第048回国会 内閣委員会 第27号
昭和四十年四月六日(火曜日)
   午前十時四十二分開議
 出席委員
   委員長 河本 敏夫君
   理事 伊能繁次郎君 理事 佐々木義武君
   理事 八田 貞義君 理事 田口 誠治君
   理事 村山 喜一君 理事 山内  広君
      天野 公義君    井原 岸高君
      岩動 道行君    高瀬  傳君
      綱島 正興君    二階堂 進君
      野呂 恭一君    藤尾 正行君
     茜ケ久保重光君    稻村 隆一君
      大出  俊君    受田 新吉君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 椎名悦三郎君
        運 輸 大 臣 松浦周太郎君
        国 務 大 臣 増原 恵吉君
 出席政府委員
        総理府総務長官 臼井 莊一君
        総理府事務官
        (恩給局長)  増子 正宏君
        総理府事務官
        (行政管理庁行
        政管理局長)  井原 敏之君
        外務政務次官  永田 亮一君
        外務事務官
        (大臣官房長) 高野 藤吉君
        外務事務官
        (大臣官房会計
        課長)     谷  盛規君
        外務事務官
        (アジア局長) 後宮 虎郎君
        外務事務官
        (アメリカ局
        長)      安川  壯君
        外務事務官
        (欧亜局中近東
        アフリカ部長) 力石健次郎君
        外務事務官
        (条約局長)  藤崎 萬里君
        外務事務官
        (移住局長心
        得)      山下 重明君
        運輸事務官
        (大臣官房長) 堀  武夫君
        運輸事務官
        (海運局長)  若狭 得治君
        運輸事務官
        (航空局長)  栃内 一彦君
 委員外の出席者
        建設事務官
        (道路局次長) 三橋 信一君
        専  門  員 茨木 純一君
    ―――――――――――――
四月六日
 委員楢崎弥之助君辞任につき、その補欠として
 千葉七郎君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員千葉七郎君辞任につき、その補欠として楢
 崎弥之助君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
四月三日
 行政監理委員会設置法案(内閣提出第一三〇
 号)(予)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 運輸省設置法の一部を改正する法律案(内閣提
 出第二八号)
 恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出第
 六三号)
 外務省設置法の一部を改正する法律案(内閣提
 出第一七号)
 在外公館の名称及び位置を定める法律及び在外
 公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出第一八号)
     ――――◇―――――
○河本委員長 これより会議を開きます。
 運輸省設置法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。
 質疑に入ります。質疑の申し出がありますので、これを許します。稻村隆一君。
○稻村(隆)委員 実は私、昨年暮れに沿岸貿易のことでソ連に行ったのですが、そのときに新潟市長がたずねてまいりまして、ぜひソ連当局に新潟−ハバロフスク間の定期航空路の問題、それからナホトカ−新潟間の定期航路の問題を話してもらいたい、こういうふうな依頼がありましたので、実は私はそういう航空路の問題等には全く知識がなかったのでありますが、単に地方問題であると思って向こうに参りまして、いろいろソ連当局と話し合いをし、大使館の人たちと話し合いをし、またモスクワの在外同胞の人といろいろ話し合いをしたのですが、話し合いをした結果、これは国家的な非常に重大問題であるということを初めて認識したわけでございます。そういうことで、ぜひおりがありますならば、この問題に対しまして運輸大臣の御意見をお聞きしたい、こう思っておったのでありますが、いままでソ連との間に航空協定の問題があったかどうか、どういうふうな具体的な話があったかということをお伺いしたいのであります。
○栃内政府委員 日ソ間の航空路線の開通の問題について御質問がございましたが、この問題は非常に古い問題でございまして、当初ソビエト側から日ソ間の航空路を開きたいという申し出がございましたが、その際両方の意見の相違点といたしまして、ソビエト側は、いずれにしてもハバロフスクと東京間というようなことでどうだというような話があったわけでございますが、これに対しまして日本側としましては、日ソ間の航空路を開くのであれば、東京−モスクワ間の相互乗り入れというのが原則であるということで応酬したわけでございます。その後いろいろな経緯がございましたが、昨年の五月ミコヤン氏が来日いたしましたときに、その随員としまして先方の航空当局の専門家が参りましたので、日本とソビエトとの間のいわば第一回の航空に関する会談が行なわれたわけでございます。その際に、やはり先方といたしましては、何とかひとつ段階的な方法でやろうじゃないかというような空気でございました。日本といたしましては、やはり原則としては、日本の飛行機によって東京からモスクワ、またさらにその以遠にという原則論をとったわけでありますが、次第に両方のほうで弾力的に考えまして、日本としてはソビエトの飛行機をチャーターし、また乗員もソビエト人を雇うというような形で、日本航空が東京からモスクワに乗り入れる。そうしてまたソビエト側は、ソビエトの飛行機でソビエトの操縦士で東京に乗り入れるというような形の相互乗り入れについては、日本としても譲歩する。ただ、この場合に非常に重要なことは、このような形を永久的にやる、あるいは相当長期間にやるのでは困る。やはり一定の期限を設けまして、その暫定期間中に一つの妥協案としてやる。筋はあくまでも一定の期間を経ましたならば、日本の飛行機で日本のパイロットで東京からモスクワに乗り入れ、さらにヨーロッパに行くというふうにすべきであるという主張を強くいたしたわけであります。先方としては、期限を切るというようなことはどうしてもできない。やはり事情が変化するまではそのような形でやらないかということで、最終的には期限を切るというところが両者の意見の相違点となりまして、いわば会談は休会に入った、こういう形であります。その後、昨年の暮れにコスイギン首相から佐藤総理あてに書簡が参りました中にも、日ソ間の航空問題を進めようじゃないか、こういうような趣旨が書いてございます。これに対しまして、わがほうからも返書を出しまして、その中に、やはりこの問題を積極的に進めようじゃないか、こういうような意味のことが書いてございます。
 以上が、いままでの政府間におきまして交渉を行なった、あるいは意思の疎通をはかったという点の具体的な事例でございます。
○稻村(隆)委員 私は、もちろんこれは原則として東京−モスクワ間の相互乗り入れは、当然なことだと思います。これはやはり常識で考えまして、米ソの軍事的対立のある間は不可能じゃないかと思います。私も実はあまり最近のソ連の事情は知らなかったのでありますが、向こうに行って、いままで考えておることとかなり違っておるのは、外国の飛行機もしくは外国人がシベリア上空を飛ぶということは、軍が絶対反対しているということがわかったわけです。たとえば福永健司氏が団長となって日本の議員がモスクワをたずねたとき、ソ連の外務省は、こっちのほうでは何度もソ連の飛行機が東京に乗り入れておるのであるから、国際儀礼としても一回くらいは許すのが当然じゃないか、こういうことを主張したのですけれども、軍がどうしても承知しない。そこで、福永氏らはカラチを通ってソ連に入るということになっておったわけです。現実の問題として、向こうには国内法があるらしいのです。つまりシベリア上空を外国の飛行機を通さないという国内法もあるようなんです。そういう事情から、軍事的な問題から、これは当分の間東京からモスクワへ直接行くということは、実現不可能である、こう思うのです。
 そこで問題になっているのは、新潟−ハバロフスク間のローカル線の問題でありますが、この点いろいろ論議されておるわけであります。この点につきまして政府はどのように考えておられるか、お聞きしたいと思います。
○松浦国務大臣 この点に対しましては、ある商社のほうにソ連側のほうから許可証のような、承認書のようなお墨つきがきておるということで、何とか運輸省取り上げてくれとしばしば言ってきております。いわゆる新潟−ハバロフスク間です。ハバロフスク−モスクワはソ連の飛行機でということになっておりますが、先ほど来航空局長が申しましたように、首都間乗り入れがわがほうの根本的な方針でございますから、もしこれを一ぺんやりますと、ずるずるべったりになって、首都間乗り入れをついにできなくなるというような心配がありますので、ソ連の新総理から日本の総理にああいう手紙もきておることでございますから、お会いになれば何か道が開けるのではないかと思っておりますが、いまハバロフスク−新潟間を区切って許すという考えは持っておりません。
○稻村(隆)委員 それで、ソ連としては裏玄関は、シベリアはどこの国も通さないわけですから、それで表玄関、つまり西欧のほうからモスクワへ入ることは、どこの国でもやっているわけですね。そういうわけでありますから、そこで私はやはり現実的な問題として、これは議論になりますけれども、ハバロフスク−新潟間の暫定処置としても、これはやっても日本のためには損ではない、私はこういうふうに考えるのですが、その点新潟−ハバロフスク間の暫定処置として承知しても、もちろんこれは原則としてはあくまでも首都間の乗り入れでありますけれども、東京−ハバロフスクというふうなことになれば、非常に問題があると思うのです。新潟−ハバロフスク間であれば、むしろIATに参加している自由主義諸国の人たちを刺激しないで済むし、それはアメリカとのいろいろな問題もありましょうから、ローカル線を承知したというふうなことは、政府としてはなかなか困難があるということは、私も十分承知しておりますけれども、しかし、現実的な問題として、それを許可しても、これはある商社がそういうことをやっているかどうかということは私は十分研究しておりませんけれども、国家的見地に立って、日本のためにマイナスにはならぬ、こう私は考えておるのですが、大臣はいかがお考えですか。
○松浦国務大臣 先ほど申しましたように、一ぺんこういうことをやると、あとでなかなか首都間乗り入れをし直すことは、困難であると思います。でございますから、いまの段階としては、向こうの新総理と日本の総理との間で話し合いをしようという書簡がきておるのですから、その上でもう一ぺん何か変化が起こるのではないかということを待っておるといったような状況でございます。
○稻村(隆)委員 それじゃ総理大臣はソ連に行かれるかどうかわかりませんけれども、ソ連に行って総理大臣が話をして、そこで新潟−ハバロフスク間というふうなローカル線の開通ですか、その可能性はないわけではないのですか。
○松浦国務大臣 いま私の手元にいろいろ陳情書がきておりますのは、さっきは商社の名前は言わなかったのですが、これは進展実業の石室社長のところにきているのです。それは東京−ハバロフスク間ということできているのです。これを新潟−ハバロフスク間に向こうがまた計画を変えて承認するかどうかということは、これもやはり一つの問題だと思います。けれども、それはそういうように区切ってでも、ハバロフスクまでのことでありますから、それはできるかもしれませんが、わがほうが、そういうふうに区切っては首都間乗り入れの基本原則に合わないものですから、その基本原則に達することを持っております。今度の向こうからきている手紙は、飛行機のことも話したいということは書いてあるのですから、それを遠待ちに待っておるということであります。
○稻村(隆)委員 私は、新潟県選出だから新潟県にとらわれるのではありませんし、新潟市は私の選挙区でもないのですから、そういうふうなことにとらわれて言っているのではちっともないわけです。向こうの当局と私が話した感じによれば、新潟−ハバロフスク間は可能性が一番あるのじゃないかという感じを私自身は受けてきたわけです。それでこの問題は、かえって東京−ハバロフスク間よりも、新潟−ハバロフスク間にしたほうが、さっき申し上げましたような理由によって、そのほうがいいのじゃないか、確かに実現の可能性があるのじゃないか、こういうふうに私考えるわけなんです。それから日本の立場からいっても、そんなことは十分政府のほうでも知っておりましょうけれども、新潟−ハバロフスク−モスクワ間というものは、アジアからヨーロッパヘの最短距離なんですから、それでこのローカル線が開通したからといって、決して首都間乗り入れの原則をだめにするとか、これを固定化し、だめにするというふうなこともないだろう、私はこういうふうに感じているわけなんですが、その点はどうですか。
○栃内政府委員 ただいまの御意見でございますけれども、先方はむしろ局地的な解決をしようというような考えが伝統的にあるわけでございまして、これは見解の相違になるかもしれませんが、そういう向こうのいわば局地的な解決、一種の妥協というようなもの――妥協と申しましても、一方的に向こうが有利なわけでございますから、そういうものをこちらが承諾しますと、せっかく原則で進んでおりまして、おそらく両総理間の文書によって今後進展するであろうというような機運に対して、必ずしもいい影響を与えないではないか。また先生おっしゃいますように、西ヨーロッパからモスクワに入るということは、すでに自由になっております。その後、インド経由、パキスタン経由、タシケント経由でもってモスクワに入る路線も、認められております。それから最近の情報によりますと、イランからソ連に入るというような国際路線を認められたというような情報も出ておりますので、このようにソビエト側としましても、逐次外国航空会社にソ連の領域を開放してきておるというような事実等から見て、シベリアを開放するということが絶対に不可能であるということも必ずしも言えないわけでございまして、やはりソビエトの関係におきましても、首部間相互乗り入れという原則を貫くのが、全体としていいのじゃないか。またこのことは、現在懸案になっております日米交渉の問題にしましても、首都間相互乗り入れ、またビヨンド権を取るというような原則でやっておるというようなことで、日本のいわば立ちおくれた国際航空政策ということを本来の軌道に乗せようという現在の努力の過程中におきまして、先方が何年間も主張している局地的なものにこちらがあえて同意をするということは、現段階では好ましくないのではないか。むしろ原則的な問題でやっていくべきである。また、いま申し上げましたように、逐次ソ連も国際線に領土を開放しているというような点から見て、私は希望を持ってこの問題を前進せしめるべきだ、かように考えております。
