第040回国会 外務委員会 第21号
昭和三十七年四月四日(水曜日)
   午前十時四十三分開議
 出席委員
   委員長 森下 國雄君
   理事 北澤 直吉君 理事 野田 武夫君
   理事 福田 篤泰君 理事 古川 丈吉君
   理事 松本 俊一君 理事 岡田 春夫君
   理事 穗積 七郎君 理事 松本 七郎君
      安藤  覺君    愛知 揆一君
      池田 清志君    宇都宮徳馬君
      宇野 宗佑君    齋藤 邦吉君
      椎熊 三郎君    正示啓次郎君
      田澤 吉郎君    竹山祐太郎君
      床次 徳二君    井手 以誠君
      稻村 隆一君    田中織之進君
      辻原 弘市君    戸叶 里子君
      帆足  計君    細迫 兼光君
      森島 守人君    横路 節雄君
      井堀 繁男君    佐々木良作君
      田中幾三郎君    本島百合子君
      川上 貫一君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  池田 勇人君
        外 務 大 臣 小坂善太郎君
        国 務 大 臣 藤山愛一郎君
 出席政府委員
        法制局長官   林  修三君
        法制局参事官
        (第一部長)  山内 一夫君
        調達庁長官   林  一夫君
        調達庁次長   眞子 博次君
        総理府事務官
        (調達庁不動産
        部長)     沼尻 元一君
        総理府事務官
        (経済企画庁調
        整局長)    中野 正一君
        外務政務次官  川村善八郎君
        外務事務官
        (大臣官房長) 湯川 盛夫君
        外務事務官
        (アジア局長) 伊関佑二郎君
        外務事務官
        (アジア局賠償
        部長)     小田部謙一君
        外務事務官
        (アメリカ局
        長)      安藤 吉光君
        外務事務官
        (条約局長)  中川  融君
        大蔵政務次官  天野 公義君
        大蔵事務官
        (主計局長)  石野 信一君
        大蔵事務官
        (理財局長)  宮川新一郎君
 委員外の出席者
        厚生事務官
        (公衆衛生局企
        画課長)    穴山 徳夫君
        通商産業事務官
        (企業局次長) 伊藤 三郎君
        通商産業事務官
        (企業局賠償特
        需室長)    池田 久直君
        会計検査院長  芥川  治君
    ―――――――――――――
四月四日
 委員辻原弘市君、帆足計君及び田中幾三郎君辞
 任につき、その補欠として横路節雄君、田中織
 之進君及び井堀繁男君が議長の指名で委員に選
 任された。
同日
 委員田中織之進君及び井堀繁男君辞任につき、
 その補欠として帆足計君及び佐々木良作君が議
 長の指名で委員に選任された。
同日
 委員佐々木良作君辞任につき、その補欠として
 本島百合子君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する
 日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結に
 ついて承認を求めるの件(条約第一号)
 特別円問題の解決に関する日本国とタイとの間
 の協定のある規定に代わる協定の締結について
 承認を求めるの件(条約第二号)
     ――――◇―――――
○森下委員長 これより会議を開きます。
 質問の通告がありますので、これを順次許します。井手以誠君。
○井手委員 私は、ガリオア・エロアの問題について、第一に二十四年三月以前の貿易関係、第二にはいわゆる見返資金の積み立てとなりました二十四年度以降の貿易関係、第三には終戦処理費、この三つの段階に分けて、債務性の問題その他についてはすでに論議が行なわれておりますから、その内容についてお伺いをいたしたいと思うのであります。私はごらんのように、本日役所の資料を昭和三十年秋からの分を全部持って参りました。公文書によって、あるいは政府が発表した数字によってお伺いをいたしたいと思いますから、どうぞ当局もそのおつもりで、推計とか推算ではなくして、当時発表された政府の文書で、お答えがいただきたいのであります。
 最初にお伺いいたします。昭和二十四年三月以前、すなわち昭和二十三年度までの貿易、輸出入の収支をお伺いいたします。
○伊藤説明員 終戦後から昭和二十四年三月までの輸出入実績、これは司令部の経済科学局統計の数字でありますが、輸出が六億五千五百万ドル、輸入が十七億四千万ドル。この十七億四千万ドルの内訳でありますが、援助物資が十一億九千七百万ドル、商業物資が五億四千三百万ドル。この援助物資の十一億九千七百万ドルにつきましては、今回通産省で計算いたしました数字に対比いたしますと、これが八億四千七百万ドルになるわけであります。
○井手委員 昭和二十三年度までの貿易の入超は、十億ドルをこえておるのであります。アメリカの資料による昭和二十三年度までの援助の総額は幾らになっておりますか。
○伊藤説明員 米側のJES統計によります援助物資の総計は、十一億九千七百四十五万ドル余でございます。
○井手委員 アメリカの援助総額にほぼ匹敵するような十億ドルの入超、それに対しては、当然円勘定において二千億内外の金が積み立てられねばならぬと思うのでありますが、それはどうなりましたか。
○伊藤説明員 二十四年の三月までの輸出入の数字は先ほど申し上げた通りでございまして、入超が、司令部の数中によりますと、約十億ドルございまして、当時一本レートがございますれば、この十億ドルに相当する円貨が特別会計の資産として残るべきものであるということになろうと存じますが、御承知のように、二十四年の四月二十五日に三百六十円レートが設定されるまでは、為替レートがありませんので、輸入物資につきましは割安に国内に払い下げをいたしておりますし、また、輸出物資につきましては割高で特別会計が買い上げをいたしております。そういうことからいたしまして、この貿易特別会計の操作によりましてそういう輸出入の調整の作用なしてきたわけでございます。貿易資金特別会計の二十四年三月末の状況でございますが、現金の関係で申しますと約四億円の赤字になっておるわけでございますし特別会計としましては、今申しましたように、そういう操作をして参ったわけでございます。
○井手委員 十億ドルの入超ですよ。当然その分の円資金の積み立てばあったはずなのに、結果においては四億円の赤字だという今の説明。あなたは今国内に安く払い下げたと言ったのですが、幾ら安く払い下げましたか。全部それだけの金額を安く売ったのですか。その数字を示して下さい。
○伊藤説明員 安く高くと申しますのは、当時一本レートがありますれば、それに比較してということが言い得るのでありますけれども、何にも比べて安い高いというのは実は言いにくいのでありまして、割高、割安というふうに言ったわけでございます。一応計算をいたしますと、ある程度の数字は出るわけでございます。当時の輸出物資の買上代金として貿易庁が支払いました金額は……。
○井手委員 時間も大切ですから、私大事な点だけをお聞きしますから、その分だけの答弁を願いたいと思います。
 昭和二十三年度当時においては、あなたがおっしゃったように一本のレートでなかった。しかし、平均はほぼわかっておるはずですが、輸入の場合は円建は幾らになっておりましたか、輸出の場合は円建は幾らになっておりましたか、それをお伺いします。
○伊藤説明員 先ほど申し上げかけたのは、実は輸出が六億五千万ドルでございますが、それに対して国内で買い上げました金額が九百六十二億円でございます。従いまして、これを割りますと、一ドル約百四十七円になるわけであります。それから、輸入物資につきまして、これは国内の売払代金が千四百九十五億円でございますので、先ほどの十七億ドル余と比率をとりますと約八十六円になります。ただ、これは、レートという意味ではございませんで、今申しましたように、輸出輸入についてそれぞれ円とドルを計算してみるとこういうことになるというわけでございます。と申しますのは、二十年当初の一円と二十三年になりましてからの一円と、額について当然大きな変動がございます。単に計算をすればこうなるということを申し上げたわけであります。
○井手委員 そんな数字は信用になりませんよ。伊藤さん、そんな数字は信用になりませんよ。私が先刻申し上げたのは、政府が発表した数字でお示しが願いたいと言っておるのです。だから、私はここにたくさんの資料を持ってきておるのだ。
 そこで、質問の途中ですが、私が要求しました大蔵大臣、通産大臣、調達庁長官、どうなっていますか。
○森下委員長 調達庁長官は見えております。大蔵大臣は、かぜで発熱でございますので、ちょっと今休んでおります。政務次官、それから石野主計局長、宮川理財局長が見えております。
  〔「通産大臣いないじゃないか」「石炭に出ている」と呼ぶ者あり〕
○井手委員 大体わかりました。
 今通産省の伊藤次長の答弁は非常に大事なんです。昭和二十三年度における輸入の場合の一ドルは幾らに当たるのか、輸出の場合は一ドル幾らになっているのか、これが一番大事な点だと私は思う。そこで、私は、政府ではなかなかわかりにくいようですから、今度は政府の資料を私の方からお示ししたいと思う。これは池田総理大臣御存じでしょう。――まあちょっとお待ちなさい。発言中です。私がここにお示ししておりまするものは、これは、「国の予算」、昭和二十四年十月、大蔵大臣池田勇人とありますから、総理、あなただろうと思います。こう書いてあるのですよ。今回大蔵省によって「「国の予算」が公にされることは、本当の意味の民主政治の進歩の為に誠に喜ばしい。江湖の諸賢がこれにより予算についての十分な認識を持たれ、政府の施策を監視鞭撻される為に、本書が一助となるならば、その方面の責任者としての私の最も幸とするところである。」、りっぱな推薦の言葉が載っている。で、委員長、委員長にお願いしたいのですが、これは非常に大事な点ですから、私はこれをプリントにいたしましたので、全員に一つ配付を願いたいと思う。これによって私は今から検討さしていただきたい。
 そこで、今の為替レートの問題はあと回しにして、その前に三、三お伺いいたしたいと思います。
 昭和二十四年三月までに、この貿易会計に、帳じりは赤字になっておるということでございますが、これは、売払代金を全部充当したそのほかに、国から、一般会計から出してはおりませんか。一般会計から、あるいは日銀から借り入れとして貿易資金特別会計をまかなうためにやってはおりませんか。次長、三十四念三月までの売払代金を円安、円高に操作するのでは足りないために、一般会計からと日銀からの借入金、これでまかなってはおりませんか。その数字は幾らですか。
○伊藤説明員 一般会計から十億支出されておりますほかに、日銀からの借入金が二百六十億円ございます。
○井手委員 次にお伺いいたしますが、今お配りしました「国の予算」の中にも書いてありますが、終戦直後朝鮮と中国に坑木などを輸出しておりますが、この代金はどうなっておりますか。「国の予算」に書いてある。中国にも坑木などを日本から売っておる。その代金はどうなっておりますか。
○伊藤説明員 輸出の代金は、貿易特別会計で国内から円で買い上げまして、それを輸出しておるわけでありますが、輸出をしましたドルは、当時の司令部で管理しておりました外貨勘定に入っておるわけであります。
○井手委員 それは品物は何ですか。その金額は幾らですか。
○伊藤説明員 品物は、もちろん当時の輸出はいろいろございますので、数字としましては、先ほど申しましたように、司令部の統計によりますと六億五千万ドル余になるわけでございます。
○井手委員 私がお伺いしておるのは、「国の予算」の説明の貿易特別会計の中に、「昭和二十年十月より、司令部の輸出指令に基、いて朝鮮中国等に対する坑木石炭等の輸出が行なわれ、」と書いてある。石炭のことは先般話が済みました。四千七百万ドルです。坑木の方はどうなっておるかと聞いておるのです。
○伊藤説明員 詳細につきましては調べてお答えいたします。
○井手委員 次にお伺いしますが、終戦当時に日本が保有しておりました金銀や米ドルは、大体一億五、六千万ドルだろうと思うのでありますが、これが輸出入の回転資金になって、綿花のクレジットの基金になっておるのでありますが、それはどういうふうに操作されましたか。その代金はどういうふうに処理されておりますか。一億五、六千万ドルの回転基金です。日本が終戦のときに持っておった金銀、それに米ドル、大体一億五、六千万ドルのものはどういうふうになりましたか。これは、終戦以来の貿易関係の清算をする機会ですから、内容をやはり精査しなければならぬと思うのです。終戦以来いろいろな金が日本から出されておる。それを別確にしなければならぬと思うから私はお伺いしておるのです。
○伊藤説明員 当時の金を担保にしまして綿花借款をやったことはございます。詳細につきましては調べてお答えいたします。
○井手委員 それでは、私の質問の時間中に一つお答えが願いたいので、あります。
 それでは、話は前に戻りまして、二十三年度における為替レートの問題、輸入は平均して幾らであったか、百何十円建であったか、輸出は何百円建であったか、それをお伺いします。私がそこにお配りしました「国の予算」によりますと、こう書いてある。輸入は百六十円、輸出は二百四十円と「国の予算」にははっきり大蔵省が公表しておるのですが、どうですか、これは間違いないでしょう。政府が発表したんだから間違いないでしょう。
○伊藤説明員 この「国の予算」にありますように、二十三年度末において、ここに書いてあります品目についての平均をしたものは、輸出が三百四十円、輸入が百六十円ということであろうと思います。
○井手委員 それでわかりました。それで、伊藤さんは先刻食糧その他の援助物資を国内に安売りしたとおっしゃいましたが、どのくらい、安く売られましたか。
○伊藤説明員 総金額で幾らが安売りをされたか、あるいは総金額で輸出補給金に向けたのが幾らかという金額は、これは出すことはできないと思います。ただ、一例として調べましたのを申し上げますと、これは三百六十円レートがきまります直前の昭和二十四年二月の例でございますが、貿易庁が農林省に売却した小麦でございます。これは当時一石当たり二千二百二十四円で売っております。一方、このドル建を計算いたすわけでありますが、当時ドル建が日本側に明示されておりませんので、今回通産省が算定いたしました二十三年度の小麦のCIF価格、ロング・トン当たり百一ドルというのをとりまして計算いたしますと、一石当たり十三ドル六十三セントになります。これを円とドルの比率を出しますと、一ドル当たり百六十三円九十七銭になります。従いまして、これは、当時三百六十円レートがございませんので、差はどうかということは申し上げられませんが、もしも三百六十円というものがあるとすれば、その差額の二百円程度のものを小麦については安く売ったということが言い得るのでありますが、全体の総トータルがどうなるかということは、為替レートがありませんので、比較ができませんので申し上げかねます。
○井手委員 あなたの方の答弁によると、国民に安く売ったからいいじゃないかということが繰り返えされておる。そうであるならば、安く売った根拠というものを、私は何も何十何円まで聞こうとは思いませんけれども、八割六分くらいは安売りのものだ、あとの一側五、六分は輸出のものだというくらいの分数ができなくてはならぬと思うのです。それでなくては納得できませんよ。
 それでは、ここで確かめておきたいのは、昭和二十四年三月までのこの援助物資の売払代金は全然なくなった、その上に、日銀から借り入れた二百六十億円と国が出した十億円、それでもなお足りぬで四億円の赤字になったということは間違いございませんね。アメリカの計算では十一億ドルの援助物資というものを国内に払い下げたその勘定というものは、結局全部金がなくなった、売払代金は全部使ってしまった、その上に一般会計からと日銀の借入金で埋めたけれども、なお足りなくて、結局四億円ばかり赤字になった、こういうことでございますね。その点だけは確かめておきたいと思う。
○伊藤説明員 現金面におきましては約四億円の赤字になっております。
○井手委員 明確になって参りました。
 そこで、総理大臣にお伺いいたしますが、「国の予算」により、また通産省の答弁によりますと、昭和三十三年度における為替レートは、これは複数レートでございますからなかなか困難でありますけれども、「国の予算」の説明によりますと、平均して輸入の場合は一ドルが百六十円、輸出の場合は三百四十円。輸入の場合はいわゆる円高、輸出の場合は円安ということになりますと、どういう結果になるでしょうか。専門家の池田総理大臣にお伺いをいたします。
○池田国務大臣 輸入レート、輸出レートとおっしゃいますが、昭和二十四年の四月二十五日に三百六十円を決定いたしますまでには、為替レートというものはないのでございます。ございません。ただ、軍のお金、軍為替レート、これはございました。ドルをこちらの円にかえる。軍資金、軍の費用、これは、昭和二十年の当初は一ドル十五円、二十二年に一ドル五十円、二十三年に一ドル二百七十円と、軍為替レートがあっただけでございます。貿易上のレートというものはございません。そこで、私は前にも申し上げましたごとく、日本の品物を外国に売る場合におきまして、非常に有利な綿織物につきましては、多分昭和二十四年のときには二百六、七十円の綿布を持っていけば一ドルかせげる、生糸は四百二十円のものを持っていって一ドル、化学薬品は六百円ないし六百四十円のもので一ドルをかせいだと思います。これだけ輸出は円安でございます。それから、輸入の方につきましては、どれだけ安く売ったかと申されますが、これは小麦の方では大体半値ぐらいでいったでしょう。なぜそういう状態になったかと申しますと、御承知の通り、片山内閣におきましては、新物価体系というもので理論的に机の上で物価をきめた。そして、石炭は幾ら、鉄は幾ら、米は幾ら、こういって物価体系をきめてしまった。それよりも原価が安くついた場合におきましては、このアメリカの援助物資、あるいは国内の一般会計からの繰り入れあるいは借入金でまかなったのであります。早い話が、私もまだ記憶いたしておりますが、昭和二十年には米が石二百五十円だったと思います。二十一年が、五百円、二十二年が九百円、二十三年が千九百円、私が予算を作ったときに米を四千円ときめましたが、その当時の外米は幾らであったか、たぶんトン百ドルぐらいじゃなかったか。そういたしますと五千円につきます。五千円ないし六千円。それを五百円とか九百円とか千九百円で売っておった。その差額がやはり貿易資金特別会計の赤字になっているわけでございます。その赤字を援助物資で埋めたわけです。そしてまた一般会計からの繰り入れで埋めた。こういうやり方がいけないからというので、二十四年に、三百三十円のレートにするか、三百六十円のレートにするか、よほど苦労したのでございますが、三百六十円できめた。従いまして、昭和二十四年の二月までは為替レートというものはございません。今言ったように、百六十円だとか八十円だとかいうのは輸入物資の総平均でなんぼについたという逆算のレートでございます。これはほんとうの為替レートというものじゃないのであります。そして貿易資金特別会計で四億円の赤字になった。帳面しの赤字でございます。帳面上四億円の赤字でございまして、その当時やはり物資は三百億円くらいあったと思います。そしてまた、貿易資金特別会計がそれから後の外国為替特別会計へ剰余金として繰り入れた金額は七百三十億円あったと思います。これはやはり貿易資金特別会計の清算後の残り金でございます。だから、アメリカの計算でいけば十一億。ドルの輸入援助物資、通産省で言えば八億ドルの輸入物資、これの換価せられた金額は幾らということは、毎年ものによ、て違います。しかし、いずれにしても相当の金額が残っておったが、外為資金へ繰り入れられたのが七百三十億円、これは昭和二十四、五年だったと思います。それから今度は貿易資金特別会計から貿易特例会計の方へ行ったのが三百七十億くらいだった。記憶をたどって一カ月前に勉強したのが、そういう数字と私記憶しておりします。そうなっておるのであります。
○井手委員 私がお伺いしておるのは、二十四年三月以前の問題でございます。総理大臣は安く売った分だけの資料をお出しになるのですが、私が申し上げておるのは、安く売ったものもそうでないものも平均した、大蔵省が公表したものを申し上げておるわけです。総理大臣も、綿布その他のものは三百五十円から四二十円、中には六百円のものもあったとおっしゃった。それほど円安だった。
 そこで、通産省にお伺いいたしますが、私は為替レートがなかったことは承知しておりますよ。しかし、これは無縁のものじゃございません。もし昭和二十三年、二十三年に為替レートがあったら、どういう結果になっておりますか。(「仮定的な話だ」と呼ぶ者あり)――これは仮定じゃありません。輸出は円安、輸入品は円高ですよ。日本に入ってくるときには一ドル百六十円、輸出の場合には三百四十円。日本の品物は半値以下で外国に売っておるじゃございませんか。もしそのときに一本のレートであったら、どういうことになりますか、通産省。
○伊藤説明員 輸入物資につきまして円安でありましたのは、当時の物価政策によるところでございまして、輸入物資は食糧とかあるいは主要原材料等が大部分でございます。従って、当時の政策からして、これは安く国民に配給するということからそういう政策をとっておったわけでございます。従いまして、当時かりに一本レートがあったらということでございますが、一本レートを二十二年ごろやろうとしますとすれば、おそらく非常な混乱ができるのではないか。一方では一ドル六百円のものもあるし、二百円のものもあるし、その前にいきますともっと格差が大きくなっております。そういうここから、当時強行しようとすれば非常な混乱が起きるということになろうかと思います。
○井手委員 「国の予算」の説明によると、もし三百六十円のレートであったならば三千六百億円の欠損になっておると書いておるじゃございませんか。はっきり書いてあるのです。しかし、そのときは、二十三年、二十三年は三百六十円は無理であったでしょう。日本の品物を安くアメリカから買いたたいたからそういうことになっておるのですよ。今この点を明らかにいたします。
 企画庁長官にお伺いいたしますが、藤山さんの方の前身の経済安定本部の調査課が調べた調査によりますと、私はそこに資料としてお示しいたしましたが、「民間輸出品の外国輸入業者卸売価格の内容」というもの、これはあなたの方の調査課が発表されたものですが、これは間違いございませんね、
○藤山国務大臣 昨晩、井手委員の御質問があるということを承りまして、実はどういう質問かと思いましたところが、非常に専門的な質問で、勉強をいたします余裕もございませんでしたから、事務当局からお答えさせることにいたします。
○井手委員 事務当局からでけっこうですが、私の方でプリントいたしましたものはあなたの方の調査課が出したものですが、間違いないでしょうね。
○中野(正)政府委員 井出先生から今いただきました、昭和二十三年経済安定本部調査課の調べというのがございますが、私の方で昨晩からいろいろ調べておるのですが、どういう程度の調査でこういうものを出したか、よくつかめなかったのですが、日本の売った値段と向こうへ持っていった卸値段との差が相当あったことはもう間違いないと思います。これは、御承知のように、現在でも非常に差があるのでありますが、これがその当時の実態に合っておったかどうかは、もう少しわれわれの方で調べてからにしたいと思います。
○井手委員 それでは、この問題で重ねてお伺いをいたしますが、あなたの方の調査によると、アメリカの国内で行なわれた卸売価格、セメントは一トン三十二ドルでアメリカ国内では卸売になっておるのですが、三十二ドルのものを日本の国からはわずか十六ドルで買って、おる。半値以下に買っておる。一番はなはだしいのは、最もひどいのは注射筒、アメリカの御売価格は一本二ドルであるのに、日本の国内からは〇・二四ドルですよし八分の一で日本の商品を買っておるのですよ。これは政府の公表です。これを平均いたしますと、大体四〇%から四四、五%、四割台で日本の品物をたたき買いしておるのですよ、問題はここなんですよ。先刻池田総理大臣はこうおっしゃった。物によったら輸出の場合は一ドル六百円で、取引されたとおっしゃった。半価や三分の一の値段、ひどいのは八分の一の値段で日本からたたき買いをしておる。日本で輸入する場合は一ドル百六十円であったものが、日本の品物は三百四十円平均でアメリカで買っておるのですよ。そこに、国民に販売された、配給された食糧その他の援助物資の十億ドルの消えた原因があるのですよ。いかに輸入補給金、あるいは輸出補給金の役割を果たしたといえども、百円の品物を輸出補給金で二百円にしても、それが一ドル六百円なんということだったら何の役にも立ちませんよ。企画庁長官、あなたの方の資料でこうなりましたが、どうでございますか。
○中野(正)政府委員 実は、先ほどちょっと申し上げましたように、昭和二十三年当時は経済安定本部で貿易の実務はやっておりません。これは御承知のように貿易庁がやっておりました。ただ、私、この表を見て感じましたことは、当時、二十三年までは国営貿易でございまして、しかもアメリカが向こうで値段をきめたわけでございますので、その意味で、日本側から実態を十分つかめなかったのじゃないか。その後、これはどこで調べたのかわかりませんけれども、民間でも調べております。相当やはり向こうで高く売られておるということはもう間違いないと思います。
  〔発言する者あり〕
○森下委員長 静粛に願います。
○中野(正)政府委員 この数字がどの程度その当時の実態を現わしておるかどうかということは、今すぐここでは即答申し上げかねるわけであります。
○井手委員 通産省にお伺いをいたしますが、昭和二十四年三月までは為替レートがなかった。それはその通りです。ところが、見返資金が設定されるときから、三百六十円の一本建、単一レートになった。そして見返資金というものが積み立てになっておりますが、二十四年三月以前でも、経済の変動があったにしても、もし一本のレートがあったならば、見返資金と同じような積み立てがあったはずじゃございませんか。そうなるでしょう。もし適正な輸入価格であり、適正な輸出価格であったならば、その分の積み立てがあったはずでしょう。そうでなければならぬはずですよ。それがないというのは、アメリカに日本の品物が二束三文でたたき買いされたという結果でしょう。
○伊藤説明員 一本レートができるまでの経過につきましては、先ほど総理大臣からもお話がありました通りでありまして、非常な努力を重ねて三百六十円に一本化して参ったわけでございます。でありますが、三十二年、二十三年にはたして一本レートがあったらということになりますと、これは非常に大きな仮定でございまして、先ほど申しましたように、そういう一本レートを二十二、三年ごろ作るとしますと、非常な混乱が起きるのじゃないかということが考えられるわけであります。従って、二十二、三年ごろに一本レートをきめたとすれば、一体何円になるかというようなこともわかりませんので、従って、見返資金積み立てができたであろうということも言い得るかどうか、私は疑問だと思うのであります。
○井手委員 それでは、重ねてお伺いをいたしますが、それはあの混乱期ですから単一為替レートができかねたことは私もわかります。しかし、平均をしたならば、輸入する場合は一ドル百六十円、輸出の場合は、品目によって若干高低はあるにしても、平均すれば大体百六十円前後になるのが、普通の貿易じゃございませんか。これは取引では常識じゃございませんか。そうでしょう。
○池田国務大臣 昭和二十年から二十四年までの日本の経済状態は、外国人に言わせれば、これは竹馬経済だということで、ほんとうに経済の体をなしていないのです。なぜ体をなしていないかといったら、片山内閣の新物価体系、芦田内閣の新々物価体系、これで日本の価格経済というものを全部曲げてしまっておったのであります。もしそれ、ここで、無理にでも為替相場をきめたならば、ちょうど昭和二十四年以後のような状態が起こり得べきことなんです。で、昭和二十四年の四月に為替相場をきめまして、そしてその相場によって売却あるいは輸出をいたしました。しかるところ、三百六十円レートが三百三十円、これはさておきまして、国内の石炭にいたしましても、銅にいたしましても、鉄にいたしましても、自由価格にいたしました。しかし、当時鉄はトン八千円でございました。銅は当時トン十三万円、それを今の銅二十八万円、鉄の四万三千円にします場合において、価格補給金が要るわけであります。見返資金を積み立てましたから、援助物資というものを積み立てましたから、価格補給金が要るわけであります。従いまして、昭和二十四年の一般会計の歳出面をごらん下さると、七千四百億円の歳出面で二千二十億円の価格補給金を組まざるを得ない。これは自由価格にすぐ持っていったの、じゃございません。徐々に上げていったのですが、二十四年には歳出額の大体三分の一近く、四分の一余りというものを国民の税金で補給金を組んだわけであります。こういう状態で、昭和二十年から二十二年までに為替レートをきめたならば、何千億円という価格補給金が要ったでございましょう。その価格補給金というものの国民の税金のかわりが、輸入援助物資の売払代金によってまかなわれたのです。ですから、もしあなたが昭和二十三年までに為替レートを一本にしてやったならばとおっしゃれば、これは神様ならやったでしょうが、普通一般の人はできません。もしやったとすれば、昭和二十四年から予算を組んだときのように、価格補給金が四年間で数千億円要ったことはたしかです。価格補給金を組むことがいやで組めないというので、いわゆる援助物資の代金をこれにおおむね充てたわけです。そういうことはやみからやみでいけないからというので、昭和二十四年に私は見返資金特別会計をこしらえた。見返資金特別会計をこしらえて、そして援助物資の金を積み立てたら、補給金が二千億円要った。こういう状態になってくるのであります。
○井手委員 経済が混乱しておったことは私も認めておるのです。しかし、いかに混乱し、また単一為替レートが困難な事情にあったとはいえ、輸入の平均価格が昭和二十三年度において円建百六十円であった。輸出が三百四十円ということは常識で考えられぬじゃございませんか。(「社会党内閣時代だよ」と呼ぶ者あり)――いや、池田さんが大蔵大臣だった当時です。私はそれを聞いているのですよ。それは品物によっては輸出の場合は百二十円も三百六十円もあったでしょう。しかし、「国の予算」がはっきり申しておるように、平均するなら、輸入の平均価格と円建はほとんど変わらないのが常識じゃございませんか。片一方は百六十円だ、輸出の場合は三百四十円だという、そういう半値以下のもので売るということは考えられないはずですよ。問題はそこにあるのですよ。補給金のことは私も知っております。補給金ばかりではございません。補給金は、あなたが常におっしゃるように、長い目で考えますと、昭和二十四年から二十六年までの見返資金、その中にある価格調整補給金を考えますと、大体一割八分が安く売った金額に相当するのですよ。一割八分ですよ。援助物資等特別会計が見返資金の方に繰り入れられた金額のうち、価格差補給金、すなわち一般会計のものは一割八分に相当するのですよ。それをもって類推いたしますれば、十億ドルの金が消えてなくなってしまっておる。わからぬようになった。しかし、安く売ったというのは大体二割前後じゃありませんか。あとの八割はどこに消えたのですか。それは、外国に安く売ったから、アメリカに半値以下で売ったからそうなっているのですよ。せっかく私どもの税金で、あるいは私どもの買った援助物資の代金で補給金をつけたけれども、一ドルが三百四十円か六百円、そんな安い値で買いたたかれたからそうなっているのですよ。その点をお伺いします。
○池田国務大臣 そういうふうな、つまらない、あとから考えると問題にならないような価格政策だったのです。今申し上げましたように、昭和二十年のときには米を一石二百円か二百五十円で売ったじゃありませんか。昭和二十年か二十一年には、米を一石二百円か二百五十円で売っておる。二十一年には米を五百円で売っているでしょう。外米は一石何ぼでございましたか。五千円くらいでしょう。五千円か六千円についております。それを昭和二十一年に五百円で売っておるじゃありませんか。二十二年にも千九百円で売っておるじゃありませんか。私は、そういうことはいかないというので、米を三石四千円にしたのです。それでもなおかつ外米の方は六千円くらいする。だから、昭和三十四年から二十五年には一千円上げて五千円にする。昭和二十六年には六千円にしました。そうすると、米の値を上げるからそれじゃ貧乏人は米が食えぬようになるじゃないかというのが問題なんです。(笑声)それだから、五、六千円で買い込んだ外米を二百五十円か五百円で売ったじゃありませんか、片山内閣で。一割八分とか二割とかいう問題じゃないのです。石炭だって、六千五百カロリーの強粘結炭は六千円くらいしておったでしょう。三千二百円で売ったのじゃございませんか。だから、私は、そういうことは曲げられた状態であるから、これを第三次吉田内閣で直そうというので、見返資金をこしらえたわけなんです。私はこれは経験からはっきり国民にわかってもらいたい。
○井手委員 総理が言われるように、そんなつまらない経済であった、そんなつまらない貿易であった、それは今おっしゃった通りであります。それじゃ一体この分はだれがもうけたのか。十億というものはだれがもうけたか。私はそれを聞きたいのです。それはアメリカがもうけたのではございませんか。アメリカが日本の品物を四割程度で買い上げておる。たたき買いをしている。もうけたのはアメリカじゃございませんか。先月横路君は、日本に来た品物は高かったとここで何回も申しました。私は本日はこの点は触れません。(発言する者あり)――委員長、ちょっと静かにさして下さい。大事な点ですから。十億ドルと言えば、「国の予算」のこの説明によると、大蔵省は三百六十円のレートであるならば四千億円近い金を日本は損をしているとはっきり書いてある。三千六百億円ですよ。四、千億円の金ですよ。この金は大体だれが一体もうけているのかということを私は聞いているのです。
 それでは、通産省にお伺いいたします。そんなに日本から、総理大臣が言うように一ドル六百円程度で品物をアメリカに買われた、それほどたたき買いされた結果は、それは安く買ったアメリカがもうけているのじゃございませんか。そうでしょう。あなたは、先般、横路君の質問に対して、日本の輸入価格、援助物資その他は大体国際価格とあまり違いませんとおっしゃった。そうでしょう。あまり差額はございませんとおっしゃった。百六十円という平均の輸入価格があなたの言う通り適正であるならば、輸出の方の三百四十円というのは、これはあまりにもひどい円安じゃございませんか。そうするならば、その十億ドルのもうけというものは、アメリカが得をしているのじゃございませんか。そうでしょう。たとえ百円の品物を価格差補給金で百円加えてやっても、一ドル三百四十円か五百円、六百円でアメリカが安く買いたたいたとするならば、そのもうけはアメリカじゃございませんか。
○伊藤説明員 先ほど「国の予算」の中で三千億以上の赤字になるであろうということが書いてあるというお話でございますが、私もそれを見たのでありますけれども、これは計算をすればそうなるというふうに書くべきであったんじゃないか。当時レートがありませんのを、あえて一ドル三百六十円というレートで援助物資を計算すれば三千億以上のものがあったはずだということを書くべきであったのを、少し言葉を省略し過ぎて、赤字といいますか、残るべきものがそのまま残らぬというふうな表現になっているのは、表現として少し辺りないのではないかというふうに考えております。
 それから、次の輸出品の問題でございますが、輸出品が円安であり、輸入品が円高であるという点は、先ほど来申しましたように、当時の日本の物価体系が国際的な物価体系と比べて非常に不均衡であったというところから出ておるのでありまして、ただ、日本の輸出品がほんとうにアメリカその他の市場でたたき売りされたかどうかという点につきまして、私ども若干調査はいたしたのでありますが、十数年前のことでありますので、なかなか的確な資料がないのでございます。先ほど井出先生が出されました資料の経済企画庁の数字でございますが、大体日本のFOB価格に対してアメリカの卸売価格が二、三倍になるというのは、むしろ取引の常態ではないか。現在においても、やはり、二、三倍あるいは四、五倍というようなものが、特に雑貨についてはそういう形になっていると承知いたしております。
○井手委員 今の答弁で、日本の品物が安くアメリカに買われたことが明らかになりました。
 外務大臣にお伺いいたします。あなたは先般、(「当時の外務大臣じゃないぞ」と呼ぶ者あり)――当時の外務大臣ではなくて、あなたが言った答弁がありますからお聞きするのです。木村公平委員の質問に対してあなたはこう言った。二重払いの問題について、二重払いという、そういうことは、それは白昼横行する議論だとあなたはおっしゃっている。私ははなはだお粗末な議論だと存じております。こう言っておりますが、それは今でもそうお思いになりますか、確かめておきたい。外務大臣、あなたが自民党の与党の議員であるならばいざ知らず、外務大臣がそういうことを言っている。これは払うべきものか払ってならないものか、これを検討するのはわれわれの権利です。私どもは、二重払いだ三重払いだと今質問いたしておりますが、あなたは、自分の主観で、そういう議論は白昼横行する議論として私ははなはだ粗末な議論であると思います、こうきめつけて言っている。これは何ということですか。今でもあなたはそうお思いですか。
○小坂国務大臣 私は、ガリオアの返済というものは二重払いにならないと信じております。
 なお、先ほどの安定本部の資料でございますが、これは運賃諸掛り負担を足しますとそういうふうになるのでございます。日本の国内価格をいきなりアメリカの国内卸売価格と比較しておられましたが、それと等価のものでなければ品物は売れない。とすれば、運賃諸掛りというものはその国内の価格に加えらるべきものだということでございまして、日本の国内価格が低かったからそれだけアメリカがもうけたという御議論は、私は納得できない。
○井手委員 それでは、外務大臣にお伺いいたしますが、企画庁の調査によりますと、セメントの場合、運賃などの諸掛りは三割六分かかっておりますよ。日本から買った品物に対して三割六分の運賃がかかっておりますよ。手数料が一割五分ですよ。注射筒という安いものが、運賃は一〇%、手数料は七八%。魔法びんは、運賃が二三%、手数料が五三%。これは適正とお考えですか。手数料が三割も四割もかかって適正だとお考えですか。あなたが今そういう答弁をなさったからお聞きしますが、手数料が三割も四割も、中には七割もかかっておる。そういうものが適正ですか。
○小坂国務大臣 これは当時の一般の商況を反映しているものだと思うのであります。セメントは非常にバルキーなものでございますが、これに比較いたしまして非常に軽い注射筒というようなものは運賃が少ないのは当然でございます。それから、この単位をとってみますと、こういうような注射筒に対してセメントの方が手数料が安い、これも一般の常識であるというふうに私は考えますただ、その全体の諸掛りが高いか安いかということは当時の市況を反映することだと思っております。
○井手委員 通産省にお伺いをいたしますが、運賃は、平均して、日本から買った品物の三〇%から四〇%、中には五〇%のものがある。品物にもよるでしょうけれども、非常に高い。手数料も、一五%から、中には八〇%も取ったものがある。それが適正かのごとき外務大臣のお答えでこざいましたが、そうですか。これは通産省としては常識で御判断下さいむこんな高い運賃や手数料が常識で考えられますか。
○伊藤説明員 先ほど申しましたように、日本のFOB価格に対しまして、アメリカの市場におきまして卸売価格が三、三倍になるというのが普通の状態であると思います。その場合に、二、三倍の中には、運賃諸掛りあるいは手数料、利益というようなものが当然入るわけでございます。経済安定本部の資料の中で実は私どもちょっと不思議に思いましたのは、注射筒の手数料がえらい高いことになっておるのであります。実は当時のことでございますのでなかなか資料がありませんが、私どもが見ましたほかの資料では、やはり注射筒で非常に倍率が高いような数字の出ておる資料があったのでございますが、よく内訳を計算いたしますと、どうも計算違いではないかというふうに感じておるのであります。もちろん、私どもそれに反対する的確な資料はありませんので申し上げられませんが、別の資料によりますと、どうも倍率は少し変じゃないかな、計算違いがあったのじゃないかなというふうに考えております。
○井手委員 それでは、あなたの方の信憑性のある別の資料をお出し願いたい。なぜ注射筒が安かったか。大阪周辺の製造業者、メーカーがたたき買いされたためにずいぶんこれは倒産しているんですよ。ずいぶんひどい目にあったんですよ。むちゃな目にあったんですよ。ほとんどこれは倒産しているんですよ。これほど手数料を取っているから倒産したんだ。たたき買いされたから。
  〔発言する者多し〕
○森下委員長 静粛に願います。
○井手委員 それでは、外務大臣、あなたが非常に詳しいようですから、進んで御答弁なさるようにお伺いいたしますが、これは、日本が買う品物は二十三年において一ドル百六十円平均、日本からアメリカに売る品物は三百四十円平均、この不等価交換というものが一番の原因だとあなたお考えになりませんか。十億ドル、今の金では三千六百億円の金がなくなった一番大きな原因だとあなたはお考えになりませんか。
○小坂国務大臣 これは、当時の実情、非常にインフレが高進いたしまして、補正予算を年に三回も四回も組むというようなあのインフレの時代を反映していると言わざるを得ないと思うのでございます。さもなければ日本の品物は外国へ売れないということで、こういう結果が出たのだと思います。その結果十億ドルからのものが消えておるじゃないか、こういうお話でございまするが、私は、やはり、日本の国民の生活を上げるためにはどうしてもそれだけの金が要る、そして、それをこうした輸入物資の差益でまかなうということができなければ、国民の税金でこれをまかなわなければならなかったのではないか。それが税金をそれだけ取らぬで済んだということであると考えております。
○井手委員 そうじゃありませんよ。私は、輸入品が百六十円平均、輸出が三百四十円平均、この不等価交換が一番の原因ではないかとあなたに聞いておるんですよ。あなたは貿易については最近非常に詳しいようですから、お聞きしているんですよ。それを聞いているんですよ。私は、何も、援助物資が安かった、それをお聞きしているわけじゃございません。一番大事なことは、輸入は適正だと政府は答弁しておりますが、百六十円が適正であるならば、三百四十円で日本の品物が買われたということ、これはきわめて不適正である、そこに原因がありはしないかと私は外務大臣に聞いておる。総理大臣じゃございません。あなたはまだ大事な真打ですから、あとに聞きます。外務大臣に聞く。
○小坂国務大臣 先ほどからいろいろ答弁、いたしましたように、これは、三百四十円といい、百六十円といい、これは為替レートではないのであります。そういうことを平均値を出してみればさようになるというわけであります。当時、インフレが非常に高進いたしまして、そしてわれわれお互いに苦しんだ。そこで、安い価格のものを国民は欲しておった。それで、価格差補給金という制度を政府はやったわけでございます。その結果非常な金が要る。しかし、その金などをどこから出すかということで、この金が消えていったこういうことでございます。でございますから、さもなければ国民はそれだけ余分の税金を負担しなければならなかった。それが免れたということだと思います。
○井手委員 そうおっしゃるならお伺いしますが、あなたがその安く売ったというその根拠、金額は幾らですか。そう聞かねばならぬようになって参りますよ。幾ら安く売ったのですか。消えてなくなった十億ドル、今の金では三千六百億円の中に、安く売ったために幾ら消えましたか。それをお伺いいたします。
○小坂国務大臣 私、現実の数字を持ち合わしておりませんけれども、先ほど総理大臣がお答えになりましたように、まず米が大きい問題だと思います。それから、鉄があり、あるいは肥料があり、石炭が大きな問題だと思います。さらに、私どもお互いの経験でよくわかっておることでありますが、非常に高いやみ物資というものが横行しておったわけであります。そこで、こういう物資が入らなければ国民はいやでも高いものを買わなければならぬ。これを正常価格に何とか保ち得たというためにこの金が使われた。こういうふうに思っております。
○井手委員 そうじゃございませんよ。違うんですよ。政府の答弁によりますと、終戦以来昭和二十四年三月までの輸出の総額は六億五千五百万ドルという答弁がございました。もし、適正であったといわれる輸入価格の百六十円と同じ百六十円で売っておりますならば、輸出の金額は十三億ドルくらいになっているはずですよ。(「売れないんだからしょうがないよ」と呼ぶ者あり)――売れないのじゃございません。ほしいものだけアメリカが買ったのですよ。アメリカの必要な原料だけ買ったのですよ。何を言うのです。
  〔発言する者多し〕
○森下委員長 御静粛に願います。
○井手委員 等しい値打でドルと円の交換が行なわれておるならば、外貨は八億ドルもたまっておるはずですよ。たとい外貨と円とは切り離されておっても、その分だけは残っておるはずですよ。四割そこそこで売ったために消えてしまった。もしそれが輸入と同じ適正な輸出の価格であったなら、六百円などという安いものでなくて、百六十円程度のものであったならば、輸出の総額は十三億ドル以上になっておるはずですよ。その分だけは外貨として残っておるはずですよ。残っていないじゃございませんか。(「池田総理に聞け」と呼ぶ者あり)――米の話はずいぶん聞きました。(笑声)
○池田国務大臣 輸入品価格は百六十円が適正だということはだれが言いました。適正じゃないのです。それは国内に物を安く売らなければ国民が困るからというので、安く売ったわけです。だから、輸出価格が昭和二十三年に三百四十円ぐらいの平均になるというのが、為替レートの三百三十円か三百六十円をきめた根本なんです。日本の物を向こうへ持っていったならば一ドルでどのくらいだというのが、昭和二十三年の輸出価格の平均の三百円前後でございます。それできめたのです。それが適正だ。百六十円の輸入価格というのは、国内の操作の関係上、安く物を売らなければ物価体系がこわれるからというので、片山、芦田内閣のやられた新物価体系というものに基づいておるのであって、この国内での販売価格は適正なものじゃないのです。それを適正だという考え方で、三百三十円か四十円の分が不適正だと言われる。日本の置かれた状態を、国際的に見まして、昭和二十三年ごろの平均価格というものが為替相場をきめるもとになったのです。よくお考え下さればおわかりになると思います。
○井手委員 よく私も研究をしてお飼いしておるのです。私がお伺いしておる根拠というのは、通産省の伊藤さんがお答えになった資料によるものですよ。そうでしょう。この間、横路君が、アメリカの日本に対する輸出、いわゆる援助物資などは高過ぎたんじゃなかったかという質問に対して、あなたはこう答えられた。国際価格とあまり違いません、あまり高くはございませんから、適正でございましたと、この記録に書いてある。あなた答弁している。国内に売ったのは適正でなかったというのは、それは違うのです。それは補給金があるからそうなったのです。アメリカが、司令部が外貨勘定でした時分は百六十円ですよ、それでは高過ぎるというので補給金を出したのですから。国民に売る持分には適正ではなかったでしょう。その分を聞いておるのじゃございません。アメリカの為替の外貨の場合の計算が百六十円になっているというのですよ。だから、百六十円でアメリカの品物を買ってきた。買わされた。しかし、売る時分は、三百四十円でしかアメリカは買わなかった。そこが問題だと言うのです。少し頭を冷やして下さい。ほかの問題に入ります。あとでまたお話をお伺いします。
