第048回国会 外務委員会 第17号
昭和四十年四月二十三日(金曜日)
   午前十時二十三分開議
 出席委員
   委員長 安藤  覺君
   理事 高瀬  傳君 理事 毛利 松平君
   理事 戸叶 里子君 理事 帆足  計君
   理事 穗積 七郎君
      菊池 義郎君    佐伯 宗義君
      竹内 黎一君    濱野 清吾君
      福井  勇君    増田甲子七君
      三原 朝雄君    森下 國雄君
      石野 久男君    石橋 政嗣君
      黒田 寿男君    河野  密君
      西村 関一君    松本 七郎君
      川上 貫一君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 椎名悦三郎君
        郵 政 大 臣 徳安 實藏君
 出席政府委員
        外務政務次官  永田 亮一君
        外務事務官
        (経済局長)  中山 賀博君
        外務事務官
        (条約局長)  藤崎 萬里君
        郵 政 技 官
        (大臣官房電気
        通信監理官)  野口 謙也君
        郵政事務官
        (郵務局長)  長田 裕二君
        郵政事務官
        (貯金局長)  武田  功君
 委員外の出席者
        外務事務官
        (大臣官房審議
        官)      佐藤 正二君
        外務事務官
        (大臣官房外務
        参事官)    西堀 正弘君
        外務事務官
        (国際連合局外
        務参事官)   滝川 正久君
        大蔵事務官
        (国際金融局短
        期資金課長)  藤岡真佐夫君
        参  考  人
        (作家)    開高  健君
        参  考  人
        (愛知大学教
        授)      坂本 徳松君
        参  考  人
        (元特命全権大
        使)      松本 俊一君
    ―――――――――――――
四月二十二日
 ILO条約第百号の即時批准に関する請願(五
 島虎雄君紹介)(第二八七一号)
 同(五島虎雄君紹介)(第二九三五号)
 同(五島虎雄君紹介)(第三一二四号)
 同(五島虎雄君紹介)(第三二〇三号)
 同(五島虎雄君紹介)(第三四二八号)
 在日朝鮮公民の祖国往来の自由実現に関する請
 願(森本靖君紹介)(第二九三四号)
 米国原子力潜水艦寄港等反対及び核兵器の完全
 禁止に関する請願(加藤進君紹介)(第二九七
 三号)
 米国原子力潜水艦寄港反対に関する請願外一件
 (戸叶里子君紹介)(第三〇〇六号)
 同(中澤茂一君紹介)(第三四二七号)
 沖繩の早急日本復帰に関する請願(星島二郎君
 紹介)(第三〇八三号)
 日本固有北方領土の早急復帰に関する請願(星
 島二郎君紹介)(第三〇八四号)
 同(田中彰治君紹介)(第三一〇五号)
 沖繩及び小笠原諸島における施政権回復に関す
 る請願(田中彰治君紹介)(第三一〇六号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 千九百六十四年七月十日にウィーンで作成され
 た万国郵便連合憲章、万国郵便連合一般規則、
 万国郵便条約及び関係諸約定の締結について承
 認を求めるの件(条約第一二号)
 日本国とグレート・ブリテン及び北部アイルラ
 ンド連合王国との問の郵便為替の交換に関する
 約定の締結について承認を求めるの件(条約第
 一三号)
 日本国とインドとの間の国際郵便為替の交換に
 関する約定の締結について承認を求めるの件
 (条約第一四号)
 千九百六十三年十二月十七日に国際連合総会決
 議第千九百九十一号(XVIII)によって採
 択された国際連合憲章の改正の批准について承
 認を求めるの件(条約第二号)
 国際情勢に関する件(ヴイエトナム問題)
     ――――◇―――――
○安藤委員長 これより会議を開きます。
 国際情勢に関する件について調査を進めます。
 本日は国際情勢のうちベトナム問題について参考人から御意見を聴取することといたします。
 本日御出席の参考人は、開高健君、坂本徳松君、松本俊一君の三名でございます。
 この際参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。さきに御連絡申し上げましたとおり、ベトナム問題につきまして忌憚のない御意見の御開陳をお願い申し上げる次第でございます。
 なお、議事の進め方につきましては、お一人十五分ないし二十分程度において順次御意見の御開陳を願い、その後委員から質疑が行なわれることになっておりますので、お答えを願いたいと存じます。
 それでは、まず松本参考人からお願いいたします。
○松本参考人 御指名によりまして、私から、先般インドシナ三国、すなわちベトナム、カンボジア、ラオスへ視察に参りまして、その結果私個人といたしましても一つの見解をまとめておりますので、本日は私個人の意見として御参考になることを申し上げてみたいと存ずる次第でございます。
 私は、実は二十年前、ちょうど終戦の前年に、当時外務省の次官をいたしておりましたが、仏印に特派されておりました芳沢謙吉大使がやめられましたので、その後任としてインドシナ三国へ特命全権大使として特派されました。そうして約六カ月間いまのベトナム、ラオス、カンボジアにおりました。当時は仏領インドシナにフランスの総督がおりましたわけで、日本は当時フランスのいわゆるビシー政府と条約を結びまして、共同防衛という立場であそこに日本の軍隊を駐屯もさせておりました。そこで、日本政府といたしましては、仏印の総督といろいろなことについて連絡調整をはかる必要がありましたので、あそこに大使を派遣いたしまして、いわゆる大使府をハノイとサイゴンに置いておったのでございます。そして私は芳沢大使の後任として派遣されたわけでございます。ところが、当時すでに欧州の大勢は、フランスが連合軍の手によって再び解放されまして、そして、いままでドイツと親善関係にあったビシー政府はなくなりまして、いまのフランス大統領のドゴール将軍が率いる臨時政府がパリに入城いたしました。したがって、日本がビシー政府と結んだ共同防衛条約によって仏印三国に駐在もしておりました日本軍の立場はすこぶる微妙なものになったのでございます。結局、日本といたしましては、あそこに駐在しておりましたフランスの軍隊の武装解除をしなければ日本の軍そのものの存在が危うくなるという見解のもとに、そういう方針を当時の最高戦争指導会議で決定しまして、私にその交渉方を訓令いたしてまいりました。しかし、同時に、日本はいわゆる仏印三国を占領する意思はなかったのでありまして、また、これを領土にしようという意思はもとよりありませんでした。そこで、当時の安南王国、カンボジア王国、それに新しく形成されたラオス王国という三国をフランス軍の武装解除と同時に独立させるという方針を立てまして、それを実行に移しました。それが終戦の年の三月九日、十日の事件でございまして、当時、安南王国はバオダイ国王のもとに、またカンボジア王国はシアヌーク国王――いまの元首でございます。そのもとに独立をし、さらにラオスは、当時ルアン・プラバンの国王でありましたいまのバッタナ国王のおとうさん、その人を国王としてラオス王国を新しく独立させたわけでございます。
 こういういきさつがありまして、その後、皆さんも御承知のとおり、この仏印三国はまたフランスの手に戻りましたが、いろいろな経緯の末に、フランスは主としていまの北ベトナムの大統領のホー・チミンの率いるベトナム軍と七、八年にわたって激戦を展開いたしました。で、ついにディエンビエンフーといういまの北ベトナムの西側のラオスに近い地域で大敗を喫しまして、フランスはベトナムから撤退せざるを得なくなったのでございます。
 そうして、一九五四年のことでございますが、ジュネーブで国際会議が開かれまして、そうしてできましたのがジュネーブの休戦協定でありまして、十七度線を境にいたしまして、北ベトナムと南ベトナムというさしあたって二つの国に分かれておる、これが将来統一されるという想定のもとにできたのがジュネーブ協定でございまして、北はホー・チミンが大統領になり、南のほうはアメリカが強く推挙したゴ・ジンジェムが大統領になりました。ところが、その後のいろんな経緯でジュネーブの休戦協定は思うように動かなかったのでございますが、そのうちにアメリカが支持しておりましたゴ・ジンジェム政府が非常に不人気になりました。だんだん国内にいわゆるいまのベトコンと言われておる反乱分子の前身とも言うべきものが生まれてまいりました。そうして、あるいは仏教徒、あるいは学生、あるいは軍人、いろんな反対分子の勢力が増しまして、ついに一昨年の十二月にゴ・ジンジェム政府が倒れたことは、皆さんも御記憶の新しいところと思うのでございます。
 そうして、アメリカは初めに、南ベトナム政府はこれはいわゆる自由主義陣営に属する政府でありますからして、これを助けるために顧問団を派遣してきておりました。やがて援助軍司令部を置きまして、援助軍司令官を派遣したわけであります。また、サイゴンには強力なる大使館を置きました。ロッジ氏のごとき有力なる政治家を大使にしたこともございます。また、最近は前の統合参謀総長のテーラー大将を大使にしてこれを派遣しておることは、御承知のとおりでございます。
 ところが、そのうちに、いわゆるベトコン、南ベトナム民族解放戦線と彼ら自身は言っておるわけですが、この勢力が非常に増してまいりまして、ついにあそこに派遣しておるアメリカ軍の存在をさえ脅かすようになってまいりました。ことに、本年になりましてから、サイゴンの近所のビェンホアというアメリカの基地を非常に破壊され、またさらにベトナム中部の山岳地帯のプレークというアメリカの基地もやられ、それからアメリカの有力な基地である海岸のダナンも危うくなるんではないかというような情勢になってまいりましたので、アメリカとしましては、これは結局ベトコンだけの力でやっておるのではないので、ベトコンを援助する北ベトナムを爆撃することによって、ベトコンと北ベトナムとの連絡を断ち切ることがベトナムの事態を安定せしめる最大の方法であるという考えのもとに、初めは報復爆撃という名前のもとに北ベトナムを爆撃して、だんだん北のほうへそれをいわゆるエスカレートしていったことは、皆さん御承知のとおりであります。
 そういうときに私は二十年ぶりに三月の十八日にサイゴンへ着いたのでございました。それまでのサイゴンからの報道あるいは北側の報道、いろいろな報道を総合いたしまして、私がどういう点に非常に重きを置いたかといいますると、まずベトコンなるもの、つまり南ベトナム民族解放戦線なるものは、これは純粋の共産主義運動なりや、またその反対に単純なる民族運動であり外国勢力に対抗する運動であるのか、こういう点を見きわめること、したがってまた、そのベトコンの勢力が南ベトナムにおいてどれくらい強力なものであるかということ、それからホー・チミンの率いる北ベトナムとベトコンとはどういうつながりのもとにベトナム全土における彼らの作戦を遂行しておるかということ、それからまた最近のアメリカ軍に及ぼした損害の程度、それからまたベトコンに対する南ベトナム人民の感じ方、それからもう一つは北ベトナムに対するアメリカの爆撃がベトコンに対しまた南ベトナムの政府に対してどういう影響を及ぼしておるかということ等を主として調査する考えで私は参りました。それには、ベトナムのすぐ隣にあるカンボジア、また、これまた長い間内戦に苦しんでおる北のラオス、この地域にも行ってみる必要があると思いましたし、また、サイゴンだけではわからないことがたくさんあると思いましたので、日本の賠償によってつくりましたダニム・ダムというダムの近くにある有名なベトナムの避暑地のダラトへ参りまして、あの付近のいなかを回って視察いたしました。それからまた、ラオス、カンボジアを回りました直後にサイゴンへ帰りまして、ちょうどサイゴンのアメリカ大使館が爆破されました三月の三十日の日に、私はもとの安南王国の首府で最近非常に問題になっておるダナンという非常に重要な基地のすぐ北にあるユエへ行ってまいりました。最近はユエにもアメリカの海兵隊が進駐してあそこの飛行場を守っておるという情報がありまして、ダナン、ユエ地区はいまやアメリカの作戦の上においても非常な重要な地点になっておる次第でございます。そうして、サイゴンでは、いまのベトナム政府の首脳部、国家主席、総理大臣、外務大臣等といろいろな人に会ってまいりました。また、アメリカのテーラー大使、ジョンソン大使、それからウエストモーランド司令官にも相当懇談の機会を得ました。また、ベトナムの目下野にある政客にも相当数会見しまして、いろんな意見を聞きました。また、あそこにいる日本人の人からも詳細、報道陣の人も含めて何十人となくお目にかかっていろいろ話を伺いました。それからまた、カンボジアへ参りましたときは、これまた、私何十年前にいまのシアヌーク元首が国王時代にお目にかかっておりましたので、非常に親しくシアヌーク元首は話をしてくれましたので、思わず長時間意見を交換いたしました。カンボジアの見解、カンボジアのベトナム問題に対する見方等についても詳細知ることができたのは非常にしあわせに存じております。また、ラオスは、わずか一昼夜しか滞在いたしませんでしたけれども、あすこのプーマ首相はじめ政府の要人のみならず、あすこのアメリカ大使、英国大使、フランス大使等々と懇談する機会を得たのであります。
 時間の都合もございますので結論だけ申し上げますが、私が得た印象、それからいろいろな人から聞いた結果を総合いたしまして、まず、ベトコンというものの正体につきましては、これは、私行く前にいろいろなものを読んでおりましたし、また、向こうへ行きましても、その私の読んだものの真否性についてあらゆる人について質問をいたしてみました。その結果を総合してみますると、やはり、ベトコンなるものは、南ベトナムの内部においてこれは発生して、非常に激しい民族運動が中核体をなしておる。もとよりこれが共産主義と無関係ではありません、また、北ベトナムから援助を受けておることも事実でございます。しかし、このベトコンをもってこれを九〇%コミュニストであるということを言うアメリカの高官がおりましたが、私はその見方にはどうも賛成できないと感じました。
 それから、北爆、いわゆる十七度線以北をアメリカが爆撃することの効果、これがベトコンを弱めて、そうして北ベトナムがアメリカと会議のテーブルに出る気を起こさせる動機になり得るかどうか、これは何人も知りたいところでございますが、その後だんだんはっきりしてまいりましたが、私もこれは行っておりましたときに感じましたことは、ホー・チミンという人のいままでの経歴、また、いまはやりのことばで言えば根性と申しますか、そういうものから言いますと、なかなかこれはそうたやすく北の爆撃によって音を上げるということにはならぬだろう。それから、もう一つ、北を爆撃することによってベトコンを弱めるということは、これはまた非常な難事であって、ベトコンがアメリカに対してついに手をあげてしまう、また南ベトナム政府に対して降参してしまうというごとになるためには、やはり、単なる空爆あるいはいまのような戦争のやり方では、とうていベトコンなるものが参ってしまうことはあり得ない、したがって、どうしてもこれをほんとに鎮定してしまうためには、シラミつぶしの戦法をとる以外にはないのではないか、これは現実の問題としてはいかなる強力な軍隊をあそこに送ってもなかなかむずかしいのではないか、それよりも、逆に、たとえばダナン、ユエといったああいうベトナムでは最も枢要なる地点に対して、現状ではベトコンがこれを攻撃してその機能を逆に弱められる危険さえあるのではないかという印象を私はすでに持っておりましたが、はたせるかな、アメリカでも最近は、私は軍事のことはわかりませんけれども、北爆だけではとうていだめであって、ベトコンそれ自身に対する戦争を強めていこうという考えにまた傾いてきたように思われるのでありまして、したがって、アメリカが陸上部隊の増派をする、あるいは海上からの輸送路を断つ、――海上からの輸送路は非常に活発であったことは事実でありまして、ことに海岸地帯にベトコンは基地を持っておりまして、ジャンクのような小さい船で物資を補給しておったのであります。これを断とう、それから、南ベトナム軍にさらに一億数千万ドルの援助を与えて、やがて十六万の新たな南ベトナム軍をつくろうというような計画を最近のホノルル会議の結果としてアメリカ側が発表しておるのを見ましても、アメリカとしても、北爆だけではこの事態を収拾し得ないので、ベトコンそれ自身に対する戦争も強くやろう、ことに来月の半ばからは雨季になりますから、ことさらそういうことを考えておるのだろうと思うのであります。
 そこで、私の結論と申しますか、私の考えを申し述べてみますと、こういう戦争が続きますと、ことに北に対する爆撃をあまり深入りをいたしますと、ソ連、中共、これはともに目下のところほんとに出る気配はないと思いますが、しかし、これもいつまでも黙っておるわけにいかないだろうと思われるのであります。また、ベトコンそれ自身に対するアメリカの攻撃をこれ以上強めてシラミつぶしの戦法をとるということになりますと、――一体、ベトコンのみならずベトナム人全体として、かつて中国に反抗し、その次には約百年間フランスに反抗してまいりました。今度はアメリカに反抗するんだというような考え方になっておるんではないかと思いました。そうしますと、勢い最も凄惨奇烈な人種戦争というようなことになるおそれもあります。したがって、私はやはりなるべくすみやかに和平の方向に持っていく必要があると思うのであります。しかしながら、現在までのところ、ジョンソン大統領が去る七日に声明を出しまして無条件でベトナムの和平をディスカッスするという見解を明らかにされましたが、まだそれに対する反応は今日までのところ具体化する気配にはないのでありまして、それよりもむしろ逆にこの戦争がだんだん激化していくという様相があるのは遺憾のきわみでありまして、先ほども申し上げましたが、インドシナ三国は日本に対して非常な信頼感を持っております。経済援助の点についても、日本に何もかもやってもらいたいという希望を持っております。それは、一つは日本の工業力を高く評価しておると同時に、日本から援助してもらうことについては非常な安心感があるからであります。つまり、日本から援助を受けるのならこれは非常に安心であるという考えがあるごとは見のがし得ないところでございます。いままでアメリカのあの地域に対する援助は、とかく軍事に非常に片寄り過ぎて、民生の安定についてはどちらかといえば非常に貧弱であります。七日のジョンソン大統領の声明の中で特に十億ドルを北ベトナムも含めてあの地域の開発に出そうということを言っておりますが、この点は、アメリカが単に軍事のみによってあの地域の事態を究極的には収拾し得ない、結局少なくも民生の安定をはかるべきであるという考えを持ったきざしでございまして、この点は私は日本としてもそういう考え方には同調せざるを得ないのでありまして、もしできることならアメリカのその援助と一緒に日本の援助も非常に強めていったらどうかと思われるのであります。要するに、あそこの地域の安定ということは、単に軍事、政治、イデオロギー、そういう考えだけではとうていこれは将来長く安定を続けることはできません。どうしてもあそこの後進性というものを高めて民生を安定することが究極的の解決の道ではないかと思うのでありまして、結局、一日も一早く戦争、戦闘行動が終わって、そうして民生安定の方向に関係国が乗り出すという体制ができることを心から念願しておる次第でございます。
 あとは御質問に譲りまして、とりあえず私の一応の見解を申し述べます。(拍手)
○安藤委員長 次に、開高参考人にお願いいたします。
