第064回国会 公職選挙法改正に関する調査特別委員会 第4号
昭和四十五年十二月九日(水曜日)
    午後二時二十分開議
 出席委員
   委員長 吉田 重延君
   理事 大西 正男君 理事 奥野 誠亮君
   理事 鍛冶 良作君 理事 久野 忠治君
   理事 堀  昌雄君 理事 二見 伸明君
   理事 門司  亮君
      赤澤 正道君    小沢 一郎君
      小島 徹三君    丹羽喬四郎君
      松浦周太郎君    阿部 昭吾君
      西宮  弘君    山本 幸一君
      伏木 和雄君    岡沢 完治君
      林  百郎君
 出席国務大臣
        自 治 大 臣 秋田 大助君
 出席政府委員
        自治政務次官  大石 八治君
        自治省行政局選
        挙部長     中村 啓一君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公職選挙法の一部を改正する法律案(内閣提出
 第二六号)
     ――――◇―――――
○吉田委員長 これより会議を開きます。
 公職選挙法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行ないます。二見伸明君。
○二見委員 大臣が御出席になるまでの間に、こまかい点を事務当局のほうにお尋ねしたいと思います。
 改正案によると、今度は百四十六条に「若しくはシンボル・マーク」が入ったわけですけれども、このシンボル・マークというものに自治省としては特定な定義というものがあるのですか。
○中村(啓)政府委員 お話のございますように、法律の法文でなまにシンボル・マークという表現をとっていいかどうかという点につきましては、立案に当たりました内閣法制局でもかなり議論をいたしました。しかし最近の社会の状況の中で、シンボル・マークといえば、やはり特定の団体を表象をするために用いられる記号なり図形をいう、ということはもはや通念化しておるのではないかということになりまして、そこで、あるいは二見先生の御心配のように、やや法文としては大胆といいますか新例ということになるかもしれませんが、ずばりシンボル・マークという表現を用いさせていただいたわけでございます。内容は、ただいま申し上げましたように、その団体のイメージでありますとか、あるいはその団体の性格というようなものが表象をされるような図形、記号をいうというふうに理解をいたしておるわけでございます。
○二見委員 そうすると、その前に今回なぜこのシンボル・マークを入れなければならなかったのか。シンボル・マークなんてあえて入れる必要はないというのが私の考え方なんですけれども、これは今度の改正案の全体に関する問題でありますし、根本的なことはまた大臣がお見えになったら私お尋ねするつもりですけれども、そういう法制局のほうでもちょっと疑義があった、疑義というよりいろいろな議論があったものをなぜあえてここに入れなければならなかったのか、その点はどうでしょうか。
○中村(啓)政府委員 百四十六条にシンボル・マークを加えましたことにつきましては、やはり二見先生の御指摘のように、基本的には政党の政治活動として行なわれるシンボル・マークの使用ということと表裏を合わせざるを得まいという結論に基づくものでございます。政党の政治活動におきまするシンボル・マークの使用の実情ということは、あえて私どもから申し上げるまでもなく、二見先生御案内のところと存じますので、その点につきまして申し上げることは省略をいたしますが、そういう政治団体のシンボル・マークの使用と表裏を合わせまして、候補者のシンボル・マークの使用につきましても平仄を合わして規制を設けるべきではないかという結論になった次第でございます。
○二見委員 シンボル・マークというのは社会通念上一つの概念があるという先ほど一番最初の御答弁でありましたが、このシンボル・マークというものについて大きさの規定はあるわけですか。その点どうでしょうか。
○中村(啓)政府委員 シンボル・マーク自体には大きさの規制は格別ございません。したがって、今回提案をしております改正の内容におきましても、いわゆるからだつにつけるようなバッジとかあるいはワッペンという形でシンボル・マークが表示をされておるようなものは、この規定の対象からはずされておるということでございます。
○二見委員 ということは、ポスターとしてシンボル・マークを使ってはいけない、ポスター以外ならばシンボル・マークの使用は可能なわけですか。
○中村(啓)政府委員 シンボル・マークの使用につきまして、もとよりシンボル・マークを効果的にお使いになりたいという政治団体がポスター等にそれを表示をされるということ自体は当然あるべきことであろうし、またそれが非常に数多く最近の選挙では行なわれておる実情でもある。ただ、政党のシンボル・マークを表示したポスターがたいへん多量に掲示をされるというふうに次第になってまいりますと、従来はシンボル・マークだけを表示をしたポスターは、いわゆる政治活動用のポスターではないと観念をしておりましたわけでございますので、したがっていわゆるポスターの制限の枚数の中に入ってなかったわけでございます。
 ところで、政治活動につきまして、政治活動用ポスターの枚数は、一選挙区原則として千五百枚というような制限が従来から置かれておりますにかかわらず、全く同じような効用を持ち、全く同じような効果を持つポスターが、その制限の枚数をうんと上回って使用をされるということになりまして、実質的に従来政治活動用のポスターについて一定の節度をもってやりたいというそういうねらいが効果をあげ得ないような実情になってきたという事実の認識に立ちまして、決してシンボル・マークを使用をしたポスターを使用できないというのではございませんで、シンボル・マークを使用したポスターも当然に政治活動用ポスターの中に入れる。あるいは従来もそう扱うべきであったのかもしれませんけれども。いわゆるシンボル・マークだけでは直ちにそれをもって政治活動用とまで言い切れるかどうかということに若干の疑問の余地があるということから、ちゅうちょをいたしておりました間に、それが申し上げましたような事実関係になってあらわましたので、いわゆるシンボル・マークを使用をしたポスターはいままでと違って政治活動用ポスターの枚数の中に含めますというふうに、今回直させていただこうかという結論になったわけでございます。
○二見委員 そうすると、シンボル・マークを政治活動用のポスターとして規定してしまうわけですね、今回は。そうすると政務次官、ちょっとお尋ねしますけれども、政治活動用のポスターというのはどういう内容のものか。理論として、あるべき姿としては、政治活動用のポスターというものはどういうものなんでしょうか。
○大石政府委員 技術的な内容については事務当局から説明をさせる以外にありませんが、選挙中において政党が活動するのに、その政党その他の団体が自分たちが政治的に効果のあると考えた種類のポスターだろうと思いますので、中身についてはどういうふうでなければならぬということは、それが効果的だとその団体が考えたものとして使われているものという以外にないと思います。ただ、今度の場合の改正というのは、そのポスターというものについて制限をしていたのだが、結局別の形でそのシンボル・マークという形のものが制限外行為としてあれば、いわゆる制限をしたポスターが何ら制限をしていることの意味がないということから問題が出てきた、そういうふうに考えておるわけであります。
○二見委員 たとえば昨年の衆議院の選挙のときに、自民党のほうでは、沖繩は返った、次は北方領土だという、なかなか聞かせるポスターをおつくりになったですね。いわばこういうのが政治効果があるというか、政治活動用のポスターというのではないでしょうか。どうでしょう。
○中村(啓)政府委員 政治活動用ポスターと言い得るためには、やはりその政治団体の考え方なり、あるいは政治団体のイメージが選挙人に訴えるということの効用を持つものであろうというふうに考えております。
○二見委員 要するに政治活動ですからね。政策を、キャッチフレーズであれ何であれ、そういうものを選挙民に訴える力がなければいかぬわけですね。ポスターを見れば、たとえば、ああ〇〇党はこういうことを主張しているのかとか、こういうことを考えているのかということが、キャッチフレーズのようなものであれ、選挙民に訴える力がなければ、これは政治活動用のポスターとしてはおかしいわけですよね。たとえば自民党のシンボル・マーク、社会党のシンボル・マーク、あるいは公明党、民社党、共産党それぞれシンボル・マークを張ったとしますね、そのシンボル・マークを見て、何々党はこういうことをわれわれに約束しているんだなとか、こういうことを語りかけているというようなことがわかりますかね。
○中村(啓)政府委員 二見先生の仰せのように、ごく一部の地域なり、ごく少数の表示をしたポスター等がところどころ張られておるというようなかりに程度であるとしますれば、世間の人もそれをもって特別な政治団体のイメージの浸透を広く訴えられているとは考えないのがあるいは普通かと思います。という意味で、従来単に政治団体のシンボル・マークのみを表示したポスターは、それを政治活動用のポスターとまでは言いかねるという考え方で対処してきておったわけでございます。しかし、結局その点は使用の形態なり、特に使用の量なりということで、質的なものというよりも量的にかなり多くなりますと、あるいは質的にも変化をして、選挙人に対してその政治団体をうんとアピールしようという効果が大きくなってまいります。選挙民に対してアピールをしようというのがそもそも政治活動用ポスターであるといたしますれば、いわゆるシンボル・マークを使用したポスター、シンボル・マークのみを使用したポスターであっても、非常にたくさん一カ所に張られ、あるいは場合によりましてはそれに矢印をつけて、そこに行ってみると演説会場があったり、事務所があったりするというような形にまでなりますと、そのいわゆるポスターは非常に選挙民に一定の政治目的のために訴えるという効用を持たざるを得ない、大きくそういう効用を出すような実情になってきておるのではないかと思われます。そういう意味で、そうなりますと、せっかくの政治活動用ポスターについての一定の秩序を保ちたいという目的が失われるおそれも出てきた、そういう意味合いで、今回シンボル・マークを表示したポスターであっても、これは政治活動用ポスターの中に入っておることに扱いますということをある意味では確認をするという形で、今回の改正をお願いしょうとしておるということでございます。
○二見委員 何か聞いていて非常に苦しい答弁のような感じがするわけですけれども、たとえばワッペンみたいにからだにつけるものはいいわけですね。先ほどの御答弁では、ワッペンをからだにつけずに、たとえば自動車に張ったり、家の入り口に張った場合には、これはやはりシンボル・マークと同じ扱いをされるわけですか。
○中村(啓)政府委員 仰せのように、ワッペン等をポスターの掲示と同じような形の使用をなさるとなれば、これはワッペンというよりもポスターということで、効用面に即して対処すべきであろうというふうに考えております。
○二見委員 いずれにしても私は、このシンボル・マークを政党政治活動用のポスターと認定すること自体には非常に無理があると思うのですね。
 それはそれといたしまして、次の別の問題、やはり技術的な問題になりますけれども、お尋ねしますが、今度国会議員の場合が三種類、そうでない場合に二種類にビラを規制しよう、こういう改正案であります。その規制することの是非善悪については、私は大臣がおいでになったときにお尋ねをする予定ですけれども、たとえば国会議員の場合に三種類ですね。これは全国を通じて三種類ということですか。
○中村(啓)政府委員 さようにお願いをいたしたいと思っております。
○二見委員 配布地域ごとに三種類じゃなくて、全国ですね。たとえば政党で十種類のビラを用意した、A県ではこの種類の三種類だ、B県ではそっちのほうの三種類、C県ではこっちのほうの三種類ということは、これは認められるわけですか。
○中村(啓)政府委員 仰せのとおり、選挙運動期間中につきましては、全国を通じて国会議員の選挙の場合三種類というふうに規定をしております。
○二見委員 そういたしますと、たとえばこれは自治大臣に届けることですね。自治大臣に届けるということは、具体的には中央選管ですか、それとも自治省ですか、具体的な届け出先というのは。
○中村(啓)政府委員 国会議員選挙の場合は自治大臣、その他の選挙につきましては当該選挙管理委員会です。届け出の窓口はそれぞれ自治省なり、選挙を管理する管理委員会というふうに考えております。
○二見委員 そういたしますと、三種類を届け出るということは、三種類の見本を一枚ずつ三枚自治大臣のほうに届け出れば、それでいいのですか。
○中村(啓)政府委員 配布をなさいます前にお届けをいただくということで足りるわけでございます。
○二見委員 私は現場に行って、こんな規制はしないほうがいいと思うのです。なぜいいと思うかといいますと、事実的な面からいきますと、自治大臣のほうには三種類届け出をした、それがそのとおりいっているかどうかということは、全国でチェックできぬわけですよ。そこで張られたのがはたして届け出たものかどうかということはわからぬわけです。それがわかるためには、それを調べるためには、非常にたくさんの労力が要るわけです。そういう労力を考えたならば、むしろ自由にしちゃったほうが、選挙を運営する側としても非常に楽なのじゃないだろうか、そう思うのですが、実際運営の立場からいってどうでしょうかね。
○中村(啓)政府委員 確かに選挙期間中におきまするビラにつきまして種類の限定をやるわけでございますので、そういう法制におきめをいただくとすれば、当然それが実行をされるように、関係の機関としては力をいたさなければいけないわけでございます。そこで、それにつきましてむだなエネルギーを投入することにならないかという御指摘でございますが、確かにその点についてそれだけ仕事の量がふえることは事実でございます。ただ、これにつきましては、できるだけ政党の間で選挙期間中におきまするお活動につきまして、一定の節度と申しますか、一定のルールというようなものをお考えになりながらやっていただく、そういうことを担保する意味合いの今回の法制化というふうな気持ちも持ちまして、お出しになりますビラにつきましてはその表面に、お出しになります政治団体の名前と選挙の種類と、それからこのビラは改正されたこの条章に従って自治大臣なりあるいは選挙管理委員会に届け出を済ましたビラでありますという記号を付していただくようにして、そういうことによってできるだけ実行を担保されるような形で行なっていくようにお願いをいたしたい、こういうふうに考えております。
○二見委員 そうすると、たとえば国会議員の選挙の場合には三種類の証紙みたいなものを出すのですか、選挙管理委員会が。
○中村(啓)政府委員 十分御案内かと思いますが、その法律では今回お願いをしております二百一条の十一という規定の第五項を一部手直しをさせていただいておるわけでありますが、この中で新たに今回国会議員の選挙について三種類というふうな形で種類の限度を設けられることになりますビラにつきまして、その発行については本章の規定によるビラである旨を表示する記号を記載をしていただくことになっておりますが、これは発行をなさる政治団体のほうでこの記号を付していただくという形でございます。したがって、特に選挙管理機関が云々するということではございませんで、政党のほうでこれは届け出済み、マル届け一とかマル届け二とかいう記号を付してビラを出していただくということによって、いまお話しのように格別にこのために多くの選挙管理機関なり取り締まり機関がよけいなエネルギーを使うというような形をできるだけ解消しながら、政党間の申し合わせ的な意味のこの規定が担保されていくという形になることを期待をしておるということでございます。
