたわけでございます。ただいまの御指摘のように、発熱に至らない、あるいは発熱直後にすぐいろいろな措置を講じたということについては、それは発熱効果を期待したというふうに言い張ることはできないと私どもは考えております。
○高村委員 関連して伺いたいと思います。実は私いろいろ伺ってみまして感じますことは、島野さん、あるいは人権擁護局長さんのお話を承わっても、しろうと考えにして考えますと、どうもこれは治療効果をねらったという弁明は立たぬような気がするのです。そこで平光さん、専門家でいらっしゃいますので、専門家としてこの事件は、やはり治療効果をねらったものと判断されますかどうか、御意見を伺っておきたいと思います。
○平光参考人 私は実はこの事件については、ここで皆様方の御意見を伺って自分の知識に受け入れたという程度のものでありまするが、そういう点から判断しますと、実験ということが主でなかったかと判断せざるを得ないように思います。
○高村委員 われわれもどうもそう思うのです。そこで私どもかりに実験であっても、実はそれを受けた者が学問の進歩のために進んで実験台に上るということであればけっこうだと思う。ところが相手がやはり精神病患者であるというところに問題があるわけです。そこでこういう幼児とか精神病患者とかいったような場合のこういった実験ということは非常な問題があると思うのです。どう考えても実験が主であったとしか考えられないですね。それは百四十九名の病原菌を注射した人たちの病状というようなものも、おそらく御検討になっておられることと考えるのであります。そういうことを考えると、治療効果をねらったものであれば、今お話のような非難が起るわけがない。むしろ実験でやったけれども、たまたま発熱が非常に高くなるものもあったということが起きたのであって、それが治療効果をねらったものであれば、すぐその皮膚を切り取るというようなことが起るはずがないわけです。それを考えますと、どうも厚生省の局長等の答弁していることは、われわれには理解できない。だからそういうことはそれとしてはっきりして、これは人権擁護局長も人権侵害のおそれありということをはっきり言っておられるのですから、これを事件としてどう扱うかということは別として、これはやはり政府当局としても、そういうことの将来行われないような有効な手を打っておかなければならぬと思います。特に文部当局にお願いしたいのは、大学付置の病院――これは大学付置の病院ではないようですけれども、大学付置の病院というのは、一面において治療もやりますけれども、やはり一面においてはいろいろな研究ということが一つの目的になると思う。そういうときに私ども一番不安に思うことは、研究とかそういうもののために患者が少しでも犠牲になってはならぬ。そういうことは人権の上からいっても絶対にあってはならぬ。たまたまこういう問題が起きたんですから、これを一つ十分に生かして将来大学付置の病院等において研究のために患者が試験台にされて迷惑をこうむるというようなことは絶対にないように、そういう風潮を病院に作ってもらいたい、それはおのずからそれだけの用意がなければならぬ、ぜひともそういうふうなことをお願いしたいと思います。(「決議々々」と呼ぶ者あり)私はいろいろ聞いてみて、この問題は勝負あったと思います。どう考えても明らかだと思う。従っていたずらにそれを弁護する立場に立たないで、この問題を一ついい方に展開するということに、文部当局も厚生省も立ってもらいたいということを特にお願いいたしておきます。
○高津委員 関連して鈴木局長にお尋ねしますが、三年三カ月の間に五百人というその精神病院に収容されておる人員と死亡者の統計、それからそれにさかのぼるさらに三カ年ぐらいの死亡の統計、そうしてそれを百四十九で割ってみるというようなお調べをなさったかどうか、その点に関するお調べを聞きたいと思います。
○鈴木説明員 遺憾ながら、その点は調べておりません。
○高津委員 そこを調べなければ八人の死亡者を出したという問題の意味がわからぬと思うのです。もしも過去九カ月でも十二九月でも平均何名死亡したということがあるのに、百四十九という人員の何分の一か、八名の高さに上っておるということになれば、これは私は今承わった限りにおいては、全く研究一本だと思う。治療は口実だというように私個人は承わっておりますから、刑事犯が成立すると思う。その統計を調べなかったということは大へんな調査の手落ちだと思います。そこで山口公衆衛生局長にお尋ねしますが、その統計についてお調べになりましたかどうか。
○山口説明員 私どもの方でもその前後の死亡者の比較というような統計的な観察は遺憾ながらいたしておりません。ただ、この病原体接種が行われましたあとで死亡いたしました患者につきましての、死亡の原因とそれから接種との関係に直接の因果関係があるかどうかというような点についてはいろいろ調べてみたのでございますが、私どもの調べました範囲内におきましては、直接の因果関係がないという結論に達したわけであります。
○河野(正)委員 先ほど来高村委員から結論的な意見が申し上げられましたので、私はだんだん質問を集約いたしまして、結論の方に進んで参りたいと思うわけでありますが、そういった意味でまずお尋ね申し上げておきたいと思いますことは、先ほどの御報告の中で、今度行われました実験に対して、業員がその仕事をやることを拒否したというふうな御報告が人権擁護委員の方からあったと思いますが、従業員がそういった作業を拒否したその理由がどこにあったのか、この点は後ほどいろいろ本質的な原因を追究して参りたいと思いますので、あらかじめその点を御説明おき願いたい、かように考えます。
○山口説明員 ただいま御指摘の、看護人が治療の補助を拒否した事実があるかどうか、またあるとすればその理由はどうかというような点につきまして、私の方から調査に参りました者が現地でいろいろ調べたのでございますが、私どもの調査の結果によりますと、これはあとの話でございますので、その当時の状況がはっきりしない点が多いのでございますが、拒否した事実があるという者と、いやそんなことはなかったという者とございまして、どちらがほんとうであったかということを証明するはっきりした材料が私どもの方で得られませんでしたので、私どもの方の調査の結論といたしましては、どちらが事実であったかということの断定ができないというような、非常に遺憾な調査結果になっておるわけでございます。
○田中参考人 ちょっと申し上げさせていただきます。先生がお見えになりますと一応治療室に参ります。治療室の方で病室の看護人さんか看護婦さんの方に連絡をいたします。そしてその治療を拒否したという面は、私は全然聞いておりませんでした。ちょうどたまたま食事の時間になりますと――私どもちょっと食事が早いのでございます。十一時半ごろに患者の食事が出ますものですから、たまたま先生がそういう時間にぶつかりますと、もう少し待ってほしいとか、食事の時間にかからないようにお願いしたいということは聞いておりましたけれども、治療の拒否ということは全然聞いておりません。
