第063回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第8号
昭和四十五年九月七日(月曜日)
   午前十時三十二分開議
 出席委員
   委員長 吉田 重延君
   理事 大西 正男君 理事 奥野 誠亮君
   理事 鍛冶 良作君 理事 久野 忠治君
   理事 堀  昌雄君 理事 伏木 和雄君
   理事 門司  亮君
      小島 徹三君    白浜 仁吉君
      田中伊三次君    松浦周太郎君
      西宮  弘君    岡沢 完治君
      青柳 盛雄君
 出席国務大臣
        自 治 大 臣 秋田 大助君
 委員外の出席者
        総理府統計局製
        表部長     平本 充宏君
        国税庁直税部長 江口 健司君
        自治政務次官  大石 八治君
        自治省行政局選
        挙部長     中村 啓一君
        自治省行政局選
        挙部選挙課長  土屋 佳照君
        参  考  人
        (都道府県選挙
        管理委員会連合
        会会長)    安藤 真一君
        参  考  人
        (東京大学教授)京極 純一君
        参  考  人
        (元国会図書館
        専門調査員)  土屋 正三君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公職選挙法改正に関する件。
     ――――◇―――――
○吉田委員長 これより会議を開きます。
 公職選挙法改正に関する件について調査を進めます。
 本日は、参考人として、都道府県選挙管理委員会連合会会長安藤真一君、東京大学教授京極純一君及び元国会図書館専門調査員土屋正三君、以上の方々に御出席を願っております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は御多忙にもかかわらず本委員会に御出席くださいまして、まことにありがとうございました。参考人の方々には第六次選挙制度審議会の委員をおつとめになった方々でございます。本日は、緊急に改革を要する選挙制度につきまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただけるようお願い申し上げます。ただ、時間の関係もございますので、お一人約十分程度で順次御意見をお述べいただいて、そのあとで委員からの質疑に答えていただきたいと存じます。
 それではまず参考人安藤真一君よりお願いいたします。安藤真一君。
○安藤参考人 本日は参考人にお呼び願いまして、ただいまからちょっと私の考えておることを申し述べたいと思います。
 一番に私ども選挙の関係者として申し上げとうございますことは、先般自治省における選挙局が選挙部に格下げされたことは、まことに遺憾に思っております。これはどこまでも民主政治となってからは選挙がその基盤だというので、そういうふうな宣伝を実はいたしてきております。それがこの格下げにあったので、何だ、選挙というものは重要だ重要だというけれども、政府のほうでは一向重要だと考えていないではないか、こういうふうな印象が深くありまして、その後の啓発に支障を来たしております。どうぞその点は何とかの方法で、もとの選挙局に戻るとか、もしくは選挙庁の新設というようなことになるとか、こういうふうにひとつもとのようにしていただきとうございます。
 なお、もう一つお願いいたしとうございますことは、従来、選挙部のほうに選挙課と管理課と二つありますが、選挙の啓発をこれ以上やっていこうと思いますれば、どうしても啓発課というものの新設が必要じゃないかと思います。どうぞそういう点もひとつ御考慮をお願いいたしたいと思います。
 その次に、昨年の衆議院議員の選挙の際に、公職選挙法の一部が改正になりまして、その結果、選挙を見まして非常にこれはよくないなと思うことは、あのビラの配布でございます。これのために相当たくさんの金も要っておるであろうと思いまするし、同時に、従来の選挙に比べてどうしてもいいとは思いません。できればもとのように、そういうことのできないように、前の選挙のようにお変えを願いたいと思います。
 同時にもう一つそこで考えられますことは、先般の京都の知事選挙のときに行なわれましたシンボルマークというものの活用でございます。これは非常に金も要るし、同時にどうも選挙をあまりよくするということにならない。同時に選挙民のほうもそれがためにかえって迷惑をしておるのじゃないかという点がうかがわれますので、これを禁止するということにしていただけば非常にけっけうだ、かように存じております。
 次に選挙運動用のはがきでございまするが、これは選挙の公営の面から言いまして非常にいいことだと思いまして、これをもう少し拡充すべきではないか、こういうふうに考えております。しかし、それは、私どものような選挙をやります者の考えよりも、選挙を候補者になっておやりになる方の切実な実感があろうと思います。どうぞできればこういう点は拡充していただいたら、かように考えております。
 同時に、立候補についての供託金でございます。これはできればひとつ現在の倍額ぐらいに上げていただきたい、こういうふうに考えております。それは、実は選挙をやっておる者といたしましては、何としても泡沫候補の出ることが一番いやでございます。したがって、選挙というものはほんとに自分が国民の代表者になって政治をやるのだという意欲のある人だけでやっていただきとうございますので、選挙を始めてから、ポスターも張らない、立ち会い演説会にも無断で欠席する、こういうふうな泡沫候補についてはなるべくこれを締め出したい、こういうふうに考えておりまするが、ほかにどうも方法がないように思われますので、結局供託金の値上げ以外に方法はないのじゃなかろうか、こういうふうに実は私ども考えております。そういう点につきましても先生方においてよく御考慮願いまして、泡沫候補の締め出しということについてひとつお考えを願いたいと思います。
 それからテレビの活用についてちょっと申し上げたいと思います。テレビが今度初めて活用されまして、テレビの活用は今後も増大していくということがいいことじゃないか、かように考えられます一そこで、これを今後活用するためには、いまのテレビの時間数、あれは四分三十秒かになったわけでございまするが、よく選挙民に候補者の意思が徹底するように、もう少し時間もふやしていただきたい、こういうふうに考えております。そしてまた、いまのところ知事選挙にまでそれが利用されておりますけれども、大きな都市の市長選挙などではやはりテレビが必要なんじゃないかという感じがいたします。どうぞひとつそういう点にももう少しこれを拡張していただきたい、かように考えております。
 それから次に選挙公報でございます。実は私ども選管で非常に困っておりますことは、選挙公報の配布ということで非常にみな苦労をしておるようでございます。最近郵便局のほうへ交渉して郵便配達にしておるのですが、これにもいろいろ支障があるようでございます。そこで、私どもの考えといたしましては、できれば選挙公報を廃止していただいて、選挙公報にかわるものを選挙管理委員会のほうで責任をもって配りたい。その責任と申しますのは、この選挙公報に似たものを新聞の刷り込みにいたしまして、それで配りたい。そのときの配った新聞は町内会かどこかにとっておいて、それを新聞をとっていない人に上げる、こういうふうにでもしたら、かように考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
 もう時間が来たようでございますが、あとは選挙事務に従事する者の専任制度でございます。これは大きいところはみな専任になっておりますけれども、小さいところが専任になっておりませんので、選挙に関する協議をいたしましても、そのとき出てきた者が選挙のときにはほかへかわって、選挙の事務をとらないというようなことがよく町村ではあるのでございます。ひとつそういうことのないようにしていきたい、かように考えております。
 いま一つは、国の選挙につきましては、その選挙の日を国の休日にしていただいたら非常に円満にうまくいくんじゃないか、かように考えております。どうぞよろしくお願いいたします。
○吉田委員長 ありがとうございました。
 次に、参考人京極純一君にお願いします。
○京極参考人 二つのことを申し上げたいと思います。
 第一点は、公職選挙法別表第一及び別表第二を早急に改正してはいかがでございましょうかということであります。特に別表第一、衆議院の議員定数の配当の点でありますが、これを人口比例に早急にお改めになってはいかがであろうか。と申しますのは、議会政治というものが政治のやり方として有効適切であるという信頼を国民にたえず培養する、国民がそういう信頼を持つということが国家百年の計といいますか、二十一世紀の日本を考える上でも大切であります。そうしまして、都市化、工業化は日本の体質でありますから、人口の移動がありましたら、やはりこれに対応して議員定数の配当を改めるということがありませんと、議会制というものに対してやはり国民が次第に信用を持たなくなる、そういう危険があると思います。したがいまして、とりあえずは別表第一の改正を早急にお考えいただきたい。この別表第一の改正ができるようでございましたならば、別表第二のほう、参議院地方区の議員定数の問題もスムーズに解決ができようということであります。
 そのためには、これは私的意見でありますが、衆議院議員も参議院議員も総数をおふやしになることをお考えいただきたい。御参考までに申し上げますと、イギリスの下院議員は六百三十名でありまして、しかもイギリスの人口、有権者数は日本のかれこれ三分の二ないし七割というふうに、御理解、御存じのとおりでございます。議員定数を一名ふやしましても、年間予算はさほどふえません。かりに二百名ふやしましても年間二十億になりません。巷間伝えられますようなベースアップをいたしましても、二十億になりませんのでありまして、年間二千億というふうな赤字がある部門もあるわけでありますから、年間二十億支出いたしましても、百年間は議会制の信頼を保つということもできるわけであります。そうしまして、また議員の定数をふやすことによって青年層、壮年層の人が議員になるということもいまよりチャンスがふえると思います。これは次の世代の政治家を養成するということを考えなければならないということでありまして、そのための機会を与える、そうしてまた青年層、壮年層の人々の志を議会政治につなぐということも必要である、かよう考えます。以上第一点。
 第二点は、同じく公職選挙法第十三章選挙運動、第十四章選挙運動に関する収入及び支出並びに寄附、第十四章の二衆議院議員及び参議院議員の選挙の特例、第十四章の三政党その他の政治団体の選挙における政治活動、第十六章罰則、これらにつきまして大幅に削除といいますか整理をお考えになってはいかがかと思います。これは第一には行政事務の簡素化、つまり市町村選挙管理委員会の負担を大幅に軽減するという問題がありまして、これは現場ではたいへん深刻になっておりますし、また先生方も御存じのように、立候補した場合にはたいへん書類その他もわずらわしくてしかたがないという面もあるわけであります。したがいまして、第一に行政事務の簡素化になる。第二に選挙運動、あるいは選挙に対する取り締まり的な側面を軽減いたしまして、一方では警察、検察庁、裁判所の負担を軽減する。選挙に関する裁判がおくれるといいますが、つまらない事件、つまり違法の問題にならなければ、犯罪にならなければ、裁判がおくれる問題もないわけであります。国民の側から見ましても、選挙にかかわるということはこわいことである、そういうイメージをなくするということが必要であるように思います。私は、選挙は国民による国民のための自由で楽しいお祭りでなければならない、選挙はあくまで自由で楽しい選挙であるべきだという意見でありまして、現ナマを用いて、現金を用いて個々人から買収を行なうという以外はほとんど自由放任で差しつかえない。ですから選挙は最大限度に野放しになさってはどうであろうかと思います。
 具体的な項目を逐条について申し上げる時間の余裕も準備もございませんが、たとえば戸別訪問にいたしましても、デモやパレードにいたしましても、これは全く自由にして差しつかえありませんし、文書、図画、ポスターも全く自由にして差しつかえがない。休憩所をたくさんつくって、そこで通常のお茶やビール、茶菓を接待しようと、これは全く御自由であろう。
 それからもう一つは、法定費用の上限をこえてはならないというふうな問題でありますが、これは先生方御存じのとおりでありまして、廃止なさってはどうであろうか。やはり次代の順法精神の培養にもかかわると思います。私も四十年前、普通選挙になりましたころのいろいろなことを子供のおり見聞をいたしておりますが、今日では有権者の教育水準や生活水準も違っております。画期的に向上いたしておりますから、選挙を自由で楽しい選挙にして野放しにしても、さほど弊害はないと考えるわけであります。
 以上二点を申し上げました。
○吉田委員長 ありがとうございました。
 次に、参考人土屋正三さんにお願いいたします。
○土屋参考人 緊急に改革を要する選挙制度についての意見を述べるようにというお話でございますが、私の考えでは、この選挙制度の根本に関することは、どれもこれも関連がございまして、一つの問題が緊急で他の問題が緊急でないということはないだろうと思います。
 それで、私がいまその中でも特にやっていただきたいと思うことは、いま一番私どもが問題に考えておることは、要するに選挙に金のかかっている、私どもの想像を絶した金がかかっておるようであります。これは皆さん方よく御承知のことであります。そこで、どうしても選挙に金がかからぬようにしなければならない、このままにほうっておいたら日本の民主政治は没落してしまうというふうに考えるのですが、それは一つからいえば、選挙に関係する有権者なり運動員なり候補者なりの心がまえの問題で、倫理的の問題でございましょうから、それを制度で律するということはできないではないかというようなことは考えられますが、しかし私はそう思わないので、それはそれで否定しませんが、制度でもやはり金がかからないように、いま使われておるような金のかからないような選挙はできると思うのであります。
 それはどういうことかと申しますと、これは選挙制度審議会でしばしば繰り返されまして、反対論もなかったことなんですが、いま非常に選挙に金がかかる。悪質の金がかかる。それは要するに現在の日本の選挙制度が世界に例のない個人本位の選挙だからそうなっておる。これをぜひ政党本位の選挙に直さなければいかぬということは、これは審議会の定説でもありますし、それから昨年の六月でありましたか五月でありましたか、第六次選挙制度審議会の発会式に佐藤総理のごあいさつがありまして、その中でも、自分は選挙制度を全面的に考えて、そして政党本位の選挙ができるように積極的に取り組んでいくんだという御意思を発表になっております。私は非常にけっこうなことであると拝聴したのでありますが、それをぜひやっていただきたい。これができますというと、いろいろな末梢の問題は自然に解決するだろう。しかし、これは一口に申しましても、われわれのようなしろうとが考えましても、なかなかそう簡単にはできないだろうと思います。
 第一、はなはだ失礼ですが、現在の政党がはたしてわれわれの期待するような選挙の中心になってやっていけるだけの力があるかどうか、私はそれを実に疑問に思うので、そこで政党本位の選挙をやります前には、どうしても現在の政党というものをもっとしっかりした根拠のあるものにつくり上げる必要があるのじゃないか。それには西ドイツでやりましたように政党法をつくる。それが私は唯一の条件とは決して思いません。それから政党法という独立な法律をつくらなくても、公職選挙法の中に政党という章を設けても、それでもけっこうです。とにかく政党というものに法律上の根拠を与える。これこれの要件を具備したものでなければ政党とは言わせない。そのかわりそういう政党には選挙法上非常な特権を与える。場合によったらば、これは私は非常にいいことだと思うのですが、西ドイツでやっておりますように、選挙費用を政府が国庫で保証するというような道を開いてもいいんじゃないか。それには政党というものをごく整備しなくちゃいけない。
 そこで、私はただいまやっていただきたいことは、政党本位の選挙をすみやかに樹立する、それに必要な政党を整備する、政党に法律上の根拠を与える、できれば財政上の根拠を与える、そういうふうな方法をやっていただいたならば、多くの問題が自然に片づいていくのではないか、かように考えております。
○吉田委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人からの御意見の陳述は終わりました。
    ―――――――――――――
○吉田委員長 次に、質疑の申し出がありますので、順次これを許します。鍛冶良作君。
○鍛冶委員 結局お三人に問うことになりますが、安藤さんが先におっしゃったから、順序ですからまず安藤さんにお聞きしたい。
 選挙のビラの弊害、それからシンボルマークの弊害、これを廃止するという御議論が出ました。ところが、これはどうしてこういうものが出たかと申しますると、われわれ実際ここで議論したところから思い出してみますると、われわれとしては、いま土屋さんがおっしゃったように、選挙にはどうも実にむだな金がかかる、何とかして金のかからぬことにしなければならぬ、これを中心にしていままで何十年研究し、実行してきたつもりなんです。
 そこでいろいろ考えました結果、金の要るもとは、選挙を候補者自身にやらせる、候補者はやっぱり当選することが目的ですから、猟師は山を見ずということで、これはどうしてもなかなかとまらぬ。そこで、できるだけ個人の候補者を中心とする選挙運動を減らして、それで政党本位でやることにしよう、こういうことで考えられましてこの前の改正ができたわけなんです。ポスターにいたしましても、ビラにいたしましても、個人のほうはなるべくやめよう、そのかわり政党ならばいいだろう、こういうので改正したわけです。それがどうも今度は政党でやらしてみるというと、政党間においては見るにたえない競争、ビラ張りの競争、ビラまきの競争、その他シンボルマークの悪用、こういうものがあらわれてきた。そこで、あなた方のような議論が出まして、これはもうどこからも言われております。われわれも認めておるので、何とかしなければならぬ、こう考えておるわけです。わけですが、これに至る根本の問題を私は聞きたい。
 いま言うとおり、もちろん選挙というものは自由にやらせるべきものだ。また国民に自由な方法で判断をさせる資料を与えるということは必要であります。けっこうなことですが、いま言うとおり、それをやれば、いままできたような悪弊が出る。これはいま土屋さんがおっしゃったとおり、理屈はどうであろうとも避けることのできないものなんです。そこで、できるだけ個人の選挙の自由をやむを得ないが制限しよう、こういうことで政党本位にやった。ところがやはりいま京極さんがおっしゃったように、相変わらず、いや、選挙というものは自由でなくてはならぬ、これはお祭りだ、もっとどんどん何でもやらしてにぎやかにやれ、こういう議論。この二つの議論はどうしても相いれぬものだと思うのです。いまおっしゃったように個別訪問までやれ。これはどうもやられたことのない人の言うことで、これをやらしてごらんなさい、どういうことになるのか。世の中はもうめちゃくちゃになってしまいますよ。一ぺん親戚、知己だけはよろしい、こういうことを許したことがありますが、たいへんなことになってしまって、ことごとくが親戚、知己なんだ、選挙民は。そういうことからこういう制限をやったのですが、それをいまここであなた方の三人のうちでもすでに議論が分かれますが、このことからひとつきめてかからなければならぬ。そこで安藤さんに、いま私の言いまするとおり、残念ながら個人の選挙を制限するということが必要だと思うが、あなたはどう思いますか。個人の選挙運動を制限するかわりに政党の選挙運動をやらしたらよかろうということでやったんだが、これにまたこういういまあなたが御指摘になった具体的の弊害が出てきた。そこで政党の選挙運動の自由も制限しろということにこれは相通ずるものなんです。そう言うのか、それとも政党の選挙運動はいいけれども、この点だけだめだと言うのか、この点をまず根本論だと思いますから、安藤さんからひとつ御意見をお聞きしたい。
○安藤参考人 ただいまの御質問、ごもっともだと思いますが、私どもは選挙の管理、執行をやっておりまして、金のかからぬきれいな選挙をやる、それから候補者は各候補者ともすべてが平等にやってほしい、こういう観点から常に考えております。先ほど両先生からお話がありましたように、選挙をすべて国がやって、候補者はもう金も何も要らない、立候補さえすればそれであとは国がやるのだ、こういうことになりますれば非常にけっこうなことだと思います。そうなれば、国のほうでも自然に、自分が候補者でないだけに、どうしても当選のためには何でもやろうというような気持ちはそこでなくなると思いますから、そこで選挙費用の制限もできるし、またきれいな選挙もできるんではないかとは思いますけれども、私どもの立場としますと、現在の選挙を見ておりまして、現在これまで行なわれました選挙よりも悪くなる、こう見て、一般にどうもこれじゃいかぬなということはなるべく取り除いていただいて、少なくともこれまでどおりの選挙をやっていただきたい、こういう気持ちでおります。そういう点から私の申し上げますことは出発いたしましたので、選挙を見て、これまでやっておる選挙よりも悪くなった、とにかく悪くなるということは、これはやめていただかなければならぬ、こういうふうな考えから申し上げましたわけでございます。
 選挙というものが根本的に改革されて、外国のことなど私ども存じませんけれども、候補者が平等で、しかも金がかからないでやれる選挙というようなことができますならば、これに越したことはない、こういうふうに考えておりますけれども、現在の状況において政党で選挙をやってもらうのだということになりますれば、どういうふうになるのか、ちょっと私どもも見当がつきません。したがって私どもとしてはちょっとそれに賛成しかねます。
 それから最近、選挙は自由にやるべきだ、選挙は自由だ、こういう考え方が一般に行なわれております。そうしてこれまで選挙は自由でなしに、これもいかぬ、あれもいかぬというような規制がたくさんできておりまするが、その規制のできた原因は何かといいますれば、私どものような選挙の管理、執行をやってきた者が選挙ごとにその選挙を見て、どうもこれでは困る、ここをひとつ今度は禁止してもらわねばいかぬ、ここも禁止してもらわねばいかぬ、これもひとつやめてもらわねばいかぬというような意見を、その選挙のつど私どもの職員やら委員などが寄りましてそういう協議をいたします。その協議に従ってやはり選挙部のほうでもいろいろ検討されて、これはもっともだという点が禁止されていったのが今日の公職選挙法じゃないかとかように考えております。したがって、大体大まかに選挙というものを見ておられる人のほうからいうならば、自由自在にやらしたらいいじゃないか、お祭りじゃないかというような意見も出るのでございますけれども、私どものようなほんとうに選挙の管理、執行をそのつどやっております者からいいますると、大体いま禁止されておることは、すべて理由があって禁止されたことであって、何でもかでも自由だ自由だということでそういうことがやられたのでは、これはたいへんじゃないか、こういうふうに考えております。
