第033回国会 災害地対策特別委員会 第4号
昭和三十四年十一月五日(木曜日)
    午前十時十二分開議
 出席委員
   委員長 南條 徳男君
   理事 江崎 真澄君 理事 田村  元君
   理事 綱島 正興君 理事 前尾繁三郎君
   理事 三田村武夫君 理事 角屋堅次郎君
   理事 佐藤觀次郎君 理事 辻原 弘市君
   理事 塚本 三郎君
      今井  耕君    大坪 保雄君
      岡本  茂君    木村 俊夫君
      久野 忠治君    小島 徹三君
      河野 孝子君    坂田 英一君
      田口長治郎君    田中 正巳君
      辻  寛一君    徳安 實藏君
      中垣 國男君    二階堂 進君
      服部 安司君    坊  秀男君
      堀内 一雄君    山手 滿男君
      足鹿  覺君    伊藤よし子君
      大野 幸一君    太田 一夫君
      岡本 隆一君    金丸 徳重君
      小林 正美君    田中幾三郎君
      館  俊三君    堂森 芳夫君
      八木 一男君    横山 利秋君
      加藤 鐐造君
 出席国務大臣
        農 林 大 臣 福田 赳夫君
        建 設 大 臣 村上  勇君
 出席政府委員
        大蔵政務次官  奧村又十郎君
        農林政務次官  大野 市郎君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (愛知県知事) 桑原 幹根君
        参  考  人
        (三重県知事) 田中  覚君
        参  考  人
        (岐阜県知事) 松野 幸泰君
        参  考  人
        (奈良県知事) 奥田 良三君
        参  考  人
        (名古屋市長) 小林 橘川君
        参  考  人
        (桑名市長)  水谷  昇君
        参  考  人
        (津島市長)  竹内 節雄君
        参  考  人
        (長野県副知
        事)      笠原 吉三君
        参  考  人
        (山梨県総務部
        長)      松浦  功君
        参  考  人
        (石川県知事) 田谷 充実君
        参  考  人
        (和歌山県副知
        事)      大橋 正雄君
        参  考  人
        (鳥取県知事) 石破 二朗君
        参  考  人
        (北海道水産部
        長)      小林 信三君
        参  考  人
        (長崎県総務部
        長)      山本 三郎君
        参  考  人
        (佐賀県農林部
        長)      香月 熊雄君
        参  考  人
        (兵庫県知事) 阪本  勝君
        参  考  人
        (私学災害対策
        委員会委員長) 小野 光洋君
    ―――――――――――――
十一月五日
 委員纐纈彌三君、岡本隆一君及び館俊三君辞任
 につき、その補欠として大坪保雄君、足鹿覺君
 及び堂森芳夫君が議長の指名で委員に選任され
 た。
    ―――――――――――――
十一月五日
 昭和三十四年八月の水害又は同年八月及び九月
 の風水害を受けた中小企業者に対する国有の機
 械等の売払等に関する特別措置法案(内閣提出
 第七号)
 昭和三十四年七月及び八月の水害又は同年八月
 及び九月の風水害を受けた地域における公衆衛
 生の保持に関する特別措置法案(内閣提出第八
 号)
 昭和三十四年八月及び九月の風水害を受けた社
 会福祉事業施設の災害復旧費に関する特別措置
 法案(内閣提出第九号)
 昭和三十四年七月及び八月の水害又は同年八月
 及び九月の風水害を受けた都道府県の災害救助
 費に関する特別措置法案(内閣提出第一〇号)
 昭和三十四年七月及び八月の水害又は同年八月
 及び九月の風水害を受けた者に対する母子福祉
 資金の貸付に関する特別措置法案(内閣提出第
 一一号)
 中小企業信用保険公庫法の一部を改正する法律
 案(内閣提出第一二号)
 昭和三十四年八月の水害又は同年八月及び九月
 の風水害を受けた中小企業者に対する資金の融
 通等に関する特別措置法案(内閣提出第一三
 号)
 昭和三十四年七月及び八月の水害又は同年八月
 及び九月の風水害を受けた地域における失業対
 策事業に関する特別措置法案(内閣提出第一四
 号)
 昭和三十四年七月及び八月の水害並びに同年八
 月及び九月の風水害に関する失業保険特例法案
 (内閣提出第一五号)
 昭和三十四年八月の水害又は同年八月及び九月
 の風水害に伴う公営住宅法の特例等に関する法
 律案(内閣提出第一六号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 災害地対策に関する件
     ――――◇―――――
○南條委員長 これより会議を開きます。
 本日は、災害地対策の樹立に資するため、被害地の実情について参考人の方から説明を承ることにいたします。
 この際、参考人各位に対し、委員会を代表して委員長より一言ごあいさつを申し上げます。
 申すまでもなく、本年累次にわたる豪雨ないし台風によりまして、各地に甚大なる被害を生じ、ことに過般の十五号台風による被害は、死者、行方不明五千二百有余名にも及び、多数の尊い人命を一夜にして失い、長期にわたる湛水により、まさに目をおおわしめる激甚、深刻なるものがあるのでございます。これらの災害地に対しまして、早急に対策を樹立し、その復興をはかることは、まことに刻下の緊急事でございまして、本委員会の使命は、この被災者を初めとして、全国民の要望にこたえんとするものにほかならぬのでございます。本日災害地対策樹立のために、災害地の各県知事及び市長の各位より、参考人としてそれぞれ被害の実情につき、直接御説明を承ることとなりましたが、参考人各位におかれましては、それぞれその地元におきまして、その災害対策に昼夜の別なく奮闘を続けておられ、非常に御繁忙のところ御出席を得ましたことにつきましては、まことに厚くお礼を申し上げるのでございます。
 本委員会は、去る十月三十日に、まず、当面の緊急問題として、十五号台風による決壊堤防の仮締め切り、排水工事促進の問題及び国鉄等の交通機関、国道の不通個所の復旧問題等について、村上建設大臣その他関係当局の出席を求め、その説明を聴取し、その対策等について真剣なる質疑がなされたのでありますが、ことに仮締め切り完了の時期について村上建設大臣に対し、政府の責任ある明快なる答弁を求めた次第であります。さらに、昨四日は、関係各省より、その所管別に、本年の台風等による被害状況及びその対策、災害予算等につき詳細その説明を聴取した後、災害対策の特別措置に関する法案の審査に入った次第であります。また、去る十月三十一日の風浪により、不幸にして再び決壊を見た桑名市福地地区等の破堤につきまして村上建設大臣よりその状況報告があり、続いて村上建設大臣、赤城防衛庁長官及び政府委員に対して質疑が行なわれ、この事態に対する地元民の不安を解消するために、政府の確固たる措置、態度等について強くただされたのでございますが、本委員会といたしましては、委員会の総意をもって政府の善処を要望すべきものであるとして、委員長から、本委員会は、今回の十五号台風による災害に対する応急対策のみならず、恒久的な災害に対しても十分なる対策を樹立すべく熱心なる審議を続けておりますが、今回、たまたま桑名地区において再び破堤する事態が起こり、これにより約六千数百人が再度の被害を受けるという悲惨な状況を招来し、これが地元における民心不安を来たしている状態である、本委員会としては、政府の意のあるところを建設大臣等からるる説明を聞き、その対策、方針等について一応了承するところもあったのではあるが、再び被害を受けた現地の人々にあっては、不安の生ずるのも無理からぬことでもあり、この民心の不安を除くことが当面第一のことと考えられる、よって、政府は、この人心の不安、動揺を除去するために早急に万全の対策を立てるとともに、現地のあらゆる機関を督励してその対策を施し、地元民に対し、今後絶対にかかる不安を生ずることのないよう、あらゆる方法をもって一そうの努力をすべきものであるということを政府に強く要望いたした次第であります。
 以上が本委員会の審議の概況でありますが、先ほども申し上げました通り、すでに一部農林水産関係の災害対策の法律案の審議を開始し、また、今日にも引き続き関係の法律案が提出されようとしておるこのときにあたりまして、被災地における災害を知悉されておられる参考人各位の御出席を得まして、現地の被害の実情を御説明願いますことは、本委員会として、これら法案の審査の貴重なる参考となるのみならず、正確適切な対策の早急な樹立に資するところ大なるものがあると考える次第でございます。従いまして、この機会につぶさに被害の状況を御説明願いたいのでありますが、ただ、何分時間の関係もあることでありますし、なるべく要点を簡潔に御説明を願いたいのであります。また、災害対策についての御要望につきましては、詳細は各府県から御提示の資料もあるようでございますので、これによって拝見することといたしますから、重要な点の項目を述べる程度に願いたいと思うのであります。
 それでは、これより順次御説明を願うことといたしますが、その順序は、勝手ながら、委員長からの指名によって御発言を願いたいと思います。
 それでは、まず、愛知県知事の桑原幹根君より御発言を願いたいと思います。大体二、三十分程度で……。
○桑原参考人 私は、愛知県知事の桑原でございますが、ただいま委員長さんのお許しをいただきまして、ここに愛知県の立場といたしまして今回の災害につきましてその状況を御報告申し上げ、また、御報告を申し上げながら、国会に対しまする要望等につきまして申し上げたいと存ずる次第でございます。
 今回の、いわゆる伊勢湾台風の発生以来、国会方面におかれましては非常に深い関心をこれにお持ち下さいまして、その後、国会活動の中におかれまして、この災害対策を中心にされまして日夜の御努力をちょうだいいたしたのでございまして、この点、まことに感謝にたえないところでございまするが、なお、これが対策の根本的な策定をはかられますために、南條先生を委員長とせられます四十五人の多数の衆議院の諸先生をもちまして災害地対策特別委員会をお設け下さったのでございまして、この席上、私どもをお呼び下さいまして事情を聴取され、また、これについての私どもの切なる要望をお聞き取りいただきますことは、これまた、まことに感謝にたえないところでございまして、まずもって、この点につきまして深甚なる謝意を表する次第でございます。
 さて、伊勢湾台風でございますが、この伊勢湾台風は、御承知のように、これまでの台風災害史上に特筆されてきました室戸台風なり、あるいは枕崎台風に匹敵する超大型の台風でございまして、九月二十六日午後六時過ぎに紀伊半島南端の潮ノ岬付近に上陸したのであります。この時刻からいたしまして、愛知県一帯は猛烈な暴風雨にさらされたのでございまして、午後の七時ごろより十二時まで、約五時間にわたる長い間吹きすさんだのでございます。しかも、この台風のコースは、東海地方にとりましては最悪のものでございまして、午後九時二十五分の最大の瞬間風速は四十五・七メートルというふうにいわれておるのでございます。これは、名古屋気象台始まって以来の最高記録であるとのことでございまするし、県内各地におきましても、あるいは五十五メートル、六十メートルの風速を突破したところもあるのでございます。また、ちょうど、おりあしく台風の来襲時が翌二十七日午前零時四十五分の満潮時に近かったのでございます。従いまして伊勢湾及び三河湾が台風中心の右側、すなわち、東側にあるという悪条件もさらに重なりまして、名古屋港におきましては、午後九時三十五分に最高潮位は東京湾の中等潮位を基準にいたしまして三・八九メートルに達したのでございます。これは既往の最高潮位の二・九七メートル、これは大正十年の、これまた九月二十六日でございますが、これを約一メートル越しておるのでございます。
 このような次第でございますので、未曽有のあの惨事を惹起いたしたのでございますが、特に愛知県といたしましては、沿岸部の約三百五十平方キロにも及びまする広大な地域が冠水いたしたのでございまして、この冠水地域においては人命の損傷や家屋の倒壊、流失、これが非常におびただしかったのでございます。特に海岸地帯の低地でありまする名古屋市の南区、港区、中川区、熱田区、瑞穂区、この五区の約九十平方キロ、この世帯は、これまた約五万五千世帯でございますが、この名古屋市の南部、また、海部郡地方の南部の津島市や飛島村、弥富町、十四山村、蟹江町、佐屋町、七宝村、佐織町、立田村の一市八カ町村、約八十六平方キロ、その世帯は一万一千世帯でございますが、その他知多半島にいたしましても、あるいは三河湾一体の海岸にいたしましても、非常な惨状を呈したのでございます。これらの地域も、もちろん冠水をいたしたのでございますが、この冠水の総面積は、約二百三十七平方キロにも及ぶのでございまして、この地帯の住民は七万五千世帯に達するというふうなわけでございます。しかも、台風通過後の今日この際におきましても、なお海岸や河川提防の決壊等によりまして、いわゆる常時湛水地帯となっておるのでございます。
 被害の詳細につきましては、ただいま委員長さんのお話がありましたように、お手元の資料によって御承知願いたいと存ずるのでございますが、十月二十七日までに判明いたしました被害の概況は、死者が三千五人でございまして、被害の額は三千百二十九億余という巨額に達しておるわけであります。この三千百二十九億の被害総額のうちには、もちろん民間被害があるのでありまして、今日国会方面において特に御関心を深く持っていただきたいと存じますことは、民間被害についてももちろんでございまするし、これも、また国会の御審議をいただきます政策に重大な関係を持つものでございますが、この際、特に私が申し上げたいと存じますことは、いわゆる公共的施設の被害でございまして、これは被害総額のうち五百八十億に達しておるわけでございます。すなわち、約六百億でございますが、この六百億のうち、いわゆる土木関係が三百七十億になるのでございます。これは県の所管のものと市町村所管のものとを合わせておるわけでございますが、このうち、県所管のものは、およそ三百億、市町村関係のものが七十数億になっておるわけでございます。この公共的施設損害のうち、第一が土木関係でございまするが、次に、公共的関係として最も大きな地位を占めておりますのは農林水産、農地関係、いわゆる農林省所管のものでございまして、これは約九百億に達しておるような次第でございます。その他文教関係におきましても約二百八十億というふうな額に達しております。これらは、今申しました通り、お手元にお配りいたしました資料によって御承知をいただきたいと存ずる次第でございまするが、この被害は、なお海部郡の南部あるいは名古屋市の西部、すなわち、南陽町、富田町等、今なお湛水状態にあります地区を初めといたしまして、各地の調査によりまして、今後一そう増加するものと見込まれておるのでございます。
 県におきましては、この甚大な災害に対しまして、県下全市町村、すなわち、県下二十三市、八十三町村、合わせて百六の市町村があるわけでございますが、この百六の全市町村に災害救助法を発動いたし、災害救助、仮締め切り等の応急対策の万全を期しておるのであります。この間におきまして、政府におかれましては、空前の災害に対しまして、いち早く現地に御承知のように中部日本災害対策本部を設置せられまして、災害救助や応急仮締め切り工事等の対策を強力に推進することに御協力をちょうだいいたしたような次第でございまして、この点、県民一同感謝いたしておる次第でございます。
 なお、冒頭申しましたように、国会関係におかれましても代表者を多数派遣されまして、親しく被災地の実情を御視察をいただき、また、丁重なる御慰問を賜わったのでございまして、今日まで、さらに引き続いてその御視察の結果等に基づきまして災害対策を強力に推進していただいておるわけでございまして、ここに、重ねて再び厚く御礼を申し上げるような次第でございます。
 しかし、災害発生以来一カ月余の現在、なお海部郡の南部、名古屋市の西部地区などは、まだ長期湛水の状態にあるのでございまして、日々被害が増大いたしておるのを初めといたしまして、その他県下の各地とも未曽有の惨害をこうむった罹災者の窮状は、まことに目をおおうものがあるのでございまして、その惨状は、言語に絶するのでございます。
 国におかれましては、これらの被災地の実情をお察し下さいまして、仮締め切りの早急な完成及び罹災者の救助等に格別の御援助を賜わりますとともに、公共施設の復旧、産業の復興、そして民生の安定のための諸施策につきまして、昭和二十八年の災害に対する措置を大幅に上回る画期的な対策を強力に実施するとの御言明をいただいておるのでございまして、私どもは、この政府の御言明に満腔の敬意を表し、信頼をいたしておるわけでございまするが、愛知県といたしましては、その惨状が以上申し上げましたような、まことに大きなものがございますので、特に格段の御配慮をお願いいたしたいと存ずる次第でございます。なお、それらの点につきまして、以下、実情を添えつつ御要望を申し上げたいと存ずるのでございます。
 今次の災害におきまして激甚の被害を発生させた最大の原因は何であるか、こう申しますれば、それは一口に申しますれば、暴風によるところの異常な高潮である、かように申し上げてよいと存ずるのでございまして、この暴風による異常な高潮が海岸堤防や河川堤防を破壊させたのでございます。海岸堤防及びこれに接続をいたしております河川堤防は、広大な背後地を持っておるわけでございまして、従って、この広い背後地の人命、財産の安全を保護する最も重要な施設は、実にこの海岸堤防であり、河川堤防であるのでございまして、これがこのような結果を惹起いたしました以上、一切の復興計画の基幹となる重要な事業は、何と申しましても海岸堤防及び河川堤防の復旧である、かように存ずるのでございまして、この際、今回の高潮災害の実情に基づいて抜本的な復興計画を確立されるその中心課題は、この海岸堤防及び河川堤防にある、かように考えるのでございまして、これを絶対安全なものにしていただくということ、これがすべてのものの出発である、このように存ずるのでございまするが、これにつきまして、なお細部にわたりまするが、申し上げたいと存じますことは、次の諸点でございます。
 その一つは、計画の統一についてでございます。海岸及び河川につきましては、その施設によりまして、申すまでもなく直轄とか、県所管とか、市町村所管とかいうふうに、その責任が分かれておるのでございまして、中央におきましても建設省、農林省、運輸省というふうに、所管が分かれておりまして、従来その設計の基準や工事の進め方につきまして、必ずしも統一的に行なわれてないのでございまして、今回の災害にかんがみまして復旧にあたって、これらの点につきまして統一的な基準を設けまして、所管のことは、これは行政の、いわゆる分業組織でございますので、これはやむを得ないのでございまするが、この設計の基準や工事の進め方につきまして、一体的な考えのもとに完全な復旧対策が行なわれるような措置をお願いする次第でございます。また、海岸堤防の復興にあたりましては、単なる原形復旧ではだめでございまして、今回の高潮災害の教訓をどうしても生かしていただきたい、こう思うのでございまして、根本的に設計基準を検討いたしまして、絶対完全な堤防を建設できるように、また、建設にあたりましては、その背後地の関係なり、将来の臨海工業地帯造成等との関連をも考えられまして、堤防の高さとか強度、構造等につきまして完全な計画を持って、これに対しまして十分な予算単価を考えていただきたいということでございます。
 その二つは、海岸堤防と河川堤防との関係についてでございますが、海岸堤防の復旧と関連いたしまして重要な問題は、御承知の河川堤防でございます。なかんずく、伊勢湾沿岸の低地の河川堤防は、海岸堤防と同一の効用を持っておるのでございまして、海岸堤防がよしんば完全でございましても、河川堤防が弱ければ何にもならないのでございまして、これにつきましては、海岸堤防と同一の取り扱いが必要である、このように存ずるのでございます。また、河川堤防は、単に河口付近だけではなくして、高潮の影響を受けまする上流まで安全な強度を有するように、格別の御配慮を願いたいと思うのでございます。
 その三つは、仮締め切り工事費でございます。海岸堤防及び河川堤防に関連する問題でございますが、湛水地帯の仮締め切りは、一刻を争う、しかも、きわめて困難な作業でございまして、莫大な資材と労力を投入しなければならない事業でございます。特に海部郡南部のような交通の不便な土地においての仮締め切りは、広範な湛水地帯でございまして、工事現場に接近するということは、まことに困難でございます。十三号台風のときの被災地のように、帯状の冠水地帯でございますならば、陸地からの接近も容易であり、従って、工事の取り運びも比較的容易でございましたが、今回のような、間口も広いし、奥行きも深いという冠水地域におきましては、その締め切りは全く困難でございまして、一点一点に、文字通り人をもって人海作戦によるのでございまするし、その費用は、従って、きわめて多額に達するわけでございます。これは、全額を復旧工事費に計算していただくことはもちろんのこと、これは、従って、また補助対象にならなければならぬのでございます。仮締め切り工事は、締め切りができましたあとをごらんいただきますと、まことに平々凡々、何のへんてつもないことのように思われるのでございますが、しかし、この仮締め切りの工事の実況をごらんになります方は、いかにこの工事が至難なものであり、しかも、いかに多額の経費を投入しなければならぬかということを、現実に御理解いただけると思うのでございます。これを仮締め切り工事ができ上がったあとに査定官が来られまして、そして、冷静な気持をもってあとからこれを査定されましても、実際の経費なり、これに投じました経費がわかるものではございません。これは、どうしても現状をごらんをいただくことが必要でございますが、もし、現状をごらんいただけない事後でございますならば、少なくとも、その状況を頭のうちに想像していただきまして、あの混乱の際において、よくかくまでしたという、そのことを御推察いただきますならば、これについての投入されました経費がいかに多額であるかということも御理解いただけると、このように存ずるのでございます。
 その四つは、工事の促進についてでございます。海岸堤防の復旧は最も急を要するものでございまするが、来年の台風期までに海岸の安全を確保できるようにしないと、再び同様な危険にさらされるわけでございましてどうしてもすみやかに工事を進めるように、補正予算におきましても、来年度の予算におきましても、十分に予算措置をお願いいたしたいと存ずるのでございます。ある人の言葉に、今回の伊勢湾台風のような災害は、千年に一度くるというふうなことを言われております。よしんば、それが千年に一度であったにいたしましても、われわれの数代前の先祖がこのことを経験してない今回の偶然の災害であるにいたしましても、これが千年目に一度きたのでございます。この千年目に一度きたということは、千年の時期の一番最後のこの年にきたということも考えられるのでございます。従って、次の千年目の初めでありまする来年の台風期に、また同じような災害が伊勢湾にこないとはだれも保証はできないのでございます。一度あったというこの現実の事実というものは、また来年の台風期に二度ないとはだれも断定することはできないのでございまして、私は、このことを考えますと、自分が責任のある地位におっても、どうしてもいても立ってもいられないような気持がいたすのでございます。さような次第でございまするので、どうしても来年の台風期前に、再びこのような台風がきても、同じような災害を起こさないという完全なる工事をしていただきたい、このように考えるわけでございます。十三号台風の海岸堤防の例によりますと、三年間に工事を完成する計画でありましたが、工事は後年度に繰り越されまして、今年に至っても工事が未完成のところがあるという状態でございます。このわずか一部の未完成のために、その地域全体が大きな災害をこうむったという事例もあるのでございまして、今後におきましては、そのようなことのないように、格別の御措置をお願いいたしたいと存ずる次第でございます。
 次は、第二の問題でございまするが、それは一般公共土木施設の災害復旧についてでございます。今回の台風による一般の河川、道路、海岸、港湾などの、いわゆる公共土木施設につきましても、その被害は非常に大きかったのでございまして、この対策といたしましては、政府は公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法の特例に関する法律を制定いたしまして、昭和二十八年度災害を上回る特別措置を行なわれる方針と承っておりまするが、これに関しましては、特に他の諸点を、実情を申し上げながら、お願いをもつけ添える次第でございます。
 その一つは、改良復旧と関連復旧のことでございます。今回の災害復旧は、単なる原形復旧ではなく、改良復旧を行なうことを言明されておるのでございまするが、これはまことに適当な御措置でございまして、災害復旧にあたりましては、直接被害を受けなくても、災害個所に接続いたしまして一連の効用を有しまする河川、道路等につきましては、関連復旧として行なうことが必要でございますが、従来は、この関連復旧はきわめて限定されていたのでございます。このたびの災害復旧にあたりましては、この点を大幅に認めて、復旧による公共施設の効用を十分発揮することができるように御措置を願いたいと私どもは切に存じておるような次第でございます。
 その二つは、事業の実施年度でございます。公共土木施設の災害復旧は、従来三・五・二の進度率を定めておりまするが、実際には三年間に完了しないのでございまして、先ほど申しましたように、後年度に繰り延べられているのが実情でございます。災害復旧は最も急速を要するものでございまするから、今回は、このようなことのないように厳格に実行して、絶対に繰り延べ等のことのないようにしていただきたいと思うのでございます。新聞紙の報ずるところによりますと、二・八五というふうなことがいわれておるのでございまして、これは重要個所、あるいは、またその次の重要個所と、これを平均してのことでございましょうし、また、村上建設大臣は、重要個所につきましては、私どもに直接、あるいは五割、六割というふうに、特にその進度を考えられるというふうなお話でございまして、この点につきましては、私ども非常に安心いたしておるわけでございまするが、いずれにいたしましても、緊急度に応じまして実施していただく必要があるのでございまして、緊急度に応じて実施していただくということのためには、さらに、私は、本年度は今申しましたように、緊急な場所につきましては、三・五・二の割合に拘泥することなく行なっていただくとともに、なお、国の直轄工事には国庫の債務負担行為があるのでございまするが、これと同様に、県工事、市町村工事等につきましても、短期融資の方法をもちまして、すなわち、次年度の補助を目標といたしまして、これと見合いまして短期融資をもちまして仕越し事業のできるようにしていただきたい、このように私は考える次第でございますが、これにつきましては、やはりつなぎ融資の限度を相当大幅に認めていただく必要がある、このように存じている次第でございます。
 その三つは、いわゆる昨今議論のありまする被害激甚地の指定についてでございます。今回は、公共土木施設の災害復旧を初め各種の特別立法につきまして、被害激甚地のみにこれを適用される方針であるということを新聞等によって承知いたしておるのでございまするが、特別立法の性質上、真に被害の実際に応じて重点的に指定すべきことは当然でございます。私は、過去がどうであったか、他との比較がどうであるかということでなくして、端的に、災害そのものをあるがままの姿で把握していただきたい、このように思うのでございます。率直な事実として、そこにありまする災害そのものを私は見ていただきたいと思うのでございまして、それが過去の財政がどうであったかというふうな比較の問題じゃなくして、その災害が現実にどういうものであるかという、その事実を率直に認めていただきたい、このように思うのでございます。あるいは金のある公共団体であったとか、貧乏な公共団体であったとか、それは金持ちの家、貧乏人の家、焼かれてしまえば同じであります。また、流失すれば同じでございます。全壊してしまえば同じでございます。もちろん、個人の家には、あるいは金持ちの家には郵便貯金もあるかもしれません。でありますから、個人の家についてはそういうことが考えられる場合もございます。流失の場合でも、あるいは全壊の場合でも、公共団体というものは、その年その年の収入によって事業をしておるものでございまして、郵便貯金とか銀行預金というものを持っておるものではございません。従って、公共団体がこのような災害にあえば、それは貧乏であるとか、金持ちであったとか、過去の富裕団体であったとかないとかということは問題になるものではございません。要は、今後の財政がどうあるか、それは言うまでもなく、今後の財政は、この災害によって非常な窮状に立ち至ることは火を見るよりも明らかでございます。従って、その指定にあたりましては、十分この点に留意していただきたいと存ずるものでございまして、これを、とかくのこまかい細工をいたしますと、それが市町村の間に紛争を生ずるような、公共団体の間に実情に即しない事柄が行なわれまして、かえって平和なところに紛争を巻き起こすようなことにならないとも限らぬのでございます。従いまして、私は、この点につきましては、明確な基準を設けることは必要でございまするが、真に被害の実情に合致するような、適正な指標をもって基準を定めていただきたいと思うのでございます。従って、これにつきましては、次の点を特にお願いいたしたいのでございます。
