第082回国会 文教委員会 第3号
昭和五十二年十一月十六日(水曜日)
    午前十時三十一分開議
 出席委員
   委員長 藤尾 正行君
   理事 登坂重次郎君 理事 藤波 孝生君
   理事 渡部 恒三君 理事 木島喜兵衞君
   理事 嶋崎  譲君 理事 有島 重武君
      石川 要三君    石橋 一弥君
      久保田円次君    小島 静馬君
      坂田 道太君    玉生 孝久君
      中村  靖君    長谷川 峻君
      水平 豊彦君    小川 仁一君
      土井たか子君    中西 績介君
      湯山  勇君    池田 克也君
      鍛冶  清君    伏屋 修治君
      中野 寛成君    山原健二郎君
      西岡 武夫君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 海部 俊樹君
 出席政府委員
        人事院総裁   藤井 貞夫君
        人事院給与局長 角野幸三郎君
        文部大臣官房長 宮地 貫一君
        文部省初等中等
        教育局長    諸沢 正道君
        文部省大学局長 佐野文一郎君
        文部省社会教育
        局長      望月哲太郎君
        文部省体育局長 柳川 覺治君
        文部省管理局長 三角 哲生君
        文化庁次長   吉久 勝美君
 委員外の出席者
        警察庁刑事局捜
        査第二課長   加藤  晶君
        警察庁警備局公
        安第三課長   福井 与明君
        大蔵省主計局主
        計官      的場 順三君
        国税庁直税部所
        得税課長    小野 博義君
        建設省住宅局建
        築指導課建築物
        防災対策室長  対馬 英輔君
        自治省財政局調
        整室長     小林  実君
        文教委員会調査
        室長      大中臣信令君
    ―――――――――――――
委員の異動
十一月十六日
 辞任         補欠選任
  水田  稔君     土井たか子君
同日
 辞任         補欠選任
  土井たか子君     水田  稔君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
 小委員長からの報告聴取
 大学入試改善に関する件
     ――――◇―――――
○藤尾委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 この際、入試問題に関する小委員長藤波孝生君より発言を求められておりますので、これを許します。入試問題に関する小委員長藤波孝生君。
○藤波委員 入試問題に関する小委員会の調査の結果について御報告申し上げます。
 当小委員会におきましては、大学入試改善に関して慎重に調査を進めてまいりましたが、昨十五日、全会一致をもって次のとおり大学入試改善に関する決議案について委員会に報告することに決しました。
 案文を朗読いたします。
    大学入試改善に関する決議(案)
  本委員会は、大学入試の改善に関する国民的要請を考慮し、第八十回国会において、共通第一次学力試験の実施と大学入学者選抜方法の改善に関する調査研究を行うための機関として大学入試センターを設置するための法律改正について、附帯決議を付して認めたところである。
  本委員会は、附帯決議の趣旨に沿い、入試問題に関する小委員会を設置し、共通第一次学力試験の実施に係る諸般の状況について関係者及び国民各層の意見を聞き、慎重に検討を重ねてきた。
  その結果、大学入試の改善についての各方面の努力には敬意を表し、かつ、大学の自治を尊重することはもちろんであるが、なお、幾つかの問題点があり、それらが積極的に解決されなければ、かえって改悪になるのではないかとさえ思われる。
  ついては、昭和五十四年度の入学者選抜から共通第一次学力試験を実施するにあたっては、政府当局、大学入試センター及び各大学は次の諸点について誠意をもつて対処し、大学入試改善の実を挙げ、高等学校教育ひいてはわが国教育全体の健全な発展に寄与するよう、重ねて強く要請するものである。
 一、共通第一次学力試験の実施期日については、各方面で種々の意見が出ている。
   高等学校側の意見としては、教授計画や学校行事の実施への影響を考え、第三学年のなるべく遅い時期に共通第一次学力試験を実施してもらいたいとの希望があり、また、文部省や入試センターは、願書提出、試験、採点、結果の通知など一連のスケジュールを考慮しての期日の決定という運びとなっている。
   しかし、大学の入試は法に定めた高等学校教育の全課程が終了した時点で、その到達度を判定するという趣旨で実施されることが原則である。
   そのためには、むしろ大学側において入学時期を多少変更させるなどの措置も含めた最善の配慮をすべきである。
 二、このたびの大学入試改善が共通第一次学力試験、各大学の行う第二次試験、調査書などによる総合判定によって、入学者を決定するという趣旨であることにかんがみ、一部の大学で行われようとしている二段階選抜は、その実施を避けるべきである。
 三、各大学が行う第二次の学力検査については、なお、多くの科目を課す大学が見られるが、本来、受験生の専門課程の適性を判定するという趣旨にかんがみ、受験生の過重な負担とならないようその科目数を最小限にすべきである。
 四、国立大学一期、二期の廃止など、入試期日を一元化することによって受験の機会が減少するということに対し、その機会を確保するという観点から、更に多くの大学が第二次募集方式を実施するよう努めるべきである。
 五、大学入試の問題は、国・公・私立大学を通ずる改善によって、その効果を期待し得るものであることにかんがみ、共通第一次学力試験への私立大学の参加の実現に向って、更に積極的に努力すべきである。
 六、共通第一次学力試験の実施と大学入試制度の改善について、更に国民各層の理解を求め、受験準備の過熱の防止について極力努力すべきである。
  右決議する。
 以上、御報告申し上げます。
○藤尾委員長 以上で報告は終わりました。
     ――――◇―――――
○藤尾委員長 お諮りいたします。
 ただいま小委員長から報告のありました大学入試改善に関する決議案を委員会の決議とすることに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 ただいまの決議に対し、政府の所信を求めます。海部文部大臣。
○海部国務大臣 ただいまの御決議につきましては、その趣旨に沿い、高等学校教育の正常な発展に十分配意しつつ、関係方面と協議し、改善に努めるとともに、各大学において決定すべき事柄につきましても、逐次改善が図られるよう促してまいりたいと存じます。
○藤尾委員長 なお、ただいまの決議の議長に対する報告及び関係当局への参考送付等の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○藤尾委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
     ――――◇―――――
○藤尾委員長 引き続き、文教行政の基本施策に関する件について、質疑の申し出がありますので、これを許します。中野寛成君。
○中野(寛)委員 私は、最近の大学をめぐるいろいろな、きわめて深刻に受けとめなければいけない諸問題につきまして、二点ほどの問題にしぼってお尋ねをさせていただきたいと思います。
 第一点は、最近の特に医科系の私立大学の不正入試の問題から端を発しまして、しかし実態はより前から行われていた奈良県立医大に関する問題まで、いわゆる大学の運営、そしてまた、その大学において学ぶことを目指す生徒や学生たちの夢や希望を完全に抹殺してしまうような一連の事件に対して、そこから大学の自治や学問の自由、そしてまたそこで学ぶ人々の権利を守るという観点からお尋ねをしたいことが第一点であります。
 それからもう一つは、一時、大学封鎖その他によって大変過激な大学におけるゲバ活動が行われておったわけでありますけれども、それでは現在は、一見静穏な感じに見えるけれどもそのたぐいのことはなくなったのかどうか。先般起こりましたあのハイジャック事件の問題にいたしましても、彼らの活動が始まったルーツを訪ぬれば、まさにそれは大学から始まっているということが言えないのであろうか。そして彼らがいま日常活動として、大学の中できわめて陰湿な過激な活動をし、むしろ学内から学問の自由を奪い、大学の自治を侵すという状態があるのじゃないだろうか。端的に言うと、権力サイドもしくは経営サイドからの大学の自治や学問の危機と、一方は学内、特に学生のサイドからの大学の自治や学問の自由に対する妨害と、両サイドの問題があろうかと思うわけでありまして、これらのことについて若干お尋ねをしたいわけであります。
 奈良医大の問題につきましては後ほど若干の資料に基づいてお尋ねをしたいと思いますが、最初に基本的な姿勢だけお尋ねをしておきたいと思います。
 まず、最近の医科大学の問題、そしてまた先般来起こっております慶応大学や中央大学の不正入試もしくは問題が漏れたというふうな問題、このような問題について、文部省としては、いま事件が発覚をしたその大学だけの問題としてではなくて、日本の大学制度や大学の実態の中でそのような問題を誘発させるものが基本的にあるのではないのか、この機会に総合的に調査をし、二度とこのような忌まわしい事件が起こらないように的確な指導、監督というものをなされなければいけないと思うわけでありまして、そのことにつきましての基本的な文部省の姿勢をまず大臣にお伺いをいたしておきたいと思います。
○海部国務大臣 申し上げるまでもなく、大学の自治を尊重するということは、尊重されるにふさわしい公正な入学試験、教学、経営の姿勢、そういったものが確立されることが大事でありまして、教育、学問、研究の場にふさわしい最も高い次元に立った秩序と自律規範を持っておってもらうのが大学でなければならない、これは言うをまたないことだと思います。私どもとしましては、入学試験に不公正なこと、社会的な批判を受けるようなことが絶対にあってはならぬわけでございますので、すべての大学に対して改めてもう一回念のため、こういったことが二度と起こらないように厳しく戒めてもらいたい、こういった指導を続けていきたいと思います。
○中野(寛)委員 この問題につきまして、いろいろ私学の一つ一つの事例を取り上げますと時間が長くなります。そのことについては、いまの文部大臣の御答弁がぜひ確実に、また国民、各大学の理解のもとに完璧に実現をいたしますように私どもも念願をして、基本的な問題としておきたいと思います。
 さて、まず当面問題になっております奈良医大の問題であります。いま冒頭申し上げましたけれども、決して私立の大学をべっ視するわけでも軽視するわけでもありませんが、国民的な一般的な感覚としては、私立大学の場合にはある程度弾力的な判断や選抜というものが行われるのではないかという危惧を持ちながら、しかしそういうものがある程度あるのであろうという想定をする向きは現実にあると思います。しかしながら、国立や公立についてはまさかそのようなことはないであろうというのがまさに受験者サイド、また国民の立場からの一般的な見方ではないだろうか、率直に言ってそういう感じがするわけであります。そういう意味で、今回の奈良県立医大の問題は、公立までもかというのが率直な気持ちであろう。それだけに国民の皆さんのショック、特に受験生の皆さんのショックというものは大きいのではないかというふうに思うわけでありまして、先ほど来の私学の問題も含めまして、文部省が徹底的な調査をし、そして今後二度とこのような事件は起こりませんよ、どうか安心して本来の勉学に励んでほしいということを自信を持って文部省から提示をしていただく、また言っていただけるということでなければいけないであろうというふうに思うわけであります。それだけに、今回の奈良医大の問題については、より一層文部省として真剣な、かつ徹底した調査がなされ、的確な指導、助言、監督というものがなされなければいけないだろうと思うわけでございまして、この事件をどのように調査をされ、そしてその結果どのような内容であるのか、またその事件の要因となったものはどこいら辺にあると文部省は御判断になっておられるのか、そのことについてまずお尋ねをしておきたいと思います。
○佐野政府委員 奈良医科大学の不正入学の問題につきましては、去る十一月十二日に堀学長を文部省に呼びまして、過去における寄付金の収受に絡んだ入学者選抜の事実、あるいは現在の学内の状況等について報告を受けたところでございます。この大学は、十一月十二日の時点ではなお学内に動揺がございまして、当時の事情聴取ではなお完全には事実を掌握できかねている部分がございますが、そのときの事情聴取の結果明らかになった点を申し上げます。
 昭和三十三年に、基礎校舎の建設に必要な資金の捻出ということを目的といたしまして、寄付金の収受を条件とした別枠の入学者選抜が行われることとなっております。その概要でございますが、第一に、寄付金の募集は同大学の後援会によって行われまして、いわば寄付の予約をした者のリストが後援会から大学に示されている。そして大学は、入学定員の半数については学科試験等の成績順によって合格者を正規に決めておりますが、残余の半数につきまして、そのリストに記載されている者の中から合格者を決めている。この合格者の決め方につきましては、学長は成績順にそのリストの中から決めているというふうに報告をいたしております。それから、寄付金収受を条件にした入学者の枠は、昭和四十二年と四十三年になりまして、県の財政状況が好転したこと、教授会の中にこのような取り扱いについて反省の声が上がったこともありまして十名に減じられております。一人当たりの寄付金額は、三十三年と三十四年は五十万円、三十五年から四十一年までは百万円、四十二年、四十三年は百五十万円でございました。昭和四十三年に至りましてこの寄付金収受を条件とした別枠の入学者選抜が公に問題となりまして、これを契機としてこの別枠の取り扱いは廃止をされ、四十四年以降はすべて成績順に入学させております。この点は、四十四年以降このような不適正な入学が行われていないかについて重ねて同学長にただしましたけれども、学長は、四十四年以降はそういった事実は全くないということを明言いたしております。
 これらのきわめて不適正な入学者の選抜方法を大学が採用することになった背景には、当時の県の財政事情がきわめて逼迫をしていたという事情があったということは認められますけれども、御指摘のとおり、公立大学においてこのような入学者選抜の取り扱いをするということはわれわれとしてはおよそ考えられないところであり、ことにこれは、公立大学としてまさに教授会の議を経て学長が入学者を決めるという、その形の中で行われていたということについて、われわれはきわめて衝撃を受けたわけでございます。この点が本年の九月ごろから学生自治会によって問題とされまして、当時の入学者の氏名の公表を含めた関係資料の学内公表が要求されるに至っております。教授会としては、学生がそのような要請をしておること、そして現在の大学にはそういった不正はないということを明らかにするためにも当時の資料を公開する方がいいという判断をいたしまして、三十三年から四十三年の入学者について、個人の氏名を除きまして、入学の順位、成績の順位、学科試験の総得点を示した資料を公にしたということでございます。われわれが現時点で大学側から聴取をしている状況は以上のとおりでございます。
○中野(寛)委員 まさに、いまの御答弁の中でもございました、私なりにいろいろと調査なりまた聴取もいたしておりますが、問題点の一つは、これがいわゆるマル特といういま言われた寄付の予約制度、半数は成績順で、あと残りの半数は寄付を予約した人の中から、言うならばもうそこで格差をつけられ、そしてまた倍率そのものが雲泥の差というぐらいになっている、そういうものをいわゆる大学の中で制度化をしてやっておった。いま局長がおっしゃられたように、制度化をするという公然とした中でそれが行われている。このことはまさに大変な問題であります。先般地元紙にも取り上げられておりましたけれども、同時に、そこでこのようなことをせざるを得なくなったのは、学位審査権等を付与してほしいとか、大学の権威を高めるための問題もありますが、文部省の方から、大学としてはこういう整備をしなさい、もしくはそれができなければ、そしてまた財政がそれだけ苦しいのであれば、奈良県サイドももうやめようかどうしようかという迷いもあったようでございますけれども、むしろそういう事態につけ込むと言っては言い過ぎではありますけれども、彼らにすれば、そういう事態の中で文部省から一つの決断を迫られるということになりますと大変なことであります。そういう事態の中で、彼らとしてはこういう制度を取り入れざるを得なかったのではないかという感じも持つわけであります。マル特、一重丸と二重丸とあるようでございますけれども、二重丸の方は二重丸の方としての問題がありますが、この制度化されておったマル特そのものにむしろいまの構造的な問題を感じるわけでありますし、そのきっかけが、こういう医科大学、また大学制度に対する国または文部省からの的確な指導や援助やまたは総合的な大学のあり方というふうなものを考えるについて、むしろ不十分なままに指導がなされておったところにこの基本的な原因があるのではないかなというふうな気が非常に強くするわけであります。同時に、その大学の整備の方向づけやまたは計画等について、文部省としては当時その報告をさせたはずでございますし、その財政対策等も聞いたはずではなかろうかと思うわけでありますが、その辺のところは当時文部省としては全く関知しておられなかったのでしょうか、また裏づけの調査はされなかったのでしょうか。
○佐野政府委員 一部新聞紙上に、当時の文部省の担当課においてこの事実を承知をしていたのではないかということが報道されております。そのこともございまして、私どもできるだけ当時の事情の確認をすべく努力をいたしておりますけれども、当時の担当課長が死亡しているという事情もございまして詳細な事実を確認することができませんが、いわゆる寄付金の収受を条件とした別枠の入学というものを大学が制度としてとるというようなことについて、文部省がそれを承知をしていた、あるいは承知をしながら黙認をしたというようなことはあり得ないことではないかと思います。当時の地方財政の状況からして、この医科大学に限らずに、県立のあるいは市立の大学の整備について地方公共団体が非常に御苦労になっていたということはそのとおりでございますけれども、このような不適正な入学者選抜というものを文部省が承知をし、見逃したということはあり得ないと考えております。
○中野(寛)委員 私もいまの新聞報道を見ました。そしてまた同時に、文部省としての見解としては黙認したことはないということでございますけれども、しかし、きわめて態度を明確にしないことからいろいろな問題が発生する。たとえば、こういうことをせざるを得ないのですと大学当局が漏らしたときに、文部省ではそれは困るなと言ってそのままになってしまった。困るなと言ったから決して認めたのではないということではなかろうと思うのです。やはりそこにまさに文部省としての指導性が欠けておった、より中身をきちんと調査をしていくという態度に欠けておったということが一つの基本として問題があるのではないでしょうか。もう一つは、たとえば、学内でこのことを十年間も続けさせた、それは、当時の学長がこういうことで選抜してもよろしいか、この人はこういういきさつで来ておりますけれどもこれでよろしいですねと言ったときに、他の各教授が黙っておったからそれは承知をしたんだ、彼らにもともに責任があるんだ、こう談話を発表されておるようでありますが、これもやはり同じ。黙っておって態度を明らかにしない、そのことから事件がだんだん広がってくる、大きくなってくる、根の深いものになっていくということがあるのではないかと思うのでございますが、その辺についての指導がきちんとなされておったのかどうか、今日の文部省のその後の反省の上に立っての態勢も含めましてお聞かせをいただきたいと思います。
○佐野政府委員 現在の時点におきましては、もとより私どもは正すべきものは正していくという姿勢を堅持する、そのことによってかえって大学側の信頼も文部行政に対して高まると確信をしております。そういう姿勢で対処をいたしております。当時のこの大学に対する指導についての詳細なことは、先ほどお答え申し上げましたように、現時点ではなお私どもはその詳細を確実に掌握することができませんけれども、先ほど申しましたように、このような、まさに不適正な入試の制度を文部省が承知をしながら見逃したということはおよそ考えられないことでございますので、そのことだけは申し上げさせていただきます。
○中野(寛)委員 これを一つの反省の材料にして、再び繰り返さないということが何よりも肝心なわけでありますから、それ以上このことについて申し上げませんが、しかし、少なくとも大学が勝手にやっておったんだということではなくて、本来文部省がなすべき監督の仕事を文部省として怠っておったとすれば、文部省としてもすべてに行き届かないにしても、こういう審査のとききちんとやるということだけできわめて大きな防御策になるわけでありますから、そのことを含めて文部省の責任としてこの問題を取り上げていくんだ、認識していくんだということが大変に大切だろうというふうに思うわけでございますし、今後その部分につきましても調査を進められて、国民の納得のいく方向できちんと御報告がなされますことを要望しておきたいと思います。
 それから、財政的な問題が一つございますけれども、当時の文部省からの国公私立に対する補助等の体系はどのようになっておったのでございましょう。
○佐野政府委員 公立の大学に対する文部省からの補助の制度というものは当時は設けられておりません。公立医科大学あるいは歯科大学に対する助成の制度は、昭和四十八年度から無医大県解消計画の推行等の事情もございまして、専任教員の給与費等の経常費の一部についての助成制度が始められて、逐年拡充をしているという状況にございます。
○中野(寛)委員 その後どのような経過を経ておりますでしょうか。
○佐野政府委員 経常費の助成が四十八年に始まりましてから後に、その経常費助成の対象となる費目を拡大をしたり、あるいは単価をアップするというようなことによりまして、昭和五十年度におきましては国庫補助の総額として約二十七億円を計上いたしております。この額は、初年度、四十八年度の十二億五千万円と比較すると二倍強の増額になっているわけでございます。今後とも費目の拡大を含めまして改善に努めてまいりたいと考えております。
○中野(寛)委員 私立大学との比較はいかがでございますか。また同時に、国立にかけている費用との比較はわかりませんか。
○佐野政府委員 国立大学と公立大学の場合には、学生一人当たりの経費についてはそう大きな相違はないと承知をしております。国立大学と私立大学を比較をいたしますと、両者の専門分野構成等にはかなりの相違がございますので一概には比較はできませんけれども、全学部平均をいたしますと、国立大学の学生一人当たりの教育費は、五十年度の試算でございますが、約百三十四万円です。これに対して私立大学の学生一人当たりの教育費は、五十一年度でございますけれども、約四十九万円というような開きがございます。
○中野(寛)委員 これまでいわゆる国の補助が、国立、私立、どちらに比しても公立の場合には冷遇されておった。むしろ、その自治体に依存をするという形から出発をし、その傾向がきわめて長く残ってきておるということについての批判があるわけでございますが、そのことについてはいかがお考えでございますか。
○佐野政府委員 御指摘のとおり、私立の大学につきましては経常費の助成の制度が始まりまして、その額が逐年拡充をされてきているわけでございます。それに対して公立の大学の場合には、原則として地方交付税によって措置をするというたてまえがとられまして、具体的に経常費の助成なりあるいは研究費の助成なりについての手当てをする補助金の制度というものが、従前十分に発達をしてこなかったという点は御指摘のとおりであろうと思います。ただこの問題は、いまも申し上げましたように、地方交付税でどのように措置をするのか、あるいは起債でどのように財源の手当てをするのかということと同時に、国からの直接の補助制度をどのように整えていくかということを関連させながら検討すべき問題でございます。公立の大学に対する文部省としての助成というものについて、私どももこれまで努力をしてきたところでございますが、さらに努力を重ねてまいりたいと考えております。
○中野(寛)委員 私、いつも財政のときに思うのです。地方交付税で措置をするという、これは本当にまさに逃げ道としか思えない。地方交付税そのものの枠が決まっているんですから、必要な補助額がその中から出てくるはずはないわけでありまして、全体に幾ら必要だ、そのうちの何パーセントという補助も、それは枠がはめられてしまいますけれども、地方交付税で措置をするというやつはもう一つ計算の論拠、一つの枠が違ってしまいますから次元が違う。言うならば、そこへ入っていく金額というのは全く違った形になってしまうというのが現状ではないのかと思うわけでありまして、地方交付税で措置をするという感覚は、それをなくしてしまえという意味ではありませんが、そういう感覚はむしろ払拭をして、実際に必要な金額が、公立といえども、国立、そしてましてや私立の大学にひけをとらないという状態にしなければ意味がない。そして、公立大学がそうしてできているところには、それはそれなりのその地域にとっての必要性というものがきわめて強い。ましてや医科系の大学というものは、いま文部省が無医大県の解消を唱えておられますが、奈良医大や三重医大等、各自治体がつくった大学がそういうふうに設置されたこと自体から、その意味がいまは文部省の無医大県の解消という方針につながっているのではないかというふうにも思うわけでございまして、むしろそのような公立大学に対して国立大学と同じ感覚で受けとめて対策を講じられるべきであろうと思いますのと、今回のこの教訓が、むしろ、文部省サイドからこういう設備をしなさいという、そういう指示だけで、その裏づけが全くなかった時代に始まっている、そのことを考えますときに、なおこれからも残された課題としてきわめて意味が大きいと痛感をするのでございますけれども、大臣、いかがでございましょう。
○海部国務大臣 考え方といたしましては、いまおっしゃるように無医大県解消計画、現在もなおそれは進行中でございまして、公立の医科大学がそれぞれに果たしておられる役割りというものも、これは社会的に必要な医師を養成するという、目標は同じところにあろうと思います。したがいまして、公立の医科大学に対しても、国立、私立と同じように医師養成という大きな目標はあるわけでありますから、これに対しての助成の制度等も始めたわけであり、いろいろいま地方交付税措置に問題があるという御指摘はございましたが、経常費の補助と地方交付税の措置において、大体いまのところの補助の体制は五〇%になっておると私は理解しておりますけれども、なお今後、それらのことについては十分行き届いた助成の制度になっていきますように、予算措置をするとき等には十分検討を加えていかなければならない、こう考えます。
○中野(寛)委員 ひとつこの事件等を教訓にしながら、本当に格段の御努力をお願いを申し上げたいというふうに思います。
 それから、この事件に関連をいたしまして、私どもの方へ寄せられましたいろいろな方々からの怒りの声、そうしてこういうことについてはどうするのだというふうなお声があります。それを若干、数点のみ申し上げて御見解をお聞きしておきたいと思います。
 不正入学該当者で、県立医大で現在助教授や助手や講師として教える立場にある人がかなりいるように聞いておるわけであります。こういう人たちの処遇というものをどうするか。特にあの学生紛争のきっかけが、このような人たちにわれわれは教えてもらいたくない、単にその後医師としての国家資格試験に合格したから不正入学であったのはどうでもいいという問題ではなくて、教える立場にその人たちが立つ資格があるのかという怒りの声がある。これについてはいかがお考えでしょうか。
