第038回国会 文教委員会 第4号
昭和三十六年二月二十四日(金曜日)
    午前十時五十四分開議
 出席委員
   委員長 濱野 清吾君
   理事 臼井 莊一君 理事 坂田 道太君
   理事 竹下  登君 理事 中村庸一郎君
   理事 米田 吉盛君 理事 前田榮之助君
   理事 山崎 始男君 理事 山中 吾郎君
      伊藤 郷一君    上村千一郎君
      高橋 英吉君    千葉 三郎君
      灘尾 弘吉君    花村 四郎君
      原田  憲君    松永  東君
      松山千惠子君    八木 徹雄君
      井伊 誠一君    小林 信一君
      高津 正道君    三木 喜夫君
      村山 喜一君    松原喜之次君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 荒木萬壽夫君
 出席政府委員
        文部政務次官  纐纈 彌三君
        文部事務官
        (大臣官房長) 天城  勲君
        文部事務官
        (初等中等教育
        局長)     内藤譽三郎君
        文部事務官
        (大学学術局長)小林 行雄君
        文部事務官
        (文化財保護委
        員会事務局長) 清水 康平君
 委員外の出席者
        文 部 技 官
        (文化財保護委
        員会事務局技術
        工芸課長)   松下 隆章君
        専  門  員 石井  勗君
    ―――――――――――――
二月二十三日
 委員鈴木義男君辞任につき、その補欠として片
 山哲君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
二月二十二日
 国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出第六二号)
同月二十三日
 学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出第六八号)
同月二十一日
 公立文教施設及び義務教育諸学校施設に対する
 国庫負担増額等に関する請願(伊藤幟君紹介)
 (第六二四号)
 産業教育振興法に基づく技術家庭科設備補助率
 引上げ等に関する請願(伊藤幟君紹介)(第六
 二五号)
 中学校舎敷地買収費等に対する国庫補助増額等
 に関する請願(伊藤幟君紹介)(第六二六号)
 文教施設費国庫負担制度の確立等に関する請願
 (小川平二君紹介)(第六二七号)
 高等学校生徒の急増対策に関する請願(大竹作
 摩君紹介)(第六二八号)
 学校栄養士配置に関する請願外一件(原田憲君
 紹介)(第六二九号)
 同(宇都宮徳馬君紹介)(第七二八号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 連合審査会開会申入れに関する件
 国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出第六二号)
 学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出第六八号)
 派遣委員より報告聴取
 文化財保護に関する件
     ――――◇―――――
○濱野委員長 これより会議を開きます。
 この際、当委員会は東北地方における文教関係の雪害状況調査のため委員を派遣いたしましたが、その派遣委員が帰られましたので、その実情調査報告を聴取いたします。上村千一郎君。
○上村委員 私は今般六委員会で行なわれました雪害調査につき文教委員会を代表して参加いたしましたので、本委員会関係事項について、調査の概要を御報告いたします。
 本調査班には、私のほかに、地方行政委員会からは二宮武夫君、大蔵委員会からは広瀬秀吉君、運輸委員会からは肥田次郎君、建設委員会からは木村守江君及び民社党代表として井堀繁雄君が参加せられ、山形県、秋田県及び新潟県下を二月十三日から十八日までの六日間にわたり調査して参ったのであります。
 本雪害を起こした、原因については、委員各位はすでに十分御存じの通り、昨年の十二月二十八日に千島方面に去った低気圧が北西に逆戻りするという異常進路をとり、三十日にはオホーツク海に入ったため、その低気圧の中心から南西に伸びる気圧の谷は、日本海南部を通って北陸方面に走り、その上空に冷たい空気が侵入しており、一方大陸から張り出した高気圧は、日本の南部から南の海上に強く張り出して参りました。このため北陸地方の沿岸に前線ができ、日本海から吹きつける北西の風は、平野部にある前線面にぶつかり、上昇気流を起こし、とりわけ上空に侵入した寒気は、空気の層を一そう不安定にして、上昇気流をますます強くし、濃密な雲を作り、平野部に多量の雪を降らす結果となったのであります。この豪雪は強い季節風によるものではなく、南からの弱い風による大雪の好気象条件が偶発したためであります。従って通常の降雪より海岸線から平野部にかけて多く、さらにその量も記録的で、山形県では尾花沢で三百二十五センチ、秋田県では沼館で百五センチ、新潟県では塚山で三百九十センチが記録されているのであります。本年一月に入っても降雪は平年度を上回る激しさを見せており、われわれの調査に参りました二月中旬においてさえ、連日風雪注意報が出されているといった状況下にあったのであります。
 以上のような豪雪下にある山形県、秋田県及び新潟県の実情について調査いたしましたことを、道順を追って簡単に申し上げます。
 最初の十三日は山形県の米沢市に参ったのであります。米沢市においては市内の積雪状況を視察しながら地方事務所に参り、多数の地元民から種々陳情を受け、再び現地を調査しながら上の山町に足を伸ばしたのであります。上野を立ったときは快晴であったものが、上の山に到着する直前から降雪がだんだん強くなって参り、夜中には大雪となり、翌十四日の朝までに六十センチの降雪を見、なお降り続いていたのであります。
 十四日は降雪の中をジープで上の山から山形市に参り、まず県庁にて県担当部課長から山形県下の雪害状況をつぶさに聴取し、要望を受けたのであります。ついで山形市から大石田町に参り、町役場にて地元関係者と熟談を終え、直ちに暴風雪をついて新庄市に進んだのであります。この間の約四時間はジープがみぞにはまり込んだり、吹雪が強く視界がきかぬため停車をするなど難行軍を繰り返しながら予定の時間を二時間近くおくれて新庄市に到着いたしたのであります。この地方は山形県下第一と言われる多雪地帯であるだけに、国道の両側には除雪された雪が積み上げられ、三メートル以上の壁を作り、これが延々と続き、車の中からはさながら雪のトンネルの中を走っているようでありました。たまたま見える民家はすっぽりと雪の中に埋もれて、二階家の軒からは長いつららが下がり、この地方の身を切るような郷さを物語っており、また樹木は数十センチもの雪を枝葉につけ、折れているもの、幹が裂けているもの、地面までへし曲がっているものなどが随所に見られたのであります。新庄市役所に立ち寄り陳情を受け、横堀駅から山の中へ八キロの雄勝村に向かって除雪用ブルトーザーを先頭に、除雪を行ないながら夜道を進んだのでありまして、目的地に着いたときは九時を過ぎていたという難行軍であったのであります。そしてやっと着いた宿舎は、客室が猛吹雪のために、わずかなすき間から吹き込んだ雪が一寸以上も積もっており、荒れた日の雪国の生活がどんなものであるかをたんのうさせられたのであります。
 十五日は湯沢市を調査、市役所にて陳情を受け、横手市まで足を伸ばしたのであります。横手市役所にて地元民と懇談をいたし、除雪の状況を調査し、二時間もおくれて到着の列車に乗り込み秋田市に参ったのであります。秋田市は風速十五メートル以上の粉雪まじりの強風にさらされ、痛ましい姿の町と化していたのであります。われわれ調査班は、会議の予定時間が相当おそくなっていましたが、日程通り調査を進めることとして、深夜まで県庁にて知事を初め地元有志と雪害の説明、対策、陳情について質疑を重ねたのであります。
 十六日は、秋田市から新津市に参ったのであります。新津市から新潟市までの間の国道は、国の直轄管理にあります関係上完全に除雪され、さながら京浜国道を走るような気持で、生き返った気がいたしたのであります。これまでの調査において、国道は一つとして完全に除雪されたものはなく、各県が、国道は国の直轄管理にすべきであると強く要望していたわけも、ここを通って初めてわかったのであります。新潟市においては、時間の関係上知事ほか県の説明を簡単に聴取し、本格的な会議は翌日の長岡市に持ち越すことにいたしたのであります。
 十七日は、まず新飯田の果樹地帯と三条市の果樹被害現地をゴム長に米俵のふたを足にしばりつけ、果樹園内を一時間にわたり調査いたしたのであります。この地帯は樹齢二十年から四十年のナシ、ブドウが多く、ナシは樹齢四十年もので一本の木から五十貫を産するという農家にとっては至宝の果樹がむざんに枝をもぎとられ、幹は裂け、八番鉄線のたなはことごとく切れて、雪害がいかにおそろしい力を持っているかを目のあたりに見せられたのであります。
 長岡市に至る途次、中之島村に立ち寄ったのであります。ここは信濃川の本流と支流にはさまれた中州地帯ともいわれる低地帯で、融雪溝が完備しておったのでありますが、除雪のために投げ込まれた雪が融雪溝で流水をとめ、融雪溝からあふれ出た水が民家の床下浸水を来たしている実情を聞いたのであります。長岡市では、県、市、地元関係者多数と長時間にわたり種々意見を交換し、融雪町における再調査を約して調査を終了いたしたのであります。
 この調査中に感じたことは、現在いまだ降雪期にある関係上、現在の時点において被害を云々することはむずかい状況にありますが、豪雪により交通が麻痺したことにより発生した種々の被害があることは、よく了解ができたのであります。すなわち、諸産業は原料その他の搬入はできず、製品の搬出ができないために事業は休止状態にあり、また交通機関の運行不能により足を奪われた町は、開府休業で収入の激減となっている等、間接損害があらゆる事業に発生しているのであります。これを各県別に見ますと、山形県にては六億円、秋田県にては十一億四千万円、新潟県にては実に四十九億円に上っているのでありまして、融雪時においてはこれの何倍に達するか想像もつかぬ状態にあるのであります。