 先ほど戸別訪問の問題が出ましたけれども、私どもは戸別訪問ということは知りませんが、私は若いときに戸別訪問された経験を持っております。戸別訪問というものがもし許されるということになれば、選挙運動の中心が戸別訪問になると私は思います。結局、しつこく熱心に戸別訪問して有権者のたくさんの人に行かれた人が選挙には勝つのじゃないか、こういうことで、おそらく戸別訪問ということが復活しますれば、人物のいい人を出そう、人格のある方に当選してもらおう、こういうようなことが消えていくのじゃないか、こういうような気がいたしまして、私どももよう賛成しない、こういうふうなことでございます。
○鍛冶委員 たいていわかりましたが、私のもう一つ聞く根本論として、個人の選挙はおっしゃったとおりなんです。これはいかぬから、しかたないやめろということ、そこで政党にしたわけなんですが、政党にしたら、いま政党で許した中で、ここでいう選挙のビラを、シンボルマークなんというものを無数にやって弊が出る。シンボルマークやビラを制限するということは、それはそれとして、個人の選挙を制限するかわりに政党の選挙ならばある程度自由にしてもいいじゃないかというこの考え方は、あなたはどう思いますか。その点がまだお答えが抜けておったが、その点ひとつ……。
○安藤参考人 個人の点は別として、政党のほうでするのはいいじゃないか、かような先生のお考え方でございます。ただいまのビラの問題について申し上げますと、昨年の衆議院の選挙で私ども経験しましたところによりますと、一つ政党から一人候補者を出しておられるところがあり、二人以上の候補者が出ておられるところがあります。そうすると、その間に政党の運動というものが、各候補者の立場に立って考えますと、不公平でございます。一人のところは、それはもう政党と一致して、政党の運動と一致して候補者の運動ができますけれども、二人以上出しておられるところではそれはぼけてきます。どうも不公平だと思います。
 もう一つ私ども一番気にかかる点は、現在の公職選挙法では無所属というものが認められております。無所属の候補者としては手も足も出ぬ、こういうような結果になりまして、非常に不公平が出てくるのじゃないかと思います。そういう点からどうもその点はどうだろうか、こういうふうに考えております。
○鍛冶委員 もう一つ、はがきの拡張、これもずいぶん議論の始終あるところです。これは初めていろいろ制限したときに、私の覚えておるのでは、初めはずいぶん利用した。これは全く金がかかる。それで、はがきというものは選挙事務所の連絡だけでいいじゃないか、こういうので連絡のために何百枚か許したと思っております。ところが、やはりそれは少ない、それは少ないといって、だんだんふえていったのです。現在どれだけだったか、五百か六百だったと思います。それで足らぬとおっしゃるのだから、そうだとすればどれくらいがいいと思うか。それは選挙区によりますが、どうしたって十万から上、(「いまは二万五千だ」と呼ぶ者あり)そんなになったのか。二万五千にしたところが、有権者の数からいえば一割にもならぬですね。もしふやせふやせとおっしゃるなら、どこまでふやせばいいんですか。
○安藤参考人 私のいまの考えでは、いまの倍額ぐらいにふやしていただいたら、こういうふうに思っております。といいますのは、各選挙人のところへ直接に候補者の意思が伝わるのははがきじゃないか、こういうふうに実は思いまして、もう少しふやしていただいたら、こういうほうがいいんじゃないかと思っております。これは先ほども申し上げましたように、何としても自分で選挙をやっておりませんから、その点のやり方についてはちょっとはっきり私のほうでもわかりませんが、そのほうが大体いいのじゃないか、こういうような大ざっぱな考えを持っておるわけであります。
○鍛冶委員 その点はひとつ考えてもらいましょう。二万何千だそうだが、二万何千といったって、考え方によっては足りませんよ。どんなに少なくたって有権者は五十万ぐらいを相手にしてやっているのですから、これはもうきりのないものだと思いますが、それ以上議論したってしょうがない。
 その次、公報の問題です。これはテレビをやるようになったら公報は要らぬという議論もあったのですが、そういうところからあなたもおっしゃったのだろうと思うが、いまあなたは、かわりに何かするとおっしゃったが、これがよくわからなかったのですが、どういうことなんですか。
○安藤参考人 それは、いまの公報はとにかく候補者の政見、経歴を選挙人に伝える唯一の方法かもしれませんと思います。非常に重要な点だと思います。その公報を廃止しようというような考えはどうかというて自分でもその点を非常に悩んでおります。しかし実は公報の配布です。公報を各選挙人の家庭に配るという配り方が、実は選挙管理委員会でいま悩みの種でございます。実はその所によるのです。都道府県により、また市町村によって、みなことごとく変わるのでございますけれども、ほとんどもう配布に困り切っておるところがあります。やがてもう限界に達するので、どうにもならぬのじゃないかというふうに考えられております。そういうところは郵便を利用して郵便で送っておるのでございます。この郵便にもいろいろ問題がありまして、郵便局のほうでもかんべんしてくれという話、選挙管理委員会のほうから話を持っていくと、そういうふうな話にぶつかって、それができないというようなところもあります。もういままでのようにたくさんの人を使うて一軒一軒公報を配るということは、選挙管理事務の上から非常に困難でございます。非常に困り切っておるのでございます。そこで選管は選挙公報にかわるものを何とか選挙民の手に届くようにして配りたい、こうして選挙公報をやめていただいたら、こういう考え方なんでございます。それで候補者にも選挙管理委員会でお願いして、選挙公報の原稿と同じような原稿をお出し願って、その原稿を新聞で――新聞だって全部の新聞というわけにいきませんでしょうから、それを幾つに制限するか、また制限するのにはどういうふうな制限が必要なのか、また都道府県、各都市で新聞の種類も変わってくるようないろいろむずかしい問題が起こってくるとは思いますけれども、新聞に各候補者の政見なり経歴なりを書いていただいて、それを選挙民に配る、こういうことがいいことじゃないか。それに対して一つの利点がありますのは、ただいまの公報の制度では、投票日の二日前でしたか三日前でしたかに届けばいい、こういうことですが、できれば、われわれ選挙事務をやっておる者の気持ちとしましては、そんな二日や三日前ではなしに、もう少し前に選挙民のところにそれを届かせたい、届かせて、それを見た上で、一体どの候補者がいいんだろうかという検討の余地を十分に与えたい、こういうような考えを持っております。それぞれそういうことを、選挙公報についての考えから、ただいま申し上げましたようなことを申し上げた次第であります。
○鍛冶委員 京極さんにちょっといまのに関連して……。
 選挙運動に関する制限のおもしろくないものであることはいま申し上げたとおりです。あなたのおっしゃるとおりですが、実際問題としては、そうすればそうするほど金がかかって選挙に弊害ができるという事実問題がある。理論の問題じゃありません。われわれはそのたびごとにも一つずつ制限していったわけですが、この点から考えて、あなたは先ほどの御意見からどのようにお考えになるか、これをまずお聞きしたい。
○京極参考人 鍛冶先生にすっかりしかられたわけですが、私選挙に金がかかることについてはこう思っております。と申しますのは、議会政治というのは、たとえば内乱であるとかゼネストであるとか、そういう社会的な大混乱に対して、それが起こらないように世の中をうまく持っていく方法であるというふうに考えております。したがいまして、選挙というのは金がかかります。その選挙にかかるいろんな費用というのは、ちょうど火災保険の保険料みたいなものだ。毎年掛け捨てにする、あるいは四年に一回掛け捨てにする、その保険料によって、内乱による人命、財産の損害とか、ゼネストによる損害とかいうものが避けられれば、これは国民全体としてはずいぶん安いことである、私はそう思います。
 第二に、御存じのとおり昭和二十年と違いまして、今日の日本の国民経済はたいへん大きくなりまして、GNPも大きくなりまして、したがいまして、いまの日本の経済では、選挙に大量の金をかけること、保険金を払うことは楽にできるようになっている、これが第二の理由です。
 ただ、鍛冶先生たいへん御心配になります点だと思いますのは、そういう火災保険料を候補者が払わなければならぬのはおかしいじゃないかという点だと思うのです。これにつきましては、私は前から書いてもおりますが、やはり有権者が寄付をするといいますか出資をするというのが本来である。私個人といたしましては、名前を申し上げませんが、ある方の後援会にも入っておりますし、選挙のたびには貧者の一灯でありますけれども寄付も申し上げております。これは先生方が公務員の給与をもっとたくさん上げてくだされば、もっとたくさん選挙のときにも寄付ができるということでございますが、私は私なりに、そういう有権者のほうがお願いして議員になっていただくのだからということで、選挙のときに百円でも千円でも寄付をするということをしなければいけないと書いてもおりますし、自分でもそういうことをいたしております。これは私の考え方です。
 もう一つ鍛冶先生のお話の背後にあった問題点は、実はこういうことではないかと私拝察したのですが、それはいまの衆議院の選挙区制の問題ではないかと思うのです。つまり三人区、四人区、五人区という制度がありまして、同じ政党の方が複数に立候補される。はっきり申し上げますと、同じ選挙区から同じ政党の方が立候補されるのは自民党と社会党だ、いままでのところはそうなっております。そうなると、いろいろ御不便と申しますか不都合の多いところは自民党、社会党という二大大手になると思うのでございますが、この区制の問題につきましては、私個人としては、基本的には二つの方法しか解決案がないだろうと思います。一つは全面的な比例代表制、衆議院も比例代表制にする。こうしますと、つまり選挙運動そのものが要らないわけで、党首の方がテレビにあらわれてわが党に投票しよう、有権者は投票所で記号投票をなさる、それを集めて衆議院の議席を分配なさる。これには定数の是正も何も要らない。もう一つのやり方は一人一区制だと思います。この比例代表制になさるにしても一人一区制になさるにしても、これは研究室にいる学者の申し上げることではなくて、現場の先生方が良識をもって御協定になれば、いかようにもお変えできることでありまして、私どもにお尋ねになるほうがむしろやや微妙なことかもしれません。そういうような印象を受けた次第でございます。
○吉田委員長 奥野誠亮君。
○奥野委員 参考人には、意見を出していただきましてありがとうございました。
 ごく簡単に若干お尋ねしておきたいのですが、最初に安藤さんに、先ほど国の選挙については休日制にせよ――投票日のことだろうと思うのでありますが、また国の選挙というのは国で投票日をきめる選挙という意味だろうと私思うのですけれども、府県なり市町村なりがきめる選挙は、それぞれの実態に合うように府県や市町村できめる、国できめる場合には、とにかく投票日は休日に持ってこい、こういう趣旨だろうと思うのでございます。その理由を明らかにされませんでしたが、選挙事務に専従している人の話が出ましたので、そういう事務に明るい人たちを広く活用したいというお考えもあるのじゃなかろうかなとも思いましたし、あるいは施設の確保の問題もあるのじゃないかなと思うのですが、もうちょっとその点を明確にしておいていただいたほうがしあわせではないかと思います。と申しますのは、従来国できめます選挙、衆議院、参議院、それからまた地方の統一選挙は、日曜でありましたりあるいはウィークデーであったりしておるわけでございますので、そういう意味でももう少し明確にお話ししておいていただいたほうがけっこうだと思うのです。
○安藤参考人 ただいま御質問を受けました点は、選挙の投票日を休日にしたい、こういうことの趣旨を申し上げればいいわけですね。実は選挙の投票日には、御承知のように投票の施設をしなければなりません。その施設がだんだん窮屈になりまして、投票日に使う施設の潤沢なところもありますが、それに非常に困っておるところもあります。それに困っておりますところは、日曜あるいは祭日のような休みになりますと、その施設がわりあいに使いやすい。たとえて申しますと、幼稚園だとか育児所とかというところを使うのには、どうも休みの日でないと使えないというような関係もありまして、そういう点から休みの日にしていただければ非常にけっこうだ、こういうふうに考えることが第一でございます。おもにそういう点から、なるべく休みの日に選挙をやっていただきたい、かように考えております。
○奥野委員 次に京極さんにお伺いしたいのでございます。
 お話の趣旨は、衆議院の選挙区を人口比例にしろ、その実現を容易ならしめる意味において、衆議院の総定員をふやしてもいいじゃないかという御意見だったと思うのでございます。しかし聞きようによっては、英国の例をおとりになったりしておりますので、総数をふやすことを、そういうものとは別個に、そう意に介する必要がないというふうにもとれますので、この点やはり明確にしていただいたほうがいいのじゃないか、そういう気持ちでお伺いをするわけでございます。
 私は、国会議員の処遇は、英国の場合と段違いに手厚くされていると思います。どちらかといいますと、私はイギリスの国会に日本の今日の制度はとってきていると思うのであります。反面、アメリカの国会の場合には、日本の国会の場合よりも上院も下院も総数がずっと少ないのであります。人口が日本の二倍以上もありますにもかかわらず、定員はずっと少ないのであります。私たちは、政治の姿勢として、できる限り国会といえども経費を節減していくという態度、これは国政に信頼をつないでいく上においても非常に大切だと思うのでございまして、京極さんは国会の総定数をふやしてもいいじゃないか、そのほうが国民の信頼をつないでいく上において大切だ、これは人口比例の意味で言われたと思うのでございますけれども、私はそこはやはりよほど考えなければならない大きな問題だと思いますので、お話の趣旨が一般に誤解されないようにしたい、こういう気持ちもあってこんなお伺いをしておるわけでございます。人口比例がいいか悪いか、これはまたいろいろ議論がございますので、ここで議論をふっかけるつもりはございません。ただ、総定数をふやすということを安易に考えちゃいけないという気持ちを私持っているのですけれども、京極さんのお話が、場合によっては、それはそうたいしたことじゃないんだというふうに誤解される向きもありはしないかと、こう思いますために、あえてこの点重ねてお伺いしておきたいという気持ちになったわけであります。
○京極参考人 奥野先生のおっしゃられることはお話のとおりなんです。つまり私は、これは議論するところでございませんが、人口比例に直したほうがいいという意見でありますが、そうしますと必ず定員を固定しておいて再配分という議論が出ます。そうしますと、つまり減るところは、そこから選出されている議員の方々にしましても、あるいは地元の市町村、都道府県にしましても非常に不便であるということになりまして、再配分はだめだということになる、なりやすいと思います。したがいまして、定員をふやすということを絶対しないというふうに固定してお考えになられては人口比例に直せないだろう、ですから人口比例に直す方法として定員を増すことをお考えになることにさほどちゅうちょなさらなくてもいいんではないか、そういう意味でありまして、奥野先生のおっしゃられたのと基本は同じかと思います。つまり、何でもかんでも定員をふやしたらいいというふうに安易に考えているのではもちろんないわけで、人口比例に直す方法として、定員を一人もふやさないぞということでお考えになられては、これはどうにもならないんではないでしょうか、そういう意味です。
 なお念のためつけ加えて申し上げますと、アメリカは連邦国家でございまして、各州がつまり一つの国家でありまして、それぞれ上院と下院が大体ございまして、州にもよりますが、かなりの数の上院議員、下院議員、ところによりましては日本の国会に近いくらいのものを持って、それで地元といいますか、有権者と政治をする人との間のコミュニケーションをうまくやっている、そういう面もございます。したがいまして、お尋ねにつきましては、定員増自体を切り離して安易に考えているというわけではなく、むしろ方法として絶対してはいけないというふうにお考えにならなくてもいいんではないか、そういう趣旨でございます。
○奥野委員 考え方の問題については、議論になりますので、遠慮しておきたいと思います。
 土屋さんに一つ伺っておきたいのですが、緊急に改革を要する問題ということになれば、選挙に金がかかり過ぎているから、それを改めるために政党本位の選挙に変えるべきだというお話がございました。そういう問題になってまいりますと、やはり国会の構成をどうするかということにつながっていくと思います。いま京極さんは衆議院の別表第一の改革を取り上げられましたし、またこの間の選挙制度審議会では参議院の定数をどうするかという問題が中心の議題になっていたように思うのでございます。私は、こういう問題はみんなきわめて部分的な問題だ、こう思うのです。もう戦後二十五年たったわけでございますけれども、やっぱりこの辺で振り返ってみて、国会が十分国政の発展のために寄与しているかどうか、一応の決着をつけたらいいんじゃないだろうかという気持ちを年来持っているものでございます。そうしますと、衆議院の選挙制度はどうだ、参議院の選挙制度はどうだと、ばらばらに部分部分に頭を突っ込んでやってまいりますと、やはり森の中に入って森を見ない論議に終わる可能性が多いと思うのでございます。ことに日本の国会は二院制度をとっているわけでございまして、この二院が相まって国政発展に寄与しているわけでございますので、衆議院と参議院とあわせて選挙制度その他を議論をしなければ、国会が十分に国政発展に寄与しているかどうか、機能しているかどうか、決着がっきがたいと思うのでございます。だがら、私はそういう意味において、この前の選挙制度審議会の審議のあり方について非常な疑問を持ち続けている一員でございますが、土屋さんも長く選挙制度審議会に携わっておられますので、私、重ねて先ほどのお話につきましてどういう感懐を持っておられるかだけ、ちょっとこの際お話をしておいていただけばしあわせだと思います。
○土屋参考人 ただいまのお尋ねのことは、私がさっき申し上げた問題とどういうふうに関連するか、ちょっと関連がつけにくいのですが、第六次の選挙制度審議会の出ました意見についてのお考えは、私は奥野先生と全く同一であります。あのとき参議院の全国区の問題、地方区の問題が取り上げられまして、そうして参議院については名簿式の比例代表をやることにきめたいという声が強かったのでありますが、私はひとりそれに反対をいたしました。私は大体元来比例代表論者ですから、比例代表ということに反対ではございません。しかし、衆議院のほうをほうっておいて参議院のほうをきめて、さあ参議院がこうきまったから衆議院もこうしろということは本末転倒ではないか。これはやはり、国会の選挙区というものは衆参両院を一緒にきめるべきものだろう、奥野先生と全く同じ意見です。それでどっちが主かと申しますと、主従の関係はつけにくいですが、まあしいて言えば、これはやはり衆議院が主である。衆議院のほうでたとえば比例代表制度をとるということにきまりまして、そうして同じ比例代表で参議院をやってもいいだろうか悪いだろうかということを研究して、それは同じものを同じことでやってはいけないから片方は変えようではないかという議論が出るか、あるいはそれは同じものをやってもいいではないかという議論が出るか、それは議論をしてみなければわかりませんが、そういうふうな考え方でものを持っていくべきもので、参議院の選挙区だけを切り離してこれをこうするということをきめることは私は絶対に反対だと言って最後までがんばったのですが、結局それは、私の希望でもないですけれども、御承知のようにきまらずに済みました。これはどうしても衆参両院というものは一緒にして考えるべきが筋である。ただし、憲法の規定を動かせませんから、憲法のワク内でやるということになりますと、ある程度の制約はやむを得ませんが、まあなかなか憲法の改正ということは容易ではございませんから、それはしかたがないとして、両院は一緒に考えるべきが筋だろうと私は考えております。
○奥野委員 けっこうです。
○吉田委員長 堀昌雄君。
○堀委員 二つの問題を伺いたいと思います。一つはいまお話しになった問題に関連をする問題でありまして、一つは選挙制度審議会のあり方についての問題であります。
 最初の問題は、三人の参考人がお答えになった中で、おっしゃっていることは大体一つだと思うのです。一つだということは、現行の選挙区制度というのは政党本位の選挙運動をする仕組みとしては実はうまくないわけです。そこで、さっきお話がありましたように、政党活動がある程度自由になりましたけれども、その結果非常にメリットがあったのは、実は単一の候補者を出していられるところは、これはたいへんメリットがあるのですが、複数候補者のところはなかなかそういうふうにいかなかったという問題は、実は現行区制のままで政党活動を自由化するということの一つの矛盾があるんだろうと私は思うのです。
 もう一つは、実は私も京極先生のお考えに賛成なんですけれども、いまの制度というのは制約が強過ぎる、選挙を自由にしようという声は、これは警察庁、検察庁の代表者を含め、第一次選挙制度審議会以来の方向であります。ただ、それがまた個人の選挙になっておるためにどうもそこでひっかかる問題が出る。要するに、個人と個人の間の平等の問題をどうするかということになると、そこでまたすぐにひっかかる。こういうことになるわけでありますから、私はやはり土屋さんがおっしゃったように、これはもう何としても政党本位の区制を導入する以外にはこの問題の解決方法はない、実はこう私なりに判断をいたしております。
