第030回国会 地方行政委員会 第11号
昭和三十三年十月三十日(木曜日)
    午前十一時一分開議
 出席委員
   委員長 鈴木 善幸君
   理事 内田 常雄君 理事 亀山 孝一君
   理事 渡海元三郎君 理事 丹羽喬四郎君
   理事 吉田 重延君 理事 中井徳次郎君
   理事 門司  亮君
      相川 勝六君    天野 光晴君
      飯塚 定輔君    加藤 精三君
      金子 岩三君    纐纈 彌三君
      田中 榮一君    高橋 英吉君
      津島 文治君    富田 健治君
      中島 茂喜君    山崎  巖君
      猪俣 浩三君    太田 一夫君
      加賀田 進君    佐野 憲治君
      阪上安太郎君    北條 秀一君
      下平 正一君    矢尾喜三郎君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣 青木  正君
 出席政府委員
        警察庁長官   柏村 信雄君
        警  視  監
        (警察庁警務局
        長)      坂井 時忠君
        警  視  監
        (警察庁刑事局
        長)      中川 董治君
        警  視  監
        (警察庁保安局
        長)      原 文兵衞君
 委員外の出席者
        文部事務官
        (社会教育局社
        会教育課長)  宮地  茂君
        厚生事務官
        (児童局長)  高田 浩運君
        専  門  員 圓地與四松君
    ―――――――――――――
十月二十九日
 中小企業事業税撤廃に関する請願(石坂繁君紹
 介)(第一一八六号)
 同(岡崎英城君紹介)(第一一八七号)
 同(田中榮一君紹介)(第一一八八号)
 同(大橋武夫君紹介)(第一二四五号)
 同(上林山榮吉君紹介)(第一二四六号)
 同(津島文治君紹介)(第一二四七号)
 同外一件(橋本龍伍君紹介)(第一二四八号)
 同外一件(五十嵐吉藏君紹介)(第一二八九
 号)
 同外一件(勝間田清一君紹介)(第一二九〇
 号)
 同外一件(重政誠之君紹介)(第一二九一号)
 同(高見三郎君紹介)(第一二九二号)
 同(竹山祐太郎君紹介)(第一二九三号)
 同外一件(中村幸八君紹介)(第一二九四号)
 同(福田篤泰君紹介)(第一二九五号)
 同(松浦周太郎君紹介)(第一二九六号)
 公衆浴場業の固定資産税軽減に関する請願(加
 藤鐐五郎君紹介)(第一一八九号)
 同(賀屋興宣君紹介)(第一一九〇号)
 同(亀山孝一君紹介)(第一一九一号)
 同(島村一郎君紹介)(第一一九二号)
 同(天野公義君紹介)(第一二五三号)
 同(河野密君紹介)(第一二九九号)
 同(山手滿男君紹介)(第一三〇〇号)
 特別区の組織及び運営に関する請願(辻政信君
 紹介)(第一一九六号)
 市町村職員共済組合法の一部改正に関する請願
 (大橋武夫君紹介)(第一一九九号)
 深夜喫茶取締りに関する請願(河野正君紹介)
 (第一二四九号)
 警察官職務執行法の一部を改正する法律案撤回
 に関する請願(西村関一君紹介)(第一二五〇
 号)
 地方財政の再建等のための公共事業に係る国庫
 負担等の臨時特例に関する法律の有効期限延長
 に関する請願(下平正一君紹介)(第一二九七
 号)
 地方公務員の居住地手当制度の創設に関する請
 願(下平正一君紹介)(一二九八号)
 地方税減免に伴う代替財源確保に関する請願
 (佐藤虎次郎君紹介)(第一三〇一号)
 遊興飲食税減免に関する請願(田中伊三次君紹
 介)(第一三〇二号)
 静岡県の風水害復旧対策に関する請願(佐藤虎
 次郎君紹介)(第一三六四号)
の審査を本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 警察官職務執行法の一部を改正する法律案(内
 閣提出第二七号)
     ――――◇―――――
○鈴木委員長 これより会議を開きます。
 前会に引き続き、警察官職務執行法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質疑を続行いたします。内田常雄君。
○内田委員 昨日の警察庁当局に当する私の質疑におきましては、私は今回改正の対象になっておりますところの警察官職務執行法につきまして、改正を加えられない個条をも含めまして、第一条から第三条の二までの各条につきまして、私どもが懸念をいたしまする事項を逐条的にお尋ねをいたしたのでありますから、本日は、今回の改正におきまして一番問題点を含むと考えられますところの第四条以降につきまして、逐条的にお尋ねを進めて参りたいと思います。
 第三条の二までの私の質疑に対しましては、今回の改正というものは、きのうの応答で明らかなように、何らの政治的意図を含んだ改正ではない。もっぱら警察本来の目的のための個人の生命、身体、財産の保護や、少年犯罪等を守る規定でありまして、これらについては、これは両党派いずれから考えましても、警察の職務を遂行する以上は当然やってもらわなければならなかったところの、今日までの警察官職務執行法の不備を整えたものであることを十分私どもは理解いたしたのであります。ところで第四条以下はなかなか問題があるようであります。
 第四条は、これは従来からある規定でありまして、災害等が起りました場合に、警察官が国民の生命、身体、財産の安全を守るためにいろいろの避難措置をとる。その行政職権について規定をされておるのでありますが、今回この第四条につきまして字句の改正が加えられましたことが、世間で非常に誤解を生じております。第四条は、現行によりますると、天災、事変の発生あるいは危険物の爆発とか、狂犬、奔馬などが出現したために個人の生命、身体、財産が脅やかされるというような緊急の場合に、さようなところに居合せた人々、またさような事態の起ったところにあります事物の管理者などに対して警察官が必要な措置を命ずる、あるいはそこにおる人々を避難させるという、きわめて当然な規定でありますが、今回加えられた文言がいろいろな問題を起しております。どういう文言が加わったかというと、「興行場その他多数の者の用に供する施設又は場所における過度の人員の収容による混乱」が起った場合には、警察官は危険を防止するために必要な措置をとり、またとらせることができる。こういう規定が新しく入りましたことと、今まではそういうような天災、事変あるいは混乱が生じたときには、そこに居合せた者だけについて避難をさせるというような規定だけでありましたのを、今回の改正案では、あとからあとからそこに集まってくる、新しくその場に来集する者に対しても、警察官はその危害を避けしめるため必要な限度においては措置をとることができる、こういう規定が入ったことであります。これがいろいろ世間に誤解を生じ、あるいは曲解の宣伝が行われております。
 どういう誤解を生じているかと申しますと、公開の、多数の者が集ってくる施設または場所が危険な状態に陥ったということで、警察官が手を出すということになりますと、これは集会の制限をその背後において目的としているものであって、たとえば政党の大会であるとか、あるいは労組の大会などにおきまして、雑踏に名をかりて集会の解散を命ずるようなことをしやせぬか。つまり戦前にありました治安警察法と同じような作用を、この条項の改正によって政府はもくろんでいるのではないか。こういうことが新聞などにおきましても、あるいは労働団体を代表する論者の論説によりましても、各方面にかなり書かれているのでありますが、私どもがすなおにこの条文を読みますときには、これは従来の文言におきましては、「極端な雑踏」という文句がありますが、どういう場合に一体そういう極端な雑踏が起るか、それだけではわからないのです。これには最近いろいろ事例が起っております。
 たとえば宮城の二重橋で、参賀者があとからあとから詰めかけたために先年あの惨事が起きた。現在までの規定では、あとから押しかけてくる人をそこで一時、時間を待たせて整理するというようなことができない。あるいはまた、あの弥彦神社に何万という群集が集まったところにもちを投げて、大へんな混乱を起して何十人、何百人の死傷者を出した。それにもかかわらず、あとから人が押しかけてくる。そういうような事態が、現在の文言では含まれない。そこで「等」という文字を明らかにするために、かような多数の者が集まってくるような施設、場所を新たに文言に入れるとともに、現在そこに集まっている者ばかりではなしに、あとから押しかけてくる人をも整理し、避難の措置をしなければならないという趣旨でこの文句を入れた。かようにしか解されないのでありますが、しかし、もし今世間で憂えているように、労組大会や政治の集会をこの規定によって防遏を加えるということになりますならば、これはまことに私は大へんなことだと思いますが、その点についての警察庁当局の態度、また、この改正についての用意などについて明瞭にお答えを願いたいと思います。
○中川(董)政府委員 私は事務家ですから、態度というよりも、文字に従いまして、正確に改正法案を説明いたしたいと思います。
 まず第四条は、ごらんいただきたいのですけれども、ずっと例示はしておりますけれども、「危険な事態」というところで結んであります。「危険な事態」ということで結んであるほかに、それを制限する形容詞と申しますか、制限する言葉がございます。制限する言葉は、「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある」危険な事態でございます。従って、だれかがけがし、財産が大へんこわれるというおそれのある危険な事態でございます。通常の演説会は、「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす」危険な事態と認められないのです。ごく例外的に、二階がおっこちそうな場合に、多数の人がおって危ない。こういう場合は、確かに人の生命もしくは身体に危険を及ぼす事態だと思いますけれども、通常行われる集会等の場合におきましては、そういう危険な事態は通常考えられない。特殊な場合に――二階がおっこちそうな場合とか、比較的少い定員のところへ、ものすごくたくさんの人数が入るような場合において、「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、」、こういう概念に当てはまりませんと、この四条の働く余地がない。こういうことを文字によって正確にお答えいたしたいと思います。
○内田委員 私も、そうとしか解されないのであります。そこで今中川刑事局長が言われたような解釈は、これは、ただその場のがれの解釈や説明であってはならないのでありまして、国会の委員会でありますから、この応答は速記に残ります。およそ法律の解釈というものは、もちろん事態が起ったときに争いになれば、裁判所がするのではありましょうけれども、しかし、立法者の意思ということが一番中心になって、その法律の解釈を動かすものでありますから、今、中川刑事局長が言われた通りであるとするならば、私は、この第四条の解釈につきまして、ここで言いっぱなしではなしに――これは第四条ばかりではありません。これからお尋ねすることについてもそうでありまするし、昨日来お尋ねをし、またお答えになりましたことについてもそうでありますが――この法律がもし改正されました後におきましては、今のお答えをも含むような解釈を、どういう方法をもって全国の警察官に示達せられますか。この法律と同時に、われわれの応答をも含めた解釈を入れた何か有権的な説明書を全国の警察官に配るというような方法をおとりになるつもりであるかどうか、その点を警察庁長官から承わりたいと思います。
○柏村政府委員 まずこの規定の改正によりまして、ただいま内田委員からお話がありましたような趣旨において改正をいたしましたので、決してこれを正常に行われます集会等を解散するというようなことに乱用するということはあり得ない。これはあくまでも個人の生命、身体、財産の保護という見地に立って考えた次第でございます。また、来集する者につきましても、その場に居合せた者だけでは、そういう危険な状態から避難させることができないというような場合について、来集する者についても措置をとらなければならないという場合が往々にしてありますので、つけ加えた次第でございます。
 なお、ただいまお話の、この回会、委員会を通じまして質疑応答が行われ、また、先生方から貴重な御注意をいただくわけでございますが、そういうことにつきましては、十分これを整理し、まとまった権威ある一つのものを作りまして、十分末端警察官まで徹底するようにいたしたいという考えでございます。
○内田委員 当然そうしていただかなければ、ただこの委員会だけの応答で終ってしまったっんでは困るのであります。私どもも政治家でありまして、常に全国各地におきまして演説会を催しつます。また選挙の際などは、御承知の明り個人演説会も催すのでありますが、その際に、聴衆が入り過ぎた、あるいはそれが反対党の演説会だというようなことで四条が発動されるというようなことは、これは今の御説明によりましても、法文を読みましてもあり得ないことと思いますが、そういうことがあるといたしますと、この四条の改正というものは、政治的意図を含んだいわば昔の治安警察法の復活というようなことをいわれるようなことにもなるから、ただいまの点は私はよくわかりましたが、警察権の運用の問題として万遺憾ないように十分御留意願わなければならないのであります。
 ところで、二の四条の改正案にはもう一つ疑問の点があります。それは今度改正になっております四条の第二項の規定であります。今までは、天災、事変、あるいは異常な混乱の際に、警察官だけでは処置がとり得なかった場合について、警察官は公安委員会を経て、他の公けの関係機関に対してその後の処置について協力を求めることができる。こういう規定になっておったのでありますが、今度の改正によりますと、警察官だけでは手に負えないというような事態の場合には、今までとは達って、途中において警察官は公安委員会を経て他の公けの機関に対して必要な防止の処置をとるように請求することができる。つまり警察官ではだめだということがわかってくれば、途中においても他の公けの機関、たとえば消防団でありますとか、府県、市町村長などに応援を求めることができることになった。これは私は当然のことであって、今までの規定のように、警察官で手を上げちゃった、もうこれからあとは仕方がないから消防庁におまかせするということでは、これではもう非常災害などの場合に、人の生命、身体の危険を防止することができないのでありますから、これは今度の改正の方がよろしいと思う。警察官だけではだめだというときには、事前に消防の応援を求めるというようなことをした方がいいと思うのであります。ただ、これについても、世間では疑惑が生まれております。「公の機関」というのは、消防庁くらいならば当然であるけれども、これによって自衛隊の治安出動とか、あるいは防衛出動を求めるということが背後に隠されておるのではないか、つまり警察官が、反対党の集会を防遏するばかりではなしに、場合によっては、公安委員会を経て、直ちに自衛隊の出動を促すのではないか、そういうことをやられると、一体自衛隊は何のためにあるのだ、そういうことが疑われておるのであります。私はここでいう「公の機関」というものの範囲は、自衛隊が入るとも解釈されるとも思うけれども、自衛隊の出動については、別に自衛隊法というものがあって、自衛隊が国内に治安出動に出る場合は、その自衛隊法の定める要件、手続によらなければ、この第四条の第二項をいかに改正してみましても、第四条第二項の改正によっては自衛隊法を改正するものではない。かように私は解しますけれども、しかしこれは大切なことでありまして、その点を明確にしておくことがこの改正案について理解を深めるゆえんと思いますので、この点について法律的に正確な説明をお願いいたします。
○中川(董)政府委員 第四条の第一項の規定は、生命、身体に危険な場合におきまして、警察官がその現場で即時強制の措置としてやることでございますが、そういうふうに特に強制措置をやってこの危害を予防をするのも一つの方法でございますけれども、そういうことが予測される場合におきましては、警察官みずから即時強制の措置を講ずるよりも、警察以外の他の機関において、それぞれ適当な方法を講じていただく方がより合理的である。平たい言葉でいえば、もちはもち屋で、警察みずからやるよりも、たとえば消防とか、日本赤十字とか、こういうものの方が適当である。こういうような場合におきまして、そういった機関に協力を求めるという趣旨の規定でございます。しかしながら、協力を求められたものについては、それぞれ協力を求められた公けの機関が、それぞれの法令に基きまして、たとえば日本赤十字社であれば、日本赤十字社の定款等に基きまして事を処理するのでございます。それで、この危険な事態でございますが、多くの場合、知事、市町村長、消防庁、消防団長、水防団長、日本国有鉄道、日本赤十字社等、こういうのが大体公けの機関と考えられるのであります。ところが、現行六法全書を見ましても、いろいろ他の公けの機関がございまして、自衛隊という機関も自衛隊法によってあるわけでございますが、自衛隊については、自衛隊法第六章に、自衛隊の行動については厳格な規制がされておるのであります。御案内かと思いますけれども、自衛隊の行動については、防衛出動、治安出動、災害出動、それぞれの場合において厳格な規制がありまして、防衛出動等の場合においては、国会の承認を求める、こういったような規制ももちろんあるわけでございます。そういう規制のもとに行われるのであります。改正法律案第四条第二項の「求める」というのは、向うに対して命令するのではないのでございまして、求めるだけでございます。求めを受けた機関は、自衛隊で申せば、自衛隊法の厳格な制限のもとにでき得るわけでございます。しかして、自衛隊法をごらんいただくとわかるのですが、自衛隊法は、自衛隊員みずからが出かけていく場合はほとんどないのでありまして、いずれも内閣総理大臣、またはローカルの場合においては都道府県知事、こういう公けの機関の要請によって行われるのでございます。そういった関係で、自衛隊が直接にどうこうするということは、防衛出動、治安出動の場合においてはあり得ないのでございます。例外的に災害派遣の場合、治安出動とか防衛出動ということでなしに、災害が起った場合、たとえば過般も伊豆災害等があったのですが、ああいった場合においての災害派遣というのが、自衛隊法にございます。その災害派遣といえども、都道府県知事の要請で出ることを原則とするのでございます。しかし、きわめて例外的な場合において、たとえば自衛隊の庁舎の近所において災害が起った場合においては、都道府県知事の要請を待っておると災害が大へん大きくなってしまう、こういう例外の場合の、防衛出動、治安出動ではなしに災害のための派遣ということもあります。これはまことにまれな例でございますけれども、観念を整理して考えてみますと、災害派遣の、しかも例外の場合において自衛隊に出動を求めるということは、観念上あり得るということも法律上あるのでございます。繰り返し申しますけれども、自衛隊法の防衛出動、治安出動の場合においては、自衛隊との直接取引はあり得ないということは、自衛隊法によって明らかになっておる次第でございます。
○中井(徳)委員 ちょっと関連して。今の内田さんの熱心な御質問に関連するわけですが、中川君の答弁を聞いていますと、「他の公の機関」という中に自衛隊は入らないというふうな答弁ではないわけです。やはり入る場合があると言われた。そこで、先ほどからあなたよりるる説明がありましたが、治安出動の場合に――私はあまり勉強していないのだが、総理大臣の承認とか、そんなことは必要なく、知事あたりでできるということでございますが、そういうことになりますと、「他の公の機関」の中に自衛隊が入らないということは、断言はできないと私どもは了解しているのですが、いかがですか。
○中川(董)政府委員 お答え申し上げます。場合に当ってお答え申し上げます。防衛出動、治安出動につきましては、自衛隊に対する公安委員会の直接の求めはございません。災害派遣の中で、原則は知事でございますが、例外で自衛隊の出る場合においては、観念として公安委員会が自衛隊に求める。こういう場合は、私が先ほど申し上げました言葉に従いますと、非常に少い。(中井(徳)委員「少いじゃなく、あるかないかです。」と呼ぶ)災害派遣の場合に限りあり得ることでございます。
○中井(徳)委員 答弁になっていない。私がお尋ねしたのは、治安出動のときはどういう手続で出動されるのかということで、災害出動を聞いているのじゃない。
○中川(董)政府委員 わかりました。治安出動について重ねての御質問でございますので、自衛隊法に基いてお答えいたしたいと思います。御案内かと思いますが、自衛隊法第八十一条に、次のような規定がございます。「都道府県知事は、」主体は都道府県知事でございます。「都道府県知事は、治安維持上重大な事態につきやむを得ない必要があると認める場合には、当該都道府県の都道府県公安委員会と協議の上、」これは知事が主体で、「内閣総理大臣に対し、部隊等の出動を要請することができる。」第二項で、「内閣総理大臣は、前項の要請があり、事態やむを得ないと認める場合には、部隊等の出動を命ずることができる。」それから第三項で、「都道府県知事は、事態が収まり、部隊等の出動の必要がなくなったと認める場合には、内閣総理大臣に対し、すみやかに、部隊等の撤収を要請しなければならない。」それから第四項で、「内閣総理大臣は、前項の要請があった場合又は部隊等の出動の必要がなくなったと認める場合には、すみやかに、部隊等の撤収を命じなければならない。」しかも第五項で、「都道府県知事は、第一項に規定する要請をした場合には、事態が収った後、すみやかに、その旨を当該都道府県の議会に報告しなければならない。」これは都道府県議会のコントロールの規定でございます。こういう規定があって、ローカルといいますか、地方的の問題について治安出動ができるわけでございますが、全国的な問題になりますと、知事ではなしに内閣総理大臣でありまして、これは七十八条の規定で内閣総理大臣みずからやる。これにつきましては、国会の承認というような手続も、第二項で保障されている次第でございます。
○中井(徳)委員 そういたしますと、公安委員会が他の公けの機関に要請でさるのでございますから、知事に対して自衛隊の出動を要請することももちろんできる。ただ手続がきわめて慎重で、一応総理大臣に承認を求めるということになっているだけであって、やはり公けの機関に求めることができるということがある以上は、自衛隊の出動を要請することももちろん可能である。こういうことにならざるを得ないと私どもは考えておるのであります。それでよろしゅうございますね。
○中川(董)政府委員 私が内田委員の御質問に答え、また、ただいまの御質問にお答え申しましたのは、治安出動、防衛出動の場合において、自衛隊に対して、公安委員会が直接要請というようなことはあり得ない、こう申し上げたのでございます。都道府県知事とか、内閣総理大臣は、自衛隊法によりましてこういう場合があり得る、こういうことでございます。
○中井(徳)委員 だから、要するに公けの機関の中にはそれも入っている、こういうことです。
 もう一点私はお尋ねをいたしたい。自衛隊の出動については、自衛隊法がありますから、自衛隊法がありますからというのは、きのうの御質疑に対しても同じような御答弁でございました。それならば、自衛隊法との警察官職務執行法とは、これは同じ法律ですよ。何も自衛隊法が憲法の次にあって、警察官職務執行法はその下にある、そういうものではないわけであります。もちろん自衛隊法はございましょう。同時に新しくこういうことをお作りになるというところに、私どもが非常に危険と考える面があるわけでありますので、その点はやはり率直にお認めをいただいていかないことには困ると思うのであります。この点どうでございますか。今の警察官職務執行法と自衛隊法と法律で何か較差があるのですか。
○中川(董)政府委員 中井先生がおっしゃいますように、自衛隊法も一つの法律であり、警察官職務執行法も一つの法律である。こういう点はもちろんでございますが、自衛隊法によって自衛隊が出動する場合の権限が規定さされておるということは間違いございません。これはまず御了承置き願いたいのでございますが、この職務執行法は、少くとも四条の規定は、先ほどもお答えいたしましたごとく、生命、身体、財産に対する重大な危害を及ぼすおそれのある危険な事態に対して、そのとり得る措置についてを受けまして、前項にございますそういう事態でございますので、自衛隊法の立場はまた別の観点から、こういう生命、身体、財産の危険というよりも、治安維持とか、こういう観念でいっておりますので、法律の面が相当違った面でございますので、この点も御了承願いたいと思います。
○中井(徳)委員 「公共の安全と秩序」という言葉も新しく入りましたし、「公開の施設又は場所」というようなことも入っております。われわれがいただいておる法律にはちゃんとそれが書いてある。そこでそういう観点からいたしますると、今の中川さんの御説明、まことに事務的でその通りになっておるのですが、レア・ケースではあるかもしれませんけれども、「公の機関」とある限りはそういうことになる。あなた方は自衛隊を要請しないと決心しておるならば、ただし自衛隊を除くと書いておいてもらわぬことには、どうもはっきりしないのであります。このことだけは私は申し上げておきたいと思います。
○中川(董)政府委員 ちょっと私、補足したいと思いますが、「公共の安全と秩序」という言葉は五条で出て参ります。ところが四条では、公共の安全と秩序ではないのでありまして、「人の生命若しくは身体に危険を及ぼし、又は財産に重大な損害を及ぼす虞のある」と、これだけに限定されておることを御了承置き願いたいということが一つ。それからここの求めると申しますのは、権限を付与するのでないのでありまして、公安委員会が他のもち屋――もち屋という言葉は悪いのでありますが、他のそれぞれの機関にその措置を求めるだけでございますので、求めを受けた機関は、それぞれその求めを受けた機関の法律に基き、または日本赤十字のごとき場合は定款に基いて行うのでございますので、この求めるということは、他の行政機関に権限を付与する規定ではない。言いかえますと、改正法律案の四条のいかなる規定も、他の公けの機関に権限をプラスする何ものでもない。こういう点は御了承置き願いたいと思うわけでございます。
○中井(徳)委員 最後にしようと思いましたが、そういうことをおっしゃると申し上げざるを得ないのであります。法案にある「必要な」という場合は、もちろん個人の生命身体、財産に重大な影響があるときにきまっておるのでありますけれども、これはそれの大きいやつということになってくるのであります。そこが問題なので、そういうことだけ申し上げて、あとは私の質問のときに譲ります。
○内田委員 今、中川刑事局長と中井委員との間に自衛隊の問題について論議がかわされましたが、この点は一番大事なことであります。私が今の問答を通じて、しからばこう考えるがどうかということを一つお尋ねしたい。まず第一に、今度の改正案の四条の二項の中の「公の機関」ということの中には、自衛隊も含まれ得ると解します。第二に、自衛隊が含まれ得ると解しても、この四条第二項の規定は、自衛隊に対して協力を求め得るということを規定したのであって、従ってこの四条二項によって自衛隊法の規定に何ら変更を加えるものではない。言いかえると、自衛隊法の改正がこの四条二項によって行われるものではない。第三には、自衛隊が出動する場合は大きく分けて防衛出動と治安出動と災害出動の三つがあるが、「災害出動」の場合には、今中川君のお話だと、公安委員会から府県知事を経て、あるいは場合によっては直接自衛隊に対して、その出動を促すことがあり得るが、しかし防衛出動や治安出動というものは全然範疇が違うものであって、治安出動にいたしましても、内閣総理大臣が、自衛隊法に基く別の原因で自衛隊に出動を命ずるとか、あるいは先ほど中川君が読み上げました条文のように、都道府県知事が内閣総理大臣に要請して、内閣総理大臣から自衛隊に治安出動を求める場合があり得るけれども、これは警職法の第四条の二項の公けの機関に対して協力を求める場合の全然範疇外のことである、かように解釈されると思います。従って先般の二十二号台風の際には、これは自衛隊が災害出動でみずから発動したかあるいはまた公安委員会、府県知事の要請に基いて発動したか知りませんが、おそらく両方であろうと思いますが、非常にりっぱな働きをして国民も感謝しておるのでありますが、第四条第二項の「公の機関」の中に自衛隊が入り得るとしても、自衛隊に協力を求め得る態様というものは、今申し上げました二十二号台風の場合のごとく、また自衛隊法に基き、もっぱら災害出動に関連する問題だけであって、治安出動や防衛出動を求めるように、自衛隊法に変更を加えたり、干捗している規定では全くないと解釈されると思いますが、それでよろしゅうございますか。
○中川(董)政府委員 内田委員の仰せの通りに考えております。
○佐野委員 私もただいまの点の関連質問ですけれども、第四条の規定があいまいだ、こういうことを考えるわけです。この点から先ほど内田委員が質問しておられた点につきまして確認を求めたいと思いますのは、公職選挙法あるいは善良なる大衆運動に対しましては、第四条は適用にならないと解釈してよろしいですか。
○柏村政府委員 先ほどから申し上げますように、第四条は、人の生命、身体または財産に危害が及ぶ、しかも天災、事変、工作物の損害というような現象によって起る事態でございますので、ただいまお述べになりましたような場合に限ると思います。
○佐野委員 法律案をずっと見て参りますと、現行法では四条、五条を受けて六条が規定されておる。しかしながら改正案は、逆に六条を前提として四条、五条というものが考えられておる。このように考えますし、国民の不安もここにあるだろうと考えるわけです。ですから警職法にはっきりと、公職選挙法並びに善良なる大衆運動にはこの法律は適用しない、こういうことを挿入するのが常識でなかろうか。外国の立法例を見て参りましても、そういう意味から今度の警職法に、公職選挙法並びに大衆活動に対しましてはこれを適用しないのだ、こういう規定を入れるべきではないか、また入れる考えがあるかどうか、この点をお聞きいたしたいと思います。
○柏村政府委員 ただいまお述べになりましたようなことは、もう当然のことであって、規定するに当らないことではないかと思います。