 その一点といたしましては、公共土木施設の災害復旧事業費の特例法等の指定基準について、昭和二十八年災害におきましては、府県の指定については、その指標を標準税収入と改良を含む公共土木施設、農林水産業施設及びその他の公共施設の災害復旧費の合計との割合で指定されたのでございまするが、今回の災害におきましては、特に、私は、公共土木施設以外の公共施設及び民間の被害も甚大である実情、及びこの指定基準が他の特例法の指定基準として準用されておること等をもあわせ考えますと、公共土木施設の復旧費のみを指標とすることは不合理でございまして、他の公共施設の復旧費をも加えることはもちろんでございまするし、災害の激甚の程度を総合的に、かつ、端的に示す災害救助費をもって補正することが公平である、このように考えるわけでございます。さらに、標準税収入は地方公共団体の交付税配分の基準として算定されたものでありまして、それ自体が地方公共団体の財政力なり、あるいは負担力を示しておるものではございません。従って、地方公共団体の財政力、または負担力を算定する指標といたしましては、標準税収入とともに、これに加えまして入場譲与税及び地方交付税を加えた一般財源の総額が適当でありまして被害の程度を財政力と復旧費の関係で示すといたしますれば、一般財源の総額と災害復旧費との割合をもって指定標準とすべきであると考えるのでございまして、これは災害の実情と相対的に考えられまして、あるいは一般的な標準として明瞭に示されないまでも、内部的な決定の一つの重要な要素として考慮していただきたい、このように私は考えておる次第でございます。
 その二点といたしましては、激甚地指定の基準といたしまして、府県と市町村の両方の標準税収入と災害復旧費との比率を考えまする、いわゆる混合方式、これが唱えられておるのでございます。これも一つの考え方ではございますが、府県の標準税収入は、府県単位で決定されておるのでございまして、これを市町村別に分割することはいろいろ問題があるのでございます。標準税収入の大きなものは、御承知のように法人事業税でございますが、この法人事業税は、たとえば、愛知県につきましては、名古屋鉄道株式会社とか、東海銀行とか、あるいは中部電力とか、こういうふうな会社から大きな事業税が入って参りますが、これを、その本社が名古屋市にあるということをもちまして、これを名古屋市だけの災害との比較において考えますると、名古屋市に非常に不利益になるわけでございます。しからば、これを各市町村に分割するというふうな場合におきまして、県下に名鉄の線路が各地に走っておりますし、東海銀行の支店が各地にございますし、そして、また中部電力の送電線、配電線、変圧所もたくさん各地にございますし、また、電力の消費者は県民大衆でございます。かような次第でございますので、これらの会社から上がってくる法人事業税を、これらの市町村にどういうふうに配分するかというふうなことは、きわめて困難な問題でもあり、また、被害につきましても、府県工事なり、国の直轄工事の復旧費を市町村単位で分割するということも、これまた、きわめて困難な問題でございます。ことに、現在の府県税は法人事業税が中心となっておりますので、税源が今申しましたように都市に集中しておるために、この方式によりますと、名古屋市などの被害激甚地がかえって比率が低くなるということが推測されるのでございます。また、同時に、この方式は、災害復旧の責任を有する地方団体、すなわち、その地域内の災害復旧をするところの責任を有しております市町村が、県の税収入あるいは県の事業量、すなわち、その市町村の災害復旧の責任を有しないところの県の税収入なり、県の事業量で決定されるというふうな結果になりまして、きわめて不合理な結果になるのでございます。従って、私は、どうしても基本的には、府県の指定は、一定の基準以上になるものは府県単位で府県全地域を指定していただきたいと思うのでございます。仄聞するところによりますと、愛知県、岐阜県というのは指定に漏れているというふうなことでございまして、このことは、私の常識からは、あるいは国民の常識からは、想像もできないことでございまして、(「その通り」と呼ぶ者あり)私は、これはほんとうに間違いであると考えておるのでございまして、(「政府の間違いだ」と呼ぶ者あり)こういうことが世の中に伝わっておるということそれ自身が、私は非常に不思議でございます。こんなことをどうしても信用することはできないのでありまして、ただ単に、私のような立場におる者の良識という範囲でなくして、私は、国民の一般的の常識からいいまして、どうしてもそのセンスには乗らないところのことである、このように考えるのでございます。(拍手)従って、どうしても、私は一定基準以上になるものは、府県単位で府県全地域を指定していただきたい、かように存ずるのでございます。そして、これはよけいなことではございまするが、その他の府県について、一部特定の地域が激甚の被害を受け、これを指定する必要があると認めらるる場合におきましては、その地域につきまして、別途にその区域についての、あるいは郡なり、地方事務所別なり、かような、今申しましたような基準をもって、そういう地域について指定するように、府県については、府県全地域を指定するという一段と、また、ある府県についてはその府県内の一定の地域を指定するというように、こういう二段がまえによりますことが実情に即し、また、事務的にも合理的である、かように存ずるのでございます。市町村につきましては、原則として二十八年災と同様の方式で指定されることが適当であると存じます。ただ、従来言われておりますように、大都市及び合併市町村につきましては、特別の配慮をお願い申し上げたいと存ずる次第でございます。
 以上、いろいろ申し上げた実情につきましては、すでに十分御了承のことでございますので、どうぞこの衷情をおくみ取り下さいまして、また同時に、なお災害地におきまして、水につかって悲惨な生活に明け暮れておりまする、そして波の音に、またささやかな風の音にさえ、再び津波が、高潮が来たのではないかと恐れおののいて寝もやらず夜を徹しておるような、この罹災者の窮状につきまして、深い深い御同情を賜わりまして、一刻も早く、この救済の根本方策が、国会を通しまして、政府によって打ち出されますように、切にお願いを申し上げまして、お言葉が足りない点多々ございましたし、また失礼な点もあったかとも存じますが、お許しをちょうだいいたしまして、御清聴をいただきましたことを心から感謝いたしまして、私の陳述を終わることにいたします。(拍手)
○南條委員長 御苦労さまでした。
 次は、三重県知事の田中覚君。
○田中参考人 私は、三重県知事の田中覚でございます。
 三重県の伊勢湾台風の被害の概況と、災害発生以来今日までとって参りました県の対策の概要、並びに当面及び今後の災害対策につきまして、二、三の点について御要望を申し上げまして、陳述にかえさしていただきたいと存じます。
○南條委員長 田中さん、ちょっと申し上げますが、時間の関係がありますから、なるべく要領よく一つ……。
    〔「三重県だけ、そういうことを言ってはだめだし、「時間をあまり心配するな、やれやれ」と呼ぶ者あり〕
○田中参考人 まず陳述に先だちまして、私からも一言お礼のお言葉を申し上げたいと存じます。今回の伊勢湾台風による被害が発生いたしまするや、空前の大災害であることに深く考慮を払われまして、政府におかれましては、いち早く中部日本災害対策本部を設置して、現地対策の完璧を期せられ、また、国会におかれましても、さっそくいろいろの角度から現地調査を実施せられ、その後、引き続き政府、国会両々相待って災害対策の確立に非常な御努力をいただいておりますことは、三十数万罹災者はもとより、百五十万県民の深く感銘するところでありまして、この機会に衷心御礼のお言葉を申し上げたいと存じます。(拍手)なお、全国津々浦々から、また遠く諸外国からも、あたたかい御援助や御同情をいただいておりますので、あわせて感謝の意を表したいと存じます。
 おかげをもちまして、一カ月有余を経た今日、木曽三川下流の水没地帯並びに中南勢の山間僻地、熊野灘沿岸等の一部地域を除きまして、決壊をいたしました堤防、道路、橋梁等の応急仮工事も一段落をいたしまして、おおむね応急復旧対策から復興への段階に進んでおりますことを、まず御報告申し上げたいと存じます。しかしながら、何分にも私どもの経験をはるかに越えた空前の大災害でありましたし、ここに至るまでの過程におきましては、幾多の隘路や問題がございましたし、また、私ども地元の当局者といたしまして、いろいろ反省しなければならぬ点も多々あったことを率直に申し上げなければならないのでございます。また、何よりも最も重要な被害激甚地の復旧と復興とは、むしろ今後に残された大きな政治の課題でありますばかりでなく、このような大災害を再び繰り返したくない、そういう現地住民の悲願に思いをいたしますとき、今後の復興対策につきましては、この際国に思い切った政治の決断をお願いしなければならない時期が到来しておると存じますので、格別の御理解、御協力を賜わりますよう、切にお願い申し上げる次第でございます。
 まず、順序といたしまして、三重県の被害の状況について申し上げたいと存じますが、すでに各位におかれましては、大体のことは御承知願っておることと存じますので、被害の要点だけを簡単に御説明さしていただきたいと存じます。
 お配りいたしました地図をごらんいただきますとおわかりになりまする通り、またここに張ってもございますが、三重県の地形は、東北から西南に長く延びておりまして、中間で志摩半島によりまして北は伊勢湾、南は熊野灘、こういうふうに相なっているのでありますが、西側は全部山脈を連ねて隣県と境を接しておる、こういう地形になっております。従いまして、県下に大中小約五百本の河川がございますが、伊賀水系を除きましては、全部東に流れて、あるいは伊勢湾、あるいは熊野灘に注いでおる、こういう地形でございます。
 今回の伊勢湾台風は、九月二十六日午後六時二十分ごろ紀伊半島南端に上陸いたしまして、奈良、三重の県境を縦断をいたしました。ちょうどあの地図で矢じるしの方向でございます。午後八時ごろには津の西方、午後十時ごろには桑名市の西方を北々東に進んで、岐阜県へ通り抜けたのでございますが、瞬間最大風速は、志摩半島の大王崎――ちょうどここでございますが、この志摩半島の大王崎におきましては、実に六十一メートル、最後に風速計が破壊されております。津市におきましても、五十一メートル三という記録を残しました。連続雨量は、北中勢地区におきましては三百ミリないし四百ミリ、南勢、紀州方面におきましては五百ミリないし六百ミリ、最もはなはだしいのは大台原山系、ちょうどこの県境地帯でございますが、ここは全国でも最多雨地帯の一つでございまして、この地域におきましては、実に七百ミリから八百ミリ、こういうレコードを示しまして、昭和二十八年の台風十三号はもとより、先ほど愛知の桑原知事からのお話もございましたが、昭和九年の室戸台風、二十年の枕崎台風をはるかにしのぐ、文字通り空前のものであったのでございます。このために、県下全域が台風進路の東側に置かれまして、全県的に大きな被害を受けることと相なりました。
 その被害の二、三について申し上げまするならば、まず海岸地帯でございます。昭和二十八年の台風十三号以来作られて参りました長大なコンクリートの海岸堤防も、今回は全面的に高潮、高波に洗われまして、海水の浸入を許し、漁港、漁船、漁網、水産加工施設、真珠いかだ等、水産施設に莫大なる被害をもたらしましたるばかりでなく、随所に浸水田を作り、沿岸住家、沿海工場等は、細大漏らさず大きな被害を受けたのでございます。幸い、鈴鹿海岸以南の伊勢海岸、大体この辺からずっと伊勢へかけてのこの地帯の海岸堤防につきましては、堤防の決壊がほとんどなかったために、被害は比較的少額にとどまったのでございますが、四日市以北の北勢の沿岸地帯、また南の方の熊野灘沿岸におきましては、随所にコンクリート堤防が、あたかもせんべいを割ったように、またある場合にはようかんをころがしたような形をもちまして、決壊をいたしております。熊野灘地域は、たまたま山が急に海に迫っておりまして、平地が少なく、陸地が海面より一般的に高いという地形であります関係上、湛水だけは免れたのでございます。しかしながら、三十数メートルに及ぶ大波が打ち上げられまして、海岸堤防を乗り越えたというふうななまやさしいことではなく、至るところで海岸に迫るところの奇岩、怪石、すなわちみさきそのもの、山そのものを乗り越えて、一部落全部、全山茶褐色の枯木と化すという現象を見せております。熊野市の楯カ崎、この地域のごときはその適例でございまして、三十数メートルの大波が山を越えて入りまして、甫母という部落を全滅さしております。これはその一例でございます。このように想像を絶するような高波を受けながら、しかも、人的被害が南の方に比較的少なかったのは、この地方を台風の中心が通過いたしましたのは、日没前後でありまして、まだ幾らか明るかった。また、いわゆる台風常襲地帯として早い目に避難をしたということによるものではないかと考えられるのでございます。これに反しまして、北勢地方におきましては、台風通過のときはすでに停電をいたしておりまして、暗黒の夜であり、しかも、通過の直後が満潮時と合致しまして、烈風、高波、満潮と二重にも三重にも悪条件が重なったばかりでなく、木曽三川下流のデルタ地帯や干拓地帯は、海面より平均七十センチ低い関係上、堤防の決壊即水没と相なった次第でございまして、今なお湛水しておる状況でございます。
 次に、河川の被害も、集中豪雨のため、一、二の例外を除くほかはことごとくはんらんをいたしまして、これが山くずれと相待って、至るところで、道路、橋梁、住宅を流しております。代表的な河川について実例を申し上げまするならば、まず北部の揖斐川、これは木曽三川の一つでございますが、この揖斐川は、私が、災害の直後に、今水没いたしておりまする長島町、この長島町の揖斐川沿いの堤防を通過いたしましたところ、数カ所で漏水防止のために土のうを積んでおりました。もしこれが決壊をしておりましたら、長島町北部は海水とはさみ撃ちで、おそらく一物をも残さなかったのではないかという感じがいたしまして、全く身の毛のよだつ思いがいたしたのであります。次に、鈴鹿川、これも直轄河川で、大きな河川でございますが、この鈴鹿川の長大木橋は、ほとんど流失をいたしております。次は、雲出川、これはちょうど津の近くを流れておる川でございますが、これも、支流とともに、上流部におきましては随所ではんらんをいたしまして、山くずれとともに、道路、国鉄名松線を寸断いたしました。ようやく、自衛隊のおかげで、昨今トラックが入り得る状況に相なった次第でございます。また、松阪の近くに櫛田川という河川がございます。もちろん中小河川でございます。本来、この櫛田川は、谷の深い川であるにもかかわりませず、はんらんをいたしまして、木橋といわず、永久橋といわず、橋という橋はほとんど流失せしめましたばかりでなく、下流におきましては、国鉄の参宮線の鉄橋を橋げたとも流してしまったというふうな、非常な大きな惨害を呈したのでございます。幸い宮川――これは先ほど申し上げました大台原に水源を発して、伊勢市の近くに流れる川でございますが、この宮川は、建設省の補助を得まして、県営で総合開発のダムといたしまして宮川ダムを建設しておりました。これは、堰堤事務所長が情勢判断をいたしまして、いち早く湛水の無効放流をいたしまして、からっぽにいたしておりましたために、十分洪水調節の役割を果たしまして、おかげで、沿岸におきましてはほとんど被害を見なかったことは、特筆大書さるべき事実ではないかと考えておる次第でございます。
 次に、伊賀地方。先ほどこの水系が西に流れておると申しましたが、上野、名張を中心にいたしましたこの地区でございます。この伊賀地方は、従来からも治水上の大きな問題を持っておったところでございますが、今回も、長田川、名張川等は至るところではんらんをいたしまして、名張川のごときは、川底の汚泥を市街地や住家に堆積をいたしたのでございます。これも自衛隊によりまして、ようやくその一部を除去することができたような次第でございます。また、烈風が吹きすさんだ関係上、建物、立木の被害もきわめて大きく、伊勢神宮のあの数百年を経ました杉、ヒノキの巨木が、あるいは根こそぎ倒れ、あるいは中途から折損をいたしまして、まことにむざんな被害を受けましたことは、その端的な一例でございます。
 以上申し上げましたところは、今次災害の一局面を例証的に御説明したわけでございますが、今日までに判明いたしました被害は、お手元に多分こういう一枚刷りの「伊勢湾台風被害状況、昭和三十四年十一月四日午後八時現在、三重県第二十六報」という資料がお配りしてあると存じますが、これをごらんいただきますと御了承いただけると存じます。かつて昭和二十八年の台風十三号の被害は、当時空前といわれました。事実、海岸堤防の全面的決壊や、伊賀地方の山地の崩壊は、まことに目をおおわしめるものがあったのでございます。その当時の被害は、死者四十四名、行方不明六名、物的被害は六百一億円でありました。しかるに、今回の伊勢湾台風は、この資料によっておわかりの通り、死者千百九十二名、行方不明八十一名、負傷者四千六百二十五名、物的被害は千六百九十億円をこえておるという状況でございまして、これだけの数字の比較をもってしても、今回の災害が、本県にとっていかに大きなものであるかは十分お察しいただけると存じます。
 次に、このような大災害に当面いたしまして、県として、国の指導、援助のもとに、あるいは独自の判断のもとにとって参りました措置の概要の二、三について申し上げたいと存じます。
 まず第一は、警報発令に伴う状況把握、避難連絡等の態勢整備の問題でございます。県といたしましては、災害当日、午前十一時、暴風警報を発令と同時に災害対策本部を設置し、正午には、全警察署員に非常招集をかけ、警戒態勢を固めたのでございます。午後五時ごろ、紀伊半島南岸上陸が確実となるや、県水防本部からは直ちに洪水警報を発令し、それぞれ出先機関に伝達をいたしております。県下の交通機関は、早くも台風上陸前、午後四時ごろから運行を休止いたしましたが、幸いにして学校、工場、商店等は、すでに警備人員を残して早びき措置を講じておりましたので、交通機関の休止に伴う当面の支障、混乱はほとんどなかったものと認めます。しかしながら、名古屋と本県を直結するところの国鉄、近鉄、また、わが国でも幹線中の幹線である国道一号線が、水没のため途絶し、また、先ほど申し上げましたように、参宮線の鉄橋が流失いたしましたために、これまた不通となり、また、奥地各地が、道路、橋梁の流失のために交通を長い間途絶いたしておりましたことは、災害対策の推進上大きな支障となったのでございます。
 しかしながら、問題はむしろ電気、通信関係でございまして、当日午後六時には、早くも電灯線は全県下一斉に停電となり、暗黒の中に台風の猛威を受ける結果となって、ラジオ、テレビ等による情報伝達機能は全く喪失される結果と相なりました。電話も、台風通過直後にはほとんど不通となり、二十七日現在、松阪外八局の電話が通じていたのみで、遠隔地、山間部落等への不通は申すに及ばず、名古屋以東の連絡は、大阪経由の一部操作は可能でございましたが、混雑をきわめておりました。十月三日から順次回復した状態でございます。また、電信も、名古屋以東中継をする四日市、桑名外八局が不通となり、これは九月二十八日午後九時ごろにようやく一部回復いたしまして、東京方面への連絡はその後とり得た状況でございます。警察無線は、桑名、四日市、尾鷲方面では、浸水または送電線の故障により活動ができなかったのでありますが、可能な地域におきましては、十分これを活用することができたのでございます。
 このような状況でありましたために、全県的な被害の状況の把握がはなはだ困難でありました。よって、二十七日早暁には、明野航空学校の航空機による偵察を要請いたした次第でございます。また、中央各所への連絡、報告も、電信は打電いたしましたけれども、不着または延着となっていることが判明いたしまして、ようやく二十七日の午後三時現在の状況を同日午後十一時、東京事務所経由大阪回り電話をもちまして、関係各所に連絡できた次第でございます。従いまして、今後電気通信関係の急速なる整備強化を、特に要望せざるを得ないのでございます。
 次は、救援物資の輸送でございますが、水没のため孤立いたしました桑名、長島、木曽岬地区に対しましては二十七日から、また道路寸断のため輸送困難な飯南、飯高、美杉等の山間部落に対しましては二十八日以降、それぞれ自衛隊のヘリコプターをもちまして、乾パン、米、カン詰等の食糧を初め、いろいろの救援物資の輸送をいたしまして、おおむね応急の用を果たし得たのでございます。なお、離島及び南部沿岸地帯には、県漁業取締船二隻によりまして救援物資の輸送に当たらせるほか、あわせて被害状況の把握に努めたのでございます。
 第三は、防疫活動でございますが、県内衛生機関を総動員いたしましたのはもちろんのこと、大阪市、府、京都市、神戸市、岡山県からの積極的な応援や自衛隊の協力をいただきまして、給水班、救護班、防疫班を編成し、延べ千六百班を派遣して、医療、検病、飲料水の確保、井戸及び家屋の消毒等に当たりました結果、伝染病の集団発生もなく、おおむね所期の効果を上げたのでございます。
 第四は、緊急避難の問題でございます。水没地帯の早急な復旧の望みがたい状況にかんがみまして、急遽十月一日、長島町及び木曽岬村の罹災者に対しまして避難を勧告することといたしまして、翌二日から鈴鹿電通学園外八カ所に、老幼婦女子、学童を中心に、最高三千人を収容いたしました。特に学童は、漸次学校別に再編成いたしまして、授業の実施に遺憾なきを期したのでございます。一方、長期避難に伴う栄養管理、健康保持のために、医師、看護婦、栄養士等を配置するほか、冬季態勢を準備するため、救援被服の重点配分、ふとんの手当、施設の整備等を実施して参りました。これらに要する費用は、現在の災害救助法に基づく国庫補助をもってしてはとうてい支弁し得るものではございません。ことに、長島、木曽岬両町村は、町村政自体が事実上その機能を喪失しておる関係上、全部これらの任務が県の責任と負担になっておる状況でございますので、これらにつきましては、政府に対し特別の配慮を強く要望いたしておる次第でございます。
 第五は、仮締め切り及び排水の問題でございます。水没地帯の仮締め切りと排水は、罹災者の民心と生活安定のキー・ポイントであるばかりでなく、三重県と名古屋を直結する陸上交通機関の復旧のためにも不可欠の要件でありますが、この地域は川越村と長島、木曽岬の一部海岸堤防を除くほかは、ほとんど建設省の直轄区域でございますので、木曽三川下流地域は、県所管の分につきましても、中部地建に委託いたしまして、陸上、海上両自衛隊の協力を得、県との緊密な連絡のもとに、堤防の仮締め切り工事をやっていただくことと相なった次第でございます。一方排水の方は、農林省の援助を得まして、県営をもちまして実施することにいたしましたが、すでに川越、城南旧堤、長島北部の仮締め切りが終りましたので、逐次排水作業を進め、目下長島北部を排水中でございますが、一両日中には終了の見込みでございます。木曽岬村は、目下いわゆる木曽岬作戦を展開中でございまして、本月十日ごろには仮締め切りを終え得る見込みではないかと考えております。長島南部も、十五日ごろには大体終了の見通しではないかと推察をいたしております。両地区とも、仮締め切りをいたし、約八日間の予定をもって排水を完了させるべく排水機の整備をいたしておる次第でございます。従いまして大体本月の二十日前後には、どうやら排水を終り得るのではないかと考えております。一時はどうなることかと憂慮いたしました水没地帯の仮締め切りと排水が、このように軌道に乗り、進捗いたしましたのは、何と申しましても、全国のポンプ船を総動員せられ、その直接の衝に当たられました中部日本災害対策本部及び建設省の御努力によるものでございまして、この点は、罹災者はもとより、県民一同深く感謝いたしておるところでございます。しかしながら、十一月三日早朝、城南の旧堤防の仮締め切りが再決壊いたしましたことは、はなはだ遺憾にたえない次第でございます。この点につきましては、後刻桑名市長から直接御説明があろうかと存じますが、今後は、市から県が委託を受けまして、サンド・ポンプ工法を実施することにいたしておりますので、準備の都合上、噴出開始は来たる七日以降になりまするけれども、大体同日ごろには、建設省でやっていただいております城南の外堤の締め切りが完成する予定でございますので、両々相待って十三日ごろには桑名市の排水も終わり得るのではないかと考えておる次第でございます。
 そのほか、住宅の建設でありまするとか、あるいは被災中小企業者に対する金融の問題でありますとか、いろいろ打って参りました手もございますが、これらにつきましては省略をさせていただきたいと存じます。
 最後に、当面及び今後の災害対策につきまして、二、三の御要望を申し上げまして、私の陳述を終わらせていただきたいと存じます。しかしながら、すでに愛知の桑原知事から相当詳細にわたりお話がございましたので、重複する点については、これを全部割愛させていただきたいと存じます。
 御要望を申し上げます前に、本県の財政につきまして一言触れさせていただきたいと存じます。三重県は、昭和二十八年の大災害によりまして、その当時の災害復旧費は、改良費を含めまして約百五十億円に及んだのございますが、県財政は、そのころから急激に悪化の一途をたどりまして最高八億六千万円の赤字を残したのでございます。過去四年間は、全くこの過去の累積した赤字の解消に非常な苦心を払ってきたところでございます。それにもかかわらず、今なお三億五千万円の赤字を残し、自主再建の途上にあるばかりでなく、二十八年災当時から急激に増加いたしました起債が、ことしから来年にかけて償還のピークに差しかかるために、本年のごときは、職員の昇給のストップ、行政整理等、非常措置までとらざるを得なかった次第でございます。そのやさきに、二十八年災に数倍する大災害を受け、その災害復旧費は、改良費などを含めますと、六百五十億をこえるものと推定をいたしております。従いまして、どれほど高率補助をいただきましても、なお後年度の県財政に及ぼす影響はまことに深刻であり、二十四億円程度の標準税収入をもちましては、とうてい処理できない段階に来ておるのでございます。こういう実情でありまするので、第一にお願いをいたしたいと思いますることは、高率補助の地域指定の問題でございます。県は、何といたしましても御指定をいただきたい。また、県内各市町村に対しましても適用をお願いをいたしたいのでございます。ことに、先ほど御説明申し上げました通り、全県的に大きな被害を受けておるという点にかんがみましても、この点に対する深い御配慮を賜わりたいのでございます。指定基準につきましては、三重県の立場としてはっきりした考え方も持っております。しかしながら、多少意見にわたりますので、また別の機会に申し上げることにいたしまして、ここでは遠慮させていただきたいと存じます。
 第二は、仮締め切り後の海岸堤防の本格的建設の問題でございます。率直に申し上げまして、今回の災害によりまして、沿岸住民は、今まで信頼し切っておりました海岸堤防に大きな不安を感じております。これに対処するためには、堤防のかさ上げその他堤防の強化等、大幅の改良を必要とするのでございますが、原形復旧につきましては、高率補助等高度の財政援助をしていただくといたしましても、原形復旧をはるかに上回る大幅の改良費について、これと同等の財政の裏づけがなされない場合におきましては、今後海岸堤防の改良工事を実施することは全く不可能となるほかはございません。従いまして、災害の再発を防止し、住民の生命と財産を守るという、必要最小限度の行政の目的すら確保することはできがたいことと相なるのでございます。よって、海岸堤防の改良につきましては、十分の八の補助率は全海岸線にわたって適用をせられるとともに、起債の充当につきましては、原形復旧に準じた措置を強く要望する次第でございます。
 第三は、山地荒廃復旧のための緊急砂防、緊急治山等の事業についての問題でございます。他の災害対策につきましては、国会の皆様方の力強い御推進によりまして、おおむね九割程度の高率補助が採択せられたにもかかわらず、何ゆえにこの山地荒廃復旧事業だけが三分の二の補助とせられたか、私はその理解に苦しむものでございまして、ぜひともこの事業の九割にまで補助率を高めていただくとともに、残余の地方負担につきましても、全額元利補給付の起債をお認め願いたいと存じます。なお、特別砂防事業として、復旧の完成までは財源措置をはっきりと継続していただきたいと存じます。
 第四は、水没地帯、特に木曽岬、長島両町村の今後の復興の問題でございます。両町村は、その全域が浸水、水没いたしまして、一切の生活手段を喪失いたしておりますばかりでなく、多数の犠牲者を出しております。従いまして、その復興には全く新しい村作りが必要であり、将来の防災を考慮いたしました住宅の建設ないしは住宅地の造成を初めとして、急速な立ち上りをはかるためには、作業及び施設の共同化等、県の指導のもとになすべき多くのことが残されております。これらはいずれも財政支出を伴うものばかりでございますので、このような復興計画の実施にあたりましては、国としても特別にあたたかい援助の手を差し伸べていただきたいのでございます。
 最後に、伊勢湾臨海工業地帯の造成について一言お願い申し上げたいと存じます。私どもは、今回大きな災害は受けましたけれども、伊勢湾臨海工業地帯の立地的な優位性や将来の発展性については、いささかも疑うものではございません。しかしながら、率直に申し上げまして、従来やって参りました条件整備につきまして、考えの甘いところのあったことを否定できないのでございます。この際、三県は、災害を通じまして、運命共同体であることをはっきり認識いたしたのでございます。この機会に、私ども県当局者は、県境にこだわらず、自県の利益のみに走らず、大きな視野から、伊勢湾臨海工業地帯の発展のために勇敢に取り組まなければならないと存じますが、何と申しましても、国の方でそういう趣旨で特別の御援助と御配慮をいただかなければ、とうていその目的の達成を期しがたいのでございます。特に、昨年来取り上げていただきました名四国道の建設につきましても、この際の災害の実態を深く考慮せられまして、計画の再検討をせられますとともに、名古屋、四日市港のあり方等につきましても、格別の御指導と御配慮を賜わりたいのでございます。
 そのほか申し上げたいことはたくさんございますが、時間も若干超過いたしましたので、この程度にとどめさせていただきまして、私の陳述を終わらせていただきたいと存じます。大へんありがとうございました。(拍手)
○南條委員長 どうも御苦労さまでした。
 それでは、次は岐阜県知事の松野幸泰君。
○松野参考人 岐阜県の本年災害について御説明を申し上げます。
 すでに愛知県、三重県知事から十五号台風の詳細につきまして御説明がございましたので、この詳細については省略をさせていただきまして、概略を申し述べさせていただきたいと存じます。
 現在までに判明いたしております三十四年災害の総額は約五百四十三億の多額に上っております。これを公共被害と個人被害に分けて申し上げますと、公共被害約百四億円、個人被害約四百三十九億円でございますが、その詳細につきましては、お手元の別紙をごらん願いたいと存じます。