○河野(正)委員 私がただいま承わりました点は、これは憲法にも規定されております個人の人権尊重の建前からながめてみまして、精神病患者というものは意思能力というものが非常に薄弱な人たちでございます。そこで、憲法にも規定されておりますように、国民それぞれが人権擁護のためには努力しなければならぬという規定があるわけでございますが、そういった建前で拒否していただいておるということになりましたならばまことにけっこうなことだという意味で申し上げたわけでございますけれども、その点は明確でございませんので残念でございました。
 そこで私重ねてさらにお尋ね申し上げておきたいと思いますことは、それは、先ほどの御報告にもございましたように、もちろん精神病院の皆さんはそうでございまするし、なおまた新潟大学の桂教授もそうでございまするし、そのほかこの作業を幇助いたしました関係者というものが二十数名おった、その二十数名に対しても何らかの処置をしなければならぬということが、厚生省の精神衛生課長の方から先ほど御報告があったと思うわけでございますが、そういったたくさんの協力者が出てきたということは、ただいま私が御指摘申し上げましたところの、憲法の人権の尊重を国民がそれぞれ努力しなければならぬという建前からながめて参りましても、きわめて遺憾な点であるというふうに考えるわけでございます。そこでこの点は、平光先生が長らく象牙の塔にこもられましてつぶさに学内の実態というものをながめてこられたわけでございまするから、私は、今日の、ことに医学部の実情がさようだと思うわけでございますが、今日の学内の一つの民主化あるいは非民主化と申しまするか、世間では学内におきまする教授の独裁、天皇制というような言葉がよく使われるわけでございますが、そういった学内の民主化、非民主化という問題が、今日のような研究の行き過ぎを助長したことに非常に大きな役割を演じたのではなかろうかということも、私はひそかに考えてみるわけでございます。そこで、先ほど高村委員からも指摘がありましたように、この勝負は明白でございまするから、われわれはあえて追及する必要はないのでございまするけれども、しかしながら、明白であるからといってこれをこのまま放置するということになりまするならば、さきの愛知大学の問題もございまするし、今度のこういった不祥事件を再び繰り返すという不幸を見なければならぬのでございまするから、そういった建前から、もしわれわれが除去できるといたしまするならば、そういった本質的な原因というものを徹底的に追究して、今後学問の正しい研究発展のために私ども努力しなければならぬということを強く感じて参るわけでございます。そこで、今度の不祥事件に対しまして非常にたくさんの協力者がおったということは、ひいては医学部におきまするところの非民主的な風潮というものがさらに教授の独裁を許し、教授の独善を許す、そういったことが今日のようなきわめて大きな不祥事件の根本的な原因になっておるのではなかろうかということも、私どもしみじみと考えて参りまするので、この点に対しまして、先生は今日学内から退いておられますから、学外からながめられました学内の実情を御説明願います。そうして私どもはそういった本質的な原因の追究に当って参りたいというふうに考えまするので、なおまた、その後におきましては、当局側は今日の学内の実情というものをどういうふうに判断しておられまするか、その点については緒方局長から一つ率直な御意見をお漏らし願いたい、かように考えるわけでございます。
○平光参考人 河野委員の方から特に私の名前も出ましたから一言お答えいたします。
 実は、大学の中におること前後三十年間、いろいろ経験もして参りました。大学の中の説明をしろということでありますが、大学の中の仕事は、たとえば文部省の中の事務とか厚生省の中の事務とかとは相当違っておるように思われるわけなんです。なぜかというと、私はさきに言ったように、大学の中に三十年おった。それは多くは基礎医学の研究に従事しておったわけでありますが、その後十何年間病院で臨床の経験を積みつつあるわけであります。そうしてみると、大学の中では、最もとうとい生命ということを中心にして実際にみなやっておるわけなんです。その中でも臨床の方では格別に生きた生命を中心にしまして、いかにしてこれを生かすべきかということに全部の気持が集中しておるのですから、おのずからそこに精神の一致するものが出てきます。それから一人の患者を前に置きますと、この患者はどうしても救わなければならぬという気持になって、その患者に関係した人たち、それらのメンバーは、気持がすべて同じことに一致するのです。ことに手術の場合になりますと、手術のときには主なる執刀人と、それからその助手を勤める人とか、それから機械を取り扱う人とか、消毒を取り扱う人とか、脈をとるとか、輸血を準備するとか、すべて役割はあるけれども、これは専制とか封建とかということでなくして、そういう制度を超越して、おのずから一致してしまうのであって、中心となって手術をする人が特に命令するということをしなくても、すべてがそういう調子になっていってしまうという自然の勢いにあります。それから研究の場合でも同じことで、一つの問題をとらまえて研究しようとするような場合に、おのおのの者が意見をまちまちにしておっては仕事ができるはずはありませんから、そこで大体意見はやはり一つにおのずからまとまるような傾向にありまして、たまたま教授自身の研究題目を主として、それに従事する助手、副手、その他の人を使役するというような場合にも、普通の封建時代の殿様と家老などというような工合の関係ではなくて、研究というものはおのおの自主的に固まっているから、おのずからそこに外部から見ればいかにも封建的だと思われるようなことにならぬとも限りませんけれども、そういう態勢が学内には種々うん醸せられておるということをまず御理解願わなければならぬと思います。そういう中にもたまたま各教授――大学では各教授が各殿様みたいな状態にあって、たとえば二十人大学の教授がおるとすると、二十人がみんな違った専門をやっておりまするから、甲の教授が乙の教授に口を出すことは全然しない、それから乙の教授と丙の教授とは全然関係がないから何をやっているかわからない、つまり大学というものは、二十人ならば二十人おのおの専門を異にした人を集めて作っておるわけですから、おのずからそうなるのですけれども、とにかく二十人の教授があったとすれば、二十人がみんな殿様みたいな状態にあるわけです。それで外部から見れば、いかにも教授の封建的なところがある、こういう工合に見えないとも限りませんけれども、そこにもし注意をしなければならぬというならば、甲乙丙、今の二十人の教授なら二十人の教授が、あまりに強いセクショナリズムを発揮しないで、おのおのがやはり医学という部門においては、目的は人間の生命をいかに幸福に導くかということにあるわけですから、そこにおのおの協力しなければならぬということにおいては各教授はみな一致しなければならぬはずであります。しかしさっきも申しますようにおのおのやっておる仕事が違っておるから、そこにいわゆるセクショナリズムということが起りやすいということであります。しかしそれは今日のように国民全体が民主化せられた時代におきましては、戦後のことは詳しく知りませんけれども、大体大学の思想も社会の思想につれて、社会の民主化の程度には少くとも大学内も民主化しておると思いますから、セクショナリズムという点も、社会でいう民主化の程度にはいっておるものと私は信じます。
