第076回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第2号
昭和五十年十一月二十日(木曜日)
    午前十時三十分開議
 出席委員
   委員長 松本 忠助君
   理事 熊谷 義雄君 理事 床次 徳二君
   理事 西銘 順治君 理事 美濃 政市君
   理事 安井 吉典君
      伊東 正義君    三枝 三郎君
      水野  清君    山田 久就君
      上原 康助君    瀬長亀次郎君
      渡部 一郎君    安里積千代君
 出席国務大臣
        国 務 大 臣
        (総理府総務長
        官)
        (沖繩開発庁長
        官)      植木 光教君
 出席政府委員
        防衛施設庁施設
        部長      銅崎 富司君
        沖繩開発庁総務
        局長      山田  滋君
        沖繩開発庁振興
        局長      井上 幸夫君
        外務政務次官  羽田野忠文君
        外務省アメリカ
        局長      山崎 敏夫君
        外務省欧亜局長 橘  正忠君
        外務省条約局外
        務参事官    伊達 宗起君
 委員外の出席者
        農林省農蚕園芸
        局果樹花き課長 北野 茂夫君
        通商産業省貿易
        局農水産課長  鈴木 一郎君
        通商産業省産業
        政策局沖繩国際
        海洋博覧会管理
        官       増山 孝明君
        運輸省航空局監
        理部長     山元伊佐久君
        日本国有鉄道旅
        客局総務課長  須田  寛君
        特別委員会調査
        室長      綿貫 敏行君
    ―――――――――――――
委員の異動
十月三十一日
 辞任         補欠選任
  小渕 恵三君     三枝 三郎君
    ―――――――――――――
九月十一日
 沖繩の住民等が受けた損害の補償に関する特別
 措置法案(安井吉典君外八名提出、第七十一回
 国会衆法第四七号)
十月二十八日
 北方領土の返還促進に関する請願(鈴木善幸君
紹介)(第一一七二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
十月二十一日
 沖繩海洋博跡地に国際海洋総合大学誘致に関す
 る陳情書外一件(沖繩県宮古郡城辺町議会議長
 前里一雄外一名)(第一七五号)
 沖繩県におけるパインアップル産業の維持強化
 等に関する陳情書外一件(沖繩県国頭郡本部町
 議会議長島崎正吉外一名)(第一七六号)
 名護市の国立療養所沖繩愛楽園の施設整備改善
 等に関する陳情書(名護市議会議長玉城清吉)
 (第一七七号)
 具志川市における返還軍用地の地籍確定等に関
 する陳情書(具志川市議会議長仲本景美)(第
 一七八号)
 浦添市牧港における米軍基地毒劇物たれ流し事
 件に関する陳情書(沖繩県議会議長平良幸市)
 (第一七九号)
 沖繩県伊良部村の下地島訓練飛行場建設促進に
 関する陳情書(那覇市旭町一四沖繩県市議会議
 長会長比嘉佑直)(第一八〇号)
 北方領土の復帰促進に関する陳情書(那珂湊市
 議会議長西野彦一)(第一八一号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 沖繩及び北方問題に関する件
     ――――◇―――――
○松本委員長 これより会議を開きます。
 沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。西銘順治君。
○西銘委員 平沢論文を取り上げまして北方領土問題を論ずることは時期おくれのそしりを受けるかもしれませんが、論文の内容がきわめて重大であり、なおかつその論文の内外に与えた反響は軽視できないのであります。そこで、平沢論文を取り上げまして、政府の姿勢、特に今後の対ソ折衝に対する基本的な考え方をただしたいと思うのであります。
 平沢論文は「フォーリン・アフェアーズ」に掲載されたものでありまして、「フォーリン・アフェアーズ」は、一九二二年に創刊されましたアメリカにおける国際問題専門季刊誌、外交問題専門季刊誌と申しますか、そういうことで高く評価をされており、一九四七年でしたか、ケナンのいわゆる封じ込め政策等を中心として国際的な影響の多い論文がたびたび掲載されておりまして、外交官にとりましても必読の書と言われるぐらいに権威の高いものであり、各国に与える影響はきわめて重大だと言われておるのであります。
 その中で問題になりましたものは、国後、択捉の漁場を日本漁民に開放することを条件といたしまして、今世紀末まで国後、択捉の帰属の問題は凍結いたしまして、日ソ平和条約を締結すべきであるというところがきわめて問題になっておるところでございます。この問題について内外に相当な軽視できない反響を呼んだのでございますが、平沢さんが総理の外交ブレーンであり、側近では駐米大使にまで擬せられた総理に対する影響力のきわめて強い人であるだけに、三木総理の対ソ外交姿勢というものが問い直されている。政府は今日まで一貫いたしまして四島一括返還要求を続けてきたのであります。そこで、二島凍結、たな上げということになりますと、これは事実上は領土権の放棄であるということで国会でも問題になりました。それに対しまして、九月十九日でしたかの閣議で、総理は、北方領土方針には変わりはない、二島凍結は知らぬということで問題が一応決着したような感じがするのでありますが、総理の対ソ外交姿勢ということではなくて、視点を変えまして、この内容がきわめて重大である、軽視できない、そういうことで次の二点について特にお尋ねをしたいのであります。
 この論文に対しまして、私は政府がみずから適切な措置をとるべきである、こう考えるのであります。
 また同時に、海外の平沢論文に対する意見と反響、特にソ連からの意見はどうなっているか、またその反響はどうなっているか、長官の御所見を賜りたいのであります。
○植木国務大臣 ただいま仰せのとおり、平沢論文が内外に大きな波紋を起こしましたことは事実でございます。しかしながら、これは政府とは何の関係もない全く個人的な見解でございまして、北方四島の一括返還を実現して日ソ平和条約を結ぶということが政府の基本的方針でございまして、これは不動でございます。いささかの変化もございません。いまお話しございましたように、九月十九日は論文の発表された日でございまして、その日の閣議におきまして私みずからが発言をいたしまして、総理を初め外務大臣からもわが国の方針というものは何ら変わりがないということを閣議で確認をしたという次第でございます。
 私どもといたしましては、国際法に照らしましても、歴史的に見ましても、四島は明らかにわが国の領土でございますので、この点につきましていま御質問ございました第一点のわれわれとしての態度でございますけれども、四島一括返還を確認いたしますとともに、内外に向かいまして政府の決意を披瀝したのでございます。内にありましては各種広報の媒体を使いまして国民にその点について明らかにいたしました。また、国際的には、外務省が直ちに在外公館に対しましてわが国の基本方針に変化がないということを連絡せられたと伺っておりますし、同時に「フォーリン・アフェアーズ」という外交雑誌にこれが発表されましたので、私自身に対しまして日本の国際外交誌がインタビューに参りましたので、その点について強調をいたしました。聞くところによりますと、その外交誌は在日公館及び諸外国に対しましてこの外交誌を配布いたしておりますので、非常に効果があって反響もあったというふうに伺っているわけでございます。
 なお、ソ連の態度につきましては、新聞等の報道によりますと、これら四島に対する姿勢はまだ非常にかたいというように承知いたしているのでございまして、今後引き続き未解決の問題として外交交渉において強力にわが国の主張を展開いたしまして、一日も早く両国間の平和条約締結の前提条件としての領土問題を解決し、両国間の友好親善を図らなければならないというふうに考えているところであります。
○西銘委員 一昨年の十月、田中総理が訪ソいたしましてブレジネフ書記長との間に会談が持たれて、日ソ両国の外交交渉史の中できわめて画期的な意義のある会談がなされたとわれわれは理解いたしておるのであります。
 その歴史的な意義というのは、一つには、従来ソ連は、北方領土問題はすでに解決済みだ、これをしばしば繰り返してきておるのでありますが、これが戦後未解決の諸問題の一つとして取り上げられて、領土問題が未解決であるとの見解をソビエトが認めたということに理解いたしているのでありますが、第一点の意義がそれであります。第二は、領土問題を解決して平和条約締結を継続して協議しようではないか、こういう合意がなされた。この二つが田中・ブレジネフ会談の歴史的な意義であると解釈しておるのでありますが、これに対する外務省当局の見解をお伺いしたいのであります。
○羽田野政府委員 先生御指摘のように、一昨年の田中・ブレジネフ日ソ両首脳会談において、北方四島が第二次大戦のときからの未解決の問題であるということが確認されたことは非常に画期的なことでございましたし、この問題を解決して日ソ平和条約を締結するということの合意もなされまして、その後外務大臣訪ソに当たりましてもその方針で進んでまいっております。したがいまして、わが方の、この日ソ両首脳会談の成果を高く評価していることと、その後その実現に努力しているという方向は、一定不変の状態でございます。
○西銘委員 次に、グロムイコ論文についてお尋ねいたします。
 グロムイコ外務大臣が、本年、共産党機関誌である「コムニスト」十月号、第十四号の中で「平和綱領の実施」と題する論文を発表いたしております。この中で、日本の北方領土返還要求に触れまして、「このような根拠のない要求は、必ずやわれわれの側から当然の反撃を受けるだろう」、こういうように述べておるのであります。グロムイコ外務大臣のこの論文は、ソ連外交政策全般を論じた十八ページにわたる巻頭論文でございまして、日本関係は、極東情勢の一部として対中国関係に関連して述べられておるのであります。
 領土交渉がいよいよこれから本格化しようとしているやさきでございますので、この論文発表のタイミング、その内容というのは、一体ソ連側は何を意図しているとお考えになっておるのか。特に、「当然の反撃」というのは一体どういうことであるのか、さっぱりわからないのであります。これに対しまして政府の御所見を賜りたいのであります。
○羽田野政府委員 先生御指摘のグロムイコ論文、これは直接政府に向けられたものではございません。「コムニスト」というソ連共産党の機関誌に発表されたものでございますが、その内容は、北方領土問題に関しましては、先生いま御指摘のように、「根拠のない権利主張である」とか、あるいは「当然の反撃を受けるだろう」というようなことを述べておるということは、先ほど御質問のありました一昨年十月の日ソ首脳会談で合意した、いわゆる北方四島が第二次大戦のときからの未解決の問題であるという内容に照らしまして、はなはだ理解に苦しんでおるところでございます。
○西銘委員 特に、「当然の反撃」という表現を使っておるのですが、一体これはどういうことを意味しているのですか。
○羽田野政府委員 この点につきましては、本当にわが方としても全く理解に苦しむところでございます。しかし、おまえの方が「当然の反撃」と言っているのはどういうことなのかということまでいまいく段階でございませんので、これは後に御質問があるかもしれませんが、わが方としても、この論文に対してはそれ相当の措置をとってございますが、「当然の反撃」というものについてはわが方も理解に苦しんでおるところでございます。
○西銘委員 このグロムイコ論文に対しまして、政府は十月八日でしたか、有田外務審議官を通じてソ連大使に対して、「日本政府としては驚き、かつ理解に苦しむ」と述べて注意を喚起したということが新聞で報道されておるのでありますが、私の知るところでは、グロムイコ論文に対する政府の措置はそれだけであって、そのほか何もないというように考えておるのでありますが、これは当然、田中・ブレジネフ会談の成果を踏まえて政府がソ連政府に対して反論すべきではないか、こういうように考えられるのであります。有田審議官のとった措置以外にソ連側に対して政府はどういう措置をとられたのか、その措置に対する反応はどうであったか、お伺いしたいのであります。
○羽田野政府委員 このグロムイコ外相の論文に対しましては、いま先生が御指摘なさいましたように、十月八日に有田審議官から在京のソ連大使トロヤノフスキー氏に対して注意を喚起いたしました。これに対してトロヤノフスキー大使の方では、平和条約交渉を継続するというソ連側の立場には変わりはないんだという答えをいたしております。
 そのほかにどういう措置をとったかということでございますが、この論文に関する措置としては、有田審議官からトロヤノフスキー大使に対して注意を喚起したということだけでございまして、あとは平和条約交渉を早急に継続して行うという方針で進んでおる次第でございます。
○西銘委員 次は、国連における日ソ両外相の話し合いについてお尋ねいたします。
 九月二十五日、宮澤外務大臣は、国連におけるソ連代表部にグロムイコ外相を訪ねまして、日中平和友好条約の覇権反対条項、またグロムイコ外務大臣の訪日問題などを中心にして、約一時間にわたって会談がなされたと報ぜられておるのであります。その際、北方領土問題に関しての話し合いが持たれたかどうか。話し合いがあったとすれば、その内容についてお伺いしたいのであります。
○羽田野政府委員 宮澤大臣が国連におきましてソ連のグロムイコ外務大臣と会談をいたしております。その内容は、主として、本年一月宮澤大臣がグロムイコ大臣と会談しました際において、平和条約締結交渉の継続のためにグロムイコ大臣が年内に訪日するという約束をいたしております。したがって、このグロムイコ大臣の訪日の約束についての、その後どうするか、どうなっておるかという話をいたしたわけでございますが、これに対してグロムイコ大臣は、自分の訪日についての合意は了解をしておるので、帰国次第、検討の上できるだけ速やかに具体的な日程について回答するということを約して帰っておるわけでございます。その後、いつ訪日するかということについてはまだ詰めが進んでないような状態でございます。
○西銘委員 そういたしますと、グロムイコ外務大臣の訪日の問題を中心として話されただけであって、平和条約の内容等については全然触れてないということでありますか。
○羽田野政府委員 グロムイコ大臣が訪日した上で、北方領土を含む日ソ平和条約についての話し合いをするというスケジュールでございますので、国連におきましては訪日の話だけで、具体的に平和条約あるいは北方領土問題についての話は出てないと聞いております。
○西銘委員 その際、宮澤外務大臣が次のようなことを要請しているのであります。
 一月の私の訪ソの際、グロムイコ外務大臣の年内訪日が決まっているが、約束どおり訪日してほしいと念を押していると言われておるのであります。これに対しましてグロムイコ外務大臣は、来年初め党大会が予定されているが、年内訪日ということになっているので、帰国後その可能性を検討して、外交チャンネルを通じて御返事申し上げたいという答えになっておりますが、そのチャンネルを通じての回答があったのかなかったのか、何と言ってきているのか、お伺いしたいのであります。
○橘政府委員 ただいま政務次官の方から先ほどの御質問に対して御説明申し上げましたとおりでございまして、ニューヨークでのグロムイコ外務大臣との会談の後、向こうが、追って具体的な日程を連絡するとは言っておりましたが、その細目はその後申し越してはおりません現状でございます。
○西銘委員 時間がありませんので、先を急ぎます。
