第080回国会 社会労働委員会 第16号
昭和五十二年四月二十七日(水曜日)
    午前十時三分開議
 出席委員
   委員長 橋本龍太郎君
   理事 住  栄作君 理事 戸井田三郎君
   理事 中山 正暉君 理事 枝村 要作君
   理事 村山 富市君 理事 大橋 敏雄君
      相沢 英之君    井上  裕君
      伊東 正義君    石橋 一弥君
      川田 正則君    小坂徳三郎君
      津島 雄二君    戸沢 政方君
      友納 武人君    葉梨 信行君
      安島 友義君    大原  亨君
      金子 みつ君    川本 敏美君
      渋沢 利久君    田口 一男君
      中村 重光君    森井 忠良君
      草川 昭三君   平石磨作太郎君
      西田 八郎君    浦井  洋君
      田中美智子君    工藤  晃君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 渡辺美智雄君
 出席政府委員
        厚生省公衆衛生
        局長      佐分利輝彦君
        厚生省社会局長 曾根田郁夫君
        厚生省保険局長 八木 哲夫君
        厚生省援護局長 出原 孝夫君
 委員外の出席者
        社会労働委員会
        調査室長    河村 次郎君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月二十七日
 辞任         補欠選任
  安島 友義君     中村 重光君
同日
 辞任         補欠選任
  中村 重光君     安島 友義君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出第一九号)
 原子爆弾被爆者等援護法案(大原亨君外六名提
 出、衆法第三六号)
     ――――◇―――――
○橋本委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出の原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案及び大原亨君外六名提出の原子爆弾被爆者等援護法案の両案を議題とし、質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大原亨君。
○大原(亨)委員 最初に、原爆二法案とそれから五党提案の原爆被爆者援護法案、この法律案が提案をされておるわけですが、質問の前に、いままでずっと論争してきましたが、社会保障の概念で考える施策は何か、それから国家補償の精神に基づく法律体系とは何か、こういう議論が基本的になされてきたわけであります。しかし、この中身、概念の内容というものが必ずしも明確でない。そういう点について、厚生省はどのような理解を持って社会保障と国家補償についての使い分けをいたしておるのか、こういう点をひとつ最初にお聞きいたします。
○佐分利政府委員 まず、国家補償は、国が適法行為によって生ぜしめました国民の損失を社会的公平の観点から補てんする損失補償の部分と、国の違法行為によって生じた国民の損害を、その不法行為を認めた上で賠償する損害賠償の分野の二つの範疇によって構成されていると考えます。また、社会保障は、このような国の直接の行為とは関係がなく、政策的観点から、国家の構成員が健康や所得面などで一定水準の社会生活を確保できるよう配慮していく行政分野であると考えております。
○大原(亨)委員 それでは、原爆の二法が昭和三十二年以来できたわけです。特別措置法が四十三年にできたわけですが、原爆二法が社会保障の範疇に属するものであって国家補償の範疇に属するものではない、そういう見解はいかなる論拠によるか、この点を明らかにしてもらいたい。
○佐分利政府委員 その点につきましてはいろいろな御意見があろうかと思うのでございますが、私どもといたしましては、たとえば遺族等援護法がやっておりますように、国との雇用関係にあった、あるいは雇用関係に準ずるような関係にあったというような場合、つまり特別権力関係にございましたようなものは国家補償の制度になろうかと思うのでございますけれども、原爆の場合にはそのような国との特別権力関係はございませんが、ただ、他の一般戦災者と異なって、原爆では放射線というものがございまして、その放射線を多量に浴びたために病気にかかりやすい、治りにくいというような特別な事情が被爆者の場合には起こっているわけでございます。
    〔委員長退席、住委員長代理着席〕
そこで、そういう被爆者の方々の健康と福祉の向上を図るためにはやはり特別の社会保障制度が必要であるという考えに立って、三十二年の原爆医療法、四十三年の原爆特別措置法を制定し、実施しているものでございます。
○大原(亨)委員 これは後で議論を深めていきたいと思うのですが、石田判決とよく言われますけれども、この石田明原告に対する判決が御承知のように五十一年の七月に出たわけです。その判決文によりますと、原爆医療法は国家補償の側面を持つ、こういう前提の上に立って、そして疑わしい場合といえどもできるだけ解釈を広くして国が施策をすべきである、こういうふうな結論を出して、そして石田明原告の主張を是認をして政府の主張を退けた、こういう判決文があるわけですが、この判決については、政府はこれに応じたわけですけれども、どのような認識と理解を持っておるのか、この点をお尋ねいたします。
○佐分利政府委員 まず、石田判決の結論には政府は従ったわけでございまして、石田さんと同じような症状にある被爆者が今後出てくる、あるいは過去においてあったと言えば、あの判決に従って原爆医療法の認定患者にするという考え方でございます。しかしながら、その結論に至る論旨については、私どもは異なった見解を持っております。
 まず第一に、判決では、原爆白内障についても薬物療法が効くのではないかということを申しておりますが、私どもは、現在の医学の通説に従って、もうすでに古くなり固定した原爆白内障には薬は効かないと考えております。また、判決では付帯意見といたしまして、老人性白内障はいわゆる原爆放射線の影響による加齢現象の一種として起こったのではないか、こう申しておりますが、私どもはそのように考えておりません。原爆放射線が被爆者に加齢現象、老化現象を起こすことはまだ医学的に証明されておりませんから、それによって、石田さんの老人性白内障が原爆放射線によって起こってきたとは考えておりません。また、老人性白内障につきましても薬物療法というものは余り効果がないと、現在の医学の通説に従って考えております。しかしながら、原爆白内障と老人性白内障が合併してまいりますと、視力障害はそれぞれの白内障がある場合以上に進んでまいるわけでございますから、その合併効果を考えまして、石田さんのように原爆白内障と老人性白内障が合併してきたようなケースについては、今後は認定患者として認定し、原爆医療法の全額国庫負担による医療の支給をしようというふうに考えたわけでございます。
 なお、ただいま御指摘の、原爆医療法が国家補償法の側面を持つということにつきましては、これはいろいろな表現があるわけでございまして、あの判決ではそのような表現をいたしましたが、私どもは、原爆二法は特殊な社会保障法である、こう申しているわけでございます。また一部には、国家補償法と社会保障法の中間的な法律制度だというような表現の仕方もあるわけでございます。表現は違いますけれども、大体考えていることは同じようなことでございまして、私どもはそのような特別な社会保障制度であるという立場に立って、これまでの原爆対策を進めてきたつもりでございます。
○大原(亨)委員 基本的な議論をちょっとするわけですが、いまの問題に関係して、後に質問することとも関係いたしますから言っておくわけです。
 つまり、原爆医療法は、判決にもありますように、原爆と障害、疾病との間における因果関係の問題、それからいま局長が答弁いたしました要医療性の問題と起因性の問題というふうに言われているわけですが、局長は専門家で医者であるから自信のあるようなことを言ったけれども、しかし、いまの医学の範疇においては、原爆と疾病、障害との間における明確な因果関係というものは、今日たくさんの政府の研究機関があるけれども、明確に因果関係について解明したものはない。と同時に、もう一つは、要医療性の法律の条文はあるけれども、いま局長は言ったけれども、その薬物の効果がないとか、現在行われている治療以外に治療方法があるかないかという問題を含めて、これは後で質問をいたしますが、現在政府はそれぞれの機関において研究中である。そういう影響や治療について研究をする過程、プロセスの中におけるこういう問題の取り扱いについては、国はやはり原爆の被害について責任があるという立場に立ってこの解釈をしていくべきではないか。いまの医学の範囲においてはという前提で、局長のようなそういう独断的な答弁で基本的にこの問題を取り扱ってはいけないのではないか。そこに一つの問題があるのではないかという点を指摘をいたしたいと思いますが、これについて意見があればひとつ答えてもらいたい。
○佐分利政府委員 まず、原爆症の問題でございますが、ただいま御指摘のとおり、一般的に申しますと、原爆放射線固有の障害へ疾病はない、こう言われております。普通の障害、疾病が原爆によって起こってくる、起こりやすくなってくる、治りにくくなってくる、こう言われているわけでございます。しかしながら、たとえば原爆白内障なんというのは、一般放射線障害によっても起こりますけれども、やはり原爆放射線障害の一つの典型的な疾患ではないかと思うのでございます。そういうふうなものがございます。
 また、要医療性の問題でございますが、先生は石田判決と同じように、まだその医療のやり方がはっきりしない段階ではあるけれども、一部においては効くのじゃないかという意見も少数意見としてあるのだから、それを聞いて認めてやったらどうかということを申しております。しかしながら、確かに原爆被爆者の特殊性ということは種々の角度から考えなければなりませんけれども、このような特殊な社会保障制度ということになり、かなりの財源を使って行われる制度ということになりますと、やはり制度の運用は適正でないといけないと思うのでございます。そういった意味で、確かに原爆症については現在の医学ではまだわからない点が多いと思うのでございますが、現在の医学の通説に従って制度は運営しなければならないと思うのでございます。きわめて少数の方の御意見に従うということはできないと思うのでございます。
○大原(亨)委員 局長、石田判決の精神は、つまり、できるだけ広くというのは、解明できていないということを認めておるわけだ、因果関係と要医療性の問題についても。放影研でも、科学技術庁の研究機関でも、大学の研究機関でもやっているはずはないんだから。その場合に法を運営する場合には、疑わしいものはこれは施策の対象にするという考え方で、放射線や熱線や爆風という重複した原爆の障害に対する未知の分野についての解明を施策とタイアップして進めていく、こういうことが基本的な態度として必要ではないか。そういう態度をとることが、この政策の一つの理論的な、学問的な、医学的な本質からきておるのではないか。こういう点では、あなたの、通説だという考え方で、できるだけ狭くするという考え方で法を運営するということについては、これは観念論はいたしませんけれども、改める必要があるのではないかと私は思うけれどもどうですか。
○佐分利政府委員 ただいまお話がございましたような問題もございますので、後で出てくるかと思うのでございますが、原爆症の認定の場合もただ起因性がはっきりしているというものだけでなく、これは起因性が否定できないというふうなものも対象として認定をしております。起因性が全く否定できるというものだけ却下、除外しているのでありまして、平たく申しますと、疑わしきものは救済をしているつもりでございます。ただ、その疑わしき場合というのがきわめて少数の意見の疑わしいというのでは困るのでございまして、多数の意見としてこれは疑わしい、起因性が否定できないという場合を私どもは認定しているわけでございます。
○大原(亨)委員 それでは本論に戻します。
 五党案は、国家補償の精神に基づく援護法案をつくるべし、こういう論拠の上に立っておるわけです。そこで、私は従来から、戦傷病者戦没者遺族等援護法の審議等でも議論を展開いたしてまいりましたが、戦争犠牲者の中で、軍人や公務員等の特別権力関係にある者、こういうふうに規定をする現在の援護法の軍属、準軍属の規定の仕方自体が問題であるということを提起をいたしてまいりました。そしてもう一つの領域は被爆者対策としての二法における戦争犠牲者対策。もう一つの領域は一般戦災者の問題があると思うのであります。その三つの領域があると私は思う。
 国家補償の精神による、あるいは社会保障の精神によるというようなことを言いますが、たとえば総理府の所管の中で、引き揚げ者の問題についてはやはり特別交付金を出しておるわけです。受理件数が百七十九万件、それから金額で千六百三十五億円の特別交付金が出ておるわけですね。これはどういう根拠ですか。
○佐分利政府委員 私は本件については素人でございますので的確な御答弁ができないかと思うのでございますが、元厚生大臣の田中先生に伺ったところによりますと、引き揚げ者というのは、長年の間海外で培ったいろいろな生活基盤、そういったものを敗戦によって一気に崩壊させられてしまった、そういうふうなところに特に注目して、国の特別な政策的な配慮としてこのような措置が講じられたと聞いております。
○大原(亨)委員 これは社会保障か、国家補償か。
○佐分利政府委員 私は素人でございますので間違っているかもしれませんけれども、これは国家補償ではないのではないかと思っております。
○大原(亨)委員 何ですか。
○佐分利政府委員 範疇といたしましては一種の特別な社会保障でございまして、そういった特別な犠牲に対して、社会的公平負担の原則に従ってとられた特別な社会保障制度であろうかと思います。
○大原(亨)委員 そんな社会保障の概念は初めて聞いた。あなた、素人だと言うからそれ以上言わぬけれども、農地報償もあるわけですよ。渡辺厚生大臣、あなたは農林大臣になってもいい人だから、ずっと経過から言えばよく知っておるだろう。そうでしょう。農地報償があるわけです。五党の案の中には特別給付金を六十万円給付するという制度があるわけです。それは交付公債で一年間十二万円、こういう中身です。引き揚げ者の場合も特別給付金というのであるわけです。やはり国の政策の中において、特別の犠牲を得て長い間苦しんだり、あるいは家族やその他に大きな被害を及ぼしたというものに対して、弔慰を含めて特別給付金を出すべし、こういう案が一つの大きな柱になっておるわけです。これについては厚生省は、引き揚げ者あるいは農地報償との関係をも考えながら、どのような考え方なり評価をし、認識をし、あるいは意見を持っておるか。
○佐分利政府委員 その点につきましては、毎回御説明しておりますように、やはり原爆被爆者のほかに一般戦災者という方があるわけでございますから、その辺の均衡とか整合性というふうなものを考えなければなるまいという立場で、遺族補償まではとても入れないのじゃなかろうかという方針をとってきたわけでございます。農地報償につきましては私全然存じませんが、引き揚げ者の補償につきましては、私は先ほど申し上げたような趣旨で田中先生から承ったと記憶しております。
○大原(亨)委員 引き揚げ者に対する特別給付金の千六百三十五億円、それと、私どもが五党案で出している特別給付金、一人について六十万円の交付公債、一カ月一万円の十二カ月分の五カ年、こういうものを考えてみた場合に、これは不公平であるというふうな判断ができるかどうか。政策として、この問題だけに限定して考えた場合に私どもの主張が無理である、こういうように考えることができるかどうか。これは政府委員じゃだめだと思うので、議論を聞いておられたと思うのでひとつ厚生大臣、お答えをいただきたい。
○渡辺国務大臣 五党の方は五党の方でそれが適当だと思ってお出しになったことでございますから、私の方としては特別にそれは適法であるとかないとかという考えはいまのところ持っておりません。また、先ほどからおっしゃる援護法まで拡大をしろということについては、結局は、どこまでが国家補償にすべきかということは算術でびしっと割り切ったものが出てくるわけではないのであって、最終的には政治判断の問題でございますから、われわれとしては、そこまで広げると結局とめどもなく一般戦災者にも広がっていかざるを得ない。一般戦災者にまで広げればなおいいのだろうけれども、これはなかなか収拾のつかない話になるというような政治判断もあって、一応現行の体制で線を引いておるということでございます。したがって、社会党が天下をとれば、いや違う、こういう解釈だということにそれはなるかもしれないし、それは最終的には政治判断の問題ですから、どっちが白でどっちが黒でというはっきりしたものは、学問的にそのすそ野に行くとなかなか出てこないと私は思っております。
○大原(亨)委員 現行の戦傷病者戦没者遺族等援護法は、前に議論をいたしましたように、軍人軍属、準軍属の範囲については、軍人恩給を復活して、保安隊を復活するという当時の客観情勢があって、軍務との関係、これを重点に置きながら施策をして線引きをやった。この問題について不合理な点は、準軍属や、あるいは準軍属の拡大ということで法律をやってきたわけです。そこでこの前のような議論を私もいたしました。
 それから、一般戦災者との関係があるということをしばしば政府の諸君も言われるわけです。私どもも、その問題を無視してはこの問題の処理はできない、こう思っております。しかし、原爆被爆者の障害の特殊性を明確にしながら、一般共通問題について理解をしながら、そして戦争犠牲者に対する公平な施策を進めていくということは、厚生大臣が御答弁になったように、これはすぐれて政治的な問題であります。政治判断の問題であります。
 私は冒頭の質問においてその点を一つずつ簡潔に指摘をいたしますので、その点についてひとつお答えをいただきたい。つまり、原爆被爆者に対する援護法を国家補償の精神でやるべしというのは、たくさんの理由があるけれども、私は五つくらいの理由をここで挙げておきたいと思うのです。
 その第一は、放射能と熱線と爆風の重複的なそういう被害であって、そして被爆をした瞬間に死ぬ、けがをするということ以外に、その後遺症というものがいついつまでも残っておる、そういう深刻なものである。あるいは社会的な影響も深刻である。こういう観点では、被爆者援護法は特殊なそういう立場に立っておるという点では、これは政府は立法施策の上において考慮するということについては、今日までもある程度のこれの改善をしてきたわけですけれども、異議はないと思うが、いかがですか。
○佐分利政府委員 現在の原爆二法が先生がおっしゃったような御趣旨に基づいてつくられ、またその後制度も大いに改善されておりますが、現在も実施に移されておるものと考えております。ただ、一般戦災者の場合も、放射線はございませんでしたけれども、戦災後三十二年を経ましていまなお戦災当時の障害のために呻吟していらっしゃる方は、それほど少なくないと思うのでございます。
○大原(亨)委員 そうそう。それは認めております。
 それから第二の問題ですが、原爆の投下は、私も昭和三十四年以来ずっと議論してきたのですが、藤山外務大臣のとき議論してきたのですが、これは国際法に違反をする。つまり、いまの国家補償というカテゴリーは適法な国の行為ですが、しかしこの原爆の投下というのは、国際法、人道と平和ですか、この国際法の精神にのっとって、国際法に違反をする。
    〔住委員長代理退席、委員長着席〕
そういう国家間の戦争行為の結果起きたものである。こういう点については、政府は施策の上において考えていくべきであると思うけれども、いかがですか。
○佐分利政府委員 確かに原爆は国際法違反でございますけれども、その傷害作用の差はございますけれども二十年三月十日の東京の焼夷弾によるじゅうたん爆撃、これも国際法違反でございますし、四月二十五日でございましたか、浜松の大艦砲射撃、こういったものも無防備の都市に対する無差別爆撃、砲撃ということで、国際法違反であるということには相違はないと考えております。
○大原(亨)委員 大分よく勉強したね。私が言っているのはこういうことなんです。この使った兵器自体が国際法に違反する、ここに特色があるのではないか、こういうことなんです。
○佐分利政府委員 いまから申しますと、何と申しますか、条理とか通念からそういうことになろうかと思うのでございますが、その点は、当時の国際法は原爆までは予想していなかったと思うのでございますね。毒ガスだとか生物化学兵器、いまよりも原始的なものでございますから。しかし、先生おっしゃるように、その傷害は非常に大きい、あるいは残虐性という点では、やはり国際法違反兵器の最たるものであることは間違いないと思います。
○大原(亨)委員 佐分利局長の答弁で非常に私が意を強くしたのは、あなたは法律の専門家じゃないから、お医者さんですからね、非常にはっきり答弁されました。これは常識的な答弁で正しいと思います。いままでの議論の中で、これは政府の答弁の先例になります。りっぱな答弁です。これは絶対に変えないようにしてもらいたいと思うのです。この答弁は変えてはなりません。厚生大臣、それについてあなたも変える意思はないと思うが、局長の答弁は正しいと思うがどうですか。
○佐分利政府委員 現時点においては、やはり原水爆というのが最も凶悪な国際法違反の兵器であろうと思うのでございますが……。
○大原(亨)委員 三回にわたって非常に明確な答弁であります。あなたの答弁が正しいことは、へーグの陸戦法規、一九〇七年、効力発生が一九一〇年で、日本国は一九一二年に批准をいたしております。当事国は四十三カ国。陸戦の法規慣例に関する条約で、その中に、「害敵手段、攻囲及砲撃」について、二十三条に「毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト」、それからホの中に「不必要ノ苦痛ヲ与フヘキ兵器、投射物其ノ他人物質ヲ使用スルコト」。これはまさにずばりですよ、原爆は。厚生大臣、そうでしょう。国務大臣、そうでしょう。一九二五年、ジュネーブ協定では毒ガスの使用を禁止いたしておりますが、これをさらに発展をいたしまして生物化学兵器等も禁止をいたしております。ですから毒ガス等が、こういう害敵手段についての制限をいたしておりまする陸戦法規についての規則に違反をしておることは明白です。それを佐分利局長は明確に答弁された、こういうふうに思います。
 そこで、この議論を一歩進めまして、そのような違法行為――適法な行為じゃないです。違法行為を、国際法違反の行為を戦争においてなした場合には、戦争に勝った国といえども負けた国といえども、それに対しましては賠償を請求する権利があると思うがどうですか。被害者は賠償を請求する権利があると思うが、どうですか。
○佐分利政府委員 これも私素人でございますから、観念的には権利があると思うのでございますが、世界の歴史を見ますと、敗戦、平和条約の締結というような、ああいう事態ではとてもそういう権利は要求できないのじゃないかと思っております。ただ、何かイタリアの平和条約はそういった規定が入っているそうでございますが、私は素人でございますのでこれ以上は申し上げません。
○大原(亨)委員 法律は――あなたと法律論争をやるといってもなんですが……(渡辺国務大臣「外務省がおる、専門家が。政府として専門家に」と呼ぶ)
○橋本委員長 許可を得てから御発言を願います。
○大原(亨)委員 外務省はいいよ。
 それで、国際法における国際法違反の行為については、戦争に勝った国だけが違法行為に対する賠償の請求権があるのじゃないのです。負けた国といえども、国際法違反の武器を使って大量殺戮をやって、非戦闘員を殺されたということになれば、これは賠償請求権があるのです。そこでサンフランシスコ条約の問題が出てくる。時間が貴重ですからはしょって言いますが、サンフランシスコ条約で、日本は対米請求についてはそれらの問題を含めて一切を放棄したわけです。そこで私どもが言うのは、厚生大臣、放棄した国は被害者に対して当然に、放棄をしたのですから、賠償する責任があるのではないか。補償と賠償の問題がある。これは一つに考えてみても、国家責任があるのではないか、国家補償による賠償をする責任があるのではないか、こういう議論です。非常に論理的でしょう。いかがですか。
○佐分利政府委員 その点につきましては、たとえば四十三年に在外資産の補償請求の最高裁の判決がございます。それから四十四年には、戦後、駐留軍、進駐軍の将兵によって傷害を受けました住民に対する損害賠償請求事件がございますが、両方ともこれは却下されております。その趣旨は、私素人でございますから正確でないかもしれませんが、国がそういった請求権を放棄したのは事実であるけれども、これは国と国との問題であって、個人にそういう請求権があるものではないという立場に立っているわけでございます。したがって、お言葉を返すようで申しわけないのでございますが、そういった、国が請求権を放棄した場合に、今度は日本国政府がかわって被爆者等に対して補償をするという責任があるかないかという問題になるのでございますが、これは補償責任までは私はないのではないかと思っております。ただ、これまで二、三、原爆関係の判決でも判示されておりましたけれども、国が何らかの方途を講じるという必要はあるのじゃないかということを申していたと思うのでございますが、そのような一般的、道義的な問題になってくるのではないかと考えております。
○大原(亨)委員 そうじゃないですよ。それは一面だけれども、そうではないのです。というのは、国というのは、国民の利益を代表するのが国の責任なんです。ですから、国際法違反の原爆という兵器によって悲惨な被害を受けた場合には、国は被害者にかわってアメリカに請求するのです。あなたは最高裁の判決を言ったが、それはいまの議論とは全然関係ないです。あなたはそれこそ素人です。国はそういう責任があるんです。国際法上もそれができるのです。そうでしょう。民間の日本人の生命、財産に不当な制限を加えられたら国はかわってやるでしょうが、国際法では。これは国際法の原則であって、国の責任なんですよ。それを、放棄したわけですから――問題は厚生大臣、ここなんですよ。違法な残虐行為に対する賠償請求を放棄したわけですから、それが法律的にも政治的にも担保となって、言うなれば、もとへ返れば戦争終結もこれがもとで手を挙げたわけです。その後も、アメリカとの平和条約を締結する際にはこれが担保になっておるわけです。であるならば、日本の国民の利益を代表する国は、国の問題として被爆者に対しまして補償することは当然ではないか。これだけの理由ではないが、十分理由があるのではないか。ただ、そういう法律が、国内法が決められてない。それを決めるならば、逆に言うならば十分補償する論拠となり得ると思うが、いかがですか。
○渡辺国務大臣 大原さんのお話を聞いておると、要するに、原爆投下は国際法違反である。戦争に負けても、違反な行為をされたのだから、それは当然アメリカなり何なり、加害者に対して国は請求できるはずだ。それを、平和条約でそれらの賠償要求を放棄をしたのだから、放棄した責任は国にある。だから、国際法違反行為によって原爆を受けた被害者には国家が補償しろ、国家補償責任があるのでないかという御主張のようであります。私は、必ずしもそう短絡的に結びつくかどうか、これは非常に国際法上の問題もあるので、外務省の担当者なりあるいは法制局長官なりに見解を聞いてみないと何とも申し上げられない。たまたま外務省がきょう来ていますから、ひとつ外務省の見解も一遍聞いてやってください。
○大原(亨)委員 ちょっと時間がないから、この問題は後で聞きます。これはペンディングにしておきましょう。
 そこで大臣、こういうことなんですよ。国内法の問題は外務省と関係ないのですよ。国際法違反の問題が一つあったわけです。これはまた後で何か言いたいことがあるらしいが、国内法の問題については、私どもは、被爆者に対する国家補償による国内法をつくる論拠がその点からもあるのではないか。その前提として、佐分利局長は国際法違反だということをはっきり言っているから、これは非常に率直簡明で、正しい答弁ですよ。いままでむにやむにゃ言っていることを局長はばっと言ったんですよ。それは私はりっぱだと思う。当然ですよ。唯一の被爆国だ、こう言っている。
 そこで第四の問題といたしまして、厚生大臣、戦争が終わったときの詔勅、それから内閣の告諭、これを調べてみますと、特殊爆弾――原爆のことですが、これが投下されて戦争継続ができない、こういうことを繰り返して戦争終結の理由に挙げているわけです。そしてその後は、日本は平和憲法をつくって、唯一の被爆国で、非核三原則を主張いたしておるわけですよ。この力は今日まで私は無視できない。この力は、ベトナム戦争やその他で核の使用を双方にさせなかった。そして、いまカーターも言っているが、核の廃絶を言っている。つまり、いままでの戦後三十年間、核を使う大戦争というものがなかったのは、やはり広島や長崎の犠牲があったからではないか。そういう政治的な論拠を踏まえて被爆者に対して国家補償をするということは、国としての責務であるし、私ども一が核に反対であるという意思を正しく表明する根拠になるのではないか。これは法律論争ではない。政治論争である。そういう第四の論拠を私は挙げますが、厚生大臣、いかがでしょう。
○渡辺国務大臣 まあ、一つの考え方でしょう。しかしながら、先ほど言ったように、国際法違反、そして政府が賠償請求を放棄したので、その後も国民に補償しなければならぬというところまで結びつくかどうかということについては、私は必ずしもそうとは思いません。
 その理由は、先ほど局長が言ったじゅうたん爆撃もそうだろう。それは、非武装地域に、本当に民家ばかりのところを焼夷弾でじゅうたん爆撃していることも国際法上違反じゃないかと私は思う、実際は。したがって、もしあなた方のような意見をとれば、戦争によって被害を受けた大部分の国民に対する国の補償というものをせざるを得ないということにも私はなりかねないと思う。しかし一方、国というものは、一つの国家を形成するには、財政がなくて国家の形成はできないのですから、財政上の問題とも当然これは不可分の問題だと私は思います。
 だから、われわれといたしましては、被爆者については、そうは言ってもそれはいま言ったような特殊な事情等もあるので、一般の社会保障で一般の人と見るというばかりでなくて――焼夷弾によって手が片一方ないとか両眼失明しているとかいう人もあるわけですよ。被爆の程度によってそこまでいかない人だってあるわけですから。しかし片一方、被爆者の方は、いま言ったような政治的な背景というものも考えて、社会保障の中でも特殊な社会保障として特別な扱いをしておる。それがそれで十分であるかどうかというところは議論のあるところだけれども、一般の戦災者、一般の障害者とは別の社会保障をやっておるのですよ。だから、大原さんの言う精神を全然政府は否定をしておるというわけじゃない。やはりそれにはそれなりの一部分、原爆被爆という特殊な事情、こういうものも考えて特殊な社会保障をやっておるのです。だから、あなたの言っておること、法律論は別ですよ、法律論は別としても、政治的な背景とか何かについてはかなり考慮をしてそれは当たっておりますということだけは私は申し上げられると思います。
○大原(亨)委員 この石田判決の最後の第四のところに、締めくくり、「終りに」というところに、私どもがいままで議論してきましたことを集約して書いております。現在の原爆二法ではやはりその要請にこたえるものではない、こういう結論をつけて石田判決を出しておる。却下することはこれはいけないということで結論を出しまして、そして政府もそれに従った、こういうことです。
 それから第五の理由として、時間も貴重ですが、議論しておきますが、原爆被爆者と国との間において、給料をもらったり、あるいは勤務の条件について契約をしたり――当時は契約ではなかったが、あるいは命令を受けたり、それから特別な命令服従の関係で準軍属、動員学徒とか、徴用工とか、国民義勇隊の一部、こういうふうなものの制度がある。しかし被爆者については、一般被爆者にはそれがない、こういう議論です。そういう議論は、戦傷病者戦没者遺族等援護法の議論のときに私がやったので、これははしょって、これはもう余りやりませんが、援護局長が見えておるし、それから佐分利局長も恐らくその当時の議論は聞いておられると思うし、それから現行援護法の先般の附帯決議においても第一項でその問題について触れておる。
 私が結論的に言うのは、現在の準軍属、現行法の準軍属というのは、昭和二十年三月二十三日の閣議決定に基づく国民義勇隊二関スル件、これを基礎にして、動員をされた人の傷害、死亡等に対する国家補償をしておるわけです。現在すでにしておる。しかしこれは範囲を非常に小さくしてある。三月二十三日に閣議決定があって、だんだんと沖繩に米軍が上陸する。サイパンが落ちた上にそこの基地からどんどん出てくる。東京大空襲がある。そういう中におきまして、四月には、情勢が緊迫した場合における国民義勇戦闘隊組織二関スル件というのがある。義勇隊を戦闘隊組織に変えて、戦闘隊組織に変えたならば、内務大臣、警察の命令系統から軍隊の方へ移ってくる。軍司令官がやる、鎮守府司令長官がやる、こういうふうに変えた。そして、閣議決定やこれらをすべて集約をして締めくくったのが、これは出発ではなしに結論ですが、これは六月のあの最後の議会で行われました義勇兵役法の問題です。それから国民義勇戦闘隊に対しまして軍の刑法を適用する法律です。それから参謀総長命令、軍令で国民義勇戦闘隊統率令です。そういうふうなものが全部でき上がって公布、施行をされたわけです。給与その他もすべてでき上がったわけです。それは三月の閣議決定を受けて本土決戦の体制をとる。
 こういう資料は政府はいままで隠してきたわけだ。これは援護法をつくるときに、線引きをするときに都合が悪いというので隠した。もう一つは、アメリカの占領軍から追及を受けるということで隠して、下部に対しましては焼却させた。これは政府も認めたところです。
 ですから、六月がそういう段階で、七月、八月になったならば、職場や地域において全部の国民は国民義勇隊に組織をされておった。情勢が緊迫した場合においてはこれは直ちに軍の指揮下において戦闘命令に服するような、そういう表裏一体の体制ができておった。こういうことであるから、軍との特別権力関係は、居住の自由を含めて、疎開をしてはいかぬということになっていたから、そういうことを含めて、すでにそのことは特別権力関係にあったことはきわめて明確である。戦闘員、非戦闘員の線引きで差別をする理由は全くない、こういうふうに私は考えておるのです。
 この議論は、援護法の附帯決議第一項にもあるが、これから事実と法律関係を究明するということになっておるわけで、このことについては私は問題を提起しておきますから、これについていまここで長い議論をしようとは思いません。そういうことのあることは理解をしてもらいたい。厚生大臣、私がずっと言ってきた議論はわかりますか。
○出原政府委員 大臣がお答えいたします前に私から概要申し上げます。