○開高参考人 私は小説家ですが、ベトナムに去年の十一月ごろから大体百日余りほど行ってきたわけです。それで、十七度線というのがありますが、ベンハイ川、それからインドシナ半島の最南端の町のカマウというのがあります。よく、南ベトナムのことを言うのに、ベトナム人がベンハイ川からカマウまでということばを使いたがりますが、大体そこを全部見てきたわけです。当時台風でジェーンというのとアイリスというのと二人魔女があばれまして、幹線道路と鉄道が破壊されて、バスも行けなくなったので、中部地帯は行けなかったのですけれども、あと行けるところは一応行ってきたわけです。戦争にも行ってひどい目にあってきたのですが、まず申し上げたいのは、あの国は面積又び人口の八割までが――正確な数字をいま申し上げられませんけれども、大体八割までが農民であるということ、それから農村であるということ。ですから、多数決原理で動いていく二十世紀の政治原理からしますと、ベトナム国をどのような方向にでもあれ変えようと考える人間は、農民及び農村をつかまない限りこれを変えることはできないと私は思うのです。この農民というのが実に悲しい存在でして、どの村へ行ってみても、じいさんばあさんと赤ん坊しかいない。じいさんばあさんしかいないのに赤ん坊がいるの、はどういうことだという疑問が出てくるわけですが、つまり、政府軍に行くかベトコンに行くか、とにかくどちらかに、若いやつ、働けるやつ、走れるの、荷物をかつげるの、そういう力がある人たちがみんな行ってしまいますから、からっぽになっているんで、ベトコンというのは、農村を舞台にした農民の戦争ですから、農閑期になると戦争する、農繁期になると、田植えとかなんとかになると、ジャングルから帰ってきまして、たんぼに実をまき、奥さんに種をまく、そしてまたジャングルへ帰っていく、こういう生活をやっているらしいですね。非常に貧しいということは、私はベトナム語ができないし、若い通訳を連れていこうと思うと、これが徴兵のがれをして隠れたりしているもんですから、地方で警官に、身分証明書を見せろ、こう言われたときに徴兵のがれをしているのがばれるからというのと、それから、ベトコンがこわいからとか、政府軍がこわいからとか、流れだまにいつ当たるかしれないからというので、ついてこないのですね。それで、しようがないから身ぶり手ぶり、それから、どの町へ行っても坊さんがいますから、お寺へ入っていきまして筆談をするわけで、それでどうやら意思を通じてきたわけなんです。農村へ行ってみますと、南ベトナムで一番食糧の豊かな地帯はメコン・デルタであろうかと思うのですが、見渡す限りお米が実っているわけなんですが、農民、普通の小作農ですね、農民のうちのおよそ八割か九割を占めると思われる普通の小作農の家というのは、泥とニッパヤシの葉でつくった掘っ立て小屋でありまして、床板がないのです。床板すらもないという表現を使ってもいいかと思うのです。豚がピュッピュッ、鶏がコケコッコーといって床を走り回っておりまして、そこで農民が寝ているわけです。電気もありませんから、夕方になるとさっさと寝てしまうよりしようがない。寝て何をするかというと子供をつくるわけなんですが、ベトナム国は非常に子宝に満ちておりまして、大体平均五、六人から十人、十五、六人というふうな子供をつくるのがざらにいるんですね。そんなにたくさん子供をつくったら将来子供が不幸になるではないかというわけなんですが、中にはカトリックの農民もいますから、カトリックは制限することを許しておりませんから、産みほうだいに産んでしまうのです。いろんな答えを聞いたのですが、暑いからとか、まあ昼寝をする習慣があるからとか、教育が普及していないからとか、一番多いのは楽しみがないからという万国共通の原理によって子供を産みだす、いわゆるアジア的生産様式という古いことばが当てはめられるかと思うのです。このアジア的生産様式で過剰生産をやっていくわけなんですが、何しろ非常に衛生状態が悪い。一番多いのは肺病ですが、肺病、らい病、それからその他四百四病ことごとく集まってくる。ですから、平均年齢が、戦争のせいもありますけれども、推定されるところでは三十歳という状況ではないかと思われるんですね。これはほぼ妥当な意見だと思います。だから、北海道を二つ合わせたくらいの面積しかないあの小さな国なんですが、一向に人口過剰にならないので、サイゴンでもちょっと外へ出ればジャングルが広がっていますが、日本人ならたちまちジャングルを克服して畑にしてしまうのですが、ジャングルはいつまでもジャングルのままで残っていく、そういう状態なんです。夜になると豆ランプをつけているわけなんですが、その豆ランプすら買えないところもある。私は、自分の報道記事の中で、少し誇張して、家財道具といったら洗面器一つしかないということを書きましたけれども、これは、日本とあまり事情が違い過ぎるので、少し誇張しなければ真実が伝わらないという考えがあったものですから、かつ小説家であるからして、洗面器一つしかないと書いたわけなんです。行かれた方ならおそらく思い当たられるだろうと思うのですが、事実そのくらいしかないと思うのです。耕うん機とか農耕機具というふうなものもないわけです。アメリカは、USOMという経済協力機構がありまして、これが農村援助に乗り出して、豚や鶏、それから種、それからトラクター、こういったものを補給して回るのですけれども、私に言わせれば、一種の赤十字的な行為に似ているのじゃないか、全体としての構造としての改革が行なわれていないから、農民としては安心することができない。それから、農村の中へ入っていくアメリカ人もいまして、これは実に善意に満ちて、一種のピューリタンと、それから、何と言いますか、彼らなりのヒューマニズムに立ちまして、理想に燃えて農村に入っていって、農村指導をしたり、それから医者のまねごとをしたりして農民を助けているのですが、こういうアメリカ人はベトコンは殺さない。しかし、この人たちもそこに永住するわけじゃないわけですから、一年くらいたつとまたアメリカかラテンアメリカのどこかへ回されていくわけですから、農民と真になじむことはできないのじゃないか。言語の問題という大きな問題がありますけれども、その上にもう一つこういうことがあると思うのです。
 それで、作戦について行きますと、村に入るわけですが、どの村へ行ってもからっぽである。私が行ったときはちょうど稲を刈り入れたあとですから、ベトコンのほうへ入った農民はもう村にいませんし、政府軍に入った兵隊は兵役が無期限ですから村へ帰ってきませんから、村はがらんどうに荒れ果てているわけなんです。ところが、作戦に出ていきますと幾つかの村を通過する。私の行ったのはCゾーンのはずれ、それからDゾーンの入り口という地帯でして、これは南ベトナムでは戦争の一番危険な状態にあるところといわれているわけです。村の中に入っていきますと、田畑が荒れていて、道なんかにどぶ水があふれ出していて、非常に治安状態が悪いといいますか、衛生状態が悪い。こういう村に来ると、ベトナムの政府軍の将校が私に、ここはあまりベトコンの力が及んでないからいいというふうなことを言うわけです。田畑がきれいに整理されていて、掘っ立て小屋でも学校があり、掘っ立て小屋でも病院というか医療施設といいますか、そういうものがつくってあるきれいな村に入っていきますと、極度に緊張して、これは完全なベトコン地区であるから、どこからスナイパーに、スナイパーというのは狙撃兵のことですが、やられるかもしれないから気をつけろというふうなことを言うわけです。私自身は、ベトコンと接触はしましたけれども、ベトコンの中に入って生活をしていないので、どういうことが行なわれているのかわかりませんけれども、表面的にあらわれた事実を見て言うと、農民及び農村に対してどういう政策をとっているかということが、こんな小さなことでもわかるのじゃないかと思うのです。それでなければ何年間も農村を舞台にして活躍できないだろうと思う。
 それから、政府軍のことについて少し申し上げますが、戦争をやっているから軍隊のことを知る必要があるのですが、もし私がいま平均的なベトナム人に生まれたとします。つまり、農民、小作農のむすこに生まれるわけです。十三男坊くらいのところに生まれたとします。間をとって八男坊くらいに生まれたとしますと、肺病、らい病、遺伝性梅毒、もろもろの難関を切り抜けて、腹ぺこをがつがつこらえて、税金に責め立てられ、小作料に責め立てられて、どうやらこうやら生き延びて二十歳に達すると兵隊にとられる、何もわからないままに軍隊に入るわけですが、兵役は無期限である。私はどん小作、のろまであるから、一番悲しい歩兵隊に入れられる。ところで、歩兵隊に入れられるのですが、自由のために戦えと将校が私に一発訓辞をたれるわけですが、私はかつて食うものがなかったのだから、自由のためにと言われても何のことかよくわからない。かつ、サイゴンにいる将軍たちは、これはもう白昼公々然たる事実でありますが、汚職にふけり権力闘争にふけっている。利権をむさぼると言いますが、利権というものがあの国にはありませんから、何をむさぼるかというと、結局一日平均大体二百万ドルくらい入ってくるアメリカの援助費をたくみにちょろまかして、パリあたりへ逃避させる。むすこ、娘はみんなパリへ逃げていく。そういうでっかいことのできない大佐殿、中佐殿、少佐殿といったのは何をしているかといいますと、おめかけさんをたくわえまして、自分の家を建てるのに一小隊、二小隊の兵隊を平気で引っぱってきて、ただ働きをさせる。これはしょっちゅう問題になることでして、サイゴンで、グェン・カオキという、私と大体同じくらいの年ごろの、ちょびひげをはやした、パイロットとしてはきわめて優秀であるが、政治家としてはあまりどうかと思われる将軍がいて、かなり勢力を持っているのですが、それがレセプションなんかに出てきまして、役人及び高級将校なんかを集めて、われわれはもっとモラルを清らかにしなければいけない、それで、汚職だとかそれから贈賄だとかいうふうなことをやめて、誠心誠意人民のために仕えなければ戦いを勝利に導くことはできないであろう、それで、かってにただで兵隊に家を建てさせるというふうなことはやめようではないかと、公開の席上でそういうことを言うのですから、その裏ではよほどのことが進行していると、論理必然的に考えられるわけです。かくて、私はだれのために何のために戦うのかさっぱりわからなくなってきて、作戦は朝の四時から始まるわけですが、一番エネルギーがぴちぴちしている朝起きても、鉄砲さかさまにかついで歩いていくわけです。今度は小説家の私の経験ですが、ジャングルの中に忍び込んで、あそこは朝は大体太陽が七時十分ごろにのぼりますから、それまで暗やみの中を手さぐり足さぐりで歩いているわけです。前の晩、それからその前の晩、作戦計画を全部詳細知りまして、地図も見せられる。私は日本人ですから、スパイじゃないことはわかっているから、何でも見せてくれるのです。見せてくれないときには、出かけていって、ベトナム政府軍の将校だとかアメリカ兵のところに行きますと、書類が置いてありまして、コンフィデンシャル、極秘と書いてあるのですが、これをテーブルの向こうからそこの極秘と書いたところを押えて内容だけを読みまして、ありがとうと言って出てくるわけです。向こうは見て見ぬふりをしている。これは、第三者である日本人だから、そういう点、情報も非常にたくさんくれましたし、かなり正確なことがつかめたのじゃないかと思うのです。それで、主力大隊の中央に私たちが入って、左右を防衛していくということを聞いていたのですが、ジャングルの中にもぐり込んでから夜が明けてみますと、確かに、左右両翼、ちらりほらりと木の陰の中を兵隊が歩いていく姿が見えるのですが、みんな鉄砲をさかさまにかついでおりまして、ああこれはたいへんな軍隊に入ってしまったと思ったのですが、もうおそかったのです。とにかく、ベトナム農民に生まれて、ベトコンでないとしても、政府軍に入って死んでいくよりしょうがない。だから、私としては自分の命を守るためなら脱走するよりほかに道がないわけです。けがをすると彼らは非常に喜ぶのです。これでもう兵隊にならなくても済むというわけです。兵隊からのがれられるというわけです。
 皆さんが日本の新聞をお読みになっていると、ときどき戦況報告が載っておりますけれども、あの中に行くえ不明何名というのが必ず出てきます。行くえ不明、またはサイゴンでは蒸発ということばを使っておりますが、作戦があると、必ず蒸発するのです。政府軍は控え目にその数を報道し、ベトコンのほうはまた少し大き目に報道するので、一体何人蒸発したのかはっきりわからないという事実があるのですけれども、相当の人数が蒸発しているのです。蒸発した兵隊は完全武装したまま蒸発するのですが、どこへ行くかといいますと、ベトコンに走るか、鉄砲を捨てて野山をさまよい歩くか、この二つなんですね。それで故郷の村へ帰って納屋なんかに隠れているわけです。だけれども、村は警官がやってきますからあぶないというので、どこへ来るかといいますと、サイゴンに中国人町のショロンというところがありますが、ここは一種のカス場みたいな状況になっていて、夜も、表道りはネオンがついているけれども、裏通りへ一歩入るとランプしかついていませんから、どこに逃げ込んでもわからない。ここに入ってこじきをしたり、ポン引きをしたり、昼寝をしたりしてみたり、最低生活を送るわけです、死ぬよりはましだというわけで。警官がまた、見て見ぬふりをしている。ベトコンがテロをやりますと警官がかけつけますけれども、見て見ぬふりをして逃がしてしまう。報復をおそれているということと、一つには、いまの政府を完全に民衆は信じておりませんから、いつかベトコンが政府をとるときが来るだろう、そのときに痛い目にあいたくないからという気持ちもあるのじゃないかと思うのです。ベトコンの犯人でつかまったというのは非常に少ない。日曜日になると、巡査が私服に着かえましてサイゴンのショロンを歩いていくわけです。彼らの職業的鑑識眼からすると市民と脱走兵を見分けることができるらしい。ベトナム人は赤ん坊からじいさんばあさんに至るまで指紋と写真をつけた身分証明書を持たされておりますが、ちょっとあやしいなと思うやつがいると、暗いところに連れ込む。そうすると、五百ピアストルという札がありますが、大体平均五百ピアストルということを聞きましたが、それを身分証明書の中にはさんだり裏に入れたりしてこう出すわけです。巡査が札だけを抜いて、ふむふむと言って返す。この種の話を始めると切りがないくらい材料があるのです。
 戦争だけについて言うと、私の結論としては、あそこでは、いまさっき松本さんがおっしゃっていましたけれども、幾ら北をたたき南をたたいても、空からはえげつない、目も口もあけられないような戦争がいまあそこでは続いておりますが、地上軍でシラミつぶしに攻めていかない限り、あの国の戦争でアメリカとしては勝つことができない。もし本気でベトコンを殺したいという考えを遂行するとすれば、ベトコンというのは農民の中に溶け込んでいるわけですから、一千四百万人のベトナム人をみな殺しにする、オリンピックスタジアムくらいもあるガス室をつくって全民衆をみな殺しにしない限り、ベトコンを根絶やしにすることはできないとぼくは思うのです。ナチスは四百万のユダヤ人を殺しましたけれども、それのほぼ二倍半くらいのガス室をつくる、そうでもしない限りだめだ。これはアメリカ人がよく知っておりまして、端的に彼らの状況をことばで言いますと、われわれはこの戦争に勝つことができない、これは軍事的にはそういうことだろうと思うのです。しかし負けることはできない、これは政治的にはそうだという意味だろうと思うのですが、これがほぼ合いことばになっているような私は気がするのです。結局そういうジレンマに落ち込んで泥沼状態が続いている。
 それと、アメリカは、ベトコンが脅迫、テロによって洗脳を農民に施し、ベトコン兵士に仕立てる、こう言っているのですが、戦争している以上、ピクニックに行っているわけではありませんから、どこの国の軍隊であってもたたき上げるだろうと思うのです。どういうふうにやっているのかぼくにはわかりませんが、地上最低の歩兵隊であるベトナム政府軍の兵士が蒸発してベトコン側に入りますと、一カ月たつかたたないかで今度は地上最強のゲリラ兵となって再登場する、こういう事情があるのです。もちろんベトコンの中からの脱落者もたくさんいますけれども、政府軍側からの逃亡者のほうが多いのじゃないかと私は思うのです。何が彼らをそうさせるのかということをよくよく考える必要があるだろうと思うのです。単に脅迫と洗脳だけでそうすることができるかどうか。それから、そういうことだけを続けていて何年間も戦ってこれるかどうか。こういうことも考えて、まず事実から考えていく必要があるだろうと私は思うのです。
 原爆を除きますと、百五十五ミリ無反動砲というのが一番大きいのですが、ナイフからこの百五十五ミリ無反動砲に至るまで全部、USプロパティー、合衆国財産という刻印が打ち込んである。これがどんどん村に飛び込んでくるわけで、政府軍側が得る情報というのはきわめてあやふやなものであるということを私は身にしみて悟ったわけなんです。あやふやな情報でも、ベトコンが入ったとか、ベトコンがいるらしいという情報が入りますと、百五十五ミリ砲の射程は十五キロぐらいですけれども、十二、三キロぐらい先から夜となく昼となく砲弾をたたき込むわけです。かりに私がベトコンでなくても、頭の上へ合衆国財産が落ちてくるのですから死ぬわけです。それから、ナパーム弾、黄燐弾、それから、ジャングル及び畑には、オペレーション・フォールン・リーブスというのですが、枯れ葉作戦といいますか、落ち葉作戦といいますか、ジャングルをまっかに枯らしてしまうわけです。この間バーベキュー作戦というのがありまして、七千五百ヘクタールにわたって、化学液をまき、粉末燃焼剤をまいて、ナパームをたたき込む。全部を燃やしてしまう。焦土戦術に出ているわけです。これでベトコンが何人死んだかどうかわかりませんけれども、農民も同時に死んでいく。そうして、二者択一といいますか、政府軍側につくかベトコン側につくかという余地は最近ではもう残されていないのじゃないかと私は考えるのです。それで好むと好まざるとにかかわらずみんなベトコン側に走らざるを得ない状況になっている。アメリカが一生懸命やっているのはベトコンを製造することである。民族解放戦線の領域を広げることに一日二百万ドルも使っている。
 ごくごく大ざっぱな概況を申し上げると、こういう状態になっておると思います。
○安藤委員長 次に、坂本参考人にお願いいたします。
○坂本参考人 私は、現在の南ベトナム戦争のあるいはベトナム戦争の実体と性格というようなものを、多少理論的に、また実証的に考えてみたいと思います。
 アメリカの南ベトナムに対する政策が発端となって今日の戦争状態に来ていると思いますが、一般に、ジュネーブ協定ができてから、アメリカがこれを、単独声明を出して尊重すると言いながら、完全に無視してきた、このことが戦争の最初の導火線のようにあげられるのですが、実は、その前の歴史、前史があるわけでして、全ベトナム人民がフランスを相手に抵抗戦争を戦った、そのときからアメリカはこれに援助をする、特に朝鮮戦争が休戦になりましてからは、韓国あるいは日本本土等にありました戦争資材もこれにつぎ込んでフランスを援助し、さらに、先ほど松本先生のお話にありましたディエンビエンフーで決戦があったあとにも、なおかつアメリカは戦争を継続するようフランスに圧力をかけ、これを示唆した事炎もあります。最近、ベトナム民主共和国の労働党の機関紙ニャンザン、人民という新聞がありますが、これが発表した数字によりますと、アメリカは一九五〇年から六四年までに七十億ドルの援助をつぎ込んだうち、二十六億ドルは一九五〇年から五十四年まで、ジュネーブ協定成立までの間に投入された。このことはジュネーブ協定以後も一貫してこの政策が違った形であらわれてきた。たとえば、一九五四年の七月二十日のジュネーブ協定のそれこそまだインクのかわかぬうちに、この年の九月八日には、例の東南アジア条約機構、SEATO結成の会議をマニラで開いております。
 それから以後、ゴ・ジンジエムが反共のカトリックの信者であるということを唯一の支持の理由として、必ずしも政治家としてふさわしいかどうかは別にしまして、膨大な政治・経済・軍事の援助がここに注がれてまいりました。と同時に、ジュネーブ協定は完全に無視されて、たとえば、ジュネトブ協定の条項にありました、戦争中にホー・チミン軍についたかフランス側についたかということを理由にして報復措置はとってならないという条項があるにもかかわらず、戦争中にホー・チミン側についた者は共産主義者という理由で次々と逮捕されるだけでなくて処刑されていく、こういう事実が続きました。しかし、まだ一九五六年の七月までは、ジュネーブ協定実施という頼みの綱があったものですから、政治闘争も、まして武装闘争も南べトナムの地域ではあまり起こっておりません。これがだんだんとそういう広範な政治闘争あるいは武装闘争の形をとるようになってきましたのは一九五八年ごろからである。同時に、この年からアメリカの援助が急ピッチにふえていっております。たとえば、一九五八年の十二月には、フーロイというところで、これはサイゴンの北のほうにあります政治犯の収容所で、三千人の政治犯、つまり、ベトナムの統一あるいはゴ・ジンジェムの独裁反対等々を主張する人たちが政治犯の名で収容されていたわけですが、ここで一晩に一千人を夕御飯に毒を盛って毒殺するというような事件が起こりました。フーロイ事件と言っておりますが、こういった事件が国際的な関心も呼ぶようになりました。特に、一九五九年五月六日には、一〇・五九法令、意味は一九五九年の第十号法令という意味ですが、こういう法令を実施しまして、国家破壊活動を行なった者は正常な裁判にかけることなしに軍法会議にかけて死刑もしくは無期徴役に処するということが次々と実施されていきました。いずれも、政治的な活動、こういうことを行なった者が国家破壊活動という名目で処刑されていきました。このような事件が相次いだころから、自分の生命を守るというふうな動きが出てまいりました。一九六〇年の二月に、サイゴンの北にタイニンというところがありますが、その近くのトアハイというところで最初の、ベトナム人民とアメリカ顧問軍、そして南ベトナム政府軍との衝突がありました。そしてアメリカの武器貯蔵庫が撃破されて、そこからアメリカの武器を最初に収得したというふうに例のバーチェットは報告しております。そのとき手に入れた武器が、八百丁のライフル銃と五十七ミリ無反動砲が五門、これらの八百丁のライフル銃を当時南ベトナムの各地に起こりつつあった武装闘争のグループに分配してなお余りがあったというふうな記録がありますから、まだ武装闘争はそれほど広範な大規模なものが起こっていたとは思われません。
 しかし、一九六〇年になってからますますこのゴ・ジンジエムによる独裁的な政治というものが強化されてまいりまして、また、生活上の困難その他のことも起こりまして、政治闘争と、それから各地に起こりつつあった武装闘争、いずれもが、抑圧あるいは干渉が強ければ強いほどこれをはね返す力も強くなるという、いわば物理的な原則に従って大きくなっていきました。それらを結集してできたのが南ベトナム解放民族戦線、これが一九六〇年の十二月二十日にできました。それまでにもゴ・ジンジエムはベトコンという名前は使っておりました。ベトナムの共産主義者という意味で、政治活動をやる者に対してベトコン狩りということをやっておりましたが、これからはこの解放民族戦線に結集された勢力をベトコンというふうに、はっきりとベトコンの、何と言いますか、実体が組織化されてきたわけです。この組織は、南ベトナムの各党、各宗派、各大衆団体の結成したものでありまして、政党について言いますと、南ベトナムの資本家の政党である民主党、――現在北ベトナムにも一民主党という政党があります。それから、知識階級を主にした急進社会党、――そして南ベトナムのマルクス・レーニン主義者の政党である人民革命党、この革命党は一九六二年の一月に結成されたものですから、解放戦線が成立して、あとで解放戦線に参加したものです。こういう各政党が入っております。宗教について言いますと、御承知のように、仏教とキリスト教、それからカオダイ教、これはいまから五十年ほど前にできました新興宗教でございます。それからホアハオ教、これはメコン・デルタにありますホアハオという村で生まれた、これも仏教の民間信仰の一つでございますが、こういった新興宗教もこれに参加して、大衆団体は多くは解放という名前を上につけております。ベトナム語でジャイホンと呼ぶようでございますが、解放農民協会、日本で言えば全日農に当たるような組織であろうと思います。解放労働者協会あるいは解放婦女連合会、解放学生連合会、解放作家芸術家協会等々、解放を上につけた大衆団体、これが解放戦線に結集しております。また、南ベトナムアジア・アフリカ連帯委員会、南ベトナム平和委員会等国際的な独立平和民主の大衆組織、こういうものもこれに参加。このようにしまして、政治的な闘争と、また解放戦線が軍事力を持ったために、この武装闘争との統一した勢力を相手にアメリカ並びに南ベトナム政府軍の戦争が起こってきたわけなんです。
