第040回国会 外務委員会 第7号
昭和三十七年二月二十八日(水曜日)
   午前十時四十四分開議
 出席委員
   委員長 森下 國雄君
   理事 北澤 直吉君 理事 野田 武夫君
   理事 福田 篤泰君 理事 古川 丈吉君
   理事 松本 俊一君 理事 岡田 春夫君
   理事 戸叶 里子君 理事 森島 守人君
      池田 清志君    宇都宮徳馬君
      大久保武雄君    椎熊 三郎君
      正示啓次郎君    田澤 吉郎君
      竹内 俊吉君    竹山祐太郎君
      床次 徳二君    福家 俊一君
      足鹿  覺君    稻村 隆一君
      久保 三郎君    黒田 寿男君
      西村 力弥君    帆足  計君
      穗積 七郎君    細迫 兼光君
      松本 七郎君    受田 新吉君
      川上 貫一君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 小坂善太郎君
 出席政府委員
        調達庁長官   林  一夫君
        総理府事務官
        (調達庁不動産
        部長)     沼尻 元一君
        公安調査庁次長 關   之君
        外務政務次官  川村善八郎君
        外務事務官
        (アジア局長) 伊關佑二郎君
        外務事務官
        (アメリカ局
        長)      安藤 吉光君
        外務事務官
        (条約局長)  中川  融君
        外務事務官
        (国際連合局
        長)      高橋  覺君
        外務事務官
        (移住局長)  高木 廣一君
 委員外の出席者
        内閣官房内閣調
        査室長     古屋  亨君
        外務事務官
        (移住局外務参
        事官)     鶴我 七蔵君
        農林事務官
        (振興局参事
        官)      橘  武夫君
        農林事務官
        (振興局拓植課
        長)      三善 信二君
        専  門  員 佐藤 敏人君
    ―――――――――――――
二月二十八日
 委員宇野宗佑君及び勝間田清一君辞任につき、
 その補欠として竹内俊吉君及び久保三郎君が議
 長の指名で委員に選任された。
同日
 委員竹内俊吉君、福家俊一君及び久保三郎君辞
 任につき、その補欠として安藤覺君、齋藤邦吉
 君及び西村力弥君が議長の指名で委員に選任さ
 れた。
同日
 委員西村力弥君辞任につき、その補欠として足
 鹿覺君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員足鹿覺君辞任につき、その補欠として勝間
 田清一君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 国際情勢に関する件
     ――――◇―――――
○森下委員長 これより会議を開きます。
 国際情勢に関する件について調査を進めます。
 質疑の通告がありますので、これを順次許します。竹内俊吉君。
○竹内委員 ドミニカ移民の帰還問題について若干お尋ねをしたいのでありますが、この問題は、申し上げるまでもなく、事志と違って帰国せざるを得なかった方々のお気の毒な境遇に対してどういう措置をとるかということとともに、わが国の移住政策の将来にきわめて重大な影響を持つものでありますから、すでに国会においても当委員会あるいは決算委員会においてあらゆる角度からの質疑が展開されて、全貌がかなり明らかになっておるのであります。先般の決算委員会における政府の説明、実際に移住地の調査に当たった調査官その他の参考人としての陳述並びに帰国者の陳述等をつぶさに会議録で読んでみますと、その言っている言い分は双方にかなり相違点があるのであります。極端に言うならば、双方の言っていることで一致している点はわずか二点しかない。その第一点は、このドミニカ移民計画が進められた当初においては、政府も、移住を希望した希望者も、異常なほど乗り気であった、こういう点では一致している。ということは、とりもなおさず移住条件が非常によかったということだと思いますが、もう一点は、最後の場面において、移住者は、もうこういう条件では現地ではがまんができない、がまんする力がなくなった、日本に帰りたいということを訴えて、これについて現地の外務省の出先機関が現地を数回にわたって調査した結果、やむを得ない、これは帰さなければなるまいということになって帰すという結論に達した、ここも一致している。皮肉に申し上げますと、最初の一点と最後の一点、最初は非常な大いなる希望を抱いた一点と、最後に困った、こういう一点で一致しておる。その中間のいろいろな条件、いろいろな問題については非常に言い分が相違しておるのであります。そこに私は問題があるのだと思います。
 そこで、双方の言い分は、今ここでくだくだしく紹介するまでもなく明らかになっておりますから、それは省きますが、その言い分の一番違う点といいますか、争点といいますか、相違点の第一の問題は、かような結末になった原因として考えられると帰国者が陳述している、移住地の事前調査が十分であったかどうか、この問題であるのであります。これは十分な調査ができたかどうかという判定はきわめてむずかしいことであって、調査の合理性と申しますか、どこに線を引いたら一体合理性があったと言えるのか、きわめてむずかしい問題で、どんなに精密に調査したとしても、結果的に悪い結果が出れば、それは完璧な調査でなかったということも言い得るのであります。むずかしい問題だとは思いますけれども、この調査について、実際調査に当たった中田技官、横田支部長等の陳述等もございます。それに対する反駁もあるわけでありますが、重ねてこの点を明らかしていただきたいと思いますので、移住地の事前調査が十分であったかどうかという点について、当局は、先般の委員会の経過等にもかんがみまして、どういうお考えを持っておられるか、まずその点を伺いたい。
○高木政府委員 事前調査が十分であったかどうかの点につきましては、先般の決算委員会でも関係者がお話し申した次第でございます。私も意見を申し上げた次第でございます。調査がどの程度で十分であるか、完全であるかという問題は、きわめてむずかしい問題でございます。非常に限られた予算、限られた人で非常に広大なところを調査するということでございますので、これが完全無欠であるとはわれわれ思っておりません。そういう意味におきまして、今後とも、移住地の事前調査については、できるだけの人材を整え予算を整えて精密にやりたい、ことに、今度のドミニカ問題を前向きに考えるという場合に、そういう点はわれわれ十分ドミニカの教訓というものを生かしていきたい、こういうふうに思っております。ただ、この前決算委員会で申しましたように、ネイバの調査につきましては、中田技官が現地へ行きます前に、ドミニカ政府及び出先の大使館から資料を数度にわたって要求して、それを調べて、そして、自分の目で見なければ納得できない点について自分は現地へ行ったのだ、こういうように申しておる次第であります。
○竹内委員 ただいまの局長の御答弁は、完璧だとは言えないであろう、しかし、当時与えられた条件においてはベストを尽くしたのだ、これをもってわれわれは満足しておるわけではなくて、将来の移住政策の上においては、この移住地の事前調査というものを、今回の問題に反省してもっと力を入れて完璧を期するように努力したい、こういう意味の御答弁だと思いますが、当時の調査及び私の先般の決算委員会等における質疑応答から見て、十分か不十分かという判定もさることながら、結果的に見ると完璧ではなかったという感じを深く抱くのであります。
 そこで、お尋ねするのでありますが、その調査がドミニカだけの移住地の事前調査をやっているわけではなくて、ブラジル、パラグァイ、アルゼンチン等においても同様のことをしてきたわけであります。それらの調査と比較して、特にドミニカはそれらのブラジル、アルゼンチン、パラグァイ等に比べてなお足らない点が相当にあったのか、それらの調査と大体同質同等の調査をした結果、これは移住適地であるという判断に達したのか、今までとってきたドミニカ以外の移住地の調査に比較して、ドミニカの調査はどういうことであったのか、その点を明らかにしてもらいたいと思います。
○高木政府委員 先般の中田技官がドミニカを調査いたしましたときに、南米各地も調査いたしまして、その一部として見ております。その後一昨年はアマゾンに調査団が参りました。これは、団長が外務省員で、団員は農林省の方の土壌の専門家等ですが、これが非常にぼうばくたるアマゾンと広漠たるブラジル中部、南部を見てきたのであります。そういうものと比較いたしまして、これは中田技官の先日の証言から引用いたしまして、面積もドミニカは非常に狭いところであって、他の地域と比べて粗雑な調査をしているとは考えられないような状態でございました。私自身が移住局長として判断いたしましても、現在南米各地で調査いたしております調査と比べましても、ドミニカの調査が疎漏であった、こういうふうには考えません。
○竹内委員 今までブラジル、アルゼンチン、パラグァイ等において調査したのと大体同様程度の調査をした結果適地としての判定が下ったので、特にドミニカが移住地事前調査の例に比べて疎漏なものではなかった、こういう意味の御答弁だと思いますが、そこで、それを裏づける意味で中田技官の調査の内容を少しく具体的にお聞かせいただければ大へん参考になると思います。たとえば費やした日数、巷間伝えるところによるとただの一日しかいないのだというようなことまで言われておるくらいでありますが、そうではなさそうでありますが、そういう条件、基礎的調査はどういう基礎的調査をして、それから現地調査はどういう調査をしたか、その点を、簡単でよろしゅうございますから、要領だけ……。
○橘説明員 ただいまの元中田技官の調査について申し上げますと、そのうちドミニカに滞在いたしまして調査した期間というのが約二十日余りを費やしました。そのうち、現地におきまして公館なりあるいは海外協会連合会支部との打ち合わせ、まず調査といたしまして打ち合わせその他に最初数日間を費やしまして、その後ネイバ地区、ドベルヘー地区、ハラバコア地区、ダハボン地区、コンスタンサ地区、バラオーナ市場、サンチャゴ市場というような地区を、それぞれ各地区ごとに二日ないし三日を費やして調査をいたしました。また、トルヒリヨに戻りまして、さらにその調査の結果を四、五日かかりましてとりまとめて報告したというふうな、日程としてはそういうふうな日数をかけて調査をいたしております。調査といたしましては、調査者が一人であるということ、それから、携行した器材がそういう意味で限られているということはございましたが、そういう限られた条件の中ではできるだけの調査をして参ったというふうに考えております。
○竹内委員 その中田技官は移住地の事前調査に関して相当の熟練者だったとわれわれは思っておるのですが、その点はどうですか。
○橘説明員 海外の移住地に対しましてそう何回も経験があるというわけでは必ずしもございません。農林省の役人でございますから、そう海外調査の経験というものは前から非常に深いということではございませんが、農林省の中で、大学の農学部を出まして農業土木を専攻いたしまして、農林省の農地行政あるいは移住行政に長く携わっておりますので、そういう意味におきましては、私ども適任者の一人であるというふうに考えております。
○竹内委員 中田技官の去る十四日の決算委員会の陳述を読んでみますると、こういうことをおっしゃっていますね。今回この移住が失敗して皆さんが引き揚げになったという原因については、調査者の立場といたしましては全然理解ができません、自分の調査では非常に自信があったのだ、あの基礎的条件の中に入っていってこういう結果になったということについては自分は不思議に思う、というほど自信を持っておるようなことを申しておるのであります。ところが、現実の結果としては御承知のようなことになった。われわれ現地の事情にうとい者にとっては非常に理解しがたい、きわめて深刻なギャップがそこにあるわけであります。それから発してきて、事前調査が十分か不十分かという問題がこの問題の一つの中心をなしてきた、こういうことだろうと思います。
 そこで、農林省にもう一ぺんお尋ねするわけでありますが、中田技官が調査をされたあとに、農業の専門家が、移住者が入った後に現地を調査したことがございますか。あるならば、その報告はどうなっておるか、それを一つ……。
○橘説明員 農林省といたしましては、中田技官の調査の後に現地調査をいたしたことはございません。
○竹内委員 この点、外務省はいかがですか。極端に言いますと、その基礎条件を調査した報告書というのがあるわけであり、その報告書の上に築かれていった一つの計画だ、こう思われるわけでありますが、実際に移住者が入ったあとに、その調査はなるほど正鵠を得ておるものだ、こういうことになったか、この点は調査は多少不十分であった、その原因にしてこういう結果が出てきておる、こういう結論といいますか感じを受けるような事態があったのかどうか、外務当局でその点の調査をされた報告なり何なりがありますならば、一つそれを披露していただきたい。
○高木政府委員 中田技官が帰られたあとは、ドミニカの海外協会支部に農業関係の技術者が二人現地に駐在しておりまして、これが指導その他を見ていたということでございます。中田技官のあとに、ベレンの上村技師をさらに追加いたしまして、現地の指導に当たったわけです。去年の五月から七月ころまで上村技師がさらに現地を視察いたしました。
○竹内委員 その報告はどうなっていますか。そこに資料がなければあとでもいいです。
○高木政府委員 あとから提出いたします。
○竹内委員 その点は、私はこの問題を解明する上において相当な資料だと思いますので、手元になければ、あとでもけっこうですから、出していただきたいと思うのです。
 ネイバ地区へ入ってみたら、石ころが多くて、これは耕地として適地かどうか疑わしいということで、他に転住するという問題が起きたことがあると聞いておりますが、それが実現せずにさた消えになって、そのまま今日に至ったという経過だろうと思いますが、その間の事情はどうなんですか。
○高木政府委員 昭和三十二年の終わりにネイバに移住者が入りまして、入りましたときの移住者の感想が、非常石の多いところであるということは、事実のようでございます。これにつきましては、全部が石が多いというわけではなくて、中田技官によれば、二割以下の地域であるということでございます。そのとき、こんなところではということで、帰してほしいという話が出て、それに対して、営農をやらないで初めから帰るということはあれだから、まずやったらどうだということを言われた。そうして、営農を始めておりますうちに、昭和三十三年から四年にかけて、たまたま作りましたバナナの値が非常によくなったのですが、大使館の方は、むしろ少しずれて、ドミニカ政府とも話をして、ほかのところへ移したらということで移住者に相談したところが、たまたま景気がよかったので、転住の話はさたやみとなり、結局昭和三十五年一ぱいはネイバ地区では転住の話は全然出ていなかったというのが実情でございます。
○竹内委員 ただいまのお話の中で、石ころが多いので転住さしたらいいのじゃないかという判定が一応出たということは、私たちはやはり重要な問題だと思うのです。ところが、その後景気がよくなってそれがさたやみになったということは、農作物が思ったより順調によくできてそうなったのか、農産物の価格等いろいろな原因から、作物はそうよくないんだが、まあまあ間に合うという、値上がりその他の経済的条件からそうなったのか、その点の事情はどうなんですか。
○高木政府委員 ちょっと私も正確にはわからないのですが、従来の報告その他を見ましての意見でございますが、バナナあるいは野菜を作った当時におきましては、海外からの注文もあるとかいうような事情で十分引き合ったというのが実情のように思います。ただ、石ころが多いという印象は、内地の農業をやっている方がああいうところを見て感じられて、非常にびっくりせられたのだろうと私も想像するのです。たとえば、南米ペルーあたりの農地でも、あるいは南米のイリゲーションをやっている農地でも、水がなければ全然砂漠のようなところがあって、これが水をやると緑野に化するという実情で、ドミニカのネイバも確かにそういう実情であるのだと思います。そういう意味において、ドミニカにおいても、あるいは関係者が、十分水が支給されるならば十分やっていける、営農として十分成り立ち得る適地である、こういうふうに判断したんだと思います。そこで、水の施設もできておりましたから、まず試作をやるべきであるということでやってみたところが、できたものが売れたということで、転住の話はさたやみになった。ただ、昭和三十五年の八月から、ドミニカ政府に対するラテン・アメリカ諸国の経済封鎖があり、それから、ラテン・アメリカ諸国のドミニカに対する国交断絶があって、これらの作物が海外に出せない、国内へは観光客が来なくなったということによる経済事情の変化というものが、移住者に強く影響した。それに加うるに、生活補給金というものをもらっていた。これは第一回の収穫があるまでということの約束であったのですが、第一回以後にも続けてずっともらっていた。もらっていた理由もいろいろあると思うのです。移住者が最初に入りまして苦情を言っているのは、土地を約束されたようにもらえないということで、ネイバのあたりでは五十タレアが百タレアになり百五十タレアになるのだということでございましたが、それの灌漑施設が予定通り進捗しなかったということをドミニカ政府が認めて生活補給金の支給を続けたのだと思います。そういうものに依存していたのが、急にその状況が変わったということが移住者の生活に大きく影響したのだと思います。
○竹内委員 その点が非常に重要だと思うのですが、農作物が、石ころでこれは悪いなと思ったが、やってみたらそうでもない、相当な反当たり収量が出てきて、それでやや安定したのか、農作物の価格が急に上がったので、収最としてはやはりきわめて心配すべき収量だが、何とか間に合った、こういう経済的条件で国内転住がさたやみになったのか、そこが一つの分かれ目だと思うのです。その点がもっと明瞭になるとわれわれの判定も明瞭になってくるわけですが、今のお話では、その点は、経済的条件はよくなったという点だけはわかりますが、適地として相当見込みがある、こういうことから転住を控えたという条件はないのですか。その点の報告ないしは資料というものはどうなっているのですか。
○高木政府委員 そういう資料はございません。ただ、われわれは、さたやみになったということだけを聞いております。
○竹内委員 生活補給金の問題が今移住局長から出ましたが、生活補給金は第一回の収穫までは出すのだという最初からの条件で、また、この条件がドミニカ移住を大いに刺激した条件であったと思います。それを、ドミニカ政府は、予定通りの土地改良、整地その他が財政上うまくいかなかったので、生活補給金は引き続いて三十五年の半ばごろまでやっておった、こういう事実があるわけで、そういたしますと、生活補給金は第一回の収穫までという条件を変更した理由は、そういう整地条件ができないために生活補給金を出さなければやっていけないのだ、こういうドミニカ政府の判定があったのではないかという理屈が一つ出てくるわけですが、その点におけるドミニカ政府の何かがあるのか、あるいは外務省とドミニカ政府との交渉の結果そういうことになったのか、あるいは移住者とドミニカ政府との交渉でそうなったのか、ドミニカ政府の一方的な措置でそういうことにしたのか、その辺の事情はどうなっておりますか。
○高木政府委員 最初におきましては、移住者からの苦情によって、海外協会連合会及び大使館がドミニカ政府に土地を広げることを盛んに交渉した、これがなかなか思うようにいかないというのが実情でありまして、生活補給金はそういう交渉も影響したのだろうと思いますが、特に生活補給金を続けろという要求は初めのうちはなくて、第一回の収穫以後にも続けられております。終わりごろになりましては、生活補給金を続けてもらわなければ生活が苦しいというような交渉もやっていたように思います。
○竹内委員 それは、ドミニカ政府の一方的な見解でそうしたのか、移住者との交渉の結果そうなったのか、あるいは日本政府というか外務省の出先と向こうの政府との問の話し合いでそうなったのか、その形の関係はどうなんですか。
○高木政府委員 ドミニカ政府が気をきかして先方で一方的にやってくれた場合と、終わりごろにおきましては日本政府の方から先方に言った場合、両方ございます。
○竹内委員 日本政府から交渉した場合の、日本政府のそれに関する言い分はどこにあったのですか。
○高木政府委員 日本政府と言いましたのは間違いでありまして、出先大使館及び海外協会連合会であります。これは口頭で大体やっております。
○竹内委員 その点はもう少し明らかにした方が私は事の解明にはいいと思うのですが、どうもちょっと明らかでない。生活補給金というものの性質、これは、何としても移住者の生活が農耕収入だけではあまり芳しくないだろうというところにこれを出す理由が出てくるわけでありますから、それをずっと続けておったというところにはそれだけの理由がなければならない。向こうの見解にしても、こちら側の申し出にしても、その点はどういう試算のもとに、どういう調査の結果そういう交渉が始められたかということが問題の一つの重点だと思うのですが、これも、今そこに資料がなければ、あとでそういう資料があれば出してもらいたい。
 それから、次に、帰国者の異口同音に言っておることの一つは、募集の要綱と現地の受け入れ条件があまりに相違しておったということです。極端に言うと、われわれはだまされたのだということをしばしば言っておるわけですが、そこで、募集要綱と現地の条件と、明らかにこの点だけは相違しておったという点があるならば、そこを一つ明らかにしてもらいたい。
○高木政府委員 明らかに違っておったということはございません。ただ、こまかいああいう点が十分に書いてあったか書いてなかったかという点はあったかと思います。
○竹内委員 その点が非常に重要な点であって、明らかに募集要綱と違っておるという点はないのだ、しかしながら、募集要綱の説明にあたって、説明が不十分であったかどうかという点はあるいはあるかもしれない、そういう御答弁だと聞きましたが、その通りですか。
○高木政府委員 その通りでございます。
○竹内委員 そこで、募集要綱の説明が多少足らなかったのではないかと思われます点の一つに、例のコロノの問題があって、これが移住者を相当に刺激した問題のようでありますが、向こうに渡ります前に、あっせん所その他においてそういう点の説明、講習を相当やったはずでありますが、そういう場合の募集要綱に対する説明の任に当たったのは外務省ですか海外協会ですか。
○高木政府委員 運輸省及び地方海外協会でございます。
○竹内委員 そのときの、学校で言えば教授細目みたいな、こういう説明をしたというふうなものが何か記録に残っておりますか。聞いた聞かないという水かけ論みたいな議論がこの質疑応答を読んでみますと相当出てきておるわけであります。これも、ありましたら一つ明らかにしてもらいたい。
○橘説明員 ただいまの御質問の件でございますが、ネイバ地区の場合で申し上げますと、講習は、三十二年の九月三日から九日までの七日間、愛知県の開拓指導農場において行なわれました。その課目といたしまして、ドミニカ国農業事情、スペイン語、国際教養、協同組合論、果樹栽培、病虫害防除、畜産及び同加工、農機具、熱帯衛生、農協運営について、トラクターの使用法について、現地事情、開拓建設計画及び開拓の心がまえについて、蔬菜栽培について、熱帯農業について、それからこういうことの実習というような講習をいたしたという記録は残っておりますが、ただ、それぞれの講習内容が具体的にどういう内容のものであったかというところまでは記録としては残っておらないのであります。