 すでに遺族等援護法の御審議をいただきました際に御論議をいただいたことでございますが、義勇兵役法に基づく国民義勇戦闘隊の編成下令が地域レベルにおいて行われたという事実は私ども承知をいたしておりません。そういう意味で、六月に閣議決定あるいは義勇兵役法という法律ができ上がっておったことは確かでございますが、地域レベルにおいての発動については私どもはなかったものというように考えておりますので、一般の戦災の方々、あるいは原子爆弾を受けられた一般の方々まで遺族等援護法の適用をするということはむずかしいのではないかというように先般もお答え申し上げたところでございます。
○大原(亨)委員 その議論がだめだと言っておるのではないですか。それは皆さん方が、あなただけというのではないですよ、ずっと政府が資料を隠してきたんだよ。そして、厚生大臣、こういうことがあるのですよ。三月二十三日に閣議決定があるのですが、これは国民義勇隊二関スル件です。これは、国民義勇隊を準軍属に入れたわけです。それが三月二十二日になっておったが、二十二日には閣議はなかった、私が調べてみたら。二十三日がもとだったのです。調べてみたら二十三日だったのです。法律が違っておったからこれは変えたわけです。そのことが示しておるように、ずっと国民義勇隊や警防団その他については資料を隠しておったのです。自治体に対して指令が出ておった。政府の閣議決定も封印しておったのです。出したときにわかりました。そういう事情があったものですからそういう経過の答弁になるわけです。事実はそうではない。その法律関係と事実関係を明確にしなさい、こういうことを私は言っておる。このことだけは明確にしなさい、こう言っておるわけです。
 それから、地域や職場において国民義勇戦闘隊はなかったと言うのですが、鉄道と逓信はこれは国民義勇戦闘隊を組織しておった。船舶も組織しておった。情勢が緊迫をしているその部面部面が、戦闘状況ではなかったが、組織をしておって、これは軍の命令下において行動する、そういうシステムになったわけです。その他も、国民義勇隊ができたならば一遍に、どこでも口頭だけで転換できるような体制になっていたわけです。それは私が指摘をしたとおりです。それは現行法を防衛しなければならぬから援護局長はそういうことを盛んに言っておるわけだ。ですからそういう論拠もありませんよと私は言っておる。
 以上挙げたとおりで、いままでの、国家補償の精神による援護法をつくるということを否定することをがんばるという論拠はないではないか。医学上も人道上もそうである。法律的にもそうである。国際法の原則から言ってもそうである。であるから、私どもは原爆の特殊事情を考慮しながら、国家補償による援護法をつくるべしという法律案を五野党が出した。
 しかも、厚生大臣、この法律案を検討していただきましたか。これは平年度で千六百億円です。これはなお専門的にずっと精査いたしますと、この中にはまだ十分検討すべき問題があるでしょう。いまの予算の大体三倍です。そして特別給付金等は交付公債ですから五年間で終わるわけです。そういうことで、これからも若干触れますが、法律の中身においても、予算額においても、法律の論拠においても、五党が提案をいたしました国家補償の援護法案は実行可能である。一般戦災者とのバランスをとることもできる。そういうことで、政府が受け入れないという根拠はどこにもなくなったのではないか。あとは、いみじくも厚生大臣が発言をされたように政治的な判断だけではないか、政治的な決断だけではないか、こういうように私は思います。厚生大臣、いかがでしょう。
○佐分利政府委員 五党御提案の援護法案をつぶさに拝見いたしました。従来から申し上げていることでございますが、やはり国家補償法であるという出発点に大きな問題があると思うのでございます。私どもは、先ほど来先生の御質問に答えてまいりましたような趣旨、そういったことのほか、これも先般予算委員会で先生に申し上げましたけれども、戦争犠牲者援護法の世界のバイブルのようになっております西ドイツの連邦援護法も、これは決して国家補償法ではないのでありまして、国家補償法と社会保障法の中間的な法律制度というふうに、西ドイツでは判例、通説がなっているわけでございます。内容を見ると、やはり一部に所得制限も入っているわけでございます。したがって、この問題は非常に大きな問題で、戦争被害に遭った各国においてもいろいろ議論されたと思うのでございますけれども、以上申し上げましたような趣旨で、まず、野党五党御提案の援護法案の出発点が国家補償の精神に基づく制度である、国家補償法である、そういうところがどうしても納得いかないわけでございます。
 中身につきましては、やはりそのような観点から遺族補償の問題が出てまいります。また手当が年金等の場合には、額は今後も改善していかなければなりませんが、所得制限を完全に撤廃してしまうというところはやはり問題があるのではないかと思うわけでございます。そのほか、被爆二世、三世の対策についても、現在の医学の水準、また諸般の情勢からは問題があるのではないかと考えております。
○大原(亨)委員 厚生大臣はもう腹の中では、それはわかった、こういうことだと思うのですよ。否定できないでしょう。これは明らかに政治的な問題ですよ。
 それで中身については、いま野党案には遺族年金はないですよ。これは出さぬという意味じゃなしに、ないですよ。あなた、よけいなことを言ってはだめだぞ。
○佐分利政府委員 私は遺族年金とは申さなかった、遺族補償と申し上げたと思うのでございますが、まだ特別給付金、いわゆる弔慰金が残っておりますので、その点、遺族補償の問題があるわけでございます。
○大原(亨)委員 特別給付金は、私が議論をしたように、引き揚げ者の問題だってこれは特別給付金なんですよ。政府が言っている国家補償のカテゴリーの問題の議論でいろいろあったわけだけれども、しかしこれは特別給付金なんですよ。特別に給付すべし、こういうふうに判断して制度をつくったわけです。だから、これは政府が譲歩できないような問題ではないと私は思っております。
 これは大切な時間ですからひとつ最後に厚生大臣に申し上げるとして、これからちょっと具体的な問題に入ってまいりますが、問題は、一つは認定制度というのが問題になるわけですよ、本質的に制度の中で。私どもの案を実行する場合も問題になるわけです。五党案も問題になる。認定制度というのは、原爆の後遺症は放射能と熱線と爆風の三つが複合して、放射能を中心にいついつまでも障害が続いていくという特殊性を持っている、その問題に対する専門的な行政的な判断をどうするかという問題です。私は認定については、本法による医療審議会のケース・バイ・ケースによる判断以外に一定の基準を設けるべきではないか。いまや、いままでの積み上げ、研究、こういうものを総合いたしまして、認定制度において一定の基準を設けてやるべきではないか。そして、石田判決もあったことでありますが、そういうことを含めて、やはり原爆症の本質に即した制度を確立すべきではないかと思うが、いかがですか。
○佐分利政府委員 原爆医療法八条一項の認定制度につきましては、もうすでに二十年もやってまいりましたので大まかな基準のようなものはございます。したがって。そういったことは、たとえば日本医事新報の昨年の十月号で前の医療審議会の委員である松坂先生がお書きになっておりましたが、そのほか原爆後障害研究会、これは医学会でございますが、そういったところでもいろいろと議論され、あるいは建議をされているわけでございます。
 要するに、大まかな基準を申し上げれば、近距離被爆者でございまして、がんだとか、血液、骨髄の疾患だとか、そういうふうな特別の病気の出てきた人ということになると思うのでございますけれども、実際の認定を行います場合にはやはりケース・バイ・ケースになってくるわけでございます。これは二つの側面がございます。まず、医学的な側面としては、被爆の当時どういうふうな症状が起こり、その後どういうふうに経過したかという問題がございます。また、事務的、社会的な側面としては、実際の被爆がどういうふうに起こり、その後どうなったのかというふうな問題がございます。
 そこでまず、ただいま申し上げました二つの側面の当時の模様、その後の経過を、被爆後三十二年たって証明するということがなかなかむずかしくなってきております。ここに一つの問題がございます。しかしながら、それは別問題といたしまして、申請なさった患者さんが、どういう地点でどういうふうに被爆を受けて、そのときどういう症状が起こって、後どういうふうになったのだということは、これはケース・バイ・ケースでございます。また極端なことを申しますと、その方個人の体質の問題等もあるでございましょう。そういうことを総合判断しなければならないわけでございます。したがって、きわめて具体的な個々の基準というようなものはつくりがたいのでございまして、従来どおり、原爆医療審議会の先生方にお願いをして認定をしていただく。また、それについては現場の、被爆者の医療を担当していらっしゃる先生方の御意見、あるいは先ほど申し上げました原爆後障害研究会の御意見、こういったものも聞き入れながら認定を進めていくということではないかと思います。
○大原(亨)委員 それだけの経験、実績をずっと積み上げてきたわけですが、その中で、一般的な問題については一般的な原則をきちっとした方がいまやいいんじゃないか。そして特殊的な問題については審議会が適用するというふうにする。第一線の指定医療機関が三百幾つかありますが、この問題について判断をする基礎、勉強する基礎、これを整理するという意味においても、いまやそういう点をやる方がいいのではないか、公平で科学的なのではないか、こう思いますが、いかがでしょう。運営がスムーズではないか。
○佐分利政府委員 その点につきましては、先ほど申し上げましたように、お医者さんが一番よく読んでおります日本医事新報などにときどきそういうふうな記事が載せてございますし、また先ほどの研究会の報告書のようなものも出ているわけでございます。しかし確かに、全国にたくさんございます原爆指定医療機関の先生方一人一人によく周知徹底をする必要はあるわけでございますから、そういうふうな努力は今後特に力を入れなければならないと考えております。
○大原(亨)委員 たとえば一、二の例を挙げておくのですが、悪性腫瘍の手術後の症状固定者に対して発生する疼痛などは、これは手術後であっても認定すべきじゃないか、こういう意見も出ていますね、そういう論文の中に。それから、慢性肝炎が認められているのであるから、その一連の疾患である肝硬変症も当然認めるべきではないか、こういう意見が出ておりますね。また、原爆医療法施行前、昭和三十二年以前に行われた治療後の後遺症に対する施策を現行法に準じてやるべきではないか、こういう議論等が出ておるわけです。そういう議論等も含めて、やはりきわめて細かな専門的な問題ですから、一つの事例に基づく基準を設けることが、被爆者に対して法律を適用する際に、医療機関の全部が専門家ではないわけですから、一つのめどになるのではないか、こういうわけですが、その事例に即して御答弁をいただきます。
○佐分利政府委員 たとえばがんの手術後の後遺症、また三十二年医療法制定以前のいろいろな手術と医療行為の後遺症、こういった問題が一つ御指摘ございましたけれども、これにつきましては、たとえばがんの手術の後から引き続いて神経痛等が起こっているという場合は簡単でございますが、少し、あるいはかなり時間がたって神経痛等のいわゆる後遺症が出てまいりますと、本当にがんの手術の後遺症なんだろうか、あるいは三十二年以前に行った医療行為の後遺症なんだろうかというような問題が起こってくるわけでございます。また肝硬変の問題でございますが、肝硬変は日本にはかなり多い疾患でございまして、これも肝硬変で被爆者であればすべて認定するというわけにはいかないわけでございます。肝硬変のうち、どのような被爆をなさり、どのような経過をとった方ということになると思うのでございます。したがって、極端に申しますと結局はケース・バイ・ケースということになってくるわけでございます。
 大まかな基準、方針といたしましては、三キロ以内の多線量被曝者で、先ほど来申しておりますような特殊ながんとか、あるいは血液造血機能の障害等々の出てきた方ということになりますが、実際の認定は個々のケースをよくよく慎重に検討して決めるということになります。
○大原(亨)委員 三キロ以内で、遮蔽物その他いろいろあるでしょうが、放射線をたくさん受けた、そういう人と、その人の個人の症状の経過というもので一定のおのずから基準がある、こういうことです。私は、それを文章にして、一つの基準として議論をしながらこの問題を考えていくべきではないかということを申し上げておるのです。私どもの野党案、五党案についても、それとのかかわりや医学的な実績を無視しては法律は運営できないわけですから、それは非常に大切な問題ではないかという点であります。
 たとえば、これは認定患者のときに議論になったことに関係をして、健康管理手当の疾病認定に関係して申し上げるのですが、がんを対象にすべしという議論を四、五年前にいたしまして、そして、これは肺がんその他でなしに、胃がんですが、胃がんの問題は確かに一歩前進したと思うのです。そうすると、たとえば健康管理手当の対象疾病、十の疾病の中に消化器機能の障害を入れるべしという議論は各方面でかなりあるわけです。だからそれは厚生大臣が指定する十の疾病に加えて、消化器の機能障害をやはり考慮すべきではないか。それはがんを入れたたてまえから言うて消化器も当然にバランスがとれるのではないか、こういう議論があると思うのです。そういう点についてはいかがでしょう。
○佐分利政府委員 健康管理手当支給基準の十種類の病気の問題でございますが、これも歴史を見ますと、初めは六つであったものが、白内障が入り、運動機能障害、呼吸機能障害が入ってきて十になったということでございまして、あと残っているものは胃腸の障害と皮膚の障害ぐらいではないかと思うわけです。ところが、この胃腸の障害というのは日本国民では非常に数の多い病気でございまして、先生御案内のように、毎年七月に患者調査をやっており、また十一月には国民健康調査をやっておりますけれども、一番たくさん出てくるのがこの胃腸の病気でございます。あと、かぜがはやりますとかぜ関係の病気が出てきますけれども、そのように多い病気でございます。そこで、従来被爆者の場合と被爆なさらない方と比較検討いたしますと、差がなかったわけでございます。そこで胃腸の病気は全部だというわけにはいかないと思うのでございまして、胃腸の病気の中のどういうものというような考え方をしないと、特にこの病気のグループでは問題が起こる。そういう関係からいろいろと、いま原爆医療審議会でも、また先ほど申し上げましたような学会でも検討をしておるところでございます。
○大原(亨)委員 認定患者の場合は起因するということを中心にして議論しているわけですが、ABCに分けて議論されておりますね。Cは、完全に関係ないということ以外は含める、こういう考え方だと思うのです。それで、健康管理手当の対象となる認定疾病は、これは関連疾病ですね。これは周辺の問題です。したがって、この問題は一つの放射能の障害、後遺症との関係ある問題として前向きで処理されるように私は期待をしておきます。その点はひとつ審議会だけでなしに、さらに現場の医師その他の意見も十分聞いて処理されるように望みたいと思いますが、いかがですか。
○佐分利政府委員 健康管理手当の支給要件の十の疾病の決め方につきましては、ただいま先生御指摘のように、昔から現場のお医者さんの意見を反映させるというような形で、広島、長崎の代表の先生方が医療審議会に御提出になり、そこで決まるというような経緯をとっております。今後も現場の御意見はできるだけ反映をさせてまいりたいと考えております。
○大原(亨)委員 厚生大臣、その現場の意見等がなかなか反映しないのです。この点ひとつ理解しておいてください。というのはなぜかと言いますと、専門家がやりますと学問の権威とか客観性というものがあるのです。あるのだけれどもどうしても狭くなってしまう。実際に被爆者を扱っている人がやりますと、そうするとその理論的な問題に加えてプラスアルファの判断が要る。これが、原爆症の現在の影響研究の段階において判断するときには、これは五党案であれ政府案であれ非常に大切な点である。つまり、放射能の後遺症についてどういう点を特殊事情と認めるかということは、野党案の被爆者年金の段階をどう設けるかということとも関係深いし、現在の保健手当や健康管理手当や特別手当等の手当と対象疾病との関係との関係においてもこれは、経過は無視できない問題ですから非常に重要ですので、そういう点について十分第一線の意見を聞きながら、石田判決も私はそういう趣旨だと思うので、疑わしい場合には入れる、そして治療と研究を一緒にやっていく、こういうことが原爆の対策については必要であると思うわけです。その点についてひとつお答えをいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 できるだけそのような配慮をしてまいりたいと思います。
○大原(亨)委員 これは森井委員がずっと前からやっておられたから触れるわけですが、あなたの答弁に一つあったから言っておくのです。つまり、保健手当の対象で二キロというのがあるのですが、あなたはいま三キロということを言われた。つまり、三キロ、たくさんの放射能を受けている、こういう人を対象に保健手当を出している、そういうことが一つの特色です。その距離についても国際基準等の問題がいろいろあるわけですが、しかしそれはそれといたしまして、実際に爆心地に近いところで放射能をたくさん受けた人は、その人の症状と一緒に合わせてそれぞれ認定をしたり関連疾病を決めていく、こういう制度から考えてみまして、保健手当ももう少し範囲を広げるべきであるというように思うけれども、いかがでしょう。
○佐分利政府委員 保健手当の現在の基準は、ただ一回の放射線の被曝で一体どの程度被曝をすれば障害が起こるかという考え方に立っております。その場合、一九五八年、さらに一九六五年一部改正の、国際放射線防護委員会、ICRPの勧告によりますと、ただ一回の被曝であるならば二十五レントゲンあるいは二十五レム以上が問題だ、こうなっているわけでございます。そこで一応二十五レムという基準を設けまして、行政実施上の便宜も考慮いたしまして、三十五年に特別被爆者の制度をつくったときの半径二キロというものを採用したわけでございます。そこで実際には、広島の場合には二キロでとりますと四・四レムになるわけです。長崎の場合は原爆が強うございますので十八・三レムになるわけです。もうすでに二十五レムよりも下回っておりまして、それだけ厳しい基準にして運用されているということでございますが、要するにこれは国際的な考え方、国際的な基準、勧告に従って設けておる制度でございますので、近く国際放射線防護委員会等の新たな勧告が出て、そのあたりの基準が変わってくれば当然考え直さなければならないと考えております。
○大原(亨)委員 これは後で森井委員の方から議論があると思うのですが、問題は、一つは小頭症を私は取り上げてみたいのですが、新しい施策は小頭症です。小頭症については一人二万円の生活指導費を出したわけです。たとえば普通の恩給とか厚生年金等の障害の決め方から見ると、いまの決め方というものは、内科的な疾患とか放射能障害とかいうふうなものについては、全部と言ってもいいほどネグレクトしておりますから非常に範囲が狭くなります。しかし、原爆の被爆の特殊事情を考えた五党案でしたら被爆者年金、政府の現行二法でしたらいろいろな段階の手当、こういうものがあるわけです。その認定被爆者の対象である小頭症につきまして二万円の生活指導手当を出したのですが、これは知事や市長がどのように使うことを期待をいたしておるのですか。
○佐分利政府委員 予算の費目は原爆小頭症患者生活指導費、こうなっております。そこでその実際の運用の方法でございますが、これはやはり地元の県や市ともよく相談をして最終的には決めたいと考えておりますが、はっきり言えることは、これは手当ではございません。二十二人の原爆小頭症の方々は、言ってみれば知恵おくれの方々でございまして、日常生活あるいは社会生活が御不自由であるというところから問題が始まっておりますので、そういった方々に、生活能力とかあるいは社会活動能力とか、そういったものを十分につけていただくための、法に基づかない予算措置としての制度でございます。そこで手当でないことははっきり申し上げておきたいと思うのでございますが、その具体的な給付の仕方、使い方につきましては、いろいろ地元の市町村とか知事さんの御意見も聞きながら、また財政当局ともよく相談しながら決めてまいりたいと考えております。
○大原(亨)委員 現在、県や市が重複しない範囲で五千円の手当を出しているわけですね。そういう問題を含めて生活に対するそういう援助、人によっては援助、そういう者にそういう措置を含めてなされる、そういう意味において、私は、手当にこだわる必要はないと思うのですけれども、一般的には個人個人に二万円程度の生活指導費が出る。そして、親の立場に立とうがどういう立場に立とうが保護者が要るという状況の中において、その親が亡くなったりした場合にどうするかという、非常に大きな社会問題にこたえた施策ではないかと思うわけです。私は、手当云々にこだわらないで、二万円については、自治体等においてやることについて十分その自主性を認めていく、こういうことで全体の施策を進めていくことが必要ではないかと思いますが、いかがですか。
○佐分利政府委員 手当ではございませんので、そのあたりは厳格に一線を画さなければならないと思うのでございますが、各自治体もいろいろ創意工夫で自己財源の単独の事業もなさっておりますから、そのあたりとの調和も図らなければなるまい。またこの際、小頭症患者の方々に対する対策のあり方も改めて検討する必要があろうと思います。言ってみれば、小頭症の方々の教養費をどういうふうな形で差し上げるか、使うかということではないかと思うのでありますが、その点は、先ほども申しておりますように、現場の意見もよく聞きながら、財政当局とも相談して決めてまいりたいと思います。
○大原(亨)委員 時間も大分来たわけですが、五十年に原爆調査をやっているわけですね。これは近くこの結果が出るというふうに言われておるわけです。その中には被害者を通じての死没者調査もあるわけです。しかし問題は、一つは、昭和二十年八月六日、九日以降、死没者の実態がわかってないということです。それが一つの大きな施策のネックになっているわけです。これは占領期間中、被爆の実相を隠したということもありますよ。たとえば岩波が原爆の写真を出すことだって、当初は占領軍はチェックしたわけです、講和後の問題は別としまして。ですからそういう問題を含めて、そして第三項の個別的な事例調査があるわけですが、そういう問題を含めて、現実の被爆の実相というものが理解できるように、四十年調査の取り扱いを反省をして、私は今度は遺憾なきを期してもらいたいと思いますが、いかがでしょう。
○佐分利政府委員 四十年の調査の貴重な経験もございますので、それを十分に生かして、五十年の調査の解析、発表をいたしたいと考えております。もう最終段階に達しておりますけれども、今回の報告に当たっては、四十年の調査のときにはやりませんでした、慶応大学とか一橋大学にお願いしてやりました特別な事例調査、こういったものも一緒に発表させていただきたいという考えがございまして若干おくれております。できるだけ早い時期、一、二カ月のうちに発表させていただきたいと思っております。
○大原(亨)委員 たくさんあるのですがまだあとの質問者がありますから私は一つだけ言っておきたいのです。
 原爆二世の問題について、五党案という法律案をつくったわけです。厚生大臣はこのことについて、しばしば公式、非公式にいろいろな意見を言っておられました。私どもの案は、申し上げておきますが、二世に遺伝的な影響があるという断定をいたしました法律ではないのです。しかし、ないとも断定をしていないわけです。あるともないとも、学問的な領域についての断定はしていないわけです。いないが、あるという説もある。石田判決と同じですが、あるという説もあるわけです。動物実験等では出ておると言われておるわけです。突然変異が起きると言われているわけです。そういうことから言って、そういう疑わしい症状が出た者については、保護者本人の申請に基づいて医療の給付等をなすべし、こういう法律なんです。これは原爆放射能の特殊事情であって、いま財団法人の放影研等が研究テーマにしておるということは、研究テーマとなり得るということですから、そういう学問的な研究と施策を一致させて、後で考えて、しまったということがないようにしなければならぬ。こういうことが私どもの二世に対する五党の立法の趣旨ですから、この輝旨を理解した上で政府は判断をしなければならぬ。このことについて、遺伝的な影響ありという断定を下すというふうなことを言われる方があるのですが、これはやる意思がない人が言うのではないか。私どもの法律はそういう点は慎重な配慮をしているということをつけ加えておきたいのですが、これに対する政府の所見をお聞きしたいと思います。
○佐分利政府委員 従来の調査研究によりますと、被爆二世、三世について原爆放射線の障害が遺伝するということは証明されておりません。しかし、これは従来の医療技術に基づく証明でございますので、血液の酵素学的な検査だとかあるいは白血球の染色体の検査だとか、現在のそういうトップレベルの新しい技術を用いて、本当に障害が遺伝するのかどうかということを証明する研究を五十一年度から放影研で始めているわけでございます。この調査研究には少なくとも五年は時間がかかると思うのでございますが、一方においてはまずそういう学問研究的な立場の努力をいたしております。
 そこで問題は、被爆二世、三世の希望者に対する健康診断ということでございます。確かに被爆二世、三世の方の中でとかく身体の弱いという方はやはり心配をなさって、原爆医療法による健康診断を受けたいというような御希望が強いかと思うのでございますが、健康な方も非常に多いわけでございまして、そういう方々については、かねてから言われております。こういった遺伝問題が世間に誤解を与えますと、就職とか結婚とか、こういったものに代々ついてまわるというような非常に悪い面がございますので、健康な方々は非常に慎重なわけでございます。そういう関係から私どもは、たとえ希望者であろうとも、二世、三世の方の健康診断をするということが一般の方々に誤解を与えるのじゃなかろうかという非常に大きな不安を持っているのでございまして、しかも、先ほども申し上げましたように、これまでは医学的に、たとえば二世、三世につきましてその死産の状況とか未熟児の状況だとか奇形の状況とか、あるいはお生まれになった後の健康の状況というものを従来の医療技術で調べておりますが、すべて一般の方と変わりはございません。要するに、いまのところ二世、三世への影響は否定されているわけでございますから、この二世、三世に対する健康診断の問題はもともと慎重に取り扱わなければなりませんし、またこういったものを制度化するというのは非常に問題がある、時期も尚早であると考えております。
○大原(亨)委員 時間が来たのでやめますが、時期が尚早と言ったって、原爆被爆をして三十二年たっているのですよ。厚生省は何をやっているのですか。予防衛生研究所というのは伝染病の予研の施設でしょう。いままでのABCCは今度放影研になって独立したわけです。科学技術庁は何をやっているのですか、原研。広大や長崎医大について、研究機関を設けるべし、影響と治療と研究の機関を設けて一体的にやれと、何回もやってかなりの国費を使っているのです。そして遺伝的な影響についても調査の対象にする。真実あるならば科学的に究明して対策を立てるのは当然じゃないですか。そういうことをやりながら、なおかつゆっくりゆっくり時間を待ってというようなことがあるかと私どもは考える。
 ですから必要なのは、認定患者の制度も関連疾病の制度もそうです。それから保健手当の制度もそうです。そのほかの周辺の一般被爆者もそうですか、石田判決にあるように、明確になった部面と明確でない部面がある。そしてその人の被曝線量や熱線等の影響を考えながら、この原爆の特殊事情というものを十分医療と所得保障の面において考えていくというのが、われわれの、原爆時代、非核三原則を掲げておるこういう日本政府の立場からいっても当然のことではないか。一番大切なことではないか。そういう点で現実に即しながら、なおかつそういう原爆症の特殊事情、歴史的な社会的な意義、そういうものを考えて施策を進めるべきであるというのが私どもの五党案の考え方の基礎です。
 そういう面においては厚生大臣は、この際、大切なときですから――あなたは非常に決断力があるというふうに言われているから決断力がある大臣ではないかという期待がある。そういうことから総合的に政治的に判断をして、与党とも十分協議をされて、現行二法を、私どもは無視するという意味ではない、乗り越えて、国家補償による名実ともに唯一の被爆国としての援護法をつくるべきではないか。そういう点を私は結論として申し上げて、大臣の政治家としての所見をお聞きしたい。
○渡辺国務大臣 先ほど私が申し上げたように、国家補償の問題ということは、いままでの政府の考え方としては国と特殊な権力関係にあったものということで限定をしておるわけですから、役人といえどもいままでそうやってきているので、ここのところはまるっきり違う話が出てくる。したがって、そういうような点については、一般の被爆者との関係もあるし、一般の戦争被害者との関係もあるので、なかなかそこまで踏み切れないというのが一つ。
 第二番目は、国際法の違反ということを理由としてその責任の追及をしよう。そして、これは日本政府が放棄したのだから、国民は日本政府に対して、その国際法違反の原爆投下によった被害の補償を請求するのだと言うけれども、これは法律論としても、国家間の問題ですからね。したがって、国家間で放棄したから、国民が必ずそれに補償を請求する権利があって、それで国は全部それに従わなければならぬというような原則はいまのところどこにも立てられていない、こういうところに一つの問題点があります。
 それから、原爆二法の問題というものが現にあって、これについて私は満足だとは別に思っておりません。これはいろいろな諸般の事情等を考えてやっておるわけですから、さらにこれらを充実をしていこう。いろいろな点、たとえば所得制限その他においても、もう少し緩やかにしたらどうだというような面等についてもできるだけ今後とも御協力をさせていただきたい、かように考えておるわけであります。新しい制度をつくるということになると、政府としてはたくさんの制度を持っておるわけですから、他の制度との関連性という問題も考えなければならないし、国家財政の問題を離れて、われわれは責任者として、法案だけ賛成だというわけにもいかない。したがって、これらの国家財政の見通しというようなものも頭に入れていかなければならない、こう思っておるわけであります。
 また、特別給付金等の問題につきましては、この中には被爆と関連のない原因で死亡した場合でも特別給付金を支給するような意味のことがちょっと書いてございますが、こういうことについては、たとえ国家補償の精神にのっとったと仮定をいたしましても、どうも合理的根拠に少し乏しいのではないだろうかという気もするわけであります。
 二世、三世の問題については、ただいまの大原さんのように、疑わしいものもあるかもわからないのだから、そういうものはもっと前向きに全部取り込んでいけという御議論が一つございますが、その反面では、ただいま局長が言ったように、二世、三世には、遺伝的な要素は三十年間研究しても見つからないという現段階において、二世、三世にいかにも遺伝的な問題が残るようなことを制度化するということは、むしろ慎重を期す必要があるのではないか、こういうようにも考えられます。
 しかしながら、皆さん方が五党で御提案なさったこの問題でございますから、国会は国権の最高機関でございますので、国会で御検討されることについてわれわれどうこうと言うわけではありません。しかし、いままでのいきさつを考えますと、いま私が申し上げた点においてにわかに賛成するわけにはまいらないということが見解であります。
○大原(亨)委員 最後に現在の段階における厚生大臣の考え方、これは国会でどういう議論をして結論をつけるか、あるいは将来どういうような法律をつくるか、こういうことと無関係ではないけれども一、現在の政府の段階を言ったのだと思うのです。私は、この問題は一々について反駁する十分の論拠があるし、あるいは反駁してきたし、そういう答弁を厚生大臣がしても、自分の答弁はどうも間違っておると思いながら政府を代表して答弁しておることもたくさんある。だから、国務大臣として、厚生大臣として、いまの限界にとどまるべきではない。
 一つだけ言っておくが、国際法は国家間の関係を規定していることは当然で、常識です。戦時国際法もそうです。であるけれども、国というものは、その国民の生命、財産、健康を守る責任があるのです。それが国なんですよ。日本はいまや天皇制の国ではないのです。民主主義の国家ですよ。天皇制の帝国憲法の時代だってそのことがあったわけだ。いまの民主主義の憲法においてはそれは当然のことです。国際法はそういう立場に立って、人道の立場に立ってできておるのですから、個人個人の被害について補償しないというふうな論拠はないわけです。それはどうでもいいという論拠はない。ですから私は、そういう役人がつくった作文みたいなことについてこだわるというのはおかしいと思う。申し上げたように、いまや新しい発想で政治をしなければならぬし、そして私どもは、非常に苦しいときであっても、社会的な不公正、政策上の不公正、不合理、こういうものを是正するという決意がないと、これからの厳しい時代の政治は逆に言うならばできない。
 そういう意味において、この問題はいままでの経過の中でいろいろな矛盾が発生をいたしておる。その発生の中には、原爆症の特殊性である起因性の問題や要医療性の問題を含めて、原爆症の特殊事情があるということを十分考えた上で施策を拡大をしていく必要がある。それが当面の五党案の、可能な、いまやろうと思えばできる、そして最小限度これだけはやらなければならぬという法律案である点は理解をして、大臣は国務大臣としても、前向きにこの問題を議論していただくということを与党の間においても政府の間においてもやってもらいたいということを最後に私は要望しておきまして、質問を終わります。
○橋本委員長 次に、森井忠良君。
○森井委員 渡辺厚生大臣は、厚生大臣に就任をされましてわれわれと一層深いつき合いが始まったわけでありますが、大原委員も言われましたように、率直なところ、いい点と悪い点と私はあると思うのであります。
 ついせんだってはいい点を見せてもらいました。朝鮮人被爆者の方が大臣に陳情いたしました。十五分という約束でしたけれども何と三十五分、誠意を持って話をしてくれました。いや、大したものです。しかもずばり、現在、外国人被爆者等が置かれている現状について、それに対して日本の現在の法制がどうこたえているか。たとえば戦傷病者戦没者遺族等援護法で、外国人の方々は、特に朝鮮人被爆者の皆さん、かつて日本人でしたけれども、日本人ということにされて強制労働その他過酷な状態に置かれたわけでありますけれども、戦傷病者戦没者遺族等援護法の年金の対象になっていないのはおかしいじゃないか。御承知のとおりいま国民年金の対象にもなっていない、こんなことはおかしいじゃないかと、仲間とじっくり話をして、国会等で何とかしなければならぬのじゃないか、研究してみるというような率直な答弁がございました。これは歴代の大臣ではないことなんです。大抵歴代の大臣は、あなたのそばにおられますたくさんの官僚諸君の意見を耳がたこになるほど聞かれて、先ほど大原委員も言われましたが、自分の意思よりもまず官僚の意見を言われる。それから見ると、先ほど申し上げました朝鮮人被爆者の方々とお会いになったあの渡辺厚生大臣の態度に私は敬意を表する。願わくは、この被爆者援護法につきましても、私ども野党五党案をいま出しておりますが、私は十分な理解をいただきたいと思う。
