第033回国会 商工委員会 第10号
昭和三十四年十二月九日(水曜日)
    午前十時二十一分開議
 出席委員
   委員長 中村 幸八君
   理事 小川 平二君 理事 小平 久雄君
   理事 長谷川四郎君 理事 小林 正美君
   理事 田中 武夫君 理事 松平 忠久君
      岡本  茂君    鹿野 彦吉君
      木倉和一郎君    始関 伊平君
      田中 榮一君    田中 龍夫君
      中井 一夫君    野田 武夫君
      濱田 正信君    細田 義安君
      渡邊 本治君    板川 正吾君
      勝澤 芳雄君    中嶋 英夫君
      八木  昇君    加藤 鐐造君
 出席政府委員
        通商産業政務次
        官       原田  憲君
        通商産業事務官
        (重工業局長) 小出 栄一君
 委員外の出席者
        総理府事務官
        (自治庁財政局
        財政課長)   松島 五郎君
        通商産業事務官
        (重工業局車両
        課長)     若林 茂信君
        参  考  人
        (京都市長)  高山 義三君
        参  考  人
        (川崎市長) 金刺不二太郎君
        参  考  人
        (姫路市長)  石見 元秀君
        参  考  人
        (平塚市長)  戸川 貞雄君
        参  考  人
        (兵庫県知事) 阪本  勝君
        参  考  人
        (日本機械工業
        連合会専務理
        事)      橘  弘作君
        参  考  人
        (四日市市中部
        婦人会会長)  小林けい子君
        専  門  員 越田 清七君
    ―――――――――――――
十二月八日
 水産物小売業者の対策強化に関する陳情書(東
 京都中央区築地五の一全国水産物小売団体連合
 会長塩沢達三外一名)(第六七二号)
 石炭産業の不況対策に関する陳情書(東京都議
 会議長内田道治)(第六七九号)
 同(長崎県町村議会議長会長別当勝三)(第六
 八〇号)
 同(北海道知事町村金五外七名)(第六八一
 号)
 中国産生漆輸入に関する陳情書(東京都中央区
 日本橋通二の二加藤ビル内中国産生漆需給協議
 会山田孝之助外一名)(第六八二号)
 小規模企業者の助成に関する陳情書(東京都議
 会議長内田道治)(第六八三号)
 中小企業金融公庫京都支店設置に関する陳情書
 (京都府議会議長細川馨)(第六八五号)
 日中及び日ソ貿易促進に関する陳情書(東京都
 議会議長内田道治)(第六八七号)
 中小企業の設備近代化に関する陳情書(東京都
 議会議長内田道治)(第六八八号)
 中小企業団体の組織に関する法律の一部改正に
 関する陳情書(東京都中央区日本橋茅場町二の
 四全国中小企業団体中央会長鮎川義介外一名)
 (第六八九号)
 大企業者の購入品長期契約の監督に関する陳情
 書(東京都北区上中里町一の一四太田財政研究
 所長太田政記)(第六九〇号)
 小売商業調整特別措置法の一部改正に関する陳
 情書(神戸市役所内五大市小売市場総連合会長
 坪上和一外六名)(第六九一号)
 為替及び貿易の自由化に関する陳情書(東京都
 千代田区丸の内日本工業クラブ内経済団体連合
 会長石坂泰三外一名)(第六九二号)
 臨海工業用地造成公団設立に関する陳情書(東
 京都議会議長内田道治)(第七一四号)
 商工会法制定に関する陳情書(栃木県議会議長
 福田新作)(第八二三号)
 同(大分県庁内大分県商工会連合会長玉田哲
 三)(第八二四号)
 対岸諸国との貿易促進に関する陳情書(北海道
 議会内日本国際貿易促進地方議員連盟北海道ブ
 ロック協議会長岩田留吉)(第八二五号)
 中小企業振興対策に関する陳情書(熊本県町村
 会長河津寅雄)(第八二六号)
 石炭産業の不況対策に関する陳情書(東京都千
 代田区平河町二の六全国鉱業市町村連合会長坂
 田九十百)(第八二七号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 自転車競技に関する件について参考人より意見
 聴取
     ――――◇―――――
○中村委員長 これより会議を開きます。
 自転車競技に関する件について調査を進めます。
 本日は特に本件調査のため、参考人として、兵庫県知事阪本勝君、川崎市長金刺不二太郎君、姫路市長石見元秀君、平塚市長戸川貞雄君、京都市長高山義三君、日本機械工業連合会専務理事橘弘作君、四日市市中部婦人会長小林けい子君、以上七名の方々が出席されております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。本日はきわめて御多忙中にもかかわらず、本委員会の要望をいれて御出席下さいまして、まことにありがとうございます。申すまでもなく競輪は地方財政の健全化、機械工業の振興等につきましては大きな貢献をなしておる反面、不祥事件等種々社会問題を起こしておることも事実であります。そこで最近は特に一般社会におきましても、その存廃につきましていろいろ論議され、関心が深まっていることは御存じの通りであります。本委員会といたしましても、本問題に関しましては従来より鋭意慎重に検討いたしておる次第でありまするが、この際貴重な御意見をお持ちの諸君から直接御意見を承るべく御出席を願った次第であります。参考人におかれましては、それぞれの立場から忌憚のない御意見の御開陳をお願いいたしたいと存じます。
 ただ時間の都合もありまするので、御意見をお述べ願いまする時間は、お一人大体十分程度に願い、後刻委員から質疑もあることと存じまするので、そのとき十分お答え下さるようお願い申し上げます。
 なお念のため申し添えまするが、規則の定めるところにより、参考人の方々が発言される場合には、委員長の許可が必要でありまするし、また委員が参考人に質疑することはできまするが、参考人の方は委員に質疑はできないことになっておりまするから、以上お含みおきを願います。
 それでははなはだ勝手ながら発言の順序は委員長に御一任願い、まず高山参考人より御発言を願います。京都市長高山義三君。
○高山参考人 まず私はすでに競輪をやめておりまするので、その立場から御参考になることを申し上げたいと思います。
 結論から申し上げますると、私はやめて大へんよかったと思っております。今世上に流布されておりまする競輪の存続論、これはいろいろ御心配になっておるようでありますが、私は多くは杞憂ではないかという感じがいたします。また理屈はいささか詭弁ではないかという感じがいたしておるのであります。
 今世間に流布されておりまする幾つかの存続論を拾ってみますると、まず競輪は今のようなやり方ではいかぬが、これをもう少しレクリエーション的にやりかえれば、弊害は少なくなるのじゃないかという御意見があるようであります。しかしこれは競輪そのものの実態から見まして不可能なことだと思うのであります。どこかでレクリエーションのために余興をやってみたところが、競輪のフアンはそんなものはやめてしまえ、そんなことをやる前にもう一回やれといったようなことで、そういう余興はつぶされたということを聞くのであります。私はそれは当然だと思うのですね。競輪に集まってきておりますいわゆる競輪フアンというものは、あの空気から見ましても、また自分で金がないときには血液銀行へ行って自分の血まで売って来ているような連中に、余興をやってみたって、音楽をやってみたって、競輪場へ花を植えてみたって、これはおよそ縁遠いことでありまして、そういう連中がむしろ反感を持つのは当然のことだと思うのであります。ですからこれはレクリエーションにしてやろうということは、ある意味においてごまかそうとするものであって、何らの効果はないということは言いたいのであります。
 それからこういう御議論があるのですね。お前のところでやめてみても、ほかがやめなければ一向効果がないじゃないか、これは相当強い存続論になっておりまするが、これは私の方がやめてみてどういう結果であったかということを申し上げることが、御参考になるかと思います。私はまず競輪をやめます前に自粛競輪というものをやってみた。自粛競輪というのは一切広告をしないのですね。つまり今までのやり方では市が盛んに宣伝するのですね、広告をするとか、あるいはただのバスを出して勧誘するとか、あるいは市長みずからが招待状を出したりして、積極的に勧誘するという態度をやめます。いわゆる自粛する。自粛競輪と称して一切そういうことをやめてみた。そうするとその結果はどうであったかといいますと、非常に入場者が減ったということです。かけ金はそれほど減らなかった。これは非常におもしろいと思うのですね。かけ金というのは、そういう常習者、いわばばくち打ち、そういったような気持になっている人は、いつあるかということを自分で調べて行きましょうし、ただのバスがなくたって行きましょうから、そういう連中のかけ金は相当金額はふくらむのです。ところが入場者が減ったということは、どうでもいい人、日中退屈で仕方がないから競輪があるなら行こうじゃないかという程度の人は、競輪があることがわかりませんし、わざわざバスに乗って迎えに来てくれるわけでもないのでありますし、これまたやめておこうと、ついやめてしまったというのが相当あったのです。そこで私の方で一回やってみたところが、やはり一千人以上の人が平均入場者から減っているのです。かけ金はそれほど減ってないが、入場者が減ったということはこれは非常に参考になろうと私は思うのであります。
 それから私の方の競輪をやめたら京都府や滋賀県、奈良県の方にみんな行っているのじゃないかというふうな御想像があるかもしれません。これは実際はそうじゃない。今申しましたように京都市がやめたら、もうあんなことはやめた方がいいということで、その機会に――行ってもいい、行かいでもいい、それほど熱中してないという人がまだ相当あるのです。これは善良な市民なんです。まだそれほど悪癖のついてない人です。そういう人はその機会にやめてしまう。そこでその結果を見ますと、京都府と奈良県、滋賀県、この三つの、つまり向日町競輪と大津競輪と奈良競輪、この三つで年間七億円という金が減っている。これは京都市がやっておったときと、京都市だけがやめても、この三つのトータルを年間に見ますると、七億円ほどの金が減っている。ですから、京都市がやめたということは、京都市に来ておった
 フアンが、必ず大津へ行ったり奈良へ流れたり、あるいは向日町に流れたりするものではないのでありまして、つまりそれをきっかけにやめる人が、相当数出るということです。これは私は非常に重大なことだと思うのであります。
 それからもう一つ、またこういう議論も出る。競輪をやめたって競馬があるじゃないかとか、その他のばくちがあるじゃないかという御意見、この意見も私はこういうふうに申し上げたいのです。社会悪は、一つでもやめられるものからやめた方がいいと、まず言いたいのです。悪いことは、やめられるものから一つずつやめたらいいじゃないかということを、まず第一に言いたい。それからその次に大切なことは――私の方では、競馬というものは、京都市はやっていないのです。しかし私がこの競輪をやめた一番大きな理由になっているのは、自治体の市長がばくちを開催して、市民をばくち場
 におびき寄せて、そうしてばくちをやらせてテラ銭を取るということは、一体自治体の市長がやることか、それが私は重大な問題だと考える。そこで私は市長とか知事というものは、まず住民に対しまして、やはり住民のモラルを向上させていく義務があるのです。そこで私どもは常に何が正しいことか、何が悪いことかということを、この行政を通して示すべき義務があると思うのです。そういう立場に立っている市長が、みずからばくち場を開いてテラ銭を取っているということは、これは市民のモラルというものを混乱さすものだと思う。何が正しいか、何が悪いかということをこれは混乱さす、そういうような道徳上の責任が市長や知事にあるということを、私は深く、反省しなければならぬじゃないかということを思うのであります。
 それから私は、私どもが競輪をやめたことによって、やはり社会にそういうふうに何が正しいかということを示すことによって、やがて競馬に対しましても考えるべき時期が、市民の中から、国民の中から出るのではないかということを思うのであります。
 それからもう一つ、私は強く申し上げたいのは、今いろいろの存続論が出ておりますが、多くはこれは口実であって、財政的に影響を受けるから踏み切れないというのが、ほんとうのところだと思うのです。しかしやめた私としては、それも口実だと申し上げたい、おやめになったらわかると申し上げたいのであります。
 私がそういうことを申しますのは、まず第一に競輪の財政々々と申しますが、一体この競輪収入というものは、予算を対象にして見ればごくわずかなものです。まあ私の方で百十億近くの予算を組んでおるのであります。私の方は多少特殊事情もあります。あとで説明いたしますが、とにかく八千万円か一億くらい、そういった金というものは、私のところばかりでなく、一般に百分の一か百分の二です。多いところで百分の三、それ以上のところがあるなら、私は根本的にその財政は不健全であると思う。競輪の財源というものを大へんたくさんとって、もし予算を立てているなら、それはそのもの自体が財政としては不健全だと申し上げたいのであります。ですから、そういうようなものが廃止になったらどうするかということを言いたい大体普通は百分の一とか百分の二とかいう程度のものだろうと思うのでおります。それくらいの財源なら、私どもは十分これをほかの面でカバーできるという自信を持ち、また私はカバーしておるのであります。
 まず第一に、私は競輪収入にたよっておる都市に、納税の滞納がありゃせぬかということを言いたいはなはだ失礼な話でありますが、私どもは終戦後、この滞納に相当弱ったのであります。その時分は反税闘争というものがありまして、税金を納めないで長引かせるというような運動もありました。ですから、地方財政では非常に滞納が多いのです。そこでまず競輪をやめるために、振り返ってみて、自分のところの税制はどうなっているか、財政はとうなっているか、まず第一番に、滞納かあるなら、その滞納を私は取ったらいいと思う。滞納は当然取るべき権利があるのでありますから、きついというかもしれませんが、滞納をやらすより、取るべきものは取ったらいい。現に納めている人は非常に正直に納めているのですから、そういう諸君の感じから見れば、滞納の税金をまず取って、ぐっと引き締めれば、この競輪の収入くらいのものは出てくる。それからその他の冗費の節約、人件費の調整――これはこの競輪をやめます前に、人件費の調整をやり、納税の滞納を私は相当引き締めました。そうしてこの廃止に踏み切ったのであります。従って、財政財政ということを言われますが、この競輪によります収入減は、他の面で努力すれば、これはカバーできる。かりに努力してみても、なおこの収入減が行政の上にしわ寄せがきたといたしますれば、私はそこではこう言ったらいいと思う。一体市民は、ほんとうに市長あるいは知事に、テラ銭まで取って仕事をしてくれと言っているのかどうかということです。これを逆に言えば、市長や知事は、ばくちのテラ銭取ってまで仕事をしなければならぬ義務があるかどうかということを私は言いたい。京都市民は、幸いにいたしましてテラ銭取ってまで市長に仕事をせよとまで言いませんし、またテラ銭取ってまで仕事をする義務なしという私の態度に対しまして協力いたしております。これはどこの市民も、健全な市民、ことに子供を持つ親にしてみれば、テラ銭取ってまで仕事をしてくれとは言わぬ。それよりも、少々仕事が縮まっても、あるいはしわ寄せかきても、ばくちはやめてくれというのが、健全な市民の世論であろうと私は思います。
 それからもう一つ、こういう考え方もあろうと思うのです。今私が競輪をやめたために、学校の教室が五十建つのが四十あるいは三十になったとかりにいたしましても、これは教育行政というものと、ばくちというものを考えてもらいたい。今京都市の場合を申しますと、市というものは、教育に対しましては、この教育施設を建設する、つまり施設を提供することによって教育に私どもは協力している。しかし決してその学校その他の施設が教育をするのではないのであります。教育はあくまでも教育家が教育する。そこで教育家の立場に立ったときに、学校を幾つか建ててくれたことはけっこうであったが、競輪をやっておられては、ほんとうの教育はできないのだという、そういう叫びが教育家からあると思う。そこで私は非常な言い回しをいたしますが、私が八千万円の金を減収したということは、逆に八千万円の金を教育の正しい面に投資したともいえると思うのであります。私はそういう考え方をいたした。そこで私は、それがために教育の目的に沿ったから文句を食ったことはありません。いや、けっこうであった、少々この学校はおくれても、ばくちをやめてもらった方か、ずっと教育の上では御協力願ったことになるのだ、これは正しい教育家は、そう言うだろうと思います。こういうように考えてみますと、今日いろいろの存続論が出ておりますが、私は、存続論は杞憂である、やめたら、こうこうこういうことになるという御心配は杞憂ではないかという感じがいたします。しいて理屈をつけるなら、私はそれは詭弁であると申し上げたいのであります。
 そこで、私は結論を申しますが、今はやめるべき時期であります。一刻も早くやめる時期がきているのだ。そこで、私は政府並びに通産省方面にも一言いたしたい。今ちゅうちょしている人のためには、政府は思い切ってやめる方針をとられた方が思いやりがあるのじゃないかと思う。いわんや今の政府のスローガンといたしまして、三悪追放ということは非常に私は賛成している。その面から、まず三悪追放の中で一番手っ取り早いところ、競輪という社会悪を追放なさることは非常にけっこうなことだと私は思います。それから、聞くところによりますと、私は的確な資料を持ちませんが、これはむしろ代議士諸君の方がお調べになったらすぐわかることだと思いますが、相当のテラ銭が通産省にいく、そして通産省はそれを補助金に出す、この金が相当大きいらしいので、通産省が踏み切りにくいというのはそういう点かと思います。もしそれならば、そういうことは政府の方針に反することじゃないか。三悪追放ということに協力するならば、そんなわずかな補助金をいつまでも恋々とする必要はないのじゃないかと私どもは思う。それから、政府が吸い上げたテラ銭は民生の面とか、あるいはまたスポーツの面等にも出ておるやに聞くのでありますが、もし民生の面に出ておるということなら、これは一刻も早くおやめにならぬと、そのテラ銭のために民生事業の対象になっております多くの貧窮者がどれほど苦しんでおるか、民生というのはそういう人を救うのが仕事であって、そういう人を苦しめるという現状では民生に金を出すということよりも競輪をやめることだと思います。またスポーツにお金をお出しになるとするならば、これはスポーツ精神というものを冒涜するものだ。オリンピックが近いから、ことにこの辺の金をというような考えがありますれば、私はとんでもない間違いだ、スポーツを毒するものだということを深く感ずるのであります。私はどういう点から考えてみても、今日は競輪をやめる時期であり、踏み切るべき時期である。今日の社会で必要なことは、善人に勇気を要望されておることだと私は思う。今こそ善人が立ってちゅうちょなく正しいことをやるべきである。善人の怠慢は許されないということが私の結論であります。今こそほんとうに正しいことだと思うことを踏み切ってやるべきときであると私は考えます。(拍手)
○中村委員長 次は、川崎市長金刺不二太郎君。
○金刺参考人 川崎市長であります。ここは意見を述べるところでありますから、討論会ではありませんから今の意見に対する弁駁は、私はいたしません。競輪をやっておるのは、実は私の市が一番古いのでございまして、一番体験を持っております。悪い面もよい面もすべての点を知り尽しております。こういう際にすべての点を、ほんとうのことを言うことが最もいい判断を皆さんに与えることだろうと思います。
 まず、私どもが驚いたことは、競輪に一般のフアンが非常に多くついたことであります。これがまた大きな非難となり弊害となったことも事実であります。ただ日本の国民性に、わずかなスリルとそれに伴う娯楽というものが合致した点が、今日の競輪が非常なフアンを吸収した原因だろうと思います。しかしただいま申しましたように、この半面にその及ぼす弊害もまた多いわけであります。これが一般論でございます。
 私は関東におきましては一番早く、大宮の次に昭和二十四年に競輪を始めました。ところがただいま申し上げましたように、初めのうちはほとんどフアンはつきませんでしたが、一回、二回と重ねるたびに非常なフアンの共鳴を得て、収益も上がるようになった次第でございます。私もただいま意見のありました競輪の弊害は認めております。これをいいことだと思ってやっておる人は一人もないと思います。最初出発点からこのことは論ぜられたことでありまして、これは弁明する必要も何もないと思います。
 そこで、ただいまの意見のほか、競輪狂、競馬狂、こういう狂の、全然表面に現われてない家庭悲劇というものがいかに深刻であるか、多いかということは認識しております。これは見のがせない事実であります。家庭悲劇が多いということも認めております。ところがその反面に、すべてのスキャンダル、犯罪であるとか、あるいはすべての行為を全部競輪がひっかぶっている、こういうこともいなめない事実であります。この点が非常に重要なポイントであります。ちょっと悪いことをした、その金をどこへ使ったか、競輪ですっちゃった、こういうように競輪にすべての罪をなすりつけているという現実も、これまた見のがせない事実でありまして、この点も重ねてお知りおきを願いたいと思います。
 そこで、プラスとマイナスの面でありますが、これは各主催地によって非常な差があると思います。マイナスの方の多いところは、特にやめることをちゅうちょする必要はないと思います。プラスとマイナスを比較しての問題は非常に大きな問題であろうと思います。これが主催地によって違うということであります。たとえば、今何のためにそれでは知事なり市長なりが競輪をやらなければならないかということは、かかって財源の問題であります。財源の確保のために忍びがたきを忍んでやっているわけでございます。そこで、財源の乏しいところ、比較的収入の少ないところ、こういうようなところでマイナスの面の方が多いところは、これらは考える余地があるだろうと思います。そこで各都市、その主催市によって非常な差があるということも御了承願いたいと思います。