 この解放戦線の実体がどのようなものであるかということにつきましては、解放戦線ができましたときに十大綱領を発表しております。また、昨年一月一日に第二回大会を開きましたときに、この十大綱領を六つの綱領にしぼりました。さらには、先月三月二十二日の北爆が始まって以後のアピールで、長文のアピールで政策・態度を示しておりますから、これらを資料として実体をつかむことができるわけですが、創立のときの十大綱領にあげられ、また昨年の第二回大会の六つの綱領にしぼられた両方に通じて言えますことは、第一に、アメリカ帝国主義の植民地制度と、アメリカの手先ゴ・ジンジェム政権を、あるいはゴ・ジンジェム的な政権を倒して、民族民主連合政府を成立する。民族民主連合ということの意味は、外からの侵略者に対しては全民族が一致して戦うという意味でナショナルであるという解釈をとっているようです。また、これと結びついた国内の反動勢力といいますか、封建勢力、特に反動的な地主勢力を主にした封建勢力に対して、全人民の民主的な諸権利を守るという意味で民主という意味がつけられていると思います。こういうことをあげ、二番目には、広く進歩的な民主制度、デモクラシーの実現をはかる。三番目には、自由独立経済を建設し、民生の改善を実現する。民衆の生活の改善をやる。四番目には、減税を実現し、耕す者が田を持つよう土地問題を解決する。五番目に、民族民主の文化教育の基礎を建設する。そして、六番目に、祖国と人民を守る軍隊を建設する。七番目には、民族男女同権を実現し、正当なる外僑、外国にいるベトナム僑民の権利を保護する。八番目に、平和中立の政策を実現する。九番目に、南北双方間の関係を平常化し、祖国の平和的統一を達成する。十番目に、侵略戦争を阻止し、世界の平和を守る。こういうのが先ほどあげました各党・各宗派・各大衆団体が共通の綱領として一致できた点であります。この点で、広範ないわゆる人民勢力といいますか、そういうものが組織化され、これとの間にアメリカ及び南ベトナム政府との間の戦いが行なわれている。
 特に、フランス時代と比べまして、アメリカを相手の戦いが性格を若干異にする、しかもこの点に現アメリカのジョンソン大統領自身も関係があるという点を実証的に明らかにしてみたいと思いますが、これは一九六一年の五月、解放戦線ができましてから半年くらいあとに、現在のジョンソン大統領は副大統領としてサイゴンを訪問しまして、ジョンソン・ジェム共同声明というものを発表しました。これが事実上のアメリカと南ベトナム政府との間の軍事双務協定の最初なんです。八項目からなっております。その第一項目には、南ベトナムに対するアメリカの軍事・経済援助の拡大強化、二番目には、南ベトナム正規軍の増強とそれに対するアメリカの援助等々がうたわれておりますが、特に四項目目に、南ベトナム村落の保健、厚生、公共事業に対するアメリカ専門家の援助というのがあります。これはたいへんけっこうな趣旨のようですが、そしてまた、開高さんのお話にありましたように、善意のあるヒューマニスティックなアメリカ専門家も若干は含まれていたかと思いますが、村落の厚生、保健、公共事業ということを名目にしまして、アメリカ人が直接南ベトナムの村落に入っていく、そういう突破口がここで開かれました。フランスは八十年間インドシナを統治したのですが、フランス皇帝の権威といえどもベトナムの村の竹やぶの中には入れなかったということをフランスの社会学者が書いております。そのようにして、同化政策を主にしたフランスでも南ベトナムの村落の中にまでは入ってこなかった。これが、アメリカと南ベトナム政府は、こういう共同声明の項目を突破口にしまして、直接じかに南ベトナム村落人民・農民と接触するようになった。その意味で、アメリカに対する反対、あるいは、かいらいといいますか、アメリカに従属した政府に対する反対が、南ベトナムの土の中から、村の中から全面的に起こってくるようになったわけです。これがフランスに対する抵抗戦争と性格を異にしている点ではないかと思います。また、五番目に、この共同声明では、共産ゲリラとの戦いに他の自由諸国を参加させる呼びかけをやるということもきめられております。最近韓国から二千名の工兵隊あるいは輸送隊が参りました。戦闘行為はしないということであったのが戦闘を交えることになって、それに反対をした将校が射殺されたということが新聞記事に載っておりますが、こういうふうに他の自由諸国を参加させる呼びかけということもジョンソン・ジェム協定の中にあるという事実も私たち看過できないと思います。
 その後、解放戦線とアメリカ及び南ベトナム政府との広い意味での戦い、これを軍事的と、政治的と、さらには経済的と、三つの面に分けて多少実証的にお話し申し上げますと、軍事的には、先ほど来開高先生のお話にもありましたように、南ベトナム政府軍の実体というものがはっきりさせられたわけですが、そうして前戦の主導権は一九六二年ごろから部分的に解放戦線に属する解放軍のほうが握ってきたという事実が指摘できます。ここでは省略いたします。
 政治的には、御承知のように、一九六三年十一月一日のゴ・ジンジェムの打倒以来現在まで、二月のクーデターを含めて十回に近い政権の交代がありました。グエン・カーンのあとにはドン・バンミンが出、またグエン・カーンが出、現在はフアンフイクアト首相が出るという形で続いてきましたが、これらの過程を通じて私は一種の政治的な法則のようなものが見出されるような感じがします。といいますのは、こういうかいらいといいますか、人民の十分な支持を得ない政権は、交代していくごとにだんだん先細りに、ちょうどラッキョウの皮をむくようにだんだん細っていくということ、これが一つの原則ではないだろうか。そして、どのそういう政権も最後の段階ではスポンサーあるいは飼い主に対してほえつく姿勢をとる。いずれの場合にもこれが指摘できるように思います。したがって、一種の政治的な法則と言ってもいいような過程を繰り返して、現在はこの南ベトナム政府自身がたよりにならない。最初は、私たちはこれを新植民地主義と申しておりますけれども、支配者が直接乗り込んで直接的に支配するのではなくて、そこにいわゆるかいらい政権を立てて、その背後でスポンサーである支配者がこれをあやつる、そういう形で、ベトナムについて言いますと、ベトナム人とベトナム人を戦わせるという特殊戦争の形であったものが、いまは、ダナンにおける海兵隊の行動でもわかりますように、よろいの上の衣を脱ぎ捨てて、アメリカ自身が今度は報復に対してもあるいは政策に対しても直接乗り出していくというふうにまで戦争が発展してきているというのが現在の段階ではないかと思います。
 そして、経済的な面について言いますと、いわゆる解放区の状況が具体的になかなかつかめなかったのですが、これは解放戦線側の発表の資料によって御報告します。したがって、これを実地に私行って確かめたわけではありませんが、解放戦線の側の資料によりますと、現在南ベトナムの全耕作面積三百二十万ヘクタールのうち二百万ヘクタールが解放された。さらに、解放戦線は、あの戦闘で忙しい中で、十一万一千五百ヘクタールを新たに開墾した。この解放された地区でどのような改革が行なわれているかということは、減税と働く農民に土地を与えよという政策を実施しているわけなんですが、この減税の度合いについて言いますと、これは解放戦線の発表によりますと、解放戦線ができた前の年、一九五九年の小作料に対して四〇%ないし八〇%を減らす、そして現在地主の取り分は収穫の八ないし二〇%、こういう改革が行なわれている。と同時に、これは社会主義的な改革ではありませんから、土地を全部没収してしまうということではなくて、地主の階級に対しては、いわゆる反動地主と愛国地主というふうに分けて、反動地主といわれる人たちは多くは不在地主になっておるようですが、この人たちの土地は没収して配分する。愛国地主というのは、解放戦線を支持する、またはその家族が解放軍に参加し、または解放区に新たにできた学校、診療所、その他行政機関で働いているというもの、そういう地主の土地に対しては、没収はしないが、いま言ったような改革を、一般に減租減息といわれる改革をやっている。その結果、もみの生産が解放前の三倍にふえたと発表しております。このように経済的な力、増産ができ、あるいは生活が向上していくということも、解放戦線の戦いのエネルギーの源になっておりはしないか。前線での戦いだけでなく、あるいは政治的な目標の対立ということだけでなくて、現実にこの数字がそのまま妥当かどうかということについてはまた議論のあるところかと思いますが、発表された限りにおいてはこのように生活の向上がはかられているということが、解放戦線の強い一つの、なかなかこれをたたくことができないエネルギーになっているということが、先ほど来いろいろほかの方から申されたほかに指摘できることではないかと思います。
 最後に、それでは、このような事態、このような内容をはらんだ戦争をどう解決すべきかということについては、やはり、解放戦線のアピール、また三月二十七日にベトナム民主共和国の祖国戦線が出した声明、四月十日の北ベトナム国会におけるホー・チミン主席の演説、続いてファン・バンドン首相が提案しました四つの決議、これは各国の国会に訴えて、この方針で事態の解決をはかりたいというふうに各国の国会にも伝達されたと思いますが、ここにあげられておりますことは、まずアメリカ軍が南ベトナムから撤退して、ジュネーブ協定を完全に守るという体制を行動で示すということ、北ベトナムヘの理由のない攻撃をやめるということ、そして南ベトナムについては人民の大多数が支持している解放戦線の綱領に従って解決する、南北の問題についてはベトナム人同士にまかせる、また、南北が統一されるまでの間、十七度線の両側では外国の軍隊を入れない、外国との軍事同盟を結ばない、等々の趣旨にあらわれております。これは一見直ちに具体的に実現できそうにないと思われる方もあるかと思いますが、やはり、こうした原則を実施するような世界的な世論、最近ではアメリカ国内にも、戦争の拡大に対して、特に学生二万一千が立ち上がった行動の中には侵略戦争をやめよということがアメリカの内部からも起こっております。そういう意味で、私は、これを世界的な世論にして、そして一日も早くこの戦争状態が解決し平和が取り戻されることを特に強調したいと考えるものであります。(拍手)
○安藤委員長 これにて参考人の意見の開陳は終わりました。
 参考人に対する質疑の通告がありますので、これを許します。
 高瀬博君。
○高瀬委員 ただいま松本氏からいろいろ御意見の開陳がございました。それから、その他開高さんあるいは坂本さんからいろいろお話がありましたが、特に私は松本氏に伺いたいのですが、結論としてやはりカンボジア――この日本の経済援助といいますか、後進性を高めてそれから民族の安定の方向に協力する、それによって戦争を終結さすという御意見のようでございます。これに対して先ほど来詳細に松本氏が視察して述べられた中で、非常に重大なことを私は感ずるわけなんです。それは、ベトコンは純粋の共産主義の運動であるかどうか、それから、ホー・チミンといかなる関係にあるか、それから、どの程度に外国勢力に対抗するものであるか、あるいはどの程度にそれが強力であるか、また、米国に与えた損害の程度はどうだ、それから、人民の感じ方はどうだ、南ベトナム政府にいかなる影響を及ぼしているか、これは主としてベトコンに対するあなたの見解のようでございます。したがって、これらの問題がいわゆる日本がこのベトナム問題の解決に寄与する意味で経済援助をやる、あるいは協力をやる、それによって経済の安定をはかり後進性を高めるということをしたことによって、これらの多くの要素がどういうふうに解決していくか、これは非常に私は重大な関心があるわけなんです。この点の御見解をちょっと伺いたい、こういうことです。
○松本参考人 高瀬さんの御質問にお答えいたしますが、実は、私、行く前からいま高瀬さんが御指摘になりました各点について特に意を用いまして、いろいろ観察しかつ聞きただし、いろいろな方面から結論を出したいと思ってつとめたのでございますが、不幸にしてまだ私もそのはっきりした結論をここで申し上げる確信は実はないのでございますが、しかし、私が見たところによりますと、ベトコンなるものは、ただいまもほかの方からもお話がありましたように、非常にたくさんの分子の、主として南ベトナムのゴ・ジンジエム並びにそれに近い政府に対する反抗というものから生まれた反抗運動であると同時に、民族主義運動であって、もとよりこれは共産主義勢力もその中に入っておることを私は否定はできないと思います。しかし、これが完全なる共産主義の団体であって、これをホー・チミン政府が一〇〇%支持し、これの指揮命令下にあるということも私は間違いだと思います。そこで、北のホー・チミンを爆撃することによってこの運動を制止させるということは私はできないと思います。それはあるいはアメリカの発表しましたいわゆるベトコン白書なるものの結論とはいささか異なっておるかと思いますが、しかし、私は、ジョンソン大統領といえどもどことなく北ベトナムの爆撃によって北ベトナム政府を会議のテーブルに出したいという気持ちを持ってやっておることは、これはまた間違いないことである。したがって、それはベトコンの性格そのものについてアメリカも私は知ってやっておるのではないか、こういうことだと思う。公式の説明は別としまして、あそこへおいでになればそれくらいのことはだれもわかることでありまして、私はその点においては大体そういう結論を持っておりますので、したがって、北ベトナムの爆撃によって事態は解決できない。それから、平和会議が導き出されれば、その席上ではやはりあそこの民生を安定せしめるという究極の目的をほんとうに本気でみんなが考えて、そこへ持っていくのでなければ、あそこの事態はとうてい収拾できない、こういうふうに私は見ておるわけであります。はなはだ簡単でありますけれども……。
○高瀬委員 それではもう一回松本さんに伺いますが、日本がイニシアチブをとってこのベトナム問題の解決について平和会議を独自の立場から提唱するというような見方について、あなた個人の御意見があったらちょっと伺ってみたい。
○松本参考人 私個人の意見としましては、平和会議、和平会談を開催しようという動きは、すでにジョンソン大統領みずからもそう言っておられますし、いろいろな動きがあることは御承知のとおりであります。最近は、ソ連、英国あたりでは、カンボジアの中立を保障する会議を開いて、その舞台裏でやろうというような考えもあるようですが、それはなかなか実現しないかもわかりませんけれども、そこで、私は、いま日本が唐突に和平会談を招集するというようなことを提唱する必要は実はないわけでして、日本としては、そういうあそこの和平に対して非常に熱心な主唱者の一人であるということを絶えずこれははっきりさしておく必要はあると思います。佐藤総理大臣、つまり佐藤内閣もそういう方向に向かっては絶えず努力をしておられますし、今後も私は続けていただきたい。これは私の念願でございます。
○高瀬委員 どうもありがとうございました。
○安藤委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 三人の参考人の方々からたいへん貴重ないい参考意見を聞かしていただきまして、私どもたいへんに勉強することが多かったと思います。厚く感謝いたします。ただ、時間がございませんので、ごく簡単に二、三質問したいと思いますが、いま松本参考人が、日本として平和会議を提唱する必要とかそういうような気持ちはないけれども、平和の方向に向かうように政府には努力してもらっている、こういうことでございますけれども、私どもの関知する限りにおいては、いまの政府が平和の方向に向かうような御努力が少しもされていないことを遺憾に思います。たとえば、国会の答弁などを見ましても、時期が来たならば何とかしよう、こういうことは言っていらっしゃいますけれども、一体それはいつの時期かということがちっともわからない、そういうふうな点から見ますと、少しも何かこういうものに対しては努力をしていらっしゃらないように思うのですけれども、松本大使は一体いまの政府でも平和の方向に向かうような努力をしているということをお感じになるかということが一点。
 それから、もう一つは、現地をはっきりとごらんになってきてお感じになったことは、アメリカが北爆することも意味はないし、またベトコンをシラミつぶしにすることもできないことだ、こういうこともはっきり見ていらしてお話しいただいたわけです。そうであるとするならば、やはりそんなむだなことをアメリカがすべきではないと思うのです。そのことは松本先生自身もお感じになったと思うのですが、そこで、やはり、日本の政府なり何なりに見てきたままをお伝えになったならば、日本の政府もそのことに耳を傾けてしかるべきではないか。さらに、特派大使としてごらんになってきたいまの御意見は、やはりアメリカに伝えることが必要ではないか。アメリカはいまなおベトコンが九〇%コミュニストだというような間違った錯覚のもとにベトナムでの戦いを進めているわけですから、いまごらんになったようなはだで感じられたその考え方を、やはりアメリカに伝えることが一番大事なことじゃないかと思いますが、それに対する御努力というものはなさるおつもりはございませんか。これはやはりいま国民がほんとうに心配しているベトナムの問題ですから、特派大使として行っていらしたとうとい経験を生かしてアメリカにそのくらいのことはお伝えになっていただきたい、こう思いますけれども、この辺のことはいかがでございますか。
○松本参考人 戸叶先生からたいへんきびしい御激励を受けましたが、私は戸叶先生の感じと同じ感じをもってできる限りの努力はいたしておるつもりでございますが、何ぶんにも微力でかつ力が足りませんので、まだ十分とは自分でも考えておりませんが、あらゆる機会をとらえてそれをやりたいと思っております。また、幸い今度アメリカからは前のベトナム大使をしておられてアメリカ政界でも有力なロッジさんが来られますので、今度そういう機会にも私は政府としてもアメリカと十分話し合う機会はあると思っております。そういう機会も生かしていただくことを、私は心から念願いたしておる次第でございます。
○戸叶委員 松本大使がいろいろそういうことはよくわかっていらっしゃるわけなんですけれども、どうも政府のその受け入れ方が非常に怠慢過ぎるということは私は非常に残念に思います。やはりこれは大きくならないうちに何としてもアメリカが反省しなければならないんじゃないかということは、国民はだれでも考えておりますし、また、世界の世論もそうだと思うのです。そこで、先ほどジョンソン大統領の演説についてお話しになりましたけれども、あのジョンソン大統領の演説についても私どもたいへん不服なのは、あれを出して、無条件にディスカッションをすると言いながら、なおかつ北爆をしているようでは、ベトナム問題というものは解決しないと思う。やはり、北爆もやめ、戦争もやめ、爆撃もやめて、そして話し合いに入るというならばジョンソン演説の意図というものもわかるのですけれども、ただ何か演説をしっぱなしで、そして北爆を続けているというような形では、どうもその辺の意図がどこにあるかということをたいへんに私たち疑わざるを得ないと思うのですけれども、この点のお考えはいかがございましょうか。
○松本参考人 その点について私もアメリカの真意をはかりかねておることは御同様でございます。しかし、アメリカとしては非常に何とかしてベトナム全部の和平の機会をつかもうという一つのあらわれではないか、そうは思いますが、しかし、真意は私にもよくわかりません。
○戸叶委員 松本大使、はっきりものを言っていただいて、私も自分の考え方と似ていたことをたいへんうれしく思うのですけれども、いまさっき言われましたように、やはりごらんになってきたことを直接アメリカの大使に言うなり、あるいはまた、その見ていらしたその感じそのものを持って今度はアメリカに大使として日本の政府が派遣するぐらいのことを考えてしかるべきじゃないか、それくらいのことを私は考えているわけです。やはり日本の政府ももっと強く今度のベトナム問題に対してはアメリカにほんとうの国民の気持ちを訴えるべきだというふうに考えるわけですが、この点をロッジ氏が来られたときもお話しくださるということなので、ぜひそうしていただきたいと思うのです。
 それから、もう一つ伺いたいことは、カンボジア、ラオス等の責任者、党首あるいは首相等にお会いになりまして、日本への期待することがたいへんに多かったということを、新聞等にお書きになったものをも通して承知いたしたわけでございますが、そういう国々に対する期待に日本はどうやって報いていったら一番いいんだろうというふうに、現段階においてはどういうふうにすることが一番必要なんだということをお考えになったかどうか、その点を伺いたいと思うのです。やはり、それらの国々は、日本が平和な方向の話をつけるために乗り出してほしい、こういうことを望んでいるんじゃないかと思うのですが、この点をお伺いいたしたいと思います。