 さて、本県の災害を概観いたします場合、そこに大きく分けて三つの特色が浮かんで参るのでございます。その第一は、本県は従来比較的災害の少ない県でございましたけれども、一昨年来連続して大規模な風水害をこうむっているのでございまして、これを本県の地区別にながめてみます場合、一昨年は東濃地方に、昨年は飛騨北濃地方に、さらに本年は、集中豪雨並びに七号台風により西濃及び南濃方面に大きな被害をこうむり、なかんずく養老地区が三千町歩にわたり長期間水没いたしましたことは、すでに皆様御承知の通りでございます。その上八月二十六日の集中豪雨により東濃、中濃地方にかなりの被害をこうむり、全県下余すところなく災害の惨禍にさらされたのでございます。それに加えて、最後のとどめをさされたのが今回の伊勢湾台風でございまして、再び根古地地区が決壊したのを初め、全県下に大被害をこうむったのでございまして、知事といたしましては、全県民に失意と落胆からどのようにして立ち上がる意欲を喚起させるかということで頭の中は一ぱいでございます。
 第二の特色としてあげるべきは、伊勢湾台風災害については水の災害のように認識されておりますが、本県南部では四百ミリ以上の連続雨量がございまして、その限りでは、水の被害とも申せましょうが、ちょうど台風中心進路のその東側に岐阜県が当たりましたので、県の中部及び北部地方は異常な風害により、半壊以上の戸数を拾っただけでも一万七千九百戸に及んでおります。これは全戸数の約七%に当たっているわけでございます。
 さらに第三の特色と考えられますのは、山間部にもきわめて大きな被害をもたらしていることでございます。現在判明している風倒木の被害を見ましても三十数億円に上り、百数十万石の被害を受けておりますが、これは本県の年間伐採量をはるかに上回るほどの数字でございます。
 次に、現在までにとりました知事の対策として、主として伊勢湾台風について申し上げたいと存じます。
 まず、災害救助法を全県下に発動せざるを得なかったのでありますが、もちろん、これは県政始まって以来の措置でありまして、法定救助費として総額三億七千余万円を支出いたしましたが、私といたしましては、このほかに、県単独として、罹災県民各位に対し二千余万円の見舞金を差し上げたのでございます。
 さらに、最も留意いたしましたのは、根古地地区の再度にわたる決壊でございますが、幸いに避難命令の適切な発動により、災害以外の理由によって一人の事故死の方を除きましては、全員無事避難させることができたのでございます。しかし、現地の住民は全く虚脱の状態でございますので、県の技術陣等を集中的にこの地方に動員いたしまして、その対策に当たらしめておるのでございますが、幸いにいたしまして建設省の昼夜を分かたぬ御協力により、十月十日一応の仮締め切りを終了することができましたことを、この機会に厚く御礼を申し上げる次第でございます。
 さらに救出、給水等に当たられました自衛隊の御努力に対しましても満腔の敬意を表したいと存じます。
 このほか、中小企業の政府資金を導入する前のつなぎ融資、あるいは農業関係政府資金のつなぎ融資等、各般の県単独の行政措置を講じ、政府の適切な御援助に至るまでの方策を講じたのでございます。
 しかしながら、災害対策はむしろこれからでございまして、その第一は、三千数百カ所に及ぶ堤防決壊個所の修復こそ焦眉の急務でございます。これは一に政府の御援助に待たなければなりませんけれども、今回の災害を顧みますとき、従来の単純な復旧工事のみでは再び決壊のうき目を見ることは明らかでございます。
 第二は、県財政の将来でございます。戦後全国の財政モデル県として収支の均衡を維持して参りましたが、今次災害によりその基盤が一朝にしてくずれ去ることを危惧するものでございます。
 第三には、県下の農民、中小企業者各位に再起の意欲を与えさせるべく懸命の努力を払っておりますが、従来の金融手段等のみではきわめて不十分でございますので、高率補助等、あたたかい諸施策をお願いいたしたいと思います。特に農業租税収入の低い本県におきましては、救農土木事業こそ一番効果的な方法でございまして、堤防復旧工事、さらには農業共済団体の建物共済などと相待って、農民の将来に明るい希望の光を与えていただきたいと存じます。さらに、岐阜県には山間部の財政基盤の脆弱な町村がきわめて多い状況でございますので、特にこの点も御留意願いたいと存じます。
 以上いろいろ申し上げましたが、十月末現在で約五千余万円の義援金と、あたたかい救援物資を全国の各地からいただきまして、一歩々々再建への道をたどっておりますが、政府におかれましても罹災民の意欲を喚起するため、各般の御措置をお願いできるものと信じております。
 このきびしい試練を通じて明日への岐阜県を考えますとき、何よりもまずなさなければならないことは、木曽、長良、揖斐の三大川の治水でございます。伊勢湾沿岸に大被害をもたらした大きな理由の一つとして、この三大河川の総合的な治山治水対策の欠如があげられるのではないかと思います。治山、砂防、造林等の上流部の対策に万全の施策を講ずることはもちろん、治水対策としては単に堤防の増強のみならず、多目的ダムの早期完成と、各般の総合施策が必要ではないかと思います。
 次に、今次災害から得ました教訓の一つとして、本県の主要道路網がいかに重要な役割を果たしたかということでございます。東京、大阪間の連絡ができましたのは一に本県の道路網のおかげでございまして、バイパスとしての役割は十二分に果たしたのでありますが、今後道路整備五カ年計画に準拠して、これらの諸線を改良補修するのみではなく、不十分と考えられまするところにつきましては、十分の処置をとっていただきたいと思います。
 さらに、今次災害の一大特徴である伊勢湾臨海工業地帯の壊滅的打撃について考えるのでございますが、今後の工場配置について、臨海部と内陸部のおのおのに適した分配を真剣に検討する段階が来ているのではないでしょうか。製鉄、石油、造船等、臨海部に不可欠の産業はともかく、機械工業等、各種の関連工業については、道路網の整備と相待って、内陸部への誘致をはかるべきものと存じます。
 最後に、私は、この災害を、いわゆる災いを転じて福となすべき義務があると考え、津身の力をしぼって県政に尽くす所存でございますが、岐阜県の現状は、国民の体育の祭典ともいうべき国民体育大会も遠慮し、さらには、明年春に予定されておりますところの岐阜市の博覧会をも取りやめざるを得ないような事情にあります本県の実情を御賢察下さいまして、何分の御指導よろしくお願い申し上げる次第でございます。(拍手)
○南條委員長 御苦労さまでした。
 次は、奈良県知事の奥田良三君。
○奥田参考人 私は奈良県の奥田でございます。
 私は、まず第一に、政府、国会初め各方面からわが奈良県民罹災者に与えられましたあたたかい御支援と御同情に対しまして、奈良県民を代表し、ことに多数の罹災者の皆さんにかわりまして、心から御礼を申し上げる次第であります。
 奈良県の災害の状況につきましては、先ほど来三県知事より御説明をいただきましたのと大同小異の点もございまするので、私は、わが奈良県の罹災の特異性につきまして簡単に御説明申し上げ、お手元に差し上げておりまする書類によりましてごらんを願いたいと存じます。
 なお、これに関連いたしまして、一、二、特にこの席におきまして皆様方にお聞き取り願いたい要望事項だけをつけ加えて、陳述させていただきたいと考えております。
 これが奈良県の略図でございます。こちらが三重県でございます。台風は、奈良県の南の紀伊半島南端に上陸いたしまして、三重県と奈良県の境を通って、愛知の方へ抜けたものと考えられるのであります。ここが大台原でございまして、日本一雨の多いところでございます。今回の台風は、この大台原を中心にいたしまして豪雨をもたらしたのでございます。従って、この辺に降りました雨が、北山川となって熊野川に注ぎ、あるいは吉野川から西流いたしまして和歌山県に入り、あるいはその北の方の宇陀川から木津川となって大阪に注いでおり、この河川の上流一帯にわたりまして激甚な被害を及ぼしたのでございます。この辺が五条市でございます。五条市におきましては警戒水位が三・六二メートルでございますが、約十メートルの水位となったのであります。
 本県の被害の状況は、お手元に上げておりまする第三報という報告書によってごらんをいただきたいと思うのでございます。その第六ページに「被害状況調」というものがございまして、私の方の被害は、金額にいたしまして一応百八十億と計算されておるのでありますが、そのうち、五十億を除きました約百三十億が公共的な被害でございます。すなわち、わが奈良県の被害におきましては、県または市町村森林組合など、公共団体が措置すべき被害が特に多かったというところに特色があろうと思っております。土木関係の災害におきましては七十五億であります。すなわち、全災害の半分近くが土木災害である。次に山林崩壊が約二十六億、林道が七億、加えまして山林の被害が、風倒木等を除きまして約三十三億と相なっておるのであります。
 先ほど申し上げましたこういう地勢でございます。これは大淀町でございますが、ここから国道百六十九号を経て三重県に入るのでございますが、大淀から小口まで約百十キロ、約三十里あります。この百六十九号がほとんどずたずたにやられたのでございます。また、こちらの奈良県の宇陀郡という一帯が、平坦部から約二十四キロか二十五キロでようやく山の奥に達するのでありますが、二十四キロ余りの道路もずたずたにやられました。
    〔委員長退席、綱島委員長代理着席〕
従って、災害直後は奥地の被害状況がほとんど判明せず、これが対策に苦慮いたしたのでありますが、ようやく被害状況がわかりますとともに、自衛隊等、各方面の協力をいただきまして、とにかく応急の措置を講じ、本日まで災害の復旧に及ばずながら努力をいたしてきたような次第であります。
 奈良県の被害の特色は、山地の崩壊であろうと考えております。先ほど申し上げました全国一の雨の降りますところで、しかも一時間に五十ミリから七十ミリを算するというような雨量でありましたために、山地の崩壊が著しいのでございます。奈良県の東部山間は、ほとんど至るところ山地の崩壊でございます。そのうち川上村の高原というところにおきましては、約二十戸が山津波に没しまして、五十八人がそこで一挙にやられたのであります。すなわち、高原で約百戸の部落のうちのまん中へ上から山津波がございまして、まん中がすっかりとられたというふうな姿でございまして、これがために五十八人死亡いたしました。そのほか、山津波のために、あるいは三戸あるいは十戸倒れ、あるいは一軒が壊滅しなどいたしまして、奈良県の死傷者は約百三十名でございます。これは愛知、三重等の被害から見れば少なくはございますが、百三十名という人命は、私は非常に大きい数であると考えます。百三十名のうちの約八十名は、山津波によって埋没して死んでおるのでございます。川上村の高原というのはここでございます。
 そういう意味で、本県としては、先ほど申し上げました豪雨によりまして多量の土砂が流出いたしまして、それがために河床が上がり、これは私の考えでございますが、おそらく降雨が多かった以上に、山津波による土砂の流出によって水位が著しく上がったものと考えております。従って、先ほど申し上げましてこの吉野川では、約十三橋の永久橋が流れ、そのうち三橋が県道の橋でございます。皆さんのお手元にお上げいたしております県の写真にも、永久橋の流れた姿が出ておるはずでございますが、十三橋の永久橋のうち七橋くらいは、りっぱな橋であると私は思うのでありますが、流失いたしておりますのも、雨量が大きかった以外に、土砂の流出が著しかったことによるものではなかろうかと私は考えておるのございます。従って、奈良県として、今後これが対策については、今まで災害の復旧に努力をいたして参りました。あるいは皆様方にいろいろ御協力を得てきたのでありますが、現在政府または国会におきまして計画しておられまする港湾特別立法がどういう本のを計画しておられますのか、提案されておりますのか、確かには存じないのでございますから、あるいは私がお願いいたしますのが当たってはおらぬかと思いますが、私のお願いいたしたい一つは、山地の崩壊についてでございます。実は私の県は、残念ながら全国屈指の貧乏県でございます。標準税収入が十億以下であります。十億以下のところは全国で三県くらいあったかと思うのでありますが、そのうちに私どもの県が入っておるのであります。標準税収入が十億という県であります。しこうして、先ほど来お話しの二十八年の災害には、二回にわたりまして約百五十億の被害を受けまして、それが災害復旧に努力をしながら、しかも私は歯を食いしばって、赤字を出さないで今日まで及ばずながら努力を続けて参ったのであります。本県としては、十億の標準税収入に対しまして、先ほど来申し上げますような公共的被害だけでも百三十億である。そのうち、県が負担して事業をやるべきものが約百十億と計算をいたしております。そういたしますると、もしも百十億の九割を政府が負担していただきまして、一割を地元の県が負担するといたしまして、私の県として十一億の負担をしなければならないという姿に相なりますが、十一億の県の負担額は、県税収入の一年を上回る金額となる次第であります。そういう意味から、私どもは本年の災害の復旧には心を痛めておるのでございます。
 そこで、そのお願いの一つとしては、治山治水についてでございます。お手元に奈良県として災害復旧施策に関する要望書として数項目を書いておるのでございますが、私はそのうちの一つについて御説明させていただきたいと思うのです。それは、今申し上げました砂防についてであります。お願いいたしておる四のところに、新規荒廃河川事業――これは渓流砂防と考えております。及び災害山地荒廃復旧事業――これは山地崩壊並びに山林砂防であると考えております。そういう山地砂防、渓流砂防を含めた治山の仕事に、今回の政府の措置は手抜かりがないかということであります。すなわち、ほかの公共的事業、あるいは農地について、あるいは林道については、九割の補助を、すなわち、二十八年災に準じたことをせられるやに聞いておるのでございます。治山治水、この砂防につきましては、三分の二の政府――従来の普通の補助を引き上げるという計画が、現在のところないように承っておるのであります。これは治山を一つの仕事として、今後政府あるいは国家が力を入れていく建前から申しまして、大きな片手落ちではないかと私は考えるのであります。すなわち、本県といたしましては、山地砂防が約七億五千万円と考えております。渓流砂防が十億と考えております。加えまして十七億五千万円の砂防工事をやらなくちゃならぬということに相なるわけであります。これの三分の一を地元で負担をいたしますとすると、約六億近くの県費負担を要するわけであります。標準税収入の六割近くの負担を要する次第でありまして、私どもの県としては、現在の助成率をもってしてはとうてい治山の仕事はできないのじゃないかという心配をいたしておるのであります。しかも、もしも林道に九割の補助を出されるとするならば、林道よりも一そう公共的意味のある治山砂防について、九割に準ずる措置をすべきではなかろうか。さらにまた、私どもは、従来から知事会といたしましても、昭和三十三年度までいわゆるこういう事業について臨特法が施行されておったのでありますが、三十四年度から臨特法が施行されませんために、砂防につきましては四分の三でありました臨特法の補助が、三分の二に減ったのであります。知事の私どもといたしましては、補助率がかくのごとく減ってはとうてい砂防の仕事ができない等の事情を訴えまして、政府、国会の皆様方の御同情をいただいて、少なくとも、今年は臨特法はやめるけれども、そのかわり相当額の起債措置をもって財源措置をしてやろうというので財源措置をしていただきまして、私どもは、その三分の二の補助によりまして通常砂防を本年度やることに相なっておるのであります。通常砂防においてさえ三分の二では困る、何とかして四分の三の臨特法の実施継続を願いたい。また、それができなければというので起債の御措置までも特にお願いを得ておるのでありますが、それと比較いたしまして、臨特法四分の三の補助率が計上されておったにかかわらず、今回の未曽有の大災害の跡始末としての砂防について、通常砂防としての三分の二の補助しかいただけないということは、従来の経験、データと、それらの他の事業と比較して、はなはだ片手落ちではないかと考えるのであります。そういう意味におきまして、奈良県の治山事業を円滑に施行していただきますためにも、ぜひ二十八年災に準ずる九割の補助、あるいは新規荒廃河川事業として、あるいは災害山地荒廃復旧事業としていただけまするように、特に御配慮をお願いいたしたいと思うのであります。
 そのほか、いろいろ項目を掲げておりまするが、これは御遠慮いたします。ただ奈良県として、もう一つ特にお願いいたしたいことは、先ほど申し上げましたような姿でございまするので、吉野川の治水のために――現在吉野川は、下流の和歌山県内は直轄河川になっておるのでありますが、奈良県へ入りますと直轄河川に入っておらぬのであります。ぜひこれを直轄河川に編入していただきますとともに、上流に洪水調節のためのダムをぜひ建設していただきたいということであります。すなわち、先ほど申し上げましたように、永久橋が吉野川だけで十三橋流れておるのであります。その下流の下市というところに千石橋という橋があるのであります。これは流れませんでしたが、水は橋の上約二メートル近くオーバーして流れておりまして、水害が終わりましたあと、橋の上には多量の木材が積まれておりまして、身動きもできなかったというふうな姿であります。この永久橋を、今後の洪水に備えて二メートル高さを上げるということは不可能であります。その他の橋においてもそうであります。しかも、川の流域にはたくさんの市街を形成いたしておるのであります。今後これらの水害を防止するためには、上流に洪水調節のためのダムを作るよりほかにないと考える次第であります。
 先ごろ来、いわゆる海岸堤防等で津波に対するいろいろのことが考えられました。私の県は、先ほど申し上げたように、山津波に悩んでおるのであります。多数の者が山津波にやられ、また先ほど申し上げましたように、残りました者も、いつ山津波が来るかもしれない、自分たちの近所の二十戸が流れた、その隣の者はいつ山津波にやられるかもしれぬというので、雨の降るたびに戦々きょうきょうといたしておるのであります。そういう部落が県内至るところにあるわけであります。山津波で二十戸が流れたということは、奈良県至るところに山地崩壊があり、それがために、多数の者が今なお戦々きょうきょうとしている姿を裏書きいたしておると思うのであります。そういう意味におきまして、治山事業を円滑に施行し得ますために砂防を徹底していただくこととともに、さらに下流の河水の統制をよくするために、上流に洪水調節用のダムを作っていただきたい。この二つだけを先ほど来いろいろ御説明のありました三県知事のお願いに加えまして、私から特にお願い申し上げる次第でございます。
 以上をもちまして私の公述を終わります。(拍手)
○綱島委員長代理 次は、名古屋市長小林橘川君。
○小林(橘)参考人 名古屋市の小林でございます。
 本日はこの委員会におきまして、私ども被害地の率直な声をお耳に入れる機会をお与え下さいまして、厚くお礼申し上げます。百五十万の人口を擁し、発展のめざましい中部工業地帯の中心であります名古屋市が、このたびの伊勢湾台風によりまして非常な災害をこうむりましたが、今秋、市制施行七十周年を迎えて、ますます飛躍を重ねんとしたやさきにこの災害を受けたわけでございます。
 災害突発後、国会並びに政府当局におかれましては、いち早く御視察なり激励を賜わりまして、ことに名古屋市に中部日本災害対策本部を設けられ、救助並びに復旧に非常に迅速かつ適切な措置を講ぜられる一方、すみやかに臨時国会をお開き下すって、本特別委員会で多くの特別措置法案について御審議を賜わっておりますことは、まことに感謝にたえないところでございます。ただいま関係各県の知事さんからも詳しくお話がありまして、委員諸先生におかれましても御承知のところと存じますので、それらはすべて省略いたしまして、私からは特に今回の伊勢湾台風による名古屋市の甚大な災害の特異性につきまして御説明を申し上げて、御了解を得たいと思います。
 お手元にお配りいたしてございますネズミ色の資料で、「伊勢湾台風による名古屋市の被害と要望」の七ページのところに、名古屋の被害の概況といたしまして、その特殊性と考えられる点を述べてございます。ごらんをいただきたいと思います。
 最初に申し述べたいのは、このたびの伊勢湾の台風に際しまして、名古屋市を襲った高潮が、質、量ともに未曽有のものであったことでございますが、臨海部を襲いました高潮は、過去における最高記録二・九七メートルを約一メートルも越え、これまで絶対安全と信じられておりました海岸堤防を一気に越えてしまったのでございます。このために、海水はまたたくうちに密集した工業地区、住宅の軒先に達し、多数の市民が逃げるひまもなく水にさらわれ、尊い生命を失なったのであります。あまつさえ、臨海部に発達しておりました木材工業の貯木場に集積されておりました数十万石と称される材木、これが全部流れまして、中には直径一メートル半、重さ七トンにも及ぶ、怪物のような巨木が、秒速四十五メートルの疾風にあおられて、無数に奔流して、猛烈な破壊力を発揮いたしたのでありまして、人命、家屋の被害を極度に増加させたのであります。当夜のありさまは、ほんとうに阿鼻叫喚の地獄図絵さながらの姿であったのでございます。しかもこれら巨大な流木は、退水後の現在でもなお、住家といわず、工場といわず、道路あるいは学校の校庭に居すわり、その取り除き作業は困難をきわめておりまして、復旧作業にも多大な支障を来たしておるのでございます。こうした状態は、現地を御視察いただいております方々にはよくわかっていただけると思うのであります。
 こうした高潮と流木の暴威の結果、人的被害といたしましては、十一月四日現在で判明しておりますところは、死者と行方不明合せて一千九百九十七人でございます。負傷者は七千三十三人、死者と行方不明を合計いたしまして、九千三十人に及んでおるのでございます。特に最も被害の激甚でありました南区におきましては、九十人に一人の死者、行方不明を出しております。中でも、南区の白水学区だけにとりましても、九百人という死者と行方不明を出しております。一方、住家の被害についてみましても、被災戸数が十一万七千戸、人員にして五十三万一千人に及んだのでございます。これは全市の戸数の二分の一が災害を受け、また人口の約三分の一が被災者となったことを示すものでございます。特に被害のはなはだしい港、南の両区には、市営住宅を初め、大工場の社宅など、木造集団住宅の大半がそこに集中しておりますので、これらほとんどにわたりまして災害をこうむっております。激甚な被災地域は、もともと生活保護の世帯あるいは日雇い労働者など、低級な所得の人たちの住んでおる地域でございまして、これらの人々は、その日の生活にも困り、生活の危機に瀕している状態であることは、もちろんであります。今後このような生活の困窮者が激増することが予想されているのでございまして、はなはだ憂慮にたえない次第でございます。
 もちろん、台風の暴威は、これら臨海部のみならず、全市にわたりまして激甚な被害を及ぼし、直ちに本市全域にわたりまして災害救助法が発動されたのでございますが、本市におきましても、時を移さず、災害対策本部を市並びに十二区全区に設けまして、罹災者の救護と復旧に全力をあげておるのでございます。罹災直後は、交通、通信、電気等の都市的な機能が完全に麻痺状態になりまして、初期の救護活動を妨げたのでありますが、あらゆる困難を克服いたしまして、関係各方面の絶大な御協力にあずかって、ひたすら罹災民の救助に努めたのでございます。
 すなわち、膨大な救助活動の現在の規模、これは非常な大規模でありまして、避難所を市内に百八十カ所設けまして、それに収容いたしました罹災民の数が、最大時には一日に十八万五千人、現在までに延べ百五十五万人の多きに及んでおるのであります。これら百八十カ所の避難所は、ほとんどが市立の小中学校、高等学校が充てられておるのでございますが、湛水期間が予想以上に長く、退水後も居住不能の家屋が多いために、長期にわたってこれらの学校の施設の多くは使用不能となっておるのでございます。十月七日現在におきましては、正常授業を行なっていたのは、小学校においては全体の二四%、三十四校にすぎません。中学校におきましては三十二校、全体の五七%、高等学校におきましてはゼロでございます。他はいずれも休校ないし変則授業などの措置を長期にわたってとらざるを得なかったのであります。これら罹災者に対しましての医療救護、たき出し、給食、飲料水の給与、毛布、衣料、日用品の配給等はおびただしい数量に上り、救援活動の労力も非常に膨大な人員を要しておるのであります。被災後の一カ月間に出動いたしました市の職員その他学生生徒、一般奉仕者の数が延べ四十五万人、一日当たり一万四千五百人余に及んでおります。このうち、市の職員は一日に約七千人、延べ二十二万人、全職員の四二%が出動いたしております。関係区役所のごときは、連日連夜、総員あげて文字通り不眠不休の活動を続けております。さらに、アメリカ軍及び陸海空の自衛隊からは、延べ四万五千人の人員、延べ三百五十機のヘリコプター、百十六機の輸送機、一万六千トンの船舶の応援を受けまして、交通途絶地帯に対し、海空からの援助を行なったのでございます。この間全国各地から寄せられましたあたたかい御好意に対しましては、ほんとうにお礼の言葉もございません。深くお礼を申し上げる次第でございます。
 次に、名古屋市におけるこのたびの災害におきまして特記さるべき第二の点について申し述べたいと思います。それは、名古屋港を中心といたします本市南部、臨海工業地帯のほとんどが壊滅的な打撃をこうむったことでございます。名古屋市の工業は、戦後特に目ざましい発展を続けて参り、しかも名古屋市の発展は、南部臨海工業地帯を中心として進められてきたと申しても過言ではないのであります。いわば、名古屋南部臨海工業地帯は、名古屋市発展のかなめであるばかりではなく、伊勢湾一帯の中京工業地帯のかなめともいうべき、まことに重要な地位を占めておったのであります。このたびの甚大な被害をこうむりました港、南、中川、熱田の四区こそ、まさにそのかなめに当たる区域であったのでありますが、これはまことに不運と申すほかはありません。この地域には大規模の工場が多く、工業生産額におきましても、全市の五三%を占めておるところでございます。都市、ことに大都市におきましては、都市全体が産業経済的に密接かつ複雑な結びつきを持っておるため、その一部におきまして経済機能が失われますと、単にその一部のみにとどまらず、他の全地域に直ちに重大な影響を及ぼし、その機能を阻害いたしますことは明らかでございます。名古屋は産業都市、港湾都市といたしまして生きてきた都市でございますが、被害の大企業と下請の中小企業、被災下請中小企業との関係は、ほんの一例でございますが、すこぶる緊密な関係を特っております。それが壊滅的打撃を受けたということは、これは名古屋市にとりまして、ほとんど考えられないほどの大きな災害なんでございます。
 ことに見落とすことのできないのは、名古屋港の被害でございました。名古屋港は、御承知の通り、中部経済圏の海の玄関でございます。洋々たる前途は、遠からず世界の十大港に指を屈せられるとさえいわれておるのでございますが、伊勢湾の行きどまりにございました名古屋港は、このたびの伊勢湾台風の容赦なく襲うところとなり、その防波堤、埠頭を初めとする工業施設は全部やられまして、十七億円に上る損害をこうむったのでございます。さらに、船が沈み、あるいは流木等による航路、泊地の障害、港湾関係者の罹災等により、十余日以上にわたって仕事がありませんので、名古屋港の機能は全く麻痺してしまったのでございます。このため、一時は、九号地の油をたくわえております貯油場には石油がありながら、海上、陸上からは、いかに努力してもこれを運び出すことができない状況で、遠隔の地方からの輸送を待たなければ、救援活動に使用するトラック、船舶等の燃料にさえ事欠くのではないかと憂慮せられた状態でございます。
 このたびの台風による名古屋市の商工関係の被害総額は、実に四百三十八億円と推算されておりますが、これに将来にわたる生産の減退を加えますときには、その被害は非常に大きくなると思います。しかし、先ほど申し上げました通り、名古屋市は産業都市でございます。必ず名古屋市の産業はりっぱに立ち直るものと信じております。また、立ち直らせなければならぬと存じます。政府並びに国会におかれましては、立ち直りのための資金の融資と格別の御支援をお願いいたさなければならぬと存じておりますので、どうかよろしくお願いいたします。
 第三の特異性は最も重要でございまして、それは築造以来幾たびもの高潮にも万全であった市内の海岸、河川堤防が、百三カ所にわたってもろくも寸断されたため、容易に締め切りが行ない得ず、このため、長期にわたって湛水地帯をも生じ、一そう被害を増し、復旧を困難にしておるのでございます。災害当時は、本市の面積の半ば以上の、百三十平方キロにわたる浸水地域を生じまして、その浸水が三尺、四尺、あるいはそれ以上にも及び、ことに南部臨海工業地帯の港、南の両区のごときは、その大部分が二十日間まっ黒な泥水の中に浮かんでいたのでございます。このため、家屋は土台から腐り、家財がすべて廃物となったばかりか、衛生上ゆゆしき状態に相なっていたのであります。さらに、これらの被災地区には小規模の商店が多数あったのでございますが、商店が滅び、顧客がなくなり、そうして今後開業の見通しさえもつかないというような商店がむなしく軒を並べておるのであります。これらの地区の排水が、関係者の必死の努力によりましてやっと終わりましたが、そこに現われたのは、流木に押しつぶされた汚物と腐った泥の町でございます。避難所からようやくわが家に帰って、やれやれと、市民もしばらくは考えたのでありますが、しかし、ヘドロと申しますこの泥海の中で、どこから手をつけてよいのか、ぼう然自失の状態におるのであります。ヘドロと申します、不潔きわまる腐った泥は、数尺の厚みで堆積いたしております。家屋の残骸、それから巨木の下になお痛ましい死体が数多く残されているのでございます。しかもこれらの流木、ヘドロは、とうていしろうとの手に負えるものではなく、市民の復興活動をはなはだしく妨げている状態でございます。現在全地域に堆積しております塵埃は、八万トンという膨大な量に及ぶもので、これは名古屋市の清掃の力をもってしては百日に当たる。この泥が堆積しているわけでございます。こうした災害を与えました堤防の決壊個所は、いずれも応急の仮締め切りを終わったばかりで、大潮のたびに、雨の降るたびに、いまだに市民は肝を冷やしつつ、おそれている状態でございます。
 一方、今なお最悪の状態に残されております市内港区の南陽町、中川区の富田町の両地区でございますが、この地区は、優良な都市近郊農業地帯でございます。その大部分が海面位以下のデルタ地帯でありますため、決壊した海岸の堤防から流れ込んだ海水によって、この一帯の収穫前の美田は、一瞬にして海と化したのでございます。婦人、子供は、いつ家に帰れるのか、当てもなく、集団避難をいたしております。決壊した個所からは、潮の干満のつど、海水が渦を巻いて出入しております。こわれかかった家屋をゆすぶり、わずかに残った人々は、このごろでは、これを居直り水と唱えております。最近では、お礼参りの水と呼んでおそれているのであります。その後、各方面の必死の努力によりまして、やっと仮締め切りを行なったものの、被災後四十日を経過した今日、なお排水に至らず、一面の湛水地帯となっておるのであります。この湛水は、排水後の農産に致命的な塩の害を残すものと考えますと、今後作付不能による損害を合わせまして、農地、農作物被害総額は、実に四十三億余円と推算されておるのであります。この湛水地帯の救済こそ、何をおいても行なわねばならないと存じまして、各方面の格別の御援助をお願いをいたしておるところでございます。