○佐野委員 関連でありますので、いずれまた逐条審議の場合に具体的な例をもって審議を進めたいと思いますが、私は、警察法でもこの警職法でも、あるいはまた軽犯罪法、破防法、MSA軍事協定による秘密保護法を見て参りましても、権利の乱用を戒める、こういうことを記入してあるわけです。これは法律上からいいますならば、精神的な要件だと思います。こういう精神的な要件をどれだけ入れてもらったところで、権利の乱用というものは引き続き起されておる。これが現実じゃないか。ですから、こういう精神的な、道徳的な要素を記入するのではなくて、これははっきりといわゆる公職選挙法に適用しないのだ、善良なる大衆運動には適用しないのだ。こういうことを明確に規制することこそが、いわゆる職権乱用その他を戒める一つの根拠じゃないか。この点が私理解できないので、念のために、なぜこういう精神的な要素をもって、道徳的な要件をもって規制しておるか、この点をお伺いすると同時に、そういうのを記入する意思があるかないかをさらにお尋ねしておきたいと思うわけであります。と申し上げますのは、たとえば昭和二十五年に、京都に京都公安条例事件というものが起っております。あの京都における円山公園に対しまして、学生諸君が会場の使用を願い出た。こういう場合におきまして、公安委員会は、公安の秩序を阻害するおそれもあった。もう一つは純真なる学生の将来を誤まらせてはかわいそうだ。父兄に対しましても、本人の将来に対してもかわいそうだ、だからこれを許可しないのだ。こういう常識上考えられない行き過ぎもなされておるわけです。ですから、法律はやはり明確に、特に憲法において保障せられている基本的人権、それは司法的手続によらなければ、公共の秩序なりあるいは福祉なりによって制限されない。こういうことになっておるのが建前でありますし、それを行政的な手続によって、基本的人権を侵害するということは明らかに憲法違反のおそれもありますし、後における審議を通じまして、私たちは具体的にその点をもっと突っ込んで参りたいと思いますけれども、本日は関連質問でありますので、そういう法律的な規制は、刑法なり刑事訴訟法なり一般立法によって、きびしいくらいきびしい条件がつけられておるにもかかわらず、行政措置としてとられる警職法の場合におきましては、なおさら慎重なる配慮が必要じゃないか。それを道徳的なあるいは精神的な要件をもってあいまいにしておくというところに国民は非常に不安を持っておるのじゃないか。たとえば皆さんが一年数カ月間かかっていろいろ研究されたことも、いかに憲法というものを考えられたか、これが大衆運動に、あるいは公職選挙法を中心に適用される場合をやはり皆さんは予想の中に置いておられたのではないか。だからこそ一年数カ月間を要しておられた。しかるに自民党の代議士会におきましては、賢明なる自民党の皆さんは、わずか半時間をもって法律の疑義を解かされたけれども、私たち国民にとりましては、非常に不安がつきまとっておる。そういう意味からも、警職法を明確にされることが、国民の不安を取り除く重大な問題じゃないか、かように考えられるので、念のために私はもう一度お伺いいたしたいと思います。大臣が参られますれば、大臣にも次の機会にお聞きいたしますけれども、警察庁長官としてはどのように考えられるか。
○柏村政府委員 私ども長きにわたって検討いたしまして、その間において、たびたび申し上げておりますように、正常な労働運動その他の大衆運動に対し、何ら介入する意図がなく、この改正案を考えて参った次第でございます。ただいまお述べになりました乱用にわたらないようにということにつきましては、私どもといたしましては、第一条の二項にかたく戒めておりますので、ことさらにただいまのお話のような条項を加える必要はないと現在考えておる次第であります。
○丹羽(喬)委員 ただいまの自衛隊の出動の問題につきまして関連で簡単に質問したいと思います。
 ただいま中井委員、内田委員から繰り返しの質疑がありまして、御答弁がございましたが、私は簡単明瞭に一つお答えを願いたいと思うわけでございますが、ここに他の公けの機関に適当な措置を求むることができるという、その公けの機関の中に、公安委員会が自衛隊の出動を要請することができるのではないかという疑問の点でございますが、治安出動につきましては、自衛隊法によりまして、総理大臣または知事に要求権者というものは限定されているわけであります。従って公安委員会は、自衛隊の治安に関する出動というものは要求することができないということが、私ははっきりしていると思います。従って、この改正によりまして自衛隊の出動とは何ら関係がないということははっきりしていると思うのでございますが、この点もう一ぺんこの委員会で明確にしていただきたいと思います。
○柏村政府委員 治安出動に関して要請するということは全然ございません。それからさっき局長の申しましたことで、自衛隊が含まれるということ、これは観念的に含まれるわけでございますけれども、二項は、予測される場合に適当な措置を求めることができるということでありまして、災害派遣の場合のきわめて例外的な、たとえば自衛隊の近所に火災が起ったとか、そういうような場合に自衛隊がみずから知事の要請なしに出動することがあり得るわけで、そういう場合にのみ警察と直接の関係を持つというわけでございます。従いましてそういうような場合には、おそらく公安委員会に連絡して、公安委員会が今度知事を抜きにしてやるというようなことはまずあり得ないことだと思います。従いまして災害派遣の場合におきましても、直接自衛隊に公安委員会から適当な措置を求めるということは、事実上はないものと考えております。
○中井(徳)委員 さっきの中川君の答弁と今の答弁と全然食い違うではないか。どういうことなんですか、思想統一して下さい。何を言っているんだ。われわれ聞いているのは、何も自衛隊に直接要求できるかとか、間接に要求できるかとか、そんなことを聞いているのではない。知事に何を要求するのだ、公安委員会は知事に、自衛隊に出て行ってくれと要求できる、全然できませんと言う。なぜできないのだ、できない根拠は何もないじゃないか。「他の公の機関」となっている。そんな法の解釈があるものか、中川君の答弁が正しい。何で政治的な答弁をするか。この間を調節して下さい。私は調節するまで休憩を要求します。これは重要な問題です。
○丹羽(喬)委員 ただいまの中井委員の質問と私の質問とは違うのでありまして、私の質問は、要するに公安委員会が直接治安出動に対しまして自衛隊に要求ができるかという質問でございます。世上いわれているのは、自衛隊に直接この条文の改正によりましてできるんじゃないかという疑惑がありまするが、この改正につきまして、何ら関係がないということを聞いているのでありまして、私は柏村政府委員の答弁で十分了解をしております。
○北條委員 関連質問。今中井委員からも話がありましたが、立法の精神ということが現在かなり問題になっておりますが、先ほど内田委員は、立法者の立法精神がわかればこれでけっこうだ、こういう発言があったように記憶いたします。そこで柏村長官にお聞きしたいのですが、論議をやっているうちに、いつかしらあなたが直接の立法者になっているようでありますが、この警察官職務執行法の一部を改正する法律案は、長官が立法者であるのかどうか、その点をはっきりしていただきたいと思います。もしあなたが立法者でなければ、立法の精神云々については、やはりそれ相当な責任者が出て回答しなければ、先ほど内田委員がせっかく立法精神はわかったと言われましたけれども、これは当を得ないと思います。
○柏村政府委員 もちろんこの前から申し上げておりますように、公安委員会の御方針にのっとりまして、公安委員会と全く同じ考えに立って案を練ったのでございます。従って私が申し上げていることは、公安委員会のお考えの精神と変りないものと考えております。
○北條委員 それでは私は、柏村長官は自分の方でそう解釈されておるようでありますけれども、当の公安委員会がとういう解釈をなさっているかということを聞くことが私は正当であろうと思う。従って中井委員の言われましたように、この際委員会を休憩することが妥当である、こう考えます。
    〔「思想統一をしろ」「その必要なし」と呼び、その他発言する者多し〕
○内田委員 第四条の改正規定が、自民、社会両党から非常に厳密に検討されていることは、私はまことにいい傾向だと思います。これから、五条にも入るのでありますが、かくのごとく検討した上で、この四条というものは今北條君が言われましたように、立法者の意思としてはこうだということは、これは何も警察庁長官がきめることでも公安委員がきめることでもなしに、立法府であるわれわれが当局との問答において、われわれはこういう説明、解釈のもとにこの改正をきめるんだということになりますと、柏村長官は立法者でも何でもない。あなたが変ろうが、青木国務大臣が変ろうが、また私どもが変ろうが、ここにおける問答が立法者の意思として、将来この法律を解釈する場合に、いやしくも世間にごうまつの疑惑を残さずに、また将来この法律を運用する際に、柏村長官以下警察庁当局が、ごうも誤まらしめぬがために、この立法の内容は将来を、縛るんだということを考えて、あえて私は諸君の関連質問を許しておる。(「委員長が許したんだ。」と呼ぶ者あり)本人が承諾しなければ関連質問はできません。
 そこで私が突き詰めて申しますことは、この第四条の改正というものは、先ほども触れましたけれども、あの警察国家、旧憲法当時の治安警察法の復活ではないか、こういう心配に対して、またこういう心配がないことがわかっておったにしても、ことさらにそれをそうであるかのごとく言いふらそうとする動きが行われておるので、私がこれだけの時間をかけておる。ところが第四条の改正案というものは、どう読んでみても、頭から読んでみても、しりから読んでみても、これは災害の場合における一種の緊急避難の規定でありまして、昔の治安警察法のように言論、集会、結社の取締り法規ではないのであります。しかるに言をなす者は、私は五条についてもあとで論述いたしますが、この四条、五条は、マグロのようなことを言っているけれども、あれはマグロではない、鯨の子だ、こういうことを言われる。鯨もマグロも同じような格好をして海にいるから、従って法律的知識のない人に向って、あるいはそういう言説をなす人が法律的知識がないのかもしれませんけれども、マグロは鯨の子だ、今にマグロがだんだん大きくなると鯨になるんだというのでありますが、鯨は動物であってマグロは魚類でありますから、マグロが何ぼ大きくなっても鯨にはならない。昔の治安警察法というものは、言論、結社、集会の取締りを目的とすることを第一条以下に規定いたしまして、そのために政治演説会の解散を命じたり、弁士中止を命じたりしたのであります。しかるにこの第四条というものはそういう目的法ではないのであります。そういう言論、結社、集会を取り締ろうとする実体法ではないのでありまして、これによって何らの罪を規定し、刑を作ろうういうのではないのであります。これをすなおに読んでみますと、改正の部分は、ただ単に多数の者が集まる施設及び場所というものを入れておることと、先ほどから議論がありましたように、公けの機関に対して、事後に報告をして措置を求めるのではなくて、事前に報告をして措置を求めるということを規定しただけでありまして、これは全く緊急避難の規定であります。
    〔委員長退席、亀山委員長代理着席〕
従ってこれは鯨じゃない。これはあくまでマグロでありますから、マグロはいかに大きくなりましても鯨にならない。これは動物学を学び、また法律学、法理論を心得ておる者の言うべきことではないのであります。この結論を私が先に言ってしまっては委員会の議論にならない。自民党の代議士の内田という者が勝手に自問自答して社会党の代議士を圧迫していると言われることをおそれまして、私はわざとこの問題を結論からさがのぼって論議したんですが、これは決してマグロは鯨にはなりようがないものだということをここで確認するわけであります。
 先ほどからたびたび当局も言明し、私どもも考えておりますように、第四条の一項というものは、現行の第四条と何ら変りがない緊急避難の規定であって、単に極端な雑踏の場合に警察官が措置をするということで、その雑踏の事例として「興業場その他多数の者の用に供する施設又は場所」すなわち神社でありますとか、あるいは映画館でありますとか、あるいはまた競技場でありますとか、そういうふうな場所を、雑踏等を起す一つの原因の場所として、親切に、明瞭に、警察官が行き過ぎないように、また惑わないように明瞭に示したということにすぎないのでありまして、私はこの四条につきましても、昨日来検討して参った第三条までと同じように、これは政治的に運用する余地がない法文だと考えるのであります。でありますから、これは私ども立法者の意思として、警察庁当局に確認をいたし、速記録にも残し、今後全国の警察官に第四条の解釈として示達する材料になさるかどうかということも私は先ほど伺った。これはその通り、この国会における論議は全国の警察官に示達しますという警察庁長官の説明でありますから、いずれこの改正法が出ましたときに、この警察官職務執行法の各条の改正個所の運用についての解釈を、何らか示達、通牒なさるでございましょうから、その場合には、これをぜひこの委員会にお届けを願いたいのであります。
 また第二項から生ずる自衛隊の問題についても、いろいろ議論が起りましたけれども、私はこれはあらゆる角度から検討しようとしていただけでありまして、第四条の二項というものは、たびたび言うように、自衛隊法の条文に何らの影響、変更を加えるものではない。従って防衛出動でありますとか、治安出動については、自衛隊法における要件が整わなければ、公安当局が自衛隊に何らかの措置を求めたといたしましても、自衛隊法の要件を満たさない限り、自衛隊の治安出動、防衛出動というものは起らない。ただ災害出動の場合につきましては、これは治安出動、防衛出動と違いまして、警察当局が知事に働きかけ、知事がまたその働きかけられた必要性を自分の意思決定の内容として自衛隊に申し出ることもありましょうし、また自衛隊自体がみずつからの判断において出動することも、これは現在の自衛隊法において、発動し得ることがあり得る。また、その方がよろしい。これは過去の災害におきまして、警察だけでは、とうとうたる水害から国民の生命、身体、財産をとても守り得ない場合には、消防団にも出てもらう、水防団にも出てもらう、あるいはまた自衛隊にも進んで出てもらっても、それによって国民の権利や自由や基本的人権を何ら侵害するものではない。いわんや、政治的干渉の余地などというものははさむ余地のないものであります。私は、四条につきましては議論をこれで尽し得た。あとは、要は警察庁当局がたびたび言うように、マグロと鯨を間違うようなことなきように十分注意をし、また動物学なり法律学の勉強をしておくことが必要だし議員のわれわれもその点の誤認のないように期待したいということであります。
 次は第五条に移ります。第五条がまた一番問題とされております。ところが第五条の改正規定というものは、これは文言はきわめて簡単であります。どういう文言が入ったかといいますと、一番大きな点は、今までの第五条で、警察官が犯罪が行われる場合に警告、制止ができることになっている。現在でも警察官は警告、制止できますが、ただ警告、制止ができる場合は、現行法では、ただ人の生命、身体、財産に危険が振りかかったときにだけしかできなかった。その犯罪の内容たる人の生命、身体、財産を傷つける。こういう場合にしか警告、制止ができなかったのでありますが、今回の改正におきましては、それをもう一つ別の観念を連れてきて、公共の安全と秩序が危殆に瀕する場合には、個人の生命、身体、財産に被害が加えられる場合と同じように、警察官の警告、制止の権限が発動できるようにしたというのであります。これは言葉は簡単でありますが、非常に大きな問題を含むわけであります。第五条に関する限り、かなりここに大きな改正が加えられようとしておるのでありまして、これが一つの大きな不安を呼んでおるのであります。この点について、これは条文上も、また運用上も大きな問題を含んでおりますので、私はこの点について、また十分の検討を尽したいと思います。私の解釈いたしますところによりますと、現行法の第一条、これは改正法におきましても何ら変更のないところの第一条におきまして、およそ警察官の職務というものは、一方においては人の生命、身体、財産を守るとともに、他方においては公共の安全を守ることであると、はっきり定められている。警察官の責務には、その両面がある。個人の生命、身体、財産の被害を守るとともに、公けの安全と秩序を守るということが警察官の職務であって、その職務を行うための手段を第二条以下に規定したのがこの法律である。こういうことをうたっておりながら、現行法におきましては、二条以下を幾ら虫めがねで探しましても、個人の生命、身体、財産の保護に関する規定はありますけれども、公共の安全と秩序に関して警察官の働く規定は全然なかったのであります。それでは現行法においては、警察官の職責は半分しか尽し得ない。このことは単に警察官職務執行法ばかりでなしに、警察基本法ともいうべき警察法の第一条、二条にも、警察の職能として同じことが規定してある。警察官の職務というものは、個人の生命、身体、財産の保護と、公共の安全秩序の擁護だということが、この警察基本法にも規定してあるのでありますから、警職法においてその手段が規定されていないのはおかしい。政府当局の説明によりますと、それがなかったのは、この警察官職務執行法ができたのは昭和二十三年で、まだ占領期間中であった。占領期間中には、公共の安全、秩序というものは、占領軍がこれを守っておったから、従って警察はその方面に出る必要がなかったので、ことさらに規定しなかったということを、政府当局が説明しておった。私はおそらくそうであったろうと思う。しかし占領軍がいなくなった今日においては、警察官がその職責の十全を尽そうと思うならば、この警察官職務執行法第一条または警察法第二条にある警察という仕事の趣旨を通すためにも、私は、この警察官職務執行法のどこかに公共の安全を守るための規定を入れていただかないならば、今日の国民の共同生活というものが非常に不安に陥れられる。現にこれはここで言うまでもなく、いろんな労働運動におきましても、合法活動を逸脱し、また各種のデモや団体活動におきましても、違法行動が当然のごとく行われておるのが今日の世相になってきておることは、ここで一々例をあげるまでもない。かような状態でありますので、そのような見地から、今回第五条の改正によって、公共の安全と秩序を守るために、個人の生命、身体、財産を守るのと同じように、警察官が警告、制止を発動し得るという規定を入れたものと思います。しかもこれを読んでみますと、公共の安全、秩序のために警察官が発動する場合にも、すべて犯罪を前提とする場合だけにしぼっておりまして、ただ単に警察当局が主観的に公共の安全と秩序のために警告、制止が必要だと思っても、それでは要件を尽し得ない。ここに犯罪が行われようとしておるとか、あるいは犯罪が行われることが明らかである。そういう場合に、これをそのまま放置すれば、公共の安全、秩序が脅かされるという場合に、警察官の警告、制止が発動できる、こういうことでありまして、十分のしばりがかけてある。この点も戦前の警察国家、旧憲法時代の行政執行法に「公安ヲ害スル」という言葉がありますが、そのときの引用と今回の第五条の引用とはまるで違ってると考える。この点、大切な点でありますから、当局からさらに一つはっきりしていただきたいのであります。
○柏村政府委員 ただいまるるお述べいただきましたような趣旨に全く変りござさいません。
○内田委員 一昨日でありましたか、社会党の片山哲先生から、警察官職務執行法についていろいろお尋ねがありました。その際に、美濃部達吉先生の例が引かれて、美濃部先生が貴族院を追われ、また起訴された。これは起訴猶予でありましたか、不起訴であったかと記憶しますが、とにかくあの当時の警察権力のために美濃部博士が失脚させられたことを非常に論難をせられまして、今度の警察官職務執行法の改正というものも、あのような事態が行われることなきを保しがたいということを、繰返し述べられておったのであります。私は、美濃部達吉先生の直弟子でありまして、美濃部先生を非常に尊敬しておる。その美濃部先生は、天皇機関説を述べたということが原因になって、また天皇機関説を論述するところの著書を発行したということで、ああいう圧迫を受けたのでありますが、この美濃部先生が追われたのは一体どういう法律で追われたのでありますか。私の知っている限りにおきましては、美濃部先生は天皇機関説を述べた内容の著書を発行した。これは出版法に触れるということで追われた。あるいはまた美濃部先生が貴族院議員をやめざるを得なかったということは、天皇機関説というものは不敬罪であるということで、刑法違反ということで追われたと私は考えておるのであります。果してそうであるならば、今日世間には曲学阿世の学者がいっぱいおります。あるいは日本政治学会などで、警職法の内容も検討せずして、警職法反対の意見を述べたり、あるいは日本学術会議の中にすらそういう曲学阿世の学者がおりまして、私どもまことに慨嘆にたえない。世の中をどれだけ害しておるかわからない。しかしそういう諸先生でも、今日の警察法、警察官職務執行法のもとにおいては、これが今回改正されたといたしましても、出版法なく、不敬罪なき今日、美濃部先生のような迫害を受けることはあり得ないと、私はかように思うのでありますが、いかにお考えでありますか。
○中川(董)政府委員 私も美濃部先生には学校で憲法を教わったのでありますが、美濃部先生についていろいろああいう事態が起りましたのは、私たち、ずっと前のことですから、そう詳細な記憶もないのですけれども、こういうふうに考えております。当時こういう法律ではなしに、出版法という法律がございまして、出版法という法律で行政官庁が出版発売を禁止する、こういう行政処分ができたのであります。それで美濃部先生執筆にかかる当時の明治憲法の解釈、その憲法の著書が、出版法によって安寧秩序を乱すおそれありとして、行政官庁から発売頒布禁止処分を受けた、こういうことがございます。そのほかに刑事処分として、刑法の不敬罪という罪がございまして、美濃部先生がああいった出版をなされたことは刑法の不敬罪に当るということの容疑で取調べを受けられた。こういうことがあったのでございますが、この刑法の不敬罪の罪を捜査したそれは、こういう法律じゃございませんので、当時の旧刑事訴訟法によって捜査を遂げたけれども、起訴されるに至らなかった、こういうふうに考えております。
○内田委員 でありますから、私の申す通りでありまして、第二の美濃部先生、第三の美濃部先生のような場合がかりにあったとしても――今日の学者の中には、あんなりっぱな方はないと思うのでありますが――かりにそういう人がありましても、警察官職務執行法によって参議院を追われるとか、学者の地位を追われるとか、あるいは著書の発行停止を食うということはないと思いますが、そうでございましょう。
○中川(董)政府委員 全くその通りでございます。
○内田委員 ところで、これは昨日も引用いたしましたが、日本労働組合総評議会、東京地方労働組合評議会が飛行機からばらまかれましたところの、警察法粉砕の宣伝ビラによりますと、出版法どころでない、新聞社に対して非常な脅威を与えておる。今日の公共の安全と秩序を内容とする第五条関係の改正が通りますと、新聞等で政府を攻撃すると、公共の秩序に反するということで、新聞は発行を停止される、政府に反対する一切の行動は、警察官によって弾圧されるから、新聞も書けない。こういうことをこのビラには書いておるのでありますが、こういうはずはないと思うが、これはどうでございますか。
○柏村政府委員 戦前におきましては新聞紙法というものがございまして、先ほど中川局長からお話し申し上げました出版法と同じように、新聞に対して発行停止の処分をすることができたのでございますが、今度の警察官職務執行法等においては、そういうことは全くできない次第でございます。
○内田委員 でありますから、こういうビラを配って世の中を惑わしてやろうとした。これは全くうそです。全く虚構の宣伝であります。そういうことでありますから、私は国会において十分この改正法案を検討をして、こういう心配がないという確認のもとでなければ、五条の改正を許すわけにはいかない。しかしそういうことはないということをあなた方が言明されたわけでありますから、再び美濃部先生の話に移ります。
 美濃部先生が追われたことに対して片山哲先生が非常に嘆かれました。その美濃部先生が警察について一体どういう考えを持っていたかと言いますと、美濃部先生の学説によりますと、警察とは、公共の秩序を維持し、安寧を保持するために直接に国民に対して強制し命令する作用だ。こういうふうに言っておられる。美濃部先生がそういう学説を述べたから追われたのじゃない、まるで逆なんです。もし今日美濃部先生がおられたならば、昔の旧憲法下の警察官憲によって追われるのじゃなしに、むしろ今日の社会党の諸君によって美濃部先生は追われてしまう。話は逆です。警察というのは、公共の秩序を維持し、安寧を保持するために直接に命令し強制する作用だということを、美濃部先生が今日生きておられて、その言説をなしたとするならば、警察官憲によって追われるのじゃなく、社会党の諸君によって美濃部先生は追われてしまう。これは世界じゅうの法律案の定義や法理を調べてみましても、警察というのは何であるかというと、強制作用でありまして、公共の秩序を維持し、安寧を保持するために直接命令し強制する作用が警察作用でありまして、これは中共やソ連の法制を調べてみましても、また反対の陣営の英、米、仏、伊の法制を調べてみましても、警察作用というものはそれ以外にないのであります。でありますから、この法律におきまして、今日まで公共の秩序、安全の維持というものが、警察官の職務としてここに掲げられておらなかったということは、これは警察法規ではない。だからそのことが今回の改正によって埋められるということは当然のことであるが、しかしこの運用が問題であるということは、私は社会党の諸君とともに心配する。でありますから、政府においても、この法案の改正を立案する際に、私がこれでいいかしらと思うほど公共の秩序、安全の保護に対して警察が手を出す作用をすべてそこに犯罪でしぼっておる。美濃部さんの学説なり当時の行政法撮要なり、その他を全部調べてみましても、司法警察において刑事訴訟法の手続を行使する警察というものは、犯罪が前提であります。犯罪の検挙とか捜査ということが前提でありますが、行政作用としての警察は犯罪を前提としないものであります。私がさきに述べましたように、もっぱら公共の安全、秩序を保護するために命令し強制する作用が警察でありますから、もし改正五条のように犯罪を前提として、これで果してあなた方が所期しているような、今日の国内のあの違法状況や、騒擾に対して、お互いの共同生活が平静を保つということがこれでできるかしらというようなむしろ不安を持つくらいでありますが、ここでは犯罪でしぼっておる。この犯罪と公共の安全、秩序との関係を説明をしていただきたい。
○柏村政府委員 ただいまお話のように、ここで犯罪でしぼってあるということは事実でございまして、もし犯罪ということでしぼらない場合には、やはりどうしても行き過ぎになるおそれがあるという世間の心配があり得ると思うのでございまして、犯罪でしぼり、さらに「著しく乱される虞のある」ということにいたし、さらに「急を要する場合において」というふうに、きわめて限定的にいたしまして、それによりまして最悪の事態を防止し、世間の公共の安全と秩序を維持して参りたいという考え方でございます。
○内田委員 警察庁長官より私の方が説明がうまいくらいです。(笑声)私はさっき四条で述べましたと同じように、四条は治安警察法とまるで性質が違うのだ。それはあたかもマグロと鯨のように、魚類と動物と違うようなことがここで言えると思います。この五条が心配されますゆえんのものは、これはまた昔の行政執行法に戻るのじゃないかということがよく言われている。行政執行法では公安を害する場合には予防検束ができる。どう書いてあるかと言いますと、行政執行法においては犯罪も何も前提としていない。全く警察官が「公安ヲ害スルノ虞アル者ニ対シ之ヲ予防スル為必要ナルトキ亦同シ」というようなことで、とにかく公安を維持するために必要であると認めたときは、犯罪を前提としようがしまいが、全く自己の主観において予防検束してしまうのだというような非常に乱暴な規定です。それはなぜかというと、旧憲法下においては、皆さんも御承知の通り、旧憲法の第九条においては、天皇の大権というものが規定してあった。いわゆる警察命令の大権というものが旧憲法にあった。どういうことが書いてあるかというと、天皇は、「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム」と書いてある。従って警察作用ということは天皇の大権に属することであって何も法律事項ではない。いわゆる学問上の独立命令といわれておった。緊急勅令でも委任命令でもない、独立命令であった。昔は天皇の大権でありましたために、「公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又バ発セシム」という規定があったから、警察というものは何でもできた。しかし今日は旧憲法はない。もっぱら国民の人権保障というものが憲法の中核的な規定として置かれておるのでありますから、警察の目的のためであれ何であれ、いやしくも国民の基本的人権あるいは権利、自由に関することはすべて法律で作らなければならない。また法律といえども、公共の福祉というものに合致しないものはできない。いかに法律で作っても自由の制限はできないということになっておるのでありますから、昔の行政執行法と第五条とはまるで違う。先ほど私は治安警察法を鯨にたとえましたが、昔の行政執行法というものはフカであります。従って第五条はマグロである。マグロが幾ら大きくなっても決してフカにはなりません。これは法理上明らかなことであります。第五条がいろいろやかましくいわれておりますが、この警察官職務執行法というものができたゆえんは、第一条あるいは警察の基本法であります警察法の第二条の規定からいいましても、第五条、第六条において、ここに初めて公共の安全と秩序を維持するために、しかも犯罪でしぼって、その際に警官が警告、制止するということは、これをやってもらわなければ今日の私どもの社会共同生活ができないと解するからであります。この点につきましては、私どもにおいても十分な理解を持っておるものでありますが、国民諸君においても、それが共同生活である限りにおいては、これがなければ警察の目的というものは達せられない。しかもこの公共の安全秩序というものが、昔の警察法規、昔の憲法のもとにおけるものと全く違って、新憲法のもとにおいて、新憲法の条章に合致するようにできておるということであります限り、あとは乱用と運用の問題が残るのであります。このことは私がたびたび申し上げますように、第五条の解釈におきましても、この第五条の改正が通りましたならば、それの有権的解釈を全警察官に布告してもらうことが必要でありますが、この第五条につきまして、私の理解以上に、また委員諸君の理解のために、さらにつけ加えて御説明を承わることがあれば承わっておきたいと思います。