○稻村(隆)委員 ですから、ソ連もだんだんソ連領空を開放するようになってきていると思うのですよ。しかし、交渉はやはりこれは理論では片づかないので、相手の立場も考えてやらないと、話はまとまらぬと私は思うのです。それでさっき言ったとおり、シベリアを通さぬということは、軍事的な理由なんですから、軍事的な理由がなければ、私は何でもない、通すと思うのです。軍が強硬であることは、もうはっきりしているのです。その点は、シベリアに核兵器工場もあるだろうという話だし、いろいろな重工業がウラル地帯にあるのですから、軍としては飛行機が通ることは承知できぬ。軍が承知できぬということは、はっきりしているわけなのです。それは原則だけを考えてがんばっていても、はたしていつの日かこのシベリア上空を開放できるかということは、これは実際上当分は、それこそ世界軍縮時代にでも入らなければ不可能だと思うのです。そういう点から考えて、ソ連もいわゆるヨーロッパ経由はすでに承知しているし、それからインド経由ですか、それも承知しているし、イラン経由も承知しているのだから、それで私は日本の利益という立場から考えて――いま日本が原則を押し通したところで、もうシベリアを開放をするなんということは、技術上これは絶対しないだろう。そこで私は、日本の利益の立場から考えて、ローカル線をやることは、もう一向差しつかえないのじゃないか。たとえば北回りで行けば、第一不時着の場所がありはせぬ。時間からいっても二十時間くらいかかるのです。しかも運賃は、北回りはモスクワまで片道が二十六万八千三百円、ところが、新潟からハバロフスクまで行って、それからソ連の飛行機は非常に早いのですから、それでモスクワまで行けば、時間も非常に早いし、その運賃も十万円くらいで済む、こういうわけです。パリまで行くとしても、パリまでの時間も三時間ほど極東回りで行くより早いし、それからパリまで計算いたしましても、運賃も安いのです。そういう点からいって、経済的にも日本が非常に得をするし、日本の円も節約されるし、それから日本に外貨も落ちるし、そういう点からいって、日本のほうで、見込みのないものをどうしても開放してやるんだ、こういうふうなことを言うことは、どうもぼくは空論じゃないかと思うのです。私は、ソ連のひいきを何にもするわけじゃない。私は、航空問題等には全然理解がなかったのですが、現地へ行ってみて、日本の大使館の人々の意見――これは名前を言いませんけれども、話を聞いても、あるいは商社の人たちの話を聞いても、それからソ連当局の話を聞いても、首都間乗り入れの基本原則に反することは、これをローカル線で固定化する危険性があるからこれはいかぬというふうなことは、実際政治の立場から見て非常に非現実的じゃないか。日本はそれによって大損するじゃないか。非常に経済的にも利益があるし、時間的にも、一切の点において利益があるにかかわらず、私は反対する理由はないだろうと思うのですが、その点大臣はどうお考えになるか、お聞きしたい。
○松浦国務大臣 これは相互の利益の問題でございますから、日本がそういうふうに首都間乗り入れを希望すると同時に、ソ連もまたシベリア開発を日本の工業力によって開発しようという考え方を基本的に持っております。したがって、シベリア、沿海州、樺太の資源を日本に渡して、日本からシベリア開発の諸工業品を輸入するということは、毎年繰り返してやっておりますから、早い飛行機を持ってくるということは、ソ連も非常に希望するだろうと思うのです。だから、おっしゃるように、将来永遠にこの道は開けない道ではない。ということは、ソ連の新総理がああいう手紙をよこすということは、ただおせじで考えておるのじゃないと私は思っておるのです。日本の佐藤総理のところにそういう手紙をよこしておるのですから、一応それでは当たってみて、それから後にまた考えてもいいじゃないか。いま当たりもしないうちからそれをもう思い切ってしまうなんということはすべきじゃないじゃないか。いままでは原則を守ってきたのですから、当たってみてそれから後にまたいろいろ考えてもいいのじゃないか、こういうように思います。
○稻村(隆)委員 それはもちろんそうだと思うのですが、当たってみてそれからまたいろいろローカル線の問題等もお考えになることがあるかもしれぬ、こういう意味なんでございますね。それで私は、これも間違いないことだと思うのですが、ソ連では話し合いをしたら、いますぐシベリアを開放するかどうかはわからぬけれども、いろいろな点において譲歩をする傾向があると思うのです。というのは、日本と貿易を増大したい、拡大したい、日本と親善をやりたいというのは、何も日本が好きだとか、そういうふうな感情じゃないと思うのです。いま大臣が言われたとおり、極東開発、シベリア開発というものは、いままで非常に叫ばれてきたけれども、まだ糸口もついていないんです。ところが、いろいろ手をつけると、日本の工業のような平均的に進んでいる工業力をどうしても利用しなければ、 ソ連のシベリア開発、極東開発は、実際問題として不可能なんですよ。それからいろいろな運賃の点、経済的な面からいっても、そうなんです。これはむろん両方とも必要であることによって、そこでいろいろな協定が行なわれるんですけれども、ソ連としても、そういう見通しから日本に対して非常な譲歩をする傾向があるわけです。たとえば高碕達之助さんが生きておられるときに、非公式ではありますが、しばしばソ連当局と交渉した実情がありますが、その点について当局のほうでは御存じでしょうか。
○栃内政府委員 日本の要人がソビエトに参りまして、私的レベルでもって日ソ間の航空問題について先方の要人と接触をしたということは、新聞等では見ておりますが、私自身は詳細は承知しておりません。
○稻村(隆)委員 たとえばこれは一九六二年の一月二十四日の全日空内特別準備委員会高碕会長殿として、当時のソ連邦民間航空総局国際航空連絡局長ダニールィチェフという人から手紙がきております。これは読むと時間がかかりますから省きますけれども、「1、ハバロフスク、東京間に直通航空連絡を設定すること。ソ連航空企業によって運航を実施するが、就航回数は日本側航空企業の方がソ連よりも多くフライトを実施するように取り決めても差支えありません。」「2、もし、上記の方法に対し日本政府筋のサポートが得られない場合はハバロフスク、新潟又は札幌間の運航に限定してもよろしい。」いろいろ書いてありますが、こういうふうなことを言ってきているわけであります。そこで、高碕氏と一緒に交渉した人の話を聞きますと、初めの話は、一対一、日本が一往復すればソ連も一往復だ、こういうことを言ったそうです。ところが高碕さんは、そんなばかなことがあるか。それならソ連だけがあれして、日本のほうではちっとも得はないじゃないか、こういうことを言ったそうです。ハバロフスク−モスクワ間のソ連の飛行機は、非常に早いから八時間十分で飛べるわけです。ところが、日本の飛行機ならとても時間がかかるし、何度も着陸しなければいかぬから、第一採算に合わぬだろう、こういう話だった。そこで、そのほうがいいじゃないかという話だったけれども、そんなことじゃだめだ、こういう話だったそうです。そこで、それじゃ一対三、ソ連のほうは一往復でもよろしい。ハバロフスクまでしか日本のほうはこないんだから、一往復でよろしい。日本のほうは三往復でもよろしい、こう言ったそうです。しまいには日本は五往復でいい。ソ連のほうは一往復でよろしい。これは非公式の話かもしれぬけれども、私はこういうことは詳しく知りませんからわかりませんが、それまで譲歩するような話をしておった。こういうことを聞いておるのです。これは確実な話だと思っておるのですが、運輸省のほうでは、そういう情報は持っておりませんか。
○栃内政府委員 先ほど大臣がお答えになりましたように、現在民間でもくろんでおりますところの進展実業の日ソ合弁航空会社案と、もう一つは極東航空株式会社の、これはいま先生の御質問にありますハバロフスク−新潟間相互乗り入れ、こういうことの二つのもくろみがございまして、いずれのほうの関係の方とも、私は直接何回もお会いしてお話を承っております。したがいまして、一つ一つにつきまして私記憶はございませんが、先方がある程度日本側に譲歩をするような形のし入れがあるというような点は、承知しております。ただ、それが一対五であるか、二対三であるかというような点につきましては、いまはっきり記憶いたしませんが、ある程度日本側に譲歩をしようというような空気があることは、承知しております。先ほどから何回も申し上げますように、ソビエト側としては、数年以前から、いわば局地ローカル線を何らかの形でやろうという非常に強い意欲があるように見受けられるのでありまして、それらの考え方が、いまの民間の二つのもくろみになって具体的にあらわれ、そして民間の方々から私のほうにいろいろ接触があるということではないか。したがって、ある程度の内容というものは、両社について私も知っておりますが、詳細な数字の点につきましては、現在記憶していない面がございます。
○稻村(隆)委員 この問題についてはこのくらいで私は質問をやめますけれども、いずれ佐藤総理でもかりにソ連を訪問した場合、この問題は私は非常に好戦する可能性があると思うので、そういう点は一つの原則論にとらわれないで、現実的に日本の利益の立場から考えて善処されるよう、私は運輸大臣に切にお願いする次第です。これは小問題だったと思ったのですが、小問題ではなくて、日本の利益の立場に立った非常に重大な問題だと思うのです。巷間伝えられるところによれば、これも新聞でありますが、運輸省のある高官は、国家百年の大計から、絶対に新潟、ハバロフスク間というような地方的な問題なんかを解決する気はない。そういうことは間違いだということを言っておられるという話を聞いたのですが、そういうようなことをもし運輸省当局が考えておられるならば、非常にあやまちをおかすのじゃないか、こう思うので、この点はやはり弾力性をもって解決に当たられるよう希望する次第です。その点ひとつ大臣の御意見を承りたい。
○松浦国務大臣 近隣国家との間に飛行機の乗り入れあるいは貿易の伸展、これは私はどこまでも早くやりたいと思うのでありますが、モスクワに入れられるならば早くすぐやりたいが、途中で切るのはいま時期でない。というのは、アメリカとの間に不平等だといっていま交渉しておるのです。それはいまニューヨーク及びそのビヨンドの大西洋を回って世界一周のやつを交渉しておる。そうかといって、それじゃハバロフスクでいいということでいけば、ソ連とも途中で切っているのじゃないかと言われてしまいまして、そういう高度の考え方からいっても、いまは時期でない。総理がお会いになるか、あるいは文書でいろいろおやりになるか、とにかく一応ああいう手紙が向こうから来ているのですから、そのときの返事を見てやってもいい。しかし、いまおっしゃるように、近隣国家との間の経済というものは、私は緊密にしていくべきものである、かように思っておりますから、よいチャンスをとらえて相互間の利益になるようにきめるべきであると、かように思っておりますが、いまは、いま申し上げましたような点から見ても、日米航空協定の交渉を開始しておりますから、そういう関係から見ても時期ではない、こういうことであります。
○稻村(隆)委員 大臣の言うこともよくわかるわけです。いまアメリカとの航空協定の問題もありますから、軽々に地方的な問題、ローカル路線の問題なんか話し合うことができない、こういうのもよくわかるわけです。しかし、まあアメリカとソ連とはだいぶ客観的な条件が違いますから、必ずしも同一じゃないと思うのですし、その点、この問題はやはり軍事上の理由で当分はシベリア上空を外国の飛行機が通ることは不可能であるということを十分御存じと思いますから、その点ひとつ新潟−ハバロフスク間の問題も考慮して善処していただきたい、こういうことを希望いたしまして、この問題に関する私の質問は終わりたいと思っております。
 次に、これはやはりソ連との航路の問題であります。これもやはりよほど改善の必要があると思うので、いま横浜とナホトカの定期航路がありますが、これは非常に長い。一体時間がどのくらいかかりますか。これは事務当局の方にお聞きしたいと思うのですが、私は何時間ぐらいかかるかよくわからないのですが………。
○若狭政府委員 約五十時間でございます。
○稻村(隆)委員 そうしますと、私はこれは決して地方的な問題にとらわれたわけじゃないので、日ソ貿易の関門という点を考え、日本の対ソ貿易、対外貿易の全体から考えて、裏日本の港を、新潟とかそれから舞鶴とかいうものをもっと積極的に利用する方法を考えたらいいんじゃないか、こういうふうに思うのですが、これにはいろいろな条件がありますし、条件がいま完備していないけれども、そういう点は当局はどうお考えになるのですか。横浜−ナホトカ間では全く不便なんです。私は二度あそこを乗りましたけれども……。
○若狭政府委員 御指摘のとおり、裏日本の港からナホトカへ参りますのには、非常に距離的にも近うございますし、便利でございますけれども、裏日本の工業生産力というものはまだ非常におくれておるという関係から、日ソ間の貿易のものが出てまいらないという実情でございます。現在のナホトカ航路の状況を見てまいりますと、大体横浜、神戸からほとんど大部分の荷物が出ておるということでございまして、裏日本の港、敦賀、伏木、新潟、これは前に日ソ間の定期航路の開設にあたりまして、両国間に協定ができたわけでございます。その中に寄港地として掲げられておるわけでございますけれども、実際に荷物が出てまいりませんので、船が参らないという状況になっておるわけでございます。したがいまして、いかに便利でございましても、そこに荷物が参りませんと船が参りませんので、そういう関係で出てこないということでございます。
○稻村(隆)委員 実は私も、新潟市長から頼まれて向こうの海運省ですか、海運大臣バカエフという人に、これは閣僚ですが、会っていろいろ話をしたのです。ところが、新潟のほうはぜひ定期航路を開設するように話してもらいたい。もしも赤字になるようなら、こっちのほうで補てんするからというような話をしておったので、私もそういう知識がないものですから、向こうへ行って話をしたところが、向こうは苦笑しておりましたが、新潟とか舞鶴――新潟等は十九時間で行く、だから、もうソ連としては垂涎おかざる港なんだ。ところが、これはいろいろな条件で、どうもあそこへ荷物を持っていっても荷物を運ぶ方法がない、またあそこに荷物を集める方法がない、こういうことだったのですね。それで私は思い出したのですが、三十八年の七月に議員立法で関越自動車道建設法というものが公布されまして、それに基づいて三十九年度千二百万、四十年度に二千万の調査費を出して、そうしてあそこに新潟−東京間の高速道路をいまあれしておるわけなんですが、これも地方問題として私はあまり興味なかったのですけれども、この舞鶴や伏木も同様だと思うのですが、これはやはりこういう道路を早く完成して、そうして日本の全体の経済からいってもそうだし、また裏日本という恵まれない――たとえば樺太がなくなってから、裏日本の港は全然火が消えたようになっている。函館でも、それから小樽でも、裏日本全体がそうです。秋田でも、新潟でも、青森でも、どこでもそうなんですが、それをやはりソ連貿易で取り返すというふうにしていかなければならぬ。そうすれば、裏日本も表日本もないのです。現にまたそういう対ソ貿易は年々拡大しているのは御存じのとおりなんで、もう日本の対ソ貿易は世界第四位になっているわけです。これはますますふえる実情にあることは大臣御存じのとおりなんですから、こういう点もっと建設省と打ち合わせをして交通の便をよくするようにして、そうして裏日本の港を積極的に利用する、こういうふうにしたほうが、私は日本の利益の立場から見て絶対必要なことであろう。神戸や横浜から運んでいっているのじゃ、これはもう話にならぬと思うのです。横浜から三陸沖へ行くころには、もうすでに新潟からナホトカへとっくに着いているわけでありますから、そういう点をもう少し建設省とも連絡をとりまして、日本の海運の立場から、貿易の立場から、運輸大臣、通産大臣、建設大臣で御相談になって、この裏日本の港に対する道路の開通を積極的にやるようにひとつ尽力していただいてはどうかと考えますが、その点いかがでしょうか。
