第040回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第16号
昭和三十七年四月二十六日(木曜日)
   午前十一時四十八分開議
 出席委員
   委員長 加藤常太郎君
   理事 荒舩清十郎君 理事 高橋 英吉君
   理事 竹山祐太郎君 理事 丹羽喬四郎君
   理事 福永 一臣君 理事 島上善五郎君
   理事 畑   和君 理事 堀  昌雄君
      仮谷 忠男君    藏内 修治君
      薩摩 雄次君    篠田 弘作君
      首藤 新八君    中垣 國男君
      永山 忠則君    林   博君
      松本 一郎君    太田 一夫君
      坪野 米男君    山中日露史君
      井堀 繁男君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  池田 勇人君
        法 務 大 臣 植木庚子郎君
        自 治 大 臣 安井  謙君
 出席政府委員
        法制局長官   林  修三君
        警  視  監
        (警察庁刑事局
        長)      新井  裕君
        検     事
        (刑事局長)  竹内 壽平君
        自治政務次官  大上  司君
        自治事務官
        (選挙局長)  松村 清之君
 委員外の出席者
        自治事務官
        (選挙局選挙課
        長)      中村 啓一君
        自治事務官
        (選挙局管理課
        長)      桜沢東兵衛君
        参  考  人
        (弁護士)   四宮 久吉君
        参  考  人
        (早稲田大学教
        授)      吉村  正君
    ―――――――――――――
四月二十六日
 委員内田常雄君辞任につき、その補欠として永
 山忠則君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員永山忠則君辞任につき、その補欠として内
 田常雄君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
四月二十五日
 公職選挙法の改正に関する請願(池田清志君紹
 介)(第四九二九号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公職選挙法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出第一〇八号)
 国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法
 律の一部を改正する法律案(内閣提出第一〇九
 号)
     ――――◇―――――
○加藤委員長 これより会議を開きます。
 公職選挙法等の一部を改正する法律案及びこれに対する高橋英吉君外四名提出の修正案、並びに、国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する高橋英吉君外四名提出の修正案を一括議題といたします。
 本日は、まず池田内閣総理大臣に対して質疑を行ないます。つきましては、先ほどの理事会の申し合わせにより、質疑者は日本社会党二名、民主社会党一名、計三名とし、質疑時間はおのおの二十五分となっておりますので、さよう御了承を願います。
 それでは、これより池田内閣総理大臣に対する質疑に入ります。質疑の通告がありますので、順次これを許します。山中日露史君。
○山中(日)委員 総理がお見えになっておりまするので、総理に対して若干御質問を申し上げたいと思います。
 私のこれからお尋ねいたしまする要旨は、今度自民党が提案されました修正案をめぐっての総理の見解をお尋ねするわけでありますが、修正案のこまかいことにつきましては、いずれまた安井大臣なり政府委員から承ることにいたしまして、基本的な考え方をお尋ねいたしたいと考えております。
 今回の選挙法の改正につきましては、参議院選挙を目前に控えまして、非常に国民の関心が高まって参ったわけであります。すなわち、この改正の方向が国民の素朴な期待に沿うかどうか、換言いたしますると、今日の時点におきまして、今国会における選挙法改正に対する各政党の態度いかんということが、非常に重大な問題でありまして、ひいてはこのことが来たるべき参院選挙における国民の審判の上にも影響を及ぼす重大なる段階に立ち至っておる、こう申し上げても決して私は過言でないと考えておるのであります。
 そこで、さらにこれを具体的に申しまするならば、まず選挙制度審議会の答申と政府原案との対照の面において、さらにはまた、社会党の提案いたしておりまする修正案と政府原案との対照の上において、さらにまた、今回自民党が提出いたしました修正案と政府原案との対照の面において、一体そのいずれをとるのがこの公明選挙という国民の悲願にこたえる道であるかということについての関心というものが、非常に高まってきておることは、私は事実だと思うのです。そこで、今日までの委員会の論議を通じて明らかなように、この選挙法の改正の問題は、これはもう各政党の政策の問題ではないのでありまして、民主主義の基本をなすところの選挙制度の改正の問題でありまするから、私どもは虚心たんかいに、党利党略なんということを離れて、そうしてこの公明選挙という命題――池田総理の言葉を借りて言えば、公明選挙というこの至上命令にこたえなければならない重大な問題だと考えております。この考え方は、この理念は、おそらく私は何人もこれは否定できないと思うのです。ただ、今日までの議論を通じて私どもが痛切に感じておりますることは、大体憲法上の疑義があるとか、あるいはまた、事実上非常に困難な問題があるとか、こういう一つの障壁を設けて、これを一つのたてとして、国民の期待しておる公明選挙というこの悲願、正しい矢というものがこういった一つの障壁でさえぎられて、かえって党利党略のためにこれが利用されておるというような印象を国民に与えておる。これは非常に私は遺憾なことだと考えておるのであります。そこで、このことは、今度の高級官吏の立候補制限の問題についても私は言えると思うのです。この問題はすでにこの委員会におきましてしばしば論議されておりまするから、詳しくは申し上げませんけれども、過去においての実績に徴しても、多くの弊害のあることは認めておりながらも、憲法上の疑義とか、あるいはまた、限界を定めることは事実上合理性の発見が困難だという理由のもとに、この範囲というものを一般の公務員にまで広げて、そうしてその選挙の結果を見た上で、地位を利用したかどうかということを判定するという、かえってその事実認定を困難ならしむるような結果になる。その中には何か党利党略というものが秘められておるのではないかというような疑心暗鬼を生ずる余地を残しておるということも、私どもは指摘しなければならぬ問題だと思うのです。また親族連座の問題にいたしましても、政府は、答申案を尊重して今度の改正案にそれを盛り込んでおる、こう言っております。確かに盛り込んでおります。けれども、私どもは答申を盛り込んだということだけでは、尊重したということはならぬと思う。問題は、それを取り上げて尊重するということが言えるためには、その法律の運用の面において、この公明選挙の実を実際にあげ得る、いわゆる実効性があるかどうかということでなければならぬと思うのです。しかるに、政府の原案におきましては、すでにこれも委員会においてしばしば指摘されましたように、まず同居していなければならぬ、意思を通じなければならぬ、悪質犯罪で、しかも執行猶予の恩典にあづからなかった者でなければならぬというふうにしぼりをかけて、その実効がほとんど期せられないというような状態に規定をして参りました。しかも、今回はこれは取りやめたそうでありますけれども、その上になお、選挙費用の三分の一を支出した場合というようなしぼりをかけようとしておるというようなことに至っては、私どもは公明選挙の上から見て、実に言語道断だといわなければならぬと考えております。
 さらにまた、今回自民党から提出されましたところの修正案の中で、選挙運動員に対する報酬支払いの問題、これはきわめて重大な問題だと思います。選挙運動員に対する報酬の支払いというものは、これは買収に通ずるものだ、こういうことで、公明選挙の上から、今日までこれはきびしく規制されて参ったのでありますが、この立法の精神というものは全くじゅうりんされまして、かえって、一定の買収を合法化するような結果を招来するというような修正が表われんとしておるわけです。このような修正の方向というものは、一体これでいいものかどうか、こういう一連の修正案そのものに対して、総理は一体どういう見解をお持ちになっておるのか、この点をまずお伺いしたいと思います。
○池田国務大臣 選挙の公明であるべきことは、民主主義の根本でございますから、私は組閣以来この点につきまして、できるだけ努力して参ったのでございます。御承知の通り、公職選挙法の審議会を設けまして、そして各界の方においでを願って、熱心に半年余り御審議を願って、答申が出たのであります。政府はこの答申を尊重いたしまして、いろいろ各般の事情を考えまして国会に提案し、そして国会で御審議願うことにいたしたのでございます。審議の過程におきましていろいろ御議論があり、修正案が出ておることも聞いております。しこうして、その修正案のうちにつきまして、今、選挙労務者と選挙運動員についての御質問でございましたが、私はこれは明確にした点でございまして、選挙を実際やってみますと、労務者か選挙事務員であるか、その境が非常にむずかしい、こういうことでございますので、私は労務者だけということでなしに、境がむずかしいとすれば、事務員もこれに加えることがはっきりしていいんじゃないか。これによって買収を非常に多くするとか何とか、選挙費用もきまっておることですから、私はこの程度ならば、はっきりしていいんじゃないかという考えでおるのでございます。
○山中(日)委員 選挙運動員に対する報酬支払いの問題は、これはいずれまた詳しく総理以外の政府委員、また提案者にお尋ねする機会があると思いますので、その点の質問はこれからはいたしませんが、もう一つ根本的な問題でお尋ねしたいことは、この前の本委員会におきまして、わが党の堀委員から質問されたことに対して、総理大臣の答弁がございます。その際はまだ自民党の修正案が出ておらないときでありまして、そのときの総理のお答えによりますと、こう言っておられます。速記録から引用させていただきます。「一党の総裁といたしまして、また内閣総理大臣として、最良の案として御審議願っておるのであります。しかしやっぱり民主主義でございますから、私は最良の案と思い、また皆さんもそのお考えになっていろいろ御検討の結果、それ以上の案があるということについては、これは一切耳をかさないということはいかがなものかと思います。しかしただいまのところ、私は修正案についていろいろ議論があるということも、内容も聞いておりません。党からも何も連絡はございません。私はただいまのところ、この案はいい案であると考えておるのであります。」こう述べております。これはまだ修正案が出ない前であります。そこへ今度の修正案が出たわけであります。
 そこでお尋ねしたいのは、池田総理大臣は、総理大臣という政府の首脳者の立場から見て、一体この政府が最初に出しましたいわゆる原案と、今度自民党が出されました修正案と、一体どちらが最良とお考えになっているか、これはきわめて重大な点だと思う。この点について明快な御見解を一つ発表していただきたい。
○池田国務大臣 私は今お読みになった通りにお答えして、政府といたしましては、これが最良の案と考えて出したわけでございます。その後に至って、修正案が党で審議せられました。私は連座規定の問題、親族の点につきましては、政府の案が最良であるということで進んでいったわけでございます。そうして修正案の四つを見ますと、初めの分の事前運動の点につきましては、私はここでの議論をずっと聞いたり、いろいろなことで、これはああいうふうに百回も事前運動をずっとのべつにやると、今の実際から考えて、理論的には選挙はいかなる方法であってもいい、宣伝その他はいい、こういう気持は持っていますが、実際問題として、その道のエキスパートであられるあなた方が、これは理論はいいけれども、実際上どうかということについて――理論的には私の方の案がいいと思います。実際問題として、あなた方がこれを変えたらどうかという議論があるときには、これは両方とれるもので、私はしいて原案を固執する必要はないのではないか。あとの修正案の四つのうち三つは、大体原案の不明な点と申しますか、これをはっきりさす意味のあれで、そう原案の趣旨を曲げたものではないという考えを持っておるのでございます。そこで私は、事前運動以外の三つの点につきましては、明確にするということが主であって、政府の考え方を変えたということは言えないと思います。最良のものがしっかり根をおろしたということが言えるのではないかと思います。
○山中(日)委員 その点は非常に議論の分かれるところでありまして、その問題につきましてはまた別な機会に質問したいと思いますけれども、端的に言って、言葉をかえますと、結局政府が出しました原案よりは、今度自民党が出されたこの修正案の、運動員に対して運動報酬を払うということは、これはいいのだ、その方が最良なんだ、こういうような御見解に承っておいていいわけですか。
○池田国務大臣 私は選挙の実際を見まして、今の御質問の、選挙に関しての労務者と事務員との区別は、私自身もなかなかこれはむずかしいのではないかという気持を持っておったわけでございます。事務員を含む、こうなっておりますが、実際は明確を欠いている点が多いので、従いましてこれをはっきりさすことにすることは、私は最良の案が根をおろしたと申しますか、ほんとうにしっかりしたものになったと考えておるのであります。
 それからまた、地域主宰者の問題にいたしましても、数個、こうなっておりますが、これはなかなかむずかしいので、やはり三つ――個数をはっきりした方がいいのではないか、こういう考えを持っておるのであります。
○山中(日)委員 ただいまの問題は相当議論がございまして、総理のお答えでは私は納得いかぬのであります。なるほど選挙運動に従事する者と、実際の事務を取り扱っている者との区別は、困難な場合もあると思うのですが、私これは理論的にははっきり割り切れると思います。実際問題でも、これははっきりすることはできると思うのです。たとえば今までの委員会の論議を通じましても、選挙事務に携わっておった者が演説をした場合に、どうなるか。演説をするということは、これは事務ではないではないかということで、これが選挙運動の報酬として問われた例があるということをいろいろ論議をされておりました。私などは、これなんかもはっきり区別ができると思うのです。つまり演説をするというようなことは、やはり頭脳を要する問題でありますし、また弁舌の巧拙というようなこともございまして、単なる機械的な労務を提供するものとは全然違うわけです。しかもまたその演説の効果が、その候補者の将来の得票にある程度影響もしてくることは明らかです。そういう人がたまたま選挙事務所で、ひまなときに、あるいは電話の取り次ぎをしたとか、お客さんの取り次ぎしたということで、これが急に選挙事務の方にかわるとは考えない、結局そういう演説をするということは、一つの選挙運動で、つまり単なる労務提供じゃないのでありますから、たまたまお茶を運んだ、接待したからということで、この選挙運動者ではないのだというふうな、そういう解釈は私は成り立たないと思います。事実問題としてはっきりしております。演説する人は演説するということに重点がある、あとお茶を運んだり、電話を取り次いだりということは、ひまのときに手伝っただけで、本質的には選挙運動をするのだ、そういう者に一々報酬を払うということになりますと、あとで詳しく聞きますけれども、これは重要な問題だと思います。たとえば今度の改正案では、一定の人間は三十人といいますけれども、その三十人というものは、最初から終わりまで同じ人でなければならぬということはない、届け出ても、あしたは新しい別な人でもいいわけだ、もしもこの法律の裏をかこうとすれば、最初に三十人届けておく、翌日はまた別な人を三十人届けておく、そうしますと、二十日なら二十日で六百人の人、それに今度一人七百円ということになりますと、四十何万円という金が払われるわけです。そうなって参りますと、実際に選挙運動をやっているのか、事務をやっているのかということを、一々警察が行って調べるわけにいかない。選挙管理委員が行って調べるわけにいかない。そうしますと、届け出ておって、金を払っておっても、これはしようがない、一々それを調べるわけにいかない、選挙が終わってから調べればわかるというが、選挙が終わってから調べてもわかりっこない。そういうことがないようにするのが、この選挙法の建前です。あなたの言うように、全然区別がつかないのだとあっさり片づけられる問題じゃないと思いますが、この点いかがですか。
○池田国務大臣 具体的な問題になりますと、自治大臣がお答えいたしますが、選挙をやってみまして、ほんとうの選挙の労務者、それから事務者との区別はむずかしゅうございます。今言われたように、選挙演説、屋外の問題を事務員として取り扱うということはないと思います。それじゃ事務員は一つも何もできないか、演説会場で一つも言えないかといっても、これは良識で、これが事務なりや選挙運動自体なりやということは、これはわかることでありまして、こういうことがあまりわからないようなことよりも、はっきりしておいて、そしてそれがのりを越えるというようなことを規制をするのが、法の建前だと思います。わからないようにしておいて、もし違反があったらすぐつかまえるというのではなしに、やはり事実に沿ったような規定を設けて、それが御心配のような選挙運動、買収になるようなときには、これはとめなければなりませんけれども、私は法の建前としては、はっきりした方がいいのではないか、ことに選挙の事務に従事する事務員というものにつきましては、これは指定しますし、登録するのでございますから、私は御心配のような点は出てこないのじゃないか、政府の案よりも、こういうふうにはっきりした方がよりわかりいい、私はこう考えているのであります。いたずらにこれは買収の前提じゃないかとか、いろいろなことを考えるのは、私は選挙を明朗にしてやるという点からいったら、これは避くべきであって、のりを越えるような場合を抑えるということでいかないと、のりを越えられるようなことを、解釈してわからないようにするということは、私は方法としてはいかがなものかと考えます。
○山中(日)委員 これで終わりますけれども、私はなるべく池田総理のおっしゃる通り、ものごとというものはすなおに見たいと思うのです。しかしながら法律を作るときには、御承知の通り、ものごとはすなおにばかりいっていない、法網をくぐるとか、裏をかくということがありまして、何とか法律に触れないように考えるという人も、非常におるわけです。法律は、特に選挙法の場合においては、そういう裏をかかれたり何かすることのないようにということに心がけて作るのが、私は法律を作る場合の大事なことだと思うのです。ですからその意味で、今私が申し上げた通り、この選挙運動と選挙事務の区別は困難だ。私はむしろ、困難だから、この点はやはり規制すべきだというふうな解釈も出てくると思うのです。私はそう思う。ですから、裏をかかれるとか、あるいは買収のおそれもあるということも十分に考慮に入れて、それを予防する上においては、選挙運動者に対して報酬を払うということは、当然裏をかけば買収に通ずるのですから、こういう点については、私は総理の見解はちょっとおかしいじゃないかと思います。もう一回その点だけ承っておきたい。
○池田国務大臣 選挙運動をする人に報酬を払うのじゃないのでございまして、選挙運動に関する事務をする人に払うのでございます。従いまして私は、法文に分けた方がはっきりしていいのじゃないかと思っております。
○山中(日)委員 その点は選挙法にも事務のことは書いておりますから、いろいろまた議論があると思いますけれども、私はこの程度にとどめますが、一つ私が総理に要望いたしたいことは、今度の選挙法の改正は、先ほど冒頭に述べましたように、非常に国民が関心を持っているのです。私は、政党政派の利害の問題でなしに、ほんとうに自民党の立場に立って見たら、これはどうかと思うのです。ですから、今度の改正に対する池田総理の考え方が、これでいいんだということでありまするならば、これは最終的には国民の審判を仰がなければなりませんけれども、この点は今度の改正をめぐって、私どもは非常に不明朗な感じをいたしておりまするし、また、世論の多くも大きな批判を与えているということを私ども知っておりますので、この点については十分一つ御反省をしていただきたいということを最後に申し述べまして、質問を終わりたいと思います。
○加藤委員長 次に、島上善五郎君。
○島上委員 私は総理に、うそを申しませんという言葉を言ったことを思い出していただいて、一つ国民に答えるつもりで率直にお答え願いたい。
 今度の自民党修正案が政府原案よりも答申の線に幾らかでも戻ったというならば、私ども賛否は別としまして、わかります。しかし総理が何とおっしゃいましょうとも、答申の線からさらに遠ざかったことは事実です。こまかいことはあとで提案者に質問しますけれども、これは明白な事実です。白を黒とおっしゃってもだめです。読売新聞に三日ほど前に、近藤日出造の漫画が出ておったのを御存じでしょう。ざるの目を一生懸命、どうも高橋君と自治大臣らしいのですが、二人がざるの目を大きくしておる漫画が出ておった。その通りなんです。これをあなたは答申の線に幾らかでも、一歩でも二歩でも近づいた、こういうふうにおっしゃいますか、念のため伺っておきます。
○池田国務大臣 私は答申の線ということよりも、御審議願います政府案に重大な変化があったかどうかという問題について議論するのが筋だと思います。従いまして、いろいろ党内にも意見がございました。私が最もこれは困ると思ったのは、連座規定の親族の問題でございます。これは政府の案と非常に違うから、一つやめてもらいたいということを、私は執行部に言ったのでございます。その他の点につきましては、先ほど申し上げましたごとく、政府の案の不明確な点をはっきりさしたことであって、あまり違っていない。ただ事前運動につきましては、先ほど申し上げました通りでございます。
 読売の漫画のお話がございましたが、私は、日曜日の読売新聞の社説には、これを早く通せという社説が出ておったことを記憶いたしております。そうしてまた、いろいろな選挙通の人にお会いいたしますると、答申案とは違うけれども、とにかく今の現行法よりはよほど進歩している、これは何としても国会を通すように努力しろということを、国会議員外の人からたくさん聞いておるのでございます。私はその点におきまして、政府の原案の趣旨を非常に曲げるほどの分は反対いたしましたが、今の修正案ならば、四つのうち三つの分は非常にはっきり書いてある、それから一つの分は、先ほど申し上げた通りに、島上さんはどういう御意見か知らぬけれども、これはなかなか議論のあるところでございまして、国会が国権の最高機関でございますから、こちらが耐え切れぬようなことならなんでございますけれども、より明確にするものならば、私は早く通していただきたいという読売の社説なんかは適当なものだと考えておるのであります。
○島上委員 その社説の都合のいい部分だけをおっしゃるが、ほかの社説もごらんになったでしょう。私、時間がありませんので簡単に質問しますから、総理も一つ簡潔に、要点だけお答え願います。
 政府原案の不明確な点を明確にしたとおっしゃいますが、それでは後援会に対する候補者の寄付の禁止は、明確にはなりましたけれども、一体よくなりましたか。解散の翌日から、あるいは参議院の場合に三カ目前からということは――総理、よく聞いて下さい、ここは大事なところです。解散の当日まで、あるいは三カ月以前までは、どんな寄付をしてもよろしい、後援団体が選挙民に寄付をしてもよろしい、候補者が後援会に百万円寄付してもよろしいということですよ。これは現行法よりも著しい、はるかなる後退ですよ。こういう後退を、あなた方は一体、明確にしてよくなったとおっしゃいますか。
