第046回国会 本会議 第33号
昭和三十九年六月四日(木曜日)
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 議事日程 第三十二号
  昭和三十九年六月四日
    午後二時開議
 第一 臨時船舶建造調整法の一部を改正する法
  律案(内閣提出、参議院送付)
 第二 奥地等産業開発道路整備臨時措置法案(
  瀬戸山三男君外七十名提出)
 第三 農林省設置法の一部を改正する法律案(
  内閣提出)
 第四 法務省設置法の一部を改正する法律案(
  内閣提出)
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○本日の会議に付した案件
 山本幸一君の故議員大野伴睦君に対する追悼演
  説
 議員請暇の件
 日程第一 臨時船舶建造調整法の一部を改正す
  る法律案(内閣提出、参議院送付)
 日程第二 奥地等産業開発道路整備臨時措置法
  案(瀬戸山三男君外七十名提出)
 日程第三 農林省設置法の一部を改正する法律
  案(内閣提出)
 日程第四 法務省設置法の一部を改正する法律
  案(内閣提出)
 重度精神薄弱児扶養手当法案(内閣提出)
   午後二時六分開議
○議長(船田中君) これより会議を開きます。
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○議長(船田中君) 御報告いたすことがあります。
 議員大野伴睦君は、去る五月二十九日逝去せられました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
 同君に対する弔詞は、議長において去る二日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
  〔総員起立〕
  多年憲政のために尽力し特に院議をもってその功労を表彰された自由民主党副総裁議員従二位勲一等大野伴睦君は再度本院議長の要職にあたりまた国務大臣の重任につき終始政党政治の確立につとめられましたその功績はまことに偉大であります衆議院は君が長逝を哀悼しつつしんで弔詞をささげます
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 山本幸一君の故議員大野伴睦君に
  対する追悼演説
○議長(船田中君) この際、弔意を表するため、山本幸一君から発言を求められております。これを許します。山本幸一君。
  〔山本幸一君登壇〕
○山本幸一君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員大野伴睦先生は、去る五月二十九日、東京信濃町慶応病院において急逝されました。まことに痛惜の念にたえません。
 私は、ここに、皆さんの御同意を得て、議員一同を代表して、つつしんで哀悼のことばと、あわせてお別れのことばを申し述べます。(拍手)
 大野先生は、明治二十三年九月二十日、私と同村の岐阜県山県郡美山村の素封家に生まれられました。
 先生は早くから独立の精神に富んでおり、長じて上京し、弁護士を目標に明治大学に学ばれました。一たんは病を得て故山に帰ったものの、初心忘れ得ず、明治四十五年決然として再度上京し、自立の生活に入って、異常な熱意をもって勉学を続けられたのであります。
 しかし、大正元年十二月、二個師団増設問題に端を発した第二次西園寺内閣の総辞職に際し、多感な先生は、軍部に抗して戦う尾崎行雄先生、犬養毅先生らの国を思う熱弁に深く打たれ、翻然としてその生涯を政治にささげるべく決意をされたのであります。
 かくて、先生は、大学生を中心とする憲政擁護の運動に参加し、大正二年二月十日の、いわゆる日比谷焼き打ち事件に連座するなど、激しい活動の日々を過ごされたのであります。この事件が契機となって政友会に入り、やがて原敬、鳩山一郎両先生の知遇を得、その薫陶を受くるに至ったのであります。そして、大正十一年には東京市会に議席を有するに至り、以来市会議員として在職し、東京市政の発展に貢献されました。
 昭和五年の第十七回衆議院議員総選挙において、郷里の岐阜県第一区から立候補し、みごと本院議員に当選して、ついに年来の宿願を達成せられたのであります。(拍手)
 先生は、本院に議席を得るや、終始民衆政治家の立場を堅持し、先輩、同志とともに、おりから台頭著しかった軍閥に抗して政党政治を守るため精力的な活動を続けられたのでありました。このゆえに、昭和十七年四月の翼賛選挙には、あえて非推薦をもって立候補し、奮戦されたが、ついに落選の苦杯をなめさせられたのでありました。
 先生は、戦後いち早く鳩山一郎先生のもとに同志と相つどい、政党政治の再建に乗り出し、昭和二十年十一月、日本自由党の結成をなし遂げ、昭和二十一年四月の総選挙で再び本院議員に復帰されました。
 鳩山先生が雌伏を余儀なくされた後は、吉田総裁を助け、困難な時代を背景に、保守政党の強化に苦心経営されたのであります。きっすいの政党人であった先生の本領は、ここにおいて十二分に発揮され、先生自身もここに生きがいを見出し、党もまた、こういう大野先生をこそ必要としたのでありました。さきに内務政務次官をおやめになったのも、次にまた国務大臣をやめられたのも、いずれも党が、幹事長として、また総務会長として、先生のすぐれた指導力と豊富な経験とを求めたためでありました。
 昭和三十年、三木武吉氏らと相はかり、保守陣営の大同団結に奔走されました。その努力が実り、同年十一月に自由民主党の結成を見るに至り、これに先立つ日本社会党の統一とともに、ここに画期的な二大政党並立の時代を招来したのでありました。
 かくて、先地は、鳩山一郎、三木武吉、緒方竹虎の三氏とともに、総裁代行委員にあげられ、新党結成に伴う多くの課題を克服し、新党の基礎を固められたのであります。昭和三十二年以来副総裁に推され、名実ともに党の柱石としてかけがえのない存在でありました。(拍手)
 思えば、大野先生は、政治生活五十年の間、ただひたすらに政党人として終始し、政党政治の確立にその一生をささげられたのでありまして、先生のこの一貫した努力の生涯を顧みるとき、党派を越えて、われわれ議員は粛然えりを正さざるを得ません。(拍手)