 ここでツツガムシ病の実験に協力せられた方々が、果して協力したということが封建的の意味での協力であるかどうかということについては、私その局にないからちょっと判断しにくいけれども、研究にしろあるいは患者の治療という立場においてにしろ、やはり従来の大学内における全般の空気というものがそこにも現われておったから、各人を同じような意味に働かせたものではないかしらんと思います。それでそういう点についていろいろ御配慮あるのはまことに、むしろ幸福であり、そうありたいものだと思いまするが、その辺はよくその局にあられる方々が各教授のセクショナリズムというようなことは十分排するようにしていただきたい。それは特にお願いせんならぬです。幸いにして最近は建物などからいっても、だんだん一つの建物にみんな固まってきて、おのおのが近づく機会が多くて、互いに話し合いを遂げるという機会が多いから、セクショナリズムというような悪い言葉を使わないでも円満にいくような状態に今日の情勢はなりつつあります。そういう点で一番目につくのは、自分も長くおったから経験しておるわけですけれども、九州大学というのは大学の土地が非常に広いです。医学部だけでも十万坪あるという状況で、土地が広いから耳鼻科でも皮膚科でもみんな独立して、学生なんか講義を聞いて次の講義を聞くためにはえっさもっさとかけめぐらなければならぬというような状況です。そういう関係もあるから、以前はどうしてもセクショナリズムというような傾向になりがちで、人のことは人のことというようなことになりがちであったのです。近ごろはだんだんそれを集めようという傾向にあるわけで、建物などもだんだん一つにするという傾向にあります。そういう思想にだんだん傾いている、それだけすでに全体としてだんだん民主化しつつあるのではないか、こう思っておるわけであります。そういう点などやはり他から、たとえばこういう機会を利用して、一そうそういうセクショナリズムというものを排するような工合に指導していただくことが望ましいことだと思います。
○竹尾委員 ちょっと関連して。私は与党の委員なんで、文部省の中も少しは知っておりますので、あまりお尋ねしたくはないのです。――特にこのように持病も持っておって、発言するのも非常に苦しいのですが、今季光参考人のおっしゃられる言葉の中で――平光前教授は有名な教授であったし、それからただいま御質問の河野委員もお医者で、研究室にも長くおられたので、今河野先生がお尋ねの件について平光前教授がお答えになりましたお言葉の中で、おそらく河野委員もあるいは内心は失笑されておるような点もあったのじゃないか、こう私は推察申し上げます。
 そこで、今医学部大学には前のような封建制が非常に払拭されておる、こういうお言葉でございましたが、これは私は事実に非常に反していることであって、この医学部の天皇制ですか、封建性ですか、そういうような色が非常に濃くなりつつある、こういうように考えて、私はその点非常に心配しております。九州大学はかつての総合帝大でございますから、まだよろしいのですけれども、いわゆる官立大学、新潟、千葉、金沢、長崎等々の医学部だけ大学院を持つようないわゆる大学院大学におきましては、この医学部の権限というものは、これは平光先生御自身よく御存じだと思います。非常に強くなりつつある。しかも昭和三十六年から旧学位の制度が変る。新しい大学院ができ上っておる。この大学院の制度には私は文教委員として非常に反対なのです。これはここにおる大学課長あたり大いに御熱心ですが、私はこの将来を非常に憂えております。昭和三十六年ですか学位取得の制度が変る。そうなるとこれはどうも主任の教授が、今申し上げました通り横の連絡がない。縦の連絡だけで横の連絡は一つもない。縦の一人の人がおりまして、そこから号令を発するかどうか私よく存じませんが、とにかくそういう色が非常に濃い。これは平光先生よく御存じのはずであって、民主化というような線にはおよそ縁遠いような線が打ち出されつつあるということを私自身は非常に心配しておるのです。これはこういう関係、特に医学部の関係においては何とかしなくちゃならぬ。現在旧学位でとるという人は、これは御承知のように教授に対してはもう全然服従ですよ。服従しなければ学位はとれないのだから。そして医局を追い出されてしまう。今医局に残っているということが御承知のようにある意味での特権であって、医局にいてその教授の指導を受けて論文のテーマを与えてくれればそれで博士になれる。ところが三十六年までですから、もう一生懸命になってやらぬと年が切れてしまう。これはその意味では、講師の人は博士になっているでしょうが、助手の連中の、文部教官十級程度の人は非常に心配しておる、実際は。だから私はこういう問題は、ツツガムシの方はよく存じませんけれども、多数の協力者があったということが事実だとすれば、それはそういう主従関係、教授、助手の関係においてやむを得ずそういうことをやったかもしれぬ。これはやはり制度が悪いのだ。これにかわる制度を大学院でやろうということになると、やはりそういう旧官立大学の医学部あたりではそう簡単にいかない。大学院だって何年かやれば学位がとれますけれども、これだってやってみなければならぬので、それで果してそうした新学位令による博士がいいか悪いか、これも考えなくちゃならぬ。これは文部当局としてもどうしても考えなくちゃならぬことである。これは私、ほんとうのところ非常に心配しておるのです。これはただ大みえを切るわけではなくして、この気息えんえんたる私がこうして立つ以上は、もう非常に心配しておるのでありまして、この点、医学部の民主化が進んでおるということには私は反対だ。反対じゃない、そういうことはないと思っている。これは平光前教授、もう一度ほんとうのところをおっしゃって下さった方がよろしいと思います。御答弁なさらなければ、私はあなたの言葉を信じませんから、それはそれでもよろしい。私は、与党の委員であるし、文部省の中も多少知っておりますから、こういうことはあまり言いたくないのだけれども、何かの機会がないとこういうことはしゃべれませんから、とにかくこれは緒方局長、大学課長、長く大学課長ばかりやっているのだから、一番よく知っていると思う、こういう点を一つ十分御考慮願いたい。これは日本医学のためです。これは大へんな問題ですよ。こういう点について、平光参考人お答えなさらんければなさらぬでけっこうですから、局長一つ答弁して下さい。こういうところであなたをいじめるのは非常に悪いけれども一つお願い申します。