 最後に、今後における日ソ平和条約交渉の進め方についてお尋ねいたします。
 一人の猟師が一発の弾で二匹のウサギと五羽の小鳥を撃ち殺せると言っても納得するかどうか疑問だ、これはモスクワにおける日本側主催のレセプシヨンでグロムイコ外相が投げかけたなぞなぞだと言われておるのでありますが、一月十五日から十七日までの三日間にわたりました宮澤外務大臣の公式ソ連訪問中、両国外相は七時間にわたって懸案の日ソ平和条約締結交渉を行ったと言われておるのであります。その結果につきまして、外務省は、相当の成果を上げた、こういう見解を表明いたしておるのでありますが、しかしながら一年三カ月前の田中前総理の訪ソの際よりも数歩後退した結果に終わったというのが客観的な評価とされておるのであります。
 そこで、結局残された交渉進展の手がかりは、グロムイコ外相の二匹のウサギ、これは択捉、国後だろうと思うのですが、二匹のウサギと五羽の小鳥、このなぞ解きだといったような文学的な表現でもってその成果を評価している向きもあるのであります。このことについて政府は、領土返還要求は国後、択捉はあきらめて、歯舞、色丹だけにせよというふうにソ連が暗示したものだ、こういうふうにこのなぞなぞを解釈していると言われておるのでありますが、これはソ連一流の揺さぶり戦術とも受け取れるのであります。
 こういうきわめて厳しい情勢の中で今後の日ソ平和条約締結の進め方、なかんずくその見通しについて政府の御見解をただしたいのであります。
○羽田野政府委員 この日ソ平和条約、その前提となる歯舞色丹、国後、択捉、この返還の問題につきましては、一昨年十月の両首脳会談における合意というものはきわめて成果のあったものだというふうに評価をいたしております。
 これを受けて、本年一月宮澤外務大臣訪ソによりまして、この四島返還を前提とした日ソ平和条約の締結、これを推し進めていく、そのために本年中にグロムイコ外相が訪日するということまで取りつけたことは、これまた外相訪ソの成果であったと思います。あとはグロムイコ外相に早く日本に来てもらってこの話し合いを粘り強く推し進めていくということのみでございます。そして、いまそのボールをどちらが持っておるかと申しますと、あなたの方が今年中に訪日するという約束をした、いつ来てくれるかということを国連で宮澤外務大臣がグロムイコ外相にただしているわけでございます。グロムイコ外相は、外交チャンネルで、早くその日を決めてあなたの方に御通報いたしますと、向こう側が回答しなければならない状態になっている。私どもは満を持してこれを待っているような状態でございまして、外相の訪日を機に、いままでの基本原則に基づいて粘り強くこの問題を解決していくという決意でございます。
○西銘委員 政府の決意はわかるのでありますが、客観的に見て、従来しばしばソ連はもう解決済みだということから、一昨年の田中・ブレジネフ会談で未解決だと、ようやくそこまで持ってきた。ところが、最近のグロムイコ論文等からいたしまして、もとに戻ったんだ、後退したというよな印象を受けるのでありますが、そういう中に立って四島一括返還要求は政府の一貫した政策になっておるのでありまして、われわれもそれを願うのでありますが、具体的にこの四島一括返還要求を内容とする平和条約解決の糸口が年内につくのかどうか、その一点だけをお聞かせいただきたいのであります。
○羽田野政府委員 これは一に向こう側がボールをいつ投げ返すかということにかかっておりますが、国際信義の問題でございまして、少なくとも外相対外相の話し合いで今年じゅうに訪日するということを約束し、そしてまた国連においてそれをもう一度確認をしておる。ソ連の外相を信頼して、早い外相訪日を待つというよりほかはございませんので、いまこちらの方から働きかけをする立場にない状態でございます。
○西銘委員 最後に、総務長官に海洋博問題に関連をいたしまして、質問にならない質問になるかもしれませんが、長官の御意見を拝聴して、私の質問を終わりたいと思うのであります。
 質問の内容は、御案内のとおり沖繩の経済社会開発の起爆剤として海洋博覧会が計画され、実施されたのであります。ところが、来年の一月十八日までですので、もうあと二カ月ぐらいしかございません。そういう中で、沖繩の児童、生徒に海洋博をできるだけ多く見学させて、海を取り巻く人類の未来に対する夢を持たせたい。せっかく沖繩で国際行事が開催されるのはめったにあることではございません。言うなれば、千載一遇の機会でございます。こういうふうに私は考えるのでありますが、新聞の報ずるところによりますと、沖繩における教職員会が大会の決議において、学校としての団体見学はお断りする、こういうことでございますが、その辺の事情について長官の知っているところと、またそれに対する考え方をお聞かせいただければ幸いと思うのであります。
○植木国務大臣 沖繩海洋博はあと二カ月近くで幕を閉じるわけでございますが、いまお話しのように、児童、生徒の見学に関しましては沖繩教職員組合が見学反対の方針を決めておられるというふうに私も伺っております。ただしかし、これは児童、生徒が個人個人で海洋博覧会を見学するということまで拘束をしているわけではないのでございますから、したがいまして私といたしましては学校の児童、生徒を含めまして、できるだけ多くの人々にこの海洋博覧会を見ていただいて、そして将来への展望を持つよい機会にしていただきたいと思うのでございます。沖繩の振興開発計画について責任を持ち、また県民の方々の未来について責任を持っております私といたしましては、特に創造性に富む児童、生徒に海洋博覧会でひとつ大きな夢を持っていただきたいということを心から期待している次第でございます。
○西銘委員 終わります。
○松本委員長 安井吉典君。
○安井委員 いま北方領土問題について質疑応答が繰り返されていたわけで、私も引き続いてちょっと伺っておきたいのでありますが、グロムイコ外相の訪日は現段階における日ソ交渉の出発点となるものだという政府の見解は、私は異議を差しはさむものではありませんが、年内訪日というともう時期がそうないわけです。十一月も終わりになってしまっています。これは果たして来てくれるのかどうか。来てくれなくてもそいつは向こうの方が悪いからだと、こう政務次官おっしゃったわけでありますけれども、現実にどういうふうな見通しを持っているのか。私は、どうもソ連側に、何か引き延ばしという意識的なものかどうかわかりませんけれども、そういう気持ちもあるのではないかという印象も受けるわけでありますが、見通しとしてどうなんですか。
○羽田野政府委員 先生御指摘のように、本年も非常に残りが少なくなっております。両方ともいろいろな政治スケジュールがあると思いますが、果たして本年中にグロムイコ外相が日本に来て、そして日ソ平和条約についての話が進展するかどうかということについての見通しという御質問でございますが、この点非常にむずかしい御質問でございますが、私の方としてはいまも御答弁申し上げましたように、少なくとも一国の外相と外相との間で一月に話し合いを決め、そして国連において再確認したこの訪日ということの実現、これは年内に必ず実現をしてもらわなければならないし、実現をして日ソ平和条約の交渉が進むということを希望する以外に、果たしてそれが必ずできるかということについて御答弁申し上げることは非常にむずかしいのでございますが、何としてでもこれは実現してもらわなければならないという考えに尽きておる次第でございます。
○安井委員 もし十二月という約束を向こうが守ってくれなければそれで仕方がないということなんですか。それに対してどういう外交的な態度を外務省はお示しになるおつもりですか。
○羽田野政府委員 この点につきましては、まだ今年中に来ないということが決まったわけでございませんし、また、その今年が終わったというわけでございませんので、将来のことを予測していまどういう態度ということは決めておりません。先ほどから何回も申し上げるように、少なくとも外相と外相との間で決めたことがもし実現されない場合には、それでは次に日ソ平和交渉を進めるどういう方法をとるかということを考えなければならないと思いますが、いまのところ、その将来を予測してこういう方針ということを決めておる状態ではございません。
○安井委員 ソ連の対日政策と言うと少し大げさかもしれませんけれども、日本に対する考え方が少し変わってきているのではないかという見方もあるようですね。たとえば日本の中国との関係、あるいはかってチュメニの石油の問題を議論したころは日本経済は日の出の勢いであったが、いまはすっかり沈んでしまった。その日本経済への期待の度が少し変わったとか、最近ソ連側において何か変化が起きているのではないかという説もありますけれども、それについては外務省はどういうふうに受けとめていますか。
○羽田野政府委員 いま先生の御質問に対して、ソ連の態度が変わった、あるいは変わったのではないかという具体的な情報を外務省としては持っておりません。
○安井委員 きょう政務次官もおいででありますけれども、やはりこの委員会としても沖繩と並んで北方領土問題は重大な問題でありますから、次の機会に外務大臣にぜひ御出席をいただくということで、さらに審議を深めたいと思いますので、委員長においてもそういうことでお取り計らいをいただきたいと思います。
○松本委員長 理事会にお諮りして、さよう取り計らいたいと思います。
○安井委員 沖繩の地籍の問題について伺っておきたいと思うのであります。
 復帰前にも軍用地の返還があり、復帰後も相当の返還が行われているわけであります。もちろん沖繩全体の基地の実態からすればごくわずかでありますけれども、そういう返還がとにもかくにも行われている中で、軍用地時代に原形を失い、境界が不明であり、たとえ返還、解放が行われても利用のできないような状況に対して、政府の方もその地籍調査に手をつけていられることは、私も現地でも実態を見てまいりましたが、復帰前の分は県もやっていますね。それから、復帰後の分は防衛施設局が手をつけているわけです。一方は発掘調査のような方法だし、一方は航空写真の比較というふうなことで、手法の差があります。
 それはそれとして、いま行われている調査のあり方について、たくさんの問題点があるようであります。たとえば、いずれも市町村に責任を押しつけて、市町村側も厄介な仕事ですし、お金も十分に来ないし、返上だというところも出ている。現在行われている調査のあり方について問題があり過ぎるのではないかと私は思うのでありますが、この点についてどういうふうに考えておられますか、まずそれから伺います。
○植木国務大臣 地籍不明土地を解決しますことは、沖繩振興開発にとりましてきわめて重要な不可欠の問題でございますから、昭和四十七年度から開発庁にも予算を計上いたしまして、県を通じて軍用地以外の土地の境界明確化のための調査を実施しているところでございます。これは全額国庫が負担をいたしているのでございまして、県がその調査を実施してくださっているというのが現実の姿でございまして、市町村に対しまして、お説のようにその調査を押しつけているというようなことはございません。現在までに当該地域の概況把握を終了いたしましたところにつきましては、土地所有者の合意に基づいて境界設定作業を実施することといたしておりまして、本年度は西原村について鋭意調査を進めているところであります。私も現地に参りまして、非常に御協力をいただいている、そして作業が大変進んでいるということを喜んでいる次第でございます。
○銅崎政府委員 お答え申し上げます。
 地籍問題の解決が複雑で大変むずかしいということは、私ども十分理解もし、承知もしておるわけでございます。現在市町村にお願いしておりますのは、原状回復補償に基づきます境界設定費を、たくさんの地主の代理という形でお願い申し上げているわけです。
 この作業はなかなか大変だということで、まず私どもが考えましたのは、先ほど先生からお話もございましたように、四十九年度に航空写真を撮りまして、それに基づいて現況測量図、それから戦前米軍が撮りました航空写真等の資料を整えまして、これを現在地主さんの方に渡しておるわけでございます。これに基づきまして本年度は、戦前というか、米軍施政権時代の琉球政府が基地の周辺までやっておりますので、その市町村界、それのさらに細かい大字界、小字界を順次確定していきたい。それから、小字の中をさらに地形、地物で区割りをいたして、それで測量したい。ですから、市町村界、字界を確定しまして、その小字の中もできるだけ詳細に地形、地物を利用して区割りができるところまで測量しよう。これは今年度中に終わることで、予算の手当てもしてございます。
 そういたしまして、次は個々の所有者の方にそれに基づいて地籍の確定をお願いするわけですが、従来から申し上げておりますように、土地の個々の確定というのは所有権に関する問題でございまして、地主さんに主体的にやっていただくことが原則だというふうに考えておりますので、そういう段階まで施設局の方でやりまして、そういう細かくなりました小字の地積測量をもとにしまして、集団和解の方式でお話し合いをしていただく。その場合も、市町村に押しつけるとかなんとかいうことでなくて、土地の所有者、市町村、それと那覇の防衛施設局の三者が一体となって問題の解決に当たっていきたいということで、いまこれに取り組んでいるわけでございます。
○安井委員 大臣は、どんどん進捗しているので喜んでお帰りになっているようでありますが、現実はなかなかそうはいかぬわけです。いま沖繩開発庁の委託で県がやっているのは遺跡調査のようなもので、原形を掘り出して、それを見つけてもとの姿に復元していく、これはもう大変な仕事であります。その上、最終的には、開発庁の手法でいっても県がやっている手法でいっても、もとの姿を確認するのはもとの地主であり、もとの地主の納得がなければ方法がないわけですよ。だから、集団和解という形で処理せざるを得なくなって、その場合にはやはり市町村長に何もかも頼んでしまっている、それが実態のようであります。市町村長の世話にならなくてもできるなどというふうなかっこうでは全くないということであります。
 ところが、市町村長がそのことにまで手を触れていかなければいけないという法律的な根拠は明確ではない。特に問題なのは、復元してしまっても、もとはそれががけであった。現在は平らな滑走路になっている。政府は復元して補償するわけですけれども、いまの平らなところをもとのがけの形に戻して返すというのがいまの機械的に解釈したやり方であり、仕組みであるわけであります。それでは全く意味のないことをやっているのにすぎない。
 時間が十分とれていませんから私は結論を急ぎますけれども、すでに国道になっていたり、市町村道や県道になっているところがあるわけですよ。それを、それはもと、たんぼであったかもしれないが、それに復元するということだけでは問題は何ら解決するわけではありません。やはりここで地籍の問題を明確にするという際に、道路になっているところ、あるいはもうすでに住宅地になっているところがあるわけですが、それをもとのがけの形に復元するという、それを機械的に推し進めても全く意味がないわけであります。ですから私は、いま地籍の問題に政府が取り組んでいるという段階において、もっと沖繩の開発計画なり、突き詰めて言えば都市計画なりあるいは農村計画なり、そういうものに前進的な形で結論を出す、そういう仕組みをこの際同時に進めていくことが必要ではないか、こう思います。もとの姿がわかってみたって、入り組んだ姿がそのまま復元されてみたって意味ないんですから、やはり区画整理も必要です。区画整理がきちっとされない限り、使い道がないということにもなるわけです。ですから、そういうような場合には、区画整理に必要な負担は、いままでの歴史的な経過にかんがみて国が負担をする、私は一、二の例を申し上げましたけれども、そういうふうな前進的な形でこの問題の処理をしていくということが必要ではないか。そのためには、どんなことがあっても特別な立法措置が必要だと私は思います。そういう立法措置で、いまのように防衛施設局やあるいは沖繩開発庁が片手間にやっているというのではなしに、きちっと行政機関を明確にしていく、そして新しい立法でそれを処理していく、そういうことでもやらない限り、これは何年たっても解決できないのではないかと私は思う。すでに地籍がわかった、もとの姿がわかったといっても、引き取る方法がないものですから、それがそのままの状態になっていて、すでに返還をされても、地代を管理補償費とかいうふうな名目で相変わらず払っているところもあるわけですね。だから私は、そういう明確な対策なり措置がない限りはだめだと思うのですよ。その点について、どうでしょう。