○佐野政府委員 いわゆる別枠入学の行われました期間にこの大学を卒業いたしまして、そして奈良医科大学で現在助手になっている者が全体としては九十名を超える数になっているわけでございます。このうちの何名の者がいわゆる別枠入学に該当したものであるかについては、現在のところ私どもはまだ承知をいたしておりません。これらの教官の問題を含めまして、不正入学に伴って生じた事態については現在大学側で鋭意その対応の進め方について努力をしているところでございますので、もうしばらくその推移を見守りたいと考えております。ただ、仮にこの別枠の入学者選抜制度の対象となって入学をした者でありましても、それが教官になるまでの間には、いま御指摘のように入学後努力をし、大学の正規の課程を修め、医師の国家試験あるいは教官選考、そういった必要な審査を経て教官に採用されているわけでございます。そういう意味では教官としての資格がないというわけにはまいらぬと私は思います。学生の潔癖な気持ちはもちろん私どももわかりますけれども、これらの教官をどのように処遇をしていくかということについては、まず慎重に大学において検討されてしかるべき問題であろうと思います。
○中野(寛)委員 同じような例、もしくは同じ大学の中で処理される問題ではないこととして、他の大学、特に他の国立大学のたとえば助教授等として赴任しておられる方もいらっしゃるようであります。また国立病院に勤務しているお医者さんもいらっしゃるとか聞くわけであります。現在奈良県立医大の中にいらっしゃる方々とともに、またはそれ以上に、このような方々については何らかの措置というか、そのままでほうってはなかなか国民の皆さんの気持ちとしてすっきりしない、納得できないという問題がだんだんこういうところに派生して、気持ちが広がっています。やはりこれに対しては何らかの措置がとられなければならないだろう。もちろんその方々の人権を守るということは必要であります。それが前提とならなければいけませんが、国民の皆さん、そしてまたこれからの教えてもらうといいますか、現在そこで勉強している学生、そしてこれからそういう大学を目指そうと努力している受験生の皆さんの率直な気持ちも踏まえて、そのような方々に対して国民の皆さんが納得できる対処をして、そして一日も早くこの混乱を除去していくという前向きの方向がなされなければいけないのではないか。これをいかにしろとかどうすべきだという意見は私も持ち合わせていません。むしろそれは学内やそういうところで論じられる問題かもしれません。しかし、それではどうする方法が一番いいかということを指摘しないから、できないからほうっておくということであってもまたならないと思います。文部省として、これが何らかの対策がとられるように適切な指導というものがなされるべきであろうと思いますが、より一層の御決意をお聞きしたいと思います。
○佐野政府委員 いわゆる不正入学をしたとされる者が現在他の大学なりあるいは国立病院において教官あるいは医師となっているということがあろうと思います。ただ、これらの者の実態については現在のところ私どもは承知をいたしておりません。大学におけるこれからの、御指摘のような事態に対する前向きの対処の姿勢の中で明らかになるものは明らかになっていくとは思いますけれども、現在のところは承知をしていないわけでございます。こうした他の機関に勤務している人々をどのように取り扱うかということについては、これはそれぞれの機関、それから御本人の判断にまつべきところではなかろうかと思います。文部省として現在の時点で特段の指導をこれらの機関に対してするというようなことは考えておりません。
○中野(寛)委員 文部省としてなかなかやりにくいことはよく承知をいたしております。しかし、このままでもしうやむやのうちに放置されたとしたら、決していまの学内の紛争もそうたやすくはおさまらないであろうし、そしてそれは単に学生の潔癖さからくる過激な行動だと言って批判だけしておって済まされる問題でもないであろうと思うわけでありまして、これはやはりそれぞれの大学等に的確な御指示があってしかるべきであろう。決して強制をするということはできないかもしれないけれども、やはりそこには指導というものがきちんとなされなければならないと思う。国民が出したお金で運営をされていることは間違いのない事実なんでありますから、文部省の指導権というものはきちんと大学の自治とは別に発揮されなければいけないというふうに思うわけでありまして、私としてはむしろそのように心から御要望申し上げたいと思う次第でございます。ぜひお願いをいたします。
 それからもう一つ、先ほどお尋ねを申しませんでしたけれども、この制度化されたものとは別に、政治家や知事の名前が非常に大々的に出ているようでございます。その他の国会議員だとか県会議員だとか、中には警察署長まで出てくるようでございますけれども、その方の実態についてもやはりきちんとした厳正な調査をお進めになっておられるのでございましょうか。
○佐野政府委員 寄付金を条件とした入学者のほかに、特別の縁故あるいは依頼によって入学選考上において特別に有利な扱いを受けた者があるかどうかという点でございます。これについては、前回の堀学長の事情聴取の段階ではその事実の確認ができておりません。ただ、現在大学において、先ほど申し上げましたように、この問題によって生じた事態に対する対応ということを積極的に検討をいたしておりますし、また、現在奈良県議会においても議論が行われているところでございます。しばらく大学の調査の進行を待ちまして、改めて大学側から事情を確認いたしたいと思っております。
○中野(寛)委員 これは両方の意味があると私は思います。これをきちんと調査をするということは。そういう不正が政治家もしくは行政権力を持っている人から加えられ、そしてまた財政的な問題を取引にされながら圧力がかけられる、これこそまさに大学の自治に対する侵害であります。何としてもこれは防がなければいけません。同時に、逆に、すでにそういううわさが広がりますと、いろいろな政治家の名前が、多分Aという人はだれであろう、Bという人はだれであろうという憶測は広がりやすいものであります。そしてそのことがその人の政治生命にかかわってくるということもまた、いまの民主政治のもとでは否めない事実であろうと思います。明確にすることが両サイドにとって、もちろん国民にとって一番大切なことだろうというふうに思うわけでありまして、このことについては文部大臣御自身も最近御経験のあることでございますから、やはり厳正な態度でその問題についての黒白をはっきりさせていくということでなければいけないだろうと思うのでございますけれども、いかがでございましょう。
○海部国務大臣 これは先ほど来大学局長も申し上げておりますように、事実をきちんと明確にして、それを再出発のための第一歩にもしなければならぬわけでありますから、大学当局に事情聴取をして、できるだけ明らかにしたいと考えております。
○中野(寛)委員 ぜひそのことも、先ほど来の内容とともに、ひとつあらゆる御努力の中でわかり次第、明確にまた御報告賜りますようにお願いを申しておきたいと思います。
 さて、もう一つ、このような内容があったことを学長が発表したことについて、いろいろとまた取りざたをされております。たとえば入学に関して県当局等から圧力をかけた、これも確かに大学自治に関する問題でありますが、同時に、これを発表すべきであるとか発表すべきでないとか、このことについてもやはり大学の自治の問題ではなかろうかと思います。発表したことがいい悪いは申し上げませんけれども、いま私の手元にたまたま、これは十一月五日付で奈良県衛生部長が「命により通知する。」ということで学長あてに、またもう一つの方は多分教授あて等に出されたものだろうと思いますが、先日の新聞にも写真が載っておりましたけれども、こういうのがあります。その中で、たとえば「入学者の選抜にかかる諸資料の公表については、」別途この方の「通知において県の見解を示しましたが、さらに資料の公表によって個人の秘密を漏らすことは、地方公務員法第三十四条の規定に抵触し、刑事事件の対象となるおそれもありますので、あらかじめ御承知おきください。」というふうなことがある。一見、私もこれを読みながら何か脅迫されているような感じも受けたのでございますけれども、このような示達の仕方も、ある意味では、通知した後は、県当局は注意だけはきちんとしておいたから知らぬぞというような責任逃れのようにも見えるし、一方では、都合が悪いから発表するなよというような脅迫にも見えるわけであります。こういうものとの関連において、あの学長のとった行動がいま両方から評価をされたり非難をされたりしているわけであります。現段階において、あれは学内向けの発表であった、または個人の氏名はあの発表の中では入れていない、確かに個人名は出されておりませんが、そういうふうな配慮をなされてあの発表がなされているようでありますし、それがまた大学のこれからの正常化への一助にという気持ちの中で当初は教授会の了承を得ている、しかし発表した後、学長不信任案が出て、それがまた可決されるという矛盾した事件が一日二日の間で起こっているわけでありますが、これらのことについて文部省としてはどう御判断をなされておりますか。
○佐野政府委員 今回、大学は、先ほどお答え申し上げましたように、三十三年から四十三年の入学者につきまして、氏名を除き入学の順位、成績順位、学科試験の総得点を示した資料を公表したというふうに承知をしております。そのことの当否につきましては、私どもも見解を申し上げることを差し控えさしていただくことが適切ではなかろうかと思います。入学者選抜に関する資料が公表されるということは通常は考えられないことでございます。しかし、今回は特別の事情、背景というものがあったということも理解できます。また、御指摘のように、個人の氏名は公表しないという配慮が行われていることでもございます。このことをもっていわゆる地方公務員法三十四条にいうところの守秘義務に違反するかどうかというような角度から議論をするとするならば、地公法の解釈については文部省の権限外のことではございますけれども、私たちは守秘義務の違反にはならないのではないかというふうに考えております。
○中野(寛)委員 私は、そういう観点でここまでせっかく学長が努力もしていることでございますから、この問題についてはこの時点でとどめながら、その上に立って問題の解決、そして解明により努めていくということが必要であろうと思うわけでございますので、ぜひその解明等に文部省としても的確な御指示をなされ、そして大学当局が御努力をなされることを心から期待をしたいと思います。
 このような実態を踏まえながら、最後にお聞きをしたいわけであります。すでに患者さんが入って、大切な健康や命をその中に預けておられる方々がたくさんいらっしゃるわけでありますから、その方々にとってもやはり大学及び病院の秩序の回復が何といっても優先されなければいけないと思うわけでございます。そしてそれは、先ほど来申し上げた国民の信頼、また学生の信頼、多くのこれに関連をする皆さんの信頼の回復ということが中心になろうかと思います。
 同時に、抜本的な対策として、私も詳しく調査したわけではありませんけれども、いま奈良県は、地方自治体の一般的な現在の状態として財政的に苦しいことは事実であります。そしてまた大学、特に医科大学というものは、先般の本委員会における質問の際も出ておりましたけれども、私も、医科大学に限ってはむしろ全国的に一つのレベルへ引き上げていくという意味で国立大学への移管、または、無医大県の解消という文部省の政策の一環として、たとえば奈良のようなこういう学校につきましてはむしろその範囲の中に含めながら今後の対策を講じられることの方が、今後の医療対策としてもいいのではないかと思う。今日まで各自治体で医大をつくってきたけれども、これはその地域のお医者さんを確保するという意味が非常に強かった。しかし、これから文部省の御方針と御努力によって無医大県解消の方向へ向かうとすれば、これは自治体が目指した方向と同じ趣旨を持っているだろうと思うわけでございますし、レベルをより一層高次元まで、そして同じ次元へ引き上げていくためにも、いろいろ御異論はあるかもしれませんが、当面まず国立大学への移行がなされた方がいいのではないかと思うわけであります。
 それともう一点、その場合によく使われる手で、地元でこれだけ財政を用意しなさい、または地元でこういう体制をつくりなさい、そうすれば国の方としては補助をしましょうとか、こう対応しましょうとかという手が実はよく使われるわけであります。管轄違いで恐縮ですが、たとえば飛行場を設置するとかいう場合にしても同じ手がよく使われるわけであります。私は文部省がそれと同じ手をお使いになるとは思いませんが、念のために、そういう条件のみを提示して受けとめる方を大変困難な状態にしていくことを避けながら、文部省として今後の御方針を出していただければというふうに思うのでございますけれども、この考え方についてはいかがでございましょう。
○佐野政府委員 御指摘のように、現在無医大県解消計画ということで、国立医科大学を地方に設置をする計画が進んでおります。そういった無医大県解消計画の進捗ということを考え、また公立大学が地域医療の水準向上に非常に積極的な意義を持ち、またその役割りを果たしているということを考えますと、私は、公立の医科大学についてはやはり現在の公立医科大学という体制のもとで、できる限りこれに対する国の援助の措置を考えていくのが正しい方向ではなかろうかと思います。これまで公立の医科大学について幾つか国立移管ということを実施してまいりましたことは事実でございますが、現在の時点では、各公立の医科大学については、それぞれ事情は異なりますけれども、それぞれの地方公共団体においていまの公立医科大学を大事にしていただきたい、私たちもできるだけそれに御協力を申し上げるということで整備を進めていくことが適切であろうと考えております。
○中野(寛)委員 いまおっしゃられましたようなお言葉の中から、同時にそれが発展して、そして文部省の基本方針はこうなんだぞ、しかしあなたの県でどうしてもというのであれば、そしてこういう条件を整備するのであれは、まあやむを得ず国の方で引き受けざるを得ないけれどもという口実にする。決して局長がいまそういう口実に使う意味でおっしゃったとは申しません。しかし、実はいままで私自身も地方議員をしておりまして、地方議員の立場から考えると、しょっちゅう国にその手を使われるというイメージが私自身はこびりついておりまして、いまのような御答弁をお聞きしましても何か同じような根があるような気がしてならない。うがった見方かもしれませんけれども、そういうふうに思えてくる。この奈良医大を含めまして、公立医科大学すべてを国立に移管しろとは申しません。すべてをとは言わないと申しましたが、むしろ本当に一律というか、レベルをそろえていく、特に医療についての問題というふうに問題を考えながら。他の科目については申し上げませんが、医療についてはむしろその方向が望ましいという観点に立って、もちろん、いやうちはやはり公立でいくんだ、その方が県民の理解が高まっていくというところをあえて強行しろとは申しませんけれども、そういう各大学とともに、奈良の場合にもむしろ県民、国民の信頼を回復すること、そう言ってしまえば、何か公立大学のままでは回復できないみたいな言い方に聞こえるかもしれませんけれども、しかし一つの手段としてやはりそのことが考えられるのではないか。むしろ文部省から奈良県当局に、今後の対策についてどうであろうかという御相談くらいはあってしかるべきかなというふうに思うのでございますが、大臣、総合的な対策としていかがでございましょうか。
○海部国務大臣 先ほどもお答えしましたように、医師の養成という大きな目標に向かって国立、公立、私立、それぞれがやはり分担をして果たしてこられたきょうまでの役割り、また目指しておるものというのは全く同じであるはずでありますから、それらについていまおっしゃるようにいろいろな条件、教育条件の整備とかよりよい医師養成の方法等についてできるだけのことは検討をし、できるだけのことは御協力をしなければならぬという基本的な考え方は私も同感だと思います。そういう意味で、公立大学に対する助成の問題等についてもきょうまで手を加えてきたところでありますが、これを直ちに国立にしたら、ではどうなるかということにつきましては、学校当局の考え方とかあるいはそれを取り巻く諸条件とか、先生おっしゃるようないろいろな問題があるわけでございますので、十分これは検討をさせていただきたいと思います。
○中野(寛)委員 ぜひこのような一連の事件をよき教訓として――大きな犠牲を払った教訓であります。そのことによってせっかくの将来への希望や芽を摘まれた人たちのことを考えればまさに悲惨な事件であります。そのような多くの犠牲を払ったこの事件をよき将来への教訓として、本当に血の通った対策が立てられますことを心からお願いをし、また期待を申し上げたいと思います。
 時間がありませんので次の問題に移らせていただきます。
 先ほど若干資料をお手元に配らせていただきました。「東京大学における暴力事件」「京都大学における暴力事件」、これはことし起こった事件を調査したものであります。東京大学でこれだけ多くの事件が起こっています。そしてまた京都大学でもこれだけの大きな事件が起こっています。学内で起こった事件だからといってこれが公表をされない。そしてもちろん警察力がそれにタッチするということもないままに今日に至っているわけであります。しかし、果たしてこれでいいのだろうかという疑問を私は持ってならないのです。それからもう一つ、いま大学の内部が、東京大学、京都大学、どういうふうになっているか、大臣、御存じでしょうか。こういう写真があります。これが今日の大学の姿なんです。ひとつ見ていただきたいと思います。
 冒頭申し上げましたように、この質問を申し上げるのは、決して大学の自治や自治権を侵害しようとかいう趣旨も、また意図も全くありません。ただ、先般も起こりましたあのハイジャック、そしてこれに派生していろいろな論議が国民の間で、国内で、また国会でされてまいりました。そしてなおそのハイジャック等の対策、抜本的な対策というものは立てられていません。きのうも一つの法律が衆議院を通過いたしました。しかしこれとても、各党の皆さんの、また私どもの感覚では、ないよりはましかなというのが率直な気持ちであります。しかし、問題は、私どもはそのハイジャック一つにしても、そして日本の平和を守る観点からも、その発生する根を断たなければ十分な対策にはならないと思うわけであります。そういう意味で、現在までハイジャック事件その他いろいろな事件を起こしている赤軍派を初めとしてあのような一連の行動をとっている青年たち、そういう人たちはどのような生活の中から、そしてどのような青春の中からああいう経過を経ていったであろうか。学内の問題は別にして、それなりの追跡調査が当然警察の方でなされている、そのように私は思うわけでありまして、その概要につきまして、警察当局お見えかと思いますので、お聞かせをいただきたいと思います。
○福井説明員 京都大学、東京大学を中心にした極左暴力集団をめぐる事案なり実態についてお答えをいたしたいと思います。
 東京大学では、昭和四十三年に盛り上がりました例の東大紛争が、四十四年一月十八日、十九日にかけましての例の安田講堂等の封鎖解除事件を契機にしまして次第に鎮静化いたしてまいりました。その後、地震研等の紛争もございましたけれども、大体五十年ごろにはこれもほぼ落ちつきました。封鎖等の事案はないわけでございますが、ただ現在、東大創立百年の記念募金をめぐりまして、これは産学協同につながるということで、一部の極左学生等が学校の内外にアピールをしておるといった事案がございます。
 それから京都大学でございますが、これは四十六年八月の、東京の練馬にあります米軍のグラント・ハイツに対する暴動予備事件、これで四十七年の一月に指名手配を受けました当時京都大学経済学部の助手でありました竹本信弘、この人物の処分がことしの六月十八日に京都大学の評議会で分限免職ということで決定をされて、七月の八日に発効したと称しておりますが、それ以降この処分撤回をめぐって大学内で紛争が続いております。最近の事案としましては、十一月の七日に法経の五番教室で経済学部の木原正雄教授が講義をやっております際に、赤ヘルメットで、タオル等で覆面をして白衣を着た約十人の犯人らが乱入をしまして、教授に対して竹本問題をどう思うかということで詰め寄って、黒板ふきで体じゅうをたたく、顔面を数回殴打する、ひざから下を足げりにする。教授は周囲にいた学生に助けられて、若干の時間後に教場から離脱をされたようですけれども、その直後におくれて入ってきた学生に対してさらに、さっき申し上げましたと同じような服装をした赤ヘル、白衣、覆面の新手の犯人ら十五人がまた乱入してきて、その学生を取り囲んで、その中の四、五人が顔面等を殴打した。さらに、廊下側の窓ガラスのところに連れていきまして、窓ガラスに顔を押しつけて、そのためにガラスが割れて、そのガラスで額や耳等を切って全治一週間の傷害を受けるという事件がございました。この被害学生の届け出によって現在鋭意捜査を進めておりますが、いわゆる関係の教授等の供述も、はっきり言えることは、赤いヘルメットをかぶっておって、覆面をしておって、白衣を着ておったことである。周囲にいた学生、それは犯人ではございませんで、現場にいて犯行状況を見ておる学生の中には、自分のゼミ等に参加している者もいるようだけれども、名前と顔がはっきりしないのではっきりしたことは申し上げられない、こういう状況でございましたから、事件は若干難航をしておりますが、鋭意捜査を進めております。
 そのほかにも、京都大学では十一月八日に、学長らが評議会に出席されようとしたのを五十人くらいの学生が妨害をして、そのために警察部隊の出動を要請されて、その部隊員に対する暴行を働いた者二人を公務執行妨害で検挙する。十月二十七日にも……
○中野(寛)委員 御答弁の途中ですが、ちょっとすみません。最近の事件の概容等につきましては大体結構でございます。最近ハイジャック事件を起こしたりした人たちで名前がすでにわかっている、身元がわかっている、そういう人たちが、それぞれ学生時代にどこかの学校で学生運動の中からああいう方向へ入っていったのではないのか、そういう彼らの育ってきた環境の方をむしろ私はお聞きしたいわけであります。
○福井説明員 警察はあくまでも事件の捜査、その処理の過程を通して事案に関与するわけでございますから、本人の生い立ちとか学生運動に入っていった経緯等については把握することは実は大変むずかしいわけでございますが、ただ、強いてそういうことで申し上げますと、今回の赤軍の釈放犯の中の一人で、昭和四十四年五月二十三日の京大の中での闘争でございますけれども、大学立法反対闘争だと承知しておりますが、それで警察官に対して投石をして公務執行妨害、傷害、凶器準備集合、建造物侵入で検挙された人物がおります。それから、日本赤軍ではございませんが、日本赤軍ができる以前の共産同赤軍派の時代でございますけれども、四十五年三月三十一日の例の「よど号」ハイジャックの犯人九人の中には、さっきちょっと触れました東大の安田講堂等の封鎖解除の際の事件に関与しておった者四人が含まれております。したがいまして、そういう学内の紛争に関与しておった者がハイジャック等の事案の関係者ということでつながっていっておるという実態は事件的にもあるわけでございます。
○中野(寛)委員 学外で起こりました事件等につきましては警察の方としていろいろ対処される。しかし、学内で起こっているこういう問題について、いま警察としてはなかなか手が出せないのが実情だろうと思いますが、現在どういう状態でございますか。
○福井説明員 ただいま申し上げましたように、京都大学の事件につきましては、届け出のあったものにつきましては事件化をしておるわけでございます。ところで、学内に対する出動でございますけれども、大学内といえども治外法権でないことは当然でございますが、大学自治のたてまえから、学内の秩序維持については第一義的には大学当局そのものが自主的におやりになる、これが原則だろうと考えております。したがいまして、学内に警察官が入っていきます際にも大学側からの出動要請によるというのが通常の形態でございます。しかしながら、大学内で人の生命、身体に危険が及んでおる、あるいは危険が及ぶおそれがある場合には、警察独自の判断で入っていって所要の警察措置を講ずることは当然のことでございます。ことしの実態を申し上げますと、大学内に警察が出動しましたケースが十二の大学について十五回ございますが、そのうちの七大学十回は大学側からの要請によるものでございます。残りの五大学五回が警察の自主的な判断で出動したものでございます。たとえば、ことしの十一月に、鹿児島大学で内ゲバ事件をやっているということで入っていって検挙した事件がございます。それから六月にも、関西大学で同じように内ゲバ事件で出動したことがございます。それから同じく六月に慶応大学で、右翼の車を排除するために、これも警察の自主的な判断でやったケースがございますが、そういうものが含まれておる、こういうことでございます。
○中野(寛)委員 非常に御苦心をなさりながらその取り締まり、また対策に努力しておられると私は受けとめておるわけでありますが、しかしなおそういう形で表面化しないこれだけの事件があるということ、これは大変なことだと私は思うのです。確かに封鎖事件は起こらなくなったかもしれない。しかし、封鎖事件という形、いわゆる公然とした形ではなくて、むしろもっと陰湿に日常化されてこういう事件が起こっている、そのことは決して放置されていいものではない。むしろ、こうしてたくさんの学生が、または教官の皆さんが脅迫をされ、妨害をされて研究ができない、授業ができない、こういう状態は、私に言わせれば、これはだれが言っても同じですが、これこそまさに学問の自由の妨害であり、大学の自治に対する挑戦であると言う以外の何物でもないというふうに思うわけであります。先ほどの写真等もごらんになりましたか。そういうものも含めまして、本当にいまの大学は大学なのだろうか、学問の場なのだろうか、そしてそれを管理するのは現地教授会に任されているとたてまえはなっているけれども、その教授会は本当に当事者能力を発揮しているのでしょうか。そういう多くの疑問にぶち当たってなりません。まず大学のあり方、そして、いまこの写真や資料をごらんになっての御感想を含めて大臣にお伺いさせていただきたいと思います。
○海部国務大臣 申し上げるまでもなく、大学が学問の研究、教育の場としてあらねばならぬ姿というのは、いまお見せいただいた写真のようなものであっては絶対にいけないというのは当然のことでありますし、また、私自身もときどきそういった学内の様子というものは他のものによっても承知をいたしておるわけでございますが、これは絶対に許してはならない状況である、こう考えます。同時にまた、大学側に対しましても、そういったことについては大学の自治のきちんとした責任を持って、教育、研究のできる平静な場として確保することは、まず第一義的には大学の責任でございます。そういったことについては文部省も常々指導をしておるところでございますが、遺憾ながら警察の力をかりなければならぬ場合も間々起こるわけでありますけれども、これは学園の本当の自由な雰囲気、学園の自治というものをきらんと守って教育活動が行われるようにするためにも、当面はやはりきちんと学園の秩序を守るためには御協力を願いながらやっていかなければならぬ問題だと考えております。
○中野(寛)委員 局長の方にお伺いいたしますが、先ほどの写真のような状態に学内がなっていることは申し上げるまでもなくもちろん御存じかと思うのですが、それに対して大学当局は、文部省がいわゆる国民から預かっている財産と言ってもいいと私は思いますが、その管理のあり方として、あれは適正、適正と言わないまでも最小限度の限界というものが守られているとお思いでしょうか。
○佐野政府委員 現在、各国立大学におきましては学内における掲示についてルールを定めまして、その掲示する場所、大きさ、期間、そういったことについて明らかにして、大学の許可を受けるということをそれぞれルールとしては定めているわけでございます。一時のような状況に比べますと、全国の大学のキャンパスはおおむね見違えるような、いわば静穏な状況にあり、また環境も整えられてきていると考えておりますが、一部の大学におきましてなお非常に遺憾な状況が残っております。学問、研究の場としての大学の環境というものがいかにあるべきかということは、御指摘を受けるまでもなくわれわれも十分承知をしておりますし、また大学人自身もそのことについては十分承知をしているわけでございます。大学当局は、大学紛争の際の教訓もありまして、現在はそれぞれの大学でこういった事態に対応する体制というものについても検討を加え、それを整えながら努力をしているということを御理解をいただきたいと思います。こういった不十分な状況についてはさらに私たちも指導を強めてまいりますが、大学側の努力もやはり続けられているわけでございます。
○中野(寛)委員 その大学側の努力というのが、決して努力していないとは申し上げません、ただ、本当に信念を持ち、使命感を持って厳然たる態度でみずからの自治を守ろうという姿勢が本当にあるのかどうかと、私はまだ疑問に思えてなりません。たとえば京都大学の竹本処分の問題でも、その処分をどうするかという教授会なり理事会というものが堂々と開かれたとは聞いておりません。むしろ学内でじゃなくて、場所を転々と変えながら、どっちが逃げ回っているのかわからないような状態の中であの処分決定の会議が開かれたとも聞いております。そして、その処分後、学長等がなかなか学長室へ入れない、みずからの勤務する場所、学問をする場所に入れない状態に置かれている。それに対して本当に適正な措置がとられたのか。彼らに本当に国民の大学を預っている気構えがあるのかとさえ私どもが思わざるを得ないような、まだなまぬるいというか、ふがいないというか、そういう状態が続いているように思えてならない。
