第071回国会 法務委員会 第40号
昭和四十八年七月四日(水曜日)
   午前十時三十分開議
 出席委員
   委員長 中垣 國男君
   理事 大竹 太郎君 理事 小島 徹三君
   理事 谷川 和穗君 理事 福永 健司君
   理事 古屋  亨君
      井出一太郎君    植木庚子郎君
      住  栄作君    羽田野忠文君
      三池  信君    赤松  勇君
      日野 吉夫君    正森 成二君
      沖本 泰幸君    山田 太郎君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 大平 正芳君
 出席政府委員
        警察庁刑事局保
        安部長     綾田 文義君
        法務省刑事局長 安原 美穂君
        文部省大学学術
        局長      木田  宏君
 委員外の出席者
        外務省アジア局
        外務参事官   中江 要介君
        法務委員会調査
        室長      松本 卓矣君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 法務行政に関する件
 検察行政に関する件
     ――――◇―――――
○中垣委員長 これより会議を開きます。
 法務行政に関する件及び検察行政に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、これを許します。赤松勇君。
○赤松委員 外務大臣が参議院の会議のためにちょっと出席がおくれます。そこでその前に文部省、法務省、警察庁に質問します。ただし、断わっておきますが、外務大臣も多忙ですから、大臣が出席しましたら一応質問を切りかえますから、御了承願います。
 六月二十七日に本委員会で国士舘大学の暴行事件について、また国士舘大学の教育方針等について文部省にただした。その際、審議官が出てまいりまして、その審議官から若干の説明がございましたが、ただ申しわけない、至急対処しますというようなきわめて不満足な回答しかなかった。そこで私は彼らの答弁を拒否しまして、あらためて文部大臣の出席を要求しましたが、文部大臣きょうも姿を見せられない。たいへん遺憾です。そこで、きょうは木田大学学術局長が出席していますから、文部大臣にかわってあなたに質問をして、なお不十分な点があればさらに文部大臣にただしたい、こういうように思います。
 まず最初にお聞きしたいのは、あの事件が発生しまして、世論がきびしくこれを非難して、文部省のほうも善処をするということを言っておりました。ところが、前回、六月二十七日に私がこの法務委員会で質問してから、すでに国士舘大学の学生による暴行事件が三件発生している。はなはだしきに至っては、車内で喫煙をしておってそれを注意されたというので、車掌に暴行を加えた。これが頻発しています。さらに、民主化運動が起きましたが、依然、建学の精神にのっとって従来の校風を踏襲するというところの右翼の学生が盛んに集会を妨害しています。文部省は一体その後どういうように学校当局に対して指導したか、この点をひとつ報告してください。
○木田政府委員 国士舘の学生がいろいろな暴力事件を起こし、また関係をいたしまして、特に六月十一日、十二日のころでございましたか、高田馬場、新宿等でかなり大規模な乱闘問題が起こりましたので、さっそく私自身国士舘の学長を呼びまして、いろいろと実情を聞きますとともに、大学の教育、指導体制についての改善策を強く要請をいたしたわけでございます。
 その前後から、国会におきましても各委員会におきましていろいろとこの問題をお取り上げになりまして、私どもにも御注意がございました。担当の審議官からもそれぞれの機会に御説明申し上げてきたかと思いますが、その後学内におきますいろいろな改善の方策を講じますにつきまして、私どもの担当の課長が先方の常務理事に再三となく実情を聴取し、連絡をとり、その改善の方策についての指導をいたしておるところでございます、
 学長を招致いたしましていろいろと実情を伺った際、一万人ほどおる国士舘学生の中で百名足らず、われわれの目から見てもいわゆる右翼と思われる学生がおり、その指導に難渋をいたしておるということの釈明はございました。
 しかし事は国士舘の学生全体あるいは国士舘の教育全体にかかわることでもございまするから、できるだけそうした一部の学生の指弾を受けるような行為によって大学全体のあり方、あるいは大学全体の学生にもさびしい思いをさせることのないように適切な教育指導の体制をすみやかにとるべきではないかということで、この法務委員会等でも御指摘のございました教育上のいろいろな問題についてもすみやかな改善策をお願いをした次第でございまして、いろいろと学内での体制その他若干の時間的なずれはあろうかと思いますけれども、近代化委員会等も構成されまして、学内における責任者による改善の方策も六月末ごろからとり始めておるようでございますので、その指導上の効果が出てまいりますまでの間若干の日時もあろうかと思うのでございますけれども、われわれとしては大学当局を督励いたしまして、そうした大学自体の姿勢の改善ということに指導をいたしておるところでございます。
○赤松委員 あとであなたにさらに詳しく申し上げますが、月末ごろから改善の方針をとっておるというのは、具体的にはどういうことをやっているのか、改善の内容はどういうことですか。
○木田政府委員 近代化委員会という学内組織を設けまして、学内の各部局から代表者が集まりまして、学園の体質の改善、そしてその近代化ということを目的にして、具体的にはいろいろな特別の委員会を事項ごとに設けて、いろいろと御指摘をいただいておりますような諸問題を学内で改善していくということでございます。