 以上、実情報告を終わりまして、最後に本委員会関係要望事項について簡単に申し述べます。
 一、積雪地域の冬期分校設置費の増額をはかられたいこと。
 二、積雪地域の公立小、中学校の寄宿舎の建設に国庫補助の道を講ぜられたいこと。
 三、積雪寒冷地帯の屋内運動場の整備を優先的に認められたいこと。
 四、雪害により破壊した学校施設に対し、すみやかに公立学校施設災害復旧興国庫負担法を適用されたいこと。
 五、義務教育国庫負担法並びにへき地教育振興法等に心づく学校施設の基準となる係数を増加するとともに、学校建築にあたり鉄骨、鉄筋造の充当率並びに建築単価の引き上げを講ぜられたいこと。
 以上であります。(拍手)
○濱野委員長 次に、井伊誠一君の報告を願います。
○井伊委員 私は、今般六委員会合同で行なわれました雪害調査につきまして、当委員会を代表して参加いたしましたので、これら調査の概要につきまして御報告いたしたいと思います。
 北陸地方雪害調査団には、私のほかに、運輸委員会からは壽原正一君、地方行政委員会からは宇野宗佑君、大蔵委員会からは米山恒治君、建設委員会からは岡本隆一君、農林水産委員会からは角屋堅次郎君及び民主社会党代表として内海清君が参加せられ、福井県、石川県及び富山県の三県下を二月十三日から同月十八日までの六日間にわたり調査して参ったのであります。
 三県下における雪害の原因につきましては、委員各位はすでに十分御存じの通り、昨年の十二月二十五日夜からの西高東低冬型気圧配置によってもたらされた寒波が、同月二十八日に至り、急激に勢力を増し、年末の冬型としては、明治三十年の観測以来、異例の大積雪を見たためであり、さらに加えて、風が弱いときに大雪という北陸前線の常識を破る猛吹雪が、本年の一月上旬まで、三県下を荒れ狂って、全交通網に痛撃を与えたために、かってない大雪害がもたらされたのであります。
 各県の雪害の状況につきましては、本調査団は、福井県では、福井市、吉田郡、勝山市、大野市、足羽郡、坂井郡の三市三郡を、石川県では、加賀市、小松市、能美郡、石川郡、金沢市、河北郡の三市三郡を、また富山県では、四礪波郡、高岡市、射水郡、富山市、婦負郡、中新川郡、滑川市、魚津市、黒部市、下新川郡の五市五郡を調査して参ったのでありますが、各県下の全域にわたる豪雪は、二月中旬に至っても降りやまず、平年度をはるかに越える激しさを見せており、福井県の南大谷では百三十三センチ、石川県の目附谷では二百五十七センチ、冨山県の東部山沿い地方では二百三十センチ以上の積雪を記録しておりました。われわれが調査に参りました期間中も、連日大雪注意報が発令されているといった状況でありまして、特に福井県においては、勝山市から大野市への道中、福井、石川の県境における倶利加羅峠越え、さらにまた、富山市以北の黒部、下新川にかけての丈余と思われる雪中視察行については、おりからの猛吹雪のため視界が全くきかず、しばしば停車して、文字通り牛歩前進を行なうなど、実に言語に絶する難行軍を繰り返したのでありました。
 三県下の雪害状況につきましては、各県庁において、それぞれの知事を初めとして、各担当官からつぶさに説明を聴取し、かつまた雪害復旧に対する要望を受けたのでありますが、各県の東、西部山沿い地方、沿岸地力、平野部の現地において、倒壊家屋、農山林被害、なかんずく果樹のたな、枝の折損、立木等、林産物の被害、さらに文教施設の被害、道路の損傷等、見る影もない状況を直接に見聞するにつれて、その甚大な被害に驚愕したのであります。
 さらに、三県下ともにいまだ降雪期にある関係上、豪雪のため、輸送の停滞による生産能力の低下、商工業等営業の休止による損失等、長期にわたって県民生活に及ぼす影響ははかり知れないものがあり、まことに憂慮すべき状態でありました。
 視察当時までに判明した三県下の被害額は、おおむね次のようなものでございます。すなわち、福井県におきましては、二月十四日現在で、総計十三億五千百九十八万二千円、そのうち、教育施設関係におきましては九百七十九万二千円、また、石川県におきましては、一月八日現在において、総計十三億六千百三万九千円のうち、学校関係が一千三十八万一千円、富山県におきまして、二月十五日現在、総計十七億八千九百三十五万三千円のうち、文教関係は二千七十五万二千円であります。なお、三県下とも、融雪時においては、その被害額はさらに増大の一途をたどることが予想されるのでありまして、その場合における各県の推定額は優に三十億円を突破するものと見込まれております。次に、各県の雪害対策について申し上げます。
 この豪雪の襲来によりまして、北陸麻痺状態となり、このため上野発北陸号の百時間以上の遅延を最高といたしまして、立ち往生列車が各地に続出するなど、県民の生活に未曽有の緊急事態が惹起いたしましたことにかんがみ、各県とも直ちに雪害対策本部を設置して、これに対処したのでありまして、その処置のおもなるものは次の通りであります。すなわち、自衛隊の協力要請、鉄道沿線の除雪に対する市町村への協力要請、列車内の滞留客の暖房、食事、宿泊等のあっせん及び協力、県民に対するところの除雪、消防等の指示、食糧の確保と物価高騰の抑制並びに特別融資、道路の除雪、排雪と船舶による交通の確保など、各県は全力をあげて県民の保護と雪害復旧に努めて、これに要する緊急経費として三千万円ないし一億円以上を投じて、万全の方策を講じつつあるのであります。
 最後に、この各県の要望事項を、ことに当委員会に関係するものを申し上げたいと思います。それは、雪害を受けた学校施設に対しては、公立学校施設災害復旧費国庫負担法を適用し、災害復旧事業費の早期決定を行なわれたい。それには、その修理の額を十万円とするようなことではなしに、三万円ぐらいのところでそれを適用のできるようにしてもらいたいということであります。なお、中等学校の校舎の被害に対しましては、これは応急措置を講じて、これの復旧に当たられたい。こういうことを要望しておきます。
 以上御報告をいたします。
     ――――◇―――――
○濱野委員長 この際、連合審査会開会の申し入れに関する件についてお諮りいたします。理解会の協議に従い、東北、北陸地方における雪害に対する金融措置等に関する件について、大蔵委員会に対し、当委員会と連合審査会を開会するよう同委員会に申し入れることにいたしたいと存じますが、この点につきまして御異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○濱野委員長 御異議なしと認め、さよう決しました。
     ――――◇―――――
○濱野委員長 次に、国立学校設置法の一部を改正する法律案、及び学校教育法等の一部を改正する法律案を一括議題とし、その提案理由の説明を聴取いたします。
    ―――――――――――――
○濱野委員長 荒木文部大臣。
○荒木国務大臣 このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律案は、昭和三十六年度における国立大学の学部の新設、国立短期大学の新設及び廃止並びに国立大学付置の研究施設の新設について規定するとともに、国立短期大学に付属して国立学校を設置することができることとする旨を規定したものであります。
 まず、国立大学の学部の新設につきましては、大阪大学に基礎工学部を設置することとしたものであります。この基礎工学部は、最近の科学技術の進展に即応して、工学に関する基礎科学を重視した教育及び研究を行なうことを目標としております。
 第二に、国立短期大学の新設につきましては、科学技術振興の一環として、宇都宮工業短期大学、長岡工業短期大学及び宇部工業短期大学を設置することとし、中堅技術者の養成をはかろうとするものであります。
 第三は、国立大学付置の研究施設の新設に関するものでありまして、広島大学に原爆放射能医学研究所を、名古屋大学にプラズマ研究所を付置することといたしました。原爆放射能医学研究所は、原子爆弾の放射能による障害の治療及び予防に関する学理並びにその応用の研究を目的としております。一方、プラズマ研究所は大学関係者等の共同利用の研究施設でありまして、プラズマに関する基礎的研究を目的としているものであります。
 第四は、国立短期大学の廃止に関するものでありまして、昭和三十四年度より、名古屋工業大学短期大学部は名古屋工業大学の、また、九州工業大学短期大学部は九州工業大学の夜間の学部に、それぞれ、転換して授業を行なうこととなり、このたびその移行が完了することになりましたので、これに伴い、関係規定を整理するものであります。
 以上の諸点のほか、国立短期大学に付属の学校を設置することにつきまして規定を整備することといたしました。
 以上が、この法律案の提案理由及び内容の概要であります。
 次に、このたび、政府から提出いたしました学校教育法等の一部を改正する法律案につきましては、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律案は、学校教育法につきまして、高等学校の通信制の課程の整備並びに高等学校の定時制の課程及び通信制の課程と技能教育施設との連携のため所要の規定を設けるとともに、特殊教育及び就学義務関係の規定等を整備し、また、私立学校法につきまして、通信制の課程の整備に伴う学校法人にかかる認可等について所要の規定を設けることとしたものであります。
 まず、学校教育法の改正といたしましては、第一に高等学校の通信による教育を行なう課程を通信制の課程として整備したことであります。
 高等学校の通信による教育は、その発足当初の諸事情のため、全日制の課程または定時制の課程における教育方法として考えられ、現在まで運営されてきたのでありますが、最近に至り年々これを利用する生徒数も増加し、関係者の努力によりその内容も充実し、定時制の課程と並んで勤労青年を対象とする教育の上に相当の役割を果たすに至ったのであります。そこで、このたび、これを全日制の課程、定時制の課程と並ぶ独立の通信制の課程として明確に位置づけるようにするとともに、通信制の課程のみを置く高等学校の設置をも認めることといたしたのであります。また、通信による教育は、これまで都道府県を単位として行なわれていたのであり、将来もその発達を促進するとともに、最近におけるラジオ、テレビの普及に伴い、通信教育にこれらの新しい教育手段をも考慮し、全国または数都道府県を実施単位とする広域の通信制の課程をも設置し得る道を開くことといたしました。
