第051回国会 決算委員会 第31号
昭和四十一年六月二十一日(火曜日)
   午前十時三十四分開議
 出席委員
   委員長 吉川 久衛君
   理事 押谷 富三君 理事 白浜 仁吉君
   理事 壽原 正一君 理事 堀川 恭平君
   理事 勝澤 芳雄君 理事 山田 長司君
      根本龍太郎君    原 健三郎君
      福永 健司君    山手 滿男君
      中村 重光君    吉田 賢一君
 出席政府委員
        外務政務次官  正示啓次郎君
        外務事務官
        (大臣官房長) 高野 藤吉君
        外務事務官
        (大臣官房会計
        課長)     鹿取 泰衛君
        外務事務官
        (中南米・移住
        局長)     廣田しげる君
 委員外の出席者
        会計検査院事務
        官
        (第一局長)  斎藤  実君
        会計検査院事務
        官
        (第五局長)  保川  遜君
        参  考  人
        (海外移住事業
        団理事長)   広岡 謙二君
        参  考  人
        (海外移住事業
        団理事)    太田 亮一君
        参  考  人
        (海外移住事業
        団理事)    丸山 幸一君
        専  門  員 池田 孝道君
    ―――――――――――――
六月十日
 委員栗原俊夫君及び森本靖君辞任につき、その
 補欠として山中日露史君及び山本幸一君が議長
 の指名で委員に選任された。
同日
 委員山中日露史君及び山本幸一君辞任につき、
 その補欠として栗原俊夫君及び森本靖君が議長
 の指名で委員に選任された。
同月十七日
 委員栗原俊夫君辞任につき、その補欠として和
 田博雄君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員和田博雄君辞任につき、その補欠として栗
 原俊夫君が議長の指名で委員に選任された。
同月二十一日
 委員中村重光君辞任につき、その補欠として石
 橋政嗣君が議長の指名で委員に選任された。
同日
 委員石橋政嗣君辞任につき、その補欠として中
 村重光君が議長の指名で委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 昭和三十九年度一般会計歳入歳出決算
 昭和三十九年度特別会計歳入歳出決算
 昭和三十九年度国税収納金整理資金受払計算書
 昭和三十九年度政府関係機関決算書
 昭和三十九年度国有財産増減及び現在額総計算
 書
 昭和三十九年度国有財産無償貸付状況総計算書
 (外務省所管)
 国が資本金の二分の一以上を出資している法人
 の会計に関する件(海外移住事業団)
     ――――◇―――――
○吉川委員長 これより会議を開きます。
 昭和三十九年度決算外二件を一括して議題といたします。
 本日は、外務省所管決算について審査を行ないます。
 まず、外務政務次官より、概要説明を求めます。外務政務次官。
○正示政府委員 椎名外務大臣、ただいま閣議が終わりまして、まだこちらへ参っておりませんが、私、かわりまして、外務省所管昭和三十九年度決算につきまして、概要を御説明申し上げます。
 昭和三十九年度外務省所管一般会計歳出予算現額は二百十九億七千七百二十八万二千四十九円でありまして、支出済み歳出額は二百十億八千二百三十二万六千百二十四円、翌年度繰り越し額は四億六百五十三万二千二百五十円、不用額は四億八千八百四十二万三千六百七十五円であります。
 歳出予算現額の内訳は、歳出予算額二百九億七千五百七十九万九千円、前年度繰り越し額四億六千六百四十五万二千四十九円、予備費使用額(ヴィエトナム共和国民生安定救援費に要した経費)五億三千五百三万一千円でありまして、前年度から繰り越したものの内訳は、外交用器具等購入費五百十三万三百円、海外技術協力実施委託費二億六百二十七万百九十九円、移住者支度費補助金九百四十六万八千円、移住者渡航費貸し付け金五千九百十五万九千円、日本人墓地整備費一千六百三十一万六千六百四十円、在外公館施設関係費一億五千六百六十九万八千九百十円、公務員宿舎施設費一千三百四十万九千円であります。
 支出済み歳出額のおもなものは、科学技術振興のため、国際原子力機関に対し、同機関の憲章に基づく分担金及び拠出金として、六千七百十七万三千八百四十円、並びに国際連合その他各種国際機関に対する分担金等として十三億一千八百五十五万一千三百二十五円、また、貿易振興の一環として、外国におけるわが国商品の輸入制限運動に対処して、関係国の議会公聴会及び関税委員会公聴会に出席し陳述をする等、輸入制限問題に関し、政界、業界首脳のわが国に対する理解を深めしめるとともに、輸入制限動向の実情調査、分析を行なって、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等マスコミに対する啓発宣伝工作、PRパンフレットの配付を行なう等、輸入制限運動阻止のため二億九千九百十五万二千四百六十円、次に、経済協力の一環としての技術協力の実施につきましては、コロンボ計画等に基づく技術研修員九百六十九名(四十六カ国)の受け入れ、及び専門家百九十五名(二十八カ国)の派遣業務、並びに海外技術センター事業、メコン川開発事業調査、投資前基礎調査、海外技術協力事業団出資、EPTA及び国連特別差金の拠出等に要した経費三十二億八千六百六十七万二千二百一円、さらに、移住振興につきましては、中南米等への移住者千百五名、他に派米短期農業労務者三十一名を送出するため等の経費十二億四千百八十四万六百十五円であります。
 次に、翌年度繰り越し額について申し上げますと、財政法第十四条の三第一項の規定による明許繰り越しのものは四億六百五十三万二千二百五十円でありまして、その内訳は、海外技術協力実施委託費九千七百八十万四千三百九円、在外公館施設関係費三億八百七十二万七千九百四十一円であります。
 不用額のおもなものは、経済協力開発機構への加盟が予定よりおくれたので、経済協力開発機構分担金を要することが少なかったこと、南米等移住者の送出が予定数まで達しなかったため、移住者渡航費貸し付け金を要することが少なかったこと、並びに在外公館の項では、職員諸手当を要することが少なかったこと等のためであります。
 何とぞ、よろしくお願いいたします。
○吉川委員長 次に、会計検査院当局より、検査の概要説明を求めます。斎藤会計検査院第一局長。
○斎藤会計検査院説明員 昭和三十九年度外務省所管の決算つきまして、検査いたしました結果は、特に違法または不当として指摘いたしました事項はございませんでした。
○吉川委員長 これにて説明聴取を終わります。
    ―――――――――――――
○吉川委員長 これより質疑に入ります。質疑の通告がありますので、これを許します。山田長司君。
○山田(長)委員 きょう御質問申し上げる内容は、過日、本委員会が開かれるのを見越して陳情に参りました二人の移住者のことについてであります。移住をして、六年間現地で働いておったけれども、最初の旧財団法人日本海外協会連合会の募集要項によるものとまるで違っておった、政府の委託を受けてやった団体のやり方としてはあまりにひどいではないか、こういうことで請願に及んでおるわけであります。行かれた先は、ブラジル国のリオ・グランデ・ド・ノルテという州のトーロス郡プナウ移住地であります。そこの農業移住者でありますが、公募をされて行ったのだけれども、当時の宣伝された内容とまるで異なっておって、農業の土地には全く不適格な土地であったということから、六年間現地におられたけれども、どうしても自分たちの望んでおったような実態と違うし、全く相違しておったので、余儀なく日本に帰ってきたんだ、こういうことで、本委員会の理事会に陳情に及んだわけでありますが、変則な国会で、実はきょうこの陳情者が参りましてつぶさに委員諸君に陳情し、さらに質問にもお答えしたい、こういう願いがあったのでありますが、きょうは残念でありますが、陳情者が当委員会に来て陳情をすることができないのであります。
 そのときに話をされた大要を、これから質問をするわけでございますけれども、一体そういう個所の移住地で、ほんとうに農業にたえられないような地点に移住者を送り込んだものかどうか。直轄とかあるいは委託とか、移住者の内容にはいろいろあるようでありますけれども、いずれにいたしましても、日本国民が政府の方針に従って移住をしていった先で、こういうようなことが事実としてあったようであります。まことに気の毒なことでありまして、その後政府で調査をされたものであるかどうか、わかった範囲で、ひとつこの機会に、重大な国策の一環としての仕事でありますから、伺っておきたいと思うのであります。
○廣田政府委員 ただいま御質問のあったプナウ植民地は、その近くにピウン植民地というのがございまして、それが三十一年に開かれたわけでございますが、そこの日本人の成績が非常によいので、リオグランデの州のほうで、ひとつプナウのほうにもつくりたい、そういう目的で開いたものでございます。三十四、五年に、日本から総計十三家族が入植いたしましたが、入植当時は、トマトであるとかニンジン、キャベツあるいはメロン等の営農が比較的良好であったというふうに聞いております。ただその後、三十八、九年でございますか、入植後四、五年たちまして非常な水害がございまして、排水溝が土砂で埋まったために、その水位が上がって、低地地帯が冠水するという状況が出たようでございます。その当時事業団あるいはわがほうの出先が、先方に対しまして再三その事情を申し述べまして、しゅんせつをやってもらったのでございますけれども、なかなか効果があがらないで、低地はわりあいに水があるという状況でございます。それにつきましていろいろ陳情もございましたので、昨年の六月から八月にかけまして、この植民地だけではございませんけれども、東北伯の移住地いろいろございますが、その方面もあわせて実情を見てもらうために、外務省の事業団それから農林省の技官の方で構成いたしました調査団を派遣いたしまして、その結果によりますと、そのとき現在においては、先ほど申し上げましたような状況なので、これは営農の拡大は困難であろうという結論に達しました。そこで、現地の事業団等とも相談いたしまして、転住の希望のある方は、その行き先をあっせんする、あるいはそれに要する費用を融資するというような対策を講じまして、昨年来それをやりまして、現在では、十三家族のうち初めの二家族は、調査団の行きました前に他に転住されておりましたが、十一家族のうち二家族は、先ほど山田委員から御指摘のとおり、日本にお帰りになりました。残った九家族のうち四家族はカーボに移住し、二家族はリオボニートに転住されて、現在は三家族が残っております。その最近の状況は相当の成績をあげておる、こういうふうに聞いております。