○二見委員 だんだんと選挙というものをやりにくくなるような方向にやるわけですね、政党に対しては。三種類あるいは二種類ということは、また事務当局のほうとしてみれば、要するにこのめんどうくさい規定がなければ何でもないのに、一々張ってあるポスターを、その町に何百枚張るか何千枚張るかわからないけれども、一々チェックして歩かなければならない、はたしてそれが担保されているかどうかということをチェックして回らなければならない。おたくのほうはたいしたことないとおっしゃるかもしれませんけれども、これは政党にとってみれば、こんな窮屈なやり方では選挙がやりにくくてしようがない。実際にやる現場はどうか。現場も今度はめんどうくさい。政党にとってもあまり得じゃありませんし、それから現場にとっても決してこれはプラスにならぬ。そういうふうに考えられませんですかね。
○中村(啓)政府委員 二見委員のお話は高度な政治的な立場に立ってのお話でございますので、私ども事務当局とその点についてかみ合うということはなかなか困難かと思いますが、まあできるだけ政治活動が自由に行なわれるべきだというのは私も事務当局としてはまさにそうあらねばならないと思っております。現に公選法の中では、少なくとも選挙運動期間というものを除いては政党の御活動は一切自由、全く触れていないというのが立て方でございます。ただ、選挙運動期間中に入りますと、一つには候補者がおやりになります選挙運動につきまして規矩準縄がきわめてこまかにできておる。その点自体についての御議論もいろいろあろうかと思いますが、従来の経緯から個人候補者の選挙運動についての規矩準縄は非常にこまやかであります。同時にまた、政党の政治活動につきましても、特に選挙運動期間中になりますと、選挙運動というものにいろいろと関連をしてまいる余地が多うございますので、その限度で一定の節度があるというのが現在の法制でございます。そうなりますと、そういう立て方を正しいものとして維持をしていくという以上は、たとえばポスターについて枚数制限を、政治活動用ポスターとしても制限されておりますが、実際上はシンボル・マークつきのポスターがはんらんすることによって、そういう法規制というものが実効を失いつつあるというようなことであるとすれば、それについて最低限の手直しをするということもまた一つの考え方ではないだろうかというふうに存じておりまして、結論としましては、二見先生の仰せのように、決して政党の本来あるべき自由な姿を制限をするということは正しいとは思いません。しかし、いろいろな規制というものを前提に置いて、それが全然無視されるとか、あるいはたいへんことばが適当かどうかわかりませんが、政党活動自由ということで、かりに極端な行き過ぎがあるとすれば、最低限の手直しはある意味でやむを得ないのではないだろうかというふうに感じておるわけでございます。
○二見委員 ちょっとシンボル・マークに戻りますが、シンボル・マークというものは、シンボル・マークだけじゃ選挙民はわからぬわけですよ。だからわれわれはシンボル・マークをやるとすれば、その下に自民党とか公明党とか社会党、民社党、共産党という政党名を入れなければ、実際問題としては役に立たぬわけですよ。そうすると名前を入れなくてもシンボル・マークというふうにしますか。こういうマークがあって、その下に自民党とか何とか党という政党名が入っている場合に限りますか。入っていなくてもシンボル・マークというふうに自治省は見るわけですか。
○中村(啓)政府委員 今回手直しをお願いをしております法案によりますれば、政治活動用ポスターの中にはシンボル・マークを記載したものを含むことになりますので、シンボル・マークのみを記載したポスターもいわゆる政治活動用ポスターの枚数に入ります。しかしおそらくそうなりますれば、シンボル・マークだけをお書きになるということでは効用として十分ではないということで、さらに有効な政治活動用の効用をお持たせになるようになるとは存じます。
○大石政府委員 先ほどシンボル・マークが政治活動に何にもつながらないではないか、だからそれがポスターと同じような考え方はどうかというお話だったわけです。まあ中村部長からお答えもありましたとおりですが、それにつながるから実際ああいうふうにやっているわけで、何にも役に立たないということであればああいうふうにやるわけはないので、実際問題としては大いにつながるということで実はやっていることです。何の役にも立たないということであればやるわけはないので、実際上の問題から実は判断をしてやったわけであります。
○二見委員 間もなく大臣見えますね。
 もう一点は確認団体。今度は確認団体の発行する機関紙は六カ月という期限が設けられましたね。六カ月以前に確認団体でなければ機関紙は発行できない。なぜここに六カ月という期間をあえて入れなければならなかったか。確認団体であれば、これはある一定の無所属の候補者を推薦して確認団体になるという場合、当然その確認団体としては選挙運動あるいは政治活動をこれはやらざるを得ないですよ。それをなぜ六カ月という期限をもってワクをはめてしまったのか、その必要性がどこにあるのか、その点はどうでしょうか。
○中村(啓)政府委員 ただいま二見委員からお話のありました点も、これを御議論をなさる各党の間で非常に多角的な御論議のあったところでございます。結論は、ここにおいでになりますようなりっぱな政党の機関紙誌につきましては何ら問題はない。これについていまここであらためて法制をもって何とか対処しようという必要はさらさらない。ただ問題は、選挙のまぎわになって急につくられたような政治団体が、急に機関紙を出すとなりますと、御案内のとおり、現在、りっぱな政党の機関紙でありましても、選挙運動の期間中は通常の方法による頒布をやってくださいというふうに公選法できめられておるわけでありますが、いわゆる急造機関紙につきましては、急造なるがゆえにその通常の方法というものが明確でない、あるいは通常の方法がないということに籍口して、急造機関紙がたいへん大量にばらまかれる、りっぱな政党の機関紙がそれによってかすんでしまうというくらいにばらまかれるというのが、どうも実情のようでございます。そこで、手当てをするとすれば、りっぱな政党の機関紙の頒布というような点については、これは従来どおりに考えておいていいのであって、従来どおりの通常の方法でおやりいただくことについては一向これに手を入れる必要はない。ただ、通常の方法の明確でない、そういう六カ月に満たないような急造機関紙につきましては、これは頒布の態様を明らかにせざるを得まいということになった次第でございます。
○二見委員 六カ月というのは、六カ月ということについての何か理由があったわけですか。
○中村(啓)政府委員 この点につきましては、各党で事実上御相談をいただきます際にも大いに議論をされました。(「各党といっても共産党は入ってないよ」と呼ぶ者あり)失礼いたしました。各党の理事さんのお打ち合わせの際に大いに議論がありましたわけですが、まあ決定的な期間のスタンダードというものは見出しがたいけれども、一般的にいって、やはり半年くらい常時活動をしておるというような機関紙であるべきではないか、そうでないといわゆる通常の頒布の態様というものが明確であるとは言いがたいのではないかというふうな形になりまして、一応の社会通念上の目安ということで六カ月ということを置いたわけでございます。
○吉田委員長 ちょっと速記をとめて。
  〔速記中止〕
○吉田委員長 速記を始めて。
○二見委員 大臣にお尋ねいたしますけれども、提案理由の説明によると、政党の政治活動について、「なるべく自由に行なわれることが望ましい」こう大臣はおっしゃっていながら、そしてなおかつ「公職選挙法の建前が失われてしまうことになると思われますので、」今回改正した、こう提案理由でおっしゃっているわけです。これだけ見ると、非常に耳ざわりのいいことばではありますけれども、実際に大臣がこの提案理由で、ことばにはあらわれていないけれども、ねらいとしたところは、選挙時における政党の活動を規制しようじゃないか、政党を規制してしまおうというところに大臣のほんとうのねらいがあったのではないのですか。
○秋田国務大臣 この法案のほんとうのねらいといたしますところを誤解されておられるのではないかと思うのです。あえて曲解されておるのではないかとは申しませんけれども、誤解されておられるのではないかと思います。この文字にあらわれたとおり私どもは解釈をいたしておる。また思ったとおりをここで述べたわけで、すなわち、今回のような規制と申しますか、規制といえば規制でございましょうが、を加えることは、決して政党の活動の自由を制限してしまおう、ほかの党が自由に活動することはわが党に不利だから、これを抑圧していこうというような意図に出たものでは決してございません。過去の経験によりまして、自由の原則はもちろん確立されておるわけであります。しかしながら、その実際の面におきまして、いかにもビラ合戦その他の宣伝合戦が過度におちいりまして、それだけの必要はもうないのではないか。むしろそれによりまして非常に金がかかり過ぎるその他の非常な不都合がある。これは自由は自由であっても、不必要な自由で、こういうものは取り去っておいたほうが、選挙の公正、金のかからないりっぱな選挙という点からより望ましいのではなかろうかという見地に立ち、また世論もそういう点に多くを置きましたので、その点にかんがみまして、関係方面と密接に連絡をとりまして、この程度の内容はむしろ望ましい、これは決して自由の大原則を制限するものではない、むしろその実質を有効適切にあらわすものであるというようなコンセンサスを得て、共通点を得まして出したものでございまして、政党の政党活動あるいは選挙時における選挙活動の自由を阻害しようというような考えはみじんもございません。
○二見委員 たとえば提案理由の中に述べられております「公職選挙法のたてまえが失われてしまう」これは一体だれが認識するのか。それからいま大臣は、もうこれ以上やる必要はないのじゃないかと言うけれども、必要がないと認めたのはどなたですか。そういうふうに世論が認めたのですか。
○秋田国務大臣 そういう考え方が世論の中にもありますし、われわれ同僚議員の中にもありますし、これは各人おのおの考え方がありますから、全部がそうとは申し切れませんけれども、大勢そういうことが十分認められたわけでありまして、その大かたの御意見によったわけでございます。
○二見委員 選挙時における政党の政治活動を、いま大臣が何とおっしゃられようとも、たとえばビラを三種類にする、二種類にするということは、これは大臣は規制じゃないとおっしゃるけれども、私どもは規制と認識するわけですね。それはここでお互いに見解の相違だと言われてしまえばそれまでですけれども、選挙民の立場からして、実際ビラをこれ以上出してもらっては困るという意識調査というものを自治省はおやりになったのですか。たとえば意識調査をやったところが、八十%がもうこれ以上やってもらっては困るとか、あるいは規制してもらっては困るとか、そういう意識調査をおやりになった上で世論が支持しているとか、世論もそうだとおっしゃるが、世論もそうだ、あるいは不必要だという、そういう調査をした上でのこれは認定なんですか。
○秋田国務大臣 意識調査はいたしておりません。しかしながら、あらわれた現象によりまして、世間のうわさあるいは選挙に関心のある方々等の一様に認識されたところによって、これはここまで必要じゃないじゃないか、かえっていろいろな弊害が考えられるという大かたの意見がございます。またその大かたの意見には十分合理性があるとわれわれは認識をいたしましたので、その大かたの意見を参酌いたしまして、こういうふうに考えておるわけでございます。
○二見委員 大臣は不必要だという認定をされたけれども、要するに世論調査も何もやっていないのですよ。その点では非常に非科学的な認識だと私は思う。いま世論の大かたはそうだということでしたけれども、たとえば反対の意見はあるわけですよ。これはある新聞の記事ですけれども、ここでは土屋正三さんが、「新聞で見た限りでは、こんどの改正案は余計なことだと思う。京都府知事選挙が騒ぎの発端らしいけど、あれはあくまで特殊なケース。例外ともいえるもの一つを取上げて、自由化逆行の法改正をやろうというのでは、まさに風声鶴唳のたぐい、立法の信用にもかかわる」と言っている。大かたの意見とおっしゃるけれども、こういう意見もあるんですよ。それから東大の京極さんはこういっている。「選挙は自治省や選管のためにあるのではない。選挙に役人が口をはさまぬこと、取締り規制を撤廃すること。金とチエを競ったビラが町にあふれてもいいじゃないですか。有権者の水準は上がっていますよ」この意見はそうするとどうなるんですか。
○秋田国務大臣 いろいろ御意見はあろうと思うのであります。そういう意見のあることも承知をいたしておりますし、また新聞論調においてもそういう意味の論説のあることも、拝読をさせていただいて承知をいたしております。しかしながら同時に、これはたいへんだ、これは直すべきだという論調あるいは世論もあるのでございまして、また京都だけは特別な事例であるという見方もございますが、その後各所の首長選挙等におきましても、やはりそういう傾向が顕著に認められますので、そういう事例等にもかんがみまして、私はこの程度の――規制でないとは私申しません。規制といえば規制であろうと申しております。しかしながら、それは自由の原則を抑圧しないものであって、むしろ選挙のあり方として望ましい、静かな公正な選挙の実をあげるゆえんではなかろうか、こう考えておる次第でありまして、反対論のあることは十分承知をいたしております。
○二見委員 大臣、最初は規制ではないと言われた。いまは規制ではあろう、だけど自由の原則には抵触はしない。そういうただし書きをつけておるけれども、規制には間違いないということは大臣もおわかりになっているわけですよ。
○秋田国務大臣 私、最初からことばを注意して申したつもりでありますけれども、規制と申されれば規制であろう、文字上から規制でないとも言い切れません。しかしながら、その本質は決して自由を抑圧するものではない、こういう趣旨でございます。
○二見委員 前回の公選法の改正で、いままでと比べて政党のビラの頒布が非常に自由になった。あのとき、政党の政治活動が自由化の方向へ進んだということで世論も非常に歓迎したわけですね。あれは第五次選挙制度審の答申に基づいて行なわれたわけです。前回の改正を自由化への方向とするならば、今回の改正は自由化に逆行する。大臣は自由化の原則には抵触しないとおっしゃるけれども、これは規制には違いないですわね。もしどうしても大臣がやりたいというならば、前回は第五次選挙制度審の答申に基づいて行なわれたわけですから、これも選挙制度審にかけてもよかったのではないですか。おたくのほうから第五次のこういう答申が出たけれども、われわれとしてはどうしてもこれでは困るのでこういうふうにしたいと思うがどうだろうか、こういう答申をしてもよかったのではないですか。