 先生は、本院議員に当選すること前後十三回、在職三十年四カ月の長きに及びました。去る昭和三十四年一月には永年在職議員として院議をもって表彰を受けられました。また、第十四回国会には推されて本院議長の要職につき、第二十五回総選挙のあと、第十五回国会においても再び議長の重責をになわれました。議長席の先生のあの特徴のある声と鋭く議場を見回す眼光は、いまなお私の耳に残り、目に映るものがあります。(拍手)
 次いで、昭和二十八伸五月には第五次吉田内閣の国務大臣に任ぜられ、北海道開発庁長官として尽力されました。
 また、先生は、災害の防止に対する消防の強化の重要性に着目し、多年にわたり消防の組織及びその充実に関し献身の努力をささげ、日本消防協会の会長として消防事業の奨励に意を用いておられたのであります。
 かくして、政党政治の確立に、また、わが国政の伸展に残された大野先生の功績はまことに偉大でありまして、先生の名はわが憲政史上不減であり、私どもは、先生から学び取るものが大きいと信じております。(拍手)
 大野先生、いや、大野さんと申し上げたほうが私には親しみがわきます。あなたの親孝行はあまりにも有名であり、また、先輩はじめ恩顧を受けた人人にささげた情誼、後輩に対して注いだ愛情、いずれもきわめて深いものがありました。そうして、政治上の大事から私人の小事に至るまで、常におのれをむなしゅうして、誠心誠意身を挺して人のためをはかってこられたのでありました。
 大野さん、あなたは豪放らいらくな性格で、かつ、人情に徹した信義に厚い人でありました。あなたをもって義理人情の政治家と評する人もありますが、一体、人間社会の続く限り、義理人情が失われるとしたらどういうことになりましょうか。(拍手)まあ、あなたに対し、足して二で割る政治家と評する人もあります。しかし、およそ今日的政治の中で、単なる計算と理論のみで政治が行なわれるでしょうか。(拍手)時には二で割り三で割ることの必要は、何人も否定できません。ただ、あなたは、それらの世評をためらうことなく肯定し、むしろ、それを自己の信条として大胆に貫き通されました。この勇気にこそ、私どもは敬意を表すべきであろうと思います。(拍手)
 大野さん、かつて共産党の野坂参三氏が中国を訪れるため、あなたに旅券交付の口添えを依頼した際、何人かがこれに異論を唱えました。しかし、あなたは、「何を言うか、野坂君が中国に行ってもこれ以上赤くなるはずがない」と言われたと聞いております。まことにあなたらしく、この寸言人を説破する力強さは他に及ぶものがありません。(拍手)
 あなたの国を思い党を思う情熱と気魂、また、人情の無限を追求する心境がそのままにじみ出ています。
 大野さん、私は思い出しました。過ぐる総選挙の際、あなたは例によって終盤戦の二、三日間選挙区に帰省されました。岐阜市公会堂における立ち会い演説会で、私のあとに出演予定のあなたが、演壇をおりようとする私に手を差し伸べ、かたく握りしめ、「しっかりがんばれよ」とささやいてくれました。会場には割れるような拍手が起き、私は思わず胸が熱くなってまいりました。このことは、あなたの体内からわき出る人情の自然がさせたことであり、永久に私は忘れることができません。(拍手)
 大野さん、あなたは愛情と強い正義感を持つ御両親のもとで人となり、御両親から人に対する愛情と信義のとうとさを学ばれ、それがそのままあなたの性情の根底となったものと信じます。
 大野さん、あなたは、この御両親から受けたよき性情に、長年にわたる政治生活を通じて体得した豊富な経験を加えて、大きな包容力と鋭い洞察力とを身につけられたのでありました。大野さんのあるところ常に融和の気が漂い、しばしば困難な政治問題が解決されたのであります。これも、あなたがいたずらに理論に走ることなく、常に国民大衆の幸福のみを念頭に置いて将来を見通し、大乗的見地から判断を下されたからでありましょう。(拍手)
 大野さん、あなたは晩年ますますお元気で、副総裁として党内の意見調整に活躍し、内外の多大の信望を集めておられました。しかるに、三月末、病を得て入院加療のやむなきに至り、心から御心配を申し上げていたのであります。過日、私がお見舞いに伺いました際、日一日と快方に向かわれつつあるあなたを知って、再び元気なお姿が議場に見られる日近しと喜んでいたのでありましたのに、天は私どもの悲願を入れず、大政治家大野伴睦さんは永遠に去っていかれました。まことに哀惜の情にたえない次第であります。(拍手)
 現下、わが国は、内政に外交にきわめて重要な時期に当面しており、われわれ議会人に課せられた使命はますます重大であります。このときにあたり、あなたのごとき政党政治、民衆政治のすぐれた指導者を失いましたことは、ただに自由民主党、わが国会にとって一大損失であるばかりでなく、国民大衆のために大きな不幸でありまして、痛惜の念いよいよ切なるものがあります。(拍手)
 大野さん、私がこうお呼びしても、あなたはいま答えてくれません。しかし、私には聞こえるような気がいたします。あなたの顔がまぶたに浮かんでまいります。私ども一同は、もはやあなたのみたまの安らかなるを祈る以外にはございません。
 ここに、あなたに対する追憶を率直に申し述べ、お刷れのことばといたします。(拍手)
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 議員請暇の件
○議長(船田中君) おはかりいたしまます。
 議員宇都宮徳馬君から、海外旅行のため、六月五日から二十一日まで十七日間請暇の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、許可するに決しました。
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 日程第一 臨時船舶建造調整法の
  一部を改正する法律案(内閣提
  出、参議院送付)
○議長(船田中君) 日程第一、臨時船舶建造調整法の一部を改正する法律案を議題といたします。