○山田(長)委員 黒崎という人と宮崎という二人の陳情者に内容を伺いますと、このプナウ植民地に行ってみましたところが、昭和三十三年からピオ十二世財団の経営しておる貧困者の救済農園であって、プナウ移民地という名称では呼んでおるけれども地元では貧困者救済農園という名前で、全く差別された形の農業経営に属する立場に置かれた。いまおっしゃるように低地だったり、それから泥炭地であって、とても農業にたえられる場所ではなかった。毎年雨期にはこれが水没してしまって、沼地となってしまう。そうして農業は完全に全滅してしまう、こういう状態の場所であった。農地としては全く不適当な土地に自分たちは移住させられて、しかもその携わる農業の土地というのはピオ十二世財団のもので、そのいわば農僕みたいな状態に置かれる仕事に携わったのであって、最初の募集要項とはまるで違っておったではないか、こういうことが陳情者の言い分でありました。これはやはり日本の移民政策上からいっても重大な問題だと私は思うのですけれども、一体、移住する前に移民地というものを、外務省としては前もって調べてなかったものかどうか。調べてあったとするなら、こういうところに行くはずはないと思うのですが、その点いかがなんですか。
○廣田政府委員 当時ブラジル側からそういう申出がありましたときに、旧海協連――三十八年に海協連と移住会社が合併して、現在の事業団になったわけでございますけれども、その合併前の旧海協連のほうで十分認否して、その上で募集要領等もつくったというように了解しております。
 なお、ピオ十二世財団でございますが、これは私どもの記録によりますと、三十三年ではなくて、三十六年に州政府のほうから移住地の移管を受けた、こういうふうに承知しております。
○山田(長)委員 ただいまの御説明によりまして、相違している点というのは、そういう農業に不適地であるから、その不適地の人たちについて変わった場所へ土地の変更を努力されたと言われますが、もうすでにこの農民たらは、数年の歳月の間に、持っていったお金もあるいは衣類等の消耗も極度に瀕してしまって、よそへ動けといったって動ける内容ではなかったというんですね、この二人の陳情によりますと。そこで、当時の海外協会連合会のレシフェ出張所に大橋正義という人をたずねていって事情を話したというのです。そうしたところが、日本海外協会連合会は金融機関ではないから、金の事柄には応じられない、それから、プナウで農業経営ができない者は農業をなす能力がないのだから、この土地でできない者はどこへ行ってもだめなんだということで、まるでおどかされてしまったというのですけれども、一体、海外協会連合会というのは、そういうときに移住者のために――現在はまあ組織は変わったようでありますけれども、当時は、移住者のために、やはりそういう相談に乗ってやれる機関ではなかったのですか。
○廣田政府委員 当時の海協連は、そういう意味で、移住者のいわゆるあっせんといいますか、こちらからの送り出し、現地における営農指導、こういうものを受け持っておりました。なお、移住会社のほうは、いろんな融資の関係をやったわけでございます。
○山田(長)委員 そうしますと、いまのその場所における大橋正義という人は、まるで移住者の相談に当たってくれなかったということが言えるのじゃないかと思うのですね。それで、大橋正義という人に言わせると、プナウに入植した日本人は絶対によそへは移動しません、必ずプナウを離れずに働いてもらうんだ、これは誓約書にも書いてあるんだというようなことで、苦境を幾ら訴えても、全然これを取り入れてくれなかったという陳情なんです。一体、こういうことが現地における相談者の口から出たものなのかどうなのか。私はこの陳情者を全部知っているわけでないので、信用するわけにはいかないのですけれども、その点どうも、財産をみんな売り払って外地に行かれて、移住を志した人たちが、いいかげんな陳情をしてくるとは考えられないわけです。この点はどうなのですか。
○廣田政府委員 大橋何がしなる者がどういうことを言ったか、実は私つまびらかにいたしません。ただ、いま御指摘のようなことで、この移住地からは出さないというようなことをもし申したとすれば、それは少し行き過ぎではないか、もっと親切にやるべきであって、ほんとうにその移住者の身になって考えて、ほんとうに悪いところなら、本部にも相談して、よくやる、そういうふうに、あらゆる意味での親切心でやるべきであるというぐあいにわれわれは考えております。もしそういうあれがなかったとするならば、それはその当時の職員の不心得によるものだと考えております。ただ、大橋何がしがどういうふうに言ったかは、私は存じておりません。
○山田(長)委員 送還願いを出した者に対しては、これは私たちが想像している以上に、迫害があったように言われておるのですけれども、まあ日本を去るときには、ブラジルの移民で、向こうで一旗上げてこようという意図で、そうして向こうに行かれている以上、これはよほどのことでなければ、帰ってくる気持ちなど起こるものではないと思うのでありますけれども、この点について、送還願いを出した者に対する取り扱いというものは、この間来た陳情者が言うように、迫害がほんとうにあったものかないのか、この点、外務省当局で、おそらくおわかりにならぬ点があるのではないかと思われますけれども、これはいかがですか。
○廣田政府委員 三十八年ころから、ただいまの、いわゆる国に帰りたい、日本に帰りたいという希望が出たようでございます。それにつきまして、当時のあれがどういうふうに言ったかつまびらかにいたしませんけれども、まあせっかく行ったんだから、もう少しがんばってはどうかというような意味合いの、これはいい意味の激励の意味で、そういうようなことを申したかもしれませんが、決して帰さないとか、そういうふうな――迫害ということばは、具体的に当時どういうことがあったか知りませんけれども、そういう意味のことはあったかも知れません。しかし四十年の八月に、ちょうど先ほど申しましたように調査団が参りますので、調査団が来るといろいろの結果等もわかるので、もう少し持ってはどうかというようなことは、当時言ったように聞いております。ただ、それにもかかわらず、御当人の意思で国援法の適用を申請されまして――これは、いわゆる領事が生活困窮のためにどうしてもだめだ、帰さざるを得ない、というときに適用する法律でございますが、その法律の適用を受けまして、昨年の八月にお帰りになったように記憶しております。
     ――――◇―――――
○吉川委員長 この際、質疑の都合により、国が資本金の二分の一以上を出資している法人の会計に関する件について、調査を行ないます。
 この際、おはかりいたします。
 本件調査のため、本日参考人として、海外移住事業団より、理事長広岡謙二君、理事太田亮一君、理事丸山幸一君に御出席を願い、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○吉川委員長 御異議なしと認め、さよう決定いたしました。
 なお参考人からの意見聴取は、委員の質疑により行ないたいと存じますので、さよう御了承願います。山田長司君。
○山田(長)委員 海外移住事業団の方々に御出席を願いましたのは、ただいま委員長からの御説明がございましたように、お伺いいたします案件というのは、実は旧財団法人海外協会連合会当時に起こっている事案でありますけれども、それを引き継がれておると思いますし、なおこれから海外移住につきまして重要な問題でありますので、一応、移住事業団の方々にちょっと伺っておきたいと思うのであります。
 それは、昭和三十四年ごろ、ブラジル国のリオ・グランデ・ド・ノルテ州トーロス郡プナウ移住地農業移民者、この人たちから数日前、当委員会に陳情があったのです。その人たちの言い分によりますと、移住する当時の政府の海外移住宣伝の内容と、内容が全く異っておった、行ってみて、とてもその仕事に耐えられなかったので、帰ってきて、その人たちが陳情に及んだわけであります。その人たちの言い分によりますと、非常に大きな希望を持って、全所有財産を売却して、そして現地におもむいたと言うのです。行ってみたところが、貧困者の救済農園であって、しかも全然自分たちの土地になる場所ではなくて、しかも非常な水害地であったり、それから雨期には雨が非常に多くて、農業に耐える場所ではないということが、帰ってきた移住者の、失敗したといわれるお二人の陳情でありました。これらの場所に再び移住者が送り込まれるようなことになりますと――この人たちの陳情よりますと、必ずこれは失敗する場所であるからと、当委員会に陳情に及んだものと思われるのであります。これらの場所の移住地としての調査、あるいはこんなことが実際に――これは業務を引き継がれたあなた方に質問するのは、たいへん気の毒なのでありますけれども、一応業務を引き継がれている以上、
  〔委員長退席、堀川委員長代理着席〕
そういうことがあったということは、おそらくおわかりになったと思うのでありますけれども、その点、これらの人たちの将来を考えたりいたしまして、どうしても真相を伺っておかなければならぬわけでございます。おわかりになる点がございましたならば、一応つぶさにお教え願いたいと思います。
○広岡参考人 ただいまお話のありました黒崎、宮崎両氏から、プナウの退耕に至る経緯等、両氏の陳情等によりまして、私も承知いたしております。先ほどから仰せになりましたような事情で、両氏は帰ってまいったのでありますけれども、食い違いと申しますると、当初海外協会連合会で調査いたしましたあっせん要領の内容と実情が違うというようなことが主として取り上げられておるようでございます。当時、海協連といたしましても十分調査をいたしたと思うのでありますが、当初十三家族入りまして、昨年度までは九家族残っておりました。三十四年と三十五年の両年度にわたりまして、移住者が十三家族入ったのでありますが、当初の一年二年というものは、スイカでありますとか、メロンというものの栽培も相当の成果をあげておりましたところ、次の三十八年、九年度に異常な降雨がございまして、そのために排水溝が土砂で埋まって、水はけが非常に悪くなった。したがってそのある地区におきましては、停滞水をするというような状況に立ち至った。おそらく両氏の持っておりました地区が、そのために自然災害による影響を受けたんだろうと思うのであります。私は結果的に見まして、必ずしもその地区が上々の場所であったと思いませんけれども、しかしお二人の言われるような、全く不適作地であるというようには考えておりません。現にいま申しましたように、入植当時は蔬菜等において相当成果をあげておりましたところから見ましても、必ずしも全然不適作地であったということはどうかと思うのであります。ただ、表現において十分でなかったという点は、ある程度認めざるを得ないと思うのであります。その実情に即しまして、昨年、外務省が主となりまして、事業団も加わり、また専門家も入りまして、調査団が昨年の六月から八月一ぱいにかけまして現地を調査いたしたのであります。両氏に対しましても、たしか黒崎氏は、従来移住事業団のあっせんによりまして、三カ所ばかりこういうところにかわったらどうかということで、わかっておるような事実もございましたし、また、そのうち根本的な調査をすることになっておるから、その結果を待ってその去就をきめたらどうかというようなことを、何度も繰り返してすすめたのでございますけれども、両氏はあえて帰国するという態度に出まして、その調査団の結果を待たないで帰ってきたような実情であったわけであります。大体、そういうような実情で、今日まできておるのでございます。