 私は一番古くやっていると申し上げましたが、古くやっていると同時に、財政面におきましても東京の後楽園に次ぐ収益を持っております。今回崎市の年の税収が三十三億でありますが、競輪だけで五億五千万の収益を持っております。パーセンテージにしますと大体一六・五%であります。この程度の収益を持っております。これらの財政の上にどんな大きな役割をしているかということは、このパーセンテージでもってはっきりしていると思います。一口に五億五千万と申し上げますが、これは非常に大きなもので、これを税によって徴収することになると、大へんな市民の攻撃を受けることは明らかであります。
 そこでわれわれが財源を必要とした第一の理由は、戦災を受けまして、戦災を復興するということであります。戦災の復興というものはもう終わったじゃないかという意見があります。なるほど戦災復興は表面は終わっております。表面は終わっているけれども、裏面ができておりません。隠れた下水であるとか、その他の整備がまだできておりません。なぜできておらないかと申しますと、戦災を受けまして特別都市計画法というものができまして、国が指示して戦災復興に当たったのでありますが、最初は国の費用が八〇%であった。ところがドッジ氏が参りまして、ドッジ・ラインというのは、これは有名でありますが、日本の内容を調べて、戦争に負けた国がりっぱな都市計画というものはぜいたくだということで、国の補助が五〇%になった。そこで、地方財政が非常に支障を来たしまして――これは戦災を受けた都市でなければわからないことであります。それで地方が五割ということに変更になりましたので、それがおくれた大きな原因であります。私の川崎市におきます戦災復興の状況は、表面はできましたけれども、十カ年計画で下水をやっておりますが、まだ五年であります。あと五年かかるというような状況になっております。計画的に仕事するのには財源の裏づけがなければできないわけであります。その裏づけがないわけであります。それでこれらの財源をそれに求めているのが現状であります。そこで、私の場合を考えますと、私はマイナスの面は非常に多いが、やはり比較してみると、財政的に寄与しておる、この財源が非常に役立っておるというようなことを考えると、私の市の場合はプラスの方がやや上回っておるという判断を下しておるわけであります。そこで私は、ここにおきまして、それじゃ競輪は永久にあくまでもやるべきであるというような、そういう暴論は持っておりません。また吐く勇気もありません。ただ計画的にしている仕事の財源の裏づけを断ち切られることが問題であります。財源の措置さえできればあしたでもやめます。今の競輪の費用を、政府なら政府が保障すればあしたにもやめます。どこの主催者でも同じ考えだろうと思います。それで私どもは政府にこれを折衝しておりますが、その意思は持っておりません。財源の措置については全然考えていないのが現状であります。でありますので、私どもとしては、この当てにしている財源によって、計画的な仕事だけはどうしても仕上げさしてもらいたい。しかも戦災という特別な大きな被害を受けて、国の施策、法律によって命ぜられてやっておる仕事が、途中で打ち切られるということは耐えがたいところであります。市民に対しても、市の行政をあずかる者として、とうていこれをこのままにするわけには責任   上いかないわけであります。従ってこれらの問題の解決するまでは、当分の間これを延期してもらいたい。ただしかし無条件で延期してくれというようなことは申し上げません。私どもとしては、やはり少なくとも計画的な仕事を完成するまでということを申し上げる以上は、大体今の計画では五年かかります。五年かかりますが、これは短縮することも可能であります。しかしそれには競輪というものの大きな被害を考えまして、害のあることも考えまして、条件の第一といたしましては、大体競輪を主催しておる大部分の都市が、一般会計へ繰り入れまして一般消費的経費に使っておるのです。これはよくないことだと私は思う。私のところではすべて計画的に、すべて社会福祉その他の事業に使っておりますが、これは明確にする必要があると思います。一般の消費的経費に使わないという第一の条件、そして競輪の使途を明確にするということが第一点であります。私はただむやみに、いたずらに競輪存置に対する論を申し上げるようでありますが、しかしよく考えてみますと、われわれも非常に反省をしなければならない。その第一は、過去十カ年の競輪の運営の方法で、われわれは財政確保のためには手段を選ばなかった、あくどい広告をして、そして少しでも収益を多くはかろうとしてやったことは事実であります。そこでそれらの点について自粛をする必要があります。運営面の自粛であります。もう広告のようなものはしないこと、御承知の通り去る六月に松戸競輪に不祥事件が起きまして、世論の攻撃を浴びました。そこで自粛の方向を今たどっておりまして、立看板等がたくさん道路にあったのが全然一掃されましてやっておりません。そういうふうなあくどい広告、人員を競輪場に吸収するためには手段を選ばないような態度は改める必要があると思います。その次に競輪の運営面で一番問題になるのは八百長の問題であります。この問題は、私がすでに十年前に体験したことでありますが、これはやはり選手が自由に宿舎を選んで宿泊するということに弊害があるのでありまして、私の方では選手の合宿所を作っておりまして合宿させる。一般の旅館等に宿泊しますとやはり誘惑を受けますので、そういうことを全国的にやってもらいたい。もう一つは競輪場の環境をよくする必要があります。競輪場をごらんになればよくわかると思いますが、目の色を変えてほんとうに殺気立っておる者があります。これはもう少し環境をなごやかに、小なくともこれを進める以上は、私の方はたとえば夏暑いときには日よけをするとか、小鳥をところどころに置くとか、そういうようないろいろな設備をいたしまして、環境をよくして、そうしてほんとうに楽しめる競輪場にして継続することが必要であろうと思います。その他いろいろありますが、予定の時間が参りましたので……。
 ただいま一口に申し上げますれば、私はいろいろな地方公共団体の計画的な仕事だけは完了さしていただきたい、そのためにはただいま申し上げましたようないろいろな点を自粛して継続することが最もよろしい、こういう考え方であります。どうも失礼いたしました。
○中村委員長 次は姫路市長石見元秀君。
○石見参考人 私石見姫路市長でございます。
 競輪問題がとかく話題に上っておりますが、まず参考人として呼ばれた私といたしましては、競輪の廃止は賛成である、もうぼつぼつその心準備と踏み切る時期を考うべきときが来たというのが私の考え方であります。その姫路市長がしかも競馬競輪を地方自治体の戦災都市の財源的な対策としてもらうべきだというので、全国の戦災都市に呼びかけ、戦災都市連盟の組織を通して、これの法規の改正並びに制定に向って全力を傾注したのはどういうわけかということについて、いささか申し述べてみたいと思います。
 私は競馬とか競輪がギャンブルの範疇にあるということは百も承知であります。しかるにあえてこれを財源の手段とすべく立ち上がったのには、大きな理由があったのであります。世の中にギャンブルが存在しないのならば何をか言わんやである、しかしながらあらゆるギャンブルがあらゆる階層にあらゆる手段を通して演ぜられているじゃないか、しかるならば地方自治体がこの戦後の困窮したときに、この射幸心を利用する手段を通して、一般から金をちょうだいしてそれを復興財源にすることは、この際としてはせめてもの許さるべき必要悪だ、かく考えたのであります。やみ賭博その他によって財をなすものは、ただその暴威が激しくなるばかりであって、決して大衆に還元してくれない。地方公共団体がもしも法の庇護のもとに組織ある手段を通して、白昼堂々と明朗にこれを運営することができたとするならば、一応必要悪ではあるけれども、それによって得た利益を再び市民大衆に、最も現段階における必要なる面に還元してあげることができる、そういうことのできるギャンブルの担当者は地方公共団体以外にない、しかるがゆえに無条件降伏によって、しかも総力戦においてすべてをなくした市民、担税力の極端に低下した市民を対象として復興財源を税によって求めるというようなことは、それも一応財源の一助にはなろうけれども、復興財源獲得のすべての手段ではない、かく考え、敢然立って競馬をやろうじゃないか、競輪をやろうじゃないか、富くじも一つやらしてもらおうじゃないかということを、私は取り上げて叫んだのでありました。志を同じうし、同じ苦しい立場にある戦災都市の市長は、潭然としてこの提案に参加し、協力し、幸いにして戦災都市出身の議員団の協力を得まして、競馬法規は改正され、競輪法規は制定され、臨時資金調整法の一部が改正されて富くじの発行権もまた、戦災都市の手にゆだねられたのでありました。その後どういうわけだったか、競輪、競馬も、非戦災都市もこれを開催することのできる権利を付与されたのであります。そのときすでに、私はかくなったからには、競馬にしても競輪にしても富くじにしても、いつの日か適当な時期に廃止すべきではなかろうかという、一つは当初の事志と相反したことが一つ、さらにある程度復興が進捗するに従って、いわゆるやるべくのろしを上、げたものが、またやめるときには適当な時期を見てやむべく提唱すべき義務があるのではなかろうか、かく考えて、おったのであります。今回たまたま兵庫県知事がこういう提案をされた。まことに趣旨としては私は賛成である。しかも私の考える、ぼつぼつ廃止に踏み切るべき時期と考える時期でもあったのであります。しかしながら、私の場合は、ただ単独の意思表示を許されない立場にある。戦災都市連盟は十一月の二十四日に発展的解消をいたしまして、都市整備促進連盟の名によって、再び志を同じくするものが糾合して一つの組織を作りまして、再スタートいたしたのでありましたけれども、この解散式の際に、この問題を話題に提供して、各市長の意見を聞くべきだというので、解散式の翌日の二十五日の都市整備促進連盟の役員会の席で、この話題を投げかけたのでありましたけれども、一、二の例外を除きまして、ほとんど大部分の市長たちは、今やめられては困る、やめることには賛成だ、しかしかすに時日をもってしてもらいたい、少なくとも四、五年の準備期間を必要とするというのが、全参会する市長――全市長と言いますと弊害があるかわかりませんが、一、二の市長を除いた他の市長さんたちのすべての意見でございました。そうして踏み切る時期はいつか、すなわち四、五年の猶予期間が必要だというのであります。
 私といたしましては、廃止に踏み切るについては、一つの希望を持っております。それはどういうことであるかといいますと、端的に申し上げますならば、政府にある程度のかわり財源を考慮していただきたいということが一つ。いま一つは、一切の公認された公営、私営のギャンブルに属するものは、この際同じ足どりで全部やめてもらうべきだというのが一つ。そうでないと、むしろ闇賭博が繁盛し、好まざる方面にもっと深刻な社会悪が、より大きな形をもって横行することをおそれるからでございます。
 以上、私の意見を述べました。(拍手)
○中村委員長 次は、平塚市長戸川貞雄君。
○戸川参考人 ただいま委員長から御指名いただきました平塚の市長でございます。新聞、雑誌その他ですでに宣伝されておりますが、競輪廃止反対の、世論に抗して、ようやく文化人市長の悪名高からんとしている、平塚の市長でございます。
 私は、二つの点から廃止反対を唱えております。一つは、平塚の市長の立場からの反対でございます。これはしかしきわめて低姿勢でございます。残りの一つは、一人の文化人として、私は過去作家生活を送ってきた人間でございますから、作家の立場から私は廃止絶対反対、これは高姿勢でございます。この二つにつきましては、すでに最近出ます雑誌に、私は長論文を発表しておりますので、ごらん願いたいと思いますので省きます。雑誌のPRに属しますから、省きますが、お読み下さると十分御理解願えると思います。
 市長の立場からの反対を簡単に申し上げます。先ほどすでに論者がいろいろ論じ尽しなすった御意見のうちにも、十分御理解できる点が多々あると思うのでございますが、戦災都市は百十幾つございまして、今の姫路の市長さんが戦災都市連盟の生みの親として、非常に御苦労なすったわけでございます。そうしてそこにおいて誕生したのでありますが、平塚市も戦災都市の仲間入りをさしていただきました。おそらくあれだけの戦災都市のうちで、平塚市の被害は、右から十番あるいは二十番以上の被害だと思います。大体市域の八割は焦土と化しました。学校を初め公共営造物、民家、商店街、工場、ほとんど焦土に帰したといっていいような被害を受けたのでございます。
 そこで、競輪と自治体との関係について私は競輪悪妻論というものをただいま唱えているわけでございます。当時、先ほど川崎の市長さんからも説明がございましたが、私は元来戦災によってこうむった被害は、これはことごとく政府の責任において、国の力において復興すべきものだと、初めから考えておるわけでありますが、御承知の通り、ただいま御説明のありました通り、本家が未曽有の敗戦という歴史を喫して、そうして十分に火事で焼け出された分家を助けてやるわけにはいかない。仕方がない。分家が独自の力で世帯の立て直しをやってもらいたい。ここに幸か不幸か、大へん手癖の悪い、素性も悪い女がおるけれども、これは多くの働きのある女だから、お前の世帯の立て直しにもらったらどうかというお勧めをいただきまして、そのときには戦災都市連盟の石見さんあたりが橋渡しをして大へん苦労なすって、そうして私の市といたしましても、戦災都市連盟といたしましても、この競輪を迎えますには、堂々たる仲人があって、自由結婚や恋愛結婚をしたのではない、政府、国会が仲人として差し向けて下さった悪妻でございます。私は良妻と申し上げません。これは悪妻であります。
 さらに、その悪妻の力で廃止に踏み切られた、あるいは廃止された各都市の実情は、この悪妻が今日まで――戦災をこうむってきた都市でほとんど戦災の被害から立ち直った都市は、これは多かれ少なかれ、悪妻だけのかせぎにたよってきた。この悪妻がそろそろだんだん悪性を出してきて、松戸でこんな騒ぎを起こした。どこどこでよろめいた。こんな悪評高き女房を抱えているのと、そうしてまたここらで追い出すのと、プラスマイナスを考えたならば、どっちが経済的理由で、あるいは道義的理由で得であるかということを考えて、その上で廃止、存続の二つに分れた。私はこう解釈しますから、道義的理由がきわめて薄弱であります。これは私は各自治体にとりましては表看板だ。要するに、私のところではこれ以上悪名高き悪妻の御厄介にならなくても立ち直ることができる状態になったから、ここで離縁するということです。私のところは、八割も焦土と化しておりまして、大へんかいしょうのない亭主でありますから、今日までほんとうにふがいなく、今なお立ち直っておらないのであります。従いまして今しばらくの間は、この悪妻とそっと連れ添わしてほしい。十分亭主としましては、その悪妻に注意も与えますし、世間で評判の悪いこともしないように、十分今後も気をつけてやりますから、しばらくの間は仲人さんもめんどう見て下さい。もしここで分れろとおっしゃるならば分れてもよろしゅうございますが、それは自治体と競輪との夫婦関係だからいいようなものの、個人同士の関係だったら、これは家庭裁判所へ慰謝料請求の提訴をされます。ここで私は、政府の方でも何とかして、そうしてあとあとのめんどうまで一つ見ていただけないかということが、ある会合である市長から出ましたときに、自治庁さんは、これは私は率直に申し上げますが、世論に皆さんはほんとうに弱い。そこで今までめんどう見させたのだからいいじゃないか。わがままを言うな、競輪なんかやらない都市だってあるんじゃないかというお言葉で、けんもほろろのあいさつで突っ放されたということも聞いておりますけれども、そりゃ聞こえません自治庁さんと、言わざるを得ない。私のところは特にそういう状態でございますから、どうしても市民の要望としましても、競輪は少なくとも――先ほど話がございましたが、私どもは全国都市整備促進連盟の一員でございまして、すでに建設省の指示を受けまして、私どものところでは予算を立てて五カ年間の実施計画を立てております。そうしてこれが五カ年間に平塚市は八億を要します。そのうち市の負担額が、これはこまかいプランもございますけれども、ほぼ二億を五カ年間で負担しなければ都市整備が完了しません。都市整備事業というものは、都市改造を含めて、戦災都市連盟の看板を塗り変えて始めたものでございます。率直に申し上げますと、いつまでも戦災々々じゃないということで、建設省あたりが戦災都市の予算を要求しましてもなかなか思うようにいかない。なるほどわれわれもそうでございます。これだけ経過いたしましたら戦災々々と言えた義理でございませんから、そこで看板を塗り変えて戦災復興事業として残っておりました都市整備計画を、ただいま手直しをするということで、ちょうど政府の方針も五カ年計画で建設省の実施計画も五カ年間、そこで私のところもすでにそういう計画を立てております。そのうち二億を市が独自の負担で、これは都市改造に振り向けなければならない負担でございます。そうしてそのほかに焼けました学校がございますから、社会増を考えなくて自然増だけでも、小中学校の学級増が五十学級を五カ年間に必要とします。それでないとすし詰め教室になります、不正常授業をやらなければなりません、これは教育優先を考えているわれわれとしては忍びがたいことでございますから、そこでそれに対する費用と、それからなお学校で十校が雨天体操場を持っていません。これは焼けました。これを今後五カ年間にすべてやります。その数を全部合わせますと、ほぼ四億に及びますから、これを五カ年間でやりますと年八千万でございます。その八千万程度の財源は、従来通りで今急に競輪をおやめになるというような騒ぎになろうと思いませんでしたから、すでに五カ年間の計画を立てております。従いましてこの計画が実施されまして、ようやくにして戦災都市平塚市が世間並みの市に立ち直るまでの間は、しばらくこの悪妻との離縁話を持ち上げないで一緒にさしておいていただきたい、これが私の市長としてのお願いでございます。
 なお最後に、私の市長でない立場からの廃止反対論を聞いていただきたいと思うことは、こういうことでございます。私は五年前に、これは新聞や雑誌に冷やかされましたけれども、選挙に立ちましたときにこういうことを――事実の真偽のほどは私保証いたしかねますが、こういうことを聞いたわけであります。戦災で焼けました学校で、もう校舎を整備したからでしょう、ピアノを買うことになったのでございます。そうしたらば、そこの女生徒はこういうことを言った、競輪の上がりで、いうならばばくちのテラ銭で、そういう不浄なお金で買うようなピアノで、私どもは教育を受けたくはございません、こういう女生徒が敢然と立ち上がって拒否した、これは選挙演説には持ってこいのテーマでございます。当時の市長は競輪を行なっております、ギャンブル・スポーツにたよって市の学校の施設を建てておる。そのときに対立候補として立ちました私が、反対の選挙演説をするのに絶好の資料でございますから、私はこれを選挙演説に利用いたしましてとうとうと演説をぶちました。これが婦人層、青年層、労組などに非常に人気を博しまして、私が当選をいたしましたことに多少役に立った。それだけではございません、選挙というものは複雑なものでございますから。皆さんも御承知でしょうが……。ところが私が市政を担当してみますると、私はびっくりしたのです。私がそういう演説をしましたのはのんき千万であります。ただいまの廃止論者は四年前の私の意見と同じです。私は望むらくは、各戦災都市を対象にして申し上げますが、先ほど申し上げました通り、自分のところはもうすでに済んだのだから、ここらで離縁しなければ工合が悪いから離縁するのだ、同じ仲間でもお前のところは立ち直らないのだ、しっかりしろ、いつまでも一緒にいられる女房ではないぞ、だからそういうことを考えてなるだけ早く禁止しなさい、こういうふうにお勧め下さるならば、私もけっこうでございます、一生懸命努力しますと申し上げたいのでありますが、ただ単純な、しかも重要な経済的理由があるのにかかわらず、世論に迎合をして、社会正義感の錦の御旗を振りかざして一がいに押えつけなさるから、私はあとに続くわけにいきませんと申し上げざるを得ない、そういう実情でございます。