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○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。運輸委員会理事有田喜一君。
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  〔報告書は本号末尾に掲載〕
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  〔有田喜一君登壇〕
○有田喜一君 ただいま議題となりました臨時船舶建造調整法の一部を改正する法律案について、運輸委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 現行の臨時船舶調整法は、戦後のわが国外航商船隊を再建するために、一定の船舶の建造を調整する必要上、昭和二十八年に制定されたものでありまして、法律の有効期限は、昭和四十年三月三十一日までと規定されているのであります。しかしながら、最近における国際海運の情勢にかんがみまして、なお引き続き、輸出船と国内船との建造について競合関係を調整する必要がありますので、本案は、法律の有効期間をさらに昭和四十四年三月三十一日まで延長しようとするものであります。
 本案は、二月二十四日本委員会に予備付託となり、同月二十八日政府より提案理由の説明を聴取し、四月二十二日本付託となり、五月二十六日及び二十九日に質疑を行ないましたが、詳細は会議録により御承知願います。
 かくて、六月二日、討論を省略し、採決の結果、本案は全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
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○議長(船田中君) 採決いたします。
 本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○議長(船田中君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。
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 日程第二  奥地等産業開発道路
  整備臨時措置法案(瀬戸山三男
  君外七十名提出)
○議長(船田中君) 日程第二、奥地等産業開発道路整備臨時措置法案を議題といたします。
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○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。建設委員長丹羽喬四郎君。
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  〔報告書は本号末尾に掲載〕
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  〔丹羽喬四郎君登壇〕
○丹羽喬四郎君 ただいま議題となりました奥地等産業開発道路整備臨時措置法案につきまして、建設委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 本案は、交通の条件がきわめて悪く、産業の開発が十分に行なわれていない奥地等における産業の総合的開発の基盤となるべき奥地等産業開発道路の整備を促進するため、奥地等産業開発道路の指定、同整備計画の作成及びこれが実施に関する国の特別の助成措置等について所要の措置を講ずることにより、地域格差の是正、民生の向上、国民経済の発展に寄与しようとするものであります。
 本案は、去る五月八日本委員会に付託、同月十二日提案理由の説明を聴取いたしたのでありますが、質疑の詳細は会議録に譲ることといたします。
 かくて、六月三日、討論を省略して直ちに採決の結果、本案は全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決定した次第であります。
 右、御報告申し上げます。(拍手)
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○議長(船田中君) 採決いたします。
 本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○議長(船田中君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。
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 日程第三 農林省設置法の一部を
  改正する法律案(内閣提出)
 日程第四 法務省設置法の一部を
  改正する法律案(内閣提出)
○議長(船田中君) 日程第三、農林省設置法の一部を改正する法律案、日程第四、法務省設置法の一部を改正する法律案、右両案を一括して議題といたします。
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○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。内閣委員長徳安實藏君。
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  〔報告書は本号末尾に掲載〕
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  〔徳安實藏君登壇〕
○徳安實藏君 ただいま議題となりました二法案につきまして、内閣委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 農林省設置法の一部を改正する法律案は、一月二十九日本委員会に付託され、二月十八日政府より提案理由の説明を聴取し、慎重審議の結果、六月三日、質疑を終了、内藤委員外二名より、施行期日のうち、「四月一日」を「公布の日」に改め、定員に関する改正規定は四月一日から適用する旨の、自民、社会、民社三党共同提案にかかる修正案が提出され、趣旨説明の後、討論もなく、採決の結果、全会一致をもって修正案のとおり修正議決すべきものと決定いたしました。