 以上、名古屋市の伊勢湾台風によります激甚な被害の状況につきまして申し述べましたが、公共施設を初めとして、個人の生命財産に至るまで、この被害は、とうてい金銭ではかえることのできないものでございますが、かりに算出いたしました被害額のみでも、総額が一千二百二十七億円に達するのでございまして、これに商工業者の損害を加えますと、二千六百億円に上るということであります。この痛手から、中部日本の中心都市としての名古屋市が復興いたすためには、まずもって民心の安定のための積極的な方法が講ぜられるべきであると思います。しかも民心の安定は、自分の住み、かつ生活する町が安全であること、及び経済的活動が回復し、生活が安定するという、この二つの要素が全うせられまして初めて確立せられることと存じます。町の安全は、何をおいても、破壊された護岸堤防を復旧し、市民を水禍から守ることから始まり、道路、橋梁はもとより、教育施設、衛生施設等、都市の施設をすみやかに復旧することでございます。このたびの災害は、公共施設の今後のあり方につきまして貴重な教訓を残しておると思います。私どもは無災害都市の建設、これがたっとい人命の犠牲によって得られた最大の教訓でございます。従って、今後私どもは、無災害都市の建設を研究いたしまして、これを実現して参りたいと考えておりますが、今後とも皆様の御指導と御援助を得まして、努力を続ける覚悟でおるのでございます。当面の公共施設の応急復旧に要します経費のみでも、九十五億円という、本市の標準税収入額を上回る巨額に達しておるのであります。しかも、当面の災害救助や罹災者の援護に要した費用を、すでに三十二億円出しております。罹災地域の緊急対策に要した経費も十九億円に上っております。さらに、財政の収入面におきましては、十八億円の減収が見込まれております現在、当市の当面の財政負担額は、実に百五億円の巨額に達しますのが実情でございます。この額は、現在の本市の財政力をもってしては、あらん限りの努力をいたしましても、とうていまかない切ることが、残念ながら不可能であります。いわゆる災害の年といわれました去る昭和二十八年に、災害復興のための特別措置法を多数御制定いただきましたところでございますが、このたびの伊勢湾台風によりまして当地方の受けた激甚な被害につきましてもいち早く数多くの特別措置法案を再び御審議をいただいておりますことは、まことに感謝にたえません。どうかこの上ながら皆さんの御高配を得て、一日も早く立ち上がり、再びこうした災害の出ないようにしたいと考えておるのでございます。
 最後に、このたびの災害につきまして、自衛隊の出動の要請がおくれたではないかという、いろいろの非難を受けておるのでありますが、事実を申し上げますと、九月二十六日の午後の十時、台風がやっと去って、そうして全市がまっ暗な中に、熱田方面に派遣されておりました消防局の安藤部長からの無線電話によって水防本部は自衛隊出動の要請をきめたのであります。同日の午後の十時から十一時の間に、右の決定によりまして直ちに自衛隊の守山本部に電話連絡をすることが不可能のために、連絡が不能になりました。よって、辛うじて通話のできる消防局の専用電話によりまして、愛知県の河川課へ連絡をいたしましたが、線路が切れていて通じない。そこで消防局員を県へ派遣いたしまして、県の消防警備課長並びに自衛隊の連絡将校に自衛隊の出動を要請したのでありますが、翌二十七日の午前一時三十分、右の要請に対して、県の消防警備課の横井司令より、約五十名の自衛隊の出動の回答がありました。午前三時には、自衛隊が六十名、舟が四隻、これが熱田の消防署に到着をしたのであります。同日の午前十時十五分、被害があまりにも大きいために、重ねて自衛隊の出動を今城計画局長をして自衛隊名古屋地方連絡部に要請をいたさせました。同日の午前十時三十分から、守山自衛隊の本部に同局長が参りまして、自衛隊の出動を要請いたしたのであります。同日午後の零時三十分、五十三名の自衛隊、これが中川の消防署長のところに到着し、直ちに富田町の江松で配給事務に着手してくれました。同四時には、うち十三名が死体収容に当たり、夜に入って五十三名が死体の収容に当たってくれたのであります。
 以上、名古屋市が自衛隊に出動を要請するという権利がないようでありますが、これは県と緊密な連絡をとりまして、やはり県の自衛隊の出動の要請という形で、県市一体となって自衛隊の出動を求めました。これが今日まで非常によく働いてくれておるのであります。心から感謝をいたします。右の事情を申し述べまして、皆さんの御了解を得たいと思います。(拍手)
○綱島委員長代理 次は、桑名市長水谷昇君にお願いいたします。
○水谷参考人 桑名市長の水谷昇でございます。今次伊勢湾台風における被害地域の救済と復旧のため、これが関係諸案件を連日にわたり御審議いただいておりますことは、地元市長といたしまして、まことに感謝の至りであります。つきましては、この災害の特異性をより深く御認識いただき、御審議の上に反映していただく資料にもと存じまして、以下御説明とお願いを申し上げます。
 まず気象状況でありますが、去る九月二十六日午後七時三十七分には、津気象台開設以来の、瞬間最大風速五十一・三メートルを記録しています。桑名地方に最大影響のありましたのは、午後七時ごろから午後十時ごろまでで、自後ようやく衰弱のきざしを見せ始めました。
 次に、被害状況を申し上げますと、桑名地方は伊勢湾の深奥部に位置するため、台風の猛威を最大限に受けたと存じます。城南干拓地の海岸堤防七百メートル、並びに内側の旧堤防十一カ所約六百五十メートルは、高潮による怒濤のため寸断されました。さらに、町屋川河口二カ所三百五十メートル決壊、流失いたしましたので、海水と河水とが一度に南方から桑名市南部を襲ったわけであります。一方、揖斐川右岸上手三カ所七十五メートル、下手、地蔵地区二カ所二百五十メートル決壊、流失して、海水と河水と混合した水が北と東から桑名市を襲ったという状態で、決壊、流失の延長実に二千三十メートル、堤防の決壊延長八千メートルに及ぶ次第で、本市東南部約一千三百八十ヘクタールにわたり濁流中に没するところとなりました。このため、多数の家屋は一瞬にして倒壊、流失し、二百名になんなんとするたっとい人命を失ったことは、まことに痛恨のきわみであります。
 今次台風の惨禍の概況は、お手元に配付いたしました災害概況報告書の二ページから四ページに掲げておきましたから、御高覧をいただきます。
 以上の公共施設の被害総額は、概算四十一億八千万円でありますが、このほか、一般民家住宅及び商工業の被害、家財、商品、農地、農具、稲作、漁場、漁船、漁具等の被害額概算百六十億円とあわせて、桑名市の被害総額は約二百億円に達するものと推定されます。
 次に、今次災害の特異性と目される点は、超大型台風が、大津波を伴い海岸沿いの低湿地帯を襲ったことでありまして、この被害のあまりにも大きく、かつ長期間にわたって浸水していること、しかも海水の浸水で、糞尿と漂流物の腐敗の混合で臭気鼻をつくものがあったことで、実は未曽有の大災害でありました。由来、当地方は、木曽、揖斐、長良の三大川のデルタ地帯に形成された都市で、その半ばは平均海水位よりも低地であります。このため、大津波と河水が激突していよいよ水位を高め、これが市中にはんらんして、見るも無残な水地獄の様相を呈したのであります。
 九月二十八日、応急工事として着工いたしました潮どめ工事は、自衛隊、県並びに地元建設業者及び消防団、地元民の昼夜を分かたぬ懸命な努力と、サンド・ポンプ船二台の全力活動により、十月十七日に至り、ようやく城南干拓地旧堤防の仮締め切りと、揖斐川右岸地蔵地区の締め切りに成功いたしました。以来、ポンプ及び干潮時の自然排水によって排水を行ない、完了を見ましたのは十月末でありました。この間実に満一カ月間、潮の干満に従って海水は堤防決壊口から市中に横溢し、公共建築物、道路、橋梁、農耕地等、被害は一そう増大し、また、交通はもとより、電灯、電話等の復旧を遅延し、ために復興の歩みをはばんだことも大きいのであります。加うるに、このように長期湛水状態のもとにあった地区住民は、その生活源、所得源を奪われ、その精神的、肉体的な苦痛と焦燥は、実に察するに余りあるものがございます。
 その後の状況について御報告申し上げます。
 海岸堤防、河川堤防締め切り工事は、城南干拓地外側の堤防を除き、十月十七日すでに一応の工事を終わり、外側の堤防についても近日中に一応の仮締め切り、工事を終わる予定でありましたが、十一月二日午前七時四十五分、おりからの満潮時に際し、風速二十メートルをこえる強風による高潮のために、福地地内仮締め切り工事個所のうち、約七十メートルにわたり再び決壊するところとなりました。海水は濁流となって市内東南部の地域に奔流し、再び仮締め切り工事前の状態に逆行し、今後の復興に深刻な暗影をもたらしている現状であります。この当日の現状は、二日の午前二時には自衛隊の出動を求めまして、そして二時から自衛隊に補強に専念をしてもらったのであります。このときには、消防団、地元民、市の職員等が懸命な努力で補強をいたしたのでありまして、ちょうど朝の七時ごろでありましたが、無電で私の方へ、どうもむずかしいということでありましたので、私は直ちに住民の退避命令を出しました。退避命令を出して間もなく、午前の七時四十五分に、みんながこれを見詰めておる間に決壊をしたのであります。こういうような点から考えますと、伊曽島の海岸堤防は、外側、内側とも、石積みまたはコンクリートにしたところは現在残っておりますが、内側をコンクリートにすることを中止したところは、みごとに決壊、流失しておるのであります。また、多度川の七取地区は、二十八年災で一部決壊をいたして、三百町歩の田が湛水をいたしましたが、七号台風でもこれがまた切れたのであります。さらに十五号台風でもこれが決壊、流失いたしましたが、このように、復興をした堤防が、三回にわたって同じところが切れておるのであります。この事実から考えますと、弱いところは必ず切れる、決壊するということを如実に示したのであります。こういうような意味合いにおいて、今後において、予算の問題につきましては、一たんきめた予算はこれを節約しないように、倹約しないように一つやってもらいたいと思うのであります。
 次に、復興上の諸問題について簡単に御報告かたがたお願いを申し上げたいと思います。
 桑名市の財政関係でありますが、公共施設の復旧、民生の安定、及び各種産業の復興等のためには莫大な経費を必要とし、財政再建の途上にある本市としてはとうていその負担に耐え得ないところであるので、国の強力な援助によって一日もすみやかに復旧を待望するものであります。
    〔綱島委員長代理退席、委員長着席〕
 このために、特に次の措置について御考慮を賜わりたいのであります。
 災害応急対策に対する諸経費及び市税、使用料、手数料等の徴収金の減免及び徴収猶予による収入減につきましては、特別交付税において全額補てんするか、歳入欠陥債を大幅に認証するとともに、これに対する元利償還金については、国において全額補てんされたいことであります。第二番目に、応急対策及び復旧事業を促進するため、国庫支出金をすみやかに交付されるとともに、国庫支出金、起債等を見返りとするつなぎ資金に対する利子については、地方交付税その他により全額補てんされたいこと。三、国の負担金を受けて施行した災害復旧事業及び災害関連事業にかかる経費に充てるため起こした地方債の元利償還金については、普通交付税に含め補給されたいことであります。
 次に教育関係でありますが、被害の状況は八ページに掲げてありますからごらんをいただきたいと思いますが、この被害総額は三億九千百八十八万五千円で、本市教育施設に対し壊滅的打撃を与えたと言うことができるのであります。もとより、本市教育の充実のためには、いかにしても全面的改築の必要が痛感されるが、特に本市の持つ自然的、地理的特性にかんがみまして、これに適応する基本的、恒久的対策を打ち立てる必要がある。すなわち、この特殊地帯の教育施設の復旧には、最も合理的にして最も斬新な工法がぜひ必要となっていることを強調したいのであります。そこでまず、土地をかさ上げして軟弱な地質を強固にし、鉄筋の校舎を作るというように企画する必要が痛感されるのであります。なお、右に要する経費は、財政再建途上の当市といたしましては難事中の難事であるので、国庫補助率の引き上げと市の負担分につき全額地方債の充当が望まれるとともに、災害程度の査定にあたっては、既存の概念を排除し、新しい観点より災害特別地域の査定基準の引き下げを特にお願いしたいのであります。なおまた、公立学校備品費の復旧整備につきましては、国庫補助の大幅増額をはかり、もって地元PTAの負担を緩和したいと思うのであります。
 次に土木関係でありますが、今次災害が既存の海岸、河川堤防に過信したことにより一そうその惨禍を大ならしめたことは事実でありまして、本市地域の地盤沈下対策、海岸、河川堤防の復旧にあたっては、この際根本的にその災害の原因を究明せられるとともに、今後再びそのような災害を繰り返さないように、抜本的な恒久対策をもって臨まれるようにお願いするものであります。海岸堤防、河川等の災害復旧については、全面的に改良復旧工事を明年出水期までに完工するはもちろん、特別立法措置によって全額国庫負担とせられたいこと。災害復旧事業施行年度割につきましては、年度割制を改めて速急に完成するよう措置されたいことであります。海岸、河川堤防の決壊による応急締め切り費、排水費及び仮工事費等については、全額国庫負担とせられたいことであります。災害復旧事業国庫負担限度額を、県工事五万円、市町村工事三万円に、それぞれ引き下げられたいことであります。なお、補助対象外小災害については、全額特例債を認められたいことであります。被害地区に堆積いたしました土砂及び湛水等を排除するための費用につきましては、高率国庫負担の特別措置を講ぜられたいのであります。
 厚生関係を申し上げますと、長期間にわたり湛水状態にある地区住民の民生の安定のために、現行災害救助法の大幅な改正と恒久的対策についても十分な御考慮を願いたい。特に、次の諸点についてはその実情にかんがみ、適切な処置をとられたいと思います。一、災害救助法に定める被服、寝具等の給与のうち特に寝具類の給与と、被災住宅応急修理費の給与及び生産資金の貸付については、実情に合うよう給与額の引き上げをはかられたいのであります。応急架設住宅建設戸数の算出にあたりましては、長期湛水の特殊事情を考慮して、例外を認められたいことであります。世帯更生資金、母子福祉資金等の資金を特別増加割当されるとともに、その財源を全額国庫補助とするよう特別措置をとられたい。次に、甚大な被害をこうむった社会福祉施設等の復旧につきまして特別措置法を制定し、高率の国庫負担をされたいこと、医療施設、水道施設その他の衛生関係施設の災害復旧に対し、国庫補助には融資等、特別の措置を講ぜられたい。浸水地域における清掃及び屎尿の完全処理のために特別立法措置を講じて、これに要する費用は全額国庫補助とされたいことであります。
 次に、農林、農地関係であります。堤防の決壊により流失または冠水し、現在なお海水が出入している耕地面積は千五百町歩に及んでいる実情にかんがみまして、次の諸点に関し御配慮をお願いしたいのであります。農地、農業用施設及び漁港等の災害復旧事業及び除塩事業につきましては、特別立法措置を講じ、事業費に対する国庫補助率の引き上げ等、補助対象の拡大をはかられたいことであります。次に、政令で指定する高率補助適用の被害激甚地域の指定につきましては、次の項を加えられたいと思うのであります。それは、その区域内にある農地で水害等により農作物の植付が不能となったもの及び水害等により農作物の減収量が平年作の三割をこえるものの面積が百町歩をこえ、または当該市町村の全農地面積の一割をこえる市町村、これを一項入れていただきたいのであります。次に、農地に漂着いたしました流木、漂流物、土砂の除去に要する経費についても、農地災害復旧事業に含められたいのであります。干拓復旧事業及び湛水地域の排水事業に要する費用は全額国庫負担とせられたいとともに、干拓地の復旧のため、補助、起債及び各種融資について特別の措置を講ぜられたいのであります。被災農家に対しては、再生産に必要な資材その他に要する経費については国庫助成を行ない、政府売り渡し米概算金の返納については、期限の延長及び利子免除等の措置を講ぜられたいのであります。
 次に、商工関係でありますが、本市は商工業者の約九割が被災し、かつ、その三分の一の地域が一カ月も冠水状態にあり、直接、間接の被害はきわめて深刻なものがあります。すなわち、鋳物工業にありましては砂の流失、塩分の含有、工場設備の破壊等、鉄工業にありましてはモーター、諸機械の冠水、繊維工業は製品、在庫品、原料、機械等の冠水、その他商業者も商品の冠水により商品価値を失い、売掛金のこげつき、購買力の減少によりましてその損害は実に大きいものがあります。よって、次の各項について特に御配慮をお願いしたいのであります。第一に、政府預託金の増加をはかるとともに、地元金融機関の準備預金率を引き下げる等、地元金融事情の緩和をはかられたいこと。中小企業金融公庫及び国民金融公庫の貸し出し資金の割当額の増加、金利引き下げ、及び返済猶予の措置を講ぜられたいことであります。次には、商工組合中央金庫の別ワク融資の措置を講ぜられたいこと。中小企業者に対する資金融資については、貸し出しの限度額の引き上げをはかられたいこと。商工業者の復旧のため、資材の調達促進及び特配の措置を講ぜられたいこと。機械鉄工業等に国有機械器具の無償払い下げを行なわれたい。商工業者が復旧作業中のブランク期間に、他の地方の業者に得意をとられたり、工員の引き抜きが行なわれたり、下請発注の減少等の現象を見るから、業者間の道義高揚を促す措置を講ぜられたいのであります。
 最後に、私は特にお願いしたいのでありますが、それは低湿地帯における住宅はほとんど流失、全壊等のうき目を見まして、多数の犠牲者を出したことにかんがみまして、生き残りました住民は、集団住宅地をサンド・ポンプで埋め立てて造成することを切望しておりますので、この集団住宅地造成を国庫補助の対象にしていただきたいことであります。農地復旧については、除塩、堆積土砂並びに漂流物排除等、非常に困難でありますから、激甚地として指定していただいて、御善処をお願いしたい。
 以上でありますが、私どもといたしましては、至誠もってこれの復興に働いておりますから、どうぞ皆さんの格別の御配慮をお願いしたいと思います。
○南條委員長 どうも御苦労さまでした。
 次は、津島市長の竹内節雄君にお願いいたします。
○竹内参考人 私、津島市長でございます。今朝来この委員会室におきまして、すでに数時間の間、各知事さんあるいは市長さんのお言葉を拝聴いたしておりましたが、私は家を立つときに、たくさんの市民から言われた言葉を今さらに強く思い出さざるを得ないのであります。私が昨晩八時に市役所を出発いたす前に、数百の市民は私を取り巻きまして津島、海部を伊勢湾台風のみなしごにしてはいかぬということを強く私に言うたのであります。本日、この席にうしろの方に傍聴されている中に、海部郡の町村長さん、全員おられます。また町村議会の議長さん初め議員の方、さらに毛織物、あるいは織機製造、あるいは農業方面の関係者、あの傍聴者の方々は、ほとんど海部、津島の方々ばかりであります。津島地方、海部地方におきまして最近住民から発せられまする言葉は、海部、津島を伊勢湾台風のみなしごに政府はしておるのではないかということであります。私はこの情けない言葉が愛知県の海部、津島地方の住民から今日出ておるということを、この席で申し上げる意思はございませんでした。そういう聞くにたえぬ、あまりにも悲しい、あまりにも情けない言葉を委員の方々のお耳に入れようと思わなかったのであります。しかしながら、先ほどからいろいろなお言葉を承っておりますると、私は、海部、津島はまさに住民の口にするがごとく、みなしごになっておるのではないかという思いを強くいたしたのであります。と申しまするのは、あの猛威をふるいました伊勢湾台風の被害地も、ほとんどその排水の締め切り工事が緒について、逐次排水が行なわれ、ここでお話しになった方々は、この伊勢湾台風にいかように対処したか、その二十六日以後、いかような方法をとっていかように対処してきたか、いかほどの金を使われたかということの御報告と、今後この痛手をいやし、民生を安定し、災いを変じて福になすのにはいかような施策を政府にお願いしなければならぬかということをるる述べておられます。それらのこと、もとより私もお願いしたいのであります。しかしながら、私のほんとうに最初に申し上げてお願いをいたしたいことは、二十六日夜半以来浸水を見て参りました海部、津島一帯の大地域を一大海原と化しましたこの水を、いつまで置いておくのだ、いつこれをなくしていただけるのだということを申し上げなければならぬのであります。二十七日朝来押し上げて参りました海水は、いまだに一滴も減りません。一分も減っておりません。十月四日の最高潮におきましては、午後十一時に、市役所横の量水計では一メートル五センチ五分ございました。本月二日の高潮におきます同じ量水計では、九十八センチ五分を数えております。国道や、関西線やら、近畿鉄道によってさえぎられ、中の水は今や色を変じ、臭気を発し、びろうで恐縮でありますが、住家の近辺、町の波打ちぎわにおきましては大便が転々と浮いておるのであります。毎日差し引きがございますので、そのたびごとに下の方においては全部家の土台下をさらわれ、幸い残った家も土台の下を洗われ、壁を洗われ、毎日々々家は傾きつつあります。津島市における四千台、五千台を算する毛織物織機、毎日一メートル八十センチから二メートルつかっておる織機四千台は、干満によりまして空気と潮水とで交互に一日に二回ずつ洗われて、ほとんどこれは、絶対に再使用不可能であると私は見ておるのであります。九月二十六日の、あの矢の方向に進んで参りました台風の風は去りましたが、海岸堤防を襲って海部郡南部の飛島村、弥富町方面において破堤いたしました。死者五百十六人、全壊千八百八十戸、流失四千二百戸というような偉大なる災害が海部郡海岸において発生し、去ると同時に、あとは今度は真綿で首を締めて住民を殺そう、こういう手段を残して、台風は、今日なおわれわれの上空を吹き荒れておるのであります。皆さん、一瞬間静かに眼を閉じて脳裏に描いて下さい。皆様のお宅が、軒下以上に水につかって二階にはい上って――農家の二階は、ほとんどわらとか農機具を置くネズミの巣であります。そこに人間がかけ上って、今日で満四十日になります。四十日の間、二階でろうそくの灯一つたよりにして苦労しておる。もし皆さんのお宅が全部そういう水につかって、便所の大便も小便も浮き上ったら、家じゅうくさくておられぬ。のりを使った壁からは、全部今日ウジがわいております。持ち上げた畳から、カビとかキノコがはえております。天井からさかしまに、今日どんどんキノコが生えておる状態であります。また、水につかった柱は、貝がら虫が今日一ぱい寄生をいたしました。海部、濃尾の美田、あの穀倉地帯の水田は、稲の穂を見ようと思っても見られません。稲穂の上に一メートルないし一・五メートルの水がたまって、その上を大きな自衛隊の上陸用舟艇はもとより、海の方で漁に使った漁船が平気で通行をいたしておるのであります。災害発生後、私はできる限り水没地帯を回りました。市民に、力を落とすなよ、絶対に力を落としてはいかんぞよ、水は間もなく引くからと言うて歩いたのであります。どの屋根の上からも、窓をあけて、市長御苦労さん、頼む、何とか早くこの水を引かしてくれと、手が上がり、答えがありました。しかし、最近に至りましては、私が水没地帯を船で歩いて、おい、元気でおるかと言うても、今や声をあげて私に答える者はなくなってしまいました。そうして、市内に残っておる、幸い水につからなかった一部分の市民が、毎日私のところに押しかけて参りまして、今日水の引かない、締め切り工事のかくのごとくおくれておるところがどこにあるんだ、南陽町においてさえ、あれほどやかましかったが、締め切りがすでに終わったではないか、桑名市の締め切り干拓しかりではないか、今日、締め切り工事がいつ終わるかわからない津島市の状態は何だ。まさに津島こそ、伊勢湾台風の残した哀れむべきみなしごであります。どうか皆さん、今日進められておりまするいわゆる尾西作戦、あるいは海部海岸南部堤防の締め切り工事が、ほんとうに一刻も早く、たとい半日でも短縮してでき上りまするよう、この委員会の名前において強く御督励をまず賜わりたいことを申し上げる次第であります。(拍手)
 私の町は、海岸から二十キロ北方にございまして、こういう地形をいたしております。これが木曽川でございます。これが日光川でございます。この海岸堤防が全部なくなりましたので、海と陸との境がなくなったのであります。従って、この水はこの辺の決壊した河川の水と合流いたしまして、二十キロ北のわが津島市、この赤くしただけが現在満々とひたっておるわけであります。幸い東部は、地元住民の努力によりまして、蟹江川の決壊を防いで排水をいたしましたが、現在ここに小学校がございます。その小学校の校庭において、今日二メートル以上の水深がございます。市役所の横で、二日の日には九十八・五センチあったわけであります。まして南部海部郡の町村の方へ参りますれば、さらにさらに深い水が完全にこの全地域をおおっておるわけであります。
 被害の数字を皆様に御報告申し上げ、あるいはまた、先ほど桑名市長さんからるる要望されましたようなことは、私も当然申し述べるべきであると考えたのでありまするけれども、毎日、一宮市あるいは県庁方面から、二十人にも上る応援によってたき出し救助、給水、防疫等の人員を出しておる関係上、私は夜行の汽車の中で、これだけの原稿しか書けなかったのであります。皆様は、清書された十枚、二十枚の原稿をお持ちになって、整然とここで要望やら報告をされておりまするが、私にはそれだけのひまさえ今日ございません。私はただ一枚の紙に、夜行の汽車の中で、どうしても申し上げなければならぬと思うことを書きしるしたのがこれでございます。従って、私の申し上げることは支離滅裂であり、順序まことに乱雑であり、言葉また失礼になるかと思いまするけれども、これは水だからこそまだ実感が出ない。火事だと思っていただきたいのであります。火事と同じように――火事よりもこの水はおそろしいです。四十日になるという日をつかっておる人人は、火が四十日燃えておったら、それこそ世界じゅうからでもポンプを持ってきて、その火を消そうとされるでありましょう。海部郡の南部海岸に十六隻、少なくとも二千馬力の排水ポンプがとっくに配置されるということを、われわれは発表を伺ったのでありますが、今日、百五十馬力か二百馬力のポンプ船が二隻しか動いておりません。また、尾西作戦の一部を変更されました十四山の亀ケ地から政成に至る県道のかさ上げ工事については、私は、あれはドレッジャーと申しますか、ドラグラインと申しますか、よく名前を存じませんが、大きなスコップでぐっとくみ上げて がっとやってぱっとおろす、この船を、最初に新聞で発表になったとき、四隻入れてその工事をやるという御発表であったにもかかわらず、けさ十四山の村長さんから伺ったら、それが三隻しか入っていないということであります。われわれは、四隻とおっしゃったものが五隻、六隻と入ってきて初めて頼むに足ると思うのでありますが、新聞にまで御発表になった数字がかくのごとく下回っておりましては、民衆はいかようになりましょう。われわれこそ伊勢湾台風のみなしごであるという声か起こるのを、やむを得ないと思うのであります。
 次に、被害の問題について一言御報告やらお願いを申し上げたいと思うのであります。私どもは、さきに申し上げました通り、今日台風が猛威をふるい続けておるのでありまして、被害は、今日さらに増大の一途をたどっております。従いまして、今日中間報告をさしていただきましたものは、この排水が完全に行なわれましてあと、跡始末して、初めて正確な被害数字がわかって参ります。従いまして、いろいろな救助につきましても、あるいは産業復興に必要なる資金のごあっせん等の御依頼を申し上げる数字におきましても、今日、一言で申し上げまするならば、それは結論が出ないということであります。想像をもってこのくらいの被害であろうという程度の数字でございますので、今後正確なる数字をもってお願いに出る日は、この水が全部なくなってから、この織機が間に合うか合わぬか、畑、たんぼにどれだけの塩害、潮が満ちたかということで、初めて被害の御報告ができるわけであります。水の引きぎわには、必ず今日建っている家も相当倒壊するものと覚悟をいたしております。その他あらゆるものが、水が引いて初めて責任のある被害の数字が御報告できるわけでございますので、今日の中間報告をもってすべてを御決定いただいては大へん困るということでございます。さらに資金等に至りましては、残ったものにどうか――残りものには福があるというようなことがありまするが、そのように一つ曲げて御配慮をお願い申し上げたいのであります。
 さらに、先ほど知事さんからも御要望がございましたが、私は数日前から、災害対策に関する激甚地、非激甚地という取り扱いが国の御方針として取り上げられるということを承りました。知事さんの言葉もありました。われわれのセンス、常識をもってしては、過去の市町村の自治体における財政の状況はいかようにありましたにいたしましても、今日この偉大なる被害を受けた以上は、被害を受けたあとにおいてどれだけの財政収入が見込まれ得るか、どれだけの財力があるかということで、かりに財政とにらみ合わして激甚地扱いをするか、せぬかということをおきめ下さるものならば、被害後の財政状況とにらみ合わせておきめいただかなければならぬと思うのであります。しかしながら、私どもはもう一つ特にお願い申し上げたいことは、わが津島のごときは、先ほども申し上げましたごとく、海を去ること二十キロの奥地にございます。従いまして、私の市には高波や津波が一挙には押し寄せて参りません。先ほど申し上げましたように、翌日の朝からじりじりと、これまさに真綿で首を締めるような形で被害を与えて参り、今日になっておるのでありますが、今日で満四十日、今後二週間か三週間水浸し、かくのごとき地獄が、かくのごとき人間に与えられた苦痛の歴史が、人類開始以来かつてないと私は思うのであります。地獄の話には水責め、火責めという言葉がありますが、これだけ長期間水責めに置くという話を聞いたことはございません。私は、だれを青める意味で申し上げるのでもありません。どなたに不平を言い、文句を言う意味で申し上げるのでもありません。われわれ人類の歴史始まって以来、これだけ多くの人間で、こういう責苦にあった人がございましょうか。これこそ激甚なる被害を受けたものと称して、だれが後世、それを誤りであると言い得るでありましょうか。まさにこの被害を受けたものを、激甚にあらざる被害だといって取り扱ったならば、それこそわれわれの子孫が、われわれのとった行動に対していかなる非難と不満を漏らすことでありましょうか。(「大丈夫だ、引き受けた」と呼ぶ者あり)お願いいたします、お願いいたします。もしこれが激甚地でないという言葉が、たとい政治的なり事務的なり、行政的なバック、事情はいかようにありましょうとも、われわれは今日水に浸っておる何千人という市民に対して、われわれの被害は激甚ではないのだそうだ、長野県の奥の人たちの被害は激甚であった、奈良県の奥の方々の被害は激甚であったそうだが、五十日間、二カ月間水につかったわれわれの被害は激甚ではないそうだと言うことは、私にはできません。(拍手)そのときには、私は、私の意思に賛成してくれた市民とともに、アメリカやロシヤに移住させてもらうつもりであります。