 私の市としては反対でございますが、なお私はギャンブル・スポーツについても意見がございます。娯楽についても意見がございます。最後の結論から簡単に申し上げますと、今日は池田通産大臣がお見えでございませんが、この間私はテレビでちょっと見たのですが、議員さんが非常に激しく論難しておられる、競輪に八百長はつきものである、これはばくちである、ばくちを公営をして庶民からしわくちゃの百円札を収奪するとは何ごとだというきびしい批判の声が聞こえて参りました。池田大臣は非常に慎重に神妙にお答えになっておられました。世論も重んじなければならないから、遠くない将来には何か考えなければならない、こういうお答えでございますが、願わくば、私は直言してもいいと思って、きょうは出てきたのでございますけれども、池田さんが蔵相のときに貧乏人は麦を食えとおっしゃった、それによって大臣のいすを棒に振ったということを伺っております、真偽のほどは知りませんが。私は、所管の通産大臣だとしたら、そして庶民から選ばれた政治家としたら、最低の生活をしている庶民のために、せめて競輪くらいは楽しませてやれと言っていただきたい。競輪にはほんとうに庶民が楽しんで行っている。しかしこれは弊害はたくさんあります。こういうものは幾らもあります。それでちょっと申し上げますが、マージャンにしろこれは娯楽でございます。娯楽でございますけれども、娯楽廃止を唱える方は、みずから謙虚に反省していかなければならぬことは、娯楽ということは楽しむということです。娯楽の魅力は、不健全性が多ければ多いほど本来娯楽には魅力があるのです。たとえば例をマージャンにとりましてもその通りであります。お父さんとお母さんと長男と長女とが食事を囲んで、食事後の腹ごなしにマージャンをやりましょうというと、あしたのお勤めにじゃまになるから、あしたの学校にじゃまになるからイーチャンだけですよといってやるマージャンなら健全であります。しかしマージャン好きな人は、こういうマージャンでは魅力を感じない。この中にもマージャンに魅力を感じておられる方がたくさんおいでになると思うのですが、そういうマージャンでは魅力がないのです。娯楽というものは本来そういうものでございまして、娯楽を全部なくしてしまえば別でございますけれども、娯楽のない社会というものをわれわれ考えたときに、どういう社会ができるかというと、私はほんとうに索然たるものを感じる。しかも競馬の場合と比較いたしますと、競馬だって同じです。馬券と車券の性格は同じ、これはギャンブル・スポーツで値段は百円、それなのになぜ競馬の方が非難の対象にならなくて競輪だけがなるかということは、競馬の方が生活のレベルの高い人が行きます。御承知でしょう、馬を買うのには数百万の金が要ります。あそこでもって競馬を楽しむには、馬券は百円でございますけれども、遠くのところにありますので、自家用車を持っている方は別でございますが、足代も時間もかかりますので、庶民も大ぜい行っ出てはおりますけれども、その点手近なところで非常に安易な費用で出入りできる競輪へ行く。競馬場へ行きます人の程度よりも生活程度の低い、収入の低い、低額所得者の、社会生活のもっと低い層をなしている庶民が競輪へ来る、従いまして弊害が多い。あそこは実際殺気立った場になります。ほんとうに低額所得の人たちがあそこで楽しんでおるから、たとえば比較的財産の豊かな、生活に恵まれた方々が千円の券でもって損をしても、すっても、そう痛手を感じないから、にこにこ笑っているかもしれませんが、あそこに出入りしてばくちをしている人たちは百円、二百円が大へんです。この大へんな金をかけてまで競輪を楽しまなければならない庶民の生活です。私はその点を根本的に考え直さなければいけないと思う。私はその点で京都の高山市長さんが言っておられたことに同感です。私は社会党の議員でも何でもありません。むしろ保守系の無所属といわれている人間でございますけれども、私はこういう根本的な問題から考えて、娯楽の本質はどこにあるか、娯楽というものはどういうものかというところまで突き詰めていかなければ、一がいに、競輪をつかまえて、いきなり競輪は社会悪の根源であるという非難は当たらないと思います。それからまた新聞で非難されておる、競輪ではずれた札をかかえて自殺した人間のあることを、市長は知っているかという非難を私は加えられたけれども、そういう大へん気の毒な犠牲者がたくさん出ておりますが家業に失敗して首をくくった人間も競馬でしくじって首をくくった、あるいは犯罪を犯して金を持ち逃げしてとどのつまり死んだ人間もある、いろいろそういうふうな人がございますが、そういう人は、たとえば競輪にしますと、競輪の側においてそれを誘惑する諸国があることはもちろんでございましても、そこにはまり込んでくる当人の内側にも自殺し、あるいは破滅に導く原因がある。ところがかりにただいま急にそういうことはないと私は思いますが、常識ある皆さん方は、そういうことをなさるとは私は思いませんけれども、たとえば急に少しの準備期間もなく競輪を廃止した場合に、競輪によって、直接間接に生活を保障されている人たちの中に、ノイローゼを起こして、非常に気の小さい人間が一人二人あって、失業の苦しみのために、前途暗たんとして、そしてもし首をくくった人間が一人でもあったならば、この人間は、私は競輪にはまり込んで、首をくくった人よりも、より同情に値する人間だと考える。そういう点も考えますと、私はどうしても競輪というもの自体をそう簡単な道義論から、社会的正義論から、簡単に割り切って、そうしてこれをことごとくギャンブル・スポーツであるから、悪であるから、悪であるからといって、これを即時おやめということはないと思いますけれども、廃止すべきだというようなことに対して、私は根本的にきわめて批判的であり、ただいまのような意見を持っているわけでございます。
 大へん勝手なことを申し上げて、恐縮でございますが、多少とも私の御意見が皆さん方の御参考になっていただいて、正しい競輪のあり方あるいはまた、各地方自治体が立ち直ることができるようになるといたしますれば、大へんありがたいことだと思いまして、意見を述べさせていただきました。大へん失礼いたしました。
○中村委員長 次は兵庫県知事阪本勝君。
○阪本参考人 私ただいま御紹介を得ました兵庫県の知事の阪本と申すものでございます。きょうは参考人にお呼びをいただきまして、まことにありがたく存じます。
 結論を申し上げますと、もう制定後十年に達した今日、政府は断固すみやかに競輪を全廃すべしということであります。
 競輪によって現在地方の自治体が潤っております金は、大体八十億であります。この金額は非常に多いように思われますけれども、私つくづく考えるのでありますが、先般の台風の結果として、兵庫県の尼崎市と西宮市の防潮堤のかさ上げをいたします、そうして閘門を一つ増設しポンプを一台つけます、それだけで八十四億かかるのでありまして、政府さえ腹をきめれば、一定の期間それだけくらいの金員というものは、政府がまかなってくれることは容易なのでありまして、ただ政府なり国会が決心をしていただくならば、わずかの財源でまかなうことができるのでありますが、どうか政府がその腹をきめていただきたいと、ただただ望むような気持でおるわけであります。もし政府がそれをやってくれなければ、それぞれの自治体がそれぞれの立場において、すみやかな機会に断固やめて参ります。そうして世論を喚起して、私の場合は兵庫県と神戸市がくつわを並べてやめることができるならば、非常なる反響を全国に及ぼすことができると信じております。そういう方向に現在向いておるのであります。存続論はまたいろいろお考えもあるでありましょうけれども、実際あの競輪場というものの空気は、形容すべからざる陰惨な険悪なものであります。しょうちゅうに酔い倒れたかのように、あの泥沼に足を踏み込むと、なかなか抜け出ることができません。いろんな実話は新聞に伝えられている通りでありまして、親子六人で、競輪に詰まって北海道から東京へやってきて、東京でまた負けてしまって、最後に親子六人が死んでしまったという悲話も有名である。子供四人を死の道連れにするというのは何という哀れなことかと身にしみました。また先般報ぜられた報道でありますが、非常に貧しいその日暮らしの家で、子供が学校へ納める三百円の給食費を、やっと母親が工面をして、子供に朝渡そうとしたら、せんべいぶとんに寝ておったおやじがむくむくと起きてきて、それをよこせと言って、その三百円を取ってしまって、競輪場へ行ってすってしまった、子供は学校へ行ってもそのお金が払えない、昼御飯のときにしょんぼりとして運動場の片すみで泣いておったという話も伝えられておるのである。そういったたぐいの話は枚挙にいとまなく、ほとんど数限りなくある。あの競輪場の窓口で払うところのあのくしゃくしゃの、体臭のしみたあの札束でもって、なぜ知事が兵庫県政をなさねばならぬだろうかというような反省が、しみじみと私の胸にわき上がってきたのであります。それはそれぞれの人生観とかあるいは社会観とかに基づくものではありましょうけれども、私は一県の首長として、もはやこの社会悪を黙視することはできないという判断に到達せざるを得なかったのであります。また理屈から申しましても、戦後昭和二十三年にたしかあの法律ができて、二十四年から施行されたと記憶いたしておりますが、戦後においてはいわゆる戦災復興あるいは災害復興等に、ある種の役割は果たしたでありましょう。その歴史的な意味はそれなりに認めていいと私は思います。しかし十年を経た今日、なおかつあの忌まわしい競輪を継続しなければならないのでありますか、どうしても私にはそれはわからない。全国で戦災を受けました都市が百十二あります。そのうちで競輪を行なっておる都市が四十八ある。残りの六十四は何ら競輪をやっておりません。競輪を財源々々とおっしゃるけれども、戦災を受けた都市の六十四は競輪をやっていない。いわんや一発の爆弾も受けたことのない平和な市が、競輪収入を恒久的財源に充てるという立場は何ということであるか。兵庫県には今二十の都市がある。そのうちで戦災を受けました都市はわずかに六、あとの十四は一発の爆弾も受けておりません。そういう都市が何がゆえに競輪収入を恒久財源に充てなければならないか、ここに私は十分考えなければならぬ点があると思います。
 私は多くを申し上げませんけれども、言わんとする点は簡単である。願わくば国会議員の皆さんにおかれましては、政府を督励して、この際断固競輪を全廃してもらいたいと思います。もし政府がそれをやっていただけぬならばやむを得ません。われわれは独自の立場において廃止します。少なくとも兵庫県と神戸市はくつわを並べて進もうと、悲痛な考え方を持っております。今や財源々々というようなことを言うべき場合ではありません。人間の良心と政治家の良識に訴えて、競輪というものはやめるべきものなりと信じて疑わないのであります。どうぞ議員の皆さんにおかれましては適当なる判断をもって、この機会に競輪を全廃して下さい、どうか全廃して下さい。懇願申し上げる次第であります。(拍手)
○中村委員長 次は日本機械工業連合会専務理事橘弘作君。
○橘参考人 私は競輪から生じまするいわゆる競輪資金すなわち振興資金につきまして、機械工業の立場から申し述べたいと思っております。
 結論から申し上げまして、御承知の通り機械工業は今後わが国の輸出の増大、雇用の吸収のために一大発展をさせなければならないわが国の重要産業であります。しかしその業種は御承知のようにすこぶる多岐にわたりまして、かつ中小企業の占める割合もまことに高いために、この産業を発展させるには、それに必要とする政策も、またきわめて多数の項目に及んで参ります。
 わが機械業界では、年々重要事項について政府予算を獲得すべく努力いたしておりますが、政府予算として認められるものは、毎年わずかにその一部分にすぎません状態でございます。従って、残りの重要部分につきましては、金額の許される範囲におきまして、振興資金によってまかなわれておるのが実情であります。この実態からいたしまして、われわれは、わが国機械工業の発展のためには、振興資金は絶対に欠くべからざるものでありまして、さらに希望といたしましては、将来その増額を強く要望しておるものでございます。
 ただいまから二、三の例をあげまして、振興資金による効果を申し述べたいと存じます。本年度の振興資金は、御承知のように総額約十億円となっております。そして実際に業界から提出された振興資金に対する要望は、重要項目のみを拾
 いましても、これの三倍、すなわち約三十億円に達しておるのでございます。この資金は、自転車及び機械工業における生産技術の向上、輸出の振興、中小企業の合理化指導並びに基礎調査等に使用されておりまして、本年のその項目は七十に及んでおるのでございます。その細目につきましては、お手元に配付いたしました資料によって御了承願いたいと存じます。
 実例の第一は、電子計算機センターでございます。電子計算機は、人工頭脳と申されておりますように、すべての今後の電子機器の中心的な存在でございます。業務管理、計算、事務の超能率化を初めといたしまして、科学方面におきましては、原子炉、ダム、レンズ、航空機、将来の宇宙機械等の複雑多岐かつ膨大なる諸設計の基礎計算を、神わざのごときごく超高速度に行なうなど、きわめて広範かつ重要性が認められておるのでございます。残念ながらわが国では、いまだ輸入に依存しておりまして、これの需要者は数千、数億円のきわめて高価な機械の購入または賃借を余儀なくされておるのでございます。これに対処するために、振興資金によりまして、電子計算機センターを創設いたしまして、鋭意研究いたしました結果、おかげさまをもちまして、国産第一号機の製作に成功をおさめまして、引き続きただいま性能のより高い第二号機を目下製作中でありまして、この国産機の運転によりまして、その実用性を実証いたしますとともに、運転技術者の養成も行ないまして、わが国電子工業の健全なる発達に寄与しておる次第でございます。
 第二の例は、機械工業振興協会の事業につきまして申し上げます。
 昭和三十一年に制定施行されました機械工業振興臨時措置法の円滑なる運用に寄与いたしますために、設立されました財団法人機械工業振興会は、機械工業の基礎部門といたしまして、きわめて重要な歯車、バルブ、油圧機器、ダイカスト、金型、工具、工作機械の七業種につきまして、その品質、精度を急速に国際水準に達せしめるために、中小の個々の業者では、とうてい設置できない内外の優秀な試験機器類、精密なる恒温室等を完備した機械総合研究所を、最近東京に第一号が完成いたしたのでございます。このような形態の研究所は、わが国といたしましては初めてのものでありまして、その成果が大きく期待されるのでございます。
 第三の例は、財団法人自転車技術研究所であります。わが国の自転車工業は、代表的な中小企業でございまして、かつてはその輸出におきまして、機械部門の中の首位を占めておった実績を持っておるのであります。戦時中及び戦後の空白によりまして、往年の海外市場を、残念ながら、欧州諸国に譲りまして、国際競争上はなはだ不満足の現状にあるのでございます。この劣勢を挽回いたしまする方途といたしまして、技術の向上、工場設備並びに管理の合理化、意匠の改良、コストの低減をはかることが、最も重要なるものでございます。このため、振興資金により財団法人自転車技術研究所を設立したのでございます。同研究所は、わが国自転車の主要生産地である東京、大阪、名古屋にそれぞれ指導所を設け、文字通り、わが国自転車生産技術の中枢的指導機関として活動いたしておりまして、開設以来わずか一カ年の間に行ないました技術向上のための指導件数は、実に二千六百有余件に達しまして、きわめて活発な活動を現在続けておるのでございます。
 第四の例は、自転車貿易斡旋所であります。アメリカ合衆国は、日本の自転車業界にとりましては、残された最も有望な輸出市場として認められておるのでございます。この大市場を開拓するため、昭和三十一年にはニューヨーク、また翌三十二年にはサンフランシスコに、それぞれ自転車貿易斡旋所を開設いたしました。また中近東地区に対する輸出の拠点として、有望視されておるカイロにも、昭和二十九年以降自転車貿易斡旋所を設置いたしまして、自転車市場の調査と宣伝活動などを行ないまして、市場の開拓にたゆまない努力を払っておるのでございます。従来自転車の対米輸出は、ほとんどゼロにひとしい状態であったのでありますが、現地における宣伝活動が幸いにも功を奏しまして、昭和三十三年度には二千台、三十四年度中には三万五千台輸出が確実と見られるに至ったのでございます。来年度中にはさらに飛躍的な台数に上る見通しが得られるに至りました次第でございます。
 東北アフリカ及び中近東地区の国々のうちで、石油がその国の経済の中心となっておりますイラン、イラク、サウジアラビア、クエート等の諸国の経済力は充実の方向をたどっておりますので、自転車の市場としての地位も向上しつつあるのでありまして、これに伴いまして自転車の需要も相当上昇するものと考えられるのでございます。御承知の通り同地域はイギリスの圧倒的に優勢な地盤でありますが、日本の自転車も貿易斡旋所の努力が実を結んで参りました近時、相当数量の輸出を見るとともに、有望市場の一つとして大きく期待されるに至ったのでございます。
 最後の実例といたしまして、機械展示センターでございます。わが国機械類の輸出増進施策として、現地の輸入業者及び需要者に対しまして、実物機械の展示、紹介、使用あるいは運転の指導とアフター・サービスを含めまして、各種の技術相談等のサービスを行なうとともに、徹底した市場調査を実施するために、ボンベー及びメキシコに設置したのでございます。この機械展示センターは開設以来今日まで、振興資金をもって運営されておるのでございます。これらの展示センターは、三十三年六月の開館以来出品物も次第に充実いたしまして、引き合い件数もまた日を追うて増加いたしております。本年九月までの引き合い件数を調べますと、約五千件に達しておりましてその成約も日を追うて多数に上っておる盛況でございます。今後におきまする成果に多大の期待をかけることができるのでございます。
 公述の最後といたしまして、振興資金の必要性につきまして申し述べたいと思います。すでに申し述べましたように、わが国機械工業の基礎を強固にして、その健全な発達をはかりますために、特に御留意を願いたいことは、機械工業の特質に応じた多角的関連性と、かつ均整のとれた、規模の大小を問わず、もろもろの施策を実施することが最も必要なことでございます。機械工業における対策は、その項目が非常に多数にわたりまして、かつ一項目に要する資金は、必ずしも多額を要しないものも多いのでございまして、そのために業界が強く要望する重要項目であるにもかかわらず、政府予算にはおのずから諸般の制約もあるためでありましょうが、予算化されないものが年々多数に及んでおるのが実情であります。過去三カ年間に通産省から出しましたこれらの諸政策の予算要求に対しまして、その実現率は、私の記憶では一昨年が一一%余、昨年が一五%強、三十四年度は六%のような状況でございます。このような実情におきまして、振興資金は機械工業の発展のためには欠くことのできないものとなっておるのでございます。
 さらに将来におきまして、さきに申し述べました機械総合研究所は、業界の熱心なる要望にこたえ、引き続き大阪、名古屋、福岡を初めとして主要なる工業地域に設置する必要があります。電子計算機におきましても、近き将来大型国産機の完成の暁におきまして、政府予算によって買い上げるということは困難と思われるのでございますが、これらに対しても振興資金の活用が最も期待されるところであります。
 なおまた強調いたしたいことは、海外機械展示センター、自転車貿易斡旋所等の海外施設の増設強化等にも振興資金の新規投入を継続的に行なう必要も考慮すべきものと思うのでございます。万一振興資金が打ち切られ、日本の予算の関係上、重要なる産業である機械工業に対する予算が、今日のごとく非常に貧弱なつき方であるとすれば、結局振興資金によりますこれまでの重要施設は、すべて休止のやむなきに至ると思っております。せっかく今日まで育て上げられた事業は放棄せざるを得ないと私は思うのでございます。その結果、国家の直接間接の損失ははかり知れないものがあると思うのでございます。
 われわれは今、貿易の自由化または電子工業、原子力工業の技術の革新の時代に直面しておりますが、このような現状にかんがみまして、振興資金の継続はもちろんのことでございます、他面さらにその増額をあわせて強調いたしたいと思います。今日の経済は科学技術を軽んじたら、必ず世界におくれをとるということは申し上げるまでもございません。
 以上、私の申し述べました点を十分御考慮にあずかりたいと思います。これで私の公述を終わります。
○中村委員長 次は四日市市中部婦人会会長小林けい子君。
○小林参考人 ただいま四日市で反対運動を行なっております一婦人の小林でございます。
 競輪が社会悪であるということを第一に申し上げたいと思います。毎日のように新聞、ラジオで家庭悲劇が報じられており、全国競輪場の五十八カ所のうち、必ず一件以上は首つり自殺が起こっておると聞いております。私の住んでおります四日市にも、昭和二十八年に競輪場を出たすぐのところの松の木に首つりがありました。そのほか表に知れない数々の自殺、一家心中事件があるということを申し上げたいと思います。田畑や財産をすってこじき同様の生活をし、国家の生活保護を受けている人を、民生委員様は必ず一人以上は手がけていらっしゃるといっても申し過ぎではないと思います。
 組合や団体の会計を預かっている人で競輪に使い込みをした例もたくさんあります。腕にはりっぱな職を持った大工や左官屋さんで、競輪気違いになったために、妻や子を捨てて次から次へと歩き回り、家には何のたくわえもなく、その日その日をどう暮らしているのやら、泣いている妻子がどんなに多いことでしょう。ファンが多いだけに、手軽にわずかな金でだれでも行けるだけに、その害毒は多いと思います。その日のかせぎのわずかなお金を持って、車券を買いに行く。売り場で売っておりますある婦人は申しておりました。そのしわくちゃになった、汗のにじんだ札を受け取ったときに、もうほんとうにこんなところに来なければいいのに、このうしろにはどんなにたくさんの妻や子が泣いているのだろうかと思うと、その車券を売る婦人は手がふるえて、それを売ることができないとさえ訴えております。
 ある保護司さんがこんなことを申されました。父親が競輪場で血まなこになっているときに、その妻は死にかけていました。むすこはおやじを探しに競輪場へやってきて、やっと見つけて、どうかお父さん、早く帰ってきてちょうだい、お母さんが死にかけていると泣いてすがっても、やかましい、うるさい、この大事なレースが見のがせるか、早く帰れとどなり散らし、やっと夕やみ迫るころ、レースが終わって、とぼとぼと家に帰りましたら、もう妻は冷たくなっていました。そのことがあって以来、今までおとなしい、まじめな青年はぐれ出し、不良の仲間入りをして、ついに少年院行きとなった。またある競輪好きの息子を持ったお母さんは、次のような詩を寄せてこられました。「息子よ、係長のお前のおやじは、汚職もようせず、しけた背広で合オーバーもなく、ボロ靴をはいて土曜日には帰ってくる。お前のおふくろはパーマもかけず、年中同じ着物でPTAや婦人会へ行く。貧乏をしてもまっとうに生きたいと願うのに、お前は血のたるような親の金で、妹が大切にしている旅行の小づかいも、小さい弟の貯金箱までさらえて、競輪場へみんなほりに行く。三日たち、五日たち、十日過ぎると、毛は伸び、目はくぼみ、ほおはこけ落ちて、ワイシャツのえりはあかですり切れ、まるであの世から来た老人のように、魂も抜けて、ぼさっと戻る。それでもお前のおふくろは、ほっとして、口では文句を言いながら、心の中で手を合わせる。息子よ、悪党にはなれぬくせに、やくざのまねはもうやめておくれ。借金の断わりは、もうかんにんしておくれ。」と、このように数え上げたらきりのないほどたくさんの妻や子や、そして年老いた親たちが泣いています。昨日も出発前に、あるお母さんがもんぺ姿で私の家へやって見えました。どうか、今度国会へ行かれたら、競輪廃止を、ほんとうにしてもらうようにして下さい。私の息子は十八で、今までまじめないい青年であったのに、一ぺん友だちに誘われて競輪場へ行ったのが病みつきで、それが何か穴に当たったそうです。それが病みつきでもう次から次と回り歩いて、次にあっちこっちに借金を作り、二十万くらいの借金を作ったそうです。お母さんは田畑を売って、そしてその借金の償いをし、泣いておりましたが、やはりあるところで窃盗、詐欺というようなことをやりましたために鑑別所へ送られ、それから今、瀬戸の少年院に送られている。もう来る手紙はほんとうに済まなかった、なぜあんなところへ行ったのだろう、そういう手紙が毎日のように来ている。それを見るたびにお母さんは申されます。息子のようないい子が、またほかの息子さんも、そういうふうになられたらほんとうに気の毒だ。私はもう自分の恥を申し上げるが、ほんとうにどうか、もうそういうことが二度と起らぬように、はっきりと競輪廃止ということにしていただきたい。競輪場がある限り、またどんなことが起るかもしれないからと泣いて訴えられ、来るときには、おミカンまで汽車の中で食べて下さいと言うて――そのお母さんが申されるのです。どうかそういうふうな陰で泣いておる者の声をお聞き取りいただきたいと思います。この母の願い、妻の祈りをお聞き取りいただきたいと思います。