 次に、法務省設置法の一部を改正する法律案は、二月五日本委員会に付託され、二月十八日政府より提案理由の説明を聴取し、慎重審議を重ね、六月三日、質疑を終了、内藤委員より、施行期日のうち、「四月一日」を「公布の日」に改め、定員に関する改正規定は四月一日から適用する旨の自由民主党提案にかかる修正案が提出され、趣旨説明の後、討論に入り、日本社会党を代表して村山委員より、民主社会党を代表して山下委員より、それぞれ反対の意見が述べられたのであります。次いで、採決の結果、本案は多数をもって修正案のとおり修正議決すべきものと決定いたしました。
 詳細は会議録によって御了承願いたいと存じます。
 右、御報告申し上げます。(拍手)
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○議長(船田中君) これより採決に入ります。
 まず、日程第三につき採決いたします。
 本案の委員長の報告は修正であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○議長(船田中君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり決しました。
 次に、日程第四につき採決いたします。
 本案の委員長の報告は修正であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○議長(船田中君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり決しました。
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 重度精神薄弱児扶養手当法案(内
  閣提出)
○小沢辰男君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。
 すなわち、この際、内閣提出、重度精神薄弱児扶養手当法案を議題となし、委員長の報告を求め、その審議を進められんことを望みます。
○議長(船田中君) 小沢辰男君の動議に御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(船田中君) 御異議なしと認めます。よって、日程は追加せられました。
 重度精神薄弱児扶養手当法案を議題といたします。
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○議長(船田中君) 委員長の報告を求めます。社会労働委員長田口長治郎君。
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  〔報告書は会議録追録に掲載〕
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  〔田口長治郎君登壇〕
○田口長治郎君 ただいま議題となりました重度精神薄弱児扶養手当法案について、社会労働委員会における審査の経過並びに結果を御報告申し上げます。
 本案は、重度精神薄弱児が置かれている社会的状況にかんがみ、これらの児童が家庭にあって介護されている場合には、在宅指導を強化するとともに、特に重度精神薄弱児の父母その他の養育者には、国の責任において特別の手当を支給する制度を設け、おくれている精神薄弱児対策を一歩前進させようとするものであります。
 第一に、この手当は、日常生活において常時の介護を必要とする二十歳未満の精神薄弱児を監護する父母またはその児童を養育する父母以外の者に支給すること、ただし、その者が公的年金の受給者である場合または一定額以上の所得がある場合には支給しないものとすること、第二に、重度精神薄弱児扶養手当の額は、一人につき月額千円とすること、第三に、手当の支給に要する費用は、給付及び事務費とも全額国庫負担とすること、なお、本法の施行期日は昭和三十九年九月一日とすること等であります。
 本案は、去る三月十九日本委員会に付託となり、本日の委員会において、質疑を終了いたしましたところ、重度精神薄弱児扶養手当の受給者本人の所得による支給制限額を十八万円から二十万円に引き上げること、及び公的年金給付との併給につき支給要件を緩和することについて、自由民主党、日本社会党、民主社会党の三党共同の修正案が提出され、伊藤よし子君より趣旨の説明を聴取いたしました後、採決の結果、本案は修正議決すべきものと議決いたした次第であります。
 なお、本案に対し、松山千惠子君外二名提出にかかる三党共同の附帯決議を付することに決しました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
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○議長(船田中君) 採決いたします。
 本案の委員長の報告は修正であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○議長(船田中君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり決しました。
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○議長(船田中君) 本日は、これにて散会いたします。
   午後二時三十五分散会
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 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 小林 武治君
        農 林 大 臣 赤城 宗徳君
        運 輸 大 臣 綾部健太郎君
        建 設 大 臣 河野 一郎君
 出席政府委員
        法務政務次官  天埜 良吉君
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