○竹内委員 帰国者の陳述を見てみますと、募集要綱のいろいろな点を取り上げておりますが、われれわが現地に行ったら自営開拓農ではなかったのだ、行ってみたら、向こうの法律によってコロノの扱いを受けるという宣言を受けてびっくりした、こういうことが出てくるわけであります。ところが、募集要綱の中にそれに当たるような要綱がわれわれが見てもあるのであって、作物の作付の政府命令が出ることがある、それから、八年から十年間完全な農業に専従したという事実がなければそういう権利は獲得しないのだ。いろいろな条件が募集要綱にあったわけです。それから見ると、コロノの向こうの法律の内容ほど詳しくはないが、事前に相当そういう点がわかっていなければならぬのに、行ってみたら非常に驚いたということを口々に言っている点から見れば、説明をしたが、聞く方はそれをおろそかに聞いたのか、説明が足らなかったのか、今になっては水かけ論だと思いますが、今の御説明では、相当時間をとってやっておったわけでありますから、資料がなければいたし方ありませんが、当時としては相当詳しい点にわたって説明はした、こういうことに相なるのだと思います。
 そこで、時間がなくて、社会党の方でもやるそうですから、端折って申し上げたいのでありますが、先ほど移住局長の御説明その他伺ってみても、やはり移住地の事前調査というものは当時の条件からすればベストを尽くしたのだが完璧とは申しがたいという点が一つあるわけであります。私もそう思います。予算の関係あるいはそういう調査に当たるスタッフの関係、現在よりもなお悪かったその当時でありますから、そういうことに、調査不十分という点から見れば完璧でないということは事実だと思います。それのみが原因してこういう結果になったかというと、そうでもないとわれわれは思う。これは、高木局長から今も御説明があったように、ドミニカの政治経済上の条件の変化というものが及ぼしたいろいろな困難なる経済上の条件がこういう事態の大きい原因になった、こういう点も私はその通りだと思います。双方に原因があった、こう大ざっぱに考えられるわけであって、そこで、これに対する政府の責任と申しますか、政治的には私はやはり責任があると思う。こういう事態になった以上は、結果論として言ってもこれは相当な責任がある。しかし、この責任は、行政上の責任というものはおのずから限界があって、責任のためにどういう措置をとるかという問題は、別個とは申しませんが、それとは全く同一のものでないことも明瞭であります。そこで、これは大臣にお聞きしたいのでありますが、こういう場合の行政責任の取り方、政治的責任の感じ方といいますか、こういう点は今後の日本の移住政策にきわめて大きい影響を持つ問題でありますので、その点を簡単でよろしゅうございますから率直に明らかにしてもらいたい。
○小坂国務大臣 今度のドミニカ移住の問題につきましては、先ほどからだんだんにお話がありましたように、終戦以来初めての大量の移住ができるというような非常な期待の中で、非常に過剰移住と申しますか、実態以上の人がドミニカに行って移り住んだ、その後に三百家族になったという事態でございまして、このまま放置はできない、こう考えましたのでございます。移住に非常に詳しい竹内先生よく御承知のように、これは、かつてサンパウロあたりでも、移住者がマラリアのために全滅するという事態になっても、いわゆる棄民政策で政府はほうっておいた。これはかつての歴史でございますが、われわれは、それじゃいかぬ、やはり、お気の毒な状態におられるということだから、国援法を初めて適用してこちらへ帰っていただこう、こういうことをきめたわけでございます。帰っていただく以上は、せっかく志を立てて行かれたので、半ばにして挫折されたのですから、まことにお気の毒な事情である、これに対しては政府としてはできるだけのことはしたい、いわば前向きで、過去のことよりも、今後の生活生計の立て直し、それについて関係各省でできるだけ一つ御便宜をはかろう、国でも県でも、あるいは農林省でも、厚生省でも、労働省でも、それぞれ持っている自分らの権限のワク内においてのできるだけのことをしよう、こういうところまで今考えているわけでございます。それが私は政府の態度であると申し上げたいのでございます。過去のことについて、それはいろいろなあの当時の事情はございましたでしょうけれども、それをあげつらっておったのでは移住者の生活意欲はよくならない。それより将来のことを考えなければならない。一部で言われているような国家賠償的思想、これをもしやります場合におきましては、これは全般的な移住政策に非常に妙な影響が出てくる。気に入らなければ帰ってきて、国家から賠償すればいいのではないか、こういうことになれば、移住政策というものは困ってしまう。この点もよほど考えなければいけない、また、そういう性質のものじゃなかろうか、こういうふうに思っている次第でございます。
○竹内委員 時間がありませんのですが、ただいまの大臣の御答弁は、帰ってこられた方々にあらゆる手を尽くして援護をはかっていきたい、更生をはかっていきたいということであります。その内容についても二、三お尋ねしたいことがあるのでありますが、時間がありませんからこれは後日に譲ることにしまして、いずれにしても、こういう事態になった経路から見ましても、これはやはり相当行政上の責任、政治上の責任というものをお感じになるのが至当であって、その立場に立っていろいろ今後の措置をはかっていく、事後措置をとるという大臣の御答弁もその通りでありますが、その点について万全を期するように重ねてお願いしておきたいと思うのです。
 そこで、その点について一点だけ伺っておきたいのですが、就職のあっせんを相当やっておったようでありますが、これは相当に成功しておりますか。現在どうなっておりますか。
○高木政府委員 就職のあっせんにつきましては、就職のあっせんができましたのが十八家族、それから、まだ未就職のが三十九家族、全部で五十七家族でございます。それで、大体お帰りになった移住者にいろいろな話を持っていくのですけれども、本気でそれを選び取るという気持にまだなかなかなれない実情のようであります。われわれとしましても、そう急に就職することはできないだろうという移住者の気持を考えながら進めております。
 それから、そのほか、生活保護法の適用につきましても、五十七戸のうち二十七戸が適用を受けまして、今申請中のが十二戸であります。それから、十八戸は、親ごさんその他の関係で、その必要のない方もございます。
 それから、住宅の状況につきましても、せっかく努力をいたしておりまして、きまりましたのはまだ少のうございますが、交渉中だそうでございます。
○竹内委員 十八家族の就職がきまったということは、これは不幸中の幸いだと思いますが、一生懸命やって下さった効果が、今まで三分の一の人たちが新たに職を得た、これは私は相当の効果だろうと思うのであります。そこで、さらにこの点についての努力を、いろいろなことをやっておるようでありますが、一そう願いたいと思うのであります。
 もう一つ重大な問題は、向こうへ残っておる、残留と言うのはおかしいのだが、向こうにそのままがんばっておる移住者の方々が相当おるわけでございますが、これに対する指導といいますか、補導といいますか、これもまたきわめて重大な問題だと思うのでありますが、こういう点についてはどういうお考えでおりますか。
○高木政府委員 仰せの通り、非常に重大でございまして、特に国有地における耕地を拡大できない場合に、私有地を買って営農をやるということをすでにやっておられる方もあるのでございますが、こういう方に対する移住会社による融資、それから、向こうの政府に話して、さらにいいところがある場合の転住、これを続けております。
 なお、日本へ帰らないで南米へ転住したいというような希望の方もございまして、今日までのところ、パラグァイに四家族、ブラジルに一家族の南米の中の転住が大体きまりまして、近く、関係者があそこへ寄りまして、それが連れていくということになっております。
○竹内委員 時間がありませんので、最後に一点大臣に伺っておきたいと思いますが、今度の問題にからんで考えられることは、日本の移住政策の基本的な態度をどうとるかという問題が非常に大きいいわゆる基本的な問題だと思う。移住の基本法の要綱案を審議会に出したということを聞いておるわけでありますが、その基本法の性格の中心をどこに置いておるかということが一つ。特に、今までの移住の考え方は、移住者が自己の意思によって海外に雄飛したいという気持の人たちを援助していくという形をとっておったわけであります。それから、一方には、そうでなくて、移住は国の計画で国が責任を持ってやるのがほんとうだという説もあるわけであります。その二つの考え方によって政策が非常に分かれてくるわけでありますが、移住基本法においてはどういう点を今後の日本の移住政策の根幹の性格として考えているかということが重大だと思いますので、その点が要綱上どうなっておるか、大臣から聞きたいと思います。
○小坂国務大臣 移住基本法の問題につきましては、鋭意検討いたしておりますが、まだ審議会に提出するまでに至っておらないわけであります。審議会そのものにつきましても、一つ陣容を新たにいたしまして、清新の気をみなぎらせて活発な移住審議会になってもらいますようにしたいということで、よりより人選中でございます。根本の理念といたしまして、私どもはやはり先生の言われた前者の方を考えたいというように思っております。国が全部責任を持ってまるがかえで人を外へ植えつけていく、こういうような観念はどうも今の世界ではいれられないように思っておりまして、国としては、できるだけ個人のそういう志のある方を援助していくという方向をとりたいと考えております。ただ、土地等については、やはり計画的に国がお世話して、相当に経済効果のあがる場所によい土地を持って、そこに条件のよい形で移住していただく、行っていただく方はやはりその国の中産階級として相当に尊敬され、活動していただくような、技術的にもあるいは文化的にも、要するに生活環境が相当な程度のところでやっていただくような、そういう方々の移住を多くして参りたいというふうな基本的な考えを持っておるわけでありますが、いろいろお知恵も拝借しましてやって参りたいと思います。
○竹内委員 大臣に重ねてもう一点だけ伺っておきたいのでありますが、大臣がお見えになる前に移住局長からの御答弁があったわけです。今のドミニカの問題についても移住地の調査が完璧だとは申しがたい点がある、ついては、この事態にかんがみて、将来移住地の事前調査に関しては、今までのやり方を改善して、もっと機構的にも整備して十分完璧を期し得られるようなものにしていきたい気持は十分あるという御答弁を伺っておるわけですが、これは非常に重要な点だと思いますので、調査をもっと完璧にするためには、やはり機構的にそういうものを確立しておくことが必要ではないかと考えておりますので、その点についての大臣のお気持を伺っておきたいことと、今まで御質疑申し上げた中間において二、三資料を要求しましたが、その資料に関してなるべく早くお出し願うように、委員長からも一つ御配慮願いまして、私の質問を終わりたいと思います。
○森下委員長 さように取り計らいます。
○小坂国務大臣 ただいまの点は、私も非常に重要な点だと思っております。やはり、海外に対する移住でございますから、受け入れ国の状態を十分知らなければならぬ。これはもう基本的な要件だと思います。それにつきましては、国内の関係各省の間でいろいろ相談いたしまして、今度の内閣になりましてから、農林省としても非常に理解を持って下さいまして、受け入れ国の問題は外務省が責任を持ってやってくれということになっておりますので、その点は、従来のような責任の混淆から来るいろいろな誤解というようなものはなくなるのではないかと思っております。私ども移住政策について強力にこれを推進したいと考えております者にとりましては、どうしてもそれをやる以上はわれわれに責任を持たせていただきたいと思って、そういうふうにしていただいておるわけであります。いろいろ機構問題がございますが、機構問題よりも、現在ある官庁内の責任の所在を明らかにすることが大事ではないかということで進んでおる次第であります。
    ―――――――――――――
○森下委員長 岡田春夫君。
○岡田(春)委員 きょうは私ベトナムの問題を中心に御質問したいと思うのですが、時間も限られておりますので、私も簡単に伺いますから、簡明卒直に大臣から御答弁願いたいと思います。
 昨日の新聞の報道によりましてわれわれも知ったのでありますが、南ベトナムの大統領官邸が反乱軍の手によって爆撃をされたというようなことで、これは、反乱軍と言ったらいいのか、クーデター未遂と言ったらいいのか、そこら辺はいろいろ解釈の問題もあろうと思いますが、とにかくそういう事件が起こったということをわれわれ聞いておりますし、サイゴンの日本大使館からいろいろ公電があったであろうと思いますので、この機会にやはり詳細に御報告を願いたいと思います。特に、在留邦人がおります関係もありますので、そういう点はやはり日本の国内におります者としても詳しく伺っておきたいと思いますので、最初にその点からお答えを願いたいと思います。
○小坂国務大臣 お答えを申し上げます。
 ただいま岡田先生のお話しのように、私ども昨日の朝公電を得まして、その結果を御報告申し上げる次第でございますが、わが方の時間で八時二十分、先方の時間で七時二十分でありますが、三機のプロペラ爆撃機が大統領官邸を爆撃したのであります。焼夷弾、それからナパーム弾等も落として、銃撃を加えた、官邸は一部炎上したけれども死者はなかった、地上における戦車等がこれを迎撃いたして、そのうちの一機を撃墜した、邦人は全部無事である、こういうことでございます。なお、官邸から救急車が数台がけが人を搬出しておるのを目撃したということを言っております。ゴ・ディンジェム大統領は、九時過ぎに放送局を通じまして、みずから、官邸の被害は僅少であり、軍官民ともに平常通り職務を執行するということを放送いたしましたということでございます。
 この事件のその後でございますが、その後は、いろいろな困難はもちろん内包しておるのだと思いますが、別段の動きはない。この爆撃というものは、ちょっとだれも予想しなかったところで、非常に突然に行なわれた。しかし、地上軍と呼応して組織的に行なわれたというようないわゆるクーデターと称し得るような規模のものではない、しかし、大統領官邸が炎上するというような非常にスペクタクルなものであったので関心を引いておる、そういうわけでございます。
○岡田(春)委員 概略御答弁があったわけでございますが、われわれの聞いている限りでは、攻撃を加えました三機という飛行機は米国製のものであったということを聞いております。こういう点、私、非常に重要な点になってくると思います。というのは、アジアの今後の緊張の問題に関連して重要な問題だと思いますので、私の聞いておるのでは、アメリカの飛行機であり、アメリカの海軍の戦闘機が入っておった、こういうことを聞いておりますが、これらについてはどういうことでございますか。
○小坂国務大臣 私ども、米国製プロペラ機というふうに新聞報道で見ております。公信の中にその点が特にうたわれておりません。しかし、そういうことでございましょうと存じます。
○岡田(春)委員 新聞の報道によると、今肯定されたからいいわけでありますが、アメリカの海軍の戦闘機というものが入っておったのだ、こういうように言っておりますが、この点は、今大体そうでありましょうという御答弁ですから、その確認の上に立って話を進めたいと思うのですが、それはよろしいのでしょうね。
○小坂国務大臣 これは南越の飛行機であるということは確かでございますが、それ以上、海軍の何か、そういうことはよくわかりません。
○岡田(春)委員 南ベトナムの軍隊の飛行機だということですが、私の伺ったのは、アメリカの海軍の戦闘機であるというのは新聞報道にあります。それから、海軍であるということも出ております。しかもアメリカの標識がついておったと言われておるのですが、その点御存じではございませんか。
○小坂国務大臣 それは存じません。
○岡田(春)委員 これはちょっと重要でございますので、あとでお調べの上で適当な機会にお答えを願いたいと思います。やはり、アメリカの標識をつけた飛行機であるということになって参りますと非常に問題だと思いますので、この点ははっきり伺っておきたいと思います。
 それから、今の御答弁から言いますと、これは当然――最近よく新聞にベトコンという言葉を使っておりますが、これは言葉は正確じゃないので、南ベトナム解放統一戦線というのが正確だと思うのです。ベトコンの略語はベトナム・コミュニストという意味ですから、これとはちょっと違うのですが、その点はいいとして、その解放統一戦線関係の飛行機でないということだけは間違いないと思うのです。と申し上げることは、念のために申し上げるのは、サイゴン関係の放送の一部では、これは共産軍のしわざであるということを放送いたしております。昨日私の聞いたのは外国の放送でございましたが、共産軍の攻撃の一部であるというようなことをやはり言っておりますので、この点は一つ日本の外務省の見解としてもはっきりしておいていただきたいと思うのであります。
○伊關政府委員 はっきり南越の飛行機だということを言って参っております。それから、御参考までに、米軍のマークと南越のマークというのは非常に似ているのであります。
○岡田(春)委員 色が違うというようなことをお話しなんですが、しかし、これは私はいろいろ意見があるけれども、申しません。私は、ここで特に重視をしたいことは、なぜこういう事態が起こったかという点が重要な点だと思うのです。特に、日本の各紙とも筆を合わせたように伝えられていることは、こういう事態が起こったことは何も初めてではない、一昨年の十一月にも起こっているではないか、しかも、こういうことの起こった原因というものは、ゴ・ディンジェムの独裁に対する不満、それからゴ・ディンジェムの施政、政治がきわめて腐敗しておる、それからまた、ゴ・ディンジェムの弾圧政治というものに対する不満、あるいはまた最近の南ベトナムにおける経済的なインフレの進行その他における逼迫、これらに対するベトナムの国民の不満というものが非常に高まっておって、そういう意味でこういうものが起こったんだということは、もう各新聞とも筆を合わせて実はこれは報道いたしておりますし、特にワシントン筋その他アメリカ筋からの報道もそういう報道になっているわけであります。やはり、そういう報道が軌を一にして全部あるとするならば、そういうことが原因であろうというように私は考えるのでありますが、外務大臣はこれはどういうようにお考えになりますか。
○小坂国務大臣 私の立場からあまり他国の国内事情を批判することはどうかと思いますが、新聞の報道はよく読んでおります。
○岡田(春)委員 あまり外国のことを言わないのが現在の段階としていいというような御判断はあるかもしれませんけれども、この事態がいろいろな形で拡大をしていくということになりますと、やはり、日本としても、無関心でないにしても、言わないでいいということで済まされる時期ではなくなってくる危険性がある。特に、私は、もう一点くどいようですが伺っておきますが、ゴ・ディンデェム政権というものは最近非常に不安定になってきていると思うのですが、この点はいかがでございますか。
○小坂国務大臣 この点は批判は差し控えます。
○岡田(春)委員 昨日池田総理大臣は、朴政権に対しては、不安定であるがだんだん正常の方向に向かいつつある、こういうことを言いましたね。それならば、外務大臣は、南ベトナムについても、これは不安定である、そして、これからよくなるというようなあなたの御解釈ならそれでもけっこうですし、これから悪くなるという解釈ならそれもけっこうですし、こういう御見解をお述べになるのは、やはり国会における政府の義務だと私は思うのですが、この点、簡単でもけっこうです、一つ率直な御意見を伺いたいと思います。
○小坂国務大臣 私は、日本の利益ということをやはり考えまして、こういう時期にそういうことを言うのがいいのか悪いのか、その点から申し上げたのであります。
○岡田(春)委員 それは、御発言にならないということが利益である、ゴ・ディンジェム政権が非常に不安定であるということを御発言にならないことが利益である、こういうように解釈せざるを得ないのですが、そうですね。
○小坂国務大臣 いろいろ批評しても、得るところと失うところとあるわけで、彼我計量して、何も言わないのが一番いい、こういうことです。
○岡田(春)委員 それが日本外交の基本的態度で、そういう問題についてはなるべくほおかぶり、事件が起こってからあとから追っていくというのが日本外交の基本であるかしらぬが、それは論評ですからあとでやります。もう少しあとで私は伺って参りたいと思います。
 昨日の御答弁を伺っておりますと、こういう南ベトナム情勢を含めて、東南アジアの情勢について、金鍾泌という情報部長から、最近東南アジアの情勢は不安定であるという意味の報告があったという。そういう報告の中に、おそらく、南ベトナムを訪問しておりますから、その点についてもお話があっただろうと思いますが、この点についてはどうでございますか。
○小坂国務大臣 他人の言をここでクォートすることは差し控えたいと思います。
○岡田(春)委員 不安定であるということについてはクォートされたわけですね。
○小坂国務大臣 それも含めて一切クォートいたしますことは……。
○岡田(春)委員 小坂さんはそういうように言われましても、きのう池田さんは、そういう情勢が逼迫しておるということについても話があったということを松本君の質問に答えておりますが……。
○小坂国務大臣 私は隣で聞いておりましたが、東南アジアの情勢一般について言ったのじゃなかったかと思います。
○岡田(春)委員 それでは、東南アジアの情勢について一般的に外務大臣に伺いたいのですが、安定の方向に向かいつつあると思いますか。特に自由諸国ですね。私の伺っているのは、日本を含めて八カ国自由諸国があるわけでございますが、韓国しかり、南ベトナムしかり、タイ、パキスタン、これらの国々の状態を見ると、安定の方向に向かっているとは私どうしても思えないんだが、安定の方向に向かっているとお考えになりますか。
○小坂国務大臣 これは、自由諸国も共産諸国も含めて、安定の方向に向かっておるところもあるし、不安定な要素もあるし、まあしかし全体としてはどの国も安定の方向に向かうように努力しているのだと思います。
○岡田(春)委員 努力していることはわかります。努力していることはわかりますが、それでは、具体的に、東南アジア自由諸国と言われている八カ国で、現在安定しているというようにお考えになれる国はどこですか。おそらくあなたはフィリピンと言うでしょうが、フィリピン以外にどこがありますか。
○小坂国務大臣 他国の状態について私からとかく言うことは差し控えたいと思います。
○岡田(春)委員 他国の状態についてはどれも語らぬことがよろしいらしいのでございますが、それでは、中国やソ連のことも大かたお話しにならないように今後一つ御注意になった方がいいと思います。外交問題としての質疑としてはこれでは話にならないのでございます。
 そこで、そういう点で私もう一点重ねて伺っておきますが、今日の南ベトナムの事態は事実上の戦争の事態であるとお考えになるかどうか。私がこういうことをことさら伺うのは、昨年の十月二日にゴ・ディンジェム大統領は、今やゲリラ戦ではなくて本格的な戦争の段階であるとはっきり言いました。ですから、大統領の言ったことを否定する必要もないと思うのです。それから、中国は今月の二十四日に声明を発表いたしまして、宣戦布告のない戦争の状態に入っていると言いました。アメリカの論調も、あなた方はアメリカの論調をお聞きいただきたいと思うのですが、UPにおいても、朝鮮戦争の前夜である、あるいはアメリカの共和党においても、戦争介入への危険性というものを非常に強調いたしております。こういう状態を見ると、今日の南ベトナムの状態というものは、これは戦争という国際法上の定義をつけ得るかどうかは別として、事実上戦争状態と見てもいいような、そういう状態が起こっているのじゃないかと思うのですが、これはどうでございますか。
○小坂国務大臣 現在非常に問題の多い状態である、こうは思います。