○松本参考人 カンボジアのシアヌーク元首の平和に対する意図はもうどなたも御存じのとおりであります。私も先ほど申し上げましたように長時間話をいたしましたが、要するに、シアヌーク元首は、カンボジアはいま幸いに非常に平和で、まあ国境方面のいざこざはベトナムとも一またタイともありますけれども、しかし国内は至って平和であります。そこで、日本も国内は非常に平和である、しかし、このベトナムの紛争がもしますます拡大していけば、カンボジアはすぐ隣の国として非常な影響を受けるだろう、また日本はアジアの大国として非常な影響を受けるだろう、そういう意味で、大小の差はあるけれども、日本もカンボジアも同じ運命にあるのであるから、ひとつ相携えてこの地区の安定のために尽くそうではないか、ぜひ日本もそういう方向に向かってもらいたいということを、ほんとうに熱心に言っておられました。
 それから、ラオスのほうですが、ラオスは実はいま一種の安定状態にあります。というのは、隣であの激しい戦争が行なわれているので、ラオスも、このパテトラオと中立派、右派が、まあ不安定の安定をしているわけであります。しかしながら、プーマ首相に私は会いましたが、非常に強く、何とかしてこのインドシナ全体の安定をはかってもらいたい、それには、日本というものは、ラオス人全体の、これは一つの同じアジア人に対する非常な希望であるのだから、ホープであるのだから、ぜひひとつやってもらいたい。先日ラオスの皇太子殿下が日本の皇室のお招きによって来られました。あれなんかも一つの日本に対するあの国の非常なあこがれと尊敬とをあらわしていることは間違いないのであります。
 したがって、インドシナ三国が日本に期待していることは、やはりあの地区が民生安定してだんだん日本のような先例に従って発展していきたいという希望を表明しているのですから、私は、実は、日本はあそこへ軍隊を送っておりましたけれども、幸いにそのあとの傷あとはすこぶる浅いのでありまして、むしろいい面のほうが残っているように感じて、はなはだその点は愉快でございますが、しかし、この際日本があの地区の住民の期待に沿わないということになれば、経済的に見ても、また政治的に見ても、外交的にもそうですが、いままでのプラスはマイナスに変わって、日本というのは何とたよりないのだろうということになるのではないかと、ひそかにおそれているのでございます。そういう意味で、私は、日本としてもできる限りあそこの人たちの願望をかなえてやるのに努力を惜しまないだけの覚悟は要るだろうと思っております。経済的にもそうでございます。
○戸叶委員 いまの御答弁ですが、もちろん経済的のこともお考えになるでしょうけれども、その前にやはり平和をもたらされなければ何にもならないわけでございまして、それらの三国の期待に沿うためにも、日本がもっと積極的に、先ほど申し上げましたような形で平和の解決の方向に出ていっていただきたい。松本大使は政府から派遣された大使でありますだけに、これをその立場でやっていただきたいということを御要望するのです。
 そこで、開高健参考人に一つ伺いたいのですが、いろいろお話を伺いまして、たいへんに興味深く伺ったのですが、そのうちの一つ、アメリカがどんどん援助しながらベトコンを強くしているのだ、こういう結果になっている、これは私もそうだろうと思います。松本大使さえお認めになるように、ベトコンは民族解放のため、それを目標として戦っている、それが強い目的でありますから、結局そういうことになると思いますけれども、そういうふうなことをアメリカの現地の人は全然感じないほど鈍感なんでしょうか。感じても、しかたがないからやっていようということなんでしょうか。この点が一つ。
 それから、もう一つ、ごらんになってきた情勢、いま伺ったようなお話から推しますと、何としてもアメリカがこんなどろ沼の中にいたのではこの問題は片づかないので、やはりアメリカの軍隊が撤退しなければ片づかないのだ、こういうふうにお感じになっているか、この点を伺いたいと思います。
○開高参考人 アメリカ人自身がどういうふうに見ているかということなんですが、少なくともアメリカ兵にも幾つものタイプがあると思うのです。私の見た限りだけを申し上げますと、話し合った限りだけを申し上げますと、アメリカ兵の中でも朝鮮戦争を経験していまあそこの戦争に従軍しているのがいます。こういう人たちは、ほかのアメリカ将兵よりも、アジアというものに対して、私のことばに翻訳すれば、アジアというものは下から見なければいけないもんだということをわきまえてきたと思うのです。事実そのことを言いますし、ある曹長がおりましたが、これも朝鮮戦争を三十ヵ月経験しておりますが、これははっきりと、農民がベトコンに走るのを責めることはできないということを申しまして、自分としてはデモクラシーを信じているけれども、やがてこの戦争はベトコンの勝ちだろう、インドシナ半島はコミュニストが取るだろうということを言っておりました。それではなぜ君はペンタゴンとホワイトハウスの政策に反対しているのに鉄砲かついで出ていくんだということを聞きますと、たいへんつらそうな顔をしまして、義務は義務であるということを言っておりました。もし彼がそれをやめようとすれば脱走するよりほかにないわけで、脱走すれば今度はベトコンに自分の意思を伝えるより先に撃たれてしまうだろうと思うのです。非常なジレンマにおちいっている。それから、同時に、アメリカ人が怠惰である、ベトナムで戦争をやっているということを知らないのが多い、われわれはアメリカ人に知られずに孤立して死んでいくんだというふうなことを言っているのもいました。大体、アメリカ将兵そのものは、こういう政治的問題を私が幾ら誘導尋問しましても、兵隊は政治に口出しすべきでないという原則を守っておりまして、なかなか容易にしゃべってくれないのですけれども、漏れた意見はそういうことが多かったです。二言目には、あと何ヵ月でステーツへ帰れるというようなことばかり言うのです。
 それから、私自身は、いまの紛争について、自分が戦火を浴びてみて、それから、アメリカ兵もそういう状態だし、ベトナム政府軍は疲れたとだけしか言わないし、人民は疲弊し切っているし、政府は全然信用されていないし、無事の農民は殺されていく一方である。即時停戦、和平交渉以外に道はないという考えを日本に帰るまで持っていたのですけれども、ベトコンは徹底抗戦を主張し、それから長期抗戦を覚悟していて、これは彼らが初めてやる戦争でなくて、ベトコン戦争という激烈な戦いを八年間やり抜いてきて、ふんどし一本でキャプ・サンジャック岬からフランス軍を追い出しているという民族的経験を持っていますので、彼らがやると言えば徹底的にやるだろうということを私も想像するのです。それで、まず外交的な第一段階としては、ベトコンを話し相手として合法的にまず承認せよということが一つ、それから、究極的にはアメリカの撤退を考えるよりほかに道はないのじゃないかと思っているわけです。いまのところ私は短く言えばそういうことを考えております。
○安藤委員長 帆足計君。
○帆足委員 限られた時間でありますから簡単に質問しますが、きょうの参考人は、みずから真実を聞きたいと思いまして、超党派的に御相談して外務委員として御招待したわけでございます。貴重な意見を伺いまして、日本の運命にも累が及ぶ重大な問題について率直な意見を述べていただきまして、私はこの本日の議事録を広く国民各位に一人でも多くの人に知ってもらいたいということを痛感する次第でございます。私どももこの速記録をできるだけ広く配布いたしますが、外務委員長としても、外務大臣にぜひこれを読むように言ってもらいたい。また、ジョンソン大統領、ロストウ氏、それからライシャワー博士にも読んでもらいたいと思います。
 そこで一、二お尋ねいたしますが、北ベトナムの爆撃があるたびに、私ども同じくアジア人として脳の中枢が痛むような思いがいたしますが、どうしてこういう無情冷酷なことをアメリカがなされるのだろうか。アメリカの一部では北ベトナムと南ベトナムは違う民族のように考えている人がたくさんおるということを伺いました。日本におきましてもそういう点がはっきり知られていないと思いますが、北ベトナムと南ベトナムの民族の関係は、たとえば九州と本州のような関係でありますかどうか、この点坂本さんに教えていただきたいと思います。
○坂本参考人 ベトナムの南北ということがいま問題になってきておりますが、フランスがここを統治していたときは、御承知のように、一番南のほうはコーチシナとして、直轄植民地として統治し、中部のユエのあたりは、御承知のように安南王国をつくってこれを保護するという立場、さらに、ハノイのあります北ベトナムのほうはトンキンとして、コーチシナと安南王国との中間ぐらいな程度で統治していた。いわゆる分割して統治するということが続けられてきたのですが、そのときにも、ベトナムは一つであるということで、有名なベトナムの古典的な叙事詩、いろいろありますが、そういうようなものも、全部南北を通じて、先ほど開高さんはあそこのベンハイ川からカマウまでということを言われたのですが、全部合わせますと、ランソンからカマウまでということがベトナムの人の間でよく言われるのです。このランソンからカマウまでベトナムは一つである、歴史も伝統も生活も一つであるということが、フランスとの抵抗戦争でみごとに勝ち抜いて、ほんとうにベトナム民主共和国というものが生まれたわけでありまして、この一つであるという感じは非常に強いと思います。それがまた最近、アメリカのいわゆるベトコンを相手の戦いを今度北に向けたことによって、解放戦線のほうでも北のほうでも、ベトナムは一つであるということが繰り返し声明の中でまた強調されるようになりました。その意味では、ちょうど解放戦線に武器を送っているのがホー・チミン・ルートではなくてジョンソン・ルートである、アメリカの武器が向こうに行っているように、統一を促進しているのもアメリカの政策ではないだろうか。かえってそういう逆の結果がもたらされつつある。しかし、あくまでこれはジュネーブ協定の原則に沿った平和的な統一であるという見解は、現在の両地域とも持っているように思います。
○帆足委員 ありがとうございました。
 私は昨夜武蔵野のいなかの劇場で、「キムドン」という映画を見まして、実に驚きました。世にこれほど愛らしく、いじらしい映画があるか、その美しさ、その人情の素朴さ、愛らしさに胸を打たれまして、この映画は全部の外交に携わる国会議員の皆さんに見てもらわねばならぬということを痛感いたしました。
 さて、軍事顧問というのがあるということを聞きました。近ごろアメリカは用語を乱発いたしまして、たとえば沖繩の軍政府のことを沖繩民政府と言う。アメリカは何か幼子のようなうそをつく習慣を覚えまして、そこへ加えて、最近は精神分裂症の気配が濃厚になってきている。まことに憂慮すべきことと思いますが、したがって、軍事顧問というと陸軍大学を出たお偉方が大所高所から相談に乗っておるものと思いましたところが、ニュース映画を見ますと、督戦隊のようにうろうろなさっておる。そこで、軍事顧問とは何ぞやという疑問を抱いてその数を聞きますと、二万人をこえたということを聞きまして、それでは軍事顧問ではなくてGIではないかと、千々に思い乱れておる状態でございますから、開高さんから、ごらんになったことを簡潔にひとつ……。
○開高参考人 軍事顧問というのは、だんだん数がここ数年の間にふえてきて、いま約三万何千人になっているらしいのですが、私がこれもまた下から見ていくと、一個大隊でベトナム兵が大体二百人から三百人ですが、この兵隊に三人アメリカ兵がつく。そのうちの一人は通信兵で非戦闘員ですから、二人つくだけで、命令系統は全部ベトナムの地上軍が持っているので、ベトナムの隊長の言うままに従わざるを得ない。彼らはイエス・サーと言って死んでいくわけです。朝鮮戦争のときも、警察行動といっているうちに死んでいったのですが、今度はアドバイスしてオーケー・サーと言って死んでいくわけです。顧問団というのは、歩兵に関する限り最前線では一体何のことなのか、私には不可解というのが率直な感想なんです。それから、空軍及び砲兵隊というのがあります。砲兵隊は歩兵隊にくっついておりますが、これも大体似たようなものです。空軍は、アメリカ人のパイロットが一人とベトナム人のパイロットが一人、仲よく乗っていくのもありますし、アメリカ人だけが乗っていくのもあります。ただ、サイゴンの米軍総司令部と南ベトナム政府間における話し合いについては、おそらく米軍のほうがイニシアチブを持っているのじゃないかと考えるのです。ところが、アメリカの前線の将兵に言わせると、サイゴンにいる米軍総司令部の連中はジャングル戦の実態を知らない者ばかりで固められているから、孤立しておる、こういう意見を漏らしておる者もおりました。
○帆足委員 軍事顧問というのが自分で飛行機を操縦しておるとすれば実戦兵であって、ジュネーブ協定違反になるということがよくわかりました。
 そこでお尋ねしますが、こういうようなことで北爆する。北爆の原因は北が南に浸透するからということならば、不幸にしてわが沖繩から南ベトナムの応援にアメリカは浸透しておる。浸透している場所は爆撃してもいいというならば、論理は普遍妥当なものでありますから、江戸のかたきを長崎でということは、長崎のかたきを江戸でということもまた言い得ることである。したがいまして、戦火が拡大しますと、沖繩または日本の基地を使うならば基地に累が及ぶことをわれわれは心配しておるのであります。これは杞憂であるとある日本政府の高官は言われますけれども、私どもが心配することは大脳の健全な作用でありまして、一定の論理的必然性をもって心配する。そしてその心配事がなくなるように予防策を講ずる。それが私は人間の特色だと思うのですが、これもひとつ坂本さんと開高さんに、国民のだれもが心配しておりますからお尋ねいたしたいと思います。
○坂本参考人 これは、日本の領土の一部である沖繩がベトナムの――さきにはラオスの戦争のときに出撃の根拠地になったということ、このことについては私たちも一番心配しておりますし、また、最近日本の学界、文化界の人たちが連名で佐藤内閣に要望書を出しましたが、その中にも、ベトナム戦争が拡大し七日本が戦争に巻き込まれるようなことがあってはならないということを強く指摘しております。私たちもこの点で完全に一致するわけですが、特に安保条約に基づいてこれが合法的であるというようなことについても、安保条約に基づいた体制そのものに私たちは反対であると同時に、また、安保条約の内容の解釈についても、そういう不正な戦争に日本が加担していくというようなことを防ぎとめる、そういう努力をすべきであって、同様の意味で、私たちは、沖繩が現在のような状態に置かれていること、これは沖繩におけるアメリカの軍事基地撤去と祖国復帰ということを同時に統一してこれを実現するような、その方向で沖繩の問題を処理していくべきではないかというふうに考えております。
○帆足委員 それじゃ最後に開高さんに杞憂であるかどうかを伺いたい。杞憂というのは、実は一昨日外務大臣がこれは杞憂にすぎないと言ったので、われわれはそれじゃこちらが精神薄弱児であろうかと疑問を感じておるわけですけれどうも、どうですか。
○開高参考人 私も大体意見一致しますから、申し上げることはありません。
 それから、北爆というのをやっても、これはディエンビエンフーの戦況という報告を読めばわかりますけれども、向こうでもあのときも肩でかついで人海戦術でもって武器や弾薬や医療品を運んだのです。幾ら北の補給路をたたいたところで、北が本気になって補給するとなれば人間の肩でやっていくので、あの国の戦争ではこういうことが決定的な因子になると思います。北爆をやってもむだだと私は思います。
○安藤委員長 西村関一君。
○西村(関)委員 私も、本日の三名の参考人の皆さま方のお話を伺いまして、非常に参考になり、教えられるところが多かったことを感謝しているものであります。
 そこで、時間もございませんので、三点ばかりそれぞれお三人の参考人の方からお伺いをいたしたいと思います。
 第一は、松本参考人にお伺いいたしたいと思いますが、アメリカ側が出しておりますところのベトナム白書というものがございます。そしてまた、北爆の当初の理由としては、北からの進攻があるからということで、いわゆるホー・チミンルートということを強く言っておるのでございますが、この点につきまして、いわゆるホー・チミンルート、海上補給ということも先ほどお触れになりましたが、これは御承知のように、ごく最近までは南ベトナム解放民族戦線軍は海岸線を押えていなかった。最近はずっと抑えてまいったようでありますが、そういう状態で、海上からの補給ということも最近においては考えられますが、いわゆるホー・チミンルートの存在についてどのようにお考えになっておりますか。
 第二点は、開高参考人にお伺いをいたしたいのでございますが、あちらに百日もおいでになりまして、いろいろな民衆とお触れになって、先ほどベトナム人の悲しい現実についてお話を伺ったのでございますが、私はいろいろなことを伺いたいのでありますが、一つの点は、南ベトナムにおける学生運動と仏教徒の運動についてどのようにお受け取りになりましたか。また、これらの運動のウエートをどのように評価しておいでになりますか。あるいはまた、これと南ベトナム解放民族戦線の綱領とは、そのねらうところが非常に似通っておる、あるいは全く一つであるというふうにも考えられるのでございますが、その間のつながりが有機的、あるいはまたそうでなくてもつながりがあるとお考えになるか。その点をお伺いいたしたいと思います。
 最後にお伺いいたしたいと思います点は、坂本参考人に対しまして、去る四月七日にジョンソン大統領がジョンズホプキンス大学において演説をいたしました。その演説に対して、北のハノイ政府、また南ベトナム解放民族戦線の人たち、あるいは世界の世論、そういうものがどういう反響を示しておるか。これは新聞等にも出ておることでございますが、簡潔にその評価についてのお考えを承りたい。
 以上三点でございます。
○松本参考人 いまのベトコンに対する北ベトナム人民共和国ですか、ホー・チミンルートなるものがあるかどうかという御質問でございますが、どうも私もその点は実ははっきりしたことを申し上げるだけの材料を持ち合わせておりません。しかしながら、確かに北ベトナムはベトコンを援助してこれに物資を送っておる。どういう方法で送っておるかわかりませんが、しかしこれは確かに否定できない事実だと私は思います。
○開高参考人 仏教徒と学生ですが、仏教徒の立場をごく簡単に言いますと、基本的に民族主義者である。しかし、反共、反米、こういうラインを守っておるわけなんです。一種の仏教徒の王道楽土による平和主義ということを考えておるらしい。しかし、ベトコンと通じている仏教徒もいますし、通じていない仏教徒もいます。南ベトナム国内における爆撃が進行していくと、反共よりも、差し迫った問題として反米の感情のほうが上回っておる。もうすでにあからさまにその反米主義というものが仏教徒の中にあらわれておると思うのです。しかし、それがあまり強く出ると殺されますから、現在のところ苦しんでいる。どうしていいのかわからない。いまのところ活動を停止しているのですが、次にどういう形で彼らの平和主義があらわれてくいるか、これは見守らなければいけないと思うのです。それから、学生は、兵役を免除されていますから、社会的には一種の非常な特権階級ということになると思うのです。学生運動も、いまのところ混迷に落ち込んでおる。はっきりした強い線を打ち出せないでいると思うのです。きょう現在のところは動いておりませんし、何かを考えているところではないかと思うのです。仏教徒の一番の心配としているのは、ベトコンの中の民族主義とは完全に握手ができる、われわれは協力もするが、一度ベトコンが政権を取ると、われわれは追い出されるのではなかろうかという心配を語る仏教徒が非常に多い。こういう事実を申し上げておきます。そのために完全に握手し切れない。むしろ警戒的になる。だから反共だ、こういう線が出てくるのじゃないかと思うのです。
○坂本参考人 七日のジョンズホプキンス大学でのジョンソンの演説は、大体二つに内容は分かれております。一つは、ベトナム問題について無条件に討議してもいい、ディスカッションしてもいい、ネゴシェーションということばではなくてディスカッションということばを使っているようですが、そういう点と、北ベトナムを含めて東南アジアの経済開発に十億ドルを出していいという内容のもので、これで少しでも平和の光が漏れてきたのではないかというふうに、日本をはじめ世界の新聞その他も大きく報道したわけですが、それから二十四時間後に、御承知のように戦爆編隊のいままでにない規模の北ベトナム爆撃がありまして、一ぺんにその希望は吹っ飛んでしまったわけなんです。東京に来ておりましたフォール元フランス首相は、これはニンジンとこん棒の政策である、ニンジン、えさを与えながら、言うことを聞かないときにはたたく、これはロバには通用するが人間には通用しないだろう、そういう批評を東京でしました。ましてこれはベトナム人民には妥当しない。このことは、中国そしてソビエトも最近、北ベトナムを攻撃し、これで何か交渉のいすあるいは討議のいすにつかせよう、武力でおどしてここへつかせる、降伏条件を突き出すようなこういうやり方は妥当でない、中ソ論争を持っている国でも大体一致してこういうように見ておりますし、また、多くのアジア・アフリカ諸国では、インドネシアなど義勇軍を送り出すということを決議したところもありますし、第一にまずアメリカがベトナムから撤退するということが、大体世界を通じての大きな世論になっております。日本でも、週刊誌などが募集した投書の中にも、全然いままで名前も知られていない若い人たちとか職場の人たちが、アメリカの撤退が第一であるということを日本国民の声としてあげているということから、世論も想像できるのではないかと思います。
○西村(関)委員 ありがとうございました。
○安藤委員長 穗積七郎君。
○穗積委員 お三人の参考人に感謝を申し上げます。
 そして、時間がありませんから坂本教授に一問だけいたしたいのですが、一緒ですから一問ですが、内容は二問でございます。
 第一は、今度のアメリカのエスカレーション政策を許すに至りました要因の中に、ソビエトがトンキン湾事件以来この問題に対して非常にあいまいな態度をとった、これがアメリカのエスカレーション政策を決定せしめるために非常に大きな役割りを果たしていると私は評価しております。したがいまして、今後の問題としては、ソビエトがこの問題に対して重要な責任を今後解決にあたっても持っておる。日本の外務省ごときがこの平和解決に何らかの寄与をするかのごとくしないかのごとく、佐藤さんもやや正直ですから、やってもナンセンスだ、無力だと思っておりますから、時期があったらやる、つまりできそうな前の晩にやるということだろうと思う4問題はやはり、ソビエトというものは私は非常に大事な責任を負っているというふうに思うのです。それに対する政治的評価につきまして坂本教授に御意見を伺いたい。原因と今後の責任ですね。
