第040回国会 外務委員会 第18号
昭和三十七年三月二十八日(水曜日)
   午前十時十八分開議
 出席委員
   委員長 森下 國雄君
   理事 北澤 直吉君 理事 野田 武夫君
   理里 福田 篤泰君 理事 古川 丈吉君
   理事 松本 俊一君 理事 岡田 春夫君
   理事 穗積 七郎君 理事 松本 七郎君
      安藤  覺君    愛知 揆一君
      井村 電雄君    池田 清志君
      宇都宮徳馬君    宇野 宗佑君
      齋藤 邦吉君    椎熊 三郎君
      正示啓次郎君    竹山祐太郎君
      床次 徳二君    井手 以誠君
      稻村 隆一君    黒田 寿男君
      戸叶 里子君    帆足  計君
      細迫 兼光君    森島 守人君
      井堀 繁男君    田中幾三郎君
      川上 貫一君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 小坂善太郎君
 出席政府委員
        外務政務次官  川村善八郎君
        外務事務官
        (アメリカ局
        長)      安藤 吉光君
        外務事務官
        (情報文化局
        長)      曾野  明君
 委員外の出席者
        通商産業事務官
        (企業局次長) 伊藤 三郎君
        参  考  人
        (政治評論家) 御手洗辰雄君
        参  考  人
        (早稲田大学教
        授)      堀江 忠男君
        参  考  人
        (ジャパン・タ
        イムズ社長)  福島慎太郎君
        参  考  人
        (財政学者、弁
        護士)     風早八十二君
        参  考  人
        (一橋大学教
        授)      大平 善梧君
        参  考  人
        (評論家)   松岡 洋子君
        専  門  員 佐藤 敏人君
    ―――――――――――――
三月二十八日
 委員木原津與志君及び井堀繁男君辞任につき、
 その補欠として井手以誠君及び田中幾三郎君が
 議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する
 日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結に
 ついて承認を求めるの件(条約第一号)
     ――――◇―――――
○森下委員長 これより会議を開きます。日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題とし、参考人より意見を聴取いたします。
 まず参考人に一言ごあいさつを申し上げます。本委員会は、本件につきまして、二月九日提案の理由を聴取して以来、本日まで慎重に審議を進めて参ったのであります。本日は、特に、本件について、一橋大学教授大平善梧君、財政学者・弁護士風早八十二君、ジャパンタイムズ社長福島慎太郎君、早稲田大学教授堀江忠男君、評論家松岡洋子君、政治評論家御手洗辰雄君の参考人のおいでを願い忌憚のない御意見を拝聴し、もって本件に対する審議の参考にして参りたいと思います。本日は御多忙のところ本委員会のために御出席を下さいまして、まことにありがとうございます。
 まず御手洗参考人は所用のため十二時退席の申し出がありますので、先に意見の開陳及び質疑を行なうこととし、次に順次他の参考人より意見の開陳を願うことといたします。
 なお、意見の開陳につきましては、一人二十分程度にお願いいたしたいのであります。
 それでは、御手洗参考人にお願いいたします。
○御手洗参考人 お示しになりました戦後アメリカからわが国に与えられました経済援助に関する日米両国の最近の取りきめについて、私見を申し述べることにいたします。
 私は、この協定は妥当なものであり、わが国として当然支払うべきであろう、こういう考えを持っております。この問題について十分な意見を述べるためには、事実と法理とを尽くさなければならぬと思いますが、それらのことは後刻専門家の参考人から御意見があるとのことでありますから、私は、主として政治的、道義的の面からこれを支払うべしとの意見を述べたいと存じます。
 第一に問題になりますのは、これはわが国の債務であるかそうでないか、借金か借金でないかということだろうと思いますが、言うまでもなく、当時の事情を考えてみますると、あいまいな点はありましても、多分にこれがわが国の負った債務であるということは、大体私は疑いをいれないように考えられます。二、三の証拠をあげまするならば、たとえば、昭和二十二年二月のマッカーサー総司令官からアメリカの政府に対する覚書の中には、当然これは日本国が将来支払うべきものであるということが書かれ、なお付加して、日本国民はアメリカからの慈善を欲してないというような意見もつけ加えられておるような状態であります。あるいはまた、一九四九年五月のアメリカ議会においてアメリカの陸軍次官補がこのことについて、これは日本の債務であり、当方の債権であるというふうな発言をされ、以後アメリカの政府要人がしばしば同様なことを議会その他において発言せられておることは明瞭な事実であります。特に指摘いたしたいことは、マッカーサー司令部から日本政府にあてて、昭和二十二年のことでありますが、物資の引き渡しにあたり、この支払いについては後日決定するというようなことが記されてございます。これらのことを考えましても、これは、日本側の当時の解釈はともかくといたしまして、アメリカ側からは十分にこれは債権であるとの意思が表明されておった。これを日本側もそのまま受け取っておるものと見て差しつかえないのではないかと考えられます。本院において昭和二十二年の七月五日に全員一致をもって感謝の決議がなされております。その感謝の決議の内容を見ますると、しばしば輸入食糧を放出されて、わが国民を飢えと困窮から救われたことに対し感謝する、全国民はひとしくこのことを感謝し、その高い人道精神に感激している、こういう字句があるのであります。輸入食糧をしばしば放出されたとありますることがどういうふうに解釈されましょうか。わが国に対する援助は、司令部からの食糧の放出だけではありません。放出という言葉をかりに無償供与と解釈いたしましても、その他のことについては、これは単なる放出とか提供、贈与というものではなかろうと考えられます。当時の速記録を読みましても、これが無償である、だから感謝するという意味にはどうも解釈いたしにくいので、やはり、当時の本院の決議をされた方々のお考えも、これは債務であるということをお考えになっておったのではないか、こう推測されるのであります。これらのことから考えても、これは一応債務と見るべきであろう。
 また、次には、占領軍が占領地における飢餓を救うということが陸戦法規から見られた義務である、こういうような意見もあるようでありますが、なるほどとれは一応道理のあることでございますが、当時の状況でアメリカがはたしてさような義務を負わねばならなかったかどうか、このことが一つ問題でありましょう。第二次大戦というような人類未曾有の大戦争のあとにおいて、占領軍がそれぞれの占領地でさような義務を負ったかどうか。これを振り返ってみますると、とこの国にもさような事実は私はあまり聞いたことがございません。韓国のような解放地区、ヨーロッパにおいてオーストリアのような解放地区、かようなところではいささか事情が異なりましょうが、敵国の側に立って戦った国に対して、占領軍が飢えを救い復興を助けるために無償の義務を負ったというような事実は、寡聞にしてあまり存じません。たとえば、わが国に対するアメリカとよく似ております。東ヨーロッパ各国とソ連との関係を見ましても、これはもし時間があれば後に述べさしていただきますが、ソ連が無償で食糧あるいは復興物資を供与、供給したという事実は私ども存じません。むしろ、逆に、最初からこれを一つの債権として与え、あるときにはこれを貸し与え、あるときは占領地の物資との交換というような名前でもってはなはだしい誅求をやっておる、こういう事実はありますが、アメリカが日本に対して行なったような意味の経済援助ということは、束ヨーロッパ各国では、絶無とは申しませんが、きわめて少ないように存じます。
 これらのことを考えてみますと、やはりこれは債務とするが当然であろうと考えます。借金である、債務であるといたしましたならば、これは当然払うべきものであろう。このことは、これに反対をされる方々といえども御同意であろうと思いますが、債務でないと言われればこれはまた話が別になります。私は、債務であると考えますがゆえに、払うべきものであると思います。昔から、われわれは、廉潔、廉恥を重んずるということで一応の誇りを持ってきた民族でありますが、われわれの先祖は、借金を払わないということは死ぬよりつらい、恥である、こういうふうに伝統されてきております。昔の借金の証文を見ますと、もしこの恩借を返済できないときには人中でお笑い下されたく候と書いてある。私は実物を見たこともありますが、借金を返さなければ人中で笑ってくれ、死ぬよりつらい、恥を与えられてもいたし方がないというくらいに、借金に対する返済の義務は私どもの先祖以来たっとばれてきたことであります。その精神が受け継がれ、明治以後になりましても、国が外国の債務を負った場合に、日本ほどりっぱに債務を果たす国はないといって国際間にわが国の信用を維持してきたことは御承知の通りであろうと思います。一つの例をあげますが、震災直後にいわゆる震災復興公債としてアメリカ、イギリス等におい、て当時の政府が公債をつのりました。そのときの利子が年七分であるということで、当時の政府は非常な非難を受けたこと、御記憶であると思います。何であるか、日露戦争というような国運を賭した場合のわが国の国債でも最高六分ではないか、しかるに、今日のわが国の信用をもってして七分とは何事であるか、それはみずからを恥かしめるものである、これは国辱だ、こういったような議論が国会においてもまた民間においても盛んになり、当事者は非常に苦しんだことがございます。そのくらいに、わが国は外国に対する債務について信義を重んじ、義理を重んじ、それによって国の威信を今日までつないできたと考えまするがゆえに、これらのことから考えて、このことがもし債務であるならば、これは支払うのは議論の余地のない当然のことだと考えます。
 さて、しからば、百歩を譲って、これが債務でない、無償の援助であるといたしましたならば、ではどうするかということでありまするが、私は債務であると思いますけれども、もしそうでない、無償援助であるといたしましたならば、なおさら私は払うべきものであろうかと考えます。当時のことを振り返って考えますと、お互いに経験のあることで、実際、毎日の食糧について、あすの朝家族、子供たちの食事をどうするかといって全部の国民が心配し苦しんだときであります。復興資材といっても原料はほとんどなく、その他あらゆる資材というものは底をついて、壊滅の底にあった。その中から、国民が飢えず死なず、そして、経済を復興するということに必要なものは、第一が食糧であるし、第二は復興の諸資材であります。それらに対して援助を与えてくれたのはアメリカであります。これが無償であると仮定いたしましても、その当時の私どもの窮状を回顧しまするならば、当然感謝とともにこれは支払うべきではないかと思います。当時のことを考えてみますと、敗戦後の日本は世界の憎まれ者であります。どこの国もわが国に対するさような具体的援助の手を伸べてくれる国はありませんでした。その中で、きのうまであれほどはげしく戦った敵がわれわれに対して援助の手を伸べてくれた。まあ債務でないといたしましても、それであればなおさらこれに対する感謝を表わし、それに対してわれわれに支払い能力ができたならば力の及ぶ範囲で払うということは、民族の名誉を守り信用を守り、将来にわたって私どもの子孫に胸を張って世界を濶歩させる基礎ではないか、かように考えます。俗言に、のどもと過ぎて熱さを忘れるとありますが、私ども、まだ十四、五年の今日これを忘れるのには少し早過ぎるのではないか。もらいものだから返さぬでもよろしいという考え方は、これは、下品に申しますと、こじき根性に通ずるのではないかと思います。この言葉が不適当であれば取り消しますけれども、いやしくも独立の精神を持ち世界に対して信用を保とうとするならば、私は、やはり、借りたものであろうがもらったものであろうが、力がついたらばこれに対して当然償うべきものであろうと考えます。戦後はあらゆる道徳基準が変わりまして、民主主義の世の中になってさまざまな道徳は変わりましたけれども、恥を重んずる心、信用を重んずる心、独立の精神というものは少しも変わるものではあるまいと思います。むしろ、民主主義の世の中になったなら、それだけに独立心を守る、自主独往の精神を養うべきであるとすれば、かようなものに対して力相応に支払いの義務を果たすということは当然ではないか。それが、私は、将来のわれわれの子孫に対し独立心、自尊心を養わせ、国の独立を維持していく大事な精神的支柱ではないかと、かように考えます。よく昔から商利貸しとこじきの子孫は繁栄しないと申します。もっともなことなんです。商利貸しをして人を苦しめ、こじきをして恥じなかったような者の子孫が繁栄する道理はありません。まずそういう例はおそらくあるまいと思います。世界の弱小民族、他国の援助を受けててんとして恥を知らない、あるいはユダヤ民族のような非常な優秀な民族が、容易にこれが繁栄することができないという理由はどこにあるか。やはり、高利貸しとこじきの子孫は繁栄しない、こういうような一つの格言と一脈通ずるのではないかと考えます。現在わが国の一つの外交問題になっておりまする韓国との交渉が昨今やや停頓ぎみでありますが、その一つの理由を聞いてみますと、韓国の側から、朴議長になって後、日本側から提供しておる、請求権に対する支払い、それから経済援助、他に無償の援助供与ということが、その無償が気に入らない、われわれは小民族であるけれども、しかし他人から理由なくして物を施しを受けたくない、こういうことで、日本のその提案に対する拒否の意思を示された、これがやや停頓しておる理由と聞いておりますが、韓国の人人の新興のさような意気込みというものを、私どもは忘れてはならないのではないか、かように思います。昔の人、中国の聖人は、恥を知らざる者は恥を得ることなしと書き残しております。名言だと思います。他人からただで物をもらっても、もうあたりまえだといって、返す力があっても返さない、かようなことになっては恥を知らざるものと言ってもよろしいのではないでしょうか。私どもは力ができたらば払うべきものである。この点から、民主社会党の方々が出世払いという議論をしておられるそうでありまするが、けっこうでありましょう。今日わが国がまだ十分な復興、いわゆる出世をしたとは思いませんけれども、もはや今日はその時期ではないか、かように考えるので、もしもらいものであるならばなおさらこれは払うべきである、かように考えます。
 最後に申し述べたいことは、国民世論の動きであります。私どもがかようなことの是非を断ずるのは、やはり国民世論の動き方を見てそれに従うべきであろうと思います。残念ながらこの問題だけについての世論調査というものが行われておりませんので、数字的にこれを申し述べることはできませんけれども、各新聞に現われた社説その他を見まして、このいわゆるガリオア・エロアの支払い協定について反対をしておる議論をあまり見受けたことはございません。ないとは申しませんが、特に新聞の社説において、日本全国の新聞で社説でこれに反対しておる新聞を見たことはありません。全部の新聞がこの協定をまず妥当なものとして賛成しておるようであります。たとえば、二、三の例をあげますならば、昨年六月、この一応の日米の話し合いがつきました当時、六月十日の毎日新聞の社説を見ますと、その要領は、この解決は日米の友好増進に役に立つことである、返済の条件はほぼわれわれも満足できるものである、反対論はいかなる条件であろうともこれは賛成しない、これは払うべきでないというのであるから、これはいたし方がないが、われわれは繰り返し述べた通りに、さような反対論にはくみしない、これは毎日新聞の社説であります。返すべきものであり、これは返すべきである、西ドイツよりもわが国の条件ははるかに有利なのである、使途についてもわれわれの債務者の側が注文をつけてこれが遂げられたということは、日本の外交の成功であろう、米国の善意ある理解を見のがすことはできない、かように毎日新聞の社説は述べております。翌日の読売新聞の社説を見ますと、大体同様でありまして、返すべきものはこれは返すのが当然である、また、今日の決定した四億九千万ドルという額あるいはその方法なども、おおむね妥当であり、多くの国民にも不満はないものと考える、支払い方法から見てこれを二重払いという説は当たるまい、これはただ単に、国民は政府に一応払ったけれども、その金で払うのであるから、決して二重払いではない、かようなものが読売新聞の社説のようであります。六月十一日の日本経済新聞の社説を見ますると、これがかりに債務ではなくて贈与だったとしても、当時の日本の飢餓を救い、復興に役立ったということは厳然たる事実である、国の経済力が許す範囲でこれを返し、当時の援助に感謝の意を現わすということは当然ではなかろうか、それは日本人の度量であると、かように書いております。また、六月十日の産経新聞の社説を見ますると、まずこの協定は妥当な線に落ちついたものであると言える、返済にあたって債務者が債権者に返済金の使途について希望を申し入れるということはまことに異例というべきであるが、、それを受け入れてくれたアメリカ側はきわめて協力的であり、われわれとしても好感が持てるのである、かように述べておられます。これら、まあたくさんありまするが、世論の動向を見ますると、まず一致して、この協定は大体妥当である、払うべきである、また二重払いにもならないのである、かような趣旨になっております。
 これらのことから考えて、私は支払うべきであろうと思いますが、私といえとも、アメリカのわが国に対する最近の態度について不満がないのではありません。あまり世間で注目されませんけれども、たとえば安保条約の前文及び第二条に示された日米経済協力がいつの間にか忘れられてしまいつつあるような気がいたします。かようなことについて、わが国の当局者のもう少し奮発努力を望むとともに、アメリカ側の反省がほしいのでありますが、それらのことがありましても、この問題については、これは目前のことではない、十数年前にわれわれが飢餓に陥りほとんど絶望の底にあったものが救われた援助に対する義務でありますから、これは当然支払うべきであろうかと考えます。初めに好意があって終わりに善意があった、これがこの問題に関するアメリカのやり方ではないかと考えております。私は、日本民族の名誉を守り、国際的信用を維持し、同時に、子孫に独立心を養わせ、そして彼らの繁栄をこいねがうためには、これは払わなければいけない、かように考えます。
 といって、私は、反対論のあることを否定するものでもなければ、その反対論に反対しようという気もあるのではありません。かような問題でありますから、多くの人の間にさまざまな議論のあるのは当然であります。反対論あってけっこうです。外交の問題についてよく挙国一致というような言葉が使われますが、むしろ国内にさまざまの意見のあることをはっきりと相手側に知ってもらうということもまた外交の要訣であろうと思います。でありますから、反対論者の御意見に対しても私は尊敬をいたします。しかし、その反対論というものは、みだりに感情に走り、あるいは何か他の目的のために、反対のための反対をすることは、私はとらないところであろうと思います。かようなことは、国家的見地に立って、歴史の観点に立って、わが国の行くべき道を定める、さような高い純粋な立場に立って判断し、反対論を唱えるならばまたその反対論を唱えるべきであろうかと考えるので、当委員会におかれましても、国会におかれましても、先ほど私が三、四の例をあげました国論の行方をよくお考えになりました上で御判断になることを切望いたします。
 大へん失礼いたしました。(拍手)
○森下委員長 御手洗参考人に対する質疑を行ないます。通告がありますので、これを順次許します。岡田春夫君。
○岡田(春)委員 御手洗さんに、いろいろ御研究のほどをお話しいただきましたので、われわれ審議を続けますためにも今後いろいろ御意見を伺いたいのでございますが、御手洗参考人はあとの御予定がありますそうですから、できるだけ簡単に要点だけ御質問さしていただきまして進めたいと思います。
 第一点は、先ほど、日本の古来からの美風として、借金は返す、借金を返せなかった場合にはお笑い下されたくというお話、これは確かに、私たちも、前からそういうことがあったことも知っておりますし、その通りであったと思います。われわれ社会党は、ガリオア・エロアに対して返済することは反対であるという立場をとっておりますことは、もう御手洗さんも御存じの通りでございますが、この点と、今のお話、そして私の知っておると申し上げました古来からの美風といわれるものと相反するではないか、こういう点で御指摘があったのであろうと思いますけれども、私たちも、もらったものは払わないとか、そういうような単に感情的な考え方で言っているのではありません。われわれもやはり、それはそれなりの立場において、あなたが御賛成になるかどうかは別として、われわれの論拠を持ってやっているわけでございます。そういう点は、きょうわれわれが意見を述べるのではなくて、御手洗さんから御意見を伺うのですから、私の方は申し上げませんけれども、そこで、古来の美風といわれる、お笑い下されたく候という日本の風習というのは、いかがでございましょうか、日本人が古来お金を借りるときにそういう証文を入れるのではございませんでしょうか。
○御手洗参考人 それは借りるときに証文を書くのですから、お話しの通りでありますが、それを入れるということは返すときのことを考えているのであることも言うまでもないだろうと思います。
○岡田(春)委員 これは今さら私が念を押すのはおかしいのですが、おかしいということを私が言わなければならないわけです。と申しますのは、ガリオアを入れたときに、お笑い下されたく候という証文が入っているわけではないのでありまして、西ドイツの場合には、あなたのおっしゃるそういう証文が入っているわけであります。西ドイツの場合には、確かに政府の方の話の通りに返しております。これは今申し上げたような証文に基づいて返しているわけです。ところが、今うしろでいろいろ雑音を出しておりますが、との雑音はまだ事情をよく御存じないための雑音です。というのは、覚書というのは品物が入ったあとの覚書なんです。政府が今まで出しておるいろんな覚書と申しますものは、品物がどんどん入りまして、たとえば二年後の一九四七年の極東委員会の決定でございます。それから、ウィル・ビー・ディサイディッド、先ほどお話しの、今後においてきめられるであろうというのは、これはたしか一九四六年の七月における証文でございます。あなたのおっしゃる証文でございます。とするならば、証文以前においてもうすでに品物が入っておった。こういうことの中でこういう話が進められているわけであります。
 私は、御手洗さんの今のお話は、日本人の精神的な気持としてお話しになった点が多かったんだろうと思いますが、精神的な気持の点はいざおきまして、われわれ、条約でございますから、やはり、条約ということになりますと、証文が取りかわされているのかどうかということが、日本の国内における民法上の問題からいたしましても、借用証書があるのかどうかということが問題になるわけですね。そういうことから言いましても、単に道義的な問題だけでは条約上の問題は解決できない面がある。そういう点がわれわれ国会論議の一つの焦点になっている点を御了解願いたいと思うのでございます。
 これについての御感想がございましたら、御感想を承りたいと思います。
○御手洗参考人 お話しの点、よく御趣旨はわかりました。しかしながら、私は、借金であればむろん返すべきであるし、借金でなくとも返すべきものである、こういうことを申しておるのであります。そのことは精神論では不十分だ、これは大事なことだから、条約で取りきめることだから法理論でいかなければとあなたはおっしゃるようでありますが、しかし、いかがでしょうか、民主主義というものを育てていく場合に一番肝心なものは何でありましょうか。独立の精神ではなかろうか、自主自尊の精神でなかろうかと思う。その民主主義をこれから育てていこう、若い人々にその精神をたたき込んでいこうというときに、あれはもらったものだから、力はできたけれどももう返さぬでもよろしい、こういうような考え方を私どもが残していった場合に、これからあとの子孫にはたして独立自尊の精神というものが受け継がれ、養われていくでありましょうか。これは条約以上の問題であろう。そういう観点から、一つここはやはり返すことに踏み切られてはいかがであろうか。しかし、最初の発言で私が最後に申し述べたように、私は決して反対論が全然無意義であると申すのではありません。その中にはいろいろな示唆があるのであって、また、合理性もあるかもしれません。しかし、それらのことをひっくるめましても、私の申し述べております趣旨はどうも否定する必要はないように思うのであります。
  〔「歯が立たない」と呼ぶ者あり〕
○岡田(春)委員 それはもう御手洗さんの御感想を伺っていくわけですから、歯が立つとか立たないとか、固いものを食べさせておるようなことを言いますが、こういう雑談が入りますので、困るのでありますが、私が伺ったのは、証文がなければいけないということ。これは国家間の条約でございますから、精神論だけでは解決のできない面、これはやはり、後世の日本にとって、条約の上ではわからないけれども精神上こうしたのだということになりますと、日本の将来に及ぼす意味においては禍根を残す。やはり、条約の面でも明らかであり、御手洗さんのお話のように、精神の上においてもこういうことである、こういうことが両々相待って初めてこういうことが言えるのだろう、こういうように私は考えるわけです。
 そこで、その精神論の問題について一言だけ御意見をお伺いいたしたいのでございますが、実は、御承知のように、へーグに陸戦法規というのがございまして、これは戦勝国の一応敗戦国に対するいろいろな規定なんかもあるわけです。この中で、敗戦国民に対しては戦勝国の国家はどういうことをするというようなこまかい実は規定があるわけです。その規定に基づいて、敗戦国民が飢餓の状態になっている場合においては、戦勝国の軍隊としてはこれを人道上の立場において救わなければならないという国際的な取りきめがあるわけです。そういう観点に立ってこういうガリオアその他の援助をやっておった。これはあとで質問の問題にも入りますから、あまりこまかい点は私申し上げられませんけれども、実際問題として、アメリカの国内においても、ほんとうに日本の敗戦国民に対する救済であるといって、政府の品物ではなくて、そういう品物を国民から集めて日本に持ってきたという事実もあるわけです。これは陸戦法規の規定に基づいてそういう救済をやった。そのリリーフというのは救済という言葉であり、救済というのは、アメリカなんかで使っている言葉は難民救済という意味の救済でございます。ですから、これが借金であるとか借金でないかという以前の問題ですね。むしろ人道上の問題としてこの問題が出されている。そういう精神的な問題として問題を考えていく必要があるのではないか。こういう点、われわれとしては何も反対せんがために反対してそういうことを考えるというのではなくて、御手洗さんも、私放送討論会その他でお会いしておりますから、何か私たちが反対せんがために言っておるのだということではなくて、われわれ一つの筋を立てた意見を持っているのだという点は御理解いただけると思いますが、そういうような観点も広く考えていく必要があるのではないか、こういう立場をとっているわけです。そういう点から言いまして、御手洗さんにも、敗戦国民に対するそれらの問題という点を考えていくべきではないのか、それは条約としてございますから、そういう点をやはり精神上の問題その他においても考慮の中に入れていくという点を御考慮わずらわしたいと思うのでございますが、それらについて御感想がありましたならば伺いたいと思います。