○松浦国務大臣 裏日本への縦貫道路の法律案もできておるのでございますから、これは早く裏と表の連絡を密にして、それでこちらの工業品が新潟なり敦賀なりの港からどんどん出せるように連絡することが必要であると同時に、もう一つは低開発地方の開発、新産業都市の開発によって、その地方が太平洋のベルト地帯と同様な生産力をあげるようになれば、それはもう言うまでもないことでありますが、その両方を並行していけば、自然に裏日本の港を活用してアジア大陸との取り次ぎも可能になる、かように思っておりますから、そういうふうに各省と連絡を通じましてやっていきたいと思っております。
○稻村(隆)委員 建設省にお伺いいたしますが、いま関越自動車道路の調査をしておりますが、これは法律で予定路線をきめなければならない、この点はどういうふうになっておりますか。
○三橋説明員 お答え申し上げます。
 ただいま御質問のございました関越自動車道、これは三十九年から調査を開始しております。この調査は、第一次調査とまあ私ども申しておりまして、五万分の一の地図に予定のルートを入れまして、そうしてそれが大体どういうルートを通るのが一番合理的であるかというようなことをいまやっておる最中でございますので、大体四十一年度一ぱいくらいで第一次調査は終わると思われます。その一次調査が終わりましたところで、その次に基本計画をつくります調査を行ないます。これは千分の一くらいの大きな図面に具体的な道路の通ります地先とか、あるいは線形とか、それからそれに取り次いでまいります道路のインターチェンジをどうするか、そういう関連公共事業をどうするか、そういうような具体的な調査を四十二年ころから始める必要がある。またそういうテンポで進めてまいりたいというふうに考えておりまして、そこいらで予定路線をきめられるのではなかろうか。したがいまして、五カ年計画をもってただいま道路整備をやっておりますが、この五カ年間が大体二次調査を終える期間であろうか、そういうテンポでただいま調査を進めております。
○稻村(隆)委員 実際に完成するにはまだ十年以上かかるというふうに新聞に出ておりますが、実際そのくらいかかるのですか。私はしろうとで全然わかりませんが。
○三橋説明員 大体高速道路の調査は、通常いままでの例を申しましても、五、六年は調査にかけておりますし、またこれを開始いたしますと、大体五、六年で完成させる。まあ距離にもよりますが……。そういうことで、ただいま御指摘のようにどうしても十年あるいはもう少しかかるのではなかろうかというふうに考えております。
○稻村(隆)委員 そういうふうに長いのでは、これは待っておれない。たとえば中央、中国、九州、北陸、東北の五つの高速道路は、三年で調査を終わっている。高崎−新潟間はもっと短かいのです。だから、調査なんというものはそんなに長くなくたってできるのじゃないか、こういうふうに私どもしろうとは考えるのですが、その点はどうですか。
○三橋説明員 お答え申し上げます。
 調査が長過ぎるという御指摘でございますが、中央道にいたしましても、これはもう十年以上も調査を進めてきております。それから東北、中国九州にいたしましても、もう五、六年調査をやっております。それでやっと本年度から東北、中国、九州あたりの道路の着工ができるという段階にきたわけでございまして、これらの新しい縦貫道――まあ関越は別といたしまして、新しい縦貫道でも、これから着工いたしまして七、八年はかかるというふうに考えております。したがいまして、そこいらと並行しながらこの関越道をやっていかなければならぬということになりますと、いろいろ財政的な問題もございますが、私どもといたしましては、縦貫道を含めました全国の高速道路と申しますか、これを昭和五十五年までに三千五、六百キロのものはつくってまいりたい。そのほかに幹線自動車道路網というものを形成してまいりまして、五十五年までには約六千七百キロ幹線自動車道路網をつくりたいというふうに考えております。その一環といたしましてただいまの関越自動車道もやってまいりたいと思いますので、やはりそこいらのかね合いから申しますと、先ほどお答え申し上げましたようなことにならざるを得ないのではなかろうかというふうに考えておる次第でございます。
○高瀬委員 関連質問。実は建設省のほうに伺いたいのですが、これは大臣の意見を聞いたほうがいいかもしれませんけれども、道路の問題について、最近東北線でもどこでも人家が稠密しておって、バイパスがどんどんできるわけです。非常に理想的にできたところはけっこうですけれども、東北のいわゆる四号国道、ああいうようなものは、方々にバイパスをつくりましても、すぐに道路に面していろいろな施設、ガソリンスタンド、そういうものがどんどんできて、一向バイパスの効果がなくなって、それが道路に沿って急速に町ができてしまう。こういうものについて、建設省はどういうように考え、どういうように規制しようと思っておるのか、この問題が一つ。
 それから、これは京都の問題ですが、実は私のクラブに入っている有名な建築家のレーモンドというのがおります。それだの、陶芸家、せとものを焼くリーチという人間、そういう者から、日本の国が文化財保護あるいはいろいろな自然を破壊することについて、国並びに当局は無関心であるということで、私は友人としての警告を受けたわけであります。それは京都駅の前に新しい建物ができて、ちょうどろうそくを大きくしたようなタワーが立っております。これは京都の美観を非常に害し――いろいろ政治的背景もあるようですが、京都新聞の社長と商工会議所の会頭が主になってこれを建て、そういう文化的な日本を愛する西洋人が全部これに反対している。日仏会館の館長、それから芸術家も反対している。いろいろ政治的な思惑も、あるいは新聞社――朝日新聞社の反対があったとか、いろいろそういうことは私は関係ない。ただ問題は、ああいう文化的な奈良、京都みたいな都市で、ああいうような入り口に非常に目ざわりなものを建てて、それについて建築法上何にもこれを防護する方法がないという現状。建物に対して、建物を建てることは何階だとか、地盤とかによってきまっている。あるいは火災などの予防の見地から制限がある。しかし、建物を建ててしまうと、その建物に付属していわゆる付属物をつけるということについては、法律に何らの規制もない。高山市長でも、いわゆる観光上、あるいは文化財保護上、いわゆる保護地域、何地域と申しますか、正確な表現方法はわかりませんが、そういう地域になっているところについては私がやるが、建築物の上に何かを付加して建てるということについては、建築法上も規制がないし、また場所が場所で、玄関先ではあるけれども、市長としては何もできない。結局野放しなわけです。だから、あそこにあんな醜態なろうそくを大きくしたようなタワーができて、京都タワーホテルというものがその下にがんばっている。しかも京都新聞社の社長あるいは商工会議所の会頭がこれをやっている。まあできてしまったらいいじゃないかといえばそれまででありますが、そういうことについて、建築法上何らの制限もなく、野放しに醜態な建築物を暴露している現状、こういうような点について、建設省はどういうように考えておられるか。ただいまの道路の問題、建設物に対する付加工作の法的な制限、こういうふうなものについて、建設省は何にもやっていないわけであります。だから、そういうことについて、どういうように考えておるか。私は、ほんとうは建設大臣に伺いたいのですが、建設省関係の当局にちょっとこの二つだけ伺いたい。
○三橋説明員 お答え申し上げます。私、道路局次長でございまして、最初のほうのバイパスの問題についてお答え申し上げます。
 ただいま、バイパスができますと、すぐに家が張りつく、一体そんなことでバイパスの役目が果たせるかというような御質問が、第一点と存じます。これにつきましては、私どもバイパスをつくりますときに、やはりバイパスというものに二種類あるのではなかろうかと思っております。一つは、ただいまの道が込んでおるから、それの混雑緩和だけのためのバイパス。したがって、沿道地域を開発するためのバイパスと通過交通をさばくためのバイパスがあると思っております。ただいまやっておりますバイパスは、主として混雑緩和で、しかも町の発展のためのバイパスというようなものが多うございまして、通過交通だけを考える場合には、自動車専用道路という指定をいたしまして、その道には人は出入できないような法制がございます。それによってやっておる現状でございまして、今後とも、その道路の性格を勘案して進めてまいりたいというふうに考えておる次第でございます。
○稻村(隆)委員 最後に、私は建設省当局に要望したいのですが、高速道路ですが、これはいまいろいろな専門的な立場があるのでしょうが、私どもしろうとは、何とかもう少し急げないか。特に日本の貿易の拡大という観点からいって、日本の利益という立場から考えて、いままでお互いに道路問題とは単に地方問題だとして扱っておったことが間違いじゃないかと思う。これはやはり政治の問題で、何とかして建設省が昨年きめた新道路五カ年計画、これは予算は四兆一千億の予定ですね、その中に関越自動車道路を組み入れて、早期に完成をはかるようなことができないのですか。これは大臣でなければ答弁できぬかもしらぬが、建設省当局としてはそういうことはどうですか。
○三橋説明員 お答え申し上げます。
 新道路整備五カ年計画の中におきます有料道路の金は、一兆一千億でございます。この一兆一千億は、道路公団、阪神公団、首都公団、これらの有料道路を全部含んでおります。したがいまして、新しい縦貫道に向けられます経費は、約七百億程度より向けられないという状況でございまして、したがいまして、関越までまだ向けるだけの金に乏しい。遺憾ながらそういう状態でございます。したがって、ただいまの新しい縦貫道をまず着手するというところが、精一ぱいという状況でございます。
○稻村(隆)委員 私の質問を終わります。
     ――――◇―――――
○河本委員長 恩給法等の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。
 質疑を行ないます。質疑の申し出がありますので、これを許します。田口誠治君。
○田口(誠)委員 きょうまでだいぶん各先生方からこの恩給法等の一部を改正する法律案の内容について質問をされ、また要望もされてきておるわけであります。そこで、これは当局と私どもの考え方とどうしてもずれがあると思いますが、せんだっても私の質問で申し上げましたように、いずれにいたしましても、この恩給の給付金を引き上げなければならないという思想は、生活給的なものが重点に置かれるべきである、こういう考え方を各先生方も持っての質問であったと思います。そこで、繰り返すようでございまするが、先日受田先生からの質問におきましても、三年というこの年限は非常に長いのではないかということと、それから当局のほうでは、平均ベースでないから、金額は実際に算出すればそれと相違があるから、この算定基礎となる基準ベースというものは、そんなに公務員の賃金との比較をしていかなくともいいじゃないかという考え方を持っておられるように受け取っておるわけです。まあそれが違えばあとで御回答いただけばいいのですが、私どものほうといたしましては、いずれにいたしましても、この算出方法を見ましても、基準になる算定べースというものが問題になるわけでございまして、先日申し上げましたように、昭和二十八年に一時停止になっておりました軍人恩給等が復活されまして、そのときには一万円のベースの基準算定基礎に基づいて算出をされておったわけです。そのときには公務員の賃金が一万三千五百八十五円、すなわち三千五百八十五円という相違になっておりまするし、その次に一万二千円で計算をされたときには、公務員の賃金が一万五千六百六十八円、引き続いて改正をされて、一万五千円を基礎にされておるときには、公務員の給与が一万九千三百九十円、こういうことになっておりまして、三十七年度の改正のときにも、そのときには二万四千円ベースという表現のしかたで質疑応答がされましたが、今日の内容からいきますると、二万円という読み方で、それの二割増しという引き上げになっておるわけです。そこで現在の公務員のベースと比較をいたしますると、昭和三十九年に七・九%の引き上げを行ないまして、三万四千四百五十円というベースになっておるのです。もちろんこれは暫定手当が入っておるわけでございまするが、それをとりましても三万二千円ほどになるわけなんです。したがって、三万四千四百五十円ということになりますると、今日改正をされる基礎となる金額、昭和二十八年以来の改正の引き上げ額を算定する基礎に置いた金額は、公務員の給与との格差を見た場合に三万円にして妥当ではないか、こういうことになるわけなんで、そこで先日も、受田委員のほうからもそうした点について強い要望もされ、また質問をされておりましたが、当局のほうとしては、この二万円というのは平均のベースではないのだ、これは算定する基礎金額であるから、この問題については私どもの考えておるような深い考え方はお持ちになっておらないようでございますので、もう一度こういう点についての考え方を表明していただきまして、将来改正する場合に各委員から要望されたようなことを消化する必要があるのかどうかということを、私もこの際確かめておきたいと思いますので、ちょっと重複になろうと思いますけれども、もう一度その点を御解明いただきたいと思います。
○増子政府委員 ただいま御質問の点でございますが、恩給の年額算定の基礎になりますいわゆる仮定俸給と、いわゆる在職公務員の給与ベースとの関係につきまして、いろいろと御意見があったわけでございます。私どもとしましては、実は先生が御指摘になったような数字的な関係ということは、基礎にいたしておらないのでございます。すなわち従来は、恩給の年額を改定いたしますについては、その基礎になっております各人の仮定俸給といいますか、基礎俸給額、それは年額で表示されておりますけれども、それがそれぞれ個々には具体的にきまっておるわけでございます。その仮定俸給年額をどのくらい引き上げるかということで毎回改正案を立案して御審議願っておるわけですが、そのどのくらい引き上げるかという目標としまして、それぞれある時期における一般職の職員の俸給表を基礎にして使っておったというわけでございます。そのどの俸給表を選ぶかということが実は問題なんでございますけれども、それを選ぶにあたりまして、先生の御指摘のように、従来一万円と一万三千円とか、あるいは一万五千円と一万九千円といった程度に、そこに三千円なり四千円くらいの差があったから、その差ができるようにわれわれもやっておったというふうにおとりでございますけれども、実はそういう差額を維持するために適当な俸給表を選んだということではございませんで、できるだけ恩給年額の増額をしたいということで考えますと、実は公務員の俸給のうちで一番新しい俸給、でき得べんくば改正時点における職員の俸給表を基礎にすればいいわけでございますが、しかし、それをしますと、相当多頭の経費が必要というようなこともありまして、なかなかそこまではいけない。したがって、それよりも二、三年以前といいますか、古い俸給表を基礎にしたというような関係になっておるわけでございます。
