第046回国会 科学技術振興対策特別委員会 第23号
昭和三十九年十一月六日(金曜日)
   午前十時三十三分開議
 出席委員
   委員長 前田 正男君
   理事 菅野和太郎君 理事 佐々木義武君
   理事 福井  勇君 理事 山内  広君
      大石 武一君    小沢 辰男君
     小宮山重四郎君    佐々木秀世君
      保科善四郎君    細田 吉藏君
      大原  亨君    三木 喜夫君
 委員外の出席者
        原子力委員会委
        員       駒形 作次君
        総理府事務官
        (科学技術庁長
        官官房長)   江上 龍彦君
        総理府技官
        (科学技術庁原
        子力局長)   村田  浩君
    ―――――――――――――
十一月六日
 委員池田正之輔君、内田常雄君及び河野正君辞
 任につき、その補欠として大石武一君、佐々木
 秀世君及び大原亨君が議長の指名で委員に選任
 された。
同日
 委員大石武一君、佐々木秀世君及び大原亨君辞
 任につき、その補欠として池田正之輔君、内田
 常雄君及び河野正君が議長の指名で委員に選任
 された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 科学技術振興対策に関する件(原子力行政に関
 する問題)
     ――――◇―――――
○前田委員長 これより会議を開きます。
 科学技術振興対策に関する件について調査を進めます。
 この際、先般、八月三十一日から九月十日までジュネーブにおいて開催されました第三回の原子力平和利用国際会議並びに九月十四日からウイーンで開催されました国際原子力機関第八回総会の経過の内容について、政府当局並びに出席されました委員各位より説明を聴収することといたします。
 最初に、駒形原子力委員。
○駒形説明員 先般、八月三十一日から九月九日までジュネーブにおきまして第三回の原子力平和利用国際会議が開かれまして、私もその代表の一員といたしまして出席をいたしました。
 今回は、いま申し上げましたように第三回でございまして、第二回は一九五八年に開かれましたので、六年間という時間がそこにございましたのでございます。それで、第二回があまりに膨大な会議になったというので、今回は原子動力というものを主題にいたしまして、問題の幅を縮めまして開催をされたのでございます。すなわち、この六年間におきまして実際に原子力発電所が運転をいたしておりますので、その運転をいたしました発電所の経験、それから、この間に行なわれました動力炉の研究開発、そしてそれらのものをもとにいたしまして、将来のエネルギーにおける原子動力の役割りといったようなものを討議検討されたのでございます。
 それで、発表されたところによりますと、この会議に集まりました者は約四千人ということでございます。原子動力というふうなぐあいにしぼりまして、会議の規模をなるべく集中しようといたしましたけれども、やはり人数はいま申し上げましたようなぐあいに四千人に近い数になっておりますということは、原子動力というものが各国におきまして現在の段階で非常に関心夢であるということをあらわしておるものであると考えるのであります。
 なお、蛇足かもしれませんが、申し上げますけれども、この参加いたしました中で一番たくさん参りました国はどこかと申しますと、それは西独でございました。一回、二回とも西独はそんなにたくさん来なかったのが、今回は西独が最大の参加者国であるということは、西独がこの原子動力に対しまして非常になみなみならぬ関心を示しているということであると感じた次第でございます。
 そして、その会議は、全部で論文が七百四十七編提出をいたされまして、その七百四十七編のうち口頭発表は三百三十四編でございました。わが国といたしましては、この七百四十七編のうちの二十九編というものでございますし、なお、口頭発表三百三十四編のうち十編というものがわが国の口頭発表数でございます。
 会議は、ソ連のエメリアノフという方が議長になられまして、そして一般部会、技術部会という二つの種類の部会に分かれまして、一般部会というのはもっぱら全般的のこと、それから技術部会というのは技術的の問題を取り上げるのでございます。技術部会のほうは三つに分かれまして、そして全部三つは並行して討議をされた、会を持たれたという次第でございます。