 第二に、国家は個人のばくちを禁じていながら、地方公共団体が財源のためばくちをやって、テラ銭で学校が建った、病院が建ったといっているが、はたしてそんなことが許されてよろしいのでしょうか。もし競輪をやらなかったら学校や病院を建てないおつもりでしょうか。財源はどこにでもあると思います。世論の反対を押し切ってまでやった議員の退職金のむしりとりや、押しつけの管理職手当などやめたらいいと思います。また土地の固定資産税の公正化をはかったらいいと思います。たとえば四日市の場合には、従来の商店街は、今の売買価額は、坪四万ないし五万でございます。それに市の評価は二万円です。これが近鉄駅附近の急速に発展しました商店街では、時価は坪二十万円から四十万円しております。それにその評価は五万円でございます。前者は二分の一でありますのに、後者は四分の一ないし五分の一という低率の評価でございます。こういうふうな点を公正化しましたら、十分出てくると思います。このことは、どこの都市でも当てはまることだろうと思います。為政者は真剣に廃止を考えたら、財源はどこからでも得られるのではないかと思います。
 第三に競輪は大衆娯楽だと申されますが、大衆が競輪に求めているものは、決して娯楽としてではなく、あの不健康な非人間的な空気の中に自分を埋没させ、確かな精神と道義心を失うことによって、快楽を得ようとするにすぎない。すなわち賭博心理であって、瞬間的には所持金を失った絶望感さえ快楽と感じているのです。また競輪の害はアヘンの害と同じだといわれることも、一度アヘンを吸ったらやあられないと同じように、競輪も一度穴に当たったりしますと、それがもう病みつきで、なかなか自分の力ではやめられません。ファンの大部分が、もうこれきりやめたいと思うが、競輪がある限りやめられないと申しております。ヒマラヤ山岳家ヒラリーに、なぜ山に登るのですかと理由を聞いたときに、そこに山があるからと彼が答えたごとく、競輪場がある限り競輪に行きたいのです。競輪場に花を植えたり、芝生を張ったり、いくら環境を美化しても、決して健全娯楽などとは、およそ縁遠いものだと思います。競輪場がある限り足が洗えず、やがて多くの人が悲劇の終末を作り上げるのです。
 第四に、競輪には八百長がつきものです。選手の意思あるいは選手の黒幕の意思によって左右され、その勝敗はひとえに人為にかかわっております。八百長は当然過ぎるくらい行なわれます。そこで観客はいきり立って暴力ざたとなり、その暴力を防ぐために暴力団を公然と市が雇っているという事実があります。こんなことがはたして許されていいでしょうか。
 最後に、四日市の婦人会では坂倉たま会長を先頭にいたしまして、会員二万一千名が署名をいたし、競輪廃止の陳情をいたしましたが、市長さんは、皆様の御趣旨はよくわかる、自分も決していいものとは思っていないが、法律で許されている限り、当市だけやめる必要はないと言われます。どうか全、国一斉に廃止ができるように、議員の口皆様方に法律を作っていただくよう、心からお願い申し上げます。今やこれは四日市の婦人だけではございません。四日市の大部分の人、そして三重県全部の婦人の願いでもあり、競輪事業関係者以外の全部の者の声であるということを信じ、一刻も早く廃止に国家が踏み切っていただきたいとお願い申し上げる次第でございます。(拍手)
○中村委員長 以上で参考人の方々の意見の陳述は終了いたしました。委員より質疑の通告があります。順次これを許します。中井一夫君。
○中井(一)委員 この際参考人のうち数人のお方にお伺いをいたします。皆さんにおかれては、その要領を明瞭にお答えを下さればありがたく存じます。
 まず戸川平塚市長にお伺いをいたしますが、あなたはただいま市長としては低姿勢、文化人としては高姿勢、その前提で競輪についての賛否両論をこきまぜた御意見の御発表がございました。ことに競輪悪妻論は、さすが文化人戸川さんだと愉快に拝聴いたしました。まず伺いますが、あなたの市におきましては、市の全収入と競輪収入との割合はいかがでございますか、それが一つと、それから、承るところによると、市の財政上競輪の収入を予定しておられる割合が非常に多いということですが、はたしてそれでよいのであろうか、この点については、市長としてよりは、むしろ文化人としての御意見を承っておきたい。
 またあなたは選挙の際においては、競輪の廃止を選挙スローガンの一つに掲げられた。それがために、平塚市民から多数の賛成票を得たであろうとえずから仰せられたのでありますが、この際、文化人として、高姿勢に競輪左続論をお述べになると、あなたはなかなかお人の悪い文化人だとも言わねばならぬのであります(笑声)ただいま競輪悪妻論のうちに平塚市はかいしょうのない亭主だ、かいしょうができるまで競輪との離縁を待ってもらいたいといわれましたが、しからばいつごろ何年ぐらいたてば、かいしょうのない平塚市がかいしょうのある平塚市になることができるか。つまり、あなたの市の財政上、競輪収入と市全体の収入との割合、その関係から見て、平塚市の競輪廃止をすることができる時期はいつくるといわれるのか。このことはすでに問題となっている競輪廃止の全国的時期を考える上において必要でありますから、承っておきたいのであります。
○戸川参考人 お答え申し上げます。簡単な数字を持ってきておりますが、煩瑣なものですから省いたのでございますが、平塚市は二十五年から三十三年までに競輪の収益の総額が五億三千三百六十三万円に及んでおります。その内訳は、教育施設費に二億一千万円振り向けました。土木事業に一億六千万円振り向けました。その他、社会福祉施設と称すべき、たとえば失対公共事業費――失対の労務者が多いのでございますが、この人たちを振り向けるいろいろの仕事を含めまして一億五千八百万円を振り向けて、今日の平塚市がようやく――しかもその間には、赤字で危うく地財法の適用を受ける瀬戸ぎわまでいっておりました市でございますが、これはいろんな意味で努力いたしましたけれども、今日では、赤字はことごとく解消いたしまして、黒字都市のお仲間入りを、辛うじてすることができることになりましたが、以上の五億三千三百六十三万円をほんとうに市民生活の安定のために、市民の社会福祉のために必要な経費を、競輪のおかげで得られたのでございます。従いまして、戦災都市として、ほんとうに市民からは税なんかとれないような状態でございましたが、競輪を始めて以来十年間、歳入全体に対する市民税の比率が平均で三七%、これは平均五〇%なら健全だと思うのです。そこで、競輪の収入は、非常に平塚市には寄与するところが――精神的な面ではいろいろ弊害がございましょうが、金額的に申しますと、非常に多いということでございます。
 ついでに、入場人員でございますが、最初の二十五年は七万一千と録されておりますが、三十三年度には二十七万三千人の入場者を見るようになっております。
 それから、ここ十年間の歳入決算額に対しまする比率は、競輪の収入が一四%に達しております。それから、市税収入に比較してみますと、市税収入に対します比率は二五%という高率でございますので、ほんとうにこれは不健全なあり方の市だということを、戦災都市といたしましても、先ほど申し上げました通りに非常に努力はいたして参りましたけれども、こういう現状であったということで、半ばは、私の立場としましては、かいしょうのない都市で面目もございませんと申し上げましたのは、そういう意味でございます。従いまして、ほんとうにこれをカバーすべき財源が、なかなか確保できなかったということでございます。
 それから将来でございますが、将来は、先ほどちょっと御説明申し上げましたが、戦災復興事業の継続としまして、都市改造事業をやらなければならないことになっております。これも市が焼けて、まだ相当広い地域にわたってそのままになっておりますから、これを継続してやっていただくことになっておりまして、これは建設省の方からの御指示がありますので、先ほど申し上げました趣旨でございますが、結論を申し上げますと、都市改造事業の経費として五年間、毎年八千万円ずつ市が負担するということに実施計画が立っております。この八千万円は、ただいま建設省、自治庁とも御相談申し上げまして、実施計画が立っているわけでございますから、ここで早急にこの八千万円が得られないことになりますと、根本的に市の財政計画を立て直さなければならないということでございます。これをカバーするために、努力はしておりますが、たとえば首都圏整備法の適用を受けまして市街地開発の区域になっておりますが、昨日ようやく話がまとまりまして、非常に広い範囲の工場地帯の設定ができまして、工場誘致が目の前に迫っております。しかしこれは工場誘致条例などがありまして、工場がきましても、工場から確実な財源として固定資産税が入ってくるのは三年たたなければ入って参りませんので、そういう財源の確保に努力しておりますが、競輪の八千万円くらいは、りっぱな工場にきてもらえばこれはカバーできますので、そのような努力も一方に、市長としての立場としてはしておるわけでございます。なお戦災復興について非常な努力をいたしまして、先ほど申し上げましたように大へん無理な復興をあせってやりましたので、膨大な赤字になっておりましたが、それも解消することができました。これも競輪の五億何千万円があったからだ、間接的にはそういうことになりますので、今さらになって薄情な態度で、お前は用はないから出ていけ、世間の評判もますます悪くなる一方じゃないか、と言うことは、私としては言えないということが一つと、それから先ほどお話がございましたが、純真な声ともいうべき声でございます。私が最初に申しました。ピアノの購入費の問題、これは純真な叫びでございます。現在の廃止論者の御意見は、その点で非常に純真なお声だと思います。私は五年前にそういう純真な立場で論じたわけでございますが、市政に直面して市のあり方の現実に当たって参りましてだんだんわかって参りました。私全然しろうとでございますが、市政に直面して当たって参りますと、私が先ほど申し上げました議論は、純真ではあるけれども、現実の政治に直面するには無力だということに私も気がつきました。市の議会でも質問を受けましたので、しろうと市長が政治的な成長を遂げたんだと御理解を願いたいと言って、私は苦しい言いのがれをした事実があるのでございます。そのようなわけで私自身君子でございませんから豹変はいたしませんでしたが、政治の現実に直面してみて、そういうふうに政治的な成長を遂げて、現実に措置するにはどうすればいいか苦労をしておりまして、ただいま申し上げましたような大へん変な比喩でございますけれども、競輪悪妻論で、しばらくこれを一緒にさしておいてくれという低姿勢の態度で、おじぎをしておるわけでございます。
 なお文化人としての考え方として、これはいろいろな問題が含まれておりまして、賭博とは何ぞや、娯楽とは何ぞや、現実の庶民の生活のあり方はどうであるとか、いろいろな問題がありますので、これは十分や十五分で私は意を尽くすことはできないのでございますが、新聞その他雑誌で私は多少意見を述べておりますし、今後も述べると思いますので御了解を願いたいと思います。
○中村委員長 時間の都合もありますので、委員各位からの御質問はなるべく重複した部分を避けることとし、また御答弁はごく簡略にお願いしたいと思います。
○中井(一)委員 次に高山京都市長に伺います。
 競輪は創始以来年、この間約五百八十五億の大金を地方財政、機械工業振興、スポーツ、失業対策、疾病対策、各種社会福祉事業助成、それらの遂行に寄与をいたしておるのでございます。従ってその国家的社会的の貢献というものは、深く認めねばならぬと思うのであります。しかし本日御出席の参考人諸氏の御意見を承れば、競輪の絶対的存続論者は橘参考人ただ一人であって、他の方々はすべて廃止論者であり、ただ中には財政の都合上数年間を待ってもらいたいといわれるに過ぎないのである。しからば今や競輪の廃止は、天下の世論となったと認めざるを得ないのであります。しかしながら国会、私どもの一番心配をいたしますることは、競輪を廃止した場合において地方財政の欠陥の補てんをいかにするか、ことに競輪発展のために今日まで営々として努力してきた人々、職員、勤労者その他全国十数万に及ぶ関係者多数の人々の失職の救済をいかにするかということでありまして、これさえ解決ができれば競輪の廃止論は今やまさに決定的なものとなったということは、実にやむを得ないことであります。そこであなたは率先して廃止を御断行になったのでありますが、ただいま申し上げた二点については、どういう処理をして跡始末をなされたのであるか、その点のみを承りたい。
○高山参考人 ごもっともな御質問であり、あるいは今迷っておられる人々にとっては、こういう問題は重大な問題であろうと思います。しかしまず第一に、やめてみて私どもが財政的に困ったかといえば困らなかった。先ほども申した通り、大体私の方の収入から見ればごくわずかな。パーセンテージなんです。それからもう一つは、どこの都市にも先ほど申した滞納の税金があるのであります。またほんとうに引き締めれば冗費というものも出てくるのであります。ことに人件費の調整、こういう問題も考えて、引き締めれば出る、私はこういう考えを持っておったのでありますが、実際やってみてそれほどの痛痒を感じないのであります。それから競輪が始まったときと、今日とは、どこの都市でも相当税は伸びていると思います。いつまでもそれにたよっておるわけにはいかない、相当税は伸びているのでありますから、その当時の事情とは相当違うということも考えなければならぬと思うのであります。
 もう一つ一番大事なことは、先ほど申したように考え方の根本に、非常な健全な財政にしても、なおこの競輪の収入減のためにもし困るならば、その範囲内で行政をやっていけばいいのじゃないか、私はこれが一番大事じゃないかと思います。今私は戸川さんのお話を聞いておって、なぜそういうふうにお考えになっておるのか、非常に迷っておるのですが、健全なる収入でやればいいのでありまして、そういう不健全なばくちの金までとってやる、私はこれは過剰サービスと言いたいのです。私どもには、正しい財源で正しい政治をやる義務が課せられているのであります。ですからそういう不正な財源でサービスをやることは過剰サービスだと、こういう考えを持っているのです。ですからそれで踏み切られたらいいと思うのです。
 それから今度は今の第二の御質問でありますが、そのやめたための犠牲者です。これは二通りあると思います。一つは今日まで競輪で一緒になってもうけておる人もうんといると思うんです。そんなものは今日まで十分にもうけているのですから、これがやめになったからといって、別にその人たちのことまで心配する必要はない。それから先ほど機械工業組合ですかのお話では、このばくちの金は非常に産業に役立っている、ほんとうにその虚業に金が要るならば、正当に別途の方からこれをおとりになったらいいと思う。人を苦しめて、泣かしめて自分の産業に金をつぎ込むというのはおかしいと思う。そういう人々は私は一応問題にならないと思う。ただ問題になるのは競輪に働いておる実際の労働者があるわけであります。これは一応やめるために失業するという問題が当然出てくるのでありますから、これは考えなければならぬと思います。そこで私は一面一部の労働者には退職金を渡した。それと同時に、また新しい職業の周旋もするという態度をとった。それからやめるためについてのいろいろの費用というものが理屈は抜きにして要りましょう。そこで私はすぐやめないで、清算競輪というものをやったのです。もう私の方はばくちのテラ銭を取ることに問題があるのですから、ばくちのテラ銭は一応私どもは取らない。そこで四カ月になりましたが、四カ月のテラ銭はみんな関係者に上げる。だからこの四カ月の間に一切がっさい解決をつけてもらいたい。それで清算競輪をやっている間に、大体すべてのことが解決がついたのであります。ですからやろうと思えば、いろいろのことを御心配になりますが、それぞれの手を打っていけばやめられぬことはないのです。現に私どもはやめたのですから、どうぞその点をお考えを願いたいと思います。
○中井(一)委員 その四カ月の清算競輪をおやりになって、そこで幾らの金ができ、幾らで跡始末が円満にできましたか。
○高山参考人 大体私どものところは、七、八千万円市に入るのですが、私どもはちょっと違うのです。それだけやりにくい点があったのです。私どもは、資料を差し上げておきました中に書いてありますが、よそと違って競輪場ができまして、直ちに市がやらなくて会社ができたのです。そして会社ができて、建物を作りまして、市に寄付したのです。そして市は収入の四割――四分六にしたのですが、六割はその会社にやって、私どもは四割を取ろうということで、私の前の市長がきめて、ずっとやってきたのです。そこで私の方は下手にまごつきますと、いわゆる契約不履行になって、その競輪会社から訴訟を起こされる心配が十分ある。そこで私どもはそういう訴訟になりますと、あとに尾を引いて容易に解決しにくいから、その四カ月というもののテラ銭を、全部向こうにやるからこれを四カ月で一切がっさい解決しようということで、競輪の廃止を四カ月延ばしました。それで円満に解決をした次第であります。
○中井(一)委員 その金額は……。
○高山参考人 それは今も申します通り、七千万円という計算をいたしまして、私どものテラ銭がそれの四割で、それを結局三千万円で切ったのです。いろいろ端が出ますし、はたして七千万円入るのやらどうかわかりませんが、全部のテラ銭を三千万円ということで三千万円をやりまして、あとで労働者の解雇手当とか、そういうものに回して解決がついたわけです。
○中井(一)委員 労働者はどのくらいおったのですか。
○高山参考人 五百人ぐらいだったと思います。
○中井(一)委員 阪本参考人に……。今度兵庫県知事は競輪の廃止を決意されたのでありますが、兵庫県内におけるその他の都市は県の意向に同調をするであろうかいなや。また県会はあなたの意見に賛成し、協力せられるであろうか。あなたの廃止によって県政上混乱が起きるおそれがないか。まずこの点を承ることが一つ。それからこれをおやめになることによって県財政の欠陥をどうせられるか、また就業者の離職によるところの救済をどうせられるか、そういうような問題についてのお見通しはいかがですか。承るところによると、兵庫県の一年の収入は三百億、競輪収入は一億四、五千万円、〇・五、六くらいに当たる趣でありますが、最近まで兵庫県は赤字県であった。ようやく立ち直られたけれども、その財政は決して豊かなものでないと承知しておる。この際これを断行せられて、あなたの県政は円満にいくであろうか、まずこの点についての御意見を承りたい。これはやがて日本全体の問題に及びますから、簡単にして明瞭な御答弁を得たいと思います。
○阪本参考人 第一点、県下の他の都市が県の方針に同調するであろうか、この点につきましては、ただいまの見込みは市長自身で同調すると明言いたしましたのは、県下で神戸市と尼崎市だけであります。その他はまだ不明でございます。第二の、県会がはたして私の方針をどうするかという点につきましては、いろいろの機会にただいままで私の説を支持して同調してくれるように懇請を続けております。ただいまのところはそういう方向にいくであろうと観察をいたしておりますが、まだ決定はいたしておりません。
 次に県財政の点でございますが、本来の競輪の収入が一億三千万円、他の都市に貸して入る収入が一千七百万円でございますから、大体一億四千数百万円の収入がございます。これを失った場合はどうなるかということでございますが、実際のところかなりつらい場合ではございます。しかしながら、今御指摘のように、本県の財政規模からいえば全体の一%に達しません。〇・六%にすぎないようなくらいでありますから、県の物件費の節約、人件費の合理化、その他滞納している税金の合理的、積極的徴収等によりまして、相当のパーセントはカバーができると思いますが、少なくとも最初の一年はかなりつらいことは覚悟はしております。それをしも忍んで断行いたしたいというところに私のつらさがあるのであります。
 離職者につきましては、たとえば未亡人の方々が働いていらっしゃいます。それで一家をささえておられるような方々が離職をされる場合は非常に気の毒でありますから、十分対策は講じておりますけれども、いろいろな段階がございまして、県だけがやめた場合、神戸市と県がやめた場合などは、それらの人々の収入が若干減るのであります。県下の全部の自治体がやめてしまえばゼロになりますが、二、三のものがやめた場合は収入が減るという程度にとどまるのでありまして、それに対する方法はもうすでに研究をいたしまして対策は考えておる次第であります。全廃をした場合はかなりめんどうな問題が起こると思います。しかしそのためには、今高山市長がおっしゃいました清算競輪ということも考えられる場合だと考えております。
○中井(一)委員 最後に石見姫路市長と小林女史にお伺いしたい。石見市長は先ほど仰せの通り、日本の戦災都市百十数市を集められてその連盟を作られ、戦災復興のために大へんな御尽力になったことは、私もよく承知をしております。先日この連盟を解散されてできたのが都市整備促進連盟、この際に競輪廃止を決定せられるということは、前もって新聞等に伝えられておったのでありますが、それがなされなかったことはただいまの御説明によって承知をいたしました。ただ申し上げるまでもなく、政府の戦災都市復興に対する協力といいますか、推進というものは決して十分なものではございません。よいとか悪いとかの問題をのけて、要求する都市は多数でも政府の財布は一つである。従って事実財政上の関係からして、各戦災都市は、ついに十分な復興費を政府より受けることができないままに終わった。その意味において、競輪が過去十年の間になした財政上の貢献の功績は高く評価すべきである。同時に廃止によって生ずる困難なる問題をいかに解決するか、問題はここにある。そこで伺いたいのは、戦災都市連盟解散後、新たに作られた都市整備促進連盟において、それらの都市の当局の競輪存廃に関する意向はどうでありますか、すなわち引き続きやりたいという意向であったか、またはもう何年かの間だけやればやめるという意向であったか、その点をこの際はっきりしておいていただきたいのであります。なお、小林女史に伺いたいのは、ただいま、四日市における婦人団体が致して競輪廃止運動に踏み切られたということは承りましたが、その運動は先般来、私どもに競輪廃止の陳情を続けておられる全日本婦人連合会の運動とは、何らかの関係があるのですか、この問題についての全日本婦人連合会の動向というものが、どういう形に動いているか、それを承っておきたいのであります。
○石見参考人 私はこの競馬、競輪、富くじ等を戦災都市に執行権をゆだねてもらおうじゃないかという提案をする当時は、いずれもギャンブルの範疇にあるものであるから、もちろん好むべきものではないけれども、戦災が応復興を見るまで、しかるかわりに応の復興を遂げた場合にはやめるべきだということを前提としたのでございます。従って十分な復興はまだこれからではありますけれども、応形の上の復興は大かた格好がつきかけた。従ってそういう前提で開催権を得た戦災都市でありますから、もうぼつぼつやめるべく心づもりをすべき時期ではなかろうかということを、都市整備促進連盟の第一回の委員会の席上に話題として取り上げたのでありまして、御質問の要旨は、やめるのかやめないのか、一般の意向はどうかということでございますが、この点は、要するにいずれも理論的にはやめることに対して異議はない、いずれはやめるべきだ、突然では困る、せめて四、五年間の準備期間、善処期間を置いてもらいたい、かつこいねがわくばかわり財源がほしい。これが大体の都市の市長の総体の意見であります。