○秋田国務大臣 今回の提案の内容を自由に対する大きな侵害とお考えになりますならば、これについてかけるべきである、それについても必要性を認めるというならば、せめては審議会の議に付すべきであるということは当然出てまいると思います。しかしながら私どもは、これは自由の原則のワク内においての処置でありまして、当然許されてしかるべき処置である、こういうふうに考えたわけであります。しかしながら、一応反省してみまして、これを審議会にかくべきであろうか、いろいろ人の意見を聞いてみまして、しかしながらその必要はなかろう、何となれば自由の理論に反するものではないからだというわけでございまして、私どもはただいま申し上げましたような考え方をとりまして、かつ、反省を加えた上、政府の責任においてここに提案をいたした次第でございます。
○二見委員 そうすると、これを考える段階で、選挙制度審のメンバーの方々には、個別であれ何であれ、折衝をなさって意見をお聞きになったのですか。
○秋田国務大臣 審議会の委員の方の御意見を特に聞いたということではございませんけれども、いろいろ同僚議員なりその他経験者の御意見は聞きました。
○二見委員 私は、どうも立法の段階ですでに問題があると思うのですよ。まず、選挙民の意思というものを全然考えてなかった。それは大臣のほうとしては、お考えになったつもりかもしれないけれども、有権者の意識調査というのは、きちんとした調査をやらなかった。あるいは、選挙制度審議会のメンバー、それを開くことが無理であるならば、個別でもいいから、意見を聞いてしかるべきであった。その点も二つともやってないわけです。やってないでこの法律を出すということ自体問題だと私は思うのです。出す以前の、法律をつくる以前にも、私は、自治省側に大きな手落ちがあったのじゃないかと思うのです。この点については、大臣はどういうふうにお考えになりますか。
○秋田国務大臣 あなたのようなお考え方もあろうかと存じます。しかしながら、この種の問題を問いますれば、甲論乙駁、いろいろの議論の出ることは当然予想されなければなりません。私どもといたしましては、世論の大勢を十分洞察をいたしまして、政府において処置をすることは許されてしかるべきだ、こう考えまして、提案に及んだような次第でございます。
○二見委員 それから、これを提案されるときにいろいろ議論があった中で、あなたのほうが何回か御答弁があったのは、一つは、金のかからないようにしたいということが一つのねらいと、もう一つは、選挙の公正をはかりたいのだ、こういう御答弁が何回か行なわれたように記憶しておりますけれども、それはそのとおりでよろしゅうございましょうか。
○秋田国務大臣 そのとおりでございます。
○二見委員 選挙の公正ということから考えて、選挙の公正をはかるために今回はこういう規制をしたのだという。大臣のことばですと、規制じゃない。私のほうのことばでは規制になる。公正をはかるためにこういう改正をしたのだ。選挙の公正という点から考えたならば、もっとほかに選挙の公正をはかるべき問題があるのじゃないですか。たとえば定数の問題にしても、これはきのうも丹羽先生のほうからたしか質問がありまして、大臣のほうから御答弁がありましたけれども、この間の国調の概算で、たとえば八人区の北海道より、四人区の神奈川、六人区の愛知、大阪の各府県のほうが人口が多い。こういうことが、選挙の公正という面から見るならば、これが不公正の一番大きな柱の一つになるのじゃないでしょうか。あるいは衆議院についても、私は同じようなことが言えると思いますよ。これが選挙の公正をはかるのだというならば、むしろこの定数に対する是正こそ私は最も最優先すべき課題だと思うのです。大臣、その点いかがでしょうか。
○秋田国務大臣 おっしゃるとおりであろうと思います。基本的に、選挙の公正を期する要素の大きなものの一つに、定数というものをないがしろにできないという問題もあろうと存じます。
○二見委員 だから、この改正には私は反対ですけれども、ただ、大臣の言われたことをそのとおり一応百歩譲って受けとめたとしても、この改正をやる以前に、公正という大臣のことばをそのまま信用して百歩譲って、この改正をする以前に、その根本的な改正に手をつけるべきだったんじゃないか。むしろ、そちらを先行すべきだったんじゃないだろうか。大臣が言う公正という面からいけば、こちらのほうはいわば枝葉末節です。一番根本的な問題に手を触れようとしない。この点はいかがでしょうか。
○秋田国務大臣 決してその定数是正の問題を等閑に付しておるつもりはございませんし、現にその問題を検討いたしておるわけでございます。
○二見委員 実は、閉会中の審査で、参議院の定数是正は通常国会に出すという御答弁をたしか大臣はされたように私は記憶しております。ところが、今度の国勢調査の結果によると、予想以上の逆転現象が起きているということで、答申どおりにやるわけにいかぬ。大臣は、定数是正をする場合に、たとえば参議院の定数是正の場合は、もう一度第七次にかけてきめてもらうのですか、それとも、この間の答申を原案として、今度の国勢調査の結果を勘案して自治省として定数是正を行なうのですか、その点どうでしょう。
○秋田国務大臣 御承知のとおり、第六次の審議会における答申は、四十年国調を基調としたものでございます。ただいまは、四十五年の国調の概数が中間発表された段階であります。その発表に先んじまして、岡山と熊本において人口の順序、多少について序列の逆転現象が起きておるというのは、あらかじめ住民登録票との関係からわかっていたわけであります。そこで、そのときは、岡山、熊本に関するだけの問題であります。ところが、その後、宮城、鹿児島についても同様のことが起きておる。ここまで至りますと、非常に機械的にすぐできるじゃないかという見方もございますけれども、プラス・マイナスやればいいと申しましても、その他岐阜等いろいろ問題が出てまいる。そうしますと、十数名にわたるプラス・マイナスという点は、これはあの答申のプラス・マイナスを決定されたときには予想もしていなかった現象であろうと思うのでございます。同じプラス・マイナスでも、数名の場合、十数名の場合、やはりおのずから処置は異なってくるのではなかろうかということが推察されるわけでございます。しこうして、プラス・マイナスをどの辺に線を引いてどういうふうにやったらいいかという点につきましては、非常に複雑なものがあろうかと存じます。そこで、答申の意思を尊重する基本の方針に変わりはございませんが、何が答申の意思であるかということをそんたくするには、たいへん複雑にして苦慮を要する事態になったことは、これは否定すべくもない事実でございます。この点を苦慮をして検討をしておる、こういうことでございます。
○二見委員 苦慮して検討されているんですけれども、それは自治省、二つの方向で結論が出てくると思うのですよね。一つは、第七次に緊急の課題として諮問をするのか答申を求めるのか、あるいは、一応第六次の定数是正の答申の精神というものを勘案して自治省として独自に案をつくるのか、私、どちらかに出てくると思うのです。もし来年の参議院の選挙に、自治省としては、新しい定数を是正した体制でもって選挙をやろうとするならば、もう早急に態度をきめなければならぬ。大臣としてはどちらの方向で態度を決定されるつもりでおりますか。
○秋田国務大臣 何と申しましても、答申の趣旨を尊重しなければなりません。それをどういう形においてこの複雑な人口逆転現象の中にあらわすかという点は、これは定員の問題が重要な選挙の基本問題であるだけに慎重な検討を要するわけでありまして、その検討の結果を待っていずれの処置をとるか決しなければならないのでありまして、事は急を要しますが、同時に慎重を要する問題でありまして、その点慎重にいま考慮しておるわけでございます。
○二見委員 これは次の通常国会には大臣お出しになりますか。
○秋田国務大臣 ただいまも申し上げましたとおり、人口の逆転現象がない場合には、答申の趣旨に従いましてすぐ出すということが申し得るわけであり、またしばしばそういうことを申し上げてまいったわけでございます。しかしながら、いかにも、社会経済の変動に応じ、人口のバランスがくずれまして、過密過疎の急激な社会現象のもとにこういう事態になりましたので、その間の取り扱いにつきましては慎重を期してまいりたいといま検討中でございます。
○二見委員 それから、いま定数の問題で選挙の公正の論議をしたわけですけれども、私は選挙の公正の問題のもう一つは政治資金だと思うのです。定数とあわせて政治資金の問題だろうと思うのです。きのうもちょっと出ておりましたけれども、大臣は政治資金の規制については通常国会には何とか形をつけたいと思いますか。
○秋田国務大臣 これもしばしば申し上げておりますとおりに、慎重に考慮しておるところでございます。ばかに長いじゃないかと申されるかもしれませんが、重要な問題なだけに、そうして過去三回も提案をしたにかかわらずいつも廃案になっているというのはどういうわけか、やはりこの提案をされておる基礎にいろいろ問題があるのではなかろうか。前提条件と申しますか、そういうものを整えることが同時にこの問題の解決を基本的にし、法案の通過を容易にするゆえんではなかろうか。それには公正な政党本位の政策本位な選挙の仕組みを確立をするというようなことが基本にあるのではなかろうか。こういうことを考慮いたしまして、またこういう条件の整備を考慮することは、あわせてそれ自体がこの政治資金規正法を慎重に考慮するゆえんになっておるのではなかろうか。そういう趣旨におきましてこれを検討いたしておるわけでございます。
○二見委員 だから、選挙の公正に関しては、定数の問題であるとか政治資金の問題であるとか、こういう最重要問題を言うなればなおざりにしておいて、選挙の公正という名前をかりて規制を行なおうということ自体、私は大きな問題だろうと思うのですよ。いま政党本位の選挙というお話が出ましたけれども、政党本位の選挙にいこうとするならば、政党本位の選挙を確立しようとするならば、政党のビラ活動や何かを自由にしなければ、政党本位にならぬのじゃないですか。
○秋田国務大臣 ただいまお説のとおり、定数の問題であるとか、政治資金規正法の問題であるとか、これが重要であることは当然でございます。これに異議はございません。しかし同時に、現在選挙運動を行なっている実際面において非常な行き過ぎがあり、不都合があり、世論においても、これはどうか、少し改めたらどうかというような声がある。技術的と申されるかもしれませんけれども、実際上の問題も、選挙が日々行なわれていくのでありますから、これが措置を等閑に付するということは許されないことであります。したがって、選挙を管掌いたします自治省といたしましては、この問題については検討をいたすとともに、この技術面、日常必要な選挙に処する道につきましてもこれが処置を講ずる、これは当然であります。その意味においてこの法案を提案したわけでございます。
○二見委員 要するに、ビラ活動をいままでどおりにしておくと不都合になるということですけれども、なぜ不都合になるのだろうかというその原因の究明も私は必要だと思うのです。日本の選挙法の特色というのは、精緻をきわめていることとべからず選挙だ。あれをしてはいけない、これをしてはいけないという規制がたくさんあるわけですね。たまたまビラだけが認められたから、そこに集中するわけでしょう。もし選挙に関しては一切の活動を全部自由にすれば、だれもビラなんかそんなに大臣が不都合だとおっしゃるほどのことはないですよ。むしろ、不都合だとおっしゃるのならば、ビラを自由にしておいても不都合が起こらないように、選挙運動、選挙活動をほかの面でうんと自由にしてしまえばいいのじゃないですか。そうすれば不都合は起こらぬです。そのほうが選挙のたてまえからいってもいいだろうし、そこまで大臣踏み切りませんか。どうせ踏み切るのならそっちのほうに、ふたをかぶせるような踏み切り方ではなくて、幾ら野放しにしておいてもだいじょうぶなほうに踏み切ったほうが選挙はいいのじゃないですかね。
○秋田国務大臣 理屈の上では、自由というのは全然野放しの自由でいいじゃないか、それは一応わかります。しかしながら、現実どうも非常な紙のはんらんであるとか、いろいろ煩にたえないし、また、そういうものをやるについてはかえって公正と選挙の秩序を害するのじゃないか。公正ということがいささか問題ならば、平等のスタンダードに立つことにおいていろいろ問題がありはしないかというような現象が起きておる際に、やはりそこに着目をして、そこに改善を加える。そこでいまビラの種類という点を問題にされておりますが、これは数量を制限しておるわけでもございません。ただ、あまり過度になってはいけない。したがって、三種類あるいは二種類ということで各政党の自由な意思を発表するのにはまずこと欠かないであろうという過去のこの道の経験者等の御意見も徴しまして、その合意と申しますかコンセンサスの線を求めて規定いたしたわけでございまして、この規定が、いろいろ方法があろうと思いますけれども、数量等を規制していないという点において十分自由の原則の確保ということが考慮されておるのではなかろうかと思うのでございます。そういう点をしさいに御検討願いますれば、これが決して自由の制限の意図に出たものでないということを御了解願えるのではなかろうかと思うのでございます。
○二見委員 数量を制限してないから、二種類であれあるいは三種類であってもいいじゃないか。それならむしろ種類の制限をはずしたってどうということないでしょう。
○秋田国務大臣 そういう考え方もあろうかと思いますが、そこへ至りますと、今度は全部野放しになる。それがいろいろ現象としても社会事象としても考うべき問題を起こしたのでございますから、そこに改善を加えるにおいてはこの方法が妥当ではなかろうかというような考え方に立ったわけでございまして、ほかにもっとこれよりもいい案がありますれば、それはそれでもけっこうだと思いますけれども、私はまずこの辺が妥当なところじゃないか、こう思っておるわけであります。
○二見委員 問題を変えます。
 選挙部長にちょっとお尋ねしますけれども、今度の改正案の二百一条の八ですね、あの問題については十月十二日に――現行法ですと、知事あるいは市長選挙とダブった場合に、たとえば知事選挙と県会議員の選挙がダブった場合には規制があるけれども、原則として自由ですね。地方議会議員の選挙の場合は政党活動は原則として自由です。自由が原則であって、たまたまダブった場合には一定の条件でもって規制がある、これが現行法のたてまえですね。ところがそれでは、候補者を持たないところは、たとえばダブった場合には、候補者を持たない政党は政治活動ができないから不公平だ、このアンバランスは是正すべきだというのが閉会中の審査で議論としてのぼりました。十月十二日に中村さんはそのことについてこういうふうに答弁されているのですね。「私どもとしては、従来の経緯は経緯といたしながら、最近の状況ににらみ合わせまして、県会議員選挙等の際におきまして知事候補は持たないような政治団体につきましても、活動の余地ができるような道を検討すべきではないかと事務的には存じておる次第でございます。」こうお述べになっておるのですね。これはどういう意味なのか、まず中村さんのお述べになった意味を教えていただきたい。
○中村(啓)政府委員 二見先生のお話にありましたように、知事選挙あるいは市長選挙と同じ地域で都道府県会議員選挙あるいは市会議員選挙がダブります際に、知事選挙なりあるいは市長選挙が行なわれております期間中は、その地域内では一般的に知事なり市長選挙について政治活動ができる資格を持った、いわゆる知事選挙あるいは市長選挙について確認団体になった政治団体しか政治活動はできないという現在の仕組みでございます。それは、知事選挙あるいは市長選挙について候補者を持たない、したがって確認団体にならない政治団体にとっては、県会議員選挙等で大いに活動をなさりたいというのについて、いまの仕組みではそれが封ぜられておることは問題ではないだろうかという問題意識に立って、ある程度政党化が侵透をして、その選挙で政党が一般的に大いに活動をなさる、たとえば都道府県会議員選挙等については、知事候補をお持ちになっていない、したがって知事選挙の確認団体になっていらっしゃらない政党その他の政治団体も、県会議員選挙の間御活躍をなされますような道を開くべきだ、かように考えまして申したところでございます。