○緒方説明員 先ほど河野先生から御質問があり、またただいま竹尾先生からいろいろ御注意を交えての御質問がございました。大学の医学部の内情につきましては、実のところ私実情はつまびらかでございません。しかし、抽象的に申しますと、先ほど平光先生のお話の中にもありましたように、診療講座あるいは臨床講座あるいは教室というものは、その教授、助教授、助手あるいは講師、そういう方が研究生と一団となって研究なり診療をなされておりますから、その間におきまして、あるいは研究なり診療なりにつきまして一団となって協同してやっていく、この精神で固まるということは、その間また子弟関係もございましょうし、いろいろとそこに関係が出てくることもこれは当然だと思います。いい面も多分にあると思います。それがなければ研究も診療も進んでいかないのじゃないかと思うわけでございます。しかし、ただいま御指摘になりましたように、あるいは学位をとる場合とかそのほかの場合におきましても、教授の下につきまする指導を受ける立場の人たちが、自分の本意でないようなことにならざるを得ないという事実がもしあるとしますならば、これはまことに遺憾だと思います。これは大学の内部のことでありますから、なかなかむずかしい問題でございまして、文部省といたしまして、ただいますぐ対策はどうかとおっしゃいましてもなかなかむずかしい問題だと存じますけれども、私自身なお十分研究しなければなりませんし、事実もよく存じませんので、ただいま御注意のありましたような点は十分拝聴いたしまして、今後大学の人たちにつきましてよく実情につきましても注意して参りたい、かように考える次第でございます。はなはだ御答弁にならぬかもしれませんけれども……。
○竹尾委員 大学局長としてはこの程度以上の御答弁はできないでしょうから、それでけっこうですが、ただほんとうのところ大学院を現在置いているのだから、それと今の学位のいろいろな関係、これを三十六年からやめてしまうのだということになりますと、これも大へんだし、いろいろあるので、そういうことも、ほんのちょいと伺えば大体わかるのだから、春山課長からちょっぴりどうですか。大学局長は知らないとおっしゃるから、知らない人にたずねてもしようがないので、その点は課長が一番よく知っている。ここであなたお答えするのいやだったら私はこれ以上追及しませんが、ただ、そこが一番の問題点でしょう、あなた自身が一番よく知っているんだから、何とかこれは誤まりないように、一つそういう方面の大学の制度、部の制度あたりを検討していただきたい。これはここで派生的な質問をしたってしようがないから、いずれ来たるべき国会において、私は与党だからあまり言いたくないが、場合によったら言うかもしれませんから、一つ……。
○春山説明員 竹尾先生の御質問は、学位制度に関連して、大学の医学部がいろいろ問題を内蔵しているのじゃないか、こういうふうなお尋ねだと思います。特に問題は、旧制大学の学位審査権が新制大学に切りかえられたために、何か経過的に非常に混雑が起きているのじゃないか、こういうふうなことからのお話だと思うのです。
 旧制大学の医学部は、御承知のように国立大学では大学院の終了時期が三十五年三月、公私立大学は三十六年の三月で終ることになっております。その後はすべて新制の大学の大学院に切りかわっていくわけです。ただ、旧制というのは非常に重味があって新制は軽く取り扱われるのじゃないかとか、あるいは旧制では簡単に学位がとれて、新制になるとむずかしいんじゃないかというような憶測が盛んに行われて、なるべく早い時期に旧制の制度において学位をとりたいという空気が非常に起っていることだけは事実のようでございます。従ってたとえば旧制大学の大学院にできるだけ籍を置いて、今申し上げた年限内に学位をとりたいという方が現に相当ふえていることは事実でございます。しかしこれは少し誤認している点がありまして、学位の審査権というのは、旧制度が終りましても、新制大学院として引き継がれまして、やはり論文による審査も行なっているわけです。新制大学は、大学院つまりスクーリングによる課程が主にはなっておりますけれども、やはり論文による審査も同時に行なっておりますので、旧制で旧制の学位を獲得できない場合でも、新制としての申請はできるわけなんです。この辺の事情がよくわかりますれば、混雑はある程度緩和されるのじゃないかと思うのです。ただ旧制の方が学位が重味があるとか、あるいは新制は軽く考えられるのじゃないかとかいう考え方がありまして、旧制の方で旧制の期限内にぜひとりたいという方があるので、今竹尾先生の御心配のような事情が起っていることは事実の点があると思うのです。そういう事情でございますから、旧制から新制に切りかえるときの事情をいま少しはっきり大学の側で研究者に知らしていただきますれば、これは非常によくなるのじゃないかと思うのです。
 それからもう一つ、学位制度に関連して問題があるのは、厚生省で今考えておられる専門医制度というようなのが非常に関係があるように思うのです。これらも問題が関連しておりますので、文部省としては医学部長会議や何かとこういう点もだんだん研究して、混雑の起らぬような処置はしていくようにしつつあります。それだけ申し上げておきます。
○竹尾委員 この辺で私切り上げようと思ったけれども、もうこれでやめるから……。場合によったらもうちょっとやるかもしれない。
 今あなたは、学位を得る上において混雑が起っておるのを心配しておるのじゃないかとおっしゃった。これも心配しております。これが混雑と言えるかどうかは、見る人の考え方ですが、今あなたがおっしゃられた通り、三十六年以後にも論文制度はある、それは私承知しておる。しかし論文の提出の条件が違ってきますよ。だから、今やっている人が果してその条件に適合するかどうか、これはわかりやしない。大部分は適合しやしない。そういう点を私は心配しているし、大学課長の答弁に少し私は不満なんです。
 それから今のツツガムシ病でもその通りですよ。桂教授という有名な教授はりっぱな人でしょう、りっぱな人だと聞いております。場合によっては紫綬褒章の受賞者にもなろうかという人かもしれません。そういう人のある意味における犠牲的な努力に対しては敬意を表さなければならない、それはその通りだ。しかしその桂教授の一挙手一投足によって、助手その他の人たちが一体となって動いた、こういうことも考えられる。文部教官は助手だと九級から十級程度です。十級の二号で二万何千円だ。これでがまんしてやっているのです。それはなぜかといえば、やはりりっぱな指導教授について将来学位をとりたい、それに相違ないのだ。だからそれは桂教授ににらまれればもうだめだから、内心は不満でもそれに協力せざるを得ないというふうに解釈してもよろしいのです。だから実験が不祥という名を冠し得られるとすれば、そういう事件の原因の一つはとにかくそういう制度にもあるのです。ですからこれはどうしても直さなければならぬ。