 まあ、このように非常にたくさんの論文、大体一メートルぐらいの高さになるような論文の量でございましたのですが、この詳細のことは、私ども参りました代表団といたしまして正式に御報告申し上げることにいたしまして、目下それの整理を急いでおりますところでございますけれども、大体のことは進捗いたしておりますので、近いうちにこの報告書といたしましてまとめて御報告させていただきたいと考えております。
 しかしながら、今回この会議におきまして私どもが感じましたことを、その中から申し上げさせていただきたいと思っております。
 まず第一は、この原子力発電というものが非常にはっきりした根拠に立ちまして、その経済性の見通しというものが出てまいりましたということでございます。各国から出ております設備費でありますとかあるいは発電コストでありますとかいうものは相当ばらばらになっておるのでありますけれども、ともかく一九五八年前の従来の考え方に対しますと、大ざっぱにいいまして、発電設備費というものは四〇%ないし多い場合は五〇%近くも下がってまいっておるということが発表されておるのでございます。ともかく一九七〇年ぐらいにおきましては火力発電と匹敵できるものであるということは一般にいわれたのでありますけれども、どうも今度の会議の結果から見ますと、それはもう少し私は早まるのじゃないかというふうなぐあいにも考えられるのでございます。たとえばアメリカの原子力委員会で大統領に報告いたしました大統領報告の中には、そのころに五ミルないし四ミル一キロワット時当たりというようなことがいわれておったのでありますけれども、その数字は今度のアメリカにおきますオイスタークリーク発電所において実際にその辺まで数字が出てまいっておるというようなことからも、私が申し上げましたようなことがうかがわれると思うのでございます。
 しかしながら、一九七〇年ごろに、あるいはそれよりちょっと前ぐらいに経済性が確立するといいましても、ただ何もしないでおって日本においてこれが確立するわけではない。日本といたしましては、やはりこれに対しまして十分なる努力をして、やるべきことをやらなければ、日本においてこれが確立するということにはならないのだということも、そういうふうなぐあいに感じてまいったのでございます。
 第二は、各国が動力炉の研究開発に対して非常な熱意を持って、いろいろなタイプにつきましてそれぞれの国が一生懸命出してやっておる。これは前から私どもが承知していたことでありましたが、数年かかった今日におきましても、その研究計画というものはそれぞれが一生懸命出してやっておるのでありまして、もう自分のところは動力炉のタイプについて結論を出してやめた、なんていっておるところは一つもなくて、まだまだ向上、研究をさせていかなければいけないということで、一生懸命出してやっておるのでございます。この点は私どもも、相当新型動力炉等についてあちこち研究が進んでおりましたので、相当程度の見込みというようなものが出てくるのじゃないかというような感じを持ってまいったのでありますけれども、そうではなくて、それどころか、従来の線をそれぞれが一生懸命出して伸ばしていくというようなことを、私ども非常に強く感じた次第でございます。
 それから、第三番目にあげられますことは、国際協力という問題を各国が非常にうまくやっておるということでございます。今度の会議におきましても、一般部会の中に国際協力という会合が持たれまして、アメリカ、ソ連並びにイギリスはじめそれぞれのところでやられております計画の中から四つ、五つの計画が発表されたのであります。ともかく原子動力の分野というものは非常に規模が大きくございますので、ただ一国で何でもかんでもやるといったような考えではございませんで、国際的に協力して大きな問題を解決していこう。私が申し上げました第二の、各国がそれぞれの立場で自分のところの新しい炉の開発をやっているということを申しましたのですが、そういう立場に立って、しかもその立場で国際協力というものを非常に推進しているということに対しまして、私は強く印象を受けたわけでございます。
 それからもう一つ申し上げたいことは、今回はいろいろ新しい話題がありましたけれども、その話題の中で、海水を原子力を使いまして真水化する。そうして同時に電気をつくる。結局電気と水の二つのものを原子力でつくっていくということが話題となったのでございまして、これはアメリカ、ソ連共同してこの原子力平和利用の新しい分野といたしましてやっていくというようなことで、非常に力を入れて進めてまいっております。水の問題は、そのこと自体、世界的の視野で見ますならば大きな問題でございます。そして水と電気を両方ということ、このことは非常に興味あることでございますが、それに加えまして、これが国際協力のもとにやっていく、IAEAが主になりまして、チュニジア、それからイスラエル、そういうところでいろいろと計画を進めておるということ、そのことは非常におもしろいことでありますし、今後この方面の平和利用というものが相当活発に進められるのではないかというふうに感じた次第でございます。