 私の申し上げることは、先ほどもお断わりをいたしましたように、まことに支離滅裂でございます。重複もいたします。しかしながら、もう一つお願い申し上げたいことは、救助法の適用期間を最大限にしていただきたいということであります。いろいろ先ほどからございましたので、そう言うことはよけいのようでございますが、ただいま申し上げましたように、五十日も六十日も水につかっておって、水が引いたから翌日家に帰れるということは絶対ございません。先ほど小林市長さんのお言葉にもございましたように、ヘドロというものが全部家の中を浸しまして、名古屋市のように二週間、三週間で水の引いたところでさえしかり、まして二カ月も水をかぶっておりますわれわれの土地は、先ほど申し上げましたようにキノコがはえ、ウジがわき、さかさまに天井からキノコがはえている状況であります。壁はありません。柱だけが辛うじて立っております。水が引いたあくる日から救助法を打ち切るということはございませんでしょうが、水が引いてから少なくとも一カ月間なり、二カ月――一日一夜水をかぶったところに三日救助法が適用されるならば、五十日水をかぶったところは百五十日やっていただいても、私は間違いではないと思うのであります。
 次に、これは特に津島市の関係でございますが、海部、津島地方は、御承知のように日本におきます毛織物の重要な産地でございます。一宮、尾西を合わせまして、毛織物産額は日本の八割を産しております。しかも、わが津島市の生産品はきわめて優秀なものであります。国内の需要にも当たっておりますけれども、その大部分はほとんど外国に輸出されておりまして、きわめて重要なる外貨獲得の根源をなしているのであります。しかも、毛織物の製造技術上、湿気の多い低地帯に工場を設けることが有利でありますので、市内の小学校や公民館や図書館、そういうものは高いところにございますから、そういう被害は、私のところは数字の上で小そうございます。しかしながら、工場の被害は逆にきわめて大きいのでございます。わが津島市が、独力をもってこの被害に打ち勝って、財政を自立、確立いたしますことはとうてい困難と思いますけれども、ただたよりにいたしますのは、農地の復興、小中企業の振興もとよりでありますが、特にこの毛織物工業の復興を見なければ、とうてい市民財政、市財政も復興できません。これが復興のためには、政府御当局におかれましても万全の御対策をお願い申し上げる次第でございます。
 それから、私申し上げたいことは山ほどございますけれども、先ほど桑名市長さんがいろいろ個条をあげられ、るるお述べになったことは、私どもも全く同様でございます。従って、私も桑名市長さんのお言葉の通りそれを拝借いたしまして、わが津島市の要望事項としてお取り上げをいただきたいと思うのであります。
 最後に、一つだけ強くお願い申し上げたいことは、はなはだ失礼な言葉を吐きますけれども、われわれ現地の海部、津島住民は、今回の台風以後大きな裏切りにあったということを言うておりますし、私もそう思うのであります。二つの裏切り行為、それは何であるか。第一の裏切り行為は、われわれが見たところでは、りっぱな国道の舗装よりも、ましてわが県道、市道の舗装に比べれば、いかにりっぱに見えたでありましょうあの海岸堤防であります。それが全部なくなるというようなことは、海岸地帯の農民、漁民、住民はもとより、一緒に被害をなめさせられたわれわれ津島市民も、きわめて大きな裏切り行為であったという感じを強く持っているわけであります。第二番目には、この水害以後、われわれは何をおいても心の中で一ぱいでありましたことは、先ほども申し上げましたように、この水をいっときも早く引いてほしいということであります。それに対する対策がどういうふうにきまったか。いろいろお願いして参りました。しかし、技術上の関係やらいろいろな関係で、とにかく海岸堤防をやる、それと同時に、今では尾西作戦と申しますあの旧国道の締め切り工事をする、しかして海岸堤防においては四十五日、旧国道の締め切り工事においては三週間で工事を終わるのだ、あと一週間で排水を終わるのだということを中部災害対策本部は発表されました。しかも、それは朝日新聞、毎日新聞、中部日本新聞の朝刊に、同じ言葉で、同じ大きさで発表になりました。私は、三週間を要して初めて津島市から水が引くのか、何という長いことか、まして南の方の人は、四十五日たたなければわれわれの家の敷居は見えぬのか、われわれの作った稲が、いかようになっているかを確認するのには四十五日間かと思ったほどであります。しかしながら、それがいかがでしょう。すでに今日四十日たっても、毎日大自然は規則正しく、津島市の中央で干潮、満潮を繰り返しているではありませんか。水こそくさくなり、色を変じては参りましたけれども、大自然の示すがままの、名古屋港における干満の標準にぴしゃっと合わせて、今日そのまま干満を続けております。私どもは、三週間の予定ということは承知しております。こういう経験のない、過去に実績のない事業であるから、たとい三週間とおっしゃっても三日、四日の相違は出るかもしれぬ、四十五日とおっしゃっても、これが四十五日ではできなくて、あるいは五十日になるかもしれぬというくらいのことは、お互い腹に覚悟はしていました。しかし、それが二カ月かかって水が引くか引かぬか見当が今日つかぬ、こういうことが、われわれの裏切られた一つのことだということであります。そこで、私は、第三の裏切りのないようにお願いを申し上げるのであります。私は第一のことについても、第二のことについても、ここへお願いに参ったのであります。文句などを言いに参ったのでは決してございません。私はお礼こそほかの方々のように申し上げませんでした。私は、水が引いてから、お礼をほんとうに心から皆様に申し上げるつもりであります。今日この濁水につかっておって、口先だけで感謝の言葉を申し上げる気持は私には起こりません。しかし、お願いに参ったのであります。第一の裏切り、第二の裏切り――言葉だけはお許し下さい。しかし、第三の裏切りのないようにしていただきたいということであります。第三の裏切りのないようにということは――津島市における百姓、まして南の方における百姓、津島市における機屋さんは、われわれはもうよそへ移転しなければならぬのです、ここでもう一ぺん農業の経営を計画してよろしいですか、われわれはもう一ぺんここへ織機を入れて機を織り出していいのか、こう言っておられます。二度とこういうことのないような堤防を作っていただきたいということであります。私は、これまた偶然と言えば偶然でございます。昨夜汽車の中で、私の隣の人が居眠りをされて、前に週刊新潮という週刊雑誌を落とされました。何を書いてあるかと思って、私は何十日ぶりかに週刊雑誌の一ページに目を落としますと、建設省の森という水政課長さんが自殺をされたとか、行方不明になられたとかいうことが堂々と載っております。私は建設省と聞き、河川局水政課長という文字を目にいたしましては、人のものでも黙って読まざるを得ませんでした。人の雑誌を拾い上げまして、その一項を読みました。建設省の水政課長の森という方は、何か義妹の、女のお医者さんと恋愛関係があったとか、なかったとか、くどくど記事は書いてあります。しかし周囲の人は、森という人はまじめできちょうめんな人で、そんなはずはないということを、十人のうち八人までが言っておるということが、その記事に載っておるのであります。私は思いました。森水政課長は、つまらぬ三角関係や四角関係で自殺したのではない、もし自殺されたということが事実ならば、その人は自己の責任を感じて自殺されたのだと私は信ずるのであります。建設省河川局水政課長、今日の河川の決壊、海岸堤防の決壊、少なくとも、私は建設省内部のこまかい機構のことはわかりませんが、水政課長である限り、これに関係がないはすがないと思うのであります。この堤防とこの今日の水害を予期をして、このままならば必ず大事件が起こるぞと予期をして、責任観念に打たれて自殺したのではないか、私はそう思います。どうか建設省の各位、森水政課長のごとき強い責任観念を持って、今後のこの海岸堤防並びに河川護岸の完璧を期せられるように、重ねてお願いを申し上げます。
 さらに、第三の裏切りのないようにと申し上げることの一つは、財政的ないろいろな御処置について、何とぞわれわれの期待を裏切らぬようにと申し上げたいのであります。大災害発生以来、岸総理大臣を初めいろいろな方が現地視察においでになりました。大蔵大臣の佐藤さんは、弥富の尾張大橋のたもとで、私の陳情にこたえて黙って手を出して私の手を握ってくれました。私事で恐縮でございますが、私は岸さんには、肩をたたかれて、出した進退伺いをポケットに入れてもらったことが満州時代にございました。その弟さんに、期せずして手を握っていただくとは、何たる不思議、おれは安心していいのだ、中央政府とこの被害を受けている地元の住民とは、あたたかい血が手から手に伝わったのだという思いをいたしたのであります。その他いろいろ、代議士さんを初め、あるいは公庫、公社等の責任者の方々がひんぴんと現地を視察になりました。そうして名古屋市内なり、あるいは宿泊地なりで御発言になった言葉は、全部われわれは新聞記事で承知をいたしております。われわれはそれをほんとうにありがたく思い、それをたよりにして今日いるのであります。しかるに、私どもの判断をもってすれば、失礼ではありますけれども、今臨時国会に提案されております災害関係の特別法案なり、あるいは予算の数字というものは、あの現地においていただいたお言葉といささか違っておらぬかということであります。(拍手)私どもは、さきに申し上げましたような二つの大きな、言葉は悪うございますが、裏切りを痛感いたしております。第三の裏切りを痛感させるようなことだけはないように、私は強くお願い申し上げる次第であります。
 いろいろ取りとめもない支離滅裂な、発言をいたしましたが、どうか排水工事が百も早く行なわれまして、自後の対策について現地の事情を正確に確認を賜わりまして、遺憾のない処置を講ぜられんことをお願い申し上げる次第であります。
 最後に、偉大なる、しかも哀れなる伊勢湾台風のみなしご津島市とその住民を救って下さい。お願いいたします。(拍手)
○南條委員長 どうも御苦労さまでした。
 参考人各位には、公務御多端のおりから、貴重な時間をおさきいただきまして詳細な御説明をいただきましたことは、本委員会の今後の審議に非常に有意義であったと信ずるものでございます。ここに厚くお礼を申し上げます。
 午前中の会議は、この程度にいたします。午後は、午後二時から再開することにいたしまして、暫時休憩いたします。
    午後一時三十八分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時二十八分開議
○南條委員長 休憩前に引き続いて会議を開きます。
 午前に引き続きまして、災害地の実情について参考人の方から説明を承ることにいたします。
 この機会に、参考人各位に対し、委員会を代表して一言ごあいさつ申し上げます。午前の会議におきましては、参考人各位に対し、本委員会の使命とするところを申し上げた次第でありますが、本年の七月ごろ以来、相次いで集中豪雨、台風の襲来を見まして、各地に甚大な被害を与えておるのでありまして、本委員会といたしましては、これら災害地に対し、早急に対策を樹立すべく尽力いたしておる次第であります。本日は、災害地の各県知事を初め参考人の各位より被害の実情について直接御説明を伺うことにいたしましたが、参考人各位におかれましては、それぞれ地元におきまして被災地の復旧対策に昼夜の別なく奮闘を続けられ、非常に御多忙の中を当委員会に御出席をいただきましたことについては、厚く御礼を申し上げる次第であります。本委員会は、すでに提出されました農林水産関係の災害対策法案の審査を開始いたしており、また、引き続き各種の法案の審査をいたそうというときにあたりまして、参考人各位より被害の実情を御説明願いますことは、これら法案の審査にきわめて参考になるばかりでなく、正確にして適切なる対策を樹立するために資するところ大なるものがあると考える次第であります。従いまして、この機会に、つぶさに被害の状況を御説明願いたいのでありますが、ただ、何分時間の関係もあることでありますので、なるべく要点を簡潔に御説明願いたいのであります。また、災害対策についての御要望につきましては、詳細は各県から御提示の資料もあるようでありますので、これによって拝見することといたしますから、重点的に項目を述べる程度に願いたいと思う次第であります。
 それでは、これより順次御説明を願うことにいたしますが、その順序は、勝手ながら委員長からの指名によって御発言を願いたいと思います。
 それでは最初に、長野県の副知事笠原吉三君にお願いいたします。
○笠原参考人 私、長野県の副知事の笠原でございます。この委員会で私ども災害地の実情をお聞き取りいただきます機会をお与え下さいまして、大へん感謝いたしておるわけでございます。
    〔委員長退席、綱島委員長代理着席〕
ここに地図を掲載いたしておきましたので、この地図をごらんいただきながらお聞き取りをいただきたいと思います。
 七号台風、伊勢湾台風によります長野県の被害総額は、お手元にも差し上げてあると思いますけれども、合計いたしますと約三百五十億前後の被害になるのであります。この間、岸総理大臣を初めといたしまして、建設、農林の各大臣、自治庁長官、政務次官、あるいは衆議院、参議院の諸先生方、あるいは、また自民党、社会党の諸先生方の御視察をいただきまして、まことに感謝にたえないところでございます。被災民は、この視察によりまして、おかげさまで大へん心強さを感じ、県とともに被害の復興に今全力をあげておるところでございます。今後とも何分よろしくお願いいたしたいと存じます。
 ところで、御視察をいただきました際に、知事や関係方面からそれぞれこまかく御陳情申し上げたところでございますが、ある程度と申しますか、相当程度と申しますか、お聞き届けをいただきまして、逐次そのことが予算的にも、あるいは、また法的にも実現を見つつあるやに聞いておりまして、まことにありがたいことでございます。厚く御礼を申し上げたいと存じます。長野県は、御承知のように、南北に長い県でありまして、しかも、北海道を除きますと、岩手、福島に次ぎます面積の大きな県でございます。そのために、川も長いわけでございますし、橋の数も多いわけでありますし、道路も堤防も長いのでございます。左の地図が七号台風でございまして、右の方が伊勢湾台風でございますけれども、両方の台風のときにそうでございましたが、南北に長いこの長野県を、台風がいずれも南から北に抜けているのでございます。こちらの伊勢湾台風の方の台風の進路の書き方がちょっとおかしいのでございますが、実は、木曽の方から県の西側を通りまして日本海に抜けておるという格好になっておるのでございます。このために、被害が全県下に及びまして、数多い中小河川が次次とはんらんをいたしたような状況でございます。局部々々と申しますか、河川の流域ごとと申しますか、その局部局部にきわめて悲惨な災害を引き起こしておるのでございます。この赤いまるが道路の不通個所でございますし、青い線が河川のはんらんの状況を示したつもりでございますし、黄色いボツボツに書いておりますところが、災害救助法の適用を受けました地域でございますし、ダイダイ色のボツボツが農業災害の地域でございます。青い木のようなもので書いておきましたところが林業の被害地、こういうつもりでございます。
 七号台風におきましては、風に加えまして、降雨の量が著しく多かったために、住宅等の被害もさることではございますけれども、河川のはんらんによります農地の流失、あるいは農作物の被害等がおびただしい数に上りまして、このときには、県の市町村は百四十九市町村ございますけれども、このうち、四十四カ市町村に災害救助法を適用するのやむなきに至ったような実情でございます。
 被害の内容はお手元に差し上げてありますけれども、七号台風のときの被害の総額が約二百五十五億に上っておるわけでございます。実は、この七号台風のあとに参りました伊勢湾台風と、この間、北佐久地方を襲いましたひょう害があるのでございますが、これは四億程度の災害でございまして、主として農作物の災害でございますので、きょうのこの御陳情には省略さしていただきたいと思います。
 続いて、その後の伊勢湾台風でございます。このときは、七号台風と比べますと、本県におきましては雨量がやや少なかったために、出水による被害は少なかったわけでございますけれども、風が強かったために、住宅あるいは農家のいろいろな畜舎や、そういう施設等に七号台風を上回る被害があったわけであります。このときの災害救助法の適用市町村は実に七十一に達したわけでございます。この災害救助法の適用を受けました七十一の市町村の中には、前の七号台風のときに、同じように災害救助法の適用をいたしました町村もございまして、七号台風とダブって被害を受けておるような、気の毒な町村も多いのでございます。前にも申し上げましたように、この七号台風でも、伊勢湾台風でも、被害は、日ごろは大した川ではないのでありまして、いわゆる中小河川というような小さな川が、一たび台風に見舞われますと、私どもでは山津波と言っておりますが、恐るべき水量となりまして、一気に橋も、家も、耕地も押し流してしまうような被害を及ぼしたのであります。言葉をかえて言いますと、七号台風でも、伊勢湾台風でもそうでございますけれども、私どもの県の場合におきましては、数多い中小河川――非常に数が多いのでありますけれども、その中小河川のはんらんが多かったということと、そうして、国有林野その他の森林の荒廃による林地の崩壊と申しますか、林地の崩壊による山津波の被害が非常に多かったということになろうかと思います。試みに、七号台風と伊勢湾台風の被害を合わせましてちょっと申し上げますと、河川で被害を受けました個所が二千百六十七、砂防関係で二百六十一、道路関係で千百六十、橋梁関係で六百七十一、合わせて四千二百五十九カ所、百億円余りというような被害の状況なのでございます。なるほど、一つ一つの被害は少ないかもしれません。しかしながら、その数が非常に多いということと、それから、その中小河川の流域ごとの被害も非常に大きいのであります。たとえば、死傷者の数等におきましても、両方合わせまして七十九人、行方不明が二十一人、重傷三百九十七人あるいは全壊家屋が二千五百五十戸、半壊家屋が一万二千三百八十三戸、あるいは流失が二百四十六戸というような、局部局部にきわめて悲惨な被害が数多く重なっておるというのが、長野県の今度の災害の実情であろうかと思います。もちろん、これに伴いまして農耕地あるいは農業施設等の被害も大きなものがあるのでございます。
 このほかに、七号台風あるいは伊勢湾台風におきましても、本県におきましては今までに例のなかったような強い風でございまして、風そのものだけによる被害も大きいのでございます。これは農作物に大きな被害をもたらしておるわけでございます。たとえば、リンゴ、ナシ、クルミというような果樹の落果による被害、これは言うまでもないことでございますが、果樹そのもの、木そのものが算を乱して倒れる、いわゆる風倒木による損害も莫大なものがあるのでございます。この風倒木による被害につきましては、産地の奥地のものにつきましては、まだ不明な点もございますけれども、果樹だけの被害を申し上げましても、長野県の場合は三十五億円というような大きなものになっておるのでございます。先ほど申し上げましたように、この風自体の被害、このことは、また住宅あるいは非住家の被害というようなことにもなりまして、これが今次の災害の大きな特徴であろうかと思いますし、これらの住宅等の被害につきましては、いずれも貧窮者の住宅、特に開拓地等におきましてもしかりでございますが、貧窮者の住宅がやられておるということは、非常に立ち上がりに困難を感じておるような次第でございます。先ほど申し上げましたように、全壊戸数二千五百五十戸というような数字、流失戸数二百四十六戸というような数字が、このことを物語っておるのではなかろうかと思うのであります。しかも、昨年の台風二十一号を受けまして、その傷痕のいまだいえないうちに、再び七号の打撃を受けたというような地区もございます。従って、私どもは、災害の早期復旧の必要を痛感し、単に原形復旧というような形だけではなくて、いわゆる改良復旧の必要というようなことも痛感しているような次第でございます。なお、私は、先ほど中小河川のはんらんによる被害というふうに申し上げましたが、実は千曲川その他の本流におきましても、これは決して安全だったわけではないのでありまして、堤防の決壊寸前までさらされたような地域もあるのでございますが、これらは畳を供出したりいろいろいたしまして、辛うじて災害を防いだというようなことなのであります。
 さて、そこで私どもは臨時県議会等も開きまして、これらの数度にわたる災害に対する応急復旧のための総額三十四億ばかり――県費で三億六千万円、起債を九億ほど見ておりますけれども、予算的な措置をいたしたというような格好になっておるのでございます。
 ところで、今度のこの災害によります被災の復旧につきましては、しばしば御陳情も申し上げているところでございますが、何分にも、御承知のように、本県におきましては、地方財政再建促進特別措置法の適用を受けて、ことしで四年目でございます。三十六年まで、あと二年あるのでございますけれども、農業県といたしまして、きわめて貧弱な財政状態でございます。市町村もまたしかりでございます。従いまして、財政的な援助、これは項目だけを申し上げますと、特別交付税あるいは地方債、あるいは復旧事業の地方負担に対する地方債の過年度の充当率を引き上げていただきたいとか、あるいは補助対象外の小災害の復旧事業に対しまして、特別な起債の特例を認めてもらいたいというようなことにつきましては、すでにしばしば御陳情を申し上げているところでございます。土木災害その他の公共災害の復旧につきましても、当年度において、もちろん全部これが行なわれるということは困難ではございますけれども、たとえば、初年度におけるこの復旧の比率を相当大幅に引き上げていただきたいというようなことも御配意願いたいと思うのでございます。
 しかしながら、幸いに、工法協議あるいは緊急査定というようなことも、政府初め議員諸先生の御努力によりましてだんだんと進捗して参りまして、ことに住宅関係、いわゆる開拓地の住宅あるいは公営住宅、そういうようなものや、住宅金融公庫の貸し出しというようなことも、おかげさまで能率よく実施していただきまして、救助法によります応急仮設住宅、あるいは、これは県だけで行なっておることでございますけれども、厚生住宅とか、住宅改造資金のあっせんというようなこととともに、住宅の復旧は予想外に早く実現しつつあるのでございまして、このことは、あるいは私ども緊急を要しましたために、若干手続その他ではあるいは欠けておる、疎漏の点もあろうと思いますけれども、冬の早い長野県におきましては、これはやむを得ない措置であったかと思いますので、この辺も御了承をいただきたいと思うのでございます。
 なお、今回の災害におきましては、農家の農作物に対する被害の救済ということでございますが、これは申し上げるまでもなく、リンゴ、ナシ、クルミその他の農作物の被害につきまして営農資金の貸し出しであるとか、自作農維持創設資金の貸し出しというような、金融的な措置は行なわれておりますけれども、助成そのものについての措置が、農民の間には強い要望があるのであります。これは政府でもいろいろ御研究をいただいておるようにも聞いておりますけれども、県ではやむを得ない措置といたしまして、町村に対する総合助成というような考え方をとりまして、県費で六千万円程度、国庫で三千万円程度を見まして予算を計上いたしまして被害市町村に対しまして助成をいたしたいと思ったのでございますが、今申し上げましたように、国庫補助もある程度見込んでおることでございますので、いわゆる小額ないろいろの補助の廃止ということはもっともでございますけれども、今度の台風によります現実の農家の被害の救済ということにつきましても、何分の救済方を御配慮いただきたいと思うのでございます。
 申し上げたいことはいろいろございますが、時間の都合もございますので簡単にいたしたいと思いますけれども、その他、先ほども申し上げましたように、本県の場合、特に多い小災害の復旧に、経費の助成なりの特別な措置、あるいは起債の特例というような、特別な措置をお願いしたいということ、それから、公共災害復旧事業の早期決定あるいは復旧率の引き上げ、高率の国庫負担の措置というようなことも、かねて御陳情申し上げておりますように、お願いしたいと存じます。それから、各種の資金関係のワクもだんだんにきまりつつありますけれども、これも、もう少し一つワクを増額していただきたいと思うのでございます。あるいは学校関係、あるいは生活援助や生活保護関係のいろいろのことにつきましても、それぞれ一つよろしくお願いいたしたいと思うのでございます。
 最後に、治山治水のことでございます。これは新聞等を拝見いたしますと、政府におかれましても五カ年計画等をお立てになりまして、治山治水の根本的な対策を立てるというお話で、大へん心強く感じておるわけでございますけれども、何分にも、御承知のように、治山治水のいろいろな策につきましては、多額の経費が県としても要ることになろうと思います。私どもの千曲川にいたしましても、姫川にいたしましても、天龍川にいたしましても、木曽川にいたしましても、治山がおろそかにされておりますと、あるいは治水が不完全であるということになりますと、私どもの県がひどい目にあうだけではなくて、下流の県に大へん御迷惑をおかけするということになるのでございます。どうか治山治水の根本策をお立てになって、これを一つ強力に実施していただいて、そうして地方負担等につきましては、私どものような貧乏な県の財政上のあまり負担にならないように、特別に御高配いただければ大へんありがたいと思うわけでございます。
 大体二十分程度というふうに聞いておりましたので、長野県の陳情はこの程度にいたしておきたいと思います。どうもありがとうございました。(拍手)
○綱島委員長代理 次は、山梨県総務部長松浦功君にお願いいたします。
○松浦参考人 知事が災害事務のために非常に疲労いたしまして、ただいま入院をいたしておりますので、かわって御説明を申し上げることをどうぞお許し願いたいと思います。
 ただいま長野県の方からいろいろお話がございましたが、大体、山梨県は長野県に接しまして位置しております。七号台風は、御承知のように、富士川の河口から富士川沿いに北上いたしまして長野県に抜けて参った小型の台風でございます。小型ではございましたが、非常に多量の雨を伴いまするとともに、風速も、現在までに山梨県下では記録されてなかったような大きな風速を示したわけでございます。雨量につきましては、市同時あるいは大蔵沢山におきまして一時間当たりの雨量最大五十六ミリ、一日当たりにいたしますと、大蔵沢山で四百ミリ、連続雨量といたしましては六百ミリという記録が七号台風によって残っておりまするが、おそらく、測量計のなかった場所においてドラム・カンではかった人がおりまして、その人の言うには、八百ミリを優にこえておったのではないか、こういうようなことすらいわれておる状況でございます。風速につきましては、瞬間最大風速四十三・二メートル、このような風速でございまして、およそ甲府市内におきまする構築物で被害のなかったものはないといっていいくらいの風速であったわけでございます。
 また、十五号台風につきましては、県の北西部を岐阜県から長野県にかけて抜けて参ったわけでございまするが、このときも、一時間当たりの最大雨量六十ミリ、一日の最大雨量三百五十ミリ、連続雨量といたしましての最高は四百三十ミリ、最大風速三十八・九メートル、こういう数字に示されます通り、十五号台風は七号台風に比べますれば、風におきましても、雨量においても若干下回った点はございまするが、ともに相当の被害を本県に与えるという格好になったわけでございます。ただいま申し上げましたような、風速にいたしましても、雨量にいたしましても、また、河川の増水状況にいたしましても、いずれも従来までの本県の記録には残っておらないわけでございまして、とても、こういう災害がくるということを本県の人々は予想しておらなかったわけでございます。御承知のように、本県は明治四十二年に非常に大きな災害を受けまして、二十六万町歩にわたりまする恩賜林を明治天皇からちょうだいをいたしておるわけでございまするが、その後は災害らしい災害というものはなかったわけでございます。このような大きな災害に打ちひしがれて、ほんとうにどうしたらいいか、現在のところ困っておるのが、偽らざる状況でございます。
 七号、十五号を通じましての被害はお手元にお配りしてございまするが、四百四億、四百億を上回る被害でございます。うちには、もちろん電話、通信、それから交通、こういった被害は含まれておりません。家屋被害が六十五億含まれておりまするが、これらのものの民間被害を差し引きました残りは、すべて公共被害でございます。土木関係、林業関係あるいは農地関係、教育施設関係、こういうものを合わせまして優に二百億をこえる惨状を呈しておるわけでございます。七号台風は風も非常に強くて、雨も多うございました。従って、山くずれを伴いました土砂流が一気に山をかけおりましたために、公共施設の被害がきわめて多くなっております。これに反しまして十五号台風は、ある程度の応急復旧ができておったことと、雨が比較的少なかったため、風の影響が非常に表に出ました。個人災害がひどくなっておるという特色はございまするが、両者を通じまして流失三百四十七戸、全壊三千百五十三戸、半壊一万百三十九一戸、約一万四千戸に及ぶ家屋に被害が及んで、さらに床上、床下浸水を含めますれば二万戸に及ぶものが浸水を受けておる、このような状況になっておるわけでございます。
 七号、十五号の両台風を通じまして、山梨県下六十五市町村に対しまして発動されました災害救助の状況でございまするが、この七号台風に際しましては四十八カ市町村、十五号台風におきましては四十九カ市町村、ほとんど全市町村の八割にわたるものにつきまして災害救助法を発動する状況でございます。その被害は、全県下にわたっておるということを申し上げて過言ではないというふうに考えておる次第でございます。特にひどかったところは武川村、白州町、韮崎市、塩山市、中富町、早同時、芦安村、こういったところは非常にひどいわけでございます。