○岡田(春)委員 その問題というのは、戦争という要素を含めた問題でございますね、それじゃ。
○小坂国務大臣 私は、いわゆる非常事態のような、そういう状態ではないというふうに認識しております。ただ、非常に問題が多い。これ以上のことは私は言うのを差し控えたいと思います。先ほどから非常にいろいろ御議論がございますけれども、私は、問題があって、その問題に日本が解決に乗り出さねばならぬという、そういう主体的な立場に立つときには、これは言う必要があると思います。そうでなくても、忠告をしてやるということがかりに必要とすれば、これは直接言うべきであって、外部に対して声明を発するということは外交上あまり利益がないというふうに思いますので、そういう観点から申し上げておる次第であります。
○岡田(春)委員 私は何も声明を出してくれと言っているんじゃないですよ。国会というのはそういう事態についてわれわれが審議する場所なんです。また、先ほどから小坂さんが非常に注意深く答弁されているのについて、私はあえて黙ってきましたけれども、どうもあなたの国会に対する態度は少し違っているのじゃないでしょうか。そういう事態については日本国民に対してまず伝えるということが私は第一の政府の責任だと思うのです。そういう点では、国会においてわれわれが率直に事態を伺っているのに、――私はことさら意地の悪い質問をしているわけじゃありません。そういう事態に対して率直にあなたから今日の南ベトナムの情勢についてお答えをいただいて、それに基づいて日本の国はどうしたいと思うということを政府の方針としてお話しになるのが、国会における政府の態度だと思う。こういう点をことさらにあなたはそういうようにほおかぶりをされていかれるようにわれわれに受け取れる。そういう態度をおとりになるというのは私きわめて不可解なんですが、もう一度これははっきりとお答えを願っておきたいと思う。
○小坂国務大臣 われわれの受けております報道によりますと、「ゴ・ディンジェム大統領は十八日付をもって非常事態を宣言する旨の布告に署名した、この布告の期間中非常事態下不要と思われる法令の実施は中止される、なお緊急会議を開いて非常事態下の大統領に特別権限を付与する法律案を検討する」という情報を受けております。
○岡田(春)委員 それは先ほどの小坂さんの日本政府の見解とはだいぶ違うのです。南ベトナムの国自身が、今日の事態は非常事態であるという声明を十八日に発表した、こういう事態になっているというのは非常に重大な事態だと思うのですが、あなたは非常事態であるとは思われないと先ほど答弁されておるわけですが、それは何か特別な理由があるのですか。
○小坂国務大臣 大へん失礼いたしました。これは昨年の十月十八日でございます。今月の十八日という意味じゃありません。そういう事態で南ベトナムの方においては非常事態宣言を発しまして大統領に特別権限を付与しておる、こういう状態です。
 そこで、岡田さんの御質問は、それじゃ戦争であるかどうか、こういうお話でございましたから、私は、非常に問題の多い状態になっている、こういうことを言っておるわけでございます。
○岡田(春)委員 私はそれを知って言っているのです。十八日というのは十月十八日でしょう。それ以来非常事態が続いているわけです。それは取り消してないわけです。ですからゴ・ディンジェム大統領としては今日は非常事態だという解釈をとっているわけです。あなたの先ほどの答弁を伺っていると、非常事態じゃない、こういう答弁をされましたね。そういうように自分は思っていると言われました。速記録を見ればわかります。非常事態でないという解釈をされているのならば、それならばそれでいい。だから、それはどういうわけでそうでないとおっしゃるのか、それを伺いたいのです。
○小坂国務大臣 先ほどの速記録を読んでみないと、私が何と言ったか、さらに正確になりませんけれども、おそらく、私が言ったと思っております言葉は、戦争のような状態、そういうものになっておるというふうではないのだ、こういうふうに理解しておる、こう言ったと思います。
○岡田(春)委員 ゴ・ディンジェムそれ自身が、自分の国については戦争状態であると言っている。それから、中国の方でも、宣戦布告なき戦争状態であると言っている。アメリカにおいても、ほとんど戦争と同じような状態であると言っている。にもかかわらず、日本だけは、戦争状態でない、こういうことを言っている。こういう御答弁になったと一応了解して話を進めます。その次は、金鍾泌氏が日本に来ましたときに、南ベトナム政府にこういう意見を述べたと言っている。これはきのうも出ておりますが、もし南ベトナムにおいて緊急の事態が起こった場合においては南朝鮮の軍隊を派遣する用意がある、こういうことを述べたと言っている。これは、アジアの平和という観点から見るならば、日本の政府としてもこれを黙って見ているわけにいかないと思うのだが、こういう事態が起こった場合に南朝鮮の軍隊を派遣するということについては、日本の政府はどのようにお考えになっているか。事態はアジア全局に非常に拡大するということを考えなければならないし、隣国の南朝鮮でありますから、これについては外務大臣から一つ御答弁を願いたいと思います。伊關さんがうしろで何か意見があるようですから、どうぞ。
○伊關政府委員 この金鍾泌氏の発言というものは、詳しく申し上げますと、ちょうど朝鮮事変の二の舞のような、そういう事態が起きて、国連軍が派遣される場合には、国連軍の一員として、――これは国連軍の一員になれぬわけでありますが、自分の方も出したいというふうなことを言っておるようでございます。これは、調べてみましたところが、それが正しい表現のようでございます。
○岡田(春)委員 伊關さん、今の見解で南朝鮮の軍隊は国連軍になり得ますかどうですか。法的見解を伺います。
○伊關政府委員 今のところ韓国軍は国連軍の一員にはなっておりませんし、それから、従来の例を見ましても、コンゴの例でございましたか何かでしたが、かつて衛生部隊を出したとか、あるいは通信とか運輸の面において国連軍以外の国が出たことがスイスあたりではございます。かつて国連軍がコンゴその他に出ました場合は、たしかイタリアが、朝鮮事変の場合に、そのときはまだ国連のメンバーではなかったけれども、しかし衛生部隊であったか何であったかを出した例がございます。コンゴでありましたか、スイスが輸送関係を助けたという例はございますが、国連のメンバーでないものが実戦部隊を出したという例はございません。
○岡田(春)委員 だから、金鍾泌氏は実戦部隊の問題を言っているのですが、実戦部隊として国連軍として派遣することは国際法上も許されない、こういうふうに解釈している。これは、国連憲章から言っても、衛生部隊あるいは間接援助のためにやるという必要があれば、これがいいか悪いかは別として、日本の場合にいわゆる国連軍の協定と称する吉田・アチソン交換公文があるように、そういう形をとらなければいけないわけですね。ですから、実戦部隊として南朝鮮の軍隊が国連軍として参加することは、国際法上も認められないと解釈すべきだと思いますが、この点はどうですか。
○伊關政府委員 私はあまりその方は専門でございませんが、安保理事会で何かきめまして、そうして、すべてそういう国連軍の構成その他についてのことをある司令官なら司令官が事務総長に全部まかすというふうな場合に、事務総長の判断においてそれを受け入れてもいいというふうなことをきめれば、あえて違法ではないのではないか、しかし、今までにそういう例はない、こういうふうに考えております。
○岡田(春)委員 それでは、憲章上の点では必ずしも違法ではないが、そういう先例はない、こういうように解釈するのはまだ不十分だと私は思いますが、少なくとも先例はないということだけは明らかになったわけです。
 そこで、これはよく問題になるのですが、事態が急速に悪くなって、これは小坂さんに伺いたいのですが、南朝鮮の軍隊を南ベトナムに派遣するというようなことが行なわれることは、日本にとってどうでございますか。これについて見解を伺いたいと思います。
○小坂国務大臣 伊關局長から御答弁したように、軍隊派遣というものは、国連軍の派遣ということでないとちょっと考えられぬと思いますし、韓国自体がそういうことをするということは、私は現実問題としては考えられないように思います。
○岡田(春)委員 では、日本の政府としてはそれは困る、こういうことですむ。
○小坂国務大臣 好ましいことじゃないと思います。
○岡田(春)委員 好ましくないという御答弁がありましたので、それでは、去年の十一月ごろ、これは小坂さんお留守中ですが、ちょうどタイその他を回っておられるときに問題になりました。日本の自衛隊を緊急事態になる場合には派遣するであろうということがサイゴン関係の新聞に一斉に報道されました。そして、日本の国内の防衛関係の当局者がそのように語っているということまである新聞には実は出ているわけです。事態がこういう非常に悪化しそうな事態であるだけに、日本の自衛隊の派遣の問題については重ねてここで言明をしておいていただくことが必要だと思いますので、この点は一つはっきりお答えを願っておきたいと思います。
○小坂国務大臣 この問題は、前の機会にも申し上げたと思いますけれども、私もビルマでその新聞を読みまして、ちょうど高野大使がそばですから、来てもらいまして、こういうことははなはだ迷惑であるということを言って、ベトナムの政府にそのことを申し入れました。全く虚報でございまして、そんなことは考えたことはございません。
 それから、今後の問題ですが、そういうことはいたしません。
○岡田(春)委員 いたしませんという御答弁がありましたが、それでは、続いて、時間がありませんから、できるだけ進めます。
 今月の八日にアメリカの公式発表によって、アメリカの在ベトナム軍事援助司令部が新たに設置されて、ハーキンスという大将が司令官に就任したという報道がございますが、これは事実でございますか。
○伊關政府委員 特に公式の通報はございませんが、発表されておりますから、事実と存じます。
○岡田(春)委員 それから、もう一つ伺っておきたいのは、これに関連してですが、昨年の春、ジョンソン副大統領がベトナムを訪問いたしまして、ジョンソン報告を作りました。それ以降急速に軍人がふえております。大体最近四千名になっていると聞いておりますが、この点はどうでございますか。
○伊關政府委員 これは、そういうふうに伝えられておりますけれども、正式にアメリカが発表しておるとは思いません。そういうふうに言われておりますから、その辺が近い数字じゃないかと思っておる程度でございます。
○岡田(春)委員 私の方は、アメリカの発表、実はここにこれがあるのです。アメリカ大使館のブレティン、これに出ておりますから、うそじゃないのです、私の言っているのは。そういう点で、約四千名くらい、何も確定的な数字を言っているわけじゃないのですよ。そういうことまで言っておりますので、うそじゃないと思います。これはわれわれ国会議員全部に配付になっております。これは制服ですか、制服じゃないのですか。マーグの場合には大体制服じゃないのですが、これは制服のはずですが、どうですか。
○伊關政府委員 その点はよく存じませんが、制服でもいいのじゃないかと思っております。制服を着てもいわゆる軍事顧問団でございます。日本におります軍事顧問団も制服を着ておりますし、軍事顧問団が司令部になったので、軍事顧問団が制服を着てはいけないということはないのじゃないかと思います。
○岡田(春)委員 私の言うのは、軍事顧問団は制服を着ても悪くはありませんけれども、軍事司令部というのはマーグとは違うのですね。これは、ここに出ている通り、御存じの通りです。今度は、ある意味で軍事的な援助を行ない、一朝事態が起こった場合にはその戦闘の中枢になるということまで言っているわけですね。だから、今までと違うのは、これは安藤さんに御答弁願いたいのですが、今度の軍事援助司令部の場合、ほかの国あるいはその他の勢力から攻撃を受けた場合にはそれに対応する行動をとる、対応する行動をとる場合においては、軍事援助司令部のアメリカの軍隊はそれに参加する、その中枢になるということまで言っているわけです。そうでないと言うならば、マーグと同じことになるわけですかどうですか。
○安藤政府委員 これは、性質的には、私は、マーグ、すなわち軍事顧問団と同じものであると承知しております。それから、今おっしゃいましたことは、たとえば非常事態には自衛行為と申すのですか、反撃をくらわすとかなんとか、いろいろなことはアメリカの発表を私は存じておりません。日本の新聞にそういう記事が出ていたやに聞いておりますけれども、アメリカではそういうことを言っておりません。これはあくまでもアメリカは軍事顧問団だ、それはいわゆる通常の軍事顧問であると同時に、軍事援助物資の援助等についてもやはり関与しておる、そういうふうに承知しております。
○岡田(春)委員 時間がありませんから、簡単にやって参りますが、兵員の増強ということは大体先ほどお認めになって、四千名くらいだろうというお話でした。それから、武器の援助、これも相当、このブレティンなんかによると、再三武器の援助が行なわれている。増強しております。そういうことをケネディ大統領自身が言っているのでございますが、その事実はどうでございますか。
○伊關政府委員 ヘリコプター等が二十四機でありましたか運び込まれたと言っております。数ははっきりいたしておりませんが、それは事実だと思います。
○岡田(春)委員 武器の増強が行なわれているとするならば、こういう点一体どうなんですか。もう少し質問したいのですけれども省略しますが、そういうことがどんどん行なわれているとするならば、私はジュネーブ協定に違反するんだと思うが、この点はどうでございますか。
○伊關政府委員 たしかジュネーブ協定第十七条でございますか、武器弾薬のリプレニッシュはいいけれども、ふやしてはいかぬという規定があったと思いますが、アメリカの言い分は、ジュネーブ協定そのものには調印しておらぬ、これは南ベトナムもそう申しておるわけであります。しかし、この精神は尊重すると言っておりますから、その意味においては確かに十七条とは違ったことになると思いますが、今のアメリカの考え方というものは、北越側も違反しておる、従って、自衛行為としてこれをやるのだというのがアメリカの解釈じゃないかと思っております。
○岡田(春)委員 それでは、南ベトナムがそういう自衛行為をやるために、北ベトナムがそういう増強をしているから南側に対してアメリカの軍隊は増強しつつあるのだ、必ずしもこれは違法ではないのだ、こういうように言っていると解釈してもいいわけですね。
○伊關政府委員 私は、大体それがアメリカの今の言い分じゃないかというふうに思っております。
○岡田(春)委員 それでは、外務大臣に伺っておきたいのですが、アメリカの言い分は明らかにそういう解釈をとっているんだとするなら、日本の国としては、――私たち社会党の意見はこれは賛成じゃないんですよ。日本政府の考え方は、南ベトナム、北ベトナムを一つにして、ゴ・ディンジェム大統領が北ベトナムを含む正統政府である、こういうことをこの前ベトナムの賠償のときに答弁されましたが、これはそういうことになりますね。もう一度確認してみます。
○小坂国務大臣 これは前内閣の方針通りです。
○岡田(春)委員 それでは、一点伺っておきます。たとえば、南ベトナム、北ベトナムの内部における問題について、北ベトナムの軍隊がどう動いておるという問題について南ベトナムがそれを理由にしてアメリカの軍隊を入れるのだとするならば、明らかにベトナムの内部の事態に対して外国の軍隊が介入しつつある、こういう事実の前提の上に立ってアメリカはやっているんだ、いわゆる一国内に対する外国軍隊の介入であり、軍事干渉である、こういう事実をアメリカ自体が認めてやっているんだということになりますね。
○伊關政府委員 それはちょっと問題がこんがらがっているんじゃないかと思いますが、要するに、休戦協定というものは南北の間の問題を扱っておるのでありまして、その休戦協定に関します限りにおいては南と北との二つのものがあるわけであります。それと離れまして、どっちが正統政府かという問題は、これは休戦協定だけの問題を考えると二つある、全体として考えれば、お互いに正統政府と言っておるので、これは休戦協定というこういうものに限られた面において議論が今行なわれておるのじゃないかと思います。
  〔委員長退席、福田(篤)委員長代
  理着席〕
○岡田(春)委員 私は休戦協定のことを言っておりません。日本政府の見解を聞いておるのです。日本の政府は、休戦協定がどうであれ、北ベトナムを含めたベトナムの正統政府というものはゴ・ディンジェム大統領である。従って、法解釈の結論として出てくるのは、北ベトナムがどのような行動をとろうとも、これはベトナムの内政問題ですよ。そうじゃありませんか。休戦協定であろうがなかろうが内政問題じゃないですか、日本の政府の見解からすると。この内政問題にアメリカの軍隊が介入するというのは、第三国の軍隊が内政問題に介入することであり、アメリカが軍事干渉を行なっておるということになる。それ以外に解釈の方法はないじゃないですか。
○伊關政府委員 どうも私はちょっと違う解釈をいたしております。北と南がある、これが戦争をしておって休戦になった、そこで、ジュネーブ協定というものができて、お互いに兵員を増強してはいかぬとか、武器弾薬をふやしてはいかぬということになっておるわけでありますが、しかし、アメリカというものは、一九五〇年のMSA協定以来軍事顧問団を置き、そしてまた援助しておったわけでありまして、それがふえていくということの問題でありまして、結局アメリカと南ベトナムの問題というふうに考えるべきだと思います。
○岡田(春)委員 だから、私は、あなたの言っておる通りに言っておるのです。アメリカだって南ベトナムを正統政府として認めておるのです。北ベトナムを含めてベトナムの国内の事項に関して内戦の問題がある、北と南との問題は国内の内戦の問題だ、それについてアメリカが援助するということになれば軍事干渉になるじゃないですか。これは明らかです。あなたがジュネーブ協定を抜き出したって、それは出てこない。
 中川さんについでにお答えいただきたいのですが、伊關さんがこれはジュネーブ協定の十七条違反だとお話しになりました。武器の増強は十七条です。十六条が兵員の増強です。この増強にアメリカは違反しておるということになる。あなたの方は、アメリカは署名していないからそれはジュネーブ協定の違反ではないんだ、こういうように御答弁になりますが、それでは、中川さんに伺っておきます。南ベトナム自身は違反になりましょう。もし南ベトナムがこれを認めていないというならば、大体今休戦をやっておること自体がおかしいのですから。ジュネーブ休戦協定を認めておる。認めておる限りにおいては南ベトナムは認めざるを得ない。その証拠に、どうですか、国際監視委員会というものがサイゴンにあるじゃないですか。それは認めておるという証拠ですよ。それならば、南ベトナムは少なくともこれに違反しておるということは事実だと思う。その点が一点。
 もう一点は、十九条に各自に指定された地帯がいかなる軍事同盟にも加盟しないこと、こうある。この点から見て、先ほど伊關さんが一九五〇年云々の協定その他おっしゃいましたが、このことも含めてSEATOもこの十九条に抵触をすると解釈せざるを得ない。こういう法解釈の問題について、南ベトナムの問題、アメリカの問題、その他について、時間がありませんから一括して条約局長から御答弁を願っておきたいと思います。
○中川政府委員 第一の点、つまり南ベトナム自体がジュネーブ協定に拘束されているはずじゃないかという点でございますが、法的には、南ベトナムの代表は、このジュネーブ会議のやり方自体、ことにフランス軍司令官が南ベトナムの名において休戦協定を結んだこと自体について非常に抗議いたしまして、調印していないのであります。従って、形式的には、ジュネーブ協定の当事国ではないというわけでありますが、その休戦とかなんとかいう実質についてはもちろん南ベトナムも異存はないようであります。主として選挙その他のことについて異議を唱えていることは御承知の通りでございます。従って、南ベトナムもその実質から言えば大体アメリカと同じ立場にあると見ていいのじゃないかと思いますが、結局、アメリカの場合と同じように、北ベトナムからいわゆるベトコンが侵入してきておる、あるいはラオスその他隣国からも侵入してきておる、こういうことで、いわば反対側がジュネーブ協定にすでに違反しておる、重大な違反を行なっておるのだから、それに対する自衛措置としてこういうことをやっておるのだということが南ベトナム側の解釈であると考えるのであります。
 なお、十九条の点でございますが、これは、要するに、十七度線の南と北にリグルービング・ゾーンというのを作りまして、そのリグルービング・ゾーンというものをいわば中立地帯にするという思想でこの十九条ができておるのでございまして、必ずしも、南ベトナム、北ベトナム全地域にわたってこの十九条が適用されるのではないと実は私解釈しておりますが、いずれにせよ、軍事同盟を結んではいけない、そういう地域が軍事同盟の対象になってはいけないということをここに規定しておるわけでございます。軍事同盟自体は南ベトナムはまだどこの国とも結んでいないわけでございまして、いわゆるSEATO条約が適用される地域に指定はされておりますけれども、これに南ベトナム自体が当事国となって軍事同盟を作っておるわけではないのでございまして、形式的に言えばこの十九条にも違反という問題は出てこないのじゃないかと考えております。
○岡田(春)委員 それでいいんですか。あなたの解釈はそれでいいのですか。
○中川政府委員 それでいいという意味でお答えしたわけでございます。
○岡田(春)委員 それでは、これは外務省で出している資料ですが、アジア局編「ヴィエトナム共和国便覧」、これの中にも、はっきり、軍事同盟は結んでいると書いてございますが、これは違うのですか。今私は調べると時間がなくなりますが、たしか一九五五年のはずです。それから、「アジア総覧」の方にも出ています。「アジア総覧」をお持ちじゃないですか。それをあけて見て下さい。二国間同盟条約の中にアメリカ・ベトナムの相互援助条約というのが一九五五年に出ていますが、違いますか。ベトナム便覧の何ページか、探すのは時間がありませんから省略しますが、これはおたくの出版された木の中に出ているのですから、あなたがお間違いになっているのか、この本が間違っているのか、どちらか知りませんけれども、どっちでもいいから、はっきりしていただきたい。これはちょっとページを探せば出てくるのですが、まあいいでしょう。それはお調べ下さい。これは二国間条約で「アジア総覧」の中に出ております。SEATOのあとに、たしか一九五五年か六年として、二国間条約を結んでいる、相互援助条約を結んでいるということが出ております。これはあなたの方で御存じの方おられるでしょう。どうですか。
○中川政府委員 これは、要するに、日本とアメリカとの間の相互防衛援助条約、いわゆるMSA協定、これと同じもので、これは二国間で結んでおるのでありまして、アジア総覧ですか、それに書いているのはおそらくその意味だろうと思います。これは、軍事同盟でなくて、軍事上の援助、武器その他の援助をもらう、こういう協定でございます。
○岡田(春)委員 それはあとでいたします。
 これで最後にいたしますが、私は最後に伺っておきたいのは、ベトナムの情熱かはきわめて政局不安定であって、ゴ・ディンジェム政府に対して小坂外務大臣はいろいろ弁護的な態度をとっておられますけれども、これはあまり長く持たないですよ。もう李承晩と同じような状態であることは、UPIその他のアメリカの新聞が報道しているのですから。そろそろ自主的に、それこそ自主的に日本の外交方針をきめなければならない事態に来ていると思う。こういう点についてやはり十分にお考え願って、静かに一つお考えいただきたいと思うのです。東南アジアの自由諸国と言われている国をどれ一つお取り上げになっても、八カ国あるそうですが、どこも安定したものはないじゃありませんか。わずかにフィリピンがどうか知らないが、それ以外に、パキスタンしかり、タイしかり、全部戒厳令をしいている。それから、南ベトナムしかり、南朝鮮しかり、全部そうじゃありませんか。こういう自由諸国と協力をしてといっても、日本の将来がないことは明らかだ。こういう点は、やはり、外交方針の基本をおきめになるときに、小坂外務大臣は十分お考えいただいて、ほんとうに日本の将来百年の大計を考える場合においてはどうかという点に立って一つお考えを願いたいということを強く要望をいたしておきます。