○山田(長)委員 募集要項に従って、何年か農業に携わりますと移住者の土地になるということがいわれておったようでありますが、行ってみると、ピオ十二世財団の経営している貧困者救済農園であった。これは何年耕しても自分のものにならないのだ。農民というものは、これはどこの農民も同じですが、土地に対する執着を非常に持っておるものと思うのです。土地は自分のものになるのだということになれば、あるいはいろいろな困難があっても、それにうちかって耕作するということがあり得ると思うのでありますが、この場合、貧困者救済農園で、しかもプナウ植民地という名称でもって、特殊な扱いをされる場所だった、こういうふうなことから、やはり働く意欲を失ったのではなかったでしょうか。この点、ピオ十二世財団の土地にどういう形で入ったものなのか、この点が陳情者の言いたいところのようでしたが、どうなんですか。
  〔堀川委員長代理退席、委員長着席〕
○広岡参考人 先ほど申しましたように、当初入りましたときには、確かにリオ・グランデ・ド・ノルテ州の開拓にかかる移住地であったわけであります。ところが、三十六年になりまして、これは私ども現地の者も、あとになって通告を受けましてびっくりいたしたのでありますが、その州の移住地から、ピオ十二世財団の宗教団体にこれが移管された。しかも、それを知りましたのは、数カ月あとその通告を受けまして、いま申しましたように、われわれびっくりしたというような実情であったのでありまするが、どういうわけで、州からその宗教団体に移管されたかということを聞いてみますと、いま申されましたように、決して貧困者救済団体というのではなくて、宗教上の慈善事業というような立場から考えられたようでありますが、せっかく州としましてそういう移住地を開拓いたしましたが、中に入っている人にその現地の者もおるわけでありまするが、そういう十分成績を上げ得ない落後農家が手やすく土地を売りまして、それによって、せっかく意図いたしておりますものが大地主の土地になってしまうということを非常に心配したと見えまして、そのために、その慈善団体でありまする宗教団体のほうに移管をし、その財団におきましても、地権は、当初は、州のときは確かに譲渡するというような話でございましたけれども、そういうような意味合いからいたしまして、所有権は渡さない。しかし無償でもって永代借地権として提供する。したがって、ただでいつまででも使いなさい。また、そこに建てられておりました家屋につきましても、同じように、これを売り渡すというわけにいかぬけれども、やはりいつまででも無償でもって使ってけっこうだ。また、将来いろいろ困窮するような場合におきましても、十分援護措置を講ずるというようなところでもって話が出たようであります。しかし農民の心理といたしまして、やはり所有権を自分のものにする、また、地権を自分のものにするということによって、確かに勤労意欲が出るという日本農民のこの考え方を、当時現地の者も、在外公館等と一緒に、相手方に、地権をもらうように要請いたしたのでありまするが、ただいま申しました理由でもって、無償の永代借地権ということでもって納得してもらいたいということで、今日まできておるような事情でございます。
○山田(長)委員 どうも事業団の皆さんに話を伺うのは、本来ならば、これは海外協会連合会のほうの人たちがやったことなので、たいへん真相を伺いにくい内容があるのでありますけれども、事務引き継ぎをされた上において、あるいはあるならば、これはぜひ見せてもらいたいと思うことが一つあるわけです。それは、不法行為の証拠隠滅をしている、こういう陳情がこの間あったのです。それはどういうことかというと、海外協会連合会が海外に移民するために出したパンフレットにややうそがあったのだ。それで、移住不適地に入植せしめたことによる不法な勧誘の証拠の隠滅をしたというのです。同連合会の出張所の主任の大橋正義という人と職員の前川和久、この二人が、必要があるから貸してくれというので、当時募集要領書というものをみんな持っていたそうですけれども、それを全部取り上げられてしまった。それで、外地へ行っていることでもあるし、日本政府の職員でもあると思うので、みんな持っていったものを返してしまっているけれども、この募集要領書を見てもらえば一目りょう然で、いかにうそを言ったかということがわかるというのです。この要領書を自分たちはみんな取り上げられてしまったのでいま持っていないけれども、この要領書の内容が、あと事務を引き継がれた事業団にあると思う。この要領書を見てもらえば、いかにうそを言って日本国民をだまして移住させたかということがわかるから、この勧誘のときに使われた書類等を手にできるものなら手にして、そうして内容を明らかにしてもらいたい、こういうことを言っておりますけれども、この当時使われたと目される、海外協会連合会が発行しました勧誘の募集要項書というふうなものがいまありますか。
○広岡参考人 当時の者が取り上げたかどうかという問題を、私、関知いたしておりません。しかし、ただいまおっしゃる募集要領というものは、ここにその写しを持っております。
○山田(長)委員 参考人、それをあとでひとつ見せてくれませんか。
○吉川委員長 どうぞ。
○山田(長)委員 組織が変わったので、事業団になってからこういうととがあるかどうかということについては疑問を持っているわけですけれども、しかし現地の事情がそう変わっていない以上は、あるいはそういう疑念がなきにしもあらずでありますので、この機会に伺うわけですけれども、やはり送還願いを出したりなんかしますと、かなり迫害にあって、それで万やむなく泣き寝入りをしてしまう。中には自殺者が出たり、それから、こんなことがあり得るのかと思うようなことが、実はこの間出たのですが、移民の花嫁と称して、写真の見合い結婚をいたしまして、現地へ行ってみると、相手の男の年齢はかなりの差があって、幻滅の悲哀を感じて、それで、その花嫁が逃げ出してきて、サンパウロの水商売のところに身を落としていたというような、そういう話が言われておるわけでありますけれども、その移民花嫁というものの、写真見合いの結婚なんというようなものは、どうもわれわれには、ずいぶん結婚というものは簡単にされるものだと思って、実はびっくりするのですけれども、そういう場合における、結婚の手続上における結論が出るまでの経過というふうなものは、どんなふうにされておるのですか。
○丸山参考人 花嫁の問題でございますが、実は花嫁は日本で入籍をして、妻として呼び害せるという手続で、初めてブラジル国ならブラジルのビザ、査証を与えておるのでございます。したがいまして、戸籍は当然両方とも熟知をしておるはずでございますし、また文通あるいは写真等によりまして、相当長い間つき合いをして、それから入籍をして出ていくということになりまして、もっぱら本人の自由意思というか、本人の意思によって決定してもらっておるのでございます。私ども事業団、まあ半官半民みたいなところでございまして、あまりこれについていわゆる仲人口をきくというようなこともどうかと思われますので、そういうふうなやり方でやっておるわけでございます。したがいまして、実際にその戸籍の詐称というか、間違いがあったかどうかというようなことは、それはちょっと考えられないケースじゃないかと思います。ただ、先生御承知のように、前に見も知らない人と、写真あるいは文通で結婚するものですから、写真のとり方がどうだとか、文通の書き力の技術的な問題等、必ずしも正確でないというようなことがございまして、珍しい例でございますけれども、行ってから、向こうの港におりてお婿さんに会ったら幻滅を感じる、というようなケースが間々あることは、これは実は事実でございまして、ここらあたりどの程度私ども関与をしたらいいのか、どの程度正確さを期したらいいかという点については、実は心痛をいたしておる次第でございます。
○山田(長)委員 栃木県はブラジル移民にはかなり熱心で、この間の土曜日ですか、海外移民についてという弁論大会が高校で開かれました。これは全国でも珍しいケースだと私は思うのでありますが、すでに栃木県の真岡の高校の場合は、現地に毎年毎年行っておりますので、その土地の行った人たちが嫁をさがす場合に、郷里に連絡すればどこそこの娘さんがいいんじゃないかということで、行っている人もわかっているし、こっちにいる人もわかっているというようなことから、結婚を非常にスムーズに進めておりますし、それからおとといの弁論大会などを開きますと、なかなか移民についての抱負と一つの大きな夢を持って、しかもそれが地についた演説をされているのを、聞いてきた人が、けさ私に報告をしております。とにかく、一つの移民につきましても、最近の若い人たちの考え方は、かなり地についたものの考え方をしておるようですから、将来の移民については、私たち非常に大きな希望を持つわけでありますけれども、いままでの移民のやり方から推し、失敗して帰ってきた人たちの話を伺いますと、これらの人々がもし失敗した話を次々されるということになりますと、これは日本の移民政策上からいってもたいへんな支障を来たすものと思うのです。そこで、この黒崎君と宮崎君という二人の移民の状態等を考えてみましても、ほんとうに全財産を売り払って持っていって、数年の間ほとんど収入なく、持っていったお金と、持っていった物を売りながら生活をしておったようです。それでついに断念して帰ってきてしまったというので、まことに気の毒な事例と思うのでありますが、こういう場合に、あっせんした移住組織、それから説明の衝に当たった人たちを持っておる機構、こういうところはそのままでいいものかという疑念を私は持ちます。これは事業団としても例のないことだと思うのでありますけれども、事業団のあとあとの移住政策上から考えても、かなり虚構な内容の移住者に対する募集要領書というものを配布して、だまされて行ったというのですから、こういう特殊な例の場合においての賠償というようなものは、事業団としていままでおそらくないだろうと思うのですけれども、今度の場合、これは将来たくさんの移民を送ろうという県に、そういう気の毒な一つの事例が起こってきて、この宣伝がなされるということになりますと、移民政策上からいってもたいへんなマイナスになると思う。これは何らかの方法で損害賠償というようなものは考えられないものなのかどうなのか。事業団のほうの人たちにしりぬぐいさせるということはたいへんお気の毒な話になりますが、明快な一つの結論を出してもらえぬものかと思いますが、この点いかがですか。
○広岡参考人 ただいまお話のありましたごとく、また先ほど私から御答弁いたしたのでありますが、だますとかいうようなことは、もちろん当時の者といたしましても持っておらなかったと思うのであります。また、先ほど御説明いたしましたように、入植当時はかなりの成果をあげて、ただ三十八、九年の異常降雨のためのさようなあと始末が必ずしも十分できていなかったというようなことから、こういう事態が出たものでありますけれども、しかし現にその土地に三家族は残留をいたしております。また私どものほうといたしましても、移住者の希望によりまして、近郊の、あるいは離れたところでも十分いいところをあっせんする、相談に乗る、またその際にしかるべく弾力的な融資の問題も考えようというように、懇切に指導もいたしてまいったのは事実でございまして、単にいまおっしゃるような、だましたとか、無理やりに引きとめたというような事実はなかったということを御了承願いたいと思うのでございます。しかし、結果といたしまして、帰ってまいった人たちの援護につきましては、両氏が帰りましても、栃木、長崎県において、県とも一緒になって、できるだけ、就職のあっせんなり住宅の問題なり、お世話をしてまいったつもりであります。