 それから、もう一つは、問題の焦点は、もうアメリカは永久に勝つ見込みのない戦争であることは知っておる。だからこそあせってひとりでのたうち回りて相手をさがしておる。その相手をなぜさがすかといえば、戦争はやめて、アジアにおける、すなわちインドシナ半島における軍事基地だけは撤去したくない。あそこに残りたい。その根だけは残しておきたい。それを残しておかないと、極東全体におけるアメリカの、つまり日米安保条約体制まで含みまして全体に影響がある。そこで、問題は、この可能性があるかないかということが焦点である。私は、日本の善意あるインテリと称する人々の中に、その問題の焦点というものを忘れて、ただ戦争をやめてもらえばそれでいいのだ、――やめられるものではございません。必要があってやっているのではない。何も向こうからしかけたものではないのですから。アメリカがのたうち回ってこんなばかばかしい気違いじみたことをやる必要がないのになぜやるかといえば、このままじっとしておれば、日本が大陸から追い落とされたように、フランスがインドシナ半島から追い落とされたように、最後はもう戦わずして何の努力もしないで追い落とされる。そこで、けんかをふっかけて相手を見つけて、相手を見つけるということは、そこで平和交渉をやってアメリカの既得権すなわち軍事基地の根を残しておきたい、こういうことはもう見えすいた腹であると思うのです。それをやるためには、ジュネーブ協定にまいりますと、ジュネーブ協定は、停戦と撤退、独立、すなわち中立を原則といたしておりますから、手がかりはない。そこで、新たなる国際紛争を起こして、国連の安保理事会に持ち込んで、あわよくばあそこに朝鮮と同じように国連の旗を立てたい。それがいかなくても、アメリカの既成事実、既得権は求めておきたい。そんなばかばかしい見えすいたような政策というものを日本のインテリはややともすれば認めて、とにかく戦争をやめてもらえばいいのだ、すなわち撤退ではなくて平和でけっこうだ、それならば可能性はありはしないか、こういうように考えがちですが、むしろそのことが可能性を遠ざかっておるものであって、可能性のある唯一のものはやはり撤退だ、それ以外に問題の解決はないというふうに私は思うのです。問題が混乱いたしますとそこで妥協してやろうとする習性が日本のインテリにある。私は過去の自己反省の中から反省するわけですけれども、やはり、問題が混乱したときこそ原則を明らかにすること、このことこそが解決の一番の早道であるというふうに私は考えるわけです。したがって、アメリカが計画しておるような、新たなる国際紛争として国連に取り扱わせて、国連の安保理事会の中へ持ち込んで、あわよくばあそこへ国連の旗を立てて居残りたい、そういうような問題ではなくて、これはジュネーブ協定あるいは十四カ国共同宣言の原則はもう打ち立てられておるわけです。これは何もアメリカの植民地であったところではない。フランスが撤退し、それをアメリカは支持し、アメリカも責任があるのに、これをみずから破ろうとしておる。そんなことを許しておるから、アジア問題というのはいつ道理が力に負けまして永久に解決はしない、そういうふうに思うのです。その二点につきまして坂本教授から御意見を伺い、あとの部分につきましては松本先生に御所見がありましたら伺っておきたい。
○坂本参考人 最初の、ベトナムに対するソビエトの考え、あるいは政策のことにつきましては、一口に言いまして、ソビエトは、民族解放闘争というものの意義を正確につかんでいなかったということのために、ベトナム問題についていろいろ立ちおくれ、あるいは一般の表現によると慎重というふうなことばを言われておりますが、そういう形の政策をとっているように思います。というのは、アメリカとの間にいわゆる平和共存政策を打ち出しておるものでございますから、アメリカが擁立している南ベトナム政府というものに気がねをし、これを否認するような形になるといけないので、民族解放戦線を正式に認められないということが続いてきました。現在、南ベトナム解放民族戦線は、キューバのハバナとアルジェリアのアルジェ、そして東ドイツのベルリン、チェコスロバキアのプラハ、中国の北京、インドネシアのジャカルタに外交代表部を持っております。私はこのうちハバナとアルジェの代表部は直接訪問したこともありますが、完全に外交特権を持っております。ソビエトでは、代表部の設置を認めようということが、昨年の十一月のハノイ国際会議のあと、ことしになってようやくこういうことになった。そういう点で、アメリカとのいわゆる平和共存ということのために、ベトナムのいろいろな問題を含んでいるこのベトナム民族解放闘争ということについての支援、支持があいまいになり、またおくれてきているという事実があると思います。
 それから、このアメリカのベトナム政策ということについては、先ほど穂積先生が言われたとおり、ここに国連その他のいろいろな手段を通じて基地あるいは勢力の保存をしておきたいということが、アメリカが第二次大戦後いわゆる中国封じ込めということを立てて以来、終始続いていることなんです。ちょうど中共封じ込めというように、越共封じ込め、越共をたたけということで始まってきているわけですから、国連その他を通じてアメリカがあそこに軍事基地あるいはその他の勢力の根源を残しておきたい。このねらいは北ベトナムであり中国であるということはもう動かしがたい事実であると思います。その点で言いますと、ベトナムの戦争は国連の外で起こったことである。ということは、北ベトナムは国連に参加しておりません。また、中国との関連を言いましても、中国も国連に議席を持っていない。国連の外で起こったこと。その意味であくまでもジュネーブ協定というのが解決の基準になる。そのジュネーブ協定を完全に実施するという立場をアメリカは現在まで二度完全に無視してきております。一つは一九五四年のインドシナ休戦に関するジュネーブ協定。一つは一九六二年のラオス中立に関するジュネーブ協定。そういうことで、あくまで撤退によってアメリカが条約を実施するという姿勢を明らかにした上でこそ国際会議その他は開かれるべきであって、早く国際会議を開けばいいということは、戦争が一日も早く終わればいい、こういう善意と希望も含まれていることは私たちもよくわかりますが、この際原則をはっきりして解決をつけておかないと、ベトナム以外でまたベトナムのようなことが起こる可能性が十分にあります。同時に、極東の平和がそのことによって次々と脅かされてくる。この意味でも、はっきりと原則に立った解決をするということ。また、ベトナムの民族性から言いましても、非常にベトナムはこの原則を尊重し、しかも柔軟なやり方をするというのがベトナム人民の民族性で、私はこれをベトナムに多い竹にいつもたとえて話すのですけれども、竹は節目が正しくてしかも柔軟性が非常に強い。原則は守り、しかも適用は柔軟性でやっていくというのがホー・チミン主席の指導のように思います。私も二度ほどホー・チミン主席と会っていろいろ話をしたときにも、そのことをよく感じました。そういった意味で、原則に基づく解決という点は非常に重要だし、この点を強調したいと思います。
○安藤委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人各位には長時間にわたり貴重な御意見を御開陳いただきまして、まことにありがとうございました。
     ――――◇―――――
○安藤委員長 千九百六十四年七月十日にウィーンで作成された万国郵便連合憲章、万国郵便連合一般規則、万国郵便条約及び関係諸約定の締結について承認を求めるの件、日本国とグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国との間の郵便為替の交換に関する約定の締結について承認を求めるの件、日本国とインドとの間の国際郵便為替の交換に関する約定の締結について承認を求めるの件、以上三件を一括議題とし、審査を進めます。
 質疑の通告がありますので、これを許します。
 帆足計君
○帆足委員 渡り鳥は国境を越えて自由に地球の上のどこにでも飛ぶことができます。しかし、人間は不幸にして、今日の進化の段階ではまだ尾テイ骨が残っておるような状況でありまして、国と国という愚かなものがあり、国境というものがあって、思うにまかせないことが多い。さらに、戦争というような野蛮な行為に訴える。戦争をしながら何の人道ぞやといつも思う次第でありますが、しかし、ラジオやテレビが発達いたしまして、さすがにこれに対して障害を設けることができませんので、ラジオやテレビを通じて諸国民の文化、芸術、心に接することができることは、まことに愉快なことです。郵便はまさにそれと同じ本質を持っています。したがいまして、どこの国とも事務的に郵便協定を結んでもらいたい。このことについては前委員会で適切な質問があり、また運輸大臣から適切なお答えがありました。したがいまして、どうか運輸大臣のお考えのほどを外務省にもう少し強く反映していただきたいと思う次第でございます。
 それから、第二に、万国郵便憲章である以上は、信書の秘密ということが第一番に私は入っておるものと思っていましたところが、事務的な事項がたくさん書き連ねてありまして、私どもしろうとにはどこにそういう精神があらわれておるか発見することが困難でありましたので、そのことについて一言お尋ねしたいと思います。手紙の自由ということは基本的人権の一つでありまして、私は高等学校のときに隣の女学校の生徒にラブレターを書きまして、それを「マルクス主義」という雑誌にはさんでおいたのを、運動場でクローバの上に置き忘れまして、学生課長にそれが拾われまして、おまえはラブレターを書いた上に雑誌「マルクス主義」を読んでおる、あわせて一本でということで停学処分になりまして、高等学校を一年落第いたしました。したがいまして、自由ということについて、特に信書の自由ということについては非常に敏感でございますが、数年前に中国の郭沫若氏に出した手紙で、これはラブレターではありませんけれども、文化人同士としてのただ友情の手紙であります。これが香港で開封されたかどうか知りませんけれども、手紙の中身を入れかえられまして、そして違う手紙が中に入って先方に着いておる。表書きは私の航空郵便の封筒のまま、中身は別なものが入っている。まさか中央郵便局で入れかえが行なわれるわけでもありませんから、くせ者は香港でなかろうかとだれしも思うところでありますが、結局わからないままで済みました。そこで、信書の秘密ということが、一つは手紙、一つは電報ですが、これは万国共通に私は守られねばならぬことであると思いますが、こういうことこそ万国郵便の条約で、また憲章で明記されねばならぬことと思うのですが、それはどういうふうになっておりますか、この際お尋ねをしておきたいと思っておる次第です。
○長田政府委員 お答え申し上げます。
 信書の秘密を守りますことが郵便業務上最も重要であることは、もう仰せのとおりでございます。各国とも、これにつきましては、やはり非常に重要視いたしまして、それぞれ憲法なり法律なりで、国によって若干の差はございますが、厳しく規定してございます。万国郵便条約等におきましてそのことに触れておりませんのは、あまりにも当然のことということのためでございまして、決して万国郵便連合が通信の秘密を守ることについてこれを軽視しているというようなことではございません。
○帆足委員 重要なことでありますから念のためにお尋ねしましたが、電報はこれは別個になっておりますか。どのように規制されておりますか。
 それから、ついでにお尋ねします。ソビエトもこれに入っておりますかどうか。
○野口政府委員 国際電気通信条約に電気通信の秘密という項がございまして、「連合員及び準連合員は、国際通信の秘密を確保するため、使用される電気通信の方式に適合するすべての措置を執ることを約束する。」、そういうふうになっております。
○帆足委員 郵便のほうも電信のほうも、ただいま条約に加盟している国の一覧表をいただきましたが、社会主義国はどことどこが入っておりますか。
○長田政府委員 郵便のほうについて申し上げますと、社会主義国でもほとんど万国郵便連合に入っております。先日の委員会でもお答え申し上げましたように、現在万国郵便連合の協定に入っておりません地域は、北朝鮮、北ベトナム、それから中国本土、それから東ドイツくらいかと存じます。
○帆足委員 よく貿易とか商談などの場合に手紙または特に電報などは情報が相手方に漏れるという話を聞きますが、そういうことはたぶん私は誤解だろうと思っておりますが、そういうことはあり得ることでございましょうか。
○長田政府委員 現在、日本の郵便業務におきまして、そのようなことはとうてい考えられないことでございます。
○帆足委員 外国におきましてはどうでございますか。
○長田政府委員 通信の秘密を尊重するということは、世界のあらゆる国の憲法がはっきり規定いたしているところかと思っております。ほとんどの国についてほぼ同様かと考えておりますが、詳細なことは、外国の国内業務のことでございまして、私詳しく存じておりません。
○帆足委員 北京に参りましたときに、電報の頼信紙に、電信の機密は完全に守られておるからということが説明書きに載っておりまして、私は意を強くいたしましたが、日本国内において書信が開かれるということは、たとえば謀報の関係とかその他の関係であり得ることでしょうか。また、ときとしてはそういうことが行なわれ得るおそれがあるわけですか。正確に承っておきたいと思います。
○長田政府委員 日本の国内におきましては、刑事事件の捜査令状かなんかを伴って郵便物の提示を求められたりいたしました場合はともかく、それ以外の場合におきましてはさようなことは決してございません。
○帆足委員 ただいまのお答えを聞いて安心いたしました。もとより当然のことでございましょうが、もう一つ、議員として知っておかねばならぬことと思いますので、この機会にお尋ねいたしますが、在外公館が本国と通信をいたします場合に、まず大使館の特別郵便または電報、または暗号電報、または大使館から直接無線電信その他で送る自由等がどういうふうになっておりますか。ごく簡潔に知っておきたいと思うのでございます。
○佐藤説明員 いろいろ通信の方法はございますが、いわゆるパウチと申しまして、外交便で送ります分と、電信とが非常に大きな問題だろうと思います。その御質問の趣旨を私取り違えておるかもしれませんが、外交便につきましては、外交官の特権等のウィーン条約というのがございまして、これに対する秘密の保持については国際的に確保されております。電信につきましては、御承知のとおり、秘密の電信につきましては暗号電報によっておりますために、これにつきましてはこちらでむしろ秘密確保の措置をとっているということになっております。
○帆足委員 まず日本の在外大使館の場合と、それから外国の在東京大使館の場合の両方の例をお尋ねいたしますが、電報を打ちます場合には、たとえば暗号電報を打ちます場合には、日本の中央郵便局のその機関を使って打つのですか。それとも、同時に、直接に発信機、受信機を持っておるのでございますか。ちょっと伺いたいと思います。
○佐藤説明員 在日大使館の問題につきましては、いわゆる発信局を持つことは現在電波法では禁じられております。持っておらないと了解しております。
○帆足委員 そういたしますと、日本におります外国の、たとえば英国の大使館が本国に、秘密を要するときは暗号を使って打ちますが、その暗号自身は日本の電信局に申し出て、そこで打たれる。すなわち、その内容は日本が知ることができる、そういう形になっておりますか。
○佐藤説明員 暗号の形で電信局に持ってまいりますから、暗号に組まれた形では知ることはできるわけでございます。
○帆足委員 でありますと、その暗号がたくさん集まれば、それを解読する可能性は――そういうことを郵政省がなさるとは思いませんけれども、可能性はあるわけでしょうが、重ねてお尋ねいたしますが、在外公館が公館の中で無線電信機を持ち、そして発信し受信するということは、現在の制度では禁止されておるわけですね。もう一ぺん明確に……。
○佐藤説明員 先ほど申し上げましたのは日本の中の問題でございます。それぞれの国によりまして国内法が違いますが、許可している場所もあるかと存じております。
○帆足委員 それではもう一度重ねてお尋ねいたしますが、日本にある在外公館は、日本の国内法によりまして、自分で発信機、受信機を持つことは禁止されておる、こう理解してよろしいわけですか。
○佐藤説明員 そのとおりでございます。
○帆足委員 それでは、たとえば今度は日本の存外公館における発信、受信は、秘密の場合は直接に無線電信を送り得るような、相手国の国内法によりましてそれが認められておるところもありますか。
○佐藤説明員 一部認められているところがございます。
○帆足委員 それで、最後にお尋ねいたしますが、日本における在外公館がその母国に発信いたしますその在外公館特別便というものは、一定の袋か何かに入れて、開封して日本の郵便局を通じて送られるものですか、それとも、直接飛行機会社なりまたは船便に頼んで送られるものですか。
○佐藤説明員 先ほど申し上げましたクーリエ便によるものであります。クーリエ便と申しますか、外交郵袋と申しておりますが、それはむしろ人間が持ってまいりますものでございますから、これは郵便局には入らないものでございます。それ以外は郵便局を通じて行っていると思います。
○帆足委員 外務委員としてこういうことはやはり知っておかねばなりませんから、お教え願いたいのですが、郵便局を通じて在外公館便として送りますものは、ばらばらでなくて一定の袋か何かに入れて、そして中央郵便局から送ることになるわけなのですか。すなわち、そういう特別の制度、便宜が与えられておりますかどうか。
○長田政府委員 日本にあります在外公館から郵便局を通じて出されました郵便物は、一般のものと格別の違った取り扱いはしておりません。ただ、あて先などが同じであるというような場合にまとめて送達するというようなことはございますけれども、基本的には差違はございません。
○帆足委員 最後に、日本における外国大使館はいろいろありましょうけれども、その大使館便というのは非常にしばしば行くわけですか。その場合に使節が持っていくとすると、そのときの往復などは外交官待遇の往復になっておりますのですか。どういうふうな連絡が行なわれておりますか。
○佐藤説明員 その頻度は私もよく知りませんでございますが、各国によってこれは違うと思います。アメリカだとかイギリスだとか、こちらから非常にたびたび情報を送らなければならないような公館でありますれば、外交郵袋を出すことは非常に多いかと思います。それでまた、外交郵袋自体を持っていく者は、外交官待遇と申しますか、外交ピザを持って動いております。
○帆足委員 そこで、最後の質問ですが、機密電報、暗号電報を打ちますときの窓口は、それは中央郵便局とか、きまったところであるわけですか。その制度をちょっとお尋ねしておきたい。
○佐藤説明員 中央郵便局とか、一般に電報を打てるところから打っていると思います。
○帆足委員 ありがとうございました。
○安藤委員長 戸叶里子君。
○戸叶委員 万国郵便連合憲章だけですと一点で済むのですけれども、委員長たいへんお急ぎのようで、日英、日印のほうもきょうはここで審議してほしいようですけれども、与党の方々がたいへん急げ急げとおっしゃるのですが、どういうふうにしたらよろしいですか。三条約一緒にやるわけですか。
○安藤委員長 さようにお願いいたしたいと思います。
○戸叶委員 一緒にやるのでしたら、やはり四、五分伺わなければならぬ。
 なるべく簡単にいたしますけれども、まず最初に伺いたいことは、英国とインドが万国郵便連合憲章の郵便為替及び郵便旅行小為替に関する約定に参加していないために、日本とインド、日本と英国との間に郵便約定を結ぶようですけれども、それらの国々が参加しない理由はどういうところにあるのですか。
○武田(功)政府委員 お答えいたします。
 英国等の国が万郵連の郵便為替約定に加盟しておりません理由は、大体それぞれの国内の制度がこの約定に規定しております制度となじんでいないということ、また、もう一つは、この万国郵便連合の郵便為替約定には料金の規定がございますが、その料金の規定に縛られたくない、それで、それぞれ相手国との間に取りきめたい、大体こういう理由がおもな理由でございます。
○戸叶委員 そうすると、日本の場合には、国内の制度には別にこれを結んでも関係ない、あるいは料金などは縛られても関係ない、つまり、日本の場合には、いまおっしゃった理由の逆のことが言えるわけですか。
○武田(功)政府委員 大体さようでございます。
○戸叶委員 日英の郵便為替約定の場合には、日本文と英文を正文としておりますけれども、日印の場合には英文だけが正文のようでございますけれども、これは一体どういうわけでございましょうか。
○佐藤説明員 これは条約のつくり方の問題でございますが、日英の場合には両方の国語になるわけでございます。日印の場合には、日本語とインド語と申しますか、それと英語とつくる場合とがございますが、その場合には大体第三国語が解釈正文になるわけでございます。解釈正文の分だけをつくりまして済ましてしまう場合もあるわけでございます。したがって、日英の場合には両国の国語、日印の場合には第三国語だけ、こういう形になっております。
○戸叶委員 日印の場合には第三国語だけ、それで英語にしたというわけでしょう。そうしますと、これは郵便条約だけではなくてほかの条約なりあるいは何かにも関係がありますか。こういうことはあり得ることですか。郵便条約の場合だけですか。
○佐藤説明員 ほかの条約の場合にもそういう場合もございます。たとえば、いますぐ私思い出せませんですけれども、アラビア語だとかいうような場合に、日本語を入れますとアラビア語も入れるという話がございまして、これは両方のチェックが非常にむずかしい場合がございまして、そうすると第三国語だけでつくってしまうという場合があります。