 最後に、一九六一年、昨年の十月三十一日にベトナム民主共和国の外交部長から外務大崎あてに書簡が来ております。この書簡に対して回答をお出しになっているのかどうか。そして、その内容は新聞その他にも一切発表されておりませんが、これはこの機会に御発表願いたいと思うのですが、ウン・ヴァンキュムという外務大臣です。これは全世界の百三カ国の外務大臣に対して書簡を出している、こういうことが出ておりますし、書簡が来ているならば、日本の外務省がそれに対して回答するのがやはり礼儀だろうと思いますが、これについてどういうようにお扱いになりましたか。この点最後にお伺いして、私は終わりにいたします。
○伊關政府委員 書簡は確かに参っております。これは、モスクワにおきまして、北ベトナムの大使館からわが方大使館に、これを外務大臣に渡してくれということを申し出てきたのでございますが、国交がございませんので、正式の文書を取り次ぐわけにいかぬということを申しましたら、航空便でもって直接に送って参りました。これに対しましては回答はいたしておりません。
○岡田(春)委員 それでは、内容を、概略だけでもいいですから、その点だけお答え願いたいと思います。
○伊關政府委員 内容の概略は、「米国の南ヴィエトナムに対する干渉はケネディ大統領就任以来特に激化し、近くはテーラー・ミッションを派遣し、米軍派兵の素地を造らんと図っている。アメリカはゴー・ディン・ディェムと共謀してジューネーヴ協定を蹂躙し、多数の軍事要員と武器を送り込み、さらに幾多の愛国者を殺害、投獄し、ヴィエトナム人民全体の願望である南北統一すら実施しようとしない現状である。このようなアメリカの陰謀がインドシナのみならず、東南ア、ひいては全世界の平和に脅威を与えている事実に留意するとともに、貴国政府の権威をもって同地域の情勢緩和のため積極的に寄与されることを希望する」、こういう中身の手紙でございまして、国交がございませんから、返事はいたしておりません。
    ―――――――――――――
○福田(篤)委員長代理 久保三郎君。
○久保委員 私は、簡単に、米軍に提供しております水戸射爆場の問題でお尋ねをしていくわけでありますが、最初に、日米合同委員会で昨年取り上げられております返還というか、この経緯について、当面の責任者である調達庁の方から最初に御答弁をいただきい。特に、昨年の十月でありますか、那珂湊の市街地に機銃掃射が起こりました。今までもたくさん被害がございましたが、これに関連して日米合同委員会にいろいろ問題が提起された。その際の話では、米軍側においては、代替地の提供さえあればこの演習場を返還してもよろしい、こういうことであったそうでありまして、言うならば、日本政府が、俗な言葉で言うと、げたを預けられた格好になっておりますから、そのげたを預けられたその後の経緯というか、状況はどうなっておるか、伺いたいと思う。
○林(一)政府委員 水戸の誤射事件が起こりましてから、日米合同委員会を通じまして水戸射爆場の返還を申し入れました。そのときのそれに対する米側の回答は、代替地の提供があれば返還に応ずるということでありました。おっしゃる通りに、その後、政府といたしましては、この代替地の調査に主力をあげておるわけであります。現在数カ所の候補地について基本的な調査を進めておる段階でございます。
○久保委員 代替地の要求にいたしましても一定の条件があるという話でありますが、その一定の条件とはどういうことなんでございますか。
○林(一)政府委員 米側の申しておる条件と申しますのは、現在の水戸の射爆訓練所とほぼ同等なところを提供してほしいということであります。
  〔福田(篤)委員長代理退席、松本(俊)委員長代理着席〕
○久保委員 その同等のところというのは、具体的にどういうことですか。広さでありますか、あるいは横田基地からの距離でありますか。いかがでありますか。
○林(一)政府委員 広さとか、距離とか、いろいろなことを含めて大体同じ程度のものを提供してほしいということを言っております。
○久保委員 先ほどのお話では、その同等のところは大体五、六カ所今調査しておられるわけですね。
○林(一)政府委員 さようでございます。
○久保委員 そういう格好な土地が実際に五、六カ所もございますか。主力をこの調査に注いでおるというが、どういう方法で調査をされているか。いかがでしょう。
○林(一)政府委員 ただいま申しましたようないろいろの条件を考慮しまして、数カ所について基本的な調査をやっておるのであります。同等と申しましても、いろいろな条件がありまして、まさしくどんぴしゃりといくというような候補地はそう簡単には見つからない。もちろん、そういうような基本的な調査をいたしまして、それに基づいて米側と折衝するという段階になるのでございます。
○久保委員 大体五、六カ所の調査を始めておるというのでありますが、この調査を始めてから幾月になりますか。
○林(一)政府委員 誤射事件が起こりましたのが昨年の十一月、その後この代替地の基本的な調査を積極的に始めておるわけであります。
○久保委員 そうしますと、大体もう三月、短く見ても二月であります。精密な調査ができなければ米軍に申し入れができないのでありましょうか。いかがですか。
○林(一)政府委員 やはり、基本的な調査を十分にやってからでないと米軍との折衝に入れないのであります。この調査は、いろいろの点から調査をするので、相当の時間がかかると私どもは考えております。
○久保委員 基本的な調査とおっしゃったり、いろいろな調査とおっしゃるが、基本的というのは、大体同等ということだと思います。いろいろというのは、具体的なこまかいことだろうと常識的に思うのでありますが、あなたの方のお考えで、代替地を提供するということで、これをお言葉の通り主力を注いでやっておるというなら、基本的な同等の程度で大よそ五、六カ所くらいあるがどうだろうかという申し入れをすればいいのです。どうも話があいまいなのでありますが、どちらなのか、大よそこの見当の地区は五、六カ所だが、このうちでどうでしょうかというのが折衝の過程じゃないかと思うのですが、いかがですか。
○林(一)政府委員 先ほども申しましたように、調査については、いろいろの点について基本的な調査をしなければならない。数カ所についてそのような調査を進めておるのであります。この調査が終わりましたら、米軍と折衝するという段階になるのでございます。
○久保委員 それでは、参考のためにお尋ねしておきますが、そのいろいろな基本調査はいつのころ完了する予定でありますか。
○林(一)政府委員 できるだけ早くこの調査を完了いたしたい、こういうふうに私どもは考え、現在努力をしておるところでございます。
○久保委員 調査は早くやろう、それは早くやろうというその気持だけでございます。私がお尋ねしておるのは、いつのころに終わるかということで、気持をお尋ねしておるのではない。
○林(一)政府委員 その期限をここではっきり申し上げることはできないのであります。いろいろの点がありますので、できるだけ詳細基本的な調査をいたしまして、折衝したい、かように考えます。
○久保委員 努力はいただいておるようでありますが、同等という条件のもとで、調査はするが、はっきり申し上げて、実際は不可能ということじゃないでしょうか。太平洋のまん中に人工島でも作っておやりになるというならあるいは可能かもしれませんが、横田の基地から射爆場まで大体同等の距離とは、その他を考えた場合に、おそらくないのじゃなかろうかとわれわれは思う。結局、代替地提供による返還ということは、不可能の問題を日本政府が預けられた格好で迷っておるのではなかろうかと思う。もっとも、人のうわさも七十五日でありまして、今までの経験から見れば、水戸の射爆場の事件は何回かあった。低空飛行のために、公道を通っておる親子が殺傷された事件もある。あるいは模擬爆弾によってやられた者もある。さらに、ガソリン・タンクによって小さい子供がつぶされた事件もある。そういうのは日にちがたてば大体地元の方でもおさまりはつくだろう、こういうことでおりますので、今のようなお話を聞いておりますと、不可能なげたを預けられて、公式なお話としては、主力を注いでおります、五、六カ所ございます、こういうようなことで逃げておれば、そのうち日にちはたつから、まあまあ忘れるだろうということに期待を置いておるのではなかろうかと地元のわれわれとしては考える。そこで、この問題が起きた直後においても、別な委員会でもお話を申し上げました。私は、不可能なものを預けられて、日本国民に対して不可能と言い切れないでいることは欺瞞だと思うのであります。
 そこで、私がお尋ねしたいのは、先ほどの繰り返しになりますが、じんぜん日を送るがごときは断じてわれわれとしては容認しがたい。だから、あなたが五、六カ所あると言うなら、その調査はいつのころまでに完了するのか、ここでけじめをつけてほしい。大よその気持じゃなくてはっきりさせていただきたい。あなた方の気持はわかる。不可能なやつを抱きかかえて路頭に迷っておるというか、さまよっておるのがあなたの方の立場であると、われわれは見ておるのであります。いずれにしても、それならば、五、六カ所の調査はいつごろ完了して、米側に対して申し入れが大よそいつごろできるのか、この目安くらいは立ちそうなものだと思う。いかがですか。
○林(一)政府委員 私どもは、不可能だとは思っていないのであります。可能であると信じて、この基本的な調査を現在積極的に行なっておるのであります。もちろん、条件といたしましては同等ということを言っておるのでありますが、基本的な調査が済みましてから、これは米軍と折衝する過程においてその条件等についてもさらに折衝するということになるのであります。私どもは可能であると信じております。別に不可能なことを申し上げて当面を逃げておるということは絶対にございません。私どもは、非常に困難ではあろうと思うのでありますが、この代替地を早くきめて米軍と折衝したい、こういうふうに考えております。
○久保委員 私のお尋ねに御答弁はいただけないようでありますが、可能と信じておられることでありますから、水かけ論になりますが、われわれとしては、不可能のことを一生懸命におやりになっているのじゃなかろうか、こう思う。私は、投げているわけではありませんが、今日の状況を見ますれば、同等あるいはそれ以上のところでも、これは不可能に近い問題を押しつけられている、と言っては語弊があるかと思うが、お預けを食って、それでやっているのではなかろうかと思う。
  〔松本(俊)委員長代理退席、委員長着席〕
 これはもはや安全保障条約の中におけるところの日米合同委員会の議題において解決は不可能だと思う。しかも、これは、単に地方住民のいわゆる犠牲だけでいけるなら、ある程度ものは考えようであります。御案内の通り、水戸射爆場の隣接地には原子力センターが今日できております。遠からず原子力発電所も運転を開始するという時期になっております。こういうことを考えますと、この地域は特殊な状態にあるということも考えていただかなければならぬ。
 そこで、外務大臣にお尋ねするわけでありますが、外務大臣も調達庁長官と同様にあるいはお考えだと思うのであります。いつかも外務大臣に別な席で御要望申し上げたのでありますが、本問題は、安保条約云々の問題でなくて、そのワク内では解決できないとわれわれは考えております。そこで、日米合同委員会で調達庁長官が議長として主宰される会議は会議としてお進めになったらいいでしょう。しかしながら、そういうものをじんぜんやっていても問題の解決にならぬし、今日、御承知かと思うのでありますが、地元の空気はさらに熾烈になって参りました。先般も地方議会の連中が大挙この国会を中心に押しかけて参りました。たしか大臣のところにも陳情に及んだと思うのでありますが、そういうことで、下火には今日なっておりません。あの土地における当該の市町村長等は、今までも何べんか、この日米合同委員会というか、そういうことでだまされ続けてきた、今度はだまされないというようなことで強い決意で先般は陳情にも来ておるわけです。われわれもそうだと思う。そういうことから考えれば、この問題を日米合同委員会で日本側が預けられた形で、五、六カ所の調査をやっているというが、いつになったらできるか、これは果てしないことであります。こういうことでは地元の住民としては納得がいきがたい。
 そこで、申し上げたいのは、外務大臣として、日米合同委員会のワク内ではなくて、ワクの外に出ての交渉も今日までおやりになっていただいたでしょうか。いかがでしょうか。
○小坂国務大臣 久保さんのお話もよくわかりますし、地元の要望も十分承知いたしております。ただいま林調達庁長官が申し上げましたようなことで、調達庁としては極力力を尽くしまして候補地の選定に当たっておるわけでございます。この選定が終わりましたら、さらに米軍と折衝いたすわけでございます。私も、十分、その点については、外務省としてもアメリカ局長も出ておりますし、常に力をいたしておるわけでございます。今後とも一つ……。
○久保委員 私はそういう点をお尋ねしておるのじゃなくて、外務大臣の立場でのお仕事をお願いしているわけです。日米合同委員会の問題じゃないとわれわれは考えている。問題でないというより、そこでは解決はつかない、こういうことであります。でありますから、私がお尋ねしているのは、少なくとも外務大臣として米側に今日の状況をお話しいただいて、代替地の問題と引きかえっこじゃなくて、これは別な問題として切り離して水戸射爆場返還について今日まで御努力いただけたであろうか、あるいは今後そういう方向をとるお考えがあるかどうかをお尋ねしておるわけです。いかがでしょう。
○小坂国務大臣 那珂湊の射爆場は、米軍としては非常に大事だ、こう言っておりますので、これについて他に適当な地を見つけてやりますこと、どうもわれわれとしてはこれ以上の方法はないのじゃないか。そこで、代替地を見つけるべくできるだけ努力しておるわけでございます。地元の要望その他につきましては、アメリカ当局その他には十分伝えてございます。
○久保委員 そういうお話では、なかなか地元は納得しがたいし、われわれ自身が納得しがたいので、私は、代替地の提供ということを条件としてのお話は調達庁長官におまかせをいただいて、外務大臣は少なくとも外交の責任者でございますから、外交ルートによってこれは解決していただきたい、こういうふうに思うのであります。というのは、アメリカ軍隊の演習が水戸でなくちゃならぬという理由が私はないと思うし、そういうアメリカ側の演習のことも一つ考え直していただくというような要求というか申し入れは今までなされなかったのでありますか。いかがでありますか。
○林(一)政府委員 今まで非公式に米軍と折衝しておるのでございますが、この水戸射爆場というのは、御承知のように、横田とかあるいは厚木の飛行場に所属する航空機の訓練場でございまして、どうしてもこの地方に必要であるという強い要望は最初から持っておる。これを遠くに移すとか、あるいは無条件で返還させるということは、私どもの方としても、全然むずかしいことである、こう考えております。
○久保委員 返還はむずかしいことだと嘆いておられるようでありますが、これは地元の人間にとればもっとむずかしいことでございますよ。何がゆえにわれわれだけが犠牲にならなければならぬか、こういうことを言っておるのが純朴なあの地方の人間であります。
 それから、もう一つは、万が一原子力関係の機関にでも障害が起きた場合には、この地元のあの周辺だけではなくて、日本全体の問題になるわけです。さらには、原子力発展の途上、開発の途上に、かかる大きな問題が出れば、日本の原子力の開発というものは相当におくれるということは御案内の通りだと思います。そういう関係から、アメリカの戦略体制というか、そういうものを変えてもらうという気がまえがなければ、米軍の意図のみによって、これが必要であるから代替地がなければ返さぬ、ああそうですかという話だけでは、私は解決はできない問題だと思う。そこで、外務大臣に、先ほどからお話を申し上げておるように、そういう点での御努力は今日までなさっていただいたかどうか、あるいはこれから御努力をいただけるものかどうかをお尋ねしておるわけです。いわゆる合同委員会のように、代替地を探すことを先に考えていますじゃ話にならないと思う。いかがでしょうか。
○小坂国務大臣 日米安保条約というものは、これはやはりわれわれにとっても利益であるというふうに私どもは考えておるわけです。自衛力はございますけれども、まだこれをもってのみにおいては日本の安全というものに対して十分なささえになり得ない現状においては、やはり安保条約によって米軍が日本におるということが必要であろうという見解に立っておるわけであります。従って、米軍に対しては、那珂湊の演習場については、どうも地元の要望もあり、どこか一つ君の方で考えて適当なところがあれば移ってもらいたい、あるいはこれをやめてもらいたいということを申しましても、これはどうしても自分らの方にとって不可欠のものだ、しかし、他に適当な土地があれば、何も那珂湊に限ったことはないのだ、そこで、適当な他の土地を見つけてくれ、こういうことになっておりまして、そのために、調達庁長官がお答えになりましたように、代替地を今一生懸命物色中である、こういう経緯でございまして、それ以上のことは今のところは申し上げる考えはございません。
○久保委員 それ以上の考えがないということでお話しでありますが、われわれにすれば、それ以上の考えをしてもらわなければ問題は解決しないだろう、こういうふうに考えているわけです。安保条約はわれわれにも利益であるというようなお話ですが、その問題を別にしてお話を申し上げてみても、こういうものが向こうには不可欠のものである、こう言えば、その通りであるというのではなくて、皆さんがいつもおっしゃる通り、アメリカと日本とは非常に仲のいい友好的な国であるというならば、もう少し日本国民の立場なり日本国民の生活というものも重点に置かれて、少なくとも射爆場と同程度くらいに重きを置いて折衝を進められるのがほんとうではなかろうかとわれわれは思うのです。何か、今までの御答弁をまとめてみますと、日米合同委員会というものがあるから、そこでものを片づけよう、それまではできないものはできないということなのだから待っていろ、こういうことでありますが、いつまで待っても代替地の問題は片づかないとわれわれは考えている。そうなれば、安保条約が続く限りは残念ながら那珂湊周辺の人たちは永久にこの危険にさらされる、あるいは東海村におけるところの原子力発電もいつも戦々きょうきょうたる状態でいなければならぬ、こういうことを考える。いかがでしょう。くどいようですが、それ以上に御努力を願うのがこの際はほんとうじゃないですか。
○小坂国務大臣 実は、誤投下の問題などが起きましてから、われわれも心配いたしまして、米軍との間にもいろいろ話をしました。その結果、標的の位置を変えるとか、あるいは飛行機の入ってくる方向を変えるとか、先方はいろいろ演習場の変更をしたわけです。ところが、また昨年十一月大きな誤投下の問題が出ましたので、今度はどうしてもあそこはどいてもらいたいという要求を強く出しました。そこで初めて、では代替地を見つけてくれということを先方は積極的に言ってきたわけであります。従来からもそういうようなにおいはありましたけれども、昨年の十一月以来そういうことを積極的にアメリカ軍は言って参った。そこで、今度は真剣にそれでは自分の方で一つ探すからというので探しておる段階でございますので、もうしばらくこれは努力の成果を見守っていただきたい、こういうふうに申し上げるよりほかはないわけでございます。
○久保委員 それでは、外務大臣、くどいようですが、もう少し見守ってほしいというなら、自信をお持ちなんでしょうか。いかがでしょう。
○小坂国務大臣 私は、調達庁長官が申しましたように、どうも今からもうお投げになるのは早いのではないか。もう少し見ていただきたい。私ども、やれるという考え方で探しているわけでございます。
○久保委員 それでは、調達庁長官、重ねてお伺いしますが、この五、六カ所というのは、やはり海に面した、そういう場所でございますか。いかがでしょう。
○林(一)政府委員 やはり海に面しているということが一つの条件になっていることはなっております。
○久保委員 それでは、もう一つの条件としては、横田あるいは厚木ですか、大体百五十キロ見当の場所でございますか。
○林(一)政府委員 そういうようなこまかい点については、今後の基本調査を済ましてから米軍との折衝の過程においていろいろはっきりしてくると思います。現在のところは、ばく然として同等程度のというようなことを言ってきているわけであります。
○久保委員 いや、五、六カ所基本的調査を始めておられるというお話でありますから、その五、六カ所を示せとは具体的に申し上げません、お答えにならぬと思いますから。そこで、私がお尋ねしているのは、百五十キロ程度でございますから、海に面したそういったところが五、六カ所の中にあるのですか、こうお尋ねしている。
○林(一)政府委員 ただいま申しましたように、基地からの距離が何キロだとか何マイルだとかというような条件につきましては、もちろん基本的調査を済ましてから今後米側と折衝してはっきりさしていきたい、こう考えているわけで、初めからこの条件であるというようなことは向こうはまだ申してはおりません。
○久保委員 それで、今日までやっておられた調査は、具体的にはどういうことを調査されておるのですか。
○林(一)政府委員 これは、先ほども申しましたように、いろいろな点につきまして基本的調査をやっておるのであります。たとえて申しますと、その区域に居住者がどのくらいおるか、あるいはどういうような影響を与えるか、あるいは被害を与えるかというような点を中心としまして、地勢とか居住状態、その他社会的な生活状態、いろいろの点を含めまして調査をやっておるわけであります。
○久保委員 大よそそういう調査をもう完了しましたね、今おあげになったようなところは。
○林(一)政府委員 現在そのような調査を進めつつある段階でございまするが、まだ完了までには至っておりません。
○久保委員 くどいようですが、その完了は、大よその見通しとしてどうなっていますか。見通しのない仕事をされているわけではないでしょうね、長官。大体手順というのがございます。そうなれば、大体大よそ時間的にいつのころというのはおわかりになっておりますか。いかがでしょう。
○林(一)政府委員 これは再三のお尋ねに対して同じような御返事をしてまことに申しわけないのでありますが、期限を切って何日ごろまでということまではちょっと申し上げかねる段階でございます。なるべく早く基本調査の完了を待って折衝いたしたい、こういうふうに考えております。
○久保委員 それでは、この基本調査が完了し、米側に申し入れがあって、たとえば米側が承知したならば、すぐにそういうことで移転されることに相なりますか。
○林(一)政府委員 もちろん、その間においては、その代替地の地元の方々の御了解を得なければならず、あるいは関係各省との意見の調整というようなことも必要でございます。いろいろの点、いろいろの方面の御了解、地元の方々の御同意を得て決定をするということに相なるものと思います。
○久保委員 では、その地元の方々の御同意を得てというのでありますが、これも含めて可能であるというふうに見込んで五、六カ所おやりになっておられるわけですか。
○林(一)政府委員 そのために基本的調査をやっておるのでありまして、その調査が完了しまして、米軍と折衝し、さらに地先の方々の御同意を得るというふうにいたしたいと思っておるのであります。
○久保委員 どうもなかなか御同意というのはむずかしいのではなかろうかとわれわれは思っておるわけであります。そういうことを考え、あるいは土地そのものの条件を考えてみても、先ほどから繰り返し申し上げるように、非常に不可能な問題を持ち回っている、こういうふうに考える。ついては、横田あるいは厚木の飛行機がそういう訓練をしないでも済むような米側に対する申し入れというか、そういう計画変更を要求したことは今日までありますか。