○池田国務大臣 この問題につきましては、いつからにするかということにつきましてはなかなかむずかしい問題でございます。実態に即してと、こう言っているように、何が実態かと申しますると、これが全部いかぬということなら別でございます、全部いかぬというような……
○島上委員 現行より悪いですよ。
○池田国務大臣 いえ、現行よりも今度の修正案の方は悪くなっておりません。ただ、いつからということを区切るのに、不明確ではいけません。従いまして、解放というものはいつからあるかわかりませんから、解散のときをはっきりきめたらいいのじゃないか、そしてまた参議院のようなものにつきましては何カ月、こうきめるのが親切なやり方でございまして、実態に即してとかなんとかいうのではなかなかむずかしい。それから全部とめてしまうかということになりますと、これは少し行き過ぎじゃないかということでございますので、私は、この修正案は明確になったとして、各候補者の人も、また候補者以外の寄付をする人も、これではっきりした、ただそれが三カ月がいいか、六カ月がいいかということは、いろいろな問題もございましょう、しかしこういうものは明確にする必要がある、こう考えております。
○島上委員 現行法も、「当該選挙に関し、」とあります。ありますが、当該選挙に関してということは、期間がきまっておりませんけれども、これは六カ月、八カ月以前でも処罰された判例もある。それが解散の翌日からということになっている。三カ月前、こうなっている。言葉をかえて言えば、三カ月前まではどういう寄付をしてもよろしいということなんです。解散の当日までは何をしてもよろしいということなんです。規制がないということなんです。これは現行法よりも著しい後退です。しかし同じことを聞いてもしようがありませんから、これはあとで大臣に伺いますから、こにに関する答弁は要りません。
 次の問題は、連座のいわゆる三分の一以上の地域を主宰したという地域主宰者の点です。これは現行法にはございませんから、それでも現行法より一歩前進だとおっしゃるかもしれませんけれども、政府案よりは後退しております。たとえて言うならば、東京の一区について見てごらんなさい。千代田、文京、台東というふうに行政区が六つある。これは常識として、その行政区に一人ずつ主宰者のような担当者を置く。この六つあるいは四つ以上の行政区に責任者を置いた場合には、これはひっかからぬのです。連座の対象にならないのですよ。四つ以上にすれば、連座にならぬということです。これは全く空文、大抜け穴、ドジョウどころじゃない、大ナマズでも漏るような大きなざる法です。そうでしょう。四つ以上に分けた場合に引っかからぬ、政府の場合には数個、その数個の解釈は、八つでも九つでも引っかかる、こういう答弁をしておった、それを三つにしたことは、これまた政府案よりも著しい後退であることはおおいがたい事実です。そうじゃないという御答弁できますか。
○池田国務大臣 連座規定は出納責任者、総括主宰者だけだったが、今度はそれをふやしたのです。ふやした場合において、ふえた人の分はどの程度にしたらいいかということは、政府の案では数個と書いてある、数個というのではわからない、これも三つなら三つ、四つなら四つとはっきりするのがほんとうじゃございますまいか。私はその意味において、やはりこういう点は選挙におなれのあなた方がこの数個というものをはっきりして下さるならば、政府としても、それはいいことだと私は考えておったのございます。
○島上委員 これは私が今言ったように、東京の場合には四つの区、五つの区あるいは六つの行政区が選挙区にある場合が多いのです。従って行政区に一人ずつ地域主宰者を置いた場合には引っかからぬということになりますから、全くの骨抜きであり、政府案に比べても大きな後退です。しかしこれまたあとで詳しく聞きますから申しません。
 それから、事前の演説会です。高橋君もこの点だけは正直に、社会党の主張する政党による事前演説会の制度は傾聴すべきところがあります、こう言っております。事前演説会を告示後の個人演説会と同じような形で百回開く、ポスターも制限なしに張る、チラシも枚数の制限なしに配るというところには問題がありますけれども、答申の趣旨というものは、言論による事前の運動は弊害がないのだからこれを緩和してよろしいではないか、こういう精神です。この精神を生かす方法として、政党による演説会に候補予定者が行って演説をすることは何の弊害もないのです。これはせんだって私は大臣に言いまして、大臣から答弁はなかったけれども、いずれまた伺いますが、大臣が現に四月一日に、八芳園で開かれた秋田県人会の総会へ行って、秋田の地方区には長谷山行毅が立ちますからよろしくと言っておるじゃありませんか。しかし、私はこれは現行法に照らして選挙違反だと思いますが、その程度の緩和はしてよろしいと思うのです。一体なぜ答申の精神を他の方法で生かすという知恵をしぼらなかったのか、これでは全然弊害のない言論による事前運動も封じてしまう。従って現職議員本位で、新人にとって非常に不利になる、こういう批判をされても私はいたしかたがないと思うのですがどうですか。
○池田国務大臣 この問題は、初めお答えいたしましたように、言論による選挙運動は私は理論的にはいい、これは先ほど申し上げた通り。しかし実際、今の状況を見ますと、事前運動をどんどんやって、新しい人もやりましょう、あるいは現議員もやりましょうが、今の個人演説会を中心としての言論による選挙運動がほんとうにうまくいけるだろうか、私は理論的にこうあるべきだと申しましたが、実際問題としてそういかない、もうビラを張り、いろいろなことをして大へんなことになるんじゃございますまいか。そこで私はこの修正案は、実際にやっておられる人はいい知恵をお出しになるものだと思ったのでございます。それじゃどうするか、言論による選挙運動はどうするかという問題になってきますと、私は政党法を早く作って、政党がやる、個人の運動じゃなしに故党がやるということがあっても、あなたの方も御賛成になるだろうと思う。しかしそれが現状からできるかということで、私はこの修正案が将来政党運動を起こし、そうしてりっぱな、いわゆる政党本位の選挙が行なわれるということを待つ意味において、理論的に走るよりも、多数の専門家の意見によった方がいいのじゃないかと思って、党の修正を一応私はのもうかと思っておる。まだこの国会でどうなさるかわかりませんが、実情はそうなんです。これは非常に理屈はいいようでございますが、島上さん、ほんとうにこれをおやりになったらどうなりましょう。だから私は、これはやらなければならぬことなんだけれども、いましばらく、政党法、政治資金規正法等を整備いたしまして、そうしてその理想に向かっていこう、私はこの修正案がそのための踏み台になるのではないか、こう見ておるわけであります。
○島上委員 言葉じりをとらえるわけではありませんが、もうのんでしまってからのもうかと思います、こういうことはおやめになった方がいい。もう修正案をのんでしまっているのですから。
 そこで伺いますが、あなたはしきりに政党法々々々と言っておる。政治資金の規正についても政党法ができたらといって、これはだれがしぼった知恵か知りませんけれども、体よく逃げるにはよき口実だと思うのですけれども、しかし政党法を作るということに対して、私どもは反対です。それから、制度審議会の大勢も反対です。政党法が近いうちにできるなどということはお考えにならぬ方がよろしいと思う。しかしこの議論は別にしまして、政党法がない今日においても、選挙運動期間中は政治資金等に関して法律に、政党に関する規制なり保護なり、あるいは特例なりがあるじゃありませんか。現にあるでしょう。それを政党法がないから事前に政党の演説会云々を法律できめることができないということはありません。できます。どのようにでもこの答申の精神を生かして、言論による弊害がない運動を緩和しようというお考えがあるならば、幾らでもあります。ただその考えがないだけの話で、これまた答申の大きな柱が一本析ってしまったことになる。私たちは、しばしば言っておりますように、政党の集会において、あるいは自治大臣が現に県人会の集会においてのように、言論によるあいさつは弊害がないと思う。これは答申の精神を生かして緩和すべきだと思う。しかし大臣にこれ以上の答弁を求めてもおそらく困るでしょうから、また時間もありませんからこれは答弁はよろしいです。
 それから政治資金について伺いますが、あなたはすぐ政治資金のことを言うと、政党法ができてからといって逃げる。この前もその通り逃げた。しかし政党法ができない今日においても、政党に対する献金は規制できます。現にある種の規制はしているのですから。そこで伺いますが、答申は国、公共企業体と請負その他特別の利益を伴う契約者という在来の規制から、さらに財政投融資、補助金、交付金、利子補給等を受ける法人にまで範囲を広げたわけです。ところが政府案は、当該選挙に関してというふうにしてしまった。選挙資金と一般の政治資金と、あなたは区別できるというふうにお考えですか。お考えだったら、一つ具体的にどう区別できるかということをお答え願いたい。
○池田国務大臣 これは観念上は違うことです。しかし選挙期間中に寄付があったとき、そうしてそれが候補者に出されたというふうなことにつきましては、寄付した人が政治に関して出したのだと言っても、これは認定が選挙に関しというふうに言った方がいいのじゃございますまいか。そのとき、その使途によって区別しなければならぬ。しかも今の状態で、これから政党を伸ばしていこうというときに、選挙も政治資金も同じだというので全部禁止するということは、私は今の実情からいったら非常にむずかしい問題じゃないかと思います。従いまして、私はこういうことを考えまして、わが自由民主党といたしましては、やはり国民協会等を設けましてこういう面につきましてはっきりいたしたい、こういうので努力いたしておるのでございます。
○島上委員 私たちは、何も政党の一般の政治資金を全部規正してしまおう、禁止してしまおうとちっとも言っていないのですよ。労働組合の問題等も含めて、そういう団体の寄付については検討する必要がある。個人本位にすべきだという意見もありますが、今それを結論を出して法律化するということはなかなか問題がありますから、さしあたっては、国から財政投融資、補助金、交付金、利子補給等の特別の利益を受けている、特別の恩恵にあずかっておる会社、法人からの政党への献金は規正すべきものじゃなかろうか、こういう答申ですから、さしあたって最小限度の必要として答申されているのです。それを、選挙に関して、というふうに限ってしまった。そこで私は、時間がありませんから、一つよい事例を出しましょう。最近の事例、自民党の長崎県知事選挙の事例です。これは現に買収その他でもって、自民党の長崎県連の事務局長が逮捕されておる。それから県連の幹事長は病気と称して、ほんとうに病気かどうか、多少かぜ引き程度の病気はしたかもしれませんが、とにかく病院へ入って逮捕を免れておる。その他多数の人人が逮捕されている。土建協会、交通協会その他県の事業ときわめて深い関係にある業者が、二千五百万円献金している。今言ったように、県のあなたの党の責任者その他枢要の地位にある者が、大量に逮捕されている。これは政治献金と称して出したものを、全部知事選挙に使っておる。こまかいことは、私はあとでゆっくり時間をかけて関係当局に伺いますけれども、かくの通り、政治資金と選挙資金というものは区別できません。少なくとも、選挙の期日、参議院なら七月一日に選挙が行なわれる、その一年も二年も前に政党に献金されたお金ならともかくとしまして、その前後、その期間中に献金されますれば、政治献金と称して出しても、結局は政党から候補者の方へ、いろいろな形を通じて選挙活動に使われます。これはたまたま買収等の不正違反があったからですけれども、違反がなくとも、政治献金が選挙運動に使われるという事実においては、少しも変わりはない。これは一体区別できるとお考えですか。
○池田国務大臣 先ほど申し上げましたように、選挙に関してやるということがよくないので、政治運動に対して、現状から申しまして、ある程度寄付が行なわれることはやむを得ないことだと思います。従いまして、今われわれの考えておることは、政治資金規正法その他、何と申しますか、公明選挙を行なうための土台のできるまで、候補者並びに一般国民がほんとうに公明選挙をしようという気持になるまでは、あまり厳格にやって政治活動ができないようにしてもいけませんので、選挙に関して、こういうことで区切りをつけようといたしておるのであります。将来の問題といたしましては、この問題はやはり公明選挙と関連いたしまして、今後十分検討していかなければならない問題だと考えております。
○島上委員 そうしますと伺いますが、この事例にありますように、三月二十五日の知事選挙、その前後に自民党の長崎県連合会に、これは政治献金でございますといって、莫大な金が献金されましたね。これをあなたは選挙に関してと解釈されますか、選挙に関しない献金と解釈されますか。
○池田国務大臣 これは事実問題でございますから、私がここでこうだと言うことはむずかしいと思います。よく調査いたしましてお答えするのが適当と思います。
○島上委員 それでは、長崎のことはあとで詳しく――これは相当詳しく伺わないとならぬ問題ですから、法務省や警察庁でよく資料を用意しておいて下さい。もう一ぺん伺います。長崎の例を言われると痛いようですから、これはあとでほかの方に伺います。
 参議院の選挙、七月一日にありますね、そうすると六月五日が告示で、一日に行なわれる。この六月五日から七月一日までの間、参議院選挙戦が行なわれている期間、もしくはもう少し延ばして、その前一カ月、あるいはあと一カ月でもよろしい。こういう期間に自由民主党に献金されるお金は、選挙に関してであるかないか。はっきり聞きましょう。その選挙期間中でもよろしい。六月五日から七月一日までの間に献金されるお金は、選挙に関してと解釈されますか、選挙と無関係と解釈されますか。
○池田国務大臣 これは、選挙期間中だったら全部選挙に関しという解釈も、私はつきにくいんじゃないかと思います。政党というものはやはり、選挙もやりますが、政策の発表その他もやりますので、その期間中のものは全部選挙だというわけには参りません。やはりその金額の状況とか使い方等々から判断すべきものかと思います。
○島上委員 それは全部、一〇〇%選挙に関してとは言えないでしょう。たとえば、党本部に百人の常任の職員がおる、この人たちには、選挙があるなしにかかわらず、月給を払わなければならない。その他、選挙のあるなしにかかわらず支払わなければならぬものがある。これは選挙だとは申されません。しかし、今までの幾多の事例を見てもわかりますように、政党に対する献金は、選挙の期日になりますと、図にかけば、一ぺんに山のように多くなります。ふだんの月ならば二千万か三千万のところが、選挙になれば億という金が集まります。従いまして、私は一〇〇%とは申しませんが、九七%か八%までは選挙資金、選挙に関する資金、献金、こういうふうに解釈いたしますが、その点どうでしょう。
○池田国務大臣 必ずしもそうはいかないのでございます。私はあまり経理の方に関係しておりませんが、日ごろでも、相当金が要りますので、借金をしておる、借金でずっと泳いでいるというときに、やはり会社の都合によりまして、今まで払うのを、選挙というときには出しいいからというので出したので、今まで出すべかりしものがそのとき来たのであります。これが選挙に関してとは、私は言えぬと思います。それは実態を見ますと、いろいろやりくりしておる状況で、なかなか苦労しておるのでございまして、私は、これが選挙に関してではなく、そういうことのないように公明選挙が行なわれる、そうして政党は政治活動をやっているんだ、そうして個人の方の運動費を政党が出す分については、これはおおむね選挙に関しと見るべきじゃないでしょうか、おおむねでございますよ、全然とは言いません。
○島上委員 なかなかうまい答弁をしたつもりらしいですが――思いつきにしてはうまい答弁ですよ。しかし、それでは、かりに選挙期間中に五億の献金があったとする。それは、前に五億借りておったから返した。そうして今度はまた五億借金をして選挙運動に使う、その借金はこの次の選挙のときに埋め合わせる――やはり選挙に使ったことになるのじゃないですか。そんなことを言ったってだめですよ。私は納得しない。国民も納得しないと思います。
 時間がありませんから、もう一つだけ伺います。こういう会期末も差し迫ったときに、こういう大改正を出して参りました。衆議院においても、私一人でもあと、五日ぐらいは質問したいと思っておる。これがかりに参議院――どういうことになるか知りませんが、かりに参議院に回わることがありましても、来月になるでしょう。来月でなくて今月ということになりましても、参議院の審議期間というものは非常に短い。衆議院は三月初めに提案されましたから、五十日ほどですね。五十日ほど、週二回審議してきました。参議院の審議期間はきわめて短い。そこで私は総理に伺いますが、会期を大幅に延長して、慎重審議をして通すというお考えがありますか。それとも、会期を延長しなければ参議院は審議期間はございませんから、なに参議院なんか審議しなくてもいいという参議院審議軽視をなさるつもりであるか。これは参議院にとっては大きな問題だと思います。公聴会ももちろん開かなければならぬ。衆議院は十五人公述人を呼んだのですから、参議院もそれに近い公述人を呼んでやるということになりましょう。どう考えても審議期間は非常に短い。この点はどのようにお考えですか。
○池田国務大臣 一般の国民の方々は、現行法よりも非常にいい、進歩しておる――、完全ではない、万全ではないという気持もございますが、とにかく一応相当の進歩だというお気持は、国民大多数が持っておられると思います。従いまして、政府といたしましては、この国会においてぜひ通していただきたい、こういうことだけしか申し上げられません。国会の運営につきまして、総理大臣がとやこう言うことは、今は早過ぎるのでございまして、会期の延長は私から申し出ることになっておりますが、ただいまのところ考えておりません。
○島上委員 最後です。きのう実は理事会において、この修正案を提案するに先だちまして、社会党は要求いたしました。自民党修正案の二項、三項は全部削除すべし、一項と四項については前向きの手直しをすべし。これは社会党が主張しておったことであり、私は国民の多数もそうではないかと思う。この四項の修正案をつけたと申しますか、四項による大改悪をした法案は、決して国民がよい法律としてありがたくちょうだいするようなものではありません。そこで私ども、これを提案する前にそうしなさい、こう言いましたら、提案だけさしてほしい。それでは提案した後に審議の過程において、国民の声に耳を傾け、野党の声に耳を傾けて、修正に応ずる用意があるかと、言ったら、それは大いにあります、こう言いました。それから、骨抜きになりました三点の、社会党が出した修正案についても取り入れる。取り入れるということは、取り上げて委員会で審議したということじゃないのです。その二点を取り入れる、法律化する、あるいは一点を法律化するというようなことについても要求しましたら、その点についても話し合いましょう、こういうことでした。社会党の修正案を取り入れて法律化する御意思があるかどうか。この四点について、特に私どもが主張しております二項、三項について、取り下げるということに関して野党と話し合いをする、こういう御用意がありますか、どうですか。
○池田国務大臣 委員会におきます議論につきましては、私は十分知悉しておりません。しかし法案の取り扱いにつきましては、練達たんのうな各委員と、りっぱな委員長がおられますので、私は適当におやりいただくことを期待いたしております。内閣総理大臣といたしましては、これを今取り入れるとか取り入れないということは国会におまかせしておる状況でございます。
○島上委員 これで終わりますが、答弁はきわめて不満足で了承できないことを申し添えておきます。
○加藤委員長 次に、井堀繁男君。
○井堀委員 昨日、自民党の高橋議員ほかから提案されました修正案につきまして、その趣旨を伺ったのでありますが、明らかに、私どもの予想しておりましたように、答申案からはるかに遠のいておると思われる政府原案よりさらに後退したものでありまして、まことに遺憾に思うわけであります。この点について質疑をいたしたいのでありますが、総理の時間の都合もあるようでありますから、これに関連をいたしました重要な点を一、二お尋ねしてみたいと思うのであります。
 さきに、たしか三十日であったと思いますが、時間がありませんので大急ぎでお尋ねをいたしました。不得要領の結果になっておりますので、この点をまずもう一度お尋ねをしてみたいと思います。それは、今回の選挙制度審議会の答申は、その答申案の冒頭に明らかにされておりますように、選挙の公明化をはかるためには、今回の答申では不十分であることを述べておるのであります。その文章を見ますと、選挙区制あるいは政党制度などの現行制度の根本について検討しなければならぬということを明らかにしておるのであります。追ってその答申が行なわれるような意味にもとれるわけでありますが、さしあたっての措置として、第一、第二、第三、この三つの委員会の意見をとりまとめて答申をするというような意味が明らかになっております。でありますから、当然われわれが次に期待できますのは、選挙区制の問題についてであります。あるいは政党制度の根本に言及するような問題を答申するということがうかがわれるわけでありますが、政府はこの審議会に、この二つの重要な事項について諮問をなされる御用意があるかどうか、またそれはいつごろなされようとしておるかを、この際伺っておきたい。
○池田国務大臣 選挙制度審議会の運営の問題でございまして、私からどうこういうわけのものではございません。ただ私の記憶では、この選挙区制の問題につきましては、十分慎重に検討してもらいたいという付帯決議がついておったと思っております。そういう点を考え、また私は選挙制度審議会の方々も、やはり今国会で政府の案を通過さすべきだという御意見の人が多いと承っておるのでございます。こういう点から申しまして、これは余談でございますが、今国会でこの案を通過させると同時に、審議会におきましても今後も十分御勉強を願いたいと考えております。
○井堀委員 結局、政府が審議会にあらためて諮問をしなくても、従来の諮問で答申ができるものと思いますが、そういう意思がおありのようですから……。このことをお尋ねいたしましたのは、次にお尋ねしようとすることに、また、今自民党から提案されておりますものを含んで審議をいたします際に、非常に重要であるからであります。というのは、今回の答申は全面的ではなくて、その重要な部分でありましょうが、部分的答申が行なわれているからであります。