 具体的には、大学の機構全体についての検討を始める。また学内秩序班という班も設けられまして、学内における秩序の確立、暴力根源の総合的な把握という問題を検討し、改善を進める。第三には学生の生活問題につきまして、制服とか学生の勤労奉仕、学生寮の問題等についての改善、検討を進める。第四には学内諸慣行につきまして、式典の問題、キャンパス内の諸慣行の問題その他についての改善を考える。第五番目には教育課程、舘長訓話、団体訓練等につきまして改善を加える。こういう五項目につきましての特別委員会、班といっておるようでございますが、それらを統轄して近代化委員会というのができまして、逐次改善の方途を進めているという体制がとられた次第でございます。
○赤松委員 六月の二十七日に私は委員長に柴田総長なる者を喚問するように要求しましたが、どうしましたか。
○中垣委員長 理事会の了承をまだ得ておりません。
○赤松委員 それは怠慢だと思うのです。委員の要求に対して委員長が理事会にもかけないでこれを放任しておくということはけしからぬ。至急理事会にはかってそして柴田総長を喚問してください。別に証人という形じゃなくて参考人として喚問してください。というのは、かれの代理を喚問したのが昭和四十一年の四月十五日。本委員会が法務委員会の権威にかけて彼をこの委員会に喚問したということは、なみなみならぬ事情があったからです。この参考人の喚問について自民党の諸君も満場一致で賛成しまして、そして彼を喚問することを決定しました。その際、国士舘大学の舘長代理として横山というのが出席しました。そして本委員会で体質改善を約束したわけです。昭和四十一年に本委員会で参考人を喚問するまでには相当な長い暴力事件がたび重なっておった。そのために本法務委員会は総長を喚問せよということになりまして満場一致でこれをきめて喚問した事実がある。ところが一向に改善されない。そして昭和四十四年には東京弁護士会人権擁護委員会が勧告をしているわけです。これは東京弁護士会だけではなくて、当時広く人権じゅうりんの問題として世論の批判を受けまして、そして当時東京弁護士会人権擁護委員会は非常に痛烈な体質改善を要求をしております。そしてその調査の結果を発表しておるわけです。これはこの前も言ったのでありますけれども、文部省にもう一度、あなたきょう初めて出てきたのだから一ぺん頭に入れておいてもらいたい。
 調査結果の報告によると、一、偏向教育については
 教育基本法第六条に明定の通り、私立学校といえども、すべて法律に定める学校は、公の性質をもつものであるところ、被提訴学園の舘長である被提訴人柴田徳次郎はこれを私物化し、後述の「選挙権銀行倶楽部」なる極端な偏向を内容とする政治組織を学園にもちこみ、或いは現行、日本国憲法を「犬法であり、詐欺文書」であると、同学園の学生、生徒に対して公言するなど、偏向教育をなしている。而して別に、東京弁護士会人権擁護委員会に提訴されている、朝鮮人高校生に対する被提訴学園高校生による、暴行事件は、右偏向教育の現れにほかならない。
 前に私は委員会で法務大臣に見解をただした。いや、これは若い者のけんかでそれがエスカレートしたのだというような答弁をしておりますけれども、そうでない。私は、一貫して民族教育、偏向教育の産物だ、こういうふうに考えておりますが、まさしくも東京弁護士会の人権擁護委員会はこれを指摘している。朝鮮人高校生に対する国士舘学園高校生による暴行事件は偏向教育のあらわれにほかならない。
 かかる偏向教育は教育基本法ならびに、日本国憲法の精神に反するものである。
 弁護士会の人権擁護委員会はこういうように断定している。教育基本法並びに日本国憲法の精神に反するものである。
 しこうして政治活動の強制については
 被提訴学園の舘長である被提訴人柴田徳次郎は昭和三十九年十月三十日、学内に選挙権銀行倶楽部なる政治組織を設立して、自ら、会長に就任した。
 選銀クラブのかかげる政綱の主なるものを摘記すると、
 一、日本から占領軍の原爆政治の大洪水のあとを掃除する
 一、天皇の御心のままの政治
 一、国防を強化して(イ)漁民が日本海で朝鮮人に北洋沖で、ソ連人に無法に拿捕されず安心して出漁できるようにする。(ロ)日共の革命暴動を応援するソ連、中共の侵入を自力で撃退し得る国防力を充実する。(ハ)アメリカとソ連が戦争する場合は樺太、千島を取り返す実力を準備する。
 一、共産党を法律で禁止する。ストはすべて三ケ年禁止する。
 一、国民の祭日に、三月十日陸軍記念日
 四月二十一日及び十月二十一日靖国神社祭、五月二十七日海軍記念日等を設ける。
 一、外交ではソ連、中共と復交する条件のうちに、(イ)ソ連中共は彼等が飼育した日本共産党員、社会党員を全員即時、引き取ること、(ロ)樺太、千島の即時返環、(ハ)ソ連が戦争の際、日本人を強制労働させ婦女を暴行虐殺した謝罪及び賠償として、ウラル以東(西シベリアと東シベリアと極東シベリア)、シベリア全域合計面積千百二十万平方キロ(日本領土の三十一倍)を日本に割譲すること。などであるところ、
 第一、これらの政綱は明らかに憲法に違反するものであるが、これが実現のための政治組織を学内に設け、運動を展開することは、教育基本法第八条第二項に違反し憲法が保障する基本的人権としての学問思想の自由、その他の権利を脅かすものである。
 昭和三十九年十月三十日、被提訴学園舘長、柴田徳次郎を会長とする「選挙権銀行倶楽部」が設立されたこと、その政綱中に、前記摘記の通りの条項が存在することを認めることができるのであるが、右政綱の夫々は、日本国憲法の国民主権、民主主義、平和主義の基本的理念ならびに教育基本法前文にいう教育の理念に抵触することは一見して、極めて明白であって、多言を要しない。附言すれば、被提訴学園は、その学則第一条において、教育基本法及び学校教育法の精神に基き、教授・研究・教育に当ることを明言しているのである。いうまでもなく、被提訴人柴田徳次郎が個人として、いかなる思想信条をもつかは全く自由である。しかしながら、かかる個人的思想信条に基く政治教育乃至政治的活動を学校においてすることを禁じ学校教育の政治的中立性の厳守を期しているのが、教育基本法第八条第二項である。