 そこで、まず最初にお伺いしたいのでありますが、まことにとっぴで恐縮でありますが、大臣の県には被爆者が何人ぐらいいらっしゃいますか。
○渡辺国務大臣 二百三、四十人と聞いております。
○森井委員 全国ではもう手帳を持っている人が三十七万人ということでありますから、大臣の御出身の県は少ないわけでありますが、被爆者の援護対策を充実強化しなければならないということは、戦後三十二年、ことしは仏教で言いますと三十三回忌というわけでありまして、与野党でいろいろ議論をして今日に至っているわけでありますが、大臣、私は率直なところ、もうこの辺で討論にピリオドを打ちたい、こういう気持ちなんです。これは国民的な課題です。何といいましても世界で初めて原子爆弾のあの爆風、熱線、放射線、そういったものを受けた最初の国民なんです。ですから、いま反核の運動が次から次へと起きていますけれども、被爆者の救援なくして戦後は終わらない、私はこういうふうに思うわけでございます。
 そこで大臣、私どももいろいろ考えました。率直なところ、昨年の国会まで参議院に出してまいりました私どもの被爆者援護法案は、予算にいたしまして六千億。積算をいたしますと六千億の予算を要する、ある意味で私どもの理想とする案を出してまいりました。今回提案をいたしました私どもの被爆者援護法は大分様子が変わっています。何しろ五つの政党が、それぞれ政党ですから考え方も違いますよ、しかしそれを乗り越えてとにかく一本の法案をまとめ、しかも、御案内のとおり与野党伯仲という世の中になってまいりましたから、いままでの六千億から思い切ってとにかく平年度で千六百億まで予算を圧縮して、橋本委員長にも特に聞いていただきたいのですが、先ほど申し上げましたように五つの政党がとりあえずまとめましたけれども、できることならこれは与党の皆さんにも入っていただきたい。これから相談をいたします。相談をしてくれということで、喜んで御相談をするわけでありますが、大臣、政治家同士の話として、先ほど言いましたように戦後今日まで議論を続けてまいりました。しかし、被爆者の立場、亡くなられた方の立場からすれば、三十二年、仏教で言う三十三回忌になっているという一つの区切り。二つ目は、後で申し上げますが、昨年の夏のあの広島の石田原爆訴訟判決で国家補償の面が大幅にクローズアップされ、それを厚生省が控訴しないで確定判決にされたという、そういう事実。三つ目は、申し上げました与野党接近、何でもじっくり話し合いをして政治を前に進めようじゃないかという、こういう時代なんです。だからこそ私ども、予算を大幅に削減をして、話し合いの余地を十分残して今回御提案を申し上げたわけです。言葉が適当でないかもしれませんが、官僚の作文でない、政治家としての大臣のこの問題に対する所信をぜひひとつお聞かせいただきたいと思うのです。
○渡辺国務大臣 私は、森井さんなんかが原爆被爆問題について非常に熱心なことはよくわかっているのです。だからできるだけのことはわれわれとしても御協力はしたい、それは気持ち、いっぱいなんですよ。いっぱいなんですけれども、中身を申し上げますと、先ほど私が言ったように、これを国家補償にするということについては非常にほかとの関係があるのですよ。三十七万人の人のめんどうを見たい気持ちはわかりますよ。わかりますけれども、やはり公正、不公正の問題というのは必ず起きてくる問題であって、それは、一般戦災者だって子供を亡くしたり、それから片足がないとか目が見えないとかいう方もかなりいるのですよ。ですから、そういうものも全部含めてやるのだというのが一つの考え方でしょう。考え方でしょうが、戦争という、そういうふうな悲惨な状態の中で、国民全部が何がしかの皆被害を受けているわけですよ。しかしながら、この原爆というものは、先ほど大原さんが言ったような背景もあって、これは特殊なものではないか、普通の社会保障の充実だけでなくて、特別に見るべきだということについては与野党とも一致しているわけですね。したがって、われわれとしては原爆二法というものをこしらえて、ともかくできるだけのことは見てきたつもりなんです。
 しかしこれでも、もう少しこういうところを直せ、ああいうところを直せということになりますと、これも他省との関係もございますが、これは御相談に応じますと私言っているわけですから、できるだけのことは御相談に応じます。しかし、厚生省は限りある予算の中でやるわけであって、皆さん方から原爆だけで六千億持ってこられたって、これは身動きつくはずはない。今度は一千六百億に下げたのだから非常に財政的にも楽じゃないかということでございますが、私は来年の予算展望を見ると、これをふやすのはもう本当に大変な国の財政事情ということは皆さん見てもおわかりのとおりで、赤字公債を発行しちゃいかぬ、一方においては需要は相当伸びておる、厚生関係のものなんか福祉の後退は許さぬ、こういうようなことを言われているわけですよ。そういうような状態の中でこれはなかなかむずかしい。これだけでとまるのならいいけれども、ほかのものも入れなければならぬという問題が必ずこの問題は起きてくるのです。そういうようなことを考えると軽軽に私も……。勇断をもって物を言うのはいいけれども、言うだけで実行できなかったということになればこれは食言ですよ。私は食言はしたくない。言った以上は必ずやるというようなことを考えておるものですから、皆さんから真っ正面にこれをぶつけられて、あなたは元気がいいんだからこれはいいじゃないかとおだてられても、はいそうですかとすぐに乗っかれない面がたくさんございます。しかし、御趣旨はよくわかるので、今後被爆者の問題等について、予算の許す限り皆さん方の御趣旨も盛っていくように、微力でございますが努力はさせていただきます。こういうことを言っているわけです。
○森井委員 もう少し政治論議をしたいのですが、大臣、私も計算をしてみました。ことしの政府の原爆関係の予算は四百三十七億です。これはもう御案内のとおり諸手当の引き上げが中身です。それでわれわれの案でいきますと千六百億、もう前みたいに数千億の開きじゃないのです。
 変な言い方をしますが、あの核燃料の再処理工場、高速増殖炉の実験炉が臨界に達しましたね。今度は恐らく原型炉へ移るわけでしょう。これだけでも千五百億かかると聞いています。これは間違いないでしょう。それだけで千五百億なんですよ。これはプルトニウムなどという原爆がすぐできるようなものなので、私どもはきわめて危険だと考えていますが、その議論はともかくとして、あの再処理工場に要する、しかもまだ実験段階の予算だけで千五百億なんですよ。
 いま政府案とわれわれの案でいくと一千億しかもう差がなくなっている。しかも五十二年度、五十三年度、五十四年度、五十五年度と、順次原爆関係の予算はふえていくのです。恐らく五十五年あたりになると政府案でも一千億になるでしょう。私はそんなにかけ離れたむちゃなことを大臣に吹っかけているつもりはないのですよ。だからもうことしで討論を終わらせましょうということについては、大臣は理解するとおっしゃいましたから、しかも国会で各党が話し合ってくれという意味のことも発言がありましたから、もちろんそれは理事会等でじっくり話をしなければならぬと思います。場合によっては国対レベルでも話をしてもらわなければならぬと思いますが、はっきり申し上げまして、私どもも、先ほど与党の方がおっしゃいましたように、もっと相談してくれやと言われるなら相談をしました。相談に乗る空気じゃなかったものだから相談しませんでしたけれども、いま出しました千六百億の私どもの原案につきましても、率直なところ、柔軟に対処する用意かあります。
 大臣、どうですか。そこまで私はいま申し上げている。ひとつ政府も交えて与野党でじっくり話し合いをいたしますし、私はまことに潜越でありますが、代表して提案理由を説明した手前申し上げますが、あの案が絶対いいものだとは考えていません。与党の皆さんに御意見があれば入れましょう。もうちょっと予算を削れやと言われるならそれも結構じゃありませんか。政府案だってしょっちゅう修正はあるのですから、私どももかたくなな態度はとっていない。どうですか大臣、もう一遍この点について御答弁願いたい。
○渡辺国務大臣 あなたが六千億から千六百億に詰めて現実的だ、金額の上においてもそういう御努力をなさったということは、与野党接近の折、皆さんが仮に政権の座に着くことがないとは断定できないわけですから、そういうときに実行できない案をこしらえては困るわけで、そういう点で非常に現実的になってきたということは、私はこれは大変結構なことである、こう思っておるわけです。しかし、先ほど言ったように金ばかりの問題でもない。一般戦災者との関連をどうするのかという大きな問題が一つあるわけです。これと恩給とか年金とか、こういうものはみんな横並びの話ですからね。どこか一ついじくったら、それだけじゃ済まない、別なところへだだっと波及していく。ですからその金額だけではもちろん済まなくなるわけですよ。
 それからもう一つ、思想の問題もあるわけです。どういうふうなところで切るかという、要するに物の考え方。私は、原爆問題というものについては、確かに三十二年もやっておるのですから、この辺で戦後にピリオドを打つという点は一つの考え方だろう、こういうように思っております。原型炉との比較といっても、日本は資源のない、石油のとれない国ですから、使った燃えかすをもう一遍使おうという、これは二度使う話ですからね、そういうために金をつぎ込むというのだから、これは将来のための政策上の大きな問題点なんですよ。ですから、原型炉に金をつぎ込むぐらいじゃないかと言っても、なかなかそうばかりも割り切れない点もある。したがって、私は先ほどから同じようなことを繰り返すようだけれども、これらの問題については総合的にみんな考えていかなければならないので、森井さんから幾ら責められましても、ここで皆さんの、五党提案の原爆援護法案というものに、それじゃこれで政府が乗りましょうというところにはなかなか行けないのですよ。これは私は率直な話、ざっくばらんな話を申し上げておるわけです。
○森井委員 もう一つ二つ、つけ加えさせていただきますと、私どもの御提案申し上げたものは、大臣、来年の四月から実施なんです。ことしはせっかく予算もお組みになったし、そこまで現実性を持たしているのです。被爆者の皆さんも、たとえ物価の上昇分くらいしか諸手当が上がらないにしても、これはいいことなんですから、とりあえず政府案で来年の三月三十一日までおやりなさい。四月以降はわれわれの案に同調していただきたい、私はこういうように申し上げておるわけです。この点、特に御理解をいただいておきたいと思います。
 それから、大臣、もうたび重なる議論で一般戦災者の皆さんのことを言われるわけです。これは先ほど大原委員から国家補償と社会保障の関係を聞いておられました。どういうことかと言いますと、これも政治家としてぜひ御理解をいただきたいと思うわけであります。個人名を申し上げて恐縮でありますが、もう余りに有名になられた方だからプライバシーにかかわらないと思いますので申し上げますが、広島大学名誉教授森滝市郎先生という方がいらっしゃる。森滝先生の目は原爆で右が見えないのです。これは失明なんです。治療してもどうにもならない。いわゆる医療法七条で言うところの治癒能力がないと認定をされておる。したがって、失った目については、原爆で目をつぶされても国家はいままで何もしていないのです。逆に、白内障で今度は左の目がうんと悪くなっていらっしゃる、これについては医療法、特別措置法の恩恵を差し上げましょうというわけです。これはどだい逆なんですよ。つぶされた右目の方は何もしないで、しかも左の方の目もだんだん悪くなって初めて医療法、特別措置法を適用しようというわけですから、私は政治論議としては逆じゃないかと思う。
 広島に行っても長崎に行っても、被爆者はいまもう三十七万人、全国に散らばっているわけですが、大臣のところは二百数十人だそうですけれども、その方々とじっくり話をしてみますと、それこそ金額の問題じゃない。政府は線香一本上げてくれてないじゃないか。国民の責任で戦争を起こしたのですか。後で原爆裁判の話をもうちょっと申し上げますけれども、国家が権限と責任によって戦争を起こしておいて、一般戦災者との関係があるからといってそれを断る理由にはならない。逆に厚生省は、一般戦災者の皆さんが、体に障害等ができて困っておる、何とかしろと言えば、いや、これは原爆被爆者の皆さんがあるから一般戦災者の皆さんに措置するわけにいかない、こう言って逃げているのですよ。私どもはいままで聞き流しておりましたが、このことは、先ほど申し上げましたように、私どもの対応からしてもじっくり話し合いをすべき問題じゃないですか。
 とにかく考えてみてください。軍人、軍属、準軍属、警防団、医療従事者というふうに、駆り出された皆さんもありますが、かつての軍人恩給、そういったものも含めて、要するにプロに近い人が二百数十万、いまもろもろの国家補償による援護を受けておる。大原委員が指摘をされましたように、あれだけ国民が戦争に駆り出されながら、むしろ最大の被害者である国民の方がなおざりにされている。先ほど申し上げましたように、いま国家補償の対象になっておる皆さんは、恐らくこれは厚生省、はっきり数字を出しませんけれども、総理府所管もあればいろいろありますから問題はありますけれども、まあ二百数十万いるでしょう、本気で拾い出すなら。被爆者の皆さんと一般戦災者の皆さんと合わせても私はやはり五十万前後じゃないかと思うのです。二百数十万までの皆さんは国家が見て、あと残り五十万について見られないという論理がどこにありますか。大変恐縮でありますが、大臣、もう一回この点について、私は政治家としての御答弁をいただきたい。
○渡辺国務大臣 これは一般戦災者まで広げますと非常にいろいろむずかしい問題が実はあるのですよ。それならやる前にもっとやるべきことがあるのではないか。政策のどれを優先するかという話なんですよ。たとえば、軍人軍属の話があったけれども、従軍看護婦で行った人が帰ってきても、婦長は恩給の対象になるが婦長でない者はなってないという話も出ていますね。それから年金だって、婦長さんはつながって、ほかの人はつながってないじゃないか。国家公務員はつながっているが、民間に勤めていた者は厚生年金はつながってないじゃないかというような話もある。ですから、政策というのはどれを優先するかという問題なのであって、そういうように、常識というか、素人考えからすれば、従軍の看護婦さんが戦争に一緒にくっついていったのだから、帰ってきたらそれは年金で通算するのはあたりまえじゃないかとみんな思いますよ、常識論としては。それでもいろいろな法律のたてまえその他で暗礁に乗り上げておるというようなもの等もある。これはそういうような一つの現実だ。そういうときに、一般戦災者まで含めてもう一遍洗い直して補償のやり直しなんだということには、いまの情勢から見てなかなか持っていけない、こういうふうに判断をしておるわけです。
 ですから、皆さんのやっておることが別に間違っておるとかどうとかというのは私は一つも言ってない。これは全体的な政治判断の問題ですから、そういうような政治判断の中から考えると、原爆二法というものを充実する方が優先であって、ここに新たに被爆と関連のない原因で死んだ人にまで特別給付金をやるというような話を持ってこられても、もっともっと手前にやるべきことがあるのじゃありませんか。そういうことでわれわれの方はもっといろいろなものを持っております。ですから、これはいろいろなお話がございますが、被爆者の援護法というところまで直接私どもはいまストレートに乗っていくわけにいかないのですよという話なんですよ。私は別に皆さんの言うことは間違っていると言ったこともないし、何も言ってないのです。それはできることだったらみんなしてやったらいいのです。そこだけの話なんですよ。
○森井委員 どうもさっきから聞いておりますと、特別給付金について被爆に関係のない人にやるというのを盛んに言っておられますが……(渡辺国務大臣「一例です」と呼ぶ)これは誤解がありますけれども、時間の関係でもう申し上げません。誤解がありますけれども、そういうふうに野党案のそこが悪いよ、ここを直せよと言われるなら、いま一例とおっしゃいましたけれども、指摘をしていただけるならば、大臣、柔軟に対処して話し合いましょうと言っておるのです。こればかりで時間をとりましてもいけませんから、ぜひひとつわれわれの案にも深い理解を示していただきたいと思うのです。
 次に、私どもが今度五党で提案をいたしました被爆者援護法の基本をなすものに国家補償が御案内のとおりあるわけです。与党の皆さんには、金よりも国家補償が気に入らぬという方も中にはありました、最近は大分減りましたけれども。しかし、国家補償ということについて、今度、昨年の七月二十七日の広島地裁判決、これでかなり明確に出しているわけですね。先ほどの佐分利局長の答弁を聞くと、まさにサボった答弁でして、これは都合のいいところだけあなた方はつまみ食いをして、判決全体を流れている、言うなれば結論を導き出すに至る数々の理由についてはほとんど目をつぶっていらっしゃる。
 もう一度御質問いたしますが、あのいわゆる石田原爆訴訟で控訴なさらなかった理由は、要するに石田さんの被爆者としての認定をなさればそれでもう事足れりという発想ですか。
○佐分利政府委員 結論から申しますと、石田さんの場合の原爆放射能起因性と現時点における要医療性を認めた判決の部分は了解をする。したがって、石田さんは認定患者として医療法第八条一項の認定をします。また、これから将来あるいは過去において石田さんと全く同じような目の状態にある方があれば、そういう方も原爆症として認定いたしますということでございますが、ただいま御指摘がございましたけれども、あの判決の論旨あるいは二、三の重要な点については承服しがたいのでございます。
○森井委員 そこのところが問題です。それじゃ具体的にお伺いしますが、あの森川判決はこういうようになっていますね。これは時間の関係で、五十一年七月二十八日の中国新聞の記事を引用さしてもらいますが、これは要旨になっていますから判決そのものじゃありませんけれども、文章については余り違ってないと思います。「原爆はアメリカ軍が直接投下したものであるとはいえ、わが国がその権限と責任において開始した戦争によりもたらされたもので、被爆者個々人の責任によるものではない。」この点は承服をするのですか、しないのですか。
○佐分利政府委員 その点は承服をいたしますが、それは一般戦災者の場合にも同じだと申し上げているわけでございます。
○森井委員 大事な部分ですからもう一つ確認をしておきたいのですが、先ほど大原委員もちょっと触れられましたけれども、したがって、「原爆医療法はそうした事情を考慮して制定されたものと言えるし、同法が制定されるまでの経過、法の内容を検討すると、通常の社会保障法と異なり、一面では、戦争犠牲者としての被爆者の救済を目的としたもので国家補償法としての側面をも有する。」先ほど質問いたしました国家の戦争責任を明確にした上で、現行の医療法につきましては国家補償の側面を有する、こういうふうに断定しているわけです。この点はいかがですか。
○佐分利政府委員 その点は、先ほども大原委員に申し上げましたように、いろいろ表現の相違があるわけでございまして、裁判の判決の方では国家補償法の側面、こうおっしゃいますが、私どもは、特別な社会保障、あるいは社会保障と国家補償の中間的な制度、こう申しているわけでございます。ただし、三十二年に原爆医療法を提案し、四十三年に原爆特別措置法を提案したときは、純粋な社会保障制度として御提案をいたしております。しかしながらその後の変遷があるのでございまして、たとえば四十九年に、原爆医療法では特別被爆者と一般被爆者を一緒にいたしまして、全部医療費を無料にいたしました。また、特別措置法の方では健康管理手当に年齢制限がございましたが、これを撤廃いたしました。さらに五十年の十月からは、例の有名な二キロ以内の直接被爆者の保健手当が出てきた。そういうふうな関係で、初めは純粋な社会保障制度であったと思うのでありますが、いまや、先ほど来申しております社会保障と国家補償の中間的な制度になってきた。その点については、いまの森川判決とも別に趣旨は異ならないで、同じことである、こう考えております。
    〔委員長退席、住委員長代理着席〕
○森井委員 確かに、医療法は国家補償の側面を有する、こうなっておりますが、文章はずっと続いておりまして、要するに国家補償の側面を有するというところまで行くまでに、先ほどあなたがお認めになりました国家の戦争責任等をうたっているわけです。それを受けて「国家補償法としての側面をも有する。」こうなっておるわけで、私はこれも後で具体的な御質問を申し上げるわけでありますが、純粋な社会保障法から森川判決がうたっているような形に現行二法は形が変わっているとおっしゃることについては、私は承服しかねる。一体、国家補償というのは、先ほどあなたは大原委員の質問に対して定義を申されましたね。あれと比べてどうか。現行の二法がそれに当てはまりますか、それが一つ。
 それから二つ目は、私はいままで、毎年毎年、現行二法、もしくは特別措置法だけのこともありましたが、改正案が国会に提案をされましたが、提案理由の説明の中で、厚生大臣からいわゆる国家補償の側面もあるという説明はただの一回も受けたことがない。この点はどうですか。
○佐分利政府委員 まず、第一の御質問でございますが、現行二法は国家補償法ではございません。中間的な特殊な社会保障制度でございます。したがって、ほかの制度との整合性とか、あるいは国の財政とか、そういうものを考えて、その年度年度のできる限りの改善を図り、手当の額あるいは所得制限の緩和等もやられてきたものでございます。ただ、これは特殊な社会保障制度でございますので、国家補償法と違いまして、ほかの制度との併給が認められているわけでございます。たとえば認定患者の場合、特別手当は八月から三万円になります。また医療をお受けになる方は医療手当が一万七千円出ます。在宅で介護の必要な方は二万八千円出ます。これで全部積み上げれば七万五千円でございます。それに小頭症の方は、生活指導費でございますが二万円がある。そのほかたとえば障害福祉年金が、一級の方であるならば二万二千五百円併給される。しかも、これは御本人だけでなく、家族も被爆者であれば両方ともそういうふうになるというように、かなりよくなってきていると思うのでございます。それだけ政府の方も年々努力をしてきた。したがって、四十九年度には原爆対策費の総額が百五十五億であったものが、五十二年度は四百四十一億ということで、二・八五倍くらいになっておるわけであります。また所得制限の緩和も、数年前までは八〇%前後の適用率でございましたが、本年度は普通の方で九三%、認定患者のような方であれば、障害者特別控除があれば九五%以上になるというふうに改善をされてきております。
 また、第二の御質問でございますが、提案理由説明には具体的にそのような国家補償の側面を持つというようなことは申し上げたことはございません。しかし、この問題については、元厚生大臣の斎藤邦吉先生の時代から、皆様方の御質問に答えて、これは第三の制度である、社会保障と国家補償の中間的な制度であるということは引き続き答弁をされてきたところでございます。
○森井委員 ずいぶん都合のいい解釈をこの判決に関する限り厚生省はしているわけですけれども、もうちょっと聞きますと、こういうような項目があるのですね。「被爆者に対する法律としては、原爆医療法や被爆者特別措置法があるが、その対策範囲、支給額において十分な施策が講じられているとは言い難い。被爆者が老齢化の一途をたどり、今後の生活で不安が懸念される現在、国も被爆者の置かれている実態を掌握し、対策の改善に努めることが要請される」、こういうようなことが判決の中でうたわれているのですね。これは結びの部分です。御存じだと思うのです。これについてはどうですか。いまのままではいけないのだ、対策を具体的に変えろという判決の中身になっている。この点は承服するのですか、しないのですか。
○佐分利政府委員 私どもも現在の原爆二法で十分であるとは考えておりません。しかしながら、先ほど申し上げましたように、そのときの財政とか、あるいは他の関連制度の改善、成長とか、そういったものをにらみながら、できるだけのことをしてきたということではないかと思うのでございます。
 なお、先ほど、初めに森川判決の内容で御質問がございましたときに、私は、被爆者個人には責任がないというところを了解したわけでございますけれども……(森井委員「だめだよ、そんなことを言ったって」と呼ぶ)もしそこに国の戦争責任のことが入っておるとすれば、国の戦争責任についてはもうどこでも諸説紛々、いろいろな御意見がございまして、その点は修正をさしていただきたいと思います。
○森井委員 あなた、正規にきちっと私が聞いて、国家責任を認めたじゃないですか。具体的に私は読み上げたんだから、そうはいきませんよ。納得しかねる。それも一遍じゃないのですよ。二遍も三遍も私は聞いたのですよ。その国家責任から導き出して、医療法のいわゆる国家補償的な側面というのを私はくどいほど申し上げた。少なくとも厚生省の公衆衛生局長ともあろう方が、私はそうはいかないと思うのです。取り消すと言われれば、これまたあしたの朝まで議論をしなければなりませんが、私はきわめて問題があると思います。
 そこで、判決のつまみ食いがずいぶん続いているわけです。一体厚生省としては、判決というのは最後の結論の部分だけ従えばあとはどうなってもいいのですか。私は、三権分立のたてまえからいけば、司法と行政の独立したものがおのずからあると思うし、判決で示された点を簡単に自分の都合のいいところだけつまみ食いするというようなことが果たして許されるか。少なくとも行政訴訟を受けて立つ国としてやはり問題があると思う。この種の裁判の拘束力の中で既判力というのがありますね。これをどういうふうに解釈していますか、厚生省は。
○佐分利政府委員 厚生省は決して都合のいいところだけをつまみ食いしているわけではございません。昔の原爆関係の裁判もございますし、その他の裁判もございますが、その場合、国が勝訴した場合、その判決の論旨にいろいろ問題のある点はあるということもときどきございます。しかしそういう場合も、やはりその判決の結論、そういったところに従って国は了承をするという形をとっているわけでございます。
 そこで、最後におっしゃいました既判力の問題でございますが、これは私は素人でございますので厳密でないかと思うのでございますけれども、平たく申しますと、たとえば最高裁の判決というふうなことになりますと、これはまあ判例でございますから、その場合もいろいろな問題はあるかもしれませんが、非常に拘束力を持つと思うのでございます。しかしながら地方裁判所の判決ということになりますと、同じ問題でも方々の裁判所でいろいろ違った意見が出たりすることもあるわけでございます。そういう意味で、既判力というのは非常に弱くなるのじゃないかと思っております。
 なお最後に、先ほども申し上げましたように、私どもは決して都合のいいところだけをつまみ食いしているわけではございません。現在の医学の通念などにかんがみまして了承できるところは了承をする、了承できないところは了承できないということでございます。
○森井委員 この部分については私じっくり議論しておきたいと思いますので、再度既判力について申し上げたいと思うのであります。あなたはお医者でありますから私もそう強くは申し上げませんが、既判力については学説はほぼまとまっている感じなんですね。たとえば成田頼明、南博方、こういった方々の「現代行政法」、これは有斐閣双書から出ていますが、これの第五章行政訴訟、三百二十五ぺ−ジでありますが、ここに既判力がうたってあります。こういうふうに書いてあります。既判力とは、「確定判決の判断内容の基準性であり、」基準性であるという言葉が使ってあります。「既判力の効果として、後訴の裁判所は、既存の確定判決の内容と矛盾する判断をなしえないことになる。」
 それから、同じく有斐閣の民事法学辞典、上巻、三百三十八ぺ−ジ、やはり既判力というのがうたってあります。
    〔住委員長代理退席、委員長着席〕
これは辞典でありますからもうちょっと簡単に書いてありますが、「判決の既判力とは、確定した終局判決の判断内容が訴訟当事者および後訴裁判所を拘束し、」云々と、こうなっておるわけであります。
 いろいろ議論があるところでありますが、いずれにしても、たとえば戦争責任の問題についてもあなたは先ほど取り消されました。取り消すといってもあなたの人格的な問題は残りますが、速記録からはあなたが言われたとおりがここへ出てまいりますから私はそれ以上拘束しませんが、もっと謙虚な態度であの判決を受けとめてほしかった。
 なるほど、石田さんは認定をしましたが――これは具体的にお聞きするわけでありますが、石田さんは認定をしたが、あの判決を流れている、たとえば疑わしきは認定せよ、あるいは治療効果についても通説だけにこだわらず、どういう方法でもあればそれも注目せよという意味の中身になっているわけですけれども、一体厚生省はあの被爆者の認定基準を判決以降具体的にお変えになりましたか。基準はそのままでしょう。結局、石田さんに類似をしたようなケースだけこれから救済していけばいいというお考えなのですか。私は、この際具体的にあの認定基準についても再検討される必要があると思う。この点についてもお伺いしたい。
○佐分利政府委員 まず既判力の問題でございますが、確かに、先生おっしゃったようないろいろな成書、専門書にいろいろな学説が載っているかと思います。しかし、私どもの基本的な考え方は、具体的にはその事例だけについて拘束力があるし、しかもその結論についてのみ拘束力があるのだというように私どもは解釈をいたしております。
 次に、石田判決では要するに疑わしきものは救済してあげなさい、必ずしも通説に従わないで少数意見も聞いてあげなさいということではないか、こうおっしゃるわけでございます。確かに石田判決の論旨はそういうふうな論調で貫かれているわけでございますけれども、私どもがあの結論に従ったのはそういう意味で従ったのではございません。まず、私どもといたしましては、疑わしきものはできるだけ救済していると考えております。しかし、多くの人が疑わしいと思った場合に限定をしているわけでございます。一人でも二人でも疑わしいと言えば、それも疑わしい部類だから救済するという方針はとっていない。皆さんが、多くの人が疑わしいという場合に、それは救済をするということにいたしております。また医学の方も、必ずしも通説、判例にこだわることなく、時の流れ、医学の進歩も考えながら、できるだけ救済できるように医学的な判断も拡大してきているわけでございますが、その場合もやはり、一人や二人のお医者さんがどうも効くようだ、これでいいのだというような場合は困るのでございます。やはりそういうふうな御意見が多くなってこないと困る。効くとは言えないけれども、あるいは効くのかもしれないというような意見が多くなった場合に採用しているわけでございます。
 以上のようなことでございまして、結局、現時点におきましては、あの判決確定後医療審議会も開きまして、医療審議会の先生ともいろいろと意見の交換、御相談をいたしました。そこで端的に申せば、石田さんと同じようなケース、症例については今後認定されるということでございますが、その場合は役所として一つの考え方を持っております。というのは、先ほども申し上げましたが、原爆白内障がある、しかしこれはもう古いもので固定してしまっている、そういったものにはいまの薬物療法は効かない。しかし石田さんの場合にはその後老人性白内障が出てきた、その老人性白内障は、判決が言っているように原爆放射線による加齢現象に基づく白内障であるとはわれわれは考えない。しかしながら、もう四十もお過ぎになって、老人性白内障が出てくる人も少なくございませんから、そういう白内障が出てきたことは認める。しかも、原爆白内障と老人性白内障が合併した場合には、原爆白内障がなくて老人性白内障が起こったという場合と違って、もうすでに原爆白内障による視力障害があるわけですから、視力障害が加重される。ところが、この老人性白内障については薬は効かないであろうというのが定説だと思うのでございますが、やはりかなりの意見としてあるいは効くかもしれないという意見がある。したがってこのような、石田さんのような原爆白内障と老人性白内障が合併をして、しかも老人性白内障が進行しているときには、本当に効くかどうかはわからないけれども薬物療法なども認めて、できるだけ老人性白内障の進行を停止しよう。できるだけ手術をしないで済むようにしよう。しかしこれはやはり手術をするようになるかもしれない、そのような判断をしたわけでございます。
○森井委員 時間もたちますからこの石田判決のことばかり言えませんけれども、これは重大な問題を含んでいますよ。とにかく石田さんの認定に当たっては、その部分だけとってみても、疑わしきは認定せよという基本的な発想がある。厚生省はそれをのんでいらっしゃる。その観点からいけば、私はこれだけとってみても、少なくとも認定基準その他をお変えにならなければ、いままでのかたくなな態度は全然変わっていないという形になってまいります。
 それから、判決全般を流れている国家補償に対する考え方についても、具体的に国の戦争責任から始まって、現行の原爆二法ではいわゆる被爆者の具体的な援護対策が不足しておると具体的に指摘してあるわけですから、そういったものについても何ら措置をしないという形になりますときわめて問題があるし、しかも政府として、三権分立のたてまえからいけば、裁判所は裁判所の考え方でしょう、私どもは私どもの解釈でいかしてもらいますということでは、これは判決の権威というのは全く失墜してしまっていると思うのです。
 大臣にお伺いしますが、お聞きのようなことなんですけれども、余りにかたくなにあの判決の全文、すべての文章についてそっけない考え方でなしに――これはいま福岡高裁で審理をされておりまして、厚生省は第一審で負けたのですが、孫振斗さんという方の手帳交付をめぐる争いについてもやはり国家補障ということが明確にうたわれている。戦争責任についても昭和三十八年の東京地裁の判決で明確に出されている。――失礼しました、孫振斗さんにつきましては福岡高裁の結論が出て、いま最高裁に行っている。厚生省は二連敗なんです。戦争責任と、そして国家補償ということが明確にうたわれている。福岡では二連敗しているんですよ。しゃあしゃあとそんなことをあなたは言うけれども、もし最高裁で確定判決が出たらその責任とりますか。それまでの長い間ずっと放置をされているわけですから。
 こういった点を踏まえて、私は先ほど来の公衆衛生局長の答弁には納得ができない。もっと現状に即した、また判決に、より忠実な解釈をしていただきたいと思うが、厚生大臣のお考え、いかがでしょうか。