 そこで、きょうは時間がありませんから、次に最も私どもが重視いたしております点について、また審議会がかなり強力に答申の中に明らかに、かつ具体的にされておりますものについて、お尋ねをしてみたいと思うのであります。それは、三つの委員会のうち第三委員会といわれております、公明選挙運動推進に関する事項を取り扱う委員会であります。この答申案全体の中にも、あるいは前文の中にも明らかになっておりますように、この委員会が、一口に言えば選挙の公明化のための答申を出すために懸命の努力をされたということは、言うまでもないのであります。そこで、この答申の中には詳細には出ておりませんけれども、議事録を見ていきますと、各委員からそれぞれ述べられておりますことは、今日の腐敗し切っておる選挙を公明化するためには、当面の問題として、好ましくはないけれども、これの措置を必要とするという意味が、第二の委員会の中で強く述べられております。すなわち罰則あるいは制裁を強化するという措置によって、とりあえずこの腐敗の方向を食いとめ、その転換をはかろうとするやむを得ざる措置という意味であるようにとれるのであります。そこで、また第一委員会のように、今日の選挙管理あるいは選挙運動を改善し、合理化していこうとすることはもちろんでありますけれども、それだけでは目的を達することができない。その目的を達するためには、第三委員会の答申が最も重要になってくるのであります。民主政治を指向しようとすれば、また、国民の要望にこたえて選挙の公明化をはかろうとすれば、どうしても第三委員会に主力を置くということは必然であると思うのであります。しかるところ、今回の政府の改正案は、全くこの第三委員会に対しては無視をしておるのであります。少なくともこの法案を提出するときには、この第三委員会の答申に基づいて、具体的な内容を盛り込んだ実施計画を明らかにして、それに対するそれぞれの必要な法律改正なり、あるいは行政的な措置を明らかにすることが、答申に対する最も忠実なゆえんであると思うのであります。このことについて、私は自治大臣にも、あるいは立案に当たられた事務当局にもお尋ねをいたしましたが、どこからもその誠意はうかがえないのであります。また文部省所管の事項についても、その関係者の意見を求めたのでありますけれども、ただそういう趣旨を承知しているというだけでありまして、従来のものに対して積極的な転換をしていこうというものではありません。わずかに小学校、中学校、高等学校の指導要領の中で多少、要するにその内容を書き変えたという程度のものであって、この答申にこたえた何ものもなかったのであります。こういうことでありましては、一体政府の答申に対する態度は、根底から間違っておるのではないかとわれわれは思うのであります。実はこの第三委員会の答申というものは、今日要綱ができておらぬようでありますから、論議の対象にもしにくいわけでありますが、たとえば第一は、国民の自覚の徹底をはかろうとしております。第二には、民間運動の協力を積極的に要請をしております。第三には、学校教育及び社会教育の充実を目ざしております。第四には、広報活動で、民間あるいは政府のあらゆる機関を動員することを期待しております。この一から四にわたる重要な項目に、全然政府は触れておらぬのであります。わずかに第三の学校教育の問題が、先ほど申し上げた程度のものであります。
 そこで、第五に指摘しておりまする公明選挙推進のための財政措置の点であります。これは現行法第六条にも規定されておることでありますから、当然これはこの法律に基づいて、政府はこの精神に従って予算措置を講じておるべきである。この点についてたびたびお尋ねをいたしましたけれども、二十日のときにも、あなたにもお尋ねをいたしましたが、従来、ほんのスズメの涙に近い――三十二年度にこの委員会でわれわれが強く政府に要求いたしまして、ようやく一億、しかも全国各市町村に至るまでこの費用を分けるというのでありますからお話にならない。三十五年にようやく一億三千万、三十六年に三億にふやして、ことしそれを三億五千万にしたというにすぎないのであります。これは従来のものをふやしていくという、予算規模の上から比例させましてもはなはだ少額にすぎるのであります。だから、これはお話になりません。でありますから、今回は、この答申案の全体について政府が実施計画を持ちますならば、私どもの想定でも最小限度六百億程度のものを見なければ計画は成り立たぬと思います。そこで今回はもう予算も通ったことでありまするし、現行法第六条に規定しておりまする、この当然の義務づけられたものを、さらにここで審議会から強く要請されておりまするように、これにこたえて最低の費用はこの際明らかにする義務があると思うのであります。そこで、この二点について一つ総理の明快な御答弁を伺っておきたいと思います。
 それは本年度、昭和三十七年度の予算において、第六条の規定に基づきまする実施を迫られておりますから、そのためにもこれを市町村まで、末端の選挙管理委員会あるいは民間の運動、ほんのささやかな運動、と言っては失礼です、やっておられる人の情熱に対しては敬意を表しますけれども、その影響力はきわめて狭い範囲であります。それだけに対する最低の義務づけをいたしましても、五十億やあるいは百億に近い予算を持たなければいかぬと思うのです。しかし見ますると、予備費わずかに二百億程度でありまするから、予備費の中から流用するとすれば、私は最低二十億程度は可能であると思うのでありますが、この最小限度の義務を履行するについて政府は用意があるかどうか。もしそういうものがないとするならば、答申案に対しては制裁の規定だけについて採用した、それも先ほど言うように、何とかしてのがれようとする見苦しい結果に終わるのでありまして、これでは審議会の人々の情熱を込めて答申し、さらに今後重要な部分を答申するような気魄というものは起こってこないのではないか、こう実は配慮するわけでありますが、ここではっきり一つ本年度の予算の中において――この第六条規定に基づく予算は、最低二十億あるいはそれ以上の予算を必要とすると思いまするが、一つ政府の決意のほどを伺っておきたい。
○池田国務大臣 公明選挙のために公明選挙運動を起こし、ほんとうに選挙がりっぱに行なわれるようにPRすることは、非常に必要なことであると日ごろから私は考えておるのでございます。お話の通りに、三十六年度は従来の一億円を一躍三倍の三億円にいたしました。そしてまた引き続いて五千万円をふやし、参議院の選挙がありますので、なお別に一億を計上いたしました。国の方では公明選挙運動において、今年度は四億五千万円見ておるのでありまして、また国ばかりではなしに、地方自治体におきましても、従来に例のない二億五千万円を別ワクとしてこれにとって、合計七億くらいになっております。これを二年前のそれと比較をしますると、格段の増額と言い得るのであります。私は、公明選挙運動に対しましての経費は相当思い切って出したつもりでございます。
 お話のように、第三委員会におきまして、非常に強い御希望がございます。そしてまた、公明に選挙が行なわれなければならぬという強いわれわれの要求もございますので、今後この七億円を十分に使いますと同時に、もし不足するというふうなことがありますれば、私は、重要な事項でございますので、予備費その他から考慮することにやぶさかではございません。
○井堀委員 これは数字によっても表明できることでありますから、しつこいようではありますが、はっきりお答えをいただこうと思うのは、なるほど三億五千万にふやしたと言っておりますけれども、これは御存じのように全国の選挙管理委員会、ことに選挙管理委員会の実態は、総理御存じないかもしれませんが、他にいろいろな委員会がありますけれども、選挙管理委員会の大部分の方々というのは、集会をやるにしても夜分、時間外を、要するに奉仕をされて会を持たれたり、あるいは活動される人々についても兼務が大部分でありまして、その兼務も自治体のかぼそい予算の中からかなり無理をして供出をしておるのであります。その結果、選挙なんかになりますると、金のために多くの事故が起こっている事実さえたくさんあるくらいであります。今日の選挙管理委員会というものは、法律に規定されておりまする制度としては、予算の裏打ちは、この委員会でも言っておりまするように、あまりに僅少に失するというよりは、私は出すべきものを出していないというに近い僅少なものだと思うのであります。でありますから、こういう機会にこそ私は、政府はその金額を明示して、そういう人々の活動を積極化し、あるいはそういう制度が法律の精神の軌道に乗るようにするということは、この答申がなくても当然やらなければならぬことであることを、たびたび主張してきたのであります。しかし今回のこのような答申が行なわれた以上、もし政府がこのような二十億程度のものを出し渋るようなことでありまするならば、私はこの政府原案に対しましては、国民は全く失望すると思うのであります。われわれも、今後本法案を審議する上に勇気を失うのであります。そういう意味で、もう予算も通ったことでありまするが、第五項の答申にだけでも一つこたえられるように、計算を精細にして――私どもいろいろな点を検討してみたのであります。あるいは、選管のそれぞれの関係の人々の意見を徴してみますと、二十億でようやく私は従来の法律が予定しているような行動に近づけるかと思うのであります。時間がありまするならば自治省の方から御答弁を願うような具体的な質疑を用意しておるのでありますが、総理に対してはそれほどのこまかいことを申し上げなくても、自治大臣と一つ御相談の上で、この際二十億程度のものは本年度何とか予備費のうちからでも用意するくらいの御答弁が願いたいと思います。
○池田国務大臣 選挙制度に関する答申の六に「公明選挙推進のための財政措置」こういう答申が出ております。「民間運動及び選挙管理委員会の常時啓発活動の積極的な展開を期待するためには、現在の予算額は余りにも僅少であるので、大幅な増額をはかること。特に、市町村における末端組織の活動の強化のための経費の増額について特別の配慮をすること。」こう載っております。私はこの点につきましては全く同感で、前からこういう気持を持っておったのでお話し申し上げたような状況でございます。組閣いたしました初年度につきましては三倍、そしてまた、お話の通り、従来は政府がそれを出しましても、地方でほんとうに公明選挙運動に実際出したか出さないか、なかなかはっきりしない点が多かった。そこで今度は、地方におきましても、地方にひもつきに二億五千万円出すようにいたしております。従いまして、われわれといたしましては、やっぱり国民のあれでございますから、十分計画を立てまして、必要な金は、最も重要な事項でございますので、私は十分考慮いたしたい。今ここで何十億ということはちょっと無理でございますが、御趣旨の点は十分私にはよくわかります。この程度で、今金額を申し上げるということはちょっと御容赦願います。できるだけ公明選挙のための経費を支出するということは、ここではっきり申し上げます。
○井堀委員 これは、もう時間もないようでありますが、後刻自治省に実施計画をぜひ一つ出してもらわなければいけない。そこでもう一つ、来年度の予算計画を組む上に、具体的な配慮が当然要請されていると思う。自治省はこれを実施計画をつけて要求されるものと思うのですが、この点についても自治省だけの考えでは、先ほど言うように、私は第五項だけをあげたのでありますが、一項から六項、特に私は二項の民間運動などのあれについては、相当の予算が要ると思う。それから広報活動を活発にしようということになりますと、この中にもいろいろな聴視覚器材などを啓発のために使えと言っているのですが、やはり相当の財政的裏打ちがなければならぬ。そういうために来年度は一つ新しい、そういうものを盛り込んだ予算をお立てになる用意があるかどうかを伺っておきたい。
○安井国務大臣 できるだけ御趣旨の線に沿って、来年度は特にまた善処したいと思っております。
○井堀委員 総理大臣、今の自治大臣の発言を裏打ちするかどうか。
○池田国務大臣 私は、自治省から出た案をどうこうじゃなしに、自治省と積極的に話し合いをいたしまして善処いたしたいと思います。
○井堀委員 今の発言を重視いたしまして、来年度の予算はこの実施要領をつけてぜひ一つ実現することを強く要望いたして、私の質問を終わります。
○加藤委員長 これにて、池田内閣総理大臣に対する質疑は終わりました。
 午後の会議は本会議散会後再開することとし、休憩いたします。
   午後一時六分休憩
     ――――◇―――――
   午後三時三十一分開議
○加藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 午後は、まず公職選挙法等の一部を改正する法律案に対する高橋英吉君外四名提出の修正案について、参考人より意見の聴取をいたします。
 参考人各位においては、御多用中のところわざわざ御出席下さいまして、まことにありがとうございます。
 これより、参考人より意見を聴取いたすのでございますが、理事会の申し合わせにより、参考人の御意見の開陳及びこれに対する質疑については、合わせて一時間三十分以内とし、参考人の御意見の開陳を大体二十分程度以内にお願いいたします。そのあと質疑に入ります。
 それでは、四宮久吉君より御意見の開陳をお願いいたします。
○四宮参考人 私は弁護士をいたしております四宮久吉でございます。きょうは、公職選挙法の一部改正法律案の審査につきまして、高橋英吉氏外四名提案の修正案の参考人として本委員会からお呼び出しを受けましたので、意見を開陳いたしたいと思うのであります。
 私は、簡略に私の経歴を申し上げておきたいと思います。私は弁護士であると同時に、選挙につきましては大正十四年以来、東京の区会、市会、府会さらに都議会、衆議院と、もう十六、七回自分の選挙をやっております。それに、人の衆議院の選挙事務長あるいは総括主宰者というようないろいろな役目を仰せつかって、たくさんいろいろ選挙に関係いたしておりました。そういう関係で、きょうは私の体験から割り出して、この問題に対して私の気持をお話し申し上げてみたいと思うのであります。
 まず最初には一般的なことをお聞き取りを願いたいと思うのですが、私が最初立候補したときには大正十四年で、戸別訪問の時代であります。制限選挙で戸別訪問が許されていた時代で、それから後この選挙法についてはいろいろな改正が企てられ、またそれが実現されたのであります。改正の一番基本になるのは、何と言っても選挙費用であります。どうしたら選挙費用を節約してしかも公正な選挙が行なわれるかという問題が、いつもこの選挙法改正のたびごとに論議になっております。それで、ずいぶん一時過酷な選挙運動の取り締まりを私たちも受けたことがあります。御承知でありましょうが、選挙運動員というのがきまって、運動員以外の者は選挙運動してはならぬ、労務提供もしてはならぬというので、こういう問題がありました当時に、私の衆議院に立った選挙区では、立て看板が風で道のところに倒れてじゃまになるので、女学生がそれを起こし、そうしてもとの通りにした。それを警察官が見つけて、これは選挙運動員以外の労務提供だというので、警察へ検挙されて取り調べを受けた実例もあります。その当時は、もう選挙はこわい、一般国民はもう選挙にはさわるな、ちょっとでもさわれば警察へ連れていかれるんだというような一般の気持が広く国民の間に植え込まれまして、選挙の演説会に行くのにも、うっかりすると検挙されるんだというような感じまで起こすようになったのであります。また一例には、皆さんの経験にあることと思いますが、個々面接を、それは電話によろうが何であろうが、禁止したことがございます。こういうときには、私どもも候補に何度も立ったが、外に立ってうっかり懇意な人と口もきけぬので、口をきいたら最後。選挙に立ったら大いにやりなさい、こうやったら、ちょっと来いというようなおそれがあったわけで、選挙を非常にこわがった。しかしその基本とするところは、決してそういうものを企図するのではなくして、選挙費用をいかにしたら節約できるかということが土台になって、個別訪問も禁止し、個々面接も通信も禁止した、あれも禁止した、これもやめたというので終始きましたが、それがだんだん国会の論議となりまして、何とかこういう過酷な、しかも選挙に対して国民に恐怖を感ぜしめるようなものは改正しなければならぬという強い声が各所に起こりまして、現行の法のようにだんだん変わってきて、個々面接も解放され、ただ通信の点が、これは相当費用がかかるというので、いまだにある程度の制限を受けておりますが、演説会もできるだけ多く開いて一般の人に周知徹底させることもできるように相なっておりますが、全般を通じて選挙の取り締まり法規が非常に厳重になればなるほど、どうも選挙が暗くなって、選挙というものに一般国民は恐怖を持つという――といって、あまりゆるやかにするといろいろな悪質な犯罪がふえるという結果に相なっておりますが、しかしどっちかといえば、その害悪の中でどっちをとるかといえば、私はなるべくならあまり恐怖させない選挙の方が、今までの体験の上からいくと、むしろいいんじゃないかというような考えを持っております。それと同時に、選挙というものは、国家的に見て一つの大きな行事である、これにはみんなで喜んで参加して、そしてできるだけ自分の気持をこの中にぶち込んで、愉快に選挙ができるような形でぜひやってほしいというふうに私は考えております。ことに選挙の法規に関しては、だれが見てもわかるような法規に作っていただきたい。これが私は非常に大事な問題だと思う。最高裁判所の最後の判決を受けなければ、これが犯罪になるかならぬかというような疑いがある法規は、できるだけ避けていただきたいということが私たちの気持であります。だれが見てもこれは選挙違反だ、法規を見ればすぐわかるじゃないか――これはやってもいいのかな、これまでいったら犯罪で、これまでいったら犯罪でない、これはどこまでいくのかという感じを残すような法規を作りますと、選挙をやる者も非常に不安であるし、同時に私は、候補者もまた明るく選挙に臨めない、こういう点を考えまして、どうか皆さん方も、だれが見ても容易に判断ができるような、これまではいかぬ、これまではできるのだということが、すぐに、一目瞭然にわかるようにしていただくことが、一般国民に対し選挙に対する大きな理解を与え、楽しく協力ができる大きな原因ではないか、しかく考えておるものでございます。
 そこで、きょうこの高橋英吉氏外四名の修正案に対して、私が一体どういう考え方を持つかということを皆さんがお聞きになるためにお呼びになったのだと思いますが、何せこの選挙法改正は、今まで審議会はもちろん当委員会でも、あるいは毎日新聞紙上で報道されておることで、皆様方もそれぞれ体験者で、お互いに血みどろの苦労をし、実際に自分が選挙にたずさわって苦い経験を持ったり、いいと感ずる点も多々実際に体験した皆さんに、私からことさら説明をする必要もないと思いますけれども、幸い私の体験が皆さんの御参考の一助ともなれば私は大へんしあわせに存ずる次第であります。
 それでこの修正案の項目となっておるのを、昨日の晩おそく私は拝見いたしましたが、第一が選挙前におけるところの演説会の開催の問題、それから第二は選挙運動に従事する者に対する報酬、第二には後援団体に対する寄付その他の行為、第四が連座の対象とする、すなわち総括主宰者の問題の地域の関係である、この四点にしぼられて、私たちに意見を述べよということだと考えますので、この問題について私の所懐を申し述べてみたいと思うのであります。
 そこで、届出前に演説会を認めるということですが、これは私は理論的にいいことだと思うのです。これは、大いに一般国民に対して言論を通じて周知させるということは、国民にものを知らせる、政治に対して国民の理解を与えるという点から申しましても、これはなるべくそうありたいのであります。ただ、これが選挙運動としていいか悪いかということになりますと、これまた皆さん方も選挙の直接関係者であります。それでなくても、相当みな、議会報告演説会とか外遊の帰朝演説会とかなんとかいうので、それぞれの機会がある。あらゆる方法をつかんで皆さん方が演説をされておるところでありますが、特に選挙運動のために演説をやるということになってくると、これまた選挙の翌日から、演説会が選挙運動として、みんながしのぎを削って次の選挙の態勢にかかっていかなければならぬ。選挙をやる者の心理は同じであります。人がやっておれば、自分は黙って指をくわえてながめているというわけにはいかぬ。できるだけ機会をつかんで自分の主義主張をPRしなければならぬという、それが選挙運動の態勢でやられる場合は非常に範囲が広い。それでありますから、結局選挙を継続するというような――大体選挙連動の中核は何というても演説会であります。一番基礎は演説会、それにいろいろの行為がまつわるでありましょうが、今日の公明選挙の建前といえば演説が一番主体、その演説が選挙前でも自由にやれるという、これを自由に認めるということになりますと、これまた費用がだんだん重なってくる。これは、皆さん方も費用に苦しんで、選挙法を改正しながら、選挙費用がまた要ることをみずから進んで作っていかなければならぬという結論に達しはしないか。私は今までの経験で、これは大へんな重荷を皆さん方も背負っていく、経費をますますこれから要るようにさせるというようなことになるのではないかというような感じを持っております。現在でさえも、選挙区へ帰ると、外遊してきたから演説会をやる、そうすると、こっちは、これではいかぬ、とにかく議会報告演説会をやろうというので、いろいろな演説会を盛んにやる。それでも、そういう特殊な場合だけの演説会でありますから、皆さんの経費というものもさまでかかりませんが、これが選挙運動のように認められていくということになると、そういう点で非常にかさむのじゃないか。
 それから費用の点でありますが、これを通算する。このかかったものを選挙費用中のなにに通算するというような規定に書かれておるように思いますが、これは私は、選挙費用の理念はどこまでも選挙中における諸費用というものを基礎に計算されたもので、そんな、前の演説会のいろんなことがどうあろうがあるまいが、こういうようなことはこういうようなことで、また別個に費用計算を認めるべきものである。皆さん方が、実際に即してない、この選挙費用は適正でないというので、今選挙法の費用を増額しよう、適正でないことが何人にも想像できるからこの改正という声が盛んになっておる。この改正というものは、選挙期間中における選挙の費用であって、これを他から持ってきて、他の期間における選挙演説費用をこれに通算すること、これはまた非常に一貫しないものがある。そればかりではなしに、そうなってくると、費用超過の問題等の違反が次に起こってくるようなおそれも相当にあろうと考えます。選挙中の計算がどうだ、あのときのはどうだというようなこともこれに加わってくると思いますので、その点から見て、もう少し何とか他に適当な方法があれば――政党法というお話も承っておりますけれども、政党でも現在では何せいろいろな政党がありまして、どうも一体どれだけのものを政党として認めていくかという問題等も、だれでも、一人一党でも、どれでもいいじゃないかということは――政党のあり方その他について考えると、相当考慮すべきものがある。これらの今の法規から見ると、何人も個人で立候補できるのですから、政党に関連せず選挙法はこれを認めているのですから、これらの点を勘案しながら、はなはだしい不公平にならないように、諸般の道を考えた後にこれの是正をされるとするならば、これまた非常にいい案として一応考慮に加えられる必要があると思いますけれども、現状をもってしてはどうかというふうに私は勘案されるのであります。