 こういうように指摘をして、最後に即時これらの偏向教育を直せということを勧告しておるわけです。
 そして、昭和四十一年本委員会で問題になってから、体質改善をいたしますと約束をしてからどれくらい事件が発生しておるかといえば、国士舘及び帝京商工など二校の朝鮮人高校生に対する暴力事件は、市民を含めて計五百六十回事件を起こしている。昨年一年だけで三十六回朝鮮人高校生を襲っている。ことしだけでもすでに二十六回。これは届け出のあったものだけですよ。その他市民の中に届け出をしていないものが多数ある。これが法治国ですか。何たることです、これは。これで文部省が体質改善を指導する、偏向教育を指導する、そんなことを年じゅう繰り返している。昭和四十一年から何年になる。いま何年ですか。昭和四十八年じゃないか。七年間、一体文部省は何をやっておった。いま聞けば、学校当局にこの教育の内容についての改善をいま要求して、そしてぼつぼつやっているという話であるが、そういうことだけでは、国士舘大学当局のあの教育方針ではこの偏向教育は直らぬと私は思う。現に昨日の夕刊を見てみなさい。民主化運動に対して盛んに妨害しているじゃありませんか。なおそういうことが公然と行なわれておる。文部省はそれでいいのですか。そんななまぬるい態度でいいのですか。事はけんかをやった、たばこを吸った、挑発であるというような問題じゃないのです。昭和四十一年から五百六十回も問題を起こしておる。昨年一年だけで三十六回朝鮮人高校生を襲っている。こういうことが一体許されていいのですか。それで文部省としてはいつまでにどのように改善させようとしておるのか、はっきり答えてもらいたい。
○木田政府委員 先ほど御指摘のございました選挙権銀行倶楽部、当時におきましても関係者の御指摘をいただき、国会でもお取り上げになりまして、私どもも大学としてのそうした学内組織が行き過ぎであるということから選挙権銀行倶楽部というような組織の廃止を求めまして、そのことについての措置はその当時とられたというふうに承知をいたしておるわけであります。その後、御指摘のように国士舘高校あるいは国士舘の大学の学生等をめぐりまして、いろいろと引き続き事件が起こっておるということはまことに残念なことだというふうに考える次第でございます。大学の教育のしかた、その他につきまして文部省と大学との関係は、ある意味では直接的な介入ができないような立場にあるものでございますから、もっぱら指導助言ということによりまして、関係者の注意を促し、その大学関係者みずからの手によります改善策を求めて、それを文部省としては呼びかけながら待つという姿勢以外には出られないわけでございまして、そのために前回のときにもいろいろと注意もし指導をしてまいりましても、ある程度のワクづけをしてこうだというような措置が最終までとり切れていないという点はあろうかと思うのでございます。しかし今回学長も改善策につきましてのいろいろな措置を進めることを私に約束をしてくれました。そして六月二十九日には中村宗雄氏を委員長とする近代化委員会が学内全体として生まれてまいりまして、先ほど申し上げましたように大学全般にわたりましての再検討を進め、この委員会としての考え方を、警備その他の扱いにつきましてはさっそくにも見解を表明して、こういう方向で進みたいというような改善案の提示も行なわれておりますので、遠からぬ時期に学内の体制は改善されていくものと期待をいたしておるわけでございます。
○赤松委員 国士舘大学の問題についてはさらに文部省、法務省、警察庁等に質問を続行しますが、いま外務大臣が参りましたので、先ほど私が申し上げましたように多忙ですから、先に外務大臣に質問いたします。
 外務大臣にこの際お尋ねしますが、日本が植民地政策をとって三十六年間、これは朝鮮に対する植民地政策。そして単に国内において朝鮮人を虐待したばかりでなしに、朝鮮半島におけるところの全土にわたってたいへんな侵略行為、なかんずく野蛮な虐殺、虐待その他を繰り返してきた。戦争中日本及び南方地域に強制連行された朝鮮人の数は百五十万人にのぼっています。それから炭鉱、鉱山、飛行場、軍需工場、ダム、道路、鉄道、港湾の建設工事現場で想像に絶する虐待を受けている。日弁連の人権擁護の尾崎委員長を団長とします二十人の調査団が、まず当時九州、北海道に一番多く強制連行されて虐待を受けた事実を目下調査している。調査の中で次第に証言その他によって明らかになってまいったのは、まず朝鮮において人狩りをやった。ある朝鮮の人がこう述べておる。昭和十四年八月、少年のときでした。お盆でいとこの家へ遊びに行こうと夜道を一人で歩いていたら、うしろからトラックが来てとまった。日本人と通訳がおりてきて、乗れと押し込められた。途中寝るときも見張りがいてとても逃げられない。貨物船の船底に詰め込まれて、着いたら函館だった。こういうようにして人狩りがどんどん行なわれて、いま申し上げましたように百五十万人の人が南方地域もしくは日本の国内に送られた。親と子を引き裂かれ、きょうだいの仲を引き裂かれて強制的に日本に連行されておる。これは国家総動員法が制定された翌年の昭和十四年十月ごろからいよいよ本格化してまいりました。その中の一つをいま私が指摘したのでありますけれども、北海道においてはタコ部屋に詰め込んで、そうして大豆かすや南京豆をまぜためし、大根の葉っぱに塩をつけただけのつけもの、線切り、こういうものを食べさせて十二時間の過酷な労働をやらしておる。