○渡辺国務大臣 裁判と行政の問題というのはなかなかむずかしいところがあるのですよ。御承知のとおり裁判官は独立ですから、独立の原則で、どこの裁判所でも同じ判決が出るとは限らない。たとえばスモンならスモンという問題でも、日本国じゅう二十くらいの裁判所でいまやっておる。一つの判決が出たからといって、後はみんな同じ判決が出るかどうかわからないわけです。ばらばらに出たら、国はどれに従ったらいいのだという話になっちゃうのですね。そこで国としては、本来は確定判決の最高裁の判決まで求めれば一番いいのでしょう。しかしそうなると非常に年限がかかる。場合によってはもうあと五年も十年もかかるというようなことになってくると、それじゃその被害を受けている患者の方が年をとってしまう、寿命がなくなってしまう、現実はこういうような問題も起きてくるのです。
 したがって、どっちを優先して助けるかという話になりますと、裁判の内容についてはこれはもうわれわれ認めがたいところがあるが、結論についてはまあこの際は争わないで、裁判官の言うとおりにはできないけれども、国としては当然控訴もしたりあるいは最高裁に上告したりする権利は持っておるけれども、まあこの程度までならばそれはひとつ行政的判断、政治的判断でのもう、そういう場合もあるのですよ。したがって、その一審判決の内容について、全部判決どおりやれ、判決どおりやれと余り責め立てると、今度は役所の方はもうのまなくなってしまうわけですよ。それで最終判決を受けるまでは闘う。最終判決を受けて、日本国じゅう全部統一の最高裁の判決が出れば、それは従わざるを得ないからそれには従います、こうなった場合はどっちが政治としてメリットがあるかという問題になるのですよ。
 ですから、局長の言っていることは、裁判の内容、理由をずっと聞くと、理由の中には認めがたいものもあるが、結論的なものについてはまあまあここらだなという政治的判断で、恐らくこれは大臣が、これで控訴を打ちやめにして、一応裁判官の趣旨も、趣旨といいますか、通せるところは通して、それでやったらどうだという、最終的に政治判断に基づいてやったものだと、私じゃない、前任者のことですからよくわかりませんが、そうだと思います。実際は同じようなことがスモン裁判だってあるわけですよ。ですからそういう点は御了承おきを願いたい。まして、これは一カ所だからいいけれども、同じようなことについて全国でみんな違った判決が出てきた場合、出ないという保証は一つもないのですから、裁判官はみんなばらばらですから、そういうようなことも考えた場合に、やはりそれらの点はひとつ御了解をいただきたい。別に裁判所の言っていることを無視しているわけでも何でもない。国としてのめる限界はこれという判断を示しておるものである、そういうふうに御理解をいただきたいと思うのです。
○森井委員 先ほど申し上げました東京地裁、それから福岡地裁、高裁、そして広島地裁、裁判官の考え方がいろいろあるということはわかりますが、きっちり話を合わせたように、国家責任、戦争責任、国家補償ということについては全部合致しているのですよ。孫振斗さんの事件の問題については、これは最高裁で結論が出るわけですから私どもそれに注目をいたしますが、ともかく石田原爆訴訟の判決全文について、政府は、厚生省は、もっと謙虚にそれに従うべきであるということを強く要求しておきたいと思います。
 時間の関係で次に移ります。
 石田さんの裁判のもとになりました認定制度ですね、これは起因性と要医療性、言われているとおりの法律になっているわけですけれども、とりあえず起因性の問題についてお聞きするわけですが、原爆による放射線と疾病の因果関係というのは、これは佐分利局長、証明できるものですか。
○佐分利政府委員 一般論といたしましては、原爆放射線による特有な健康障害、疾病というものはないわけでございます。しかしながら一部の者については、非常に原爆放射線との関係が深いので説明しやすいというものがございます。その一つは原爆白内障でございます。しかしこれは放射線を浴びればだれでも起こってくるわけでございますから、放射線科の医者だとか診療放射線技師だとか、あるいは原子炉の従事者で起こってくることもありますが、普通の人はそういうことはございませんから、原爆白内障はやはり象徴的な病気の一つであろう。もう一つはケロイドであろうと思います。この原爆でけがをした、やけどをした等の傷害を皮膚に受けて、あと瘢痕の非常に著しいものが出てくるのでございますが、こういつたケロイドも体質等の原因もございまして普通の場合でもときには起こってまいりますが、原爆の場合には起こり方が激しい、多い。また病理組織学的にもちょっと普通の場合のケロイドとは違うような点があるように考えております。
○森井委員 私は、医療法の七条一項というのはやはり問題があるような気がしてならないのですよ。認定制度そのものが問題だと思うのですよ。いまあなたが言われたように、白内障は大体そうでしょう。因果関係がほぼ立証できると言っていいでしょう。それからケロイド。たとえば白血病やがんは一体どうだろうか。非常に無理があるのです。まず指定医療機関で診てもらうのでしょう。そしていろいろな手続を経てとにかく審議会に上がってくるわけですね。もう三十年も、その上も前のことを患者に根掘り葉掘り聞いて上がってくるのですが、それはがんだとか白血病だとか、たくさんありますけれども、そういうものが原爆に起因すると証明することがすでにもう無理なんじゃないですか。一体それはどういうふうにして判定するのです。時間がないから簡単に。
○佐分利政府委員 近距離被爆者であればよろしいわけでございます。
○森井委員 それだけで法律に忠実ですかね。本当は私は理論的にはかなり問題があると思う。いろいろ探し当ててみますと、第一線のお医者さんがみんな困っているのですよ。
 たとえば原田東岷さん、この人は広島市の原田外科病院の院長さんですね。この人の記述を見ますと、先ほどあなたが例にお出しになりましたけれども、「ケロイドないし瘢痕障害について放射能の影響を二十数年前に遡って立証せよということは無理である。申請者に一々千万言の弁解を要求することは法の精神を踏みにじるものである。当局は否定するであろうが、私は数年前瘢痕障害(ケロイドは過去に存在しても五年たてば消失し、他の障害に移行するのが常である)」こういう注釈が入っていますが、「数年前瘢痕障害の申請が、説明不足を理由に一年半厚生省で握りつぶされたため」原田さんは腹を立てて無料で自分で診療している。
 とにかく認定基準が非常にあいまいである。あなたは距離だとおっしゃいましたけれども、実際にはがんは確かに放射能を多量に浴びているのですから当然その必然性はありますが、かといってあの医療法の七条でうたっている起因性ということに正確にこたえているかというと、科学的な根拠に私は乏しいと思うのです。誤解があってはいけませんから申し上げますが、それは認定するのなら距離でいかざるを得ないというような、距離で認定するなと言うわけではありませんが、それしかないということなんでしょう。どうですか。
○佐分利政府委員 御指摘のような場合は、要するに距離と申しますか、被曝線量によって決まってくると思うのでございます。したがって、先ほど来申しておりますように、現在の八条一項の認定の基準は、まず被曝線量、第二は特別な病気と病気の種類、そういうことでございます。たとえば白血病、それから肺がん、甲状腺がん、乳がん、それから最近胃がんが入ってまいりましたけれども、そういったものはよろしいのでございますが、がんであればどのがんでもいいということにはなっておりません。
○森井委員 きわめて非科学的でありまして、もう一つ申し上げておきますが、前の広島原爆病院長でした重藤文夫先生が「原爆症認定の問題点」という論文の中で、その結論としてこういうことを言っておられるのですね。「原爆の放射能が直接的な原因となって発生した疾病であると規定しているが、」これは認定基準がですね。「これ等の疾患は原爆と無関係にも起り得る疾病であるし、その原因が必ずしも明らかなものではない。原因不明の疾病を診てそれが原爆放射線爆射によって起ったと証明することは困難な事である。」まだいろいろありますけれども、ただ距離でいくなら現行の医療法と保健手当との差というのはなくなると思うのだ。保健手当というのは距離でいったわけでしょう。
○佐分利政府委員 結果的には距離でございますが、基本になっておりますのは被曝放射線量でいっておるわけでございます。しかも、保健手当の場合は他の手当をもらっていない方でございますから、健康な方でももらえるという考え方でございます。
○森井委員 現在健康であるのとないのとの違いはありますが、これもやはり一種の認定なんですね。審議会にかけるかどうかという問題はありますが、やはり都道府県知事が認定するようになっておりますね、保健手当についても。認定といいましても実質がずいぶん違った認定でありますけれども。
 いまあなたは、認定制度そのもの、いわゆる起因性の問題について非常に苦しい答弁をなさいました。それは距離でありましても、それこそ何か遮蔽物があれば違った場合もあるわけですし、直接被爆の場合と違ったりするわけでしょう。結局、いまいみじくもおっしゃったように、最後には距離だとおっしゃった。該当の疾患があって、がんならがんという疾患があって、あとは距離でいくより仕方がありませんとおっしゃいました。そのときに被爆者がおられたかどうかというだけでしょう。それならいっそ、もうこんな認定基準なんか取っ払ってしまって、医療法の七条一項を改正してしまって保健手当と同じように扱ったらどうですか。第一お医者さんが診たものを今度また審議会に上げてくるのですね。そこでばさばさ落とすわけです。これはあなた方とすれば効果があったかもしれませんよ。全国で三十七万人も手帳を持っていらっしゃる方があるのに、いわゆる認定被爆者は四千人そこそこですからね。落とす効果はあったかもしれない。しかし、第一線で苦労しておられるお医者さんは、先ほど言いましたように、もう三十年以上も前のことを根掘り葉掘り患者に聞かなければならない。聞いたところでそれはあくまで証拠じゃない。本人の供述によるものです。そうするとあとは、結局残るのは距離、いみじくも保険手当と相通ずるし、むしろ保険手当の方が素直でよろしい。認定被爆者についてはむしろ落とさんがために無理をしているという印象が起きてならない。どうですか、この際、いま言いましたようにきわめて非科学的なこの制度について再検討される必要はありませんか。
○佐分利政府委員 先生のお話もわかるのでございますけれども、原爆症の認定というものは、貴重な税金を使いまして、ほかよりも高い手当等も支払っている方々でございますから、やはり制度の公平とかあるいは適正を期するためにはある程度厳しくチェックする必要があろうと思います。ただ、先生のおっしゃったようなお考えもいろいろあちらこちらあることはあるのでありまして、将来はそういうことも検討してみる必要があろうかと思いますけれども、現時点においては現在の方法によって認定をしていくという考え方でございます。なお、認定患者の場合は、ただ一キロのところにおりましたというだけではだめでございまして、一キロのところにどういう状態でいたのか。たとえば地下室に入っていたというようなのはだめなのでございます。そういうところは厳しくやっております。
○森井委員 そんなことを言っても、それは本人の供述だけで信憑性を立証するということになるとなかなか無理がある。
 いずれにいたしましても時間が参りました。私の質問はまだ残っておりますけれども、とりあえず質問を留保して終わります。
○橋本委員長 この際、午後一時三十分まで休憩いたします。
    午後一時二分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時三十二分開議
○橋本委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続けます。中村重光君。
○中村(重)委員 午前中から大原、森井委員の質疑と答弁を伺っていたわけですが、それを伺いながら実はお尋ねをしたいことをここでまとめてみたわけです。
 その前に、長崎の放影研に対して理事の常駐制度をとってほしいという、これは県当局を初めとして被爆者各団体からの強い要請があり、厚生省もそういう方向で大蔵折衝をやったようですが、何しろアメリカ側の関係等もいろいろあって、五十二年度は実現を見なかったようでございますが、その点に対して改めてまた理由と、五十三年度の見通し――見通しということよりも、これはやはり広島に余り比重がかかり過ぎているということですね。四人広島にいるわけでしょう。それが長崎に一名もいない。これは必ず、日本側の場合はアメリカ側もと、こういうことでしょうから、そういうことであっては適当でないということですから、五十三年度はぜひ理事の常駐制度を実現をさせる、こういうことで措置してもらいたいと思うのですが、その点に対してのお考え方をお聞かせいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 ただいま先生から御指摘ございましたように、広島、長崎の放影研の常任理事の一名増員、これは長崎駐在の理事でございますが、その予算要求を五十二年度の要求のときにいたしました。結論から申しますと、アメリカ側がもう少し検討をしたいので待ってくれと申しましたので、五十二年度の予算には実現しなかったわけでございます。と申しますのは、長崎駐在の常任理事を一名ふやしますと、先生御案内のように、あれは日本とアメリカと半々で理事を構成しておりますので、アメリカ側もふやさなければならないわけでございます。つまり二名ふやすことになるわけでございます。そこで、これはアメリカ側の言い分が正しいと思うのでございますが、現在十人の理事がおりますけれども、そのうち四人が常任理事でございます。そこで常任理事の業務の分担、あり方、こういったものをよく検討して、実際に常任理事をふやす必要があるかどうか、ふやすならば何名ふやすか、そういうことをもう一年かけて検討をしたいとアメリカ側が申したわけでございます。そういう関係から、現在地元の放影研の方でもそのような理事の業務の分担、何名理事をふやす必要があるかというようなことを検討いたしておりますし、またアメリカ側の方でもその点について検討をしてくれております。
 ただ、当面の問題といたしまして、先生から御指摘のように、昔からございましたABCCを考える会とか、あるいは放影研の発足以来つくりました連絡協議会とか、そういうところから、特に長崎においては強い御意向が出ておりますので、場合によっては、いま広島に四人おります常任理事の一人を、常任理事が実際にふえるまで一応長崎に派遣をしておくというような方法もあるのじゃなかろうかと、そういうふうなことも含めて検討をいたしております。
○中村(重)委員 アメリカ側としてはいまお答えになったようなことで、ふやすか、来年常任制をとるかどうか一応検討をすると、こういうことでしょうが、厚生省としてはその必要をお認めになって大蔵省に予算要求もされたわけですから、したがって、もしアメリカ側が難色を示すようであれば、説得して、必ず常任制をとる。それから後でお答えになりました、いまの四人の中からとりあえず一名でも長崎に常任として、どういう言葉が適当か、派遣という言葉が当たるのか当たらないかわかりませんけれども、長崎に常任理事を置く、こういうことも、お答えのとおりひとつぜひ検討して実現をしていただきたいということを要請をいたしておきます。
 それから、厚生省は五十二年度の予算の面で原爆に相当力を入れなければならぬということで取り組まれたのであろうと思うのですが、どうも予算の伸び率が余り芳しくないという点が一つと、もう一つは、健康管理手当というのが福祉年金の見合いで決まるというか、福祉年金が決まらなければ決まらない。したがって、健康管理手当は従的に扱われているという点が非常に理解できないわけなんです。健康管理手当というものはそういう性格のものではないのであって、厚生省としては自主的な判断の上に立ってこの手当額を決めていくという対処の仕方でなければいけないのではなかろうかというように思うのですが、その点に対する見解はいかがですか。
○佐分利政府委員 確かに御指摘のように、四十三年に特別措置法をつくりました当初の制度は、特別手当は一万円、健康管理手当は三千円、一方老齢福祉年金は千七百円であったと思うのでございます。そのような状態でございました。ところが、先生よく御存じのように、老齢福祉年金、したがって障害福祉年金もその後どんどん増額をされてきたわけでございます。そこで四十九年度から、いまお話しになりましたような、健康管理手当は老齢福祉年金と同額、特別手当は老齢福祉年金の二倍というような一つのルールのようなものができまして、五十二年度の予算もそうなっております。
 そこで、まことに自主性がないではないかという御指摘でございますけれども、この原爆の特別手当、健康管理手当は、この制度創設のときから申しておりますが、生活費の保障だというような説明はいままでしていないわけででございます。認定患者が医療をお受けになるときに、いろいろ交通費もかかるでしょう、また療養の諸費もかかるでしょう、さらに健康を早く回復するためのいろいろな栄養剤の補給その他もかかるでしょう、そういうふうな立場に立って認定患者の場合にはやはりかなりの額が要るでしょう。しかし、健康管理手当の場合には、病気の種類もあのような、原爆症ではなく、原爆関連疾病といったものでございますから、その半分くらいでいいのじゃないかと言われてきたわけでございます。そこで一概にこちらの方が自主性がない、老齢福祉年金より高くあるべきだというわけにはまいらないと思います。老齢福祉年金そのものがあのように改善されて、いろいろな中身を含んだかなりの額になってまいりましたので、ここ数年やっておりますような、健康管理手当は老齢福祉年金と同額、特別手当は二倍ということも一つの方法ではないかと思っております。
○中村(重)委員 これは大臣のこの点に対する考え方をお聞かせいただきたいのですが、私ども野党としては援護法を提案をしておりますから、来年度は、この野党が出している法律案をぜひ成立をさせてそれによって予算編成を国にやってもらいたい、こういう考え方の上に立っております。ですから、政府に向かって来年の健康管理手当をどういたしますかということを質問することはおかしな話なんです。ですけれども、政府としては野党が出している援護法には賛成いたしかねるのだということの表明をしておられるわけですから、政府は政府として当然考え方はあるべきだろうと私は考えるのです。そうなってまいりますと、いま局長がお答えになりましたような健康管理手当の経過、老齢福祉年金と額も大きく違っておったというようないろいろな点等を考え、そういう原爆被爆者に対する援護対策という特殊な事情という点を考えると、いまのように、老齢福祉年金が幾らに決まるだろうか、その決まったとおり健康管理手当も決まるのだという、時期と金額まで全く自主性のない考え方というようなものは私は適当ではないというように考えるのです。いまの最後の局長のお答えは、必ずしも同額であってはいけないということは考えません、老齢福祉年金というものが改善をされてきたから、というようなことがつけ加えられたのですけれども、これは冒頭のお答え等の経過を含めても明らかにされたわけで、そのことをお考えになるならば、健康管理手当に対しては政府はもう少し自主的な判断によって、どうあるべきか、額は幾らでなければならないか、そういうことは当然やらなければならぬというように思いますが、大臣、いかがですか。
○佐分利政府委員 先に技術的なお答えをいたします。
 実は、特別手当は認定被爆者に差し上げるものでございますから、対象者がきわめてきちんとしているわけでございますが、健康管理手当の方は、まず十種類の障害を伴う疾病が指定されておりまして、被爆者であれば、また後で出るのでございましょうが、健康診断地域の方々でそういうふうな十種類の障害を伴う疾病が出てくれば健康管理手当の受給者になるわけでございます。そういう関係で非常に地域も広くなり、被爆者の数も多くなってまいりました。そういう関係から、病気自体は同じでございますが、原爆放射線の影響ということになりますと、近い方と遠い方は格段の差が出てきたわけでございます。それを一本の手当で支給しているわけでございますから、自然その遠い方に近くの方が足を引っ張られるというようなことも起こってきているわけでございます。そういうふうな点もよく考えながら、本当に被爆者の健康管理手当はどうあるべきか、特別手当はどうあるべきか、また保健手当はどうあるべきかという検討はしなければならないと思いますが、被曝放射線量の問題がございますので、かなり抜本的なことでも考えないとうまくいかないのではないかと思っております。
○渡辺国務大臣 健康管理手当はかなり政治的な問題を含んでいると思うのですよ。ですから、老齢福祉年金と一緒ということにしたためによけい上がったか、あるいはしない方が上がったか、これはなかなかわからない問題じゃないかと思います。
 厚生省全体の問題として、社会福祉あるいは医療の問題でもそうでございますけれども、これから限りある予算の中でいろいろなことをやるということになってくると、薄く広くがいいのか、それとも本当に困った人には厚くやった方がいいのか、ここらのところは大きな問題じゃないか。したがって、医療の問題やあるいはこういうような障害年金とか被爆者の特別手当というような問題等を含めて、本当に重病、難病、またはそれに類するような形で非常に支障のあるというような人を中心に考えるべきじゃないか。いずれにせよ全般的に一遍見直す必要があるので、そういうときなどには皆さんの意見も十分聞きたいと思っておりますが、予算が幾らでもつくのならいいですよ。現実の問題としてはそんなわけにはいかない。
    〔委員長退席、戸井田委員長代理着席〕
ですから、われわれは予算の大枠での獲得ということに努力はしますが、なかなか意のままにいかないというのも現実の姿である。したがって、こういう問題についても私は少し見直しをしたらいいのじゃないか、かように思っております。
○中村(重)委員 大臣が、政治的な関係がある。だから、福祉年金が決まり、それによって健康管理手当が決まる。健康管理手当主導という形で自主的に決めていくことの方がいいのか、福祉年令が決まり、それに従ったような形で決めていくことの方が実際は健康管理手当はふえていくのかどうかわからない。おっしゃるとおりかもしれません。やはり老人あるいは身体障害者、福祉年金受給者というのは、量の面においても非常に数も多いし、影響力も、原爆被爆者のように地域的に限っていなくて全国的な問題なんだから、そういう点はそれなりの理解ができるのですけれども、被爆者援護対策、しかも、私どもの国家補償ということに対して、政府としてはこれは社会保障で、いわゆる中間的な特殊な社会保障であるというようにお答えになったとおりに、原爆被爆者の援護対策というものはそれなりに異なった考え方の上に立たなければならないということを肯定していらっしゃるわけなんですね。ところが、福祉年金が決まってから健康管理手当が決まって、その二倍という形で特別手当なんというものは決まっていくということで、全般的に老人の福祉年金その他の福祉年金が決まらなければ、原爆の援護対策というものが端的に言えば決まらないというようなことであっては、性格上適当ではないんじゃないかというように私は思います。確かに大臣が言われる政治的な影響力というものによって、その額を老人の福祉年金その他の福祉年金との見合いで決めていくことの方が、かえって被爆者対策というもの、被爆者に対する手当等の額がふえていくことがあるんじゃないかということをあながち否定するものではないのですけれども、考え方というものはやはりきちっとしておかなければならないという点で申し上げます。
 それから次にお答えになった、広く浅くということよりも狭く深く、これは佐分利局長がいつも言ってきた言葉なんですけれども、そういうこともそれなりに理解ができないわけじゃないのです。ところが、いま大臣がつけ加えて言われた、難病であるとかいろいろ重いものに対しては、やはりそれだけ額をうんとふやしていくということでなければならないのだ。私どもの被爆者年金というのは、いま大臣がお答えになったような思想の上に立って決められて、最低は年十八万円、最高は三百数十万円というように、その線に沿った形で決められているということを私は申し上げておきたいと考えます。広く浅くということよりも狭く深く、大臣はそういう言葉をお使いにならなかったのだけれども、局長はそういうことを言ってきました。それが、被爆者援護対策をできるだけ拡大をしないという考え方の上に立った適当な逃げ言葉ということにつながっていったのではいけないと思います。私どもは私どもなりに援護法の制定に全力を尽くしてがんばってまいりますが、どうしても政府・自民党が援護法に賛成できないということであるならば、やはりいま大臣がお答えになったような、被爆者の実態というものを踏まえた対処の仕方をされるお考え方を強く持たれる必要があるであろうということを指摘をいたしておきたいと思います。
 それから、所得制限の点ですけれども、国家補償でということになってくると所得制限が撤廃をされることは適当ではないのではないか、これは私の佐分利局長の答弁の聞き違いであるかもしれないのですけれども、一つの例としてそういうことにお触れになったように感じるのです。ところが、厚生省はもう数年来、所得制限の撤廃ということを大蔵省に要求しておられるのです。ところが大蔵省の方ではなかなかシビアで、緩和にはなったけれども撤廃になっていない、こういうことなんです。所得制限の撤廃ということで厚生省は大蔵省に予算折衝の中で強力におやりになったのか、出すことは出したけれどもこれはしょせん無理だからということで、俗な言葉で言えばへっぴり腰で取り組みをなさったのか、この点はいかがです。
○佐分利政府委員 この点につきましてはすでにこの委員会でも御説明したことがあるかと思うのでございますが、あの政府案の所得制限撤廃要求というのは、四十三年に特別措置法が制定されましてからずっと毎年所得制限撤廃で要求しているわけでございます。その詳しいいきさつは私は存じ上げないのでございますけれども、そういう関係がございましてここ数年も引き続いて予算要求は所得制限の撤廃になっているわけでございます。けれども、大蔵省と厚生省の予算折衝の段階になりますと、けさほども申し上げましたように、現行二法は国家補償法ではないのでありまして、特別な社会保障制度でございますから、お金持ちの方には応分の負担をしていただくというのが当然であろう。しかしながら一般的に申しまして、被爆者の方々は一般の方々よりも平均の所得がとかく低いわけでありますし、その他のいろいろな御苦労もございますから所得制限の緩和は大いに図っていかなければならない。関係のある似たような他の制度の所得制限の制度も見ながらできるだけの緩和を図っていかなければならない、そういう方針に立って予算折衝をしているところでございます。
○中村(重)委員 時間の関係がありますから、私は所得制限を撤廃をしなければならないということに対しての理論的な点については後で時間があれば触れてみたいと思いますが、次に進ませていただきます。
 原爆病院に対する補助というのは五十二年度は増額をされていない、五十一年と同じように二千六百万、こういうことになっているのですが、補助金を出すことによって原爆病院の運営をどう改善しようとお考えになっていらっしゃるのか、また改善されたと把握をしておられるのか、その点いかがですか。それから五十二年度の予算で増額をしなかった理由についてもお答えをいただきたい。
○佐分利政府委員 原爆病院も、特殊な病院ではございますが病院には違いないわけでございますから、その経営は医療費の収入によって賄っていくというのが原則であろうと考えております。しかしながら、たとえば原爆後障害の研究といったようなことをやっていただいておりますから、それには国も県も市も補助金を出さなければならないということで、その点は四十九年度から研究費の補助を差し上げてきたわけでございます。ところが一方において、両原爆病院の赤字もだんだんふえてまいりました。そこで、私どもといたしましてはただ赤字が出るから赤字補助をするのだということはできないわけでありまして、病院の経営者、管理者当局が必要な十分な経営努力をいたしまして病院の経営の改善を図ると同時に、やはり究極の目的は被爆者に対する医療サービスの向上、そこがねらいであると思います。そういう関係から、定額補助でございますけれども、五十一年度から国費としては二千六百万を計上したわけでございます。その内訳は、必要な職員の費用を国と地方とが肩がわりをし、またさらに職員も若干ふやして被爆者の医療サービスの向上を図るというねらいでやったものでございます。
 ところが、五十一年度におきましては医療費の改定がございました。また、かつての十年のような高度成長の時代が去りまして、職員のベースアップもかつてのような著しいものではなくなってまいりました。そのような関係から、五十一年度の決算はまだいただいておりませんが、決算見込みでは長崎も広島もせいぜい数百万円の赤字というふうに聞いているわけでございます。しかし、この赤字はいわゆる一般会計で言うような厳密な赤字ではございませんで、両方とも企業会計方式を採用いたしておりますから、減価償却費をたっぷり見た後の赤字でございます。そういうこともございまして、五十二年度は運営費の定額補助金二千六百万円はふやす必要がないという結論に達したわけでございます。しかしながら、病院の整備とか器械の整備、そういった病院の近代化、サービスの向上の問題はございますから、そういった器械の補助金などは前年度よりふやしているつもりでございます。
○中村(重)委員 原爆病院に対して、被爆患者に対するサービスをよくするといったような点から、経常経費の補助をしていくということは当然なんですが、そうしたサービスをよくするということだけでなくて、原爆病院は原則として被爆者の病院でなければならない。ところが、被爆者は非常に老齢化して、一たん入院するとなかなか退院をしない。したがって、初診料ももらえないということになって、病院会計の面からいってどうもうまみがないということで、六割程度しか被爆者が入院できない。一般が四割も入院をしておる。国が補助金を出す以上は、サービスの向上を図ると同時に、一般の疾病の患者というものを入院させるということは極力規制をして、そして被爆者がいつでも入院できるような体制をつくり上げていく必要があるであろう。その点に対しては、どうお考えになっておられるのかという点が一点であります。
 もう一つは、長崎で被爆者がどの程度入院治療を受けておるのかといいますと、二千五百人、原爆病院においては二百人から二百五十人にすぎない。通院患者が約六万人、そして原爆病院に通院をしている者は約三千人にすぎない。それは病院が非常に狭いということですね。設備が悪いという点もございます。それと、ただいま申し上げましたように、日赤病院自体、原爆病院そのものが、どうも被爆者のみを入院せしめるということでは、病院としてのうまみがないから、経営が苦しくなるからというようなことで、被爆者が入院をすることを抑えて、そして一般の疾病患者を入院せしめておるということ。それで、原爆病院に入院したいけれども、病床があいてない。かといって、ほかの病院には、白血病等については専門的な医療知識を持っている医者というものは、そう数多くあるものではないし、設備も悪い。それで入院できないでじっと待っている。ところが、白血病というのは、発病して四日か五日ぐらいで命を失うといったような大変な病気であるために、入院がおくれて死亡するという例も非常に数多いわけなんです。
 そういうことを考えてみると、国が補助金を出す以上は、そういうような事態が改善されるということでなければいけないと私は思う。ただいま私が申し上げました趣旨によって、もっと補助金も増額をして、一般疾病の患者の入院というものを極力抑えて、被爆者を入院せしめるというような措置を講じていかれる必要があるのではないか。その点に対する考え方。
 それから、いつも申し上げているとおり、日赤病院ではなくて、国立病院ということにする必要がある。そしていまの長崎の原爆病院は、非常に敷地も狭く、病院の拡張もできないわけですから、できるだけもっと広いところに病院を移す、そういう指導もされる必要がある。もちろん、これは国立病院ということになってまいりますと、国の意思によって決まっていくわけでございますが、そういう方向で取り組まれる必要があるであろうと思うのですが、その点いかがでしょうか。
○佐分利政府委員 まず第一の御質問の、長崎の原爆病院に四割ぐらい被爆者でない一般患者が入っているではないか、外来の方も一般患者がかなり使っているではないかという御指摘でございますが、私どもも、四割も一般の方が入るというのは大変問題があると思っております。しかし、まあ一割程度の一般患者ということになりますと、あの病院も原爆病院ではございますけれども、一つの貴重な地域の病院でございますから、一般的な救急医療の問題もございましょうし、また近所の方に対するサービスの問題もございましょう。しかしながら、先生からも再三御指摘をいただいておりますので、できるだけ早く一般患者を少なくするように指導は続けているところでございます。
 そこで第二の、やはり経営が苦しいから一般患者をたくさん入れているのじゃないか、だから、国の補助金もふやしたらどうかという御要望でございますけれども、この一般患者は、確かに平均いたしますと被爆者の患者の方より医療費は高いと思います。急性、短期の患者の方が多うございますから高いと思います。したがって、若干収入に寄与するということもあろうかと思いますけれども、そういった収入の問題よりも、むしろ原爆病院のお医者さん方が、やはり勉強のためにはいろいろな患者さんを見たいという気持ちが強い、また、研究もしたいという気持ちが強い、そういったところに一番大きな原因があるのではないかと私は思っております。そういう点もだんだんと改めてもらわなければいけないと思っております。
 なお、御指摘のように、長崎の場合も全部が被爆者ではございませんから、被爆者の方を対象にして二千六百万円の国の補助金は分配をしているわけでございます。一般の患者さんの部分には差し上げていないわけでございます。したがって、被爆者の方がふえていけば、長崎の原爆病院に差し上げる補助金の額も再検討しなければならないかと思いますが、一般情勢といたしまして、先ほど来申しておりますように、やはり病院は健康保険等の医療費の収入で賄うというのが大原則でありまして、それじゃ足らないという特別な事情があれば、これは国や地方公共団体が補助金を出すということでございます。そのような経営努力も一方においてはやっていただかなければならないし、また、先ほど申しましたように、ここのところ赤字は非常に小さくなっております。過去の累積赤字が二億以上と申しますが、その大部分はやはり減価償却費でございます。そのようなことも一いろいろ考えながら、今後の原爆病院の御指導をしたいと思っております。