○小林参考人 先ほどのお尋ねに対しまして、私ども四日市婦人会は、四日市婦人会単独で廃止運動を起こしましたので、それは全国の地域婦人会とは何ら関係がありません。しかし全国の地域婦人会の会長は山高しげりさんと聞いておりますので、また本日これが済みましてから一度みんなで座談会を開いて、そういう意向についてお互いに意見をかわしたいと思っておりますけれども、四日市でやりましたのは四日市単独でやったわけでございます。そして私は幹部でも何でもございません。四日市の婦人会は地区がいろいろ分かれて二十七地区ございまして、その中の連絡協議会というものを作っておりまして、その会長は先ほど申しました坂倉たまさんでございまして、私はその地区の中の会長をしております。
○中井(一)委員 これをもって私の質問を終ります。
○中村委員長 次は小林正美君。
○小林(正)委員 先ほど来参考人各位の御意見をいろいろ拝聴をいたしたのでありますが、そのほとんどの方が、やはり競輪というものは好ましいものではない、願わくば一日も早くこれを廃止したい、こういう御意見のように私は了解をいたしました。非常に私も同感でございます。そこで、時間もありませんので、問題をしぼって小林けい子さんにお尋ねをいたしたいと思うのであります。
 最初にちょっと断わっておきますが、小林けい子さんを参考人に呼ぼうとしたら、同じ四日市で小林という名前だから、君の細君じゃないか、こういうような御質問が出たのでありますが、何にも関係はありません。とかく競輪には八百長がつきものでありますが、決して夫婦で八百長質問を国会でしようとは思っておりませんので、つ小林さんも率直に御意見を御開陳いただきたいと考えております。
 この競輪というものはもう単なるばくちではない、ばくち以上に悪いところのイカサマばくちである、こういう工合に私たちは理解いたしております。従いまして、いろいろの問題が生じて、ついに四日市の婦人団体が非常に強い団結のもとに、この反対運動に立ち上がられたということは、私たちも心から敬意を表したいと考えております。本日も会長の坂倉たまさん、副会長の坪井さんや見さんも、多数おそろいで傍聴に来ておられるその熱意に対しては、衷心から敬意を表するものでございます。そこで小林けい子さんにお尋ねをいたしたいのでございますが、あなた方がこの運動をお始めになられた動機は、一体どこにあったのか。たとえば何か他の第三者から特別に示唆を受けたか、悪い言葉で言えば、新聞などは、これはほかの扇動でやったのだ、こういうようなことまで書いておるということを、私は新聞で承知をいたしておりますが、あなた方がこの運動を始められるについて、どういう動機でもって出発されたか、その点お尋ねをいたしたいと思います。
○小林参考人 ただいまのことにお答えいたします。私どもが一番初めこれを行ないましたもとは、ことしの七月に、四日市の競輪に誤払い事件が起こりました。それで非常に騒がれ、その跡始末として市がそのアンケートをとりましたら、結局三倍ものたくさんの要求をしてきた。それに対してその通り三倍もよけいに支払ったということを聞きまして、賭博行為をしておる上にまだ詐偽行為まで許すのかということで、非常に私ども婦人は怒りを持ちました。
 それからもう一つは、この伊勢湾台風で四日市は大へん災害を受けたの広ございますが、特にその競輪場のございます霞ケ浦というところ、これは海岸地帯ですが、大へんな被害を受けのでございます。その被害を受けましたのに、すぐまた、これは霞ケ浦土地会社が持っているものですから、それを復興しかけた。災害を受けてまだ民家もみんな困っておるし、道路はめちゃくちゃになり、堤防もこわれたりそのほか四日市としては、たくさん直さんならぬところがあるのに、なぜこの競輪場を先に復興してそれを始めようとするのか、もうこの災害を機会に、先ほどもちょっと述べましたような社会悪の根源であるところの競輪をやめてほしい、その願いがありました。
 それからそれにはもう、先ほどの説明では足りませんでしたけれども、その地方の地区の婦人会というものは、非常な被害をこうむっておるのです。競輪があるたびに、ゆすられる、洗たくものはとられる、不良がうろつく、非常な害をこうむっているものですから、もうこの災害を機会にこれを一掃したいということ、それからもう一つは、四日市は急に発展しました近代工業都市でございまして、健全な娯楽施設がないのでございます。子供を連れて、家族連れで遊びに行く公園一つないのにでございます。これはほんとうにお恥ずかしい話で、皆さん方もおいでになったら一ぺんにわかると思いますが、ほんとうに焼け跡そのままのような状態です。いわゆる商店街は発達しておりますが、こういういこいの場というような、そういう健全な場がつもございません。そういうときでございますから、この際、この競輪場を復興するよりも、健全な家族ぐるみで遊びに行ける娯楽施設を作って、文化都市に切りかえてほしい、そういうふうな三つのことを願いまして、市長さんに陳情したようなわけでございます。他の団体からなにされたというようなことは全然ありません。いろいろな三文新聞は、いろいろ悪口を書いたり、いろいろ悪口を言います。四日市の競輪場は土地会社が所有しておりますので、その利権にからまる方々が、いろいろ悪いことを言って書きますけれども、私たちのやりました純粋な動きに対して、三四労協という労働組合の方は、大へんいいことだからといって、すぐそのあとで、その人たちも廃止を言うてくれたものですから、そういうようなところから何か誤解を受けたかと思いますが、むしろわれわれの言ったことについてきたというふうな状態で、決して他からなにされたというようなことではございません。
○小林(正)委員 先ほど来各知事、市長などのお話を承っておりますと、大体これを存続したいという地方自治体の長の方々の場合は、非常に競輪によるところの収入の比率が大きい、こういう工合に私も理解をしたわけであります。そこで特に四日市の場合において、この競輪によるところの四日市市の財政を潤す数字がどのくらいであるか、またこの問題について、市長さらには市会議員の諸君は、どういう工合に考えておられるか、そういう点についても、四日市の婦人会は、いろいろアンケートなどとって運動しておられるということを聞いておりますので、お差しつかえがなければ、そういう数字の面とか、市会議員の方々の意見なども、この際、あなたが知っておられたら、ここで御報告をいただきたいと考えます。
○小林参考人 四日市の昨三十三年度の競輪の収益は、実はちゃんとした書いたものをあちらの袋の中へ入れて忘れて、うろ覚えで間違っておりましたらあとで訂正させていただきますけれども、千百万何がしというのが、四日市市の三十三年度の利益でございます。そうして総予算は二十億と聞いておりますので、約〇・五%だと思います。それからことしの三十四年度は、六百万円を当市の予算に繰り入れてあったそうでありますが、今のところ収益は四百万円しか上がっておりません。それは七月以後いろいろの事件が起こりましたし、台風でずっと休んでおりますので、今のところ上がっておりません。そういう状態で、そうしてしかも去年は、四日市市が千百万の収益を上げたのに対しまして、霞ケ浦土地会社の方は二千八十四万円の収益を上げている。四日市の競輪は、四日市市が月に六日間、あとの六日間は鈴鹿市と桑名市とが共催でやっておりますので、霞ケ浦土地会社の方が、四日市の収益よりたくさん上げているというような状態であります。
 そうしてさっきのアンケートのお答えでございますけれども、この廃止運動に強力に協力するという市会議員は四名でございます。それから廃止運動を大へんよく理解するというのが十五名、それから趣旨として賛成はしているが、徐々にやめたいというのが四名でございます。それから市会の決定までその見解を避ける、個人の意見は避けるというのが三名でございます。それから廃止は理解できないというのが二名ございましたけれども、しかしその方も、所見の中では、御趣旨はよくわかるのだがというようなことが書いてありましたので、おおむね私どもといたしましては、この運動の趣旨には賛成していただいているもの、こういうふうに思っております。そのほか市内の有力なる方にアンケートを求めましたところのお答えは、全部理解し、全部廃止運動に賛成というお答えをいただいたわけです。
○小林(正)委員 大体四日市の競輪の実態が浮き彫りにされてきたわけでありますが、先ほどあなたは、こういうわずかばかり、年間でいうならば千分の五ぐらいの四日市の収入であるから、これはいわゆる四日市の中で幾らでもかわり財源があるのではないか、こういうふうにおっしゃっておられたようでありますが、もう一つ考え方を広げて、たとえば国の政治において一体この問題をどう考えたらいいか、かわり財源を国に求めることも決して困難でない、こういう工合に私は考えますが、その点どういう工合にお考えになるか、御答弁をいただきたいと思います。
 それと、たしか十一月十八日の毎日新聞だったと思いますが、今度の運動に対して坂倉会長や同会の役員宅に対して、競輪廃止運動をやるのは赤だ、今、競輪選手を宿泊させて毎月五万円も収入があるのに、競輪をやめればそれがなくなるが、お前、どうしてくれるんだ、うちの若い者を回してやって、一つお前の方へこの問題に対して何らかのあいさつをさせるぞ、こういうような脅迫状が、十数通も舞い込んでおるというようなことを新聞に書かれておりますが、そういったようなこの問題に関連して、いわゆる競輪場をめぐっていかがわしい連中からいろいろ迫害があることを聞いておりますが、そういう点ももしありましたら、遠慮なく一つこの席であなたの知っておられる程度を御発表していただきたいと思います。
○小林参考人 国家の方でそういうことをできるのじゃないかということは、もう議員さんの方が私よりもよく御存じだと思います。私どもは新聞その他で知っておる程度でございますが、先ごろきめられたというベトナム賠償の問題なんか、実に二百億円というようなことを聞いたり何かして心外にたえないと思っております。それから、こんなことを言うとまた赤と言われるかもしれませんけれども、実際にもうアメリカでは要らなくなったロッキードを日本ではこれから五年かかって作るのだ、そういう一機に五億何千万円もかかるのだとか、そういうことを聞くたびに、まだまだ国の中には幾らでも――さっきからわずか八十億だということを阪本知事もおっしゃいましたが、これくらいを地方財政に回わす財源は幾らでもあるのじゃないか、そういうことは議員さんの方が十分よく御存じだと思いますから、どうぞその点はよろしくお願い申し上げます。
 いやがらせその他のことというのは、それは私の方にも電話その他がかかったり手紙が来たりしておりますけれども、そういうことは単なるいやがらせであって、まだ人権侵害問題になるほどのものはないと思います。私も市の人権擁護委員をしておりますので、そういうことを気をつけておりますけれども、そういうことは今のところあまりないと思います。ただ一部の地区の農協婦人部ですか、その方の幹部の方には行って、何かしたということでございますので、それも二、三日前に、出発前に調べて、直接お会いして参りましたら、決してそういうふうな強いことではなくて、あまりに先頭を切って――そこの地区は非常に競輪場と近いものですから働きに行く方も相当あるものですから、そういう方のことも思って、あまり正面切って農協婦人部が反対運動をするようなことがあったら承知せぬぞという程度のおどしであったので、そう大したことではないと思っております。また、なおこれは御質問でないかもしれませんけれども、働いている方たちが三百人ほどおられるのだそうでございますが、その方たちがみな失業したときにはあっせんするから申し込めということを三四労協の方があっせんなさいました。ところが三人だけ職業を申し込んできたというような状態で、そういう方面からの圧迫とか、そういうことも今のところはございません。
○小林(正)委員 関連がありますので、この際重工業局長にお尋ねをいたしたいと思うのでありますが、この前の委員会で、私がこの問題についてあなたに質問いたしましたら、局長は四日市の問題についてはさっそく調査をして、これについてしかるべき指示をしたい、こういうことでありましたが、どのような具体的な、四日市の市の方へあなたの方で御調査なり指示なりをなさったか、その点をお伺いいたしたいと思います。
○小出政府委員 お答えいたします。四日市の競輪場の復旧の問題に関連いたしまして、先般小林先生から御指摘がありましたときにもお答え申し上げましたが、その日即日さらに重ねて私から現地の通産局長に電話をいたしまして、施設の復旧については災害が起こりました直後におきまして、一応措置をいたしたのでありますけれども、やはり復旧の動きがあるということがその後判明いたしましたので、重ねて復旧については、これは災害が起こっておりまする際に、競輪場からまず復旧というようなことは非常に問題があるという趣旨におきまして、これに対しましては施設を担当しておりまする近畿日本鉄道の傍系会社の方に対しまして、慎重に措置するようにということを申し上げました。なおその際に、単に慎重に措置するという言葉の意味でございますけれども、競輪全般が非常に問題になっておりまする際でありまして、競輪の存廃問題がおそらく近く、少なくとも通常国会においては根本的に議論されなければならない段階にきておりまする際に、あるいは廃止になるかもしれない競輪というものに対しまして、そういうような問題も十分頭に入れて考えなければならない時期であるということを申しまして、そういうような措置をいたしております。実際問題といたしまして、これにつきまして調査をいたしましたところが、競輪場の復旧は会社自体といたしましては、かなりの程度まで進んでしまっておるという事実を、私どもも調査の結果承知いたしております。しかしながらその競輪場を再開するかしないかということは、これは行政の指導によってできるわけであります。少なくとも競輪全般の問題につきまして態度が決定するまでは、私どもはこれを再開する意思は全然持っておりません。
○小林(正)委員 もう一つ重工業局長にお尋ねいたしたいのでありますが、この競輪の存続ということが好ましいものではないということは、これはもうおそらく日本中の国民全部の世論であろうと私は思う。ところが最近通産省におきましては、この問題をきわめて巧妙にすりかえようとしておる。ということは、競輪だけを俎上に上せるということはおかしいではないか、よろしく競馬や競艇などひっくるめて、これに対して審議会を設け、十分に調査審議した上で、やめるならば同時にやめた方がよい、こういうふうな工合に、あなた方はこの問題をすりかえようとしているということが、今非常に国民全体から逆に憤激を買っている一つの原因を作っておると私は考えます。特にわれわれといたしましては、いわゆる競輪というものは、競馬や競艇等とやや趣を異にして、全部人間の力でもって競輪というものは走るのでありますから、一番イカサマの要素が多いということは、これは何人も疑う余地がない。そこで私どもとしましては、問題がここまで非常に激化しておる、問題がここまで大きくなっておるときに、通産省がこの問題のポイントをずらして、他の競艇や競馬と一緒にこの問題を論議すべきだ、こういうことを言うということは、私は非常に卑怯だと思う。そういうことでは私は真の政治というものは行なわれ得ないと思う。通産省は、この際競輪は被害が一番大きいばくちで、これはまさにイカサマばくちである、こういう観点に立って、この問題に大胆率直に取り組んで、たとい競艇や競馬がどうあろうとも、まず競輪はやめるべきだ、イカサマばくちであるからやめなければいかぬ、そういう考え方にあなたは立てませんか、その点一つ御答弁いただきたい。
○小出政府委員 ただいまの御質問の中で、通産省が競輪の問題の焦点をぼかすといいまするか、これをずらすために、他のいわゆる公営競技――競馬、モーター・ボート及びオート・レース、競輪この四つがあるわけでありますが、この全部をひっくるめて、これを一括して全体の存廃問題というものを運託生でもって解決するというふうに通産省自体が動いておるという趣旨の御発言がございましたけれども、そういう事実は全然ございません。これははっきり申し上げておきます。ただ、御承知の通り、自民党の政務調査会の中に、公営競技特別委員会というものができまして、自民党におかれましては、公営競技全般についての存廃問題も含めまして、今後の公営競技の扱い方をどうするかということの調査を政務調査会としてされることに先般きまって、これは国会の公報にも載っておりますので、御承知だと思います。その際におきまして、その公営競技特別委員会におかれましては、いわゆる公営競技、競馬、競輪、モーター・ボート、オート・レース、全部につきまして御審議になるというふうに承わっております。これは御承知の通り、競輪につきまして、競輪場の新設を認めないとかいうような閣議決定をすでに三十年、その後しばしば行なっておりますが、その際におきましても、競輪だけでなくて、競馬も含めまして、全部の公営競技についての閣議決定になっております。従って、公営競技全般について御審議を願う、こういう立場であろうと思います。
 そこで、通産省、私どもの行政の立場から申し上げますると、私はこういうふうに認識をいたしております。競輪の問題に関しましては、少なくとも他の公営競技の問題は別といたしまして、競輪に関する限りにおきましては、私は今や立法論の段階に入っておると考えるのであります。私どもは一行政官にすぎませんので、法律が現存しておりまする限りは、その法律を実施するという行政上の責任を持っておりますので、その法律を適正に運営するということについての責任を持っておるわけであります。しかし、競馬を除きまして、これらの他のそれぞれの競技は、いずれも御承知の通り当時与野党を含めましての全般的な議員立法で成立しております関係もございますので、これらにつきましては、十分立法論として御審議をいただきまして、その結論によって、私どもはいかようにも法律的あるいは行政的の措置をしたい、かように考えておる次第であります。
○小林(正)委員 もうこれで終わりたいと思いますが、とにかく通産当局はこの問題をやはりもう少し真正面から正しく見つめて取り組んでやらなければ、結局国民から非常に大きな不信の念を、現在の政府や行政官庁が買うことになる、かように私は考えます。先般も私は四日市の競輪場に参りまして、あすこの便所のちょうど外側を通りましたら、こういうような落書きが書いてあった。「競輪ファンの落ち行く先は、赤いれんがか絞首台」こういう俳句が書き込んでございました。まさにこれは競輪場の空気をそのままずばり表わした言葉であろうと思うのであります。
 時間がありませんので、この辺で終わりたいと思いますが、どうか通産当局におかれても、ただいま参考人が述べられた気持を十分に肝に銘じて、一日も早くこういういわゆるイカサマばくちを廃止されるような積極的な努力を心から要望いたしまして、私の質問は終わります。
○中村委員長 次は田中武夫君。
○田中(武)委員 まず高山参考人にお伺いいたしたいのでございますが、先ほどの高山市長の御意見、全く私たちと同じ考え方であって、全国に率先して競輪をおやめになりました高山市長の英断に私敬意を表するものであります。
 高山参考人はいろいろと述べられた弊害の中に言われてなかったが、そのほかに、私は、競輪が地方財政に寄与しておる、こういうようなところから競輪関係者と、地方自治体の関係者との間にくされ縁ができてくる、そういうことによる競輪関係者、あるいは自転車振興会、ないしその周囲の人たちが自治体に対する一種の圧力団体になっている、こういうような関係が生じつつあるのではないか、このように考えるのですが、そういうような点について高山市長はどのようにお考えになるか。あるいは廃止にあたってそういった面からの妨害、こういうようなものが先ほどちょっと話に出ておりましたが、そういうことがあったのか。あったとすれば、どういうようにして押えられたか、こういう点と、もう一つは、先ほどのお話の中に、やめてから売り上げが七億円減ったというお話ですが、具体的に京都市がおやめになって以来、市民の生活に、何といいますか、潤いのある生活という面でも現われたというような実情がありますか。やめたということについてのその後の市民生活との関係、そういうような点について、ちょっとありましたら、伺いたいと思います。
○高山参考人 第一の御質問でありますが、これは私の方ではそれほど大した圧力はなかったのであります。もちろん市民の中に、競輪関係者だろうと思いますが、私あてに、先ほど四日市にあったような脅迫状のようなものは参りました。それはごく少数で、むしろやめてくれということで、やめることに賛成だという投書が殺到したわけでございますので、私は大して圧力を感じなかったのであります。多少そういうことがありましても、そういう圧力は市長の腹一つだと思います。
 それから第二の、やめて市民の気風がどうなったか。これはなかなかそう急にはこの面にすぐ因果関係的に現われるものじゃありませんが、ただ、一つ番いいことは、今までばくちを市がやっているということで、教育者がいかに教育がしにくかったかということを、私どもは思っておったのでありますが、その点で教育者は大いに喜んだと思います。それからまた、私どもの方では市民憲章というものを出しまして、市民のモラルを高める運動をやっております。その中に京都市民はよい風習を育てましょうという一句があるのでありますが、競輪がある限りこの市民憲章は、全然意味をなさないことになるのであります。その点で、市民憲章推進団体がたくさんありますが、それらは非常に勇気を得たろうと思います。
 それからもう一つ、市役所の内部の問題としまして、マージャンとばくが、私は相当はやっているだろうという感じを持って、マージャンとばくはすなわちとばくでありますから、市の吏員がこういうことのためにふけっておったり、また身を誤ることがあってはならぬ、そこで、マージャンとばくを禁止するという市長の方針をきめたときに、競輪があったんではその方針は徹底しないのであります。ちょうどそういうことで困った者も出ましたので、それを機会に、まず何が正しいか、何が悪いかということを示すことが必要だ、それには競輪が一番ガンであるので、私はそういう意味で競輪を急いでやめたようなわけであります。
○田中(武)委員 次に、金刺参考人にお伺いいたします。
 先ほど私申しましたように、競輪関係者と地方自治体との間のくされ縁、こういうことも私は大きく考えねばならぬと考えておるわけであります。実はきょう来てもらっておりませんが、前に事件がありました直後来てもらった松戸の市長さんにもそのことを申し上げ、われわれ聞いておった面についてただしたこともあるわけなんですが、川崎につきましてもこういうことを聞いているんです。競輪場内の売店、これは市の条例をもっていろいろと運営しておられる。ところが、そのうちの五カ所か何か、約三分の一に当たる場所が全然その条例によって運営せられずして、競輪関係の、はっきり申しましてボスとでも申しますか、そういう人との間に貸借ができておって、条例によるところの行使、こういうことはほかのところはなされても、ここはなされていない、そういうようなことを聞いておりますが、具体的に川崎市における競輪関係者と市の関係者との間に、そういった面が相当あるのではないか、こう思うのですが、これはどうかと思いますが、一つ御意見を聞かしていただきたいと思います。
