第080回国会 文教委員会 第5号
昭和五十二年三月十四日(月曜日)
    午前十時三十分開議
 出席委員
   委員長 藤尾 正行君
   理事 登坂重次郎君 理事 藤波 孝生君
   理事 森  喜朗君 理事 渡部 恒三君
   理事 木島喜兵衞君 理事 嶋崎  譲君
   理事 有島 重武君 理事 曽祢  益君
      石川 要三君    石橋 一弥君
      久保田円次君    小島 静馬君
      田中 六助君    玉生 孝久君
      塚原 俊平君    中村  靖君
      長谷川 峻君    小川 仁一君
      千葉千代世君    中西 績介君
      水田  稔君    湯山  勇君
      池田 克也君    鍛冶  清君
      伏屋 修治君    中野 寛成君
      山原健二郎君    西岡 武夫君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 海部 俊樹君
 出席政府委員
        文部政務次官  唐沢俊二郎君
        文部大臣官房長 井内慶次郎君
        文部省初等中等
        教育局長    諸沢 正道君
        文部省大学局長 佐野文一郎君
        文部省学術国際
        局長      今村 武俊君
        文部省管理局長 犬丸  直君
 委員外の出席者
        通商産業省機械
        情報産業局電子
        政策課長    堺   司君
        文教委員会調査
        室長      大中臣信令君
    ―――――――――――――
委員の異動
三月五日
 辞任         補欠選任
  不破 哲三君     山原健二郎君
同月十一日
 辞任         補欠選任
  有島 重武君     広沢 直樹君
  池田 克也君     近江巳記夫君
  鍛冶  清君     坂井 弘一君
  山原健二郎君     不破 哲三君
同日
 辞任         補欠選任
  近江巳記夫君     池田 克也君
  坂井 弘一君     鍛冶  清君
  広沢 直樹君     有島 重武君
  不破 哲三君     山原健二郎君
同月十二日
 辞任         補欠選任
  小川 仁一君     佐野 憲治君
  山原健二郎君     寺前  巖君
同日
 辞任         補欠選任
  佐野 憲治君     小川 仁一君
  寺前  巖君     山原健二郎君
同月十四日
 辞任         補欠選任
  千葉千代世君     上原 康助君
  伏屋 修治君     広沢 直樹君
  山原健二郎君     寺前  巖君
同日
 辞任         補欠選任
  上原 康助君     千葉千代世君
  広沢 直樹君     伏屋 修治君
  寺前  巖君     山原健二郎君
同日
 理事有島重武君同月十一日委員辞任につき、そ
 の補欠として有島重武君が理事に当選した。
    ―――――――――――――
三月九日
 義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、
 社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に
 関する法律等の一部を改正する法律案(宮之原
 貞光君外二名提出、参法第一号)(予)
は撤回された。
三月十日
 公立学校の学校医、学校歯科医及び学校薬剤師
 の公務災害補償に関する法律の一部を改正する
 法律案(内閣提出第五六号)
 義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設、
 社会福祉施設等の看護婦、保母等の育児休業に
 関する法律等の一部を改正する法律案(宮之原
 貞光君外七名提出、参法第四号)(予)
 女子教育職員の出産に際しての補助教育職員の
 確保に関する法律の一部を改正する法律案(鈴
 木美枝子君外七名提出、参法第五号)(予)
同月七日
 義務教育諸学校等の建設事業費全額国庫負担等
 に関する請願(上田卓三君紹介)(第九九〇
 号)
 同(上田卓三君紹介)(第一一二三号)
 私学助成に関する請願(中川嘉美君紹介)(第
 一〇一六号)
 同(春田重昭君紹介)(第一〇一七号)
 同(田中昭二君紹介)(第一〇五一号)
 同(玉城栄一君紹介)(第一〇五二号)
 同(中川嘉美君紹介)(第一〇五三号)
 同(大内啓伍君紹介)(第一一〇四号)
 同(宇都宮徳馬君紹介)(第一一〇五号)
 同外一件(権藤恒夫君紹介)(第一一〇六号)
 同(坂本恭一君紹介)(第一一〇七号)
 同(鈴切康雄君紹介)(第一一〇八号)
 同(玉城栄一君紹介)(第一一〇九号)
 同(原茂君紹介)(第一一一〇号)
 同外九件(鳩山邦夫君紹介)(第一一一一号)
 同(平林剛君紹介)(第一一一二号)
 学校図書館法の一部改正に関する請願(曽祢益
 君紹介)(第一〇一八号)
 同(横路孝弘君紹介)(第一一〇三号)
 公立学校施設整備に対する国庫補助単価の引き
 上げ等に関する請願(山中貞則君紹介)(第一
 〇四六号)
 私立学校助成措置に関する請願(山中貞則君紹
 介)(第一〇四七号)
 養護教諭の配置に関する請願(山中貞則君紹
 介)(第一〇四八号)
 東京都教職員の主任制度化反対に関する請願(
 高沢寅男君紹介)(第一〇四九号)
 民主教育の確立に関する請願(高沢寅男君紹
 介)(第一〇五〇号)
 私学の国庫助成等に関する請願(安島友義君紹
 介)(第一一〇一号)
 同外二件(山口鶴男君紹介)(第一一〇二号)
 私学の国庫助成に関する請願(有島重武君紹
 介)(第一一一三号)
 同(池田克也君紹介)(第一一一四号)
 同(浅井美幸君紹介)(第一一一五号)
 同(浦井洋君紹介)(第一一一六号)
 同外四件(太田一夫君紹介)(第一一一七号)
 同外四件(加藤清二君紹介)(第一一一八号)
 同(鍛冶清君紹介)(第一一一九号)
 同(伏屋修治君紹介)(第一一二〇号)
 同(矢野絢也君紹介)(第一一二一号)
 同(山口鶴男君紹介)(第一一二二号)
同月八日
 私学助成に関する請願(市川雄一君紹介)(第
 一一七五号)
 同(小川仁一君紹介)(第一一七六号)
 同(新村勝雄君紹介)(第一一七七号)
 同(田中昭二君紹介)(第一一七八号)
 同(伏木和雄君紹介)(第一一七九号)
 同(古川雅司君紹介)(第一一八〇号)
 同(宮地正介君紹介)(第一一八一号)
 同(森井忠良君紹介)(第一一八二号)
 同外十四件(矢山有作君紹介)(第一一八三
 号)
 同(山田太郎君紹介)(第一一八四号)
 同外一件(山花貞夫君紹介)(第一一八五号)
 同外二件(山本政弘君紹介)(第一一八六号)
 同(吉浦忠治君紹介)(第一一八七号)
 同(浅井美幸君紹介)(第一一五八号)
 同外二件(井上泉君紹介)(第一一五九号)
 同(伊藤茂君紹介)(第一二六〇号)
 同(池田克也君紹介)(第一二六一号)
 同(大柴滋夫君紹介)(第一二六二号)
 同(大野潔君紹介)(第一二六三号)
 同(加藤万吉君紹介)(第一二六四号)
 同(鍛冶清君紹介)(第一二六五号)
 同(貝沼次郎君紹介)(第一二六六号)
 同外六件(北川愛郎君紹介)(第一二六七号)
 同(草野威君紹介)(第一二六八号)
 同(古寺宏君紹介)(第一二六九号)
 同外一件(沢田広君紹介)(第一二七〇号)
 同外一件(柴田健治君紹介)(第一二七一号)
 同(新村勝雄君紹介)(第一二七二号)
 同(田中昭二君紹介)(第一二七三号)
 同(玉城栄一君紹介)(第一二七四号)
 同(中西績介君紹介)(第一二七五号)
 同(馬場昇君紹介)(第一二七六号)
 同外六件(長谷川正三君紹介)(第一二七七
 号)
 同外一件(平石磨作太郎君紹介)(第一二七八
 号)
 同外一件(平林剛君紹介)(第一二七九号)
 同外一件(松本七郎君紹介)(第一二八〇号)
 同(森井忠良君紹介)(第一二八一号)
 同(八百板正君紹介)(第一二八二号)
 同(矢野絢也君紹介)(第一二八三号)
 同(山田太郎君紹介)(第一二八四号)
 私学の国庫助成等に関する請願(長谷川正三君
 紹介)(第一一八八号)
 同(伏屋修治君紹介)(第一一八九号)
 同(二見伸明君紹介)(第一一九〇号)
 同(鍛冶清君紹介)(第一二八五号)
 同外三件(長谷川正三君紹介)(第一二八六
 号)
 私学の国庫助成に関する請願(浅井美幸君紹
 介)(第一一九一号)
 同(石田幸四郎君紹介)(第一一九二号)
 同外一件(岡本富夫君紹介)(第一一九三号)
 同(伏屋修治君紹介)(第一一九四号)
 局外四件(横山利秋君紹介)(第一一九五号)
 同(安藤巖君紹介)(第一二八九号)
 同(飯田忠雄君紹介)(第一二九〇号)
 同(石田幸四郎君紹介)(第一二九一号)
 同(浦井洋君紹介)(第一二九二号)
 同外一件(河上民雄君紹介)(第一二九三号)
 同(木原実君紹介)(第一二九四号)
 同(後藤茂君紹介)(第一二九五号)
 同外四件(長谷川正三君紹介)(第一一九六
 号)
 同(正森成二君紹介)(第一二九七号)
 同(薮仲義彦君紹介)(第一二九八号)
 義務教育諸学校等の建設事業費全額国庫負担等
 に関する請願(上田卓三君紹介)(第一一九六
 号)
 高知大学の窮状打開に関する請願(山原健二郎
 君紹介)(第一二五三号)
 同(平石磨作太郎君紹介)(第一二五四号)
 原理運動による被害子弟の救済に関する請願外
 二件(武藤山治君紹介)(第一二五五号)
 私学に対する公費助成の増額に関する請願(山
 原健二郎君紹介)(第一二五六号)
 私学に対する公費助成増額に関する請願(藤原
 ひろ子君紹介)(第一二五七号)
 私立大学学費の値上げ抑制等に関する請願(安
 藤巖君紹介)(第一二八七号)
 人口急増地域の教育施設充実に関する請願(宮
 地正介君紹介)(第一二八八号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 理事の補欠選任
 参考人出頭要求に関する件
 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法
 の一部を改正する法律案(内閣提出第一七号)
     ――――◇―――――
○藤尾委員長 これより会議を開きます。
 この際、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
 委員異動に伴い、現在理事一名が欠員になっております。これよりその補欠選任を行いたいと存じますが、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藤尾委員長 御異議なしと認めます。
 それでは有島重武君を理事に指名いたします。
     ――――◇―――――
○藤尾委員長 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質議の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。
○嶋崎委員 国立学校設置法、国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案に関連して質問をいたします。
 この国立学校設置法の今回の改正に当たりまして、岩手大学に人文社会科学部をとか、富山大学、高知大学の両大学の各文理学部を改組して人文学部及び理学部を、広島大学に政経学部を改組して法学部、経済学部とか、鹿児島大学に歯学部、新潟大学の人文学部の名称変更等々の大学に関する問題と、九州芸術工科大学、大分大学及び琉球大学に大学院を置くということ、群馬大学に群馬大学医療技術短期大学、名古屋大学に名古屋大学医療技術短期大学を併設するというこれらの大学の学部の改組、大学院の設置等々に関しては異論がないわけで、速やかに四月一日からこれらの改組や設置は実施されるように本委員会で進めたいと私も考えております。きょうのこの委員会では、主として国立大学利用機関として大学入試センターを設置すること、ここに質問の焦点を置きますが、その後にある昭和四十八年度以降に設置される国立医科大学等の職員の定数に関する特例、この考え方も質問の問題にしたいと思います。
 最初にちょっとお聞きしますが、前々国会以来、幾たびか永井文部大臣の当時、私が国立大学共同利用機関としてある共同利用研究所が国立大学優先であって、私立大学の人たちが利用できないいろんな隘路があるという点についていろいろ質問をしてまいりました。共同利用研究所でありますだけに、国立、私立を含めて私立大学の先生方にもその差別感を与えない共同利用の運営をすべきであるという趣旨の質問をいたしまして、前大臣並びに局長の方でその検討をするというペンディングになってまいりましたが、その点について検討されて省令の改正が行われたと聞いておりますが、その考え方をちょっと聞きたいと思います。時間がもったいないですから、私が課長を呼んでお聞きした限りでは、たとえば高エネルギー物理学研究所組織運営規則、この中の第一条に、「研究所に、前項に掲げるもののほか、講師を置くことができる。」という規定を設けたこと、それから、第二条の二項に従ってその研究所の部門に携さわるスタッフとして「教授、助教授又は講師」という項目を設けたこと、それから第八条に「所長は、常時勤務の者以外の職員で研究所の研究に従事する者」という項目を入れて改正されたこと、これが各それぞれの国語研究所の関係だとかその他の共同利用研究所に全部この規則の改正を入れて、事実上たとえば私立大学の教官でも講師というかっこうでこの共同利用研究に参加できる、そのときの手当は恐らく国立大学の非常勤手当に相当するものが手当として支給されるのじゃないかと思いますが、そういう形で処理されているというふうに理解していいわけでしょうか。
○佐野(文)政府委員 学術局長がおりませんので、大変失礼をいたしましたが、御指摘のように組織運営規則の改正によって、非常勤の者に限りますけれども、「講師を置くことができる。」旨を明らかに定め、そうしてそれらの者につきまして、研究所の研究に従事する者につきましては、適当であれば客員教授ということを称させることができるという規定を置きまして、できるだけ国立大学以外の大学の教官を研究所の研究に参加をしてもらうという体制をとったと承知をしております。
○嶋崎委員 こういう省令の改正に伴う研究所運営に変更が起きた場合、各大学にいままでどういう方法で知悉させる手段をとっておるのですか。
○佐野(文)政府委員 局長名をもちまして、各大学に対して改正の趣旨を徹底をいたしまして、それに従った運営に遺憾のないように協力方を求めるのが通常でございます。
○嶋崎委員 こういうことに関して、仮に早稲田大学とかその他の大学で、こういう形で共同利用研究所の利用についていままで持っていたような差別感だとかいうものがこれでなくなるというようなことについての意見をお聞きになったことはありませんか。通達出しただけですか。
○佐野(文)政府委員 具体的に学術局の方で私立大学の側とどのような意見交換を行っておるかについては、私は具体的には承知をいたしておりませんけれども、かねてからの御指摘でございますので、共同利用研究所が国公私を通じての共同利用の場にできるだけなるようにという基本的な考え方で対応いたしておりますので、そういった点についても私立大学側の意見を十分聞くように努めているはずであると思います。
○嶋崎委員 今後こういうことになっているということを、私も専門家の方々にこういう考え方でいいかどうかお聞きしてみたいと思いますが、いずれまたその点について委員会で意見を述べることになるかどうかわかりませんが、対処したいと思います。
 さきに、昭和四十八年度以後に設置された国立医科大学等の職員の定員に関する特例、これを設けなければならなかった事情をまず聞きたいと思います。
○佐野(文)政府委員 御案内のように、行政機関の職員の定員につきましては、いわゆる総定員法というものを設けまして、その中でできるだけ定員の再配置等を合理的に進めることによって新しい行政需要に対応してきたわけでございますけれども、四十八年以降無医大県の解消計画等、総定員法では予想しなかったような国家的な非常に大きなプロジェクトが進行いたしてまいりましたので、その定員需要については、従来のような総定員法の中での定員削減、それによる人員の再配置というようなことでは対応できなくなってきたという面がございます。医科大学一校をつくりますと、定員千人を要するという非常に大きなプロジェクトでございますので、その種のものにつきましては、暫定的に総定員法のいわば定員をもって定めないこととする、国立学校設置法の方でそういった文教政策の問題としてその定員を別に定めるということをとらざるを得なくなったものでございます。
○嶋崎委員 そうしますと、従来までは各官庁ごとに、各委員会ごとに定数を考えて処理してきたものを、内閣委員会に集中しまして、総定員法という枠で考えるようになったわけですね。ところが、そういうかっこうで処理してみたら、昭和四十八年以降に行った新設の大学や新構想大学というものが出てくると、総定員法の枠では処理できないという事態があらわれてきた。ということは、国家公務員の総定員法という考え方が破綻をしているということを意味していると思いますが、いかがですか。大臣もいかがですか。
○海部国務大臣 総定員法そのものの考え方は、基本としていまでも貫いていかなければならぬと思いますが、しかし、総定員法が決められた後において、ほかのいろいろな需要で特にこれだけは必要だから認めてほしいという新しい事態が起こった、したがって、こういうような形でお願いをしておるということだと思います。
○嶋崎委員 おかしいじゃありませんか。つまり、総定員法の枠から出て新しい特例を設けなければならぬということは、国民の教育要求なんでしょう。つまり、各県に医科単科大学をつくらなければならぬとか、それから、新構想大学をつくらなければならぬとかというのは、今日の国民の教育要求に応じて高等教育というもののあり方を考えたら、いまの枠ではどうしても解決できないものが次々と出てくるということですから、したがって、これは総定員法という枠では考えられない事態が起きるということは、日本の社会の中の教育要求に対応した学校づくりでもあるし、同時にそれに関連して、学校というものの教育研究は普通の総定員法の枠では処理できない特殊性があるからこそ、こういう特例を設けざるを得ないということになるという意味では、基本を維持しながらという話じゃなくて、むしろ総定員法というくくった考え方では今日の国民の教育要求にはこたえられない事態が生じているということを意味していると考えざるを得ないじゃありませんか。いかがですか。
○海部国務大臣 総定員法の制限があるということは、税金の使い方においていろいろな制約を設けて、これだけの幅の中で行政はやっていこうという全く大きな方針であったと私は理解しておりますし、また、それはそれで取っ外してしまってどうでもいいということを直ちに申し上げるわけにまいりませんので、その枠の中でやるのが理想であり、またたてまえであることは、これは不変のものだ、現在も不変のものだと思うのでありますけれども、その総定員法の考え方ができ、その行政がスタートした後でありますけれども、特に今度の医科大学の問題は、御承知のように無医大県を解消しようという一つの新しい考え方に立って、そして必要なものはきちんと整備しようということになってまいりますと、どうしてもそれに要る定員というものは、ここがちょっと苦しいのですが、特例を認めていただかないとできない、あくまでこの目的に従っての特例を認めていただかないと、せっかくの学校の運営ができないということでございますので、御理解いただきたいと思います。
○嶋崎委員 これですと、「昭和四十八年度以後に設置された国立大学並びに同年度以後に国立大学に置かれた医学部及び歯学部で次に掲げるものに恒常的に置く必要がある職に充てるべき常勤の職員は、当分の間行政機関の職員の定員に関する法律第一条第一項の職員に含まないものとし、その定員は、六千四百三十三人とする。」こうなっていますね。そうして、ここに掲げられている旭川医科大学から鹿児島大学歯学部までは、ずっと四十八年から新設されたものを全部含んでいるわけですね。それで、その後に何と言っているかというと、「特別の事情により前項の定員を緊急に増加する必要が生じた場合においては、同項の規定にかかわらず、同項の定員に付加すべき定員を、一年以内の期間を限り、政令で定めることができる。」まだその先で、緊急な事態が生じたときには定員を広げるということを政令で定めなければならぬという緊急的対応をしておるわけですね。どう考えてみても、こういう事態、つまり新しい医科大学や新構想大学ができて、いままでの総定員法では処理できないからこそ特例を設けているのだし、そしてそれでもまだ緊急な事態が生じたときは、政令でもって一年以内で定員を柔軟に運用できるように処理しようというわけですね。ということになりますと、この事態は今後国立大学、持に教育研究に関係のある国立大学の定数については、総定員法の枠から外すという考え方をとるべきだと私は思いますが、その点についてどう思いますか。
○佐野(文)政府委員 先生御指摘のように、国立学校の教職員の定数を全体としてどう取り扱うかというのは、これはかねて国大協の方でも御検討になっていることでもあるし、私どもも従来のような総定員法の中で一般の行政庁と同じようにスクラップ・アンド・ビルドということで、その原則のもとに大学の教育研究における定員需要に対応していっていいものかどうかという基本的な問題があることは認識をいたしております。したがって、その問題はなお私どもは検討の課題というふうに考えておりますけれども、現在お願いをいたしておりますのは、無医大県解消計画が一応の完了段階に達するまでになお十年ばかりの期間を要するわけでございますから、それまでの間の定員需要については、そういう特別な無医大県解消であるとか、あるいは新構想の新しい大学の創設にかかわるものであるとか、それらを暫定的に外に出しておいていただきたい、その後それをどのように処理するかという時点において、それはたてまえとしては、また総定員法の最高限度を改正して総定員法の中へ戻すというのがたてまえではございましょうけれども、その時点で、文部省としては、国立学校の定員のあり方、管理のあり方というものを基本的にもう一度関係省庁とも相談をしながら検討してみたいというふうに考えているわけでございます。
○嶋崎委員 そうしますと、いまの局長の答弁では、教育と研究というものに関係する国立大学における定員問題の独自性というものを考えて、その基準を検討しつつ、今後総定員法との関連を検討しなければならぬ、そういう趣旨と理解してよろしいですか。
○佐野(文)政府委員 文部省としては、少なくともそういう問題意識をもって国立学校の定員の問題を考えているということでございます。
○嶋崎委員 そういう観点で今後とも努力をしていただきたいと思いますし、今後ともまた経過を見守っていきたいと思います。
 さて、大学入試センターの問題に入りますが、今度設置されます大学入試センターというのは、大学入試の共同利用センターですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、従来設置してまいりました高エネルギー物理学研究所その他の共同利用機関とかなり似た性格を持っておりますけれども、これは国立大学が共通一次、二次を通じて実施をいたします国立大学の入学者選抜の一部分をいわば共同して処理するための特別な機関でございます。
○嶋崎委員 いままでの共同利用研究所というのは、大学の教育研究と深いかかわりのある研究所でしたよね。今度は大学入試に関する共同利用のセンターなんであって、共同利用研究所と共同利用センターとは性質がちょっと違いますね。その違いはどこにありますか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、従来の共同利用の研究所というのは、まさに各大学が共同して研究すべき一つのテーマがあって、そしてそのテーマを研究するための研究所ができ、そこにスタッフもできて、いわばその研究所に関係の大学の先生方がそこでの研究に参加をするというような形での共同利用の性格を持っているものだと思います。今度の入試センターの場合にはそれとはやや違いまして、先ほども申しましたように国立大学にそれぞれ共通する問題である入学試験の中の共同処理にいわばなじむ、一括処理になじむものを入試センターで処理をする、そして国立大学との協力のもとに全体の一次、二次を通じた国立大学の入試というものを円滑に実施をしようというものでございます。そういう点が、いわゆる研究所の場合とこのセンターの場合とはやや違うということだと思います。
○嶋崎委員 そうしますと、大学入試に関連してその大学入試の、大学が行っておる固有事務の一部を共同利用センターを通じて利用するそういう共同利用センターだ、そう理解してよろしいですか。
○佐野(文)政府委員 共同利用というよりも、むしろその一部を共同一括して処理するための機関というふうに言った方がより適切ではなかろうかと思います。
○嶋崎委員 そうしますと、大学入試センターは大学入試を実施するためにそこで試験問題の作成をやったり、問題が妥当であるかどうかの評価をしたり等々に関する共同テスト実施を前提として共同で利用するセンターというふうに理解できますね。
○佐野(文)政府委員 もちろん入試についての調査研究というのは重要な業務の内容になりますけれども、共通一次を実施をするということが前提になって大学入試センターができているものでございます。
○嶋崎委員 そうすると、内容的には大学入試実施センターと理解したらいいのじゃございませんか。
○佐野(文)政府委員 大学入試の中における共通第一次の部分については、そのうちの共同処理になじむ、問題の作成であるとかあるいは印刷であるとか採点であるとかその他の業務を実施するセンターであると同時に、やはり入試の問題についての調査研究を行うための機関でもあるということでございます。
○嶋崎委員 確かにこの第九条の五は「国立大学の入学者の選抜に関し、共通第一次学力試験の問題の作成及び採点その他一括して処理することが適当な業務」、これが基本的な仕事ですね、「を行うとともに、大学の入学者の選抜方法の改善に関する調査研究」と書いてあります。この場合の「大学の入学者の選抜方法の改善に関する調査研究」というのは大学入試のあり方そのもの、全般的な、一次とか二次とか関係なしに、たとえば入学試験をやらないというようなこともあるかもしれない、入学試験というものをやらなければならない現状はどう改革すべきかというような問題もあるかもしれない、そういうような諸問題を含めて調査研究するという趣旨なのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 実際に現在予算でお願いをし、また研究部門として予定をしておりますものは、御指摘のような基本的な問題というよりも、まず共通入試にかかわる評価、追跡の問題あるいはコンピューターのシステムの検討の問題等が中心になるものでございます。しかし、御指摘のようにそういった共通入試関係の問題に限らずに広く大学入試制度のあり方そのものについて研究をする、調査をするということは望ましいことでもあるし、また将来はこの大学入試センターの部門を整備をしていく段階でそういった基本的な調査研究を担当する部門の整備ということを考えなければならないと思います。それまでの間は、つくります研究部門の共同の問題として、やはり基本的には入試のあり方というものについて常に調査研究ということは基本的な前提にはなるというにとどまると思います。
○嶋崎委員 したがって、当面はまず、いまわれわれが審議しているこの法律に関する限り、大学入試センターは第一次国立大学の共通テストというものを行うというその実施を前提にした業務と、それからそれに関連して出題傾向の評価だとか、それから実施に伴ってどういう効果があるかないかとか、そういうことを中心にした調査研究ということに限られるわけですから、いまの局長の答弁では。そういう意味では大学入試の第一次共通テストの実施センター的性格のものとしてスタートする、こう理解してよろしいわけでしょう。
○佐野(文)政府委員 御指摘のとおりだと思います。
○嶋崎委員 私がここで質問の過程でお互いに了解しておきたいことは、大学入試という問題は大学内部の、大学自治の中で処理されなければならぬ問題でございますし、いま問題になっているこの共通テストは、国大協という大学側が調査研究をやった結論に基づいて入試センターをつくろうということになっているわけですから、ここでの審議は、局長答弁は恐らく大学側が自主的に考えてきたこと、それを文部省当局が理解した上で説明するということなんであって、いわば国大協の代弁をしているのであって、文部省側が一定の構想を持って回答をしているということではないというふうにまず前提は理解すべきと思うが、どうですか。
○佐野(文)政府委員 国大協の代弁というわけではありませんけれども、私どもがここでお答え申し上げる事柄につきましては、国大協との間では意見の一致を見ていることであるというふうに御理解をいただいて結構だと思います。
○嶋崎委員 意見の一致を見ているというのは、文部省側も国立大学の共通一次テストを実施すべきであるという考え方に立って調査研究を行ってきていて、国大協もやってきたものがたまたま一致した、そういう意味ですか。
○佐野(文)政府委員 入試改善会議での御検討があり、そこでやはり国公私を通じた共通一次の学力試験が必要であるという御判断をおとりになっているわけでございますから、私どももまた、それを適当であり、その早期な実施が望ましいと考えておりましたが、その具体的な方法については国立大学協会の方で自主的に自分たちの問題として御検討になってきたし、われわれもそれを予算その他でできるだけ応援をしてきたということでございます。
○嶋崎委員 よくははっきりしない点がありますが、つまり国大協がいまの社会問題化している入試というものを何とかしなければならぬと考えて、そして昭和四十何年からかやり出してきましたね、それでいわばその過程で大学側の大学入試という問題について研究していく過程に対して国側が援助をしたということはあると思いますが、そこで出てきている案や考え方というものと文部省自身が考えてきたものとが一致したという、そこがちょっと正確にわからないのですがね。本来入学試験というものは大学国有のこれは事務ですね、大学内部でやらなければならぬことで、いままでは局長通達で処理してきたことですね、実施要領だけですね、あとはみんな入学試験は大学内部で、大学入試に関するそれぞれの大学での試験方法等々については大学側が自主的に決めて、一定の時期に公にした上で、それを文部省が調整連絡をしてきたと思います。したがって、大学入試というのは大学の重要な事項、大学内部における重要な業務なのであって、それは外の人間がこうせいああせいという性質のものでは本来ないわけですね。ですから、国大協が今日の大学入試というものについて鋭意努力をされてきたその結果、それが文部省の側から見て一つの改善であるというふうに判断をしたからこそ入試センターの設置に踏み切った、こういう過程だと理解すればいいのかということです。
○佐野(文)政府委員 御指摘のとおりでございます。
○嶋崎委員 そうしますと、局長の答弁は、やはり国大協の報告書その他を中心にして文部省はそれを了解しつつ推進しよう、こういうことになるわけですね。
○佐野(文)政府委員 さようでございます。
○嶋崎委員 教育行政というものの考え方についてはいろいろあろうけれども、私は、大学入試という問題を考えるに当たって、国大協の側も社会問題化している当事者ですから、一生懸命にその技術的な改善その他に努力しなければならないけれども、同時に広く国民の意見も聞きながら、大学がそれをどう改善をしていくかということも検討しなければならぬと思います。
 そこで、この国大協で出されている報告書、それからもう一つの報告書を見まして、この報告書というのは、まさに第一次共通テストというものを行うという前提に立った上での調査報告書ですね、圧倒的に。第一次共通テストというものが今日の社会の中で、社会問題化しつつある大学入試という問題について、何が問題点なのか。そしてその問題点に対して、第一次共通テストをやることがいかなる意味を持つかという点ですね。この意味について書いている部分は、最初の五十年三月の国立大学協会の入試改善調査委員会では、序論のところで五ページから七ページまでの二ページ半の報告でしかありません。同時に、こっち側の国立大学の五十一年三月に出た分は、今度はこれを全く実施を前提としたすべての調査報告であって、第一次共通テストというものがいかなる意義を持つのか。いまの日本の教育のあり方、それから社会問題化しつつある大学入試のあり方について、共通テストというのはいかなる意味を持つかということについては、こっちの方ではせいぜい三十九ページから四十ページ、わずか二ページであります。つまり国大協が今日まで調査研究をしてきたこの報告書は、私が読ましていただいた限りでは、第一次共通テストをやるという結論が非常に短期間に出まして、そしてその共通テストを行うに当たつての実施を前提とした調査研究報告だと私は読み取りましたが、文部省側はどういうふうにこれを読み取りましたか。
○佐野(文)政府委員 国立大学協会が入試の改善の問題に取り組んで、特に共通入試というものに焦点を合わせた検討を始めたのは四十五年でございます。初めからこのような共通入試の実施方法の調査研究に入っていったわけではなくて、それまでに至る間に国立大学協会の中では、関係の常置委員会等において議論が行われ、また各大学に対するアンケート調査等によって、各大学のいろいろな意向というものを徐々に集約をしながら実地調査というところに至って、そしてその実地調査を行った結果が、この五十年の報告書という形で中間報告されてきているものでございます。
 五十年の中間報告の中には、確かに御指摘のように、そもそも入試の問題についてというふうな記述の部分が少ないことは事実でございますけれども、その報告書が出るに至るまでに国立大学協会自身が積み上げてきた努力というのはあるわけであり、それは関係者は国立大学におきましても十分に承知をしておりますので、そういった事情を背景として出ている報告書であるというふうに了解をいたしております。
○嶋崎委員 たとえばイギリスの例をとりますけれども、イギリスでも大学入試というのは、大変な社会問題になっています。イギリスにおける、こういう大学入試改善に関する調査報告というものは、どういう時期にどのくらい、どんな内容のものが出ているか、文部省調べていますか。
○佐野(文)政府委員 つまびらかにいたしておりません。
○嶋崎委員 そんな調子だから困るので、あれだけ伝統のある産業革命以来ずっと大学というものをつくって、日本とは歴史的事情違いますけれども、やはり第二次世界大戦後進学率が高くなってきて、大学入試というのは社会問題になってきた。そういう中では、大変そういう問題に対する調査研究が進んでいますね。
 たとえばイギリスの場合、一九四三年から始まっていますね。一九四三年から大学入試の改革に着手して、現在でもまだ進行中です。たとえば一九七〇年から七六年の間七年間、基礎調査というものを行っています。そして、もうちょっとさかのぼりますが、一九六〇年から七七年くらいまでの間にレポートが三十七も出ています。
 その基礎調査というのはどういう調査をしているかというと、高等学校に進学する生徒がいまの入試というものの中でどんな悩みを持っているかということについてのインタビューをいっぱいやってみるとか、それからまた高等学校の教師が現在の入試という問題について、こういう問題点がこういうふうにあるということについて、高等学校の教師側に立ったその調査研究というものを進めている。そこのねらいはどこにあるかというと、若い青年たちが、つまり自分は将来どういう人生進路というものを選ぶのか、そして自分はどういう技術を持って社会に出るということが自分に一番適性なのか、そういう青年のつまり教育要求やそれから人生観、社会観、そういうものと入試制度や学校制度がどんな関連があるかということを十分に調査せずして、入試改善はできないという発想です。
 ですから、そういう意味では非常に長期間に、しかもそのレポートは全部公表されております。イギリスの場合は、御承知のようにこういう研究所はイングランド、ウェルズだけで十ぐらいありますけれども、その一つをとってみたって、これは全部大体大学のユニバーシティー的なものですよ。教授が二十何人おって、それで事務職員がいっぱいおって。これはエグザマイニングボードですから、民間の機構であります。しかし、民間のエグザマイニングボードというようなものであっても、イングランド、ウエルズだけで十もつくって、そして一九四三年から今日に至るまで入試改善について徹底的な調査研究をやっている。その調査研究のポイントは基礎調査なんですよ。ところがここに出てきている国立大学の入試改善報告書というのは、これは基礎調査じゃないんです。これは全部、第一次共通テストをやるということを前提にした、その入試改善の技術的な調査です。そうは思いませんか。まず、これは技術的な調査の結果だと思いませんか、いかがですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように実施方法の問題を含めた、まあ技術的と言えば技術的な部門についての調査ということは言えると思います。
○嶋崎委員 いま日本の青年が学校を選択するということ、それから進路を選ぶこと、それから進学するということ、そういうつまり青年の進路決定というものとその選択に際して、日本の明治以来今日までの教育制度というものがどういう意味を持っているかということについての基礎調査なしに、連中が進学していくか、試験を受けるということの受験の体制、あり方の技術的な改善について努力することは、それは全然無意味だと言っていませんよ、一つの努力の道であると思っても、考えることはできるけれども、非常に大切なことは、むしろ日本の青年たちが今日学校制度やそれから日本の教育の社会的な仕組みの中で、自分たちの人生の進路決定というものに対してそれがどんな障害になっているのか、彼らが人間として持っている要求が実現されるようなプロセスとしてある試験制度やそういうものがどういう意味を持っているか、こういうことについての基礎調査が前提になると考えませんか。いかがですか。大臣でも局長でもいいです。
○佐野(文)政府委員 もちろん、先生が御指摘になりますように、入試の問題というのは、入学者選抜の方法をどうするかということだけでは解決のつかないいろいろな広がりを持った問題でございます。大学制度の全体のあり方を通じて、高校生あるいは国民の高等教育に対する要請をどのように受けとめていくかということを考えながら入試の問題も考えていかなければならないということは、そのとおりだと思いますし、私ども、この問題の検討は入試の選抜方法の改善の問題と当然並行して進められなければならないことだというふうに考えております。
○嶋崎委員 そういうわけで、ここでまずさしあたっていまのやりとりの中ではっきりしたことは、大学入試センターは第一次共通テストの実施センターとして発足するということと、その実施センターの実施に当たって今日まで国大協が調査したリポートは、第一次共通テストのいわばあり方の技術的な側面を、これはもちろん高校教育に関係があります。それから第二次の各大学の専門課程にどのような適性能力を測定するかというような教育的な内容が無意味だ、ゼロだとは言いませんが、しかし主として大半は実施を前提としたあり方、その実施をめぐる調査研究のリポートだということをまず確認ができたと思うのです。
 そこで、後でも一遍共通テストの中身に返りますが、そういう意味で私は先に結論を申し上げますと、大学入試センターを大学入試共同利用研究センターという名称で内容を浮き彫りにする必要があると思うが、いかがですか。
○佐野(文)政府委員 先ほど来の御指摘で先生の御提案の趣旨は、私、よくわかりますけれども、やはり私どもは現在の入試の実態からいって、それが完全な解決策ではないにしても、共通入試というものについてのこれまでの国大協の検討の成果に対応して共通入試を早期に実施をすることによって、一歩でも事態の改善に努めるということが緊要の課題であると考えております。
 そういう意味で、もちろん入試センターは調査研究というものを基本の問題まで含めて進めなければならないということは御指摘のとおりではございますけれども、センターの性格はやはり両方の仕事をするものとして、大学入試センターという名称をもってあらわすのが適当ではなかろうかと考えております。
○嶋崎委員 後でもう一遍テストの内容に返ってまたその結論に持っていきたいと思います。
 そこで今度は、入試センターの組織と各大学との関連について幾つか御質問をします。
 まずこの入試センターの報告書を見ますと、第一次の入試統一テストですね。共通テストとこれから略して言いますが、共通テストについて意義があるかどうか、つまり第一次共通試験の意義について各大学の世論を問うた表が、五十一年三月のこっちのリポートに出ております。三十九ページです。各大学の世論を問うたこの回答を分類している表をごらんになればおわかりのように、1表 大学別問1、学部別問1、大学別問2、学部別問2、こういう集約の仕方ですね。つまり、この共通テストを行ってよろしいと考える考え方が、大学ならば肯定的なのは六三・四九%ですね。そして否定的なのは一二・六八%、大学ですよ。これは大学別に見たのです。学部別に見ますと、肯定的なのは六三・四五%ですね。そして否定的なのは二一・一九%、こうなっております。そうしますと、恐らくこの世論調査は、こういう表を出しているところを見ると、国大協のこの意義の調査は大学ごと学部別の集計なのか、大学教官の世論の多数というか、無作為な多数の結論なのか、どっちと判断しますか。
○佐野(文)政府委員 基本的にはやはり大学の意向を聞くということであったと思います。まとまり切らない点が大学としてあれば、それは学部についても聞いていこうということが基本的な姿勢であったと承知しております。
○嶋崎委員 これは大変な配慮なんじゃないですかね、この調査の仕方というのは。普通の世論調査と違って、大学というものでくくった。そしてそれが六割とか七割。学部ごとにくくったという形で賛否を問うというのは、いまの大学における入学試験というものが大学ごとに大学内部で行われる問題だということと、それから大学内部に学部とそれから学部を総合した評議会、それから学長を頂点とした大学の大学自治の組織があります。したがって、大学自治組織の中の一教授会がいやだといったような事態が起きやしないかということを含めて、つまり大学自治のあり方というものを一方で考えながらやられた調査の方法だろうと私は推測したわけです。そうしますと、ここでたとえば大学では否定的なのは一二・六八%あるわけですね。学部別に見ますと二一・一九%、まあ四分の一にはいきませんが、足らずの学部で否定的な見解があるという集約ですね。そうしますと、この入試センターが実施する共通テストについて国大協が全部賛成じゃないわけですね。賛成でない大学もある。それで学部の方になるともっと多いわけですね。こういう事態が今日あるときに、この研究センターが将来行う共通テストに際して問題を起こすことはないでしょうか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のようなアンケートの結果でございました。この場合にはやはり共通入試を行うについていろいろな危惧の念が表明をされて、そうしてこれこれこういう条件が整わなければ困るというふうなことを含めた疑問ないしは否定的な見解が多かったわけでございます。そこでさらに国大協の方ではその点についての調査研究を進めて、もう一度この後でアンケート調査を実施をしているわけでございます。その時点になりますと、大学の中で、まあ条件つきということはございますけれども、賛成意見が七六%、それからいわゆる反対というのは〇・四%というような形に変わってきたわけでございます。それを前提として国大協の昨年の総会は意見の集約を行ったということでございます。
○嶋崎委員 その二回目の集約は、大学ごと、学部ごとという一回目の集約の仕方と同じ方法なのかどうか、いかがですか。
○佐野(文)政府委員 同じような配慮をしてとっております。
○嶋崎委員 同じような配慮って何ですか。つまり、大学、学部でくくっているのか、国立大学の教官のたとえば七六%というくくり方をしたのか、どっちですか。
○佐野(文)政府委員 いまの七六%と申しましたのは、大学の数が基本でございますけれども、大学別で意見のまとまり切らなかったものについては学部の数を入れて集約をしていると承知をしています。
○嶋崎委員 それはちょっとよくわからないね。そのデータ、とにかく調査方法とそれから集約した過程と、そうして出た結論のデータ、そこにありますか。
○佐野(文)政府委員 国大協の方でまとめたものが、簡単なものではございますけれども、ございます。
○嶋崎委員 その資料を提出してください。
○佐野(文)政府委員 提出をいたします。
○嶋崎委員 というのは、この共通テスト、つまり大学入試というのは大学固有の用務ですね。その大学の中で行わなければならない入学テストが、外で、共同センターを利用しまして、そうして第一次を、一部を委任するわけですね。委託すると言ってもいいですよね。そこで出された共通一次テストを各大学で実施しようとしたときに、二回目の調査では大学と学部と言っていますが、データを見ないとわかりませんけれども、一つでも、たとえば一橋大学なら一橋大学が共通一次テストというものはうちの大学は必要ないというふうに判断したとしましょう。ところがそれは大学の中の業務ですから、大学の固有の、いままでの大学自治の内部における入試の事務ですから、うちの大学は一次テストだけでよろしい、一次テストはなくて大学の第二次テストだけでよろしいと考えたとしましょう。またある大学の中の学部で、おれの学部は共通第一次テストは必要ないというふうに判断したとしましょう。そうしたときに、大学入試センターないしは国大協は、そういう大学に対してどう対応するのでしょう。
○佐野(文)政府委員 これまでの経緯から申しまして、国立大学協会は非常に慎重な過程を踏みながら各大学の意向の集約を行ってまいりまして、最終的には昨年度の総会で国大協として共通入試の五十四年度からの実施は可能だという判断をしたわけでございます。したがって、もちろんそういった意見が集約される過程では、いま先生御指摘のように各大学の中でいろいろな議論が行われたことは事実でございましょうし、また現時点においても大学の中にはいろいろな意見があるとは思いますけれども、これまでの経緯からして、大学のうちの特定のものあるいは大学の中の特定の学部が共通入試に参加をしないということは、これは事の性質上あり得ないことだというふうに考えております。
 ただ、あり得ないことがもし起こったらどうなるのかということでございますが、そのときにはやはり国大協としてもそれに対する対応を、当然これまでの経緯からして考えなければならないでしょうし、私どもも国大協あるいはその当該大学あるいは学部とさらに相談をして、どのように対処をするかということを考えていくということだと思います。
○嶋崎委員 そういう問題点が、とにかく第一次テストをめぐって、各大学とそれからこの入試センターとの関係に起きてくる、国大協と各大学との関係に起きてくるということを想定して、この入試センターの組織と運営というものを考えなければならぬと思うのです。