 きょうはその当事者がいらっしゃるわけではありませんけれども、文部省当局として、そのような大学の実態というものを踏まえながら、繰り返すようですけれども、もっと積極的に、前向きにその指導というものがなされなければ、大学の自治があるから、学問の自由という、その看板のもとでそれを突き破ることはできないのだということですべてが葬り去られてしまうのならばまさに何にもならない。本当の大学の自治の方がその言葉の陰でぶち壊されているというふうに思えてなりません。大学の自治というのは何だ、学問の自由は何だと、いま基本的に問い直されなければいけないとさえ私は思います。そのことを何も中世ヨーロッパの歴史に戻ってお尋ねをしたり申し上げたりしようとは思いませんけれども、日本の大学の自治や学問の自由というのは、本当はその言葉そのものの陰に実態を隠して、中身が空洞化されているのではないのだろうかというふうに思うのですが、いかがでございますか。
○佐野政府委員 これまで春と秋に国立大学の学長会議あるいは学長懇談会が開かれます。そういった席上、常に各大学の学長に対して、御指摘のように大学の自治の責任において学問の自由の場を守ってほしいということを申し上げてきております。そのことについての自覚と申しますか意識は各国立大学の学長には十分にあるわけでございます。ただ、残念なことに、現在ごく少数の過激派の学生によって学内の教育、研究の正常な運営が阻害されているという事態は、ある意味では大規模な大学紛争に対する対処よりも質的にはむずかしい点さえも持っているわけでございます。大学はそれぞれの事情を異にいたしますけれども、京都大学の場合におきましても、やはり大学の執行部は毅然とした態度で学内の秩序の維持に対応しよう、対処しようということで努力をしております。ことに竹本の処分を決定した後の大学の状況については、大学側もいろいろと努力をして、今日学長も学内に入るというような事態にまで改善されてきているわけでございます。今後とも機会あるごとにこのことを大学側に対しては要請し、私どもも一緒になって、御指摘のような学園の秩序の維持ということについて努力をしてまいりたいと存じます。
○中野(寛)委員 現在の紛争のきっかけになっている竹本処分のことでさえ、何と大学というところは悠長なものだろうか。何年にもわたって行方不明というよりも、彼らは意図的に隠れているに違いないと思いますが、そういう人に対して国民が払った税金の中から給料を払っているわけであります。それを放置しておいて本当に大学の自治を守る御意思があるのかどうかと、そのこと一つ見ても私は思えてならない。これは決して文部省が口を出してはいかぬ問題ではないと私は思います。むしろ大いに文部省は的確な指導をしなければいけないはずの内容のものではないだろうかというふうに思えてなりません。
 同時に、いま文部省が、当事者能力がないように私には思えてならないその人たちに対して、その人というよりも機関に対して、それを非常に信頼しておられる御答弁が返ってくるわけです。そのことには、むしろそれは批判するよりも敬意を表しなければいけないのかしれないけれども、しかし、もしそれが及び腰から来ているとしたら大変だと思います。むしろ私はいままでの態度は及び腰に思えてなりません。大学のやることに口を出してはいかぬのだ、それを言えばまた批判されるんだというところからもしそのような態度の一部でもありとするならば大変なことだ。だから、あの封鎖事件が頻発をしておった時代に大学運営臨時措置法というのがつくられました。当時は大変な悪法だ、治安立法だと言ってもちろん批判もいたしましたし、私どもの党も反対したと思うのでありますが、同時にまた、大学を基本的に意義づけるものは学校教育法の第五章に決められておりますが、これもきわめて短い内容のものであります。いま日本で通用している大学の自治や学問の自由というのが、あの中世ヨーロッパのころ、もしくはその前からのあの当時の社会事情の中で築き上げられた定義がなおどうも生き続けている。正しいものが生き続けることはもちろん大切でありますし異論はありませんけれども、むしろあの時代の、いまで言えば民主社会でない、封建社会の中での大学の自治というあり方が論じられたその言葉がそのまま残っているという気がしてなりませんが、そのことも含めて、改めて国民の広範な意見を聞きながら、そして、あの封鎖事件やそういうきわめて過激的なことではない、こういう一見落ちついたように見えるが、しかし問題がきわめて普遍化し日常化している、こういう時代にこそ、じっくりとわれわれは大学のあり方について考え直すべきときなのではないんだろうかというふうに思うんです。あの当時、私ども民社党もたしか大学基本法というものの法案を出したことがございました。大学の自治が教授会の自治になってしまっているんではないか、むしろ社会人の参加も含めて、外からの参加も含めて大学の管理運営のあり方を論議する機関というものをつくるべきではないかというふうなことも含めまして、学生参加の問題、学長権限の問題や、もっと基本的なことも含めましての法案を出したこともございましたけれども、あの当時にもう一度戻って大学のあり方を議論をし、そして新しい法制定まで含めて進めていくべきではなかろうかと思いますけれども、文部大臣、将来の問題としていかがでございましょうか。
○海部国務大臣 御指摘のように、昔の学問上の大学の自由、これは封建時代においては、時の権力から学問する内容を自由にということで保護しなければならぬ、こういう立場から議論されたものであるわけでございますが、私は、大学そのものが、特に日本では戦後高等教育が普及をいたしまして、非常に開かれた大学と申しますか、そこにおける秩序の維持ということと、それから学問、研究の内容の自由ということとはきちんとけじめをつけて区別をして考えていきませんと、かえって保護されるべき法益がそれによって侵されてしまうという混乱が今日出てきておるわけでございます。そういったことにつきまして、では直ちに一般社会と全く同じようにしてしまうかどうかということになりますと、これは非常に慎重を要する面もあろうかと思いますが、あくまで大学というものは、申し上げておりますように教育、研究がどこからも侵されないように、憲法の趣旨にも従って自由に、静かに、規律を守って行われなければならぬ場所であるわけでありますから、そういった本来の意味の学問の自由をきちんと守っていくためにどうしなければならぬかという問題は、まさに先生御指摘の真意もそこら辺にあろうと考えますので、これからの研究課題として検討させていただきたい、こう考えます。
○中野(寛)委員 大学入試制度の問題もいろいろと改善の方向で努力をされている。教育そのもののあり方、大学のあり方はいまきわめて大きなわれわれの関心の的、またそれも前向きに考えようという現在の国民的な風潮、私はこのことを大変大切にしたいと思うし、この時期にこそ、いま大臣おっしゃられた御趣旨の方向でぜひ御努力を、また同時に国会もその方向でともに努力しなければいけないと思いますが、そういう決意をお聞きして、また私どももそういう気持ちでこれからも臨んでいきたいという気持ちを申し上げておきたいと思います。
 最後に一点だけ。社会教育局長にわざわざお越しをいただいておりますけれども、いまいろいろお話を申し上げましたが、ハイジャック事件だとかいうことも含めまして、もう一つ翻って考えれば、彼らの育ったルーツというものは大学に限らない、むしろ一般社会にもある。大学に入る前からそういう根があったのかもしれないわけですが、いわゆる家庭教育の問題だとか社会教育の問題だとかは大変大切で、不良化の問題、そしてまた売春の問題、麻薬の問題をこの前から文教行政諸施策小委員会でも大変熱心に論議をされてきているところでありますし、またそのときにも申し上げましたけれども、やはり一般社会の中で子供たちに適正な教育がなされるように、父母も学校も努力をしなければいけないけれども、社会的な役割りというものはより一層いまは大きくなっているんではないかというふうに思うわけであります。特に、場所も大切ですが、そのことに携わる人、これをきちんと確保しなければいけない。それが、一時は青少年を指導する人たちについてはかなり前向きの論議がなされた時代があって、またそういう企画をされた時代があったようには聞いておりますが、いまうやむやになっているのではないかという気がいたしてなりません。そういう青少年を適正に指導する町の中のお兄ちゃん、お姉ちゃんをもっとたくさん、そして制度の中でも、その人たちの活動と、また活動に伴う諸問題に対する裏づけがなされながら設置されていくということ、これはきわめて大切だと思います。学校の中で道徳の問題等を身につけるということもなかなかむずかしい時代、そして父母ともに働いたり、また社会的に何かあわただしい状態の中で、青少年がほっぽり出されるという時間が非常に多くなったように思えてなりません。そういう中で社会教育に携わる、より行動的な人材というものを幅広く確保していかなければいけないのじゃないかというふろに思いますが、いま社会教育の中でどのようにそれを位置づけてお考えになっておられますか、お聞きしたいと思います。
○望月政府委員 ただいま先生から、青少年の教育に対しますところの社会教育の重要性というものにつきまして御指摘があったわけでございます。私どもも、近年大変社会教育の振興ということが強く叫ばれるようになりまして、いろいろと社会教育の充実につきまして鋭意心を砕いておるところでございますが、中でも、施設の整備と並びまして指導者の養成というものあるいは確保というものが大変大きな意味を持つということは御指摘のとおりでございます。そこで文部省といたしましては、指導者の確保ということにつきましては、一つは行政の面から、たとえば社会教育主事などのいわゆる社会教育行政職員の充実を図るということを一つ考えておりまして、これにつきましては、それぞれの地方公共団体において独自にそういう職員を確保していただくということにつきまして理解と御努力をお願いするとともに、文部省といたしましても昭和四十七年度から、社会教育の特定分野につきまして直接指導、学習相談あるいは社会教育関係団体の育成等に当たるところの、市町村の非常勤職員でございますところの社会教育指導員の設置のための経費につきまして補助を始めますとともに、さらに一歩を進めまして、昭和四十九年度からは、都道府県が優秀な人材を確保しこれを市町村に派遣する、いわゆる派遣社会教育主事の給与費に対する補助を始めたところでございます。
 しかしながら、社会教育の場合には、先生も先ほどおっしゃいましたように、地域に密着した適切な指導者、エネルギーのある指導者を確保するということが大変大切であるということでございまして、それにつきましては、いま申し上げました社会教育指導員等の人選につきましても、各地方公共団体にその点に御留意をいただくとともに、社会教育というものは自主的な教育活動でもございますので、民間の各団体の指導者等に人材を発掘するとともに、それらの方々の能力というものを高めていただくようにする必要が大変大きいと思いますので、それらにつきましては文部省といたしましても研修のための経費を補助いたしまして、それらの方々の資質の向上に鋭意御配慮をいただいておるわけでございます。
 なお、青少年の指導につきましては、総理府におきましても青少年育成国民運動というものを展開されておりまして、それらの面におきましてもいろいろと地域の指導者の確保並びに資質の向上に努められておるところでございます。そういうところとも十分今後緊密な連絡をとりながら一層努力をいたしまして、青少年の社会教育のための適当な指導者というものがより一層多く確保されるように努力をしてまいりたいと思っておるところでございます。
○中野(寛)委員 決して金額の問題だけではありませんけれども、さきの国会でも社会教育の問題についてある程度具体的に触れて御質問申し上げたことがございました。重ねては申し上げませんけれども、文教予算の中で占める社会教育費の割合というものが本当に低い、来年度へ向かってそれではそれがどれだけか引き上げられたかというと、やはり余り大きな前進が見られない。学校教育に追われる去今ではありますけれども、やはりそういう精神的な幅というもの、ゆとりある教育、それをむしろ願わくばゆとりある文部省の御判断ができるようにしたいものだし、またその御努力をこれからもお願いしたいというふうに思う次第でございます。
 終わります。
○藤尾委員長 午後一時十分に再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後零時十二分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時十七分開議
○藤尾委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について質疑を続行いたします。山原健二郎君。
○山原委員 君が代の国歌化の問題について質問をいたします。
 三原防衛庁長官が「國防」の八月号にこういうふうに述べております。「過日発表された文部省の教育指導要領ですか、それが決まる過程で、私はこういうことを申し述べました。」「やはり有事を考えると、平素から教育の場でそれら」――それらというのは国歌のことでありますが、「それらを教えることは必要なので、ひとつ教育指導要領に入れられないだろうか、ということを申し上げたわけです。」この申し入れについて海部文部大臣は、まあ見ておってくださいと答えておるというふうにお聞きしているわけです。この場所は宿舎のエレベーターかあるいは閣議の始まるときだったか、こういうやりとりがあったということをお聞きしておりますが、これは事実ですか。
○海部国務大臣 三原防衛庁長官と私が学習指導要領のことで会ったり、そのために話し合いをしたりということは全くございません。それはたしか参議院の文教委員会の御質問のときに、では三原防衛庁長官とは全くそういったことで話した覚えもないかというお尋ねでございましたので、三原さんとは、私、同じ宿舎におりますので、よくエレベーターの中でもお目にかかるし、閣議のときも始まる前はいつも待合室で近くに一緒におります。しかし、三原さんがおっしゃったのは、いまそこで先生が述べられたように「國防」という雑誌に書かれているようなことを私に言われたのではなくて、学習指導要領の中で国歌、国旗の問題はどうなるのかというような聞き方だったと私は思うのです。そのときはすでに学習指導要領の今度の改定について、文部省としては君が代は国歌であるという判断に立って、そのような扱いをすることを決めておりましたので、ただそれをそういうような言い方をしたのではぐあいが悪いと思ったので、近く学習指導要領も出るから見ておってください、こういうやりとりをやったような記憶が、記憶をたどればございますというようにお答えをしたわけであります。
○山原委員 そうしますと、この見ておってくださいという言い方ですね、これは三原さんが「國防」に書かれておるような、有事の問題を考えてやるというようなものではなかったということでございますか。
○海部国務大臣 そのことに関しましては、過日の本院の予算委員会で共産党のどなたか、あるいは参議院でございましたか、御質問を受けたときに、私どもとしては、有事のときにどうのこうのという角度でこの国歌の問題を考えたり取り扱ったりしたことは全くございませんし、国民の皆さんの間に定着しておる、こう判断をしてこういう扱いをしたわけであって、やはり自分の国の国旗や国歌を大切にするということは、相手の国の国旗や国歌も大切にする、要するに、有事じゃなくて、国際的な時代には平和というものを目指しての心構えに通ずるということを私はお答え申し上げましたけれども、全くそういう気持ちで扱ったわけでございます。
○山原委員 相手が防衛庁長官でございます。そういう意味で、私は、見ておってくださいという言葉は大変軽い言葉のようですけれども、しかし、防衛庁長官の日ごろ考えておられることはおわかりだと思いますし、そういう意味で、軽い言葉であるが、あなた方の御趣旨はよくわかっておりますよという、いわば迎合的な発言ではなかったのかというふうに感じたわけでありますが、そうではないというふうに解釈をしてよろしいわけですね。改めて伺います。
○海部国務大臣 そのような、三原防衛庁長官が前置きを置いたり、有事の場合に必要だからという前提で物を言われたわけでもございませんし、また、私が申し上げたのは、正式に告示になっておる問題ならよろしいが、あれは告示になるのにたしか一週間ぐらい間があったと思うのです。そのことが私は非常に気持ちにありましたので、正式の告示手続をとる前のものでありますから、内容に関してこれはどうだこうだと言うことは慎まなければならぬととっさに判断して、見ておってください、こう軽い気持ちで申し上げたわけでありまして、いわんや、そういうことを了承し、その意思で三原さんが私に言われたなんということは全くの誤解でございますので、その点に関しましてはどうぞここで誤解をお解きくださるようにお願いを申し上げたいと思います。
○山原委員 次に、防衛庁と文部省の、教科書のこの問題をめぐっての関係でございますが、ちょっと経過的に私が説明しますと、一九六二年四月二十六日に各省政務次官会議が行われておりまして、そこで笹本防衛庁政務次官から学校教育に関する要望が出されておりますが、その中で、小・中・高校社会科教科書の中で国の防衛の必要を教えるための教育ははなはだ貧弱で、全く等閑視されていると言っても過言ではないという発言がなされているわけです。そして防衛庁の調査では、小学校社会科教科書七種類を調べましたところ、愛国及び君が代などについての項が非常に少ないということでこういう強い要望になったというふうに見られるわけです。引き続いて一九六二年七月一日、その年の七月一日に、防衛庁は国防思想の普及を図るため、生徒入隊者募集のための勧誘状を各県教育委員会に送付をいたしております。この結果どうなったかといいますと、日本教育年鑑を見ますと、この結果としてかなりの入隊者を得たというふうに書かれております。当時問題になりましたように、広島県の三原におきまして野犬狩りに来たという問題が出るわけですね。これは、自衛隊の職員が高等学校を訪れまして、きょうは野犬狩りに来たのだ、少々不良がかった者でもいいから何とか自衛隊に応募してもらいたいという、この野犬狩りの言葉がずいぶん問題になったわけです。その背景として、一九六三年に御承知のように三矢作戦計画が国会において暴露されてまいりました。そして内閣総辞職という事件までこの事件を契機にして起こってくるわけですが、三矢作戦計画というのは、御承知のように、第二次朝鮮戦争を想定をいたしまして国民に有事総動員をかけるという中身のものであります。こういう経過があるわけですね。これはさかのぼって考えてみますと、一九四一年、昭和十六年です。いわゆる太平洋戦争の開始された年でありますが、そのときに、やはり戦争突入に際しまして軍は同じ要望を文部省に提出しておるという歴史がございます。さらに引き続いて一九六七年の十二月二十八日に、灘尾文部大臣の国防思想養成に関する記者会見での発言が出てまいりました。これがどういうふうに教科書の中にあらわれてくるかといいますと、一九六八年、翌年の小学校六年生の社会科の指導要領で、国家の安全と繁栄については今後一層の努力が必要であるという一項が入ることになります。そしてさらに翌年の六九年の中学校社会科指導要領では、今次大戦、いわゆる第二次大戦について反省をしというこの文言の中から「反省」という字が削除されるわけであります。これがいままでの経過です。
 そして、私は昨年の四月に防衛庁に対して質問書を出しました。その質問書に対する回答を見ますと、こういうふうに書かれておるわけであります。「社会科教科書の防衛問題に関する記述ぶりの調査結果について」ということで、防衛庁としましてはずっと教科書の点検、調査を行っているということがこの中に出てまいります。これは私に対する防衛庁の答弁書でございます。さらにこれが今回の有事発言となって一層エスカレートしてまいりました。この間の本会議におきましても、三原長官が有事立法の問題を出されたわけでございます。こういう背景があるわけですね。三原さんはしばしば各雑誌や論文等を通じてこういう考え方を披瀝されている。その中で、文部大臣に対して、国歌の問題を今度の指導要領の中に入れてはどうか、こういう考え方で出てきておることはいま私が申し上げました経過から申して当然推察できるところだと思うのです。私はそういう意味で、確かに海部文部大臣の見ておってくださいというのは、すれ違ったところでかどこかで、これは考えなければいけないじゃないかということに対して見ておってくださいという、その言葉自体あるいはその状況そのものは非常に軽いものだと思いますけれども、こういう背景を考えますと、これはかなり重要な問題だと思っているわけです。
 その前に私どもは、ここにいらっしゃいませんが、社会党を代表して木島議員と、公明党を代表して有島議員と、共産党を代表して私と、三名が海部文部大臣に大臣室でお目にかかりまして、この君が代国歌化の告示の問題については慎重な態度をとってもらいたい、われわれとしては国歌化することに反対であるという申し入れをいたしましたが、そういうことは覚えておいでになりますか。
○海部国務大臣 結論的に、仰せられた野党三党の方がおいでになったということは覚えております。
○山原委員 このように、少なくとも国会を構成する三つの政党があのときに一致をして申し入れをするということで――君か代というものを国歌化せよという声ももちろんあります。しかしそれに対して、戦前の忌まわしい思い出を持っておる人や宗教家の方たちの中に、君が代を国歌化すべきではないという考え方もある。そこでは少なくとも国民的な合意というものは得られていない段階であるということは文部大臣もよく御承知のことと思うのです。
 ところが、こういう雰囲気の中で、教科書もこのような動きと軌を一にしまして変化をしております。これは五十二年の日本書籍の六年生の社会科教科書ですが、これを対比してみたいと思うのです。私はいまここへいわゆる白表紙本とそれから発行本の二つを持ってまいりました。その中で「忠魂碑」と、「広島の平和記念公園をたずねて」という記述がございます。ところが、この白表紙本、いわゆる原本の重要な個所が発行本に至りますとずっと削除されるわけです。これは自分の村の近にある忠魂碑をめぐっての子供たちの調査やあるいはお年寄りから意見を聞くとか青年から意見を聞くとか、さまざまな意見が出てくるわけですね。そして、その冒頭には日本の今日の憲法と基本的人権という問題が出ているんですが、この中で白表紙本から発行本に至る間で非常に特徴的なことがあります。まず、たったこれだけの記述の中で憲法と基本的人権の項が全部削除されるわけです。それから二つ目は、忠魂碑につきましてお年寄りの意見やその他出てまいりますが、その中である大学生のお兄さんはこういうふうに言いましたといういささか批判的な記述、これは削除になります。それからもう一つは、戦争の悲惨さの部分は全部削除になるわけです。それからさらに、私は非常に特徴的なことだと思いますけれども、こういうふうに忠魂碑というものを中心にして子供たちが調査をしたりいろいろな意見を聞いたりしてきた結果として「研究してわかったこと、」というのが最後にあるわけです。これは子供たちがずっと聞き取りをやって、そして私たちはこういうことがわかりましたというところに言論の自由の問題と人権尊重の問題が出てくるのでありますが、これも完全に消滅をする、こういう状態です。だから、この忠魂碑という問題をめぐって、小学校六年生の記述の中でこのように重要な部分が削除になる、こういう状態ですね。
 これはどなたにお聞きしていいかわかりませんが、文部大臣でなくて結構ですけれども、どうしてこういうふうに重要なものが削除され消滅をしていくのか、この点について伺っておきたいのであります。
○諸沢政府委員 御承知のように教科書は検定でございますが、検定の基準になりますのは学習指導要領であり、小学校の社会科におきましても憲法学習というのを非常に重視いたしまして、日本国憲法の主眼といたしますところの基本的人権の尊重であるとか戦争の放棄であるとか、そういった面は指導要領でも御指摘のように強調いたしております。それを受けまして教科書はつくられるわけでございますから、私が全部一々見ておるわけではございませんけれども、知っている限りにおきましては、どの教科書につきましてもいま御指摘のあったような点については相当の記述がなされておるわけでございます。ただ、個々の部分について、いま御指摘のようにこのところはどうだということになりますと、それは教科書を書かれた著述者とそれから検定する側で、教科書全体あるいは当該学年の対象児童、生徒の発達段階、そういうものをいろいろ考えまして、この辺はこういうふうに修正なすったらどうでしょうかというような御意見を申し上げることはあるわけでございますが、いずれにいたしましても結果的にそれを直していただくというのは話し合いによってやっておるわけでありますから、著述された側におきましても全体の構成を見てこの程度が妥当だということで修正をなさったのではないかというふうに考えるわけでございます。
○山原委員 これは、六年生の社会科の中で忠魂碑という問題をとらえた、いま私が言いましたような記述の部分というのは一番大事なところですね。その大事なところがなくなってしまうということを指摘しているわけです。一般的に言っているわけじゃありません。しかしこの点は、教科書の変化について指摘をしておきたいと思います。
 まだ一つ例がありますけれども、これは時間の関係でいまは省略をいたしますが、こういう状態の中で、今回、君が代、国歌というこの名称をつけたのは一体だれがやったのでしょうか。たとえば教育課程審議会の方では審議をしておりません。また審議する権能もないかもしれませんが、全く唐突に出てきた感じをだれしも抱くわけですね。そういう点で、だれが「国歌」という文字をここへ書き入れたのか、この真相を少し伺いたいのです。
○海部国務大臣 学習指導要領の改訂に当たりまして、初めていまこれは何か全く新しいものを国歌であると言って出したのでは決してないわけでありまして、御承知のように、日本の国の国歌は君が代であるということが国民の間に定着しておると思っておりますし、思うだけじゃなくて、総理府の一番近い世論調査を見ましても七七%が国歌としてふさわしいというお答えをいただいておりますし、また国会の御論議を通じて、先輩文部大臣あるいは総理大臣が、君が代は国歌である、日の丸は国旗である、政府はこのように考えておりますという答弁をし続けてきておりますし、戦後、たしか昭和二十五年でございましたか、国歌、国旗掲揚がストップされた後復活しましたときだったと思いますが、当時の文部大臣は、国旗を掲げ、国歌を斉唱することが望ましいという談話を出して、これを全国の関係当局へ通達をしたという経緯もありまして、一貫して君が代は国歌である、こういう判断をし続けてきておりましたので、今度の学習指導要領の改訂に当たって、日の丸は「国旗」となっておるのに君が代だけは「君が代」となっておりましたので、これは「国歌君が代」と、世間に定着しておるその事実をそのまま国歌としていくことが妥当だと、こう判断をして、学習指導要領の改訂のときには「国歌」と記入をしたわけであります。
○山原委員 では文部大臣海部俊樹氏が書き入れたわけですか。
○海部国務大臣 最終的な判断をしたのはもちろん文部大臣でありますけれども、それはいま申し上げましたようないろいろな経緯もございましたし、また必要ならば詳しく御説明いたさせますが、確かに先生方のように反対の意見を言いに来られたお方もございましたが、逆に賛成の意見を言いに来られた方もございますし、その他のいろいろな世論調査とかあるいは世間にどう扱われてきておるか、この歌はいつごろできた歌なのかというようないろいろな経緯等を判断してそう決めたわけでございます。
○山原委員 歴代の文部大臣、先輩大臣がそういう発言をしたとかいうことですね。これは政権を握っておる政党の代表が大臣になるわけですから、これはいわば個人的な発言といっても差し支えないわけですね。