 それからある証言、これは丸瀬布の町会議員の証言でありますけれども、子供のころ紋別市の近くに住んでいて、学校の行き帰りによく見たのだが、飯場には約百人の朝鮮人が収容されておった。表に二十頭、裏に四頭のシェパードが放し飼いにされて、そして逃げるとそのシェパードがかみ殺す。そこで逃げられない。こういう監視の中で強制労働が続いた。雇用関係が非常に複雑で、直接企業に雇われた人は信用部屋といわれる比較的自由な飯場に入ることができるけれども、そして賃金、休みをもらうことができたけれども、下請の組の手で連れてこられた人の多くはいわゆるタコ部屋、これは監獄部屋といわれておりますが、この飯場に入れられていた。窓には鉄格子が入って入口には錠がかけられ、作業中はもちろん、夜寝るときも棒がしらといわれる日本人監督が見張っている。そして重労働をしいている。たまたまここで洪水が出たときもとうとう錠ははずされず、そのまま二百人の人が押し流されて死んでいる。それから鉄棒を持ってその監督が、鉄棒というよりもストーブの火かき棒ですね、あれを常に焼いておいて、そして逃げようとするとそれでぶんなぐる、背中を焼く、あるいは監督に反抗すればそういうような残虐な行為をやるというようなことが続々と明らかになってまいりました。また朝鮮で狩り出された二百人の婦女子が函館の遊郭に、日本の炭坑夫の慰安婦として無理に売春を強要される。幾人かの婦女子が投身自殺を遂げておるというような事実が続々とあらわれておる。日本政府の一貫した政策は、朝鮮及び中国に対する侵略政策、その侵略もきわめて野蛮にしてかつ非人間的な、人道上許すことのできない数々の蛮行を重ねてきた。私は軍隊には行っておりませんけれども戦争中戦争反対のために刑務所に閉じ込められておりました。そのときに、大陸の陸軍監獄から送られてまいります多くの受刑者の口から、数々のその蛮行を聞きました。また当時朝鮮人の諸君が国内において警察の中でどんなにきびしい拷問を受けておったかということを、私はまのあたりに見てきた。そして終戦を迎えたわけです。憲法は変わりました。しかし、いま申し上げたように国士舘大学の偏向教育に見られるような、それがずっと一貫して続いているわけです。いま文部省のほうは、これは指導には限界があるので、なんていうようなことを言っております。そして憲法違反あるいは教育基本法に反する数々の行為をやっている学校を見のがすばかりでなしに、この学校には田中角榮総理も、それから石井光次郎さんも、石原慎太郎、賀屋興宣というような諸君が、みな関係しているのです。したがって、自民党はこの植民地政策を過去一貫して戦後貫いてきておる。これがいまの朝鮮政策になってあらわれているのだ、こういうように一般世間は受け取っておる。私もそう考えておる。私は、自民党が近代政党に脱皮するためには、こういうような民族差別的な偏向教育をする、あるいは憲法違反もしくは教育基本法に反するような教育方針をとっておる学校に関係するということが許されないばかりでなしに、こういう学校の体質を徹底的に改善して民主化し、近代化する任務があると思うんです。そういうことをやらないから選挙をやるたびに負けていくという結果になるわけです。こういうことは、大平さん、あなたは次期総裁といわれているんだが、十分に考えてもらわないと、ただ単なる、一片のけんかだというふうに見のがしてはいけないと思うんです。そこであなたは、これら半世紀にわたって一貫して日本が野蛮なる侵略行為を続けてきた、朝鮮人を虐待する、許すべからざる人道上の罪を犯してきた、これについてあなたはどう考えていますか。田中総理は中国であやまった。あなたはどうお考えになりますか。
○大平国務大臣 戦前わが国のおかしたあやまちにつきましての御指摘でございまして、お返しすることばもございません。私どもは、深い反省の上に立ちまして、戦後新しい民主的な日本を国の内外にわたりまして実践してまいって、国の内外にわたりまして理解と信頼をかちえる国にならなければならぬと考えておるわけでございまして、今日私どもがとっておりまする外交政策は厘毫も人種差別という色彩を持っていないと私は確信しておるわけでございます。過去のつめあとというものをひしひし身に感じるだけに、より深い反省をもちまして戦後の経営に当たらなければならぬと考え、そのように微力ながらつとめておる次第でございます。
 いま国士舘大学の具体的の事件についてお尋ねでございますが、本件につきましては、しかるべき筋が事実を御究明いただいておると思うのでありまして、私どもが受けておりまする御通報によりますと、これがいわゆる人種差別という思想に根ざしたものであるというようなことは、そういう御報告はございませんのでございまして、両者の間にありました遺恨といいますか、しこりといいますか、そういうものが集団的な形をとって出てきたものであると、たいへん残念な、不幸な事件でございますけれども、赤松先生おっしゃるように、これが人種差別思想に根ざしたものであるというようには私はお聞き取りしていないのでございます。
 それから、これとわが国の教育政策との関係でございますが、それは、私がお答えすべきことではなくて、文部大臣のほうの仕事であろうと思います。
○赤松委員 あなたの都合で質問の順序が変更されたために、いままで私が申し上げた国士舘大学の事件の背景というものをあなたは聞いてないから無理からぬと思うのでありますけれども、報告を受けたがそういう偏向教育の結果ではないというふうに考えているという話だが、報告した連中の頭が狂っているんですよ。その連中が正しくものごとを見ようとしない。先ほど私は弁護士会の人権擁護委員会の報告をここで読み上げて、そして弁護士会もそういうような見解を持っているということを言いました。これを繰り返して申し上げようとは思いませんけれども、先ほどここで指摘したのですが、この委員会で問題になったのが昭和四十一年だ。その四十一年から今日まで、そのときは国士舘大学の舘長代理が来て、体質を改善します、こういう暴力事件は発生しないようにしますといってから、四十一年から計五百六十回暴行事件が起きている。五百六十回ですよ。そして昨年だけでも三十六回、朝鮮の高校生が襲われた。ことしだけでも二十六回。そして朝鮮高校生狩りというように公然と武装してこれを襲撃していた。その事実を申し上げたのだが、外務大臣にこれを言っても私もしょうがないと思うが、しかし認識は、事件の背景というものは、あなたも自民党の近代化、保守政党の近代化ということを主張しておる一人ですが、単に官僚の報告を聞くだけでなしに、大平さん自身の近代的な洞察力でその背景というものをしっかり見きわめてもらわなければいかぬと思う。ここで私はあなたとこの問題で議論しようとは思いませんから、あなたがお帰りになったあとで、さらに警察当局、文部当局に対して質問を続けます。