 そこで一つお聞きしますが、今度のこの法律ですと、第九条の五はいま言った目的ですね。それから第二項は、私立大学その他の大学の選抜にも、「国立大学以外の大学の要請に応じて、当該大学の入学者の選抜に関する業務の実施に協力することができる。」公立ないし私立大学とのかかわり合いですね。そして第四項に「第一項の共通第一次学力試験に関し必要な事項は、文部省令で定める。」と書いてあります。この省令はどんな内容ですか。いままで検討していますか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、入試というのは大学の自治と非常に深いかかわり合いを持つものでございます。したがって、入試に関して文部省が何かを決めるというのはきわめて慎重を要することだと思います。ただ、法律でもって「共通第一次学力試験」という用語をそのまま使っておりますので、共通第一次学力試験とは何かということが、これは一般にも国民にも明らかにならなければならないということがございますから、それについて共通入試については文部省令で決めるという規定を置いたわけでございます。しかし、それを規定する場合には、やはりそういった入試についての大学の基本的な立場というものは十分に考えなければなりませんから、この文部省令ではきわめて基本的なこと、つまり、共通一次学力試験は、国立大学が大学入試センターと協力して共同で実施すること、共通第一次学力試験は、高等学校における一般的、基礎的な学習の達成度を評価することを主たるねらいとすること、共通第一次学力試験は、国立大学が同一期目に同一試験問題によって実施すること、それらだけを規定をすることといたしたい。それ以外の実施の細目については、別途実施要綱等において国大協の方の考え方に沿ったものを決めていきたいというふうに考えているわけでございます。
○嶋崎委員 法律の体裁からいいますと、この国立学校設置法という法律の国立大学共同利用機関、これは九条の二に目的と位置が示されているだけですね。そして九条の三で国立民族博物館に関しては一項起こしていますね。この後にくるわけですね。その他のいわば国立共同利用機関に関しては、これはみんな省令で内容を何も決めていませんね。これは全部運営規則です。運営規則という省令で決まっている。これは恐らく十三条の「国立学校の組織及び運営の細目については、文部省令で定める。」この十三条に依拠して全部省令をつくっているのだと思う。そうですね。だからそれぞれの共同利用研究機関は法律に即して省令で運営規則がある。
 そうしますと、大学入試センターというこの実施センターは、この中の一つですね。それを、これだけ特別に「必要な事項は、文部省令で定める。」となぜ起こしたのですか。その根拠は。
○佐野(文)政府委員 入試センターの機構とかあるいは運営の問題については、それは他の共同利用研究所と同じように運営規則で決めていく、それは同系列のものでございます。
 ただ、共通入試とは何かということだけについては、やはり基本的なことは明らかにする態勢が法律上必要であるし、われわれとしてはそれを基本的なことに限って文部省令で決めようというふうに考えてお願いをしているわけでございます。
○嶋崎委員 それなら省令で書く必要はないじゃないですか。いま言った三項目なら法律の条文で生かされるのじゃないですか。
○佐野(文)政府委員 確かに御指摘のように共通入試の部分について法律にある程度書き切るかということは立法論として問題になりましたし、私たちも検討したわけですが、先ほども申し上げましたように、やはり入試ということについての対応というのはできるだけ慎重でありたい。法律で、たとえ国立大学どの間に合意の成立していることではあっても、およそ入試の中身について書いてしまうということはいかがであろうかというふうなことがございましたので、国大協の方とも相談をいたしまして、ごく基本的なことをここに書くということで、省令で決めるという態勢にしたわけでございます。
○嶋崎委員 そこなんですよ、恐らく国大協も非常に苦慮しているのは。法律事項でもって共通一次テストというものを起こせば、これは大変な法的な拘束力を持ちますから、いやだと言うことはできなくなってしまうわけですね。センターができて、法律問題になってきますから。しかしそうかといって、法律で起こされない――新自由クラブのようにこれを法案化してしまいますと、憲法論からいって非常に問題が起きると思う。だから、法律でできないから、しかし、どういうものかの大枠を省令で決めるという考え方の中に、事実上この省令によって、こういう内容のテストなんだから、まさにその国大協の合意に基づいてできているものなんだから、その省令でもって一定の拘束力というかそういうものを与えるという意味を持ちはしないか、その点はどう解釈されましたか、どういうふうに検討されましたか。
○佐野(文)政府委員 確かに議論としては、率直に申しまして、もし参加をしない大学というのがあったらどうするというふうな議論は常にあるわけでございますから、むしろその制度の問題として、省令をもってして必ずそれはやるのだという形で、いわば大学の実施義務があるかのように書いてはどうだという議論はあり得ると思います。しかし私どもはそういった考え方をとることをやめて、そこには共通入試というのはこういうものだということを書くにとどめるということを考えているわけでございます。
○嶋崎委員 その省令案なるものを提出してください。
○佐野(文)政府委員 まだ案文として固めたものにいたしたものはございません。考え方は以上のようなことを書きたいということで、大学側とも相談をしているということでございます。
○嶋崎委員 それならいままでの考え方の要綱でもいいです。その要綱を提出してください。
○藤尾委員長 よろしゅうございますか。
○佐野(文)政府委員 いわゆる条文の案文という形ではなくて、こういうことを書くという考え方だけは提出をさせていただくことができると思います。もちろん現時点における文部省の考え方でございます。
○嶋崎委員 それではよろしく頼みます。
 そこで、入試センターの組織ですが、所長は教授ですか。
○佐野(文)政府委員 所長は教授ではなくて所長でございますが、所長に充てるべき人は、やはりたとえば国立大学の学長経験者というような、そういう立場の方がふさわしいというふうに考えております。
○嶋崎委員 所長は教授をもって充てるというのは、よその運営規則や何かでいろいろありますね。ここの所長はどういう人になるわけですか。大学学長の経験のある者ですか、それとも教授の経験のある人とか、つまり所長という職種に充てる人の資格ないし要件というのは何ですか。
○佐野(文)政府委員 運営規則の上では、別段にそういった意味での資格要件を決めることはいたしませんで、所長は評議員会の推薦によって文部大臣が任命をするというような書き方に相なると思います。ただ、実際問題といたしましては、所長には国立大学の学長なりあるいは教授の経験者あるいは教授である人、そういうふうな方が当たる、つまり行政の面の者が当たるのではなくて、どこまでも国立大学の入試の一部を担当するセンターの所長にふさわしい方がなるということを考えているわけでございます。
○嶋崎委員 所長は、それで中身はわかります。
 さて、評議員会というのは、各大学の評議会に相当するものですか。
○佐野(文)政府委員 評議員は、もちろん所内のメンバーが出てくるというわけではございませんで、国立大学の学長を主体として、学識経験者を加えることによって構成をするわけでございます。十五名以内を考えているわけですが、これは所長の推薦によって文部大臣が任命をする。ただその場合、所長は推薦に当たって十分に国立大学側と協議をしてメンバーを決めてくるということになると思います。
○嶋崎委員 討議の過程で、この評議員会のメンバーに「共通第一次試験の事業計画その他センターの管理運営に関する重要事項について所長に助言するため、国立大学長等二十四人程度の委員で構成する評議員会を置く」というのが内部資料の討議案としてありますが、この「国立大学長等」という場合、「等」は教授ですか、それとも教授以外の行政関係の人たちが入るというようなことはありますか。
○佐野(文)政府委員 もちろん教授が入る場合もありましょうし、あるいはすでに国立大学の学長なり教授なりを退官されている方でも、もし大学側が適当であると考えれば、評議員の中に一部お入りになる方はあろうと思います。しかし、主体はどこまでも国立大学の学長ということで構成されていくことになると思います。
○嶋崎委員 では、評議員会というのはいわば最高会議で、これは学長の会議ですね。そして、国立大学からの推薦によって構成される。そこで所長を選ぶわけですね。
 運営協議員会というのは何ですか。
○佐野(文)政府委員 運営協議員会は、これも各共同利用の研究所に置かれているものと同じでございますが、二十一人以内で、このセンターの教官と、それから国立大学の学長あるいは教官が主要な構成メンバーになり、それ以外に学識経験者も加えることにしておりますので、先ほどと同じように、すでに退官された人等が入る場合もあると思います。
 ただ、評議員あるいは運営協議員を通じて、国立大学ということだけではなくて、たとえば公立大学の関係の方にお入りいただくことを考えてはどうかということがございます。これは大学側の方でも現在検討しておりますが、そういうことを含めて、学識経験者が入る余地は残しておくということであろうと思います。
○嶋崎委員 運営協議員会というのは、共同利用研究所なんかで言えば教授会みたいなものに相当する中身で、評議員会というのは評議会に相当するような内容というふうに理解してよろしいですか。
○佐野(文)政府委員 評議員会の方は、いわば最高の方針について御審議になる機関であり、運営協議員会の方は、実際的なセンターの運営の重要事項について御検討になるところということに相なると思います。
○嶋崎委員 なぜこういうことをいろいろ聞いているかというと、現職の教授の場合に、たとえば各大学と兼任教授というかっこうでいく場合もあれば、それから専任の教授でいく場合もあるわけでしょう。二種類あるのじゃないですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、専任の教官と、それから客員の教員として、主として問題作成の委員会のチーフになるような方々が入ってまいるわけでございます。
○嶋崎委員 後でまた問題にしますが、たとえば秘密ですね、試験の問題は公にできないですね。それからこの入試センターでやられる業務というのは、父兄に対する影響のみならず、受験者、それから各大学に対していろいろな重大な問題をはらんでいると思うのです。そういう場合に、ここの教官の身分は、言うまでもなく教育公務員特例法が適用されていくと思いますが、そういう身分を保障する条件は、たとえば専任研究員で入っておる教官の場合はどの機関が責任を持つのか、それから客員で行った場合に、何か事件が起きた場合には、その人たちの身分について教育公務員特例法その他を適用しながら、不利益処分だとかいろいろな問題が起きたときに、それに対応していく重要な事項を審議する機関はどこになりますか。
○佐野(文)政府委員 センターの場合に、ここの職員に対する教育公務員特例法の準用関係は、高エネルギー研究所その他の共同利用機関の場合と全く同様にするというふうに考えております。
○嶋崎委員 しかし、片一方は研究所ですけれども、ここは入学試験という大変シリアスな問題を取り扱うところですから、各大学とこの入試センターとの人事交流に関連して、いろいろな問題が起きはしないかということを不安に思うのですね。
 たとえば、例として聞きますが、このレポートの三十四ページから三十五ページに、国立大学の教官数と試験監督者数、試験監督充足状況の表がありますね。この表は、受験者総数三十万ぐらいを想定してつくられている。しかし、実際には四十万か四十五万ぐらいいく可能性がありますね。仮に五十人に二人の試験監督の教官がつくとする。普通ですと、事務職員がそのほかに大体四人ぐらいつきますよ。だからその際に、この表でいきますと、四万二千二十人ぐらいの国立大学教官数のうち、一万一千五百六十三人ぐらいが試験に駆り出されるわけですね。大ざっぱにいって四人に一人ぐらいでしょう。ところが、これは三十万を前提にしていますけれども、四十五万ぐらいを前提にしますと恐らく一万六千ぐらいの人間が駆り出されることになりますね。それで事務職員は教官より少ないわけですね。ところがたくさん駆り出されるという実情が出てまいります。そうしますと、まず一つお聞きしたいのは、入学試験の時期は十二月のいつごろになりますか。実施時期は。
○佐野(文)政府委員 十二月下旬、冬休みの前半ということになると思います。
○嶋崎委員 そうしますと十二月の、たとえばクリスマス前後ぐらいにやるとすると、大学の事務職員は休暇がありまして、大体二十八日になっていますけれども、二十五、六日ごろにはもう仕事が終わっていますよね。そうしますとここにあるような、大学の教官だったら三人に一人ぐらいの割合で入学試験の監督に駆り出される、事務職員は割合としてはもっとたくさんの人間が駆り出される。しかも入学試験の教室は国立大学では大体三千カ所ぐらいと言われているのじゃないですか。どのぐらいですか、三千カ所ぐらいじゃないですか。三千カ所ぐらい、足りないんじゃないですか。
○佐野(文)政府委員 ちょっと御質問の意味がとり切れなかったわけですが、たとえば五十人を一つの教室に入れて何カ所というふうな意味でとれば、確かに御指摘のように仮に四十万とすれば八千カ所要るということに相なります。
○嶋崎委員 しかし身体障害者もあれば、盲、聾その他もあれば、それから僻地の場合には数は少なくても同じ人間を配置しなければならないのですよ。十人だって、教官一人要るわけですから。そういうことを考えて、いまの大ざっぱな平均数字でもそうなんですから、要するに大変な教官の数が引っ張り出されるわけですね。で、国立大学の教室で入学試験に使えるのは約三千ぐらいとぼくは何かで聞いていますけれども、実際には、ひょっとすると大ざっぱに見ても四千五百か五千ぐらい会場が要るかもしれませんね。そうしますと、大学以外の高等学校、それから大学以外の施設、それから僻地の場合には僻地の高等学校、そのほか身障者その他についてはいろいろな施設という、大変たくさんの大学以外の教室を当然使わなければならぬわけですね、事実上は。そうしますと、いま四人に一人の大学の入学試験というのでも、大学の中では大変問題になることです。しかも、暮れの恐らく二十三日ごろからテストをやって終わりじゃないのです。後を整理してセンターに書類を送ったり、いろいろな仕事は何日か残るわけですね。そうしますと、暮れにかかると思います。二十七、八日、休みにかかる寸前と見たって、そのころですね。そうした場合に、これは当然事務職員の休暇、教官の休暇等々に絡まって、大学内部で問題を起こすと思うのですよ。つまり、教職員組合と大学側との間で、そういう人間の配置をめぐる問題、それからそれをめぐる、手当は多分超過勤務だと思いますけれども、その手当の問題等々で学内でそういう問題が起きる可能性というものを含んでいるわけですね。そうしますと、そういう大学内部で、暮れの休み前で、 このごろだったら若い連中はスキーに行ったり帰省の計画を立てているようなときに、一月の始まる方は決まっておって、十二月の下旬にそういう仕事が果せられる。そして教官数は相当な数が動員され、事務職員が相当な数が動員されるということをめぐって、一次テストに対応していく対応に微妙な問題が大学内部であちこちで起きてくる可能性がありはしないかというように私は思うのですが、その点の検討は大学協会はしていますか。
○佐野(文)政府委員 国立大学協会の方もその点については非常な問題意識を持っております。したがって、入試の会場、これは御案内のように、志望校ではなくて、出身地の最寄り校で受けるのを原則といたしますが、その場合でも、その地域の学生の数等を勘案いたして、場合によっては隣接の大学の方に余力があればそちらの方で受験場を設定をするということも考えなければなりませんし、また身体障害者につきましては、ことしの秋実施を予定しております八万人の試行の際に、ブロックに二大学程度を会場校で設定をしてみて、うまくいくかどうかを実際にやってみるというようなことも考えております。
 そのようにいろいろと調整をしても、場合によっては御指摘のように一部高等学校の校舎とかあるいは公立大学の校舎というふうなものを借用しなければならないことも出てくるかと存じます。ただ、そういった点についての経験は、すでに現在の国立大学の入試についても各大学は積んでおりますので、そういった経験を生かしながら会場の設定あるいは管理について遺憾のないように期したい。
 また、教職員の勤務条件の問題についてもやはり大学の方は非常に心配をいたしております。これについては、これまでに講じてまいりました入学主幹であるとかあるいは入試関係の係長であるとか、そういった入試業務担当の職員の増強というのを少なくとも実施までに各大学には配置をするということで考えてまいっておりますし、また、超過勤務手当の点につきましても、財政当局と協議をして十分な配慮をしたいと考えております。
○嶋崎委員 要するに、大学入試センターの組織運営という場合に、まず大学側から言えば、この入試センターの運営に当たって出題者の選定はだれが行うかという問題がありますね。それから専任の教官を置くかどうか。それから大学の意思とのつながりはどのように保証するかというこの三点について組織運営上問題点が残ると思いますが、これはそれぞれどんなふうに考えていらっしゃいますか。
○佐野(文)政府委員 試験の出題の関係というのは、これは各入試科目に応じて委員会をつくりまして検討が行われていくわけでございます。そのメンバーについては一定期間をもって三分の一ぐらいずつ交代をしていくというふうな形を考えているようでございますが、いずれにしてもそれは入試センター側が国大協の方と十分に相談をして決めていくということに相なるわけでございます。
 また、国立大学側の意向とのつながりの問題については、先ほども御説明をしましたように、評議員会なりあるいは運営協議員会なりの構成というものが、そもそも国立大学の総意というものを十分に反映できるようなものとしてつくっていくことを前提に考えられているものでございますから、それを通じてまさに大学の入試の一部を共同処理する機関として大学の総意のものに運営できるような方式は確保されていくであろうと存じます。
○嶋崎委員 大学自治と入試センターとの関係についてはまだ議論しなければならぬ問題がいっぱい残っておるように思いますが、時間もありませんからこの辺でやめておくますけれども、要するに、さっき言った入学試験のときに教官の動員がされなければならぬ、事務職員が動員されなければならぬ。そのときに、しかも年末の時期にそういう形が行われたときに、大学内部で問題が起きはしないか。それから入試センター自身の秘密というような問題が、出題の問題その他についてあるでしょう。そういうものがもし漏洩していくというような事態が起きたときの入試センターの教官の身分保障というのはどうあるべきかという問題が残っている。それから入試センターと各大学との組織的つながり、民主的なつながりの関係はどうあるべきかという点もまだ十分に明らかにされていないと私は判断をしています。ですから、そういう観点からしますと、いままで各大学の中で行われてきた入試業務が、一部が入試センターを使って共通テストをやるということに伴ういままでの大学の内部で処理されたことと、外との結びつきで起きるであろういま言った幾つかの問題ですね、そういう問題についてはまだまだ詰めていかないと、制度運営上問題点が出てきやしないかということを恐れるわけです。そういう点について今後とも問題点をはっきりさせていただきたいというのが、一つのいままでの質問の大ざっぱな、組織運営の問題に関する点でございます。
 余り時間がありませんから、そこで共通テストの第一次試験というものの性格、これについて質問いたしますが、第一番目に、現在社会問題化しつつある大学入試ですね。それの弊害というのをどう見るのですか。その弊害を具体的に幾つか列挙してください。
○海部国務大臣 まず一つは、非常に偏った大学、偏ったといいますか有名校といいますか、受験者が非常に集中する傾向が出ております。これは大体合格率が、私の記憶では七〇%程度だろうと思います。大学へ進学したいという人の七〇%ぐらいがただいま合格していくわけでありますけれども、にもかかわらず、受験地獄だとか受験戦争とかいう言葉で表現されますことは、そこのところに非常に過度な集中があるのではないか。このことはやはり受け入れ側の社会において学歴が必要以上に幅をきかせ過ぎておる、こういう世の中の仕組みが大きな背景となっておりますから、この方面から問題も考え直していかなければならぬことだと思います。
 それから二つ目に、次元の違った角度からのきょうまでの各界の御批判をずっと読んでおりますと、いわゆる高等学校における教科内容を誠実に努力しておっても、何か大学の入学試験のときにはそれだけでは不十分だという傾向が出てきて、そのことが試験問題の難問奇問という表現のされ方をしておりますが、難問奇問を解決しなければ大学に受かることができないのだというような風潮は、これまたあるべき姿ではないと思いますけれども、今度は難問奇問を解決するためにはどうしたらいいかというところに重点が置かれますと、高等学校の学習内容あるいは高等学校の勉強のあるべき姿そのものにも、大変な反省と批判が起こってくる。そうしますと、逆に、その面の解決は、社会がどうのこうのよりも、入学試験そのものが、受験生にとって高等学校における誠実な努力の積み重ねによって解決される問題だという保障が与えられるとするなれば、その面からは改革をすることができるだろう。大きく二つに分けますと、そんなところに大きな問題点があるのではなかろうか、私はこう考えております。
○嶋崎委員 社会問題化しつつある大学入試の弊害というのはそれだけですか。
○海部国務大臣 それに伴って起こります大学進学そのものを目指しての塾の問題もございましょうし、それからまたさらに派生していけば、これは特殊な例でありますけれども、大学が入学時に多額の寄付金等を合格条件と疑われるような方法で取っておるのではなかろうかということも、やはり社会問題化しておる大学入試に絡む問題、これは最も幅を広くした場合でありますが、そういう問題もいろいろ起こっておると思います。
○嶋崎委員 もっと根本的な問題はありませんか。
    〔委員長退席、藤波委員長代理着席〕
○佐野(文)政府委員 うまくお答えできるかどうかわかりませんが、かつてOECDの調査団が、日本においては十八歳の春の一日でその学生の将来のあり方が決まってしまうというふうな指摘をいたしたことがあると記憶をいたしております。もちろん、これは若干言い過ぎであるとは私たちは考えておりますけれども、高等教育の門に入っていく場合の入り方というものがもう少しいろいろと工夫をされて、あるいは大学に入ってからの大学間の流動その他の問題が工夫をされて、ある十八歳の一時点における選抜ということだけで高等教育への入り方が決まってくるというふうなことでないようにするということが、非常に大きな目で高等教育の問題をとらえれば、基本的にはあるように思います。
○嶋崎委員 すでにわが党の木島委員が予算委員会なんかでも質問をしていると思いますけれども、根底は、日本の社会の中にある学歴社会という風潮、この問題をどうするかということを根本的に真剣に考えないと、入試問題だけで処理できるかどうかというような基本問題が幾つかあると思うのです。
 まあ大きな問題は省くとして、いま大臣が言いました、偏った、いわば有名校への集中、格差ですね、この格差は、では共通第一次テスト、第二次テストの組み合わせで改善できると思いますか。
○海部国務大臣 これは、最初に私もお答え申し上げましたように、入試の制度だけでは完全な解決はできないだろうと思います。それを踏まえての社会が、学歴が必要以上に幅をきかせることも間違いであるし、また、大学そのものの学校間格差の是正というようなことにも力を入れていかなければならぬでしょうし、やはりいろいろな問題がございますけれども、当面、入学試験制度そのものもいろいろ批判が起こり、指摘があるわけですから、これも改善をしなければならない問題だ、こう理解しておるわけです。それだけでは十分だとは考えておりません。
○嶋崎委員 その社会問題化しつつある大学入試の弊害の一つだと考えられる有名校への集中、いわゆる格差というものがこのテストではある程度か一部分の改善ができるというだけの話ですね。
○海部国務大臣 完全な解決になることを願うのですけれども、必ずしもそうではない、ほかにもいろいろやらなければならぬことは当然たくさん残っておる、こう思います。おっしゃるとおりです。
○嶋崎委員 格差是正という、たとえば有名校への集中というのは、第一次、第二次試験を組み合わせても改善できないと私は思うのですがね。それを組み合わせたら、どういう意味で改善が可能になりますか。どういう意味で格差について集中が減ると考えますか。
○海部国務大臣 この問題は、受験生の側から見れば、やはり高校時代の三年間の誠実な学習努力が認められるようになるという、一つの、集中するかどうかと別の問題のいい点があると私は理解しておりますし、それから一次試験、二次試験を組み合わせて評価されることによって、やはり一回一発のペーパーテストじゃなくて、もう少し幅の広い多角的な選抜もなされるようになるだろうということが言えると思いますし、二次試験のこと等はまだ内容が明らかになっておりませんので、想像、憶測を加えて物を言ってはいかぬかもしれませんが、そういったことを配慮しながら二次試験の内容というものも決められていくわけでありますので、それの組み合わせによってやはり幾らか改善されていく面はある、こう理解しております。
○嶋崎委員 いまの大臣の答弁を聞いておりますと、たとえば偏った有名校への集中、格差というものは、この組み合わせをうまくやれば、技術的にある程度可能なのではないかという予測はわかるわけです。具体的になりますかと聞いているんですよ。なる可能性がどこまでありますかと言うんですよ。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、確かにむずかしい問題があることはわかりますけれども、たとえば共通一次と一緒に実施をいたします入試期日の一元化もございますので、共通入試、二次、それから入試期日の一元化、そういったものの組み合わせによって、学生の側が志望校の選択をより慎重に行うようになることが期待されますし、そういう意味では地方大学への志願者が増加をするというふうなことで、特定大学への集中の傾向は緩和をされて、むしろいまよりもすぐれた者が地方大学に進学をするようになっていくということが私どもは具体的に期待できると思っております。
○嶋崎委員 それは願望じゃないですか。だって現実に大学の格差があるのですよ。その格差を是正するために一次テストというのが意味があるであろうというからやるというのでしょう。ところが仮に一次、二次一緒にやっても、共通一次テストの結果、これが仮に後期中等教育の到達度のテストの内容だったとしましょう。到達度だったら相当いい成績で全体が一定程度行くということもあり得る。しかしいままでの調査は、どういう生徒を選んでどういう調査をしたか、これも大問題だと思うけれども、いままでの高校のある程度の受験生の中の一定の水準に偏った調査であるということはあり得るわけです。七・五・三と言われるように、後期中等教育の中にもついていけぬ生徒がいっぱいいるのですから、そういう人たちを調査の対象にしていたのかどうか。どういう生徒を調査の対象にしたのかというとり方そのものの調査の方法がいろいろ問題になると思うのです。到達度といったって内容はちっとも明らかでない。
 そこで到達度というのはやさしいとしましょう。そして到達度でやって、適性能力というものは、今度は学部に進学したときの大学の専門性にたえ得る適性、それは今度第二次テストを中心にするとしましょう。そうしますと、第一次の段階ですでに――第二次に行くときにはみんなは依然として有名校に行きたい。おれは東大にやはり行きたいとその中の相当部分は言うでしょう。だからいままで東大でも予備テストでセレクトしたのでしょう。第一次テストでは、いままでの予備テスト以上に仮にやさしければまた集中するのです。大学の格差というものが厳然として存在していて、テストでもって技術的に対応したら、その格差を是正するという意味を持つであろうと大臣も局長も言うけれども、ぼくはどうしてもわからない。やはり与えられているもの、その中で選択するしかないんだから、是正にならないと思うのですよ。大学制度の改革そのものを考えないで、日本の高等教育のあり方というものの改革を一つも考えないで、その第一次と第二次をやりさえすれば格差の是正に――たとえばこういうことがあるでしょう。一回目のときは一期校を受けた、二期校受けた。それが今度は一回ですから、最初からおれは二期校だと言って受けるかもしれません。試験で言えば、いま二回に分けてやろうが、自分は一期校には行けぬという能力の人でも受けることもあり得るわけだし、それが最初から今度は自己選択してしまって二期校へ行くだけですから、格差を前提にしてしか自己選択しないじゃないですか。どうしてその格差が是正になりますか。
○海部国務大臣 これは最初から申し上げておりますように、この入学試験だけで全部解決するなどということは思っておりませんし、それから社会の受け入れ側の仕組みが変わらなければならぬということも申し上げましたし、大学間の格差というのは入学試験の制度を共通一次にすることによって是正するというのじゃなくて、ほかにもやはり大学間格差是正のための施策は講じていかなければならないことは御指摘のとおりでありますし またいろいろと努力を積み重ねてきておるわけでありますが、しかしこの共通一次試験の中でもこれを行うことによって、格差是正のいろいろな施策の中の一つとして役立つのではないかといえば願望だとおっしゃるかもしれませんが、たとえば一期校、二期校の問題でも、きょうまで皆が競って受ける、一期校も二期校も両方受かる、そして必ずどっちかは行かないという二重の合格者の問題等も、別の意味から考えますと、それが一列に並びますということは、同じ日の試験ということは、選択をするときに、より自分の考え方あるいは自分が目指しておる方向、そういったものを考えて選択してもらえば、そういうところから私どもは幾らか効果が出てくる、こう信ずるのであります。
○嶋崎委員 いまの説明ではさっぱりわからぬ。(発言する者あり)
○藤波委員長代理 静粛に願います。
○嶋崎委員 だからもう一度局長と大臣と相談してでもいいですから、第一次テストというものをやる共通テストのメリットはどういうものかということを具体的にまず列挙してください。いままでの国大協の調査報告に基づいて列挙してください。
○佐野(文)政府委員 先ほど大臣からお答えを申し上げましたように、衆知を集めた問題が提出されることによって、高等学校段階での教育課程、学習指導要領というものを十分に配慮した問題を出すことができる、それによって一つには高等学校以下の教育課程の改善に資するということになるでございましょうし、また大学の方は、そういった問題の作成を通じて、いわゆる大学に入るべき者を同じように選抜するにしても、より教育的な見地からの選抜ということを考えることができるようになるということがあると思います。それから一般的なあるいは基礎的な到達度というものを、共通一次の五教科によって行うということは、それとの組み合わせによって、二次試験の段階では、先生からも御指摘いただきましたように、自分の志望する分野における適性能力というものを評価できるような問題というものが出題されるということが期待されるわけでございますから、それによって学生は自分が将来進む分野について、いわば得意な分野についてより突っ込んだ勉強をして入試に臨むということになるわけでございますから、一次、二次を通じた全体の学力テストの内容というのはいまよりは改善をされてくる。それは入試制度における一つの学力検査の行い方という限られた分野ではありますけれども、大きなメリットを持つというふうに考えるわけでございます。
○嶋崎委員 二つだけですか。具体的に列挙してください。もう一つあるでしょう。難問奇問があるでしょう。それはいま言った一の中に入るわけですか。一、二含んでいるから難問奇問なんですか。それならぼくの方で整理しますよ。局長のいま言ったのは、基本には二つあった。一つは、局長の言葉を使えば高等学校教育の正常化、そういう意味で難問奇問みたいなものを廃止して、後期中等教育の学力の到達度を測定することによって、高等学校教育への正常化というインパクトが作用するであろう、そういう意味でこれはメリットだ、こう言った。これは難問奇問の排除ということを含んだとしましょう。それから第二次試験との組み合わせによって、進学する生徒たちの人間的価値、人間的な要求とでもいいましょうか、専門性にたえ得るより人間的な適性というものを調べることができるようになるという意味で、一次をやって二次と組み合わせをやれば、いまよりは、一発勝負よりはより適性を判定できる、この二つを基本におっしゃいましたね。この二つですか。
○佐野(文)政府委員 結局その二つということに相なろうかと思いますが、さらに言えば、これもむずかしいことではございますけれども、従来入試というのは、どうしても学力検査というものの偏重ということが言われ、それがまた一発勝負ということで批判をされていたわけでございます。一次、二次を通じた丹念な学力検査に加えて、さらに調査書の活用であるとか、あるいはその他の面接であるとか、実技であるとか、小論文であるとか、そういったより多様な要素というものを選抜の際に加えることができるようになれば、従来の学力検査に偏重した選抜方法が、より大学に進学しようとする生徒の全体的な力というものを判定することに役立つということが言えようかと思います。
○嶋崎委員 国大協の報告書は局長よりもっと詳しく言っていますね。大学教官の負担が軽減される、特に入学試験というのは大変な業務ですから、毎年毎年やらなければならないのに、各大学の先生方が毎年毎年問題を出すのに、入学試験の問題が持っている専門的性格というものを客観的になかなかつかみにくい。そういう意味で共通テストをやって、専門家につくってもらう方がより客観的だろうし、各人の能力を越えた分をカバーしてもらえるというのを非常に大きなメリットだと言っているんだろうと思うのですよ。それから、ほかにも第一次、第二次の、さっき大臣が言った一期と二期の一元化を行えば、地方大学に学生がもう少し最初から分散するようになるだろう。そういう意味で、格差是正の一助たり得るとか、その他調査書の評価みたいなものが可能になるとか、難問奇問とか、幾つかメリットを挙げております。それを要約して二つとおっしゃったんだろうと理解しましょう。デメリットは何ですか。デメリットはどう思いますか。
○佐野(文)政府委員 共通入試の持つデメリットというのは、私どもはそれとしてはなかなか指摘しにくいと思います。もちろん非常に多勢の者を対象とした試験をするわけでございますから、その試験の実施に伴う技術上の問題点というのはあると思います。それは、マークリーダーの読み取りをきわめて正確にしなければならないとか、あるいは大量の問題であるからその秘密保持なり保管なり輸送なりに万全を期さなければならないとか、そういった技術的な問題はありますけれども、それは制度としてのデメリットというわけにはまいるまい。ただ心配をいたしますのは、どうしても受験生にとっては、試験を二回受けるということになります。したがって、それがいわゆる受験生の側において、いまよりも負担をより加重するというふうなことになってはそれは困る。そのために、二次試験というものが一次試験を実施する趣旨に沿って各大学において十分に実施をされなければ困るということがございます。それとあわせて、試験場を出身地の最寄りの大学で行うというふうな配慮も当然しなければならないわけでございますし、また各大学の側においても、先ほど先生御指摘のように、大学側の負担というのは、それは出題の面では改善をされても、二回の試験ということをやるわけですから、むしろ先生方の負担はより重くなることも考えられるわけで、そういった点については、勤務条件の問題を考えることはもとよりでございますけれども、やはり大学の方では、そういった二度の試験をやっても、よりすぐれた選抜というものを大学教育の第一歩としてやりたいということを考えているわけですから、それにこたえられるような配慮をわれわれもしていきたいと思います。そういう意味で、私は共通入試の場合、共通入試をやることによって出てくるデメリットというのは、いまの技術的な問題点に対する懸念と、それからもう一つは負担加重の問題についての懸念、これはむしろデメリットというよりも、それは何とかしてそういった事態の起こらないような工夫をしていかなければならない課題であるというふうに考えております。
○嶋崎委員 共通第一次テストをやったら、デメリットとして現行入試に比べて共通テストは弊害を増大させるおそれがあると考えられるのですが、そうは思いませんか。
○佐野(文)政府委員 もしかつての進学適性検査について言われましたように、共通入試というものが、いわゆる受験技術を勉強することによって成績がよくなってくるような、そういった問題というものが出題をされて、そういうものとして受験生が受験技術の勉強をするというふうな形で受験競争を過熱させるということが仮にあれば、それはいまよりも入試の過熱の状況を激化するということが出てくると思います。しかし、それを非常に恐れるがゆえに、国大協の方のこれまでの試験問題についての検討というのはマークシートを使う方式ではございますけれども、非常な研究の積み重ねによって明らかにいわゆる客観テストではありながらも、従来は不可能とされていたような、より多様な能力というものを調べられるような、また偶然性に依存しては必ずしもいい成績がとれるというふうなことでないような、偶然性をできるだけ否定するような形での試験問題の検討というのが行われておりますし、そういった試験問題の調査研究の結果というのは共通入試を前進させていく場合の一つの大きな説得力にもなっているほどの成果は見ておるというふうに考えておりますから、いわゆる受験戦争をこれ以上過熱させるというふうな形では共通入試というものは働いてこないはずであるし、また働かせてはならないというふうに考えております。
○嶋崎委員 いま言ったデメリットとして現行入試に比べて今度は共通テストに対するまた高校生や、外では新しいテストの技術的な競争が始まって、受験対策企業が栄えるというような意味のデメリットがあると私は思います。
 もう一つは、国立大学だけで、私立大学がこれに加入をしないということになれば、大学入試全体の改善にはならない。そういうデメリットがある、いまのところは国立大学でやるのですから。
 私立大学は現在のところどういう対応をしているかということが問題ですけれども、なおさっきから有名校偏重という格差をこれでは依然として解決できない。そうしますと、メリットとデメリット、私はその三つを思ったのですが、国立大学から私立大学にまで、大学全体にこれを適用しなければ大学改善にはならないと思うが、どうですか。
○海部国務大臣 御指摘のように、私立大学の学生数が圧倒的に多い現在でまいりますと、大学入学試験全体から考えれば、国公私立全部足並みをそろえていただくということが、これが理想であるとは思いますが、やっぱり大学の自主性といいますか、国立大学の方では長い間の調査研究の結果、こういう結論を示してもらったわけでありますし、公立大学の方はそれに参加をするという意思表示をいただいておるわけでありまして、私立大学の方ともできればその方向で協議、助言は続けていきたいと思いますが、いま直ちに私立大学の方ではこれに参加をするという意思の一致は見ておらないというのが現状でございます。
○嶋崎委員 そうすれば、大学入試の改善にはその意味においてはならないという意味では、まだこれは単なる国立大学の内部における一時的な技術的対応でしかないということでありませんか。そうでしょう。有名校の偏重はさっき聞きましたね。
 そこで、じゃあメリットにまた返りましょう。メリットに返りますが、国大協の文書によれば共通テストは高校教育における学習到達度の測定と言っていますね。学習到達度の測定を目的とするということだが、それによって得られた成績値がその後の大学教育に重要な意味を持つとお考えですか。
○佐野(文)政府委員 私どもは共通入試の結果測定される高等学校における基礎的な学力の達成度というのは、これはその後の大学における学業と深いかかわり合いを持つはずであるというふうに考えております。もちろんこれについては大学入試センターにおける追跡調査等がこれから続けられていくわけでございますけれども、そのように考えております。
○嶋崎委員 到達度の内容は明らかじゃありませんが、これは内申書的性格なものですか。
○佐野(文)政府委員 御質問の趣旨がちょっととりかねたわけでございますが、国大協が従来調査研究で行っております実地研究、いわゆるテストの試行における問題というのは、御案内のようにほぼ六十点くらいのところを平均点としてとって そうして学生の成績を見ているわけでございます。これまでの成績の分布というのはおおむね実地調査に当たって国大協側が期待したような形で出てきている。そういう意味では問題というのはかなり練られているという評価を得ていると思います。これの結果というのは、全体として合格者を決める場合に、もちろん二次試験の成績あるいは調査書等とあわせて評価をされる一つの判断の資料になるものでございます。
○嶋崎委員 到達度というのは、国大協の調査報告でも言っていますけれども、高校の普通の学習をまじめにやれば合格できるという程度の内容だと言われているのだけれども、そうするとこれは高校の卒業試験に相当するものなのかどうか。だとすれば、学力の到達度という意味ならば、大学入試の前提になる資格という意味になるわけですね。そういう内容ですか。それとも、大学における専門性にたえる適性を含めてのテストですか。どっちなんですか。
○佐野(文)政府委員 共通入試の場合に、何点を取らなければ合格しない、不合格であるというような性質のものではないわけでございます。それは二次試験の成績や調査書の内容とあわせて判断をされるものでございます。
○嶋崎委員 そうすれば内申書的性格のものです。それによって決まらぬわけでしょう。ところが、実際は、これに関連して、共通テストの成績というのは公表しないですね。それはなぜですか。
○佐野(文)政府委員 まず初めの方の御質問ですが、大学の学力試験というのは、これまた御案内のように、一つは高等学校の基礎的な学習の達成度を見るという面と、それから進むべき専門分野に応じた適性能力を見るという二つの面を持つものだと思います。その大学入試における学力検査の基礎的な学力の達成度の方を共通一次で見、そして適性能力の方を各大学の行う二次試験で見て、それを総合的に判断をして学力の検査をしようというのが今度の共通入試制度の趣旨でございます。
 それから、共通入試の結果を公表いたしませんのは、この結果を公表いたしますと、それは個人に対して行うにしてもあるいは高等学校に対して行うにしても、やはりそれが一般に公になることによって、高等学校のランクづけであるとか、あるいは生徒の進路に応じた大学のランクづけであるとか、そういったことがむしろ社会的には問題とされる。それは決して好ましいことではない。むしろ格差を増進する方に働いては大変であるということが懸念されますので、結果は公表をしないということにいたしたわけでございます。
○嶋崎委員 そうすれば、もう第一次の共通テストは到達度を調査すると言っているわけですから、それによって合格、不格格はないわけですから、そうすれば内申書的性格のものだとぼくは思うのです。そうして、第一次テストを参考にしてもう一度本番の大学内部におけるいわゆるその大学教育の適性能力というものを見る第二次テストが行われて、総合的に決める、こういうことでしょう。そうすれば、その場合の学習到達度というものは何を基準にしていると思いますか。このリポートでは、大学の先生方が高等学校でやられている――特に五十一年度からカリキュラムの編成が改訂されていますね。それで、今度のテストは五十四年にやるわけでしょう。五十一年にカリキュラムの改訂が行われて、それがいま始まったばかり。そうして、五十四年ですから、いま高校一年の生徒が最初に受けるわけですね。すると、その人たちの高校卒業程度というもの、いままで調査してきたのはずいぶん前からでしょう。そうしますと、カリキュラムの改訂をやった五十一年度以降の高校生徒の到達度というものと、いままで調査をやられている高校の教育内容の到達度、ここで出されている問題の到達度、その度の客観的な基準はどっちに置くのですか。
○佐野(文)政府委員 四十八年に高等学校の教育課程の改訂がございまして、そしてその新しいカリキュラムで勉強をした人たちが五十一年に大学を受ける、そういったことを前提にしてこれまでの調査研究における実地調査というものが行われてきたわけでございます。
○嶋崎委員 しかし、いままでのレポートは確かに四十八年、四十九年、五十年ですよ。ところがそこの高校の生徒は五十一年度以降実施されたカリキュラムじゃないわけですよ。そうでしょう。その当時の生徒のいわば能力を前提にして、到達度というのは大体こういう問題ならよかろうということでここに出した。むずかしいものですよ、そんなやさしいものではないと私は思うのですがね。そういうレポートのいわば到達度という尺度が一本ある。それで、五十一度から新たなカリキュラムでやる生徒たちが卒業するときの高校の到達度というものがある。しかしそれは書物で見てのもので、高等学校の先生が人間を相手にした教育実践をしっかりやって、そして人間のそれがどこに到達するかという、そこに到達度というものがおのずから決まってくるものであって、まだ教科書を使って実際にカリキュラムで人間の教育が行われていない、書物の上や文書の上での内容でもって片一方では到達度と言っている。そして五十四年からはどんな到達度になるのか知らぬけれども、いずれにしても新たな基準の変化が起こる可能性があり得ると私は思う。ありませんか。ないという保証を言ってください。
○佐野(文)政府委員 御案内のように高等学校のカリキュラムの改訂は、いま学習指導要領の作成ということで進んでいるわけでございますが、これで新しいカリキュラムに沿って大学入試が行われるのは昭和六十年でございます。したがって六十年の段階以降における共通入試というのは、いまのカリキュラムとは違ったものをベースにして行わなければなりませんから、それまでの間に、学習指導要領の進行と並行をして、当然新しい調査研究が入試センターで行われていくわけでございますが、それまでの間は現にやっているものでやるわけでございます。
○嶋崎委員 そうしますと、いますでに入試問題で大変社会問題化しているのは、大学の格差もさることながら、その大学の格差を前提とした入試に難問奇問が出ているということなのでしょう。それを是正するために、到達度ということを言っているわけでしょう。その到達度そのものの客観的な基準は、これはあるようでないようなものです。もう現実に格差があって、そこで受験競争にさらされている生徒たちのそういう状況の中で行われた後期中等教育の教育なのですよ。そういう中で到達しているであろう到達度というのは、依然として格差を前提とした受験競争の中での到達度の、いわば容観的条件なんですよ。それを大学側がどんなに主観的に低くしようとしてみたって、低くすれば今度はたくさん合格してしまうから、格差に合わせてまた第二次試験のときには予備テスト的なものを、三倍というガイドラインを設けておりますけれども、やらざるを得なくなるのですよ。だから高校の到達度というものの測定は国大協がやることなのか、それとも国民の立場に立ち、高等学校教育も含めて、そういう日本における後期中等教育の今日の到達度というのは、もう少し客観的な基準というものが何とはなしに出てくる必要があるのじゃないですか。つまり、いままでのものは現実に格差があって、受験競争があって、その受験競争の中で行われている後期中等教育の生徒たちの到達度なんですよ。だから、その到達度をどこに持っていくかを考えれば、受験競争というものがそのままなくなることはありっこないし、格差はなくならないし、同時に、その客観的な到達度の意味がこれから変わろうとしていく、試験に対応していく到達度の中身とは違ってこないだろうかという気がするわけです。だから、ここで言っている学習到達度というものは、歴史的にも状況的にもきわめて変化し得るもめ、バリアブルなものなんですよ、この成績値は。歴史的な段階によって違うし、進学度によっても違うし、それから科学技術の発展によっても違うし、マスコミの発達によっても違うし、いろいろな状況で、人間の到達度というものは長い目で見て時期、時期により変化しているものです。だからそれを、共通一次テストをやれば到達度というものの測定ができて難問奇問がなくなる、そういう結論を出せるのだろうかという疑問が依然として残るのですね。だからぼくは、ここで言う学習到達度の測定という、この内申書的性格の到達度というものの測定はきわめて困難である。少なくとも格差是正だとか難問奇問をなくするというような観点での技術的な対応である限りは解決にならないのではないか。では聞きますが、難問奇問とは何ですか。