○戸叶委員 日印の間におきましては、この約定によって今度直接交換をすることになるわけですけれども、これまで第三国の仲介によって交換が行なわれていたわけですけれども、その交換と今度の約定によって行なわれる直接交換による場合と、その日数とかあるいはまた金額などはどの程度の差があるかということを伺いたい。
 それからまた、いままで第三国としてどういう国が扱っていたか、どういう国を通していたか、この点を伺いたいと思います。
○武田(功)政府委員 従来インドとは英国の仲介で行なっておりますが、その際に、仲介料金といたしまして、為替金額一ポンドまたはその端数ごとに二ペンス、ただし最低の仲介料金は四ペンスまでとなっております。こういう仲介料金を払わなければなりませんが、今後はこの料金が要らなくなるということが第一点。それから、第二点は、大体いままででございますと二十日くらいかかっておりますところが、大体今度はその半分くらいの日数でいける、こういうことでございます。
 なお、この仲介関係は非常にたくさんのケースがございますので、何でございましたら、先刻お出しいたしました資料に入っておるかと思います。
○戸叶委員 きのう資料をいただいたものですから、まだざっと目を通しただけでよく見ていませんので、あとで拝見したいと思っています。
 それから、日印間に電信為替を扱わない理由は何でしょうか。
○武田(功)政府委員 電信為替の場合には、やはり一つは料金の問題がございます。それから、もう一点は、このごろ航空便が非常に多うございますので、航空便を使えば相当早くいけるというような理由から、インド側が電信為替を希望しないというわけでございます。
○戸叶委員 航空便よりも電信為替のほうが早くないのですか。やはり航空便のほうが早いのですか。インド側がそれを希望しない理由はどこにあるのですか。
○武田(功)政府委員 先ほどの御答弁ちょっと十分じゃございませんが、別に航空機が早いというわけじゃございませんので、航空便が多うございますから、それを使えばかなり間に合うという意味で申し上げたわけでございます。もちろん電信のほうが早うございます。なお、電信為替でございますと相当料金が高くなりますということ、それからまた、インド側の国内体制で電信為替を十分処理できない、こういう意味からインド側が希望しない、こういうわけでございます。
○戸叶委員 日英間の場合に、現在明治四十一年の約定及び大正二年の追加条款によって行なわれているのでありますけれども、今日の実情に沿わない点があるというのは、それはどういうような点が特に今日の実情に沿わないのかということが一点と、それから、もう一点は、戦後二十年もたっているのですけれども、その間にそういうようなことを改正するような意向は全然なかったかどうか、この点を伺いたいと思います。
○武田(功)政府委員 改正点のおもな点を一、二申し上げますと、従来は約定の中にある程度こまかい規定も入っておりましたが、今後は、約定は基本事項だけに限定いたしまして、細目はなるべく郵政庁間の合意によって弾力的にきめられる、こういったような点、それから、為替の表示貨幣を、現行約定におきましては英国振り出しの為替については日本円でとか、日本国振り出しのものにつきましては英貨ポンドで表示するということを規定しておるのでございますが、新約定では、原則としては払い渡し国の通貨とする、こういつたようなきめ方をするとか、それからまた、一口の最高額を、現行では、たとえば英国振り出しにつきましては四百円、日本国振り出しにつきましては英貨四十ポンド、こうきめておりますのを、これは金額は両郵政庁間の合意できめよう、こういったような規定のしかたが主たるところでございます。
○戸叶委員 それで、いまのように改正したわけですけれども、便利なようになすったわけですね。ところが、戦後二十年たつのですけれども、その間そういうふうな空気がなかったかどうか、改正しようとする空気がなかったかどうか、なぜほうっておいたかということを伺いたいと思います。
○武田(功)政府委員 これは戦後早くからそういう議がございまして、二十何年でございますか、自来いろいろと交渉を続けてまいって、やっと今回この運びに至ったわけでございます。
○戸叶委員 二、三点あるのですけれども、時間がないですから省いて、「現行の万国郵便条約および関係諸約定の加入国の表」というのをいただい七、これをざっと見たわけですけれども、この表によりますと、この万国郵便条約とそれに関係した約定に入っている国というのがわりあいに少ないですね。たとえばドイツとか、ベルギー、カメルーン、チリ、スペイン、アフリカのスペイン領土とか、フランス、それから上ヴォルタ、イタリア、それから日本も一応入ったことになっているのですけれども、今度批准されてから入ったことになるわけでしょう。これが第一点です。一応入ったことになっていますね。それから、マリ、ニジェール、ノルウェー、パラグアイ、 オランダ、アラブ連合共和国、スウェーデン、トルコ、ベトナムと、日本も数えて十九になっている。
 それで、これで見ると入らない国がたいへんに多くて、しかも、大きな国であるアメリカ合衆国などは、条約には入っても関係諸約定には入っておらないわけです。入っておらなくても別に不便はないかどうかよくはわかりませんけれども、とにかく入っておらない。それで、日本は今度率先して入るわけですけれども、入っておらなくてもいいのだけれども一日本は入っておいたほうがいいという程度のものなのでしょうか。それともやはり積極的に入っておかなければ困るというものであるから入るのでしょうか。この辺の基本的な考えを一ぺん伺っておきたいと思います。
○長田政府委員 お答えいたします。
 日本は、ただいまのお話にございますように、ここの表にございます全部に加盟しているわけでございますが、これは一九五七年のオタワ条約のときも大体同じような状態でございまして、以前から入っているわけでございます。ただ、この中でまだ日本が実施してないものにつきまして先般もお話が出ましたのですが、これにつきましては、貯金局長もお答えしましたようないろいろな事情がありまして、加盟をしてもまだ実施してないという点もございますが、これに加盟し、あるいは実施しておりませんと統一的な取り扱いができないわけでございまして、個別の条約なり約定なりを結んで初めてそれぞれの国との関係をつけ得るということになりますので、実質的な関係のある国につきましては、私どもはやはり全般的にはこれに入っているほうがいいのではないかというふうに考えております。
○戸叶委員 実質的な関係では入っていたほうがいい、統一的な扱いがいろいろできないからということでございますけれども、たとえば、日本はいまアメリカなんかと非常に関係があるわけですけれども、アメリカは入っていないですね。加入しておらない。そういうのは一体どういうふうに了解したらよろしいわけでございますか。
○長田政府委員 この表にございますように、アメリカ合衆国は条約以外に全部入っておりません。一番関係の深いたとえば小包などに例をとりますと、相当交流は、おそらく日本の対外関係では一番アメリカ合衆国があるわけでございまして、これにつきましては、アメリカ側で入らない理由は、結局、小包の交換等につきまして、主として大陸系の流れをくんでおります万国郵便条約系統の万国郵便連合の小包約定の系統と、それから従来の英米、アングロ・サクソン系統のやり方が少し変わっております。そのために、アメリカをはじめとして従来イギリスとかオーストラリアとかカナダとかそういう英米系が入っておらなかったのでございますが、そういう国が少しずつ万国郵便連合の小包約定のほうに入ってまいりまして、現在の段階ではこの表にある程度にまで減ってきているわけでございます。アメリカと日本との間におきましては、日米小包約定というものを別に結びまして、それに従って別に交換しております。
○戸叶委員 日米小包約定を結んでいるのは日本とアメリカとの関係なんですけれども、そうしますと、もしもアメリカが小包約定そのものに入りますと、日本は入っていますから、日米小包約定というのはなくなる、こういうことになるのですか。
○長田政府委員 仰せのとおりでございます。
○戸叶委員 そうすると、アメリカ自身は一般的にいろいろな国との交流だとか小包のやりとりというのはあると思うのです。そうすると、アメリカ自身がここへ入ったほうがやはりどこの国にも都合がいいと思うのですが、アメリカ自身入るような動きはないのですか。自分はかってに入らないでおいて、どこの国とも特殊約定を結んでいく、こういうふうに考えているわけでしょうか。この辺の動きをちょっとお知らせ願いたい。
○長田政府委員 やはり、それぞれの国のやり方、個性というものがございます。その個性にしても、国際的な一般約定の中に入っている国あるいはこれから入ろうとする国と、現在まだそこまで至っていない国とがございます。アメリカはまだそこまで立ち至ってないようでございます。
○戸叶委員 こういうものに私どもは加入したほうがいろいろなことがスムーズにいくだろうというふうに想定して賛成をいたしますけれども、ただいまみたいにずっと分析してまいりますと、それからまた、この間郵政省のほうからちょっと出していただきました第三国の仲介の表なんかを見ますと、まだよくは見ておりませんからわかりませんけれども、何かいろいろな問題がすぐ出てくるんじゃないかというような気もするのですけれども、ともかく、日本が加入したからにはやはり加入しないよりよほどいいんだというような、端的に言って何かそういうふうなことがありますでしょうか。この点を伺いたいのです。
○長田政府委員 日本が加入しまして世界的な統一取り扱いに入りますことは、国際郵便業務、各郵便局における外国郵便の取り扱い等につきまして非常に複雑でなくなるし、指導その他間違いも起こらなくなりますので、非常に好ましいことだと思っておりますし、日本は従来からそういうような趣旨におきましてできるだけ多くの協定に入ってきているわけであります。
○戸叶委員 いまの御説明はそのまますなおに取りたいと思うのですけれども、ただ、この前も森本委員が非常に専門的な立場から御質問なさいまして、たとえば、貯金約定ですかに加入しても、もし加入しているならば当然その加入している国に行った場合には別にお金を交換していかなくても向こうへ行ってすぐ使えるようになるのではないか、ことにアメリカなんかそうじゃないかというふうな発言もあって、私ども全くそのとおりだと思うわけなんです。だから、そういうところの便宜がはかられれば、やはり私たちも加入しておってよかったなということがわかりますけれども、いまのような弁明では、具体的にこういう点がたいへんいいんだというようなところはあまり見受けられないように思いますけれども、まあこの前指摘されましたようないろいろな欠陥はなるべく早く日本でも国際会議において発言をされまして、いまおっしゃった統一的な行動がとれるんだからいいというその長所を伸ばされるような形にしていただきたいことを要望いたしまして、私の質問は終わりたいと思います。
○安藤委員長 これにて三件に対する質疑は終局いたしました。
    ―――――――――――――
○安藤委員長 これより討論に入りますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。
 右三件を承認すべきものと決するに御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○安藤委員長 御異議なしと認めます。よって、右三件は承認すべきものと決しました。
 おはかりいたします。ただいま議決いたしました三件に対する委員会報告書の作成につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○安藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
  〔報告書は附録に掲載〕
○安藤委員長 この際、午後三時再開することとし、暫時休憩いたします。
   午後一時二十七分休憩
     ――――◇―――――
   午後三時十九分開議
○安藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 千九百六十三年十二月十七日に国際連合総会決議第千九百九十一号(XVIII)によって採択された国際連合憲章の改正の批准について承認を求めるの件を議題とし、審査を進めます。
 質疑の通告がありますので、これを許します。穗積七郎君。
○穗積委員 経済局長、国際通貨の問題について御答弁いただけましょうか。金の買い上げの問題その他、これはむしろこの問もお話がありましたように大蔵省の所管に属することなので大蔵省側の出席を求めておりますが、まだおいでになっておらないので、あなたからお答えいただいてもかまわないのですが……。
○安藤委員長 大蔵省に連絡をとってあるそうです。
○穗積委員 それでは、先に外務省の所管について大臣から始めます。
 安保理事会の例の拒否権の問題。これにはこれの歴史的な経過があって、こういう規定ができていると思うのですが、今日のように百十数カ国の多数国が参加いたしまして、そして総会の権威を認めて、すなわち世界の世論を背景とするこの平和機構の運営ということになりますと、大国主義による拒否権というものがいかにも非民主的な時代おくれの規定になってきていることは、万人の認めるところだと私は思うのです。この拒否権の問題については外務省はどういうお考えを持っておられるか、まず最初にそれをお尋ねをいたしたいと思います。
○椎名国務大臣 これは、常任理事国が拒否権を持っておりまして、ある特定の問題について意見が違うと、拒否権が行使される。それによって、もうどうにも動きがつかないということでございまして、いわゆる最も大切な国連の平和維持機能というものが、肝心な拒否権の問題でほとんど動かないという状態になっておりますので、平和維持機能をもっと活発に発揮して国連の機能を高めるためには、この点について何らかの改正を加える必要があるのでありますが、憲章を改正しようとしても、また常任理事国の拒否権というものによってその改正が一歩も進まないということになるので、この点につきまして、三十数カ国による、国連の平和維持機能というものをいかにしてこれを円滑にその機能を行なうようにするかという特別委員会が、先般の国連の会議において設置されることに決定いたしたわけでありまして、日本もこの委員の中に加わりまして、今後この拒否権の問題を一体どういうふうにしてこれを調整し、国連の平和維持機能というものを円滑に行使し得るようにするかということについて、これから審議が始まることになっておるのでありますから、この場において日本としても大いにこの点に努力を傾注したい、こう考えております。
○穗積委員 いまお話しのとおり、改正手続が、総会において三分の二、それにプラス常任理事国の全会一致、こういう二重の関門を通らなければ改正案自身が通らない。おっしゃるとおり、改正手続の改正がまず第一必要である。ところが、その改正手続の改正案というものが拒否権制度にまで及ぶということになりますと、実は拒否権解決に関する具体的な提案も並行して進めることがこの問題解決のために役立つことだと私は思うのです。したがって、拒否権制度の改正のための改正手続の改正ということだけでなく、総会の多数意見というものを尊重いたしまして改正ができるような改正手続に改める必要がある。これは一般的に言えることであると思うのです。これはあとでまたお伺いしたいと思いますが、私はやはり、改正手続というものは、総会の三分の二で改正ができる、これが最大の制限、場合によれば過半数でもいいわけです。それにプラス常任理事国の全会一致、すなわち、拒否権を行使する国がまだ一国でもあれば改正ということはできない、こういう、何といいますか、大国主義の非民主的な残滓というものは、この際わが国の国連対策としてもっと真剣に考えるべきだと私は考えます。
 そこで、二つに分離いたしまして、まず当面の問題である拒否権を征伐すること、拒否権を解消すること、このためには、何かおぼろげながら、特別委員会における発言をも控えまして、わが外務省としては何らかの構想といいますかアイデアがおありだろうと思うのです。それについてもう少し進んでお尋ねをいたしたい。努力するについては何らかの具体的な方針がなければどうしようもないわけですから、ぜひその点を、鞭撻を兼ねてお伺いをしておきたいと思います。
○椎名国務大臣 非常にむずかしい問題でございます。しかし、とにもかくにも、この拒否権のために十分に機能が発揮できないにしても、国連の平和機構というものは、これ以上のものを現実問題として置きかえられるものは他にないのでありますから、この国連の機構はあくまで尊重し、できるだけこれを活用するということを考えざるを得ないと思うのでありますが、拒否権のために安保理事会が動かなくなったような場合には、総会の議決によってこれを補っていくという道しか当面考えられないと思うのであります。なお特別委員会においていろいろ研究をする余地はもちろんあるわけでありますが、当面の問題としては、総会の決議によって補いをしていく、こういうことがただいま考えておる対策ではないか、こう考えております。
○穗積委員 これは事務当局でけっこうですが、国連の舞台において、またはそれ以外の場所において、国または団体あるいは個人、学者個人でけっこうですが、そういうところから、拒否権問題を解決するための公のあるいは非公式の案というものが提案されておる事実を外務省としてキャッチしておられるなら、それをこの際参考のために報告をしていただきたいと思うのです。
○椎名国務大臣 事務当局から……。
○滝川説明員 お答えいたします。
 公式に国連の舞台において、いま穂穂先生がおっしゃいましたような提案が行なわれたことはございませんが、民間あるいは関係団体というようなところでいろいろな研究が行なわれておるということは、いろいろあるようでございます。全部についてはわれわれも承知しておりませんけれども、比較的有名なのは例のコンロン報告でございます。コンロン報告は、アメリカの上院の外交委員会が民間の調査機関でありますコンロン協会に委託いたしましてつくったものでございますけれども、その内容は、これはアメリカの案でございますが、わが同盟諸国及び中立主義諸国と、次の四つの計画、つまり、中共の国連加盟、台湾共和国の承認、国連総会における同共和国への議席付与ということはいまの問題とは一応別問題でございますが、それと同時に、安保理事会を拡大し、中国と同時にインド及び日本を常任理事国として加える、ことの四点に関し非公式討議を行なうことということでございまして、いまここで御審議願っておりますのは非常任理事国の議席の増加でございますけれども、常任理事国として二国を加えるというような非公式な案があったということは、一つの関係した情報でございます。その他、学界等におきましてはいろいろ私的な検討は行なわれておりますけれども、これもまだほとんど公の舞台には出ていないというふうに承知いたしております。
○穗積委員 それでは、私は、いろいろなそれに対する意見の中で関連をいたしまして私なりの意見を申し述べながら、それに対する外務省のお考えを承りたいと思うのです。
 第一は、いまの国連の政治構造というものは、総会における審議権並びに表決権を持っているものと、それから同時に、国連の決定を執行するエクセキュティブといいますか、執行部というものが同時に兼ねておるわけです。これでは、その執行部を担当するものも、総会の討議に参加するものも、全部各国の政府のみがこれを代表してやっておる。したがって、意見をはいた場合には、その意見というものは、単なる意見ではなくて、各国政府が直ちに責任を持たなければならないという、非常に窮屈なシチュエーションで国連における討議が行なわれておりますから、したがって、グローバルな、国民・人民の平和問題に対する、あるいは国際経済に対する世論というものを自由に討議し、そして自由に総会において審議するということを不可能ならしめておるわけです。そこに非常にこの総会における審議・討議というものが一般の国際的な世論というものを国連の総会の場において反映せしめることを妨げておる私は大きな一つの機構上の欠陥があるというふうに考えます。したがって、その行き詰まりを打開するためには、国連の政府機構内における執行部とそれから総会における討議・審議をするものとを区別する必要がある。すなわち、総会の代議員権・審議権を持っておるものは国連の執行部とは関係のないものである、こういうふうに分ける必要があるのではないかと思います。これは、私は、国連における拒否権問題を解消して、大国主義から世界の世論政治の中に直結した国連の総会の審議、それを構造上・制度上確立するための非常にいい改革案ではないかというふうに考えます。実は、これは外務省御承知だと思いますが、毎年開かれておりますIPUの会議、インターパーリアメンタリー・ユニオン、この会議におきましても、各国国会代表の意見というものが直接国連政治の中へ反映するためには、国連総会というものは政府代表によって構成するのではなくて、むしろ人民の代表によって構成さるべきではないか、そこで審議、討議いたしましたこと、採決し決議をいたしましたことは、これを執行部に送って、そして執行部がこれを受けとめまして、直ちに法律上のオブリゲーションは持たないけれども、政治上の責任は持つといいますか、総会の決議、意見というものを尊重しなければならないという政治的なモラルを確立したらどうか、これは私は非常におもしろいと思うのです。これは、私は、そういう意味で、わが外務省が、これからいまの特別委員会の舞台において、あるいはそれ以外の場所におきまして積極的に提案するに値する一つの国連機構というものの改革案として、ぜひ検討をすすめたい。御感想がありましたら、大臣あるいは事務当局からでもけっこうです、御意見を承りたいと思います。