 では、国民に定着しておるという判定はだれがするのですか。これはなぜこんなことを執拗に言っておるかといいますと、海部文部大臣の時代にこういうことが行われたということは、これはいわば歴史に残るわけですから、だれがそういう判定をしたのか。たとえば公式制度連絡調査会議にしましても、慎重の上に慎重を重ねてきておるというような表現をしておるわけですね。それから田中元首相は、これは法律化しなければそういうことにはならぬのだという発言もしてきておる。こういう過程があるわけですね。かなり慎重な問題としてきておりますし、また私はきょうは法制局の見解も少し伺ってきたのですけれども、相当この問題については法律解釈上の面でも慎重な態度をとっておられるというふうに判断をしているわけですが、では、たとえば審議会か何かにかけて審議をし、一定の討議をするという過程を踏むならばまだ理解できる面もありますけれども、教育課程審議会の答申というもの、そういうことが行われる過程においてこれに国歌という字がポンと入ったのは、ポンとではないと言ったとしても、だれがそういう判断をして最初に入れたのですか。その真相はどうなんですか。諸沢さんの名前も出てくるのです。諸沢さんが国歌という字を入れたと書いてある新聞もありますが、その真相はどうなんですか。最終的にはもちろん文部大臣が結構だということになられたと思いますが、その過程でどなたが筆を入れられたか、伺っておきたいのです。
○海部国務大臣 先ほど来申し上げておりますように、各種の世論調査というものの数字を私は調べたということと、それから、世界のいずれの国にも国旗があり国歌があり、また、私がそう思うとか国民の皆さんがそうだという域を越えて、国際的な行事、たとえばオリンピックのときとか万博のときとか、そういったときには世界の人々が、これは日本の国旗であり国歌であるということにいささかの疑いも持たないように完全に定着をしておる、私はこう信じてまいりましたし、戦後、国歌斉唱、国旗掲揚ということを最初に復活したときだと思いますが、天野文部大臣の談話であったと思います。文部省は一貫してそういう扱いをしておる、政府もそういう扱いをしてきておる。したがいまして学習指導要領の今度の改定のときに、これはまたこの次の改定というのはいつになるかわからない問題でもございますので、国歌ということにすることに決断をして、その責任を持っておるのは私でございます。
○山原委員 いまわりあい簡単におっしゃっていますけれども、世界各国で国歌という形態を法律で持っておるとかいうようなところはそんなにないのです。それから、たとえばオリンピックのときが出ますけれども、確かにオリンピックで日本の国旗が揚がるときに何か歌を歌う、音楽が吹奏される、これは大事なことですけれども、そういう点が国民感情に訴える一番手近な問題になっています。けれども、この前のオリンピックのときに、たとえば東ドイツと西ドイツの場合は東西統一した歌をつくって、西ドイツの選手が優勝しても東ドイツの選手が優勝しても、歌は国歌じゃなくて、統一の歌を吹奏しながら掲げております。それからオーストラリアの場合は国歌はときどき変化しておるのですね。そういう事態もありますし、また、国際的に国歌として君が代が通用しておるということだって、たとえばサクラサクラという古来の音楽も日本にはあります。決しておかしくもないわけでして、そういういろいろな意見が出てくるわけですね。
 しかもいま大事なことは、わが国の憲法は主権在民です。そうして、あの戦争中に、御承知のように君が代を教える場合においても国歌君が代とはなっておりません。君が代を国歌化したことは戦前戦後を通じて初めてなんです。そういう中で、その君が代についての記述は、万世一系の天皇を尊敬し、いやさかである、こういうことを子供たちに教えると書かれているわけですね。そういう性格を持った君が代が、いま主権在民であることははっきりしておる憲法の精神ですが、そういう点にふさわしいかどうかということです。自民党の皆さんは賛成、早くやるべきだとお考えになるかもしれませんが、それは自民党の政党の考え方であって、国民的な合意に達していないことは事実なんです。それを、学校教育を通じて全国民に影響するこういう問題で、そういう点を十分に検討しないで、あるいは合意に達する何らかの手段もとらないで、文部省一存で決定するということはこれは明らかに越権行為だと私は思うのです。その点、いかがですか。
○海部国務大臣 全く新しいものを文部省が任意につくりましてこれが国歌だと言い張ったとすれば、これは私は大変な越権行為ではないかといういまの御議論もあるいは生まれる余地があろうかと思いますけれども、しかし君が代については、これはお言葉を返すようですが、私の調べただけでも、ずいぶん戦前にも国歌として扱われておった事実はあると私は考えておりますし、それからいまの憲法の主権在民、そのことに私は決して異議は持っておりません、そのとおりだと思いますが、しかし現憲法には、日本国民統合の象徴は天皇であって、日本国民の総意に基づくと、はっきりと明記されておるわけでありまして、同時にまた、自民党のとおっしゃいますが、先ほど申しましたように、世論調査でもこれは圧倒的に多くの方々の支持がある。要するに国民の皆さんの間に定着しておる、こう判断をしたわけでありまして、新しく文部省が越権行為でつくったものでも何でもない。国民の皆さんの間に定着をしておるというこの事実を前提にしておるわけでございます。
○山原委員 このあたりになるとお互いの論争になると思います。特に警戒していただきたいのは、君が代に反対だから非国民だとか、君が代に賛成だから愛国者だ、そういう単純な考え方があるのです。これは、奥田審議官がいらっしゃっておるかもしれませんけれども、この前に宗教団体その他の方がこの問題について面談されたときに、国民の間にも定着しておるんだというお話があってわれわれは国歌だと考えておるというお話に対して、われわれとはどなたかと言って、私はそう考えていないという反論があると、じゃ、あなたは国民じゃないんだということですね。国を愛するとか祖国を守るとかいうことは、自分たちだけの持ち物だと思ってはいけないのです。だから君が代の問題だって、海部さんは七割、八割、九割が賛成だと言いまして、そういう世論調査があるという、そういう方の調査でしょうけれども、あるからといって、では残された一割、二割の方が戦前からのいろいろな経験の中であの歌のもとにどういう状態になっていたか、そういう忌まわしい感じを持っておる者がいないわけではありません。しかも、それを全体を通じて強制することもできないわけですね。それだけの自由はもちろん国民にはあるわけですが、しかし、学習指導要領改定に当たって一筆「国歌君が代」と書き加えることによって、教育の場を通じて国民に強制する可能性を持っておるわけです。私はもちろん強制力はないと思いますけれども、そういう点から考えますと、この点について少なくとも若々しい感覚を持った海部文部大臣がもっと慎重な態度をとっていただきたかった。私は、国歌を決定するに当たっても、うんと長い時間をかけて、主権在民の新しい民主主義の日本にふさわしいような国歌、そういうものが国民の間から盛り上がってくるというようなことが必要だと思いますけれども、それを、これだけの世論調査があるから、あるいは歴代の大臣が答弁しておるから、あるいは国民の感情の中にはそういうものがあるから、だからこれは決定をしてもいいんだ、一定の強制をするような事態が生まれてもいいんだということが許されていくと、これは大変なことだと思うのです。そういう意味で、私はこの問題について、これをもっと検討されて、こういうやり方を変更されるとか、あるいはこれの取り扱いについては大変慎重な態度をとるとかいうような配慮が必要だと思っていますが、その点については文部大臣はどうお考えになっていますか。
○海部国務大臣 学習指導要領の改定をするに当たって、広く各界の方の御意見も承りましたし、いろいろな歴史上の事実等も検討し、踏まえまして、そしてこういう措置をとったわけでございます。ただ、先生御指摘のように、これに反対することは非国民で、賛成する人だけが愛国者だとか、そういうような分け方や考え方なんというものは毛頭持たずに、本当に広く国民の間に定着していくことを願い、反対する人がなくなるように願っておるというのが率直ないまの心情でございます。
○山原委員 私があえてこれを取り上げていますのは、今回、三原長官、それから福田総理大臣も、有事立法の問題について公然と肯定するような発言がなされているという事態ですね。だから、この日本の軍事的な性格あるいはそういう防衛上の問題と関連して、進みぐあいというのは少しずつ節があって、ときには三矢作戦計画になり、そして今度は公然と有事立法という形に出てくる。そういう中で、やはり教科書の中では戦争に対する反省がなくなるというようなことを歩みつつ、再びまた軍国主義的な方向、また国民主権が圧殺されるような方向に歩みかねない道行きというのは戦前われわれは経験したんです。だから、二度とそういう道を歩みたくないという気持ちを持っている国民はたくさんおりますから、そういう点であえてこの問題を取り上げているわけです。ところがきょう、これは朝日新聞の本日の記事でございますけれども、たとえば新日鉄会社の会長である稲山嘉寛氏が昨日記者会見をいたしまして、「どこかで、戦争でも起きて、日本へ注文がどっと何千億円もはいらないとだめだ」という発言をしているわけですね。それからさらに、日本の財界の中には、そういう戦争がなくちゃだめだ、不況から脱するには戦争しかないんだという不用意な発言がちらほら出始めているわけです。そしてこの稲山さんの場合は、「日本の経済は朝鮮戦争、ベトナム戦争で注文が舞い込んで発展した。しかし、もう戦争はなく、急激な需要が日本にはこない。だから日本経済はむずかしいことになっている。」というふうな言葉ですね。いわば、あの朝鮮戦争の悲惨な事態あるいはベトナム戦争のああいう悲惨な中でもうけにもうけてきた日本の独占資本の根性というものが戦争賛美の方向にいま向かいつつあるということで、稲山さんと言えば日本経済の中枢に座っている新日鉄の会長でありますが、そういう人がこういう発言を記者会見の場で公然とするのは私は初めてだと思うのですね。そういう道行きにあるわけです。このことを私どもは非常に重要視しなければならないと思います。したがって、そういう道行きに手をかすようなことは、少なくとも文部行政の中では差し控えていただかなければならぬというのが私の考え方です。そういう意味でいまこの君が代の問題を取り上げました。文部大臣があるときに、次の学習指導要領の改定は大分先なんだから、いまやっておかなければ後になってしまうという、そういう気持ちがあったかもしれないが、そんな気持ちよりも大事なことは、もっともっと国民的な合意――一般的な国民感情というよりも、もっとこの問題を通じて論議をする、宗教家の意見も聞けば戦前に弾圧された人たちの意見も聞く、そういうものが総合されて初めて文部行政の中で一定の道を見出していくというのがあなたの任務ではないのかということを強調したいために質問をしたのですが、その点はいかがでしょうか。
 それからもう一つは、戦前におきまして君が代を教えるに当たりましては、先ほど私が申し上げましたように、まさに天皇に対する忠誠をこの中で培っていくのだ、こういうことと一体になって君が代が歌われてきたわけでありますが、そういう指導方針を持って今度も臨もうとしておるのかどうか、最後に伺っておきたいのであります。
○海部国務大臣 いま御指摘になりました財界の人の発言というものとは全く無関係でありますし、次元も違う問題であろうと思います。私たちは、君が代は日本の国歌であるといたしましても、この国歌君が代が果たしてきたいろいろな役割り、いま先生は戦争中のことばかりおっしゃいますけれども、歴史は、一千年も前の古今和歌集のころから祝賀歌、祝い歌として歌われ、それが日本国民の間に温められ、伝えられてきた歌であると私は理解しております。これは戦争賛美の歌でも何でもございません。そういった一時期、愉快でない思い出を持った方がたくさんおると思いますが、私も中学の一年、二年、軍需工場に動員されて、青春の一時期を暗い思いに塗った経験者でございます。私は、日の丸や君が代をそういう軍国主義とか侵略戦争と結びつけようとした当時の軍国主義者の誤りである、こう思っておりますけれども、そういったことを二度と繰り返さないようにしなければならぬというのはいまの平和憲法のもとで当然のことでありますし、またそういったことを再び起こさないのがわれわれの使命であると考えておりますから、御指摘のような財界人の発言とは全く無関係、次元が違うところで私は判断をし、決断をしておる、このように御理解をいただきたいと思います。
○山原委員 そうしますと、君が代というものの取り扱いについては、何らかの指導方針を改めて出されるというお考えですか。
○海部国務大臣 改めてということではなく、きょうまで歌われ続けてきた君が代でありますから、国民の祝日等にはその祝日の意義をよく理解させるとともに、国旗を掲げ、国歌を斉唱することが望ましいという学習指導要領の方針を改めるという考えはございません。
○山原委員 次の問題に移ります。
 これと関係ないようで関係があるのですが、いま問題になっている、けさからも質問の出ております私立医大・歯大の問題なんです。このことにつきまして最初に申し上げたいのですが、杏林大学のやみ入学金の問題について私はしばしばこの委員会で取り上げまして、そして最終の委員会では、私の質問について藤尾委員長から文部省に対して、よく調査をしてそれを報告せよというのが議事録にはっきり残っています。そのために私は了承して質問を終わったのですが、私のところへはその後一切の報告も何もないのですが、これは文部省、委員長のこういう発言にも従えないという立場をとっておられたのですか、そのことだけ伺っておきます。
○三角政府委員 これは本年三月十四日の文教委員会の質疑であったと存じますが、これは調べまして委員会で御報告申し上げたいというふうに当時の管理局長が御答弁になっておりますので、御質問をいただければ、私ども調べました結果についてお答え申し上げたいと思っております。
○山原委員 それは少し不誠実な答弁だと思いますよ。早く調べてという委員長の御発言の気持ちは文部省もわかっておるはずですから、調査して、質問者である私に、こういうふうな状態ですというふうに、これは当然のことだと思うのです。委員会で答弁すると言うが、じゃ、委員会できょう私が質問しなかったらいつまでたっても御回答がないわけですから、それはちょっと余り誠実でないお答えだと思いますよ。まあ、ともかくおきますけれども、その間に、たとえば九月二日の新聞を見ますと、「杏林大寄付金ウソ報告」というのが出るのですね。やみ入学金のうち三億円を決算書の一般寄付に見せるために職員が寄付したことに見せかけて、そして寄付金の二五%が所得税の控除になることを利用して脱税をした疑いがある。そして寄付者名簿に、寄付者名簿を私も持っていますが、職員の名前を全部並べて、たくさんのお金を寄付したことになって、そして脱税をする、こういうことが新聞に出てくるのですね。この委員会で質問し、質問者もそう言っておる、委員長までが早く調べて報告しなさいと言っておるのに、もうずいぶん長い期間たっていますが、その間にこういうことが出てくるわけです。
 国税庁の方にお伺いしますが、この杏林の場合、こういう脱税問題、あるいは私が指摘しましたやみ金十億円を杏会から大学に入れた、こういう答弁もなされておったりしまして、税金との関係がずいぶん不明確なかっこうになっていますが、この点について、国税庁、調査をされておりますでしょうか、伺いたいのです。
○藤尾委員長 ちょっと答弁に先立って申し上げますが、ただいまの山原君の御質問どおり、私は文部当局に、前国会におきまする山原君の質問と関連をいたしまして、十二分に調査をして、できるだけ早くその調査結果を質問者に御報告をするようにということは申し上げたはずであります。それが今日まで行われていなかったということになりますと、これは文部当局の怠慢である、私はかように言わざるを得ないわけであります。今後のこともございますから、十二分に御注意の上、今後そのようなことのないように御注意を願いたい。よろしゅうございますね。
○三角政府委員 わかりました。
○小野説明員 お答え申し上げます。
 杏林大学の寄付金をめぐりましていろいろな情報が新聞その他にございますし、また国会でもしばしば議論がされておることは十分承知しておるところでございます。私どもといたしましては、現在資料や情報の収集、検討に努め、これを進めているところでございまして、その結果、課税上措置すべき点が明らかになりますれば適切な処理をいたしたい、かように考えておりますけれども、検討の内容につきましては、個別案件に関することでございますので御答弁を御容赦願いたいと思います。
○山原委員 時間の関係もありますので、杏林の問題にとらわれないで次に移ります。
 警察庁、出ていただいておりますが、愛知医大の三億円強奪事件というのが九月十三日に発生をしておりまして、すでに二カ月を経過いたしております。これは新聞を見ましてもあるいは週刊誌等を見ましても、ずいぶん不思議な事件だということが言われております。何しろ犯人と被害者とが相当時間にわたって同じ部屋で、しかも被害者も出入りをすることができるという状態の中で三億円という莫大な金額が強奪をされる。しかもこれがいまだに捜査の進捗がなされていないように思うのです。しかも一方では、これはもう迷宮入りだろう、あるいはこれは狂言だ、一億の金が流されてもみ消し運動が始まっておるというようなうわさ、揣摩憶測がいま飛び散っている。こういう状態でありまして、これだけ明確なこの犯人捜査が二カ月もかかっていまだできないということは、日本の検察、警察陣の機能まで疑われる要素を持っていると思うわけでございますが、この捜査の状態、あるいは迷宮入りになるのではないかあるいは狂言だなどということに対して、これをそうではないと断定することのできるだけの資料をお持ちでしょうか、伺いたいのです。
○加藤説明員 ただいま御指摘の、本年九月十三日午前十時から十時半ごろまでの間におきまして、名古屋市内のホテルナゴヤキャッスル内におきまして愛知医大の関係者から二億八千一百万円ほどの現金が強奪されるという事件が発生いたしたわけでございます。愛知県警といたしましては即日西警察署に刑事部長を本部長とする捜査本部を設置いたしまして、約二百名ほどの捜査員を投入いたしまして非常に大規模かつ強力な捜査を実施しておるところでございます。ただいま、奇妙な事件である、あるいはこれがすでに迷宮に入るのじゃなかろうかとかあるいは狂言であるとかいうふうな揣摩憶測が出ておるということでございますけれども、私どもは事実に基づきましてこの犯人の割り出し、追及、検挙ということを総力を挙げてやっておるわけでございます。したがいまして、この事件を必ず検挙するという信念を持ってやっておりますし、いままでのところ狂言であるというふうなことを肯定するような事実は出てきておりません。しばらく時間をおかし願いたいと思うわけでございます。
○山原委員 狂言ではない、必ず犯人を挙げるということでございますから、これ以上この問題については質問をしないつもりです。
 そこで、現在、私立医科・歯科大学の創設に当たりまして、この創設以後いろいろな事件が次から次へ発生する。これは、日本の教育界は一体どうなったのかという事態まで引き起こしている。まだこれからかなり出てくる可能性がないとは言えません。そういう点で、もうここで相当根源を断ち切るという立場で問題を取り上げなければならぬと思いますが、まず委員長にお願いしたいのですけれども、私の作成した資料、と申しましてもこれは文部省にいただいた資料でもあり、また私の方で職員録を見て、設立当時の私立医科・歯科大学の、財界、政界の方たちの携わっておる関係を表にしたわけですが、よろしかったら各委員の皆さんにお配りいただきたいと思います。
○藤尾委員長 お配りしてございます。
○山原委員 幾つか例を挙げて申し上げたいと思いますが、福岡歯科大の場合、設立をめぐって、御承知のように大学設置審議委員であった桐野氏に対する供応問題が出ましてついに大きな事件に発展をしました。このときは、この福岡歯大の某理事は、国会議員、県会議員、私大審、設置審に金をばらまくことは全国の歯科医の子弟のためにほめられるべきことであるというふうに述べるに至っております。そして一億円の使途不明金が出てまいりました。設立認可の年にこの事件が発生をしたわけであります。当時の新聞を見ますと、「乱れ飛んだ悪銭 権威失墜の設置審 文部省衝撃」などという表題が出る始末であります。この大学の場合、設立には九州大学の教官の名前を連ねたものが申請の中に出ておりますが、これは問題になりまして、文部省も認可を一時保留して、そして一年保留して認可をし、そしてまた問題が起こるという、こういう経過を踏んでいるわけです。そして、寄付金を出した子供を優先して入れるというこの大学創設者の考え方に対して、文部省は注意をしただけで認可をしたという状態です。この背景には、剱木元文部大臣あるいは田中六助氏という国会議員の名前が理事として出ているわけでございます。これは当時の新聞、また国会の審議の中で出てまいりましたからあえて隠す必要はないと思います。こういう事件。
 次に、松本歯科大の場合を見てみますと、四十七年に開学になっていますが、一口二百万円の寄付金に応募した家庭の子弟の入学は同窓会が責任を持つという、予約入学のあり方が明るみに出たわけであります。同窓会というのは、これは東京歯科大の第二東京歯科大ということで松本歯大ができておりますから、その同窓会が責任を持つのだろうと思いますが、こういう状態であるにもかかわらず、四十六年に認可がされております。そのとき一億数千万の自己資金しかなかった。それが三十億七百万の金があると、見せ金を見せているわけです。その見せ金はどういうふうにしてつくられたかというと、伊藤忠、化工機販売、大成建設、すなわち商社と建設業者、これが中心となりまして、資金融資ということで三十団体の名義を連ねて見せ金をつくったのです。この大学の設立の中心になりましたのが元文部省初中局長の辻田理事であることは当時の新聞で明らかであります。また、元文部省福利管理課長補佐の月岡事務局長であったことも明らかであります。そして、この理事をしております鹿島俊雄氏、国会議員に四十七年には五十万の政治献金が松本歯大からなされていることは、自治省に登録されておる数字を見ても明らかであります。
 こういう政界、財界、そして建設業界の、私立医大・歯大の創設に当たっての結びつきと申しますか、こういう中で、文部省が本当に毅然とした態度をとってその申請書を点検をしあるいは寄付認可申請書などについてつぶさに検討することができなかったのではないか、逡巡をしたのではないか。そういう点での厳密なチェックができなかったことが今日の不祥事件多発の原因になっておると思うのであります。私はこの点で、いままで関係されてきた方に対してとやかく言うわけではありませんけれども、やはり教育の問題、たとえ私立大学という場合におきましても、政治家がこれに介入をするあるいは政治家が理事長とか理事とかいう形で存在をすることはうまくないと思うのです。これはこの際、こういう点はきっぱりとすべきであるというふうに思うのでございますが、まずその点について文部大臣の御見解を伺っておきたいのです。私の考え方は、いままではともかく、いままではいろいろな形があったと思いますけれども、いまこれだけの問題が出てくると、その辺をやはり政治家はまずすっぱりすることが大事だろうと思うのですが、文部大臣の御意見を伺っておきたいのです。
○海部国務大臣 いまいろいろと世の批判を受けるような問題が私立の医科・歯科大学、あるいは残念ながら公立の医科大学の一部にもあるということですが、現に理事長あるいは理事として大学運営に全力を挙げておられる政治家もあるわけでございます。それは政治家であろうとなかろうと、学校法人の役員は、やはり学校法人の管理運営に必要な知識経験や役員としてふさわしい社会的信望を持った方が学校法人のためにお尽くしになることでございますから、私は一概に、政治家だから現在やっておる理事長、理事は全部だめだというふうには考えないわけでございます。やはりその本務に基づいてきちんと職務を果たしていただきたい、またそれが願いではなかろうかというふうに考えます。
○山原委員 私はもうちょっとその点についてこだわってみたいと思うのです。私がいま名前を挙げる大学は、大変恐縮でございますけれども、私もたくさん持っている中から幾つかの例を挙げて申し上げたのですが、非常に問題がある。たとえば教授陣のリストにしましても、そのまま持ってきて、点検すればわかるわけですね。お金だって見せ金、わかるわけです。ある政治家はある大学に十二億円寄付をするというようなことが出ているのです。十二億円なんて寄付していないのですね。一目瞭然でわかる。そういうことを恐らく文部省は知っておっただろうと思うのです。しかし、背景に大物がいる、あるいは有名な財界人が名を連ねるということになりますと、どうしてもそこへ手が伸びないというようなことですね。このことが設立当時のあのあいまいな姿になったのじゃないか。そして設立して一年もたたないうちに、開学の前後からこういう事件が次々と起こる。しかもこれらの事件で非常に特徴的なのは、文部省が発見したものは一つもないということです。全部内部告発であったりあるいはマスコミが取り上げたり、あるいは父母の間からそういうものがぽろっと出てきたりする中から、いまの事件は次々と明るみに出て世間を騒がせておるという状態です。文部省自体がこれをつかまえた、発見したというのは一つもないじゃないですか。大学局長、どうですか。
○佐野政府委員 新設の医科大学につきましては、いわゆる完成年次に達するまでの間は大学設置審議会におきまして毎年度、年次計画の履行状況の調査を実施いたしております。いわゆるアフターケアと称するものでございます。この調査におきましては、教員組織の整備の状況あるいは設備の充実の状況あるいは病院の運営の状況、そういったものにつきまして丹念に調査を行い、指導を加えてきております。しかしながら、私どものアフターケアにおきましては確かに、当該大学における入学者選抜についてどのような実際の仕組みで行われているのか、あるいは教授会はどのような規程をもって運営をしているのかというようなことについては突っ込んだ調査はいたしておりません。これは、言うなれば私どもにとっては大学運営のまさに基本的なことであり、しかもまず入り口の初歩に関することであって、そのこと自体が確立されないということについては、われわれとしてはむしろ予想もしなかったことだったわけであります。その点は今日の時点で私たちは深刻な反省をいたしております。今後、もちろん大学の自治、私学の自主性を大事にしなければならないということは基本でございますけれども、そのことを基本に置きながらも、そういった教学組織の運営の実際についてまで、ある場合には立ち入って調査し、指導をいたしたいと考えております。
○三角政府委員 私立大学の設置につきまして、設置計画の面におきます学校法人の管理運営面、それから資金計画面につきましては、文部大臣が私立大学審議会に諮問をいたしまして審査をしているわけでございます。先生がいま仰せになりましたような事柄につきまして、私立大学審議会では、大学設置基準に定めておりますところの、医学部の場合でございましたら、医学部の設置のために最低必要な校舎の建築でございますとか設備の整備といったものについての、設立計画におきます資金計画が果たして適正妥当であるかということ、それからさらには、四十六、七年当時といたしましてはその三分の二を自己資金として確実に保有しているかどうかということを審査していただいたわけでございます。その審査のやり方と申しますか、そういったことにつきましては、書面調査あるいは現地に参りまして行います実地調査、さらには必要な資料の要求あるいは関係者からの事情聴取といったようなことで、当時、その時点といたしまして、制度上ないしは実際上許されるあるいは考え得るあらゆる方法で調査をし、確認の努力をしてきたものでございます若干申し上げますと、たとえば寄付者の寄付申込書、あるいは申請者が寄付を受けましてその金額を入れております銀行預金の残高証明書といったような書類の確認、あるいは、実地調査に参りましたらいろいろ実際上の書類あるいは有価証券の預かり証等も調べる、それから会社の寄付の場合には取締役会の正式の議決書を出していただく、その他いろいろな方法を尽くしまして審議をしてきた次第でございます。
 なお、私大審議会でも大学設置審議会と同様に設置認可後のアフターケアをいたしておるわけでございますが、その際にいろいろ指導、助言を行うということを主眼にしてまいっております。これまでは認可後、完成年度までということでございましたから、医学部、歯学部については六年間でございましたが、この医学部、歯学部については今後当分これを十年間に延長しようということで、指導の強化を図りたいということに私大審議会としては決定をいたしております。
 なお、私ども、私立学校が設置されました場合には、学校法人にその内部機関といたしまして、学校法人の業務に関する重要事項について参画するための評議員会という制度もございますし、また学校法人の財産の状況あるいは理事の業務執行の状況等を監査するために監事も置かれておりますので、私立学校の精神から見まして、まずやはり学校法人の運営の適正の確保についてこれら内部機関がそれぞれしかるべく機能を果たすことに期待をするものでございます。そういうことでございますが、文部省といたしましては一々の私学に対しましてその運営状況等を常時監視するというようなぐあいで対応しているものではございませんけれども、問題となりますような事態が生じました場合には、十分に状況を調査いたしまして、必要な指導、助言を行い、学校法人の適正かつ健全な運営の確保に努めてまいりたい、そういう考えでございます。