 そこで、いま反省しているというお話ですが、反省しているということは、よその国を侵略してそしてよその国の民族を虐待してまことに申しわけなかったとおわびする、こういう意味ですか。
○大平国務大臣 わが国が戦前行ないました行動につきまして、わが国の利益のために他国を犠牲にする、あるいは他国にたいへん御迷惑をかけるというようなかどがありましたことはたいへん残念なことでございまして、民族の間におきましては、相互の理解と相互の尊敬が基本にならなければ正しい関係はあらゆる分野において打ち立てることは困難だと思うのでありまして、戦後はそういうことのないように私どもは細心、周到な配慮を加えてきておるということを申し上げたのでございます。
○赤松委員 私はいまいろいろな事件を列挙して、そうして日本の野蛮なる侵略行為の事実を明らかにしました。あなたの話を聞くと、御迷惑をかけて残念でした。一体、人を殺しておいて御迷惑をかけて残念でしたということで済みますか。そんなばかな答弁がありますか。百五十万、二百万人に及ぶ、何も関係のない他民族の領土を侵略して、しかもたくさんの人を殺して、それで御迷惑をかけました、残念でした。残念でしたというのは他人事じゃありませんか。あなた、身をもってこれらの民族に対しておわびをするのがほんとうじゃないですか。そこから対朝鮮対策というものが生まれてくるのです。その反省が足りないから、なお今日敵視政策をとっているんだ。重ねて、あなたは、殺しておいて単に御迷惑をかけて申しわけありません、残念でしたということで済むと思いますか。もっとはっきり言ってください。
○大平国務大臣 政府といたしましてはあらゆる機会に遺憾の意を表し、暗い過去のあやまちにつきましては深い反省を吐露いたしておりますばかりでなく、その反省の上に立って、新しい民主主義にのっとって国内外の政策を進めてまいっております、そういう意味で御了解をいただきたいと申し上げておるわけでございます。
○赤松委員 了解できません。これはアメリカと日本が戦争した、その戦争の動機なり本質というものは違うのですよ。アメリカも侵略しようとした。日本も侵略しようとした。その侵略のお互いの野望というものが武力戦争となってあらわれてきておる。つまり、お互いに植民地をつくろうという野望が武力衝突になってあらわれた。朝鮮がかつて日本を侵略したことがありますか、文化を通じて日本の民族に貢献しても。多くの日本民族が朝鮮文化の恩恵に浴しているということは、いろいろな歴史を通じて明らかでありませんか。かつて一寸の領土たりとも朝鮮が侵略したことがありますか。ないでしょう。それを、他国に土足で入っていって、おまえたちはおれのほうの国の国民になれ、民になれ、こういっておいて、そして日韓併合なんというものを持ち出した。軍人に賜わった勅諭なんか、あるいは五箇條の御誓文、あれを読まなければ切符を買えなかった、当時の朝鮮は。一村でわらじをはいている人は地主以外になかったのですよ。草ぶきの屋根の下で、みんな裸で、小さなうちに二十人くらいごろごろ寝て、そして日本の軍隊に酷使されてきた。朝鮮は何にも日本を侵略してない。それを、遺憾であった、残念でした、御迷惑かけましたということだけで済みますか。政治的にも、人道的にも、許されますか。もう一度あなたの見解を聞きたい。
○大平国務大臣 暗い過去における数々の事柄について深い反省の上に立って深甚な遺憾の意を表しておるわけでございます。御了承をいただきたいと思います。
○赤松委員 今度は遺憾の上に深甚がついた。深甚は、深く反省いたします、こういう――どうして率直にわびないのですか。これはわびても、わびても、わび足りない問題ですよ。私はさっき指摘したように、子供が通学の途中で突然日本人の日本の軍人でしょう、そのトラックに積み込まれた。うちじゃ、おかあさん、おとうさん、待っているじゃありませんか。ちっとも帰ってこない。行方不明だ。そして釜山の港へかけつけたら、船に乗せられて、そして手を振っておる。そのまま生き別れですよ。こんなことをしておいて、深甚なる反省なんていうのは、また、残念でしたということで許されますか。朝鮮は日本に何の被害を与えたのですか。もう一度、あなたの答弁を聞きたい。
○大平国務大臣 たびたび申し上げておるとおりでございまして、日本国民の一人として、そして政府の一員といたしまして、精一ぱいの反省をもちまして、諸民族の理解と相互信頼、相互の尊敬の上に新しい関係をつくらなければならぬというようにつとめておるわけでございまして、そうすることによって過去のあやまちというものに対してわれわれは報いるところがなきゃならぬのじゃないかと考えておるところでございます。
○赤松委員 あなたはずるいのか、それとも答弁がうまいのかあるいはほんとうに心から反省していないのか、どっちかでしょう。私はいまの答弁にたいへん不満を感じます。しかし外務大臣としてそれ以上言えないということならば、私は別の機会に申し上げます。
 それならば私お聞きしたいのは、いまあなたはあやまちということを言われた。あやまちを繰り返さない、あやまちをおかしたことを深甚に反省しているということを言われた。それならば、そのあやまちをどのように償っていきますか。