○御手洗参考人 岡田さんのお話は二点だったと思います。
 第一点は、わが国が条約上の義務を負ってないじゃないか、最初に物をもらうときにそういう取りきめはないじゃないかというのが第一点と伺いましたが、その点については、先ほど私も、きわめて不十分、不完全でありますが、二、三の点を指摘しておいた通りであります。当時の日本政府が独立の政府であったか、マッカーサー司令部に従属しておったかということは岡田さんよく御承知の通りですが、そのマッカーサー司令部から日本政府に向かってああいう通牒が与えられ、また、アメリカ本国にもそういう報告がいたされておる。これは債権である、日本の債務である、この支払いは後日きめるのだということは、結局、それらのことを通じて、正式にあなたの言われるような条約あるいは協定によって債務を負ったということまでは完全に言っておらぬでも、やはり債務ではないのか、こう考えます。この点についてはいずれ後ほどその方の専門家がお述べになるでありましょうから、私はその辺でお許しを願いたい。
 第二の点について申し述べますると、これはどうもあなたのお考えの中に私も多分に賛同したくなるようなこともないとは言えませんけれども、しかしながら、そういうことがありましても、これは、第二次大戦というようなああいう場合に、全世界にわたって占領軍がそういうことをやったかどうかということが一つ私は事実問題として考えられなければならないと思う。日本に対しては全く一人の餓死者もないくらいに救われておりますが、その他の地域、ヨーロッパ各国など、あるいは東南アジアなどにはずいぶん悲惨な状態があったように私ども考えます。これらが、占領軍がはたして義務を果たしたか。これは事実問題として可能の範囲なんであります。
 それから、日本に対することだけを申し述べますと、これは十九億何千万ドルというようなものが、あなたのお話しになる趣旨を多分勘案したものと考えられますが、だんだん一引き二引きして減額され、今日最後には四億九千万ドルでありますか、約四分の一くらいに減額をされておる。ドイツに比べてもはるかに有利なことにされておる。これらは、今あなたが御指摘の通り、ドイツに対してはきちっとした事前の取りきめがあった、日本にはそういう性格のものがなかったということがこれらの取りきめの中に勘案されておると見てはどうでございましょうか。そういうことから考えまして、正式にあなたの言われるような政府間協定、条約にかわるようなものはなかったけれども、さようなものが絶無であったとは言いがたい。それらが最後のこの協定の額に織り込まれてきたのではないか、私はさように考えております。
○岡田(春)委員 時間の関係がありますから、もうこれ一点だけで私は終わりにしたいと思います。
 今ドイツの例でお話がございましたが、ヨーロッパに対して、これは私アメリカの場合だけでお話をします。アメリカの場合には、ドイツだけに対してヨーロッパでは出しているわけではない。イタリア、オーストリアに対しても出しておる。ところが、これは日本の政府はあまり宣伝したがらないわけなんですが、払う立場に立つから宣伝したくないのですが、イタリアの場合、オーストリアの場合、それから南朝鮮の場合は債務というものを全部帳消しにしております。こういう事実がはっきりしております。特にイタリアの場合などは、私いろいろ今調べておりますが、オーストリアの場合もそうですか、大体ドイツのように、証文をはっきりするという形ではなくて、イタリアの場合なんか、日本の場合と大体同じように証文がはっきりしない。
 こういう場合には帳消しになっておる。こういう形が実は出ているわけです。ですから、われわれこういう点を実は問題にしておるわけです。ですから、同じガリオアで救済援助といわれているものが、一方においてはドイツのように払っている場合、今度日本の場合のように払うという場合、同時に同じアメリカのものでありながらも、イタリア、オーストリア、南朝鮮のごとく、これは完全に帳消しにしてしまったような場合がある。こういう点をわれわれとしては見のがすわけにはいかないわけです。それから、ドイツの場合においては、これはこの岡国会でも論議になったのでありますが、これを帳消しにするかわりに、第二次戦争以前の対米債務その他の連合国の債務というものを大幅に減額しておる。これは、条約の建前として、条約は御承知のように相互主義という建前をとりますから、一方において払うというかわりに、相手においても何らかの債権をどうするというようなことが相互主義の建前としては出てくるわけです。ところが、日本の条約に関する限りは相互主義の建前がとられておらない。そういうところに問題が一つ出てくるわけです。こういうような点についても、御意見があれば、イタリアの場合等について関連して御意見を伺いたいというのが第一点。
 それから、第二の点は、実はガリオア物資というのはほとんど大半アメリカの余剰物資であります。これは国際商品公社というのがアメリカの政府の予算をもって買ってストックしてあったものです。ですから、一応アメリカの予算決済上はそこで解決のしたものです。それを占領地域に対してその国の事情から見て救済用に使おう、こういうことになったわけなんです。簡単に言うと、いわゆる余剰で余っている品物、こういうことであったということがもう一つ大きな問題であります。
 それから、第三の点は、自尊心の問題、これはお話の通りです。われわれも自尊心については池田首相に強く主張したいと思います。ガリオアの問題について自尊心を主張するならば、対米関係においてなぜ自尊心を主張しないのだとわれわれは言いたいわけです。最近のように、アメリカの政策はバイ・アメリカンとかいろんなことでアメリカのドル防衛のためにいろいろなことをやっている。これについても池田内閣はせめてガリオアのように自尊心を持ってやってくれるならばいいけれども、その点はアメリカのおっしゃる通り、御無理ごもっともと言って、この借金を払いますというときには自尊心を発揮いたしますということでは、ほんとうの意味での将来の日本の青年のために自尊心を発揮しろということにならぬじゃないか。この点、借金を払う点だけは自尊心をやります、日本の権利を要求する点では自尊心はございませんということでは――これは御手洗さんがおっしゃったという意味じゃありませんよ。これはわれわれがそういう点から言って政府に対して要求をしたいと思うわけです。これらの点について御感想などがございましたならば御意見を伺いたいと思います。
○御手洗参考人 今度は三点のお話があったようでございますが、第一点の、イタリア、オーストリア、韓国、これは私が最初に申し述べました通りに、私も、あなたほど勉強いたしておりませんが、ややこれらの関係について調べてみましたが、やはり解放地区で全然立場が違うのじゃないでしょうか。韓国にいたしましても、イタリアにいたしましても、オーストリアにいたしましても。しかも、イタリアなどは、降伏以後は逆の立場に立って、ドイツに向かって宣戦をしたいわば与国である。味方である。それと、最後まで戦った日本とはよほどこれは事情が違う、こういうふうに私は解しますが、まあ無理であるかもしれませんが、私はよほどその事情が違うように考えるのであります。
 それから、第二点の余剰物資のことでありますが、これは言わない方がよいのではないかと思いますね。こういうことは、人から物をもらって、お前、余って腐りかけているから、おれに腐らせない前にくれたのじゃないかと言うことは、どうも少し品格に関しやしないか。私どもは、借りたかもらったかという議論は別にいたしまして、とにかくあれでわれわれが救われて助かったことは確かなのでありますから、そういうことはあまり私としては申したくないし、申さない方がいいように考えます。
 第三点は自尊心の問題です。(岡田(春)委員「池田内閣の」と呼ぶ)その批判は私はごめんこうむりますが、その点については、これも私が冒頭の結論において申し述べました通りに、どうも、この点少し、皆さんもそうかも知れぬが、世間も甘くないか。もう少し政府も強くおやりになってはどうか。これらの点についてもうちっと皆さんお考えになったらどうか。最初に私が申し述べたことで、あなたからそれをこだま返しに伺って御同意を得たことを光栄に思います。
○森下委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 御手洗先生に二、三点お伺いしたいと思います。
 ただいま大体岡田委員から御質問になりましたので、私短く御質問したいと思いますけれども、先生から今後の青少年なんかにぜひ教えなければならない精神についていろいろ承りまして、非常に参考になったわけでございます。ただ、問題は、国際間の問題ということになりますと、先生のように、もらったものでもやはり返した方がいいのじゃないかという気持は、私は通じないのじゃないかと思います。世界みんながそういうふうな考え方になって参りますれば、当然戦争なんかはなくなると思いますけれども、そうじゃないところに問題があるわけでございまして、私どもは、やはり筋を通して、債務でないものまで別に返す必要はないと思うのですけれども、この点は、先生は大へん先に進まれて、たとい債務でなくてもやはり感謝の気持を出すべきだとおっしゃったのですが、国際間の関係は、やはり、言うべきことは言っていかなければいけないというふうに考えます。こういう点についての御感想をまず伺いたいということが一つです。
 もう一つは、先ほど二重払いにならないのだからいいとおっしゃったのですけれども、これからこの委員会でも問題になって参りますが、二重払いになるわけなのです。なぜかと申しますと、見返会計の中に三千何億か積みましたその中には、一般会計の方から五百四十五億円というものが入っているわけなのです。これがやはりどうしても二重払いになるわけでございます。そういう問題と、もう一つは、池田さんが利子だけで払うからいいじゃないかとおっしゃいましたけれども、利子で払っても、その利子がもしほかの方に回されれば、もっと日本の経済復興なり何なりに役立つということでございます。これは第二の問題でございます。
 もう一つの問題は、先生のおっしゃいますように、どんどんこっちの方から積極的に払っていくということも考えられるわけでございますけれども、今度のガリオア・エロアの問題で、その過程におきまして日本が当然取れるべき賠償すらも放棄しているということがあるわけでございます。たとえば阿波丸事件で、国際的に守られていたにもかかわらず、ぽんとそれだけ捨ててしまって、遺族の人たちが何が何だかわからないというようなこと。せっかく自分たちは協力していたが、あれだけアメリカからいろいろなものをもらっているのだから感謝の気持であきらめなさいと言われて納得させられて、それを放棄しているという問題もあると思います。それから、もう一つは、先生のような精神でいけば、アメリカももう少し考えてくれて、戦争中あんなひどい原爆なんか落としたのですから、そういう面から考えても、私たちの方は、日本からたとい返すと言っても、あれだけひどい目にあわしたのですから、これはけっこうですという気になって、初めて精神的な結びつきというものができるのじゃないか。一方だけであまり譲ってばかりいて、筋も通さないで払うということは、どうも私どもとしては納得のいかないように思いますものですから、ちょっと御意見を承りたいと思います。
○御手洗参考人 第一点は、岡田先生のお述べになったことと大体同じようなことで、精神論だけではだめじゃないか、こういうお話だったと思いますが、それはもっともなことなのであります。ただ、日本だけが道義的に行動してもなかなか世界はそうはいかぬじゃないか、みんながそうなれば戦争はなくなるという御趣旨だったようでありますが、どうぞ一つ、みんながそうなるように、――われわれ力が少しついてきたものですから払えないという状態、無理やりに払えもしないものを財布の底をはたいてというくらいならば別でありますが、先ほどあなたもお話しの通りに、どうやら三千何百億円の積み立てもできた。その利子で払えるかどうか私はよくわかりませんが、まあそういう状態で払えるようになったのだ。それならば、わが国が率先して、そういう世界に模範を示していく。平和憲法で世界に模範を示そうというわが国なのですから、そのくらいのことは、私どもできることはやったらどうか。そうして、世界の国際道義を高めていく先駆者になっていく、こういうことが必要なのじゃないでしょうか。大へんまた精神論に戻って、あなたのお尋ねの御趣旨にはずれたようで恐縮ですけれども、振り返ってみますと、私はこれはやはり債務であるというのが前提なのでありまして、たとえば債務でなくても払うべきであろうというのが私のついでの議論だったのであります。
 第二点は、私も阿波丸事件についての債権の放棄ということは非常に残念に思います。これはおそらく大部分の日本人がそう思っていると思います。しかし、大体あれは占領中のことなので、当時の当局者もここにはだいぶおられますけれども、正直、だれが当局に立っておっても、あの最高司令部の圧力に抗していやだと言い切れたでしょうか。そういうことがあったと思います。それならば今度のことについてもう少し向こうが考えたらと言うが、その点は私もそうだろうと思う。やや考えてくれておるような形跡が数字に現われてはいないでしょうかね。どうもそういうふうに考えますが、人がよ過ぎるかもしれませんが、私はそういうふうに思っております。
○戸叶委員 あとまだ参考人の方から伺うようでございますから、これ以上は申し上げませんけれども、ただ、日本の方が率先して世界に道義を示すということは、私賛成でございます。けれども、そういうふうなことをしても、相手の方が認めてくれないというときには、結局、日本の国民として日本の国を考えましたときに非常に心配になる面が多うございますので、そういうふうなことがないようにという立場から私は意見を申し上げたわけでございます。
 ただ、さっき二重払いにならないということをおっしゃいましたけれども、一般会計からそこへ入っている場合には、当然、そのお金は、何からのお金何からのお金というふうにひもがついていたり色がついているわけではないのですから、一般会計から入った場合には、当然二重払いになるわけでございます。ですから、やはり国民にとっては二重払いということはぜひ禁じてもらわなければならないと思っているわけですが、そういう点は、参考に申し上げておきたいと思います。
○森下委員長 田中幾三郎君。−大へん田中幾三郎君にお気の毒ですが、だんだん時間がなくなってきておりますので、なるべく時間を簡単にお願いしとうございます。
○田中(幾)委員 ただいまの参考人の御意見は二つに分かれておりまして、一つは、債務はあるならば支払うのは当然である。これはもうほんとうにあたりまえのことであって、われわれも、債務があるならば払うということは、これは当然のことですから、これについては異議がありません。しかし、債務があるならばという前提のもとに立っておりますので、あるかないかということが今この国会で問題になっておるところです。しかも、あなたは、そういう法律論には触れないとおっしゃるのですから、私はこれは問いません。私ども民社党としては、第一に、本件の債務は法律的には債務ではないという前提の上に立っております。もう一つは、これは債務ではないのではあるけれども、アメリカからあの際に援助救援を受けておるから、どうもただであいさつをしないでおくわけにはいかないから、いわゆる出世払いでも、もっと日本が成長し、余裕がうんとできたときに、債務として強制されるのでなく、日本の意思でアメリカに対して何らかの報謝をすべきである、こういう見解に立っておるわけです。
 そこで、あなたの第二段の、債務ではないとしても、こういう救援に対しては感謝とともに支払うべきであるという御意恥ですね。そこで、債務がないのですから、支払うという言葉は私はあまり使いたくないが、力の及ぶ範囲でこの救援に対して何らかの支払いをすべきだ、こういうのは、これは法律上の義務を果たすのでなくして、債務がないのですから、そういう向こうの好意に対して払うのですから、あなたのおっしゃる支払うという意味は、これはつまり感謝の意思表示として何ぼか払うのは当然である、こうおっしゃられるのかどうか、その点をちょっとお聞きしたい。
○御手洗参考人 田中さん、少し私の申し上げたことを聞き違えておいでになるように思います。私は、前提としては、これは債務であるというのであります。その債務であるということについて、詳細なことは他の参考人からお述べになりますが、私は幾つかのその根拠を彼我の文書の中から申し上げたのであります。でありますから、私は、債務であるから当然払うべきものである、こういうのが前提であります。しかし、もし債務でないということにしましても、これは民族の名誉にかけて、将来の子孫の繁栄のために払わなければいけない、こういう議論であります。あなたのおっしゃいますところの出世払いということは、まことにもっともなことなんで、これも私は最初に申し上げた通り、もはやわれわれもやや力がついてきて、十分ではないがどうやら自活ができるようになってきたのであるから、この辺で払うというのが至当ではないかというのが私の意見の大要でございます。
○田中(幾)委員 そこで、政府の方で、債務ありとして、四分の一に減額をしてもらって支払うことは妥当である、こういうふうなお考えのようですが、私は、先般来の国会における論争を通じて、減額をしてもらったという原因には、向こうから援助を受けたものには不良品もあるし、債務であるか債務でないかわからないという性質の非常に不明瞭なものがあって、そこで双方歩みよってこういう金額にきめたのだというふうに政府の答弁を伺っております。私は、この金額に不満であるという点について、あまり世間で主張されていないもう一つの点を申し上げたい。それは、御承知かもしれませんけれども、広島と長崎に落ちたところの原爆から受けた損害というものは、これは戦争による普通の損害ではない。超戦争、戦争を越えた不法行為であるとして、昭和三十年に広島のある人から政府に対して損害賠償の請求を起こして、今日まで約七年の間訴訟をして、現実にまだこれは継続しております。その理由は、普通の防衛地帯に対する戦闘行為ならいいけれども、防衛の何ら組織のない、設備のないところに向かって、しかも毒ガス以上の兵器を使って無棄の無防備の人民に対する爆撃を加えてきたということは、いわゆるへーグの戦争条規、毒物その他の不必要な兵器の使用を禁止した条規に反するではないかという点であります。戦争にはルールがあるはずである。ルールというのは陸戦、海戦の法規です。このルールを破って、トルーマンの命令によってあの爆撃が加えられた。これはルールを破った違反であるからして、別の損害を請求すべきであるとしてこの訴訟を起こしておる。それを、平和条約の十九条の(a)項によって日本が放棄した、人民の請求権、すなわち財産権を放棄した。この放棄したという行為は、憲法と条約との効力の問題にひっからんで有効であるか無効であるかは別問題として、少なくとも日本の国民がそういう不法なることによって受けた財産権の損害を政府がアメリカに対して放棄をしたということは財産権の侵害であるとして、政府に対して損害賠償を起こしておる。私はこの法律論は正しいと思うが、判決を待たなければわかりません。しかし、戦争をやったという日本の責任があったとしても、戦争法規を越えたところの不法行為によって無事の幾十万の国民を殺戮したという悪逆なる行為に対しては、私は世界に向かって抗議をしなければならぬと思う。しかも、政府の条約の締結によってこれらの私有財産に対する請求権が放棄されたということになりますと、莫大なる損害である。この訴状を見ますると、大体広島において二十五万の人が死んだ、長崎においては七万、こう言う。これが正しいかどうか私今調べさしてありますが、もしこれが三十万といたしますと、一人の人命に対して三百万の損害を与えたということになりますと、これは九千億円です。そうしますると、アメリカから日本が援助を受けた代金にまさるところの損害を日本国民が受けておるわけです。そういうことをアメリカに向かって堂々と、戦争法規に違反するところのそういう行為をやった、君の方でこういうことをやったのだから、日本の国内においてもこういう損害を受けておるということを訴えて、あの救援に対する支払いについてはもっと少なくするとか、もしくはただにしてもらうぐらいの政治的折衝をしてもよかったのではないかと私は思う。払うべきものは払うが、こちらから主張すべきものを主張しなかったというところに、私は拙劣なる日本の政治的外交があったと思うのであって、私はこれを決して妥当とは思いません。あなたは、こういうアメリカの戦争法規を越えた日本人に対する被害というものを、人道的な立場から、もしくは経済の立場から、日本が主張しないでいいかどうかということを、常識的に一つ御判断を願いたい。
○御手洗参考人 どうも大へんむずかしいことで、私に答え得る範囲かどうかわかりませんが、私の感想だけを申し上げます。
 お話しの広島、長崎に対する被害、これが放棄されたと申しますか、ほとんど相手にされていない、放棄したというようなことは、私もまことに残念に思います。しかし、これは広島、長崎ばかりでなく、たとえば韓国、朝鮮における在留民の財産も、みんな放棄して帰ってきておる。それが米軍の行為によって全部没収され、そしてこれが韓国に引き渡されて、今日の日韓交渉に非常な紛糾の種になっておる。こういうことも日本政府の怠慢と言えば怠慢ではないか。同じことだと思うのであります。そういうことは他にもたくさんあると思います。しかし、私どもは、今日独立を回復して、かような議論をしておりますときに考えねばならぬことは、さような協定がどうしてできたか。これはことごとく占領されて自主性を失った時代に行なわれたことなんで、まことに私も残念に思い、けしからぬことと思いますけれども、今日となっては、占領時代に自主性、自主権を失なったときに、いわば強制され、強迫されてやったことでありましょうが、いたし方がない。しかし、あなたは、たぶん、それならば今度のような協定のときにそれを考えるのが当然だと言われると思います。私もそう思います。そういうことは、どうもこの協定のあれを見ますと、十分に考えられたかどうかということには疑問を持ちますけれども、しかし、全然考えられていなかったということも言えないのじゃないでしょうか。さように考えます。
○森下委員長 これにて御手洗参考人に対する質疑は終了いたしました。まことに御多用のところありがとうございました。(拍手)
    ―――――――――――――
○森下委員長 次に、参考人堀江忠男君より意見を聴取することにいたします。
○堀江参考人 堀江でございますが、昨日、それも夜おそく、突然ここへ出てこいというお話でありまして、私、ほんとうのところ、専門家でもございませんし、どういうお役に立てるだろうかと考えましたのですが、やはり、大学におりまして国民的な指導者を養成するという立場におりますそういう人間といたしまして、私の教えておる学生がアメリカヘも留学いたします、それからまたソ連圏へも参ります、そういう人たちがほんとうに自主的なものの考え方をする人間になってほしい、そういうふうに教育をしている私の立場、それからまた、経済学をやっておりまして、その経済学も、非常に技術的な経済学でありませんので、政治経済学といいましょうか、やはり国民の福祉から世界の平和までも考えるような経済学をやっておる立場といたしまして、一般的な私の考え方、それを述べさせていただきまして、何かのお役に立てば幸いだ、そう思って出て参ったわけでございます。
 本論に入りますが、今度の協定締結につきまして一番初めに問題になっておりますのは、例の債務性の問題だと思うのであります。これが債務性があるかないかということにつきましては、私どもよりは外務委員会の専門の方々がもうずいぶん詳しくやっておいでになると思います。しかし、私の感想を申し上げますと、政府側でお出しになりました債務性の根拠を一応拝見をいたしております。それは、例のGHQの覚書を見ましても、それからまた、極東委員会の、日本の輸出代金を非軍事輸入の支払いに充てることができるというのを見ましても、その他マッカーサー声明の、あの有名な、米国の予算支出は援助でなく債務である、そうして援助は慈善ではないのだ、日本の国民も慈善は欲しておらぬ、そういうのを見ましても、すべて大体、要するに占領側、米国側の資料でございます。日本側として債務というふうに明言しましたものは、古証文を引っぱり出すようで恐縮でございますが、昭和二十四年四月の例の阿波丸事件の請求権の放棄に関する協定、それの付属文書の了解事項としてかような債務が確認されておる。それは付属文書の了解事項として確認されておるのでありまして、憲法第八十五条の国会の議決を経たものではない。これはもう言い古されたことを申して恐縮でございますが、そういう全体の今までの議論を伺っておりますと、やはり、債務性ということについて、ずうっと――占領当時はいろいろ、それは確かに、今御手洗参考人がおっしゃったように、圧迫もあり、大へんでございましたでしょう。しかし、現在に至るまで、やはり、債務性というものを、アメリカ側の御方針に沿って債務と心得てきたような感じが私はいたします。現在の政府は確かに多数党の上に立っておいでになりますから、形式的には議会民主主義が守られておるかもしれませんけれども、そういう意味で、もっと実質的に、議論を自主的に展開する、そういう立場を守っていただきたかった。今でもおそくはないから、やはりそういう立場で議論がこの国会の場で展開してほしい、そういうことを一つ感ずるものであります。
 それから、第二点といたしまして、債務の計算でございます。詳しいことは私もちろん存じません。しかし、この四億九千万ドルの最終決定、その基礎になります十七億幾らという数字でございますが、これは、私ども聞き及びますところでは、GHQの側からそのつどそのつど、余剰物資が来たときの勘定書などが何万枚というほど来ておりまして、すぐ簡単には検査できない、綿密な当たりようのなかなかできない資料だということを承っておりますが、もしそういうことでありましたならば、何かそこらでも、腰だめ的なといいますか、不安を感ぜざるを得ないわけであります。
 それから、他方、日本側といたしましては、これもすでに議論の尽くされておるところかもわかりませんが、しかし、例の終戦処理費四十七億ドルほど出しておる。そういうものをやはり私どもとしても考えていいのじゃないか。そういった意味で、四億九千万ドルというのが今急速に確定されなければならないということについて、やはり不安と疑いを持つものであります。
 それからまた、今までの経済援助がどういうふうに使われてきたかといいますと、確かに、私どもは、昭和二十二年の七月には、私どもの意思を代表する国会が感謝決議をしておるわけでありますが、その感謝決議をしたあとに、確かにわが国の経済の振興に役立ちました。役立ちましたが、その復興がどういう形で役立ったかといいますと、後の朝鮮戦争に日本が基地経済として役立ったような、そういった今の経済の二重構造というものに結びつくような復興の仕方だった。そういう点が、私たちの立場から残念だと考えます。そういった使い方をされたお金を、現在のような審議の経過で急速に決定されてしまうということに、やはり疑いを持つということであります。