 なお、広域の通信制の課程の設置、廃止等にかかる都道府県の教育委員会または知事の認可を行なうに際し、全国的見地からの調整、教育水準の維持の必要等の見地から、あらかじめ、文部大臣の承認を受けて行なわせることとして、その適切な実施を確保しようとしたのであります。
 これらの法的整備をはかるとともにさらに各般の行政施策を講じ、勤労青年の教育の機会の普及拡充に今後格段の努力をいたしたいと存ずるのであります。
 第二は、高等学校の定時制の課程及び通信制の課程と技能教育施設との連携をはかったことであります。
 高等学校の定時制の課程または通信制の課程に在学する生徒が、同時にまた事業内訓練施設その他の技能教育施設において相当組織的な教育を受け、その成果をあげている場合がありますが、その施設、設備、教員組織、指導内容が、高等学校と同等以上と認められるときには、これらの技能教育施設における学習を同等学校における教科の一部の履修とみなすことといたしました。このことにより学校と産業界との相互の連携を密にし、技能教育についての能率を苛め、もって科学技術教育の振興に資することといたしたのであります。
 第三は、特殊教育に関する規定を整備いたしたことであります。すなわち、現在、盲学校、聾学校及び養護学校の幼稚部及び高等部は、単独には設置できないこととなっておりますが、特別の必要がある場合には、これらの部をそれぞれ単独に設置し得る道を開くとともに、盲学校、聾学校、養護学校または特殊学級において教育することが適当な児童、生徒の範囲を明確にし、もって特殊学級の振興に資することといたしたのであります。
 なお、これらのほか、義務教育諸学校にかかる就学義務に関する規定等を整備することといたしたのであります。
 次に、私立学校法の改正につきましては、主として学校教育法の改正による高等学校の通信教育制度の改正に伴い、規定の整備をはかったものであります。すなわち、広域の通信制の課程の設置、廃止等にかかる認可につきましては、文部大臣の承認を経ることといたしましたことに伴い、これを設ける学校法人についても同様の措置を定めるなど所要の規定を設けることといたしました。
 以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。何とぞ十分御審議の上、すみやかに、御賛成下さるようお願い申し上げます。
○濱野委員長 ただいま説明されました二法案の質疑は、次会よりいたすことといたします。
     ――――◇―――――
○濱野委員長 次に、文化財保護に関する件について調査を進めます。
 質疑の通告がございますから、これを許します。高津正道君。
○高津委員 一昨年の三月に、文化財保護委員会で永仁のつぼを鎌倉時代の非常にすぐれたるものであるとして、重要文化財に指定されたのでありますが、これが大へんな間違いであるということは、だれもみんなうすうすか、あるいは詳しく知っておるのであります。私はこの指定を解除すべきであると思いますが、これに対する御所見を聞きたいと思います。
○清水政府委員 いわゆる永仁のつぼにつきましていろいろと問題が起きております。文化財保護委員会といたしましてまことに恐縮に存じておる次第でございます。ただいま高津先生からいわゆる永仁のつぼ、すなわち永仁銘古瀬戸瓶子について解除してはどうかというようなお話がございました。この問題は、すでに御承知のことと思いますが、指定は一昨年、昭和三十四年の六月でございますが、特に昨年、三十五年の二月ごろから、地元の研究者の方からあれは解除すべきものではなかろうかというわけで、要望書も出ておるわけでございます。文化財保護委員会といたしましては、文化財につきまして、指定してあるものも指定してないものも常に調査研究いたしておるわけでございますが、昨年春ごろから地元の一部の研究家の御要望もあり、特にその問題を内々調査研究いたしておったわけでございます。正式に昨年秋いわゆる永仁のつぼにつきまして、技法でありますとか、あるいは文字の態様、あるいは考古学的にこれを研究するとか、あるいはまた科学的に調査いたしまして、その結果に基づきまして善処いたさねばならぬというわけで、約十数名に及びますその方面の専門家をきめまして、たとえば文化財保護委員会におけるその方面の専門家あるいは東京、京都にございますが、国立博物館のその方面の再門の方々、あるいは文化財研究所の専門の方々あるいは民間のその方面の専門家も入れまして、自来八回に及びまして調査をいたしておるのでございます。その結果に基づきまして、この三月の末に文化財保護委員会の補助機関であり諮問機関でございます文化財専門審議会に諮問、付議いたしまして、今日までの調査研究を報告、それを基礎にして審議していただきまして、その審議の結果に基づきましてすみやかに善処、処置いたしたいと思っておる次第でございます。
○高津委員 すみやかに善処、処置したいと思うという、今までの結論が出ておるものはどういうことですか、その審査会の。
○清水政府委員 調査の方針といたしましては、先ほど申しましたように様式、技法、銘文などの比較調査もいたしております。あるいは陶土、釉薬筆の科学的調査もいたしております。窯跡の考古学的調査、これはなかなか短時日にはできませんけれども、考古学的な立場からも調査いたしておるわけでございます。そのほか特に科学的な調査につきましては……
○高津委員 今まで到達した結論を聞いているのです。
○清水政府委員 申し上げたいと思います。
 たとえば科学的調査に私どもは特に重点を置いておるわけでございます。位相差顕微鏡による検査、あるいは螢光分析検査、あるいは残留磁気の調査などいたしておるわけでございますが、銘文の書体、内容あるいは様式、技法等の調査は相当程度進んで一つの方向に向かっておりますが、科学的調査はまだ一部調査中でございまして、文化財保護委員会事務当局といたしましては、一つの方向に進んでおりますけれども、ここで具体的に断定して申し上げるためには、三月の二十七日から開かれます四日間にわたる専門審議会に報告いたすまでにはかためて、御報告いたしたいと思っておるわけでありますが、一つの方向に進んでおるということはここで申し上げることができると思います。
○高津委員 一昨年の三月に専門審議会にかけた場合の提案者はだれですか。
○清水政府委員 文化財で重要と認めたものは重要文化財に指定する。指定するのは御承知のごとく文化財保護委員会でございます。文化財保護委員会が専門の技官あるいは主査、それぞれの課におきまして多年にわたって調査研究して、そしてそれを局議にかけ、委員会にかけて、そうしてこれを専門審議会に諮問いたしたのでありまして、諮問の提案者は文化財保護委員会でございます。
○高津委員 そのときの提案理由の説明はだれがやったのですか。
○清水政府委員 専門審議会におきまする説明は、主として当時の陶器方面の専門技官が説明し、これをまた課長も説明しておるのでございます。主としてその方面の専門技官が説明しております。
○高津委員 そのときの議長はだれですか。
○清水政府委員 松田権六委員だと記憶しております。
○高津委員 課長というのは松下課長であり、技官というのは小山富士夫氏ですか。
○清水政府委員 専門技官は小山富士夫技官でございます。当時の課長は本間美術工芸課長でございます。
○高津委員 その席では何の反対もなしにすぐにきまったんですか。
○清水政府委員 御承知のごとく美術工芸関係の専門審議会は第一分科会でやっております。第一分科会は絵画、彫刻、工芸品、考古資料というような部会に分かれておりますが、部会におきましてるる説明し、慎重に審議の結果、特にだれの反対もなくそれを通過いたしたであります。御承知と思いますが、昭和三十三年にこの問題を専門審議会に一度提案したことがございます。そのときには、委員の中にお一人――永仁の銘、それから漢詩が書いてございまして、甲午というのが斜めに書いてあるのですが、一委員が、こういう斜めなのはあんまり見たことがない、横になったものやまっすぐになったものは見るけれども、斜めになっているのはちょっと見たことがないから、これは調査研究しなければいかぬというので、二十三年にそれが保留になりました。その後方々でこの斜めになっておるのが、たくさんじゃありませんけれども、つり鐘でありますとか刀とか墓石にあります。そういう問題も解決したということも説明をし、その後各種の展覧会などにも出て、陶器美術展にも出ておりますから、その点については鎌倉時代に間違いないとその特認定いたした関係上、一人の反対者もなく通過いたした次第であります。
○高津委員 その甲午という字を横に入れるとか、そういう実例を次の機会でもいいから、どういう実例がどういうところにあったと、あとで出典を明らかにして示してもらいたい。
○清水政府委員 承知いたしました。