 その一、二の例を申し上げてみますならば、武川村におきましては、山津波によりまして、武川銀座といわれます商店街百二十数戸が一瞬の間に流れ去ったというような事態が起こっておるわけでございます。命からがら、やっとのことで命を助かりました武川村の住民の話によりますると、その村の中心から四キロも離れた相当高いところににある松林の上に黒雲のようなものが出てきた、何だろうかと思っていたときには、もう水が目の前に迫っておった、それが実情でございます。おそらく、現場へさかのぼって見た者はないと思いまするが、われわれの推定いたしまするには、二、三日来降り続きました雨によりまして木の根がゆるみ、それに強い風が当たりまして木が倒れる、それが結局ダムの堤防の役割をなして、そこに水がたまってくる、たまった水の重さに耐えかねて、ついにそれが切れて流れ出す、いわゆる鉄砲水のしわざであるというふうにしか、われわれには考えられないわけでございます。ちなみに、これは、こういうところで申し上げる話かどうか存じませんが、現在、大武川の中流におそろしく大きな石が流れ出ております。これは七号台風によって、こつえんとして現われたものでございまするが、その直径は実に十五メートル、高さは八メートル、物好きな者が計算いたしますと、およそ二千二百トンの目方があろうといわれております。こういう石が鉄砲水の威力によりまして流れ出てきた、こういうことではないかと思っておるのでございます。また、白州町におきましては、駒ケ岳山系の黒戸山に、二千町歩にわたる特殊のはげ山と申しますか、山くずれが起きているという現場を、現在になって確かめております。韮崎市におきましては、耕地、河川、道路、これはずたずたでございます。七号台風のときに三千戸が床上浸水、さらに作りました堤防が十五号台風で切れて、再度二千余戸が浸水をするという状況でございました。現在においてすら、少しの雨が降りましても、すぐ待避をするというほどの住民のおびえ方であるわけでございます。また、現在におきましても、早同時あるいは芦安村は、とても普通の者では入って参れません。いまだに米一俵当たり何千円という輸送費をかけまして、頑強な者の肩によりまして食糧を運び込んでおるような状況でございます。この地域におきまして、米の運び込みの料金が一体どうなるかというようなことで、笑えないもめごとが起こっております。もし、その料金を住民からとるとすれば、これは米の価格に違反をするというような問題すら起きて、ほんとうに笑えない悲惨な事態が起きておるわけでございます。
 このような状況を見まして、私どもがしみじみと感じますことは、やはり山梨県の特殊の地勢、結局壮年期にございます第三紀層というものが比較的軟弱であるということと、傾斜が非常に強いということから、どうしても治山治水ということが必要である。かりに、堤防を復旧いたしましても、再びひどい雨が降れば、再び同じような災害を受けるのではないかということを、しみじみと考えておるわけでございます。この土砂流の中には――これは技術者に検討してもらったのでありまするが、おそらく土砂流のうちの三分の一は土と泥とによって占められておるだろうということになりますれば、普通の水よりも威力が大体三倍程度になるというようなことが、技術的にも検討されておるのでございます。このような土砂流の流入は、現在林務部と土木部においても推定いたしておりまするが、大よそ今考えられますのでは、流れ込みました土砂の量は八千万立米に達するのではないかということがいわれております。このような土砂流の流入によりまして、河川という河川は全部河床が著しく隆起をいたしておるわけでありまして釜無川、すなわち、富士川の本川でございまするが、これの一番隆起いたしました部分では、実に七メートル河床が隆起をいたしております。また、釜無川の支川でありまする大武川におきましては、八メートル隆起しておるという証拠があがっておるわけでございます。また、小河川等で、すでに堤防と同じ高さに全く河床が上がってしまって、水の流れる場所がないというような河川は、数限りがない状況でございます。
 このような状況下におきまして、政府におかれましても、国会におかれましても、いろいろと温情のある御措置をおとりいただいておりますことにつきましては、心から感謝を申し上げておるわけでございまするが、ともあれ、県といたしましては、災害当時きわめて人心が不安定でございました。従って、自衛隊の出動を要請する、あるいは警察官を極力活用するということによりまして、人心を安定せしむる対策を第一にとりまするとともに、予算措置四十五億をこれまでの県会に措置いたしまして、復興への立ち上がりの道を急いでおるわけでございます。このような状況下におきまして、政府におかれましても、国会におかれましても、何回も実情を御視察をいただきまして、しかも時宜に適した御措置をおとり下さいまして、そのために刻一刻災害の復旧が進んでおることにつきまして、この席をかりまして厚く御礼を申し上げますとともに、お手元に御配付を申し上げてございまする六点について、なおこの機会に御協力、御高配方をお願い申し上げたいわけでございます。
 そのまず第一点は、緊急砂防事業あるいは荒廃林地復旧事業の問題でございます。いわゆる治山治水の問題でございます。先ほど来申し上げておりますように、本県地勢の特殊性に基づきまして、ともかく、今後におきまする災害を未然に防止するためには、これらの治山治水対策というものをぜひ大幅に実施していただきたい。さもないと、堤防を作りましても、再びこのような災害を受けることは必至であろうかと考えるわけでございます。ぜひこういった治山治水事業を大幅に実施できまするように、御高配を願いたい。と同時に、御承知のように、本県は税収入八億という、まことに脆弱な財政力しか持ち合わせない県でございます。従って、これらの事業を大幅に実施していただくにあたりまして、できる限り財政上の措置について手厚い御配慮をお願いしたいということを、まず第一に申し上げたいわけでございます。
 第二点としてお願いをいたしたいことは、耕地復旧事業の問題についてでございます。全県下で二千町歩をこえる完全な被害を受けておるわけでございまするが、これらのものにつきましては、明年度の田植えまでには、どうしても復旧をいたさなければ、これは農民に死ねと言うにひとしいわけでございます。従って借金をいたしましても、ともかく耕地復旧を行なうつもりでおりまするが、国におかれましても、できる限り施行割合を高めていただきまして、初年度になるべく多額の補助金をいただけるように御高配を願いたい。さらに、被災地方団体によりましては、極端に財政力のない小さな町村もございます。これらにつきましては、起債の充当率等に御考慮を願いたい。さらに、初年度完成のために、農民が農林漁業資金を借り入れまして、これを負担金としてそれぞれの団体に出して事業をやるわけでございます。これらの農林漁業資金の借り入れの利子というものも、現在の疲弊した農民の力にとりましては非常に過大なものでございますので、これらの利子の減免等についても御考慮を願いたい、このように考えるわけでございます。
 第三番目の問題といたしまして、災害復旧事業の国庫補助金の交付問題についてお願いをしたいのでございますが、これは、本県の公共土木事業費の補助率は、おそらく九八%になんなんとする高率になると思っております。しかしながら、国の予算の関係から、本年度内に交付される国庫補助金の額は、とうてい九八%という補助率までには達しないで、七〇%とか八〇%とかいう率に打ち切られて、明年度以降に差額を交付されるということになるのではないかという話を聞いておるのでありまするが、かりに、もしそういう事態になりますれば、それだけ歳入欠陥を生ずることになるわけでございます。県の決算もできないような事態になります。少なくとも、法律で補助率がきめられるわけでございますので、今年度内に、きめられた事業費の、きめられた補助率によります国庫補助金だけは御交付願えますように御協力をお願いしたい、御高配をお願いしたいというふうに考えるわけであります。
 第四番目といたしまして、ただいま申し上げましたように、各河川の河床がきわめて極端な隆起を示しております。そのために、かりに堤防を今の堤防から一メートル、改良復旧の意味で高めていただいたといたしましても、河床をそのままにしておくのであれば、結局堤防を低めて作り直したと同じ結果になるわけでございます。もちろん、災害復旧事業の関連におきまして、河川の浚渫につきまして御配慮願えることと思っておりまするが、これらの浚渫がなお一そう完全にできまするように、将来の災害防止のためにも、できるだけ完全実施できるように御配慮を願いたい、このように考えるものでございます。
 第五番目といたしまして、長野の方からもお話がございましたが、果樹の被害が激甚である地域におきましては、現在、数字にいたしましても、ブドウだけの被害でも七五%、ひどいところはほとんど皆無のところもございますが、県下を平均いたしまして、ブドウの被害だけでも七五%というような数字になっております。被害額は十七億に達するというありさまでございます。このままに放置いたしますれば、明年度以降の減収はもとより、再起すらできないところすら出てくるのではないかと考えられます。果樹被害に対しまする国の融資措置については非常に心から感謝をいたしておりまするが、なお望むべくんば、果樹だなの復旧、あるいは果樹の支柱、あるいは樹勢回復用の肥料、農薬、補植用の苗木の購入代金、あるいは共同施設の設置、こういうようなものに対しまして、被害の実情に応じて総合助成の措置を講じていただけますならば非常に幸いである、ぜひ御高配を願いたいというように考えておるわけでございます。
 最後に、地方財政の問題について一言言及させていただきたいと思います。お手元にお配りしてあります資料の別表にございますように、今後行ないまする災害復旧事業費と標準税収入との割合をとってみますと、県におきましては、先ほど申し上げましたように、八億一千七百万円という年間の微微たる収入でございまして、それに対しまして、今後県がやって参らなければならない災害復旧事業費は、実に百七十億に及ぶわけでございます。その倍率は、二十一倍というおそるべき数字を示しておるわけでございます。また、町村におきましては、武川村においては七十四倍、白州町におきまして六十二倍、中富町におきまして三十三倍、市におきまして、韮崎市、塩山市というようなところは二十一倍、想像もできないような大きな数字になっておるわけでございます。これらの点も十分御勘案いただきまして、特別交付税に、あるいは地方債に、あるいは補助率の引き上げに、今後とも貧乏な財政を運営していかなければならないわれわれでございます、できる限り住民の福祉というものも考えながらやらなければならない財政の運営でございまするので、その辺のところを一つ十分御配慮いただきまして、今後におきまして、あとう限り県市町村の財政につきまして御高配を賜わりたい。最後に地方財政の問題についてお願いを申し上げまして、簡単でございましたが、災害の状況並びにお願いを申し上げた次第でございます。ありがとうございました。(拍手)
○綱島委員長代理 次は、石川県知事田谷充実君にお願いをいたします。
○田谷参考人 私、石川県知事の田谷でございます。きょうは、災害地対策特別委員長の御要請によりまして、石川県の災害状況を委員の皆様に申し上げる機会を得ましたことを厚く御礼を申し上げまするとともに、連日先生方の御熱心な御審議と、被災地救済への御熱意に対しまして、深く敬意を表するものであります。
 大体状況と原因、対策というような順序で申し上げてみたいと存じます。
 まず、石川県の風水害の概略でありまするが、石川県は八月十四日の七号台風で加賀地帯がやられました。八月二十六日の奥能登地方に対する集中豪雨によりまして、奥能登がやられました。九月二十六日の伊勢湾台風で金沢地方がやられた。こういうのが状況でございまして、その損害の総額が百十七億に及んでおるのであります。詳しいことは皆様のお手元に出してありまする概況書をごらん下さればわかるかと存じます。特に奥能登地方の水害が最も大きくて、ここだけで百億に及ぶようになったわけであります。石川県としましては、歴史上最大のものであります。しかも、この地方は、昭和三十一年から四カ年の間に三回も水害を受けております。それで、抜本的な復旧対策が痛感されておるわけであります。
 この石川県のたび重なる水害の原因というのは、一体何かということでありますが、それは、石川県の地理的な要因と申しますか、これが第一、また、第二には、異常な集中豪雨、この二つが石川県の特有の原因じゃないかと思います。石川県の地勢は、山がありまして海岸線が山に迫っておる、そうして、平坦地の距離が非常に短い、中小河川が非常に多い、各河川が非常に急流である、ことに能登地方におきましては、この河川が未改修であるというような地勢に対しまして、一度豪雨がさますると、各河川が急激に増水して、たちまちはんらんを起こしまして災害を惹起するというのが現状であります。奥能登水害は、その地勢上の特色が県下でも最も顕著な地域のために、過去数次にわたって災害を受けているわけでありますが、今年の災害は、これに加うるに、未曽有の集中豪雨というのがあります。当時の気象状況、雨量その他はお手元でおわかりと思いまするが、一時間に百一ミリという記録が出ております。全く常識を越えた集中豪雨なのでありまして、今山梨県さんからもおっしゃいましたように、鉄砲水と称しまして、全く手のつけようがない状況でありました。
 第三番目には、今次の災害の対策についてでありまするが、県といたしましても、お手元の説明書類をごらん下さればおわかりでございまするが、特に重点的に申し上げまするならば、このような災害は、一体どうしたら防げるかということでございます。第一には、地理的に丘陵地帯と海が直結して、少量の雨でたちまちにはんらんを起こしまして、いわゆる鉄砲水となることと、第二に、多雨地帯で、半島部に集中的な豪雨がくる、第三番目には、水害の常襲地帯であるということが考えられます。これにつきまして、石川県では、今一日百五十ミリの雨が降ると、ほとんど危険になります。二百ミリ降りますと、各地にはんらんが起こります。五百ミリもということになりますると、手の施しようがない。治水能力は、石川県では百五十ミリ、水の防衛能力は二百ミリいったらなし、こういう状況であります。それで、何とかして治水能力というか、水の防衛能力というものを、現在の百五十ミリから五百ミリ程度へという目標を立てまして、懸命にがんばっておるわけであります。こういうことを申し上げましてもどうかと思いまするが、わが国の最近五十年間の災害の統計を見ますると、災害の七〇%は気象による災害、全体の四五%は台風及びこれに基づく洪水によるものでありまして、結局七割は水による災害であります。従いまして、一年のうちで、石川県では六、七、八、九と四カ月さえ水を守れば、治水の能力が非常に上がるわけであります。この四カ月を、水を目標にしまして治水能力の向上をはかっていきたいと思うのでありまするが、それには応急的対策と恒久的対策とがあるかと思います。応急的対策といたしましては、何といっても河川の改修、砂防施設の強化充実、特に能登地方の地すべり対策等、これらのものがあげられましょうが、まず、各河川ごとに徹底的に調査をしていただく。百五十ミリ降ったらどれだけの水が出るかということは、今日の技術におきましてははっきりわかることでございまするが、各河川ごとにこれを調査していただきまして、緊急度と必要度に応じまして、財政的能力によりまして順次治水能力を上げて参りたい、こうしなければならないのじゃないかと思うのでありまして、それには県下の各河川ごとの調査をする、そうして治水能力を上げていきたいと思うのであります。
 第二番目には、治山、特に植林であります。現在、全国的に人工林の面積はわずかに二七%でありまするが、石川県におきましては、各河川の流域ごとに十カ年の造林計画を立てておるのであります。緊急を要する造林面積だけでも一万八千町歩あります。この計画が実現いたしますると、河川の流域の耕地約六万六千町歩、人家にいたしまして二十万戸を災害から防止するとともに、下流一帯の産業・経済はもちろんのことでございまするが、用水源の確保をはかりまして、治山治水に寄与することが非常に大きいかと存じます。そういう意味で、長期計画の植林ということをやっていただかなければならぬかと存じます。
 第三には、ダムの建設であります。治水から利水までを包含したところの多目的なものも必要なことはもちろんでありますが、まず、私といたしましては、石川県に最も適したものとして、小河川に防災ダムを作らなければならぬのじゃないかと思います。このことは、建設委員会の橋本先生も石川県に来られまして、防災ダムの建設が最も適した対策の一つであるということを報告されておるのを読んだのであります。
 次に、第四番目といたしまして、石川県は非常に海岸侵食が激しいのであります。皆さんが御存じの弁慶と義経の勧進帳で名高いところの安宅ノ関というのがあります。あれは、今日もう海岸から一里も先のところであります。毎年々々見てもわかりませんが、年数をたちますと、おそろしく海岸が侵食されるわけであります。ここに大規模な護岸工事というものを、どうか国の直轄事業でぜひやっていただきたい。県ではとても能力がございません。そういうふうに思うのであります。
 以上、災害の対策につきまして、私としては技術的なことを申し上げましたが、ただ、財政的な立場から申し上げますと、まず第一番目には、先ほど来、各県とはだいぶダブりますが、小額災害に対しまして、一件当たりの金額十五万円どまりの災害復旧工事につきましても国庫補助の対象とするように要望していたのでありますが、今回は、特例として、起債の対象として、元利補給をする旨の法案が提出されているようであります。全く時宜を得た御措置としまして感謝にたえないところであります。一日も早くこれが実施されることをお願いする次第であります。
 次に、私の県といたしましては、路面災害というものが非常に多いので困っておるわけであります。道路の路面が削られ、路床が露出したような災害は、従来から補助の対象外にされていた。しかも、起債の対象にならない。そういうわけで、非常に県の財政を圧迫するわけであります。
 また、第三番目には、過年度災害に対する財政措置の問題であります。これは、先ほど来るるお述べになったように、今年は大きな災害でありましても、来年になると、はや過年度災害になります。これらせつかくの特例措置も、年度を異にすると取り扱いが異なるようでは、はなはだ片手落ちと感ずるのであります。地方の負担分を起債でもって充てる場合に、現年度は大体先ほどおっしゃいましたように九五%程度の充当率でありますが、翌年度になりますと七〇%程度の充当率に低下いたします。残額は一般財源の負担となるのです。こういうことになりますと、復旧工事の施行率は三・五・二の三カ年で行なうとすれば、現年度三に対しまして過年度が七の割合となりまして、地方負担が増加するのであります。これはきわめて不合理な措置ではないかと思うのであります。そういう点の是正方をぜひお願いしたいと存じます。
 最後に御要望申し上げたいことは、災害常襲地帯特別措置法の制定であります。現在九州、四国、近畿の一部の地方におかれましては、台風の常襲地帯に指定されまして特別の取り扱いを受けておられるように存じますが、石川県は台風でないとの理由で、過去八年間に五回、過去四カ年に三回も連続して水害を受けておる、こういう連続しておる災害について何らの恩典に浴することができないのであります。台風も、局地的な集中豪雨も、異常気象も一緒でありまして、気象災害として、同一に実は取り扱っていただきたいと存ずるのであります。災害常襲地帯として指定されまして、特別の復旧対策を樹立しなければ、特に能登地方のような未開発の地域は依然として後進性の域を脱し得ずして、この災害が永久に繰り返されるように存ずるのであります。
 以上で私の災害に関する説明を終わりますが、委員の皆様におかれましては、何とぞ災害地の苦境と要望を御賢察下さいまして、この上とも十分なる御援助を賜わり、一日も早く復興し、再び災害の起こらないように切望してやまない次第でございます。
 以上、御清聴恐縮でございます。
○綱島委員長代理 次は、和歌山県副知事大橋正雄君にお願いいたします。
○大橋参考人 和歌山県の副知事の大橋でございます。知事にかわりまして、簡単に本県の被害状況の説明と陳情をさしていただきたいと存じます。
 今次災害に際しまして、和歌山県も本日参考人として本委員会にお招き下さいましたことは、国会においても、和歌山県の今回の災害につきまして非常な御同情をいただいているわけでございまして、衷心より感謝にたえないところでございます。
 さて、今次の台風は伊勢湾台風と呼ばれておりますけれども、実は、和歌山県南部の潮岬に上陸いたしまして、和歌山県を通って奈良県を経、東海方面に出たことは皆様御承知の通りでございます。従って、愛知、三重、岐阜、奈良の各県とともに、わが和歌山県も実に七十億余の大きな損害をこうむっておるのでありまするが、現在愛知、三重等の被害の陰にいささか隠れているような状態に置かれているわけでございます。
 今回の台風が本県に与えました災害の特異な点を申し上げますと、まず第一に、台風上陸の前日から、すなわち九月二十五日から本県南部の海岸、港湾には異常な高潮、高波が起こり、そのため南部の海岸筋は港湾といわず、道路といわず、漁港、漁船等が徹底的にたたかれたのでございます。さらに、第二の特色といたしましては、奈良県との境の大台ケ原山系に連続雨量六百五十ミリの異常降雨がありましたために、奈良県はもちろん大きな災害を受けたわけでございますが、海のない、すなわち、出口のない奈良県のほとんどの水をわが和歌山県の紀ノ川及び熊野川が受け入れた格好になりまして、その水位が十一メートルにも上がるという、いまだかつてない異常な高さに相なったのでございました。これは実に二十八年災害当時の水位をはるかに上回るものでございまして、その結果、海岸、港湾については七十七カ所、河川につきましては七百五十二カ所の被害を受けたのでございます。さらに、第三の特色は、二十八年災におきまして集中的な被害をこうむりました有田川、日高川が、このたびは僅少の被害にとどまったということでございます。このことは、現地におきまする防災訓練もさることではございますが、二十八年災の後に大々的に改良を加味いたしました復旧工事が行なわれたことが、あずかって非常な力になっていることを考えるわけでございます。従いまして、二十八年災に大災害を受けました本県の中部地区を除きまして、今次の災害は、本県の北部紀ノ川と南部熊野川及び海岸筋に集中するという現象を生じたわけでございます。
 さて、今回の被害額は七十億円余りで、これは愛知、三重の両県に比べまして小さくはございますけれども、県の財政規模、年間予算百四十億、標準税収入わずかに十五億円というわが和歌山県にとりましては、いかに大きな打撃であるか、加うるに、二十八災のときに受けましたあの八百億になんなんとする被害の復旧工事が、初めの約束でございました三カ年完成が、七年目の今日でもいまだに完成されませんで、十数億の未完工事が残されており、しかも、なおその後しばしば災害を受けておるために、県財政は今や十億円の赤字をかかえているのでありますが、今回、さらにこの災害を受けましたために、本県にとりましては筆舌に尽くしがたい打撃でございますし、また、財政建て直しにようやく懸命になっております県といたしましても、非常な痛手と相なっておるわけでございます。このことは、県内市町村についても事情は全く同様でございまして、二十八災によりまして甚大な災害を受けて、復旧工事がまだ完了しておりません。しかも、累年災害を受けている。たとえば、多いところでは、今回の被災地で、二十八災以来七回災害を受けているところがございますし、少ないところでも三回は受けておるというような状況でございまして、その各市町村が赤字を出して、再建方策に苦慮しておる状態でございます。従って、今回の災害の被害額のみによってははかり知れない非常な深刻さが、県も市町村もともどもにあることを、お訴え申し上げたいのでございます。
 あの二十八年災害のときに、村上建設大臣や、ただいま委員長席におられます綱島先生等が親しく本県被害の実際をごらんになりまして、いろいろな御高配をいただいたのでございますが、宿命的な台風通過県、災害県でございます和歌山県が、その二十八災の傷がいえやらぬ今日、再び諸先生方に御厄介にならなければならないということに、非常な感慨の深いものがあるわけでございます。しかるに、最近聞きますところによりますと、被害激甚地の指定に和歌山県がはずされているとかのうわさも聞くのでございますが、私どもには、それがどういう基準によってそうなるのかわからないのでございます。いずれにいたしましても、右のような二十八災の傷のいえやらない本県の貧乏な、財政状態に困っております実情を御勘案下さいまして、本県のごとく過去の大災害で財政の窮迫している県なり市町村なりもほうっておかれることのないような処置をおとり下さいますように、伏してお願いを申し上げたいのでございます。
 そうした意味におきまして、次の諸点を御要望申し上げたいと存じます。
 その第一は、単に被害総額のみをもって激甚地指定の基準とせずに、県並びに市町村の具体的な財政事情との関連において考えていただきたいということでございます。しこうして、その関連につきましては、公共査定を早く実施していただきまして、二十八災の場合と同じように、その査定額を基礎といたしまして、標準税収入と比較して、それが少しでも標準税収入を上回る場合には、すなわち、二倍とか三倍とかいわずに、上回る場合は、直ちにこれを激甚地に指定していただきたいのでございます。これによってのみ本県のごとき災害常襲の貧乏県は救われると思うのでございます。
 第二のお願いは、前述いたしました有田川、日高川の実例にもかんがみまして、単なる原形復旧でなくて、防災を加味した改良復旧工事を全面的に実施していただきたいということでございます。
 第三は、その他、各県共通の要望事項になります。従って、それは陳情書に書いてございますので省略いたしますが、何とぞ委員会の御同情ある御処理をお願い申し上げたいわけでございます。
 はなはだ簡単でございますが、和歌山県の御要望を申し上げて、御同情ある御処理をお願い申し上げます。(拍手)
○綱島委員長代理 鳥取県知事石破二朗君にお願いします。
○石破参考人 鳥取県の被害の概況並びにいろいろお願いを申し上げたいと思いますが、その前に、今回の災害にあたりまして、衆議院におかれましては、時を移さず関係各委員会から、遠路わざわざ鳥取県の被害の実情を御視察に参られ、また、被災民を御激励いただきまして、まことに感謝にたえません。また、本日は特にお忙しいところ、われわれをお招き下さいまして、実情を申し上げる機会をお与え下さいまして、これまた感謝にたえないところでございます。
 まず、被害の概況でございます。お手元に資料を差し上げておりますので、それでごらん願いたいと思いますが、総額約八十億をこえる被害を生じております。伊勢湾台風の中心からは鳥取県は相当離れておるわけでございますけれども、そこにも書いております通り、ひどい雨の台風でございまして、ある地点では、連続降雨量で八百ミリをこえるというような状況であったのであります。幸いに、鳥取県は戦後は災害らしい災害はほとんどございません。大正の初期ごろは、全国にもまれに見る災害県であったわけでございますが、昭和九年の室戸台風以後、今回の災害までは被害らしい被害はなかったのであります。けれども、今度初めてこういう大きな災害にぶつかったようなわけでございます。これにつきましては、被害の模様は大体各県と同様でございまして、特に鳥取県の特異性というようなのを申し上げる点はないのでございますけれども、わが鳥取県は大きな川が三本ございます。そのうちの二本は、政府の直轄で改修工事を進めていただきまして、おかげで、この改修済みの区間にはほとんど被害らしい被害はございません。今度の被害は、主として奥地の山間部に限られておるというような状況であります。政府の力によりまして、直轄で改修していただきました個所は非常によかった、こういうことを申し上げたいと思います。
 被害の概況はお手元に差し上げておりますので、これ以上詳しいことは省略さしていただきたいと思いますが、特にお願いを申し上げたい点を要約して申し上げたいと思います。非常に話がこまかくなりますけれども、ごしんぼうをお願いしたいと思います。まず、技術上の問題と財政上の問題と、二つに分けましてお願いをいたしたいと思います。
 まず第一に、技術上の問題でございますけれども、どうしても再度災害を防止するという見地から、今回の災害対策をお進め願いたい、かように存じます。そのためには、御承知の通り、建設省なり農林省の方におかれましては、災害が起こった場合に、それを復旧するにあたってどういう程度の復旧をするか、いわゆる災害査定の基準というものをお持ちになって、それによって復旧の設計をお進め願うわけでありますが、現在の各省の災害査定基準というものは、私の考えるところによりますと、少し辛過ぎるのじゃなかろうか、かように思います。財政上の理由ももちろんおありでございましょうけれども、もう少し災害査定の基準を緩和していただいて、再度災害を防止する措置を講じていただきたいと思います。たとえて申しますれば、木橋でありますが、これを復旧されるにあたって、木橋が流れた場合に永久橋にかけかえていただくには、過去十年間に三度これが流失していないと永久橋には採択しないというような基準があるようでございますが、およそ過去十年間に三回も流れて、初めて永久橋でなければこれは持たぬということをお考えになるのでは、少しこれはゆうちょう過ぎるじゃなかろうか、かように考えます。これは一例でございますが、各省の災害査定基準をもう少し緩和していただき、りっぱな復旧工事を行なっていただくようにお願い申し上げたいと思います。
 次には、いわゆる災害関連工事あるいは災害助成の工事を大幅に実施をしていただきたいと思います。今回の災害につきましては、すでに関係省で御査定をいただいておりまして、私どものお願いしております災害関連工事なりあるいは災害助成の工事は、従来に比べますと、だいぶん大幅にお認め願っているようでありますけれども、まだまだ地方としては物足りぬ点がございますので、今後災害関連事業なり災害助成工事を、もう少し大幅に採択していただくようにお願い申し上げたいと思います。次には、この災害時の県並びに市町村の職員の問題でございますけれども、市町村のはしばらくおくといたしまして、先ほど申し上げました通り、鳥取県におきましては、戦後未曽有の災害にあいました関係もありまして、職員が非常に不足いたしております。いろいろ制度はできておりまして、県と県との間を職員があれこれ転任しましても、恩給の通算でありますとか、いろいろの措置を講じていただいてはおりますけれども、それだけでは、たとえば鳥取県のような条件の悪い県には、なかなか職員に応援に来ていただくことをお願いするといっても困難でございます。従いまして、私の考えまするには、地域は甲の県乙の県、年によって違いましょうけれども、残念ながら日本全体として見ますれば、相当額の被害は毎年あるわけでございますから、政府の方で何名かの職員を留保していただいて、それを災害の起こった年に、災害の起こった県に、随時御派遣になるような方法を講じていただきますれば、県としては非常にありがたい。災害が起こりまして、全職員を無理してかき集めまして、幸いに災害工事は終わった、この職員を整理するといいましてもなかなか困難でございますので、政府におかれまして、そういう措置をとっていただきますように御配慮をお願い申し上げたいと思います。次には、これはどなたも申されることでございますが、先ほど申し上げました通り、政府の直轄において工事を進めていただいた河川につきましては、ほとんど災害がございません。これも財政上の御都合もございましょうけれども、ぜひとも、政府の直轄で重要な工事をもう少し大幅に御採択願いますように御配慮をお願い申し上げたいと思います。