○金刺参考人 ただいまのお話でございますが、そういう関係は全然ありません。いわゆる競輪関係者というのはボスをさしておると思いますが、いわゆるボスと称しておりますが、それは私の先ほど申し上げましたように、一番競輪が早く昭和二十四年に発足したのでありまして、その当時、二カ月かそこいらで四月ごろに大きな騒擾事件が勃発して、全国で初めてああいう大きな事件が起きました。それはどういう原因かといいますと、警備に町の有力者を使っておった。それらの人たちを一切廃止することが競輪を明朗にするゆえんだ、こういうようなことを考えまして、最近でもいろいろ問題になっておりますが、私の方では十年前にそれらの町のいわゆるボスと手を切ったわけであります。それでそのときに百人ばかり働いていた人たちが失職するわけでございます。それでこの人たちに市が――会社でないんですから、市で競輪場を持っております。市が売店も持っております。三十五店舗ばかりあります。そのうちの五店舗をとにかく百人からの人を首切るのですから、その代償として売店の経営をゆだねる。それで条例に店舗がございますが、御承知の通り、市が売店から賃貸料を取るわけですが、これはすべての収入は条例によらなければならないことになっておりますので、条例を設定したわけですが、その設定当時の環境といたしましては、今日考えてみますといろいろの問題があるでありましょうが、その当時としては非常にどろなわ式にその条例を作ったという欠点もありますが、そういうわけであります。五店舗はそのままになっておりますが、それはいずれの条例でも市長の権限の範囲があるわけであります。それを行使しまして、私の行政措置としてこれをやっております。しかしこれも議会の委員会に、市長の諮問機関がありますので、市議会に諮ってそれをやっておる。こういう内容でございます。もう一言つけ加えますが、それらについて不明朗でありますので、いよいよ今月の十五日から招集しております議会に、その条例案の改正をすることになっております。参考までにつけ加えます。
○田中(武)委員 続いてお伺いいたしますが、先ほどのあなたの御意見を伺っておりますと、あなた自体も競輪その他ギャンブルの弊害をお認めになっておる、しかし財政上これができない、こういうことが一口に言えばあなたの御意見であったと思うのです。それはいろいろと計画を立ててやっておるのに、急にそれを打ち切られると困る。それでは何年ぐらいかといえば、まあ五年もあれば、こういうことだが、それも短縮すればできぬこともない、こういうような御発言であったと思うのですが、これはできるだけ短縮すると考えて、五年が何年ならばあなたはその計画がやっていけるか。もう一点は、競輪ギャンブル自体が不健全であり、不確定だと思うのです。それにたよる財政、これはやはりその市の財政それ自体が不健全であり、不安定であろうと思うのです。五年先まで考えられて、いろいろと計画を立てておられることはわかりますが、それではその競輪の収入というようなことをどういうふうなことにめどを置いてお立てになっておるのか。これ自体が普通の税収入のようなものでなく、大きく変動があるものではなかろうか、このように思いますが、予算を組まれるときに、それでは競輪収入をどのように査定をし、どのように入れられておるのか、そういう点をお伺いいたします。
 さらにもう一点は、あなたは弊害を認めるが、その弊害はその土地によって差がある。こういうふうなことも言われたのですが、それではあなた方が弊害が少ないとお考えになるならば、具体的に弊害を少なくするためにはこういう方法がある、あるいはこういうことをやってから弊害が少なくなった、こういう事実でもあったのか、その点をあわせてお伺いいたします。
○金刺参考人 私は十年計画でやって、すでに五年に入りましたからあと五年ということを申し上げました。これらについて短縮の可能性については財源の問題であります。今一カ年五億五千万円の収益を上げております。それだけの財源を他に求められればそれだけ短縮されるわけでありますが、今のところはその見通しがありません。その点につきましては先ほど申し上げた通りであります。
 その次に、土地によっていろいろの事情がある。これは予算の問題でございますが、予算は大体私どもとしては、――非常に他の土地と違うと申し上げましたことは、川崎市の所在は非常に特殊性を持っておる地帯にあるわけであります。そのために特殊なのでありますが、従って競輪予算というものはほとんど狂いがないのです。それは上昇機運を持っておる。日数を減らしても売り上げはふえておるというのが川崎市の特異性であります。従って予算はほとんど固定的で、かなり予算をオーバーする収入があるというのが現状なんです。おそらく現在のままで推移すれば、ことし五億五千万とすれば来年は六億であろうという想像がつくわけです。従って前年度の予算を計上すれば間違いなくオーバーする。わずかではあるけれども、一割程度はオーバーするという現状であります。そういう現状ですが、大事をとって前年度の予算を予算査定においては踏襲するという形をとっております。この土地によって違うという点の一番顕著な例は、川崎市という所在が東京、横浜の間にあるわけです。そこでこういうことを言うのはどうかと思いますが、せっかくのお尋ねですから、私どもは調べておるわけですが、川崎市でどのくらいやっておるかというと、国鉄の調べによりますと、七〇%は競輪のない他都市から来ておる。これは十二時ごろですから、切符でわかるわけです。その間京浜電鉄もあり、バスもあり、タクシーもあるということで、国鉄の七〇%だけを入れてもそうですが、比較的市民がやっていないという事実が判明したわけです。川崎市の特殊性はそういうところに特殊性がある。これはプラス、マイナスの面にも
 つながる問題であります。時間がないようですから、簡単に申し上げます。
○田中(武)委員 続いて金刺参考人と戸川参考人のお二人の方にお伺いをいたすわけなんですが、お二人とも競輪は今やめることはできない、こうおっしゃっておるのですが、その背後にあるものは財政問題さえ解決すればいいのだ、こういうような解釈ができるわけです。しかしながらすでに十年の年月を経過いたしております。安易なギャンブル収入にたよるの結果、そういうものによらずして健全な財政を立てていこうという努力が、失礼ながら欠けておったのではなかろうか。少なくとも安易にそんなものにたよらずに、もうすでにやめるのだという上に立って、予算を考えていけば、今直ちには無理としても、近い将来において五年もといわれる長い期間でなく、一年か二年の間にそういうものが立てられるのではなかろうか、こういうように考えるわけなんです。いつもこの競輪その他のギャンブルが問題になったときに、そういった面が出てくるのですが、今までそのことに対して努力はしていなくても、いざ問題になると、だからやめられないのだ、こういうふうに言われることが多いと思うのです。失礼ですが、両市とも二〇%ないし二五%といったような全収入に対しての大幅な負担を、この競輪その他のギャンブルにおぶさっておるということは、ほんとうに健全なものとは言えないのです。今日の健全な財政を立て直すために、どういうように努力をせられたか。もう一つはもうやめるのだという上に立って計画すれば、少なくとも最小限何年あればあなた方の計画といいますか、これもすべてをたよらずにできるという点だけで何年ぐらいかかるか。この点についてお尋ねします。
○金刺参考人 お答え申し上げます。努力の点につきましては、もう私も市長会の会長をしておりまして、地方財政については毎日来ております。しかし平塚市とは事情が違いますのは、川崎市の場合は交付税を交付されない団体になっております。不交付団体と申しまして、財政的にプラスの団体なんです。でありますから、だんだん減らされる傾向なんです。財源調整といいますか、新聞に今よく出ておりますが、だんだん財政の多いところから少ないところへ調整しょうということが大きな問題になっております。今度の予算編成を前にしても、この問題が大きな問題として現われてくる形勢を示しております。従って、われわれの方はたとえば固定資産税における償却資産のようなものは、一定の額以上は府県に渡すというようなことをやり、取り上げることのみが問題になっております。われわれが運動しておるのと反対の方向にいっておるのです。そこで私どもが運動をして、やや少しは取り戻しましたが、いかに財源を獲得しようとしても、本市の場合――本市と同じようなのがたくさんありますが、特に本市のことをおっしゃいますから川崎市のことを申し上げますけれども、反対の方へいっておる。税はどんどん他へ回さなければならないような運命を、必然的に持っている。これは地方財政の一番大きな問題になっておりますが、地方自治が憲法で認められている以上は、自治という立場からわれわれは主張しておりますが、ただそれだけでは解決できない問題がある。しかしそれではいけませんので、市長としてこれ以上市民からの税を上げることは許されない問題だ。いかに何と言っても税金を上げるということはしておりません。またするべきではないと思います。そこで、いかなる方法によって財源を確保するかということについては、ただいま大体申し上げましたが、その他にも方法を具体的にいろいろ講じております。埋め立てをして工場を招致する。それらが大体五カ年たちますと税が入る予定を持っております。こういうときに、五カ年待ってくれということは、いろいろな意味がありますが、しかも失業者の問題もあります。それから今の財政混乱を起こさないためにも、本市ばかりでなくて、全体にとって五カ年たてばこれらの税収が確保される。夢ではなしに、現実にほんとうに具体性をもって進みつつあります。工場を建設しつつありますから、五年後にはそれらの財源が得られる、そのときになったら私の方は……。
○田中(武)委員 五カ年を短縮せよといえば短縮できるとおっしゃったのですが……。
○金刺参考人 ですからその財源が確保できれば短縮できる、こういうことであります。
○戸川参考人 大体市政のベテランの川崎市長と同じお返事を申し上げるよりほかに仕方がないと思うのでございますが、非常に安易な収入にたよってというお言葉でございましたけれども、私といたしましても、決して競輪収入を安易な収入だと考えて、今日までやってきてはおりません。さまざまな非難を非常に受けることでございますし、ことに今日の情勢になりますと、世論の総反撃を食っている競輪を存続しようというのには、私は安易どころか、非常に苦労しなければならないのであります。過去におきましても私はその点で非常に苦労しながらやって参りました。私ども一番迷いましたことは、危うく地財再建法の適用を受けるような市の財政状態にあったのでありまして、地方自治体は、地財再建法の適用を受けて、自治庁の管理を受けて自治体を運営していくということになりましたら、自治体というものの生命を失うことであります、根本的に自主性を失うということでありますから、私はその点であくまでもがんばって、そうして競輪あるいは競馬の収入に非難はあるけれども、今までの財政計画を継続して、一日も早く地財再建法の適用を受けるすれすれの線から脱却しようというような方針を立てまして、市民に訴えました。従いまして、今まで市民税の徴収率が非常に悪かったのが、今日では市税の徴収は九七%近くになっております。全国でおそらく上から二十番目を下らない徴税の成績でございますし、滞納もほとんどなくなって参りました。これは市民といたしましても、競輪にたよるべきではないというふうな気持で、そうして私のそういう努力というものに対する一つの反映だ、証左だというふうに考えて、今後もこれは短縮できるかというお説でございましたが、工場誘致が、先ほどもちょいちょい御説明申し上げましたが、あいにくと工場誘致条例というのがありまして、工場誘致するのは、自治庁からも最近御注意があったようでありますけれども、工場を誘致すると固定資産税や法人税がとれまして、安定した財源が確保できます。競輪、競馬の収入というのは水ものであります。このような財源にたよるということは、非常に不健全であります。従いまして、安定した財源を確保するために非常に努力を払っているのでありますが、これが一年、二年、三年の間は逐次入って参りますけれども、予定通り入ると、三年、四年後には工場誘致の固定資産税が入って参りますから、これはおそらく競輪収入をオーバーするくらい入ると思います。そこをめどに今五カ年計画を立てておりますが、これも率直に申し上げますと、どこの地方団体でもそうでございましょうけれども、欲が深いのでありまして、それができ上がりますと、またもう一年、二年という欲が、市民の生活の安定と都市をもっとよりよくしたいという、市民のそういう強い要望が起こるかもしれません。私はそういうふうな要望に対しては、いろいろ努力して説得して、この不安定な財源を早く放棄したいというような努力を進めていく考えでおります。
○田中(武)委員 自治庁にちょっと伺いますが、あなたは先ほど来各参考人の意見を聞いておられたと思います。これを端的に言うならば、廃止に反対しておられる方々の御意見も、財源さえめどがつくならばやめたい、弊害は認めておる、こういうことであろうと思うのです。また私兵庫県ですが、地元で聞いた意見では、県とか大都市ではともかく、中都市は困る、こういう意見もあるわけです。特に競輪廃止、こういう線に踏み切る場合に、中都市に対してどのようなことをやってもらえるか、そういう点を課長のあなたに全部聞くのはどうかと思いますが、少なくとも廃止に踏み込みたい、こういうことが大体の市長さんの世論であります。最近阪本知事が提唱せられて以来、毎日のように新聞では、何々市も廃止に決定した、何々市も廃止の動向をたどっておる、こういうことをいわれておる。ところが、踏み切りたくとも踏み切れないのは財政の問題です。その点について自治庁としてはどのような対策を考えておられますか、お伺いします。
○松島説明員 お答えをいたします。御承知の通り、現在の地方財政の制度は、それぞれの団体につきまして必要な財政需要額を測定をいたしまして、その団体で徴収できます税収入を差し引きまして、その差額を交付税によって補てんをすることによって、一定水準の行政が確保されるような配慮がなされ、そういう仕組みになっておるわけでございます。現在競輪の収入につきましては、その場合に差し引きます税収入等とは合算いたしませんで、いわばワク外の収入として取り扱っておるわけでございます。従いまして、その競輪の廃止によりまして競輪収入が減ったからといって、通常の団体の財政以上に圧迫を受けるという性質のものではない仕組みとなっておるわけでございます。ただいまお尋ねのございましたように、中小都市が廃止がしにくいという問題は、個々の団体については、財政事情がいろいろ異なっておりますので、あるいはそれぞれの事情があろうかと存じますけれども、一般的な制度といたしましては、今申し上げた通りでございますので、競輪を廃止したから、その分を何かで、すぐに右から左へ補てんをするというようなことは、私どもとしては考えておりません。ただ地方財政全体といたしましては、競輪収入に依存していることは事実でございますので、地方財政全体が競輪収入に依存せずにやっていけるような態勢に、地方財源の充実をはかっていくという方向で問題を考えて参りたい、またそういう方法で、すっといたして参りたいと思っております。
○田中(武)委員 今おっしゃった御意見を聞いておりますと、やめたくてもやめられないということに対する何らかの救済策ということにはなんらないと思う。全体としてやめるように推進していきたい、こういうことではありますが、やめたのに対して何らかカバーしてやる、こういうふうに踏み切らない限り、廃止に踏み切れないところもあろうと思うのです。自治庁として一つそういう方面への努力をしてもらいたい、こう思いますが、いかがでしょう。
○松島説明員 個々の団体の財政は、先ほど申しましたように、一般的な措置としては、交付税制度によって保障されているわけでありますけれども、たくさんの数の団体でもございますので、それぞれまた特別の事情もございます。そういう特殊の事情につきましては、個々の団体によりまして、またそれぞれ特殊な財政事情というものを勘案いたしまして、特別交付税等の措置も講じておるわけでござまして、今私が申し上げましたのは、競輪を廃止したからすぐ右から左へその分を補てんするということであっては、やっているところもやってないところもあります。やってないところはやってないところなりに、財政の運営をしておるわけでございますから、右から左へというような形では困難であろうと思いますけれども、そのほかにさらに特殊な事情があるという場合は、競輪の廃止をも含めまして、個別的に解決して参りたいと考えております。
○田中(武)委員 そうしますと、ともかくA市ならA市を例にとりまして、そこはやめたい、だが、そうするとこれだけ財政上の穴があく、これはどうでもやらなければいけないということで相談に来た場合は、積極的に相談に応する用意はある、こういうふうに理解してよろしいでしょうか。
○松島説明員 できるだけ御希望の達せられますように、私どもも努力をいたして参りたいと考えております。
○田中(武)委員 希望する点は、自治庁においてもやめたければ勝手にやめろ、こちらは知らないのだといったような態度ではなく、進んでやめることに対して協力する、あるいは指導する、こういうような努力と態勢を希望いたします。
 次に阪本参考人に伺います。先ほど知事のお話を聞いておりますと、やめることに踏み切った、これはけっこうであり、私は敬意を表します。御意見の中では、まず中央において全般的にやめることに努力してもらいたい、もしそうでなかったら自治体独自でやめていくのだ、こういう御発言であったと理解しておりますが、そういたしますと、ただいまのところでは阪本知事はやめると決定をせられました。だが、時期は中央の出方を待とう、こういうような心境でございますか。それとも中央の動きと別にと申しますか、それとともに独自でやめるという方向へ持っていく、こういうように考えておられますか、いかがでございましょう。
○阪本参考人 もちろん中央の情勢をつぶさにながめつつ進めて参りたい、国論として廃止をしていただくならば、地方的に措置を講ずる必要はないのでありますから、国論としてやめていただければ、われわれは苦労の必要はございません。しかし国論としてやめていただけないならば、われわれは独自の立場により廃止する方針でございます。
○田中(武)委員 廃止に対しまして具体的な方法といいますか、これは直ちにやめるということについてはいろいろ問題があろうと思いますが、たとえばこれは社会党の考え方ですが、三十六年の四月一日をもって競輪その他オートバイ、それからボート・レースも含めてですが、廃止をする、その間一年間の収入をもってその廃止に対する経過の費用に充てる、それからその問題に対する内閣に審議会を置く、それから一方それの推進本部を置いて、廃止のためのいろいろな経過の問題を措置していく、そういうふうな考え方を持っておるわけなんですが、兵庫県といたしましては、これがすぐ通るかどうかわかりませんが、直ちに兵庫県独自としてやめるということで、一応県会等にそういうことをお出しになる決意がおありのようにも聞いておりますが、いろいろ問題もあるようですが、この十二月にはお出しになるのでしょうか、いかがでしょうか。
○阪本参考人 十二月の県会は非常に長うございまして、十九日間続きます。今月二十五日まで続きます。その間県当局と県会との話し合いが、たび重なってあるだろうと思います。それによって十二月県会に単独議案として私が出すべきか、あるいは来年の三月の当初県会において出すべきかというようなことが、県会との折衝において間もなくきまると思います。いずれにしましても、県会が承諾してくれなければどうにもならない問題でありますから、県会と一体となってやっていきたいという方針を堅持いたしております。
○田中(武)委員 知事が提唱せられまして、兵庫県において二十都市がやっておる、それに呼びかけたが、今のところ神戸と尼崎が積極的に賛成して、他はそうでもなさそうだ、こういうことでございますが、なお今後も知事は県内各都市に対して、市長にそういうことについていろいろと、また県の立場からやめることについての相談等にも乗っていって廃止の方向へ推進をしていく、あるいは説得を続けていく、こういうお考えでございましょうか。
○阪本参考人 県会の意思決定がまだされておらないのでありまして、当局の意思はすでに決定はいたしましたが、県会の意思が決定しません間は、県下の他の都市に対して呼びかけるということはいたさない方針であります。神戸市の場合は特例でありまして、一年前に神戸市の方から県と一緒に競輪をやめようではないかということを私の方に相談に来られて、私が踏み切れなかったから念を押してみたら、一年後の今日でも意思は一年前と何ら変わりがないという返答でありました。尼崎の方は向こうの方からそう言ってきたのでありまして、私の方から県下の各都市に呼びかける段階ではまだございません。県会が意思決定をすれば呼びかけてみる方針であります。
○田中(武)委員 阪本知事としては競輪はやめるべきである、こう前から考えておられたと思うのですが、今のお話のように、まだ去年では踏み切れなかったのが、ことしの十月ですかに踏み切られた。これは例の問題になりました近畿ダービー、あの事件が契機となったのでございましょうか。またあのときの主催は県でございましたが、あの処罰等につきましても、県に何らかの前もって相談といいますか、連絡がございましたでしょうか、いかがですか。
○阪本参考人 何らの相談も連絡もありません。私は去年の十一月の末、神戸市から県と一緒に競輪をやめようじゃないかと誘われたときに、これを一応辞退して以後約一年、ようやく昭和三十五年度の予算編成の心づもりをしなければならないときが近づいて参りましたので、――競輪収入を当初予算の収入に見積るべきかいなかということは、もうこの秋以来すっと頭の中に往来していたのであります。つまり自分の判断が迫られる時期が来たのであります。この一年間かなり競輪廃止については考え詰めてきたのでありますけれども、さっきから申し上げましたように不浄なる、不潔なるばくちのテラ銭で県知事が仕事をやるということはどうしてもできないという、私の決心をようやくこの間いたしたようなわけであります。突然としてあの八百長事件が起きたから決心をしたのではありません。一年間考え詰めた結果、良心の決心によってきめたのであります。
○田中(武)委員 よくわかりました。