○高津委員 お伺いしますが、社団法人陶磁協会なるものがあって、そこには技官である小山富士夫氏が理事で入っておる。作者である加藤唐九郎氏は同じく理事で入っておる。それから梅沢彦太郎氏は理事長ですけれども、この人は今度の文化財保護委員会の永仁のつぼの問題のどさくさに、調査委員というか、この審議委員に今度入っておる。それからまた佐藤進三というのはここの専務理事になっておりますが、この人は税金を払わずにどんどん商売をやっておる。ほかの理事で広田煕という理事は壷中居の御主人で、むろん美術商です。繭山順吉という理事は国際的な焼きものを取り引きしている繭山商店の大だんなです。また理事の根津伊之助氏はやはり古陶器商です。中村一雄という理事はこれも陶器を商う水戸幸という有名な美術商です。それが「陶説」という月刊雑誌を出して、それでこのものがいいというようにじゃんじゃん書いて、あるいは講演をして歩き、加藤唐九郎氏はつぼを作り出し、佐藤進三氏は商品を売る方であっせんしてもうけるだろうし、小山富士夫氏は国家を代表して鑑定して重要文化財にする、そういう立場にあるのです。どうも加藤唐九郎氏一人の自作自演というわけではなく、その背後に社団法人陶磁協会というものがある。同じ穴のムジナと言っては悪いですが、言葉を改めれば同じ森の住人がなれ合いで今回の事件が起こったものだと思います。いろいろ調べておると、一番はっきりとものを言った記事が昨年の十一月号の「芸術新潮」に出ております。そこにはこういうようにはっきり書いてあるのです。秦という大へんな偉い人ですが、「米子のなんとかいう人も」これは深田雄一郎氏のことですが、「自分で買う目がない。そこで陶磁協会の佐藤先生に相談する。佐藤がいいというと買うし、いけないというといいものでもションベンしている。だから恐らくこんどの場合は、佐藤は唐九郎か誰かから、いいもんだというようなことを聞いて、無邪気にいいと思って『ここにこういう売り物があるんですが、買ったらどうです、外国へ流れるのが惜しいから小山氏は重文にしたいというのだけれども』というような調子で話したんだろうと思うナ。佐藤というのは、こんどのツボにかぎらず、あちらにあるものこちらにあるものを知ってるから器用にかせいでいるヨ。彼は謝礼が最低一日五千円で飛行機代を出させて田舎回りをやるんだが、ヨロクの方がずっと大きいわけだ。税金を払わないで道具屋を上回ってるような商売さ。協会を通じていいお客をつかまえて、道具屋から買った物は必ずクサレ、ションベンさせては、自分の預ってる委託品だけはどんどん売ってる」それから「やっぱり佐藤氏なんかも箱書をしたりするわけですか」という質問に対して、「いや、佐藤は箱書しても通用しないから陶磁協会専務理事と『陶説』で行く。彼は権威者に箱書をさせて売り歩くんだ。永仁の壷も、けっきょく唐九郎に箱書させ、小山冨士夫氏に重文指定の見通しをきいて、売買の条件にしたんだろう」、こういう事実があるのですが、清水局長はそれをどう考えますか。
○清水政府委員 私、事務局職員の監督者の立場にございますので、民間のそういう方面の売買する人の関係も内々調査いたしたのでございます。小山技官が財団法人日本陶磁協会の理事をやっているように聞きましたので、さっそく本人に、これは誤解を生む関係があるし、やめたらどうかと申しましたところが、実は三十二年でございましたか、辞任を申し出た、ですから私は理事でないと思っている、ただしその後、役員会ではないが、私がやはりその方面の専門者であるためから、アドバイザーという意味においていろいろな会議には出ておる。それから私としてそういう業者とあっせんするとかなんとかいうことは何にもございませんと言っておりますが、私自身としていろいろ調べましたけれども、小山技官についてはそのようなことは全くないと私はここで断言できる次第でございます。今いろいろ佐藤云々のお話がございましたが、その方面のことは調査いたしておりません。それから新しく焼物関係で陶磁協会の会長の梅沢氏に専門審議委員に委嘱いたしました。この方はその方面の多年の経験、鑑識を持っておられます。このたび永仁のつぼを中心とした調査にも、まことに傾聴に値するりっぱな御意見を次次と出しておられる次第でございます。昨年の秋、文化財保護委員会といたしまして、永仁のつぼを中心とした調査に臨む態度といたしましては、申し上げるまでもないことでございますが、従来の行きがかりにとらわれたり、あるいは面子などということを考えず、とにかくあるべき姿、正しい姿を調査するように、またそういうつもりで全部やっております。是は是、非は非として、文化財保護委員会といたしましても今後改善するところは直ちに改善して、より一そう慎重に、いかに慎重にしても慎重にし過ぎることはないのでございますから、このたびの調査もそういう立場からやっておるのでございます。
○高津委員 永仁のつぼについてはもっともっと質問いたしますが、今日は時間がないですから……。
 加藤唐九郎氏の作った国宝扱いになっておる、すなわち重要文化財に指定されておる黄釉蓮花唐草文四耳壷というものがありますが、これは東京国立博物館が買い上げたのです。その場合にも佐藤進三氏はタッチしておるというのでありますが、この鎌倉時代の優秀な重要文化財に指定するといわれるこのものが、加藤唐九郎氏が作ったということを本人が言っておるのですが、これはどうですか。
○清水政府委員 このたびの永仁銘古瀬戸瓶子を中心とする調査にあたりましては、形の整ったもの全部九十一点、破片を百六十何点集めました。出土地の明らかなもの、出土月日の明らかなもの、もちろんその中にはいわゆる新しいと思われるものを全部入れまして比較検討いたしたわけでございます。先ほど申し上げました通り、永仁銘古瀬戸瓶子につきましては一つの方向で進んでおります。ただいま御指摘のいわゆる四耳壷は、確かに東京博物館の所有で買い上げられたことも聞いておりますが、佐藤某氏のあっせんかどうか、その点はまだ調査いたしておりません。とにかくその永仁銘古瀬戸瓶子を中心として、表現は何と申しますか、芳しくないと申しますか、おもしろからざる方向に進んでおるものが一、二点あるということを申し上げておる次第であります。
○高津委員 古瀬戸狛犬一対というのがあって、これも加藤唐九郎氏自身が自分で作った。重要文化財に同じように指定されておりますが、このものの扱いはどうなるのです。
○清水政府委員 文化財保護委員会といたしましては、なるほど昨年九月、今お名前が出ましたから申し上げるわけでございますが、加藤唐九郎氏の子供さんの嶺男さんが、あれは自分が作ったものである。一カ月くらいたちましてパリにおられます加藤唐九郎氏は、あれはせがれじゃない。おれが作ったんである、というような話が新聞に出たわけでございます。もちろん文化財保護委員会といたしましては、その告発と申しますか、重大視いたしておりますが、だれそれが、あの絵はおれがかいたんだ、あのつぼはおれが作ったんだということを言われただけでもって、直ちに処置することはできないのじゃないか。やはり指定するときに、慎重にいろいろ考証をかためてやってきたように、それをやはり、たとい解除するようになりましても、慎重に調査に調査を進め、特に科学的な機械もございますので、それによって、そういうような解除する場合も指定する場合も、専門審議会にかけてやるということになっておりますので、その結果によって処理いたしたい、かように思っておる次第でございます。
○高津委員 この東京国立博物館というところに、国の予算でそういうにせものを買い入れて、人が見れば日本の国立博物館というものにはずいぶんインチキがあるんだ、古美術全般が信用を落とす。国民も怪しいと思うが、いかがわしいものがたくさんあるんだと思えば非常に不信の念を抱くわけでありますが、国際信用ということを保守党や政府の方ではよく言われるけれども、これは国際信用の大きな問題だと思うのです。そうして加藤唐九郎氏の言う松留窯から出たその出土品だというので、骨董屋がずいぶんたくさん持っておるのでありますが、そこの姉妹品というか、同じかまでできたものというので、ずいぶん高い値段が今しております。それを外国人に売りつけて持って帰れば、にせものはないといわれるようなボストン博物館ならば、すぐに検査して――科学的検査もあれば、その他いろいろな検査方法があるから検査して、日本はこういう昭和年代に作ったものを六百数十年も前の鎌倉のものだと言ってわれわれに売りつけたが商人も商人だし、それでどうもにせものがずっと横行しておるのだがと、そういうように向こうでは批評するであろうと思います。必ずそうに違いないのです。永仁のつぼという小さい問題のように見えるけれども、これは実に大きな問題ですよ。日本の国際信用を落とす。陶器へ磁器、焼きものについて、それは西洋よりも東洋が五百年も早くそういうことをやり出したのだから非常に進んでおる。日本も現在の中国よりはいいものが相当たくさん出ておりますから、従って現在の文化財保護委員会のこのようなやり方によって、ずいぶん私は国際信用にきずがつくと思う。その責任はきわめて重大だと思いますが、文部大臣はこれをどうお考えですか。
○荒木国務大臣 おっしゃる通り非常に重大な事柄だと存じます。一日も早く文化財保護委員会で万人の納骨するような手はずを運ばれまして、公式に真偽の結論が出ることを私も期待しておるものの一人でございます。
○高津委員 国際信用を非常にきずつけたという、それを認めますかね。ちっともきずにならぬ、こういうお考えですかね。早く結論の出るのを待つというのは、答えが食い違っていると思うのですが……。
○荒木国務大臣 先刻来事務局長からの答弁を聞いておりまして、質疑応答を通じて感じますことは、おっしゃるように、もしそうであるならば、すなわち偽物であるならば、それがもっともらしくもて扱われたということそのことが、国際的な観点からも少なくともほめたことでない、変だというふうに思われるであろう、そういう意味で国際信用を失墜する事柄だと思います。ただ、今もお話の出たことだけしか存じませんのでどうかと思いますけれども、局長の話によれば、指定したものを解除するについても、ただ、あれはおれが作ったのだと言ったからといって、いきなり偽物だと単純にきめてかかるわけにも参らないから、解除するならするで慎重に科学的に取り扱って結論を出したい、こういうことでございますから、その結論を待ってでないと断定的なことは申し上げにくいのではなかろうか、こういう気持で申し上げたわけでございます。
○高津委員 それならば、一昨年の三月に専門審議会にかける場合に、事前審査をやっておるはずだから、事前審査にはレントゲンその他科学的な調査をやっていなかった。やればすぐわかることで、ことに瀬戸市の多くの陶磁研究家がたくさんの個条書きを書いて、文化財保護委員会に提出しておられる。ちょっとわれわれが、滝本という人のそれを読んでみると、これがインチキだということが十八カ条書いてあるんです。われわれがずっと読んで見て、これがわからないはずはないと思うのです。小山富士夫という人は、文化財保護委の陶器の鑑定にかけてはまるで元老のような――昭和の政治革命のある前までは元老というものがいたが、まるで元老のような強大な発言権を現在持っていることは間違いないのですよ。その人が知らないでいたということは全くわれわれは不可解だと思うので聞くのですが、事前審査をやるのにレントゲンだとか科学調査であるとか、そういうことはやってないのですか。