 いろいろ申し上げたいこともございますが、先ほど申しましたようなぐあいに、まとまったものは報告書とさせていただきたいと思っておりますので、はなはだ足りませんけれども、大ざっぱなことで恐縮でございますけれども、報告を終わらせていただきたいと思います。
○前田委員長 次に、菅野和太郎君。
○菅野委員 八月末にジュネーブで開かれました第三回原子力平和利用国際会議に、われわれ国会議員がオブザーバーとして参加させてもらうということがこの委員会において決議されまして、結局自民党からは保科、福井、佐々木、小宮山、私の五人、社会党から岡良一先生、その六人で組織しまして参加いたしたのであります。団長に、私、福団長に岡先生ということで参ったのでありますが、行くまではみなそれぞれ行を別にいたしまして、私と副団長の岡先生とは終始行をともにしたのであります。きょうは実は岡先生が出席されて、その詳しいことは岡先生から報告してもらうし、私はただ概略だけ申し上げるという約束をしておったものでありますから、詳細なことは私はほとんと用意しておりませんから、御報告することができないことを御了承願いたいと思うのでございます。
 まず最初ワシントンへ参りまして、行く前から大体原子力委員の人に会いたいということを申し出ておいたのでありますが、ほとんどみなジュネーブへ行っておるので、おもだった人は留守でありましたが、国際課長とその他専門の人々と三、四人で懇談をいたしたのであります。大体私どもからはテーマを前もって申し出ておりまして、原子力発電の将来の見通しともそれから使用済み燃料の処置をどうするかというようなことでテーマを出しておきましたので、そういうことについて話し合ったのであります。ちょうどワシントンへ行ったところが、アメリカの原子力法の改正が決定したということを向こうで知りましたので、おのずから話が原子力法の改正のことにも入ったのでありまして、そういう点でいろいろと話し合ったのであります。その晩は国際課長の招待でカクテルパーティーを開いてもらって、向こうの委員の人といろいろと懇談をいたしたのであります。
 それからロンドンへ参りまして、やはりロンドンの原子力委員会のほうへ申し出てございまして、これも原子力の事務所で先方の人に会いまして、燃料関係の専門家などがわざわざいなかからロンドンへやってまいりまして、われわれと一緒に懇談したのであります。やはりアメリカの原子力法の改正という問題が話題になりましたし、使用済み燃料の問題についてもいろいろ話が出たのであります。
 それから、なおこれはジュネーブの帰りでありますが、パリでも、前もって申し出ておいたのでありましたが、これは私も出席するように申し出たのでありましたが、私はほかの用件のために出席ができず、これは岡先生だけが出席されて、フランスの原子力委員の方と懇談されたのであります。
 それから、ジュネーブへは、開会の初めは福井、佐々木、小宮山先生が出席されて、九月四日からは私と岡先生と保科先生、三人が出席したのであります。ジュネーブの会議のいろいろな所感については諸先生からお話があると思いますが、ただ、私は六年前の第二回の原子力平和利用国際会議に出席しております。私は第二回のときと比較しての私の所感を申し上げてみたいと思うのであります。
 昭和三十三年に第二回の原子力平和利用国際会議があったのでありますが、その前年には当時の宇田原子力委員長、ここに御出席の当時の原子力局長の佐々木局長と一緒に各国の原子力の実情を調査いたしたのであります。昭和三十三年にも、ジュネーブへ行くときに、あるいはスウェーデン、あるいはスペインとか、各地の原子力の事情を調査してジューネーブへ参ったのであります。
 今回行ってみて驚いたことは、各国の原子力の研究が非常に進んでおるが、それにひきかえて日本がおくれておるということでありまして、この点を今度の会議で非常に痛感をいたしたのであります。ことに、ただいまも駒形先生のお話がありましたとおり、この原子力の発電の問題については、ことに日本がおくれておるということを痛切に感じたのでありまして、ジュネーブでありましたあの展覧会へ参りましても、日本の出品その他の研究状況のことなどが諸外国に比べて非常におくれておるということを痛感し、また非常に恥ずかしい思いをいたしたのであります。