 それから、今度は、それがかりにきまりました場合の使い道でございますが、例の使途に関する交換文書、それに、大体東アジアの諸国の均衡のとれた経済発展に使うということについて日米で協議するということが申されております。その文書によりますと、この地域の安定と平和にそのことが欠くべからざることであると言われております。私も、その通り、安定と平和は必要だと思います。しかし、実際、束アジアと言いましたときに、私の頭に浮かんで参りますのが、大韓民国の軍事政権、そして南ベトナムのゴ・ディンジェム政権、これはやはりどちらも非常に自由な民主主義的な政権とは受け取られておらず、その反対であるのか、米国政府としても援助するのに非常に苦慮しておるというのが通念になっておるところでございます。そういう方に援助される、それが経済援助であっても、反共軍事力を育成して、そうして実は自由と民主主義ならざる政権を援助するという逆効果をもたらすということになりますと、極東の安定と平和のかわりに冷戦の緊張を増しまして、共産陣営の不安と猜疑心の結果、両方が極東における軍拡競争を行なう、そういったコースに日本の国会が積極的に承認を表明する、そういうことになりはしないか。私どもは、そういう意味で、冷戦にまき込まれたくない、ただこういうふうに思うわけであります。
 それからまた、もう一つ、アメリカ政府と日本政府との間に現在協定締結が急がれておりますのに、ドル防衛という問題があると思うのであります。このアメリカのドル危機といいますか、金流出の危機、これは別にアメリカの商業貿易が赤字だから起こっておるわけではございませんことは御承知の通りであります。これは数十億ドルの貿易黒字であります。ただ、世界的に、反共軍事体制、しかも軍事援助及び軍事援助のための経済援助、それが巨額の赤字の原因になっておりまして、今度この四億九千万ドルが確定いたしましたならば、そのドル危機を幾分なりとも肩がわりさせるというか、そういう効果はあると思うのであります。そういう意味での肩がわりというもの、これまた、世界的の米ソの軍拡競争、あるいは中ソ側から言ったならば、アメリカ帝国主義が全面的に悪い、それからまた、米国から言いましたならば、とにかく全体主義が全部悪で、アメリカの自由と民主主義だけが全部善だ、そういった抜きがたい不信といいますか、そういう対立の一方の方に決定的に足を踏み込む。私は、そういう立場をとるならば、ほんとうに日本の国民的な利益というものを考えますと、世界平和、特に極東の平和を非常に不安定なものにするという意味でも、われわれの国民的な立場に損失を与えるでありましょうし、それからまた、今までのような審議の経過から言ったら、ほんとうの議会民主主義を実質的に守るということにも不安を感じます。そうしてまた、そういった意味での一方的な立場を押し進めますと、ほんとうに精神的な自由を持った日本国民のための国民的な利益、それとまた、客観的な、何と言いましょうか、ほんとうに科学的に真実を追及する精神、そういうものが育成されていく基盤が失われるのじゃないか。
 非常に迂遠なことを申して恐縮でございますけれども、それ以上の詳しい専門的なことを申し上げる立場にありませんので、私の立場からの感想を述べて終わらせていただきます。(拍手)
○森下委員長 次に、福島慎太郎君にお願いいたします。
○福島参考人 ガリオア・エロア問題でお話を申し上げざるを得ないことになりまして、この問題は、この国会で御審議が開始せられましてから日時もたっておりますし、その間いろいろに御討議になったわけでありますから、議員の各位、特に当委員会の委員の各位には、この問題の経緯なり背景なり、詳細御研究済みのことであります。今さらここで特にこの問題の専門家でもない私がお話を申し上げる必要はほんとうはないように思います。私自身にその資格が備わっておるとも実は考えておりません。とりわけ、私は、本年の二月初めからつい先日までインドに旅行しておりまして、国会におけるこの問題の御審議中、日本を留守にしておりましたわけでございますので、国会審議についての新聞報道すらその間読めておらないという始末であります。参上するにあたっておそまきながら勉強してこようかと思いましたが、それも果たさず出て参りましたわけで、これらの点をまずもっておわびかたがた御了承得ておきたいと思います。従来の御審議の経過や事情を知りませんから、ややとんちんかんの節もあるかと思いますが、その点はお許しを願わなければなりません。
 私が申し上げようと思いますことは、ガリオア・エロア問題についての法律論ではございません。そしてまた、ガリオア・エロア問題の経過の説明でもございません。事実関係も法律関係も、詰まるところへせんじ詰まってきておる筋合いだと考えますし、他の参考人の諸先生方、その道の専門家もおいでのようでございます。私は、この問題を国民の一人としてどのように受け取っておるか、また、この問題の今日までの国会の御審議状況、私の知る限りにおいて、これに対してどのような感想を持っているかというようなことをお話申し上げてみたいと考えております。
 私の知ります限りにおいては、この問題は国会においていろいろ討議せられ、また、いろいろな方面から検討されたわけでありますけれども、詰めてみれば、問題は、第一に、そもそもガリオア物資というものは、当時、アメリカの放出物資などという名前で、占領軍からただのつもりでもらったものであって、そのために国会で感謝の決議もしているくらいではないか、今さらアメリカが金を払えといった筋合いでもないし、それにわれわれは終戦処理費としてガリオア以上の金をアメリカ軍費用のために出しているではないか、どう見ても今ごろ金を返せと言われることはないはずだという考え方が一つでありましょう。もう一つ、第二の考え方は、当時放出物資といっても、国民は一人々々これに代金を払っておるわけであります。今ごろ返済のために予算を計上されるともなれば、結局、またまたそのために税金を払わなければならないことがあるかもしれない、二重払いではないかという議論でありましょう。言いかえますと、返す必要のある金かどうか、債務とする筋合いのものかどうかという一点と、二重払いの疑いがあるという二点であって、この二つの点に最大の関心が払われておりましたように拝見した次第であります。
 この二つの点について、私の感じておりますことを簡単に申し上げます。多くを申し上げませんのは、これらの点特に繰り返し御審議のあった様子でございますし、私だけが特別の変わった考えを持っているわけではないからであります。
 まず二重払いの点について申し上げますが、これはアメリカの政府が二度金を取るわけではありませんから、アメリカ向けに二直払いという問題はないはずであります。問題は、国民の二重負担かどうかという意味であろうと思います。ガリオア物資に国民から払われていた代金は、特別会計に積み立てられており、今日の産業投資特別会計とかに引き継がれておるそうであります。ガリオア物資の代金の積み上げの結果と見るべきもの約二千九百億円であるという話であります。この資金の運用とかによって、今回アメリカとの間で話し合いのついた金額約二千億円は、ほかの金に手をうけないでも返せる、従って国民の二重負担にはならないというのが政府の説明であるように伺っております。この説明は、私はのめる筋合いだと思います。もちろん、今日、せっかく産投会計に入っておるものを、今さらはき出すのは損ではないか、こういう感情はあります。払わないで済めばそれに越したことはありません。しかし、払えば二重払いになるという議論はなかなか成り立ちにくいように思います。
 最初の第一の点に返りまして、こんなものは今さら返せというやつもやつだし、返さなければならないと考える政府もだらしがないという議論でありますけれども、この議論は、理屈は少少怪しいと思いますが、感情的には若干共鳴させるところがあると正直なところ告白せざるを得ないのであります。特に私が人間がしみったれにできているせいばかりでもありますまい。第一、世の中にはれっきとした国連分担金ですら払わないでがんばる国もあるわけでありますから、これくらいのことはがんばらなければ話にならぬではないかという議論も一応あるにはあり得ると思います。だれだって、一応自分のふところに入れてしまってあるものは、年月がたてば自分のものみたいな気になってくるのが人情であります。相手方が気がついて返してくれないかと言ってくれば、そのときには、自分自身の身上だとばかり思っていたところ、それを削って返すということに相なるわけでありますから、この際無理しても一理屈言いたくなるということであります。ですけれども、世の中には自分の都合のほかに仁義というものもあるはずであります。個人生活においては、不仁義と言われようが、世の中のつまはじきとなろうが、ほおかぶりして暮らし抜けばいいではないか、風当たりは自分でしんぼうすればいいではないかという哲学もないことはありません。心臓の強いという名をうたわれたストージとかシャイロックとかという物語りもあるわけであります。しかし、これが国の行為となりますと、そうは簡単に参らないと思います。政府は長い目で見て国と国民の利益を擁護すべき責任と義務とを負っております。目前若干の節約になるとしても、国際的不義理を強行して、あとあと不利益になってもそれはがまんすればいいではないかという理屈は、政府の処置の場合、政府の行為の場合通用しにくいと私は考えております。
 脱線するようですけれども、ここでもう一つ個人と国との行為のよしあしの基準の違いについて感じていることを申し上げさせていただきます。それは、ばくちということであります。一か八かやってみようということがあります。自分だけの場合でしたら、その結果に自分が全責任を負って、はたには迷惑をかけないというのであれば、一か八かということもあり得ると思います。乗るかそるかということもあり得ると思います。やりそこなったら笑ってしくじりましたと言ってしまえば済む場合もあると思います。存外世の中では豪傑だといって評判がよくなるかもわからない。しかし、国の行為の場合には、政府の施策の場合には、一か八かだの、乗るかそるかだのはやってくれては困るのであります。国は国民の利益を擁護する大原則の上に立たなければなりません。乗るかそるかで乗ってしまったのではいけないのであります。石橋をたたく確実な処置のみが国には要求されていると私は思っております。太平洋戦争で大ばくちを打たれた日本国民としては、みなそういうふうに考えているだろうとは私の信念であります。こんなことを申し上げるのは、ガリオア・エロアを処理するにあたって、アメリカにも理屈のあるところがあるにおいては、その限度において払うべきものは払うということが、国として、国民として長い目で見た場合の妥当な行為であり、国民の利益擁護にかなう政府の責任ある処置である、勘定に立った個人的損得勘定の計算と混同すべきではないということを申し上げたいからであります。ガリオア・エロアに対するもともとのアメリカの請求額は十九億ドルとかあるいは二十億ドルとか聞いております。日本側では十七億ドルくらいという計算だったという話であります。日本側が自分の計算を主張するのはあたりまえのことであります。そのほかにもいろいろ日本側に理屈のあることがあるでありましょう。理屈はある限りにおいて並べ立てるのが当然であります。使い道の必ずしも納得できないものもあったそうでありますが、これも引きおろしてもらうように交渉すべきものでありましょう。朝鮮や琉球関係と見るべきものもあったとかいう話であります。これも棒引きにしてもらわなければ困るでありましょう。アメリカが請求した総金額の中にはそのようなものがさまざまあったということも事実であったでありましょう。あるいは今日なおどちらともきめかねるというものがあるのかもしれません。十九億ドルから値切り始めてきて、はっきりしたものをだんだん落としているうちに、また疑わしきものを落としているうちに十六億ドルとか十七億ドルとかになったそうですけれども、そのあとは一括腰だめで三分の二以上を切り捨てたという話でありますから、これで疑わしいものは大体含まれて落ちてしまった、それでおつりが来ていると見るのが私にとっては常識であります。値切りに値切って、払うことにした金額は四億九千万ドル、これを十五年がかりで払うという話であります。それなら特別会計に残っている金で事が済む、こういうことだそうであります。政府がアメリカと談判した結果がここまで来て、それで払いたいという提案をしてきているのが今日のガリオア・エロア問題であるそうでありますが、それならある程度上できである、ここまでに交渉したのならば、その金は返していいのではないかというのが私の常識でございます。
 ガリオア・エロアに関する国会審議の状況は、新聞で見ました限りにおきましては、政府・与党は、おもに政府でございましょうが、ガリオア・エロアの債務性が、その経緯から言ってあると見ており、野党はないと言っておるのだと思いますけれども、真実は、少し極端に申せば、その中間にあるのかもしれません。ある部分もあるし、ない部分もあるのではないか。全くないと言い切ることは無理ではないかというのが私の感じでございます。
 私は、昭和二十年に当時の総理大臣秘書官を勤め、二十三年には内閣官房次長を勤めておりました者でございます。戦後の食糧事情最悪の事態に立ち至りまして、宮城に米よこせ運動が押しかけるといったような当時であります。当時のGHQへ食糧の緊急輸入の懇請に参りましたこと再三であります。ガリオア・エロアの全部が占領軍が勝手にやったことで、われわれの知ったことではないという感じは、どうも正しくないと考えます。後日決済を交渉するというアメリカ側の意向もわかっておったわけであります。今さら何もかも払わないという主張はできにくいと私は考えております。十九億ドルという先方の主張を四億九千万ドルにまで切り下げてあれば、疑問があって払いたくないということで問題となり得る部分は、切り落とされておると私は確信しております。ガリオアであれ何であれ、アメリカであれだれであれ、日本の当然の主張は主張せられなければなりません。しこうして後、その主張が認められた上は、当時外貨の乏しかった日本の緊急食糧輸入の要請が、この形でともかくも実現されたのは、アメリカの好意によるものと率直に認めなければならないと思います。そのゆえにこそ国会の感謝決議もあったわけでありましょう。感謝した以上は何も払わぬでよろしい、返さぬでよろしいという理屈は、世間に通用しにくい理屈であると私は考えます。日本がこれから国の安全を確保し、国民の繁栄を期待するためには、世界における国々の連帯に依存しなければなりません。われわれの国の位置なり立場なり、そうしてまたわれわれの国の経済的な条件というものがこれを運命づけておると思います。アメリカとの関係はその必要な一環をなすものであります。このことは、好む好まざるとは別として、国民の大多数がこれを感じ、知っているところであると思います。アメリカとの関係におきましてはもちろんのことでありますけれども、それ以外のすべての国々の関係においても、没義道、没常識の主張、行動に出る国との定評をこの種の問題からこうむらぬようにしたいものであると考えます。われわれ、今日の処置は、われわれの世代だけでなく、将来のわが国民の利益にも関係すると思います。ガリオア・エロアの問題については、今日この際、政府とアメリカとの交渉を率直に承認し、適当の処置がとられて差しつかえない問題であると私は考えております。
 最後にもう一言申し上げさせていただきます。あるいはこのことを最初に申し上げておくべきであったかもしれません。私には重要と考えられる一点であります。ガリオア・エロアの問題が、そのこと自体のメリットを離れて、日本の対外政策の基本についての見解の相違からその賛否がまずもってきめられているのではないか、ガリオア・エロアについて論じられたいろいろの議論というものはすべてお飾りであったのではないかとする私の素朴な疑問についてであります。国際政治における日本の立場の問題は、それ自体きわめて重要な問題であり、また複雑困難な問題であります。私自身その解答を持っているなど、えらそうなことを申し上げるつもりはございません。しかし、その異なっている見解の立場から、たとえば、日本にとってアメリカとの協力はこれを否認するとの立場から、ガリオア・エロアについてはすべて政府の処置に反対との態度が先にきめられ、あとは適宜理論を工夫するだけというのがもし今日までの論争の土台に存在していたとすれば、それではいつまでたっても国会の討論を通じ国会の審議を通じて国民が問題の本質を理解することができないであろうと存じます。私は、国会の論争がどういう形でなければならない、どうあってほしいかなどということを注文をつける立場にはおりません。ただ、私の希望だけを申し上げるのであります。国民は、国会の論議を通して問題を理解する機会を与えられることを念願していると思います。それは当然でございます。なぜならば、選挙を通じたり、あるいは世論の盛り上がりなどを通じて、国民は国会における諸問題の処置についていずれは判断を行なう機会を与えられるはずだからであります。だとすれば、そうしてまた、私の懸念するように、いずれの問題にせよ、事がアメリカならばすべて反対ということで、ガリオア・エロア返済反対と相なっておるとすれば、国民たちはガリオア・エロアをそのことのメリットによって判断し、また理解することがはなはだむずかしいことになっていると言わざるを得ないのであります。
 念のために申し上げますけれども、私は、ガリオア・エロアの問題の賛成か反対かをきめるのに際して、対米協調否認の大原則に基づいてこれをきめてはならないと言っているのではありません。それも一つの考え方であるからであります。私の申し上げたいのは、ガリオア・エロアが対米協調是か非かで自動的にきめられたのであれば、その点を明らかにして国民に訴えるか、あるいは、さらに一歩進めて、その大前提それ自体について国民の理解を得、国民の判断を仰ぎ得るように説明される方が正しいのではないかということでございます。
 御清聴を感謝いたします。(拍手)
○森下委員長 次に、参考人風早八十二君にお願いいたします。
○風早参考人 私は、財政経済の専門家であったというような関係から、また、現在一法律家としての立場から、与えられました問題について意見を述べさせていただきたいと思います。
 このガリオア資金の性質は、本来ヘーグ陸戦法規の趣旨に基づくものでありまして、占領地域住民の飢餓、疾病及び社会不安を救済するためのものである。従って、おもに食糧、衣類、医療品というようなものである。エロア資金の方は、経済復興という積極的な目的のもとに、綿花、重油、鉄鉱石、粘結炭というような工業原材料であったのであります。ガリオアのほかにエロアが導入されましたのは、占領政策の転換というような事実と関連するものと考えます。さらに、二十四年の七月以降ガリオアの名称一本になったのでありますが、もはやその内容は、本来のガリオア的な、つまり救済資金というような性質から離れまして、もっぱらエロア的な内容のものになっております。このことは特に御指摘いたさなければならぬと思います。従ってまた、その配給先も、一般国民から離れまして、大きな工場及び鉱山経営に振り向けられてきたのであります。これは、具体的には、昭和二十五年、一九五〇年の朝鮮戦争というものの勃発ということと関連させて考えなければならないことだと思います。
 本日は、時間もありませんので、もっぱら初期の本来のガリオア資金に限りまして、それが対米債務であるか、単なる贈与であるかという、いわば法的な性質について考えてみたいと思います。
 皆さん御記憶のように、日本では、終戦後、国民の生活物資、ことに食糧の不足はひどいものでありました。他方、大きな倉には、莫大な物資、食糧品が隠匿されておりました。国民は群れをなして隠匿物資の摘発、食糧メーデーというようなことをやりました。松島松太郎君は、「朕はたらふく食っている、汝臣民餓えて死ね」というプラカードを掲げてデモに参加し、不敬罪に問われました。天皇のお台所の実地検証というようなことが行なわれた事件もありました。ここで、マッカーサー連合軍最高司令官としましても、この人民の激しい不満を静めることなしには占領政策を遂行することはできない、そのためにはともかくも腹のふくれるものを与えるにしくはない、こういうふうに考えられたようであります。マッカーサーはワシントンの陸軍省にかけ合いまして、陸軍省は陸軍省で、アメリカの資本家、業界にこのことを話しました。
 ところで、終戦当時、アメリカの大きな倉庫には、戦争が終わっても使い残りの、不要になった食糧品が山積しておりました。ほうっておけば腐る。陸軍省としては、それを買い上げようじゃないか、税金は一文もかけないから安心しろ、こういうことで、こういった余剰物資がどんどんと日本に流れ込むということになったのであります。これは偽らない歴史的な事実です。一九四七年の救済決議の資金使用に関する法律、リリーフ・リゾリューション・アプロプリエーション・アクト、この中に「物資調達には合衆国内で調達することが合衆国国民経済に利益を与える種類の生産物の調達に優先権を与えること」という規定がございますのが、まさにそれであります。ドッジさんも、後に、たしか二十三年と思いますが、上院の証言の中で、米国の倉庫の中で余剰物資は腐りつつある、これを日本に放出することによってマッカーサーの占領秩序が維持できます。三石二鳥とはこのことです、こういうことを述べておるのであります。
 他方、日本政府としましても、国民の飢餓状態をほうっておけば民主勢力が台頭する、ひいては政権の動揺を来たす、こういうようなことで、それこそお再度を踏んで、先ほど福島先生もおっしゃられましたが、GHQに援助物資の放出を懇請したのであります。つまり、日本政府は民主勢力の盛り上がりを封じ、政権を維持するため、また、GHQとしては占領政策遂行の必要ということで、両者の利害は完全に一致したようであります。
 しかし、それにしましても、放出された膨大な援助物資というものはどういうものであるか、これについてもう私はきょうは省きます。私たちに現に配給されたのは、トウモロコシとか、砂糖とか、ほしアンズでありました。その中身については省きます。しかし、何しろ食べるものがなかったのでありますから、食べられるものなら、ないよりあった方がよろしい。ですから、やはり、下さるものは夏も小そでという醇風美俗のおかげで、何でもありがたくちょうだいしようというのが多くの国民の正直な気持でありました。しかし、これが代金を払わなければならない債務であるなどと、だれが一体思ったでしょうか。昭和二十二年七月の国会におきまして、先ほどもお話が出ましたが、アメリカの食糧放出に対する感謝決議が行なわれました。これが、おそらく義理がたい日本国民の感情として精一ぱいというところであったと思います。まさか、これは借金だなどと考えたお人よしは、さすが日本国民の中にもたくさんはいなかったと私は断じて決して言い過ぎじゃないと思います。この点は、よく私たちは当時を振り返って申し上げるところであります。
 ところが、池田総理は、最近しきりに、私はかねてから債務と心得えておった、こうおっしゃられ始めております。これは、やはり、今申した国民感情から申して、まさに寝耳に水の、言明を申したいのです。そこで、かりに債務といたしますと、どうしてもつじつまの合わないことがたくさんあります。
 まず第一に、債務であるなら、弁済方法があらかじめきまっておるのが当然であるし、普通であります。私人間の債務契約におきましては、なるほど、あるとき払いの催促なしというようなことも親戚間などでないことはありません。しかし、これまた一種の弁済方法の取りきめにほかならないのであります。ましてや、国と国との間に何の取りきめもない債務関係などがあろうはずはないのです。しかるに、米国はガリオア援助を何年も継続しましたが、その間に、日米両国間にこの援助に関して他日日本がアメリカにその代金を支払うべきことを定めた公式な取りきめは全然存在いたしません。
 第二に、債務とは、請求に応じて給付をなさねばならない資格でありますけれども、その後、現在まで、米国政府から、あれは債務だからいつ何日までに弁済してくれというような請求があったという事実も存在いたしません。
 第三に、かりに債務だといたしますと、時効の問題はどうなるわけでしょうか。これは、私人間では債務の請求権は最大限十年である。十年以上も何の請求もしないままで経過すれば、どんな債務でも、もはや請求することはできません。時効の制度は、自然法に法理的な根拠を見出し得る限り、国と国との債務関係にも妥当するものであると考えることができるのであります。本件の債務の発生は昭和二十年九月にさかのぼります。すでに十七年を経過しております。援助物資の受け入れを継続的なものと解釈して、この最終の受け入れである二十六年、一九五一年を開始の年としましても、すでに十年はたっぷり経過しております。もともと国民は借金だなどとゆめゆめ考えておらない。いただけない品物であるけれども、せっかく下さるのだからありがたくちょうだいしようと言ったにすぎないのであります。十年も十七年もたった今日、突然あれの代金を払えと言われても、国民の法感情はとうてい納得できないところであります。
 第四に、池田総理は、かねて債務と心得ていたものを今度ははっきり債務として国会の承認を求めるのだ、こう言明されました。これはきわめて重要な問題を含んでおります。と申しますのは、本件は、御案内のように、もともと日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件でありまして、憲法七十三条三号ただし書の規定に基づいてこの承認を求めておるものであります。しかし、そこのところには手続上から申しても許しがたい飛躍がございます。けだし、協定の内容は国の債務負担行為に対する国会の承認であります。従って、七十二条三号ただし書きの前に、何よりもまず、憲法第八十五条並びに財政法第十五条に基づいて国の債務負担行為そのものについて国会の承認を求むるべきものであるからであります。
 池田総理が、政府としてこのような間違った提案を国会に出されながら、他方、同時に、はしなくもガリオア債務である以上あらためて国会の承認を求めるのだとおっしゃることは、この意味で、その限りでは手続上きわめて正しい言明であると言わなければなりません。しかしながら、それにもかかわらず、この池田言明というものは、結局、以下に述べます理由によって、憲法上はナンセンスに帰着するのであります。と申しますのは、憲法第八十五条にいうところの債務の負担についての国会の承認というのは一体何を意味するかであります。
 しばらくここで「註解日本国憲法」の引用をお許し願いたいのです。その第千二百八十ページにはこういうふうに芽、てあります。「國の債務負擔行為については、國が債務を負擔しても、その履行のため国費を支出するには國會の議決が必要であるから、特に債務負擔行篇を拘束する必要はない上うにも思われる。しかし國が債務を負擔した以上、それに基く支出は法律上もちろんなされなければならず、殊にそれが後年度においてなされる場合には、將來に財政的負擔を残すことになる。従って本條は、既にその支出の原因たる行爲をなすこと自體について國會の議決を経るよう、要求したのである。」、以上であります。
 第八十五条にいうところの債務を負担する行為というのは、一体いつにさかのぼりますか。言うまでもなく、援助物資を受領したときであります。しからば、その債務負担行為についての国会の承認を要するということは、この援助物資を受け取る際に、その事前に国会の承認を経なければならないということであるほかないのであります。しかるに、政府は、すでに十七年も前から十年前まで年々国会の承認なしに援助物資を受け取ってきたのであります。従って、池田総理の言われるごとくにこれが債務であるならば、政府はまことに憲法第八十五条に違反する違憲の債務負担行為をやってきたわけであります。従ってまた、今にしてその国会の承認を求めるということは、違憲の債務負担行為の承認を求めるという、それ自体違憲行為であることを意味するほかないのであります。私があえて池田言明は憲法の立場からすればナンセンスじゃないかと申しましたのは、このことであります。