○二見委員 改正案の二百一条の八の前段の「政党その他の政治団体は、その政治活動のうち、政談演説会及び街頭政談演説の開催、ポスターの掲示、立札及び看板の類の掲示及びビラの頒布並びに宣伝告知のための自動車の使用については、都道府県の議会の議員又は指定都市の議会の議員の一般選挙の行なわれる区域においてその選挙の期日の告示の日から選挙の当日までの間に限り、これをすることができない。」という規定、これは現在は、たとえば県会議員も指定都市の市会議員も自由ですね。今回の改正案では、これはできないということを大前提にしたわけです。これはどういう意味ですか。
○中村(啓)政府委員 ただいま御指摘の点につきましては、かねてから問題の側面が二つあるということを申し上げておったところでございます。一つは、ただいまお話のございましたように、知事選挙等で候補を持たない、確認団体になれない政治団体が、県会議員選挙等に際して活動をなさるような道を開きたいという一面がございます。もう一つの面は、最近の情勢で、県会議員選挙等につきましても、政党が非常に力を入れて活躍をなさるという傾向にあります。そこで、やはり県会議員選挙等の場合も、国会議員選挙あるいは知事選挙、市長選挙と同じように、その政治活動について一つのルールを持っておやりいただくのが好ましいという二つの側面から、技術的にこういう形の立法になるわけでございます。問題を基本的に申し上げますれば、現在たとえば知事選挙なら知事選挙につきまして、一般的に、知事選挙に入りますと政治活動が選挙運動とまぎらわしくなるということで、特定な資格を持った政党しかその間は政治活動をやってはいけないという確認団体制度をとっております。そういう確認団体制度というものによって、適格政党というものを位置づけをして、そして政治活動をやっていただくという仕組みをとっております現在の体系のもとで先ほど申し上げました要請の二面を満足させるということになりますと、こういう仕組みによらざるを得ないと思っております。
 根本的には、昨日も当委員会でいろいろ御論議がありましたように、いま政党なり政治団体は全国で一万をこえておりますので、そういう政党の取り扱いのやり方というものをどうやっていったらいいかというところに基本議論があるだろうと思います。しかし、いまはそこまで議論を進めるということについては、なお従来のいろいろな論点があって控えてきて、さしあたっての措置として技術的にいわゆる確認団体制度をとっておるというのが実情であります。したがって、申し上げたいと思いますのは、いまの法制の仕組みの確認団体制度がたいへんりっぱな制度であって、これが最高だなどということを申し上げる気持ちはございませんけれども、いまのような仕組みをとっております以上は、先ほど申し上げました県会議員選挙等の場合におきまする二つの問題を解決するということになりますと、立法上の方法としては、今回御提案を申し上げております二百一条の八のような形にならざるを得ないというわけであります。
○二見委員 改正案の二百一条の八の前段ですね。「その選挙の期日の告示の日から選挙の当日までの間に限り、これをすることができない。」これは要するに余分なんです。現在は地方議会議員の選挙というのは自由なんです。それをあえてここでかぶせて、確認団体以外はできないとか、こういう条件のあるもの以外はできないというような規制を設けること自体が逆行じゃないですか。いまはすでに自由なんだから、それは自由にさせておくべきじゃないですか。自由を原則としておいて、現行法どおりにしておいて――これでいくと、ダブった場合は今度は三人以上の所属候補ということでもって前よりは緩和されるわけですね。現在の二百一条の八よりも緩和される。ダブらないところに対しては完全な規制ですよ。しかもこの法律案が出される前の段階では、中村さんはここまで規制するということは言わなかった。ダブった場合の是正はしなければならぬ、ダブった場合のアンバランスを是正しますというのが中村さんの先ほど読み上げた答弁の趣旨なんでしょう。にもかかわらず今度の改正案で前段をつけた点、これは逸脱です。ビラについては規制ではない、自由化の原則を守っているとおっしゃいますけれども、大臣、このことに関しては完全な規制でしょう。現在は自由だったものが自由でなくなるのだから。むしろ現行法の二百一条の八に現在の条件を緩和するような、たとえば三人以上の所属候補というのを入れればいいのでしょう。大臣はこれをどうお考えになりますか。
○中村(啓)政府委員 二見先生の御指摘になります部分につきまして、私、まあ従来から申し上げておりますが、この問題については問題の側面が二つある。で、二つの要請を調和せざるを得ないということを申し上げておったつもりであります。ただ、先ほども申し上げましたが、確認団体という制度が、ほんとうにりっぱな政党がお働きいただくという意味でいいかどうかという面についての疑問は残しております。それは残しておりますですが、私が従来申し上げております問題の側面の両面の解決ということになりますと、従来申し上げておるところと、今回提案をしたものとは特にそごがあるものとは考えていないのでございます。
○二見委員 たとえば東京都の場合、区議会議員選挙が来年春行なわれる都知事選と一緒になる。候補を持たないとどうなるのですか。これは政党活動できますか。
○中村(啓)政府委員 都知事選挙が行なわれます際には、十分御案内のとおり、都知事選挙の行なわれる期間中、都の地域につきまして政治活動ができますのは、都知事候補を持っておる、いわゆる都知事選挙について確認団体になった政党に限られます。したがって、その資格を持たない政党は都知事選挙の行なわれておる間は政治活動ができないという仕組みがいまの確認団体制度でございます。だから区議会議員選挙があっても都知事選挙の確認団体でないと政治活動ができないのはけしからぬという御指摘でありますけれども、それは、それでは都知事選挙の間どんな政党でもどんな活動をやってもいいというのであれば、都知事選挙について確認団体制度をとっていることはナンセンスになってくるわけであります。そういう意味で私は、この確認団体制度には根本的に議論をすべき余地は多々あるということはるる申し上げておりますけれども、従来都知事選挙について確認団体制度をとってきております以上は、いまのような仕組みにならざるを得ない。かりに同時に行なわれる特別区の選挙について、その期間中都知事選挙の確認団体でない政治団体も活動したいということであれば、さらに特別区の選挙につきましても確認団体制度を導入しなければいけないということになっていきます。二見委員も抑せのように、この制度をそれほど大きく広げていくというよりは、できるだけ現状の政党活動の実情に即して対応をしていくという考え方に立つといたしますれば、今回提案をいたしましたように、新たに確認団体制度をとって対応をしていくのは、都道府県議会議員選挙と指定市の市会議員選挙にとどめてはいかがかという考え方になりまして、今回のような提案をいたしている次第でございます。
○二見委員 大臣、もとへ戻りますけれども、この改正案の二百一条の八の前段ですね、これは両面があるわけですが、前段は、これは完全に都道府県議会議員の選挙については政党活動はしてはならないというのが大原則になっているわけです。選挙の期間中政党活動をしてはいけないというのが大原則です。大臣の先ほどのお話は、政党活動というのは本来は自由であるべきだけれども、いろいろな秩序があるから一定のワクをはめざるを得ないのだというのがいままでの大臣の一貫した答弁。この二百一条の八というのは、政党活動は断じて認めないというのが大前提なんです。この点について大臣はどうお考えになりますか。
○秋田国務大臣 この点確かに先ほどから申されておるとおり、都知事選挙の場合にその候補者を持たない政党はそれができないという点において自由の制限になるという点が実際上は見えるのでありますが、別の考慮からこういうことになったということはただいま御説明申し上げたとおりでございます。同時に、やはり一定の節度を持ってやってもらうということが必要だと考えまして、こういう規定になったわけでございます。
○二見委員 一定の節度を持ってもらうという大臣のことばを了承したとしても、この前段の精神は、これは政治活動をしてはいけないというのが精神でしょう。ただしこういう場合にはこういう条件のもとで認めましょう、政党活動を認めるのは、これはこの規定からいけばいわば付録でしょう。都道府県会議員の選挙に際しては政党というのは政治活動を原則としてはしていけないのだというのが、これが立法の精神でしょう。中村さん、どうですか。
○中村(啓)政府委員 二見先生の仰せの点は十分理解はいたすわけであります。理解はいたすわけでありますが、いまのこの法制の中で、たとえば都知事候補者を持たないが、都会議員選挙の際に同じく同時に行なわれるという前提に立って政治活動の道を開こうとすれば確認団体制度というものをとらざるを得ない。これは国会議員選挙なり知事なり市長選挙に確認団体制度をとっておりますので、そういういまの日本の公選法の体系の中で府県会議員選挙等について同時にダブったような場合にも活動できるような方法を技術的にとるという場合には確認団体制度によらざるを得ません。確認団体制度をとるといえば、確認資格を持つ政党以外は御遠慮していただいて、確認政党が政治活動をやってくださいという、こういうスタイルにならざるを得ないわけです。そういう技術的な意味でこうなっておりますが、るる申し上げますように、基本的にはもっともっとほんとうに政党本位の選挙という立場から見て、政党はいかにあるべきかという議論にまで発展をしていくとすれば、いまの仕組みは私が申し上げましたとおり今後において十分検討されるべきだと存じます。
 そういう要請で技術的にこうなりますほかに、問題は、前々から申し上げておりますが、もう一面ございます。もう一面は、現在の都道府県会議員選挙そのものが非常に政党化されておるので、やはり政党の御活動については国会議員選挙と同じようなルールのもとにやってはいかがかという議論がございます。
 その二つの要請からこういうふうな形になっておるわけでございますが、主として前段の技術的要請もありまして、私ども事務当局といたしましても、二見先生の仰せのように、政党活動を狭めよう狭めようというような気持ちで対処しておることは全くございません。ほんとうに政党がりっぱに御発展になるということを念じながら事務的にも対処をしておるのでございますが、申し上げましたような技術的ないまの体系の仕組みの中では、消化のしかたとしてはこうならざるを得ない、この事情を御了承賜わりたいと思ってております。
○二見委員 都道府県会議員の場合には非常に政党化率が進んでいるから、こうやらざるを得なかったのだということがいまの中村さんの趣旨でございますね。そうすると、それじゃお尋ねしますけれども、東京都の特別区会議員それから――その他の市町村はいいと思いますけれども、指定都市以外の市、この政党化率はどうでしょう。
○中村(啓)政府委員 政党化のスタンダードですが、これは結局は各政党がそれぞれの選挙にあたってどこまで具体的に御活動をなさろうかというところにかかっておるわけでございますので、機械的なあるいは確定的なスタンダードがあるわけではございません。そこで御専門の政治家の方々の感覚を適当な機関をつくって伺っていく過程で、さしあたっては府県会議員と指定市の市会議員についてこういう仕組みをとってはどうかということになりましたので、今回お願いをいたしておりますのは特別区なり一般の市にまで及ぼすことは控えたいということで提案をした次第でございます。
○二見委員 要するに、都道府県会議員の場合には、日本ではいわゆる立候補者総数の中に占める五大政党の候補者の数が非常に多いから今回こういう改正をしたのだ、これが中村さんの言われる趣旨でしょう。
○中村(啓)政府委員 はい。
○二見委員 それならば、たとえば東京都の場合は、区会議員の選挙に際しては都道府県会議員と同じように、やはり五大政党から出ている候補者が非常に多いのじゃないですか。また市でも、たとえば川崎であるとか指定都市以外でもかなり政党化の進んでいるところもあると思うのです。一般的に見れば、人口三万とか五万とかいう小さな市であれば、ほとんど無所属かもしれないけれども、大都市になれば、むしろ私は政党化というのはかなりの段階まで進んでいるのじゃないかと思うのです。もしかすると、県会議員よりも東京都の区会議員のほうが政党化率が進んでいるかもしれませんよ。その点はおたくにデータありますか。
○中村(啓)政府委員 先ほども申し上げたところでありますが、いわゆる政党化のスタンダードをそれぞれの議員の政党所属率というような点でまいりますと、現在都道府県会議員並びに指定市が最も率が高うございます。特別区はたしか九〇%程度ということであります。いずれにしましても、二見先生の仰せのように、大きな市はかなり政党化率というものが進んでおることは御指摘のとおりだと思います。ただ決定的にどこで線を引いてこういう制度にしいていくかということになりますと、やはりどこかで達観せざるを得ないわけであります。そこで、今回は都道府県会議員と指定市――特別区よりもとより人口の多い市も指定市以外にかなりあるわけでございますので、かりに特別区にも及ぼそうということになれば一般の市にも及ぼさなければならぬ、そうなると全体の市、全体の特別区にもこの二百一条の八方式をもっていかなければならないということになるわけであります。それが適当かどうかにつきましては、先ほど申し上げましたような達観の議論しかございません。政党化の実情ににらみ合わせてどう対応していくかという達観の議論でありまして、現時点では、まずさしあたって都道府県会議員、指定市でいかがであろうかという考え方のもとに提案しております。したがいまして、二見委員の仰せのように、決定的にここでこういうふうに白と赤が分かれるから、それを明らかにして云々というような御論議になりますと、私どものほうでもさように明確には申しかねるところでございまして、これはやはりそのときどきの社会の実情をにらみ合わせ、御専門の方々の御意向というものを拝聴しながら対応していく性格のものじゃないだろうかと存じておるわけであります。
○二見委員 そうすると、都道府県会以下あるいは指定都市以下のところで政党化がかなり進んでおるところでは、公正という面からいくと、あまり公正じゃなくなるわけですね。大臣のお好きな公正という概念からするならば、ここでは法律のたてまえ上不公正が行なわれる、こういうことになるわけですね。
○中村(啓)政府委員 公正、不公正のお持ちになります意味なりお考え方にもよるわけでありますが、私どもが今回出しております内容は、先ほど来申し上げたところによりまして、選挙時の政治活動の実態というものをにらみ合わせながら、現実に即した処理のしかたをしていったらどうかということで提案を申し上げておるところでありまして、そういう意味では、現実の社会の実情に沿った適切なる提案ではないだろうかというふうに存じておるのでございます。