 次に石見参考人にお伺いいたします。先ほど石見市長はギャンブル一切、競輪だけでなく競馬も一緒にやめるべきである、――まさに私もそうだと思います。だが具体的に進める場合には、やはり一番問題になっているものから逐次というようなことにもなろうかと思うのですが、そのような場合、姫路市独自に――姫路市は競馬場がございますが、競馬も一緒にやめていくのだ、こういうことで姫路市が踏み切られるかどうか、あるいは戦災都市連盟で提案をせられ、また市長みずからが踏み切るべきときである、こういうように言われているのはよくわかるのですが、まだ姫路市としてはどうするかということについては十分御意見を伺っていないのですが、もし全体として少しおくれるというようなことがあっても、姫路市として踏み切っていく、こういうような御心境でございましょうか、いかがでございますか。
○石見参考人 姫路市独自の損得の立場から述べますならば、競馬はむしろ即時やめていただきたい、かく叫びたいのであります。なぜかならば県営の競馬場が姫路市にございまして、全県下の都市が姫路市で競馬をやっております。競馬場内で競馬をやるだけなら忍べもしましょうが、街のどまん中に馬券の売場をこしらえて、じゃんすかやっているのであります。従って兵庫県には園田の競馬場と姫路の競馬場と二つあるのでありますが、姫路市では園田の競馬も、姫路の競馬も同時に全部開催している。しかも対象とするファンはほとんど姫路市民である、かく言いたいのであります。従って、競馬や競輪から、年間、競輪において千数百万円、競馬において一千万円くらいの収入を得たからといって、私は決して喜んでおりません。しかしながら、私は、敗戦直後のあの当時の戦災都市として、いかにあるべきかという場合に、余儀なくも彼此比較検討して、国が公認の競馬をやっておる、国が富くじを発行しておる、とするならば、国策の犠牲でこの惨害をこうむった戦災都市に、その開催権を委譲してもらうことに対して、政府がちゅうちょする理由はない。しかるがゆえに、われわれはこの開催権を得て、戦災復興財源にするのだというので、立ち上がったのでありましたが、先刻も申します通り、ある程度の戦災都市の復興はできた。従って、もちろんこの競馬、競輪、富くじを比較いたしますとき、最も社会悪をかもすものは、競輪であるにいたしましても、ギャンブルの立場から論ずるならば、五十歩百歩である。しかるがゆえに、今かりに競輪を廃止されたとするならば、おそらくゴムまりの中の空気のようなものだ。一方を押えたら一方がふくれる。また一方ふくれた方を押えたらまた違う方がふくれる。結局同じことであって、むしろおそるべき闇賭博あるいは私営のいろんな類似の行為がますます大繁盛で、そういう暗黒街の悲劇が、ますます社会悪を累増していくということをおそれるがゆえに、公営、私営すべてギャンブルに属するものは、この際大いに廃止に向って進むべきだというのが、私の考え方でございます。従って姫路市は、ただ最後に申し上げたいのは、姫路市独自としてどうするかという場合に、全国の同憂の都市に呼びかけて、幸いにも開催したこの競馬、競輪等を廃止するにあたって、姫路市長単独の行動は、これは良心的にかんがみて他の方々に対して申しわけがない。しかるがゆえに、この問題に対しては、廃止には絶対賛成であり、国論も、世論も廃止に進むことを、ひそかに希望しておりますけれども、とにかく意思決定、意思表示は、世論のけつについていきたいというのが、私の考え方であります。
○田中(武)委員 それでは、石見市長は廃止には賛成である、だが、しかし独自でやめるのではなく、同憂の市といいますか、同じ戦災を受けた、今解散になっておりますが、戦災都市連盟、今では都市整備促進連盟ですか、それらの人たちと、その中でそういうことを提唱しながら、一緒にやめていく、こういうことなんですね。
○石見参考人 そうなんです。
○田中(武)委員 次に橘参考人にお伺いいたします。
 先ほど来の橘参考人の御意見を聞いておりまして、私いわゆる振興費がむだに使われておるとは思っていないわけなんです。しかしこの振興費によってできました研究所も、実は私は見せていただきましたが、しかしもうここ一、二年めんどうを見れば、一人歩きができるんじゃないか。たとえば研究所の運営等は委託研究費等でもやっていけるんじゃないか、こういうふうにも考えるのですが、あなたはと申しますか、機械工業連合会としては、いつまでもこのギャンブル収入による振興費を当てにして、それらの計画を立てておられるのですか、いかがでしょうか。
○橘参考人 私は、公述にも申し上げましたように、われわれ機械工業に携わっておる者の考え方は、常に海外の技術、つまり国際水準に日本の技術を持っていかなければらぬというものに縛られておる次第でございます。従って、ただいま御質問の中に、現在の施設が完成してそれが動き出せば、この種の施設はもうそれで満足するかどうかというふうに伺ったのでありますが、冒頭に申し上げましたように、機械関係におきましては、精度、性能が常に国際水準を追っておるのでございまして、しかもその国際水準は、国際的な科学技術の日進月歩の進み方にリンクしておる次第でございまして、この種の研究あるいは指導は、私どもの業界におきましては、決してこの程度をもって満足すべきだというような到着点はございません。従ってわれわれが要望しあるいは計画しておるのは、新技術に対する開発というものは、一刻も猶予できない。しかもこれが長く続くという点の御了解を得たいと思っておるのでございます。
 それからまた、競輪による振興資金にたよる点でございますが、これも公述において申し上げましたように、あまりにも政府の、これだけ膨大な重要産業の開発あるいは維持に対する予算が貧困であります。従って私どもは先ほど来、各自治体におきまして、復興のためにやむを得す倫理の問題が大きくあってもやっておった、もはや復興もある程度の完成を見たということでございます。私どもは競輪はしろうと的な発言でありますが、もっと倫理面を改善していただいて、そうして政府が機械産業に十分なる予算をつけて、世界の水準と競争を十分にさせながらいくような手当をしていただけば、あえて競輪にどこまでもおんぶしようというのではありません。ただ、今日非常に私ども心配しておりますのは、現在の競輪資金の問題は、来年の九月でこれが切れるのでございまして、私ども倫理的に改善された競輪が続く限りにおいて、振興資金というものは、やはり政府の予算の足らざる点を、これで大いに補ってもらいたいという気持を持っております。
○田中(武)委員 ただいまの御答弁によりますと、あなたの考えといたしましては、ギャンブル収入にたよるのじゃない、政府において自分たちの業界の、ことに中小企業の技術の発展、科学の発展あるいは輸出の振興、こういうことに対する十分なめんどうを見てくれるならば、それでいいのだ、こういうような御意見だったと私は聞いたわけですが、いかがでしょうか。それで、それならば、そういう面について政府自体へ、もっと要求をせられたということはありますかどうですか。ただ競輪から安易な金が入ってくるので、その上にあぐらをかいて、そういうような努力をしなかった、こういうようにも考えられますが、いかがでしょうか。
○橘参考人 私ども従来、過去においても現在においても、非常に多額な機械工業の開発に対しての要望を政府に対してやっております。しかしながら、私は今競輪の金というものは、実際において現段階においては、非常にありがたい資金であることは言うまでもありません。と申しますのは、先ほども陳述いたしましたように、われわれが通産重工業局に要望しておりますこの種の開発あるいは指導の経費というものは、過去におきまして約二百五十億以上、あるいは今年におきましては、五百億近いものの要求をいたしますが、それの実現される予算化の率はどうかといいますと、三十二年にはたった一一%、三十三年には少し奮発してもらったんでしょう一五・二、それから今年度は四・五というような状態でございます。競輪の方は、一般機械で今年は約二十億の要求がございましたが、これに五億五千万円ほどつきました。自転車におきましては十億の要求に対して五億五千万つきました。かように機械産業を興隆させ、世界の進歩と一緒にいくのに、過去と現実に立ちまして、私ども、足をどっかと据えていくには、あまりにもわれわれが予期することと、実際に政府が予算化されるものとは、――今後においても従来と同じような足取りにいきやしないかということを非常に憂えている次第でございます。かような観点から、私ども、ギャンブル、ギャンブルといいますけれども、国家がきめた競輪、自転車競技法によって得られる金の中から、せめて今日ちょうだいしておるもの、あるいは今後もちょうだいできるものは大いに歓迎して、もっとちょうだいしたいという立場でございます。
○田中(武)委員 小出重工業局長、先ほどから聞いておられたと思うのですが、この橘参考人の言っておられる輸出の振興あるいは中小企業の振興対策、ことにこの中小企業の技術的、科学的水準の向上、こういうようなことは政府みずからが掲げた政策であり、通産行政の基本的なものであろうと思います。また通産省においても大きくこの点は打ち出しておられるわけなんです。そうするならば、今の話のように、総額合わせて十億そこらの金、これが全額直ちに予算化できないとしても、努力次第によってはこういう競輪収入にたよらなくてもやっていける、またやっていくべきであると考えておるわけなんです。ことに自転車競技法の附則第十七条は、先ほど来話のあるように、来年をもって期限が来ます。これを機会に、この基本的な政策、政府が通産行政のやらねばならない問題として、自転車競技法を改正して、これをさらに続けて出そうという考え方でなく、これを予算化していくという考え方は持てないかどうか、一つお伺いいたします。
○小出政府委員 機械工業振興費十億の問題につきましては、先ほど来議論になっております地方財政の問題と同様に、もしこの機械工業振興費がかりに競輪の廃止ということに伴いましてなくなるという場合においては、それに見合うだけの予算折衝なり、あるいは財政投融資の方で努力をすればいいじゃないか、こういう御議論は一応もっともだと思うのです。しかしながら現実の問題としては、これは田中先生も御承知の通り、通産省の予算全体が国の予算全体の一%、農林予算の一割というような実情でございまして、現在ありまする機械工業振興費十億というものは、ほとんどそれが全部機械工業だけに使える。通産省にはいろいろな業種がございますけれども、その中で十億の資金というものがまるまる、しかも通産大臣限りにおいて適切にこれが配分できるという点におきましては、通産省としては非常に現実に潤っておる資金であるということは事実であります。しからばそれだけのものをかわりに取ればいいじゃないかということでございますが、これは率直に申し上げまして、私どもの力が足りないという点もございますけれども、現実の問題としては非常に困難であろうかと思います。できるだけの努力はいたします。しかしながら、それではそれが非常に困難だから競輪の廃止に反対するのか、こういうふうな議論になってこようかと思いますが、この点につきましては先般参議院の商工委員会におきまして岡委員の御質問に対しまして大臣からもお答えになりましたように、われわれといたしましてはこの機械工業振興費という問題があるから、それにこだわって、それだから競輪の廃止に反対するというふうな立場はとらないということは、大臣自身も言明されておることでありまして、従いまして先ほど来申し上げますように通常国会におきまして国論が決定いたしまして、もしかりに競輪廃止というふうな方向にいくといたしますれば、私どもといたしましては、やはりこの機械工業振興費の問題に対しましては、それにかわるべき措置というものにつきましては全力をあげて措置を考えたい、かように存じます。
○田中(武)委員 先ほど来言っておるように、輸出振興とか中小企業の対策とか、あるいは科学技術等の国際的水準への向上、これは当然やるべきことなんです。当然やるべきことをやらずに、競輪収入にたよっておって、それを理由に廃止に反対するということは許されない、このように申し上げておるわけです。これについてもう一度答弁をしてもらいたいが、大体そういうことは許されない、こういうように御了解願いたいと思う。
 それから、きょうはこのことを問題にする場所ではないのですが、先ほど兵庫県阪本知事から話がありましたように、あの問題を起こしました近畿ダービーの処分にあたりましても、主催県であった兵庫県に対して何らの連絡もなしに、これはもちろん日本自転車振興会の権限だ、だからというのかもしれませんが、連絡なしにやっておる。そういう処罰自体が八百長であったと、先日私が申し上げましたが、そういうことからも自転車振興会の運営自体に欠陥があると思っておりますので、この点について発言があるならばお伺いいたしたい。
○小出政府委員 本日各参考人の御意見等を拝聴いたしまして、根本的に問題になっておりますのは、競輪そのものの存廃問題ということでございますから、これは先ほど来私が申し上げましたように、すでに問題は立法論の段階に来ておる。ただいまの御発言は行政運営の問題であります。私どもが法律をあずかっております限りにおきましては、できるだけその法律の適正な運営をすることに責任を持っております。その意味におきましては、先般からしばしばお答え申し上げておりますように、日本自転車振興会のあり方、その業務運営の方法等については、いろいろ遺憾な点もございました。私どもとしてはそれに対してそのつど処置して参ったつもりであります。
○田中(武)委員 まだまだ伺いたい点もございますが、時間の関係もございますので、これで終わりたいと思いますが、参考人の方々には大へん長く御苦労さんでございましたが、最後に私ちょっと先ほども申し上げましたが、私は社会党ですが、われわれの考え方は、昭和三十六年四月一日をもって、この自転車競技法及び小型自動車あるいはモーター・ボートの競走の法律を廃止する。すなわち三十六年四月一日をもってこれを廃止する、その間先ほどの高山市長が言われた清算競輪というような言葉になるかわかりませんが、一年間の収入はあげてその経過措置を定めるために使うのだ。そのためには、人選等についてはまだ考えておりませんが、内閣に廃止のためのいろいろなことを検討し、樹立していくために審議会を設ける。それから一方廃止の業務をつかさどるところの協会と申しますか、推進本部というものを設けて、なるベくトラブルの面を少なくしながら、一年後にやめるのだ、こういう考え方を持っておるわけでございますが、今日おいでになりました賛否両論のお考えを持っておられます参考人の方々で、このわれわれの考え方につきまして、何らか御意見がございましたら、こういう点をこうしたらどうか、こういうような点がございましたら教えていただきたい、このように考えるわけでございますが、どなたでもけっこうでございます。ことに阪本知事あたりから何か御意見がありましたら伺いたい、このように思います。
○阪本参考人 同じ兵庫県であるから決して八百長ずるわけではございません。ただいまのお言葉に率直に私お答えいたしますが、そのお考え方は大へん正しいと思います。それがどうかあなた方の御意思のように国会を通るように、ただ祈るばかりであります。
○田中(武)委員 何か反対の方はございませんか、何か御意見ありましたら……。
○橘参考人 ただいま田中先生から社会党の今後の歩み方について伺ったのでございますが、私の伺ったのが間違ってないとすると、三十六年にすべてやめるという前提に立っての審議会というふうに聞き取れたのでございます。私の立場は先ほど来十分おわかりになっておられると思うのですが、ただ単にやめるという目標だけでなしに、もっと公営競技というものが残りつつ、しかも改善の上に立って残ることを進められるというような審議会の進まれ方を、強く希望する次第でございます。
○田中(武)委員 これは別に議論ではないのですが、今おっしゃるような審議会なら自転車競技法の十七条ですかにあるのです。そうでなく、われわれがそれを主張しておるということを申し上げて終わります。
○戸川参考人 発言をお求めいただきましたので、ちょっとお願いを申し上げます。先ほどの三十六年度というのでございますが、けさの新聞を見ますと、高知市は踏み切ったという大きな見出しで新聞は書いております。これは高知市は三十七年度までということでございます。とうとうたる世論は廃止へ廃止へということでありまして、どこへ参りましても存続賛成の声を、私はなかなか聞くことができません。世論はとうとうとして廃止へ動いておりますが、私は平塚の市長でございますので、このとうとうたる世論が市民にどう影響するか、どう反映するかということは、私にとっては重大な関心事であります。平塚市の市民でなくて、そうして平塚市の市民生活に利害関係のない立場、そうして市民生活に十分な理解と愛情のない立場、その立場の方々の単なる反対の立場、単なる経済的な理由から、とうとうたる世論とともにこれを廃止に持っていくことに対しましては、私は平塚の市長の立場といたしましては、これには一種の反発を感ぜざるを得ないということをはっきり申し上げざるを得ないのであります。願わくは、ただいま社会党さんの党の方針としておきめになりましたこと、これもまあ条件で廃止に持っておいでになるということでございまして、全面的に自余のいろいろな問題を十分お考え下さいまして、年次などもおきめ下すったと思いますが、先ほど申しました通り、わが平塚市といたしましては、加うるにもう一年なり二年なり十分な準備期間を置いていただきまして、そうして私どもの市民も喜んでこの世論の動向に同調いたしまして、一日も早く清潔な文化都市を作るというふうな動向に持っていきたいと思うのでございますが、年限を切って非常に恐縮でございますが、もう二年間ほど一つ十分に検討してお延ばし下さいということを申し上げておきます。
○中村委員長 次は勝澤芳雄君。
○勝澤委員 昼食抜きで、だいぶ同僚の皆さんが質問を続けましたので、私は大へん参考人の方々には――全部一通りいろいろな私たちのこれからの国会審議の参考になる意見をお聞きいたしたいと思っておりましたが、時間もございませんので、特に私たちの考えている問題と意見の違う方だけに、特に川崎の市長さん、姫路の市長さん、それから平塚の市長さん、この三名の方に少しお聞きいたしたいと思います。
 時間がありませんので簡単にまず最初に川崎の市長さんにお伺いいたしますが、競輪というものに対して、これはギャンブル行為、こういうものについての基本的な考え方が、プラス、マイナスを比較してきめるべきだということだけで、競輪の基本的な問題についての考え方が、ちょっと私は聞き取れなかったのですが、それについてどういうふうにお考えになっておりますか。
 それからもう一つは、無条件の延期ではない、こう言われておるわけです、五年ぐらいと、こう言われておるわけですが、この場合は五年たてば別に財源というものは、今の財源も財源として考慮しなくてもよろしい、こういう解釈なんですか。
○金刺参考人 時間がありませんので、要点だけを申し上げますが、競輪の基本的な考えは、競輪はギャンブルでございますので、基本的にはいいとは言いません。それは私は申し上げました。ただ日本の国民性に合致した点、若干のささやかなスリルと娯楽という点でもって、これは非常にこれだけの興味を引いたということは認めていい。それについては今まで運営面が誤っておった、今まで地方財政というものにおきまして、少しでも多くの財源を得ようとして、手段を選ばなかったといってもいいくらいに全国の主催都市がこれにあくどい広告をし、あらゆる手段を講じて利益の追求のみに走っておった、これが問題であります。これがいろいろな非難を生んだ原因だろうと思います。まずこれを直すことの検討をしなければいけないということを先ほど申し上げましたが、そういう意味であります。基本的の考えについてはそういうことであります。
 五年と申し上げましたことは、先ほどもちょっと申し上げましたように、いろいろな財源措置というものを講じてくれる見込みがないのです。自治庁でも断わられました。われわれも今まで再三この問題については、廃止の方向に持っていくには財源を措置してもらいたいということで、折衝いたしておるのです。先ほど財政課長の話がありましたように、自治庁の考えとしても、競輪をやっていないところはなおマイナスじゃないかということも、これは一理ありますので、この点はなかなか見通しがついておらない。私は財源について見込みがないと見ております。それで五年もたちますれば――その財源をみずから研究して検討する間を与えてもらいたい、それでまた計画的にやっておるいろいろな仕事を遂行させてもらいたい。戦災復興等もすでにおくれておりますので、それらを完遂するために五カ年ということを申し上げた次第であります。
○勝澤委員 大体あとの姫路の市長さんも、それから平塚の市長さんも似たようなことになると思いますので、次には姫路の市長さんにお伺いをいたしたいのですが、あなたは戦災都市連盟から都市整備促進連盟の代表者だと思われるのですが、そういう立場からいいますと、大へん上手な議論といいますか、意見が出されておると思うのです。まず財源を確保してくれという問題と、競輪だけ廃止では困る、この二つの防波堤でもって、この今のとうとうたる世論に対して、とりでを張っておると思うのです。大へん上手な意見だと私は思うのです。そこでこの戦災都市復興は終わった、こう言っておるわけですね。こういう立場から見れば、この辺で競輪というものはやめるべきだとあなたも言っておるのですが、そこで今度その次に言われておるのは、競輪がなくなればやみ賭博がもっと激しくなる、こういう言い方をされておるのです。その点あなたと私はどうも意見が違うように思うのです。これを突き詰めていきますと、ちょうど売春禁止法と同じようなことが、似たような一面があると思うのです。こういう点から考えてみると、あなたの場合におきましても、やはり財源ということを盛んに言われている。今の裏返しをしてみれば財源の確保がない、それからなお今競輪だけでなくて競馬もと、こう言われておる。そうすると財源というものの見通しが困難だということと、それから片方では競馬もと、こう言われておることは、なかなか今の世論についてのそらし方というものが、大へんに上手だと思っておるのですけれども、ほんとうにあなたは、前提に言われたぼつぼつ廃止すべきだというふうに考えておられるのか。そうすると、廃止するという前提をどうしたらいいかということをやはり考えるべきだと思いますが、何か知らないけれども、廃止を防ぐための方法として、この二つの問題をとりでとして考えられておるように私は思うのですが、その点いかがですか。