○椎名国務大臣 御趣旨は非常に一つの御見識だと思うのでありますが、やはりこれは国連憲章の改正を必要とするということになりまして、これはまた常任理事国の拒否権というものに出っくわす、こういうことでございまして、せっかくの一つのアイデアではありますけれども、そこの障害をどうしても突き破ることができない、こういうふうに考えられます。それからまた、これはただ制度改正の問題ばかりではなしに、加盟国の成長といいますか、国連というものを舞台にしてもう少し手ぎわよくこれを活用するというように熟達することも必要だろうと思いますが、さしあたり憲章の改正という問題にぶつかって、このアイデアもなかなか実現ができないのではないか、こう考えております。
○穗積委員 この問題については、先ほど私と大臣の間で話し合いましたように、内容について――内容といいますのは拒否権を解消するための対策ですね。それの内容について各国の同意を得る必要があると同時に、並行いたしまして、やはり改正手続に対する改正、すなわち拒否権制度をつける必要はないという、二つの障害があるわけでありまして、これは両方とも克服しなければならない。
 そこで、いずれにしても、国連憲章を改正をしていまの国連の政治構造というものを構造的に改革をしなければ世界の平和あるいは経済的共存共栄の政治機構として十分な機能を発揮することができないというところまで意見が一致しましたから、先ほどおっしゃったような改正に対する特別委員会というものができてきておるわけです。だから、改正手続が拒否権を含んでおるので壁が厚くて困難だというので逆戻りをするのではなくて、やはり、私はいまの大臣の態度に対してどうも消極的過ぎて満足するわけにはいかない。やはり直ちに簡単にはできないけれども、世界の世論を背景にして啓蒙をし、より多くの納得を得るならば、拒否権制度の改正と同時にそれを実現するための改正手続の改正、これは私は望みなきにあらずと確信をするわけです。その信念を持たなければ、改正のための特別委員会に日本が参加いたしましてもナンセンスになるわけですから、そこで、次の特別委員会において発言をするしないは別といたしまして、あるいはまた次の特別委員会で実現をする責任を負うか負わぬかは別といたしまして、いま申しましたような拒否権問題を解決するための代案の一つとして、国連機構内における執行部と審議機関である総会の構成メンバーというものを分離する、これは私は傾聴に値する案だというふうにどうしても考えられて、それを放棄するわけにはいかない気持ちでございます。いまのような消極的なことでなくて、もう少し前向きにこの問題を検討していただきたいと思います。そういう姿勢を取り直していただきたい。もう一度大臣の決意にあふれた御答弁を期待するわけでございます。
○椎名国務大臣 せっかくこの特別委員会がつくられたのでありまして、この特別委員会はもちろん憲章改正のための特別委員会ではございませんで、平和維持機能というものをどうして高めていくかという委員会でありますけれども、この委員会としてはこの拒否権問題も何とか改善する方向において大いに努力すべきである、日本といたしましてもこの点については十分にこの舞台において努力を続けてまいりたい、こう考えております。
○穗積委員 それでは、続いてこの問題についてもう少し深入りしてみたいと思うのです。私が提案をしますから、ひとつ外務省はまじめに検討をしてもらいたいと思うのです。
 私は、いまのように、総会の構成メシバーとそれから執行部というものは分離すべきだというふうに思う。総会のほうへは各国の政府機関が入ることは好ましくない。すなわち、各国国民の世論を背景とする、それと結びついた代議員制度を認めて総会の討議・審議はやるべきだ、こういうふうに思います。その場合に問題になるのは、それでは一体いかなる者を国連総会に送るかということですが、一つの案としては、各国の国会議員の中から、これは間接・直接に民意を代表するシステムになっておりますから、そこで、その中からさらに選んだ者を国連総会の代議員として認めていく、これも一つの案であろうと思うが、私はむしろそれには必ずしも賛成ができない。というのは、各国国内におきます国会議員というものは、単に外交あるいは国連における外交上の任務を主たる任務とする議員として立候補し、その評価の中で選挙が行なわれるのではないのでありまして、国内における日常の生活に直結いたしました利害関係と結びついて国会議員というものは選ばれておるので、国連総会の代議員というものは別途に直接選挙で選ぶべきではないかというふうに考えます。そのためには、選挙区はグローバルでやってもいいわけですけれども、当面選挙区は各国単位にいたしまして、そうして人口比例でやるのが、これはもう当然な世論政治の原則だと思うのです。実は私はそういう意味で昨年のIPUの国際会議におきまして野党の議員の立場でその問題を提案をいたしました。たとえば一千万の人口に対して一人、そうすると日本では約十人の代議員が選ばれる結果になる。一千万未満のものは、これは人口に比例して、たとえば六百万のキューバでありますならば〇・六の代議員発言権という形ですが、これはちょっとやはりおもしろうございませんから、便宜上、足らざるところは繰り上げて一票、それから、そうなると、七億の人口を擁する中国はどうなるかということですが、こうやりますと、これは七十票、七十の議席を確保する結果になる。そうすると、ちょっとアンバランスが出て、アメリカが押されて、もう初めから賛成をしないということも生じましょうから、これは暫定的に、一億をこえる国の議席数というものは単純比例で一千万に一票一議席というのではなくて、多少そこにウエートを置いて計算をする方法もあろうかと思う。いずれにいたしましても、やはり原則としては人口比例による直接選挙によって国連総会の代議員というものを確保して、そこにおける討議というものは直ちに各国のアドミニストレーションといいますか行政政府の責任にはならないけれども、少なくとも政治上のオブリゲーションを感じて執行部がやるというふうなシステムにしませんと、世論政治というものはなかなか繁栄をいたしません。だからこそ、現にもう、この重大なベトナム問題その他が起きておりますのに、国連機構というものはもう開店休業で、ほおかぶりをして寝ておる。こういう結果になって、国連の存在そのものを否定するというか、評価をみずから下げていく、こういう結果になる。だから、総会と執行部とを分離する案というものは、原則はこれはいま大臣の御答弁でも反対ではない、むしろ賛成の御気分の御答弁がございまして、私はこれを多といたします。そうなりますと、あとの総会における代議員はどういうシステムでこれを当てるかということについては、いま当面考えられますのは、各国国会議員の中から選ぶというのと、直接選挙でやるという二つの方法が考えられる。私は、代議員は国会議員とは別個の直接選挙によって選ぶべきではないか、こういうふうに考えます。これについて、聡明なる外務省の人ですから、いま初めて聞いても、聞きながらもすぐ、好ましいものであるか好ましからざるものであるか、御理解がいくと思うのですね。御感想をこの際伺っておいて、そうして、結論的でなければ、ぜひひとつこれはまともに、早くこの条約を通すために研究しますというだけの話でなくて、ぜひまじめに考えてもらいたいと思うのです。それで、適当なときに中間の報告をしてもらいたい。いかがなものでございましょうか。
○椎名国務大臣 これは相当尊重すべき御見解だと思うのであります。今後十分に研究してみたいと思います。
○穗積委員 これは条約に載っておらぬのだから、ここで押し問答してもしようがない。これを機会に提案しますから、だめならだめ、いいならいいで、まじめに少し研究を進め、そうして意見を国内の学者からもあるいは国際的にも求めるくらいの態度で進めていただきたいと思う。
 次にお尋ねをいたしたいと思いますのは、実は侵略の問題についての国連憲章の不明確さというものが常に問題になっておるわけでございます。たとえば、第二条の七項の規定、それから四十二条は侵略に対する規定であったと思いますが、これに対する国連の軍事的措置が規定をされております。この侵略とは一体何であるかということが非常に不明確なために、たとえば、前の朝鮮戦争、今度のベトナムに対しましても、一つの平和に対する、自由に対する侵略であると言っている。これは明らかにこの憲章にいう侵略ではないと思うのです。ところが、これに対して侵略規定というものを援用いたしまして、当然国内問題であるのに対して、他の国が、外国がこれに介入をする口実をつくっておる。この点は、この国連憲章の改正または解釈におきまして、この際重要な問題であると思う。したがって、一例をとれば、たとえば今度のベトナムにおきますようなものが、はたして国内侵略であるか。わが国の安保条約規定の中におきましても間接侵略なる概念が導入されておりますから、たとえばゼネストをやったら一体それは間接侵略になるかならぬか、それで米軍の干渉の口実になるかならぬか、重大な問題でございましょう。そういう意味で、国連憲章にいう侵略の概念をこの際明確にすることが必要ではないか、これが一点。
 時間も十分ありませんし、与党の方々も、強制はされませんけれども、なるべく早く終わることを希望しておられるようですから、簡単に一括してお尋ねをいたしますが、かねて問題になっておりますこれと関連した五十一条の規定です。集団的自衛権の問題、これはかねて私ども申しますように、挿入すべからざるものが挿入されて、そのために実は戦争の方法による国際紛争の解決の道を開いたという意味で、この四十二条あるいは二条七項を明確にすることと、それから五十一条を削除する必要がある、集団自衛権なるものは個別自衛権をもって足りると私は考えるのです。これがあるために国内問題に対する国際的な介入が行なわれる危険がある。私はそのことをこの憲章改正の一つの重要なポイントとして強く主張せざるを得ないのであります。
  〔委員長退席、毛利委員長代理着席〕
しかも、いま申しましたように、過去における事実から、大国主義の後進国または弱小国に対する政治介入、内政干渉、武力鎮圧というようなものを導入いたしておりますものは、いま申しましたような概念が明確になっていない点と、わかってわからない、悪用される危険のある集団自衛権なる規定があるからでございます。この点について私は強く改正を主張しながら、外務省のお考えを承りたい。
○椎名国務大臣 国連の平和維持機能というものが充実した場合はともかく、今日のような現状では、やはり集団自衛権というものが必要である、こういうふうに考えております。
○穗積委員 それから、侵略の概念規定ですね。これは国内の紛争と混同されるために非常に悪いと思うのですが、その点についてちょっと御答弁が漏れておりますから……。
○椎名国務大臣 条約局長からその侵略の定義について申し上げます。
○藤崎政府委員 国際連合では、この侵略の定義につきましては一九五〇年以来いろいろ委員会を設けたりなどいたしまして検討をいたしておりますけれども、いまだにすべての国の意見の一致を見るような定義ができないような状況でございます。ただ、前例といたしましては、ソ連及び東欧の諸国間で「侵略の定義に関する条約」というのがございまして、そこでは、開戦とかそういうようなものと並べまして、「各自の所属領域において編成されて他の一国の領域に侵入した武装部隊に対する支援の付与または被侵入国の要求があるにもかかわらず右の武装部隊からすべての援助もしくは保護を奪うために各自の領域においてなしうるすべての措置をとることの拒絶」、こういうものも入っておるわけでございまして、これはこのごろのことばで言えば間接侵略というのに相当するだろうと思います。
 なお、単に国内だけでゼネストが起こる、そういうだけのことであって外部から何ら武力的な要素が導入されておらないような場合には、これは間接侵略という概念には当たらないだろうと考えます。
○穗積委員 その点は事実関係をどう解釈するかということによってだいぶ違うわけですね。たとえば、今度のベトコンが北からの誘導またはリモコンが行なわれておるというふうなかってな解釈が成り立つ、そうなると、一体わが国におけるゼネスト行動を見て、それが内部撹乱、政治目的を持ったものである、単なる経済闘争ではないというふうに解釈すれば、これは安保条約における間接侵略と解釈することができる。あるいはまた、そのゼネストの指導というものに中国なりその他からの戦術上の指導・援助が行なわれているというふうなことをかってに解釈すれば、それで成り立つわけだ。したがって、この侵略問題について、四十二条の侵略規定につきましては、これはむしろ厳密に縮小解釈でいかぬとあやまちをおかすというふうに思うのです。この点は、五十一条の削除の問題とともに外務省とこれ以上もう少し議論をしたいのですけれども、必ずしもきょうだけでなくて、他の機会なきにしもあらずと思いますから、大臣、一ぺんまたゆっくりやりましょう。
 次に、提案をして意見を求めて、激励をしながらお尋ねしたいのは、七十七条、七十八条です。いわゆる信託統治、これはこの前戸叶委員もちょっと触れられましたので簡単にいたしますが、どう考えましても、わが国における沖繩、小笠原問題等の現実をかかえておるわれわれとしては、これはもう全く自己矛盾もはなはだしい。民族の独立と自決を認める原則に立って見ますと、信託統治制度なんというものは前世紀的遺物でございまして、はなはだしくおかしい。したがって、これは削除さるべきものであるとわれわれは考えます。それとの関連におきまして、一体外務省はどういうふうに考えておられるか。そしてまた、信託統治というものがいまあるのは一体世界にどこどこ幾つあるのか。それがどういうふうに運営されておるのか。それらのすべてわれわれの知っておる事実は、全部矛盾に満ちた、あやまちに満ちた事実になっております。したがって、わが国の沖繩、小笠原問題をも含んで、この規定というものは国連憲章の中から削除さるべきものであるとわれわれは強く主張したいと思うのです。日本政府はそれを主張すべきであると思うのです。それに対する事実関係と、それから外務省の態度を明らかにしていただきたい。
○椎名国務大臣 他国によって支配されたりあるいはいわゆる信託統治制度というものを持っておる地域がだんだん減ってはおります。しかし、まだ相当多数の地域が従来の状況から脱却しないでおるという状況でございますので、詳しくは、もし御必要ならば事務当局から申し上げますが、五十数地域がまだ残っておる。したがって、これらの地域がなくならない限りは、やはり当該規定というものは必要である、こう考えております。
○滝川説明員 大臣がおっしゃいましたことに、こまかい点をちょっと補足さしていただきます。
 これは、従来果たしてきました役割りもございますし、なおこの規定の適用を受ける地域が若干あるわけでございます。信託統治地域と、信託統治地域になっておりませんけれどもその前の非自治地域と、二つあるわけでございますが、従来それからソマリアとかトーゴという国が独立してきましたその際に国連憲章のこれらの規定が相当価値を持ったのではないかと思います。と同時に、現在太平洋諸島、ニューギニア、ナウルというようなところは信託統治地域として残っておるわけでございまして、これは働いておるわけでございます。そういう意味におきまして、これはいま削除するということは考えておりません。
○穗積委員 これは非自治地域または信託統治、信託統治制度は十二章の七十六条にこう書いてある。ロ項に、「信託統治地域の住民の政治的、経済的、社会的及び教育的進歩を促進すること。各地域及びその人民の特殊事情と人民が自由に表明した願望とに適合し、且つ、各信託統治協定の条項によって規定されるところに従って自治又は独立に向い住民が漸進的に発達することを促進すること。」、すなわち、独立へ向けて育成、ブリングアップすべきであると言っておる。ところが、南洋地域のアメリカの信託統治地域というものは、一体これは何だ。この目的のために努力がなされ、進歩発展があり、どうかというと、そうではなくて原爆の実験地域にリザーブされておる。こういう事実が外務省のお方の月には見えませんか。こんな誤ったことをやっておるのを認めて、信託統治制度が形式的にあるから、この信託統治規定というものははずすわけにいかぬと言う。こんな誤った規定は、事実関係がもう否定さるべきであるから、事実関係を解消して、こういう非自治または信託統治地域というものをこの地球の上からなくしてしまう、そのことによって、同時にこの信託統治規定というものはもう削除して、国連憲章規定の中から消滅をせしめてしまう、当然なことではないでしょうか。それが直ちにできないというのではなくて、あるものはすべてこれは正当な理由があるというような、進歩と変化を望まないという外務省の態度は一体どういうわけであるか。しかも、わが国の小笠原というものは、信託統治制度というばかばかしい制度によって、その統治権が完全に剥奪されておる。それが何年も何年も続く。それを平気でおる。存在するものはすべて正しいのだといってあきらめておる。長いものには巻かれろ、強いものには屈しろという、そういう誤った政治哲学というものはわれわれは納得するわけにいきません。考え直して、もう少し将来への希望的御答弁をいただきたい。
○滝川説明員 お答えいたします。
 ただいまのお話、非常に具体的な点に触れられたのでございますが、われわれのほうとしましては、一般的な問題といたしましてこの信託統治制度というものにつきまして考えておりますのは、信託統治地域につきましては、その施政当局が国連に施政状況を報告をいたしまして、国連の信託統治理事会、また戦略地域につきましては安保理事会がこれを審議をいたしまして、悪いところはどこそこだというようなことで、いろいろ勧告なり助言をして直させるというような仕組みになっております。したがって、一般的に申しまして、その運用においてあるいはまずい点があるかもしれませんけれども、それを矯正するための手段も講ぜられておりますし、また、国連内におきまして、こういう事態があるから信託統治制度を全部廃止すべきであるという議論はいまのところほとんどないのでございまして、むしろ規定の削除より運用の問題と考えておるわけでございます。
○穗積委員 それは誤りですよ。そういう制度そのものをもうこの地球上からなくすべき段階に来ている。そういうことなんです。そういう制度に対して、救済規定があるからそれでがまんしろ、そんなこそくな考え方。あなたは大学を何年に御卒業か知らぬが、われわれより若い。それがそんなコンサーバティブなことをあなた言っていてはいけませんよ。われわれは、こういう制度は、制度そのものがもう立ちおくれて、前世紀的な遺物である、こういう亡霊はもう国連規定の中から削除される、そういう概念はもうなくする、制度をなくするということで主張しているのですから、どうぞひとつまじめに検討してもらいたい。
 それでは、もう一つ大蔵省の方に聞いておきますが、あなたは私のこの前の質問の要旨をお聞きになってこられましたか。
○藤岡説明員 この前のは伺っております。
○穗積委員 それではもう簡単ですから……。
 私の心配するのは、実は、あなた方はどう見ているか知らぬけれども、これから、経済成長の行き詰まり、過剰生産、市場狭隘の問題と関連をして、各国のドル対策、国際通貨対策というものは非常に重要なものになってきている。わが国は今度国連憲章改正に伴って経済社会理事会に参加する可能性が出てきたわけです。そこで、まず何をするかといえば、円を中心とする国際通貨の独立を保存のためにものを考えなければいけない。もう一つは関税切り下げの問題、それが当面の問題であろう。そこで、日本の国際通貨約二十億ドル前後の中で、ほとんどすべてがドルによって占められている。そうなりますと、ポンドはドルに影響し、ドルの動揺変化が生ずれば、われわれは直ちに自動的にその運命をともにしなければならない。すなわち、心中も、主観は別として事実上行なわれる。したがって、私は日本の国際通貨のドルからの独立をはかるべきであるというふうに考えて外務省の意見を求めたわけです。そうしたら、その問題は大蔵省の所管であって云々ということで、大蔵省の所管であってもかまわぬから、外務省、政府は一つであるから、政府部内でお打ち合わせの上答弁していただきたいと言ったら、その答弁も大蔵省から直接することに取り計らいたい、こういうことであなたにきょう来てもらったといういきさつです。だから、それをひとつ答えてください。
○藤岡説明員 お答えします。
 まず、ドルとポンドのことでございますが、最初にドルについて申し上げますと、去る二月十日にジョンソン大統領が強力な国際収支対策を発表したのでございます。その後日が浅くて十分実績を検討するひまがございませんが、一部にはたとえばユーロ・マーケットがタイトになったというふうに効果を発揮しているというようなこともありまして、私どもとしては、別にドルが弱くなるというようなことではなくて、これからむしろだんだん――先のことをもう少し見なければわかりませんが、むしろ強目に転じていくのではないかというような感じを持っているわけでございます。
 それから、ポンドのほうにつきましても、御承知のように、四月六日に英国は予算を発表いたしました。あの発表まではポンド不安について世界のほうぼうでいろいろ取りざたされておりましたが、あの予算がわりあいに緊縮性を織り込んでいるというふうなことで、ボンドはその後強調に転じております。これは直物の相場で見ましても、あるいは直先の開きで見ましても強くなっております。さらに、先般ウィルソン首相がニューヨークでポンドを守るという強い決意を表明されましてから、この傾向は今日まで続いておると思っております。
 そこで、ポンドがあぶなくなったらドルに波及するんじゃないかというふうな一つの御観測でございますが、これはいろいろ議論があるかと思いますが、私どもは、必ずしもすぐに、たとえばポンドが切り下げになったからドルに波及するというふうなことは考えておりません。日本の円は、これはドルと非常に強く結びついておりますので、ドルが安定であれば日本の円も安定していくというふうなことで、ポンドの不安がすぐに円に波及するとは考えておりませんし、ポンドの不安自身につきましても、このところ情勢がかなりよくなっております。なお、御承知のように、イギリス自身が自己努力によって引き締めをやっておりますし、それから各国もポンドを守ろうというふうなことでいろいろ協力をしているわけでございます。こういうような自己努力とそれから国際協力と相まちまして、私どもの不安というものは解消していくんじゃないか、そう考えております。