 それから第二点の、選挙運動に従事する者がいわゆる報酬をもらえるかどうかという問題であります。この問題も相当審議会、委員会等でもいろいろ論議の的になったのでありますが、私が選挙運動に今まで携わっている中で、労務者というのがある。労務者というのは、御承知の通り機械的に選挙事務に従事する者であって、張り紙を張るについても、何せ単独な意見でお願いしますとも言えないというような立場の選挙関係者ですから、今まではどうかというと、それに運動員がつき添って張り紙を頼みに行くというような、こういう複雑な関係で選挙をやっておった。これは皆さんもそういうふうな関係にあろうと思います。やはり選挙運動をやるのには、何せそれでありますから、これはだれが張ったかといえば、その選挙の張り紙をしてあるだけで選挙運動者の頭の動きというものがわかるくらい、選挙運動にはポスターの張り場所さえ皆さん大きな苦心をされるのであります。そういう場合にやはり人の必要があるし、かつては選挙運動のポスターを自分のうちへ持って帰って隠した労務者があるし、昔ビラ配りがありましたが、演説会のビラを半分ばかり川に流してしまったというような実例もあるのでございますが、機械的労務者というのはそのくらいのところでまあ済むのであります。ところが、選挙に関心を持ち、この人を当選させなければならぬという一つの理念を持って選挙運動に従事する者が中にはありまして、報酬を幾らか出そうかというと、しかられるような方もあります。それが毎日々々来る人の場合、自分の家業を捨てているのです。自分がもらう給料ももらえないが、あの人を当選させなければならぬ、同時に自分も選挙が好きだ、朝から夜が明けるまで、またその中に泊り込んででも運動をやりたい、こういうふうな人に対しては、これは適正な報酬を与えるということはむしろ選挙運動の経費というものを明るくする。やみで何かするよりは、こういうふうにきまったものであるといえば、非常に明朗にみなが選挙ができる。あれには何かあとで始末してやらなければならぬなというような、いつまでも人をただで使ってほっておけないというような、これは人間通常の考え方で、これは常識であろうと思います。そういうようなことで、熱心に努力される人で、私の選挙ではありませんけれども、選挙運動の中で家庭争議が起こる人がずいぶんあります。女房が、かせぎに出て金を入れてもらわなければならぬのに、朝から晩まで選挙事務所に行ってしまって、朝からはち巻をして運動する、そのために家族は食うのに困って、しまいには夫婦げんかが始まるという家庭すら私はたびたび耳にすることでありますが、こういうことから考えまして、毎日来てそれに努力される、それは特定の人で、しかもそれは届出しておる、そういう人を、始終人を変えて、十人ずつなら十日で百人というような考え方でない、法規をそこにきめて、これに専従して努力する者に対して、そして朝から晩までその事務を担当する者に対して報酬を与える。その選挙運動員にビラを張らしにやったら、ポイントにぴたっと張る。それは選挙に一番必要な、ここらあたりが一番効果があるなと思われるところに選挙のビラを張って帰る。労務者をわざわざ連れていってその人にやらせるか、その人だけが行って張るか、そういう問題を私は勘案したときに、やはり経費の実際化の上から見ても、どうしてもこれはある程度の報酬というものを与える。通常社会の通念によってこれは与える。そうして自分の家庭の紛争を起こすことは、選挙に対して非常な反感を持つようになるのであります。家庭でもそうです。女房が選挙に対して反感を持つというような感じは、これは選挙の思想に対する影響がはなはだしいと思います。選挙を熱心にやる家庭こそほんとうに日本の政治を明るくするものだというような感じを持たしていただくことがむしろ適当ではなかろうか、私はかように考えておるのであります。選挙運動というのは、皆さん方も御承知でもありましょうが、だれでもしろうとを引っぱっていってすぐに使えるものではない。選挙は、やはりことし経験をした人を来年やはり頼まなければならぬ。選挙の経験者であれば、ポスターを張るのにも、演説会場に臨むのにも、一挙手一投足が必ず敏速に、しかも法規の関係からいっても十分できるのですから、同じ人間を毎選挙々々々ただ使いしておるというようなことになると、ますます選挙に対していやな感じを家庭に持たせるばかりでなしに、――ことに最近になって社会の思想が非常に変わってきました。私らの昔選挙したころには、国民の生活にゆとりがあって非常に楽であった。それが最近ではだんだん生活が、その日働かなければその日が食えぬという切実な生活状態になったから、それが選挙に関係するのでしょうが、なるべく金もうけに行った方がいいというような考え方が最近では非常に強くなっておることは皆さん方も御了解できると思う。こういう時代の変遷というものから、昔の選挙思想をそのままに、殿様がじっと座り込んで、村の有志、町の有志がほんとうに羽織を着てそろそろっとやっておった、そういう時代の考え方であってはならぬ、さように私は、私の体験から申しましても考えますので、やはり適正な費用、報酬は与えて、そうして何度の選挙にでも進んで一つ先生のために奉仕しましょうという意気込みでいく選挙でありたいと、私はしかく考えておるのであります。
 それから第三点の講演会の問題であります。これは一、二、三と、三つに分かれておるようでありますが、要するに接待費とか、後援団体に対する寄付とか、旅行とかいうような問題とか、あるいは候補者自身が寄付するとか、団体が対選挙民に寄付するとかいうような問題の制限に関する法律であるのでありますが、百九十九条の二にも、またこれに近い趣旨が規定されておるようでありますが、この改正法規に対しましては、当該選挙に関して、という問題が、皆さんの相当論議になる原因であろうと思うが、いろいろと私がさきに申したように、これは実にあやふやな抜け道があるようなないような、ざる法に匹敵する法律のように考えられる。
 これを二つに解釈してみますると、選挙の期間の問題が一つ論議になる。一つは金の性質がいろいろ論議になる。この二つの問題が当然論議になる。けさからいろいろと考えてみたのですが、この修正案は全部禁じるのかどうか、電話でこっちへ聞きあわしてみたところが、この修正案は、全部、名目の何たるとを問わず禁止するのだということでございましたので、それはいいだろう、なおこれは前進だと考えた。この法案によりますと、期間が不明確で、当該選挙といえば、選挙の済んだあくる日から次の選挙は必ずあるんだから、これを選挙前といえば、その当該といえば四年間。そうすると、この後援団体はその人を信頼し、その人を援助して、その人のために一生懸命やろうという同志の人々の集まりで、これは政治意欲を非常に盛んにし、政治思想を普及するばかりでなしに、非常に政治を理解していこうという人だと思う。こういう人が多くなければ日本の政治は明るくいかない、こういうふうに考えておるものでありますが、その面において、この期間がいつからが当該選挙か、これは最高裁判所の最後の判断を受けなければ決定ができない。金の性質もまた同一で、選挙に関してと書いてあるんだから、選挙以外の目的であった場合には防ぐことはできないと思う。そこに一つの抜け道があるんじゃないだろうかという一つの考え方が起こってきたわけであります。私が最初申しましたように、しろうとに、だれにでもわかるような選挙法がほしい。最高裁で判決を受けなければ最後の決定がつかない法規にするくらいなら、たとい期間が短くても、ぴしゃっととめてしまう、いかぬというふうに明確にした方がよい。そうなれば、その間は、何もかもいかぬのだということになる。どっちかわからぬから、もらう方もやる方もふわふわとしている。しまいには最高裁で判決を受けなければ結論を得ることができない、そういったものでない法規を最初に作っていただきたい。この修正案はむしろ全体を禁じております。何の名目を問わず、選挙に関係がなくてもその間はやめろといえば、その期間の問題もずばっと解決できるし、この期間の問題は、長い短いは議論しませんが、いずれにしても明確なものにしてほしい。そうしたならば、非常にみんな明るく選挙に関係できるし、いろいろな問題に携わることができると考えますので、その点を御高配いただければけっこうでございます。これになくても、選挙法の百二十九条には事前運動の禁止の法規がある。ちゃんと期間外に選挙運動をやったらいろいろな取り締まりをするという法規が選挙法にあるのですから、特にこれだけを明確にするというところにこの話が出てくる原因があると思いますが、そういう点も一つ御考慮になっていただきたい。そうして修正案に対して、私はこれがむしろ前進だ、適当な道ではなかろうかというふうな考え方をいたしておるものであります。
 それから最後の問題は、連座制のいわゆる地域主宰者。今までは総括主宰者、今度は地域主宰者で、もうちょっとこまかく取り締まろうという考え方であります。これも決して悪くはありません。この問題は、改正法によりますと、なかなかややこしい、数区の一区とか、一区または二区とか、数区というのはどう分割してどんな地域になっておるのか、さっぱりわからぬのです。これは最高裁判所の判例を待たなければできない状況にあると思います。これはだれが見ても判然するような程度にされる方がよい。数区のうちというような区分のむずかしいことでなく、一歩前進して明確な方法に進む方が適当ではないか、私はさような考え方を持っております。
 時間が参りましたので、以上をもって私の意見を終わることにいたします。(拍手)
○加藤委員長 次に吉村正君より御意見の開陳を願います。吉村正君。
○吉村参考人 私は、御承知と存じますが選挙制度審議会の一員でありますので、その立場からと、また、皆さんと違いまして一個の国民であり有権者という地位を持っておりますので、その立場からと、二つの立場から私の意見を申し上げてみたいと思うのであります。
 選挙制度審議会の委員といたしまして、ぜひ皆さん方に御要望申し上げたいことは、選挙制度審議会なるものの設立されましたときのいきさつでございます。また選挙制度審議会設置法の中に盛られておるところの精神であります。それをぜひ皆さんにお考えいただき、それに沿うように一つ御審議をやっていただきいと思うのでございます。
 それから国民といたしまして私が主として申し上げることは、選挙はなるほど皆さんにとりまして重大な事柄でございますが、同時にまた主権を持つ国民の最も重要なる政治的参加の問題であると思うのであります。われわれは新憲法のもとにおいて主権を与えられておりますけれども、具体的にこの主権を行使する場というのは、ただ一回選挙のときだけでございます。従いまして、国民として、われわれの持っておりますところの選挙権なるものが有効に行使されて、われわれの意見が公正に政治に反映されるようにありたいということを要望せざるを得ないのでございます。また、これは言うまでもなく、わが国に民主主義を確立する上において最も大切な基本的問題であると思うのであります。どうも議会における御審議その他いろいろなことを承っておりまして、私は国民として遺憾に思うことは、ともしますと、選挙を行なわれる方、つまり候補者の立場から、あるいは政党の立場から主としてその論議が行なわれまして、国民の立場に立っての論議というものが割合に少ないということを、私は国民の一人として非常に遺憾な気持を従来持って参りました。そういう二つの観点から私の意見を申し上げるつもりでございます。
 言うまでもなく、あの選挙制度審議会設置法が作られましたのは、最近の選挙というものがあまりにひどいものでございまして、腐敗堕落がまさに文字通りその極に達している。そうしまして、選挙のたびごとに新聞その他を通じまして世の中の非常にきびしい批判が起こってきておったわけでございます。そこでおそらくは政府におかれましても、また国会におかれても、この世論の要望にこたえるために、特に従来と違いまして法律をもって選挙制度審議会を設置されたわけでございます。またそれには特に、選挙制度審議会の答申は政府が尊重しなければならぬということを明記したゆえんだと思うのでございます。私は、選挙制度審議会の答申そのものを文字通りそのまま法律案とせよというようなことは要求しませんけれども、少なくともあの法律の設置された精神から見まして、選挙制度審議会が答申いたしましたところの根本的精神というものだけは守ってもらわなければならぬ、これをじゅうりんするようなことでございましたならば、いわば国会がお作りになった法律を国会みずから否定するようなことになるわけでございまして、国民から見ておりまして、まことに遺憾なことと言わなければならぬと思うのでございます。従いまして、私はこまかい、ささいな問題については申し上げませんが、選挙制度審議会が答申しましたその精神は何であるか、そしてここにあげられておりますところの修正案なるものは、はたしてこの精神に合致するものであるかどうか、こういうふうなことについて考えてみたいと思うのでございます。
 まず私の信ずるところによりますと、選挙制度審議会の答申は二つの大きな考え方の上に成り立っておったと思うのでございます。一つは、何分にも選挙があのように腐敗をいたして参りましたので、何とかしてこの腐敗をなくする、金のかからない選挙に持っていかなければならぬ、公明選挙が行なわれるような工夫をしなければならぬということでございます。もう一つは、従来の選挙法によりますと、いろいろこまかい制限がございました。たとえば総理大臣が駅頭でちょっと演説をやろうとしたところが、それが法規に触れるようなことになったというような、つまらないこまかい規定がございまして、そのために伸び伸びとした選挙が行なわれない。そこで、そういうこまかい規定はできるだけ排して、伸び伸びと選挙が行なわれるようにする。それには、言論戦、文書戦、そういったようなものをできるだけ自由に行なわれるようにして、そのかわり買収、供応その他の不正を押えていく、こういう二つの精神の上に私はあの選挙制度審議会の答申が作られたように思うのでございます。この二つの精神だけは私はぜひ政府においても守っていただきたいし、また国会においても守らるべきものである、こういうふうに審議会の一員として確信をいたすわけでございます。
 まずそういう観点に立ちまして、この修正案の第一の点でございますが、「衆議院議員及び参議院議員の選挙の立候補予定者が立候補届出前において演説会を開催することができる旨の規定を削り、個人演説会についての規定は現行どおりとすること。」こういうことでございますが、こういうように選挙前におきまして百回を限り演説会をやることができるようにいたしましたのは、審議会がもともとそういうふうに考えたのでございますが、これは先ほど言いましたように、できるだけ言論という点を重視しよう、そしてその面におきまして、国民に候補者の意見ができるだけ徹底するようにしていくという考え方の上に立ってこういう規定を設けたと思うのでございます。従いまして、この規定が全部削られてしまう、もと通りになってしまうということでございますと、この選挙制度審議会の重大なる根本精神というものがじゅうりんされると私は考えるのでございます。この意味におきまして、私はこの修正には反対でございます。
 第二に、「選挙運動に従事する者で候補者があらかじめ選挙管理委員会に届けた者については一定人数に限り、一定額の範囲内において、報酬を支給することができるものとすること。」これも選挙制度審議会答申の後の方に属する、すなわちできるだけ買収、供応その他の不正を防いで選挙を公明に行なうという観点に立ちまして、機械的な仕事をする者につきましては報酬を支払ってもいいけれども、しかしながら選挙運動をする者については、実費はいいが報酬は支払わない、そういう観点に立って答申をいたしたと記憶いたしておるのでございます。そうしませんと、運動員に報酬を支払うということになりますと、これは運動員が三十名使えることになりましょう、そうして二十日間運動ができますと、延べ六百人というものが報酬をもらうことになります。これはその本人が報酬をもらうだけでなくて、そういうことになりますと、その知人であるとか親戚であるとかいうものにも累を及ぼすことに――まあ介入をするということになりまして、非常に重大な問題になると私は思うのでございます。これはやはりあくまで審議会の答申を尊重していただきたい。この修正案をお出しになりました理由によりますと、一般の選挙運動というものと機械的、事務的な仕事との区別がつかぬということでございますが、これはつかぬといえばつかぬのでございますけれども、またつくといえばつくわけでございまして、全然つかぬとも言えないのだと思うのであります。何でもこまかくそういうふうに見て参りますれば、それは人間のやることでございますから、どこかはっきりしない面が出てくることはやむを得ないことでございます。選挙の機械的事務ということを、ある政策に共鳴をする、あるいはある候補者のために共鳴をして運動をするということとは、これはまた私は別個の問題だと思うのでございます。特に、選挙運動をする、ある候補者を当選させるために運動をするということは、いわば公の仕事でございまして、単なる個人の仕事ではないわけでございます。従って雇われて報酬をもらうというような考え方のもとにやられるべきものではない。そういう考え方で、このような者に報酬を支払うということは間違いである。これはあくまで審議会の答申通りに報酬を支払わぬことにしなければ、選挙の公明を期する上において重大なる支障が生ずることになる、このように私は考えるのでございます。
 それから第三の問題でございますが、これは後援団体が選挙区内に対して、選挙期間だけは寄付したり供応したりすることはいけない。その選挙期間というものが不明であるから、これも選挙期間の期限を一定しようということでございますが、その範囲はどういうふうになるかということを承りますと、何でも参議院につきましては選挙前三カ月、衆議院においては解散の翌日からだというようなことでございますが、これでは後援団体が供応するというようなことを禁止する目的を十分に達成することは不可能であると私は考えます。なぜかと申しますと、衆議院の解散の翌日からでは、これはもうすぐ選挙に入るわけでありまして、これを禁止することは当然で、何もこういう規定を特に設ける必要がないくらいである。こういう規定を審議会が設けることにいたしましたのは、最近後援団体が非常にたくさんできまして、その面においていろいろな弊害が生じておるということに着眼をいたしまして、これを禁止しなければならぬという大きな観点に立って、これを見ておるのであります。従って、選挙に関しということが、法律上いろいろな問題があって判明でない。裁判所に行かなければわからぬというような、今の四宮さんのお話でございますが、法律にこまかく書きさえすればいいのではない。法律に書くことによって、かえってわけがわからなくなるのであります。事実におきましては選挙のために使った金でも、選挙の翌日から禁止するのだから、その前まではいいということになります。これはまさに、法律に明記したためにかえって不明になってくるわけであります。どうも法律をおやりになる方は、何か規定に書けばいいというようにすぐお考えになるようでありますが、私は全く逆に考えております。この選挙制度審議会の答申というものは、そういうようなこまかい観点からではなくて、日本の民主主義の基礎が今や非常な危機に立っておる、これを何とかして改めなければならぬということは国民の要望である。そういう要望にこたえるために大きな、高い見地に立ってこれをきめたのでございまして、その点はぜひ皆様において一つ御考慮をお願いしたいと思うわけでございます。
 それから第四番目の連座の対象となる地域主宰者、これも数地域というのがわからぬということでございますが、数といえば一つでないことはきまっておるのでございまして、これは二つ以上でございます。そういうことを言えば、中小企業と大企業とどこに区別があるかということになりまして、そういうふうに言えば、何でも理屈がつくのでございます。私は明白であると思う。常識的に明白である。できるだけこの公職選挙法というものは国民の常識に沿ってお作りになることが正しいのであって、一々法律に照らして考えてみなければわからぬようにお作りになることこそまさに不明である、このように私は信ずるのでございます。ことに東京のような選挙区になりますと、幾つも地域が分かれておりまして、その地域ごとに主宰者ができておる。三分の一以上の地域における運動を主宰した者だけに連座の規定を限るということになりますと、四つも五つもあって、その一つ一つの地域に地域主宰者がおった場合には、これは何をやっても連座にひっかからぬということになります。かえってこういうことをすることによって抜け道ができるわけでございまして、これは不明ならしめるものである、このように私は信ずるわけでございます。
 以上のような理由によりまして、一、二、三、四、いずれにつきましても、これは私どもが選挙制度審議会において考えまして出しました答申の精神に反するものだ、こういうように私は考えるのであります。そこで、おそらくこれをお出しになりました方々におかれましては、いや決して答申の精神に反しない、こういうふうにお考えになっておるのだろうと思うのでありますが、少なくとも私は選挙制度審議会の一員として、これは反するというふうに考えておりますし、おそらくは今まで公聴会においでになりました選挙制度審議会の委員であられる人、またかつてあった人々などの意見を見ましても、この修正というものは選挙制度審議会の答申の精神に反するというようにお考えになっていることは明白に推定できると思うのでございます。そのほかにも、おそらくは選挙制度審議会の委員のうちに、こういうような修正は選挙制度審議会の答申に反するとお考えになっている人が相当あると、私は選挙制度審議会における今までの討議を通じて推定をいたしておるわけでございます。
 従いまして、もしこのことを皆さんにおきましておきめになるならば、われわれをここに公述人としてお呼びになることもけっこうでございますが、選挙制度審議会なるものは現在法律上厳然として存在いたしておるのでありますから、ぜひこの選挙制度審議会に対して、この修正は答申の精神に反するかいなかということをお問いになることが必要であります。いやしくも、選挙制度審議会の答申を尊重しなければならぬというふうに書いてございます。これは政府に対してでございますけれども、しかしながら現在は議院内閣制の建前、政党内閣制の建前でございまして、内閣と政党は大体一致していくということが日本の政治制度の基本的建前であると私は信じます。従いまして、設置法に尊重しなければならぬということが書いてある以上は、法律的にいいますといろいろ問う必要がないということをおっしゃるかもしれませんが、少なくとも政治道徳の上から申しまして、審議会の意向をただされることが順当である、このように私は信ずるのでございます。政府が答申と若干異なる、われわれから申しますと若干後退しておる、そういう政府案をお作りになりましたときも、政府の方では、とにかく審議会に対してそのことを御報告にはなっておるのでございます。了承したというべきものではないかもしれませんが、とにかく御報告になっておるのであります。ところが、この修正案についてはいまだ審議会は何ら聞いておらぬのでございまして、この点におきまして、私はぜひ審議会の意見を国会は聞かれることが政治道徳上至当である、こういうふうに思うのであります。また私は委員の一人として、そういうことを強く要望をいたすものでございます。
 のみならず、もしできることならば、今度の選挙法の改正というものは、先ほど申しましたように、日本の民主主義がいわば危機に立っておる、その根底が非常に腐っておる、これを直さなければならぬというきつい要望にこたえて選挙法の改正をやろうとしておるのでございますから、従いまして、今までとは違いまして、政令ではなくて法律をもって審議会設置法を定め、その意見を尊重しなければならぬということまできめておるのでございますから、そういうときにあたりまして、審議会の答申と違うことをここでおやりになろうといたしますならば、私は国民といたしましては、こういうことを要望するものであります。ぜひ国会を解散されて、この問題を一つ国民に尋ねてもらいたいと思うのであります。選挙法についてわれわれはこういうふうに信ずるが、また他の政党はこういうふうに信ずるが、しかしながら国民はどちらが正当と考えるかということを一つ尋ねていただきたい。何となれば、先ほど申しましたように、選挙というものは、主権を持っておる国民が主権を行使する唯一の機会でございます。われわれは主権を与えられていると申しますけれども、そのほかに何にもないわけでございますので、国民といたしましては、この問題を選挙制度審議会の答申通りおやりにならないならば、ぜひ国会を解散して、国民の意見を一つ聞いてもらいたい。これが私の結論でございます。(拍手)
    ―――――――――――――
○加藤委員長 これより両参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の通告があります。順次これを許します。高橋英吉君。
○高橋(英)委員 大体すべての論点に対して論議が尽くされておりまするから、あえて質問しなくてもいいと思うのですが、一、二、吉村先生に御質問したいと思います。
 四宮先生の御説明、陳述は、われわれが考えておるより以上のいろいろの豊富な知識、貴重な御体験を御披露下さって、心から敬意を表しております。完全無欠、少しも質疑をしなければならぬ点がありませんので、はなはだもの足りないかもしれませんけれども、お許し願いたいと思います。