○二見委員 大臣、非常にくどいようなんですけれども、二百一条の八ですね、この前段を削除いたしまして、現在の二百一条の八のただし書きに、いま改正案で出しておる「選挙の行なわれる区域を通じて三人以上の所属候補者を有する政党」云々、これを一項目加えたらどうでしょうか。そうすれば自由を原則として、なおかつダブった場合には技術的にやむを得ないのだ、こういう筋書きがきちんといくと私は思うのです。しかも前々から論議されていた、ダブった場合のアンバランスの是正という方向でも、その面に関しては、これは私は一歩前進になると思うのです。大臣どうですか、そういうふうに勇断をふるってやりませんか。
○秋田国務大臣 この点はいろいろ関係者で御論議があったところと伺っております。それで一長一短があろうかと思うのでございます。たまたまダブつたときにこういうことになりますけれども、地方選挙でどの段階まで政党化の事態が及んでおるか、あるいは選挙の態様に応じて政党というものの活動を認むべきか、これをフリーにするかどうかという点との調整の点でこういうことになったと考えておるのでございまして、いろいろ御議論はあろうかと存じますけれども、これらも大体関係者の合意の点と私は理解をしておるわけでございます。
○二見委員 以上で終わります。
○吉田委員長 門司亮君。
○門司委員 私は一番最初にほんとうにつかないことを聞くのですが、選挙法は、戦後の新しい選挙法ができてから今日まで何回改正されておりますか。法律をひっくり返せばすぐわかると思うのですが……。
○中村(啓)政府委員 正確には直ちに計算をして申し上げますが、大体三十回くらい手直しされておると思います。
○門司委員 そうすると、選挙を行なったのは、終戦後の選挙は十一回ですね。第八十五帝国議会を入れてです。そうすると、十回選挙をする間に三十回改正されたことになると、ちょっと数字が合わないような気がします。十回選挙をやったから十回変えたというならば幾らかわかるけれども、選挙の回数よりも改正の回数が多かったということは、参議院も多少含むかと思いますけれども、こう改正をしなければならないというのはどこに原因がありますか。これは、国の憲法付属の法典としては大法典なんですね。これは明らかに憲法付属の法律である。それがこういうふうにしょっちゅう変わらなければならぬという原因がどこにあるのか。これはわかりますか。
○中村(啓)政府委員 まず改正の回数でございますが、たいへん恐縮ですが、五十五回ということであります。もっともこの改正の中では、ほかの改正に伴って、ほかの法律が直ることに伴って、公選法で引っぱっておる法律の手直しというようなものも入っておりますので、実質的には公職選挙法制定以来の大きな改正というのは三、四回と自分では思っております。
 それはそれといたしまして、確かに門司先生の仰せのように、かなりの頻度で改正が行なわれておることは事実でございます。行なわれておりますおもな面は、基本的な選挙の仕組みということよりは、主として選挙運動のしかたが多いようでございまして、そのときどきの社会の動きによって、選挙運動につきましてそれぞれ対応した手直しが行なわれておるというのが多いようであります。もっともそのほかの原因としましては、やはり政党がだんだんと選挙の際に働かれる余地が出てきて、そのための必要な手直しが行なわれておるというふうに大きくは考えておるところでございます。
○門司委員 私は、選挙が非常に悪くなったということばを使えば、そのとおりだと思うのです。国民に選挙自身がなじまないというのは、やはり法律の改正が多過ぎるのではないかというような気がする。悪いところは直さなければならぬのが当然ですが、基本的の選挙法に対する改正というものが考えられない。それでまあやってみよう、どうもやってみたら悪かったからやめよう、これも悪いことはやめたほうが私はいいと思うのです。別に悪いと知りながらそれを持続する手はないと思うんだけれども、そういうところに政府の態度というものがある。その政府の態度もあるものの、その問題がどうして一体そうなったかということをもう一応お互いに反省する必要がある。そのことは政府が一つの諮問機関として持っておる選挙に対する委員会が特別の審査制度というものを設けて、この諮問された審議会の答申が尊重されないというところに、そのときそのときの手直し以外にできないという問題がありはしないか。いい悪いは別にいたしまして、選挙制度審議会はかなり突っ込んだ審議をいたしております。たとえば、政治資金規正法をどうするかとか、あるいはいま問題になっている参議院の定数是正をどうするかとかいうような問題をかなり深刻にかつ真剣に論議されておる。そうして、そういう基本的な問題が答申されたものを政府が実行しないというところに私は最大の原因があると思う。そして枝葉末節のところだけをいじくろうとするから、これはもうよしあしが二つあって、議論は二つに必ず割れるにきまっておる。これがいいという人もありましょうし、これが悪いという人もありましょう。だから、その辺は、選挙制度審議会の答申というものをいままで十分に政府が行なってこなかったというところに私は最大の原因があるような気がするのです。気がするというより、私はそのとおりだと思うのです。
 そういうことで、また第七次の選挙制度審議会やなにか任命されたように新聞で拝見いたしておりますが、その辺の感想をひとつこの際大臣から聞かしておいていただきたいと思うのです。
○秋田国務大臣 私も公職選挙法の法律関係を取り扱う日なお浅くして、まことに適切な考えが浮かばないのでございますが、先生のおっしゃるように、選挙制度審議会の答申を与党あるいは政府が尊重をしていないところにあるのではなかろうかという御意見、表面的にはそういう現象に見えるところもあろうかと存じます。しかしながら、戦後の日本の目まぐるしい経済社会の変革、あるいは思想と申しますか、政界における非常な変動もありますし、その間にやはり定着すべき、指向すべき点につきましてもいろいろと議論が分かれておるために、この審議会の御意見は出ますが、やはりそこにいろいろ問題が伏在する。それがために、やはり政治資金規正法など、三回も提案をされたが廃案になったというような基本的な原因があるのではなかろうか。こう思考されますので、確かに御所説のような点があるが、さらに深く考えてみますと、そこにまたもう少し時間をかけて検討をするべきところを、やはり早々の間に一応の結論を出していかなければならないという、いろいろそういう事務的な点に迫られてあの結論が出てくる、それとの現実の矛盾があるという点も多々あるのではなかろうか。この際、少し結論が早く出過ぎるような感じがいたしますが、根本的に、もう一ぺん、戦後二十五年、四分の一世紀たちましたから、この辺でひとつ腰を落ちつけて基本的に考えを直してレビューをして、そして決するところに決しようという処置をとることが必要ではなかろうか、これは私の考え方でございますが、そういうことを卒然思うわけでございます。
○門司委員 大臣の御答弁、ちょっともわからぬのですけれどもね。選挙は、さっき言いましたように、九十五帝国議会を入れても、戦後わずか十一回しかやっていない。選挙法の改正は五十五回やったのですね。こういうつじつまの合わない法律は事実上ほかにはないのですよ。そして、この結果、さっきから言っておりますように、憲法付属の大典であることは間違いがない。この間の事情がどういうものであったかということの一つに、いま選挙制度審議会の答申が尊重されてないということが一つあります。もう一つは、法律自体に対する政府のきわめて不忠実な面が一つある。それは何であるかといえば、定数是正の問題は、国勢調査の人員によってこれを変更するを例とする、こうちゃんと別表に書いてあるのですね。それを怠ったということ。これはほかから何もああでもない、こうでもないということでなくて、ちゃんと最初の法律から書いてある。そして戦後の国勢調査というのは一体何回行なってきたかということである。
 私は、こういうことを考えると、選挙法というような法律については、もう少し政府は真剣に取り組んでもらわなければ、こういう小手先だけの解決ではどうにもならない。なるほど、さっき申し上げましたように、悪い点は改めなければなりませんし、悪いと知りながらそれを持続するわけには私はいかないと思う。しかし私は、基本的な政府の姿勢というのが、選挙法だけについては、あまりうるさいから触れないという悪い考え方で、そして小手先だけの改正をちょちょっとやっていこうという、こういう政府の基本的な姿勢が今日の局面に至っているといっても差しつかえないと思う。そういう問題について大臣は、一応、私の極論かもわかりませんが、そういう意見を肯定されるかどうか。非常に意地の悪い質問かもしれませんが、私は、この選挙法自身に対しては、今後も選挙制度審議会に対してのわれわれの考え方というようなものも、やはりそういう角度から見ていきませんと、何かしら政府の隠れみのだけであって、都合のいいときは選挙制度審議会の答申がないからそれに基づいてと逃げられる。そして出てきたものは一向実行しない。こういうことでは、私は、国会自身のこういう審議が、国民の側から見ますと、一体何をやっているのか、サル芝居ということばがいつかございましたが、サル芝居をやっているのじゃないかという非難を受けてもしようがない。
 選挙は何といっても民主主義の政治の基本的条件でありますから、この条件が今日ネコの目が変わるように――ネコの目だってこんなに変わりゃしません。あれだって、一日に、六時間ぐらいごとに変わるぐらいのものであって、そうたくさん変わりはしないです。その辺は、大臣、さっき私が申しましたように、私の感想と大臣の感想と、ちょっと違いますか、これは。
○秋田国務大臣 私は、違ってないように感じております。すなわち、政府が小手先だけでいじっておるところに根本的な欠陥を指摘されておられる。私もやはり十分時局に即して真剣に考えたところによって決定すべき時期であろう、そういうふうにしないのが悪い。私は、多少そういう機が熟しておらなかった、いままでいろいろ激変の時代であったというふうに、多少ニュアンスが違っておりますが、落ちつく先は同じである、小手先でない、真剣にあるべき選挙制度の姿をほんとうに検討をして、そうしてその姿をしっかりいたさなければいかぬ、こういうふうに感じておりますので、結論は同じである、発想の経路も同じである、こう私は考えております。
○門司委員 さらに意見を少し聞きたいと思いますことは、したがって、今日の選挙法というのが国民に非常に理解しにくい。一般の法律であれば、わりあいに国民のほうにも理解しいいのでありますが、この選挙法ぐらい理解のしにくいものはないんじゃないか。それは選挙のたびにどこが変わったここが変わったというようなことで国民は非常に戸惑っている。そうしてそれに対して、選挙管理委員会の諸君を悪く言うわけではございませんが、的確な指示ができるかといえば、選挙管理委員会だって的確な指示は困難だ。こういうことからいわゆる選挙法自身というものの理解が十分にできていないところに、必要以上ということばは少し行き過ぎかもしれませんが、実際上の問題としては、なくてもそういうことが防げるんじゃないかというような犯罪がだんだん出てきて、そうして選挙犯罪というものがだんだん出てくる。と同時に選挙犯罪というものが、いわゆる選挙法の違反であって破廉恥罪ではないんだというような感じを国民に非常に強く植えつけてきておる。現実にそうである。ことに私は政府も最もけしからぬと思うのは、大赦、恩赦の場合、ややともすれば政治犯というものが復権をするということが大体常識になっておる。私はこの点は大臣に特に、これは法務大臣にもほんとうは聞きたいと思うのですけれども、大臣に聞いておきたいと思いますけれども、憲法付属の大典である選挙法に対しての違反者は恩赦の一番先の対象になって、そしてとにかく何事かあって恩赦があればそれが復権をするという対象に当てられておるというところに、私は基本的の政府のものの考え方の誤りがあると思う。国政はすべて議会の上に打ち立てられたものであって、その議会がすべて選挙によって行なわれておる。したがって国の基本的の法と申し上げても私はちっとも差しつかえがないと思う。憲法に次ぐ大典だといってもちっとも差しつかえがないと思う。それを、その犯罪を犯した者が恩赦の一番先の対象になるというような印象を与えるということは、私はどうかと思うのですよ。私はほんとうにこの問題について実は佐藤総理に聞きたいと思っているんですよ。一体これから先どうされるか。選挙犯は普通の犯罪ではないんだという考え方を持っているというところに非常に大きな間違いがありはしないか。だから、いつかも大臣に質問をいたしましたように、外国の例から見れば、選挙法の中に罰則というようなものはできるだけ避けられている。選挙というものは公正であるべきだという基本観念の上に立っておる。ところが日本の場合は、選挙というのは公正であるべきというのでなく、選挙犯罪などはどこかにたまたまひっかかったんだということで、恩赦になればこれが一番先にやられる。こういうものの考え方に誤りがある。それを正していくのは政府だと思う。国民にこれを要求いたしましても、なかなかそうはいかない。選挙の違反に問われれば五年なら五年はもう選挙権はないんだ、あるいはこれは公民権が停止だというようなことでぴしっときて、それは国民としての基本的の権利である投票権を持っていないということが、非常に大きな国民の資格要件といいますか、そういうものの欠如があるんだというような、いわゆる破廉恥罪以上の、政治犯というものは国政に対する大きな犯罪だという見方が国民の間に浸透していけば、選挙違反なんというものは起こらない。選挙はいつでも公正に行なわれる。そうして選挙はいつでも常識的に行なわれる。私は選挙の姿勢というものはそこにあるということが痛切に最近考えられてくる。だからどんなに選挙法をいじくってみましても、これで犯罪が減るかというと、減るわけでもありませんし、複雑になればなるほど選挙違反が出てくるということで、そうしてその選挙違反は、さっき言いましたように、一般犯罪と違うのだという観念を国民に植えつけていく。この一番大きな問題は、恩赦でこれが一番先に釈放の恩典を受けるところにランクされておるというような印象を国民に現実に与えておる。こういう問題に対する大臣の所信をひとつ伺っておきたいと思います。
○秋田国務大臣 私は法律専門家でございませんので、恩赦、大赦なり特赦とこの選挙法の関係を的確に論ずる自信がございません。しかし、大赦なり特赦という恩赦の精神というものは、やはりある国家の時点において、自然の遠大な、広大無辺な恩恵を施す一つの大きな神の恵みというようなものであって、これはりっぱな制度であると考えております。しこうしてこれが選挙関係の犯罪と切り離さるべきものであるとは私は考えられません。しかし同時に、これは選挙法違反関係の適用におきましては厳格であるべきではないか、こう私は思います。同時に、選挙に対する法規の点から、いろいろ立法精神の上で問題もあろうかと思いますが、同時に国民の政治に対する意識、この涵養の点につきましても、われわれは大いに今後考えていかなければならない。そうして国民全体の政治に対する高度の政治意識の向上をまって、この問題を多角的に検討し、かつ解決をしていかなければならない、こういうふうに考えております。