 そこでお伺いをしたいのは、いまの政党本位の問題の前に、最近ビラなんかの問題で問題が出ていますのは、これは衆議院選挙その他での問題ではなくて、地方選挙でどうも問題になっているようですね。この地方選挙というのは、地方自治体の首長を選ぶ選挙ということになっているわけですが、地方自治体の首長を選ぶ選挙というのは、これは個人というよりも、いまや大体政党本位の選挙に動きつつあるわけです。その政党が単一であるか連合であるかは別としても、そういう方向に動きつつある。そうすると、そういう本来個人本位よりは政党本位の選挙になっておるところで自由化をしていくことについて問題があるということになると、これはもう選挙というものは袋小路に入ってしまうということにならざるを得ないのじゃないか、こう思いますので、そこで、安藤参考人がお述べになったビラの配布あるいはシンボルマーク等の規制の問題というのは、これは衆議院の選挙等での問題ではなくて、私は最近行なわれた地方自治体の首長の選挙に関しての御意見ではないかと思うのですが、そうなると、いまの政党活動の自由という問題と政党本位の選挙が導入された場合における問題とを考えてみて、ややそこらに矛盾があるような感じもいたしますので、まずその点、要するに今後のわれわれの当面の課題となっておりますビラの配布等の自由化に関する問題について、三人の参考人の方からちょっと御意見を承りたい、こう思います。どうぞ安藤参考人から……。
○安藤参考人 ただいまの御質問の、私の申しましたビラやシンボルマークの問題は選挙の種類によって違うのではないか、こういうふうなお尋ねでございます。私どもの立場からいきますと、冒頭に申しましたように、選挙というものはどこまでも金のかからぬきれいな選挙ということが目標でございまして、候補者の選挙費用には厳格な制限がとにかくいまあるわけです。あるにもかかわらず、政党の活動その他団体の活動については何も費用の制限はないということは、何としてもどうももうひとつ合点がいかない。一生懸命大げさにやろうというほうでは何ぼでもやれるし、そうまでやらなくてもという政党ではおやりにならない、それが直ちにそのまま候補者に響いてくる、これは何としてもどうも不公平ではないか、こういうような考えから、いずれの選挙についてもああいうことはないほうがいい、こういうような考え方でございます。
○京極参考人 ただいまの堀先生のお話でございますが、私は個人の意見としてはビラの配布は自由で差しつかえないと思いますし、シンボルマークもおのおのの政党が創意くふうをこらしてこれを活用すればいいという意見であります。
 それからもう一つ、これは私の知り合いなどが市町村の役場などにおりますが、やはり公職選挙法の朝令暮改と申しますとことばが大げさでありますが、一年、二年、三年でネコの目のように変わるということは、場合によっては必ずしも適当でないことがあるかもしれない、そういうふうに考えます。
 以上でございます。
○土屋参考人 ただいまの堀先生のお話は、ビラそれ自身が悪いのじゃなくて、ビラをまく政党の心がけが悪いのです。ですから、それでビラをまくことの可否を論ずるのは私は実はおかしいと思うので、あの京都の事件というのは私もよく知りませんが、お話しのとおり、京都の知事の選挙だからできたのであって、あれが全国の衆議院の選挙であのとおり繰り返されることはないだろうと思います。私は京極先生と同じように、選挙運動は自由で、ビラをまこうが何しようがかってだと思うのですけれども、そういたしますと、一つは金のある人間と金のない人間と非常にアンバランスになる。機会均等ということがなくなりますから、そこでやはり機会均等は押えなければならない。それは費用の制限であろうと思います。そうすると、政党本位の選挙になりました場合にも、今度は政党のほうの費用を制限しないと、いまの候補者の制限をしているのと理屈が合いませんね。現在イギリスでは個人の候補者の選挙費用は制限をしておりまして、去年の改正で上げましたが、政党の使う費用は制限していないのです。そこで学者はこれはおかしいじゃないかというようなことを言っておるようですから、いま安藤さんのおっしゃったようなことは私はやはりあるだろうと思います。
 それからもう一つは、ビラをまいても、普通のビラをまくことは別にかまわないのですが、市民の安静を害するというようなことになりますと、別の方面で取り締まる必要があるかもしれません。私は選挙運動としてはなるべく自由にしたほうがいいだろうと思っております。
○堀委員 二点目は、皆さんも実は選挙制度審議会の委員として一年間御苦労をいただきまして、私も土屋委員と御一緒に一次から二次、五次、六次とたいへん長く選挙制度審議会の委員の特別委員をしてまいりました。その経験から、私は、一体いまの選挙制度審議会というのはああいう状態でいいかどうかという点について、実はたくさん疑問がございます。そこで、その疑問について各委員からひとつお答えをいただきたいと思います。
 第一は、これは私、審議会の総会でも提案をし、当時、松野自民党委員の御賛成をいただいておりながら今日実現をしていない、委員の任期の件でありますけれども、私はどうもいまの一年の任期というのはたいへんむだが多い。審議会法のたてまえから、継続されて行なわれておりましても、実は審議会は新しい審議会ということになっておりますし、また委員の入れかわりもございますから、過去のものをそのまま継続していくことは、新しい委員の皆さんにとっては、これはたいへん申しわけないことになりますから、どうしても最初の三分の一、半分近くの期間を復習といいますか、前審議会における問題の復習等に当てて、正味の審議というのは約半分ちょっとしか時間的にない。半年そこらでかなり重要な問題を論議しようということはやや不可能でありまして、先ほど土屋参考人がお述べになりましたように、確かに参議院全国区の問題は非常に重要でありますし、比例代表にしろという声が多数にございましたけれども、しかし、そうなると衆議院の区制はどうなるのかという問題がございますけれども、半年で衆議院、参議院の区制を一緒にやるなどということはとてもむずかしいというのが私の感じであります。そこで、私は期間は二年が相当ではないかということで当委員会の中でも努力をしておるわけでありますけれども、その点についてのお考えをひとつ承りたい。
 二番目は、この前のこの委員会で私、自治大臣との間で少し質疑をいたしました問題でありますが、特別委員という制度ははたして必要かどうか。私自身も特別委員でありますけれども、そういう意味でいま非常に疑問を感じておるわけであります。それは、この前も委員会で申し述べましたけれども、特に最近の傾向は、委員会の発言量のうち非常に多数の部分を特別委員が占めておりまして、大体あの審議会の構成は本来一般の委員の皆さんが主体でありまして、選挙の特に専門的な自治法について、必要な問題について特別委員が設けられておる、こう理解をしておりますけれども、実はそうではなくて、最近の傾向は、特別委員の発言量のほうが一般の委員の皆さんより多いというふうに感じられるほどそれが多いという問題が一つございます。また、特別委員の一部の委員については、ほとんど出席がなくて、最終的に案の固まるときに御出席になってまた一からひっくり返そうというような問題が出ておったり、また特別委員が採決に参加するために、一般の委員の皆さんの意向が曲げられておるような感じも受け取られるというようなところもありますので、私はこの際、選挙制度審議会から特別委員の制度を取り除いてはどうか。ただし、選挙の制度は非常に専門的な問題でありますから、議員である者あるいは政党である者の意見を審議会としてお聞きになることは、これは必要でございます。そこで、審議会で適当な審議をなすったあとで、あるいは途中で、あるいは最初に、問題について、ひとつ政党の代表なりあるいは国会議員なり、そういう関係者を委員会にお呼びになりまして、参考人としての意見はそこで十分聴取をなさるということで、私は選挙制度審議会の運営はよう足りるのではないか、こういうふうな感じがいたします。国民の側から見ても、選挙制度というのはこの国会で最終的にきまる問題でありますけれども、自分たちのやることを自分たちできめるのはどうも適切でないではないかという国民感情もあろうかと思います。ましてや、そういうことでありますから、私は、選挙制度審議会というものは第三者的構成のほうが国民も納得がしやすいし、過去の六回の運営の中で、私は四回参加をいたしました中でも、どうもこれはないほうが審議会の運営がスムーズにいくのではないか、こういう感じが強くいたしておりますので、その点についてはいかがかということを伺いたいのであります。
 今度は委員の構成の問題でありますけれども、現在婦人の有権者が過半数を占めておるわけであります。ところが、あそこにおいでになる婦人の委員というのが、当初は比較的多かったのでありますが、だんだん減ってまいりまして、今回の審議会では一名ということに相なっておるわけでありますが、私はやはり婦人の委員、それからどちらかといいますと年配の方がたくさんいらっしゃるわけでありますから、ここへ少し若い人たちの代表、たとえばそれは学生であろうとあるいは青年団の代表であろうと、あるいはその他適当な若い人の委員――学識経験者の場合、大学の教授の先生方をお願いしておりますけれども、場合によっては助手だとか助教授だとか、若い人をここへ加えるというくふうがあっていいのではないだろうか。それからもう一つは、経営者代表は常にこの当委員会には数名御参加をいただいておりますけれども、やはり私は、経営者の代表が参加をしていられるのならば、少なくとも労働者の代表も参加をするのが当然なのではないか。たとえば税制調査会とか、そういうふうなところには必ず労働者の代表も参加をしておるわけでありますので、これはきわめて重要な問題だと思いますので、委員の構成について、婦人の委員の増加、若い委員の増加、それから労働者代表を加える、こういうことにしていただいて、その反面、特別委員というものはこの際取りやめにしたらどうか、このような問題についてお考えをまず承りたいのです。
 それからもう一つは、現在も第七次審議会が発足をしないでそのままに置かれております。これは、皆さんお帰りをいただきましたあとで、自治大臣と私ども論議をする予定でありますけれども、選挙制度審議会の答申が、実は選挙制度審議会法では答申を尊重しなければならない、こういうふうに法律できめられておりまして、この法律をつくりますときに、私は当時の池田総理大臣にも、ここにこれだけ書いたことは、審議会の答申というものを、これまでとは違ってほんとうに尊重するということだなと伺ったら、そういうことですということでありましたが、残念ながら、実は答申が尊重されずして、政治資金規制の問題は、今日もう完全にどこかへ行ってしまいましたし、さらに第六次の審議会の御答申についても、まだ私どもは、政府がそれについての確たる方針を決定したということを耳にしていないわけであります。たいへん長時間にわたってお忙しい皆さんがあの審議会に御参加をいただいて、熱心な討議をなすった結果出てきた答申を、政府が現在のように尊重していないということは、私は、非常に政府側に問題があると思いますし、そのことは私は、第一次の審議会に参加をしてから今日に至って感じるのでありますが、古い委員の方の中には、特に無力感といいますか、そういうものをお感じになっている方がだんだん多くなっているような感じがいたしてなりません。第一次の審議会のときにはすべての委員の方からたいへん活発な御意見が出て、選挙制度というものを正しい方向にしようという意味では非常に気力あふれた委員会でもありましたけれども、だんだん日を経るにしたがって、何か沈滞をしておるという感じがいたしてならないのでありますが、これのもとは、私は、あげて政府が答申を尊重していないというところにあるのではないだろうか、こういう感じがいたします。そこで、あるべき審議会というものの姿とその運営その他のあり方について、皆さん方で、審議会はかくすべし、政府はかくすべしという御意見がいろいろあろうかと思いますので、それらの問題について、ひとつ各参考人からお答えをいただきたいと思います。
○安藤参考人 ただいま堀先生からの御質問でございますが、審議会のことに関しましては私は新米でございまして、おっしゃるとおり、一年間審議会委員をやりましたけれども、まだどうも、こうすべきかということが、私にははっきり見当つきませんけれども、任期の問題ですが、行ってみまして、一年の任期が非常に短かったような感じがすることと、もう任期終わりごろになって、審議会の意見がもう少し固っておらぬのじゃないか、固っていないのにここで結論を出さなければならぬというふうになるのじゃないかということは、非常に遺憾だと思いました。
 それから、あとの議事の問題ですが、これは何か、結局いろいろ政府のほうでも必要な事項があって、こういう点をどうしようかというような場合に、それが中心になって審議会の議題になるのであって、選挙というものの根本の問題をひとつ何とかどうしたらいいんだという点についての審議がもう少し足らぬのじゃないかという気がいたします。したがって、先ほど堀先生のおあげになりました、法律のできたときの趣旨に従って、実際に審議会というものは選挙の根本の問題を取り上げて、これをどこまでも追求していくということが本旨であるべきじゃないか、かように考えております。
○京極参考人 堀先生のいまおっしゃられました第一点、任期の点でありますが、これは私実は一年生で、去年から一年だけいたしまして、長いのやら短いのやら、よくわからないというのが率直な感想でございます。したがいまして、何が何でも二年でなければならないんだろうか、そこをぜひとも二年にしろと言い切るだけの経験は持っておりません。ただ、一年ですと、あるいはお話にございましたように短過ぎるのかもしれません。よくわかりません、はっきり申し上げまして。
 第二点、特別委員の件でございますが、私、選挙制度審議会の委員になりまして、いろいろだいへん勉強さしていただきましたわけですが、この選挙制度審議会の取り扱います主題は政治の一番中心的な問題でありまして、たいへんなまぐさいわけです。したがいまして、審議会が与野党を離れまして全く独走して、かってな結論を出して、さあ、政府尊重しろと言われては、政府・与党にしても、あるいは野党にしても、お困りになる。さりとて政府なり与党あるいは与野党の話がきまったところだけ御下問になられて、けっこうでございますと言っていたんでは、審議会の委員になっていて何だという面もある。この辺は、鐘が鳴るか撞木が鳴るか、非常にむずかしい、微妙な、特になまぐさい主題でありまして、非常に微妙な委員会でありますので、私はやはり、特別委員の方がおられて、そういう国会の中のいろいろな政治状況と申しますか、それに対するレーダーといいますか、アンテナといいますか、そういうパイプと申しますか、役割りをお持ちになっているほうが便利なんじゃないかという印象を持っております。審議会が独走いたしまして、それであとで答申を無視したと言っておりますのも、考えてみれば、おとなが審議会の委員になって、はなはだ不見識な話でありますし、政府・与党の言われるとおりはいはいと言っておるのは、もっと不見識な話でありまして、この辺をいかにうまく打開するかということは、委員になる者も考えねばなりませんし、また政府・与党あるいは与野党、国会の方々、皆さま方にお考えいただくほかないと思っております。
 それから構成の問題につきましては、堀先生のお話に賛成でございまして、婦人の代表、若い人の代表、労働者の代表、私は、そのほかに、たとえば中小企業の系統の方の代表あるいは農村、農民の代表というふうな方々、それからテレビを選挙に使うようになりましたので、テレビ、ラジオ系統の方、NHKの方とか民放の方とか、そういうふうな方もお入りいただいてもいいのではないかというふうに思っております。
 それから選挙制度審議会の運用について、政府に対してものを言えという御注文でございますが、うしろに大臣がおられますが、私あそこにおりまして感じましたことは、審議会が非常に中途はんぱである。それは、調査をしてデータを整理して、そしてしろうとが委員になっていろいろなことを申し上げる場合に、あるいは思いつく場合に、これはこうである、そうしたらこうなるというふうなことをデータでいろいろ教えてくださるしっかりした幹事会と申しますか、そういうものを下に持っていないので、やはり審議会の議論が宙に浮いて、非常に高遠にはなるにしろ役に立たない面もあるかもしれない。ですから、たとえば全国の、都道府県の選挙管理委員会、市町村の選挙管理委員会、自治省、警察、検察庁、裁判所、あるいは新聞、テレビ、学界、そういうものからピックアップチームをつくりまして、幹事会をつくって、多方面的な調査データ整理をして、それをもとにしてもう少し議論をするようにしたほうがいいのではないだろうかと考えておりました。
 それからもう一つは、やはり選挙というのは、一方では政界に通じるたいへんなまぐさい主題でありますと同時に、他方で国民に通じますので、有権者の世論と申しますか、有権者と交流をはかるということを選挙制度審議会は考えていいのかもしれない、そういう印象を持っておりました。
 以上です。
○土屋参考人 ただいまのことでござまいすが、私は堀先生と同じに初めからあれに関係しておるのですけれども、第一番の委員の任期の問題、これはお話しのとおり、いまの一年では足りませんね。というのは、十二カ月といってもせいぜい十カ月です、休みがありますから。そうして最初のうちの五回ぐらいは通論。通論というのは大体前の繰り返しですな。それからしまいの四回くらいは今度は取りまとめとなる。そうして大体委員会を二つぐらいつくってやりますから、そうすると毎週というわけにはまいりません。せいぜい十回か十二回しかやらないですぐ結論に入るということになりまして、これではとてもまとまった意見が出るわけがない。ですから、いままでのをお調べになりますと、全部出ておりますのは暫定的な意見ばかりです。根本的な意見はみんなあと回し。あと回しになってその次の会期にやるかというと、やらないんですな。ですからたな上げになっているというような状態です。それならば二年に延期したらできるかというと、それもどうも、たとえば選挙区の問題なんかになりますと、なかなか私は二年じゃできない。そこでしいて二年に延長する必要は――二年延長ができればけっこうですが、もしできないならばしなくてもいいから、そのかわり任期が近づいても、必ずしもその任期の中に結論を出す必要はないんだ、そこで任期が済んだらば、直ちに同じ委員を任命してもう一ぺんやってもらうというようなことをとれば、必ずしも二年に延長する必要はないじゃないか。しかし延長してもちろん差しつかえない、けっこうだと私は思います。
 第二の特別委員の問題ですが、私は特別委員はおいでになるほうがよろしいと思う。私ども何もものを知らぬ者が十年間あの委員会に出ておりまして、ずいぶん特別委員の皆さんにいろんなことを教わりまして、たいへん得るところがございました。ですから特別委員の方がおいでになることは賛成です。ただ、私がちょっと首をひねりますのは、決議に参加するかどうかということなんですね。これは委員の皆さまも党を代表していらっしゃる以上は、党の意見がきまらないのにあそこで発言もできないでしょう。党のほうが必ずしも審議会と並行して進行しておらぬようですから、たいへんお困りのこともあるだろうと思う。そこで特別委員の御意見が出てこないためにわれわれも――われわれといってもいままでのことですが、われわれも困ったこともございますし、それに特別委員の方は議員としてもう一ぺん御発言になる機会があるのですから、特別委員の方は委員として十分御意見をお述べになる、それで審議会をリードすることも、もちろんけっこうです。ただ、その決議に参加するかどうかということは、これは一考を要する問題ではないかと思います。
 それから構成の問題ですが、これはおっしゃるとおりで、いろいろな方面の方がもっと入ったほうがいいということも考えられますが、しかし、それは必ずしも委員会に入らなくても手段はあると思いますね。公聴会というようなものもありますし、いままであまりやっておりませんが、それをもっと活発にやって各方面の意見をとる。そして委員の数はむしろ少なくして、円満な常識を備えた方がいろいろな方面の意見を聞いて総合的な判断を下すほうが、私は委員会の構成をうんと広げるよりむしろ効果的ではないかというふうに考えます。
 それから最後は審議会の運営の問題ですが、おっしゃるとおりで、第一回の審議会は野村さんが会長でしたな、それで非常に熱心で部会を毎月やっておったようですが、だんだんと影が薄くなってしまって、この間のときなどは、どなたですか、私の隣にすわっておった方が、これは君、史上最低の審議会だなんということを言っておられましたが、まあそれにはいろいろの原因があると思いますが、やはり政府がこれに力を入れることが必要だ。私は、尊重すべしということは、必ずしもそのとおりに立法しろという意味じゃないと思うのです。政府には政府の立場がありますから、立法はできないことももちろんありましょう。しかし、それを聞き流しにしないで、自分のほうは、これは今日は立法できないけれども、しかし政府としてはこれはこう考えるんだというふうに力を入れておやりになることを私は希望する。
 ついでに審議会のやり方について申し上げますと、いままではあまりばく然として間口が広過ぎましたね、あれは。ですから今度は焦点をしぼりまして、もう少し具体的の問題について掘り下げていったらどうかというふうに考えております。
○堀委員 ありがとうございました。終わります。
○吉田委員長 伏木和雄君。
○伏木委員 それでは選挙運動と区制と、この二点について御意見を承りたいと思います。
 初めに運動についてでございますが、ただいまも御意見の中に、前回の京都府知事選のことから端を発しておると思いますが、ビラ等もう少し規制すべきだというような御意見もございました。私は、選挙運動というものは、自由化の方向ということは、これはもうすべてどこの意見を聞いても、自由化の方向へ目ざすべきだということは言われておると思います。各都道府県の選管におきましても、やはり選挙運動の自由化については積極的な意見を述べております。こうした中にあって、一部の例をもって規制の方向に向かうということは、むしろこれは逆行ではないか、せっかく自由化の方向をたどり、ビラが制限からはずされたというのに、ここでまたわずか一年足らずで規制するというようなことがあっては、私はならないと思います。むしろまだまだ規制が強いがゆえにああいう問題が起きたんではないか。日本の選挙運動がすべて中途はんぱで、一部は公費負担で一部は候補者負担、運動でも一部を自由にして大多数を規制していく、こういう中途はんぱなところに、その自由化された部分に集約されてくるんではないか、むしろ大幅な自由化こそああした行き過ぎを是正できるのではないかというように私は考えております。たとえば運動期間中の電話使用ということは、これは自由になっておるはずです。これは長い間、幾ら使ってもいいことになっております。しかし電話による運動を規制したほうがいいというような声は、いまだ起きておりません。このように、国民になじんでくれば、こうした規制がないほうが、むしろ自由化の方向をたどったほうが、私はトラブルが起きなくなる、こう考える次第でございます。むしろ積極的に選挙運動を自由にしてしまう、戸別訪問も含めて自由にしてしまったほうが公正な運動ができるんではないか、こういう考えを持っおりますが、この点について三人の参考人の御意見を承っておきたいと思います。