 吉村先生に御質問したいのですが、大体私ども国会議員は、すべての法案といいまするか、とにかくその使命にむしろ忠実にやっておるというふうに考えております。とにかく国民の代表として、戦後の国会のあり方、国の最高機関であるという立場から、誇りと自信を持って大いに勉強しているつもりでございます。従って、私もこの間御手洗さんにちょっとやられましたが、一回ちょっと落選しましたが、戦後も引き続いて七回も当選さしていただいておりますので、確かに私どもは国民の代表として忠実にやってきておることを選挙民は認識してくれておることと思いますし、われわれ自民党も現在御承知のように国会で、衆議院においても三分の二の多数を占めておるのでございますから、自由民主党の考え方、自由民主党的な考え方こそ、すなわち国民の考え方とぴったり一つになっておるものだ、かような誇りを持っておりますので、そういうふうな誇りのもとで、自信のもとで、われわれ自身の良識に従って、この選挙法についてもいろいろ勉強しております。従ってこの修正案につきましても、われわれはどうしたら最も適正な改正案ができるか、選挙法ができるか、国民の負託にこたえることができるかということを中心にして考えているのであって、決して個人的な問題、党利党略の問題を考えているのではありません。これは何も自民党だけの選挙法ではありません。全体の選挙法です。候補者全体を通ずる選挙法でありますから、どうゆがんでも、どうまっすぐになっても、それは平等に適用されるのでございますから、この点誤解のないようにお願いしたい。こうしたら選挙干渉に都合がいいとか、社会党を弾圧するのに都合がいいからというのでやっているものではありません。この法律によってお互いに平等に取り締まりを受け、その平等のルールによって選挙連動をやるわけですから、あまり党利党略とか、個人本位というふうにお考え下さることは、どうも間違いじゃないかと思います。
 それから、この答申案を尊重しないというふうな修正になるので、修正する場合には一応審議会に聞くのがほんとうじゃないかというふうなお説でございますが、これもごもっともでございます。しかし答申案と違っておったからといって、これがはたして答申案をゆがめたことになるのか、答申案自体がゆがんでおったのかどうか、この委員会ではかねて論議されておるのでございまするから、これは議論は平行線になると思いますが、ただ私がここで心配しておりますのは、もし審議会に再び御相談申し上げるとなりますると、どうもいろいろ言う人があるのです。わが党でもそうですが、一般でも言うのです。どうも審議会の人は、いわゆる世論というものに弱い、曲学阿世の徒が多い、とにかく常識に欠けておるのではないだろうか、頭がどうかしておるのではなかろうかという悪口を言う者がたくさんできてきまして、そういうようなことになりますと、ほんとうに審議会の最も学識経験の豊富な方たちに対して、少し不愉快な思いをさすことになりますので、これ以上審議会の方々に批判が集まるようなことは、私はしたくない、さしたくないと思う。私も審議会の特別委員の一人といたしまして、これはほおかむりさしていただきまして、われわれの与えられたる権限内で良識に基づいて、国民の代表としての良識で誠心誠意、国家のため、民主主義の基盤のためこれを審議していきたい、こういうように私は思うのです。
 解散論についてのお答えをいたしたいのでございますが、悲しいかな、日本には御承知のように一般投票の規定がありません。われわれ国会議員は、何もこの問題だけで選出されておるのではないので、何か一つ議論が二つに分かれたような問題が起こるたびに解散されたのでは、これは大へんなことになります。この前も私申し上げましたが、われわれ国会議員個人は軽いです。しかしわれわれの背後にある選挙民はこれは大へんな、数万なり数十万、この選挙民の意思というものは非常に重いのですから、この人々の意思を解散なんというふうな――そういうふうな一つの政府といいますか、そういうものの特権によってむやみに解散されたのではたまったものじゃありません。これは私が申し上げるまでもなく、吉村先生御承知でしょうが、解散制度というものはイギリスの君主制度のなごりであって、君主の懲罰権、君主に反抗したところの国会に対する懲罰権の行使として解散権というものが歴史的に生じたことは御承知の通りでありまして、今日は民意を問うという形には変形してはおりまするけれども、君主制であるところのイギリス以外には、その解散権というものはありません。あっても有名無実で、御承知の通りでございまして、解散なんかというものをそう軽々しく放言されてはわれわれたまったものではない。個人としてもたまったものではありませんけれども、個人はともかくですが、われわれの背後の選挙民、そういうような選挙民の意見を没却するということになりますので、これは慎重に一つお話しを願いたいと思います。
 そういうことを前提といたしまして一、二御質問申し上げたいと思います。第一に、一項の問題ですが、これは私の提案理由の趣旨弁明にも申し上げておりましたのでおわかりと思います。お言葉のあげ足をとるわけではありませんけれども、今度の公明選挙を目標としたところの改正案の二つの柱のうちの一つが選挙費用を少なくするというような点、ところが公示以前に、事前に百回も演説会が開催されるということになったら、これは費用の点からのみ形式的に計算しても、どのくらいになるか、かりに一回五千円といたしましても五十万円、三千円としても三十万円、一万円にするとすると百万円要るわけです。いわんや、答申案では無制限だということになっておったと思いますが、この費用が大へん要るということ、これは金のかからぬ選挙という大きな柱に反しはしないか。これを一つお考え願いたいと思います。
 それから、言うまでもないことでございますが、選挙が終わってからすぐ選挙に入るということになりまするし、とにかく百日選挙とか、年中無休選挙とかいうふうなことになるおそれがあるのでございますが、その点に対する大弊害、この深刻な弊害、金がかかるということと、そういうふうにもう年がら年中選挙をしなければいかぬという大弊害、これに対してどういうふうにお考えでございますか。
○吉村参考人 お答えを申します。
 党利党略とかあるいは個人本位でこういうものを考えておるというふうに考えるなというお話でございますが、私も一言もそんな党利党略であるとか、個人本位だとかいうことを申し上げたことはございません。皆さんは皆さんで、おそらく正しいとお考えになっておるのだろうと思います。けれども審議会の委員は審議会の方で正しいと考えておるのでございまして、両者の意見が平行線を進んでいく以上は、これはやはり審議会に一度説明されて、審議会の意見というものを徴されることが妥当だと私は思うのであります。何のために審議会を設置されたか、何のためにその答申は尊重しなければならぬと書いてあるのか、これは皆さんがおきめになったことでありまして、私どもがきめたことではございません。この問題は私の意見の方が正当であると私は信じております。
 それから解散論でございますが、これは君主が懲罰をするためとおっしゃいましたが、私はまだそういう意見を西洋の学説で読んだことはございません。三十数年間政治学を講じておりますけれども、私はそんなことはないと思います。議院内閣制というものは、そもそもできましたのは一七二二年から四二年にかけまして、ウォルポールが議会において多数党のゆえをもって内閣を作ってからであります。その点になりますと、内閣制度の起源、解散、そういう問題について二時間くらいかかって講義をしなければなりませんので、これはやめておきますが、これは私を信じて下さっていいと思います。現在は、少なくとも議院内閣制のもとにおきましては、チェック・アンド・バランスの関係から、一方が不信任案権を持っておれば他方が解散権を持っておるというふうに解釈されておるということは、これは私の曲がった解釈ではないのでありまして、普通一般にそういうふうに信じられておるところであろうと思うのでございます。私はむやみに解散をやれということではございません。なるほど自民党は今三分の二の多数を占めておられますけれども、皆さんは御自分の選挙を自分でおやりになっておりまして御経験がおありになりましょうが、われわれはわれわれでまた多数の人間を使い、相当の費用をもって選挙の実態調査をやっておりますので、この実態調査の結果によりますると、自民党に投票されたからといって、必ずしも政策的には自民党の政策を支持されておるわけではないのであります。たとえばあの大きな問題、国論を二分したような安保条約改定問題でございますが、この問題は皆さん御承知のように、日本の世論を二分した非常に大きな問題でございまして、しかもこれにつきましては、御承知のごとくアイク訪日が中止され、岸内閣がそのために退陣し、池田内閣ができて選挙も行なわれた。そのときに、あなたは一体安保条約改定に賛成か反対か、そして他方におきまして、あなたは自民党に投票されたか、社会党に投票されたかということを聞きますると、その間にそごしておるものが三十数%に上っておるのであります。その他、この例はまだまだ多数述べることができますが、きょうこんなことを申しておりますと一時間も二時間も長くなりますからやめておきますが、非常にたくさんそういう例がございまして、多数であるからといって、それで国民がすべての政策についておまかせを申し上げたというわけのものでは断じてございません。ですから私は何の問題についてもやれと言うのではございませんが、先ほど申しましたように国民から見まして――皆さんから見るとさほど重大ではない、ほかの問題が重大だとお考えになるかもしれませんが、私ども国民といたしましては、新憲法と旧憲法の違うところはわれわれに主権が与えられたという一点、ほかに何の違うところがあるか、大して違うことはございません。その主権を行使する場所というのはこの選挙以外にないわけでございますので、こういう重大な問題については国民の意見を聞いてもらいたい。皆さんは、先ほど高橋さんもおっしゃいましたように、この問題は共通のルールでございます。どちらの政党に味方していいわけのものじゃございません。私も、どちらの政党にも味方しているわけではございません。たまたま今社会党と一致しているだけでございまして、私は社会党の党員でもなければ何でもございません。ですから、ときには社会党に向かって批判をしたことも今までにございます。私は全く中立でございまして、全く一個の厳正中立な国民として考えたのでございますが、今度のやり方だけはあまりにもひどいと思います。現に長谷部君なんかも非常に憤慨されまして委員をやめる。審議会の者は何か頭が変だとかなんとかおっしゃいましたが、これは私はちょっと高橋先生の……(高橋(英)委員「そういう人もあるというのです。私が言うのではない。」と呼ぶ)そういう人は一人もないと私は確信しております。これはちょっと言葉がすべられたことだと思うのであります。そんなものは私はどちらでもかまいませんが、私は少なくとも審議会を構成されている方方はいずれも相当の経験を持ち、学識を持った、皆りっぱな方々であって、それぞれの立場がございましょうが、まじめに熱心にあの問題と取り組んで、とにもかくにもああいう結論を出されたのだと思います。従いまして、私はなんでもかんでもこれを尊重せいというのではない。もしこういうことをおやりになるならば、前のときに、政府がお出しになるときでさえこれは報告をされておるのでありますから、この問題につきましては現にずいぶん不満があるのですから、この問題につきましては一つ審議会の意見を聞いてもらいたい、こういうことを要求することは決して不当の要求ではない。それをどうしてもおやりにならぬという方が私は国民としてよほど納得がいかない、こう思うのでありまして、こういう議論を高橋先生とやりましても、結局はやはり平行線を走ることになるだろう。そうなれば、結局最後は主権を持った国民にこれを尋ねるよりほかに方法がないではありませんか。もしそれがおいやならば審議会の意見を尊重しておやりになれば、解散なんかやる必要はないのでございます。ちょっとも解散をわれわれは要求するものではございません。そういうわけでございます。
 それから第一の問題で、費用がかさむということでございまするが、一体どういう演説のやり方をおやりになるつもりかと私は思うのであります。われわれも、学校でございますが、しょっちゅう演説をやっております。そんな費用がわかるものじゃございません。かければ幾らでもかかります、こういう問題は。アメリカあたりでは一年じゅう選挙演説を候補者がやることを認めております。アメリカあたりでは、十人か十五人の少数グループに皆候補者が入っていきまして、そうして隔意なき意見を遂げるのであります。そうでなければ民主主義の基礎であるところの選挙というものがうまく行なわれないことは当然だと思う。ただ選挙のときだけ一ぺんの演説をやる、それも大してたくさん集まらぬ。私は候補者の皆さんがめんどうでも小さなグループにだんだん入っていかれて、そうして国民と隔意なき意見を遂げ、国民の意見をよく聞いていただく。皆さんが演説をやられるだけではなくて、国民の意見を聞いていただきたいというのが、私どもの希望でございます。これは演説会となっているから何かこう大言壮語するように見えますが、そういう意味ではなくて、これはどういう名前をつけてもいいと思うのでございますが、私は大して費用はかからぬという認識に立っております。またかかりましても、そういう費用までも制限しようというのではなかったと私は思う。私はその不正なるために使われる費用、そういうものをあくまでも取り締まらねばいかぬというので、どうしても必要な費用、それはやむを得ないのでありまして、少しぐらい費用がかかりましても、ほんとうに公明な選挙が行なわれまして、われわれの意見が如実に政治に反映されるということでございますならば、だれもこれに反対するものはないと私は常識上判断することができると思うのでございます。
 アメリカにおきましてもそうでありまするし、これも実態調査によってわれわれは知ったのでございますが、選挙民が一体どういうような気持からある候補者に一票を投ずるかということでございますが、いろいろな大演説会において演説を聞いたとかなんとかというのは少ないのでありまして、小さなグループのいろいろな話し合い、そこでいろいろな影響を受けて一票を投ずることになるわけでございます。従って少数グループに皆さんがおいでになりまして、皆さんのお考えを伝えられ、またその意見を聞かれるということこそ、民主主義の根底をなすものである。これなくして、ただ民主政治、民主政治と憲法に書いてある、あるいは皆さんがうたわれただけでは、断じて日本の健全な民主主義の発展を期することはできない、こういうふうに私は信じますので、この点はちっとも差しつかえない、このように考えておるものであります。
○加藤委員長 この際、参考人の方並びに質問者にお願いいたしますが、質問者も要旨を簡潔に、また参考人の方も御返答は要点を簡単に、時間の制限がありますので、あまり横道にそれないようにお願いいたします。
○高橋(英)委員 そういうふうな制約がありますから、ここでやりますと、参考人の方に対して、一応おいで願ったのに対して敬意を表さなければいかぬし、少し弱いところ、痛いところをつきかけますと、島上君初め社会党さんが、そんなにいじめるな、いじめるなと言いましたり、いろいろしますし、平行線になりますから申し上げませんが、ただ解散権が懲罰権のなごりだというようなこと、これはお知りにならぬと思う。日本でも、明治憲法の官僚内閣というものは、要するに解散というものはみんな懲罰解散ですよ。それで、あなたの言われるのはおかしいと思う。君主国、君主制のない国で解散というものはなかったわけです。まあそれはいいです。今、実情にうといようですから、一つの具体的な例をあげますと、演説会をやったからといって、東京からただで行けるわけではなく、宿屋に泊まると金を払わなければいけないし、応援者の一人、二人頼めば千円なり、二千円なり、三千円の宿泊料も払ってやらなければいかぬし、とにかく一回の演説会をやってどのくらいの費用が要るかということがおわかりにならないから、こういうふうな議論になるのだろうと思います。しかし、そういうふうなこともよろしゅうございます。一々反駁しておったら切りがありませんから。いろいろ言っておりますと、また社会党から、いじめるな、いじめるなということになりますので、申し上げませんが、要するに吉村先生の議論は、私どもから見ると非常に片寄ったように思います。安保条約の問題でも、私は審議会で申し上げたのですが、国会議員は何も安保問題とかなんとか、個々の政策とかなんとかというだけで言っておるのではないので、従って、ある候補者を支持した者が、安保条約に対して反対の意見があっても、より以上に重要なことについてその候補者とその党と意見が一致するがために、多少意見の相違がある者でも、これはその人間に投票するというふうなことで、十が十、百が百、意見が一致しておるわけではございません。安保条約のごときも、私どもからいいますと、全学連に少し共鳴したものもあります。しかし、われわれの地方は後進的な地域かもしれませんけれども、安保条約のごときは、逆に安保条約を支持したために不利益であったのではないか、そういうふうな団体にそういう不利益があったのではないかと思われるくらいで、非常に片寄ったような議論といいますか、一一議論しても尽きませんから、私はあえて御答弁をわずらわしません。ただ一点だけ、吉村先生と二、三昼夜にわたって議論をしてみたいと思いますという意思表示をして、私の質問を終わります。
○吉村参考人 高橋先生、御自分だけおっしゃって、答弁は要りませんというようなお話なんですが、これは非常にアンフェアだと私は思います。そういうお考えでおやりになるから、こういう問題がアンフェアになってくるのでありまして、いやしくも人におしゃべりになったら、答弁をさせるということは当然のことであります。演説会に費用がかかる、しろうとだというお話がございましたが、応援弁士など頼むから費用がかかるのでありまして、応援弁士なんか頼まなければ演説会が開けないというのは、候補者の力がないからであります。
 それから、私申し上げます。私は何も片寄ったことを申し上げておるのじゃないのです。厳然たる統計に基づいて数字を申し上げております。私の主観的な意見を申し上げていない。これは何百名というものにつきまして調べたところの統計数字でございます。(高橋(英)委員「人口は一億ですよ」と呼ぶ)それが高橋先生、おわかりにならないで困るのです。
○加藤委員長 各自の発言は、御遠慮願います。
○吉村参考人 最近の調査方法は、何でも広くやればいいというのじゃないのであります。これは少なくとも最近の最も新しい調査方法に基づいてやったのでありますが、それによりますと、有力者、顔役から勧誘された、これが何と四五%あるのです、都市についても農村につきましても。そういう統計的数字をお見のがしになりまして、私どもは何か象牙の塔に立てこもっておる単なる書物の虫のようにお考えになると、とんでもない間違いだということだけ申し上げて、いずれ高橋先生とは他の機会におきましてゆっくり相まみえることにいたします。
○加藤委員長 次に、島上善五郎君。
○島上委員 毎度ながら私の前におやりになった高橋先生が大へん時間を費やしましたので、私は簡潔に二点だけ吉村先生に伺います。
 大体私どもの考えと共通で、意を強うした次第でありますが、修正の第一点です。これは審議会の答申の重要な柱をまた一本折ってしまった、こう私ども解釈しております。さきには三点を骨抜きにして、今また残った柱の一本をへし折ってしまった。と申しますのは、答申の思想と申しますか、この考え方の一つには買収、供応等の悪質違反の取り締まり、処罰は厳にすべし、ささいな形式犯、特に言論の運動は伸び伸びとすべし、こういう考え方に立っておると私ども解釈しておる。そういう点からしますならば、告示前の言論による選挙運動、これはさして弊害がないわけですから、自由にしてよろしいのじゃないか、私どもそう考えます。ただ問題は、告示後の個人演説会と同じような形式で百回やる、また告示後の個人演説会と同じようなポスター、これは告示後は御承知のように枚数制限がありますが、告示前は制限ない、それからチラシも枚数制限なしにまけるというところに、経費の点から多少問題があると思います。そこで、私どもはこのままでも経費をかけないでやる方法もありますからよろしいのですけれども、そういう点で多少問題があるならば、これは個人演説会という形式ではなしに、政党の演説会その他の集会、そういう集会へ行って、候補予定者が、私はこの次に参議院に立ちますからとか、あるいは衆議院に立ちますから、かくかくかような考えで立ちますからよろしく、程度のことは、何の弊害もないと思うのです。経費も、もちろん個人負担の経費はかからないと思うのです。現行法においてもこれは禁止されておりますけれども、事実上やっておるのです。私はせんだって一つの卑近な事例をあげましたが、安井自治大臣が四月一日の八芳園の秋田県人会の総会に行きましてやっておる。今度秋田県の地方区から自民党の長谷山行毅君が立ちますからよろしく頼む、これは現行法からいえば選挙法違反で、ほんとうは私は追及したいのですけれども、そういう言論による程度のことは弊害はないからよろしいと思うのです。その他、たとえば現行法を頭の中に入れながらやるとしましても、私は立ちますからよろしく言わないで、要領よく言い回しさえすればひっかからぬのです。たとえば、私は党において次期の衆議院候補として公認決定されました、告示になりましたら皆さんにお願いにきますけれども、きょうのところは御報告申し上げておきます、こう言ったら選挙違反にひっかからぬのです。そのちょっとの言葉のあやと申しますか、言い回しだけでひっかからぬのですから、それならば、私はやりますからよろしくお願いしますと言ったところで何の弊害もない。そういう意味において、経費の点で多少問題があるとするならば、政党の集会において言論による選挙運動はよろしい、こういう直し方をしましても答申の精神はここで生かせると思うのです。それすらしないで全面的に禁止してしまうということは、これは答申の精神を、重要な残された柱の一つをへし折ってしまうものだ、こういうふうに考えておりますが、この点を一つお伺いいたします。
 それからもう一点は、いわゆる運動員、選挙運動に携わる者の報酬です。これも先ほど先生がおっしゃいましたことで尽きているようなものですけれども、私は実はこの点は非常に重要視しておるのです。これは一つは、買収を容易にするものです。おそらく取り締まり当局はこまかい買収に対しては、手をつけることが困難になってしまう。二千円、三千円程度の買収に対しては、手をつけることが非常にむずかしくなってしまうのではないか。というのは、報酬は七百円、これに宿泊費とか、交通費とかあるいは弁当代とかを加算しますならば、二千円程度のものは出せるわけです。買収にならぬ。それが一日に三十人、二十日間で六百人ということになりますならば、二千円、三千円程度のものは前渡しも可能だという解釈ですから、そうしますと、十万円、二十万円といえばこれは別ですけれども、二千円、三千円程度のものならば、買収だといってうっかり手をつけることが至難になるのではないか。そういう意味で買収が容易にされるという危険性がある。
 もう一つは、現在の選挙法の建前を大きく変更するおそれがある。と申しますのは、先ほど先生もおっしゃったように、国民の側からの運動、私は現在の選挙運動の実態は、候補者及び政党が国民に呼びかけてお願いする形と、国民の方からこの人をぜひ出してやりたいという推薦の運動の形と、二つあると思う。むしろ国民の方から推薦する、ぜひこの人を出したいという運動が本来あるべき姿で、そういう運動を助長し強化していくべきものではないか、こう考えます。そうだとしますならば、国民がこの人を出したいといって推薦する場合の運動員、そういう広い意味の運動員には、報酬どころではなく、そういう人たちは手弁当で、時には候補者が必要とする経費まで持ってやろう、こういう形になることが一番望ましい姿だと思うのです。現行法はそこまではっきりはしておりませんけれども、建前としては、運動員には報酬を払うべきではないという建前は、物の考え方、思想としては私の言ったような思想に立っているのではないかと思う。それを今度は、政府案でも事務員には報酬をやれることになっているのですから、それをわざわざ選挙運動に携わる者、ただし事務員とあっても、その場合に広く解釈して運動員に報酬を払えるということは、建前を変える危険な要素を含んでいる。買収を容易にするばかりでなく、その建前を変えるものである。そういう危険な要素を含んでいるものである。こういう意味において私どもはこれを非常に重視し、強く反対しているわけですが、先ほどの第一点と、今の点に対するお考えをもう一度伺いたい。
 なお、この点につきましては、実は御参考までですが、自民党の尊敬する長老一松定吉という人が、自民党の総会においても同様に、これは買収の道を広げるものであると反対意見を述べられていることを、私どもは仄聞いたしているわけであります。