○佐野(文)政府委員 確かに到達度というのはむずかしい問題だと思います。ただ、ここで言っている到達度というのは、いままでの高等学校の学習指導要領の範囲をむしろ越えたような、あるいはこれを考えないような出題を通じて一般的に考えられているむずかしさとかそういったものを言っているのではなくて、学習指導要領というものに準拠をして、そしてそれを前提にして問題を考えていこうということでございます。そのために国大協はずいぶん苦労して、それぞれの教科ごとに委員会をつくって検討をし、問題をつくり、その問題のレベルというものを考えて実施調査の結果を積み重ねてきたものでございます。難問奇問というのは、それは一つにはレベルの点において高等学校の学習指導要領の範囲を越えているものでございましょうし、それからもう一つは、技術的な面で、きわめて答えにくい、受験生の方が迷ったり、あるいは幾つも正解があったり、あるいはそれを受験生に聞くのが無理なような、そういった出題の仕方がされているもの、そういったものを言うのだろうと思います。
○嶋崎委員 そこで、また新しい問題が出てきましたね。メリットの第二番目の高等学校教育の正常化という際に、数年後には共通テストの受験対策というものが高等学校教育における事実上の学習指導要領になる可能性というものが含まれる。学習指導要領というものが受験対策として考えられる。つまり、受験対策として技術的な対応として考えられる学力テストが高等学校教育の内容を規定する学習指導要領というものに、いわば事実上画一化される教育内容に立ち至ったインパクトがあるという新しい問題点が出てきやしませんか。後期中等教育というのは義務教育じゃありませんね。そこには創造性と自主性というものが生かされなければなりませんね。だからこそ多様化とかいろんなこと、私たちは賛成じゃないけれども言ってきたのでしょう。そうすると、高等学校教育というものの持っている自主性、創造性というものはむしろ義務教育以上に尊重されなければならない。だからこそ高等学校の学習指導要領の持っている画一性、法的拘束性ということが教育学会でも大問題になっている。その大問題というのは教育内容との関連でこれが問題になっている。ところが学習の到達度というものが学習指導要領というものを軸にして画一化されていくという入学試験という一つの技術的対応の問題がある。後期中等教育の教育内容に影響を与えていくということにならざるを得ないということになるじゃありませんか。どう思いますか。
○佐野(文)政府委員 大学の側でどのような問題を出していくかということが結果として、あるいは事実として高等学校側における学習の内容に影響を与えるという点があるということは御指摘のとおりだと思います。それであるからこそむしろ大学の入試の方のあり方を変えることによって、高等学校の側で学習指導要領に沿った学習というものが誠実に行われることを期待しておるわけでございます。
 また、共通入試の問題が内容として、あるいは出題傾向として固定をしていくということになると思わざる弊害を生みますので、入試問題を出題をする委員会の先生方というのはある期間を置いて交代をしていくというふうなことも考えているわけでございますし、多数の人が衆知を集めて問題を考えていくわけでございますから、そういった意味で大学の出題をする共通入試の問題というのが固定をしていくというふうなことはないように、また毎年毎年それが改善されていくような努力が払われていくと思います。
 また、その試験の問題あるいはその評価については高等学校の側とも十分に協議をする、これまでも地区別にいろいろと検討会、説明会等を実施してきているようでございますけれども、入試センターの仕事としても、高等学校側との協議というふうなことは十分に行っていかなければならないというふうに国大協も考えておりますし、むしろ国大協と高等学校長協会の方とで相携えて高等学校の教育というものの正常化に役立つように努力する、そういう課題であると思います。
○嶋崎委員 一回目はいいでしょう。二回続き、三回続き、四回続いていけば、その数年後にその過程の中では当然国大協側が難問奇問というようなことが基準になったりしていますと、難問奇問というのは客観的にはわかったようでわからぬようなものだと思うのだけれども、学習指導要領というものに次第次第に合わせていくようになってくることは必至ですよ。そうすると、学習指導要領の権威化ですよ、実態としては。学習指導要領の権威化であり、そういう意味で入学者選抜の手段であった共通テストが高校教育の内容に何らかの影響を及ぼす。それが好ましいか好ましくないかという問題が残ると思う。大学の先生は、それはいま出てくる専門家たちはそうかもしれぬ。高等学校教育をやっておるのじゃないですから。大学から見た自分たちの専門性の適性能力をテストするために高等学校の生徒をテストするのですから。そのときの基準が文部省の学習指導要領というもので、それを越えれば難問、それから専門的になり過ぎたら奇問だと仮にすれば、そういう大学側の考えているその専門家たちのつくる問題がおのずと学習指導要領を基準にしていくということになれば、いま教育界で大問題になっておる学習指導要領の法的拘束性というものが再び内容の問題として浮かび上がる、私はそう思う。だから、そういう意味で、入学者選抜というのは、お聞きしますけれども、高等学校教育を正常化すると言うが、その正常化というのは何を意味しているのですか。
○佐野(文)政府委員 いわゆる過度の受験技術に走るような、そういう勉強というふうなことをしないで済むようになる。高等学校における学習というものを誠実に実施をするということで大学における入試にも対応できるようになる。それがいわば入試が高校側における教育の正常化に資する面を持つということであろうと思います。
○嶋崎委員 そこは意見の違いっ放しです。数年後には必ずそういう教育内容との関連で入学試験の技術的な改定が将来教育内容に影響を与える、好ましいか好ましくないかは問題ですよという点が問題として残るということを指摘しておきます。
 それから、共通テストをさっきは公表せぬと言いましたが、公表しないための管理システムはどうなのか。もう一つは、公表しなくても、ことしやった、来年やった、再来年やったというふうに積み重ねていくうちに、次第に共通テストによる各大学及び高校相互のランクづけというものが歴然としてくるおそれがあると私は思う。ないという保証はどこにありますか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、公表はいたしませんけれども、大学入試センターは非常に多数の高校生についてのデータを持つことになりますから、そのデータが外に出るということのないように、それは入試センターでその管理保管には十分に責任を持ってもらうということでございます。実際問題としては、御心配が出てくるというのはわかりますけれども、むしろいまのように、どの大学にどの高校から何人入ったかというふうなことが非常に問題になってくるような、そういった点というのはなかなか私どもだけの努力ではいかんともしがたいところがあります。やはり社会全体の御協力によって、そういった形で共通入試の問題が受け取られていく、あるいはいろいろと取りざたされるというふうなことがないような、本来の共通入試の趣旨に沿った運営と申しますか、利用というものが入試センターだけのこととしてではなくて、一般に社会全体として、これで入試を少しでもよくしていこうという方向に動いていくことを期待するという以上になかなか名案はなかろうと思います。
○嶋崎委員 それは願望なんで、公表しないという、管理システムはおっしゃるように秘密だと言うていても、試験問題は公表するわけでしょう。正解は公にするのでしょう。平均点は出すのでしょう。そうすれば、各人はみんな自分の大体の評価の自主的な判断は可能になるのですよ。それが二年、三年、四年たって、いかに入試センターの方が秘密だ、秘密だといって資料を出さなくたって、一定の今日の技術や人間のそういうものを測定する科学技術的な能力からすれば、当然客観的な測定が可能になるところまで推計はできると思う。そうすれば、事実上共通テストは公表はせぬと言うてみたって、公表しないというのはあくまで主観的な問題であって、共通テストの持っているいわば格差に対応できる能力、到達度ないしは能力というものが外でわかるようになれば、それに必要な旺文社のテストが始まるでしょう。同時に、その対応がそこで始まるから二回のテストの塾が動き出しますよ。だから、いまの入試の持っている非人間的な受験地獄的構造というのは、数年すれば新たに拡大された形をもってあらわれる。こんなことがわからぬはずはないじゃないですか。だから、主観的な意図はわかるけれども、結果としては格差の国家的公認化ですよ、第一次テストは。格差の国家的公認化という結論をもたらす。そういう意味で、公表しないという管理システムは漠然としたもので、大学の先生方を信頼しているだけしかないけれども、今度は簡単じゃないですよ、大学の中だけじゃないですからね。管理センター、入試センターがありますし、それと大学との関係やら、人がまたかわるわけでしょう。数年しますと人がかわっていきますしね。だから、そういう意味でこの問題についてもいま局長が答えられたようには、単純に共通テストの性格を公表しないということを通じて、格差というようなものについて地方大学への分散だとか格差是正への技術的な成果が上がり得るかもしれないという願望はこれは願望であって客観性はない、こう思います。これはもう意見の違うところ。
 それでは、もう時間がありませんから第二次テスト。今度は各大学が二次試験によって判定するという専攻分野に対する適性、国大協が言っている専攻分野に対する適性とはいかなるものを指すのか。先天的素質ですか。
○佐野(文)政府委員 先天的素質ということではないと思います。それは、たとえばこれはきわめて具体的な例で恐縮でございますけれども、共通一次の場合であれば数学Iの勉強をしてもらう、しかしわが工学部を受験するのならば数IIなり数IIIなりをやってほしいというような形で、その分野の力というものを大学側が求めるというふうな形で評価をされていくものだというふうに思います。
○嶋崎委員 たとえば小論文というのにしましょうね。小論文というのは、これは技術的に訓練しますと一定の客観的な能力みたいなものが幻想的にあらわれる。教官の方から見ると、そういう一定の時間内に一定のものを書かしたもの、これは技術的に対応できるものだと思います。面接というのはまだ比較的人間がつかみやすいところがぼくはあるだろうと思うけれども、第二次テストのときに、専門性の適性度と言われるものがいままでわかったような言葉で言われているけれども、これがわからないから難問奇問が出るのだし、これがはっきりしないからこそどうも自分たちだけでは自信がないから国家的な到達度を調査してほしいというような意見が出てくるわけでしょう。ですから、この専門分野に対する適性ということが第二次試験の中で行われることによって、第一次テストの総合においてその適性能力が判定できるということ自身もこれは非常に疑問だと思う。それは結論から先に言うと、受験者はおるけれども受け入れるところは少ないわけでしょう。簡単に言ってしまえば。収容能力のないところに受験者はいっぱいおるわけですから、たとえば到達度はよかった、本人に適性能力があると判定しても入れぬからいまは選抜しているのじゃないですか。そうでしょう。そうしますと、ここで言っている第二次試験で専門分野に対する適性をやるというのは実際はごまかしなんでね。適性でなくて、やはり収容力に合わせて選抜しているのじゃないですか。その選抜をしているときに落ちた人間は全部適性でないということになるわけよ、第一次、第二次の総合的判定という意味は。一点の差で落ちたというようなことが現実にいっぱいあるわけですから。そうしますと、この専門分野における適性というのが第二次によって補われるというのは、これまた客観的には非常にむずかしいと思います。だから、そういう意味で私は先天的能力かなどと皮肉な質問をしたのだけれども、これは経験的でしょうね。本来高等学校教育の中で自分が何に向いていてどういう能力があるかは到達した能力によってやられているのだけれども、しかしこれは依然として適性の試験になっているのじゃなくて選抜試験に現実になっている。第一次試験をやったって現実にそれは一つも残りやしない、変わりはしません。そういう意味では依然として選抜なのであって選別です。選別の試験というものが今日残る。そうすれば格差というものは一つも解消できない。受験地獄の今日的な構造に対しては技術的修正はあっても根本的な問題に対する答えにはなりません。そういう意味で、この第二次テストというものも言われているほどはっきりしない。特に第二次テストの中にガイドラインを設けているでしょう。そのガイドラインの問題点を、あの一番最後のものですよね、一次テストをやってみた、ところが第二次テストに向けて非常に学生が集中したというときには三倍程度で切ろうじゃないかと言っているわけでしょう。三倍程度で切ろうじゃないかというのは、もうすでに適性能力の問題よりもその大学に合わせた選抜じゃありませんか。そういうのはすでに格差が前提にされている。格差がある大学が現実にあって、そして一次試験の成績によって、おれはこの大学に行きたいと思ったときに足切り三倍ということになれば、もうそこで適性能力よりも選別が先に行われている。格差に合わせて人間の選別が行われているということになればいまと何にも変わらない。だから、そういう意味で一次試験と二次試験を総合的に考えると言ってみても、これは今日の格差問題や入試地獄的な性格というものに対して、何か技術的な修正みたいなものはちょっとあるかもしれないが、高等学校教育の正常化だとか格差是正というような、そういう大げさな課題には私は答えられないと思う。そこは意見が違うところでしょう。
 それでは最後に、今後の課題について聞きましょう。入学志願者の数は大学の収容能力をはるかに上回っている、したがって入学者は何らかの選抜試験によって判定しなければならない、こうお考えですか。
○佐野(文)政府委員 確かに全体を通ずれば七〇%、現在は七一・四%ぐらいになっておりますが、そのくらいの合格率であっても不合格の者が出る、それは収容力と希望者との間に差があるということでございますから、入試が選抜という性格を持つことは否定できないと思います。ただ、それをできるだけ振り落とすための試験というふうな形でなくて、大学側が大学教育の第一歩として考えて、そして教育的な見地からその入試というものにまず取り組んでいただくということが必要であるし、またそういう発想があるから国大協はこれまで鋭意努力をしてきたのだと考えております。
○嶋崎委員 後段は非常にあいまいなんですよね、これからの願望なんであって、前段は局長が確認されたように、大学の収容能力をはるかに上回っているから入学者に対する選抜になっているというのでしょう。だとすれば、大学入試は大学収容能力を上回らない入学者数を選抜するための一つの手段にすぎない、そうならざるを得ないじゃありませんか。
○佐野(文)政府委員 どうしてもそれは入学者の選抜をするという機能を持つことは否定できません。ただ、それ以外に、さっき申しましたような教育的な要素というものをできるだけ入れるというふうな配慮をしていきたいということでございます。
○嶋崎委員 他方ではそいういふうに、局長の言った前段、収容能力をはるかに上回っているから選抜試験にならざるを得ないという事実を仮説に立てる限りは、いかにしかしと言ってみたって、そこは抽象的なんですから、それを仮説にする限りは入学者数を選抜する一つの手段にすぎない。しかし他方ではこういう議論がある。大学教育を受けるに至る能力、大学に行く資格の有無を判定するものという考え方が片一方にある。そうですね、試験というのは。この見解もまた収容能力に見合う人数の入学を認めるという現状に照らしてみれば、やはり矛盾しているわけですよ。つまり、大学への適性、能力は第二次試験だと言ってみても現実の収容能力、キャパシティは限られておるのですから、そういう現実の状況に照らしてみればその理屈には合わないわけです。こういう根本問題についてどう考えるかということが大学入試問題を考えるときの今後の問題じゃありませんか。
○佐野(文)政府委員 先ほどもお答えいたしましたように、入試の選抜の方法を改善をするというのは、高等教育全体のいわば改革ということを考えていく場合の一つのファクターであるし、逆に言えば入試の改善というのはそれ以外のさまざまな格差の是正の問題であるとかあるいは高等教育の構造の柔軟化の問題であるとか、そういったものとあわせて考えていかなければ、基本的に今日高等教育が抱えている問題の解決につながっていかないというのは私どもも十分承知をしております。
○嶋崎委員 ですからそういう意味ではいままでの現状、どんなに第二次試験は適性、能力だと言ってみたって、第一次試験は到達度と言ってみたって現実に行われている一次、二次のテストを総合してみても、与えられた枠の中での選抜以外の何でもないのですから、だったら格差の問題も依然として、新たな受験地獄、二つの課題に向かった受験地獄の競争や塾が発達しても、そして高校教育の正常化を学習指導要領で基準化されることがあっても、それ以上のものじゃないじゃないですか、と私は思う。
 そこで私は結論的に思うことは、今度の国大協の出したレポートと文部省がそれに賛成をされたこの第一次共通テストというものの調査のプロセスを見ますと、これは大学の国民支配だ、ある意味では、大学の国民的なドミネーションだとぼくは思う。というのは、大学入試センターをこしらえてみても依然として選抜を克服できないのですから。そうすると大学側の選抜のための第一次テストもやはり条件でしかないわけです。そういう学生を受け入れるキャパシティーの限界を持っている限りは、これは大学側の国民に対するドミネーションだという本質をぬぐい去ることはできない。なぜそうなっているか。なぜそうなっているかという問題の根本的解決をしないで一次、二次をやったって事態は一つも解決しないのです。根本はどこだと思いますか。
 時間がありませんから私の考え方を言いましょう。私は、明治以来の日本の大学というのは、社会の近代化に大学がプロモーターの役割りを果たしてきたのです。イギリスのように産業革命で社会が進行していく、それを補うものとして大学がずっと後を追っかけていくというのじゃなくて、大学で人材を養成しては人を配置してきたのです。大学というのは人材配給機関です。人材配給機関ということですから、大学には人間の生殺与奪の権を握る権威があるわけです。日本の大学は、特に国立大学を中心にして。その大学の持っている権威性というものがあるから、そこへみんな行きたくなる。戦前はエリートだけでよかった。戦後は日本の大学は国民のための大学に法律は改正されたのですから、さあわれわれ貧乏人も大学へ行けるようになった、勉強すれば大学へ行けるようになったと言ってみんなが殺到する。しかし大学そのものの特っている権威性というものは一つも崩れていない。昔と同じなんです。人材配当機関なんです。そういう大学の持っている人材配当機関的性格、そしてそれが社会に対してオーソライズされている性格、これを国民のためのものにするために改革するかどうかというポイントを議論しないで、入試を一次、二次のテストぐらいで技術的に対応したところでいまの日本の青年たちには末来はないとぼくは思う。どうすればいいかというのです。
 国民が大学卒の資格を取れるためには既存の大学のコース以外のところで取れる制度をつくればいいじゃないですか。これをバイパスと呼んでいいでしょう。高等学校を卒業したが働きながら、たとえば放送大学も一つの案でしょう、オープンユニバーシティーを考えればいいのですよ。慶応大学に通信教育の教授が何人いると思いますか。一人ですよ、専任の教授は。アメリカに行ったってどこに行ったってオープンユニバーシティーで、働きながら大学の資格を取れるというのがユニバーシティーなんですよ。教授は二十何人おって、働きながら通信教育で大学の資格がとれるわけです。日本にはそういう、働きながらでも大学の資格が取れる、大学受験ではおっこちたって先で勉強しようと思う人間が資格が取れるような道が保障されていない。それはいままでの大学が持っている権威と、その国道一本しかないからですよ。バイパスをつくらなければだめです。そのバイパスをつくるためには、大学に夜間部も設けなければだめでしょう。それから同時に通信教育も強化しなければだめでしょう。放送大学みたいなものも必要でしょう。もっと青年たちが自分たちの人生進路を決めるに当たって、後期中等教育を終えさえすればいつでもどこかで自分の資格が取れる、専門性を身につけられるというようなことについて、大学の権威をむしろ落として、変な言い方だけれども――専門教育は別ですよ、国際的な科学技術の水準を維持しなければなりませんからそういうものは別として、大学の持っているいままでの権威というものは学歴社会なんです。この権威というものを改革するようなバイパスコースを考えるような学校改革を考えなければだめです。そういうことに一つも手をつけない。国立大学の人はそんなこと見えないのですよ、自分の大学からしか見ていないのですから。そうでしょう。自分の大学に来る学生の適性とか到達度ばかりが議論されているのであって、国民の立場に立ったときの、青年たちが自分の人生進路というものをどういうふうに選ぶか、学校に行かずにそういう専門性を身につけるにはどうしたらいいかということのオープンなユニバーシティーシステムというものができていれば、そっちに行かなくたって働きながらみんな資格を取れるのですから、いまのように受験で点が悪くたってほかのところで大学資格を取れる道は開けるわけです。だから日本の大学というものが持っているいまの格差というものを是正する道は――これは一つの道です。全部ではありませんよ。少なくとも青年の進路というものについてもっとオープンな道を考えてやる、そういう改革構想というものを一方で出さずに、国立大学の枠の中で入試だけ考えて、入ってくる者を一次で到達度を見て二次で大学入試の能力をと言うてみたって、選別しているに決まっているのだ。だから一次、二次のようなテストの対応の仕方は、ぼくは大学の国民支配だというのです。大学の国民支配です。これは。これは明治以来の日本の今日の姿です。憲法ができ教育基本法ができたのに、戦後は国民のための大学に変わっていないのですよ、大学は。そういうところの基本的な議論をしなければだめだと思う、今日の入試問題を考えるときに。
 もう一つ重要なのは、最初に私が申し上げたことです。この入試センターの報告書は入試を前提にした調査でしかない。日本の青年たちがどう困っているかということを調査しておられないじゃないですか。日本の青年たちには明治以来今日まで、自分の進路、進学というものを適性、能力に応じて選択ができる学校制度がありましたかと言うのです。戦前帝国大学ができたときには、全部戦争の賠償金じゃありませんか。日清戦争の後に東大ができ、日露戦争の後に京都大学ができ、第一次世界大戦の後に九州やなにかの大学ができて、戦争と国家目的のために大学はあったのです。そこでエリートを養成すればよかった、かつての大学は。戦後は国民のための大学や高等教育に変わったのでしょう。しかし依然として大学は、その権威と人材配当機関なんですよ。そういうことのために、青年たちが自分たちの進路や技術を選択するという教育的条件が、明治以来、保障されていないのです。与えられた中に入り込む以外にないわけですよ。だから、ものすごいテストになるのだ。したがって、われわれが国民の税金を使って今後、いまの青年たちが日本の社会問題化している入学試験というものに対してどう対処せねばいかぬかという問題を考えるときは、既存の国立大学協会の考え方だけで結論を出すことが国民のためであるかどうか、これを新たに検討しなければならぬ。大学内部で資格を与える大学内部の問題じゃないと思うのですから。そういう意味で、私は、この大学入試センターというものが、最初に言いましたように、実施を目的としたセンターという側面はやっていいです。いかぬと言っておるのじゃないです。しかしこれはあくまで試行的なものでなければならぬ、これで強制してはならない。これはやってみた結果が将来どうなるかわからぬのです。だから受験者たちが、たまたまこれで行われた青年たちが、四年、五年の後で見て、ああこれじゃ問題があったと言ったらそのときの連中の進学選択というものが一つの実験でしがなかったことになる。だから、この入試センターの行う第一次テストというものはあくまで試行的なものであって、これでもって国家的な統制的性格というものを与えるようであってはならない。大学の方はそう言いません、国大協の方は自主的に決めた考え方ですから。しかしそれは大学のドミネーションだとぼくは言うのだ。だからもう一遍国民の側に立って、いまの日本の勤労青年や後期中等教育を卒業した人たちが自分の人生進路というものを選ぶに必要な教育的配慮、そういうものについて調査すること。同時にどういう人生――私が最初に言いましたのは正確に言えばこういうことです。青年たちの進路の決定、青年たちの進路は人生進路と呼んでもいいでしょう。そういう人生進路の決定とその選択に当たって、自分がどこに行くかということと、それを選択するその選択に当たって、いまの日本の教育制度がどのような相互の関連を持っておるか。日本の教育制度というものがそれにどんな関係があるのか。そういうことの基礎調査をやりなさい。そして青年たちの人生進路の決定というものが人間的要求に基づいて行われているかどうかの後期中等教育のあり方について調査研究をやりなさい、調査研究をしなければだめだ。そうしなかったら、長い間日本の青年たちは明治以来あてがいぶちの中に選別されてきた。こういう問題は一次テストや二次テストで解決できない限りは、そういう基礎調査というものを私はやらなければいかぬと思う。国の責任においてでもやらなければいかぬ。だからそういう意味でこの入試センターというものを単なる第一次のいわば共通テストのための実施センターとして性格づけるべきではなくて、やってもいいのだよ、いいけれども試行的テストにしなさいという意味です。これは国大協と今後討論しなければならぬ問題です。われわれ立法府ですから国民の側で議論しているので、大学のドミネーションを支持するのは国会の立場ではありません。だから立法府としては、国民の立場、大学の立場――もちろん大学自治というものを尊重することが国民の立場だという一般論はあります。あるけれども、そういう抽象的な議論じゃなくて、やはり人生進路を決定しようという青年たちの選択がいかに教育制度の過程でゆがめられているのか、ゆがめられていないのか。その人生選択に当たっての選択の制度が、ないしは教育の内容が後期中等教育で保障されているのかいないのかですね、そういう点についての基礎調査をやるセンターにしなければだめだ。イギリスでは最初に言いましたように、エグザマイニングボードという民間の機関であってもイングランド、ウェールズに十あるのですよ。一つは大体ユニバーシティクラスです。日本で言っても予算的規模を見たって何見たって。そしてもう七、八年、十年ぐらいの間に次々とそういう基礎調査のレポートが出ているのです。そういうレポートで人間というものの将来を決める入学試験というものがどうあるべきかを悩みながら改革を進めているわけよ。だからいま出ているような国大協の二回にわたるレポートの程度で、今後の入試のあり方というものを一次、二次でやることは技術的改善になるかもしれないという観点だけで、それをやるなと言っているのじゃなくて、さっき言うようにやっても試行的性格としておけない場合もあるのですよ。ぼくは一橋大学がいやだと言うかもしれない。またどっかの大学の学部がいやだと言うかもしれない。そういう事態が数年すると起きてくるかもしれない。だからそういう事態が起きたときに、ただ決められたものなんだからやむを得ないというような観点で、全部が参加する話し合いをするということに持っていくだけでは、ちょっと将来に禍根を残す。だから私は内容的な修正です。法律の条文でも言っている、ここに「調査研究」というのをもっと広い意味で理解する内容の法律として位置づければいいのですから、それは付帯でも何でもいい、いろんな考え方があります。だけれども、少なくともそういう研究センターというものを、実施を前提にしたセンターとして位置づけることは、これは国民の税金を使ってやるにしては、もっと基本的な調査のための側面を重視しなさい。そういうセンターとして位置づけるように内容を修正すべきだと私は思います。これは私の提案ですが、局長のまず意見を聞きます。大臣の意見も聞きます。
○佐野(文)政府委員 先ほど来お答えをいたしておりますように、入試制度、選抜方法の改善ということだけで今後の事態の改善が基本的に図られるかどうかという点については、それだけではとてもだめだ。やはり先ほどから申し上げておるような、あるいはまた先生から御指摘をいただきましたような高等教育の構造の柔軟化と申しますか、国民が高等教育に入ってくるチャンネルの数をもっとふやす、あるいは高等教育へ入ってからの高等教育機関間での流動というものをもっと高める。そういうふうな努力を通じて、国民に対してもっと高等教育というものをソフトなものにしていく努力をしなければならぬということは、それは先生の御指摘のとおりだと思います。それは高等教育懇談会においてもすでに指摘されている方向でもあるし、また不十分ではございますけれども、これまでの施策を通じて、国立大学についても夜間部をふやしたりあるいは昼夜開議制の試みを行ったりあるいは大学における開放授業としてのいろいろな公開議座を充実強化をしたり、そういった努力をしてきておりますし、また放送大学についても現在創設の準備に鋭意努力をしているところでございます。そういった努力と並行して、やはり放置することのできない選抜方法の改善ということについては、ぜひこれまでの国大協の自主的な努力というものを尊重して、その方向で進めたいということでございます。センターの基礎的な研究の仕事というものを重視をしていかなければならないという点は御指摘を十分踏まえて私どもも考えてまいりたいと思います。
○嶋崎委員 そこで今後の委員会のこの法案の取り扱いについてもう一つだけ。きょう通産省来ていますね。今度の調査に関連して、コンピューターとそれから例のマークリーダーの補助機械、施設ですか、これとの関連で、この報告書によりますと、日本にはマークリーダーその他の施設がまだ開発されていない、アメリカの方が進んでいるということで採用するというので外国製の、これはたしかウエスチングハウス社のですか、これを採用するという方針だと思うが、それはどこで決めたのですか。
○佐野(文)政府委員 国大協の中のコンピューター関係の専門委員会がございまして、そこで検討をされてそういう方針をお決めになったものでございます。
○嶋崎委員 コンピューターの専門委員会でそれが出たのですか。大学なんかの場合には、みんなそういう新しい機械を導入するときには正規の委員会ができて、そして国内の物を使うのか外国の物を使うのかということを十分審議をして、そして使うから、そこのやつはコンピューター委員会、例の小野周さんがキャップで、そして委員会ありますね。そこでの検討の結果ですね。
 そこで通産省に聞きます。通産省は、いままで問題になっているこのオプティカル・マーク・リーダー、OMRというものの開発について、国から補助を出して日本の企業にやっている経過はありませんか。
○堺説明員 通産省はコンピューターについては、かねがね日本の産業構造の中核になる知識集約化の代表選手だということを考えておりまして、三十年代ぐらいの初頭から、特にコンピューターを中心にいたして助成をしておったわけでございますけれども、四十七年にコンピューターの自由化を目前に控えまして、コンピューターそのものプラス周辺、端末装置、それから集積回路等について助成をいたすことにいたしました。いま御指摘のOMR、光学式マーク読み取り装置でございますけれども、四十七年から五十一年、本年度末までに四億二千万円ほど導入いたしまして、九テーマ、五会社に新しいマーク読み取り機の開発助成金を出しております。
○嶋崎委員 その開発の見通しは通産省どう見ておりますか。
○堺説明員 その一部はすでにでき上がっておりまして、もう市販もいたしておりますが、私どもが存じておるところでは、文部省の方のウエスチングハウス、これは相当大きな紙を高速で処理するものでございます。通産省が開発した一部のものは例のカード、相当小さいものでございますが、それをある程度のスピードで読み取りをするというもので、若干性格が違う。OMRを判断いたしますには、性能がどうかということについては、その読み取りのスピードであるとか文字の濃淡をどの程度読み取れるか、誤差がどの程度であるか、価格がどのくらいであるか、読み取り方式でございますので両面を読み取れるかどうか、そんなことを判断して決めなくちゃいかぬというふうに考えております。
○嶋崎委員 日本でも日電だとか東芝等々が相当国際級だという。パンフレットを出していますよ。それで通産省が、そういう日本の技術の開発というものについて国の補助金まで出して、そして研究させているという現状の中で、私の聞いた限りでは、一年もすれば大体マークリーダークラスのものは日本でもできるのじゃないかと言われています。その点通産省は聞いたはずだが、どうですか。
○堺説明員 ちょっと私語弊があったかもしれませんけれども、通産省が補助をいたしましたものは、いま申し上げたようなサイズの小さいものでございますけれども、御指摘のように日電、富士通独自に開発しているものもございます。現在のところ日本で約四十種ぐらいのマークリーダーが市販されておりまして、それは残念ながら、ウエスチングハウスの今度導入しようというものよりは性能は若干劣っております。ただ価格面では十分の一とか五十分の一とか非常に安いものでございまして、台数をふやせばある程度の能力は現時点でも発揮できるというようなものもないとは言えない。もちろん時間をいただければ十分競争できるようなものは開発できるというふうに申しております。
○嶋崎委員 ぼくはさっきから言うように、入試センターが実施するのは五十四年からでしょう。ことし一万数人やりますね。あの資料によりますとことし二台ですね。これを入れたら、今度旺文社も買うのですよ。旺文社も買うし、日本のそこらじゅうがこれに合わせてみんな購入を始めますよ。そういう意味ではやはり日本の技術というものを開発して、国がわざわざ補助金出してまで開発を進め、そして国民の税金で使うのなら、安くして、やはり日本の科学技術のものを使うべきだ、ぼくはこう思うのです。非常に急いでいると思うのですよ、この五十四年というのは。最初は五十何年と言っていたのが。急いでいるが、もうちょっと――基礎調査もやってない、それからデメリット、メリットについても国民的なコンセンサスを得てない。このセンターにしても、高等学校の先生をどう入れるかという問題がありますね。たとえばこの国大協のいままでの討議資料の中にもそういう高等学校の専門家というのは入試センターとどんなつながりを持つべきかという大変重要な議論もしていますよ。そうでしょう。それから国民の側を入れた協議会方式みたいなものはどういうふうに考えるか。参加の方式ですよ。それはつまり国民の側から見て責任が持てる入試センター運営というふうに考えると、今度は入試センターの性格がまた、教育公務員特例法やらいろいろなものが関連してくるわけです。だから極端なことを言うと、いまの法律の枠の中で処理しやすいことを考えて、それでもっと国民的要請に応じて運営していくというような考え方にもうちょっと努力が要ると私は思うのです。たとえば運営委員会のメンバーをどうするかとか、それからその専門家というような場合に、高等学校の経験のある教師たちをどういうふうに入れるかとか、それから国民の意見というものをどういうふうにして入れるかとか、そういうようないろいろなことを含めないでやっているということで、大変急いでいる感じが私はして仕方がないのです。
 その急いでいることの一つに、やはりそのいまのOMRみたいな問題についても、日本で開発できる可能性を持っていて、それに依拠すれば対応できるかもしれないというのならば、それは大学側の専門委員会が考えたことですから、それをやめるとかやめないということは言えませんけれども、しかし国民の側に立つと、そういう技術導入についても急ぎ過ぎやしないかという印象をぼくは持っているわけです。特にこのテストを、このマークリーダーをやるときには、受験番号は全部埋めていくのですよ。書くのじゃないのですよ。何千何百何十何と書くのじゃないのです。これをまたこうやって埋めるのです。埋め方一つ間違えますと、同じ受験番号のやつが二人出てくるのです。後は今度は人為的にそれを調べなければならないのです。技術的にも非常にすぐれているように見えるが、しかし国民の側に立って、試験を受けた人間が、たまたまその埋めるときにミスをやったために受験番号との間にずれが起きたら、その人間が二人、三人できたときは、後は人為的な操作ですから、これは大変な作業なんです。科学者に聞いてみると。ですから技術的にすぐれているということだけが国民のためであるかどうかも疑問な点もあるわけです。そういう意味では、こういう大事なものの導入に当たっては、国産化の可能性というようなものを通産省の方では努力している、それで文部省の方とも十分連絡をとって、そしてその可能性というものを大学側と議論してみるというようなことがぼくは必要なのではないかと思う。少し急ぎ過ぎませんか。
○佐野(文)政府委員 入試の改善のために共通入試を実施するというのはいわばもう四十五年以来の課題であり、国大協はその間非常に丹念に準備を重ねてきたわけでございます。高等学校長協会の側からは五十一年度には、五十三年からはやってくれというふうな要望があったものを、さらに準備に万全を期そうということで五十四年という目標年次の設定をいたしたような経緯もございます。ある意味では私どもは、入試の改善というのは緊急の課題であって、できるだけ早くその改善について着手をしたいということを考えておりますから、そういう意味では確かに急いでいるということは言えると思います。それは拙速を考えているということではございません。
 マークリーダーにいたしましても、もちろん将来の課題としては国産の問題がございましょうけれども、現時点では、国産機と米国製の、米国における共通テストの経験を非常にたくさん持っているこの機種との間にはやはり非常な性能の格差がございますので、現時点では、マークリーダーについては米国製のものを導入するという入試改善調査施設の方の御判断というものを私どもは尊重をしているわけでございます。
○嶋崎委員 ぼくは最後までこれも調査ともう一遍検討をしていただきたいと思います。
 ことしやるためには、あれは大体、機械の導入のときにはいつごろから動き出すということをまず確認をして、そのいつごろから動き出すというところの何カ月前には導入しなければならないという期間の問題があって、そしてその機械の持っている専門的性格というのはどれだけ技術的にすぐれているかということを十分調査してやるのが大学の常識ですよね。だからそういう調査を恐らくコンピューターの委員会でやったのだろうと思いますけれども、その際に国産の問題について、そしてまた今後の可能性の問題を含めて十分に議論されているかどうか、その点も今後確かめていただきたいと思います。ぼくはちょっと焦り過ぎていると思う。それはなぜかと言ったら、テストが自己目的化しているからです。すべてテストが自己目的化しているものだから、そこに合わせて、この不況とインフレで日本の技術開発でやらなければならぬときに、原子力みたいな、故障ばかり起す軽水炉みたいなものを持ってきて故障でも起きたらと、そんなことを言っているのじゃないけれども、また飛行機に乗って向こうへ行って調査していかなければいかぬようなことをやるよりも、日本の国内のものをきちっと開発したものを使うべきだというふうにぼくは思うからであります。それは再度検討してください。
 それで最後に、この法案の処理上の問題ですが、したがって、私はさっき言ったように、大学入試センターを大学入試教育センターですね、大学入試の実施センター的性格を片一方に持っていても、教育センター的性格のものとして運営すべきだ。それは問題点がたくさんあるからだということ。そういう意味のことが第一点。それで法律的には、できれば法律論をやる前に、いま委員長いませんけれども、こういう、国民の側に立って非常にたくさん問題のあることですから、委員会内部に小委員会を設けて、入試制度についての委員会できちっと討議を深めるということを委員長に理事会に諮ってほしいということ。それから三番目に、できれば、各大学の設置は急いでいますから、これは私はすぐやってもいいと思うが、入試センターの性格そのものについて、委員会で今後議論していく必要がありますから、できたら一遍これを分離するということを、政府側で考える意思があるかないか。つまり、入試センターの問題をつぶすと言っておるのではないのです。委員会で議論した上で内容修正的なもので処理できれば、ないしはそういう方向で国大協ともいろいろな議論ができるという条件を残すという意味で、立法府としてはまだ議論を詰める必要があると思うので、入試センターのところを、法制局の見解では、削除して議員立法というようなやり方はまずいということもずいぶん聞いていますから、方法としては、政府提案ですから、本当は引っ込めて分離提案するのが一番いいと言っていますけれども、そういうことが可能かどうか。
 要するに、その三点です。内容的な修正が一つですね。第二は、委員会内部に小委員会を設けて、今後この問題について、国民的コンセンサスを得るような意味を含めての参考人討論をすべきだ。三番目に、法律案の処理の仕方として、入試センターの部分をはずして、もう少し議論を詰めた上で今国会で上げるという手続的な対応が可能でないかどうか。この三点の意見を聞きまして、あと木島さんの関連質問があるそうですから、この三つの提案について大臣初め御意見を聞きたいと思います。
    〔藤波委員長代理退席、委員長着席〕
○海部国務大臣 突然の御提案でございますので、三点についてはいろいろ問題があろうと思いますが、ただ第一の、院の、特に委員会の意向に関します問題は、小委員会その他のことにつきましては、政府としてはその決定に従います。
 分離のことは、いまここで直ちにそれではというわけにはいきませんので……(嶋崎委員「検討して」と呼ぶ)帰ってよく検討をさしていただきますが、でき得ればこのままの形で御審議をお進めいただきたい、これがお願いでございます。
○藤尾委員長 ただいまの御発言の小委員会設置につきましては、理事会において協議いたします。
○嶋崎委員 関連して、二番目に、修正の内容はどうですか。研究センターの実質的内容の修正についてはどうですか。さっき私の言った立論を頭に置いて、一方的に言うのじゃなくて。日本にはそういう基磯調査はないのですから。
○佐野(文)政府委員 入試センターの機能あるいは役割りとして、入試の改善に関連をする様々な基礎的、基本的な調査を十分進める部門を設けて、それに対応できるようにしていくということについては、事柄として私どもも十分御指摘を考えて対応いたしてまいりたいと思っております。
○嶋崎委員 いまの回答は大変いい回答で、そういう方向に積極的に持っていくように、国大協ともわれわれ各党の委員会で議論を詰めていく機会を今後とも持ちたいとわれわれも思いますので、努力を願いたいと思います。
○藤尾委員長 関連質疑の申し出があります。木島喜兵衛君。
○木島委員 先ほど嶋崎さん最後を詰めておらないのでありますけれども、学習の到達度を測定するとするなれば、むしろこれは高校が共通テストをやることの方が私はよりいいと思うのですよ。大学から見たところの、大学側の到達度でなしに、高校が高校としてやった到達度です。入試の問題だっていままで内申重視と言うけれども、ほとんど大部分やっていませんな。重視しておりません。しないのは、これは共通性がないからですよ。客観性がないからですよ。だからむしろやるなら、いま問題になっている共通テストですね。この共通テストはむしろ逆に高校がやって、内申書的性格なんですから、内申書として出す方が私はより教育的だと思うのです。この問題の一番基本は教育論的なのか、技術論なのかということです。多分技術論です。その点はいままで考えたことがあるのかどうか。高校の共通テストとして考えたことがあるのか。あってできなかったとするなれば、いかなるところに問題があったのか。もう余り理屈を言いません。その結論だけ、その一点だけ。
○佐野(文)政府委員 やはり大学側が自分の問題として大学に受け入れる者の選抜ということを大学教育の第一歩としてとらえるという発想のもとに、いまだかつてなかったことでございますけれども、大学を挙げて努力をしてきた経緯がございます。また、従来の進学適性検査なりあるいは能研テストの状況を見ましても、それが必ずしも成功裏に終わらなかった原因の一つには、問題がやはり大学の側で十分に検討され、大学側の問題として、自分の問題として意識されなかったということがあったと思います。そういう意味で、今度の問題については、大学側が自分の問題として取り組んできているということに着目をして、大学の行う入学試験の一部を共通で実施をする、そういう基本的な方針は崩さないでまいりたいと考えております。
○木島委員 まいりたいとか、まいりたくないとかじゃないです。第一次共通テストというものを前提にしてというのがすべての出発でしょう。だから、考えなければ考えなかったでいいんですよ。むしろ高校側が自主的に共通テストをやる、内申書として。そういうことを考えたことがあるのかどうか。もし考えたとするならば、そこにどういう弊害があったからできなかったのかということを聞いているのです。
○佐野(文)政府委員 高等学校の側で共通入試というか共通テストをやってもらうという発想は、従来私の方にはございません。
○嶋崎委員 さっきの私の質問に関連して、湯山委員が関連質問で一言聞きたいと言うのですが、あの例の学校教育法、法律で決められている各大学の通信教育ですね、この通信教育というものがどんな形で現実になっていて、それでその制度の廃止、これはやるときは許可が要りますね。廃止するときは云々という問題に関連して、ぼくの問題提起を具体的に湯山委員からちょっとお聞きしたいということです。
○藤尾委員長 湯山委員
○湯山委員 いま嶋崎委員から御指摘の、通信教育をやっておる私立の大学がやめるときにはどういう手続をすれがいいかということが一つです。
○佐野(文)政府委員 やはり一つの学部の設置、廃止でございますから、認可ということだと思います。
○湯山委員 いまの点、間違いありませんか、認可が要るというのは。要らないと思うんだがな。つくるときは要りますよ。
○佐野(文)政府委員 設置、廃止は認可事項でございます。
○湯山委員 それで、国立の通信教育がない理由はどういうことなんですか。学校教育法にちゃんと通信教育というのはうたわれています。私学の方でやめれば、いま嶋崎委員が御指摘になった重要な通信教育をこれから進めていかなければならないというのが、日本で行われなくなる、私学でやめれば、国はやっていないのですから。一体これではいかぬのじゃないか。文部大臣、夜間をやられたりいろいろやられるというのはありますけれども、一番大事な通信教育を国の大学は一つもやっていない。やる必要があるのじゃないですか。この点だけ関連して承っておきたいと思います。
○海部国務大臣 これは働く人々とか、いろいろな時間の制約があってキャンパスへ通うことのできない人に高等教育を保障するという方向で行われておると思いますが、いま国側で一生懸命取り組んでおります放送大学の構想というものは、私はそれを全国にできれば推し進めていきたいという願いがあるわけです。通信大学を国立大学にやれ、こうおっしゃる角度のことは、いまここで直ちにまだ御返答申し上げかねますので、検討させていただきます。突然の御質問でございましたので、私もそれ以上踏み出した答弁はちょっとできませんので、御了解いただきたいと思います。
○嶋崎委員 これで終わります。