○安藤参考人 ただいまの御質問でございますが、選挙の自由化ということは、おっしゃるとおり、実際もうどこでも選挙の自由化ということは言われておりますし、大体の人がその方面に行くべきだという方向にあることは間違いないと思います。ただ、私どものように選挙の管理、執行をやっておる者といたしましては、あまり自由だ自由だというので、いままでの選挙よりもいろんなことが新しく出てきて、それをやられるということは困る、こういうような感じを抱いております。だから、選挙は自由というても、その自由の中におのずから、選挙の最終目的のほんとうの理想選挙というものを目標に置いての規制というものはあると思います。その規制だけは根本に置いて、その範囲での自由ということでなければならぬのじゃないか、かように考えております。したがって、先ほど戸別訪問の問題がございましたけれども、また規則を変えて、一年以内ですぐにそれを変えてはというようなおことばがございました。実は私どもの立場としますれば、先ほど京極先生のお話の中にも朝令暮改は考えものだというふうな御意見があったようでございますが、規則が変わって、変わった規則で選挙を一ぺんやってみて、悪かったらその次にはそれはすぐに廃止していただくというふうにしていただきたい、こういうことは私平素からの念願でございます。選挙の規則の中にも、これまで変わってそれが一回だけですぐに規制されたという例もございます。そういう例のある場合には、従来の選挙よりもよほど選挙が悪くなったという場合にそういうことが行なわれておると思います。たとえて言いますと、問題の戸別訪問でございます。戸別訪問は、いつごろか私もよく覚えませんけれど、一度許されて、戸別訪問を選挙のときにやりました。それが一回だけで、次の選挙からはもうやらなくなった、こういう例があります。それからずっと後でございますが、最近ではありません、ちょっと前ですが、投票の場合に住宅投票というのを許しまして、住宅で投票するということができました。それを一度だけやってみて、これはかなわぬ、こういうことをやったんではいかぬというので、その次の選挙ではそれは廃止するということになって、廃止されて今日に至っております。
 そういうふうに、朝令暮改であるとかいうようなことにこだわらないで、選挙というものはやってみていただいて、それでこれは悪いなという感じがしたらそこで取りやめていただく、こういうことのほうがいいのではないか、かように存じております。
○京極参考人 ただいまの伏木先生のお尋ねでございますが、これは私一番最初に、選挙は自由で楽しい選挙にしたらいいということを申し上げましたことで尽きていると思います。
 ただ、いまのビラの配布の問題で、私、朝令暮改でないほうがいい場合もあるだろうと申しあげたわけですが、全国市町村三千ございまして、三千の市町村に法令の改正を周知徹底して間違いなくやらせるということは、自治省の方々たいへん御苦労しておられる面もありまして、そういうことも時と場合によっては考えていただいてもいいだろう、そういうことであったわけです。私は、自由で楽しい選挙ということで、一番最初鍛冶先生にもしかられたくらいでございますから、お答えになっていると思います。
○土屋参考人 選挙運動が自由でなければならぬということは、私もそのとおりだと思います。前からそういうことを主張しておるのです。ただし、自由と申しましても、野方図に何でもやってもいいということにはならぬと思うのですね。やはりそこにはおのずから規律のある、統制のある自由でなければならぬ。これはひとり選挙運動に限ったことではありません。ですから、刑法に触れることはいけません。たとえば名誉棄損になるとかいうようなことはいけませんね。それから市民生活を乱すようなことはいかぬと思うのです。たとえば騒音防止というような条例があるとしますと、その騒音防止条例は選挙の場合には無視してもいい、こういうことには決してならない。それから都市の美観を汚濁するようなことはいかぬという規則があるといたしますと、あるかないか存じませんが、選挙の場合はそれはかまわない、そういうことはないだろう。だから、法令の制限内ならば自由にやってよろしい。ただ一つ、選挙独特の理由で自由がある程度制限される、これはやむを得ないのは選挙の平等の問題ですね。選挙はあくまでも平等でなければならぬ。ところが、金のある人はかってなことをしてたとえばビラを十万枚まく、金のない人は一万枚しかまけない、こういうことは非常に不公平ですから、これは選挙に伴う制限であります。現在の選挙運動の費用の制限が必ずしも励行されておるとは私は思いませんが、その現在の制度をもっと励行できるようにいたしますれば、ビラなどは幾ら使ってもかまわないというふうに私は思っております。
○伏木委員 次に区制の問題でございますが、政党本位の選挙、これをやるためには区制ということばが各所で使われております。私はこの区制をいじるということ、選挙方法をここで変えてしまうということがはたして妥当であるかどうか。先ほどもお話の中に、小選挙区制もしくは完全比例代表制というようなお話もございました。この小選挙区制につきましては、ちまたで死票が多いということで非常な反対もございます。また比例代表制をとりましても、選挙民と候補者との結びつき、これが全くなくなってしまって、はたしてどうか。なるほど政党本位にはなるかもしれませんが、そうした候補者と選挙民とのつながりというものを完全に無視してしまっていいか。または参議院の全国区等を例にとりますと、比例代表制を行なった場合は、無所属で立候補したらほとんどこの比例代表制の恩恵はない。むしろ参議院の性格からいって無所属を望む声もある中にあって、この無所属が全く無視されなければならない、こういうような考え方もあるわけでございます。したがって私は、区制をいじるより、思い切って定数の是正をやって、区制については従来のままでいいのではないか、こうした幾つかの新たな弊害が出てくるという点を憂えるものでございますけれども、この小選挙区制あるいは比例代表制から起きてくる新たな問題点、こういうものについて参考人の御意見を承っておきたいと思います。
○安藤参考人 ただいま御質問の区制についての点を申し上げます。
 私どもは実は、あるいは区制であるとか比例代表にするとかいう根本的の問題につきましては、もうきまったとおりを管理し執行していけばいい側でございまして、いずれにもおきめいただけばそのとおりやっていくという立場にあります。したがって、それに対してこうだああだというはっきりした意見は持っておりません。ただ、そういう制度の改革について、公職選挙法の根本でありまする金のかからないきれいな選挙をやっていくという、いわゆる理想選挙に基づいてそういうことすべてをおきめ願えばけっこうじゃないかと思います。ただ、私のぼやっと考えております点は、区制の点その他で非常に定数のアンバランスが出てきまして、このアンバランスがだんだんはげしくなっていくというような状況でありますので、あまりにそのアンバランスがたいへんな違いということになってきますと、やっぱり自然に候補者の関係におかれましても平等にいかないというような点が考えられますので、その点は是正していただかなければならないのじゃないか、かように存じております。
○京極参考人 いまの区制の点につきましては、一番最初鍛冶先生の御質問につきまして、つまり政党本位の選挙にするということをうまくやるならば、やはり一方では比例代表制、他方では一人一区、小選挙区制という以外にないということを申し上げた次第でありまして、ただし、たとえば比例代表制に衆議院を変えるとか、あるいは一人一区に変えてしまうというのは、これは先生方がおきめなさることであります。私がきめることではもちろんない。ただし、現行の衆議院の選挙区の三人区、四人区、五人区につきましては、私はこういう意見を持っております。それは、野球でたとえますと、まあ野球は九回の裏で一応終わりになるわけですが、ところによっては七回の裏で終わりになったり、ところによっては八回の裏で終わりになったり、ところによっては九回の裏で終わりになり、ゲームのルールが共通でないというふうな印象を有権者が持っているような節もございます。すべての有権者とは決して申し上げませんが。したがいまして、三人区にするなら全国一斉に三人区にする、五人区にするなら全国一斉に五人区にするというふうに、やはりゲームのルールは一本であったほうがいいという考えを持っております。
○土屋参考人 選挙区制度の問題は、区制自体に伴う問題として考える場合と、政党本位の選挙をする場合に考える問題と、私は考え方が違うと思うのです。区制自体の問題として考えるということは、たとえばこの間の選挙の成績で見ますと、自民党は五〇%を割っておるのですね、得票率が。四十何%。しかるに三百の議席を持っておる。社会党は二八%くらいでしたかね、得票率が。ところが議席は九十で一八%くらいしかない。そうすると、得票の数と議席の数と必ずしもバランスがとれていない。国民の意思は正当に国会に表現されていないのではないか。これは選挙制度が悪いのだという、こういう議論が立つと思うのです。そういう意味で立ててみますというと、やはりそれは比例代表が一番理屈が合うということになりますが、私がいま取り上げておる問題は、政党本位の選挙をするのに選挙区をどうするかということになってくると思うのですが、そうなりますと、これは小選挙区でやりましても政党本位です。それから比例代表でやりましても政党本位です。そういう見地から言えば、どっちがどっちでなければならぬということは、私はないと思う。皆さんがいいと思うほうでやったらよかろうと思う。
 で、どういう長短があるかというような御質問でございましたが、比例代表でありますというと、もちろん国民の勢力に比例した結果が出ますから、これはたいへんけっこうでありますが、そのかわりに、比例代表でやりますというと、有権者自身が、先ほどお話にもありましたが、一体どの先生が自分を代表しておるのかということがわからぬという欠点がございますね。そこで、西ドイツでは、半分を小選挙区、半分を比例代表という並行制をとっております。ほかの国ではそうではなくて、名簿の順位を有権者の意見である程度変更ができるというような方法をとっておりますが、これはなかなかややこしいやり方でありまして、これをいまの国民の一般の方に理解してもらうことはなかなか骨が折れるじゃないか。大体比例代表というものはむずかしいものだ、むずかしいものだといってたな上げになっておったのですね。ついこの十年ぐらいの間に比例代表ということをみんなが言うようになったのです。そういうわけで、そういう点が欠点である。理論上としては私は比例代表が一番いいと思うのですが、これを直ちに実行するといろいろな問題がある。
 それから小選挙区のほうは、これはもう日本でも経験がございますし、きわめて簡単でありますが、そのかわり死票がたくさん出まして、先ほど申し上げました自民党と社会党のひずみはもっと大きくなるだろうと思うのです。非常に不公平な結果になることは免れませんね。
 そこで二つ欠点があるから、これを何とかして調和しようというので、第五次、六次の審議会で私どもが比例代表制度である程度調整をした小選挙区という案をつくったのであります。いま考えてみますと冷や汗が出るような欠点の多い案ですが、結局それは審議会の多数に達しませんので意見にならなかったのでありますが、まあそういうことではないかと思います。
○吉田委員長 門司亮君。
○門司委員 私はごく簡単に、そのかわり率直に聞いておきます。ひとつどなたからでも、というよりもむしろ最初は、これもとっぴな質問になろうかと思いますが、参考だけに聞かせておいていただきたいと思いますことですが、安藤さんが受け持ちだと思いますが、この前の選挙につきましても、いま行なわれておるいろいろな選挙について金がかかり過ぎるということをみんな言っております。この実態をお調べになったことがあるかどうか。一体どのくらい金がかかっておるか。まあ五千万円では落選するのだ、いや一億でなきゃ当選しないのだ、いやそこまではいかない、七千万だという話があります。しかしこれは、候補者が出すと出さないとにかかわらず、そういうお金がかかっておるということになりますれば、非常に大きな問題だと思いますね。この調査がどこかで行なわれたかということです。ただこれは風聞だけ、あるいは新聞に書かれているからそうだろうということでなく、私は、この選挙の実態というものが明らかになっていない、実態が明らかになっていないから、その間でいろいろ議論をして、そうしてできるだけ抽象的なことでお茶が濁されているというのが今日の実情ではないかと思います。したがって、五千万円衆議院の選挙にかかったというのは、どういうことをどこでどうやったからこれだけかかったのだということがやはり明らかになって、これではいけないという国民全体の意識がやはり集結されることが一つの方法ではないかと思いますから、率直にそういう調査をなさったことがあるかどうかということを一応聞かせてもらいたいと思います。これは自治省でもどちらでもいいですよ、選挙に関係のある監督官庁としてひとつ。私は非常に大事な問題だと思いますので……。
○安藤参考人 ただいまの選挙の費用の実態でございますが、これは実際にわれわれのほうで調査したことはございませんし、調査の方法が実はありませんです。ただ新聞に出たり、いろいろ世間の事柄から、そうではないかと思えるだけのことでございます。それで一番適切な問題をちょっと一つだけ例をあげて申し上げますが、ある大阪から出ておられる候補者が三百幾らかの買収の犯罪がありました。それを大阪の検察庁で摘発いたしました。そのときに、たしか大阪の検事長だと思いますが私会いまして、この選挙の費用よりもそれ以上の金を買収に使ったというような事実が出ておるのならば、これは検察庁のほうで選挙無効の何か方法をおとりになりますかと聞きましたら、これはどうも、候補者が金を使うのが選挙費用よりも非常によけい使っておるということはもう常識だ、みなそのとおりだ、だからして、それをとらえて、一人だけこういうものがあったからというてそれを選挙無効にしようなんというようなことはちょっとしにくい、こういうようなことを申しておりました。そういう点から考えますれば、大体に選挙の金というものは相当たくさん使われておる、ほとんどの候補者がそういうふうになっておるのではないかということが想像されるという程度であります。
○門司委員 自治省のほう何かありますか。
○中村説明員 自治省事務当局といたしましては、選挙運動期間中の経費、これにつきましては、可能な限り実態に合いますように毎回の選挙のあと調査をいたしておりますが、問題は、選挙の前後にいろいろな経費があるようでございまして、それの点の実態把握はきわめて至難でございます。
○門司委員 大体そんなことだと思いましたが、この問題がやはりある程度明らかにならない限りはどうにもならない。選挙管理委員会が調査権も、むろん捜査権も持っていないというところに問題があろうが、しかし、これに調査権を与えたりあるいは捜査権を与えるということになると、これはまた警察国家の再現みたいで、選挙干渉が行なわれるであろうということは当然であります。そういうむずかしい問題がありますが、しかし、やはりそういう問題が明らかになるということ、概算ぐらいは選挙の前後を通じて大体わかるのです。私どもしょっちゅう選挙をやっている者はよくわかるのです。一体このポスターが幾らでできているか、何枚張れば幾らかかるのかということはちゃんとわかっていると思うのです。概算はできるはずです。ビラ一枚にどのくらいかかって、これをどういう形で配布すればどのくらいかかるかということはわかっているはずです。やはりそういうものがある程度わからなければ、私はこれ以上きょうは申し上げませんが、わかるような仕組みといいますか、公表されることによって、同じ当選しても、それが罰則にはならないといたしましても、結局どの候補者がどれだけお金を使ったのだ、あんなばかばかしいお金を使ってというようなことで、かえって国民がそれを指弾していくという形が醸成されてくれば、おのずから選挙は自粛されると思うのです。とろこがいまは、幾ら使おうと当選さえすればいいのだということから、結局よけい使われる。何も罰則を設けてくくらなくても、国民自身の良心の中から、あるいは常識の中からそういうものは排斥されてくると一応考えられます。
 それからもう一つお聞きをしておきたいと思いますことは、罰則の問題でありますが、日本の選挙法ほど罰則の多い選挙法はないのですね。そこで選挙は別だという観念が出てくるわけです。だから選挙法についての罰則はできるだけ少なくして、たとえば、現行法でいいか悪いかということは別にしまして、戸別訪問が禁止されているというならば、戸別訪問は明らかにこれは一つの家屋への侵入である、無断で入ってくるのだ、あるいはそういう目的で入ってくるのだということで、これを刑法で取り締まる。買収をする者は、選挙のために買収をするということでなく、公の立場に立つ選挙を冒涜するものであるから、これは収賄罪なら収賄罪でやっていく、涜職でやっていく。他人のポスターにいたずらした者は、他人のものをこわしたのだから毀棄罪でやっていくということで、刑法に振りかえていったらどうか。選挙だから別だという観念を持たすのはよくない。さっきの土屋先生のお話しのように、府県にはちゃんと条例がみんなあります。広告条例がある、あるいは騒音防止条例がある。しかし選挙だからということになっている。警察側も、どうもこれは選挙でやっているのだから、へたにするとまた小言でも言われたらどないするかということになる。この候補者は張ったじゃないか、これはどうして取り締まらぬのだ、おれのところも張るのだということで、結局どうにもならない。選挙だからという概念、これを選挙を行なう者も、投票する側も、両方とも概念を変えていく、選挙は特別だという概念を変えていく、そういうことが非常に必要じゃないかと私は思う。これは非常に迂遠なようですけれども、実際はかなり大きな効果がありはしないかと考えている。そういう点について、この辺でずいぶんよく検討されております土屋さんからでもひとつ御答弁願えれば非常にけっこうだと思います。
○土屋参考人 ただいまのお話は、私は全面的に賛成であります。御承知のように、西ドイツの選挙法には罰則はございません。全部刑法で書いてある。イギリスの選挙法には少しございますが、これは全く選挙特有の問題でありまして、一般のことはほかのほうでやっておる。私はしろうとですからわかりませんが、いまの政府でやっております刑法改正案、あの中には幾らかあるようですね。投票の偽造であるとかなんとかというものがあります。選挙だから悪いことをしていいということは決してないのでありますから、犯罪として残しておくものはすべからく刑法に移すべし、それから要らないものはやめてしまう、きわめて事務的なものですね。これは場合によっては行政罰で済むような問題もあるかもしれません。そういうものが選挙法に残ることはやむを得ないだろうというふうに思っております。
○門司委員 もう少し掘り下げて聞きたいのですけれども、時間もございませんからこの程度にしておきます。
 それからもう一つ、選挙区制の問題が出てまいります。その中で、これも土屋先生の意見をひとつ聞いておきたいと思いますが、いま二つの課題がある。一つは選挙区をどうするかということ、一つは比例代表にするかということで、特に巷間伝えられておりますのは、小選挙区という問題が一つ出てまいります。ところが選挙には実は二つの種類がございまして、御承知のように、一つは地方選挙、首長の選挙をいたしております。一人しか当選のできない選挙をいたしております。そのほかのものは地方選挙はみんな全体を一つにまとめてやる。衆議院の場合は、各選挙区になっているから、この場合は比較多数で当選をするという形になっております。そこで民主主義の本来の姿からいえば、少なくとも首長というようなものは当該地域における過半数の信頼が必要ではないかということであります。極端に言うと、五人候補者が立てば二一%で当選するのであります。それがほんとうに市民の代表と言えるかどうか。そこで、これをそのまま衆議院の選挙を一人一区制に持ってまいりましても――民主政治であるというならば、私は比例代表が一番正しいことはわかっておる。これなら死票はきわめて少なくなって、国民の意思が忠実に国会に反映するということははっきりしておる。しかし、これは技術的にいろいろな問題でむずかしい。いま日本ですぐこれを採用することはどうかという議論があるならば、その反面に一人一区制がある。ところが一人一区制をしようとするならば、先ほど申し上げましたように、一つの選挙区で一人しか当選しないのですから、したがってその場合は少なくとも選挙区における選挙民の投票数の過半数でなければ代表者とは言えないわけであります。比較多数の場合は別です。たくさん候補者がありますから、当然比較多数でなければ分配のしようがありませんから比較多数にする。しかし一人である場合は、国民の代表だというならば、少なくとも過半数当選を目ざすべきではないか。こういうことが民主政治のたてまえからいけば正しいのではないかと私は考えておりますが、この点をひとつ土屋さんからお教え願えればけっこうだと思います。
○土屋参考人 選挙と申しましてもいろいろ種類がございますから、私がいままで申し上げたのは国会議員の選挙のことを申し上げているのでありまして、国会議員の選挙と地方選挙とは私はおのずから違うと思います。第一、選挙の性質が違いますね。国会の選挙というのは全くの政治問題です。ところが地方は行政の問題です。いわんや首長の選挙になりますと全く違う。ですから、国会の選挙の原理をそのまま地方の選挙にアプライすることは適当ではないと思います。地方の選挙にはやはり地方の選挙の原理がなければならぬ。
 それから小選挙区で絶対過半数をとらなくちゃいけないという門司さんの御意見であります。これは現在フランスがそれをやっております。フランスの一次選挙はそれをやっております。しかし一次選挙の結果で突っ放してはいけないというので、二次選挙である程度の補正をやっております。ですから、もし門司さんの御意見のようなことになりますと、フランス流にある程度の補正を加えないとまずいだろうと思います。ただ、そういう複雑なことが日本の現在の選挙民の意識にはたして合うかどうかということは問題でしょう。ですから、もう少し研究しないと何ともお答え申し上げかねます。
○門司委員 これはことばを返すようではなはだ恐縮ですけれども、私は最初に申し上げましたように、日本の選挙がだんだんよくなるのではなくて、だんだん悪くなるという批評がたくさんございます。現実に、お金が使われるようになり、いろいろな情実関係が結ばれてくるようになっておって、だんだん悪くなっているといわれておる。したがって、この辺でほんとうに思い切った制度に改革していって、いままでの選挙に対する国民あるいは選挙を行なう者の概念というものをなくしてしまう。そして新しい角度からものを考えて、新しい選挙法に持っていくということが、選挙改革では非常に大きな問題になりはしないかと考えております。どんなにいまの状態の中において改革を進めてまいりましても、結局、概念が同じ概念であれば結果は同じようなものが必ず出てくる。だから、この辺で思い切った選挙法の改正を行なうことがどうしても必要じゃないかという気がするのであります。それでお聞きしたわけでありまして、まあフランスの二回の選挙ということも考えられますし、過半数当選ということになれば結局二回せざるを得ないでしょう。第一回で過半数を得られるような人はそんなにたくさんあるはずはありません。さっき土屋先生は地方の首長と衆議院、国政とは違うんだというお話でございますが、それはそのとおりだと私は思います。おのおのの分野がありますから、必ずしも同じものでないことはわかりきったことであります。私はそういう概念でもう一度お聞きをしておきたいと思いますことは、そういう意味でたとえば選挙法の中から罰則を取りのけるとか、これを刑法に持っていくとか、あるいはいま申し上げましたような、従来の観念でない、ものの考え方をがらっと変えて、そして新しい選挙方法をあみ出していくということがいま必要じゃないかと私は思っております。いままでのものをどのようにいじくってみても、なかなかよくならないと思うのですが、そういう考え方についてひとつ率直な御意見を伺うことができれば非常に幸いだと思います。