○清水政府委員 このたびの永仁銘古瀬戸瓶子の問題は、文化財にとりましては非常にいい勉強の機会を結果的には得ることができたわけでございます。今御指摘の、特に焼きものは美術工芸品のうちでも最もむずかしいものであればあるほど、科学的な調査が必要であると私は思うのでございます。ただあからさまに申しますと、今日までの調査におきましては、それぞれの専門技官が横の連絡をとりまして、多年にわたって調査研究をし、そうして部会を開き、あるいは専門審議委員の個人的な意見も聞き、ときには地元の意見も参酌し、あるいは現場にも行って調査もし、最後には専門審議会でもって慎重に審議するわけでございます。専門審議会の委員の方々は大部分がその方面の権威者でありますが、多年にわたる学識と経験、展後は直感によってされた場合が多いのじゃないかと思うのでございます。こういう問題を考えますときに、たとえばエキス線透視と赤外線による内部の調査でありますとか、位相差顕微鏡による表面調査でありますとか、あるいはジルコン・ランプによる表面調査、あるいはエキス線螢光分析等による科学調査ということはその当時しておらなかった。今後文化財保護委員会におきまして、本年度の予算で非破壊螢光分析装置を買うことにいたしましたので、従来の慎重な調査に、さらに科学的なメスを加えていきたい。ただし、これは私見でございますが、何でもかんでも、ただ科学だけにたよってはいけない、両方一緒にやっていかなければならないと思っておるわけでございいます。今後はより一そう慎重に処置して参りたいと思っておる次第でございます。
○高津委員 永仁のつぼを重要文化財に指定する専門審議会にかける前の事前調査では、科学的なことは一つもやっていなかった、こういう意味に受け取っていいですね。
○清水政府委員 今申しましたような非破壊螢光分析をいたしますとか、あるいはジルコン・ランプによる表面調査というものはいたしておらなかったのでございます。ただし、これも御承知かと思いますが、数回にわたる各方面における展覧会などにおきまして、これが現代作であると思った人はまずなかったのじゃなかろうか。ただ、結果論的に申しますと、地元の有力な研究者が、指定は三十四年の六月でございますが、その後三十五年の二月でしたか、指定後数カ月たちまして、名古屋で火と土の展覧会がございました。そのときに、指定されたこのつぼが出ました。地元の研究家がそれを見たときに、どうもこれはおかしいと言ったというようなことをその後聞きまして、われわれの方の専門技官といたしましても、実は地元に参りまして、率直に申しますとがく然としたということも事実でございます。ただし、前々からいろいろ御議論がございますが、まだこの永仁銘古瀬戸瓶子、四耳壷、その他については結論が出ておりませんが、専門審議会で結論が出ましたならば、できるだけ早い機会にこれを処置し、先ほど博物館が偽物を買うとは何事だ、これは国際信用にというお話でございますが、その点はまことに遺憾に思います。十分そういうことのないように専門審議会とも審議の上これを広く公表して、いろいろ誤解を解きたい、かように思っておる次第でございます。
○高津委員 文化財保護法の第七条にこういうことが書いてあるのです。「所掌事務の遂行に直接必要な業務用資材、図書その他研究用資材、事務用品等を調達すること。」これは一番大事なもので、今度の永仁のつぼの事件にぶつかって、あわてていろいろなものを買わねばならないというのもずいぶん間が抜けておると思いますが、国立文化財研究所があるのですから、そこには必ずレントゲン等があるだろうと思うのです。だからレントゲンで、鎌倉時代のものは下の方がだんだん厚くなっておる、それから現代の作品は一様の厚さである。レントゲンをちょっとかければわかるというようなことさえも瀬戸の研究家は詳しく詳しく書いて説明をしておるのですが、文化財保護委員会の下部機関である研究所からレントゲンを持って来て見る――そこにあるでしょう。あればどうしてそれを使わないのですか。文部省は科学教育を奨励する本場でしょうか。
○清水政府委員 御指摘の点は、私、今後十分注意して参らなければならぬと思うのでございますが、たとえば本年買うことになっております非破壊螢光分析装置というものは、実は東京に一つしかございません。そこへ物を持ち込んで調査したというような実情でございます。東京文化財研究所は、御承知のごとく元美術研究所、現在は東京文化財研究所で、美術部、芸能部、保存学部があるわけでございます。従来、保存科学部は建造物、美術工芸品の修理に伴う科学調査を主としてやっておったのでございますが、今後は、もちろん文化財の修理を中心とした保存科学に集中いたしますが、物の認定、価値判断の場合にもこれを大いに活用して参りたいと思っておる次第でございます。
○高津委員 事前審議の問題に移ったり、事後処理のことを聞いたり、前後してその点は恐縮しますが、一人の人間が、おれが作ったと言えば重要文化財を解除する、その言葉がひっくり返ればまた重要文化財にする、そういうようにはできないからと言われるが、本人がパリから去年の十月に帰ってきておるのですから、加藤唐九郎という芸術家を呼んで聞くということをどうしてしないのでしょう。
○清水政府委員 文化財保護委員会といたしましては、正しい姿を発見する、これはだれが作ったんだということは二の次でございまして、特に永仁銘瓶子は、永仁二年に作ったという指定の陶磁は――御承知のごとくそれよりも実は新しい正和の銘のあるものが昭和十二年に指定してございます、それよりも古い永仁二年の作ということに意味がありまして、すなわち永仁のつぼはわが国最古の銘文のある瓶子として、わが国陶磁史上貴重な資料として指定したのでございます。もちろんこれは今調査中でございますが、歴史的な価値によって指定したのでございまして、これが調査の目的は、だれが作ったということよりも、最古の銘文のある瓶子であるかないか、言いかえれば鎌倉期であるかないか、あるいはもっと具体的にいえば現代であるかないかということを調査すればいいと思うのでございます。しかし、その間だれそれが作ったということも重大な関心を持っておらなければならぬと思っておるわけでありまして、当然こちらに来ていただいて聞かなければならぬというふうには考えておらなかったわけでございます。
○高津委員 呼んで聞く気持はないのですか。委員会へじゃないですよ、あなたのところにですよ。
○清水政府委員 大体調査の方向が進んでおりまするので、今後本人を呼ばなかったならば調査がわからないというような場合が出てくれば、正式に来ていただくということがあるかもしれませんが、ただいまのところ本人を呼んでどうするという考えは持っておりません。
○高津委員 今度の永仁のつぼを田辺七六氏が持っていて、それから次の米子市の深田雄一郎氏に渡り、今は名古屋のデパートの主人が持っておる。その間値段がずっと動いて、大きな値段になって渡っていますが、国家があのような指定をするから、そういう値段が出るので、古瀬戸全体にそういう誤まりをすれば値段を非常につり上げるというそういう作用があるわけなんです。非常に損をしておる人があって、ある有力な骨董屋は国を相手にわれわれの持っておるものがずっと――たくさん持っておる人があるわけです。加藤唐九郎氏が、このかまどから出たんだといって持ってきて売っていますから、姉妹品だというので非常に値段が出ておるのですが、それが下がれば非常に損害をこうむるので、文化財保護委員会の委員長を相手にするのか、文部大臣を相手にするのか、そこはわからないが、告訴しなければならぬということを言っておる。それもちゃんと活字で出ておるのであります。私はどうしても佐藤進三という陶磁協会の専務理事をもあなた方は呼んで、どういう経過でこれを熱心に売り込んだのかと調べてみられる必要があると思うのです。それがAからBへ、BからCへ移るのに、みんな佐藤進三氏が介在しておるのです。佐藤進三氏を呼ぶ考えはないのですか、あなたの文化財保護委員会として……。
○清水政府委員 問題が今三つあったように思うのでございますが、しかしその前にちょっと申し上げたいと思うのですが、ただいまいわゆる永仁のつぼが深田氏に移ってとか、転々と田辺七六氏に移っていったとかいうお話がございましたが、これは瓶子でございますので、大体二つが普通なのでございまして、十八年に愛知県の志段味村で出土発見されたものが新聞に載りまして、それから二十一年に窯跡調査報告会で永仁銘瓶子が二つ出てきたわけでございます。そのうちの一つが今おっしゃいました田辺氏の方に行き、これは指定前でございますが、もう一つがやはり永仁銘なのでございますが、それが深田氏のところに行ったのであります。そこで田辺氏が持つ二つあった瓶子のうち一つの永仁銘のあるのはその後どこへ行ったのか、人によりますと外国へ行ったかもしれぬ、わからないのでございます。おそらくわが国最古の銘のあるものがもし外国に行っちゃうという、もう一つある深田氏の持っているものがもし行ってしまったら大へんだという意味も、あからさまに申しますとあったわけでありまして、深田氏が持っておりまするのは、昨年問題になりましてから深田氏から名古屋の川崎某氏に売り渡されたわけでございます。その際文化財保護委員会といたしましては、指定されたこの瓶子は今相当問題になっておるということを承知してもらいたい、自分のものをだれに売ろうとそれはとめるわけにいきませんが、その点は承知してもらいたい、問題になっていることを、今調査中であるからということを、売る方も買う方も存じておるわけでございます。そのために値が上がったとかいろいろお話がございましたが、指定してから永仁銘瓶子は――指定前はどう移りましたかわかりませんが、指定後は、深田氏から永仁銘の瓶子は川崎某氏に移ったということだけでございます。それから佐藤氏を呼んではどうかという問題がありますが、指定のものならばともかく、指定以外のものにつきまして、これをどういうふうに売買するかは全く自由でございます。ただそれが非常に大きな、社会公共と言ったら言い過ぎかもしれませんが、指定に非常に関係ある場合は、場合によって呼ぶこともあるかもしれませんが、それがどういうふうなあっせんをして、どういうふうに売っておるかということは、普通の文化財ではありますけれども、指定しない限りは、私の方にして呼ぶという意思はただいまのところ持っておりません。