○門司委員 どうもさっき御答弁の最初に専門家じゃないからというお話でございましたが、私は実は専門家であるとは考えてはおりません。しかし選挙を担当される大臣としての良識ということ、またおこられるかもしれませんが、一応そういうものを概念の上に入れていただいて、そうして選挙法というものを見ていただくということがよろしいのではないかということ。したがって、今日のこの選挙法に対する一つの考え方というものをもう少し国民に納得のいくようなことにしていただきたい。あるいは私は、こういう問題について、機会があれば、恩赦の権限を持っておいでになる総理大臣と、それからその裁量をしていく法務大臣との間に、こういう話をほんとうに詰めていきたいのです。そうしなければいつまでたったって選挙はよくなりはしません。選挙犯罪は特別な犯罪というものの考え方、恩赦や特赦があれば一番先にこれは復権するのだというものの考え方。一般犯罪に対する復権等については、かなりめんどうな手続が実は要るわけであります。私は、選挙違反に対して、非常にこれが国事犯であるような印象を与えておるところに一つの大きな問題があって、それの是正が十分にできないところと、それから選挙制度審議会の意見というものがほとんど実行に移されない、大事なところが実行に移されないというようなことは、あげてこれは政府の責任なんですよ、実際は。さっき言いましたように、定数是正が議論になっておりますけれども、定数是正はちゃんと現行法に書いてあるのであって、そのとおりにおやりになれば別に問題になるはずはないのであって、そしてそれが何も国会を押えられない原因には私はならぬと思うのですよ、法律を尊重するのですから。国会議員の諸君が、その法律はけしからぬといって、定数是正はけしからぬと言うことのほうが私は間違っていると思う。その政府には勇断ということばを使えばどうかと思いますが、決断がなければ、幾らここで選挙法を改正いたしましても、その選挙法の改正というのは、いたずらに国民に理解しにくい法律になってあらわれてくる。この前の選挙まではこれでよかったのだが今度はだめになった、いままではだめだったが今度はよくなったということでは、いつまでたっても選挙の混乱というものは免れない。そこからくる犯罪というものはいろいろ出てくるわけであります。したがって、いま自治大臣は専門でないからということで一応逃げられておりますので、恩赦の問題等についてこれ以上責めようとは私は考えません。考えませんが、この点はひとつ選挙法の担当の大臣として十分考慮をしていただきたい。もし委員長にして御尽力が願えれば、私は少なくとも総理大臣にここに来てもらって、そして総理大臣の所信を実は伺いたいのであります。そうしないと、いつまでたっても選挙が悪くなるばかりであります。選挙犯罪はだんだんふえていくということであって、これは減っちゃいないということです。選挙犯罪がふえていくということは、公正な選挙が行なわれていないという大なる証拠なんです。これは選挙が公正でなければ政治が公正でないということは、私は言い得ると思うのです。だからこの問題だけは、もし委員長でお取り計らいができますれば、この法案が上がるまでまだ時間がありますので、総理大臣に来てもらって、この辺の所信を聞いておきたいと思っております。そうしないと、幾らこういうことをやったって、ほんとうにどうにもならないわけです。しかしわれわれの立場としては、そう私が言っても、実際には出されたこの法案を審議しないわけにはいかない。内心、一体こんな同じようなことを何回繰り返せばいいのかという気もしますけれども、さればといって、よくない法律は直していく以外に方法はないのだ。だから基本の問題を実はきょうは聞きたかったのでありますが、大臣がさっき専門家ではないとおっしゃいましたから、大臣を専門家だというわけにはまいりませんから、これ以上は無理なことは言いませんけれども、その辺はひとつ十分考えていただいて、そしてこの法律を忠実に履行していただくならば、とっくにこの定員の問題などは是正されていたはずである。それが、政府が法律を忠実に実行しないところに今日の定員のアンバランスが出ているのでありまして、私のところの県などを見てごらんなさい。衆議院の場合でも三百五十万以上の人口を持っていて、そして議員の数がまだ十四人しかいない。これはどうにもならぬのですよ実際には。だから、こういうものは、政府がはっきり法律を忠実に実行し七おいてもらったら片づいていたはずです。そしてまた大きな問題が起こらぬはずなんです。選挙制度自身の改革については、いろいろ問題があろうと思います。しかし定数是正ということについては、私はやろうと思ったらやれたと思うのですよ。選挙区制にしても、小選挙区制、大選挙区制、比例代表制ということは、これはそう簡単にはいかぬかもしれない。しかし、定数の是正というのは、法律にちゃんと書いてあるのだから、そうすると五年ごとにはその人口の数によってわかってくるのだから、改正さるべきものが改正されていないのは、全くこれは政府の怠慢なんです。そして、いまごろになって社会事情がどうだこうだと言われたって、私にはそういうことは一向にわからないのですよ。社会事情がいかにあろうとなかろうと、法律に書いてあるのだから、法律だけは守ってもらいたい。
 そんな理屈をこねていないで、もう少し突っ込んで話をしたいと思いますが、そこで問題になりますのは、やはり政党法の問題を諮問されるように聞いておりますが、先ほどからのいろいろな御討議の中でも、確認団体と政党というものとの関係がいろいろ議論されております。いま千とか千幾つという確認団体があるわけですが、こういう確認団体というのは、私は一つの政党だと思います。そういう問題に対して、基本的に、一体この政党法というようなものについてどの範囲をお考えになっているのか。私は、政党法は非常にむずかしい法律だと実は考えております。そう簡単にいかない法律だと考えております。しかし、政党法を諮問されるということになれば、政府のお考えもどこかにあろうかと思いますので、その辺をひとつ伺っておきたいと思うのですけれども、具体的には政党と確認団体との違いを一体どこに認めるかということになろうかと思います。その辺をひとつ、もしおわかりなら御答弁を願っておきたいと思います。
○秋田国務大臣 昨日でございましたか、丹羽先生の御質問に答えまして、政党の定義あるいは政党法の問題が出たわけでございます。私が、この点も御審議を願うかどうかという点について、願ったらばと申しましたことにつきまして、林さんからも重ねていろいろ御質疑があったところでございます。私といたしましては、政党法をつくるべしというような考えでこれを御論議を願うという意味で申したわけではございません。政党法というのは、非常にむずかしい法律であり、政党の定義などについても非常に問題を多く含んでおることを聞いてもおるし、また承知もいたしておるつもりであります。ただ、今回御審議を願うについては、やはり選挙制度の根本にわたりまして御検討を願い、衆参両院を通じまして、国会の機能が公正に働くようにするためにはどういう選挙の仕組みであるべきかということを考えますと、現状の改善を考えると、かなり政党本位、政策本位の選挙が行なわれるような仕組みが必要じゃなかろうかと考えられます。そうしますと、ここに政党という問題がどうしても起こってくるわけであります。そこで、これをどういうふうに取り扱うべきかということも自然に問題になるであろう。したがって、審議会において、そういう意味において政党のことを論ぜられ、あるいは場合によっては、政党法というようなことが考えられるかもしれません。これらのことを御審議を願うことは、もちろん私どもは避ける意思はない、場合によっては同感である。また場合によっては、政治的には確認団体という形でこれを取り扱うべきであるという議論も出てまいると思います。これらについては御自由に御論議を願いたい。選挙制度の基本的な、よりよい改正を考える場合に、政党の問題もある程度出てくるであろう。そのときの御論議は避けるものではない、十分考えていただきたい、こういう意味で申したわけでございます。
 そこで、政党と確認団体の差というような問題につきましては、事務当局からお答えをしたいと思います。
○中村(啓)政府委員 門司先生のお話のように、政党の範囲をどう考えたらいいかということは、私ども事務当局としましても、これから最も検討を深めていただきたい基本の問題であると存じておるところでございまして、もとよりここで私どもが云々すべき限りではないと思っておりますが、門司先生のお話のように、大事な問題として、私どもも、いろいろな機会に、いろいろなお立場で議論をしていただいて、できれば国民の皆さんの間でまとまった見解が出てまいって、それによって一つのルールができてくるということを期待をいたしたいと存じておるところであります。
○門司委員 それからさらにもう少し突っ込んで聞いておきたいと思いますことは、政治活動と選挙運動との境界をどの辺に置く必要があるとお考えですか。今日いろいろ問題をかもし出しておるのは、この点にあります。どこからどれまでが政党活動なのか、どこまでが実際の選挙運動なのか、これを混同して、今日のような事態に立ち至っておると私は思うのです。その辺の見解は、政府として、大体どこまでが選挙運動であって、どこまでが一体政治活動なのか、これがいま錯綜しておる。見当のつかぬような状態になっておる。私は、こういうことにも問題があろうかと思う。だから、その辺をどうお考えになっておるか、ひとつお考えがあったらお話しを願っておきたいと思います。
○中村(啓)政府委員 ただいまお話しの、政治活動と選挙運動をめぐる限界なりというような点につきましては、これもたいへん異論の多いところでございますし、問題の多いところでございます。ここで私どもの考えを申し上げると申しましても、時間的にも、また能力の点からも、あまり時間をちょうだいするわけにまいりませんが、方向としては、私どもは、これが政治活動か選挙運動かということで、一つ一つ目くじらを立てて議論をするという形は、できるだけ今後は避けて、できれば政党は選挙のときには当然選挙運動の主体になっていっていただくという形に、大きく政党本位の軌道というものが敷かれていくということを、方向としては期待をいたしたいと思っております。しかし、もとより現状で直ちにそれに移行するという点については、幾多の段階がありますが、漸を追ってさような方向に動いていくべきではないだろうか、さように存じております。
○門司委員 ちっとも何が何だかわからぬですが、御承知のように選挙というのは時間があります。期間があります。ところが、政党活動はそういうものは一切ないはずであります。ところがこの場合に、選挙法の中に選挙活動というものを取り入れてくるところに問題がありはしないか。一つは自由にやるべきものであって、自由にやらなければならぬ。しかし選挙のときにこういうことをしていい、ああいうことをしていいということをきめるから、結局混同された問題になってくる。選挙活動なんというものは日常やるべきであって、同時にこれが選挙運動とこんがらがらないようにしていく必要がある。私はこういうことを考える必要がありはしないかということです。いままでの選挙運動等を見てみますると、結局、政治活動ということによってある意味における選挙運動が猛烈に行なわれているということが言い得るのである。また現実はそうである。だから、もとより自由である選挙活動と、それから期間的には自由である選挙活動にいたしましても、これは期限があるということであって、何日間あるいは何時間というものが過ぎれば選挙運動というものはなくなる。しかし政党の運動は別に何らの規制もなければ何もない。これは常時行なわれるべき筋合いのものだ。私はそういうところに選挙の一つの大きな問題がはらんでいるのじゃないかというように考えられますけれども、この点についてどういうふうに大臣お考えになりますか。いまの話は、どうも選挙活動と選挙運動とがこんがらかってきているから結局問題になってしまう。選挙運動は自由にやる、したがって、自由であるから費用は幾ら使ってもよろしいということになる。しかしこれは選挙の期間中であって、それ以外にあまりなさそうに大体見受けられる。これはまた選挙民のほうから見ても、選挙中は一生懸命になって政党活動をやるけれども、選挙が終わったらそれでおしまいだということで、確認団体などに至っては、選挙の前にひょっとできて、終われば、それではいさようならだ。こういうせつな的な選挙法というところに私は問題があるのじゃないかと考えるのです。だからそういう問題についてどういうふうに大臣お考えになるか、ひとつお聞きをしておきたいと思います。
○秋田国務大臣 たいへんむずかしいことで、私もこういう点についてほんとうに平素から考えておかなければならなかったと反省をいたしておりますが、政党の運動、政治活動、そして選挙運動、その本質には変わりはないもので、政党の政治活動、選挙区におけるその選挙期間におけるその政党所属の候補者を当選せしめようという政治活動、これが政治運動になる。しかし本質的には同じである。しかしその区域、その期間、その選挙区において一定の候補者を選挙に当選せしめようという運動のときには特別の考慮があるべきものがあるというところに、選挙の自由ではあるが一つの態様が出てくる、こういうふうに考えるわけです。本質的には同じである。技術的にあるその選挙が行なわれる区域において、時間において政党の活動は同時に選挙活動になる、こういうふうに見らるべきものではないだろうか、こう思っております。
○門司委員 政治活動は自由であります。何も選挙中であろうとなかろうと、私は自由であってちっともかまわない。ただそれに制約をしなければならぬというところにいろいろの問題が出てくるわけでありまして、それが選挙運動と政治活動とのからみ合わせからくる一つの弊害だと思います。したがって、その弊害を除こうとしてどういうふうにするかということが今度の選挙法改正の一つの柱だと私は思う。その辺まではわかるのでありますが、実際は御承知のように選挙自身というものが非常に問題になってきておる。
 それからもう一つその次に私お聞きしておきたいと思いますことは、選挙の費用の概算その他についてあまりにも法律が尊重されていないということであります。これは法の百八十四、五条くらいのところに書いてあったのじゃないかと思うのだが、選挙費用については物品その他の贈与を受けたときには、これを普通の値段に換算して選挙費用として届け出をしなければならぬということが書いてある。この規定はち。とも守られてないごすね。規定はあるのだが、この規定は守られない。なぜ守られないかというと、選挙管理委員会が捜査権を持っておらない。捜査権を与えるわけにはいかぬが、調査権も持っておらない。したがって、届け出られたものをそのまま受け取る以外にはない。さっきも申し上げておりますように、現行選挙法自身を十分に守っていかないところに非常に問題がある。選挙法の改正は、先ほどから申し上げておりますように、政府が法に従ってきちんとやっておいてもらえば、そんなに何回も何回も改正しなくてもよかったのじゃないか。政府が定員の是正は当然やるべきということで、やらなければならぬと法律に書いて――やらなければならぬとは書いてありませんが、例とすると書いてあるのでありますから、やっていいはずであります。それを怠っておる。費用の問題にしても、とにかく費用が一千万円かかったからといって百万届けておけば、それで済むのだ、動員が三千人行なわれても、それは善かなければ書かないで済むのだというところにやはり問題がありはしないかということであります。それは政治活動に使った人間は別に制裁を受けませんから、幾ら使ったってちっともかまわない。しかし、少なくとも選挙をやっておる限りにおいては、人間がいないで選挙ができるはずはありません。かかるだけ費用というものはかかるのであります。選挙というものは、どんなにやかましいことを言っても、人はだだ使えるわけでもなければ、食事を出さないわけにもまいりませんし、印刷代や紙代は多少の値段の相違はありましても、要るだけは要るのであります。そういう概念というものはわかっておりますけれども、今日の選挙の実態というものはどうにもチェックすることができない事態になっておる。だからそういう問題についていまの選挙管理委員会の制度を改正する必要が私はあると思うのだけれども、政府のほうではどうですか。私は何も選挙管理委員会に従来警察がやっておったような捜査権まで与えるとか、あるいは完全な調査権を与えるということはいかがかと考える。しかしイギリスでは、調査権は持っておりませんが、ある意味においては調査権も持っておるのです。本人の届け出でなくて、管理委員会の認定で大体選挙費用をきめている一ようです。私は、そういうことでこの法律を改正すると同時に、やはり選挙法の中にある選挙管理委員会の強化というものも並行していかないと、いつまでたっても選挙の公正は期しがたい、こういうことになると思いますが、こういう点について何かお考えがございますか。