○藤尾委員長 午後二時十五分より再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後一時三十一分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時十八分開議
○藤尾委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。鍛冶清君。
○鍛冶委員 ただいま議題となりました件で若干の質問をさせていただきたいと思います。初めての質問でございますので、おわかりにくい点、御迷惑をおかけする点があるかとも思いますが、その点は御容赦をお願いいたしたいと思います。
 この議題になりました件に関連いたしまして、私は特に大学の入試センターの設置の件につきまして、基本的な文部省の、また大臣のお考えなり姿勢なりというものをお伺いいたしたいと思います。
 最近の新聞を見ておりますと、昨年の暮れ、ことしの正月、東大において二カ月の間に自殺者が五人発生した。また二、三日前の新聞も続けて二人、毎日毎日大学の受験に失敗をいたしまして自殺をした、こういうような大変心の痛む報道が実はなされております。これはいま議論されております大学の入試問題、受験地獄の問題等が大いに関連があると思いますが、この件につきまして、これに関連して私は大臣にお尋ねをいたしたいわけでございます。
 大臣は今回入試センターの設置を御提案になりました。これについては国大協で過去いろいろと検討し、審議を重ねて、またいろいろなテストを重ねてきた結果が御提案になっておるわけでございますけれども、私どもとしましては、大臣がおっしゃっておりましたこういう教育の根本的問題を改革するこれは一つの方法だと思いますけれども、それをやるについては余りにせっかちな御提案をなさっておるのではないか、ここまで参ったのですから、もう一年、二年余裕を持って、世論を形成しながらこういう問題を取り上げていくというのが筋ではなかったか、こういうふうに思っておるわけでございますが、この点についての大臣のお考えをまずお伺いいたしたいと思います。
○海部国務大臣 大学入試センターの設置についてどう取り組んでいこうか、いろんな方面から議論もございますが、私が昨年の暮れに文部大臣に任命を受けましたときに前大臣から、現在文部省が当面しております教育改革の問題点について説明を受けた、その四つの中の一つがこの大学入試センターの問題でございまして、入学試験を改善しなければならぬということは、これはもう各界でいろいろな批判が出ておりまして、よく御承知を願っておることと思います。実はこの問題も、最初に大学入試改善会議から報告をいただきましたのが昭和四十六年、それ以来、また国立大学協会の方でも鋭意調査研究を続け重ねていただいて、問題点はいろいろな面から議論をされ、そしてお考えをまとめていただいてきた。もう一面、入試地獄の問題の方も、地獄という言葉をつけて話さなければならぬほど現状ではいろいろな弊害が出てきております。これもやはり何とか改革をしていかなければならぬ当面の問題点であることもわかりますので、せっかちに事を急いでし損じてはいかぬという親心からの御質問でございましょうけれども、文部省といたしましても、きょうまでのいろいろな各界の審議、国立大学協会の調査研究を踏まえて、ことしは入試センターを設置してとりあえず試行をする、そういったことで踏み切らせていただきたい、こういうことで提案をしたわけであります。御心配が起こらぬように慎重にいろいろな意見を聞きながらきょうまでもやってきましたし、またこれからもそういう気持ちで見守っていきたいと思っております。
○鍛冶委員 国大協あたりで慎重に検討されたということについては、私も、それはそれなりに十分認められる問題であると思います。
 いま各界にということをおっしゃったわけですが、その各界にというのは具体的にどのようにお話し合いを進めてこられたのか、ちょっとお聞きをいたしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 一つには、文部省に入試改善会議と称するものがございますが、ここには国立大学の関係者だけではなくて、公私立大学の関係者あるいは高等学校の関係者等に広く協力を得まして、入試改善の問題についていろいろと御検討をいただき、その中から入試改善の方策の重要な柱として共通入試の問題が出てまいっておるわけでございます。また国大協は調査を進めるに当たりまして、各ブロックでそれぞれ説明会等を開催いたしまして、高等学校関係者その他には趣旨を話し理解を求めるような努力を行ってきております。
○鍛冶委員 大臣といたしましては、いまされてきたような形の中で世論形成、また十分なコンセンサスという下地、世論の方向づけをする中でこういう提案をなさったということについて、これで十分よかったとお思いになるのでしょうか。
○海部国務大臣 いろいろきょうまでの経過とか積み重ねてこられた問題等を私も私なりに振り返ってみまして、いまの入試問題を改善するためには一刻も早くできることから着手していかなければならぬ、こう思いまして、これでいい、こう判断をしてお願いをしておるところでございます。
○鍛冶委員 いまの大臣の御判断には私どもは大変異議がございます。と申しますのは、こういう問題というものは教育の一つのあり方を大きく変えていくわけでありますから、関係していらっしゃる方たちがずいぶんございます。端的に言えば、日教組の方もいらっしゃいますし、御父兄の方もいらっしゃいますし、それからわれわれ政治家ももちろん大いに関心もあり、真剣に取り組まなければならぬ問題でございますし、世論という面から考えてまいりますと、いま御答弁いただいた中でのただ煮詰めだけで十分ではないというふうに私どもは考えるわけですが、再度大臣のお考えを伺わせていただきたいと思います。
○海部国務大臣 私どもは十分であろうと思っておるとお答えを申し上げる以外にないわけでありますけれども、実はお話しになりました日教組のお方がどういうことを考えていらっしゃるのか、あるいはほかにいろいろ発表されておりますこの入試に関するお考え等もわれわれとしてはお聞きしておるわけでございますし、また今年度入試センターをつくって、そして八万人を対象に試行をしますということも、その試行のやり方、テストの出方によって、われわれが願っておる問題が国民の皆さんにも御理解をされ、そして本番といいますか、五十四年度を目指していろいろ出てくる問題をいいふうに解決していくためにも役に立つ、こう考えておりますので、ぜひ入試センターの設置をお認めいただきたい、こういうつもりでおるわけでございます。
○鍛冶委員 これは先日も新聞に、これが実施されると、たとえば高等学校の生徒の皆さんの進学の決定、進路の決定を早めなければいかぬ、そういうことは不可能だというふうな意味のある高校の先生からの投書も載っておりました。恐らくこれを詰めれば、まだ五十四年からの実施ということで、時間もあるので、そういう理解は得られるものと思うというふうな御答弁だろうと思いますが、私とのやりとりの中で、いままでの文部行政のあり方、基本的な考え方を大きく反省をしていただかなければならない点があるんじゃないか、私はこういうように思っております。というのは、一応確かに国大協での検討、煮詰め、これは私はやられていると思います。そういう限りにおいては、ああいう大学の先生方があるいは中では学問的には対立的な立場におられる方もあるかもわかりませんけれども、そういう方々がお集まりになって、こういうことを検討して、ここまで結論を出されたというその努力は、私たちは大変評価しなければならない、こう思いますけれども、ここに一つの文部行政のあり方の端的に学ぶべき点があるんじゃないかということを、実は大臣にもしっかりとお考えをいただきたいと思うわけです。というのは、今度は入試センター設置の予算を出します。もしこれが通ったといたします。そうしますと、それはもうやるという前提のもとでの話として高校の先生や父兄の方々やいろいろなところに報道もされ、また実施が進められていくわけです。しかし私は教育というものは、よくイデオロギーなしに中立的な立場というようなことが言われておりますけれども、とにかくみんなが本当に話し合いの中から子供の幸せをどうするか、日本の未来はそういうお子さん方、われわれの後進の子供さん方が担っていくわけですから、その中でそれをどうするかという真剣な一点の中で、これは話し合いというものをしながら進めていかなければならない。ところが文部行政というものはいろいろなことをやってきておりながら、決まったらもう本当の意味でのコンセンサスができないままに押しつけているんじゃないか、こういう気がしてならないわけです。私も文部行政は大変素人でございますけれども、本当の意味で世論形成をなさるというのであるならば、五十一年、昨年に第二次の報告書が大学協会から出ておりました。こういう問題を踏まえて、これをたとえば日教組の方々に、または全国のPTAの会議というものもございますし、これはまた全国高校PTA協議会というのもございますし、また政党でもいいし、マスコミでもいいし、ぜひとも理解を願わなければならぬいろいろなそういう関係の一つの検討の場をつくって、世論形成する中で最大の衆知を集めて、この問題の結論を出して、その上で改めて国会でこういう問題を提案するという形が、私は本当の意味での話し合いの姿ではなかろうか、これは逆行しているのではないかというような感じがするわけです。その点について私は、いままでいろいろな話し合いをいたしてまいりましたとはいいますものの、詰めて言えば、国大協の中と文部省との間での煮詰めだけで提案をされている、そういうことでは本当の意味での話し合いにはなっていない、こういうふうに思うわけでございますが、この点についての御意見をお聞かせ願いたいと思います。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、さらに十分に関係の各方面と話し合いをすべきではないかというおしかりはそのとおり私どももちょうだいをいたしますが、国大協がやはり主体的に、自主的にこの問題を検討してくるという過程をできるだけ尊重し、見守りたいということもございます。
 また、国大協は、自分としてやはり先ほども申しましたように各ブロックでの関係者との話し合いであるとか、あるいは日教組の方々との話し合いというふうなことも鋭意行ってきております。そういった国大協の努力というものを評価をして、国大協が五十四年から実施可能であるという意向を集約したことを尊重して、私どもも対応を考えているということでございます。
○鍛冶委員 これはやはりそれぞれ分野分野がございますので、私は文部省の行政が変なところに介入するとか、また政治家のわれわれが変なところに介入するということはよくないと思いますけれども、ここまできたものを、文部省として予算措置をしながらこういう設置をするということの段階までに、文部省としてもう一遍思い切って、たとえば日教組の方々、PTAの方々にこういう内容を示して、これについて御意見を承りたい、いかがでしょうかというふうな姿勢というものはおとりになる必要があるし、しなければならなかったのじゃないかということで申し上げているので、その大学協の方々の話し合いの中でということで言っているのではありません。その証拠に、私もこれは大変な問題だからというので、地元、北九州の方ですけれども、たくさんのいろいろな方にお会いしました。そのときに実はこの問題を出してみたのです。御存じですかということから聞いてみました。ところが、十人聞いたうちで十人知っている人がございませんでした。いろいろな階層の方に聞いたのです。中には地方の議員の人にも聞きました。これは地方議員の認識の多少不手際もあるかもしれませんけれども、そういうようないろいろな階層の人に聞いてみて、突き合わせてみて、これは大変なことだから何とかよくするためのいい問題なら前進させなければいかぬという思いもありますし、聞いてみましたところが、全く知った人がいないという現状があるわけです。これは話し合いをしたということにはならないと思うのです。こういうのを提案する前に、思い切ってそういう形で提案を各方面にする中から、御意見をお寄せください、改正するところはどんどんお出しください、その中でまとめたものを国において予算措置をしてやっていきますというような努力というものは当然しなければならなかったのじゃないか、こう思っているわけです。その点についてもう一遍ひとつ、過去の反省を含めながら、本当の意味での話し合いをする気持ちがあるのかどうかお聞きいたしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、不十分な点があったとすればきわめて遺憾であると思います。繰り返しの答弁になりますが、一つには、やはり国大協の方の自主的な対応というものをできるだけ私の方はこの問題については尊重したかった。したがって、この問題について国大協がみずからさまざまな関係方面と、内容を説明し、意見を交換をする機会をせっかく持っていることでございますから、それをむしろ応援をするという体制をとって、文部省が主催をして共通入試の問題について直接に公聴会のようなものを開くというようなことはむしろ遠慮をしてまいってきたわけでございます。これが仮に予算をお認めいただく、あるいは法律として成立を認めていただくということになりますれば、もちろん国大協の方とも協力をしながら、さらに共通入試の趣旨についてその徹底を図る、あるいは御意見を伺うというふうな機会を設ける努力、工夫はいたしてみたいと思います。
○鍛冶委員 話し合いは本当に今後もやられるということですが、この話し合いということの本当の内容についてもちょっと私お聞きをいたしたいのです。大体文部省に限らず、役所の方でいろいろな問題を御提案なさるときには、本当に話し合いをするという姿勢がちょっとないのではないかと疑問に思うことが私は多いわけです。たとえば、この入試センター設置の問題でも、実は文部省の方々もお招きをしていろいろと説明をお聞きいたしました。これをやれば非常にりっぱになるということで、いわゆるメリットの点だけはお話をお伺いしたわけです。これは地方でもそうですが、役所の方がいろいろな問題を出すときには、必ずいい点だけを強調するわけですね。そうして、悪い点はどういうところにあるかという話は一つも出てまいりません。そして、住民の側や国民の皆さんの側からいきますと、ある日突然にそういう問題が出てきて、そうしてデメリットが出てきたときに大変な問題になって噴き上がる、こういう形が繰り返されているわけです。たとえば、私は地方議員をしておりましたので、そういう問題をここで出してどうかと思いますが、日照権の問題でいろいろ私も頼まれたことがございます。ところが、話を聞いてみると、建てる前に本当に話し合いをしておったならば話がこじれずに済んだものが、建っていく過程で、コンセンサスがなくていろいろがたがたやったために、問題が十倍も二十倍もふくれ上がって、せっかく進むべきものが進まなかったというような事実も出てきているわけですね。
 そういったいろいろなことから言って、今回の大学の入試センターの設置の問題にしましても、私どもいろいろお聞きしました中で、一応四点ぐらいに集約されると思いますけれども、メリットとしては確かに承りました。ところが、デメリットの方は全く承っていない。私は、完全なものはないのだから、必ずメリット、デメリットは何にでもあると思うのですけれども、本当の話し合いというものは、いいも悪いもさらけ出す中で、なおかつそのデメリットに対する対策を、こうだああだという考え方を示しながら、その上に立って、なおメリットの方が多いからこうだという形でいくのが私は本当の話し合いだと思うのです。ちょっと私の方が言ってしまったようなかっこうになりますが、ひとつ大臣のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
○海部国務大臣 これは、私も入試の改善が必要だ、なぜ必要か、何がメリットか、こう言えば、すでに先生御承知のように、いろいろな問題が提起されております。私も、難問奇問というようなものから解放されて、高等学校における学校生活が、誠実に努力を積み重ねていけば、少なくともその範囲から出題されるということになれば、その面からは一つの大変なメリットがある、こう思っております。しかし、それには関連して、社会が学歴偏重の風潮を是正しなければならぬとか、いろいろな問題がございます。
 それから、デメリットはどうかとおっしゃいますけれども、なるべくデメリットというものが起こらないように努力しながらやっておるわけであります。たとえば、試験が二回になることは過重の負担ではなかろうかという角度からの御批判がいろいろあったり、あるいはこの間私がちょっと拝聴しておりましたある座談会では、浪人に対して非常に不利益になるのではなかろうかとか、あるいは普通高校と職業高校と分けた場合に、職業高校の人は不利益な扱いを受けるのではなかろうかとか、いろいろな角度からの問題点が指摘されておったことも事実でございますけれども、またそれらの問題点を全部踏まえて、国立大学協会の方でも、それにはこういう対応がある、こういうことをすればそれは少なくなると、いろいろ考えて取り組んできたわけでありますし、現に、いま一番議論になっております第二次試験はどうするかというときも、受験生の過重な負担にならないようにという点に十分配慮しながら、第二次試験はどう実行していくかという内容の詰め等も行われておるようでございますので、いま問題になっておる、こういう不利益が起こるのではなかろうかということに対しては、事前にできるだけそれを回避するような努力もいま重ねられておる、私はこういうふうに理解をいたしております。
○鍛冶委員 いまの大臣の御答弁でも、あそこに行ったらこういう話が出てきたとか、大学協ではこういうふうにしているのだ、いわゆる何か第三者的な姿勢がうかがえるわけです。こういったことを一つ一つ取り上げて大変申しわけありませんけれども、私は、文部省の総大将である大臣は、少なくともその渦中に入って、自分はこういうものを聞き、デメリットも聞き、いい点も聞き、そういう中でこういうふうに理解してきているのだ、しかしこうだからこうだというふうな言い方、そこに教育というものが大きく変わってくる原点が一つ引き出せるのではないかというふうな気がするのですが、何かいま聞いておりますと、あの人がこう言った、この人がこう言った、そういう言い方というものは、私は大臣の姿勢は改めていただきたいし、本当の意味でその中から火の玉になって教育をよくするために話し合いもしていくぞという姿勢が欲しいわけでありますが、その点についてひとつ大臣にお聞きしたいと思います。
○海部国務大臣 言い方が悪い点はこれは御勘弁いただきたいと思うのですが、実は、大学の入学試験制度というものは、あくまで大学の自主的なやり方、大学の自治を尊重して行ってまいりませんと、基本的にはそこに問題がくると思います。文部省としては、その大学側の合意に従ってそしていろいろお話し合いをして、大学の自主的な創意工夫が効果をより高めていくように、いろいろな角度からこれは御協力をして、効果が上がるようにともに前進をしていく、こういう立場でございます。
 共通一次試験の問題につきましても、大学入試センターを設置しますと、またその入試センターの運営とか、実際の問題のつくり方とかいろいろなことは、これはやはり国立大学の方がみずからの問題として責任を持っておやりいただくわけでありまして、そこのところ、ちょっと私の答弁に一歩踏み込んでこうする、ああすると断言できませんのは、やはり大学側の自治、学問の自由というものを尊重しながら、こちらはできるだけその創意工夫された結果に対して御協力をしていく、こういう姿勢を示しておるわけでありますから、その点も御理解をいただきたいと思います。
○鍛冶委員 私は、そういう行政の姿勢というものをひとつ変えていただきたいという気がするわけです。いろいろ御答弁をほかの方がなさったり、私自身もこうしていながら感ずることですが、とにかくミスを犯すまい、謝ることはしまい、変な答弁で揚げ足をとられないようにしよう、こういう姿勢が感じられてならないわけです。私どもはむしろそういうものをかなぐり捨てて、この教育という原点に立って真剣にやっていこうという姿勢が非常に欲しいと思うわけです。これは要望としてお願いを申し上げておきます。悪い点だってさらけ出すという、そういう姿があって教育は本当に進むのじゃないか。何か言われることを避ける余りに、ああやこうやいうようなことをおっしゃる、そういう姿勢、これはもう厳重に改めていただきたいというふうに私は申し上げたいと思います。
 そこで、どちらにしても、これだけ予算として提案をなさる以上は、国大協がそういうものをやってこられた、それは十分認めた上でやられるわけでしょうから、その中で、先ほどからお聞きしてみますと、いろいろ悪い点も話としては出ているけれども、その対応策は皆考えている、こういうふうな御答弁のようにお伺いしたわけですが、端的に申し上げると、デメリットとしては全くありません、メリットばかりでございますと、こういうふうな御答弁のように伺えたわけですが、その点を確認をいたしておきたいと思います。
○海部国務大臣 デメリットはありませんとは決して申し上げておりません。問題として提起されておること、デメリットになるのではなかろうかと心配されておること、いろいろあることは、私自身も聞いたり、読んだり、見たりしてよく承知をしております。それらの問題点は、率直にここで先ほど申し上げたとおりでございます。同時にそれらのことをまだこれから、たとえば第二次試験の問題作成の過程もございましょうし、浪人の取り扱いはどうするかというようなこと等についてはまだまだ研究し、やり方を考えていく方法等もございましょうから、少なくともそういったことがデメリットとしてありませんなどということは申し上げておりませんし、あってもしようがないということも申し上げておりません。問題点が提起されておりますので、少なくともそういう面が是正されていくように、なくなっていくように関心を持ってこちらも見守りながら、あるいはまた助言したり、協議をしたりしながらする中で、デメリットが少なくなっていくようにしなければならぬという基本的な心構えを持っておるということでございます。
○鍛冶委員 それではデメリットもあるというふうには御認識のようでございますので、そのデメリットとして大臣として御認識いただいている点を、一応すべてお挙げをいただきたい、こう思います。
○海部国務大臣 私は、先ほど申し上げましたことで、すべて私のいま考えておるデメリットはこうじゃなかろうかと思ったのでありますが、専門的にその衝に当たっております大学局長の方から詳しく御説明いたします。
○佐野(文)政府委員 午前中にもお答えを申したことでございますが、一つには、非常に大量な受験生というものを相手といたしまして、コンピューターを使った、いわば客観テストを行います。その関係で技術的にいろいろ困難な問題が出てくる。これは試験問題の保管の問題、あるいは入試会場の問題、あるいは身体障害者に対する受験の心遣いの問題、それぞれいろいろむずかしさがございます。それから、万一試験の途中で問題のミスが発見された場合の処理であるとか、あるいは天候のかげんで受験できない者ができた場合の追試験、再試験の処理の問題だとか、そういった非常に困難な技術上の課題を大量の試験ということが当然抱えるから、その課題に対してできる限りの対応をしなければならないという点が一つあるわけでございます。
 それからもう一つは、どうしても二度の試験を受験生に受けさせることになりますので、それが負担過重ということにならないように、一次、二次を通じての配慮というものが必要になる。したがって、一次試験の会場を出身地の最寄り校で原則として受けてもらうとか、あるいは二次試験の問題について、できるだけ科目あるいは出題量等についても配慮して、全体の趣旨が十分に生かせるようなものを考えてもらうとかそういったことがあるわけでございます。これも、処理の仕方によっては現状よりも悪くなるということがあっては大変なので、そういうことのないようにできる限りの努力をするということでございます。
 もう一つは、やはり共通一次を契機にして、一期校と二期校といういわゆる入試期日の問題についてその統一を図りますので、その統一を図ることについては、もちろん従来言われているいろいろな弊害を除去することができるという大きなメリットがございますが、同時に、これまで二度の受験のチャンスがあったものが一度に減るという点があるわけでございます。その点についてもできるだけ、第二次志望をどのようにして生かしていくか、その方法を考えるというようなことで対応を鋭意考えているわけでございます。
○鍛冶委員 大体伺いましたが、本当の内容的な、さらに広範な影響その他についての検討も大変足りないような感じだし、認識も足りないような感じでございますが、これらの個々の点ないしはいろいろ具体的な点につきましては、有島議員と交代をいたしまして、そうして進めていきたいと思いますので、私の質問は一応これで終わらせていただきます。
○藤尾委員長 関連質問の申し出がございます。有島重武君。
○有島委員 ただいま鍛冶議員から総論的な御質問を申し上げたわけでございますけれども、その趣旨にのっとりまして、私は、少し突っ込んでといいますか、各論的にと申しますか、質問をさせていただきます。
 そこで、大臣が御就任になったときに、前の永井文部大臣とお話し合いをなさって、そしてそのお話し合いの内容は、大学入試制度の改善というものは、これは大学改革の一環であるというふうに私は承っているわけなんで、それを確認しておきたいわけです。
 第一番は、学歴偏重の社会風潮の是正ということであったはずです。第二番目が、高等学校以下の教育課程の改善、第三番目が、これらの大学改革にあやかりまして、地方の国立大学を充実整備すること、私学助成を強化すること、多くの特色あるすぐれた大学の発展を期待する、これらの総合によって高等教育の改革と整備をする、こういうようなお話を私は永井前文部大臣からたびたび承っておったわけでございますけれども、海部文部大臣が、このたび大学入試制度改善に踏み切られようとしていらっしゃる、それは、こういう一連の問題と総合して進めていかれようとしておられるのではないか、私はそう考えているわけであります。それをまず第一番に確認さしていただきたい。
○海部国務大臣 私は永井文部大臣が学制改革の四つの柱として指摘された、そしてその中で教育課程の改善、大学入試制度の改善、大学間格差の是正、学歴偏重の社会風潮の是正、この四つはやはり相関係しながら日本の学制改革に役立つものである、こういうふうに私も信じて受けとっております。
○有島委員 もう一遍言ってくださいますか。
○海部国務大臣 四つの柱でございますか。教育改革のための四頭立ての馬車というような表現で私はお話を承ったんでありますが、その第一は、教育課程審議会からの答申が出ておりまして、それに基づいて学習指導要領を改定する、この作業をいま行っておるということ。それから二つ目は、大学の入学試験制度を改革しなければならない。それから大学間格差を是正をして、富士山よりも八が岳方式の大学になるようにしよう。四つ目が学歴偏重の社会風潮を是正する、この四つであるというふうにお話を聞いて、私もそう理解をし、受けとめております。
○有島委員 先ほどのとやや違っておりましたか、学歴偏重の社会風潮の是正、これはいいですね。それから教育課程の改善、それを第一番目におっしゃった。それからもう一つは格差是正ということですね。格差是正を三つに分けて、地方国立大学の整備充実、これが格差是正に役立つであろうということでしょう。それから私学助成を強化して格差是正に役立たせる。それから、多くの特色あるすぐれた大学の発展をさせるということ、これによって格差を是正する、そういうことでございましょう。
 この四つをともに、推し進めていらっしゃるという御決意であろうかと推察するわけだけれども、それでよろしゅうございますか。
○海部国務大臣 これは、文部行政の中でいろいろな立場の御議論があり、問題点としてただいま改革のための、あるいは芽が出たり、あるいは方向が示されたり、あるいは現実に作業をしたりしておる問題でありまして、この四つは相関関係にもございますので、推し進めていかなければならないものだ、こう考えております。
○有島委員 私も、そういうふうにしていただければ、この統一テストについてもいろいろ未来の可能性を考えつつ、非常に希望を持っていかれると思っているのです。ところが、文部省として進められるはずのことが、ちょっとほかの点では停滞していらっしゃるのじゃないかということがございますので、それを幾つか指摘させていただきます。
 そこで、まず第一番に、大学の格差是正についてはどのような努力をしていらっしゃるか、いかがですか。
○海部国務大臣 これは地方にあります大学の整備充実という問題もございますし、それから国公立と私立との間のいろいろな格差の是正という問題もございますが、その中で学校間の格差を是正するためにはどうしたらいいかというような問題を、たとえば単位の互換の制度とか講座の大講座制を考えるとか、あるいは大学院のあり方について考えるとか、いろいろなことを考えて、そして今日までも実施を積み重ねつつその方向にいま進んでおるところでございます。
○有島委員 いま大臣が言われました単位の互換制ということは、大学の格差解消というものの決め手になるのではないかと私は思うのです。一つの私立の大学に入った。しかし、他の大学の、本来自分が目指していた大学に行ってその単位を聞くことができるという可能性が残されているということは、学習者にとっては非常に希望が持てることであるし、努力のしがいのあることでございますし、また、今度は大学側にとってみますと、すべての科目にわたって一通りのものを何でもそろえるということよりも、この問題についてはあの大学に行って聞いてもらってもいいのだ、わが大学においてはこの学科については教授をうんとそろえてひとつ特色のある大学をつくりましょうということもできるわけでございまして、この単位の互換性ということについては大変高く評価してもよろしいのではないか。それでは、この単位の互換性を今後とも積極的に推進していらっしゃる、そういったお考えはおありですね。
○海部国務大臣 これは昭和四十七年にそういった制度の弾力化をしましてから、現在たしか六十八でございますか、学部でこれを採用されておると聞いておりますが、これはいい方向でありますので、今後ともその方向にさらに積極的に拡充していくように指導をしてまいりたいと思っております。
○有島委員 本気でもって推進なさるというならば、いまおっしゃったお答えは大変楽観過ぎておられまして、たとえば、いま六十八校と言われましたか、六十八校でもって単位互換性の道が開かれているのは学則の上で開かれているのでありまして、それじゃ、国立大学においてどのような単位互換性の進捗状態になっておるのか御存じですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、実際に単位互換が行われている具体例ということになりますと、これはきわめてケースが少なくなります。北海道大学の経済学部と小樽商科大学の商学部の間、あるいは島根大学の文理学部と岡山大学の理学部の間、富山大学経済学部と滋賀大学経済学部の間、こういったものが現在の例になっております。
 大学院の段階に参りますと、私立を含めまして、はるかにケースはふえてまいりますが、それにしても、たとえば国立の大学院と私立の大学院との間の単位の互換というふうなことが、必ずしもまだ思うように進んでいないというような状況がございまして、制度は開かれていても、実態はまだなかなか十分というような状況にございませんので、関係者に対して極力そういった単位互換の道を活用して、それぞれの大学の特色のある部分の交換ができるような方途を講ずるように、いまあらゆる機会にお願いをしておるところでございます。
○有島委員 ここに時間が余り集中しては困るからここでは詳しくは申しませんけれども、大臣、その実態をお聞きになりますと、一人ないし二人とか、それも夏季の間に実習だけをさせてもらうというようなきわめて消極的な状況でありまして、それから、さっきこれは鍛冶君からもお話があったけれども、そのPRが足りていない、それで学生自身がそういった制度が開かれているということを知らないでいることが非常に多いのです。
 それからもう一つは、事務的に管理責任というようなものがここにちょっと絡みまして、それで、教授の方々はやらせようと思うのだけれども、事務のレベルでもっていろいろとちょっと繁雑なことがあったりすると、ではもうやめてしまおうかというようなことも起こっている場合もあるようでございます。
 それから、いま大学局長から言われましたけれども、まず、国立大学で、同じ大学の中の学部と学部の間、こういったことも現在非常に多様な要求を持っている学生がいて、文学部にいるけれどもある程度経済のことはやっておきたい、ある場合にはコンピューターの操作もやってみたい、そういうような方もいらっしゃるわけでありまして、同じ大学の中にありながらそういったことができていないというようなこともあります。それから、これは一年生のときからやるということは余り効果がないかもしれない。だから、二学年の終わりぐらいにこういった制度があるんだということをもう一遍オリエンテートするというようなことも必要かもしれない。そういうことを含めましてひとつその実態を御調査いただきたいのです。いかがでしょうか。
○海部国務大臣 実態をきちんと調査いたします。
○有島委員 調査して推進していただくということで、それからこれはついでになりますけれども、東京の八王子の大学セミナーハウスというのがございますけれども、その成果については大学局は御存じですか。
○佐野(文)政府委員 大学セミナーハウスにつきましては、私どもも補助金を出すというふうなことで積極的に応援をいたしております。あそこでは、それこそ国、公、私の枠を外れて、いろいろな学生たちが、またいろいろな教官が集まってセミナーを行っている、非常に有意義な高等教育の場になっているというふうに評価をいたしております。
○有島委員 大臣、このこともひとつお調べいただいて、実態を知っていただきたい。これは単位の互換制をまだ拡張したようなものであって、みんなの大学が出店をつくりまして、そこでもって交歓をしている。それで大変効果が上がっているのであります。それでは、単位互換制のことをお願いします。
 次は、学歴偏重是正ということについて、海部文部大臣はもう就任早々に業界の方に乗り込まれまして、それでこれを進めていきたいとおっしゃったことは、ぼくは大変心強いことでもあるし、高く評価したいと思うのですけれども、大学側において、では学歴偏重是正の努力の余地が残されていないかどうか、この辺はお考えになっていらっしゃいませんか。
○海部国務大臣 私どもが取り組みますのは、政治的な判断でひとつ社会の雰囲気を変えてもらわなければならぬと考えましたので、しかも永井大臣から聞いた四つの馬車のうちやはりややおくれておるのがこれではないかという判断もしましたので、真っ先に取り組んだわけでありますが、大学側が大学側として創意工夫をしながら努力をしていただく余地はまだいろいろあろうかと思うのですが、あくまでこれは大学側の自発的な創意工夫をわが方も一生懸命できるだけ御協力をして効果が上がるようにしていかなければならぬと思っております。
○有島委員 では、そのお話に入る前に、ちょっと議論になりますけれども、学歴偏重と申しますけれども、学歴は尊重すべき学歴もあるわけでしょう。それがどうして偏重と言われるのか。このあたりについては議論が詰まっているのかどうか。お考えが詰まっているのかどうか。これが一つですよ。
 それから実力社会と言っておりますけれども、どんな実力社会であろうとも、やはり資格というものが全く存在しなくなるということはないでしょう。いま資格社会というようなことも言われますけれども しかしその資格が形式的に流れてしまって、実力の伴わない資格がまかり通るということが弊害があるのでありまして、資格というものの与え方が実力を伴った与え方をしていく、そういったことがまず基礎になければいけない。それから、その上でもって学歴は学歴としての、やはり内容を持っておる学歴である。その上にかつ、今度は学歴偏重というものが是正されていくのじゃないでしょうか。いかがですか。
○海部国務大臣 これはおっゃるとおりだと思います。そうして、私がいま最初に申し上げましたことは、その一番最後の場面の、中身が伴わなくて学歴というものが、これがまた必要以上に幅をきかせて、いろいろな弊害をもたらしている面があるから、これはもう直ちに取っ払わなければやはり正義に反する、こう判断して、たとえば指定校の問題等に取り組んだわけでございますけれども、資格が要るとかあるいは学力というものを尊重するとか、いろいろ必要に応じて、そういった学歴を持たなければならぬ分野が社会にはいろいろとあるということは仰せのとおりでございまして、そこをきちんと、その学歴にふさわしい学力が表裏一体の関係でずっと身についていくような、そういうふうにならなければならぬということも、これは当然のあるべき姿だと、私もこう理解いたします。
○有島委員 尊重さるべき学力をつけさせていくというのがむしろ文部行政側ないしは大学の側でしょう。それから、これは大学に関してだけ言うならば、教授会が、この学生についてはこの単位はOK、こう誇りをもって胸を張って言えるような、そういう単位の認定の仕方ができるようにしてあげるということがやはり教育側の問題でしょう。そしてその上でもって、社会に向かっては学歴偏重をやめてください、こうなるわけでしょう。だから、私が最初に申し上げましたのは、今度は教育側、大学側についての努力が何かなされなければならないんじゃないか、そう申し上げたわけですけれども、いかがでございますか。
○海部国務大臣 お説の通りでありまして、やはり充実した学力を身につけるように努力をしていただかなければならぬと考えます。
○有島委員 努力をしなければならないというので、ではひとつ努力をしていただきたいわけだ。では、どんな努力をしたらいいかということを御提案申し上げます。
 一つは、卒業資格を厳正にするということです。これはあたりまえのようなことでございますけれども、私は、これはあえて名前を挙げてよろしいかと思うのですけれども、国立大学中のトップクラスの大学の学部長さん数人とお話をいたしまして、何が一番苦労だと言いましたならば、四学年になりまして学生さんをみんな卒業させることができるような適当な問題をつくり出すことがとてもむずかしいのだと言っていらっしゃいました。私は冗談かと思っておった。ところが、ほかの大学の学部長さんあるいは教授の方々に聞いたら、そうなんですと、そういうことを言っておられました。それから毎日新聞にいま「総討論 教育を追う」というのが出ておりますけれども、この中で「大学の現状からすれば、非常に申訳ないが、入った学生はなるべく早く出てほしいというのが私の率直な願いである。学生を収容する場所がない、部屋もない、教える人手もない、」こういうことが述べられております。このことはぼくは何人もの方々から、学究的な教授の方々からも承っております。そこで、教授ないしは教授会が本当に誇りを持って、これはこうだと言い切れるようにしなければならない。
 第二番目は、これと関連しますけれども、学習研究の単位ですね。単位一つ一つにわたっての合否、これを厳正にしてもらいたい、これが第二番目です。これは関連しておりますけれども。それから第三番目は、学年制によらず、単位累積加算して卒業資格に至るようにすること。それから四番目 卒業に至らず、学籍を離れて就職しても、後日復帰して継続研究学習ができるようにすること。それから、ある場合には一つの大学から他の大学にいって継続研究学習ができるようにすること。五番目、これは四番に関連いたしますけれども、その際に学生は一時学籍を離れてもその研究学習歴というものが数十年間は保存される。そして、後日その継ぎ足しの研究学習による資格取得の一助として、一環として評価してもらうことができる。こういうことを御提案しているわけだ。
 第一番目に承りたいことは、このようないま一、二、三、四、五の項目を申し上げましたけれども、これは現行の学校教育法、大学設置基準等はこうしたことを妨げますか、妨げませんか。
○佐野(文)政府委員 累積加算のところがやりようによっては果たしていまの制度で許すかなということがございます。たとえば単位の互換の認められている範囲であればというようなことがございますが、それ以外の点については基本的には必ずしも不可能ではないことではないかと思います。
○有島委員 大臣、いまの法制上からいくと、必ずしも不可能じゃないのですよ。ですから、大学における個々一々の単位履修の評価というものをこういうふうにしてあげれば、教授会の責任において厳格にその合否を判断するということも可能になるわけです。ただ、ただいまは御承知のように大体四年制という年限を切っておりますね。それから、これは学則を調べていただいたらば八年間まではよろしいということになっているそうですよ。そこまではいてもよろしいのだというのですね。それから以上には退学になってしまうらしいのです。ところが、病気その他で八年いたとしても、その間ずっと授業料を払い続けていないとだめなんですね。私なら私が三年までやった。中途退学した。それてもってあと――四年に入ればいいとは言わない。おれはあと二年間やって資格を取れないかなと思っていっても、いまの学則によりますと、一年からやらなければならないのです。そういうのが実態です。それは、いまの統一試験の問題でもってさしあたって一番のデメリットといいますか欠落点は、大学の間口がとにかく狭いのだ。国立大学が収容できるのは九万人程度でしょう。そこに人が押し寄せるわけです。ですから、そういった九万人乗っかれるところに渡っていく橋がいままでの橋よりも今度は二本橋になりました。あるいはどんなに優秀にしても行き着くところの間口がそれだけであるということは非常な、せっかくの御努力が余りはかばかしい効果が上がらないということは初めからわかっているわけです。これも国大協が認めていらっしゃることです。そういうことは限度があるけれども、いまよりかはちょっとはましだろうということが国大協の書類の中にも書いてあるのを私も拝見しましたけれども、それではこうした学年制ということではなしに、単位の累積加算を、そして継ぎ足し教育ができる、生涯教育というものもできる、そういうように開いていってあげれば大学の中がずいぶんすいてくるという可能性が出てくるわけです。しかも大勢の人が集まりてきたから質が下がったということも避けられるわけです。
 そこで、これはひとつ大臣も真剣に考えていただいて、できれば国大協の方に御助言なさるなり申し入れをなさるなりしていただきたい。いかがでございますか。
○海部国務大臣 御提案の五つの項目について、法制上はできる。しかし、できても、率直に私が聞いておりますと、中途半端なでき方ではないかという感じがする面もございます。そこで、こういったことは一度よくこちらも検討いたしますし、それから当事者である大学当局の意向というものを無視しても行われないわけでございますので、大学当局へもこういう意向を指導したり、あるいは大学側の意向も聞いてみたりいろいろ判断をしなければならぬ問題が残っておりますが、とにかく方向としては検討させていただく方向だ、私はこう思います。
○有島委員 そこで、五十四年という大変楽しみな目標があるわけでございますから そこに向かって、これは単位の互換性であっても、昭和四十七年から十年がかりのことだと思うのです。それがなじんでいくのには。このこともいま言い出して幾つかの議論が繰り返される。繰り返されておる間にいろいろな世論も起こってくる、そういうことであろうかと思いますので、これは踏み切られるのはなるべく早くやっていただきたい、声をかけていっていただきたい。そうしてどんなふうなやり方をしていくかというようなことについては、もし私の方にこんなふうに決まりましたよということを御報告いただければありがたいと思うし、とにかくこれは踏み出していただきたい。お約束いただけますね。
○佐野(文)政府委員 ただいま国立大学協会の方も第二常置委員会という常設の委員会において、大学を出た者が再び大学に入ってくる場合の入り方について、従来の大学で勉強した単位をもっと積極的に考慮する方途がないかというふうなことを検討いたしておるようでございます。まだ国大協の総会に報告されるまでに至らない中間の段階のようでございますけれども、大学側も自主的にそういった努力に着手をいたしておることでもございますし、さらに第二常置委員会の方にも私ども連絡いたしまして、できる限り御指摘のような方向が積極的に前に進むような努力をいたしてみたいと思います。
○有島委員 それでは大臣、最初の学歴偏重社会ということについては、学歴尊重という前段階があるべきだ。学歴尊重の中身は資格付与の厳正である。実力を伴った資格である。そうしたことについて、また年次、年功に大学自体がよらず、それが単位の累積加算ということ、そちらの方があたりまえになるんだという方向に向かって努力をしていただくようお願い申し上げます。いかがです。
○海部国務大臣 一生懸命にその方向に向かって私は努力をいたします。
○有島委員 次に、これとまた関連があるのですけれども、どうしても人数がたくさん押し寄せていく大学、ここにおいては質の低下ということが免れないというふうにいま言われております。免れないけれども、どうにかその質を向上をしなければならない。これはお金の問題であるか人の問題であるか、それもございますけれども、私は一つは授業形態に工夫を加えるべきではないかという提案をしてきたわけですけれども、それは少人数教育、大学の数年間にとってゼミという形もある、あるいは実験、実習という工学部なんかの形もある、あるいは医学部の場合にある先生につくというような、教授、助教授から一つの人格的な影響まで受けられるそのチャンスを与えられた人と、ついにそういうチャンスがなくて何となく出てしまったという人とは大変違いがあると思うのですね。ですから少人数教育は確保する。これは全部が全部といったらとてもとてもできません。それは教授の人数が足りません。しかしある学部について、そしてこの学科の中の十二単位でもいいあるいは八単位でもいい、これだけは少人数教育は確保する、こういうような風習を固定するということが大切ではないかと思うのです。これは学生側にとっての願いでもあるし、教授が自分の研究を本当に進めていく上には、若い人たちのいろいろな刺激も受けていきたいという、そういったこともございますし、ですから必ず少人数教育を確保する。このことは別に法律には抵触しないんだけれども、なかなか言うべくしてできがたいという実態があるわけでしょう。私は強く言いますと、大学ということについて責任を持って言うならば、少なくともそういった少人数教育、授業形態についての一つの規定を大学設置基準の中に入れてしまってはどうか、こう言いたいわけなんです。いかがですか。
○佐野(文)政府委員 高等教育の教育方法の改善というのは確かに従来から非常に重要な課題として指摘されておりますし、その場合における少人数教育というものの重視というのは方向としては私は十分に理解できることであるし、いろいろなそのための工夫がされるべきだと思います。現在でもすでに先ほどの八王子のセミナーとは違った形ではございますけれども、数大学が共同でセミナーを行って、そこに各大学の学生が集まって共同のセミナーを設けるという形で教授との人間的な触れ合いの機会をある期間にわたって深めるという努力も行われております。方向としてはそういった形での改善が望ましいということはよくわかりますけれども、それを各学部を通じて設置基準の上で一つのルールとして決めてしまうということが果たしてできるか、あるいは妥当かどうかということについてはもう少し検討させていただきたいと思います。