○山原委員 私は、監督官庁としての文部省の能力、面目というようなものはいままるつぶれだと思うのです。それで審査について私は疑義を持っています。それは、いままで大学設置審あるいは私学審議会委員が供応を受けるとかいうような事件が起こり、司直の手にかかるというような問題も出てくるわけですね、そういうことなどもあって、いわばあの四十六年、四十七年の私立大学ブーム、あのときにはまさに百鬼夜行、もう莫大な札束が乱れ飛んだというようなかっこうだと思うのですよ。これは本当に私は実証したいと思っていますけれども、そういう事態であったのですね。それがぼつぼつ出てきてああいうことになっているのです。だから、認可申請書、寄付行為認可申請書、これは永久保存ですから、いま問題になっておるところの大学の寄付行為認可申請書だけでも出してみなさい。そうしたら全部わかるのですよ。
 文部省はできるだけのことをやったけれども、いままでなかなか寄付の実態がわからない、寄付は入っていますと言われたらそれ以上突っ込めないのですということを、ずっといままでこの委員会の質問に対しても答えていますが、これは北里大学医学部の設置状況なんです。「北里十年史」の中にこういうふうに出ているんですよ。「昭和四十四年十二月七日、文部省管理局から医学部設置予算表に組み込まれている予定寄付金五億円が、全く実績なく、架空の数字としか考えようがないという指摘を受けた。これでは一週間後に迫った大学設置委員会私大審議会に、北里医学部申請書を提出できないと宣告された。どの位の金額の寄付がされればよいのかと問うと少くとも億単位でなくてはとの答えである。七日の余裕しかない。この機会を逸すれば、多分北里大学医学部は永久に設立の機を失う。学内の事情はそれ程流動的であった。正に成否の関頭に立ったのである。頼るところは他にない。島田教授にお願いして、木川田東電社長にお頼みした。社長室で事情を説明すると「やりましょう」唯一言であった。この快答をいただいた時の木川田社長の姿は、今も眼に残っている。救われたのである。三日後、東電平岩常務(当時総務部長)から、お願いした以上の東電と関電工振り出しの小切手を頂戴し更に感激した。忘れてはならぬことである。」これが十年史の中に残っておりまして、さらにこういう状態の中で指導しておりますのが私大審なんです。「これはほんの一例であるが、他にも実に多くの方々が北里の医学部設置の理念を理解し、物心両面の強い支持を惜しまれなかった。特に大学設置審議会、私立大学審議会、医学部専門部会の好意ある指導と忠言を得られたのは幸いであった。分けても心強かったのは、宮沢喜一氏や高村象平氏の高い次元での協力と、樋口一成氏、」これは御承知のように私大審の有力な幹部でありますが、「懸田克躬氏の新しい医学部創設に対する直截な指導である。」こういうふうに書かれているわけですね。
 だから、五億円の見せ金が出てきた。ところが文部省はそれを知った。だから実績から見てもそんな金は入ってないのだということで注意をした。そうすると北里創設委員会の理事が来て、じゃ幾ら出したらよろしいでしょうか。億を下ったらいけませんよ、五億円必要ないですよ、億を下らない、一億を超すあるいはその前後のものであればいいですよという指導がなされる。それを一週間でつくるために、木川田さんという財界の大立て者に頼んで小切手の振り出しが行われる。それはその金額より少し多かったのですから一億そこそこのお金でしょうが、それで認可の運びになる。
 実際にこういう実態を皆さんの前に明らかにすることは困難ですが、多かれ少なかれ全部これです。見せ金なんです。見せ金を本当に追及しようと思ったって、率直に申し上げて恐縮なんですけれども、大学を設置しようとする場合には、たとえば大阪のある医科大創設の人たちは東京に東京の事務所をつくって文部省に対する折衝を行う。あるいは認可申請書を書く、あるいは寄付行為申請書を書く、これは大変なものです。これを書くのだって、そういう専門家というものはそんなにいるわけではありませんから、結局文部省のお役人を使うわけですよ。アルバイトをやっているでしょう。アルバイトをやって、そして東京のどこかの部屋でこれをつくってあげるわけですよ。つくってあげて、それが出されて、今度はチェックするのは自分である、あるいは同僚がチェックするという形態になっておったのです。あの当時は。だからこそ文部省は適切なチェック、創設準備の段階で土地はどうなっているかあるいはお金はどうなっているか、こういうことが本当にチェックできなかったのです。これが実態だと思うのです。大学局長はかわっておられるけれども、あなたはそういうことを御存じありませんか。薄々感じておられますか。ここの禍根を断たなければだめです。
○佐野政府委員 大学設置審議会の専門委員の中に、御指摘のように一名、刑事事件にかかわった者がいることはまことに残念だと思っております。しかし、そのことは、大学設要審議会の他の委員、専門委員の職務執行がいいかげんであったということを意味するものでは全くありません。私は、大学設置審議会の名誉のためにも、審議会はりっぱに仕事をしているということをはっきり申し上げることができます。
 それからまた、四十四年当時の実情については私は承知をいたしておりませんが、文部省の職員が申請者の申請書をつくることを手伝うなどということはあり得ないことであります。
○山原委員 この点はその程度にしておきますけれども、いま私が例を出しました北里の場合はこれだけの大物がついて小切手が発行されていますからまだましな方なのです。しかし、五億円という金が申請されて、寄付が入っていますと言いながら、文部省はこれを指摘をしておるわけで、その実体がないじゃないかという注意をして指導をしているわけです。だから知らないなどという状態ではないのですよ。しかも申請書を見たらわかるわけですからね。そういう点でそのあたりを厳しくしなければならぬということです。
 同時に、いまこういうところでうわさとなっておりますのは、政界、財界が設立に当たって援助してくれたとかというようなことに対しまして、また見せ金の名義を貸してくれたというようなことに対して、たとえばそれに対する見返りはお金の場合もあるでしょうけれども、実は入学生の枠を与えるということです。こういうことが行われる。百人入学するのだったら、二十人はそういう枠としてそういう人たちに提供していく、こういうことが公然と言われているのです。そうしますとこれはもう本当に不正入学といいますか、そういうことがまず上の方からそういうふうになってくる。それからまた、創設に当たった大物の政治家に対してはかなりのお金が流されている。たとえば創設に貢献した政治家に対しては毎年ほぼ永久的に数千万の金が渡されることはもう自明のことだというようなことまで言われておるわけでございます。結局、そういう金銭のお返しと同時に、入学生の枠を与えていくというお返し、そのことによって見せ金の名義をちょうだいする、あるいはまた大学の重要なポストにお名前を貸していただく、こういう仕組みになっておるのではないかということなのであります。この点について大学局長はどう把握されておるか、伺っておきたいのです。
○三角政府委員 設置の認可の審査に当たりまして、見せ金とわかって、それを承知で認可するということは絶対にあり得ないことでございます。
 それから、北里の例を御説明になったわけでございますが、お話にございました、五億が確認し得る内容のものではないから、しかしかわりに一億程度がなお必要であるという、おっしゃいましたようなやりとりがあったというふうには私は考えられないと思うのでございます。先ほども一般論で御説明申し上げましたように、設置の認可を審査いたします場合には、当該学部を設置するに必要な資金額の三分の二を自己資金として保有していなければならないということでございますから、三分の二に達するまでにあとどれだけ努力をしなければならないかというような点につきましては、その認可審査の過程の中で指導と申しますか、指示をいたすということはあったかと存じますが、五億のかわりに一億で構わないといったようなたぐいの往復はあり得ないと思っております。
 それから、いわゆる見せ金の名義貸しと申しますか、それに対して見返り云々といったようなことにつきましては、私ども文部省としては承知いたしておりません。
○山原委員 これは口が裂けても言えないことですが、それじゃこの北里の十年史は変更を要求されたらどうですか。これは公然と出されておる、分厚い本です。図書館へ行けばあるわけですね。これはもうやりとりされたことを公然と書かれているのです。文部省が指導して、五億円までは要りませんよ、しかし億前後は欲しいですよ、ということはやられているのですね。だから、そんなに局長がおっしゃるのだったら、こういうようなものは訂正を求めたらいいと思うのです。ごらんになって結構ですよ。見てください、私、切り抜いてきましたから。どうですか。
○三角政府委員 私も大学からお借りをして読ませていただきたいと思います。ただ、先ほども申し上げましたように、五億云々は、もしそういうやりとりがあったとしますれば、必要自己資金に足りない部分が一億であれば、その一億を充当することが認可の条件としては必要であるというような指導をすることはあり得ると思っております。
○山原委員 そんなことじゃないのです。これは寄付行為認可申請書から出ているわけでして、自己資金をつくらなければならぬということでやっている中に五億円の寄付金額が出ているわけですからね。だからそんなふうに言われるととてもきちんとした質問にならぬと思いますので、これはなお、あなたがいらっしゃったときでないかもしれませんから、お調べになってください、どういうやりとりがあったかという点です。これ以上この問題は申し上げません。
 そこで、これらをどうするかということで、文部省は今度特別学納金制度をつくっておられるわけですが、これはあっさり言えば、やみの金額でなくて、ちゃんと募集要項に徴収の理由を書いて徴収しなさいということなんですね。そうしますと、十一月十五日の朝日新聞をごらんになったと思いますが、これで調査をされた結果が出ておりまして、ずいぶん平均化された金額になってくるわけですね。たとえば入学時学納金が、岩手医大あるいは東京女子医大、順天堂大、久留米大、日大、関西医大では一千万円を超えるであろう、愛知医大では初年度納付金が三千万円必要だ、授業料も二倍から三倍になるところが出てくるということでございまして、そうなりますと、せっかく文部省がこの解決のためにつくられました入学時学納金制度なるものが一体どういう役割りを果たすかというと、いままで少なくとも成績がよければ、この間嶋崎さんが出されましたように金沢医大のようなトップの方が不合格になるなどというとんでもないことも起こっていますけれども、一般的に成績がよくてお金も出さなくて合格しておったのが、今度はやみ金を出さなくてよかった方たちも出さなければならぬ、こういう結果になるわけではないでしょうか。これはまさに教育の機会均等に対する破壊でございますが、これは簡単に答えてください、私の言うようなことではないとおっしゃるのでしょうか。
○三角政府委員 学納金を明年度どのように決定し、これを募集要項に記載するかということにつきましては、目下各医科大学がそれぞれ検討を進めておりまして、そうして私立医科大学協会の手元で医科大学協会が指導する、私どももその医科大学協会を通じて助言をしていくということで作業中でございまして、まだすべての大学が最終結論に行ったわけではございません。ただ、従来の入学時寄付金というものを今後はなくしていくということでございますので、特に経常的経費につきましては、やはり私学でございますので学納金に依存する度合いが非常に大きいと存じます。ただ、先生いま御指摘になりましたように、学納金が従来よりは上がって、そしてそれを全員から、学納金でございますから一律に収納するということになりますと、確かに負担が非常に重くなるという状況になる学生も出てくるかと存じます。それにつきましては、やはり九月七日の通達でも申しておりますように、学生の負担軽減を図りますために、納付金の分割納入でありますとかあるいは私立大学奨学事業援助制度の活用による奨学事業の実施でございますとか、それから特に優秀でかつ必要がある一部の学生につきましては納付金の減免その他の措置をそれぞれの学校で工夫していただくように、いま指導、助言をしておるところでございます。
○山原委員 まあ、窮余の策としてお考えになったと思いますけれども、この朝日新聞の調査によれば、恐らく皆さんもどうせ調査の結果を各大学に照会して出されると思いますが、一千万という数字が出てきているわけですね。学校によっては三千万。しかも愛知医大といういま問題になっている学校。三千万というお金は、これはちょっとわれわれの感覚では想像できない世界に到達しておると思うのですよ。一千万というのを調べてみますと、日本の全貯蓄世帯の六・一%にしかすぎません。全預貯金をしておる方の世帯の六・一%、これしか私立医大というものを受けることはできない。二千万になるとパーセントはもっとぐっと下がるわけですね。まさに憲法で保障されておる、法のもとに平等である、経済的な差別を受けないという問題あるいは教育の機会均等の問題から考えまして、文部省のやり方一つによりましては大変な事態が起こってくるということを、ぜひこれは検討していただきたいと思うわけです。分割納入とかいろいろ言ったって、結局出さなければならぬということはもう明らかなところでございますから、その点をはっきりさせていただいて、もっとよい方法というものを本当に衆知を集めて検討していただきたいと思うのです。
 いままで大学局長は、大学における教学権の問題を出されてまいりました。けれども、各大学における教学権を本当に民主的に掘り起こし、そして進めていくようなことをしなかったのは私は文部行政だと思うのですよ。だから教授会はないところがある。教授会はあってもあってなきがごとき、学校教育法の施行規則による、大学における入学、卒業、退学の問題の取り扱いは教授会の議を経て行うという、これは法律、法規の行為ですが、それすら踏みにじって、理事長や一族どもが勝手気ままに入学者を決定するなんということは断じて許してはならぬ。ここが勝負どころです。教授会を確立して、法律どおり、法規どおりの私立大学の運営を民主的にやらすということ、この決意を持っているかどうか、私はこの点の最後に文部大臣に伺いたいのでありますが、この決意がおありになりますか。これをやらなければ解決しないのです。奈良医大の問題、私は奈良まで行って調べてきました。何と物すごいのです。できたときは三十三年から寄付金を取ることになっていますが、その前がまたひどいのです。県会議員は来る、国会議員は来る。おれの家内の弟を入れろと言っておどしをかける。そうして順位を次から次へとひっくり返す。どうにもならなくなって、そんな権力のもとに学校がめちゃくちゃにされるのはいやだと言って、せめての逃げ場所が寄付金を取ろうということで、三十三年の県議会で県知事が寄付金を取る制度を答弁しておるのです。公然と県議会の議事録に出ているのです。それに対して本当に、それはだめだ、そのときにはどうするかという指導を文部省がしたかというと、文部省はしていない。こういうことがこのような事件を次々と発生させる原因になっています。しかし時間がありませんから、教授会を確立して、学内の民主的な、経理の問題でも、運営をしていくというこの決意を文部大臣にしっかりと持っていただいて、これらの問題の解決のために努力をしていただきたいと思いますが、この点、いかがでしょうか。
○海部国務大臣 御指摘のような社会的批判を受ける事実に対して、これは一部の大学のみならず、私立医科大学協会、歯科大学協会側も、協会としてみずから厳しく受けとめ、これを再出発の足がかりにしなければならぬと、自主的な改革案をつくったり、鋭意いま相談を願っておるところであります。問題は、御指摘のようにやはりまず明朗なものにするということで、学納金の問題の額については、まだ個々別々にいろいろな指導をしておりますけれども、できるだけそれが軽減されるような政策努力もいろいろ行わなければならぬ、こう考えますし、同時に、入学試験制度の公正化といいますか、それとともにいまおっしゃった教学の面、それから経営の面、これがやはり確立されていかなければ根本的な解決になっていかないわけでありますので、九月七日に出しました文部省の通達もそれを大きな柱といたしておりますし、またその方向で大学も改革されんことを期待いたしますが、社会的に批判を受けた大学では、理事者が責任をとってみずから交代をして、新しく発足した理事会等においてはそれらのことについても確立をして、打ち立ててやっていきたいということを、文部省の指導、調査の段階においてもいろいろ決意を表明されておるわけでありますから、なお一層それが確立されるように十分指導、助言を続けてまいりたいと考えております。
○山原委員 最後の質問、ちょっと時間がなくなってきましたので簡単に申し上げますが、文化庁長官、お見えいただいておりますね。時間がありませんので、私、自分が書きましたことを読み上げて質問にかえます。
 それは日本映画のことでございます。長い間娯楽文化の王座を占めて国民に愛されてきた映画ですが、今日では芸術文化の中でも最も荒廃と衰退が進みまして、これ以上放置できない状態にあると私は考えております。映画館の数も大変減っております。全国六百四十五都市のうち百七十八都市、つまり二七・六%の都市にはもう映画館が一つもないという状態になっています。町村でもそうです。実は日本国民は毎月一回かつては映画を見ておったということに統計は出ておりますけれども、現在ではもう年に一・五回しか見ていないという、こういう状態になりまして、結局映画の制作本数が減っておりますが、同時に、制作費が安上がりないわゆる成人映画、暴力、ポルノ、こういう映画が逆に大幅にふえておるという事態があるわけでございます。
 この問題につきまして私はまず申し上げたいのは、日本の映画というものが、映画人やその他関係者の方々の努力によりまして国際的には大変高い地位を占めてきたということは、これは忘れてはならぬと思います。すなわち、一九五一年のベネチア映画芸術国際博覧会での大映の「羅生門」がグランプリ賞を受賞して以来、世界各地での国際映画祭で数多くの受賞作品を生み出し、国際的に見ましても最も高い水準にあるわけでございますが、今日、こうしたすぐれた力が全く発揮できないでいるのが現状でございます。
 こう考えますと、いまこそ日本映画の復興のために政治の光を当てるべきではないでしょうか。それは、ヨーロッパでは政府が手厚い保護を与えていることから見ましても当然のことであります。私はイギリスの政党の映画に対する政策を見たのでありますが、かなり緻密なイギリス映画に対する補助体制その他が検討されておるのであります。これから見ますと、大蔵省が来年度予算編成に当たって、わずか一億円にすぎない優秀映画奨励金さえ切り捨てようとしておることは全く許されないことだと思います。大蔵省は二つの理由を挙げておりますけれども、私はその理由は承服することのできないものだと思うのでございます。よい映画をつくろうとするに、先立つものはやはり資金がなくてはつくれないというのが現状でございますが、そういう点で、意欲的な企画、制作プランに対して低利の融資ができるようにすべきだと思いますが、長官のお考えを伺いたいのであります。大蔵省は、いままでお金を出したけれども効果がないと言っておりますが、たとえば宮城まり子さんのつくった「ねむの木の詩がきこえる」という映画は、前作の「ねむの木の詩」が奨励金を得なければつくられなかった。あれは赤字で、この前作が奨励金を出されましたし、また引き続いて次作も奨励金が出てこれは制作をされたわけであります。もともと、優秀映画奨励金というのは当時の文化庁長官であった今さんが、当時の平均的な映画制作費の四千万円の二分の一に当たる二千万円を奨励金として出そうとしたものであります。それが当時半分の一千万円に削られまして、四十七年以来今日まで据え置かれたままになっているわけでございますし、その奨励金もまた課税の対象となるという情けない状態でございます。今日、映画制作に一億円かかると言われる中で、来年度予算は当然奨励金の額を少なくとも二千万、そして本数にして、いまの十本を二十本に拡大すべきだというのが私の考え方でございますが、このようなことについて長官の見解を伺いたいと思います。
 それからもう一つ、青少年に与える映画の影響というのは非常に大きいわけでございまして、青少年によい文化を与える意味におきましても、この助成措置というのは非常に重要な問題だと思いますが、いよいよ予算をめぐっての攻防が続く段階を迎えまして、文化庁長官、どのように対処されるか、お考えを伺いたいのであります。
○吉久政府委員 お答えいたします。
 わが国における映画の衰退現象につきましてはいろいろな原因が言われておるわけでございますが、文化庁といたしましては、わが国における映画が国民の芸術文化の振興に果たす重要性にかんがみまして、これらに対する制作奨励ということを従来やってまいったわけでございます。御承知のように、昭和四十七年度から優秀映画制作奨励として十本、一本につき一千万円の奨励金を出しておるわけでございます。また、五十一年度から子供向けテレビ用優秀映画制作奨励につきましても、一本六百万円、五本分を計上いたしましてこの助成に努めてまいっておるわけでございます。この金額が少ないとか、あるいは十本を二十本にしろというような御意見もあるわけでございますが、私どもといたしましては、この子供向けテレビ用優秀映画につきましては、現在の制作費の状況等を考えまして六百万円という金額ではややどうであろうかということで、これの増額につきましては来年度にも増額要求をいたしておるところでございまして、今後とも努力してまいりたいと思うわけでございますが、本数の拡大につきましては、いまのところ従来どおりでよろしくはないかというふうに考えるわけでございます。
 なお、それらの奨励金以外に、いわゆる低利の融資をしてはどうかということでございますが、いままでの奨励金制度はかなり効果を発揮しているというふうに考えるわけでございまして、将来の問題といたしましては、いろいろ関係官庁とも協議をいたしまして検討さしていただきたいと思います。
 それから青少年映画の問題につきましては社会教育局の所管でございますので、社会教育局の方から御答弁があるかと思いますのでお聞きいただきたいと思います。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 文部省といたしましては、映画の持つ教育的機能というものが大変大きいということを承知しておりまして、健全な青少年の教育のためにもこれを十分活用していくということで、社会教育局といたしましては、学校教育や社会教育の教材として活用するための映画につきましては、審査をいたしまして、特にすぐれたものはこれを選定をいたしまして、こういうすぐれた映画があるということを各方面に御紹介をしてそれを広く御利用いただくとともに、私どもといたしましてはその中で適当なものは買い入れをいたしまして各都道府県にお配りをする。また、民間では大変つくりにくいような教材映画につきましては、できたものは特にこちらで買い上げるというお約束で、そういう指定制作ということをいたしまして、それを買い上げまして、またこれを各都道府県、市町村にお配りをする、こういうふうな措置を講じております。私どもといたしましても、映画が青少年の教育に持ちますところの大きな影響力というものを考慮いたしまして、今後一層この関係の予算をふやしてまいりたい、このように考えておる次第でございます。
○藤尾委員長 西岡武夫君。
○西岡委員 人事院の総裁においでをいただいておりますが、御多忙のようでございますので、初めに総裁に対する質問を先にやらせていただきたいと思います。
 まず総裁に基本的なことをお尋ねいたしますが、学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法という法律がございます。この法律の趣旨は、日本の将来は究極的には教育の成果にある、したがって教育界に人材をとにかく確保するということがわが国の教育の現状のもとで最も大切なことであるという趣旨で制定をされた法律でございます。この法律の持つ意味について人事院の総裁はどういう御認識をお持ちか、まず初めに承りたいと思います。
○藤井(貞)政府委員 いわゆる人材確保法というもののねらいあるいは目的、趣旨につきましては、すでにこの法案の実質的な立案推進者であります西岡先生からいま要約をしてお話があったとおりでありまして、私も、制定当時はいまの職にはおりませんでしたが、法律の趣旨、目的等については十分同感ができるというふうに考えております。これは文字どおり、やはり教育というものが日本の次代を担う青少年の育成強化にとって大変重大なことでございますので、その教育の衝に当たる先生方についていい人に来ていただくようにしなければならない、そのためにはどういうふうにやるべきであるか。これは方法としてはいろいろあるわけでございますが、その中の何といっても重要なことは、待遇において他の者に比べて優遇措置を講じていくということが大変重要なことであるから、それを目途としてやっていかなければならぬということを非常に明確に宣明をいたした法律であり、この法律の趣旨、目的はそこにあるものであると私自身も解釈をいたしております。
○西岡委員 総裁のただいまの御答弁は、まことに法の趣旨を正しく御理解をいただいているというふうに思います。ところが、これまで人事院が現在の教職員の待遇改善、処遇の改善について、予算が計上をされた範囲内で人事院としての勧告を出す場合に、昭和五十年の一月から実施されました第一次の改善については本俸九%を増額する、第二次の改善では昭和五十一年の一月から本俸三%、そして教員特別手当というものを人事院は創設をされまして、特別手当という形で四%という改善の勧告をされて、これが実施をされているわけでございます。
    〔委員長退席、登坂委員長代理着席〕
この教員特別手当という手法と申しますか、やり方をとったのは、人事院が、人確法の法の精神と人事院がこれまで果たしてこられた役割り、すなわち民間の給与水準と公務員の給与水準とのバランス調整、各職種間のバランスをとっていくんだという、そういう人事院として果たしていかれる役割りとの関係の中で、人事院本来の役割りというものがそういうところにあるために、国会としては特に法律を制定して、教育職員についての待遇改善を行うという根拠を制定をしているわけでございますが、本来ならば本俸を改善すべきところを、他の職種とのバランスを人事院が考えたためにこのような特別手当というような形で処遇の改善を行うというような小手先のやり方をやっておられる、こういうふうに私は理解をいたします。したがって、できるだけ早い機会に教員特別手当は本俸にこれを繰り入れるべきである、こういうふうに考えますが、総裁のお考えを承りたい。
○藤井(貞)政府委員 この問題は、過去においても第二次の勧告その他を中心として大変国会で御論議をいただきました。またその間、人事院の態度、人事院の考え方というものについても大変厳しい御批判をいただいたことは事実でございます。これに対して、人事院側といたしましても人事院側としての考え方というものをるる御説明を申し上げたつもりでございます。人確法の精神というものは、先刻申し上げましたとおり私自身も十分理解をいたしておるつもりでございますし、またその趣旨については大賛成でございます。またそのとおりの効果は相当程度上がってきておるのではないかというふうに考えております。
 初め、当時のベースといたしまして大体二五%程度を上げようではないかというようなねらいがあったようでございまして、これが三次にわたって段階的に実施されるということに相なりました。第一次はほぼ一〇%、第二次も一〇%、第三次が五%ということでございますが、基礎になる基本給というものがだんだん上がってきておりますので、実質的なパーセントは事実上下がってきておりますが、実質的に申しまして約二五%ということで計画どおりに今日まで来ておるということでございます。ただ、第一次、第二次はほぼ遺憾なくと申しますか、予定どおりに国会でも御審議をいただき、成立をいたしたわけでありますが、第三次につきましては御承知のようないろいろな問題が絡み合いまして、今国会においてもいろいろ御審議をいただいておるという段階でございます。