 賠償の問題につきましては、賠償ということになりますと、国家賠償法の適用があるかという問題、また移住者につきましては、移民保護法という法律がございます。この両法から検討いたしましても、国家賠償法において、賠償をしなければならぬものは国及び公共団体ということに相なっておりますが、海外協会連合会あるいはそれを引き継ぎました海外移住事業団は、民法上の公益法人ではございますけれども、いわゆる国家賠償法にいう公共団体ではない。したがって賠償するというような範疇には入らないというように考えます。それからまた、移民保護法の中に規定いたしております移民取り扱い人に入るかどうかという問題でございますけれども、これも解釈上、この移民取り扱い人と申しますのは、営利を目的といたしました業者でございまして、いわゆる海外協会連合会、事業団はそういう種のものではございませんので、したがってただいまお話しになりましたような、県から賠償なりあるいは補償するということはできかねるというように考えておる次第でございます。
○山田(長)委員 どうも組織が違ってしまっておりますので、いかに引き継いだとはいうものの、移住事業団のほうを対象とした形で考えなければならぬということ、これは移住者にとりましてたいへんお気の毒な事態だと思います。移住者としては――まだ、私この募集要項を全部読んでおりませんが、この募集要項でいってある内容と全く異なっておった。だから連合会のやり方というものについては、全くだまされて行ったということで、この二人としては耐えられないふんまんを持っておるようです。そこで、この二人の人たちが現地で転地をすすめられたときに、なぜ応じなかったのかと聞きますと、もう数年の間に、持っているものも金も全部使い果たしてしまい、移住しようとするときはまた金が要るけれども、その金は、連合会では、金融機関でないから金は貸せないと言って、そっけなく断わってしまった。そうすると、動いていくさきには当然金がつきものであるが、動いていけなくなってしまったんだということも言われ、それから、出先としてはもう信用するわけにいかなくなったということがどうも真相のようです。これからまだどんどん移住の問題が発展しようとするときに、私の考えでは、こういう人たちに対してねんごろに、移住の不都合なことを言わせないためにも、何らかの方途で、やはりいろいろ相談に乗ってやるというふうな形やら、経済的な援助やらがされたならば、これこそ移住政策にあたたかい手が差し伸べられたということになって、将来とも、私はよい結果が生まれるのではないか、こう思うわけです。そういう点で、あなた方の組織で考えられるものならばお考え願って、再び悪宣伝が飛ばされないようにするためにも、移民の扱いについて、賠償という問題がまずければ、何らかの見舞い金でも出せる形が生まれてくるのが、私はあたたかい政治だと思うのですけれども、前例のないことですから、なかなか事業団としても即答をしかねると思うのですけれども、この点ひとつ御配慮願えればと思いますが、いかがですか。
○広岡参考人 全般的に申しまして、せっかく夢を抱き、また自分の運命を切り開くために現地に渡りまして、そこで永住の目的でもって何かやろうという人たらが移住者でございます。したがって、そういう人たらの将来の運命にかかわる仕事をわれわれ携わってやっている次第でございますから、私どもといたしましては、こういう事例をなくすように、また実際、率直に申しまして、私ども事業団に引き継ぎまして、移住地の二十数カ所、三十カ所近い移住地を検討いたしてみますと、まだまだ移住地を整備し、また移住者の定着安定のために策を講じてまいらなければならぬ点がかなりたくさんございます。したがって、私どもは、この生産基盤を確立するということを第一にいたしますが、要するに移住者の定着安定という当面の目標に向かって万全の努力をしていかなければならぬというように考えている次第でございます。ただいまその両氏に限ってのお話でございましたが、両氏も、当時渡航費を貸し付けて、その渡航をいたしております。しかしこれは、御承知のように、本年度から渡航費というものが補助金に切りかえられました。したがって、従来貸し付けたその渡航費は、これを強制的に執行してまで取り上げるということでなくて、その人たちが将来安定するに従って収入も増してくるというような場合には、自発的に返していただく、しかし返してもらった金も、もう国庫に納入する必要はなく、その国に対する債務は免除されたわけでありますから、私どものほうといたしましては、この還元された金は移住者に還元する方途でもって考えてまいりたいというように考えている次第でございます。したがって、両氏に対する渡航費も、そういう意味において、両氏がだんだん生活も安定してきた場合においては、返せるならお返し願いたいという態度でございます。また、両氏のどちらでございましたか、一人は渡航前融資を内地で借りて、向こうに持ってまいったのでありますが、これも、たてまえは返してもらうというたてまえでございます。これを免除するということは、ほかのほうにも影響いたしますので、そういうことはできないのでありますけれども、しかし、これも先ほど申しましたような趣旨と同じように、無理やりにいますぐ、期限が来ているから返せというような態度には出たくなくて、やはり弾力的にこの問題に対処してまいりたい、こういうように考えているのでございますが、今後におきましても、両氏の生活上の問題等につきましては、地方事務所を通じまして、また県とタイアップすることによって、この生活の援護ということにつきましては十分努力してまいりたい、こういうふうに考えております。
○山田(長)委員 次に伺いますのは、沖縄の移民の問題です。
 日本の国内と違いまして、沖縄の場合は内容が異なっているようでありますが、この間の日米協議委員会などで、沖縄の移民の問題についてはどんな内容のことが協議されておるか、協議されたかされないか、このことは私知りませんけれども。それから海外における沖縄の移民に対する保護は、日本政府が事業団でやっているような方針と違うのじゃないかというような気もしますが、この点はどうなんですか。
○正示政府委員 お答えを申し上げます。
 沖縄の移住者の取り扱い方針につきましては、先般開かれました第九回日米協議委員会におきまして、合意が成立いたしました。その結果、移住者をも含めた在外沖縄住民の保護に関しましては、わが国が第一義的に責任を負うこととなった次第でございます。日米間のこの合意に差づきまして、わが国は、在ボリビア沖縄移住者の受け入れを今後どのように進めるかにつき、目下米側とも連絡を保ちつつ、鋭意検討中でございますが、ボリビア向け沖縄移住者については、入植開始の一九五四年以来、終始米国政府の責任のもとに進められてきた経緯がありますので、わがほうといたしましては、同移住地をわが国の保護の対象にするという前提に立って、近日中に海外移住事業団をして移住地の実態調査を行なわしめ、沖縄移住地の受け入れ体制を今後さらに充実してまいる方針でございます。
 以上、お答え申し上げます。
○山田(長)委員 ただいまの政府の答弁によりますと、実際に沖縄の移住者に対する政府の調査というものはまだなされておらないように伺ったわけでありますけれども、同じ日本国民であります以上、やはりこれは当然この事業団の管轄に属した形における調査がなされ、そしてこれが指導育成といいますか、そういう形がとられてしかるべきと思われますけれどももとの点は事業団のほうにはいかなる指示がなされておるのですか。
○廣田政府委員 ただいま政務次官から御説明いたしましたとおり、去る五月九日の日米協議委員会で、わがほうが第一義的にこれの責任をとることになりましたので、今後事業団のほうが主となってやってもらうように、事業団とも相談中でございます。ただ、いかなることをやるかということは、さらに、いままでやっておりましたアメリカのほうとの話し合いもございますので、今後それを進めてまいりたいと思います。
○山田(長)委員 移住地の問題を伺いますと、この移住行政というものについて、受け入れ体制の整備が必ずしも完全でないという印象を、この間の陳情者等からも受けたし、それからいろいろお話を伺った中からも受けているわけですけれども、一体立地条件の選定等については、どこと協議をしてこれが決定を見るのか。さらに現地の道路、排水設備あるいは公共用の造成等につきましては、これは、とにかく人を送り込みさえすれば向こうで何とかやるだろう、というようなことで済ましておるものなのか。こういう点が、やはり送り込んだからといって、その後の行政上におけるいろいろな援助をしてやらなければ、これは行ってまるでみじめな生活をしなければならないような印象を持つわけですけれども、そういう点における指導育成というものはどんなふうにされているのか、この点も伺っておきたいと思います。
○広岡参考人 移住地の選定の問題でございますが、事業団になりましてからは、まだ新しく移住地を購入選定しておりません。今後の問題といたしまして考えたいと思うのでありますが、これは実は事業団が、海協連、移住振興会社から引き継ぎました当時、私現地を見てまいりました際に、各移住地ごとにこれは再検討する必要がある、かたがた移住渡航者の数も減ってまいっておるときでございましたので、一応足踏みをして、従来の状態を、さらにその後の情勢の問題でありますとか、いろいろ経済的な条件の変更等もございますし、移住地自体に問題があると思いましたので、一応ストップいたしまして、各移住地ごとの検討をいたしたのであります。そうして従来の轍を踏まないように、十分に責任を持った送出をしたいということから、そういうようにいたしておるのでありますが、従来は、先ほどからお尋ねになっておりますような、ブラジル国におきましては、昭和二十七、八年ごろから、州並びに連邦のほうで移住地を設定いたしまして、そこへ、日本人の勤労と技術を高く評価いたしておりましたので、日本から移住者を入れてもらいたいというような要請があったわけであります。したがって、十分その調査が行なわれたかどうかということは、率直に申しまして、若干足りないところもあったのじゃないかというように反省をいたしております。そういうことも、事業団になりましてからは、できるだけ、先ほど申しましたような方針なり考え方でもって整備をやってまいりたい、というように考えておる次第でございます。
 なお、道路とかあるいは河川とか、移住地そのものに直接関係のありまするようなものは、いわゆる公共的な施設のようなものは、相手国の政府によって行なわれておるのがたてまえでございますが、これが必ずしもそのとおりうまくいっていない。したがって、これをほうっておくわけにもいきませんので、これを補完する意味におきまして、そういうたてまえから、事業団となりましても、できるだけそのような河川改修とか通路補修というものについてやるというように現在考え、またできるだけのことをしてまいっておるのでございます。