○林(一)政府委員 昨年十一月誤射事件が起こりまして、その直後、その誤射の原因がはっきりするまでは一時演習を中止してもらいたいという申し入れを行ないました。
○久保委員 一時中止じゃなくて、この東海地区は、先ほど申し上げたような誤射事件、そういう事故も頻発している地域であるし、さらに、もう一つは、原子力センターの地域に隣接しているので、そういう意味から言っても、アメリカのそういう訓練はこれは一応変更してもらうというような、変更というよりやめてもらうというような申し入れは今日まで一回もしておられぬのかどうか、こういうことです。
○林(一)政府委員 この水戸射爆場は、一定の使用条件のもとに米軍に施設及び区域として提供しておるので、提供している以上は、その使用を今後やめてもらいたいというようなことは、条約の建前上、政府としてはいたしておりません。
○久保委員 それはちょっと変なことを伺いますね。行政協定の第二条、第二項ではそんなことは言っていませんよ、調達長官。申し出ることは一向差しつかえないのですよ。合意に達することができるかどうかが問題なんです。あなたがおっしゃることは、申し出ることさえ不可能なことになっている。間違いないですか。
○林(一)政府委員 先ほどから申しましたように、返還を申し入れましたところ、代替地の提供がなければ返還には応じないということでございます。代替地がなければ返還に応じないということは、現在の水戸射爆場の地域を、今後現在の使用条件において使用したいという強い意思が入っておるのであります。
○久保委員 それは向こうの御意思でございましょう。しかし、こちらの意思を伝えないというのは片手落ちじゃないですか。非常に何か遠慮した、向こうの言い分だけ聞いて、そうもあろう、こうもあろうということで、これでは正常な外交の態度じゃないです。安保条約が対等だというが、どこが対等ですか。いかがでしょう。
○林(一)政府委員 先ほど申しましたように、私どもとしましては返還を要求しておるわけです。返還というのは、結局、現在の場所が、原子力研究所等もあり、まことに訓練場としては望ましくないところである、早く返還してくれということを強く申し入れをやっておるわけであります。米軍としては、あの訓練場は重要なる基地であるから、これはかわりの訓練場を提供しなければ返還しない、そういう強い回答があるわけです。これは政府と政府間の交渉でございます。別に私どもの方で個々的にやっておる交渉ということではございません。
○久保委員 あなたが一方的にやっているとは言いません。あなたも政府代表、日米合同委員会の代表でしょう。あなたのやっていることは政府のやっていることですよ。そんな変な言いがかりをつけないで下さい。私が言いたいのは、アメリカのこの種の演習場は三沢のあれがあるのじゃないですか。そんなことは別として、言いたいことは、わが方の希望を言わないのか、この演習場をやめて、あなたの方の演習の計画を少し変更しないかというぐらいの要求はしていないのかと言うのです。
○安藤政府委員 私、合同委員会の日本代表をいたしておりますので、この件についてお答え申し上げます。
 那珂湊の事件につきましては、昨年十一月二十日発生いたしまして以来、私は、おそらく十数回となく地元の方方にもお会いいたしておりますし、この問題の解決につきましては地元の方もよく御承知願っておると思っておるのでございますが、私たちは鋭意この代替地の提供によって那珂湊の問題を解決すべく努力しておるわけでございます。
 今、射撃しないようにする要求をなぜしないかというお話でございますが、十一月二十八日、施設委員会におきまして、もう返してくれないか、無条件で返してくれないかという申し出はいたしたのであります。ところが、向こうの方は、やはり代替地がほしいということでございます。そしてまた、一般的に考えまして、米軍がこうして日本の防衛のために駐屯しておる。こういう人たちが、――私は個人的にも数回となく向こうの連中、プライス少将以下に会っておりますが、要するに、こうして駐留しておる軍隊が役に立つためには、やはり日ごろ継続的に訓練していなければ、いわゆる腕がくさってしまうから、そうすることはできないのだ、こういう話までして、やっている次第でございます。くどいようでございますが、正式には十一月二十八日、その前にもやったことはございますが、十一月二十八日には、はっきりと、無条件返還はできないかということを申し入れております。その後の事情はその通りでございます。われわれは、この問題につきましては、良心をかけて鋭意努力している次第でございます。
○久保委員 アメリカ局長の話で、大へん鋭意やっておられるということはわかるのですよ。しかし、それは、先ほど外務大臣に話した通り、ワク内でやっていたんでは切りがつかないのです。なるほど努力はされていますよ。調達庁長官も、できもしないようなことを一生懸命にやっている。私はそう思う。地元の方でもそう思っている。最近は、アメリカ局長のところにも、また外務大臣にも、陳情に行けば今のような御答弁というか話があってやむを得ず帰ってくるようなものですから、もう陳情に行くなと言っているのです。行っても行かぬでも同じだ、こう言っています。御努力なさってもかいのあることなら期待する。われわれは期待できない。
 だから、最後に外務大臣に強く要請いたします。この前にも大平官房長官にこの旨を申し上げて、考えましょうと言っている。きょうは、大平官房長官においでいただくことはできなかったが、外務大臣がおられます。外務大臣も調達庁長官と同じような話ばかりやっておりますが、少なくとも、この成り行きがうまくいくというような考えを持っておる者は、今日だれもいない。実際当面の責任者である方々はそういうようなわずかな期待を持っておるかもしれない。――万が一という。万が一はこんりんざい起こりません。そういうことを考えれば、今の演習の計画変更をしてもらう、そして無条件に返還をしてもらうという交渉を重ねてやるべきではないか。代替地について私はやめろとは言いません。政府はわれわれと立場が違いますから、おやりになってけっこうですよ。しかし、それとあわせて、射爆場の返還のことについては、われわれはどうも了承しかねる。やはり、射爆場については、無条件返還のための努力をさらに重ねてほしい、こういうように思います。時間がありませんから私は以上にしますが、そういうような、代替地を探しますなんということをやっておったって、それはもう、百年河清を待つという言葉がありますが、実際に見込み不可能に近いのではないかと思う。
 最後に地元住民の声を伝えておきますが、結局、われわれ自身は日米安保条約というものを知らなかったが、現実にこういうものだ、しかも、日本の国民がこの条約で責任を負うというならば、全体で負ってほしい、われわれ自身が犠牲になることはもうごめんだ、こう言っておる。安保条約がいいか悪いかは別として、もう返してほしい、この現実の声をやはり率直に聞いて対処をしないと、アメリカと日本の友好というこのきずなもおかしくなってくるということを最後につけ加えておきます。以上です。
    ―――――――――――――
○森下委員長 昨日川上委員の質疑の際要求がありました政府側が出席いたしましたので、この際川上君の質疑を許します。川上君。
○川上委員 きのう総理に質問をしたのでありますが、事実がよくわかりませんので、あらためて出席をお願いしたのでありますが、まず最初に外務大臣にお伺いします。
 きのう私が質問したのは、韓国の金情報部長が日本の公安調査庁関係あるいは内閣の調査室の関係の人と会っておるが、これはどういう用件で会ったのであるかということを聞いたら、総理は初耳だと言われたのです。外務大臣も初耳ですかどうですか。
○小坂国務大臣 初耳です。
○川上委員 外務大臣、何にもお知りにならぬ、それはちょっと妙な話じゃないかと思うのです。
○小坂国務大臣 初めて聞いたという意味は、別に悪いことをしたという意味で言っているわけではありませんで、私が聞いたのは初めてだ、こういうことでございます。
○川上委員 そうすると、知らないということですか。
○小坂国務大臣 知らない。
○川上委員 日本に来て動かれた――スケジュールじゃなしに、動かれたあとの時間表があるのです。十九日の十時四十三分に羽田に着かれて、零時八分に帝国ホテルに着いた。二十日の午前八時五十分に帝国ホテルを出て、九時五分に代表部に着いた。このあと全部時間がありますが、一々言いません。二月二十日の午後零時十四分に代々木の初波奈に着いておられる。午後の一時三十六分まで初波奈におられて、そこを出て三時五十九分に帝国ホテルに入っておる。これは間違いない。外務大臣、これは全然お知りになりませんか。
○伊關政府委員 私も公安調査庁長官と会うという話は聞はておりますが、今回の来訪は非公式の来訪でありまして、私の方はそういう世話はいたしておりません。ただ、代表部の方から大体の予定は知らしてきております。
○川上委員 大体の予定にこれがありますか。
○伊關政府委員 課長が事前に聞いておりましたかどうか、私は存じませんが、私は、事前であったかあとであったか、聞いております。
○川上委員 それは、二月二十日の午後零時十四分の初波奈のころですか。
○伊關政府委員 いつどこで会ったかは存じませんが、ともかく、公安調査庁の長官と会うんだということだけは聞いております。
○川上委員 伊關局長は会うということを知っておったと言われる。外務大臣は何にも知らぬと言われる。それでいいですか。今、日韓会談の問題の最中ですよ。来られたのは、韓国の中央情報部長の金という方なんです。総理に会うというておいでになったのです。事は外交関係で、そのお方が総理にも会わぬうちに治安関係の政府関係者に会うておられる。外務大臣は知らぬと言う。伊關局長は、実際は知っておるのだけれども、知ったような知らぬような情けない答弁をしておる。外務大臣がほんまにこれを知らぬということであれば、私は問題だと思う。こんな外務大臣がありますか。それで実際外交ができますか。知っておるのですよ。なぜそれを知らぬなどと言わなくてはならぬのです。外務大臣、そういう態度でいいと思いますか。率直に知っておると言うたらどうです。
○小坂国務大臣 私は非常に率直な人間で、知らぬことは知らぬと言うし、知っていることは知っていると言います。知りません。
○川上委員 知らぬことを知らぬと言うのは率直です。この問題を知らぬということは、よっぽど間抜けです。どっちにしたって、これは外務大臣の資格も何もない。
 これは公安調査庁の関係の方にお尋ねしますが、だれに会うように言われてお会いになったのでしょうか。この点だけを聞いておきます。これは念のために言いますけれども、日韓会談、国交正常化の問題は国民にとっても重要な問題で関心事ですから、何もこういう問題を根掘り葉掘りしようとはわれわれは思うておらぬ。思うておりませんけれども、重要な地位にある金情報部長がおいでになって、そして公安調査庁の方にお会いになった。それを外務大臣は知らぬというように言われますので、やはりこれは事実のところを承っておかないと、これからの問題もあると思いますので、お尋ねするわけでありますから、根掘り葉掘りではないのですから、お答えをお願いしたい。
○關(之)政府委員 お答えいたします。
 これは藤井前長官が実は個人的な立場でおやりになったことであります。それで、その二十日の日に確かに私と藤井さんが金さんとお会いいたしました。大体お尋ねのような時間と思います。その場所でお会いたしました。しかし、これは、えらいおしかりのような言葉を聞きますが、われわれから見ますと、友人の関係というふうに私は解する。実は、藤井長官が、その前の日でしたか二十日でしたか、おい關君、金君は前から知っていて、おれは昼飯を食おうと思うから、どうだ君一緒に行かぬかと言った。私もそうですかと言って、軽い意味で、日本をたずねられたから、友人としての儀礼的な意味でお会いになった。そういうことで、会談の内容も十分私は承知しておりますし、決して、おっしゃるごとき何ものもそんなものはない。やあよかった、お互いに健康を祝し合って話をしようということで、わずか一時間か一時間半の時間で、事前にだれに連絡されたかどうか、藤井さん御自身がおやりになったことで、私は存じません。
 次第はかくのごとくでございます。
○川上委員 あなたはお会いになっておるのですか。
○關(之)政府委員 私も、先ほど申し上げたように、会いました。私と藤井長官と二人で確かに会いました。
○川上委員 何か個人的に会ったとおっしゃいますが、予定表がある。この予定表は必要があれば出しますよ。事前にできておる。ちゃんと警察が持っています。この予定表を外務大臣が知らぬはずはない。プリントになっておる。はっきりしておるのです。それを、その直前にちょっと話があったからというようなこととは考えられない。そういうようにおっしゃるところに、私は問題の焦点があると思う。
 また、個人的な話し合いとおっしゃるが、日韓会談の問題についての事柄が、政府としても、国民にとっても、広く言えば国際的にも問題になっておるそのときに、相手のお方は韓国の中央情報部長です。お会いになったあなたは日本の治安関係の政府機関であります。個人的に勝手に会えますか。そんなことをしておいて、これは官吏としてあるいは官庁としての義務がある。上司にも何も言わない、上からの指示も何もない、しかも、政治会談の下打ち合わせという形で来ておる韓国の高官と個人的に会うたんだから、何もどこにも言わないし、許可も得ない、こんな例はありません。官吏としてありません。官庁としてない。外務大臣は、そんなことが勝手に行なわれて――これは政府から言うたら賓客です。総理がお会いになるという韓国の高官なんです。そんなことを勝手にさしてよいのですか。そういうことができるはずはないと思う。もしそういうことができるなら、日本の官庁の規律というものは、勝手ほうだい、あるいは全くない。さすがに小坂外務大臣もそんなのうずらな政治をしてはおられぬと思う。これで下級官庁の統制、指揮命令、監督ができますか。この点どうですか。外務大臣と關さんにお尋ねします。
○小坂国務大臣 金さんは、これは個人の資格で見えて、政府の賓客としては扱っておりません。従って、私どもは、会いたいというお話があったから会っただけで、その他のことについては、これは個人がどういうふうに動かれようと、日本はそういうところは自由に認めているわけであります。
○關(之)政府委員 私はもちろん公務員であります。公務員でありまするが、やはり人間としての基本的権利を有するものと私は確信して疑いません。従って、藤井長官が友人としてお会いになるということは、もとより決して差つかえないことであり、むしろそういうことを制限されるということが私には異様な感じがいたすわけであります。もちろん、時期その他は考えようがありましょうが、非常にお忙しいようであって、もう昼きりあいていないのだというお話を聞いたので、それで昼飯を御一緒にいただいたというだけのことでありまして、そんなこと自体がわれわれの職務違反である、権限の違反であるというような、そういうことに至りましては、私もどうも全く理解いたしかねます。藤井さんにしろ、また私自身にしても、それだけの、お友達に会うだけの自由はそこに持っておる、そういうことは何らどこからも制約を受けない自由なものである、こういうふうに私は考えております。
○川上委員 それでは、あらためて今後のために伺っておきますが、長官は勝手にお会いになったのですか。上司にも何の連絡もなしに勝手にお会いになったのですか。
○關(之)政府委員 その点について、長官がどうされたかは、そういうお尋ねがあって初めて――私もそういう上に申し上げたとかいう問題はまだ聞いておりませんが、おそらく長官御自身の御判断で、友人と会うという、私と同じような気持で、それだけのことは自由である、こういうお考えで会われたものと私は思っております。
○川上委員 これはあまり時間をとってはいかぬと思いますから率直に言いますが、そういう答弁というものはおかしいですよ。日韓会談のまっ最中で、これは個人的に来たと小坂さんは言われましたが、政治会談を一度やろうという話までしておるのです。個人にそんな話ができますか。ふらっと遊びに来た、物見遊山に来たような人に、日韓会談の政治会談の日取りくらいまで話し合ってみよう、これができますか。できっこないです。これは当然韓国政府の要人、韓国政府の枢要な地位を占めておる方の来訪だと思って受けておったのに、いわんや、それのみならず、この重大な政治会談についての打ち合わせをしておるのです。およその日取りまで相談しておるのです。これが一旅行客ですか。こんなことを外務大臣言うちゃいけない。それから、公安調査庁関係の方でも、――私も長いこと役人をしておりました。私の役人生活は相当長い。そういうお客が来て、総理大臣にもまだ正式に会わぬうちに個人で会うというような場合に、上司に黙って会うというようなことは絶対にありません。法律にどうあるか、規則にどうあるかという問題じゃないです。公務員、官吏としてのあたりまえの常識です。黙って会えますか。
 そこで、私はその問題についてはこれ以上聞きません。これは今後の日韓会談に対するわれわれの質疑の材料にいたしておきます。小坂さんのお知りにならぬという問題についても、きょうはこれ以上時間がありませんから聞きません。しかし、これはあとで絶対に問題にしますから、これだけは一つ覚悟しておいて下さい。
 次に聞きたいことは、個人的と言われますが、どういう要件でお会いになったのか。どういう話が出ましたか。
○關(之)政府委員 私もそばにおりまして聞いておりました。どうも、俗に言うこれはプライバシーの問題で、ここでこういうふうに申し上げることも、藤井さんのためにもいかがかと思いますが、要するに問題はそんな問題なのです。それじゃ御満足になりませんでしょうから、ちょっとお話をいたしますと、まあ、南を回って来られたからその話、また、うちの前長官は大へん健康の方法に詳しい方であって、金さんが、私も大いに健康法がほしいが、あなたはどうかと言って、長々と健康の話が出ました。大体そんな話でありまして、何か川上委員のおつむにあるようなことは全然出ない。要するに、一時間かそこら話をいたしまして、全くその間、友人として、知り合いとしてのお話でありました。こういうふうに御承知をいただきたいのであります。
○川上委員 逃げ腰をだいぶ研究してきたようですね。そうすると、こちらからそこでお会いになった方々と、それから、金さんの方の側からその会談に御出席になった方たちの名前を知らせてもらいたい。
○關(之)政府委員 こちらから私がお供し、向こうから案内の人が一人来ました。
○川上委員 韓国の情報部の第二局長は来ておりませんか。
○關(之)政府委員 おりません。
○川上委員 もしあとから来ておったということが明らかになったら責任を持ちますか。
○關(之)政府委員 もちろん責任を持ちます。
○川上委員 その話の内容で、南ベトナムに関する話が出ましたか。
○關(之)政府委員 南の方を回られてきましたから、私も詳しいことは覚えておりませんが、回られた先々の状態などについて、やはり気候の状態とか、今のような問題で話が出たことがあります。
○川上委員 日韓会談を機会に国交回復をしようとしておる。これには国民のいろいろの思惑もあるし、反対もある。その時分に、韓国の情報部長と、こちらのお会いになったあなたは公安調査庁の次長なんです。何を聞いたか忘れてしまった、こんなことを国民が聞いたら笑いますよ。重大な治安問題じゃないか。しかも、金さんは、ベトナムに行って、あそこの状態、治安の状態その他を調べてきたんだ。その話をしているのだ。忘れましたか。忘れましたと言うのは、これは相手にならぬ。知らぬ存ぜぬ、これを忘れたというような答弁それ自体が全くあやしい。そう言われても仕方がないと思う。クーデターの話が出ましたか。
○關(之)政府委員 そのときは私は記憶はありません。クーデターの話は……。
○川上委員 日本のいわゆるクーデターですよ。
○關(之)政府委員 そういう話は出ません。
○川上委員 もう一つ聞いておきますが、例の日本のクーデター問題で、韓国の軍人その他が九人逮捕されている。これは対馬の厳原で日本の警察に逮捕された。それが韓国の軍事裁判にかかっておる。こういう事件がある。あなたの方は治安関係。来た人は、これは情報部長。この問題の話が出ぬはずはない。これは日本の対馬で逮捕された韓国人なんだ。これが韓国で裁判を受けている。この問題は日韓会談の裏にある一つの問題として非常に重要な問題。この点について、公安関係のあなたは、話もしなかった、話も出なかったとおっしゃいますか。
○關(之)政府委員 えらい恥を申し上げるような話ですが、あなたのお話において初めてそういうことを実は知りました。そこでは全然そんなものは出ておりません。
○川上委員 その事実を初めてお聞きになるのですか。
○關(之)政府委員 そうです。
○川上委員 あなたは公安調査庁の次長ですよ。新聞に一ぱい出ているじゃないですか。これを知らぬですか。
○關(之)政府委員 詳しいことは今のあなたのお話でそのいろいろなことを知ったわけで、そんなことがあったということは一部新聞を見て覚えておりますが、いろいろその詳しい事情は今初めて伺った、こういう意味で申し上げているのであります、
○川上委員 これは、日韓会談を前にして、例の日本のいわゆるクーデターといわれるあの事件は破防法でやっておるんだ。その事件に関連をして、対馬で韓国人をつかまえておる。その韓国人が韓国で裁判される。それを公安調査庁は何も知らぬ、こんなはずはないし、こういう答弁はきわめて無責任で、実際に質問する者をばかにしておる答弁だと私は思うのです。ほんまに知らぬのなら、それは公安調査庁というものは全く無能なんですよ。そんなはずはない。日本の公安調査庁というのは、そういうことをする仕事についてはなかなか世界でもたけておるのだそうだ。それが知らぬ存ぜぬ。新聞にも何にも一ぱい出ている。事実を出せと言えば何ぼだって出しますよ。これを知らぬというはずはない。しかし、この知らぬという問題については、私はこれはあとに残します。こういう話は出なかったという、この返事だけ聞いておきます。この話については何も出なかった、こう解釈してよろしいですね。もし出たということがあったら、――きょうじゃありません、時間がないから。責任持ちますか。
○關(之)政府委員 出ておりません。
  〔岡田(春)委員「身柄関係はどうなんだ、おかしいぞ、日本でつかまったのがいつの間に行っちゃったんだ」と呼ぶ〕
○伊關政府委員 今、岡田委員から……。この対馬の厳原でもって日本人、韓国人合わせまして何名か密輸事件でつかまっておるわけであります。それから、韓国でもって、釜山で何名かつかまっておるわけであります。この両事件が関係があるかないかということを今調査いたしております。警察の方からわれわれに対しまして調査してくれという依頼がございまして、韓国代表部を通じまして、この両方の事件に関係があるのかどうかということを今調査しています。ですから、こちらの方のつかまっているものが向こうへ連れていかれたというのではありませんで、二つの事件があるわけで、向こうは向こうでつかまっている、こっちはこっちでつかまっているわけで、別口です。背後は関係があるかないかということで、今調べておるのが実情でございます。
○川上委員 その問題については、これは重要な問題ですし、あなたの今の答弁は内容が違います。しかし、これはきょうの論議じゃありません。これはきょうは公安調査庁の方が会われたか会われなかったかだけで来てもらっておるのでありますから追及しませんが、伊關さんの今の話は違います。われわれはもっと証拠を持っております。この点についてはあとでやります。