○土屋参考人 門司先生には私がかねて言いたいことをはっきり言っていただいたので、決しておべんちゃらを言うわけじゃないのですが、大賛成です。つまり、先ほど来、ビラをどうするとかなんとかというようなことがございますが、それはすべて現在の選挙体制のもとにおける修正にすぎないのですね。幾らそういうところを修正しましても、結局現在の選挙制度よりよくはなりっこない。それでいまの選挙体制、これを具体的に申しますと、後援会を必要とする選挙体制、これはぶっこわさなければだめですね。これをこわしてあとへ何を持ってぐるかというと、それは比例代表を持ってきてもいいし、小選挙区を持ってきてもいいし、いろいろ皆さんのいいと思うものを持ってくる。そういうことをすると、一番お困りになるのは選挙をおやりになるあなた方だろうと思うのですが、どうしていいかわからないと戸惑うようなことにしませんというと、選挙の悪病というものはなかなかなおらぬと私は思うので、門司先生のお話に全く賛成であります。
○門司委員 どうもありがとうございました。
 それでは終わります。
○吉田委員長 青柳盛雄君。
○青柳委員 時間がございませんので、簡単に安藤参考人にお尋ねいたしたいのでありますが、昨年の公職選挙法の改正は弊害があるので、これはもとに戻すべきであるという御意見でございましたけれども、その理由がどうも私十分納得がいかないのでございます。それは複数の候補者を出す政党と、それから単数の候補者を出す政党との間に差が出てきてしまって、不公平になるとか、あるいは政党の活動が選挙に大いに役に立つということになると、無所属の者は不公平であるとかいうようなこととか、あるいはやはり政党の活動の中で、金がかかっているけれども規制がない、こういう点で弊害がある。さらには選挙民に迷惑になるというようなお話もございましたけれども、昨年の衆議院選挙で、あの改正の選挙を実施した結果、具体的にはどういう弊害が起こったのであるか、いわゆる政党活動が選挙期間中に従来に比べてある程度自由になった、それがマイナスの面に転化している、だから悪いことは朝令暮改でもすぐにやめるべきである、こういう積極的な御意見でございまして、また新聞報道等で聞くところによりますと、政府のほうではあれは次の国会には再改正をするという方針で案を練っておられるというような報道もございます。そうなりますと、この問題は相当論議を呼ぶことではないかと思いますので、具体的に何ゆえにやめるべきであるのか、これをお聞きいたしたいと思うのであります。
○安藤参考人 先ほどから申し上げましたとおりでございまして、それを先生のほうでいまあげておっしゃったのですが、そのとおりでございます。ただ、具体的にどこが悪いかということを言えと、こういうことでございます。昨年の衆議院議員の選挙のときには、あのビラの関係もそんなに不公平を具体的にということはちょっと考えられませんけれども、ただいまおっしゃるように、候補者自体によって、一人の候補者を出しておられる政党は非常によかったし、それから無所属の人は非常にあれで困っただろうということは簡単に想像されます。
 それからビラを配る方法につきましては、昨年の衆議院の選挙のときについての具体的のことは私も存じません。ただ、京都の知事選挙のときに、私京都へ実は行ってみましたが、集団的にたくさん一緒にあのビラを持って、ずっと各戸を回っておるという状態を見まして、これはこんなことになったらたいへんだな、こういうことになると回るほうもたいへんであろうと思うけれども、これは仕事として行っておられるのだが、一々ああいう人に回ってこられる選挙民は非常に迷惑するだろうな、こういうことをそのときに実感いたしました。
○青柳委員 いまの御意見で一応安藤参考人のお気持ちはわかりますけれども、京都府知事選挙の場合は、これは複数候補者を出す政党があるということはないわけですね。単一の候補以外出しようがございません。ですからその点での不公平ということは都道府県知事の選挙に関してはございません。衆議院選については、先ほどのお話がございますけれども、しかし政党の政策を宣伝するのであって、個々の候補者の功罪を大いに宣伝するというような面はないわけですね。したがって、複数出すから損で、単数だから得だというようなことは、本来ちょっと考えようがないわけなんです。やはり特定の候補者が当選するためには、自分の公約というものを、もちろんそのバックには自分の所属している政党の政策というものがございましょうけれども、宣伝をする、そういう中で、個人的にも信頼をかちえて当選を獲得するわけでございますが、政党はそこまではタッチしないわけでございまして、あくまでもその候補者の所属している政党としての政策を宣伝する、そのために選挙民もほんとうの政策本位の選挙ができるということなんであって、これは見解の相違かもしれませんけれども、私どもは、どうも特定の政党候補者には有利で、複数の候補者には何の役にも立たないというようなものではないと思います。ですからこの点はやはりもう一ぺん御検討をいただく必要があるんじゃないか。
 それから有権者が迷惑をこうむっているというような面は、これは御想像でございましょうし、またテレビなどの街頭録音などを見ますと、どうもあんまりビラを入れられたり、手渡されたりして非常にもったいない感じもしたし、迷惑な感じもした。もちろんすでに特定の候補者を支持するような立場である人は、反対派の候補者のビラをもらう、政党関係のビラをもらうということになると、不愉快な感じを持つこともございましょうから、どうも迷惑だというふうに思われるかもしれませんけれども、京都の府知事選挙の結果を見ますと、従来になく投票率が高いのです。これもやはり政党活動の自由がこの選挙期間中に旺盛に保障されたということによって、それだけの関心が高まり、投票率も高まったんではないか。だから民主主義のためには、あれをさらにもとに戻すべきではなくて、もっともっとこれを――もちろん何かいわゆる弊害というものがありますれば部分的に修正する必要はあるかもしれませんけれども、全面的にもとに戻してしまうということは後退ではないかというふうに考えるのでございますが、いかがでございましょうか。
○安藤参考人 私の選挙のときに直感しました感じといたしましては、理屈の上ではおっしゃるとおりでございます。ただ、選挙人の個人個人といたしましては、やはり同じ政党の人が二人出ておるときに、その政党の宣伝をされます。ビラが来ます。そのビラを見て、あの人を投票してくれという趣旨だなということははっきりわかりません。それから一人のときにはそれがはっきりわかる、こういうことですね。そういう意味で幾分そこに差があるんじゃないか、こういうふうに考えます。
 それからその次は政党のおやりになるビラの運動でございますね。これにはもう金額の制限がありませんし、方法にも制限はありませんので、もう自由自在にどんな大げさなことでもやれる、こういうことでございます。非常に綿密にそういう点を研究しておやりになっておる政党と、そうでない政党との間にも差がございます。その差がやはり一々候補者に影響するように見えるわけでございます。そういう点から、やはりそういうことのないほうがいいのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。
○青柳委員 見解が違いますので、私は最後にただいまの御見解に対して一言だけ申し上げておきたいのですが、政党本位の選挙とか、それから政党を中心とする政治というものは、国の政治の場合特に重要でございます。地方の政治についてもそういう面は決して少なくないと思うわけでありますが、そうしますと、力関係で政党に差が出てくる。これを選挙法で公平に扱うということは、これはやはり政党の日常的な力量というものを、何か法制によってためてしまう、優劣を平等なものにしようという試みにしかすぎないと思いますので、そういう点では私はとうてい納得ができかねるのです。これだけ申し上げまして終わりにいたします。
○吉田委員長 田中伊三次君。
○田中(伊)委員 大臣もお見えになっておりますので、大臣と参考人の三先生に御意見を伺ってみたいと思います。
 理想の選挙をやっていくためには、だれが考えても、金のかからぬ選挙をやりたい、それから選挙運動の自由をなるべく拘束せぬようにしたい、この二つでございます。ところが、この二つは両立しない。選挙運動の自由を認めていくということになると、金はどんどんかかる。そこで、この両立しない二本の柱をどう扱うかということになりますと、少し思い切ったことをやる以外に道はないだろう。それはきょうは公営というお話が御議論の中に出てきませんが、ひとつ公営を徹底する。徹底するということは、公営以外の選挙運動は遠慮さすのだ、許された公営の範囲内で選挙運動の自由があるのだ、少しやりにくいことですけれども、こういうことに徹底する以外にはないのではなかろうか。それを一口に具体的に申し上げますというと、一体、煩雑な選挙運動、やかましい選挙運動、わけのわからぬ選挙運動というものは、選挙運動の中心である自動車を走らせて宣伝をしておるという街頭演説、これくらいわからぬことはないのです。どこがわからぬのかというと、選挙は政策を徹底さすことが命です。政策を徹底さすことが命だが、街頭演説で政策なんか徹底していない。政策を徹底さすような選挙演説を街頭演説でやっておるという人はごくまれである。たいへん珍しい。そういう点から言うと、自動車を走らせて街頭演説をやるなどということが一台認められておるわけですが、こういうものは禁ずるということを思い切ってやってみる。したがって車がなくなるというと街頭での宣伝の道がなくなりますから、個人の演説会というものも廃止してみる。個人の演説会やったって人は来ないのです。全国ともに来ない様子である。立ち会い演説はしっかり来る。こういうことになるので、自動車をやめ、個人演説会を廃止して、立ち会い演説を中心で、この立ち会い演説会の回数を倍数くらいにふやしていく。自由を制限する結果、それを補う方法として立ち会い演説を倍数くらいにふやしていく。それから先ほどお話の出ましたはがきについても、現在衆議院については二万五千という制限がありますが、この二万五千を大体倍数くらい、五万程度にふやしていく。それから新聞広告も、ただいまの三回を数回にふやす。そして紙面のスペースもこれをひとつ拡大をしていく。こういう方法でこれが自由に使えるということになりますから、新聞紙上で紙上演説もできるようにしていく。それからテレビ、ラジオ、これの回数をふやし、若干時間もふやしていく、こういう方法で選挙運動の自由を制限する道を補うていくような方法はいかがなものであろうか。
 これの非常な特徴は、もしこれが実現するということになってくると、選挙に金はかからない。これは徹底してかからない。現行制度の上で言いますというと、ポスターを公営掲示場に持っていって張りつけるのに幾らか金がかかる。ポスター張りに金がかかるということ以外には金は一銭もかからない。一厘もかからない。ただ候補者がどこの放送局に行かなければならぬ、あるいはどの立ち会い演説に行かなければならぬということになりますから、自動車を持たなければならぬということになりましょう。候補者が一台の自動車を二十五日間にわたって使うという自動車賃はかかる。公営掲示場にポスターを持っていってだれかに張らす手数料はかかる。これ以外はかからない。選挙運動費用はゼロに近くなる。こういうことであります。非常な特徴が出てくる。非常に窮屈なように聞こえるけれども、こういうややこしい街頭演説、ややこしい個人演説などというものに膨大な金のかかるということはやめて、いまの方法によるというとほとんど金はかからない。選挙費用というものは眼中に置かなくていい。選挙費用を使い得ない人でもどんどん出てくる。候補者としてはよい人物が出てくる、有能な人が出てくるようなことになるのではないか。私は日ごろよりこれを真剣に考えておる者の一人であります。これについて大臣はどういうお考えでしょう。それから三先生はどういうふうにお考えか、お答えをいただきたい。
○秋田国務大臣 たいへん奇抜なふうに見える御意見で、事実私もいま伺いまして戸惑っておるところであります。しかし同時に、非常に啓発される示唆に富む御意見でありまして、とくと研究はさせていただきますが、しかし具体的に個人演説会は全廃しろ、あるいは街頭演説会は全廃しろという点につきましては、全然無意味ということはないと思うのでありまして、さればこそ現状これが行なわれておるのでありますが、これらについてはいろいろ工夫を要する点はございましょう。また人によりますと立ち会い演説全廃論もあるわけで、ここいらをよく検討をいたさなければならぬ。概して選挙の自由と金のかからない選挙というものが一つの矛盾であるということは、ある意味において言えるかと思います。しかしながら、同時にその間に、やはり矛盾なくある程度行なわれる問題点があるのではなかろうかという点につきまして、検討をすべきいろいろの問題を含んでおります。一がいに自由は金のかかる選挙にだけ通ずるからというような単純な、割り切った、まことに明快な議論ではございますが、実際の点については、その間の調和と申しますか調整というものを講じていくことが実際的ではなかろうかという点を感じまして、十分検討をしてみたいと存じております。
○安藤参考人 ただいま非常に思い切った御提案でございます。実際に候補者は立ち会い演説その他おそらく選管の言うとおりに動いておればいいんだ、それでもう個人としての選挙運動はしなくたっていいんだ、公営で何もかもやる、これはそういうことがほんとうに実現できて、具体的にそれでいいならば、それにこしたことはないようにも思われます。ただ、私ども経験といたしまして、立ち会い演説というものの効果がだんだん薄らいできまして、このごろではほとんど立ち会い演説会の聴衆というものは、これは全国通じてでございまして、非常に少のうございます。これ以上立ち会い演説会をやらなければならぬのだろうかと実は私のほうでは考えております。
 それから街頭演説にもお触れでございました。街頭演説、あんなものは政策も何もやらぬのだから不必要じゃないか、こういう御意見のようでございました。あるいはその政策を選挙民に知らすという意味ではほとんどその効果はないと思います。ただ、選挙が始まりまして街頭演説の車が走りだしますと、町じゅうとにかくこれは選挙が始まったなというムードだけはあれであげておるわけでございます。これは街頭演説のできる選挙が始まりますと、やはり街頭演説はやって、選挙が始まったというムードをつくる必要もいまのところあるのじゃないか、かように考えております。
○京極参考人 ただいまの田中先生のお話でございますが、私は、自由な選挙と金のかからない選挙と二つの中では、自由な選挙のほうが金がかかっても大切であるという考えであります。これは先ほど鍛冶先生の御質問に対して詳しく申し上げましたわけで、したがいまして、金のかからないということを主眼にお考えになる必要はないんじゃないかというのが第一でございます。
 第二に、選挙はやはり自由で楽しい選挙であるべきでありまして、公営の部分というのをなるべく減らしていくというほうが正しいというふうに私は考えております。先ほど青柳先生のお話の中に、政党に力量の違いがあるということが出ておりましたが、つまりどういうふうな選挙戦術を使ってどういうふうにやっていくかというところに個々の候補者の方なり政党の方々のおもしろい妙味もおありになるわけでありまして、あんまり画一化されて、ベルトコンベヤーに乗せてかん詰めをつくるみたいにして代議士になるというので生きた政治になるだろうか、そういうことを感じます。もちろん、個別的に申しますと、たとえばはがきを倍にして五万にする、無料配布ですか、新聞広告の機会をふやすとか、テレビ、ラジオの機会をふやすとか、そういうことは私は自由にする意味で非常にけっこうだと思います。ただ、候補者は有権者と離れたところにいてベルトコンベヤーに乗っているというふうな選挙でなくて、候補者が有権者に入り込んで話し合いをしまして、密着をして、そこから国民の声を吸い上、げるといいますか国民の声を聞く、そういう機会の一つが選挙であると思いますので、そういう意味では公営をふやすことによって候補者と有権者がどんどん離れまして、ガラスを隔てて接するようになるというのはよくないのじゃないか、これは角をためて牛を殺すような面もあるだろう、そういうふうに考えます。
○土屋参考人 自由な選挙と選挙に金のかからないこととは矛盾するというような田中先生のお話でございましたが、私は必ずしもそうは考えないのです。というのは、金がかかる金がかかると世間普通に言っておりますことは、買収とか供応とかいうようなことに金がかかるんであろう、私は選挙をやったことがありませんからわかりませんので、そう思うのですが、これは実は選挙の費用ではないのです。選挙に伴う犯罪の費用なんですね。だからそういうものと選挙費用と一緒にするのはおかしいので、ほんとうの意味の選挙運動の費用は幾らふえても私はかまわないと思う。何とならば、それは国民の政治教育になるので、結局買収や供応の費用とは違いますから。それはほんとの政治教育の費用なら幾ら金がかかろうとかまわないし、また、それが幾らかかったところで一当七落なんということになりっこないですね、いまの考えでは。ですから私は必ずしも二つの命題が矛盾するものとは思いません。
 それから選挙公営の問題ですが、公営ということ自身は私は実はあんまり賛成しないのです。それで私の考えていることは、選挙は自由にやらせる。もっとも私の申すのは個人の選挙でなくて政党の選挙ですが、政党がかってに何をやってもいい、法律に触れない限りは。そのかわり費用はひとつ国家で見てやる。ですから、公営と言いましても、いまのように公報を刷ってやるとか、ポスターを張る掲示場を立ててやるとかいうようなことは、こちらではやらないのですね。いまのポスターを立てることでも町村はふうふう言っているのですから、あれ以上公営が町村の負担になったらとてもやり切れないだろう。それは法律に触れない限りはかってにおやりなさい、そのかわり費用は見てあげます、しかしこれ以上は見ませんよというような意味の結局公営ですけれども、金を国家が見てやる、それは理屈もあることだと思います。選挙というものは本来国家でやるべきものなんですから、その金を国家が見てやるということは私は理屈がある。そういう意味で運動自体は政党の自由にまかせる、ただし先ほど申し上げましたように規律ある自由にまかせるというようにしたらどうかと考えます。
○鍛冶委員 ちょっと関連して一言だけ。
○吉田委員長 簡潔に願います、時間が参りましたから。
○鍛冶委員 いま田中君の言われたことは、私がかねて言うておることを言われたので、たいへん私は必要だと思うが、一つ大事なことが落ちておる。金がかかる金がかかると言うが、そういう運動に金はかかりますが、ほんとにやってみて一番金がかかるのは事務所です。事務所を持つということに一番金がかかる。そこで私は事務所を持たぬでもやれる選挙がいいと思う。そこで、公営ということをやって事務所がなくてもやれるようにせい、こういう考えを私はいつも言うのですが、この点についてひとつお三人の方々に簡単でよろしゅうございますから御意見を伺いたい。
○安藤参考人 ただいまおっしゃることが理想だと思いますけれども、実際に選挙管理委員会としては困ります。実は御承知の泡沫候補がよく立候補いたします。選挙になりますと、選管としてはしょっちゅう候補者に連絡をしなければならぬことがあるわけでございまして、始終選挙事務所に電話であるいは職員が行っていろいろ連絡をするのですが、泡沫候補者の中に、電話もなし、事務所もなしというのがおります。これは選挙管理委員会ほんとに困っているのです。選挙管理委員会から渡しました選挙事務所の大きな表札ですね、あれは自分の家の玄関へ置いているのだそうです。それで、そこへ行っても事務に従事する人がおらぬので、奥さんなり家族の人を取っつかまえていろいろな話をしてくるのだというようなことで、これにはもうかなわぬ、こういうことを私ども聞いておりますから、そいつはちょっと困るのじゃないか、かように感じます。
○京極参考人 先ほど一番最初に私申し上げましたように、私は、事務所を幾つつくってもいい、休憩所を幾つつくってもいい、そこで通常の湯茶、茶菓の接待、もちろんビールの接待もけっこうである、そういう考え方でございまして、そういう有権者といろいろな意味で、いろいろなレベルで接触をしまして、これは非常に次元の高いレベルからあまり高級でない接触があると思いますが、そういう接触をする絶好の場所になるのだと思うのです。それをわざわざおやめになりたいなら御自分でお締めになって、ほかの方までおとめになることはないのじゃないかというふうに思いますが、いかがでございましょうか。
○土屋参考人 私は自分で選挙をやったことはありませんから、いまの鍛冶先生のお話にはお答えする資格はないのですが、事務がある以上はやはり事務所は必要じゃないか、私はそう思いますですが。ただ、いまのような事務所という先生のお考えだろうと思うのですが、それは別の方法で取り締まりは必要でしょう。(鍛冶委員「連絡場所が……。」と呼ぶ)だからそういう意味の事務所、ほんとうの事務所というものは、これはどうしたって必要でしょう。ただ事務所でいろいろな悪いことの種をつくるというようなことがいけない、それはもう皆さん同感だろうと思います。
○吉田委員長 これにて参考人に対する質疑は終わりました。
 本日は長時間にわたり貴重なる御意見を述べていただきまして、まことにありがとうございました。本件調査に資することきわめて大なるものがありました。委員一同にかわりまして参考人に厚くお礼を申し上げます。(拍手)
 それでは参考人は御退席していただいてけっこうでございます。
    ―――――――――――――
○吉田委員長 引き続き政府に対する質疑を続行いたします。奥野誠亮君。
○奥野委員 時間がだいぶ過ぎておりますので、ごく簡単に三点だけお尋ねしておきたいと思います。