 そういうことで、日本の原子力の研究が諸外国に比べておくれておるということ、それと同時に、原子力の発電の問題が何だか外国よりも一歩おくれてしまったというようなこと、こういう問題について、実はジュネーブにおきまして、政府代表の駒形先生はじめ代表の方と、私と岡先生と保科先生と三人でいろいろ懇談申し上げたのでありまして、先ほど駒形先生より御報告があったようなことも話し合ったのでありますが、この際日本としては、今後の原子力時代に乗りおくれないような、ひとつ思い切った原子力政策をとるべきではないかということが話し合いの結果の結論でありました。いままでのような手ぬるいやり方ではいかぬということ、どうすれば今後の原子力研究を一大発展さすことができるかということについてもいろいろ懇談したのでありますが、さしあたり諸外国へ科学技術庁から派遣されておるアタッシェをもう少し数をふやそうではないか、それをひとつ来年度の予算に計上してもらうことを帰国後直ちに大臣に申し出ようじゃないかということと、それから、諸外国へ駐在しておるアタッシェの会議を毎年一回開いて、そうして各国の発展状況をお互いが情報を知り、あるいは研究し合うというようなチャンスを与える必要があるのじゃないかというようなことを、ひとつ来年度の予算に計上してもらおうというようなことを話し合ったのであります。そういうことで、この際とにかく原子力の研究を一そう盛んにしなければならぬというムードをひとつ日本に起こさすようないろいろな手を今後考えるべきじゃないかということを話し合ったのであります。このことは、帰りまして、われわれ一行と大臣とも相談しまして、われわれの一行の感じを大臣に申し上げて、大臣に特にいまの予算の問題についてはお骨折り願いたいということを先般申し入れたのであります。そういうことで、私は前の会議を知っておりますので、とにかくこの六年間の間に日本がおくれてしまっておるということを非常に痛感いたしたのであります。
 なお、そのときにも話し合ったことでありますが、日本の原子力の研究がおくれたということについてはいろいろ原因がありますが、その一つの原因は、やはり政府がこの原子力をほんとうの国策として第一に置かなければならぬのに、その点において政府が原子力の研究、科学技術の発展ということを重要政策とはいいながら、少し軽視しておるのではないかというようなこと、まあわれわれの率直な意見としては、科学技術庁の長官などはもう政変ごとに変わるようなことなくして、ほんとうにそういうことに熱のある長官を政変いかんにかかわらず長く勤務させるというようなことまで考えるべきじゃないかというような意見も出たのであります。そういうようなことで、われわれ帰国すれば、この原子力の研究の発展ということについて、国会議員としてお互いがひとつ微力ながら協力しようじゃないかということを大体みなが話し合って帰ってきたのであります。
 それから、ウイーンの国際原子力機関の総会にも、これは福井先生を除いて五人出席いたしたのでありまして、このウイーンでわれわれの一行は解散をいたしたのであります。
 大体今度参りました旅行の概略だけを私から御報告申し上げた次第であります。
○前田委員長 次に、保科善四郎君。
○保科委員 ただいま団長である菅野先生から、大体われわれが感じておりましたことを概括的に申されましたので、あれ以上私はつけ加えることはないと存じますが、一言私の感じた所感を申し上げまして御報告の一端にしたいと思うわけであります。
 それは、ただいま駒形さんからもお話がありましたし、団長からもお話がありましたが、このジュネーブにおける原子力平和利用国際会議が非常な人気を呼んでおったということであります。われわれの予想以上に各国が関心を持っておった。これは、近き将来にアトミック・エージが来るということの認識のもとに、各国がそれにおくれをとってはいかぬということで、非常な熱心さを示しておる。これがまたジュネーブで行なわれておる軍縮会議の裏の作用であるとも私は見てとったわけであります。
 ただいまもお話がありましたが、こういう動力革命に対する日本の関心というものは、非常に世界からおくれておるんじゃないかという印象でありました。これは私の率直に受け取った印象であります。そこで、ただいまも対策として団長から言われましたが、政府がよほど力を入れなければならぬ。ことばは悪いのですが、革命的な考えでもってこの原子力の平和利用に対する施策を進めなくてはいかぬということが私の率直に感じた点であります。