○高津委員 この問題について早くから熱心に五回にわたって、この取り消しを文化財保護委員会に対して要求した滝本知二という人が瀬戸市におります。瀬戸市の市史編さん委員ですが、この人を呼んで聞くべきではないですか。そんなにしつこく頼んでくるものを……。そして課長と小山さんと二人が新聞で、きめ手にはならぬ、取るに足らぬというようなことを言って中間発表して、それをけっておるが、非常に本人は憤慨しておるんですよ。それだけ確かにきめ手になる十八項目も書いているのですからね。それからその人はまたもう一つの狛犬も取り消せ、その理由をたくさん書いてあります。私はその写しを読んでこういう熱心な人があるかと思って感心したのですが、滝本知二をその結論を出す前に至急お呼びになる考えはないですか。
○清水政府委員 今お名前御指摘がございましたが、地元の研究家が瀬戸市の史料編さんをしておられる方で、確かに滝本という地元の研究家がおられます。この方は前後四回にわたりまして自分の所見、それから調査の結果、あるいは人はこういうふうに言っておるというようなことを非常に詳しく言ってきております。それは非常に参考になります。この要望書によりまして内容がわかるのでございまして、お呼びしなければわからないというわけじゃないのでございます。これはやはり調査の際には滝本氏の要望書を非常な参考として調査したことは事実でございます。
○高津委員 私は、この文化財保護委の今やっておる全般についても調べておるわけです。申し上げたいことがいろいろございますが時間がありません。そうして今人をあげて、こういう人を呼んであなた方は聞くべきだということに対して、承ると一切聞く用意はないということでありまして、本委員会において私はこの質問を留保して次の機会にさらにこの問題を追及したいと思います。
 そこで委員長は、陶磁協会の専務理事佐藤進三氏、そして作った人間である加藤唐九郎氏、たくさんあるけれども瀬戸市の滝本知二氏、せめてこの三人くらいはここに来てもらってみんなからいろいろ質問をして事の真相を聞かなければ、清水局長の答弁では私わからぬと思うのです。文部大臣は、今聞くところではというお話をなさるので、大臣も日教組対策に忙しくてこういうことをあまり御存じない、なくてけっこうですが、大きなところが大事ですから。しかしどうしても三人を参考人としてお呼び願って、やはりここで打ち切らないで審査を続けていただきたいと思います。
○荒木国務大臣 御質問があったわけじゃございませんが、私の名前をお出しいただいてのお話でございますから、念のために申し上げたいことがございます。それは文化財保護行政につきましては、御承知の通り文部大臣はいささかの権限も持っておりません。ただ文化財保護委員会というのを文部省の外局として置くということが組織法上定まっておりますので、文部省の建物の中にこの外局が存在しておる。その外局のための予算の世話をするという職責以外の文化財保護行政それ自体には、実質的には一指も染め得ない、いささかの権限も持たない、そういう建前になっておりますので、その内容につきましては、たまたま偶然に文化財保護委員会の事務局長から仄聞した以外の常識は本来私にはないのでございます。そういうことは申し上げるまでもないことでございますが、今仰せになりましたから、一応その点を明らかにしておきたいと思います。
○高津委員 今の三人の参考人のことを許可して下さい。
○濱野委員長 ただいま高津委員からのお話がございましたが、本件につきましては、理事会を開いて十分研究の上、理事会の決定におまかせ願いたい、こう考えておりますけれども、いかがでございますか。
○松原委員 それまでに多少私として今の問題について聞かしてもらいたい。そういうことを理事会で決定されるまでにまだお聞きせねばならぬことが一、二点あると思うのですが、その点についてお聞きしたいと思う。
 ただいま清水局長の方からお話がありましたが、この永仁のつぼが巷間で偽作であるということが週刊誌等にずっと喧伝されてから今日までどういうような手続で、どういう方法で調査をされておるか。ただいまのお話では、これを偽作であるということによって博物館から撤去することについては結論を出さなければならぬ、その結論を得るまでの方途を今講じておるということですが、そのことについてお聞きしたいところが一つと、それからいつ結論が出るお考えなのかというこの二つ。日本の国のこういう古美術というものが世界的な信用を保持しなければならない立場にあるということで、大臣はこのことについては所管の職責上の責任はないということを言われておりますが、文部大臣としてこういう問題は文化財という立場から重大に考えなければならないことだと思う。
 それから科学的な調査が事前に非常に欠除しておったという問題はわれわれ文教委員としては重大に考えなければならぬと思う。そういう点からどれだけの日数をかけてこれをやられるのか、どういう手続をとっておられるのか、いつ結論が出るかということも聞かせていただいた上で、証人を喚問することにしてもらったらと思う。
 それからもう一つ疑点のあることは、値段が上がったり下がったりする、あるいは政府の役人であるべきような人がこの問題にタッチしておるというようなこともいろいろ疑点を生むことがあると思う。世間からそういう疑問を受けないようにしなければならぬ。われわれはそういう配慮の立場からもこの点を聞かせてもらいたいと思う。
○清水政府委員 永仁銘瓶子を中心とした調査の結論が出ますのは、三月二十七日から四日間にわたる専門審議会に付議し、そこで慎重に審議の結果、答申が出てくると思います。それによって処置いたしたいと思っております。
 科学的調査の問題でございますが、先ほど申しましたようなジルコン・ランプあるいは螢光分析というようなものも今後並行して、指定する場合には応用して参りたいと思っておるわけであります。
 それから博物館に擬古作、模古作云々のお話がありましたが、これは擬古作であるという結論が出た場合に善処いたしたいと思っております。ただそれとは直接関係ございませんが、博物館は展示ばかりでなく保存するところでもあり、しかも文化財を調査研究するところでありますから、列品として不適当であっても学術調査上必要なものは保存はするわけであります。ただしかりにこの問題が擬古作であるといった場合は、これは別の問題で、結論が出てから処置しなければならぬと思っております。
○山中(吾)委員 今議論を聞いておりますと、文化行政のあり方の中にちょっとズレがあるように思う。文化行政というものはそういう指定というような形式的なことが中心ではなくて、事実に合っておるか否かということが文化行政の一番大事な問題だと思う。局長のお話は、一たん指定したものの権威を保つことにほとんど頭が行ってしまっておるような感じがする。それはそうではなくて、人間ですから、ことに芸術品とか歴史的なものは判断の間違いもあるでしょうし、それは神様の判断ではないから、ずいぶんあると思うのです。永仁のつぼだけではなかろうと思うのです、博物館にあるものも、おそらく……。そういうふうなことを考えて、疑わしきものはすぐ指定を取り消すとか、そういう方向にもっと考え方を深めていかなければこの問題は解決しない。この機会に私は全般的に文化行政のあり方というものを再検討すべき重大な問題がある、真実発見主義の立場から。ところが局長の御答弁の中には、永仁のつぼは芸術的価値というよりも、歴史的ななにであるから、だれが作ったということはそう問題じゃないというふうな答弁をされておる。そういうことからいくと、逆に唐九郎氏か作ったという、現代人ですからね、自白をした人間があるので、歴史的な価値からもし指定すべき存在であるならば、さらにすみやかにこれは早くしなければ弊害があとに残る。唐九郎氏を呼ぶとかなんとか明確な判断をされない中に日本の文化行政の思想が少しずれてしまっている。そして営利主義がはびこってきて、そして指定する目的は日本の文化財を保護するのではなしに、価格を上げるために指定要求をする。しかもその中に文化財当局も誘惑にかかって、何か曲がっているのじゃないか、こう考えて参りますと、永仁のつぼという興味本位のものではない。やはり日本の文化財行政の本質というものをこういう機会にやはりメスを入れて検討すべきじゃないか、こう私は思うのですが、いかがでしょうか。
○清水政府委員 山中先生のおっしゃった御意見は全く同感でございまして、私ただ指定の問題は、決して指定をもって能事終われりと思っておりません。やはり文化財という大きな立場から考えていかなければならぬと思っております。ただお言葉を返すようでございますが、その指定も解除も、すべて専門審議会にかけなければならないということだけを申し上げておるわけでありまして、文化財保護委員会が昨年の秋ごろから十数人でそれぞれの分担をきめて調査研究に従事しております態度、方針というものは、先ほど申しました通り虚心たんかいです。従来の行きがかりにとらわれないで正しい姿を生み出す立場でやっておるような次第でございます。
○山中(吾)委員 専門委員の人の思想というものは、やはり権威だけを守ろうという思想が入っているから、そして文化財保護委員会の代表としてあなたが答弁をされているから、私の受け取り方はやはり権威を一生懸命守るような感じが多くあるのです。それは局長自身がそうでなくても、あるいは五人制の委員会ですから、委員会の決定の中に権威主義が入ってくる。その文化財保護行政全体が権威主義になっているのだということを判定するのが正しいでしょう。それを私は言うのです。今度の永仁のつぼなら永仁のつぼを指定されるのは、第二条の第一項だと思うのです。これこれ、これこれの「有形文化的所産でわが国にとって歴史上又は芸術上価値の高いもの及び考古資料」そのうちの歴史上の価値の高いものとしてああいうものを指定するか、芸術上の価値の高いものとして指定するか、これはどっちでもいいようになっているのですね。そのときにどちらの立場で指定されたかということによって、唐九郎氏が作ったのはただ永仁のつぼにそっくりのものならば模型品として保存するのはいいと思うのですね、歴史的なものとして残すならば。芸術的価値があるならば、だれが作ったって価値がある。唐九郎氏が非常に芸術的才能があれば……。そういうようなことも分析をして処理をすべきじゃないか。そして三月と言いますけれども、これは証人を呼ばないかという高津委員からの質問に対して、呼ぶということも明快に言わない中に、何かほんとうのことがわかると権威にかかわるという、真実を敬遠しているような、真実を発見しようとするよりも、真実がわかってくるのがおっかないので、なるべく呼ばないようにということがほの見えるのだけれども、それはまことに遺憾である。早く直ちに呼んで、すぐ処理をするということを、いい質問をしてもらったからといって喜んで答えるようなものが、文化財保護行政のあり方だと思うのですが、いかがですか。