 一つは、きょうの参考人からの話でも自由化の是非をめぐる問題が大きな話題になったようでございます。大臣もこの点については十分お聞き取りになったと思います。昨年東京都議会の選挙があり、ことし京都府知事選挙があり、来年は多数の地方選挙の行なわれる年でありますだけに、この問題の是非が当然大きな話題になってくる、かように考えておるわけでございます。私、選挙につきましては、自由化の問題も大切な問題、金のかからない選挙にしていくことも大切な問題、投票の秘密を確保していくことも大切な問題、選挙の公正を保持していくことも大切な問題、いろいろな命題をいかに調整していくかということに帰着する、かように考えておるわけでございます。その選挙戦が政党本位で戦われるか、個人本位によって戦われるかということによってもまた命題にウエートの置き方がおのずから変わってくるのじゃないだろうか、こういう考え方を持っておるものでございます。いずれにしましても、選挙は各党それぞれにまたがっていく問題でございますので、私たちも各党間で十分これらの問題につきまして意見の交換をしていきたい、かように考えておるわけでございます。政府におきましても当然これらの問題につきましては検討を続けておられると思います。同時にまた、来年春には地方選挙が集中するわけでございますので、年内にはどうするかを決着をつけてしまうべきだ、こういうように私は考えておるのでございます。
 そこで大臣に、どういう問題を検討すべきだと考えておられるか、問題点と、そしてまた十二月中にはおそくとも決着をつけるべきだ、かように考えておる考え方についての所見を伺っておきたいと思います。
○秋田国務大臣 年内にこの問題に対する政府の考え方を明瞭にして、国会の御審議に待ちたいと考えております。
 それから、どういう点が問題になるかと申しますと、自由化は、もちろん政党の政治活動、選挙の際にその自由化を維持すべきことは当然考えなければなりませんが、過去の選挙の経験に徴しまして、複数の候補者を持っておる場合と一人の候補者を持っておる場合のいろいろ問題点もございましたが、一人の首長を選挙する場合におきましても、これは二人、一人という問題はございませんが、問題点が別に、金がかかり過ぎて、あまりにも騒々しくて、公明な静かな平等な選挙という概念からややかけ離れてくるのではなかろうか、この点はどうしても直したほうがいいんじゃないかと思われる点が出てまいりましたので、この点を改正すべきじゃなかろうかと考えておりますが、その点と申しますのは、ここでも先ほどから御論議になっておりますいわゆるビラの問題、ビラの配布のしかたの問題がございます。ビラビラとおっしゃっておりますが、このビラには正確に申しますと機関紙、それからいわゆるビラ、パンフレットの部類、こう二種類に分かれるのではなかろうかと存じます。この二種類につきましてやはりいろいろ考慮をめぐらすべきものでありまして、一概にただビラといって単一の概念で全体の状況を律するわけにはいかない問題が含まれておるように考えられるのであります。
 それからワッペンとかシンボルマークというものも一つの表示でございますので、ビラとかそういうものと関連をいたしまして考慮をなさるべき点があるのではなかろうかというふうに考えられるのでございます。
 その他、政党間の、首長等の候補者を出しているいないとかいうことが、県会議員以下のいろいろ選挙の取り扱いについて、ただいまは取り扱いが別になっておりまして、こういう点を考慮しなければならないのではないか、平等な取り扱いをしなければならないのではないかという点も考慮すべき点と存じます。
 また、ただいまもお話に出ましたが、事務所の数であるとか、あるいは使用される自動車の数、これは個人につきましては制限されておりますが、またいわゆる事前運動の時期と選挙後に分けてこの点も考慮しなければならないかと思います。
 いろいろこれらの問題には、複雑にしてかつ解決困難な問題をたくさん含んでおります。これらを具体的に詳細検討をいたしまして、いわゆる自由化の問題と金のかからないものとの調和点を見出さなければならない、自由というものの本質を著しく阻害するようなことがあってはならないと思いますが、過去の経験に徴しましてこの点は考慮すべきものであると思います。ことにいわゆるビラの頒布におきまして非常な金がかかっておるのでありまして、ここいらは、ただ国民の啓蒙、政治教育になるから何ぼかかってもいいじゃないかというような単純な理屈では押し切れないほどの金額にのぼっておるのではなかろうかという過去の実情は十分この際考慮されなければならないと考えております。
○奥野委員 第二の問題でございますが、来年の春には地方選挙が集中するわけでございます。例年四年ごとのこの時期には、国のほうで投票日を統一されて、これについては各党も従来の例から徴しまして反対はないと思うのでございます。しかしいずれにしましても、府県、市町村の意思いかんにかかわらず、国のほうで統一してしまうわけでありますから、よほど余裕を置いてその時期を示していくべきではなかろうかというふうに思います。そうしますと、もうあと半年内外で選挙が始まるということになるわけでございますので、こういう問題についてどういうようなお考えをお持ちになるか、具体的にお話しできる限りのことをこの際明らかにしておいていただいたらいかがか、かように考えます。
○秋田国務大臣 前回及び前々同等の例にもよりまして、来年春には各種の地方選挙が行なわれます。これを統一したほうが便利であろうと考えておりまして、前の例にもよりまして三月一日から五月末日に任期切れになります各種の地方選挙には、これを二つぐらいのグループに分けまして、いわゆる統一選挙を実施したほうがよかろうと考えております。
 しこうして、これが選挙の時期につきましては、お説のとおり、およその予想される時日も切迫しておるのでございますので、なるべく早くこの時日を明示いたすことがお互いに便利である。ことに選挙される方の身にもなって考えますれば、当然そういう措置を考えるべきものであると考えております。
 そこで、三月から五月の間に二つのグループぐらいに分かちまして、前回の例によりまして処置をするといたしますればどうなるか、およそただいま自治省が考えております点を、この際せっかくの御質問でもございますので、申し述べてみたいと思います。
 やはり四月じゅうに行なうべきものかと存じておりますが、三月から五月のものを統一いたしますから、まん中の四月に集中をいたしてまいります。しこうして四月末は天皇誕生日がございまして、また連休等も続くわけでございますから、なるべくこの時期を避けまして、これが始まる前までに統一地方選挙は終了が望ましい、こう考えられます。
 しこうして二つの選挙の分け方は、大体従来の例によるわけでございますけれども、市会及び市町村長の関係の選挙と、県会及び府県知事の選挙とに分けるわけでございますが、まあ両者の選挙の間には同じ種類の日を、日曜日なら日曜日、週日のある一日ならば同じ種類が望ましい。しこうして一週間の間隔では事務上いろいろ繁忙をきわめるのではなかろうかと思いますので、その間に二週間の間隔を置いたらばと考えられるわけでございます。そうしますと、四月の月末を避けましてその間に二週間の日を置くといたしますと、およその日が予定されるわけであります。
 そこでウイークデーを選ぶか、日曜を選ぶかということが問題になってくるわけでございます。従来ウイークデー等もしばしば選挙日に選ばれたようでございますが、最近都会等におきましては、先ほども参考人から御所見の発表があった際にお話がございましたが、なかなか選挙場のしつらえにいろいろ問題がある、また管理委員会の職員を集められるにもいろいろ問題があって、日曜日のほうが望ましいというような御意見が強く選挙管理委員会方面から表明されております。また選挙民各位の投票をされる利便ということももちろん考慮をしなければならないと存じますが、投票が日曜日がいいか、あるまん中ぐらいの週日がいいか、どっちが投票率がいいかというような点、投票率の良否につきましては、必ずしもウイークデーでなければならないというようなことも過去の経験上は考えられないように存ぜられます。
 そこで、選挙管理委員会方面の御意見を重視いたしまして、選挙事務執行上の利便等をも考えまして、日曜日にしたほうが結局総合点数よろしいのではないかというような考慮をいたしておるわけであります。そうしますと、およそ四月十一日、あとが二十五日でございますか、そういう日が自然と浮かび上がるわけでございます。その辺を考慮いたしておるような次第でございます。
○奥野委員 くどいようですが、いまのお話を伺っていますと、従来の例とあわせ考えて、府県知事、府県議会の選挙を四月十一日投票日、市町村長、市町村議会の議員の選挙を四月二十五日と一応予定している、こう理解してよろしいわけですか。
○秋田国務大臣 さようでございます。
○奥野委員 第三に、議員定数は国勢調査の公表人口に左右されるわけでございます。先に国勢調査が行なわれまして発表待ちになるわけでございますが、当委員会でたびたび、概数発表の人口を採用することの可否については政府としては適当でないのだというお考えを承っておりますので、それはそれでわかるわけでございます。しかし選挙が近づいてから人口が公表され、それに基づいて、総数の動くのは別としましても、各選挙区に割り当てするその動き方が微妙に変わっていく。これは選挙運動をやっている者にとっては耐えがたい問題だと思います。そうしますと、やはりそういう地域については、もっと早く各選挙区ごとの定数何人かということが明確になるような措置がとられるべきだ。としますと、やはりこの問題も年内に決着をつけてあげるべきではなかろうか、かように考えるわけでございます。したがいまして、こういう問題についての考え方を承っておきたいと思います。
 同時に、さきに人口が三万をこえておりますと新しく市を名のれる法律ができたわけでございます。市を名のるにあたっては、人口がはたして三万以上あるかどうか、特にその人口調査を指定をいたしまして、そして調査を行なったわけでございます。したがいまして、この人口は公権力で確定された人口だ、こう言えるわけでございます。そうしますと、市会議員の定数などについてはこの人口を用いることができるのかどうか、公職選挙法を見てまいりますとたいへん疑問があるようでございます。また用いることができるということになると、府県全体の人口のうちでその市の人口だけを変更して計算し直していいのかどうかという問題にも波及していくわけでございますので、新しく市を名のった団体の議員定数はどの人口によるのか。というよりも、この新しい調査人口を使うことができるのかできないのか、これもひとつこの際明確にしておいていただいたらよろしいんじゃなかろうか、かように考えるわけでございます。
○秋田国務大臣 議員の定数の問題につきましても、人口調査、国勢調査がございますので、それとの関係上、早く相当の時間をおいて確定をすべきではないかという御議論は当然だろうと思います。したがいまして、この点につきましても、年内に方針を確定をいたしまして、選挙人また被選挙人、一般大衆が方途に迷うことのないようにいたしたい、こう考えております。
 そこで、確定数を基準にすべきものであって、概数を基本に考えるべきではないという点につきましては、しばしば当委員会でも自治省の見解を申し上げましたので、その詳細はこれを省略させていただきます。しこうして確定数によるべしとしまするならば、ことし十月一日に行なわれる国勢調査の確定告示がいつ出るかということ、これが問題になるわけでありまして、しばしば内閣統計局とも連絡をし、確かめもしてまいったところでありますが、どうも三月末でなければ確定数は出てこないということでございます。そうしますと、先ほど自治省が考えております選挙日との関連がここに具体的に問題になってくるわけでございます。十一日の選挙執行のためには、告示は三月末になろうかと存じますが、都道府県の分の確定数がようやく三月の終末の時期くらいから告示をされてくるというように伺っておりますので、これは選挙区との、定数との関係が動きます都道府県関係、道府県の選挙では、とうてい事務的にも、区割りをする条例の変更その他の選挙事務の処理等々から、これは物理的に差しつかえを生じますので、残念ながら新しい国勢調査の結果の確定数をこれに当てはめて利用するわけにいかない、まことに遺憾でありますが、そういう事情に相なるわけであります。さればこの日を動かせということも議論の上では出ますけれども、実際上、常識上、先ほど申し上げましたような説明によりまして、この日を動かすわけにもいかないということになりますれば、またどこか一、二の県をピックアップしましてそれだけ早くしろというわけにもまいらないわけでございまして、どうしてもこの分については前広く、都道府県関係の議員の選挙につきましては、いずれの人口によるべきかを早く明示をする必要に迫られますし、現実には新国調は使えない。したがいまして、年内にはっきりさせるとしますれば、十二月一日の人口によるというようなところが書かるべきものではなかろうか、そう特例を出さなければなるまい、こう考えております。
 なお、市町村分は、先ほども申し上げましたその選挙日が二十五日と、その間に二週間のズレがございますので、こうしますというと、これには選挙区の問題が付随いたしません。数がふえればふえただけその市町村でふえるということができるわけでございます。そこで、これにつきましては、都道府県の議員の選挙とは別に、事務的に間に合うということがある部分の府県の市町村については起こり得るわけでございます。そこでこれをどうすべきかという問題がございます。都道府県議員の選挙については、ただいま申し上げましたとおり新国調は使えないといたしましても、二週間あとでございますから、必ずしも都道府県と同じように十二月一日の確定人口によるという規定をしなくても、もう少しあとにしてもよろしいわけであります。二月一日の人口によるというようなことも書けると思いますが、しかし二月一日は現実として新国勢調査の確定人口数は間に合わない。しかしながら、選挙をするのには、三月末から四月の初めにかけて現実確定人口の告示されます道府県に属する市町村の分は事務的にも間に合う分があるわけでございます。これはやはり全部まちまちである。旧国調によるべきものあり、新国調によるべきものありということではどうかと思いますので、ただいま申し上げましたとおり、原則としては十二月一日及び二月一日の確定人口によるということにいたしまして、現実におきましては、市町村の分はどうしますか、ここは皆さまの御意見も十分伺いたいところでございますが、世間にはなるべく新しい人口を利用すべしという大きな御希望がございます。しかしそれによれば、全体の確定人口をどこに置くかという原則の一致性を欠くではないかという議論も出てくるところでございます。しかしこれはどちらも議論の立つところでございますが、どちらがより多く国民のしあわせに通ずるであろうかという比較検討の問題かと存じますが、われわれといたしましては、原則はただいま申し上げたように確定をいたしておきまして、もし新人口による選挙を希望される市町村がございましたならば、条例の改定によりまして、その点できる市町村につきましては選択をする余地を残しておくという方法はいかがであろうか、これが皆さまのしあわせに通ずる道ではなかろうかとほほ考えておるような次第でおります。
 新市につきましての処置につきましては、事務当局からお答えをいたします。
○中村説明員 奥野先生からお話のありましたことし三月自治法の一部改正によりまして、市になる特例として三万でよろしいという規定が設けられました。その三万の人口の確認につきましては、特に法律に特例を設けまして、全国的な国勢調査の結果でなくても、統計法三条の規定によって指定統計調査を行なって、その結果を用いて三万を確認してよろしいということになったわけでございます。そうなりますと、市の要件に関する人口調査がその後の市の議会議員の算定等にまで用いることができるかどうかという点について若干の議論がありまして、関係者の間で調整をしたところでございます。この機会に結論を申し上げますと、いわゆる指定統計調査は市の要件にかかる分についてのみ有効なものと考えておりまして、議会議員等の定数に関することまでその指定統計調査が及ばない、議会議員等につきましては全国的な国勢調査の結果によるということで対処をいたしたいというふうに存じておるところであります。
○奥野委員 大臣のお話をこう受け取っていいのか重ねてお伺いして、それで私の質問を終わらせていただきます。
 府県の場合には十二月一日現在の人口によるようにしたい。結果的には四十五年の国勢調査の人口は間に合わない。市町村の場合には、おそらく選挙区に議員定数を配当するというような必要はないからだろうというふうに伺うのですけれども、二月一日か三月一日か現在の人口にしたい。実際問題として、四十五年国調の人口の発表があるかないか問題だけれども、あればそれを使うことができるようにしたい。できるようにするということは、国勢調査の人口が前の人口よりも減っている場合もあればふえている場合もあるだろうと思うのでございます。いずれでも使えるようにするということは、人口が減っておっても多かった時代の多い議員定数によつて選挙することもできるし、またふやしたければ新しい人口によってふやしてもよろしいという選択を市町村に持たせよう、こういうお考えだったように伺ったのですが、間違いないかどうか、重ねて伺って質問を終わります。
○秋田国務大臣 仰せのとおりでございます。
○吉田委員長 堀昌雄君。
○堀委員 最初に、前回の委員会でペンディングになっております点が二、三ありますから、それだけをきようは時間がありませんから確かめておきたいと思います。
 一つは、実はこの間自治省から発表のありました政治資金規正法に基づく届け出団体であって報告書の提出が行われていないものが非常にたくさんある。これは政治資金規正法の改正以前の問題でありまして、どうしてもここは少しきちんとしなければならないと思うのです。そこで、前回私は当委員会で示唆をしたわけでありますが、きょうは国税庁直税部長に入っていただいておりますから、この政治資金規正法の団体に寄付または会費が法人から支払われる場合には、当然それ相当の領収証が発行されておると思いますが、それに基づいてこれはおそらく経費として認められておると思いますが、その点は法人の税務会計上どうでしょうか。
○江口説明員 政治資金規正法に基づく届け出のあるものとないものとがあるわけでございますが、いずれにしましても、法人等を調査いたしまして、政治家個人あるいはその後援会等に支出が行なわれたといった場合には、御本人に事情を確かめ、あるいは関係の事務所等にも問い合わせをするということをいたしてございますが、必ずしも先生御案内のとおり十二分に調査ができていないという事情がございます。これは先生御案内のとおり、われわれの税務行政いろいろ悩みが多いわけでございますが、その悩み多いものの一つとして、規正法に基づく届け出があれば、これは私ども毎年、年二回自治省等から資料をいただいて、各局のほうに送りましてチェックをしておるわけでございます。そのほかに公職選挙法に基づく報告がございますが、これは各地方の選挙管理事務所のほうから各局が資料を徴しまして、そのほかの一般調査の段階で把握をいたしました事実を確認、チェックをする、こういうシステムをやっておりますが、必ずしも先生御指摘の領収証が全部発行されておるかどうかについては十二分にいっていないというのが実情ではないかと思っております。
○堀委員 そこで、少なくとも政治資金規正法という法律がある以上は、ここに届け出をしておきながら正規の法律を守らないで報告書の提出をしないものはもう正規の団体として認めないということで、少なくとも税法の取り扱い上これは経費として認めませんよという方針をひとつ明らかにしてもらいたいと私は思います。やはり法律の求めておる条件を満たさないものは政治資金規正法に基づく団体ではありませんから、その団体でないもの、それは架空の団体だって幾らでもつくれるわけでして、そこに支出したと称して実はかってなことに使っていたってわからないわけであります。しかし、少なくとも規正法で届け出をし報告が出ておる団体ならば、当然それは政治資金として使われておるもの、こういう要件を満たすものとして、これは課税上の経費として認めることにやぶさかでありませんけれども、ここらのけじめを少し税法の上でも明らかにしてもらいたい。どこまでやれるかという問題は別でありますけれども、しかし少なくとも方針としてはそういうことで国税庁にもひとつ臨んでもらいたい。こういうふうに思いますけれども、その点について自治大臣のほうから大蔵大臣にも、これは当然のことでありますので協議をしていただきたいし、あわせて、本日は国税庁の所管の直税部長もおいでになることでありますから、そういう方針のもとに自治省と緊密な連絡をとりながら、少なくとも違法な団体については、そういうものは経費として認めませんという方針を本日ここで明らかにしていただくと同時に、自治大臣もひとつその線に沿って大蔵大臣と十分協議をしてもらいたい、かように思うのでありますが、先に国税庁のほうからお答えを願いたいと思います。
○江口説明員 政治資金規正法の関係で私発言する立場にないのかもしれませんが、こういうふうに私は理解したいと思うのです。
 公職選挙法の関係の資金の動きにつきましては、これは報告を出していただきまして、先ほど申し上げましたように、管理委員会のほうから資料をいただいてチェックをしておりますが、この分につきましては全部非課税という所得税法、相続税法の規定があるわけでございます。それから政治資金規正法のほうは、政治活動に使われたということをわれわれのほうで確認をするという形にしたいわけでありますが、実際問題としては証拠書類等が必ずしも十分にない。ただ後援団体等が規正法に基づいて届け出を出したから非課税にするということではなくて、金の動きがどうであったか、それがまた政治活動に使われたかどうかということが税法上問題になるわけでございますから、届け出があろうがなかろうが、私どもとしてはキャッチいたしました資料に基づきまして収支計算をして、残りがあればそれを雑所得として課税をするという取り扱いをやっておるわけでございますので、公職選挙法の関係と政治資金規正法の関係の取り扱いが私どもとしてはちょっと違うような感じがするわけでございます。
○堀委員 なるほど、そうすると公職選挙法というものは税法上には全然働いていないということのようでありますが、これはやはり国の法律が一つあって、そこで届け出をしようがしまいが税法上ちっとも差がないというのは、これまた私はどうも少し納得がいかぬ点があるわけです。きょうはちょっと時間がありませんから詰めた議論にはなりませんが、自治大臣、やはり一つの国のルールがある以上、そこらの取り扱い上に何か差があってしかるべきで、正規なものと正規でないものが同じ取り扱いを受けるというなら、政治資金規正法なんて実は要らないわけです。それじゃ困るわけです。特に一番関係があるのは、私はやはり税法上これは非常に関係があると思うのですね、そういう点では。支払う側はそれが経費になるかならないかが非常に境目になるわけでして、経費にならぬところに出すのは困る、こうなって、それならきちんと届け出をしましょうということでものが前に運ばなければ、これはちょっと問題があると思いますから、そこらのところは行政上の取り扱いの問題でありますから、もちろん税法上はそうは言っても、いまのような税法独特の立場もありますから、そこのところをどういうふうに調整をするかは今後の検討課題だと思いますが、ひとつそういう意味で自治大臣も大蔵大臣と協議をして、政治資金規正法という法律がたとえざる法であろうとも、その現状は、少なくともきちっと守られるということにしてもらわなければ、何もあとはチェゥクすものがなければ困るので、その点ひとつ自治大臣いかがでございますか。