 そこで今回の改正でございますが、今回の改正は、そういった従来のやり方によりまして昭和何年度における俸給表を基礎にするかという俸給表をさがし出すのではなくして、現在の恩給をおよそ何%アップさせるべきかというような角度から改善率というものを求めたということでございます。したがいまして、考え方の基礎に、在職職員の給与ベースに合わせるということではなくて、一般的なそういう傾向ということはもちろん考えますし、それから他方においては物価の上昇とかあるいは国民一般の消費水準の上昇、そういった点を勘案いたしまして、今回は恩給年額を二〇%引き上げるというふうに結論を出したわけでございます。したがって、今後の改正についての考え方もお尋ねになったのでありますが、それは今回の改正案について御承認いただきますれば、これがある程度今後の基礎になっていくというふうに考えておるわけでございます。
○田口(誠)委員 いま御答弁のありました内容を聞いておりますと、いずれにいたしましても、私どもが主張いたしておりますような公務員の給与との差額を三千五百円なり四千円下回ったところに置いて計算をしていきますと、これは相当の額になるというので、総予算という面から結局何十%を引き上げるということを逆算して、それで仮定俸給年額を幾らにするか、こういうことになっておるのですから、したがって、私どもの考え方としては、現在のような物価が非常に上昇して生活が苦しくなっておる、働く勤労者も相当大幅の賃上げを行なっておる、こういう時期に、恩給というものが、これは単なる恩給だけではなしに、扶助料とかその他の厚生省の処置をする関係の年金にも関連をしてきますので、やはり生活給というものを頭に置いての考え方で改正をしていただくことが最も望ましいという考え方から、先般来質問を申し上げておるわけなんです。そこで今度この恩給法の改正が通過するということになりますれば、次の改正のときにも、何ら公務員の賃金−公務員の賃金というのは日本の労働者の柱になっておるわけですが、その賃金に全然拘泥することなしに、総予算という面から、この程度は予算的に可能であるから、何十%を引き上げていく、こういうやり方にするのだという答弁ですから、それでは各委員からそれぞれ質問をされておる気持ちと合致しないものがあるわけなんで、こういう点についてはあまり突っぱるということでなしに、十分にそうした点を検討していただかなくてはならないのではないか、こう思うわけです。
 そこで、それぞれ恩給なり年金あるいは扶助料を受けておる対象の人たちが強く要望しておることは、労働者の賃金が毎年このように上昇してきておるのだ、そこで、われわれが国のほうから給付を受ける恩給なり、年金、扶助料というものは、そんなに上昇していかぬので、もう少し大幅な引き上げをしてほしいというのが、対象者の強い要求であるわけなんです。こういうことからいきますと、従来公務員の賃金との格差を比較してこられたものを全然除外して、ただ総予算の面からこの程度は可能であるというので引き上げてもらっては、給付を受ける人たちの要望をかなわすことができないのではないか。それで十分にそうした要求をかなわせるということはむずかしいのですけれども、少しでもそうした気持ちを取り上げてもらわなくてはならないのではないか、こう考えておりますので、しいて二回もこういう点について質問を申し上げたわけですが、そういうことから、いま局長の答弁のように、この法案が通れば、次の法律改正のときにも今度の方式をそのままとるんだ、こういうことでなしに、やはりその点をもう少し検討してもらいたいと思います。どうですか。
○臼井政府委員 田口先生のお気持ちはよくわかるのでございまして、この公務員のベースアップと恩給の引き上げとの比例が、そのとおり取れていないではないかという御質問かと思うのですが、いま申し上げたように、一つは予算の面も、もちろん財政上の理由からございますが、そればかりでなく、現役と非現役といいますか、要するに現役の方ですと、ひとり生活水準の向上、物価の上昇のほかに、語弊がありますけれども、需要供給といいますか、現在のような人手不足になってきますと、勢いよき人を得るために、そこに相当の考慮が必要で、人事管理上俸給を相当に引き上げなければならぬという、その要素が加わりますので、そこに恩給あるいは扶助料等につきましても、現役の公務員の給与との差ができるわけでございます。それともう一つは、いまお話しのように、三年間でやる等につきましても、財政上の理由で、これがおもな二つの理由でございますが、しかし、財政上許せば、できるだけ引き上げたいという気持ちにおいては変わりがないということは申し上げておきます。
○田口(誠)委員 その点は、私の質問の内容からいろいろとくみ取っていただく点がありましたと思いますので、強く要望いたしておきます。
 それからもう一つお聞きをいたしたいと思いますことは、満鉄職員の場合は、そのつど大きな問題になって、いろいろと改善されてきておりますが、ただここで一つ取り残されておるものがございますので、この点についての所見をお伺いいたしたいと思います。旧満州国の法律によって設立されておりました旧満州糧穀株式会社及び旧満州農産公社、これは日本の食糧庁の事業と同種のものであって、そうして日本が計画的な集荷、配給、輸出、輸入等を行なう場合に、こうした会社を法律によって設立をさせて、そうして戦前は事業を行なってきたわけなのですが、ここにつとめておった人たちが、いま相当数農林省関係に入っておるわけなんです。ところが、この人たちの場合には、恩給の通算にならないわけなのです。ところが、一方において旧満州電信電話株式会社等の九団体は、これは通算になっておる。こういう見方によっては非常に不公平な取り扱いがされておるのですが、この点はなぜこうした開きを今日までつくっておかなければならなかったのか、ひとつ承りたいと思うのです。これは御答弁はどなたでもよろしいのですが……。
○増子政府委員 御質問のうちにありました電電公社等の九つの団体との比較におきまして、いまお話しの農産公社等がただ一つ残っておるというふうにお話でございましたけれども、実は満鉄以下九団体は、御承知のように、法律に基づきまして国鉄なり専売と同種の事業をしておるものという意味で通算の対象になっておるわけでございます。御指摘の糧穀株式会社あるいは農産公社等は、私どもの調査によりますと、とうていこの範疇に入るものではないわけでございます。そういう意味におきまして、満鉄と同じような指定はいたしかねるわけであります。
○田口(誠)委員 いま電信電話株式会社等九団体と同様には考えられぬということでございますが、これは食糧庁が戦前戦後にわたりまして、計画経済のもとに食糧の配給等を行なってきたわけですが、満州国の場合も、そうした必要性があるというので、日本の顧問団の指導のもとに満州国が法律によってこうした公社、公団をつくりまして、そして食糧の集荷、配給なり輸出、輸入等を行なって、当時の日本の食糧庁の行なっておりました事業と何ら変わりがなかったわけであります。だから、法律的にいきまして、ただいま説明のありましたような点はあろうと私は思いますけれども、これは将来法律的に問題があったといたしましても、検討をしていただく問題であろうと思うのです。きょうイエスかノーという答弁にはならないと思いますが、食糧庁の行なっておりました事業と何ら変わりがないものでございますし、日本の顧問団の指導のもとにこの法律をつくって、そして計画経済のもとに一つの食糧対策を行なったのですから、そこへつとめておった人が今度内地へ引き揚げてきて農林省の職員として入った場合には、これは旧満州国における電電株式会社等九団体とそんなにギャップをつけて取り扱う内容のものでないと思うので、この点につきましては、私はあくまでも十分に研究をしてもらいたい。そしておそらくこの問題を取り上げれば、次にはこの問題がある、この問題があると、いろいろ問題があろうと思いますが、現行のまま絶対に幅を広げないのかどうかというところに、きょう私が質問申し上げる焦点があるわけなんです。それで、今日の場合は現行の状態でございますけれども、ただいま一つの例を引いて、農林省につとめておられる旧満州国の農産関係の公社、会社につとめておった人も、やはり同じ取り扱いにすべきではないか、こういう点についての研究を十分にしていただきたいし、今日の幅を全然広げないのだということは、このことは国会できめるわけでございますから、いろいろこういうものにも関連をした附帯決議なり要望というものを従来もつけてまいりましたし、これからもそうした要望や附帯決議等もつくことと思いますので、こういう点につきましても、十分に研究をしていただいて、こうした問題を将来どう取り組んでいくかという点について研究をしていただきたい。いま取り組み方についての抱負があれば、ここで答弁をしていただいてもよろしいですし、これからの研究課題ということならそういうことでもいいわけなんですが、その点について一言お伺いいたしたいと思います。
○増子政府委員 御指摘の問題は、いままでもずいぶんいろいろと検討してまいりました問題でございますが、なお将来の考え方を申しますと、実は公務員でないいわゆる在職期間を通算するということは、恩給制度の上ではこれはあくまで例外でございます。したがいまして、例外を無制限に拡張していくということは、やはりとるべき態度ではなかろうというふうには思うわけであります。しかし、内容につきましていろいろとデリケートな問題がありますので、必ずしも機械的にはまいらないというところはございますので、なお引き続き検討いたすつもりでございます。
○田口(誠)委員 その点は、ひとつ十分に御検討をいただきたいと思います。
 それからもう一つ、簡単にお尋ね申し上げたいと思いますが、こうした恩給とか扶助料というものにつきまして比較対照してちょっと問題があろうと思いまするのは、戦争未亡人の給付金の場合と、それから傷痍軍人の給付金の慰謝料の場合、金額的に相当開きがあるわけなんです。実際の生活面からいきますると、傷痍軍人の場合には、それぞれその障害の重軽によって等級が分かれておりまするので、それぞれの生活保障的なものがなされておりまするが、戦争未亡人の場合は、生活度合いからいきますると、傷痍軍人の場合と比べて、多くの中には当然こう開いてもいいというものもありまするけれども、中にはこれは逆に戦争未亡人の方で扶助料の額を多く差し上げなければならないのじゃないかという気の毒な家庭もあるわけなんであります。したがって、現在行なっておられる傷痍軍人に対する対策と、戦争未亡人に対する対策が同じように考えられておりませんので、これをどういうようにお考えになって扶助料なりあるいは年金なりを支払っておられるかということについて、お伺いいたしたいと思います。
○増子政府委員 いわゆる戦争未亡人の給付金というように仰せられたのでございますけれども、これはいわゆる恩給法では公務扶助料ということに限定してお答えいたしたいと思います。それから傷病軍人の慰謝料その他というお話でございましたけれども、これも恩給法による傷病恩給、増加恩給または傷病年金という、この二種類につきましてのお話ということでお答えいたしたいと思います。
 いわゆる公務扶助料のほうは、この委員会でもしばしば御説明いたしましたように、軍人の死亡いたしましたときの俸給年額を基礎にいたしまして、一定の率を加えて扶助料を出す。したがってこれは退職時の俸給が階級によって差がございますので、その差が扶助料の面でも出てまいるわけでございます。それから他方、傷病恩給でございますが、これは実は増加恩給及び傷病年金につきましては、階級差はございませんで、もっぱら不具廃疾の程度あるいは傷病の程度によりまして段階をつけておる。その段階ごとにどの程度の金額にするかということにつきましては、これは理論的に幾ら幾らという基準は、率直に申し上げて、ございません。ただ、従来の長い歴史がありますので、それらの金額の上に立ちまして、一般のいわゆるベースアップという問題と同じようなことになりますが、これをどの程度引き上げていくかという形で今日に至っておるわけでございます。したがいまして、これらの公務扶助料の額なりあるいは傷病恩給の額を今後定めます場合に、全く白紙の立場から、いわば社会保障的な金額を理論的に算出するというようなことは、おそらく現実問題としては困難でなかろうかというふうに考えるわけでございます。したがいまして、現在の案としましては、結局恩給法の一定の基本的な性格に従って、その金額をできるだけ社会なり経済の実態に合わせたように改善していきたい、こういうことで進んでいるわけでございます。
○田口(誠)委員 戦争未亡人の場合は、階級によって扶助料の給付金が違ってきているわけです。そこで実際に給付を受けるほうとしては、戦後生活扶助という考え方が手伝って、階級差別というものによってこの金額が大きく差をつけられるということはいけないのではないかというので、年々これはギャップを修正されてきているわけなんです。したがって、その考え方も、戦争未亡人というのは実際の生活上、大将の未亡人であろうが二等卒の未亡人であろうが、生活をする場合には同じことなんだから、その階級によってそうした大きな開きをつくることはいけないというので、これの修正は改正ごとになされてきているわけです。改正ごとになされてきておりますが、一方傷痍軍人のほうは、これは傷病の重軽度によって金額が違ってきているわけであります。重軽度によって違ってきているということは、その傷病の内容によっては、全く自分の力で収入を得ることができない人もあれば、堂々と、ほとんど一人前の人と変わりない生業のできる人と、いろいろあるわけです。だから、こうした人たちの場合には、ほぼ生活というような面を勘案して給付されておりますけれども、戦争未亡人の場合には、まだまだ当時の軍人の階級によって未亡人に対する扶助料の給付額が違っているわけなので、したがって、私のいま申し上げているのは、傷痍軍人に給付される場合と、戦争未亡人に給付される場合と、同じく生活の面を相当考えてやらなければならないし、また考えていろいろと修正もしてきているわけです。だから、今日開きのあるものは、将来この双方を同じような思想のもとに取り扱ってもらわなくてはならないのじゃないか、こういうことを申し上げているのです。いまの給付のしかた、階級によってどうだとか傷病の度合いによってどうだとか、こういうことは、これは説明のあったように、いままでもしばしばあったことであるから、だれしも認識をしていることであるけれども、実際に給付をされている給付金額を見ますと、戦争未亡人の場合で階級の低かった軍人の未亡人の場合は、ことばの表現でいきますと、非常に不利益、不平等な取り扱いをされておる、こういうことになるわけで、そういう点について是正する必要があるのじゃないか。だから、この傷痍軍人と未亡人との比較対照をいま御質問申し上げたわけなんで、この点について一つの思想的な考え方があなたのほうと合致しておれば、私は何らこれ以上申し上げる必要はないと思いますけれども、いずれにいたしましても、戦前の軍人の階級によって未亡人にまで大きな金額の開きがある、この格差是正ということは、改正ごとに思い切ってやってもらわなくてはなりませんので、そういう意味からこの傷痍軍人を比較に出したわけなんで、その点について、将来の問題としてどういうお考え方を持っておられるかということをお聞きしたのですが、先ほどの答弁は、全く事務的な答弁に終わったわけなんです。私は、そうした政治面において解決しなければならないものも入っておるから、こういうものも将来検討をしてもらわなくてはならないということから質問を申し上げておるのであって、その点についてもう一度答弁をいただいて、その結果によっては終わりたいと思います。