 以上のように、ガリオア・エロアを今さら債務だということは、どういう角度から見ましてもつじつまが合わない。また、国民の法感情にも反するのです。池田総理が今さら国会承認によって債務でないものを債務に転化しようとされる御事情、またそのお気持は私にもわからないことはありません。しかし、それは、法的に言えば、時期におくれた抗弁みたいなもので、採用するによしない無理なことでございます。
 そうすると、池田総理は一体何を無理してまでこれを債務に仕立て上げて、現実にまたそのお金をアメリカに提供しようとされるのでしょう。これは国民として根本的な疑問の存するところでございます。吉田内閣は、GHQ顧問の例のシーボルトさんのアメリカ帰任の、手みやげを作るために、阿波丸事件の損害賠償請求権を日本側から放棄されました。池田内閣は、だれの手みやげを考えておられるのでしょう。それどころか、今度の場合、それはある個人への手みやげというようなみみっちいものではなくて、二千八十五億円ですか、この莫大な返済金がかりにも韓国の独裁政権あるいは南ベトナムのアメリカの軍事援助というものに化けるというようなことにでもなったら、それは大へんだと私は考えます。
 要するに、本件は、一法律家として見まして、法的にはそれ自体違憲行為である。また、実体的にも、私の考えるところでは有害無益である。従って、こういう案件はむしろこの際撤回されることが国民の意に沿うものではないかというふうにさえ考えるところでございます。
 まことに失礼でございましたが、一言意見を申し上げました。(拍手)
○森下委員長 次に、参考人大平善梧君にお願いいたします。
○大平参考人 国際法学者といたしまして、また国民の一人といたしまして、戦後の対日援助の処理問題につきましていささか意見を述べさせていただきます。
 戦後の対日援助の処理問題は長い間の対米懸案でございまして、この問題はガリオア・エロア資金等による対日経済援助の処理というわけであります。米国側が占領中に一方的に援助した費用を日本側が債務としてこれを弁済する、こういう問題でございます。
 敗戦直後数年間に、米国はわが国に約二十億ドルと称せられている援助を与えたことは事実でございます。この援助は、食糧、医療から石油、石炭、綿花など工業原料に至るまで、当時は進駐軍の援助物資として放出されたものであります。そうして、これらは恩讐を越えた米国からのプレゼントとして、そのときのわれわれは、これをありがたく受け取り、感謝したわけでございます。つまり、日本人は、ばく然とこれらが借金だとは一般には考えていなかったかもしれないのであります。それだけに、その後債務として米国から請求され、これを知らされたときには、国民の気持には確かに複雑なものがあったことは間違いないのであります。
  〔委員長退席、野田(武)委員長代理着席〕
 米国のこの申し入れが新聞などに広く伝えられましたのは、昭和二十七年末ごろのことでございます。これ以来、国会での論争も大へん活発になって参りました。しかし、援助というものを無償であると思いまして、ありがとう、サンキューと、言えば、すべての借金を踏み倒せる、こういう考え方は、日本人の東洋的な感覚ではないかという気がするのであります。ここに国際的感覚とのずれを私は感ずるものでございます。エイドとい言葉、援助助でございますが、これは積極的に他人を強める、助ける、そういうのでありまして、必ずしも無償ではありません。無償の場合もありましょうが、無価ということでなく、他人を助けるというのが援助でございます。たとえば援助債券――エイド・ボンド、あるいは共済組合――エイド・ソサエティというような場合に、金を集め、そして仕事をさせるということ、そういうことが重要なのでありまして、必ずしも有償無償を問わないのであります。
 これを国際的に申しますれば、ソ連がいろいろな経済援助をやっておりまするが、中共に対しまして決して無償では出しておらないのであります。私もその点調べたのでございますが、長期の借款と貿易関係とをさしておるのであります。従って、ガリオア資金並びにエロア資金、そういう性格をわれわれが考える場合には、これは援助という言葉だけではこの問題をつかむことはできない。そこで、沿革的なことを考えてみる必要が起こってくるのでございます。
 ガリオア資金というのは、占領地救済資金、ガバメント・アンド・リリーフ・イン・オキュパイド・エリアズの訳語でありまして、占領地救済のために設けられたアメリカ陸軍省の予算でございますが、日本、沖縄、ドイツ、オーストリア、朝鮮等に供与されたことは御承知の通りでございます。ガリオア資金は、占領地の住民の最低生活を維持し、社会不安と病気とを防ぐために供与されたものでありまして、アメリカから直接に食糧、肥料、医療品等の治安安定物資が輸入されたのであります。
 次に、エロアというのは、占領地経済復興資金、エコノミック・リハビリテーション・イン・オキュパイド・エリアズの訳でございまして、経済復興のために使用される生産手段を供給するというような磁極的な意味を持っていたのでございまして、初めはガリオアでございましたが、後にエロア資金が供与されるようになって、額もふえて参りました。一九五〇年、トルーマン大統領の教書によりまして、岡者の資金の区別は廃止されたのでございます。
  ところで、この両資金その他の援助物資があるようでございますが、アメリカ側としては、初めからこれを無償であるとは言っていないのであります。贈与であるというふうに言明したことがない。受け取る方が何と考えたかということは問題がございますが、向こうでは贈与であるということは言っておらないのであります。先ほどからその点はだいぶ繰り返されておりまするが、一九四七年の極東委員会の決定の中にもこの点が触れてあります。また、米国陸軍省のガリオア予算として計上されておるのでありますが、そのときの説明にも、向こう側としては、無償である、恩恵であるというふうには決して言っていないのであります。これはアメリカのタックス・ペイアーに対するいろいろな感じを考えているわけでございましょうが、特に日本は戦争をしかけた国である。そういう国に対して多額の金を出すということに対しては、相当の気がねもあったようであります。一九四七年の二月二十日、マッカーサー元帥が米国議会に対しましてメッセージを与えておりますが、これは日本の債務となる、援助は慈善ではない、また日本国民も慈善を欲していない、――どういうふうにして日本が慈善を欲していなかったと判断しかおかりませんけれども、そうマッカーサーは言っておるわけであります。これは日本の新聞に翻訳されて出ておるわけでございます。その他の当局の証言もやはり同じような趣旨のもとにやっておることは御存じの通りでございます。それから、援助物資が渡されるとき、特に最初に引き渡されたときに発せられたところの連合国司令部の日本政府あての覚書には、この場におきましてもたびたび言われるように、この援助物資の支払いは後日これを決定するということが例文的に書いてある。例文的に書いてあるからこれを無視するということは、それでいいのかどうか、これはやはり解釈の問題でございますが、私は、ちゃんとそういう意思をはっきりさせておったということだけは疑いをいれないのであります。
 それから、阿波丸請求権の処理のための日本国政府及び米国政府間の協定の付属の了解事項というものがございます。この中で、占領費及び日本国に供与されたところの借款及び信用は、日本国が米国政府に対して負っている有効な債務である、これらの債務は、米国政府の決定によってのみこれを減額し得るものであるということをうたっているのであります。これは国会に報告されておるのでありまして、公式の文書になっておるものであります。当時日本は占領下にあったおけてございますが、しかし、日本政府の了解事項といたしましても、米軍の立場をわが方が了承したということだけの意味ははっきりしていると思うのであります。
 以上のように、米国側といたしまして、無償贈与と考えていたとは考えられない。占領中の対日経済援助を当方はどう考えているか、お人よしのアメリカさんがプレゼントしたんだ、クリスマスでもないのしにプレゼントした、こう早合点した。困っているときではあります、そう考えれば、確かにガリオア援助問題というツケをあとからもらえば、日本人はきれいさっぱりなことを好みますから、あと味の悪いという点はないわけではない。しかし、またよく考えますと、日本人くらい恩を考えている国民はない。水をくれる親、あるいは一宿一飯の義理、ちょうちんを借りた恩、武士の名、こういうことわざのような言葉がございますが、何かそういうような言葉によりまして、こういう問題を処理してきたと思うのであります。しかし、もしそういへ処理の仕方だとすると、医者の薬礼は先次第で、結局信義関係で、債務だか債務でないかわからぬというようなことになるかもしれない。しかし、一体、ありがとう言えばもうもらったも同様だという考え、これは、割勘でなくて、そういうのをモズ勘定と言うんです。他人の財布だけあてにして払わたいというのはモズ勘定である。外国人と一緒に飯を食えば、やはり割勘でやるというのが国際的なルールなんですね。こういうような国際的なルール、いわば国際法で考えたらとうなるか。このためには、東洋的な感情論をしばらくおきまして、客観的な国際社会の通常のルールに従って考えてみたいと私は思うのでございます。
 そういたしますと、戦後対日援助資金の法的性格というのがどうなるかということが問題に相なるのであります。占領中に米国側から一方的に供与されたところの経済援助は、先方は無償で提供したものでないと言っているのですから、その点ははっきりしておる。いかなる債務であるか、その間に正式なる条約はない。何か条約らしいものはある。そういうふうな何か債務と心得るというような了解らしいものはある。しかし、はっきりしたいわゆる国際法上全権委員が署名調印し批准したというようなそんな条約はないわけでございます。日米間に正式な借款協定が結ばれた上での物資の輸入ではなく、占領軍が単独で処理した、いわばあてがい扶持のような感がないわけではない。ガリオア放出は占領軍が占領政策の一環としてやったということ、これは疑いをいれない。しかし、正式にわが方の合意を得たものでないとするならば、これをどういうふうに見るか。しかも、この場合に、日本を占領した占領の特殊なる状態を思い出さないわけには参らないのでありまして、従来の国際法上の占領制度というもののカテゴリーに必ずしも入っておりません。普通の戦時占領でもなく、また、講和後の保障占領でもなく、終戦後に行なわれた長期にわたった特殊な占領でありまして、ドイツのような場合におきましては、一時政府がなくなってしまった。ところが、日本では、無条件降服をしたようなしないような特殊な関係でございまして、降服文書に調印したというのでありますから、若干合意しておる。必ずしも一方的な占領ではないのだけれども、しかし、残ったところの政府はすっかり頭を押えられておる。こういう形であって、当時のマッカーサーの権力というものは全能でございます。そこで、対内的、対外的なわれわれの国の統治活動が制限されておる。いな、なかったと言っていい分もあるわけです。従って、貿易もできない。物資を輸入することもできない。さて迫ったところの飢餓をどうするか。外貨もない。このときにガリオア・エロアというものの放出があったわけでございます。これらの問題は、講和条約ではっきりときめればそれはきまるべきものであります。しかしながら、それはきまっていない。また、占領にもあまり関係がないような借款とか信用というのを講和後の問題として処理するというのも、決して不自然ではないのであります。しからば、この性格をどう見るか。私は、民法の理論、私法理論によりまして、これを契約ではないが契約に準ずるクワジ・コントラクト、準契約という考えでつかまえるのであります。具体的に申しますと、日本民法における、――大陸法的な考えでございますが、これを事務管理と考えます。ガリオア資金は占領地のための必要物資の購入その他輸入代金の信用にかかるものでありまして、これは、いわば一種の経済的な、物資に関係あることでございますので、こういう国家の経済的行為に関しましては、民法理論、私法理論を当てはめて類推いたしまして考えてよいと私は思うのであります。法の一般原則というのは、国際司法裁判所の裁判規則にもあるのでありまして、こういう問題がもし国際司法裁判所に行くとすれば、おそらくそういう私法理論を類推して、文明国に認められた法の一般原則に、よって裁判すると考えられます。
 この準契約もしくは事務管理というものは、たとえば海難の救助、船が海難いたしましたときに救助してもらうその費用の問題、逃亡家畜の管理、牛や羊がにげた場合に、だれかそれをつかまえてくれていろいろな費用がかかったというような場合、無能力者に生活必需品をやったという場合にあることで、何か私は、当時占領下において日本が限定能力者であったのではないか、その間に向こうがあてがい扶持をしたのだから、この無能力者に生活必需品を供与した、こういうような関係ではないかとさえ思うのであります。こういうふうに考えますと、向こうは代金をとる、費用をとる、こう考えても、こっちはそういう払うという意思は必ずしもないかもしれないが、事柄の性質、全体の環境からいたしまして、やはり債務関係が生ずるものでないだろうか。たとえば、こういう国際法的な問題といたしますと、一国の軍艦が海難にあった、そういう事実があった、こういった場合に、向こうが救助してくれたということ、これは決して国家が債務を負担する行為ではなくて、向こうが助けてくれたので、債務を負担させる行為が助けられたときに現実にあるのですね。そういう事実関係がありましたときに、あとからその費用のツケが来た、いろいろそこで精算をする、そして最後に払うという条約関係ができる、こういう関係ではないだろうか、こういうふうに考えます。
 では、事務管理を国際法の債務発生原因と考える考え方がたいかというと、たとえば、第一次大戦後、ベルサイユ条約第三十四条によりまして、人民投票を条件として、オイペン及びマルメディ、これかベルギーの方に割譲されるようになったのでございますが、人民投票が行なわれる前に、ベルギーがこの事務管理者として公平にこの問題を処理してほしいということをドイツは要求しておるのであります。ですから、一つの先例はある。学説的に申しますと、ウィルヘルム・ヘフター、このヘフターというのは、明治初年におきまして日本文でも翻訳されておる有名な学者でありますが、その著者の国際法の私は八版を読んだのでありますが、二百十八ページに、契約によらない義務のうち許された法律事実として準契約、クワジ・コントラクトというものを、私法理論を類推して公法で認めてもよろしい、こう書いてあります。でありますから、これはやや自然法的な考えでございまするが、いわば英法におけるエクイティ、衡平の原則に基づいて、事柄の性質上債務が発生している、こういうふうに私は考えるのであります。こういうふうに考えまして、日本の占領された占領費というものは、国際慣行によりまして敗戦国が負担する。向こうも、日本の人民の生活復興というようなものについて、向こうが積極的に貢献する費用を払った。日本が占領費を払うなら、もちろんとしてそういうものを払うべきではないか、こういうもちろん解釈も私は成り立つのではないかと思います。
 このガリオア援助の債務性につきましては、もちろん反対論はあり狩るのでございます。私は、法の一般原則に従って、事実の性質上その費用は債務だと心得ておるわけでございますが、もちろん、その反対論、これは、先ほど議論に出ましたヘーグの陸戦法規の第四十三条でございまして、占領地の法律を尊重し、公共の秩序及び生活を回復確保するために施し得る一切の手段を占領者はしなければならない、こういうのであります。これは、そういう一切の手続をして生活の安定をはからなければならぬという義務が占領者にあるけれども、しかし、同時に、これは無償だということはだれも言ってない。むしろ原則として現地調弁です。(「税金をとっている」と呼ぶ者あり)――税金ももちろんでありますが、徴発、あらゆることがやれる。従来の税金をとる取り立てもあるし、軍の必要なる軍票を発行してとるとか、いろいろなことをやるわけです。そういうふうに、この規定をもって無償だというわけにはいかない。逆に、占領地の法律を尊重しという点が、基本法を改正し、民法を改正し、あらゆる日本の在来の法律を改正したという点について文句を言うなら、この規定は生きると思いますけれども、ガリオア・エロア問題についてこの規定を引用するのは、必ずしも適当でないと私は考えているわけであります。その点はもっと申し上げてよろしいのでありますが、一応私の意見だけを申し上げます。
 それから、対日平和条約第十四条(a)項でございますが、これは間接軍事費と直接軍事費の問題でございまして、連合国が占領の直接軍費に関する請求権を放棄している、だから、こういうガリオア・エロアのような援助債務は放棄したと解釈できないかということです。これは、法律の方で断わった場合には、つまり特殊的なものをちゃんと断わったという場合には、他のことは、それは逆になる。こういうことになるのでありまして、面接軍事費を放棄したということは、逆に間接軍事費に関する連合軍の請求権はそのままだという意味であります。これは当時のことですから、日本政府もそれをのまざるを得なかった。起草者の意向、たとえばダレスの意向でありますが、一九五一年の三月三十一日、ホイッティア大学における演説がありますが、米国は占領開始以来日本国内の社会不安と経済不安とを防止するため救済費と経済援助費として約二十億ドルをつぎ込んだ、それは米国がこの問題と主要点領国としての責任とをいかに真剣に考えているかを実際にはかり示すものである、しかし、米国には占領終結後無期限にこのような経済的援助を続ける用意はない、また賠償有権者が日本から取り立て得るところのものをアメリカが補充するというようなこと、肩がわりしようということは考えていない、事実、米国は、戦後の米国の対日援助はある程度の優先的な取り扱い、プライオリティ・ステータスを受けたいと考えているんだ、こういうことで、これが賠償と援助費との間のつり合いでございまして、援助費、ガリオア・エロアは払わなくてはならぬから、賠償の方も少なくしてほしい、これは日本の外交交渉にだいぶ役に立った点ではなかったかと私は想像するのでございますが、アメリカ側としては、むしろこれを残しておいて、日本の外交交渉を助けるという意味であったのかどうかわかりませんが、そういう意味ではないでしょうが、とにかく、それを残すということは、起草者ははっきり言っている。そして、サンフランシスコ平和条約の解釈につきましても、日本政府はそういう解釈をとっておるのであります。向こう側としてはやはり大いに念を入れておるのでありまして、先ほどの時効にかかるなんというのはとんでもない話で、毎年のように請求されてきたわけです。サンフランシスコ会議でも、ドッジは、一応、めでたい講和の席上であるにかかわらず、はっきりと、日本はどうして、ガリオアを払うつもりかというふうに催促しているのであります。一九五三年のワシントンの池田・ロバートソン会談におきましても、ガリオア問題というのは重要な会談の課題の一つであったのであります。外務省の情報部で発行しました平和条約の解説の中でも、これはいわゆる直接軍事費として放棄したものの中に入っていないということははっきりしておりますし、国会の西村熊雄政府委員の答弁でも、その点をはっきりさしております。それから、民間で発行されました代表的な解説書にも、はっきりとその点はうたってあるのでございます。
 しかし、私は、アメリカが与えましたところの援助を全部日本が債務として負う必要はないというふうに考えます。ガリオア援助が有益である限り、事務管理にいたしましても、必要であり有益な費用は、――むだに使った費用はこれは負担すべきではないが、有益なる費用は払う、これが私は重要な点だと思うのであります。日本の債務でありまするが、しかし、英米法の準契約の理論というのはちょううど不当利得の理論でありまして、こちら側が不当に利得してはいけない、利得があるならばそれを払え。ですから、日本側に利得があるか、それが有益であったかどうかということをやはり日本としては十分に考えてよろしいのであります。ガリオア・エロアその他の援助の費用償還義務というのは、その事実があったからだけで債務が確定するものではない、その援助が本人に及ぼした有益性によって測定されて確定するものである、こういうふうに考えるのであります。そういう事実、援助されたという法律事実はある。しかし、その事実だけでは、一般的な不特定な債権が発生するにとどまる。債権の目的額というものは、具体的にはその後のつけ落ちをいろいろ調べ合わせて、これで双方納得するというところで初めて具体的になる、こういうふうに考えるのであります。
 しからば、どの程度までガリオア・エロアは日本に役立ったか、私は二つの役割を持っておったと思います。第一は、わが国はこれによりまして必要とする輸入物資の大部分を外貨を払わずして輸入することができた。敗戦直後の昭和二一年から、二十六年に援助が打ち切られるまでの間に、対日援助によります輸入は、わが国の総輸入額の中で占めておりました割合は年平均三八%、これだけの物資がこのガリオア・エロアの援助によりまして日本に入ってきたわけです。何と、敗戦直後二、三年の間におきましては、六〇%から七七%までの必要物資を外国から輸入することができたわけであります。第二は、これらの援助物資はただ消費されるだけではなく、民間への払い下げ代金は財政の中に繰り入れられまして、わが国経済の復興に役立つように使われていたのです。これはGHQの方の指令、サゼスチョンによりましてやったのであります。対日援助物資の売却代金は、昭和二十四年三月末までは貿易資金特別会計に繰り入れられております。この会計は複雑な内容を持っていましたけれども、この金で当時の悪性インフレーションによる割高の輸出品を買い上げて、これを安い国際価格で外国に輸出する、いわば輸出補助金というような価格補正をしておったわけです。補給金のような面を持っておったのであります。輸出促進を通じまして生産を拡大するような役割を持っていたのであります。この経済的なことは、私専門家でありませんが、一応目を通して調べますと、非常に有益であり、インフレーションを防ぎ、飢餓を防ぎ、そして日本が今日まで復興するもとを作ったと考える。いわば有益性は十分にあった。特に、国有鉄道、電力、海運、そういうふうな基幹産業について、このものが生き返った。これは国民として十分に考えなければならぬというふうに思うのであります。しかしながら、これはやはり利益が向こう側にあるならばこれを相殺してよろしい。私はその点を考えております。従って、向こうが余剰物資を持ってきた、そういうものの処分という面があるならば、その分はやはり金額の方でかげんすべきである。そういうふうにかげんすべき点をももちろん考えなければならないと思います。
 時間が来ましたので、最後に私は、この一月に日米のこの処理協定が締結されたのでありますが、この協定は、数年前にやっておりましたのは五億五千万とか何とかを日本へ要求したのでありまして、ねばりにねばって四億九千万ドルというところまで来たのでありまして、安い方がいいにきまっているのでありますが、しかし、大体このへんのところがいいのではないか。しかも、賠償というような問題が一応片がついた。西ドイツの場合には三分の一というのでありますが、こちらも同じような割合で割引してもらっておる。とするならば、これでいいんではないか、こう思います。私は事務管理というやや大胆なる立論をいたしましたが、もしこの理論が間違っているとすると、これは事実は非常に特殊な関係から出てきたのでありまして、無条件降伏を提唱した故アメリカ大統領ルーズベルト自身に責任があるので、大平には責任がないと思うのです。西ドイツ側におきましては、この問題を処理し、さらに、ドル防衛のために、西ドイツは一括して繰り上げて払っておるようであります。そういうことでございますので、この援助の事実をわれわれは認め、そして政府としてしかるべくこの点で手を打ったのでありますから、信義を重んじて通過さしていただきたいと思っております。
 最後に、イギリスのことわざに、ペイ・ウイズ・ザ・セーム・ディッシュ・ユー・ボロー、あなたが借りた同じ皿で払えという、決して借金を踏み倒すのではない、高過ぎるでもない、ちょうどいい同じ皿で払ったらいいだろう、少なくとも西ドイツが払った同じ皿でわれわれは払ったらいい。
 以上で私の話は終わります。(拍手)
○野田(武)委員長代理 次に、参考人松岡洋子君にお願いいたします。松岡参考人。
○松岡参考人 この、カリオア・エロアの問題が私たち一般の人々の生活にとって大へんに重要な問題であるらしいということはわかりながら、いろいろな疑問が出てきたので、私は去る十三日この外務委員会を傍聴いたしました。そのときに、池田首相が、これは債務であると心得るという答弁をなすって、それに続き社会党の黒田議員は、債務だと心得るということと債務であるということがどう違うかは、今後また質問すると言われました。これは、私はまことに奇妙な問答だというふうに伺ったのでございます。というのは、私たち一般人の常識からいたしますと、債務というのは、これは客観的事実なんであって、それを心得るとか心得ないとかいう主観の問題ではないからであります。私たち普通の人間がものを借りる、ことに大へん膨大な額のものを借りる、あるいはそれをもらうというときには、これがはっきり最初からわかっていて、これはもらったのだとか借りたのだということがはっきりしないことは、普通の人間の間でそういったようなことはないことである。しかも、それが国家の場合となればなおそうであるべきだというふうに私たち考えるが、これが一般の常識ではないかと思うのです。これを政府の方は債務であったと言う。そういうことを言われておりまして、そうして、昨夜私の手元にいただきましたこの資料の中で、私はいろいろとその根拠と言われるものを読んだのでありますが、私のような専門家でない者は、ことにこの資料は非常にわかりにくかったのです。
 それは、まず、先ほどのお話にもありましたように、アメリカ政府が一ぺんでも贈与であると言明したことはないということがまず書かれてあります。しかし、言明したことがないから、従ってそれが債務であるというふうにすぐに続いてこないものであることは、これは言うまでもないことだと思います。
 さらに、もう一つの理由として、マッカーサー元帥がアメリカの議会でこれを証言した、そうして、その証言されたメッセージというものは主要各紙に掲載されているということが書いてあります。このように重要な問題を、政府が国民に知らせる場合に、単に主要各紙に掲載されたという、そのことだけで一体いいのかどうか。私たち国民といたしましては、ことに私たちの財布から出てくる税金の使われる道については、いろいろな問題がただただ新聞の中で一行とか二行とか、あるいはもっと出たとか出ないとかいうことできめられては、これははなはだ困ることなんでございます。これははっきりと国会なり何なりの重要な場所にかけて、私たちみんなのわかる場所にかけて、こういうようなことは知らせたというふうに、これは今後もぜひともしていただかなければならないことだと思います。
 それから、その次には、この援助物資が引き渡された際に発せられた連合軍総司令部の日本政府あて覚書というのがございます。これは一九四六年七月二十九日だということが書いてあります。つまり、援助物資の支払いについては後日これを決定する旨のただし書きがついています。政府はそういったようなことは最初から御存じであったようでございます。しかし、このことについては、国会の答弁の中で水田蔵相が、御自分さえも、これは蔵相になるまでよく知らないことだというような答弁をなされております。水田蔵相までが御存じなかったことを私どもが知るわけがない。そうして、それを国民が知らなかったということ、知らなかったんだから債務ではなかったという理屈が毛頭立たないことは私も重重承知しております。しかし、国民が知らされなかったということについては、これは政府が責任を負うべきではないか。そうして、それじゃなぜ政府が今までこれを国民に隠してきたのか、このことを私たちへはっきり知らせていただきたい。それからまた、債務と知りながらしかも国会の承認を得なかったというのは憲法に違反するということが、これは憲法を読めば非常にはっきりすると思います。