 その次に、一つ外務大臣に伺います。韓国とは正式の外交関係もない。その外交部長が日本に来られた。その主たる職務は、理屈のいかんにかかわらず、日韓会談の問題、同時に政治会談の問題なんです。そういう外客と言いましょうか来客が総理にも会わぬ、あなたも何にも知らぬ、個人だとかなんとか言いますけれども、治安当局にまず会う。そういうことが正当だということをわれわれはどうしても発見することができない。何のために、理屈を個人とつけるかどうか別として、韓国の情報部長が日本の治安当局となぜ会談しなければならないか。しかも、池田総理の会談の前、あなたが会談なさる前なんだ。これを外務大臣どう思いますか。あたりまえのことだと思いますか。理屈の上では、それは個人で会うたのだからと言えば理屈が立つかもしれませんが、政治というものはそんなものではありますまい。非常にデリケートな状態になっておる時分に、あなたとしても、総理としても、治安当局と韓国の情報部長と会うようなことは非常に誤解を招くし、これは一つ考えなければならぬとお考えになるのが政治のあたりまえの筋道だと思う。幾ら個人だと言いましても、国民は個人だとして受け取りませんよ。韓国の情報部長が来て治安当局にまず会うた、こういうことになっておる。これに対しては明確に外務大臣はお答えになっておかぬと私は困る。
○小坂国務大臣 非常に深刻に考えておられるようですが、私ども実はそう思っておりませんのです。金さんが日本へ来ましたのは、東南アジア旅行をしてその帰り日本に立ち寄るから、かねて尊敬しておる池田総理大臣並びに小坂外務大臣に会いたい、こういうことでございまして、私どもとそれは会いました。実はそういうことでありますから、私どもも、せっかくお見えになったのだから、外務省の幹部一同でお会いしましよう、ここにおられる政務次官と、それから伊關アジア局長、それから杉さんもちょうど来ておられましたから杉首席代表も会っていわゆるコートシー・コールで、世間話をして、敬意を表して向こうは帰られた、そういうことでございます。池田総理との会談も、そういう趣旨で敬意を表したいということでございますから、私もそのように考えておるわけでございます。その前に藤井さんに会われたのがどうか、關さんに会われたのがどうか、こういうことでございますが、これも、先ほどお話しにあったように、かねて旧知の仲である人たちをたずねるということでございますから、これはそのくらいの自由は当然あっていいことだと思います。これは日本のいいところではないかとむしろ私は思っております。だれでも自由に会って、だれでも自由に歓談をする、これが新しい日本のいい行き方だ、こう思っております。
○川上委員 それが日本の一番悪いところではないですか。当面の状況のもとで情報部長と日本の治安当局とが治安の情報を交換している。――総理に会わぬ前に。あなたなんかは率直に言うたら陪食になっている。第一にあなたに会うと言うて来ておりゃせぬのだ。第一にだれに会うたか。治安当局に会うてるじゃないか。しかも、南ベトナムに行って、その他のSEATOの国々をぐっと回って、この金さんはどういう人か。中央情報部長。情報部というのは何をしておるのかということはわかっている。それが外交の問題、日韓会談の問題について使命を持って日本に来ておる。ところが、実際には治安当局と情報交換している。外務大臣はこれは知らぬと言う。ほんまに知らなかったら、これは冷飯だ。また、お会いになったのもしまいの方である。私は順序が違うておると思う。少なくとも、総理に会うなら、その足ですぐ外務大臣に会うべきです。それをやっていない。ここのところに何があるか。金さんという人は治安情報交換に来ているのではないか、こうみんなが考えても、私は言いのがれができないと思う。そういうところが日本のよいところだと言うが、一番悪いところなんです。
 さらに、ついでに聞くが、内閣調査室の方ではお会いになったのでしょうか、どうでしょうか。この際にこの点を聞いておきます。
○古屋説明員 お答えいたします。私はお会いをしておりません。
○川上委員 内閣調査室の方では会ってはおらぬとおっしゃいますから、これはこの際はそのまま承っておきます。私の方ではお会いになっておると考えておりますが、しかし、これはもうちょっと調べないとはっきりと言えぬところがありますから、あとに残しておきます。
 問題は、私はこれ以上何も言いませんが、日韓会談を進めるこういうような時分に、ここに外務大臣もおられるしアジア局長もおられるが、金さんのような方が日本に来て総理に会うという場合、スケジュールには内閣調査室長に会うことがあるんですよ。おらないと言われるから、それは調べてあとから私は言いますが、予定表には時間までちゃんと出ておるのです。こういうことがあたりまえのことだとお考えになるかどうか。日本の治安関係者と韓国の治安関係者が情報交換をやっておる。それと同時に総理にも会ったものだと思うのですが、おそらく、答弁は、そんなことをしてはおらぬと言うにきまっているだろうと思うのです。そうでしょう。答弁を聞きません。この問題はあとへ残します。これは重要な問題が残っておる。
 さらに、日本のいわゆるクーデター事件といわれる問題にも日韓会談の底流れの問題が一つある。これには密接な関連があるのです。これほど複雑きわまるものはない。さらにもっていって、これは時間がありませんが、きのうの私の質問に対する政府の答弁の中でも重大な問題が残されておる。これはお考えにならなければいかぬ。韓国で今軍事裁判が行なわれておる。この軍事裁判をめぐって、アメリカの連合国としての指揮権と韓国軍の指揮権の問題について混乱か起こっておる。きのうの御答弁では、アメリカの考えではなくて、韓国の考えを支持しておられる答弁になっておる。これは日本に来る韓国軍用機の問題です。この点については、答弁はアメリカの考え方の基礎に立っておられません。韓国が今言うておられる基礎に立って御答弁になっておる。これは、政府としては、アメリカとの関係、韓国との関係もありますので、これをはっきりさせなければならぬと私は思う。その問題についても、きょうはその時間でありませんから、私のお尋ねするのはこれで終わります。外務大臣、よほど腹をきめて出席して下さい。
○岡田(春)委員 関連して……。
 伊關さんにちょっと伺っておきたいのですが、この金鍾泌という人が来るというわけで、池田総理に会いたいということの連絡があったのは、金鍾泌が東南アジアに出発して、日本の羽田に着いて一泊をして、すなわち二月の三日から四日にかけて泊まったのですが、そのときにあなたの方には連絡があったでしょう。そのときに連絡があって、池田さんに会いたいというので、それからスケジュールができたんでしょう。ですから、伊關さんは事前に知っているわけじゃありませんか。
 それから、もう一つ、その関係は、伊關さんのところには、おそらく金鍾泌から直接じゃないでしょう、代表部、それからアメリカから連絡は来ているでしょう。というのは、金鍾泌は三日の夜にアメリカ側に会っているのですよ。その関係ははっきりしているはずですよ。お調べ下さい。今答弁してもらわなくてもいいから。
 そういう関係があるのと、この前金鍾泌が帰るときに何で帰りましたか。民間機で帰ってないでしょう。立川から帰っているでしょう。そういう関係も、今おわかりにならなければ、あとで調べて下さい。
○伊關政府委員 帰るのは羽田から帰ったわけであります。
○岡田(春)委員 私の言のは、この間じゃないのだ、この前来たとき、去年の話です。
○伊關政府委員 あのときも羽田じゃないかと思います。
 それから、金鍾泌がいつ連絡してきたかというのは、たしかここへ寄ったあとだと思いますが、代表部から私の方に来ております。それは別に大して問題じゃないと思っております。
 それから、もう一つ、金鍾泌の予定は大体二十日の夜着く予定になっておりましたが、飛行機の都合で変更になって、前の日の十九日に来た。そこで一日あいたのです。一番先に総理に会いたいということでしたが、一日早く来たというような事情でございます。
○森下委員長 二時十五分より再開することとし、休憩いたします。
   午後一時四十九分休憩
     ――――◇―――――
   午後二時二十四分開議
○森下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 国際情勢に関する件について質疑を続行いたします。西村力弥君。
○西村(力)委員 私はドミニカの移民の問題についてお尋ねをしたいと思います。この移民問題は決算委員会でだいぶ真相について検討したわけなんでございますが大臣がおいでにならなかったので、きょうは幸いの機会でありますのでおもに大臣に対してお尋ねしたいと思います。
 その前に、ちょっと事務当局にお尋ねしたいのは、現在まで第四次の引き揚げ三百五名、こうなっておりますが、それに引き続いて今後の見通しはどういう工合になっておるか、それを一つ事務当局から伺いたい。
○高木政府委員 この次は二十一家族が三月五日に入港いたします。人数は九十九名でございます。そのあとは、五十二家族、二百二十四名が入る予定でございます。
○西村(力)委員 そうすると、今度の帰国予定がこれできまったとしましても三百二十三、前回までのが三百五ですから、六百幾ら、こういうことになるわけですが、総数の大体半数近くが帰国するということになってしまう。それで、そのあとは南米転住の希望者は現在どれくらいおるのか。それから、その五十二家族の第六次の引き揚げが終わっても、移住振興会社あたりからの金を借りてその処置ができないために、帰国したいと思っても帰国できないというような人が残っておると聞きましたが、まだそういう人が残るのかどうか、その見通しはどうですか。
○高木政府委員 移住会社の融資が払えないから帰れないという事実はないようでございます。
 それから、帰るのは、今度の二十一家族と五十二家族、これが大体最後だと思いますが、まだ若干増減はあると思います。と申しますのは、一部は帰る予定の者もまたそこへ定着するというふうにせられた人もありますし、新たに帰ることになられた人もあるようでございます。それから、これ以外に、パラグァイへ四家族、ブラジルへ一家族、ドミニカからまっすぐ転住するということが決定いたしまして、それ以外の人につきましても、今ちょっとわかりませんが、もう少し出るというふうに思っております。
○西村(力)委員 それで、南米に転住される人を含めるとほとんど半分ということになって参っているわけなのでありますが、こういう事実を大臣も相当御心配だろうと思うのです。このことは日本の移民史上かつてない重大な問題であるということは言うまでもないことであると思うのです。この苦々しい体験を通して私たちはこれから新しい方法を考えていかなければならぬわけでございますが、こういう移住行政の最高の責任者という立場で、大臣はこのドミニカ移民の引き揚げの問題に関していかなる考えを持っていらっしゃるか。これは言葉の言い回しや何かではなく、率直に一つお話しを願いたいと思うわけなのです。
○小坂国務大臣 ドミニカの移住の問題は、全く、仰せの通り、われわれにとって非常に貴重な教訓と考えております。こういう失敗を二度としないようにせねばならぬ、こう心にかたく考えておる次第でございます。あの当時、昭和三十一年当時の状況をお考えいただきますと、とにかく日本が戦争に負けて長い間の占領を受けて国民は非常に窒息するような思いでおったわけですが、そこへ、移住ができる、それも補助金もついているというようなことで、非常に浮き立ったと申しますか、そういうことで大量の移住者がドミニカに行った。しかし、志半ばにして、非常に残念なことですが、半数の方が帰国されねばならなかった、こういう事情でございますので、私どもも、あえて、これは初めてのことでございますが、国援法を適用して、その方々を故国に迎え入れるこの手当をとったわけでございます。いろいろ今後のことについてもこれから御質問があると存じますが、私どもは、結局、今後の移住政策というものをほんとうに真剣に考えねばならぬ、それには、まず第一に、国内の諸官庁の間で非常に関係する省庁が多いわけでございますけれども、やはり責任の所在というものを明確にすることが必要だ、いろいろな機構の問題もございましょうけれども、やはり、それよりもまず現在ある諸官庁の間で責任を明確化することが必要だというふうに考えております。その点については、農林省の当局は最も関係の多い省であるわけでありますから、よくお話をいたしまして、やはり、受け入れ国の問題が非常に重要であるのだから、これは外務省の責任において十分調査をやろう、こういうことを申し合わせておるのでございます。もちろん、農業移住者が多いわけでございますから、その地点における実情等については当然専門家の調査をわずらわさねばなりませんが、外務省の責任において農林省にお願いをして、それらの方々に十分調査をしていただく、こういう措置が必要だと考えておるわけでございます。
 それから、全般の問題としまして、やはり、ある程度条件のよい土地に移住者の方々が行かれる必要がある。たとえば条件のよい土地を買うという方向をできるだけ考えていかなければならない。それについては、そこの調査員も、資金も要るであろうし、そういうことをもっと幅広に考えていきたいということも一つでございます。ただ、基本的に移住に対する考え方といたしまして、全部国の責任で移住者を送るのがいいか、あるいは移住者自身の考え方に基づいて国ができるだけ援助するという方向をとるのがいいか、私はその後者をとりたいと考えております。やはり、受け入れ国の事情といたしましても、日本の国が全部人ぐるみ送り込んできたというような感覚は、どうも今日の国際情勢下においてはマッチしない考え方じゃないか、こんなふうに考えますし、その土地に行って相当な社会的な活動のできるようないわゆる中産階級と申しますか、相当の健全な経済活動のできる人たちを、たとえば技術を身につけておる、あるいは特殊の教養を持っておるとか、そういうこともあわせ考えまして、大いに質的な面で移住というものを伸ばしていく、これも今日において考えるべきことじゃないか、そんなふうに考えている次第でございます。
○西村(力)委員 反省としまして責任の帰属ということを明確にしなければならないということを仰せられましたが、現状においては明確を欠く、こういうことなんですか。そのことは従って外務省の全責任ではないんだという言い方に通ずるものかどうか。私は、そこのところは、何といったって、やはりあなたは外務大臣として、おれの責任だ、この際はっきりそういう立場を明確にして、そういう立場から、今回のそういう失敗に至った諸原因というものを徹底的に究明して新しい行動を生み出すという工合にいかなければならぬのじゃないか。ですから、外務省の責任であるということ。これは、行政機構上いろいろまた画然としないような点がある、そのことが障害になっている現状というものも私たちは考えますけれども、しかし、何といいましても、それだからといってお互いに責任のなすり合いをしたってどうもならぬです。これはやはり外務省の責任だとはっきりこの際言明してもらわなければならぬ。そういう明瞭な答えを私はほしいと言っている。
○小坂国務大臣 私ども、この内閣へ入りましてから、ことに今度の内閣になりましてから、農林省との間にそれは明確に話がついております。従来、御承知のように、地方海協の予算、これなどは農林省へついております。これを今年度の今御審議願っておりまする予算からは外務省の所管として一本化してもらったわけでございます。この点について、今後は絶対に外務省の責任でございます。さような態度で参りたいと思います。
○西村(力)委員 そういう答弁では、これからあとはおれが責任をとる、今のところは帰属が不明だ、こういうことでは問題の本質解明にもなりません。非常に好条件を提示されて、自分の財産はほんとうに捨て売り的にやって希望を持って行った。帰ってきた者も裸一貫で帰ってきている。そういう人々もある。ですから、こういう現状を考えますときには、もっとはっきりした責任の帰属ということを明確にしてもらわなければならないと思う。
○小坂国務大臣 従来の反省ということで申し上げたのでございまして、従来はその責任の帰趨はやや明確を欠いておった点がある、こういう趣旨を申し上げたわけでございます。この点は西村さんもおわかりいただけるかと思うのであります。これは、全般的に申しまして、しからばお前は責任を回避しておるか、こういうことでございますれば、私は責任を回避いたしません。移住問題は、従来のものも私の責任においてできるだけのことをしていきたい、こう思っております。
○西村(力)委員 外務省の責任であるということを肯定されたそういう御発言、そういう態度をとられようということで、はっきりその責任はおれにあるのだ、こういうことを仰せられたのだ、私はさように了解しますが、よろしゅうございますか。
○小坂国務大臣 そうおっしゃいますと、私の方は、これは移住業務についての責任は外務省にある、こう正確に申し上げなければならないと思います。
○西村(力)委員 まあ移住業務というのは国の施策でありますから、それを責任を持ってやるのであるから、やはり外務省の責任だ、こういう工合に言ってしかるべきだろうと思うのです。
 それで、そういう点から言いますと、農林省の橘参事官にお尋ねしたいのですが、この移住の執務提要ですか、テキストですね、ああいうものに、商業宣伝のごとくやろうというようなことを言っておる。ああいうことは改正されてはどうか。真実を少しゆがめておる。みんなが飛びつくように繰り返し繰り返しやるべきだということがあそこに載っておるのです。ああいうことで大事な日本国民を外国に送るというようなことは、これは好ましいことではないと思うのです。ああいうことはやめたらどうか、こう思うのですが、どうですか。
○橘説明員 募集の要綱自身につきまして、表現が正確を欠いたというような点がございました。ということは、前に別の委員会の機会にも申し上げたことでございますし、その海外協会の募集の仕方につきましても、海外協会の出しました出版物の中に穏当を欠くような、今申し述べられましたように受け取られ得る表現の点がございましたという事実はございますが、現在のものは、そういうものを考えを改めまして削除いたしております。そういう点は今後とも厳に気をつけて参りたいというふうに思っております。
○西村(力)委員 移住行政の責任者の立場に立ちまして、こういう失敗に至った責任は外務大臣にあるのだ、そういう立場から、こういう結末を見ざるを得なくなったいろいろな契機とか原因ですね、そういうものはいろいろあるわけですが、これについてはどういう工合にお考えになっていらっしゃるか。こまかい点はおわかりにならぬかもしれませんが、これは重大な問題ですから、いろいろ決算委員会、農林水産委員会等で論議になったこともお聞きになっておることもあるのじゃなかろうかと思うのですが、こういう結末に至った原因についてどう考えていらっしゃるか、これは大臣から一つはっきりお答えを願いたいと思います。
○小坂国務大臣 すでにいろいろな機会で御質問があったようでございますから、お聞き取りいただいておると存じますが、基本的には、やはり、カリブ海をめぐる国際情勢の変化、それから、トルヒーヨ政権をめぐるドミニカ国内の事情の激変、これが一番大きなことだと存じておるのであります。その他、非常に希望を持って行かれた方の御希望に沿うように十全の状態がなかった、こういうことはあると存じますが、いずれにいたしましても、私どもは、今後やはり受け入れ国の事情というものをもっと十分に外務省の責任においてしっかりと把握していかなければならない、かように考えます。
○西村(力)委員 いろいろ論議されておりますので、この際また繰り返してやることをあまり好みませんけれども、やはり、慎重さを欠いた、事前調査が不十分であったというような点、これも大きな問題であろうと思うのです。それにもう一つ加えまして、ああいうドミニカをめぐる情勢というものもあるでしょうけれども、そのドミニカをめぐるいろいろな情勢の変化がそうせしめたというような工合に客観的な立場でその問題を見るということよりも、原因の一つに、外務省自体の反省として、ドミニカの独裁、三十一年もトルヒーヨの政権が続いたが、そういう極端な独裁政権というものは米州機構においても現在どうなっているか、だんだんと独裁機構がくずれ去っているという現状、これは国際的な世界的なものでありますが、そういう状況を知りながら、トルヒーヨ独裁政権が彼の言うがごとく長く安定した形でいくなんという工合に甘く考えて、トルヒーヨ元帥の言うことを全部受けて移民を送ったということ、こういうようなところに相当問題があるのではないか。だから、外務省自体の反省の項目として、トルヒーヨ独裁政権というものが非常に危険な状態に今進んでいるということに対する分析というものが不十分じゃなかったか、こういうことは考えられませんか。このことは、私はここでつけたりみたいに言いますけれども、日韓会談とか何とか先ほどから問題になりましたが、独裁的なそういうものと結びを持って、ドミニカの移民が独裁政権をたよりにしてやったというところに失敗があった、こういう反省をするならば、日韓会談というものも相当警戒しなければならぬのじゃないか、これはつけたりですが、そういう感じを持つのです。ドミニカ移民の失敗の反省から、世界の情勢の動きというものを考えるときに、これからの日本の外交の行き方というものも十分にその点は考慮せらるべきである、こう考えるわけです。そういう点はどうですか。米州機構の中に現在独裁政権が相当あることはあるのですが、それが次から次に民衆の反撃その他によってくずされていくという現状、そういう現状を知りながら、ドミニカのトルヒーヨ独裁政権というものに何らの批判検討というものを加えなかったところに外務省の一つの手落ちというものがあるのだ、意識的ではないにしても手落ちであったという自己批判をしなければならぬのだ、そういう反省はないのかということなんです。
○小坂国務大臣 その移住地の政体に対する分析、これも、おっしゃるように、必要だと思うわけでございますが、その当時中南米におきまして相当独裁制の国が多かったわけでございます。たとえば、ブラジルではヴアルガスが独裁、あるいはアルゼンチンではペロンが独裁ということで、政体が変わっていくごとに政権が変わりつつあるわけでございます。トルヒーヨの政権が独裁であった、それはその通りでございまするけれども、一番問題は、独裁であったかどうかということではなくて、ベネズエラの革命に端を発して、これに若干トルヒーヨ一族が関与したというようなことから米州機構からボイコットを食った、こういうような事情が出てきたわけでございまして、その政権それ自身がどういうことを考えているかということを分析することは必要でございますが、これは何といっても外国のことでございますから、しかく簡単明瞭には、この国内事情そのものも複雑なわけでございまするから、なかなかむずかしい点もあるわけでございます。しかし、基本的に申しまして、補助金がもらえるというようなことで考えまする場合に、そういう条件を非常にいい条件と考えるか、あるいは条件が悪いから補助金を出すというふうに考えるか、その辺の分析はいろいろしてみようもあろうかと思います。しかし、問題は、あとになっていろいろ気づくことも多いわけでございますが、われわれとしましては、今後は十分移住地の諸環境というものに対して精査をして参りたい、かように思っておる次第でございます。
○西村(力)委員 南米各国が独裁的な政権として当時どういう工合にあったか、それがどう変化していくかということについては、私は詳しい知識を持っておりません。一冊の本を借りてずらり見てはおりますけれども、専門でありませんのでわかりません。しかし、どうしてもやはり、そういう点の検討が十分になされるべきであった、こういう批判を私たちは持つ。今後はそういう点を十二分に検討することが必要であると思いますので、そういう意味でこの問題を一つ提起しておきたいと考えるわけなんです。
 それで、その次に問題にいたしたい点は、向こうの移民の諸君の帰国したいという意思表示は、この前の審議では、トルヒーヨ元帥が昨年の五月三十日ですかに殺された以後の政情不安や何かさまざまなことで帰国の意思ができたということは違うのだ、そのずっと前から帰国したいという意思を表示しているのだということで、高木移住局長のお話はそれでくつがえったわけでございましたが、そういう工合に、トルヒーヨ政権の倒壊以前から、その苦しさに耐えかねて、そして大使館にいろいろ救助、援助方を頼んでも、ここは金貸し業じゃないんだ、こう突っぱねられる、こういうようなことで、取りつく島もなく、やはり帰国する以外にない、こういうことでやったわけですが、そういう帰国希望を大使館を通じてやったけれども、どうにもらちがあかぬものだから、直接あなたにその移住者の救出方お願いに関する嘆願書を出しておるのです。何回となく出しておるのです。こういうのはあなた自身の目に触れましたかどうか。これは大使館にとどまっておったのか、本省まで来たのか、本省まで来ておればあなたのところまで届いたのかどうか。私たちは、この点は事務的な手続が不十分であったというような工合に片づけるわけにはいかぬと思う。知らぬ他国に行って食うや食わずの状態に追い込まれて、最後の救出を本国の大臣に要請したが、それが通じないということになれば、これはただ単に事務的に不十分であった程度では済まされないことでありますので、これはどうなんですか。