 それでは、お伺いいたしますが、外務省から出されました援助物資の資料統計、アメリカ側の資料によりますと、援助物資の総額は十九億ドル幾らになっておるようでありますが、そうしますと、私どもが買った、砂の入った、小石の入った食糧腐れかかったもの、こういったものの値段はどういうふうに割引がなされたでしょうか。普通の商取引の場合は、――これはもちろんそのときには許されなかったのですよ。許されないことはわかっております。文句言うなということが覚書に出ておる。それは承知しておりますが、その腐れかかったもの、牛馬の飼料と思われるものが私どもに配給された。支払った。そういう品物の値段はどうなっておりますか。値引きされておりますか。世間では、普通は、そういうきずものなり腐れかかったものは半値以下、三分の一、四分の一になるのが常識だと私は考えておりますが、そうなっていますか。その分は割引されておりますか。二級品も特級品でツケが来ておりますか。その点をお伺いいたします。
○安藤政府委員 ただいまの御質問にアメリカの資料のことがございますので、その分につきまして私が御回答申し上げました資料でどういう計算をしたかということについては、通産の方からお答えいただくようにいたしたいと思います。
 アメリカから出して参りましたのは、たびたび申し上げますように、アメリカの決算ベースの資料でございます。アメリカは、予算を支出いたしまして、会計検査院に報告して、その了承を得た資料でございまして、これはあくまでもアメリカの決算の数字を会計検査院が承認した数字でございます。それで、この内容につきましてもここに差し上げてございますが、従いまして、一応各国とも会計検査院が監査した数字として、これは信憑性があるものと私たちは考えております。ただ、しかし、今度の交渉におきましては、アメリカの数字によ、ることなく、日本の数字によってわれわれは種々交渉したことは、御存じの通りであります。
○井手委員 安藤さん、私がお伺いしておるのは、あのときに、腐れかかった食糧、これもありがたくちょうだいいたしました。代金も支払いましたが、そういう不良品なりきずものというものは、普通ならば三分の一か四分の一に値引されるのが、割引されるのが普通でしょう。金をいただこう、払おうというときには、それは計算しなくちゃならぬはずです。アメリカでは相当の利潤を加えて陸軍省が民間から買い上げた。その物資の中には、日本に出して私どもに配給されたときには腐りかかっておったものがある。そういうきずものはどう割引されたかと聞いておるのですよ。アメリカはどう計算したかと聞いておるのですよ。三分の一ぐらいに割引してくれましたか。その点を聞いておる。
○伊藤説明員 当時、援助物資の受領に際しましては、貿易庁の係官が立ち会うことになっておりまして、そういう損敗のありましたものについて、貿易庁の係官が検品をして、そういう皆を受領証に記載いたしております。そういうものについては減量して計算いたしております。
○井手委員 それは、当時の覚書、指令では、文句を言えなかったんでしょう。どうですか、文句言えましたか。
○伊藤説明員 クレームをつけてはいかぬというような覚書があったのでございますが、事実上、そういうことを申し出をして先方で認めておる場合に、受領証にそういう事実を記載しておると考えております。
○井手委員 それでは、その数量なり金額はどのくらいに相当いたしますか。小さいような問題ですけれども、国民全部がいただいたあのアメリカの物資というものは、一級品ばかりじゃございませんでしたよ。国際価格と言われるりっぱな品物じゃございませんでしたよ。これは大事ですから、はっきりおっしゃって下さい。
○伊藤説明員 そういう減量したものだけの計算はいたしておりませんで、そういうものを差し引いた残りを計算いたしております。その分だけの数字は出ません。
○井手委員 それでは、国民に配給をされたものは、減量されてないりっぱなものばかりであった、かようでございますね。
○伊藤説明員 通産省で今回援助物資を算定するについての計算方法でございますので、実際に国民に配給されたものとは、それは別であると考えます。
○井手委員 それでは、国民に配給されたものは国際的に通用するような品物ばかりであった、かように心得てよろしゅうございますか。
○伊藤説明員 当時の食糧について、個々の規格とか品質とか、そういうものは私どもの方ではわかりませんので、農林省の方で配給をいたしておったわけであります。
○井手委員 よかったか悪かったかは国民が知っておることでございます。ただ、私がお伺いしておるのは、ああいう食糧、食糧にもならないようなものを国際価格とあまり違わないような値段で向こうからツケが来ておる、あなたの言う計算がされておる、そうでしょう。ああいう品物も国際価格とあまり変わらない値段で日本に輸入されておる、それを配給したということでしょう。特にああいう物資であったから割引されたとか値引きされたということはないでしょう。その点だけ明らかにしてもらいたいと思います。
○小坂国務大臣 そういう問題につきましては、大体トウモロコシのようなものが多かったわけでございますが、これは私どもの経験でそう思っておるわけでございます。トウモロコシ全体で配給が七千八百万ドルということになっておるわけでございます。私ども先方といろいろ話し合いをいたしまする際に、これは資料にも差し上げてございまするが、韓国、琉球向けの建設資材、船舶運営会人員・物資輸送費、これは両方合計いたしますと約八千万ドルでございまするが、これなどは実は講和条約の十九条で終戦処理費の関係はもうこれは異議を言わないことになっておるわけでございます。しかもなお、こういうものも引いてもらいたいと言いまして先方に納得させましたのは、やはり、そうした井出さんのおっしゃったような国民感情もあるのだから、こういうものは、理屈ばかりでなく、講和条約をたてにとって言うのでなくて、こういうものを特に引いてもらいたいという交渉をいたしまして、これを納得さしておる。こういう点もその中にお加え願いたいと思います。
 それから、全体としまして、アメリカの言っておりまする十九億五千四百万ドルから見ますれば、四億九千万ドルは四分の一でございまするが、四分の三の中にはそういう腐ったようなものももちろん含まれておる、こういうふうに御了解願っておきたいと思います。
○井手委員 腐ったようなものも四分の三の中に含まっておる、こういう御答弁でございます。しかし、そういう品物であるならば、値段は四分の一くらいの値段しかないはずですな。腐りかけたような品物、きずもの、不良品であるならば、三分の一か四分の一の値段しかしないはずですよ。そうすれば、あなたが盛んに得意げにおっしゃっておる、西ドイツよりも歩がいいとか、三分の一、四分の一に割引してもらったという、その御利益はないじゃございませんか。品物が悪ければ安いはずですよ。そうでしょう。全部が腐っておるとは申しません。
 それでは、もう一つお伺いしますが、あなたは今トウモロコシ粉とおっしゃいましたが、トウモロコシは、あなたの方の資料には何に入っておりますか。米に入っておりますか、小麦に入っておりますか。
○伊藤説明員 その他食糧の中に入っております。
○井手委員 外務大臣は、輸入食糧、援助物資の筆頭にトウモロコシを今おあげになりましたが、それはその他の中に入っているそうでございす。
 それでは、大蔵省にお伺いをいたします。「国の予算」によりますと、これは小さな問題ですけれども、当時援助物資の輸入はアメリカ船だけでありましたが、そのアメリカ船の修繕費とか、あるいはホテルの費用だとかいうもの、――ホテルの費用だって一カ年間に六億もここに数字が出ておりますよ。それもやはり日本が払わねばならぬようになっておったのでしょうか。ホテル代も船の修繕も日本が払うようになっておったのですか。それは売払代金の中に入っているのですか。アメリカから品物を輸入した、援助物資を含めて輸入した。その品物のほかに、日本は、この貿易資金特別会計によって、六億円のホテル代も、それからアメリカの船の損料も修繕費も、全部これに含まっておりますが、どうしたことですか。それもやはり日本が払わねばならぬ義務があるのですか。
○伊藤説明員 貿易資金特別会計の貿易外収支の方に入っておると思います。
○井手委員 通産省、やはりそういうものも払うべきものですか。ホテルの費用も、あるいは運賃を取った船の修繕費も払わねばならぬのですか。運賃はうんと戦時運賃で取っておりますよ。三〇%も四〇%も取った。そのアメリカの船の修繕費まで貿易外収支で日本が払わなくちゃならぬ性質のものですか。
○伊藤説明員 国内におけるそういう船の修理でありますので、円の支払いが必要でありますから、貿易資金特別会計で円で支払いまして、それに相応するドルは外貨勘定の方へ入るということになるわけであります。
○井手委員 いや、それは違う。今、総理が河か用があるそうですから、しばらく待ちましょう。
○森下委員長 午後一時再開することとして、この際暫時休憩いたします。
   午後零時七分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時十七分開議
○森下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質問を続行いたします。井手以誠君。
○井手委員 私は大事なガリオア・エロアの返済についてたくさん資料を用意してお尋ねしたいのでありますが、委員会の空気を承知いたしておりますから、あと半時間か四十分くらいで終わりたいと思っております。
 午前中の質問で、アメリカからは高く買い、日本の品物は安く買いたたかれたあの不等価交換で十億ドルの援助物資の売払代金が消えてしまったことをお尋ねして参りました。総理の言われる通り、でたらめな当時のやり方でございました。私は、この十億ドルがなくなったことは、それだけアメリカの国なり業者がもうけておるのでございますから、すでにこの分で返済が済んだ、一回は済んだと考えておるのであります。ただ、池田内閣が、そうでございますとはなかなか言いにくい立場でございますので、私はこの問題についてはこの程度でおさめたいと考えております。
 ただ、もう一つお伺いしたいのは、当局から何回もお答えになったように、援助物資を安く売った、それが十億ドルがなくなった一つの原因だとおっしゃいましたが、それでは一般物資はどうなったのか。いわゆる国民に対する援助物資のほかに、一緒の会計に経理されておった資本の工場に必要な原材料、アメリカから入った原材料、これもやはり安く売られたために、援助代金がそれに入っておると私は考えるのであります。国民に配給した食糧その他を安く売ったばかりじゃなくて、国内の業者に安く原材料の輸入品を売った。そのものにも援助代金が入っておると思うのですが、これはどうお考えになりますか。総理にお伺いします。
○池田国務大臣 アメリカの援助物資、高いものを安く売ったわけではないのです。国際価格のものを新物価体系によりまして経済価値を忘れて国内に非常に安く売ったというのございます。従いまして、この理論は、何も国民の直接消費する食糧ばかりではございません。私の記憶では、油にいたしましても、肥料にいたしましても、鉄、石炭、全部が安く売られておるのであります。国内の安定価格で売られておるわけです。国際価格で売られていないのです。その差額に援助物資代金、売払代金やあるいは一般会計からの繰り入れが使われておる、こういうことでございます。
○井手委員 今総理もお答えになったように、援助物資も一部安く売られておる、同時に、日本の工場が必要とした原材料の輸入品も安く売られておる。すなわち、日本の工場のために、もちろん経済復興という事情はありましたけれども、そういう工場のためにわれわれの輸出代金が使われたということは事実ですね。それだけお聞きしておきたい。
○池田国務大臣 輸出代金も、そうしてまた、それよりももっと多い援助物資の代金が使われたのであります。
○井手委員 総理も非常に忙しいようでありますから、質問を急ぎまして次に移しますが、今からお聞きするのは、二十四年度からの見返資金の分であります。
 総理は何回も本会議や委員会で、元金にはびた一文手をつけません、利子だけで払うのですから、御心配要りませんとお答えになった。そこで、大蔵省にお伺いいたします。見返資金の元金三千六十五億円、その中には売払代金ばかりじゃないと思うのです。二十四年度以降の見返資金の資金源は、国民が出した価格調整補給金、これが入っておると思いますが、その金額は幾らですか。
○宮川政府委員 お答えいたします。見返資金に積み立てられました援助物資特別会計あるいは貿特会計から繰り入れられました金額は、御指摘のように三千六十五億円であります。これは受け入れました援助物資のドル価格に相当する円価格でございまして、そのうちには資金繰りといたしまして、売払代金のほかに五百八十六億円という一般会計からの繰入金を含んでおります。
○井手委員 なおそのほかに、われわれの税金から五百八十六億円入っておるほかに、貿易会計に四百何十億円か入っておるはずです。さらに、二十四年度かに、価格差補給金ばかりじゃございません、一般会計から貿易会計の運転資金として日銀から幾ら借り入れましたか。一般会計から幾ら入れましたか。見返資金には売払代金ばかりじゃございませんよ。今お話しのように、私どもの税金から価格差補給金で五百八十六億円。その低かにもあるはずです。日銀から借りておるはずです。一般会計からも出しておるはずです。
○伊藤説明員 二十四年度に貿易特別会計設置の際に四百億円一般会計から繰り入れております。
○井手委員 総理、お聞きの通り。外務大臣もそうですよ。今からが先刻言った白昼横行の話に入りますから、しっかり聞いておって下さい。池田さん、あなた本会議でも委員会でもこう言っておられる。国民に税金で負担してもらうことなく、元金には一銭も手をつけず、利子だけで払うのです、こう得々と称している。事実そうであれば、それでもけっこうでしょうけれども、価格差補給金が五百八十六億円、日銀から借入金、一般会計からの繰入金は運転資金として入っておるじゃございませんか。あなたの説明は、これは違うようですな。元金には一つも手をつけないとおっしゃる。国民には税金で負担させないとおっしゃる。今からは負担させないけれども、今まで過去においては税金が入っておるのですよ。だから、これは間違いなら間違いとしてあっさり取り消してもらいたいと思う。
○池田国務大臣 間違いじゃございません。今私が言っているのは見返資金の積み立てた元本を言っておるのであります。しこうして、あなたのおっしゃるのは、これは国内で安く売るために一般会計が負担したのでございます。向こうから来た物資の値段は三百六十円換算で積み立てておるのであります。この川本に繰り入れてはない。ただ、その後は国内に安く売る関係七一般会計から入れた。そのもとは、先ほど申し上げましたように、昭和二十四年度におきましては当初予算は二千二十億円組んでおる。こういうことでございます。だから、たとえば百円のものが向こうから来ている、その百円を積み立てた元本でございます。それを八十円に売るために二十円損がいくでしょう、それを一般会計から入れておるのであって、向こうから来たものについての分は何もない。それは来たものはずっと積み立てておるのであります。
○井手委員 安く売ったその分は価格差補給金。総理、よく聞いて下さいよ。あなたは、国民には税金は一銭も負担させない、しかし今度払おうという返済財源の三千六十五億円の中には、今大蔵省と通産省が答弁したように、一般会計からの価格差補給金が入っておるのです。それに日銀からの借入金が入っておる。運転資金としても入っておるのです。その三千六十五億円のうちから、開銀の千四百十億円と復金債の六百二十五億円、これを加えたものの納付金で払おうとあなたの方は言うのでしょう。その元金の三千六十五億円の中には税金がたくさん入っておるじゃございませんか。それを私は聞いておるのですよ。
○池田国務大臣 入っておりません。もし大蔵省がそういうことを言うなら、この見返資金特別会計法第三条の規定を読んでいないと思う。これは積み立てたのは、向こうから来たものを円に換算して積み立てたのでございます。それには、一般会計の分は安く売るために会計へ入れたかわかりませんが、向こうから来た品物の換価した代金は見返資金にはっきり残っておるのであります。
○井手委員 そんな議論はおかしいのですよ。それは、千円札でも百円札でも、これは井手以誠に売った品物だからこれを積み立てますよといってしるしをつけたものじゃございませんよ。元金の中にちゃんと税金が入っておるじゃございませんか。そんなに無理というか言いのがれせぬでも、あっさり取り消したらどうか。元金に税金が入っておるじゃないか。今大蔵省もおっしゃった。通産省も言われたのです。それは、国民に売ったものを、そのままその金を、よごれたものも破れたものも積んでおくものじゃございません。金は金です。私はその金を言っておるのじゃございません。
○池田国務大臣 はっきりいたしておるのであります。小麦が幾ら来た、石炭が幾ら来た、それを三百六十円換算にいたしまして、これだけのものが来ましたとはっきり積み立てておるのが見返資金特別会計法第三条でございます。だから、これを安く売るために一般会計から補給した分は、百円のものを八十円で売ったための差額をやっておるのでございまして、金が来たわけではない。物が来て、その物を換価して、そうして会計へ積み立てておるのであります。
○井手委員 私は、ここに幾らも通産省なり大蔵省の出した返済財源の資料を持っております。アメリカ対日援助物件等処理会計から見返資金特別会計に幾ら入ったか、それは三千三百七億円入っておるのです。よく聞いて下さいよ。三千三百七億円。その中に、それでは物資売払代金ばかりかといえば、そうではございません。今話があったように、物資売払代金は二千七百二十一億円、価格差補給金は五百八十六億円。これは「国の予算」にもはっきり書いてある。そうして、売払代金と価格差補給金、これを合わせたものが三千三百七億円。そのうちから諸経費を差し引いて三千六十五億円というのが今度政府が払おうとするガリオア・エロアの返済財源になっておるじゃございませんか。だから、三千六十五億円の中には税金がたくさん入っておるじゃございませんか。それを私は申し上げておるのです。
○池田国務大臣 私がお答えしておるのは、アメリカから来た援助物資を換価して積み立てたものから払うというのでございます。従いまして、それを計算いたしますと、今の産投に入っておる開銀への貸付金その他のものに加うるにまだ七百二十億円もありますし、また、国鉄に出した四十億円とか、あるいは住宅公団、森林会計、電電公社等々、大蔵省に入れていない数字も相当あるのでございます。私の記憶は間違いないと思います。説明の仕方は、大蔵事務当局がどういう説明をしておりますか、私はその説明を聞いておりませんが、私の考え方に間違いはないと思います。
○井手委員 違うのですよ。そんなことを言ったら、今までの大蔵省なり通産省が言った答弁とは違うのですよ、あなたのは。違いますよ。
○伊藤説明員 先ほど、井手委員の御質問に、一般会計から四百億円繰り入れられておると申し上げました。これはその通りでありますが、貿易特別会計のうちの事業費勘定でありまして、援助物資勘定とはこれは関係ございません。補足して御説明いたします。
○森下委員長 補足の答弁を許します。
○宮川政府委員 総理大臣の御答弁に関連いたしまして補足説明を申し上げます。先ほど私がお答え申し上げましたように、見返資金特別会計に貿特会計から繰り入れられました金額は三千六十五億円でございまして、この金は売払代金ではございませんで、総理がお答えになりましたように、援助物資を受け入れたドル価格に相当する円価でございます。
○井手委員 ちょっと、総理、これを見て下さい。大蔵省の予算委員会に出しました対米債務の返済関係資料によりますと、返済財源として開銀納付金千七百五十七億円、貸付金回収三百五十四億円、貸付金利子収入九十一億円、合わせて二千二百二億円になっておるのであります。その元金は何かといえば、大蔵省の説明によりますと、引き継ぎ資産のうちの二千二百九十四億円、見返資金として産投に引き継いだ二千二百九十四億円のうちに……。
○池田国務大臣 その資料ないですか。
○井手委員 これを持っていって下さい。
  〔池田国務大臣に資料を渡す〕
○井手委員 これは大事な点ですからな。税金から払いませんなんて言ったって、払うんだから、私ははっきりしなくちゃならぬと思う。引き継ぎ資産の二千二百九十四億円のうちに開銀出資金千四百十億円、それと、すでに支払い済みになっておる、使用済みになっておる千四百四十九億円のうちの復金関係の六百二十五億円、これを加えるかどうかは問題がありますが、当局の説明通りにそれを承認するといたしまして、開銀出資金の千四百十億円と、それから債務償還に充てた六百二十五億円、それに十八億円を加えた二千五十三億円というのが、今度のガリオア・エロアの返済の財源になっておりますということは、何回も大蔵省の方から説明があったのです。開銀出資金の千四百十億円、債務償還の六百二十五億円、その他十八億円、これを合せたものの二千五十三億円が返済財源になって、これから生んでくる納付金で払うことができますというのが政府の今までの説明なんですよ。それじゃ開銀出資金と債務償還はどこから生まれたかといえば、三千六十五億円から生まれているのです。親は、じいさんの方はそうなんです。その三千六十五億円というものはそれじゃどうして生まれたかといえば、物資の売払代金の二千七百二十一億円と、価格差補給金の五百八十六億円加わったものが三千六十五億円になっているんですよ。だから、今度払おうとする納付金の親元は、国民の税金が入っておると言って私は聞いているのです。そうでしょう。びた一文も国民の税金はかけませんとおっしゃる。今からはかけないでしょうけれども、今までは国民の税金が加わっているのですよ。その点をはっきりしてもらいたい。
○池田国務大臣 これは、見返資金をこしらえますときに、アメリカの援助物資をドルを円換算にしたものを積み立てろ、こういうものが法律でできて、積み立てた金がございます。ただ、積み立てた金ですが、それをその通りに売れないでしょう、安く売っておりますから。そこで、積み立てた金に食い込んではいかぬというので、百円のものを八十円に売ったのに対して一般会計から入れた金が五百何十億でございます。だから、これは資金繰りの問題であって、向こうから来たものについての価格ははっきりしている。金額ははっきりしている。あなた方は、資金繰りの問題と向こうから来たものの値段とを間違っちゃいけません。(「ごっちゃにしちゃいけない」と呼ぶ者あり)ごっちゃにしちゃいけません。(笑声)
○井手委員 それじゃ、総理に聞きますが、そんなにごっちゃな答弁をしてもらっては困る。(笑声)それでは、価格差補給金というものは税金と違うのですか。税金でしょう。理屈はどうあろうと、これは税金でしょう。
○池田国務大臣 これは、安く売るために、日本の国民からとった税金で安く売りました。しかし、アメリカから来た品物の金額ははっきりしているのでしょう。われわれは来たものの金額を元手にして払うというのであります。百円のものを八十円で売って、その損はだれが負担するかといったら、アメリカの納税者が負担すべきじゃありますまい。これは日本の国民が負担すべきである。そのために五百億も入れたわけであります。来た品物の百円というのは、はっきり百円でございますよ。これは来た品物の金額です。その八十円で売ったというのを、百円で来たものを八十円で計算はできません。それなら、差額の二十円を税金で埋めたのですから、アメリカから来た品物は百円に変わりはない。これは見返資金特別会計法三条にはっきりきめてあるのですから。
○井手委員 安く売ったということは私も認めます。しかし、あなたが言われたように、百円のものを八十円で売った。売ったために日本の農民は石当り千円当時は安く供出させられたのですよ。それは認められると思う。
 それでは、大蔵当局にお伺いしますが、昭和二十四年度の国民の租税負担率は幾らでしたか。
○池田国務大臣 国民の負担と申しますと、国税でございますか、あるいは地方税を通じてでございますか。
○井手委員 国民ですから、国税、地方税合わせてお聞きいたします。
○池田国務大臣 国民所得に対しまして大体二十数%だったと思います。今より相当高かったと思います。
○井手委員 わからないなら、そこに資料がありますよ。
○天野政府委員 後刻調べまして……。
○井手委員 何といっても総理が一番詳しいんだ。だから、おっしゃって下さい。二八%となっておりますか。今日の二二%でも高過ぎると言っておる。もちろんあのときは困難な時期であったけれども、二八%になっておるはずです。どうですか、違いますか。
○池田国務大臣 私の記憶通りに二十数%であります。二三、四%から二八%くらいでございます。そのころは今よりも相当高うございました。それは、もっと詳しく申し上げますと、そのときの所得の負担率は、三十万円の所得の人が多分そのころは十一万円、三分の一。三十万円の所得の人が十一万円負担しておった。そういたしますと、今は三十万円の所得の人はゼロでございます。そういうふうに高い。しかし、高くても、この際は見返資金を設けてこうやらざるを得ないというので、先ほど申し上げましたように、七千四百億円の一般会計で、二千二十億円を当初予算で価格差補給金に出しておった。こういうことは世界にないことなんで、私は心を鬼にして実はやったのであります。
○井手委員 世界に例のないようなむちゃなことをなさろうとするから聞いているのですよ。二八%はとんでもない負担率ですよ。あなたがやめられようとしたのか、なさったのか知りませんけれども、カヤの木三本に所得税をかけたのは当時ですよ。あなたはいつか、私がやめようとしたとおっしゃったけれども、それはあなたが課税されようとしたかどうかわかりません。所得税の納税人員も二十四年度には一挙に二千百万人にふえているのですよ。倍になっているのですよ。それほど国民に重税をかけて安く売った。だから、国民の立場に立てば二重払いですよ。それには国民の税金が入っているのです。しかも、その四百億円というものまで入っておる。だから、私が申し上げておるのも、――総理も今お忙しいようですから結論的に申し上げてお聞きしたいのですが、あなたは元金にはびた一文も手をつけないとおっしゃるけれども、何としてもそれには価格差補給金という、二八%も納めた国民の税金、それが加わっているのです。これだけははっきりしておるのです。
○池田国務大臣 これは非常に誤解があるようでございますが、これは昭和二十四年には租税負担が二八%になりました。二八%になるゆえんのものはいろんなものがある。今まで援助物資が来まして、これを安く売る財源にしたときには、税金は軽くても済んだのです。見返資金をこしらえて、今度はもうアメリカからの援助物資は積み立てておいて、復金での復金債によって産業を興すよりも、見返資金で産業を興こしたらいい、こういうので減税はしなかった。減税をせずに、それで二八%でございます。よろしゅうございますか。これは今の二十三年までの分とは違うのでございます。このとき税金をたくさん納めてもらって、そして経済安定をはかったわけです。それで、二十四年には減税はできませんでしたが、二十五年、二十六年、二十七年、二十八年と、千億円以上ずつ四千五百億円あの間に減税しております。それですから、二八%がずっと減って、二十八年には二二%になっている。しかも、それだけでありません。片一方では見返資金が何千億とたまってきたわけです。もしこの見返資金をこしらえなかったならば、将来の減税もできないし、日本の産業の復興もできなかった。だから、見返資金ができるまではどうでございます。昭和二十二年は二一%、二十三年は二六%やっているわけであります。これだけ負担が少なくて済むようになった。見返資金を置いてからこうなった。今申し上げるように、一般会計から出した分は、今まで援助物資によって安く売って差額をまかなっておったのを、今度は援助物資の分は援助物資としてそのまま積み立てた関係上、国民の税金で安く売った分の差額を払ったのでありまして、アメリカからの援助物資の金額には関係ありません。安く売ったために、安くするための税金を国民から出してもらったので、これは援助物資とは関係ない。安くするための国民の税金でございます。
○井手委員 高い税金の上に、さらに二十四年度は二八%もの国民の負担が高まったということ、それほど高い税金を払って価格差補給金で安く売ったということですから、何としてもこれは国民の税金が入っている。これは間違いございません。しかし、総理は今非常に忙しいようですから、暫時お出になってよろしゅうございます。私、お待ちしておりますから。
○森下委員 それでは、総理は御退席を願います。
○井手委員 続いてお伺いをいたしますが、大蔵省の事務当局でけっこうです。終戦処理費は全部で幾らになりまましたか。何ドルで、当時の換算では何千億円になっておりましたか。
○宮川政府委員 昭和三十一年から二十六年度まで終戦処理費は支出されておりまして、そのトータルは五千百六十八億四千八百万円でございます。
○井手委員 重ねて当局にお伺いしますが、昭和二十七年度の安全保障諸費は幾らあってどういうものに使われましたか。
○天野政府委員 五百六十億でございます。
○井手委員 何に使いましたか。
○天野政府委員 米軍が大都市の中心部から周辺地帯に移る場合、これに伴う営舎、住宅の建設に必要な経費、また、その移動に伴う有線、無線の通信施設、その他兵舎関係施設、付属工場、それから荷役施設等に必要な経費、巡視船等における装備の強化、その他等々でございます。
○井手委員 調達庁長官にお尋ねしますが、その二十七年、条約の発効した当時のアメリカ軍の基地は何カ所でございましたか。
  〔委員長退席、福田(篤)委員長代理着席〕
○林(一)政府委員 お答えいたします。占領末期におきます施設でございますが、合計二千八百二十四件ということになっております。内訳を申し上げます。兵舎施設が三百二、住宅施設が七十五、飛行場施設が六十、港湾施設が三十、事務所が八十、演習場が六十七、工場が四十八、倉庫が百三十八、医療施設が二十三、通信施設が百十七、その他百十六、単独住宅千七百六十八、合計二千八百二十四件となっております。
○井手委員 これはどこの当局に伺うのが正しいのかわかりませんが、終戦直後に、占領軍総司令部の指令によっていわゆる二万戸住宅建設の際に、二万戸建設というものすごい日本の負担があって問題になったときに、二万戸のうち千五百七十八戸かの分は日本の資材を朝鮮に持っていって建設しておるのであります。これは調達庁で編さんされた占領軍調達史の中にはっきり書いてあるのですが、その金はどこに入りましたか。どうなりましたか。詳しく申しましょう。千五百八十二戸の分が一九四六年五月から一九四七年二月までに建てられておる。この資材は日本から持ち出されておるのですよ。その代金はどうなっておりますか。
○林(一)政府委員 調達庁が発足しましたのは二十二年の九月でございます。おそらくそれ以前の調達ではないかと思います。
○井手委員 そういう答弁でようございますか。どうですか、委員長は。私の役所は昭和二十二年から発足しましたからその前のものは知りません、それでいいのですか。外務大臣、お願いします。
○小坂国務大臣 アメリカ局長から御答弁申し上げます。
○安藤政府委員 まず事実関係を御説明いたしまして、あとで処理関係を御説明いたします。
 昭和二十一、二十二両年度に連合軍司令官から日本政府に対しまして、韓国に駐留する連合国軍の住宅、兵舎並びに琉球における引揚者の住宅等のために建設資材を調達してこれを積み出すよう指令がございまして、これに基づきまして、日本政府は、その資材を国内で調達するに要する経費として、二十一年度は一般会計の特別住宅建設資材費及び沖縄再建資材諸費というものから六億九百八万三千七百二十四円五十二銭、二十二年度分は沖縄分の一部を除きましては終戦処理費から結局七億五千九百十九万八千七十一円七銭、合計十三億六千八百三十八万千七百九十五円五十九銭、これをドルに換算いたしますと五千五百七十八万九千五百四十三ドル一セント、これが支出されました。
 これは、今度のガリオア処理のときに、これは実際は終戦処理費でございますけれども、使われました場所が日本の占領治下ではなかったということを向こうに要請いたしまして、平和条約において終戦処理費に対する日本側のクレームは抹殺されておりますけれども、当初からこの問題を提起いたしまして種々交渉をいたしました結果、これは、今度のガリオア返済の場合に、まず控除項目を引いたあと、これらの金額を総額から引くことを持ち出して、向こうもこれを了承した次第でございます。
○井手委員 アメリカ局長、それは間違いございませんか。
○安藤政府委員 ございません。
○井手委員 あなたは昭和二十四年、二十五年の二千戸建設の分と間違った答弁じゃございませんか。私が聞いておるのは二万戸建設の一部ですよ。
○安藤政府委員 ただいま御説明申しました通り、昭和二十一年、二十三年度の分でございまして、混同いたしていないと思います。
○井手委員 それでは、それはどこに引いてありますか、その引いた分は資料を出して下さい。
○小坂国務大臣 差し上げました資料3ですね。要するに、援助物資純受領額、それの項目の中に、韓国琉球向建設資材費というところに入っております。
○井手委員 こんなことに長くかかりたくないのですが、何ページですか。
○安藤政府委員 資料3の三ページ、ちょうどまん中ごろでございます。(c)から控除する項目というところで、米側諸計画の次に、韓国・琉球向建設資材費五千五百七十八万九千五百四十三ドル一セントというのが控除項目の中に入っております。
○井手委員 珍しい明快な答弁でございました。
 次に、調達庁にお伺いをいたします。あなたは先刻飛行場六十を含んで占領軍末期のアメリカの基地は二千何百カ所とかお答えになりました。その多くの部分を、今度は五百六十億円の日本の費用で、安全保障諸費で、移転その他の費用に出さねばならなかった。そうしますと、その二千何百の基地というものは、占領が済んでも移転しなくてはならぬほどの必要なもの、占領が済んでも、平和条約が結ばれてもなお移転しなければならない必要な基地ということは、これは占領の目的とは違うんですね。その点をはっきりおっしゃっていただきたい。
○林(一)政府委員 ただいまの占領軍終戦処理費で作りました施設でございます。御承知のように、終戦処理費の支出というものは、占領軍の必要なるものの支出に限定されております。従いまして、占領期間中は占領軍の目的のものの施設に支出した。講和条約が発効しましてからは、もちろんその施設の移転というものが行なわれたわけであります。と申しますのは、日本側の要求によりまして、施設が都会地にあるとか、あるいは不適当な所にある施設は、だんだんと望ましいところに移転をするというような方針のもとに移転をしたということでございます。
○井手委員 そこで、私がお伺いしておるのは、占領目的が終わって平和条約が結ばれてからでも、なおそういう基地が日本国内に必要であるという、そういう基地は日本の占領目的、ポツダム宣言による占領目的と違いはせぬかと私は聞いている。いま一ぺん念を押しますよ。日本が昭和二十七年に五百六十億円という莫大な安全保障諸費を出して、アメリカの基地を都会周辺からほかの方に移転させるための費用その他に充てた。そういう基地は、大体ならもう占領目的が済んだのですから必要でないものが、なお必要であるというのは、それはポツダム宣言に言う占領目的とは違うんじゃないかと聞いておるんですよ。調達庁長官に私ははっきり言うておきますよ。私は質問を流して聞いておりますから、お答えができないときには、かわりでけっこうです。
○林(修)政府委員 占領中に占領軍の必要のために作りました施設は、講和発行後も米軍が必要なものは引き続いてこれを使用し、また、使用の必要のなくなったものは日本側に返還しておるということでございます。
○井手委員 それでは、引き続きアメリカ軍が必要であるものは、これは占領目的とは違うわけですね。違うわけですよ。これはもうはっきりするわけです。
 そこで、お伺いするのは、二十五年ころ、日本にある占領軍の基地というものの工事建設その他は大体済んだのですよ。それが二十五年の朝鮮動乱から一躍またふえた。ふえた数量その他は全部この記録に書いてある。あなたの方の占領軍調達史に書いてある。その朝鮮動乱に要したものを、アメリカ軍がいろいろな批判があって百八十三億円を戻されたことは私は承知しております。しかし、朝鮮動乱前後からどんどん拡張された飛行場・軍事基地の拡張費というものは戻っていないのですよ。もう占領目的ではない。アメリカの別の目的によって飛行場その他が拡張された費用というものは終戦処理費から出されておるのですよ。占領目的ではないのですよ。そこで、その費用は幾らか、あなたにお聞きします。これに書いてあるのだから。
○林(一)政府委員 占領期間中におきます占領軍の必要なる施設は、終戦処理費から支出したのであります。それは、いずれも、占領軍の維持のために必要なる施設、その目的のために提供しておるわけであります。でございますので、その占領期間中に提供した施設は、すべてこれは占領軍の維持のために必要なる施設、こういうふうに考えております。
○井手委員 それはわかります。しかし、それは二十三年、四年ごろまではわかるのですよ。二十四年で大体基地の建設、飛行場関係については工事は一応終わったのです。もうそのころからいよいよ講和条約を結ばなければならぬだろうという話がだんだん具体化してきたころですよ。そして、もう基地建設の費用はほとんどなくなってきた。ところが、朝鮮動乱前後から急に費用がふえてきた。それは、占領軍調達史部門編、工事編その他にすべて詳しく書いてある。北海道、九州各地の板付その他の軍事基地がどんどん拡張されておると書いてある。その拡張されたことがいろいろ問題になって、だから、需品費とかその他資材費の一部百八十三億円は戻って参りましたけれども、基地拡張費あるいは朝鮮動乱関係の労務費については戻っていないのですよ。それは数字は幾らになっていますか。
○林(一)政府委員 ただいま申し上げましたように、占領期間中におきます終戦処理費の支出は、占領軍最高司令部の覚書によりまして、占領軍の維持のために必要なる施設に対する支出でございます。これは、占領期間中における占領軍の必要なる施設あるいはその他の物資はすべてこれ終戦処理費から支出しておるのであります。これらは、いずれも、正式の調達要求書によりまして、占領軍の維持のために必要なるものということで提供しておるのでございます。
○井手委員 もうこれ以上は調達庁としてはお答えできぬだろうと思う。が、せっかくですから、林法制局長官、何かこれに法律上の見解があるならお伺いいたします。
○林(修)政府委員 いや、私申しましたのは、先ほど、要するに、二十七年に講和条約発効後に基地の整備をやっているのはどういうわけかということをおっしゃっておりました。これは、もちろん、もう申すまでもなく、二十六年の九月に締結された旧日米安保条約、これに基づく行政協定、これに基づいて日本が基地を提供する、区域を提供する義務を負っております。それを整備するための費用として安全保障諸費から出たものであります。
○井手委員 安全保障諸費についてはそれでけっこうです。
 私が申し上げたいのは、昭和二十四年、ころまでは、何に使われようと、それは占領軍の絶対命令でございますから、言いたいこと、言い分があるにしたって、これはしようがないでしょう。国民もまた、少々無理であってもしようがなかったなあということで納得するかもしれませんけれども、もう講和条約を結ぼうというその二十五年ごろですよ、朝鮮動乱が始まる前後から、どんどん九州を中心とするアメリカの基地が拡張された。その費用は莫大なものですよ。日本に戻された百八十三億円くらいのものじゃございません。けたが違う。幾らか立場は違ったって、これは非常に大事な点ですから、聞いていただきたい。莫大な金額が終戦処理費から出されている。昭和二十五年ですか、一千何百億か終戦処理費から出されておる。しかし、それは当局からは答えにくいでしょう。だから、それ以上追及はいたしませんが、その終戦処理費の五千億円の中に、占領の目的と違う、アメリカの都合による費用がかなり出されておるということ。だから、私ども、終戦処理費で一たんガリオア・エロアを返済しておるではないかというのは、その意味で申し上げておるのです。終戦処理費そのものが悪いとは私は申し上げません。しかし、占領目的でない、ポツダム宣言のあれによるものでない、朝鮮動乱に関した基地拡張の費用が終戦処理費から莫大な金が出されておる。だから、一ぺんは終戦処理費からわれわれは援助物資は払っておるじゃないかと、私は申し上げておる。われわれはさように主張しておる。
 私は、そこで、総理大臣におっていただけば非常にけっこうですけれども、結論を申し上げます。終戦処理費から出さぬでもいいものを、出すべからざるものを莫大なものを出した。これで一回私どもは援助物資の代金は払っておると思う。
 第二は何か。第二は、私午前中に申し上げましたように、アメリカから来たものは、かなりの利潤を加えたアメリカの過剰物資で、これは全体の八七%という記録がアメリカの議会で出されておる。八七%、これは余剰物資です。それを日本に高い値段で持ってきて、そうして、価格差補給金は加わっておりますけれども、その十億ドルという、今の金にすれば三千六百億円、当時の金ですれば千七百億円、その金がどこに消えたかといえば、それは、日本の陶磁器が一ドル六百円というべらぼうに安い値段を初め、綿糸が四百二十円、これもべらぼうに安いですよ。いかに価格調整補給金を加えたといっても、四百円、五百円の安い値段で一ドルにかえられたのではたまったものではございませんよ。安い値段で日本の商品が買いたたかれた。その金額は、私はおそらく八億ドル以上になると思う。これで二回目は払ったのだ。われわれは援助代金は払った。八億ドル以上の金というものは、アメリカの業者、国民がもうけたのです。日本から安く買いたたいたからもうけたです。これで二回払った。
 三回目は何だ。それは見返資金の中にわれわれの税金が入っているということ。
 これすなわち、二重払いであり、三重払いであると私は申し上げたい。私は何も白昼横行の議論ではございません。この点をはっきり申し上げまして、私の質問を終わります。
○福田(篤)委員長代理 戸叶里子君。
○戸叶委員 ガリオア・エロアの問題につきまして、私はまだたくさん問題が残っておりますが、きょうは三点にしぼってお伺いしたいと思います。
 まず第一にお伺いしたいことは、今わが党の井手委員から、見返資金の内容について、それをこまかく分析していってみたところが、二重払い、三重払いになっておるというようなことをはっきりとおっしゃったのをお聞きになったと思います。そこで、私がお伺いしたいのは、見返資金の性格というものについではっきりさせていただきたいと思います。
 この委員会の質疑応答を通してはっきりしたことは、見返資金を積んでいる国、すなわち、見返資金会計を設けた国というのは、マーシャル援助を受けた国とガリオア・エロアの援助を受けた国、この国々であると思いますが、まだほかの援助で見返資金会計というようなものを設けた例があるかどうかをまず伺いたいと思います。
○中川政府委員 ただいま御指摘になりましたような、マーシャル・プランの援助を受けた国々と、それから日本あるいはドイツのようなガリオアの援助を受けた国々、これに見返資金が設定されておることは、われわれ承知いたしておるのであります。それ以外にはそういう事実は承知しておりませんので、大体御質問の通りの事態だろうと思います。
○戸叶委員 ガリオアによる援助によって見返資金を積んだ国というのは、日本とドイツのほかにまだございますか。
○中川政府委員 日本、西独のほかに、琉球にもガリオア援助が出ておるのでありまして、琉球にも見返資金が設定されておると聞いております。
○戸叶委員 そこで、マーシャル・プランの援助を受けて見返資金を積んだ国は、いずれも贈与、無償であったはずです。従って、スイスとかポルトガルとかスエーデンとかアイスランドなどは、借款であったために、見返資金を積んでおりませんが、この点はお認めになりますですね。
○小坂国務大臣 マーシャル・プランを受けた国で見返資金を積んだ国は、全部ただであったということはないと思います。しばしば申し上げているように、ドイツの場合は、ガリオアが十三億三千万ドル、これに対して見返資金を積んでおります。ECAの分も金を積んでおりますが、これはその三分の一を返しているということは、しばしば申し上げている通りであります。
○戸叶委員 私が伺っているのとちょっと違うのですけれども、外務大臣にお願いしたいことは、あまり関係のないことをよけいにお話しにならないでいただきたいと思います。質問したことに対しての返事だけでけっこうでございますから、質問したことに対してだけの答弁で、あまりごまかさないようにしていただきたいと思います。
 今、外務大臣は、マーシャル・プランの援助を受けて見返資金を積んだ国でも有償の場合があったということをおっしゃいましたけれども、それはないと思います。なぜならば、ドイツの場合は私はあとで述べますけれども、たとえば、先ほども私が申しましたように、スイスとかポルトガルとかスエーデンとかアイスランドという国は、借款であったために見返資金を積まなかったわけです。そのほかの十何カ国という国は、借款でなくて贈与であったために積んだわけです。この段階をお認めになるわけでございますね。
○中川政府委員 ECAの援助を受けました国が見返資金を設定いたしました際は、アメリカの一九四八年のECA法に基づきまして、グラントで出した場合に見返資金を設定するというその規定がそのまま適用になっておるのであります。例外としては、ただいま外務大臣が言われたように、西独の場合は例外でございます。
○戸叶委員 外務大臣、今お聞きになりましたでしょう。西独の場合は例外なんです。マーシャル・プランの援助を受けて見返資金というものを積む場合には、ドイツを除いて、ほとんど全部の国が贈与の場合に見返資金を積んでいたわけです。この点をはっきりさせておいていただきたいと思います。
 そこで、次にお伺いしたいのは、このマーシャル・プランの場合には贈与による援助を受けた国々だけが見返資金を積んで、ガリオア援助の国だけが見返資金を積んでもそれが贈与でないというのは、どういうところからそれをおっしゃるのか、この点を伺いたいと思います。何かの取りきめとか何かの話し合いとかいったものがあってそういうことをおっしゃるのかどうかをお伺いしたいと思います。
○中川政府委員 これは、ガリオアの援助でこの見返資金を作りました日本及び西独の場合は、日本の場合はスキャッピンが参りまして見返資金を設置したのであります。なお、西独の場合は、西独とアメリカとのECA協定で見返資金を設定するということがきまっておるのでありまして、いずれも、そういう合意と申しますか、法的根拠、そういうものがあるわけでございます。
○戸叶委員 私の伺っていることは、言葉が足りないせいか了解していただけないのですが、スキャッピンで見返資金会計を作ったということは、私も了承しています。この委員会でも何度もお繰り返しになったと思います。そういうことではなくて、マーシャル援助を受けた国々の見返資金関係は贈与の場合にだけ積んでいる、ところが、ガリオア資金の場合には贈与でなくても見返資金会計を積んでいるというのはどういう根拠に基づくのですかということを伺った。たとえば、日本で見返資金会計を設ける場合のスキャッピンにも、これは贈与とか有償とかいうことは全然触れてありません。それよりも、むしろ、ドッジさんが声明を出して、ほかの国とほとんど同じような扱いを受けるのだということをはっきり言っているわけです。ですから、私は、ヨーロッパのマーシャル援助を受けた国の見返資金の場合には無償であって、日本の場合には有償であるという理屈が出てこない。いろいろ研究してみますけれども、どうしても出てこないものですから、この点をはっきりさしていただきたいと思うわけです。