○中川(董)政府委員 ただいまいろいろ旧制度との関連において御質問がございましたが、旧制度との関連においてその観念を明らかにいたしまして、第五条改正の内容を正確に御説明申し上げたいと思います。
 御案内のように、美濃部先生の行政法撮要によりましても、警察の使命は、公共の安全秩序保持のために警察強制その他の行政措置をやる、これが警察の性格である、こういうように美濃部先生は警察を定義づけておられます。その定義づけた警察作用については、警察公共の原則、警察比例の原則等の警察作用の性格をずうっと列挙されておりますが、美濃部先生の行政撮要に従いますならば、犯罪と直接関係なくともよろしい、こういうことになろうと思います。そのゆえに旧憲法時代においては、御指摘もありましたように、当時の治安警察法は、犯罪と全く無関係で、「安寧秩序ヲ保持スル為必要ナル場合ニ於テハ警察官ハ屋外ノ集会又ハ多衆ノ運動若ハ群集ヲ制限、禁止若バ解散シ又ハ屋内ノ集会を解散スルコトヲ得」こういう規定があったのであります。その他この種の規定が治安警察法の各条にございますし、また行政執行法も犯罪と無関係に規定して、当時の旧憲法時代の公共の安寧秩序を保持しておったのだろうと考えるのであります。ところが日本国憲法が施行になりまして、その当時考えられました安寧秩序というのは、明治憲法でありますので、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」という原則から出て参ります。国体ということを含めた安寧秩序である。それで、言葉が悪いかもしれませんが、上からの安寧秩序という考えがあったのだろうと私は理解いたすのであります。そのゆえをもって、国民と警察官は利益が対立する、こういう観念も自然出るすきがあったと考えるのであります。ところが憲法が変りまして、これはもう釈迦に説法ですけれども、日本国憲法は国民主権でありますので、お互いの共同生活が中心である。こういうことに相なりますので、旧制度の安寧秩序という観念と、ここに規定しておりますところの公共の安全と秩序という観念は、憲法が根本的に変っておりますので、観念が根本的に変っておる。こういうことを一つ御了解いただきたいと思うのであります。
 第二に御了解いただきたい点は、現行の日本国憲法のもとにおきましても、立法政策として、犯罪と関係を持たない他の基準を求めるということも合理性があれば可能かとも存ずるのでありますが、今回提案されております法律案第五条は、犯罪と関係を持たない立法政策を採用いたさなかったので、どういうことを採用いたしたかといいますと、犯罪を行おうとする人たちの人権と、犯罪の被害を受けようとする人たちの人権と、ともに人権でありますが、この二つの人権がある。通常においては後者がもちろん多いのでございますが、その犯罪を行おうとする人の人権と犯罪から被害を受けようとする人の人権をいかに調和しょうか、こういう点において、立法政策上これを技術的に考えられておると思うのであります。現行の執行法は、その犯罪を行おうとする者の人権について相当重く見まして、まさに犯罪が行われないと制止できない、こういう観念をとったのであります。それが一つ。もう一つは、現行法はまさにの場合ということを言いましたが、そのほかにだれかがけがするか、だれかの財産に重大な損害を与えられないと、――被害を受ける者の方の人権というものはちょいと少しおくれる。こういう考え方を現行法はとっておるのでありますが、こういう考え方では、御説明になりましたように警察法二条の責務を果しにくいし、この法律の一条の責務を果しにくいので、犯罪を行おうとする者の人権と、犯罪を受けようとする者の人権の調和を、改正法律案ではこのように規定したのであります。
 その一つは、警告と制止をまず場合を分って考えまして、警告という強制手段につきましては、犯罪が行われることが明らかであれば警告という強制手段を用いてよろしい、こういうふうに規定いたしたのであります。その次に制止という強制手段は警告よりも重い手段でございますので、これはどういうふうに調和をいたしたかと申しますと、犯罪を行おうとする者の人権と、犯罪の被害を受けようとする者の人権は、犯罪が行われようとしているということで一つ調和しよう。それに加えて、だれかがけがしたり、財産に重大な損害を受けるという場合のほかに、犯罪が行われようとしておれば公共の安全と秩序、お互いの共同生活の安穏な運行が著しく阻害されるという限度においては制止権を認めよう、しかも急を要する場合には制止権を認めよう。別言すれば、制止について申しますならば、犯罪の被害を受けようとする者の人権と、犯罪を行おうとする者の人権との調和を、公共の安寧秩序と犯罪と、それから急を要する、この三つの概念でしぼることによって調和を持たせよう、これが改正法律案の内容でございます。
○亀山委員長代理 関連質問の申し出がありますから、これを許します。飯塚君。
○飯塚委員 私は重複することをおそれまして、きわめて簡単に、一、二の点をお伺いしたいと思います。特に大臣がお見えになりましたから、こまかい条文の御説明でなく、その精神だけをお伺いすればけっこうでございますから、私もこういう問題に対してはしろうとでございますので、しろうとがわかるように御説明をお願いいたします。
 特に第三条の保護の規定でありますが、二十才にも満たない少年が、保護という大目的のために、凶器や自殺の用に供することのできる物件を持っておるということによって取り調べられる。さらにそれを一時取り上げられる。なお保護という親心からではありますけれども、警察署においてこれを保護する。結局留置するという格好でございましょうが、そういうことになりますと、若い者の常として、その保護ということと逆に、非常に精神的な大きなショックを受ける。そしてあるいは将来を誤まらせるようなことになりはしないかという心配がございますが、こういう場合の取調べにつきましては特に慎重を期し、そういう精神的ショックを与えないようにしなければならないということを考えておりまするが、この点について当局はどういうお考えを持っておられますか。
○青木国務大臣 従来も少年に対しましては、警察として、特に少年の傷つきやすい心を痛めてはいけませんので、特に慎重を期しまして、少年警察の制度を置いておるのであります。今回こういう法律改正をいたしましても、さらにその考え方を徹底いたしまして、少年の保護に当りましては、子供たちの心を痛めることのないように十分の配慮をいたさなければならないと考えております。なお勾留というようなお話がございましたが、これは留置場に入れるという考えではないのでありまして、保護室に保護するという考えに立って、警察におきます扱いにおきましても、留置場で扱うような扱いでなしに、保護室でこれを保護する。こういう扱いになると思うのであります。
○飯塚委員 それでわかりますけれども、次に五条の場合あるいは六条等にも触れるかもわかりませんが、一々例をあげてはお伺いいたしませんが、これが非常に世間の誤解を招く宣伝をされておる。ただいま内田委員からも、いろいろと総評等の事例をあげて言われておりますけれども、どうもこれがこまかく説明されたのでは、かえってわかりにくくなるから、昔の治安警察法とか治安維持法とか、その精神は何のためにこういうものが作られてあって、今の法律の改正案はどういう趣旨からやっておるかということを、これは重複している質問かもしれませんが、これも簡単明瞭に、一つ御説明を願いたいと思います。
○青木国務大臣 先ほど中川局長から五条の解釈につきまして説明いたしたのでありますが、その中にも申し上げましたように、昔の治安警察法その他の考え方は、上からの秩序という、中川さんはこういう言葉を使っておりましたが、つまり端的に言うならば、上からの、主権者である人たちの考えた秩序、こういうことが言えると思うのであります。しかし今日の警察は、申し上げるまでもなく、警察官は全国民に対する奉仕者でありますので、また憲法が明らかに明示しているごとく、主権は在国民でありますので、警察官のやるべき仕事は、上の命令によって秩序を保つというようなことでなしに、国民全体の幸福のために国民に奉仕する、こういう考え方に立っての現行の警察であります。従いまして第五条その他の考え方も、国民全体の安穏を守る、あるいはまた正常な日常生活を守る、こういう意味で国民に対する奉仕という考え方に立っての警察官職務執行法であり、その国民の奉仕者として警察官のやるべき責務、その責務を完全に果し、そうして個人の生命、財産を守ると同時に、社会の安穏な状態、また正常な運行、これに警察が協力する、こういう考え方に立っておるのであります。
○飯塚委員 それでよくわかりますけれども、総評等でまいておるチラシ、それには全く本法とは似ても似つかぬような問題を取り上げて解釈しておりますけれども、その中の問題は一つ一つ人間の心をつかむといいますか、人間の虚をつくといいますか、そういうような書き方であります。それをどういうふうにお考えになるか。また人間のそういう恐怖心を解き――政治というのは、申し上げるまでもないけれども、大衆の心情をつかんで人間性を政策の上に表わす。それがほんとうの政治だと思いますが、そういうやり方で、やはり人間の琴線に触れていかなければ、このりっぱな法律を作っても、法律としての価値がなくなる。またその法律を運用する人によって、これがいい法律にもなるし、またあるいは悪法という名を着せられるようなおそれもあるから、それを運用する警察官の養成ということも、非常に考えられなければならない。しかも警察官に対しては、これをよくやれといって、義務だけをしいるようなことであっては、これは結局片手落ちになる。警察官もわれわれと同じ人間であります。その人間は、生活の安定ということがなければ安心してこの仕事に忠実に働くことができない。これは国の財政の問題ともからみますけれども、どうかそういう点も十分御考慮の上で、その運用に対しては万全を期せられるように、特に大臣にお願いしまして、私の関連質問は終ります。
○青木国務大臣 ただいまのお話、一つは教養の問題、一つは警察官の待遇の問題と思うのであります。教養の問題につきましては、この席上におきましても、私、何回か申し上げたと存ずるのでありますが、何と申しましても、警察官の教養という問題は、これはこういう法律があるとかないとか、こういう法律改正をやるとかやらぬとかという問題を別にいたしまして、一般的な問題として、当然教養を高める問題は考えなければならぬ問題と思うのであります。特にこういう一般からいろいろの批判もある法律というようなものの実施に当りましては、さらに私どもは警察官の教養について一そう努力をいたさなければならぬ、こう考えるのであります。その教養の問題は、単に法律を勉強させるとか、あるいはまた犯罪捜査上の技術的なことを勉強させるとかということばかりでなしに、もっと人間的な教養という面に力を尽す必要があると私は思うのであります。また生きた社会の姿についても十分警察官に認識を与えなければならぬ。これは余談めいたことになりますが、私、先般新聞社の代表の方々とお話し合いをしたときに、警察の学校の科目の中に、たとえば一つの新聞というような科目を入れて、もう少し生きた社会の知識を与えて、常識ある警察官というものを作るようにしなければならぬ、こういうふうに私は考えておるのであります。
 また待遇の問題につきましては、これは私ども常に警察官のことにつきまして考えさせられることは、他の国家公務員あるいは地方公務員は、すべて職員組合を結成して自分たちの待遇改善のために努力することが認められておるのでありますが、御承知のごとく警察官は、職員組合を作ることも法律上禁止されておるのであります。それだけに国あるいは地方の庁におきまして、できるだけ警察官の待遇というものを考えなければいかぬと私どもは考えるのであります。しかも、その勤務が常に深夜にわたり、あるいは徹夜にわたるという激しい仕事をやっておりますので、これに対しては、待遇という問題を真剣に考えていかなければならぬと思うのであります。具体的に申し上げますと、たとえば住宅のごときも、一般国民の住宅に比べまして、警察官の住宅不足率は非常に高いのであります。警察官は管内に住まなければならぬということと、原則として勤務先を二年以上にわたらぬようにときどき変えなければならぬというようなこと等からいたしまして、住宅問題等につきましても真剣に考えてやらなければならぬのじゃないかと私ども考えるのでありまして、国の予算の関係もありますが、われわれはその線に浴って、明年度予算におきましても、でき得るならば幾分なりとも待遇の問題についても考えていきたい、かように存ずる次第であります。
○門司委員 私はこの際別に答弁を要求するわけではありませんが、はっきり問題にしておきたいと思います。それは先ほど内田君の質問に関連して私どもの委員の中から質問をいたしましたのは、「他の公の機関」というのは、自衛隊を含むものであるという断定のもとにわれわれは考えているのでございます。その点についての自衛隊の出動云々についていろいろ議論がございましたが、「他の公の機関」というものの中には自衛隊を明確に含むのであります。自衛隊法の八十九条を読んでごらんなさい。何と書いてあるか。「(治安出動時の権限)」として「第八十九条警察官職務執行法(昭和二十三年法律第百三十六号)の規定は、第七十八条第一項又は第八十一条第二項の規定により出動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第四条第二項中「公安委員会」とあるのは、「長官の指定する者」と読み替えるものとする。」こういうふうにはっきり自衛隊の出動時の中には、現行の警察官職務執行法との関連性がはっきり書いてある。その次には、そういう場合出たときに、自衛官の武器の使用も現行の警察官職務執行法の第七条の規定によることが明記されている。関連性があるのであります。関連があるから、現行法では、必要な処置をとったあとにおいて、警察官だけの処置では跡始末がどうもつかなかったという場合にのみこの法律を適用して自衛官の出動ができるようになっておる。今度の法律は、こういう事態の起らない前に自衛官の出動を要請することができるというような文章に書きかえてあるから、われわれは心配しておるのであります。先ほど警察庁長官は、自衛隊との関係はないようなことを言われたが、あるじゃないか。この法律はどうするんですか。もう少し勉強して、はっきりしなさいよ。この点は大臣に私は特に申し上げておく。われわれの言うことがうそのように聞えても、われわれは決してうそを言っているわけでも何でもない。はっきりあるじゃないか。
○中川(董)政府委員 ただいまの門司先生の御質問は条文に関連いたしますので、まず条文から申し上げたいと思います。
 門司先生御指摘のように、自衛隊法八十九条の条文でございますが、これは御案内の通り自衛隊の職務を書いてあるのでありまして、自衛隊の職務で治安出動する場合の権限をずっと書いてあるのであります。自衛隊の治安出動の場合の権限を書くのも一つの方法でございますけれども、法文の技術上警察官職務執行法を準用した方がわかりやすい、こういう意味で書いてあるのであります。それで自衛隊が治安出動の場合に、治安出動に当る自衛官の職務をここに書いてあるにとどまるのであります。
 それからここに言う治安出動を行いますのは、先ほど私説明いたしましたごとく七十八条によりまして内閣総理大臣が出動を命ずるのであります。それから地方の場合は、都道府県知事が要請するのでございます。それは条文の関係だけ明らかにいたしました。
○門司委員 条文をはっきりすると言うけれども、条文に自衛隊法の八十一条は何が書いてあるのですか。いわゆる都道府県知事の要請によって出動することができる。従って関連をはっきり持っておるということである。あなたは関連がないと言うけれども、関連があるからあると言っているのです。自衛隊の出動だけじゃないということです。その先を読んでごらんなさい。どう書いてあるか。解釈だけ申し上げますならば、こういう場合によって出動した自衛隊は、その部隊の指揮下に入ると書いてある。武器の使用についても、現行の警察官職務執行法の七条が適用されるとちゃんと書いてあるのです。治安出動の場合ははっきり書いてあるのであります。八十一条で要請されたものについて適用すると書いてあるのじゃないですか。
○内田委員 先ほど私も、第四条第二項の公けの機関、なかんずく公けの機関の中に今日の自衛隊が含まれるか含まれないか、私は含まれる場合がある、よろしいかということを政府に党派を超越した形から私はお尋ねした。そのとき私が申し述べたこともあり、内田委員の言う通りですという一応お答えもありましたが、しかしこの問題は、私どもとしても、事は単に四条二項だけの問題のようでありますけれども、今後の問題として十分明らかにしていただきたいと思いますので、これはなおいろいろ誤解があってはいけませんから、あなた方の方で統一的の解釈をお示し下さるように、今までのお答えでいいのかもしれませんが、せっかく門司委員からの関連質問がおありになりますから、統一的な解釈を、そちらから発言を求めて、私の質問と関連してお答えを下さるようにお願いいたします。
 私はずっと警察官職務執行法第一条から改正のあった部分もない部分も逐条的に中に入ってお尋ねいたしまして、今私の質問は、一番重要と思われます第五条まで終りました。次は残る問題は第六条だけでございます。第七条は全く改正はございません。武器の使用の問題でございますが、改正はありません。改正法の問題ではありませんので、この際質問を省略いたします。第八条は、第二条以降におきまして、一時提出を求めた武器等について一時保管の規定でありまして、今日までこの新しい八条についてはあまり問題がないようでありますから、この質問も省略いたします。第九条は変更はありません。
 そこでただ第五条に関連して第六条について私は若干の質問をして、しかるべきことを確かめて私の逐条質問を終ろうと思いますので、委員長お許しを願います。第六条は、これは五条以前の二、三ヵ条と関連する問題でありまして、第五条が認められ、第四条が認められるならば、これは当然のことでありまして、現行法におきましても第六条の立ち入りの規定はあるのであります。立ち入りの規定は、私の理解するところによりますと、これは全く緊急避難の規定であります。事態が切迫して、その被害を防止する必要がある場合は、予防する必要がある場合においては、その限度において立ち入りをするという規定でありまして、今日までも認められておる規定であります。ただ前条の第五条におきまして、今回公共の安全及び秩序のために警察官が制止をすることができる規定が入りましたために、その関連において第六条におきましても「公共の安全と秩序」というものが入った。その入ることがいいか悪いかということは、第五条と関連する問題で、第五条においていろいろ私は論述いたしたところでありますので、その点について第六条の質問は省略いたします。
 ただここに第六条の一項におきましては、今まで立ち入りだけであったのを今度は立ち入りの際、他人の土地、建物を通行することができる、いわゆる通行権を認めたということでありますが、これは新しい一つの事項ではありますけれども、立ち入りまで認める、しかしその途中にまた第三者の土地があって、立ち入ってそして警察官が活動するわけではないけれども、さらに先の土地、建物に立ち入り活動するためには通行しなければならないという事態がありますことは、これは通常常識で解釈されるので、別に第六条の内容を政治的に特に重くしたということではないのです。当然警察官活動の一環として、今までの不自由を補足し、あるいはこういう規定がなくてもやっておったのかもしれませんが、それを補足したということで、それ以上の問題でない。これはお互い政党間の問題がありましても、政治的な問題でないと思いますので、ただなぜ立入等という字を入れなければならなかったかということを御説明いただければけっこうであります。
 次に第六条の二項でありますが、ほんとうは私はこの二項は、現行法も気に入らぬのであります。従って改正条項も気に入りません。第六条の二項というものは、一項とちょっと規定が違うようで、いわば木に竹を継いだような規定でありまして、第六条二項は緊急避難ではないのであります。ただ漫然と警察官が興行場、旅館、料理屋などに公開時間中は入ることを求めることができるという規定でありまして、緊急避難ではない。従って私にはあまり気に入った規定ではない。しかし社会党も当時の民主党も一緒になってこういう規定をお作りになったようでありますから、今さら私がここで第二項は全部削除しろと言う限りではないから申しません。従って今日料理屋、旅館などに臨検の危険があるといわれておりますのは、改正案のせいではないので、現行法において臨検しようと思ったらやったでありましょう。改正案においてはただ興行場、旅館、料理屋、駅なんかの公開の施設または場所の管理者に対して警察官が立ち入りを要求することができるというふうに書いてあるのであります。私が不思議に思いますのは、何のために第二項の改正をしたのか。公開の施設または場所に警察官が入ろうと思えば、公開の施設または場所なんだから、公開ということは一般人に対して開かれているのだから、犬と警察官は入るべからず、こういうことはないはずでありますから、一体どういう意味でございますか。まことにこれは改正のミスみたいなもので、いわんや政治的の意図は何もないので、こんなものをわれわれ国会議員が議論すべきものではないと思います。むろん社会党の諸君は第六条二項については問題は起してはおられませんが、ついででありますからお答えを願っておきたいと思います。
○中川(董)政府委員 職務執行法は厳然としてややそういう性格がありますが、条理に基いてカバーできるような事柄であっても、事、警察官の職務執行でありますから、厳密に書いて関係者の人権を保持したい、こういう立法的な意図があるのであります、それで内田先生御指摘のごとく、書かなくても条理でいいじゃないかという御批判もよく理解できるのですけれども、条理というとやはり文字でありませんから、乱用その他があっては申しわけございませんので、こういう条理でカバーできる事柄をも立法区の御審議を得てすっきり整理したい、こういう意図が根本であることを御了承願いたい。
 それでお説のごとく第六条一項と二項とは性格を異にいたします。異にするものを条文になぜ書いたのかという御質問でございますが、性格を異にいたしますけれども、立ち入りまたは通行でございますので、まとめて書いた方がわかりやすいだろうということのほかに意図はございません。
 それは一項について申せば、ちょうど法律学では緊急行為という概念がございますが、緊急行為の概念に当るものが一項である。緊急行為に当るものが現行法の立ち入りであって、通行はないのですが、通行する場合も立ち入りができるじゃないかという解釈も一つは可能かと思いますが、若干研究を加えなければならない。そういう解釈をすること自体が乱用の危険を生む母体になりますので、明確に通行という緊急行為の場合もございますので、通行することを明らかにした方が人権の保障を求める、こういうことでございます。
 それから第二項の臨検でございますが、かねて私、当委員会でしばしばお答えしているのですけれども、興行場、旅館、料理屋等の個人の個室及び客室、これは居宅でございますので、現行通りでかまわない。こういう点は現行法の解釈でも定説でございますし、最近の立法例で、やはりこういう形態をとったのはかなり多いのでございまして、たとえば刑事訴訟法百十七条は同様の条文ですが「旅館、飲食店その他」と書いてありまして、その旅館の個室を含まない。こういう理解になっておりますので、法律全体から見てベターじゃないという説は理解できるのですけれども、日本国憲法施行後の居宅権の重要視という観念を中心に、私は公開の施設とか客の来集する施設ということでしぼっています。これはいわゆる臨検、居宅権、あるいは人が借りた部屋を、居室というものは含まれないということも明瞭であると私どもは考えておりますが、この点御了承おき願いたい。
○内田委員 おおむね私が想定いたしておった通りのお答えでありまして、ことに世間でこの法律が改正されると臨検が行われるということを言いますが、臨検が行われているとすれば、現行法でも行われるはずであって、法律が改正されたら臨検が行われるのだということを言って世間をおどかして、この法律案の改正に反対されるということはまことにおかしな話で、柏村長官が新しく長官になったから、法律が変らないけれども臨検をするそうだというならわかるのでありますが、法律が変ったから臨検問題というものが出るのじゃない。おそらく柏村長官は前の長官よりもより民主的な長官であるから、法律が変っても変らなくても臨検命令を出すようなことがないと思うのでありまして、要するに六条というものはあまり問題にならない。警察官は当然公開の場所には入れるのだけれども、入っちゃいけないと言われると困るから、念のために書いておったというならば、われわれ代議士も公開の場所に入っちゃいけないと言われると困るから、国会法を改正して、代議士は公開の場所に入ることができるということを書くようなもので、私たちはそんなつまらぬことはやりません。
 以上をもちまして、私は警察官職務執行法全条につきまして、現行法と改正全般にわたりましてその内容を明らかにいたしまして、これまでこの法律案が国会に提出され、あるいは委員会に付託されて以来、誤まり伝えられたり、あるいはしいて誤まり伝えたり、また法の無知、誤解、曲解、言いがかりというようなすべての点につきまして、私は党派を超越した立場に立っておる。しかも、他の委員の関連質問を許しながらここに明らかにしたのであります。でありますから、これによって私は先日も引用いたしましたように、国家公安委員であられますところの総同盟会長の金正氏が言われたように、社会党こそ国会審議を熱心にやりもせず、仮定や想像から観念的な反対をしているのはおかしい。こういうことを言われたのは、これはもはや社会党のぬれぎぬになりまして、社会党の諸君も今度こそは各条にわたって国会審議を熱心におやりになりまして、入口でもたもたせず、内容の審議に入りまして、これからは観念的な反対というものは私はできないと思います。法律の改正案の内容を明らかにいたして参りますと、これは事、自民党であれ、社会党であれ、今日国家を形成し、また共同生活をしていく国民としては、これだけのことはやってもらわなければ、お互いの共同生活が静穏に保てない。また今日の警察法の目的からいいましても、警察官職務執行法の目的からいいましても、非常に脱漏があったところを当然埋めてもらったんだ。従って一部の人が誤解されるように、今回の改正法律案というものは決して警察官の職務権限を拡大したんじゃないんだ。美濃部学説を引用するまでもなく、当然警察官がやるべきことをやるようにしたというのであって、これはいつかの機会に青木国務大臣が言われたように、こういう改正は自民党内閣であれ、社会党内閣であれ、いつかはだれかがやらなければならぬ改正であると自分は確信する。こういうことを言われておりましたが、私どもはその通りであるという確信をますます深くいたしたのであります。
 ただ国会は御承知のように二大政党の対立でありまして、両党が対立をいたしておりますから、社会党の諸君が岸内閣を打倒したいというお気持はわかるのでありますが、それとこれとは別でありまして、中を検討してみたならば、当然のことであった。これを道具に使って岸内閣を打倒するということは、これはもう全くおかしいことであるということが判明せざるを得ません。社会党の諸君が今の保守党内閣というものに反対せられるならば、もっと堂々と憲法改正の問題なり、あるいはまた日米安全保障条約改正の問題を取り上げるもいいでありましょう。しかし、事この警察官職務執行法の改正に関しましては、そういう問題でないということをお互いに明らかにいたしたつもりでございます。ことに一昨日片山哲委員がここで質問されているのを聞いておりますと、警察官職務執行法の改正に対する質問が、いつの間にか憲法改正の質問にすりかわっておる。憲法改正につきましては、私ども慎重でありまして、これはなかなか私どもも一月や二月の審議では、こういう改正に賛成できないいろいろな点があるのでありますが、事警察官職務執行法につきましては、憲法改正ではない。今の憲法の範囲内で当然やるべきことをやろうというのでありますから、いかに片山さんが質問に立たれましても、警察官職務執行法の改正案を質疑の対象にすることはできなかったのは当然であろうと思います。でありますから、知らない人が聞いたならば、おやおや、憲法調査会にいつの間に社会党の方が加盟して、その会合を院内でやっておるのだろうと思わしめるような論議があたかも現われておったわけであります。こういうわけでありますから、私どもは、岸内閣打倒でありますとか、あるいは憲法改正の問題とは違って、真にまじめに行政法規であり、また国民の共同生活を当然守らなければならないこの法律は、いいことはいいとし、また乱用、拡大解釈等戒むべきことは、青木国家公安委員長以下十分戒めて、そして事柄を明らかにして国民に伝えなければならない。またおおむねその目的を達しつつあるものと考えるのであります。さらにまた乱用の問題でありますとか、あるいは拡大解釈ということに至りますと、これは警察官職務執行法の改正の問題だけではありません。あらゆる法律にあるのであります。現在の労働組合法でありますとか、あるいは労働関係の法律関係においては、このごろの労働運動が全部非合法になる危険がある。こういうようなことで、今の労働組合法というものはつぶしてしまえ、あるいは労働者の団結権や団体交渉権というものは危険であるから、そういう法規は労働組合法規から削除してしまえというのに類することであります。乱用の問題と、それからまた今度の改正内容の問題とは十分分けて、そして私どもが国権の最高機関として行政官庁を監督していくのでありますから、この乱用、拡大解釈の問題については、しばしば述べましたように、あなた方は国会の審議を通じて十分警察官に申達し、その写しをいつかの機会に国会に御提出願いたい。