○小坂国務大臣 三十五年の六月ころからこの移住者の諸君から郷里へ手紙が行っているということは聞きましたので、こちらから小長谷大使に指令をいたしまして、この指令を受けまして大使が移住地を視察して回ったというようなことはやっておるわけでございます。
○西村(力)委員 それは、小坂さん、あなた自身それに目を通されたのですか。
○小坂国務大臣 これは、私のところに来たものもありますし、全部が全部来たとは申しませんが、移住局長の方には少なくとも行っております。
○西村(力)委員 移住局長まではどのくらい来ましたか。それはここにその写しがありますが、あなたのところには何月何日に来たという工合に言って下さい。それは文書受付簿があるはずですから。
○高木政府委員 相当の数来ております。ただ、来ておりますのは、すでに昭和三十五年六月ごろから移住者が郷里へ出された手紙が、外務省へ直接でない前にわれわれの方に入ってきましたので、三十五年の国際情勢は非常に悪うございましたので、これは相当注意をせなければいかぬということで、小長谷大使に訓電いたしまして、移住地を大使自身親しく視察するように、そして移住者の実情を報告するようにということを申し入れまして、その結果、大使が十月と十一月、二回に分けて全移住地を視察いたしまして、その報告が三十六年の一月に詳しく来たのであります。その大使が移住地を回られたときに、天皇の名代とか何とかいう話がありましたが、こういうものに対して一々われわれの方から直接移住者に返事をするということは、出先公館自身の施策に影響を与えるのみじゃなくて、好ましくないので、むしろ大使館を通じて処置すべきであるということでずっと処置してきたわけであります。
○西村(力)委員 小長谷大使からの報告書じゃなく、じかに、ハラバコア日本人会、ネイバ地区日本人会、そういう諸君が大臣に直訴したこういう書類が届いておるか、それを大臣は見られたかということなんです。
○高木政府委員 一部は大臣に行き、一部は局長あて来ておるわけであります。
○西村(力)委員 いつ来たかわかりますか。
○高木政府委員 われわれの方に直接参りました一番最初は三十五年の十月、つまり、小長谷大使が現地に行かれたあとの手紙であります。
○西村(力)委員 ですから、この前参考人として引揚者を呼んだときには、高木局長のトルヒーヨ元帥の政権が倒れたあと引揚運動が出たというようなことはうそだというようなことを言われた。こういう参考人の言い方は、今あなた自身は三十五年からもうそういう嘆願書が来ていると言うのですから、これは明らかにそういう引揚者の言を認められたことになりますから、あなたは前に答弁されたああいう言い方は取り消さなければいかぬと思う。
○高木政府委員 西村先生は誤解をしておられると思うのです。私はトルヒーヨの暗殺が理由であるとは一言も言ったことはございません。むしろ、そういうことではなくて、ドミニカをめぐるカリビア海の政情の変化がドミニカの財政経済に及ぼした結果でありまして、それはこの前も申し上げましたが、一番最初、昭和三十四年の六月にキューバの侵入軍がドミニカへ入ってきまして、三十四年の暮れにベネズエラとキューバとの間にドミニカの関係が悪くなり、そしてそれが影響いたしまして三十五年の八月にラテン・アメリカ諸国から国交断絶、経済封鎖をされ、これが一番大きくドミニカに影響し、移住者の生活に影響しているのであります。それで、トルヒーヨが死にましたのは昨年の五月でありまして、ずっとあとのことであります。
○西村(力)委員 米州機構から経済封鎖、国交断絶をされたのは、ドミニカ政府がベネズエラの暗殺陰謀計画に加担したということで、その結果米州機構は全部国交断絶、経済封鎖その他の制裁措置をとった、これについてアメリカさんもやはりしぶしぶながらそれに同調せざるを得なかった、こういうことがあのカリブ海の周辺をめぐる政情の変化というようなことになっていること、そういうことは私も知っておるわけなんですが、この前のお答えが、帰国運動がトルヒーヨ元帥の暗殺以後というような御答弁があったように思っておりましたし、それに対しましては、この前決算委員会に呼んだ引揚者も、高木局長はああいうことを言ったが、とんでもない、私たちはその前からほんとうに救出方あるいは帰国運動というものをやっておったということを言っておったものですから、その点をはっきりしてもらいたいと思ったのです。それにつきまして、ごめんどうでも、今言った引揚者の本省あての嘆願書、これはいつどこからのものが来ておるか、それを調べて出していただいたらしあわせだと思うのです。これはあるはずだと思います。
○森下委員長 よく調べさせて出すようにさせます。
○西村(力)委員 それから、ドミニカの移住に関しては、帰国者の言から、非常な言辞と取り扱いというものがたくさん私たちの耳に入っておるわけなんです。先ほど帆足計氏と話したのですが、キューバの国に移民をしておる農民も相当苦しい生活にある、それに対して大使館の思いやりのある援護方というものはほとんどなされていない、帆足計氏はそういうことを言っておりましたが、送ってさえしまえばあとはそこにどうしても定着させるということでいろいろやるんだが、そのためには、そうあたたかく取り扱うよりも、いろいろおどかしたりさまざまの手を用いてやった方がいいというように、一種の投げやり的な方法をとっておるのではないか、そういう考え方で扱っておるのではないかと思われるのです。そういう暴言に類するようなことがたくさんありまするが、これについて小坂大臣はどうお考えですか。われわれの資料によると、一つはあなたの直接監督なさる小長谷大使の言辞ですが、私は天皇の御親任を受けた者であって天皇の御名代である、こういうことを移民諸君に言ったということ。それから、ドミニカの問題を本国に直接知らせるようなことがあるならばあなた方のためにはならぬぞ、あなた方の安全は保障されないぞ、こういうことを小長谷大使が移民諸君に言ったということです。それから、金を借りに行って、苦しいから金を貸してくれ、酪農に切りかえる、あるいはちょっと金のかかる機械を買えば何とか立ち直るから金を貸せと言ったときに、金は貸せないということのついでに、お前さん方は芸者にたとえればまだ一人前の芸者ではない、半玉なんだということを小長谷大使は言ったと言っている。それからまた、海協連の支部長代理である高橋という人は、ドミニカ移民がドミニカ首府の中央病院に入ったのを見て、移民というものは地方の病院で療養すべきが当然である、中央の病院に入るとは身分不相応だということを言ったというのです。こういう報告が私たちのところに知らされている。それは責任のないものではないと思う。一九六十年十月三十日に、ハラバコア地区の日本人会長吉田清、この人から外務大臣に直接あてた照会状にちゃんとそのことがみな載っておる。ですから、そんなごまかして作ったものではない。正式に書類であなたのところにその照会を出している。そういう工合にやっておるのですから、根拠のないものだとは私たちはあまり言えないのです。ですから、移住行政を担当する、あるいは日本の国を代表している大使がこういうようなことを言うなんていうことは、まことに許しかねることではないか、こう思うのです。大臣としてはどうですか。
○小坂国務大臣 そういうことが事実言われたとすれば、これは大へんなことでありまして、とんでもない話だと思うのであります。私はそのことについて真偽を確めてみましたところが、そういうことは全然申しておりませんということでございます。なお、同僚間の評判等もいろいろ聞いてみたのでございますが、非常に温厚篤実な人でございまして、たとえば半玉なんていう言葉も知らないくらいまじめだということを言っておるのでございます。私は、小長谷君は小長谷君なりに一生懸命やったのだろうと思っておるわけでございます。なお、病院云々のことは、移住局長から御答弁申し上げますが、非常に事実に反する、こう申しております。
 ただ、私、全般的に考えまして、日本の移住政策というものは、かつてから、移民は棄民なりというようなことで、国から出ちゃったら政府はもう知らないんだ、知らぬ顔をするんだ、こういう考え方があったわけでございます。たとえば、戦前に、サンパウロのような、今は非常に日本人が栄えておるところでも、全移住者がマラリアのために死んだこともあるわけです。そういうときは政府は知らぬ顔をしていた。そこで、今度も、日本の政府もよほど悪口でも言わぬとなかなか取り上げてくれないというような気持でもあったとは言いませんけれども、そういうふうにでもお考えになって、ことさらにそういう言辞が出るのじゃないかという気もするのでございます。私は決してそれを非難するという意味で言っているのではなくて、そう言って来たから、すぐに、政府けしからぬ、その担当の官吏けしからぬというふうに三段論法で直截に持っていくよりは、やはり、その間の事情等も、大所高所と言いますか、お互い政治家同士ですから、高い目から見て判断してやる、そして、帰ってこられた移住者自身には、できるだけわれわれの誠意を尽くしてこれに当たる、こういうことの方が、いわゆる前向きの姿勢でよろしいのじゃなかろうかというふうに思っておるわけでございます。
○高木政府委員 病院の件、これは非常に事実に反しまして、ネイバの近くですか、国立の非常にいい病院がございます。これには相当の数すでに再々やっかいになっているという実情でございまして、ぜいたくというのは全く事実に反するわけであります。なお、移住者が、いろいろ苦しいために、他のところで聞いた話を他のところへつなぎ合わすとかいうような傾向も、ずいぶんこれは私自身言われたことも経験していまして感じるわけなんですが、たとえば、この前も、石の上にも三年と言ったのが、石が三年たてば肥料になるというような話に変わってくる。天皇御名代という話も、そんなことは一言も言っておられないのです。しかしながら、大使は、ドミニカにおいて、先方に対して日本を代表しておられるわけであって、日本人の心配もみな大使がせられるんだから、自分に話をしなさいということは言っておられるのです。それから、言葉につきましても、小長谷大使は非常におとなしい方でありますが、どんなにやさしく申しても、ドミニカ政府と移住者の間に立っている立場から申しますと、移住者の感情から考えれば非常に不満足であるという結果もあると思うのであります。そういう点なんか非常に誇張して話されているのじゃないかと思います。
 それから、さっきのキューバの話でございますが、キューバの日本人は、戦前ずいぶん昔に行ったので、三百名くらいおりますが、これもカストロの政権になってから非常に苦しくなりまして、われわれの方といたしましては、キューバの移住者も国援法で帰そうということで手続を進めまして、七十名ばかり帰る予定になっていたのですが、キューバ政府が財産の処理をなかなかさしてくれないというような故障のために、実際上これはストップになっているという実情でございまして、キューバの大使館員が非常に冷淡であるという言葉は事実と全く反する次第でございます。
○森下委員長 西村君にちょっと申し上げますが、時間が約十分ほど過ぎておりますので、どうぞ御了承の上……。
○西村(力)委員 それはとにかくあなたのところに出した書簡に明記してあるのです。そういうふうに言われた諸君は、言葉で言うならとにかく、こういう文書にしてあなたに直接出そうというときに、うそっぱちを書くはずはないと私は思っておりますが、こういう言葉が出るその心理状況の基礎はどういうことかという点も、これからの親身のある行政をするためには、やはり十分に戒心していかなければならないだろう、こう思っておるわけであります。
 その次に、移民の諸君は、自由ではあるけれども、外人部隊に応募してはどうか、こういうなにをされて、実際それに応募して訓練もやったということになっておりますが、このことにつきましては、一体外務大臣はどういう工合にお考えになっていらっしゃるか。こういうことはとんでもないことであるし、また、そもそも、移民船において、引率をしていく人々が、あなた方は屯田兵として行くんだというようなことを言うた、そういうことを耳にしておる移民もたくさんおる、そういうことでございますので、外人部隊というような工合に、その目的通りはっきりとしてきたんだと思っておりますが、こういうことについて海協連その他が指導的役割を果たしておる。これについては大臣はどういう工合にお考えになっておりますか。
○小坂国務大臣 お話しの当時の事情について照会いたしたのでございますが、昭和三十四年当時ドミニカで外人部隊が組織されるという情報がございましたので、日本大使は、日本人移住者に対して加入を勧められはしないかということを非常に心配しておったというのであります。当時ドミニカ農務省の管理官が外人部隊加入を強制したかどうかという事実の調査は、その時代と政権も変わっておりますし、実は調査は困難でございますが、その当時の事情を一般的に申しますと、ドミニカは国内ではいわゆる単一翼賛政党みたいなトルヒーヨ支持のためのドミニカ党というのがあったわけで、その全盛期で、官吏は全部その党員であった。そこで、党の指令に服していたので、加入の勧請を行なったことは事実ではないか、こういうふうに思われる。しかし、当時の事情につきましては、昭和三十四年三月二十六日にダハボン日本人会長から小長谷大使あてに、外人軍団申し込み署名についてというお礼と報告の文書がございますが、これは、要約いたしますと、結局日本人の移住者のどのくらいの人が一体トルヒーヨの政権に協力してくれるかどうかということを知りたかった、ところが、それについて希望者が五十九名署名しておる、そこで、署名の結果現地の日本人に対する態度は非常によくなった、たとえてみると、トルヒーヨ元帥に対する協力についていろんな人が感謝をした、子供たちが悪口を言われなくなった、外出についても手続が非常に簡単になった、現地人が非常に好意的な態度を示すようになったというようなことが言われておるようでございます。しかし、外人部隊として銃をとって直ちに戦う軍組織、こういうようなものではないので、むしろ、今申し上げたように、どのくらい日本人が当時のトルヒーヨ政権に協力するだろうかということを調査したという程度のものであるようでございまして、もちろんトルヒーヨ政権の崩壊後にそういうものは解散された、こういう事情だそうでございます。
○森下委員長 西村君、もう非常に時間がなくて、大臣は足鹿委員の答弁をして向こうへ行く予定になっておりますので……。
○西村(力)委員 そういう御答弁でありますし、この前の決算委員会のときには、横田海協連支部長は、何かわからぬけれども、大学のみんながするから私もしたんだというような、あるいは訓練は軍事訓練ではなくてお祭りの練習をしたんだろうという無責任なことを決算委員会の場で答弁をしておりました。ところが、小坂さん、これを見ますと、これはドミニカ大使館が出している移住者に配る新聞ですよ。これは時事ニュースということになって、おりますが、時事ニュースの第十一号、これにはどう書いてあるかというと、ずっと省略しますが、はっきりと、「挙国一致の態勢をとっている」、――ということは、キューバや何かのあれに対して挙国一致の態勢をとっているということですが、「反共外人部隊の制度を採用したのもこの愛国心の発露によって国難に対処し、主としてキューバ、ヴェネズエラ方面から来る宣伝戦、神経戦に反撃せんとすることが主目的である。」、こういうことが書いてある。それから、その下の方をずっと見ますと、「レヒオン・エクストランヘーラについて」、こういうふうにして、「本件について採るべき措置につきさきに当館に対しダハボン日本人会長より照会越したので去る十五日当館森泉書記官と横田海協連支部長は同地に出張しレヒオン・エクストランヘーラ(外人部隊)に応募するか否かは各人の自由意思により決定すべきであるという大使の意向を伝達した。」、こうなっておるのですよ。これは明らかに大使館が出している移民諸君あての新聞なんです。これは月二回ずつ出しているんだそうです。これには、レヒオン・エクストランヘーラというのはカッコして外人部隊だ、しかも反共外人部隊の制度だとはっきりこういう工合に書いてある。ですから、単にドミニカ党に加入する署名だとか協力云々をどうこうというような問題ではなくて、外人部隊ということは明記されている。これは隠し看板のないごまかしのきかないものだということをこれが証明しているのじゃないかと思うのですよ。どうですか。
○小坂国務大臣 それは、今聞きますと、大使館で出しているものではなくて、海協連の支部で出しているものだそうでございますが、それはともかくといたしまして、まさに、レヒオン・エクストランヘーラですか、これはレヒオンですから部隊かもしれません。しかし、わが国の場合でも、工場へ行って働きますものを挺身隊とかいろいろな言葉を使ったわけで、その当時当時の国内の感覚によるものではないか。実質では、外人部隊といえばすぐに銃をとって敵に向かって進撃するというふうにとられるのは、どうも少し行き過ぎでございまして、私も当時の事情はよく存じませんけれども、そういうものじゃないか。今お読みになったのを見ましても、キューバ方面から来る宣伝戦に対抗しなければならぬ、こう書いてあるので、進撃に立ち向かわねばならぬということでもないようでございますから、やはり、私の申したことでよろしいんじゃないかと思います。
 なお、大使は、移住者に対して、それに入れとも入るなとも言ってない。これは永住の目的をもってやるのだから、その自由意思であるというように扱ったようでございます。
○西村(力)委員 それは自由意思だということは当然だろうと思うのですが、しかし、相当の人が勧誘の相談の結果入っているのですが、外人部隊だとはっきり明記して、それがドミニカにおける外人部隊だというのは単に党員の協力証明だというような工合では、どうも私たちには納得できないのです。この写真は、ここで軍事教練をやった場所だ、こういうのですがね。ここがドミニカの兵舎で、その場所で軍事教練をやらされたのだ、そういう写真です。それがお祭りの練習だというようなことを言うのは、だれの責任かどうか知りませんけれども、この間の横田さんの答弁は、これは国会に対する侮辱だと思っているのですよ。私は何もわからぬ、名前を書いた、みんな大学生がやるのだからおれも判こをついた、こういうようなことを言うような人が、海協連の支部長として、移民の世話なり移民行政をやるなんて、とんでもないことだと思う。この際私の気持だけは伝えておかなければならぬと思う。この間はあの場所では私は言いませんでしたけれども、実に僕は心おさまらぬものがあったのですがね。それで、今後どうするかという問題については、あと時間もないそうですから、私はこの程度にとどめておきます。
○森下委員長 足鹿覺君。
○足鹿委員 ドミニカ移民問題につきましては、決算委員会また当委員会におきましてしばしば御検討になっております。農林委員会におきましても、対象が内地の農民を対象とし、国はかわっても農業移民としてはやはり送出先で農業経営を営む、そういう立場から重大な関心を持っておるわけであります。
 先日参考人を招致いたしまして、つぶさに長時間にわたって検討いたしました。残念なことに外務大臣がおいでになりませんでしたので、きょうは主として外務大臣にお尋ねを申し上げたいと思います。
 時間もありませんし、要約してお尋ねをいたしますが、先般の農林委員会におきまして、高木移住局長は、その責任が那辺にあるかはこれはまた別の問題としまして、ドミニカ移民は失敗であったということはお認めになった。第一次、第二次、第三次、第四次、それで近く第五次の引き揚げが三月に行なわれ、第六次は四月ごろを予定され、さらに第七次が五月ごろを予定されておる。こういう状態でありますと、すべてドミニカ移民はほとんど全部引き揚げるということになる。これはまことに遺憾千万なことでありまして、三十二年の九月以降多額の国費を使い、かつまた移民諸君には全財産を処分して自営農業を夢みたが、その夢が破れて悲惨な敗残者のような立場でお帰りになった。このことについて、私どもは、今後の移民政策に及ぼす影響もさることながら、当面、この移民に失敗をして帰られた人々の緊急救済措置、また、続いて更生対策、この問題を十分に検討して、十二分といかなくても、少なくともその人々の求めておるものにこたえていかなければならぬ責任があるのではないか、こういう立場から大臣にお尋ねを二、三申し上げたいと思うわけであります。
 失敗の原因については、先ほど大臣は、政情不安その他の事情に重点を置いて御答弁になりましたが、私をして言わしめますならば、三十二年にドミニカ国へ開拓移住をあなた方外務省が募集されたときのその出発にあったと思うのです。もちろん、その後において政情不安とかいろいろな事情が加わったことも否定はいたしませんが、先日も農林委員会において外務当局に申し上げましたが、この募集要領に記載されてある自営開拓農ということが事実と違っておった。そこに悲劇の発端がまずあった。それから、移住先が、あなた方が示された入植条件と著しく異なっておった。特に営農がきわめて不可能に近い土地であった。つまり、水利の便はもちろんのこと、ドミニカの場合はいろいろな地区に分かれておったようでありますが、特にネイバ地区のごときは全くの石川原であった。それを十分に現地の実情を調査し把握しないままに募集要領をあなた方が示して公募された。政府を信じて行った移住者諸君が悲劇の犠牲を受けざるを得ない結果になった。こういうことになるようであります。途中南米等へ転住を希望したけれども、それもいろいろな理由をかまえてお認めにならなかった。従って、売り食いの生活を余儀なくされて、ついに引き揚げざるを得なくなった。こういう経過であります。この点について、外務大臣とされましてはどのように移住局長から報告を受けておられますか。それから、ただいまの西村委員の御質問に対する御答弁は少し政情に重点を置き過ぎている。あなた方の当然尽くされなければならないドミニカ移住についての事前調査が不徹底であり、入植の条件が、特に営農基盤である農地、水利等において著しく不適当なところであることをあなた方は気がつかなかった、あるいは気がついておってもそれをおおって一応公募の手続をとられた、こういうところにあるように思うのでありますが、その原因についてはもう少し外務大臣も率直にお認めになった上で今後の対策等についても万遺憾なきを期せられる責任がありはしないかということが一つと、いま一つは、現地から嘆願書が出たというさっきの西村委員のお話でありますが、引き揚げた人々は外務省には再々行っておるようですが、外務大臣はじかにその人々とお会いになって、引き揚げざるを得なくなったいきさつなりその実情というものをお聞きになって、いろいろと今後の問題について激励もされ、救済の問題についても何らかの措置を急いでやるということについてお話し合いをなさったことがありますか。その点を最初に伺っておきたいと思います。
○小坂国務大臣 お話、一々ごもっともなことで、実は私もこのドミニカ移住の問題は真実のところ胸を締めつけられるような気がしておるのであります。何とかできるだけのことをしなければならぬというのが私の率直の気持であるわけでございます。しかし、これはやはり、行政府の責任者としまして考える場合に、他の移住地に対する影響も考えなければなりません。今後の日本の移住政策全体についても考えなければいかぬ。ただ感情的にこの問題を処理するというだけにも参りませんので、そこにいろいろな苦心があるわけでございます。根本的には、先ほど申し上げたように、移住の問題は過剰入植である、これは間違いない。現地においてはそういう状況になっておるわけであります。その結果、約半数の人が引き揚げてこざるを得なくなっておる、こういう事情であります。そういう事情に至った原因は何か。やはり、国際情勢が一番大きいと思いますし、それによりまして、今まで作っておったものが売れなくなってしまうという状況はどうしてもおおいがたいことでありまして、入植後一年ないし二年半くらいまでは、入植者で今現に帰ってきておられる人が郷里に対して常常に快適なところだと喜んだ手紙を出しておられるということも最近わかっております。要するに、国際的、国内的な状況の激変ということのために、今まで作っておった野菜も市場がなくなってしまう、バナナも売れない、こういうようなことが大きな原因だろうと思っておるわけでございます。