○山田政府委員 沖繩の地籍を明確にするという問題につきましては、かねて大変御心配をおかけいたしておりまして、私どもも極力地元の趣意に沿いまして努力を続けておるところは先ほど長官から申し上げたとおりでございますが、御指摘ございましたように、私どももただ旧に復するということだけを目指して非常に不合理な復元をしたいということは全然考えておるわけではございません。現在のやり方は、御指摘のように、集団和解という名前で呼ばれておりますが、少なくとも現在の地主の方々の全面的な御協力を得なければできない方法でございます。したがいまして、もちろん市町村の協力を得なければできないわけでございますが、たてまえといたしましては、先生御指摘のように、あくまでも国が責任を持つ、県と協力いたしまして、経費の面につきましては国が責任を持つという形で、ただ国としては人間その他十分でもございませんので、少なくとも国が責任を持って境界の設定までしてあげたいということで、いま鋭意努力をいたしておるわけでございまして、そのモデル的なケースとして西原村がいま取り上げられているわけでございます。先生のお話は、もちろん私ども開発庁の問題だけではなくて施設庁の分も含めまして全体の問題であると思いますが、ただいま、私どもとしてはそれぞれの立場もございますので、分担をいたして仕事をいたしておるわけでございます。
 私どもの関係は全体の約一割程度で、十九平方キロ程度でございますか、そういうかっこうで、十五市町村にまたがっているわけでございますが、それにつきまして少しきめを細かくして計画的にやっていきたいということで、すでに五十年度から具体的に、長官申しましたように、西原を手始めといたしまして、約五カ年計画をもちましてぜひ境界設定をいたしたいということで着実に努力を積み重ねているわけでございまして、西原の村当局あるいは地主の方々に大変御協力いただいております。私も実は現場で地主の方々と懇談をいたしてまいりました。非常に積極的に、何とか早くみんなの力でやりたいということでやっていただいておりますが、この方式につきましては、御指摘のようにこれで完全であるとは思っておりません。あるいはそういうふうな、西原のようなよい例だけではなくて、地主の合意がどうしても得られない、最終的に権利をどう確定するかという点について非常にむずかしい問題が起こるのではないかという感じもいたしております。これらにつきましては当然、お話もございましたように、学識経験者のお力もかりまして、実は現在すでに沖繩在住の学識経験者等の、土地に関しての専門家の御意見も承っておりますが、そういうふうな御意見等を積み重ねまして、どういう方法が適当であるかということも十分研究しながら進めたいと思っております。その成果を関係各省庁協議いたしまして、最終的にどういうかっこうにすべきであるのか、どういう方法がいいのか、あるいは立法措置がいいのかどうかというふうな点につきましても、今後極力私どもは努力を傾けてまいりたい、かように思っております。
 いろいろ御指摘のような問題点もございますことも十分承知いたしておりますが、とりあえず、先ほど申し上げましたように地元も大変盛り上がっておりますので、この方法でしばらくやらしていただきたい、こう思っておる次第でございます。
○銅崎政府委員 お答え申し上げます。
 ただいま開発庁の方から御答弁になったとおりだと思うのですが、私ども、やはりこの地籍の確定がされていく段階でいろいろな問題が出てくるだろうと思うのが一つでございますが、そういう問題がどういう問題であるのか、それを立法するにはどういうふうに盛り込んでいったらいいか、実際にやっていきながらそういう中に盛り込んでいきたいという考えをいま持っておるわけですが、たとえば地籍の確定というのはこれは個人の所有権にわたりますから、こういうものを法律的にどうこうというのはできないと思います。先ほど先生がお話しになりましたように、やはりそういう確定をするのに、都市計画なりあるいは開発計画なりというものとの結びつきで何か考えられるかどうか、そういういろいろな点がございますが、これは施設庁限りでなかなかできませんし、そういう立法をするにはどういう内容にし、いろいろな問題をどう解決していったらいいかという点もなお検討して、それで関係の省庁間で十分協議していく、そういうことが必要なのではないかと考えております。
 それから、都市計画を進めていきます場合にも、個人の土地が原状でどうであったかということは、やはりある程度確定しておきませんと次に進まないように私考えるわけでございまして、やはり地籍の確定というのは第一に考えられてしかるべきじゃないか、こういうふうに思っております。
○安井委員 大臣、この問題は、歌の文句に、もとの二、八の十六に返してくれたら……というのがありますね。いま戦争が終わってもう三十年もたつわけですから、十六歳に三十歳を足すと四十六、七歳になっている人、その人が、十六歳のときはこうだったという原状を見つける作業をいまやっているだけなんですよ。十六歳のときはこうであったという姿、それを復元していくという、それだけなわけですよ。それが全く無意味だとは私は言いませんけれども、それだけではほとんどの問題の解決にはならないのではなかろうか。しかし、もう四十何歳になっている現状では、それがもう道路になっていたり、あるいは住宅地帯になっていたりしているわけですからね、それとのつながりを処理するということなしに、昔の十六歳のときはこうだったということを見つけるだけでは、これは何にもならないと私は思う。しかも、その十六歳の姿を見つけるのに、西原でも、いまの局長の御答弁でも、十九ヘクタールぐらいのところを五十年度から五カ年かかるというのでしょう。五カ年かかって、十六歳の姿はこうだったというのを見つけるというわけですよ。そういうふうなやり方で、沖繩の全体の基地の実態は一体どうするのですか。しかも、学者や何かの意見を聞いてという御答弁もありましたけれども、私は私の思いつきで言っているのじゃないのですよ。その学者の協議会の答申の中にもそのことをはっきり書いてあるわけですよ。私の言うように特別立法でなければ問題の処理ができないと言っているわけです。ですから、政府が出さなければ、私たちも勉強して議員立法でも出したいと思うのですが、やはり責任ある政府として、この問題の決着をつける明確な態度を示すべきだと思うのです。どうでしょう。
○植木国務大臣 境界の明確化に当たりましては、もちろん土地所有者による確認、合意が必要でございまして、いろいろむずかしい作業が必要でございます。先ほど局長の方から五年間を計画目標としてと申しましたのは、西原地区について五年間ではございませんで、西原は今年度中に終わりたいと考えておりまして、開発庁所管の分につきまして、ひとつ五年間でこれを処理してまいりたいと考えているのでございますので、御理解をいただきたいのでございます。現在も沖繩開発庁、防衛施設庁初め国の関係機関及び県、市町村の間で協議会をつくっておりまして、この確認のための協力体制をつくっているわけでございます。しかし、これを進めてまいりますと、最終的に解決がどうしても困難であるというような地所も出てくると思うのでございまして、そういうことがございましたならば、関係省庁と緊密な連携を図りまして解決の方途を検討してまいりたいと思います。その際には、いま御指摘がございましたように、立法が必要であるかどうかということも含めまして研究をさせていただきたい。これはそのときになってから研究するというのではございませんで、いろいろな見通しを考えながらひとつ検討をさしていただきたいということを申し上げたいのでございます。
○安井委員 その西原だけで五年かかるという意味で私は言ったんじゃなしに、あなたの開発庁で担当しているのはわずか十九ヘクタールですよ。その全体を五年間でやるというんですから、そんな態度で沖繩全体の土地問題を一体どうするんです。そのことを私は言っているわけです。ぜひ前向きの結論を出していただきたい、そのことだけ申し上げておきたいと思います。
 もう一つ、時間がなくなりましたが、返還協定で放棄された請求権等の補償について、県知事を会長にする協議会が、第一次、第二次の補償要請書を出していますね。合わせて十二万件を上回って、千百五十九億円以上に数字がなっています。これの政府としての調査はどうなっているのか、この要求をどう処理していくのか。五十一年度の予算編成の段階に近づいてきているわけでありますが、その予算化は考えられているのかどうか、簡単にお答えください。
○銅崎政府委員 調査関係のことですので、施設庁の方からお答え申し上げます。
 このいわゆる対米請求権問題につきましては、当面、沖繩開発庁の協力のもとに防衛施設庁が調査を行うという申し合わせになっておりまして、四十八年度以降実態の把握に努めてきております。本年九月までに沖繩返還協定放棄請求権等補償推進協議会から出されました第一次要請分、それから沖繩県漁連要請分につきまして概況の調査を終わっております。現在やはり同協議会から第二次の要請分が出ておりますが、これにつきまして局の方で調査を始めているところでございます。
 この調査の結果を見てみますと、各請求項目ごとに被害内容の概要は把握できましたが、幾つか問題がございます。一つは、返還協定四条二項事案とみなされるものでどう取り扱っていいかについて検討を要するもの、それから次に、アメリカの施政権時代の補償と重複しているのじゃないかというおそれのあるものもあります。それから、地籍が不明確であるため、現地との照合が困難であるもの、損害額の評価時点が各項目によりまして区々であって、統一がとれてない、これは細かいことですが。それから、事実確認がきわめて困難であって、関係の市町村でも立証が困難であること、それから補償体系自体が成り立つかどうか疑義のあるもの、こういろいろ問題がございますので、さらに精密な調査をする必要があると考えております。
 こういう第一次分につきましてはすでに調査も終わっておりますので、こういう資料をもとに、開発庁を初め関係の省庁と今後どう処理するかについて協議を何回となく進めている段階でございます。
 予算につきましては、五十一年度の概算要求では、ちょっとはっきり額を忘れましたが、千数百万円の予算を要求いたしております。それから、いわゆる請求権自体に基づきます予算につきましては、これは今後やはり統一的にどういう処理の仕方をし、どういう補償基準をとるかということで細かい詰めができておりませんので、これはまだ現在関係のところで協議を重ねておるということで、概算要求をするに至っておりません。
○安井委員 もう時間ですから、後に残します。
○松本委員長 それでは次に、上原康助君。
○上原委員 どうも質問の時間が非常に中途半端になって、何をお尋ねしようにもまとまった質問ができないような状況なんですが、わずか三十分ですから、私はパイン問題とキビ価格の件についてちょっとお尋ねをしておきたいと思うのです。
 そこで、冒頭少し愚痴っぽい質問になるかと思うのですが、先ほどからいろいろありますように、海洋博は沈没するし、失業率は全国の三倍、基地は全国の二倍、パインはつくっても売れない、サトウキビは買いたたかれるということで、おまけに殺し屋B52はやってくる。何か復帰をしたってちっとも県民の生活の安定といいますか、あるいは県民が望む社会的環境というのはつくれない状況なんですね。こういう中でわれわれがいろいろここで問題を取り上げても、関係各省庁とも親身になって取っ組んできているかというと、そうも思われない。これがいまの沖繩の置かれている現状だと思うのです。
 そこで、後ほど外務省にお尋ねしたいのですが、一体開発庁長官として――もうこれはくどくど言うまでもないわけですが、またB52がやってきている。しかも、去る八日に来て十一日にグアムに帰ったというようなことを言いながら、一昨日のうのうとまた飛んできているという状況なんですね。これはもう県議会においても嘉手納の村議会においても、あるいは県知事や各民主団体を含めて、挙げてまかりならぬということを今日まで言ってきているわけなんですよ。後ほど外務省に少し詳しくお尋ねするのですが、沖繩担当大臣として、一体このB52飛来について、あなたどういうふうにしようとしておるのか、きょうは大臣はあなたお一人しかおりませんので、閣議にでも取り上げるべき問題だと思うのですが、まず感想と今後の決意だけを冒頭お尋ねしておきたいと思うのです。
○植木国務大臣 B52の飛来につきましての沖繩県民の感情を、私は的確に把握をいたしているつもりでございます。B52が与えます暗い印象というものが、沖繩県づくりに努力をしておられる県民感情にとってきわめて遺憾なものであるということは、私も共通の認識として持っているわけでございます。
 第二回目の飛来に当たりまして、私の方にも連絡がございました。外務省の方から連絡があったわけでございますが、直ちに気象庁に対しまして、本当に台風が来ているのかどうかということを確認をさせたというようなことでもございまして、私といたしましては、県民感情を十分に理解をしてほしいという切なる願いを持っているということを申し上げておきたいと存じます。
○上原委員 これは後で、時間の関係がありますから外務省にお尋ねしますが、いまの御答弁でも納得しかねます。
 そこで、いろいろありますが、特に基幹産業と言われているサトウキビあるいはパイン、まあ畜産もそうですか、軒並みに行き詰まり、あるいは危機寸前に達しているわけですね。これは何も今回初めてお尋ねするわけでもないわけですが、私も今年の三月六日の農林水産委員会でも、パイン問題についてはかなり詳しくお尋ねをいたしました。善処をする、あるいはいろいろ流通機構問題を含めて対策を考えるという答弁がありながら、ますます行き詰まった状態なんです。
 そこで、この基幹産業の一つであるパイン問題の解決に、一体農林省なり通産省はどうしようとしているのか、現在の状況なり今後の見通しについてまずお答えいただきたい。
○北野説明員 パイン問題につきましては、特に昨年の春以来パインかん詰めが売れなくなったということで、沖繩に滞貨が非常にふえまして、四十九年度末には百二十万ケース程度の滞貨が予想されたわけでございますけれども、幸いその後内地の代理店等の引き取りも進みまして、四十九年産につきましては十月までにおおむね本土の方に引き取りが完了しております。
 それから、五十年産につきましては、四十九年産よりも原料の生産がやや少なくなりました関係と、それから良質のパインをパイかんにしむけるということで、パイかんの製造量といたしましては例年よりも少なくて、百三十万ないし百四十万ケースと見込まれているわけでございます。その引き取りあるいは販売につきましては、年度当初いろいろと問題もございましたけれども、現在までの情勢では、十二月すなわち年内に製造量のうち五十万ケース程度は本土に引き取るということで了解がついておりまして、すでに三十万ケース以上は本土に引き取られております。残りのものにつきましては、目下のところ、来年六月ごろまでには全量を引き取るということで強力な話し合いを進めているところでございまして、昨年来の滞貨問題につきましては、やや明るい見通しといいますか、明るい傾向が出てきているところでございますが、なお今後とも、私たちとしましては滞貨の解消あるいは消費の促進、拡大ということにつきまして一層の努力をしていきたい、そのように考えております。
 なお、沖繩のパインの栽培あるいは加工というものにつきましては、先生も言われましたように、サトウキビと並んで農業の中では最も重要なものでございますが、栽培、作付関係につきましては、パイナップルを果樹農業振興特別措置法の対象作物として復帰当初追加いたして加えるとともに、その振興あるいは栽培の合理化、省力的な、あるいは能率的な生産ということに意を用いまして、現在、優良種苗の普及増殖あるいは栽培法の管理、流通の近代化ということで、作業用の機械、トラクターあるいは選果場等の補助事業を実施しているところでございます。