 青木国家公安委員長が言われましたように、警察官には団結権もなければ罷業権もない。そういう状態であるから、警察官の福祉に対して報いるところは非常に少い。予算なども国の補助を出しておりますが、おおむね財政貧弱な地方公共団体の財政に依存せしめておる状態でありますので、政府はこれから警察官の教養を高めようとするならば、ただ学校を作って詰め込み主義の教育をするばかりではない。すべからく警察官の福利増進ということについて思い切って、これこそ社会党の言われるように、自衛隊の予算を削っても警察官の福利増進のために十分の応援をされて、りっぱな人が警察官として集まられて、社会党内閣ができましても、警察官というものは公正な仕事ができますように私はお願いして、私の質問と論述を終ります。
○中井委員 ちょっと議事進行で。もう時間でありますから休憩に入られると思いますから申し上げますが、昨日と今日にかけまして内田委員の質問を拝聴いたしました。中には、今最後に御意見のありましたように、自衛隊の経費を削ってでも警察の方に回せというふうななかなかいい御意見もありました。しかし根本的には、私どもは別に内田さんの言葉の中にありましたように、超党派的に質問をしてくれと頼んだわけでもございません。それから逐条にわたってというふうな御発言がありましたが、私どもは内田委員が関連質問はどんどんやってくれというのでその範囲でお尋ねしただけでありまして、当委員会といたしましては、内田さんの質問はまだ続かれるかどうか知りませんが、一応終られたといたしましても、私どもはまだ全然質問をいたしておらぬ、これからでございます。加賀田君と矢尾君がようやく済まされた。こういうことでありますから、言葉の中でいろいろなかけ引き的なお話があったように私伺いまして、内田委員には、はなはだ申しわけないことではございますけれども、やはりこの審議は慎重にやるという点については、社会党は法の建前からいきまして、撤回案が破れたのでありますから、次の段階といたしましてはそういう形でいくということで私どもはまじめに取り組んでおるのでございます。従いまして内田さんの言葉の中にありましたような点は、一つこれは委員長におかれては、言葉のあやであるというふうに御了解いただきませんことには、私どもはまことに今後の審議に困る次第でございます。その点をまず申し上げておきます。
 それから午前中に問題になりました審議の中で、自衛隊との関連でございますが、この点はきわめて重要なことだろうと思います。そういたしまして、大臣が御出席ありません。そこで長官と中川政府委員、両方とも政府委員でありますが、政府委員の中でいささか答弁において食い違いがあったやに私どもは了解をせざるを得ないのでございます。この点は政府におかれても、やはり慎重に御検討の上、これからはっきりとした答弁をお願いいたしたい。この二点だけ申し上げまして私の希望を終ります。
○亀山委員長代理 この際、午後二時まで休憩いたします。
    午後一時一分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時五十五分開議
○鈴木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を継続いたします。阪上安太郎君。
○阪上委員 私はきょうは次の三つに大別いたしまして質問をいたしたい、かように考えております。一つは一般的なものでありまするが、どうも今までの質疑のやりとりを聞いておりましても、なお私としては納得できない点があるので、この点特に御質問申し上げたい。二番目には、警察行政全般の問題について総括的に質問を申し上げたい。警察行政権の権限の範囲であるとか、あるいは作用であるとか任務であるとか、こういった点について質問いたします。第三点といたしましては、まだわれわれの方では逐条審議の段階でないと考えておりますので、詳しくその内容には入りませんが、特に私といたしましては改正要項の中で、青少年の保護に関する問題について、特に重点をここに向けて質問いたしたい、かように考えております。
 そこでまず最初に一般的な問題といたしまして、本案が提出されたところの動機であります。このことにつきましては、本会議におきましての首相の答弁によりますると、門司委員の質問に対して、世相の悪化については、不況対策や失業問題等の施策は、一般的な経済政策として考えなければならないけれども、特に苫小牧の争議や、道徳教育講習会の妨害を考えると、それは別といたしましてもこの警職法の改正は意義がある、こういうように答弁されておる。また過般の補正予算の提出の場合における首相の答弁にも、不況対策の究極の目的は雇用にある、こういうふうにも言われております。また提案理由の説明の場合における青木大臣の趣旨の説明に際しましても、これはまた違った方向から、現行法は昭和二十三年に施行したんだ、それから今日までの間に十年たっておる。この間における警察行政の執行の経験に徴して不備があるので、社会情勢の著しい変化に対応し得るものとしたい、こういうふうに述べられております。私はこの際質問いたしたいのでありますが、果してそういった点だけが、政府が今回この改正案を出した動機であろうか、こういうことなのであります。あるいはまた苫小牧の争議や、文部省の道徳教育反対運動、これだけを取り上げられて動機のように言っておられるけれども、私はむしろ、犯罪の原因であるところの不況対策の失政であるとか、あるいは社会政策の不足であるとかいったものが、世相を悪化しておるところの大きな理由であると思う。ところが、この答弁によりますると、そういったものは別に置いてしまって、そうしてただ苫小牧だあるいはまた道徳教育だ、こういったことばかりを述べられておるが、実際あなた方がこれを提出されたところの真相というものはどこにあるか。動機はほんとうにどこにあるのだろうか。巷間伝えられるところによりますと、聞きたくもない言葉でありましょうけれども、あるいはグラマンだとかロッキードだとかいうような問題が問題として発生して、そうした党内のいろいろな問題をおおい隠すために、こういったものが出たんだというようなことまで伝えられております。こういった真相について一つ青木大臣の、国務大臣としての御答弁を願いたいと思います。
○青木国務大臣 政府が今回この改正案を提出するに至りました動機と申しますか、理由と申しますか、それにつきましては、提案説明にも述べておる通りでありまして、この問題が元来どこから起ってきたかという点から申し上げますと、国家公安委員会におきまして警察を管理しており、その立場に立って、技術的と申しますか、事務的と申しますか、そういうふうな観点に立って警察を運営するに当りまして、現行法をもってしてはどうも不備だというようなことが前々から問題になっておったわけであります。そこで国家公安委員会としては、警察の事務当局をしていろいろ検討さしておったのでありますが、昨年の秋ごろからその改正の必要性の問題が具体化して参りまして、どうしてもこれは何か改正しなければいかぬという考え方に立ち、案の内容をいろいろと練って参ったのでありますが、世間では、何か苫小牧事件とかあるいはその他の事件があるからということで、にわかにこの問題を取り上げたというふうにお考えの方もあるようでありますが、決してそういうのではないのでありまして、国家公安委員会の立場におきましては、そういう問題とは離れまして、この法律の不備につきまして前々から検討いたしておったのであります。そういうことで事務的には前々から検討いたしておったのでありますが、お話しの最近の事象と申しますか、苫小牧事件とか、そういう事件がいろいろ頻発して参りましたので、そういう事務的に必要だという面から一方において検討されて参り、さらにまた一面におきまして最近におけるそういうようないろいろな集団暴力事件というような問題も頻発して参りましたので、政府といたしまして、やはりこの改正はこの機会にやるべきだという結論に到達いたしたのであります。それでお話のように、何かこの安保条約の改定の問題であるとか、あるいはグラマン事件というようなことに対するどうとかいうような、ずいぶんうがった話をなさる方もあるようであります。しかし、それは私どもといたしましては、むしろ不思議に思うのでありまして、全然そういうふうな問題とも関連のないことは申し上げるまでもないことであるのみならず、われわれがこれを検討するに当りまして思いもよらないようなことなんであります。事務当局といたしましては、この警察官職務執行法の不備ということから、純粋に事務的に検討して参り、まま政府当局といたしましては、最近におけるそういう集団暴力事件というふうなこともありますので、この際改正をいたそうということになったのでありまして、それ以外に全く他意はないのであります。
○阪上委員 今、青木大臣はそういうふうにお答えになっておりますけれども、首相は、明らかに苫小牧の争議というものが動機であるというふうに、これははっきり言われております。そこで私、特にこの際所見を承わりたいのでありますが、苫小牧の争議にいたしましても、あるいはまた道徳教育の反対運動にいたしましても、それぞれ理由があって行われておるものである。暴動を起すためにやっている事件でも何でもない。この場合むしろ取り上げられなければならないのは、過般の和歌山の勤評の反対運動に対する警官の集団暴行、私はこの点につきましては、柏村長官にもこの前るる反省を促したのでありますが、こういったものが全然取り上げられていない。あるいはまたその当時に行われた新聞記者その他報道人に対する暴行事件、あるいはその後に、私はそれ見たことかと言いたいのでありますが、起ったところの東京における新聞記者に対する暴行事件、こういったものは体よく表面に出さずに、今言ったような苫小牧の問題であるとか、あるいは道徳教育の問題であるとかいうような問題ばかりを取り上げてこのことを言われておる。そういう態度でもってこういうものが出された動機であるということでありますならば、非常に不謹慎なものであります。私はこう考えます。この点につきまして大臣はどういうふうにお考えになりますか、さらにお伺いいたします。
○青木国務大臣 警察官の暴行事件であるとか、あるいはまた権限逸脱の問題、それはそれとして当然厳重に取り締るべきことは取り締り、処分すべきことは処分しなければならぬと存じますが、だからといって、警察官職務執行法の不備を改正する必要を見送るというわけには参りませんので、この改正は改正の問題、警察官の行き過ぎの問題は行き過ぎの問題として別個に処分すべきものは処分する、こうすること以外にないと私は考えます。
○阪上委員 私は、この動機につきましては、なおそれは真相でないように考えるのでありますが、これは水かけ論でありましょう。
 そこで私はこれが出されたときにしみじみ考えたのでありますけれども、皆さんも御案内の一九二八年の世界的恐慌のときに、世界はいろいろと回復策を考え、対抗策を考えた。その場合に御案内のごとくアメリカがとった政策はニュー・ディール政策への転換であった。あるいはまた英国がとったのは福祉国家建設の理念にこれを求めていった。ところがわが国とドイツとイタリアは、その方法としてフアシズムにこれを求めていった。これは歴史的な現実であります。私はこう思うのであります。最近襲ってきております不況は、日本だけの不況ではなくて世界的の不況である。しかもそれは資本主義経済機構が当然繰り返すであろうところの不況である。こう言っても私は過言でないと思う。そういった不況対策に対する打開策として、大きく歴史的に考えても二つの方途があるだろうと思う。その一つは明らかに政策転換にこれを求めなければならぬだろう。もう一つは戦争に訴える以外に方法がないだろうと私は考えるのであります。
 そこで岸総理がとられた、政府が今回行なったこの警職法の提出というものは、今申し上げましたような二つの原則のうちの一つを採用したのだ。政策転換は保守党であるがゆえにできない。社会主義政策を取り入れて社会主義経済機構に移行していくようなことは、万々政府の立場としてはできないだろう。そこでとったのがフアシズムヘの移行ではなかったか、私はこう思うのであります。今日、社会悪発生の原因をいろいろと考えてみるならば、その多くがやはり不況対策の失敗にあると考えても私は差しつかえないと思う。それでそれを何とか打開しようとするけれども打開策がない。政策は転換できないというのでもって、当然求めてきたのがフアシズムに救いを求めたのである。その結果警察力を拡充して、当然不況対策の失敗に対して起ってくるであろうところの国民のいろいろなる動きに対して弾圧を加えて、権力でもってこれを押えつけてしまって不況対策を何とかしょう。私は、こういうところに考え方があったのではないかとしみじみ考えさせられる。こういう点につきまして一つ国務大臣として青木大臣の考え方を伺ってみたいと思います。
○青木国務大臣 昔の警察でありましたなら、あるいはそういうふうなことを考えられないこともないかもしれませんが、申し上げるまでもなく、現在の警察というものは、御承知のように全く国民に対する奉仕者という立場でありますので、昔のように、警察官を政府なりあるいは政党なりが、自分たちの一つの道具として使うというようなあり方はできようもありませんし、また、現在の社会情勢あるいは国民の民主化におけるあり方からいたしまして、そういうことはあり得ないと私どもは考えるのであります。もちろん不況対策につきましては、不況対策は不況対策としていろいろ政府としては真剣に考えなければならぬことは当然でありますが、その不況対策の一環として警察を使うというようなことがあってはならぬことであるのみならず、またでき得ないことであると私は考えるのであります。あくまでも警察というものは、全国民に対す奉仕者の立場において、個人の生命財産を守り、あるいは社会全体の平穏な生活を守る、こういうあり方に立っておるのでありまして、私は、不況対策とこの問題と関連するとはとうてい私自体としては考えられないのでございます。もちろん不況対策につきましては、不況対策としていろいろ手を打たなければならぬことは当然であります。
○阪上委員 そういうふうに仰せられますけれども、先ほど申し上げましたように、提出の動機というものが、ただにああいった一つの集団的な事件だけを頭に置かれておる。そしてわが門司委員の本会議における質問に対しまする首相の答弁、ないし本委員会における青木大臣の答弁等を考えてみましても、犯罪が発生するところの原因であるものについての要請に対して何らこたえることがなく、軽くこれをいなしてしまっておる。そういった経過を考えて参りますると、やはり私としては何かそういったものをおおい隠してしまって、それをごまかしてしまってやっていこうというような考え方がなお介在しているように考えられて仕方がない。しかし私はそう考えるということでありますので、この程度にしておきます。
 次に私は、自治庁大臣であるあなたにさらにお伺いしたいと思うのでありますが、今日われわれ自治体におきましては、この防犯という問題につきましては非常に力を入れている。これはあなた方も十分御承知のことだと思うのです。防犯協会を作って、民間の力と警察の力と合せて、何とかこれを食いとめていこうという非常なる熱意と努力を傾けている。また競輪や競馬の警備費のごときものに至りましても、警察官が出動した場合には、道ならぬ道であるかもしれないけれども、われわれはそれに対して多分の手当等を出してやっておる。交番所の修理にしても、あるいはまた交番所の電灯にしても、その他交通協力会の費用にいたしましても、交通信号の設置に至りましても、あらゆる努力をいたして防犯に協力している。ところが、一体これらの経費に対するところの国の財政援助などというものは一体どうなっているか。大臣は、この委員会でお答えになりましたように、民主警察ということを再三口にしておられる。一体民主警察とは何ですか。私は、こういった民間の協力とともに相携えて防犯に出ていくのが民警一体の考え方であり、民主警察の存在だと思うのです。ところが、そういったことに努力しておる地方自治体の現在の財政状況というものは、まことに貧弱なものであって、そういったことに対しての費用というものはほとんどわずかしか捻出されていかない。あるいはまた社会教育の面についてもそうであります。防犯の見地から青少年の対策としていろいろと社会教育施設というものを拡充したいと自治体は考えている。国もそういうことは、言っておりますけれども、これはかけ声だけです。ちっともそういう曲りについても努力をしないで、そういう面はできるだけ伸ばさないで、逆に警察権力だけを伸ばして、青少年にしても何にしても、犯罪を何とか権力だけで押えていこうとしている。一体警察権だけで防犯などということができますか。こういった点について、大臣の見解をさらに伺いりたいと思います。
○青木国務大臣 私も、お話しのように警察というものは警官だけでできるものでないのでありまして、やはり広く民衆の皆さん方の御協力を得なければとうてい警察の仕事というものは円満に遂行できないことは御指摘の通りであります。そういう意味におきまして、従来市町村初め各方面から何かと警察の仕事につきまして御協力を願っておることは、まことに感謝にたえぬところであり、またその協力態勢と申しますか、そういう考え方のもとに、警察もやはり市町村の当局にも協力しなければならないと思うのであります。なお、市町村からいろいろ警察の施設等につきましていろんな便宜を得ておる。そのことがときによると住民に対する寄付というような形で、いわゆる税外負担としてずいぶん御迷惑をかけておるということが従来しばしばありましたので、私ども、そういうことのないようにしなければならないということで注意もいたしておるのでありますが、ややもすればそういうことが行われており、そのために御迷惑をかけたことはまことに恐縮に存ずるのであります。そこで国として、できるだけのそれに対する施策をしなければならないことは当然であります。ただ現在のあり方として、そういう施設等につきましては、国が半分持つというようなことになっておりますので、国の予算の範囲におきまして、そしてまたそのきめられた限度においていたしておるのでありますが、できることならば、私どもは、これは自治体が中心である、府県が中心であるというものの、やはりいろんな面において国全体としての問題に関連がありますので、できるだけ国としては警察の費用につきましては負担するという考え方にすべきではないか、こういう気持で今後も努力して参りたいと、かように考えておるのであります。なお、警察官が、防犯協会等によりましていろいろお手伝いを願っておること、またそのことを逆にいえば、警察官の立場からするならば、そういう方々に対する感謝の気持と申しますか、そういう気持をもって民衆に接触し、また民衆に奉仕する。こういう気持に警察官自体もならなければならないことは当然でありまして、私どもは、そういうふうに警察というものを指導していきたい、かように考えるのであります。
○阪上委員 今申し上げたようなことばかりでなく、ほんとうに地方自治体というものは、防犯に対しては死にもの狂いになって住民を守っていこうという考えを持っております。その面から考えてみましても、再建整備の問題にしても、あるいは交付税の問題にしても、あるいは社会教育費の問題にしても、全く微々たるものでありまして、非常に苦しんでおるということをこの際特に考えておいていただいて、むしろそういうことを進めていくことが、警察権を拡充することよりもはるかに防犯のために役に立つということを一つ考えていただきたいと思うのであります。
 そこで次に私は警察の権限とか、任務とか、作用とか、こういったものについて若干質問を試みてみたいと思います。私が申し上げるまでもなく、行政の主体は国が行うものと、地方自治体が行うものとあることは今申し上げた通りであります。この行政作用の目的というものは、これは言うまでもなく、住民の福祉の実現にあります。言いかえれば基本的人権の擁護にある。従って外交も通商も、みなそういった大目的のために行われるのである、こういうことが言えると思うのであります。そこでその面から考えて参りますと、警察行政というものと福祉行政というものとは、国内行政の二つの大きな柱でありますが、一体どちらが先に手をつけられる、どちらが先に進められていくものであるか、こういうことにつきましてさらに大臣の見解をお伺いいたします。
○青木国務大臣 お話しのように行政の目的は、基本的な人権の尊重あるいは擁護という点にあることは言うまでもないのでありまして、そういう意味から申しまして、これはどちらが先というような考え方で割り切ることも無理かと思うのであります。考え方として、私はあくまでも住民の福祉のために警察というものが協力するという形でなければならないと思うのであります。住民の福祉を増進するためには、人権、個人の身体あるいは財産が侵されてはなりませんので、それに対する警察官としての責務を果す、その擁護に対する責務を果す、こういうことでなければならないと思うのであります。また同時に、国民の福祉増進のために社会生活を静穏に守っていく。こういうことで警察は協力しなければならぬ、こう考えておるのであります。
○阪上委員 どちらに軽重があるということは言えない。同時に進めなければならぬというのが、今大臣の御答弁であります。私はそうじゃないと思う。やはり公共の福祉の増進ということが目的である。そうして公共の安全と秩序の維持というのは手段である。あくまでも福祉行政というものが先行するんだ、私はこういうふうに考えております。本年の施政方針演説において、総理が特に福祉国家、これをやかましく言っておられる。福祉国家建設という政府の大方針、大国策――もし今大臣が言われたようなものの考え方でありますならば、それはむしろ逆になってしまうのではないか、私はこういうふうに考えます。一体どうなんですか。
○青木国務大臣 私の説明が少し不十分であったかと存じますが、警察行政というものを、つまり何と申しますか、どっちが必要かというふうな御質問かと思ったものですから、そう言ったのでありますが、警察行政というものは、私、後段で申し上げましたように、住民の福祉を増進するために、また住民の福祉を守るために、警察というものはそれに協力と申しますか、奉仕すると申しますか、そういうやり方でなければならぬことは言うまでもないのであります。ただしかし、だからといって、警察というものを軽視するというわけには参りませんので、やはり警察は警察の責務として、福祉社会を実現するために、個人の生命、財産を守ること、あるいは社会全体の安穏な生活を守るために警察の責務を果すようにしていかなければならぬ、こういうことなのでありまして、あくまでも住民の幸福、住民の福祉増進、これが政治のあり方でなければなりませんし、行政としてもまたそうでなければならぬということはもちろんであります。
○阪上委員 そこで私、この際警察庁長官に一つ伺いたいと思うのです。大臣は、この前の答弁においても、今回の改正は警察権限の拡張ではないというような意味のことを答弁されたように私は記憶しております。むしろ、今までいろいろやってきたところが不備があったので、警察権の拡張ではないけれども、執行の面における不備を補いたいためにこれを提案したんだ、こういう趣旨の言明があったように私は記憶しておる。同じくその日に、渡海委員の質問に対して、警察庁長官は――質問の要旨はこうであったと私は思うのであります。最近いろいろと集団暴行的な事件が起っておるが、これに対して、警察庁長官は現在の力でもってこれを押えることができるのか、防止することができるのかという質問に対して、あなたは、これについてはさらに警察権限を拡充してこれにこたえなければならぬという意味のことを答弁されたように思うのであります。直接警職法の問題ではなかったとも私は思いますけれども、何かそこに考え方の食い違いがあるように私は思う。この点について、一つあなたの意見を聞きたいと思う。
○柏村政府委員 警察権限の拡張自体を目的としたものでないという趣旨で、大臣はお話しになったものであろうと思うのでありまして、改正によりまして、警察が警察の職務を行う手段というものが広げられておる、広げたいということは、この改正案に見られる通りであります。ただその目的とするところが、戦前におきますような警察のあり方から出て参ります権限の拡張、公安の維持についての考え方というような観点に立っておるのではなくして、あくまでも基本的人権を尊重し、これを守るという趣旨に立ちまして、民主国家にふさわしい公共の安全と秩序というものが、一部の者によって乱されるというような場合に、これを制止する手段が警察に与えられなければならないという意味において、権限の拡張ということが必要になって参るわけでございます。この前、渡海委員の御質問に対して申し上げたのも、全くそういう趣旨でございますし、またこの法律の改正ということだけでなしに、さらに警察力の強化ということも考えていただかなければならぬという趣旨のことを申し上げたように、私は記憶いたしておる次第でございます。
○阪上委員 そういうのであれば、私は非常にけっこうだと思いますが、あの場合におけるあの答弁では、明らかにこの警職法の改正案というものが、あなたの解釈としては――あるいはあなたの意欲であったかもしれないけれども、何かこう警察力を充実していくんだというような印象を与えておるように私は一応聞いた。そこで公安委員長としての青木大臣に伺いたいのですが、一体警察権の限界というものをどこに置いておられるのですか。私は警察権の限界というものは、やはり条理上の原則としてはいろいろあると思うのですが、そういった原則は一体どこに置いておられるか。これはこまかい質問でありますので、あるいは中川刑事局長に伺ってもいいのですが、限界は一体どこに置いてあるか。
○中川(董)政府委員 御案内の通り、警察は国民の負託に基きまして、国民の共同の利益、言いかえれば公共の福祉のための活動という要素を持っておる性格が一つございます。公共の福祉のために警察活動をしていかなければならぬという要素が一つございます。その活動を行うに際しましては、すなわち別言せば、権限を行使するに際しましては、これは実定法上もそういうことはいえようかと思いますけれども、公共の福祉の原則と申しますか、警察は公共の立場で権限行使をする、こういうようなことがあろうかと思います。その次に、警察比例の原則と申しますか、警察権を行使する場合においてはいろいろバランスを考える。警察比例の原則、こういうものがあろうかと思います。さらに警察責任の原則、と行政学者は言っておりますが、警察権を行使する場合において、警察事実の責任の原因になったものに対して警察権が及ぶ、こういうことがあろうかと思います。そういういろいろな警察の性格に基く根本は、民主憲法に基いて、国民主権の、国民の御意思のまにまに動くということが根本でございますけれども、警察の性格に従いまして、そういった警察公共の原則、警察比例の原則、警察責任の原則、こういった原則が働いていくと思います。これは学説上の言葉でございますけれども、現在実定法上もそういう精神に基いて行われておる。今回の改正もその精神に基き、基本的人権の調和という点がこの改正においても盛られておるものだと、私は事務的に考えておるわけであります。
○阪上委員 そういった三つの行政法上の学問的な原則、たとえば警察公共の原則というものは、これは公共の安全とか秩序の維持以外には、たとえば私生活とかあるいは民法上のいろいろな私権等には関与できない、こういうことになっておるわけです。あるいはまた警察責任の原則でありますが、責任のあるものに対しての警察権の行使であって、責任のないものに対する行使はあり得ない。あるいは警察比例の原則にいたしましても、発動によって自由を制限できる限度というものは、その効果に比例されなければならない、こういうことであります。今回改正されたところのいろいろな条文等を見まして、果してこういった三つの原則に条理上適合されたものであるかどうか。こういった限度をオーバーしたところの条文になっておるんじゃないかと私は思うのです。きょうは逐条いたしませんけれども、たとえば青少年の保護等にいたしましても、むしろ責任のあるものに対してぶっつけていかなければならぬものが、責任のない子供にまでぶっつけていっている傾向が、保護の名のもとにおいて行われておるというのが一つの例だろうと思うのであります。こういった点につきまして、ほんとうに三原則にのっとって、それに抵触しないところの、逸脱しないところのものであるかどうかということについて、私はさらに問いたいと思う。
○中川(董)政府委員 私たち事務的に申し上げたわけでございますが、警察の今申しました三原則と申しますのは、すべて警察権執行の、警察の性格に基くものだと考えるわけであります。その警察の性格に基くものでございますが、その根本は国民主権の憲法政治でございますが、国民の福祉というのが根本原則になると思います。その三原則から考えまして、ただいま内閣から提案になっております職務執行法の一部改正案は、私は矛盾しないと考えるのであります。
○阪上委員 矛盾するかしないかはさらに今後逐条で質疑することにいたします。
 次に私が伺いたいのは、警察権の作用であります。警察上の即時強制、これはあなたも御承知のように、在来から行政執行法等によって認められていたものであります。それが今度は、極端に言うならば、警職法一本にしぼられてきている。警職法の中にこれが残されているという状態になっていると私は思う。それだけに、この執行法の取扱いというものについては相当な注意をもって当らなければならぬことは言うまでもない。そこで問題は、私がお伺いしたいのは乱用の問題だ。私は結局そこへ落ちついてくると思う。この場合、総理は乱用はさしてはならないものだ、こう言っていられる。こんなことはだれでも言えることです。そこで青木大臣は、この前に何回も答弁されているのですが、本改正案というものは、内容は違憲でないというようなことを言っておられる。しかしながらあなたは、これは行政措置であるからそれでいいのだというような答弁のように私は聞えたのであります。行政措置であったならば違憲でない、こういうように私は考えられる節があったと思うのでありますが、その点を一つ確かめておきたい。
○青木国務大臣 私が申し上げましたのは、憲法三十三条あるいは三十五条関係、これは司法措置としてやっておるのであります。しかしその司法措置としての手続としての考え方、これはもちろん尊重せんければならぬことは当然であります。しかしこれは行政措置でありますので、そのままの姿でやるということとは違うという意味のことを申し上げたのであります。三十三条や三十五条の趣旨は、もちろん尊重せんければなりませんが、しかし行政措置としてやることでありますので、この三十三条あるいは三十五条のそのままの規定ではないという意味のことを申し上げたのであります。
○阪上委員 しかし憲法第九十八条には、国務に関するほかの行政の全部、こういったものを含めて、やはり人権を侵害する場合には、たとえ行政措置であろうとも違憲である。こういうことが言えると私は思うのですが、この点はどうなんですか。