○大平国務大臣 いま申し上げましたように、まず朝鮮民族をはじめ各民族とわれわれとの間に、真に互恵平等の理解と信頼に根ざした公明な関係を立てていかなければならぬと思っておるのであります。そういうことに欠くることのないように周到な配慮を加えなければならぬと考えておるのであります。同時に、永遠の隣邦でございます、隣合わせの民族でございまするので、どこの国よりも深い関係があるわけでございまして、互恵という以上は政治の面ばかりでなく、経済、文化、その他各般の分野で濃密な互恵関係を樹立してまいりたいと考えております。
○赤松委員 大平さん、それは外交の一般的な原則じゃないですか、互恵平等の原則というのは。相互に信頼し合う、そんなことは別に朝鮮に対する特別なものじゃない。迷惑をかけて、そしてあやまちをおかして深く反省いたしますという相手に対することばじゃないじゃありませんか。そんなことはアメリカにも通用することです。スイスにも通用することですよ。そんなことは外交の一般的原則です。あやまちをおかして迷惑をかけてまことに申しわけない、残念に思う。その隣邦に対してあなたはどういう外交方針をおとりになるかということを私は聞いているのです。簡潔にやってください。
○大平国務大臣 あなたの言われましたように事実を念頭に置きまして、各分野にわたりまして濃密な互恵関係を打ち立てるべく最善の努力を払わなければならぬと思いますし、現に私どももできる限りの努力を傾注いたしておるところでございます。
○赤松委員 どうも抽象的で一般論になっちゃってるんですね。あなた、参議院の本会議があるそうですから、私はこのあと国連における日本政府の態度の問題その他を聞きたいのですが、そこでいま、親きょうだいが朝鮮におるにもかかわらず祖国に行けないという人がたくさんいるわけです。これは人道上の問題です。それから、商売をしたいという強い要望も朝鮮民主主義人民共和国のほうからあるわけなんです。ところが、たいへん大きな障害を設けられているためにそれがなかなかできない。祖国への往来ができないという現状なんです。この間法務大臣は大幅に緩和する考えですということを言いましたが、それについてどうですか。
○大平国務大臣 朝鮮半島はただいま、不幸にいたしまして二つの政権の支配するところとなっておるわけでございまして、朝鮮半島の平和と安定は、第一義的には何と申しましても南北両当事者の理解によって進められていくものと思うのでありまして、幸いに去年の七月から南北に対話の道が開かれておるわけでございまして、私どもこの民主的な平和的な統一を目ざしての南北の対話ということをたいへん歓迎いたしておりまして、その進展を期待いたしておるのであります。
 で、その南北の話し合いの進展の状況を見ながら、私どもとしてこれをそこねないように、できればこれを促進できるような姿において日本の朝鮮政策というものを考えていくべきだと考えておるわけでございまして、幸いに最近、両当事者におかれまして、漸次現実的な弾力的な姿勢をおとりになるようになっていただいておるわけでございまして、わが国の朝鮮半島に対する接触の問題も逐次拡大してまいりましたことは赤松さん御承知のとおりでございますけれども、今後この進展の状況を見ながら、できるだけこれを拡大して皆さんの期待にこたえなければならぬと考えております。
○赤松委員 この間外務委員会で田中総理が、金日成主席の提案を高く評価するという答弁をしましたね。それは一体どういう意味かということが一点。
 それから今度の秋の国連総会には、二つの朝鮮を永久に固定化するようなそういう態度を日本政府はとらないでしょうね。金日成主席の提案を高く評価するならば、とりあえず国連軍を韓国から撤退をさせるということが第一。第二点は、国連の朝鮮統一復興委員会を解体する。そのために努力することが御迷惑をかけた、あやまちをおかした相手に対する唯一のおわびになる。唯一とは言いませんが、それがおわびの一つになると思うのですが、いかがですか。
○大平国務大臣 金日成首相の御提唱について田中総理がこれを評価するということを申された趣旨は、案ずるに、朝鮮民族といたしまして祖国の統一ということが最高の念願である、それを具体的に提唱されたことに対しまして評価されたことと私は思います。
 それから第二点の、ことしの秋の国連対策でございます。南北ともジュネーブ、ニューヨークにそれぞれオブザーバーの事務所が設けられたわけでございまして、南北とも、国連における朝鮮問題を同じテーブルについて討議することをいま拒んでおられません。したがいまして、そこまで国連の状況が前進してまいりましたことは、われわれとして非常に歓迎いたしておるわけでございます。そこで、もし朝鮮問題が取り上げられますとおそらくいま赤松さんが御指摘になった国連軍の問題あるいはUNCURKの解体問題等も議題になることであろうと私は思うのでございまして、これはまず第一義的に、南北の両当事者がこういう問題についてどういう御了解に達せられるか、そういう点を見ながら、私どもそれを尊重し、それをなるべく阻害しないようにしなければならぬと、心得ておるわけでありますから、日本政府がこうする、ああするというようなことを申し上げることは非礼であろうと思うのでございますが、現実的に、建設的に、この問題が国連におきまして打開のめどを見出すように期待をいたしておりますし、私どもそれを阻害するというようなつもりは毛頭ございません。できればそれを促進したいと考えております。
○赤松委員 では、外務大臣けっこうです。
 それでは、質問を続行します。