  〔発言する者多し〕
○野田(武)委員長代理 静粛に願います。
○松岡参考人 そうすると、この十何年間というもの、政府はそれを知りながら国会に承認を求めなかったということになれば、この十何年間憲法違反になってきたということではないだろうか。
 そうすると、ここで問題になってきますのは、たとえば債務であるとするならば、普通の場合には、何が幾ら、どのようなふうに債務になるかという契約書が取りかわされるはずでございます。ところが、この契約書というものが今度の場合には全然ないらしい。そうして、そればかりではなくて、このいただきました資料の中には、一九四五年から五二年の間に日本に対して与えられた経済援助だということは書いてございます。しかし、このガリオアという言葉でもってアメリカの陸軍省の特別予算に計上されたのは一九四七年であったということも、ほかの資料で私は読みました。そうすると、四五年からあったことに対して、これがアメリカで特別予算に計上されたのは四七年で、そうすると、その間はどうなったのか。さらにまた、それからあと日本でこういった見返資金というものをきめたのは四九年だそうでありますけれども、そうするとこの四年間はどうなったのか。さらにこの四九年の場合には、エロアという、ガリオアとは全く関係がないとは言わないけれども、片一方は救済であり、片一方は復興であるという、この二つが組み合わされるというようになったことについても、私たち一般の国民の間にははっきりわかっていないと思うのでございます。
 さらに、このガリオアという言葉でございますけれども、これは英字新聞を読んでおりますと非常に困惑させられます。というのは、ジャパン・タイムズには、これはガバメント・アプロプリエーション・フォア・リリーフ・イン・オキュパイド・エリアズという言葉が書いてあったり、けさのジャパン・タイムズにはガバメント・アカウントという言葉が書いてございます。さらに、国会の答弁の中では、カバメント・アンド・リリーフだそうでありますけれども、そういったように、このAという言葉だけがこんなにいろいろに変わるということは、これは債務という客観的事実を言うには非常にあいまいなとこではないだろうか。もっとこういうような点ははっきりしていただかなければ、私たちは、どんなに感謝の気持があったにしても、これをこの際払うということは、国の財政から見て、また、私たち、アメリカとの今後の国交を友好的にしたいという上から言っても、これはやめるべきではないだろうか。
 さらに、この場合に、今度は債務であるとするならば、この金額の根拠になる資料というものがもちろんなければなりません。私たち普通の場合には伝票とかいろいろあるのでございますけれども、しかし、私がごく短期間に読みました幾つかの材料によると、アメリカ側と日本側との勘定が食い違っている。単にアメリカ側と日本側が食い違っているだけではなくて、日本側の中でも食い違った数字が出てきているということでございます。これが債務であるならば、どんなにそれが額が小さいことであろうとも、こういうことをはっきりしていただかないでこういうようなことがされていくということになると、この国会というところはそういうようなことをはっきりさせるための存在だというふうに理解しております私たちにしては、非常にこれは困ることでございます。
 なお、こういったようなことのほかに、つまり、債務であるならば、私たちに選択の自由があってしかるべきことであったというふうに考えます。しかし、私たちがバケツを持ってあのざらめを買いに行ったりあるいはトウモロコシを買いに行ったりしたああいった状態のことを考えますと、全く選択の自由のない、しかも向こうが一方的に計算したようなものをこちらが押しつけられるというようなことは、一体どういうことなのか。
 こういうふうに考えて参りますと、今国会で取り上げているこの問題というのは、今まで全然はっきりしなかったこういった占領費の一部を今この際債務と私たちが認めるかどうかということにかかわっているんだろうと思います。今この際認めるかどうか。これは池田首相も十三日の委員会で答弁なすったようでございますが、そうしますと、今度は、このほかに、その払う金というものの用途ということが問題になって参ります。その用途について、やはりいただきました資料の中に、これが東アジアの平和と安定、アメリカと日本が考える安定と平和のために使われるということが書いてあります。アメリカが考えるこのアジアでの安定と平和というものは一体どういうものであろうか。これについては、実はこの日曜日の英文毎日に非常に示唆に富んだ記事が出ました。それはアメリカの通信社であるUPIの副社長のホープライト氏が書いたものでございまして、アジア諸問題の中心は中国であるという、そういう題の、非常に長い原稿でございます。これを読みますと、ラオスにしてもベトナムにしても、あるいは韓国にしても、こういった国々の問題は、中国をやっつけさえすればいいんだという趣旨の記事でございまして、そうして、その中国を今この際やっつけることが非常に妥当性があるということが書いてあります。それは、南ベトナムからも攻め入り、韓国からも北進し、さらにラオスからも攻め入り、そうして今度蒋介石の軍隊が本土数カ所に上陸していく、その場合にアメリカは空からカバーする、だからアメリカは歩兵を全然使わないで済む、今このように外からの力が中国に加わっていくならば、中国で反乱が起こるだろう、そうして、その反乱は成功するだろう、この見通しはアジア諸国の中の何カ国かの高官が持っているものであり、さらにアメリカ大使の何名かがこういう考えを持っているということを、このUPIは伝えております。これは私は非常に重要なことだと思います。アメリカが考えているアジアの平和と安定ということがこういうことであるとするならば、そのために私たちがこの際、ない外貨を使って、そうして一千八百億からのお金をここでもって払うということが一体どういうことになるだろうか。こういったようなアジアの情勢について、ことにこの際南ベトナムから大いにやるのがいいというようなUPIの記事でございますけれども、この南ベトナムでは、すでに二、三日前毎日新聞の特派員も書いておりましたように、これはもうほんとうに戦争状態であって、そうして、アメリカが公称七千五百と言っている軍隊がもう一万にもなっているのじゃないかというようなことも書いてありましたけれども、こういったような、アジアの状態を明らかに激化していくことのために私たちのお金が使われるということ、それを一体私たちはどう考えたらいいだろうか。やはり、日本国民の一人といたしましては、この際これだけはっきりとアメリカ側が問題をもうそうだと言っているのですから、だから、これは私は払うということはどうしても妥当でないと考えます。
 しかし、妥当でないというふうに考える私といたしましても、だからこれはやめていただきたいのですけれども、しかし、そこまでまだいかなくても、ともかく、この際、わけのわからないいろいろな諸問題をもっともっと討議していただいて、これからの国会の中で国民に非常に明らかにしていただきたい。国民に非常に明らかにするところが国会の場であり、そして、国会の話し合いというのはまさにそういったようなことであるというふうに私たちは考えます。国会の正常化ということは、そういった答弁が出てくることであって、どういうふうに心得るということよりも、何が事実であるかということをここではっきり出していただくことだと存じます。そういったようなことがなく、強行採決に持ち込むというような、新聞の報道しておりますようなことになるとするならば、それこそ国会正常化に反することではないか。
  〔発言する者あり〕
○野田(武)委員長代理 静粛に願います。
○松岡参考人 こういったような問題について、先ほどある参考人が新聞の論説をあげて、そうして世論もそうだと言われたことを伺いましたけれども、しかし、新聞の社説には載らないような、新聞の社説を書けないような一般の多くの人たちの疑問というものは、まさにそこにあるのではないかと存じます。そういったようなことをけさもある婦人の会議で話し合って参りました。ぜひそういう点だけは明らかにしていただきたいと思います。(拍手)
○野田(武)委員長代理 これにて各参考人の御意見の陳述は終わりました。
○野田(武)委員長代理 この際、堀江参考人は所用のため一時半に退席の申し出がありましたので、堀江参考人に対する質疑を行ないます。通告がありますので、これを許します。正示啓次郎君。
○正示委員 堀江先生お急ぎのようでございまして、御迷惑と思いますが、先ほどの御供述につきまして一、二伺いたいと思います。
 まず第一に、堀江先生は全然お触れにならなかったのですが、これはあとからほかの参考人の方にも伺いますが、当時の状態におきまして、国民は配給のたびごとに政府に金を払っておるのです。この事実を先生はよく御序じの上でさっきのお話をなすったのかどうか。われわれは、私も当時一国民でございますが、(発言する者あり)――ちょっと黙って下さい。政府がアメリカに払うとか払わぬとか議論をする前に、国民はとっくに払っておる。そうして、その金が十分に運用されて、今日四千億にもなってきておる。それで、国民の率直な感じは、私は先ほど来ほかの参考人のお話を聞いても不思議にたえないのですが、われわれはとっくに払っておるのに、今ごろ何をやっているのですか、もっと早くアメリカとケリをつけたらいいじゃありませんか、こういうことでありまして、それを払わないとか払うとかいうのは、ネコババしょうとかということにむしろ国民には映るのではなかろうかという点が第一であります。
 それから、先生は、憲法八十五条による国会の承認を経ていないということを言われますが、もしこれが、さっき大平参考人からもるるお話があったように、当時ノーマルな、平和な、日本とアメリカが対等の関係にあったならば、当然これは事前に国会の議を経て契約を結んだでございましょう。しかし、敗戦国日本は、当時の事情としてそういうことができなかった、われわれはほんとうに事務管理的にやられざるを得なかったということ自体、あなたも法律、経済に知識がおありでございますから、これを一つ冷静にお考えになっていただいたらどうであるか。そこで、それはできなかった。もしこれをしいて最初から、――十七億九千五百万ドルとわれわれ言っておりますが、アメリカは十九億五千四百万ドルと言っておりますが、最初からこれを全額債務だとしたら一体どうなったでありましょう。この点です。あとの点は、これは仮定の問題でございますが、先生は先ほどその点を指摘されましたが、私はそういう場合にどうなったであろうかということを一つお考え願いたい。
 終戦処理費、この問題は平和条約ではっきりしておることであります。ミックスアップなすっているのではなかろうか。挙止に御講義をなさるのでございますから、そこを一つ整理していただきたい。ミックスアップなさらないようにしていただきたい。
 それから、これは経済復興に役立ったけれども、朝鮮事変で二重構造を作ったじゃないかとおっしゃる。それは世の中の暗いところばかりをごらんになることじゃございますまいか。そういうことで御教育なさると、生徒は暗くなるのじゃありませんか。明るい教育をやっていただきたいということをこの際お願いを申し上げます。(「質問じゃないじゃないか」と呼ぶ者あり――)意見を言ってもいいのです。あなただってさっき意見を言ったじゃないか。
 その次に、この使用計画について、(発言する者あり)――黙っておれ、失礼だぞ。
○野田(武)委員長代理 静かに。静粛に願います。
○正示委員 東アジア、韓国、南ベトナム反共軍事力というふうなことをおっしゃるのも、これも、先ほどどなたかがおっしゃったように、ある立場に即して、そこからだけのものをごらんになるということならば別でございますが、その点については、アメリカだけの意向ではございません。日本はこれについて十分協議をして、適正妥当なる使用をやろうと、言ておるのであります。ほんとうに平和な産業の発展、民生の安定に使うように心がけていって、どうして間違いでございましょうか。この点を一つお伺いしたいのであります。
 なおいろいろ申し上げたいのですが、お時間がないそうでございますから、これだけお答えをいただきたいと思います。
○堀江参考人 お答えいたします。どうも非常に教師としての資格がないようにしかられまして、恐縮でございますが、第一点から申し上げますと、当時われわれも代金を払ったじゃないか、私も確かにネコババはいたしませんで、あれは払わないといただけませんでしたから、そのことは間違いなく覚えております。ただ、そうやって払ったものの計算のことを私は申し上げたのでございまして、債務というものがあったら確かに払わなければならない。私は、とにかく何でもかんでも払うなということをさっきも一回も申し上げておりません。ただ、実際にこういう問題が起こってきたら、これは一体債務であるのかないのかという根本問題、それからまた、債務としたらどういう額として計算するかという問題は明らかにございます。そうしますと、これは御承知の通りでございますけれども、あのころに入ってきました物資の計算ということがどうなるかというと、米国側の価格は非常に割高であったということも言われております。それからまた、ちょうど先ほど大平参考人がお出しになりました、貿易資金特別会計において、日本の方が当時非常に割高であるべきものを割安にアメリカへ輸出するための輸出入価格差補給金に使った、それだから日本経済に役立ったという見方もございますけれども、私もその事実は知っておりますが、それですから、アメリカの方では高かるべきものを安くお買いになれたということも事実でございます。私はそういうふうに解釈いたします。
 それからまた、終戦処理費とミックスアップするな、これは、終戦処理費は別の問題だとおっしゃいますけれども、終戦処理費として使ったその膨大な額、それは何に使われたかというと、ついでに朝鮮の問題に使われましたし、いろいろな問題があったということは、狭い法律論ではともかく、事実の問題としては、私は忘れることはできない問題だ、こういうふうに思うのであります。
 それからまた、八十五条の件でございます。もし当時われわれがアメリカと対等の立場にあったならば、もちろんそこで国会の議決も承認も得ただろうとおっしゃいます。その通りだと思いますが、しかし、もしそのとき対等の立場にあったならば、今そちらがおっしゃいましたように、十九億なりあるいは何十億なり、みな債務として引き受けるようになったら大へんだとおっしゃいますが、対等の立場にあったら、そんな決議や承認は当然なかったろうと思いますので、何かその話はよくわかりません。
 それから、朝鮮事変、二重構造とおっしゃいます。そういう暗い面もあるということはお認めのようでございます。明るい面ばかりを申し上げておっては、教育者としては不適格でございまして、私のゼミナールでは、明るい面と暗い面を両方常に対比させる、そういうつもりでございます。最初私が申し上げました通り、私は、今の共産主義、それから反共問題につきまして、どっちか一辺倒という立場でございませんで、その点では一番自分としては教師として適格だと思っておりますのですが……。
 それから、その点で、韓国、ベトナムの問題も同じでございます。要するに、ヴォルテールが言いましたように、君の意見には全く反対だけれども、しかし君の意見を言うというその権利は私の生命をかけても守る、そういうことがほんとうに生命をかけてもという大げさなことでなしにできるような、あまり社会党の方と自民党の方といつでもこうやっておやりにならないで、なごやかにいけるような中で国論が形成されていくように、そういうために御参考の意見を申し上げたつもりでおります。
○正示委員 最初の、国民は払ったのだ、私もネコババしなかったのだというその点だけ、ちょっと私はそういう意味で申し上げたのではないのでございます。国民から政府はすでにとっくにちょうだいしておる、そして、現に産業投資特別会計にたくさんのお金があって、その四千億に対して、今度元利を入れて二千八十五億払うのでございますから、それを政府が払わないと、国民がお払いになったものをネコババするようなことになるのじゃないか、この点についてどう考えるかという質問だったのですが、先生がネコババされたということはとんでもない話なので、そういうことを申し上げておるわけではございません。
 それから、米国への輸出を安くしたのだとおっしゃいますが、当時の輸出と輸入の数字はもちろん御承知だと思います。これは、とてもとてもそんなふうなことをおっしゃっても、当時日本に輸出する力がいかになかったかは先生もよく御承知だと思います。そこで、先ほど大平参考人から言われたように、これがあったおかげで外貨なしの輸入ができたのだ、そういうこと自体は非常に大きなメリットであって、それを国民は配給価格でいただけてありがたいと、国民の代表である国会が感謝決議をしたのだ、この事実でございます。この事実をお心におとめいただきたい。
 それから、私は暗い面、ばかりをごらんになると言ったということですけれども、何も暗い面ばかりでなく、両方おっしゃっていただければいい、こういった意味で申し上げた。そこは私も決して片寄っておらないつもりでございます。
 その最初の点だけもう一言お答えをいただきますれば、私は質問を終わります。
○堀江参考人 わかりました。私がネコババしたということじゃなくて安心いたしましたが、そうやってわれわれが払ったお金を政府が抱いていらっしゃっては、かえって政府がネコババになるじゃないか、だから払ったらよかろうという議論の前に、一体これは払うべきかどうかという根本問題、それから、この審議のあり方、それから、先ほど福島参考人がおっしゃいましたけれども、結局、これは、明かるい面と暗い面と両方つき合わせてみましても、こういうふうな審議で、こういうふうな使い方で、たとえば東アジアに対して使うということで、それだったら、安定と平和に役立つといって、安心なさる方と、私どものように、やはり心配になってくるという者とありますので、おそらくいつまでも平行線になるのではないかと思います。
 恐縮でございますが……。
○野田(武)委員長代理 堀江参考人には御多用中のところまことにありがとうございました。
 この際三十分間休憩いたします。
   午後一時十三分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時五十七分開議
○森下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 これより各参考人に対して質疑を行なうことといたします。なお、大平参考人は所用のため三時に退出いたしたいとの申し出がありますので、その点お含みの上、どうぞ御質疑を願いとうございます。森島守人君。
○森島委員 お話の次第もございましたので、一番先に大平さんと風早さんのお二人にお伺いをしたいのでございます。
 阿波丸事件の請求権放棄等の問題につきましては、政府は、これを国会の審議に付きなかった点について、事前の授権であるという解釈をとっておりますが、私は、事前の授権というものがはたしてあるかないか、非常な疑問を持っておるのでございます。もし事前の授権があり得るとするならば、憲法上に明確な規定がなければならぬ、こう私は思っておるのでございます。政府が事前の授権だと言っておるのは全く言いのがれにすぎないと思うのでありますが、純粋な法律学者としてのお立場から、憲法に明示なき事前の授権というものがはたしてあり得るものであるかないかについて、大平さんと風早さんの御意見を求めたいと思うのでございます。
○大平参考人 阿波丸事件を処理しました当時は、日本が占領下にあったわけでございまして、私、憲法学者でございませんので、そういう特殊な事態において、新憲法のもとに事前の授権というものがあり得ないかあり得るか、特に阿波丸事件についての私の意見というものはございません。しかしながら、国際法学者といたしましては、条約というものが事前の授権なくして絶対にできないというようなことでは、国際関係の微妙ないろいろ変化の多いときでありますし、従って、たとえば、条約によって授権して、そしてさらに協定を結ぶ、協定の方は国会にかけないというようなこと、あるいは法律を、あらかじめ授権法というような毛のを制定して、それに基づいて協定を結ぶというようなことは、これは当然の政治的な慣行になってしかるべきだと思います。従って、国会の感謝決議というふうな形で、しかも、感謝決議の内容を見ますと、相当具体的に授権してあるのであります。私は、阿波丸の特殊な問題でありまするが、授権必ずしも不可能ではないと考えております。
○森島委員 風早さんの方は一つあとにしていただきまして、引き続いて一、二問御質問したいと思うのですが、ただいまの御説明を承っておりますと、私の質問の出し方が悪かったかもしれません。しかも、国際法学者であって憲法学者でないとおっしゃる大平さんにこの質問をしたのは、あるいは筋違いであったかと思いますので、その点御了承を得たいと思います。しかし、今御説明を承りますと、事前授権によって条約を結ぶことはできる、こうおっしゃったように拝聴いたしましたが、それは私はできると思います。むろん当然のことだと私は思います。私がお尋ねしましたのは、事前授権によって、国会に付議すべき条約または協定を国会に付議しないで、国会の両院の決議があったから、その国会の事前における両院それぞれの決議によって、政府は事前に授権されたものとして協定を結び、その後に国会に付議しなかったというのが事実でございます。この事実がはたして憲法上にいう事前授権だけで済むものか済まないものか。私は、少なくとも事後において国会に付議すべきものであったと信じておるのでございますが、大平さんに御質問するのは無理といたしますれば、この点は御了承を得まして、もしこれにお答えがおできになるようなら、一つ法律学者としての立場から御意見を承りたい、こう存ずるのでございます。
○大平参考人 阿波丸事件に関しまして、国会が衆議院、参議院ともに決議をしておると思うのでございまして、政府は速かに、連合国最高司令官のあっせんの下に、米国政府と商議を開始し、前記請求権の放棄を基礎として、本事件を友好的に、解決すること。」、「政府は本決議に基いて執った措置の結果を本院に報告すること。右決議する。」、こう言っておるのですから、報告さえすればよろしいわけでございます。
○森島委員 私は、それは日本国憲法上の手続を全然無視しておると思うのでございます。ただいま、言葉じりをとらえるわけではございませんが、条約や協定を結ぶについても事前授権法とおっしゃいました。私は、こういうものがあるかないか知りません。事前授権法なんというものはないと思いますけれども、その事前授権だけで条約や協定を結ぶことは私は差しつかえないと思う。しかし、憲法の要求しておるように、国会の承認を求むべきものを事前授権だけでこれを省略していいものかどうか、憲法しの御見解を承りたいと思ったのでございます。もしお答えができぬようでしたら、また、権威あるお答えをいただかねばならぬと思うのですから、御専門が違うということで御答弁を差し控えたいとおっしゃるならば、私これで了承いたします。この点について風早さんの御意見を承りたいと思います。
○風早参考人 お答えいたします。私の解するところでは、憲法第八十五条は、国民の代表としての国会が、政府の財政処理、ことに国の債務を負担する行為をコントロールする規定で、この国の債務を負担する行為というのは、阿波丸の場合にはこれは消極的でありますけれども、当然これは解釈上この中に含まれるものと解するのでありますが、従って、阿波丸事件のごとき、国民の当然有する、しかも金銭的な請求権というものを政府が一方的に放棄する場合には、これは当然憲法第八十正条並びに財政法第十五条に基づきまして国会の承認を必要とすると、かたく信じておるのでございます。
○森島委員 まことに明快な御説明をいただきまして、私満足いたします。
 これは参考人に対する問題と別でございますけれども、かくのごとぎ憲法上の重要問題は、私は国会としてもその解釈を明瞭にしておくべきだと思うので、委員長にお願いしますが、これは議運なり何なりで取り上げて、将来のために明確に解釈を統一されんことを求める次第でございます。委員長の御所見を伺いたい。
○森下委員長 さよう手続をとります。
○森島委員 次に、福島さんに私は御質問をいたしたいのでございますが、福島さんは、先ほど御自身でおっしゃいましたように、法律的とかいうふうなかた苦しい立場でなくして、常識的に一つ話をしたいというのが福島さんの前提であったように私は思うのです。個人と国家の立場につきましても、その責任の差のあることも前提としておっしゃっておったのでございます。福島さんは、私と同様、外務省に相当長く勤務いたしましたので、おそらく国際的な広い見地から御意見を吐かれたものと存じておるのでございます。
 ところで、第一にお伺いしたいのは、政府におきましては、この債務であるか債務でないかという問題について、きわめて不明確な立場をとっております。池田さんは、本委員会における答弁の席上におきましても、もらったものの中にはただのものもあるんだ、贈与というべきものもあるんだが、あるいは将来返さねばならぬものもあるかもしれぬ、その意味において自分は債務と心得る、こうおっしゃっておるのでございます。きわめて不明快な答弁であって、先ほど参考人の御意見を拝聴いたしましても、債務と決定するなら事前に契約ないしは準契約的な措置がなければならないということも承りましたが、私はその通りだと思う。われわれの立場といたしましては、これは、債務とするならば、必ずそのときに国会にかけて、財政法の関係から国会の承認を経るべきものであったというのが私たちの考えでございます。しかるに、政府は当時この措置に出なかった。債務性とか債務と心得るという、わかった、ようなわからぬようた表現をもって、この重大な問題に対して終始一貫した答弁をしておる。しかも、池田さんは、講和会議においてきめるべきものだというふうなことも言っておられるのであります。私の察しますところによれば、政府は、債務と心得るというこの不明確な表現のために、その後ジレンマに陥っている。債務と言えば、内政的な関係から国会の承認問題が出ます。そこを何とかのがれていきたいというので、今議論になっておりまするガリオア・エロアの返済協定、これが国会の承認を得れば、その際に不確定であった債務が確定債務になるんだということを言っております。同時に、私は、吉田総理がおっしゃった言葉も聞いております。吉田さんは、債務とか債務でないとかいうことは別にして、道義的義務というふうな表現を用いられたと思うのでございます。私は、この点から申しますと、福島さんのような、長く外務行政に携わり、またその後官房副長官とかの任務にもおつきになった方からいたしますと、本協定とは切り離して、別個に何らかこの問題を解決する方法があったんじゃないかと私は信じておるのでございます。福島さんとして何らかこの点についてお考えでもおありになりましたら、一つお教え願いたいと思います。
○福島参考人 御質問でございましたが、吉田元総理なり池田総理なりの言葉づかいの点は、私責任を負うわけにも参りませんので、何ともお答えはいたしかねます。なお、私も外務省に長らく勤めておりましたことは間違いないのでありますけれども、昭和五年から二十年までという十数年だけのことでありまして、森島さんの御経歴にははるかに及ばないれけでございまして、はなはだ貧弱なる国際知識しか持っておりませんわけであります。従いまして、この問題について私が特に変わった名解釈を出すというわけには参りません。しかし、一応私の新聞なりあるいはその他の点で了解いたしておりますところは、この国会で承認されれば債務になるんであろう、そういう目的をもって政府は国会でせっせとやっておるのであろうというふうに了解しておりましたわけでございまして、債務というものは、その始まる前に約束がなければ成立し得ないんだという、これはまあ一般的法律論であるかもしれません。その辺は私もよくわかりませんが、必ずしもそうではないんではないかというふうな印象でございます。