○秋田国務大臣 十分その点は検討を要する問題であろうと考えております。そのことはこの前の委員会にも私申し上げたと思います。しこうして、まず自治省といたしましては、届け出が十分履行さるべきことでありまして、これが措置につきまして行政上十分手を尽くしてみたいと思いますし、また尽くしつつあるわけでございますが、回答が十分いただけないものがまだ多数ございます。また行く先不明で返っておるものもございます。こういうものを整理するとともに、もう少しく届け出励行をされるように督促の行政上の措置をとりました上で、どうしても届け出が励行されないと認められるような状態になりますれば、その時点において十分慎重な考慮のもとに検討をいたしまして、大蔵大臣とも大蔵当局ともいろいろ御連絡御相談をしてみたい、こう考えておりますが、まず行政措置を十分とることが自治省として当面やるべき措置であろうかと存じております。
○堀委員 もう一つ、前回の委員会で、この間の答申、参議院の定数是正の問題、これについては大体それじゃ九月ごろにははっきりするだろうというふうに承っておったのですが、本日九月七日でありますが、一体これはどうなっておるんでございましょうか。いつになればこれは政府として案が固まるのでございましょうか。これが固まりませんと、おそらく第七次の審議会の発足ということは無理になるだろう。ひとついま固まっておるのならもう固まっておると――この前も自治大臣は、国会に提案をしなくても、自治省の方針が固まれば第七次の審議会の発足を始めたい、こういう御答弁があったわけですから、要するに参議院の地方区の定数是正の処置がどうなっておるのか、それは一体いつになったらはっきりきまるのか。それを受けて第七次審議会というのは一体いつになったら発足をするのか。きょうは参考人にも来ていただいて、非常に重要ないろいろな意見を伺ったわけでありますし、当面やらなければならぬ問題はたくさんあるのにもかかわらず、遷延しておるということは、これは私は自治省としては怠慢ではないか、こういう感じもいたしますので、その点のひとつお答えをいただきたい。
○秋田国務大臣 参議院定数是正の答申に関する改正案の具体的なめどを九月とは私申し上げなかったと思います。しかし、そういう結果になるかもしれません。できるならば、第七次審議会の発足についてのめどを立てたいという、またそれにはその問題がからんでおりますから、間接的にまあそういうことになるんじゃないかという意味ならば、そうなるかと思いますが、この点につきましては、いろいろだだいまの統一地方選挙の問題とか、あるいは政党の選挙の際政治活動の自由の関連の問題とか、問題が山積されておりまして、解決するのに緩急おのずから時間的差がございますので、それらのほうに勢力をそがれておったような次第でございますし、また関連いたしまして第七次選挙制度審議会の発足等は、相手さまのあることでもあるし、いろいろ夏休み等があった、まあ、これはあらかじめ予定はされておったことであります。いま下準備の段階には入っておりまして、いろいろな試みの探りと申しますか、試探的なことはやっておるわけでございます。それにつきましてはもちろん参議院の定数是正に関する答申を尊重するという趣旨で、その基準の上に立って動いておるのでございます。しからば文字どおり成文化してそれはできておるかと申しますと、そこまではいっておりませんけれども、また多少これが国会提出までに時間もありまするから、この点の具体的な成案につきましては多少の時間をお許し願いたいと存じますが、方針としては文字どおりこれが趣旨を尊重するということで政府の態度は一貫いたしておるわけであります。その方針のもとに第七次選挙制度審議会の発足につきましても下準備に取りかかっておる次第でございまして、いましばらくお待ちを願いたいと存じます。
○堀委員 前回の委員会でこういうことになっておるのですよ。自治大臣の答弁です。「政府といたしましては、必ずしも国会を全部通るまでということは考えなくてもいいのじゃなかろうか。各般の情勢判断の上に立ち、各関係方面の御意見のおよその帰趨というものについて、ある程度の見通しを政府として得たと思う時点におきまして処理がつき得る。大体こういう方式で処理するということができますれば、第六次審議会の御答申に政府としては対応できるわけですから、その時点を待って、ある程度の見通しのついたところで、過去の御苦心につきましてはこういうふうにいたしたいつもりでございます、したがって、今度の第七次では次のような諸問題につき御審議を願う、こういうのが順序であり、例であろうと思いますので、必ずしも国会の通過をめどにする必要はなかろう、このように考えております。」そこで私が「そうすると、早ければ九月、少しおくれれば大体十月ということですね、いまのお話を聞きますと。十一月の国会に出すのに十一月まで原案ができないわけはないでしょうし、そんなにたいしてむずかしいことはないでしょうから、腹をくくるだけのことでしょうから、大体そういうふうに理解してよろしい、こういうことでしょうか。」とこう伺ったら、秋田国務大臣は「大体そういうころになりますれば、第七次選挙制度審議会の発足を準備及びお願いに上がるということになると思います。」こうふうに実はお答えをいただいておるわけです。ですから、どうせこの答申が出て、次の参議院の地方区通常選挙に間に合わせるということが前提になっておるわけですから、いつまでも引っぱっておるわけにはいかないんじゃないだろうか。そうすれば、時間的なタイミングから見れば、おそくも九月か、どんなにおそくとも十月中に結論を得なければならないということになる。しかし片方の問題は、御承知のようにもう答申が出て、そんなことをすれば半年ぐらいはまた審議会が空白になる、こういうことにもなりますので、その点は一体十月にはそれでは参議院の定数是正の案の、固まった案ですね、それは法律にするしないは別でありますが、できるということでしょうか、十月にもまだできないんでしょうか。
○秋田国務大臣 前回の委員会で御答弁申し上げたような趣旨で、やや九月の現時点に間に合っておりませんから、歩度はおくれておるわけでございますが、およそ同じ考え方で処置をいたしておることをいま御答弁申し上げたつもりでありまして、重ねてのお尋ねに対しましても同様であるとお答え申し上げるわけでございますが、必ず十月中に歴日どおりということは別といたしましても、次の参議院選挙に十分間に合うような措置をとり、常識上それに合ってまた長い間の選挙制度審議会の空白を起こさないように処置をする所存でございます。
○堀委員 終わります。
○吉田委員長 伏木和雄君。
○伏木委員 時間もありませんようで、一点だけお伺いしておきます。
 先ほど来年度の統一選挙につきまして大臣のお考えのほどを承ったわけでございますが、これについて私ちょっと意見もございますので、御答弁いただきたいと思います。
 まず来年四月十一日に都道府県の――都はありませんが、道府県の選挙、そしてその他の市町村については二十五日というようなお話がございました。先ほど来大臣のお話の中にもありましたように、でき得るならば新しい国勢調査の結果によってやりたい、しかしそれが間に合わないので、従来の四十年の国勢調査にたよるのだ、こういうようなお考えのように承っております。私は、ちょうどこの辺が接点ではないか、大事な時期ではないか、前回の四十二年の統一選挙はたしか四月の十五日であったと思います。これより若干おそくして、むしろ四月の十八日ごろになれば、国調の結果というものも相当明らかになってくる。十八日にすれば、三月一ぱいに国調の結果が出そろったとしても、当然公示には十分間に合うわけでございます。しかも十二月にはその概数が速報として発表される。前回統計局の御答弁にもありましたように、概数による速報は過去九九%まで狂いがないということですから、あらかじめ十二月の概数によって準備をして、そして三月いっぱいに出てくるところの正式な数を官報の公示をもって各都道府県が条例化していくという段取りをつけていけば、四月の十八日、このころにすることが妥当ではないか。それが今回行なわれる国勢調査による人口をあらわしたところの定数、こういうことになってくると私は思うのですが、この点について再度、四月十一日ということをもう少し先へ延ばすお考えはないものだろうか、その点をまずお聞きしておきます。
○秋田国務大臣 延ばしますと、天皇誕生日とか、先ほど申し上げましたとおり連休とか、いろいろ間にはさまってまいりまして、非常に各方面に不便と不都合が生ずるのであります。またそれ以下に延ばしますということは、三月と五月間のものを統一するという趣旨から申しましてどうかと思います。また参議院の選挙がすぐあとへ控えておるのでございまして、これといろいろの点を考えますと、どうにも延ばすことが不都合であるというようなことを考えたわけであります。同時にまた、先ほども御質問にありましたとおり、やはりどういうもので選挙するのだという選挙の基準になります人口基準というものをしっかり早く年内にきめておく必要があると全体的に考えられますので、そういう点の考慮もいたしまして、先ほど御答弁申し上げましたような措置を考えておるような次第でございます。
○伏木委員 年内にある程度きめるということは、先ほど申し上げましたように、概数によっても九九%狂いがないという過去の統計もございます。ですから私は、事務的には何ら支障はないのではないか。むしろそれよりも、いかに民意を反映するか、法律に基づいて地方議会を充実したものにしていくかという点に考えの焦点を合わせるべきではないか。とするならば、新しい国調によって来年度の選挙を行なうことが当然であると思います。先ほど大臣は、都道府県以後に行なわれる選挙には、三月いっぱいに出てきた数字をもとにして、地方である程度任意にそれを使えるようにしてもいいのではないかというようなことも若干お述べになっておりましたけれども、私は当然新しいのを使えるところはどんどん使わせるべきだ、このように考えるわけなんです。ですから、おそくするといっても、前回は四月十五日に行なわれております。三日ずらせば、十分告示に新しい国調の数字が間に合ってくるわけですから、こういった点から、いかにその新しい人口を中心としたところの選挙を行なうかというところに問題をしぼっていけば、当然事務的には多少ズレがあったとしても、一週間ほどずらして新しい国調をもとにするのが筋ではないか、私はこう考えるのですが、この点で再度お聞きしたいと思います。
○秋田国務大臣 概数論のとれない理由は先回申し上げましたので、重複を避けたいと存じます。しこうして、国調の確定数の告示が、先ほども申し上げておるとおり、三月のずっと末日に近いようなとき、あるいは末日ころから出始めるというように聞いております。そういたしますと、たとえ十一日を十五日にいたしましょうとも、あるいはさらに数日延ばしましょうとも、都道府県会議員の分は、いろいろさっき言ったように、選挙区があって定数を是正する措置をとらなければなりません。とてもそれは実際上できないということになろうかと存じます。無理をしてある程度のものを延ばし、ある程度のものを入れましても、これは全体に及ばない、あるものは旧国調による、あるものは新国調になるという乱雑さが非常にひどくなるのではなかろうかというような点も考慮されましたので、さっき言った日取りの点から推しましても、どうしても都道府県会議員の分は、確定数をとる以上は――概数論をとれば別でありますが、私は概数論はとるべからずという考えを持っておりますので、どうしても旧国調に事実上よらざるを得ない。ですから、そこを府県においても市町村においても基調といたしまして、例外としての選択制をその市町村の自由意思におまかせしてみたらどうか、こういう折衷案を考えた次第でございます。
○伏木委員 市町村のほうについては選択制、都道府県については四十年、今度はこのばらつきもございます。しかも三月の末に国調の結果がわかるという自治省のお考えですね。これもちょっと従来とは違うのではないかと思います。ということは、これは統計局に聞いたほうが早いと思いますが、前回の四十年の国調が官報に載った日はいつでしょうか。これはもうコンピューターの時代になりまして、事務処理は早くなるばかりです。従来よりおそくなることはございません。ですから、昭和三十五年の国調より四十年のほうが早くなっております。四十年から四十五年、本年度の国調は当然コンピューターが使われてまいりますから、早くなってくることは当然のことだと思います。が、三十五年と四十年の国調の結果、官報公示の日を統計局のほうからお知らせ願いたいと思います。
○平本説明員 昭和三十五年の確定人口は三月一日に一回、それから十五日に一回、それから三十日に一回、四月二十五日に一回、こういうふうになっております。それから四十年は一月二十日一回、それから二月十五日に一回、三月十九日に一回、これで全部やっております。
○伏木委員 ただいま発表ございましたように、三十五年には第一回の官報公示が三月一日になっております。しかも五年後の四十年には一月の二十日にはもう第一回の官報公示があったわけです。これだけ事務処理が早くなっておる。今回これがなお早められることはもう当然のことです。もしもこれが早まらないとすれば、このコンピューター時代に一体政府は何をやっているのかという責は免れないと思います。当然事務処理は早くなってくる。しかも四十年のは三月の十九日までにはもう発表は完了しております。ですから、三月半ばにはこれが出てまいります。各都道府県においても、三月の定例会において条例改正ということは可能なことです。しかも私の聞いたところによると、この一月の二十日第一回の発表に二十四県の官報公示があった。第二回の二月には十三県、三月にかかったのはわずか九県しかありません。当然、このように事務機が発達しておれば、三月にかかってくるところはなくなってくるということになると、大多数が一月の初めにわかるにもかかわらず、統一選挙に新しい国調をもとにさせないというその意図が、私には何か自治省のほうのお考えに別な意図があるんではないかというようにこれは勘ぐられてもやむを得ないのではないか。当然こうした過去の統計局の資料をもとにしましても、来年度の統一選挙は新しい国調をもとにすべきである、こういうことは言えると思いますが、こうした過去の統計局の実績からいっても、十分間に合うと私は思いますが、自治省の三月末でないと数字が出てこないという考えは全くいままでの実績から見て答弁になっていない、こう思いますが、この点いかがでしょう。
○秋田国務大臣 自治省は段別作為を加えておるわけではございません。自治省といたしましても、過去の実績等からもっと早く出るんじゃなかろうか、そうすればこうした悩みもないのにという思いでございまして、さればこそ久しきにわたりまして内閣統計局といろいろ事務的な打ち合わせをいたしたのでございますが、どうしても三月末、それも相当終わりでないと出てこれないような事情になっておるようでございます。その点ひとつ統計局から御聴取願いたい。
 それについては、おまえのほう責任がありはしないか、政府全体として責任がありはしないかという議論も成り立とうかと思いますが、いろいろ人手不足のような社会事情等で、なかなか思うにまかせぬ点があるようでございます。決して自治省が作為を加えた結果でないことだけは御了解願いたいのでありまして、内閣統計局から実情をひとつ御聴取願いたいと存じます。
○伏木委員 これは統計局にお伺いいたしますが、行政事務の能率化がいわれておるときでございます。三十五年より四十年は短縮されております。当然機械化されている今日、過去四十年よりおそくなることは、早くなることはあってもおそくなることは私はあり得ないのではないか、こう考えるわけでございますが、この点統計局が今回行なわれる国調についてどんな姿勢で臨んでいるか、この点をお伺いしたいと思います。
○平本説明員 私ども製表をやります場合、集計をやります場合には、もちろん正確性も大事でございますが、さらには早期集計、スピーディーにやりまして、結果を御利用願うということを本旨といたしておるものでございます。今回の国調の集計につきましても、もちろんその本旨を貫いて計画をいたしたわけでございまして、この計画はすでに一年半前、この国調の予算を計上するときにも、集計のことにつきましては、ただいまも早期集計ということを本旨として計画を立てております。しかし、計画と申しましても、従来行なってきております作業の能率、そういうものに基づきまして、さらにそれを能率をあげた計算によりまして、そうして微に入り細に入りまして計算をして、どれだけその作業をやる上において人手が要るかということはもちろん集計しております。これに基づきまして、なるべく早くやれる計画のもとで人員を計算した予算を計上しておるわけでございますが、残念ながら、十分というより、いわゆる国調に使える人間をさらにその計画によりまして増員を要求いたしましたものにつきましては、ほとんど認められないという状況でございます。それとさらに若干の賃金職員である、こういう結果になったわけでございます。ところで、この定員がほとんどつきませんという結果は、作業において、非常に、もちろん量的な面におきましても質的な面においても影響がございまして、単にこれは封筒を書いたり、あるいは写し書きをするという単純作業でございませんので、多少の、多少というよりは熟練を要することが一つ。それから大量に幾ら臨時集計員をいただきましても、たとえでございますが、いただきましても、これを一挙に使ってやれるという仕事ではございません。ある一つの一定の手順に従って流れ作業でやっていかなければならない、こういう仕事でございます。したがいまして、まずほとんど大部分の増員がいただけなかったということ、これがそういう早期集計というわれわれの願望の前途にそごを来たしたという点が一つあるわけでございます。
 それからもう一つ、コンピューターはもちろん私どものほうとしては最大限に利用しておりますが、そのコンピューターが入っておりますから、これは早くできるだろう、特にこの確定人口についてもそうではなかろうかという、こういう御質問でございますが、実はこの確定人口というものはコンピューターになじまない作業でございまして、現在集計は今度新しく光学読み取り機というものによりまして、いわゆる基本集計、これは非常に能率があがるというふうにはなっておりますけれども、いわゆる手でやる作業、これのほうにつきましては、機械の優秀さがその能率をカバーできるという状態になっておりません。確定人口は一枚一枚実は数えてやるわけでございまして、それだけ現実の人手が要るわけでございます。これが確定人口が思うように能率を発揮できないという原因になっております。それではコンピューターのメリットはどこにあるかということの御質問になると思いますけれども、これは実は、前回の昭和四十年の国調のとき、調査表を集めまして、いろいろ組み合わせまして出した結果表の、今回は六倍をやることになっております。同じ条件でほぼ同じ期間で六倍やります。これはいわゆる電算機が入ってきたメリットになっております。そういう事情によりまして、今回は確定人口につきましては、従前よりはおそくなるのはやむを得ない、こういう実情でございます。
○伏木委員 私ちょっと理解できないのですが、従来よりおそくなるという考え方ですね。いまいろいろお話しございました。私当然専門家でございませんから、統計事務というものが専門的にどうであるかということは、詳しいことはわかりません。しかし、一般の事務処理というものが今日非常にスピード化されている、しかも正確化されているということは常識でございます。あらためて特に大幅な増員とかどうとかいうことを行なわずとも、どんな産業を見ましても、どのような事務所をのぞきましても、最近の事務処理が非常にスピード化されているということはあたりまえのことです。統計局だけが今日こうした機械化の恩恵を受けられないということは常識では考えられない。もしそうだとすれば、統計局の行政自体に問題があるのではないか。事務機関をもう少し解明してみなければわからないと私は思います。それはそれといたします。しかし、早くなることがあってもおそくなることはないというのは常識ではないかと思います。
 こういう上に立って大臣にお答えいただきたいのですが、過去の例によっても、二月中には大多数出ている。残ったのが、三月に入ったのがわずか九県しかございません。そうすると、大多数は二月一ぱいにわかっているということです。当然選挙にも十分間に合う機会にほとんどの都道府県がこの数字を出してしまう。従来のままいったとしてもこうした結果が出ておりますから、私がもう一回自治省に再考願いたいということは、どうあっても、選挙というものはあくまでも新しい人口によって、新しい定数によって公平な選挙をやるべきである。都道府県の中におきましても、非常に人口の減った市もあれば急激に人口のふえたところもございます。議席の上に民意の反映ということを考えれば、当然これは一刻も早く改正しなければならない点であると思います。こうした立場から、来年度の都道府県の選挙には四十年の国調によるなどということを早々ときめるのではなくて、市町村が自主的にできるように幅を持たせるならば、国調の結果が早く出たところは、幅を持たしてその都道府県の自主性にまかせるという行き方をとるのが当然であると思いますが、この点、最後に大臣にお伺いいたしておきます。
○秋田国務大臣 実は国調の確定人口告示の期日というものが非常に問題でございますので、その点の確かめに慎重を期したわけでございます。しこうして、これがどうもいろいろ、技術の進歩の現代に、むしろ前回の例より事務処理がおくれていくということはおかしいじゃないか、常識に反するじゃないかということは一応常識としてごもっともです。さればこそ私どもも、先ほども申し上げましたとおり、何回も確かめたわけです。慎重を期したわけですが、統計局からも御説明のありましたとおり、いろいろ核家族の進捗状況なり人手不足の点、あるいは常識に反してコンピューターが、一枚一枚の数えに適用さるべくまだそれほど発達をしていないという点等々から、三月の終わりごろから出始めてくる、そうして五月一ぱいかかる。二月中には大体終わっていた時期もあるのに、意外の結果になりまして、私ども実はびっくりしておるようなわけなんであります。さればこそ、またこれが発表につきましては非常に慎重を期しまして、早く態度を明示せよ明示せよというおことばがしばしば各方面からあったのでございますが、慎重を期してまいった。いよいよ期日も追ってまいりますので、先ほど奥野先生からの御質問にもありましたような御意見がありますので、実は先週末も最後の念を押しまして、参議院でいろいろ御質問もございましたが、そのときは確定的なことを申し上げるには至らなかったわけですが、どう何べん聞きましても、三月末ごろから出始めるのだという御言明には変わりがないようでございますので、きょう意を決して先ほどのような御説明を申し上げたわけでございます。自治省としては、決して他意があり作為があって確定人口の告示の日をずらして申し上げたり、あるいはそういう作為を加えたわけではないのでありまして、この点は御了承を願いたいと存ずる次第でございます。