○青木国務大臣 憲法の精神に反しまして人権を無視するようなことがありましては、これはもちろん違憲になるわけでありますが、私どもは、この法律改正は人権の尊重という点につきましては、十分の配慮を加えておるのでありまして、憲法に規定する人権尊重の精神に反してない、かように考えておるのであります。
○阪上委員 さらにお伺いしますが、今問題になっておるのは、在来の治安警察法の復活でないかということがよくいわれております。これが本委員会においても再三いわれております。これは一体どうなんですか。違警罪即決例だとか警察犯処罰令あるいはまた行政執行法あるいは行政警察規則ですか、この前の警察法が作られたときに、あるいは警職法ができたときに、こういった旧法の中には相当違憲の疑いのあるものが多いということで、好ましくないというので執行法が代執行法になり、あるいはまた処罰令が軽犯罪法に変っていった。こういうふうに私は考えておるのですが、一体今度の改正条文の中に、好ましくないとして、あるいは違憲の疑いがあるとして、その際削られて、こうして新しい法律ができ上ってきているその以前の古いものの内容というものが、再びここに盛り上げられてきておるというように私は二、三考えるのですが、この点どうですか。
○中川(董)政府委員 明治憲法時代の法律では、ただいま御指摘のごとく、違警罪即決例という太政官布告がございます。治安警察法、治安維持法、行政執行法、出版法、それから新聞紙法、それからはなはだしきに至りましては言論、出版、集会、結社等臨時取締法といった法律体系があったと私は記憶するわけですが、その種の法律体系の内容によって、内容の点は違うわけでありますけれども、まずその種の法律、たとえば治安警察法の集会の制限、結社の制限、こういった点は日本国憲法第二十一条にまさしく違反するものだと考えます。それから違警罪即決例も、これも日本国憲法に違反する疑いが濃厚なものだと考えられます。そういう旧秩序と申しますか、明治憲法を根源とする法秩序につきましては、日本国憲法施行の際に根本的に改変する必要ありと当時も考えられましたし、私どももそのように考えておる次第であります。その際におきまして、旧法律体系はそれぞれ改廃が行われたのでございますが、現行日本国憲法につきましても、公共の福祉という言葉を用いております。その公共の福祉という合葉は、釈迦に説法でございますけれども、それぞれ基本的人権を伸ばす上について相五の調和をはかる。こういう点だろうと思うのですが、そういう点におきまして、犯罪者の人権ももちろん考えなければならぬかもしれませんが、犯罪から迷惑を受ける人たちの人権も考えていく。その調和を考えたのが日本国憲法の考え方だと思うのであります。そういった考え方に基きまして、当時の法律体系すべてそうでございますが、昭和二十三年も、その調和をどこに求めるかということについて御苦心になりたと思うのであります。その調和を求めた結果、そのときにおきましても、現行職務執行法がそうでありますが保護という行為は憲法三十三条の、すなわち司法官憲の発する令状によらないで二十四時間以内は保護することができるということは、当時の調和としても容認されたところでございます。そういう考え方で旧法律体系は全部崩壊いたしましたけれども、日本国憲法の精神に基きましてできた職務執行法は、憲法三十三条、三十五条の規定が、刑事、司法以外にも適用があるんだという考え方は当時もとっていない。今回改正案も、昭和二十三年の職務執行法と同じ考え方でございまして、基本的人権の調和をどこに求めるか今度の改正案五条について申せば、繰り返しますけれども、犯罪を行おうとする者の人権と、犯罪が行われることによって被害をこうむる者の人権と、その調和をどこに求めるか。それはいろいろな角度から御検討願って御決定いただきいと思います。内閣の案におきましては、あの三つのしぼりによってその調和がとれる。こういう考え方になっておりますので、その点御了承いただきたい。
○阪上委員 そういった調和の問題につきましては、逐条審議のときに私は質問したいと思います。そこで先ほどから皆さんが答弁されていることは、百歩譲って違憲でないということになれば、それでもいいんです。われわれがおそれているのは、法文的に違憲であるかないかの問題ではない。この法律は職務執行法なんです。執行に際しての違憲ということをわれわれはおそれている。従って何回も繰り返しますが、乱用の問題なんです。おそらく今皆さんは、乱用のおそれなしとはおっしゃるまいと私は思う。警察法第二条によっても乱用のおそれがあるから、戒めておるのであります。
 そこで私は、この際乱用をどう防止するかという点について伺っていきたいと思うのですが、最初にこの警職法に規定しているところの手段、これらの権限のよって来たる大本は一体何か、こういうことなんです。御承知のように、警察官が職務を執行する場合の関係法律というものは四十以上もございます。それを一々あげる必要もございませんでしょう。私は、これらの法律によって権限が付与されておるのだ。こう考えておるのですが、あなたの考え方は一体どうなんです。
○中川(董)政府委員 警察官職務執行の関係法律の根源は、日本国憲法から始まっておるのです。そのゆえをもって、警察官に採用される場合におきましては、日本国憲法を擁護する法律命令によって忠実に職務を執行することを宣誓するゆえんもまたそこにあろうかと思うのです。少くとも警察官職務執行法の根源は、日本国憲法並びに日本国憲法に基きまして制定されました法令が根拠である。こういうことになるわけですが、それは形式論であります。実体的にこれを申しますれば、日本国憲法に規定しておりますところの各基本的人権の調和を求めて、それに基いて法律でいろいろ御決定になっております事柄につきまして、これを適正に執行して、国民の負託にこたえるという責務を果したい、これが警察法の二条の精神かと思います。
○阪上委員 そうしますと、警職法によって、その権限を与えられている基本の法律を侵すことはできない。このことははっきり言えるわけなんですね。警職法が優先するわけではないのですね。
○中川(董)政府委員 警察官職務執行法について申せば、日本国憲法の規定に基き定めてある警察官職務執行法でありますので、日本国憲法にも従い、その日本国憲法に基いて規定された警察官職務執行法にも従う、こういうことになろうかと思います。
○阪上委員 そこで他の法律との関係なんです。私が数えてみても四十幾つあります。まだまだ数え足らぬかもしれません。こういった法律を一体警察官が悉皆承知することができるのかどうか。これは一体どうなんです。
○中川(董)政府委員 これは警察官も含めまして公務員にすべて共通する問題だと思うのですが、公務員はすべて、憲法にも規定されておりますが、一部の利益の代弁者でなくて、全体の奉仕者として、憲法の精神を恪守いたしまして、憲法に基く法令によってきちっと職務を執行しなければならぬ、こういうことに相なろうと思います。しからば六法全書に書いてあることを全部暗記しておるかといえば、暗記しておらない点もあるのですが、ただし警察官職務執行法について少くとも与えられた職務執行上の権限並びに権能については、まずその公務員自体が把握すべきものでございますし、その公務員を教育する機関は、それを適当に教える責任があると考えるものであります。
○阪上委員 そういう考え方だから、乱用を防止できないというふうに私には考えられる。なるほど、公務員は法律をみな知っていなければならぬかといえば、そうではない。それぞれ専門がある。警察官も多少の専門はある。しかし現場で処理していくところの警察官というものは、そういった一般公務員と違ったところのものを頭に持っていなければならぬ。おそらくそういうものを全部持つことができないから、理解することが非常に困難な状態にあるので、これを要約して、そうして警職法でもってきめたんじゃないですか。一般公務員との関係といわれるけれども、それはほんとうにあなたそう考えておられるのか。
○中川(董)政府委員 私、言葉の説明がちょっと不十分だったかと思いますが、すべて知るということは好ましいに違いありませんが、それぞれ公務員には分業がございます。その意味におきまして、警察官も他の公務員と同じように分業がございます。また警察官という組織の中にもそれぞれ分業がございまして、たとえば少年警察を専務とする警察官もございますし、犯罪捜査を主とした職務の警察官もございますし、交通を主たる職務とする警察官もございます。そういう分業に基いて機能的に運用いたしますので、この分業に基くということは、上は日本国憲法から始まるのでありますが、分業に基く事柄が的確に執行できるというふうに本人も心得べきだし、また本人が心得るように処置いたすべきである。その意味において、警察官職務執行法は、各種の分業される各警察官に対しては共通の原理であるが、この職務執行法をしっかり把握する。しっかり把握して、当該公務員が交通整理に当るものであれば、道路交通取締法をしっかり把握する。こういうことになろうかと思います。
○北條委員 関連しまして。ただいま乱用の問題について、阪上委員の質問が一段落したようでありますから、私、関連してお尋ねいたしますが、それは今朝の新聞で、産経、毎日、読売いずれの新聞にも、警視庁がこの警職法の改正によって権力の乱用のおそれがあるということで、警察庁としては、この乱用を防ぐための何らかの施行細則といいますか、通達といいますか、そんなものを計画しておるということが新聞記事として発表されております。私は、これは皮肉な見方をすれば、警察当局あるいは政府当局としては、職務執行法の改正案を出したのだが、それは大体乱用の問題が問題になるだろう。しかし、乱用については、極力乱用をしないように全力を尽しますという言葉で、大体今国会を通過させることができると初めは甘く考えておった。ところが世論が盛り上ってきて非常に抵抗が大きいので、これは世論をちょいとごまかさなければならぬということで、きょうのああいう発表になったのではないかと私は想像するのであります。つきましては、果して政府当局としては、きょうの新聞にあるようにそういうことを計画されておるのかどうか。もし計画されておるならば、起案されておるならば、それをこの審議中に資料として出していただきたい、こういうことを私は質問いたします。
○柏村政府委員 乱用を戒めるということにつきましては、極力そうしなければならないことは当然でございますが、今朝の新聞に出ておる関係につきましては、特に乱用を戒めることについて施行細則等を出すというような趣旨で発表したことではございません。ただ、きのういろいろお聞きになった新聞記者の方に、私また私以外の者も申し上げたと思うのでありますが、この改正についてはいろいろ誤解もあり、またこの法文だけで尽せない細目にわたる説明も必要であろう。従って、われわれも頭の中でいろいろとこれについて考えておるけれども、国会の論議を通してきょうも先ほど内田委員からああいう趣旨で詳細にわたって説明なりあるいは御意見なりがありましたが、そういうものを十分に整理し、取り入れまして教養の資にいたしたい。この執行法改正の暁には、これの執行について遺憾なきを期したいという趣旨のものを考えております。従って、それができるのは国会の審議が終って整理するということになるだろうということを申したことはございますが、現在施行細則というものを考えておるという段階ではございません。
○佐野委員 関連いたしまして。もし職務執行中において違反な行為がなされる、あるいは逸脱をするという場合には、被害者である国民は正当防衛権が認められるかどうか。その点はどういうように判断しておられるかをお聞きいたしたいと思います。
○中川(董)政府委員 警察官は、先ほどしばしばお答えいたしましたように、憲法及び法律の命令に従って職務を執行するわけですが、憲法、法律、命令によって与えられていない、それ以外の権限を行使する場合におきましては、おおむね――もちろん行為の態様によりますが、その行為の態様が急迫不正の侵害である場合におきましては、刑法三十六条の正当防衛権があるということになろうかと思います。
○佐野委員 たとえば二条の職務質問を受ける場合に、こういうふうに所持品を提出させ調べることができるとなっております。これは刑事訴訟法にいう捜索と紙一重の問題になってくると思います。そうすると、捜索であるからこれを拒否する。こういう場合において、私たちはそれを当然正当防衛として主張するが、あなたたちはこれを公務執行妨害であるという解釈ができるのではないかと思うわけです。こういう場合はどうですか。
○中川(董)政府委員 たとえて申しますと、現行の職務執行法でも同じでありますが、職務執行法に基く職務質問が行われる。そして第二項によって同行を求める、その同行を拒否した場合におきましては、それは仕方がございません。拒否することは許されたことであると思うのでありますが、それで、その警察官の職務執行法に定むる行為によって行われる限りにおいては、保護されるべき職務だと思います。
○佐野委員 警察官の裁量権というものが拡大されてきておるのです。こういう場合に、加害者の経験を持っておられる皆さんはそう感じられないでしょうけれども、われわれ被害を受けてきた国民の側といたしますならば、そういうあいまいな規定によって、あいまいな事項によって職務が執行される、こういうことから受ける被害というものは非常に大きいと思うのです。いわゆる人権の侵害という問題もあるでしょう。最近の判例を見て参りましても、たとえば蒲田事件にいたしましても、公安条例は憲法違反の条例である。この憲法違反の条例によって警察官が職務を執行してきた。しかしこれは憲法違反の条例なんですから、それに対する抗議をするということは正当防衛権の一つでもあると思います。また裁判は、これが違憲の条例であることを認めたのです。しかしながら公務執行妨害罪はあくまでも追及をされる。こういう問題がやはり起きてくると思うのです。
 それで、午前中青木国務大臣がおられなかったからほかの方にお聞きいたしたわけですが、今大臣がおいでになりますからお聞きいたすのですけれども、いわゆる警察法を見て参りましても、職務執行法を見て参りましても、あるいは軽犯罪法を見て参りましても、皆さんは得意になって権利を乱用してはならないという規定を入れておられるが、これは法律的には精神的な要件にしか過ぎない、道徳的な要件にしか過ぎない。しかし、現実的には人権は侵害されて参っておる。警察官の自由裁量権によって人権が侵害されておる。こういう現実がある以上は、この法律のもとに単なる精神的要件ではなくて、明確に――たとえば私たちが一番おそれるのは、これは必ず選挙運動に実施される。こういうことを私たちも考えておるわけですけれども、やはり国民も不安に思っておる。ですから、そういう公職選挙法には適用しないのだということを明確にしてもらいたい。あるいはまたその他のいろいろ問題になってくる法律、いわゆる集会その他の政治活動なり大衆運動に対しましてはこれを適用しないのだ、こういう明確な規定を入れることが大事ではないか。一体この法律の中に、国民の人権を保障する条文は具体的にどこにあるのですか。今まで加害をしてきたところの警察官、国民に大きな迷惑をかけてきた諸君、そういう皆さんの気持からは、被害を受けておる国民の気持は理解されないでしょうけれども、しかしながら、こういう自由裁量権を拡大すると同時に、この法律の中に、基本人権を保障する規定を明確に法律で定めるべきではないか、そうでなければ片手落ちな法律になるのではないかと思う。こういう点に対して午前中もお伺いしておったのですが、大臣がおいでになるので、大臣のお考えを承わりたい。
○青木国務大臣 この法律に、御指摘のような条項を入れるまでもなく、これは当然なことなのでありまして、警察法あるいは警察官職務執行法においても、憲法に規定する基本的人権の尊重、その問題は規定するまでもなく当然やるべきことなのでありまして、特別の規定はいたしておらないわけであります。いろいろな集会その他の場合におきまして、正常な集会、あるいはデモにいたしましても、これに対して警察官が干渉すべきものでないことは当然でありますので、正常なものに対しては干渉してはいかぬということを書くまでもなく、正常な集会等に対して警察官が関与することはあり得べからざることでありますので、当然のこととして規定をいたしていないのであります。正当な行動は、一々規定するまでもなく、私どもは当然守らなければいかぬと考えておるわけであります。
○佐野委員 しかしながら、あなたたちは大臣をおやめになればそれでよろしい、岸内閣は崩壊していけばそれでよろしい。しかし法律は厳然として残るわけです。そこに拡大解釈がされ得る、基本的人権が侵害され得るおそれを包んでおるあいまいな条項がある。これに対して、単に国会における論議は終始徹底するのだ、これでは済まされないと思うのです。道路交通、取締法ができたときに、だれがこれを労働運動に適用するなんて考えていたでしょうか。現在すでに解釈上適用するのだということは、末端の警察官にまで、道路交通取締法が労働運動を取り締る一つの法規だという工合に教えられておる。そういうふうに変ってきておる。これをしないのだというのじゃなくて、法的に明確なる規制を設けなくちゃならないのじゃないかという点をお聞きいたしておるわけでありますし、私も大学に行って参りまして、母校の教授たちに会うと、おそらくは保守派といわれる憲法学者でも、この警職法に対しては憲法違反のおそれが十分あるという点を心配しておられる、これは事実であろうと思うのです。どんな古い憲法学者といえども、あなたたちの憲法調査会にきている憲法学者に示しても、善良なる国民でも、おそろしい法律ができたのだなあということは、だれしも直観的に感ずると思う。そういう危険な条項が含まれておる。ですから先ほど阪上さんも質疑いたしております通り、刑事の場合におきましても、いわゆる憲法において基本的人権をいかに尊重しなければならぬか。このためにやむを得ない場合においては刑法なり、刑事訴訟の手続をもって、厳格なる規定と手続をもって基本的人権を尊重するのだ、これほどきびしくやっておるのですよ。いわんやそれに対しまして、行政の問題に対しまして、これはおかしいじゃないか、裁量権を逸脱しておるじゃないか、違法じゃないか、不法じゃないかということを抗議すれば、公務執行妨害ということで、当然刑事的責任を問われる。こういう大きな内容を持っておる。憲法の基本的人権が警察官の認定によって侵害される。こういうことが明らかであるにもかかわらず、これを阻止するところの条項をなぜ入れることをあなたは拒否するのですか、なぜ入れようとなさらなかったのですか。そこに国民は一つの疑惑を持っておる。
 私は大学に行って、司法省が寄贈した社会運動取締法規一覧表というものをもらいまして見てみますと皆さんの言われる、そういう危険がない、そういう危険がないということが、公安の秩序、公共の安全という解釈の中に、法規の問題でなく解釈の中に、判例その他を中心として取り上げられておる概括的な内容というものは、皆さんの説明とほとんど同じものだと思うのです。そういう工合にやっぱり逆用される危険性を持っておる。こういう点に対して、当然この法律におきましては、そういう憲法違反、刑事訴訟法によって厳格なる規定を設けておられるにもかかわらず、この法を適用することによってそういう厳格な規定を免れて、しかも憲法で保障されておる基本的人権さえも侵害することもでき得るという可能性、公安の秩序あるいは維持という名のもとにできるということ、こういうことに対して国民も不安に思うので、私たちもこれからの逐条審議においてどしどしこれらの点を追及していきたいと思いますが、こういう重大な内容を持つ法律に対して、なぜ規制事項を設けなかったか、こういう法律によって、警察官によってわれわれの基本的人権の侵害を受けたときは、当然正当防衛――三十六条並びに三十七条における権利をわれわれ持っておることをあなたたちはここで約束いたしますか。
○中川(董)政府委員 ただいま佐野さんの御指摘がありましたように、犯罪行為に対する法律の立場としてこういうことが言えようかと思うのでございます。すでに行われました犯罪に対しましては、刑事手続によりまして真相を明らかにいたしまして、裁判所の判定によって刑罰権を発動する、こういう作用がございます。警察官はそういう作用も行なっております。これを刑事訴訟法においては司法警察職員という言葉を用いておるわけですが、そのすでに行われました犯罪に対しまして、そういう作用を果す重要な責務もございますが、いかなる行政法学者もお認め願っておるのですが、そういうすでに行われた犯罪以外において、いわゆる犯罪の防止のため、または危害の防止のため警察作用というものがあり得る。その警察作用を無制限に許すことによっては問題が多いことと思いますので、無制限に許さないで、先ほどもしばしば申し上げましたように、国民相互間の基本的人権の調和の目的をもって、法律で制限を加えて、犯罪防止のための作用を行う、あるいは危険防止のための作用を行う。こういうことを警察官に、そういう国民の福祉のために、公共の福祉のために認めるということは、日本の憲法の容認するところと申すよりも、むしろ期待しておるところ、こう考えざるを得ないのであります。しかしてその場合において、二条以下各条文ともそうなんでございますが、それに該当する場合を、この法律案は明確に規定しております。その明確に規定しておりますことについて、警察官が公務として執行することは、公共の福祉のために、言いかえれば国民の共同生活のために公務として保護さるべき性格を持っているものであると考えるのであります。ところが、たとえばこの法律によって、泥酔のためにかくかくの状況を来たした者につきましては、警察官は保護できるのでありますけれども、泥酔者ならざる者を泥酔者なりとして警察官がやった場合は、三条の保護ではございません。従いまして、三条の「保護」の公務としての保護を受けない。こういうことになりまして、一般の公務としての保護を受けませんから、それぞれ法律に基くところの制裁等を受ける、または責任を有する。こういうことに相なりまして、各条文とも場合を明確に規定しておりますので、御心配の点はなかろうかと考えるのでございます。
○阪上委員 さらに乱用防止の対策について伺いたいのですが、この法律の職務執行に当っては、条文をながめてみますと、「合理的に判断して」とか、「相当な理由がある」とか、あるいは「必要と認めるとき」とか、「著しく」、こういう言葉が判断の基準となる言葉として使われております。個個の警察官の主観的な判断によるべきでないことは明らかでありますが、こういったものに対するところの判断の基礎を、あなた方は一体どういうふうにお考えになっておるのですか。
○中川(董)政府委員 ただいま阪上委員のおあげになりました、たとえば「合理的」とか、「相当」とか、「已むを得ない」、こういう言葉は確かにございます。それは客観的に「合理的」であり、客観的に「已むを得ない」のであり、客観的に「危害を加え」という意味であることは疑いを入れません。ただし、警察の仕事は、御了得いただきたいと思うのでありますが、千変万様の社会生活の中におきまして、国民共同の福祉のために警察活動をいたしますので、ケース・バイ・ケースで「合理的に判断」するという文字を用いる以外に、縦何寸、横何寸という形においての明確さということは、事柄の性質上、警察官の職務の実体――社会生活の中に入って、国民とともにお互いの共同生正活を守っていくという立場に立ちますので、他の法令、たとえば銃砲刀剣類等所持取締令にございますごとく、五・五センチとか、こういう長さや幅ということでは表わしにくいところが確かにあるのであります。それにつきましては、国民共同の見地から、そういうふうに「合理的に判断」されるという性格を持っておりますので、その性格に従いまして、国民とともに明確に判断されるべき性格のものであると考えます。他の法令によく見られるように、縦何メートルとか、横何メートルとかいう性格の持ちがたいものであるということを、警察の実際にかんがみて御了得いただきたいと思うのであります。
○阪上委員 平たくいえばそうなるかもしれないのですが、私が聞きたいのは、そういった言葉の範囲、判断、解釈の限度というものは、やはり法律とか条例とか、そういったものに基準を置かなければならぬと私は思うのです。ただ単に漫然と「合理的」であるとかなんとかいう言葉によって判断していくということは許されないと私は思うのです。その場合に、先ほど言いましたように、四十幾つにもなんなんとするところの関係法令をしっかり警察官が頭に置くための手段というようなものは、一体どうすればいいかというようなことにつきましては、先ほども質問がありまして、学校その他によって教育するんだ、こう言っておられる。しかし、むしろそういった下級の警察官が判断することよりも、上級の警察官、幹部あるいはそれ以上の方々が、どういうふうにしてこの警察権限を行使していくかということに問題点があろうかと私は思うのです。巷間一般には、何か現場の警察官がそういうことを判断するには適当な教養を持っていないとか、何とかかんとか言われておりますけれども、むしろ、私は逆ではないかと思うのです。そこでお伺いしたいのですが、この警察官職務執行法の執行に当って、警察法の六十三条は適用されるのかしないのか、もちろん私は適用されると思うのですが、どうですか。
○中川(董)政府委員 警察法六十三条は、御案内のごとく「警察官は、上官の指揮監督を受け、警察の事務を執行する。」という規定でございます。警察は公安委員会の管理のもとに職務を執行する組織体でございますので、この規定は適用がございます。
○阪上委員 そこに問題が出てくると思うのであります。私は下級の警察官よりもむしろ上級の人々、最高の幹部であるあなた方、そこに問題点があるではないかと思うのです。過般の和歌山のあの乱闘そのものをながめてみましても、警察官はやはり忠実に上司の命令を受けて行動している。また、その場においての命令ではなくても、日ごろのいろいろな教育その他の面で命令を受けているという形において行われているのであります。そこで、この際お伺いしたいのです。下級の警察官の教育がどうのこうの、そのことが乱用防止だというような見解を持っておられるのは逆だと言いたいので大臣にお伺いいたしますが、こういった最高の指導をする人、あるいは命令を出す人の教育に対して、一体どうお考えになっておりますか。何かそういう措置をとっておられますか。
○青木国務大臣 警察官のいわれる上級職員と申しますか、幹部と申しますか、その幹部の職員の採用につきましては、御承知のごとく、特別の採用方針によりまして、一般の警察官と違って、上級職員としての資格を持つ者を採用いたしておるのであります。なおそのほかに、上級職員になる者につきましては、常にその立場にある者としての教育と申しますか、訓練と申しますか、そういうことをいたしまして、上級職員としての資格に欠くることのないよう不断の注意をいたしておるのであります。もちろん国家公安委員会におきまして、上級職員の任命はこれをいたしておるのでありまして、国家公安委員会におきましても、任命するに当りまして、そういう資格があるやいなやということにつきましても十分注意いたしまして、いやしくもそういう資格に欠くる点があるような人につきましては、その際それを採用しないようにいたしておるわけであります。一般の巡査のように、学校に入れるとかいうようなことはいたしていないのであります。しかし、そもそも採用する最初から上級職員たる資格を有する者を採用いたしておるのでありまして、国家公安委員会におきましても、その点は不断に十分注意をいたしておるのであります。
○阪上委員 重ねて申し上げますが、やはり一党一派の政治に偏して、一つの政策に加担して、警察の厳正中立を守らないような人々が命令を発して、警察官は機械的に動いていくという状態、そういう乱用のおそれがはるかにあるということを特に言い添えておきます。
 この法律の適用範囲について一、二伺ってみたいと思います。区域については、警察法六十四条の制限でよいと思うのであります。そこで、外国人、ことに米国人に対してこれが適用されるのかどうか、軍人に対しては一体どうなのか、合衆国軍人に対してはどうなのか、その他の外国人に対してはどうなのか、そのことを伺いたいと思います。もちろん日米安全保障条約第三条に基く行政協定、これに基く合衆国軍隊の使用する施設または区域内における警職法の適用については、ある程度明文があろうかと思います。しかしながら、その他の外国人、ことに軍人、軍属あるいは家族、そういったものについて、一体この警職法は、その職権の行使についての明文は私はないと思っておりますが、解釈はどうです。
○中川(董)政府委員 警察官の職務執行の区域につきましては、現行の警察が都道府県警察でございますので、当該警察官の属する都道府県内において権限を行使することを原則といたします。たとえば山口県の警察官は、山口県内で職務を執行することを原則といたしますが、関連した事件の特別の場合、たとえば移動警察のごとき場合におきましては、県外でも職権行使ができる。こういうことを建前としております。その制限はございますが、自分の管内である限りにおきましては、外国人であろうと、国籍のいかんを論じない。こういうことに相なるわけであります。ただし、国籍のいかんは論じませんけれども、他の法令の制限を受けることがある。御指摘がございましたように、日米安全保障条約に基く行政協定によって官報で告示する施設、区域内につきましては、若干の制限がございます。そういう他の法令による制限はございますけれども、国籍、人種、性別、そういうことによっての差異はございません。憲法の平等の原則が働くのもこのゆえかと存じます。
○阪上委員 原則はそうでありますが、しからば、現実に合衆国の軍人の家族、軍属、そういったものに対しては、現行法でもあるいは改正法律でも全条が適用されますか。
○中川(董)政府委員 全条が適用されます。ただし、日米安全保障条約に基く行政協定による施設、区域内につきましては、行政協定の制限を受けます。
○阪上委員 私の研究によると、全文は必ずしも適用できない。刑事裁判権その他の捜索あるいは差し押え等の犯罪捜査、こういったものに対する職権の行使については、刑事特別法というのがございます。この三章に明らかにされておるが、必ずしも全条が適用されるというような解釈はできないと思いますが、どうですか。
○中川(董)政府委員 御指摘の刑事事件につきましては、日米安全保障条約に基く刑事事件の特別法がございまして、たとえば施設区域内の捜索、差し押えにつきましては、向うの司令官の承諾が要るとか、こういう制限はございますけれども、この職務執行法の規定は、そういった日米安全保障条約に基く制限があることはありますけれども、この職務執行法全体としては、そういう制限を受けた範囲においては全条適用できると考えております。