 こういうことになったことについては、いろいろ原因があるけれども、原子力の安全性ということは大いに考えなくちゃいけませんけれども、消極的に、これに恐怖心を持たせるような考え方をやはり日本国民から取り去らぬといかぬ。われわれはこれとまつこうから取り組んで、そうしてそういうものを征服して、世界の動力革命の先がけをするくらいの勢いで国民全体がいくように持っていくことが政治家として非常に必要であるということを私は痛感いたしました。
 そういう点において、帰りに私は原子力潜水艦も見てきましたけれども、日本のように、消極的に、ヒステリックに、広島やあるいは長崎の原爆に感情的にこれと取り組んで、そうしていつまでもこういうようなことでは、とうてい原子力の平和利用なり、あるいは動力革命時代に対処することはできないのじゃないか。もっと積極的に取り組んで、そういうものを征服して、そしてこの動力革命に対応するという日本人の気がまえを超党派的にやらなくちゃいかぬということを痛切に感じましたことをつけ加えまして、御報告にかえさしていただきます。
○前田委員長 次に、佐々木義武君。
○佐々木(義)委員 先ほど来、団長並びに保科先生からいろいろお話がございましたし、また駒形先生からもジュネーブの会議に関しまして御報告がございまして、別につけ加えることはございませんが、もう少し私から内容的な面でお話ししてみたいと思います。
 一つは、今度のジュネーブの会議で感じましたことは、将来の世界のエネルギーのあり方というものに対して、非常にはっきりした考えを各国とも一様に打ち出したのじゃなかろうかという感じでございます。それの意味は、単に量の問題ばかりでなくて、質の問題を論じておりました。一九七〇年、もうすぐですけれども、そのころには最低二千万キロワット、引き続いてそれから十年後の一九八〇年には一億キロワットの原子力発電というものが世界に起こるだろう、今世紀の終わりには半分は原子力発電になるのではないかという見通しで、その反面、従来のエネルギー資源である石炭とか油とかいったようなものは、資源の賦存状況から考えて、単に燃料として用いるのはたいへん人類として惜しいので、これはやはり有機化学工業方面に使うべきであるという、その質的な分担関係というものを非常にはっきり打ち出したことは、将来の世界経済におけるエネルギーのあり方、行き方というものに対して非常に明瞭な性格づけをしたのではなかろうかという感じがしました。
 それから二番目は、今度の原子力平和利用国際会議、ジュネーブの会議の性格であります。第一回目は、いわば秘密のベールをぬぐい捨てましてそれを平和利用に役立てようというので、いわばその間非常に希望的な観測的な要素が多かったようでございます。引き続いた二回目には、先ほど団長からも話がありましたように、やってみますとなかなか技術的にも原子力開発というものは困難な面があるし、同時にまたエネルギー資源がほかにもいろいろ出てきましたので、原子力エネルギーの動力利用というものは悲観的な見方が強く出てきまして、その意味からいいますと、いわば一つの消極的な態度になりがちだったという感じだったのです。今度はそれとは打って変わりまして、この六カ年間に築き上げました着実な技術的な基礎を根拠にして、言うことなすことがもうほんとうに地に足をつけた発言、見通しでございますので、まさしく原子力の開花期と申しますか、新しい時代を迎えたという感じをひしひしと受けたのが今度の会議の特徴ではないかと思いましたた。
 三番目に、いろんな各国の態度、あるいはその態度からかもし出されておる技術的な面であります。先ほど駒形原子力委員からもお話がございましたが、各国の態度というのは非常に一貫して組織的でありまして、やれ油が出たからどうだとか、少し経済性がないからどうだとかいう考え方でなくて、必ず原子力発電あるいは原子力エネルギーの利用というものは人類の将来に役立つものだというかたい信念で一貫して遊んでいるように受け取られました。したがって、わが国のように大きいふれ方がございません。ゼロから百へ、百からゼロヘというような、振り子が大きくて、その中心できちっと進んでいくという態度がどうもわが国には欠けておったような気がするのですけれども、各国にはそういう感じがなくて、着実に、組織的に、一貫して問題を進めている。その結果、これは国際協力の点もありますが、従来各国で開発しつつあった技術的な様式というものは、どんどんそのまま進んでまいりますし、またそれが経済的な見通しに関しても明るい見通しを持ってきておりまして、先ほど駒形委員からお話がありましたように、非常に原子エネルギーの経済性の問題は、従来以上に早く問題を解決するのじゃなかろうかという感じを受けたのであります。