○森島委員 私は、この点につきましては、民社党の方で何らか提案をなさるように新聞で承っておる。民社党としては、現在審議中のこの協定案を撤回いたしまして、もう少し出世払い、これはどういう意味か私はおかりませんけれども、新しい観点に基づいて何らか解決案を出せという御趣旨じゃないかと思っております。要するに、日本国民といたしまして、アメリカのその好意に対して、非常に苦しんでおった当時の日本に対して救済その他の手を差し伸べてくれたことにつきましては、国会の決議もありますので、私は国民の一人として何ら異議はないと思います。ただ、これをいかに解決するかということになりますれば、私は、債務とか債務性というふうな問題々離れて、吉田さんの言われる道義的義務を履行する意味において、何らか日本の自発的行為として、むずかしい点はむろんありましょうが、一時払いでもするような方法をとった方が、日本の国民の感謝の意向を表明する上において非常に大きな得になるのじゃないか。政府が債務と心得るということをうかつに言って、国内的な事情に縛られて、これを無理に何らか理屈をつけようというところに、政府が苦境に立っておるゆえんがあるものと私は信じておる。この点から申しますれば、私は、ただいま申し上げましたような案で片づけた方がいいのじゃないか、こう思いますが、まあむずかしいことは万々承知でございますけれども、これに対する福島さんのお考えをお聞きいたしますればけっこうでございます。
○福島参考人 はなはだうかつでございまして、ただいまお話しになりましたこと、質問だと思って聞いていなかったものですから、ちょっとのみ込めないところもございますけれども、格別この際名案はないのであって、現在の政府がやっているように、いろいろの関係で積み上がってきたこの援助物資というもの、助けてもらったものを、どこまでならば将来債務として払うという約束をした方が妥当であろうかということを考えて、こういうような現状にたっておるのだろうと思いますので、一応この案で差しつかえないように私は思います。
○森島委員 陸戦法規の問題もいろいろ出ましたが、これについて私の考えを率直に申しますと、なるほど、政府のおっしゃっておるように、陸戦法規は短期間の占領を目当てにして作られた法規であるということは、私は間違いないと思う。これを長期の場合に当てはめようとすれ、ば、そこには無理が出てくることも私は存じております。しかしながら、どうしてこういう長期の占領が行なおれたかと申しますと、これは対日処理方針、すなわち、アメリカが現在とって弁りまする世界政策、露骨に言えば反共政策、これを実行する上においてとった政策だと私は思っておる。なるほど、ルーズベルトは、戦争中におきましてはソ連と同盟条約を結んで、何ら仲たがいをする仲ではなかったのですが、戦争の終末期になりまして考えを変えたといわれておりますが、これは私は事実だろうと思う。その結果がアメリカの対日政策に現われて、無条件降伏、ひいては、期限がどうということは別といたしまして、長期の占領政策に移った、こう思うのでございまして、対日政策のごときものも、また、日本が長い間占領されたのも、全くアメリカの自己本位の世界政策に出たことは、私は間違いないと思う。従って、私といたしましては、アメリカの政策遂行上の犠牲になったのが日本である、アメリカとしては、占領政策遂行上すべてのことを責任を持ってやるのが当然の義務であると思う。ついでに申し上げますと、第一次戦争後におきましても、アメリカは英仏に対する債権を取り立てようとしておる。そこで、アメリカはアンクル・シャイロックという悪名さえも列強の間に伝わっておったくらいでございまして、私は、アメリカの世界政策から来る当然の結果として、アメリカとしては、日本のガリオア・エロア等のごときものは債務とか債務でないとか言わずに、アメリカが当然負担すべきものと私は信じておりますが、この点に対する福島さんの御意見を伺いたいと思います。
○福島参考人 まあこの際できたらアメリカにしんぼうしてもらえ、負担してもらえということは、まことに同感でありますけれども、そうもいかないというのがこの世の中でございましょう、そしてまた、ただいまお話りありました、アメリカが、長期に占領を継続したのだが、これはアメリカの世界政策からよって来たるところである、その責任として全部しょったらよかろう、こういうお話であったと思いますが、日本の占領が長期にわたった原因は何であったか、ほんとうのところは私は知りませんけれども、やはり、ソ連とアメリカと話が合わなかったとか、ソ連がだだをこねたとかいうところがほんとうの原因であったように私は承知しておりますので、ソ連による原因をアメリカに責任をしょえと言っても、多分向こうはしょわないであろうと思います。
○森下委員長 ちょっと、お話し中ですが、時間の点で御注意いたします。
○森島委員 時間の制限がありますので、私これでやめますから……。
○森下委員長 皆様に関連があるから一応申し上げておきます。質疑の申し出が八人ございます。このままで参りますと非常に長くなります。参考人の方もきわめて時間を制約されておる方が中にありますので、どうぞ一人十五分ずっとお願いいたしとうございます。どろぞ皆様御了承の上……。
○森島委員 どうもありがとうございました。貴重な御意見を承って、非常に参考になりました。
○森下委員長 正示啓次郎君。
○正示委員 松岡参考人に一、二お伺いをいたします。
 先ほどお話をお伺いしておりましたが、一般国民の常識から言ってどうも納得しないというお話がるるあったのでありますが、実は、この問題につきまして、私、与党の委員といたしまして、先般委員会で質問しましたときに、ちょうど松岡参考人と同じ立場で、国民は一体どういうふうにこれを考えてきたかという点を特に強調して質問しております。またおひまがありました速記録でもごらんいただきたいと思うのであります。
 そこで、問題は、先ほどもほかの参考人に申し上げたのですが、占領という異常な事態のもとに、国民は配給されたものを受け取った。受け取ったときにく金を払った。そこで、この事態を基礎にいたしまして、今日はすでに、国民の払ったお金、それが二千億近いものが今四千億になっておるわけでございますが、それのうちからどれだけ払うかということが国会の議論の焦点になっておるのであって、税金をこれからとって払うという問題ではないということが第一でございます。この点は、国民の立場から言いますと、そういう問題として実はこれは提起されておる問題であるということにつきまして、松岡参考人は御承知であったと思うのでありますが、先ほどのお話では、税金を使う問題というふうなこともちょっとお話の中にございましたので、そういう事実について、もう一度お考えを伺いたいというのが第一でございます。
○松岡参考人 先生の速記録はぜひ私読ませていただきたいと存じます。きっと参考になるだろうと思います。
 今おっしゃいました税金の点でございますけれども、私が知っている限りの知識では、その特別会計三千億余りのうちに、一般会計から五百五十億くらい入っているということを知っております。そうすると、それは税金だというふうに私たちは考えるのですが、そうじゃないのでございましょうか。
○正示委員 この問題につきましてもう一度申し上げますが、時間がございませんので簡単に申し上げますが、要するに、すでに国民の払った金は、もっと大きいわけでございますね。それが、先ほども申しましたように、輸出と輸入の差額に使われたりいたしまして、現在産投会計のもとに四千億ある。その中に若干の税金の繰り入れがあるじゃないかという御意見でございます。
 そこで、もう一つ伺いますが、それじゃ、われわれ国から米を買うわけでございますね、食糧管理特別会計から。お米というのはわれわれが代金を払って買うわけであります。ところが、これは、農民から買い上げる場合には、国民が払う命だけじゃないのでございますね。そのとき一体二重払いということになりましょうか。私どもは、私どもの払った金で米を買うというふうに思うのですが、いかがでございましょうか。
○松岡参考人 私は経済に大へん弱いのでございますけれども、今のは問題点じゃないと存じます。
○正示委員 それでは、もう一つ伺いますが、四千億の中から二千八十億払うのでございますが、先ほども五百四十億とかというお話でございました。差し引きましても三千五百億、これでもむしろ国民の払ったものの方が主たる部分でございますから、その払った金をどうするかという問題として御理解になって、もう一度この問題を考えていただきたい。これはもう御答弁は求めないで、その次に参ります。
 それから、国会の承認を受けなかった、こういう問題は、先ほども早稲田大学の先生にも申しげた点でございますが、これは大平参考人からもお話しのように、当時としては、正常なる対等の立場で条約協定を結んで受ける立場じゃなかった。そこで、事務管理というふうな、これは松岡参考人お得意でない法律関係の問題ですから、あまり言いませんが、そういうふうな事態のもとに総司令部の指令が出まして、支払いの条件、計算はあとできめましょう、こういうことになっておりまして、今回出しております協定案で、これは正々堂々と国会の御承認を得まして、初めてここにでき上がるんだ。ですから、何も十七億とか十九億とかいうものを国が事前に条約で結んで、それだけの債務を負ったというわけではなくて、今まではそれだけのものがきまってなかったので、今回の協定案で初めてきめようということなんでございますが、その点と先ほどの御意見とは非常に食い違うのでございますが、どういうふうにお考えでございましょうか。
○松岡参考人 先ほどから、占領下の状態は正常でないということをたびたび言われました。私も、確かに正常ではないと思いますけれども、すべてアメリカから押っつけられたものであるかどうか、ことに、国民がアメリカから押っけられたんであるというふうにあのとき政府がそういった印象を国民に与えたかどうかと申しますと、あのときには、日本政府が十分にこれを承知して、そうして賛成してそれぞれの物を受け取ったというふうに私たちは了解しております。
 なお、同じ占領下にあったというドイツの場合には、これははっきりと債務ということが最初からきめられていたようでありますが、そういった状態から考えても、日本でただただそのときに知っていたのは政府であって、知らされなかったのは国民であって、十何年たった今になって、それをそれじゃ認めようということは、これは、私は、国民として、今後の問題としてやはり承服しがたいことではないかと思います。
○正示委員 時間がありませんから、一々反駁をいたしたいのですが、ドイツの場合におき、ましても、これは債務の処理をいたしましたのは昭和二十八年なんです。それによってはっきりいたした。三十億のものを十億、そういうふうにして戦後にきめた二十八八年です。この点は誤解があるようでございますから、一応申し上げておきます。
 それで、先ほどのお話の中に、アメリカと日本と資料の食い違いがあるではないかという点がございましたが、アメリカの支出した決算、実績でございますね、それによると十九億五千四百万ドル、これははっきりしておるわけです。それから、日本は何も資料がないとおっしゃいますが、実は通産省にちゃんと資料があるのです。それで、それを集計いたしました。大へんな労力でございましたが、集計いたしましたのが十七億九千五百万ドル。そこで、アメリカと日本とでは、ごらんのように一億ドルぐらいの食い違いがあるわけでございますが、その少ない方を基礎にいたしまして、日本側の資料を基礎にいたしまして折衝をした結果、四億九千万ドルという数字になった。この点は御存じであったかどうか。もちろん御存じであったと思いますが、西ドイツの場合は、このアメリカの決算資料、すなわち日本で言いますと十九億五千四百万ドルという大きな方の資料を基礎にして西ドイツは処理しているわけですね。そこで、二つの資料があったけれども、少ない方の資料をとったということは、日本のために有利だとお考えになりませんか。
○松岡参考人 今、少ない力の資料をとった、だから有利ではないかということをおっしゃいました。たといどんなに少なくても、ちゃんとその金額の基準がはっきりしていないものであれば、私はそれは払うという理由は立たないと思います。
 それから、全通産省にいろいろと資料があるとおっしゃいましたが、私はもちろんそういった資料を見たこともないし、見るような立場にもございませんけれども、そういったようなものが今までほんとうにはっきりと全部ちゃんと出たのであろうか。国民の前にやはりこれこれこれだけだとお示しにならないと、幾ら金額が違うとおっしゃっても、ただ違うんじゃ困るのであって、どういうことでこういうふうに違うんだということをはっきりしていただかなければ、やはり納得できないのが普通じゃないかと思うのでございます。
○正示委員 その点はるる説明をしておるのですが、ここでは議論になりますから申し上げません。
 そこで、先ほど、トウモロコシとか小麦とか砂糖とかについて選択の自由がなかったという点を強調されたのでございますが、当時日本は、これは松岡参考人も御婦人として主婦の方々の気持は一番よくわかると思うのでありますが、選択の自由どころか、もうほんとうにそれ以外何もない、それをわれわれありがたく配給を受けて代金を払った、この事実は私は一番大切だと思うのであります。それを断わった人は一人もなかったと思うのであります。この点は、主婦の一人としてまずお認めにならないでありましょうか。
○松岡参考人 私もそういうものを大へんありがたくバケツを持って買いに行った方でございますけれども、それは贈与であるというふうに理解しておりましたので、従って、これが余剰物資であっても、(正示委員「代金をお払いになったんでしょう」と呼ぶ)――もちろん代金を払いました。これはその当時日本の政府に入ったんで、代金は払っても、アメリカの放出物資、余剰農産物であるにしても、私たちはこれ以上ほかに食べる物がないんだからと思って大へんありがたくいただきました。しかし、同じような場合、西ドイツの場合でございますけれども、西ドイツの場合には、あるときには、こういうものは好ましくないといって突っ返した例もあると聞いております。それが債務であるならば、当然そうするのが日本の政府の義務ではなかったかと思います。
○正示委員 国民は、代金を払って、当時としてはそれ以外にないものを、辞退することなくみんな喜んで取った。それが積もり積もって国会の感謝決議になったというを今お認めになったわけであります。
 次に、時間がございませんから簡単にやりますが、もう少し慎重審議したらどうかと、最後に御希望があったわけでございますが、この点は、この協定案を国会に出しましたのは二月九日なんです。それで、その後一カ月、私は最初に質問をいたしました。しかし、残念ながら野党の方々は御質問下さらなかった。やっと最近になって慎重審議をしようじゃないかとおっしゃっておられるのですが、この点についての率直な御感想を伺います。
○松岡参考人 私、慎重審議……
  〔発言一する者あり〕
○森下委員長 御静粛に。
○松岡参考人 慎重審議というのは、私は時間の問題ではないと存じます。慎重審議というのは、これは内容の問題であって、しかもその際に、私たちは、政府の見解を聞くのではなく、事実を確かめたい。その気持を社会党が反映して今いろいろと質問があるんですから、そういった疑点がすっかり除かれることが国会の正常化であって、それが慎重審議だというふうに私は理解いたします。
○正示委員 御婦人ですから、この辺でやめます。
○森下委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 一点福島参考人に伺いたいと思いますけれども、日本も占領中であったからいろいろな点が仕方がなかったというふうな面もお述べになったわけでございますけれども、福島さんはアメリカ人の気質もよく知っていらっしゃるはずでございまして、アメリカ人とすれば、ことに占領軍という立場に立って、もしも日本に初めから債務として食糧やその他のものを持ってきたのであるとするならば、その立場を利用しても、これはお前の方にただでやるんじゃないということをはっきり言えるたちの人たちじゃないかと思うのです。それをずっとあとになるまでそのままにしておいた。まあ、政府の資料によりますと、一応支払い条件はあとで決定するというのが一九四六年には来ておりますけれども、それは一方的なものであって、日本がそれに対して認めたとも何とも出しておりません。そういうことから考えれば、当然、アメリカの立場に立って、日本に債務であるぞというような約束ができた立場にあるにもかかわらず、それをしていなかった。あの経済に兄弟関係でも親子関係でもはっきりしているアメリカの国民性から見るならば、今債務と言うなら、もうそのときにはっきりさせておくべきではなかったかというふうに考えますけれども、この点はいかがでございますか。
○福島参考人 私も、どうも、いろいろなことをやったことはありますけれども、アメリカ合衆国を代表いたして、この際気持を申し上げるわけにも実は参らないのであります。しかし、かなり前から、いずれこの決済の話はつけたいという意思表示はあったように、政府の資料その他が国会に提出されておるというふうに新聞では読んでおります。従って、アメリカ側の意思表示がなかったということはないのではないか。ただ、アメリカ側も、そのうち幾ら取れるかはわからないから、初めから幾ら幾らという明瞭なる帳面づけをしたわけではなくて、最後の交渉によってどうせ値切られるだろうと思ったわけでありましょうから、いずれ話はするという通告をもって事足りたと考えておったのではないかと考えるわけであります。
○戸叶委員 アメリカがそういうふうに考えるのでしたら、やはりそれを政府に言って、政府の方もそれでは払いましょうというふうな約束くらいしておかないと、最後の債務ということは成立しないのじゃないかと、私たち常識論から言って考えるわけでございます。それで私は今のような御質問を申し上げたわけでございますけれども、それはそのくらいにいたします。
 大平先先にお伺いしたいと思いますが、先ほど、一番最後のころ、西ドイツよりも大へん有利であったというふうにおっしゃったのですが、どういう点が有利か、ちょっとお伺いしたいのでございます。
○大平参考人 向こうは二つの協定でやっておったようでありまして、一つの協定におきましては割引をいたしておりますが、片方は全額払っております。こちらは両方とも三分の一とやっておりますので、そういうところを私考えまして、西ドイツよりも若干有利だろうと考えておるわけです。両方詳しく調べまして正確に申したわけじゃなく、私の印象としては、西ドイツより若干有利であったのじゃないか、こう考えております。
○戸叶委員 一つの協定で全額払っているというのは、どれをおっしゃるのでございましょうか。参考までに聞かせていただきたいのですけれども……。
○大平参考人 余剰物資とか払い下げ物資ですね。そういうのがやはり、二つの協定を初めに作って、そして債務を決済したというような関係にありまして、それを決済する条件が二つに分かれておったのです。しかし、日本の方におきましては、その分は金額は非常に少ないし、若干払っている分もあると思うのでありまして、一緒にしたのがそんなに有利だというふうには考えておりません。しかし、とにかく、日本といたしましては、賠償という向こうにないのを負担しておりました。そんなような関係もありまして今日に延びたわけでありますが、延びたのはやはり若干有利ではないでしょうか。
○戸叶委員 そういう御議論ならば別でございますけれども、ドイツの支払った額と日本とを比べて、よく皆さん有利だ有利だとおっしゃるのですけれども、私にはそれは一わからないのです。なぜかと申しますと、ドイツは戦前にも債務があったわけです。そして、その戦前の債務と戦後の債務を合わせまして六十二億ドルありました。それを戦後半分にしてもらって、さらにまたそれを引いてもらって、余剰物資関係はわずかに二億ドルです。まるまる払ったとしても二億何千万ドル、そうして、あといわゆる返済金として十億ドルというふうにしたわけでございまして、その間には、戦前の債務も引かれ、そうして戦後と合わせて三十二億ドル、それをまた引かれたわけなんです。ところが、日本の場合には、戦前の債権というものはアメリカは相変らず持っているわけでから、そういう面から言っても、ドイツの方が有利だという数字は出てこないのじゃないかということと、当時のドイツの人口と、それからドイツに与えられた援助額というものから割り出してみますと、一人当たりから見ても日本の方がずっと少ない。こういう点から見ますと、どうもドイツの方が有利だという議論がわからないものですから、ちょっと教えていただきたいと思ったわけでございます。
○大平参考人 隣の花はきれいに見えるのです。私はドイツのことはよくわかりません。ただ一度だけしか行っておりませんが、その後いろいろ事情を聞きますと、いろんな問題がドイツとアメリカとの間にあって、特にNATOの関係があるようでございますし、若干政治的、軍事的考慮もあるのかもしれないし、私にはよくおかりません。むしろ政治家であるそちらの方にお考えを願いたいと思います。
○戸叶委員 もう一つ、小川ほど平和条約の十四条の(b)項に及ばれまして、その中で、ここで直接の軍事費に関する連合国の請求権を放棄するということは、裏を返せば、間接の請求権は残っているんだというふうに考えるということでございますけれども、十四条の(b)項からも、ガリオア・エロアが債権であるということが考えられるわけでございましょうか。この点を付いたいと思います。
○大平参考人 条約の文章というものと、その背後にある事実関係というものは、必ずしも一致しないと思います。しかし、条約文で「占領の直接」と、直接という字を特に使ったということですね。その点をわれわれは考えまして、そして、向こうの起草者の演説とか、あるいは講和条約の輪郭を説明した条項とか、そういうものから判断したわけです。あの当時といたしましては、サンフランシスコ条約というものは大体ダレスを中心として作った。そうすると、向こう側の意向はそうであるという解釈は、この条文を解釈する材料として使うといたしますると、そういう解釈をとって当時は少なくとも国会において説明をされておりますし、当然のんでおったように思います。
○戸叶委員 もしもそういう解釈がされていたといたしますと、当然それは発表されていたんじゃないかと思いますけれども、私どもは何にもそれは聞いてないわけなんです。どこでそういう議論がされていたかということをまず伺いたいのと、もう一つは、もしそうなら、国民に知らせてないのですから、それは面接の軍事費でないから、間接の軍事費で、その中にはガリオア・エロアが債務として入っているんだというような何か取引がアメリカとの間にされていなければ、ちょっとおかしいんじゃないかというふうに、私は先生のように学問がないから、しろうと考えでそう思うんですけれども、それはいかがですか。
○大平参考人 これは、学問の問題でなくて、いろいろインフォメーションということが非常に重要なんで、インフォメーションを十分にお取りになっていれば、若干正しい意見が吐けるんじゃないかと思うのです。私たちはやはり講和条約を研究いたしましたのですが、先ほど私も、言いましたように、あの当時、参議院の特別委員会において、政府委員である西村熊雄君がその点はっきり説明されたわけです。これは当時国会で、言ったということは非常にはっきりしたものであります。これ一つだけでもインフォメーションは十分だと思います。
○戸叶委員 もしもそのときに西村さんがこれが債務であるということをおっしゃったとすると、これは憲法違反の問題になってこないでしょうか。
○大平参考人 私は、西村さんが前にいろいろ総理大臣みたいな顔をして答弁されたという批評を聞いておるのでありまして、確かにはっきりと債務でございますというふうにおっしゃった記録を見て、いかに心臓の強い人であるかと思うのですが、そういう心臓を許すような事態ではなかったかということをわれわれはやはり考えてみる必要があると思う。そこで、私の憲法論は、私は一応の国際法学者でございまして、ときどき、こういう問題につきましては、憲法並びに本を当たって、かつ憲法学者の意見も聞くのでございますが、憲法八十五条、それから財政法の十五条の国庫債務負担行為というものは、旧憲法によりますると、負担すべき契約をなす、このはっきりした契約をなすというときなんでありまして、向こうが物を輸入した、そしてその援助を受けたという事実は、向こうが負担をかけてくれた行為なんですね。そういう事実がある。しかし、その費用はただじゃないらしい、ただではないと言っておる、あとで清算する、減額もするだろうということを言っている。だから、まあそういうものは債務になる筋合いのものだというので、そういうのも一々ツケが来ると同時に国会にかけておりましたら、何十回かけなければならぬという事態でなかったかと思うのでして、良識に従って確定したる金額、支払い条件ができたときに、これを公然と国会において抱括的に御処理になっても、悪いことではなかろうと思います。
○戸叶委員 そうしますと、憲法八十五条の、国の債務なり何なりは国会にかけなければいけないということは、もう関係ないというふうにお考えでございますか。
○大平参考人 私は、国際法上の条約その他正式なる契約によって行なった債務行為ならば、これはかけるべきだと思います。しかしながら、たとえば、日本の軍艦がほかで海難にあった、向こうがこれを助けてくれた、そして、助けるかどうか、SOSを聞いたとき国会を開いて同意を得ないうちは助けてもらえぬというのじゃ、国政の運用は立たぬ、こう考えますると、これは事務管理のティピカルな例でございます。また、日本の国有の船が衝突した、それが国際裁判にかかった、そして、一億ドルなら一億ドルの不法行為としての責任を負うというときには、裁判所はもうすでに事務管理的管轄権を持つておりますから、そういう事件がヘーグの裁判所にかかったといときに、判決があっても、そんな判決は無効だ、国会にかからぬから無効だ、そんなばかなことはないのでありまして、これはやはり事柄に従って事を決するというのがいいと思います。
○戸叶委員 今お引きいただきました仮定の例というものは、あまりにこの問題とかけ離れ過ぎておれ、まして、私はその問題はさらに進めていこうとは思いません。
 そこで、先生にもう一お伺いしたいのは、国際条約の関係でございますけれども、日本とアメリカなら日本とアメリカが国際条約を結びますときには、やはり相互主義の上に立って結ばなければならないのではないかと思います。たとえば、この間から問題になっております阿波丸協定の了解事項の問題でございます。あれを政府が読みます通り解釈いたしまして、債務と心得るということを言って、さらにその減額はアメリカの考え方で減額するんだ、その通り読んだといたします。そうしますと、前からずっと考えてみますと、まず日本で、アメリカからもらったものに、ありがとうございました、アメリカの国内が犠牲になってまでこんなにしていただいて、ありがとうございましたという感謝決議をしているわけでございます。そうして、そのあとで、当然取れる国際的な権利であるその賠償請求権というものをほうったわけです。そうして、今度はさらに了解事項でもって債務と心得る。幾ら日本が占領中であっても、そういうふうな協定というものが国際的に見てあり得るものかどうかということを私は伺いたいのです。