○阪上委員 警察法の第二条の目的には個人ということを明白にしております。個人であるならば、もちろんあなたがおっしゃるように、外国人であろうと日本人であろうと、わが国内に居住しておる者については、すべて適用されるのが原則であります。ところが、今言われたような場合において、特定のその場所の管理者であるとかなんとかいう外国人、それの許可がなければ入って行けないというのが現実じゃないですか。
○中川(董)政府委員 私、いつも御答弁するときに繰り返して申しておりますように、日米安全保障条約に基く行政協定による施設及び区域につきましては、いろいろ制限があるにとは事実であります。これはこの法律の制限でなくて、日米安全保障条約に基く制限、言いかえれば日米安全保障条約に基く行政協定の施設区域内における制限である、こう理解しておるのであります。
○阪上委員 次に私は、改正の要綱の中で、これは逐条に入りませんので二、三質問したいと思います。先刻もこの委員会で問題になりましたが、凶器とは一体どんなものかということについて、もう一度一つお話し願いたいと思います。
○中川(董)政府委員 昨日も申し上げたと思いますが、凶器という概念は判例上やや確立した概念でございます。これを分類いたしますと、性質上の凶器、用法上の凶器ということを用いてあります、その凶器が入ることがまず第一。そのほかに入りますのは、その凶器に当らなくとも、身体に危害を加えることのできる物件、たとえば毒物、劇物のごときは、その他の身体に危害を加えることのできる物件であろう、こう理解する次第であります。
○阪上委員 デモ隊が使う旗ざおは凶器ですか。
○中川(董)政府委員 あの示威運動は、憲法に保障された表現の自由でございますから、その示威運動に使う旗ざおにつきましては、凶器でございません。ところが態様によりまして、示威運動に使う旗ざおの範囲を越えまして、たとえば人を殺傷するに足る状況で、先がとんがっておるとか、そういうような状態、すなわち人の身体に危害を加えることができる状態が客観的にある場合、すなわち表現の自由の範囲を逸脱されたと認められる限度におきましては、この物件に該当すると考えますが、一般的には、表現の自由に基く通常使われる旗のごときは入りません。
○阪上委員 ついでに伺っておきますが、報道陣のカメラは凶器ですか。
○中川(董)政府委員 社会通念で考えられるカメラは、相手の表情を撮影する器具でございますから、凶器ではございません。
○阪上委員 過般の和歌山乱闘事件その他において、ずいぶん取材記者が持っておるいろいろなテレビの道具であるとかなんとかいうものがぶちこわされたり、一時保管されたりしております。精神的な脅威かもしれないのですが、こういったものまで凶器だという考え方を持たれるということは、われわれは非常に不愉快なことなんですが、おそらくそういうことはないと思いますけれども、しかし差し押え没収の処置がとり得るものというようなものについては、いろいろな法律によって規定されておる。でありますから、ここにうたわれておるこの条文から考えてみましても、そういった法律によって規定されているもの以外に、無制限にこれは執行しようという意味にとれて仕方がない。おそらくその目的は、私の考えでは、これは証拠物件として押収するのだという考えがあるのではないかと思うのですが、その点どうなんです。
○中川(董)政府委員 職務執行法二条、三条に掲げておりますところの凶器または身体に危害を加える物件につきましては、当委員会でしばしば私が申し上げたことについては、全然私、誤まりないと確信するものであります。ところが、この職務執行法という問題とは別に、犯罪が行われた場合、たとえば殺人罪が行われた場合、傷害罪が行われた場合、または暴行罪が行われた場合、そういった犯罪の証拠となるべき物件等につきましては、刑事訴訟法の定めるところによって押収されるとかいう場合には、刑事訴訟法の、すなわち真実発見の手段として押収される。こういう点は、この法律の問題でなくして、刑事訴訟法の問題としてあり得るということはむしろ当然かと思うのであります。
○阪上委員 それでは次に保護関係についてお伺いいたします。今回の改正条文を見ますると、保護の対象が非常にふえております。虞犯少年であるとか、あるいは触法少年であるとか、あるいはまた自殺者であるとか、こういうふうに非常にふえてきております。そのふえた理由というものは、われわれも考えられないことはありません。しかしながら問題点は、一体そういった今申し上げたような新たにふえたようなもの、これが果して警察権によって保護し得るものであるかどうか。警察行政権によって保護する以前に、これを愛護しなければならぬ性質のものではないかと私は思うのであります。世界各国の例を考えてみても、わが国ほど青少年に冷淡な国は私はないだろうと思っているのであります。その意味におきましても、最近のいろいろな触法少年あるいは虞犯少年の例をながめてみましても、その原因というものがどこにあるかということが、私は問題になってくると思うのであります。一体その原因をあなた方はどこに求められ、そしてその原因をどういうふうにして処理していくか、これについては、警察行政権の範囲ではないと私は思いますが、その点について大臣から直接伺いたいと思います。
○青木国務大臣 お話のように、最近青少年の犯罪が増加の傾向にある。虞犯少年、非行少年等が増加の傾向にある。これに対する対策と申しますか、青少年を守るということにつきましては、御指摘のように、私ども警察が本体でないということはお話の通りでございます。言うまでもなく、青少年の不良化の原因につきましては、いろいろな面からこれを検討し、これが対策を立てなければならぬと思うのであります。教育との問題もあるでありましょう。あるいは環境の問題もあるでありましょう。いろいろな面からやらなければなりません。それからまた青少年保護につきましては、少年法なりその他そのための法律もありますし、またそういう特別な措置によって青少年を見守っていかなければならぬことは当然であります。ただこの警察官職務執行法の考え方は、街頭においてそういう少年がおりまする場合に、警察としてもこれに協力して、とりあえず保護をするということなのでありまして、青少年問題を警察が解決するということは、取締りだけで解決すべきものでもありませんし、また解決できるものでもないのであります。ただ警察は、街頭に立っておりますので、警察官がそういう少年をとりあえず保護する、こういう責務を果したい。これだけのことなんでありまして、根本的には、お話しのように青少年対策というものは警察とは別に考えなければいかぬ問題である、かように考えております。
○阪上委員 昭和三十一年度の非行少年の数、これは私の方で持っておりますが、二万九千名に達しておるわけであります。強盗が二千三十三件、強姦が二千五十三件、窃盗が八千七百七十件、粗暴、わいせつ含めまして六千六百二十七件、こんなふうな数字に上っております。それからまた虞犯少年とか、いわゆる問題少年、概していうならば、これは非行少年といってもいいのじゃないかと思いますが、これの警察に補導されている者というのは莫大な数に達しております。三十一年度の統計によりましても、四十五万六千五百という膨大な数に達しております。こういったものすごい非行少年が続々と出ておるという事態について、ひとまずこの警職法関係は別におきましても、こういったものに対する防止手段は、文部省なり、厚生省がとらなければならぬ手段ではないかと私は思うのであります。こういった問題があと回しにされて、警職法が出てくるところに私は問題点があるのではないかと思うのでありますが、その点について、だれか文部省あるいは厚生省からおいでになっておるならば、どういう措置をとっておられるか御答弁願いたい。
○高田説明員 厚生省の関係について申し上げますと、御承知のように、児童福祉法に基いて児童の福祉をはかることが私どものやるべきおもなことでございます。それによりまして不良化防止の問題、あるいは不良化した少年の保護の問題をやるわけで、特に防止の問題については、非常に広い範囲にわたるわけでございますので、結局、社会の理解と協力に基いたいろいろな方策が積み重なってその目的を達し得るものと考えておるのであります。
 さしむき私どもの方でいろいろやっておりますことの一端を申し上げますと、組織といたしましては、そういった少年を扱う役所といたしましては、地方に児童相談所があり、あるいは社本福祉事務所があり、あるいは民間のヴォランティアとしては、いわゆる児童委員というものがありまして、これらがすべてのそれらのおそれのある少年、あるいは不良化した少年のお世話をする、そういう役割を持っておるのでございます。これらを健全に育成する立場からすれば、身体的な面もありますし、精神的な面もありますし、あるいは社会的な面もありますが、身体的な面等は一応除きまして、やはり環境の問題が一つの問題点でございます。これについては、御承知のように映画であるとか、出版物であるどか、児童に対してよきものを提供して、悪きものを避ける。もちろん事柄の性質上なかなかきめ手というものはないわけでございますけれども、私の方としては、児童福祉審議会等の機能を活用いたしまして、そういうような線に沿った措置を行なっておるのでございます。
 それからなお、それらの者が健全に育成されるためには、よき遊び場、よりどころというものを提供することが必要でございますので、そういう意味において、あるいは児童遊園の問題、あるいは児童館の問題、さらに法律に基いて取り扱っております保育所等々ということになりますと、直接的にはそれを目的としたものではございませんが、間接的には相当大きな役割を果しておるものだと思います。
 それから、具体的にそういった児童を発見いたした場合においては、児童委員なり、児童福祉司の指導に付したり、あるいは児童相談所の指導に付したりというようなことも行いますと同時に、施設に入れる必要のある者、すなわち不良の児童につきましては、たとえば教護院に入れる必要のある者については、これを教護院に入れて教護を加えるというような措置をとることになっておるのでございます。何と申しましても、やはり家庭における児童、すなわち両親を中心とした家庭における取扱いと申しますか、そういうような点が、児童が不良化する、あるいは間違いを起すということについては非常に大きな影響力を持つものでございますが、それらの点については、たとえば母親クラブであるとか、児童指導班等のクラブ活動を通じて、それらの指導に努めておる次第でございますが、これは何しろ対象が非常に多うございますので、不十分な点は現在のところ免れません。しかし今後の問題としてはその面に相当重点を置いていかなければならないものと考えておるりのでございます。
 大へん広範な問題でございますので尽せませんけれども、詳細な点につきましては、また御質問によりましてお答え申し上げたいと思います。
○宮地説明員 青少年の健全な育成につきましては、消極的な不良化防止という面ももちろん大事でありますが、積極的に健全な育成方策を打ち出すことも非常に重要と考えまして、文部省といたしましては、御承知のように学校教育、社会教育両面にわたってやっておりますが、特に社会教育の面におきましては、中学校卒業後、上級学校に行けないそういう勤労青少年を対象といたしまして、そういう少年がマス・コミの悪い影響から侵されないように、従って不良映画を見ないで、積極的によい映画を見せるために、よい映画を選定してそれを普及するような措置とか、あるいは進みまして青年学級を大いに振興するとか、またスポーツ、レクリエーションの振興、特に青年の家などの建設を大いにやっていく。それから、これは特に青少年だけということではありませんで、一般の社会教育施設ですが、公民館等の活動を活発にいたしまして、青少年の健全な育成をはかるように努めておる次第でございます。
○阪上委員 厚生省にしても、文部省にしても、それぞれ適当な措置を講じておる。こうおっしゃるのでありますけれども、私の目から見れば、それは全く子供だましのようなものであります。諸外国の例などを私はここで引いて申し上げたいと思うのでありますが、時間の関係上割愛いたしますけれども、全くなっていない。そういうことが今日の非行少年を続出せしめている大きな原因であります。従って、こういう警職法にたよるよりも、むしろあなた方の方でもっともっと力を入れて、非行少年の発生することを防止するあらゆる積極的な熱意があってもしかるべきだと私は思うのです。ところが、今伺いましても、児童福祉法にあるところのいろいろな福祉施設を羅列されましたけれども、名称はそういうように記載されておりますけれども、果してほんとうに青少年がこれを利用し、その恩恵に浴することができるほど数多くできておるかどうか。図書館にしても、博物館にしても、体育施設にしても、青少年の家にしても、文部省は今言われましたけれども、一体どれだけできておるか。こういった点を考えて参りますと、この警職法という法律によって、青少年がこのような形で取り締られていかなければならぬという状態は全くみじめだと私は思います。こんな情ない国はないだろうと思っておる。なぜ、もっともっと青少年というものを大事にしないんだ。青少年なんというものは保護すべきものではないのです。福祉法にもはっきりうたっておるじゃありませんか。これは愛護すべきものだということは、はっきりうたっておる。もっともっと愛の高い見地から青少年を包含してやらなければ、幾ら警察権限をふやしていって、そうして青少年を保護しようといったって、結局その大もとを断ち切ることはできないだろうと私は思う。今日こうして警職法が大きな国の世論を巻き起しておる。その中には、いろいろな条章に対する問題点が言われておりますけれども、私は、国民のひとしく心配しておるのは、青少年に対する愛の手が差し伸べられていないにもかかわらず、一方において、うみを出すための一時的な手段として、警職法といったものを対象として取り上げなければならぬというところにあるのじゃないかと思います。私はこういう点が、今回この法律案が出されると同時に遺憾に思った点でありまして、私はさらに文部当局あるいは厚生当局に対してお尋ねしたいのです。青少年対策などというものについて、岸総理は、非常に声を大にして国策として取り上げられておりますが、あなた方は一体どの程度にお考えになっておるか。(「厚生大臣を呼んでこなければいけない。」と呼ぶ者あり)いずれ厚生大臣、文部大臣に御出席を願って質問したいと思います。
 そこで私は一つ聞きたいのですが、青少年がそういう非行をやる原因をあなた方はどうにらんでおられるか。厚生省、文部省がそれぞれ同じ見解を持っておられることと思いますが、この際はっきり所見を伺っておきたいと思います。ことに当面の行政にタッチしておられる両課長に特にお伺いいたしたい。
○高田説明員 不良化する原因につきましては、もちろん御承知の通りに非常に多くのケースがあることは言うまでもございませんし、一つ二つの要素だけでそうだというふうに割り切ってしまうことは決してできない問題だと思うのであります。さきに、これは特殊な児童でありますけれども、不良児童を教護するための教護院に入っております児童について、一体どうしてそういうような状態になったかということについて調べたことがございます。もちろんこれは特殊な児童でありますし、限られた範囲のものでございますし、調査の方法等にもいろいろ問題がありますから、すぐに全体がそうだというふうには言い切れないと思うのでございますが、それによりますと、家庭が非常に大きな影響があるということが数字上も出ているわけでございます。家庭と申しましても、御承知のようにいろいろあるわけで、たとえば両親がないものであるとか、あるいは片親がないものであるとか、そういう構成上に欠陥がある場合もありますし、あるいはまたあまりにも溺愛をする、あるいはまたあまりにも等閑視をする、そういうしつけの面でいろいろ問題があるものもございますし、また家庭が乱れておる、あるいは非常に貧困である、そういった原因に基くものもございますが、しかし決してそれだけで不良になったということは言えないわけで、そのほかの社会的な諸条件がからみ合ってそういうことになったと考えなくちゃならないわけでありまして、そういう意味からすれば、やはり社会的な環境の問題でありますとかいろいろな問題を考えなければならないわけでありまして、そういう意味で家庭の問題、あるいは社会環境の問題――もちろんこれは福祉の立場から全部を追うということはできないものでございますけれども、こういった問題について、それぞれの立場からできるだけのことをやっていく、そういうふうな考え方でおるわけでございます。
○宮地説明員 私の方では、別に科学的に調査をいたしておりませんので、一説明員が、調査してない、あまり十分でないことを申し上げましても恐縮でありますが、そういうような関係で調査に基いてこういう原因であるということを申し上げられないのが遺憾でありますが、ただ感じますところは先ほどのお話のように、一つ一つ分けて考えるべきではなくて、総合的によってもって不良化していくのであろうと思います。ただその心がまえ、性格が弱いとかいった本人そのものに基因する点もございましょう。また家庭が特に経済的な事情とか、あるいは両親の関係とか、そういう家庭的な条件、また同時に一般の社会環境、好ましからざる社会環境、こういったことでそういうものがよってもって不良化するのではないか、そういうふうに考えます。
○阪上委員 これは政策問題でありますから、やはりもう少しはっきりした大綱を述べていただかなければ、私としては納付できません。従って別な機会にそういう機会を作っていただくように委員長にお願いいたしておきますが、この際、こういう大事なさなかでありますので私は申し上げておきたい。
 青少年が非行化していく問題は、非常に社会的な欠陥に基くものが多いのです。それからまた近代の機械化文明の中で働いている労働が、非常に精神的な緊張を要求されておる。ここに一つの原因がある。もう一つは、言うまでもなく現在の社会、資本主義社会が生んだ不良文化財です。
 私は一昨々年でありましたか、これは文部省の方々の協力を得て、西ドイツの方を回ってきました。向うの青少年活動、青少年に対する施策などというものは、わが国が現存やっておるようななまやさしいものではありませんよ。一例をあげてみましても、青少年保護関係の法律などというものは十幾つもになんなんとしております。青少年の福祉法であるとか――これは日本にもありましょう。また非常に思い切った範囲できめられておる盛り場の徘回禁止法、こういったものも特別に作ってある。そうして警察官職務執行法というようなもので概括的にこれをしぼって、なかなか判断がつかないような条件のもとにそういった非行少年を取り締るというような行き方ではない、はっきりとしたそういったものを作り上げております。あるいは養子縁組の簡易法というようなものを作っておる。就職することができない子供、孤児、またいろいろな関係でもって人種的な偏見まで与えられてどうにもならない子供に対して、市町村長が後見人となるような形の法律まで作られている。それから不良文書の駆逐法、こういったものもあります、これは言論の自由を圧迫するおそれがあるということで、三年間ももみにもんだ法律だそうでありますが、いずれにしてもそういうようなものができておる。これは私が帰って来てからできたのです。また少年労働に対しては、単独法でもって少年労働法ができておる。また余裕住宅の収用法というものも青少年のためにできておる。避難民法もありましょう。わが国では、少年刑法なんというものは児童福祉法の中に一章を設けて入っておるのでありますけれども、向うでは堂々たる少年刑法をちゃんと作っておって、そうして基本法でもってはっきりと青少年の非行が防止できるような方向を、社会政策として打ち立てておるのです。ところが、わが国の青少年に対する心がまえというものは、ようやく警職法でもって対象が取り上げられてきているというような程度にすぎない。しかも先ほどからお話のありますように、警察権でもって青少年を取り締るなんということは愚の骨頂なんです。そういうことは相なるべくんばしてはいけないのです。ところが一方において、先ほどもお話し申し上げましたように、福祉行政がちっとも先行してないために警察行政がのさばってくる、こういうことになっておるのです。今日警職法というものは世間で非常に大きな問題として取り上げられておる。そういった一半の責任は文部省や厚生省にも私は十二分にあると思う。そういったことにつきましては、きょうは大臣がおいでになりませんのでこちらも張り合いがありませんからこの程度でとどめたいと思いますが、いずれにいたしましても、今日の青少年というものは、先ほど言いましたような社会的な一つの悪の中で身をもだえておるのであります。母親が子供を産むときに、非行少年だということを限定して子供を産んでいるものは一人もいやしない。私はこの法律の改正を見ながら、特にこの青少年の保護については全く憤慨しておるのです。私は、こういうような法律が出てくる責任というものを、厚生省だとか文部省だとかはしみじみと考えてもらいたいと思う。
○北條委員 関連して。高田児童局長が見えていますから聞きますが、今回の警職法の法文そのものにはありませんが、警察当局は、ついに「虞犯少年」という新語を作ってきたわけであります。私は、この言葉はいい言葉ではないと思います。ぐはぐでも、愚という字をつけるのならまだ話がわかる。ばかなんだから罰を犯すというので、愚かに犯すという「愚犯」という字をつけるのなら話はわかりますが、そういう点について、今阪上君から少年の問題について盛んに質問されておりましたが、児童局長は、この虞犯少年という新しい言葉が、あなたの感覚から適当であるか、あるいは青少年問題中央審議会あたりでそういう問題が論議されたか、その点についての所見をお聞かせ願いたい。
○中川(董)政府委員 高田政府委員からお答えになる前に、職務執行法の問題について若干誤解がありますからお答え申し上げます。
 ここに改正案を提出しております中に、虞犯少年という言葉は見当らないのでありますが……。
○北條委員 いや、私は法文にはないということを言っている。あとで速記録を見ればわかる。私はそういうことを言ってないんです。
○中川(董)政府委員 それから次に、いろいろ阪上先生のお話も拝聴しておったのですが、結局私は、少年保護の根本精神はやはり愛護の精神であるという点については全く身にしみて傾聴しておったのですが、そういった愛護の点について、少年裁判所の一環としてその福祉の愛護処置がとられやすくなるように、現場の処置として引き継ぐ。公けの機関が保護するという少年を発見いたしまして引き継いで、公けのあたたかい保護が行われるようにするのが改正法案の内容でございますので、取締りとかなんとかいうことではございませんので、その点誤解のないようにお願いいたしたいと思います。
○高田説明員 児童につきましては、先ほど来お話がございましたように、やはりどこまでも愛護する気持で、福祉の考え方で進めていかなければならないことは言うまでもないことでございまして、その意味において、児童についての取扱い方般について、その精神で私ども貫いていかなければならない、かように考えております。
○北條委員 高田児童局長、虞犯少年という言葉が今度できるんですよ。その言葉は、私は決して妥当な言葉でないと思うので、それであなたの所見を聞いたんですが、今のようななまぬるい返事を聞いたのですけれども、それではあなたはこれだけ言って下さい。中央青少年問題審議会――一応この際早急にこういう言葉を警察当局は使おうとしておるが、是なりと考えるか非なりと考えるか、これを一つ聞いておきますから、当委員会に審議中に返事して下さい。
○阪上委員 虞犯少年という言葉は使われていないのでありますが、そのおそれのあるということで、これは要約してできた一般通念として使った言葉であります。そこで先ほどからもいろいろと御質問申し上げているように、やはり青少年の保護ということについては、まず第一番に生活保障というものがなされなければならぬ。就職の状態その他につきましても、私はあなたの方の資料によって知っております。しかし、あの資料はほんとうの心底をついたものではないということは、はっきりしております。ことに文部省から出ている資料のごときは、就職希望と求職あっせん依頼というようなものの数字をあげ、卒業者の数をあげておるということであって、現実に就職した者の数字というものははっきり出ていない。そうしてそのトータルが九九・何%になるということ、中学生については、あるいは、高等学校生については何ぼある、こういうことが出ておりますが、これは現実とだいぶ違っている。私は、やはり生活保障ということをまず第一番にやらなければ、何ぼ警察権を使ったって青少年の非行を防止するなんということはできないと思っております。もし生活保障ができなくて、そうして犯罪を犯すおそれのある少年なんといったら、一体どれだけ数があるんですか。また自殺のおそれのあるという言葉を使っておりますが、前の行政執行法では、たしか自殺を企てる者、こういうことになっておったと私は記憶しております。今度の場合などは、自殺のおそれのある者ということになっております。私は自殺者の数を調べてみますと、約六〇%に近いものは、やはり生活苦あるいは前途を悲観した者、そういったところから来ている自殺者が多いのであります。もし、そういうことだというならば、貧乏な国民の大半というものは自殺のおそれのある者なんです。こういった自殺のおそれのある者という解釈を非常に拡大しておるということは、私は、これは何か企図するところがあるのではないかというふうに考えます。こういった点についてもいろいろと御質問申し上げたいのですが、だいぶ時間をとりましたので、なおまた文部大臣あるいは厚生大臣、そういった方々にもお伺いしたいと思いますので、質問をこの際保留いたしまして、次の質問者に譲りたいと思います。
○鈴木委員長 下平正一君。
○下平委員 時間もあまりございませんし、国会正常化で、あまり国会議員が労働基準法の違反をしてはいかぬと思いますので、要点だけの質問をいたしたいと思います。この法案は、総理も言いましたし委員会でも言いました通り、非常な慎重審議をされるということになっておりますので、いずれまたあとで多くの質問の時間が与えられると思いますから、きょうは二、三の点だけについて質問をいたしたいと思います。
 先日からも質問になっておりました手続上の問題について若干質問をいたしたいと思います。主として大臣に御答弁をいただきたいわけでありまするが、今回の警職法が非常に思いがけないような形で提案をされたということについて、いろいろ今まで質問がありましたが、あるいはその質問に対する答弁をお伺いしておりますと、警察庁で非常に長い期間研究をしたとか、あるいはその他の機関で研究したということを聞いておりまするが、私は取り締る側、主としてそれを発動する側で慎重に審議をされたということは聞きましたけれども、こういう事、国民の人権に関する重大な問題は、いわゆる被害を受ける立場、取締りを受ける方の立場の人の意見というものも、法案を上程される前に、事前に十分に調査なりあるいは意見なりの聴取方法がとられていいと思うのですが、こういう点についての取扱いがなされていないように思いますが、この取り締る側の方は十分にやった、しかし被害を受ける国民の立場からのいろいろの問題が十分審議されていない。こういう点について大臣に、どういう取扱いをされたか、お伺いをしたいと思います。
○青木国務大臣 申し上げるまでもなく、国家公安委員の方々は、国民の良識を代表して選出されておるのでありまして、国家公安委員の方々は、単に取り締るという側に立ってだけこういう問題を検討いたしたのではないのでありまして、国家公安委員としては、当然に国民側と申しますか、下平さんのおっしゃる取り締られる側と申しますか、国民側の立場のことを十分に、むしろ警察官の立場というよりは、その方の立場に重点を置いて、そのことをふだんも考えておるのであり、また今回のこの法案の検討に当りましても、そういう立場に立って検討をいたしたのであります。従いまして、直接個々のあるいは民間の人に公聴会式にお集まりいただいて意見を聞くというようなことはいたしてはおりませんが、国家公安委員の方々がそういう考え方に立って十分検討したものと私は考えております。
○下平委員 政府の、今までいわゆる重要なる法案というものの取扱いを見て参りますと、たとえば小選挙区法とか、あるいは教育に関する法律とか、あるいは国民健康保険あるいは国民年金制度、こういうような直接国民にとって非常なる権利義務に関係があるとか、あるいは人権に関係ある問題については、およそ審議会とかいろいろなものを作って、各界の代表意見を十分いれて、そうして法律の起案に当っているのです。今回だけは公安委員会がそれを代表しているんだ、こう言っております。公安委員会が果してそういったところまでの機能を果せるだけのものであるかどうかということは、あとで私は質問したいと思うのですが、時間がありませんので、一つここに事例をあげて質問をいたしたいのであります。
 今月の十三日の新聞に、警察庁の世論調査の結果というものが出ております。警察庁では、常に国民が一体警察に対して何を望んでいるか、警察行政の不備というものはどこにあるかというようなことについて、世論調査をされているのです。今回当然、これらの世論調査の結果というものが、この法案の起案に当っては十分考慮されなければならぬと思うのです。この世論調査について、警察庁長官に、どういう目的で、どんな結果が出て、警察庁はどういうふうに警察行政の上にこれを具現しようとしているか。この警察庁でやっておりまする、正確には警察官の教養等に関する世論調査、これは昭和二十六年から毎年、一年一回、内閣官房審議室に企画を頼み、世論調査などを専門としている社団法人中央調査社、会長長谷川才次氏が実施を担当している。こういうことでいろいろ国民が警察に要望する、警察行政の不備についての調査をされているのですが、今申し上げた点についての見解を長官からお伺いをしたいと思うわけです。
○柏村政府委員 ただいまお述べになりましたように、毎年そうした民間の機関にお願いをいたしまして、警察官の教養の資にすることを主たる目的にしまして世論調査をいたしているわけであります。これによりまして、警察官にどういうことを期待しているか、また警察官の民衆接遇と申しまするか、一般の方に対する態度についてどう考えているかというような点を主にいたしまして、相当こまかに、あれはおそらく三千名を対象としておりましたが、そういうことで公正に世論調査をいたしているわけでありますが、こういう世論調査の結果も合せまして今回の改正を考えている次第でございます。