○臼井政府委員 恩給のほうは恩給法によりましてやっておりますが、ただ、従来財政上の事由等もありまして、十分にこれが増額ができなかったがために、下のほうに厚く上のほうに薄いというような、悪くいえば便宜的な手段も講じたのでございますが、したがって、これを極端にいえば下のほうの兵の階級に統一するというわけには、性格上、また法律上からもいかぬ問題だ、こう考えられるわけでございます。したがって、傷痍軍人、傷病恩給とは、そこに法のたてまえがそういうあれになっておりますので、やはり全部一つに統一するということはなかなかむずかしいと存じますが、財政上の事由等で年齢の差をつけるとか、あるいは限られた財政で下のほうにある程度厚くするというようなことは、従来もございましたし、今後もそういう点では御意見のような方法もある程度は入り得る、こう考えておる次第であります。
○田口(誠)委員 一番最初の質問を申し上げたときに財政上の問題が出てきましたから、私はこの問題を取り上げておるわけなんで、それで財政上の問題からいきますと、現在、戦争未亡人の場合は数が少ないわけですね。それでこの方面の引き上げを行なっていただいても、財政の面についてはそんなに大きく響かないという一つの数字的な面からも私考えて、ただいま申し上げたわけなんです。これは現在の恩給なりあるいは未亡人に対する遺族扶助料、それから傷病年金を受ける対象者をそれぞれ員数的に出していただけばわかりますが、未亡人の場合には、三十万以下ぐらいになっておると思うのです。そこは少しは違っておってもよろしいですけれども、その程度でございますから、したがって、財政上の問題が大きく手伝っておるから、内容的に相当ひねくっていただいてもいいのではないか、こういう点が考えられましたし、特にいま実際に給付を受けておられる人たちが、それぞれの理由はございますけれども、この給付を受けておる総金額を生活のもとにしておるということは事実であるわけなんで、そういう点から、考えてみましたときに、十分に考えていただかなくてはならない点があろうと思いましたので、ただいまの質問をなお申し上げたようなわけで、そういう点を十分に御理解いただいて、次の改正のときには、ただいま申し上げたことも織り込んで改正内容をきめていただきたい。この点を強く要望申し上げておきたいと思います。
○河本委員長 これにて質疑は終了いたしました。
    ―――――――――――――
○河本委員長 これより本案について討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決に入ります。
 恩給法等の一部を改正する法律案について採決いたします。これに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○河本委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
    ―――――――――――――
○河本委員長 この際、八田貞義君、村山喜一君及び受田新吉君より本案に対し附帯決議を付すべしとの動議が提出されておりますので、本動議を議題とし、趣旨の説明を聴取いたします。八田貞義君。
○八田委員 ただいま議題となりました恩給法等の一部を改正する法律案に対する自由民主党、日本社会党、民主社会党の三党共同提案にかかる附帯決議案を提出いたします。
 まず、案文を朗読いたします。
   恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
 政府は、
一、本改正案の三年に亘る段階的増額を短縮するようすみやかに措置すること。
二、生活水準の向上、物価の上昇並びに現職公務員の給与に即応して、恩給・年金を引き上げ得るよう措置すること。
三、残された文武間等の不均衡是正、未処遇の解決及び傷病恩給の改善等についても十分な措置をすること。
 以上の問題についてすみやかに検討の上善処するよう要望する。
 右決議する。
 本案の趣旨は、先般来の当委員会における質疑の中ですでに明らかになっていると思いますので、なるべく早い機会にこの措置が講ぜられるよう要望いたし、その趣旨説明にかえます。
 何とぞ御賛同くださるようお願いいたします。
○河本委員長 本動議について採決いたします。
 本動議のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
  〔賛成者起立〕
○河本委員長 起立総員。よって、本案は八田貞義君外二名提出の動議のとおり附帯決議を付することに決しました。
 この際、臼井総務長官から発言を求められておりますので、これを許します。臼井総務長官。
○臼井政府委員 御決議になりました事項は、いずれも重要かつ困難な事項でございますが、御趣旨によりましてさらに引き続き検討を加え、できるだけすみやかに結論を出すように努力いたしたいと存じます。
    ―――――――――――――
○河本委員長 なお、ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○河本委員長 御異議なしと認め、そのように決しました。
  〔報告書は附録に掲載〕
     ――――◇―――――
○河本委員長 外務省設置法の一部を改正する法律案、及び在外公館の名称及び位置を定める法律及び在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案の両案を一括して議題とし、審査を進めます。
 質疑を行ないます。質疑の申し出がありますので、これを許します。茜ケ久保重光君。
○茜ケ久保委員 簡単に二、三の点についてお尋ねしたいと思います。
 質問に入る前に、外務省関係の在外駐在職員がかなり多数にのぼっておると思いますが、現在、大公使館ないしは領事館その他の在外公館に在職する人員は何名であり、その在住する職員のうち、世帯を在外公館の所在地に持っている職員は大体何名であるか、事務当局でけっこうですから、ひとつ……。
○高野政府委員 在外に勤務しております外務公務員は九百八十五名。世帯を持っていると申しますか、家族とも外国に居住しておりますのは八〇%、主として家族同伴で在外勤務しておりますのは、正確な数字は八〇%ぐらいと考えております。
○茜ケ久保委員 世帯持ちであって、在外勤務者の中で約二〇%が家族を勤務地に持っていないという状況でありますが、その二〇%の諸君のいわゆる在勤地に家族を同伴していない理由が、もし判明しておりますならば、御説明願いたい。
○高野政府委員 外務省に入ったばかりの人、ないしはそれで独身の人が主として単身で在勤しておりますが、それ以外に家庭の事情、主として教育問題及び家族の状況によって単身で赴任している人は若干ございますが、主として在外で単身赴任している人は、独身者が多いと思います。
○茜ケ久保委員 私お尋ねしている趣意は、在外公館に勤務される外交官の皆さん方が、いわゆる勤務地における子弟の教育についてかなり頭を悩ましておられる。何年か前でしたが、これは農林省関係の方でございましたが、長い在勤生活のために、子弟の教育が、いわゆる日本的なことができないで、奥さんが子供を殺して自分も死んだという例もありましたように、私、先般ちょっとかけ足で回ってまいりましていろいろと調査した中で、在外公館の職員の――職員自体もそうでありますけれども、特に奥さん方がそのことに非常に頭を悩ましているということに当面してまいりまして、私ども国内に生活する者から考えると、想像も及ばぬものもあったように伺ってまいったのであります。私ども在外公館の諸君といろいろ話し合いをする中で、何カ所か特に奥さん方と懇談する機会をつくってもらったのですが、それはおもにそういう在外公館の職員の子弟の教育についてのいろいろな調査が目的であったわけであります。どこに参りましても、それが非常に大きな問題であるということでございましたが、もちろんそれに対して外務省は適切な処置をしていただいておると思うのでありますが、現実にはなかなか思うようにいっていない。したがって、私ども仕事をする場合に、家庭の問題がえてして男の外部における仕事にいろいろ支障を来たすことが多いのであります。したがって、在外公館に勤務する外務省の職員諸君が、外地で日本の国を代表して働く場合に、やはり思い切った仕事をするためには、その家庭の状況がかなり重要であると思うのです。外務大臣は、長い間商工省関係の仕事をされた方でございまして、外務省には新しいのでありますけれども、そういったいま私が指摘した外務省のあなたの仕事をアドバイスする在外公館の職員が、外地に勤務するという条件の中で、いわゆる子弟の教育に非常に心労しているということから、これがこのままで推移しますと、表面に特別大きな問題は出てまいりませんけれども、私の短い時間だったけれども、ずいぶん多くの個所で見聞し、また直接奥さん方からお伺いした点では、私どもが想像する以上の困難を感じ、また非常な矛盾を感じてきた。こういう点で、外務大臣はもちろん外交上の問題をいろいろかかえておいでになりますけれども、あなたが外務大臣として重要な外交政策を遂行される最も先端的な場所にいるその在外公館の職員諸君が、そういうことに心配をしないで取り組み得るような処置をすべきであると思うのでありますが、いまもちょっと指摘したように、もちろんいままで長い期間がございましたから、それぞれの手は打ってありましょうけれども、ひとつそういう点に対して何か特別な御所信でもあるかどうか、お伺いしたいと思います。
○椎名国務大臣 御指摘の点は、まことに適切な問題でございまして、やはり海外におきまして安心して、安定した気持ちでいろいろな仕事をやる上において、子弟の教育問題というものが頭に非常にこびりついて離れないというようなことでは、能率が非常に落ちるのでございますから、この点は外務省といたしましても十分力を入れて、そういう心配のないようにしなければならぬと思うのであります。また、親御さんの仕事ばかりでなしに、子弟の方それ自体の将来というものにつきましても、この点は重要でございますので、外務省は従来からこの問題とずっと取り組んできておりますが、なお現在の状況等につきまして、政府委員のほうから申し上げたいと思っております。
○高野政府委員 在外の子弟の教育ということは、いま大臣から御答弁がございましたように、外務省も非常に力を入れておる点でありまして、昭和三十四年より、初めは在留邦人の多いところに日本人学校をつくりまして、現在まですでにバンコック、タイ、ニューデリー、ラングーンに日本人学校をつくりまして、文部省の教師を派遣しております。新年度におきましては、その上カラチにも日本人学校をつくりたい。それ以外にもヨーロッパ、ハンブルグ、デュッセルドルフ、ロンドン、パリ等にも講師の謝金を出し、それから中南米におきましても、いろいろ日本人会等で日本語教育をやっておりますので、それに対しても、外務省といたしましては、新年度から補助を出したい。三十九年度は千六百万円でございますが、四十年度から画期的にふやして、約四千五百万円という予算を出しておる次第でございます。
○茜ケ久保委員 一番望ましいのは、いま御指摘のように、その勤務地における日本人教育、日本の学校とかいろいろな形がありましょうけれども、勤務地における教育が一番望ましいのでございますが、場所によっては、在留邦人もあまりおりませんし、ただ在外公館の職員だけというところもございましょうから、一がいに各地に完全な日本語教育と申しましょうか、日本人の教育機関を設置することは容易じゃないと思うのでございます。そこで仄聞するところによると、在外公館の職員だけではなくて、各商社にもかなり最近は外勤の方がいらっしゃるようであります。そういったいわゆる商社の方も含めた海外に勤務される家族の子弟を東京で一カ所に集めて教育をされるということを聞いたんでございます。この点私はっきりしていないのですが、その点はいかがでございますか。
○高野政府委員 御指摘のように、教育問題は、在外における子弟及び在外勤務者の子弟で東京ないし日本に残っておられる方の教育問題でございます。それにつきましては、主として在外から帰ってきた場合に、すぐ学校に入れない、ないしは日本語がおくれているので入ってもそれについていけないということで、文部省とも相談いたしまして特殊学級をつくるとか、それから特殊学級までいきませんでも、ある学校、小学校ないし大学と連絡をいたしまして、日本語がある程度不自由でもそのまま原級といいますか、その程度の学校に入れるということを文部省と相談いたしまして、現在若干の施設はあるわけでございます。しかし、在外の子弟だけ集めて特別の学校をつくるという点までは、まだまいっておりません。しかし、日本に残っておられる子弟のために寮をつくりたいということで、本年度も検討いたしましたが、これは民間の商社の方も含めて入れるという寮をつくりたいと考えておりますので、この点は早晩まとまりましたら、ぜひつくりたいと考えておる次第であります。
○茜ケ久保委員 学校を特別つくるということは容易じゃないと思うのですが、現在あります都内のそれぞれ自分の希望する学校に入れる。この場合問題は寮と申しますか、寮をつくってその寮に在外在住者の子弟を収容するという話もお互いしたのですが、何かやっぱり外地にいらっしゃるおかあさん方の心配は、寮に入れても寮そのものが問題であって、上級生、下級生ありますし、やはり大ぜいの中には非行少年という人も出てきましょうし、なかなかそういうことで問題は簡単に解決しないようでございますけれども、しかし、そこは当事者の問題でございましょうが、私端的に申し上げて、やはりこれは表面に、あなた方が外交行政をなさる面に特別にあらわれてまいりませんけれども、私はやはり長い時間の間には、いろいろな国々の問題では形にあらわれぬけれども、この問題がかなり影響があると思うのです。これは数字であらわせませんから、いまこうとは言えませんけれども、私が直観した感じでは、かなり大きいと思うのです。したがって、かなり重要視してこの問題と取っ組んでいただいて、これはきょうあすできる問題ではございませんが、しかし、少なくとも私ども国会にいる者が海外へ回る場合に、いろいろと外務省の出先機関から配属されますが、これはけっこうです。しかし、そういう点を見のがしてはいけないと思うのです。これは私自身自分として責任を感じたのです。これはもちろん具体的にはあなた方が進めるのでしょうが、やはり私ども自体、国会でこれを問題にしてカバーし、推進をしていく。もちろんこれはいろいろ問題はあるけれども、その問題を解決しながら、どうしてもそういう一つのいいものをつくらなければならぬということを感じたので、特に私は発言するわけなんです。こういう問題は非常に重要な問題でございますから、われわれは与野党を問わず協力をして、少しずつでも前進する形をとりたいというのが、私の趣旨でございます。ただしかし、国会の答弁というものは、これは大臣もそうですか、皆さんぜひ善処するとか努力するとかおっしゃるけれども、なかなかそれが残念ながら具体化してこない。私どももまたこれは責任があるのですが、こういうところで質問し要望をする。これは国会が開会中はいいのですが、閉会すると、その問題はなかなかそのまますぐに出てきません。あなた方も、国会が済むとほっとして、つい目に見えないのはなおざりにしがちである。しかし、私は各地の在外公館でいろいろなサービスを受けながら、正直なところ話し合った中で、どこへ行きましてもこの問題は切実に言われたのです。私は約束したのです。やはりこれは何とかして、私どもの責任だから、外務省も努力するし、私どもも国会でお互いに話し合って、解決のために努力しましょう、こういうことを約束してきている。約束したからではなくて、いま言ったように私は非常に強く感じておりますので、これは直ちに大臣も、いまあなたもいろいろな問題山積で容易でない時期でありますけれども、しかしそういう時期であればあるほど私は大事だと思うので、在外公館の諸君があなたの手となり足となって――社会党の立場から言えばいろいろ問題はありましょうけれども、あなたの推進する外務行政を遂行するには、やはり手足です。ですから、そういった諸君が安心してやっていけるようにぜひ御努力願いたい。われわれも国会で与野党を通じて、ひとつ全面的な努力をして、相ともに実現したいと思うのです。この辺で大臣の御決意のほどを承っておきたい。