○大平参考人 国際法はいかなる場合も適用がありまするが、講和条約が発効した後日本が独立してから締結する条約関係ならば、対等ということが言えるのでございまして、今度の戦後の経済援助の処理に関する協定が、そういう自由な対等な立場において締結されたものだと私は考えております。ただ、私先ほど申しました日本人の考え方が……。
○戸叶委員 ちょっと、もう一度、今のところ、はっきりわかりませんので……。
○大平参考人 独立国として向こうと自由なる立場においていろいろ折衝した。私は、やはり、日本人がどう考えているか、また、日本の国の財政がどういう状態にあるか、また、国会の審議がどうあるかということは、外交折衝に非常に影響があるわけでございまして、そういういろんな力が合わさって対等、交渉としては対等です。金を払うという意味においては債務の弁済でしょうけれども……。そういうことで、私は相互対等の関係が今日立っておると思います。それで、私、確かにガリオア・エロアというような問題は非常に複雑なものでございますが、先ほど申しました国際関係と日本人の気持というものは、ちょっとずれがあるんじゃないか。自動車をぶつけた、済みませんと言えば、向こうでは損害賠償を請求できると思うし、こっちはこれほどあやまっているからただでもいいじゃないか、こういう考えがあるのです。感謝決議をすれば払わなくてもいいというのは、日本だけしか適用がされない議論じゃないか。ですから、そういう意味からいたしまして、私は、占領という特別な事態ではあったけれども、そういう感情のずれがここに残っておるということを申し上げたいと思います。
○戸叶委員 今私が伺ったことと、ちょっと違うと思うのです。今先生のおっしゃったのは、払うということで対等になる、政府の立場に立ってガリオアは債務であるという考え方で、これを払えばそれで対等であるということをおっしゃったのですが、私は、払う払わないという問題ではなくて、当然取れる賠償請求権というものを、阿波丸協定で捨ててしまった、そうして、しかもなお今度はあとになってから、今までのは借金であった、こういうふうにおいかぶされるようになっている、感謝して、そうして今度は請求権も放棄して、それでまた債務だぞ、こういうふうに押しつけられるような形で一体いいかどうかということを伺っているわけでございます。
○大平参考人 私は、阿波丸のあの協定には、あの当時よくは研究しませんが、不愉快を感じましたです。それは私の気持でございます。しかし、ガリオア・エロアの今度の協定とは違うと思います。
○森下委員長 戸叶君、時間が過ぎております。
○戸叶委員 ちょっと待って下さい。
 もう一つだけそれじゃ確かめておきたいのですけれども、今度の問題と違うというのは、この了解条項の債務として心得るという中にはガリオア・エロアは入ってないとおっしゃる意味ですか。ちょっと大事な問題ですから、それだけ伺います。阿波丸協定は不愉快だった、しかし今度とは違いますとおっしゃったのは、どういうふうに違うかを伺いたい。
○大平参考人 占領中における国際協定というのは、ああいう形式においてやったのは私としては不愉快だった、こういうわけです。ですから、今日考えますと、もっと別なやり方があったと思うのですが、それは当時の国会議員の方が両方で御決議になったのですから、そちらの方にお聞きを願いたいと思います。
○戸叶委員 時間がないそうですから、私はやめますけれども、決議の問題で、また森島さんの先ほどの質問とかち合うといけませんから申し上げておきたいのですが、あのときには、政府・与党といいますか、そちらの方だけ賛成されまして、社会党、労農党、共産党みんな反対をしているわけでございます。
  〔委員長退席、野田(武)委員長代理着席〕
 ですから、国会の総意じゃないということだけをやはりはっきりさしておいていただきたいと思います。
○野田(武)委員長代理 宇野宗佑君。
○宇野委員 松岡さんに御質問いたします。
 先ほど、正示君の御質問に対しまして、大体松岡参考人の御意見は、このガリオア・エロアに関しては払う必要はないというふうな御意見であったと承るのでございますが、もう一度だけ念を押しておきたいと思います。
 それは、先ほど福島参考人の方から、この二重払いであるとかなんとかいうふうな国民の疑惑に関しましては、二つの観点より分析されて自分の御見解を申し述べられました。すなわち、その一つは、米国が二重払いを要求するはずのものでもない、この点に関しては松岡さんも御同意であろうと思います。ただし、国民が二重負担をするんではなかろうかという疑念に対しては、福島参考人も二重負担をしているものではないというふうな御意見であったのですが、このとき、松岡参考人といたしましては、私自身もバケツを下げて買いに行ってお金を払ったのだからというので、一応二重払いではない、二重負担ではないということに関しては御了承を賜わっておると存じますけれども、ただ、産投会計の中において一般会計より多少の金が入っておるから、それがすなわち税金ではないか、そこから払うのは二重払いではないかという御意見でございました。しかし、それはさておきまして、われわれの観点よりいたしますならば、つまり、国民に二重払いを要求しているものでもなければ、あるいは二重負担を国民に課そうとするものでもない。ただ、その金が、今日現在ただいまとしては政府の手元にあるということは松岡参考人もお認めになろうと思うのであります。ただし、それを払う必要があるか、払わない方がいいのかというところに、今日の国会の論争というものがあるわけであります。従いまして、先ほど社会党の委員の方々が申されました通りに、これはアメリカが全額負担した方がいいのだ、だからわれわれは払わぬ方がいいのだという御意見もありましょうし、また、民社党のごとくに、出世払いをすればよろしいということがございまするが、この点に関しては、松岡参考人は、これが債務であるというのならば債務の取りきめがなければならなかった、ところが債務の取りきめがなかったから払う必要はないのだとおっしゃる御意見だと存じまするが、永久に払わなくてむよいとお考えなのか、それとも、民社党のように、とき来たらば出世払いでもよろしい、払った方がよろしいとお考えになるのか、もう一度この点だけを一つお伺いしておきたいと思います。
○松岡参考人 私は、民社党の出世払いというのがどういうことだかよくわからないのですけれども、それはともかくとして、私が先ほど申し上げましたことは、ただ、今払うことが違っているというだけではなくて、今のような、それだけしかわからない状態で払うということは、これは絶対に私は許すべきことでないということと、もう一点は、その用途のことについて申し上げました。その用途が、先ほども申し上げましたように、現在アメリカがやろうとしていることがこれほど明白にわかっているのに、そのために私たちは金を出すということは、これは、日本の憲法で平和であるようにというようなことをうたってあるその憲法のもとの日本人としては、許せないのじゃないかということを申し上げたのです。
○宇野委員 一番目の理由に関しましては、大体私も松岡参考人としての御意見はわかったつもりでありますが、二番目のその御意見に対しましては、多少私自身が疑義を抱く者であります。なぜかなれば、第二番目の、今日ただいまこのままの格好で払っちゃいけませんという理由の一つのうちに、アメリカのUPIの幹部がこういうことを言っておるじゃないか、つまり、アメリカとしては、東南アジアの技術協力と申しますか、あるいは開発と申しまするか、経済援助と申しまするか、今日のときには、いわゆるベトナムであるとか、南鮮であるとか、そういうところにその金が用いられると言っており、それが世界の平和を撹乱するゆえんになるから、そういう物騒な金を払うというのはこの際ごめんだというのが第二番目の御意見のように承るのでございますが、しかし、たとえばこの金というものをわが国がアメリカに払って、そうして東南アジアの開発あるいは経済援助に使う、アメリカにおきましても昨今そのことが非常に議論を呼んでおるらしゅうございまして、大体そういうふうな形をとろうということになっておるらしいが、このことに関しては、われわれの方からも、やはり今日の日本の経済というものを考えた場合に、東南アジアの経済というものとの提携は見のがすわけにはいかないから、一つせめてこうしたことについてはわが国といたしましても東南アジアの経済援助あるいは開発等々に使わしていただきたいということをかねてから申し込んでおるわけなんです。従いまして、そういう気持はわれわれにもあるのです。ただ、松岡さんは、UPIの一幹部の言葉というもの、論文というのですか、それを御引用なさっておるわけですが、アメリカ政府とこれから日本政府が将来のことについても話し合いをしていこうというときに、ただ単にUPIの幹部の申されたその一論文のみをもって、これからのわが国とアメリカとの東南アジアに対する関係のすべてであるとみなすのは、あまりにも一方的ではないか、私はかように存ずる次第であります。つまり、われわれの外交論議におきましても、よくアメリカといえば何かしら戦争誘発勢力であるとみなす向きがありますが、すべてがすべてそのように見てはいけないと思います。風が吹けばおけ屋がもうかる、簡単にそう言ってしまえば、これは、風が吹けばおけ屋がもうかるということは、内容を知っておる人には、なるほどこういう順序においておけ屋がもうかるのだということはわかるでしょうけれども、ただ風が吹いたというだけで言われるのだったら、おけ屋がもうかるのだということだけが世の中のすべてではないと思うのです。こうしたことから考えていただいた場合に、あなたは、UPIのただ一人の有力な人がそう言われたのだから、この金はそういう方向に使われるのだとあくまでとことん信ずるのか信じないのか、ただそれは一つの貴重な参考意見であると申されておるのか、この点をもう一度お伺いしておきます。
○松岡参考人 私、先ほどUPIのことについて申し上げましたことを十分お聞き取り願えなかったことは大へん残念でございます。UPIは、それを経済援助と言っているのではなくて、中国がアジアの平和安定のガンであるから、従って、今中国を攻めるべきだという、物理的にここへ攻撃していくということを言っているのであって、それはUPIのホープライト副社長が言っているのではなくて、彼は、アジアの高官並びにアメリカ大使の中の何人かもそう、言っているということを報道しているのでございます。経済援助というような、そういったことではなくて、これはぜひ新聞をお読みいただけば非常に明らかにおわかりいただけるのでお読みいただきたいのですが、そういったようなことが書いてございます。
 また、私がこれを唯一のこととしているのではないということも申し上げたいと思います。たとえば、その同じ新聞の隣の欄に、やはりアメリカの新聞記者が、今度はタイのことについて書いておりますけれども、ここでもやはり同じようなことが書かれている。あるいはまた、アメリカのニュース・ウイークなりタイムなりをお読みになれば、この南ベトナムであるとかいうのはアンディクレアード・ウオー、つまり、宣戦布告のない戦争であるということを言っております。なお、それは、ケネディ大統領もその教書の中で使っていた言葉であります。そのように、何もこれ一つではないのであって、その他私たちが簡単に手に入れられるいろいろの資料を見た結果、私はアメリカの考え方はこういうものだというふうに考えているわけでございます。
○宇野委員 まあ、松岡参考人の個人の御意見はわかりました。しかし、先ほどのお話を承っておりますと、けさも婦人会の会合で、こういう問題をいろいろ論議したと申されますが、今の松岡参考人のお話では、アメリカのUPIに関する点は、ただ単に一幹部としての資格の発言ではなくして、相当アメリカ高官とのつき合いの上に立っての最大公約数的な話をしておるのだということについての御意見でございますが、それはアメリカとしての話であって、今日この法案に賛成しているところのわれわれ政府・与党の考えではない。ややもいたしますと、アメリカの考え即政府・与党の考えであると誤解されがちでありますと、われわれがやっておることは、アメリカの中に一部そういう御意見があり、あたかもそれをしり押ししているような態度にわれわれの態度が見られがちでございますが、その点はそうではないのだということだけは私申し上げておきたいと思うのであります。すなわち、私たちといたしましては、今日の東南アジアとの提携ということに関しましても、ほんとうにわれわれの経済、あるいは善隣友好の実をあげんがためには、相当手を握っていかなければならないことがありますので、こういう問題が幸いにして国会において承認を受けた暁には、アメリカ政府と別な角度において、平和の建設という意味においても提携を進めていきたいという気持を持っておりまするが、ただ単にUPIのそれだけの話がわれわれ自由民主党の意見であったり、あるいは政府の態度と同一であるということではないということだけは、この際に明らかにしていただきたいと思うのであります。そうでなければ、評論家と言われる方がそういう御説明をせられまして、そうして風が吹けばおけ屋がもうかるというような話になってしまいますと、その途中が忘れられてしまって、ああ今日の政府・与党もそういうような覚悟でこれを一つ一日も早く払って中国を攻撃しよう、その援助をしているのだろうか、こういうふうにとられると非常に迷惑でありますので、野党の諸君はよくそういうことを言われますが、公正なる立場にある批評家といたされましては、十二分にわれわれの意図を了としていただきたいのであります。従いまして、私たちは、そういう問題に関しましては、今日、この次に問題になっておりますところの海外の技術協力事業団というものの法案をすら用意をいたしておるということは、つまり、そういうことも含めてのことであるということも、この際に一言松岡さんに御了承賜わっておきたいと思います。
 関連がございますので、私はこの程度で終わらしていただきます。どうもありがとうございました。
○野田(武)委員長代理 田中幾三郎君。――関連は許しません。
○田中(幾)委員 この問題の原則的な争いの焦点というものは、一体これは債務であるかどうかということが、本委員会の根本的な問題になっておると思います。大平参考人はだいぶこの点に詳しく触れられまして、あるいは事務管理というようなことも予定されるという、かなりこまかい突っ込んだ御議論がありました。アメリカが、戦争放棄による戦後の日本の秩序を保ち、救済するために、事務管理をやったのであるとするならば、その事務管理費として払わなければならぬじゃないかという議論もあるいは成り立つかもしれません。当時、日本は戦争に負けて、占領軍のもとにおって無能力者であるから、無能力者に対する点も考えられぬことはない。私も、何らかの意味で債務があるというならば、そういうことも考えられないこともありません。もっと進んで言うならば、占領軍のもとに、権力のもとにおったのだから、一種の強迫下におったのだから、この取引というものは無効であるという無効論もあるいは出るかもしれません。また、不当利得という議論も出るかもしれません。いろいろと研究すれば、債務の性質については問題が出ようかと思いますけれども、先ほども戸叶委員から御質問がございましたが、阿波丸の請求権放棄にからんで一つの協定を結んでおる。アメリカと日本との間における阿波丸の請求権放棄に関する協定、すなわち、両国の国際契約ですから、その契約の了解事項として最後の承認問題があるわけです。ちょっとその了解事項の文句をよくごらん願いたいと思うのですが、了解事項の冒頭には、「各自国の政府のために、次の事項を確認した。」とこうして、双方が次の事実を確認しておるわけですね。借款及び信用は日本が米国政府に対して負っている有効な債務である、――有効ということはおそらく法律的解釈をするよりほかに意味がないと思うのですが、有効な債務として日本が確認し、アメリカも確認しよう、しかもこれが協定の中の一部をなしておる了解事項であります。先般私の質問に対して総理大臣は、単にこれは了解事項だということを申しました。了解事項と書いてありますから了解事項には違いありませんが、了解をするというその内容の意思は那辺にあるか。私は、お互いの意思の合致というときには、これは平行線もあると思います。たとえば、共同の目的を達するために、お互いの意思がその共同の目的に向かって平行して進む、手をつないでいくという意味の了解もあります。しかし、契約という以上は、対立した二つの意思が、一方が申し込みをし、一方が承諾をする。一方が債権であると確認し、一方が債務であると確認するということでありまするならば、文字がいかに書いてあろうとも、これはやはり債権債務たることの日本国とアメリカとの間における意思の合致があったと私は解釈するよりほかに道がないと思う。ですから、これは明らかに、日本とアメリカとの間に今までばく然としておった債権債務を、明確に日本とアメリカとの間におけるところの債権と債務であるという意思の合致を見たものと私は解釈をいたしますが、あなたは学者の立場からどういうふうに解釈されますか。
○大平参考人 御指摘の通り、了解事項には、「占領費並びに日本国の降伏のときから米国政府によって日本国に供与された借款及び信用は、日本国が米国政府に対して負っている有効な債務であり、」、こういう文句があるのです。それから、この阿波丸協定に関しまして、吉田総理が当時の国会においていろいろ説明された中にも、やはりこのような趣旨の答弁があったと読んでおります。でありますから、これは債務性を認めたものだということは私は明瞭だと思うのです。ただ、先ほど申しました、日本の憲法の財政に関する規定並びに財政法における債務負担行為であるかどうかというところが問題なんでありまして、私は、債務負担行為であるというふうには考えない。というのは、それは、物を受け取っておる、援助を受けているという法律事実はある。それは債務と考えなければならぬが、財政法にいうのは、具体的に、金額が幾らであり、支払い条件は幾らだ、予算の面にこれだけ載せなければならぬ、そういうようなはっきりした債務、いわゆる自然法的な債務ではなくて、その自然法的な不確定な債務内容が、現実の国際協定によりあるいは金額が確定したときに、憲法及び財政法の規定による負担行為、こう考えるべきだと思います。ですから、国際法的に見ますと、非常に長い期間にガリオア・エロア、その他の援助があったわけでございますから、その間にもいろいろなことを言ったり、手紙が行ったり、向こうから通告が来たり、いろいろしております。ですから、そういうのを総合すると、何らか合意もあるように見えるし、特に阿波丸の付属了解事項におきまして、私は合意がなかったとは言えない。しかし、占領中というああいう特別な状態におきましては、これは日本はアメリカの態度を了解したという了解事項だと思うのです。
○田中(幾)委員 そうしますと、が工事の請負契約をする、随意契約をする場合に、総額はきまってないけれども、追って総額と支払い条項をきめようという場合、そういう条件のもとに請負契約をしましたならば、契約として国家に一つの債務の負担行為ができるわけですよ。
  〔野田(武)委員長代理退席、松本(俊)委員長代理着席〕
 具体的に幾ら払うということはきまらなくても、将来かくかくのことに対して債務を払うのだという、債務を認める契約ができるならば、支払い条件と金額はきまらぬでも、私は国家の債務負担行為であると思う。民法では根抵当という規定がある。これから百万円金を借りるのに、不動産の抵当権を設定しておく、現在は借りないが、将来借りたときにこの抵当権を担保にする根抵当、この場合には、根抵当の設定契約をしたところで、それは債務負担行為にはなりません。現実には、手形を振り出して、もしくは公正証書を作って債務ができたときに具体的な債務の負担ができますけれども、そういう場合ならばそれはそれでよろしいのです。しかし、この場合は、すでに幾多の物資を受け取って、金額はきまらぬけれども、将来確定し得べき具体的な条件がここにできておるわけです。全然不確定ではない、幾らにするかという将来確定すべき状態に置かれた債務でありますから、その債務を承認して、将来アメリカが負けるといえば負けられるのだという、負けらるべき具体的な債権債務が発生しておるわけです。それを、了解事項、しかもこの協定の付属文書としてやったということは、明らかに債務の負担行為ではありませんか。これを債務の負担行為と言うのでなければ、何のために法律がありますか。条件と支払いの金額はきまらぬけれども、アメリカに対して日本がかくかくの支払いをするのだという債務が、ここに確然としてきまっておるではありませんか。これを債務負担行為と言わずして何を言うのですか。もう一ぺんその点をおっしゃっていただきたい。
 ちょっと申し上げておきますが、憲法違反論は私はきょうはここでは言いません。債務負担行為というものをまずきめて、あとで憲法違反になるかどうかという問題は論議されるのですから、私は、債務負担行為が事実あったかなかったかということだけを御回答願えばよろしい。
○大平参考人 私は、前にも説明いたしましたが、これは契約によらざる事務管理的な国際法上の経済的な関係だと思います。従って、援助を受けたという事実ははっきり残っておるのでありまして、これを向こうが贈与でない、無償でないということを了解した、こちらもそういう意味で受け取っておるという法律関係でありまして、従って、そこから何らかの債務が残る、しかし、これが国際法上の債務であるかどうかということになりますと、厳格なる国際法上の債務でありません。何となれば、国際法上の債務ならば文書によらなければならない。文書によらないところの債務、特にそういうものは、単純なる包括的な債務負担というような意味から言いますと、厳格なる国際法上の問題においては、国際法上の債務にならぬ。ただし、そういう関係を国際司法裁判所が判定するならば、それは国際法上の債務になる。
○田中(幾)委員 あなたはこの阿波丸の請求権に関する協定の参考書類をお持ちですか。ここに前文から条項をちゃんと全部書いて、そして双方の全権がサインして認証しておる。その次に、なおかつ重ねて了解事項として、日本国政府のために外務大臣吉田茂、米国政府のために云々と書いてある。これは協定の一部をなすものである。別に書類を二つ作って出したならばともかくも、この協定の一部として、ここに両国の全権がちゃんとサインをして認めておるものを、これは国際条約による債務でないと言い切れるなら言い切って下さい。このことはあなたの判定によってきまるわけじゃないから、私はあとの資料にするために申し上げておくが、よくそれをごらんになって、これをすらなおかつ国際間の契約でないとおっしゃれますかどうか。
○大平参考人 私は、占領中においてのああいう状態における国際協定というものについて、若干の疑問を持っておるわけです。先ほど不愉快だと言ったのはそういう意味でございます。従って、これがほんとうに日本が自主独立になって自由な気持であれをやったのかどうか、一部分だけはそういう気持はあるし、なっております。しかしながら、あの付属協定というのは、私は、向こう側が入れさせた条項だと思うのでありまして、感謝して阿波丸の請求権を譲る、それを放棄する、そうすると、その結果として債務関係がやはりなくなってしまうのじゃないか、こういうことを心配したので、債務関係は別だぞ、こういうふうに解釈、――つまり、私は法律の解釈論と言っておるのであります。阿波丸協定が占領中にできたところの国際的な文書であるということは認める。しかしながら、その了解事項には、日本が感謝して阿波丸に関する請求権を放棄したから、その結果として、ガリオアとかエロアのそういう債務がなくなって棒引きにされてしまうのではないかということを向こうが心配して入れさせたにすぎない。言いかえると、そういうものの債務はこの協定と別だぞということを念を押されて、そうでございますと引き受けたのじゃないかと思います。
○田中(幾)委員 ちょっとわからぬが、もしあなたのおっしゃるようであるならば、当時日本が自由なる意思を表明できない段階においてこの契約協定ができたとするなら、それ以前におけるところのアメリカとの間の物資の取引一切のものが無効になります。そう言うのならば、終始日本とアメリカとの間における一切の交渉というものは無効であるという立場に立ってやるのなら別問題なんです。ところが、段階的にいろいろと承認してきた上に立って現協定が結ばれておるから、私は問題にする。白紙に返るのならいいんですよ。日本はそういう状態であったから、何もなかった状態に返って、もとに返ってやるというのならまだ話はわれわれはわかる。そうではなくして、日本が債務を持っておるのだという上に立って、これを四分の一にまけてもらったのだから上できだろうというような、――総理大臣はやはり債務を根拠にして言っておるから私は問題だ。ですけれども、このことについてはまあよろしい。時間がありませんからこの程度にしておきます。
 もう一つ、国際法学者の立場として、私がお伺いいたしたいことは、今度の協定の第三条におきましてこうなっている。ちょっとごらんを願います。「戦後の経済援助の提供から生じたアメリカ合衆国及びその国民に対する日本国及びその国民のいかなる請求権も、……平和条約第十九条(a)の規定によって放棄されていることが、了解され、かつ、合意される。」と規定している。注文の規定はこう書いてありますから、平和条約の十九条の(a)項によって放棄された日本国及び日本国民のアメリカ合衆国に対する請求権は、平和条約のみならず、この協定においてもなお放棄されるわけです。そこで、放棄されるべき債権は一体何かということが私は問題になると思うのです。日本の国民のアメリカに対する請求権とは何ぞやという問題は、ここでも問題が起こってきます。十九条の(a)項ではある程度わかっておりますが、この放棄したことが国民の財産権でありますから、補償を条件としなければ政府は自由にはこれは侵害できない。しかも、それでも公共のために尽くすというのですから、この協定が公共のためになるという意味ならば、補償をすれば私は有効であると思う。
 そこで、その放棄が有効であるかないかは別においておきますが、この平和条約第十九条の(a)項における日本国民のアメリカに対する請求権のうちに、通常の戦争行為によって、戦闘行為によって生じた債権、日本の国民の請求権と、それから、長崎、広島のようなところに落ちた原爆による損害による請求権とは、私は区別をして考えなければならないのではないかと考える。そこで、昭和三十年に広島の某々氏から日本の国家を相手どって裁判を起こしております。その裁判の理由の一つは、陸戦法規の毒物使用に関する戦争法規に違反する、これは戦闘行為ではないというのですね。戦闘行為ではないからして、これはアメリカの不法行為だ、よってアメリカに対して被害者が請求権を有するというのが一つの理由になっております。それから、もう一つは、この戦争法規違反の問題は別としても、核兵器のような世界が消滅するようなこういう兵器を使うことはアメリカの無過失責任だ、過失があろうとなかろうと、これは債務を負わなければならぬ、支払をしなければならぬのだという、この二つの理由によって請求をしておるわけです。
 ですから、あなたはこの国際法から見て、一体、日本の国民の、普通の戦争から生じた損害の請求権と、原爆による被害による請求権と同じ性質のものに解釈をいたされますかどうですか。その点を一つ国際法の立場から御説明を願いたい。
○松本(俊)委員長代理 ちょっと田中君に御注意いたします。あなたの持ち時間は十五分ですが、もう経過いたしましたからどうぞ。
○大平参考人 「平和条約第十九条(a)の規定によって放棄されていることが、了解され、かつ、合意される。」というのですから、これはすでにもう平和条約の第十九条(a)項によって放棄されているんですね。ですから、それを確認した、念を押したという規定であるのであります。従って、今の御質問は、むしろ十九条の(a)項ですね。そのことの議論でございまして、これは西村条約局長でも呼んできてよくお聞きを願いたいと思います。