○伏木委員 大臣はおそらく前回、一月二十日にすでに二十四県も官報に公示されておったということは御存じなかったのではないかと思います。前回の御答弁では、内閣のほうと打ち合わせの結果、五月でないと最終の結果がわからない、こういうことであったのですが、これはもうすでに前回でも三月十九日には最終が出ております。しかもその最終というのは、たった九県三月に入っただけで、大多数は二月に出ておる。二十四県は一月二十日に結果が出ておった。こういう認識の上に立たれて、この来年度の統一選挙には、あくまでも民意を反映させるために、民主的な議会制度を確立していくためにも、こうした過去の実績に基づいて再考していただきたい、この点を強く要望いたしておきます。
 質問を終わります。
○吉田委員長 関連質問を許します。門司亮君。
○門司委員 簡単に大臣にお聞きしておきたいと思いますが、統計局にも一応考えてもらいたいと思います。
 先に統計局に聞いておきたいと思いますことは、今度の場合はあなた方のほうからいわせれば本調査なんです。四十年の場合は中間調査であって、したがって調査項目も少ないが、今度は調査項目がふえておるということで集計もひまが要る、こういう表面的な理由は私もわからないわけではない。しかし問題は、選挙する地域というのは大体きまっておるのですね。そうして統一選挙に持ち込まれる府県というのは、実際は非常に少ないのです。都道府県みんな一緒にやるわけじゃございませんで、来年選挙するほうが全体の数字からいえば少ないわけです。もう一つは、市町村のほうがある程度利用できるというなら、これは県会にもできなければならぬということは言えると思います。
 そこで技術的にお伺いをしておきたいことは、人口の部分だけ、いわゆる選挙に必要な部分だけ先に統計がまとめられないかということです。今度の集計でも二十三くらいあるでしょうが、そのたくさんな項目が全部集約されなければ発表ができないということは法のたてまえだと思いますけれども、あるいは各府県の集計を督励してやらせるというような方法はございませんか。何でもしゃくし定木に法律どおりやらないと悪いというものではないと私は思うのです。
○平本説明員 ただいま集計には、確定人口のごとく頭数だけを集計いたしますものと、それから内容を今度のように二十二項目、それをいろいろ組み合わせまして、これはいわゆる国調の基本集計でございます、こういう二つがございまして、われわれのほうは確定人口を早く出すということにもちろん力を入れてやっておりますので……。ただし、これはある部分だけ、確定人口のあれを早くやれ、これだけは早くやれということは、これは極端な表現でございますが富士山の約二倍ぐらい積み重ねてある調査表でございますので、それを振り分けてやるということはなかなかわれわれとしてもできません。したがって、これはもう確定人口のほうは人口を頭数を数えるというのでやるわけでございます。それは、やるのは、先ほどコンピューターがあるのにと言っておられますが、これはコンピューターになじまないものでございまして、もう人手でもって数えていくということよりほかないわけでございます。したがって、これは前回より能率が、というお話でございますが、前回四十年のときは、国調のためにやる人間として五百名をつけていただいておるわけでございます。今回は、国調をやるためとしては大体千名ぐらい要るところを、能率その他等をあげることを覚悟いたしましてほぼ七百名を要求いたしたのでございます。それはこういう確定人口も前回に劣らずやるという、こういう計画のもとにやったわけでございますけれども、残念ながら人間がいただけないものでございまして、それとあわせまして、いまの基本集計ということがむしろ府県なりあるいは市町村なりで一番ほしがるわけでございます。それとあわせまして、これを年度内、三月いっぱいにやるという計画を二、三の県につきましてやり遂げる、こういう計画も立てましてやっておりますので、これと並行して確定人口もやらなくちゃいけない。ただいま申し上げましたように、人手でもってやる仕事にそれだけの人間がいただけずに、あわせまして並行して基本集計もやらざるを得ない、こういう状況がどうしても五月に入りまして、一応五月末までということを最終の確定人口を終える時期といたさざるを得なかった、こういう事情でございます。
○門司委員 いま技術的にいろいろ御説明がございましたが、私どもしろうとが考えてみると、さっき申しましたように人口だけ先に抜き出せないかということですね。あなたのほうでは、それは国勢調査ですから、それに必ず職業であろうと何であろうと全部人間がからんでいることは間違いがないのであって、二十二あっても、二十二はことごとく人間に関係した、本人に関係したものの調査だと思いますけれども、その辺がどうも、これ以上議論すると長くなりますから私は議論しませんが、しかし各都道府県にも督励して、そうして市町村がまとまればそれは府県がまとまる、こういう形になって、それがあなたのほうに全部集計されるでしょう。したがって、市町村のほうは案外早く、それも人口の少ない市町村のほうはわりあいに早くまとまるということは、これは言えます。そこは早く一応出てくると言えます。しかし何か督励をして、ここの分だけもう少し早い概数はできないかということと、私は、選挙法にいう公に発表された数字というものについての議論が実は多少あります。選挙法には国勢調査の結果とは書いてないのでありまして、その時限における公に表示された人口であって、これを国勢調査が一番公だからということで国勢調査に結びつけているわけであります。私はその辺、法律自身にも実際には多少疑問があると思うのです。しかし、そういう議論をここでやっておっても始まりませんが……。
 それで自治省にお伺いしておきたいと思いますことは、いまとられている四月の選挙というのは、これは三、四、五をとっているわけですね。便宜的なものなんですね。三月で任期の切れるとろこも四月に行なう、五月まで任期のあるところも四月に行なうという、これはきわめて便宜的なものです。しかもこれは自治法に定めておる「議員の任期は、四年とする。」ということに対する、かなり大きな問題を実ははらんでいるわけなんですね。そこで、四月選挙を行ないますと二つのものができてきて、一つは、三月で任期の切れたところでは結局選挙の終わるまで議員さんはいないということになる、空白になるのですね。五月まで任期のあるところは、四月に選挙をしても、前任者が、四カ年の任期があると法律に定めてありますから、これは新しく当選した人は議員の資格を持っておっても議場に入れないということですね、前の議員さんが資格を持っておりますので。そういう形のものがはたして今日の自治法とのかね合いの中で許されるかどうかということを私は多大の疑問を持っているのです。便宜的には、何も三月で任期が切れてしまって四月の選挙までの間空白であってもいいかもしれない。その間市長の専決処分であるいはいいかもしれない。法律的にはある程度行政の面に不都合はないという解釈になるかもしれませんが、任期を四年とするといって定めた自治法との関連が、こういう便宜的の法律でこれが制約されるということは私はいかがかと思うのですね。私は、憲法に次ぐものは自治体関係ではやはり自治法だと思う。その自治法の内容を曲げる、変えるということが、こういう臨時立法のようなものでできるかどうかということです。この基本的な理念が、私はどうしてもだんだん疑いが深くなってくる。と申し上げますのは、だんだんこの事実は一つはくずされていっているということですね。この次の四年後になるともっと減りますよ、統一選挙の部分というのは。市長は、ときどきリコールもありましょうし、なくなることもありますし、やめますし、市町村といっても解散が四年のうちにないわけではありませんし、これはだんだんくずれていっている。特に都道府県の知事などに至っては、この次の四年ぐらいになるとかなり減ると私は思うのです。ほとんど統一選挙なんということは言えなくなると思う。そういう事態を迎えてきているという事実の前に立って考えてみますと、この統一選挙というもの自身に非常に大きな疑いを私は持っておる。
 そこで、そういう自治法との関連をとやかくここで議論する時間もございませんが、率直に伺っておきたいと思いますことは、この次、四年後の選挙のときもやはりこういう形で統一選挙を行なわれる意思があるかどうかということです。これはさっき申し上げたように、だんだん形がくずれてまいりますから、統一地方選挙という価値がなくなってまいりますから。その点をまず最初にひとつ大臣に聞いておきたいと思います。
○秋田国務大臣 その点まだ十分私個人としても検討しておりませんけれども、問題はあろうかと存じます。任期のあるもの、これは結局、ある期間に相当選挙がしばしば行なわれることがどうであろうか、各地で行なわれることがどうであろうかということに徴しまして、便宜上ひとつこれはまとめたらということに発したのだと思うのです。まあ戦時中の国会議員の任期を何か延ばしたこともあります。これなんかについても相当の、当時は戦時中だったからああいうことができたかもしれませんが、あれだからこっちもいいんだという議論ではいかぬと私は思います。しかし、便宜論ではあろうと思いますが、やはりそれ相当の理由があったのでこうなってきた。ところが、いまだんだんくずれてきているじゃないかというお話でありまして、したがって、四年後はどうするのだということでございます。私よくわかりませんが、統一選挙の主体をなすものは議員の選挙が相当部分あろうと思います。この部分はあまりくずれてないのじゃなかろうか。これもよくわかりません。唐突のことでございますので、数字等よく調べる必要があろうと存じます。確かに、知事さん等はその間にいろいろな事情が発生いたしまして少なくなってまいるだろうと思います。これが著しく少なくなった場合、議員の選挙等についてもまたいろいろ考慮されなければならない事態が出てきたというような場合には、ひとつ考慮されなければならない問題であろうと思いますが、現在のところは、ある程度まとまれば便宜論としてまとめてきたということに一つの意味があろうかと思います。四年後におきましては、またその時点において十分今日からそのつもりで研究をしておくべきだろうと存じます。
○門司委員 もう一つだけ最後に聞いておきますが、これは前に話が戻るようですけれども、私どもがいろいろやかましいというよりも、むしろ皆さんのほうにしてはうるさいことを聞くというふうにお考えになっているかと思いますが、聞いておりますのは、四十五年度の、ことしの国調を使いますと、あと八年、いま統一の問題を聞きましてもわからぬとおっしゃっておりますけれども、かりにこれを統一地方選挙まで持ち越しますと、五十年になるのです。その間、四十年の人口調査をもとにして結局行政が行なわれるということですね。そこで、選出議員のアンバランスというのは非常に大きな数字になってくるということですね。これは、いまよりもまごまごすると倍くらいのアンバランスが私は出てくると思います。ことに私の住んでおる横浜などはむちゃくちゃにふえておって、一カ月に人口が十万もふえてくるというようなばかばかしい事実があるのであります。こういうところは現在では、かりに四十年の定数でいけば議員さんが四人しか出せない。ところが、ここはこの次のあと八年たった後にいきますと、五十年の選挙の場合までこれを持ち越しますと、四十年と五十年の開きというのは、その倍あるいはそれ以上に開くところができてくると思う。そうすると、これがはたして地方の議会において一体地域代表と言えるかどうかということに、非常に大きなアンバランスが出てくると思うのです。その辺をどう考えるかということです。したがって、私どもはできるだけこれを短くして、実際に合うようにしておきませんと、いまのように非常に大きく人口が流動化しておるときには、そのアンバランスははなはだしいものにならざるを得ない。したがって、自治の根底をゆるがすような大きな問題になってきて、一方は人口の少ないところにはたくさんの議員さんがおって、一方は非常に人間のふくれているところに候補者というか議員数が非常に少なくなってくるというような、いわゆる地方の住民の公正な代表と言えるかどうかというようなところが出てくると思う。これは私はぜひ避けていきたい。これを避けようとすれば、少し無理はあっても、先ほどから議論されておりますように、できるだけこれに近づけていくという方法をとっていただかぬと、この選挙法自身便宜な法律としてつくられた法律であることに間違いがないが、その便宜な法律がかえってじゃまになるという形が出てくると思います。だから、統計局にもう一つ聞いておきたいというよりは、その辺お答えは同じことだと思いますから、私はお答えは要らないと思いますが、私どもの要望は実際の問題としてそういうところにあるのであります。ただ形式的にアンバランスがあるということではなくて、四年後の事態を考えてまいりますと、非常に大きな問題になってくる。この間にどんなに問題を起こしたからといったって、市会を解散して新しく選挙をするわけにまいりますまいから、結局八年間は非常に大きなアンバランスのままいくということであって、ほんとうに自治体の行政というのが住民の性格どおりにいけるかどうかということでありまして、五十年の選挙のときに初めて四十五年の、ことしのものが使えるということでありまして、そういうことを聞いておきたいと思います。
 それからもう一つ、私は選挙についてこの際聞いておきたいと思うのです。これはあとで聞いてもいいのですけれども、この際聞いておきたいと思うのは、地方選挙で、いまの法律のたてまえからいけば地方の自治体でやればやれることです。やれることですが、御承知のように特別の取り扱いを受けておる政令の市は各区を設定いたしておりますから、特別に選挙区を設けることができます。これは簡単にできるわけであります。ところが、そこまでいかない百万になろうとする、たとえば川崎を一つとってみますと、これは約九十七万か九十八万あります。ここは定員が大体六十名か六十五名だと思います。これが一選挙区なんですね。そこで五割候補者がよけい立つといたしましても、九十人立つのです。一つの区で九十枚のポスターを張ってしまって、何が何だかわからぬことになってしまう。どうにもならない。一体そういうことでよろしいかということです。何とかこの辺でそういう問題も、選挙法の中で改正すべきものは、これは改正すべきものの一つとして検討する必要がありはしないかということを痛切に私は感ずるのです。そんなことは自治体で条例できめたらいいじゃないかという議論をすればそれまでになるかもしれません。これを禁止している法律はどこにもございませんので、やれるかもしれません。しかし、やれるからといってそう簡単にこれは地方の自治体にまかせるわけにもいかないじゃないか。だから、一方で選挙法をこういう形である程度便宜的に統一選挙をやらせるというような考え方があるとするならば、片一方では、できるだけ議員選挙のときに候補者の選別が十分にできるような仕組みにしていったらどうか。何しろ百人くらいの立候補者があったら、だれがだれだかほんとうはわけがわからぬ。そして、こういうところは御承知のように新しく伸びているところでございますので、ことさら人というものはわからない。ところが、地方の選挙というものは国会の選挙と違いまして、やや趣を異にいたしておりまして政策を中心とした議論よりも、やはり地域代表的のほうが多いのであります。どうしてもそういうところに寄りがちであります。また、そういうことが地方の自治体を発展させる一つの基盤にもなる。こういうことを考えてまいりますと、いまの人口が非常にふえて、いま申し上げましたように百万になっているが、しかし政令の市ではない、したがって区制はしいておらない、選挙は一つだということでそれが六十人なり八十人になった場合に、どうにもならぬものができやしないかと思うのです。こういうこと等についても、もし自治省にお考えがあるとするならば、ひとつこの際聞かしておいていただきたいと思います。なければなくてけっこうです。
○秋田国務大臣 政令都市にもうなる間近の市の問題、これは政令都市指定の問題として解決できるわけでございまして、そういう点において十分考慮したいと思っております。人口急増都市現象に応じましていろいろ問題点はございまして、二十年に一ぺんただいま御指摘のような問題が起きてくる。そのときに、八年間同じ旧態を維持する不都合があるじゃないかという点もございます。それから、統一選挙にするためにいろいろの不都合が生じてくるのじゃなかろうかという点もございます。また統計事務、これは自治省の所管外ではございますが、これのスピード化につきましても、常識と反するような事態が多少あります。これらも、人手をうんとふやせばできたというような点もございます。これらは十分いろいろ検討、研究すべき多くの問題を持っておりまして、これらの点については、ひとつ引き続き御検討をわずらわしまして、今後に善処いたしたいと考えます。
○門司委員 これで終わりますが、いまの答弁を聞いておりますと、これは全く政府の責任なんですね。政府が怠慢だからこういうことになるのであって、予算をとればできるというならば、予算をおとりになればいい。一体選挙が大事なのか、予算が大事なのか。先ほどの参考人の方々は、お金のことはあまり言わないという議論が非常に多かった、選挙が大事だという意見が多かったのでありますが、私は実際はそういうことであってはならないと思うのですよ。もしいまのお話のような内容が事実だとすれば、佐藤内閣は一体民主政治を心得ているかどうか。そういう点をこれからここで言ってみても始まらぬと思いますから、これ以上は申し上げませんが、最後にもう一つ聞いておきたいと思いますことは、四月にやるとこういう結果が出てくる。これを一カ月延ばすことはできないかということです。今度は四、五、六をとって、五月を中心にすることができないかということです。そう私が申し上げますのは、この前のときに三、四、五をとっております。そこで、今度統一地方選挙に大体の大きなものとして考えられるのは、この前の統一選挙は四月を中心に行なっておりますから、今度の選挙の改選期になっているのは私は四月が大部分だと思います。そうすると、三月の改選期はきわめて少ないと思うのです。そうすれば、やはり四月を中心にして一カ月ずらしていって五月に持ってくるということは、私はそう困難ではないと思う。ただ、これが予算だとかあるいは地方の議会の会期の問題だとかというような技術的のこまかい問題には私は多少触れようかと思います。しかし四月にするか五月にするかということになれば、私はたいした違いはないと思う。そしてこれをもし一カ月五月に延ばせば完全にやれるというなら、五月に延ばしたほうが私はよろしいと思う。どうせ法律自身がきわめて便宜にできた法律でありまするから、そういう考え方ができないものだろうかと思いますが、これについてひとつ自治省に意見がありましたら聞かしておいていただきたい。
○秋田国務大臣 政府の責任だという点でございます。これを私は全面的に否定しようとは思いませんけれども、統計局のお話によりますと、こういう集計をする人がやはりそれ相当の人があって、数千名の方から、予算の問題じゃない、希望者を募っても、なかなか集まらないのだそうです。それならそういう専門家を養成し、万難を排してやるべしという議論が成り立ちますから、そこで私は全面的に否定はいたしませんけれども、相当死力を尽くしましていろいろ希望者を募ったのでありますが、一次ならず二次、三次とやりましてなかなか集めにくかったという特殊の事情があったことをひとつ御了承願いたいと思います。
 それから五月にしたらいいじゃなかろうかというお話でありますが、まあこれが統計局の統計事務との関連になりますけれども、従前のように二月一ぱいで済む、あるいは三月中旬くらいで済まし得るならば五月でけっこうだと思います。しかしながら、そこに十分大事をとりますと、今回のごときは五月末に最終のものがなる、こういうわけでございますから、五月にやっていたのじゃまた少しこほれができるわけでございます。そうするとまた六月に延ばすとかなんとかいうようなことになると、この統一選挙をするというメリットがなくなるのではないか。同時に参議院選挙との関連があるというような点等が考慮されておるのでございまして、今回のところの事情はひとつ御了承願いたい。五月に延ばしていいかということは簡単にまた言い切れないものがあろうかと存じますが、そこらはひとつ皆さんも御研究願いたいと存じます。
○門司委員 これは統計局の皆さんに希望いたしておきますけれども、国がこれだけ科学的に発展をしております基礎は統計ですよ。その国の基礎は人間です。人間がどれだけいるのかわからぬようなことで、統計局で仕事をされているのがたとえそういう適当な人がいなかったという理屈をくっつけられればなかなかたいへんだと思いますけれども、人手が足りないから国の基本的の統計である人口統計というような国勢調査というものが十分できなかったということは、これは先進国として私は大きな恥だと思いますよ。未開発の国で、どこにだれがどういうようにいるのかわからぬようなところは別の話でありますけれども、少なくとも人手がなかったからこれができなかったということは、私は先進国としてはきわめて大きな恥辱だと思う。地積と人口というのは国の基本的な問題ですからね。狂ってはならない問題です。私はそういう点はひとつ統計局しっかりしてもらいたいんだな。そういう言いわけをすることのないように、いつでも来てくださいというような体制を統計局はとっていただきたいのです。これは自治大臣もそういうことを、よけいなことですけれども、ひとつお考えを願って、そして地方の自治行政に最も大きな関係のある地積と人口がどれだけあるかというくらいのことはわかりませんと、日本の一番大きな欠点はこれがないということであります。地積の十分な調査が行なわれているかというと、行なわれていないということであります。これは文化国家としては、先進国としては、ほんとうに恥ずかしいことだ。どんな外国へ行っても大体地積はわかっているはずです。ところが日本には遺憾ながら、これは自治省にも関係がございますけれども、これも人手だと言われれば人手ですけれども、各自治体に六百分の一の地図が備えてあるかというと、これがないでしょう。こういう綿密な地図がなければ地積はわからぬはずです。五万分の一だとか何万分の一だというような地図を持ってきて地積がわかるはずがない。今日の日本の、よけいなことですけれども、政治の中で、最も地方の自治体に密着した問題であって関係のある問題、地積と人口の統計がいまお話しのように非常に困難だということは、これはひとつほんとうに両方で真剣に考えてくださいませんか。そしてもし皆さんで手が足りないというなら、野党の諸君も反対はこれはございませんし、与党の諸君もあまりこれには反対がないと思います。政府も少ししりをたたいてやらすべき一つの大きな仕事だと私は思う。今度はその端緒をなす一つの機会だと思う。したがって、そういう点を私は強く希望をいたしておきます。
○吉田委員長 本日はこれにて散会いたします。
    午後二時四十五分散会