○下平委員 先日の大臣の提案理由の中にも、あるいはこの委員会の質疑応答の中にも、この法案の提案理由として二つ出してあります。その一つは、警職法それ自体が不備であるということ。その一つは、社会情勢の著しい変化に対応する。こう書いてあります。そこで先日の矢尾委員の質問で、緊迫した社会情勢の変化があるかと言ったら、これはないと大臣は言った。そこで著しい社会情勢の変化の条件としてあげられた問題の中に、デモ行進が非常に激しくなったとか、あるいは勤評問題があったとか、あるいはまた労働組合の争議が非常に激しくなってきたとか、こういう問題が主として取り上げられているわけであります。警察庁がお配りしたいろいろなパンフレット、あるいはこの警職法の改正を熱心に主張されている自民党の皆さん方の発言の内容を聞いてみましても、主としてデモ等が取り上げられている。ところが警察庁がきわて科学的な調査だとして国民の警察行政に対する世論をとってみると、今年の世論調査に現われた結果というものは、デモその他の取締りは百人についてたった一人しかない。三千人調査した中で違法な争議行為やデモの取締りを希望している人はたった三十人しかいない。あなた方もこれはごらんでありましょう。また二十項目あげてあるわけでありまするが、質問の第一にデモなどの取締りを選んだ者は一人もございません。一番民衆が警察にやっていただきたい、警察行政としてこれを考えていただきたいという第一番の問題は、暴力関係の取締りをまず第一にやってもらいたいという人が二五%もあるのです。これは今回の改正理由、社会情勢の著しい変化という理由にデモとか争議行為をあげられているけれども、これはほんとうの国民の声ではないと思う。主として右翼の暴力団をさしているわけです。デモとか争議、集団の暴力ということは明らかに調査項目に入っておりますが、これはたった三十人しかいない。そこで青木さん、あなたは取り締られる国民の側の立場、取り締られる国民の声というものは、公安委員会で十分にこれは反映したのだ、また反映しているんだ、こう言っておりますが、現に警察庁が三千人に、科学的に全国を選んでやったりっぱな資料だとして出したこの世論調査の中には、デモだとか、あるいは労働争議だとかいった、よく言われる集団の暴力行為、こういうものを取り締ってくれという声は百人にたった一人しかない。この警察庁の世論調査について、あなたはどうお考えになっておりますか。あるいはまたこの資料というものを、あなたは十分に検討されたのですか。されたとすれば、その内容について詳しい質問をいたしたいと思います。
○青木国務大臣 申し上げるまでもなく、正常に行われるデモあるいは労働運動等につきましては、これは取締りの対象とすべきものではないのであります。また一般国民の方々におかれましても、そういう問題を警察が取り締るということに対しては、むしろ抗議するのが当然であります。私どもの考えておりますのは、単にそういうデモとかどうとかというばかりでなく、一般的に右翼、左翼を問わず、法秩序無視の傾向あるいはまた集団が犯罪を犯すというような事態になること、暴力行為に陥ってくることを憂慮いたしておるのでありまして、正常なデモであるとかあるいは労働運動、こういうものを私どもは考えておりませんし、おそらく国民の皆さん方も正常なデモあるいは労働運動は警察が関与すべきものでない。こういうお考えだと思うのでありまして、われわれもそういう考えでおります。
○下平委員 警察庁が調査しておるこの世論調査を、公安委員会でどの程度に検討をし、そうして警察行政について、この世論調査から公安委員会はどういう御意見を持っておられるか、それをお伺いしたいと思います。
○柏村政府委員 この世論調査ができますと、もちろん公安委員会にごらんいただきまして、これに基いていろいろと御指示をいただいておる次第であります。
○下平委員 時間がありませんので、この点の質問はこの程度にしたいと思いますが、少くとも今までの御答弁その他の内容においては、取締り側だけがこの法案の研究を十分にして、取り締られる側の国民の声というものは何ら考慮されていない。重要立法であり、特に人権に関するような大きな問題を含んだ立法をされるに当って、慎重な取扱いをされず。立法される段階で、被害を受ける立場のあらゆる階層の人たちの声を十分聞きいれていない、こういうふうに思います。その一つの例としては、警察庁がわざわざ金を出して全国で三千人も選んで昭和二十六年からやっている調査の内容等も、これらの立法段階においてはほとんど考慮されていない。ただ取り締る側だけがどうやったら取締りができるかというような観点だけで研究されたんだ、こういう理解をいたします。
 時間がありませんのでその次に進みますが、前の幾人かの質問者の方々が、この法律は乱用されるところに非常な危険性があるのだ、こういうことを言われておりました。私も、その通りだと思います。この乱用ということは、法律上はなかなか立証しがたいのです。私は一つの具体的な例を申し上げますが、ちょうど前に原さんがお見えになっておりますが、実は私は原さんを職権乱用罪で昭和二十九年に告発したわけです。この経過を見ますと、いかにこの乱用というものの立証がむずかしいか、また乱用の被害というものがいかにおそろしいものかということがわかるわけです。たまたま原さんがお見えになって大へん恐縮でありますが、実は昭和二十九年に塚田木工事件というのが起ったのです。これは労働組合が争議をやっておりまして、そのときに書記長以下が第二組合を作るということで分裂行為をやったのです。そこで第二組合の相談をしているところに、親組合の諸君が、この組合として重大時に分裂行為をやってはいかぬといってそこに入って行った。そのことが住居不法侵入だということにとられた。また大会を開きまして、第二組合を作るということはけしからぬ、規約に定められたところの徴罰規程を実施するといって大会で決議をして、謝罪文を書かした。これが脅迫罪ということで罪になる、こういうことで組合の幹部諸君五名は逮捕されたわけであります。そこで私どもは、これは明らかに当時の松本署長原さんが直接の指揮官でありますので、原さんは職権を乱用したのだということで法廷に訴え、当時の社会労働委員会も原さんにおいでを願って、いろいろ救済の手段を講じました。これはいずれも成立をいたしませんでした。ところが、この五人の諸君は裁判所で無罪になりました。しかし問題は、この無罪になったことでその人の体が法律的には明々白々になったが、この人たちの今日の状況を見ると、暴行をやる、不法侵入をやる、それで検挙をされて告発されるような諸君はいけないというので、みな首になってしまった。そして今日そのうちたった一人だけは辛うじて私たちがお金を出し合って生活のめんどうを見ている。あこの諸君は依然として非常に苦しい生活をしているわけです。裁判所で無罪になったということは、法律的には明々白々になったが、実際にその乱用を受けた場合、その被害というものは今日そんなみじめな状態になっているのです。これは法律的にはどんな言いのがれもありましょう。けれども、原さんはその後御栄転をなされて、神奈川の県警察本部長から、今度は大へん重要な役だといわれる警察庁の保安局長になっておられる。乱用というものは、これがまあ法律的には乱用でないといたしましても、そのときに検挙をされて告発をされれば、裁判が無罪であっても、それほど大きな被害を今与えているわけなんです。だから乱用ということは私どもはどうしても細心の注意を払ってこれを阻止するような形に持っていかなければならぬと思うわけであります。ある人がこういうことを言っておりました。法律というものは、最も拙劣な運営をやっても人に迷惑をかけない、これが法律の建前である。ところが今度の警職法を見ますと、いろいろの点で最も細心の注意をして、最も警官の教養を上げても、なおかつ個人の人権を侵すおそれが所々方々にあるわけであります。だから乱用という点については、ぜひ大臣に、どうして乱用を防止するかというような点について、前に質問もありましたが、重ねて御質問をいたしたいと思うわけであります。
○青木国務大臣 お話のように、乱用ということがいかに国民の皆様方に対して重大な迷惑をかけるか、全くお話しの通りであります。そこでどうして乱用を防止するか、これは口だけでは全く簡単であります。乱用を防止すればいい、それに最善の努力をいたします。それだけで済むことかもしれませんが、それだけでは決して乱用の防止はできないのであります。従いまして、私どもはこの法律が通ったあとのことを考えますときに、どうして乱用を防止するか、このことにつきましては、ただ口先だけでなく、真剣に、具体的に考えなければいかぬと思うのであります。一般的に申し上げますれば、私しばしば申し上げておるごとく、国家公安委員会その他各府県の公安委員会がたづなをとっておるのでありますが、しかし現実の警察官というものは別のところでそれぞれの職務をやっておりますので、そこまでとても目が届きませんので、結局個々の警察官に乱用せぬようにさせなければいかぬことになって参りますので、それをどういうふうにして間違いのないようにするか、これは全く大きな問題であり、またむずかしい問題であり、真剣に考えなければならぬ問題だと思うのであります。一応われわれ考えておりますこと、またいろいろ相談しておりますことは、警察官の教養の面につきまして、従来よりも一そう意を尽していくということも当然でありますが、具体的には、やはり先ほども柏村長官からちょっと申しておりましたが、私どもは国会の審議の過程におきましていろいろ御注意をいただきましたこと等を含めまして、そうしてこの法律の各条項につきまして、具体的にこの法律の運用についての注意、こういうものをこまかく書きまして、これを各警察官にも配付いたし、また各警察署単位に警察官を集めて常に訓辞等をいたしておりますので、そういう機会にも耳を通しても直接指導していく。こういうふうなことをやり、また警察学校の中でも特にそういう問題を取り上げまして、警察官の教育としても重点を置いていきたい、こういうふうに考えておるのでございます。ただこういう抽象的なことを申しまして、それで乱用が防止できるかというおしかりを受けるかと思うのでありますが、しかし乱用のおそれがあるからといって、警察官としてやるべき仕事をやらぬでいいというわけにも参りませんので、やはり警察官としてやらなければならぬ仕事はやらせなければなりません。一方におきましては、乱用の防止ということを考えていかなければならぬ。こういう立場に立ちまして最善を尽して参りたい、かように存ずる次第であります。
○下平委員 個々の条文についてはまた逐条審議の際にお伺いいたしますが、この乱用のおそれというものは、この法律を通じて、いろいろの認定ということが個人の警察官にまかされるという点が一点だと思います。それから公共の安全と秩序というようなばく然たる言葉が乱用を引き起す一番の原因だと私は思うのです。そこでこの間やめました最高裁の真野判事さんですか、この方なんかも、私は長く司法関係の仕事に携わってきたけれども、しかし今日まだ依然として、具体的な事象として、これが公共の安全あるいはは秩序を乱すかと言われれば、私は自信を持った判定ができませんと言っているほどなんです。それほどこの公共の安全と秩序という問題は、非常に判定のむずかしい問題だと思うのです。こういうことを一個人警察官に判断させるというところに、この乱用の危険性が非常に出てくるわけであります。公共の安全と秩序ということは、抽象的に言えば、中川刑事局長が読み上げれば、きわめて簡単に割り切れますけれども、さて具体的にそれが秩序を乱すか、公共の安全にどうかという判断になりますと、私は非常に高度な判断を必要とすると思うのです。こういうことが随所にありますので、そこで乱用のおそれが多分に出てくるのではないか、こういう判断を私たちもするし国民もするわけであります。こういう点について、もう少し乱用を防止するについての具体的な御説明をいただきたいと思います。
○中川(董)政府委員 公共の安全、秩序という話が出ましたから申し上げますが、これは犯罪が行われようとしている場合、そこにまずしぼりがございますので、お説に従って公共の安全、秩序を著しく乱した場合においては直ちに保護する。こういう規定の仕方をいたしますれば、下平先生の立論もまことにりっぱな御立論だと思うのですが、改正法律案はさにあらずして、犯罪を行おうとしておる、こういうしぼりがございますので、その点は心配なかろうと思うのでございます。それからこれはすべて行政上の直接強制でございますので、警察官の一つの使命といたしまして、現場にありまして国民とともに生活しておりまして、その場において犯罪を行おうとしておる者に対しまして制止するという行為でございますので、眞野先生初め裁判官の方方がいろいろ真実発見に御苦心なさっておることは、また別の見地で重要なことだと思うのです。また、ただいまお示しになりました塚田木工事件のごときも、刑事事件でございますので、これまた慎重な刑事手続でやっております。御質問にありますような問題も第二審にかかっております。そういうふうに刑事事件は刑事事件として真実の発見という形をとりますので、裁判官も非常に御苦心をなさることは多かろうと思うのでありますが、私ども警察官といたしましては、現場で犯罪が行われようとしておる、ほっておくと犯罪が行われちゃう、こういう場合において、もちろん慎重でなくてはいけませんけれども、また公共の福祉のために的確に判断いたしまして、被害を受ける人たちからの生命、財産を保護する。こういう責務がまず憲法の公共の福祉の趣旨だろうと思いますし、その趣旨を受けまして改正法律案も規定した次第でございますので、その点御了解いただきたいと思うのであります。
○下平委員 今言った条文の犯罪云々の点については、逐条審議の際にまたお伺いするといたしまして、乱用のおそれの中で、私どもあるいは国民もこの法律に対して不安を持っておることがもう一つあると思うのです。それは今日ただいまの時限においてこれが支障ない。こういうことがあっても、この時限がずれていったときを考えた場合に、この法律は非常な危険性を持っているんではないかということをみんな心配しているわけであります。たとえば今日の場合においては、新聞においても、あるいは言論においても、出版においても、集会においても、ある程度の自由というものは確保されております。従って、今日の時限ではなるほど乱用のおそれはないといたしましても、その時限がずれて社会の情勢が変化をした場合に、この法律が悪用されはせぬかという心配が国民の中には常にあるのです。これは前々の質問者が言いました通り、前の治安警察法の立法の精神と根底が違うといいましても、やはり社会情勢の変化によって解釈が変ってくるという、これは事実だと思うのです。そういう点で大へんな心配をしているわけであります。たとえてみますと、今巷間に言われていることは、秘密保護法が出るとか、防諜法が出るとか、こういうことも言われておるし、あるいはまた刑事訴訟法を改正して黙秘権をとってしまおうじゃないかということも、憲法調査会あたりでも意見として出ているようなことも聞いております。あるいは刑法を改正して法廷侮辱罪が出てくる、進行中の裁判については批判ができない、松川事件あるいは八海事件、そういうものに対する批判等も刑法の改正によってできなくなるのではないか。そういう黙秘権をとろう、防諜法を作ろうという動きというものが、今日の社会の中ではかなり強く出てきているわけであります。この警察官職務執行法というものが、そういう情勢の中で解釈も変り、悪用されていくんだという点を非常に国民は心配をいたしておるわけであります。これは国民の目から見れば幾つも事例があるわけであります。たとえてみますと、憲法九条がそれであります。平和憲法が日本にできたあの制定当時の速記録を読み、あるいはいろいろの人の演説、原稿等を読んでみましても、平和憲法が制定された当時、今日日本にこれだけの軍隊ができるということを予想し、また九条の解釈でそれができると予想した人は一人もいなかったのです。ところが、わずか十数年たった今日、すでに第九条があるにもかかわらず、九条の解釈というものは社会情勢によってどんどん変化してきておる。また四、五年たてば、今では自衛のためだといっているが、この間岸さんがこの委員会でもちょっと言いました通り、相手が攻めてくるのなら戦争だってやむを得ぬじゃないかという解釈に変り、その解釈が、社会情勢の変化によっては攻めてくるまで待っていたって仕方がないから、攻めようとする相手を先にやっつけることの方が戦争が防止できるのではないかという解釈に変っていくことは事実なんです。法律は、できてしまえば独走するといわれております。社会情勢の変化によっては、解釈というものはどんどん変っていってしまうのです。私は、今日の自由が確保されている段階において、直ちに乱用ができないとしても、こういった一連の社会情勢、言うならば反動的なこういう情勢が顕著になってくれば、日ならずしてこれが悪用される危険があるのじゃないか、また国民もその点を非常に心配しているわけであります。私は、青木さんは個人的には尊敬しております。青木さんが大臣をやっている限りはそんなことはなかろう、こう思いますけれども、青木さん個人がどうあろうとも、こういった社会情勢の変化で法律解釈が変る。こういう点について非常な危惧を持っているわけでありますが、この法律社会情勢の変化によって変えられていく、こういう国民の不安について、青木さんの率直な御意見を聞いておきたいと思うわけであります。
○青木国務大臣 警察官の職務というものは、私がしばしば申し上げるごとく、そのことが直ちに国民の権利あるいは自由、こういうものに密接な影響を及ぼす問題でありますので、警察官の職務執行につきましては特に厳格な規制をしなければならぬと思うのであります。また、お話しのように、この法律が施行された場合、情勢の変化によって解釈の幅を広げて、そのために人権あるいは自由の侵害になるというようなことは、これまた私どもも、そういうことになってはならぬと考えるのであります。そういう意味におきまして、この法律におきましては、三条におきましても、あるいは五条、六条におきましても、警察官の職務執行に当ってそういうことのないように、また情勢の変化というようなことで解釈をむやみに広げることのないように、いろいろな点におきまして条件をつけ、あるいはまた制限を設けまして、そういう間違いを起さぬようにいたしておるのであります。
 なおまた、現在の警察制度のもとにおきましては、何と申しましても昔のような政府あるいは一党、そういうものの影響力というものを排除する建前になっており、また実際に排除されておる。また現在の民主下の日本におきまして、一政党あるいは一政府が勝手に解釈を変えてこの法律を運用するというようなことは、とうてい国民も容認いたしませんし、またそういうことができ得ないものと、かように私は考えておるのであります。
○下平委員 今大臣から、乱用の禁止は十分法律で考えてある。それから公安委員会については、その行き過ぎを是正する役目を果しており、政府あるいは一党一派に偏しないという御答弁をいただきましたが、私、若干御質問したいのであります。
 先ほども佐野委員から多少質問があったようでありまするが、この乱用を禁止するとか、そういうようなことは、一種の倫理規定ということで、あらゆる法律に全部出ているんです。しかし、それがあるから直ちにこの乱用が防止されるということは、これはあり得ないのです。たとえてみますると、ほかの法律を調べてみても、たとえば教育基本法には「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」と、こう書いてある。しかしこれだけ見て、すべての国民に教育の機会均等が与えられているかというと、そうではない。未就学児童も今全国には多数あります。優秀な頭を持ち、国一番の優等生といわれる子供でも、なかなか上の学校へ行かれない。いかに進学の希望があってもその希望が満たされない。教育の機会均等に恵まれない国民が多数いるのです。教育基本法を見れば、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」と書いてあるから、これですべての国民に教育を受ける機会が与えられるなどということにはなり得ないのです。あるいはまた生活保護法にも書いてあります。生活保護法には、「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。」と書いてある。しからば今日生活保護法によって補助を受けている人たちが、果して健康で文化的な生活水準を維持しているでありましょうか、維持していません。現に今生活扶助は五人家族で六千円何がしであります。一家五人が六千円何がしで健康で文化的な生活が営めますか。あるいはまた児童福祉法にも書いてある。「すべて児童は、ひとしくその生活を保障され、愛護されなければならない。」「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。」と書いてある。児童福祉法にこういう条文があるから、それでは果してすべての児童が心身ともにすこやかに成長するという保護、あるいはその責任というものを地方公共団体によって負ってもらっているかといえば、現実はそうではない。今皆さん方がこの中に虞犯少年の取締りを入れなきゃならぬように、実際青少年の実態というものはそんなふうになっていないのです。
 今までの答弁の中で青木さんは、第一条二項に乱用をしてはならぬという規定があるということを、乱用ができない理由の一つに上げておりますが、これはほんとうの倫理規定、目標の規定であります。だからこれによって乱用が防止されるであろうという期待は万々できないと思うのです。この点について一つ御見解をいただきたいと思います。
 もう一つは、公安委員会は不党不偏であり、ほんとうに何ものにも侵されない、中正な警察業務をやっていける機関だ、こうおっしゃられました。青木さんは先日のだれかの質問の際に、私は公安委員長としてあるけれども、その内容は、実際は法案の説明や予算の取次だけだという答弁をされましたけれども、果して今日の公安委員会というものが制度上あるいは実質上そんなことになっているかというと、そうではないわけであります。
 御承知のように警察法が改正をされましたのは昭和二十九年であります。試みにこのときの当面の責任者でありまする犬養法務大臣の本会議における提案理由を見ますると、前後を省略しますが、中央の警察機構については、国家公安委員長として新たに国務大臣が加わることにより、政府の治安に対する国家的な考え方が公安委員会を通して警察運営の上に具現されるようにいたしましたと、こう書いてある。昭和二十九年の警察法の改正の提案理由は、政府の考え方というものが国家公安委員会を通して警察運営の面に具現されるように国務大臣を公安委員長に加えたのだということで説明がされているわけであります。
 さらに委員会における審議の内容を通じてみると、このことがなお一そう明らかになってきます。国家公安委員長を国務大臣にした必要性はどういうわけかという委員会の質問に対しての犬養法務大臣の答弁は、これは原文そのままでありますが、「昨年以来ひんぴんといろいろな事件が起りますが、だれが責任者かわからない。私は警察法が出るたびに、ここに出ておしかりを受けるのですが、担当大臣というだけで、あまり責任はないのです。法案の説明をしたり、予算を取次いだりするのであって、最高の責任者ではない。」政府が責任を新しく持つということで国務大臣を委員長とした。しかし表決権はこれを持たせないが、賛否同数の場合には委員会が流会になってもどうかと思うから、同数の場合に表決権を与えた。しこういう答弁をしております。この国務大臣の提案理由あるいはまた委員会の質疑等を通じてみれば、明らかにこれは今日政府の意思というものが国家公安委員会を通じて警察運営の面に具現されるように警察法の改正がされたのだということになっているわけです。そうしますと、先日青木さんが御説明した、私は予算の取次だけであります、私は法案の説明だけであります、こういうこととは明らかにこれは違ってくるわけであります。さらに警察庁長官の任命は、前には国家公安委員会が総理の意見を聞いてきめた。今回の改正では、内閣総理大臣が国家公安委員会の意見を聞いてきめることになったのはなぜかという質問に対しての犬養法務大臣の答弁は、これも先刻申し上げましたように、委員会が責任の主体になるという考え方を変えまして、内閣が自分の責任として警察行政を行うことにしたのだ、このために内閣総理大臣の任命にしたのだ。こういうことで前回の警察法の国家公安委員会に関する改正というものが通っておるわけであります。
 この点から考えて参りますと、この委員会で青木さんが説明された、予算の取次だけである、法案の説明だけである、国家公安委員長としてはそれ以上どこにも意見を差しはさむ余地がないという御答弁は、いささか違ってはいないか、こう考えるわけであります。さらにこの点について御意見をいただきたいと思うのです。
○青木国務大臣 申し上げるまでもなく、憲法の六十五条によりまして、行政権は内閣に属しておるのであります。警察行政といえども、これはむしろ行政のうちの重要な部門でありますので、やはりその責任は最終的には内閣が持たなければならぬことは当然であります。しかし警察というものはあくまでも中立性を確保しなければなりませんので、そういう意味におきまして、政府と、それから中立性を確保しなければならない国家公安委員会、この調和をどうとるかという問題に帰着すると思うのであります。そういう意味におきまして、国務大臣である者が国家公安委員会の委員長ということになっておるのでありますが、同時に国家公安委員会としては、あくまでも中立性を確保しなければなりませんので、国家公安委員長というものは原則として、建前として表決権を持たない。こういうあり方にいたしまして、国家公安委員会の中立性を確保しつつ、同時に行政の責任は内閣にありますので、政府との連絡また調和、こういう点からこの制度ができておるのであります。従いまして、私どもは国家公安委員会に対しまして、国家公安委員長の立場というものを考えなければならぬのでありまして、私ども政府のいろんな方針等を国家公安委員会に連絡することは当然やらなければならぬと思うのであります。しかし、その連絡を受けて国家公安委員会がこれをどう受け取り、これをどう処理するか、これをまたどう具現していくか。そのことはあくまでも国家公安委員会が独自の判断によって、中立的な立場において、これをなすのでありまして、私は現行制度におきまして、国家公安委員会というものが、本来の建前である中立性を侵されているということはあり得ないと思うのであります。私は先日、私の仕事は予算と説明程度だというようなことをざっくばらんに申し上げたのでありますが、そういうような国家公安委員長の立場から申しますと、私は国家公安委員会の意向をむしろ受けて、そうして予算の要求なりあるいは法律案の説明なり、こういうことを担当いたしておるのでありまして、現在の国家公安委員会制度というものは、私は決して中立性を侵されるようなあり方ではない。また現実の姿におきましても、私は自分で国家公安委員長になりまして、国家公安委員会の運営の仕方を見ておりまして、今の制度というものは、私は、政府の方で国家公安委員会に対して何か要求がましいようなことをすること、あるいは命令するようなこと、そういうことはとうていあり得ないし、またでき得ないと思うのであります。またそうあってはならぬと思うのであります。これはあくまでも国家公安委員会というものの中立性を保持しつつ、同時に行政の最高責任である内閣との連絡、これだけの関連で国家公安委員長が国務大臣ということになっておるにすぎない、こう私は考えておるのであります。
○下平委員 青木さん個人のお考えは、青木さんの人格あるいは青木さんの今のお考え等については、私は当然その通りだろう、また青木さん個人の説明に関しては了解をいたすわけであります。しかし私が言うことは、先ほど、どなたか言いましたけれども、法案というものは国会の論議を通じてその性格なりを明らかにしていくのだといいますと、二十九年における警察法の改正の論議の内容というものが、この法案の性格なり、いろいろきめてくると思うのです。その中では、明らかに今私が申し上げたような形になっているのです。そこで青木さんにちょっとお伺いしますが、青木さんは自民党の党員でありましょう。自治庁長官の任免権はだれが持っていますか。内閣総理大臣が勝手に罷免できるでありましょう。そうすると、具体的にいって、公安委員会の意見が可否同数になった場合に、あなたは自民党の党員として――当然内閣総理大臣は自民党の総裁がなるでありましょう。そのときに、いかにあなたの立場がどうであろうともあなたは、自民党の総裁である直接任免権者である内閣総理大臣から、この案件についてはこうしなさいといわれれば、それに従わざるを得ないでしょう。かりにあなたが、もしそれに従わないとするならば、あなたを罷免することは内閣総理大臣の自由なんです。そうなって参りますと、最悪の場面、ぎりぎり決着のところへいけば、明らかに国家公安委員会の委員長というものは国務大臣であり、内閣総理大臣が任免権を持っているということになれば、最後のぎりぎり決着へいけば、重大な瞬間に、やはりその政党の、その内閣の意見というものが、公安委員会では左右をされるという結果になりはしませんか。
○青木国務大臣 観念的にはそういうこととも言い得ると思うのであります。国家公安委員長が可否同数の場合は裁決権を持ち決することができる、こういうことになっております。しかし私は、この法律の精神からいたしまして、どなたが国家公安委員長になりましても、およそ重大問題のときに、可否同数であるからといって委員長が表決権を行使するというようなことは、これはあってはならぬし、またそういうようなことはあり得ないと思うのであります。これはそういう例外的には、可否同数の場合、確かに表決権を持つのでありますが、しかしこの法律の精神からいえば、そういう場合には、国家公安委員長が自分の権利を行使して、そして重要問題について委員長が表決権を行使してきめるというようなことは、私はあり得ないと思うのであります。またそうあってはならぬと思うのです。これは正常の場合、通常の案件を処理する場合におきまして、可否同数の場合に、当時の犬養大臣の説明にもありますように、いつまでも決定ができぬということがあっては困るということで、場合によって、可否同数の場合にだけ表決権があるのであります。しかし私は原則として、また建前として、そうあってはならぬという考え方になっておりますので、事実問題としてはさようなことはあり得ない、こう考えておるのであります。