○有島委員 もう少し検討するどころじゃなくて大いに検討していただきたいわけなんだ。そして授業の形態について工夫をすべきでないかということを申し上げたわけでありまして、私はその少人数教育を確保しさえすれば今度は放送大学を単位の互換としてどんどん用いていいと思うわけです。あるいは学校以外のところでどこかの体育館を借りてうんとでっかいスケールの大講義をやっても構わないと思うのです。いろいろな授業形態のコンビネーションをつくり出すことができる。場所も、少人数教育の場所は主に大学のキャンパス内でやったらいいでしょう。中くらいの程度のものはキャンパスでやったらいいでしょう。しかし自宅でもってテレビを聞いたりカセットでもってやるということもできるわけですよ。ですから、大量の人数を抱え込む、しかも要所だけはがっちりとここに確保できる、こういうような授業形態の多様化といいますかもつと柔軟さといいますか、このことは促進しなければならない。この統一テストをやっていく上について、行きつくところはどこなのか。いままでどおりの閉ざされた大学だ、オープンユニバーシティーと言っているけれども、どっちにオープンされているのか余りよくわからないようなこともあるわけでして、この授業形態の多様化、少人数教育の確保、そしてその中に放送も入れていく、あるいは単位の互換性もその中にどんどん入れていく、そういうような方向、これはひとつ御研究いただきたい。調査をしていただきたい。そして現在国立大学においてどのように少人数教育は確保されているか、また特に今度は私立、これが問題なんです。私立大学でどのくらい確保されているか、学生はどのくらい望んでいるか、そういったことをひとつしっかりと調査を始めていただきたい。いかがでございますか。お願いできますか。
○海部国務大臣 おっしゃる内容よく理解できますが、よく調査をいたしまして、特に私立大学、あるいは私立大学の中でも私どもも大きな講堂のようなところで講義を受けましたが、ゼミナールに参加しますと、おっしゃるような少人数教育でして、その場における教授との人間的な触れ合いなどは大変なつかしい思い出にもなっておるわけでありますので、現在どうなっておるかということは大いに調査をしてみたいと思います。
○有島委員 それで調査の結果を、これはやはり一年ぐらいかかるかもしれませんけれども、ぜひとも発表していただいて、この間の塾のあれじゃないけれども発表していただいて世論の形成をしてもらいたい。そういったことがあった上で、将来大学設置基準もいじる方向になるかならぬかわからないけれども、これは学習者にとっても大変希望の持てることですからぜひやっていただきたい。大体一年ぐらいで発表していただけますか。二年かかりますか。三年ですか。
○佐野(文)政府委員 私立を含めて全大学についてこういった教育方法あるいは授業形態の実態を調べるということになりますと、これはかなりなお金と時間を要することになりますので、どういう形で対応するかからまず検討させていただきます。
○有島委員 局長、塾の調査とどっちが厄介ですか。
○佐野(文)政府委員 やはり調べようとする対象、事柄の性質が異なりますので、いずれも困難がございます。ことに大学の場合には、大学の教育内容にかかわることでございますし、ことに私立を相手にすることでございますから、関係の大学の方々と十分に相談をしてやらなければならない点がありますので、御理解をいただきたいと思います。
○有島委員 いま佐野大学局長が教育内容にわたるとおっしゃったけれども、それは内容にかかわるかもしれませんけれども、これは形態でございますから、どのような形態か、形態の選び方によって内容が充実したりなんかする、そこら辺のところをよくお詰めいただいて、大体ぼくの要望から言えば一年目ぐらいにはひとつ出してもらいたい、こういうふうにお願いしておきます。
 それからもう一つ、何か忘れられているような問題だと思うのですけれども、実は私立大学の医学部、歯学部入学のときのお金、そのときの寄付金が大変高かったというようなことが発表になりまして、一時これは大変国会で問題になりました。そこで、これはちょっとリストをつくりましたので、ちょっと委員長にお許しいただいて、大臣に渡していただいていいでしょうか。
○藤尾委員長 どうぞ。
○有島委員 これは予算委員会におきまして私ども同僚の石田幸四郎議員からこのほどお尋ねをいたしました。海部文部大臣は、第一点は私学の助成を強化していく、第二点は学校自身を指導していきます。こういったお答えでございました。ところで私、だめ押しをしておきたいのは、このリストを見ておりましても年々大変ふえておるわけでありまして、もうすでに発表のとおり、五十一年は私立の医学部四百億円、それから歯学部だけで三百億円ということです。五十二年は恐らくこれをまた凌駕することに相なっているのではないかと思うわけです。それで、海部文部大臣が言われました二つの対処ですね、それによってこの入学金がこれ以上エスカレートしない、これを下がる傾向にする、そういったことをお約束いただけますか。
○海部国務大臣 医学部、歯学部の正規の募集要項に載っておる入学金というものと、問題は正規の募集要項に載っておらない入学時の寄付金というようなものとございまして、私は医学一歯学の教育にお金がかかるのだということは基本的に理解をするのですけれども、そうであればこそ、こういう時世にも国側としてもできるだけの助成措置をとっておるわけでありますし、それから学校当局においても、公の責任というものをやはり厳しく自覚していただいて、国民の納得するような方向で強く自粛をしてもらいたいということをもう再三にわたって協会側に伝えておるわけです。そして社会面をにぎわすような悲しい出来事が実はごく最近起こったわけでありまして、こういったことが起こってからでは遅いということも重々承知しておりますけれども、それでも再び起こらないようにするにはというのでずいぶん詰めた話をしております。そのためには、私個人の意見として、この間も私立の医科大学協会の会長さんと歯科大学協会の会長さんに直接、国民に納得してもらうためには、私学側で思い切って経理の公表ということ等もお考え願ったらどうですか。そしてどの辺までどうしてもらったらこの寄付金の問題は解決するというようなことをもっとみんながわかるように発表してもらったらどうですか。それからどうしても現在の段階で入学寄付金と言われるようなものを取らなければ経営ができないとおっしゃるなれば、その実情等もきちんと発表をして、そして入学要項等にもこれくらいは要るのだということをきちんと書いてもらわなければいかぬ。と同時に、それは入学の条件としてもらってはいけないというきょうまでの自粛通達等もあるわけですから、この辺は社会問題となるわけですし、きちんと守ってもらいたいということをじきじきにもお願いしましたし、担当局長にも何回も出会ってお願いをしておるわけでありますが、医科大学側も歯科大学側もそれぞれこの事態はいま深刻に受けとめてもらって、自粛規制というようなものをきちんとつくって傘下の各大学に流してやっていきたいということでございますから、私は不明朗な疑いを受けております入学寄付金というものが天井知らずに上っていく状態というものは、少なくとも是正したいと思いますし、また是正されるように私どもも私学の助成とか設備の補助等についてもできるだけ合意を得て補助はしていきたい。両面からやっていこうという基本的な考え、取り組み方でございます。
○有島委員 そこで、経団連に乗り込まれた覚えのある海部文部大臣に私は期待したいのだけれども、対処の仕方にもう一つの角度があるのではないか。いま両面とおっしゃいましたけれども、次の図を見ていただきたい。これは虫歯のグラフであります。昭和二十五年には四〇%台であった小中学生が、昭和四十八年には九四%を超えました。ですから歯医者さんが幾らでも必要なわけでしょう。そこで文部省はいろいろと手を打って、体育局では歯ブラシを奨励していらっしゃるらしいのです。その歯ブラシの売れ行きにつきましては次の表にございます。歯ブラシは四十六年には九十億円売れております。歯みがきは昭和四十七年には三百七十八億円というピークが出ております。そういった御努力のおかげで、この最初の虫歯のグラフは大分横ばいになってきたのかとも思いますけれども、九五%以上になれば大概横ばいになるのであります。一〇〇%を超えるわけにはいかないから、このような表になっているのではないでしょうか。
 そこで、最初のグラフの右の方を見ていただきたい。これは農林省からいただいた砂糖類の消費量のグラフです。昭和二十五年には一人当たり三キログラム、一年間の消費量は三キログラムでありました。それが昭和四十八年に二十八・二一キログラム、そういうことに相なりました。
 カルシウムが足りないせいじゃないか、昔は日本人は魚を食べていたのがこのごろ食べない、そういった話もありましたので、カルシウムの方もとってみました。これも伸びております。それで厚生省に伺ってもあるいは文部省に伺っても、この虫歯の原因は砂糖分が歯に沈着するのだ、だからそれをこそぎ落とせばよろしいのだ、そういう方針でいままでずっとこられました。昨年、私は永井文部大臣にこの問題を提起したのです。そのときにも体育局はそういったお答えでございました。ところが、では歯に沈着するのだというその学説でもって対処してきたのはいつからかと聞きますと、これは戦後ずっとその方針で来たわけであります。ですから、あの学説は間違いではないでしょうけれども、何か足らざるところがあるのではないか。私は学者ではない素人ですからわかりませんけれども、こうした虫歯と砂糖の消費量、この因果関係をきわめていかなくちゃならないのじゃないかと御提案申し上げたいわけなんですよ。いかがですか。
○海部国務大臣 私も歯をみがけと教えられて一生懸命やってきたのです。私はおかげさまで虫歯はありませんけれども、歯みがきや歯ブラシの売れておる量などを拝見しますと相当普及しておるということにもなりますので、これもひとつ専門家に私の方からいろいろ意見を聞いてみたいと思います。
○有島委員 砂糖を二十八キロも食べていると言いますけれども、私たち大人は余り食べないと思うのですよ、甘党、辛党もいらっしゃるかもしれないけれども。それから女性の方が少しは食べるかもしれないけれども、見ておりますと、女性よりもさらに子供の方が食べるのじゃないかと思うのですね。私は四十人、五十人、ずっと聞いてみました。大体そうです。となりますと、お子さん方は自分の体重に相匹敵するほど一年間に糖類を食わされているわけです。このことについては厚生省にも文部省の方の保健体育審議会の方にも御研究はございません。研究をしてくださいと言うのだけれども研究してくれないのです。どういうわけだかわかりません。不信きわまりないと言いたいくらいなんです。だけれども、これはひとつ英断をもって研究せよ。それは研究する手段は国立大学にもいろいろおありになるでしょうし、だから余り業者とかかわりのないところでもって学術的な御研究をいただきたい。文献的に見ますと大体年間十五キログラム、これが一つのラインになるらしいです。十五キログラム以上を超えると歯のみならず骨の問題ですね、そういったようなこともあるらしい。それからカルシウムを幾らとってもそれがうまく吸収されないというようなことも起こるようであります。私は余り深いところを知りませんけれども。ぜひとも御研究いただきたい。こういったことも実は歯学部の問題と直接とは申しませんけれども、かなり近いところでもって、やはりもう一つ考えていかなければならない大きな柱ではないか。いかがでございますか。
○海部国務大臣 最初の二つの柱は私もすぐわかって飛び出したのですが、この三つ目の問題はいろいろと専門的な知識も要することでございますのでよく研究させていただきます。
○有島委員 その御研究のどのような緒につかれたか、何年ぐらいかかって成果が出るものであるか、その見通しなど、これは後刻御報告いただければ――これは学童全般の問題にかかわる問題でございますから、そのことについては文教委員会の方に御報告いただいた方がよろしいのじゃないかと思うのですが、委員長いかがでございますか。
○藤尾委員長 責任を持ってさようにさせます。
○有島委員 お願いいたします。
 それでは、統一共通試験のこの行き先の方ですね。大学改革のことについて、単位の互換性、それから受講形態を多様化すること、少人数教育の確保とマスメディアの導入、三番目が単位の累積加算による卒業資格。これが実は私たち昭和四十四年に公明党の大学高校問題特別委員会での提言の三本柱であったわけです。それで、これは中教審の方でも部分的には取り上げていただいた問題でございまして、永井文部大臣なんかもよく御承知であったわけですけれども、これは別に党派なんてそんなことじゃございませんから、大臣が、本当に大学をよくし、それからまた統一共通試験の成果を本当に実りあるものにならしめるためにも、ぜひとも推進していただきたいわけですが、いかがでございますか。
○海部国務大臣 そういう方向になっていくことが望ましいと考えますので、推進に努力をいたします。
○有島委員 そこで今度はテストという問題です。
 一般にテストと申しますとピンからキリまでございまして、教室の中でやっているテストもございますし、それから学校としてやらなければならないテストもございますし、業者のテストもございますし、それからあの悪名高い学テと言われた学力テストもございました。いまこの統一テストも一つのテストの形態であろうと思うのですけれども、そのテストというものについては避けられない一つの落とし穴があるということは御存じだろうと思うのです。それで、それを知っていて使っているのと知らないで使っているのとは大分違うわけです。国大協の方では六年も七年もかけてやっていらしたのだから、そういったことについてはよく御研究であろうかと思うのですよ。テストの本質的な避けられない落とし穴といいますか、欠落点といいますか、いかがでございますか、大学局長から……。
○佐野(文)政府委員 御質問に的確にお答えできるかどうかわかりませんが、志願者の数と入学を許可できる者との数に差がある場合には、当然にテストというのは、いかに工夫をいたしましても、入るべき者を選抜をするという性格を持たざるを得ないということがございます。したがって、どうしても落とす者を決めるという側面を持たざるを得ないというところがある。ただ、そういった点は持ちながらも、できる限りテストの持つ教育的な側面を引き出して、そして落とす者を選ぶということではなくて、大学に進学させるべき者を選ぶというふうな角度での対応をしていかなければならない面があるというふうに考えます。
○有島委員 それは佐野さんのお考えですか、それとも国大協の御研究ですか、あるいは何か教育学的な根拠がおありになるのですか。
○佐野(文)政府委員 国大協で入試の問題を担当しております岡本京大学長が、統一入試に踏み切ることを国大協の総会が決めたときの記者会見等でもそういった、入試は大学教育の第一歩として大学に進学すべきものを丹念に選ぶという形でもう一度考え直さなければいかぬという趣旨を強調しておられましたし、私もその点は全く同感でございます。
○有島委員 大臣、ちょっと話がちっぽけになっちゃったのですけれども、ぼくはテスト一般について申し上げているわけなんですよ。テストというものはということです。テストというのは、学習者の学習到達度といいますか達成度と申しますか、それを測定するわけですね。それでそれを評価するわけですね。そして合否の判定をするわけですね。その辺は大丈夫でしょうね。その辺からしっかりやっておきましょう。それは御承認ですね。
○海部国務大臣 そのとおりだと思います。
○有島委員 到達度の測定法といいますか、測定するのに二つの方法があるということは御承知だと思うのです。それは、百点満点にしておいて何点までいったでしょうかという、減点法といいますか、こういうことです。それからもう一つは、これはできたらば一、できなかったらばゼロという、そういう測定法もあるわけです。テストの中にも、たとえば赤、青の信号を知らなかったら運転手はできないというようなことですね。あるいはどんな複雑な試験も、ずっとこう分析してみますと一、ゼロ、一、ゼロでもって組み立っているということはわかると思うのです。テスト全体がそういった一、ゼロの測定をしていく。総体的には減点法といいますか、どの程度までいったか、こういうような二つあるわけです。これは基礎的なことだから、別にぼくは専門家じゃないですよ、だけれども、テストの問題大切だと思うから基礎のことを言うわけです。
 それからもう一つ、評価する場合にも、百点満点でもって八十点なら八十点以上の人は全部合格というようなものと、それからもう一つは、四十人までしか採りません、こういうような相対評価というのですか、ございますね。そうすると、ある地域によっては非常に成績の悪い人でもみんな入ってしまう場合があるし、医学部なんかの場合には八十五点でもついに落第したということも起こる、こういったことはあるわけですね。
 それから、テストのねらいに三つございまして、教育的な効果をねらう、そういうテストもあります。それから、選抜効果をねらう、そういうねらいもあります。もう一つは、検定ないしは管理の効果ですね、そういうねらいのテストもあるわけです。その辺のところは、これは本当に常識的な話だから確認してよろしゅうございますか。
○佐野(文)政府委員 テストがそういう面を持っている、あるいはそういった目的による差があるということは御指摘のとおりだと思います。
○有島委員 それから、これも非常に経験的なことでございますけれども、だれがだれをテストするのか、これも重大なことになるわけです。一番小さなテストですと、担当の先生が子供たちをテストしたといたします。そうすると、それがわりあいと教育的な効果が起こり得るのは、目の前でもってまたお話しをし合えるからでしょう。その場合にですよ、大臣、ここは大切なところなんだが、子供をテストしたつもりでも実は親もテストをされてしまうわけです。家庭にその答案を持って帰ります。お隣りのミコちゃんはこんなにできたのに、あなたは何さ、こういうことが起こるわけでしょう。そんなことしちゃいけないよと言っても、起こるわけです。ですから、学習者と家庭がテストされる、これは現実ですから、このことはよく計算に入れてこの統一テストなんかにも臨まれているのかどうかということです。
 それから今度は、中規模テストは略しますけれども、大規模テストのはしりであったのは、先ほど申し上げました昭和三十六年の文部省がなさった学力テストです。あのときに一番最初にショックを受けたのは子供ではなかったのです。学力テストをやるということが通達されたときに一番ショックを感じたのは、校長さんだったわけです。わが校の水準が他校と比較されてはかなわない、こうなるわけです。だから、諸君しっかり勉強させましょうと言って教員を激励するわけでしょう。そこに次に起こってくることは何かと言えば、テストに出そうなところはどの辺でしょうという山をかける操作が必ず出るわけですよ。これはもう道理でしょう。山をかければ、せっかくかけた山に見当外れな答えよりも、こう出たときにはこれとこれとを外しちゃいかぬのだ、このことだけは答えなければだめだというテスト技術ですね、それが伴ってくるということは避けられないです。
 法律上の学テについてはいまは論じませんけれども、教育効果の上からまいりますと、大規模テストになりますと教育効果よりも選別効果ないしは管理の効果、それを記録しておいて後の参照にする、そうした効果の方が強くなる、こういった原則は、これは常識でもありますし、教育学の方からいってもそうである。これは大臣、御承認いただけますか。
○海部国務大臣 そういう様相を呈するということは、そのとおりであります。
○有島委員 第二番目、テストは、どんなテストをやっても秘密保持ということに神経を使う。大規模になればなるほど秘密保持に対して大変な労力がかけられます。今度の統一テストについてもそうでしょう。公平無私ということが前提になるでしょう。小さなテストは漏れても構わないのですよね。
 それからもう一つは、テストというのは本質的に一発勝負なんですね。二回やろうとも、二回とも一発勝負なんですよ。それは一年かけて論文を書いたというのとは違うのです。論文も三十分間に書かなければならないという一発勝負なんです。ですからテストは本質的に一発勝負である、このことも道理ですから、これはお認めになりますか。
○海部国務大臣 そのとおりであります。
○有島委員 それから受験地獄という言葉がございます。いやな言葉ですけれども、地獄ということの内容は、受験生もかなり地獄の場合もありますよ、だけれども、むしろ子供はけろけろしている場合もあるのでして、それは神経質な子供だとか、あるいは試験をしなくたって自殺をしかねないようなお子さん方も潜在的におられるわけでありますが、地獄と言われるのは経験上、むしろ親の側なんじゃないですか。これも見逃してはならない問題だと思います。親の側、そうして、先ほどから申したように今度は校長ないしは担任の先生、そういった方々がまさに地獄の状況に陥るのは、どこまでやらしていいんだかよくわからぬという点ですよね。それは相対評価ということが先行するからです。大変皮肉な話でございますけれども、文部省検定の英語だとかあるいはそろばんだとか、こういうことは本当は管理効果をねらっているようなものですけれども、これが一番のんきで教育的ですね、一生懸命勉強してやるから。教育の場で行われる方の選抜試験というのはきわめて非教育的なところに流されやすいという落とし穴を持っているということはひとつ御承認いただきたいわけです。いや、そういった落とし穴があるんですよと言って歩いていくならまだいいのですよ。ないはずだと言って歩いていったら、みごとに落っこってしまう。いま言った二つのことについてもお認め願いたい。
○佐野(文)政府委員 基本的にそういうむずかしい問題点を持ったものである、ことに大量のテストの場合にはそうであるということは十分に承知をしております。
○有島委員 先ほど鍛冶清先生から、デメリットは何だ、欠陥は何かと聞かれたときに、恐らく鍛冶さんはそういった答えが欲しかったのでしょう。そういった問題こそ本当に切実な話なんです。そういった切実な話が提起されれば、これは統一テストのうわさを聞いたこともなかったような、そんな人は出てこないのですよ。いま言っていらっしゃるのは、その統一テスト、限られた統一テストの中のあり得べきいろいろな技術上の問題なんですね。それは国大協に御研究いただいてもいい問題です。こうしたテストそのものに対する研究というか、これが余りなされていなかった、欠落していたのではないでしょうか。どうでしょうか。
○佐野(文)政府委員 もちろん十分ではないかもしれませんけれども、御指摘になったような一発勝負というものを本質的に持っているにしても、なおかつ全体としていろいろなことが考えられるように入試の改善をしようというふうなことで努力をしてきているわけでございますから、事柄として一つの制約があるということは十分承知しながらも、まさに御指摘になったような問題点の改善について一歩でも二歩でも前に出たいというのが今回の共通入試をお願いする趣旨であろうと思います。
○有島委員 時間もございませんから、では、私が指摘したのは本当の素人の身近のところからの話です。これはどんな大学者であろうともこのことは承認しなければならないような話です。そちらには国大協六年、七年の業績があるわけですから、私がいま御注意申し上げましたようなテストそのものにひそんでいる一つの欠落点とかあるいは落とし穴、と言っては言葉が悪いけれども、そのことをひとつ系統立てて列挙してそれを示していただきたい。そうしたことがあって本当にぼくたちは虚心坦懐に、これをどういうふうに避けて通っていくか、カバーできるかというようなことになろうかと思うのです。ひとつ列挙していただけますか。お答えを出していただけますか。いまじゃなくていいのです。宿題です。
○佐野(文)政府委員 東京大学に付設をしておりま入試改善調査施設の方とも相談をいたしまして、できる限りそうした入試の持つ本質的な問題点というふうなものを列挙できるように努力をいたします。
○有島委員 これは急いでください。この法案をお急ぎになるならば急いでください。お願いしますよ。
 では、余り切りなくやるわけではありませんけれども、どうしても言っておかなければならないことがあと二、三ございますので申し上げますと、このたびの統一テストにつきましても、受験者のほかに高校がみごとにランクづけされてしまうという結果になるであろう、このことは避けられませんね。そしてテストセンターというものができれば高校の一つの評定表ができる、校長さんの勤務評定ができる、このことはお認めになりますね。
○佐野(文)政府委員 統一テストの結果というのは高等学校側にも本人にも、ましてその他一般の者に公表するということは絶対にいたしません。公表いたしませんでも、なおかつおのずから出てくるではないかという御指摘が先ほどもございましたけれども、そういった点についても世の中の理解を賜りながら本来のセンターの機能、あるいはテストの目的に従って集積されるデータというものが他の目的に使われるとか、そういったことがセンターの方から漏れることはもちろんないにしても、そういう方向で使おうというような形で世の中が動かないように、私たちはできるだけの努力をいたしたいと思います。
○有島委員 お認めになりますね。
○佐野(文)政府委員 入試センターの側に共通テストの結果として非常に大量の高等学校なりあるいは受験生についてのデータの蓄積ができるということは否定をいたしません。そのとおりだと思います。ただ高等学校のランクづけが明らかになっていくとか、あるいはセンターの方で高等学校の側の勤務評定をするというふうなことは、センターの方はもちろん考えませんし、また、そういうことにならないように、テストの結果が漏洩しないようにできるだけのことを私どもはするわけでございます。
○有島委員 だから、認めるのですね。ランクづけのできるみごとなデータができてしまうということはお認めになるか。コンピューターというのはそういうものなんだから、ちょっとソフトウェアをかませればすぐできてしまう、そのことをお認めになりますね。認めた上でおっしゃっているのか。だから、いまのお答えだと、その辺が明らかでないのだ。
○佐野(文)政府委員 入試センターがそういったデータを集積できるということは認めます。
○有島委員 できるのですよね。それでそれは公表しないということなんですね。国大協だけがそれを知っているという結果になり得るのだ。文部省は国大協を通じてそのことを握っているということも起こり得るのだ。私はそんなことをしませんと言うけれども、しませんという保障があるのですか。本当に保障があるのですか。これは核兵器のようなものでありまして、持っているけれども使いません、絶対使いませんと幾ら誓ってみたところで、これは危ないからわれわれは持たず、つくらず、持ち込まず、こうなったわけだ。それ以上の何か本当の保障があるかと言えば、ないのです。ないということは、これも認めてくださいよ。あるのですか、本当に。心がけだけでしょう。心がけだけでうまくいくなら、もっと大学はうまくいっているのです。心がけだけでうまくいくのであれば、あの文部省だって悪気で学力テストをやったわけじゃないのです。だけれども、その影響力というものは大変深刻に響いてしまった。そういった実態があるのです。だから、このことは認めなければならない。認めて、このことをどうするか。そんな、秘密保持というか、そんなことはいたしませんというか、もう大ざっぱに全部フランクに開放した方が、よっぽど気がせいせいするくらいですね。受験地獄の中の地獄というものは、疑心暗鬼とか、神経質とか、秘密保持とか、これが本当の受験地獄の実態的なものになるわけです。まるで統一テストセンターは疑心暗鬼の地獄の本山みたいになってしまう、という可能性はある。そうなるとはぼくは言いません。そんな意地悪なことを言っているわけじゃないけれども、そういった可能性もあるということだけはこの場で十分認めておいた上でなかったら危なくてしようがないというわけだ。お認めになりますね。
○佐野(文)政府委員 四十五万人の学生の成績についてのデータが蓄積されるということはそのとおりでございます。ただこれはどこまでも大学入試の一部として、大学の共同の機関である入試センターが集積をするものであって、それは現在各大学が膨大な受験生についてのデータの集積を持っていることと事の性質は同じでございます。そのことについて文部省の方にそれが渡ってくるとかあるいはそれを行政目的に使うとか、そういったことはおよそ事の性質上あり得ないことでございます。
○藤尾委員長 有島君に申し上げますが、あなたが終わられました後、民社、共産、新自由クラブ、各党の御質問がある予定であります。いまのままでまいりますと、午後九時を過ぎる可能性が十二分にございます。そこで、まことに恐縮でございますけれども、御質疑の時間を制限する意思はございませんけれども、十二分にお考えをいただいて御結論をいただきたいと思います。
○有島委員 それじゃ、委員長の御提案に私従うようにして、あと一問だけ、けりのいいところまでやらしていただいて、あとはお譲りして留保させていただいて、そういたします。
○藤尾委員長 はい。
○有島委員 私が今度の統一テスト受けたとするのです。その答案をもらったとするのです。そうしたら、模範答案が出た。照らしてみたら、私は三十五点だったとしましょうか。それで、それが次の二次試験を受けたかどうかそれはわかりませんけれども、ぼくはその三十五点というのは、第一次テストというのは、普通に予習、復習をやっていればできる問題であったはずなんですね。それにもかかわらず私は三十五点だったとするのですよ。にもかかわらずぼくが高校を卒業してしまったとするのですよ。三学期になったら、おれは卒業さしてもらえないだろうと思っていたら、多分卒業をしてしまうと思うのですね。そうすると、どういうことになりますか。高校に対してぼくは非常に不信感を抱くね。おれみたいなやつを卒業させるとは何という学校なんだろうという結果にはなりませんか。ぼくは学習者側に立って言うわけです。そしてそれは学校教育法の四十六条でございましたか、そうしたことともかかわり合ってくる問題があるわけです。これも一つの問題提起として、いまお答えは要らない。そのお答えについても留保いたしましょう。それで、あとのことはまたの機会をつくっていただくようにお願いします。
○藤尾委員長 中野寛成君。
○中野(寛)委員 ただいま上程されております法案を中心にいたしまして若干の御質問を申し上げたいと思います。同時に、基本的な問題にむしろ私はしぼってできるだけお尋ねをさしていただきたいと思います。
 現在、国立学校設置法の中でも、特に入試の問題が中心となって論議をされているわけであります。そしてその問題を私どもが考えるときに、むしろその入試の結果入る、目指していくその大学がどういう目的で、どういう性格を持っているのかということがはっきりしませんと、試験のやり方というものもはっきりしてこないと思うのです。たとえば大学はより一層高度な人間形成のための教育機関なのか、もしくは職業その他技術的な、専門的な知識を研究する機関が中心であるのか、研究か教育か、端的にそう割り切ってはしまえないとは思いますけれども、そのことがはっきりしなければ、試験は何のためにあるんだ、そしてどういう試験が一番適正なんだ、こういう論議はできないのではないだろうかという気がしてなりません。同時に、試験地獄という言葉がありますが、その地獄と感じているのは、先ほども御質問の中にありましたが、だれなんだ、本当に地獄なのか、そしてその地獄と感じさせているものがあるとするならば、それは何なんだ。本当にきわめて激しい過当競争が行われる結果の地獄であるのか。それ以外にもっと心理的な、試験制度について十分わからない、どこまで勉強したら、どの範囲勉強したら最低限試験に答えられるんだかわからない。そしてまた、この大学へ入ったら将来こういうコースを歩んで自分の希望する就職ができるんだろうかわからない。そのようなわからないことが余りにも多い。そういう社会の状態を十分踏まえて自分の進路を選択できるだけのまだ能力というものは受験生たちが十分備えているとは言えない。そういういろいろな問題が地獄的な心理を受験生たちやそしてまた家族の人たちに与えていくという現状があるのではないだろうか。だから受験地獄を解消すると言うけれども、その受験地獄はどこから生まれるのか、そのことをはっきり解明しておく必要があるのじゃないかというふうに思うわけです。そういうふうなところを中心にして若干お尋ねをしていきたいと思います。
    〔委員長退席、藤波委員長代理着席〕
 さて、最初に申し上げましたけれども、大学教育のあり方、それは基本的にどういうものであるべきであり、日本の大学の現状に比べていかがでございましょうか。そのことについて、先ほど教育が中心か研究が中心かと、こう若干抽象的な御質問をしましたけれども、日本の大学が、そういうものを勘案してどのような大学であるべきなのかについてお尋ねをしたいと思います。
○佐野(文)政府委員 今日すでに高等教育への進学率は三九%に達しているわけでございます。したがって、当然大学は少数のエリートのためのものではなくて、広く国民のために高等教育機関として発展することが望まれているわけでございます。したがって、決して今日大学というのは一色の単調なものであってはならないし、それぞれの大学が特色を持って国民の多様な要請に対して対応できるようになっていかなければならないというふうに考えております。もちろん大学の目的というのは学校教育法に規定をされておりますとおりでございますけれども、その中でやはりいろいろな発展の多様性というものを大学は持っていくべきであるというふうに考えております。
○中野(寛)委員 まだちょっと御答弁でわかりにくいのですけれども、私が端的にどっちだと聞きましたので、抽象的なお答えが返ってきたのかもしれません。ある意味では両面性を持っているのかもしれません。そしてその教育か研究かともし分けたとしますと、そういう部分があるといたしますと、教育というものを中心に考えれば、できるだけ広く門戸を開放して、そして機会をできるだけ広く持っていただくということ、均等に持っていただくということが大切でしょう。そしてまたそのために学校の教授も必要ですし、いろいろな設備というものが必要になってくるでしょう。そして研究が中心であるとするならば、これまた社会のいろいろなシステムの中で大学が活用できるようなという意味でのまた幅広さというものが必要になってくるでしょう。いまわれわれがこの入試センターを通じて行おうとしております目標、そのどっちでございましょう。
○佐野(文)政府委員 やはり大学というのはまさに御指摘のように教育、研究の両方の要請にこたえるという面をそれぞれ持っているわけでございます。入試を通じてもちろん考えていくのは、まず大学教育の第一歩として、大学に進学する者、それにふさわしい者をどうやって選んでいくかというその制度のあり方の改善ということを考えることにあると思います。
○中野(寛)委員 ふさわしい人を選ぶという、これはいわゆる大学の立場からの話になってしまうのじゃないでしょうか。むしろ、勉強したい人が勉強できるという機会、それを持てるようにするというふうな立場から考える、私はそのことが教育を中心に考えればなお一層必要なのではないだろうか。みずからを練摩したい、みずからの人格の向上を図りたい、そう希望する人が理想的にはすべて入れることが望ましいわけでありますけれども、器の関係でそうもいかないでしょう。そしてまた、そういうことを私ども考えながらいまそういうものを最大限に活用をするためには幾つかの命題が残されるだろうと思うのです。ですから、私はむしろ教育にこれからの大学教育の中心を置いていきたい。先ほど来の御質問の中でもございましたけれども、これまでの日本の大学は社会に役立つ人を育てるところだというふうな名目で行われてきたきらいがあるのではないだろうか。むしろ、いろいろな能力を秘めた人たちが自分の能力を試したい、また自分の能力をより伸ばして、みずからの存在価値というものを広げていきたいと思う人たちに門戸を開放するという大学であってほしいと願うわけであります。そういう意味で、たとえば国立大学、授業料が安い、大変ありがたい学校だ、私立、非常に授業料が高い、少々のことでは一般サラリーマン家庭ではその負担が大き過ぎて大変だ、そこから教育ローンなんという制度まであらわれてくる、そういう状態がある中で、私どもは国立大学をふやす、または私立大学におんぶをするならば私立大学に行っている学生たちにできるだけ奨学金やそのほかの制度を設けて、国立大学と同じような条件で入ってもらえるようにしていく、そのことが大切になってくるだろうと思うわけです。そういうことについてはいかがでございますか。
○海部国務大臣 基本的に、おっしゃる方向は私はそのとおりだと思います。そして、最近いろいろな施策を積み重ねております中で、たとえば私学振興助成法というもの、その精神、目指すところは、やはり国公立と私学との間の教育費の差をいかにして是正をしていくように努力をするか、こういう発想から出たものでございますし、また育英奨学資金の月額貸与額を、五十二年度においても、私学に通う人には国立に通う人よりもかさ上げしてといいますか、金額においてたくさん貸与することができるような努力をしておりますのも、いままさにおっしゃるような方向で、できるだけ教育を受ける条件というものに格差があるならばそれを狭くしていくような努力を続けなければならぬ、こういう方針でやっておるわけでございます。
○中野(寛)委員 となりますと、比較として、年限を戦後におきましょう。国立大学は戦後どのくらいふえて、その学生の収容人数はどのくらいふえておりますでしょうか。
○佐野(文)政府委員 戦後、学校数で申しますと、国立は八十九校から百二十校へ一・三倍にふえております。そして、入学者の数は四万九千人から八万一千人へ一・六倍にふえたというのが実態でございます。
○中野(寛)委員 そしてそれに比べまして進学の希望者等はもっとより大きくふえているのではないでしょうか。
○佐野(文)政府委員 高等教育への進学率というのは、御案内のように四十年以降急速にふえてまいったわけでございます。これは一つには私立大学の非常な拡大というものがございまして、わが国の高等教育の規模が広がってきたことに伴うものでございますが、私立大学の規模の拡大に比較いたしますと、国立大学の規模の拡大というのは非常に小さかったわけでございます。で、国立大学に対する入学志願者のいわば延べ数と申しますか、志願率というのは、やはり若干ずつではございますけれども増加の傾向にあるであろうと思います。
○中野(寛)委員 そうなりますと、私どもやはりより充実をした内容の国立大学をふやすということは、私立にもいろいろと個性を発揮していただいて、そしてよりよい教育をしていただくこと、これは当然必要でありますが、そういう国民の希望からすれば、より一層大学をふやしていく、そのことは私どものいまも変わらぬ目標ではないかと思うのです。お医者さんが少ないから医学部をつくる、虫歯がふえたから歯学部をつくる、そういう社会的な要求にこたえてつくることも結構、また必要でありますけれども、同時に教育を受けたい、みずからの人格の高揚を図りたい、そういう希望を持っている人たちの希望にこたえること、むしろそのことの方が教育の役割り、社会的な要求にこたえるという意味での研究部門での役割りの一面に、そういう教育の役割りというのがむしろあるのではないか。そう考えますときに、国立大学をより一層つくる方向へ努力をしなければいけないのではないかという気がしているわけでありますが、今日、文部省として、今後の大学教育整備の目標を進学率何%もしくはその範囲に当たる年齢層の何%ぐらいに置いておりますでしょうか。
○佐野(文)政府委員 高等教育の規模を今後どのように想定していくかというのは、これからの社会、経済情勢の推移であるとか、あるいは国民の高等教育に対する需要の動向の変化等を見ていかなければなりませんし、非常にむずかしい問題でございますが、当面、昭和五十五年までは、むしろ量的な拡充よりも質的な充実の方にウエートを置いた施策を進めていくということを考えております。
 現在高等専門学校を含めて進学率は三九・二%でございますが、現在私どもが施策の指針といたしております高等教育懇談会の考え方で申しますと、昭和五十五年で進学率は四〇・三%くらいの目途になっております。ことしから五十五年の間は、いわゆる十八歳人口は百五十五万人くらいのところで前後いたしまして、余り変動がございません。したがってこの五年間はほとんど高等教育の規模は従前のようには広げないで推移をしたいというふうに考えているわけでございます。これまで、昭和五十年までは、年間高等教育の規模は、入学者の規模にいたしまして二万七千人くらいずつふえてきておりますが、われわれが五十一年から五十五年までの間に目途としております規模の量は、五年間で三万二千という程度の数を考えているわけでございます。五十六年以降の十八歳人口が増大にかかったときの計画というのは、六十一年を目標年度として策定を進めるわけでございますが、これについてはなお何%を目標にするかということは確定をいたしておりません。ただ問題としては、御指摘のように、一たん四〇%まで広がった高等教育の門の広さというものを、十八歳人口が増加してくる段階で、仮にたとえば三五%というような形に落とすということが可能であるのかどうか、あるいは適当であるのかどうかという問題がございます。高等教育については、量的にふくれ過ぎていて、もっと質的な充実を図るために高等教育の量はむしろしぼるべきだという意見と、もっと高等教育の量を広げて多様な発展を考えた方がいいのではないかという、両方の御意見が率直に言って現在あるわけでございます。それらを十分考えながら、五十六年度以降の、いわばわれわれとしては後期の高等教育の整備計画の策定を急ぎたいというふうに考えております。
○中野(寛)委員 その場合に、総体的な受験希望者がそう多くはふえないということでございますが、しかしいまなお先ほど来問題になっておりますように受験地獄、その中で私は大学はどこでもいいのだと思えば、そういう人たちにとってはいま確かにかなり広い門であることは事実でしょう。しかし、どうしても国立を目指す人たちにとってはなお一層地獄的な感覚というものが強いのではないでしょうか。私学を望むというよりもむしろ国立を望むというそのいまの心理的な状況をどのように思っておられますか。
○佐野(文)政府委員 私どもはもちろん国立大学、公立大学、私立大学、それぞれ高等教育の中で教育研究を分担しているわけでございますが、事の性質からして、まず高等教育の拡充は国立をもって行うというふうには考えておりません。かつて国立と私立の規模のシェアがフィフティー・フィフティーであったことがございましたから、そういうことをとらえて今日の私立と国立とのシェアが国立の二〇に対して私立が八〇であるというのはおかしい、もっと国立のシェアをふやしたらどうだという御指摘が一部には確かにございますが、私どもは単純にそういうふうに考えるわけにはいかないであろう。むしろ高等教育の整備ということを考える場合には、先ほど大臣がお答え申し上げましたように、国公私を通ずる問題として、全体を通じてどうやって高等教育の質、量の対応を考えていくかということを一生懸命考えなければならぬというふうに考えているわけでございます。
 ただ、実際問題としては高等教育の機会における地域間の格差がございます。
 地方の場合にはどうしても高等教育機関への進学ということが困難だということがございますので、そういったところにはどちらかというと国公立の高等教育機関の方が計画的には置いていきやすいということがございます。そういうために、これから高等教育機関の国立における整備を図る場合には、地方における国立大学の学部、学科の増ということを中心に考えてまいりたい。いまお願いをいたしております予算あるいは法案において、来年度国立大学については二千十名の定員増を考えておりますが、そのほぼ九一%くらいは地方の大学のものでございます。
○中野(寛)委員 お答えにはございませんでしたが、先ほど来の質疑の中でお答えがあって、より一層就職に有利な大学を選ぼうという意思が大学選択について特定の大学に偏る、そのことが非常に地獄的な様相を呈する原因の大きな一つになっているという御答弁があったと思うのです。しかし、そういう意味で私は先ほど来たとえば指定校制度の廃止、そして学歴社会に対する疑問、そのようなものを大臣が大胆に打ち出しておられることには非常に敬意を表するわけでありますが、やはりそのためにはどうしても模範を示すということも必要になってまいります。
 たとえば端的な例ですが、今度の組閣で何々大学が何人だとかというのがよく話題になります。いっそあの閣僚名簿――あえて出身校を内閣で発表されるわけではないでしょうけれども、必ずそこには出身校名がついてまわります。真実かどうかは私ども新米にはまだよくわかりませんが、私どもが官僚社会を題材にした小説を読みますと、必ずそこに出てくるのは東大何年卒だとか何とかかんとかというのが出てまいります。むしろいまお役所の経歴書、履歴書、そういうものから学歴社会を抹殺するという意味でその方々の出身母校を消して人事をおやりになるというふうなことがむしろ一つのデモンストレーションとして必要になるんじゃないでしょうか。そのようなことについて現在の各官庁の実態を――そういうことはないんだとおっしゃるかもしれませんが、現実に全くないとは私は言い切れないと思うのですけれども、むしろそういうものを率先してお取り上げになる、そういうことについては、大臣、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 組閣のときにまず学校名を書かないようにしたって私はいいと思いますし、それから他の官庁のことはまだ未経験でよく存じませんけれども、文部省におきましていろいろ人事を扱いますときに、この人はどこの学校の卒業だからということを重点に選ぶのではなくて、やはりこの分野で非常にすぐれた能力を持っていらっしゃるから今度はここの分野をやってもらおうとかというような決め方をしておるはずでございますし、また現に私が承知しております限りでもいろいろな経歴を持った人が文部省の中ではそれぞれのポストについて働いておるわけでございます。
○中野(寛)委員 文部省に限ってのお話がありました。文部省は非常に広い分野にわたっておりますから、中にはお医者さんの資格を持った人もいるでしょうし、そういう専門的な知識の中で選択がなされるであろうことは私も想像にはかたくないのでありますが、しかし文部大臣としてむしろそういう役所の中の、他官庁を含めての今日までの人事に対する実態というものを、単にきれいごとではなくて、本当にそういう実態がないかというふうなことを調査をして、そういううわさが少なくとも流れない、国民はみんな一様に東大中心で選ばれていると思っております。そういう感覚をむしろ役所の中から払拭するという御努力をなさったらいかがでしょうか。そう感じますが、いかがでしょう。
○海部国務大臣 いろいろきょうまでの事実に対してそういった角度の御批判があったことは、これは私もよく承知をいたしておりましたが、現在少しずつ流れは変えていかなければならぬということでございますし、また今年度文部省が大学卒業生を採用する上級試験の制度そのものにも疑問があるかもしれませんけれども、しかしその採用の中では東京大学だけではなくて、むしろ東京大学卒業生は今度の採用では半分以下になりまして、地方の国立大学とかあるいは複数の私立大学から人材を求めてやっていこう。私がいま調査しました限りにおいては少しずつでも文部省の流れが変わって、単に東大だけに頼ってやっておるのではない、こう言い切っていいと思いますけれども、なお御指摘の点等については十分心にとどめてやっていきたいと思います。
○中野(寛)委員 次に、国立大学の問題とあわせまして、やはり私学に行くということになりますと大変負担が問題になってくることはもうだれもが否定できないところであります。そのためにいろいろ民間の銀行等で教育ローン制度なんというものが発足をいたしたようでございます。むしろ私は奨学金制度等がきちんと整備をされる、また入学金や寄付金等について一つの歯どめがかけられる、その分についてきちんと国の方で補助がなされるということになれば、このように教育ローンなんて、何かこれからは家や土地を買って子供に財産として残すことはできないからせめて教育をローンで買おうかみたいな情けない話に、私はそのことはそういう現象を象徴しているのではないかという気がしてなりません。そういう意味で奨学金制度の拡大、その他入学金や寄付金等に対する態度、そして教育ローンについて、これは民間でやることですから自由と言えばそれまでですが、そのことが実質的に国の制度の中で、民間でやる必要がないようになってしまう。また、より一層親の負担を減らすために所得税からの教育費控除方式、教育費の税からの控除、このような御提案は先ほど来わが党からも御提案申し上げているわけでありますが、そのような諸問題についていかがでございましょうか。