○椎名国務大臣 どうも非常に御親切な、しかも適切な問題を取り上げていただきまして、外務省といたしましても全く感謝にたえないわけであります。この問題につきましては、先ほど申し上げたように、目には見えないけれども、ほんとうに能率のある外交活動を促進する意味できわめて重要な点でございますので、今後十分に御趣旨を肝にとどめまして、外務省自身のことでございますから、十分努力したいと考えております。
○茜ケ久保委員 それはぜひひとつ単なる議会答弁でなくて、これは事務難局の皆さんも熱意をもって当たっていただきたいと思うのです。
 次に、もう一つ観点を変えましてお伺いしたいのですが、今度の機構改革で、アメリカ局が二つに分かれまして北米局と中南米・移住局というふうに分かれておりますし、中近東アフリカ局というのが新しくできてまいっておるようでありますが、この中南米・移住局というのをアメリカ局からお分けになって独立した局――移住局というのは前あったわけですが、これが中南米と移住局とになった理由、あるいは私の出席してなかったときにほかの委員がお聞きしたかと存じますが、重複したらたいへん恐縮ですが、一応私伺ってなかったので、簡単でけっこうでございますから、このアメリカ局を中南米・移住局というようにお分けになった理由を、もう一度お聞かせ願いたいと思います。
○椎名国務大臣 中南米は、国の数も二十二カ国に達しております。そして国際政治の上で漸次重要な地位を占めて、特に国際連合の場におきましては、各種の問題において中南米諸国の動向が無視し得ないというような影響力を持つに至っておるのでございます。御承知のとおり、北米とはことばも違います。そしていま申し上げたように、きわめて一つの大きな影響力を持つ勢力として発展してまいったのでございまして、これを北米と一緒にやるということは、もはや適当ではなくなっておる。政治、経済、文化の各般にわたって、アメリカは二つに分けて行政の対象にする必要がある。そこへもってきて、移住問題の九〇%は中南米でございます。この移住問題が、中南米の外交行動に一緒にからんでまいります。これはやはり移住局の仕事と一緒にやるということは、あらゆる面において、実際上の問題として非常に便利になってきておりますので、この際、中南米・移住局という一局を設けまして、そして従来の中南米の仕事が北米と一緒になっておりましたから、これを分離して移住局と一緒にすることが、実際問題として適切だ、こういう結論に到達いたしましたので、今度移住局とあわせて、中南米・移住局を設けた次第でございます。
○茜ケ久保委員 中近東アフリカ局というのが新しくできますが、この中近東アフリカ局と中南米局と、これはどちらが比重が大きいか、という質問もおかしいのでありますが、現在の外務省の外交方針として、中近東アフリカ方面と中南米とに対するウエートをどちらに大きく置くかということになりますと、これはやはりひっかかりますが、外務大臣、この点はいかがですか。中近東と中南米とどちらにウエートを大きくかけていらっしゃるか。
○椎名国務大臣 これはおのずから性格が違っておりますので、どうもどっちが重要であるかというようなことは、ちょっと申し上げにくい点でございますが、中近東アフリカは、これは部を局にしまして、そして御承知のとおり、アフリカには新興国がたくさんできてまいりましたので、やはり局というものに格上げ、と言っては少し語弊がありますが、これらの国々に対する外交問題を他の地域と同様に重要視いたしまして、これを取り扱ってまいりたい、こういうので、どっちが重要というようなことを言われますとちょっと困りますが、やはりそれぞれ別々の理由があるわけでございまして、いずれも重要であると思います。
○茜ケ久保委員 私があえてお尋ねしたのは、私どもが見ておりますと、現在の日本の外交方針というものが、中近東、東南アジア方面に非常に重点が指向されまして、今度制度の上では中南米・移住局ということで中南米が一応浮かび上がってまいりましたけれども、いままでの外交方針を見ておりますと、中南米がかなり日本といろいろな意味で重要でありながら、中近東あるいは東南アジア等と比較すると、かなりウエートが薄かった、こういうふうに感じるわけです。あなた方はそうではないとおっしゃるかもしれぬけれども、これは実際にいろいろな面から見て、これは感じでなくて、実際そうであったと思うのです。私ども社会党としては、御承知のように、局をふやしたりあるいは昇格するのには反対でございますから、この議案そのものに対しては反対でございます。でございまするけれども、中南米外交に重点を指向するということについては、私は個人的には決して反対ではないのです。局の増設ないし昇格には反対でありますけれども、中南米に対して外交の重点が指向されることについては、あえて反対ではないのでございます。特に中南米に参りまして、中南米の日本に対する信頼度と申しますか、あるいは近親感と申しますか、これは非常に大きいと思うのです。もちろん中近東もそうでしょうし、東南アジアもそうでございましょう。ただ、いまもあなたがおっしゃったように、移住という点からいうと、中南米がほとんど九〇%とおっしゃるのですが、在住日本人は、ほとんど現在は中南米のそれぞれの国の国籍を持ったその国の国民として安定もし、かなり希望を持って生活しておるわけです。そういう関係もございまして、経済的にもかなり今後日本との緊密な連係といわゆる発展すべきあれを持っておるのでありますが、そういった意味で、今後の日本の外交というものが、かなり中南米諸国に向けてウエートを持ってこなくちゃならぬと思うわけです。そのことは、必ずしも中南米局ができたから、私は外務省がそうだとは思いません。そこで、先ほどの中南米と中近東とのウエートをあえて聞いたのはそういうわけですが、今後やはり日本の外交方針は、中南米に向けてかなりウエートを持って指向するということは、そのように理解してよろしいのかどうか、この点もひとつあわせてお伺いしたい。
○椎名国務大臣 先ほど申し上げたように、漸次ウエートを増してまいりましたので、ただ従来は日本の移民を送り込む地域であるというような観念だけであったとは言いませんけれども、そういう考え方でこれを見ておったのでありますが、最近はそういうことを抜きにしても、漸次対日関係においていろいろの面において密接な関係の度がだんだんふえてまいっておりますし、この地方を重視して日本の外交をやっていかなければならぬという状況にございますので、今後は従来よりも一そうこの地方の問題を重視してまいりたい、かように考えております。
○茜ケ久保委員 いまや日韓会談やベトナム問題が非常にクローズアップされまして、外交の重心がそのほうにばかり向かっているような気がするのでございますが、この点は私はきょうは触れません。私は、むしろ外交というものは、そういう問題の惹起したところももちろんこれは大事でございますけれども、常時問題のないようなところに外交というものは重点を置かれて、正常な状態が持続することが大事なんですから――これはもちろん突発した問題に対しては適切な、しかも敏速な処置が必要ですし、これに対しては国として責任のある対処をすることは、これはもちろん当然であります。しかし、ややもするとそうでない、コンスタントにいくべきことが放置されるという可能性が多分にあるわけであります。それは私は非常に大事なことだと思うので、外交方針は、むしろ常日ごろ問題にならぬような国々のところに、やはり大きなウエートをかけた外交方針の指向が必要であろうと思うわけであります。ぜひその点はひとつ常に大きくお考えおき願いたいと思うのです。
 それからもう一つお伺いしたいのは、私は先般回りまして特に中南米で感じたことは、在外商社の諸君が、かなり有利な条件で、中南米の各地で建設事業なりあるいは機械の納入なり、そういった貿易上の問題でほかの国よりも優先的に落札をしておるという実態がたくさんあるのでございますが、残念ながらクレジットの問題でほとんどが外国にとられてしまう。単価その他の落札条件では常に日本が優先しているのにもかかわらず、あとの付随するクレジットの問題でいつも油あげをトンビにさらわれてしまうということを聞きまして、これは在外商社の出先の諸君が慨嘆しておられました。これは必ずしも外交上の問題だけでないかもしれませんけれども、やはり私は、こういう点も外務省としてはかなり考えていただかなければならぬ点があるのでございますが、大使諸君も口をそろえて言っておりました。これは中共輸出問題とは直接関係ありませんけれども、そういうこととも関連していると思うのですが、こういう点に対する外務大臣の御所見はいかがでありますか。
○椎名国務大臣 中南米に限りませんが、とにかく南北問題、すなわち、国際間においても、非常な金持ちがあるかと思うと非常な貧乏人があるということでは、やはり国際社会はうまくいかない。いろいろ不平不満の種がそこからわいてくる。経済的にはもとより、政治的な動揺も、そこからますます激しく増大するばかりである。でありますから、これはどうも富んだ国にとっても、長い目で見ると自分の運命に関係する問題であるから、南北問題はどうしてもやらざるを得ないというので、国連でも取り上げておるようなわけでございます。中南米に対する関係でも、こういうようなことで、経済進出をやる上においても、日本としても相当経済協力をする。それから普通の取引でも、いま御指摘のように、クレジットの期間を長くするとか、あるいは利息をもう少し低くするとかいうようなことを考えなければならぬという時代になってまいりました。そこで、外務省の所管ではございませんけれども、輸銀のほかに、もう一つ海外協力基金というのがございます。所管は経済企画庁でございますけれども、内容、実質については、いわゆる経済外交の一つの基本線として、これを今後大いに活用しなければならぬ、こういう考え方から、いろいろ財政の都合もございますので、急には参りませんけれども、漸次これを拡大して、低開発国との経済関係をもっと強靱にしていきたい、こういう考えで、ほんのスタートを切ったばかりでございますが、従来の輸銀関係を大いに活用するのはもちろんのこと、さらに直接政府と政府との間で借款を設定いたしまして、政府が国内のいろいろな事業に投資する、こういう行き方は、輸銀の活用以外に基金の活用によってそれを強化してまいる、こういう考えでございますので、急にはいきませんけれども、漸次そういう方向に、中南米に対しましてもこの点を強化拡大してまいりたい、かように考えております。
○茜ケ久保委員 いわゆる型にはまった事務的な解決じゃなくて、これはやはり政治的な考慮を要する点が多いと思うのでございます。しかも、私どもの感じました点は、いまが非常にチャンスだということです。チャンスをのがすと、これもなかなか思うようにいかない。非常にいいチャンスに際会しておりますので、この辺で思い切った処置をしていただきませんと、悔いをあとに残すことが多いと思うのでございます。しかも、私ども短い期間であったけれども、あらゆる層の諸君とお話し合いをした限りにおいては、中南米では、いまや日本に対する期待と親日感が非常に大きいようです。はっきり申し上げて、アメリカに対する感情は非常に悪くて、排米と申しますか、反米の感じが非常に強いようですが、それがそのまま、と言っては語弊がございますが、日本に対する期待と信頼が非常に強い。そういう時期でもありますので、ぜひひとつ思い切った処置をお願いしたい、こう思うわけであります。
 それから、これは事務当局でけっこうですが、現在、在外公館にある年限勤務されますと、有給休暇と申すのですか、国の費用で帰国をさせるという制度があるように伺っておりますけれども、これは現在何年在外勤務すると、どのくらいの費用を国が負担して、どのくらいの期間日本へお帰し願っているのか、ちょっと伺いたいと思います。
○高野政府委員 現在在外勤務の気候風土の悪いところでは、約二年おりまして二カ月、有給休暇で、旅費を往復とも出しまして帰国させております。それ以外のヨーロッパ、アメリカ等は、大体四年になりますと、やはり二カ月間、もちろん旅費もこちらから出しまして、日本に一時帰国させております。
○茜ケ久保委員 大体いまおっしゃった期間は、それぞれ励行されていらっしゃいますか、いかがですか。
○高野政府委員 これは予算の面、仕事の面で――四年たちますと、ほかに転勤する場合ないしは本省に帰る場合がございますし、それから東南アジア等二年で帰したいと考えておりますが、なかなか予算の関係その他で、そのとおりは参りません。昨年度は二十四名予算がございましたが、四十年度には七十五名、大幅にふやしまして、逐次規則どおりにやっていきたいと考えております。
○茜ケ久保委員 それは家族がある者は、もちろん家族も同伴でございましょうね。
○高野政府委員 もちろん家族も同伴でございます。
○茜ケ久保委員 これは費用の関係もありましょうが、私どもが参りましても、かなりこの点、ほかの国の諸君と比較すると非常に少ないという、不平とは言いませんが、くすぶっているものがあるようです。まあ外交官でありますから、外地に勤務するのは当然でありますけれども、その期間があまり長きにわたりますと、いろいろな問題もありましょうから、これはぜひ予算を国会としても協力して、大蔵省が問題でしょうが、いま言ったように、そういうことも外交のいろいろな面に、機微と申しますか、微妙なものもございますから、いまお聞きすると、四十年度はかなりふえるそうで、大蔵省もあれですが、ぜひそういった規定の範囲内といいますか、これはひとつできるだけの処置をされまして、在外公館の諸君が気持ちよく働けるように――しかもこれはひとつの楽しい希望でしょうが、そういうものを踏みにじりますと、いろいろな面に弊害が出てきますから、たいへんでございましょうが、ぜひ極力そのような御努力をお願いしたいと思うわけです。