○吉村参考人 私は今度のこの選挙制度審議会の答申というものは、いわば過渡的なものであるというふうに考えているのであります。ほんとうは政党というものの組織が日本に確立されまして、政党というものが近代的な政党、少なくともイギリスの政党のような形になれば、こういう問題はあまり法律で規定しなくても、おのずから解消されることになるのでございます。従って私は理想としてはそうなることを希望いたすのでございますが、日本の実情におきまして、政党がなかなか近代化しない、そこで近代化するまで待っておればいつになるかわからない、あるいはずっとならぬかもしれないというおそれがございますので、その期間の措置としてこういうような選挙法を制定することが望ましいというふうに考えているわけでございます。
 今、個人演説会が金の問題にひっかかるならば、政党が演説会をやることにしたらどうかというお話でございますが、これはどちらでも同じことだと私は思うのです。少なくとも演説会におきましては、従来のように応援弁士というようなものをつけないで、候補者みずからだけでおやりになることを私は望むものでございます。どうも応援弁士が行かなければなかなか人が集まらないというようなことでございますが、それはそのままの形の方がいいと思うのでございまして、応援弁士に応援されなければならないような国民の選良というものは、われわれ国民の側から考えますと、まことに望ましからざる選良でございます。従って私は、一人でおやりになること、少なくとも選挙前の演説会は一人でおやりになることがいいと思う。アメリカやドイツの演説会なんか大体一人でございます。ドイツなんか選挙中でも一人でございます。応援弁士なんか立っていたのは、前から見たことがありません。一人でやるぐらいの思考力並びに演説する表現力、そういうものをお持ちにならない方がわれわれ国民の選良だというのは、実は私はおかしいと思うのでございます。これは私の希望でございますが、こいねがわくは私は一人でやっていただきたい。応援弁士というものがあって、われわれがときどき引っぱり出されるのは、忙しいときにまことに困るわけでございます。従いまして……(高橋(英)委員「それなら公述人も参考人も要らぬ」と呼ぶ)いや、そういうわけではございません。応援弁士が要らぬということで、参考人が要らぬということではない。どうも早またれて困ると思います。ゆっくり聞いていただきまして、あまり急がぬようにしていただきたい。私が言わぬことまで想像しておっしゃられるのは、まことに困る。高橋先生の頭もごりっぱですが、私の頭もりっぱだと思います。私の言うことを高橋先生が代弁せられるのは困ります。
 私はこの一の問題につきましては、いろいろの西洋の実例にかんがみましても望ましいことであり、選挙制度審議会の答申の精神もここにあるのでございまして、これをもと通りにしてしまうことは、まさに選挙制度審議会の答申の精神をじゅうりんするものと、先ほど申したようにかたく信ずるわけでございます。
 それから次の、選挙運動員に一定額の報酬を出すことでございますが、これもほんとうは、政党制というものが確立いたしますと、こういう問題はおのずから解消されてしまうのでございまして、そういう事態が私は望ましいと思うのでございますが、今とにかく非常に腐敗が行なわれまして、何とかこれを防止しなければならぬということが今度の選挙法改正の眼目でございますので、その眼目に照らしますと、そのために不当なような、不便なようなそういうことはやめた方がよろしい。こういうふうに運動員にまで報酬を出すことになりますと、今おっしゃいましたように、この報酬ということとの区別がなかなかつけにくい、非常に因る。こういうことに金を使うことこそ厳に禁止すべきである。演説会に金を使うのは、少々要ったって――要らぬようにもできますし、何も驚くことはないのでありまして、こういうことこそ大事なことであり、いわばアリの穴から堤防がくずれることになる。そのアリの穴に相当するものであるというふうに考えるわけでございます。
○加藤委員長 次に、松本一郎君。
○松本(一)委員 大へんごけっこうなお話を伺っておりましたが、二、三の点についてお伺いいたしたい、こう存じます。
 吉村教授にお尋ねいたしますが、運動員の実費弁償と労務員あるいは事務員の報酬、日当という問題でございますが、今日の時代において、君は労務員だ、君は事務員だ、君は運動員だという立て分けがほんとうに選挙の実情に臨んでつけ得られるかということであります。機械的労務に従事するような労務員や事務員だったら、選挙にはあまり使いたくありませんので、かりに選挙ポスター一枚張るにしましても、事務をとるにしましても、幾分の札を集めてくるとか、選挙運動の目的を達するのに効果あるという者を大体ねらって選定しておるのです。こういう意味から、今日、君は運動員だ、君は事務員だよ、君はなお下がって労務員だよというような区別をこの法律の上でつけておくことは、もうすでに時代おくれじゃないか。また理論的にも、御承知の通り、天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず、すべてこれ平等の時代です。でありますから、むしろこの際一足飛びに、すべての者が運動員というふうにした方がすっきりするのじゃないか。私は二十八年の選挙で、時たま村会議員に事務員としてそれを依頼した。またポスター等も張りますから、労務員にもなる。時たま応援演説の手伝いもするというので、運動員のような仕事もするということでしたが、実費弁償というような厄介な計算をするのはめんどうだ、こういうことから日当を払った。そうして、それを労務員として選管に届けた。ところが警察から取り調べを受けて、結局それは選挙違反だということになって処罰を受けることになりましたが、そういう意味から、あいまいなことでこの忙しい選挙に立て分けをつけることは困難だ。しかしながら、立て分けをつけるというならば、それはつけてもいい。結局、運動員も理想は無報酬です。しかし、理想と現実とは違いますから、幾分の日当、報酬を払うということにしておいたら、取り締まり当局、警察も疑点を持たなくてもいいのじゃないか、こういうことを私どもは考えたわけです。それを、一日三十人、毎日取りかえたら六百人になるのじゃないかというような意見が時たま出ましたが、実際届出して、毎日やれと言われたら、実際こっちが迷惑千万、お断りせんならぬ。ですから、よう取りかえてもおそらく二度か三度だ。これは常識の問題です。ですから、ああいうような発言をし、あるいは時たま新聞などに載って、あたかもこれに名をかりて買収するごとく自民党が考えておるというふうに思われることは遺憾千万でございますので、要するに、労務費か、あるいは運動員の実費弁償かという、労務員または運動員という区別をつけることは、もう時代的におかしいというようなお感じは、審議会の方も、お世話になっていますが、お持ち願わなかったかどうか、この点をお伺いしたい。
○吉村参考人 私も約三十数年にわたりまして、選挙のたびごとにいろいろなところから応援演説を頼まれまして、しょっちゅう、選挙はみずからはやっておりませんが、選挙に決して無関係ではございません。選挙事務所に行ってみますと、おのずから労務員、事務員、選挙運動員と区別がついているように私には見えます。われわれのような外から参りました者にもはっきりわかるように、区別がついておると思う。私の参りました選挙区の事務所などにおきましては、おのずからその区別がついておるのでありまして、学生などには事務をやらしておるようでありますし、ビラ張りの労務員は服装から違っておる。運動員はちゃんとせびろを着ておりまして、截然たる区別があるように私は思います。そういうことがみなおわかりにならぬといたしますならば、この法律によってお分けになったらいかがかと思う。区別つけにくいからこっちの方を変えたというのは、ちょっとふに落ちないのでありまして、やはり区別をつけて、できるだけ腐敗になりやすい――なるとは申しませんが、なりやすいことは防止していく、警察官が調べるのに都合いいかどうかということは知りませんが、あまりそういうことは考慮に入れる必要はない。もっと大局に立って、皆さん政治家であらせられるのですから、高き理想のもとにやっていただきたいと思います。
○松本(一)委員 この問題で、私も申し上げてピリオドを打っておきたいと思います。立て分けをつけよとおっしゃるが、おそらくつかぬと思うのです。服装によって立て分けなどつけられるものじゃないのです。たとえ醜い服装をしておっても、重労働者のような人でも、りっぱに運動員としての仕事をしていく者もあります。せびろを着てりっぱな服装をしておっても、実質的には事務員くらいの仕事しかできぬ人もある。その立て分けは、民間会社が自分の会社の社員を採用するならできましょうが、選挙のようなときに立て分けをせよというようなお考えでは、選挙制度審議会の結論は出なかったと思う。これだけ申し上げておきます。
 第二には、今度の御答申の中にもあったということを自治省の松村局長がここで答弁したのですが、それは選挙違反は他の犯罪とは違って、時効で、一年ないし二年で消滅する、その特例があったのです。今度はこれを削除になった。普通の刑事訴訟法のどろぼうのごとき破廉恥罪同様の三年ということにしたのは何かと質問したら、答弁は、これは審議会の答申ですということでありましたが、私はここに、公明選挙ということをうたいながら、その実質は破廉恥罪と同様に扱う、この精神に矛盾があるということです。私も先ほどの四宮さんのごとく、大正時代から、尾崎咢堂の時代から秘書として選挙に携わってきております。たびたび経験をいたしておりますが、ともかく、こういうことで特例を認めた方が私はいいと思うが、今は残念ながらこれは載っておりません。この点もお含みおきを願いたい。
 いま一つお尋ねしたいと思いますことは、この審議会の答申は政府も尊重せよ、それが政治道徳上当然じゃないか、あたかも尊重しないことは、政治道徳の罪を犯したごとく、背信のごとく聞こえますが、私どもは審議会の答申でいいことは尊重を申し上げるが、間違ったことは訂正する。従うのではございませんで、この点精神は十分尊重しておる。なおまた答申の中に、もっと私どもは高い理想から、公明選挙の実はいかにあるべきだという点から説き起こして、結論を御答申願うことを期待しておった。ところが、法律をあちらこちら訂正して、厳罰主義をもって臨むというだけでは、私どもの期待に沿わなかったということを私は率直に申し上げておきます。
 そこで、私は四宮先生にお伺いしたいのでございます。最近、昭和三十年、三十三年、三十五年、わずか三回の衆議院の選挙だけに、選挙違反のために十三人の自殺者が出ております。戦前はそういう自殺者はなかった。こういうことについて、御経験のある先生は、どういうようなお気持で、最近の選挙違反の自殺者をごらんなさるか。御経験に基づく、また専門の弁護士さんとしてお考え願うことがございましたら承っておきたい、こう思うのです。
○四宮参考人 なかなかむずかしい案件で、それは自殺するまでに至った、取り調べ官のいろいろなやり方、本人のいろいろの状況もあるので、一がいにどれがどうという回答はできないと思います。いずれにしても、私は、再度申し上げたように、できるだけ選挙法はみんなが明るく守れるようなことでやりたいということが理念であって、自殺につきましてはやはり個々の内容を持っているので、ここでなかなかむずかしい案件だと思いますが、そういう事案で自殺者があったということは遺憾なできごととは思っております。
○吉村参考人 簡単にお答えいたします。
 私は先ほどから意見は申し上げておるので、申し上げることはないと思います。今おっしゃった松本先生はそういう工合に信じられている。私は私でこう信じておる。ですから私は、ぜひ一つ選挙制度審議会は政府の機関として設置してあるのですから、これを開いてお尋ねを願いたいと思うのであります。それが私は一番正しい方法であると思うのでありまして、それ以上は私は、国民としては解散してこれを聞く、みなそうするほかに方法はないと思うのです、おのおの意見が違うのですから。われわれはわれわれで正しいと思っている。決して頭は狂っておりません。皆様は皆様で正しいとお思いになっている。これを決するものは何か、これは主権を持った国民われわれにほかならないのでありまして、ぜひこの点は新憲法の精神を御尊重願いたいと思います。
○加藤委員長 参考人に対する質疑は予定の時間に到達いたしましたので、予定いたしました質問者は御遠慮願うこととし、以上をもちまして両参考人の御意見の開陳及びこれに対する質疑は終了いたしました。
 この際参考人の方に一言お礼のごあいさつをいたしたいと思います。
 参考人各位には、御多用中のところ長時間にわたりまして貴重な御意見の御開陳を下さいまして、まことにありがとうございます。委員会を代表し、委員長より厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。
    ―――――――――――――
○加藤委員長 引き続いて、これより公職選挙法等の一部を改正する法律案及びこれに対する高橋英吉君外四名提出の修正案並びに国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する高橋英吉君外四名提出の修正案を一括して、質疑を行ないます。
 質疑の通告があります。順次これを許します。井堀繁男君。
○井堀委員 自民党の高橋さん外四名の御提案になっておりまする修正の四点につきまして、時間の許す範囲内におきましてお尋ねをいたしたいと思います。
 第一は、先ほど参考人から公述がありましたように、今回の選挙法の改正は、経過的に見まして明らかなように、最近の選挙が莫大な金を使う選挙になり、腐敗堕落の傾向に、国民から非常な非難の声が高まり、その世論に政府はこたえて選挙制度審議会法をわざわざ設けて、審議会の答申を待っての改正でありまする以上におきましては、言うまでもなくこの審議会の答申が、今日の民主主義社会における制度としては、最善とまで参らぬでも次善の策であることは間違いないと思うのであります。この答申を尊重するということは、あに審議会法にその規定があるとなしにかかわらず、このような経過から判断をいたしまして、一応これを法律化して、その結果は審議会とともに国民の批判を受けるというのが私は常識だと思うのであります。それを政府は、いろいろな理由はあげたといたしましても、先ほども参考人のお一人でありまする選挙制度審議会のメンバーの吉村さんからの御意見がありましたように、政府案自身が答申案を尊重すると誓いながら、事実はこれからはるかに後退した原案であり、しかもそれは今日政党政治のもとにおいての池田内閣であります。その池田内閣の提案したものに与党がさらに修正を加えるということは、もちろん私は国会の立法権については尊重さるべきことは申すまでもないのでありますけれども、以上のようにこの法案が必要となりました経過なりあるいはその選挙法改正のねらいが、個人的な選挙から政党本位の選挙法に移ろうというのは、今回提案の中においても最も重視しておるところであります。こういう観点からいたしまして、まず隗より始めよで、内閣自身が政党政治の実を示すべきであると思うのであります。また、その与党たるもの政府を助けて初めてその実があがるということは、あまりにも簡単な常識であると思うのであります。しかるに、今回このような修正が行なわれたのでありますから、よくせきの事情がなければならぬと思うのであります。この点についてまず私はこの提案理由の説明を伺いまして、非常な落胆をしておるものの一人であります。
 まず、この点について一つ提案者側の御見解を伺って、それから逐次お尋ねをいたしたいと思います。
○高橋(英)委員 提案者といいますと、政府原案の提案者でなしに修正案の提案者ですね。――そうしますると私どもの答弁の義務が発生いたしてきましたから御答弁申し上げなければならないわけですが、ただいま井堀委員のおっしゃったような大前提、選挙法改正の大精神、これはやはりわれわれの修正案の提案の精神と同じでございまするから、さように一つおとり願っていいと思います。ただその表現が違います。考え方が多少その技術の上で違うというふうなことになっておりますが、精神は同じでございます。
○井堀委員 はなはだ異な御答弁を伺ったのでありますが、私どもの考えと同じであれば、ことさらに野党を刺激するような修正をなぜ出されたか。勘ぐってみますならば、かなり極論かもしれませんが、この法案をつぶさんがための与党内のいたずらではないか。そういう点で、私どもはまことに今回の法案の取り扱い方に対して政府と与党との関係について、どうしても理解しがたいのであります。今、高橋委員の御答弁によりますと、私の今お尋ねしたことと同じ趣旨だということになりますと、大へんとんちんかんな御答弁をいただいたと思わざるを得ません。重ねてお尋ねをいたしたいと思いますが、ここには他の提案者も同席されておりまするから、そういう御意見でございましょうか、一致した意見でしょうか。一つ伺っておきたい。
○丹羽(喬)委員 ただいま井堀先生から御質問がございましたけれども、ただいま先輩高橋先生がお話しになった通りでございまして、私ども政府原案に重大な修正を加えたものと思っていない次第でございます。提案者が昨日も述べましたように、不明確なる規定を明確化いたしまして、一般に、選挙運動者のみならず、国民全体に愉快な、選挙違反のない選挙を行なわせるためには、今回の修正によりまして法文に明確でないところを確定いたしまして、そうして過誤なきを期したいという趣旨だけにほかならなかったのでございます。
○井堀委員 そこで第一の問題をあげればはっきりすると思いまするが、修正の第一にあげられておりまするのは、立候補届出以前の演説会及び選挙運動期間中の個人演説会に関する事項であります。これはさっきもお話がありましたように、参考人から公述されました中にも明らかになっておりますように、答申案の第一委員会の二の「選挙運動の方法及び費用の合理化」という項目の中で、「公示前に個人演説会を開催しようとする者は、」以下、これは答申のときには政府原案はこれを受けて立ったものであります。ところがあなた方のここにお出しになっておりまする修正は、これとは全く対照的なものである、これをやめようというのであります。この点では先ほどの御答弁とは全く違うのではないか。不明確な事実を明らかにするというものではなくて、答申に忠実であろうという政府原案を全く否定しまうというのでありますから、この点ではそう簡単な事柄ではないと思います。この内容が、皆さんの経験に照らして実際的に適当な答申であるかどうかについては、私にも意見はあるのであります。しかし冒頭にも言ったように、今回の答申はよくても悪くてもそれをのんで法律にするということが、民主政治のもとにおける国論に対する忠実なやり方ではないか。しかも自分の内閣の諮問機関として、わざわざそのために立法化した手続の上からいっても、それをそのまま法律にして、結果は世論に待つべきではないか、これが正しいやり方ではないか、そういう点では政府原案は、その答申を尊重しておるという点については筋が通っておる。ところが自民党のこの修正は、理由は何としても、要するにこれを変えようとするのであります。この辺のお考えはいかがでありましょうか。
○高橋(英)委員 これがこのごろ盛んに問題になってきた重大課題なんですが、国会以上の存在は日本の憲法には認めていないのではないか、国会が国の最高機関として一番権威があるのではないかというふうなことの建前に反して、何か審議会の言う通りにしなければそれは非常に間違ったことで悪いことでもしているというふうな、そういう批判、論評があるようでございまして、これはほんとうにわれわれ最も憲法に忠実なる者といたしましては残念千万だと思っております。確かにわれわれの議決した審議会法に審議会の意見を尊重しなければいかぬとなっておりまするが、これは形式論からいいますれば、それは政府が尊重しなければいかぬというのであって、国会は何もそれを尊重しなくてもいいという形式論も法律の建前からは言い得るのでありますけれども、精神からいけばむろんそれは尊重しなければいけません。従って、国会がその自主性に基づいて良心に従った審議の結果、答申を尊重した線、すなわち選挙の公明化という太い線に基づいて適正にそれぞれ審議しなければならない、結論を出さなければいかぬというようなことから、われわれの考え方と審議会の考え方が、その大精神は一致しておりますけれども、共通でございますけれども、その表現の方法に多少違いがあるというふうなこと、たとえば先ほどの参考人との問答でもわかりますように、事前運動の場合において自由濶達な選挙というふうな面から言いますれば、これは一応野放しということでありましょう、百回の演説会もいいでありましょうけれども、費用の点から見ましても、それから年がら年じゅう選挙をしなければならぬという実情から申しましても、四宮参考人も申しましたように、ああいう実情から申しましても、選挙運動を改善していくということより選挙制度をよくする、こういう面から言いますれば、これは改悪の部類に属するのではないかというそういう疑いすら生じましたので、現在の制度すなわち事前運動の禁止といいますか、そういうもので十分選挙改善の目的が達成できる、かように考えて、大精神においては共通いたしておりますけれども、その表現の方法について多少違ってきたというふうなことで、答申をうのみにしなければならないというふうな義務は国会には課されておらないので、国会自身がその権限を否定するような、国会の否定を国会議員自身がせられるような言説にも聞こえまして、非常に残念だと私ども思っております。
○井堀委員 私の質問の趣旨を一つはっきり理解していただきたい。さきにも言っておりますように、何も私は立法権を侵すような、審議会がそういう答申をするとかしないなどということはごうも考えておりません。立法権は厳としてこれを守っていかなければなりません。しかし先ほど私が経過を時間を惜しまずに述べたのは、それは要するに立法府の意見を前提にしているんだ。私はあの審議会のときにも質問なり意見を述べておきましたのは、議員が審議会にどういう形であっても加わらない方がよろしい、審議会から立法府の意見を求められるときにわれわれが出て答えるということはいいかもしれないけれども、そのメンバーに加わることは適当でないという意見を述べたくらいである。それはやはり審議権を厳として守りたいからである。責任をかつがされるような立場に入らぬ方がいいからという配慮からであります。この点では、高橋委員より私の方がよほど立法権の侵害について警戒をしておるつもりですから、誤解のないようにお願いをしたい。私が伺っておりますのは、一つにはこういう法案を取り扱うについては、過去を言っても仕方がありません。われわれ意見があったにしても、立法府の意思というものは、選挙制度審議会設置法によってきまったんだ、それはわれわれがきめたんだ、きめた以上は、それを守るということが立法府にとっては重大な責任であるということ、その責任を果たさなければ、立法権は動くのであります。絶対ではありません。民主政治のもとにおける主権は国民にあるわけであります。この本来を転倒してはいけないと私は思うのであります。私は少なくともそういう誤解はしておりません。そういう建前を貫く上からいっても、今回の高橋議員外四名の修正は理解できないからお尋ねをしているのであります。これは丹羽議員の方の御意見もあろうかと思いますから、一つ伺っておきたい。
○丹羽(喬)委員 ただいま井堀委員の御趣旨、十分私どもも了解できる次第であります。ことに審議会のあり方につきましては、そういう貴重な御意見も多々あるかと思う次第であります。私ども自由民主党といたしましても、審議会の意見は十分に尊重しておるつもりでございます。ことに修正案の第二から三、四につきましては、政府原案におきまして明確ならざるものを明確にしたい。先ほど私御答弁申し上げました通りの趣旨でやったのにほかなりません。野党の方がその点を非常に勘ぐられてと申しますか、歪曲されたと申しますか、非常に後退したとおっしゃっておりますけれども、私の方は決して後退していると思っていない次第でございます。