 それから大学院の制度でも、大学院は景気は非常にいい。大学設置基準なんてああいう非常にべらぼうな高い基準を設けた。これは実際はかわいそうなんだ。国立でもそうですが、私学なんか行ってみなさい。幾人も学生がいないのに、このために膨大な建物をこしらえなければならぬ、図書室を設けなければならぬ、教授をそろえなければならぬ。これは大へんなことですよ。幾人かの博士をこしらえるためにそれだけのことをする必要があるか、日本の学問はそれでほんとうの意味で向上ができるかどうか、修士だけもらって博士になれない人も出てくるのだから、そういうことを考えると、この大学院の制度というものはもう一度再検討を要する、私はそう考えている。そこでこれは次の文教委員会において機会があればお尋ねしたいのだが、あまりお尋ねしたくないので、あなたの方で直すという気持があればそれでけっこうなんですが、どうですか。これは今のツツガムシ事件に関連して、あなたは大学院制度について一番強い主張者なんだが、私はこれを直していかなければならぬと思う。これは厚生省の山口局長にたてをつくことにもなるけれども、今の医者の国家試験についても大いに検討を要するところがある。だからそれを一緒にして国のために考えなければならない、こう私は考えている。あなたにもあなたの主張があるでしょうから、そこは大学局長と協力されて一ついい制度を考えていただきたい。大学院の制度を改良する気持はありませんか。
○春山説明員 ただいま旧制の学位と新制の学位の資格が違うじゃないかというお話ですが、論文を提出する資格は同じなんですけれども、ただ審査の方法が若干違うととは事実です。この点はやはり当該大学ですから、いろいろ本人の実力や何かわかっているから、あまり大した違いはないのじゃないか、そういう結論が出るのではないかという気がいたします。
 それからもう一つは、ツツガムシ病原菌の接種事件に関係した人が学位論文を桂教授のもとで作るために、あるいは学位を得たいためにということで研究に従ってきたのじゃないかというお話、実はその点では、文部省で調査に参った場合に、このために何か学位論文を作った人があるんじゃないかということを指摘して調べてみました。しかしそのために学位論文を書いた人は一人もないということがわかりましたので、その点を申し上げておきます。(「そこは違うよ」と呼ぶ者あり)それはお話の点はもっと広い意味でお話がありましたけれども、桂教授のツツガムシ病原菌に対してのあの問題で論文を書いた人はなかったことを申し上げたのであります。それから大学院の問題は、これは重大な問題ですから、よくこれから勉強いたします。
○長谷川委員長 竹尾君に申し上げますが、時間がだいぶ過ぎておりますので、なるべく簡潔にお願いいたします。
○竹尾委員 私は、桂教授がここにおいでになったら、ある意味において桂教授のお言葉をお助け申し上げたい程度に質問をしようと思っていたのだが、来られないから、とうとうあなたをいじめるようなお尋ねになりましたけれども、それはツツガムシ病で論文を書いた人は一人もないかもしれぬが、おっしゃられる通り、やはり桂教授の指導下にある若い助手、副手の諸君が一生懸命になって協力しておるという、その原因の一つには、やはりそういう教授、助手間の封建性が非常に強く働いているという工合に見られるということを私は申し上げたのです。それは見られるのですよ、見られないなんということはうそであって、それは見られます。だからそういうことを、私はやはり与党だから大いに文部省を助けなくちゃならぬし、厚生省の方も大いに助けなくちゃならぬのだから、そういう意味合いの質問をしたわけですけれども、私の性格上、ちょっとしゃべり出すとどうも野党色を帯びたお尋ねになりますが、どうぞその点はあしからず御了承願って、一つ改めるべきは改めなければならぬ、人の悪いところはそこだ。いいところは大いに伸ばしていって、悪いところをそのままにしておいてはだめですよ。そういう意味で一つ建設的な質問をしたのですから、どうぞあしからず……。
○河野(正)委員 時間がございませんから、だんだん結論の方に話を進あて参りたいと思いますが、先ほどからるる申し述べますように、私どもは単に今度の問題の責任を追及しようとすることではないわけでございまして、今後こういった事態が再び繰り返されないようにという点で、私どもいろいろ論及して参っておるわけでございますから、どうしてもやはりそういった本質的な原因の追及を無視して本問題の解決はないと信ずるのでございます。そういった意味で、先ほど来私が御指摘申し上げました学内の封建性というものが、やはり今度の事件の本質的な原因だったといたしますならば、やはりこういった問題を解明しておかなければ、今後こういった問題を未然に防止することはとうていできないというような建前から、私どもいろいろ申し上げて参ったつもりでございます。先ほど竹尾大先輩と大学課長との間にいろいろと論議がかわされて参ったのでございますが、もちろん学位制度そのものにつきましても問題でございますけれども、私どもが一番心配いたしますのは、やはり何と申しましても、今日の一つの学内の封建性の上に立った学位制度というのが非常に問題だというふうにいわなければならぬと思います。こういった学内の封建性を追及することをやめて、そうして今日の学位制度をいろいろと論議するということには参らぬ、かように信じますがゆえに、どうしてもやはり今日の学内の民主化の問題というものは、本問題解決に当りましては非常に大きく取り上げられなければならぬというふうに考えて参っておるわけでございます。と申し上げますのは、先ほどもちょっと触れたのでございますが、いろいろ人権擁護委員会その他の方々が調査されます過程におきまして、桂教授が依然として医療即実験であるというふうな考え方を今日堅持なさっており、今度の問題がよかったか悪かったかということにつきましては、先ほど与党の高村委員からも、今度の事件は行き過ぎであって、人権を侵したということは明白であるというような結論が下されましたように、少くとも今度起りました事件というものは行き過ぎであり、人権を侵したということは、これはどなたも否定なさるわけには参らぬだろうというふうに考えるわけでございます。ところがそういう行き過ぎであり、あるいは人権侵害であり、私どもの立場から申し上げますならば、時間がありますならばいろいろ追及したいと思いますが、単に人権侵害のみならず、いろいろな法律違反が行われております。具体的に示せといえば示しますが、いろいろな法律違反が行われております。そういった点に何ら反省をすることなくして、依然として医療即実験であるというふうな思想を堅持され、そういう思想のもとに封建性というものが貫かれるといたしますならば、今日私どもが貴重な時間を費しまして、いろいろ論議いたしましても、その効果というものは全く認めてもらえるわけには参らぬ、かように感じますがゆえに、先ほど平光先生は三十年の学内の恩義からいろいろ遠慮なさって御答弁になったと思いますけれども、やはり私どもは今日の学内の封建性というものを非常に心配して参るわけでございます。そういった本質的な問題を追及しなくては、やはり今日の問題を、さっきの愛知大学の問題ではございませんが、こういった問題を防止することはとうてい不可能である。そういう観点に立っていろいろと皆さんに御指摘申し上げたわけでございますから、その点に対しましては、文部省当局、厚生省当局も今後十分お考えになって善処していただきたい、かように考えるわけでございます。