 従来、沖繩のパイナップルは九八%以上のものがかん詰めにのみ使用されておりまして、その他の利用ということはほとんどなかったわけでございますけれども、最近の果物かん詰めの消費動向等を勘案いたしまして、用途の多面的な拡大を考えまして、最近ではジュースに相当量のものをしむけるように検討いたしております。まだ予算要求の段階で、先のことは明確にはお答えできませんけれども、私たちは、来年度補助事業といたしまして予算がとれた暁には、ジュース工場をつくって用途の多面的な拡大を図るということで大いに努力していきたい、そのように考えているわけでございます。
 なお、かん詰め等の滞貨等を生ずるおそれ、あるいは生じた場合には、積極的にその解消を図るということで一応の予算措置等も目下考えておりますが、予算の件につきましてはなお将来の問題でございますので、明確な点につきましてはお答えは差し控えたいと思います。
 以上でございます。
○上原委員 あなたの御答弁を聞いていると、何か非常に明るいような感じがするのですが、しかし現実はそうじゃないわけですね。現に滞貨をしているのはどのくらいあるか。いま、年内に五十万ケースを引き取る、すでに三十万ケース引き取ったというようなことですが、年内五十万を目標にして、あとどのくらい残っておって、価格の取引はどうなっているのか、決してそう明るいものではないのです。いまから圃場を整備して品種を改良したって、もうパイン畑には草ぼうぼう生やして、生産農家は皆放棄しているじゃないですか。その現実を認識せずしては問題解決につながらないのですよ。現在滞貨しているのはどのくらいあって、四十九年そして五十年産、さらに五十一年だってもうあるわけでしょう、そういった皆さんがかねがね言ってきたような沖繩優先消化というようなことが、具体的になされていないわけですね。本当に来年六月までに、沖繩で製造されたものを全部本土の取引業者と沖繩パッカーとの間で取引できるというめどが立っているのかどうか、コストがどうなっているのか、そこいらも具体的にひとつ明らかにしてもらいたい。
 もう一つは、それとの関連で、最も重要なことは、なぜこんなに沖繩産が滞貨をしているのか、その根本原因はどこにあるかということもあわせてお答えいただきたいと思います。通産省も来ているはずですから……。
○北野説明員 沖繩から本土へのパイかんの輸送状況を見ますと、昨年は四月から十月までで約五十一万ケースでございましたけれども、本年は四月から十月まででその約二・五倍に当たります百三十万ケース程度がすでに運ばれているわけでございます。そのような点から見まして、昨年よりは内地への引き取り、そういうものが非常に進んでいるというふうに考えられまして、沖繩本島におきます現在の在庫量は、昨年同期に比べまして二十数万ケース少なくなっております。そういうことで、総生産量も減りますので、本年を含めまして今後の需給あるいは流通面から見ますと、昨年に比べまして格段に改善されている、そのように見ているわけでございます。
 なお、販売等につきましても、沖繩のパッカーの団体あるいは本土の代理店の団体、沖繩パインの組合、そういうものの間で、価格につきましてもなるべく現地の人の希望に沿うように、あるいは引き取り時期につきましても、先ほど申し上げましたように来年の六月までに全量を引き取るようにということで、私たちは通産省ともども積極的に業界を指導しております。現在明確に全量を六月までに引き取るということで契約等が交わされる段階になっておりませんけれども、私たちはそれを目途に団体等に対して強力な指導をするということで作業をやっているわけでございます。
 以上でございます。
○上原委員 いまの答弁に関連してちょっとお尋ねするのですが、契約はまだ完了していないが、見通しは明るいし、立っているということです。じゃ、来年六月までに製造された沖繩かん詰めは全部農林省が責任を持って本土市場、本土代理店に引き取る、そういうように理解していいですね、そこまであなたが言い切るなら。
○北野説明員 農林省で引き取るということは考えておりませんが、全量を本土の関係業界に引き取ってもらうように積極的にお願いし、努力をする、そういうことでございます。
○上原委員 あなたは非常にまじめな方で……。私は農林省が引き取りなさいと言っていないじゃないですか。農林省が責任を持ってそういうことをさせますねと聞いているのです。
○北野説明員 そのように努力いたします。
○上原委員 そこで、いまあなたはちょっとごまかしておられる。確かに四十八年、四十九年に比べて本土市場の流通機構も若干上向きの状況になっておるのは私もわかる。どのくらいの滞貨があるということに対しては、昨年よりも二十五、六万ケース少なくなったということで言っておられるのですが、私の資料に間違いがなければ、四十九年産と言われておるのが百七十五万四千八百八十八ケース、そのうち出荷されたのが八十二万一千八十四ケース、九十三万三千八百ケースは現に四十九年の段階で残っておったわけですね。さらにこれに加えて、五十年産は一体皆さんどのくらい見込んだのか。締めていまでも五十年産のかん詰めが百六十万八千五百五十六ケースぐらいあるわけでしょう。そうしますと、二百五十四万ケースぐらいはまだ引き取られる見通しが立っていないまま残っておるわけですね。そのうち先ほどおっしゃったように、年内に五十万ケースということです。平たく言えば、四十九年産の売れ残ったもの、五十年に製造されたもの、すべて来年六月までに沖繩パッカーと本土の取引業者間で引き取るという見通しが立っているかどうかということなんですね。おわかりですか。
○北野説明員 先ほど申し上げましたように、四十九年産につきましては、本年の十月までに全量本土の方に引き取ったということでございます。それから、五十年産につきましては、先ほども申し上げましたように、本年は原料の供給関係等から百三十万ないし百四十万ケースの製造が見込まれる。その中で、すでに五十万ケースについて年内の引き取りは確約できて、かつその中で三十万ケース程度がすでに本土に運ばれている。そういうことでございますから、全体の生産量を下限で百三十万ケースと考えますと、運ばれましたものを三十万ケースといたしますと、今後製造されるものを含めまして、現状では百万ケース沖繩にあるということになりますけれども、まだ全量百三十万ケース製造されておりませんので、現状ではそれよりもかなり少ない量というのが沖繩にあるというふうに計算上は考えられます。
○上原委員 ですから、それを含めて来年の六月までには全部引き取るめどが立っておるというのがさっきの答弁ですね。その場合に、取引価格はどうなっていますか。
○北野説明員 その残量の、今後生産されるものを含めましての百万ケース程度のものにつきましては、本土におきます従来から沖繩のパイかんを扱っております沖繩パインの業界での引き取りの配分の数量と、業者といいますか商社別の配分、そういうものは一応案としては決まっております。
 それから、価格につきましては、これは自由な取引ということを前提にいたしておりますので、私たちは沖繩のかん詰めの生産者、農家のことを考えますと、より高い価格で引き取ってもらうことを希望しておるわけでございますけれども、価格の点に関しましては、私たちは介入ができないといいますか、介入をしないという方針で指導しております。
○上原委員 価格のことについては直接介入できないでしょう。しかし、価格をどのくらいで引き取るか、契約するかということがなかなか本土業者と沖繩パッカー側で決まらないからごたついているわけでしょう。そのネックは一体何なのかということも農林省としては十分調査をし、それなりの行政指導も必要だと思うのですね。現に末端の生産農家はまだ四十八年に決まった価格、二十八円四十一銭の価格も実際受け取っていないのですよ。それは上の方での取引価格が現に決まらない、滞貨も抱えているから、そういうことになっている。そういう基本的なものについて正していこうとしないところに問題があるということを何回指摘するのですか。時間がありませんから、その点もぜひ早急にやっていただきたいということ。
 そこで、通産省にお尋ねするのですが、例の外割り問題、下期の外割りを入れるという話が出ているわけですが、同時に現在は冷凍物はどのくらい入っているのか、あわせてお答えいただきたいと思います。
○鈴木説明員 パインかんの輸入につきましては、昨年下期、今年上期につきましては輸入を停止いたしております。いままで大体百万ケース内外のものを入れてきたわけでございますけれども、現在のところそういう状態でございます。今後の問題につきましては、現在農林省と協議中でございます。
 それから、冷凍パインの輸入につきましては、最近関税の引き上げの影響がございまして、五十年の一−九月でございますと三千七百三トンのものが入っております。これは昨年と比べますと非常に減った数字でございます。
○上原委員 そうしますと、外割りについてはまだ通産省としては発券をするという結論は出していないということですね。沖繩かんが優先消化されるまでそれは見合わす立場にあるということですか。その点明確にしてくださいよ。これを抑えないとできないのですよ。
○鈴木説明員 パインかんにつきましては、先ほど果樹花き課長からお話がございましたように、需給の面ではかなり事態は改善されたと思っております。
 一方、パイナップルかん詰めの主な輸入先である東南アジアの発展途上国からは非常に強い輸入再開の要請が累次にわたって行われております。また、国際会議の場所でもいろいろ論議が行われるようになっておりますので、輸入の配慮はせざるを得ないというふうに考えております。ただ、その数量につきましては、ただいまの沖繩の事情も十分配慮いたしまして定めたいというふうに考えております。
○上原委員 確かに東南アジアというのか、そういう諸国からの強い申し入れなり、国際会議で議論があったというようなことは新聞報道なりであるのですが、むしろそれ以外に問題があるのではないかという感じもするわけですね。この点は私も私なりに調査をしておりますのでいろいろ議論もしたいわけですが、何しろ九分までしか私の持ち時間がないというので。
 問題は、皆さんがこれまで沖繩のパイン産業というものがここまで行き詰まった大きな原因としていろいろ挙げてきた中で、四十六年以降冷凍物を自由化したということと、さらにそれ以前にパインかんの自由化があるわけですね。同時に、滞貨をさせながら外割りも四十九年度は抑えたにしても、また新たに開始しようとしている。そこいらを根本的に解決しないと、せっかく何とかめどが立とうとするさなかにまた後退を余儀なくされるという結果になりかねないのですね。もうある程度の外割り数量は、幾分調整をしてでもやらにゃいかないというのが通産省の立場のようですが、外割りをさせても、先ほど言ったように、来年六月まであるいはそれ以降もつながるわけですから、農林省の立場は沖繩のパインかんの消化ということが軌道に乗るとお考えですか。やはりかつて牛肉だってだぶついたときに政策的に抑えたでしょう。そういう面からすると、このパイン問題も当然もう少し政府内で、東南アジアとの関係も大事でしょうが、国内の農民がこんなに犠牲にされている段階においては、国民の立場を優先するのが本当の農政じゃないですか。その点、改めて両省の見解を賜っておきたいと思うのです。
○北野説明員 農林省といたしましては前々からこの委員会等で申し上げておりますけれども、量と時期については慎重に検討したい、そういうふうに申し上げているわけでございますけれども、先ほど通産省の方から話がありましたように、最近の東南アジアの輸入先国等の意向その他を考えますと、若干のものについてはやはり輸入をせざるを得ない段階に来ているというふうに私たちは考えます。それによって在庫がふえるというような事態に対しましては、私たちも一応その影響を沖繩の人たちになるべく少なくするという方法を目下考えております。
○鈴木説明員 ただいま農林省からもお話しございましたけれども、国内農業の生産の問題等も十分に踏まえつつ、かつ諸外国との関係も考えながら適切な数量を定めるという方向で農林省とよく協議してまいりたいと思っております。
○上原委員 いずれにしましても、いますぐ発券するということじゃないですね。もう決まったわけじゃないですね。これから調整をしてやるということですね。
○鈴木説明員 先ほどの諸外国の要請も非常に強くなっております。回数も重なっておりますので、そういう事情を考えまして、ただいま協議中でございます。
○上原委員 もう時間もありませんので、中途半端になってあれなんですが、大臣、いま申し上げたように、キビにしましてもパインにしても、こういう状況なんですね。特に基幹産業であると言いながらますます行き詰まっている状態、世論調査などを見ましても、農業を見直さなければいけない、これは本土でもそうなんですが、県民の意識というのはそういう方向に向いているわけですよ。したがって、キビ作とパインというもの、あるいは畜産というものは、これこそ大事に育成をしていかなければいけない、今後の沖繩の産業として大事でありながら、なかなか思うように行っていないで、むしろ後退を余儀なくされている。この三つを大事にしていくという柱を立てての振興開発計画でなければいけないと思うのです。この点は十分踏まえていただいて、これからの沖繩振興というものをやっていただきたい。そのことを強く要求しておきたいと思うのです。
 きょうキビ価格の問題についても特にお尋ねをしておきたかったのですが、時間がありませんので、もし後ほど時間がありましたら、これは政府委員ですから、また審議をさしていただきたいと思います。その点要望して、大臣に一言いま私が申し上げたことに対しての見解を求めて、質問を終わりたいと思います。
○植木国務大臣 沖繩県における第一次産業の占める役割りというものは今後も非常に大きくなってまいりますし、県民の方々も大変な関心を持っておられることを十分承知いたしております。特にパイン、サトウキビというものは基幹的な作目でございまして、いま御質疑の中にありましたような輸入パインとの関係、あるいはサトウキビの価格問題というようなものは非常に重要なものでございます。私どもといたしましても、通産省あるいは農林省に対しまして、常に県民の立場に立って要請を続けてきたところでございます。
 なお、農業の基盤整備を含めまして生産の近代化というものが重要でございますから、五十年度も補正予算を含めましていろいろ予算を計上いたしましたが、五十一年度は、こういう情勢でございますけれども、私どもとしてはさらにその拡充のために努力をしていくことをお誓いを申し上げます。
○松本委員長 次に、瀬長亀次郎君。
○瀬長委員 大臣の時間が制限されておりますので、私、大臣にだけ質問いたします。
 最初に確かめておきたいのは、沖繩の返還の時点で、県民は挙げて核兵器も基地もない平和な沖繩というのを目標にして努力してきましたが、自民党とその政府は本土並み沖繩返還、これをスローガンにして国民に誓ったと思います。これは経済問題にしても格差をなくすることはもちろんのこと、安全とか生命の保障ということも当然含まれている。そういった意味で、本土並み返還ということについて覚えておられるかどうか、ちょっと簡潔でいいですから。
○植木国務大臣 わが国は非核三原則を持っているわけでございますし、沖繩県の返還に当たりましては本土並みであるということを前提といたしまして交渉の結果本土復帰が成ったわけでございまして、十分承知をいたしております。
○瀬長委員 きょうはB52戦略爆撃機の飛来、再飛来の問題と、いわゆる核兵器、原爆ですね、これは親爆弾がB43、そのB43の模擬爆弾がBDU8Bで、これが現実に投下されている、この二つの問題について長官に、特に担当長官でありますので、沖繩県民の安全、それから危険、不安、疑惑、そういったものについて質問したいのですが、最初にB52から質問します。