 たくさんございますが、ほかの諸君もお聞きしたいでしょうし、私は、きょうは、特に在外勤務者の問題、これは一般商社の諸君も含めて、子弟の教育問題は非常に神経にあるようでございますし、さらに中南米の現状からしますと、どうしても中南米に対する外交の重点が置かれなくちゃならぬということもありますので、一、二の問題に触れましたが、外務大臣、そういう点もお含みの上お願いしたいし、はっきり申し上げて、何か五月の内閣改造もあるようでございますが、外務大臣幸いにして御留任願えましたら、中南米へ――在外公館の諸君もそうですし、一般在留邦人も、総理の訪問を非常に期待しているわけですが、しかし、どうしても総理大臣がだめならば、外務大臣にぜひ中南米を一回りしてもらいたいという要望が、非常に強いのです。したがいまして、私はこの要望はぜひおかなえ願いたいと思うし、もし外務大臣が、そういつまでもされているわけじゃないけれども、歴代の外務大臣が行けぬところに椎名外務大臣がいらっしゃれば、中南米においては、日本の椎名外務大臣の評価というものが非常な大きなものになるであろうと思うのです。あなたの外務大臣としての御在任中の特筆すべき業績ともなろうと思うのでありますが、もし残念ながらあなたが今度の内閣改造で御留任されぬとしましても、あなたが行くべきだという御意思があるならば、あとの大臣にでもこれは申し継ぎをして、そうして中南米の外務大臣訪問の一つの長い懸案を解決するためには非常に必要だと思うのですが、この点は椎名外務大臣いかようにお考えか。あなたは今後さらに引き続いて外務大臣をなすった場合には、ひとつその期間内に中南米を訪問しようという御意思をお持ちになっているかどうか、この点をひとつお伺いしたいと思います。
○椎名国務大臣 もし在任しておりますれば、私はぜひ中南米を訪問したいと思っております。
○茜ケ久保委員 ぜひひとつそういうふうにされるように、椎名外務大臣のその意味においては御留任を期待しますが、これは事務当局の皆さんもぜひひとつお考えいただいて、これはお忙しいでしょうし、いろいろなあれですが、しかし、期間はそうたいした時間をとる必要もありませんし、現地に参りまして、在留邦人をはじめ在外公館の諸君、あるいは商社の諸君等も、日本の中南米に対するウエートの大きさを示すバロメーターの一番肝心なのが総理大臣の訪問、できなければ総理大臣にかわって外務大臣の訪問が、どんな方法をつくっていただくよりも、どんなことばをお流しになるよりも、一番大きく、これはよほど期待されているのでありますから、その期待をぜひひとつ近い機会におかなえ願って、日本の中南米に対する十分な意思をお示し願うことを御希望申し上げて、私の質問を終わります。
○河本委員長 受田新吉君。
○受田委員 外務大臣、私、ちょっとあなたに緊急な事態に即応する問題を一つほど提起して、法案の審査に入っていきたいと思います。
 この間、二日でしたか、沖繩問題に対する例の日米協議委員会の交換公文をライシャワーさんと大臣とがかわされたと報道されておるわけです。これは前の施政権の拡大方針などを織り込もうとした現地住民の希望、またわれわれの願いなどが一向に取り入れられていない。全くわれわれとしては期待はずれの交換公文が合意の上でかわされておるようですが、どういう政府の努力がされたのか。多年の懸案である自治権の拡大、あるいは主席公選その他の返還スケジュール等もあわせて願いたいという意味であったのですが、単なる経済問題以外に、福祉関係などを扱おうというようなその場しのぎの公文が交換されておると思うのです。外務省の御努力のあとをちょっと御説明願って、この日米協議委員会の交換公文の将来に対する見通しを御答弁願いたいと思います。
○椎名国務大臣 沖繩の住民の安寧、福祉向上のために、協議委員会は、従来の職務範囲、すなわち経済問題のみならず、広くこの目的に沿う問題については、この協議委員会において適宜問題にいたしまして、その解決のために両国の間で討議をする、検討をする、こういう趣旨でございますから、いまあなたの言われたような自治権の拡大等は、すべて今後はこの協議委員会において取り上げて、それを協議することができる、こういうことになったわけでございます。
○受田委員 今後自治権の拡大等を含め、あるいは主席の公選というような問題も含めて、この日米協議委員会において議題として討議するということになったのですか。間違いありませんか。
○椎名国務大臣 そういうような問題を取り上げて、これを検討することが可能になったわけでございます。すなわち、住民の安寧あるいは福祉増進のため、経済問題のみならず、討議することができる、こういうふうに概括的に書いてありますが、その中には、当然あなたの指摘されたような自治権の拡大あるいは主席公選といったようなことも、排除する意味じゃない、かようにわれわれは解釈しております。
○受田委員 その意味であるならば、相当前進した取りきめだ。ところが、交換公文の文言には、そういうものが出ていませんですね。安寧、福祉の向上というようなことばが、経済問題以外に出ておるようにしか国民には受け取られていない。まあ一月の佐藤・ワトソン会談の再確認という形のものと了解してよろしいかどうか。さらに、この協議委員会なるものは、そんならいつごろそういう具体的な問題を取り上げて会合するというスケジュールがあるのか。
○椎名国務大臣 できるだけ早い機会に、準備整い次第、近く開催することにいたしておりまして、まだその期日ははっきりきめておりません。
○受田委員 日米協議委員会なるものの機能拡大というものは、私たちの願いは、自治権の拡大もあるし、主席の公選もあるし、願わくは返還スケジュールなども、ここでやってもらいたいのですね。まあ大臣、この機会に、日本国民は総意をあげて沖繩の返還要求をしているし、政党も団体も個人も、沖繩の施政権返還を願わざる国民は一人もありません。どの政党も、党派を越えて願っております。あらゆる団体が、沖繩帰るなというような不心得なものが全然ないほど固まっております。全国民的規模における、超党派的規模における沖繩施政権返還というこの気持ちは、これはもうまことにアリの入るすきのないほど固まっております。また、アメリカという国も、これは民主主義の国ですから、国民の総意を無視して外交を進めるような国でもないと、私たちは信じておるのです。その民主主義のアメリカが、日本国民総意の裏づけを外交折衝で果たさないということになれば、これはアメリカは民主主義の国じゃない、独裁政治の国になってしまう、こういうことになるわけですから、そういうアメリカの国柄からいっても、日本国民の総意の立場からいっても、この日米協議委員会を契機にして、いま大臣の御指摘されたように、施政権返還、自治権の拡大あるいは主席の公選――まあ施政権の返還についてのスケジュールというようなものも討議する、こういうことになるならば、私非常に進んだと思うのでありますが、ワトソン高等弁務官がこっちへ会議に御参加される見通しなども、およそ外務省ではついておられると思いますから、いま私が申し上げた日米協議委員会に対する非常に大きな期待を持たれるとするならば、施政権返還スケジュールなども当然討議の対象になるものと思う。これは沖繩現地の住民の強い願いでもあるし、日本国民総意の願いでもある。民主主義国家アメリカは、日本国民の総意を十分尊重して外交を進めていただくというような、いろいろな期待から、温厚篤実でかつ実力を、かけ引きという意味でなくして人柄で発揮しておられる椎名先生に、この際一役買ってもらいたいのですね。これはいいときにあなたが外務大臣になっておられると思うのです。こういう力づくというよりも、人間の心と心との結びつきで外交の成果をあげるという、まさにその意味においては情報大臣でなくして人情大臣、人間椎名先生と私はひそかに期待しておるわけですから、ひとつ御答弁願いたいと思います。
○椎名国務大臣 ここに書いてございますが、琉球諸島に対する経済援助についてのみならず、同諸島の住民の安寧を引き続き向上させるため日本国及び合衆国云々。そこで、施政権の返還は、われわれはこの協議委員会で扱うべくゆだねられた問題ではない。これはもっと高次の政治問題でございまして、二十年もたっておる施政権の返還に対しては、住民はもとより、日本国民全体が非常に持っておる願望であるということをアメリカに対して申し入れてあるわけでございまして、これを別にどうこうというわけじゃございませんけれども、協議委員会の問題としては無理である、もっと高次の政治問題である、別に取り扱うべき問題である、かように私は解釈しておるのでございます。
○受田委員 そうしますと、自治権の拡大、主席の公選というような問題までは、協議委員会で当然解決させる問題であるが、施政権返還スケジュールなどという問題は、より高度の政治折衝問題だ、こう区別しての御答弁と了解してよろしゅうございますか。
○椎名国務大臣 さようでございます。
○受田委員 より高次の政治折衝は、どういう形でお進めになるお考えでございますか。
○椎名国務大臣 どういう形といいましても、それは具体的にはいろいろな取り扱い方はあると思いますが、とにもかくにもこの協議委員会にまかされた問題ではない、こう了解するわけでございます。
○受田委員 これは日米協議委員会でも、私自身あるいは国民全体の要望というようなものを、安寧福祉の向上ということにかこつけてやれる手があるわけです。それで一月の佐藤・ワトソン会談の成果を裏づけさせるような方向、日米協議委員会の機能拡大の方向としての範囲の中に――高度の政治折衝ということが一々やれないとなれば、ちょうどいい機関ができるのですから、その中に小委員会でも設けて、経済問題を中心にする小委員会もあれば、安寧福祉の向上をやる小委員会もある。また、よく考えてみたら、いまのような施政権返還は安寧福祉の向上の中に入りますよ。大臣、広義に解釈すれば入りますよね。施政権の返還スケジュールを組むことは、安寧福祉の向上の範囲外と了解しますか。これは大事なことですから、ちょっとそれを確かめて……。
○椎名国務大臣 いろいろな理屈の立て方はございますが、とにかくこういう高次の政治問題は、この協議委員会では取り扱わないという了解のもとに今回の取りきめが行なわれたのでございます。さよう御了承願います。
○受田委員 それ以上はお尋ねしてもしようがないと思うのですが、この取りきめに基づいた具体的な日米協議委員会のスケジュール、会合というのをさっぱり持たぬでは前進はしませんから、どんどん会合を持たなければいかぬですよ。一応こちら側が願っている会合スケジュールというものをお示し願いたい。その中に、小委員会などを設けて具体的な折衝をはかるという計画も含まれるかどうか、これを一緒にお示し願いたい。
○安川政府委員 こういう原則的なきめができましたので、なるべく早い機会に第一回の協議委員会を開きたいと思っております。それで、この範囲内でどういう議題を取り上げるかということは、そのつど事前に相談いたしまして取り上げていくわけでございますが、少なくとも第一回の会合の場合には、今後の運用方針をどういうふうにしていくかということが、当然協議の対象になると思いますので、ただいま御指摘のような、たとえば小委員会をつくるというようなことも、一つの考え方と思います。今後の運用という面で先方とも十分協議していきたい、こういうふうに思います。
○受田委員 そのことなんです。つまり、その運用についての話し合い、それにわが方から期待しているスケジュールというものはどうあるのか。第一回会合さえも持たぬようなかっこうで今日にきていることを、この機会にひとつ解消せねばいかぬですから、ワトソン高等弁務官の御都合もあろうかと思いますが、わが国としてはやはり自主性ある外交を進める上において、一応わが方はこういう希望を持っているという形のスケジュールをお示し願いたいと思います。
○安川政府委員 ただいまおっしゃいましたスケジュールというのは、運営の具体的な方法を意味しておられるかと思いますが、たとえば、今後委員会をさらに小委員会のほうに分けてやっていくかどうか、それがいいかどうかということは、まず十分日本政府部内で検討いたしたいと思っております。現に検討しておりますけれども、まだ最終的な結論が出るに至っておりません。
○受田委員 善は急げです。沖繩の住民の皆さんの声をわれわれが聞いてあげねばいかぬし、また日本国民の総意をできるだけ早く具現してあげねばならぬと思います。とかく外交の事務折衝段階でがたがたしていると、じんぜん月日をけみするだけに終わりますから、第一回会合をいつ開くかくらいのことは、こちらからぴしっと提案して、向こうの御都合を伺う、このくらいのことは大臣必要ですね。両方で何とかしましょうといって、事務当局で両方がたがた話し合いをしたのでは、話し合いはまとまりませんよ。大臣、すぱっと、第一回会合はいつごろにする。小委員会などを設けて、具体的に回数をやらねばだめですから、回を多くして、できるだけ能率を上げるという方針かどうか。
○椎名国務大臣 先般ライシャワー大使ともできるだけ早い機会に会合を持つという了解がついておりますが、お互いに都合がありますので、その了解のもとに両方都合を聞いて、どうもこっちだけ進んでやるというわけにいきません。相手のある問題ですから、その日取りをきめてやりたい、こう思っております。
○受田委員 大序、この閥も甲子園の全国高校野球選抜大会で沖繩代表が入ってきたときに、あの盛大な拍手、これを体験されておるでしょう。私も、山口県国体で沖繩の部隊が入ってきたときに、他の部隊が入るときよりも一きわ高くて、しかも鳴りやまぬ拍手をわれわれ身近に感じたのです。それほど、沖繩に対する国民の声は、単なる同情だけでなくして、国民的に相済まぬという気持ちがひそんでおり、早く完全な日本人としてお帰り願う日をわれわれは一生懸命努力しますよという、誓いのことばも入っておると思うのです。こういうときに、事務折衝の段階で、協議委員会を開く日取りなども、相手のあることだからというふうにゆっくりかまえておったら、なかなか会合は持てません。やはりここに、沖繩住民に対するあたたかい愛情、日本国民の総意を何とか果たしたいという政治家としての強い先憂後楽思想、まず国民の憂いを憂えて後に楽しんでいくというこの思想を、ひとつ外務大臣――いろいろあなたに対するお声もありましたが、私は最近におけるあなたのお人柄に対する信頼を非常に高めておる一人なんです。やはり人柄だけでは片づきません。馬力が要るのですから、ファイトをわかしていただいて、椎名外相の足跡を歴史の上にとどめていただくためにも、この際、沖繩を祖国へ返すという一事をりっぱにやられただけで、もうあなたは今後歴史の教科書にも載るお方になられるし、たいへんな功績があって、いいときにあなたは外相の地位にあられるのですから、第一回会合をまずすみやかに――向こうの都合を聞くというようなことでなくて、こっちからこうしましょうというふうな積極的な意欲をわかしていただきたい。よろしゅうございますか、その決意を表明していただきたいと思います。
○椎名国務大臣 よくわかりました。なるべく早く……。
○受田委員 よくわかっていただいたようですから、もうちょっと様子を待つことにしましょう。
 法案へ入りますが、私、この前行管の方、長官にもお尋ねしたのですけれども、局長さんの御意見も聞いたのですが、外務大臣、行政機構の中にポツが入っておる局というのは、今度初めて生まれた、エンドということばが入ってきておる。これは一つの局が二つ分の仕事を及びという形でやっていくということは、なかなかむずかしい問題があると思うのです。これはどうですか。この中南米・移住局というものを大臣も御満足されていまお出しになっておるのか、何か奥歯にはさまった不愉快なものを感じながら出しておるというのか、大臣の心境を伺いたいのです。
○椎名国務大臣 中南米・移住局というのは、これは忠実に内容をあらわしておる名称である、かように考えております。