○清水政府委員 先ほど申し述べた通り虚心たんかいで文化財委員会をやっておるのでございます。
 それから今の指定の問題でございますが、今二条のお話が出ましたが、第二条は指定は抜きにしまして文化財の定義ををやっておるのでございまして、私どもは第二十七条で、今二条でもって文化財というものが出て参りましたので、「有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定する」こう書いてあります。そして今歴史的か何か、こういうお話がございましたが、「有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定することができる。」これは抽象的でございます。そうかといって法律にあまりこれをこまかく書き過ぎますと、機械的固定的になってしまいますので、文化財保護委員会といたしましては一つの基準を作っておるわけでございます。専門審議会もその基準がございましてやっておるわけでございます。その基準によりますと、たとえば彫刻とかいろいろございますが、今の陶器の問題は工芸の部でございまして、重要文化財の一つの基準といたしましては、「各時代の遺品中、製作が特に優秀なもの。」それから「わが国の工芸史上あるいは文化史上特に貴重なもの。」あるいは「形態、品質、技法又は用途等が特異で異議の深いもの。」あるいは「渡来品でわが国の工芸史上に意義深く、密接な関連を有するもの。」ものによりましては一から四番まで全部を具備したものもありましょう。文化財専門審議会の答申によりますと、わが国の工芸史上あるいは文化史上特に貴重なものという立場から、わが国最古の銘文がある瓶子として、わが国工芸史上の貴重な資料というところに重点が置いて答申があって、指定があった、それだけでございます。
○山中(吾)委員 指定の条項はなるほどお話の通りだと思うのですが、その文化財の定義の中に、芸術的な価値のあるものまたは歴史的な価値のあるものと書いてございます。その中で具体的に指定するときには、歴史的に価値のあるものは歴史的な立場を選ぶということは、やはり私の受け取り方は間違いないでしょう。その意味において、永仁のつぼはいずれの価値によっておるかということは、指定するときには専門委員がはっきり考えてなければならぬ。それが一つ。
 それから現行法の中に指定の解除があるけれども、取り消しがない。それでこの解除のところを見ると、どうも取り消しと違った性格である。そして現行法の体質の中にも、一たん指定をしたならば権威を守って取り消しという着意がないように見えるのですよ。解除と取り消しとはどうも違うように思うのですね。そういうことを考えて、日本の文化財保護行政全体が、私は法律の体質の上からもどうもおかしいところがあるから、この機会に思い切って局長も日本の文化財保護行政そのものを徹底的に再検討する機会に善用されるべきじゃないか。お互いに事なかれ主義の答弁にならないで、そういうことを政府に私は希望したい。次の機会にまたこの問題をもっと真剣な問題として取り上げる方向に行くのじゃないかと思いますけれども、文化財保護行政の立場においても、やはり私は単なる偶然に出た現象でなくて、日本の現在の文化行政の欠陥から出たものだという認識のもとに再検討しなければならない、そういうように思います。
 それから、これで終わりますが、文部大臣またおすわりになったからお聞きしますけれども、全然無関係だと言われたのは少しなにですが、外局というものは何らかの関係がある。法律の中には委員の任命権と罷免権というものがはっきり書いてある。その意味においては文化財保護に対する人事権の立場においての監督権は明記されておるのであって、完全に無関係だという御答弁は、少し間違いじゃないんでしょうか。どうでしょう。
○前田(榮)委員 ちょっと今のに関連して。私も今山中委員の文部大臣に対する御質問についての意見を聞いておきたいと思うのですが、現在の法制、制度の上で、文部大臣の権限というようなものに考えられて、外局である文化財保護委員会のやっておることには、権限を行使することができない、こういう意味でおっしゃったのだろうと思うのですが、これは大へん文部大臣としては私は不当だ、不適当だと思う。なるほど、文部大臣は文部行政の行政庁長官としての職責という上から申し上げますと、そういうことになろうと思います。しかし一面、文部大臣は閣僚の一員であり、国務大臣であり、そうしてその責任は連帯性を持ち、憲法でも定められておりますし、そしてそれは国会に対して責任を持つ。国会に対して責任を持つということは、これは国民に対して責任を持つということであって、かつて帝国憲法時代に天皇に対して責任を持ったと同じように、絶対的なものではないかと思うのであります。そういたしますと、今まで起こったこと、やった結果について文部大臣の責任を問おうとはいたしません。そういうことについては文化財保護委員会の外局がやっておることで、報告も受けておらないし、そういうことの指示もしなかったということであるなら、われわれもその点は認める。認めるけれども、こうした文化財保護の問題が、ひいてはいろんな国民の中に疑惑を起こし、また日本の非常な文化的な価値のあるものが、商人に上げ下げ、乱用されたり、またはこれがひいては外国等へ持ち出されたりというような、いろんな弊害が国家全体の百年の大計の中に起こらぬとも保障がつかない。そういうことになりますと、文部大臣もやはりもし現在の結果として制度が悪いなら、あるいは保護委員会の委員等の任免やその他に欠陥があった結果が、こういうことになったりするということになるならば、それをまた何とか法律制度の改正等も、これは文部大臣の責任において考えなければならぬ問題があると思う。そういう上に立って、何かお役人的な、私らは官僚的感覚と申し上げておりますが、そんな簡単な官僚的感覚で、このことを大臣として処理されることは、私は適当ではないと思います。もっとこれはやはり国会に対する国務大臣としての責任という上に立っても、何らかもっとつやのある答弁が行なわれなければならぬと思うのですが、大臣はいかがお考えですか。
○荒木国務大臣 先刻申し上げました意味は、文部大臣という立場におきましては、文化財保護行政の運営そのものにはいささかも権限も責任もない、そういう関係で、関係がない、こう申し上げたのであります。
 永仁のつぼをめぐります質疑応答でございますから、永仁のつぼを文化財として指定したということ、また指定したことについて疑義があるから、それをどう処理するかという事柄につきましては、文部大臣としては、これはいかんともしがたい、全然関係のないことでございますから、感想を述べる以外にないわけでございます。
 すでに御案内の通り、文化財保護委員は独立してその職権を行なうということで、はっきり職務権限が明記いたされていることで明瞭だと存じますが、その意味において申し上げたのであります。しかし同時に、先刻も申し上げましたように、予算を大蔵省に要求する場合のお世話をする、あるいは国会の御承認を得て任命の手続をするという関係において、むろん実質的な関連があることは承知いたしておりますが、先ほどの御質問に関連しておっしゃいました意味が、現実の文化財保護行政それ自体についておっしゃったように思いましたから、そこで先刻のように申し上げたわけでありまして、むろん国務大臣という立場において、外局のことでありましょうと何でありましょうとも、結果的に国会に対し、国民に対し責任を負うべき考え方で行動すべきことはおっしゃる通りでございます。いささかのその点についての異論はございません。ただそれが、責任という意味で具体的にどうなるかとなりますれば、やはりそれは予算の世話が足りなかったのじゃないか、あるいは国会に文化財保護委員としてこういう方を任命したいから御承認願いますというその人選に、適切を欠いたことがあるのじゃないか、そういう点で具体的には関連を持ってくる関係に立つかと心得ているわけでございます。
○三木(喜)委員 さっきの質問に対しまして清水局長の方の答弁は、私不満足に思うんです。この永仁のつぼの問題について科学的調査をどのようにされたかという問題と、それから後、これが偽作であるということが世間に喧伝されて、二月二十四日までの間に何回ほどそれに対する対策の会議を持たれたかという、この二つの問題をお聞きしたのです。私が言いたいのは、さっきまた山中委員の方からも出ましたように、こうした国の信用を落すような問題、あるいは科学的調査が一体どうなされているのかということは、国民も非常に疑義の念を持つと思うのです。これに対して局長は、事務的な問題でありますので、文化財保護委員会の問題になるのですけれども、非常に悪いことをした、まことに失墜して申しわけないことをしたということを国民にわびるというような気持があれば、従って、そういうような答弁にはならないと思うのです。今の御答弁では、これからこのような科学的な機器を買い入れてやろうと思いますという話は聞きましたけれども、こういう科学的な調査によってやりましたというお話は私は聞き漏らしました。
 第二点といたしまして、何回やったかということにつきましても、回数は私は今局長のお話からは聞けなかったわけであります。この点一つ明快にしていただきたいということです。それは、今言いました立場からです。
 それからなお、この問題は、私たちの方でも材料は用意しておりますししますので、再度こういう会合を持っていただかぬと、きょうの会合は十時半の予定が非常におそくなって、短い間でこんな問題を処理しようということは運営の方法にも問題があったと思う。だから、もう一回理事会としていろいろお考え願うと思うのですが、そういう手続の上に立って継続させていただきたい、これを要望しておきます。