 B52が今度やってきたのは十一月八日でした。そして、十日に退去した。暴風がグアム島で吹いている。理由は台風関係です。それから、十七日に沖繩県議会が全会一致でB52の飛来に抗議し、いかなる理由があろうとも今後一切B52の飛来は容認できないという意見書を決議して、二十五日に県議会の代表団が九名やってくることになっております。その十七日の翌日十八日、もうすでに長官は御承知だと思いますが、全会一致で決議したということは沖繩県民の意思なんですよ、それはあなた方の属する自民党の議員まで一緒になってやったんだから、これを踏みにじるように十八日にまた飛来した。同じ暴風、台風がグアム島にといったようなことであります。
 そこでお尋ねしたいのは、私はここで台風論議をしようとは思いません、五メートル吹いても台風だと言ってやってきたことがありますから。ただ、お伺いしたいのは、B52の飛来を政府が容認しておる、間違いありませんか、長官。
○植木国務大臣 B52の飛来に当たりましては、米側から外務省に対して連絡がございます。それによって外務省は容認するという結果になっていることが現実の姿でございます。
○瀬長委員 容認し続けた方が県民や国民のためにいいと思うのか、簡潔でいいですから、長官。
○植木国務大臣 アメリカ軍の行動につきましては、B52の問題のみならず住民の生活を脅かし、県民の感情をいたく刺激するということにつきましては私はまことに遺憾だと存じますので、したがって外務省を窓口といたしまして、米側に対して、開発庁の長官としては何回も好ましくないものとして善処方を申し入れているところでございます。
○瀬長委員 もちろんB52の常駐を希望しておられるのじゃないでしょうな。
○植木国務大臣 先ほど来申し上げておりますように、住民の生活を脅かし、また県民感情というものをいたく刺激するものといたしまして、B52の常駐というものは好ましくないというふうに私は考えております。
○瀬長委員 もし、アメリカからB52を常駐するという申し出があったらどうなさいますか。政府を代表しての大臣は植木長官しかここにおりませんので、その点明確にしてほしいと思います。
○山崎(敏)政府委員 このB52につきましてはいろいろと過去におきましても問題がございまして、われわれといたしましても沖繩県民の方々のB52に対する感情というものは十分承知しておるつもりでございます。したがいまして、過去におきましてもアメリカ側といろいろと話し合っておりまして、アメリカ側はこういう日本国民、ことに沖繩の県民の方々のB52に対する感情というものは十分理解しておる。したがいまして、今回のような台風避難などというような真にやむを得ない場合のほかはB52をわが国に飛来させることはしないということを申しております。また、普通の事態におきましてB52を沖繩に配置するというふうな意図は持っていないということを申しておる次第でございます。
○瀬長委員 あとわずかしか時間がないのですから、長官だけにしたいと思います。
 長官は、飛来だけではなくて、常駐の申し出、要請があったらどうするか。もうこれはやらぬといったようなことを言っているとか言っておりますが、現在の傾向は常駐体制をとるための地ならしをやっているとしか思えない。そういった意味で、そういう要請があったらどうするかという問題、これは長官としてどうなのか。
○植木国務大臣 先ほど来申し上げておりますように、そしてまたいまアメリカ局長から答弁がございましたように、沖繩県民のB52に対する感情というものについては、外務省を通じまして十分にアメリカ側に伝えているのでございます。したがいまして、常駐をするというようなことは現在のところ考えられない状況でございます。常駐をするということを言ってきた場合にはどうかということでございますが、そのときにはいま申し上げておりますように、好ましくないということを外務省を通じて申し入れるということは当然のことでございます。
○瀬長委員 御承知のように、県民はB52をいわゆる黒い殺し屋と言っております。B52と言っておりません、真っ黒いやつなものだから。しかも、これはベトナム爆撃、戦略爆撃をやってベトナム人民を殺す、そして山河を焼き払う、これを任務として沖繩に配置されて、返還前は沖繩から直接爆撃したということは御承知のとおりだと思います。
 ところで、これがみんなグアムに台風の気味があったら、すぐそれを理由にやってくる。しかも、いま県民の合意であるもう来てはいけないということを決議したその翌日やってきたということは、いまの御答弁からすると、これは一体どうなるのか、この問題なんです。これに対して一つも抗議しないというふうなことなのか。さらに、いままでの経過からすると、要請もあり得る場合に、要請したら好ましくないと言うだけではなくて、日本政府としては拒否するという考えがあるのかどうか、この二つの点ですね、はっきり長官から話してください。
○植木国務大臣 最近の二回にわたります飛来は台風による緊急避難であるということでございまして、したがって私は先ほど上原委員にもお答えをいたしましたけれども、真に台風がやってくるための緊急避難であるかどうかということを確認させるために、気象庁に気象条件を問い合わせをしたというような配慮もしているのでございまして、それによって私どもの姿勢というものを御理解いただきたいと存じます。
 また、常駐をするというようなことは、先ほど来申し上げておりますように、アメリカ側も県民感情、国民感情を十分承知いたしておりますので、要請をしてこないというふうに考えております。しかし、万が一そういう要請がありましたならば、ただいま申し上げましたように、好ましくないということをアメリカ側に伝える、そしてできるだけ努力をするということを申し上げておきたいと存じます。
○瀬長委員 好ましくないが、もし好ましくないと言ってもアメリカがやってきたら容認されますか。
○植木国務大臣 先ほど来申し上げておりますように、好ましくないということは事実でございますから、その旨をアメリカ側に伝えます。しかし、常駐をするという事態というのが一体どういうような事態のときであるかというようなことがいまのところ想定できない状況でございますから、いま仮定の問題について私がお答えを申し上げることは差し控えさしていただきたいのでございます。
    〔委員長退席、安井委員長代理着席〕
 要するに、国民感情、県民感情としてB52の常駐というものは好ましくないのでございますから、したがってやはりその好ましくない事態が起こらないように最大限努力するのが私どもの使命であろうと思います。
○瀬長委員 アメリカは、このB52の沖繩飛来、再飛来、常駐、また飛来というように繰り返しております。それで、いま沖繩基地も照準は全部朝鮮に対して、向こうに行っている。いままでの経過からいくと常駐するだろうことはもう理論的にもはっきりしているのじゃないか。私が聞きますのはその危険性があるので、仮定のものには答えられぬというのだが、仮定して初めて軍事基地の問題も、戦争がないことを皆希望しているがあった場合どうするかというので、あなた方の方も軍事問題についてやっているわけでしょう。仮定だから答えられぬというのだが、これは仮定というより現実に実現性のある仮定だとすると、これに対しては長官も、もしそういうことがあれば国民の安全、生命を守るために拒否するといったようなことぐらいは言えないのかどうかということなんです、私の質問しているのは。
○植木国務大臣 私どもとしては、アメリカは日本の国民感情、沖繩の県民感情を十分認識しているので、常駐をするということはあり得ないというふうな前提のもとにお答えをしております。瀬長委員は常駐をするという前提のもとに御質問になっておりますので、質疑が平行線になるわけでございます。私といたしましては、先ほど来申し上げておるように、好ましくないのでございますから、したがってどういう事態のときに一体常駐を要請してくるのかということは予測できない現在においては、好ましくないということを伝えて努力をする以外にないというふうに答えざるを得ないわけであります。
○瀬長委員 この問題について、常駐は好ましくないというふうなことを政府はアメリカに伝えたことがあるのかどうか、これだけはっきりしてください。局長は後です、時間をとられますから。
○山崎(敏)政府委員 事実の問題でございますからちょっとお答え申し上げますが、四十七年の時点におきましてこの問題についてアメリカ側といろいろと話がございまして、そしてその当時、先ほど私が申し上げましたように、米側としてもB52に対する日本国民ことに沖繩県民の方々の感情は十分理解しておるので、緊急やむを得ない場合のほかはB52を飛来させないということを申しておったわけでございます。その意味で、その当時からアメリカ側とはいろいろと話をしておるわけでございます。
○瀬長委員 いまの問題については長官もそのとおりだとしか答えられぬと思うので、次にBDu、核模擬爆弾の投下訓練について質問いたしますが、今度のBDUの投下訓練は――BDUというのはB43の核爆弾の模擬弾にアメリカがつけた名前なんですが、B43は広島原爆の四倍から五倍の爆発力を持っておるということをアメリカの文書ではっきり書いてあります。このBDUというのは模擬弾という英語の頭文字をとったやつで、BDU8B、これが今度伊江島に投下されたものであります。
 投下されたのは、事実関係から先に申し上げますと、十月三十一日、金曜日です、一個以上、というのは、私が言う数字は全部確かめられた個数なんです。これは一個以上ですね。さらに、十一月七日、これも金曜日です、やはり一個。全部確かめてあります。十一月十四日、これも金曜日です、二個。それから、十一月十六日、日曜日、六個。いま申し上げました三十一日から一、一、二、六ですから、ちょうど十個確認されております。そこで、これは十月三十一日が最初だということではなくて、確認されたもので、その前にもやっているという事実があります。
 いずれにしても、この問題を長官にお伺いしますが、その前にこのBDU8Bの投下訓練の写真、これは日本で初めて、いまのF4ファントムなんです。特徴はずっと前の方は水平から飛んできてこうおりて急降下、急上昇しましたが、今度は水平です。二百メートル、三百メートルと、長官これです。いいですね。
    〔瀬長委員、資料を示す〕
 これが十一月十六日午後五時から十五分まで六回、これがF4ファントム、これがただいまの減速用のパラシュートがついています。これは本体。本体のこれが全部突きささりまして、これがしっぽの方ですね。ここへ来てこれがあらわれて、本体の方はここに突きささっておる。これが標的になっています。それがBDUというふうなことでありますので、よく頭に入れておいてほしいと思います。
 それで、いま申し上げましたように、さらにはっきりさせるために、現物を持ってくるわけにまいりませんものですから、写真を撮ったわけなんです。これは例の減速用のパラシュート、これについているデータなんです。いわゆるデータカード、これはBDU8Bの身分証明書みたいなものなんです。B43の模擬弾で、しかも11Nという記号はニュークリア、いわゆる原爆の模擬弾であるというふうな、どこで生まれたということも、いつ生まれたということも書いてあります。いわゆる身分証明書ですね、これはデータカード、これが全部パラシュートのデータカードを入れる小さいポケットに入っています。一個ずつ全部これを持っています。
 この問題については前にも共産党が現地調査をして質問もいたしましたが、今度の場合の特徴は、技術的にはいま申し上げましたように水平なんです。私、ここにF4ファントムの水平飛行して落とす音も録音してありますが、ここでは録音はどうも禁じられておるようでありますので、一応やめますが、いま申し上げましたように現実に飛んでいる写真、このF4ファントムは所属は嘉手納に駐留する第十八戦術戦闘航空団、これがやってきています。日曜日に六個投下したときは三機編隊で、このF4ファントムは一機で二個ずつ積むことができるというので回っていっちゃやり、それから編隊でやってきてぽかぽか落とすというのが現実であります。
 いま私質問したいのは、向こうへ行きましてすぐ村長さんに会いました。村長さんは知念という村長さんですが、われわれはこういった核模擬弾であろうが、そういった爆弾の投下に反対するだけではなくて、一切の演習を拒否する、基地の撤去をわれわれは要求する、これは山城安二さんが射撃された事件があって、村民大会を開いて、大会でもその決議をし、さらに村議会でも基地撤去、演習をやめろという決議をしておる、今度の場合にも私は議長にも話をして、その点を議会でも決議をするように言うと非常に怒っておりました。こんなにまでやられるのか、というのは、土曜、日曜はやらない。これは農民が牛、馬の草を刈るために入っていくということで、特に日曜日はやらないということを口頭で約束した。これを本当に踏みにじった。そこで、日曜日に午後五時にやりましたものですから、五時前におじいさんたちが入っていて、そのおじいさんは新城新という七十二歳のおじいさんですが、聞きました。普通語はわからないものですから全部方言で、私も行って聞きましたら、向こうが演習する場合には、飛行機が来る場合にはサイレンが鳴るそうです。ところが、あれは御承知の音速ですから、見えてからサイレン鳴らす、それでサイレンが鳴ったらもうすぐ来ておるというのです。そこで、おじいさんはもう自分で逃げることができなくなって、その爆撃中、いわゆる投下訓練中ずっと草むらに入っていただけではなくて、おれのところに来たらいかぬといって、かぶっていたくばがさ、それを上に上げて人間がいるぞということを示した。この問題はどうなるかということなんですが、もうやりませんと言って村長に、あるいは前ぶれは区長がやる、そういうことも全然やらずに、突如として日曜日に行っている。そのおじいさんは「マブイヌギタッサー」という方言で言っておりましたが、いわゆる抜けがらになってもう死ぬんだなあと思っていた。孫が連れに行ったら、監視が入っちゃいかぬということで行くこともできなかった。これはもう人道上も許せない事実が起こっておる。
 この問題について、これは引き続きもうずっとやっておるわけなんです、いま申し上げたように。これを政府はB52と同じように容認し――核爆弾の模擬爆弾、たとえ模擬爆弾であっても核に関係するので、これは望ましくないということを佐藤内閣時代に答弁しておる。しかし、だんだん田中内閣に来てから、これはしかしいかなる態様にも応ずることができるように訓練をするわけだから当然ではないかといったようなことまで言っておりますが、大臣にお聞きしたいのは、もう本当にいま住民は危険にさらされているわけなんです。日本の国民がそういった危険にさらされているこの核模擬爆弾の投下訓練に対して、どういうふうにお考えになっているか。すでに新聞でも報じておりましたので、大臣はおわかりだと思いますが、大臣のこれに対する率直な意見、感想、さらにアメリカに対してどういうふうにしたいということなどをかいつまんで御返事してもらいたいと思います。
○植木国務大臣 核模擬爆弾が射爆されておりますことは、私もまことに遺憾に存じております。この点につきましては、外務省に対しまして開発庁から事務的に善処方を要請いたしておりますが、私もさらに特段の配慮方を外務省に要請いたしたいと思います。
 なお、伊江島がきわめて平和な島でございますので、伊江島に射爆場がありますこと自身が問題であるというふうに私は承知し、その射爆場の移転等についてもすでに要請をしてきたところでございます。そういう方向に向かってさらに努力を続けてまいりたいと存じます。
○瀬長委員 時間がもうほとんどありませんので、あと一言長官に御意見を伺いたいのは、伊江島は、担当は通産省でありますが、長官が沖繩大臣であるのでお聞きしたいのは、沖繩国際海洋博が開かれておる本部半島から西の方にわずか四キロの地点なんです。その四キロの地点で原爆の模擬弾の訓練をずうっとやっておるということになりますと、国際的にもとんでもないことになるのですね。ナショナルデーをどんどんやっておる。もう長官おわかりだと思う。そういった意味からも、一体これはどういうふうになっているのか。しかも、皆さんはこれを容認されておる。すぐやめてほしいという気持ちはないのか。海洋博のすぐ目の前なんですよ。そこで二百メートルや三百メートルの水平飛行をやって落としておる。これは大臣としてほっておけないのじゃないですか。外務省任せではなくて、沖繩の担当大臣として、国際海洋博開催のときもすぐ目の前で行われている、どうですか。