 また、新しい技術――と申しますよりも従来からいわれておったものでありますけれども、ファスト・ブリーダーとか直接発電とかいうようなものに対してもたいへん進んできつつあるようにも感じますし、同時に、原子エネルギーを新しい方向に使うという行き方、たとえば先ほどもお話に出ましたが、海水の真水化の問題とか、あるいは宇宙開発にこれを利用する問題、あるいは運河の開さくにこれを使う問題、あるいは従来からありましたけれども、パッケージ・リアクターの僻地における利用の問題というようなものを盛んに論じ合い、また展示会等にこれを展示しておりましたのがたいへん注目に値するものだと思いました。
 もう一つ感じましたのは、先ほども話がありましたが、実は日本は原子力に関しては相当おくれて出発したのですけれども、その間進んだものと思っておったのですが、必ずしもそうじゃないのでありまして、むしろいままではそれほど注目されなかった国々でどんどん進めている国が多くなってきているのじゃないかという感じをたいへん受けました。たとえばスペインなどもしかりであります。また。パキスタンなども引き続きやっておるようでありますし、ほかの国でも、必ずしもいままでいわば原子力の研究開発に関して先進国と思われない国々が逆にたいへん進んできたという点が注目すべきだという感じを受けたのであります。
 以上総合いたしまして、わが国のこの問題に対する考え方、あり方というものが、従来のままではとてもいかぬぞ、特に原子力発電の必要性に関しては、エネルギー資源の面からいきましても、あるいは輸送、港湾等の面からいきましても、あるいは外貨の節約等の面から考えましても、日本ほど実はこの問題の必要性に迫られている国はないのであります。にもかかわらず、各国のようにスムーズに、しかも積極的に、また早いテンポで進んでおらないということは、たいへん反省を要することだと感じまして、今後とも、先ほど団長からもお話がありましたように、立法府、行政府、あるいは民間の人、こぞりまして、抜本的な体制のもとでこの問題の処理に当らねばならぬじゃなかろうかという感じを受けた次第であります。
○前田委員長 次に、小宮山重四郎君
○小宮山委員 ただいま管野団長、佐々木先生、保科先生、駒形先生からいろいろな御報告、感想を述べていただき、私、大体のことはもう申し上げることはございませんけれども、私の感想の一端を簡単に申し上げますと、日本としては非常に諸外国と比べまして、原子力行政といいますか、原子力の開発というものが――諸外国においては兵器とともに進んでいる、ウエポンとして原子力を開発している。そういう点、日本は全然平和利用のみにおいて開発している。
 今回、私初めて原子力平和利用国際会議に出たのでございますけれども、行く前は、先ほど先生方がおっしゃっていましたように、日本という国は原子力というものは相当進んでいるのではないかという認識で行きましたけれども、行ってみまして非常に驚いたことには、原子力の開発が非常におくれている。
 それにはいろいろな理由があると思うのでございますけれども、一時叫ばれたような、原子力に対しての行政の一貫性がない、そういうような問題。それから、日本においては特に原子爆弾を受けましたために、非常に原子力ということに対してナーバスだ、神経質だということで、原子力行政が非常におくれている。
 この点については、将来、いま佐々木先生がおっしゃいました一九七〇年とか一九八〇年、二十世紀の後半末にはこうなるんだということを考えてまいりました。また、エネルギー革命というようなものが、ほんとうにもう現実に入ってまいりました。ここで政府も政治家もほんとうに力を入れて原子力の開発をしなければいけない。また原子力というものに対して、国民に徹底的にPRする必要があるのではないか。その神経質な面、たとえば原子力潜水艦なども、やはりある面では非常に神経質な面があるのではないかという気がいたします。こういう点について強く感じてまいりました。今後、政府、政治家、こういうものが原子力に対して大いに力を尽くすべきだということを感じました。こんなところでございます。
○前田委員長 次に、福井勇君。