○中川政府委員 この点は、先ほど外務大臣が御答弁したことで尽きておるのでありますが、日本の場合は、アメリカのECA法に基づく見返資金ではないのでございまして、全然別個のスキャッピンに基づく見返資金でございます。ECA法は日本には適用がそもそもないのでございます。西独の場合は、ECA法の例外として、アメリカと西独との間の協定に基づいて作っておる。従って、この出発点が、日本の場合を例にとれば全然無関係でございますので、ECA法によるものが無償の場合に見返資金を作ったから、日本もやはり無償でなければ見返資金を作るのはおかしいというその点は、ちょっと共通の地盤がないのでございますから、やはりどうも御賛成いたしかねるのであります。
○戸叶委員 条約局長の御答弁でございますけれども、日本のものは全然別個とは私は言えないと思います。なぜならば、ドイツも見返資金を積んでおります。しかし、ドイツの場合には、アメリカとドイツとの協定によって二つの形の見返資金会計を持っておると思います。その一つは、ERPですか、こういう見返資金会計と、ガリオアによる見返資金会計、この二つを積んでいるということをお認めになりますね。
○中川政府委員 アメリカとドイツとの間の協定の内容を見ますと、ただいま御指摘のような三つの見返資金を設定するということになっております。
○戸叶委員 そこで、日本におきましても、この見返資金会計ができますときに、大蔵省理財局の見返資金課で、ある本を出しているはずです。それは省内に対してのPRのための本だと私は思いますが、私はずっと前にそれを読みまして、今度図書館で探してみましたが、ございませんでした。それで、ずっと前のその資料をたぐってみますと、これはおそらく市販されてないと思いますけれども、その中にはこういうことが響いてあります。「見返資金の国際性」という中で、「元来、見返資金の制度は、米国の援助を受ける西欧諸国において創設せられたものであって、これら諸国では、贈与による援助については、これと同額の国内に通貨を積み立てて、米国の承認を得て運用することとなっている。この設置、運用については、米国と被援助国との協定による等わが国の場合と若干の相違があるが」と、ここではっきりと指摘しております。ほかのマーシャル・プランの援助を受けている国は、それらのヨーロッパの国とアメリカとの間にそれぞれ協定を結びまして、その見返資金というものはこういうふうに使わなければいけない、こうあるべきであるという、非常に強い制限を受けているわけです。ところが、日本はアメリカとの間に協定を結んでおりません。しかし、制限を受けていないかどうかといえば、制限を受けております。見返資金会計というものが国会にかかりましたときに、ここにいらっしゃる北澤先生などが非常に不安だと述べられた速記を私は読みました。さすがに一見識があるということを私は思ったのですが、その中に、たとえば法律の中でアメリカから使用について強制されるなどということはけしからぬじゃないかということをおっしゃいました。それに対して大蔵省の答弁は、日本の場合には協定を結びたいのですけれどもそこまでいきませんから仕方がないのですというような答弁をされておりました。そういうところから見ましても、これは、私は、 ヨーロッパのマーシャル・プランを受けてその見返資金を積んでいる国と違うということは言えないと思う。さらに、そのあとでその本の中に何と書いてあるかといいますと、基本趣旨はわが国の場合と共通する点が少なくない、すなわち、運用について米国の目的に沿うた使い方をするよう厳重な監督を必要としたので、当事国同士で協定を結んだが、日本の場合は法律の中ではっきりアメリカの監督を受けるという条項があった、こういう点は違うけれども、制度の基本趣旨というものは共通するということを言っているわけです。こういう点から見ましても、私は、日本のガリオアによる援助資金というものが、マーシャル・プランによる援助資金と違って日本の場合だけ有償である、ガリオア援助を受けて見返資金を積んだ場合には有償であるというような理屈にはならないと思うのですけれども、この点をもう一度伺いたいと思います。
○安藤政府委員 御説明申し上げます。ちょっと繰り返しになって恐縮でございますが、先生も御存じの通り、ドイツのガリオア関係はやはり見返資金を積み立てております。われわれが見返資金の問題を取り上げますときに、日本は積み立てたからこれはただではないかという御議論に対しまして、返済をしたドイツもガリオアに対して見返資金を積み立てておりますということを申し上げております。その逆に、今度は、見返資金を積み立てたからただではないかといういろいろな御議論がございまするが、第一には、日本はECA協定が適用されていなかった。従って、ほかのECA協定のグラントとしてやった国と比べることはできないということでございます。
 それから、もう一つは、見返資金を積み立てたから有償であるということは直ちに言っているわけではなくて、見返資金を積み立てたことは、ご存じの通り、一九四九年の四月一日のスヤャッピンによってなされております。われわれは、見返資金の問題ということを離れまして、要するに、債務性があるということは御存じの通りのスキャッピン一八四四とか、あるいはその他のすでに提出いたしましたりあるいは御説明申し上げまして資料によって、債務性があるということを申し上げておるわけです。見返資金を積み立てたから債務であるということは申し上げていないわけであります。
○戸叶委員 私の伺っているのは、そういうふうな問題でなくて、見返資金の性格そのものを聞いているわけで、ガリオアによる見返資金というものは、これはアメリカからの無償の援助を積んだものではないという、そういう証拠がどこにもないということを私は伺っているわけなんです。ガリオアによる援助を見返資金に積み立てた場合に、これは無償であるとか有償であるとかいうことははっきりしないわけですね。有償であるということは別にに書いてないわけですね。
○安藤政府委員 先ほども御説明申しました通り、見返資金を積み立てたことによって、それから直ちに有償とか無償という問題に来るわけではございません。その前に、スキャッピン一八四四とか、その他の債務性を立証するものがあるから有償である、そういうふうに申しておるのであります。それから、見返資金を積み立てたドイツでも、やはり有償であったということを申し上げておるのであります。
  〔福田(篤)委員長代理退席、委員長着席〕
○戸叶委員 私が見返資金というものの性格はどうも贈与の場合だけに限られるのではないかというふうに考えましたのは、いろいろな資料を読んでいたからです。たとえば、今非常に根拠が薄いと言われるマーシャル・プランの援助を受けた国々の例とか、そうしてまた、先ほど申しました大蔵省の省内で出している本でも、それは見返資金課の出した本ですから、どうもこれを信用せざるを得ないのですが、その中には、借款の場合にはドルで返済する義務があるので見返資金の積み立てば要請されない、そういうふうな文句がはっきり書いてあるわけです。ですから、そういう文句から見ましても、どうもこれが贈与でなくてはっきり借款であるというふうには出てこないと思うのでございますけれども、こう文句はどういうふうにおとりになるのでしょうか。たとえば、借款の場合はドルで返済する義務があるので見返資金の積み立てば要請されないと、こう書いてあるわけです。この言葉自身をおとりになれば、どういうふうにおとりになれますか。(「はっきり答弁」、「大蔵省やれ」と呼ぶ者あり)――おわかりにならなかったら、あとで考えておいていただきたいと思います。
 さらに私は疑問に思いましたのは、アメリカのECAの刊行表の一九五〇年の一月号に、カウンターパート・ファンド、すなわち、見返資金会計についてというところに、借款または条件つき援助の場合は見返資金と積み立てる必要がないと、こう書いて、カッコして、ドイツは別である。こう書いてあるわけです。先ほど政府のおっしゃったように、ドイツは別であるということがここではっきりしておるわけでございますけれども、ドイツの場合はどういう形で見返資金から払うということがはっきり約束されておりますか。何かされておりますか。
○中川政府委員 ドイツの場合、見返資金から払うという約束は何もないのでございまして、要するに、ドイツは一般的に払うという約束をしておるのでございまして、ただ、払う財源を見返資金にいたしますか一般会計からやりますか、これは全くドイツのいわば判断によってきめることになっております。
○戸叶委員 今の御答弁でもはっきりしたことは見返資金から別に払うとか払わないとかいうことは出てこない。まあ、日本と同じように、たまったからそこから払ってもいいじゃないかという程度でございますね。私はなぜそういうことを申し上げるかといいますと、たびたび繰り返しますけれども、見返資金と、マーシャル援助を受けた国の見返資金の会計というものと、性格がほんとうに同じなんですね。たとえば、アメリカの言うなりにそれが使われなければいけない。その通り日本もそういうふうにやっています。それから、アメリカがマーシャル・プランをやった国とほとんど同じ条件でもってこちらの見返資金もやるのだというようなことをドッジ氏が言っているわけです。それから、行政費として使う費用も、〇・五%というふうに限ってはないですけれども、やはりそれに相当する金額を使っているということは、この間発表されたわけです。ほとんど違わないのですね。違わないので、しかも、マーシャル・プランを受けた国で見返資金を積んでいる国はみんな贈与なんです。援助の場合は積まないのです。はっきりしているのです。そうすると、日本だけが、同じ性格のものであると言っていながら、ガリオアによる見返資金だからこれから払うというところが、どうもぴったり来ないのです。どうしてそういうふうにするのかということを、もう少しはっきりしてもらいたいと思います。
○中川政府委員 見返資金という制度そのものは、別にここから債務を償還するという意味で作るものでは元来ないのでございまして、日本の場合は、別個の事情から、これから払った方がいいということで、政府の判断で払うわけでございます。
 それから、その次のドッジさんの説明等いろいろ援用なさいましたが、私もそれを読んだことがありますが、これは、運用はECAの見返資金と大体同じようにやられるだろうという意味を言っているわけで、ございまして、絶対的に性格そのものが無償とか有償とか、そこまで同じではないというふうに思うのでございまして、実際の運営は、大体同じような運営をしておることは御承知の通りでございます。従って、見返資金という制度そのものは、いわゆる透明、色のつかない無色な制度でございまして、無償の場合にそれを置くか、あるいは有償の場合にも置くかということは、要するに発端になる状況でございまして、これは日本の場合と西独の場合とECA諸国の場合とやはり違うのでありまして、従って、両方御一緒にいろいろ推論されるのは、どうも私ども御賛成しかねるわけでございます。
○戸叶委員 今の中川条約局長のお話でございますが、ドッジ氏のは運営のことだけ述べていたとおっしゃいますけれども、そうじゃないのです。ドッジさんが言ったのは、運営のこともおっしゃっていました。たとえば政治的につかみ合うような袋ではないということは言っております。それはどういうことかといえば、政治的に、私の方へよこせ私の方へよこせといって勝手に使ってはいけないという、そういう運営に対してきびしい制限は加えております。しかし、その前におっしゃていることは、他の国に対する米国の同種援助と同じような一般的原則に従うと言っておるわけであります。ですから、私は、その原則というのは、無償であるという原則に従うんじゃないかというふうに判断をしたわけでありますけれども、そういう点は違うわけですね。その点をもう一度はっきりさせておいていただきまして、そして次に入っていきたいと思うのですが、その点をもう一度はっきりさしておいていただきたいと思います。
○中川政府委員 対日見返資金ができました当時、ヴォルヒーズ陸軍次官がアメリカ議会で証言いたしておりますが、その中において、日本の見返資金というものは、運営はECAの見返資金と大体同じやり方でやる、しかしながら性格そのものはこれと必ずしも同じでないということを証言しておるのでありまして、ドッジさんも同じ意味で言っておると考えるのでございます。従って、これはやはりECAのとは発端は別であるということが言えると思います。
○戸叶委員 私は続けまいと思ったのですけれども、今ヴォルヒーズさんの例を引きましたから、私もそれじゃアメリカの人の証言を引いてみたいと思うのですけれども、見返資金のことに触れて、アメリカの予算委員会においてこういうことを言っております。それは二十五年の世界週報に出ておりますけれども、それには、見返資金のことに触れて、日本人がアメリカの与えるドルによる援助額をを返済することができないならば、平衡権から言って、これらの貸し出しは、アメリカの目的、それが日本におけるアメリカの目的に局限されるにしても、とにかくアメリカの目的に合致した方法で利用される必要がある、こう言っているわけです。それですから、アメリカの言う方法で利用されるならば、アメリカの目的に一致した形で利用されるならば、アメリカの言うところの平衡権に触れないのだから、ドルで返さなくてもいいということをここで行っているわけであります。これは見返資金のときに言っているわけであります。(「だれだ」と呼ぶ者あり)――ヴォルヒーズ氏が言っているわけであります。ですから、今のようなことをおっしゃいますこと、やはりこの言葉との矛盾というようなものが出てくるんじゃないかと思うのです。
 ただ、私はこれ以上進めませんけれども、見返資金会計というものの性格をやはりはっきりさしておく必要があるのじゃないか、性質そのものをはっきりさせたいと思ったものですから伺ったわけです。マーシャル・プランというようなものの見返会計を読んでみると、はっきりと、贈与の場合しか積んでない。ところが、日本の場合は、贈与でなくて援助の場合、そこから支払うんだということになるものですから、私はわからなかったわけです。ただ、問題は、アメリカの対日政策というものがだんだんに変わってきたために、日本がドルを返さなければならない、返さなければならないならば、何とかして国民から二重払いとたたかれないように、実際は二重払いなんですけれども、二重払いとたたかれないような形で何とか出すべきじゃないかということで、政府が苦心して、見返資金から出していこうということになったのではないかと私は思ったものですから、この点をはっきりさせたいと思ったわけです。
 第二の問題に入りたいと思いますが、第二の問題ではっきりさせておきたいことは、外務大臣が、ときどき、援助にはクレジットとグラントとある、クレジットは返すことがはっきりしている、だけれども、グラントには全然の贈与というのと返す分とあるということをおっしゃったわけです。そこで、私ども常識的に言うと、グラントといいますと、これはただのものとしか考えられないわけですけれども、グラントの中にも返すのがあるというのは、どういうことを根拠にして返すのがあるということを言っているのでしょうか。はっきりさせて下さい。
○小坂国務大臣 はっきり言えますことは、グラントはギフトとは違うということでございます。(「そんな人をばかにした答弁があるか」と呼ぶ者あり)ばかにしておりません。日本に参りましたスキャッピンの中にも、これはギフトであると、こういうことを書いたものもございますわけです。そこで、私がいろいろ言っておりますのは、一九五二年の商務省発行のブレティンの「フオリン・エイド」という中に、グラントを分けて、今申し上げたように、今また戸叶さんもおっしゃったように、グラントというものの中には、後日その返済条件等を決定する、こういうことが着いてあるというものもある。そういう根拠に基づいて、アメリカ側もさように考えておるだろうということでございます。
 なお、先ほどのヴォルヒーズ氏の証言の中にも、たしか昭和二十四年の五月の議会の証言だと思いますが、日本に対するものは、ドイツと同様貸し金になるという趣旨のことを言っております。
  〔「総理が来なければだめだ、二時半という約束じゃないか」と呼ぶ者あり〕
○戸叶委員 なるべく早く来るようにしていただきたいと思います。
 そこで、今外務大臣から御説明があったわけでございますけれども、グラントの中にも返すのがあるというのは、すなわち、後日支払い条件は決定するであろう、そういう文句があるから、そういうものはグラントの中でも返すのだ、こういうふうに了解していいわけですか。
○小坂国務大臣 スキャッピンの中に、今お話のありましたような文言がある。そこで、われわれ、この条件についてはいずれ相談する、こういうことだと了解しておるわけであります。
 なお、先ほどの雑誌の中にも、クレジットというものにすれば、これは一銭一厘余さず取り上げるということになるから、グラントに入れておく、こういう趣旨のことが書いてあるわけであります。
○戸叶委員 そうしますと、私は、「フォリン・エイド」の中で、外務大臣がときどきこの言葉を引かれて、グラントの中にも返すのがあるのだということをおっしゃいましたので、それではどういうのがあるのだろうと思って、その言葉の抜粋を取ってみました。そうしたらば、その中に書いてあったことは、このフォリン・エイド、つまり、外国の援助というのに、大体二つのカテゴリーがある。これは外務大臣がいつも言っていらっしゃいます。贈与と、それからクレジットである、こうおっしゃっている。そうして、グラントというのは、贈与というのは、大体がアウトライトという字を使っています。全くのギフトである。それは支払いを必要としない。あるいは、もう一つは、せいぜい一つの義務を持っている。その義務はどういうのかといいますと、受け取った側が合衆国を助けるか、または共通の目的に向かって仕事をする、そういう国に対するものなんだ、そういうふうな二つのものがある。ですから、そこでも決して支払いをするという言葉は出てきません。それから、今度は第三番目に、援助というものがこういう条件で与えられた場合、つまり、どういう条件かといいますと、支払うという決定が延ばされるという条件で与えられたときには、その援助というものはグラントの中に含まれると書いてあります。つまり、贈与に含まれると書いてある。そうすると、そのことは一体どういうことなんですか。支払いというものに関しての決定が延ばされるという了解のもとに援助が行なわれたときにはグラントに含まれると書いてある。そうすると、これはただだということになるのではないですか。そこからどうして支払うということが出てくるのですか。そうして、そのあとに、大部分の武器貸与の場合には未来の解決に従う、それはどういう条件であるかというならば、その武器援助というものが与えられたときにはわからないのだけれども、あとになってから決定に従うのだ、こういうふうに書いてある。ここに支払うということは私には見当たらないのですけれども。
○安藤政府委員 お答え申し上げます。
 第一に、この「フォリン・エイド」というものは商務省が発行しました雑誌と申しますか刊行物でございます。従いまして、この「フォリン・エイド」に書いておることが直ちに法律的効果を持つものではないということが一つでございます。しかし、それにいたしましても、この「フォリン・エイド」がグラントとクレジットに分けましたのは、統計の便宜上の問題でございます。と申しますのは、先生はどちらをお読みになりましたか知りませんが、「フォリン・エイド」は一九五二年と五三年に出ております。五二年の分は、これから御説明申し上げます、あるいは先生がさっきその部分をお読みになりました点が初めの方に出ておりますが、五三年版は小さい字で脚注に出ておるわけでございまして、これは統計の分類の便宜にそういうことをしたということが大前提でございます。
 この統計の方法といたしまして、「フォリン・エイド」誌はグラントとクレジットに分けております。そうして、グラントというものは、完全に贈与するものと、それから、先ほどお読みになりました、ある場合には返済に関する決定を後日行なうとの了解のもとに行なわれた援助はグラントに含められているということが言ってあるわけでございます。これは、分類の便宜上、はっきり確定したクレジットでないものは、グラントに入れて計算をしたということだと思います。日本の場合は、御存じの通り、後日支払い方法等について決定するというスキャッピンに基づいて、日本側も受領証を出してずっと受け取ってきたわけでございます。それから、ドイツの場合も、やはり同じく返したわけでございますから、ドイツの場合は、その説明の一部に、ドイツとか日本のものは、あるいは将来債務が決定したらクレジットに入るであろうというような文句も出ておる個所があるやに記憶いたしております。
○戸叶委員 今安藤局長は、これは商務省の出した雑誌で法的効果はないということをおっしゃったのですが、私がこれを例に引いたのは、外務大臣がこの前から例を引いていらっしゃるので、それでは勉強しようと思ってこれを勉強してみたわけでございます。外務大臣のお引きになった例に従ってやったわけですから、法的根拠のないものを外務大臣がやたらにお引きにならないようにしていただきたいと思います。それがまず第一点。
 第二点は、今安藤局長が五二年、五三年ということをおっしゃったのですが、私は四〇年から五一年を根拠にしたいと思う。それはなぜかと申しますと、日本が援助を受けていたのは四〇年から五一年です。そのときの資料によった方が正しいと思います。その当時に日本が受けていたわけですから。その資料によって見ますと、グラントというものの中に支払いを要するものもあるということは出てこない。さっき安藤局長がおっしゃいましたね、支払いに関する決定は後日決定されるという条件の援助というものはグラントに含まれると。その前に、グラントは何かといいますと、はっきり全然のただのものか、あるいはその受けた人がアメリカ側に立ってその希望通りに動いた場合にはそれでいいのだ、この二つしか書いてないわけです。そうなってみると、違ってくるのじゃないですか。
○安藤政府委員 念のために申し添えたいと思いますが、私が一九五二年版、五三年版と申しましたのは、発行したときでございまして、それは今問題になっておりますガリオアを全部含んでおります。
 それで、さっきもお読みいたしましたが、その中に、これは五三年版から取った文句でございますが、ある場合には援助は返済に関する決定を後日行なうとの了解のもとに行なわれた、かかる援助はグラントに含まれている、そして、これがはっきり確定した債務になった場合にはクレジットの分類に移されるということも書いておるわけでございます。たびたびこの席でも申し上げます通り、日本に対するガリオア援助について、はっきり一番明確に出ておるのは、スキャッピン一八四四であろうと思います。それには後日決定すると書いてありまして……
○戸叶委員 それはわかっていますから、繰り返していただかなくてもけっこうです。
 今の場合に、この文章の中からは、支払うべきものもあるということはどうしても私は読めないのですが、そのあとの方で、一九四一年−五一年のフォリン・エイドの八分の七まではグラントのベースであったとある。これは贈与のベースであったという意味ですか、それとも、そのグラントのベースであったというのは支払いも入っているという意味ですか、そういうふうに読むのは少しおかしいのじゃないかと思います。
○安藤政府委員 その場合には、日本もドイツも統計上の分類としてはグラントの中に分類されております。と申しますのは、日本の場合には、スキャッピン一八四四等にあるがごとく、支払いは後日決定する。先ほど私が申し上げました文句とほとんど同じような文句のただし書きがついたスキャッピンによりまして、それを承知の上でレシートを出して受け取っておる。それで、そのまた書いてありますあとに、何年かにわたり返済する旨の合意が成立したときにはクレジットは設定されたこととなるとある。従って、もし将来こういった「フォリン・エイド」誌をもって出されるならば、今度のガリオア協定が御承認を得ました暁には、おそらくは今度はクレジットという欄に日本のガリオア援助の返済が載るわけだと思います。
○戸叶委員 そうすると、今私が聞いたことだけに答えていただけばいいのですけれども、フォリン・エイドの、外国の援助の一九四一年から五一年の八分の七までは贈与の、ベースであったという中には、支払いも入るということですか、入らないということですか。それだけちょっと伺っておきます。
○安藤政府委員 先ほどからたびたび申し上げます通り、これは分類の便宜の方法でございます。従いまして、グラントの中には、先ほど申しましたように、将来確定債務となるべきものも含まれておるということでございます。なお、レンドリースが相当入っておるやに承知いたしております。
○戸叶委員 それでは、念のために一点だけ伺っておきたいのですが、ガリオア・エロアはクレジットですかグラントですか。いろいろ読んでみるのですが、ちょっとわからないのです。
○安藤政府委員 「フォリン・エイド」誌の分類に従いますと、便宜彼らが分類いたしましたその分類には、御承知の通り、ドイツも日本もグラントの中に含まれております。
○戸叶委員 それではそういうふうに了解しますが、では、今まで政府は阿波丸協定のときの借款というものにガリオア・エロアが入ると言っていたのですが、その場合にクレジットの中には入らないということになる、そうでしょうか。
○中川政府委員 ただいま安藤局長が申しました通り、アメリカ商務省の発行いたしております「フォリン・エイド」誌の分類によれば、グラントの中に入っておるということでございます。
○戸叶委員 それでは、日本の分類によりますとどちらでございますか。
○中川政府委員 日本といたしましては、従来から池田総理が言われている通り、債務と心得ておるわけでございます。
○戸叶委員 そうすると、日本の分類によりますとクレジットと心得るというわけですね。そういうわけなんですか。
○中川政府委員 分類の仕方もいろいろあるわけでございまして、ただいまの「フォリン・エイド」誌の分類とか、あるいは阿波丸協定の付属覚書の占領費あるいは借款、クレジット、これのうちのどれに入るかというような分類をしいて考えれば、その分類の方法もありましょう。しかし、政府としては一貫して債務と心得るという定義をしておることは、御承知の通りでございます。
○戸叶委員 外務大臣、よく聞いておいていただきたいのですけれども、この問題は、政府自身の勘定の根拠にいたしましても、大体つかみ金としか私たち思えないのですね。そういうふうに、いろいろよく研究していけばいくほどわからなくなってくるのですよ。どこまでが援助で、どこまでがクレジットで、どれだけ払って、どこから出てきたのかなんということは、研究すればするほどわからなくなってくる。ですから、外務大臣、も少し勉強してみていただきたい。そうするとだんだんわからなくなってきて、これはもう少しお払いしない方がいいのじゃないか、こういうことになるのじゃないかと思います。皆さんがそうおしやっていますから、その点をもう一度考えていただきたいと思います。
 そこで、私はもう一点伺いたいと思います。先日私は、この中の資料に基づきまして、英連邦軍の物資対米引渡し分として二十万九千四百七十八ドル差し引いた基礎は何であるかと言って資料を要求いたしましたけれども、要求した資料というものは出していただいておりません。私が直接に要求した資料というのは出なくて、二つ出していただいておりますけれども、その一つは、英連邦軍の品物を売った手取金の問題、つまり、日本がこれだけのものを出していたから、今度はこれだけアメリカからもらうんだというその資料、それが一つ。それから、もう一ついただいたのは、貿易庁と英連邦軍の責任者との間でお互いに話し合いをして、そして三通の受取をやって、一つは英語でもって、その中にはそれと同じようなドル価格に見合う金額を書いて、それを渡すんだ、そういうことだけしか書いてない。日本が英連邦軍に対してここにある物資に見合うお金を払っているわけですね。一体それはどういう根拠資料に基づいてお払いになったのか、それを伺いたいと思います。
○安藤政府委員 先ほどの資料の提出の問題につきまして、弁解がましいことでございますが、一九四七年三月十四日付の司令部の覚書をというふうに承知いたしまして、それを差し上げたかと思うのでございますが、そのほかにもあったということは、ちょっと私よく存じておりませんでした。
○戸叶委員 それでは、今の質問に対して答えて下さい。
○安藤政府委員 この前ビーコフ物資というものについて御説明申し上げたつもりでございます。繰り返しも少し入るかと思いますが……
○戸叶委員 それじゃ、もし答弁していただくんでしたら、もう少しこまかく私先に質問をいたします。それは、日本が英連邦軍にお金を払って物資をもらって、その物資がアメリカへ行ったわけですね。ですから、日本が英連邦軍との間に何かの話し合いでもってお金を払っているわけでしょう。それはどういう基礎に基づいてお金を出したのかということがまず一点。それから、それは日本のどこの会計から何年度に出ているかということです。
○安藤政府委員 これは関係各省がだいぶほかにも関連すると思いますが、便宜私説明させていただきます。足らざるところは場合によりまして補足させていただきます。
 まず英連邦軍物資の性質あるいはいきさつを簡単に御説明した方がいいかと思います。これは、一九四七年三月十四日にスキャッピンが日本政府に参りまして、在日英連邦軍はこのスキャッピンに基づきまして日本政府に生活必需品その他のものを売り渡す、あるいは無償で渡し得るということになったわけでございます。そのスキャッピンに基づきまして、英連邦軍と日本の貿易庁との間にいわゆる売買奨約をしたわけでございます。
 御存じの通り、当時貿易庁は貿易資金特別会計というものを持っておりまして、その貿易資金特別会計に基づきまして、その資金の運用としまして物資購入をしたわけでございます。その売買奨約に基づきまして、その後八十五万八千九十九ポンドを支払ったわけでございます。
○戸叶委員 その場合、日本の予算のどの項目から出たのですか。貿易庁から出たのですか、貿易特別会計から出たのですか。その貿易特例会計から出る場合に、何かの根拠があったのですか。何もなくて、それでいいのですか。
○林(修)政府委員 これは、今アメリカ局長がお答えいたしました通り、債務と申しますか、向こうからスキャッピンが来まして、そういう物資を買い入れる約束をしたのが貿易資金特別会計時代でございますが、その後実際に金を払いましたのは貿易特別会計になってからだと思います。貿易特別会計の各年度の予算の範囲内で支払った、かように思っております。あるいは多少終戦後まで延びた分もあったかもしれませんけれども、各年度の貿易会計の予算で払ったわけでございます。
○戸叶委員 何年間くらいにわたってそれをお払いになったのですか。
○宮川政府委員 お答え申し上げます。昭和二十六年度から昭和三十三年度までに支払っております。
○戸叶委員 総理大臣にお伺いしたいのですけれども、こうしてイギリスから一本が品物を買って、それをアメリカに引き渡したわけです。ですから、アメリカが今度はそのお金を日本に返してよこしたわけです。そのお金がどこから出たかというと、二十六年度から三十三年度にわたって出ておるわけです。そうだったとするならば、当然これは憲法八十五条によって国の承認を得ないで勝手に出せるものかどうか。たとえば一年間なら一年間にそこにあった余っておるお金から出すというのではなくて、長い間にわたってこれが出されたのですね。そうなってくれば、当然これは憲法違反になるのではありませんか。総理に聞いておるのです。
○池田国務大臣 私は前のいきさつをよく存じませんので、法制局長官からお答えいたさせます。
○林(修)政府委員 これは、今もお答えいたしました通りに、貿易資金特別会計の運用として、当時貿易資金特別会計時代に向こうから物資を渡されまして、それに対してこちらが買おうという約束をした。当然、その貿易資金特別会計時代の運用として、債務負担が当時の特別会計法に基づいて行なわれたわけであります。その代金の支払いがずっとおくれておりまして、これは今私もちょっと申しましたが、初めの二十六年度は貿易特別会計から、さらに、二十七年度以後は貿易特別会計がございませんから、一般会計あるいは賠償等特殊債務処理特別会計、こういうところから払われておるようであります。
○戸叶委員 買おうと約束したのは日本とイギリスとの間ですね。ここへ出されたのはアメリカからのメモランダムですね。そうでしょう。
○中川政府委員 われわれがお出しいたしましたのは、いわゆるビーコフ物資がどういういきさつでこれを日本が受け取るようになったかという一番根拠になる資料をお出ししたわけでありまして、この資料は、御指摘の通り、アメリカから日本に来ておるいわゆるスキャッピンであります。これは、占領治下でございますから、日本が直接イギリスと交渉することはできなかったわけでございまして、アメリカが仲に立ちましてこういう品物を日本が買ってもよろしいという指令の形で来ておるわけでございます。
○戸叶委員 私はそれはおかしいと思うのです。アメリカからメモランダムが来て、しかもその中にどこから幾ら払うなんというようなことは書いてないのです。ただここに、三通の受取書を出すとか、英語で、その物資に見合うドル価格というものを一応参考のためにだけ書いておくのだ、そういうことしか書いてないのです。日本と英連邦軍との間に売買しようという約束をしたとさつき法制局長官がおっしゃったじゃありませんか。その約束を取りかわした何かがなかったら、こんなことはできないはずだと思うのです。それを私は出していただきたいと思ったのですけれども、それを出していただけないのです。どうなんですか。
○中川政府委員 お手元にお配りいたしましたスキャッピンでありますが、この第一項を見ますと、ここに、英連邦軍司令官は日本国政府に対してこういう品物を売ることとその売ることのために貿易庁と交渉する権限を与えられたという通報をしてきておるのでございます。従って、これが要するに英連邦軍司令官に対する授権でありますと同時に、日本政府に対しても英連邦軍司令官と交渉して売買契約をやってよろしいという授権でございまして、これに基づきまして個々の物資についての受け取りが行なわれたわけであります。
○戸叶委員 日本と英連邦軍との間に売買契約がやられたとするならば、その売買契約というものは何か残っていなければならないと思うのです。たとえば、二十六年から三十三年までに支払ったとおっしゃるのですけれども、その売買契約というものはどういうふうな形で行なわれておるか、その資料があるはずだと思いますが、それは出していただけないのですか。何度も答弁させて悪いですから、はっきり申しますが、これをずっと読んでみても、英連邦軍と日本の貿易庁とは授権はされておりますよ。しかし、その中に、さっきはっきり大蔵省が答弁されたような、二十六年から三十三年度までにこういう形でここから払うんだということが一つも書いてないのです。三通の受取書を出して、そしてそれに見合う金額の受取書を出すということだけで、そのこまかいことは何も書いてないんですね。
○中川政府委員 これが授権でございまして、この授権の中に、要するに、これに基づいて受け取った場合には、たとえば三通の受取書を出せ、価格はそのときの見積もり価格を書けというようなことが書いてあるのでございまして、これは占領治下の特殊な事情でございますから、普通の売買契約と同じような形はとれなかったわけでございますが、要するに、これで売買の申し込みがあったというふうにわれわれは解釈しておるのでございます。この申し込みに基づきまして、日本がこれこれの品物を受け取った、その受取書を出した際に、それの申し込みに対してこれを承諾しておる、従って、品物を受け取るごとに売買契約が成立しておる、こういう考えに立っておるわけであります。
○戸叶委員 私ども、常識的に考えましても、そういうことはわからないのです。なぜならば、ここに日本と英連邦軍との間に品物を買うという約束をしたわけです。そして品物に対してお金を払ったわけです。何年かにわたって払ったわけです。そして、その品物はアメリカにずっと前に渡っちゃっているわけです。それで、今になってそのお金をアメリカから日本が取るわけでしょう、日本が立てかえていたわけですから。ですから、その場合に、何かの約束なり取りきめがなければおかしいじゃないかと思うのです。
○中川政府委員 少しこんがらがってしまいましたが、要するに、この根拠の指令に基づきますビーコフ物資というものは、総額八十五万ポンドほど受け取りまして、これの支払いは、先ほど法制局長官が申しましたような方法によりまして、全部済ましておるのであります。これは英連邦に払ったわけであります。アメリカから返してもらうというのは、この英連邦から受け取ったビーコフ物資のうち、ある一部分は朝鮮事変の際にアメリカから自分の方に渡してくれと言われて渡した分がありますので、その分は、日本で使わなかった物資でありますから、今度あらためてアメリカから返してもらう、それを今度やったわけでございます。全部を返してもらうという筋のものではないわけであります。
○戸叶委員 私も全部とは思っておりません。ここにはっきり金額が出ておりますから、その金額に従っているものであるということくらいは常識でわかっているのです。わかっているのですけれども、この場合に日本が立てかえたわけでしょう。結局は一種の立てかえ払いですね。立てかえ払いであるならば、その間に何らかの取りきめがあったろうと私は思うのです。
○安藤政府委員 お答え申し上げます。
 この前返還分の御説明をしたときに、簡単ではございましたが申し上げたかと思いますが、重複いたしますけれども、さらにやや詳細に御説明すれば御納得いただけると思います。
 先ほど条約局長から申しました通り、朝鮮事変勃発の際に、総司令部から日本政府あての覚え書きをもちまして、それは一九五〇年九月二十六日付でございまするが、その覚え書きをもちまして、日本政府がまだ配給せずに持っていたシム、QM、余剰報奨物資とか軍払下げ物資、それとともにビーコフ物資の積み出しを禁止いたしました。停止の要請の指令が参りました。そして、この指令によりまして、ビーコフ物資につきましても、米貨に換算いたしまして十九万九千五百二ドル七十二セントという価額に該当するものが引き渡されたわけでございます。その後これを種々交渉いたしました結果、米側といたしましては、同年の八月十三日付の総司令部財政課長から通産省、大蔵省双方あての覚え書き、――これは何なら持っていますからお目にかけてけっこうでございます。この覚え響きによりまして、対米引渡し分に対する価額十九万九千五百二ドル七十二セントを確認いたし、これに倉庫料等諸掛りとしてその五%を加算した額、すなわち今度控除いたしました額に相当いたしまするが、二十万九千四百七十七ドル八十六セントを、米軍払下げ物資、すなわちQMの勘定に日本政府のクレジットとして貸記するということになったわけでございます。従いまして、このガリオア物資、もっと具体的に言いますと、QM物資の援助額を通産省において今度詳価されます際に、資料にもちゃんと明記してございます通り、このビーコフ物資約二十万ドルというものを控除いたした次第でございます。
○戸叶委員 だから、そこで日本政府のクレジットとしてそれを処理したわけでしょう。今そうおっしゃったわけですね。だから、日本政府のクレジットとして処理する場合に、国会の承認を得なくてもいいのですか。勝手にそのお金は出せるのですか。
○林(修)政府委員 ちょっと今の御質問の趣旨がわかりかねるのでございますが、これの代金、このビーコフ物資を日本が払い下げを受けまして買いました代金、これは当然日本の各年度で御承認を得た予算の範囲内で払っておるわけでございます。これは何ら憲法上あるいは財政法上の問題はないわけでございます。それ以外に、いわゆるアメリカに渡したものについて云々ということでございますが、アメリカの方に対しては、さっきアメリカ局長から御説明したように、スキャッピンで未配給のものを渡せというわけで、これは渡したわけで、その代金は、もちろんたしか受け取っておらないのだと思います。これを今度の援助額から差し引くという問題だと思います。
○戸叶委員 アメリカに渡した分は問題ないです。というのは、アメリカからお金を取っているのですから、ここで援助額で。ただ、日本とビーコフとの関係なんですね、私の問題にしておるのは。そこで、各年度の予算から出ているとおっしゃいましたね。それは予算のどこの項目から出ているのですか。貿易会計ですか。
○林(修)政府委員 それはさっき御説明いたしましたが、最初の債務負担は、まだ貿易資金特別会計のあった時代でございます。貿易資金特別会計は、御承知のようないわゆる運用会計でございまして、何百億かの資金を持っておりまして、その資金の運用として輸入物資を払い下げ、それぞれと資金運用をもって輸出物資を買った、そういうような運用をしていったわけでございます。そのいわゆる資金の運用については、国会に予算は出ておりません。つまり、資金会計だったわけです。しかし、当然に、貿易資金特別会計法によりまして、輸入、輸出物資、あるいはそれに準ずるような物資の買い入れ、売り払いができたわけですが、その範囲内において、やっていた。そこで債務負担をしたものを、二十六月度以降、――これは実は払いがおくれていたわけですが、二十六年度以降に、たしか五、六年にわたって少しずつ払っていったわけでございます。これは、各年度、たとえば二十六年度は貿易特別会計でございます。それから、二十七年度以降は、たしか貿易特別会計はなくなっておりますので、そういう部分は一般会計にたしか引き継がれたと思います。従って、一般会計で払っておりまして、それからさらにその後は一、二年賠償等特殊債務処理特別会計で払った分もあるようでございます。要するに、何年かに分割して毎年度の予算の範囲内で払っていった、そういうことでございます。
○戸叶委員 今の法制局長官の御答弁の中に、私は非常に問題を含んでいると思うのです。そこで、あとから大至急に、二、三時間以内に資料として出していただきたいのは、二十六年から三十三年度までの間にお払いになったとおっしゃいますけれども、二十六年度はどこから払ったか、二十七年度はどこから払ったか、それを出していただきたいと思うのです。
○宮川政府委員 お答え申し上げます。
 昭和二十六年六月二十八日、一般会計貿易特別会計残務処理費から出しております。二十六年の十二月十五日、同じく一般会計貿易特別会計残務処理費から出しております。(戸叶委員「幾らずつ出しておりますか」と呼ぶ)二十六年六月二十八日、金額一億五千万円、これは一般会計貿易特別会計残務処理費から出ております。引き続きまして、同じく二十六年の十二月十五日に一億五千万円、これは歳出項目は同じく一般会計貿易特別会計残務処理費から出ております。引き続きまして、二十九年三月三十一日に一億五千万円、これは一般会計平和回復善後処理費から出ております。引き続きまして、三十年の四月二十八日に一億五千万円、これも同じく一般会計の平和回復善後処理費から出ております。それから、三十一年の四月三十日に一億五千万円、これは賠償等特殊債務処理特別会計から出ております。最後は、私三十三年度と申し上げましたが、間違いでございまして、三十二年度でありますが、三十三年の三月三十一日に一億一千四百七十五万二千九百七十三円、これは賠償等特殊債務処理特別会計から出ております。
 以上でございます。
○戸叶委員 この出た会計の性格などもちょっと私了解できない問題がありますので、あとでしばらく考えてみたいと思います。そしてあと質問を続けたいと思いますが、あまり私ばかり質問していてもいけないので、一応あとを保留して、あとの方に譲りたいと思いますが、池田さんに最後に一つお伺いしたいことは、今度のガリオア・エロアの支払い、それからタイの特別円の支払い、そしてまた近くはビルマの問題あるいはまた韓国の問題と、非常にたくさんの国民の税金が支払われるわけでございまして、国民は、池田内閣に対して、これは支払い内閣であるというような非常に不評判な声を立てているわけでございますが、この支払い内閣という汚名をなくすためにも、特にアメリカのような大きな国に対して、こういういろいろな不合理な点を含んでいるガリオア・エロアというようなものの支払いはこの際ぜひ考え直していただきたい、こういうことを要望いたしますが、この点はいかがでございますか。
○池田国務大臣 支払い内閣だという悪評があるそうでございますが、支払えるようになった内閣でございます。二、三日前でございますが、ほんとうに支払えるようになったのだから支払うべきものは支払うべしという強い世論も私は聞いておるのであります。ほんとうに国民の努力によりまして、十数年前のあの占領中の負債、あるいはその後の日本復興のためのクレジット等を支払えるようになったということは、非常にありがたいことだと思います。
○戸叶委員 大へんに心臓の強いことをおっしゃるけれども、国民の生活というものをもう少し考えていただきたい。物価は上がって、そして社会保障は十分でない、困っている人たちがたくさんあるし、また、高校の教育の問題、いろいろな問題があるのに、よそに向かっては支払えるんだというふうなあまり強気ばかりおっしゃらないで、もう少し国内の問題も考えていただきたいということを要望して、次の質問者に譲ります。
○森下委員長 岡田春夫君。
○岡田(春)委員 私はタイ特別円についての質問を昨日に引き続きまして続行いたしますが、私は、昨日、問題を分けまして、条約上の諸問題という点で質問いたしたわけであります。きょう総理大臣、外務大臣その他の方にお伺いをしたいことは、タイ特別円を算出するに至った算出上の諸問題についてお伺いをしたいと考えております。算出上の点については、総理大臣が数字に明るいそうでございますので、主として総理大臣にお伺いをしたいと思いますので、そのおつもりで願いたいと思います。
 質問に入ります前に、昨日、中国関係の特別円、すなわち華北、華中あるいは蒙疆特別円、これらの問題につきまして、最初の政府の御答弁とあとの御答弁とがはっきり食い違っておりまして、この点については、総理から、この点は明日お答えいたしますということの留保がございました。これと同時に、大蔵省からはタイに対する借款の関係について答弁を留保されておりますので、この二つの点について最初に御答弁を願いたいと思います。
○池田国務大臣 きのうの御質問に対しまして、各事務当局から調査した結果を御報告いたさせます。
○宮川政府委員 昨日お答えいたしましたように、横浜正金銀行の蒙疆銀行に対しまする貸越し残高は二千六百八十六万三千六百十一円、儲備銀行に対しましては三千二百八十九万一千百四十四円、連合準備銀行に対しましては八千九百七十万二千八百九十二円、これにつきましてはいずれも三十三年八月二日に払っております。
 先ほどこれに関連いたしまして金の現送のお話がございましたが、これは中国に産出されました金鉱を日本に持って参りまして、精練を委託されまして、日本銀行で保管いたしておりました六十万グラムの現送をいたしたものでございまして、特別円決済とは関係ございません。
○岡田(春)委員 今の御答弁の点を伺っておりますと、昭和三十三年に中国関係三銀行に対してたしか合計一億三千万ですか、約一億四千万、これだけの勘定残高を政府が払った、こういうことになっておるわけですが、まず第一点としては、昨日、中川条約局長並びに小坂外務大臣は、払うべき相手の銀行がなくなっちゃったんだからこれは払う必要はないんだ、こういう答弁で、その点から言うと、払う必要のないものが払われている、こういうおかしなことが行なわれたことになるわけですが、大蔵省から御答弁を重ねてお願いいたしたいと思います。どこへ一体お払いになったか、この点を伺いたいと思います。
○宮川政府委員 横浜正金銀行は閉鎖機関になりまして、同じく閉鎖機関に指定されました蒙疆銀行、中央儲備銀行並びに中国連合準備銀行に対しまして、清算人に円貨をもって支払ったわけであります。
○岡田(春)委員 宮川さん、これは中国の銀行や蒙疆の銀行が日本の閉鎖機関になっておるのですか。これはちょっとおかしいじゃありませんか。どういうことですか。