○中村(啓)政府委員 門司先生の御指摘の問題につきましては、私ども問題意識は全く同様に存じております。ほんとうに選挙のあり方が、前段にお話しになりましたように、せつな的なものでなくて、長く国民に根をおろして、政党が主体になった活動が行なわれていくし、選挙の際には選法に関するルールが守られていくという形に一歩進めなければいけないと思っております。それに果たします選管の役割りというものも、いま御指摘のような点もなお考えに入れまして、十分に検討していかなければいけないというふうに存じております。
○門司委員 そういう抽象的な、おざなりの答弁でこれを濁すわけにはいかぬと思う。やはりもう少し真剣に政府が考えてもらいたい。それと同時に、政府自身がやはりこの選挙法をどう守っていけるかという観点に立ってもらわぬと、選挙法は単にたくさん羅列しておって、違反者だけを出すんだという、まるで罪人製造法みたいなというとあるいはおこられるかもしれませんが、ある意味においてはそういうことが言えるのであります。そしてそういう問題が、さっき申し上げましたように、きわめて一般の犯罪と違った犯罪であって、これが恩赦、特赦の最優先的の課題になっているというようなところに、私は今日の選挙の腐敗堕落する最大の原因がありはしないかと考えるのです。選挙の粛正ということは、私は、単に違反がないとか、あるいはこういうふうにやりなさいということが選挙の粛正ではないと思っておる。選挙の粛正というのは、やはり政治の姿勢というものの粛正が行なわれなければ、どんなことを言ったってできはしません。
 そういう意味でこれから具体的のことを二、三聞きたいと思います。私がいま申し上げましたようなこと、与党に対しては私はきわめて誹謗することばかりを言うようですけれども、ほんとうに選挙の姿勢を正してもらうということですね。そのことのために以上申し上げまして、それから法案について一、二聞いておきたいと思いますことは、今度の改正案の中にあります問題等については、私はいろいろ議論の余地もございますし、いろいろの問題がございます。がしかし、一つの問題としては、さっき申し上げた政治活動と選挙活動との間のけじめ、選挙活動というよりもむしろ選挙運動ですが、選挙運動との間におけるけじめをどうするかということ等についての線があまり明瞭に出ていないのじゃないかというような気がいたします。それは、御承知のように、単にビラだとかそれから何とかいうようなものだけじゃありませんで、やはり常時行なわれる政党の活動というものについてはそんなにやかましいことを言う必要は毛頭ない。さっきから大臣もお話しになっておりますように、公正な選挙の秩序を維持していこうというところに実は問題がありはしないかと私は考えております。そこで、公正な秩序を保持するということになりますと、いまの時点では、はなはだ遺憾ではありますが、政治活動はある程度自由であるが、選挙運動については、秩序を保つという意味合いからいけば、私は少なくとも公営のワクをもう少し広げる必要がありはしないかと思います。ところが選挙の実態から見ると、だんだん公営のワクが狭められてくるのですね。立ち会い演説会の数は減ってくるということですね。これも公営であったはずだけれども、こういうものがだんだん減ってきている。そして立ち会い演説だって人が来ないからそんなものはやめてしまって、選挙運動を自由にしたほうがいいんだということで公営が減退する。この前の法の改正からそうなっております。私はもう少しやはり公営問題について真剣に考える必要がありはしないかと思う。そして政党活動の自由と同時に選挙運動というものについては公正を期していく、こんがらがらないようにしていく必要がありはしないか。こういう点をどういうふうにお考えになるか、この際ひとつ聞いておきたいと思います。
○秋田国務大臣 先ほどからずっといろいろ御議論を伺って、ごもっともと思いますが、同時に、われわれが申しておりますように、個人本位の選挙を政党本位に、そうなりますならば政策本位になる。その観点に立ちましていろいろの選挙運動を考え直してみるということが必要であろうと思います。立ち会い演説等につきましても、一方においてテレビ、この四分制度にも議論はございますけれども、こういうようなやり方が時代の進運に即して考えられる点から、立ち会い演説会の回数というものも考慮されてまいったと思います。しこうして、やはりこれらにつきましても、もちろん候補者個人でございますが、その人の当選を期するわけでありますが、政党本位にやっていくということが必要ではなかろうか。そういう点に根本的な改正の重点を置きながら、当面必要な措置はこれをゆるがせにせずに行なってまいる。こういうような考え方でこの改正案をいま御審議願っておる、こういうようなわけでございます。
○門司委員 いまのお話、理論的には大体そういうことですがね。しかし政党本位、政策本位の選挙に移って個人本位の選挙というものが薄らいでくるということになると、これは比例代表以外にない。そうすれば完全な政党本位であって政策本位だということになるわけです。しかし、一体これが日本で完全に行なわれるかどうかということについては、私は問題があろうかと思います。なかなかそう簡単にはいかないと考えております。しかし大臣のいまのお話のようだとすると、これは一つの理想論であって、現実論とおよそかけ離れた問題であり、またいまの内閣でこういう画期的なことがはたしてやれるかどうかということについては、私は問題があると思う。したがって、この法律を出されて、こういうふうに改正していくということでありますが、この場合に、いままでの行き過ぎであるとかなんとかいう悪いものを是正するのに私は別に文句を言うわけではありませんけれども、こういう改正をしていかなければならないところに先ほどから申し上げましたようないろいろな原因があるのであって、次の選挙制度審議会に諮問されて答申をされる問題等については、大臣はほんとうにこの意思を尊重されるかどうかということと、あわせて聞いておきたいと思いますことは、二回ないし三回提案されながら通過しなかった政治資金規正法を次の通常国会に出されるかどうかということです。私は、こういう小手先だけの改正をするということであまり議論する必要はないかと思いますけれども、ほんとうの意味の政治資金規正法をひとつぜひ出してもらいたい。そうして法人の寄付というようなものを避けていく。アメリカだっていまそうでしょう。法人の寄付は選挙には適用していないでしょう。個人の寄付以外に集めていないでしょう。アメリカでは非常にたくさんお金が使われるということも聞いておりまするし、私どもも行って聞いたこともございまするけれども、それにしても日本ではいわゆる財界であり政界であるというけじめというものがわからない。いわゆる政界は財界のまるでかいらいみたいに言われるような、そういう政治の不信感を払拭することのためには、少なくとも財界とのつながりを切っていく、私はこれは自民党のためにも実際必要だと思うのですよ。自民党の信用を得られるためにも、それから選挙をある程度きれいにしていくことについても私は必要だと考える。だからこの次の通常国会に、いままで何回か答申してきているんですから、そうして何回か立法化されているんですから、政治資金規正法をお出しになる御意思があるかどうかということをこの機会にひとつ聞いておきたいと思うのです。
○秋田国務大臣 過去三回提案されておる、そして廃案になった。私は、現状でまた出しましても同じ轍を踏むのではなかろうかと思われるわけです。それには、何といっても政党活動の主要なものは、日常の政治活動であると同時に選挙運動でございます。選挙活動でございます。この点に関しまして、まず基本的に政策本位、政党本位の選挙が行なわれるような仕組み、それは理想論とおっしゃいますけれども、しかし、もちろん純粋の理想の形におけるそれはできなくても、政策本位、その傾向の強い選挙制度の仕組みにしなければならないことは私は今日の大勢ではなかろうかと思われます。そしてそこの方向に向かった制度を確立することは、決して理想ではなく、日本の政界における要望にだんだんなってくる。この点は非常にむずかしいことでありますけれども、やはりこれを実現し、一歩でもこれに近づく方向において現状を改善する道はあると思い、また可能であろうと思い、またそれをやるべきであろう。そういう点を整備することがすなわち政治資金規正法の趣旨を貫徹する条件でもあり、またそれ自身でもあるというような意味におきまして、真剣に政治資金規正法のあり方を考えますときに、そういう点をあわせて考え、これらの制度を整えていくという過程の中で政治資金規正法の改正を考えていきたい。こう考えておりますので、いまこういう問題点を考慮の過程にございますので、直ちに次の通常国会に出すということは明言できませんけれども、決してこれをないがしろにしているわけではない。これを考慮しつつ、あわせていろいろの問題も検討をする、こう御理解を願いたいと思うのでございます。
○門司委員 大臣のおことばを返すようですけれども、三回提案して三回廃案になった。これは与党のせいですよ、あなた。政府があの審議会の答申そのまま出しておいていただければ、野党だってあんなぐずぐずは言いません。ところが、与党の中に結局この審議会の答申そのままは出せない――佐藤さんは小骨も抜かなければ大骨も抜かないということを言っておきながら、まるで抜いてしまって、クラゲに近いようなものを出すから問題が起こるのであって、これは大臣の考え方をひとつ改めてもらいたいと思います。いままで出したがこれが通らなかったという責任は、あげて与党の責任であって、私どもいま聞かんといたしておりますのは、答申どおりのものをこの次は出されるかどうか。同時に、答申は何回も出ているのですから、何も年度年度で答申を切る必要はないと思う。何回かの審議会で答申を出したものがよければ、これを取り入れていくという努力は私は必要だと思う。一回きりで、今度はこういうことを諮問した、それに対してこういう答申があったということで、全部の答申が生きようと死のうと、それを全部廃案ということばはどうかと思いますが、廃止されるという考え方では、選挙制度審議会の価値は、その時限時限における政府の隠れみのみたいなものになってしまって、一貫した選挙法の改正には役立たないと考える。
 だから大臣の御感想をもう一度聞いておきたいと思いますことは、三回出したけれども廃案になったということがいかにも国会の責任であるかのような印象を私どもに与えられるが、そんなばかなことはないじゃないか。おまえさんのほうで満足なことを出してくれば、おれたちはやかましいことは言わないのだということになると思うのですよ。それは自民党内部の、いわゆる与党内部の問題が廃案に持っていかざるを得ないような形になっているのであって、少なくとも答申自身というものが満足に受け入れられておれば一なるほど答申のとおりにやることはあるいはむずかしいかもしれない。多少の技術的なものもあろうかと思いますが、精神は生かされなければならない。ところが、今度もまた第七次の選挙制度審議会が発足する、新聞によりますと、大体今月の末から発足するだろうといっております。これがまたいままでのような轍を踏んでは、あの委員をお願いしている人たちに対しましても、政府ではありませんから別にわれわれがそんなよけいなことを言わなくてもいいのでありますけれども、大体知り合いの人が多くて、みんなのこぼされるのを聞いてみますと、あまりいい気持ちのものではございませんで、われわれも国会の端くれにおりますと、国会が取り上げないんだから、やはり委員さんのほうからおまえたちがけしからぬのだというおしかりを当然甘んじて受けないわけにはまいりません。そういうことはよけいなことですけれども、事実上ここで政治資金規正法をこの次にお出しになる、それから答申案についてはこれを尊重される一いまから発足するのでありますから、次の議会には答申は間に合わないと思います。そう簡単に答申の出るものではないと私は思う。ことに政党法の問題なんというものはそんなに簡単にできる筋合いのものではございません。したがって、最後に、もう私の持ち時間が大体きたようでありますから、政治資金規正法を次の国会にお出しになるかどうかということ、そうして選挙の清浄化についての第一歩をやはりここから踏み出していただくという熱意があるかどうかということを一応お伺いをして、私の質問を終わりたいと思います。
○秋田国務大臣 今日の議会政治のもと、また今日の与野党の勢力、議席の比率のもとにおいて政府が提案をしてこれが通らなかった、与党の責任じゃないか。まさに形式論からいけばそうであろうと思います。しかし、そこに問題のむずかしさがありまして、私といたしましては、真剣にこの問題を検討すればするほど、実質的にやはりこれが通るような点を十分考慮して出さなければならぬという考え方でございます。いましばらく検討の余裕をお許し願いたい。はなはだ長いじゃないかという御批判が必ずあると思いますけれども、やはり根本的には非常に重要なことでございますので、慎重なことをお許し願いたいと思うのでございます。
○門司委員 ちょうど約束の時間ですから……。
○吉田委員長 次に、西宮弘君。
○西宮委員 たいへんに時間がおそくなりましたので、ごく切り詰めて二十分前後で質問できるように要約をしてお尋ねをしたいと思います。
 実はことしの九月に私ども数名の者が国政調査に参ったわけであります。そうして長崎、熊本、大分三県を回ってきまして、その回ってきた結果については当委員会にも報告をしておりますので、報告書としてごらんになっておると思うのですが、しかし私は、これが報告のしっぱなしということでここで取り上げておらないことは非常に残念なのです。日本全国の中でわずかに三県でありますから、その三県をもって全般を推すということはもちろんできないと思うのです。しかし、それにしても、ことしの国政調査は三県だけしかやっておらないのですから、これはやはり貴重なわれわれの勉強としてこれをわれわれの国会の審議の中で生かしていく、そういう努力をすべきではなかろうかという考えを持ちますので、その問題についてお尋ねをしたい。しかも当面いま提案されております公職選挙法の一部改正の問題が出ておるわけですから、これに関連する事項についてだけ拾い上げて御紹介しながら政府の見解を聞いていきたいと思います。