○海部国務大臣 基本姿勢を申し上げますと、できるだけそういうような方向に向かって改善を積み上げていきたいということでございまして、たまたま例に出ました教育ローンとおっしゃいますけれども、これは民間の銀行がやっていることでありまして、これに対してとやかく介入はできませんけれども、ぼくの率直な気持ちから言いますと、そこまでやってもらわないでも、わが方でも至れり尽くせりいろいろなことを考えております。たとえば今年度入学の一時金が親にとっては大変だろうというときには、教育ローンとは申しませんけれども、一時金の分割払いを学校法人そのものが制度として打ち立てるというときには、その学校法人そのものに融資をして、そういうような方法がとりやすいように努力をするとか、これは新しく始める制度でございます。
 それからいま御指摘の育英資金のことでございますが、これもまだこれで一〇〇%理想の姿だとは決して申しませんけれども、昭和五十二年度の予算では四百三十一億円、事業量では五百十二億七千万円用意いたしまして、三十三万五千人の学生を対象に行なっていこう、貸し付けますときには、国立、公立よりも私学に通う生徒に対する貸付枠を大きくしていこうというような配慮、こういったこと等を踏まえてやっていこうというわけでございます。
 最後におっしゃった税の対象控除から除いたらどうだ。このことについては昔から議論、検討はされてきておる問題でありますけれども、ことしも実は文部省としてはいろいろ検討はいたしたのですが、税調との話し合いの段階とかいろいろなところで、必ずしも控除というものは個別の状況全部を理想的に救うものではないではないか。たとえば税の控除という制度をとれば、納税をしていらっしゃらない層からも学校へはやはり行っていらっしゃる、それから納税していらっしゃる層でも、何か後からもし必要ならば専門的に御説明させますけれども、私の記憶によれば、所得の額の段階によって同じ金額を控除しても、何かかえって所得の上の人の方がメリットのあるような結果がいまの計算上出てくるとか、いろいろな問題点等がありまして、そのほかにも壁がございました。考え方として税に入るのはどうかという議論等もございましたので、今年はできるだけ制度をつくるなりあるいは財政支出、直接支出のお金をたくさん用意することによって少しでもそう、いった問題を改善していくようにしよう、こう踏み切ったわけでありますから、税のことは、ことしはせっかくの御提案でございましたけれども、手についてはおりません。
 以上です。
○中野(寛)委員 教育ローン制度がはびこる、これは民間でやることですからそれを禁止することはできないでしょうけれども、やはりそういうものが幅をきかすということは、一般の学生や父兄に対するPRというものが十分に行き届いていないということが一つの原因ではないか。大学ではPRするんではなくて、むしろ高校でPRしなければいけないのじゃないだろうか。そういう制度があるから安心して私学へ行けるという、コースを選択する段階でのPRというものが本当はもっと必要なのではないだろうかという気がするわけでございまして、その辺はひとつぜひ御要望申し上げたいわけであります。
 同時に、税からの控除方式でありますけれども、その控除の仕方は所得控除の方法、税額控除、いろいろ控除の仕方はあるでしょう。その中でより一層効果が発揮される方式というのは、御検討いただければあるはずでございます。私どもはそういう観点からあらゆる方法で、いま私ども日本の中において、特に勤労者、サラリーマンが先ほど申し上げました子供たちに残してあげられるものはやはり教育が中心だということは、ほかに目に見える財産として残るものがないということを批判するのではなくて、そのことが中核であることだけはやはり事実だと思いますから、そういうことにぜひ御検討を積極的に、前向きにお進めをいただきたいなというふうに思うわけであります。そういう意味で、試験に対して非常に厳しい状態に置かれている理由の幾つかを取り上げたわけであります。国立偏向ではないか、学歴社会がやはりその理由ではないか、そしてまた負担金制度が理由ではないか、いろいろの理由の中で、それは試験地獄のそういう心理負担に対する原因の幾つかのうちの一つであろうかと思うので、あえて取り上げたわけであります。
 さて、次に試験の問題に移らせていただきたいと思います。
 人間の成長にとってそのようなテスト、試験、そういうものに自分の一生をかける、後ほど私は別のお話を申し上げますけれども、一生の大半が決められかねないようなそういう大きな試験を受ける年代というものは、教育的に言いましたらどのくらいが適当なんでしょうか。
○佐野(文)政府委員 今日の段階では、十八歳のところで大学の入試を受けるわけでございます。私は、もちろん入試地獄と言われているような形で受験技術に走った勉強をしたり、あるいは非常にたくさんのことを試験のために覚え込まなければならないというような状況は改善をしていかなければならぬとは思いますけれども、そうした時期に入学試験を契機として高等学校時代における学習を積み重ね、さらに大学においてみずから進もうとする分野のために必要な勉強を一生懸命すること自体は、決して地獄ではない。それはやはり本人として十分に役に立つ大事な勉強であろうと思います。ただ、そういったことが中学校の段階でも高等学校の段階でも行われることは決して望ましくない、私はそのように考えます。
○中野(寛)委員 そこで、大学入試制度の改革の中から少しでもそういう心理的な負担をなくしていこう、その努力が今度の共通試験にもあらわれているのであろうと私ども前向きに考えたいとは思いますが、同時に、そういうものを受けるための選抜の基盤になるものをどの段階で子供たちがするかということ、そのことが私は子供たちの精神的な成長の中できわめて大きな比重を占めると思うのです。だから先ほど嶋崎先生の御質問の中でも触れられましたが、あらゆる機会に――特に今度の共通試験制度についてだって、最初から理想的なものはできないでしょう。いろいろな試行錯誤を繰り返しながら、恐らくより一層適性なものをつくっていこうとされるのだろうと思うのです。と同時に、私はその試験をやる方もそういう試行錯誤をするゆとりというか幅が与えられるとすれば、試験を受ける方もやはりそういう幅が与えられなければいけないと思うのです。別にそれは比較する次元のものではありませんけれども。そういう中で、豊かな経験の中から適性な進路を選ぶわけではないですから、いろいろな人生のバイパスというものが特に子供であればあるほど、若ければ若いだけ必要だと思うのです。進路指導も必要でしょう。しかし自分の判断が間違ったときに、そしてどんなにりっぱな先生であってもその子供のすべてを適正に判断できるわけではありませんから、その学校の先生の指導に基づいて進路を選んだけれども、やはりちょっと合わないわいという場合もあるでしょう。子供たちが何か選択をしたときに、その後取り返しがつかないという緊張感を過度に持たせることが、たとえば試験地獄の一因にもなっているのではないか。そういう意味での人生バイパスこそが必要なのではないのかと私自身も思うわけであります。
 そこで、共通テストが行われますけれども、共通テストは一次試験はもちろん一回限り。二次試験を全国各大学が同じ日にやったとしたら、いわゆる取り返しがつかぬわけです。少なくとも現在第一期、第二期がありますので、取り返しがつかないかもしれないけれども、第二期を受けるチャンスは残されているわけです。そういう意味において、私どもはいままで以上に心理的な圧迫が受験生にとって強くなると思いますが、いかがですか。
○佐野(文)政府委員 一期校、二期校を一元化した場合に 片方で、従来からいわゆる二期校コンプレックスと言われているような、一期と二期との間に格差があるというような印象を解消したり、あるいはそれによって真にその大学を志望する者が志望校を慎重に選ぶようになってきたり、あるいは一期、二期の重複合格者によって国立大学に結果的に相当な欠員が出てくるというふうな問題がなくなったり、あるいは二期校に非常にたくさんの者が殺到していることが示している表面的な過当な入試競争というふうな印象を静めたり、そういった効果があります。ありますけれども、同時に御指摘のように、一期、二期をなくすることが入試のチャンスを二回から一回にしてしまうということで、受験生に心理的な心配と申しますか、不安を与える、そういうきらいがあるということも否定できないだろうと思います。もちろん、理論的には国立大学の入学者の枠というのは決まっているわけですから、一期、二期を通じて適当な者が入ってくるということは、それは一期校、二期校を区別しても区別しなくても同じことだと思いますけれども、しかし心理的な問題がある。
 さらに、一回目には非常に健康状態が悪くて不幸なことであったけれども、二回目に実力を発揮するつもりだったが、それがだめだったというふうなことが出るではないかという御指摘もあるだろうと思います。私どもは、そういった点で、一期、二期を一元化するということによって、先ほど申しましたメリットというものを期待するわけでございますが、同時に、できるだけ一元化しつつも、受験生側のいわば第二次志望を生かす方法を考える。それは、共通一次のときに一応志望校を三校書いて受けますけれども、共通一次の結果を見て、自分は第二次のときには志望の大学を変えてもいいというふうなことを考えたり、あるいは二次試験の際に、現在でもやっておりますけれども、工学部なら工学部の中で第一志望は何学科、第二志望は何学科というふうな形で、受験生の側の第二次志望をできるだけ拾い上げてやる配慮をするとか、あるいはまた、今日でもかなりの大学では、実際に合格した者が入学者にならないでそこに欠員が出たりすることがあるわけでございます。そういった場合のいわゆる第二次募集というふうなものをもう少し各大学が工夫をして、そこで受験生の側の二次志望を生かすような方途を工夫するとか、そういったことで、できるだけ二次志望を生かすという対応を現在検討しておりますし、一次、二次を通じた国立大学の入試の実施要綱の中で、そういった点を明らかにしていきたいと思っております。
○中野(寛)委員 そうすると、再び試験を受けなくても、二次志望目が生かされることがあるということになるわけですか。
○佐野(文)政府委員 ケースというか、その態様によるのだろうと思います。工学部を受けて、そしてその受けた結果によって、第一志望の方の学科には入れなかったけれども、第二次志望の学科には入れたということはもちろんあるでございましょうが、それ以外に、欠員の生じている大学等に対する二次志望というものについては、やはりもう一つ別の事柄になりますから、それをどうするかはその大学が決めるということになると思います。それにしても、共通一次の成績とあるいは調査書というものがございますから、そこのところの工夫はいまよりもはるかに弾力的にできるというふうに思います。
○中野(寛)委員 まだそれも、これをやるということにしなければ具体的に話が進められないということかもしれませんけれども、しかし私は、少なくとも受験生にとっては、先ほど申し上げたバイパスが一つでも二つでも多いことが心理的に救われる道になると思うのです。そういう意味から、これを余りやり過ぎますと、一期校、二期校の二期校を受けた人たちのコンプレックスが出てきたりというふうないろいろな弊害があったとおっしゃる、それを再び繰り返すことになってしまうかもしれませんけれども、一次志望、二次志望、それが二次志望でなくて三次志望でもいい、そういう中で選択される幅がより広い方が、受験生にとっては助かるわけです。ましてや実力本位ということ、その実力をどういう実力と評価するかは別にいたしまして、試験はやはり受けることができる回数が多いほど、一回で通ればそれにこしたことはありませんけれども、落ちた人にとっては、もう一回受ける機会があるほどそれはいいわけです。それを無限に続けろとは当然言えません。言えませんけれども、せいぜい二回もしくは三回までそういうチャンスが残されているということが、第一回目の試験を受けるにしたって、失敗が許されることによって、幾らかでも平常心が保たれるとするならば、それも心理的な圧迫を防ぐ一つの要素になるでしょう。いろいろな工夫をその中でぜひしてほしい、それがいまの受験生の心理だと思うのです。そういう方向での今後の御検討はなお残されているのでしょうか。そして、その方向での御検討がなされるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 現在入試改善会議の方で、国立大学協会の方で御検討になりました共通一次試験のあり方を基礎といたしまして、一次、二次を通じた国立大学の入試のやり方、あり方について検討をいたしております。これについては、できるだけ三月のうちに試案のようなものでも公表をいたしまして、さらに意見を聞きながら、法案の成立を待って原案の成案を得たいというふうに考えているわけでございますが、その中で、いま申しましたような二次志望の生かし方についての検討が行われております。もちろん、先生御指摘のように、これはよほど用心をしてやりませんと、一期、二期の弊害を再び招くというふうなことになりかねませんから、そこは十分に考えなければいけない課題であると十分に戒心はいたしております。
 それから、そうした二次志望の生かし方と並んで、やはり推薦入学の制度がございまして、これを採用する大学は、国公私を通じて逐次ふえてまいっております。これも制度としては基本的には望ましい制度でございますから、それが正しく発展をしていくように努力をしてまいりたい。これも高等教育に入ってくる道を広げると申しますか、数をふやすという点では、非常に意味のある制度であろうと思います。
 また、一つのコースを選択した後で、たとえば工業高等専門学校を選択をして進学した者が、やはり大学で勉強をしたいというふうな気持ちになったときには、大学の工学部の方へできるだけ編入学のできるような方途を考えたり、あるいは技術科学大学というような新しい大学に進むことができるような方途を考えるというように、高等教育機関の間の流動性ということの促進についても、さらに努力をいたしてまいるつもりでございます。
○中野(寛)委員 それではもう少し技術的なことを、若干内容をお聞きしたいと思います。
 一次試験と二次試験の比重は、各大学で決められるのかもしれませんが、どのぐらいの比重で採点されるのですか。
○佐野(文)政府委員 これは御指摘のように、各大学において両方の試験の結果、あるいは調査書その他の大学が行います資料というものを総合的に判断をしてやってほしいということ以上に出ません。それは各大学が判断をすることになりますが、御指摘のように、たとえば芸術系の大学のように、むしろ二次の実技の面の成績等を非常に重視するというふうなところもございましょうし、あるいはそうではない一般の大学の場合もございますから、大学によって一律ではないということに相なります。
○中野(寛)委員 その一律でないのが行き過ぎましてどっちかに偏り過ぎますと、たとえば二次試験のみに偏りますと、一次試験で単に足切りだけをやって人数を制限してというような、いわゆる予備試験的なものにしかならないということになってしまうでしょう。むしろ、それが必要でないとすれば、足切りをやらないでできるだけ希望者を全部受けさせることがいいわけでございますけれども、その辺につきましては、やはりセンターの方で各大学と協議をしたり指導したりなさるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 国立大学協会の方でこれまで調査研究を進めて、実施の具体的な方法についての考え方を示しているわけでございますが、その中では、一次、二次を適正に総合評価をするようにということを求め、また、いま御指摘のいわゆる足切りと言われております予備選抜につきましては、両方を総合して判断をするという趣旨から言って、それが一般的に採用されることがあってはきわめて遺憾であるから、これはできるだけやらないように、もしやるにしても、非常にたくさんの入学志願者があって入試を丁寧に行き届いてできないというふうな状況がある場合に限って、三倍程度を目途に足切りをやるならやる、しかしそれは決して足切りを奨励をするということではなくて、どこまでも一次、二次の総合的な評価の上に立って判断をしていくという基本的な方針は貫いてほしいということを言っております。私どももそのように考えているわけでございます。
○中野(寛)委員 先ほど人生のバイパスと言いました。現在は、将来大学を目指そうと思う子供たちは一応大勢において普通高校を目指します。しかし、職業高校に行った、そして勉強している中で、より一層高度な勉強をしたいという希望者が出てくる可能性はやはり多いわけです。ことしの高校の願書提出の傾向を見ますと、中学校の先生方の進路指導がかなり徹底をして行われたせいもあるのでしょうが、職業高校を選ぶ人たちが非常にふえているというのが一つの傾向として報道をされております。しかし、先ほど申し上げましたように、その進路指導だって決して必ずしも完璧なものではないでしょうし、子供の判断、親の判断というものも決して完璧ではないでしょう。やはり職業高校へ進学をした子供たちにとっても、できる限り平等な大学入試の条件というものが与えられなければいけないと思います。そのような者に対する配慮というものはどのようになっているわけですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、進学率の上昇に伴いまして、職業高校から大学へ進学をしたいと考える者の数はふえてきておりますが、反面どうしても職業高校の生徒はいわゆる専門的な科目を履修をするということがございますので、一般科目について、普通高校の生徒との競争において、実質上不利な立場に立たざるを得ないという点があるということが心配をされるわけでございます。そのためにいろいろな配慮をするわけでございますが、共通入試におきましては、これは普通高校、職業高校を通じて、外国語は別でございますが、共通必修の科目を中心に行うわけでございます。そこで、そういった意味では、職業、普通高校を通じてそうした共通必修の科目についての条件というのは同じであるということから、共通入試の段階では代替科目というふうなことは考えないわけでございますが、しかしやはり数学であるとか理科等につきましては、これは履修している生徒の数は実際問題として多くはございませんけれども、職業科の教育課程に取り入れられております数学一般であるとかあるいは基礎理科というふうなものを選択している者があるわけでございます。したがって、そういった数学一般なりあるいは基礎理科についても出題を行って、これを高校において履修している者はその科目で試験が受けられるというふうな配慮を共通一次についても行っております。そして、二次試験の段階では、従来からもそうでございますが、できる限り職業高校の科目というものを代替して出題するようにする。そして、たとえば商業であるとか、そういった科目によって受験ができるような配慮をするということを、国大協もそうでございますし、私どもも考えているわけでございます。
 さらに、先ほども申し上げましたけれども、職業高校からの入学の場合には推薦入学ということがかなり広く行われるようになってまいっておりますので、そうした推薦入学については今後もできるだけ推進をするという方針で臨みたい。そういったいろいろの点を通じて、職業高校を出た者で大学で学びたいという者はできるだけ不利な取り扱いにならないような配慮をしてまいるつもりでございます。
○中野(寛)委員 同時にそのような学校の、職業高校の先生方もそうでありますが、高校教育の実態の中から、入学試験についてはこういう配慮をしてほしいとか、また、高校生の実態を踏まえながらの入試を考える、そういう場合に、その試験問題をつくる方々について、大学の先生だけではなくて高校の先生方も何らかの時点で参加していただくということも私どもは配慮をする必要があるのではないかと感じますが、その点についてはいかがでございましょうか。
○佐野(文)政府委員 今度の国大協の実地調査の問題につきましても、その問題について、これはもちろん事後でございますけれども、高等学校の関係者と国大協の間では協議の機会を持ち、それに対する批判を聞き、あるいは評価を求めるというふうなことを積極的にやっております。
 先ほども御指摘がございましたけれども、大学入試センターを運営していく場合に、やはりたとえば高等学校の側との連絡協議機関というものを入試センターの中へ設けて、そして共通入試のあり方について高等学校の関係者との間に十分な意見交換を行うような、そういう一つの機会と申しますか機構と申しますか、それをつくっていくというふうなことも考えられていかなければならないことであると考えております。
○中野(寛)委員 この入試センター、そして第一次共通試験につきましては先ほど来の御質問の中にもございましたけれども、少なくとも試験に対する心理的な負担を解消する、そしていまうたわれております文句は、高校で学ぶことのできたものの中から出題をするということによって少なくとも出題範囲というものが一つ限定をされる、過重ないわゆる詰め込みを避けるということが一つの大きな理由になっていると思います。その利点はその利点として私ども評価をしたいと思いますが、いままで申し上げましたような内容について素朴に、私どももそうであります。少なくとも私だけではないと思います。いま申し上げましたような疑点について多くの受験生が、また父兄たちがなおこれから同じように疑問を持つであろうと思うのです。今後ぜひ一つ一つの諸問題について理解が深められる、そして本当に何かよくなりそうだと、少なくとも希望を持たせていただく、このことが大切なのではないだろうかと私は思うわけでございまして、技術的な内容につきましてはPRも含めてぜひ理解を深めていただくということの御努力をお願いをしたいのです。
 若干内容が変わるようですが、それに関連をいたしまして、先般来高校生の蒸発というのでしょうか、学校に出てこなくなってしまう、そのことが非常に話題になっています。特に東京、大阪。大阪でも公立高校生が三千人蒸発をする、私立が約六千人から七千人蒸発をする。東京でもやはりそのくらいの数字が、高校生が蒸発をしているということが新聞紙上等でも報じられ、また大阪では大阪府議会でもそのことが論じられました。その理由等についても、先般来日教組の方にもお会いをいたしましたけれども、いろいろと調査をこれからするんだというお話でございました。文部省としてその実態について把握をされておられますでしょうか。それは特に普通高校の生徒についてその傾向が顕著であるようなことも聞きました。入試地獄との関係が全くないだろうか、そのような観点からお尋ねをしたいと思います。
○諸沢政府委員 個々の高等学校について、いま御指摘のように在学中の生徒が中途で学業を放棄するとかいうようなケースを一つ一つ具体的には承知いたしておりませんけれども、ただ私どもが持っております統計資料から見まして、こういうことは教字の上で申し上げられると思います。というのは、五十一年三月の時点における高等学校の二年、三年、それからその年度に卒業した生徒の数と、それから前年度の同じ時期に、全国の高等学校の一年、二年、三年に在学しておった生徒の数にどれだけ開きがあるかということでございますが、それで見ますと、全日制の課程では、一年から二年に上がりました場合に約二%の減少がございます。二年から三年につきましても同じく二%ございます。それから三年から卒業というところで〇・八%というふうに数の上では出ております。しかしこれはいま申しましたように、前年度と当該年度との統計上の数値でございますから、統計上の操作の上でのミスとか、あるいはその間の他校への転出入等の正確な計算ができないとか、いろいろ事由がございましょうから、いま挙げましたパーセンテージがすべて中途で学業を放棄したということになるかどうかは申し上げられませんけれども、いま申し上げましたような率の差があるということは事実でございます。
○中野(寛)委員 たまたまここにも新聞に大きく報道されましたからちょっと切り抜いて持ってまいりました。大阪の例ですが、公立高校から姿を消した生徒数ということで、四十六年度千三百七十人、四十七年度千四百五十七人、これはだんだんふえまして、五十年度は二千九百九十二人というふうにふえています。私立を全部調べますと、大体あと七千人くらいになって、大阪、東京それぞれ一万人くらいは消えている。いろいろな家庭的な事情もあるでしょう。しかしやはりその内容を個々に比べて調べてみますと、勉学意志なしとか、進路の問題、経済上の理由よりも、おもしろくないから家出をしたとか、そういうのが非常に多いわけであります。特に成績不振による落ちこぼれというのが大半なんです。高校のあり方と同時に、特に大学を目指すという前提で普通高校へ無理やりに押し込められた、少なくともこういう落ちこぼれる生徒たちですから、自分の希望じゃなかった場合がむしろ多いのではなかったでしょうか。親の希望で押し込められたという部分があるのではないか。同時にまたそういう落ちこぼれた子供たちは、小学校、中学校において十分ついていけない教育がなされたということもあるのではないだろうか。いろいろな問題があると思いますけれども、やはり勉強がおもしろくない、それが大学入試を目指す、なぜ目指すか、学歴社会、こうなるのではないだろうか、その一つの例としてこうなっている。そしていま地方財政は赤字だ。その中で学校をふやすことができない。教室をふやせない。だからこのような例が出ている大阪で、一教室四十五人であったのを、今度四十六人にしようとしています。それで学校の担任の先生方が、それでは十分子供たちに対してめんどうを見てあげられるはずはない、そういういろいろな諸問題が高校の段階でも出てきているわけです。そしていま中学校では、進路指導として、職業高校をことしは希望する人たちがふえてきた。いわゆる大学一辺倒的な感覚があったことによってこういう事態が生まれてきたのではないかというふうに私は心配するわけです。そういう意味で、先ほど来受験等について、少しでも早く生徒たちの心理を軽くするということは大切なことだ。そして大学の門をできるだけ広げる。それは夜間大学もあるでしょうし、通信大学、それから放送大学、いろいろな機会を通じて、あらゆる機会に勉学ができるという方向をつくることが緊急の課題であるというふうに私ども考えられてならないのです。そういう意味で、この蒸発高校生の実態についてなお一層詳しく調査をなさって、また今後の高校及び大学、またこういう事態をつくった小学校、中学校の責任、そのような問題についても分析をされてみてはいかがでしょうか。その実態についてもし踏まえておられないとすれば今後調査をし、対策を講じられる御用意はございませんか。
○海部国務大臣 せっかくの御提案でございます。検討させていただいてやっていきます。
○中野(寛)委員 次に、今回上程されております法案の中で、国立養護教諭養成所設置法の方も廃止をするということで、別にそれにかわるものができたから、ここの分については廃止をするということだと思うのでございますが、もう間もなく養護教育は、五十四年度からですか、義務化されようとしております。ついては国立大学の教育学部等に、特殊学校の付属学校をすべて設置されるということはいかがでございましょうか。
○佐野(文)政府委員 付属養護学校につきましては、その設置について、鋭意努力をこれまでもいたしてきております。四十六年度に付属の養護学校は十五校でございましたけれども、その後五年間で十七校の増設をいたしまして、五十一年度現在で三十一大学に三十二校の養護学校が設置をされております。さらに五十二年度におきましても、三大学に三校を設置をするということで予算のお願いをしているところでございます。今後とも国立大学における養護学校の増設というものについては努力をいたしてまいりたいと思います。
○中野(寛)委員 これから養護教育が義務化されるということは、それだけいかに養護教育が大切であったかということの証左だと思うのです。少なくとも国立大学の中で教育学部という学部がありながら、そしてこれから養護教育が義務化されるその時点に立って、私どもはそれぞれの地域の養護教育の中核となってその模範を示す、そしてまたより一層充実した養護教育を進めていくための機関として、少なくともすべての教育学部にはこれが設置をされるという方向でなければならぬと思うのです。五十四年度に義務化されるまでにすべてつくれ、これは無理かもしれませんけれども、本当に近い将来にそれをすべて設置をしていく。そしてそれぞれの教育学部にはそのような科目を必ず設けるという方向で御努力をいただきたいと思うのですが、いかがでございましょうか。
○佐野(文)政府委員 付属の養護学校は、学部における特殊教育に関する教育研究に協力をする、あるいは学生の教育実習の受け入れをするというような任務を持っているものでございますし、御指摘のように、私どももできるだけ各国立大学においてそういった体制がとれるように努力をしてまいりたいと考えております。
○中野(寛)委員 それに関連をいたしまして、若干法案からずれますが、その特殊教育なんです。せっかく義務化されるということでございますから、あわせてこの機会に私はお聞きしておきたいのですが、特殊教育の場合、これは文字どおり幼児から職業までというんでしょうか、すべてにわたって生涯教育的な特性というものがこの養護教育こそは生かされなければならないのじゃないでしょうか。それこそはしを持つところから、文字どおり日常生活にわたる、本当に人間としての初歩的なことから訓練をしなければいけない。それが、この特殊教育の中身ではないでしょうか。
    〔藤波委員長代理退席、委員長着席〕
私どもそう考えますと、文字どおり四、五歳児の教育について、年限を限って、近い将来これをまた希望者全員入れるようにという御努力をなさっていただいておるわけでございますけれども、少なくともこの特殊教育、特に心身障害児及び者の皆さんについては、そういう幼児教育というものがより一層先に進められなければならないし、そしてまた義務教育の課程では、一つの施設があり、そしてそれなりの教育や便宜を受けられます。しかし、高等教育はそうはいかない。一定の年限が来たら社会へおっぽり出される。その後、負担するのは親もしくは親戚またはやっと運がいい人は施設に入れるということかもしれません。しかし、その人たちは、たとえば六・三・三制の中の六・三制が終わったから、または六・三・三制が終わったからと言って、年限を切って、それで義務教育的なもしくは一般的な社会人としての能力を備えたというようにはまいらないわけでありますから、そういう年限を限るのではなくて、職業に至るまで――先日ある新聞にたまたま投書か出ておりました。芦屋の方でしたか、家族とともに、一緒にそういう障害児の生涯教育の場として住宅も含めてそういう団地ができることが投書の中で触れられておりました。この問題について、文部省だけの管轄ではないと思います。厚生省の管轄になるでしょう。住宅対策とすれば建設省の管轄も出てくるでしょう。むしろこの機会にぜひひとつ大学に養護教育の内容をより充実させると同時に、その特殊性を考えて、総合的な考慮を文部省先頭に立っておやりになっていただいたらどうだろうか。文字どおり生涯教育の問題だと思う。このことについて、大臣、いかがですか。
○諸沢政府委員 盲、聾、養護の障害者教育につきましても、これは六・三制というたてまえからして、小学校と中学校に相当する部分を義務教育とする。この考え方は、いわば教育基本法の趣旨にも合うものだろうと私は思います。ただ、御指摘のように、そういう障害のある子供に小学校に相当する教育を始めるにしても、それをより始めやすく、あるいはこれから受けようとする小学校教育をより効果的ならしめるために、もっと障害者に対する幼児教育を充実しろ、こういう御指摘はまさにそのとおりだと思います。そういう意味で、私どもは、養護学校の幼稚部の拡充整備というようなことをいま一生懸命お願いしているわけでございます。同時に今度は義務段階を終わった高等部以上の段階につきましても、これは単なる後期中等教育だけではなしに、社会的自立あるいは障害を克服してそれに打ちかつ方法を見つけ出す、そういう意味での教育をしなければならないわけでありますから、そのことは、高等学校に相当する高等部での教育のみならず、社会教育一般あるいは労働行政あるいは福祉行政あるいは病院の医療の問題というようなものと連携をとってやっていかなければならない問題であり、またそういう方向でいま私どもも義務教育後の特殊教育というものを考えてまいりたいというふうに思っておるわけでございます。
○中野(寛)委員 同時に、先ほど申し上げましたように、それが幼児の段階からであれば、これは文字どおり厚生省の管轄かもしれません。住宅の問題でもあるでしょう。それからその場は住む場であり、教育の場であり、職業の場であるという必要性が出てくる部分もあるでしょう。そういうことについて単に文部省だけで、おやりいただくのは大変結構なんですが、それだけでは限度が出てまいるでしょう。大臣を通じてでもそういう担当の大臣の方々が本当の意味での福祉政策としてそのような問題について真剣に幅広くお取り上げいただいてはいかがかと思うわけでございますが、いかがでございましょう。
○海部国務大臣 文部省のとっております施策はいま担当局長が申し上げたとおりでございますし、また私の知ります範囲でも労働省がそういった方々に対する専門の職業訓練所というものをつくってそれらの方々に応ずるような職業訓練の努力をしておることも私は承知いたしておりますので、そういったばらばらのものを何か横の連絡をとってよりお互いの関係の中で効果が上がっていきますように心がけてまいりたいと思います。
○中野(寛)委員 最後に二つほど御陳情を申し上げたいと思います。
 一つは、先般東京教育大学附属の大塚養護学校へ行きました。この教育大学が近々移転をしなければならないということもあって、大塚養護学校についても移転の話があるようでございます。そこに通う人たち、それが移転をされますと、大変不便になるということもございますし、そうして見ますと、大変老朽校舎でございますが、何とかあの場所で父兄の皆さんやそうして児童の皆さんの便宜を図るためにより備えを充実させ、そうして日本の養護教育の中でも一番伝統のある、非常に由緒のある学校でもございます。そういういろいろな意味を込めてあの場所で充実していただくということをお考えいただくわけにはいかないでございましょうか。
○佐野(文)政府委員 教育大学の付属学校につきましては、移転をするということではなくて、現在地において整備をするということで全体の計画を立てておりますので、御指摘の養護学校についても私どもは移転の計画を持っておりません。
○中野(寛)委員 そうすると、大塚養護学校もそのままあの場所で、そうしてできるだけ整備をしていただくということのお約束はいただけますか。
○佐野(文)政府委員 私どもはその方針でございます。
○藤尾委員長 ちょっと大学局長に申し上げますが、私どもはその方針でございますということではなくて、中野君のお問い合わせは、やってもらいたいということを言っておられるのですから、やるかやらぬか、それをはっきり御返事をいただきたい。
○佐野(文)政府委員 現在地において整備をいたします。
○中野(寛)委員 どうぞそのお約束をお忘れのないようにお願いをいたします。
 なお、最後にこの議案と若干内容はかわりますが、お許しをいただいて一言だけ御要望申し上げたいと思います。
 大阪国際空港に近々エアバスが乗り入れになるかもわからないという話がございます。そうしてその大阪国際空港への飛行機の離発着するその進入コースの真下に多くの学校があります。小学校、中学校。そしてその飛行機の騒音だけではなくて、その排気ガス等によって光化学スモッグやその他の原因となったりして、いままで数々の問題が提起されてまいりました。これは運輸省、環境庁の問題であろうかと思いますが、文部省は言うならば被害者の立場であります。子供たちの立場に立って、いま、より大きな公害をまき散らしかねないエアバスの導入について十分調査をしていただき、子供たちの教育環境を守るという立場から御努力をいただきたいと思うのでありますが、いかがでございましょう。
○犬丸(直)政府委員 大阪空港にエアバスを導入する件につきまして、運輸省の方と連絡いたしましてその対策に遺憾のなきを期しておりますが、いまのところ、運輸省のお話では、エアバス導入自体によって騒音についてはむしろ減少するというふうに言っておられます。しかし、そのエアバによる直接の影響は別といたしまして、航空機騒音による被害についてはかねてから連絡いたしておりまして、大阪空港周辺におきましても現在幼稚園から高等学校、特殊学校まで含めまして約百五十八の学校が被害学校というようなことになっておりまして、いろいろな防止工事、これは主として運輸省の予算でやっていただいておりますけれども、その一部分はすでに完了しておりますし、一部分はいま七分完了、なお計画中、いろいろございますけれども、常に密接に連絡をとりまして遺憾なきを期していきたいと思っております。
○中野(寛)委員 エアバス導入によって音が小さくなるという宣伝をしきりに運輸省によってなされているわけであります。一つ一つを短絡的に比較をいたしますとそういう部分がありますけれども、総合的になお一層調査の必要があります。それと同時に、防音装置が各学校にかなり設置されてまいりましたから、むしろ音以上に排気ガスが問題だという部分が学校の場合にはあります。排気ガスは明らかに窒素酸化物がふえますので、そのような内容につきましても十分御検討の上、学校教育、特に教育環境の保全に今後万全の御注意をいただきたい。御要望申し上げて質問を終わります。
○藤尾委員長 山原健二郎君。
○山原委員 最初に、この間予算委員会で質問をいたしました杏林大学のいわゆる入学時の寄付の問題ですが、あのときに文部省の方から、文部省に報告している決算と杏林大学の集めた金額にずいぶん違いがある、それはどうなったのかということで、数字については多少私の申し上げた数字と違う、そのとおりではないというお話がありましたが、杏会という後援会に入れておるという報告があったわけです。私がちょっと不思議に思うのは、学校法人が後援会に対して金を出すということにちょっと疑問を感じております。後援会はもともと学校法人に対して寄付をしてその学校の運営を援助していくという性格だろうと思うのですが、その答弁を聞きまして、あのときには時間がなかったんですが、この杏会の性格はおわかりでしょうか。
○犬丸(直)政府委員 杏会と申しますのは一応杏林大学の後援団体であるというふうに聞いております。
○山原委員 杏林大学の後援団体であるならば、その後援会から学校運営について、杏林大学という学校法人に対してお金を出すならわかりますが、後援団体に学校法人が金を出すというのは一体どういうことですか。
○犬丸(直)政府委員 その詳しいことはまだよく存じておりませんけれども、いろいろな形で学校が募金をする場合に、諸々方々から寄付を求めるわけでございますが、そのための団体として後援団体というものがございまして、いろいろな方面から寄付その他の形でお金を集めまして、それを学校の施設設備あるいはその他どういうことがございますか、いろいろな学校の教育の充実のためにその団体から学校に寄付する、そういう例がよくございますので、恐らく杏会もそのような形の後援団体であろうかと思います。
○山原委員 杏林大学の後援会でしょう。後援会が寄付を集めて学校法人としての杏林大学へお金を注ぎ込むならわかりますよ。この間の御説明では、杏林大学が入学期のやみ入学金を十数億も集めて、そうして昭和四十七年の場合には、私が指摘しましたように、文部省に出している決算書とは十二億も違う使途不明金がある。昭和四十八年には四億円近い使途不明金がある。その使途不明金はどこに行ったのだと言って私が聞きましたら、その金は大学側から後援会に渡した、こう言うのですね。それは逆ではないか。だから、その疑問をちょっと聞かせていただきたいのです。
○犬丸(直)政府委員 その辺の事情を直接詳しく聞いておりませんけれども、私の想像いたしますのに、いろいろな形で、恐らく、すべての寄付を杏会を通じて寄付をするという形にもなっていないかとも思います。場合によっては直接学校法人が受取人になって寄付を受けているという場合もあろうかと思います。それで、事柄によっては直接学校に入ったものもあるし、部分的にはどこか後援団体でまとめておいて、まとまった形である時期に何かの目的で学校に入れる、あるいはそういうことではなかろうかと想像いたしております。
○藤尾委員長 管理局長に申し上げますが、あなたが想像で答弁をされるのは御勝手でございますけれども、こういったことは想像で片のつく問題ではございませんから、改めてあなたの方で詳細な調査をなすって、そうしてこれはこうであるという御回答を委員会を通じて山原委員に御回答をいただきたい。
○犬丸(直)政府委員 承知いたしました。それでは、その点につきましてよく調べまして、後刻御報告いたします。
○山原委員 これはぜひ調べてください。というのは、莫大なやみ入学金ですよ。やみという言葉は使いたくないのですが、入学期に、しかも、この前指摘しましたように、入学試験の行われる前年度の十月ごろから三千万、二千万と金を集めて、その金を各地の銀行にばらばらに振り分けて預金をするなどというのは異常な事態です。その異常な事態で集めた金、たった百人の生徒から十数億の金を集めるなんという、全く異常ずくめの状態で、その金がどこに行ったかというと、杏会に行ったというのです。その杏会の実態もわからない。これでは私学助成という問題、私どもは大幅の私学助成で国公私立間の格差をなくすることが今日の入試地獄をなくする一つの重要な仕事だと考えておりますけれども、こんなところに金を出す必要はないわけですよね。もし学校法人がお金を集めまして後援会に出すような金があるならば、なぜ学校の経常費に使うとか、先生方の処遇のために使わぬのか、あるいは生徒の勉学の充実のためになぜそれを使わないのか。それを後援会に逆戻りさすということになりますと、何のために国の助成が、国民の税金があの学校へ投入されているかわけがわからぬですね。杏林大学は本当に赤字で困っている、これだけの経費が要るんだということなら、それに対して国の助成金が出てその助成金が有効に生きていくわけですが、何が何だかかいもくわからぬものに金を出すことはないですよ。だから私学の経理の公開ということがなかったら、いま予算委員会で予算審議がなされていますけれども、私学助成というものでも実際は審議できないのですよ。たとえば一つの団体に補助金を出すという場合には、その団体の経理状況をよく調べて、そしてこれらなら出さなければならぬという金が出ている、それが予算審議というものです。何が何だかわからないものに千六百五億出す、今度の子算は千六百五億でありますけれども、もちろんそれがすべてわけのわからぬところに出ているわけではありませんが、しかしそういう意味では私学の実態というものをもっと文部省がつかんでいただく、あるいは国民もわかるようにして、そしてこれだけの金は私学に要するということになったら迫力を持って私学助成ができるわけですね。そうすればやみ金を取らなくてもいいんだという目標ができるわけです。その目標もわからない、どんなことをやっているかわからぬところへ何ぼ金を注ぎ込んだって、やみ入学金は上がる一方だという状態ですから。私は去年もこの点を指摘したわけですが、あれだけ指摘をされて文部省がまだ実態を調査していないというのは大変不満なんです。不満ですけれども、いままでの状態から言うならば私学の自主性に介入してもいかぬというような御配慮もあったと思いますからいままでは黙っていましたけれども、自殺者まで何ぼでも出てくるような状態でこのやみ入学金の問題を退治しようとするときに、この実態を知らずしてこの問題は見過ごすわけにはいかぬです。どうしてもここで決着をつけたいと思っております。だからいま委員長も言われましたようにできる限りの調査をされてこれからなくしていく。あの学校はまだ民主化されていないのです。私は去年取り上げて、あの学校が少しでも民主的な運営がなされ、教授会の意見が反映できるような状態になっておればまだしも胸の中がおさまりますけれども、理事長さんも全くそのまま、いままでのやり方もそのまま、そして今度も助成金が出る、こうなってくると国民の税金を投入する立場で国会議員――幾ら大学の自治があると言っても、経理の公開は大学の自治への介入でも何でもない。みんな喜ぶわけだ。喜ばないのは一部の理事者の一家族、一族どもが目をむくだけのことであって、みんな喜ぶわけです。本当はこれが大学の自治です。大学の自治を隠れみのにして何が何だかわからないような会計経理をやっているというのを許しているような状態で私学助成なんということは問題にならぬというようなことになりかねないのですね。そしてまたそういうことがありますと通っている学生諸君もいやな思いをして通うわけですから、そういう点でこの点はぜひ御調査をいただきまして、杏会の性格、定款、そういうものをこの委員会に出していただきたいと私は思っているわけでございますが、その点いかがでしょうか。
○犬丸(直)政府委員 私ども、経常費助成をいたします場合には、その対象となる学校の教員数であるとか実際に給与をどれくらい出しておるかとかあるいは学生数、そういったものにつきましては厳重にチェックいたしまして、補助金が適正に教員給与なり何なりに使われておるかということにつきましては厳重に調査をいたしております。なお、しかしおっしゃるとおり全体の大学の運営、経理の運営そのものにつきましても重大な問題があるわけでございまして、特に寄付金をめぐりまして最近いろいろ問題も起きておりますので、寄付金をめぐりましての大学の経理のあり方につきましてもさらに調べを進めたいと思っておるわけであります。さしあたりまして、おっしゃいました杏会の問題につきましては調べましてここで御報告申し上げたいと思います。
○藤尾委員長 山原君に申し上げますが、この問題につきましては、先ほど申し上げましたように、委員長が責任を持って御報告をさせます。これと私学助成全体の問題とは絡むところがございますけれども、これは別個の問題ということにひとつ御了解をいただいて、この問題はこの問題として処理させていただくようにお願いいたします。
○山原委員 よくわかりました。私学助成の問題につきましては何といっても、いままでも論議されておりますように、国公私立間の格差をなくするという立場で大幅の助成を行っていくという考え方にはもちろんわれわれも文部省の方も見解の違いはありませんので、その点混乱した形では受け取っておりませんので御了承いただきたいと思います。
 次に、今回の入試センターを含めまして共通一次試験の問題でございますが、これにつきましては、きょうもいろいろの各関係者の意見など見せていただいているわけですが、ずいぶんまちまちな意見もありますし、不安もあるという状態でございまして、場合によりましては例の偏差値問題が大学入試にまで拡大されるのではないかというふうな心配もあり、また入学生徒の負担が一層増大するのではないかというふうな疑問、あるいは先ほどからも出ておりますように、教育内容に対する国家統制が強まるのではないかというようないろいろな疑問が出ているわけです。そしてその疑問が出ながら、また不安がありながら、なおかつ五十四年度の入学生から一次テストを実施するという前提のもとに法案が出されているわけですね。したがって、この文教委員会でこの審議をいたしまして、つまり採決という段階を迎えるわけですが、この採決をされた場合には、賛否両論があるとしても、仮にこれが成立をしました場合にはこれに基づいて、不安やさまざまなことがあってもともかく五十四年度から実施できるという性格を持った法案となっているわけであります。したがって私も嶋崎委員から提起されましたように、あるいは小委員会の提起がなされたわけですが、この不安に対しては解明をする、あるいは問題点は明快にして解明をしていくという立場をとらなければならぬというふうにけさからの質問を聞いておりましてしみじみ感じているわけであります。そういう意味で、この問題についての審議はかなり慎重な審議をしていく必要があると思いますし、また将来のことについての答弁を文部省側としてはされるわけですから、その答弁についてはかなり責任を持ってもらわなければならぬというふうに考えるわけです。そういう意味で幾つかの質問をしていきたいと思います。