 第二次の勧告の際にいろいろ御指摘にもございまして、人事院といたしましても考え方を申し上げたのでありますが、義務教育に従事をいたしまする教員の待遇改善というものについては、これはもとより異論がございません。ございませんが、ただ人事院といたしましては、一般的に公務員についてその給与についての管理に当たっておるというたてまえが基本的にございます。そういうたてまえから申しまして、義務教育教員について待遇の改善を図るといたしましても、そこにおのずからなる限界と申しますか、均衡というようなことをやはり全然無視するわけにはまいらないという立場がございました。そういうことからいたしまして、義務教育についても特別手当というような制度を導入をいたして措置をとることにいたしたわけでございます。これについてもいろいろ御議論があったことは事実でございますが、われわれといたしましては、そういう均衡論というような問題からいってやむを得なかった措置ではなかったかというふうに考えております。その結果、先生も十分御承知でありますように、一般的に教員の方々について申しますと、この改善が行われます前は、県庁の課長さんといいますか、そこまではとうてい及びませんで、課長補佐程度のところでありましたものが、いまやすでに県庁の課長さん以上のクラスになっておるという現実の姿になってこれはあらわれてきておるというふうに、明確にその改善の効果というものが上がってきておる次第でありまして、そういうことでそれなりに大変な効果が上がっておるのではないかというふうにわれわれといたしましても認識をいたしておる次第でございます。
 いま御指摘のございました、特別手当というものは、これはやり方として邪道である、やはり本俸で措置をするのが本来の姿ではないかという御発言の御趣旨はそれなりに評価をいたします。いたしますが、やはり先刻申し上げましたようないろいろな給与一般の論理と申しますか、そういうたてまえからの均衡論その他の問題もございまして、窮余の策と申しますか、やむを得ざる措置として打ち出したという点もございますし、また、特別手当自体については、いまの主任手当の問題とも絡み合わせましてそれなりの理由がりっぱにあるものだというふうに考えて創設をいたしましたものでございますので、ただいまのところ、この手当を廃止していつから本俸に繰り入れるとかいうようなことは現在のところは考えておりません。
○西岡委員 これはまた異なことをおっしゃるわけで、法の趣旨は総裁としても十分理解しておられると片っ方でおっしゃりながら、人確法の言わんとするところはまさに、人事院が本来の機能としておられる給与の均衡ということを平たく言えば破るべきであるということをこの人確法は定めているわけです。したがって、総裁は、法の趣旨は理解するけれども、法の趣旨には全面的には従えないということをおっしゃっているわけですか。
○藤井(貞)政府委員 そういうたてまえに立ちますと、人確法に基づく勧告自体がなかなか抵抗があって行えないということになるわけでありますけれども、そういうことではなくて、厳然として法律が制定されたその趣旨というものは明確になっておるということを踏まえまして、第一次、第二次、さらに第三次にわたっての勧告を行ったということでございます。これは御承知のように、給与というものについての優遇措置を講じなければならぬということに相なっておりますので、本俸ということに限定をされません。本俸ということが本来の趣旨であるという気持ちは、それはわかりますけれども、それだけにとらわれずに、その他の諸施策を講じてその待遇の改善を図っていくという趣旨に対して適合したものではないというふうに考えておったわけでございます。
○西岡委員 総裁は先ほど、人確法の趣旨はよくわかるけれども、人事院としては他とのバランスも考えなければいけないという御発言をされたわけです。そこに問題があると思うのです。人確法の定めている精神は、教育の重要性にかんがみて、他の公務員、一般の公務員の方々ももちろん大切な仕事をしていただいておりますけれども、教育についてはそれ以上に処遇については十分な処遇をすべきであるというのが人確法の精神でありますから、その精神を体するということになれば、これは予算の定める範囲内で本俸を手直しをしていく。これはこの人確法の附則の第三項に、人事院が「優遇措置の計画的実現のための給与の改善が行なわれるように必要な勧告をしなければならない。」と命じてあるわけです。その点をどうお考えですか。
○藤井(貞)政府委員 その規定は十分に承知をいたしておりますために、いろいろな点、諸般の問題がございますが、それらの点を総合的に勘案をいたしました結果第三次にわたって勧告を行ったということでございます。
○西岡委員 それは本質的には、本俸を改善するということが本来ならば正しいやり方である、総裁はそうお考えじゃありませんか。
○藤井(貞)政府委員 そういうたてまえ論もあるかと思います。ありますが、法律において人事院に勧告の義務を負わせたということにつきましては、これは大変差し出がましい言い方でありますけれども、従来長年にわたって人事院といたしましては給与問題と毎年取り組んでまいってきております。それなりの自信もあるつもりでございます。そういう立場を御尊重いただきました結果、勧告の内容については人事院に任せるという御趣旨ではなかったかというふうに私は考えておるのであります。本来は、給与、本俸というようなもので措置することがたてまえであるというような点も一つあるかと思います。ただその点につきましては、これは第二次勧告についてもるる私から申し上げました。また皆さんからも御批判もございました。しかし、人事院といたしましては公務員一般の給与問題というものを担当しているという立場がございます。この立場から申して、その均衡というものを無視して、それを突き抜けて義務教育教員については優遇措置を講じなければならぬという趣旨はよくわかります。それだからこそやってきたわけでありますけれども、そのやり方につきましてもおのずから限界があるということで、第一次、第二次、第三次というのはそういうたてまえに立って勧告を申し上げたということでざいます。
○西岡委員 言葉じりをとらえる気持ちはありませんけれども、たてまえとしては私が申し上げていることについてはわかるけれどもと総裁が何回もおっしゃるので申し上げますが、人事院はそのたてまえと本音とを使い分けていろいろな問題について対応されるということになるわけで、こういう御発言は不謹慎だと思います。人確法の命じているのは「行なわなければならない。」ということを法に明記してあるわけでありますから、たてまえで人事院はやるべきである。またその予算を計上した文部省の基本的な考え方は、本来教員特別手当というような形を想定したものではなかったはずであります。本俸が改善されるべきであるという趣旨で予算も計上されたと私は理解をしておりますが、これは文部大臣、お答えをいただきたい。
○海部国務大臣 専門の政府委員から詳しくお答えいたさせます。
○諸沢政府委員 私も当初からの経緯はつまびらかにいたしておりませんけれども、人確法が制定されまして、予算措置として、昭和四十七年度の給与水準をもとにして二五%相当を今回の三年の計画で引き上げるというふうに聞いておるわけであります。
○西岡委員 文部大臣、この人確法という法律は文部省の行政の中でも基本にかかわる政策であります。したがって、この法の趣旨、その経緯については十分大臣としても御理解をいただかなければいけない基本的な課題であるというふうに考えております。
 私は、この法律が制定をされ、それに基づいて予算が計上をされたときの文部省の給与の改善についての考え方の中には、教員特別手当というようなやり方は頭のすみのどこにも存在をしていなかった、こういうふうに理解をしております。したがって、人事院がまさに他の公務員とのバランスをお考えになる立場であるからこそ、くどいようですけれども、人確法を制定したわけですから、その人確法の法の精神は守っていただかなければ人確法の趣旨に反するということになります。したがって、できるだけ早い機会にこの特別手当を本俸に繰り入れられることを強く要望いたします。これをお答えいただきたいと思います。
○藤井(貞)政府委員 先刻来るる申し上げておりますような経緯で特別手当の創設に踏み切ったわけであります。人確法自体におきましても、これは「給与」ということを文字としてはっきりうたっておりますが、本俸その他の言葉はございません。これは言葉じりというお話がございましたが、私も言葉じりをつかまえてとやかく言うつもりはございません。やはりできれば本俸でやりたいという気持ちは従来からあったわけであります。したがって、第一次はすっぱり本俸でやったということでございますが、やはり人事院としてのそれぞれの立場がございますので、これは大変おしかりを受けながらそういう措置を講じて今日まで来ておるということでございます。また第一次の勧告からその後の勧告を通じまして、最初にはそれは特別手当という思想は文部省には恐らくなかったかもしれません。その後におきましては個々具体的に、それぞれの勧告の時点におきまして文部省からも内容にわたってかなり詳細な御意見の表明というものをわれわれも受け取っておる次第でありまして、ほかならぬ文部行政の責任官庁である文部省の御意見でございますので、事柄が事柄であるだけに、一般の勧告とは違いますので、その内容、趣旨、御発言の理由というようなものにつきましては十分にこれを尊重いたしまして、できる限りの尊重をするという態度で対処してまいっておるつもりでございます。ただ、いまのお話にございました特別手当については、それぞれ相当の理由があってやったものでございますので、いまこの時点においていつからこれを本俸に繰り入れるとか、これを直ちに廃止するとかいうことを申し上げる段階ではございません。
○西岡委員 総裁、そこまでおっしゃるならば申し上げますが、文部省が人確法に基づく給与改善をやったときに特別手当などというようなやり方は全く考えていなかったのです。これは断言申し上げていいと思います。ですから、いまの総裁のお話は、文部省とも十分連絡をとってということをおっしゃいましたけれども、そんなことはないのです。文部省はそういうことをやってもらいたくないということを申し上げたはずです。それを、人事院が勧告をする権限をお持ちで、その勧告権というものでまさに法律の精神を踏みにじってこういうものをつくった。これは、人事院が教育行政、文教政策についていろいろなことをおっしゃる立場にはおありにならない。したがって、人確法の精神に基づいて文部省が進める範囲内で勧告を出されるというのが人確法の趣旨じゃありませんか。お答えいただきたい。
○藤井(貞)政府委員 文部行政の責任者であります文部省の専門的な立場からするいろいろの御発言なり要望なりというものは十分尊重していくというたてまえは、従来からも堅持してまいりましたし、今後もそのつもりでやってまいりたいというふうに考えております。ただ、特別手当の問題については、第二次勧告を中心にいろいろ御論議をいただきましたように、人事院としての一つの立場がございます。その立場からやむを得ざる措置としてこの制度を創設をせざるを得なかったということでございますので、いまお話がございましたけれども、別に文部行政その他について人事院自体がそれに対して介入するとか干渉するとかいう考えを持ったものではございません。
○西岡委員 この人確法は、従来人事院の本来の立場というものがあるから国会は人確法という法を制定したのですよ。人事院の立場というものを踏まえて人確法というのはできているわけですよ。ですから、人確法の精神に基づけば、人事院は本来の立場を捨てなければいけないのです。それが人確法の趣旨なんです。
○藤井(貞)政府委員 そういう御議論もあるかと思いますが、人確法自体の精神はよくわかります。したがって、その趣旨に沿ってできる限りの努力を今日までやってきたということだろうと思います。ただ、人事院といたしましては、基本的には国家公務員法というものがございます。その精神に立脚して行動しなければならぬという限界もあるわけでございまして、その間の調和の問題としてこういう措置が出てきたということだろうと思います。
○西岡委員 総裁、これは特別措置なんですよ。法律に明記してあるのですよ。「義務教育諸学校の教育職員の給与については、一般の公務員の給与水準に比較して必要な優遇措置が講じられなければならない。」そして、文部省が計画をした給与改善の計画に基づいて人事院はそのことが実現するために勧告をしなければならないと書いてあるわけですよ。人事院はこの法律を無視されるのですか。おかしいじゃないですか。
○藤井(貞)政府委員 無視はいたしておりません。無視をいたしておりませんから今日まで第一次から第三次にわたる勧告を一生懸命にやってきたということでございます。
○西岡委員 私が申し上げているのは、先ほどから総裁がたびたび、人事院にも人事院の立場があるということで立場のことをおっしゃっておるわけですが、この人確法はその立場を否定しているのですよ。
 それでは続いて別の問題を申し上げますが、片一方で一般の人事院勧告が毎年行われます。ところが、その一般の人事院勧告を拝見いたしておりますと、どうもこの人確法の趣旨を別のところで否定をする措置がとられている。具体的に申し上げますと、五十一年の行政職(一)の俸給表では大体六・九%の改善が行われている。一方、同じ五十一年に一般の人事院勧告においては、教育職の給与表第二、第三、まあ第三が中心でございますが、小学校、中学校の給与については、行政職(一)の六・九%に比較して六・四%という勧告をなさっている。人確法の精神に基づく勧告については、特別手当とかなんとか小手先のインチキをやって、本俸の改善も十分に行わないでおきながら、片一方であたかもかたき討ちのような形で〇・五%、ここで教育職の給与の一般的な通常改善というものを値切っておられる。引き続いて五十二年度については、行政職(一)の給与改善について七%の勧告をなさって、同じく教育職の給与表第三表の小、中の教師の給与改善については六・七%の勧告をなさっている。ここでも〇・三低い勧告をなさっている。こういうようなことをずっと続け、こういう精神で人事院がお取り組みになるとすれば、最終的には、いまから何年か先に人確法というものは何のためにあるかということになる。そこはどうですか。
○藤井(貞)政府委員 その点は、俸給表自体がいろいろ諸表に分かれておるという点がございますので、全般的に申して昇給のベースアップ率については、これは最近は御承知のように行政(一)(二)表ということでやっておるわけでございますので、それをどういうふうに適用していくかということに相なりますと、俸給表内部の均衡その他の問題、全体のベースの基準その他もございますので、率自体が全部が全部一緒というわけにはまいりません。そういう意味合いからいま御指摘になりましたような率が出てきておるのではないかと考えますが、この点は、人確法があるからそのしっぺ返しでやるというような、そんなつまらぬことを私自体は考えておるわけではありません。(西岡委員「やっているじゃないですか」と呼ぶ)いや、そういうことを考えてやっておるわけではございません。しかし、そういうような御批判なり御指摘の点があるのであれば、そういう点については私としても十分反省をいたしまして、今後の措置について十分検討いたしたいと思います。
○西岡委員 それでは重ねて確認をいたしますが、一般の人事院勧告においては教育職についての勧告に差をつけるというようなことは、来年からはなさらないということだと理解してよろしゅうございますね。
○藤井(貞)政府委員 いままでも意識的に差をつけるというようなみみっちいことはやっておらぬつもりです。私は少なくともそういう意識は持っておりません。ただ、そういう御指摘がございますようであれば、事実は十分調査をいたしまして、そういうようなことのないように今後は十分気をつけてまいりたいと思います。
○西岡委員 もう一度確認します。こういうことは今後なさいませんね。
○藤井(貞)政府委員 いままでは意識を持ってやってきたわけでございませんが、そういうことが仮にありとすればやはり是正をしたいということでございます。
○西岡委員 ありとすればと言うが、あったということをお認めにならないのですか。私がいま指摘をした数字は違っていますか。
○藤井(貞)政府委員 いま西岡さんから御指摘があったことは腹の中にはっきり銘記をいたしまして、検討して、そういうような疑問の余地がないように今後措置いたします。
○西岡委員 総裁の人確法についての御認識についてはまだ納得がまいりませんから、これはまたの機会にまだ問題を留保しておきます。どうぞお帰りください。
 そこで文部大臣にお尋ねをいたします。文部大臣には、時間の関係もございますからごく基本的な問題だけをごく端的にお尋ねをしてまいりたいと思います。
 順序としまして、いま人事院総裁と私とのやりとりの中で大臣もすでにお感じいただいたと思いますが、人確法の精神を将来にわたって貫いていくためにはいまのような形ではだめだと思うのです。具体的に申しますと、教育職員の給与については人事院の勧告の対象から外して別建ての給与体系をつくるべきである、私はこう考えます。これは来年からおやりいただきたいということを、私はいま言質をとろうとも何とも思っておりません。方向として、いま総裁と私とのやりとりの中で、人事院に任せておいたのでは人確法の精神はなし崩しになる可能性がある。したがって、文部省としては教育職員の給与の体系については別建ての体系をつくるべきである。これについて大臣の御見解を承りたい。
○海部国務大臣 私はいまの議論を聞いておりまして、たしか第三次の給与改善が行われるか行われないかというまさに瀬戸際のときに、西岡さんが最後まで努力をして、二五%に乗せるべきだということを力説されておったのを、私は別の立場で、横で拝聴しておったことを思い出していまの御議論を承っておったのでありますが、人確法の精神をきらんと貫くためには、やはり今後ともこの人確法の趣旨が曲げられないように、いろいろな操作によって効果が薄められることのないようにしていかなければならぬという点は、私は全く同感でございます。ただ、別建てにせよという御議論になってきますと、人事院というものがあるという現在の仕組みや、あるいは人確法という法律があってそれに基づいて制度が進んでおるわけでありますから、その精神、その趣旨を生かして、趣旨に反しないような方向に文部省としては全力を挙げていくべきであろう、こう考えますが、突然の問題提起でございますので私もいま考えていることを率直に申し上げたので、御理解いただきたいと思います。
○西岡委員 突然といってもこれは基本的な問題でございますから、大臣の大胆な御答弁をいただきたいと思ったのですが、これは次の機会に譲ります。次の機会に御答弁をいただきたいと思います。
 次の問題は、やはり待遇改善の問題と関係する問題でございますが、学校の事務職員の問題であります。この学校の事務職員の待遇改善の問題については、非常にいろいろな問題を抱えている。それは端的に申しますと、同じ職場でありながら、教師の給与はどんどん上がっていく、事務職員だけが何か置き忘れられた形になって、同じ職場で働いているだけにいろいろ問題がある。ところが一方、事務職員と一般行政職の他の公務員との関係を考えてみれば、たまたま職場が同じであるからといってこれに人確法の適用を行うということになれば、人確法の趣旨からはかなり外れたことになるというジレンマに陥っているのが事務職員の待遇改善のむずかしい問題だと思うのです。これを解決するためには、特に小学校、中学校、高等学校等における学校の事務職員は、単なる学校の事務を机の上でやっているだけではなくて、児童、生徒といろいろな接触をしていく。これは他の役場の職員、役所の職員の方々とはかなり違う職務の内容があるのではないかというような見方をとらえて、学校の事務職員について特別の体系をつくる。これは行政職とは違う学校事務職員という制度を設けるという中で待遇改善をやる以外にないのではないかと私は考えます。この問題について大臣としてどうお考えか。もう結論だけで結構でございます。
○海部国務大臣 教育は人なりとよく言われます。学校において直接児童、生徒と接触をして教えてもらう教育者はもちろん大事でありますけれども、学校全体の醸し出す雰囲気とか、あるいは一人一人の児童、生徒に接するときの接し方というものは、やはり学校の事務職員であれはあるだけに、われわれからはより多くのものといいますか、より高きものを期待されるだろう、私はそう考えております。だから、全体のまとまりの中でそういうことが可能であるならばできるだけの処遇はすべきである、これが基本です。いいですか。
○西岡委員 私が申し上げているのは、そういう形で待遇改善をするといっても限度がある。したがって、学校の事務職員については、たとえば特別の資格を設けて、それをてこにして待遇改善をやる以外にないのではないか、こういうことを申し上げているわけで、方向としてそういう問題を文部省として御検討いただけるかどうか、これをお尋ねしているわけです。
○海部国務大臣 研究させていただきます。
○西岡委員 次に、基本的な問題でございますが、いま文教行政が抱えている課題というのは非常にたくさんございます。ところが、これは文部省に限らずそうなんですけれども、ややもいたしますと、政府が、それぞれの役所がいろいろな行政の基本的な方針、施策を決める場合に審議会というものが機能している。これはそれなりにいろいろな役割りを果たしておられるということは私も理解をいたしますけれども、政府の文教行政で言えば、本来文部省の責任で方針が決められなければいけない事柄を、時間的にもタイミングを失するというような形、また責任の所在があいまいになるというような形で、審議会というものが何か奇妙な存在になっていると私は日ごろ理解をいたしております。私自身は、文部省が広く国民のいろいろな意見を踏まえて施策を決めることについては、大臣の私的な諮問機関というような形ででもどういうやり方でも考えられると思いますし、それはそれで十分やっていただかなければなりませんが、文教、教育の行政の基本的な方針、具体的な施策については、本来文部省、文部大臣がその方針を定めて、法律が必要な場合にはそれを国会に提案をし、国会で決めていく。その具体的な立案については文部省、文部大臣が直接責任を負って処理をすべきであると私は考えております。したがって、審議会の答申を待って施策を進めるというようなことではなくて、文部省、文部大臣の責任において国会に具体的な提案をしていくという姿が本来の姿であると私は思います。これについて大臣の御所見を承りたいと思います。
○海部国務大臣 本来の姿はおっしゃるとおりだと思いますが、ただ、国民の皆さん、各界各層の方々がどういう考えを持っておられるかということも、判断するときには重要な問題であります。また、法律等で審議会を設置することが決められておるものもございます。そういうところへは専門の学識経験者やいろいろな方の御意見が出るわけであります。したがって、判断するときにいろいろな方の御意見を幅広く聞きながら、また、審議会の議論というものはいろいろな角度からなされるわけでありますから、そういったものを尊重して誤りなきを期しながら、判断をし進めていくのは文部省の責務である。ですから、審議会がいろいろな意味で文教行政を決めます場合に、いろいろな角度からの御意見をいただいて、有力な判断の参考にさせていただいていることも事実でございます。
○西岡委員 私が申し上げているのは、国民各層のいろいろな意見というものを文部省なり文部大臣が広く聞いて、その上に、それを踏まえて行政の方針、具体的な施策を決めていかれるということはそのとおりだと思うのです。ところが、審議会に全部げたを預けたような形で、いま審議会で審議をしておりますからということで、政府、文部省が、非常に言葉は悪うございますけれども、いわば時間かせぎをしているような形で、施策が適切な時期に適切に行われるのを失するということが往々にしてあると思うのです。したがって、海部文部大臣が、こういう問題については大臣の責任でやるのだ、審議会の答申を待って文部省の方針を決めるというのではなくて、文部省本来の責任でこれを進めていくのだ、立案の具体的な責任は文部省にあるのだ、それくらいの改革はぜひやっていただきたいと思うのです。これについてどうお考えでしょう。
○海部国務大臣 これは問題によりけりだと思います。現在でもことごとく審議会の答申をいただかなければ政策は何もしていないということではございませんし、また、審議会の一応の意見を聞いてからやった方がいいと思われるものもあるでしょうから、問題の性質によりけりでありますけれども、しかし当面、いろいろ具体的な事態が起こったときに何でもかんでも審議会の意見を聞くというのじゃなくて、文部省の責任と判断でこれを行った方が国民のためになる、教育のためになる、こう判断したことは今後も一歩一歩前進させていくように努力をいたしてまいります。
○西岡委員 それではいまの御答弁を踏まえて次の問題に移らせていただきます。
 本日の当委員会で大学の入試改善に関する決議が行われました。この決議の中で、大学の入試、中でも、一つの制度としていま導入されようとしている共通第一次学力試験の実施時期についていろいろな意見があったわけでございます。これは御承知のとおりであります。そして、衆議院の文教委員会としては、このことについては高等学校の三学期というものを十分尊重しなければいけない。これは、三学期を含めた上でその到達度というものを見るように共通第一次学力試験は行うべきである。そのためには、高等学校側の教育計画の中に大学の入試が踏み込むのではなくて、大学の入学の時期を変更するということも含めて最善の配慮をすべきであるということを決議で言ったわけでございます。これは全党一致の合意でございます。
 そこで、お尋ねを申し上げますが、私は先般の予算委員会のときに、時間が十分でございませんで議論が十分行われなかったわけですけれども、大学の新学期を九月からにしてはどうかということを具体的に提案をしております。もう簡単で結構でございますから、大臣として、九月新学期という説に、いまの大学入試の実態であるとかあるいは国際的な教育、学術の交流というようないろいろな観点を踏まえた上で、御賛成かどうか、その賛否だけをお尋ねいたします。
○海部国務大臣 この問題については、賛否だけ言えと言われてもいろいろな関連がありますから……(西岡委員「大臣が」と呼ぶ)私はまだ賛否を決めかねております。そして審議会に諮らないで、大学局長に命じて、私立大学の実情、就職の実情、高校の実情、三月に試験をやったら入学はいつになるかというようなこと等、よってもって起こる関連といいますか、大変な社会の仕組みを変えるわけでありますから、それを十分慎重に判断して賛成か反対かと言わねばならぬわけでありまして、この間予算委員会で西岡先生にお答えしたとおり、それがいい面も確かにあるわけでありますから、それによって起こる悪い面と、その比較権衡をして、どうしたらよりよきものになるかということで、いまここで直ちに賛否だけを言えと言われたら、もう少し時間をかしていただきたいと思います。
○西岡委員 この間私が問題を提起して、大臣に御質問しましてからかなり時間がたっておりますが、悪い面はどういうところがありましょうか。
○海部国務大臣 これはまだ私の感じでありますけれども、九月にしたらどういうところによくない影響が起こるかということは、いろいろ私の判断でいくと、それが今度は国立大学、私立大学の全部を通じての共通一次試験の制度、全部を通じての大学の九月入学の制度にならなければならぬわけでありますから、それに対してどのような協力が得られるかどうか、教育界に混乱は起こらないかどうかということもあろうかと思います。それから、かつて、私の記憶に誤りなければ、一時期九月に一部の高等学校の入学が行われておった経験が日本にはあるはずであります。それが四月に戻ったのはなぜだろうか、どういう反省があり、どういう理由があり、どうして四月に戻ったのかというようなこと等について、私が思う限りの材料を一回いろいろ検討してもらって、その報告を聞いて判断しようと思うわけでございます。
○西岡委員 それではお尋ねをいたしますが、共通一次試験は五十四年に行われようとしております。五十四年に行われるということになりますと、やろうと思えばいろいろなことの準備が行われる時間的、物理的なゆとりはまだ残されているというふうに私は判断をいたしておりますが、本日の文教委員会における決議、高等学校の教育というものを全面的にやはり尊重をして共通一次試験が行われるということになれば、これは国会の決議でありますから、先ほど大臣が御答弁になりましたようにこれを尊重されるということをおっしゃったわけで、そういうことになりますと、仮に九月ということについてなかなか急には結論が出せないという大臣の御判断であるとすれば、具体的には、三月の後半に共通一次試験が行われれば、五月の後半あるいは六月という形に大学の事実上の入学は時期がずれるということになります。そういう形でお進めになるお考えでしょうか、大臣。
○佐野政府委員 御指摘のように、三月に共通入試を実施するということになりますれば、三月のどの時点かによりますが、いずれにしても大学に学生を受け入れる時期は五月の末ないしは六月に入るということが容易に予測できます。現在、学年の始まりは四月一日ということが定められているわけでございます。そのことを前提として、制度として初めから学生の受け入れの時期を五月あるいは六月に予定をするということは、行政の立場としてとることはきわめて困難なことであろうと思います。当面、私どもが決議を尊重をして対応するとすれは、まず五十四年度について、現在の国公私を通じた入試のシステムの中でどれだけ高等学校の要望にこたえることができるのか、その入試期日の繰り下げについて真剣に検討するということが一つ。それからもう一つは、五十五年度以降の問題として、御指摘の九月の新学期ということを含めて、そもそも大学の入学の制度をどのように変えることができるかということまでを基盤に置いた検討に早急に入る。その二つの立場をとる以外になかろうと思います。