○山田(長)委員 事業団ばかりでなしに、これは外務省関係にも、外地に行って伺うことの大きな問題の一つは教育の問題です。外地に行かれております外交官の子弟の教育等につきまして、これは日本のことを学ぶ学校が外地にない。こういうふうなことから、ずいぶん外地で苦情を受けておりましたのですが、移住者の場合における教育は、特にその点は私は容易じゃないというように感ずるのですが、移住者に対する教育というふうなものは、隣までの距離というものは相当な距離がある。移住地の全体の面積からいっても、人口は非常に希薄である。これは容易ならぬ問題であると思いますけれども、将来やはり移住行政というものを進められる以上、これらのことにつきまして、よほど真剣に考えられなければならぬと思いますけれども、現益の移住者の教育という問題は、大ざっぱにいって、どんなふうに進められておりますか。
○正示政府委員 この問題は、御指摘のようにたいへん重要な問題でございます。われわれは移住者を含めまして、いわゆる在外日系人の問題につきまして、特に教育の面については重要な問題として、従来も極力施策を進めておるわけでございます。特に集団移住地におきましては、学校の校舎あるいは教師の整備、宿舎の設置というふうなことにつきましてもたいへん努力をしておるわけでございますが、一番大切な、何といっても先生、いわゆる適当な先生を確保するということが、たいへん大事な問題でございます。そこで、そういう先北に対しまして相当の謝金を出すとか、あるいはまた学校の備品、教材、こういうものに対しましても、国または事業団等におきまして必要な補助を行なう。さらにまた、子弟の奨学のための交通費、寄宿舎費、月謝、こういうものに対しましても助成をいたしておるような次第でございます。昭和四十一年度からは、主要集団移住地に、交化的な施設、いわゆる社会教育施設、そういうものも整備をすることにいたしまして、そういうことの一環といたしましては、映画、図書等を備えた巡回車を配置する、こういうふうな点にも具体的に予算上の措置を講じておるような次第でございます。しかし、まだまだわれわれとしてはこれは十分じゃないと思っております。特に今日、再来年にはいわゆる明治百年――これは社会党さんのほうでは、いろいろ御議論もあるようでございますが、われわれといたしましては、この日本の近代化、民主化の百年の歴史といたしまして、日本民族の海外への発展という点について、大いにこの機会に在外日系人の方々にも、内と外一体になって、この明治百年をひとつお祝いしていただきたい、こういうような考えを持っておりますが、そういう機会におきまして、ただいま御指摘の教育の面につきましては、祖国の日本と新しい母国であるところの移住国、そういう関係を、一そう親善友好のきずなとなっていただくような考え方をもちまして、教育――学校教官、社会教育、両面にわたって、具体的な施策を進めてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
○山田(長)委員 さらに問題なのは、ただいま教育の問題についてはかなりうんちくのある話をされましたけれども、外地における医療の問題だと思います。
 お医者さんは、外地に行っている人たちにひとしく不安を持たれる大きな問題の一つだと私は思うのでありますが、なかなか外務省でお考えになっておるように――お医者さんは、国内にいても収入が少なくないのです。ケニアに先ごろ医者の派遣がなされたようでありますけれども、外交官と同じような、あるいはそれ以上に、お医者さんというものは、この住民と接触を持つ機会が非常に多い。そして、この住民の生活態度、様式あるいは信仰等は、外交官とは別な形においての内容を持っておると思うのです。それらの人たちが、聞くところによると、五百ドルの予算であるという話でありますが、それでは、ほんとうに外地に行って医療協力をしようと考えても、なかなかこれは容易なことじゃないと私は思うのです。その点、やはりこれはりっぱな外交官の仕事をしている人たちなんですから、もっと待遇上において、表面は五百ドルでもいいとしても、あるいは交際費の点において、あるいは何らかの形において、待遇の道を講じてやらなければならないと思うのです。この点、移住地における医者というものについては、私は移住者はたいへん苦労していると思うのでありますけれども、この点については、外務当局どうお考えですか。
○正示政府委員 御指摘のように、移住地の医療問題は、これまた非常に重要な、しかも緊切なる問題でございます。まあ都市に近いところなどは、比較的そういう点にも恵まれておりますが、僻遠の移住地におきまして、特にそういう問題が重要になってくるわけでございます。現在、パラグアイ、ボリビアのいわゆる集団移住地、あるいはまたブラジルのベレン等には診療所を設置いたしまして、医師、看護婦が常駐をしております。移住地のあちらこちらに散在しておりますブラジルにおきましては、今度は巡回診療ということを実施いたしておるのであります。その他、毎年外務省から、移住地保健衛生調査団を派遣をいたし、また現地医師と特約を結びまして、医療の便宜の供与を確保するようにしておるわけでございます。主要移住地ごとに特約医制度――いま山田委員御指摘の待遇問題が非常に重要でございます。つきましては、相当の待遇をオファーいたしまして特約医を設置する、こういうやり方を行なっておるわけでございまして、ブラジル、アマゾン地域につきましては、特にマラリア予防対策、そういう点に重点を置きまして、各般の施策を実施しておるわけでございます。
○山田(長)委員 外地における住民のための治安の問題がかなり問題になっている地区もあるのじゃないかと思うのですが、こういう治安対策等についてはその国にまかせきりなものですか。それとも、何らかの形で治安に対しては対策が立てられておるのですか。
○正示政府委員 御指摘のように、僻地移住者の治安対策、これまたきわめて重要でございます。大体は、もちろん現地の治安維持によって確保していくのがたてまえでございますが、特にパラグアイ、ボリビアの僻地移住地につきましては、兵士または警官の常駐をこちらから特に要請をいたしまして、これらに対し、宿舎を提供し、または謝金を差し上げる、こういうふうなことも特にいたしておる面もあるわけでございます。しかしながら、これらの問題はなかなかむずかしい問題でございますので、十分とはまいっておりませんが、今後も一そう注意を払ってまいりたい、かように考えております。
○山田(長)委員 会計検査院に伺います。外地の会計検査という問題につきましては、たとえばいまの問題になっておることじゃございませんが、外地に油田だとか森林の開発とか、いろいろございます。それと同じように、こういう場合における会計検査というものは、調査に行くものですか、それとも外地で消費されるものは、そのままで調査はせずにおくものなんですか、その点どうなんですか。
○保川会計検査院説明員 海外移住事業団の検査は、外地の検査は過去二回やっております。三十七年度の決算で一回、三十八年度の決算で一回、その結果、改善意見を出しております。われわれ、主体はやはり現地の経理状況ということで検査を実施しておるわけであります。ただ、行けない点についてはどうかというと、これは本部にやはりいろいろな証拠書類が集中される。現在では相当完備した証拠書類が集中されます。これによって外地の経理状況を検査する、こういうたてまえでやっております。
○山田(長)委員 ただいまのは、それは書類上で比較的できやすい内容のものですが、たとえばアラスカの森林の伐採の状態のときの収支決算とか、あるいはボルネオ油田とかいうふうに、この油田の工事の進行状態とかあるいは石油の産出量とか、いろいろ外地における問題がございますね。たとえば南米においてもあります。そういう場合に、みんな書類上で済ますものですか。
○保川会計検査院説明員 われわれとしまして、できるだけ現地を見る、これが検査としては完全なわけであります。ただ、毎年そういう外地に出ていくということは、いろんな関係でできない場合、これはやむを得ず、そういういろいろな支出の、あるいは収入の証拠書類をこちらで見るというたてまえでやっております。
○山田(長)委員 どうも、これはやはり会計検査院のいままでの状態と違ってきているものだと思うのです。私たびたび申し上げますように、原子力だとか、あるいはマッハ二の飛行機というような問題について、会計検査院のいまのスタッフでできるものかどうかということについて疑問を持っていますよ。たとえば、日銀にある十六万一千カラットのダイヤモンドを、会計検査院はまだ、立ち会って、その品質について、何で九十六種類もあったのが五種類に分けられたかという内容について、おそらく調べてないだろうと思います。やはり外地に起こっている問題につきましては、飛行機で行けば、そう長い時間を費さなくても行けるのですから、見てこなければいかぬと思うのです。移民の問題についても、やはり、移住者を送り返してくるための経費など、たくさんの経費がかかっています。まあ、送り返すための経費はやむを得ずかかると思いますけれども、一体ほんとうに農業に耐えられない場所なのか、あるいは農業者として耐えられる場所なのかということについて、報告書には全然出ていないのですよ。これは行って見てないから調べることができないのだと思いますけれども、将来はやはり会計検査院当局も、移民地の実情調査をしなくちゃいけないと思います。それでよきはよし、悪いところは悪いという結論を出さなければならぬと思います。これは私の希望でありますけれども、ぜひその点は含んでおいてもらいたいと思います。
 次にもう一点、先ほど伺ったところを蒸し返すようになりますけれども、移住地における結婚の問題です。これは重大な問題ですけれども、案外、さっき伺いましても、事業団でも本気に取り組んでいないような気がするのです。外務省当局も、青年の結婚の問題については、本気になって取り組んでいるとは思われないのでありますけれども、幸いに栃木県の真岡のような場合は、何年度の卒業生がブラジルのどの地区に何人というようなことを、近郷近在で知り合っていますから、これから結婚する場合において、嫁にやるほうも安心するし、もらうほうも安心すると思うのですけれども、それが、渡航してようやく落ちついたということになれば、だれもこの結婚の問題については、現地では悩みの一つになるようでありますから、これについてもう少し積極的な対策が講ぜられてしかるべきだと思いますけれども、この点について、外務省当局はどういう方途をお持ちですか。