○植木国務大臣 十分地理的な位置は承知しておりますし、私も訪問をしたところでございます。先ほど来申し上げておりますように、平和なこの島に射爆場があること自身が問題であるということで、その移転について要請をしている立場でございますから、したがってこれは即刻中止をしてほしいというのは県民の方々と同じ考え方でございます。
○瀬長委員 同じ考え方であるのではなくて、アメリカにどうされるつもりかを聞いているのです。
○植木国務大臣 即刻中止をせられるように要請をいたします。
○瀬長委員 終わります。
○安井委員長代理 次に、渡部一郎君。
    〔安井委員長代理退席、委員長着席〕
○渡部(一)委員 大臣がお時間が逼迫しておられるようですから、前回、沖繩及び北方問題に関する特別委員会の調査団を出し、その後いろいろと伺ったわけでありますが、問題が山積しておりますので、きょうは私はそれを整理する意味で申し上げたいと思います。質問はたくさんございますから、なるべく短く、きびきびと内容をお答えいただきたい。
 まず、海洋博の跡地利用の問題について、長官は県の意向を聞き、鋭意努力するということでございましたが、その跡地利用の計画についていまどういうプランニングになっておりますか。
○植木国務大臣 海洋博跡地利用につきましては、御承知のように七月十五日の閣議におきまして海洋博記念公園にいたしまして国の手で整備をするということにいたしました。そして、県と十分連絡をとっておりまして、県との協議の結果、公園区域は、沖繩県等が海洋博終了後独自に利用する区域を除く地域を記念公園にするということにいたしました。また、存置いたします施設は公園施設として適当なものにしたいということで、この点についても合意を見ているところでございます。
 なお、海洋博記念公園基本計画策定調査委員会という委員会を設けまして、実は本年度の当庁に予算計上されております特定開発事業推進調査費二千五百万円――一億のうちの二千五百万円でございますが、その二千五百万円をもちまして、学識経験者参加のもとに具体的な構想並びに周辺地域の開発について専門的な調査を進めているというのが現況でございます。
○渡部(一)委員 海洋博の入場人員、またこれに伴う諸事業がどうなっているかという問題についての御認識を承りたい。
○植木国務大臣 海洋博覧会は、御承知のように、通産省所管の海洋博覧会協会が運営をいたしているのでございますが、九月、十月にかけまして入場者が落ち込みをいたしまして、したがいまして、最近また徐々にふえてはきておりますけれども、当初予想いたしました四百四十五万という数字を実現いたしますのは、今後二カ月間の入場者がどれだけあるか、できるだけ多くの方々に見ていただくという努力をしません限り、なかなか実現困難な状況でございます。
○渡部(一)委員 ところが、この問題の中で、今年の九月十日の当委員会で、大臣は委員長からの総括された要望事項に対してまとめてお答えになったことを御記憶になっておられると思いますが、そのときにパッケージ旅行のことが問題になったわけであります。つまり、海洋博会場にパッケージで乗り込み、パッケージで帰ってしまう。地元では見物もしなければ何かおみやげを買うこともしない。そういうやり方のために地元業者が潤わず、本土観光業者に利益が集中してしまう。こうした問題について要望があったわけであります。それに対して大臣は、「パッケージ旅行が行われて地元業者が必ずしもメリットを受けておられないという点につきましては、海洋博協会とも連絡をし、また地元にございます総合事務局におきまして地元のいろいろな対策を練りますとともに、本庁といたしましても、本土内におけるいろいろな施策につきまして、関係省庁とも連絡をとり合いながら、地元の方々にメリットがあるようにという努力をしているところでございます。先ほども御指摘がございましたので、速やかに措置をしてまいる決意でございます。」とお話になりました。ところが、余り措置をしておられなくて、七月三十一日、財団法人の本部海洋開発協会というのが倒産し、八月三十一日になりますと、沖繩ビッグマート協会・株式会社白栄が債務支払いを停止、事実上の倒産となり、テナント組合が解散するという事態になりました。これは海洋博会場の南口で民間が集まって関連して仕事をするという意味で非常に注目されておったものであります。これは海洋博の失敗を印象づける仕事として、地元では非常に大きな非難が集まっているわけであります。
 長官は、御自分の言明にもかかわらずこういう事態が起き、パッケージ旅行に対する適切な措置がとられなかったことをどうお考えでございますか。
○植木国務大臣 委員長から問題の御指摘がございまして私が答弁をいたしましたことは十分に記憶をいたしておりますし、私は私なりに努力をしてまいったのでございます。ただ、いまお話しのように、倒産企業が出まして、これは実はその経営内容そのものにも問題があるということは渡部委員も御承知だと存じます。その経営そのものがずさんであったという点もございまして、したがって、あるいは県とともにその倒産を食いとめるような努力もいたしましたけれども、遺憾ながら十分な措置がとれなかったというようなこともございます。
 私どもといたしましては、要するに中小ホテルあるいは会場周辺の民宿あるいは売店というものが非常に多くできまして、しかもその収容能力というものに対して二、三〇%というような利用者しかないというようなことである、あるいはみやげ物につきましても、場所が悪いとかいろいろな点がございました。したがって、県とも協力をし、総合事務局もあるいは海洋博協会も、何とかしていま申し上げましたようなところに宿泊せられ、またそういうところに金が落ちますようにということでいろいろなことをやってきたのでございますけれども、遺憾ながら十分に目的を達していないということを深く反省しているところであります。問題は、最初計画をいたしましたときから準備が十分でなかったというような点は認められます。何とかしてこの二カ月近くのうちにメリットがあるように努力をしなければならないというのが偽らない現在の状況でございます。
 なお、日銀の那覇支店の推測でございますが、海洋博の前半で約五百億円の観光収入があったと見ております。そして、海洋博全体の期間中には一千億円の観光収入があるであろうというような予測もしているのでございます。また、個人消費活動を見ますと、那覇市内におきましては、海洋博開催以降の売り上げの伸び率は非常に高くなっているのでございます。問題は、この沖繩海洋博覧会を開いております地元において、すなわち本部半島に十分な金が落ちないというところが問題でございまして、那覇市としてはいま申し上げましたような状況であるということでございます。
○渡部(一)委員 大臣から御丁寧にお答えいただきましたが、もう最後の一つになりますが、いまの問題の中で、このビッグマート協会の出した新聞広告によれば、沖繩のいろいろな方々が、政財界の中心的なクラスが名前を連ねております。元三井信託銀行の常務取締役だとか、前の沖繩市長とか、前の滝野川信用金庫支店長とか、元大衆金融公庫総裁とか、國場組の社長とか、元琉球政府の主席とか、琉球セメントの社長とか、オリオンビールの会長とか載っているわけです。ところが、もう一つけしからぬのは、大浜信泉沖繩国際海洋博協会会長と衆議院議員の國場幸昌氏の名が載っております。これは推薦というところに両氏の名前が載っているわけであります。少なくとも経営が不当であるとか、あるいは準備不足であるとかいえば、海洋博協会の会長がそういうところに名前を連ねるというのは不穏当のそしりを免れないと私は思いますし、監督官庁としての政府あるいは沖繩開発庁の責任、長官の責任ということも云々されなければならぬだろうと思うのです。そういう問題を放置されて、地元の仕事のやり方が初めから適当でなかったというわけにもいくまいと私は一つは思う。
 もう一つは、仕事をしくじったのはけしからぬじゃないかというだけではなくて、いまもなおかつそのパッケージ旅行の人々は、海洋博の周辺の商店のところは素通りで通るようになっておる、何も努力がされていない、この二つを私は明快にしていただきたいし、まだ明確でない点があるなら大臣の責任においてこの辺を明確にして、次回でも結構ですから御返事賜りたいと思うのですが、どうでしょうか。
○植木国務大臣 ビッグマートのことにつきましては、私の承知いたしております範囲内では、いま挙げられましたようなお名前の方々は、必ずしも了承をせられた上でそこに名前が連ねられたとは限りませんで、使われてしまったというような人もあるというふうに伺っております。その辺のところはひとつ私の方でも関係省庁と連絡をとりまして、調査をさせていただきたいと存じます。
 また、先ほど来申し上げておりますように、いわゆる地元が非常に大きな期待を持っておりましたのにその期待にこたえていないような状況でございますから、今後二カ月間最大の努力をさせていただきたいと存じます。
○渡部(一)委員 地元には地元の言い分があり、お役所にはお役所の説明の仕方もあろうと思いますが、せっかくの海洋博が沖繩経済の起爆剤になるのでなく自爆剤になりそうだという地元の批評に対しては、それがどんな小さいことであっても適切に対応すべきだと私は思います。その意味で、対応の悪かった問題の一つだろうと思っているわけでありますし、長官がいま調べてみるとおっしゃいましたから、調査の上明快な御返答を賜りたい。現職の議員を初めとする沖繩の政財界の人々が直接そういうものに関与して、それを壊したとあっては、責任は重大だと思うからです。
 では、長官が退席されましたから、今度は次の問題について申し上げますが、その前にパッケージ旅行の問題について、地元でパッケージ旅行の人たちが買い物ができるようにどういう指示をなすったのか伺いたい。いまの大臣の答弁では全くうなづけない。地元では何も指示されてないと言っておる。お役所はどんな指示をなすったのか、海洋博協会にどういう指示をしたのか、パッケージ旅行業者にどういう指示をしたのか、行政指導の中身を伺いたい。
○増山説明員 通産省といたしましては、旅行業者、大手九社だったと思いますが、直ちに招集をかけまして、大体営業部長クラスが集まったわけですが、ともかく現在の旅行が那覇に泊まって、日帰りで会場を見てまた那覇へ戻る、こういう形態を改めてほしい。特に北部の宿舎というものがかなりあるので、北部の会場周辺に泊まって、そこに一泊して翌日帰る、そういうふうにコースを改めてもらいたい、そういう要請をしております。ただ、現地で買い物をしろとかそういうところまでは指導しておりませんが、現地にぜひ泊まってほしい、そういう要請を強くしております。
○渡部(一)委員 ですから、現地で買い物をしろということについてはこの間申し上げたはずです。それはあなたの方で伝えてない。しかも、あなたは大手九社を集めたとおっしゃいますが、集めてどれくらい変化があったか、それを説明してください。何も変化してないじゃないですか。
○増山説明員 これは県を通じてホテル、民宿等の稼働率をとったわけでございますが、大体本部町におきまして稼働率は確かに九月から十月にかけてかなり上がってきておりまして、さらに十一月、これはまだデータが出ておりませんが、最近の観光客の入りぐあいから見まして稼働率はかなり上がってきておると思っております。
 それで、数字でございますが、民宿等につきましては、たとえば本部町の民宿ですが、七月が三〇%、十月が三〇%といった低率でございますけれども、九月は一四・四%であった。それから、ホテル、旅館、これはかなり稼働率が高いのですが、七月が六四・三%、九月が四〇・九%、十月が四六・四%というように、北部の旅館、ホテル、民宿の稼働率というものは若干上がってきていると考えております。
○渡部(一)委員 大手九社の分が入ったんじゃないですよ、あなたはそうおっしゃるけれども。
○増山説明員 この内容までは分析しておりませんが、ただ数字的に見まして、九月から十月にかけて実は上がってきている。さらに、十一月につきましても、現在の飛行機の予約状況等はほぼ満席に近い状況となっておりまして、恐らく実際ベースでも八〇%を超えた観光客が現地に向かっていると思われます。したがいまして、さらに十一月につきましては、ホテル、民宿等の稼働率は上がってくるものと考えております。
○渡部(一)委員 私が言っているのは、あなたが責任を感じてそういう答弁をなさるのはわかるけれども、あなたがせっかく行政指導をなすった分の効果はまだあらわれていない。大手九社の人々は反省がない、そしてパッケージ旅行で、地元で地元のものを買い物させようという気分がないことを私は言っている。その点は今後の行政指導でこれから直してください。よろしいですか。
○増山説明員 さらに大手九社の営業部長クラスを招集いたしまして、ただいま先生からお話がありましたような趣旨を十分に伝えたいと存じます。
○渡部(一)委員 それでは、今度は航空運賃の問題について、前回も申しましたけれども、もう一回申し上げたいと思います。
 東京から沖繩まで行く旅費は、往復しますと、行きが三万に帰りが三万で六万であります。往復割引を使いますと、五万四千二百円であります。この割引率は九・七%であります。ところが、類似の旅行地域でありますソウル、台北、香港を見ますと、ソウルの場合は六万六千七百円がバルク料金で五万六千三百円になる、つまり一五・六%の割引であります。台北の場合は九万五千四百円が八万二千三百円になり、一三・七%の割引であります。香港に至りましては十五万百円が九万百円となり、四〇%の割引であります。これらのバルク料金の割引率と比べますと、沖繩の往復割引の率は非常に少ない。それだけでなくて、ソウルに行く料金とほぼ等しいようなことになってしまう。しかも、この往復については中三日しかない。したがって、先島の方に行く場合にはこの往復割引率すら適用されないというような状況になっておる。前回の委員会では、この中三日というのは直したいというお話があった。努力するというお話があった。まだ何も承っていない。もう一つは、このバルク料金を国内に適用することはできないとしても、便法として団体割引の率その他を手かげんすることはできないものであるか、そうでなければ沖繩返還のメリットというものが地元においては感じられないことになるではないか、そう申し上げておるわけであります。これに対して御回答を承りたい。
○山元説明員 お答え申し上げます。
 ただいま先生の御指摘のございました東京−那覇間に比べまして、台北、香港、ソウルの方が割引率が高いではないかという点でございますけれども、事実はそのとおりでございます。ただ、国内線の運賃は原価計算に基づきまして認可いたしているわけでございますが、国際線につきましては、先生御案内のとおり、これは各国の航空会社が加入いたしておりますIATAにおきましていろいろと検討された結果算出された運賃並びに運賃体系であるわけでございます。これには各国の観光政策とかいろいろの要素が含まれておりますので、結果的には国内運賃に比べて国際運賃の方が格安になっているという実情でございます。この点につきまして、私ども運輸省といたしましては、航空運賃だけの問題でなくて、地上経費を含めましたセット旅行の費用が、そうした国際線の運賃に比べまして割り高な感を免れないような状態でございますので、関係方面とも十分相談いたしまして、海洋博期間中というだけの問題でなくて、今後の課題といたしまして、沖繩県の振興に役立つように今後とも検討をさしていただきたいと存じている次第でございます。
○渡部(一)委員 お答えは大変結構なんですけれども、中身が、これから伺いたい部分が抜けておりますから、もう少しお話をしていただかなければならない。