○林(修)政府委員 これは法令の関係でございますから私からお答えした方がいいと思います。閉鎖機関令は、御承知のように、昭和二十年のそもそもポツダム勅令でできた政令でございます。占領が終わった後においてもなお法律としての効力を持って現在残っております。閉鎖機関に指定されたものは、当時の司令部の覚書によって、いわゆる国策的な金融機関等が主として指定されたわけであります。その中に、たとえば蒙疆銀行とかあるいは連合準備銀行とか中国の儲備銀行まで入っております。これが入っていることは、要するに、閉鎖機関令の趣旨そのものが、いわゆる日本国内にある財産、債権債務というものを処理して、そういういわゆる在外金融機関である場合には、万一将来そういう問題が対外的に起こってきた場合の関係をはっきりしておこう、こういう趣旨で司令部の覚書でやったわけでございます。従いまして、今の蒙銀とかあるいは連銀、儲備銀等につきましては、もちろん中国あるいは蒙疆にある資産の整理ができるはずもございませんし、また、そういうものの向こうの法人格がどうなったかという問題とは別問題でございます。全く、国内において、国内にある債権債務関係について閉鎖機関令に基づいて清算人が置かれて、それが処理をした、そういう関係になっております。従いまして、今正金銀行がいわゆるこの三銀行関係の特別円勘定を払った相手もそういう清算人でありまして、いわゆる在外の蒙疆にあった銀行あるいは連合準備銀行あるいは儲備銀行は中国においていかなる処置を受けたか、雲散霧消したか、あるいは何らかの後継法人ができたか、そういう問題とは全然別問題で、そういう事柄とは関連のない事柄でございます。
 それから、もう一つ、さっき御質問がございましたが、理財局長がお答えしなかったので、私がお答えしておきたいと思いますが、終戦まぎわに南方開発金庫がタイ銀行にクレジットを出したという問題でございますが、これは、御指摘の通り、十八年だったと思いますが、たしか千二百万ドルか何かの南発券の当座貸越しの約束をしております。しかし、それは、当時、いわゆるマライ四州がタイの領土に編入されたときに、マライ四州の通貨を補充する意味で南発が金を出したわけであります。南発券を提供した。そういう当座貸越しがあったわけでございますが、これは若干金は出たようでございますが、十九年末において残高はゼロになった。それは南発金庫の当時の当聖者が日本に帰ってきての報告によって明らかになっております。貸越し残高はゼロでございます。
○岡田(春)委員 林さんにたくさんいろいろと聞かない点までお答えいただいて感謝にたえないのですが、林さんにまず伺いますけれども、それでは、第一に伺いたい点は、蒙疆銀行その他の中国の三つの銀行というのは、これは中国の銀行ですか日本の銀行ですか。
○林(修)政府委員 これは、当時のいわゆる蒙疆政府あるいは華北の政府あるいは南京にありました汪兆銘政府、そのもとにおいてできた銀行でございまして、法人格はもとよりそういう国の法人でございます。
 ただ、これは、次にお尋ねがあるかと思いますが、なぜ国内においてそれを閉鎖機関に指定したのかという問題でございます。閉鎖機関の指定は、今言ったような、国内に本店を持っておりますいわゆる日本法人のみでなくて、そういうような外国法人についても実は閉鎖機関に指定されておるのであります。そういう外国法人の閉鎖機関はどういう閉鎖関係の事務をやったかといえば、結局、日本に店があったものは、その店の関係の債権債務をやっております。店がなくても、日本関係の債権債務があるものもあるわけです。そういう債権債務の処理を当時の閉鎖機関令によって命ぜられた。それをやって、その清算事務は正金になお残存しております。こういう儲備銀行とか蒙疆銀行とかあるいは連銀というものは、実は始末のつけようのないものでございまして、そういう債権債務関係が日本内部においてはあるわけであります。しかし、向こうの法人格がどうなったか、これは国の形態が全然変わってしまったわけでございますから、これはどうなったかわかりません。きのう条約局長のお答えした通りに、雲散霧消したかもわかりません。その点はわからないわけでございます。そういうものについて、閉鎖機関令上は国内においていわゆる閉鎖機関が清算事務をやらなくちゃいかぬという問題がありまして、そういう関係において、特殊な事務を、当時あたかも一個の法人であるかのごとき地位を認めてその清算事務が行なわれておる、こういう状況でございます。
○岡田(春)委員 林さんにもう少し伺って参りますが、あなたは私の質問しないことを一生懸命答えて下さって、あなたは私が何を質問するかわかっているようですが、私はそんなことを聞こうと思っていなかったのです。
 まず第一にあなたに伺いたいのは、中国のその当時のいわゆるかいらい政権のもとにおける機関であるということは今答弁されましたね。かいらい政権でしょう。そうじゃないですか。かいらい政権であるということを私が言っているのは、台湾と日本とのいわゆる国交回復の条約の中に「偽政権」という言葉を使っております。「偽政権」というのはかいらい政権のことです。条約を見せてあげましょうか。――林さん、あなたは失礼ですよ。私の話を横を向いて聞いておるとは何ですか。あなたに一つだけ伺いたいのは、そういうかいらい政権のもとの機関であるけれども、先ほど最初の答弁であなたは在外資産としてこれを適用したとお話しになった、(発言する者あり)――いや、答弁、速記録を見なさい。在外資産と言っていますよ。在外機関と言ったとしても、それは、日本の在外機関でしょう。外国の在外機関、在外資産ということなら適用できないはずでしょう。外国の機関であるものを適用できますか。閉鎖機関として司令部がやったとか何とかということはあったにしても、それは、偽政権のもとにあったとしても、それを指定したというのは筋が通らない。あなたのおっしゃるように、在外機関であるとか在外資産であるということになれば、日本のものであって外国にあるものということになる。そういうものであると先ほどあなたは答弁しているじゃないですか。違うなら違うと訂正しなさい。
○林(修)政府委員 これは、速記録をお読み下されば、私が今岡田先生のおっしゃるようなことを言っておらないことはわかると思います。いわゆるかいらい政権であるかどうかは、これは評価の問題でございます。さっき私が申しましたように、蒙疆政府あるいは当時の華北政府あるいは汪兆銘政府のもとの機関であったということを、事実を申し上げたわけです。いわゆる在外資産と申しません。いわゆる在外機関と申しましたのは、日本に本店のなかった銀行であるという意味で在外機関ということを申しました。それがどこの国の法人で、今その本店がどうなっておるか、これは私にはわかりません。現在の状況はわかりませんが、少なくとも、閉鎖機関令は、日本にある債権債務関係の処理を命じたので、それの清算人がおるという事実を申し上げたのであります。
○岡田(春)委員 私は林さんの言葉じりをとろうとは思いません。あなたが中国の偽政権のもとにおける役人ならば、あなたが在外資産と言って、日本に支店のある在外機関とおっしゃるのはいいのです。あなたは日本人だから、日本の政府の法制局長官という大臣格の人なんだから、在外機関と言った場合には、日本のものであって外国に機関があるもの、こういう意味ですから、十分今後は注意してお使い下さい。中国の人なら別ですがね。
 ただ、私はもう一つ伺っておきますが、そうすると、現在、この三つの機関の閉鎖機関は、その責任者は中国人ですか。
○林(修)政府委員 閉鎖機関令に基づいて清算人がおりますが、この清算人は、私は氏名は存じませんが、いずれも日本人であると思います。
○岡田(春)委員 それでは、林さんにもう一度伺いますが、そのいわゆる在外機関と称されるもの、これが、池田さんがいつもよく言うことは、タイの場合だったら九月十一日までは動いておった、九月十一日からは動かなくなったと言うが、その動いておったころ、蒙疆銀行というものが動いておったころには、中国の関係に対してそのお金が運転された。儲備銀行も同様です。それらのものは、中国の人々に対して、品物を買ったり、そのために金を払ったり、あるいはまたそこから何かの金融上の操作をやったり、こういうことが行なわれた。とするならば、その閉鎖機関である銀行があることによって、その当時は、ともかくもそれによって中国の関係に経済上の影響を及ぼした。この影響を及ぼした事実があるにもかかわらず、閉鎖機関と称する清算人に対してお金を渡したということになれば、残高の清算ということが行なわれたことにならないじゃありませんか。
 総現大臣、ちょっと待って下さい。帰るのは困る。私は質問できない。冗談じゃない。だめです。あなた方自民党で勝手にやられたらだめです。了解しません。総理が自民党との相談だけで帰られるならお帰りなさいよ。だけど、そういうことで委員会が円満に進むとは思わないから私はそう言っておるので、私は総理がお帰りになる前にちょっと質問だけしておきたいのですよ。まあすわって下さい。それじゃ、林さんに伺うのは私ちょっとやめます。総理が大へんお忙しいようでありますから。(「また来るよ」と呼ぶ者あり)――総理大臣はあとで来るのですか。それじゃどうぞ……。あなたは行ってしまって私をすっぽかすのじゃ困る。
 それじゃ、今の問題を継続して、私は暫時総理の帰られるまで待ちますが、林さんが何分御答弁されたいようでございますが、先ほどの銀行は、私ちょっともう一度申し上げますが、林さん、よろしいですか、その銀行は中国の中で動かされておって、経済操作が行なわれた。清算人という人は日本人であった。実際にこの銀行の対象になるべき人にはこの残高というものは渡っていないわけですね。清算人は法定代理人だから渡ったことになるのでございますというように言われるだろうとは思うが、それこそ三百代言式答弁ということになるわけですよ。そういう点では、もっとそこら辺をはっきりしておいていただきたいわけです。
○林(修)政府委員 このいわゆる閉鎖機関について、在外機関と申しましておしかりを受けたわけでございますが、要するに在外法人でございますね、在外法人の国内支店とかそういうものを閉鎖機関に指定いたしました司令部の当時の意図がいかなる点にありましたか、司令部は当時そういう国々の意向を代表して行なったものかどうか、これはわかりません。わかりませんが、少なくとも平和条約締結までにそういう問題はなお解決しておらなかったわけでございます。平和条約を締結した現在において、日本がそういう銀行の清算勘定に払った、それでもう済んだのだということは言えないことは、おっしゃる通りであります。これはあくまで国内問題で、国内的な閉鎖機関令で、正金銀行がそういう儲備銀行なり連銀の国内関係の債務を負っていた、その債務をそういう関係の清算人に払った、そういう事実があった。従って、正金銀行の特例の勘定の債務はなくなっておる。要するに、正金銀行は払ってしまったわけでございますから、そういう事実を大蔵省は申し上げた、かように思います。そういういわゆる三銀行の本拠になったのはまさに中国大陸でございます。そういうところ等の問題、あるいは終戦当時においてはもちろん国民政府がそれを支配しておりまして、国民政府が、その中国系の三銀行、あるいは満州中央銀行もございますが、そういうものについてどういう扱いをするつもりでおったか、あるいは日本に対してどういうことを言うつもりであったか、あるいは現在においてそれはどうであるか、これは別問題でございます。
○岡田(春)委員 林さん、なかなか筋が通って参りましたが、もう一点伺いたい。それは、今林さんのお答えの通りに、閉鎖機関である蒙疆銀行その他の二銀行に払ったというのは日本の国内問題だということになりますと、そこで伺いたいのは、その債務という関係は、事中国に関しては、まだ債務の返済というかこの関係というのは済んでいない、このように考えるべきであると思いますが、いかがでございますか。
○林(修)政府委員 これは、岡田先生御承知と思いますが、日華平和条約の議定善に、要するに、そういう関係について、両国の同意によって、たとえば中国政府、国民政府に移管する云々のことが書いてございます。その同意は目下行なわれておりません。そういう問題がございます。これは、結局、大きく言えば、台湾に対して日本の持っておる請求権とか、あるいは平和条約の二条関係でございますか、そういう問題全体として関連すべき問題であると私は思います。
○岡田(春)委員 それでは、要するに、林さん、未解決の問題だ、そういうことでございますね。
○林(修)政府委員 日華平和条約の議定書にある通りに、将来両国政府の同意によって云々、そういうことになっておる問題の一つでございます。
○岡田(春)委員 あなた、どうしてそういうことをこだわるのですか。未解決でしょうと言ったら、未解決でいいじゃないですか。一つだと言わなくたって、未解決なんですね。違うのでございますか。一つというのは解決済みという意味でございますかというのです。
○林(修)政府委員 いわゆる正金銀行としては解決したものというつもりでおるわけです。あるいは大蔵省当局としてもそれで解決したつもりでおると思います。ただし、これはいわゆる本店が外国にあった関係で、そういう本店を持っておった国がそういう銀行をどう扱うか。これは、きのう条約局長が申したように、実は本店はあるいは雲散霧消しておる状態かもわかりません。従って、債権者がいなくなったというだけで、もう問題はないのかもわかりません。そこらの問題はなおわからない、当方だけではわからないという問題でございます。
○岡田(春)委員 林さんの答弁と中川条約局長のきのうの答弁と幾らか違うのですが、きのう中川条約局長は、銀行というものがなくなったから払う必要はないのだという答弁であった。ところが、今林さんの答弁によりますと、日華平和条約の議定書に基づいて、その議定書の一つの問題であると言う。一つの問題というのは、未解決の問題という解釈にもとれるし、解決した問題であるともとれるし、済んでしまって払いようがないというのが中川さんの意見、林さんの意見とは違うのです。これはどういうふうにお考えになりますか。
○中川政府委員 私が昨日申したのは、債権者が雲散霧消したため、その債務といいますか、その勘定はそのままになっておると申したのでありまして、払わなくてもいいとまで言っていないのです。つまり、未解決ということでありまして、従って、林さんの言われたことと相違はないと思っております。
○岡田(春)委員 中川さん、あなたがそういう言い方をするならば、私は伺わなければならぬ。雲散霧消していない証拠に、閉鎖機関になっておるじゃないですか。あなた、閉鎖機関になったというなら、雲散霧消して閉鎖機関がありますか。(発言する者あり)大臣をやったことのある野田さんなんか、もっと静かにしなさいよ。ヤジウマみたように何だ。あなた、もっと見識を持っておとなしくしなさい。何ですか、大臣にもなったような人がヤジウマ半分で何をやっておるのです。
  〔発言する者あり〕
○森下委員長 御静粛に願います。
○岡田(春)委員 あなた、閉鎖機関になっておるというのは、雲散霧消していない証拠じゃありませんか。本店がどこにあろうと、支店がどこにあろうと、閉鎖機関として残っている。
○森下委員長 林法制局長官。
○岡田(春)委員 私はまだしゃべっておる。だめですよ、そういうことじゃ。委員長、もっと謹聴しなければだめですよ。
○森下委員長 委員長は謹聴しています。
○岡田(春)委員 中川さんの御感想をもう一度聞いておきますが、私はこれ以上言いません。もう一度中川さんの御意見を伺っておきます。
○中川政府委員 閉鎖機関になりましたのは、この三つの銀行の在日支店が閉鎖機関に指定されたのでありまして、これは日本の国内にあり、いわば日本の権力下にありますから、閉鎖機関令というものでそういう清算措置もできるのでありますが、三銀行そのもの、この本店は日本にないのでありまして、これを閉鎖機関にするわけにはいかないのでありまして、要するに、これらが、どうなっておるかということはわからないと林さんも言っておられるのであって、私はその間に違いはない。雲散霧消というのは、本物がなくなった、本店がなくなったのじゃないかということを言ったのです。
○岡田(春)委員 今の三百代言みたいな答弁では、私は了解いたしません。
 それから、先ほど林さんは、宮川さんが答えないうちに南方開発金庫の話について答弁なさったのですが、宮川さんがお答えしたいらしいから、なすって下さい。
○宮川政府委員 昨日留保いたしました点をお答え申し上げます。
 岡田先生御指摘のように、タイ国に編入されましたマライ四州におけるタイに対しまする南方開発金庫の協定がございまして、その協定によりますと、一千二百万ドルを限度として供給することとなっております。その状況でございますが、当座貸越し残高が昭和十九年十月末日現在で六千ドルでございます。同年十二月末現在では、全額償還されまして、残高はゼロとなっております。
○岡田(春)委員 あなたのお調べはどこでお調べになっているか私知りませんが、宮川さん、私は何もいいかげんなことを言っているのじゃない。十月末現在で約一千万ドルというのは日銀の調査で出ている。日銀の本です。調査局です、ですから、六千ドルというのはちょっとわからないのですが、あなたがおっしゃるのは、十月末現在が約一千万ドルとなっているのですが、何か食い違いがございませんか。
○宮川政府委員 私が申し上げましたのは、十九年の十月末現在は六千ドルで、同年十二月末現在でゼロになっております。
○岡田(春)委員 おかしいですね。これは借款ですよ。六千ドルというのは、一応全部落として、それから返したという意味ですか、どういう意味ですか。何だかわからぬですね。
○宮川政府委員 当座貸越し、出たり入ったりします当座貸越しの残高であります。
○岡田(春)委員 たとえば当座貸越しとしても、私は当座貸越しとは見てないのですが、一千二百万ドルというのは日銀の調査ですよ。昭和十九年十月末現在をあなたは日銀と照合されましたか。これは全部日銀関係ですよ。大蔵省ではわかるわけはないですよ。
○宮川政府委員 日銀と照合いたしております。
○岡田(春)委員 それでは、これは照合されたと言いますが、私はこの本を明らかにしておきますが、もう一度、再度お調べいただきたいのです。昭和二十三年十一月に日銀調査局で発行いたしました銀行内の発行資料「満州事変以降の財政金融史」、そのページは六百四十八ページ、ここには、あなたのお話のように、日銀のタイ国銀行への借款二億円、それから今申し上げた千二百万ドル、この二つが表になって出ておりますから、これはあなたの今の御報告と食い違っております。まさか日銀のこの印刷物が銀行内の調査として出しているのに、いいかげんな数字を出しているとは信じられません。従って、これはもう一度お調べをいただいて、何もこういう小さな、あまりこの点だけをこだわっていくというつもりじゃございませんから、数字上の食い違いの点は確かめていただきたい。それから、なお、二億円の問題も、これにはっきり出ておりますから、きのう私は申し上げなかったのですけれども、これと対照してみて下さい。あなたのおっしゃるのは、ワクだけあったけれども、二億円はなくなっちゃったんだというような御答弁で、それでは私は納得はできないわけです。ですから、この点はお調べいただきたいと思います。
 私は、その他の点は総理大臣がお見えになってから質問いたしたいと思います。
  〔委員長退席、北澤委員長代理着席〕
○宮川政府委員 私も先生のお持ちの資料を持っております。おっしゃいました二億円は、借款の残高でございませんで、限度額でございます。現実に行ないましたのは、きのう御答弁申し上げましたように、ゼロでございます。
○岡田(春)委員 だから、その点は、あなたの御意見はこの前そうであったけれども、今の南方開発金庫の部分については、あなたは本をお持ちなら、そこに十月末現在が六千ドルなんて書いてないでしょう。十九年は私の言った通りでしょう。
○宮川政府委員 十九年十月末現在が六千ドルでございます。
○岡田(春)委員 そう書いてありますか。本が違うわけではないでしょう。書いてないでしょう。書いてありますか。――それじゃ、宮川さん、あとでお答え下さい。ここに書いてありますから、お教えします。六百四十九ページを見て下さいよ。三百ページのところを見ても違うわけですから。
 それじゃ、委員長、私は総理大臣がお見えになってから質問をいたします。この点は御了解いただけますか。
○北澤委員長代理 了承いたしました。
○岡田(春)委員 留保いたします。
○北澤委員長代理 田中幾三郎君。
○田中(幾)委員 私はガリオア・エロアの問題についていささか質問をいたしたいと思うのであります。
 本委員会におきまして問題になっておる焦点は、一つは、本件の債務についての債務性についてであります。第二は、その債務の負担行為の時期、従いまして、その時期によっては憲法違反問題が出てくる、こういう問題であります。第三は、政府は債務ありとして四億九千万ドルに決定をいたしましたが、その妥当性についてであります。
 先般来ほとんど一日をかけて黒田委員と政府との間に応答がありまして、その記録を見てみますると、正直に言って、私はやはり黒田委員の説が正しいと存じます。債務については、債務性が濃厚であるというような説明をしたり、あるいは、債務と心得るというような、すこぶるあいまいな答弁が政府からなされて参りましたが、だんだん審議を進めるに従って、その債務性が非常に希薄になってきたということは事実であります。債務の脆弱性と申しまするか、先般の林法制局長官の説明によりますと、全然払わないで済むかもしれないという、債務の支払いの条件、時期等、さらに一歩進めて債務の存在を含めて、きわめてあいまいになったことは、記録によって明らかであります。首をかしげるならば、あとで記録を読んでお聞かせ申しますが、その点が一つ。それから、憲法違反になることをおそれて、阿波丸の協定の際における了解要項を協定の内容でないとして、債務負担行為ではない、今月出されておるこの協定が債務負担行為だと、私から言えば強弁をした。これらの問題については、私は逆に論を進めていきたいと思いまするが、まず第一に、この四億九千万ドルにきめた根拠について、社会党の横路委員からも積算の根拠について非常に突っ込んだ質問がありましたが、その積算の根拠について、わが国のアメリカに対する請求権については少しも触れていない。私は、この点を、中心にして、きょうは、はたして日本のかくのごとき債務がもしありとしても妥当であるかどうかという点をお聞きをしたいと思うのであります。
 まず第一に、本協定の第三条に、戦後の経済援助の提供から生じた合衆国及びその国民に対する日本国及びその国民のいかなる請求権も平和条約の十九条(a)項の規定によって放棄されたものと了解されると、こうありますが、この平和条約の十九条(a)項に含まれたと了解される経済援助の提供から生じた日本国民のアメリカに対する請求権とは一体何をいうのであるか、また、いかなる範囲のものであって、いかなる額をいうのであるか、その点を御答弁願いたいと思います。
○中川政府委員 この第三条一項に掲げております戦後のアメリカの経済援助の提供から生じた日本国及び国民の請求権、全部これが十九条ですでに放棄されているということを再確認いたしておるわけでございますが、これでどういうものが放棄されたかというと、要するにここの規定は包括的に規定しております。要するに、どんなものがあっても、まだわかっていないものであっても、全部十九条で放棄されているんだということを念のために書いておるのでございます。具体的に今わかっているものでどういうものがこれで放棄されたかということにつきましては、お手元に提出してあります資料3、あれで控除項目というのがございます。あそこに請いてある控除項目におきまして、たとえば、見返資金から出しました連合軍人住宅建設費とか、あるいは教育計画費でありますとか、こういうものにつきまして日本は向こうに控除を求めましたが、これは、請求権としてはすでに十九条で放棄されておって、放棄されておる請求権は実はたくさんあるのでございますが、しかし、その中で日本として幾らかでも実質的な要求をしたものだけをそこに掲げておるのでございます。それ以外のものといたしましては、これはいろいろなものがあり得ると思うのでございます。たとえば、従来から問題になっておりますような、アメリカの援助物資でありましても腐敗していたものであるとか、そういうものにつきましては、腐敗したものはそもそもけしからないからアメリカに文句を言おうじゃないかというような請求権もあるわけでございますが、こういうものも全部放棄しておる、こういうことでありまして、要するに、この規定の趣旨は、これから生じたあらゆるものは全部放棄しておるの、たということを書いておるわけでございます。
○田中(幾)委員 そうしますと、これは大体はアメリカから援助を受けて反対にアメリカに対して支払う債務についての協定でありますが、原因は戦争とは書いてないですね。戦後の経済援助の提供から生じたという原因をここに明らかにしてあります。戦争によって生じた日本国民の債権ではなく、経済援助の提供によって生じたという原因をここにはっきり書いてある。それはやはり十九条の(a)項に含まれるということであるのかということが一つと、それから、金額も一切わからないものを包括的に放棄をしてしまって、払うものだけを、きめた、経過はこういうことになるのでございますか。
○中川政府委員 まず第一点でございますが、十九条には、前段には、戦争から生じ、または戦争状態が存在したために生じたいろいろな請求権ということが書いてございますが、その後段では、要するに、平和条約の発効以前に、日本に占領軍がおったこと、あるいはその占領軍あるいは占領軍当局、連合軍当局の行動から起きた請求権、そういうものをすべて放棄しておるのでございまして、戦後のアメリカの経済援助というものは、しばしばここでお答えしておりますように、スキャッピンという連合国の指令に基づいて提供されたものでございます。まさしく連合国の行動から起きた問題であります。従って、この連合軍の行動から起きました経済援助、これに基づいて日本国民が持っておる、あるいは日本国自体が持っておる請求権というものは、十九条(a)項後段ですでに、平和条約によって全部放棄しているのだということでございます。従って、金額がわからない。これは実はどういう請求権を個々の個人の人が持っておるかということはわからないのでございまして、持っておるかもしれないのでありますが、そういうものも一切がっさい含めて十九条ですでに放棄しておるのだ、今度の条約で放棄するのではないのでありまして、平和条約自体ですでに放棄しているのだ、そういうことを念のために書いているわけでございます。
 それから、この反対請求権を全然提出しないで四億九千万ドル払うのかという点でございますが、反対請求権としてはっきりわかっておりますもの、これといたしましては、やはりお手元に出しました資料の三ページの終わりの方に書いてございます日韓清算勘定残高、日本・琉球清算勘定残高、合わせて四千八百万ドル、これは十九条(a)項によっても放棄されていない、日本の有効な債権であるという解釈から、これははっきり差し引かせておるわけでございます。
○田中(幾)委員 この経済援助の提供から生じたという原因を、戦争ということと切り離して書いてあるところに私は非常に不明朗なものがあると思うのでありますし、また、額ももう少し精細に、どれほどあるかということをきめずに、この金額を勘定に入れなかったというところにずさんな点があると私は考える。
 進んで、十九条の(a)項の、戦争から生じ、または戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた日本国民の請求権、いわゆる戦争請求権の放棄と、こう略して言っておりますが、この点は、たとえば普通の戦闘行為によって生じた損害と、それから、広島、長崎に落ちたような原爆の、いわゆる戦闘行為以外の行為から生じた請求権とを政府は混合して一緒にして考えておるのでありますか、別に考えておるのでありますか。
○中川政府委員 広島、長崎の原爆事件というものはわれわれとして非常に遺憾なことであると思うのでございます。しかし、国際法的あるいは平和条約の見地から言いますれば、やはりこれは戦争行為の一部であると見ざるを得ないのでございまして、従って、平和条約十九条で戦争から生じたすべての請求権を日本は放棄しておりますので、広島、長崎の原爆事件につきまして、非常に遺憾とは思っておりますが、これについての請求権というものはやはり平和条約十九条(a)項で放棄しておる、この中に入っておると考えざるを得ないと思うのでございます。
○田中(幾)委員 それでは、伺っておきますが、広島に原爆が落ちた六日から四日たった十日に政府の名によってスイス政府を通じてアメリカ政府に対する抗議が申し込まれておる。これは御存じですか。
○中川政府委員 そういう事実があったと記憶しております。
○田中(幾)委員 これについては、はっきりと、昭和二十年の八月の六日広島上空において原子爆弾が投下された四日後の十日の日にはっきりとアメリカのトルーマン氏に対して抗議を申し込んでおります。それには、全部は読みませんが、「本月六日米国航空機は広島市の市街地区に対し新型爆弾を投下し、瞬時にして多数の市民を殺傷し同市の大半を潰滅せしめたり。広島市は何ら特殊の軍事的防備乃至施設を施し居らざる普通の一地方都市にして、同市全体として一つの軍事目標たるの性質を有するものに非ず、」――つまり無防備地帯である。しかも、「実際の被害状況に徴するも、被害地域は広範囲にわたり、右地域内にあるものは、交戦者、非交戦者の別なく、また男女老幼を問はず、すべて爆風および輻射熱により無差別に殺傷せられ、その被害範囲の一般的にして、かつ甚大なるのみならず、個々の傷害状況よりみるも未だ見ざる惨虐なるものと言ふべきなり。」、次に、「抑々交戦者は害敵手段の選択につき無制限の権利を有するものに非ざること及び不必要の苦痛を与ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すべからざることは戦時国際法の根本原則」である、しかるにこれに違反をして行為をするということは国際法規に違反するものであるから、かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求するとして、断固としてアメリカ政府を叫弾するという抗議文をやってある。すなわち、これは通常の戦闘行為ではない、戦闘行為のらち外にある行為であるがゆえにこれに対して抗議をした。従いまして、普通の戦闘行為による国民の受けたる被害と、そういう戦闘のらち外にある悪らつなる陸戦法規に反する戦闘行為による損害とは、これは別であるということを政府みずからがここに主張しておる。それなのに、それであなたはよろしいと思いますか。
○中川政府委員 原爆による襲撃ということが初めて行なわれたわけでございますが、この害の及ぶ範囲は従来の交戦手段と比べまして非常に段違いに大きい。ことに、老幼婦女子といいますか、非戦闘員ほとんど全部が犠牲を受けるわけであります。これは従来考えられておりましたような交戦手段とは非常にその性質が違うのでございますから、その当時日本政府がそういう抗議をスイス政府を通じて出したということは、これは当然であったと考えます。しかし、国際法的に見ますと、原爆というものが国際法上不法なりやいなやということについては遺憾ながらはっきりした原則がきまったとはまだ言い切れないのでございます。これは今世界の国際法学者がいろいろ議論しておるところでございます。日本としては、もちろん、原爆というものは一貫してこれに反対でございまして、こういうものをできるだけ早くなくしてしまうということを希望してやまないわけでございますが、実定国際法としては、遺憾ながら現在においてもまだそれが確立したとは言い切れない。従って、一九四五年、終戦の当時にそういう国際法の規則ができていたということまでは実は言い切れないわけでございます。日本政府のそのときの抗議善にも、国際法で認められた原則であると言っておりますが、国際法の条文等は引いていないのは、別にそういう規則がない。これはないのがあたりまえでありまして、原爆という新しい事態でございます。従って、やはりこれは戦闘行為である、戦闘行為の一つであることはいなみ得ない。従って、平和条約の規定から申せば、やはりどうしてもあれの中に当てはまると言わざるを得ない。法律的にはそういうことであろうと思います。
○田中(幾)委員 法制局長官にもお伺いしますが、実定国際法がないといいますけれども、条約及び慣習国際法があるわけです。ヘーグ条約の陸戦条規二十三条、これによりますと、「特別ノ条約ヲ以テ定メタル禁止ノ外特ニ禁止スルモノ左ノ如シ」、「毒又八毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」、それから、「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト」、これが禁止条項になっておる。原爆は毒及び毒を施したる兵器以上のものです。不必要の苦痛を与うべき兵器というと、これ以上の不必要の苦痛を与うべき兵器はない。これはちゃんと条約に書いてある。しかも、第二十五条には、防備せざる都市の攻撃または砲撃は禁止してある。二十六条には、砲撃の事前通告を必要とされている。B29のごときは、来ても、すぐ来たことは大体わかるわけです。逃避する時間が幾らかある。ところが、これは、いわゆるピカドンで、もう落とせばすぐに一瞬にしてこれは消える。こういう兵器を使ってやるということは、陸戦法規の違反であると私は思う。法制局長官、どうですか。
○林(修)政府委員 今いわゆる原子爆弾を戦争に使うということが非人道的であることは、これは言うまでもないことと思います。ただ、実定上の国際条約上それがはたして違法のものであるかどうかということに関しましては、今中川条約局長が申しましたように、やはり国際的な議論が統一されておらないわけでございます。むしろ、そこでヘーグ陸戦法規違反ということがはっきりしておれば、今国際法学者がこんなに議論することはないわけでございまして、非常な国際間の議論があり、学者の議論があることは、ヘーグ陸戦法規そのままの文言ではやはりこれに適用できない。そういう問題があるからだ、こう思います。
○田中(幾)委員 今あなたの方の答弁では、通常の戦闘行為による損害も原子爆弾の投下による損害も同一の損害だと、こう申されました。
○林(修)政府委員 まあ、同一の損害か異質の損害かという問題は、これは別で、先ほど条約局長がお答えいたしましたと思いますが、平和条約第十九条(a)項で放棄しておりますのは、要するに、戦争から生じた、あるいは戦争があったことによってあるいは日本政府あるいは日本国民が持つクレームをすべて放棄するということでございまして、これは、その原因がいわゆる原子爆弾から起こった、あるいはその他いかなる戦争遂行手段によって生じたかということを区別しておらないわけで、平和条約十九条(a)項は、これを実定法的に見れば、そういう点を区別しておらずに、日本政府あるいは日本国民が戦争から生じあるいは戦争状態の存在によって持っておるクレームをすべて放棄することになっております。従いまして、原子爆弾による被害に対するクレームを特にこれは留保している条文ではない、そう見ざるを得ないと思うわけでございます。
○田中(幾)委員 それでは、一九四八年の十二月九日の国連総会において採択された一つの条約がある。この中を見ますると、戦闘行為免責のワクの外にある残虐行為ということで、集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約、これは五一年の一月十二日において効力が発効されておると称されます。これは東京裁判でもこの法理が採用されて適用になっておると、こういうのです。そうしますと、今の原爆の投下のようなことによって集団殺害をやったという行為、これは免責の外にある残虐行為であると考えるのであって、これから生じた国民の受けた損害というものは、通常の戦闘行為から受けた損害とは質が違う、こういうふうに私は思うんですけれども、あなたはどういうふうにお考えですか。
○林(修)政府委員 今御引用になりましたのは、いわゆるジェノサイド条約のことかと存じます。これは国際法的にはだいぶ加入した国もあるわけでございますが、日本はまだ実は加入いたしておりません。それから、もう一つは、何といっても、これは第二次大戦後にできましたもので、いわゆる法律の一般原則から言えば、事後法を適用するということは普通は行なわれない問題でございます。あるいは今御引用になりました極東軍事裁判において適用された原則が事後法なりやあるいは一般法理なりやという論争は、これはあるかもわかりませんけれども、われわれの普通の国内法あるいは国際法の常識から言えば、事後法は適用されないというのが一般の建前だと思います。従いまして、これを直ちに引用するわけにも日本としてはいかないわけでございます。平和条約の規定から言えば、これは、その平和条約の規定がいいか悪いかという価値判断は別でございますが、十九条(a)項は、そういうことを区別せずに、やはり放棄している、こう見ざるを得ないと思うわけでございます。
○田中(幾)委員 私は、きょうここであなたと法律論を戦わすことを考えていないのであって、まずこれを根拠にして日本が正義の点からアメリカに主張すべき点があったのではないかと考えるから、一応これを持ち出したわけです。
 そこで、平和条約の十九条項にある条項の中に日本国民のアメリカ及びアメリカ国民に対して請求する請求権ということが書いてありますが、これは政府の、国家の、アメリカ及びアメリカ国民に対する請求権とちゃんと区別してあるにもかかわらず、日本国民の請求権を――請求権と言えば財産権なんです。その財産権を政府の条約によって放棄することができますか。
  〔北澤委員長代理退席、委員長着席〕
○林(修)政府委員 これは事柄によってはもちろん不可能ではないと私は思います。時と場合によって、また事情によって、国民の持っている請求権を日本国政府として日本国の国民の地位にかわって放棄することももちろん法律的に不可能ではないと思います。ただ、その場合に、国内的にいかなる措置をとるかという問題があとに残される問題はあり得るわけでございます。ただ、ここで十九条(a)項をどう解釈するか。これはわれわれの解釈で、必ずしも連合国すべてが同じ解釈をとっているかどうかについては問題がございますが、あるいは田中先生御承知だと思いますが、広島の原爆問題については現在訴訟が東京地方裁判所に係属していると存じます。その問題において外務省当局も証人にたしか出ておりますが、そのときの考え、あるいはわれわれの考えといたしましても、外務省の考え方が直ちにそれかどうかは私もまだ確かめておりませんが、私どもの考え方としましては、この(a)項の規定は、日本国政府が日本国及び国民の請求権を放棄した、この放棄したという意味は、自分の持っている請求権、政府の持っている請求権、これは自分で放棄できるわけでございますが、国民の請求権の放棄につきましては、この(a)項の書き方が(c)項の書き方と多少違っております。違っておりますことはお読みになればわかると思いますが、そういうところから申しまして、日本国民の請求権を日本国民のために放棄したとは書いてない。つまり、日本国政府が放棄したということ、これは要するに、いわゆる市民保護権と申しますか、そういう問題を日本としてはアメリカに対して主張しない、そういうことをした意味である。従って、国民自体の請求権までこれで直ちに放棄したことにはならないのじゃないか。これはあるいは観念としてはなお残っているのではないか。それを請求する道があるかどうかは別問題でございますが、日本政府ももう援助はしないということでございますから、その道があるかどうかは別問題でございますが、それは観念的にはなお残っていると言えるのじゃないか、こういう考え方があるのじゃないか、かように考えております。
○田中(幾)委員 そうしますると、この十九条によって放棄した政府の行為というものが、国民の請求権すなわち財産権を放棄した効力がない、こういうのですか。効力がなくて、アメリカに対してまだなおかつ請求する権利が残っておるというのですか、あるいは消滅したというのですか、どっちなんですか。
○林(修)政府委員 日本政府としては、国民を代表してそういうことをアメリカに対して主張する権利は放棄しております。これは明らかでございます。ただ、国民が一私人として、たとえばアメリカの裁判所でそういうことを提起すること自身、それが必ずしも放棄されているかどうかはこの条文からだけでははっきりしない。しかし、まあそういうものをアメリカの裁判所が受け付けるかどうか、これはわかりませんけれども、少なくともそういうことと解釈する余地はある、かように考えております。
○田中(幾)委員 それですから私が伺っておる。私の調べたところでは、広島において原爆で死亡した者は二十六万と聞いております。長崎においては七万三千数百名、その後死んだ者を合わせて十一万と聞いております。合わせて三十六、七戸の人がなくなっておる。しかも、家屋は焼かれ、土地は破壊され、家族の病気になったものその他等を加えれば、これは甚大なる被害と言わなければならぬ。洞爺丸のあの死んだときに対する慰謝料もしくは損害は一人幾らでありましたか。おそらく百万ないし百四、五十万か一番高いのはあったのじゃないかと思う。今日にして一人三百万円の慰謝料をもし払うということになれば、一兆数千億円の金になる。もしアメリカに対して日本の国民の請求権がなおかつ請求できるような状態にあるとするならば、政府がこのアメリカに対する債務の交渉のときに、日本の、かわいそうにそういう残虐なる目にあった国民にかわって、かくかくのアメリカに対する損害があるのであるからこれを考慮しろということを政治的になぜ交渉できなかったのですか。
○林(修)政府委員 これは、先ほど申しました通りに、十九条(a)項は、日本国政府はそういうことを主張しないことをもうはっきり約束しております。そういう請求権を日本国政府あるいは日本国民を代表してやらない、やる権利を放棄しておるわけです。従って、日本国政府としてそういうことをアメリカなり連合国に対して言う権利はございません。
 それから、もう一つは、先ほど条約局長が申しましたように、原爆の投下ということは非常に遺憾なことでございますけれども、これがはたして違法行為なりやいなや、国際的な不法行為なりやいなやについてはなおやはり議論の余地はあるわけでございまして、これを直ちに損害賠償請求権に結びつけ得るやいなやということは、純粋にこれを国際法的に法律的に割り切った場合になお若干の問題はあるということでございます。
○田中(幾)委員 そこで、あなたもただいま申しましたが、広島の数氏から政府に対して損害賠償請求権の起こっておることは私も知っております。これは、訴訟を起こすとしますると何千万円、何億円という費用がかかるから、その内金としてこの事件は請求しておる。これは、一つは、平和条約によって日本のアメリカに対する請求権がなくなったのだという条約優先説の上に立てば、憲法によって保障された国民の財産権というものの補償はないのであるから、政府の行為によって財産権を侵害されたから国家賠償法によって請求する。それから、国民に請求権があるとしても、事実上、政府のこういう条約を結ぶという妨害によって請求ができなくなったのであるからして、政府に対して補償の請求をする。さらに、もう一つは、もし憲法が優先して条約のあの条項が無効であるということになるならば、政府は二十九条によって個人の財産を侵害することができないのであるからして、もしそれが日本の国の外交の交渉のためになったという、公共のために使ったという役に立っておるのであるならば、政府はこれに補償をすべきであるという、三つの理由からやっておる。それでは、あなたのように、日本の国民がアメリカに対して請求できない、政府もかわってできない、――私は、ガリオア問題の債務の決済について、これは絶好のチャンスであったと思うのでありますが、それもなおかつできなかったということになりますと、それでは政府は国民に対して賠償する責任が生じ、補償をする責任が生じてくると思いますが、その点はやるのですかどうですか。
○林(修)政府委員 いわゆる戦争終結という状態、あるいは平和条約の締結という状態、これは実は異常な状態でござまして、普通の法律観念で直ちに律することができないいろいろな事情がそこに起こってくるわけでございます。あるいは領土の放棄とか、あるいは今の請求権の放棄とか、そういう問題は普通の憲法の通常における概念では律せられない問題でございます。そういうときにおいて、そういう平和条約を成立させるために政府のとった措置が直ちにいわゆる違法な権力の行使ということによって国家賠償法の問題になるものとは私は考えないわけでございます。また、憲法二十九条の方の問題になりましても、これは直ちに日本政府が公用のために用いたという問題ではない、私はかように考えるわけであります。そういういわゆる戦争被害者全般の措置は、社会全体の正義あるいは公平あるいは社会保障、そういう観念で国内政策として政府がいろいろな面でとっていくべきものだ、かように考えるわけでございます。
○田中(幾)委員 私はこの点をこの間大平参考人に説明をいたしましたところが、むずかしい問題だから自分ではこれは返事はできないと言われたんです。私は、正義の立場から、やっぱりたとい平和条約でそういう条項があったにしても、一本の国内において非常に被害をこうむった悲惨な人がおるのでありますし、一部には政府に向かってその補償を求めておる実情でありますから、こういう交渉のときには、やはり、日本の実情を述べて、しかも正義の上からこの点を含めて交渉すべきではなかったか。一つには、これは日本の債務を減額させるという大きな理由になります。一つには、人道の上からアメリカの行為を責めるという理由になります。もう一つは、核使用禁止の大きなブレーキになると私は思う。もしこういうことができるということを世界に向かって日本の国民が示し、不当なる戦闘行為であるからしてこれができるということになりまするならば、核実験禁止の国民運動よりもっと大きなブレーキになったであろうと思うのです。
 そこで、法律問題としてこの問題を取り上げられるかとうかということはこれは別問題にして、日本の立場を主張するために、正義と人道の上から、やはりこういうチャンスをつかまえて、アメリカに向かって何らかの方法でこれを訴えて、そうして、おそらくガリオア・エロアのようなあの問題以上の損害であると思いますから、何らかの方法によってアメリカを説得して、この問題を利用してと言っては語弊がありまするけれども、これを政治折衝の上に大きな一つの資料にすべきではなかったかと思うのですが、外務大臣は頭にこういうことは少しもなかったのですか、どうなんですか。
○小坂国務大臣 この問題は、いろいろ今まで政府委員から申し上げましたように、法律的にはわれわれは請求権を放棄しておるわけであります。そこで、こうした戦後の援助の処理の問題に際してこの問題を持ち出すということは、私としては、いかがなものかと思いまして、これは出さなかったわけであります。この問題はこの問題として解決いたしまして、さらに、核兵器というものを使うということを禁止することは、これはわれわれの悲願でございますし、他の別な国際的な場において十分主張し、その目的を達したいと思います。日米関係から見ましても、そうしたアメリカの終戦時におきまする行為というものは、これはアメリカにおいても十分わかっておることでございますので、これを私どもはこのガリオア・エロアの問題とからませないことによって、さらに大きく日本国民のために、また世界平和のためにこれを使うことができるということができるということを考えて、期待をしておる次第でございます。
○田中(幾)委員 この問題は、先ほど申しましたように、人道の上から、あるいは核兵器使用禁止の上から大きな役割を果たす問題でありますけれども、現実に広島と長崎の市民というものは悲惨な目にあって損害をこうむっておるのですよ。この償いを一体どうするのですか。普通の戦闘行為によって受けた損害ならば、負けたのですから、あきらめもしましょう。けれども、世界人類から非難をされるような悪虐無道な行為によって受けた損害をそのまま黙っておれますか。現実に受けておるのですからね。これは一体その損害について厚生省かどこかで調べた額でもわかっておりますか。人数にして三十七万というのは私は間違いないと思うのですが、その後家族を含めて莫大な損害であると私は思う。概略でもよろしいから、わかっておりましたら一つお聞かせ願いたい。
○穴山説明員 私厚生省の公衆衛生局の企画課長でございます。ただいま原爆の被害の額その他の御質問だと思いますが、私どもの方といたしましては原爆、医療法の施行をやっておりまして、人畜あるいは家屋、そういった被害の総額については当時警察その他で調べたことがあるそうでありますが、私どもの方としては現在その正確な資料を持ち合わせておりません。大体、広島市あるいは広島県、長崎市、長崎県、そういったところから発表されました数字を私どもも基礎といたしているわけでございますが、これは、先ほど先生がお話しになりましたような、たとえば広島の二十六万、それから長崎の十二一万というような数字を把握しているだけでございまして、家屋その他の被害総額は、私どもの方として把握しておりません。