○石見参考人 私は全面的に廃止賛成であります。しかしながら私の立場は、いわゆるかつての戦災都市連盟の十三年の間の会長でありまして、さらにはまさに発足した都市整備促進連盟の初代の会長を引き受けております。従って各都市の実情をつぶさに拝聴いたしますと、やはりその財源によって年次計画を立てて、市民に公約のもとに責任を果たさんとしておる市長たちにとって、突然の廃止のもたらすトラブルは実に大きい。これは市長間の友情としても、この点に対しては、相当なる考慮を払わなければならない、私はかく考えるのであります。かわり財源が得られにくいということは、今の自治庁の財政課長の説明によって一応うなずけますけれども、また得られにくい理由の一つに、全国五百二十六都市が、すべて競輪の施行都市でないから、いわゆる非施行都市を除外して、施行都市だけに特別の考慮を払うというようなことは、国家施策としてあり得ないということは、これはうなずけます。しかしながら、現在の地方自治体の財政水準そのものが非常に低い、しかも、戦災等によって打撃をこうむった都市が、この財源に比較的多く依存しておる。これを廃止に踏み切らすときの一つの善処として、たとえば基準財政需要額の算定方式をある程度変えるとか、あるいは酒の消費税等を地方自治体に移譲するとか、比較的簡単になしやすい方面に、多少の善処を、戦災都市も非戦災都市も打って一丸としてなされるとするならば、こういう問題も実現が比較的早くなされる。早急にこういうギャンブルを廃止するために、政府としても多少の考慮はあってしかるべきだというのが、私の考え方なのであります。本質的に、姫路市長は、競輪廃止に対し、あるいはこういうギャンブル廃止に対しては、内心は反対でありながら、上手な防波堤を築いて、そのたてによっておるというような見方をなされることは、すこぶる心外でありまして、先刻も申し上げました通り、競馬等の姫路市の被害は、実に甚大であります。人口二十三万の姫路市民が、この競馬によってどれだけの被害をこうむっておるかということは、言語に絶するものがある。しかしながら、それとても、私は廃止に踏み切るのは、やはり世論のけつにくっついていきたい。ということは、立場がしからしめ、また同憂の市に対する、これもまた友情である、かく考えておるからでありまして、防波堤を築いて、そのたてによっておるというものでは絶対にないことを、はっきりとお答え申し上げておきます。
○勝澤委員 もう一度お尋ねいたしますが、地方財政が困るということについては、私はよくわかると思のです。しかし、ばくちのテラ銭で、ぜいたくな暮らしをしているとは言いませんけれども、まあ暮らしておる。まじめになるためには金をくれといったって、まじめになるのか、まじめにならないのかわからないのに、金をくれる親はないと思うのですよ。ですから、ばくちをやめてまじめに、少しの給料でも細々と生きておれば、それはかわいそう、だから少し金をやろうというのがあたりまえで、こういうふうに考えれば、財源の補てんをしてくれなければやめられないということは、これはやっぱりテラ銭で、ぜいたくなというか、暮らしをしているので、まじめになりたいけれども、今の生活を保障してくれないから、まじめになれないという不良の言うことと、私は何も変わりがないと思うのです。一体あなたはほんとうに財源がないと思っておられるのですか。財源は国には幾らもあるのですよ。あるけれども、市長さんの皆さんがしつかりしないから、博物館で展覧会をするようなロッキード機を買うようになると思うのです。これは自民党、社会党を問わず、国民の中からこういうものを買う必要はないと言われておるのですから、財源がない、財源がないという口実を言わせないためには、やはり皆さんが協力一致し合って――これは今言われました都市整備促進連盟もけっこうだと思うのです。しかし皆さんに廃止の市長連盟でも作ってもらって、そうしてそれにはみんな意見が一致しているのですから、一緒になって皆さんがほんとうにかけ引きなしでやられる、こういうことになれば、私は皆さんのほんとうの気持と政治というものが一緒になっていくと思うのです。気持と政治がみなちぐはぐなんです。ですから私は言い方がよかったか悪かったかしりませんけれども、どうもこれはごまかしだ、こう言うのですが、その点どうですか。
○石見参考人 何かしかられているようで全く恐縮千万であります。お答えするのにも萎縮してしまうのですが、私は決して良心を裏切った表現はいたしておりません。だれかが競輪、競馬廃止を叫んだら、一挙に待ってましたというように、やめたというようなことがあり得るはずもなし、そういうことであったとするならば、全く競輪施行都市は不浄の財によって恵まれた立場に眠っておったのだという感じも持たれるのでありましょうし、また突然その財源を失うことは喜んで承服し得るものではなかろう、私はかく考えるのであります。従ってかわり財源を与えられるかいなかは別として、今苦しい立場に追い込まれる者のせめてもの要求という立場で、要するに廃止ということに対してこれを全面的に受け入れ、ある程度までこれに対する善処の期間を要求し、そうして廃止に踏み切るということならば、競輪をとにかくも施行した都市の市政の担当者ならば、非常に良心的な人であって、決して詭弁を弄して、おのれがその立場を糊塗しようというようなものでは絶対にないことを、私は良心に誓います。
○勝澤委員 あまり議論をしてもいけませんけれども、廃止をしようという立場が一緒ならば、やはり問題は条件だと思うのです。その条件をやはりお互いが立場をいろいろと考えながら、可能なところで、基本的にこの問題を悪いということならば、やめるような努力をしていかなければならぬと思う。そこで先ほどからも問題になっておりますように、この問題は通常国会の中でも相当、存続あるいは廃止論というものが戦わされるわけでありますから、やはり皆さんの意見も、今廃止に賛成だという前提は同じなんですから、そういう中で可能な問題点を考えて、意見をまとめてこれを推進するように一つ御考慮を賜わりたいと思うわけでございます。
 続いて平塚の市長さんにお尋ねいたしたいのですが、大へんおもしろいお話といいますか、この間も新聞に競輪悪妻論というのが出ておりまして拝読いたしました。立場を明白にされたのは、市長という立場からは低姿勢だ、作家の立場からは高姿勢だ、そして同じ立場で反対だ、こう言われておるのですが、そこで一つの問題として、家族でやるマージャンはおもしろくない。おもしろくない理由というのは、これはギャンブル行為があるかないかということだと思うのですが、そうなってみますと、一体競輪というものは、あなたのこれは市長さんの立場でもいいし、あるいは作家の立場でもけっこうですが、あなたの立場というものは、どうも競輪というのは娯楽だというふうに考えられておられるようですが、この辺どうなんですか。
○戸川参考人 先ほど申し上げました通り、私は競輪はスポーツで、見て、そしてかけて楽しむスポーツだというふうに解釈しております。見るだけでは楽しいものではありません。競馬もその通りです。自分がやるのじゃなしに、見て楽しむスポーツの種類です。そしてそれだけではスポーツとして単純でございましょう、それにかけが加わるというようなことで、ギャンブルとかばくちとか、言葉は非常にどぎついのですか、私はかけごとというふうな言葉で言い表わすと、もっと明るい感じでお互いが楽しむこともできるのではないかというふうな気がしているのが一つと、それから、先ほどから競輪に対して、いろいろ悪い点がたくさん出ております。私も実は統計の数字まで持っております。競輪を主にした犯罪がどれくらいあって、どのパーセントか、あるいは従にした犯罪がどれくらいかという、非常にこまかい資料も私は持っておりますけれども、時間がございませんので預かりにいたしますけれども、私は競輪場へ行きましても、競輪場でうろうろいたします。あすこにいるファンは、私にとっては、やはり親しい市民です。中には不心得な人間がおりましても、私は中にうろうろしているうちに、長い間の経験で――このごろはずいぶん変わってきました。婦人会の方々があれをごらんになって、非常にびっくりなさる。今の状態でびっくりなさったら、競輪が行なわれた当時、終戦後間もなくであったら、ほんとうに即死なさるほどの実に暗たんたる状態でございましたが、だんだんよくなってきました。ということは、一つはファンの生活が安定したということです。ファンの生活が安定するかしないかということは政治の問題です。先ほどロッキードの話も出ましたが、今日のような政治の貧困の中で、あれだけの低額所得者が、せめて百円札に自分のはかない夢を託して、あすこで楽しむ、それくらいの娯楽は与えてやってもいいんじゃないかというのが、私の作家的立場の考え方でございます。前の晩にみんな集まって研究するんですよ。競輪なんというものをごらんにならなくても、車券を手にしなくても、ほかの健全なる娯楽で、十分に生活をエンジョイなさるだけの余裕のある方々は、話は別です。そういう立場の方々が競輪をまっこうから非難されることに対して、私はやはり不平がある。みずから競輪をやらざるを得ないような状態に置かれた立場において、競輪をいろいろ批判される、競輪の粛正をするなり競輪を廃止するなりという議論が出てくるならば、私は、これはほんとうに真剣だと思うのでありますけれども、そうではなくて、自分たちはほんとうに謙虚な気持で道義的に反省するならば、競輪というような非常に不健全な、低級な、安価な、そんな娯楽がなくても自分たちは十分生活をエンジョイできる立場の人たちが、そういう高い立場からあれを批判するという、そのことに対して、私は作家的なセンスで反発を感じているということを重ねて申し上げるわけであります。それで、前の晩に四、五人集まりまして、出走表を前に置きまして、そしてしょうちゅうくらい飲みまして、あしたのレースにはこの選手が、レコードがどうとか、どこどこで穴を当てたとか、非常に楽しみながら研究するんですよ。そして、そのあくる日、その予想に従って、わずかな二百円とか三百円のお金を持っていって、それでエンジョイしている。これは損をすれば大へんな痛手ですから、悲観もしますし、あるいは悲観のあまり自殺する人間もございましょう、いろいろ犠牲者も出ます。この点では、ほんとうに競輪は社会悪で、こういうものがない方が、ほんとうにきれいなピューリタンの住んでおられるりっぱな世界ができるでしょうけれども、はたして現実がそうなっておるかという点から、私は作家的な立場から、競輪に対しては高姿勢で、この程度の娯楽は、これは不健全であるとか低級であるとか、安価であるとかいうことは、この責任は私は政治の貧困にあると思う。もっと生活状態が上がってしまえば、もうあんなものに行く人はなくなりますよ。もっとレベルが上がれば、みんな競馬を楽しむようになりますよ。私は競馬がやはり最高だと思いますけれども、もっと上がればゴルフに行きましょう。庶民がことごとく、日雇いもゴルフに行くような時代が来てほしい。私は、はっきり申しますと、そういう点では、作家的なセンスにおいては、高姿勢だということを申し上げたわけであります。
 大へん勝手なことを申し上げまして恐縮でございます。
○勝澤委員 また何か本を出されたそうですから読ましていただきますけれども、しかし、どうもあなたは、安易なところばかりを見て、もっと掘り下げたものというのは見られていないように、私は思うのです。私は、競輪が娯楽だとは、あまりにも極端な話だと思うのです。マージャンなら娯楽でもいいと思うのですけれども、しかしあなたは、その前提として、マージャンは家庭でやられてはおもしろくないと言われるのですから、これはかけマージャンでなければおもしろくない。負けたら徹夜までしなければならぬ、そうすると行き過ぎだ、それは間違いだということを、あなたは前提に考えられると思うのです。今言われた段階においては、競輪というのは、そんなに批判されないと思うのですが、しかし今競輪が批判されている根本は何かといえば、このごろ新聞に出ておりますように、人が死ねばみんな競輪で死んだことになっている。あるいは何か事故があればみんな競輪、それほど競輪というものが今批判を浴びている。そして、先ほどからも言われておるように、もう半分これは賭博場の親分なんですよ。それで、先ほどあなたも言われましたオルガンというような話をされても、そういう点からいうと、私はやはり作家というセンスからいって、こういうことを批判していいか悪いか知らないんですけれども、どうも意見かだいぶ違うようであります。
 そこで、もう一つお聞きいたしたいことは、五年待ってもらいたいというような話をされたんですけれども、やはりその基本には、時期が来たらとれはやめなければならぬ、こういうふうにお考えになっていることは間違いないのですか。
○戸川参考人 最初の点は、ばくちということでございますが、自治体が公営している限りにおいては、私どもは賭場の親方ではございません。ばくちの親分というものは、鉄火場におりましてテラ銭で私利私欲を肥やしたり、酒色に費やしたり、用心棒を養ったり、それがばくちの親分である。これは私営でやりますといろいろ弊害が生ずるかもしれませんが、公営である限りは、法律で保証された開催権を正当に行使しておる立場で、二割五分のテラ銭のうちの一割一分でございますか、これを今までちょうだいして、年間千八百万人のファンを含めた庶民に還元しております。これによってばくちの親分が私利私欲を肥やしているというような性格のものじゃございません。事柄そのものからはテラ銭ということも当たりましょうけれども、そうではないということを幸い御理解を願いまして、自治体の知事も市長も鉄火場であぐらをかいて、テラ銭で安易な収入をはかっているというようなことではない。現在公営で開催権が保証されておる限りにおいて、ことにその還元されたものが福祉事業なり、あるいは公共施設なり市民生活の安定と福祉向上のために還元されている限りにおいては、私はそれほど非難されることは筋が通らないのではないかと考えることが一つでございます。
 それから、後の御質問でございますけれども、これは営々と努力いたしまして、他の財源の確保に非常な努力をしておりますので、私は年限を二年延ばしてくれ、三年延ばしてくれということを申しているのではございません。市民の要望に従いまして、少なくとも今実施計画を立てております都市整備事業が完成いたしますと、ようやく平塚市も近代的な産業都市としての形態を、基礎的に備えることができる時期になりますので、その時期までは、市民に相談をして増税をすることもできませんし、私どもも工場誘致で、ほかの確実な財源の確保に営々と努力をしてやっていきたい。かように平塚市長の立場では努力して参るわけでございます。作家的なことは、これは主観的な問題でございますから、お聞き流しを願いたいと思います。
○勝澤委員 最後に、国の政治が悪いために、こういう法律があって皆さんがやられているわけですが、ただこういう話を聞いておりますと鼠小僧次郎吉の話のように聞こえるわけです。おれは盗んだけれども、盗んだ物は全部困っている人のために使ったんだ、私腹は何も肥やしていない、こういうように言われているわけでありまして、皆さんも個人的にはそういうことを考えているわけではなく、市民市長として何とか市民のしあわせを願ってやっておる。そのしわ寄せが地方自治体にみな来て、その中でいろいろとお苦しみをされておるわけです。ですから私は、最後の結論として皆さんにお願いいたしたいことは、やはり前提となる問題は、廃止については、皆さんはそう反対をされている方はないわけですから、廃止するためにどういうふうにお互いに協力し合ってやっていけるかという点で、ぜひわれわれの委員会に御協力を賜わりたいと思うわけでございます。
 以上で私の質問を終わります。
○中村委員長 最後に長谷川四郎君。
○長谷川(四)委員 ちょっと阪本さんにお聞きいたしますが、阪本さん、競輪を始めて十年になりますが、その間大体収入が十億ぐらいあったようでございますが、私はその金額が幾らかということは申し上げませんが、しかしその金額をどのようにお使いになられておるか、その結果を聞きたいのが一つと、それから尼崎の市長さんの時代に、モーター・ボート競走場の設置をすべしという御意見を持ってなされたお方だと承りますが、そのときと現在のお気持、反面モーター・ボート対競輪、他の競技をどういうふうにお考えになっておりますか。
 それからもう一つ、競馬場について申し上げたいのですが、何かお話に承ると、園田というところがお宅にあるんですか。そういうところの競馬場の周辺の人たちの猛烈な反対を押して、一度は中止をすると言われたけれども、最近では七千万ばかりかけて競馬場をさらに手直しを考えているというお話を聞いているのですが、こういう巨費を投じて施設を直して、そして競馬の存続をお考えになっているというようにも考えられますが、その三つの点についてお述べいただきたいと思います。
 高山さん、まことに申しわけありませんが、一つだけお聞かせ願いたい。
 競輪と競馬、他の競技ももちろん入るんですが、それに対する比較と、あなたのお考えをお聞かせ願いたい。どうぞお願いいたします。
○阪本参考人 お答えいたします。
 競輪開始以来、県は相当の収入を得ておりますが、戦災復興とか、災害復興とか、本来のために全部が使われておるのではございません。いろいろなものに使われてきておるのでありまして、本来の趣旨と違った面に――県の方でも、あるいは他の競輪をやっておられる都市の場合でも、そうなっております。当初の目的とうんとはずれてしまっておるのであります。これはまことに遺憾なことであると思います。
 第二のボート・レースのことでありますが、尼崎市に六万坪の湿地帯がございまして、アシ、ヨシがおい茂り、泥沼でありまして、実に不潔きわまるところであります。そこから発生するたくさんのカが全市にはびこって、尼崎はカの名物市といわれたくらいであります。この六万坪の湿地帯をいかにするかということは、歴代の市長の共通の悩みであったのであります。そこで私は、その六万坪の中に二万坪の池を掘って、その土砂をもって他の四万坪の湿地帯を埋めて、その埋めた土地に学校を建て、公営住宅を建てる、そしてその費用は一定期間ボート・レースをやって、その収入をもって充てる、ゆえに、最初に投じました資本が全部返却された暁にはボート・レースをやめるから、それまでしんぼうしていただきたいと市民に頼み、そうしてボート・レースを開始し、一昨年すでに最初の一億数千万円要しました資金は、全部返済されたのでありますから、私が市長をしておれば、当然一昨年廃止しておったのでありますけれども、すなわち公約通り実行しておるのでありますけれども、現在市長でありませんので、市長にいろいろと勧めて参ったのでありますが、やはり財源がほしいらしく、いまだ踏み切ってくれないというのが実情であります。事実、すでにその埋め立てたところにりっぱな学校を三つ建て、たくさんな住宅を建て、公園も作ったような状態であります。そういう事情でございます。園田の競馬の場合は、あすこを使っております県下の各都市などが資金を積み立てまして、やってきておるのであります。いずれにいたしましても、将来あすこは競馬を廃止するときが来るならば、現在の建物は観覧用として十分使うことができるのでありますから、そういう含みを持って、ああいう措置を講じたようなわけでございます。
○長谷川(四)委員 競馬場の七千万円の今のやつは、あれですか、観覧の……。
○阪本参考人 ただいまの建築基準法では、現在すでにゆれ動いて危険な状態になっているという建物は許されないのであります。大衆が寄り集まるところは、必ず鉄筋を用いなければならぬということになっておりますので、一応鉄筋にかえたのでありまして、将来用途が変わっても、そのまま観覧場は十分アミューズメントに用いられるという含みでございます。
○高山参考人 競輪も競馬もかけごとであることには変わりはないと思います。ただ、現実の問題として、今の弊害の点ですね、これが非常に違っているんじゃないかと思います。
 それは一つは、競輪は非常に簡単で行きやすいという点、それから今の事実から見ますと、非常に生活の苦しい人が行っておりますね。そして、しかもそれが先ほど申したように、まかり間違えば自分の血液まで売る、自分の血液が薄くなって間に合わぬから、負っておった四つの子供の血液を売ろうとした、そこで断わられたという報告もあるのであります。そういうふうに、非常に生活の苦しい人が体を張ってやる、生活を張ってやっておるという段階に来ておると私は思うのです。そこに競輪の社会悪の猛烈さと申しますか、これが非常に大きいと思います。ですから、一日も早くこれを禁止しなければ、たくさんの犠牲者が続々と出る。競馬の方は、私はこの間欧米を回ってきまして、外国のギャンブルも見てきたのでありますが、日本のとは多少違います。外国の方では相当余裕のある者が一つはレクリエーションとしてやっておるという面も否定できない、そういう面もあります。しかし、そんなら日本の競馬がそうかといえば、私はやはりある種の生活に苦しい人が行っていると思うのです。ここにやはり日本の競馬が、外国の競馬のように、単なるレクリエーションだといえない面があると思うのです。しかし、物事にはやはり順序がありまして、さしあたって弊害の多い、しかし一日放置すれば、一日大きな悲劇を生んでおるというようなもの、しかも私の方は私の権限でこれをやめることが立場上できたのであります。ですから、私は急いでやめたのでありますが、競馬はなくならぬから競輪はやめても意味がないという考え方は、これは人が悪いことをすれば、悪いことでもやめないという理屈と同じで、これははっきりやめさせなければいかぬと思います。やはり競輪をやめていくことが、やがて競馬をもやめるような社会情勢を作っていくことなんであります。ですから、一番悪い競輪からやめるという順序でいくのがやめやすい。弊害が多いというからやめる。そうしてその弊害の多いものをやめていくことによって、やはりみんなのモラルというもの、社会道徳というものが進んでいくのだと思うのです。そういうふうに、やめることのできるものからどんどんやめていく、こういう順序をとるべきじゃないかという考え方であります。
○長谷川(四)委員 お話いろいろと承りまして、いよいよ来年からの審議の参考にしていくわけなんですが、実際おかしなことは、競馬も競輪もボートも全部同じ百円なんですが、競輪だけにその階層が違うというようなこと、また従って競輪だけに悲劇が多いというようなこと、この間も警察の話を聞くと、何でも競輪で使ったと言えば、大体ないということになる。それだから競輪というものがよけい出るのじゃないか。私は犯罪調査に行きましたところが、大体どうして競輪と言うのかと言ったら、たとえばなければならない金がどこへ行った、競輪に使ってしまったと言うと追及できない、競輪に使ったのじゃ証明も何もないから、何ともしょうがない、そういうのは全部がそうではないだろうけれども、こういう事実も多いようだというような話もいろいろ承ったのであります。
 まことにきょうはありがとうございました。これからわれわれは来年度の通常国会に、今後の競輪問題をいかに取り扱うかということについて、協議して参るわけでございますが、きょうはどうもありがとうございました。
○中村委員長 以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたりきわめて貴重なる御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして、厚くお礼を申し上げます。
 次会は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これをもって、散会いたします。
    午後二時三十一分散会