○正示政府委員 たいへんこれはむずかしい、しかし重要な問題でございます。山田委員の言うように、いま農村が非常に花嫁難で困っておるわけでありますが、いわんや海を隔てた非常な万里の異境でございまするので、なかなかこの問題をいわゆる一刀両断で解決することは非常にむずかしい問題だと思います。つきましては、いま栃木県真岡の例をお話しくださいましたが、そういうふうなことが行なわれれば、これは一番望ましいことだと存じます。いわば花嫁問題のごときは、一朝一夕にその場その場で解決できるものではございませんので、やはり平素から教育の面その他で常によくそういう問題を心がけて、解決に気長く取り組んでいく必要がある問題ではないか、私も全く同感でございます。つきましては、先ほども申し上げました在外日系人の保護、こういう問題が最近非常に大きくクローズアップしておるわけでございます。日本民族の海外での一そうの発展、これは量的な面ばかりではございません。むしろ質的に優秀な人材が、将来さらに世界のすみずみに発展をしていくことが望ましいことかと思います。しかし昔は、日本から外国に行く者は、単身で外国へ行って仕事をしてこい、これは日本の一種の軍国主義時代の考え方ではなかったかと思われるのでありますけれども、今日は、国家機関にいたしましても、民間の会社、銀行等にいたしましても、ほとんど適齢期になると配偶者をめとって海外に行っておるような状況になっております。これまた隔世の感でございます。そういう面からいいましても、移住者のために適当な花嫁を心配してやるということは、これは当然国なり事業団なりにおいて一そう努力をしなければならぬことだと思うのであります。非常にむずかしい問題でございますが、いま御指摘のような真岡の例等も参考にいたしまして、国内的には、啓発、宣伝の面を通じまして、一そうそういう面に御配慮をいただくようにしたい。またそういう国内の努力が、海外の第一線の、花嫁を求めておる移住者の方々とうまく結びつくように、事業団なれあるいは外務省の出先機関なりにおきまして、今後一そうの努力をしてまいりたい、かように考える次第であります。
○山田(長)委員 中南米における移住地の実情は、資料によりますと事業団の直轄が十三カ所、それから受け入れ国政府の設置している場所は二十七カ所、その他が六カ所で、四十六カ所あるようでありますが、それらの移住地の現況から推してみて、年表を見ますると、逐次減っている印象を持つのでありますけれども、どういうところに、減ってきている場所の内容がありますか、どうしてこれは減ってきているものでしょうか。
○廣田政府委員 ただいまの御指摘は、向こうの移住地に行きまして、向こうの移住の定着状況のお話だろうと思いますけれども、場所によっても違います。しかし非常に定着率の悪いところもございます。その理由はいろいろあるかと思いますけれども、一つには、内地から夢を描いてきたのと現地が違ったというような場合もございましょうし、あるいは営農がどうしてもできないというような場合もございましょう。また逆に、これは移住地の皆さんのお気持ちでございますけれども、ある程度成功して、さらにまたいいところに行きたいというような、積極的な意味において移られる方もございましょうけれども、いずれにいたしましても、定着率の悪いところがあることは事実でございます。
○山田(長)委員 ドミニカの集団帰国者は、どういう内容であったのですか。
○廣田政府委員 ドミニカの定着状況について申し上げますと、当初ドミニカは合計で二百五十六家族おりましたけれども、御存じのとおりの集団帰国がございまして、現在のところは百十七家族が残っております。この残っております百十七家族につきましては、最近の現地の報告によりますと、相当落ちついて、よくやっておるというふうに承知しております。
○山田(長)委員 いや、どういうことで集団帰国をするようなことになったのかということです。
○廣田政府委員 ドミニカにも数カ所ございます。いいところもございますが、集団帰国のありましたような場所におきましては、いわゆる耕作面積が狭かったとか、あるいは非常に水不足であったというようなことがおもなる原因だと承知しております。
○山田(長)委員 移住課からの資料によりますと、精神障害者が五〇%というのは、私はどうも理解ができないので、伺っているのですけれども、その他の病気の人とか、あるいは老齢の者、あるいは未亡人、生活困窮者、孤児というように、順次下がっておりますけれども、精神障害者というものがどうしてそんなにできたものかというのが理解に苦しむものですから、伺ったわけなんです。
○廣田政府委員 ドミニカの場合は、精神障害というほどじゃございませんで、先ほど申しましたような事情で、集団的にお帰りになったのでございます。ただいま御指摘の、国援法の適用によりましてお帰りになりましたのは、私のほうの調べでは、三十三年から四十年までの間に八十四件ございますけれども、そのうちの約半分が精神障害ということでございます。そういう意味合いにおきまして、全体として、国援法でお帰りになった方々の、いわゆるお帰りになった原因というものが、そういうところにあるわけでございます。これは現地に行かれまして、いろんな土地、風俗、習慣等が違いますし、また何といっても、初めのうらはことば等も通じませんので、ある意味でノイローゼになるようなことが原因じゃないかと考えております。
○山田(長)委員 そうしますると、言語が通じないとか、あるいは仕事が不結果だというようなことから、精神障害者が出てしまったというようなことで国援法の通用がなされたということで、この結論が出てしまったようですけれども、外地へ行って一仕事やろうというような気魄の人間が、ことばが通じないぐらいで精神障害が起こってしまうというのは、どうもちょっと理解ができないのです。また、行く以上は、当然身体検査もするでしょうし、少しぐらいな暑さや寒さには耐えられるだけの体力を持った者を送り込むのだと思うが、精神障害者というような、そんな簡単な形で処理してしまってよいものかどうかなんです。こ
 の点はどうも理解に苦しむのですけれども……。事業に失敗すれば、だれだって少しはノイローゼぎみになります。まして国を離れて外地へ行って仕事をしてこようというような人が失敗したのですから、そういう精神障害が起こると思うのですけれども、これは精神障害者として片づけたほうが早いから、そんな形で処理してしまったというようなことに理解してはまずいのですか。これはほんとうに精神障害者になってしまったのですか。
○廣田政府委員 私も、この四十二件の一つ一つを承知しておりませんけれども、現地の領事あるいは総領事が一々認定して、これはどうしても国援法によって帰してもらいたいということでございますので、現地の総領事が、これはどうしても再起不能であるというような判断を下した場合に、初めてやっておりますので、はなはだ御当人にはお気の毒でございますけれども、そういうわけで、長くとどまるということができなかった事情ではないかと思います。
○山田(長)委員 質問を終わります。
○吉川委員長 勝澤芳雄君。
○勝澤委員 移住事業団の予算の執行状態を見てみますと、予算に対する不用額というのがだいぶ出ているわけであります。たとえば、渡航費の場合でも、四億二千六百五十五万九千円に対しまして、不用額が三億二千百六十七万三千七百六十三円、あるいは融資の状態を見てみましても、ブラジルを除く支部として、三億三千七十七万五千円の予算に対して、一億九千七百五十八万五千八百十四円、ブラジルでも約七千万円、受け入れ事業の関係でも不用額が予算に比べてたいへん多過ぎるように思うわけでありますが、これはどういう関係でこういうことが起きてくるのですか、その点御説明願いたいと思います。
○太田参考人 ただいまの勝澤先生の御質問にお答え申し上げます。
 事業団が発足いたしましたのは、御承知のとおり昭和三十八年の七月でございます。当時、まず三十八年度は、すでに予算のワクが三十八年の国の予算によってきめられておりました。事業団発足と同時に、いろいろ先ほどからの御指摘にありましたように、現地の移住地の管理あるいは援護のやり方等々につきまして、相当問題がございました。また事業団という組織によっての新しい会計制度ができてまいりましたものですから、三十八年度一ぱい、それから三十九年度の相当期間にわたりまして、こういった実際の執行面の体制を整備するのにかなり時間をとられましたのが、まず一番大きな原因になっております。で、そのうち、交付金の予算のほうに出てまいります不用額あるいは繰り越し額、こういったものの大きなものにつきましては、それぞれ事情が若干異なっておりますけれども、共通的に見ますと、いま申し上げましたように、実際使う計画と申しますか、実施計画が認められまして、金を使ってよろしいということになりました時期がかなりおくれております。したがいまして、その期間内に十分当初見込んだだけの仕事ができなかった、こういう面が一つございます。繰り越しの分につきましては、翌四十年度に持ち越しまして、それぞれの仕事を消化いたしております。それからもう一つは、移住者の送出数の減少からの影響でございます。三十九年度におきまして、計画数としましては年間四千人目標で予算が組まれたわけでございますが、たとえば移住者の数が減ってまいりますと、それだけ、移住者を直接受け入れるための費用でありますとか、あるいは援護関係、そういった費用が少なくて済んだ、と申しますとあれでございますが、そこまで使わない形になって残った、こういう面もございます。それから同じく融資あるいは入植地事業、こういった面の工事費、これらにつきましても、そういった影響が出てまいっております。向こうへ着いて早々融資をするということで見込んでおりましたような金が、人数の減少によりまして、出ておらない、こういう関係がございます。
 概括的に申し上げますと、以上のようなことでございます。
○勝澤委員 全体的に考えられることは、三十五年をピークとして、順次渡航者が減ってきている、こういう点で、三十九年度の予算、決算を見てみますと、いろいろ不用、繰り越しが出ているわけでありまして、事業団の融資も同じように御説明されました。
 そこで、先ほどもちょっと答弁がありましたけれども、この渡航者の貸し付け残高というのは五十何億あった。これがいままで回収されなかったということで、今度は補助金に切りかえた、こういうような経過があるわけでありまして、いままでのものについてはできるだけ自主的に返してもらう、こういう先ほどの御説明がありました。これは会計検査院のほうでも、この問題についてお取り上げになっておられるようでありますが、会計検査院の立場から、この問題をどういうふうにお考えになりますか。
○保川会計検査院説明員 事業団の予算の執行の関係でございますが、ただいま先生の御指摘のように、いろいろ繰り越しなり不用というものがかなり多いわけでございます。やはり個々の事態によって、それぞれの事情があるのですが、われわれとしても一番注意をしなければいかぬのは、主として交付金でまかなっておる分や、この交付金というものがなるべく早くいくという、そこらのところに、ひとつ問題があるのではないか。われわれ、これは経理上の問題としても、今後どこにそういうネックがあるのか。これは海外と中央との連絡という、ほかの官庁とは違ういろんな事情がございますが、そういった点は、われわれも身を入れて、ひとつ考えていきたい、こう考えております。
○勝澤委員 渡航前の貸し付け金の残高というものが、四十年の三月現在約五十億円余ありますね。それから現地貸し付けの営農資金、この貸し付けも相当な金額があるわけですね。これは貸し付け金があるけれども、実際には回収が微々たるものである、あるいは回収の状態が実に悪いわけです。そういう点から、今度の制度改正がなされたと思うのであります。そこらの問題について、どういうふうに会計検査院としては理解されますか。