 依然大学には、あるいは高校の中には従来の慣習は残っています。もう大体局長知っていると思うのですが、一年生で入っていくと一週間ぐらいはたいへん丁重に扱われる。ところが一週間ぐらいたてば、今度はたいへんなリンチが行なわれる。おまえたちはきょうからはお客さまではないのだ焼きを入れてやると言って、まず一年生は掃除、洗たく、これをさせられる。二年生はその仕事について因縁をつける。掃除が終わると、床を指でなでて、まだきたない、やり直しとどなって、そしてびんたが飛ぶ。そこでさらにぞうきんをかける。今度はペーパーを持ってきてつばをつけて、床をこすって、まだきたないぞ、こう言ってぶんなぐる。こういうことを繰り返しているわけです。それから個人指導というものがある。個人指導というのは、部屋の中をまっ暗にしておいて、そしてその一年生を呼んで、部屋に入ってくると、入りますと言って入ると、とたんみんなに袋だたきにさせられる。肋骨を折ったり、肩を脱臼したりする犠牲者が続出をしている。そしてこの一年間を耐えると、今度はなぐる側の二年生になる。二年生が一年生の鍛え方が甘いと、つまり焼きを入れる、びんたとかその他のリンチをやることについてやさしくやると、このやろう甘いぞと言って、さらに二年生が三年生から焼きを入れられる。さらにまたそれが、三年生に対して四年生が同じようなことをやるというように、あの学校では一年はごみ、二年は奴隷、三年は人間、四年になって神さまだと、こういうように言われている。したがって、朝鮮人高校生を襲うときも、主として二年生がその先頭に立たされる。そして四年生が総指揮官。暴力の使い方が足らない場合は直ちにリンチを受ける。こういうことになっていますから、どうしても敵前で奮闘せざるを得ない。こういう仕組みになっていますね。
 こういうことをなくして、学内の民主化をやろうという運動が起きておるにもかかわらず、少数の右翼学生はこれをはばもうとしておる。ことに許しがたいのは、チッソの総会で暴力団の一員として雇われて、そしてあのチッソの総会で公害病患者に対して暴力をふるう。これは国士舘の学生だと言われている。あるいはガードマンに雇われて、そのガードマンの先兵になっている。こういうように反動的な、右翼的な、反民主的な行動をずっととってきているわけです。
 講師には賀屋興宣、石原慎太郎、こういった連中が講師に呼ばれている。これは勇ましい右翼政治家ですからきっとすばらしい講演をやるでしょう。体質的にこういうものがずっと反共を呼び、尊皇愛国の精神を涵養している、こういうことになるわけです。
 旧軍隊の憲兵がこの学校には約五十人、高校に約十人おります。そして天長節には軍艦マーチが吹奏されて、赤いオープンカーに舘長が乗って閲兵する。そうして、学生が小銃がわりの一・五メートルの棒を肩にかついで分列行進をやる。ちょうど学徒の出陣と同じような情景が展開される。教授会は御前会議と呼ばれる。この御前会議というのは何ごとですか。そして、コの字型の机に教授がすわっていると、大元帥服にそっくりの服を着た舘長がしずしずとあらわれる。こういう情景です。
 この学生はチッソだけでない、三里塚の応援にも行っている。それは農民の味方をするのではなしに、三里塚において公団側のガードマンとして暴力をふるっている。前の舘長の柴田舘長が死んだときには、自民党の副総裁の椎名悦三郎氏が追悼文を読んでいる。その追悼文の一節は、柴田精神で訓育されているような青年こそ最も日本が望んでいる人材でなければならないと信じます、とある。驚くべきことです。葬儀委員長は石井光次郎さん。昭和三十八年工学部の開校式には田中角榮氏その他の諸君が参加をしております。
 だから、局長が改善をしようとしても、こういううしろに大きな、目に見えないバックがあり、これが大学の反動性をささえる大きな支柱になっているわけです。だから、君たちの指導には限界があるということはわかる。それが実は法律の限界でなく、政治の限界なんですよ。こういうような反憲法的な、反民主的な、反動的な、依然明治憲法的なものが存在している、憲法に反するような教育をやっているのを、文部省はどうにもなりません、それは学校の自主性ですと言って、これからもほうっておくのですか。私はここで、もう文部省は調査をしてそのことはよく知っていると思うのですが、大体いつごろまでにはこういうふうにしますということを具体的に明らかにしてください。
○木田政府委員 文部省と学校との関係、文部省と私立学校との関係、また大学との関係について一般的に御理解を願っておきたいと思うのでございますが、学校教育法に第十四条という規定がございまして、「学校が、設備、授業その他の事項について、法令の規定又は監督庁の定める規程に違反したときは、監督庁は、その変更を命ずることができる。」こういう一般的な規定が学校教育法に規定してございます。ところが私立学校につきましては、私立学校法の第五条に規定がございまして、ただいま読み上げました「学校教育法第十四条は、私立学校に適用しない。」という明文の規定が設けられておるわけでございます。でございますから、私ども一般的には私立学校に対しまして、学校が授業その他の事項について法令の規定その他の規程に違反したときに変更を命ずることができないというふうに、これは私立学校法制定以来そういう精神で文部省はもっぱらそのことについては注意を促し、指導助言をするにとどまるこういうことで運営せざるを得ない、これが今日の法の規定でございます。したがいまして、いろいろと前々から当委員会におきましても国士舘の教育のあり方等について御指摘をいただいておるわけでございますが、私どももそのときどきに関係者には強く留意を促し、反省を促し、指導をいたしますけれども、文部省がいつまでにこうするとか措置をとるというたてまえにはなってはいない点だけは御了承願いたいと思うのでございます。したがいまして、今回のことにつきましても、国士舘の学長ほか関係者に担当者から随時この近代化その他改善の方策についての指導助言をいたしておりますが、いま最後にお尋ねいただきましたように、文部省がいついつまでにこうするというようなたてまえになっていない点だけは御了承願いたいと思う次第でございます。