 最後の御要望は、かねてからお話があるように、国立病院にしたらどうかという御要望でございます。これにつきましても、私も三年間御答弁してまいりましたけれども、国立病院のいいとこもあれば悪いところもある。日赤病院のいいところもあれば悪いところもあるのでございます。たとえて申しますと、国立病院の場合には総定員法で、縛られておりますから、職員をふやすことができません。そういった問題がございます。また器械、設備の整備も、たとえば厚生省立の国立病院は九十三病院ございますから、その中の分配の問題がございまして、なかなか重点的に器械、設備の配分ができません。さらに、改築などをしようというときに、これは国立病院の一つの規格、基準がございまして、たとえば先般、広島の日赤病院が改築いたしましたようなあのようなデラックスな改築はできないというような問題もあるわけでございます。したがって、日赤病院のよさというようなものを十分に生かしながら、国や地方公共団体が応援をして、被爆者の方々の御期待に沿えるようにするのが一番得策だと思っております。
○中村(重)委員 国の補助は一般の患者には差し上げていないのだ、被爆患者に差し上げているのだ、こういうことなんだけれども、病院会計の中に入るわけなんで、これは一般患者用、これは被爆者用ということにはならない。被爆者にその補助をしているのだと言うのならば、これは当然被爆者以外は入院させないという方向でないとおかしなことになるでしょう。
 私は、いつかも申し上げたと思うのですけれども、フランシスコ病院だって五〇%は被爆者ですよ。原爆病院なるがゆえに補助をするのでしょう。にもかかわらず、四割程度一般患者を入院させている。そういうことであるならば、フランシスコ病院というものにも五〇%被爆者を入院させているのだから、当然補助金というものが支給されなければならない。けじめだけははっきりつけるように指導をしてもらう、こういうことでないと被爆者は泣くにも泣けませんよ。大切な生命を奪われる、健康を阻害されているという実態をもっと真剣に考えてもらいたい。いつも変わらないような答弁では納得できない。
 これは、ひとつ大臣からこの際、指導方針でもありますから、基本的な考え方でもありますから、今後どう対処していくか、お答えをいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 その点は私も御指摘のとおりだと思います。私どもは、ほかの病院に被爆者が一割いらっしゃるから、三割入っていらっしゃるから、補助金を差し上げるという考え方は毛頭ございません。やはり現在の広島と長崎の原爆病院をりっぱにして、被爆者のためのいい病院をつくろう、いいサービスを提供しようと考えておりますので、そういう方針に従ってなお一層、一般患者がたくさん入ってくることなどがないように強力な指導をしたいと思っております。
 また、特に先ほど申し落としましたけれども、あの病院もすでに二十年ぐらいを経過いたしまして、改築の時期になってまいりました。いま地元の方で敷地の選定等をなさっておりますが、広い敷地だと遠くなって不便になる、近くであると狭い、いろんな問題がございます。また、改築のためには、やはり何十億という金がかかるかもしれません。それをどうするかというような問題もございますが、そういった改築の問題等も含めて検討いたしておりますけれども、その際は、先生が先ほど来おっしゃったような精神に基づいて、本当の被爆者のためのりっぱな原爆病院になるように、今後とも強力な指導をしたいと思っております。
○中村(重)委員 大原、森井両委員から触れられた広島の石田裁判、それから福岡の孫振斗裁判、この両裁判とも国が敗訴をした。したがって福岡の場合は最高裁にあるわけですが、広島の場合は国が控訴をしないと認めた。控訴をしなかったということについてのメリットの強調ということにもなるのでしょうが、大臣から、むしろやらない方が本当は柔軟に被爆者に対する対策というものができるのではないかというような点もお触れになりましたが、そのことについて、私は、時間の関係もありますから、議論しようとは思いませんが、ただこの際、注意を喚起したいことは、この両裁判の判決は、国の被爆者対策の基本的な誤りを鋭く指摘されたというところに私は大きな意義があるというように思います。石田裁判に対するこの判決は、やはり戦争犠牲者である被爆者救済を目的とした国家補償としての側面があるということを強調しておるという点に十分留意をされる必要があるだろうというように考えるわけです。
 認定制度、認定基準については変える考え方はないのだ、ただ、白内障という場合、そういう類似なものについては、石田さんの場合と同様に扱っていくということですが、その他はそうしない、これは私、そういう固定したかたくなな考え方を改められる必要があると思う。あのときにケロイドにかかり、あるいは健康を著しく損なった被爆者の人たちの状態ということを深刻に受けとめられる必要があるのじゃないでしょうか。医療法は十五年後に制定をされましたが、自分の金で治療を受けたのです。ところが、なお十分ではない、ケロイドにかかった、傷は痛む、何とか治療を受けたい、手術をしたい、だけれども、痛さをがまんして手術をしても、果たして認定被爆者という形で扱ってくれるのかどうかわからない。
 この前も申し上げましたが、ガラスの破片がいっぱい体に入っている。ところが、そのガラスの破片を手術して出しても、おまえはもう治ったから、それでしまいだということで、認定被爆者としての扱いを受けないということになると、がまんをしてでもそのままにしておかなければならぬ。そうなると、現に治療を必要としないのだということによって認定の対象にならない。これは余りにも私は無慈悲だという感じがしてなりません。
 したがって、認定基準については、この石田裁判の判決というものを十分尊重して、単にこれを白内障のことだけなんだというように狭く、厚生省にとって都合よく扱うということであってはならない。森井委員もこの点を強く指摘いたしましたが、この点については私からも強く申し上げておきたいと思います。全く検討する余地なしと大臣はお考えになっておられるのか。どうも局長はかたくなな固定した考え方にこだわってしまっておるようですから、大臣、柔軟な答弁はできませんか、いかがです。
○佐分利政府委員 私のけさほど来の表現が、そのようなかたくななことを申しているようにとられたのかもしれませんけれども、石田さんの場合も、あの結論には従ったわけでございまして、原爆放射線起因性のほかに、現時点における要医療性を認めたわけでございます。
 したがって当面は、石田さんと同じような原爆白内障と老人性白内障の合併したケースについてあのような医療をやるときは、今後新しいケースが出れば、あるいは昔一遍却下したものでも、もう一遍出てくれば原爆症に認定いたしましょうということでございますが、原爆白内障とそれから老人性白内障が合併するとこうなるので、要医療性を認めようというところは、やはり非常に重要な新しい判断をしているわけであります。
 したがって、現時点においては白内障の問題でありましょうが、そのような考え方については、似たようなほかの病気が出てくれば、当然それは波及するわけであります。そういう意味で、やはり石田判決というのは、決して小さな成果しかなかったものではないと思うのでありまして、それは今後どういう申請が出てくるかということによってまた決まっていくことではないかと思っております。
○中村(重)委員 二世、三世対策についてお答えがあったわけですが、この二世、三世を被爆者として取り扱わないということの理由として第一が、遺伝の要素がないということ、第二は、被爆者対策として取り上げたら、遺伝的な影響があるということで就職や結婚にマイナスになるということなんですが、この理由を二つお挙げになっておられるんですね。そのいずれにウエートをかけておられるのですか。
○佐分利政府委員 私は、就職と結婚という問題のうちでは、やはり結婚問題の方にウエートがかかるのではないかと思います。しかしながら……
○中村(重)委員 就職と結婚じゃなくて、遺伝の要素の問題と……
○佐分利政府委員 遺伝の問題につきましては、けさほど来申しておりますけれども、これはいまの……
○中村(重)委員 遺伝の要素がないということが一つでしょう。もう一つは、これを被爆者対策として取り上げると、就職に影響するということ。この二つを挙げておられる。そのいずれにウエートをかけているのか。
○佐分利政府委員 遺伝については、現在のところ全く遺伝するということが証明されていないわけでございますから、これは学問的にも行政的にも全く現時点においては問題がない。したがって、やはり現在いろいろとこの問題が議論されるときには、後の社会的な問題がウエートを持ってくるのじゃないかと思います。
○中村(重)委員 そういうことになってくると、いまいわゆる染色体の問題をお挙げになったのですが、放影研で血液の中の染色体についての研究をやっているというお答えがあったわけですが、ところが、その遺伝の影響ということだって、ないとは言えないのでしょう。そのために研究しているのでしょう。
    〔戸井田委員長代理退席、委員長着席〕
そうすると、あなたが影響はないのだから、そういう要素はないのだからと決めつけられるところに――これは放影研のそういうような研究だって、影響がないための研究を、いろいろ二世、三世対策をやれやれということを強く要求されるから、何かかっこうをつけなければならぬということで、単にかっこうつけるための研究ということであっては、私は、ごまかしもほどほどにしろ、こう申し上げたいのです。
 そうすると、第二の点の結婚とか就職の問題に仮にこの要素ありと出た場合、この方に今度ひっかかってくるからということで、社会的な関係からというので二世、三世対策を被爆者対策として取り扱わない、こういうようにお考えになっておられるのではないか、その点いかがですか。
○佐分利政府委員 まず、遺伝の問題でございますけれども、これは確かに、昆虫だとかあるいは植物だとか細菌だとかあるいは下級な動物だとか、そういうところでは実験的には証明されているわけでございます。ただ、高級な動物から人間になるとまだ証明されていない。そこで、実験的には証明されるのだから、人間でも起こるのじゃないか、こう言われているわけでございます。したがって、御指摘のとおり人間では起こらない、こう言い切ることはできません。しかし、いままでやってきた調査の方法ではそれは証明できなかった。遺伝的な影響はないということしか言えなかった。ところが最近、いろいろ関連諸科学の方も発達してまいりまして、血液の酵素の微量測定をやるとかあるいは白血球の染色体の変わり具合の測定を簡単にやるとかという新技術が出てまいりましたので、やはりこの問題は、非常に大きな問題でございますから、どうしても白黒をはっきりさせなければならない、そういう関係で、放影研で五十一年度からその二つの研究を大々的に始めたわけでございます。別に初めから遺伝的な影響がないと言い切っているわけではございませんが、白か黒かを早くはっきりさせようという努力をしているわけでございます。
 そういうふうな時期に、たとえ希望者であろうとも、健康診断をいたしましょう、また、一部の自治体でやっておりますが、医療費の公費負担をいたしましょうと申しますと、一般の方に、何かこうはっきりしないけれども、やはり二世、三世に悪い影響があるのだなというふうな誤解を招くわけでございます。だから、そういったことは極力避けなければならないということで、けさほど来御答弁したような方針で臨んでいる次第でございます。
○中村(重)委員 その点は私ども考えているのです。おっしゃるような点もあるのです。遺伝性のものだということになってくると、就職の面あるいは結婚に影響が出てくるということは避けられない。深刻にその点は考えなければならぬというのは同感なんです。だから、私どもも機械的にやるということではなくて、やはり本人の申し出ということ、本人の意思ということを中心に考えていかなければならぬということなんですよ。
 ところが、遺伝という言葉を私は使いたくはないのですが、被爆者の二世、三世というのは、原子病にかかって苦しんでいるというのが多いのです。私も家族十二名を殺しましたし、たくさんの親戚も被爆者なんですが、私のいとこも被爆し、その子供もまた被爆し、そして今度は三世になったわけですね。それもまた原子病にかかって苦しんでいるのです。原子病によって二世、三世がとうとい生命を奪われているというのが現実なんです。だから、そう影響はないのだ、影響はないのだということで簡単に片づけるということは私は無情だと思う。だから、原爆病院なんかでも、現実を知っておられるから、あなたの方に報告はしていないかもしれぬけれども、研究とかなんとかという名目で治療してやるといったような配慮等もあるのです。もう少し温かい気持ちをもってそういう申し出がある者に対してはこれを認めていく、そういう態度であるべきだということを申し上げておきたいと思います。
 それから、被爆地の是正の問題について、時間が参りましたから最後に申し上げるのですが、五十二年は十二キロまで拡大をせよということで、長崎県の場合、十四地区の人たちが何回も上京して大臣に陳情し、局長にも陳情を重ねておる。そして、これには非常に親切に対応されました。大臣も忙しい体を割いて相当長い時間そういう被爆者の陳情に静かに耳を傾けられたし、また佐分利局長は、長いときは五時間、六時間というぐらいに時間を割いてこれに耳を傾けてきたということは事実なんです。ところが、五十一年度は六キロまで拡大をいたしましたが、五十二年度は全く地域の拡大というか、是正をされなかったわけですね。それはいろいろ理由をお挙げになった。二年続いて是正をするということはいろいろ問題がある、予算の面からいっても、国民感情の面からいっても、二年続きということはやれない、やりにくいのだ、これは大臣も局長も同じような御意見をその陳情者の方々に言っておられました。それから、残留放射能の有無についての調査をしている、その結果を待たなければいけないのだというようなことでもありました。その結果は、もう検査を終わっているのでしょうが、何か数値のばらつきがあるということで、高いところに限って、発表はしないで、再調査をやっている、こういうことです。なぜに高いところに限って再調査をするのだろうか、できるだけ残留放射能の影響なしというようなことで片づけるためにやっておるのではなかろうかという疑いを受けるおそれがあるというように私は考えます。しかし、被爆者の人たちは、厚生省は五十三年度は何とか考えてくれるだろう、是正をしてくれるであろう、こういうことでもって期待をして五十二年度は引き下がった。
 私は、いままで何回もこの問題について申し上げてまいりましたし、被爆者の方々もそのことを訴えてきたわけですが、いま大臣のところに私は地図を差し上げておりますけれども、被爆地域の指定というのは、当時行政区域でやったということなんです。長崎県の例で申し上げるならば、長崎市だけを被爆地域として指定をしたのです。同じ距離の地域でも、それが長崎市でなくて西彼杵郡であるからということで指定をされませんでした。長崎市民は被爆者として遇したが、郡民であるためにこれを疎外したということが現実なんです。市の施策ならいざ知らず、国の施策においては、市民も郡民も国民であることに変わりはございません。どうしてこれががまんできるだろうか、これを是正するということは当然であると私は考えます。
 みなし地域の問題に対しましても、指定されたところよりももっと近いところが、しかも当日は風下であったにかかわらず、今日まで放置されておるというその現実、私は、何と弁解されましょうとも、これでよろしいということにはならないと思います。
 また長崎の場合、伊王島という島がありますが、島であるために途中に何も障害になるものがありません。直接放射線が来る、あるいは爆風が、熱線がその島の住民に襲いかかりました。そして髪はばらばらに、歯茎から血が出る、典型的な原子病患者が続出をいたしましたが、これに対して何らの措置も講じられないまま次々に命を奪われていきました。今日もなお後遺症で苦しんでおるということが実態であるわけです。
 さらにまた、広島の似島の場合、救護所があるということで、その島民全部に対して手帳が交付されました。ところがまだ、広島にもそういう救護所はあるのではないかというように思います。
 長崎の場合におきましては、いま被爆地域として認めてほしいということを十四地区、いわゆる十二キロまでということでございますから、十四地区の方々が陳情いたしておりますが、その十四地区のほとんどに救護所があります。だがしかし、手帳の交付はありません。これを陳情者が言いますと、佐分利局長は、それならば、そういうことがあるのだったら調査をして出しなさいと言われた。被爆者の人たちは、喜んで県、市に要請をして調査し、その資料は厚生省に来ているはずであります。ならば当然、広島の似島と同じように、これは被爆地域として指定をされることでなければならないと考えます。
 私の割り当て時間が参りましたから、これで終わりますが、ともかく大臣、政治は公平でなければなりません。不合理なまま、いつまでもその不合理を放置されるということは、絶対に許されてはならないと私は考えます。こだわることなく、予算的な関係、いろいろ言われますけれども、新たに健康管理手当を支給される人と健康管理手当を支給されている被爆者の死亡率を比較いたしますならば、二倍程度死亡率が高いのであります。統計で明らかになっております。決して財政的な面において国の負担が過重されるということにはなりません。五十三年度は、被爆者の期待にこたえ、その不合理是正のために地域の是正を私は強く要請をしておきたいと考えます。
 野党五党が提案をいたしております被爆者援護法の問題、与党の中にも、援護法でなければならない、だがしかし、六千億という膨大な予算では問題があるので、何とかひとつこの予算をもっと減らすような方向で野党は考えてもらえないだろうかということを言う人があります。私どもも真剣にその点検討いたしました。野党五党相寄り、大胆、柔軟に内容的にも検討をいたしまして、午前中大原委員が申し上げましたように、千六百億という形で、平年度予算でもって、いま提案されておりますようなきわめて現実的な提案をいたしているわけであります。
 政府といたしましても、これは国家補償ではないけれども、中間的な特殊な社会保障であるということを言っております。国際法に反する大量殺戮の原爆兵器によって三十万の人たちを殺し、三十万の人たちを今日後遺症で苦しめておるという実態、これが一般戦災者に関係があるからということで、このような特殊な戦争犠牲者を特別に国の責任において遇しないということは、私は許されないと考える。一般社会保障ではいけない、こういうことで、いわゆる中間的特殊な措置として考えておると言われるならば、当然、被爆者対策というものはこの実態に触れて、本当に野党五党が提案をいたしております援護法に目を向け、耳を傾けて、この成立を図るために真剣に対処されることが、今日、さきの衆議院選挙において保革伯仲が実現をしておる国民の意思を尊重する道につながるであろうことを指摘いたしまして、大臣は、被爆者援護対策に今後どう対処していこうとお考えになるのか、その点の総括的なお答えをいただいて私の質問を終わります。
○渡辺国務大臣 私の考えにつきましては、午前中から再々申し上げておりますので、重ねては申し上げません。いろいろと参考になるお話もございますから、よく実情を調査して、十分検討の上対処してまいりたいと存じます。
○橋本委員長 次に、大橋敏雄君。
○大橋委員 私は初めに、現在厚生省が掌握なさっております原爆関係者の実態について、手帳を持っている者が何名で、特別手当は何名で、健康管理手当は何名だという数字をお聞きしたいと思います。
○佐分利政府委員 まず、被爆者の数でございますけれども、昨年の三月末現在の数は三十六万四千人となっております。そのうち、いわゆる医療法八条一項の認定患者は四千三百人でございます。ただ、これは現在生存認定被爆者でございますので、これまで累積で八千六百名の申請がございまして、七千三百名の認定をいたしております。
 特別手当は一種、二種ございます。三万円と一万五千円ということになりますが、両方半分ずつというふうにお考えいただきたいと思います。
 また健康管理手当、十の健康障害をお持ちの方ということでございますが、十の病気のどれかをお持ちの方、これは約八万人でございます。
 それから、爆心地から二キロ以内の保健手当の方、この方は約五万人でございます。
 そのほかに介護手当をお受けになる方でございますが、介護の方は延べ数になってまいります。必要な月と必要でない月がございますが、大体介護手当は二千件くらい。問題は、家族介護手当の方でございますが、これは急速に伸びておりますので、新年度は一万件くらい出てくるのじゃなかろうかという予想をいたしております。
 そのほか葬祭料は、これは毎年大体同じでございますが約五千名、五千名足らずということでございます。
 なお、原爆医療法の方の医療の給付をお受けになっていらっしゃる方、これも延べ数になりますが、年間二百五十万件ということでございます。
○大橋委員 ことしは、あの広島、長崎に忌まわしい原爆が投下されましてはや三十二年を迎えるわけでございますが、一瞬にして三十万人の尊い命が奪われたわけでございます。辛うじて生き残った方々、その被爆者、そうして遺家族の方々のその生活というものは悲惨そのものであった。しかしながら、この長い年月のうちにこのような悲惨な病苦と生活に痛められている実態が忘れ去られようとしているわけでございますが、私は遺憾でなりません。戦争がいかに悲惨なものであるか、残酷なものであるかは、この被爆者の実態をつぶさに見てまいりますときに、胸に迫るものがございます。加えて今日の経済情勢、インフレと物価高のために二重、三重の苦しみを味わっていると言わねばなりません。この被爆三十二年の歳月は、また被爆者を高齢化さしております。原爆症に奪われた労働能力の後退と合わせまして被爆者を苦悩の極限に追い詰めていると思います。この原子爆弾の被爆当時の悲惨な姿というものは、これまでテレビあるいは映画、雑誌、あらゆるマスコミを通じて紹介されてきておりますし、大臣を初め厚生当局の皆さんも十分御認識のはずでございます。
 実は、ある被爆者の当時の回想として出ているものがございますので、これを紹介しておきます。「ピカーと強い光と同時に焼きたての鉄板が焼きついたように私の顔にかかりました。次の瞬間アッという間に飛ばされ、気がついたら自分の顔や姿を自分で見るのが恐ろしい状態になっていた。そしてその後数週間、着替えをするたびに肉が着物について取れるし、体は鉛のように重たいという筆舌にはつくしきれない苦悩が続きました。」このように原子爆弾の爆発がいかにすさまじいものであったかを物語っているわけでございますが、きょうも午前中からこの原子爆弾の投下というものが、国際法違反であり、また、わが国がその賠償請求権を放棄した問題について大変な論議が交わされてきました。私どもは、これまでの被爆者の実態から、あるいは経緯から見まして、これは当然国家補償に基づく援護でなければならないという観点に立ちまして、毎年のように厚生当局の皆様に問題を迫ってまいりましたが、いまだにそこはかみ合わずに来ております。
 御承知のように、今回は野党五党が一致いたしまして、この国家補償に基づく援護法をつくり上げまして提案しているわけです。この政府案とわれわれ野党の考えの根本的な違いは、予算云々もないことはございませんが、一番のネックは、つまり国家補償に基づくかどうか、現在の社会保障的な立場でいいのかどうか、ここにあろうかと思います。
 したがいまして私、もう一度、重複するようではございますが、この基本的な問題を解明していく意味におきまして、順次お尋ねをしていきたいと思います。
 非人道的な兵器の使用と一般国民への無差別爆撃を禁止するという国際法がございますが、この原子爆弾の投下というものは、まさにその典型的なものである、恐らく国際法違反であるというその立場からは、大臣の意見も同じであろうと思いますが、確認の意味で大臣の認識を問うてみたいと思います。
○渡辺国務大臣 私は、法律の専門家じゃありませんからよくわかりません。ともかく法の解釈は、法制局長官等に聞いていただきたい、こう思います。
○佐分利政府委員 私どもは、専門ではございませんが、当時の国際法は、原爆等は全然予想していなかったものでございますけれども、まあ一般的な意味から、やはり違反になるのじゃなかろうかというようなことを申してまいりました。ただ、専門家の方の御見解では、厳密に言うと、やはり国際法違反だとは言えないようでございます。その点、けさほど外務省が参っておりましたが、何かそのような趣旨のことを申しておりました。
○大橋委員 私も、今度こうして質問に立つに当たりまして「原爆裁判の鑑定の大要と判決の評価」ということで、あるいはそのほか、いわゆる法律専門家がいろいろと論評なさっております論説をつまびらかに読んでまいりました。
 いまから申し上げるのは「法律時報」、昭和三十九年の二月に出版されているものでございますが、「原爆攻撃と国際法上の損害賠償」という題で、安井郁という先生が論説なさっておるわけでございますが、大変な長文の論文でございますけれども、その中にこういう言葉がございます。「広島に使用されるまで、世界の人類によっていまだ一般に知られなかったものであり、その当時、原子兵器使用の規制について実定国際法が存在しなかったというのは当然のことだ。また、事件当時に原爆攻撃の禁止を直接規定する条約や慣習国際法がなかったことは明らかな事実である。しかし、既存の国際法の規則や原則の中に、原爆攻撃について直接に規定せずとも、この種の兵器によるこの種の攻撃を禁止するものと認められるものが存在するか否かを、法理的に究明していかねばならぬところである。重要な問題点だ。」このように前置きをしまして、事実、専門家の皆様が徹底的にこの問題を究明、考察なさっているわけでございます。つまり「この考察は、第一に兵器の性質、第二に攻撃の方法という二つの側面にわけて行う必要がある。」これが大体、当時の学者あるいは法律専門家の共通した判断の基準であるようにうかがえます。
 それを見てまいりますと、原子爆弾被爆者に対する慰謝の道というものは、国際法違反、いわゆる国際法上適法の行為による一般の戦争被害の場合とは別に、これは法理的に異なることが特に重要な点であるということを強調いたしております。
 きょうの午前中から、国際法違反というのは、東京に爆弾が落とされた、あれも国際法違反だ云云という一般的なお話があっておりましたけれども、こうした専門家の意見は、国際法違反といっても、原子爆弾は従来なかったために、一応はそういう意味での議論はなされているけれども、だからといって違うのじゃないのだ、あくまでも国際法上適法の行為という言葉が使ってありますが、による一般戦争被害者もあるが、それ以上に深刻な内容ではないか、したがって、他の一般戦争被害者に対するそれとの均衡を勘案して云々という国の態度というものは間違いである、このような論旨があるわけでございます。
 いずれにいたしましても、こうした原爆の投下というものは、先ほど申し上げましたように、非人道的な兵器の使用と一般国民への無差別爆撃を禁止するという国際法に違反していることは、もう明瞭であるはずですね。これは素直に認めてもいいのではないかと思うのですが、もう一度この点をお尋ねします。
○渡辺国務大臣 純然たる法律的な解釈は、私の所管でございませんし、私もその専門家じゃございませんから、権威ある回答を申し上げることはできません。気持ちはわかります。
○大橋委員 気持ちはわかっていただけますね。気持ちがわかるということは、立場が違うので言いにくいということでおっしゃらなかったものだろうと私は理解したいのでございます。
 そうしてまいりますと、以上のたてまえから見れば、米国は国際法違反の原爆攻撃により生じました日本国民の身体、財産に対する損害を賠償する責任を負うものであるということ、このことについても論理的に考察がなされております。大変長い論文になっておりますが、これは、もう当然論理的にいって疑う余地はないと私は思うのでございますが、その後の経過はまた別として、質問の順序からいけば、当然、米国はこうした損害賠償の責任を負うということは御理解願えると思いますが、いかがでしょうか。
○佐分利政府委員 理論的、観念的にはそういうことが言えるのじゃないかと思います。
○大橋委員 そうしますと、この広島、長崎の原爆攻撃に関する損害賠償問題につきましても、アメリカに対する国際法上の損害賠償請求権は、被害者たる日本国民自身ではなくて、被害者の所属する日本国によって行使されるものと見なければならないということが、やはりこの論文の中や、あらゆる方の論文の中にこういう趣旨の学説が唱えられておりますが、これもおわかりになるのですね。
○佐分利政府委員 その点は、けさほど来申しておりますように、国と国との請求権の問題でありまして、国民一人一人の請求権の問題ではないということになっております。これは原爆裁判ではございませんが、けさほど申し上げました四十三年と四十四年の最高裁の判決、これは平和条約に基づく在外資産の損害賠償の問題、あるいは戦後の進駐軍の兵士による傷害事件の補償の問題をめぐっての判決でございますが、やはり国民一人一人にはないということになっております。
○大橋委員 そこで、国と国との関係になる、したがいまして、日本国は、原爆被害者が加害者である米国より受くべかりし損害賠償を、平和条約により請求権を放棄した、その請求権を放棄したことが、いわゆる被爆者の一人一人の請求が不可能になったということに対して、国が正当な補償をする責任を負うという理屈になると私は思うのでございますが、その点はいかがですか。
○佐分利政府委員 この点は、やはり法制局、外務省からお答えした方が適切だと思うのでございますが、先ほど申し上げましたような判決等を見ましても、国に責任があるというようなことは判示いたしていなかったと思います。
○大橋委員 私は、専門家のおっしゃっている項を一応引用さしてもらいますが、「サンフランシスコ平和条約第一九条a項によって、日本国は、戦争から生じ、または戦争状態が存在したためにとられた行動から生じた連合国およびその国民に対する日本国およびその国民のすべての請求権を放棄した。この規定にいうすべての請求権のなかに、米国による広島、長崎の原爆攻撃から生じた損害賠償請求権も含まれることは、解釈上疑の余地がない。」このように断言しております。
 また「国際法違反の原爆攻撃によって身体、財産に莫大な損害をこうむった原爆被害者は、米国から損害賠償を受くべき立場にあった。日本国は、国際法上において認められた損害賠償請求権を行使して、原爆被害者のために米国に対して損害賠償を要求し、これを原爆被害者に交付すべきであった。しかるに日本国はそれをなさず、損害賠償請求権を放棄してしまったのである。日本国としても、もとより好んで損害賠償請求権を放棄したわけではない。当時の情勢がそれをよぎなくさせたともいえる。しかし、このことは、日本国が請求権放棄から生じる結果について必要な措置をとるべき責任を解除するものではない。原爆被害者は米国から受くべかりし損害賠償が不可能となって、物質的にも精神的にも悲惨きわまりない状態におちいった。これは重大な法益の侵害である。原爆被害者のための国際法上の損害賠償請求権を放棄して、この悲惨な状態をひきおこした日本国は、原爆被害者に対して正当の補償をする責任を負うものといわなければならない。」このように明確に述べているわけでございます。
 したがいまして、午前中からの論議はさっぱりかみ合わないわけでございますが、結論的に、国家補償に基づく援護法の制定こそは、核戦争の危険が高まっている今日、この非人道的な兵器から人類の未来を守るためにも重大な意義を持っていると私は思うわけでございますが、大臣の見解をお尋ねしたいと思います。
○渡辺国務大臣 先ほどから申し上げておるように、純法律論の論争をここで展開されましても、私は、外務省でも法制局でもないので、所管が違うから権威ある回答はできませんということを申し上げているのです。ただ、常識的というか、俗論的と申しますか、日本がアメリカに対して損害賠償を放棄した、それじゃアメリカは日本に対して、真珠湾攻撃から始まって、たくさんの軍艦を沈めているし、そういう金をこちらでアメリカに取られたという話も聞いてないし、それから中国でずいぶん日本が暴れ回った、しかし中国と日本との間では、中国は日本に対する損害賠償を放棄しているわけですから、中国政府が国民に対して日本政府にかわって賠償金を払ったという話も聞いたことはないし、ソビエトロシアに抑留された日本人の大多数の人に対して、日本国政府は損害賠償をどれだけ請求したのか、私はよくわからない。だけれども、そういうふうな純法律的な問題は、したがって権威のある話でないと困ると思いますから、これは法制局から直接お聞き取りをいただきたい、しばらくの間お待ちを願いたいと存じます。
○大橋委員 これは恐らく、厚生省の立場からそうでございますと言えば、やはりわれわれ野党が主張している論理が正しいことを認める結果になるので、私は、大臣はそのようなお言葉で避けていらっしゃるものと判断せざるを得ません。
 先ほどから私が申し上げておりますように、原爆被害者に対する慰謝の道というものは、他の一般戦争被害者に対するそれとの均衡を勘案して決定されなければならないという政府の主張、これはもう当たらないのだ。本件は、国際法違反の原爆攻撃による被害に関するものでありまして、国際法上適法の行為による、先ほど言いました一般の戦争被害の場合とは法理的に異なることを特に注意しなければならないし、ここを理解しなければならない、ここが重大なポイントだと私は思うわけです。この点についてもう一度、局長で結構ですから答えていただきたいと思います。
○佐分利政府委員 ただいま安井教授の論文の御披露もあったわけでございますが、これは、やはり一つの学説であると思うのでございます。したがって私どもは、やはり多数意見、まあできれば判例とか通説に従うということになると思うのでございます。
 そこで、結論を申し上げますと、国としてはそのような責任というものはない、また被爆者の方も請求権というようなものはない、しかし、やはり特別な犠牲を受けた方々でありますから、社会的公平負担の原則とか主義に基づいて何かをしなければならないということでできているのが、いまの原爆二法でございまして、その二法も年々充実改善されて、いまでは社会保障制度と国家補償制度の中間的な制度にまで成長してきている、そのように考えております。
○大橋委員 被爆者は、先ほど申し上げましたように、悲惨な運命に突き落とされまして、あの原爆投下以来もう三十二年、国家が被害を補償し、医療と生活を保障することを願ってきたわけでございます。
 御承知のように、占領期にはこれを公然と訴えることは禁じられていたわけです。二十七年講和条約が発効したころから、被害者の組織的な運動がぼつぼつと始まってきたわけです。そして昭和二十九年のビキニ水爆実験を契機としまして盛り上がった原水爆禁止を求める国民運動に支えられまして、やっと昭和三十二年原爆医療法が制定された、こういう経緯にあるわけです。
    〔委員長退席、住委員長代理着席〕
そして一昨年、被爆三十周年を迎えたときですが、被爆者の皆さんは、もうこれ以上待てないということで、援護法制定に対する率直な叫びを上げられました。そして大々的な援護法制定の請願運動が展開されたのであります。年々老齢化していかれる被爆者の皆さんは、死んでからでは遅過ぎるぞと、怒りにも似た声で訴えていらっしゃいました。私は、あのときの姿が忘れられないのでございますが、これまでの政府の原爆二法は、発足当時余りにもその内容が貧弱であったために、年々その改正運動が行われてきて、いま局長がおっしゃるように、かなりの前進は見てきました。私も、それを評価するにやぶさかではございませんが、被爆者の諸要求の中で一番切実な要求であった医療保障、こういうものが実施された、しかし、これだけでは被爆者は救われないのです。