    〔綱島委員長代理退席、委員長着席〕
 次に、財政上の問題でございますが、御承知の通り、わが鳥取県は、人口は六十万、県の予算規模が約七十億、標準税収は、県予算全体の一割弱の、わずかに六億六千万円というのが鳥取県の標準税収になっております。こういう貧弱な財政状態でありますので、今回のような災害が起こりました場合には、政府の格別の御援助を賜わらなければ、とうてい県限りではこの復旧をするわけには参りませんので、政府におかれまして、格別の財政的の御援助を賜わりますようにお願い申し上げたいと思います。特に委員の皆様に御留意をお願い申し上げたいと思う点がございますが、実は県の八十億の被害のうち、その中心をなしますものは、県の土木施設の被害約四十億、これが中心でございます。これは相当査定を受けるといたしまして、それが歩どまりが七割になるか、八割になるか、かりに歩どまり三十億、県の土木工事の被害総額三十億といたしますと、鳥取県といたしましては、標準税収の三倍以上になっております。現在におきましても、連年災害の恩典を受けます特例法を御適用願いますれば、さらに県の負担は少なくなるわけでございまして、公共土木被害三十億に対しましては、純県費負担というものはごくわずかで済むわけでございます。大部分は、起債、元利補給をしていただきますし、純粋の県費負担というものは、二十億の公共土木被害に対してわずか数千万円で済むかと思います。この方はこれで大へんありがたい、これ以上御要望申し上げる筋はないと思いますけれども、私どもの心配いたしますのは、それではない。世間でややもすれば忘れられがちになっております単独の小災害、十五万円と十万円の間の単独小災害、さらにその十万円にも満たないいわゆる小々災害、これに実は非常に苦慮しておるわけであります。御都合もありましょうから、これを国庫負担の対象にしていただくというのは無理かもしれませんが、特別の起債をお認め願うなりとにかく単独災害、その単独災害にも入らないもう一つ下の小災害、これらにつきましても、再度災害を防止して、県の財政を御心配願う意味からいたしまして、格別の御留意をお願い申し上げたいと思います。次には、もう一つ災害関連の事業でございます。伺いますれば、特別の助成の法律も御用意願っておるようでありますが、鳥取県の例で申し上げますと、公共土木は、三十億の被害に対して約三・四千万円の負担で済むわけであります。災害関連工事をかりに六億お認め願ったといたしまして、特別の法律をお出し願って、三分の二補助していただくといたしましても、県費の負担が一億かかるわけであります。こういう点を十分御留意下さいまして、これらに対する財政的の御援助をぜひともお願い申し上げたいと思います。こうしていただきますことが、再度災害を防止する意味におきまして非常に重要ではなかろうか、かように考えるわけであります。さらにそういう同じような例を、くどうございますけれども、もう一つ申し上げてみますれば、山林関係の被害をそこに七、八億と書いておりますが、それはその後査定を受けまして、三億九千万に査定されたようであります。これにつきましても、国庫の補助が三分の二といたしますれば、一億三千万円の県費負担を要することになるわけであります。つまり私が申し上げたいと思いますのは、公共土木施設の災害復旧でありますとか、耕地あるいは農業用施設、こういうりっぱな、中心になっておりますものの御措置は十分講じていただいておるようでありますけれども、それらでない、こざこざした、たとえば小災害、単独の小災害、さらにその下の小災害、災害関連事業、通信事業、こういうものに対する御措置を特にお願い申し上げたいと思います。なお、これもまた非常にこまかいことを申し上げますけれども、災害が起こりました場合には、応急工事として仮橋をかけますとか、仮の堤防を作りますとか、いろいろ応急に工事をやるわけでありますけれども、これを災害復旧の国庫負担の対象にしていただきます場合は、これまた非常に辛いワクでございまして、相当額が純県費の負担になってしまうというような場合もございますので、いわゆる応急工事の復旧に要する経費も、できるだけ国庫負担の対象に取り上げていただきますように、これまたお願い申し上げたいと思います。最後に、特例法の適用地域の問題でございます。先ほど来申し上げました通り、県は、幸か不幸か特例法の適用に、まあどちらから見ても該当するんではなかろうかと思っておるわけでございますが、市町村につきましては、地域指定の基準いかんによりましては、相当の動きが出てくるではなかろうか、かように考えております。そこでお願い申し上げたいと思いますのは、いろいろ理屈もございましょうし、いろいろ御都合もございましょうけれども、やはり昭和二十八年の適用の基準によって今回の特例措置をおとり願ったらいかがか、かように思っております。百姓は、御承知の通り、いろいろ理屈を申しましてもわかりませんので、大体昭和二十八年並みに御措置が願えれば、百姓も安心するんじゃなかろうか、かように考えますので、ぜひともさように御配慮をお願い申し上げたいと思います。はなはだ勝手ばかりお願い申し上げましたが、鳥取県の概要の御報告なり、お願いを申し上げたわけでございます。(拍手)
○南條委員長 どうも御苦労さんでした。
 次は、北海道庁から水産部長の小林信三君が参っておりますので、承りたいと思います。小林君。
○小林(信)参考人 知事にかわりまして、水産部長の私が北海道の災害の概要を御報告申し上げますと同時に、陳情を申し上げまして、今後の諸対策につき特別な御配慮をお願い申し上げたいと存ずる次第でございます。本日は、台風災害の被害並びに対策につきまして、意見を申し述べます機会をお与えいただきましたことを心からお礼を申し上げますと同時に、感激にたえない次第でございます。連日、今次の災害対策につきまして、率先して奮闘されておられます委員の皆様方の御協力につきまして、衷心から感謝の念を表明いたしますものでございまして、今後予算案並びに法律案、その他の審議を通じまして、さらに一段の御支援をいただきたいと存ずる次第でございます。さて、北海道が本年こうむりました災害は、主といたしまして十四号と十五号の台風の災害でございます。台風十四号は、九州各県や新潟県に被害を与えました後、九月の十八日、十九日の両日にわたりまして、北海道の日本海岸一帯に猛威をふるったのでございます。特に道南の地方の沿岸漁村では、異状強風と満潮時とが重なりましたために、北海道ではいまだかつてない高潮となって甚大な被害を与え、災害救助法の適用町村は七カ町村を数えるに至ったわけでございます。次いで、全国各地に未曽有の災禍をもたらしました台風十五号は、北海道に接近いたしますに従いまして進路を変えましたために、全般的な被害は比較的軽微に終わったものの、部分的には少なからざる被害を与えたのでございます。中でも、さきの十四号台風によりまして災害救助法の適用を見た道南の松前町と福島町に至りましては、立ち直るいとまもなく再び災害をこうりまして、二度災害救助法の適用を受けざるを得ない羽目に陥ったわけでございます。
 この二度にわたります台風による被害は、お手元に差し上げました「台風十四号及び十五号による被害状況」の通りでございまするが、被災地域は、さきの松前、福島両町を初めといたしまして、九十余市町村を数えまして、その状況は、死傷者、行方不明など二百余名、家屋の被害が五千二百全戸、船舶の流失、破損千九百十五隻、そのほか海岸、道路、港湾、漁港、電気、通信、文教等の各施設、及び果樹を初めとする農作物の被害も広範なものがございまして、被害の総額は約五十億円に達する次第でございます。
 このような事態に対処するために、北海道は、松前町、福島町、熊石村、大成村、奥尻村、乙部村、神恵内村の七カ町村に災害救助法を適用する一方、北海道は台風災害対策本部を設置いたしまして、関係各機関と緊密な連絡のもとに、食糧、衣料、医療救護等の応急措置を施すとともに、家屋の仮設、修理、道路の応急整備等、でき得る限りの措置を講じたのでございまするが、被災者のうちの多数を占めます漁民は、打ち続く年々の沿岸漁業の不振によりまして極度に困窮いたしておりますため、その多くは生活保護法の適用を受けておる世帯でございます。従いまして、今般の台風が与えました打撃はまことに深刻なものであり、零細漁民は全く途方に暮れているような次第でございます。また、これら災害町村は、漁業が産業の大宗を占めておりまして、打ち続く不漁のため疲弊がはなはだしく、その財政力はきわめて脆弱で、災害救助法発動町村はほとんど再建団体であるために、特に強力な援助なくしては、とうていその対策について十全を期することは至難の現状にあるわけでございます。
 従いまして、道といたしましては、とりあえず皆様にお配りいたしました「台風十四号及び十五号災害復旧に関する要望書」を両院と各党及び関係官庁に提出いたしまして、すみやかな復旧対策の推進をお願いいたしますとともに、国の直轄復旧事業の早期施行はもちろんのこと、それ以外の復旧に要しまする費用二十一億六千九百万円、そのつなぎ資金といたしまして四億二千二百万円、及び産業資金といたしまして十億三千七百万円につきまして、格別の御配慮をいただき、特に被災町村に強力な援助措置を講ぜられますよう要望を申し上げたわけでございます。
 これら二十項目に及びます北海道の要望につきましては、それぞれ対策が講ぜられて参っておりまするが、特に早急に措置いたすべき住宅及び生活資金、資材の問題につきましては、災害救助法による応急仮設住宅と応急修理戸数の限度引き上げ、災害公営住宅建設ワクの決定、各種生業資金の貸付、そのほか災害復旧用材の確保が実現されまして、そのほか、沿岸漁村振興のための不可欠な要件であります漁業施設の災害復旧事業の特別助成につきましても、従来にない画期的な漁船復旧の高率助成措置といたしまして、昭和三十四年九月の風水害による漁船被害漁業者の共同利用小型漁船の建造または取得に関する特別措置法の国会提案を見ることになりまして、従来の融資政策から高率の国庫補助政策に切りかえられましたことは、漁民並びに私どもといたしましては、まことに喜びにたえないところでございまして、これらはすべて議員の皆様方の絶大な御援助と御協力のたまものと、深く感謝申し上げる次第でございます。しかしながら、台風によります被害はまことに深刻なものがございまして、各面にわたります総合的な諸対策を実施していただくことによりまして、初めて旧に復し、その後、明日への生産が約束されるものであると存じますので、今回、皆様の御尽力によりまして開会されました臨時国会に提案中の、本年発生災害復旧関係の各種特別措置法案及び法律の特例等につきましては、一日も早く成立を見るとともに、これら法律に基づきます地域指定その他の政令等が、早急に公布されますことを強く望んでやまない次第でございます。従いまして、現在におきましては、被災農漁民並びに被災地方公共団体等の窮状を打開するかぎは、特別委員の皆様方にあるというように申し上げましても決して過言ではございませんので、まことに御多忙のこととは存じますが、さらに御尽力を賜わりますようお願い申し上げます。
 最後に、将来におきます災害を未然に防止するための基礎的な対策といたしまして、お取り上げを願いまして、早急に善処されるよう格別にお願いを申し上げる五項目がございます。
 まずその第一点は、気象観測施設の新設と強化についてでございます。これは、台風によります被害を最小限に食いとめますには、他の諸対策とともに、台風の進路、速度、特徴などを早く、しかも的確に把握することが必要であると思う次第でございますが、昭和二十九年の十五号台風の洞爺丸事件の惨事は、皆様まだ御記憶に新しいことと存じまするが、去る十四号台風の際も、北海道で受けました気象通報は、十四号台風の参ります当日の朝の予報は、暴風警報から暴風注意報に切りかえられた事実がございます。このために、摩周丸が青森から出帆いたしまして北海道に向かったわけでございますが、台風が漸次北海道に接近するに従いまして、波浪が高くなり、函館に入港できずに、木古内という町の沖合いで約十八時間仮泊した事実がございます。これらのことは、端的に申しますれば気象観測施設の不備による結果だ。台風の進路、速度等の観測が的確に把握されておらなかったために、こういう事態が起き、しかも、十八時間も沖合いに仮泊したために、乗り込んでおりました乗客はもちろんのこと、乗客の家族たちが非常に不安におののいておったという事態が発生しておるわけでございます。幸い、これらの観測施設は、最近逐次整備強化されておるということを承っておりますけれども、北海道がその整備強化の対象の中に入っておらないために、非常にこういう問題が起こりやすいという事態もあろうかと存じまするが、これらの点も御考慮にお入れ下さいまして、気象観測レーダー、その他観測諸施設をすみやかに設置強化の措置を講じていただきたいと思う次第でございます。
 それから三番目には、海岸保全対策についてでございますが、北海道の海岸線は約二千八百キロございます。そのうち、海岸保全施設を要する個所は五百四十キロでございますが、その大半は太平洋沿岸と日本海沿岸で占めておるわけでございます。特に今次台風によります海岸の侵食は非常にはなはだしく、民家の流失、船揚場、海産干場の喪失等、非常に大きな被害が生じたことにかんがみましても、恒久的に海岸保全施設の必要性が痛感されるわけでございます。これに対しましては、積極的な国庫の助成を要望いたしたい、さように考える次第でございます。
 それから三番目は、漁港の拡充整備についてでございまするが、漁港の機能を過信いたしまして、漁港の中に入った船が最も大きな被害を受けたという今回の災害の経過にかんがみましても、近隣の小漁港から避難するため、台風等の暴風浪に耐え得られる避難港を早急かつ重点的に拡充整備していただきたい。このことによりまして、漁港の中に入りました漁船は、ある程度災害からのがれることができるのではなかろうかとわれわれは考えるわけでございます。簡易漁港を廃しまして、船巻上場を完備するということは、現在のところ、漁港の整備計画がそれぞれの各県で行なわれておることでもございましょうし、これを変更するということは、容易なことでもなかろうかと存じまするので、とりあえず避難港を重点かつ早急に拡充整備するということに力をいたしますれば、漁船の被害はある程度防止できるのではないかとの考え方に立ってのお願いでございます。
 それから四番目は、漁船の復旧のための補助残額融資について特にお願い申し上げたいと思うわけでございますが、被害漁船の集中いたしました漁業協同租合に対しまして、高率の補助をいただくことになったわけでございます。これはまことにありがたいことでございまして、先ほども心から御礼を申し上げた次第でございますが、この八割補助を受けましても、その補助残額の二割につきましては、農林漁業金融公庫から融資を仰がなければならないわけでございます。この融資は、二割のうちの八割が融資されるということになるわけでございますが、どうかこの公庫から融資される補助残二割の八割の融資につきまして、できるだけ――できるだけではなしに、もし私から率直に申し上げるならば、漏れなく融資ができるように、特別な御配慮をこの機会にお願い申し上げたいと思う次第でございます。(「やっているじゃないか」と呼ぶ者あり)補助額は八割でございますが、その残額は……(「二割の八割はしているよ」と呼ぶ者あり)これは従来あまりよくない組合は、どうも融資が思うように進まないのでございます。これはぜひ一つ皆さんのお力でできるだけスムーズに融資が取り運びますように、極力お願い申し上げたい次第でございます。
 それから応急住宅の基準でございまするが、現在施行の応急住宅の基準は五坪でございます。北海道におきましては、特に寒冷積雪の地帯でもございますし、さらに二坪を増加しまして、七坪となるように特別な御配慮をお願い申し上げたい。なお、世帯構成が五人をこえるときは、一人を増すごとに、〇・五坪を増すことができるようにあわせて御配慮をわずらわしたい、こういうお願いでございますが、これは理由といたしましては、北海道は、御承知のように冬季間ストーブをつけるため、最小限一坪はどうしてもよけいに見ていただかなければならないのではなかろうかと思うのであります。それから二番目は、北海道は、冬季間積雪のために交通も不便でございまするので、つけものの野菜等の貯蔵のための坪数増加ということも考えられるわけでございまして、これも〇・五坪くらいを増加していただく。それから二番目は、台所と便所等でございまするが、北海道は、非常に寒い地帯でもございまするので、外で用便をするというようなことは非常にできにくい所でございます。そういう関係から、やはり、〇・五坪くらいの台所と便所の増加をお考えいただきたい、こういうお願いを申し上げておきたいと思うわけでございます。
 今申し上げました五点は、これは将来の災害に対しまして、災害を未然に防止する基礎的な対策としてお願い申し上げたわけでございます。
 それ以外に、当面の対策といたしまして二十項余りのお願いを申し上げてあるはずでございまするが、まことに勝手なことをるる申し上げましたけれども、どうか今後ともよろしく一つ御支援を賜わりたいということを重ねてお願い申し上げる次第でございます。
 御清聴ありがとうございました。
○南條委員長 どうも御苦労さまでした。
 次は、長崎県総務部長の山本三郎君。
○山本参考人 本日は、佐藤知事が出席いたす予定にいたしておりましたところ、出発の直前になりまして急用ができまして、総務部長でございますが、かわりまして御説明を申し上げ、また御要望を申し上げたいと思います。
 御承知の通り、本年の台風は、現在まで十九個の発生を見ております。そのうち、本土に接近いたしましたのが六個ございまして、九州には五個も接近いたしまして、台風来襲回数の最高記録となったわけでございます。また、本年は超A級といわれる台風が、第十四号、第十五号、第十八号と、実に三個の大型台風がありまして、私どもの九州にも台風第十四号が来襲いたしまして、甚大な被害を与えたのでございます。このような例年にない大型の台風によりまして、ほとんど全国的に大きな被害を与えておるのでございまして、国会及び政府におかれましては、積極的に災害対策樹立に取り組んでいただき、地元県知事といたしまして、まことに感謝にたえない次第でございます。
 九州各県といたしましては、七月中旬の平戸地方を中心といたしまする豪雨の被害、さらに、台風第六号に引き続きまして、台風第十四号による被害を受けたのであります。平戸地方を中心といたしまする豪雨による被害は、七月十三日から十五日にかけまして断続的に強い雨を降らしまして、平戸市では、三十二年の諌早市の災害の際の降雨量に匹敵する六百二十八ミリに達しまして、そのため、平戸市関係だけでも、死者十二名、住家全壊三十一月に達する被害をもたらしたのであります。
 次に、台風第十四号の気象概況を申し上げますと、この台風の強さは、中心気圧は九百五ミリバール、中心付近の最大風速は七十メートル、半径三百キロ以内では二十五メートル以上の暴風雨となったのでございます。ただ、この十四号台風は、進路が、図面でごらんの通り、最も条件の悪い、長崎県の西側、しかも五島列島の西方百キロ付近を通過いたしましたことが、県下の被害を大きくしている原因と考えられるのであります。
 なお、十四号台風の特徴といたしましては、降雨量が予想に反して少ないため、かえって風はきわめて強く、県下各地で風速三十メートル前後が観測されたのでございます。この風がきわめて強かったため、波浪が高く、県下一円にわたりまして、南西岸に面した地域、すなわち、長崎県の南高来郡の外海に面します小浜地方、西彼杵郡の外海に面します式見、三重、崎戸、大島、北松浦郡生月、大島、壱岐、対馬、五島方面は、それぞれ波浪、高潮による大きな被害を受けたのでございます。なお、このほか、熊本県天草地方、佐賀有明干拓地方を中心とする一帯も、大きな被害を受けたのでございます。特に満潮時刻が午前八時十五分ごろであったことと、台風の中心が九時前後に通過したことによりまして、満潮時に最低気圧が重なりまして、三十一年の九号、十二号の台風時よりも潮の差が一メートル以上も高くなっていたのが、最も大きな特徴であります。
 次に、台風第十四号による被害状況について申し上げますと、先ほど気象の概況で御説明申し上げた通り、この台風は比較的雨量が少なかったのでありまして、そのため陸上山間部の被害は比較的少なかったのでありますが、海岸に面した各市町村は、満潮時に台風の中心が通過したため、高潮となり、加えて波浪が非常に大きかったために、公共施設その他に甚大な被害を受けたのであります。また、この波浪によりまする船舶、漁船の流失、沈没は、今回が最も大きく、一千隻をこえているのでございます。この結果、台風十四号によりまする被害の総額は、長崎県は九十八億円、佐賀県が二十四億円、熊本県が十八億円、鹿児島県が十五億円に及んでおります。このうち、公共土木施設及び農地、農業用施設並びに学校関係の復旧につきましては、国会、政府各省の格別のお取り計らいによりまして、早急に災害査定官を派遣していただき、すでに査定を完了しているものもありますが、目下一部査定中のものもありまして、長崎県の場合、七月中旬の豪雨による災害と十四号台風による災害とを合計いたしますと、本県の七月より九月までの災害査定見込み額は、建設省関係で、県、市町村工事を合わせまして十億四百万、運輸省関係で同じく六億三千二百万、農林省関係で、漁港でございますが、六億七千五百万、海岸関係で四億一千四百万、農地関係で一千万円、農業用施設で、県、市町村合わせまして一億四千七百万円、その他林道が三百万円ございまして、合計十二億六千百万円となっております。その他、文部省、警察関係を合わせまして、公共施設災害の査定総額の見込みは、県工事が十八億九千万円、市町村工事が十億二千二百万円、合計三十九億一千二百万円に及んでおるのでございます。このほか、建物の被害として、全壊、半壊など合わせて約十七億円、米、カンショなどの農作物の被害約十七億円、船舶、漁船など水産関係の被害が約十五億円、商工業等の被害が約十一億円というのが、おもなるものでございます。
 以上の状況に対応いたしまして、県におきましては、被害が最も甚大であった十九の市町村に災害救助法を発動いたしまして、応急救助に当たったのでございます。
 以上で十四号台風の概況を申し上げましたが、九州はこのような台風の常襲地帯に当たっておりまして、特に戦後におきまする災害は、毎年のごとく七月の梅雨期と八、九月の台風期に発生し、ほとんど年中行事の観を呈しておるのでありまして、昭和二十九年より本年まで六カ年間の大型台風の来襲回数をあげてみましても、十七回を数えておるのでございます。
 この毎年の台風の来襲によりまして、公共施設の災害復旧額は、累積されまして、毎年きわめて大きな額に達し、このため、財政上大きな圧迫となっているのでございます。長崎県の例をあげますと、本年度予算に計上いたしておりまする公共災害復旧費は十九億六千三百万円で、予算規模百七十五億六千五百万円に対しまして、一二%を占めておるのでございます。このうち、過年災害分は十六億七千五百万円でございまして、災害関係が八五・三%となっておるのであります。これは、二十九年災、三十年災については一応終了しているのでありますが、三十一年災、三十二年災、三十三年災を中心といたしまする公共土木施設災害復旧事業と、三十二年災害を中心といたします農地、農業用施設の災害復旧費が、その大部分となっております。これらの過年災害に要する一般財源は、起債を除きまして、約二億円の多額に上っているのでございます。これに加えまして、十四号台風を中心といたします災害復旧費、災害対策費に要する財源は、きわめて多額に上ることが予想されまして、今後とも本県の財政に与える影響は、きわめて大きいのであります。
 当面の問題といたしまして、ただいま臨時国会において災害関係補正予算を初め、各種の災害対策の特別立法を御審議されることと存じますが、特に御要望申し上げたいと存じますのは、第一に、現在予定されておりまする昭和三十四年七月、八月及び九月の風水害により被害を受けた地方公共団体の起債の特例等に関する法律案、及び昭和三十四年七月、八月、九月の風水害による公共土木施設等の災害の復旧等に関する特別措置法案の中にいう被害激甚地など、地域の指定にあたりまして、現在予定されておりまする公共土木施設、農林業施設災害等の認証額が、その団体の標準税収を上回る場合というのは、実情に必ずしも一致しないと思われますので、次の点を御考慮いただきまして、合理化をはかっていただきたいと思うのでございます。
 具体的に申し上げますと、税、使用料等の減免のため財政収入の不足を来たし、災害対策のため財源を要した場合に認められる特例債、及び公共土木施設等の小災害に対する元利補給、並びに公共土木施設災害復旧事業の国庫負担の特例など、特別の措置の基準といたしまして、現年公共災害の認証額が標準税収入をこえるものということが考慮されておるように聞いておるのでありますが、災害の発生によりまして、財政的に困難となるのは、毎年累積された多額の過年災害復旧事業費によることが多いのであります。すなわち、長崎県の例をあげますと、公共土木施設災害、農林業施設災害の三十一年よりの復旧すべき金額は十一億円の多きに上っておるのでありますが、現在予定されております基準で参りますと、標準税収入は二十五億五千万円でありますから、十四号台風を中心といたしまする現年公共施設災害復旧費は十八億九千万円で、全国的に見まして、比較的災害額が多額であるにかかわりませず、基準外となるのでございます。このように多額の過年災害復旧費を有する団体が指定の基準外となるのは、きわめて不合理であると考えられますので、この点を十分考慮していただきたいのでございます。標準税収入に対応する公共施設災害復旧額の中に、過去の公共災害の残りの事業費を加えて指定の基準としていただきたいと考えます。重ねて申し上げますが、台風常襲地帯に属する本県では、過去数次にわたる災害のため、毎年過年災害の復旧に要する多額の県費のため、財政上困難を来たしているのが現状でありますので、この点を十分おくみ取りいただきまして、標準税収入に対応する公共災害認証額には、現年分のみならず、過年災の分も加えていただきたいと存ずるのでございます。
 なお、以上の点がもし困難でありまする場合には、激甚地の指定の基準といたしまして、県工事分と市町村工事分を一緒にしていただきたい。また今回の長崎県初め九州、関西方面の災害は、地域別に非常にむらがあるのでございます。従いまして、各市町村ごとに市町村工事と県工事分とを合わせまして、それが市町村の標準税収入を上回るという場合におきましては、この災害激甚地の指定を個々にお願いしたいということを、特にお願い申し上げておきたいと存じます。なお被災の特例法に関しましても、特に諸先生方御承知の通りでございますから、十分に御配慮を願いたいと存ずるのでございます。
 次に、長崎県は水産県でございまして、この水産県でございます本県は、この台風によりまして多くの漁船を流失、沈没させたのでありますが、国におかれましては、この再建についての特別立法について、一漁協当たり二十五隻以上の被害を受けた漁協に、三隻に一隻の割合で八割の国庫補助を行ない、建造されたものは漁民に貸し付けて共同利用させるということになっているというふうに聞いておるのでございます。しかしながら一つの漁協で二十五隻以上の漁船の被害を受けたものを拾ってみますると、少数になります。従いまして、せっかくの特別の救済措置も、ほんとうに経営に行き詰まっている漁民のためには、手の施しようがないのであります。従いまして、一漁協当たり二十五隻以上という条件を撤廃していただくか、さもなくば、この制限を大幅に緩和していただきたいと存じます。
 また、過去数年間、各府県におきまして強く制定方をお願いいたしておりまする被災中小企業者の恒久的な救済措置といたしまして、天災による被災中小企業者に対する資金の融通に関する法律の制定方につきましても、格段の御高配を賜わりたいと存じます。
 公共土木施設、農地、農業用施設などの復旧にあたって、従来大きな災害を受けた年度分については、六年から八年間という長い間にその復旧工事が完了している状況でありますが、これでは毎年襲ってきます災害について、常に被害の危険にさらされておりますので、国におかれましては、ぜひ三・五・二の基準を守っていただき、早急に復旧工事が完了するよう特別の予算措置を講じていただきたいと存じます。
 次に、改良復旧についてでありますが、さきにも申しましたように、毎年来襲いたしまする災害に備えるためには、単に原形復旧のみにとらわれず、改良復旧を十分加味していただくことにつきましては、国におかれましても御認識いただいて、逐次改良復旧の措置をおとりいただいておりますが、現行の法律ではまだその解決が十分とはいえないのでございまして、原形復旧を原則とすることなく、将来の損失を未然に防止する意味からも、改良を十分に取り入れて、今後さらに工事を拡大していただきたいと存じます。また、この工事施行にあたりましては、その財源は一般の改良工事と同一補助率となっており、これに伴う地方負担額も膨大に上ると思いますので、この種の災害復旧改良工事についても、災害復旧の国庫負担率と同一の率をもって予算措置を講じていただきたいと存じます。
 以上によりまして、御説明と御要望を終わりたいと存じます。何とぞよろしく御高配をお願いいたしたいと存じます。(拍手)
○南條委員長 どうも御苦労さまでした。
 次は、佐賀県の農林部長香月熊雄君。
○香月参考人 私、佐賀県の農林部長でございます。本来でありますならば、知事が参りまして御説明なり御要望を申し上げるはずでございますけれども、よんどころない事情のために出席できかねましたので、僣越でございますけれども、私、かわりまして御説明あるいはお願いを申し上げたいと存じます。