○清水政府委員 どういう科学的な調査をしておるかというお話でございますが、さいぜん申し上げたよりもちょっと詳しく申し上げたいと思います。
 科学調査は、東大教授の関野博士が中心になりまして、東京文化財研究所保存科学部でやっております。これは保護委員会の付属機関であります。先ほど申し上げたのでございますが、たとえばエックス線透視と赤外線による内部調査、これは御承知と思いますが、表面から観察のできない内部の構造でありますとか、あるいは焼成状況その他を考察するために、エックス線透視と赤外線による内部調査をいたしておるわけでございます。それからもう一つは、位相差顕微鏡による表面調査、倍率を百五十倍くらいにいたしまして、表面の傷、腐触などを調査いたします。そうすることによって、陶器の表面に現われた経歴を調査することができると思っております。それから、これも先ほど申し上げたのでありますが、ジルコン・ランプによる表面調査もいたしておるわけであります。これは普通の風化状況が、自然のものであるかあるいは弗化水素のようなものをやって人工的なものであるか、ジルコン・ランプによる表面の凸凹を精査、検討いたすわけでございます。あるいはまたこれも申したのでございますが、螢光分析とこれに伴う科学調査もいたしておるわけでございます。上薬に含まれております元素の特性を螢光分析により調査をいたしまして、主としてストロンチウムとルビジウムとの比率の値から真の古い古瀬戸と現代作との差を探ろうとするわけでございます。あるいは残留磁気測定調査、これは、地球の磁気の御承知のごとく時代によってあり方が違うのでありまして、測定装置を使ってその作品を調査し、鎌倉時代の古瀬戸と現代作との差を探ろうとしておるような次第でございます。その方向によりましてただいま調査いたしておりますが、まだ二、三残っておる点がございますので、専門審議会が開かれるまでに結論を出しまして、そうしてそれを報告いたしまして、審議していただきまして、専門審議会の調査の結果、できるだけ早い機会に善処いたしたい、かように考えておる次第でございます。
○三木(喜)委員 その善後策処置に対する会合を何回持たれましたか。私ずっと前からの答弁を聞いておりまして、科学的な調査が欠除しておったということも今の御答弁にあったと思いますし、またこの方法は一般的な方法ですか、今度の永仁のつぼについてそれだけの手続を経たとおっしゃるのですか、その辺を一つはっきりさせていただきたい。
○清水政府委員 これは永仁銘の瓶子を中心としたこのたびの調査でございますが、今後の指定その他の場合にも、従来の多年の経験、学識のほかに、これも併用して参りたいと思っておる次第でございます。
○三木(喜)委員 これだけやられても、それだけの誤まりがあったということになるのですね。
○清水政府委員 指定の当時はこういうことはいたさなかった、できなかったということを先ほど申し上げたわけでございまして、今後はこういうことを併用して参りたい。調査は、これも先ほど申しました通り、十数人それぞれの分担をきめまして今日まで八回やっております。それから文化財保護委員会関係の人は連日と言ってもいいくらい、ことにこの科学調査は連日ずっとやっておるような次第でございます。
○小林(信)委員 大臣がお忙しいようですから長く質問することはやりませんが、しかし今御発言になったことは非常に私にも重大に考えられますので、この機会に一言だけお伺いしておきます。
 なるほど制度上あるいは所管というふうな問題では、権限もないあるいは責任もない、こういうことは言われるでしょうが、文部大臣が今この際それをおっしゃることは、私は大臣が文教行政をあずかるという点で非常に遺憾に感ずるわけでございまして、この点大臣にしっかり一つ考えていただきたいと思うのですが、一体この文化財保護委員会法というものを作る場合に、これはやはり文部大臣が提案をして作ったわけだと思います、提案したのはだれか知りませんが、とにかく文部大臣が出てそこでもって論議したことを私は思い出します。そのときに、日本の文化財というものが、ちょうど占領下でありまして盛んに海外に持ち出された。それが日本の文化財というものは非常に保存がむずかしいものであって、従って海外に流出すればその後はどうなるかわからぬという心配、なるべく海外に持ち出されないようにしようということ。それは何のためにするかということは、教育的に考えた面も非常に多いと思うのです。今これを文部大臣が、私の所管でない、私には権限がないというようなことでもって、論議する場合に避けられるというようなことは、この文化財保護委員会法を作る趣旨からいっても、私は大いにもとると思うのです。それよりも、大臣がそういう考えで教育行政全般に当られるとするならば、私は非常に問題だと思うのです。教育というのは、単にそのことだけを考えておるのではなくて、先を見、昔を考え、常にあらゆるものに関連を持ったところに、初めて教育行政というものはなされるもので、教育が時代のあとを追っかけるようなことではならないと思うのです。私は、この点でいつか大臣にお聞きしようと思うのですが、今池田内閣が所得倍増計画というものを立てた、私はそのときに、それにどういうふうに教育行政は並行するか、このことがなければ、ほんとうに所得倍増というようなことも空論だと思うのです。それほど私は、教育というものは非常に広く考えていかなければならぬと思うのです。
 そこで大臣に特にお伺いしたいのは、教育と古代文化というものについてはどういうお考えを持っておいでになるか、この点を一言お聞きしたいと思います。
○荒木国務大臣 私はいつも申しておることですが、十の三十六年度教育重点施策を取り上げられますときも申したのでございますが、単に学校施設を整備するとか、あるいは教員の養成をするとかいう具体的なことのほかに、教育の目標は、教育基本法にのっとって言えば、人格の完成といっているようですけれども、同時にそれは端的に申し上げれば、日本人としてりっぱな人間に育てていくようにという心がまえがなければならない、そういうことから俗にいえばよき人間作り、そういう気持をもって発言したこともございますが、その内容としては、少なくとも私は今小林さん言われますような意味も含めまして、われわれが現に日本固有のもろもろの文化に取り囲まれながら生きておる、そのもろもろの文化の一つ一つの客観的な価値というものも十分認識するということも、日本人を作り上げていく教育の場において十分尊重されていくべきである、そういうふうに心得ておるわけであります。ですから御質問の言葉に答えるとしますれば、教育と文化財というふうな関係は切っても切れない。十分の正確な認識を子供たちに持ってもらうということを念頭に置いてやらるべきものと心得ておる次第でございます。
 それからなお先ほど申し上げました意味を繰り返しますが、文化財保護行政の中の文化財指定のことに関連して、具体的には永仁のつぼをめぐる御質問に関連してのお話でございましたから、先刻も申し上げた通り、文化財保護行政それ自体としてならば、行政組織上文部大臣が直接権限と責任を持っているわけではない、しかし国務大臣としてどうだという角度からは、先ほどもお答え申し上げたような心がまえでいくべきものだ、こう考えるわけであります。
○小林(信)委員 大臣の今の御答弁で私もやや満足するわけなんですが、先ほどのような御答弁を聞くと、教育行政をあずかる責任者として非常に物足りないものを感ずるわけなんで、権限があろうが責任がなかろうが、教育とそうした古代文化というふうなものは、私はやはり切ってはならないものであって、私たちが何を言おうと、やはり、生徒は世界共通のものであるかもしれませんが、しかし日本人を教育するというのに日本の文化を通してやるということは、これは大事なことだと思うのです。従って、それを何か大臣が責任のがれをしていくというふうなことは、またほかのあらゆる教育行政の面で、おれの権限だ、あるいはおれの責任でない、そういうふうなものは会う資格がないというふうなことにまで及ぶような感がするわけであります。やはり私は教育行政をするものに限っては、そうしたものにこだわらずに、なるべく広い視野で考えていってもらわねばならぬと思うのであります。学校の先生が、教科書をあてがわれておるから、その教科書に忠実であれば教育は事足れりというふうなことを考えたら、これは教育は私は半減すると思うのです。やはりその地域の事情を考え、あるいは先人の文化を考え、そうした中にその教科書を生かしていくという操作がなければ、教育というものは生きてこないわけであります。大臣もぜひともそういう視野に立って教育行政をやっていただきたい、私は今のお言葉から非常に心配しましたので、一言御質問申し上げたわけであります。
○中村(庸)委員 ただいま高津委員から、永仁のつぼに関して、加藤唐九郎氏外二名を本委員会の参考人として出席を求めて審議しろという提案がありました。私は専門審議会の結論を見ますまでは、かような参考人として呼んだり、いろいろな影響を及ぼすことはせない方がいいと思うのであります。それで加藤唐九郎氏というものがいかなる人物であるかということを、全然われわれは知識もなし、簡単なる雑誌くらいで見る程度のことであります。いろいろなことを聞いておるのでありまするが、今の段階におきまして参考人として呼ぶことは早過ぎるのではないか、かように考えます。加藤唐九郎氏以下三名を参考人として呼ぶことに反対の意見を陳述いたします。
○濱野委員長 この問題は、高津委員からぜひ呼べという御意見もありますし、中村委員から今時期でない、こういう御意見もありますから、これは理事会で十分審議して、呼ぶか呼ばぬか、呼ぶとすれば、その時期はどうするかというようなことをお諮りして決定したいと思いますが、高津さんどうですか……。
 速記をとめて。
  〔速記中止〕
○濱野委員長 速記を始めて。
 それでは滝本知二君、加藤唐九郎君、佐藤進三君を参考人として呼んでもらいたいという高津君の申し入れもございますが、呼ぶか呼ばぬか、呼ぶとすればその時期はいつか、一切理事会の決定に待つ、こういうことに御了承願いたいと思います。
 本日はこの程度で、次会は来たる三月一日水曜日、午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会いたすことといたし、散会いたします。
   午後一時六分散会