○穗積委員 ポンドの成り行きについての観測は、ここであなたと議論しようと思っていない。あなたが言われた、緊縮政策によってもうポンドの心配はなくなった、むしろ市場関係では強くなった、そんなことは株屋の言うことだ。あなた方は金融と予算だけで経済というものを見ているから、そういうあやまちをおかすのです。経済は生きものですよ。昭和の初め、われわれちょうど学生のころでしたが、井上さんのデフレ政策は、資本主義を守るなら当然とるべき政策であった。それができなかった。どういうわけですか。いまの労働党の弱体なあの政治力をもってデフレ政策は続けられると思っていますか。あなたのほうはそういう政治分析をやっておりますか。そういう誤った独断的な解釈でわれわれ野党の意見というものを封殺しようというのは誤りですよ。問題の根本は、イギリスの生産力、すなわち社会体制がもう旧体制で動きがとれなくなってきている、人口の増加率以上に生産力は上がらなくなってきておる、そこに問題があるわけでしょう。経済の基礎はそうですよ。ドルの価格、相場というものは一種のバロメーターにすぎない。表現された結果にすぎない。原因ではありません。いまのデフレ政策と緊縮予算に国民が一体どれだけ耐えていくか。その後のイギリスの労働党内閣の経済政策に対する国民的反発というものを分析しておるなら聞かしてもらいたいのです。ぼくはそう簡単に考えられないと思うのです。あなたのほうは、これが続くならばという仮定に立っておるでしょう。ウィルソンの決意というものがいつまでも続くという基礎がどこにありますか。課長、どうですか。私はそういうことを議論しようと思っているんじゃない。日本の円というものはドルに結びつくパーセンテージがあまりに多過ぎる。だから、日本の国際通貨というものは、もう少し独立性を持つべきである。そういう傾向は、どこの国に限らず、ややでありますけれども、漸進的にそういう方向をたどっておるわけだ。それに対して政府は一体どういう対策をとるか。これをチェックするのか、それを自然に流すのか、これをエンカレッジするのか、それを聞いたら答えられぬ。答えられぬからあなたに出てきて答弁してもらうのです。ポンドについて論争するなら、この前ぼくは大臣と政治的責任をかけてかけをした。もしあなたの見込みが誤ったらどうしますか。どういう責任をとりますか。それから答弁してください。あなたは、そのときはもう大蔵省の他の課へかわって、あのときはそういう一定の条件、仮定に立ってそういうことを言っただけのことであって、すべてに対して私は責任を持つわけではないと言って言いのがれするでしょう。そういうきめつけたようなことを言うもんではございません。株屋の言うようなことを聞きたくない。一時的に上がったり下がったりするんですよ。緊縮政策をとって一時上がって、また下がって、また上がって下がろうとしているんだ。
○藤岡説明員 いま一つ御指摘の、たとえば日本の外貨準備が非常にドルの比率が多くて金の比率が少ないというふうな点に関連する御質問かと思いますが、これは、外貨準備が今後ふえますれば、――いま大体二十億トルの外貨準備のうち金は三億ドルくらいでございまして、御承知のように他の大部分の先進国に比べまして非常に少ないわけでございます。しかし、たとえばスウェーデンのように割に金の比率の少ない国もございますが、いままでのところは、この外貨準備を大部分ドルで持っているということは非常に効果的に外貨準備を運営することであったわけでございますが、何せ外貨準備の絶対額自体におきましてもほかの先進国に比べまして非常に少ないわけでございます。私ども、決して金の比率が少ないということがいいのだというふうな考えを持っているわけではございませんでして、今後外貨準備がふえますれば、金をもう少しふやすべきじゃないかというような点を検討していきたい。これは前から考えておるところでございます。
 それから、もう一つ、国際通貨制度の問題に関連しまして、将来ドルばかりに依存してはいけないのじゃないかというふうな点も御指摘されましたけれども、これも御承知のように、ここ一、二年来IMFもやっておりますが、また十カ国のグループも国際通貨制度の新しい形について探求するということになっておりまして、わが国ももちろんそれに参加して研究しておるわけでございます。ドルが、いまの国際収支対策が効を奏しまして非常に強くなって、その反面としまして米国以外のドルが詰まってくるというふうなこともその問題の一つに入っておるわけでございます。したがいまして、何もいまの金の比率がこれで十分だというふうなことでもございませんし、 それから、いつまでもドルだけでいくというふうにきめているものでもございません。ただ、現状から言いますと、なかなか金の比率を上げるというふうな事情でもございませんし、それから、いますぐにドルを中心としたいまの国際金融制度を変えなくちゃいかぬというふうなことでもあるわけではないと思いますが、これはもちろん研究課題として取り上げておるわけでございます。
○穗積委員 これできようはなにしますが、私の言ったことは、ポンドの成り行き、ドルの今後の防衛対策はどう出てくるかという見通しの問題が一つありますが、きょうわざわざ外務省として答弁ができないから大蔵省に来てくれと言ったのは、つまり、二十億に対してたった三億の金保有というようなドル依存が過当であるということを、やはりもう少しスライディングに直す必要があるのではないか、むしろそれをエンカレッジすべきではないか、エンカレッジするのかディスカレッジするのか、放任するのかということの答弁ができないから、それは大蔵省の所管のことであるからその方針を答えてくれと言った。私は、いまおっしゃったとおり、むしろこれはエンカレッジすべきであるということを強く主張したわけです。
 きょうは、先ほど申しましたような事情で、西村委員ももうすでに見えておりますから、私は途中でございますけれども、これで西村委員にかわっていただきます。
○安藤委員長 西村関一君。
 西村さんに申し上げますが、外務大臣は四時五十五分にここを退席したいという御希望がございます。願わくは外務大臣のほうへ先に御質問を集中していただきたい。
○西村(関)委員 時間もありませんから、大局的なことだけお伺いをいたしたいと思います。
 ただいま本院で批准を求めておられます案件につきましては、もちろんわれわれとしても賛成をしているところでございますが、それにつきまして、政府のいわゆる国連外交のあり方について、基本的な政府の考え方を従来からもお尋ねをいたしておるのでございます。
 そこで、政府が国連外交に力を入れておられまする点にかんがみまして、現在の国連関係のわがほうの陣容と申しますか、それはどういう状態になっておりますか、まずお伺いをいたしたいと思います。
○椎名国務大臣 国連局の参事官から答弁させます。
○滝川説明員 お答え申し上げます。
 国連外交は外務省全体に関係のある問題だと思いますけれども、直接国連関係の仕事に従事しておりますのは、本省で国際連合局、これは五課ございます。それから、ニューヨークに代表部がございまして、二十名ばかりの職員がおります。それから、ジュネーブに国連関係のいろいろな機関が集中しておりますので、ここに代表部がございまして、そのうちの大部分は国連関係の仕事をやっております。その他国連の専門機関が世界のいろいろな地域に、ウイーンでございますとか、パリでございますとか、ローマでございますとか、バンコクでございますとか、いろいろあるわけでございますが、そういうところに専任の職員が一、二名ずつおる、そういう陣容でございます。
○西村(関)委員 ニューヨークの国連本部における二十名のわがほうの陣容というものは、どういう内容ですか。
○滝川説明員 特命全権大使を長としておりまして、それから次席の人もやはり特命全権大使であります。その下に、参事官が現在二名、それから書記官が七名と思いますが、そのほか、理事官、電信関係その他の職員がおります。
○西村(関)委員 諸外国の陣容と比べてわがほうの陣容は大体どのくらいのところにございますか。
○滝川説明員 ただいま詳しい数字は持ち合わしておりませんけれども、大体十位から十二、三位くらいだろうと思います。
○西村(関)委員 私がなぜこういうことを伺っておるかと申しますと、国連外交ということを政府が口を開けば言っておられる。その国連外交にふさわしい陣容を整えて、諸外国の外交陣営の中にあってひけ目をとらない国連外交を推進し得るだけの十分なわがほうとしての備えができているかどうかということを私はお尋ねいたしておるのでございまして、ただいま参事官のお答えでは十一位くらいだということです。何も外交官の人員の数だけによってその陣容が十分であるとか十分でないとか言えないと思いますが、一騎当千の人もおるわけでございましょうから、そういうことはあながち言えないと思いますけれども、私は、政府が国連中心の外交をやっているということを言われるのに比して、きわめてその陣容が不十分だという感じを常に持っているのでございますが、その点外務大臣はどうお考えになりますか。
○椎名国務大臣 私も昨年の暮れに国連に参って様子を見たのでございます。りっぱな全権大使が三人も行っておりまして、その下にみな有能な職員が配置されております。今後国連を舞台にする諸外国との折衝案件はふえるとも決して減るはずはございませんし、ますます繁劇を加えるものと存じますので、この方面の陣容は現状をもって足れりとは決して考えておりません。できるだけこれを充実してまいりたいと考えております。
○西村(関)委員 国連外交の内容としては、現実の国際外交上の問題をいろいろ取り上げてまいりまする現実の処理の問題と、もう一つは、やはり、国連の理想と申しますか、国連憲章に盛られておりますところの精神を追求していく理想主義的な面と、二面あるというふうに考えるのでございます。ただ当面の事態を処理していく、あるいは会議の中においてあまり失点のないような行動をしていくというようなことだけでは私は足りないと思うのでございまして、やはり、一つの世界観を持ち、一つの国連憲章の精神に徹した理想主義的な面に立って、常に諸外国の外交官の中に伍して研さんを怠らないということが私は必要だと思うのでございます。しかし、それについても、わがほうの陣容はりっぱな大使もおられるではございましょうけれども、私の見たりまた聞いたりいろいろ友人から知らされたりなどいたしまする点から考えまして、わが国の国連外交の陣容は必ずしも十分だとは言えないということを実は率直に申し上げなければならない、そういう印象を持っているのでございます。
 私は、諸外国を回りまして、在外公館の皆さんが、それぞれの立場に立って、少ない陣容の中にあっていろいろ苦労しておられる、よく勉強し、なかなか苦労しておられるという点については、これを認めるものでございます。決して、なまけておられるとか、外交官として責任を十分に果たしておられないとかというようなふうには考えておりません。あっちこっち回ってみまして、なかなかそれ相当によくやっていらっしゃる、むしろそういう隠れた労苦が本省のほうにおいては十分に認められてないというような面さえもあるというふうに私は感ずることもあるのでございます。しかし、国連外交の面におきましては、私は残念ながらそういう点についてどうもあまりいい評判を聞かないのであります。これはもし事実でなければ私はその考え方を改めるにやぶさかでございませんが、いろいろな各種のパーティーに対しても、また各種の会合に対しても、日本の外交官の出席率が一番悪いという評判を私はニューヨークにおいて聞いているのであります。また、国連につとめている職員の間からもそういうことを聞いているのであります。もしそれが間違いであれば私は幸いだと思うのでございますけれども、出ても出なくてもいいような会合もずいぶんあると思いますが、しかし、本来の国連外交の政府の方針に従って、それに徹していこうというならば、あらゆる機会をとらまえて、あらゆる諸外国の外交官に接触をして、そして研さんもつとめ、また情報も集め、いろいろな点において人と人との接触を通しての外交というものが必要だと私は思うのでございます。いま申し上げますように、日本の外交官の出席率が一番悪いということを私は聞くのでありますが、そういう点につきまして、もし私の認識が誤りであるならば、これは私は改めたいと思いますけれども、その点大臣の御所見を承りたいと思います。
○椎名国務大臣 よくその点は、ひとつ、まじめな御親切な御注意であると了承いたしまして、十分に督励をしたいと考えております。
○西村(関)委員 参事官、そういうことについては何もそういうことをお感じになっておりませんですか。いかがですか。
○滝川説明員 在外の国連関係の職員の活動ぶりということにつきましての御指摘でございます。どういう事実があったか存じないのでございますが、われわれとして特にほかの在外公館に比して活動ぶりが非常に劣っておるというふうには承知しておらない次第でございます。何か具体的にございましたらまた……。
○西村(関)委員 私はこういう席上で個々の外交官の勤務評定を皆さんに申し上げようとは思っておりません。ただ、申し上げろとおっしゃれば申し上げますけれども、そういうことはまたこういう機会でない場合に申し上げたいと思いますが、しかるべき信用の置ける、しかも日本に対して非常に好意を持っている人たちからそういう注意を私は受けておる。それでありますから、私はそういう点に対して現地の外交官を傷つけたくありませんけれども、しかし、そういうような注意を受けるということ自体は、やはり十分であるということは言えないのじゃないかという印象を私は議員として持たざるを得ないのであります。そういう点に対しても、そういうことの話があるということも外務省の当局におきましては十分に心に入れて督励をしていただきたいし、また、さらに研さんを積むようにひとつ指導していただきたいということを私は心からお願いをする次第であります。
 そこで、私はこれまで幾つかの点についてすでにお尋ねをしてまいったのでございますが、ここでもう一度椎名外務大臣にお尋ねをいたしたいのでございます。国連の平和維持機構の問題でございますが、現在のような状態ではその機能が十分発揮されてないと思います。どういうふうな形で国連の平和維持機構を進めていくべきであるか、あるいは強化していくべきであるかという点につきまして、日本政府としての考え方を承りたいと思います。
○椎名国務大臣 まず、一番顕著な問題といたしましては、安全保障理事会のうちの常任理事会の機能でございますが、これが中心になっておる。御承知のとおり、五大国がこれにメンバーとして入っておる。それが拒否権を持っておる。拒否権を行使するとその機能が停止をするのであります。そういったようなことが国連の平和維持機能を発揮する上において非常に大きな障害になっておるのでございます。これを是正しようと思えば国連憲章を改正しなければならぬ。この国連憲章の改正それ自体がすでに常任理事国の拒否権の行使によって妨げられて動かない、原案もできないということになるのでございまして、この問題と正面から取り組んでこれを解決するという適切な手段はないのでありますが、しかし、いまのところ、国連の存在というのは、世界の平和を守る上においてこれ以上の機構は見当たらない。といたしますと、かような障害があるにもかかわらず、できるだけこれを克服いたしまして国連の強化をはかっていく以外にはない。そのためには、さしあたり、どうしても拒否権の行使によって平和維持機能が十分に動かないという場合には、総会の決議によってこれを補強するということをやっていく以外にはない、こう考えられておるのでございますが、しかし、先般十九回の国連総会におきまして、平和維持機能に関する特別委員会というものが創設されたのであります。わが国もそのメンバーに加わったわけでございます。今後はこの特別委員会の努力によって、抜本的に問題を解決することができなくとも、とにもかくにも現状よりもっとこの方面の機能を発揮できるようにいたしたい、日本といたしましてもそういう方針のもとに大いに努力をしたい、こう考えております。
○西村(関)委員 国連警察軍についての考え方がございますが、これは北欧諸国の考え方もあれば、カナダの考え方もあるし、またアメリカの考え方もある。世界連邦主義者の考え方もあれば、列国議員同盟の中で議論された考え方もある。いろいろな考え方が出ておりますが、この点について日本政府としてはまだ統一した見解を出しておられないと思います。その点検討するということをしばしば佐藤総理も外務大臣も言っておられますが、その後どういうふうに検討しておられますか。
○椎名国務大臣 御指摘のとおり、非常に割り切った国連軍の創設というような堂々たる提案もございますが、まだごく概念的な域を出ないのでありまして、実際問題としてこれを取り上げていくためには、相当に検討を要すべき問題が多々あるのであります。そこで、一番手っとり早い問題としては、自国の責任において国連の待機部隊、国連に国連軍として提供すべきものを自分の責任、自分の管理のもとに待機部隊をつくっておいて、そして一朝事あるときにはそれを国連に提供する、こういうようなアイデアも出ておるのでありますが、現状においては、まだそれでも相当問題点がありまして、これをどうするかというような研究すべき余地はもちろん残されておりますけれども、さしあたり身近に活用し得るアイデアではないかと考えております。日本といたしましては、さような国連の軍あるいは待機軍、いずれにいたしましても、そういうものが国連によって採用された場合に、日本はこれに対していかに対処すべきかということにつきましては、憲法上の問題もございまして、十分にこれに対して研究をいたしまして、これに対処をする限界なり方法なりというものを考えなきゃなりません。しかし、ただいまのところでは、いずれもただアイデアとして出されておる程度でございまして、現実の問題にはまだなっておらない、かような状況であります。
○西村(関)委員 やはり、昨年の四十七国会のときから一歩も進んでいないという現状のようにうかがえるのでございますが、この待機部隊につきましては、日本国憲法の問題がございまして、十分に検討しなきゃならないということもこれはしばしば言われているところでございますが、しかし、私は、国連が平和を維持するための何らかの機能を発揮できるような機関を持つ、それが直ちに軍事行動という形をとらなくても、むしろ諸国、諸民族の和栄のために積極的な働きをするような機能を国連が持つ、消極的に、紛争が起こったときにその紛争をとどめるための力をたくわえておくというだけじゃなくて、むしろその紛争の根を絶っていくような、和栄のための機能を国連が持つということが大事だと思うのでありまして、そういうことのために、そのような精神に共鳴をするところの各国のいわゆるボランティアを結集いたしまして、国連の機能の中においてそのような役割りを果たさしていくというようなことが一つは考えられると思うのでございます。いわゆる義勇制度によるところの国連の平和維持機構の問題でございますが、こういう点につきましては日本政府として検討せられたことがあるでございましょうか。その点、時間もございませんから大臣にこれ以上お伺いできませんが、いかがでございますか。
○椎名国務大臣 研究は十分にしておるのでございますが、いよいよ三十三カ国による平和機能維持のための特別委員会が発足いたしましたので、日本もこのメンバーに加わっております。この場においてあらゆる平和維持機能の発揮について検討されるはずでございます。かような問題もいよいよ具体的に問題になり得るという段階に達しておると私は考えております。
○西村(関)委員 もう時間がありませんからあまり多くを伺えないのでありますけれども、私は、日本が世界に類例のない平和憲法を持っておる国として、むしろその憲法の精神を積極的に国連外交の中に反映していただきたい、憲法に抵触するかしないかといったような消極的な考え方じゃなくて、むしろわが平和憲法の精神こそ国連の根本的な精神に合致するところのものであるという立場に立って、日本政府がイニシアチブをとって、この国連の平和維持機構の問題に対処してもらいたい、こう思うのであります。ただ、委員会ができたから委員会の中において、日本もその中に入っておるから、その中で当然論議されるであろうからという消極的な態度じゃなくて、むしろ日本が主導権を持って国連のあり方に対して大所高所から論議を進めていく、そしてこれを具体化していく、いわゆる国連の理想主義的な面をこの場において打ち出していくということが私は最も望ましいことではないかと思うのであります。戦争が起こるから、紛争が起こるから、紛争の解決のために待機部隊をお互いに温存しておいて、そして問題があるときに提供するんだというのじゃなくて、むしろ国連は世界の平和のために貢献し得るところの一つのそういう機能々果たしていくんだという、和栄のための力を発揮できるような形を国連の機構の中につくり上げていくということが私は日本国憲法の精神にも合致すると思うのでございまして、それが私は国連外交の最も枢要な点ではなかろうかと思うのでございます。そういう点に対して、うしろ向きじゃなくてむしろ前向きに国連を指導する。そのことは、冒頭に私がお尋ねいたしました日本の国連外交の陣容の問題ということにも関連してくると思うのでございまして、そういうことから、むしろ国連の中においてわが国が枢要な地位を占め、また働きをなし、世界各国の信用をこの面においても大いに高めていくということが私は望ましいと思うのでございます。その点について、時間がありませんから、もう一度外務大臣の御所見を承り、私の質問を終わりたいと思います。
○椎名国務大臣 ちょうど西村さんの言われたような積極的な理想主義的な考え方を打ち出していくためには絶好のチャンスに恵まれたことになりますので、そういう点につきましては、御趣旨の点を十分尊重いたしまして、今後努力してまいりたいと考えます。
○安藤委員長 本日はこの程度にとどめ、次回は来たる二十八日午前十時より理事会、理事会散会後委員会を開会することとし、これにて散会いたします。
   午後五時散会