 一つは廃学となる学校の人事問題について伺いたいのですが、この国立学校設置法の法案審議に当たりましても、茨城大学と愛知教育大学の養護教諭養成所が廃止になることになっています。もちろん教員養成は当然四年制学部で行うべきであるという考えを私も持っていますから、この廃止についてどうこう言うわけではありませんが、この廃止に当たりまして教官あるいは職員の身分保障がなされるべきであると思いますが、教職員の希望に従って別の職場が与えられるかどうかとかいうような身分保障の問題については文部省としては明確な態度を持っておられると思いますが、いかがでしょうか。
○佐野(文)政府委員 養護教諭養成所につきましては、御指摘のように教育学部の養護教諭養成課程に発展的に転換をするものでございます。その場合に養護教諭養成所の教官定員は転換の進行に応じまして学部の養成課程の定員に切りかえてまいります。養成所の現職の教官を学部の教官に採用するかどうかというのは教授会の問題でございますけれども、この両大学につきましては、養成所の方と学部の方との話し合いが十分に進んでおりまして、両養成所の教官はすべて計画的にそれぞれの大学の教育学部の教官として採用されるということになっておりますので問題はございません。また事務職員につきましても、それぞれの大学の教育学部等の職員として適切な配置を行うということで協議の整っているものでございます。
○山原委員 廃学をされる場合、もちろんそういう廃学をした学校の教職員については、今度の場合も、茨城大学あるいは愛知教育大学の場合もそういう配慮をされている。これからも廃学の場合については、文部省としてはそういう教職員の身分保障というものについては万全の対策をとるというお考えとして受け取ってよろしいですね。
○佐野(文)政府委員 養護教諭養成所は、逐次それぞれ学部の養成課程に切りかえてまいります。その切りかえについては養成所側と学部側との協議ということを十分に進めてもらいまして、移行についても問題のないように配慮をしてまいることを考えております。
○山原委員 これと関連しまして今度の東京教育大学の問題ですが、大学局長にも先日もお会いして御要請を申し上げたわけですが、何しろ三月三十一日という筑波移転の問題と関連をしましてこの身分の問題が若干問題になっています。
 そこでお伺いをするわけですが、現在の東京教育大学における教職員の数及び文学部、理学部、体育学部の教職員の数と来年度の予算定員につきまして、ちょっと伺っておきたいのです。
○佐野(文)政府委員 東京教育大学の教官の現員数は学長と付属学校の教官を除きまして二百七十人でございます。これに対応いたします教育大学の昭和五十二年度の教官定員は、全体計画に即しまして百三人となるわけでございます。
 また、五学部のうちの文学部、理学部、体育学部の三学部につきましては最終募集年次の入学者は卒業することになる年次でございますが、実際問題として各学部とも留年者がそれぞれ三十名程度見込まれますので、結局五学部とも昭和五十三年三月三十一日つまり教育大学が閉学される時期までは存続をするということになることが見込まれております。
○山原委員 いまおっしゃったように、全体では二百七十名の教官、それが今回の予算では百三名、職員の場合は、私の聞きましたところでは二百四十二名、それが予算では百五十六名というふうに聞いておりますが、これは正確でしょうか。
○佐野(文)政府委員 御指摘の数字で正確でございます。
○山原委員 文学部が四十八名が今回の予算ではゼロ、理学部が六十三名が今回の予算ではゼロ、体育学部二十一名、今回の予算ではゼロという定員になっておりますが、五十三年三月三十一日まで、留年学生を含めて、存続をするというのですけれども、この定員はゼロとなっているわけですね。文学部、理学部、体育学部、この定員はどこへ行っているわけですか。
○佐野(文)政府委員 定員は、先ほども申し上げましたように、計画に従いまして筑波大学の方へ移行をしているわけでございます。
○山原委員 そこで、筑波大学へ定員が移るのですが、現在お聞きしますと、たしか文学部で、先ほど言いました四十八名のうち二十数名ですか行き場所がない、それから理学部で四名の方が任用先がまだ決まっていない、こういうふうに聞いておるわけですが、その点はいかがでしょうか。
○佐野(文)政府委員 教官の移行の問題につきましては、現在教育大学と筑波大学の双方でいろいろと協議をし苦心をして配合を考えているところでございます。現時点において御指摘になりました各学部の教官のうちで具体に何人程度の者が問題としてあるかというふうなことについては、私どもは承知をいたしておりません。
○山原委員 東京教育大学から筑波大学へ移行をするという希望の人は筑波大学へ移るというのが本来のたてまえではなかったですか。
○佐野(文)政府委員 筑波大学の創設というのは、もちろん新しい大学の創設ではございますけれども、教育大学の筑波への移転ということを契機といたしまして行われる性質のものでございます。したがいまして、東京教育大学から筑波大学へ移りたいというふうに考える教官につきましては筑波大学へ転任をすることを前提として計画されたものと考えております。ただ、両大学は法制的には別個の大学でございますし、転任等につきましては当然それぞれの大学の所定の手続に従って行われるべきものでございます。われわれ文部省といたしましては、両大学の協議によって筑波大学への円滑な移行が行われることを期待するということでございます。
○山原委員 あと四月一日までそう日数もない、半月程度になっているわけですね、現在手続をとったとしましても間に合わぬという状態もあると思いますし、また希望してもなかなか筑波大学の方がとらない、定員は向こうへ行っておる、人は行けない。東京教育大学の場合に、たとえば文学部、理学部、体育学部は定員がゼロになるわけですが、これは五十三年三月三十一日まで学校は存続するというお話でありますけれども、どういう操作をして学生を教えることになるのですか、筑波大学の定員でやるわけですか。
○佐野(文)政府委員 先ほどもお答え申しましたように、五十二年度の教官定員が教育大学におきまして百三人ございます。この教育大学の定員とそれから筑波大学との併任と両方の措置を使いまして残った留年者の教育に当たるわけでございます。なお両大学とも昭和五十三年三月三十一日ぎりぎりまで、先生の御指摘になりました移行の問題については努力を続けるということを言っておりますので、私どももそれをさらに両大学において熱心に取り進めてもらうようにお願いしておるところでございます。
○山原委員 そうしますと、来年の三月三十一日まではともかく身分問題についての話し合いがなされていくという形で、それまではいずれにしろ筑波大学かあるいは併任という形かあるいは東京教育大学で残るといいますか、そういう形で身分は続いていく、その間に話し合いを進めていって円満な解決をしていく、こういう方針ですか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のとおり、教育大学の定員を活用いたしまして、身分はなお継続をしながら移行の問題について両大学が詰めるということでございます。
○山原委員 そうすると、四月以降の身分もその点では保障されるわけですが、いま私が申し上げたのは、筑波大学移行ということを希望しておる教職員の場合を話をしたわけですが、いろいろな事情で筑波大学移行ということを希望していない人、この人が文学部で八名おいでになるというふうに聞いておりますが、こういう方については、どういう処置がとられるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 筑波への転任を御希望にならない教官の取り扱いというのはまさに教育大学の問題であり、また御当人のお考えによってどのようなポストにおつきになるかということであると思います。
 ただもう一つの問題は、事務職員の場合には、家庭の状況等で転任の困難な職員がかなりございます。これについては、教官とは事柄が違いますので、両大学で協議をしてもらい、さらに文部省も中に入りまして、たとえば都内の大学の事務局に何とか転任ができないかというふうなあっせんをするというような努力を私どもはいたすということで、現在努力中でございます。
○山原委員 筑波大学への移行を希望しない方々、これは四月に入りますと、結局身分がなくなりますか。
○佐野(文)政府委員 教育大学の方のお考えによって具体の事柄は決まるでしょうし、また御本人のお考えもあると思いますが、定員の面から申しまして、その方が当然に五十二年度に入って失職をするというふうなことはございません。身分をつなぐことは可能でございます。
○山原委員 ちょうど私、当時の筑波大学法案の審議がなされたときの議事録を持っているんですけれども、当時の木田大学局長は、かなりはっきりと筑波移行についての身分問題については答弁を幾たびかしておるように思います。それは、希望される方々を全部受け入れるだけの体制は整えておりますということでございまして、したがって私は、今日の段階でも希望する先生方についてまだごたごたしながら、しかも定員ももう向こうへ移ってしまう、定員は向こうへ移って人は残るというふうな状態までは起こらないのじゃないかと思っておったわけです。国会答弁でございますから、かなり明確な答弁を各党の議員に対していたしておりますので、当然それは守られるべきものだと考えてきましたけれども、いまだにまだ解決ができない。たとえば一年の間に、五十三年の三月三十一日までいろいろな折衝が続くと言うのですが、私は、折衝が続くというのは正確なものではなくて、むしろ移行を希望する者は当然定員と一緒に筑波大学へ動くものだというふうに思っておったわけですね。
 だから、東京教育大学と筑波大学との関係というのは、新しい大学ではありますけれども、また個々の先生方の任用の問題ではなくて、移行に伴う人事として非常に明確になって法案審査が行われたわけです。不幸にして筑波大学法案というのは、非常に騒乱状態の中で採決が行われましたけれども、しかし審議の過程で、筑波大学ができた暁に、東京教育大学の教職員の身分がどうなるかということは、大変真剣な問題としてこの委員会で論議をされて、それに対して文部省の責任者が、その点では心配ないと答えているわけですからね。
 そうしますと、その国会における答弁からするならば、すでにその問題は、それほどごたごたしなくても解決できるものだと考えておりました。また文部省も国会答弁の立場から言うならば、かなり責任を持った態度をとって、きっぱりとこの問題は解決しておるというふうに考えておったわけですが、いまだに未解決の状態であるということは大変残念であります。その点で、私ども今度入試センターというものを設置する、しないの法案の審議をやるわけですね。だから、これについての先々がどうなるかという不安、心配を持ちながら、ここで質問皆さんしているわけです。
 それに対して大学局長、文部大臣はお答えになっているわけで、このお答えについて責任を持たなければならぬわけですが、そういう意味で木田大学局長当時、奥野文部大臣の当時でありましたけれども、国会で答弁をした、この移行に当たって希望する者は全員筑波大学がこれを受け入れる体制は十分に整えていますという、この答弁は真実であったのかどうか、いまも変わりはないのかどうか、この点はどうしても伺っておかなけれがならぬと思いますが、いかがですか。
○佐野(文)政府委員 当時の木田局長が御返事を申し上げましたように、教育大学が筑波大学に移行するという件につきましては、教育大学の希望する教官が筑波大学へ転任可能である、そういう定員の改正というのは十分にとったわけでございます。
 ただ、先ほども申しましたように、具体の人事の案件というものについては、もちろん事の性質上、教育大学から筑波大学への移行ということを前提として、両大学が円滑に進めるべきものであり、そのように期待をいたしておりますけれども、個々の人事の問題は、これはやはり大学のそれぞれの手続に従った処理、取り扱いというものが必要でございますから、その点において最終的になお問題を残している。ただ、それについては、両大学はなおぎりぎりまで努力をするということを申しているのが現状でございます。
○山原委員 確かにそういう問題もあると思いますけれども、それじゃ再度お伺いしますが、希望する者については、少なくとも木田答弁のように解決をするという決意をもって文部省としては臨まれておるというふうに確認をしてよろしいわけですね。
○佐野(文)政府委員 先ほど来申し上げておりますように、文部省としては、両大学の協議によって筑波大学への円滑な移行が実現することを期待するという以上に、今日の時点で個々の人事についての直接的な文部省の意見ということを申し上げることができないことを、御理解いただきたいと思います。
○山原委員 それほど後退をされては困るんです。希望する者については法案審議のとき、そういう答弁をしておられるわけですね。希望する者については受け入れる体制がありますと、期待するということじゃなかったんです。期待するなどという立場で私たちは審議していません。だから最初に申しましたように、学校が一つ廃学になる、新しい大学ができる、あるいは移行するというような場合には、それは家庭の事情とか通勤上の問題とか、さまざまな条件があって、その新しくできた学校へ行かない方、希望しない方もいらっしゃると思います。けれども、少なくとも希望する者については御安心ください、受け入れる体制は十分にありますと、この委員会で言っておられるわけですね。それは期待します。両大学の話し合いに期待しますなどという文部省の態度ではなかったわけでして、その点これを変えられては困ります。
○佐野(文)政府委員 転任を希望する者を筑波大学が受け入れる体制、つまり定員の面における受け入れ体制というのは整っているわけでございます。ただ、それに従って逐次移行が行われてきているわけでございますが、今日の時点で残っている個々の人事の案件について教育大学がどのように判断をするか、あるいは筑波大学の側でどのようにそれについて具体の受け入れを考えるかということになりますと、これはやはり筑波大学の問題になるわけでございますから、その面においては両大学のさらに協議と円滑な移行というものを期待をするというのを申し上げたわけでございます。
○山原委員 そうなってくると、私ちょっとこだわらざるを得ないのでちょっと時間をいただきたいのでございますが、筑波大学に移行するという構えで論議をされてきましたね。新しい大学には違いない、しかし東京教育大学を廃学して筑波大学に移行するという、また発展的な問題としてもここで報告を受けているわけですね。そしてそのためには定員も筑波大学へ行っている。先ほど言ったように現に行っておりますね。大学の移行だということで図書も全部向こうへ行っているのです。都合のいいときには大学の移行だと言って定員を持っていく、本も持っていく。しかし、人は気に入らぬから残すとか――気に入る、気に入らぬというようなことは私よくわかりませんけれども、希望している者については、定員は向こうに行っているけれども、あなたは採らないということになってくると、個々の問題について私たちはここで論議するわけにはいきませんけれども、しかし少なくとも国会の答弁では、希望する者については全部採るのだという認識を私たちは持ってきたわけです。だから、個々の大学の話し合いは新しくできた筑波大学の裁量に任すべきものだというふうには私たちは少なくとも受け取らないできたわけですよ。移行という問題、定員も移行する、図書も移行する、すべて移行しているのに人だけは、何かごたごたしているのか知りませんが、これは採らないということになってまいりますと、結局何のために国会で審議して、希望する方については全員受け入れるという国会答弁と違ったことになってくるわけですからね。そこはどうしてもはっきりしていただかぬとぐあいが悪いのですね。仮に五十三年の三月三十一日まであと一年間話し合いは続くかもしれません。続いても最終的には文部省としても責任を持ってこれは解決しますというお話をいただかないと、ちょっとこれはぐあいが悪い。どうですか。
○佐野(文)政府委員 文部省といたしましても、もちろん従来の経緯から考えまして円滑な移行が行われることが望ましいと考えており、そして両大学の協議が進められることを願っているわけでございます。ただ、具体の人事を文部省の方でどうしろこうしろということが言えない立場にあるわけでございます。先ほど来申し上げておりますような性質の事柄であることを御理解いただきたいと思います。
○山原委員 具体の人事、具体のものと、こう言ってこられますとこっちも困るわけでして、移行だ移行だと、こう言ってこられて、そして国会でもそういうふうに御説明になってきました。そして定員も図書も行く。人は具体の問題だからぐあいが悪い、こうなると、これはちょっとこちらとしても受け入れかねるわけでございまして、ここでやりとりしても遅くなって時間がたつばかりでございますし、これ以上押し問答してもだめですけれども、しかし少なくとも国会できっぱりと答弁した立場は文部省は貫きまして、直ちに解決できないとしても、身分は保障しながら来年の一年間にはきっぱりと文部省として解決してみせるというぐらいの決意は表明していただかないと、これはちょっと進みたせんよ。
○佐野(文)政府委員 先ほど来申し上げておりますように、私どもも両大学の間に円滑な移行が行われることが望ましいと考えております。またそういう立場で大学に対して十分な協議をお願いしているわけでございますから、さらに両大学に対してそういった円滑な移行が行われるように十分な御相談をいただくように私たちも重ねて指導をしてまいるつもりでございます。
○山原委員 希望する者については受け入れる体制という答弁ですからね。定員の問題じゃなくて希望する者については受け入れる体制をつくるというまさに個々の人間の問題として答弁をされているのですから、もう一度筑波大学法案が審議された当時の議事録をお読みいただきまして、国会答弁に対しては誠実な態度をとっていただきたいと思います。また、いま局長が言われましたように、両大学について、なお文部省が責任を持ってこの事態の解決のために努力されるように要請をいたしたいと思いますが、海部文部大臣、その点よろしいでしょうか。
○海部国務大臣 努力いたします。
○山原委員 入試センターの問題について、ずいぶんいままでいろいろな点から御意見が出ましたので、できるだけダブらないように質問をしたいと思います。
 一つは、入試センターの問題につきまして、これだけで現在の入試地獄というものが解決されるものではもちろんありません。今日の日本の大学入試問題を解決するためには、やはり基本的な問題にすべての重点を向けなければならぬと私は思っています。先ほどから出ました学歴社会の、学歴偏重の問題あるいは大学間の格差の問題あるいは私学に対する助成の問題など、いままで論じられてきたこと、これはまさに正攻法の問題解決の、困難ではありますけれども基本的な立場だと思います。したがって、何となく今回の入試センターができることによって入学試験地獄の解消になるのではないかというような期待を持たすことは、これは大変な問題が起こると思います。その点で、今日の大学入試問題を含めて大学の抱えております基本的な問題解決ということに重点が常に志向されなければならぬと思いますが、その点どのようにお考えになっておるか、文部大臣のお答えをいただきたいのです。
○海部国務大臣 いろいろな角度から御議論がありましたように、私どもも入学試験制度一つを変えることによって今日抱えておる問題がすべて解消するとは思っておりません。したがいまして、私学の充実の問題とか大学間の格差是正の問題とかあるいは学校における教育そのものの充実の問題とかあるいは御指摘の社会における学歴が必要以上に幅をきかせておる現在の風潮、仕組みを改めていくとか、いろいろございます。いろいろございますが、しかし大学の入学試験の制度というものもやはりほっておけない状況になっておると私は判断をしておるのです。じゃどういうところがどうしてほっておけないか、これまたいろいろな角度から問題点がありますが、たとえば一面、きょうまで指摘され続けてまいりました難問奇問という問題、これはやはり高等学校における学生生活というものがそれによってゆがめられた面が確かにあったわけでありますから、共通一次試験を受けるときは高等学校における教科科目、誠実に努力を積み重ねておればそれ以外から難問奇問にさらされることはないのだという保障がきちんと立てられれば、受験生にとっては一つのメリットだろうと思うし、それによってまた高校生活の持つ意味合いも変わってくるだろう、あるいはまた一回一発のペーパーテストによる選抜についていろいろな御批判がございましたが、今度はその弊害を少しでも除去しようというので、第二次試験についての具体的な内容がまだ世に示されておりませんが、これは各大学が自主的に七月をめどにおやりになる。それにやはり調査書の活用とかいろいろなことを考えて、少しでも受験生にとって総合的な幅の広い角度から選抜をされるようなことができるなれば、この受験制度の改善ということによってもある程度緩和される面もあるわけでありますから、これがすべてだとは決して言いませんけれども、これもまたやらなければならない改革の一つである、こう受けとめまして、改革をしたいと思っておるわけでございます。
○山原委員 一つの重要な効果として、いま大臣も申されましたように、いわゆる難問奇問からの解放ということですね、これは私も、この入試センターができまして衆知を結集するならば、難問奇問をある程度解消することができるというふうにも思います。それが一つの大きな効果であるという点ですね。しかし、果たして難問奇問が相当部分解決できるかという点については、これは大学局長に伺いたいのですが、自信を持っておられますか。
○佐野(文)政府委員 国立大学協会がこれまでの調査研究に当たって非常に力を注いだ点の一つに、どれだけいい共通入試の問題を非常に大量のマークシートを使ったテストという制約の中で実現できるかということにあったと思います。これまでの実地調査の結果示されている試験問題これは高校の関係者からもよく練れた問題であり、また客観テストではあるけれども従来のマル・バツ式のような単純なものではなくて、できる限りその制約の中で、従来客観テストではなかなか見ることができないと言われていたような分野についてもその成果を判定できるような問題を工夫するということが行われて、これまでは関係者からは高い評価を受けておりますし、私どもも従来の国大協の調査結果については高く評価をいたしております。またそれだけに、これからさらに入試センターを通じての試験問題の調査研究が進むわけでございますから、問題の質に関する限りは十分に期待できるというふうに考えております。
○山原委員 いま何遍か制約、マークシートの制約という言葉が出てくるのですが、その制約が将来災いをなすようなことは心配していませんか。何回かマークシート方式のテストを続ける中でそれが一つの制約になるという御心配を持っていませんか。
○佐野(文)政府委員 むしろ、これから調査研究が進むにつれてさらに問題はよくなっていくであろうし、またそういったいい問題の集積というものができていくと思います。そのことは、たとえばすでに非常に大量の共通入試の経験を持っているアメリカ等におきましても、長い間の調査研究あるいは実施の経験を通じてすぐれた問題の集積が行われております。それと同じようなものがわが国の場合にも十分に期待できるというふうに思っております。
○山原委員 現在試行しておりますコンピューターは何を使っているのですか。
○佐野(文)政府委員 これまでの調査研究におけるコンピューターによる集計というのは、入試改善調査施設が自分でやっているのではなくて委託をして行っているものでございます。今後は入試センターがみずからのコンピューターを備えるということに相なります。
○山原委員 その機械は先ほど出ましたものですね。先ほど嶋崎先生の質問に対してお答えになったのが、今度の予算で決まれば新しく入ってくる機械というのはそれですか。それはいつから動き出すわけですか。
○佐野(文)政府委員 今度導入いたします機器は、先ほど御質問のございましたマークリーダーとしてはアメリカのウエスチングハウスの物が二台入ってくるわけでございますが、コンピューターは国産の物を入れる予定でございます。
○山原委員 現在使っている物と同じ物ですか。これの基礎になった物と同じ物ですか。
○佐野(文)政府委員 先ほどお答えいたしましたように、これまでの調査研究で使いました物は委託をして使った物でございますが、今度は新しく国産の機種を入れます。FACOMを入れるはずでございます。
○山原委員 もう一つの効果として、共通一次試験をやりますと、二次試験をどうするかという問題にかかってきますけれども、各大学の入試作業というのは一転して軽くなるだろうという感じがしておりますが、その点も一つの効果ではなかろうかというふうに考えるわけですね。
 それからもう一つは、正解その他オープンにされる場合に、国民の批判がどんどん集中できるという意味でも一定の効果があるのではなかろうかというふうに私は思っている。
 そういうことを申しながら同時に、それとうらはらに問題点もないわけではなくて、それもけさからいろいろ出ているわけです。
 一つは、この制度によって基本的なことが忘れられると言うか、この入試制度の技術的な改革によって本来、入学試験地獄をなくするための格差是正とかいう基本的なものがその陰に隠れてしまえば大変なことになるということですね、そういう危惧の念も持っております。
 それからもう一つ、嶋崎さんの質問を聞きながら非常に心配しますのが、高等学校教育の内容に対する一定の規制が出てくるのじゃないか、こういう心配ですね。テストが繰り返されるうちに、全国画一化された試験が出てくる中で、高等学校教育というものが一定の画一性をおのずから持たされていくとなれば大変な問題でありますし、またそれが国家統制につながるという指摘がなされたわけですが、その心配についての歯どめというのは一体どこにあるのかという点を伺っておきたいのです。
○佐野(文)政府委員 やはり大学入試センターにおける調査研究というものが続けられそれが進められるということ、それから具体の出題については、各大学から選ばれる委員によって衆知を集めた出題が行われて、そのメンバーも固定をしないである年数をもって交代をしていくというふうな工夫が行われるということ、さらに高等学校側とも入試の問題について連絡協議を行う機構というものをセンターの中に連絡協議会のような形で設けて、高等学校からの批判というものをできるだけ受けとめ、吸い上げていく体制をとることを考えること、それから何よりもこの共通入試というのは大学入学試験の一部として各国立大学によって行われるものであるということが歯どめと言うことができようと思います。
○山原委員 いまおっしゃったその歯どめとなる一つの問題として、これからの調査研究ということがございます。それはどんな調査研究が行われるのかは私どもにはまだわからない部分になるわけですね。
 それからもう一つ、一つの機関として委員の構成を固定化をさせないで委員の交代ということと、高等学校側の意見を聞くための何らかの機関をつくる、連絡協議会のようなものをつくるというお話が出てきたわけですが、これは何かいままでの文書の中にあるのでしょうか。高等学校との連絡調整などというものはどこかに出ておりますか。
○佐野(文)政府委員 高等学校側との連絡協議のための機関というか機構を入試センターにおいて考えようということは、従来の調査書の中には出ておりません。ただ、たとえば入試についてどのような概算要求をしていくかとか、あるいは入試センターの運営のあり方をどのようにするかということについて、私どもは国大協の方と協議をする場を設けておりますけれども、その席上で国大協の側から考え方としてそういうことを積極的に検討したいという発言がございましたので、それを基礎としてお答えを申し上げているわけでございます。
○山原委員 実体としてはそういう連絡協議会のようなものはまだ存在しないのだけれども、ここの委員会の答弁では、大学局長は、そういうものはできるという答弁をされているわけですね。それは国大協の話し合いの中に出てきたかもしれないが、どんなものができるのだろうか、そういうような心配もして、各新聞社などが収録しています高等学校側と国立大学協会の方の、この入試センター作成の過程における各地で行われている話し合い、座談会を見ますと、必ずしも意思がうまく合うようなかっこうになっていないのですね。言いっ放しで大体終わっているような記録が、資料を見ますとずっと出てくるわけです。そうしますと、意見は聞くといっても、果たしてそういう保証があるのだろうか、あるいは機関としてどんなものをつくるのだろうか。それは国立大学協会の方のお仕事でございます。こうなりますと、私ども国会が国立大学協会へちょっかいを出すことはできません。だから、かなりその辺の構想といいますか、これから先、共通一次試験の試験問題をつくる場合にも、調査研究はしていく、あるいは委員は差しかえる、あるいは高等学校の意見は聞く。その高等学校の意見を聞くという一つをもちましても、どういう形の意見を聞く体制ができるのだろうかという心配も出てくるわけですね。局長の言われることはわかるのです。そういうものは恐らくできるだろうとか、そういう話がいままでもあったのだということはわかりますが、これだけ重大な問題、しかも高等学校の教育がゆがめられないように、その共通試験によって高等学校教育全体の内容が画一化されないようにという性格を持った重要な疑惑が出ているものを解明するについては、ちょっとこの辺の根拠が薄弱ですね。私はそこらを心配するわけですよ。どれだけ高等学校関係者の意見が反映できる体制がこの入試センターにとられるのか、そこらは相当話し合っておかないと、できてしまったわ、入試センターは入試センターで、ああこれはもうおれたちがやることだというふうに突っ走っていく。ある程度意見は聞きますよと言って、アンケートをとったりして意見は聞くのだけれども、それは聞くのではなくて聴取する程度にとどまって、ここが突っ走っていくというようなことについての歯どめというのは一体どこにあるのだろうか、ここらが一つのこの問題の焦点になるのではないかと思います。その辺、質問、答弁のやりとりですけれども、お考えがあったらぜひここで出しておいてください。
○佐野(文)政府委員 やはり一つは、これまでの国大協の慎重な調査研究の進め方あるいはその成果というものが、土台として、関係者を納得させるだけの重みを持っているということが言えようかと思います。もう一つ制度的な仕組みといたしましては、文部省の入試改善会議という場がございます。ここでは、入試改善の方策について、共通入試が発足しました後におきましても検討を毎年加えていくわけでございますが、その入試改善会議のところには、国大協の方からも出てまいりますし、高等学校の方からも先生方が参加をして、一般の学識経験者も加えた場において議論が行われるわけでございます。そこの場における検討という仕組みが一つあるわけでございます。
 それから、入試センターの中に高等学校との間の連絡協議のための仕組みを設けるということについては、この委員会における御審議の過程を踏まえまして、私の方で国大協なりあるいは入試センターの側に、この点はぜひとも考えてもらうように要望をいたしまして、実現を図るということを考えております。
○山原委員 余り長時間とってはいけませんので、その点を私は一つの問題として残しておきたいと思います。
 それからもう一つは、高等学校における農業高等学校、工業高等学校、職業高校の問題は、先ほど御質問がありまして、答弁もなされておったわけですから、これは省略しますけれども、この点についても私はまだ少し疑問を持っています。たとえば、実業高校生の切り捨てということで、高等学校長会がかなり反発をしたという記事も出ておりまして、当然出てくる疑問、三点のかなり重要な疑問が出されておりますが、これらについては、いままで国大協の研究の過程において解明をするような、納得さすようなお話ができているのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 共通入試の科目の中に、理科であるとかあるいは数学一般であるとか、そういった職業高校が開設をしている課目が導入をされたということは、やはり高等学校側と国大協の側との話し合いの結果生まれてきている改善の一つでございます。あるいは英語についても、当初は英語Bということで考えられていたものが、最終的には、国大協の側は英語Aを選択する者についてもその取り扱いについて考えようというところまで来ております。
 もちろん職業高校の側には、もっと広く代替科目を共通入試についても取り入れるべきではないかという意見がなおございます。しかし、いま申しましたような点を超えて、たとえば工業について代替科目の準備をするということになりますと、工業高校の子供が選択をする専門科目というのは十科目にも及ぶわけでございますから、それらについての共通入試の時点での選択科目制の導入というのは、技術的には非常にむずかしいわけでございます。したがって、いま申しましたような点で、できる限り職業高校側の配慮をすると同時に、二次試験のときに代替科目を、進む専攻分野に応じて考慮をしていくということを考える、あるいは推薦入学というものをさらに推進をするということで対応をしようということでございます。
○山原委員 二次試験がまたそこでちょっと問題になってくるわけですね。二次試験については、まだかいもくわれわれにわからないわけで、各大学においてそれぞれ七月段階までに研究をされるということですが、さてその二次試験がかなりまた重要な意味を持ってき始めるわけですね。いまもお話があったように、工業、農業高等学校の場合、こういう場合についても一つの重要な性格を持ってき出したように思うのです。
 それから先に進みますが、もう一つの問題は、大学間格差の問題です。いわゆる旧帝大と地方大学の関係で、たとえば千点満点の場合に、六百点以上は東大クラスであるというのがまた出てき始めますと、これこそいわゆる偏差値といいますか、そういうものとの関連が出てきて、おまえはこの程度だ、この程度の大学へ行けばいいという割り振りがここで行われてくるということになりますと、またこの共通一次試験の問題から、大学にまで偏差値問題が拡大をしていく可能性があるのではないかという心配も出ているわけでございます。これについては簡単にお答えください。それはもう自信を持っていますか。
    〔委員長退席、藤波委員長代理着席〕
○佐野(文)政府委員 問題は、共通入試というのが、何点をとったら大学に入れるとかなんとかいうことではなくて、一次と二次を総合した判断、あるいはその他の諸資料を総合した判断ということに使われていかなければならない。そういう意味では、いわゆる足切りという形で使われることをできるだけ避けなければならないということがあると思います。
○山原委員 これは足切りの問題がまた問題になるわけですが、一応質問の項目だけ済ませておきます。
 もう一つの問題は、一期校、二期校の問題を一体化するということですが、これではまた私学へ殺到するのではないかというわけですね。先ほど大臣も言われたように、共通一次試験と二次試験で一発勝負をなくするのだというのですが、今度はまた国立大学における一期校、二期校の一体化の中で、また一発勝負が国立大学については迫られるという問題が受験生には出てくるわけですね。そうしますと、一発勝負ではかなわぬということで、今度は歯どめをつくるために私学の方へ殺到してくるという可能性が出てくるわけですね。その辺はどういうふうにお考えですか。
○佐野(文)政府委員 先ほども申しましたように、一期校、二期校の区別があることによって出ている非常なデメリットがありますので、それの解消を共通一次とあわせて行いたいというのが趣旨でございます。今日非常に多数の大学をいわばかけ持ちして受験生が受けているという実態があることは十分に承知いたしております。本来そんなにたくさんの大学をかけ持ち受験をするということは望ましいことではないと思います。しかしながら、受験生の心理として、一回だけの機会では不安であるということをお考えになっていることもわかりますので、一期、二期を廃止する一方で、できるだけ学生の二次志望を生かす具体的な方途というものを考えていくという対処の仕方を考えているわけでございます。
○山原委員 この足切りの問題と、いまの受験生の動向、流れがどういうふうに変化するかというのは、ずいぶん研究されておると思います。その辺の不安といいますか――もともと一期校、二期校というのは、スタートしたときそれほど理由があって分けたのではなかろうと思うのですけれども、そこから一期校と二期校の差が出てくるというふうなことで、これはときどきかえたって私はいいような気もしているわけですけれども、そんな問題もあります。
 もう一つ伺っておきたいのですが、入学試験の科目は現在五つですね。それは適切だと思っていますか。
○佐野(文)政府委員 考え方としては、いわゆる五教科以外にも、たとえば体育であるとかいった科目についても共通入試をやってはどうかというふうな議論はあったわけでございますが、共通入試によって高等学校における基礎的な学習の達成度というものを見ていくということを考えるならば、五教科というのが最も現実的ではなかろうか。ただ、これをそれ以上狭くするということになると、片方では受験生の負担の軽減ということにはなるにしても、高等学校の教育というものについて悪い影響を与えるおそれがある。やはりこの五教科については、共通必修科目を中心にして共通入試をやりたい、また、それが適当であろうという判断を国大協はしたわけでございます。
○山原委員 それから、この共通一次試験の時期の問題、先ほど十二月下旬というふうにおっしゃったのですが、この場合、高等学校におきまして、二学期というものはどういう性格を持つのかということ、もし、試験が目の前に迫ってくる段階で、三年生になって選択した科目なんかは、これは大変な事態を迎えると思いますが、三学期は全くだめになるといったらあれですけれども、大体二学期、三学期はこのために授業は相当混乱するのじゃないかというふうな感じがしますが、その点、検討されていますか。
○佐野(文)政府委員 御指摘のように、高等学校の立場からすれば、共通入試の時期は遅い方がいいということは言えようと思います。しかしながら、共通入試を実施した後で、たとえば一部の地域が豪雪であって試験を受けることができなかったという場合に、再試験をするとかあるいは追試験をするというふうな期間のゆとりを見たり、あるいは実際問題としてわが国の豪雪の状況というふうなことを考えますと、一月あるいは二月に試験期日を設定するというのは、自然条件としてはどうも適当でないということがございます。そういったところから、国大協の方と高等学校側とも話をいたしまして、高等学校の側も、事情やむを得ないということで、冬休みというふうな線が現在出ているわけでございます。これから後も検討しなければなりませんけれども、基本的にはそういう事情があって十二月の冬休みの期間というのはやむを得なかろうと思います。ただ、たとえば日本史であるとかあるいは世界史であるとか、そういったものについては、確かに進度の上で問題がございますので、その点は出題範囲について考慮をすることが必要であるという指摘が国大協においてもなされております。
○山原委員 これも先ほど出ていましたけれども、いままでやられた模擬テストについて、高等学校側の反応としては、むずかし過ぎるという声が出ているというふうに私は聞くのですが、その点は余りありませんか。
○佐野(文)政府委員 これは受験をした者についてもアンケートをとっておりますし、高等学校の意見もとっておりますけれども、むずかし過ぎるというよりは、レベルはむしろ普通であるというものの方が多いというふうに承知をしております。
○山原委員 それからコンピューターの問題と絡めまして、一つは、訓練をした子供たち、また田舎から来て全くそういう訓練を受けていない者との間には、恐らく二、三割方のハンディキャップがつくだろうということを聞くわけですが、そうなりますと、当然こういう試験に対応するための受験準備がまた新たな問題として出てくると思います。それはすでにもう出てきておるという状態でありますが、これらについては余り心配をしていないというふうに思っていいのですか。
○佐野(文)政府委員 先ほどもお答えを申し上げましたけれども、共通一次の出題と採点の方式は、もちろんマークシートによる客観テストの方式ではございますけれども、長年の調査研究の結果、偶然によって正答が得られるというふうな性質のものではなくて、選択肢を多くしたり、あるいは二以上の選択肢の群がらそれぞれ一個を選択させて、両方が正解であればそれを正解とする、片一方が違っていればそこは減点をするとか、あるいは図表を出題いたしてマークによって方程式の曲線を作成させるというような、いろいろな工夫が行われて、偶然性によって左右される確率をできるだけ減らす、皆無にするということを目標に検討が進められてきて、またそれに近い問題がつくられるようになっております。したがって、高等学校における基本的な事項について十分に学習を行っていればいい、それが大事なのであって、技術的な練習によって偶然による正解度を高めるというふうなことは意味のないものだというふうな、そういう問題をつくることに努力をしておりますし、またそういう性質のものだと思います。
 ただ、実際問題として模擬テストが行われるであろうということは、私どもも懸念をいたします。また現にすでに一部行われていることがございますが、そういった模擬テストによって練習をすればいいとか、あるいはその練習によって受験技術を高めることが必要だというふうな形で、せっかく受験技術から解放しようとする共通入試について、さらにそんな受験技術を磨くような趣旨での模擬テストが行われるということは大変好ましくないので、これはまた業者のやることではございますけれども、私どもはできるだけその自粛を求めるということで対応をいたしております。
○山原委員 最後の段階へ入りたいと思いますが、いろいろお伺いしまして、もちろん文部省としてはこういういわば技術改革によって万般いいのだというふうにお考えになって、また答弁者としては当然そういう立場で御答弁をされるわけだと思いますけれども、しかし、いろいろな面から心配は心配として出してそれを解決していくという立場をとらなければならぬと思います。
 一つは、この入試センターの自主性といいますか、そういうものはどういう形で保障されるのか、ここには教授会ができると思いますが、この教授会というのは、いわゆる大学の自治に沿った、原則に基づいた教授会としてお考えになっておるかどうか、これについて伺っておきたいのです。
○佐野(文)政府委員 大学入試センターの運営につきましては、もちろん大学入試の一部として共通入試が行われる。その中での共同処理に適するものを分担をしていただくわけでございますから、他の国立の共同利用の機関と同じように、その自主的な運営を確保する必要がございます。そのために評議員会であるとかあるいは運営協議員会であるとかそういった組織を設けまして、それには各国立大学の学長、教官あるいはセンターの教官というものが参加をして運営をしていく、そういう仕組みを考えているわけでございます。
○山原委員 その評議員会の構成とか、人数は先ほど言われたように思いますが、大体評議員会を構成する構成分野とかいうようなものは、まだ決まっていないわけですか。
○佐野(文)政府委員 国立大学協会の方と御相談をしているわけでございます。その御相談に従っていくわけでございますが、十五名のうちの相当部分が国立大学の学長あるいは教官になる、そういうことでございます。
○山原委員 そうしますと、たとえばこの入試センターの組織として、入試問題を作成するのは一体だれなんでしょうか。その評議員会とかそういうものは基本的な問題を、原則を打ち立てるが、一体だれが出題者というふうになるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 大学入試センターの中に、科目別に入試問題の作成のための委員会ができます。その委員会の責任者は各国立大学の教官で、入試センターへ客員教授として入ってくる者が当たるわけでございます。それ以外の方は各国立大学にお願いをして、委属をして参加をしていただくということになります。
○山原委員 文部省とこの入試センターとの関係ですが、どういうかっこうになるわけですか。
○佐野(文)政府委員 センターは、文部省との関係におきましては、国立大学あるいは国立大学の共同利用機関と同様な関係に立つものでございます。文部大臣の所轄に属するものでございますけれども、その運営については、先ほど申しましたように独自性が尊重されるものでございます。
○山原委員 出題の機構といたしまして、大学人だけでなく民間教育団体とかあるいは学術会議とかあるいは高等学校の先生が参与するとかいうような、広く教育関係者の参加をするような機構として考えて、よろしいでしょうか。それはどういう組織になるのか、それは考えていないのか、どうですか。
○佐野(文)政府委員 これは先ほど御議論のあったところでございましたけれども、共通入試というのはやはり大学入試の一部として行われるものでございますので、国立大学の側で責任を持ってその問題を考えていくということになると思います。したがって、入試問題の作成の委員会の中に、直接に国立大学の教官以外の人が入ってくるということは、恐らく考えられないと思います。そのかわりに問題の評価であるとか、そういった面について、先ほど申しましたような高等学校との連絡協議会の場を設けるというような、別途の配慮が加えられることに相なります。
○山原委員 そうしますと、批判とか意見は間接的には聴取する機能は持っているけれども、それ以上の参画ということはまずないという機構ですね。
○佐野(文)政府委員 入試問題の作成それ自体については、部外の者が入るということはなかろうと思います。また、入らない方が適切であろうと私は思います。
○山原委員 二次試験の問題についてでございますが、たとえば一次共通テストをかなり大きくウエートを置いて重視をするとか、あるいは二次試験の方にむしろウエートを置くとか、あるいは論文程度で済ますとかいうようなこと、あるいは科目をどういうふうにするかとかいうようなことはすべて各大学に任されるわけですね。
○佐野(文)政府委員 国大協は、御案内のようにガイドラインを設けまして、共通一次の趣旨を十分に考えた二次の検討ということを求めておりますけれども、事の性質としては、御指摘のように各大学が判断をすることでございます。
○山原委員 この入試センターの運営について文部省との関係は、任命その他の立場でわかりましたが、いわゆる文部省側の干渉とかそういうことは、そういう関係以外には一切ないというふうに判断してよろしいですか。あるいは、そういう点ではこういうきちっとした歯どめがありますよと説明できるものがあるのでしょうか。
○佐野(文)政府委員 文部省と国立大学あるいは共同利用機関との関係と同じでございます。直接私の方が干渉するというようなことはあり得ないことでございます。
○山原委員 これでおきたいと思いますが、最初に申したように、入試センターの問題についての帰趨はこれから決まるわけでございますけれども、この入試センターを構成するという点でずいぶん長い研究がなされてきた。また、大学の自主的な検討がなされたという点では、私は、一定の前進、またそういう性格をもっておると思います。
 同時に、これは文部大臣として、もうこれ以上申し上げる必要はないと思いますけれども、やはりこれが一つの隠れみのになって、今日の入試地獄といいますか、この問題が、何となく基本の部分が忘れられるということが絶対にないように、いまの日本の大学が抱えている大学問格差の問題とかそういう問題は、これはむしろこの問題を契機にして、さらに解決のために前進をするんだ、そういう決意が私は必要だと思っているのです。ところが、福田総理大臣の話を聞きましても、この入試センターができるために、何となくすべてが解決するかのような発言もなされておりまして、それについては非常に大きな危惧を持っているわけでございますが、決してそういうものではないという点で、文部大臣の決意をお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