 ただ第一の点につきましては、これは確かに審議会の答申の線を抹消すると申しますか、その点には沿わない感がございました。この点は、私どもといたしましても全面的に選挙運動を自由ならしめる、選挙期間だけでなく事前運動につきましても、ある程度これを自由ならしめたいという趣旨には賛成でございますけれども、御承知のように、事前運動を百回演説会の形式で許可するということになりますと、この提案理由の趣旨にも述べた通り、年がら年じゅう選挙運動をしなければならぬというような事態になりますことは、しろうとなら別でございますが、選挙運動にしょっちゅう従事している井堀先生初め皆さんは、十分これは御承知の通りでございまして、私どもといたしましては、委員会の答申は尊重したい次第でございますが、これは一部に出ておりますいわゆる選挙野放し論にもある程度実情としては通じてくるのじゃないか。現実に与党といたしまして、選挙の公平を期さなければならないという立場におります自由民主党といたしましては、そういったような野放し的な法案は、幾ら政府原案でございましても、この点はいかがであろうかと思っておりましたところが、また野党の議員の皆様からも同様な御趣旨の御発言が多々ございましたので、私たちもやむを得ず、その点は答申の趣旨にはまことに沿わないうらみがございましたけれども、この一点だけはこれを削際することに決した次第でございます。ただし提案理由の説明にもございます通り、何らかほかの方法でその事前運動緩和の方法を講じたいということは、私どもも社会党さん、民社党さんの皆様方に劣らずに、何とかいたしたいという熱意は持っておる次第でございますが、政党の範囲のあり方というものにつきまして、どのくらいで切るかという技術面で、今日のところいまだ残念ながら確定的の自信を持たない次第でございますので、これを後日に譲ろうということで削除した次第でございますので、御了承を願いたいと思います。
○井堀委員 第一の問題につきましては、先ほどの御答弁の中で種々明らかになったと思うのであります。今日の政府の原案は、一応答申に近いものであった。それを変えたということは、どんな理由があるにいたしましても適当でないという点は、これは意見の違いであるかもしれません。もし百歩譲ってそうであるとするならば、なぜ野党を刺激するような結果になって、なおかつがんとしてこれを撤回しようとされないのか。今の御答弁とは全く反するのじゃないか。むしろこれは野党側の方から質問があったとするならば――野党の修正案も現に出ておるわけでありますが、その意見を迎えて、ここに話し合いを進めていくというのが、高橋さんの御説にも沿うことになる。要するに立法権を尊重するというならば、答申の精神は金がかからぬようにというのであるが、むしろ実際は金がかかることになるのであって、そこはめがね違いであったのではないかというようなことによって、立法府としては与野党が話し合いをすればできる問題である。そういう話をつけて、先ほども参考人が言ったように、この趣旨は金がかからぬという趣旨に反するし、実情からいってあなた方の意図するものとは逆効果を生むと思うが、こういった点の修正案をいたしたいがどうかというお伺いを立ててもしかるべき案件ではなかったか。私はこういう点に対して何も疑ってものを言うわけではありませんけれども、理事会などでたびたび話し合う際に、他の法案と違って、与野党それぞれの立場、意見というものについて話し合いでまとめようというには格好な問題ではなかったか。まことに残念しごくだと思うのでありますが、山へ船が上がった形でありますから、これを引きおろすということはこれからの仕事かもしれませんが、そういった意味で第一案について私はお尋ねしたわけであります。内容については私どももよく理解ができるのであります。しかし私どもの考えは、そういうお伺いを立ててまとまらぬときには、答申を尊重していくのが建前ではないかという点は、意見が違ってくるかもしれません。それは国民の声にわれわれが忠実である。その結果が国民のためにならなかったというのであれば、それは民主政治の経験を積み重ねていく一つの犠牲であって、その犠牲は忍ばなけなればらぬ、これは民主主義の鉄則であります。それに徹しなければならぬというわれわれの考えからいたしますならば、今回の自民党の第一案に対しては、まことに遺憾であるとともに、民主主義に対する考え方の相違がこうきびしく出ることに、まことに遺憾しごくだということだけを加えておきまして、第二の質問を試みたいと思うのであります。
 確かに第二と第三の問題は、私どもの意見を申し上げたのでありますから、そういう意味で責任もありますので、具体的にお尋ねをしてみたい。私どもは、あくまで答申の精神に沿うということは、第一のところで述べた通りであります。そこで、答申の精神を法律の上にすなおに上せようとする意図が、自民党の案の中に一部あることを私どもは拝見しまして、そういう方向になるのであれば賛意を表したいという意味で、意見を述べました。その点はある程度理解を願っておるようでありますから、ここには重複しないようにいたします。
 次に、ここの中で問題になりますのは、先ほども参考人と質問者の間に意見がはっきり出ておりましたから、くどくど申し上げません。すなわち、労務者と一般の運動員、あるいは法律の用語としては、従事者であるとか、いろいろな表現がなされておりますが、こういうものは、一般の人々にも理解しやすいように、できるだけ複雑な文字や文章を使わないようにするということは、私どもの望むところであるし、またわれわれの努力しなければならぬ限界の一つだと思うのであります。そういう点に問題を進めることには何らの異議はありません。しかし今度のやつは、そうしようとしながら実はそうできていないところのうらみがあるのであります。これは小さくなりますから、また時間がありましたら、あとで伺います。
 次に、重要なことは、報酬をたとえば労務者のように七百円に引き上げるという政府原案の通りに一応理解をして、七百円という金額を労務者と同一にすることがどうかという問題もある。高くするか低くするかということは――答申の精神は、低くするという行き方の方が実際的ではないか。ところが提案者の方は高くするという方に置いて、実は七百円に近づけたというふうに伺っておるのでありますが、正式に答弁を聞いておりません。これは私の意見を最初に述べますと、先ほどお話のありましたように、労務者については、これは単純労務を提供して、その報酬によって生活をしていこうという人たちです。しかし、それと事務員と異にするというのは――厳密には事務員の中には二通りあるかもしれませんけれども、しかし、ここでいう事務員の理解が、多少でも選挙運動に意識を前提とするという意味で分けたのではないか、またそう分けるべきではないかと思う。そうすると、その意識とは少なくとも自分の政治意識を――それは利害につながるわけでありますから、要するに自分の当面の生活のために選挙運動をやるというのでありますならば、それは民主政治においては、後退する。やはり民主政治というものは、自分のものは自分でやるという主権者の行為が選挙運動の中に参加してくるということが、私は選挙運動の意識としては正しい方向だと思うのであります。また、そういうものをわれわれは育てていくという考え方でなければならぬ。でありますから、それをただ無償でやらせるということは、先ほど言うように、労務者との類似点が出たり、そういうややこしいことがあるから、そこのけじめをつけようというのであるならば、むしろその報酬は差し上げる規定になっておってもお返しするかもしれない。中には貧者の一灯といわれるように、乏しい生活費の中を削って選挙運動に労務の奉仕とともに金銭の、要するに献金をしております者も多々あるのであります。そういうものが成長してこそ、公明選挙へのきざしが現われてくると私は思うのです。そういうものを育てる方向へ改正していくべきであると思うのでありまして、そういう意味で金額を上にするか下にするかということは非常に重大な問題だと思います。この点に対しては同額にしておるということでありますが、どうやら聞くところによりますと、千五十円とか考えたようであるがそれは逆ではないか。
 第二の問題は、先ほど出ておりますように、これは報酬を出そうということで公認していこう、法律の上で規定していこうということは、私はある程度事実を明らかにしていくという意味で取り締まりの上からいって便宜だと思う。あるいはそういうことによって次にお尋ねする問題に役に立つか立たぬか……。それは先ほど二十日間七百円ということで三十人という人数を規定するならば、毎日取りかえるとすれば、延べで最高六百人になる、こういう疑いが出てきておるのであります。私はそういうふうには理解したくないのであります。私の考えは、取りかえるということはやむを得ないときにやるのであって、そういう疑いを持たれて痛くもない腹を探られるというのでありますならば、規定は三十名ではあるけれども、それは全体のうちの一割か二割だけを取りかえることが可能だという三十人で、延べ人員では四十人しか許されないというふうに打ち出してきてこそ、そういう疑いを払拭することのできる提案だと思うのです。そういう点に対する提案者の内容がまだ明らかでありませんので、一つ明確なお答えをいただいて、それから質問を進めていきたいと思います。
○丹羽(喬)委員 井堀さんと異論の点もありますが、ちょっと耳ざわりの点がありますので申し上げたいと思います。
 国民主権、国民主権と言われますが、国民主権はわれわれが代表しておるのであって、憲法下においてはわれわれ以外にないのです。われわれがこしらえた審議会は単なる諮問機関にすぎないのですよ、国民の代表者として国民主権の代表的な立場においてわれわれが判断するところの一諮問機関にすぎないのであります。従って、近ごろ審議会とか調査会が何か国会議員であるかのごとく結論を押しつけがましくするような弊害がだんだん増大してくるような傾向がありますので、今後調査会とか審議会というものはこしらえない方がいいのじゃないかという議論すら起こってきている。現在審議会とか調査会の思い上がった弊害が非常に甚大になってきて、国会議員の権限とか国会の神聖が侵害されるというふうな傾向がありますので、お互いにわれわれ国民主権の代表なんですから、一つわれわれの考え方が絶対善であるという自信を持ってやりたいと思います。そういう意味で私どもは国民主権の代表者であり、国民から大多数の政党として選ばれたのであるから、大体において妥当な考え方を持っておるのだという自負心のもとに、われわれは国政に参画しておるつもりでございます。国民主権という問題についてちょっと解釈が違いますので、その点前提として申し上げておきます。
 それから選挙に使用する事務員の報酬が七百円では高いか安いかという問題でございますが、大体労務者の賃金は答申あるいは政府の考え方では千五十円であったようでございます。この千五十円というのは、われわれ貧乏代議士にはとてもたまった額ではないというので、七百円ぐらいが妥当ではないか、こういう意味で引き下げたわけでございます。しかし、この点につきましては、先ほど井堀さんが言われたように、国会は議論するばかりではない、お互いに話し合いのところであり、政治は妥協というふうなことでございますから、いろいろな点について事前に御相談申し上げなかったことは、多少手落ちがあったとしますならばそれはおわびをいたしますが、いまだ話し合いは時期がおくれておりません。時期がおくれた抗弁ではないのであって、必ずしもおそ過ぎずでございますから、こういうような高いか安いかというふうな点、それから三十人の運動事務員が二十日間フルに差しかえると六百人になるというふうな考え方、これは非常に悪く悪く解釈するもので、事実上そういうことはわれわれ現実に選挙をやっておる者にとってはわかるわけでして、不可能のことでございますから、御心配はないと思いますけれども、しかし、こういう点についても共通の話し合いの場において、超党派的な選挙制度の問題について今でも話し合いをうまくやっておるわけですから、いまだ時期がおくれているというわけでもありません。こういう点についてまた御相談にも応ずることができるというふうに考えております。
○井堀委員 具体的な点でありますから、高橋さんは総大将でそういう方の参謀は別におられるようですから、具体的な点は丹羽さんからお答えいただけるのではないかと思うのです。原則的なことでお伺いするので、議論するつもりは一つもございません。国会の権威を傷つけるようなことをわれわれ絶対にやってはいかぬ、立法府における責任とその権威はやはり守っていくという点については、私は人後に落ちないと思う。しかし、やや哲学的になるかもしれませんけれども、やはり民主主義というものは主権在民で、人民の声をいかに正しくすみやかに国会に反映するかということにあると思う。その国民の考え方が間違っていたり、あるいは結果がよくなかったりするということは、私は民主主義のやむを得ない一つの弊害だと思う。すべてがよいというわけにはいかぬということに民主主義では踏み切ったところがある。しかし、それはわれわれの知恵や、あるいは代議士がまかされもしない権限や意見であってはいけないということに忠実であろうとすることは、よけいなことを言うつもりはありませんが、ただ記録に残りますから、誤解をしてはいけませんので一言申し上げておきます。
 そういうことで次の問題に移りますが、私のお尋ねしたいのはやや具体的な点であります。すなわち報酬を労務者と事務員のどっちを上にするかということで大へん違ってくると思う。今、千五十円とおっしゃられましたが、それは逆ではありませんかという質問を私はしておる。それが逆ではないというならそれでよろしい。
 それからもう一つ、延べ人員の問題です。悪く解釈すると言いますけれども、なるほど私どもものを善意に理解したいと努めております。しかし勝負を争う者の弱さ、かつて公述人のお一人のどなたかが自衛権という言葉を使っておられましたが、競争ですからどうしてもルールをきびしくする、すなわち取り締まり規定があるわけですから、そのかすかすまで行こうということは、私は勝負を争う者の人情の弱さだと思うのであります。でありますから、そのことをやはり選挙法の場合には考えておかなければならぬと思います。高橋さんのようにどういう方法で御当選になったか知りませんけれども、ルールなんか問題にならぬで有権者の支持を得られる特別な方は別でありますけれども、そういう者は一応ないとして、要するにスタートは平等だという考え方に立つならば、やはりぎりぎりの線で争うということは考えておかなければなりません。善意の人ばかりではない。だから悪人が都合よくいって善人が割を食うことがないようにするという点はやはりこういう点に入ると思います。でありますからこういうものについては、あらかじめそういうふうに勘ぐってくる者のために、三十人そして二十日ということは、延べ人員で制限すればそう勘ぐらぬでもいい。先ほど御答弁にもありましたように、明らかにするという意味なら規定はむしろそういうところに入る。こういう点を実はお尋ねしているのでありまして、何もなければこれはまた相談してきめましょう、おありになるのなら一つ原案をお示しいただいて、審議の参考にしたい。
○丹羽(喬)委員 井堀委員の御意向と大体私ども同じだと思うし、先ほどから審議会のあり方について一応ございまして、高橋委員から私どもの意見も出たようでございますが、私どもも前国会で審議会というものの設置に賛成をいたしまして、今日その意見を尊重している次第であります。従いまして、できるだけその精神を生かそうと思っている次第でありますが、先ほど来井堀委員からのお話がございましたような意見もございまして、あるいは国会議員は入らない方がいいんじゃなかったかというような、確かに私は貴重なる御意見だろうと思う次第であります。と申しますのは、審議会の最後の結論というものは、やはり多数決であります。しかもわれわれ特別委員というものは、大ぜいの委員の中にわずか一名ないし二名参加しているにすぎない次第でございまして、私どもの主張いたしました主張がどのくらいいれられているか、また各専門部会できまりました意見というものも、総会におきましてこれがひっくり返りました事例も多々ある次第でございます。そういう点につきましては、精神は尊重いたすことはもちろんやぶさかではございませんけれども、具体的事例になりまして、しかも、ただいま井堀さんがおっしゃいましたが、要するに一つのルールといたしまして明確にしなければならぬ。昔統制経済がございましたときのように、統制の規定はぼんぼん作るけれども守られないような規則を作るということは、むしろ民主主義に逆行するのではないかという点も多々考えなければならぬじゃないかと思う次第であります。先ほどの事前運動の問題のごときも、与野党を通じまして各委員からそれに対する修正に近き御意見が出ましたことも、それらの実情から見ましてこれが述べられた次第と思う点でございます。それで結局は、今の第二の、事務員と労務者の報酬の問題でございますが、実は井堀先生も御承知の通りに、あれはやはり審議会におきましても、労務者だけでなく、事務員の報酬も明確化した方がいいではないか、相当数の人数をやはり事務員として登録し、これを計算の上にもはっきり出した方が、選挙運動をする上にもいたずらなる不安あるいは混乱を起こさないで済むのじゃないかという点は、先般の委員会におきまして、私も政府案に対する質問のうちに、最近の選挙違反におきましては末端買収よりも運動買収の方が非常に多いのではないかという質問をした次第でございます。しかもそのときの公安委員長の御答弁には、やはり運動買収が非常に多い、しかも運動買収の点につきましては、これは労務者であるかあるいは事務員であるかという判断がつかず、しかも事務員がほんとうの単純なる事務であるか、意欲を持った事務であるかということがつかないために、ややもすると拡大解釈をされまして、買収の容疑でもって検挙されたものが非常に多いのじゃないか、そういう点を明確化すべきではないかという私どもの意見を出した次第でございますが、この点は審議会の論議の途上におきましても、再三論じられた次第でございまして、この貴重なる意見を生かしましたことが、現実の問題におきまして、選挙の公正化を期する意味におきましてこれは必要であろうと私どもは断じた次第でございます。しかもこれを明確化することによりまして、登録された者以外の者につきましては、いかにささいなる報酬といえどもこれを厳罰に処する、しかしながら登録者につきましては、これは堂々たる選挙従事員といたしまして、正規に認められた者といたしまして、大手を振って選挙事務の補助ができるというふうにしたいということでございます。その際の意見といたしましては、これは私どもが出したわけではございませんが、そのときにおきまして千円でございましたか、千五十円でございましたか、審議会の答申が出された次第でございます。しかしながら私どもそう多額なものにする必要はない、むしろ審議会にその際出されましたる――総会におきましては否決されましたが、部会におきましては決定されましたその千五十円というものを、むしろ逆に引き下げまして、労務者並みに七百円としたことは、御承知の通りだろうと思う次第でございますので、御了承をいただきたい、こう思う次第でございます。
○井堀委員 このことにつきましてはまた懇談をして、お話し合いの機会が得られると思いますから、次に一つ。第三項の点でございますが、これもわが党から自民党に対して、原案を変えることによって社会党への刺激を多少でも緩和して協議がスムーズに進むようにとの配慮から、多少僣越でありましたが、委員会で討議をする以前にわが党の意見を述べました責任上、一つ明らかにいたしておきたいと思います。
 それは自民党の全体を拝見できませんし、また提案趣旨の説明を伺っておりませんときでありましたから、印刷物による簡単な趣旨説明だけを見ておったわけです。これによりますと、当該選挙の期日前の一定の期間を、参議院の場合は三カ月、衆議院の場合でも、満期の場合は三カ月、解散の場合は公示の以後というふうに理解しておりますが、その際に限って後援団体の寄付なり、あるいは供応接待などを禁止するということは、その他の場合においては違反に問われないという、また、問うのならばこういう必要がないのであります。ここに非常に大きな疑惑を持たれ、もしそういう意図であるとするならば、わが党がまた、原案に対する考え方を明らかにせいという私どもの意見を加えて、僣越ではありましたが、両党に申し入れたことは見当違いになるかもしれません。この部分ではそういう理解がされる、この点に対して一つ正直なところをお話し願えませんか。
○高橋(英)委員 要するに当該選挙という意味の解釈について、非常に繁雑な問題が起こるというふうに思われます。公述人からも話がありましたし、社会党さんからもいろいろお話があった、政治に関することと選挙に関することとの区別がつくかどうかという問題、これが関連するわけですが、当該選挙に関するというふうなことになりますると、後援会の立場、後援会は選挙ばかりを目的としたものではないのでございまするけれども、その後援する政治家の大成をこいねがうというふうな同志的結合でありますから、むろん選挙に関係するばかりではない、その他の政治等に対する後援ではございまするけれども、しかし平素の活動そのものが選挙と間接なり何なりにつながっていないとは言い切れないわけであります。それで当該選挙に関するということになりますと、後援会活動はどの後援会活動をやっても結局は当該選挙に関係するというふうなことになるおそれがあるのではないか、これは常識上そういうことはあり得ないと思いまするけれども、従来の日本の取り締まり当局のやり方から見ますると、多少行き過ぎもありましたり、いろいろありまして、その点後援会活動は全然禁止されたと同様な関係になるのではないか、そういうふうな危険があったわけなんでございまして、従ってこの際、選挙にほんとうに直結し、選挙のための後援会活動と思われる時期を明確にした方がいいじゃないかといううふうなことになりまして、後援会活動の選挙と直接関係しているということの明確なる範囲を規定したらいいではないかというので、それでは期間的に明確にすることが一番妥当ではないかというふうなことになりました結果、そういうふうに解散の翌日とか三カ月前というふうなことになったので、結局当該選挙ということがもっと明確に、観念の上にも現実の上にも区別ができるということになりますれば、そのほかの政治活動ということはないのでございまするけれども、今申し上げましたような危険性がありますので、従って期間でこの後援会活動の規制をするというふうな方法をとったわけでございます。
○井堀委員 それでは、やや具体的に一つお尋ねをいたしましょう。現行法によりますると、後援団体がここに規定してありまするように、事前連動の諸規定に抵触する場合には、現行法でも現に処罰の対象になる。でありますから、この規定をここに設けることは、そういうものに対して取り締まりの対象からはずされるのではないか。でないとするならば、この文章の書き方は、私は法律家でありませんけれども、専門家の意見を聞きますと、非常に法律を混乱させることになる。その混乱の中にいろいろ世間から疑いを持たれる。第二のときにも言いましたように、われわれは一応弱い者でありますから、勝負を争うという弱点がありますから、そういう点にこの法律が――そうでなくても選挙法というものはあまりややこしくて、ちょいちょい取りかえるというふうな非難があるくらいでありますし、それは選挙制度審議会からも注意をされておりまするように、なるべく選挙法というものは簡略にして、あまり小さなことにこだわらぬようにしようということでありますから、そういう意味からいったら逆行することになると思いますが、この点いかがでしょう。
○高橋(英)委員 いわゆる簡略にしたわけです。ほんとうに簡潔にしたわけです。法定期間以前の事前運動は一切選挙違反になるということで、これはできません。これはもう法意にはっきりしています。それから法定期間内においては、選挙活動ではない後援会活動、すなわちここの条文に現わされておりまする寄付とか供応とか、こういうものは選挙に関係なくとも、一切後援会活動というものは禁止されたという、ほんとうに簡潔な、簡略な、明確な解釈規定になっておるわけで、その点よく御研究願いたいと思います。事前運動は絶対禁止です。そして、ある三カ月なら三カ月の法定期間内においては、後援会活動は全然禁止。どういうふうな後援会活動でも禁止。全然禁止というと語弊がありますが、今の供応とかなんとか、ここに例示してありますが、そういうものが禁止されるということで、これは選挙に関係しないものでもいけないということになっておるので、その点簡略な、簡単な、簡潔な条文だと思います。