○福井委員 今回のジュネーブ会議の開催に際しまして、国会側から、菅野団長並びに国会内の前田委員長等の格別なる御尽力によりまして、一行がつつがなくその任務を果たすことができましたことを、参加者の一員として福井より厚くお礼を申し上げます。
 今度のジュネーブ会議につきまして、それぞれの委員からりっぱな御発言がございましたようでございますから、私は重複することを避けまして、私だけが事情によって米国の原子力潜水艦を見ることができましたので、それらのことに関連して一部の御報告を申し上げてその責めを果たしたいと思います。
 その前に、一言ジュネーブの会議のことについて言及さしてもらいますが、今度のような大ぜいの人々、他国と比較すれば決して日本の参加人員は多いとは思いませんが、日本としては非常にたくさんの人が参りました。私は、出かける前に、この委員会あるいはまた打ち合わせ会などでたびたびその心配をしたのでございますが、出張の目的は非常に効果がある結果をもたらしたと思いますけれども、一行は政府側と国会側との緊密な連絡をとらにゃだめだということを、この席でたびたび非公式に申し上げた。ところが、向こうへ行ってみますると、やはりそれぞれ忙しいので、こちらで十分連絡をとって行かなくちゃならないということを私がほんとうに考えたのに、向こうへ行ってからやればいいじゃないかということで、さて行ったところが、現実はそれぞれの立場で忙しいから、ごった返しておる。また、連絡するということについての手がないというようなことで、向こうにおいては実際問題ではちりぢりばらばらの行動になってしまいました。したがって、私は菅野団長より先に佐々木君なんかと先発隊として参りましたが、政府側の連絡を一度も受けずに終わってしまいました。これはとんでもないことだと思います。私は一度も受けていない。そういうことは今後よほど双方、私のほうも注意しなきゃならぬと思います。これは謙虚な気持ちで言っておるわけです。私は全然連絡を受けていない。そういうことで、駒形君が日本の代表演説をする内容も全然知らない。こういうことをやったそうだということで、あとでその内容を聞いた。もちろん私たち委員に日本の代表演説の原稿を見せなければならぬという責任もございませんが、つまり私は連絡が不十分であるという一つの材料として申し上げるわけです。これは駒形委員の責任ではない。双方が十分連絡をしていないという一つの材料として申し上げるだけで、駒形さんの取り扱いを追及するのではないことを、誤解のないように願いたい。そういうようなことで、今後この種の会議などについては、くどいほど国内で連絡を十分にとっていく。私たちはOECDの会議に、前田委員長の指示のもとに五月、六月に三木代議士とともに参加いたしましたが、これは二人で密接な連絡をとって、出先とも十分な連絡をとって行きましたので、後ほど少しも遺憾のない報告ができたということを私はいまでも誇りとしております。でございますので、語学の不足している日本側の多数の人が行くときには、その注意を特にしていただきたいと思いますので、本委員会でひとつ正式な希望として申し添えさせていただきます。委員長におかれましても、今後その点の御配慮をお願いしたいと存じます。
 私は、きのうきょう非常に新聞の記事に多く見ますところの原子力潜水艦の件について、御報告の一助といたしたいのでありますが、本日の新聞記事によりますと、沖縄に入っておる原子力潜水艦を日本の新聞記者に全部見せたということを報道しております。その内容も相当詳しく出ております。それに先立ちまして、私、ジュネーブの今回の会議の最中に、外務省並びに科学技術庁の関係者の前もってのあっせんがききまして、ジュネーブの会議の途中から、米国海軍省で外務省から特に原子力潜水艦スケート号をニューロンドンにおいて見せるから来いという招請がございましたので、この潜水艦に乗りまして、いろいろ私なりの専門的な検討を加えてまいりました。その当時の記録をいまここにたくさん持っておりますが、ただいま委員長の了解を得まして、文書をもってこの科学技術委員会に報告させてもらうことにいたしまして私の報告にかえたいと思いますが、委員長、いかがでございましょうか。
○前田委員長 けっこうです。
○福井委員 御了承を得ましたので、文書をもって原子力潜水艦スケート号の見聞の報告をさせていただきたいと思います。
 以上をもって私の御報告にかえさせていただきたいと思います。
○前田委員長 以上で報告の聴取は終わりました。
 別に本報告に対して質疑もないようでございますから、本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時二十七分散会