○海部国務大臣 最初にお答え申し上げましたように、私は、これはすべて解決するものではなくて、ただ解決するために非常に大事な一つのテーマである、こう考えておりますので、そのほかにもいろいろな問題については、総合して推し進めてまいりませんと、完全な成果を上げることはできませんので、そういう考え方で取り組んでまいります。
○山原委員 終わります。
○藤波委員長代理 西岡武夫君。
○西岡委員 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案に関連をいたしまして、高等教育あるいは六・三・三・四の学校制度の問題について、また入試問題の改革について海部文部大臣の基本的な御認識を承りたいと思うわけでございます。
 初めに、今回の法律でございますが、岩手大学に人文社会科学部をつくることを初めとする改組あるいは医療技術短大、歯学部等の創設、新設がそれぞれ法案に盛り込まれているわけでございますけれども、これまで文部省が医科大学あるいはこの法案に見られておりますように歯学部あるいは医療技術短大等の設置に関してはあらかじめ法案を早目に提出をして、新学期の事務が円滑に行われるようにという改善を加えてきておられるわけでございますが、今回の法案に見られるように、学部とかそういった分野の新設についてはやはり依然として土壇場になってこの法案の審議が行われ、本来四月からきちっとスタートをするべきである学部がいまのままですとかなりおくれるのではないか。こういったことを考えますと、この岩手大学にいたしましても、その他の大学に希望をしている受験者についての配慮にも欠けるところがあるのではないか。したがってこれらの学部やあるいは学科等の新設等についてもあらかじめ一年前に法案を準備し、少なくとも四月一日からきちっと新入生を受け入れることができるように改善をすべきだと考えますが、具体的に来年度から、五十三年度からの問題として文部省としてこれを改善をしていく考えがおありかどうか、文部大臣のお考えをまず初めに承りたいと思います。
○海部国務大臣 御提案の問題は前向きに検討いたしたいと思います。
○西岡委員 前向きに検討されるという意味は、改善されるという意味でしょうか。
○海部国務大臣 いろいろな不都合があるわけでありますから、できるだけそういう方向で改善をしたいと思います。
○西岡委員 それでは、文部省がこの次にこの国立学校設置法をお出しになるときには今回のようなことのないように配慮されるというふうに受けとめさせていただきます。
 今度の法案の重要な問題は入試の改善にかかわる入試センターの問題でございますが、この問題に入ります前に、海部文部大臣は現在のこの六・三・三・四という学校制度について、これを近い将来手直しをすべきとお考えでしょうか、あるいは現状のままで、全く六・三・三・四の学校制度には手を触れる考えはないとお考えなのでしょうか。その基本的なお考え方を承りたい。
○海部国務大臣 六・三・三・四の区切り方につきましては、たとえば初めの始期をどうするかという議論とか、あるいは中間の三・三をどう連係させるべきかという問題とか、いろいろ指摘されておることはよく承知をいたしておりますし、また文部省も現在それらの問題を全部放置しないで、実習的資料を収集するために研究指定校を設けたり、いろいろ問題意識を持ってどういうところを改善したらどうよりよくなるかという研究をしておることは事実でございますが、直ちにいま六・三・三・四そのものを、制度を切りかえるというのではなくて、現在の六・三・三・四の制度の中にいろいろな問題点が起こっておりまして、長い目盛りでの六・三・三・四の制度そのものに関する研究、それと、短い目盛りで当面改善し、改めていかなければならない問題というのがあるわけでありまして、具体的にはただいまは六・三・三・四の制度そのものを肯定して、その上に立って、たとえば学習指導要領の改定というものも、昨年末の審議会の答申をいただいて現在作業中の問題でありますし、また、高校の義務化の問題についてもいろいろ出てまいりますけれども、高校の教育というものは三年間というのみじゃなくて、たとえば高等専門学校とかあるいは専修学校の制度とか、多様な方法をあわせ考えることによってその欠点を何とか改革していこうということでありますから、六・三・三・四の現在の仕組みの中で改善すべきこと、改革すべきこと、手をつけておること、たくさんございますけれども、直ちに制度そのものを変えるということではございません。
○西岡委員 私がお伺いをいたしておりますのは、文部大臣として、いまの六・三・三・四の学校制度をやはりこの際改革すべきときが来たとお考えかどうかということでありまして、来年度から六・三・三・四を直ちに変えるかどうかということを伺っているわけではないわけで、基本的には六・三・三・四の学校制度そのものに手をつけるべきと御認識かどうかということを伺っているわけでありまして、その点をお答えをいただきたいと思います。
○海部国務大臣 基本的には手をつけるというところまでまだいろいろな調査、検討の結果がまとまっておりませんし、私自身もいまは基本的には手をつけるべきではなくて、手をつけないで、いまある六・三・三・四の中でここを変えろと指摘をされておる問題点を着実に改革をしていくべきだ、こういうふうに受け取っております。
○西岡委員 それではお伺いいたしますが、昭和四十六年の六月に中央教育審議会が第三の教育改革というふうに銘打って、教育改革の基本的施策についての答申を出しているわけでございます。これは文部大臣も御承知であろうと思いますが、その答申の中で、六・三・三・四の学校制度の改革についてもその必要性を指摘をしております。中教審の答申と俗に言われている昭和四十六年の答申にはもちろん多くの問題もございますが、この四十六年の中教審答申の中心的な課題は、六・三・三・四の学校制度そのものを改革をするという方向づけを出しているというところに中心の課題があったというふうに認識をいたしておりますが、そのときに政府は、この答申を尊重するということを公式に発表をしておられます。このことと、いま海部文部大臣のお答えとは明らかに相違をしているわけでありまして、文部省はこの時点で六・三・三・四の学校制度を改革するという方向を全く認めないというふうに方針を変更されたのでしょうか。
○海部国務大臣 これは最初に申し上げましたように、目盛りの長い問題としては御指摘を受けたことに関して研究校を指定したり、研究をしたり、いろいろしておることは事実でありますから、この問題を全然放てきしたり全然やらないと言っておるのでは決してありませんが、いま現在やらなければならない改革というのは六・三・三・四の現在の仕組みを前提とした中で指摘を受け、そして現に改革をしなければならぬという必要に迫られて着手しておる問題点でありますから、短い目盛りでの議論の中では六・三・三・四をいま直ちに変えるということではなくて、六・三・三・四の制度そのものは守っていくという前提での改革でありますけれども、文部省がそのすべてを捨ててしまって、もうこれでいいんだと言っておるのではなく、いろいろな研究校を指定したり、実験的な資料を得るための努力、調査を続けておる、問題意識を持っていろいろ対処しておることは、これは最初から申し上げておることであります。
○西岡委員 大臣がおっしゃる短い目盛りというのは、何年ぐらいをお考えなのでしょうか。
○海部国務大臣 物によっていろいろございますけれども、永井文部大臣から私が受け継いだときに、当面こう芽が出始めておるもの、動き出しておるものという説明をいろいろ承っておりますけれども、初等中等教育における学習指導要領の改定というのは、その目盛りは今年の春、もうじきじきその改定がなされるわけでありますし、それからそれに基づく教科書が手に届くまでの目盛りというのは、よく御承知のように一年ないし二年ということで、小学校、中学校とあります。大学入学試験の改革の問題にいたしましては、これはいま、入試センターが今年度発足することをお認め願ったとして、そして一番早いところに第一回が行われるのは昭和五十四年でありますから、目盛りとすれば、やはりそれがどういう問題が出て、どういう効果が上がって、どういう影響が出るかということ、まず形になってきますのに二、三年はかかる目盛りでありますし、さらに最終的に学歴偏重社会の是正というのは、これは当面手をつける問題でありますが、じゃ何年間にどういう結果が出るかと言われると、これはちょっと何年ということは申し上げかねる性質のものでありますが、当面とにかく手をつけて改革をしていく問題である、こう理解をしておるのです。
○西岡委員 私はそんなことを伺っているのではないのです。六・三・三・四の学校制度の改革に海部文部大臣として具体的な日程を持って取り組む必要があるとお考えなんですか、どうですかと承っているわけで、短い目盛りで考えた場合にはいまのところないということを言われたわけですけれども、そのことを具体的に承っているわけです。海部文部大臣としていまの六・三・三・四の学校制度を昭和四十六年六月に出された中教審答申等も踏まえて、いまこの時点でどうお考えか。
 たとえば、高等学校における教育の内容、これは教育課程についても改革が行われようとしておりますけれども、率直に言って、現在の高等学校への進学率というのは、もう準義務教育化の方向にとうとうと進んでいるわけです。しかし一方では、高等学校における教育の内容を十分に理解をしている生徒は、ある調査によると三分の一程度しかいないだろうと言われている。これは単なる教育課程の手直しだけでは、根本的に高等学校のあり方については改革できないのではないか。そのことと、進学率が九三%にもなろうとしている、地域によっては一〇〇%近い進学率を見ようとしている中で、中学校と高等学校を三年、三年というふうに分けるということが一体どういう意味を持つのか、こういった問題一つ取り上げてみても、幼児教育のあり方という問題等を考えてみても、六・三・三・四という学校制度自体に手をつけないで、小手先のことでは、わが国の学校教育全体の改革はもはや不可能ではないか、こういうふうに私は認識をします。その点を文部大臣としてどう御認識になっておられるのか、文部大臣としてのお考えを承りたい。
○海部国務大臣 これは、申し上げておりますように、六・三・三・四の現在の仕組みの中で起こっておる弊害、そういったものについてはできるだけ改革のための努力を積み重ね、施策も続けてまいります。
    〔藤波委員長代理退席、委員長着席〕
また、いま御指摘の中教審の答申の中にその方向が示されておるということ、あるいは問題点が指摘されておるということ、それは私もよく承知をいたしておりますが、余り事を急いでやるというよりも、いろいろな制度の根本を変えるときは慎重な検討も必要でありますし、やはり納得ができたときには、もちろん一歩踏み出してこれに手をつけなければなりませんけれども、いまはいろいろな問題を基礎的に集めたりあるいは研究してもらったり、当面やらなければならぬことで、私が区別して対処しておるというのはそういうことであります。
○西岡委員 どうも納得がいかないわけでありまして、すでに事態は刻々と進んでいるわけです。六・三・三・四という学校の制度自体に手をつけないで解決することが、高等学校の問題だけをとっても不可能になっているというふうに考えているわけです。この問題は、文部省が高等学校についてのあり方、位置づけというものをこのまま放置して、そして高等学校を、必要に迫られたというような地域からどんどん増設だけを図っていくということだけでは済まない問題があるのではないか。高等学校の学校教育の中における位置づけというものを根本的に考え直さないで、一体高等学校の入れ物だけをつくっていっていいんだろうか、そういうところに来ていると思うのです。高等学校の教育の内容について、それを十分に理解している生徒たちが、いま申し上げたように三分の一程度しかいないであろうと言われている。これは現場の校長先生などがちゃんと答えておられる。そういうような状況というものを放置して、まだ、何とか研究しなければいけないとかなんとかというようなことを言いながら、一方において高等学校の増設だけを文部省は担当していていいんだろうか、このことを承っているわけです。お答えください。
○海部国務大臣 これは器の増設だけを担当しておるわけでは決してございませんで、器の増設の問題についてのいまの受けとめ方は、御指摘のように進学率が非常に高くなってきた、合格率もたしか九八・四%にまでなってきた、能力のある進学希望者のほとんどが、現時点においては高等学校へ進学していらっしゃるという状況になりますと、これが人口構造の変化等と関連して考えていきますと、義務教育ではないけれども、そういった義務教育的な心情と申しますか、この合格率を落とさないように、多くの人々の期待にこたえるにはどうすべきかという角度からの問題解決として、五年間に四百三校という一応のめどを立てて高等学校の増設に力を入れておるのは、その角度からであります。
 それから、いまもう一つ重要なことを指摘されましたが、ついていけない子供がおる、むずかし過ぎるではないかという角度の御議論に対しても、これは大学の入学試験の制度と関連する問題でありますけれども、大学の入学試験制度そのものも改革はしていきますが、高等学校における教育課程の内容というものについても、これは精選を加えて、いわゆる落ちこぼしとかむずかし過ぎるとか、昨今問題になります高校からの学問のレベルが高過ぎるがための蒸発というような状況をなくするためには、やはり教科の精選をしなければならない。だから、そういったようなことがいろいろ関連して、それでもなお三年間では不適当な区切り方だという場合に、五年間の高等工業専門学校、それを受ける新構想の技術科学大学と、いろいろ多様な進路というものをそれに合わせることによって問題を解決していこうということでありまして、いま内容の問題それから建物の問題、それからやはり大学の入学試験の問題 こういったものをできるだけ改善していくことによって、現在落ち込んでおるいろいろな問題点からあるべき方向に戻すことができる。そのための努力を鋭意やっておるということでございます。
○西岡委員 文部大臣、いまの高等学校の授業の内容を五%ぐらいの子供たちが理解していないと言っているのではないんです。三分の二はわかっていないというのが実態だと、これは現場の校長がはっきりデータの中で述べているわけですね。ところが、そういう状況というものを放置しておいて、教育課程の精選と言いましても、それでは残りの三分の二のわからない子供たちというものを、その程度の精選で高等学校における学習というものを十分理解できるように果たしてできるのか。こういうことを考えますと、中学校における現在の三年間の義務教育というものを若干延長する、そうして義務教育として求められている教育を、義務教育を若干延長することによって十分解決をしていくという方法も一つの解決の方向だろう。こういう制度の問題と内容の問題というのは密接な関係を持っている。そういう問題にもう手を触れなければならない時期が来ているのではないか。
 これは、中教審の答申にはいろいろな政治的な立場での批判等もあることは承知をしておりますが、そういう問題ではなくて、やはり昭和四十六年の中教審の答申でのこの六・三・三の学校制度の改革についての指摘は、これは十分耳を傾ける内容を持っているのではないか。それからすでに六年を経過しょうとしている。ますますこの六年の間に高等学校の進学率は高まっている。いま文部省がこの問題に取り組んでいる取り組み方というのは、根本的な問題から目をそらしておられるのではないか。これを、海部文部大臣として、六・三・三・四の学校制度の改革も含めて、やはり積極的に大胆にこの改善、改革に取り組んでもらいたい、こういうふうに私は考えるわけです。ですから、先ほどから文部大臣がいろいろおっしゃっておりますけれども、私が申し上げていることとちょっと違うことを答えておられるわけで、そういう認識をお持ちでありませんかとお尋ねしているわけです。私が申し上げていることは御理解いただけませんか。
○海部国務大臣 理解をして一生懸命答えているつもりでございますけれども、ぼくの申し上げ方が悪いのかもしれませんが、六・三・三・四の教育制度というものが戦後新しく起こって、いままでの六年間の義務教育制度が九年間の義務教育制度になる。そして、出発をして二十年たったところで、中教審に将来のあり方についての諮問があった。そのときの回答の中に、例の幼児教育の問題ですか、初等、中等教育の始期を早めたらどうかという問題の指摘のあったことも、あるいはいま御指摘のこの六・三・三の最初の三を四にしたらどうかという御指摘のあったことも、あるいは高等学校も四にしたらどうかという御指摘のあったことも、あるいは義務教育にしたらどうだという御指摘のあったことも、全部これは承知をいたしております。
 同時に、中教審もこういったことは非常に長い目盛りで慎重に検討をし、また長い目盛りで先導的試行等も行っていかなければならないし、要するに、急激な混乱を避けなければならないという問題の指摘もありますし、それから、制度の根幹を変えるときにはやはりそれ相当の、まず私自身に納得が要るし、それからみんなの合意が要るし、そして、必ずこうなるのだというやはりメリットもなければなりません。ですから私は、六・三・三・四の現在の仕組みの中で、どこをどうしたらよりよくなるかという研究は、文部省が続けておるということを最初から申し上げているわけでございますけれども、ただ、現在のこの立場で答えろとおっしゃるときには、私は、当面の問題ともっと目盛りの長い問題があって、目盛りの長い問題の中で六・三・三・四の根本的な問題についてはいろいろ調査、研究を続けておるからやってまいりますけれども、当面はいま芽の出ておる改革の問題を通じて、またそれを行えばいま御指摘になっておるような問題もある程度解消されるのではなかろうか。たとえば高校三年間の問題についても、入学試験の制度というものが変わって難問奇問というものがなくなれば、高校三年間の意味というものが私はおのずから変わってくると思うし、また教育課程そのものが無理のないような、精選された、基礎的、基本的に、必要にして十分なものということになってくると、中学校も三年間、高等学校も三年間でも、あるいは落ちこぼれ、落ちこぼしがないようにきちんと理解ができるのではないだろうか。それは現場の先生の御協力も要るし、いろいろなほかの問題もありましょうけれども、ただ単に、では六・三・三・四の制度を変えれば必ずよくなるかという面から考えても、これはまだいろいろ不確定な要素もあるわけでございますから、現在のこの仕切りの中で指摘されたこと、改革の芽が出てきたこと、わかったこと、これにできるだけ積極的に取り組んで、少しでも現状の弊害から抜け出していかなければならぬ、こう考えておるわけでありまして、長い目盛り、将来の目標としてこれを全然無視しているわけではないのであって、いろいろ関心を寄せ、研究をしておることはこれは間違いないことでございます。
○西岡委員 六・三・三・四の学校制度の改革の問題は、私の認識では、あらゆる角度から見て、もはやその問題に積極的に取り組まなければならない、そういう時期を迎えているというのが私の認識です。
 また大臣は、文部省がいままでそういった問題について積極的に取り組んで研究しているということをおっしゃいましたけれども、あんまりしてないじゃないですか。それはほとんどしてないのです。ようやくいまからやろうとしているのです。そういうような遅々としたことでは、事態の方が刻々と進んでいってしまう。これでは教育改革ということはいつまでたっても行われないのではないか。そうして、こういった教育の改革ということが叫ばれながら、遅々としてそれが進まないための犠牲者は多くの子供たちである。こういうことを考えれば、一体文部省に幾ら時間をかせばいいのか。こういうことを、私は文部大臣の決断を促すという意味で申し上げているわけです。しかし、この問題はまだこれから長い時間をかけて大臣とやりとりをしなければなりませんので、きょうは問題を提起し、文部大臣が、少なくともいまの時点では、六・三・三・四の学校制度の改革については十分な御認識がないし、その必要性も余りお認めになっておられないということのようでございますから、またの機会にこの問題についての議論は重ねてまいりたい、こう思います。
 そこで、六・三・三・四の学校制度の問題ともかかわる次の問題として、高等教育のあり方について、大学の進学率も、高等学校の進学率の高まりとまさに並行をして年々上がってきている。現在、私立学校法の中で昭和五十六年三月三十一日までは一応原則として大学というものをそうむやみにふやさないということが明記され、そのもとで文部省の私学等の設置認可についての取り扱いが行われているわけでありますが、文部省は、これから将来に向かって、わが国の高等教育の量的な確保というものをどういうふうにお考えなのか。昭和五十六年三月三十一日までの方針は一応ございますけれども、その後、文部省としては高等教育機関というものをやはり国民の要請にこたえてどんどんつくっていこうとするのか。しかもそれは、現在の六・三・三・四という学校制度を前提としてその問題に取り組まれようとしておられるのか、この間の基本的な文部大臣のお考え方を承りたい。
○海部国務大臣 文部省としてじゃなくて文部大臣としてどう考えておるかというお尋ねでありますから率直にお答えしますけれども、私は、大学の持つべき性格というのは、開かれた大学という言葉もあるように次第に大衆化されていく一面があると思います。いま昭和五十六年までの五カ年間に余り量の拡大をしないで質の充実をしようということは、これは当面の計画として決めておることでありますし、高等教育懇談会もその方向を示しております。しかし、その五十六年以後どうするかとおっしゃいますが、それまでにはいろいろ社会の変化もありましょうし、あるいは青年の要求する高等教育のあるべき姿に対する移り変わりもあるかもしれませんが、私は予測するところ、五十六年を過ぎますと、今度は人口構造の移り変わりからいって、また高等教育機関に入りたいという生徒の数はふえることになってきます。またもう一つ、そんなころの社会になると、高校を卒業して直ちに大学につなぐというのじゃなくて、社会に出ておる人が大学でもう一回勉強したいという新しい要請が生まれたり、それを受け入れる社会の仕組みがあるいは整備されてくるかもしれない。いずれにしても、要求は幅広く多くなることはあっても、少なくなることはない、私はこう考えます。
 ですから、五十六年までの一応の整備計画はございますけれども、その先どうなるかということになれば、私の希望を言えば、さらにそういった社会のいろいろな面からの要請、要望にこたえて高等教育機関というものはふえていくだろう、どの程度までふえるかということはちょっと学者じゃありませんから断言できませんけれども、少なくとも減っていく方向ではない、こういうふうに私は考えております。
○西岡委員 いま文部大臣のお話は、文部省の文教行政というものが大体社会の動きに対応して、社会の動きの需要とか、そういうような環境の変化に応じて、これに対応していくのだというように受け取れる大臣のお話でございますが、私がお尋ねしているのは、文部省が高等教育というものをどう位置づけをするのか、文部省が大学教育というものをどういうふうな役割りに日本の社会、日本の将来に向かって位置づけをしようとしているのかという、その基本的な考え方、もっと具体的に言いますと、確かに大臣の御指摘のように、量的な拡大というものがこれから将来に向かってどんどん国民的な要請として高まってくるだろう、これは私も認めます。ところが一方で量的拡大にもこたえ、しかも日本の知的牽引力としての役割り、この役割りもますます高等教育機関に求められてくる役割りだと思うのです。ところが、どんなに言葉をうまく使っても、量的拡大と質的充実というものを同時に満足させるということは実際問題としては不可能ではないか、このことについて一体文部大臣としてこれからどういう考え方で取り組まれようとしているのか。大臣が御指摘になったように昭和六十年から昭和六十一年にかけて大学の該当年齢人口というものが大体百五十六、七万から百八十六、七万まで、一年間に実に三十万人急増する、こういう予測、これはもう予測ではなくてほぼ確定した数字が出ている。そういうときを大体見通しながらいま何をやるべきなのか、これについてどうお考えでしょうか。
○海部国務大臣 ですから私が申し上げたように、そのころになればほかのいろんな変化も起こるだろう、私は決して社会の要請にこたえて大学卒業生をつくるのだなんということは一回も申しておりません。そういう要求を持つ青年がふえてくる、その要求にこたえなければならぬということを言っておるのであります。それから社会の変化ということを言ったのは、大学が開かれた大学になり、大衆化されてまいりますと、今度は勤労途中あるいはもう一回人生のやり直しとか、いろんなときに大学へ行こうという気持ち、そういったものを認めようという社会の仕組み、そういったものが生まれ出ることを私は願うのです。どの程度生まれておるか、それはまだ断言はできませんけれども、そうなるということをすべて予測しながら――文部省としてはいま五十六年までのきちんと外に発表した計画しかございません。私がいまこうしてお話ししておるのも、別に文部省と相談したわけでもないし、文部省の計画を申し上げているわけでもない、大臣としての考えを言えとおっしゃるから率直に答えておるわけでありまして、そのときには下がることはない、やはりそういった青年の学びたいという要求にこたえて広めていかなければならぬ。しかし御指摘のように、大衆化するだけで、員数そろえだけでいいかというとそうじゃなくて、いろいろ高度な学術研究の場という意味での大学の持つ使命の移り変わり、それをどこでどう一致さしていくか、そういったことについては、やはり高等教育の将来のあり方について昭和五十六年が来るまでにきちんとこれは考えを固めていかなければならぬことだと思います。
○西岡委員 その大臣のお考えをお尋ねしているのです。
○海部国務大臣 ですから、大衆化する方向であるという、それなれば五十六年までは一応定員の伸びはおさまっていくわけでありますけれども、それが過ぎた場合にはある程度定員のことも、その時期になってですけれども考えなければならない要素になってくると思います。
 それから高度の研究、要するに教育、研究の場というのですが、高度の研究をするためには、たとえばいまの六・三・三・四のもうちょっと上の大学院というものがそのときになって果たす役割りとか使命とかいうものの移り変わりもおのずからあるでしょうし、大学院の博士課程というものをどういうふうにとらえ、どう考えていくかという問題等も新しい一つの問題点になってくると思っています。
○西岡委員 私がお尋ねしているのは、確かに国民の知的欲求というものが非常に高まってくる、このエネルギーというものは大事にしなければならない。しかしいまの六・三・三・四の学校制度のもとでは、その要求というものを全部大学側で最終的に単線的に一元的に受けとめなければならない、このことが日本の学問の水準、知的水準というものを全体としては衰弱させる結果になるだろう、そのままで放置すれば。その上の大学院というものを充実していくということとそのことは、いまの学校体系のままでは結びつかないのではないか。先ほどの話に戻りますけれども、そのことを考えただけでも六・三・三・四の学校制度の体系をこのままにしておいたのではいけないのではないか、これをどうお考えですか。
○海部国務大臣 何度も同じことをお答えして大変恐縮でありますけれども、長い目盛りで考えた場合には六・三・三・四の仕切りをどうするかということになりましょうが、しかし当面五十六年からの高等教育のあり方、それから現在の高校の中に授業のわからぬ人が三分の二いるという現実、こういったものを制度の区切り方以外にもっと短い目盛りで対処し、解決をしなければならぬし、また解決できるものもある、こう私は理解しておるのです。同時にやらなければならぬとも思っておるのです。それから学校の区切り方でも、小学校に入る時期をもっと早めよう、そして幼少教育の学校をつくれという御説のあることもよく承知しております。けれども、そういった問題、必要であれば、では五歳児の幼稚園全入を考えるとかいろいろなことで、何とか現在陥っている、どうしようもなくなっている現代の弊害はただ単に制度の切り方だけではない。ですから、当面、芽が出ておる教育改革のための四つの問題をお互いに関連を持たせて推し進めていくことによっていま指摘されておる現在の問題の幾らかは解決されていく、こう信じてやっておるわけでありまして、六・三・三・四の問題に直ちに手をつける、これはやはり長い目盛りの方の問題点でありまして、これについていいのか悪いのか、ではどこをどう変えたらいいのかということもいろんな議論がございましょうし、もうちょっと長い目盛りで考えさせていただきたいと思います。
○西岡委員 長い目盛りということに最終的になるようでございますが、私が申し上げているのは、何で五十六年の三月三十一日まで一応量的拡大はできるだけやらないということを決めたか。五十六年の三月三十一日まではとにかく量的な拡大には一応ストップをかけて、その間将来の高等教育のあり方というものを――私が六・三・三・四の改革の問題を申し上げているのは、何も横の線の区切り方だけを、六・三・三・四ということだけを言っているのではないのです。縦の多様な学校体系ということの改革も含めて、少なくとも高等教育のあり方について根本的な将来を見通した改革の案を五十六年までにつくる必要がある。高等教育機関をとにかく必要だということに応じて全く何の考えもなく入れ物だけをどんどんつくっていくということを一応ストップしよう。ストップしている間何も考えないで五十六年を迎えたのでは何のためにストップしたかわからないのです。そのことを聞いているのです。その点について、先ほどから大臣、芽が出たものということばかりおっしゃいますけれども、海部文部大臣としてはそういう問題についてどんな新しい芽を一つ出そうとお考えなのか、それとももう一切そういうことは考えないで、とにかくいままでずっと行われたことだけを踏襲して文教行政に取り組めばいい、そうお考えなのかどうなのか、そこをはっきりお答えをいただきたい。
○海部国務大臣 当面の問題を受け継ぐだけでいいとは決して思っておりません。したがいまして、五十六年から始まる高等教育の整備の一応の期間が終わったときにその先どうするかというようなこととか、六・三・三・四の根本の問題をどうするかというようなことも、常に私自身が納得しようと思って自分でもいろいろな問題を提起したり物を読んだり人の話を聞いたりもいたしますけれども、ただ、現段階でこういう結論が出ました、こういたしますと申し上げられません。私自身が納得しようと思ってまだいろいろ調査研究しておるさなかでございます。
○西岡委員 この問題はまた機会を改めて、もう少し具体的な私自身の提案も申し上げながら大臣と議論を深めていきたいと思います。
 そこで入試の問題でございますが、国大協が本当に長い時間をかけて、共通一次試験というものを入試センターで行う、高等学校における学習の到達度を本当にできるだけ正確に判定できる仕組みとしていろいろな研究を重ねて今回のこの入試センターというところまでまとめられた努力には私も敬意を表しますが、しかしこの共通一次試験というものを入試の現状を改善するためにどのように位置づけするか、これはまさに文部省の仕事であろうと思います。現状では国立大学の入試の改善という問題でしかこの問題は取り扱われていないわけでありますが、文部省は少なくとも、現在入試地獄とまで言われている、これは実際にいろいろな側面がございますからそう簡単には割り切って問題を指摘することはできないと思いますけれども、少なくともみんながいまのままではいけないということだけは共通の認識を持っておると思うのです。これも長い時間がすでにたっておるわけですね。これまでに入試の改善ということの必要性が言われてからすでに長い年月がもう経過しておる。そして改善の必要性はみんなが口をそろえて言っている。この入試センターの問題、共通一次試験という問題を一つの契機として、文部省としてもうこの際は抜本的な入試の改善に大きく前進をすべきときではないかというふうに私は考えるわけです。
 そこで、この国大協が苦労されてまとめられた共通一次試験というこのものを踏まえて、文部省として、国公私立を通じての入試の改善にこれを役立てる必要があるだろう。それについての文部大臣としてのお考えあるいは具体的なスケジュールというものをぜひ承りたい。
○海部国務大臣 大学の入学試験の制度というものがいろいろな意味で批判を受けており、社会問題にもなっておることは御指摘のとおりであります。何とかしなければならないというので、長い間にわたって各界の皆さんに御議論をいただいたことも事実でございます。文部省といたしましては、大学の自治の問題とそれから現代の改革の問題入学試験の問題を改革していくにもやはり効果がきちんと上がるということが一番願わしいわけで、話がまとまって協力していこうという明確に言えば国立大学協会、それに参加をしようと意思表示をされた公立大学協会。私立大学の方はまだ明確な意思表示がないわけであります。理想とすれば、おっしゃるように国公私立全部がこれに参加をして歩み出していくことが私も理想だとは思います。しかし大学の自治ということ、あるいは大学の入学試験の改革が本当に効果を上げてみんなの納得と理解と協力の上で前進していくためには、やはり大学当事者の話し合いによるまず第一歩というのが大変大切だ、私はこう受けとめるのです。そして五十四年度から実施可能だという結論が出ておりますから、これも最善の理想の入学試験にはならないかもしれぬ、これは私学が参加しておりませんから。しかしいまもうどうしようもないところまで来て、御指摘されたように受験地獄という言葉まで使われるようなこの現状を少しでも打ち破って、大学入試というものを改革していくために、じっとしておるのじゃなくてできるところから一歩踏み出していこう、またそうすることがいまの文教行政にも求められておるものだと私は判断をいたしましたから、国立大学協会がお話をまとめられた五十四年からの共通一次試験というものをぜひ成功させて、これが入学試験改革への第一歩になるように心から関係者の御協力を願っておる次第でございます。
○西岡委員 私は大学入試の改善といいましても完全に理想的な案というものはできるものではないと思います。したがって、少なくとも現状の入試がもたらしている多くの弊害、特に高等学校以下の学校教育というものを大きくゆがめている弊害をなくさなければならない、それからまた受験生たちの多様な才能というものを、それぞれの個性というものを十分に生かせるような、そういう大学入試でなければならない、そういう面で、やはり現状をできるだけ早く一歩でも二歩でも前進させて改善をしていかなければいけない、こういうふうにとらえています。一遍に理想的な案というものができるものではないということも十分承知をいたしております。ところが、いまのことろ共通一次試験というものは、さらに各大学が行う二次試験というものが前提になって行われようとしておるわけです。しかも国立大学だけが当面対象になっている。たとえば四年制大学だけに限って申しますと、七六%の学生が私学で学んでいる。国立大学はわずか二〇%ですね。文部省としては国立大学の問題だけとしてこれをとらえて一体済むのだろうか。しかも国立大学の問題だけに限って言っても、悪くすると受験生にとっては共通一次試験の分だけが二重負担としてのしかかってくるおそれすらある。この点を大臣一体どうお考えでしょう。
○海部国務大臣 御指摘になった問題点は私どももいろいろな角度から考えなければいかぬと思っておるところでありますが、共通一次試験と二次試験というものが各大学によってあわせて選抜のための制度として置かれる。そこに調査書が加わるわけでありますから、私は受験生の余分な負担にならないようにという面の配慮は十分しなければならぬと思います。御指摘のとおりです。しかし、また別の面から見ますと、高等学校の教科内容といいますか高等学校の教育内容というものが基本的な精選された必要なものにきちんとなったとして、そうしてその中から出題されるんだということになりますと、ある意味では、いまの受験生が地獄と言われるような状況の中で負担しておるかいもく見当のつかない莫大な出題範囲というものを抱えての受験勉強よりも、共通一次試験の五科目の基礎的基本的なことをきちんとやっていればいいんだということが申し上げている言葉どおりに守られたとすれば、その方がむしろ負担の軽減になるのではなかろうか、こういう考えを私は持つのです。なれば一次試験だけでいいじゃないかという御議論もあろうかと思いますけれども、やはりそうではなくて、二次試験は各大学がそれぞれ特色を発揮していろいろな第二次試験を出される、それが必要以上に科目が多くならないように、そこでまた難問奇問が出てきたらもとのもくあみへ戻るわけでありますから、それも十分配慮、検討をしてやっていただかなければならぬ。そうしますと、一発一回のペーパーテストによって選別されるといういまの制度のあり方からは、一次試験そして二次試験がある。しかも調査書の活用というのもいろいろ問題はございましょうけれども、たとえば調査書も、出ておる点数だけを判断するのではなくて選抜する大学側がどういう取り扱いをするか。その人のいろんな三年間の高校生活の中で、この人は非常に友達のためになるようなクラブ活動を一生懸命やった人であるとかいうようなこと等も、本当に幅広く加味することができるような調査書の活用もできれば、これは過重負担ではなくて、その人の能力というものがいろんな角度からながめられて、高校時代の誠実な努力の積み重ねというものが正当に評価されるようになって、むしろいい面が期待できるのではないか、私はこう考えております。
○西岡委員 各大学が行う二次試験の科目は、いまのままでまいりますと大体文部省としては何科目ぐらいでおさまるか。また文部省としては、これをどういう方向でやってもらいたいというふうに国大協の方と話しておられるのか。その点をちょっとお伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 ただいま国大協側とそういった問題を詰めておりますので、大学局長から御答弁いたします。
○佐野(文)政府委員 国大協は、御承知のように第二次試験の問題につきましてガイドラインを各大学に示しまして、各大学の積極的な検討を求めているわけでございます。各大学は、あるいは地域的に連絡協議の場を設けたり、あるいは専門分野ごとに連絡協議の場を設けるというようなことによって真剣に対応をいたしております。ただ御指摘のように、何科目ということを二次試験について各大学について一律に言うことは非常にむずかしかろうと思います。しかし少なくとも、いまより科目の数が減り、出題量についても軽減され、さらに出題の方法についても改善が行われるように求めておりますし、そういった努力を各大学はしております。
○西岡委員 文部大臣、これはやはり国民の皆さん方は、今度の共通一次試験で相当の入試の改善が行われるだろうという期待を持っているわけですね。ところが、私の予想するところでは、よほど思い切って文部省もこの問題にお取り組みにならないと、各大学が行う二次試験というのはやはり四科目も五科目もということになりかねない。これが一つ。
 それと、公立、私立の大学の問題を全く度外視した形でこの問題が国立の問題だけとして進められたのでは、全く国民の期待を裏切るのもはなはだしいと思います。また文部省としても、どうも国立大学の問題だけを考えていればいいんだというような考え方では困るわけでありまして、たまたま文部省が国立大学を設置する設置者でもあり高等教育の行政を扱う官庁でもあるという二重人格になって、ややもすれば国立大学の問題だけを解決すれば文部省の仕事はもうそれで終わりだみたいな感じがどうもあるように思われる。この点はやはり積極的に具体的なスケジュールをお示しいただいて、一体どれくらいの時間的な予定をもって、国公私立を通じての入試の改善に文部大臣としてはお取り組みになるのか。先ほどから私が質問をいたしますと、長期的だとかなんとかということで、非常に気の長いお答えをいただいているわけでありますが、入試の問題については、国民全体の気持ちから言えば、そんなに時間は文部省には与えられていないと思うのです。どうでしょう。
○海部国務大臣 おっしゃるとおりです。ですから、私たちはまずできるところから踏み出して国民の皆さんの前に、入学試験問題をこういうふうに取り組んで、こういう改善をしていきますという方向をお示ししなければならぬ、同時にまた行われる共通一次試験というものはなるほど難問奇問でなかった、じゃあ高等学校の教科をきちんと勉強しておればいいのだという安心感も高校生には与えなければならない、それから第二次試験の問題につきましてもこれはおっしゃるとおりでありますから、私は今後、まだ第二次試験の問題は各大学ごとに答えが出ておらぬ段階でありますから、過重な負担にならぬように、五科目も六科目もにもなるべくならないように、これは今後大学側とのいろいろなお話し合いの場を通じて、そういった指導、助言の態度はきちんととっていこうと思います。
 私立大学の方は、全くまだ個人的でありますけれども、理解を示してくださる私立大学の学長もいらっしゃいます。いろいろ私に疑問を提起される私立大学の関係者もいらっしゃいます。しかし、この問題が現実に行われるようになって、国立大学と公立大学の方も参加の意思をいただいておりますから、国公立両方に五十四年から行われるようになるという見通しを持って取り組んでおりますけれども、そこでそういう、問題も難問奇問じゃなかった、評価をされる、あるいは一部に言われておりますように共通一次試験が済めば専門的な科目一つだけでいいというような、まだ個人的な意見ですけれども、個人的な意見をおっしゃる方もあるし、面接だけでいいかもしれぬという意見を私にはおっしゃる大学関係者がいらっしゃるわけですから、そういうようなことがなるほど受験地獄という、受験極楽にはならぬかもしれぬが、少なくとも地獄という字を取り除くには役立つのだなという気持ちをみんなが、この国立大学、公立大学の試験を通じてわかってもらうような、またそういう内容の試験が行われれば私立大学側に対しても別の角度からまた問題提起ができるのではなかろうか。私はいつまでにと言われても、いつまでにこれを参加させるとはお答えできませんけれども、一刻も早く参加してもらうように誠意を持って協議を続け、また具体的にこんないい制度になるのですよということを態度で示すようにこの試験制度の成功というものを期して、いろいろ関心を持ってやっていかなければならない、こう決意をしております。
○西岡委員 この問題もきょう一遍に議論が終わるものではない非常に奥行きの深い問題でございますが、最後に、この入試の制度の改革についてだれが最終的に責任を持っているのか。先ほどから承っておりますと、これはどうも大学の自治の問題だということで、文部省というのはちょっと一歩退いたところに位置づけられているからこれは文部省の最終的責任でないというような感じの御返事がございましたけれども、やはり入試がこれだけ学校教育全体、子供たちの人格の形成にまで大きな影響を与えているということであれば、文部省が、文部大臣が最終的には全責任を負っている問題だというふうに私は思います。しかし、先ほどから大臣のお答えは、各大学側にいろいろ相談をしてみるとか、働きかけをしてみるとかということなんですけれども、それでも各大学が依然としてエゴをむき出しにして、入試の改革についてはこれは国民的なこれだけ強い要請があっても一緒になってこの改善に真剣に取り組もうとしない、おれは別だというような場合には大臣はどうなさるのか、結局やはりだめだった、入試の改善はとてもできるものではありません、一部分手直しをするのが精いっぱいですということで済まされるのか、その点についての大臣の基本的なお考えを承りたい。
○海部国務大臣 余り私は権利だとか義務だとかいう議論をしませんでしたけれども、責任ということから言えば最終的な責任は文部大臣、それはそうでございます。しかし、大学の自治のことを私が盛んに言いましたのは、基本的な姿勢として大学の自治というものをまず尊重して、認めて、そこから行きたいというのが基本的な姿勢であります。それは成功させたいと願うからであります。同時に、これは私の記憶に誤りなければという前置きをつけさせていただきますけれども、大学が入学生をどういう方法でとるか、そしてだれを合格者に決めるか、要するに合格者を決める権限はその大学の学長にあったと私は記憶しておるのです。そうして、その合格者を決める権限は学長で、それは教授会とも相談されるでしょうが、大学の最終的責任において合格者の決定はされる、ただその方法とかやり方とかいろいろなことについては、国立大学の場合は設置者であるものが共同責任といいますか、これはやはり指導したり助言をしたりしなければなりませんでしょう、ところが入学試験全体の制度の国民に対する最終責任はだれが持つのかと言えば、それは文部大臣が持たなければならぬことであります。だから成功させたい、成功させたいから大学の自治を尊重してこの問題が効果的に受け入れられていくようにしたい、そういう気持ちで基本的には取り組んでおるのです。
○西岡委員 最後に、もう一点伺います。
 この共通一次試験というのは、これは技術的な問題ですから、大学局長で結構ですが、実施時期はいつを予定しておられますか。
○佐野(文)政府委員 五十四年の入学者選抜から実施をいたします。
○西岡委員 何月に行うかという意味です。
○佐野(文)政府委員 十二月の下旬、冬休み中を予定をいたしております。
○西岡委員 高等学校のまだ修学中に共通一次試験が行われるということになります。高等学校の三年間の教育を侵害することになりませんか。
○佐野(文)政府委員 高等学校の教育ということを考えれば、共通入試の時期は遅ければ遅い方がいいということは、先ほどもお答えをいたしたわけでございますが、反面、共通入試に引き続く追試験、再試験あるいは推薦入学、二次試験、そういったことに伴う時間的な余裕ということを考え、あるいは入試を行う時期における自然的な条件、たとえば豪雪の状態その他を考えますと、やはり時期としては十二月ということを最も適切なものとして考えざるを得ない、この点は高等学校側も了解をいたしております。
○西岡委員 大臣にお尋ねをいたしますが、高等学校の三学年の三学期というものは高等学校における教育の到達度から無関係にはみ出していいとお考えですか。
○海部国務大臣 無関係にはみ出していいとは考えられませんけれども、いまの時期の問題についてはそういった第三学期というものがどう扱われるかという問題、これは私も一回きちんと調べ直してみます。
○西岡委員 これは調べなくてももう明瞭なんですね、十二月に行われるということは、高等学校の三学年三学期というものが全く考慮の対象になっていない、高等学校における教育というものを共通一次試験が全く無視しているということになります。
 そこで、私がなぜこういうことを申し上げるかと言いますと、いままでこういう試験の時期というものがそれぞれの学校教育というものをある意味では侵害するような形で、無視するような形で行われたというところに大きな問題があると思うのです。そこで、今度のこういう共通一次試験というものが行われることを一つの契機として思い切って大学の新学期というものを変更する、具体的には九月を新学期とするというような思い切った改革をこの機会に行うお考えは、文部大臣、ございませんか。
○海部国務大臣 これもやはり長い目盛りの方で検討しなければ、いま直ちに九月はどうかと言われてもちょっと、いろいろな波及がありますし、その他のことをいろいろ考えてみなければなりませんので、それはやはり研究課題にさせていただきたいと思います。
○西岡委員 いつまでにお答えいただけますか。
○海部国務大臣 いろいろ考えまして、私なりに結論が出たら直ちに御返事いたします。
○西岡委員 終わります。
    ―――――――――――――
○藤尾委員長 この際、参考人出頭要求の件についてお諮りいたします。
 国立学校設置法及び国立養護教諭養成所設置法の一部を改正する法律案の審査の参考に資するため、来る十六日、参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 なお、参考人の人選その他所要の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 次回は、来る十六日開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後八時十二分散会