○保川会計検査院説明員 会計検査という立場から、債権の管理保全ということが、われわれの最も検査上の着眼点であるわけでございます。そういう意味で検査をやっておりますが、ただしかし、何でもかんでも回収しなければいけないのだというわけにも、なかなか実情無理からぬものがかなりあるのではないか、そういったことで、管理としての検査はもちろんやりますけれども、しかしそれぞれの実情に応じて考えていかなければならぬ問題がかなりあるのではないか。全体として債権の管理をしっかりやってもらうということは、われわれ検査の立場からは、常に要望しておるわけです。そういうようなことで、はなはだこれは現実の問題としては、いつまでも残高を置いておくことはよろしくないということも一がいに言えない面があるのではないかと思います。
○勝澤委員 外務省にお尋ねしたいのですが、どういう理由から、債権を補助金という形に切りかえたのですか。経過といいますか、理由といいますか、あるいはいままでの貸し付けの実情といいますか、そういう点は、どうなんですか。
○正示政府委員 これは、勝澤委員も御指摘のように、従来は貸し付け金ということで、ずっとやってまいったのでありますが、御指摘のように、貸し付け金になっておりましても、その回収ということは非常に進捗いたしておりません。およそ貸し付け金であります以上は、やはり約束に従ってこれの回収をはかっていくということは当然のことであるわけであります。しかしながら、先ほど来、山田委員からもるる御指摘がありましたように、またわれわれも十分その点については承知をいたしておりますように、移住者が祖国において全財産を売り払って新しい天地を求めて参られる。その心情たるや尋常一様のことではないわけでありますが、新しい移住地に参られましてからのいろいろの困難、これを克服して、りっぱに成功される方ももちろん多いわけであります。したがって、そういう方からお返しをいただくということも、ある意味では筋が通っておるようにも存じますけれども、しかしながらまたその困難さを考えますれば、これは国として、貸し付けということではなくて、かつて行ないましたように、渡航費はこれを補助金として経理する、こういうことも一つの方法である。かような考え方で、多年外務省、大蔵省また政府全体としても、検討を加えてまいったのでありますが、結論といたしまして、今日までの状況にかんがみ、また移住事業の非常な、重要性から考えまして、この際、事業団に対する政府の渡航費は、これは貸し付け金ではなくて、補助金として経理することが適当ではないか、こういう結論に達し、英断をもって、そういうふうに本年度から切りかえることにいたし、先般、法律を国会に提出いたしまして、国会の御賛成を得た、かような次第でございます。
○勝澤委員 この貸し付け制度というものは、大体いつごろから実施をされて、そして行なわれてきたのですか。
○廣田政府委員 戦後移住が再開された二十七年からであります。
○勝澤委員 そうすると、移住が再開された二十七年ころから貸し付けが行なわれてきたけれども、回収状態はずっと悪かった、こういうことですか。
○廣田政府委員 そういうことでございます。
○勝澤委員 結局、いまの移住の現況からいきますと、それから最近の計画と実績の状態からいきますと、三十五年、相当移住が出た時分でも、貸し付け金まで含めて、大きく再検討しなければならぬときに私は来ておるのじゃないだろうかと思うのです。いまのような形であれですが、四十年度の実績を見ましても七、八百名、四十一年度もそう大きくは望みができないだろうと思うのです。移住の重点というものが、農業移住よりも変わって、技術移住になるし、あるいは呼び寄せとか、縁故とか、こういう形が出てきておる。こういう観点からいきますと、私は移住というものはここ二、三年同じことを言って、同じことを検討してもらっておるようですけれども、移住というものをどういうふうに位置づけて、国の施策の中でどういうふうにやっていくかということを、事業団ができたときですから、もう一回検討すべきではないだろうか。それをいままでのようにずるずるやりながら、部分的に少しずつ是正していくという、いまの貸し付け金の打ち切り、こういう方法もあると思いますけれども、やはりここら辺で何か考えなければならぬときではないだろうかと思うのです。そのことは私はいつも言うのですけれども、移住のために相当たくさんな国の予算が使われておる。そのことはいいのです。それがやはり有効に効果があがっていかなければならぬわけでありますから、そういう立場で考え、あるいはまた、戦後向こうへ、十四万といわれておるのですが、行っておる方があるわけであります。そういう人たちも含めて、これから新しく行く人たちも含めながら、もっと何かすっきりしたものにならぬかなという気が、私はいつもしてしようがない。外務大臣にお伺いしますと、外務大臣はあまり移住の問題には興味がなくて、ほかのものが中心で、よく知らないようであります。その間にまた大臣がかわってしまうと、どうしても局長が中心になってものを考えていかなければならぬ。ですから、根本的に転換するという言い方はどうかわかりませんが、考えるときが来ておるのじゃないかという気が二、三年来ずっとしておるのですが、いかがでしょうか。
○正示政府委員 海外移住ということの意義が、わが国の国内及び国際的な情勢、その両面から、たいへん変わりつつあるということは御指摘のとおりだと存じます。そこで、われわれもそういう新しい情勢に対応いたしまして、移住政策を確立し、実行していかなければならぬわけであります。大体の傾向といたしましては、いま御指摘のように、戦後の国内における状況から判断いたしますと、いわゆる大量の農業労務者としての移住者を送出するという状況ではもはやない。これは予算の上でもそういうことがはっきりしておると思います。そこで、先ほどもちょっと申し上げましたように、新しく送出する場合には、量よりは質という面に重きを置いて考えていくべきではないか、こういうふうな考え方をしておるわけであります。新規送出はその数を競わず、しっかりとした方々によって、将来の海外発展ということの代表者として、新しく出ていっていただく。これに対しては、国としても万全の事前の準備、及び海外においでいただくための心要なうしろだてを十分やっていく、これが移住事業団を新しく設立した根本の趣旨であろうかと思うのであります。
 もう一つは、何といいましても、明治以来非常に多くの同胞が海外に出ていっておりまして、これが祖国とそういう新しい移住国との大きな紐帯になっておるわけでありまするから、こういう方々に、一そうわれわれとしては必要な――保護ということばが適当かどうか存じませんが、祖国として、できる限りのあたたかい手を差し伸べてまいる、こういう考え方が最近非常に大きくクローズアップされてまいったということは、先ほど申し上げたわけであります。海外日系人大会がここ両三年の間、東京で開かれまして、社会党の代表の方も自民党の代表もこれに参加をいたしまして、海外からの日系人代表を大いに激励いたしておることは、非常に有意義なことだと思っておりますが、そういう見地から、われわれとしては、さらに来たるべき明治百年祭には、そういう海外からの祖国訪問の企てを一そう大きく、また意義深いものにいたしたい、こういう考え方で、寄り寄り準備を進めておるようなわけであります。これを要するに、世界が小さくなった、日本の国内も非常に変わった、そういう新しい国際的、国内的な情勢に対応しての移住政策、また海外におられる同胞へ祖国のあたたかい手を差し伸べていく政策、そういう考え方で、今後この移住政策を推進していきたいと思っておるのでありまして、かつて言われたいわゆる棄民、民を捨てるというふうな考え方は、もう遠い昔の悪い夢のようなものになってしまって、いまや海外におられる日系同胞、さらにまたわれわれを代表して、毎年非常に貴重な同胞の方々の代表が新しく移住されるわけでありますが、これらに対して国としての十分な保護の手をひとつ差し伸べていきたい、こういう考え方をとっておるわけであります。
○吉川委員長 委員長から、海外移住事業団にちょっと申し上げておきますが、昨年私がブラジルのサンパウロに参りましたときに、山田委員の申された花嫁の問題ですが、船の中の風紀といいますか、規律といいますか、それが乱れているために、サントスへ着いてから悲劇が起きているというような状況を伺ってまいったのです。したがって、この移住者の、あるいは花嫁の監督、指導といいますか、輸送中の問題について、特に御注意をお願いしておきます。
 それから、会計検査院の検査の問題でありますが、だいぶ諸情勢が変わってまいりましたので、これまた山田委員の質疑の中にもありましたように、国内の国有財産の管理状況についてさえも、いろいろ問題があるのでございますが、ましてや、そういう海外におけるところの、国からの相当額がつぎ込まれている現状について、その管理運営状況等について、書類だけの審査では十分でないように私も思いますので、いずれ会計検査院長にも申し入れますが、保川局長におかれても、特にこの点御注意をいただいて、検討をしていただくことをお願いしておきます。
     ――――◇―――――
○吉川委員長 先ほどに引き続き、外務省所管決算について審査を行ないます。勝澤芳雄君。
○勝澤委員 私は、日本とブラジルの合弁によるウジミナスの製鉄所の現状について、御説明を賜わりたいと思うわけでありますが、この問題は、日本側におきましても、八幡ほか大会社が投資専門の日本ウジミナス株式会社を設立いたしまして、ブラジル・ウジミナス株式会社の設立当初の資本金七十二億クルゼーロのうち三十二億クルゼーロ、全株式の四〇%を持っておった最大の株主であったのでありますが、数次の増資によって、現在では日本ウジミナス株式会社の持ち分は著しく低下しておるといわれておりますが、この辺の、製鉄所の現況あるいは資本金あるいは事業計画、こういう点についてどういうふうになっておるか、概略御説明を賜わりたいと思います。
○正示政府委員 勝澤委員に申し上げますが、実は御質問の順序を大体こちらで伺っておりまして、まず最初に遺骨問題をお聞きいただくような心組みで、その関係者が来ておりますが、ウジミナスの関係者はまだ参っておりません。いますぐ手配をいたしましたが、もしお差しつかえございませんでしたら、遺骨問題を先にお聞きいただければ、非常にこちらとしては好都合だと思います。
○勝澤委員 私、質問はこれでやめておきます。
○吉川委員長 吉田賢一君。
○吉田(賢)委員 この機会に移住国策について伺ってみたいと思います。これは私自身まだ十分なあれがございませんので、そのつもりでひとつお聞き願いたいと思います。
 戦後の日本で、海外に進出するといいますか、移住するといいますか、派遣するといいますか、それは大体基本的には、行くべき人が職業等が変わっておるということは、大体御説明で見当がつくのですが、もっと根本的に、日本の国民が広く海外に進んでいく、こういうようなことについて、何かバックボーン的な国策の大本というか、目標というものがあるでしょうか、どうですか。これを聞くのは、たとえば明治、大正にかけましての移民の考え方は、やはり徳川の封鎖から解放されて、世界は同じ国土であるというくらいな奔放な考え方で進出したものです。したがいまして、青年の夢が、広くアメリカに、広く諸外国にというふうになったのでありますが、これが戦争によりまして激変したことは事実であります。そういうあとを受けまして、二十年になりますが、そのような根本的な理念とか目標とかというものは、一体どうなっておるのでありましょうか。