 ただいま、長崎県から九州全般にわたりますところの本年度の台風災害を中心とします御説明がありましたので、私は、十四号台風、特に有明海関係の災害につきまして、それを中心といたしまして御説明を申し上げてみたいと存じます。本県は、先ほど御説明がありました通りに、七月豪雨で県北部、すなわち玄海方面が非常な災害を受けまして、主といたしまして潮災害の被害が激甚であったわけでございます。それに引き続きまして、九月十六日夜半から十七日にかけましての十四号台風の襲来を受けたのでありますけれども、ただいま御説明がありましたように、風速が二十五メートル、瞬間最大風速が約三十メートルといったような暴風でございます。特にこの特徴といたしましては、異常潮位、とにかく風と最高潮位が重なりまして、平常でありますと三メートル二十の潮位でありますものが、ちょうど十七日の朝九時ごろには五メートル近くになった。この五メートルの潮位と申しますのは、佐賀県の記録を見ましても見当たらぬような異常潮位でございます。こういうような異常潮位と暴風のために、有明海の干拓堤防、あるいは海岸堤防、河川堤防、これが六十カ所程度の決壊あるいは破堤をいたしたのでございます。その損害は二十五億程度となっておりまして、他県の被害と比較いたしますと、きわめて僅少のような感がいたすのでございますけれども、特にこの際皆さん方にお願い申し上げたいことは、ちょうど今次災害を受けました被災地は、三年前の昭和三十一年の干拓災害に壊滅的な被害をこうむったところでありまして、近々三年後にさらにまた激甚な被害をこうむった、再度の災害である、こういうことでありまして、その被害は実に目をおおうものがあるのでありまして、被災者がきわめて深刻な状況を呈しておるのでございます。この点は、特に皆さん方の御記憶にとどめていただきますようにお願い申し上げたいと存じます。この決壊いたしました個所に対します仮締め切り工事は、地元消防団あるいは青年団、特に自衛隊の絶大なる御協力を得まして、一応の仮締め切り工事は終了いたしておるわけでございますけれども、まだ仮締め切り工事の堤防が完全でございませんので、海水は地区内に浸入いたしておりますところが相当あるのでございます。従いまして、早急に災害復旧本工事を実施する必要がございまして、すでに着工いたしておりますが、その工事費が海岸堤防、河川堤防、干拓堤防を含めまして、およそ六億円に達するのでございます。これにつきましては第一線である海岸堤防の特異性にかんがみまして、少なくとも本年度内に八割以上の予算の御交付を特にお願い申し上げたいと存じておる次第でございます。
 次に、恒久対策としまして、二度と決壊しない海岸堤防なり干拓堤防をぜひ作ってもらいたいということでございますけれども、この際今次の台風災害の原因を探求してみますと、まず第一番に、さいぜん申しますように、非常に高い異常潮位であったということ、さらにまた、本県の有明海の干拓海岸堤防が、有明海の入口、すなわち三角方面から直線コースでございまして、そうしてまた距離が非常に長いといったようなことで、有明海の入口に起りました波というものが、直接に、また非常に大きな勢いをもちまして、本県の干拓堤防なり海岸堤防に激突するのだということが言われておるのでございます。こういうような海洋気象と、干拓なりあるいは海岸堤防との関連性、こういうふうなことにつきまして、十分一つ科学的な御検討をお願いいたしたいということが第一点。
 さらにまた、第二点といたしましては、御承知の通りに、有明海はきわめて軟弱地盤でございます。県内の海岸堤防なりあるいは干拓堤防なりを見ましても、御承知の通りに、直轄河川になりました六角川下流の干拓なり海岸堤防が一番ひどいのでありまして、これが、県内におきましても、最も軟弱なところでございます。そういうような軟弱地盤の上に立つところの海岸堤防なり干拓堤防、こういうようなものに対しますところの築堤の工法、そういうものにつきまして、現在のところ、私は、科学的な基礎資料というものがほとんどないといってもあえて過言ではないと思うのでございまして、そういう面につきまして、一つ十分御検討をお願いいたしたい、かように考えておる次第でございます。
 さらにまた、干拓の事業があります場合におきまして、従来干拓の投資額というものは、農地造成効果というものが中心になっておりまして、反当たり二十七万五千円、あるいは高くても三十万円というものを一応農林省は標準とされておるようでございます。ところが、五百町歩以上を国の直轄とし、それ以下を県の代行という格好になっておるのでございますけれども、国の直轄事業でありますところの国営干拓事業は、これは面積が広うございますから、相当な投資をいたしましても、反当事業費は高くなりません。しかしながら、比較的小面積を造成しますところの代行干拓におきましては、非常に反当り事業費が高くなるわけでございます。具体的な例を申しますと、私の県内で、国の直轄で有明干拓事業が実施されておりますが、これは反当り〇・八メートルぐらいの堤防の長さになっております。ところが代行干拓におきましては、反当り二メートル四〇程度の堤防の長さでございますので、従いまして、反当たり事業費が抑制されますと、堤防の工事費そのものがそれだけ少なくやらなければならぬ。従って、貧弱な堤防ができる、こういうことになるわけでございます。端的に、国営干拓は標高が七メートルでございまして、代行干拓は六メートルでございます。そういうような六メートルでありますところの代行干拓なり、海岸堤防が今次災害を受けまして、また、先般の三十一年度の災害を受けておるわけでありまして、二回の災害を通じまして、国営の干拓だけは厳然として残っておるというようなことでございます。こういうような代行干拓の事業費に対しまして、ただ単に農地造成効果のみを取り上げないで、やはり国土保全あるいは民生安定という点におきまして十分なる事業費の投下をお願いしたいということであります。
 以上、事業の関係につきまして申し上げましたが、次は罹災者、特に干拓入植者の生活安定なり、あるいは生産復興、こういう面につきまして特にお願い申し上げたいと存ずるのでございます。三十一年の災害におきまして壊滅的な被害を受けまして、ようやくにして本年度立ち上がろうといたしておりますやさきに再度の災害を受けたのでございます。干拓入植者の個々の実態を見てみますと、二十一年災害に、思い切って住宅を中二階ないしは二階建にいたしておるのでございます。そういうようなことから、二戸平均四、五十万の負債を背負っておるのでございます。また今回立ち直りますためには、二、三十万円の資金はぜひ必要でないかと思うのでございまして、合計しますと七、八十万円の負債をしょいつつ生活なり、子弟の教育なり、あるいは再生産の維持に努めなければならぬ、こういうことでございまして、入植者にとりましては非常に暗たんたる気持でおるわけでございます。従いまして、私は干拓入植者につきましては、思い切って新規入植者同様の扱いをお願いしたい、こういうことでございます。
 さらにまた、ただいままでいろいろ御要望がございましたように、被害激甚地の指定にあたりましては、本県は基準財政収入額が約十二億内外でございますが、公共事業の被害額が約五億程度でございまして、半額以下でございます。さらにまた、市町村におきましても、基準財政収入額と公共事業との比率というものが非常に多いという点は、部分災害、地域災害のために少ないのでございます。しかしながら、部分災害、地域災害でありましても、ただいま申しますように、再度の災害であるところに深刻な悩みがあるわけでございますので、そういうような地域も一つ被害激甚地として御採択願いますように、特にお願い申し上げたいと存じます。そのためには、さいぜん長崎県からお話がありましたように、県工事分と市町村工事分との合計額が、市町村の基準財政収入額と同等か、またはそれ以上といったようなことによりまして、一つ地域指定をお願いできましたならばきわめて幸いと思うのでございます。
 以上、雑駁な御説明でございましたけれども、御説明を終わることにいたします。何しろ再度の災害でございますので、よろしくお取り計らいのほどをお願い申し上げます。(拍手)
○南條委員長 御苦労さまでした。
 次は、兵庫県知事の阪本勝君。
○阪本参考人 私、兵庫県知事の阪本でございます。きょうは衆議院の特別委員会におかれましては、われわれをお呼びいただきまして、われわれが痛切に感じておることをお聞き取りいただきまして、まことにありがたく存じます。心から御礼を申し上げます。
 すでに各都道府県の各位からいろいろ御説明なり、御要望がございましたから、重複する点もたくさんございますので、私は要点のみを簡略に申し述べておきたいと思います。
 これは、もちろん他の都道府県と同様の要望ではあると思いますけれども、承るところによれば、ただいま特別措置法が審議されておるようでありますが、兵庫県はいわゆる指定県として高率補助の中に漏れるというようなうわさも耳に入ってくるのでありまして、これでは大へんなことだと地元では非常に憂慮しておるのであります。何だか、兵庫県といえば一応富裕の県と、いう印象を持っておられる向きもたくさんありますけれども、実情はそうではないのであります。ぜひこの高率補助の特典にあずかるように、特別の御高配をいただきたいと思うのであります。
 本県は、まだいわゆる地方財政再建法の適用中でありまして、いまだ八億数千万円に及ぶ負債をかかえ、赤字県となっておるわけでありまして、決して富裕な楽な県ではないということをよく御認識をいただきたいのであります。また、先ほど差し上げました資料にもございますように、公共施設の災害の総額は百三十八億数千万円に達しておりまして、その順位におきましては全国の第四位になっております。この点をとくと御認識をいただきたいと存じます。
 また兵庫県の災害の特色の一つは、災害地のほとんどすべてが兵庫県の北半分、いわゆる丹波、但馬といわれる地域でありまして、これは御承知の方もございましょうけれども、兵庫県という県は二つの県があるようなところでありまして、南北のほぼ中央を境として、風土、気候等が全然異なって参ります。中央の山嶺を境として、北は日本海に臨み、経済水準の非常に低いところであって、開拓程度の非常に低いところでありまして、川は中央の山脈を境として日本海に流れており、一年のうち数カ月は雪が消えないというところであります。特に、丹波、但馬のうち災害が非常にひどかった但馬地方は、まことに兵庫県の中でも、昔から天領地区といわれてきたところであって、非常に困窮をきわめておるところでありますから、その点をどうかお認めをいただきたいのであります。そこに散在する多くの市町村の財政においては、このたびの災害の復旧を自力においてまかなうことは不可能に近いと考えますので、この特殊な点をお認めいただきたいとお願いする次第でございます。
 面積にいたしましては、災害地域は三六%であります。その深刻な点においては、主として日本海海岸の但馬の方であります。その地方にいろいろな方にも行っていただきましたし、私も参りましたけれども、想像に絶する惨たんたる被害を現出しておるのでありまして、いわゆるジャーナリズムの舞台には登場いたしませんでしたけれども、実情は非常に悲惨なものである。百二十八億数千万円という総額は、これは莫大なものであると考えております。こういう事情でありますから、高率補助の特典の中には、ぜひ入れていただきますように懇請してやまない次第でございます。
 第二の砂防の点に関しましては、兵庫県を特殊緊急砂防地域として指定をされたいということは、ほかの府県かおっしゃったことであろうと思いますが、これに要しますいわゆる事業費も、災害復旧事業費と同じく、翌年度から後もずっと、一般公共事業とは別ワクとして実施いたされますように、特別の御配慮をいただきたいのであります。
 但馬地方の山川をずっと私どもなり専門家が視察をいたしましたけれども、路線改修未然のところには災害があるし、砂防の不完全なところはやられておる。これは災害各府県共通の現象ではありましょうが、これゆえに、どうしても山間部の砂防ということに力を入れなくちゃならぬということを痛感した次第でありまして、この点に抜かりがあれば、いかに緊急復旧を試みましても、また画餅に帰する憂いなしとせずと考えますので、特にこの点をお願い申し上げる次第でございます。
 その他小災害、小々災害とか、あるいは復旧にあらずして改良であるというふうないろいろな点につきましては、申し上げたいことも多々ありますけれども、重複いたすように考えますので省略いたしますから、どうぞくれぐれもよろしくお願い申し上げたいと存じます。
 おそくなりまして御清聴いただきまして、まことにありがとうございました。(拍手)
○南條委員長 御苦労さまでした。
 そこで最後に、これは一般の県ではございませんが、今度の災害で、特に学校の関係で私学方面の被害が多かったので、特に私学災害対策委員会委員長の小野光洋君に、その方面の陳情を承ることにしてあります。小野光洋君。
○小野参考人 今回衆議院に災害対策特別委員会ができ、そうして災害対策について御審議をなさるに当たりまして、私学の災害対策特別委員会というのがありまして、その委員長としての私に参考人として、私学の災害の状況並びにその災害の対策、特に政府に要望する事項等を説明せよというお招きをいただきまして、まことにありがたく存ずる次第であります。
 とかく私立学校の問題は、学校教育であり、また公共性を持ったものであるということはどなたもお考えになっていることでありますけれども、それは私立の学校だという立場から、最もわが国の教育の中において重要なる仕事をしているにもかかわらず、そういった私学振興という言葉はずいぶん強く、また広く用いられておりますけれども、その実体については、それは私立の学校だからということで相当段階をつけた取り扱いをいつもせられておったということは、私ども非常に遺憾に存じておったことであります。しかるに、今度この委員会において、お前も一つ私学の災害状況を出てきて説明せよというお達しを受けまして――ほんとうに私学の立場がこういう場合に認められるということは、まことにどうも場合としてはありがたくない、私学の損害などない方がけっこうなんでございますが、しかしこの場合に、特に私立学校に御着眼になったということについて、この委員会に深く敬意を表する次第であります。私立学校の災害は、八月台風及びこの十五号台風とを合算いたしましても、各府県にわたって詳細にこれを検討いたしますならば相当多額になると思うのでありますけれども、これを伊勢湾台風の岐阜、三重、愛知、及び八月台風において最も激甚だった山梨を加えて、この四県を考えてみますと、政府において調べた結果が六億円内外の被害額であります。私立学校は国公立の学校等と違いまして、皆様方もお考えの通り、自己計算においてやっております学校でありますから、さて災害が起こった、その災害の復旧についてどれだけ金がかかるかということを考えるよりも、まず第一に、その復旧の実を上げなければいかぬ。これではどうも授業ができないじゃないか、幾ら金がかかろうが、まず雨漏りをとめる、それからまたガラスを入れるということの方が第一であって、幾ら金がかかっても、それをどこに要求するかというようなことは第二、第三の問題になっているのであります。従いまして、当初文部省が各府県を通じてその災害額を報告せよといった場合に、そういった立場から、かわら一枚が何円だから、うちの校舎は大体かわらが百枚落ちたからこれこれだというような見積もり方をして報告をいたしたのでありまして、いわゆる水増し――こう言ってはどうかと思いますが、そういうことはないと思いますけれども、私立学校の報告には、そういった水増しをされた事実というのはないのであります。従って、これが六億円内外に報告されたということは、被害の実額をそのまま報告したのであります。この被害額につきまして、この委員会の代議士諸君あるいはまた政府の当路者、入れかわり立ちかわり現地においで下さいまして御慰問の言葉をいただき、激励をしていただき、政府としても議会としても、かような事態に対しては、こういうような措置をとろうというような、非常に力強い御言明をいただいて、それをたよりに各私立学校も大いに発憤努力をして、復興にいそしんできておるのであります。現在私立学校で、一、二の浸水地、現在浸水しているところの幼稚園等は、まだ開校あるいは開園に至っておりませんが、大部分の幼稚園あるいは学校が、開園あるいは開校いたしております。従って、破れたところをある程度つくろったという程度でありますから十分のことはできませんけれども、ともかく教育は一日も捨てておいてはならぬという立場からやっているのであります。いずれ、皆さん方おいで下さったときにお話し下さったような、政府としてはこの被害に対する相当の処置を講じていただけると信じて、今日までやって参ったわけであります。そこで、私どもが一番重要な問題として考えられることは、現在六億円内外というこの被害額の問題でありますが、これは主としてどういう部分が被害になったのかというと、これはもちろん、浸水地の学校におきましては、校舎の構造いかんにかかわらず、その中にあったものが浸水のために、しかも海水の浸入でありますから、ほとんど設備が使えなくなったということは事実であります。しかし、校舎自体についての被害というものは、そのほとんど大部分が木造校舎であったということであります。従って、鉄筋校舎の部分には――特に滝学園というようなところでは、鉄筋校舎といいましても大正何年に建てたというようなきわめて古い鉄筋校舎でありましたから、そういう鉄筋校舎には多少の被害はありましたけれども、その他の鉄筋校舎については、ガラスが割れたのが何枚かであったという程度で、大したことはなかったのであります。主としてその被害は木造校舎に起こっておったという事実であります。従って、その結果一番大きな被害を受けたのは幼稚園であった。幼稚園は、御承知の通り、法人立の幼稚園あるいは個人立の幼稚園等がありますが、そのいずれにしましても、規模が小さくて、収容定員は百五十名、二百名、多いところでも二百五十名くらいのものであり、従って、その校舎も木造である、民家の密集地帯の中にそれが設けられておる、かようなことで、まあ言いますならず、一番ひどい目にあったのが幼稚園であったと言ってもよろしいと思うのであります。従って、現在開校の運びに至らないのも、そういった部分であったのであります。しかし、同じく鉄筋校舎でありましても、浸水被害の最も惨状をきわめた地帯にある大同学園のごときは、その地域の中における五階建のまだできたての鉄筋校舎であったために、そこの生徒あるいは教職員等がその学校に避難して助けられたのは言うまでもなく、付近の人たちおよそ二千五百名くらいがその学校目ざして避難し、命が助かったのであります。しかもまた、その後その学校を中心としていろいろな救済事業が展開された。ヘリコプターの発着所もその学校の屋上を利用する。それから諸般の、少くも組織的な救済運動というものは、ほとんどその学校を中心として行なわれたというようなこともあるのであります。従いまして、校舎自体は直接はあまり被害はなかったけれども、そういうことで避難民の殺到、あるいは相当長期にわたる使用等の結果、相当その被害を受けておるのであります。なおまた、その学校におきましても、木造の部分がありますから、木造の部分はほとんど全壊に近いものになった。そのほか、なお四日市とかあるいは桑名とかいう地区にも、相当ひどい学校があるのであります。それは例をあげますと、暁学園等のごときでありますが、これらは木造校舎がほとんど全部でありますものですから、しかも幼稚園、小学校、中学校、高等学校、短期大学というような各層の学校がその中に設けられておりましたものですから、これはほとんど二階のはりにつくくらいの浸水があったために、中身のものはほとんど使いものにならないというような状態に相なっているのであります。これらが計算をいたして、六億円内外の被害額ということになっているのであります。そこで私は、その当時政府の大体の方針も、公私立の別なく、この際は、非常災害の場合だから、特別措置法を作って格段の措置をするということをしばしば伺っておったのであります。しかるに、最近この国会に提案せられた内容を私よく拝見をいたしたわけ者はありませんが、伺うところによると、被害額が幾らかというと、この四県全体を合算して二億何千万円というようなことになっているのであります。これは一般の被害の報告について格段の措置を講じたのだ、たとえば被害を受けた省において七〇%をかける、大蔵省もまたそれに七〇%をかける、順次それに差し引きをいたしまして、六億円の被害が二億何千万円というようなことになった。しかもまた、それについて二分の一の助成をするということに、大体意向が強く打ち出されておる。そうなりますと、結局六億円の実被害を受けて、それに対する助成が幾らになるかというと、一億七百万円とかいう計算になるというようなことを伺いました。しかもまた、それがことしと来年の二カ年にわたって助成されるのだ。結局今年度の応急の金は幾らかというと、五千何百万円だ、こういうような結論になりそうだというようなことを伺いまして、がく然としたのであります。かつて政府は、この問題が起こったときに、災害の復旧は、ただ原状に復するのではなく、改良復旧だということをしばしば言明しており、しかもまた、最近のこの臨時国会におきましても、岸総理大臣はそれを方針とするということをおっしゃっておられます。六億円の被害に対して、今年度の予算は五千何百万円だということが、もしそれがはたして事実だとするならば、これは改良復旧に該当するかどうかということは、言うまでもなく明らかな事実であります。私は、さような点でもしそういうようなことにきまるとするならば、皆様方が入れかわり立ちかわりおいで下すって、いろいろお慰めの言葉をいただいた、さてそれが五千何百万円になったんだということになったのでは、あぜんとするよりも全く言うところを知らないような気持に相なっておるのであります。
 先ほど被害の状況について申し上げた通り、私立学校の中において――これは私立学校のみではありません。今までいろいろ各府県の代表の御報告を受けましても同様でありまするけれども、少なくも公共性のある建物については、鉄筋コンクリートの相当高層の建築に改造しなければならぬ。また、それがつぶれた場合に再興するときには、当然そういう方針で再興しなければならぬということは、鉄則でなければならぬと思うのであります。特に最も被害を受けた中心にあった大同学園の実例を見ましても、大同学園が、その災害の直前に、まだ落成式もしておらない五階建のがっちりした鉄筋校舎だったから、二千何百名の避難者を入れて命を救うことができた。しかも、被害が相当激甚でなかった地域にある学校においても、木造の校舎であった学校は、被害額から見ると相当大きな損害を受けておるのであります。こういう点から考えますと、これは原状に復旧するということは、およそ学校校舎の復旧においては、むしろ禁止した方がいい。木造で復旧することは、もう校舎としての復旧はとりやめさせるというくらいな方針を立てなければいけないのではないかと、私はしみじみと感じたのであります。それがさて復旧費を国家がどれだけ見るかという段になったら、五千何百万円という、全くこういうことを申し上げては、はなはだばかなことを言うということになるかもしれませんが、あいた口がふさがらないという事態であります。この四県の被害の中で、特に全壊、半壊等を拾ってみますと、大よそ一万坪になるのであります。その中で、九〇%は言うまでもなく愛知県であります。この一万坪の校舎をかりに最低級の鉄筋コンクリートの校舎に直して幾らかかるか、四万円以下では鉄筋コンクリートの校舎は建ちません。かりにそれの半額を助成するものと仮定いたしても、二億円であります。しかるに、私立学校におきましては、その教育的活動の機能においては、国公立に劣らないどころではない、現在におきましては、国公立をはるかにしのぐところのきわめて活発な活動をしておる。しかも、その教育的効果は有効適切に日本の文化に貢献しているということを私は信じて疑わないのであります。特に私がその点を強調いたしたいのは、この間災害が起こった直後、災害地に見舞、あるいは調査に伺いました。その帰りのときが、ちょうど中部地区における研修会の日であります。それは浜松において行なわれたのであります。実は、私はそれは取りやめた方がいいだろうということを一応考えてみましたけれども、研修は一日もこれをゆるがせにしてはいけない、これは学校教育の生命だということを信じて、あえて取りやめというようなことを申さずにおったのでありますが、そこに参加した教職員の諸君は、予定は二百五十名くらいでありましたが、四百名を突破する教職員がこの研修に参加しているのであります。被害地の教職員も、ほとんど予定した人員は参加いたしておるのであります。全く私は感激いたしたのであります。私学人の教育に奉仕するところの精神が、かようなものかということをしみじみと感じて、うれしく思ったのであります。他のことを申し上げるのは、いささかはばかりがありますから申し上げませんが、少なくとも現在の私立学校の教職員はかような信念を持って教育に従事しております。しかも、この生徒、父兄はさような教職員に統率せられて、みなりっぱな学徒としての使命を果たすように精進をいたしておるのであります。すでに被害地の学校におきましても、きょうもだいぶ被害地の学校から見えておるようでありますが、幼稚園等におきましても、浸水地の幼稚園は、これはどうも今のところ水の中に入っていますから再開は不能だ、しかし水が引いたら直ちに生徒が押し寄せてきているのだ、とてもやめてはいられないのだ、たとい青空でもやってくれということできているんだ、かりに国家で助成をして幼稚園の復興をしても、復興した幼稚園に荒廃した被害地から園児がくるかということを聞いてみたら、いやそんなことはないのだ、さような憂いはないというお話であります。それからまた高等学校等におきましても、今度の被害で、大体、今のところ再開した結果、一割ぐらいの生徒が減っております。これはまことに遺憾なことでありますが、なくなったのが二百五十名であります。これも減った中に入るのですから、これはやむを得ません。しかしそのほかに、あまりにひどい災害のために、教育に就学せしめることのできなかった家庭も相当あったのではないかと思うのであります。
 そこで国家あるいはまた愛知県等におきましても、月謝の減免とかその他の方法を講じなければなるまい、あるいはまた、育英会の特別なワクを被災地に設けて、相当額を貸し付けるような方法をとったらどうかというようなことも考えられているようでありますが、これはまことにけっこうなことでありまして、ぜひさようなことを実現していただきまして、少なくも国公立の学校の生徒は、つつがなくとは申し上げられませんけれども、少なくとも最小限の条件の中において、就学ができるように御処置を願いたいと思うのであります。
 さて、その場合に、私立学校はどうなるかということであります。私立学校は月謝の減免ができません。なぜかというと、月謝を減じたら私立学校の収入はなくなってしまうのであります。それでなくても、二割、三割の生徒が減少しております。いわゆるこれを間接被害と考えなければならぬわけであります。その場合に、公立の生徒、公立の学校に籍を置いたら、これは月謝は免除してもらった、われわれは私立学校にいるがゆえに、千五百円あるいは二千円の学費を出さなければならない、こういうようなみじめな考えを与えなければならぬという結果になるならば、私立学校としてまことに遺憾にたえないのであります。そこで、本委員会においてもぜひこの問題を取り上げて、国公立の学校におる生徒あるいは園児に対して特別の処置を講ずるならば、少なくもそれと同断の処置を私立の学校の生徒に対しても、何らかの方法をもって講じてもらいたいということであります。このことは、私、その当時愛知県知事の桑原さんに会ったときに、そういった片手落ちのような結果はしないだろうな、しかし私立学校に遠慮して、私立学校ができないから公立の月謝減免はできないなどということを考えないでもらいたい、それは大いにやってもらいたい、しかし、私立学校を片手落ちの、みじめな気持ちに追い込むようなことはしてもらいたくないということをお話ししたのであります。いや、愛知県としては絶対さようなことはする意思がない、こういうようにおっしゃっておりましたけれども、さて災害を受けたあの県として、そこまで県費をもってまかなうことができるかどうかという事実に直面しますと、その当時の桑原知事の言明をたてにとって、さあどうしてくれるかとは、なかなか言いにくいような事態にもなっておるのであります。この点はやはり国家である程度見ていただく、こういうふうにしてやったらどうかというような勧告、あるいはそれについてのある程度の見返りをしてやるというような処置が講じられなかったならば、私立学校の生徒も教職員も、ともに私学振興、私学振興といって、教育はただ形ではない、ほんとうに精神をもって実質的にりっぱな教育をすることだと幾ら言ってみましたところが、さて、それほどがんばってやった教育について、事実上国家なり、あるいは公の処置というものがこういうハンディキャップをつけられたということになっては、教育の赤字になるのではないかということを私は非常に憂えるのであります。私立学校のあり方というものは、たといそれは個人の、あるいは学校法人の設立、すなわち私立だといっても、それのやっておる仕事というものは、決して私の仕事ではないのであります。むしろ、私の資産あるいは努力をもって公に奉仕しておるのであります。むしろ公立以上に私立学校は尊重されなければならぬ、私はさように信ずるのであります。そう申し上げますと、皆さん方の中には、私立学校の中でもちょっと困るのがあるよというようなことをしばしば伺います。そういうことも私は否定できません。しかし一、二の私立学校にさようなものがあって、そのために全私立の価値、全私立の機能を幾分でも阻害するような措置をとっていいのか、こういうことであります。もし言うならば、公立の学校あるいは国立の学校に目に余るようなものがないのか、かるがゆえに国立学校を廃すると言えるか、公立学校をよさせるか、これは絶対できないことだと思います。私立の多くの学校の中に、一、二あれはというものがあったからといって、だから私立学校は、ということで、特別扱いをしなければならぬという思想は私はこの際改めていただきたい、かように思うのであります。これは災害対策でなくて、よけいなことばかり言ってはなはだ相済みませんが、少なくもこの率の上において、公立の学校については恒久法として、災害の場合には三分の二を助成するということになっておる。今度は、それを四分の三助成するということになっておる。私立学校についてはどうか。六億の実被害について五千何百万円、もしこれを改良、復旧という立場で考えたならば、全く問題にならない数字になるのであります。
 まことに不遜な言い方をして相済みませんが、どうかこれらの点について御明察を賜わりたいと存じます。
○南條委員長 御苦労さんでした。
 これできょうの参考人からの聴取は終わりますが、そこで、各委員の諸君にちょっと申し上げておきたいと思います。
 それは今後の委員会の運営のことでございますが、明日は午前十時から委員会を開きます。明後日のことでございますが、明後日午前十時から総理以下各関係閣僚がこの委員会に出席しまして、委員の各位と質疑応答をしていただくことになっておるのでありますから、委員の諸君におかれましては、御希望の方はそれぞれ御準備を下さって、各党の理事の方にお申し出を願って、理事の方で質疑の順番等を決定してもらいたいと思いますので、あらかじめ御承知を願います。明後日の委員会は予算委員室で開くということに、大体国会対策の方で決定したようでございます。
 それでは、本日は、この程度で散会いたします。
    午後五時十九分散会