○西岡委員 大臣、決議の中ではこういうふうにはっきり言っているわけです。「大学の入試は法に定めた高等学校教育の全課程が終了した時点で、その到達度を判定するという趣旨で実施されることが原則である。」ですから、これについて文部大臣としてどう目八体的に対応されようとしているのか。もちろんこれは国大協を初め多くの関係者のある問題であります。ですから、大臣がおっしゃったからといって右から左にこの問題が簡単に解決するという単純な問題でないことは私も理解をいたします。しかし、きょうのこの国会における決議がこのことを明言しているわけでありますから、大臣としてはどうお取り組みになるのか、その方針だけでも、先ほどは型どおりの、決議を尊重するというお話でございましたが、これはやはりもう目の前に来ている問題でございますから、大臣の御方針だけでもこの際お示しをいただきたい。
○海部国務大臣 型どおりではなくて、いまのこの情勢、現在置かれている立場の中で、高等学校の教育過程というものを本当にどこまで尊重することができるか、あらゆる角度から判断をして、できるだけそれに努力をいたします。
○西岡委員 それではこの決議の、いま私が読み上げました高等学校教育の全課程が終了した時点で行うのが原則であるということについては、少なくとも文部大臣としてはその原則は踏み外さないという方針でお取り組みいただけますか。
○海部国務大臣 大学の入学試験は、高等学校教育の全課程が終了した時点で到達度を判定する、それが原則であるという御決議は十分尊重し、私もその精神で今後行動いたします。
○西岡委員 そのように強く要請をいたします。
 そこで問題になりますのは、今回の共通一次試験の導入というものは私は大きな前進であるというふうに評価をいたします。問題は、国公私立を通じて共通一次試験というものが実施されなければ本来の解決にならない、私学がこれに参加しなければ本質的な解決にはならないと考えております。ところが、いまのところ私学がこの共通一次試験の中に参加していこうというような具体的な状況ではないように見受けられます。これについては大臣としてはどういう見通しを持っておられるのか。私は、この大学の入試センターが設立をされるに当たって、理想的に言えば、これが国大協の共同利用研究所のような形で発足するのではなくて、全国の国公私立が共同でこれを運営していくというあり方が一番望ましい、本来そういう形に持っていきたいなということを実は考えておりましたけれども、残念ながらそこまでは一気に参りませんでした。しかし、ここまで参りますと、国大協を中心とした入試センターというものに全私学が参加していくということが、現実の問題としては非常に困難になってきているのではないだろうかというふうに残念ながら思います。そうであるとすれば、ちょうど国大協が今度の入試センターというものを長年かかって研究し、これに取り組んで実現を図ってきたような形で、全国の私学が国大協と同じような形で、私学の共通一次試験を実施するセンターを私学独自でつくるということも一つの考え方ではないだろうか。一番望ましいのは、国大協の入試センターが実施するのに私学も参加していただくということでありますが、もしもそれが五十四年から実施された場合に、ここ一年、二年のうちにそういうことが望めないとすれば、文部省としても私学と十分話を進められて、私学独自でこのことをやらないかというようなことを私学と一緒になって御検討になるというお考えはないかどうか。これは文部大臣のお考えを承りたい。
○海部国務大臣 御指摘のように、私学が今回の共通一次試験に参加をすることが最も望ましい姿であると思って、私は事あるごとにそのことは私学の皆さんに対しても表明し、要請をしてきました。しかし、残念ながら、現在私学は共通一次試験に参加するかどうかを含めて検討をしておってもらう段階であって、五十四年度からの一次試験には間に合わないということに見通しとしてはなっております。そこで私は、私学自体がいろいろなことを考え、しかもわが国の大学の入試の改革を行うこの大きな第一歩を踏み出す前には、またおしかりを受けるかもしれませんが、文部省の入試改善会議、その場には私学の代表も参加して長年にわたっていろいろな問題を出して討議し、まとめられた案であると私は理解しておりますので、そのときのこと等を私学の人もいろいろもう一回慎重に判断をされて、できればこの共通一次試験の制度に参加されるのが望ましいと考えて、私はいま事あるごとにその考え方で私学の方々に要請を続けておりますが、私学の方がなぜ反対するか、なぜ参加しないかという積極的な理由がまだ私の耳には届いておりませんので、そういう別建ての方向でやるということを私学自身がお考えになるとするならばそれも有力な一つの案であると私も考えますので、今後ともそういったことについては私も意を用いて話を続けていきたいと思います。
○西岡委員 文部大臣がそういう形で私学側に話を進められるというお考えはございませんか。
○海部国務大臣 私はきょうまでは共通一次試験の制度に私学も参加してもらいたいということで話をし続けてまいりましたし、参加してもらうことが望ましい、いまでもこう考えておりますので、そのことについて何らかのひとつ結論を得たい。それがどうしてもだめで、そちらの方ならばいきそうだということになれば改めてそういった場面に入っていきたいと思いますけれども、いまのところはまだ共通一次試験に入る、そのことを踏まえての検討を私学で行われているわけでありますから、それを促進するといいますか、さらに一歩進めていただくといいますか、そういう要請を続けていきたい、こう思っておりますが、御指摘の問題は、いまお答えしましたように問題を解決するための一つの有力な建設的な案でもございますので、私もそのように受けとめさせていただきます。
○西岡委員 現在の、国大協が立案をし、スタートをいたしました入試センターに私学が参加するかしないかということについて、見通しとしては、大体五十四年度から実施されようとしているわけですが、五十五年度、五十六年度、具体的にどれくらいの目標で私学の参加が実現できるという見通しをお持ちかどうか。
○佐野政府委員 率直に申しまして、この五十四年度の場合に、私立大学の連盟なりあるいは協会なりという団体単位で参加が求められるとはもはや考えておりません。また五十五年度の場合であっても、団体単位で私学が参加をしてくれるかどうかについてはきわめてむずかしい状況にあると判断をいたしております。しかし、共通入試への参加は必ずしも連盟なり協会なりの参加校がこぞって参加をしなければならないというものではないわけでございます。連盟はすでに積極的に加盟の大学に対してアンケートの調査を実施をして取り組んでいただいておりますし、また私立医科大学協会でも積極的な御検討が行われております。そういった私学の一部の協会あるいは連盟の中の積極的に参加をしたいという大学が出てくれば、それは五十五年からでも私たちは喜んで参加をしていただきたいと思っているわけでございます。その数がどのくらいのものになるかにつきましては、もう少しアンケート調査等の結果を見ないとわかりませんけれども、その数ができるだけ多くなることを望んでいるわけでございます。
○西岡委員 次の問題に進みます。時間の関係もございますから十分な論議ができませんけれども、これも予算委員会に引き続いて大臣の基本的なお考えだけをお尋ねをいたしたいと思うのですが、やはり六・三・三・四の学校制度自体に手をつけなければ日本の教育改革というものをダイナミックにやっていくことは不可能だと、これは私の考えでございますが、そう見ております。現在の高等学校の位置づけ一つを取り上げてみても、少なくともいまのままではいけない。いまのままで教育課程を若干手直しして、ゆとりのある教育とかそういうような形だけで解決できるものでは決してないと私は思います。そういうことを踏まえて申しますと、六・三・三・四の学校制度自体に手をつけるということの必要性について大臣はどのようにお考えか。これも基本的な大臣のお考えだけで結構でございますから、いつからやるとか、そういうような具体的なことをいまお聞きしようとは思っておりません。
○海部国務大臣 それぞれの段階にいろいろな問題が出てきておるわけでありますから、現状のままで六・三・三・四で永久にいつまでもやっていいものとは決して考えておりません。いけないところは改めて、改めるためにはまたどのような問題、手だてを講じていかなければならぬかという問題も起こりますけれども、どこをどう変えたらいいかというようなことについても常に研究を続けていかなければならぬ、こう考えております。
○西岡委員 大臣は、六・三・三・四の学校制度、学校体系というものを改革した方がいいのではないかとお考えかどうか、あるいは体系まではいじらないで、それぞれの手直しで当分やっていこうとお考えなのか、どちらをおとりになるか。
○海部国務大臣 現在すでに厳格な意味での六・三・三・四では間尺に合わないと判断して行われております。たとえば五年制の高等専門学校の制度、それを受け継いでいく技術科学大学の問題とか、当面手直しが行われておるわけであります。しかし、そこにはやはりいろんな議論がありまして、また長い目盛りと言うとおしかりを受けるかもしれませんが、今年とかあるいは来年度で措置するというような当面の問題につきましてはできるだけの改革をしなければならぬわけでありますが、長い目盛りで見ますといまの六・三・三・四の枠で仕組みが守り切れなくなったものやあるいは変えた方がいいと思うものがあったときには、それはどんどん変えていかなければならぬ問題であることは当然のことでございます。
○西岡委員 当面ここ数年の間に、五年ぐらいの単位で考えた場合に、高等学校というものを一体どのように位置づけをするのか。九三%の進学率になっている、そういう状況の中で高等学校の教育を、仮に教育課程を若干手直しをしたとしても、これを本当に十分生徒たちが理解をするということについては、いろいろな学力の諸調査の結果を見てみても問題が山積しているわけです。その高等学校をいまのような形で、中学校の三、高等学校の三という形で小刻みに分けているということが現実に合わなくなっている。これはお認めになりますか。
○海部国務大臣 ここ五年間ぐらいという一つの物差しで物をおっしゃったと思うのでありますけれども、九三%近い進学率になったということは、いろいろ問題はあるけれども、教育の普及の意味からいって歓迎すべきことだと私は考えておるのです。この五年間というのは、御承知のように適齢児がふえていく時期でありますから、高等学校へ進学する進学率をいまの九三%程度に維持していこうと思いますと、それだけの人を収容するために当面はやはり学校をつくらなければならぬ。ところが、そのつくるだけじゃなくて、学校の中でいろいろと枝葉を多くするといいますか、教育内容を充実したり教育内容を分化したりしながらそれらの要請にこたえていかなければならないということで、この間うちも国会で御議論がありましたように、この五年間には大体全国にどれだけ高校をつくらなければならぬかとか、あるいは私学と公立との高校のあり方の問題をどうするかとか、いろいろな当面の問題に取り組んでいるわけでありますけれども、やはり長い目で見ますと、高等学校の教育課程の問題について、これは中学の課程と高校の課程と一貫性を持って解決しなければならぬことも多いわけでありますから、それに対する調査研究も行われておりますし、また先ほど申しましたように、中学三年終わってから入った人が、三年では不十分だから五年間という高等専門学校で勉強をするようなコースというものもいまでてきている、そういったようなことをいろいろ総合的に判断しながら、やはり多くの人々がそれぞれの能力、それぞれの個性に応じた教育が受けられるような、まさに全国民的な教育の場に高等学校というものがなりつつあるし、またそういった条件、状況というものを落としてはならない、これがこの五年間ぐらいの間に私は全力を挙げてやっていかなければならぬ問題だと思っております。
○西岡委員 御承知と思いますが、ちょうど五年目、昭和五十七年から八年だったと思うのですが、この一年間で高等学校の進学、いわゆる中学三年を卒業する生徒の数は、いまの時点で大体百五十万ぐらいですね、これが五十七年から五十八年に向かって一年間で三十万一気にふえる。これはその三年後に今度は大学の問題として起こってくるわけです。こういうようなことを大体踏まえて、この五年間の間に文部省は一体どういうような高等学校の位置づけを考えていかれるのか。大体進学率をどの程度に見ておられるのか。高等学校に入りたいと考えている子供たちは全員が高等学校に、これは義務教育ではないけれども、入れるだけの入れ物を用意するというお考えでこれから進めていかれようとするのか。その場合に高等学校が義務教育にならなければおかしいではないか、一〇〇%近く進学しているのが義務教育でないというのはおかしいではないかという議論に文部省はどう答えられるのか。またそれについて、そこまで進学率が向上して、それは非常にいいことだけれども、実は中で高等学校の教育の内容について十分理解していない子供たちが相当部分を占めているということになれば、一体わが国の高等学校というものは学校体系の中でどのように位置づけられるべきなのか。いろいろな問題があると思うのですが、これらについて文部大臣がいまから検討するということではなくて、やはりいま基本的なお考えをお持ちにならないとおかしいと思うのです。その点はどうでしょうか。
○海部国務大臣 申し上げたように、いま基本的な考えを持っておりますのは、現在の状況である九三%近い進学率というものは人口がふえてもそれは続くであろう、こういう判断をしておりますから、それらの人々が高等学校に進学したいと願ったときに、器がないから、定員がないから入れられないということではいけないから、まずその整備をして、五年先に百五十万ラインを突破したときにおいても大体それぐらいの進学率は続くものと私は判断しておるのです。
 それからもう一つ、これを義務教育にという議論もございまして、西岡先生の予算委員会の最初の御質問で高等学校の義務化という御指摘を受けたような気が私はするのですけれども、そのときもお答えした覚えがあるのですが、中学を終わった段階で、いま高等学校への進学を選択しない人も実はあるわけでありまして、それが九三%程度の進学率で希望するすべての人が入っておるだろうと私が判断する一つの根拠になっておるわけでございます。しかも、専修学校の制度であるとかあるいはほかの制度が整備されていきますと、人生には多様な選択があるのだということが明らかになってくると思います。
    〔登坂委員長代理退席、委員長着席〕
同時にまた、最近社会的な批判を受けております学歴偏重というものに小さな風穴があいて、世の中の意識が変わってまいりますと、能力に応じて自分が教育を受ける、何が何でも上の学校へというだけが人生ではないという風潮もできて、五年という物差しで見るとどうとかこうとか断言することは、非常に変化の激しい世の中ではむずかしいのではないかという気も私はいたしますが、しかし九三%ぐらいの進学率はある、その需要にはこたえなければならぬ。同時に、いま全国の教育長会議においても、各地方の実情の中から高等学校というものはこういう高等学校、こういう専門教育が必要ではないかという御議論等も出てきておりますので、そういったことを踏まえて、多様な中学卒業生の要請にこたえられる器としての高等学校を整備していかなければならぬ、いまの考えはそういうことでございます。
○西岡委員 私は高等学校を義務教育化すべきであるという意見は持っておりません。現在の中学校を一年ないし二年延長して、これを義務化すべきであるということを具体的に提案をいたしております。これはまた具体的には別の機会に論議を深めたいと思いますが、いま大臣が御答弁になった中で重大な御答弁が一つあると思うのです。ここ五年間ぐらいを予測した中で、高等学校の進学率は大体九三%程度を維持する、これは、当該年齢の人口がふえていくということを踏まえて九三%まで達している進学の水準は低下させないというような形でおっしゃったのか、あるいは九三%以上の進学率にこたえるような高等学校の設備を整えていくことは事実上不可能だから九三%程度の水準が当分続くだろうとおっしゃっているのか、そこはどういう意味でおっしゃったわけでしょうか。
○海部国務大臣 現在が九三%近くなっておるわけでありまして、中学卒業生が高等学校への進学を希望するのは、私はさっき言いましたように、五年先のことはいろいろな変動があって予測はむずかしいのですけれども、しかしいろいろな議論をするときに、そういうふうに能力に応じて教育を受ける権利を持つとされる児童、生徒が高等学校へ行きたいと希望する数は、私の予測が間違いであるとすればこれは訂正いたしますが、九三%台は維持されるだろうと予測をするわけです。同時に、現在文部省が各教育委員会等のいろいろな実情報告をとりながら高校進学者の予測を立て、しかもその中でその希望にこたえるためにはどうしなければならぬかというと、人口もふえるときでありますから、大体五年間で四百校程度の校舎をつくらなければその進学率は維持できない、そういう緊急政策の計算の基礎にもなっておると私は思うのですけれども、これは手元に細かい資料がございませんので、正確な資料が御必要ならば政府委員からお答えをいたさせます。
○西岡委員 そういう正確な資料という問題ではなくて、高等学校の位置づけの問題だと思うのです。高等学校の進学率が六〇%、七〇%前後であれば、私はこういう議論はまた別の形をとらなければいけないと思うのです。ところが九三%、これは全国の平均ですから、地域によっては、たしか私の記憶では全国で一番高い進学率は九八%を超えております。広島県などはそうだというふうに記憶をいたしております。九八%というような県がもう出てきている。そうすると、残りの二%の子供たちだけが高等学校に行けないという事態が放置されていいのかという問題が、高等学校のあり方の問題として出てくると思うのです。そういう意味でいまの六・三・三・四という学校体系自体に手を触れなければいけない、これは教育の内容も含めて手を触れなければいけない、そういう時期を迎えていると私は認識をしているわけです。それについて大臣の基本的な御見解を承りたい、こういうことなんです。
○海部国務大臣 お言葉を返すようで大変恐縮ですけれども、その九八%の広島の二%の人は行く意思がありながら行けないのかどうか、それは私知りませんので調査をさせていただきたいと思いますけれども、私の判断では、行きたいけれども行けないのではなくて、行かないという意思を中学を卒業した段階で決定する人もあると私は思うのです。人生の選択ですから。ですからいま全国見てみますと、たとえばこの東京都の中でも現在はあき定員もある。そうなると今度は、学校間にいろいろな差があるから、競争の激しい高校もある、あき定員のある高校もあるという問題になってきますからおのずから問題が別なところへ飛躍してきますけれども、その二%の人をほうっておくということは、これは心痛むことでありますから、そういう本当に進学希望者で、本当に能力がある人で、器がないがために行けない人を放置するということは私は考えてはいけないと思うのです。だからこそ五年間の間に、九三%、人口の数がふえてもその率は維持されるとするなればこれぐらいの校舎はつくらなければならぬ。そうとすれば、義務教育ではないけれども建物建設費の補助をしながらそれにこたえなければならぬという政策を打ち出した。基本的な考えの姿勢もそこにあるわけでございますので、行きたい人もほうっておいていいんだと言っておるわけではございませんから、それは御理解いただきたいと思います。
○西岡委員 そろそろ時間でございますが、いまの高等学校に進んでいる子供たちが大体高等学校で学ぶ教育の内容を、これは正確な数字で出すことはなかなかむずかしゅうございますけれども、一般的によく言われることは、半分の生徒が理解しているというのは非常に高い数値、私がいろいろな調査の結果を拝見しているところでの印象はそういう感じです。そういうことになれば、高等学校の進学率が九〇%を超えてとにかくみんなが行く状況になっておりますから、みんなが高等学校に行かないわけにはいかないというような形でいまの高等学校というものが存在をしているという向きも否定できないと思うのです。ですから、大臣の先ほどからのお話というのはいろいろ建物とかそういう入れ物の、建設省的なお話ばかりがあるわけですけれども、私は、教育の内容、教育を受ける子供たちの理解度、こういったものを全部総合して考えたときに、高等学校と中学校との関係の中でいまの学校の体系をそのまま放置していいのかという問題が現に起こってきていると思うのです。その御認識があるか、ないかということをお尋ねしているわけです。
○海部国務大臣 当面五年間ということでございましたし、人口の移り変わりについての御議論でしたから多少建設省的なことを答えておりましたけれども、教育課程の内容の精選も重要なことだということはかねて承知しておりますし、私なんかは理解度は七、五、三だというふうに人からもいろいろ言われたんです。要するに、七というのは、高等学校で十分理解できない人はそれぐらいあるんだから、文部大臣、そのことをよく肝に銘じて、学習指導要領の改定のときには精選作業に励めというような御意見すらあるくらいでありますから、教育内容というものは十分考えなければならぬ、そこに問題があることもよく理解しております。同時にまた私が考えておりますことは、中学の上の高等学校をどうするかということも、もちろん義務化も含めていまいろいろ考えておりますし、小学校へ入る前の幼児教育が重要で、六歳からでは遅いから五歳からにしたらどうかという御議論もあり、そこら辺のこともやはりあわせていま私は一生懸命考えておるわけでございますけれども、それは当面、きょう現在高等学校の抱えておる問題を解決するというときにはやはりちょっと目盛りが長くなるものですからお答えを省略しておりまして大変失礼いたしましたけれども、それは十分判断をし、考えてやっていこうと思っております。
○西岡委員 これで終わりますが、大臣が日本の教育制度の改革について、改革の必要性はお認めになっておられる。しかし、改革についての大臣としての具体的なお考えというものは結局お聞かせいただけなかったわけでありますが、次に大臣に御質問申し上げる機会までに大臣のお考え方をぜひおまとめをいただいてお答えをいただきたい。希望をいたしておきます。
 最後に、これもイエスかノーかだけで結構でございますが、教員養成という問題がこれからの重要な課題の一つになってまいります。そのこととの関連で、私は教員の免許法を改正すべき時期が来ている、こう考えております。その必要性を大臣としてはお認めになるか、いまのところ改正の要はないとお考えか、それだけをお答えいただいて、私の質問を終わります。
○海部国務大臣 私なりに考えております教育改革に対しての問題は、御指示のようにこの次お答えをさせていただきます。
 また、教育に関しましては、私は教育は人なりだと思っております。制度とか仕組みとか、そういったものもいまいろいろ考えておりますけれども、やはり最終的には教育は人なりだと思います。教育養成というものはしたがってきわめて大切なことだと思うのです。免許のいまのあり方の中で、長くなりますからこれもこの次のときに答えさせていただきますが、何とか改革をしていかなければならぬという問題意識を持っております。
○西岡委員 いまの大臣のお答えは、教員免許法の改正の必要性というものをお考えだということと理解してよろしゅうございますね。
○海部国務大臣 私はもっと広い意味で、教育は人なり、教師の立場というものをいろいろ考えておる中で、教員養成はきわめて重要でありますから、その改革の中でいまの教員免許法の改正が必要になるという問題に出っくわした場合には、これは当然国会でお願いをして改正をしてもらわなければならぬことになるだろうと思います。
○西岡委員 答弁になっていないけれども、まあ終わります。
○藤尾委員長 小川仁一君。
○小川(仁)委員 オリンピック記念青少年総合センターの問題と定員問題とで、二つの点で御質問をいたしたいと思います。
 最初に、オリンピック記念青少年総合センターについて御質問いたしますが、巷間伝えるところによりますと、行政改革の対象になっており、私どもとしては非常に大きな関心を持って現在まで至りました。私はこの間、オリンピック記念青少年総合センターの設立の趣旨、その後の運営、利用状況等を知りたいと思いまして、第四十八回国会の文教委員会の議事録やオリンピック記念青少年総合センターの十年史、さらにはこれを利用している利用団体、利用者あるいはそこで働いている人たちの意見を私なりに詳細に読ませてもらい、また聞かせてもらい、そして検討いたしました。
 それらの観点からまず第一にお伺いいたしたいことは、以下センターと申し上げますが、センターは第四十八回国会の文教委員会で満場一致で可決されているものであります。当時の愛知文部大臣が自民党の上村委員、社会党の長谷川委員の質問に答えまして、センターを特殊法人として設置、運営する理由について幾つかの点を述べております。この点を私たちなりにまとめてみますと、まず第一は、国の直営にすると弾力的な運営に欠ける。特殊法人として管理運営をすれば、法律に基づいて適正、確実な運営ができる。評議員会を置き、青少年団体、スポーツ団体、社会教育団体、各省庁との十分な意思疎通を図りながら運営できる。文部省の恣意によってセンターが利用されてはならない。国の直営にすると相当の公務員の増員を必要とする。さらには収入も確保される。こういった点が愛知文部大臣の御答弁の趣旨でございました。この点につきまして、現在文部省として何か、こういう当時の大臣の趣旨の点について、ここに問題がある、こういう点がいけないのだ、こういったような御検討がなされておりましたら承りたいと思います。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 オリンピック記念青少年総合センターは、御指摘のような経緯をもちまして昭和四十年特殊法人として発足いたしましたことは、ただいまお話のあったとおりでございます。ところでその後、昭和五十年十二月に閣議了解におきまして、昭和五十一年度中に、国立競技場との統合の可否を含めそのあり方を検討するということにされたわけでございます。文部省といたしましてはとりあえず、同センターの所管を体育局から社会教育局に移管いたしまして、青少年社会教育施設としての内容の充実を図る方向で検討を進めてきておったところでございますが、その間、自民党の行財政調査会においても特殊法人について検討を進められ、昭和五十二年三月、同センターについては文部省が直轄の社会教育施設として運営の責任を果たすよう中間報告されたところでございます。この問題は、現在政府の行政改革の一環として取り上げられ、昭和五十二年九月二日の閣議了解において、速やかに処理方針を確定するものとされており、これまでの経緯を参考に関係省庁とも話し合って鋭意検討を進めておるというのが、先生御指摘のオリンピックセンターに関する最近の動きでございます。
 そこで、ただいま先生から幾つかの点につきまして御指摘をいただいたわけでございますが、オリンピックセンターにつきましては、最近年間百万人ぐらいの利用者もございます。確かに非常に多くの方が御利用いただいておるわけでございますが、そういう中で、余りにも御利用なさる方々の層が多種多様であるなどのために、どちらかといえば青少年教育施設としての性格なり雰囲気というものがやや十分でなくなってきておるのではないかという御意見もございます。そういうことも踏まえまして、そして文部省といたしましても、国立青年の家であるとかあるいは国立少年自然の家であるとか、あるいは最近発足いたしました国立婦人教育会館であるとか、そういう社会教育施設が国の直轄の機関として運営されております実情にかんがみまして、オリンピックセンターにつきましても青少年教育施設としての特色を発揮するためには直轄の方がいいのではないかという意見もあることは事実でございますので、いろいろとこの問題の処理について現在検討しておるところでございます。
○小川(仁)委員 私の質問したことに何も答えておられないので私としても大変困るのですが、私が御質問申し上げましたのは、四十八回国会において愛知文部大臣が明確に理由を挙げて、特殊法人であることがかくかくの理由で必要だ、こういうふうに提案をされている。それは自民党の上村委員の質問に対するお答えであり、社会党の長谷川正三委員の質問に対するお答えで、それを私が要約して具体的に七点にわたって申し上げたわけです。こういう具体的な点について問題がございますか、こういう質問をしたのであって、いまの一般的情勢をお伺いしたのじゃないのです。ですから要点的にきらんとお答え願いたいと思います。私の質問はそういう意味です。