 先ほどからも何回も申し上げておりますように、当然の要求といたしまして、国家が原爆被害を補償して医療保障、生活保障と統一的に実施すること、これによって初めて憲法第二十五条に示されております。健康で文化的な生活の保障に当たるのではないかとわれわれは訴え続けてきているわけです。
 したがいまして今回、野党五党でもって提案いたしております国家補償に基づく援護法、この内容に素直に目を通していただき、真剣に取り組んでいただいて、まるまるそのまま成立されなくとも、いま言った国家補償に基づく立場の援護法を一日も早くつくっていただきたいということであります。
 われわれの野党五党案の内容を見てもらえばわかりますように、従来遺族年金を記しておったのを、今回は削除いたしておりまして、あとの条文は、恐らくこれは反対だと言われるような内容の条文でないとわれわれは確信をいたしております。金額の点では、あるいはまだ交渉の余地が残されているかもしれませんけれども、いまの野党案の内容、条文を見ると、現在の原爆二法案のそれとほぼ同じ項目での内容になっているはずでございます。
 したがいまして、かたくなに野党さんの考えは野党さんの考えだということじゃなくて、三十余年たった今日に至って、もう一度、真剣にわれわれの要求を振り返って検討してもらいたい。大臣の御意見を伺ってみたいと思います。
○佐分利政府委員 私どもといたしましては、やはり出発点の国家補償の精神に基づく制度、国家補償法というところにそもそもの問題があるわけでございまして、すべてそれに関連するわけでございます。
 ただいまお話しのように、遺族年金は今回は削除されておりますけれども、かつての弔慰金が遺族給付金という形で残っております。これは、やはり遺族補償制度でございまして、一般戦災者との問題が非常に強く出てまいります。また、そのほかにもやはり所得制限の完全撤廃というのは、国家補償制度でないとできないと思います。
 金額にいきましては、これは、やはりいろいろな考え方もあるし、また、そのときの財政の事情もありまして、相対的に決まることではないかと思うのでございますが、被爆者年金を現在の、先ほど申し上げました三十六万四千人の被爆者全員に払うということにつきましても問題がございます。近距離被爆者ならば、これは筋が通るのかもしれませんが、三十六万四千人ということになりますと、先ほどもお話しございましたように、長崎の方では、十二キロの地点まで行って、爆風とか熱線の影響はあったでしょうが、原爆放射線の影響は余りないというようなことでございます。また、医療手当をいま認定患者にしか差し上げておりませんが、これを全員に差し上げるというようなことも問題があるのではないか。
 さらに、先ほど強く御要望のございました二世、三世の問題、これもやはり本当に遺伝するのかしないのかということがはっきりするまでは、たとえ希望者であろうとも、そういう方針を打ち出すのは、かえって被爆者全体のためにならないのじゃないかという考えを持っております。
○大橋委員 要するに、野党案は国家補償というものがあるので、非常にそこにこだわっていらっしゃるようでございますが、戦傷病者戦没者遺族等援護法が発足した当時の提案理由の説明の記録を私は読んでみたのですが、その中にこのようにあります。「これらの戦傷病者、戦没者遺族等は、過去における戦争において国に殉じた者でありまして、これらの者を国が手厚く処遇するのは、元来国としての当然の責務であります。敗戦による止むを得ざる事情に基き、国が当然になすべき責務を果し得なかったのは、誠に遺憾の極みと申さなければなりません。併しながら、すでに平和条約は締結せられ、その効力発生の時期は目睫の間に迫っているのであります。この講和独立の機会に際しまして、これらの戦傷病者、戦没者遺族等に対し、国家補償の精神に立脚してこれらの者を援護することは、平和国家建設の途にある我が国といたしまして、最も緊要事であることは言を待たないのであります。これがこの法律による戦傷病者、戦没者遺族等の援護を行おうとする根本的趣旨でございます。」と、ここでもりっぱに「国家補償の精神に立脚して」という表現が使われているわけです。
 これは恐らく、国との関係性が明瞭であるから、公務の立場であるからということで国家補償ということにしたのだとおっしゃるだろうと思うわけでございますが、先ほどからくどいように申し上げておりますことは、この原爆投下というものは、人類初めての経験の、国際法上の違反的、特殊的な問題であるわけですね。そして国が賠償請求権を放棄したというその責任を国が背負ったわけですから、そういう立場からいけば、私は、戦傷病者戦没者遺族等に対する援護と同じような立場での補償をしてもいいのではないか、このように考えるのでございますが、いかがでしょう。
○佐分利政府委員 先ほど来御答弁さしていただいておりますように、先生のおっしゃるような国際法違反であるとかあるいは平和条約による求償権の放棄だとか、そういうふうなところにそもそもいろいろな学説、御意見がございますし、また、そういった事柄から直ちに国家補償の精神に基づく原爆援護法をつくるというふうにはつながらないのではないかと思うのでございます。
 よく申し上げますように、世界のバイブルになっております西ドイツの連邦援護法も、決して国家補償法ではございません。これも特殊な社会保障制度でございまして、所得制限も、年金についても医療費についても一部についている制度でございます。したがって、国際的に見ましても、やはり原爆という特殊性はございますけれども、そのように直ちに国家補償の精神に基づく援護法をつくらなければならないというような結論にはなかなかならないものであろうと考えます。
○大橋委員 被爆者は、多かれ少なかれ原爆による放射能を受けているわけです。慢性的な、いわゆる原爆ぶらぶら病にかかっている者が多いわけですね。疲れやすい、目まいあるいは無力症候群、不眠というような問題、したがいまして、あらゆる病気に対する抵抗力が弱まっている。したがいまして、健康を保持し、あるいは原爆症の悪化を防ぐためには、十分な栄養と休養をとらねばならぬ、私は、これは基本的な条件であろうと思うわけです。
 くどいようでございますが、野党五党案を再度検討していただいて、実現可能性を持つ内容であると確信しておりますが、また、この点がこうなればよろしいのだというようなところまでの話し合いを、この場でするのではなくて、持っていただきたいことを強く要求するものでございます。
 そこで、もう一つお尋ねしますが、保健手当の支給要件と被爆者年金の問題でございます。保健手当ですが、これは先ほどの説明でその支給条件は理解しているわけでございますが、従来の原爆二法というものは、病気になって初めて救済の手が差し伸べられてきた。この保健手当はそうではないわけですね。してみますと、思想的には国家補償的な内容を含んでいると言っても言い過ぎではないと私は思うのですけれども、その点はいかがでしょうか。
○佐分利政府委員 現在の原爆被爆者対策のうちで最も特殊な社会保障制度と申しますか、国家補償的と申しますか、あるいは第三の制度と申しますか、その象徴的なものが、ただいま御指摘の保健手当でございます。
○大橋委員 大臣、いま、保健手当というものは、これまでにない物の考え方、第三的な思想からつけられたものであるという局長の答弁であったと思いますが、ここで考えられることは、政府当局も原爆被爆者の特殊的な状態を深く認識して、やはりこういうものも必要だということの手当であろうと思いますが、もう一歩進めば国家補償というところまで進め得るのではないか。また、表現はともあれ、この保健手当に盛り込まれているその背景にある思想、これをもう少し拡充しまして、援護法を充実していくべきではないか、このように思うわけでございますが、大臣の御所見をお伺いしたいと思います。
○佐分利政府委員 確かに、原爆被爆の特殊性、また、原爆被爆者の健康と福祉を守る制度のあり方というものを考えますと、やはり近距離被爆者をどう処遇するかということになってくるわけであります。したがって、先生がおっしゃるように、この保健手当の思想が基本になってやはり将来の被爆者援護対策というものは考えられねばならないと私は思います。また、再構築されるような時期があれば、やはりそのような方向で再構築されるものと考えております。
○大橋委員 政府はこれまで、軍人軍属とその遺族に対しましては、恩給や遺族年金等の支給を行って、あるいは有資産者にも在外資産の補償等も行っておられるわけですが、われわれは、こういう姿から、どうしても被爆者は片手落ちではないだろうか、つまり、被爆者の人権が軽視されているのではないか、このような気持ちがしてならぬわけでございます。いままでの御答弁を伺っておりますと、一般戦災者との均衡をとらねばならならないとか、あるいは軍人軍属は国との身分関係があるとか、また、原爆被爆の特殊性を認めていればこそ、いまの原爆二法があるのだというような御答弁ではございますが、どうしても私どもはそれではすっきりと胸に来ないわけです。
 そこで、お尋ねいたしますが、特別手当等の諸手当についてでございますが、特別手当と医療手当を合わせましても、この改正案では四万七千円だと思いますが、この特別手当が生活保護の収入認定になるわけでございますけれども、これを外してあげるべきではないか、前回の論議の中でもかなりこれが出てまいりまして、附帯決議等にも盛り込まれている内容でございますが、これは前進したお考えが出たのかどうかお尋ねをいたします。
○曾根田政府委員 特別手当も、一般生活援護的な性格を持っておりますので、生活保護のたてまえからいたしますと、これは収入認定をせざるを得ない、ただし、そうは言いましても、特別手当を受ける方々のいろいろな状態を考えますと、やはり何らか特殊の生活需要があるということも考えられますので、制度創設以来、生活保護の方では特別手当の二分の一相当額の加算という制度で実質的には半分は収入認定をいたしません、そういう取り扱いをしてきたのでございますが、これについては、さらにもっと改善という要望が非常に強くございまして、昨年の附帯決議でもうたわれておりますので、実は非常に例外的な特別措置といたしまして、実質二分の一収入認定プラスアルファの取り扱いを昨年度よりいたしておりまして、実質的には六割が手元に残るような特別の取り扱いをいたしておりますが、この取り扱いをどうするか、いろいろむずかしい問題がございますが、できるだけ昨年実質的に実現したレベルは今後も続けていきたいというふうに考えております。
○大橋委員 この点は、大臣にひとつ後退しないように強く要求をいたしておきます。
 それから、これも先ほど論議されておりましたが、原爆病院の問題なんですけれども、医療体制の整備です。被爆者の専門病院であります広島、長崎の日赤病院は、いわゆる独立採算制であるわけですね。現在大幅な赤字だということも聞いておるわけでございますが、先ほどの論議の中で一般患者が診療に来ている、これを規制せよというような話もあったのですけれども、私は、そういう立場での規制は必要ではない、むしろ一般患者を診療することによって赤字を少しでも穴埋めしようというその姿勢の中に問題があると思うのです。ですから、こうした赤字にならないように、こうした原爆病院にはやはり大幅な財政援助をしてあげるべきではないか、そうすれば被爆者に対する不都合も出てこないし、また一般の地域の方方も、それによって救済されていくということだろうと思うわけです。
 問題は、国の援助のあり方がもう一歩足りないのじゃないか、私はこう思うわけでございますが、いかがでしょうか。
○佐分利政府委員 確かに、特に長崎の原爆病院でございますが、一般患者が四割もベッドを占めていらっしゃるというのは、やはり問題があると思います。しかしその理由は、先生がいま御指摘のように、一般患者の方が平均医療費が高いから病院の経営が楽になるのだという面もございますが、そのほかの面もあるわけでございます。ただ問題は、先ほども中村委員から御指摘ございましたが、被爆者の方が急に入院しようと思っても入院できない、そこに問題が一番あるわけでございまして、やはり五床なり十床なりいつでも被爆者の方が緊急入院できるような緊急ベッドは確保しておかなければならないと思っております。
 そこで、原爆病院への助成の問題でございますが、結論から申しますと、病院に対する助成策としては、この原爆病院ほど国から助成をされているところはないわけでございます。まず、定額ではございますが、運営費の赤字補助というのが国から二千六百万円、これは両病院でございますが、参りまして、制度的にはその二倍の五千二百万円が、両方の病院にベッド数に応じて分配されていくのでございますが、地方自治体もいろいろとサービスをなさいますので、事実上は三倍程度のものになっていっているのではないかと思います。また、特に原爆後遺症の研究をしていただいておりますので、四十九年からはその研究費も差し上げておりますが、五十二年度はそれぞれ三千二百八十万円でございますか、研究費を差し上げております。また、必要な器械の更新のための補助金も必要に応じて差し上げておりますし、特に五十一年度は広島の原爆病院の、これは原爆病棟でございますが、改築があるというので、これも、こういうことは初めてだと思うのでございますけれども、百七十床の改築の場合に国は三億二千万円補助金を出したわけでございます。そのように原爆病院に対しては特別の配慮を国はしていると思います。
 また、もう一つの問題は、やはり病院の経営は健康保険等の医療費の収入で賄うのが原則でございますが、昨年は医療費の改定等もございましたので、非常に赤字が少なくなってまいりました。数百万円の赤字になってまいりました。また、累積赤字が二億円以上あると長崎の病院は申しておりますが、昨年の数百万円にしても累積赤字の二億一、二千万円にいたしましても、これは減価償却費が大部分でございまして、あの原爆病院のような、改築のときには国と自治体がみんなめんどうを見るというような病院が、果たして普通の病院のように減価償却をする必要があるのであろうかというような基本問題もあるわけでございます。
 そういうことで、先生方にしてみれば、きわめて不十分かもしれませんけれども、ほかの病院と比べましても国はできるだけのことはしてまいりましたし、また、あの程度の助成で十分やっていけるものと考えております。
○大橋委員 時間も迫ってきたようでございますので、沖繩在住の原爆被爆者に対して、この前の審議のときにも大変論議になったわけでございますが、本土並みの治療を受けられるように専門病院の整備に努めてもらいたい、それとともに沖繩の地理的、歴史的な条件を考慮してほしいと附帯決議にもっけたわけでございますが、この沖繩在住の原爆被爆者に対する政府のその後の対策を聞かせていただきたいと思います。
○佐分利政府委員 新年度において特に新しい沖繩被爆者の対策というものはございません。すべて従来の制度を充実するという方向でございます。したがってまず、沖繩は原爆の専門医がいらっしゃいませんので、広島、長崎の原爆病院から専門医を派遣いたしまして健康診断、健康相談をいたしておりますが、そういった方々の派遣の数をふやしたいということ、また沖繩に現在、その後帰国なさってふえてきたわけでございますが、三百四十人程度の被爆者がいらっしゃいます。その中にはどうしても専門の広島、長崎の原爆病院で治療を受けた方がいいという方がございますから、そういう方々の旅費を負担いたしておりますが、そういった費用もふやしたい、患者さんの数をふやしたい、こう考えております。
 そのほか一般対策になってくるのでございますけれども、あそこには国立の一般病院はなかったわけでございますけれども、医務局の方で宜野湾に国立病院の整備を進めておりますので、こういうふうなものが完成いたしますれば、原爆被爆者対策にも十分お役に立つものと考えております。
○大橋委員 最後に、健康診断の充実についてお尋ねしたいと思うのです。
 私、この前の国会のときに、一般検診の項目に肝機能検査を追加すべきじゃないかということを主張してきたわけですが、その後政府におきまして、検討を加えられて五十二年度の予算要求項目には取り上げられたと思うのでございますが、確認の意味も含めてお尋ねしたいと思います。
 さらに、心電図による健康診断もこれに加えるべきではないかという私の考えがあるのですが、これも含めてお答え願いたいと思います。
○佐分利政府委員 五十二年度の予算要求では、従来の七つの項目に加えまして、新たに御要望のございました肝機能検査と心電図の測定とを要求いたしました。しかしその後、地元広島、長崎の検診、さらにほかの都道府県とも実施能力の問題についていろいろ相談をいたしました結果、肝機能検査の方は現状においてもできるであろうということで、本年度の予算は肝機能検査だけが新たに追加されております。
 心電図の測定は、たとえば北海道とか東京等ではすでに行っておりますけれども、これは特殊なところでないとできないわけでございまして、広島市、長崎市であれば、がんばればできるでございましょうが、広島、長崎も郡部になると、そろそろ危なくなってくるわけでございます。したがって、ほかの都道府県ということになると、ますます実施能力に問題が出てきて、不公平が起こる。やはりこういった制度は、まず公平の原則というのがあると思います。そういう関係で、本年度は心電図の測定は見送ったわけでございますが、これは一にかかって実施能力の問題でございますので、各都道府県とよく相談をし、実施能力を高めて、できるだけ早く検診の項目として採用していきたいと考えております。
○大橋委員 ひとつそれが早急に実現できますように強く要求をいたしておきます。
 私の持ち時間が来たわけでございますが、あとは平石議員が質問する予定でございますので留保しておきますが、きょうは都合がございまして、あす行う予定でございます。
    〔住委員長代理退席、委員長着席〕
 大臣も大変でございましょうけれども、いま野党五党が提案しております援護法の趣旨、内容等につきまして真剣に検討を加えていただきたい。これはお世辞でも何でもないのですが、渡辺厚生大臣は非常に決断力のある方であるというわれわれは大変な期待を持っておりますし、失礼な言い方ですけれども、こういう援護法は後できる人が出るだろうかというくらいの気持ちでおるわけですから、われわれは渡辺厚生大臣に全幅の期待を寄せていることを申し上げて、私の質問を終わります。
○橋本委員長 次に、西田八郎君。
○西田(八)委員 似たような質問ばかりで答弁する側も大変だろうと思いますが、立場も違うし、ニュアンスも多少違いますので、重なるようでありますが、お伺いをしたいと思います。
 いま原爆特別措置と医療法と両方あるわけでありますが、いずれもわれわれが今度提案した五党案による援護法との大きな違いというのは、国家補償とするかしないかの問題だと思います。そのほか手当等の支給につきましては、被爆者年金を支給するかしないかという問題でありますが、この問題は、具体的に詰めていけば、もっともっと話ができる問題だと思うのです。国家補償とするかしないか、国家補償とできないという政府の理由は一体何にあるのか、そこのところをもう一回聞かしていただきたい。
○佐分利政府委員 国家補償とできない第一の理由でございますけれども、援護法の場合のようにこちらの被爆者の方々とは国は特別権力関係にない、使用者、雇用者という関係にないということでございます。また、これは相対的なものになってまいりますけれども、もしも被爆者のために援護法をつくるということであるならば、やはり一般戦災者にも援護法をつくらなければならないのじゃなかろうかという問題がございます。
 そこで、どうしてそういうふうになるのかと申しますと、先ほど来議論がございましたけれども、まず、国の戦争責任なるものは、諸説紛々としておりまして、はっきりしないということでございます。それから、国が平和条約で賠償請求権を放棄したのだから、国が被爆者のお世話をする責任がある、あるいはまた被爆者の方は、国に請求をする権利があるとおっしゃいますが、そういうものはないというのが、やはり判例、通説であると思います。そこで最後は、しかしながら、やはり特別な犠牲者なんだから、何かしなければなるまいという国民のコンセンサスでできてきたものが現在の原爆二法でございます。その制度も年年成長しておりまして、もういまや第三の制度と言われるまでになってきたわけでございますから、こういう制度をさらに充実発展させればいいので、国家補償制度は理論的にも実際的にも必要でないのではないかということでございます。
○西田(八)委員 権力関係がなかったから国家補償をしなくてもいいということになると、一体戦争とは何ですか。
○佐分利政府委員 戦争とは何かというのは、哲学になってまいりまして、一人一人御意見が違うと思うのでございますが、まあ私の個人の意見を申し上げれば、国家が国民のコンセンサスを得て、やむを得ず国の防衛のために起こした国家活動であると思います。
○西田(八)委員 それでは、果たしてあのときに、あの事態の中で国民的コンセンサスが図られていたかどうか、私は、これに疑問があると思います。だからそうなると、そのコンセンサスを図ったと断定した者、そういうふうに自分で思い込んでいる者が戦争に引きずっていったとするなら、そのときの権力、すなわち公権力、国家ですね、国家が責任を持たなければしようがないのじゃないですか。
 そこで私が違う点は、焼夷弾を受けられた方は、亡くなった時点では原子爆弾も一緒だと思うのです。原子爆弾で死んだのも焼夷弾で直撃を食らって死んだのも一緒だと思う。やけどして体にケロイドが残る、やけどの跡が残る、これも一緒だと思うのです。身体の表面上の状態というものは変わらない。しかし、片一方においては、とにかく世界史上初めてという放射線爆弾が使われたわけですね。それがいつ一体どういう形になってあらわれてくるかわからないというのが、まだ現状でしょう。
 先ほどもお話を聞いていると、遺伝性のどうのという問題もありましたけれども、しかし、その遺伝性があるかないかということも、あるいはそれがどれだけいつどういう形で障害になってあらわれてくるかも、まだはっきりとしたデータは出ていないわけです。わずか三十年やそこらでは出るものではないと思うのです。そうだとすれば、その結果としてあらわれて出てくる現象に対して違いが生じてきたときには、仮に片一方に厚くして片一方に薄くしても、そのことは決して法の平等性を欠くものではないと思うのですけれども、どうでしょう。
○佐分利政府委員 御指摘の点につきましては、原則として私もそのように思います。したがって、現在の原爆二法は、多量の放射線を浴びていまなお生存して、かつ心身ともに苦労をしていらっしゃる被爆者の健康と福祉の増進のためにつくられている制度だと思うのでございまして、先生のおっしゃるような制度が、まさにいまの原爆二法だと思うのでございます。
○西田(八)委員 それはちょっと違うのですよ。あなたは、そういうふうに一緒だと言うけれども、じゃなぜ国家補償ということが言えないのかということです。それじゃ、いまの制度をだれがやっているのですか。法律で決めてやっておるわけでしょう。しかも負担は、通常健康保険だとかそんなものなら受益者負担、あるいは保険者自身がいろいろ負担せんならぬですね。被保険者も負担がある。しかし、これは全然そういう負担を本人に持たしてないわけでしょう。だから、そういうふうにして皆さんやっていると言うなら、私の言うことが、それが即いまやっていることだと言われるなら、私の言うのは、それは国家補償としてやるべきだと言っておるわけです。国の責任においてやるということです。どこがどう違うのですか。どうして国家補償という言葉が使えないのか、私は、そこにどうもこの問題引っかかってしょうがないのです。
○佐分利政府委員 現在の原爆二法は、特別な社会保障制度と申しますか、あるいは人によっては国家補償法的な側面、あるいは人によっては国家補償と社会保障の中間の制度、いろいろな表現がございますが、要するに、特別の社会保障だと思うのでございます。と申しますのは、これは生存被爆者のそういった特殊な事情に着目をいたしまして、国の高度の政策的な判断によって、その特殊な犠牲を救済するために、社会的公平負担の原則というのでございましょうが、それに基づいてつくった特別の社会保障制度でございます。
 なぜ国家補償制度でないかと言うと、先ほどの援護法だとかその他の国家補償の法律がやっておりますほどこの原爆被爆者と国との間には特別な関係がない、特別権力関係がない、また特別な国の責任がない、そのためにこういうふうになっているのじゃないかと思います。
○西田(八)委員 哲学的な質問になりますが、じゃ社会というものと国というものとどう違うのですか。あなたは、いま社会保障的なものだ、こうおっしゃった。社会保障という、この社会、しかも狭義な意味において国というものを指して言う社会、現在行っているのは日本国という社会でやっていることですね、それと、国家で補償するということとどう違うのですか。私、どうもその辺のところに、理屈としてわかっていて、気持ちの上ではそれで一緒だと言っておりながら、何か文言だけにこだわっておるような気持ちがあるのですけれども、その辺はどうなんでしょう。
○佐分利政府委員 そのあたりになりますと、やはりいろいろな御意見があって、まだ定説がないのだと思うのでございますが、国家補償法なんというような法律もたくさん出ましたけれども、それぞれ類型の仕方も意見も全部違うわけでございます。ですから、定説はないと思うのでございますが、けさほど申し上げましたのが、私どもの考え方でございまして、まず国が違法な行為によって損害を与えた場合、これは損害賠償になると思う。次に、国が適法の行為であったけれども損害を与えた場合、これがいわゆる国家補償というか損失補償というような領域ではないかと思います。さらに下がっていきますと、損失てん補とかなんとかいうようなものも出てまいりますけれども、そういうのがいわゆる純粋な国家補償法の範疇でございまして、そういうふうな特別なものではないが、本来ならば一般の社会保障制度、つまり、生活保護法だとかあるいは児童福祉法だとかあるいは身体障害者福祉法もございますが、その他の年金法だとか、そういうもので本来はめんどうを見たい、救済をしたいが、原爆の場合は原爆放射線による障害ということで、どうもどの制度もうまく当てはまらない。そこで、特別な社会保障制度を被爆者のためにつくろうと言ってできたのが原爆医療法だと思うのですが、そのころは純粋な社会保障制度であったと思うのですが、だんだんとこれも内容が高まってまいりまして、いまや特殊な社会保障と申しますか、第三の制度と申しますか、そういうレベルにまで成長をしてきたということではないかと思います。
○西田(八)委員 この議論は、幾らやっても尽きぬ平行線だと思うのですが、しかし、やはり社会保障としてそれをとらまえておられるのなら、当然のこととしてこれは国が保障をしている、国の責任において保障しておるわけですね。いまあなたの言われる社会というのは、特定な社会を指しているわけじゃないでしょう。国、国家を指して社会というふうに申しておられると理解していいですね。
○佐分利政府委員 そのように考えていただいていいかと思いますが、要するに、そういうふうないろいろな被害者の救済を図るために、国が高度の政策的判断に基づいてつくった制度ということであろうと思います。
○西田(八)委員 そうすれば、当然国の責任においていろいろな処置をしていかなければならぬということになるわけですね。その点はどうですか、そういうふうに考えておられるのでしょう。
○佐分利政府委員 その場合は、国に故意、過失があったといったような場合と違いますので、やはりそのときの財政状況、経済の状況、また関連するほかの制度の状況、内容、そういったものを勘案して適切に定めなければならないと思います。
○西田(八)委員 そこで、この国家補償か社会保障か、大分似通ったような制度のように私は考えるようになってまいりました。したがって、もうこの辺で思い切って、そういう言葉のあやの上だけで論じているのじゃなしに、やはり直接被害を受けた方々が、国の補償だというふうに言ってほしいし、そうしてほしいと念願しておられるならば、思い切ってそういうふうに考えられてもいい一のではないかと思うわけですが、大臣の考え方は
 いかがですか。
○渡辺国務大臣 ただいま佐分利局長から話したように、それはずっとすそ野の方に突き詰めていくと、どこまでが国家補償でどこまでが社会保障なのか、当然それはわからないところがあるんですよ。あるのだけれども、いままでの考え方としては、たとえば遺族援護法というと、どうしても軍人軍属等の関係の援護法という頭があるから、そういうような身分関係の援護法というのは、国との直接命令、服従というような雇用関係の人だけに限定をしています、片っ方はそうがんばっているわけです。そこで、その中でもいろいろ疑問があって、それじゃ先ほども言ったように、野戦病院に従軍した看護婦さんは何で遺族といいますか、その年金とか恩給の対象にならないのだと、現在の援護法の中でさえもけんかがあるんですよ。最初は少しだったのが、だんだん広げてきた、それでも落ちこぼれがあると言って、この前皆さんから指摘されているような問題が一方にある。これは、やはり常識的に考えれば、民間の人だって、ともかく軍人と一緒に戦地まで行って帰ってきたのだから、軍人軍属並みに扱ったっていいじゃないかという常識論があるわけですよ。それを認めると、それじゃ開拓団として行った人も、鉄砲を持って匪賊や何かと戦ったりなんかしてきたのだから、これだって関東軍の指揮下に入ったのを認めたらいいじゃないかという話も出てくる。一つはそういうふうにどんどん広がっていく。区切るところがないという問題が一つある。
 そこへ持ってきて、これを国家補償だとしてやると、すでに国家補償だというものの中でも、まだ不満があっておさまりがつかないでおるのに、ぽかっとこれは国家補償だということになると、それは身分関係のないものが国家補償になっちゃったんだから、当然いままで論議になったものは国家補償に入るのはあたりまえじゃないかという議論がふったかってくる。
 そこへ持ってきて、やはり先ほど言った焼夷爆弾なり無差別爆撃によってやられた人で、目のない人もあるし半身不随の人もいるし足のない人もいるし、これはいろいろいるわけです、何十万という人が死んでいるのですから。その人たちは、どうして原子爆弾の人だけが国家補償になって、われわれはならないのだという不満の方が爆発的に大きくなる可能性が多い。全部しょうと思ったって、現実は国の財政がもたない。しかし、原爆という特殊な事情で、初めてのことだからいろいろな御心配も多い。
 ずっと言ったので、くどいことになるから長いこと申しませんが、そういうような背景等も考えて、たとえば原爆が落ちたから戦争が終わったのではないかとか、それで犠牲者もあったのではないかという背景があるわけですね、そういう背景も考えて、政治的に――これは国家補償と言えば国家補償みたいなものなんです。社会保障と言えば社会保障みたいなものなんです。しかし、国家補償と言うとふっかかってくるから、特別な社会保障と言ったり、国家補償と言えば国家補償かもしらぬけれども、社会保障と言ってはともかく濃度が濃い、そこで第三の道とかなんとか言っているというのが、ざっくばらんな話が現実の姿じゃないのだろうか、私はこう思うのです。だから、余りそういう形式論で論争をしてみたところで、実際はメリットはないと思うのです。
 ですから、私としては、これについて賛成か反対かと言われれば、前から言っているように、それはなかなか賛成しかねるところがあるのです。それよりも、やはり現実の二法というものがあるのだから、これの充実ということについては、われわれも毎年努力をしてきておるし、今後も努力をいたしますからということを申し上げておるわけです。
○西田(八)委員 ただ、私がここで申し上げておきたいことは、従軍看護婦の人あるいは開拓団の人を恩給の年限の中へ、あるいは年金の年限の中へ加算をせい、あるいはその対象に入れろと言うことは、余りにも日本の年金制度というのが貧弱だからであります。
 先だっても、この委員会で加藤委員から質問があったように、官公労働に従事した人とそうでない人との格差、そしてまた国民年金の発生のおくれといったような経過、そういうものがあって年金がひどくアンバランスになっていることは事実なんです。だから、いい方へ近寄せてほしいという願望が、そういう形になってあらわれてきておると思うのです。したがって、年金制度を見直して、その格差を縮めていくようにすれば、そういう問題も逐次消えていく問題だと私は思うのです。
 しかし、原爆被爆者の医療の問題、これは角度が違うと思うのです。恐らく、今後どういう形で世界に大戦が起こって、あるいはこういう核兵器が使われるかどうか、その可能性はあるけれども、使われるかどうかは、きわめて判断のむずかしいところであります。いまでは経験をしている人たちは三十六万四千人、これだけの人に限られているわけなんです。したがって、そういう人たちに対して特別の措置をするということが何で悪いのだろうか、私はそういうように思うわけです。したがって、その点を強く先ほどから訴えておるわけであります。
 いま大臣は、まあ実態でということでありますけれども、実態でそうした手当てをし、あるいはいろいろのことをするということも大事でありますけれども、問題は、やはり精神の問題だと思うのです。したがって、官側に言わせれば、そういういろいろな兼ね合いがあってなかなか言いにくいことであろうけれども、しかし、精神の上では第三の制度あるいは社会保障的というような言葉も出ておるわけですから、少なくともこれらの問題については、国の責任において解決していくのだ、国の責任において措置していくのだ、その気持ちだけは忘れぬでほしい、そしてそういう態度で接してほしい、できるならば国家の補償だというところまでもう思い切ってほしいということを私は主張をしておきたいと思います。
 次に、原爆に起因する傷病、疾病、障害ということなんですが、いわゆる原爆症と言われるものですが、いまわかっているものでどんなものがありますか。
○佐分利政府委員 典型的な疾病から申し上げますと、原爆白内障、原爆ケロイド、こういったものが典型的なものであろうと思いますが、放射線影響研究所、その前身であるABCC、また広島、長崎大学等々の共同研究によりましてはっきりしてまいっておりますのは、まず、がんでは白血病、それから甲状腺、肺、それから最近は胃が入ってまいりました。乳がんが入ってまいりました。そういったものでございます。したがって、がんもすべてのがんではない。そのほかに血液の疾患、白血球減少症とかあるいは再生不良性貧血、悪性貧血、こういった血液の疾患、骨髄の疾患、そういったところがきわめて典型的なものであると思いますが、そのほかにも肝臓の障害なども加えられております。
○西田(八)委員 いまおっしゃるように疾病あるいは障害というものが非常に広がってきておるわけですね。傷ということになってくると、ケロイドぐらいなものかもわかりませんが、しかし、思わぬときに思わぬ病気が出てくる、こういう心配があるわけですね。そういう心配を常に持ちながら生活しているというようなことは、本当に並み大抵のことじゃないと思うのです。そしてある日突然ということもあるのではないですか。私の身内にも原爆症の人がいるわけですけれども、大丈夫かしらという心配を非常にするわけですね。結局それが就職にも影響したり、場合によっては結婚にも影響している。