○田中(幾)委員 ですから、アメリカの借金については払うことを交渉する、ああいう行為によって受けた日本の損害については主張をしない、きわめて卑屈なる外交であったということを私は憂うる。ですから、この問題は、総理大臣は四分の一に減ったのだといって鼻高々と自慢しておるけれども、私から見れば、日本の主張すべきことをちっとも主張しないで、払う方だけを払っておる。これは決して自慢にならぬと私は思うのです。これは朝鮮の問題にいっても同様に言えると思う。朝鮮の債権も、あれは放棄してあって、外務大臣は、放棄されたということを頭に置いて相殺思想ということでこれは当たっておるのだという、非常に意味のわかりにくいことを言っておるのですが、これもやはり朝鮮に対する債権が幾らあったのであるか、どういう債権であるか、そうしてその放棄されたるところのものは一体どういうものであるかということを少しも念頭に置いていない。ですから、この間も私はこれを質問したのでありますけれども、そこをもう少し日本の政府がよく調査をして、そうしてアメリカの行為の不当を責めると同時に、日本の国民の損害というものはこうなんだ、今政府に対してこういう訴訟が起こって請求されておるのだということを事情を訴えて、政治的折衝をすべきではなかったか、かように私は考えるから、この点を強く主張しておるのでありまして、私は国会を通じてこのことを国民に訴えたい。原爆の被害、核禁止の運動は全国に非常に大きな勢いとなって展開されておりまするが、はたして政府にそれだけの配慮があるのかどうかということを私は聞きたい。ですから、私どもは、あのガリオア・エロアの援助については、手ぶらであいさつをすることもできないから、出世払いという言葉、もしくは金一封、薄謝ということで考えておるのでありまするけれども、今の点がはっきりとしてくるならば、むしろ外務大臣は向こうへ行っておつりをもらってこちらへ来るべきではないかというふうに考えておるのでありまして、政府の処置についてはすこぶる不満である。
 次に、先ほどの、逆に戻って、債務をいつ負担したか、承認したかというこの問題は、この間ほとんど一日黒川委員と法制局長官と論議されておるけれども、この議論はどうしても社会党の黒田君の勝ちです。私は、この間も、大平参考人でありましたか、債務とは何ぞやということで質問をした。根抵当ということがある。あれは債務の負担行為を契約しても債務にならないんです。これから何百万円借りる、あるいは何千万円借りるという将来の担保のために設定するのが根抵当なんです。手形を出して金を借りるとか、あるいは証書を入れて現実に消費貸借のできたときに初めて債務になる。これは根抵当を設定したからといって債務は発生しません。けれども、このガリオア・エロアの問題についてはすでに債務が発生しておるのですよ。何にもないんじゃない。債務がある。あると政府が心得てやったことなんです。われわれは、これは債務はない、こう主張するんですけれども、政府の方では、債務と心得て、そうして阿波丸のときにおいても債務を承認してきたわけなんだ。それを債務負担行為でない、こう言っているんでしょう。初めから債務がないというんなら、これは話がわかっている。われわれの主張と同じになってくるんです。債務を負担したと言いながら債務の負担行為でないと言うところに、憲法違反をおそれてあなた方は逃げておるわけなんだ。
 もう一ぺん重ねて聞きますが、阿波丸の条項を、これは条約局長でも、どっちでもよろしいが、了解事項として日本の債務として確認するということをはっきりとしております。総理大臣にこの間質問したところが、あれは了解事項だ、こう言うんですね。了解事項も平行線ならば、これは合意とは言いにくいかもしれぬけれども、日本がこれだけの債務がありますと了解し、相手が、この債務はあるんだからして、将来アメリカだけが減額できる権利を持つんだ、こう言って、これは双方の意思が合致した了解事項なんであるから、額は決定していないけれども、債務負担行為ではないかということを私は質問したんです。この点はどうですか。
○中川政府委員 この点も、従来から申し上げている通りに考えているのでございまして、あの了解事項は債務であると了解することをお互いに確認し合ったということでございまして、やはり、債務と心得るということを確認し合ったということで、あれで、債務であるという契約と申しますか、これが確定したということではない、了解することをお互いに確認し合ったということと考えております。
○田中(幾)委員 その了解することを確認したという意味なんか、そういうことを言う人はありませんよ。お互いに了解ということは、きめたことでしょう。お互いに了解すれば、すなわちそれが合意になるわけですから、契約ということはあるいはどうかしれぬけれども、双方の間に合意ができたというのが了解なんですよ。ですから、私どもは、政府に債務がないといいながら、あの事項によって債務負担行為ができたのではないか。それから、額がきまっていないと言う。支払いの条件が確定していないと言う。しかし、債務というものは、将来確定すべき条件がきまっておれば、私は債務はあると思う。できると思うのです。額も条件も何もきめられない状態のもといおいては別問題ですが、将来お互いの何らかのことによって額も決定する、条件も決定するという状態のもとにおいて発生した債務は、私は明らかな債務だと思う。
○林(修)政府委員 この点は、今までも申し上げたと思いますが、いわゆる金額のきまらない不確定債務でありましても、あるいは債務という場合もございましょう。つまり、一定の客観的条件、あるいは期限の到来、そういうことによって確定債務になる。ただいまはまだ不確定である、あるいは不確定期限がついている、あるいは条件がついている、こういうものはそうかもわかりません。しかし、この問題は、全く当事者の意思によってきめる、特にアメリカ側の意思によってきめるという問題でございますから、全くそういうようないわゆる客観性もないわけで、つまり、最大から最小までの幅のある実は不確定的なものでございまして、そういうものについてスキャッピンが出ているわけで、そういう意味において、スキャッピンで、あとで計算の条件及び支払いについては追ってきめましょう、そういうことが書いてあるわけであります。そういう意味において、私どもは、これは旧憲法時代の意味においても新憲法の意味においても債務負担とは考えておらないわけであります。
 この阿波丸協定の了解事項でございますが、これは当時阿波丸協定を国会に提出されたときに吉田総理が明らかにされているように、従来はっきりしていたものを誤解があるといけないからここに念のために書いたのだという趣旨が出ております。そういう意味において、あそこで新しく何かをきめたという問題ではないわけでございます。従って、かりにあれが債務だとおっしゃいましても、あそこで負担したものではもちろんないわけであります。そういう意味の債務でないと思いますが、そういう意味においては、あれが債務負担行為にならないと思います。
 もとは幾つかのスキャッピンでございます。それが債務負担行為なりやいなやという問題でございますが、これは先ほど来あるいは先般来申し上げますように、内容は全く確定していないものである。従って、ああいうものは、旧憲法時代において、いわゆる予算外国庫負担となるべき契約というような問題ではなかった。従って、帝国議会の議決を要するようなものでもなかった。かように考えておるわけでございます。
○田中(幾)委員 これは、国内法によっては、御承知の通り、期限の定めのない契約というものは、請求すれば期限が到来するのですよ。ですから、期限が不確定ということは言えない。アメリカが請求してくれば、国際法においても期限は到来しますよ。額も、アメリカが幾らときめればで減額できるというのですから、これもきめられる状態になっておる。これは債務じゃないのですか。債務でないならないと言い切ってもらいたい。期限についても額についても、アメリカの意思によってきめられる状態において日本は債務と確認いたしたのでありますから、これを債務の負担行為と言わずして何と言いますか。その点をもう一ぺん御答弁願いたい。
○林(修)政府委員 そういうものも広い意味で債務という観念を立てればあるいは債務かもわかりません。しかし、憲法八十五条でございましたか、あるいは財政法の十五条のところで言うような意味の債務負担行為的な対象になる債務ではないとわれわれは考えております。しかし、そういう意味で、アメリカの意向によって金額もきまり、あるいは支払い期限もきまり得るようなものである。そういう意味においては、債務性が濃いと申しますか、そういうものであるとは間違いないので、これが債務でないとは言い切れないわけで、債務と心得るという従来の言い方はそういうところから来ているわけでございます。
○田中(幾)委員 それでは、それは債務負担行為でなければ債務でないということなら、これはわれわれの意見と一致するわけなんです。債権債務でない、少なくとも法律上の債権債務でないということならそれでいいのですが、あなたはこういうことを言っている。それであなたの思想というか精神が少し分裂していはしないか私は思うのですが、あなたは三月二十日の黒田委員との質疑応答にこういうことを言っておられる。この前の速記録の十一ページに、「金額はほかの条件できまってくるけれども、今金額はわからない、しかしほかの条件が成就すればきまってくるというような意味の不確定的債務とこれは違います。要するに、幾ら払うか、また、払わないで済むか」、――払わないで済めば債務じゃないわけですね。債務でない性質を持っていることですね。「どのくらいをどういう条件で払うかということはすべてあとの協議にまかされている。」と言っている。そうしますと、このガリオア・エロアというものの債務の性質は債務性が濃いというようなことを初め言っておったわけなんです。また、きわめて最初には、払わぬでも済むと考えておったかもしれません。吉田首相も、日本は武士の国であるからただでおくわけにはいかぬなんということを言われたこともあるそうですから、最初はうまくいけば払わずに済むかもしれないと思っておったかもしれない。物が来たものですから、幾らか払わなければならぬと思うかもしれない。そうしますと、あなたのこの言葉を通じて私が解釈をすると、支払いの条件、期限を含めて債務の存在そのものが不確定であるということです。この間から不確定債権債務ということをしばしば言っておりますが、債権の存在そのものを含めてこれは不確定なものでてる、債務であるかないかわからないという又工的債務なんです。債務であるか債権でないか、何かわからないわけです。これは一歩進めてわれわれは法律的債権債務ではないと了解しておったのですが、あなたの考えがこうなってきますと、これは債務の存在を、含めてきわめて不確定のものである。それを今度確定しようというところに問題があるのです。この点はどうですか。この間の点はあなたちょっと言い過ぎなんですか、どうですか。
○林(修)政府委員 あの日に申し上げましたところ全体をお読み下されば、私の申した趣旨はわかると思いますが、要するに、問題は、もとになりますスキャッピン一八四四でございましたか、これで支払いの条件及び計算は後ほどきめる、そういう占領軍の覚書があるわけであります。それで、それを了承して日本側は受け取っておるわけです。これを何と解釈するかという問題ですが、これは債務にあらずとおっしゃるわけでございましょうけれども、そうは言い切れないと思います。そういうことはできない。要するに、あとできめる。要するに、債権者側としてはただで渡したということはどこにも書いてない。要するに、支払いは追って請求するぞということが書いてある。ただし、その条件は追ってきめる。また、阿波丸協定を見ましても、減額はアメリカ側の意思のみによって行ない得る。これを極端な言い方をすれば、その場合のアメリカの請求は一〇〇%からゼロになることもないではない。理論的な表現をもってすればゼロになることもないではない。そういうことを申しました。しかし、日本側としてこれがゼロであるという根拠はどこにもないわけです。要するに、追って支払いの条件をきめるとあるのです。そういうもので、日本は、将来向こうの言うものを払わなければいけない、そういう負担をしておるわけです。一極の、何と申しますか、債務性の濃い立場に立っておるわけです。これは債務なしということにはならない。ただし、その金額あるいはそれの発生する時期等は全く未確定、そういう問題がございます。全然これは債務はなかったのだということを言い切ることはできない意味において、債務と心得るということを言っておるわけです。いつかは払わなければならない蓋然性と申しますか、そういうものは出てくる、そういうものだと日本側としては見ざるを得ない。これをもらったものだとするわけにはいかない。そういうものでございます。不確定債務というものでも、さっき申しましたように、たとえば客観的条件によって金額はきまってくる、しかし、今は金額はきまらない、そういうものは私はこれとは違うと思います。これは、要するに、債権者の意思によって、一〇〇%から、あるいは場合によっては、可能性はほとんどございませんが、理論的にはゼロにまで行き得る、そういうものであるということをこの前申し上げた、こういうわけでございます。
○田中(幾)委員 今の点は、あなたのこの速記録を見ると、払わないで済むかもしれないという債務の存在性そのものが不確定であるから、政府の方では、そこまで考えるということになりますと、この問題の解決ということについての態度が変わってこなければならぬわけです。それを私は言っておる。あなたの記録を読んでごらんなさい。あなたがそういうことを思っておるから、ある時間を経てこれは債務と心得なければならぬというふうに心境の変化が来てそうなったかもしれぬけれども、当初においてはこれはもらったものだと思っておったかもしれぬ、私はこういうふうに考える。
 池田総理にちょっと申し上げるのですが、非常に俗な言葉だけれども、おなかがすいて、自分の友人がやっている料理屋に入っていたところが、注文もしないのに御飯や料理を出してきた。それをおなかがすいておるから食べてしまったら、あとでツケを出してきて、金を払っておいてくれと言われた。国民はそういう感じもしておるのじゃないか。しかし、おなかがすいたときに一宿一飯で厄介になったのであるから、これは幾らか金を置かなければならぬが、今は持っていない、時期が来たらこれは何とかお礼はしなければならぬ。国民の考えは、最初は、そういうふうに、出されたごちそうをただでもらったという気分で、別に払う気持はない。そういう気持がだんだんと変わってきて、債務と心得るというふうに変わったのではないかというふうな、国民もそう考えておるし、事実私はそうではないかと思う。その点はどうでしょうか。
○池田国務大臣 十人十色で、いろいろな考え方がございましたでしょう。しかし、先般来たびたび申し上げましたごとく、昭和二十一年七月ですか、これはくれたものじゃないということも言っておる。そういうスキャッピンその他に対してあまりに無関心であった。言葉をかえれば、そういうことよりも、とにかくおなかがすいておるんだから何かもらいたい、こういうことなんです。だから、やはり輸入物資に対しまする感謝の決議をしたり、あるいはまた終戦当時におきましては輸入を要請したこともあると私は思います。ぷらっと行って出したものを食ったというのではなしに、とにかく、われわれとして、これが払うものであるか払わないものであるか、そこまで検討を国民全体がしていなかったということは事実だと思う。そこで、法律的と申しますか、向こうからは、これはやったものじゃない、いずれ計算や支払いの方法につきましてはあとからきめるんだ、こういうことがあったのも、政府当事者だけはそれを知っておりますけれども、国民全般としてはそれだけのものをもらったものか払うものかということを議会で議論するだけの余裕も実はあのころはなかった。ただ感謝々々で行っておったわけです。だから、それを今だれがどう思ったとか彼がどう思ったということよりも、こういう厳然たる事実があります、そうして払えるようになりましたからここで払いましょうというのが、私は日本国民のいわゆる光栄ある責務ではないかと思います。
○田中(幾)委員 時間ですし、私は主としてアメリカの行為による請求権の問題を中心にして外務大臣に伺ったのですが、最後に池田総理に一点だけ申し上げておきたいと思うのであります。
 先ほど来申し上げていたことですが、広島、長崎に落ちた原爆によるアメリカの戦闘行為は国際戦争法規を越えた戦闘行為のらち外の悪虐の行為であるから、このアメリカの行為に対する広島、長崎を含めての国民の請求権というものは、普通の戦争によって生じたアメリカに対する請求権とは違う。ですから、これはかりに十九条によってこの行為を含めて放棄したものであるとしても、それは政府が放棄したのであって、国民は放棄されていない。法制局長官もそれと同じような答弁で、政府が平和条約を結ぶにあたって日本国が放棄したのであるけれども、国民としてはまだなおかつ請求権を持っておるということも言えるという御答弁でありました。そうしますと、実行は別問題として、実際に請求する訴訟なり何なりは別問題として、――しかし、これは実は準備しておったのです。ある弁護士団でアメリカに対する請求訴訟を起こすために費用等を集めて運動はしておったのですけれども、時期もたつし、アメリカとの間のこういう事実関係によってこれが非常に困難になってきた。ですから、そういう請求権を国民が持っておるのに、現実には請求できないでいる。私とすれば、政府のこういう条約は不当であると思うし、また、こういう不幸な人にかわって、何らかの措置はとってもらわなければならぬと考えております。しかも、広島においては二十六万、長崎において十一万ないし十二万、両方合わせて三十六、七万も亡くなって、これを普通の慰謝料にして今日見積もれば、二百万にして七千四百億円、三百万にすれば一兆円をこえる額であって、アメリカに対する債務以上の損害を日本国民は受けておると言わなければならぬ。そこで、この交渉をする際に、一つはアメリカの行為を糾弾する、世界に向かってこういう非人道的な行為を糾弾する、同時に、将来核兵器を使わないようなブレーキをかけるというようなこともあわせて、日本国民のことを考えて日本政府はアメリカに対してこのガリオア問題の債務支払いについて交渉したかどうか。法律問題は別問題として、そういう政治的配慮をはかっての上での交渉であるかどうか。あなたは四分の一にまけたので鼻高々と答弁をなさっておるけれども、私としてはきわめて政治的手腕の低い交渉をなさったのではないかというふうに考えておる。この点一点お伺いをいたしまして、私の質問を一たん中止いたします。
○池田国務大臣 アメリカ合衆国が原子爆弾を使ったことにつきましては、われわれは非常に遺憾に思っております。向こうもそういう気持があることははっきりいたしております。ところで、ガリオア・エロアの支払いにつきまして、それを表に出して、これの損害賠償を要求したかどうかということは、私はいたしません。しかし、向こうもよく知っておりますし、われわれもよくわかっておることであります。それがあるからこれだけ少なくなったのだという直接の原因はございませんが、日米間において、悪いことをしたのだ、君はよくないことをしたのじゃないかという気持は言わず語らずの間にあることは事実でございます。従いまして、このガリオア・エロアの問題のみならず、一般の外資導入その他の借款等につきましても相当の好意を示しておることは、私は実証できると考えております。
○森下委員長 川上貫一君。
○川上委員 総理は五時二十分までしかおられぬそうであります。これは大へん遺憾でありますけれども、すでにもう長い時間にわたってこのガリオア・エロア、タイ特別円問題については質疑が続いております。相当論議も尽くされております。私は、蒸し返さないように、今まで比較的現われておらぬ問題だけについて、特に総理にお伺いしたいと思う。
 昭和二十四年の四月二十七日ですが、この時分の参議院の本会議で吉田総理大臣が、これは総理御承知と思いますけれども、阿波丸協定の付属了解事項についての説明をなさっておる。その説明の中に、これは有効な債務でありますということを言うてある。それだけではなしに、それにつけ加えてこういう意味のことを言うておる。時間をとりますから全部は読み上げませんが、日本の中には、ガリオア・エロアをあたかももろうたものであるかのごとき誤解がありますので、この際私は、――私はというのは吉田総理です。吉田総理は、この誤解を解くために、わざわざ付属の了解事項で債務であるということをはっきりさして、私が外務大臣としてこれに調印をし、それからアメリカの方ではシーボルト氏がこれに調印をし、マッカーサー司令官がこれに認証を与えたのであります、こういうように言うておるのです。これははっきりと債務で、あると言うておるのですが、この点は総理はどうお考えになりますか。たびたび答弁された点でありますが、あらためてお伺いしておきたいと思います。
○池田国務大臣 阿波丸協定におきまして、そういうふうな債務である、しこうして、この債務はアメリカ政府の決定によってのみ減額することができるということも書いてあります。吉田元総理のおっしゃったことは、たびたびここで問題になっておりますように、このガリオアの支払いの条件、計算は追ってする、こういうことから債務である、そしてまた、減額することはアメリカ政府が決定するんだ、こういうことで債務であると言っておられます。しかし、確定債務、何ぼ払うんだということにはきまっていない。そこで、吉田さんの気持もわれわれの気持も、債務と心得る、こういう意味で阿波丸協定のときの御説明があったと私は思っております。
○川上委員 総理はそうお答えになるのですが、債務であると書いてある。その債務の金額がわかろうとわかるまいとこれは問題ではない。債務であります、こう言うた以上は、その金目がはっきりしておるまいとどうであろうとも、これは債務ということを内閣総理大臣が承諾した、これは日本の政府が債務であるということを認めたことになるのですから、心得たのとは違うと思うのです。この点はどうでしょうか。
○池田国務大臣 これは了解事項でございまして、債務であると了解いたします、こういうことになっておるのです。それから、一般債務とは違いまして、減額し得るということで債務であると了解いたしますということで、私の言う債務と心得るということと同じことだと思います。
○川上委員 これはだいぶしんどいと思うのです。しんどいです。これははっきりこう書いてある。日本にとって有効な債務でありますと書いてある。有効な債務であります。わざわざこれを参議院の本会議で説明しておられるのです。心得ておるのじゃないのです。しかし、これは何べん聞きましても総理は今のような御答弁しかできぬ。これは憲法違反です。
 もう一つ聞きます。そうしますと、一九五一年の一月、この講和の直前にアメリカ側の講和に対するいろいろな事項を書いて日本に出しております。その一つ一つの事項について日本は返事をしております。その返事の中に、ガリオア・エロアについては日本は支払いますと書いてある。文書で書いてある。それは心得てというて参議院で解説したというような問題ではなくて、文書に書いてアメリカに渡してある。これは総理は御承知だと思う。聞くところによると、総理はその時分に大へんびっくりして、吉田さんのところへ行って、これはどうなるんだと言われたという話さえ伝わっておるのです。この文書があるはずです。この文書は外務省にあって、当時の西村条約局長なんかはこれをよく知っておる。この時分に文書に書いてあるのですが、これでもやはり心得るのですか。
○池田国務大臣 それは、先ほど来申し上げましたごとく、昭和二十一年七月のスキャッピンから来ておることでございます。古田さんはそのスキャッピンをよく御存じです。ガリオア・エロアは支払い条件、計算は追ってするんだ、これが頭にありますから、債務と心得ておる、こういう意味で債務であると言われたと思うのです。債務である以上はあなたは今違憲だと言われましてが、ほんとうに日本が債務を負担するときには憲法の条章によらなければなりません。しかし、ああいうスキャッピンが出ておりますので、このガリオア・エロアは債務と思います、こういうことを言っておるので、憲法上の確定債務ではございません。
○川上委員 違うのです。一九五一年の一月のことです。サンフランシスコ平和条約をやった直前です。このときにアメリカから議題表というものが出ておる。この議題表の中に、ガリオア・エロアはどうするかという意味の文の一項目がある。その一項目に対して、日本は支払いますと、こう書いて吉田首相がアメリカへ渡した。これは口で言うたんじゃない。了解事項じゃないです。国際文書です。これに渡してあるのです。これを聞いておるのです。これを総理は御存じでありましょうと聞いておるのです。
○池田国務大臣 吉田さんがそう言ったということは、ちょうど、阿波丸のときにも、了解事項で、債務であります、しかしアメリカ政府のみがこれは減額し得るんだというので債務であるということを了解している、こういうことからやはり来ていると思います。文書で出そうが、口頭で言おうが、同じことでございます。だから、そのもとというのは、マッカーサーの国会に対する証言とか、あるいは先ほど申し上げました覚書によって、この計算はあとからするんだ、こういうことになっておりますから、これは債務と思っております。こういうことでございます。確定債務、今度ほんとうに債務にするのは、今国会であなた方の賛成を得まして債務になるのであります。われわれは、債務と心得ます、債務と思っております。これでずっと来ておるのですが、確定債務ではございません。
○川上委員 総理はそう言わなければ仕方がないことになっておると思うのです。ここに文書でアメリカが出してきたんです。それに対して吉田さんは払うんだと書いたんです。その文書は外務省にあるというんです、これと同じ文書が。これは了解したとか口で言うたとかいうのとは違うのです。国際文書です。それだから講和会議にかかっておらぬのです。これはあとで聞きますが、この問題は一体平和会議で決定する問題なんであります。それが出ておるぬ。これはあとで聞きます。なぜ出ておらぬか。ここで払いますということがきまったからです。これは公文書です。国際文書ですよ。これを、総理は、心得たんだと、債務ときまるのはこの国会できまるんだ、こうおっしゃる。そう言わなければもうしょうがないからおっしゃるのだろうと思うのですけれども、そこは、国民をだまさないで、もう少しはっきり言われたらどうですか。実はこういう事情であって、これは債務としてこうやったんだ、払うと言うたんだ、こう言われたら、私は問題は非常にはっきりすると思うのであります。それを、債務と言うたことはないとか、債務と心得てきただけだとか、債務ができるのはこの国会であるとか、こういうようにおっしゃるのです。それでは国民もわれわれも納得できないのです。まず第一に、これをそうおっしゃるのなら、外務省の方にあるこの文書をここへ出してもらいたい。これは、外務省、この文書がありますか。
○中川政府委員 「国際問題」という本にその当時の西村局長が書いた論文といいますか文章がありまして、それをおそらくごらんになって言っておられると思いますが、私もその論文を読みまして、それで調べましたが、実は私はそういう書類をまだ見たことがないのでございます。これは、その論文にもはっきり書いてありますように、その当時の総理が、ほんとの私見として、向こうのダレスがいろいろ議題としようとしたことに対して私見をそこへお書き加えになられたというものでありまして、政府を代表する意味での書類ではそもそもないのでございます。従って、その正確な写しというものを実は私は見たことがないのであります。そういう会談があったということは、西村氏が書いておるのでございますから間違いなかったと思いますが、それは、要するに、そういう程度の会談、話し合いであったということと了解いたします。
  〔「明快だ」と呼ぶ者あり〕
○川上委員 少しも明快でないです。私は念のためにこれを読みます。こうなっておるのです。第一回の会談の際ダレス代表は各項目にしたためた日本の見解に対してコメントしていったが、よろしいと言った、戦後債務のところになると、にっこり笑うて、日本の精神を大いによろしいと言った、しかしどうして支払うのか、こう言うた、総理は、将来の話し合いで支払う、そう言うた、――話し合いで支払うというのは金額の問題です。債務であるというのはここで認めた。認めたから、どうして支払うか聞いた。これはあとで話し合うて細目についてはやりましょうと言った。第一に、あとでやるというのは金額です。どうして支払うかと相手が言うのは、債務でありますと言うたからどうして支払うかと言うた。しかも、これを聞いて池田さんは、――その時分に大蔵大臣であったと思うのですが、一緒に行っておられたように思う。どうか知らぬが、びっくりしたというんだ。行って聞いたという。そうしたら、これは出世払いと言ったという。これはあなたよく知っているはずなんです。私の聞いているのは、あげ足をとっておるのじゃない。公の文書で債務ということを内閣総理大臣が相手国に対してはっきり言うたことではないか。その文書があるではないか。これを債務が確定しておらぬと言えるかという、これだけ聞いておるのです。そうむずかしいことを言うておるのじゃない。これはもう一ぺん総理大臣の考えを私はお聞きしたい。
○池田国務大臣 吉田さんが将来話し合いで払うと言われたのは、ちょうどスキャツピンで昭和二十一年七月にこのガリオア・エロアの支払い条件、計算は追ってきめる、これから来ているのであります。従いまして、吉田さんのような方でございますから、よし将来話し合いで払いましょう、こういうことを言ったでしょう。話し合いで払いましょう、――どれだけ払うかわかりません。だから、これは、確定債務でなしに、債務と心得る、こういうことであります。
○川上委員 三百代言です。債務というのは、不確定債務がある、金額をきめなければ債務にならぬということはないのだ。はっきり債務になっておるのです。しかし、私はこれ以上聞きません。おそらく、これが議事録に残れば、債務であったかないかということは国民にわかると思う。総理大臣のお答えはこれ以上はできぬと思うから、これは聞きませんが、事態は明らかになったと思う。
 そこで、続いて総理にお聞きしますが、どういうわけで、この問題がそれならば平和会議の問題にならなかったのか。総理はかつてこう言うておられる。この問題についてはまだよく結論はわからぬのだ、これは平和会議できまる問題である、こう答弁されておる。平和会議できまっておらぬ。これはどういう理由によるのでしょうか。これをお伺いしたい。
○池田国務大臣 あなたが引用された吉田さんの言葉にこう載っています。吉田総理は、「おれは払うと言うた。いつ幾ら払うとは言うておらない。それは払えるようになってから話し合いできめるべきものだ。」と言っておられます。払えるようになっていないから講和会議できまらなかったと思う。
○川上委員 それは読むところが違いますよ。それは吉田さんがあなたに言うたところをお読みになった。もう少し前の方をお読みなさい。お読みになるならはっきりとそういうものを読む方がいい。都合のいいところだけ読んで、そして涼しい顔をしておるというのはよくない。内閣総理大臣が国会で答弁するというのに、都合のいいところだけ読んで涼しい顔をしておる。私はもう少し池田さんは偉い人じゃと思っておった。言葉の先でごまかすような人ではないと思うておった。講和会議でなぜきまらなかったか。その答弁は納得できません。一体に、総理大臣は、二十四年の四月十三日に衆議院の予算委員会でこう言っておる。今までガリオア・エロアが贈与なりや貸与なりや依然としてきまっておりません、これは講和会議においてきまるものと考えております。こう言うておる。講和会議できまっておらぬ。今になって国会へ出したりしとる。これはどういうわけで講和会議できまらなかったか。これを聞いておる。
○池田国務大臣 それは二十四年四月十三日にそういうふうに答えております。これはもらったものか返済すべきものかはっきりわからぬ。普通から言えば講和会議できまるべきものなんです。講和会議より、昭和二十六年九月でございますから、二年三ヵ月前、そのとき、講和会議の二年三カ月前には、一応戦争後の終結問題としてはこういう問題は講和会議できめるというのは当然のことなんです。しかし、昭和二十六年の九月にきまらなかったゆえんのものは、ちょうど今お話しの通りに、九月の講和会議、その年の一、二月、ダレスと吉田さんが話をして、これはいずれば相談の上で払う、今は払えぬ、将来話し合いできめようということになって、そして、日本の国情もガリオア・エロアを払うだけの力がない。だから、アメリカは講和会議で普通ならばきめるべきものを先に待ってくれたということでございます。
○川上委員 それなら、吉田総理の言われたのはそこで確定したのですか。吉田総理が言われたのは個人的に言われたのだとか、これは債務と確定しておらぬとか言うでしょう。それなら、講和会議できめなければいかぬじゃないか。講和会議できまらなかったのは吉田総理がこう言うたからというのだったら、吉田総理の言われたことが確定的なんです。これはどうなんです。
○池田国務大臣 それは、吉則総理は、借りたものは払います、債務と心得ておる、こういう気持で言っておられるのであります。今は何ぼ何ぼ払うとは言わない、将来話し合いで払うべきものは払います、こういうことを言っておる。だから、これはいわゆる債務と心得るというので、確定債務ではない。講和会議のときはその話が出なかった。出なかったということは非常にわれわれとしてはよかったことで、そして、払う金をだんだんためていって、日本の復興をやって、そして今は払えるようになったということでございます。
○川上委員 その答弁は、総理の答弁としては受け取れない。講和会議というものは占領中の一切の問題を処理する会議です。金額がきまっておらぬとか、前にどういうことがあったとかいう問題ではありません。請求権の問題についても、賠償の問題についても、原則は全部講和会議できまっておるのであります。ところが、この問題についてはきまっておらぬ。これを聞いているのです。きまらなかったから都合がよいとかなんとかいう問題ではないのです。そこじゃないのです。なぜきまらなかったかということなんです。これがはっきりしなければガリオア・エロア問題というものは本質がわからぬと思う。きまらぬ方が都合がよかった、その方が日本が得であった、そんな問題じゃありません。私は原則を聞いているのです。講和会議というものは、占領中における連合国との関係、あるいは戦勝国と敗戦国との関係、それを解決するのが平和会議なんです。この平和会議でこの問題が何もきまっておらぬということは、吉田さんが前にきめておったのか、きめておらなかったのだというならなぜここできまらなかったのか。この問題です。
○池田国務大臣 平和会議のときにガリオア・エロアをきめなければならぬということはございません。今までは平和会議のときにきめるのが通例でございました。しかし、あの当時の日本の状況から申しまして、日本は早く独立したい、経済的にはまだ非常に弱い、そのときに十七、八億ドル、二十億ドルのものをどうやって払いますか。これはアメリカ人の好意だと思います。払わなければならぬ、いつかは話し合いによって払いますということで信用して待ってくれたと思うのです。
○川上委員 違います。何ぼ払うということをきめなければいかぬと私い言っておるのじゃない。このものはアメリカに払うべきものだという原則なんです。これは、日本が困っておるとか、金があるとかないとかいう問題じゃない。請求権の問題もきまっておる。金額はきまっておりません。賠償の問題も原則はきめたのです。このガリオア・エロアという問題は、ほんとうを言うたら、単にアメリカと日本だけの問題じゃありません。占領中占領国物資として日本に持ってきたものじゃないか。それをアメリカが代行しておったのです。私の言うておるのは、金額の問題とか日本の国情とか言うておるのじゃない。なぜこの原則が平和会議できまらなかったのか。これは総理の今までの答弁ではどうしても納得できない。そんな問題じゃないのです。原則の問題です。請求権きまったじゃないか。賠償問題もきまったじゃないか。原則はきまった。請求権にしても金額は書いてありません。賠償でも書いてないのです。しかし、こう取り扱うべきものだという原則はきめてある。ガリオア・エロアはきまっておらぬ。これはなぜかということです。
○池田国務大臣 平年条約のときにガリオア・エロアをきめなければならぬという原則はございません。よその国でも平和条約のときにきめていなかったと思います。従いまして、私は、なぜアメリカがきめなかったかということになりますと、あの状態では、幾ら幾ら払うといっても日本にそれだけの力がない、だからこれは別個の問題として後日やろうということになったのだと思います。だから、草案のときに、お話しのように、ダレスと吉田さんとの間でこのガリオア・エロアをどうするかというときに、吉田さんはいつかは払います、話し合いの上で払います、これを信用してくれたと思うのであります。
○川上委員 戦後処理の問題についてアメリカは一九五一年の一月に議題として債務の問題を出しておるじゃないですか。これは、講和会議の直前に、講和会議をやる準備工作として、一項目として書いて出しておる。それに対して吉田総理は支払いますと言うておるのです。出せぬ問題ではない。そうすれば、問題は二つしか残らぬ。吉田総理がもう承諾してしもうたから出さなかったのか、これが一つです。いま一つは、そうでないとすれば、なぜ講和会議に出さなかったかという点がわからぬ。
○池田国務大臣 講和会議を結ぶ前にガリオアの問題を片づけたいという気持はダレスもあったでしょう。しかし、吉田さんが、はっきり、われわれは将来話し合いの上で返すつもりだ、こう言うから、日本の実情を考えて、それならこれを講和会議の問題にせずに将来の問題にしようと、こう言ったのでございます。話題になるということは、通常中の講和会議のときには話題になりましょう。しかし、吉田さんがそう言われたので、そのときにきめずに、将来に向かって吉田さんの考え方を支持して、後刻これをきめるということに相なったのであります。講和会議のときにガリオアというような援助物資の問題をきめなければならぬという原則は国際法的にも何もありません。それはお互いの話し合いできめるべきものです。この問題はいずれ外務大臣から御質問に答えると思いますが、きょうは、ここで、私の気持はこうでありますということをはっきり申し上げておきます。
○森下委員長 総理はちょうど約束の退席の時間でありますから、どうぞ御退席を願います。
○川上委員 総理は時間がないそうですから、これでけっこうです。一口だけ言うておきます。聞いておいて帰って下さい。
○池田国務大臣 簡単にお願いします。
○川上委員 簡単です。これは講和会議に出せなかったのです。出したらてんやわんやになるのです。極東委員会の決定を曲げておりますよ。外務大臣が残ったら、あとから聞きます。この問題は出せなかったわけがある。
○森下委員長 外務大臣がおりますから、外務大臣に御質問を願います。
○川上委員 外務大臣にお聞きします。外務大臣はたびたび極東委員会のあの決定を持ち出しておられる。あの極東委員会の決定に、ガリオア・エロアはこういうような格好で払えということが書いてありますか。これをお伺いします。
○小坂国務大臣 まず、日本の輸出代金は、占領に必要な非軍事的輸入であって降伏以来すでに行なわれているものの費用に対して支払うために使用することができる、すなわち、ただで日本に占領のための援助をしているのじゃないのだ、これは輸入である、すなわち代償を必要とするものである、こういう趣旨の決定が行なわれておるのであります。
○川上委員 それは一九四七年六月十九日の決定ですか。
○小坂国務大臣 そうです。
○川上委員 その決定にはこういう格好でガリオア・エロアを払えということは書いてない。その決定はこう書いてある。日本から輸出した金で国民の最低生活を守って、余った金ができたら払うてもよろしいと書いてある。極東委員会の決定は、何もこんな、今出ておるような形で払えということは書いてない。これを外務大臣は盛んに使われる。これはどういうことなんですか。輸出した金で国民の最低の生活を保障して、保護して、余りの金ができたら払えとも書いてない。払ってもよろしいと書いてある。これが極東委員会の決定である。これ以外の決定が何かありますか。これに完全に違反しておるじゃないですか、このガリオア・エロア協定というものは。
○小坂国務大臣 輸出代金があったら、これを輸入から差っ引いていい、こういうことなんであります。ところが、実際は、その代金が余ったものを積み立てておいて、そうして今日まで日本の産業が大いに振興するために使われた、こういうことで、その点は極東委員会の決定通りではないかもしれませんが、むしろ、私は、川上さんと違って、逆に、日本復興のために非常に有利に使われたと考えます。こういう点が多少違っておるかもしれませんが、これは日本のためによかったことだと思います。
○川上委員 何に有利に使われたのか。
○小坂国務大臣 その代金を積み立てておいて、日本の再建のために有利に今日まで使ってきたわけです。その点は、委員会の決定そのままではないけれども、これは日本にとってみれば有利である、こういうことだと思います。
○川上委員 これはあとで聞きますが、日本に有利に使ったと言うが、占領中にマッカーサーはあれを何に使ったのです。この剰余物資の金を何に使いました。これはあとで聞きますよ。有利どころじゃありません。謀略に使っておる。二十四年以前はわかっておらぬじゃないですか。そういう答弁をなされば、これはあとで聞きます。そこで、聞きたいのは、極東委員会の決定には違反しておりますなということを聞くだけで、これだけ答えて下さればよい。
○小坂国務大臣 もちろん違反しておらぬと思っております。
○川上委員 どうして違反してない。極東委員会の決定は、輸出したものの代金で、国民の生活を守って、余ったものがあったらガリオア・エロアのようなものに払ってもよいと、こう書いてある。今度のような形で払えと書いてないのです。これに違反しておるではないかと聞いておる。違反してはおらぬと言うたって、それではだめじゃないですか。そんな外務大臣の答弁はない。
○中川政府委員 これは、決定というものは、連合軍最高司令官に極東委員会から権限を与えた決定であります。従って、連合軍最高司令官は、その権限内において、日本の最低生活の水準が維持されたと認めたならば、日本が品物を外国に輸出しましたその代金の中から、優先的にこの経済援助、ガリオアの代金を差っ引くことができる。差っ引く以上、全額でも差っ引くことができる。そういう権限を最高司令官に与えたわけであります。従って、この通りやれば、最高司令官は、その当時、日本の輸出代金から、これを日本政府に断わりもなく差っ引くことができたわけでございますが、これは、先ほど外務大臣の言われましたように、むしろ日本の利益のために、その権限を行使しなくて、日本政府と話し合いによってこれを片づけよう、しかも減額して片づけようということに変わってきたのでありまして、従って、この通りに別にこれを実施する義務が日本におけるわけは一つもないのであります。これは、従って、これに違反しておるという問題は少しも起きてこないわけでございます。
 なお、最低水準ということは何であるかという問題も出て参りましょうが、これは、御承知の通り、初め、占領直後におきましては、日本は昭和五年ないし八年の平均をもって大体必要な生活水準であると連合国が考えておったのでありまして、ポーレー報告、ストライク報告等、みなその基礎でできております。従って、その基礎でいったならば、非常に低い水準でもってこれが最低生活水準であると彼らは考えていたのでありまして、日本に非常に有利な措置ではなかったのであります。
○川上委員 その答弁は私の質問の答弁にはならぬのです。私の質問は、輸出した代金で、最低生活を国民に保障して、余りがあったら払ってもよろしいという以上には極東委員会の決定はないというのです。ところが、今出ておるこの協定は、そうではない。ほかの格好で払おうとしておるのです。これは極東委員会の決定には間違うておりますなということを聞いておる。これだけなんです。
○中川政府委員 極東委員会の決定は、先ほど申しました通りに、最高司令官に権限を与えたのでありまして、それはすることができると書いてある。それで、はっきり権限であるのであります。その通りしなければならぬということじゃないのであります。その意味で、最高司令官は、自分の判断によって、この通り実行することが日本にとって得でない、よくないと考えて、これを実行しなかったわけであります。しかしながら、極東委員会の決定はもちろん平和条約発効と同時に効力を失っておるのでありまして、その後において現在日本が今回の協定を結ぶことが一つも違反にはならない、極東委員会の決定がそもそももう効力がないのでありますから、それに違反しているとかいう問題は出てこないと思います。
○川上委員 だめです。そんな答弁はだめです。極東委員会の決定はそんなことをしてない。最後を読んでごらんなさい。極東委員会は右管理の実施によってとらなければならない政策をあとで定めると書いてあります。定めましたか。マッカーサーはそれじゃ何によってやったんだ。マッカーサーはどういう基礎によってやったんだ。これをあなたのんでしまっているのですよ。そうして、今になって、この輸出の金でもないもので払おうとしているから、極東委員会の決定に違反しているじゃないかと私は聞いておる。
○中川政府委員 マッカーサーに対してはっきりした指令が極東委員会から来ておれば、マッカーサーがその極東委員会の指令通りにしなかったら違反の問題はマッカーサーとしては出たでありましょう。しかしながら、今言われましたように、はっきりした指令が出ていないということであれば、これはマッカーサーの違反問題も出てこないのでありまして、いかなる意味でも違反ということはないわけでございます。
  〔「時間だ」と呼ぶ者あり〕
○川上委員 約束の時間が来たという話なんです。そこで、都合によって私は保留しますが、もう少し質問を続けておきます。たくさんあります。
 委員長、私は委員長にはっきり言うておきたい。私は正式な外務委員です。前国会以来ずっと外務委員会に出席しておる。このガリオア・エロアの問題については、長い質疑が行なわれておる。今私は質疑をするのは初めてなんです。一回なんです。前の質疑の時分にはあなたは打ち切ったんだ。今度の質疑の時分には時間がないと言う。これが正当のことであるかどうか。これは、話し合い話し合いと言うが、自民党の理事さんも少しお考えなさい。実際に私は外務委員会に横着をしたことはないのです。時間も休んだこともない。それなのに、何時間一体この外務委員会でガリオアをやっておりますか。その間に一体何回質問を許しておるか。今回初めてじゃないか。これで君、時間がないというようなことを言う。これは普通の状態じゃないということを私ははっきりと委員長に言うておきたいと思う。
○森下委員長 川上君に申し上げます。ただいまの時間の打ち合わせのことは、岡田理事と話しまして、岡田理事の方からあなたにお話しの結果、総理大臣が退出したあと十五分ないしは二十分ぐらいで外務大臣に今度は質疑をするということを伺っておりましたので、ちょうど五時三十分になりましたので、そういうことの御注意でございますから、質疑を打ち切るためのあれでなかったことをどうぞ御了承願います。
○川上委員 これは留保していくかもしれませんが、外務大臣、これは読んでおりますか。これは、ガリオア・エロア資金と対印借款についての自由民主党政調会対外経済協力特別委員会の印刷物だ。これをお読みになりましたか。
○小坂国務大臣 特にそれは承知しておりませんが、先般来それを引用されていろいろ話があったので、承知しております。
○川上委員 読んでおらぬ。これは相当のことを書いてある。これを外務大臣読んでおらぬというのはどういうことだ。
○小坂国務大臣 私の手元にありませんから読んでおりませんが、先般来、その中にありまする平岡君の発言というものに関連していろいろお話があったので、あるいはそれではないかと思います。
○川上委員 外務大臣ともあろう人がこれを読んでおらぬでガリオア・エロアの問題が何とかなりますか。この中を読んでごらんなさい。何を書いてありますか。ひどいもんですよ。一口に言えば、わけがわからぬものだと書いてある。