 それから一つ具体的な点に対しまして御答弁をお願い申し上げたいと思いますことは、それは今度の問題が起りました新潟精神病院の患者は、先ほど総婦長の証言によりますと、四百八十名ということでございますから、精神病院の中では私は割合に大きい病院であると考えております。ところが私どもが仄聞するところによりますと、近く厚生省におきましては、精神衛生法に基きます指定病院基準が実施されるということでございますが、この中で示されておりますいろいろな基準の点につきまして、私ども実際の仕事に携わる者の立場からながめてみますと、納得がいかない点が多々ございます。もちろん精神障碍者というものは意思能力が非常に弱いわけでございますから、そういった弱き人々の立場に立っていろいろ私どもはより一そう人権の問題について協力申し上げ、あるいはまたそういった批判能力のない患者でございますから、ことにそういった点には十分注意いたしまして、施設の内容改善、向上に努力しなければならぬことも、私どもこれを認めるにやぶさかではないわけでございます。しかしながら今度厚生省が示されようとしております基準の内容を見ておりますと、さっきも申し上げます通り、納得のいかない点が多々ございます。私どもも施設の内容の改善向上を図ることについては、先ほど申し上げますように、これを認めるにやぶさかではございません。しかしながらどうもあの基準の内容を見て参りますと、大病院中心主義という精神が貫かれているというふうに判断するわけでございます。ところが今度ながめてみますと、四百八十名を収容いたしますこの新潟病院におきましても、まことに残念なことでございますけれども、こういった不祥事件が行われている。大きい病院だからといって私は必ずしも内容が充実し、あるいは精神衛生向上のためにいろいろ努力されているというようには判断するわけには参らぬのでございます。ところがどうも今度厚生省のお示しになろうとしております基準というものは、大病院と申しますか、大企業中心主義というような考え方が貫かれている。たとえば百床以上の病院でなければ指定をやらないというようなことでございますけれども、大病院必ずしも内容が充実した病院でないということは、この事件を起しました一例を見てみましても明らかでございます。そういった点から考えてみますと、何も私は大病院主義ということを貫かないでも、内容の充実、向上をはかれば目的を達成するというふうに考えますし、またこの点は精神衛生法第一条の目的におきましても明らかに示されて参っております。そういった点から考えて参りましても、ただいま私が申し上げましたように、厚生省が今後示されようといたしております精神衛生法に基きます指定病院の指定基準がどうも納得いかぬ点でございますので、その辺の事情を一つ本委員会におきまして明らかにしておいていただきたい、かように考えるのでございます。
○山口説明員 ただいま御指摘の精神衛生法によります指定病院の指定基準というようなものにつきまして、事務的に検討しておりました段階においていろいろなお話が出て、私どもの方にも各方面から御意見を伺っております。御注意もいただいておるわけでございます。ただいま御指摘のように決して大病院がよりよい――よりよいと申しますか、大病院ならば安心であろうというようなことは決して言えないと思います。規模の小さな病院でも、非常に設備も整い、運営もうまくやっていただいておるところも多々あるわけでございまして、私どもの方で一応指定をしてお願いしようという際に、全体の病床の中のある程度の部分をお願いするというのが従来の建前であります。そういう点から考えまして、一応事務的に百床というような線を考えたこともございます。しかしただいま河野さんからも御指摘がありましたし、また他の方々からもいろいろ御注意を受けておりますが、私どもの方では決して百床にこだわっておるというようなことではございません。今後そういう基準を作りますかどうかという際におきましても、いたずらに病床数で制限とかなんとかということでなしに、やはり内容、設備、あるいは中におられる職員の方々の数というようなことに重点を置いて指定をしてお願いするようにしたい。問題は個々の具体的な病院の問題になって参りますが、大きい病院必ずしもよくないということはただいま御指摘の通りでございます。ただこれは病院の種類によって違いますことは、先生御承知の通りと存じますが、病院経営をいたしましていろいろな設備をするというときに、特殊な財源があってどんどん出せる場合は別でございますけれども、そうでない場合に、一定の基準を保つ場合には、経済単位ということも考えられます。そういう点も考慮しなければならないということが一応頭にあったわけでございます。決して百床でどうこうということにこだわっているわけではございません。御指摘の点は十分注意して今後行政の運営をやって参りたいと考えております。
○河野(正)委員 先に具体的な事例に触れましたから相前後したわけでございますが、御承知のように病院開設を許可いたしますのは都道府県知事でございます。なおまた精神衛生法に基きます指定を行いますのも、都道府県知事でございます。ただその前提として厚生省の承認を得るということでございますけれども、実際指定の認可をいたしますのは、都道府県知事でございます。そこで私どもこれは基本的な問題でございますが、もともと精神病院の開設を許可いたしますのも都道府県知事、そこへ精神病患者を収容していいという許可――許可と申しますか、権利というものを病院は持っておるわけでございます。ところがその上に立って指定を行なって、その権利を剥奪する、抑えていく、侵害するというようなことは、むしろ今日の医療法の精神をじゅうりんするのではなかろうか。なるほどいい施設を入れなければならぬという考え方はわかります。そういう病院をやりたいという考え方はわかりますけれども、もともと精神病患者を収容してよろしいという一つの権利を持っております病院に対しまして、今後はさらに指定をしてその権利を剥奪していくという、要するに措置患者を収容してはならないということでございますから、権利を剥奪していくという考え方は、医療法の建前と申しますか、医療法で与えられました権利というものを侵害する問題ではなかろうかというふうに考えるわけでございます。これは相前後したわけでございますが、このことは、今後医療法の建前から、単に精神病院だけでなくて、いろいろな問題が起ってくると思いますので、医療法に定められました基本的な権利というような点につきまして非常に重大でございますから、この席におきましてこういった医療を定めました権利を侵害するような指定を行うということがいいか悪いか、このことは基本的に非常に重大でございますので、その辺のお考え方を明示しておいていただきたい、かように考えます。