 この間私のところに陳情に来られた方は、原爆症であるということがわかって、三回か四回見合いをしたけれども断られた、いまの奥さんはそれを理解して来てくれた人だ、したがって、普通一般の人よりも結婚した時期が非常に遅かったというふうに言われておる。しかし、幸いにしていまのところ特別の症状というものはあらわれていないかもわからぬけれども、毎日毎日が苦痛ですというふうに訴えられておるわけです。
 こういう苦痛をなくするということが、やはり国の責任であり、あなたのおっしゃる社会の責任ということになるのであろうと思うのですが、そういう方々に対して十分なる措置が現在できていると思っておられるのかどうか。
○佐分利政府委員 そういった方々に対する措置が十分に行われているとは考えておりません。したがって、今後も引き続き充実改善の努力はしなければならないと思っております。
 そこで、最初にお話のございました原爆放射線に被曝したために、何かぽっくり死んでしまうのじゃなかろうか、何かとんでもない病気が出てくるのじゃなかろうかという問題でございますけれども、私どもは、そういう点にも着目して被爆者の健康と、それから死亡の状況の調査を引き続き行っているわけでございます。現在はっきりしておりますのは、二百ラド、これは二百レムと言っても二百レントゲンと言ってもよろしゅうございますが、二百ラド以上の近距離被爆者の死亡率は明らかに高いのでありますが、それ以下の方々の死亡率は一般の方々と相違はございません。これはマクロで疾病全体、死亡全体として見た場合に、そういうことが言えるわけでございます。はっきり申せば二百ラド以上とか百ラド以上とか、そういうふうな過線量の被爆をなさった方々に問題があるわけでございまして、こういった方は普通は二キロ以内、特別な方で三キロ以内の直接被爆者というようなことになってくると思うのでございます。
 したがって、そういった不安を多くの方がなさるというのは、国のその点についての健康教育が足らないのじゃないかと思って反省をするわけでございます。しかし、あの原爆というのは、放射線のエネルギーは二割五分ぐらいしかございませんけれども、残りの七割五分は爆風とか熱線でございまして、これはものすごいものでございますから、かなり遠くにいらっしゃっても、爆風や熱線の影響は受けていらっしゃる。そうすると、一般の方はどうしても一緒に放射線の影響を受けたというふうにお考えがちでございます。そこで、いろいろな御心配が起こるのではないかと思っております。
 したがって、先ほど申しましたように、原爆被爆による健康障害の研究は、今後も大いに続けて解明していかなければなりませんけれども、一方においては原爆放射線障害の正しい知識の普及というようなことについても努力しなければならないと思っております。
○西田(八)委員 そういうことですから、この研究というものが、ここでもって終わりという終着点にはまだ来ていないわけです。これからも何年先にその終着点が来るかわからない。要するにエンドレスなんですね。終わりがない研究をしていかなければならぬし、同時に、終わりのない心配にさらされなければならぬということなんです。
    〔委員長退席、大橋委員長代理着席〕
 そこで、せめてもの心配料として五党案では、被爆者年金というものを新たに考えておるわけですが、そういうものについての考え方、これはどうなんですか。
○佐分利政府委員 手当と呼ぶのか年金と呼ぶのかというのは、これは政策的な判断ではないかと思います。年金であっても、たとえば福祉年金のように所得制限もついているわけでございますから、所得制限のついた年金というのはすでにあるわけでございます。したがって、その場合問題になりますのは、所得制限の撤廃、それから年金の額の問題でございます。
 そこで、原爆放射線障害の特性が出てくるのでございますけれども、原爆放射線による障害は、主として内部障害でございます。体の内部の臓器の障害でございます。そういった意味で、現在恩給でも援護法でもあるいは労災法でも採用しております障害等級というものが、内部障害に関しては非常に厳しいわけでございます。目が見えなくなった、手がなくなったというようなものは、非常に合理的に等級が決められておりますが、内部の臓器の障害あるいは精神障害、精神障害は先般の改正でかなりよくなりましたが、まだ問題があると思います。
 したがって、原爆症の場合には、いま御提案になっております援護法のような、たとえて言えば、遺族等援護法の特別款症から第五款症、それから第一項症から第五項症、あのような分類にならないわけでございまして、特に御提案の障害年金の部分、最高額年額三百八十万円ということになっておりますが、その部分については、技術的にも非常に大きな問題があると考えております。
○西田(八)委員 技術的に問題があるからということでできないということであるなら、私は、日進月歩の今日でありながら、何もできないと思うんですよ。これは古くて新しい問題だと思うのです。新しい問題として取り組む姿勢がなければならぬと思うのです。国全体の予算の中でいろいろと割り振りをしていくと、この部分にこれだけしか残らぬからという技術的、算術的な計算だけではなしに、問題は、底に流れる精神の問題だと思うのです。
 したがって、表面にあらわれる、手をとられた、指をとられた、目が見えなくなった、視度は〇・何以下とかいうことは検査がしやすい、決めやすい。しかし、内臓に起こってくる白血球の減少だとか、あるいは甲状腺だとか胃がんだとか、あるいは肝臓の肥大とかいうようなことは、なかなかはっきりしない問題であると思います。あると思うけれども、それを、いままでになかったからということで、ちゅうちょしておったら何もできないと思うのです。
 これは、この問題とは全然別になるかもわかりませんが、今後、原子力というものはかなり導入してこなければならぬし、この上の開発も急がれておるという実情であります。
    〔大橋委員長代理退席、委員長着席〕
そういう中で放射線量というのは、いろいろな形であらわれてくると思うのです。そういうものも想定するならば、こうした放射線による障害というものに対する等級の分け方、これは独自なものをこしらえてもいいのじゃないかというふうに思うわけです。だから、それがいままでのものに当てはまらないから無理なんだという物の考え方ではなしに、これはこれなりに独自なものをつくっていく姿勢を持たなければならぬと思うのです。
 ですから、そういう点で私は、いまおっしゃったようなことが、われわれの言う援護法に対する反対の理由にはならないと思うのです。これは提案した者と実際にそれを行政として施行していく側とでもっと話し合いをすれば十分でき得ることだし、また問題点を提起していって、それらの点にある一定の段階というか基準を設けることは不可能なことではないと思う。したがって、そういう点で私は、一考してほしい問題であると思うのですが、これについてひとつ……。
○佐分利政府委員 確かに、障害等級の問題につきましては、いま議題になっております内部障害の格づけの問題が、非常に大きな問題でございますが、これは、すべての社会保障制度とか、あるいは国家補償制度に関連する非常に大きな問題でございまして、こちらの方だけ勝手にやるというわけにはまいりません、そういった問題がございます。
 また、先ほど申し落としましたけれども、とにかく原爆被爆者対策の場合には、現在の制度は国家補償制度ではないわけでございますから、援護法のような十一段階に分ける、あるいは労災法のような十四段階に分けるというようなところまではやはりいかない。あれはやはり損失補償制度であるから、そういうふうになっているわけでございますので、こちらは特殊な社会保障制度でございますから、身障福祉法のようにせいぜいいっても一級、二級、三級ということであろう。ところが、原爆被爆の場合には、特に内部障害が問題になるのだから、身障福祉法のような級の分け方をすれば、かえって被爆者のためにならないであろう、やはり一本の手当にしておく方が皆さんのおためになるであろうということで一本になっておるわけでございます。その上に、こちらは特殊な社会保障制度でございますから、身障福祉法にしても、また国民年金法等にしても、全部併給になるわけでございまして、障害福祉年金等も全部併給されておもらいになっていらっしゃる。両方の制度を合わせてまたかなりよくなっているということでございます。
○西田(八)委員 とにかく私は、そういう面で余りいままでのものにとらわれずに、新しい時代だし、恐らくこれからもこんなことを起こしてはならないし、起こらない問題として特殊な研究をされてもしかるべきだと思うのです。日本の窒素酸化物に対する研究が非常に進んでおるというので、今度国際的にもモデルガントリーとして指定されたようでありますが、世界でただ一国原子爆弾の被爆を受けた日本の国のそれらの被爆者に対して、いろいろな援護措置を考えていく厚生省として、それぐらいのものをつくってもいいのではないかというふうに私は思うので、その点はひとつ提言をしておきたいと思います。
 次に一言、これで終わりますが伺いたいのは、外国との関係ですが、この間アメリカへ広島の民間のお医者さんやその他の方々が行かれて、そしてアメリカにおられる被爆者の診療その他をされた。せんだって同盟会議、日本労働総同盟、それに核禁会議、こうしたところが主体になって韓国の被爆者に対する援護措置の一つとして、診療所の建設というような運動を起こしておられる。こういう日本で被爆して、当時日本人であった人、いまは国籍は違う、あるいはいまは他の国に居住しているというような人たちに対する措置は一体どういうふうにしておられるのか、今後どういうふうにされるつもりなのか、ひとつお伺いをしておきたい。
○佐分利政府委員 現在の原爆二法は、日本国内に在住していらっしゃれば、国籍は全く問わないわけでございます。また外国在住の方も、適法に入国をなされば、観光ビザであろうと業務ビザであろうと、何でも適法に入国なさって、本当にみっちり療養なさるというのであれば、原爆二法の適用を受けられるわけでございます。
 問題は、韓国あるいはアメリカにいらっしゃいまして、日本に来れないという方が問題になるわけでございますが、韓国の場合は、これは日韓条約ですでにけりがついているわけでございます。したがって、その問題は、もっぱら韓国の国内問題でございまして、韓国政府が何らかの方途を講ずるべきではないかと思っております。
 しかしながら、やはりいろんな御要望もございますし、また、いろんな実情もございますので――先生がおっしゃいましたように、核禁会議は韓国の診療所の建設、専門医の派遣等の御援助をなさっております。非常にりっぱなことだと思っております。また先般、アメリカの被爆者につきましては、厚生省とアメリカの資源エネルギー庁、新しい名前はエネルギー開発庁になりましたですか、そことが相談をいたしまして、日米両国がつくっております財団法人放射線影響研究所の被爆者の成人健康調査の一環といたしまして、医師それからケースワーカーの専門家を派遣して検診を行ったところでございます。
 一般的に申しますと、制度というのは、国家補償的な性格が強くなればなるほど国籍要件は逆に厳しくなるものであろうと思います。そういう外国につきましては、いまのところはそういうふうな方法でいくより方法がないと考えております。
○西田(八)委員 確かに、むずかしい国際間の問題ですから、条約の中で縛られることもあるだろうし、また相手国がこれに賛意を表さなければできない問題ということもあるでありましょう。しかし私は、日本国内において、広島、長崎において被爆されたということには変わりはないわけでありますから、それに対してもっと温かい措置があっていいのではないか。しかし、国家としてできない場合には、これは、やはり財団法人なり社団法人なり、そういう民間の組織を通じてやることはでき得ると思うのです。そういう組織に対してある程度の援助をすることも私は可能であろうと思う、いままでもいろんな形において援助をしてきておられるわけですから。したがって、そういう方法でぜひともひとつ――今度のアメリカへ行かれた、あれはカリフォルニア州ですか、何年間待ちわびた医師団が来てくれたということで、ものすごい喜びの状況がテレビを通じて映し出されておりました。そういうことはやはり、わが国の国内に居住する人と同じようにとはいかぬけれども、少なくとも精神の上では同じ気持ちで私はやるべきだというふうに思うわけです。したがって、それらはいわゆる国際法上のいろいろな関係があったとしても、民間団体で行われるものに対して援助をし、それを助成するということは、決して私は悪いことではないと思うので、ぜひともそういうことがひとつ実現をするように努力をしていただきたい。
 以上要望しておいて私の質問を終わります。
○橋本委員長 次に、田中美智子君。
○田中(美)委員 まず、健康管理手当について質問したいと思います。
 昭和四十九年から健管手当が支給されるようになったわけですけれども、そのとき十疾病が決められたわけです。肝硬変だとか運動器機能障害だとか決められましたね。これは、どうしてこの疾病が決められたのか、その点ちょっと御説明願いたいと思います。
○佐分利政府委員 このような医学的、技術的な問題は、原爆医療審議会でお決めいただいておりますが、その決め方は、審議会の中に広島、長崎の第一線で医療を担当していらっしゃる方も委員で入っておりますので、現場のお医者さんの御意見を代表する、また原爆後遺症研究会というようなものがございますから、そういったところの御意見を反映するという形で審議会に持ち出され、決められております。
○田中(美)委員 そうすると、厚生省としては、これが非常に妥当であるという形で、検討なさったことを聞いて妥当であるということで十疾病をお決めになっているわけですね。
○佐分利政府委員 そのとおりでございます。
○田中(美)委員 それは私は、ちょっとおかしいというふうに思うのですけれども、四十七年に広島の学者や医者が検討会を持ちまして厚生省に要請しているはずです。一体どういう根拠で決められているのかということを要請しているはずです。これに対して、やはりはっきりとした厚生省の態度は出ていないし、また四十八年の三月二十九日に、この社会労働委員会で共産党の寺前議員が、この疾病の根拠が薄弱であるということを指摘し、そのことはこの委員会ではっきりしたというふうに思うわけです。ところが、その後根拠がはっきりしていないということなんですけれども、その後それは全くそのままですか。
○佐分利政府委員 私は、そのような御答弁のあったことを存じませんでしたけれども、私自身は、あの十の疾病につきましては、六つの疾病からまた十になったという歴史もあり、その当初、また現在の状況は妥当なものである、それぞれ正当な理由があると考えております。
○田中(美)委員 この原爆の問題は、戦後三十二年ももうたっていますし、この社労委員会でも毎回この質問はあるわけです。ですから、ここで質問されたものは、少なくとも担当の皆さんたちは積み上げて御存じいただきたいと思うのです。同じ質問を、またもとに戻って同じことをやり返す、前のことは知りません、こういうことではいけないのじゃないかと思うのです。
 この社会労働委員会の中ではっきりしましたことは、そのときの審議の中で、根拠が非常に希薄である、結局、根拠というならば、どちらかと言えば原爆被爆者の中で比較的数が多い病気、これが原爆と因果関係がはっきりしているものは特別手当にいくわけですね。はっきりしないけれども、どうも被爆者の中にはこういう病気が非常に多いということで、この健康管理手当がつけられて、それに対してこの十疾病が決められたというふうにここで明らかになった。やはりそこから論議を出発していきませんと一また前に、そのために広島からの要請書も、この十疾病だけでは足らないというふうな要請が来ているわけです。ですから、そこからいきませんと――そういう意味では、はっきりとした因果関係はないけれども、被爆者の中にこういう病気が多いというものをとらえて十疾病にしたわけです。ですから、その十疾病が私は悪いと言っているのではないわけです。
 それで、次に移りますが、比較的に多いということでこの十疾病が決まったとするならば――広島の原爆病院の調査によりますと、ここに調査の概況を持ってきておりますけれども、これによりますと、入院患者の中で十二指腸潰瘍その他の消化器疾患というのが一〇・六%という非常に高い数字を出しています。そういうことになりますと、この十疾病が被爆者の中で比較的多い病気であるというふうに決められたならば、この消化器の疾患というものは、当然健管手当の対象に入れるべきではないか。もちろん因果関係がはっきりしない、根拠がはっきりしないけれども、多いからというのでやっているわけですね。そうならば、この消化器疾患というのは、非常に多いわけですから、これは当然健管手当に入れるべきものではないかというふうに思います。そういうことは、広島でもそれから長崎でも、そこでの専門の先生たちが検診した中でこういう意見というのが出ておるのではないかと思いますが、その点政府はどうお考えになりますか。大臣も人のことのように思わないで聞いていてください。
○佐分利政府委員 幾つかの方面からそのような御意見が出ておりますことは、私はよく存じております。しかしながら、従来この十種類の疾病を選んでまいりましたのは、ただ被爆者の中でこういう病気が多いからということで選んだのではございません。被爆者と被爆者でない方を比較して被爆者が明らかに多いようだなというものを選んできたわけでございます。
 そういう意味で、ただいまお話しのございました胃潰瘍というのは、一般国民に非常に多い病気でございまして、被爆者との間に差がございませんので、まだ認めておりません。
○田中(美)委員 被爆者との間に差がないという実証というのは、ないわけじゃないのですか。
○佐分利政府委員 これは広島、長崎の放射線影響研究所が、被爆者の成人健康調査、そういったものをやりまして観察をしているところでございます。
○田中(美)委員 そのようにおっしゃるのならば、この消化器障害についての特別検診の実態を、やはり調査するという必要があるんじゃないですか。
○佐分利政府委員 放射線影響研究所の調査方法は、非常に厳密な方法でございまして、自分で被爆者群と、それから対象群というのを、お一人お一人検査をしているわけでございます。
○田中(美)委員 もともとこの十疾病というものは――私は、この十疾病を決定したということが悪いと言っていません。いいことだと思います。ですけれども、これ自体根拠が非常に希薄だということは、四十八年の社会労働委員会でも明らかになっているわけです。ですから、消化器が何も根拠がはっきりない、ほかの被爆者でない人と比べて、これが多いとか少ないとか、そうはっきり言えないのじゃないですか、ほかの十疾病だってはっきり言えないということだから。それを消化器は、そうじゃないのだ、こういうふうに言うのならば、ことしからでも消化器の障害というのはどうなっているかということを、やはり調べてみる必要があるのじゃないでしょうか。消化器の患者は非常に大きな数になっているわけです。被爆者の中に多いわけです。
 御存じのように、私は医者でありませんが、あなたはお医者さんですから詳しいと思うのですけれども、スモンの患者なんか出ておりますね、これは下痢やなんかが非常に多いということを聞いているわけです。ということは、やはり素人が考えましても、ただ被爆者の中に下痢や消化器の病気の人が多いというだけでなく、何か因果関係があるのじゃないだろうかというふうな想像をするわけです。私は、これの因果関係を、いますぐどうかはっきりしてくれ――はっきりすれば特別手当にいくわけですが、特別手当の中に消化器疾患を入れろというふうに言っているわけじゃないのです。因果関係ははっきりしないけれども、どうも何か少し多いようだということで、こういうものを健管手当にしているわけでしょう。そうならば当然、消化器障害というのはそれに入れたっていいじゃないですか、被爆者からの要求というのは非常に強く出ているわけですからね。
 それぐらいの心の通った――これだけはどうしても科学的に証明されなければだめだと言うなら、それじゃ運動器機能障害というのは一体何なのだ、はっきり被爆によって障害が出たというのは特別手当へ行くわけですからね。それでないときの運動器機能障害というのは何なのだ。素人流でいけば、年をとってだんだん足腰が弱くなって機能が低下したというふうな、意地悪な言い方をすれば、そういう言い方だってできるかもしれない。しかし、被爆者の中にはそういうのがどうも多いらしいということで決められているのじゃないですか。
 私は、何も胃潰瘍だとか十二指腸潰瘍だけを言っているわけじゃありませんよ。そういう下痢にしても何にしても、どうして下痢になっているのか、これはわかりませんけれども、多いことは事実じゃないですか。そうだったら、もう一疾病そこに加えるというそれぐらいのことはしていただいていいのじゃないでしょうか。大臣、どうですか。
○佐分利政府委員 私は、現在の十種類の障害を有する疾病というものは、そんないいかげんなものじゃないと思います。やはりここに定めただけの根拠があるものだと思っております。
 そういう前提に立ってお話し申し上げますが、先ほども申しましたように、消化器の疾患というのは、日本の国民の非常にたくさん持っている病気でございます。患者調査で見ても、国民健康調査で見ても、一番たくさん出てくるのは消化器の病気でございます。
 そこで、消化器の病気のうちの一体どういうふうなものが原爆関連疾病と言えるのだろうか、そういう研究、検討をいましているわけでありまして、決してかたくなに、それはもう載せませんと言っているわけではございません。
○田中(美)委員 いや、載せませんと言っているのではなくて、いま研究しているところですと言われますけれども、四十九年にこの十疾病は出ているわけですよね。そして広島でも、こうした厚生省に要請を出すほど専門の医者が言っているわけですから、あなた一人が、これはそうではない、こう言うのではなくて、あいまいであっても、患者からそういう要請が出ているわけですので、そちらに行っているはずですから、そういう点で、この疾病を健管手当の対象にするということをしていただきたいと思いますが、大臣としてはいかがでしょうか。
○渡辺国務大臣 原則論は局長が言ったとおりでございます。でございますので、したがって、現在のところ障害の制度を拡大するという気はないのです。ないけれども、これまでのいろいろないきさつ、経過、こういうものを踏まえまして健康管理手当の支給の趣旨に沿って拡大する必要があるかどうか、原爆医療審議会などの専門家の意見を聞いて検討を加えることを考えております。専門家の意見を聞いてね、私、素人でわからぬから。
○田中(美)委員 やはり広島や長崎の医者に聞いてください。医者がそう言っているわけですからね。聞いて検討していただきたいと私は思います。大臣、余り局長の言うことにこだわらないで、あなた大臣なんですから、もう少しちゃんと自分の頭で考えて、基本的にはこれと同じですなんて、わからないことはいいかげんにしないで、自分の言葉でちゃんと言っていただきたいと思います。ぜひこの消化器の疾病というものを健管手当の対象にしていただきたいというふうに要請しまして、次の質問に移ります。
 いま、この特別措置法によりまして埋葬料が四万四千円出ております。この埋葬料というのは、昭和四十四年以降に出たものです。医療法は三十二年にできたのであって、原爆で亡くなった方は、三十二年前から出ているわけですけれども、少なくとも医療法が制定されてから四十四年の埋葬料が出るまでの間の十二年間というものは、全く対象にされていないわけです。ですから、この十二年間に亡くなった方たちに、この埋葬料を支払っていただきたいというふうに私は思うのですけれども、大臣、どうでしょうか。
○佐分利政府委員 埋葬料は、本年度は六万二千円にするわけでございますが、四十三年の特別措置法制定以来支払っております。
 そこで問題は、三十二年の医療法制定との間のブランクが問題になるわけでございますが、このような特殊な社会保障制度でございまして、やはり国家補償制度ではないわけでございますから、このような制度では、そのような新しい制度ができた時点から支払うというのが慣例、通例になっているわけでございまして、御指摘のようにさかのぼるというようなことはないものと考えております。
○田中(美)委員 あなた、いま公衆衛生局長ですね。お医者さんの資格を持っていらっしゃるということで、疾病の問題のときには、専門家の御意見というのはいいわけですけれども、私はいま大臣に質問していますので、何でもあなたが大臣の代理をなさる、すぐ手を挙げてなさるという姿勢というのは、ちょっと私は不満だと思うのです。大臣がおわかりにならないので、心配でしようがないというのでしょうか。私は、大臣に聞いているのですから、大臣が答えていただきたいと思うのです。
○渡辺国務大臣 そのとおりでございます。
○田中(美)委員 それなら大臣、原爆は三十二年前ですね、それが四十四年から埋葬料が出ているのに、その前に亡くなった人たちには一銭も出てないということは、これはいま公衆衛生局長ですか、国家補償の立場じゃない、援護法のことがあるから、そういうふうに何としても援護法は通したくない、こういうことを公衆衛生局長は言外に言われたのだと思うのですけれども、そういう姿勢自体が私は問題だと思います。
 大臣、私はあなたに聞いているのです。原爆で亡くなった人たちは、何の関係もなくある日突然、国が戦争したために、ああいう悲惨な死に方をしているわけです。そしてその後、生き残った方たちが、ただ体に障害を受けた、足が一本なくなったというだけ以上に、いつ病気になるかわからないという恐怖感でいま生きていらっしゃるわけです。こういう方たちが亡くなったのを悪いと思って、政府は四十四年から埋葬料を出しているのではないですか。そうだったら、そのときに亡くなった方に対して、何らかの埋葬料に匹敵するものを出すというのは当然ではないかと思うのですけれども、大臣としてはどうでしょうか。まずお気持ちを聞かしていただきたいのです。
 あなたとしては、いますぐ出しますとは言えないと思います。すぐ言えないならば、この十二年間のブランクというものをどうお考えになるのか、それをまずお聞かせいただきたいことと、これに対して、それではどういう努力ができるのかということと、二つお聞かせ願いたいと思います。
○渡辺国務大臣 埋葬料の問題などは、法律が早くできれば支出したのでしょうが、法律が後からできたから、先に亡くなった方はもらえなかった。ですから、人情論としてはわかります。わかりますけれども、法律というのは、さかのぼって権利を与えるということは、ほかに余り例がございませんので、これ一つ例外をつくると非常に広がるのではないか。そこらのところの法律上の詰めということもしてみなければ何とも申し上げられない。申しわけないが、非常にむずかしいと思いますね。
○田中(美)委員 理由が、ほかに広がっていったら困ると言いますけれども、原爆が落ちるということ自体が異例なことなんです。普通のことじゃないのです。ですから、ほかに波及していくとか、やれ何だとか、この人を特別にやったら何だとか、そういう問題じゃないじゃないですか。原爆というのは、もう絶対に人類の上に、どこにおいても地球上に落としてはいけないものなんですよ。落とすべきものではないわけですね。ですから、今後そういうようなことは起きるわけではありませんしね。そして法律というのは人間がつくったものでしょう。もともとつくるのが遅かったんですね。遅かったということは、遅かったことに対する済まないという気持ちがなければいけないわけです。
 ですから大臣、いまのこの措置法を法改正すればできるわけでしょう。何もいまの法律をそのままにしておいて、私は遡及しなさいと言っていません。法改正すればいいでしょう。法律というものは人間のつくったものですから、これだけに限って、原爆に限ってそういう法律をつくればいいわけでしょう。ですから、何でもそんなに一足す一は二以外には絶対できません、こういう言い方はなさらないで、やはり人間のつくった法律が、第一遅かったということ自体が政府に問題があるのですから、それに対しては済まないという気持ちで、何らかの形の法改正をするなり何らかの特例をつくってこれをやる気があればできるはずです。それがほかに波及するからなんて、そんな、またあちこちに原爆が落ちるわけではないのですからね。そういう点では、これについての努力をしていただきたいというふうに思います。大臣、いかがですか。
○渡辺国務大臣 まあ、これは法律を変えればいいんですよ、それは国会で変えたら結構なことなんですから。しかし私としては、そういうことはやる気はございません。
○田中(美)委員 やる気がない理由は何ですか。
○渡辺国務大臣 先ほど言ったように、法律は一つこしらえるといろいろ、いままでなかった時代のものまでさかのぼって適用する、そういうことを一つここで出発すると、ほかの問題とのバランスの問題があるんですよ、遡及をするということで言い始めると。ですから、確かに、原爆は二発しか落ちなかった、それで亡くなった方は非常にお気の毒な方だと私は思う。思うけれども、法律がなかった以前に亡くなってしまったということは、まことに申しわけないが、お気の毒だけれども、これにさかのぼって手当あるいは埋葬料を支給するということは、現在の法制度のもとでは、なかなか例外をつくるのは困難である、きわめて困難である、こう思っておるから私はやる気がない、こう言ったのです。
○田中(美)委員 大臣、やる気がないなんということを、そんなにはっきり言うというのは、あなた自体の人格に問題があるんですよ。そうだと思うのです。やる気がないなんて、よく平気で言えたものだと思いますよ。法律をつくるのが遅かったわけでしょう。だから、申しわけないわけでしょう。だから私は、いま大臣がここで、やりますとあなたひとりで言えないということはわかりますよ。しかしそうなら、それに対する努力を自分としてはやりたくてもなかなかできないいろいろな理由があるというなら、そう言えばわかります。それを、やる気がありませんと言うのは、渡辺美智雄という人が、全く原爆に対して済まないという気がないということですよ。そういう物の言い方をするべきじゃないですよ。あなた、言葉の使い方を御存じないのか、私はそういうふうに思うのです。
 こういう、いまはもらえているのに、法律のつくり方が遅かったために、十二年間の人たちは本らえなかったということの問題として、もう一つは、やはり原爆で亡くなった人たちに対して単なる埋葬料だけじゃなくて、弔慰金のような、国からのお香典のような、済まなかったというせめてお墓を建てるお金ぐらいは被爆者に対しては出すというぐらいの気持ちがあってもいいんじゃないですか。その努力をする姿勢があってもいいんじゃないですか。それを頭から、やる気はありません、やりません、そんなことは、被爆者がいまここにいないからいいですけれども、あなた、被爆者の会合に行ってそんなこと言えますか。そういう点で、私はもう一度、この点について渡辺美智雄という人に聞きます。
○渡辺国務大臣 それはあなたが、どうじゃ、どうじゃ、はっきりせい、はっきりせいと言うから、ぼくが申し上げただけのことであって、私は気持ちは同じなんですよ。同じだけれども、ほかに全部広がっていく。私はここで、それは努力いたしてみますと言うことも、それは幾らでも知っていますよ。知っておりますが、法制度のもとでさかのぼって支給をしたりなんかするということは非常にむずかしいんですよ。そういうむずかしいということは十分わかっているわけですから、わかっているところで、まあ一生懸命やってみましょうとか検討してみましょうということは、私の良心から言えない。だから私は、これはむずかしいからできませんということを申し上げたのです。
○田中(美)委員 あなたは、さっきやる気がないと言ったのです。だから、私は怒っているのです。(渡辺国務大臣「意思がない」と呼ぶ)意思がないのじゃないでしょう。あなた、私と同じ気持ちだと言うなら、意思がないのじゃないでしょう。なかなかむずかしいから、あなたの力ではいまのところまだできないということでしょう。もう少し国語力をはっきりしてほしいと思うのです。まるで私はあなたに言い方を教えているような変な言い方になりますけれども、やはりこの議事録は被爆者も読むんですよ。そうでしょう。それに対して大臣は気がないと言う。いままでそういう形で国が法律をつくるのが遅かったから、その人たちに本当に申しわけないのだ、何とかしたいのだけれども、いまのところできないというのがあなたの立場なんでしょう。気がないということは、できてもしないということになるのでしょう。ですから、国語力が間違っていると言うんですよ。もう少し言葉遣いに気をつけていただきたいですね。
 それで私は、すべての被爆者に対して、亡くなった場合には、せめて墓を建てるくらいのお金というものを弔慰金として出すべきだというふうに思うわけです。そういう努力を政府としてすべきだ、こう思うのです。せめて認定患者には、それをすべきじゃないかと思います。
 認定患者というのは大臣、御存じですか。認定患者というのは、原爆症という病気をはっきりと医者も認め、国も認め、ただ被爆者手帳を持っているというだけじゃなくて、現在ちゃんとした原爆症にかかっている、そして国もそれを認めている、その方が亡くなった、そういう場合には弔慰金を出すべきではないかと思うのですけれども、大臣のお気持ちはどうでしょうか。
○渡辺国務大臣 弔慰金を支給することにつきましては、他の一般の戦災者の遺族との関係もございますので、現在の被爆者対策の措置として講じることは非常にむずかしいと存じます。
○田中(美)委員 あなたの考えは、いつも悪い方に悪い方に物を合わせようとするんですね。他の戦災でけがした人たちも当然です。当然ですけれども、いま私は、原爆の話をしているんです。そうでない人に全部合わせるというのでしたら、交通事故に遭っても、相手に逃げられて何もお金をもらうことができなかった、その人に合わせて、もらっている方は幸せだというのと同じことです。交通事故に遭ったということは幸せじゃないでしょう。しかし、そこで補償金をもらえる人ともらえない人があるわけでしょう。そして、もらえない人に合わせたら、こっちは幸せなんだから、事故に遭ってもいいじゃないかという考え方と同じになりますよ、そんなほかの問題を出してくるというのはね。しかしいま私は、原爆の話をしているんですからね。
 ことし広島では、世界の人たちが集まって、この人たちがどうなっているかということのシンポジウムをしようというふうに、この原爆の被害者の問題については世界の世論になってきているわけです。そういう意味では、日本がその中では非常にいい役割りを果たさなければならないときに世界的にも、人類的にも来ているんじゃないですか。
 そういうときの厚生大臣が、日本語の使い方もまともでないような言い方をなさるということは、私、それが本心であれば大変な大臣だと思いますよ。しかし私は、善意に解釈して、日本語の使い方がまずかったのだというふうに言い直しているわけですけれどもね。