 そこで、時間をとりますから、私は簡単に要約しますが、これによりますと、一つは、二十四年の四月以前はわからぬとある。これが一つです。岡野通産大臣は河野一郎さんの質問に対してこれも答弁をしておられる。これも二十四年以前はわからぬと言っておられる。先日、大蔵大臣は、これもまたわからぬと言っておられる。時間をとるから一々読みません。二十四年度以前はわからぬ、調査ができない、これは現大蔵大臣の水田さんが言うておる。速記録がここにある。ところが、ここのこれを見ると、二十一年からちゃんと基礎数字が入っている。二十四年以前はわからぬというのが入っておる。これは何でわかるのか。
○小坂国務大臣 この資料につきましては通産省からお答え願う方がいいと思いますが、平岡君自身にしても、私も一緒にいろいろこのガリオア・エロアの問題を話し合いまして、先般来からいろいろ引用になりますのを伺っておりまして、私良身受け取る平岡君の努力、また平岡君がこの問題に対して非常に解決の熱意を持っておったそのことと関係して、どうも私には解せないのでありますが、平町君も十分自分として働かれ、その通産省の資料については、伊藤君がおりますから、伊藤君として責任者の立場から説明してもらう方がいいと思いますが、通産省として十分調査をした結果、この資料を出しておるわけであります。
○伊藤説明員 先ほど言われました自民党の会合の資料でありますが、平岡君にも聞いてみたのでありますが、どういうわけでそういう資料が出ておるのか、よくわからない、速記のようなものがどういう形でとられておったのか、その内容について党のそういう機関で責任を持って出されたのかどうか、そういう点が私どもわかりません。ただ、その中で平岡君が説明をしたと思われる点は、二十四年の一月以前は援助物資と商業物資との区別が日本側に公式には示されていなかった、従って、そういう計算ができなかったということを言っておると思うのであります。今回通産省で計算いたしましたのは、貿易庁の資料もありますが、援助物資でもるか商業物資であるか、その判定につきましては主として総司令部の遺留資料を用いております。遺留資料の中にあります関連する書類をいろいろ検討いたしまして、援助物資と確認されるものにつきまして、その受領証の数字を集計いたした次第でございます。
○川上委員 私は質問を留保して一応ここで打ち切りますが、いいですか、まだやりますが、一口だけ言うておきます。
 これは、今答弁はありましたが、違いますよ。あなた読みましたか、これを。ほんとうに読んだですか。読んでごらんなさい。今の答弁のようなものと違うんです、まるで。これは正確に答えなさい。わからぬならわからぬと言った方がよろしい。
○伊藤説明員 私はその資料は見ておりません。
○川上委員 見ておらなければ答弁できないじゃないですか。
○伊藤説明員 平岡君に、どういうことを話したかということを聞いたわけであります。
○川上委員 だめだ、これを見てもらわなければ。ずうずうしく答弁しておる。何ということですか。外務大臣、注意しなさい。これを聞いておる。
○小坂国務大臣 それそれと言われますが、私もそれを見ておらないのであります。それから、この間うちからお話があるので自民党にもらいに参ったのでありますが、自民党にはないということでありました。
○川上委員 よろしい、休憩いたします。その資料を上げますから、見て下さい。うちにたくさんありますから、上げます。
○森下委員長 暫時休憩いたします。六時四十分まで休憩をいたします。
   午後五時四十一分休憩
     ――――◇―――――
   午後七時三分開議
○福田(篤)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 委員長所用のため、指名により理事の私が委員長の職務を行ないます。
 質問を続行いたします。川上貫一君。
○川上委員 前の質問の続きを二、三質問いたします。
 前に聞きましたのでまだ答えが出ておらぬ。そこから続けます。前に言うたことと多少タブるかもわかりませんが、こういうことです。この書類は、ガリオア・エロア資金について、対印借款について、自由民主党政務調査会対外経済協力特別委員会での記録です。この委員会には、ここの理事の野田さんも出られておるようで、中に記事があります。この内容によると、平岡賠償特需室長は、二十四年以前はわからぬと書いておるのです。これは私は要約して言うております。この手の言葉ではありませんが、わからぬということを書いておるのです。それから、これは前にも言いましたが、昭和二十八年の七月七日の衆議院予算委員会で当時の岡野通産相はこう言うております。日本ではっきり言えますことは、見返資金特別会計以後積み立てた八億四千七百万ドル分、これは日米両方でわかります、あとの分はどういう勘定になっているか全くわかりません、これは向うからどういうものをどうしたのかという明細書が来てそれをわれわれが検討しなければわからぬことになっております。こう答弁してあるのです。それから、先日の水田大蔵大臣の答弁は、これも長いから私は読みませんが、二十四年以前のものはわからぬのだ、そのことはアメリカに行っても言うた、アメリカの方でもこれを了承した、この意味の答弁がある。ところが、これの計算、ここに出してあるガリオア物資見返資金積立以前明細表というものの中には、二十年、二十一年、二十二年、二十三年、全部出ておる。これはどこから出したのかということをお聞きしたのです。これが前の質問の答弁を得ておらぬ点でありますから、これから御答弁を願います。
○伊藤説明員 最初に、自民党の対外経済協力特例委員会の資料でございますが、私も今急いで読んだのでございます。ただ、この内容につきまして、どういう形で速記がとられたのか、私は承知いたしておりませんので、この文書がどれだけ信憑性があるのか私は存じません。ただ、先ほども申しましたように、平岡室長がわからないと言っております意味は、二十四年の三月以前は援助物資と商業物資との区別が日本側には公式には指示されていなかったのでわからない、それを、貿易庁の資料、司令部の遺留資料、これを利用いたしまして、一船ごと一件ごとに検討いたしまして、援助物資と確認できるものを、受類証の数量を集計したわけであります。そういう意味で、通産省が先般委員会へ提出した資料のような数字になっておるわけであります。
 なお、この資料を見まして気がつくのでありますが、十五ページぐらいには、今いろいろ仕上げをやっているのでわかるときには一斉にわかるということを平岡室長は言っておるようであります。事実言ったかどうかわかりませんが、私が先ほど申し上げましたように、われわれ通産省として計算いたしましたのは、先ほど言いましたように、司令郷の遺留資料等を使いまして、援助物資と確認できるものを集計いたした次第でございます。
○川上委員 一体資料の分量はどのくらいあるのですか。
○伊藤説明員 先般岡田先生の御質問にお答えいたしましたように、全部で約十二万冊でございます。そのうち、輸入関係が約七千、輸出関係が十一万冊、そのほかに帳簿類が約二千冊ございます。
○川上委員 それをそういうように分けてもわからぬのです。わけがわからぬのです。ここにこう書いてある。向こうから出てきた場合にはそれはわかると思います、しかし、こちら側で、これだけのうちでどれが援助物資かということになりますと、十何万冊が全部縦横に入り組んでおるのでありますから、この書類を見てもわかりません、これは容易なことではありません、こう言うてある。これは自民党から出た資料です。これが真かどうかわからぬというようないいくらいなことは言わぬ方がいいです。十何万冊あるのが縦横に入り組んでおって分けられぬと言うてある。分けられますか。
○伊藤説明員 この点は、先般も岡田先生の御質問にお答えしたのでございますが、十二万冊の書類が、常識で考えましても、第一冊と十二万冊目が関連があるということは考えられないわけでございます。ただ、一冊それぞれが単独にわかるということではございません。司令部の資料の整理の都合で、関連を持っておる資料ももちろんあるわけでございます。従いまして、関連のある資料はその関連をたどって検討したわけでございますが、十二万冊が全部入り組んで相互に関連をしておるということは絶対ございません。
○川上委員 アメリカから明細書が来ましたか、どうですか。アメリカから一々の明細書が来たのですか。
○安藤政府委員 お答え申し上げます。アメリカから、交渉いたしました際に正式資料として向こうの決算べースに基づく資料が参っております。そして、その資料はこの委員会にもお配りしてあるはずでございます。その資料の中にプレ・ガリオアとガリオアがあります。そして、ガリオアの中にプロジェクト一一二と一二二と一四二と一六二、明細にございます。なお、これ以上のこまかい一々の資料は、アメリカのカンサス州の国防省資料所にあるそうでございまするが、もしか日本が全額払うのであったら突きつけていろいろやってもいいけれども、四分の一払うのであるし、また、日本といたしましても、通産の資料をこうして一々この資料と突き合わせますれば、通産のは、これは確かにTOGというような符号がついていてガリオア物資であるということがわかったもののみを集めておりますから、これは最小限度であってもこれ以上ふえるという可能性もある。変に向こうと突き合わせてふえるということが容易に想像されるので、そのことをやめまして、もっぱら通産の数字を基礎といたしましてわれわれは算出をし交渉した次第でございます。
○川上委員 ふえるとかふえぬとか、多過ぎるとか少な過ぎるとかということは今言うておるんじゃない。これは正当なものであったら幾らふえてもやむを得ません。そんなことを問題にしているんじゃない。そうじゃないのであって、これにもちゃんと書いてあるように、アメリカから何月何日に何という船で何々の品物が何ぼ入ってきた、これはガリオアである、こういうものが来ぬ限りはわからぬと言っておるんじゃないか。その資料が来ましたかというのです。
○安藤政府委員 通産省の方が先ほどお答えになりましたように、遺留資料の中には、いろいろ、一件々々、一船ごとのがあるわけでございます。そうして、それは、当時の日銀の人三十名、あるいは軍の人もおったのですが、その人がずっとそれをキープしましていろいろ仕事をし、そのままその人たちが持っていたものを通産が引き受けたわけであります。そして、ガリオアと思われるものには一々全部レシートがついておるわけです。そのレシートは当時の貿易庁の責任者がサインをしておるわけでございます。そのサインしたレシートを集めてみてもはっきりわかるのでございます。従いまして、これは確かにガリオアと認められるもののみを集めた最小限度としてもそれだけあるといったものでございます。先ほども申しましたように、全額を払うとか、あるいはまた、日本側にいたしましては、それ以上になる公算があるような作業をするよりも、日本側のそういった最小限度これだけあるといった資料に基づきまして交渉する方がはるかに有利であることは申すまでもございません。
  〔「明快々々」と呼ぶ者あり〕
○川上委員 明快じゃないです。外務省の情報文化局が出した「世界の動き」特集十七号という冊子がある。これを読んでごらんなさい。どう書いてあるか。これは外務省が出した。本来ならば日本側が集計作業を行なう際に米国側資料の数字と突き合わせなければわからぬのでありますが、これは技術的に困難だから、政府としては米国に詳しい資料の提出を求めました、これに対し米国側は、調査を行なうとすれば現在カンサス州の国防省文書保管所に山と積まれてある資料を全部取り出して調べなければならぬので、そんなことはできないと返事をしたと書いてある。来てないじゃないか。
○安藤政府委員 このことにつきましては、先ほども触れて申し上げたはずでございます。アメリカ側としましては、全額を、総額十九億五千万ドルというものを払ってくれるならばいかなることもいたしましょう、しかしながら、日本側の数字、これも七年にかかって作業した数字であり、日本側としての労作は認める、そして、この交渉というもは、日本側の数字をもとにして、そしてドイツには引いていない控除項目も引いて、そしてアメリカ側の総計の数字から言いますと四分の一ぐらいものを払うのであるから、そういうむだなことはやめてこの交渉を進めよということになったことは、先ほども申した通りでございます。
○川上委員 答弁が違うのです。アメリカが言うたからどうという問題じゃないのです。日本の出した数字に信用が置けないのです。調査ができておらぬのだから。日本が出した数字が三分の一であろうが半分であろうが、そんなことは問題じゃない。日本の出した数字というものに信用を置くことができないということを私は質問しているのです。調査ができぬのじゃないか。調査ができないのにどうして数字を出しましたか。これを聞いておるのです。アメリカがどう言うたかこう言うたかということは問題じゃないのです。アメリカから、さきに私が言いましたように、何月何日に何という船でどういう品物を幾ら送ってきた、これはガリオアである、これはエロアである、こういうものが来なければわからないと言うておるのです。それが来ましたか。来てないじゃないか。それが来てないのに数字が出るはずがないのであって、日本の数字が少ないとか多いとかという問題じゃないのです。その数字そのものが信用を置けないのです。どうして調べたか、これを聞いておるのです。
○伊藤説明員 通産省で二十四年三月以前の援助物資につきましては、先ほど来申しましたように、援助物資と確認できるものについて集計したわけでありますが、これは、一船ごとに、何月に何丸が着いて、米なり小麦なりを何トン持ってきたかということを調査をいたしまして、そういうものを集計したわけであります。
○川上委員 その調査ができないんだという質問をしているんですよ。それを調べたとおっしゃるが、私の聞いておるのは違うのです。その調べることができないのじゃないのかということを聞いておるのです。一々調べたと言いますが一々調べられぬじゃないか、これを言うておるのです。どうして調べたかということを言うておるのです。
○伊藤説明員 先ほど来申し上げましたように、一船ごと、一件ごとに調べたのでございます。
○川上委員 一件ごとに調べたという答弁はよくわかっているんだ。一件ごとに調べようたって調べられないじゃないかということを私は質問しているんですよ。調べた調べたと言うておるのです。調べたとおっしゃるけれども、どうして調べるのですか。調べられぬじゃありませんか。これを聞いておるんですよ。
○安藤政府委員 調べられるから調べたのでございます。援助物資のファイルが先般も申し上げましたように約三百五十ございます。そういうものについて個々に調べたのでございます。
○川上委員 そういう答弁しかできないのでは、これを続けても私はむだだと思う。調べられちゃおらぬのです。調べられるはずはないのです。当時、二十四年以前というのは、GHQが日本の貿易もこの援助物資の収支も全部どんぶり勘定にしておった。わけがわからぬのです。これの書類というようなものを、似たようなものを捨てて帰ったんです。その帰った時分にこれは日銀に保管をさして帰った。日銀から通産省はこれを引き受けておるはずなんです。何が何やらわけがわからぬものです。このGHQが日本の全一的な占領支配をしておった時分にどういうことが一体起こっておったか。これはわかるはずがないというのは、ここにこういうことがある。特別調達庁発行の調達史の第一巻、これにこう書いてある。たとえば、昭和二十四年までの時期についてはすべてが混乱と弥縫的な跡始末の時代でありました、それは、アメリカの独走する調達要求と、それによって発生した既成事実を日本国の財政が跡始末をしながら追っかけて追っかけて、既成事実化された米軍の調達費やその他すべてのことを、進行するインフレーションの中でこれを何とかするために追加また追加、追っかけまた追っかけ、全く混乱した時代でありました、特別調達庁発行の調達史第一巻にこう書いておるのです。この時代にGHQが勝手に品物を持ってきてばらまいたんだ。これの一々がわかるはずがない。わからぬのが当たりまえです。(「頼んだんだ」と呼ぶ者あり)――頼む頼まぬは別問題であって、どんなことをしようとも勝手ほうだいにやって、池田総理もここではっきりとどんぶり勘定でありましたと言うておるのです。どんぶり勘定がわかりますか。わかりっこないんです、二十四年以前は。それだから、私の言うておるのは、二十四年以前はわからぬからはねました、二十四年以後はこうでありますというのなら、私はまた話は違うと思うのです。そうでないんです。これには二十四年以前全部基礎数字の中に入っておる。わからぬものが入っておる。これは信用が置けないということをわれわれは言うておる。こういう時代だった。
 さらにつけ加えて言いますが、あのGHQが、ことにマッカーサーはあの占領中にこの金をどう操作しましたか。この援助物資の金を、また輸入した、輸出したものの金をどう操作したか、わけがわからぬじゃないですか。何をやったかわからぬ。ある人はこれは謀略に使ったと言っておる。ある人はここに使ったと言っておる。ある新聞の報道によると、アメリカから来た調査団は、マッカーサーはアメリカのガリオア予算を三重取りをしておるのではないかという報告をしたといううわさが流れておる。私はこれの真偽を言うておるのではない。この混乱時代だと言っておる。わけがわからなかったんだ。GHQ、マッカーサーが独裁しておった。何もかにも、この時分のものは、一々書類で調べました、この書類でわかりました、こんなことを言えるものでないということは明らかだと私は思うのです。
 私は繰り返して言いますが、二十四年以前はわからぬからこれはどけてあります、その以後の分についてはこうこうでありますということになれば話は別だと私は言うのです。ところが、これによると、三十四年以前が全部入っている。わからぬはずなんです。それをもとにしておる審議はできない。まるでこれは払いさえすればいいという態度ではないですか。政府の方では、何かいいかげんに言うて、とにかくお返しさえすればいいのだ、この態度と言われても仕方がないじゃないですか。
 さらに私は言いますが、大体この金は一体援助費ですか。これは総理にお聞きしたい。これは援助の名に値いするものですか。
  〔稲田(篤)委員長代理退席、委員長着席〕
アメリカの議会でたくさんの人が証言をしておる。どういう証言をしておりますか。たとえば、一九五二年、下院の歳出委員会における聴聞会で、ヴォルヒーズ陸軍次官補は証言しております。どう言うておりますか。われわれはこの予算を持つことによって非共産主義の日本を作るためだ、こう言うておる。また、予算局長のドッジさんはどう言うておる。われわれの極東政策は援助の拡大によって日本を利用することを必要とする、こう言うておる。アメリカの商務省の説明、アイケルバーガー中将の発言、この中で一つでも、日本の国民を助けるのだ、日本の国民を援助してあげるんだという証言が一ぺんでもありますか。一口もありません。これは全部アメリカの占領政策としてやるんだという証言なんだ。これが援助ですか。これは、アメリカのアジア政策、極東政策、日本に対するアメリカの占領政策、これではないですか。私は、総理はこれをどうお考えになるかとお聞きします。大体これはアメリカが日本をアメリカの極東政策の下僕にする占領の手段だ。あの当時は日本の国情はどうですか。国民生活は困難に陥った。隠匿物資はいっぱいあった。国情騒然、至るところに摘発と紛争が起こった。あのときに政府と保守勢力は何一つこれを静める手段を知らなかった。GHQはこれに対して物資を放出しなければあかぬということをアメリカに申請しておる。アメリカは余りものを日本に持ってきてこれをばらまいた。これで、一つには日本の国民の動揺と不満を抑える、一つには日本をアジアにおけるアメリカの極東政策の冷戦と干渉の基地にした。これで目的を達したんだ。これがガリオア援助物資なんだ。このことはアメリカの議会の証書でも明らかなんだ。こういうものを、債務であるとか、心得るとか、負けてもらうたとかいって、今ごろ払うと言う。しかも、払った金を何に使うんです。私はまとめてここで質問しておりますが、払った金を何に使うんです。交換公文が二つあるのです。一つはアメリカが日本人の再教育に使う、これが二千五百万ドル。もう一つは何に使うか、東アジアの云々に使う。この東アジアにはインドは入らぬと言う。どこが入るか。ベトナムと韓国とタイでしょう。これを何に使うのだ。しかも、この使うのは、アメリカの外務大臣の答弁によると、アメリカの対外援助法によって使うという。日本に使う教育費というのは、日本の政府は関与することができない。これは、MSA協定による積立金を何に使うておるかと見ればすぐわかる。あれを何に使うておりますか。日本人を、どんなに教育するためにあれを使うておりますか。政府は関与しておりますか。これはしておらぬです。こういう教育費、――教育費といえば非常に言葉がよろしい。日本人をアメリカ人のように作り上げる教育費です。これと、東アジアに対する干渉と冷戦の費用に使おうとしている。そのうちには韓国が入ってる。これが使途でしょう。これをずっと考えてごらんなさい。大体、この出発からわけくそのわからぬもの、払うと言うて、講和会議にも問題にならぬようなものを、それ以前に債務だというようなことを承知しておいて、今になってこれを払う、わけがわからぬのに払うと言う。わからぬということは、ここにはちゃんと繰り返すように書いて出してある。そうして払った使途は何か。今言うた通り。しかも、これがわれわれは援助物資と思わぬ。アメリカの占領政策による占領費だ。十二分に目的を達しておる。あらん限りのことをやっておる。これが、GHQがやった、マッカーサーがやったやり方であり、アメリカのやったやり方なんだ。(「討論じゃないか」と呼ぶ者あり)――討論じゃない。質問だ。こういうものが、総理大臣は、まことに国民の利益をはかるりっぱなことだとほんとうにお思いになりますか。これは言葉の先の問題じゃないです。私は、池田さんという方は非常にものわかりのよい筋の立つ人やと思っておった。この人がこれをやっておる。正面な答弁をしてごらんなさい。これがほんとうに日本の国民の将来のためになりますか。時間がないというから最後に言いますと、これが憲法に合いますか。これが国民の誇りと名誉を全うしますか。これが国会の権威を高めますか。これがアジアの平和と日本の独立を保障しますか。そんなものだと思いますか。私はそんなものでは絶対にないと思う。おそらくいろいろな理屈がありましょうが、これについては総理のお考えを聞いておきたい。
○池田国務大臣 私は、日本の名誉のために、この際ガリオア・エロアの問題を解決することが適当だと考えます。しこうして、この裁断は、この国会できめられるべきでございましょう。あなたとは考え方が違っておることをまことに遺憾といたします。
○森下委員長 関連質問の通告がありますので、これを許します。帆足計君。
○帆足委員 ただいま川上議員から、これは一般の国民感情といたしまして、ガリオア資金は、だれしも、敗戦のあとの困っておるときに、アメリカが占領政策の一環として救済資金を放出したものである、従って、これの処理は講和会議等において連合軍全部立ち会いのしで総合的に公正に処理すべきであって、日本とアメリカとの間だけで、今ごろ力の関係できめるべきものではないであろうということで、この趣旨についてはだれしもそう思う点であります。
 そこで、私はこの審議について一点関連してお伺いしたいのですが、先ごろ黒田委員が総理に総括質問をいたしましたときも、総理は、ガリオア資金並びに特別円等の問題はずいぶん御研究を願えば、例のないようなむずかしい問題をはらんでおるから、十分慎重に審議されたいというようなごあいさつがありました。まことにこれは十分審議を必要とする旧問題であることを痛感いたしますが、私ども、政府・与党の立場でありませんから、資料を手に入れますのにもなかなか不自由をいたしますので、その点で、資料の問題と連関してお尋ねいたしたいのでございますが、特にこれは外務大臣にお尋ねしたい。
 ガリオア援助資金についてのアメリカの予算法の際に、ガリオアは占領政策の一環として行なうものであるから、当初は、その債権とこれを見て、被占領国側、困っておる国から将来正確に取り立てるという一条が入っておりました。しかし、それが削除されたと伺っている。それは、たとえば日本の例にとりましても、原爆を投下し、都市の三分の一は焼け野原となり、そしてもう皮膚呼吸すらできない程度に非人道的な惨害を見ました。それに対して連合軍は一方的独裁的にGHQの占領政策を強行したのでありますから、この占領下におきましては、すべての意思は、そしてすべての責任は占領軍が一方的に握っていたことは皆様御承知の通りでございます。従いまして、そういう事情のもとで放出した食糧その他のものは、逆にアメリカ側に有利に運用した幾多の事項とこんがらがっておりますほかに、アメリカとしては、これを法令をもって権利として取り立てるということは実情にも即しないから、国会の予算法の論議の過程におきまして、その個条は削除された。すなわち、ガリオア資金を放出いたしました場合に相手国から将来完全に取り立てるというような項目があったことは削除されたと伺っておりますが、私は這の消息を正確に知りたい。特に、単にこれを一政党または政府の現在の解釈に都合がいいような材料という意味ではなくして、そのときどういう条文が修正になって、どういう論議がアメリカ国会において行なわれたものであるか、これはガリオアの性質を理解する上において重要なことでありますから、現在資料がありますれば外務大臣から御説明願い、詳しい資料がなければ、当時の速記録並びに法案の修正個所がどうなっているかというととを政府から御提出願いたいと思います。
○小坂国務大臣 ガリオア予算法は、これは御承知のように陸軍の予算でございますが、一九四七年度にこれが成立したわけでございます。四七年度に成立するということは、四六年の七月から有効になる、こういうことでございますが、その際に、これは貸金にするというただし書きがついておったものを削られたという経緯があるわけでございます。これによりますと、貸金ということになれば、これは全部取り立てるということになる、かくては敗戦後の混乱に悩む日本に対してそれは適当でない、こういう趣旨でこの項は削除された、こういうことにわれわれは承知しておるのであります。これは、陸軍省の追加予算にガリオアの予算が計上されました際に、ガリオアの援助というものは、将来返済さるべきものであるというただし書きがそういうふうについておったわけであります。それが消された、こういうことでございますが、これについてヒルトリング国務次官補が証言をいたしております。これは、われわれがそのただし書きに反対するおもな理由は、まず援助のうちどれだけが回収可能か、次いでわれわれがどれだけ回収の希望を有するかという決定について政府側の裁量の余地を完全に失なわしめるからである、こう言っております。すなわち、政府側がそのうも何ぼ返してもらうということを裁量する余地を残しておくということでないと、これは占領を受けておる地帯の実情に沿わない、こう思ったから、こういうことになっております。
○帆足委員 この問題につきまして、私どもはただいまこれが陸軍省関係の予算であるということも知りましたし、これが占領政策の一環でありますために、現在こうして国民が納得いくまで十分審議せねばならぬという必要がここにあるということが一そう明らかになったわけでありますが、ただいまの外務大臣の口頭のお答えだけでは、私は不十分であると思いますので、できますれば、ただいまの修正のほんとうの原文の全文並びにそのときの論議の速記でもありますならば報告いただきたいと思います。私は、関連質問ですから、ただいまはこれだけ申し上げまして、私の質疑の順が参りましたときにまた……。
○森下委員長 岡田春夫君。
○岡田(春)委員 午後のときに私少し入ろうと思ったのですが、総理がお出になりましたので、質問に入れませんでした。私がきょう御質問をいたしたいのは、タイの特別円の算定上の諸問題について、二、三の点を御質問したいと考えております。
 第一点は、今度池田さんがタイに行かれまして結ばれました新しい協定、この協定の前文には、前の協定の第二条、第四条の規定にかわる新たなる協定を締結するということを前文に書いてございまして、しかも、第六条には、三十年協定の第三条及び第四条の規定はこの協定が効力を生ずる日に廃棄されると書いてあります。
 そこで、小坂外務大臣にお伺いをいたしたいのでありますが、この第六条の規定である「先ずる日に廃棄される。」ということは、立法技術上、この第二条、第四条が条文の上からも抹殺されることになるかどうか、この点をまず第一に伺いたいと思います。
○小坂国務大臣 要するに、旧協定のある極の規定にかわる新協定が、双方の国において所定の国内法の手続を経ました段階におきまして成立するわけでございますが、それによりまして…協定の二条、四条というものは効力を発生するによしなきものに至るということでございます。
○岡田(春)委員 いや、それは私もわかっております。ですから、私が申し上げたように、立法技術の上で第三条、第四条が消されてしまうのですかと伺ったのです。
○中川政府委員 これは廃棄でございますから、要するに消滅するということでございます。消滅するというのはどういうことかと言いますと、これはやはり効力がなくなるということであろうと思います。
○岡田(春)委員 そんなことは私わかっていますよ。廃棄されるということはなくなることであり、なくなるということは消滅することだ、そんなことはわかっていますよ。それは辞典にそういうふうに書いてあったのでしょう。廃棄ということは何ということか、漢和辞典に書いてあったことで、私が聞いているのは、第二条、第四条の条文というのは三十年協定の条文が消されるのですかと聞いているのです。廃棄されるというのは、三十年協定で二条、四条はその文章のまま置いておいて、三十七年協定と一緒に並べるのですかと聞いている。あるいはこれを消してしまうのですかと聞いている。廃棄されるということは、読めば私だってわかりますよ。あなたに聞かなくたって、そんなことはわかり切っているじゃないですか。どうなんですか。
○小坂国務大臣 旧協定の二条、四条というものは、それにかわる新協定ができるわけでございますから、さっき申し上げたように、効力を発生するによしなきものになるわけで、ただ、これを消すかどうかということですが、旧協定はそのままあるわけですが、この三つの条文は死んでしまう、こういうことでございます。
○岡田(春)委員 そうすると、この二条、四条というのは、今北澤さんがばってんをやっていたが、ばってんをして消してしまうのではなくして、二条、四条というものは文章はそのまま残る、このように解釈してもよろしいですか。
○中川政府委員 将来条約集を編さんする際に、この三十年協定の第二条、第四条は全然白くして、そこはブランクにして何も書かないでおくかどうかということだと思いますが、これは、やはり、両方の協定をあわせて読んで、第二条、第四条は要するになくなったものであるというふうに見る、そういうやり方にしておかないと、これは非常にあとが混乱いたしますので、やはり条約集にはこれは載せておいて、しかし今度の三十七年協定をごらんになればこの三つの条項は要するに廃棄されておることがわかる、こういう格好にしておく方がいいと思っております。従って、これが全然なくなるか、――効力から言えばなくなるのでございますが、しかし、条約集の上ですっかり白紙にしてしまうかというと、そうはしないで、残して、三十七年協定をあわせて読んでいただくということにしたいと思っております。
○岡田(春)委員 これは条約集に載せるか載せないかの問題じゃないのですよ。事実の上でどうするかというのです。あなたはどうもそういうところでごまかしてはいけないと思う。廃棄という意味はどういう意味なんだということを聞いている。立法技術の上でどうなんだと聞いている。あなたは消す必要はないとおっしゃるのなら、それならそれではっきりお話しになったらいいので、それを、本の上に書くときにどうするとか、そんなつまらないことをお話しにならない方が私はいいと思いますが、しかし、それはそれとして、そうするならば、三十年協定で少なくとも第二条に生かされているものが三十七年協定によってこのように変わりましたというような経過がわかる、こういうことでございますね。
○中川政府委員 そういう意味で、また条約集が出ますが、残した形で出しておきたい。しかし、効力は死んでおるということは三十七年協定ではっきりわかるわけでございます。
○岡田(春)委員 効力の死んでいることはそうだと思いますよ。条約集でなくて、文章として残るのか残らないのか聞いているのですから、あまりあなたはこだわらない方がいいのですよ。
 それでは、次に質問をいたしますが、それでは、三一十年協定の第一条によって五十四億円、三十七年協定の第一条によって九十六億円、合計百五十億円が特別円処理のための日本の債務となる、こういうことになるのでございますか。池田さん、いかがです。
○池田国務大臣 五十四億円はすでに支払いました。九十六億円が今度の協定の条項に従いまして日本が払うべき債務となります。
○岡田(春)委員 それでは、三十年協定によって二つのものが両方とも債務になる、従って、これを合計するならば百五十億円と、こういうことでございましょう。
○池田国務大臣 三十年の協定の五十四億円はもう債務が完済されたわけでございます。そして新たに九十六億円というものが今回の協定の条件によりまして債務となるのであります。
○岡田(春)委員 それはお説の通りです。五十四億円は三十四年に支払われております。支払われているかどうかはともかくとして、支払っているもの、これから支払われるもの、これを合わせて、ともにタイの特別円の処理のために使われる、すなわち特別円に基づく債務として支払われる、こういうものではございませんか。そうでございましょう。
○池田国務大臣 先ほどお答えした通りに、タイ特別円の処理としまして、三十年協定で五十四億円、三十七年の協定によりましてこの条件によって九十六億円が支払われることになります。
  〔発言する者あり〕
○岡田(春)委員 それでは、今そこで雑音のお話があったように、合わせて百五十億円のものが日本の債務として払われる。これは三十年の協定の交渉のときの当時のタイ側の要求が全面的に通ったということを意味するので、その反面に、日本側の主張が全面的に敗北をした、その結果タイの主張に屈服したということになるではございませんか。いかがです。
○池田国務大臣 三十年の協定のときに九十六億円がいかに支払われるかということはきまっておりません。そのときにきまったのは、労務と資本財を供給するということがきまって、そして、四条で、どういうふうな方法で払うかということになっておったのであります。従って、三条と四条とを動かした場合に、いかなる格好で、いかなる条件で九十六億円というものが供給されるかということが問題になるのであります。ほかの機会にも申し上げましたごとく、九十六億円を三十年の協定によって直ちに資本財あるいは労務で供給をして、あるいはまたお金を九十六億円三十年に貸して、しかも四条の規定によって二十年も三十年も四十年もということになると、大へんなことになります。これが問題でございますよ。三十年のときにきまったと申しましても、九十六億円をいかにして払うか、供給するか、あるいは貸すかということはきまっていない。だから、三十年の協定では有償ということにはなっておりまするが、実質的には有償であるが高いものになるかもわからぬということもお考えにならぬといかぬと思います。
○岡田(春)委員 それは、三十年協定の第二条によって貸すということはきまっているのですよ。その貸す内容をどうするかということはきまらないかもしれない。これは池田さんの言う通りでしょう。貸すことはきまっているのですよ。私はその点を聞いているのじゃなくて、三十年協定の最後の交渉のときに、タイの方では、百五十億円全額特別円の債務としてもらいたいのだ、ただでほしいのだ、こういう主張をした。その主張通りになったではないか。それならば、タイの主張が全面的に通って、日本の主張というものは全面的に敗北したではないか、こう言っている。それだけの話です。
○池田国務大臣 三十年の協定のときに、九十六億円を投資またはクレジットの形式において供給する、その供給の仕方は合同委員会できまるといったときに、もし万一三十一年から九十六億円のお金を三十年間一分五厘で貸したということになったらどうなりますか。それを考えなければいけない。だから、九十六億円を債務の格好でインヴェストあるいはクレジットするといっても、まだ条件がきまっておりません。従って、全面降服とは言えない。そこが折衝のもとでございます。九十六億円を払うといっても、今年九十六億円一ぺんに払うか、あるいは八年間でやるかということによってその九十六億円も違ってくるでしょう、経済的に申しますと。私はそれを言っている。
○岡田(春)委員 総理は非常に経理に明るい方ですから、数字に明るい方ですから、今一分五厘でつけてどうなるかと、こういうお答えでしたね。しかし、その前提として、総理は、それは三十年協定では貸すのだと言っている。一分五厘であろうが、ただの五厘であろうが、貸すには違いないでしょう。そうですね。
○池田国務大臣 貸すという名目で三十年も四十年も低い利子であったならば、現在価値が幾らになりますか。日本の経済ではどうでございましょうか。それを私は考えたわけでございます。そうしてまた、一時石油精製工場を設けるということになっておりましたが、石油精製工場を設けまして、あのときに、昭和三十一年か三十二年に石油精製工場を九十六億円出して始めたときに、その工場の採算がどうなるかということを考えますと、私は、六年たったあとに九十六億円を延べ払いでやった方が、これは両方とも納得いっていいといって、経済的効果を考えてやったのであります。
  〔発言する者あり〕
○森下委員長 静粛に願います。
○岡田(春)委員 総理大臣の数字に明るいということは、貸すということとやるということは同じだ、こういうことですか。五厘であろうが一分五厘であろうが、貸すものは貸すのです。やるものはやるのです。貸すものとやるものが結果的に同じになるというようなことについては、別問題です。これはやるということと貸すということとは違います。これはわかり切ったことではございませんか。どうですか。
○池田国務大臣 貸すということとやるということとは違いますよ。それはよくわかっております。経済的効果を私は言っている。貸すということにしまして、無利子で四十年間貸して、四十年、五十年後に九十六億円戻してもらうことと、六年たったあとに九十六億円を八年間の延べ払いで、しかもおしまいでたくさん払うというのと、日本の経済的立場から言ったらどうかということも考えなければならぬ。もちろん、四条で無利子で四十年ということはきまっておりませんが、そういうことも外交上考えなければならぬ。向こうが、徴発された後に借りるということはわれわれタイ国人の気持ちとして耐え切れぬと言うときに、それでは、条件によって貸すのだけれども、三十年、五十年ということよりも、それでは君の言うようにくれてやろう、そのかわり、一ぺんには払えぬから、延べ払いでやろうということでして、国のためにどっちがよいか、そして国交のためにどれがよいかということを私は考えたわけであります。ことに、今申しました石油精製工場をもし三十二年に設けておったならばどうなったか。その石油工場からどれだけの利益があがり、その償却がいつできるかということも考え合わせましてやったわけです。これは、同こうがひがんで、とにかく、徴発せられたものが今度契約をやってみたところが借金になった、物を徴発されて債務が残るというのはわれわれの感情に合わぬ、こう言ってたのんで参りましたから、それなら、経済的に考えて両方の国交上よいから、こう思いまして、もちろん、国民の税金でございますから、六年間考え抜いて、やったわけでございます。
○岡田(春)委員 総理大臣のお話を、私は百歩譲って、総理大臣ですから認めたとしましょう。経済効果が同じであったとする。しかし、貸すということとやることは違うのだ。これはどういう点が違うか、法律的に違うのでしょう。条約上も違うのでしょう。その結果において経済的な効果がどうであるかは別問題です。われわれは条約を審議している。条約を審議している場合においては、貸すということとやるということとは明らかに違います。同じであるなどとは、私はまさか賢明なる池田総理がおっしゃるとは思いません。この点、いかがでしょう。
○池田国務大臣 だから、貸すということとやるということとは違います。これははっきり言っております。違いますが、経済的に国民の利益のことを思い、向こうの感情のことを思い、これは経済的に言っている。これは国民の血税でございますから、そのときに貸すということで条件付で長く引っぱられるよりも、やるということによって向こうの感情をやわらげ、そうしてこれが国のためになるのならば、――私は条約は違うことはもちろん承知しております。しかし、大所高所から考えて、タイと日本との関係、そして日本の東南アジアにおける地位確保のためにどれがいいかということを考えたのであって、貸すということとやるということは違いますけれども、経済的に考えて私は結論を出したのであります。
○岡田(春)委員 それでは、私は、この点だけ明らかになったので、次に進めます。三十年協定と三十七年協定は、貸すとやるであるから、条約の上でその点においては違う。しかし、その経済効果は同じになるという判断は池田さん個人の判断だ。池田さんが経済的な見通しを立てた、これが合うか合わないかは別問題だ。しかし、ともかくも、あなたの見通しとしては経済効果は同じであろうと、このような解釈をとっておるのだ、こういうように私は今の御答弁を受け取っておきましょう。いいですね。
○池田国務大臣 経済効果は同じとは言っておりませんよ。それは、貸すという場合において、その貸し方についてきまっておりますまい。貸し方においてきまっておって、国内金利の問題でやれば、これはそのときの条件が出て参ります。きまっていないのです。三十年も五十年も無利子ということになったら大へんなことです。そこで、経済効果はどちらが得か損かわかりません。しかし、片一方では、軍費調達でタイの物を取られて、そうして、その解決の協定ができたところが九十六億円の債務になるということは、タイの国民としての感情が耐え切れないという場合に、そんなら勝手にしろといってタイを相手にせず、東電アジアに対しての日本の信用がなくなったときに、経済的に、また同時に国交関係から言って、大所高所から考えたときに、私は、この問題を、三十年協定をいつまでもぐずぐずしておるよりも、この際こうした方が、両国のため、東南アジア復興のため、世界平和のために役立つと考えまして話をつけたのであります。
○岡田(春)委員 それはあなたの政治的な御判断です。私の言っているのは条約上の問題を聞いているのです。それは、あなたがどういう政治的な御判断をしようと、これは別問題ですし、われわれはそれについては意見がある。
 しかし、今その問題ばかりを触れておりますと時間がございませんので、続いて次に参りますが、それでは、その点をもう少し進めるために、その前提として三十年協定の経過をまず第一にお伺いしたいと思う。中川さんがそのときにおられましたので、中川さんに伺いましょう。昭和三十年の三月の末から四月の九日に至るまで、これは共同声明を四月九日に結びましたね。その共同声明を結ぶに至る経過において、タイの提案をいたしましたのは、四月の初旬において二百七十億円の支払いの要求をした。ところが、最終の段階になって、四月九日になってから百五十億円の提案をした。その間に四月八日に別な提案もございますが、別な提案の方は私は省略いたします。ともかくも三百七十億円が百五十億円に変わっていたという経過は間違いないと思いますが、この点はいかがでございますか。
○中川政府委員 その通りでございます。二百七十億の提案は、その後減りまして百五十億ということになったわけでございます。
○岡田(春)委員 それでは、条約局長に続いて伺いますが、今私の伺いましたように、タイ側の提案は二百七十億から百五十億に減った。一方、日本側の提案の経過はいかがでございますか。日本側は四月の初旬までは四十七億円の提案をしておった。ところが、その後四月の八日の午前十時ごろ、閣議決定によりまして、四十七億円では話がまとまらないからというので、午後大蔵省において外務省と大蔵省の事務当局が打ち合わせの結果、――ここにはたしか中川さんが出ておられたはずです。その結果五十三億円という数字が出てきた。五十三億何ぼか、五十四億でしょう。これは五十三億でも五十四億でもいいです。ともかくも、この五十四億という数字が土台になりまして、四月の九日午後三時の経済閣僚会議並びにその後の閣議において、タイの百五十億円の提案はこれはのむことはできない、五十四億円は現金で払う、別に九十六億円は投資または借款による供与を行なうという決定を行なって、この日本側の最終案をタイが了解をして共同声明が結ばれた、これが三十年協定の日本側の提案の経過である、このように私は見ておりますが、いかがでございますか。
○中川政府委員 詳しい経過の御説明があったわけでありますが、私の記憶しておりますのも、大体そのようなことであったと思います。
○岡田(春)委員 中川さん、どうもあなたの方が私より詳しくなければならないはずだ。あなたは当事者ですよ。私のはそれを調べたものですよ。詳しい経過の説明があったがそうらしうございますというのは、われわれを侮辱していると思うのです。あなた自身調べていらっしゃらなければならないじゃありませんか。どうですか、四十七億円という提案があり、それを五十四億円に変えたのでしょう。
○中川政府委員 初め日本の提案は十五億であったのであります。それから四十七億円になり五十四億円になって、あと九十六億円が経済協力としてつけ加わって、これで片づいたという経緯でございます。
○岡田(春)委員 四十七億円、五十四億円という数字がそれぞれ出ておりますが、この四十七億、五十四億というものには、三十年協定の第三条の(a)(b)(c)−(1)(2)(3)ですか、この三つの、言葉をかえて言うならば、特別円勘定残高十五億円何がし、その十五億円から差し引くべきもの四千四百万円、金の売却未実行分、そして金塊未引渡し〇・五トン、この三つの分が全部四十七億、五十四億に含まれるものとして計算されておるのではありませんか。その証拠に、あなたはこの前五十四億の算出根拠についてはその数字をお話しになりましたね。十五億について、四千四百万を三十年当時の価格に換算、これが三十七億、それから〇・五トン分は二億三千万円、このような御報告をされたと思いますが、四十七億の場合にも当然その三つが入っておると思いますが、この点はいかがですか。
○中川政府委員 四十七億の案の際にもこの三つが要素になっておるのでございます。
○岡田(春)委員 それでは、同じ三つの要素が入りながら、四十七億、五十四億と出ておるのはどういうわけですか。
○中川政府委員 交渉の過程におきまして、日本側に有利な提案を先に出しまして、それで片づかない場合に、日本側としてはさらに、筋は通っておりますが、日本側に比較的不利な案を出すというのが通常の交渉の過程でございます。やはり、この過程に従いまして、四十七億円案が五十四億円案に変わったわけでありますが、これは決して道理のないことをしてふやしたのではないのでありまして、どこが違うかと申しますと第二項目でございます。三つの金売却契約、あれの金売却の単価を、初めのものは一グラム五円七十八銭でありましたが、一グラム四円八十銭という価格によって計算したからこうふえたわけであります。
○岡田(春)委員 非常に重要な点です。これは了解できない点です。池田さん、よくお聞き下さい。きのう私がいろいろ論議を取りかわした。
  〔委員長退席、福田(篤)委員長代理着席〕
金の売却について七回の取りきめを行なった。その七回の取りきめの中で、三回の分は協定に基づいて破棄されたと言っている。これは、私の考え方では、三回だけではなくて坪上、山本両書簡もこれは破棄されていたのではないのですかと、こういうことを私は再三伺った。ところが、池田総理その他の皆さんから、三回の分は破棄されているけれども、三十年協定の第三条の二項の(a)(b)(c)に該当する書簡、この書簡の三つは破棄されておらない、生きておるのだ、こういう答弁でございました。これは間違いありませんですね、総理。
○小坂国務大臣 昨日、そのように御答弁いたしました。