 第一は、当面問題になっておりますいわゆる文書あるいは言論、こういうものに対する規制をすることがいいのかどうかという問題でありますが、これは参りました三県の中で長崎県と熊本県でこれが指摘をされておるわけであります。長崎県のほうでは、政治活動だけではなしに、選挙運動においてもこういう制限を撤廃をして、自由濶達な活動をしろ、こういうことを主張をいたしております。つまり自由化をもっと大幅にやれということを、ひとり政治団体の政治活動だけではなしに、選挙運動の中でもこの点を拡充せよ、こういうことを言っておるわけであります。「文書、言論によって選挙運動を大幅に認めるとともに」云々、こういうことを言っているわけです。それから逆に熊本の場合は、これとは全く反対の立場に立っておるわけでありますが、政治活動用のビラの頒布については、だんだん紙もよくなって、量も多くなって、非常に金がかかる選挙になる、こういう傾向にあるので、これを全部禁止するように法律の改正をされたい、こういう意見を述べておるわけです。わずかに三県しか調査しておりませんで、この問題に触れておるのは二県だけでありますから、これで天下の世論だというわけにはいかないと思うのですが、しかし、この問題についてすでにいままでたくさんの皆さんから、われわれ同僚から論議をされておりますから、私はこれで時間をかけたいとは思いません。ただ、こういう問題に対する基本的な姿勢つまり選挙運動と政治活動、この両者について、いわゆる言論あるいは文書の活動の自由化という問題について基本的にはどういう姿勢をもって臨んでいくのかということをまず聞いておきたいと思います。
○秋田国務大臣 申すまでもなく、基本的には、政党の常時の政党活動または選挙時における選挙活動、これらは自由であるべきでございますが、実際の態様において行き過ぎがある分は、公正なあるいは公平な選挙活動、選挙運動、その点にやはり考慮を要すべきような事態が考えられてきたわけで、この点につきまして、自由の原則を侵さない程度において十分意思の発表ができる範囲において余分なものはひとつこの点を切り捨てておいたほうがかえって選挙の公平、公正を求め得るというような点について遺憾な点があれば、これは改善をしていく、これは差しつかえないことだ、こういうふうにして、ひとつ経験に即して、そしてその内容につきましては、関係者の御意見を十分伺いまして、大体民主主義の原則に従いまして、多数の御意見の志向するところに従って内容を決定していければいいのではないか、こういうような考え方を持った次第でございます。
○西宮委員 私は、選挙運動と政治活動とを区別して、選挙運動はみんなあくまで一律平等なワクの中で選挙運動をする、こういうことでなければ公正な選挙にはならない。しかし政治活動は、政党あるいはその他の政治団体の政治活動は、あくまでも自由の原則に徹すべきだ、こういうふうに考えておるわけであります。したがって、政党その他の団体が行なう政治活動は何ら制約等を加えることなしに、あくまでも自由であるべきだということが原則でなければならぬと思うわけであります。ただ残念ながら、いわゆる選挙運動と政治活動がややもすると混淆してしまうというところに問題がある。
 それからもう一つは、金がかかるという点で、何といっても候補者を当選させるという目的のために金がかかる。それは候補者個人であろうと、あるいは政党その他の団体であろうと、金がかかることは避けなければならぬということは、これは共通の原則だと思う。共通と申しますのは、選挙運動にしても、あるいは政治活動にしても共通の原則だと考えるわけであります。したがって、そういう点で金がかからないくふうをするということはどうしても考えなくちゃならないのではないか。私が申し上げた点に間違いがあったら指摘をしてもらいまして、私は時間の関係で、次に移ります。
 つまり金をかけないためにということで、三県の選挙管理委員会等を回りまして出た意見の中で、金をかけないという点に即応しておると思われますのは、一つは実質犯の罰則の強化をする、それから連座制を強化するという点についての長崎の意見でありますが、この点についての大臣のお考えはいかがですか。
○秋田国務大臣 今回の改正においては、そこに触れておりません。この点はしばしば問題になったところでございまして、私も、これらの点につきましては考慮すべき問題が多分にあろうと個人的には考えておりまして、常に各国等の実例等も検討、研究をいたしておるところでございます。
○西宮委員 私は、この長崎の提案はまさにそのとおりだと思う。私も同意見でありますので、これについてはいま大臣も慎重に検討中だというお話でありますが、ぜひこの方向で法の改正をしてもらたいということを申し上げておきたいと思います。
 二番目の点として、これは必ずしも金の問題だけで提案しているのではないかもしれませんが、大分県の提案は、選挙運動期間を短縮をするという提案であります。これは部長でけっこうですからお答えを願いますが、都道府県議会については現在の十二日を十日にする、市議会議員あるいは市長の場合には現在の十日を七日にしろ、町村議会の場合あるいは町村長は七日を五日にしろ、こういう提案でありますが、これについての所見はいかがですか。
○中村(啓)政府委員 選挙運動期間のとり方につきましては、考え方はいろいろあり得るかと存じますが、私どもとしては、できるだけ選挙民に候補者の政見が知れ渡るように、いろんな点で公営等の面でも配慮をさらに徹底していきたいと考えております。そういう点から考え合わせますと、選挙運動期間は少なくとも現在の程度を維持すべきではないだろうかというふうに存じております。
○西宮委員 金をかけないという問題について、その次の問題は、当然公営の問題であります。公営の問題については、何人かからすでに質問が出ておりますので、同じことを繰り返しませんけれども、たとえばこれは長崎、熊本、大分三県とも、この問題は、特にテレビについてもっと拡充をしろという意見が出ております。さらに、たとえばその形式なども討論方式にしろ、こういうことも出ておるわけです。こういう問題、返事をもらわなくてもけっこうですから、こういう方向で、テレビの活用ということについては、すでに皆さんから出ておる意見ですから、ぜひこれは将来実現するように努力してもらいたいと思います。
 公営について、完全な公営、たとえば選挙運動というものも個人にまかしておかないで、選挙管理委員会が各候補者を一緒に集めて、一緒に引っぱって歩いて選挙運動をやるといったような、いわゆる完全な公営をしろ、こういう意見もすでに有力な意見として提起をされているわけです。この点についてどうお考えか。あるいはこの問題については、いろいろもちろん私どもも利害得失両面あると思います。したがって、それをやれという結論的なことを言っているわけではないのだけれども、これにはそれぞれのプラス・マイナスがあると思うのでございますね。この問題についてどういうふうに考えておられますか、お尋ねしたいと思います。
○中村(啓)政府委員 西宮先生のお話しのように、完全公営論ということは、審議会でも何回も議論をされておるところでございますが、なお結論を見出しかねて今日に及んでおるところであります。私どもは、率直に申しまして、完全公営ということにつきましては、いろいろな意味で問題があると存じます。したがいまして、私どもは、現在の公営をより有効なものにしていくという形で今後十分研究をしていきたいというふうに考えておるところでございます。現状には必ずしもこれで足れりというふうには考えておるものではございません。
○西宮委員 現在行なわれている公営というのは、大体項目別にすると十二くらいになると思うのです。今後公営の選挙で実施をすべき、あるいは実施をしようとしている問題は何ですか。
○中村(啓)政府委員 現在の日本の選挙は、世界でも比較にならないほど数多く公営を採用しておるところでございます。ただ、公営をやっております中のやり方につきまして、社会の動きにつれて改善をしていきたいと考えておるものもございます。立ち会い演説会のしかたにしましても、あるいは選挙公報の発行のしかたにしましても、なお研究をする余地は多分にあろうかと思います。特に新しい問題としては、先ほど御提起のありましたような、テレビをさらに有効に取り入れていくという点についての検討でございまして、この点については、最近のいわゆるお茶の間に政治が入っていくという点を考え合わせまして、十分に研究をいたしたいと考えておるところでございます。
○西宮委員 いわゆる金のかからない選挙ということになると、その次にどうしても政治資金規正法の問題が出るわけです。しかし、これはいままでたくさんの同僚議員から大臣に詰め寄っておるのだけれども、大臣は依然として慎重に考慮中と言うだけで、それ以上の答弁がなされておりませんので、私はその点はお尋ねいたしません。ただ大臣にお尋ねをしたいのは、きのうの答弁の中に、いわゆる両輪論、つまり区制の問題ですね、その問題とは関係なしに他に考える問題があるからと、ちょっと非常に理解しにくい言い方をされたわけですが、何の問題と関連をしてこの政治資金規正法の問題を結論を出そうとしておられるわけですか。
○秋田国務大臣 多少表現が適切を欠いた、多少誤解をお与えしたとすれば遺憾でございまして、要するに、選挙区制をしなければだめなんだというふうに固定して考えているわけではない。選挙制度の根本にわたって、しばしば申し上げておりまする政党本位、政策本位の政治の仕組み、それは公正にして結局金のかからない選挙をする基本であると私考えておりますので、そういう点の整備が必要である、こういう点を考えてそういう表現をいたしたものでありまして、別に具体的にどうこうということを考えているわけではございません。
○西宮委員 大臣にお尋ねをいたしますが、いまの選挙は金がかかるといわれておるわけで、これはおおうことのできない現実だと思うのでありますが、なぜこんなに金がかかるのですか。
○秋田国務大臣 一言にして申しますれば、個人本位の選挙というところにやはり金のかかる根源があろうかと存じております。
○西宮委員 倉石忠雄さんが自民党の全国組織委員長として新聞に論文を書いておられるのですが、選挙のどこに金がかかるかといえば、買収供応などの違法行為である、これは政治資金規正法を改正しても解決しない、選挙公営や連座制を強化しても解決する問題ではない、こういうふうに言っておられるわけですね。大臣も同様にお考えでしょうか。
○秋田国務大臣 罰則等については、私は個人的に考慮すべき問題であるとさつきお答えをいたしました。したがって、その点に関する倉石さんの御所論には必ずしも賛成をいたしません。大体の考え方の方向はほぼ一致しておるのではなかろうかと思いましたが、なおよく倉石さんの御意見を今後検討してみたいと思います。大体の方向は似ておるのではなかろうかと考えております。
○西宮委員 大体の方向が似ておるということであれば、私はこれを改善をしなければ選挙の粛正ということはあり得ないと思うのですが、倉石さんは、いま秋田大臣の言われた個人本位であるから金がかかる、しかもその個人本位というのは、結局倉石さんが言われたようなところに、そういう金の使い方が行なわれるというところに問題があるので、これは徹底的に改善をしなければならぬ。
 それから、ひとり選挙だけでなしに、選挙の合い間に金がかかるというので、これは福田幹事長でありますが、やはり同じように新聞に述べているのを見ると、選挙と選挙の間のつなぎにかかる、それにばく大な金がかかる、こういうことを指摘しておるのですね。ですから、これは単に選挙法によって選法期間中に使われる金、これを規制しただけではどうにもならぬわけですね。やはりこのように現在の政治、つまりいずれは選挙があるんだ、したがってそのために選挙の基盤を培養していく、こういうことになるわけでしょうが、そういう点でこの福田幹事長が言っておることはやはり大臣も同様にお考えでしょうか。
○秋田国務大臣 私は多少発想が違っております。やはり政党本位の選挙でないために平素もこれが個人本位の政治活動になっておる。政党ももちろん政治活動をいたしておりますが、その間にあって、個人が選挙を考えて、常時やはり政治活動が選挙活動になっておる。そこにやはり問題があるのであって、この問題をやはり政党本位に、常時活動し、政党本位に選挙運動をするというところにこの問題の解決点があるのではなかろうか、こういうふうに考えております。
○西宮委員 時間もありませんから、最後に一つだけお尋ねをいたしますが、選挙の際の法定費用ですね。これが現実問題としてはさっぱり守られておらないというところに問題があるわけであります。完全に文字どおり守られていれば何も問題はないわけです。
 そこで、新聞等にも指摘をされておるのですが、自民党ではいつも選挙のたびに法定選挙費用以上のものをいわゆる公認料として渡しておられるわけですね。田中角榮さんはこの点について新聞の座談会で述べておるのですが、選挙中に法定選挙費用以上に集めようということは、もうすでに違法行為をやっていることであって、それを集めないというのが原則であれば、この法律が――この法律というのは政治資金規正法ですが、この法律が強行されても選挙の金にことさら困るということは理論的にも実際的にもない、こういうことを言っているわけです。だから、あくまでも法定選挙費用を守れ、こういうことを主張しておられるわけです。その点について、いま申し上げたように法定費用をこえて支給される、この点についてどうお考えか、これだけお尋ねしておきます。
○秋田国務大臣 これは何が選挙違反行為であるかというような問題に関連をいたしておると思います。しかし、これらの問題を解決するのにも、要は、個人本位の選挙から政党本位の選挙に変えていくことによりまして、諸悪の源泉の大かたは断ち切れるのではないか。もちろんそれだけが万能薬ではございません。国民の政治意識の高揚、また選挙をする人の道義意識の高揚等、問題点は多々ございますけれども、これを社会的に、制度的に考えてまいりますときに、個人本位から政党本位に選挙が移行することが、一番問題解決の要点ではなかろうかと考えておる次第でございます。
○西宮委員 もちろん政党本位に移っていくということは、当然の趨勢でしょう。しかし、いまのようにたくさんの候補者が出て、とにかく当選をしたいのだ、こういう競争になってくると、私は、大臣が言ったような政党本位に移れば、それで全部なくなってしまうというようなことは、簡単には言えないと思う。しかし、時間がありませんから、この議論はまたあとですることにいたします。
 ただ、この間三県を回ってみると、どの県でも共通して訴えられたことは、常時啓蒙宣伝の仕事、これが十分に行なわれておらない。これをもっともっと徹底させなければならぬということで、それに要する経費の増額等について訴えられたわけです。私は、いま大臣も言われたけれども、最終的にはやはり候補者並びに選挙民の自覚の高揚にあると思うのですよ。選挙に金がかかるという問題は、第一に反省しなければならぬのは候補者自身であることはもちろんであります。しかし、第二に反省しなければならぬのは選挙民だと思うのです。つまり政治家には金を出させる、金をたかるのだというようなことがあたりまえみたいになっておる。こういう状況のもとでいろいろ不祥事件が生まれてくる。こういうことでありますから、その啓蒙に力を入れるということは絶対に必要だ。この点は特にどこでも強調されてきた問題なので、この点について、来年度の予算の計上等についてはどの程度具体的に処置をしようとしているのか、最後にお尋ねをしておきます。
○中村(啓)政府委員 本年度の常時啓発は五億五、六千万という程度でございますが、御指摘のように、これでは全国の各市町村の選管までの経費としては不足であると存じておりまして、この上にかなりの額が上積みされることを私どもとしては努力をしてまいりたいと存じております。
○吉田委員長 次回は、明十日木曜日午後一時理事会、午後一時十分委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後五時四十四分散会