○山口説明員 御指摘の通り、決して医療法に定められました権利を侵害するとかなんとかいうことではございませんで、御承知のように指定病院にお願いいたしますと、措置入院患者を優先的に入れていただかなければならぬという一種の義務を負っておるわけでございますので、全体の病床数ともにらみ合せて、全部をお願いするということは、病院経営の方にすれば迷惑なことになる場合もございますので、そういう点も考慮して、一定の基準を作ろうというふうに考えたわけでございます。また措置入院患者のような、精神病院の場合にも患者の種類によって特別な保護施設を作らなければならぬ場合もございます。そういうことで措置入院患者のような法の趣旨にのっとって強制的に入院させなければならぬというような場合には、それだけの設備もやはりしておかなければならぬと思います。そういう点を勘案して指定病院にお願いしておるわけでございますが、どこの病院はいけないというようなことになりますれば、これは精神病院として開設許可をすること自体に問題が起ってくるわけでございますので、そういう点矛盾のないようにやっていきたいと考えております。
○河野(正)委員 ただいまの局長の答弁である程度納得したわけでございますが、さらに十分御考慮願っておきたいと思いますことは、指定する場合には、病院の同意を求めなければならぬわけでございますから、いろいろ局長が御答弁なさいましたような心配は、同意を得ることで大体解消するわけでございます。同意がなければ別にわざわざ強制入院をお願いするということにはならぬわけでございます。精神衛生法によります条例の中でも同意を得て指定するということでございますから、そういったいろいろ御心配の点は解消できるというふうに考えておりますので、どこか医療法に基きました権利を侵害しないように、具体的には基準の通達等を行われないように、もちろん私ども医療内容の向上、施設の充実をはかるために努力することについてはやぶさかでないのでございますけれども、権利というものを侵害しないよう御要望申し上げておきます。
 時間がありませんから結論に入りますが、先ほど来同僚櫻井委員から御指摘がございましたが、今度起りました事件は、もちろん人権擁護局長その他からも御指摘がありましたように、人権を侵したということは万人の否定するわけに参らぬ事実でございます。しかしながら、単に人権を侵したというようなことだけでなく、そのほか医療法を犯した点もございます。医師法を犯した点もございます。あるいはまた健康保険法を犯した点もございます。こういったように医療法、医師法、健康保険法その他もろもろの法律を犯して参りましたのが本事件の概要でございます。そこで私どもそういった点を追及したくはないのでございますが、ややもいたしますと、単にそういった通達で事は局部的には新潟に関しましては終ったかもしれませんけれども、私どもが今日貴重な時間を費しましていろいろ論議をいたしておりますのは、今後全国におきましてこういった人権侵害という事態が起らないように、そういう点を何とか防止したいということで、平光先生その他参考人の方々にも御臨席願っていろいろ御意見を承わっておるわけでございまするから、今度事件を起しました皆さんに対しましてはお気の毒でございますけれども、どうしてもやはり厳然たる処置をやっていただくことによって今後こういった問題を防止しなければならぬのではないだろうか、もちろん処罰々々でいくことが本旨ではございませんから、何も私どもは重い処罰をせよというわけではございませんけれども、しかし処置に関しましては峻厳たる処置を行うべきだというふうに考えるわけでございます。ところが、先ほど局長が御不在でございましたから、課長の御答弁によりますと、目下何らかの処置を準備をしておるということでございますけれども、もうすでにこの問題が国会で取り上げられましてからずいぶん久しい時間がたっております。なおまた事件の内容もその後いろいろ実地調査その他によりましてその全貌というものが明らかになっておるわけでございまするから、私はこういった問題は事、人命に関する問題でもございまするし、なおまた憲法に保障されました人権の問題でもございますので、やはり一刻も早くこの問題の処置を行うことによってけじめをつけておかなければならぬというふうに考えるわけでございますが、そういった点につきまして一つ局長の方から――先ほど課長でございましたからいろいろ御遠慮もあったと思いますので、局長の方から最後に一つ御所見を承わっておきたい、かように考えるわけでございます。
○山口説明員 今回のこの新潟精神病院におきます事件につきまして、人権侵害の疑いがあるということで法務省の人権擁護局の方でお調べになりました最終的な文書での御発表はまだのように承わっておるわけでございますが、私どもの方といたしましては、先ほど河野先生の御質問にお答えいたしまして、一応治療効果ということを期待したということは考えられるというふうに申し上げましたけれども、しかしながら患者によってはとうていそういうことも考えられない点もございます。いろいろ遺憾な点がたくさんあったのでございまして、特に精神病院に収容されております精神病患者の取扱いということにつきましては、本問題だけでなしに、従来もともすればいろいろな問題を、ことに人権問題とからんで起しがちなととも、多々と申しましては言い過ぎかもしれませんが、いろいろあったわけでございます。私どもたびたびそういう点について注意をいたしておりましたが、今回のようにいろいろ御批判を受けなければならないような事態を起したということはまことに遺憾なことだと存じます。それで、このことが起りまして、とりあえずいろいろ精神病院側といたしましては説明はいたしておりますけれども、私ども特に遺憾に考える点もございます。その点について注意を与える通牒を――これは精神課長からお答え申し上げたかと存じますが、すでに先月の八日付で出しているわけでございます。こういう問題が起りますたびに、その例をあげて全国に通牒を出しておりますが、そのほかの点に対しましても同様なことの起らないようにという通牒を出すような準備をいたしているわけでございます。
 それからなお先ほど御指摘のございました医師法、医療法あるいは健康保険法等の問題でございますが、これは私、所管でございませんので、ここではっきり申し上げるわけには参りませんが、じんぜん時を過ごしてはいけないという御注意、十分に意を体しまして申し伝えますが、それぞれ所管の局において検討いたしておるわけでございます。そういう点は、できるだけ今後こういう事態を再び繰り返さないようにということが、当委員会においても主たる目的として強く御指摘いただいていることでございますので、私どもも当委員会の先生方の御意見も十分体して、こういうことが繰り返されないように、これは法務当局の方でもいろいろお考え願っておると思うのでありますが、私どもといたしましては関係各局よく相談をして措置をとって参りたい、そういうふうに考えております。