○岡田(春)委員 生きているならば、小坂さんお読み下さい。生きているならば、この三つの書簡においては一ファイン・グラム五円七十八銭になっている。五円七十八銭という項目は生きているはずだ。五円七十八銭で換算をするならば四十七億円にしかならないはずである。それは、内容の計算をすると、これは三十億円にしかならない。四円八十銭に換算をするならば、三十七億円なって、五十四億になる。あなたは、この書簡が生きているならばなぜ五円七十八銭をお使いにならないのですか。五円七十八銭を使わないで四円八十銭を使ったというところに、金約款が生きているということを証明している。あなたは金約款は死んでいると言ったじゃないか。死んでいると言っているのに、死んでいるはずの四円八十銭が生きているじゃないか。あなたは、こういうように、死んだり生きたり、適当な数字でごまかしているじゃありませんか。小坂さん、どうですか。この点についてお答え下さい。
○小坂国務大臣 これは、もう累次にわたって申し上げましたように、この三つの話は、金を売るという約束が実行されていなかった、その分についての問題でございます。従いまして、これについては五円七十八銭ということがございましたけれども、終戦になったらば、これは四円八十銭できめる、こういう書簡もあるわけでごございます。従いまして、終戦後の問題でございまするから、われわれの方としては、一応交渉の過程では、できるだけ少ない方がいいのでございまするから、その五円七十八銭をもって交渉いたしましたけれども、どうしても話がつかないということでありますれば、これは、終戦後は四円八十銭とする、こういう協定がございまするので、それによって計算いたしまして、九・一六七というものを出して、そのトン数にいわゆる四円八十銭をかけてこの金額を算定した、こういうことでございます。
○岡田(春)委員 四円八十銭なら少なくなるのですか。多くなるのですよ。少なくなんかなりませんよ。多くなるのですよ。あなた、少なくなるために使ったのでしょう。どうしたのです。
○小坂国務大臣 四千四百万円を、これが何トンの金に当たるかということを計算するわけでございます。従いまして、一グラムが五円七十八銭として割ってみれば、そのトン数は少なくなるわけでございます。かようなことを申し上げたわけでございます。
○岡田(春)委員 トン数が少なくなって、払うべき分が少なくなる。いいですか。四千四百万を四円八十銭で割った場合と、四千四百万を五円七十八銭で割った場合と、なんぼになりますか。中川さん、あなた計算してごらんなさい。私は調べているのだ。いいですか。四円八十銭で割ったら九・一トンになる。これは政府の答弁の通り。五円七十八銭で割れば七・六一二四トンになる。これをかけたならばどうなりますか。三十年当時四百五円をかける。四円八十銭の場合には三十七億円になる。五円七十八銭の場合には、四百五円をかければ三十億円になる。いいですか。三条の一項と三項は同じだとするならば、三十七億の場合には五十四億円になる。下の場合の、五円七十八銭の場合には四十七億円になる。あなたはよけい払う方がいいと思ってよけい払う方に計算をし直したのですか。少なくなるのじゃないですよ。あなた、さかさまに考えているのでしょうが。しっかりして下さいよ。
○小坂国務大臣 いや、私の申し上げた通りをあなたは言っていらっしるわけでございます。これは速記をごらんになればちっとも間違っていないと思います。要するに、四千四百万円を五円七十八銭で割ってみた方が、その金のトン数は少なくなるわけです。それに四百五円をかければ、これは少ない金額が出るわけです。少ない金額を払う方が日本に有利でございまするから、当初はその交渉をいたしました。しかしながら、向こうはどうしても聞かないのでございまするから、そう言われてみれば、これは終戦後には四円八十銭とする計算をするという約束がまた別にあるわけでございます。そこで、それで割ってみて、それに四百五円をかけまして、そして出したものがこの金額になっておるということをさっきから申し上げておるわけでございます。
○岡田(春)委員 別にそういう取りきめがあるとおっしゃるならば、どこにありますか。金約款の取りきめ以外にどこにありますか。あるならばおっしゃいよ。小坂さん、あるとおっしゃるならばおっしゃいよ。どこにありますか。ないですよ。
○中川政府委員 これはやはりそういう協定があるのでございまして、一九四四年九月十一日付の石井臨時代理大使から血こうのシーセーナー外務大臣あてに出した手紙におきまして、この五円七十八銭というのでこれは売るけれども、戦後になったらこれは四円八十銭に切りかえるのだということの了解をしておるのでございます。これは、この前後の経緯をちょっと申し上げますが、金約款は四円八十銭でございます。一グラム四円八十銭、それから、最初の一回、二回の金売却が四円八十銭で、これは事実上やったわけございます。三回目も、これは金約款とは離れましたが、四円八十銭で売ったわけでございます。ところが、四回目というのが非常に大きな額を金を売る約束をしたのでありまして、しかも三、四回に分けて売るということで、要するに、そのときに、日本側は、この四円八十銭はもう金価格その他から見て少し高過ぎるから五円七十八銭にしてくれということで、三回目からは実は五円七十八銭に変わったのであります。四回目も五円七十八銭でありました。しかしながら、五円七十八銭という額はタイにとって不利でありますから、タイとしては、戦争中はいたし方がないけれども、戦後にも支払いが延びるような分については、やはり元通り四円八十銭に返してくれということを向こうから主張いたしまして、この石井代理大使の一九四四年九月十一日付の書簡になったのでありまして、この書簡におきまして、要するに、戦争中のものは五円七十八銭にするけれども、戦後に、やるものは四円八十銭にするという約束をしたのでございます。この約束に基づきまして、――それは日本は三十年協定の際にこの契約自体には五円七十八銭と書いてあるから五円七十八銭でやろうじゃないかというので最初の案を出したわけでありますが、向こうがなかなかそれで聞きませんので、最後のいわばとっておきの案といたしまして、なるほどそれでは石井代理大使の手紙があるから、戦後の支払いになったからこれは四円八十銭にかえてやろうというので、これで計算いたしまして、五十四億ぎりぎりのところを出したのでございます。
○岡田(春)委員 なかなかくどくどとお話しになりますが、あなたは私の質問の十倍くらいの長さに答えますけれども、あなたの出されている、政府の出されている書簡、九月十一日付のものがここにありますよ。そのどこに響いてありますか。そんなこと書いてあるならば見せて下さい。どこに書いてありますか。私は読んでみましょう。これは重要でありますから速記に残します。
  4 千九百四十四年九月十一日付けの石井臨時代理大使書簡ED/一〇八/四四号
  書簡をもって啓上いたします。本使は、去る八月二十二日付けの本使の書簡に関し、東京からの訓令に基づき、仏暦二千四百八十七年八月十九日付けの閣下の書簡に対する回答として、次のとおり閣下に通報する光栄を有します。
  1 (省略)
  2 (省略)
  3 (省略)
  4 日本国政府は、貴国政府の特別円による金の買入れに対し最大の同情的考慮を払って来ており、本年中に、二千万円の額を限度として一ファイン・グラムにつき五円七十八銭の価格で金を売却する用意がある。この決定は、タイ政府が特別円を引当てとして日本の軍費のためにバーツ資金を供給することに同意することで示した友好的態度を多少として行なわれたものであり、前記の額は、金生産の現状においてタイ政府に供給し得る最大限度のものであることを了解されるよう希望する。
  5 (省略)
  6 (省略)
  本使は、以上を申し進めるに際し、ここに閣下に向かって重ねて敬意を表します。
  千九百四十四年九月二日
        臨時代理大使
          石井  康
 何も書いてないじゃないか。はっきりなさいよ。どこに書いてある。はっきり言いなさい。うそを言っちゃだめだ。理事さん、もっとはっきりさせて下さいよ。こういういいかげんな答弁をさせてはいけません。どこに書いてあるか。政府が出したものはごまかしですか。書いてないじゃないか。われわれに見せないようにしているのですか、あなたは。理事さん、行って下さいよ。黙ってほっておいてはだめですよ。いいかげんなごまかしを言ってはだめですよ。書いてないじゃないか、全然。あなたの方が出している資料ですよ。明らかに政府の資料じゃないか。重要な点だけごまかしておるのか、あなたは。書いていないですよ、どこにも。どこに書いてあるか。
  〔発言する者、離席する者多し〕
○福田(篤)委員長代理 静粛に願います。静粛に願います。条約局長。
○中川政府委員 お答え申し上げます。この委員会に出しました資料に、今の戦後四円八十銭に復帰するという条項が、実は申しわけございませんでしたが、今発見いたしましたのでありますが、省略されていたのであります。
○岡田(春)委員 ばか言え、ごまかしじゃないか。理事、もっと行って下さらなければだめですよ。そういうごまかしをやっているんじゃないか。でたらめなことをやっちゃだめだ。引き揚げろ、引き揚げろ。
  〔発言する者多く、退場する者あり〕
○福田(篤)委員長代理 暫時休憩いたします。直ちに緊急理事会を開会いたします。
   午後八時三十五分休憩
     ――――◇―――――
   午後九時三分会議
○森下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 議事進行に関して松本七郎君より発言を求められておりますので、これを許します。松本七郎君。
○松本(七)委員 先刻の岡田委員の質問に関しまして、中川条約局長の答弁はきわめて重大な問題だと私どもは考えます。従いまして、委員長も即座に休憩を宣し理事会を招集されたのでございます。理事会の席上で中川条約局長からそのいきさつの説明があったのでございます。その説明を聞いてみますると、これは単に一条約局長の弁明で過ごし得る問題ではないことが明らかになったのでございます。(拍手)従いまして、この際、まず、中州条約局長から、先刻の理事会における説明をそのままここに繰り返していただき、記録にとどめまして、その上で私どもの考えを明確にいたしたいと思います。
○中川政府委員 休憩前に問題となりました、石井臨時代理大使からシーセーナー・タイ国外務大臣にあてました書簡、これの写しを資料として当委員会に御提出いたしましたが、その中で、第三項、これが戦後の金売却の価格に関する部分でございましたが、この第三項が省略されて提出されておりましたのをはなはだ遺憾に存ずるのでございます。その事情を御説明させていただきたいと思いますが……。
  〔発言する者あり〕
○松本(七)委員 委員長、静粛にしてもらわなければわからない。
○森下委員長 静粛に願います。
○中川政府委員 金売却に関する七協定のテキストを出せという御要求でございましたので、これは、前回には、三十年のあの協定、あれに載っております三つの取りきめの写しをお出しいたしました。実は、そのときにも、相当長い内容のものもございまして、実は、金売却と直接関係のない項目も含まれておりましたような関係から、あのときにも、この項目で省略というのを書かしていただいてお出ししたことがあったわけでございますが、今回準備いたしました際も、この石井臨時代理大使の書簡につきましても、同じような手続をとりまして、直接関係はないと思われるところは省略ということに実はしたのでございますが、それが、事務上の不手ぎわで、実は、第三項は関係があるのでございましたが、そこが省略となっておりまして御提出したということは、まことに私の不行き届きの結果でございまして、申しわけないと思いまして、ここに深く陳謝いたす次第でございます。
 なお、これを補う意味をもちまして、今資料の準備がございますので、御了承を得ればこれを委員会にお配りいたしたいと存じます。
○松本(七)委員 ただいまの中川条約局長の説明によりますと、補う意味でその資料は配付する、こう言われたのですが、この点は先ほどの理事会における説明と違うのです。委員長もはっきり御記憶の通り、中川条約局長の先ほどの理事会における説明によれば、この省略しておったことが間違いであるということを発見した、従って、いずれこれは委員会で質問があるであろうと考えたので、この配付の準備をして、もう手元に資料があるんだ、こういうことでした。そこで、一番問題になりますのは、質問を予想したればこそ、この一たん削除されておったものを配付する目的で資料を準備をしてきたのですから、質問者が質問を始める前に、これら準備された資料は委員に配付すべきものだと私どもは考える。(「その通り」と呼ぶ者あり)それを、委員に指摘されて問題になって初めて、これを配付したいと言う。今の説明では、そこのところが理事会の説明と全然違う。何ゆえにその肝心なところをこの委員会の席では説明を省かれたのか、もう一度そのところを明らかにしていただきたい。
○中川政府委員 資料は持ってきておりますので、当委員会の壁頭にお配りするのが筋でございまして、それをいたさなかったのは、私、まことに申しわけないと思って、厚く陳謝いたします。
  〔「了承」と呼ぶ者あり〕
○松本(七)委員 総理も、大臣も、今の説明をお聞きになったと思う。先ほど理事会の話では、質問があるであろうと考えられたので資料は準備したと言う。その準備した資料を、その問題点が質問者から出されるまで配付しておらない。そこに実は問題がある。今度の問題ばかりではないのです。常に、国会において資料要求する、その資料も、できるだけ簡略なものを簡略なものをというやり方、問題になって初めてできるだけ最小限に資料は出そうというこの秘密主義と国会軽視、ここに実は総理大臣としても十分考えていただかなければならない問題があると思うのです。予想されておったならなぜ冒頭に配付しないか。それに関連する資料要求は今まで再三再四委員から要求が出ておるのです。従って、削除すべきものでなかったということが気がついた以上は、要求が出る以前に配付するだけの心がけがあってしかるべきだ。このような国会軽視あるいは外務省の秘密主義というものはこの機会に完全に一掃してもらわなければならない。所管大臣である外務大臣としてはいかような処置をされるおつもりか、また、これについての所信を述べるばかりではない、明快な陳謝をまず外務大臣に要求いたします。
○小坂国務大臣 まことに仰せの通りでございます。私も遺憾の意を表さしていただきたいと思います。今後かかることのないように十分省内を督励して参りたいと考えております。
○松本(七)委員 外務大臣もこの処置の不当であることを認められて遺憾の意を表明されたのでございまするが、これはひとり所管大臣だけで済む問題ではないのです。内閣、行政府が立法府に対する基本的な態度、国会軽視がこの一つのただいまの事件によってきわめて浮き彫りにされておるのです。池田内閣総理大臣としてもこれは明快な陳謝の意を表明すべきものであると思いますので、このことを要求いたします。
○池田国務大臣 条約局長、外務大臣が答えた通りに感じております。
  〔「約束と違う」「約束通りだよ」「陳謝にはならぬ」と呼び、その他発言する者多し〕
○森下委員長 静粛に願います。静粛に願います。
○松本(七)委員 今池田総理は、条約局長並びに外務大臣の言った通りだ、こう言われた。言った通りとは、一体どういうふうに理解されておるのか、言った通りでございますじゃわからない。言った通りであるというのは、一体総理としてはどういうふうにこれを理解し、どんな所信を持っておられるのか、それをその通り表明して下さい。
○池田国務大臣 条約局長並びに外務大臣が答弁した通りでございます。
  〔発言する者、離席する者多し〕
○松本(七)委員 それでは、内閣総理大臣、池田さん……
  〔「話が違う」と呼ぶ者あり〕
○松本(七)委員 話が違いやしない。
○森下委員長 御静粛に願います。
○松本(七)委員 それでは、確認しておきますが、先ほど中川条約同長も小坂外相も遺憾であるとはっきり言われたのです。その通りだということは、きわめて遺憾に思っておると、こう確認して間違いありませんね。
○池田国務大臣 まことに遺憾の限りでございます。今後はそういうことのないように努力いたしますと、こう言っておるのです。私は、遺憾というばかりじゃないので、詳しく条約局長がお答えしたり、外務大臣が恐縮に存じ今後はそういうことのないようにしますと言いますから、その通りと言っておるのであります。その通りでございます。
  〔発言する者多し〕
○森下委員長 静粛に願います。
 質問を続けます。
○松本(七)委員 まだ続いています。
○森下委員長 松本七郎君。
○松本(七)委員 総理も外務大臣もこの問題はきわめて遺憾であるということをはっきり言われたわけですね。従って、私どもの主張からすれば、当然これは行政府の国会軽視という問題として取り上げておるのでございまするから、このような不手ぎわをなした、また今までも再三繰り返しておる外務省の国会軽視の数々にかんがみてみましても、中川条約局長の責任を明快にしてもらわなければならない。そのことについて所管大臣の小坂外相から明快な答弁をしていただきたい。
○小坂国務大臣 中川条約局長はこの資料提出の件につきまして遺憾の意を表しておるのであります。と同時に、今後もまたさようなことのないように努めると申しております。また私もまたさように十分督励して参りたいと考えております。
○森下委員長 これより質問を行ないます。岡田春夫君。
○岡田(春)委員 それじゃ質問を続行いたしますが、先ほどの問題につきましては私はまだ明確になっておらないのですが、五円七十八銭というその資料はわれわれ政府から提出されていただいております。そこで、新たなる資料があるのならば直ちに御配付をいただきませんと、私は質問が続行できないわけでございますが、新たなる資料の配付を今すぐしていただくならば、それに基づいて直ちに私は質問を続行いたしたいと思います。委員長のこれに対するお取り計らいを願いたいと思います。
○森下委員長 かしこまりました。御配付を願います。
○岡田(春)委員 ただいま資料が配付になりましたので、私これを読んでから質問を続行したいと思いますが、この点、小坂さん、これは重要ですから、あなた資料をお持ち下さい。あなた自身がこの問題に関しては御答弁を願いたいと思います。この点は重要でございますので、詳しい点がおわかりにならない場合にはそこで中川さんと御相談の上でもけっこうですが、小坂さんから必ずお答えを願いたいと思います。池田さんじゃなくてもけっこうです。
 ただいま配付をされました資料の中で、省略を生かされましてそのまま作られましたのは3でございます。3は、「日本国政府は、ディレーク・チャヤナム閣下にあてた千九百四十四年四月七日付けの坪上大使の書簡に述べられたタイ政府に対する金の売却に関し、今次戦争の後において存することあるべき未売却残高の価格を一ファイン・グラムにつき四円八十銭とする。」、ことに同意する、このようになっておりますか、ここで外務大臣にお伺いをしたいたことは、一ファイン・グラム四円八十銭にするということは、三十年協定の三条の(2)項の(a)、すなわち四四年の四月七日付の坪上書簡に関してのみ金の売却の未実行、未売却残高は一ファイン・グラム四円八十銭にする、このようになっているのでございますが、その事実において変わりはございませんか。それ以外の点もお伺いをいたしで参りますが、私の聞いた以外のことはお答えになる必要はございませんから、この点からまず一つお伺いをいたして参りたいと思います。
○小坂国務大臣 今の御要望の点だけお答えいたしますと、この点は(a)に書いてあるものだけでございます。
○岡田(春)委員 それでは、小坂さんにお伺いをいたしますが、三条の(2)項に(a)(b)(c)と三つございますが、(a)の分として残高はたしか千五百万円であったと思います。この千五百万円の分に対しては四円八十銭の適用はございますけれども、(b)並びに(c)に対しては四円八十銭の適用はない。すなわち、(b)並びに(c)は書簡通りに五円七十八銭と、換算すべきであると思うが、この点はいかがでございますか。
○小坂国務大臣 契約上はさように考えられるべきものと思います。しかしながら、(a)項につきましては、これは非常に金額が多いし、分割払いをするということで、その支払いがあるいは戦後になるかもしれないということで、この坪上書簡に言っておりまする、戦後は一ファイン・グラム四円八十銭ということを、特に書いてあるわけでございます。ところが、そこにございまする(b)項、(c)項につきましては、やはり、当時の戦争の状態等によりまして、この売却が実行されずに戦後に至りましたわけでございます。従いまして、われわれといたしましては、交渉の当初においては、これはやはり五円七十八銭であるということを主張いたしたのでございますけれども、戦後になったじゃないか、戦後にはそういう書簡があって、それがやはり戦後のものについてのカバーをしておる、こう見なければならぬじゃないかということになりまして、四円八十銭ということにしたわけでございます。
○岡田(春)委員 小坂さん、金額は多いというけれども、金額は同じですよ。五千万円というのは確かに(a)項は五千万円だ。しかし、その年のうちには三千万円払うことになっておる。しかもその三千万円を払っちゃっているのだ。そうすると、残りは二千万円です。(a)項も(b)項も(c)項も全部二千万円です。二千万円ずつが(a)(b)(c)とあって、そのうちで、あなたの今の御答弁では私は不十分だと思うが、一九四四年の四月の七日、この分で二千万円の分が戦後になるであろうとお考えになるならば、四十五年の一月十八日並びに四十五年の七月三日の二つの分も、この書簡が作られたときに、すでにこれは戦後になるかもしれないと考えられておらなければならない。ところが、このあとの書簡については四円八十銭にすることは何ら書いてありませんじゃありませんか。それでは、一の分だけに戦後の分を書いてあるというのには何らかの理由がなければならないと思うが、この点はどうでございますか。
○小坂国務大臣 五千万円のうち三千万円は払う、しかしあと二千万円については四年かかって分割払いでしていく、こういう契約でございます。従いまして、戦争が今後四年続くとも思われないということも一応考慮に入れられるべきものでございまして、その場合に、戦後になったら四円八十銭、こういうことを書いたわけでございます。金額はなるほど二千万円ずつでございますけれども、片方はその三千円を四年間にわたって払う、片方は、その年で払う、そういうことでございましたために、戦後ということを想定しなかったのではないか、かように思います。
○岡田(春)委員 しかし、今の点、これはややこまかい点だけれども、これは非常に重要だからやらなければならないのですがこれは池田総理もお聞き下さい。昭和二十年から四年にかけて、昭和二十年、二十一年、三十二年、二十三年と四年にかけて五百万円ずつ分割して払うということになっているのですよ。ところが、そのあとの昭和三十年の一月の書簡並びに昭和二十年の七月の書簡というものは、直ちにその年に払うことになっているわけです。それはなぜそのようになっているかというと、タイ国の予算の関係の軍費の調達の関係並びに日本の臨軍費の関係から言って直ちに払うことになっている。ですから、この当時には三条の(2)項の(b)並びに(c)においては、戦後においてこれが払われるべきものという予定はなかったはずでございます。それは、なぜならば、予算の編成においてそれが当然組まれているからです。ですから、今日において前の書簡の四円八十銭をあとに適用するということは、これは、昭和二十一年、昭和二十二印、昭和二十三年に払われるべきものについてこのようなことの適用があったかもしれません。しかしながら、三条の(2)項の(b)並びに(c)は、昭和二十二年あるいは昭和二十三年に払われるべきものとしてこれの書簡が取りわかされたものではないことは明らかであります。そうなって参りますと、(発言する者あり)――書いてないです。何もそういう点は書いてない限りにおいて、四円八十銭を(b)並びに(c)に適用するということは、これは明らかに間違いだと思う。しかし、これは、小坂さん、実際の政治的な解決として筋は通らないけれども、五十四億円にするという政治解決の問題として、五円七十八銭を四円八十銭に切りかえてやったのですと、こういう政治解決の方法なんでございますと、このようにおっしゃるならこれはまた別です。これは別です。そうではなくて、この書簡が生きているから全部に適用ができるのだというお話になるならば、そのような見解は間違いでございます。政治的な解決の方法としてそのようにやったのだというならば、私はその限りにおいて了解ができると思いますが、この点はいかがでございますか。
○小坂国務大臣 一九四四年四月の書簡で、これは五年間にわたって払う、そういうことになっているわけですね。さっき申し上げた通りでございます。それから、そのあとの(b)(c)においてはその年に払う、こういうことでございましたけれども、これはなるほどあとに払うということは予定されていなかったのでありますけれども、戦争の状況等によりまして、これが実行できないで戦後に残ってしまったのであります。残ってしまったのでありますから、戦後に残ったものについては、一ファイン・グラム四円八十銭という勘定をするということも筋として通らぬということも言い得ないと思うのであります。でありますから、先ほども申し上げた通り、筋としてはこれは通るのでありますが、交渉の技術上は、できるだけわが方が少なくて済むようにという考え方から、これは五円七十八銭ということではないか、こういうことを一応われわれは押すわけであります。しかし、合意に達した点は四円八十銭でございまして、これは筋としても通る、かように思っておりますし、また、この内容につきましては三十年の協定において実は御承認をいただいておるものでございますから、そのように私ども考えております。
○岡田(春)委員 この問題ばかりやっておってもしようがありませんから進めますが、この点は了解いたしません。
 私は次に進めますが、この問題に続いて、要するに、四十七億にしようが五十四億にしようが、ここで明らかになったことは、――小坂さん、笑ってないで下さい。さっきあなたは陳謝したじゃないですか。ひやかし半分にやられるのは私困りますよ。私だって何も笑ってやっておりませんよ。まじめにやっていますよ。ごまかさないで下さい。私がさっきから言っておるのは、四十七億にしようが、五十四億にしようが、これによって特別円の勘定の債務というものは一切済んでいる。その証拠に、特別円勘定十五億円、金の未引渡し分〇・五トン、金の買却に関する分四千四百万円、これはそれぞれ時価に換算した。そして、十五億円とその差額、四千四百万円との差額を加えて五十四億にする場合もあり、四十七億にする場合もあるが、ともかくもこれで特別円関係は全部済んだことになるのではございませんか。この点はいかがですか。
○小坂国務大臣 今まで御質問のありましたのは四千四百万円の内容でございますね。それをどう計算するかということについて申し上げ、また、三十年協定の内容として御承認をいただいておるわけであります。それによって計算しましたのが、九・一六七トン、それに〇・五トン、そして十五億円から四千四百万円を引いて、そしてこれを……
○岡田(春)委員 時間ばかりかかってしょうがない。
○小坂国務大臣 非常に早口でやりますから……。それで、これを全部入れますと五十四億円になった、こういうことでございます。ところが、タイ側にしてみれば、十五億円というものは、彼らにしてみれば、これは一ドルが十一バーツである、こういうことで計算して千三百五十億ということを言ってきて、それからだんだんおりて、累次にわたって申し上げた事情で来たわけですね。そこで、百五十億というものをいかに処理するかということで、五十四億円はスターリング・ポンドで払うということでやったわけですが、特別円の交渉の結果といたしまして、五十四億円を払えば全部済んだということなしに、そのほかに九十六億円というものを資本財あるいは役務の形で供給するという義務を負うことによってこの特別円問題を解決した、こういうことになっておるのが三十年協定の内容であるわけでございます。
○岡田(春)委員 いや、あなた、時間をかせぐためにそういうように長々言わなくても、わかっていますよ。千三百億とか、そんなことはわかり切っておるのだ。あなたは何度も答弁しておるのだ。そんなことは私は知っていますよ。私の言うのはそんなことではないのですよ。債務は、五十四億ですべてが済んでいるのではありませんかと言うのです。それ以外は貸すと言っておるでしょう。それならば済んでいるじゃないかということを聞いておる。どうなんですか。違うのですか。
○小坂国務大臣 いわゆる債務としては五十四億で済んでおるわけです。しかし、そのほかに九十六億円の役務あるいは資本財を提供する義務を負うたという形でこの問題を解決しておるわけでございます。そこで、これは少し先になるかもしれませんが、この九十六億円をいかに解決するかという問題で、今度の新協定によってその分を置きかえて新たなる債務を負うたということだと思います。
○岡田(春)委員 党の方針もありますので、できるだけ簡潔にやります。要するに、五十四億円で債務は完結したということはあなたは答弁された。九十六億円という問題は借款並びに投資の形でこれを供与する。これは別の問題であっても、少なくとも債務に対しての関係は、だれが見たって、国民が見れば直ちにわかる。特別円の債務の関係の三つの要素はすべて五十四億円で済んでしまう。そうすれば。五十四億で済んだのでしょう。あなたは違うとおっしゃるなら、会計検査院の院長が来ているはずです。私はあまり時間がないからどんどん進めますが、その証拠に、昭和三十四年の決算、国会に報告した昭和三十四年の決算報告を御答弁願いたい。会計検査院長おりますか。いないのですか。――こっちへ来て下さい。池田さんのうしろがあいているから。昭和三十四年の国会に出しました決算の説明によると、タイ特別円及びデンマーク請求権にかかわる支払いは本年度において終了したと書いてある。これは間違いございませんね。五十四億円で終了した。池田さんに相談するのじゃない。あなた会計検査院の独自の立場においてやって下さい。何をやっておるのです。会計検査院の独自性はないのか。会計検査院は独自性はないのか。池田さんの言うことを聞かなければわからないのか。だめだ。会計検査院がそういうことがわからないのか。池田さんに聞かなければわかりませんか。決算でしょう。決算の報告です。
○芥川会計検査院長 お答えいたします。ただいま突然のお呼び出てでありましたので、もう一度御質問の趣旨をよく承りたいと思います。
○岡田(春)委員 検査院長おすわりになりましたので、よくお聞き願いたいのですが、昭和三十年に日本とタイとで特別円に関する協定を結びました。この協定に基づいて、協定の第一条で五十四億円を五カ年の年賦でポンドで払う、並びに第二条によって別に九十六億円は投資またはクレジットの形で供与する、このような決定が行なわれました。それに基づいて大蔵省は三十四年まで十一億円ずつ払って三十四年に完済をいたしております。その完済の経過は昭和三十五年の「国の予算」の中にも明らかに出ております。昭和三十五年の「国の予算」では、昭和三十年のこの協定が成立をして五十四億円を五年間年賦でポンド貨で支払うことになったが、三十四年度に十一億円を支払い、この債務は完了をした、なおこのほか九十六億円を限度として資本財及び役務の形で投資または借款を行なうことになっているが、この具体的な方法はきまっていない、こういうことになっておる。それに基づいて決算の報告を見ますと、タイの特別円並びにデンマークの請求権にかかわる支払いは本年度において終了したとなっております。従って、この点は、国の予算の関係と同じく、「国の予算」では、これは債務でございますから、債務はこれによって完了したとある。会計検査院としてはそのような解釈のもとに決算報告を確認されたのだと、思いますけれども、この点はいかがでございますか。
○芥川会計検査院長 ただいまの御質問にお答えいたします。会計検査院といたしましては、政府が決算報告を検査院に出して参るわけであります。これは、憲法九十条にありますように、検査院は国の収入、支出の決算のすべてを検査いたしております。政府が支出いたしました分につきましては、三十四年度において検査を確認いたしております。三十四年度に支出した決算につきましてのみ検査院は検査を確認しておるということを申し上げる次第であります。
○岡田(春)委員 それでは、私は質問を続けて参りますが、会計検査院としては、三十四年度の経理というものに何ら間違いがないということを確認いたしました、簡単に言えばそういうことになるわけでございますか。
○芥川会計検査院長 さようでございます。
  〔発言する者あり〕
○森下委員長 御静粛に願います。
○岡田(春)委員 あなたのおっしゃる通りに、三十四年度の経理は済んでいる。しかし、その三十四年度の経理というのは、これは特別円の決済に関するということで、これ以上項目はないわけでしょう。三十五年になってから賠償関係の特別会計の中にタイ特別円の項目の目はございますか。ないでしょう。
○芥川会計検査院長 検査院といたしましては、先ほども申し上げました通り、政府が支出をいたしました決算の検査をいたしておりますので、三十四年度、三十五年度につきましてもそうでありますが、政府が支出をしましたその決算の検査を確認いたしておる次第であります。
○岡田(春)委員 それでは、私はこういう点から伺って参りましょう。あなたは三十四年については間違いがなかったと言われる。三十五年の決算において、賠償等特殊債務処理特別会計の中で、タイ特別円の処理費というものは目がございますか。それこそあなたの関係でしょう。
○芥川会計検査院長 お答えいたします。ただいま、突然のことでありますので、詳しい資料を持ってきておりませんが、その目はないと思います。
○岡田(春)委員 ないと思いますでは困るのでございます。今あなたがお見えになる前に、あなたの関係ではございませんが、政府の提出した資料について非常に問題が起こったのです。ですから、あなたは私の質問の続行中にその点はお調べになって明らかにしていただきたいと思います。ないと思いますということだけでは私は了解できないのでございます。ないならないとおっしゃって下さい。
○芥川会計検査院長 ないと思うのでありますが、なおその点は確認いたした上で御答弁申し上げます。
○岡田(春)委員 それでは、この点はなるべく早く確認を願います。
 大蔵省に伺います。宮川さんおられるなら宮川さんでもけっこうですが、「国の予算」で昭和三十四年でこの債務は完了したとなっているが、間違いございませんか。
○宮川政府委員 無償で提供します五十四億円、これは債務は完了いたしましたが、それに伴いましてございました九十六億円の経済協力の分がまだ未済で残っておるわけでございます。
○岡田(春)委員 宮川さん、九十六億円は債務でございますか。
○宮川政府委員 提供義務でございます。
○岡田(春)委員 ここで理財局長に教えたってだめだ。提供義務というのは債務ですか。
○宮川政府委員 提供義務は広い意味の債務であります。
○岡田(春)委員 広い意味の債務というのはどういうことですか。広い意味の債務とはどういう意味ですか。金銭債務ですか何ですか。ちょっと答弁お待ち下さい。こういう答弁ではだめです。広い意味の債務とは一体何だ。だめです。提供義務が債務になりますか。(「予算に全然載っていないじゃないか」と呼び、その他発言する者多し)委員長、どうなんですか。林さんじゃだめだ。宮川さん答弁しないとだめだ。(「委員長が承認していないじゃないか」、「大蔵省に聞いておるのだと呼び、その他発言する者多し)宮川さんが答弁するためにここまで来ておるのに、ごまかしをやってはだめです。
○森下委員長 大蔵政務次官。
○天野政府委員 今の点についてお答え申し上げます。ただいま理財局長が広い意味の債務ということを申し上げましたけれども、これは一般常識的な意味での債務という意味で申し上げたのです。実際といたしましては、五十四億円のものは三十四年度で一応支払いが済んだ。九十六億円の分につきましては、これは国の予算に計上しておりませんし、これは、今後いろいろと役務なりいろいろなものがきまりましてからこれを考えるということになるわけでございます。国の予算にはこれは載せておらないわけであります。
○岡田(春)委員 私は質問を続行いたしますが、今田中織之進君から関連があるそうでありますので、関連をお許し願いたいと思います。よろしいですか。
○森下委員長 関連質問の通告がありますので、これを許します。田中織之進君。
○田中(織)委員 ただいま岡田委員から御質問申し上げておる点は、この協定の承認問題にきわめて重大な関係を持っておるのでございますが、私も先国会まで衆議院の予算委員をいたしておりました関係から、昭和三十五、六年度の予算に関連をいたしまして、賠償等の戦争によりますところの支払い関係について、予算に計上されたもの以外に未解決のものがあるかということを、本予算が提出されるたびに毎国会政府側に質問をしてきておるのでございます。日にちははっきり覚えておりませんが、そのつど、予算書に計上しておるもの以外に、たとえば三国委員会等にかかっておる問題等についても大蔵省当局から説明がございましたが、特に昭和三十五年度、三十六年度の関係におきましては、三十四年をもちましてタイ特別円関係は五十四億円の支払いが完了いたしました関係から、それは予算的にもまたその問題が未解決になっておるという形で政府側の答弁を得ておらないのでございます。先ほど岡田委員が指摘をいたしましたように、「国の予算」の三十五年度予算に関する部分につきましては、先ほど述べましたように、五十四億は完了いたしましたけれども、残りの九十六億の役務及び資材によるところのクレジットの問題についてはペンディングになっておるということの記載がございました。しかし、この三十六年度の関係においてはこういう関係の記載もないのであります。この点は、特に三十六年度予算について、これは外務大臣にも、分科会であったかと思うのでございますが、確認をしておるのでありますけれども、たとえばオランダ関係のオブ・テン・ノールト号のように舞鶴港外で沈没した船の関係の問題等についても私は具体的に実例をあげて、それ以外にないかということを念を押したときに、あなた方はないということをはっきり答えてきておる。それにもかかわらず、昨年、総理が東南アジアに参りました帰りに新協定を結んで参ったのであります。この点から見ても、岡田委員が、質問を申し上げておるように、特別円問題は五十四億円の支払いで完了いたしました。別個の問題といたしまして、タイの経済協力、戦時中からのそういう関係から日本が借款という形で三十年協定が結ばれておるのが実行に移されていないという事実関係の存在はわれわれも認めますけれども、法律上、予算的な関係から見ますならば、この点は、やはり会計検査院の報告にありますように、三十四年の十一億の支払いをもちまして五十四億の支払いは終了しておるのです。会計検査院長も、三十四年の決算についての検査を行なっただけだと言われますけれども、国会に出しました三十四年の決算報告には、明らかにタイ特別円関係の問題については支払いを終了したという文字が書いてある。これは、その意味において、先ほどの答弁で三十四年だけの問題だというようなことの会計検査院長の答弁は、われわれ国会側としては受け取るわけにいかないのです。その点から見て、富川理財局長がお答えになったような形で、この三十年協定における九十六億円は債務である、現在も継続しておるものだということにあなた方がなるならば、なぜ賠償等特殊債務処理勘定の中にこのペンディングになっておる問題として入れないかという問題が出てくる。私どもは、そういう意味において、理財局長がお答えになったような、これが債務として存在しておるのだということは、前協定を承認した国会の立場に立ちましても認めるわけには参らないので、この点をさらに明確にしていただきたいことをこの際関連して伺います。
○宮川政府委員 純粋の金銭債務は五十四億円でございまして、これは完済いたしましたが、これに伴いまして別途協定がございますように、九十六億円の経済援助義務がございます。これは一つの提供義務でありまして、純粋の金銭債務ではございませんので、予算には載せていないわけであります。
○田中(織)委員 その点は、新協定の内容とも関連をいたしまして、私も後ほど、三十年協定の特にこのあとの部分を政府が実行するためにどういうように努力して参りましたか、さらに、先ほど総理が述べられました日産五千バーレルの石油精製のプラント輸出の問題に関連をいたしまして質問を申し上げる予定でありますから、これ以上開運でありますから伺いませんが、今のような形で、これは賠償及びそれに準ずる特殊債務としては、五十四億完済した以後特別円関係ではないということは、大蔵省の国会に提出しました記録に明らかなんでありますから、その点はわれわれとしては最後の答弁を認めるわけにはいかないということで、私の関連質問を終わります。
○岡田(春)委員 それでは、続けます。
 それでは、先ほど宮川さんの言ったように、金銭債務は完了した。従って、九十六億円というのは、この条文にある通り、何もあなたが御心配になる必要はない。あなたのおっしゃる通りなんだから、三十年協定にそう書いてあるのだから、宮川さん、何も心配する必要はないですよ。これは三十年協定の二条に九十六億円を限度とする投資及びクレジットの形で供給すると言っているのだから、これは、宮川さん、もう一度はっきりしておきましょう。これは金銭債務ではない。これは間違いございませんね。
○天野政府委員 もう一度この点につきまして御答弁させていただきたいと思います。三十四年度に十一億円を支払いまして、五十四億円の債務は完了したわけでございます。このほか、九十六億円を限度といたしまして、資本財及び役務の形で投資または借款を行なうこととなっているわけでございますが、その具体的な実施法については意見の一致をずっと見てなかったということでございます。
○岡田(春)委員 これはあなたのおっしゃる通りです。ですから、私は聞いておる、ですから、天野さんのお答えはそれでいいんですよ。宮川さんに私は聞いておる。宮川さんに、これは金銭債務ではないですねと聞いておる。そんなのは簡単なことですから、お答え願えればいいのです。
○宮川政府委員 提供義務でございまして、金銭債務ではございません。
○岡田(春)委員 わかりました。
 それでは、宮川さん、もう一度伺います。先ほど総理大臣は、最初に、あなたお聞きだろうと思いますが、三十年協定では貸すと言った、やると言ったのではないのだ、あんなに大きな声で条約上の問題だと言っている。ただし経済効果は別だ、こう言いましたね。条約上では、これは貸すということですね。どうですか。そういうことでしょう。宮川さん、答えなさい。
○宮川政府委員 協定によりますればクレジットとして提供することになって、おったわけでありますが、具体的内容につきましては合同委員会を設けましてきめることになっておったのでありますけれども、具体的なやり方はきまらなかったわけであります。
○岡田(春)委員 そんなことを言うから、質問が進行できないんですよ。もっと簡単に言って下さいよ。宮川さん、これは池田総理が言っているのたから、あなた心配しないでいいですよ。貸すと池田総理が言ったのだ。こう言っているのだから、これは九十六億円は貸す分でしょうと聞いているのだから、それならそうだ、違うなら違うと言ったらいいんですよ。どうですか。
○宮川政府委員 総理大臣が答えられた通りであります。
  〔発言する者多し〕
○森下委員長 御静粛に願います。
○岡田(春)委員 宮川さん、総理大臣は何と答えましたか。それを言ってごらんなさいよ。
○宮川政府委員 両国間の経済協力のための措置といたしまして、合点される条件及び態様に従いまして、九十六億円を限度額とする投資及びクレジットの形式で日本国の資本財及び日本人の役務をタイに供給することに同意する、こういうことを総理は申されましたので、その通りだということを申し上げました。
○岡田(春)委員 違う。違う。そんなことを言ってない。違う。池田総理はそんなことを言っておりません。
  〔発言する者あり〕
○森下委員長 御静粛に。御静粛に
○岡田(春)委員 宮川さん、聞きなさい。池田総理はその部分ではそんなことを言っておりません。池田総理の言ったのは、三十年協定の第二条は、これは貸すのだ、こう言ったんです。それは貸すのだというのでいいのでしょうというのをさっきから宮川さんに聞いている。貸すなら貸すと答えたらいいのですよ。
○宮川政府委員 投資とクレジットの形で貸すということであります。
○岡田(春)委員 そうでしょう、わかりました。投資とクレジットの形で貸すのだ、それはそれでよろしい。
 それならば、貸すのだというのならば、今度は総理に伺います。五十四億円は金銭債務で払った、済んだ。九十六億円はあなたが調印された協定で今度は債務になって払うのだ。この九十六億円というものは、どういう算出根拠というか、債務の裏づけになるものがあるのでございますか。五十四億円で、特別円の十五億円の勘定残高、金塊引渡し〇・五トン、そして未実行分四千四百万円が済んでいるのに、九十六億円を与えるということは、何かこの債務の裏づけがなければならないと思うが、何が根拠でございますか。
○池田国務大臣 九十六億円は八年年賦で向こうにやるということは、その根拠は三十年協定の第二条と第四条から来ておることでございます。
○岡田(春)委員 第二条、第四条では、あなたのおっしゃったように、これは貸すということです。貸すという九十六億の数字はあなたの言う通りですよ、数字は九十六億であっても、貸すという場合とやるという場合は違うのだとあなたは言ったじゃありませんか。違うじゃないですか。
○池田国務大臣 それだから、前から言っておるじゃございませんか。二条において、投資またはクレジットの形式において資本財、労務を供給する、こういう供給の義務があるでしょう。三十印協定には貸すという義務がある。そして、その四条によって、その貸し方、供給の仕方がきまることになっておる。一つの義務です。この義務が六年間も果たし得なかったから、この義務のかわりとして今度やることにしておる。
○岡田(春)委員 これはおもしろい話を開いた。あなたのお話はわかります。あなたの話の筋はわかるが、それが妥当であるかどうかは別だ。私はまだこれから言うのですよ。いいですか、総理大臣、お聞きなさい。
○池田国務大臣 聞いております。
○岡田(春)委員 債務がないのに貸すということは、これはあるでしょう。九十六億だろうが二百億だろうが、千億貸してもいいですよ。あと返してもらうのだから。債務がないのにやるというのなら、架空の債務に対する不当の支払いじゃないですか。あたりまえじゃないですか。これは明らかです。総理、私はベトナムの賠償のときに鶏三羽に二百億と言った。あなたが今度払うのは、鶏は一羽もいないのに百億円ただでやるのだ。こんな話がありますか。国民がこれを納得しますか。
○池田国務大臣 三十年の協定の第二条におきましては、九十六億円を貸したりあるいは投資したり、そういう投資をしたりする義務を負うているのですよ。投資の形式において労務、資本財を供給する義務がありますよ、日本には、義務です。供給することに同意している。そうして、その投資やあるいは貸し方につきましては、四条において合同委員会で、きめなければならぬ。きめることでしょう。九十六億円を貸したりあるいはそれに相当する資本財を投資する義務がある。その義務を果たすべくいろいろ話をしたのですが、話がまとまらない。鶏三羽どころじゃありませんよ。資本財、労務供給の義務がある。その義務を果たそうにも、両国の意見が一致しないから果たし得られない。日・タイ間の関係あるいは日本と東南アジアとの関係においてこういうことをじんぜんとして置いておくことがどうか。だから、供給義務で、先ほど来申し上げておりますように、九十六億円を三十年も五十年もして払ってもらうことと、今回のように八年間で年賦でやることと、どれだけ違うかということを大所高所から考えてやったのであります。鶏三羽じゃありません。九十六億円の供給義務です。
○岡田(春)委員 それは、総理大臣、あなた、貸すということ、投資するということ、これと与えるということは別ですよ三十年協定で、債務の根拠がないから九十六億円貸してあげましょうと言ったんだ。これは筋が通る。債務の根拠がないから。ところが、債務がないのに、あげましょうと言ったら、架空の債務に対する不当の支払いですよ。当然そうじゃありませんか。