 この中三日の件は少なくとも変えていただきたい。割引率の問題については、いまあなたが仰せになりましたように、沖繩を日本に返還した、沖繩がわが国に復帰してきたという事情を考えますならば、沖繩と本土の連帯を高めるという意識のもとに料金体系というものは考え直さなければいかぬだろうと思うのです。単に原価計算だけなんという調子で、地理的に遠い沖繩を、そのまま地理的に遠いものを政治的な距離に変えてしまってはならない。むしろ政治的な距離として沖繩との距離というものを近くする考え方が航空運賃の問題についても必要だろうと思うのです。ですから、その辺も含めて御判断になっておられるだろうと思いますし、検討なさろうという姿勢もあるのだろうと思うのですが、その検討はどういう形でいつごろまでにどういう目標で行われようとしているか、ここでお答えになれる範囲でお答えになっていただきたい。
○山元説明員 基本的には先ほど御答弁申し上げたとおりでございますが、内容といたしまして、現在の割引運賃の前提となっております滞在日数あるいは別の形での新しい運賃体系あるいはセット旅行全体としてどのような体系にすれば沖繩県の振興に役立つか、できるだけ早い機会に結論が出るように、今後とも関係方面と相談いたし、また航空会社も指導してまいりたいというように考えております。
○渡部(一)委員 早くとおっしゃるのはどのくらいか、最後にもう一回念を押したいと思います。少なくとも運賃体系だけで料金を極端に安くすることができなければ、滞在費とか、最近、ホテルとかバスとかその他の関連したものとセットにして販売する旅行業者が多いようでありますが、そういう点で抑えられるか、そういうことも含めて御考慮願いたいと思うのですが、どのくらいまで早くできるか、ちょっとその辺を伺いたい。
○山元説明員 運賃体系なりあるいは運賃水準の問題につきましては、すでに航空会社に検討方を指示いたしております。したがいまして、この点につきましては早い機会に何らかの結論が出ようかと思います。
 それから、その他の点につきましては、早く結論が出るように鋭意努力をいたしたいと存じます。
○渡部(一)委員 では、次へ参りまして、離島航空の問題について申し上げたいと存じます。
 波照間、粟国等の離島空港が最近設置の方向になるようでございますが、そうした問題を含めまして、離島、特に沖繩県における離島、たとえて申しますならば伊平屋村、伊是名村等におきましては空港開設の計画を地元で非常に強く要望いたしておるわけであります。したがって、離島空港の設置、離島航空の開設等をどういうふうなお考えでやっておられるか、まず承りたい。
○井上(幸)政府委員 お答え申し上げます。
 沖繩はいわば全島離島でございます。交通の足を確保いたしますためには離島空港というのは非常に重要な位置を持っております。そういう観点で、私ども鋭意いままでに空港整備をやってまいっておりまして、現在のところ那覇空港を含めましてへ空港が供用中であります。それから、ただいま御指摘のございました二空港が現在整備中でございます。
 今後の方針といたしましても、できるだけ離島の飛行場の整備については努力をしてまいるという既定の方針に変わりはございません。ただ、目下具体的な方向として運輸省の空港整備五カ年計画の新しい計画案が策定作業中でございますので、私どもは運輸省とこれから御相談をしながら今後の方針を具体的には詰めていく、こういうことになろうかと思いますけれども、御案内のとおり、ただいま地元のエアラインであります南西航空の使っております機材がYS11及びツインオッターという二つの機種でございます。いずれもぼつぼつ更改期に来ている機種かと思いまして、今後新しいどういうタイプの飛行機が導入されるか、その所要滑走路の長さはどうだ、どういう航空管制の体系が必要だというような問題は挙げて今後の研究課題として残っておりますので、ただいま名前をお挙げいただきました伊是名、伊平屋等につきまして、代替の交通手段の関係それから機材、滑走路の長さ、そういう問題をあわせて研究いたしませんと答えが出てまいりませんので、いつから具体的に着手する、どうするというようなことをただいま申し上げることができない状況でございます。
○渡部(一)委員 これは陰でどこをどうしろなどとごちゃごちゃ言うやり方でなくて、こうした公開の席上で私も申し上げるわけですが、少なくともこれらの離島の中では緊急欠くべからざる航空機使用の要請が一年間のうち数回あるところがございますし、また常時そこのところでエアバスのような形で飛行機の飛ぶことを期待しているところもあるし、いろいろであります。したがって、私そういう離島空港のあり方というものを二つに分けまして、そういう常設する空港地帯とそれから緊急空港として一応整備しておく、いよいよになれば着陸ができるというようなところを整備するというようなやり方も含めて御検討いただいておきたい、これが一つです。沖繩の各離島に常設のものあるいは緊急のものを含めて、ともかくいよいよになればこうした航空サービスが受けられる体系もあわせてその五カ年計画策定の中に入れて御考慮いただけないか、これだけお願いしたいと思います。
○井上(幸)政府委員 ただいま御提案いただきました緊急空港とでも申すべきものの取り扱いにつきましては、私専門でございませんけれども、航空管制その他いろいろな問題があるかと思いますので、専門官庁とよく協議をさせていただきたいと思います。
○山元説明員 ただいま沖繩開発庁の井上振興局長から御答弁がありましたとおり、運輸省といたしましても、その実態がどうであるかということを勘案しながら開発庁と今後十分に相談させていただきたいと思います。
○渡部(一)委員 それでは次に、国鉄指定港の問題について申し上げたいと思います。
 平良港、石垣港の国鉄駅の指定、及び本土から那覇でとまりております一貫輸送の経路を宮古、石垣のあたりまで延長するということについて地元から再三の要望が出ており、前回の委員会でもこれが論議の対象になっているわけであります。この問題について、地元の船舶運航会社からの要請がないということで拒否されている形でありますが、これについて何らかの便法その他の問題は考えられないかというのが本日私の伺いたいところであります。これら平良、石垣両港の国鉄駅指定、それにより小荷物の費用を非常に安くするという一つのあれと、それからまた国鉄業務開設に伴う荷さばきの非常な迅速化というような問題も含めまして地元の要望というのは強いわけでありますが、何らかの方法が考えられないか、その辺をお話しいただきたいと思います。
○須田説明員 お答え申し上げます。
 国鉄指定港という御趣旨でございますが、恐らく連絡運輸をいたしまして国鉄への通し切符を発売いたしましたり、あるいは荷物の通し運送をする港に指定をするという御趣旨じゃないかと思うのでございますが、いま先生が御指摘のように、地元でそういう御要望があるということはわれわれも承知いたしておるわけでございますけれども、何分連絡運輸をいたしますには、会社側に相当の経費あるいは手数その他がかかりますものですから、われわれといたしましては、会社側のお申し出を待ちまして協議をいたしまして契約を結んでおるというのが通例でございます。しかし、そういった御要望もございますことを十分承知いたしておりますので、なおよく運輸省とも御相談をいたしまして、会社側とも今後相談してまいりたいと思うのでございます。
 いま先生のお話の中にございました経費の問題でございますけれども、実は荷物の輸送につきまして、連絡運輸によって収得いたしました運賃を割賦するやり方がございまして、これが従来は全国一律に国鉄七に対しまして会社側三ということで割賦をいたしておりましたので、沖繩等の遠距離航路につきましては必ずしも実情に沿わない点があったわけでございます。この点につきましては、運輸省の御指導も得まして八月から沖繩関係の航路だけは実は六対四に改めてやっておるのでございますが、そういった条件の変更もございますので、なおよく会社側あるいは運輸省さんとも御相談をいたしまして今後善処してまいりたい、かように考えております。
○渡部(一)委員 それは大変ありがたい方向に話が進んでまいったと思いますし、ぜひその点で進めていただきたい。特に平良、石垣あたりまで延ばすとその割賦条件というのはさらに厳しいことにもなるだろうし、いろいろな意味で地元ではどういうふうに監督官庁にアプローチしていいかわからない点もたくさんある。そういう場合に、地元の方々との折衝なり何なりを監督官庁のどこが担当なさるのか、それもひとつ聞かしていただきたい。
○須田説明員 国鉄が監督を受けておりますのは運輸省の鉄道監督局でございますので、われわれも鉄道監督局の指導によっていろいろそういった問題についての検討をいたしておるわけでございます。
○渡部(一)委員 時間が参りましたようですから、まだあと六項目残っておりますが、最後にもう一つだけで終わりたいと存じます。
 パインの問題についてでありますが、先ほど同僚議員からパインの数量とか購入とか、いろんな問題が指摘されております。私は、その中で抜けておりますパインの種苗の問題についてちょっと御要望したいと存じます。
 旧来沖繩で使われておりますのは、三菱系の未改良種苗であります。ところが、地元で伺ってみますと、土壌の関係で、全部が全部ではありませんが、四年前に導入したタイ国産の種苗が非常に有効であったという報告がございます。また、かん詰めにするパインとそれから食後のデザート等に使う、生で食べるパインとの間に種苗の差を設けた方がいいという地元の指摘がございまして、それら優良種苗を導入いたしまして地元の種苗と切りかえることを短期かつ大規模に行う必要があるようであります。
 そこで、私の質問は、地元の農業試験場に該当する部局においてその辺の研究はどの辺まで進んでおられるか、またその種苗の切りかえに伴う調査、予算措置等がどのくらい行われておるか、特に今期予算において沖繩開発庁や農林省はその辺を十分配慮されておるかどうか、その辺を詰めて伺いたいわけであります。時間がないので固めて克明にお答えを願いたいと存じますが、地元の農民としては大きな課題でありますので、ひとつよろしく御配意等をお願いいたします。
○北野説明員 沖繩において現在栽培されておりますパインの品種はスムースカイエンというもので、戦後一貫してその品種がつくられてきたわけでございますけれども、お説のように、最近タイ国産の物等で、非常に生産性も高く品質もいいというものがあるわけでございます。しかし、パインの品種は、サトウキビと同じように、それを持っております国なり会社というものが海外に流出することを極端に制限しておりまして、これにつきましては、かねてから農林省といたしましても外交ルート等を通じていろいろと交渉した経緯もありますけれども、政府間ベースではなかなかそういうことが進まないという段階でございまして、現在農林省では、沖繩に熱帯農業研究センターの沖繩支所というものがございまして、そこで基礎的な研究から始めたいというようなことをいま考えている段階でございます。
 それから、農林省としましても、現在の品種だけに頼っているということは非常に生産性の点で問題がございますので、現在あるものあるいはいろいろなルートでわずかずつ外国から入ってくる品種もございますので、その中でいい物につきましては優良品種の増殖事業というものを行っておりまして、年間三千万ないし四千万円程度の補助事業で原々種苗から農家に渡る種苗の増殖ということを積極的に進めているわけでございますが、何分にもパイナップルというものは普通の稲とか麦のように一株から数百倍に増殖するというような種ができるものではございませんで、せいぜい一株から三株ないし五、六株程度の年ごとの増殖率ということでございまして、優良な物がありましても、これを全面積に拡大するには非常に長期的な時間を要する。それを解消するためには大量にいい物を外国から持ってくるということが必要なんでございますけれども、なかなか企業の秘密といいますか、優良な物を海外に出さないという国なり企業が多い状態でございますので、思うように入れられない、そういう事情があることを御了解いただきたいと思います。
○渡部(一)委員 終わります。
○松本委員長 それでは、上原康助君。
○上原委員 先ほど冒頭で少しばかりB52の飛来問題についてお尋ねをしたのですが、十分間そこらの時間ですので、もう少し問題を確認しておきたい意味から外務省にお尋ねしたいのです。
 御承知のように、復帰後B52が飛来したのは昭和四十七年の十月二十六日なんです。それ以来三カ年ちょっと全然飛来というのはなかった。しかし、今回台風避難を口実として去る八日、そうして十八日というふうに飛来をしてきているわけですが、まさか三年間の空白にグアム島周辺に台風がなかったということはあるまい。そういう面からしても、もう子供だって、また台風避難なんてうそをつくなということが、これはもうみんなの認識であって、それをうのみにしてそういうことだけを信じ続けているのは残念ながらわが外務省だけなんです、先ほどの総務長官の話にもあったのですが。そういう意味で、一体外務省は台風避難ということを本当に確かめて、またそれは事実だという認識でこのB52爆撃機の飛来というものを認めているのか、この点は明確にしておいていただきたいと思うのです。
○山崎(敏)政府委員 今回の二回のB52の飛来につきましては、われわれはそれぞれの場合につきまして、本当に台風のおそれ、台風避難の必要があったかどうかということは十分確かめておるわけでございます。
○上原委員 十分どこにどういうふうに確かめられたのですか。
○山崎(敏)政府委員 前回の十一月八日の飛来に関しましては、その当時の状況をわれわれは気象庁の方にも確認をいたしたわけでございますが、事実上、そのときにおいてはグアム島に台風が接近するおそれがあったわけでございます。若干詳しく申し上げますと、当時のグアム島にあります米国の合同台風センターの七日の午後九時現在の予報では、グアム島の東方四百五十キロの海上に台風十九号がありまして、台風が西北西に進むにつれて同島は二十四時間以内に台風の勢力圏に入り、強い風、約五十五ノットの風でございますが、その影響を受けることが予想されていたわけでございまして、この点は気象庁にわれわれも確かめて、気象庁も同様の予想を行っていた次第でございます。
 それから、今回の場合につきましては、これは同じくグアム島にあります米国の合同台風センターの予報によりますと、同島の南西海上に台風二十号がありまして、台風の接近に伴って同島が台風の勢力圏下に入る、そして強い風雨の影響をうけるということが予想されておったということでございます。そして、これは具体的に申し上げますと、十八日の午後三時には、グアム島は風速三十ノット以上の強風圏に入るということになっておりました。
 こういう状況でございまして、実際問題としましても、十九日の東京発グアム行きの日本航空九四一便及び同日の東京発グアム行きのパンアメリカン航空の八〇三便は、いずれもその運航を取りやめたということでございます。さらに、グアム島におります総領事の方にも情報を問い合わせたわけでございますが、それによりますと、グアム島におきましては十九日の午後二時現在において北風が四十五ないし五十五ノット吹いて、暴風雨となっておる。そこで、グアムの知事は、台風コンディション2というものを宣言いたしまして、小中学校、高校及びグアム大学は休校になったということでございます。さらに、その午後は、政府機関は職員の安全確保のため各事務所を閉鎖し、商店街も皆早目に店を閉じておったということでございまして、前回の場合には、結果的には台風はグアム島を襲わなかったようでございますが、今回は、実際問題としても台風はグアム島を襲ったようでございます。
○上原委員 そこで、これは気象庁はきょうお呼びしていないので、この問題には深く入るわけにはまいりませんが、せんだっては、私も調べてみましたが、何もグアム島に台風らしい影響がない、また飛行機も飛んでおる。今回についても、グアム島に行く途中においては台風はかなり強いのだが、グアム島そのものは飛行できないという状況でないというのが私の調査なんです。ここにも問題があるという点を指摘しておきたいと思うのです。
 そこで、じゃ、過去三年余そういうことがなかったわけですね。いまあなたが言うことを仮に百歩譲って信用するとしたら、台風避難という緊急やむを得ない場合はやむを得ないんだということでしょうね。台風以外のことについては、B52が沖繩あるいはわが国に飛来をすることに対して、外務省としてはノーだということでしょうか、それともどういう態度ですか。