 だからこそ、いま国家補償の立場に立った援護法を制定すべきだというのが、国民の世論になっているし、また世界の人たちはそれを見ているわけです。この援護法を通すべきだ。これを通すことは、ただお気の毒な人を救うというだけの問題じゃないですよ。これに対して日本の国がちゃんとやることが、原爆を落としたアメリカに対する批判をすることであるし、今後、原爆を絶対に人類の地球上からなくしていくという闘いにつながっていく大きな問題だというふうに思うから、私は、この援護法を通しなさい、援護法をやるべきではないかと言っているわけです。大臣、この援護法についてどう思われますか。
○渡辺国務大臣 午前中から再々御質問がございまして、私としても懇切丁寧に実は御答弁を申し上げてきたつもりでございます。
 この援護法については、いろいろ考え方の違いもございますので、いまのところにわかに賛成することはできません。
○田中(美)委員 私は、援護法の問題でこれ以上お話ししてもあれだと思いますので、次の質問に移ります。政府が、わが野党が出した援護法に対して、これを通すことに協力をすることを強く要請して、次の質問に行きます。
 昨年の七月ですが、「原爆被害に関する事例報告」というのができました。これはケースワーカーが――ケースワーカーというのは大臣御存じですね。ケースワーカーが、こうした被害者に対していろいろな相談をする、そういう中でのいろいろな事例を書きまして、ケースワーカーとしてのある結論を出しているわけです。
 その中の一つの事例ですが、この事例を読んでみたいと思います。ほんの小さな部分ですから、ここを読んでみますので、ちょっと聞いていてください。「慢性肝機能障害と慢性アルコール中毒のため昨年十月、四十歳で死亡した東京のBさんは、十歳のときに長崎で被爆した。中卒後、上京して調理師やバーテンをしていたが、よく身体のだるさを訴えていた。「医者に病名をいわれるのがこわい」と病院へ行かず、アルコールでごまかすようになり、四十三年に肝炎で入院した。その後、何度も禁酒の誓い、再び飲酒、入院を繰り返し、オニギリ店につとめて生活を支える妻との間に「被爆者の気持ちは被爆者しかわからん」と不和が絶えず、ついに大量吐血で死亡した。」こういう事例が出ているわけですが、「医者に病名をいわれるのがこわい」というのは、被爆者の心理の中に非常にあるのです。
 これは一つの事例を出したわけですけれども、ここでケースワーカ−が言っていますことは、やはり被爆者の心理にまで立ち入った親切な相談、本当の専門的なケースワーカーが相談に応じられるような機関が必要であるということを、このケースワーカーが強く言っているわけです。
 そういう意味で、こうした被爆者に対する相談員制度というものをつくっていただきたいというふうに思うわけですけれども、大臣は、その点はどうお考えになりますか。
○佐分利政府委員 昨年も先生からその点御指摘がございましたし、また前々から相談員制度については予算要求をしておりましたけれども、残念ながら五十二年度は実現ができなかったわけでございます。と申しますのは、やはり原爆被爆のケースワークにおきましても、第一義的には保健所のMSWとかあるいは福祉事務所のケースワーカ一とか、そういうふうな方々がかなりタッチできるのではなかろうか、また、そういうマンパワーを大いに活用すべきではないかというような御意見がかなり強かったと思うのでございます。
 そこで、私どもといたしましては、来る六月でございますけれども、各県の保健所のMSWの代表のような方に広島に集まっていただきまして、広島、長崎の実際の原爆相談事業のベテランの方々に講師になっていただいて、みっちり再教育訓練をやることにいたしております。
 したがって、今後も私どもはそのようなあらゆる関連マンパワーの再教育訓練に力を入れたいと思いますが、できるだけ専門の相談員制度もできるように今後も努力は続けてまいります。
○田中(美)委員 そういうことを、非常におくればせながら少しでもやろうとしていらっしゃる姿勢というのは、私はいいことだというふうに思います。
 しかし、私のおります愛知県で、昨年二人の被爆者が自殺したのです。この一人は四十五歳の男性で、職場の健康診断で肝臓が悪いと言われただけなんですね。だけといいましても、ここに被爆者でない者にはわからない、わかりにくい点があると思うのですけれども、私たちですと、肝臓が悪いと言われただけでは、そう深刻に考えないわけですけれども、被爆者は肝臓が悪いと言われただけで非常にショックを受けるわけです。
    〔委員長退席、中山(正)委員長代理着席〕
三人の子供さんがあるのを残して自殺したわけです。もう一人、三十五歳の独身の女性が、やはり一人で住んでいたわけですけれども、死ぬということがありまして、結局昨年二人あったわけです。
 それで、これをいろいろ調べてみますと、名古屋には愛友会というのがありまして、被爆者で組織していますが、愛知県では約三千名被爆者がいるわけですけれども、この愛友会で連絡がとれるのは、千七百名しかとれないわけです。そしてこの二人は、残念ながらこの千七百人の中に入ってないわけです。それでいて愛友会の事務所のすぐそばにいたわけです。どうしてそれがわからなかったのか。もしわかっていたら、この人たちは死ななくて済んだかもしれない。いろいろな、十分でないにしても、いま政府がやっているこうした措置法の対象になって、お金ももらったり、治療もただでしてもらったりというようなことができたかもわからないというふうに思うわけです。
 そういう点で、相談のケースワーカーをベテランにしていこうといま言われましたけれども、数からしたら非常に少なくて、愛知県ではほとんどできていない。相談事業というのはほとんどゼロに近い。三人ぐらいいまして、その一人ぐらいしかやっていない。一人では、約三千名の人が全部一遍に押しかけてくるわけではありませんけれども、相談に応じ切れない。それで結局、愛友会という被爆者の団体がこの相談を一手に引き受けている。本当ならば国や県やそういうところがしなければならぬ、特に国が力を入れてしなければならないことを、愛友会がかわりにやっているわけですね。
 これから政府相談員制度をやろうというお気持ちが少しでもあるということは、私は評価しますけれども、こういう現状では間に合わない。そうすれば私は、この三千名の被爆者の住所や名前を愛友会なりだれにでもすぐそちらは、何を言われてもプライバシーを守るのだということをすぐ言われると思いますので、時間がありませんので先手を打っておきますけれども、プライバシーという名のもとに、全く三十何年もたっていて、援護法じゃない、不十分な措置法しかない。しかも、この措置法さえ知らない人たちがいるのに、PRもしなければ相談員もいない。大体被爆者というのは、遠くに散らばれば散らばるほど孤独でいるわけです。黙って、自分は被爆者ということを隠している。ですから、ちょっと肝臓が悪いと、医者も相手が被爆者であるとすれば、どの程度かということで配慮もできるわけですけれども、何の配慮もしない、できないでいて、それでばっと、あなたは悪いですよ、こう言われることが、まさに自殺に行くほどの原因になっている。
 そうであればこそ、プライバシーを守る最大の注意をしながら、熱心に相談活動をしている特殊なところには、やはりこうした住所、名簿を知らせて連絡をとらせて、こういうことができるのだということをするということが、被爆者の命を救うことにもつながるのではないかと思いますけれども、そういう配慮をしていただけないでしょうか。これはお願いをしているわけです。
○佐分利政府委員 やはりすでに御指摘になりましたようなプライバシーの問題がございますから、こういう団体に役所側から名簿等を差し上げるということはできないと思います。
 ただ、重大な問題でありますから、むしろ都道府県の衛生部の方が被爆者の方々に、こういう団体があるのだから相談に行きなさい――その前に保健所の問題、福祉事務所の問題があります。また自殺ということになれば、精神衛生センターとかいろいろ専門機関がございます。
 ですから、そういうふうなことはやらなければならないと思いますが、一部の団体に名簿をお渡しするということは、御本人の御了解がない限りできないことだと思います。
○田中(美)委員 それでは愛知県に早急に、福祉事務所やそういう愛友会もある、だから、心配なことや困ったことがあったときには、そこに相談に行きなさいということを、この三千名に全部出していただけますか。もし三千名というのが大変であるならば、少なくとも愛友会がつかんでいない――あと三千人いるわけですからね。その千七百人はつかんでいますので、つかんでいない方に、この愛友会も入れて出していただけますか。そうしてください。
○佐分利政府委員 本件につきましては、いまここでお約束するわけにはまいりません。やはり地方自治の本旨とかいろいろの問題がございます。したがって、そのような方向で県や市と相談をしてみたいと思います。
○田中(美)委員 大臣、いいですね。それ、お願いしますね。いまのこと、いいですね。
○渡辺国務大臣 いま局長が言ったように、どういうような団体に出すかということは、個人の問題ですから、それは個人の意見を聞いてみないと一概にわからない。したがってわれわれとしては、それは県庁の窓口とか保健所で積極的に接触をして、本人が病気になっても医者にもかからずにいるとかそういうことのないように、PR活動はやってまいりたい、かように思います。
○田中(美)委員 ぼんやりしているからもうだめですわ。それはもう先に済んだことで、次のことを言っているのです。公衆衛生局長が、そういう見当で県と話し合って、愛友会のつかんでない人たちに、こういうものがありますよと報告すると言っているのですから、大臣もういいですわ。
 愛知県の半田市で愛友会が、ついこの間の話ですけれども、ずっとPRをしてみたわけですね。そうしましたら九人の被爆者が集まってきたわけです、愛友会のつかんでいない方が。その九人のうち四人が肝機能障害にかかっていたのです。九人のうち四人がですよ。明らかに健管手当のあれだったわけです。そこで早速この手続をして、この健管手当をもらえるということになったわけです。こういうことがいまでもあるのです。ですから、いま公衆衛生局長の言われたそういうことを、ぜひ県に対してそういう意味で相談を早速にやっていただきたいというふうに思います。
 大臣は、さっき聞いていらっしゃらなかったので、公衆衛生局長がお約束いただきましたことをぜひ実行していただきたいと思います。それがいつごろになって、どういうふうに県の方と話し合いが済んで、どういうふうにするかということが決まりましたら、私にお知らせいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 早速県や市と相談をいたします。
 ただ、このような団体については、いろいろなバックグラウンドもございますので、そういう点もよく調査をし、相談した上で善処をいたしたいと思います。
○田中(美)委員 質問を終わります。
○中山(正)委員長代理 次に、工藤晃君。
○工藤(晃)委員(新自) 大変長時間の質疑でお疲れのところ、最後の質問に立たしていただきます。
 けさほどから被爆者に対する援護の仕方、方法その他について、大変意見が分かれ、激論が続けられておりますけれども、私も、その根本的な問題について質問をさせていただきたい、こういうふうに思いますので、あるいは午前中からの質問の中で重複する部分も多々あるかと思いますけれども、できるだけそれを確認しながら質問させていただきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。
 午前中にも、この私がいまから質問する問題については出ておりましたけれども、改めていま一度御質問申し上げますが、国家補償と社会保障の定義についてどのようにお考えになっていらっしゃいますか、その点お聞きいたします。
○佐分利政府委員 まず国家補償は、大きく分けると二種類あると思いますが、違法の行為によって国が住民とか国民に損害を与えた場合に損害の賠償をする制度が一つでございます。もう一つは、適法な行為によりましてたまたま国民に損害を与えた場合に、その損失を補償する制度であると思います。
 次に、社会保障制度でございますが、これは国が政策的な判断によりまして、ある人々の健康状態とかあるいは経済状態とかそういうふうなものに着目いたしまして、救済の措置を社会公平負担の原則に基づいて行うというものが社会保障制度であろうと思います。
○工藤(晃)委員(新自) その定義は、原爆被爆者についても同様に充当されるのかどうか、その点はいかがでございますか。
○佐分利政府委員 そのように思います。本来ならば、現在の社会保障制度でいいはずでございますが、原爆放射線の障害は、それだけではカバーできないので原爆二法ができてきた、そしてその制度がだんだんと発達してきたということだと思います。
○工藤(晃)委員(新自) いま公衆衛生局長がお話になった定義は、国民的な合意を得たものかどうか、その点はいかがでございますか。
○佐分利政府委員 国民的な合意を得たものとは思いません。しかし、いろいろな成書を見ましても、表現はまずうございますし、簡単なところもあろうかと思いますが、大体多数説としては、こういうふうな分類をして定義をしていると思っております。
○工藤(晃)委員(新自) そうしますと、やはりそれは一つの考え方を示したものと解釈してよろしいですね。
○佐分利政府委員 平たく申しますと、一つの考え方ということになろうかと思いますが、しかし、こういうふうな考え方が出てきたのは、やはりいろいろな歴史や実績があって出てきたものと思います。
○工藤(晃)委員(新自) そうしますと、その考え方は不変のものではないというふうに解釈してよろしゅうございますか。
○佐分利政府委員 不変なものではないと思います。先ほども大臣がおっしゃっておりましたが、世の中が進歩してまいりますと、すべてが同じようなレベルになってくるというようなことも考えられます。
○工藤(晃)委員(新自) そうしますと、やはり一つの考え方として、原爆被爆者に対して国はそういう対応をしてきたというふうに解釈してよろしゅうございますね。
○佐分利政府委員 一つの考え方という表現もございますけれども、やはり各種制度の現状なり歴史、また国民の世論、そういったものを総合勘案してこのようになってきていると思います。
○工藤(晃)委員(新自) 原爆被爆者と一般戦災者との間に、さきに述べられたような定義に従いまして思考した場合には相違があるとお考えになりますか、あるいは相違がないというふうにお考えになりますか、その点いかがですか。
○佐分利政府委員 相違があると思います。それは原爆被爆者は原爆の放射線を浴びた、したがって、それによる健康障害が起こり得るというところに大きな違いがあると思います。
○工藤(晃)委員(新自) 私は、そういう障害の相違を聞いているのではなくて、そういう一つの社会保障という立場に立って考えた場合に、一般の戦災者の方々と、それから原子爆弾によって受けられた被爆者との間に相違があるかどうかということをお聞きしているわけです。
○佐分利政府委員 そのような医学的な相違がございますので、現在の原爆二法がつくられ、一般戦災者とは別になっていると思います。
○工藤(晃)委員(新自) そうしますと、やはり相違があることは事実でございますね。
○佐分利政府委員 そのとおりでございます。
○工藤(晃)委員(新自) そうしますと、関連した質問に入りますが、社会保障と、いま局長がおっしゃっておられるような被爆者に対する特別な社会保障、その違いはどこにあるのか、あるいはその違いを生じた根拠というものを御提示いただきたい、こういうふうに思います。
○佐分利政府委員 普通の社会保障と特別な社会保障の違いますところは、普通の社会保障は、一般的な健康の障害とかあるいは一般的な経済の不公平の問題だとか、そういうことに着目して公平の原則に基づいて一般的に救っていこうとするものでございましょうが、原爆の場合は、もともと原爆の放射線による特別な障害に着目してつくられた制度でございますので、発足のときからすでにジャンルは違うわけでございます。
 ところが、その制度がだんだんと発達をしてまいりますと、まさに中間的な制度になってくるわけでございますけれども、これは先ほど来申しておりますように、基本は原爆の放射線による特殊な障害ということでございますが、それに基づいていろいろ精神、身体上の問題も出てくる、経済上の問題も出てくる、そういった観点から、手当その他についても特別な配慮がなされるということになってきているのではないかと思います。
○工藤(晃)委員(新自) 政府のおっしゃっているいわゆる社会保障と、いまの特殊な社会保障、それと国家補償の違いはどういうところにあるのか、その点はいかがか、またその根拠、そういうところを明快にお答えいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 これは理念的には、またいろいろむずかしい問題もございまして、時間も長くなってまいりますので簡単に申し上げますが、国家補償の制度であれば、いわゆる損失補償でございますから、手当を上げる場合も所得制限のようなものはない、また差し上げる手当、あるいはこれは年金と呼んでもよろしゅうございますが、それは被爆者なら被爆者の障害の程度に応じて適切な額を払うということになりましょうし、また遺族補償も国家補償法であれば自然出てくるわけでありまして、弔慰金を払うとか遺族年金を払うとか、そういうふうな問題が出てくると思いますが、特別な社会保障制度ということであれば、現在の原爆二法のように所得制限はかかります、手当の額は平均払いです、あるいは遺族の補償はいたしませんというようなことになると思います。
○工藤(晃)委員(新自) ただいまいろいろ各論的な相違をお聞きいたしましたけれども、私自身が一番知りたかったのは、そのよって起きてくる根拠の精神、内面的な問題をもう少し理解したい、こう思ったわけでございます。
 その点はそれといたしまして、そうしますと、一般戦災者と特殊な社会保障に立脚した原爆被爆者との間に現在整合性がないというふうにお考えになっていらっしゃると思います、先ほどの答弁でそのように伺いましたので。そうしますと、一般の戦災者と、たとえば原爆被爆者に対して国家補償の精神に立脚した援護をやったというふうに考えた場合にも、やはり整合性がないと思うのですね。両方とも整合性がないわけですね。現在の特殊な社会保障という立場に立脚した援護と、それから国家補償に立脚した援護、これを一般戦災者との比較に充当しました場合には、お互いにその整合性がないということを私は確認したいと思うのですが、その点どうですか。
○佐分利政府委員 原爆被爆者と一般戦災者は、やはりそれぞれの特徴はあるわけでござますから、それぞれの特徴に基づいてつくられたそれぞれの特殊な制度というのは、必ずしもぴたっと合っている必要はないわけであります。ただ、その原因なり障害の重さによって金額等が同じぐらいでないといけないとかいうようなことが起こってくるのでありましょうが、原爆の場合にはこういう特別な手当があります、一般の場合にはこういう特別な手当はありませんということが起こっても、それはその被害者の性格上やむを得ないことでございます。
○工藤(晃)委員(新自) 私の質問がまたすりかわってしまいました。私が申し上げているのは、そういう程度とかあるいは各論をお聞きしているのではなくて、整合性があるかどうかということ、そういう意味において一般の戦災者と原爆による被災者との間の整合性は、いまの制度の上から見た場合にはやはりないというふうに私は考えるわけでございます。同時にまた、特殊な社会保障に立脚した原爆被爆者に対する考え方と、国家補償という立場に立った考え方の間に、一方から見てこっちに整合性がないから、たとえば一般戦災者に対する国家補償をやった場合には整合性がないのだ、だから、それは認めがたいのだという発言がいままでございましたように伺っております。ですけれども、現在政府がおっしゃっておるような援護の仕方をしてもやはり整合性がない。お互いに一般戦災者というものを一つのはかりに置いた場合には、くどいようですけれども、お互いに整合性がないのだから、そういう意味において政府のおっしゃるような国家補償という精神に立脚して原爆被爆者に対する援護をやることについては、一般のそういう方々との整合性が欠けるからどうかと思うという論理は私は通用しないのではないかという考えがいたします。
 それからもう一つ、厚生省がおっしゃっている予算の問題につきましては、五党共同提案をいたしております私どもにとりましても、予算は、それはもうないものをしぼり出せと言っても出ないのだから、その点については柔軟に対応はしていこうと申し上げているわけでございますので、その点、政府が国家補償の精神に立脚した原爆被爆者に対する援護法は困るとおっしゃる根拠が非常に薄弱ではないかと私は考えるわけでございまして、お互いの考え方の相違からそういうものが生まれてきているのではないかと考えますが、その点いかがですか。
○佐分利政府委員 一般戦災者とアンバランスが起こり、不公平が起こりますよというのは一つのティピカルな例示でございまして、本質論は別にあるわけでございます。なぜ原爆被爆者の場合に国家補償の制度が要るのかという本質論になるわけでございます。
    〔中山(正)委員長代理退席、委員長着席〕
 それは先ほど来申しておりますように、皆様方の方では国の戦争責任があるとか、あるいは平和条約で賠償請求権を国が勝手に放棄したのだから、国は被爆者に補償をする義務がある、被爆者は請求する権利がある、こうおっしゃる。これが国家補償制度の基本的な理由になっておりますが、そのそれぞれについて私どもは何とも言えないと申しているわけでございます。したがって、国家補償法である必要がないという考え方でございます。
○工藤(晃)委員(新自) これは、そのようなお互いの考え方の相違であって、確実な反論をする根拠にはなってないということを確認し合いたいと思います。
 それから、政府の考え方と全く逆に発想いたしまして、国家補償の精神に立つ被爆者援護法を制定することによって、世界のただ一つの被爆国として、原爆の恐ろしさを永久に記憶しながら二度とこういうことは許さないのだという一つの警笛として、広く国の内外のコンセンサス形成に大きな意義を持つことになるというふうに考えることはできないのでしょうか。その点いかがでしょう。
○佐分利政府委員 それは程度の問題でありまして、そのように考えることができないとは申せません。しかし、すでに日本は原爆二法を持っており、それを年々改善しておりますし、また毎年八月六日、九日には、これは政府ではございませんが慰霊祭も行っておりますし、また広島、長崎の両県市は、外国に対してPRに努めておりますから、そういう方法でも原爆の恐ろしさ、核兵器の廃絶の運動の一助にはかなりなっていると思っております。
○工藤(晃)委員(新自) これはお互いの判断の相違から生まれてまいりました一つの結論だと思いますけれども、このたび五党共同提案で出しました国家補償の精神に基づいた援護法――いま国会の中、与野党伯仲でございます。国家補償の定義というのは、先ほどおっしゃったように国民的コンセンサスがない。だとするならば、国民の約半分半分の意見の相違がここに生じているのだということを、五党共同提案は意味していると思うのです。そうすると、そういう五党共同提案に対する意見の重みに対してどのようなお考えをお持ちになるか、その点についてお答えいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 確かに、半分近い五党の重みというのは大変なことだと思います。しかしながら、私どもの方には私どもの考えもあり、また、これまでの歴史もあり、その間の努力もあるわけでございますので、そのあたりは最近の諸般の情勢とか国家財政とかその他のことも勘案して理解をしていただきたいと考えております。
○工藤(晃)委員(新自) 局長がおっしゃったような理由だと、これは与野党ともにもつともっと話を詰める可能性が出てきたのじゃないかと考えるわけですね。ですから、この問題は、将来、日本の戦争責任とか戦争と平和あるいは原爆に対する日本の世界への姿勢とかいうものを問われる一つの大きな要因だろうと思いますし、いまのような御回答であるならば、これは絶対に平行線でお互いに交わり得ないものではないように受け取れますので、その点ぜひ積極的に政府も与党もまたわれわれ野党五党も、この問題についてお互いにフランクに話し合ってみることが可能なのじゃないか、そこから一つの結論を導き得るのじゃないかというような感じもいたしますが、その点いかがですか。
○佐分利政府委員 端的に申しますと、国家補償の精神に基づく制度というところに一番の問題があるわけでございまして、私どもは、たびたび申しておりますように、現行二法の改善充実についてはいろいろと御相談にも応じましょう、こう前前から申しているわけでございます。しかし国家補償法、国家補償の精神に基づく制度ということになりますと、まさに性格が一変してしまうわけでございます。
○工藤(晃)委員(新自) そういう発想も一つの発想かもしれませんが、最初おっしゃったように、国家補償という一つの定義に対する国民的なコンセンサスがいまのところまだないのだから、そういうふうに断言なさることもいかがかと思うのです。だから、国家補償というものを今後どういうふうにとらえていけばいいのかということをもっともっと討議していいのじゃないか。それは絶対性格が変わってしまうのだ、だから、だめなんだというようなことでは、先ほど局長がおっしゃっておられたようなことに対する答えにはならないのじゃないか。
 私は、もっともっと話し合えば、そういう他に対する国家補償という考え方でなくて、原爆症に対してはこういう国家補償というたてまえの上に立って考えてもいいのじゃないかというふうな話し合いができるのじゃないか、こう思うのですが、その点いかがですか。
○佐分利政府委員 大きく申しますと、そういうことかもしれませんが、国家補償の中にも、先ほど申しましたような国家賠償というふうなものがある。その次に損失補償というのがある。それから最後に損害てん補というようなものもある。これは、いまでもその三つに分かれるのですから、将来はさらにもっと分かれるかもしれません。そういう意味では、また将来、大きな意味の国家補償的なものになるのかもしれませんけれども、少なくとも現時点におきましては、ほかの制度なり仕組みが全部そのような、これまで御説明したような方針で進んでおりますので、国家補償の制度で御相談をしても、なかなか両者の合意は得られないのじゃなかろうかという感じがするわけでございます。
○工藤(晃)委員(新自) 先ほどおっしゃっている言葉の中に、国家補償的という言葉が出ましたが、やはりこれもある意味において、国家補償という一つの定義というものの受け取り方が皆さん違うのじゃないか。まして各論においては、いろんな過去のしきたりの上からその国家補償という精神に基づいていろんな制度がつくられてきたが、しかし、それは決してすべて正しい、各論としてそういうものは、国家補償の精神に立てば必ずこうしなければいけないのだということも逆に言えばないのじゃないか。
 だから、これからそういう国家補償的な観点に立って具体的に物を考えようというときには、具体的な発想については、われわれもできるだけ柔軟に対処しようと申し上げているのですから、その点十分、いやもうだめだというアレルギー反応を起こさないで、いまもう一度、ここでこの問題について三者合議し、あるいはいままでの考え方からやや柔軟な別の考え方が起きてきても、それはちっとも不思議じゃない。なぜならば、たとえば遺族年金につきましても、これは国家補償として考えるならば当然ついてもいいことなんです。ところが、今度の五党共同提案の中には遺族年金はついてないわけです。ですから、そういう意味においても、必ずしもこうだからこういうものはついてこなければおかしいとか、あるいはおかしくないとかいう論議じゃなくて、やはり一つの特別な多量殺戮あるいは非人道的な手段によってこうむった被害に対して、国がそういう考え方で臨んでいただき、あるいはまた、そういう意味においても予算面においては十分配慮していける姿勢を皆で出し合っていくということになれば、いまよりももっともっと前進した一つの補償的な制度が生まれてくるのじゃないか。
 だから、余り言葉に固執しないで、少なくとも国会の中で約半数がそういう国家補償という言葉を出して補償してあげたいというふうな気持ちになっておるわけでございますから、その点ぜひもう少し柔軟にこの問題に対処していただけるようなぐあいにはまいらないかどうか。
○佐分利政府委員 御提案の問題は、きわめて高度の政策的な問題でございますので、私は、事務レベルの話を先にさしていただきますが、私ども事務レベルといたしましては、やはり原爆の制度だけを考えるわけにいかないわけでございます。関連する制度があるわけでございます。公害の健康被害補償法とかなんとかかんとかいろいろございます。ですから、そういう意味で、最初に先生がおっしゃった整合性というものが必要でありまして、その整合性を破って何か特別なことをするには、それだけの根拠が要るわけでございます。しかし、いまの段階では、先生のおっしゃるようなきわめて広い意味の国家補償というか、国家補償的というか、そこまではなかなかいけない。そうすると、結局いまの原爆二法の中でどう大幅に改善するかという問題に返ってくるのじゃないかと思うのでございます。
○工藤(晃)委員(新自) 盛んに整合性が出まけれども、局長のおっしゃる整合性というのは、私は、先ほども申し上げましたように、やはり整合性はないと思うのです。だから、二度と同じことを繰り返しませんが、整合性というものに対する考え方は、やはりもう少し柔軟にお考えになってもいいのじゃないか。お互いに否定されていかなければいけない整合性というのはないと思います。
 それから大臣に最後に、大臣は、国家補償というものの考え方についても、非常に政治的な判断に立たなければいかぬということを、さきの質疑の中でもおっしゃっておりましたし、私は、いまるるその問題について物の考え方、非常に総括的な総論だけを申し上げましたけれども、これは一番ポイントになろうかと思いますので、この点だけを強く私は述べたわけでございます。
 そういう立場に立って、やはりもう一度くどいようでございますけれども、国家補償というものの考え方にもいろいろあって、国民の約半分は、そういうものを精神として援護していったらどうかという意見がここに出ているわけですから、そういうものからひとつ大臣が政治的に判断されて、この問題にどのような姿勢で今後取り組んでいただけるのか、お考えを伺いたいと思います。
○渡辺国務大臣 この原爆被爆者に対するいろいろな援護措置を国家補償というようなものにするかどうかということは、これは私、きわめて政治的なものだと思うのです。午前中からの議論にもあるように、国家補償というのはどこまでなんだ、それから社会保障でうんと強化していったらどこまでなんだという話で、ここからこことはっきり分かれるところはないのです、すそ野へ行くと。物の考え方としてはいろいろありますよ、スタートはね。しかし、われわれといたしましては、ともかく国家補償にするということよりも、現在社会保障で、しかも、それも一般の社会保障よりも強化した、ある意味においては第三の保障だとか国家補償的だとかという言葉も使われておるくらいでございますから、まあ現在の原爆二法を必要があれば充実させる、手直しをするというふうなところで十分にいけるのではないだろうか、こう思っておるわけなんです。
 特にわれわれは、政府を持っておって、いろいろな制度間のバランスということも考えていかなければならない、政策の優先順序というものも考えていかなければならない、財政の面も考えていかなければならない、これだけの問題じゃありませんからね。だから、そういう千六百億と口で簡単におっしゃいますが、千六百億だけが厚生省のふえる予算で、あとふえるものは何もないのならばいいけれども、これは大変な、来年だって仮に一〇%か一五%ふえるのか、二〇%ふえるのか知らぬが、何兆円あるいは何千億というような自然経費増というものが出てくるわけです。ですからそういうような中で、しかも一般戦災者との間で、ともかくこれはある意味ではトラブルが起きかねない、ですから、そういうようなものを、ここでどうしていますぐやらなければならないのかという政治判断がつきかねるということなんです。
 私は、余り一つ一つ、これにいろいろなことを論評はしたくないのですけれども、これは総合的に全部見た場合において、いま直ちにこれに乗るというわけにはいかないなと、こう思っているのが政治判断なんですよ。だから、皆さんの方が多数で、ともかく将来政権をとってこれはいいということになれば、また事態も変わるだろうし、それはそのときの話なんですよ。ですから私は、そのときになってもやはり金がかかるから、ほかの方をどうするかという問題必ずぶつかってくるわけですから、これはこれとして、別に悪い案だとかなんとか言っているわけではない。物の考え方の違いから出ているわけですから、実務的にどうするかという問題を、一つわれわれはそこにはさんでおるというところに、気持ちはわかっても制度としてスタートさせることには私が踏み切れない理由というのがあるわけでございますので、御了承願います。
○工藤(晃)委員(新自) 局長にお伺いいたしますけれども、一般の戦災者の方から、原爆による被爆者との間に整合性がないから、われわれにもそういう整合性を与えろというふうな御意見が出ておりますが、その点はいかがですか。
○佐分利政府委員 その問題は、数年前から援護局の方にかなり厳しく参っております。
○工藤(晃)委員(新自) それに対して今後政府はどのような姿勢でお臨みになりますか。
○佐分利政府委員 一般戦災者につきましては、先ほど来申しましたように、原爆被爆者と違う点がございますので、現在の社会福祉各法、たとえば生活保護法とか身体障害者福祉法だとか、あるいは年金法だとか、まあそういうふうなもので御期待に沿えるのではないかと考えております。
○工藤(晃)委員(新自) そういう都合のいいところは、やはり一般と違うのだということをおっしゃって、逆に国家補償の見地に立った場合にはという話になってくると、今度は一般戦災者との整合性が云々される、ちょっと論理に一貫性がないように私は思いますけれども、これは大臣がおっしゃったように、いろいろ立場もあってのことでございましょうけれども、問題は、やはり原点を真剣に考えて、言葉のやりとりあるいは遊びに終わらないで、できるだけひとつ前向きに、お互いに考えていくという姿勢を私は出していただきたい。それは確かに、他の制度との間の問題もありましょうけれども、現在自身が整合性がないのだから、それを、今度こういうことをしたら整合性がなくなって、いろいろな制度間の矛盾が出てくるのじゃないか、あるいは何するのじゃないかという心配は、やはり逆に言えば、相違を明らかにすることによって、逆に出てこなくなるという発想も一つにおいてはあるのじゃないかというふうに考えるわけですね。違いをはっきりさせることによって、整合性云々をいわば否定していくということもあり得るわけですから、そういう考え方にもひとつ着目していただいて、せっかくここで長い時間討論しながら、お互いに原爆被爆者に対してより手厚い保障をしていこうという精神を、お互いにもう少し妥協点を見出せるような話し合いを今後続けていただけることを心から期待いたしまして、私の質問を終わります。
○橋本委員長 次回は、明二十八日木曜日午前九時五十分理事会、十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時三十四分散会