 しかし、私はこれからこれについてもっと進めて参ります。あなたはこれの方がいいんだとお話しになった。その根拠として、あなたこういうことを言われましたね。タイの方では戦時中の日本の債務を解決する協定を締結した結果、逆にタイが債務者になるようではタイの国民感情は許さない、だから九十六億円やることにしたんだ、こう言いましたね。ところが、どうですか。三十七年協定で論拠のない債務に対して九十六億円やったら、日本の国民感情がこれはいいことだと思いますか。思うわけがないじゃないですか。国民感情は許さない。あなたのように九十六億円をやったら、日本の国民感情は今度は許しません。日本の総理大臣である池田さん、どうお考えになりますか。
○池田国務大臣 許すか許さぬか、ここで審議してもらい、そして参考人を呼んでいろいろ意見を聞いておるのであります。私は、三十年協定の二条並びに四条にかわるものとして、八年年賦のこの支払いは国民が承認して下さることを確信いたしております。
○岡田(春)委員 それは、国会の多数という力で押し切っていって、国民が納得するというように思ったら間違いです。債務がないのに貸すというならば筋は通る。債務がないのにやると言ったら、だれも承知はしない。この事実を忘れないようにしてもらいたい。これは明らかに鶏は一羽もいない。百億をやる。小田部さん、どうです、そういう感想を持たないですか。感想を話しなさい。感想があるはずだ、小田部さん。私はあえて聞かないが、小田部さんには感想があるはずだ。
 それじゃ、続いて伺います。総理大臣、タイが間違った、タイに落度があったからといって、三十七年協定で文面上タイの間違いだということで、五十四億円、これを今度は五十四億プラス九十六億円をやるということにきめた。そうすると、最初に条約局長からもいろいろ伺った点でございますが、三十年協定と三十七年協定を比べて、三十七年協定で三十年協定が変わってきている、この変わってきているのを二つ並べてみて、その場合に、――中川さんお疲れでしょうから、中川さんには伺いません。総理、いいですか。三つ条約を並べて、どこにタイ国が間違ったということが書いてありますか。二つの条約を並べたらば、見ようによっては日本が間違ったから日本が直したことになるじゃありませんか。タイが間違ったというのはどこにも書いてないじゃないですか。どういう点でタイが間違ったということがわかるのでございますか。あなたが聞いたというだけでは、条約上明らかではございませんよ。条約の上でどうなんですか。
○小坂国務大臣 御承知のように、この三十年協定は動かなかったのであります。従って、これを動くようにするためにこの新協定を結んだという事情は、しばしば申し上げている通りです。あなたは今の時点から先をおっしゃいますけれども、こういうものができまするについては長い経過があるわけです。その経過をやはり頭に入れて御判断をいただかないと、この判断というものは正確に出ないと思います。タイ側が間違ったか日本側が間違ったか協定を読めば出ないじゃないかというお話がございますけれども、そういうようなことではなくて、とにかくこの協定が動かないので、この動かない部分にかわる新しい協定を結んだ、これが条約面の事実でございます。
○岡田(春)委員 私はこの点小坂さんに答弁してもらいたいと思うのですが、小坂さん、これについて何か取りきめがあるのじゃないですか。タイとの間に、お前の方が間違ったから直してやるとか、こういうような取りきめがあるのなら、先ほどのような資料の問題もございますから、今のうちにこういう取りきめがあるならお出し下さい。先に私は申し上げておきます。
○小坂国務大臣 そういう取りきめはございません。ただ、日本の池田総理大臣がタイのサリット首相と会いましていろいろ会談したことは、これは事実でございます。先方がいろいろ言ったことは、これは事実として残るわけでございます。また、タイのサリット首相がわが方の大江大使に言ったことも、これは記録として残っておるわけでございます。
○岡田(春)委員 サリット首相と池田さんとが会ったということは、公文上か条約上の取りきめか、そういう法的な効果を持つようなことが何かあるのでございますか。小坂さん、どうですか。
○小坂国務大臣 会談されたということについては、その後に共同声明が出ております。
○岡田(春)委員 共同声明の中に、九十六億のものを与えて、前の条約を改めてということはあるにしても、タイが間違ったということが出ていますか。
○小坂国務大臣 そういうことは特に条約上書く必要もなし、日・タイ友好関係から見て、これは旧・タイ関係をよくするために、今後日本のためによかれと思って、またタイのためによかれと思って結ぶ協定でございますので、あまりやぼなことを言うことはないのだろうと思います。
○岡田(春)委員 それでは、小坂さんに伺いますが、われわれはベトナムの賠償問題についていろいろ論議をやりました。ベトナムの賠償で二百億円払うのについて、こういうことをやっておったならば北ベトナムからも請求があった場合にこれは払わなくちゃならなくなるじゃないか、そういう点を国会でいろいろ議論いたしました。そのときに、私の申し上げたいことは、その当時の政府は、そういう請求権が再度請求されないために、南ベトナムの政府に対して、今後一切の請求権は請求いたしませんという、取りきめを行なった。タイの特別円のこの問題については、あなた御承知のように、一月三十日に辻原君が質問をしている。その翌日の一月三十一日にあなたが調印をしている。私は、リプレイスというようないまだかつて先例のないようなことをこの協定として行なった、世界にこのような例がないようなことを行なった場合において、この点についての何らかの取りきめをもしあなたの方で行なっておらないとするならば、はなはだ失礼だが、あなたは藤山外務大臣以下です。明らかに以下です。藤山さんはその点は慎重に日本の国民のことを考えた。あとで再度請求されることのないように、請求権に対する取りきめを行った。あなたは行なってないじゃないか。こういう点について、日本が間違いでなくて向こうの方の間違いの点を、何も言葉の上で間違いでございましたとかなんとかというようなことを必ずしも書く必要はないが、こういう点においてタイの事情によってどうなったというような取りきめをとっておかないとするならば、私は外務大臣がほんとうに日本の国民を考えているとは思われない。あなたは、ほんとうに考えているのならば、そういう点をなぜ明らかにしないか。条約を二つ並べてみた場合において、後世の歴史家なり国民がどう思うか。日本の政府が間違ったために前の条約を直して、こんなリプレイスという世界で類例のないようなことをやったんだと言われてもしようがないじゃないか、条約上の取りきめは何らないじゃないか。これは適当とは思われない。これについてあなたはどうお考えになる。藤山さんの方がもっと責任を負ってしっかりしたことをやっている。あなたはもっとしっかりしなければだめです。
○小坂国務大臣 御激励をいただきまして恐縮に存じまするが、ベトナムの場合は、これは、御承知のように、分裂国家でございます。従って、その請求権の問題について慎重にすることは当然なことだと思います。タイは分裂しておりません。しかも、このタイの特別円問題については、新協定をごらんになると、岡田さんよく御承知のように、これについてすべての問題が解決した、特別円に関するすべての問題が解決したということをはっきり書いておるわけでございます。従いまして、今後かような問題は絶対に起きないというようになっておるわけでございます。
○岡田(春)委員 あなたはそういうようなことを言っちゃいけません。ベトナムは南と北とに分かれているからということですが、請求権をもらわないといったのは、北ベトナムからもらったのじゃないのだよ。南、ベトナムからもらっている。その点に関する限りは同じことです。それよりも、もっと違うのは、タイは今クーデター政権でしょうが。安定政権じゃないじゃないですか。いつひっくり返ってどうなるかわからないじゃないですか。あとの政権にそんなのは違いますと言われたとき、あなたはどう責任を負うのです。あなたはそのときは外務大臣でないでしょう、おそらく。外務大臣でないでしょうが、それだけにあなたの汚名は将来に残るということを私は心配しているから言っているのだ。あなたはこれからでも取りかわしなさい。取りきめをやりなさい。どうです、取りきめをやったらどうですか。
○小坂国務大臣 ベトナムにおきましてこれが唯一の全ベトナムを代表する合法政府であるということをきめたことにつきましては、実はむしろあなたの方がそれに対していろいろ御疑問があったのじゃないかと思っております。このタイの問題は、これは、御承知のように、はっきりとタイの国内法上の手続々を了しまして、そうしてこれが承認されるわけでございます。これは当然継続性はある問題でございまして、現在の政権に対して特別の御批評を持たれておるようでございますが、私は、この協定というものができることによって、日・タイ関係、また東南アジアにおける日本の地位というものは大いに上がるということを確信しておりまする次第でありまして、いささかも御懸念のようなことはないと思っております。
○岡田(春)委員 これは、国会というものは条約審議について政府に対して警告を発することもできる。こういう条約取りきめについて、タイが間違ったのだというこの落度ということを何らかの形で政府自身がタイとの間に取りきめをきめておくことが日本の将来のために絶対に必要であると私は思う。小坂さんが永久に外務大臣であろうはずはないし、あなたの責任としても、この点は、今後の運営として、こういう点ははっきりさしていただくことを私は希望いたします。
 会計検査院の院長、先ほど御調査になったはずでございますが、何か御調査の結果わかりましたでございますか。
○芥川会計検査院長 確認いたしましたところ、三十五年度においては目は計上されておりません。
○岡田(春)委員 それでは私の言う通りでございます。三十五年以降金銭債務についての支払いの目はない。ですから、終了したのです。まあ会計検査院の任務外だとおっしゃればそれはまた別ですがね。これについて、大蔵省から提出している正式の資料をもって田中織之進君も言われましたように、明らかに金銭債務五十四億は完了した。従って、タイの特別円の債務は完了した。そこで、合計百五十億になる九十六億円をあなたがやるということになるのなら、このやるということについては、われわれは、架空の債務である、これに対する不当な支払いであると考える。なるほど、九十六億という金額は三十年協定の第二条にあります。金額九十六億はあるが、やると貸すということは別問題だ。これはあなたもお認めになった通りだ。そうすれば、債務となるべき根拠がないのに九十六億円をやった。経済的な効果は別な問題です。条約上の点においては明らかに債務のないのにやったということになる。架空債務であると言わざるを得ない。私はそう思わざるを得ないが、総理大臣、もし御意見があればもう一度伺いましよう。
○池田国務大臣 第二条によって、九十六億円の投資またはクレジットの形式によりまして資本財及び労務を供給する義務がございます。それは既存の方です。その義務が、今度あなたらの同意を得まして、九十六億円を八年間にやるということになるのであります。それが日本のためによくなると私は確信を持っております。
○岡田(春)委員 池田さんの御答弁には私満足いたしません。供給する義務といっても、これはクレジット並びに投資の形での供給する義務、すなわち、これは、先ほどあなたが答弁されたように、貸すということです。貸す義務があるということです。貸す義務があるだけであって、与えるという義務ではないのです。明らかです。ですから、貸すというのを与えたのですから、与えるのならば、それを債務支払いとして払うんだったら、その債務の基礎になるものがなければならないにもかかわらず、その基礎になるべきものは、日銀の特別円勘定十五億円の残高、金塊引き渡し分の〇・五トン並びに四千四百万円の未実行分、これは五十四億円で済んでいるのですから、従って、九十六億円に債務の根拠はないということになる。
 それでは、その次に進めます。私は、このような支払いの形は、九十六億円を貸しているならばこれは問題として起こらないけれども、すなわち三十年協定ならば問題は起こらないけれども、池田さんのような形ならば、これは二重払いになるということを私は申し上げたい。あなた、笑われるけれども、お聞きなさいよしあとで具体的に言います。
 まず第一に、金塊〇・五トンはなぜタイ国に渡さなければならなかったか。小坂さんでも小田部さんでもいいです。そして、これはおそらくイギリスの略奪財産であったということを言われるのだろうと思いますが、略奪財産であるということを確認されましたかどうですか。
○小田部政府委員 お答え申し上げます。この〇・五トンの金につきましては、略奪財産だと司令部からスキャッピンが来たのでございますが、当時戦争中に金銀その他いろいろなものが実は日本に持ち帰られてきたのでございます。それに対しまして、司令部からまずスキャッピンが出まして、略奪財産に属するもの、金銀を含めまして調べさせることにしたのでございます。ところが、日本の帳簿を調べてみますと、そのころの帳簿は、あるものは焼けておりますし、それから、持ってきましても、金はそのままの形で置かないで、あるいは鋳り直し、また、ほかから持ってきた金と一結にしたのでございます。そこで、前にも御説明申し上げましたと思いますが、タイのためにイヤマークしていた金そのものが略奪したものかどうかはわかりませんが、その〇・五トン分の金を略奪してきた、外国から持ってきた、占領地から持ってきたという資料を司令部に提出してあるのでございます。そこで、その〇・五トン分に相当する分を略奪財産としてこれを司令部から要求されまして英国に渡した。渡しましたから、タイは、すでに自分の所有権になっていて日銀にただ置いてあった分のうちから〇・五トン分の金を取られたものですから、その分の分の権利を留保したわけでございます。そこで、その金で支払うか、あるいは金に相当する額で払うかということで、五十四億円の際に、金に相当する貨幣の額で二億幾らかの額を加えた、こういうわけでございます。
○岡田(春)委員 小田部さん、伺いますが、それじゃ、そういうふうにアマルガメートされてあるという現実は日本政府はごらんになったのですか。
○小田部政府委員 そのときいろいろな報告書を出したのでございまいすが、その報告書の中にも、これは調べましたところが、その金というものはいろいろアマルガメートしたし、どれがどれか必ずしもわからない、ただ、帳簿にあるのは、陸軍の何とかが、陸軍の部隊が持ってきて、これを日銀に預けた、そういうふうな表がたくさんできたのでございます。
○岡田(春)委員 これは、小田部さん、重大な点があるんですよ。何か今陸軍が持ってきて云々というお話でしたが、これは場所によってはイギリスのものであるかタイのものであるかわからないような問題もあるんですよ。それはさっき宮川さんが答弁したでしょう。タイの南の方の四州における地域、この地域においては戦争中にタイが合併している地域があるんです。マレー四州から持ってきている場合には、これは必ずしもイギリスのものとは言えない場合がある。そういう点が確認されておるんですか、どうなんでございますか、そこの点が、固まっているというようなことではどこの品物だかわからないんじゃございませんか。
○小田部政府委員 実は、当時司令部から何回となく日本政府に対しまして正確なる資料を出すようにということを言われたのでございます。ところが、当時の日本におきましては、焼失したり、前にも申しました通り、アマルガメートしたり、いろいろなことをしておるものでございますから、正確な資料が出せない。そこで、出した資料があるわけでございます。それは非常に膨大なる資料を出したわけでございます。そこで、司令部の中でいろいろ検討いたしまして、その結果、イギリスに少しとオランダに少しというものを略奪財産の金として返せということを言われまして、その部分をもって済ましたわけでございます。ですから、これはスキャッピンによったものでございます。
○岡田(春)委員 それでは、お伺いしますが、私どうしてもそれが解せない点があるんでございますが、政府の提出資料がありますね。ちょっとお待ち下さい。
 ちょっと、委員部の人、政府のタイ関係の提出資料を見せて下さい。だいぶたくさんになって、私ちょっと疲れてきたから資料がどこにあるかわからないのです。タイ関係の資料見せて下さい。未引渡し分〇・五トンの確認分があるでしょう。
 それでは、委員長、私も少し疲れてきているんでなかなかあれですが、まあ私の質問だけは全部やりたいと思いますから、委員長も御協力を願います。
 小田部さん、さっき金塊は何かこう固まっちゃってひっついちゃったとかいうお話ですが、引渡し書によると金塊の数は四十二本となっているが、本数が別に出ているじゃありませんか。タイに引き渡したのが全部で二千六百五十三本、三本というか三個というか、未引渡し分が四十二個、こうなっておるじゃありませんか。これはイヤマークしておる証拠じゃございませんか。
○小田部政府委員 お答えいたします。その前に、このスキャッピンのタイと英国に関する部分を見ますと、この四十二本の分は、日本が占領地域から日本に持ってきた金の責任に相当する、――アカウンティング・レスポンシビリティという字を使ってあるのでございます。相当するという字が使ってあるのでございます。そこで、金はアマルガメートされまして、そうして、タイの部分といたしまして、二千何百個の、二千六百九十六ですかの金の形にしておいてあったわけなのでございます。ですから、ここに、前にも申しました通り、この四十二個の分が、はたしてそのものが略奪してきたかどうか、そこはわからないのでございます。ただ、しかし、それに相当するものを日本が外地から持ってきたということの資料が明らかにあるのでございます。そこで、司令部は、このものにも、そのタイのイヤマークした金の中で、そのものが略奪したものが入っておるというのじゃなくて、そこに相当するものをという意味で、アカウンティング・レスポンシビリティという字を使ってやったわけなのでございます。
○岡田(春)委員 私らに配付されている資料は、英文はありませんから、われわれはわかりません。アカウンティング・レスポンシビリティなんということは何も書いてないから……。あなたの方で確認をしました書類は、これはあなた御存じでしょう。この金の引き渡しの契約は三つできているという話もこの前あったですね。しかし、四十二個というのは、これはイヤマークしている部分じゃないんだということですか。
○小田部政府委員 その分はイヤマークした金の部分に入っておるわけでございます。
○岡田(春)委員 そうすると、四十二個というものが、あなた、タイのものとして前から戦争中にイヤマークしてなくちゃならないじゃないですか。これならはっきりしているじゃないですか。
○小田部政府委員 その部分の金はタイのものとして戦争中からイヤマークしていたのでございます。
○岡田(春)委員 イヤマークしておったのが四十二個、しかし、その四十二個というものが、どういうものだかわからない、こういうのが小田部さんの御意見ですか。
○小田部政府委員 これは、イヤマークをしておったのが四十二個だけじゃございませんので、そのほかに二千幾つという金の形にしてイヤマークしてあったわけでございます。これは日本政府はタイの分としてイヤマークしておいたわけでございます。ところが、戦時中外地から持ってこられた金というものは、いろいろな形になっていて、タイのその部分に相当するかどうか、それはわからないのでございます。しかし、とにかくそれに相当するものが外地から日本に持ってこられたという事実があるわけなのであります。そこで、司令部が、タイにイヤマークしたその部分のうちから、この四十二個というものをこれは英国に返すということをしたわけなんです。ただ、日本としては、それに相当する〇・五七トンの金というものを外地から持ってきたという事実はあるわけで、司令部に報告しておるわけなのでございます。
○岡田(春)委員 そういう事実があるというなら、それは外地のどこから持ってきたのですか。あるということは確認されているとおっしゃるならば、タイのどこでございますか。
○小田部政府委員 これは、司令部に出した表の中にも、どこから持ってきたということをせずして、どの部隊が持ってきたという形で、相当膨大なる報告をしておるわけでございます。
○岡田(春)委員 それでは部隊の関係でも……。私の質問しているのは何もむちゃじゃないと思いますが、先ほど申し上げたように、タイ国に戦争中に本来イギリスの領土であったものを編入したマライ四州というのがある。この四州から持ってきた場合には、その所有権の問題は必ずしもGHQの言う通りにはならないかもしれぬと私は思うのですが、この点については小田部さんはどう思いますか。
○小田部政府委員 司令部からの資料を見ましても、日本が占領地から持ってきた分といっておるのでございます。そこで、どの部分から、どこから持ってきたかというような資料は当時日本になかった。ただ、外地から持ってきた、どの部隊が持ってきたという資料だけがあって、それを司令部に報告した、こういうわけでございます。
○岡田(春)委員 だから、私はそれを聞いているのです。日本が占領したのですよ、マライ四州は。あなた知っているでしょう。あれは、私の記憶では、昭和十六年の十二月八日に戦争が始まると同時にベトナムのサイゴンにおった日本の侵略軍隊が一路南下してシンガポールに入っていったでしょう。そのときに占領した地域ですよ。その地域には間違いないですよ。だから、そういうことだけ聞いているのじゃ質問にならないのです。進まないのですよ。マライ四州の中に入っているならば、必ずしもこれはイギリスに引き渡すべきものであるかどうかということについては問題がある。だから、そこについてはどうなんですか。未確認なら未確認で私は質問を進めたいのです。その点をお話し下さい。
○小田部政府委員 この表を見ましても、その点は未確認なんでございます。
○岡田(春)委員 わかりました。未確認だということになれば、それをイギリスが略奪財産として指定をした、場合によってはこれがきわめて不当である場合があるかもしれない、しかし、スキャッピンその他によってその当時やられたんだ、こういう御答弁になるだろうと思いますが、しかしながら、金塊の管理は占領中はどこがやりましたか。
○小田部政府委員 これらの金は、あるいは日銀とか大阪の造幣廠とかにありましたけれども、その管理は司令部がしていたわけでございます。
○岡田(春)委員 先ほどからあなたの答弁を聞いていると、私はこういう結論を出さざるを得ない。金塊はタイの分としてイヤマークされておった。イヤマークされておったというのはタイに所有権があるということ。タイに所有権がある場合において、これを管理しておったのは、戦時中は日銀、日本の責任において管理しておった。戦争が済むと同時にGHQがこれを管理した。管理の責任は明らかにGHQにある。日本にはない。そうでしょう。その点はそうですね。
○小田部政府委員 そうでございます。
○岡田(春)委員 それを管理をしておって、それがどこへ行ったかわからないとか、あるいは適当に処分したものについて、管理の責任のない日本が責任を負う必要はない。どうですか。
○小田部政府委員 御質問の意味があまりわかりませんが、推察いたしますのに、戦時中日本政府が日銀に管理してあったのでございますが、そのときの資料が焼けたりしてはっきりしなかったということなんでございます。
○岡田(春)委員 そんなこと私聞いてないです。管理の責任はGHQが負っているならば、所有権はタイにある。日本は管理する責任だけしかない。その管理の責任はGHQに移された。GHQ自身に責任があるのであって、日本には責任はない、こう言わざるを得ないじゃありませんかと言っている。
○小田部政府委員 このタイにイヤマークされた金の部分だけ、司令部が管理を移して、そうしてその部分だけ日本からタイへ渡せという司令が出たのでございます。また、同時に、その管理しているタイの部分の〇・五トンの分を英国に引き渡せという命令が出たのでございます。
○岡田(春)委員 そんなことを知っていますよ。だから、確認しようとさっきから言っている。管理する責任はGHQにあるんでしょう。管理する責任はGHQにないのですか。あるのでしょう。あるならば、日本に責任はない。管理の責任はないというのはあたりまえじゃありませんか。あなた、そんなほかの答弁されたって困りますよ。管理する責任はGHQにあるなら、日本に管理する責任はないじゃありませんか。
○小坂国務大臣 こういうことだと思うのでございます。戦時中において、金塊が三八・八五四トン、これはタイの分として日本銀行にイヤマークされておるものがあったわけですが、戦後司令部の指令によりまして、三八・二八二トンがタイに引き渡されたわけでございます。従って、タイとしてはこの残量の〇・五七二トンについて日本に対して請求権を持っておる、こういうことであります。
○岡田(春)委員 そんなこと聞いていません。だから、あなた、要らぬところに顔を出さない方がいいんです。小田部さんに聞いているのです。あなたはあまり詳しいことはわからないのだから黙っていた方がいい。管理の責任はどっちにあるかということを聞いているのです。そんなことを聞いているのじゃないのです。お互いに疲れているから、刺激し合うようなことはよそうじやありませんか。
○小田部政府委員 場所は日銀か大阪造幣廠にありましたけれども、管理は司令部がしておったわけでございます。
○岡田(春)委員 そうでしょう。それならば、占領後においては日本の管理の責任はないでしょう。
○小田部政府委員 そうでございます。
○岡田(春)委員 管理の責任がなければ、その中でどういうものがなくなったかなんというのは、日本が責任を負う必要はないじゃありませんか。あとで取りきめを結んだというのは、強制によって取りきめを結ばされたんじゃありませんか。責任は日本にないですよ、あなた。確認をするというのは、その責任の点で、それはGHQというよりもこれはアメリカですよ、きのうも言ったように。極東委員会では、アメリカが金塊引き渡しを提案しようとしたのにかかわらず、アメリカ以外は全部反対して極東委員会では否決になったのです、金塊の引き渡しを。こういうことで言えば、金塊の引き渡しの問題についてはアメリカには暗いところがあるからですよ。暗いところがあるから、占領下というその立場に立って日本に引渡し確認書を渡しておいて、日本に責任を明らかに転嫁したのですよ。そう言わざるを得ないじゃないですか。管理の責任を持たない日本がそれをかぶったのですよ。そうじゃありませんか。
○小田部政府委員 日本政府としましては、司令部のスキャッピンによって動いたのでございます。ただし、〇・五トンの分とかタイに引き渡した分に関しましては、日本政府の役人がタイの人と立ち会いまして、それに司令部の第三者が立ち会った上で渡したのでございます。
○岡田(春)委員 それならば確認しているのでしょう。〇・五トンの分もどういうものでどうであるかというのは確認ができるわけではございませんか。
○小田部政府委員 そこで、その〇・五七トンの分は、その確認している四十何個の金であるという、これは確認しておるわけでございます。
○岡田(春)委員 それは確認したけれども、イギリスのを略奪したのであるということはどうやって確認ができますか。そんなことがありますか。
○小田部政府委員 これは司令部の命令で渡したのでございますが、しかし、日本がとにかくそういうふうな金に相当する分をどこかの外地から持ってきたという事実も、私どもの資料の上に出ているのでございます。
○岡田(春)委員 どこかの外地という言葉では不適当です。どの軍隊というお話ならばまだわかる。どこかの外地からといったならば、イギリスに関係のないオランダのところとか、フィリッピンから持ってきたって、それはイギリスの略奪財産というわけに必ずしもいかぬじゃありませんか。その点は、何部隊がどうしてどうしてということを、少なくともそれくらいは明確にしていただきたいと思う。
○小田部政府委員 資料によりますと、〇・五七六トンの金に相当する部分は、東京インテンダンス・デパートメント、経理部ですね、陸軍省の経理部が一九四三年の五月五日に持ってきたということが確認されておるのでございます。
○岡田(春)委員 それでは、小田部さんがさっきから言っているのは大体正しいわけですね。東京の軍隊が持ってきたというんだから、どこから来たんだか、マライから来たんだか、あるいはハワイから来たんだか、どこから来たん、だかわからないわけだ、そういうことになるわけですね。そういうことでございましょう。それはマライから来たというわけにはいかぬですね。
○小田部政府委員 これは、現実のところ、どこから持ってきたのかわからないのでございますが、司令部はいろいろ英国側からもクレームを受けましたし、この問題は司令部の中に委員会を作っていろいろ審査したらしいのでございますが、その結果、そういう結論を出して、そうして日本に命令を下してきた、こういう事情でございます。
○岡田(春)委員 もう過去の経過はこの程度にして、次に進めます。
 〇・五トンの未引渡し分、これは何でも五十四億円に換算するときには四百五円ですかをかけていることになっているようですが、小坂さん、そうですか。
○小坂国務大臣 そうでございます。
○岡田(春)委員 それでは、小坂さん伺いますが、四百五円をかけると二億三千万円です。あなたがさっき答弁されたように、三十八トン戦争後において引き渡しました。三十八トンのうちで、特別円の設定後において、その金塊の分は二十一トンです。二十一トンの分はその当時の特別円に換算をすると一億一千四百万円でした。特別円の勘定ですから、〇・五トンの分についても特別円の勘定でなければならない。ところが、二十トンが一億円で、〇・五トンが二億三千万円になる、これはおかしいではないか。これはどうです。
  〔「おかしい、全然おかしいじゃないか」と呼び、その他発言する者あり〕
○小坂国務大臣 そのときの公定価格でございます。四百五円をかけるとさようになる、片一方は四円八十銭をかけるとさようになる、こういうことでございます。
○岡田(春)委員 これは特別円で支払っているんですから、これは特別円に関係がないとあなたはお話しになるでしょうが、先ほど問題になりました所管を調べると、特別円の勘定で残高から差し引いて、これが〇・五トンの分もあれすることになっておったのですから、当然〇・五トンも特別円の引き合いの関係でなければならない。あなたがおっしゃるのなら、二十一トンの分が四円八十銭をかけて一億円になる、それならば〇・五トンも四円八十銭をかけて二百七十五万円にならなければならないはずだ。それはそうでしょう。常識で考えたってそうじゃありませんか。二十トンが一億円ならば、それの四十分の一の〇・五トンは二百七十五万円、これは筋が通る。それが、二十トンが一億円なのに、その四十分の一の〇・五トンが二億円になる、これはおかしい話じゃないか。換算がおかしいということになるじゃないか。それは二百七十五万円が正当なんじゃございませんか。
○小田部政府委員 その〇・五七トンの金は、例の三十八トン幾らのときのイヤマークされた金でございまして、これはタイの所有に属する分でございます。ですから、当時もしイヤマークしたものがそのままタイに行っていたならば、二億幾らという金を五十四億円の中に入れる必要はなかったわけであります。ですから、すでに〇・五七トンの金をタイはもらうべきのところをもらわなかったというところでございまして、戦後の価格にそれを換算すれば四百五円をかけるということになるわけでございます。
○岡田(春)委員 お許しをいただいて上着を脱がしてもらいます。
 小田部さんのおっしゃる通り、〇・五トンはタイのイヤマーク分だ。しかし、二十一トンだってタイのイヤマーク分でしょう。違いますか。
○小田部政府委員 二十一トンの部分もこれはタイのイヤマーク分でございます。ただ、特別円の関係上、これは一億一千幾らという額になったのでございます。
○岡田(春)委員 〇・五トンだって特別円の関係があるでしょう。
○小田部政府委員 そうでございますが、二十一トンの部分はタイに対して例の三十八トンと一緒にタイに返しているのでございます。
  〔以下録音による〕
だから、〇・五七トンの部分も、タイへそのまま金塊でその当時返しておれば、それで済んだのでございます。それを返さないから、当時の金にいたしまして、それは司令部が引き渡したそのときの値段も四百五円でございますし、それから後も四百五円でございます。金塊をやるか、あるいはそれを当時の価格で円に直してやる、これは当然だと思います。
○岡田(春)委員 それは筋が通らないじゃありませんか。
○森下委員長 岡田君に申し上げます。
○岡田(春)委員 ちょっとお待ち下さい、委員長、委員長……。
○森下委員長 なるたけ簡略に願います。委員長は、あとにたくさんの質問者がおりますから、なるたけ簡略に願います。
○岡田(春)委員 小田部さん、私あなたに伺いたいのは、確かにあなたのおっしゃるように二十一トンはタイのイヤマーク分でタイの所有権です。そうですね。〇・五トンだってそうじゃありませんか。特別円の勘定でも同じでしょう。どちらも同じでございますね。違いますか。
○小田部政府委員 これは二十一トンもタイのイヤマークした額でございます。それから〇・五トンもタイのイヤマークした額でございます。ただ、二十一トンに関しましては、戦時中に売りましたから、一億一千という数になったのでございます。ところが、〇・五七トンは、戦争後になりまして、それをタイに引き渡さなかったから、それは支払いがあとになったから二億幾らという額になったのでございます。
○岡田(春)委員 あなたはこういう点をごまかしちゃいけません。金塊をイギリスが持っていく前には〇・五トンあったのでしょう。〇・五トンはそのときもあったんだから、そのときにはすでに――タイの所有権が終戦後にすでにあったんじゃありませんか。そんなことをごまかしちゃいけませんよ、あなた。そんなことを言っちゃだめです。はっきりしているじゃないですか。小田部さん、答弁。
○小田部政府委員 私の申し上げているのは、〇・五七トン分の金は英国に引き渡してタイに引き渡さなかったのでございます。ですから、この部分の金を金の形でタイにやればその問題は起こらなかったわけでございます。その当時。ですから、その当時、特別円決済の際に、特別円協定の三十年協定の際に、この部分を〇・五七トンの金でやれば、それを一つの解決、それをプラスしてやれば一つの形だと思うのでございます。ところが、それをポンドで払った。そこで、そのときの換算率によって二億幾らという額になったのでございます。
○森下委員長 これにて質問を……終了いたします。終了いたします……
  〔午後十時五十四分委員長退席〕
     ――――◇―――――
   午後十一時二十二分開議
○野田(武)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 この際、私が委員長の指名によりまして委員長の職務を行ないます。
 ただいま日本社会党委員の出席を見ることができませんことはまことに遺憾であります。この際あなためて事務当局より日本社会党の委員に対し出席を求めることといたしたく存じますので、暫時お待ちを願います。
 委員部から正式に社会党の委員諸君に対し御連絡を願います。
 ただいま連絡をいたしましたところ、社会党の委員諸君は、秘密会という名のもとに、委員部との会見ができなかったそうでございます。まことに遺憾であります。審議を放棄されたものとして、議事を進めます。
 松本七郎君より、成規の賛成を得て委員長の不信任に関する動議が提出されております。
 まず提出者の趣旨弁明を許します。――提出者の出席がありません。従いまして、趣旨説明は放棄せられたものと認めます。
 これより松本七郎君外一名提出の委員長不信任案動議について議事を進めます。
 これより討論に入るのでありますが、別に討論の通告もありませんので、直ちに採決いたします。
 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○野田(武)委員長代理 起立少数。よって、松本七郎君外一名提出の委員長不信任に関する動議は否決されました。(拍手)
     ――――◇―――――
○野田(武)委員長代理 日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
 これより討論に入ります。討論の通告がありますので、これを許します。古川丈吉君。
○古川委員 私は、自由民主党を代表いたしまして、ただいま議題となっております日本国に対する戦後の経済援助の処理に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件に対し、賛成の意を表すものであります。(拍手)
○野田(武)委員長代理 佐々木良作君。
○佐々木(良)委員 私は、討論に入る前に、今委員長からお話がありましたように、この委員会の席上におきまして社共両党の委員が欠けて、このような状態で論議が進められることに最大の遺憾の意を表すものであります。しかしながら、私どもは、最後の残された数分間でも力一ぱいに私どもの言いたいことを言って、そして尽くすのが国民の義務と存じますので、私は、わが党の党是に従いまして、この討論に参加するものであります。
 議題となっておりますガリオア・エロア協定の承認を求めるの件について、わが党は、本件はこれを撤回いたしまして再交渉をすべしという建前をとっておりますので、この動議を用意いたしておりのでありますが、この動議の提案はこれを本会議にゆだねることといたしまして、本日この時点におきましては、本件に対する賛否の態度を明らかにする意味におきまして、反対の意向を明確に申し上げたいと思います。
 反対の意向の一番中心点になるものは、言うまでもなく、本件の背景となっておりますところの戦後のわが国に対するアメリカの経済援助というものは、これまでの論議を通じましても、いかなる両国間の交換文書によって見ましても、わが国側においてはこれを法律上の債務として認める結論はどうしても出てこないのであります。従いまして、そのような債務が明確化しないものに対してこれを支払う協定に対しましては、遺憾ながら反対せざるを得ないのであります。その現出につきましては、詳細でありますので、あとの機会に譲りたいと思います。
 第二に反対の理由とするところは、今申し上げましたごとく、この案件はまことに重要なる案件である。にもかかわらず、自民党並びに政府は多数をもって今やこのことを可決されんとしておるわけであります。外交というものは、あくまでも国民の十分なる納得と理解の上に立ってこそ、本格的な効果をおさめるものであります。それが、かくのごとく審議半ばにしてこのような状態でかりに締結をされましても、そのことは目的の半分も達せられない、こう私は思うわけであります。従いまして、このような扱いによって、国民の理解を十分に得ないままでこのような案を決定することに対しましては、効果を伴わないという意味で反対の意見を明らかにするものであります。
 あわせて、最後に、私どもは、先ほど申し上げましたごとくに、これはあくまでも交渉をし直して、そうして内容を減額し、国民の十分納得できるような内容にし、しかも、日米間の将来の友好外交が本格的に基礎づけられるような意味において、同時にまた、自由陣営の世界政策とマッチさせるような意味におきまして、低開発国援助への資金として向けらるべきである、こういう立場の交渉をして、そうして締結をし直して出さるべきである、こういうふうに考えますので、重ねて政府、自由民主党当局側の猛反省を促しまして、反対討論を終わります。(拍手)
○野田(武)委員長代理 これにて本件に対する討論は終局いたしました。
 採決いたします。
 本件を承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○野田(武)委員長代理 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。(拍手)
     ――――◇―――――
○野田(武)委員長代理 次に、特別円問題の解決に関する日本国とタイとの間の協定のある規定に代わる協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
 これより討論に入ります。討論の通告がありますので、これを許します。床次徳二君。
○床次委員 私は、ただいま議題となっておりまする特別円問題の解決に関する日本国とタイとの間の協定のある規定に代わる協定の締結について承認を求めるの件に関し、自由民主党を代表して賛成の意を表するものであります。(拍手)
○野田(武)委員長代理 本島百合子君。
○本島委員 私は、民主社会党を代表して、ただいま議題となりました特別円問題の解決に関する日本国とタイとの間の協定のある規定に代わる協定の締結について承認を求めるの件に対し、反対の討論を行なうものであります。
 タイ特別円に関しましては、昭和三十年八月、特別円問題の解決に関する日本国とタイとの間の協定が締結され、わが国は五年の分割払いによって五十四億円をタイに支払うとともに、経済協力として九十六億円を限度とし投資及びクレジットの形によりわが国の資本財及び役務を供給することを約したことは御承知の通りであります。しかも、このことは当時の国会の厳正な議決を経ている事柄であります。
 そもそも、この問題に関しましては、鳩山内閣の昭和三十年八月協定から七年の歳月を経過しており、今日ままで具体化しなかった懸案の経済協力供与九十六億円の円貨支払いの取りきめにつき、政府は本年一月三十一日新協定に調印したものであります。その当時から、国会承認を得るためには最悪の場合自然成立をも考慮に入れて強い決意をもって国会提出をすると覚悟をきめたそうでありますが、むべなるかな今日の事態を引き起こしたことは、事外交問題であるだけに、政府の無謀と与党の責任は重大であります。
 このような事態の中においてもしこのことが承認されたといたしましても、将来のタイとの親善あるいは経済協力等がはたして円滑にいくかどうかということは、国民感情からいたしても、はかり知れない、予測することのできないものが横たわっていることを私どもは忘れてならないと思うわけであります。なぜならば、今回の新協定は、政治的配慮という疑惑を強く持たせ、かつ国民の納得のいかないところの支払い協定であるからであります。池田首相が昨年十一月バンコックを訪問し、サリット首相と会談したことから、一挙に解決の方向を見出したと伝えられますが、その内容が国民に明らかとされず、今回の提案によって初めて日本側の全面的な譲歩であるということがわかったからであります。
 三十年協定にあたって、九十六億円の貸与条件、期間等が明確でなく、第二条と、そのための合同委員会の設置をきめた第四条を具体化すべきであったのに、当時タイ国との間にこの点について明確な取りつけを行なわなかったことは、政府の外交上重大な失態と申さなければなりません。タイ国とは、かつて同盟国であり、歴史的友好関係にあると同時に、貿易についても重要な相互関係にあることは理解されても、現行協定の重大な内容変更を伴うことを池田総理が軽々に行なうことを、われわれ国民はおまかせすることはできないというのが今日の国民感情であるので、あります。
 現行のタイ特別円協定第二条には、「日本国は、両国間の経済協力のための措置として、合意される条件及び態様に従い、九十六億円を限度額とする投資及びクレディットの形式で、日本国の資本財及び日本人の役務をタイに供給することに同意する。」と規定している。九十六億円が無償供与でなく有償貸与であることは文言上きわめて明確であります。このように条約の明文上いささかの疑点がないにもかかわらず、無償供与に切りかえようとする政府の態度は、国民の利害を無視した奇怪しごくの態度と申さなければなりません。本来、戦争中の同盟国間の債権債務関係は、敗戦の場合放棄するのが通例であります。たとえば、第二次大戦後のイタリア、ブルガリア、ルーマニアに対する平和条約では、これらの国は同盟国である、ドイツに対する請求権を一方的に放棄し、日本の平和条約では、相互放棄を条件として、ドイツに対する請求権を放棄しているのであります。ところが、タイは、当時わが国と同盟条約を結んでいたことは御承知の通りであります。しかも、この同盟条約並びにこれに付随する協定を、タイ国が一方的に廃棄する通告を行なってきたのは昭和二十年九月十一日であったのであります。このような事実からして、当時はタイの特別円債権は無効となったという見解すらあったのであります。しかしながら、わが国は、タイ国との親善関係の樹立という見地から、三十年、現行タイ特別円協定を続んで、タイ国の要請にこたえて、五十四億円の無償供与と、九十六億円の経済協力のための有償供与を約したというのが、これまでの偽わらざるところの経緯であります。従って、国民としては、これ以上の犠牲を払う必要はごうも認められないのであります。
 政府は、新協定の提出にあたって、両国間の友好関係や経済協力を進めるため高度の政治的判断に基づいて決定したと言っておりますが、これこそ、両国間の将来への親善と平和並びに互恵の基盤を確立することは現行協定の方がよりすぐれていると解する者が圧倒的に多いことを忘れてはなりません。
 敗戦のみじめさから立ち上がることは容易なことでないことは、日本人みずからが体得していることであり、戦後十七年を迎えるわが国においても、戦争のなまなましい傷あとはいまだに続いております。御承知のように、これまでに取りきめられた戦争による賠億金はすでに四千億円にもなり、もしここに政府が提案しているような日・タイ特別円協定並びにガリオア・エロア協定が取りきめられるとすれば、この種の日本の負担は六千億円にも達することになり、国民生活はこれによって大きな圧迫を受けることは火を見るよりも明らかであります。このことはわが国経済と国民生活に対する苦悩であることを政府は銘記すべきであります。国内に低額所得層を一千数百万人もかかえ、生活、住宅難にあえぐ人人、高等教育の学校施設の不足、社会保障の不十分等々で、国民の生活の安定すらもなし得ない池田内閣、そして池田総理が、国民の納得をも得られないタイ特別円協定、ガリオア・エロア問題に質疑打ち切りをかけてまで強行採決を行なおうとする、この政府・与党の態度は、国民とともに許し得ないことであります。
 最後に、一たん政府が国家間の厳正な協定として取りきめ、しかも国会で議決したものを、一回の首相間の会談によって内容変更の協定に調印して、しかる後に国会承認を求めることは、国民を愚弄し、国民の血税を私物化し、国際間の信用を失墜することであることを知らねばなりません。
 今や、日本の経済は、国際収支の赤字とともに、経済成長の見通しの誤り、並びに物価倍増による勤労者の生活圧迫等で、政治への不信は日増しに高まりつつあります。ここに、われわれは、秘密外交を排し、国民とともに国民のための政治を行なうことを強く要望するとともに、国民の納得のいかぬタイ特別円協定の改定に民社党は強く反対の意を表明して、私の反対討論を終わります。(拍手)
○野田(武)委員長代理 これにて本件に対する討論は終局いたしました。
 採決いたします。
 本件を承認すべきものと決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○野田(武)委員長代理 起立多数。よって、本件は承認すべきものと決しました。(拍手)
     ――――◇―――――
○野田(武)委員長代理 お諮りいたします。
 ただいま議決いたしました両件の委員会報告書の作成につきましては委員長に御一任を願いたいと存じますが、御異議はありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○野田(武)委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 この際委員長として一言あいさつを申し上げます。
 両件については、二月九日提案説明を聴取して以来、長時間にわたり熱心に御審議下さいましたことに対し、深く敬意を表するものでございます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後十一時四十二分散会