○山崎(敏)政府委員 これはたびたび申し上げておりますように、台風避難と緊急やむを得ない場合のほかはB52を沖繩嘉手納に飛来させることはないということは、アメリカは確約をいたしております。われわれもそういう方針で考えております。
○上原委員 それはどういう内容で確約しているのですか。いま台風避難、そしてもう一つは緊急やむを得ないという状態はどういうことが予測できますか、これは明確にしてください。また、どの時点でアメリカが台風避難と緊急やむを得ないとき以外はB52の飛来はやらないという約束をしたのか、その時期も明確にしておいてください。
○山崎(敏)政府委員 このアメリカの確約につきましては、四十七年の七月に当時のインガソル・アメリカ大使が当時の大平外務大臣に対してそういう確約をいたしておるわけでございます。
○上原委員 そうしますと、今後予測されることだと思うのですが、台風避難とかあるいは緊急やむを得ない事態ということについての内容は明らかにしませんでしたが、それ以外は一切外務省――外務省ということはわが国の政府として、B52の飛来について、簡単に言うと常駐態勢については絶対応じない、あくまで拒否するという立場であるということをここで明らかにできますね。その点は次官の方から御答弁を明確にしておいていただきたいと思います。
○羽田野政府委員 いままでたびたび述べておりますように、アメリカは、このB52に対する日本国民の感情を非常によく承知をしております。したがいまして、台風その他緊急やむを得ない場合以外にはB52を日本には飛来させないんだということを確約をして、そして現実にそれを実行しております。私どもは、そのアメリカの確約と実行というものを信頼しておるわけでございます。
○上原委員 どうも歯切れが悪いのですが、われわれは、いかなる理由があろうともB52の飛来についてはまかりならぬというのが、沖繩県全体、これは何も革新だけではないわけですよ、県民挙げて全体がそういう強い意思表示をしておりますし、抗議の行動も起こしている。ですから、いかなる理由があろうとも飛来することに反対なんですが、いまこれまでの議論を聞いてみますと、台風のときとかあるいは緊急やむを得ない場合は拒否できない立場に政府があるということを言っておりますから、それとて私の立場からは容認はできませんが、今後そういうこと以外にいかなる理由がありましても、B52の常駐態勢については拒否する意思がありますねということを確認したいわけです。アメリカを信頼するということじゃなくして、積極的に政府みずからが、B52の常駐態勢とか軍事行動の展開に対しては反対であるということを明確にしたと私は理解をしているのですが、そういうお立場にありますね、外務省。
○羽田野政府委員 これは非常に理屈っぽくなるようですが、アメリカはいわゆる台風その他やむを得ないときでなければ飛来させないんだ、わが方でもそういう場合以外に入ってきたのを認容したということはないわけですから、そのほかの場合には来らせないぞということを、向こうが来ないと言っているのにわが方から言うことは、私は行き過ぎではないかというふうに考えております。
○上原委員 それじゃ、若干角度を変えますが、その他やむを得ない場合というのはどういうことですか。先ほど局長もお答えになりませんでしたが、台風避難はわかった、一応それはさておきましょう。その他やむを得ない場合というのはどういうことが想定できますか。その中身を明確にしてください。
○山崎(敏)政府委員 先ほどから申し上げておりますように、台風避難など真にやむを得ない場合以外は飛来させることはしないとアメリカは言っておるわけでございまして、じゃ台風避難以外でどういう真にやむを得ない場合があるかというお尋ねでございますが、これはまさに国際法なり国内法によります緊急避難の事態でございまして、これを具体的に想定して申し上げることは非常に困難でございます。ただ、アメリカ軍といたしましては、安保条約の目的の範囲内において当然行動すべきものとわれわれとしては考えております。
○上原委員 その安保という隠れみのがあるから問題なんで、ここはまた少し時間がかかりますので、私の方から時間の範囲内でもっと具体的に申し上げてみましょう。
 こういうことの理解でいいですか。たとえば、かつて復帰前にB52が大量常駐態勢を沖繩にとっておって、ベトナム、インドシナに盛んに爆撃を加えた、これはもう否定できない事実なんですね。そういう軍事行動を展開するような常駐態勢については認めない、それなら恐らく拒否するということでしょうね。それも安保条約が認めているからやりますか。かつてインドシナ半島に猛爆撃を加えたようなああいう戦闘行動展開というものはできない、そういうことは応じられないという立場に、外務省はもういま二歩三歩後退してきたのですが、少なくともその歯どめはあるということの理解でいいですか。明確にしてください。
○山崎(敏)政府委員 一般的に申し上げまして、米軍は安保条約の目的の範囲内において、つまり日本の安全及び極東の平和と安全の維持のために日本に駐留しているわけでございまして、アメリカのそういう航空機を含みますものもその範囲において駐留し得るわけでございます。したがいまして、いま仰せられますような事態は、われわれとしてもいま想定しておりませんし、アメリカにも現在そういう計画はないと承知しておりますけれども、将来のいろいろな事態について、そういういかなる事態においてもそういう駐留を認めないということをいま申し上げる立場にはない次第でございます。
○上原委員 納得しませんが、じゃ簡単に言いますと、B52がずっと沖繩の嘉手納空軍基地に居座ることには政府は反対だということですか。それは認めないということでないと、先ほどのあなたの答弁や外務次官の答弁はつじつまが合いませんよ。台風避難か緊急やむを得ない以外は、アメリカ側もやらないと言っているし、日本側もそうさせない。また、そのことについては四十七年の七月ですか、日米間で約束があったということを言った以上、常駐態勢には日本政府は反対である、そのことは認めないということですね。その点は明確にしてください。
○山崎(敏)政府委員 アメリカ側との話し合いはあくまで平常の事態においての問題でございまして、日本の安全が現実に脅かされるような問題とか、極東の平和と安全が現実に乱されるような問題になった場合というものは、やはり安保条約の問題としてわれわれはこれは処理しなければならないと考えておる次第でございます。
○松本委員長 上原君に申し上げますが、時間が来ておりますので……。
○上原委員 これで大体あなたの腹の中はわかりましたので、そういう御答弁には納得できません。
○松本委員長 それでは次に、瀬長亀次郎君。
○瀬長委員 最初に核模擬爆弾の投下演習について質問しますが、ことしの一月三十一日の予算委員会で、宮澤外務大臣は不破委員の質問に対して、このように答えています。「私どもとしては、日本人の国民感情はこうでございますから、なるべくそういうことはやはりやめてほしいということは、」これは爆弾の訓練のことなんです。「やめてほしいということは、今後とも先方に要請をし続ける考えでございます。」と答弁しております。外務大臣ですから、いいかげんな答弁をしていないと思うので、質問は、「今後とも先方に要請をし続ける考えでございます。」ですから、要請し続けたかどうか、簡潔に答えてください。
○山崎(敏)政府委員 この核模擬爆弾の訓練の問題は、瀬長委員も御承知のとおり、去年の七月と九月に二回問題がございまして、その当時いろいろと御質問もいただきまして、われわれはアメリカ側とも接触いたしまして、その当時も申し上げましたように、この核に対する日本国民の特殊な感情にもかんがみて、こういう訓練は最小限にとどめてもらいたいということは強く当時申し入れたわけでございます。そして、この点につきましては国会においても明らかにしてまいっております。その後も機会あるごとにわれわれとしては申しております。また、事実その後は行われなかったようでございまして、アメリカ側としましてもわが方の要請は十分承知しております。
○瀬長委員 日本政府が要請し続けたけれども、その要請を聞かないで、今回いま申し上げましたように、十個落としているというふうなことになりますね。
○山崎(敏)政府委員 この点につきましては、前からも申し上げておりますように、アメリカ側といたしましては全世界において一つの即応態勢をとっておるわけでございます。ことに空軍は全世界にわたって展開いたしておるわけでございますので、最小限度の訓練はしなければならないという立場にあります。この点はわれわれも安保条約をアメリカとの間に結んでおります以上、理解しなければならない点であると思います。この点はさらに三木総理大臣も、宮澤大臣も明言されておるわけでございます。したがいまして、われわれとしましては安全対策上十分な考慮を払い、かつその訓練を最小限度にとどめる範囲においては、アメリカ側のこういう訓練はやむを得ないことは理解しなければならないと思います。この点は、宮澤大臣は別の場合に瀬長委員に対してもお答え申し上げておる次第でございます。
○瀬長委員 いまアメリカは、ベトナム後の違いですが、フォード大統領の核先制使用宣言、もう御承知のとおりなんです。それに対する三木内閣の容認、さらにシュレジンジャー国防長官に対するホリングズワース在韓米軍司令官の短期作戦、すなわち九日作戦と言われており、この九日作戦はB52が嘉手納基地から二分間に一波ずつ九日間爆撃するということが前提になって、この前提が満たされれば九日で撃滅するという作戦、さらにこの前参議院で共産党議員が明らかにした来年一月からの第三海兵隊師団と韓国軍との共同演習、さらに沖繩におけるB52の再飛来や模擬核爆弾の投下再開強行、ベトナム戦争のときには沖繩において山岳でのゲリラ訓練をやっておりましたが、一切ゲリラ訓練はやめて、現在戦車を中心とした機動作戦、そういった演習になっております。これが現実なんです。いま私が申し上げましたのは、こういったような状況のもとなものだから、あなた方が先方に今後とも要請し続ける考えでございますと要請し続けたが、この要請を聞かないでどんどんやっておるのだなということを言っておるわけなんですね。安保条約上しようがないというふうなことではなくて、あなた方は要請した、これは一応認めておきましょう。要請したが、アメリカが聞かないで、その要請にこたえないということだなということを聞いている、これだけなんです。
○山崎(敏)政府委員 この点は三木総理大臣も宮澤外務大臣もたびたび仰せられておるわけでございますけれども、われわれとしてはそういう訓練は最小限度にとどめてもらいたいということは要請いたしておりますが、これを全部やめてもらいたいという要請はいたしておりません。これはやはり先ほどから申し上げましたように、アメリカがいろいろな事態に備えて、ことに空軍があらゆる事態に備えて訓練をするということについては理解を示さなければならないという立場もあるからでございます。
○瀬長委員 絶対やめてほしいという意味ではなくて、最小限であればいいということになりますね。これはしかし核模擬爆弾なんですね、普通の爆弾とは違って。佐藤内閣時代には、模擬であっても核である、これはさせないということであった。これがだんだんアメリカ側の言い分を聞くようになって、いまでは仕方がありません、アメリカがやるのであればこれは最小限にとめてほしい。ですから、アメリカがやるということになれば、安保条約上もう仕方がないんじゃないかといったような意味で局長は言っているのですね。そうだと思いますが、そうですか。
○山崎(敏)政府委員 私が一局長として申し上げておるのではございませんで、これは政府の方針を踏まえて申し上げておるわけでございます。
 先ほどちょっと申し上げましたが、ことしの予算委員会の第二分科会の際、これは二月二十五日でございましたが、瀬長分科員からの御質問がございまして、それに対して宮澤大臣はこういうふうに答えられておるわけでございます。「先ほど申し上げましたような理由から、アメリカ軍としては、やはり常時こういう演習をしておくという必要を感じておるものであろうと私は想像をいたします。そうではございますけれども、また、わが国の国民感情もございますから、できるならばそれはやめてもらいたいというのが本意ではございますけれども、向こうのそういう立場も理解ができないわけではございません。したがって、もう必要の最小限度にいたしますと先方が申せば、それも理解をしてやらなければならないというふうに思っております。」大臣がこういうふうにおっしゃっておられるわけでございまして、われわれはそういう方針でこの問題に対処している次第でございます。
○松本委員長 瀬長君に申し上げますが、予鈴が鳴りまして二時から本会議の予定でございますので、結論をお急ぎいただきたいと思います。
○瀬長委員 いままでの局長の答弁でもわかるように、アメリカがやるとなればこれは仕方がないんじゃないかということと、だが国民感情もあるんで、できるだけ最小限にとめてほしい。しかし、そういった日本政府の要請は、向こうとしては右から左に抜けるようなかっこうで、決して効き目がないんだという点は事実の経過が明らかにしております。
 時間がないので、B52の問題について一言申し上げたいのですが、沖繩基地から飛び立って最初にベトナムを爆撃したのは一九六五年七月二十九日です。二十八日にグアムから台風避難の目的でやってきました。最初は板付だというのだが、板付は急遽変更して嘉手納になって、二十八日に嘉手納にやってきて、二十九日に突然沖繩からベトナムへの渡洋爆撃、これが沖繩からのB52によるベトナム爆撃の初めなんです。この場合は、施政権が日本にないからとかいうことで許した――許したというより知らぬ顔をしていたのかもしれませんが、このB52の経歴の中にはそういった経歴があるわけなんですね。したがって、緊急避難の場合を除き常駐をしないということがアメリカの言い分である。その言い分を日本政府は信じておる。もし、常駐するということになると、事前協議制に引っかかるので、事前協議制の範囲になるということで好ましくないということになるのですか。もし、常駐するという申し出があった場合には、あるいは装備の変更とかいうふうなことになって事前協議になるのか、そこら辺を明確にしてください。
○山崎(敏)政府委員 米軍が日本の安全及び極東の平和と安全の維持に寄与するために、日本にあります基地にその部隊を駐留させるということは、一般的に言えば認められておるわけでございます。これは安保条約六条の規定でございます。ただ、これが配備における重要な変更というふうな事態となりますときは、これはもちろん事前協議を当然受けるべき性質でございます。また、日本にあります部隊が直接戦闘作戦行動のために飛び立っていく場合には、これまた事前協議の対象となる次第でございます。
○瀬長委員 時間がありませんので、この問題は引き続きやることにして、いま私、特に外務省に申し上げたいのは、次官もおられますが、B52の再飛来の問題は、県民の平和と安全の願いに対する挑戦だというふうに県民は受け取っております。さらに、いま核模擬爆弾の投下訓練を容認しているという事実も、これは日本国民の安全、生命に対するきわめて露骨な挑戦であり、アメリカのやることであれば核戦争、これを想定されるものでも容認するような形でいま行きつつあるというこの危険性、このB52の再飛来と原爆の模擬爆弾投下訓練をあわせて考える場合に、日本国民の平和と安全に対する願いがどうなるのか、もう非常に危惧の念が高まっておる。それで私は、引き続き適当な委員会でやりますが、この点を強調し、そして外務省が日本国民、日本国の本当の外務省として、民族の独立と平和の願いが非常に強烈である、核戦争は絶対に阻止するという立場に立たないと、実に危険な段階にいま直面しているということを指摘して、質問を終わります。
○松本委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
   午後二時一分散会