○田中(幾)委員 これは国際法規違反の問題でありますから、私どもは、やはりこれは債権の性質は違うのだ、よって、こういう損害を政府は考慮に入れないでアメリカに対する賠償の支払いの協定を作ったということは不都合だということを言うのですけれども、今の参考人の御意見では、まだ意見がきまらぬようですから、これでやめておきます。
○松本(俊)委員長代理 時間がきましたから……。
 安藤攪君にお願いいたします。
○安藤委員 松岡先生大へんお急ぎのところを恐縮でございますが、事情をよく御了察申し上げますので、二、三分だけ時間をお与えいただきたいのです。
 と申しますことは、先ほど先生の御発言の中に、UPIのホープライトが英文毎日に書きました論文をお取り上げになりまして、いろいろこういった危険な状態をかもすかもしれないところへ使われるかもしれないような金を払いたくない感情だというお言葉がございました。かつまた、それに対して宇野委員から重ねて御質問申し上げましたところ、それはホープライトの考え方だけではなくして、某々国の大使あるいはこれに付随するような人々の意見が加味されておるということでございました。
 そこで、私はお尋ねいたしたいのでありますが、先ほど先生のお言葉で、送付された参考書を読んだというお言葉がございましたから申し上げますが、その参考書の中に、このたびの条約の付属文書と申しますか、その中に、「支払金の使途に関する交換公文」という文書があるはずでございます。きわめて簡単でございますから読み上げますと、その交換公文において、「書簡をもって啓上いたします。本大臣は、本日署名された日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定に言及するとともに、日本国政府とアメリカ合衆国政府との間で到達した次の了解を日本政府に代わって確認する光栄を有します。
 1、合衆国政府は、適当な立法措置を経ることを条件として、前記の協定に基づき合衆国政府が受領する資金の大部分を、低開発諸国に対する経済援助に関する合衆国の計画を促進するために使用する意図を有する。
 2、両政府は、東アジアの諸国の経済のすみやかなかつ均衡のとれた発展が日本国及び合衆国が深い関心を有する同地域の安定と平和に不可欠であること、及びこれらの諸国がこのような発展を遂げるためにはこの目的に寄与する開発援助が緊要であることを認める。よって、両政府は、関係諸国が表明する意向を十分考慮しながら、この目的に従い引き続き随時相互に密接な協議を行なうものとする。」、もう一つ、「支払金の一部円貨払に関する交換公文」というのがございます。これによりますと、「書簡をもって啓上いたします。本使は、本日署名された日本国に対する戦後の経済援助の処理に関するアメリカ合衆国と日本国との間の協定に言及するとともに、アメリカ合衆国政府と日本国政府との間で到達した次の了解を本国政府に代わって確認する光栄を有します。アメリカ合衆国政府は、アメリカ合衆国の国務長官が歳出を認められることを条件として、前記の協定第五条1の規定に従い、アメリカ合衆国と日本国との間の教育及び文化の交換の目的のため使用する二千五百万合衆国ドルの等価額を日本国の通貨により支払うことを日本国政府に要請する意思を有する。」、これをごらんになって、なおかつ先ほどのような不安をお抱きになりますのでしょうか、いかがでしょうか。この点お答えいただきたい。
○松岡参考人 今おっしゃいましたことは、私も読みましたのですけれども、私はなおかっそういう不安を抱きます。
 というのは、経済援助というものは、今まででもアメリカから直接に南ベトナムなりあるいはタイなりあるいはラオスなりあるいは韓国なりへ行っていたわけですけれども、それがどういったような役割を果たしていたか。しかも、先ほど申しましたことは、私が繰り返してまた申し上げましたように、単にホープライトだけの意見ではなくて、アメリカの人たちがこういう考え方を持っている。しかもそれがUPIだけでなくてニューズ・ウイークやタイムやそういったところにすでに現われてきている。つまり、宣戦布告のない戦争というようなものをアメリカがはっきりするということを言っておる。しかもまた、ケネディの予算教書を見ましても、アメリカの来年度の軍事予算というものがはっきりと大きく出ておりますし、そういったようなことの中で、経済援助をするということは一体どういうようなことに使われるだろうかということは、過去の経験を見ましても、私は不安にならざるを得ないのでございます。
 さらに、アメリカとの間の文化と教育を増進するためにということ、これは、私どこの国とも文化と教育の面で大いに交流していくのは大へんけっこうだと存じます。しかし、この点につきましては、三月五日の読売新聞に出ておりましたスカラピノ論文というのがございますが、これを見ますと、こういった人的交流をアメリカがどういうような意図のもとにしているかということを非常に明白に出されております。そういったようなことをするために、私たちがこの際この金を使うべきかどうかということについては、私はやはり不安を持つのでございます。
○安藤委員 ありがとうございました。ただいまの御回答を承りまして、私はかように感じます。お説のごとくであるといたしますと、低開発国はいつまでたっても開発される時期はない。そして、それが文化であろうと教育であろうと、すべてが戦争に通ずるということになる。小学校の子供に共産主義はいけないのだと教えるからそれが戦争になるのだ、こういうことでありますと、先ほど宇野委員の言われる、風が吹くからおけ屋がもうかるという御議論で御心配なさっておられると思いますが、それはあまりにも杞憂というものではないか。お星さまとお星さまといつぶつかって落ちてくるかもしれないといって神経衰弱になった杞人の憂いというたとえ話がございますが、あまりにも深く御心配になっておられるのじゃないだろうか、かように考えるわけでございます。ありがとうございました。
○松本(俊)委員長代理 黒田寿男君。
○黒田委員 私は大平さんに主としてお伺いしたいと思います。時間があれば福島参考人にもお伺いしたいのですけれども、おそらくそこまでは時間が許されないだろうと思いますから、参考のために聞いておいていただきたいと思います。
  〔松本(俊)委員長代理退席、野田(武)委員長代理着席〕
 なお、大平さんに対する質問ですが、先ほど理事の方からの御注意によりますと、大平さんのお時間が大へん迫っておるという話でございますから、きょうはそのつもりで質問いたします。
 そこで、討論にわたるようなことはできるだけ避けまして、きょう大平さんが御陳述になりましたことを確めておく、これを将来の私どものこの委員会における質疑の資料にする、そういう意味でお尋ねいたします。ただ、しかし、若干討論にわたるようなことがあるかもしれませんが、それは条約の協定の可否に関する討論ではなくて、あくまで大平さんの御陳述に対し私が疑問をただすという過程で討論の形が出てくるというにすぎません。そういうような範囲でやりたいと思います。
 そこで、急いでごく簡単にお尋ねいたしますが、これは確かめることです。第一に、大平さんは、ガリオアを債務負担とすることについては、法上の協定はないのだということを繰り返しておっしゃったと思います。念のために、もう一度、そうだったかどうかということだけでよろしゅうございますから、お答え願いたいと思います。
○大平参考人 債務を負担させるような事実はあったが、日本の意思に基づく国際法上の条約というような協定はなかったということです。
○黒田委員 きょうは私は繰り返しての討論はいたしません。事実を確かめます。
 それから、ガリオア・エロアの支払いないし処理の問題については、講和条約ではきまっておらなかったと大平さんは申されました。条約の上ではこのことはきまっておらなかった、こうおっしゃったと思いますが、念のためにこれを確かめます。
○大平参考人 講和条約、サンフランシスコの講和条約でございますが、それは、結局、相互に請求権の放棄というような規定がございまして、その中で直接軍事費というものを放棄しておる。だから、間接軍事費というようなものがあるとすれば、それはその中に含まれないということは、当時の向こう側の意向であり、日本政府はそれを了解し、国会においてもそれを了解した、そういうわけであります。
○黒田委員 そのことについては、あとで別な質問をいたしますが、私が今御質問申し上げましたのは、大平さんのおっしゃった言葉をもう一度私が繰り返して、そうであったかどうかということをお尋ねするのですから、別なことを言っていただく必要はございません。あなたは講和条約とおっしゃったと思いますが、対日平和条約、サンフランシスコ平和条約で、ガリオア・エロアを債務負担としてこれに対する支払いの義務があるという意味のことはきまっていない、こうおっしゃったのじゃないですか。こうおっしゃったならば、そうおっしゃったということを言っていただけばよいのです。それ以上のほかのことは要りません。今あなたのおっしゃったようなことは、あとで質問をする事項の中に入れております。あなたの陳述を確かめておくということだけです。
○大平参考人 速記はあとから訂正できないそうでありますから、速記を見ていただけばよろしいのです。
○黒田委員 私は、一橋大学の教授がそのような無責任なことを言われるのは意外だと思います。あなたの今言われたことを、そうであったかどうかということを質問しただけですよ。それは速記がどうこうというような問題じゃないんですよ。私は具体的に議論はしたくないのです。ただ、あなたのおっしゃっておることを確かめておくことが、将来のこのわれわれの協定の質疑において有力な参考資料になるから、それを確かめておるにすぎないのですから、今のような御答弁でなくて、さっき確かめましたことを、おっしゃったかどうかということをお答え願えばよいのです。私もあまり大きい声をして言いたくありませんから、そのままお答え下さればよろしい。私はそう聞いたのです。
○野田(武)委員長代理 大平参考人、お答え下さい。
  〔「委員長から参考人に注意して下さい」と呼び、その他発言する者あり〕
○野田(武)委員長代理 静粛に願います。
○大平参考人 平和条約におきましては、ガリオア・エロアの問題は表面から取り上げておりません。
○黒田委員 これ以上追及いたしましても無理でありますが、表面から取り上げていない、そうおっしゃった。先ほどは、その言葉づかいではなくて、きまっていない、私はそう聞きました。これは速記録を見ればよろしい。これ以上は進めません。きょうは私は確かめるだけですから、そのおつもりでお聞き願いたいと思います。
 そこで、あなたのきょうのお話は、アメリカ側ははっきり言っていない、先ほど申しますように、協定の上や平和条約の上ではっきりきめていない、しかし、自分としては、アメリカがガリオア・エロア援助を日本に対して与えたのは、事務管理に当たるものだ、こうおっしゃいましたね。これは間違いのないことだと思います。
 そこで、お伺いしますが、この食糧輸入に基づく援助の政策と申しますものは、それ自身がただ一つだけ占領政策として占領中に孤立して行なわれたアメリカの政策ではございません。その他占領政策というものはたくさんあったわけです。私はきょう連合国の日本管理に関するいろいろな法規を記載した資料を持ってきておりますが、連合国といたしましては、一般的に管理の原則をきめまして、それをさらに政治的管理とかあるいは経済的管理というようにこれを分類し、基本原則をそれぞれ政治管理及び経済管理できめました上で、さらに、その原則に基づいて、いかなる方法によってこれを具体的に実現するかということにつきまして、多数の具体的な政策を実行いたしました。話をわかりよくいたしますために、ちょっと資料集から引用させていただきますが、たとえば、政治的管理の基本原則の具体的実現といたしましては、軍国主義の除去、さらにそれをこまかく申しますと、武装解除及び軍の解消とか、あるいはまた、軍国主義的指導者の追放と戦争犯罪人の処罰とか、あるいは軍国主義諸制度の廃止とか、これは一々申し上げますと非常に数が多くなりますが、これは軍国主義の除去ということに関する基本原則の実現の政策です。それから、民主主義政治組織の確立という政策につきましても、いろいろな政策を実行いたしましたが、これは私はここでこまかくは申しません。
 それから、ただいまの問題は経済の問題であります。食糧輸入の問題でございますから、日本管理の経済上の基本原則をいかにして実現するかということに関する経済方面の実行方法について、いろいろと具体的に政策をきめておりますが、これも私は詳しく申しませんが、そういう体系の中の一つとしてこの食糧輸入という問題が規定されておるわけです。
 そこで、質問いたしますのは、もしガリオア・エロア援助、これを具体的に言えば、食糧を日本に輸出するという、その連合国の政策が事務管理であるというのであれば、この政策は、私が申しましたような政治、経済諾原則の実現の政策のうちの、その体系の中の一つでございますから、そうすると、大平さんのお考えから言うと、この体系全体に当たる政策がすべて事務管理であった、こういうような御主張になるのでございましょうか。そうでないと、他の政治的並びに経済的基本原則の実現の諸政策は事務管理ではないのだけれども、これだけ事務管理であるということになると、体系を乱すことになりますから、やはり、大平さんの御意見から申しますと、すべてが事務管理であったという解釈になるように思う。私は議論はしませんが、そうでありますかどうですか、それを確かめておきたい。
○大平参考人 最後の点は、事務管理というのは、日本語として熟しないけれども、民法上の用語でございます。それで、私法理論を公法関係に持っていきます場合には、適当なる修正を施して、その場合に当てはまるように考えるべきものでございまして、私は、事務管理といった場合には、特に経済的な私人の関係を考えて、その原理を持ってきてもいいという考えで、いわば日本人が非常に飢餓の中におる、そこで、物を持ってこないとこれは困る、それで助けてやる、これは占領政策の一環としてなされたには違いないと思います。占領政策の一環であるからどうだということも、従来の国際法の理論からは説明がつかないわけです。それはどういう占領政策かというと、特殊な占領政策です。私は、ガリオア・エロアという、その他の問題、これに関連する問題は占領政策と離れて考えて一応いいのじゃないか。そういう占領中に起こったことには違いませんが、やはり、今度の協定も特別に処理なさるわけでございますし、どうしても全部の占領関係を一括しなければ処理できないというふうな問題ではございませんで、私は、向こうがやったことに対する必要なる有益なる費用は返還しなければならないような筋合いのものだという、その筋合いを事務管理的だと申し上げたのでありまして、全体の占領政策というものを民法的な私法的な事務管理で説明しようとする意図はございません。
○黒田委員 全体としての占領政策の体系は事務管理ではないけれども、特にガリオア・エロア処理の問題だけが事務管理だ、こうおっしゃったのですね。これには私ははなはだ異論がありますけれども、きょうは時間もございませんから、そういうような言い方をなさったということがわかったということだけで、私はそれ以上のことは申しません。経済政策についてもほかにたくさんあります。占領政策として行ないました経済政策はたくさんあります。そのものとの対比において質問すればよろしいのですけれども、きょうはそこまで入らないことにします。
 それから、これはちょっと参考のためにお伺いしておきたいと思いますが、阿波丸の了解事項ということが先ほどから問題となっておりますが、実は、阿波丸事件も、了解事項というよりか、アメリカの日本に対する戦争中の不法行為に対する損害賠償権を日本が放棄するという協定を結んだそのこと自身に私は大きな疑問がある。それも、政治的な問題としてでなくて、大平さんは国際法の教授をしておいでになりますので、私は国際法の問題として念のためにちょっとお聞きしておきます。その当時の日本は、外交権は全面的に停止せられておった、そういう時期でありました。だから、外国との間の債権債務というものを放棄するとか請求するとか、そういう問題について協定を結び得る資格はなかった。大平さんも、先ほどから、日本のその当時のことを限定能力者だ、こういうようなお言葉で言われておったようでございますが、完全なる能力者でない、少なくとも外交権に関しては全面的に停止されておりました。外交権がないというのじゃない、外交権はあるのだけれども、その全面的停止が行なわれておりました当時において、日本の債務を放棄する、アメリカから言えば、占領者として日本に臨んでおるものが、そういう無能力者に対して、自分に対する債権を放棄させる。これは政治道徳から見ても正当なやり方でないと思うのです。条約締結の能力がないものとアメリカが締結した条約であるから、国際法から言えば、こういうものは無効ではないか、私はそう思うのです。実は、私は念のために申し上げておきますが、この阿波丸請求権放棄のときに、私も国会議員でありましたが、私は反対したのです。国会は大多数をもって賛成しましたけれども、私は反対しました。岡田君なども反対しました。私どもは、筋の通ったことをやらなければいけない、きょうの私の質問も決して筋が通っていないことはないと私は思うわけです。この点はどうです、その当時、日本が外国に対して請求権を放棄するというような協定を結ぶ資格が一体あったのでしょうか。これは参考のためにちょっとお伺いします。
○大平参考人 私は、気持から言いますと、全く今の御質問に賛成でございます。しかし、国際法というものは、異常なことが起こりますから、理想通りには動かないのでございます。占領中におきまして、国会並びにその他の方の希望から、やはり阿波丸のような問題についてこの際請求権を放棄してやった方がいいというような気持になったために、一般的には外交能力がないにかかわらず、この事件について、マッカーサーの許可といいますか、そういうような形を経てやったわけであります。非常に異常なものであるということは疑いをいれないわけです。
○黒田委員 むろんマッカーサーの認証を得ております。このことについては、私はここで議論はしませんが、ちょっと簡単に私の意見を申し上げます。アメリカ以外のどこかの第三者が日本に対し条約を締結する権限を与える権力を持っており、そのときだけ日本に能力を認めて、それをその第三者が認証したというのならば、私はまだ合点がいかないわけでもないが、マッカーサーは、連合軍の司令官であると同時にアメリカの司令官です。たとえば、無能力者に対して債務を負っている能力者が、自分の無能力者に対する債務を、無能力者と契約を結んで放棄させた、これは、私人間の場合もそうだが、国家間の場合は政治道徳上としても許さるべきことではないと思います。国際法上の見方は先ほど申し上げました。しかし、この議論もこれ以上いたしません。ただ、大平さんも、いかにも異常なできごとだとおっしゃっておりますから、それ以上私は質問いたしません。
 それから、次に御質問申し上げておきたいと思いますことは、きょうは、御手洗さんもそうでしたし、福島さんもそうおっしゃったのではなかったかと思いますし、また大平さんもおっしゃいましたが、何か日本がガリオア援助によってアメリカから恩恵を受けただけだというようなお考えが根本的にあるようです。だから、そうであれば返さなければならぬとか、日本の道徳だとかどうだとかという問題が起こってくるわけです。しかし、ガリオア援助というものはそんなに単純な援助であったのでしょうか。ほかにアメリカとしての必要があったのではないでしょうか。私は、そのことを国際法の教授であられます大平さんに伺ってみたいと思います。
○大平参考人 外交の問題でございまして、外交にはいろいろな考え方が錯綜しまして、それからだんだんデシジョン・メーキング、いろいろ決定が行なわれて、そして、占領中の日本人を援助する、救助する、そういうようなことでも、占領政策をうまくやりたい、結局、全体としてのアメリカの立場をよくしていきたい、人道的な立場もありましょうが、そういう功利的な立場もあるわけです。また、先ほど私はあてがい扶持みたいな感じがしたと言ったのは、日本に金をよこして、日本がそれを自由に使ったという金ではございませんで、向こうが自分の好きなものを向こう側の判断で入れたのでございまして、従って、決して、個人の恩とか、個人の義理とかという問題と、国際法上の問題とは違うと思うのです。そうすると、ぎりぎりのところ法律的な問題が残るわけでございますので、法律的な問題は、結局は、日本のためになるところの援助を受けたのだから、そのためになる部分の中から、向こう側の利益があるなら向こう側の利益は落としてしまえ、そういう分を損得相殺しまして、ぎりぎりのところ四億九千万ドルですか、そういうふうになったようであります。その金額につきましては、相当日本もねばったように思いますので、まあまあその辺のところではないだろうか。しかし、私は、物があったところの国によって占領されたということは、――昔は、戦争というものは、現地で調弁しろ、こういうような原則であったわけでございまして、そういう面から見ますと、やはり費用の一端を払って、三分の一、四分の一でございますが、それを果たすことが、日本の国際的の地位を向上させるという一つの場面ではないかと思います。
○黒田委員 私は古いことを問題にしているのではなくて、対日援助が行なわれました当時の占領状態のもとにおける現象についてお聞きしているのでありますが、お答えははなはだ不明瞭でございましたので、それでは、私から、こういうこともあったのじゃないかということを申し上げまして、お答えをいただきたいと思います。
 それは、極東委員会が対日食糧に関する決議を発表いたしました。その決議を見ますと、その当時、日本だけじゃございません、世界的にも食糧不足でございましたが、それには、日本に食糧についてどういう意味において輸入を許可するのであるかという根本原則が表わされている。それにはこういう意味のことが決議されてあります。連合軍の当座の安全にとって必要不可欠と認めるもの以外は、日本に対してそれ以上の待遇を与えてはいけない、そういう意味のことが決議せられております。これが日本に食糧輸入を許可するときの大原則です。それ以外の一切の食糧を許可してはならぬ、こう極東委員会は決議しております。私どもはこういうことも知っておりますので、要するに、アメリカが、占領軍の当座の安全にとって必要不可欠と認める食糧を日本が輸入することを許可するのだ、アメリカ側としてそういう意味で輸出するのだ、それ以外のことをしてはならぬということを見ても、これは連合国の安全にとって必要な食糧輸出であるという解釈ができるのではないのでしょうか。それだけちょっとお聞きしておきます。あともう一、二点です。
○野田(武)委員長代理 御承知の通りの時間でありますから、なるべく簡単に。
○大平参考人 安全にも必要であったということは認めるわけでございますし、まず、占領軍としては、ヘーグの陸戦法規が命ずるように、占領地における安寧と生活を維持することは義務とされているのですから、それをやったことは確かであります。と同時に、われわれが飢餓から免れ、かつ生産を向上させ復興したという面、そういうことも考えなければなりませんし、それから、かりに最初の安全という意味が国民を飢餓から免れさせることが安全だといたしますれば、そういう最低の安全というようなことにいたしましても、これはいわゆる占領に要する費用でございまして、それは現地調弁をしてもいい。広い意味から言いますと、税金とかその他のものを取ってもいいわけであります。それをアメリカが一時立てかえるというような形で、ファンドを作って物資を輸入した、それが問題になっておるのでございまして、アメリカの方の利益にもなったという点は認めるわけです。また、アメリカの立場としてやらなければならなかったというととも認める。しかし、その費用は、また別途考えてよかろうと考えるのであります。
○野田(武)委員長代理 時間ですから、どうぞ。
○黒田委員 これも問題点を残しておきまして、それだけ承っておきます。
 あともうすぐ済みます。これも私の聞き誤まりであったらそう御指摘いただけばけっこうですが、対日平和条約において、直接策事費は放棄しているけれども、間接軍事費は、その反面解釈として放棄していない。問題はそのあとにあるのですが、だから、ガリオア・エロア援助に対するアメリカの債権も、間接軍事費として放棄していなかったと、これが教授の御解釈であったと思いますが、そういう御解釈でしたでしょうかどうでしょうか。その通りですね。――それでは、その通りであったと伺います。そこで、終戦処理費は一体間接軍事費ですかどうですか。これも意見をお伺いしておきます。
○大平参考人 占領費でございます。
○黒田委員 間接とも直接ともおっしゃっていませんでしたが、とにかく占領費だとはおっしゃいましたね。それではっきりしました。そうしますと、日本が終戦処理費という軍事費を負担し、それから、アメリカの方はガリオア援助という、これは間接軍事費とおっしゃいましたが、アメリカはそういう軍事費を負担した関係になるのではなかろうか、そういう問題が提出されているのです。
 それから、いま一つの問題は、同じように軍事費であるというならば、相殺ということも考えられるわけですね。従来私どもが終戦処理との関係においてガリオアの問題を論じますと、政府は、いつも、この二つは法的に見て意味が違う、種類が違うのだという答弁をなさっておられます。ただいまの御解釈によりますと、同じような性格のものでありますから、これは私の意見だけ申し上げますが、そうすると、相殺の可能なものであると言い得られる。これは私の意見ですから、これに対してお答えは要りません。ただ、今お答えを得ましたことが、私は政府の従来の答弁とは違っておりましたので、そのことを私どもは確かめておけばよろしいわけです。
 最後にお尋ねいたします。教授は、このガリオア・エロアの問題については、なかなか法的性格がはっきりせぬと思う、はっきりしない場合は国際司法裁判所におきまして法の一般原則できめる、こういうふうにおっしゃって、かりに国際司法裁判所に出ることがあれば、大平さんの御意見では、おそらく事務管理として債務として判断を受くべきものではないかという御解釈のようでしたね。そうでしたね。ただいまのようにおっしゃっておりますから、そう承ります。
 そこで、私は最後にお尋ねしたいのですが、この法的にはっきりしないということが、大平さんと私の言うのと意味が違うのです。大平さんは、ガリオア・エロアをいかなる種類の債務であると解釈するかということについて、契約とはどうも言えない、それじゃ何だろうか、事務管理から来る債務の発生ではなかろうか、こういう御見解でした。ところが、今国会で問題になっておりますのは、債務か贈与かということです。それが問題になっている。そのことがはっきりしないということが問題になっております。いかなる種類の債務であるかということがはっきりしないという問題じゃないのです。それは平和条約においてもはっきり規定していない。法的には何らガリオア・エロアを日本の債務負担ときめた国際法上の協定はない。そういうあいまいなものをかりに国際司法裁判所の法廷に出せば、債務であるか贈与であるかということがはっきりしない問題でありますから、そこで、大平さんのお言葉を使いますれば、国際法の原則に従いまして、法の一般原則に従いまして、疑わしい場合は債務者に都合がいいような解釈をすべきだ、私はそう考えるのです。これは私の意見ですから、もう御答弁を承らなくてもいい。ただ、あいまいということの意味が私どもとは違う。これだけはっきり申し上げます。
 これで私の質問を終わります。
○野田(武)委員長代理 これにて参考人に対する質疑は終わりました。
 各参考人の方々には長時間にわたり御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚く御礼申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五分散会