 今後の更生対策等につきましても、私どもとしては、各省庁とも連絡いたしまして、われわれの及ぶ限りのことはいたしておるつもりでございますし、引き揚げそれ自身につきましても七千三百万円という予備費をとりまして、国援法を適用した。そこで、その当座の月くらいのものは出ますように、一家族当たり七万五千円の金をこちらでは出し、地方では四万円ないし九万円の金を出して、できるだけ当座の援護の徹底を期するようにし、その他車馬賃等も全部国が持っておるわけでございます。私どもとしては、一部に言われますように、この際できるだけ国の悪口を言っておいて補償を受けよう、こういうような気持が非常に強くなりますと、またそのためにこれが非常に政治的に利用されるというようなことになりますと、今後移住政策の上に大きな悪影響を持つので、そういう考え方はわれわれとしてはおとり願っては困るというふうに思っておるのであります。現に、ドミニカには約五十家族の方々がおられるわけでありますし、その方々に対しても今のうちに帰ってこい、帰ってくれば日本では相当な補償が出る、こういうような手紙まで行っておるということでございますから、なかなか簡単にも考えられぬ点もございます。しかし、先ほど申し上げたように、前向きに、できるだけこの方々に対して生活の方途を国も一緒になって考えましょうという態度でおるわけでございます。
 当初の開拓者募集の中に自営農であるということが響いてあったのは事実と違うというのでありますが、これは、事務当局に聞きますと、自営開拓者であるということになっておるそうでございます。
 それから、私自身がその方々にお目にかかったかということでございます。私も、代表の方々だけでありますが、お目にかかりまして、いろいろお考えも聞き、私どもの気持も聞いていただいて、今後の激励も申し上げるということはいたしております。
○足鹿委員 外務大臣は政情不安が引き揚げの余儀なきに至ったことのおもなる原因だということを依然として固執しておられるようでありますが、あとでいろいろ申し上げますが、それは全然原因でないと私も申し上げませんが、営農不能の地帯が非常に多かったということです。ハラバコア地区にしましても、ある程度当初においては営農のできるところもあった。ところが、ネイバ地区にいたしましても、他の塩分のとても多い地帯におきましても、これは全く入植当時から困難な実情であったということは、この間の参考人の証言によってもこれは明らかなところであります。これに対して、出先の大使館あるいは海協連の支部等が全く農業知識を持っておらない。従って、そこから、移住者に対するところのあたたかい思いやりなり理解というもの、しいて言うならば同胞愛が欠除しておったのではないか。こういう点を率直に反省すべきだと私は思うのであります。この間決算委員会で私聞いておりましたら、かつての移住の先覚者といわれる人が、移住者が今度引き揚げたというようなことは、これは精神力が足らない、こういうことを言っておられました。移住者に対して精神力を説く前に、出先の人々やその仕事に当たっておる人々がまず精神を入れかえてもらいたい、私はそういうふうに思わざるを得ないのであります。石ころばかりのところを耕して、とにかくおかゆでも吸えないからなまのバナナを塩ゆでをして食べておる。そういう実情の中にあって、ほんとうに同胞愛があったとしたならば、もう少しこういう悲劇を出さないで済んだではないかということを私は痛切に感ずるわけでありますが、そういうことはそれといたしまして、今後の対策の問題について、特にきょうは大臣に申し上げて所信を承りたいのでありますが、大体三通りに分かれるようであります。
 一つは、ブラジル等へ再渡航をしたいという希望を持っておる人も引揚者の中にはあるようであります。いま一つは、もう移住にはこりた、従って、この人々は、同じ苦労をするならば日本で適当な入植地があればそこへ入って再起をはかりたい、こういう人たち。いま一つは、何らかの職業について更生をはかりたい、こういう考え方に分かれておるようであります。私もしばしばその人々に会って激励もし、いろいろと助言もして今日まで来ておりますが、まだその人々の意向は十分固まっておらない点がございますが、いずれにしましても、この三つの方法をとらざるを得ないと思います。第一の、この南米再渡航ということについては、特に外務大臣としてはいかように今後そういう希望者に対してその希望をかなえておあげになりますか。特に、まる裸になられたこの人々は、再渡航の経費にいたしましても、また、渡航後における営農資金にいたしましても、ほんとうのすかんぴんでありますから、どうにも手のつけようがない。これに対して国が何らかのめんどうを見て、そして、送出し、定着後においてその生計が成り立つ間にも相当援助をしてあげなければいけないと思うのでありますが、この点について、先般来から慎重に検討する検討するということだけでありまして、まことに結論がわかりません。この点、再渡航については極力努力し、こういう見当でやるならやる、むずかしいならどういう点がむずかしいと、はっきりしていただきたいと思うのです。まずその辺から……。
○小坂国務大臣 仰せのように、大体その三種類あると思います。そこで、これまたお話の中にありましたように、現在、どうしようか、その方途に迷っておる、これが大部分の空気であろうかと思いますが、第三の、再就職を希望される方々、これについては、従来お帰りになりました方々の中で三分の一再就職のあっせんができたと聞いております。それから、入植を希望される方については、これは足鹿さん御専門で、農林省でも非常に苦労してくれて、ごあっせんをしておるわけであります。ただ、今御質問の最後にありました再渡航を希望される方々への問題、これも私どもできるだけ御要望に沿いたいとは思いますが、何にしてもその適格者を送りませんとこれはいけないわけでございまして、適格者について十分また検討もし、それから、これらの方々についてどういうふうにしていくか、これは私どもの省だけでもできる問題でございませんので、いろいろ関係省の意向も今たたきつつございますので、検討中と申し上げる以外、まだ結論は出ておりませんので、この席でお答えすることはちょっと今時期が早いという感じがいたします。
○足鹿委員 内地において入植をする、それから他へ就職をするということについては国内問題であります。農林省もそれぞれ検討しておるのでありましょうが、問題は、都道府県にあります地方海協連の支部です。このものの手を通じて希望を取りまとめておるのだということを盛んに言われますが、この県の支部というものは、実際は、形は整っておるが、中身は大したものではない。その手を待っておるというようなことでは責任回避ととられがちなことになると思います。私はこの間から移住局長に申し上げておるのですが、大臣もすでにお会いになったというお話でありますし、今後も、聞けば最近各地区から引き揚げた人々が連合協議会というものを作って、お互いが今後再起更生の協議をしていくということになったそうであります。その人々が自分たちの引揚船別あるいは地区別に連絡をとっておるわけでありますから、その人々にあなた方が直接話されて、そして希望もよくとられて、そして、これは人別にみな条件が違いますから、それを十分確かめて、その希望を的確につかんで、今後早急に積極的に処理をされることが私は一番必要ではないかと思うのです。まだ再渡航の希望を持っておる者があってもその条件がわからぬというお話でありますが、だれが再渡航の希望を持っておるものか、その者もわからないのに、条件がわかるはずはないのでありますから、とにかく、じんぜん日を送ることなしに、外務省が責任を痛感されるならば、具体的に積極的に手を打たれる必要があるのではありませんか。この問題について、大臣の意見として、関係方面を督励して早急に手を打たれますかどうか、その点を伺いたい。
○小坂国務大臣 個々の県の海協連を通じまして希望の達成方に努力しておるわけでございます。一部は、先ほど御報告したように、再就職のあっせんもできたようなところもあるわけでございます。全体として団体交渉というような形になりますことは、事柄の性質上いかがかと思いますが、私どもとしては、できるだけその方向でやっておるつもりでございます。なお、お話もございますし、十分関係者省にもこのことを依頼しまして、私どもとして督励したいと思います。
 なお、個人別にいろいろやっておるようでございますから、何でしたら御報告させます。
○足鹿委員 その個人別の点については、あとでまた時間があれば伺うことにしましょうし、また、文書ででもお伺いいたします。大臣がお急ぎのようでありますから……。
 そこで、私は、国家賠償とかなんとかいう意味で申し上げるのじゃありませんから、その点は虚心に聞いていただきたいのですが、被害の実態と言うと、ちょっと適当な表現でないと思いますが、かりにそういう言葉を使いますと、みな財産処分をして行っているんですね。特に、この間農林水産委員会に招致いたしました神奈川県の小市参考人は、畑でありますが、六反歩、これを坪六百円で売っている。当時、ドミニカへ移住するというと、移住者の援護対策というものが不徹底でありますから、みな足もとを見て、坪六百円で売らざるを得なかった。これが百八万円、家屋が十九坪五合で二十万円、鶏舎十万円、とり五百羽で二十万円、合計百五十八万円、これを持って向こうへ行っておるわけです。そのほか、ドミニカへ別に持っていったもので、営農資金が六万円、ドルにして四万円、特に外務大臣に申し上げておきたいのは、ディーラー、小型耕転機を、二十二万円のものを持っていっておる。噴霧機六万円、脱穀機四万円、チョッパー三万円、粉砕機四万円、リヤカーといったような中型、小型の農機具を持っていっておる。ところが、その農機具は向こうで何の役にも立っていないのです。特に耕耘機のごときは全く役に立たない。それがあなた方のこの募集要綱というものと実情とがいかに違っておったかといういい証拠になると思う。農機具を持ってこい、十年分くらいの日用品その他のものを持ってこい。移住者はその通り正直に持っていったが、とにかく日用品等は別問題としましても、この持っていった農機具そのものが役に立たなかったということは認めざるを得ないと思うのです。そうすると、現地の実情というものの把握がいかに不十分なものであったかということを証明しておる。そうして、しまいには、役に立たないものでありますから、売り食いをして、結局引き揚げざるを得なくなった。こういうことになっておりまして、大体百五十八万円程度、あるいは二百万円、人によっては一千万円という程度の財産処分をしております。この場合、この問題に対してどうこれを解釈して、その人々の受けた被害といいますか、これに対して対策を立てるか。
 それから、次に、渡航費ですが、渡航費も、財産を処分したものでまかなった人は一応いいのでありますが、篠原慶蔵という人の場合は年賦でもって借用しておる。そういう人が他にもあるようでありますが、それが四十三万六千五百円、二年据え置きの十年年賦ということで、すでにこれは償還期限が来ておる。利息もついておる。これは無理に取ろうとは思わぬという移住局長のお話でありますが、とにかく、借りたものは借りたものだ。それから、国援法の適用によって小市君の場合が千四百九十五ドルということになっておりまして、これも多額の金である。これも無理に取り立てる意思はないということでありますが、とにかく、借りたということは一生涯つきまとわざるを得ない。これらの問題をいろいろ検討しておるとおっしゃるが、どういうふうに検討して処理をされるか。まず、渡航費と、国援法適用の帰国旅費ですね、このものについては、先般来高木移住局長は、無理に取り立てる意思はないのだ、こういう御説明であります。私どもも一応了としておりますが、この点については、大臣から、これはこういうふうに措置して引揚者には心配をさせないという、その方法があれば一つ承りたい。
 それから、これはあとで触れますが、財産処分をやって無一物になって帰った人、その帰った人々には、平均七万五千円、――五万円が見舞金で、大人が一万円で、子供が五千円帰郷旅費を支給したというのが今まであなた方がおとりになった緊急措置であります。別に生活援護を十八名ばかり受けておる人々があるようであります。全部が全部生活保護を受ける必要もないようでありますし、やり得るだけはその人人もやるのでありましょうが、当面の緊急対策というものがきわめて不徹底ではありませんか。この寒空に、春に向かうとはいえ、在留同胞から恵まれただぶだぶの洋服を着たり、あるいはジャンパーを着たり、全部仮衣装同様の姿になっておられる人々に五万円の見舞金程度で、今後着る着物から、就職をしても、家具その他を整えてどうにか一軒の世帯を作っていく上に、この程度では当面やっていけそうもないと思うのですが、その点、当面の緊急救済の対策の点についても私は十分至っておらないと思うのです。その点についてはどのように処置をされようとしておられますか。この二点にしぼって御答弁願いたいと思います。
○小坂国務大臣 この国援法の適用によりまして帰国されるまでの旅費、これについては別に取り立てを何でもかんでもやるという意思はないというところまで移住局長は申し上げておりますわけですが、私ども、もう少し先まで考えたいという気持で関係省と折衝いたしておりまするが、まだ結論が出ませんので、この席では申し上げにくいわけでございます。
 また、今後の更生対策等につきましても、先ほども申し上げたように、七万五千円国から出しますが、郷里におきまして四万円ないし九万円の金を支出いたしておるわけでございますが、われわれとしましては、職業あっせん、あるいは場合によりましては生活保護の関係、あるいは入植者については農林省で国内開拓地への入植のあっせん、開拓基金による融資保証というようなことをやって御配慮を願っておるわけでございますが、これらの点につきましても、今後どうするかということは、関係省庁のみならず、党の方ともよく相談をいたしまして、いろいろ考えてみたいと考えておるわけでありますが、現在のところまだ結論として申し上げる段階にはございません。
○足鹿委員 大臣の退席の御都合もあろうと思いますので、全く要領を得ぬことになって、私も心外に思いますが、いたし方ございませんので、最後に大臣にお尋ねしておきたいのは、海外移住行政の問題であります。
 先ほど申しましたように、移住者に対する援護措置が不徹底でありますために、足元を見て、財産や屋敷をみんな安くたたかれるということに対して、もっと徹底した処置を講じないと困ったことができるということ。それから、移住関係の機関の相互間については、海協連の補助金は今度は一本にしたという程度のことであって、官庁同士、民間団体と入り乱れて、非常に複雑多岐であるという現状、これをどう改めていくかということについて、昭和三十五年末に行政管理庁が勧告を出しておると思うのです。ところが、その具体化につきましては、今日まであまり成果があがっておらない。ドミニカの悲劇を今後政策と行政にどういうふうに生かしていくかということが、少なくともドミニカ教訓を今後再び繰り返さないという上にも大きな問題であろうと思うのでありますが、おととしすでに行管は指摘しておる。ところが、それが一向具体的に実現しておらないということは、これは外務省当局の怠慢と申しますか、そういうことにも通ずると思うのです。やはりこれは内閣直属の移住行政をやる総合的な機関の必要を物語っておるものであって、これを実施に移すべき段階が来ておるのではないか、こういう点を痛切に感ずるものでありますが、この点を大臣はいかに考えておられますか。
 また、先ほどの御答弁によると、要するに財産処分をしたことに対しては何ら政府は見ないのですか。これは直接政府の責任とは言いません。ところが、先ほど言いましたように、あなた方の出されたものによって本人たちは行った。ところが、実情は、持っていったものも役に立たないで、全く無一文になって帰ってきているのですよ。この責任はすべて政府にあると言っても私は言い過ぎでないと思いますが、少なくとも、就職のあっせんをしたり当座の見舞金を出したりというようなことではなしに、引揚者諸君があなた方に出しておりますいろいろな要望事項があるわけでありますから、これ以上私が申し上げるまでもなく、住居費の問題、家屋の建築をやる場合更生資金を貸し出す、あるいは移住中に空白になった子弟の教育に対する対策の問題、そういったものをもっと具体的に積み上げて、そして関係当局と交渉をされなければ、実際問題としては解決がつかぬのではありませんか。関係当局とどの点とどの点について話し合いをしておいでになるのか。外相としてこの責任を感じられるならば、この始末を十分つけていただきたい。もしこの始末がつきにくいということになりますと、今後の移民政策にも重大な影響を及ぼしてくると思います。従来も十分その成果はあがっておりませんが、ことしの予算を見ますと、海協連の補助金が大幅に上がっておりますね。移住振興費が外務省関係で十四億、去年よりも四千九百万ばかりふえております。その中で一番ふえておりますのは、海外協会への補助金であります。八千三百九十一万、約一億円ばかりふえております。この程度のことであって、外務省所管としても、この反省の上に立った予算とは私どもは考えられない。むしろ、私をして言わしめるならば、こういう事態に対しては、少なくとも、引き揚げてきた者に対してどうするかという項を起こして、その項において、もし不測な事態、本人の責任に帰せざる事由によって、四カ年努力をしてもこういう事態になった場合においては、少なくとも国がめんどうを見るという建前をとるべきだと思うのです。どこを見ましても、送還費というようなものがことし五百万程度ふえておりますし、外国の刊行物の購入費が去年よりも二十五万ばかり新しく計上をされておるという程度でありまして、実際問題としてこういう事態が起きておっても、全然来年度の予算には反映しておりません。従って、これは、一応予備費支出等においてある程度始末するという方針を立てられて、そうして後に補正とか、その反省の上に立って財政的、予算的裏づけを当然なさらなければ、この問題は片がつかない。特に、この住宅を百戸建てるということを建設省と交渉しておるようでありますが、点々と国内に散在している引揚者がその百戸をいかにして恩恵を受けるかということにつきましても、なかなか問題はありましょうし、また、国民金融公庫から二十七万円を限度として借り入れをする、その他いろいろな融資の計画をしておるようでありますが、現在、しっかりした農民でも、一般の者でも、無担保ではあらゆる金融機関がなかなか貸しません。それには、利子補給であるとか、あるいは損失補償の措置とか、国が相当バック・アップする方法を講じられなかったならば、この問題は解決つかない問題であります。でありますから、あなた方はそういう点を十分検討されて、しかる後、ここまで努力した、その結果大体こういう対案を持ったんだということを、当委員会でも、また適当な委員会を通じて発表されると同時に、一方においては、先ほど述べたように、――団体交渉ということをおそれられますが、必ずしも団体交渉であってもなくてもよろしい。とにかく引揚者たちが具体的にあなた方と直接の話し合いの場を持たれることは、何らさしつかえないと私は思うのであります。そういう点について、少なくとも、金融については、利子補給あるいはその据え置き期間等を含めた長期低利のものを出す、これに対して国がある程度めんどうを見る、そういった具体的な点をお示しになって、そうして、何でも関係当局と折衝中折衝中ということではなしに、明らかにしていただきたい。この問題が起きてからもうすでに数カ月を経過しておるではありませんか。そうして、また、三月、四月、五月と、続いて引き揚げがある状態でありますから、遷延を許さぬと私は思うのであります。その点を、くどいようでありますが、外務大臣において、少なくとも本日私が指摘をいたしましたような点を中心として、もう少し親切な、もう少し具体的に、関係当局と折衝中ということではなしに、具体的にこの際明らかにしていただきたいと思います。
○小坂国務大臣 今までいたしました措置を申し上げますと、農林省は国内開拓地への入植あっせんをする。これは、入植者は所定の国庫補助及び営農資金の融資が受けられるわけでございます。それと、拓殖資金による融資保証、これは一家族当たり三十万円までということになっております。厚生省は、生活困窮者に対し生活保護法の迅速な適用と更生資金の貸付などを行なう。労働省は、上陸地に職員を派遣して、申し出に応じ直ちに就職あっせんをするほか、全国の職業安定所に対し、ドミニカ帰国者より申し出ある場合は優先的にあっせんするよう話し合い済みでございます。職業安定所を通じて就職あっせんがなされましたものに対しては、雇用促進事業団による職業の訓練、住宅の貸与、就業資金の支給等が行なわれます。建設省は、三十七年度において建設予定の第二種公営住宅百戸の割当について手配中であります。大蔵省、これはもうすでにもらいました分であります。大蔵省よりは、国民金融公庫よりの生業資金の貸付について最高百万円までについて特別の考慮を払う、こういうようなことが現在までやられました各省関係の措置でございます。ただ、引き揚げてきた諸君のうちには相当な資金を持っている人もございます。それから、全くない人もあります。そこで、補償措置といいますか、そういうことをしますと、今後非常に大きな問題になるというふうに考えざるを得ません。一応移住するということで出かけて行って、帰ってきたらあと全部国が補償する、こういうような例になりますと、あとどうにもならなくなり、非常な障害にぶつかるようになろうかと思いますので、この点については、あまり考えることは今後の移住政策全般を見ましていかがかというふうに思っております。
○足鹿委員 大臣、今おっしゃったようなことはこの間高木移住局長から聞いておるのです。それは全部知っておるのです。時間がないのに大臣からそのままのことを聞こうとは思いません。もう少し突っ込んだ対策を聞きたいのです。百万円なら百万円を国民金融公庫から貸し出す、これには利息がつきましょう。一応のたくわえのある人があるようなお話でありましたが、あった場合は別として、全くの裸一貫になった人が大部分だったのです。その人々は無担保で借りなければならないわけである。入植するにいたしましても、拓殖資金を借りるにいたしましても、やはりそれぞれの機関を通じなければならず、また、それぞれ所要の手続を必要とするでありましょう。といたしますと、この保証を受けるということもなかなか困難になると思います。ですから、その者に対しては、利子の補給を考えるとか、あるいはその保証については国が責任を持つとか、そういう点の御配慮を願いたい。私は全額国が賠償せよということを今言っているのではない。あなた方の当面講じようとしておられる措置の裏づけが足りないということを具体的に指摘しておるのです。ですから、それはこの間も高木さんに農林委員会でいろいろと御説明を聞きました。それはそれなりに聞きましたが、その裏づけについては、移住局長としては幾らお尋ねをしてもよう答弁なさらない。従って、それについては外務大臣としての所信をこの際明らかにしてもらう、それが責任の一半を負うということに通ずるんじゃないですか。誠意ある対策ということになるんじゃないですか。そのことを私は聞いておるのです。ですから、それについては自分はどう思う、こういうふうにしたいと思うということをもっと具体的にこの際明らかにしていただきたい。私は一例をあげたにすぎません。時間がありませんので、これ以上くどく申し上げませんが……。
○小坂国務大臣 貸付等が円滑にいきまするように、御注意もいただきましたし、さらに十分検討させていただきたいと思います。
○森下委員長 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五分散会