○櫻井委員 関連して。私も最後に御要望申し上げたいのですけれども、この問題はこの文教委員会で三回も取り上げておる、そのつど関係各方面においては善処するということを言っておられる。ところが今日に至ってもまだ最終的な処置がなされていない。こういうことは非常に遺憾であります。これはもうここで大体全貌は明らかになったと思うのです。これは法務省、文部省、厚生省各関係省がそれぞれの責任のある立場からそれに対して善処してもらいたいのであります。いつまでも結論が出ないということになれば、私らも何回でもこれは開きますが、そういうことでははなはだおもしろくない、早急に私は関係官庁の善処方をこの際強く要望いたしておきます。
○河野(正)委員 最後に結論的に申し上げたいと思いますが、いろいろ当局側の御答弁なりあるいはまた今日までとられました処置なり承わりまして、私どもも今後とも学問の発展あるいは研究の進歩ということについてお互いに協力していかなければならぬという感じを強く持って参ったわけであります。ところが常に私が心配しておりましたのは、今度の事件の中心人物でございます新潟大学の桂教授が御欠席をなされまして、今回事件の全貌というものを明らかにしていただけなかったという、この一点でございます。もちろん委員会に診断書その他が提出されておるわけでございますが、しかしながら先ほどから私が御指摘申し上げておりますように、桂内科全教室をあげての作業であったわけでございます。もちろん桂教授が中心となってやられたということは当然のことでございましょうけれども、いろいろ御報告がございましたように、教授、講師、助手二十数名が一致協力してやった作業でございますから、もし今度の研究というものが正しいというふうに御判断になったといたしますならば、堂々とこの委員会において所信を表明せらるべきであったというふうにも考えますし――病気でございますからいろいろ申し上げませんけれども、考えようによりましては、やはりどうも今度の研究は行き過ぎであり、工合が悪かった、そこで欠席しておこうじゃないかというようなことで御欠席なさったのではなかろうかということも考えないわけには参らぬのでございます。いずれにいたしましても当事者でございますから、御本人が欠席なさいまして本事件の概要というものが徹底的に究明されなかったということは、桂教授の名誉のためにもまことに惜しむべきことであったというふうに考えるわけでございます。しかしながら現実の問題として御欠席でございますから、とれ以上いろいろ追及できないと思うわけでございますけれども、少くともこれは文部省の所管でありますし、国立学校の教授でございますから、文部省といたしましては一つ厳に桂教授の方に委員会の実情というものをお示し願って、反省を求むべき点は反省を求め、あるいはまた何らか御所見があるならば一応これは後の機会でもけっこうでございますから、私どもに対しまして御所信をお漏らし願いたい。そういった点につきます御処置を最後に文部省当局にお願い申し上げまして、時間もございませんので私の質疑を終りたい、かように存ずる次第でございます。
○長谷川委員長 この際委員長からも文部当局及び厚生当局に申し上げますけれども、これは先ほど高村委員も言われておるように、健全なる常識をもって判断すれば、これが精神病者と関係のないツツガムシ病の研究をやったというととは当然だれでも判断できるところだと思います。これに対して罰すべきものを罰しない、罰しておらぬということは私は怠慢だと思います。このほかのものはとにかくといたしまして、医療の問題であり、人命の問題であり、基本人権の最たる問題である、従って私は罰すべきものは罰する、またもし罰するということが桂教授の今日までの功績等々に対していかにも気の毒であるというようなことであれば、これは必ずしも罰せよとは私は申しませんけれども、しかし罰したと同様の、あるいはそれ以上の十分なる、全国の大学及び医療担当者等々に対してそれにまさる効果を発揮するだけのことがなされておらぬじゃないか。すでに各委員も言われたように、これを取り上げてからも久しいのであります。今日までこれがじんぜん延ばされたことは私は非常に遺憾であります。ことに私がこの際両当局に注意を喚起しておきたいことは、今回の問題は意志の能力の弱い者、精神病者という気の毒な方々でありました。先ほどの問題は御承知の通り名古屋の問題であって、まだ意志能力の発達しておらない子供たちへの問題でありますけれども、同時にまた今日非常に注意しなければならぬことは、十分意志能力の発達いたしました常人の病人等に対して、その医学的な無知につけ込んで医療のふりをいたしましての研究が相当なされておるということを全国的に認めなければならぬだろう、こう私は思うのであります。こういうことのためにあたら人命を落している人々も相当多数あると私は想像できると思うのです。こういう問題について、先ほど来のお話しのような大学ことに医科大学の教授の封建性、先ほど学術局長は、実情は何も知らぬというお話でございましたが、今日医科大学教授の中に、いわゆる何々天皇とあだなをされているという事実を私はちょいちょい聞くのであります。こういうことと相結んで、一方におきましてはこういうようなはなはだしい人権じゅうりんが行われ、それに上ってしばしば命を失っている者も多数あると私は想像できるのでありますけれども、それとともに一方におきましては、若い医学徒、若い医者たちが人権をじゅうりんされておる。はなはだしきに至りましては、自分がよしとする任地におもむくことができない。教授の意見が違って、教授の意思に従わなければ破門のような状態であって、泣き泣き自分の意思を無視いたしまして、そうして教授の意思に従って自分が好まざる任地におもむくということが行われておる実情であるということさえ私は承知しておる、こういう問題につきましては適当な機会において、文部当局及び厚生当局においてそれぞれ適当な処置をすみやかに講ぜられんことをこの際特に委員長として申しあげておきたいと思います。
 以上をもちまして参考人各位に対する質疑は全部終了いたしました。参考人各位には長時間にわたり貴重な御意見を御開陳下さいましてありがとうございました。参考人各位の御意見は本件に関する当委員会の今後の調査を進める上に多大の参考になるものと存じます。
 これをもちまして新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種問題に関する参考人よりの意見の聴取を終ることといたします。
 次会は明日午前十時より開会いたします。これにて散会いたします。
   午後二時十三分散会