○受田委員 非常に自信を持ってお答えになっておられますが、移住局というのは、そうするといままでよりも、つまり移住局時代よりも仕事をする上に重みが軽くなるという答えになるというお考えはありませんか。
○椎名国務大臣 移住事業団というものができまして、それでだいぶ移住局の荷が軽くなりまして、従来三課であったものをいまのところは二課にしておる。こういうことでございますが、さらにこの事業団の諸般の準備が整って仕事をやるという段にだんだん進みますと、二課も一課で済ませられるのじゃないか、こういうふうに考えまして、その暁においては一課にする、こういうことになったわけでございます。でありますから、そういう意味において、事業団の出現によって従来の移住局の仕事というものは非常に縮減をした。重要性の問題については、これはまた考え方は別でございますけれども、やはり私は重要なことは重要だと思うが、仕事はとにかく相当に減った、こういうことは言えると思います。
○受田委員 いままでの移住局の事務に従っておられた人々が、今度の改正案で減りますか。配置転換等で減りますか。
○高野政府委員 定員は、来年度は変わっておりません。
○受田委員 そうすると、中南米関係の担当職員定員というものはどれだけあって、今度の新しい局にその分がプラスされるわけですが、アメリカ局からか、どこから回るわけですか。
○高野政府委員 現在のアメリカ局の中南米課が、そのまま中南米・移住局の中南米課ということになる予定であります。
○受田委員 中南米課の職員が移動するだけですか。つまり中南米・移住局へ入るだけですか。
○高野政府委員 現在のアメリカ局の中南米課が、今度の中南米・移住局の課になりますが、それ以外に総務課というものを考えておりまして、これは中南米・移住局の総務的な仕事及び移住関係の仕事をやるということであります。
○受田委員 中南米・移住局になりますと、中南米の移住というような印象を国民に与えると思うのです。移住問題は、もちろん中南米が重点に置かれていますけれども、全世界に視野を広げて、いずれのところに日本国民が大いに活躍すべきかという、大所高所からの舞台を広げる移住政策が要るわけなんです。歓迎してくれるという国をできるだけ政治的努力でつくらなければいかぬ。中南米・移住局という、国民に与える印象から、中南米の移住というふうな、非常に狭められたような、逆に移住局がもっと小規模になった印象を与える。やはり名は体をあらわすと言いますから、レッテルというものは大事なんです。国民を納得させ、また移住に熱意を持つ人々にも希望を持たせる意味で、こんなにますます局限されたような印象を受ける中南米・移住局というようなものでは、外務省、御満足されますか。ほんとうのところを言うたら、中南米局もつくり、移住局もつくりたかった、そういうことですか。
○椎名国務大臣 先ほど申し上げたように、事業団ができれば、移住局の仕事が減少いたしますから、それだけでは局ということはいささか無理だと思うのであります。でありますから、われわれはやはり中南米・移住局、これを希望したわけであります。
○受田委員 私、海外移住事業団の事業計画も伺い、またその働きぶりもよく拝見をしておるのですが、行政面で移住局が小さくなって、事業団のほうに力が移っている。実際実施面を事業団がやっているからいいのだというようなことで、移住局が小さく中南米局の陰のほうにひそむことを、決して私は願っていないと思うのです。やはり移住というのは、移住局という局をつくった当時の、あの国民的要望にこたえるために、事業団だって、計画を立てたけれども、なかなか移住者が少ない。事業団だけにまかしたのでは、行政面の大きな立場からのお手伝いがない限りは、事業団があるからといったって仕事にならないのです。これは外務省は事業団まかせというような印象を、先ほどからの大臣の御答弁で私はうかがい知ることができるのですが、今年度の計画書を見ましても、知識の普及業務から、あっせん業務、訓練、講習等について非常に御努力をされているけれども、その人間をどれだけ送り出すかということについては、ここで私は数字を申し上げるまでもなく、ほんとうにわずかな人間しか移住していない。また、計画にも乗っていないということですね。もっともっとわが国は海外に雄飛する、あるいは日本人のよさを海外に大いに顕現してもらうために、政府自身が行政面における移住局をむしろ逆に強化して、事業団とタイアップして大戦果をあげるというような意気込みでなければ――これは事業団は苦労していますよ。これは広岡さんにしても、理事長としてどうして成果をあげようかと苦労されておるときに、政府の協力態勢が、移住事業団のほうへほとんどいっておるからこのくらいでよかろうというようなつまみ算用の機構いじりでは、大臣なかなか移住事業というものは成果があがりませんね。いま二つの局を設けたいというお気持ちがなかったということは、中近東のほうに新しい局ができたわけでございますから、そういうことからいって、ここに二つの局を分けることになると、国会で行政機構の改革上なかなか問題もあるし、反対等もあって紛争を起こすからというようなさびしい気持ちがあったかどうか、大臣は正直な方ですから、率直な気持ちを述べていただきたいのです。
○椎名国務大臣 ですから、私は、仕事の量が減ったから人員も整理して三課が一課になるということになったが、しかし、これは重要性が三分の一になったという意味じゃないということをお断わり申し上げておいたわけでございますが、結局事業団というものを力強く指導して、今後ますます移住行政というものをたくましい行政にする、こういう考え方は、一つも減殺されたわけではないのであります。ますます強い指導力をもってこの移住の問題に当たりたい。ただ、実際の仕事をかなり事業団に委譲いたしましたので、指導力だけは大いに強化して、そしてこれを引き回す、こういう考え方でございます。
○受田委員 昭和三十九年には九百四十人しかあちらに行っていない。新しい年度で二千名の計画があるが、これも到達目標であって、なかなか実現はむずかしいのじゃないかと私は思うのです。このささやかな移住実績というものは、やはり外務省の移住局にしても、外務大臣にしても、責任があります。事業団の予算を拝見しても、十億ばかりで、国家予算の上昇に応じた程度の上昇しかしておりません。このわずかな金で、あちらに行く旅費などもみんな本人負担にするようなことで、どうしてこの移住の大業が完成しますか。イタリアのように五百五十万も海外に移住しているような実力を出そうと思えば、この際やはり局も一つ置く、事業団には金をうんと出す。そして世界は一つだという世界連邦的な感覚で、移住事業を中南米に限らず、東南アジアその他にもどんどん広げていく、こういう雄大な構想をお持ちにならぬと、中南米・移住局というような機構いじりで、このことが逆に移住に対する関心をにぶらすような、移住事業団を一そう困らせるようなかっこうになっては、私はたいへん残念だと思うのです。国会の反対があろうとなかろうと、そのくらいの移住事業に対する大きな熱意と――中南米に対する認識を高める上においては、私はもちろんこれは賛成するわけでございますが、中南米・移住局というような、ぽこっとそこで二つを一緒にしたようなかっこうで、外務省としては、局長になる方にしても――新しい局長にどなたがなられるか知りませんが、その局長さんが紹介されて、私は中南米ポツ移住局長でございますとやったら、これはみんなわっと笑いますよ。笑われるような局長が出たのでは局長さんもつらいですから、みんなに笑われるようなレッテル、名は体をあらわすものが官庁の中にあるということは、行管としてはどうでございますか、差しつかえありませんか。
○増原国務大臣 中南米・移住局というものの必要性、その設置の理由等は、外務大臣が申されたとおりでございます。中南米というものだけを局として設置法上認めるということも、いささか不十分と申しますか、これは質的な問題はともかく、量的にいささか不適当に思われます。移住局も、事業団というものができました関係で、行政の基本となるべき重要性は仰せのとおりいささかも変わりありませんが、やはり量的に相当に縮小されたという関係で、局として存置することは、全体の行政設置法の問題からいうと、やはり十分考慮すべきものであるということで、外務省としても中南米・移住局という形で強く熱心な要望があったわけでありますが、もとより中南米というものは地域を所管する形としてのものであり、移住のほうは機能としてのものでございまして、中南米に限るものではないということでございますから、仰せのとおり、中南米と移住とを一緒にするということは、確かに一つの難点はございます。難点はございますが、現在の外務省における所掌をとってみまして、中南米局と移住局と両方設けるということは、設置法の関係からいっていささか不適当であると考えますし、そうすると、中南米と移住の問題の両方を所管してもらうことが、局というていさいをとるのに適当であろう。かたがた移住の九〇%のものは中南米向けであるということともからみまして、必ずしも木に竹をついだものを合わせたものでもないというふうなことで、中南米・移住局という一本のものに考えよう。ことばとしては初めポツはなかったのですが、法制局でいろいろ考えて、中南米移住と読み下したのでは、いかにも移住というものは中南米だけだというふうに受け取られるおそれがあるから、これはたいへん異例のものでございますが、ポツを入れようということで外務省も了承され、われわれもこれを了承したということでございます。地域と機能とを一緒にしたということで、確かにそういう意味の難点はございますが、現在外務省の所掌を全体として考えまして、そういう意味では少々異例のものではございますが、こういう名称になったわけでございます。
○受田委員 いま行管長官はチュウナンベイイジュウキョクと言っておられたが、これは正確な読み方をもう一ぺんし直していただきたい。チュウナンベイイジュウキョクというと、中南米の移住という印象を受けるのですが、ポツを入れて正式に読んでいただきたい。行管長官から省略されては困る。
○増原国務大臣 説明の途中で申したわけでございまして、初めは中南米移住とポツのない名前で外務省の要望が出、われわれもそれで進んでおりましたが、棒読みだと、理屈をいいますと、いかにも中南米だけの移住であるように思われるからポツを入れたいという法制局の要望もあり、これに外務省もわれわれも同調したのです。正確に読みますとチュウナンベイポツイジュウキョクでございます。しかし、読むときには必ずしもポツを入れなくてもいいのじゃないかと思いますが、正確にはチュウナンベイポツイジュウキョクで間違いはありません。
○受田委員 これは大事なことです。法律に規定する以上は、やはり正確に読まなければいかぬです。ごまかして、チュゥナンベイイジュウキョクと、ポツを入れると人に笑われるから落とした。外務省がいろいろな機会に中南米・移住局長を紹介する場合に、チュウナンベイポツイジュウキョクチョウと読まなければいけないですよ。抜かしてはいけません。将来ごまかす傾向がある。法律に規定したら、そのとおりきちっと読まなければいかぬ。いま行管長官は、最初チュウナンベイイジュウキョクとポツを抜かして言われた。ポツを言うとはずかしい気持ちを行管長官自身が持っておられる。この前はポツを言うのは間違いという答弁をしておられて、政府の見解が統一されていない。この前言ったのは間違いであるかどうか。
○椎名国務大臣 政府部内で研究した結果、読むときにはポツを入れない。それ以上は私の意見でございますが、句読訓点は、文章を読むときにはポツを入れないと同じごとくに、読むときはポツを入れない、こういうことに意思統一をしております。それが正しいということでございます。
○受田委員 これは正確にはポツで、アンドということばがあるのですから、もしそれを入れないと、中南米の移住だけという印象を受けるから、ポツを入れて読むのが正確だと行管長官が言われたのですよ。両大臣の意見が違っているじゃありませんか。
○増原国務大臣 私のただいま申したのを訂正さしていただきますが、この点は、法制局からすでに答弁しておるところだそうであります。読むときにはポツは発言しない。書くときにはポツを入れる。こういうことでございます。
○受田委員 点を打つのは、句読点のときも読まぬというふうな――よく人のまる写しを読むときに、ポツやマルまで入れて読んで演説草稿をまるのみにする議員候補者がおることも、かつて伺ったことがございますが、それはそれとして、ポツを入れている以上は、やはりこれはポツが正確に生きてこなければならぬわけなんです。読む場合と書く場合と違うということで、そういうがたがたしたような問題がこの役所の中に出てきたことは、画期的な革命であると言えば言えないことはないけれども、これは残念なことですね。こういうぶざまなことを行管もお認めになったことは、つらかったと思います。政治には妥協ということもときには必要かもしれませんが、筋を通すことも必要なんですから、ひとつお願いします。移住事業団をもっと働きよい場にするために、予算問題も真剣に考えてあげる、そして移住事業についても世界に視野を広げてやるということを、あなたはことしの外務大臣の演説の中にも入れているのですから、それを本気でおやり願いたい。
 最後に、在外公館の問題に一言触れます。
 大使、公使の問題ですけれども、兼任の大使をたくさん置いておる。これでがまんをしていただいている相手の国の気持ちもわからぬではないけれども、大使がほしい、公使では不十分だというような外交界の空気があるということ、このことが私にはちょっとわからぬのですが、兼任で済むというのは一体どうしたことなのですか。その国が許してくれておるのですか。
○高野政府委員 そこの国との貿易量ないし在留邦人の数等々で、とりあえず兼任で相手の国も満足しております。今後日本との関係――貿易、政治的関係等がふえてきましたら、そのたびに逐次本任にするということで相手の国は満足しております。
○受田委員 今度の改正で認証官たる大使の数がどれだけになるか。兼務の数は別の注釈を加えて御答弁願いたい。
○高野政府委員 大使は八十五名、兼任は約二十名くらいあったと思います。
○受田委員 外務大臣、外務省の在外公館には各省のエキスパートが行っておるのです。経済外交の推進、あるいは労働問題、文化問題、いろいろな点で、外務省のお役人の皆さんだけでなく、適材が大使に任命されてしかるべきである。諸外国にも幾つかの例がある。婦人の大使もある。外務省の純粋な外交官だけでなくして、実際に力を持って外交をやってくれる人を大使に任命するというように、そういう方面の幅を少しお広げになって、認証官を八十五名も外交官で独占されるようなことがないように、ひとつここらあたりですばらしい外交官を、婦人の中からも採用する。あるいは経済界からも採用する、外務省の在外公館に勤務している多少の優秀な公務員を抜てきするとか、これは大臣のお仕事です。局長さんに相談される筋合いではない。大公使の任命についてはあなたが権限を持っているのですから、そこは大所高所に立って、幅広く大、公使を任命する方針を御採用になれませんか。これで質問を終わります。
○椎名国務大臣 ただいまでも任用の範囲を広げておりますので、適任者があれば、あなたのおっしゃるようなことは可能でございます。
○河本委員長 次会は、明七日、水曜日、午後一時より委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後一時五十五分散会