○赤松委員 私はたてまえを聞いているんじゃないですよ。憲法の精神に沿い、かつ教育基本法の精神に沿うのが、これが公共性を持った学校のあり方でしょう、それは公立と私立を問わず。そうじゃないですか、局長。したがって、局長の官僚としての立場からいえばなるほど限界があるかもしれないけれども、そういう点に思いをいたすと指導助言については当然強力な指導助言もあれば、非常にゆるやかな指導助言もあるわけなんですよ私は強く指導助言をしなさい、そしておそらく大学当局もしばしば声明しています。これはたいへん悪うございました、改善しますということを言っているのですから、だから、あなたのほうの意思と学校当局の意思とがそこで合致しているわけだから、これはいつごろまでにそれをやって世間の批判にこたえなさいということはあたりまえのことじゃないですか。
 そこで法務当局に聞きますけれども、この間車掌をなぐった学生はいまどういうことになっておりますか。そして被害者はどの程度の傷を受けていますか。
○安原政府委員 お尋ねはバスの運転手に対する傷害事件のことと存じますが、これにつきましてはただいま東京地検で七月三日、昨日事件を警察から送致を受けまして勾留を請求して捜査中でございまして、暴行を受けた運転手の顔面等の傷は加療十日間ということに起訴事実はなっております。
○赤松委員 調査する必要ないじゃないですか。現行犯じゃないですか。なぜそんなに慎重に丁寧に扱うのですか。これが一般の左翼系の学生ならば、すぐにぱくられちゃうんですね。非常に丁寧にゆるやかにやっているんだが、そんなに慎重に丁寧にあれする必要はないじゃないですか。そして起訴猶予というようなことになってまた釈放されるということになるんじゃありませんか。どうですか、その辺は。
○安原政府委員 別に、おことばでございますが国士舘の学生を特に慎重に扱っているわけではございませんで、現行犯でございましても、勾留をして捜査をいたしまして、そうしてその人間についてどのような処分が相当かということを考えるということは何事についても慎重であるべきものと考えております。
○赤松委員 警察庁に聞きますけれども、家裁送りにもうなりましたか、朝鮮人高校生に対する暴行を働いた国士舘の大学及び高校生。
○安原政府委員 家裁送致の関係は検察庁でございますので、警察庁よりも私からお答えさせていただきます。
 お尋ねの件は新宿駅にいわゆる木刀を持って集合した、つまり凶器準備集合の罪の疑いを受けた十八歳の国士舘大学学生三名につきましては、六月の二十三日に東京地検から東京家裁に送致をいたしまして、現在少年法十七条一項二号によります勾留と同じような観護措置ということで少年鑑別所に収容中でございます。
○赤松委員 警察当局のほうは、私がさっき指摘したように、先月の二十六日以後三件も事件が発生している。その後事件発生を防止するためにどんな措置を講じていますか。
○綾田政府委員 まず予防警戒を強化するということで、ターミナル、それから遊園地付近、そういう場所につきまして登下校の際に警視庁におきましては約五百名、登校時が多いわけでございますが、配置をいたしまして、予防警戒を行なっております。
 また神奈川県警におきましても多摩署その他機動隊そのほか警察署員を派遣いたしまして、大体百名でございますが、極力事故発生の防止につとめているところでございます。
○赤松委員 検察当局及び警察当局に特にこの際警告しておきたいことは、これは未承認国との――在日朝鮮人の問題ですから、留学生じゃありませんが、事は国際問題、外交問題には発展しておりませんけれども、これがそうでなくて、正常な国交関係にある場合は私はたいへんな問題になると思うのです。しかし、事はそういう観点からではなくて、さっき外務大臣も深く反省します、遺憾でありましたということを言っています。あの反省の上に立って、特に朝鮮人高校生に対しましては、祖国を離れて非常に弱い立場にあるのですから、そういう点も特に考慮をされて、しかも相手は民族的な差別教育をされた諸君なんです。この諸君が朝高狩りと言って武装して出てくるのですから、絶対にそういうことは今後許さないようにしてもらいたい。これは日本人同士の世上における単なるけんか口論と違うのでありますから、その点を十分ひとつ考えてもらって、たとえば指摘されておるように、朝鮮の高校生が新宿の交番へかけつけて、いま暴行を受けていると言ったら、そうしたら、そこへ国士舘の学生がやってきて、新宿警察の了解を得ていると言ったら、おまわりさんがすっと手を引いたというのですね。そういうことのないようにしていただきたい。
 私はいまから都議選の応援がありますから、これ以上質問することはちょっと困難であります。それであらためて――この問題はもうマスコミが取り上げている。日本のマスコミはぱっと取り上げてぱっと消えちゃうのですけれども、これはマスコミの問題じゃないのです。これはいわばそういう反動的な教育方針をとる――教育の問題が何といっても基本ですから、これによって人間が形成されるのですから、私はたいへん大きな問題だと思う。ことに昭和三十年代から問題になってなおかつ今日までそれが改善されていないというのですから、当局の奮起をこの際促して、そして、改めなければ何度もこの委員会で取り上げて徹底的に追及するということを申し上げて私は質問を終わりたいと思います。
 なお委員長には、柴田総長喚問の件理事会にぜひはかってもらいたい。
 なお、いま外務大臣参議院の本会議があって、本来いえばくぎづけにするのですけれども、本会議ですからやむを得ません。なお質疑が残っていますから、これはあらためて行ないます。外務大臣も時間をさいて本委員会に出て私の質問を受ける、こう言っておりますので、善処を要望して私の質問を終わります。
○中垣委員長 赤松委員の申し出については、理事会にはかりまして適当な処置をしたいと思います。
 次回は、来たる十日火曜日午前十時理事会、午前十時十五分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時五十一分散会