○井堀委員 私が伺うことをお答えいただいたわけですが、簡単にするなら、こういうことを書かぬ方がいい。こういうものは入れない方がいい。現行法でいいのです。事前運動は全面的に取り締まる。要するに、三カ月前あるいは公示以後だというようなときは、全面的にと今あなたはいみじくも言われましたが、これは全面的ではありませんよ。後援会の一切の運動を禁止するというのでなければならぬ。だから後援会というような団体あるいはこれに類するようなものというものは、その間だけ窒息する。少しでも行動を起こしたら取り締まりの対象にかかるというのであれば、私は意味があると思う。そういうふうに改めるなら意味がある。これは丹羽さんいかがですか。あなた同じ意見ですか。
○丹羽(喬)委員 今の点は、高橋委員と同じ意見でございます。ただ問題は、三カ月以前は通常の食事提供ということは今度ははっきり認めようではないかということであります。しかしながら今度三カ月以後の点になりますると、その点は認めぬということでございまして、これらの点は前から、茶菓程度はどうかということがしょっちゅう論議の対象になっておりましたので、その点を明確にした次第でございまして、当該選挙に関してという内容につきまして明確にしたわけであります。
○井堀委員 意味が明確になりました。そういう点は、冒頭にもたびたび申し上げておりますように、ルールをきめるのでありますから、どの政党に都合のいいようなものを作ろうというお考えはないはずです。共通した土俵を作るのですから、今のような問題については話し合いの余地もありますし、またまとまる可能性も出たと思いますので、その節の機会を待ちたいと思います。
 最後の第四の関係でありまするが、これは社会党さんの方はあまり気にもしていなかったのです。私は非常に気にしているのです。私の思い過ごしであれば幸いだと思います。そういう意味でよくお聞きするわけであります。
 あなたの方のこの文章と今度の説明を伺って、私の想像がだんだんはっきりしてきたのであります。連座の対象となるいわゆる地域主宰者については、選挙区内の三分の一以上の地域における選挙運動を主宰した者、こうはっきり出ております。あとの方は、今度の説明を読みますと、えらいくどくなってわかりにくいのです。これの方がわかりやすいのです。ですから地域主宰者というのは選挙区の三分の一以上をいうので、一以下だったら地域主宰者としないというきめ方ですね。このきめ方は、これはどういうことでしょうか。この点私どもちょっとのみ込みにくいのですが、明確な御説明を願います。
○高橋(英)委員 三分の一以上というのは、これは誤植でございまして、三個に分かたれたる運動の地域というふうなことになるわけで、三分の一ということは間違いです。三個ですから、その三個の内容は大小さまざまでしょう。地域を主としてやるか、有権者を主としてやるか、得票の予想数を予想してやるか、それぞれその候補者によって違うと思いまするけれども、要するに自分の全選挙区に対して地区を三つに分けて、その三つのうちの一つなり二つなりを主宰した者は連座の対象になるというふうなことになるわけですから、地域がたとえ小さくとも、三つに分かたれた一つだったら、これはやむを得ないというふうなことになると思います。
○井堀委員 もうちょっとはっきりお答えを願いたいと思うのであります。この答申は確かに、相当広範囲というふうに抽象的であります。それを具体化しようということになっておるのではないかというふうに、私は善意に理解したのであります。それで選挙区というものは何も――あなた三つに分かれていると言うけれども、三個に分かれているという意味がわからないのです。たとえば衆議院の場合はどの選挙区のうちの三分の一以上、こういうふうにしたのではないかと思って伺ったのです。今あなたの御説明によりますと、ここにも説明で三個以内に選挙区が分かれている場合においてといわれている。どうも私は理解ができませんが、こういう選挙区がありますか。
○高橋(英)委員 三分の一というと、現実的に山野を跋渉してから測量した上で、かりに三分の一ずつに平均的に分けられればいいわけですけれども、三分の一をちょっとでもこえたら、それは三分の一以上になるかならぬかというような大へんな争いが起こって参りましょう。これは事実上不可能なことですから、従って、候補者の主観なり客観的な情勢から三個に運動の地区が分けられて、その三個に分けられた一つないし二つの主宰者であります。それの指揮官だけが連座の対象になるというふうなことですから、言ってみますれば、総括主宰者のほかに最小限度三人は連座の対象になる者ができるというふうなことになるわけで、これは結局選挙違反といいまするか、選挙従事者の役割の重要性に比例して連座せしめるか、せしめないかというふうなことにつながっているわけであります。
○井堀委員 参議院の場合は、全国区、それから地方区は大体全県一区ですから、衆議院の選挙区よりか大きいでしょう。それから衆議院の場合は、全県一区もあるかと思えば、一つの都道府県が幾つにも分かれておる選挙区もありますから、こういう点でこの法律はいずれにも適用されるわけであります。こういうものは非常に迷いを多くすると思うのであります。もし、するとするならば、今あなたの御説明のような御意見であるとするならば、これはやはり参議院の全国区の場合はどう、あるいは参議院と衆議院の場合はどうするとか、あるいは衆議院の場合でも大きな選挙区と小さな選挙区、それは何をもってものさしとするか問題はあると思いますけれども、そういうものを規定しなければならぬことになると思うのです。いかがでしょう。
○高橋(英)委員 これは抽象的に言いますと、準主宰者とか広範囲とか、今の答申案にあるわけです。広範囲とかそういうふうな言葉で言い表わされましょうし、それから、誤植でありますが、三分の一以上というふうなことも考えられますし、それから政府案にある数個というふうにも言い表わすことができると思いますけれども、この広範囲や準主宰者や数個というよりも、三分の一以上というよりも、三個に分けられたところの選挙運動の地域とやった方が、非常にいわゆる簡略で明確であるというふうにわれわれは考えられるので、これ以上にもっと的確に簡略な表現方法があれば別ですけれども、今四つ並べた広範囲、準主宰者、三分の一以上、数個というものよりは、この三個に分けられた地域という方が非常に明確で簡略だ、かように私ども考えております。
○井堀委員 それではしぼってお尋ねをいたしましょう。
 衆議院の一選挙区の中で一つ考えましょう。その場合には、私は総括責任者というのは複数になるとは考えませんが、しかしそれに次ぐ、あなたの言葉で言うと、地域主宰者ですか、その地域主宰者というものを三個とか――三分の一が誤植なら三個でいきましょう、三個というなら、一体どこでも三人、あるいは三つの区域に分けるというふうに考えるのでしょうか、その点お答え願いたい。
○高橋(英)委員 それは候補者の都合で、三個に分ける場合もありましょうし、五個に分ける場合もありましょうし、一市に一人、一郡に一人というふうなことにもなりましょうが、一市に一人、一郡に一人ということになると、十個にも十何個にもなる場合もありましょうし、七個にも八個にもなる場合もありましょうし、そういう場合に一市や一郡の責任者を連座の対象にするというふうなことは、これは非常に過酷である、不合理であるというふうな点から、少なくとも三市二郡とか、とにかく三分の一くらいに当たる地域の主宰者、それをそういうふうな重要性を持った主宰者――三分の一というとあげ足をとられますけれども、要するに三つに分けられた重要な地域の主宰者というようなことでございますので、それで、客観的に見てそういうふうな人であったといたしますならば、これはたとい候補者がそうでないと言ったところで仕方がないことになりますので、大体私どもこの選挙法が通過いたしますと、選挙事務所に必ず地区の主宰者の名前が掲げられ、それがそれぞれ選挙関係者に周知徹底させられると思います。それが十、十五に分かれた地域になった場合において、それはとうてい総括主宰者だけの手では主宰していくことができない、統括していくことができないというので、参謀陣みたいなものがあって、やはり全選挙区を二、三人が分割して担当するというふうなことになれば、たとい掲示場においては主宰者となっていなくても、客観的に主宰者として連座の対象になるわけですから、これは捜査当局の敏腕に待つ以外にはないというふうになるおそれもありますけれども、大体そういうふうな意味です。
○井堀委員 これは、言うまでもなく、連座の対象にするということであります以上は、きわめて明確な規定に法律はしておかなければならぬ大切なものだと思う。提案者の説明を伺いますると、ますます混乱してくるような気がいたします。たとえば今私が具体的な例をあげてお尋ねをしております衆議院の選挙区という場合に、それを三個に分けるか、四個に分けるか、あるいは郡が五つに分かれている場合は五つに分けるという、一つの行政区を単位にして分けるという考え方が出るかもしれない。あるいは最近のように市町村の合併が促進されております場合、今日の行政区域というものは必ずしも郡単位ではなくなってきている。経済地域ができたり、文化地域ができたり、その他のいろいろな諸条件によって地域はかなり変化をしておる。県を越えての併合は少ないようでありますので、府県の行政区域というのは、今日のところ割合に固定的である。しかしもう郡の線はくずれちゃった。でありますから、私はそういうものを法律の中で規定するということは最も難事ではないかと思います。でありまするから、客観的なという一例を、要するに行政区域というもので切ったとしてもできない。それから今お話を伺いますと、候補者の方で個々の方の区域の担当者――個々のといって、三つにするか四つにするかということが何か対象のようにおっしゃられましたが、そうだとすると、ある候補者は五人の参謀を持つ、ある候補者は二人しか持たないという場合があり得ると思う。こういう点はどういうふうにお考えでしょうか。
○高橋(英)委員 これはもう御質問の通りでございまして、候補者によっては二つにし、三つにし、五つにし、十にすると思いますが、おそらくこの法案が通ったら表向き二つや三つにするのはなくなるでしょう。やはり四つ以上になるというのが実態だと思います。その点はありましても、実際選挙運動をするのに不便であるといたしますと、先ほど言ったように、現実において重要な主宰者として、三分の一、三つに分けた一つに該当するような地域、その主宰者というものが自然できるといたしますならば、それは連座の対象になるので、それなくして選挙をやれるのだったら、そういうふうな小さな地域の主宰者まで連座の対象にするというふうなことはないので、候補者はみんな賢明ですから、小さな区域に分けて、その小さな区域で百パーセント活動ができるように、得票ができるように大いに奮闘するものだと私どもは考えておるわけであります。
○井堀委員 これは私は政府案についても疑念を持っておるものでありまして、質問を試みたいと思っておりました。それからさらにそれを複雑にしたものが今度の自民党の修正案、その点がきわめて明確になりました。言うまでもなく、これは連座制に限ったわけではありませんけれども、こういう法律が、候補者によって適用が異なるようなことになりましては大へんなことであります。でありますから、これは候補者が、先ほどちょっとお伺いして、私の言う通りだとおっしゃいましたから、言質をとるわけじゃありませんよ。重要なことですから、訂正しておいてけっこうですよ。いいですか、地域をきめるというのであれば、さっき私が言ったように、行政区域とか、一つの客観的な事情があるわけです、それからその選挙区においての申し合わせでもいいでしょう。この選挙区は五つなら五つにしようということにできるかもしれない。しかしそれは候補者全体がやはり五人の参謀を持っておる。その行政地域をきめることが問題なんです。まして今高橋さんのおっしゃられた、私の質問の仕方が悪くてよく理解されなかったということであれば御訂正を願います。あなたの最初の御答弁によりますと、ある候補者は三人、ある候補者は四人、四人というか四個の地域を定めてそれに主宰者を置く、あるいはある人はめんどうだから全部の一つにやるということもあるかもしれない。そうすると、ある人は三つなり四つなりの取り締まりの対象が出てくる。ある候補者は一つだけだ、これは重大なんです。それで実はお伺いしたのです。
○丹羽(喬)委員 私どもは今の高橋議員の答弁に何ら疑義をはさんでいない次第でございますが、今の井堀委員の御質問でちょっと誤解といいますか、受け取り方がちょっと異なったように思うのですが、実は三分の一以上とか、三個以内というのは裏と表の問題でございます。選挙区を数個に分かつというふうに、政府原案にはなっております。これは数個というのは五個をさすか六個をさすか、あるいは一並びであるか二並びであるかということが先般来当委員会で審議の際に明確を欠いておる。ことに地区責任者を連座にしたいというような選挙制度審議会の答申におきましても、これはやはり議論の結果、広範囲の地区責任者に限定しようじゃないかという趣旨もありまして、それを明確化するために三個以内に分けたものということにした次第であります。ただいま高橋議員がるる申し述べられましたから、私から補足説明をする必要もないと思いますが、もう一度明確にするために申しますと、この要件につきましては候補者あるいは総括主宰が数個に定めるという規定がございます。ございますから、これによりますと、自分の選挙区を三つなら三つに分けて何々を第一地区の総括主宰者にする、何々を第二区の総括主宰者にする、Cを第三区の総括主宰者にするという要件は一応ございますけれども、しかしながら事実を見まして、先ほど高橋議員が申しました通りに六個、七個に分けまして、実際上自分のところで、選挙区の三分の一に当たるという方面から諸種の報告もしょっちゅう来ている。それに対する選挙運動も総括的にやっているという認定をされた者は、その地区責任者と認められる次第でございまして、それを五個とか六個、あるいは四個とか三個とか二個というのはまぎらわしいので、これを三個というふうに明確化したというのが、今回の趣旨でございます。
○井堀委員 決して分裂策をはかるわけではございません。これは、記録を見ていただだけば、高橋さんのおっしゃることと丹羽さんのおっしゃることは違います。それは、御一緒だという御主張はけっこうですからおやり下さい。文書に載っておりますからわかります。それと今丹羽さんのおっしゃられるのには、政府の原案は数個に分けられた選挙区の数個のうちというふうに使っております。私はこれについては別な質問を試みるつもりでおる。これは数個ということは、私は実情を正確に把握するという方向は正しいと思う。しかし法律としては非常に危険だと思う。実際にはどっちが近いかというと、政府案の方が近い。そこが意見の相違になるかもしれませんけれども、それはそれとしておきましょう。
 そこで私がここで疑義を持ちましたのは、それを三個に区切ろうとする場合は、御存じのように衆議院の場合は、定員三名のところもあります、五名のところもあり、二名しかいないところもあります。これは人口に比例してきたものでありましょうけれども、私は人口比例が絶対というのではありませんけれども、一応今日の制度としては人口に按分して定数がきまっておる、こういうような実情からいいますと、この政府原案の数個というものは実情に近い。しかしこれを明確化しようというので三個にしたというのは、実情を無視しておる。特にこの修正の場合は、先ほど私が総括的に質問いたしましたように、一つには政府の事務当局の機械的な取り扱い方を実情に即せしめようとする配慮が、議員立法としては大きな価値判断がなされておるのであります。どうもこういう点で、首尾一貫性がないようであります。それから疑義がますます深まるのでありますが、私の質問はそう意地悪くするつもりは決してありません。しかし大事な点だけは以上の質問で明らかに出たと思うのでありますが、これはぜひ一つ、こういう形でありますと能率が悪いものでありますから、しかし国会は国民監視の中でこういうものは論議しなければなりませんので、一応の質問を私はいたしたわけであります。しかしこういうものは、もっとひざを突き合わせて誤解を解いたり、あるいは知恵の足らぬところを出し合って、あるいは実情と形式とをどう調和をとればいいかというようなことに非常に苦心をする法案で、他の法案と特色のあるものの一つだと思うのであります。そういう意味で本日はこの程度で終わりますが、ぜひ一つそういう点について各党の話し合いが必要であるという私の見解を付加いたしまして、きょうの質問を終わりたいと思います。
○高橋(英)委員 ちょっと、誤解もないでしょうけれども、われわれの主張を明確化するために、もう一ぺん聞いてもらいたいのは、今の数個という原案を三個というふうにした原因は、要するに連座制の範囲を広くするというふうな、連座の対象の範囲を広くするという一つの目標、すなわち連座制の強化、それにつきましては、総括主宰者だけではいかないのであって、総括主宰者だけではないのであって、総括主宰者に準ずるような程度のもの、それから広範囲の選挙運動に責任を持った者というふうなことの二つが、元来問題になっているわけなんです。それでわれわれが数個というのを三個に修正したところの理由は、二つあるわけであります。一つは数個という、数といいますか、その表現が非常にあいまいで、不明確で将来紛争の種を残すというようなこと、法律としては体裁をなしていないと思われる点が一つ、法律技術の点。いま一つは、今申し上げましたような連座制の強化といい、範囲を広げるというふうなことにいたしましても、およそ限度があるわけで、一部の責任者まで連座制の対象にするというようなことはあまり過酷だ、不合理だということであります。だから相当広範囲でなければならない、すなわち相当重要な役割をしたものでなければならない、総括主宰者に準ずる程度のものでなければならない。すなわち総括主宰者のほかには二人か三人しか、どの選挙陣営でも重要な役割をする者がないのであるから、三つくらいに分けた地域を主宰する者こそ、すなわちそれに該当する重要な役割、責任を持った者であって、この程度に連座制の範囲を広げる、これにまで対象を持っていくということ、これが一応連座制の強化という趣旨に沿うのではないかというようなことで、二つの理由がある。法文の明確化と、それから実質上重要な役割を持ってやったものというふうな点、この二つから三個に分けるというふうなことになっているわけです。この点を一つ……。
○井堀委員 これで終わろうと思いましたが、重要な御説明でありますから、本質的なものに触れてきましたから、もうちょっとお尋ねします。
 なるほど、今のあなたの御説はよくわかる。しかし、提案の内容というものとは反対ではありませんか。たとえば政府の数個というのは、連座の対象になるものをかなり広く見ておる。三個にしぼったということは、数個より少ないことなんです。そういう点は逆じゃありませんか。それより私が本日聞こうと思っておりましたのは、政府原案については、この答申の中の大事な点を落としておる。それは、事実上出納責任者の職務を行なった者、という答申が出ているわけです。これはなかなかむずかしいと思うのですよ。こういう抽象的な答申ですから。これを法律に組み立てていこうというわけです。こういうものをどう組み立ててくるか、実は私は興味深く政府の原案が出るのを待っていた。ところが逃げてしまった。これは大事なところですから、あとでまた、もう少し時間をかけてやりましょう。
 そこで問題は、連座制に関係をして、できるだけその対象になるべき人人を法律の上でも明確化しようという趣旨については、私もよくわかるのです。しかし、明確化しがたき本質を持っておるというのが答申案なんです。だから、その答申に忠実であろうとすると、今言う数個とか数地域とかいうようなのが出てくるのが本質なんです。それをきびしく縛るとするなら――拡大していくのならいいですよ。数個というやつを十二にするとか十三にするとかというふうにするのなら、わかるのですよ。減らしていこうというのでありますから、ここにわれわれ、良心的に議員の修正案としては考慮しなければならないじゃないかと指摘したわけです。いずれまたこれはやりましょう。きょうのところはこの程度にしておきます。
○加藤委員長 永山忠則君。
○永山委員 自民党の議員として、提案者に御質問申し上げることは当を得たことでないような気もするのでございますが、一応概括的に提案者に御質問申し上げます。
 今回の提案者の修正された諸点は、答申の精神を尊重して、かつ公明な選挙をすることができるという信念のもとにお立ちになって、本修正案を御提出されたのでありますか。
○高橋(英)委員 御説の通りでございます。審議会の意見を尊重して、その精神にのっとって修正したのです。
○永山委員 関連して政府当局にお尋ねいたしたいのでございますが、時間の関係もございますから、一括して質問いたします。
 今回の改正によりまして、連座制や罰則の強化がはかられております。これも妥当な範囲のものであれば、選挙の公正の上に効果があることと思われるのでございますが、ただ、罰則等の強化のみによって選挙の公正を確保しようとすることは、選挙をかえって暗いものにしてしまうことになるのでございます。公明選挙とは、公正かつ明朗なることを必要とするものであります。真に公正、明朗なる選挙をする場合においては、選挙制度審議会の答申にございますように、国民の政治意識の向上が絶対条件でなくてはなりません。政府は、これに対しましていかなる処置をとろうとされておるのでございますか。
 さらに、公明選挙の推進については、これは市町村、さらに部落単位まで、この公明選挙の推進機構の拡充が必要であろうと考えるのでありますが、現状はどうなっておりますか。その末端へまでその趣旨が徹底するようないかなる方途を考えておられるのでございますか。
 さらに、参議院の選挙を控えておるのでございますが、これに対処して、公明選挙推進はいかなる対策で進められようといたすものでございますか。かつ、本選挙法は必ず通過することを信じておりますが、これが通過後において、この改正案を周知徹底せしめる方途については、いかなるお考え、方針でお進みになるのでございますか。
 さらに、今朝、総理は、予備費から支出してもこの公明選挙運動は徹底せしめるというようなお言葉でございましたが、大臣は、予備費まで支出してこれを徹底的に周知せしめよう、公明選挙運動を徹底化しようというお考えを持っておられるか、御質問申し上げたいと思います。
○安井国務大臣 政府原案を出しますにつきまして、選挙の公明化と、そうして同時にこれは明朗でなければいかぬという点で、非常に苦労いたしたわけでございます。従いまして私ども、できるだけ明朗に、しかも公明にできるようにということを意図しておる次第でございます。
 罰則等につきましても、それが悪質なもので、適用の範囲が連座等で若干広がるということはございますが、そのために、普通一般にいわれる、罰則をすべて強化しておるというふうには考えておらぬつもりでございます。それから取り締まりにつきましても、これは厳正、公正な立場で十分取り締まりをするということで、そのために連座制をやりましたからといって、何かそれを特に目標にした特別の取り締まり方法といったようなものを、別に考えておるわけじゃございません。
 それから、末端にまで公明選挙をよく徹底させるという点につきましても、できる限り民間の公明選挙の促進団体、あるいは地方の、市町村の選挙管理委員会等を動員いたしまして、その効果を期したいというふうにやっておりまして、さしあたり参議院につきましては、特にそういう点に最重点を置いて、今から公明選挙化の運動をさらに強くやっていこう、こう思っているわけでございます。
 それから公明選挙運動の費用等につきましては、きょう午前中、井堀委員からも懇切丁寧な御質疑もございまして、総理も十分今後考えたいという御所存でございますので、私どももその線に沿って十分考えていきたいと思っております。
○加藤委員長 本日はこの程度とし、明日は午前十時三十分より委員会を開会いたします。
 これにて散会いたします。
   午後六時四十八分散会