○下平委員 これは水かけ論になりますから論争はしたくないのでありますが、青木さん個人の考え方がそうでありましても、最後には表決権が法律上認められているのですよ。これは行使するのが当りまえなんです。また普通の形、あまり重大でない案件、そんなものについて意見が猛烈に分れて、どうしても採決しなければならぬというような情勢は私は出てこないと思う。採決をしなければならぬというところは、たとえてみれば、今日の警職法のように非常に国民的な問題が大きく出てきたというような問題、その影響するところが非常に重大であるというような場合に、公安委員会で意見が分れるので、その場合に公安委員会が意見が分れたから採決ができないといって、じんぜん日を送るかといえば、そうではない。そのときに、可否同数の場合には委員長がこれを決するというこの権限が行使されると思う。またそのときが実は公安委員会の中立性が侵されるか、侵されないかという一番重大なときなんです。普通の状態のときにそんなことは出てこないと思うのです。いかに青木さんが、私はやるつもりがない、やってはならないことだと今言われますけれども、法律上明らかにそれができるようにできているじゃありませんか。それは認められませんか。
○青木国務大臣 この法律の考え方も、原則としては委員長は表決権を持たぬという建前になっておるのであります。従いまして通常の場合、可否同数ということは全くあり得ないのであります。全く例外であります。またこの法の精神からいいまして、私はその重要問題については、そういう状態で委員長が表決権を行使するというようなことは、これはあり得ないことであるというよりは、やっていかぬことだと思うのであります。法律的にはなるほど考えられるにとでありますが、実際問題として私はそうあるべきではなく、またあってはならぬ、こう考えるのであります。また今日までの公安委員会の経過におきましても、委員長が表決権を行使したというような事例は全くないのであります。また、そうあるべきものと私は考えておりません。
○下平委員 これ以上論争をしても、青木さんの個人的な考え方でそうあるべきだとか、そうあってはならないとか言うだけにすぎないのであります。明らかに法律には委員長の意思というものが、しかもその委員長は、政党政治の中においては政党の党員である。時の内閣の意思というものが、公安委員長の可否同数のときの採決権行使によって十分入り得るんだ。従って、青木さんが言ったような、どこをつついても、公安委員会というものはあくまで厳正中立であって、政府の意思とか、政党の意思が入らないということはあり得ないことなんだ。重大な情勢になり、政党がこれをやらせようという気になりさえすれば、公安委員会には、政府なり政党の意思というものが入り込むように法律が改正をされている。こういうふうに私どもは考えるわけであります。
 さらに具体的に言いましても、今の公安委員の方々が、ほんとうに厳正中立だという形になっているかというと、必ずしもそうではないと思うのです。公安委員の選任については、法律上明文はありません。しかし、慣例を見ますと、官界代表とか、あるいは労働界の代表、産業界の代表、こういう形で選ばれているわけなんです。公安委員会がほんとうに国民の意思というものを的確につかんで、警察行政の行き過ぎをためる。あるいはほんとうに民主的な警察行政というもの、あるいは公安の秩序を保っていこうというためには、各界の意見が公平に入ってくる方がいいじゃないかという意味で、こういう選定方法をとっておると思うのです。従って、現在は小汀利得さんが言論界の代表として入っております。金正米吉さんが労働界の代表として、永野重雄さんが財界代表、高野さんが法曹界代表、安井さんが官界の代表として入っておるわけでありますが、現実に今度の警職法につきましては、小汀利得さんが推薦を受け代表していると言われる言論界は、あげて猛烈な反対をしております。金正氏が推薦を受けた労働界、大体そちらの意見を代表するであろうという金正氏にしても、これらの労働界のほとんど全員に近い反対にもかかわらず、彼の行動を見れば、まるきり違った行動をしている。公安委員がこういうふうに選ばれるということになりますれば、およそそれらの階層の意見が公正な立場で委員会に持ち込まれるという期待のためにこういう選任方法にしたと思うのだが、現在の公安委員会を見れば、言論界、労働界の代表の行動を見ても、明らかにそういう立場、そういう配慮というものが十分に委員会で生かされていない、こう考えるわけなんです。その点について大臣の御所信を伺いたい。
○青木国務大臣 公安委員の選任といいますか、公安委員の方々の立場と申しますか、いろいろお話があったのでありますが、公安委員の方々は、これは、かりに業界の方でございましても、単にその業界だけの利益代表という意味で入っておるのではないのでありまして、やはり全体の立場に立って――なるほど官界出身という経歴はありましても、やはり公安委員会としては、全体の立場に立って警察行政を運営する。こういう考え方でいろいろおやりになっていることと思うのであります。そういう意味におきまして、公安委員は決して利益代表という意味ではないので、国民の全体の利益を代表する、こういう立場で公安委員会としていろいろな御判断をしたものと考えているのであります。
○下平委員 警察庁長官にお伺いしたいのであります。警察庁の方々が日ごろ御熱心にその職務を通じて公安の秩序なり国民の人権を守り、犯罪を取締り予防している態度については敬意を表しておりますが、あなた方は取締る立場でありますから、なるべく取締りがしやすいようなことを考えるのは当然だと思うのです。新しい憲法の精神というものは、たとい九十九人の犯人が逃げてしまっても人の人権を守っていくというところにあると思う。ところが、今回の改正を見ると、職務に熱心なあまりか知りません、確かに熱心なあまりでありましょう、何とかして犯人をとらえたい、何とかして予防したい、こういう考え方が強く出ているような気がしますが、その考え方についてちょっと聞きたいと思います。
○柏村政府委員 申すまでもなく、われわれ国家公務員、特に警察官は、国民全体の奉仕者という立場に立って常にものを考えるようにいたしておるわけでございます。従いまして、今回の改正等につきましても、警察がやりいいからというような考え方でなしに、警察に与えられた責務を国民全体の奉仕者として十分果し得るようにしていただく、そういう意味においてお願いしておるわけでありまして、われわれのやりよいようにという利己的な考え方に立脚したものではないということを御了承願いたいと思います。
○下平委員 職務に熱心で、なるべく公共のためにやるという考え方はよくわかりますが、その考え方を突き詰めていきますと、百の犯罪が起きたら百の犯罪を全部検挙するのだ、そういうような考え方、あるいは犯罪はすべて予防するのだ、こういう考え方にだんだん発展をしていくと思うのです。百起きた犯罪は百全部解決するのだ、迷宮事件がないようにやるのだ、あるいは犯罪が起きようとするのを全部防止するのだ、ここまでだんだん考え方が進められていくと思うのです。警視庁の一部にあるそうでありますが、そういう考え方を突き詰めていくと、この際全国民の指紋を取ろうじゃないか、指紋を取っておけば、たとえば首なし事件が起きた場合すぐ犯人がわかるとか、行き倒れがあっても、指紋を見ればわかるというような考え方に突き詰まっていくではないか。あるいは全国民パスポート、昔の軍隊の認識票のようなものを持たしておけば、捜査もきわめて迅速にいき、犯罪の予防にも十分なる。こういうところまで熱心のあまり考え方というものは発展をしていくじゃないか、こういうような考え方を持っているのです。私どもの立場からいえば、なるほどそういうふうに熱心にやっていただくことは大へんけっこうでありますが、正直にいって、指紋を全部取られるとか、パスポートというところまでいけば、国民の人権が無視されるので、それまでやらないでもよいという考え方になると思う。率直な話をすれば、一つや二つの迷宮事件があっても、それほどまで警察が国民のいろいろな問題に干渉されなくてもいいじゃないか、こういう考え方を持つのは当然だと思うのです。こういう点について、ちょっと考え方を聞いておきたいと思います。
○柏村政府委員 先ほど警察比例の原則というようなお話が出ましたが、何もそれにこだわって申すわけではございませんが、警察の作用というものは警察の方でやれ、しかしその効果というような点とあわせ考えていかなければならないと思います。特に今お話の国民の指紋を全部取れとか、あるいは登録票を持つというようなことを、国によってはやっているところもあるようでございますが、われわれとしては、そういうようなところまで取締りの徹底を期したいというような考えは持っておりません。特にこの警察官職務執行法の改正は、犯罪の取締りというのではなくて、犯罪を予防する、あるいは要保護者を保護するという立場に立って、必要な警察活動が責任を持って行い得るようにするという趣旨においてお願いをいたしておる次第であります。御了承願います。
○下平委員 最後に一つ御質問をいたしたいわけでありますが、警職法にあるところの、たとえば四条、五条等にある制止、警告、立ち入り、これは相手が言うことを聞かなかったらどうなりますか。
○中川(董)政府委員 これは即時強制の規定でございます。たとえば制止ということは、即時強制的に警察活動を行うという規定でございますから、言うことを聞けとか聞かぬとか下命的な行為ではございません。立ち入りも同様でございます。警告も、手段としては軽い行為でございますが、即時強制の規定でございますから、警察下命で言うことを聞けとか聞かぬとかいうことは起らないのであります。
○下平委員 さっきこの点について佐野委員が若干の質問をしておりましたが、公務執行妨害罪との関係について多少聞いておきたいと思うのです。問題は判断の問題にあると思うのです。たとえば第五条にありますところの警告、制止。警告、制止を受けた人が、いや、そんな状態じゃないんじゃないか君、そんな警告、制止を警察官職務執行法によって受ける状態ではない。それはここにも「犯罪が行われることが明らかであると認めたとき」ですね。ところが、その該当者が、そうじゃないのだ、犯罪が起きるなんて、どこに起きるんだ、それはあなたの間違いだ。こういう認定、判断の争いというものは必ず起きると思うのです。たくさん人がおってつぶれそうだというけれども、これは定員を少し超過しているだけで、いつだってこのくらいの人数は入っているんだ。これを警告する、制止するというのはけしからぬ。こんなことはいつもやっている状態で、決してそうじゃないのですよという判断なり認識というものについて、制止をしよう、警告をしようという警官と、受けようとする人との間に判断の相違が出てくると思うのです。そうして最終的にその人が、判断が違うといって受けないとがんばった場合にはどうなるんですか。
○中川(董)政府委員 職務執行法五条にある警告と制止について申し上げます。警告は即時強制の手段として軽い強制手段でございますので、公共の福祉のために、警察官は、犯罪が行われることが明らかな場合において、警告という行為を行います。警告という強制作用によりまして、犯罪が行われる人たちにやめていただくことを期待いたしますけれども、警告という強制手段の内容として、やめていただけない場合ということがあり得るわけであります。ただし、制止につきましては、もっと即時強制が強い処分でございますので、即時強制を用いて、犯罪が行われない状態に即時強制をいたすのでございますので、そういう即時強制の作用でございますので、その具体的な認定は客観的に行いますけれども、客観的に行う行為につきましては、即時強制の作用として、犯罪が行われない状態に、即時強制として警察活動が行われるのであります。
○下平委員 私の聞いているのは、もっと具体的にいえば、ちょっと答弁の内容が違うと思うのです。警告をした。それは判断が違う、警察官の方が間違っているんじゃないか。あるいは制止をする場合も、「又は公共の安全と秩序が著しく乱される虞のあることが明らかであって」こうありますが、これは認定の問題ですね。だから、警察官と制止を受ける人との立場に、明らかに認識の相違が出てくる可能性が非常に多いのです。そこで、そんなこと君は言うけれども、何で公共の安全が乱されるのだ、何で秩序が乱されるのだ。この状態でそれは乱されないよという認定なり、認識の相違というもので争いが起きるのです。そういう場合に、一体どうなるかというのです。
○中川(董)政府委員 制止につきましては、この三つの要件が該当すると認められる場合においては、強制力を用いて犯罪が行えない状態にいたしますので、かりにその制止を受ける方々が認定の相違であるということがありましても、強制力に服さざるを得ない。こういうことに相なろうと思います。それに対して争いのある場合においては、後ほど裁判とかなんとかという問題が起きますけれども、即時強制という場合において、その制止という強制力が現実に行われておる。そういうことになるのであります。
○下平委員 警告は。
○中川(董)政府委員 警告は、強制手段の性格が少し軽うございますので、警告という行為に対してがえんじない場合というものがあり得ると思うのであります。
○下平委員 私は、先ごろ内田委員の発言を聞いておりましたら、これはマグロで鯨ではないというような表現でありましたが、私は、今度の警職法の改正で国民が一番不安に思っておる点は、刑法九十五条との関係で、公務執行妨害罪との関係で、非常な不安を持っておると思うのです。これも私は、内田さんが例をたとえましたから、私も例にたとえて言えば、これは平清盛だと思うのです。衣はまとっているが、その下によろいがちらちらしていると思うのです。そのよろいが刑法九十五条だと思うのです。たとえてみますと、今警告を受けた、判断の相違があって。激しい判断の相違があればそこに大きな争いが起ります。そうすると直ちに刑法九十五条の公務執行妨害罪だ。あるいは制止をされる条件に争いが起きる。そんなことをおまわりさん言ったって、何でこれが不安な状態だ、ちっとも不安な状態じゃないじゃないか。それを制止しようとして、なぜそんなことを言うのだといって、ここに争いが起きてくる。その争いが起きた瞬間に、私は警職法から離れて、刑法九十五条に移ってしまうと思うのです。そうして現行犯として逮捕できるという現象がここに出てくるのです。警職法自体では身体検査もできません。二条によって、意に反して警察へ連れていくこともできない。いろいろの制限があります。しかし、公務執行妨害ということになれば、身柄の拘束から何から、手錠までかけることができるのです。この法律を実行している間に、実行される過程において、認識の相違、判断の相違が必ず起きてくる問題なんです。その場合に、この法律あるいは刑法九十五条等から見ていけば、明らかに警官の一方的な認識においてこれが行われるということになると、これは、税金を滞納して執達吏が来た、そうして執達吏の公務の執行を妨害したという場合とはおよそ条件が違う。その場合には、公務執行妨害じゃないじゃないか、何が妨害だといって抗議も許される。また身柄の拘束も受けない。しかし事、警職法に基いて行われる場合には、警官がこれをやるのです。被害を受ける人は警官なんです。だから被害を受けた瞬間に、彼は刑事訴訟法によるところの捜査官になる。そうして直ちに公務執行妨害罪九十五条を適用して身柄の拘束、手錠がはめられる。ここに非常な問題が私はあると思うのです。そこで国民は、何もこの法律が出てきて、酔っぱらいを介抱してくれるのだ、家出娘を介抱してくれるのだ、危ないときに警告をしてくれるのだ。こういう法律の明文上に出たその点については、一点の疑惑を持っていないのです。それは疑惑を持っていないのですよ。問題は、この法律は刑法九十五条との関連において、著しく国民の人権を侵すおそれが多分にあるのではないか。公務執行妨害の被害を受ける立場の人が直ちに捜査官として逮捕に切りかえることができる。ここに非常な危険性を国民は感じておる。非常な不安を感じておるのです。その関係について若干説明をいただきたいと思います。
○中川(董)政府委員 ただいまの御立論の趣旨は現行法と全く一緒なのです。現行法の場合も制止は同様に理解いたしますので、制止を行う場合には、時間の関係で違って参りますけれども、現行法の場合でも、制止という即時強制が行われる公務に対しまして、刑法九十五条は、その公務に対しまして妨害する手段として「暴行又ハ脅迫上という手段が加わらなければ刑法九十五条は成立いたさないのですから、暴行または脅迫を加えて公務執行妨害をした場合におきましては、お説の通り刑法九十五条の罪が成立いたします。この点は、警察官の行う公務に限ったことでないのでありまして、他の公務員に対しましても、暴行または脅迫を用いた場合におきましては、三年以下の懲役または禁固に処するという犯罪でございますので、それで刑事訴訟法に基きまして、現行犯逮捕、通常逮捕その他必要な刑事手続が進行するという点は、現行法の場合も、他の公務員の場合も同様かと考えます。
○下平委員 私は、今度の警職法の改正で、警察官の活動する範囲が拡大されたと思うのです。いろいろの、公共の安全その他という文句が入りまして、非常に拡大されたと思うのです。現行法より以上にこの警職法の実行に当って刑法九十五条が発動される。そうしてそのことによって、実は警職法そのものでなくて、その執行に当って公務の執行が妨害されたという刑法上の問題になって、人権のじゅうりんが行われる可能性が非常に強くなった。こういうことを言っておるのです。現行法よりも今度の改正法の方が、その範囲というものが拡大をされたと私は考えておるのです。これはもちろん拡大されたと思うのです。そこでこの場合には非常な問題が残ります。先ほど私は職権乱用の一つの例――これは乱用じゃないかもしれませんけれども、例を申し上げましたが、この場合にはもっとひどいことに結果はなるのです。たとえばデモがあった、あるいは集会があった。それが第五条の警告、制止、こういうことで、そこに認識の争いが起きたという場合に、警察官の一方的な判断に基いてこれが実施をされると思うのです。そうしてその場合に、暴行、脅迫をしたということによって、この主催者なりあるいは中心人物が逮捕されてしまう。そうすると、現実にそのデモとかあるいは集会というものは、その瞬間にもう踏みにじられてしまう。もしそれがその後における裁判なり、正式な手続によって、警察官の行なった行為が、公務執行妨害罪として適法性がないという判断が裁判所で下されたにいたしましても、これは第二義的な問題になってしまう。現実にそこにおいて集会なり、あるいはデモなりという、国民が権利として持っておる人権というものは、その瞬間にじゅうりんをされてしまう。ここに私は非常に大きな問題があると思うのです。そこで私は、従来一体この公務執行妨害罪というものがどんな実態をとっているかということを少し調べてみた。昭和二十八年から調べてみたのでありますが、公務執行妨害罪の適法性が認められるということはきわめて少い。たとえてみますと、昭和二十八年に公務執行妨害罪として検察官に送致された件数は二千五百二十二件であります。もちろんこれは、警察における段階でその必要なしとして釈放される人間がたくさんあると思うのです。立件送致、こういう警察の段階を経て、検察官に送致された件数が二千五百二十二件あった。その中で起訴された人間は六百二十七人であります。あとは公務執行妨害罪としての適法性の問題から、これが不起訴あるいはその他の処分になっておる。全体のパーセンテージからいって二五%であります。昭和二十九年にはこれが二六%、昭和三十年度には二九%、昭和三十一年度は三四%。昭和三十一年度の例をとりましても、およそこの公務執行妨害罪というものが、最終的に適法性が立証されて、妨害罪として起訴された人間は、検察官に送られた件数の中のわずかに三割四分にすぎないわけであります。警察官に連れて行かれてそのまま帰されたところの人間をこの数に入れるとするならば、おそらくこのパーセンテージは、一割かあるいは一五%に下るのではないかと私は思うのです。これはいろいろ見方がありましょう。しかし、この公務執行妨害というものが、何といいますか、形を変えていえば警察の御都合でそのとき引っぱっていく。引っぱってしまえばそれはその場でケリがついてしまう。あるいは裁判所で無罪になろうと、起訴になろうと、それは警察官の知ったことではないという、そこまで悪い量見ではないでしょうが、いろいろ客観条件が加わってくる。警察官にも感情がありましょう。私は、そんな悪い量見でやったとは断定はいたしませんけれども、少くとも公務執行妨害罪の実態というものはこういう実態なんであります。従って、適法性のある公務執行妨害というものが非常に少い。言いかえるならば、公務執行妨害罪という刑法九十五条を利用しての人権じゅうりんの数が相当たくさんあるということを、この資料は物語っておると思うのです。こういう点について少し御意見を。
○中川(董)政府委員 いろいろ起訴率についてお話があったのでございますが、私は、刑事事件をいつも取り扱っておるのですが、公務執行妨害罪に限らず、刑法犯、特別法犯の起訴率というものは、全体として大体三割、二割前後だと思います。と申しますのは、現行刑事訴訟法は、罪にするということが必ずしも目的でございませんので、諸般の状況等によって起訴猶予をする、こういう事例が多いのでございます。従いまして、おあげになりました起訴率三四%というのが少いという結論になるのはいささかおかしいので、これは計数によって詳細にいたしたいと思いますのが一つ。
 それからもう一つ申し上げたい点は、現行法によりますと、犯罪がまさに行われるときでございます。まさに行われるという段階におきましては、ことに共同して行われる犯罪といいますのは、制止いたしましても、やはり群衆心理といっては申しわけございませんけれども、群衆心理的に動きまして、暴行、脅迫になるという可能性が比較的多いのです。この「まさに」の段階ではなくて、大へん前ではございませんけれども、行われようとするような段階でございますと、群衆心理の作用が比較的少いかと思いますので、暴行、脅迫ということが少い事犯も出てこようかと思います。現行法が「まさに」という段階の性質のものでございますから、暴行、脅迫等が加わって公務執行妨害の現行犯逮捕ということに不幸にしてなってしまう。こういう事例も少くないと思いますので、改正法成立の暁は、いろいろ関係者の心理作用にもよりまして一がいには言えませんけれども、「まさに」で、みんなが非常に神経が高ぶっておるときにおいては、とかく暴行、脅迫があり得るというふうにいわれて、混乱が起るけれども、それがもっと以前の段階の場合においては、その混乱が少くて済む、こういう面も考えられますので、そういう点もあわせて考えていただきたいと思います。
 もう一つは、いろいろ犯罪を行おうとする人たちの人権も大いに重視しなければなりませんけれども、犯罪が行われることによって被害を受ける方々の人権もお考え願って、どういうふうに調和したらいいかという点を十分御審議いただければ幸いだと思います。
○下平委員 中川刑事局長の言うことも一理はあると思うのです。しかし、ぼくは現実の問題としては、それは逆だと思うのです。たとえてみますと、殺人が行われる、あるいは傷害が行われておる。こういうようなときには、一般常識でいっても、警察官の公務の執行を妨害するというばかげたやつはどこの社会にもないのです。そういう条件のときは、中川局長の言う通り。しかし、問題はそういうときではない。行われようとしておる――たとえば集会だとかあるいはデモだとか、そういう問題がこの警職法によって警告、制止に該当するかしないかというときだと思うのです。そこでその争い、公務執行妨害のおもな原因というものは、これからは認定の問題をめぐって出ると思うのです。それはあなたの見間違いだと思う。あなたはそんなことを言うけれども、これは公安の状態を害しておる。集会の状態だってちっとも危険な状態じゃないじゃありませんか。こういって事実の認定について争いが起きるときだと思う。従ってこれからは、こういう条件から発生をしてくる公務執行妨害罪というものが、ぼくは非常に多くなってくると思う。これは現実に殺人が行われる、傷害が行われるというときには、警察官の職務を妨害するなんてばかげたやつは、気違いでなければありませんよ。問題として一番起きる条件というものは認定の条件、認識の相違によって判断の相違が争いとして起きてくる。このときに、私は公務執行妨害罪というものがこれからは非常に起きてくるのではないか。また、その場面の公務執行妨害罪というものが、非常に重要な危険性があるということをぼくは指摘をしておるわけです。そこで中川刑事局長に、脅迫、暴行といえばどんな程度なんですか、それをお伺いしたいのです。
○中川(董)政府委員 刑法法典の脅迫、暴行というのは、やはり熟した概念でございまして、脅迫というのは、相手方に対し生命、財産、自由に対して畏怖を加えることを示す行為でございます。暴行と申しますのは、身体の正常な運行に対して妨害することを行為をもって明らかにする行為でございます。
 それからもう一つ、今お話がございました点でございますが、私は犯罪社会学とも関係しょうかと思うのですけれども、お互いに犯罪を犯さないでやろうじゃないかというふうな法秩序維持と申しますか、そういう気風がびまんするということも、やはりいろいろなトラブルがなくなるもとだと思いますので、この法律の制止という行為はもちろん働かさなければなりませんが、根本的には、国民相互間に、お互いに犯罪を犯さないようにしようじゃないか、こういう空気がやはり犯罪社会学としては前提となっていろいろな法秩序が確立していくだろう、こういうふうに考えられるのであります。これは犯罪社会学の原則でございますので、お互いに犯罪の行われないようにしようじゃないか、こういう秩序がだんだん広がっていくことを国民の一人として期待しておるのであります。
○下平委員 私が公務執行妨害罪という問題を知ったのは、今月一日の各新聞の三面のトップに大きく出たからですが、石を投げても公務執行妨害罪、警官への暴行、最高裁判例、こういうのが今月の一日の新聞にでかでかと出たわけであります。これを見ますと、公務執行妨害というものが相当広範囲に適法性を認められる、こういう判例のように見えるのです。これは御承知のように昭和二十七年七月十五日に、神戸で共産党の三十周年の大会にデモがあったときに起きた事件であります。数人の人が石を投げて、その一つの石は警官には当らなかった。その一つはうしろからおしりにちょっと当った。その一つは耳をかすめた、あるいは鉄かぶとに当った、こういう事件であります。一審、二審の方は、現実に公務の執行が阻害をされなければ、公務執行妨害罪としての適法はないという解釈で、これは単純暴行として千円の罰金だとこれに書いてあります。ところが最高裁に参りましたところ、そういうことでなくて、暴行、脅迫というものは、現実に職務の執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなくて、妨害となるべきものであればいいんだ。こういう解釈で、これがまた最高裁で単純暴行罪から公務執行妨害罪に変って、これが判例になったわけであります。そこで私は、公務執行妨害というこの刑法九十五条の規定というものが、こういうふうな形になってくるとすれば、なおさらに警職法によるところの認識の争いというところで非常な公務執行妨害罪が起るのではないか。警職法には何も関連がなくて、それを実施しようという認識の相違で、たとえばそんなことあるかと言って手を振り上げたら、これは明らかに脅迫だということになる。それで現行犯としてこれが公務執行妨害罪ですぐ身柄を拘束される。こういうおそれというものを非常に強く感じているわけでございます。国民の人たちも、この警職法そのものについての不安ということよりも、この刑法九十五条との関連において、現行犯として、いわゆる公務執行妨害罪として検挙をされる場面というものを非常に心配をしておられるわけであります。おそらく十分に審議をされたという警察関係の皆さん方は、これらの点は万々承知だと思うのです。悪くいえば、こうやって警職法を出しておけば、刑法九十五条がある限り警職法は意のままに行うことができる、こういう判断もあなた方は持っていると思う。現実にこれを実行した場合に、警察官に判断が違うじゃないかと言えば、お前そんなことを言っておれの言うことを聞かぬと公務執行妨害罪で手錠をはめるぞ、こう言う。こうすれば、判断の違いはあっても、どうしてもそれは違うと思っても、手錠をはめられるおそろしさに、やむを得ず人権じゅうりんとは知りつつも警察署へ連れていかれる。決して危ない状態ではないと思っても、手錠をチャラチャラされると、そのおそろしさに警告や制止に応じるということで、ここにもまたおそろしい人権の侵害が行われる。また、警職法は、刑法九十五条のバックでどんどん押し進められていくと思うのです。かりに認識の相違があって抵抗したところが、同じことであります。抵抗すれば九十五条を発動してふん縛ってしまうのですから。そこで私は、この法律は平清盛じゃないけれども、国民の幸福を守るのだ、秩序を守るのだ、こういう建前の衣を着て、その下にはいわゆる刑法九十五条というおそろしいよろいをちらつかせた、きわめて悪い法律であるということを断定せざるを得ないわけであります。そこで、これらの法律の運用に当っては国民が非常な心配をしているのです。だから、もしこういう問題を救済する方法があるとするならば、もっと具体的な保障がなければならぬと思うのです。たとえて言うならば、いわゆる公務執行妨害罪の適法性というのについて、特に警察官の行う公務執行妨害罪についての適法性の条件を再検討するとか、いろいろ具体的な面から検討されなければならぬ。おそらくこの法律は数年ならずして、国民に重大なる人権侵犯、重大なる不安を与えることは、この刑法九十五条との関連において明らかだと思うのです。私は、今時間が十五分も過ぎてしまいましたので、冒頭に申し上げました通り、本日の質問はこの程度で打ち切りたいと思いますが、この刑法九十五条と警職法、この関連において国民に非常に心配がある。しかもその刑法九十五条との関連において非常に悪用される。裁判所で救済されるからいいではないかといっても、そのときにはすでに現実に人権は侵犯をされている。たとえ裁判所でそれが公務執行妨害罪ではないという判定が加わったにしても、すでに一たん失われた集会なり言論なり、あるいはデモなり、こういった固有の人権というものがその瞬間に失われてしまうという、きわめておそろしい法律であるということを国民がみな心配している。こういう点を申し上げまして、本日の質問をこれで打ち切りたいと思います。(拍手)
○鈴木委員長 明三十一日は、本案について法務委員会及び社会労働委員会と連合審査会を開会することになっておりますので、念のため申し上げておきます。なお開会時刻は都合により午前十一時からといたしますから、御了承を願っておきます。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後六時十五分散会