○正示政府委員 先ほど勝澤委員の御質問にもお答えをいたしましたように、海外移住ということは、国内における事情あるいは国際的な事情から、たいへん大きく変わりつつあるということは、吉田委員も御承知のとおりでございます。いわゆる明治の開国以来、わが同胞が南米をはじめといたしまして、あるいは北米にもたいへん大きく進出いたしたのでありますが、そういう場合に一つ特色でありましたのは、日本の人口問題というふうなことが背景にあったことは事実ではないかと思います。狭小な国土で資源が乏しく、人口が非常な勢いで増加していく、そこに移住政策ということが取り上げられまして、国策として推進せられた、これは確かにそのとおりであったと思うのでありますが、戦後における大きな特色は、もちろん一時は非常に国内において食糧難その他の事情もございました。しかしながら一般的に申しますと、御承知のように、非常な国民の努力によりまして、経済は著しい立ち直りを見せ、いわゆる雇用の関係からいいまして、需要と供給の面を見ますと、むしろ供給面が、少なくとも若い労働力というものの供給面は、長期にわたりまして乏しいような今日の状態でございます。しかるにかかわらず、やはり日本人の血液の中には、海外雄飛の志が非常に強くあることもまた事実でありまして、最近におきましては、いわゆる平和部隊の構想のごとく、りっぱな青年男女が東南アジアの各地にも行っておられるわけであります。そしてまた、そういう気持ちと同じ気持ちで海外へ出ていかれる方々、たとえば炭鉱の離職を機会に、この際新しい天地に第二の人生を築こう、こういう方々もおられるわけでありまして、こういう方々はりっぱに、そういう移住の国策に沿うて新しい人生を海外に切り開いておられる、こうも思います。しかし、私はそういう方々を対象にいたしましても、いまや量的にたくさんの移住者を送り出すということよりは、ほんとうにりっぱな日本人の代表を海外に送り出す、そのための事前の準備あるいはこれに必要な直接の保護というような面に重点を置いて、この新しい移民政策を推進していくべき段階に来ておる、かような趣旨で、先ほどお答えを申したようなわけでございます。
○吉田(賢)委員 やはりこれは、遺憾ながら次官の御説明では基本的な移住国策の理念、その目標が明らかになったというふうな受け取りはできない。と申しますのは、やはり日本の客観的なもしくは主体的ないろんな諸情勢とか諸条件とかいうものは、恒久的な問題もあるしもしくは絶対性の問題もあるし、相対的な時間的な問題も私はあると思うのです。たとえば、おっしゃるがごとき高度成長経済、経済の発展というようなものは、これはやはり世界経済はどうなるかわかりません。したがいまして、これは永遠に日本の国民の使命としていくべき、また変わることなき要素でもないと私は思うのです。また、炭鉱離職者の問題とおっしゃるけれども、これは一種の産業の荒廃のアフターケアのようなものでありまして、言うならば棄民の部類に属する危険があります。また青年の血に脈々とした海外進出の夢があるとおっしゃいましたけれども、これとても、やはり東南アジアあるいは後進諸国に対する一つの文化の、先進国としての人道的なものが躍動したのかもしれませんが、私が言うのは、日本の一億の人口は減ることはございません。人口密度から見ましても、やはり将来を考えますと、もっと広い視野に立って世界を舞台にするというくらいな考え方はできないのかどうか。それから、民主主義というけれども、鎖国主義で永遠に鎖国していくということは正しいのであるかどうであるか、こういうことを思いますると、広範な無限の未利用地があるならばこれを開拓すべきではないか。あるいはあらゆる物心諸般のお互いの助け合いというものが必要な世界が随所にございますから、これも協力する必要があるのではないか、こういう角度から考えて、戦後の世界情勢の変化に伴いまして、根本的な日本のあるべき将来性というようなものはこれは大きく飛躍さすべきではないか、こういうところに、移民国策といのうですか、移住国策か海外進出国策か何か知りませんけれども、私はやはり再検討を大きくするときではないかと考えられるのであります。ありますので、現象的に東南地方に行っておられる方やら、あちこちのそういうこともわかりますけれども、そういう点で、いま日本の移住国策の大きな目標と理念はどうあるべきかということを打ち立てておるのかどうであるか、そういうことも私は懸念されるのであります。移住事業団のほうからちょっと聞いてみましても、まことに心もとない。たとえばアメリカあたりの一時的な農民の移住問題、ああいうものも一種の行き詰まり状態であることは私も存じております。そういうようなことは部分的な現象でありまして、根本的に何か大きく、開拓のおくれた日本の海外進出の国策がこの際立てらるべきではないか、そしてその内容としましては、一切の文化を包容したほんとうに豊富なものであって、そして大きな理想のもとに進出する、そうでなければこれは――正示さん、いまの青少年は、とう生きるかということについてほんとうは悩み抜いているのです。生きる方途、目標、人生観、世界観というものが確立していない。しかし明治時代はよかれあしかれありましたよ。ありましたが、しかしいまはないのです。だから、そういうものを与えるというだけでも大きな仕事ですが、どうもその辺がまだ外務省はないのではないか。アジア平和の問題も最大の問題です。しかしこういった民族の、永遠に打ち立てるべき、進むべき方途というものについての国策の樹立はいまさるべき段階ではないか、こういったものは超党派的に検討すべき段階ではないか、そう思うのですから……。もしはっきりしなければしないでいいのです。必ずしもあなたによって、これはできておりますということをいますぐ伺いたいという気持ちではない。どうもその辺が、出てくるものがないから、あるのかということを聞いておりますので、なければないで、ともに協力して、これは将来子孫のために立てねばならぬ段階ではないかと思います。そういうことで聞くのです。いかがでありましょうか。
○正示政府委員 私も同じ気持ちでお答えをいたしておりますが、なかなかむずかしい問題でございます。もっとはっきりせよという御趣旨であろうかと思います。しかし、たとえばいま御指摘の青少年に夢と希望を、これは確かにそのとおりでありまして、これにこたえるささやかな企てが、御承知のように、東南アジア各国に技術協力隊、いわゆる日本版のピースコアとして青年隊を派遣しておることは、吉田委員御承知のとおりであります。
 それから、先ほど私、抽象的に、量よりは質と申し上げたのは、新しい時代に即応いたしまして、移住される方々はやはりりっぱな技術を身につけるとか、あるいはただ単に営農というふうなことだけじゃなくて、日本の新しい産業水準に即応した、それだけの教養と技術的な教育を受けたそういう方々に新しく出ていっていただくことが――従来ならば、たくさんの数の農業労務者がおいでいただくことも大いに意義があったわけでございますが、今日、日本の国内における産業の状況等から見ますと、また労働力の需要供給の関係から申しますと、相当質の高いそういう方々が行くことが非常に意義がある、こういうことを抽象的に申し上げたようなわけであります。これとさらに企業がタイアップしていくというふうな考え方が、新しい移住政策の中に取り入れられていくべきじゃないか、そしてそれらはいずれも、いま吉田委員御指摘のように、青年が将来海外に広く進出していくということにおいては、これはやはり同じ考え方でありますが、それは単に無手、いわゆる何らの準備なしに行くということではなくて、りっぱな日本人としての精神を備え、また技術その他の教育を受けた、そういう新しい移民、移住者として行くことが一そう有意義ではないか、そういう意味で、先ほど来申し上げたことを御了承いただきたい。
○吉田(賢)委員 懸案として、こういうことはどうなんでしょうね。たとえば医師が必要なら医学部において、あるいはまた技術ならば技術において、農業なら農業において、それぞれ高度の一種の大学のような、そういったところで相当多量に養成をするし、訓練もするしというようなところを特につくる、設置する、こういう方向へ持っていくのはどうか、こう思います。これはしかし突然なことでありますから、ほんの私の思いつきにすぎませんので、多くは申し上げませんけれども、いずれにしても、やはりそれならそれなりの機関が、統一的に総合的に、有力なものがなければならない、こう思うのであります。どうしてもこれは財政あるいはその他多くの人間の力等によって、そういうものは設置される運びになるんでしょうが、容易なことではないと思いますけれども、少なくともそのくらいのものがなければならぬのと、外務省は、やはり重大な国策として、そういうふうに進んでいくべきじゃないかと私は思います。
 それからもう一つは、たとえばカナダならカナダあたり、これは千万平方キロですか、ヨーロッパよりも広いとかいわれるくらいでございますが、これとても、アメリカ、米州に近い方面にたくさんの人がおるけれども、北部に行くと、ほとんど未利用地帯でございます。こういうところもあるのですから、これは高度の文明の発達した国でございましょうが、それならそれなりに、産業、社会、文化、文明の協力者の意味におきまして、さらに広範に進めるべきである、こういうふうに、私は、対象地域をもう一ぺん再検討して、そうして広く全世界に行くという、そういう方面も必要ではないか、送り出すべき機関の有力なものが必要である、対象地域をさらに検討するということ、それに必要な人材をつくっていく、そして新しい理想をほんとうに青年に持たすような、それが裏づけとして必要ではないか、もちろんこれには、外交交渉だけではなしに、向こうの内地において、おそらくは法律やらその他の諸制度で縛っているかもしれません、鎖国的ないろいろな制度が、まだ古いものが残存しているところもずいぶんあろうと思いますけれども、そういったことは外交交渉の大きな場であろうと思いますが、いずれにしても、切り開いて場をつくっていく、そしてそれに進出する者を送り出していく、それには新しい精神的な大きなバックボーンも持たす、世界の新しい日本になるというような意気込みでいく。いたずらに、南米あたりから東京に見物にお帰りになる人を、小さくささやかに歓迎するということではなしに、ほんとうに将来性を持った者をどんどんやるというような体制、名実ともにそういうふうにいくプランがなければいくまい、こういうふうに思うのです。
 これは、きょうは多くの準備なしに、しろうとの思いつきのような御質問で恐縮ですけれども、そういうふうに思うのですが、どうでございましょうかね。
○正示政府委員 御指摘のように、やはり私は、先ほど勝澤委員にもお答え申し上げましたように、世界が小さくなってきている、そこで従来日本人が行っているというところに限らずに、もっと広く世界じゅうに目を開いたらどうか、アフリカもどんどん独立国ができている、そういう情勢を考えろということは、これはごもっともだと思います。白人豪州と言われておったその豪州も、いろいろと変わりつつあるわけでございます。東南アジアまたしかりでございます。したがって、われわれとしては、過去のいきさつだけにこだわらずに、世界の各地に大きく目を開いて、日本人の優秀な第二の天国をそこに築いていくということは、これは大いに意義のあることだ、かように考えております。
○吉川委員長 本日は、これにて散会いたします。
   午後零時五十七分散会