○望月政府委員 いま幾つかの先生御指摘の点についてどういうことであるかということでございますが、先ほど申し上げましたように、当時いろいろな経緯で特殊法人になったわけでございますが、その後の運営の実態等を念頭に置きましていろいろと各方面での御意見もございまして、たとえば国の直営にすると弾力的運営に欠けるではないか、こういう御指摘については、これはまあ必ずしも、仮に直轄になった場合でもその運営について……(小川(仁)委員「そんなこと聞いていないでしょう」と呼ぶ)
○藤尾委員長 委員長から申し上げます。ただいま小川委員が質問をしておられますのは、四十八国会当時、オリンピックセンターの設置の形態につきまして愛知文部大臣が幾つかの点でこの国会において指摘をされておられる、その指摘した項目を整理すればかくかくになる、その中で一体いま現在、文部省が、どの点が欠陥になり、どの点が当たっておるかということを答えてもらいたい、こういう御質問のように私は承っております。その質問に対して的確なお答えをしていただきたい。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 そこでまず一つは、直轄にした場合に弾力的運営に欠けるではないかという御指摘がございますが、これらにつきましては、先ほども申し上げましたように、一面、非常に多数の方がお使いいただくことによって、やはり青少年の社会教育施設としての色彩並びに雰囲気が十分出てこなくなっておるのではないかというような観点も一つございまして、弾力的な運営の問題につきましては、そういうことが実態としてはやはりいろいろと出てくるというふうな感じも私どもとしては持っておるわけでございます。
 それから二番目の特殊法人としての管理運営につきましては、法律に基づいて適正、確実な運営ができるではないかという大臣の御説明は、むしろこの際は、特殊法人かあるいはもっと民間の財団のような団体であるか、どっちにするかというふうなことにつきまして、やはりそれは特殊法人にした方が管理運営について法律に基づいて適正、確実な運営ができるという趣旨のお答えであったというふうに私どもは理解をしておるわけでございまして、この点については、民間のそういう財団等でやるよりは特殊法人の方がベターであるという感じは持っておりますが、直轄にした場合には、この点はよりはっきりと法律に基づく運営というものができるのではないかというふうな感じもいたしております。
 それから、評議員を置いて、青少年団体、スポーツ団体、社会教育団体等各省庁との十分な意思疎通を図りながらやれるではないか、これについてはどうかということについては、これは特殊法人の場合であろうと直轄の場合であろうと、やはり十分その施設を利用される方々の御意見等を承る機会を設けて、利用者の方々に本当に喜んでいただくような、教育効果の上がるような運営に努力することは同じであろうと私は思っております。
 それから四番目の、文部省の恣意によってセンターが利用されてはならないということにつきましては、仮に特殊法人であろうと直轄の施設であろうと、文部省が利用者の意向を無視したりあるいは教育の効果等を考えないで勝手なことをしてはならないことは当然でございまして、いずれにいたしましてもこの点は私どもも心していかなければならないことだと思っております。同時に、この国会におきますやりとりにおきましては、このセンターの施設というのは、先生も御承知のようにオリンピックの選手村の跡の施設を利用するということでございまして、各省庁でこの施設を自分のところで使いたいというふうなお気持ちが非常に強くて、いろいろとこうお話し合いが入り組んだわけでございまして、その結果、しかしながら青少年教育の重要性というものを考慮いたしまして文部省の所管の特殊法人にするということになり、先ほど先生も御指摘のように満場一致で国会の御承認をいただいたわけでございますけれども、そのときの恣意にわたってはならないという意味は、文部省が所管であっても、各省庁のいろいろな御希望には応じたような運営をさせていただくという意味で恣意にわたらないような運営をするという趣旨も含まれておるわけでございます。
 それから、国の直営にすると相当な公務員の増員を必要とするということにつきましては、これは特殊法人の場合には特殊法人の職員であり、国の直轄の場合には国家公務員でございますので、これは当然のことだ、このように考えておる次第でございます。
○小川(仁)委員 そうしますと、いまお聞きしておりますと、いまの文部省は、当時愛知文部大臣がそういう説明をなすったが、直轄化の方向でも当時の精神を生かせるというような趣旨の御答弁なのでございまして、私が質問をいたしました、愛知文部大臣がお答えになり、国会で承認をなさった精神は依然として尊重していくという立場ですか、これは尊重できないという立場ですか。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 せっかくこれだけのいい場所にございますいい施設を青少年のために確保させていただいたわけでございますので、この点につきましては、特殊法人であろうと直轄で運営する場合であろうと、十分弾力的にかついろんな方々の御意見等を運営に反映をしながらやってまいりたいと思います。
○小川(仁)委員 社会教育局長、いろいろ御配慮をしてお答えになっている点はわかりますけれども、私がお聞きしているのは、このような条件があって特殊法人がいいと言った愛知文部大臣の当時の説明、答え、精神、文部省の考え方に変更を加えなければならない何の理由があるかということなんです。
○藤尾委員長 簡単にお答えを願います。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 先ほど来申し上げましたように、現在この問題は行政改革の一環として政府の方針としては検討中でございますが、先ほど申し上げましたように、国立少年自然の家あるいは国立青年の家あるいは国立婦人教育会館等社会教育施設が直轄の施設として運営されているような実情にかんがみ、オリンピックセンターについても直轄の機関で運営する方が、より社会教育施設としての性格を明瞭にできるのではないかという考え方があることは事実でございます。
○小川(仁)委員 私は議事録の写しをここへ持ってきて、そのものについて当時の考え方を質問しているわけであります。私は去年当選したばかりですから、当時の先輩の皆さんが苦労した様子を、これを見ながら皆さんの考え方をただしているのですから……。
 そこの中で愛知文部大臣は、特に文部省の恣意にわたることは大変いけないということを文部省内部で真剣に検討いたしましたと、こう答弁されております。さらに「総合」という名前をつけたことにつきまして、総合という名前をつけたのは、これを裏から申しますと、文部省の恣意を戒め、文部省だけのセンターではございません、こういう配慮でございますと、文部省の恣意という点について再三お答えになっているわけであります。ですから、当時内部で真剣に検討され、再三にわたって愛知文部大臣がお答えになっている状態がおわかりでしたらお伺いいたしたい、そういうことです。
○望月政府委員 当時のことにつきましてはいますぐにはちょっとお答えいたしかねるわけでございまして、後刻よくその当時の状況等、関係者に伺いまして、また先生のところに御報告に上がりたいと思います。
○小川(仁)委員 私の考え方の基本的なものを申し上げますと、文教委員会で満場一致、しかも各党こぞって応援をしてつくり出した施設などというものはなかなか数少ないものじゃないか、非常に貴重な存在ではないかと思うのです。その貴重な存在の前提になるのが特殊法人であり、その理由としてさっき申し上げたように七つの項目を言っておられる。したがって、この精神が変えられないで運営されていくべきが至当だと考えるから、当時の考え方というものをいま変える理由がないじゃないか、はっきり言ったら。で、具体的に問題があるかということを御質問を申し上げたわけでありますが、いままでのお答えをお聞きいたしますと、その当時の文教委員会の考え方に特段にあるいは皆さんの方で批判をし、これを是正しなければならないという理由はないように考えられます。
 あなたのお話の中で、一つは利用状況の問題が出ております。私、ここに五十一年度の利用統計を持ってきておりますけれども、多様の方がお使いになっている、青少年が少ないと言っておりますが、青少年団体の利用率は一体何%と思っておられますか。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 利用状況につきましては、私どもが持っております資料は五十一年度の利用状況でございますが、区分が少年団体、成人団体、グループ・サークル、学校、企業関係、官公庁関係、外国人団体、受験生村、その他となっているわけでございまして、学校関係の中には青少年も入るとは思いますが、いわゆる青少年団体という枠でくくられておりますものは、宿泊の利用者が六万七百六十一、日帰りの利用者が三万五千七百四十七、計九万六千五百という数字になっております。なお、総利用者の合計は百一万七千八百二十人、研修団体数は一万四百五十二団体となっております。
○小川(仁)委員 そうしますと、高等学校や大学等が利用している部分はあなた方の考える青少年の対象にはならない。さらには、御存じと思いますけれども、ここは一般企業が生産性本部の御紹介で新入社員その他の訓練に使われておりますし、宗教団体、たとえば生長の家等の青年部の方もお使いになっていますし、官公庁の公務員の新採用者の研修にも使っておられる。こういうものは対象にする青少年団体から外して考えているということですね。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 ただいま申し上げましたのは、オリンピックセンターの方で整理をした区分に即しまして青少年団体が幾らであると申し上げたわけでございまして、先生のおっしゃったようなグループを青少年の枠から外すというようなことではございません。
○小川(仁)委員 そうしますと、社会教育の対象として、企業やいろいろな団体の若い人たちも対象にしていいと私は思っているのですが、あなたのお考えを聞いていると、何か青年団とか少年団とかいう、文部省で補助金を出している青少年団体だけを対象にして六万幾らというふうな数字で出してしまって、肝心の最も多く利用している社会的な人たちを対象にしていないという感じが非常にあるのですが、私の調査によると、同じ資料ですけれども、官公庁関係団体、公益団体、企業団体等の少年あるいは青年に該当する人、高等学校、クラブ・サークルの学校等の利用を見ますと、七〇%が青年対象者だというふうに見えますが、こういう見方で青少年の利用を見ることはできませんか。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 青少年の方々の利用ということでそこの施設を利用した青少年の数がどうであるかということであるならば、先生のおっしゃったような年齢でそういう枠に入る人たちはいずれもその数に入ると思います。ただ、いろいろと運営上の問題で私どもが伺っておるところでは、何かその施設をただ利用していただくということであって、青少年の教育施設として特色のある運営、あるいは青少年の教育施設らしい雰囲気というものを考えた場合に、もう少しいろいろと考え直してみる点があるのではないかという御意見は何人かの方々から伺っておるところであります。
○小川(仁)委員 青少年の施設としては、私が調査したところによりますと、国旗掲揚も朝夕の集いもきちんとやっているようであります。私、この十年史を読ませていただきました。これは去年出たのですか、そこでは永井前文部大臣初め多くの方がこの利用について大変ほめていらっしゃる。たとえば国立教育研究所の平塚さんは、利用者が非常に多くなったというのは、すでに百万を超えていますが、「当センターが如何に多くの人々から愛され、また活用されているかを端的に物語っている。」こういうお話をしている。愛されている青少年センターなんです。同時に、早稲田大学の日高幸男教授がこれの利用の実態調査をいたしております。調査書は文部省にあると思いますので、それについて後からさらにお聞きいたしますが、その文章の中で、一つは、「利用者たちのセンターでの生活の印象は快適」であると表現をされ、さらに「センター職員のサービスについての利用者の反応が好評であるのは嬉しい。」こういうふうに調査した結果の数字についても明確に言っておられ、管理運営に当たる人々の献身的なサービスについて評価をしておられる。こういう状態でありますが、あなたが青少年施設としていかがかと言われるような問題点というのは具体的にどういうことですか。それを言っている団体というのはどういう団体ですか。それを簡潔にお答え願いたい。
○望月政府委員 ただいま先生御指摘のように、センターとして、その立場で関係者が努力いたしたことについて、いろいろな方から評価をいただいておることは私どもも承知をいたしております。ただ、かねがね、青少年の社会教育の場として、あるいはさらに国の青少年行政の全国的な中核としての役割りを果たすような機関が欲しいというようなことは、青少年教育の関係者等からもいろいろお話があったわけでございまして、私どもといたしましては、青少年の社会教育施設としての性格をこのセンターに、より強く持たせていきたい、このように考えておるところでございます。
○小川(仁)委員 私が聞いているのは、どういう団体がそういう意見をお出しになったのか、団体のお名前をお知らせ願いたい、こういう質問です。
○望月政府委員 具体的に団体名を挙げて御意見が出ているということではございません。
○小川(仁)委員 それから、青少年教育施設としてよりよくするというふうな意味のお話がありましたが、現在の運営状態からどういう点が問題になるのか。さっき私は、利用状態、それからこういうふうに運営していますよ、サービスも大変ほめられていますよと具体的な事実をもって御質問したのですが、このうちこことここがいけないのだという点がはっきりしたらお答え願いたいと思います。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 先ほど来申し上げましたように、百万人の人が利用しておるということは事実でございます。しかしながら、非常に多様にわたっております関係でどうしてもその施設の性格というものが、青少年の社会教育施設という感じがはっきり出てこないということは、これはやはり率直なところ否めないところでございまして、そこらについては私どもとしては問題があると思っておるところでございます。
○小川(仁)委員 いまの御答弁では、私、どうも納得できないのですよ。私が出しました資料は、調査分析をした早稲田の先生の具体的な事実、これはもちろんあなた方御存じだと思いますし、見ておられると思います。あるいは国立教育研究所長の平塚さんの祝辞でのお話、こういったようなものを全部通読した結果、さらにまた毎日の運営、国旗掲揚、朝の集い、夕方の集いまで全部やる仕組みが現実に行われている中で、青少年教育にどの点がいけないのですか、問題があるのですかという具体的なものを聞いているのですよ。だから具体的にどこが青少年教育上悪い、こういうふうにお答え願わないと答弁にならないと思うのですがね。
○望月政府委員 ただいま先生から具体的にという御指摘でございますが、これは個々のいろいろな事実について私ども一々あれではございませんが、全体として、そういう施設を御利用いただくことにつきましてはもちろんそれなりに意味のあることではございますが、その施設をただ利用するだけだと、もちろん施設を利用していただくだけでもそれなりの意義があるわけでございますけれども、しかし、社会教育施設、青少年教育施設として、よりふさわしい運営をするためには、やはりもう少しあり方を考える必要があるのではないかということでございます。
○小川(仁)委員 もう少しやり方を変えるという、やり方をどう変えるか、私は聞いているのですよ。
○望月政府委員 お答え申し上げます。
 いまの問題につきまして私どもといたしましては、そういうふうに社会教育施設としてあるいは青少年教育施設として特色を十分に出すためには、設置の形態その他を含めて根本的にいろいろ議論をしてみる必要があるのではないかという考え方でおるわけでございます。
○小川(仁)委員 ただいままでの御答弁で結局私はわかったものが何もなかったという結論に到達しそうでございます。委員長のせっかくのお計らいでございますけれども、もうこれ以上質問しても非常に無理だと思うので、私は要望をいたしておきたいと思います。
 国会の文教委員会で満場一致通ったこのセンターの性格、この性格を変えるときには、あるいはこの文教委員会にかからないかもしれませんけれども、そういう満場一致のものを変えるというからには、必要だと称して当時の文部大臣が具体的に列挙した理由、特殊法人として必要であるという理由、そういうものについて個々に、こういう欠点がある、こういうことを具体的にお示しになってもらわなければ、私たちは先輩議員のせっかくの決定に対して失礼な討議になると思いますので、そういう点を今後明確にしていただきたい。
 二つ目は、いま青少年教育施設として青年の家あるいはその他の例をお出しになりました。初めから性格の違っているものです。青年の家はたとえば利用がただでございます。このセンターは初めから、予算上で見ても、利用者からお金を取って、半分の経費はセンター自身でかせぎ出す、こういう性格を持たしているわけであります。ですから、性格的にもこちらの方がより大衆的に、より多くの人に利用してもらうのが当然の筋なわけであります。そういう当然のものが存在しているのを、文部省が青年の家の方がいいからこれに変えるというふうな考え方でやったのでは、当初の意思というものと非常に違った結果になる。
 私は、いま行政改革の中でいろいろ論議があることは知っております。知っておりますけれども、現在つくり出されているものがそのセンターの設立の趣旨に反し、また著しく欠陥が生じ、あるいは著しく財政的なマイナスを来している、こういう状況でなければ、当然のこととして前の国会の決議が生きて運営されるものと考えているわけであります。ただいままでの御答弁では、具体的ないま言った点についての指摘が一つもございませんでしたので納得いきかねますので、留保させておいていただきたいと思います。
 同時に、いま東京都内には、ああいう地区で一般の利用する場所がありません。もし青年の家のような形になってまいりますと、利用者が非常に制限をされてまいります。青年の家では宗教的な団体は利用できません。現在あそこは生長の家の人たちが使っておりますが、こういう人たちも使えなくなる。政治的な考え方を持つ団体は使えないという。現在、同盟、総評を初めとして多くの労働組合も、青年部、若い人たちは利用させてもらっている、こういう人たちも利用できなくなる。現在利用している人たちをシャットアウトする結果になって、非常に閉ざされた、非常に官僚的な運営になってしまうと思うのです。東京の中で働いている多くの青少年がもっと気楽に使え、しかも現在のような仕組みの中で教育施設、センターとして存在することはまことに意義があると思いますし、利用している団体を一々調査いたしましても、現在利用団体千七百六十三の団体がぜひこのままで利用させてくれということを言っている状況でございますので、われわれに対して、先ほど申し上げました点を含めて十分納得できるような状況で今後御説明を願いたい、私も参上いたしますから。
 同時に、あそこに働いている人たちでありますが、現在行政改革の対象になりますと、当然将来の生活の不安が出てまいります。聞きますと、理事長はほとんど団体交渉に応じていない。この人たちの不安感をなくするためにも当然団体交渉に応ずるよう、大臣並びに局長の方で指導して、現状を認識しながらお互いに最善の道を考えていくということは大変大事なことだと思いますので、ぜひ団体交渉等についても指導をしていただきたい。そして、先ほどのこういう統計の数字の解釈も、青少年とついたところだけの利用率だけではなしに、利用している実態の中からぜひ、現在の百万を超える利用者の利益というもの、固定化してきておりますから、こういうものを考えて今後対処していただきたい。こういうことをお願い申し上げて、この分を終わらしていただきます。
○望月政府委員 一点だけ御説明をさせていただきたいと思います。と申しますのは、先ほど、青年の家では宗教団体なり政治団体なり、そういうものを締め出しておるというようなお話でございましたけれども、そういうことではございませんで、特定の政党を支持しまたはこれに反対するための政治教育その他の政治活動をするための利用に供してはならない、あるいは特定の宗教を支持しまたはこれに反対するための宗教的教育その他の教育的活動をするための利用に供してはならない、あるいは国立青年の家はもっぱら営利を目的とした利用に供してはならないということでございまして、青年の家ももちろん労働組合の方なども御利用をいただいておるわけでございます。
○小川(仁)委員 そういう答弁をされますと、利用実態と具体的な問題を見ていただけばわかりますけれども、それはあなたはそう考えているかもしれないけれども、実際の運営では労働組合も宗教団体も全部これは利用させられていない実態があるわけです。これは社会党だけじゃなくて、同盟の方もあるいは宗教に関係のある公明党の方も御存じなはずなんです。だから、たてまえはそうなっているかもしれないけれども、実際の運営はそうなっていないということだけは申し上げておきます。
○藤尾委員長 関連質疑の申し出がありますので、これを許します。木島喜兵衞君。
○木島委員 さっきの、この法律が通るときの愛知文部大臣のその趣旨について、いま何もあなたの方ではとりたてて言うことはないということなんだけれども、一言言っておきたいのは、社会教育として何かまとめたいということですが、いま直轄使用かどうかという場合に、もし文部省にそういう考え方があるならば、オリンピック記念青少年総合センター法の第三十二条「青少年総合センターは、文部大臣が監督する。」「文部大臣は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、青少年総合センターに対して、その業務に関し監督上必要な命令をすることができる。」そして罰則の三十七条は五に、その「規定による文部大臣の命令に違反したとき」は「三万円以下の過料に処する。」とある。もし必要ならはこの条項を適用すればいいんだ。いまあなたと小川さんの話し合いでは、この法律をつくったときの趣旨からしてせねばならないことは何もない、変更しなければならないことは何もない。いまあなたが言ったことは、社会教育として何かすきっとしたいということが文部省にあるならばこの法律そのものを生かせばいい。そういう意味では、何でそういうものが出てこなければならないのか全くわからないということだけを申し上げておきます。
○小川(仁)委員 では、今度は定員の問題に移らせていただきたいと思います。
 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律、こういう法律によって現在の定数が決定をされているわけでございますが、文部省の皆さん、非常にお困りでもあろうかと思いますが、現状は、小・中学校において約三千八百人、高等学校において約千人が足踏みといいますか、未充足の状態であるわけであります。未充足の理由というのはもちろん財源だと思いますけれども、しかし、これを充足できなかったというのは一体何が理由だったかということについて、大臣、お考えがありましたらお伺いしたいと思います。
○海部国務大臣 詳細は政府委員から申し上げますが、私はそのときの財政事情というものが一つの要因ではなかったか、こう考えます。したがいまして、そういった反省に立って、こういった繰り延べ分等については、五カ年計画を変更するものではないという強い決意を持ちまして、五カ年計画の最終年次に達成させたいという意気込みでいま全力を挙げて取り組んでおるところでございます。
○諸沢政府委員 ただいま大臣がお話し申し上げたとおりでございますが、いまの五カ年計画は四十九年度から五十三年度まで、こういうことになっておりまして、全体の計画を立てて、これまでの五カ年計画ですと改善増の部分は毎年大体その五分の一をやっていくということで来たわけでございますが、五十一年度と五十二年度はいま申し上げたようなことで、どうも全部計上できないということでございますが、私どもとしましては五十三年度までの五カ年間にとにかく必ず完成するように努力しよう、こういうようなことで各県にもその事情を説明しておるというような状況でございます。
○小川(仁)委員 未充足状態の中でいろいろな問題が起きております。いま落ちこぼれという言葉が教育界に出ております。私は、これは落ちこぼれではなくて落ちこぼしじゃないかと思うのです。行政の責任で定員を充足することができなくて、またいろいろな悪条件が重なって落ちこぼしている面もある。落ちこぼれといって子供に責任を負わせるのではなくて、やはり教育行政が存在する限りは、落ちこぼしの責任というものをお互い教育にかかわる者は認めなければならない面があると思うのです。その理由の中には、学習指導要領の量、質の非常な詰め込み主義があった、あるいは施設、設備の不足もあった、同時に定員の不足もあったということは否み得ない事実だと考えます。特にこの定員の不足というのが、ある場合は教員を過労に追い込み、ある場合は免許外担任等で自信喪失に追い込み、その結果が子供たちをして落ちこぼれ、落ちこぼしの状態になっているということをまず申し上げて、具体的に以下申し上げますので、それらについてお答えをいただければありがたいと思います。
 この前の委員会でも私の質問のときに申し上げましたが、中学校においての定員不足から、免許状を持たない教員が免許外の担任をいたしております。前の際は年度初めでございましたので数字等十分な調査がなかったようでございますが、この際お聞きしておきますが、現在全国で何人ぐらいの教師が免許状を持っていないで授業をしているでしょうか。それから幾つぐらいの学校にそういう教員が存在するでしょうか。そういう免許状を持たない教師に教えられている子供、これはまことに気の毒な被害者なわけでありますが、こういう被害者、子供たちは何万人ぐらい存在するでしょうか。もし数字が明らかになっておったらお知らせ願いたい。
○諸沢政府委員 残念ながら、いま御指摘がありましたような詳細な統計はないのでございますが、私どもが把握をいたしておりますのは、免許外教科を担任する場合には一教科について一件の許可となるわけであります。したがって、仮に一人の先生が二教科の担任をするということになると二件の許可ということもあり得るわけです。したがって、この場合件数で調査をいたしておりますが、昭和五十一年度の調べでは、免許外教科担任の許可をしました延べ件数は四万七千八百二十件でございまして、高等学校で五千六百三十四件、ただしこの数字は、御参考までに四十年度当初と比べますと、四十年度では中学校六万五千九百十九件、高等学校八千九百十三件ということで、年々その数は少なくなってきておるわけでありまして、これは定数の増、あるいは学校に対する教員配置の場合の教科専門の配慮というようなことの経過だろうと思います。もちろんこれでよろしいというわけではさらさらございませんけれども、今後も一層そういう点について配慮をしてまいりたい、かように思うわけでございます。
○小川(仁)委員 私の推定では、こういう免許状を持っていない先生に教えられている生徒が五十万から六十万人あると推定しておりますが、どうでしょうか、推定で。
○諸沢政府委員 正確な数字はちょっと私もわかりませんが、もちろん、一人の子供について見ました場合に、全教科について免許外担当の教員というわけではなく、ある特定の教科についてそういう事態になるわけでございますが、御指摘のように、そういう子供を計算しますと相当の数字になるだろうということはいまの許可件数からも考えられるわけでございます。
○小川(仁)委員 それで、そういう教育の中で大変困った事態が起きています。というのは、免許状を持っていないことを子供たちが知っていますし、先生が自信なさそうに教えていることも子供は見てわかるわけですから、教育に最も大事な信頼関係が失われてしまいます。たとえば、これは福岡県の某中学校の生徒の作文ですけれども、こういうふうに書いている。「私たちは社会科と理科を同じ先生からならっています。先生はほんとうは社会科が専門だそうです。学校の都合で理科の先生がたりないから教えることになったそうです。私たちが授業中さわがしかったりすると「おれも一生けんめい勉強して教えてるんだぞ」といってしかります。そんな時の先生の顔はいらいらしています。何だか少し気の毒な気持になります。」こういう見方を子供が教師に対してするのです。こういう状態の中で教育というのが行われ得るでしょうか。しかも、私の推定では五十万から六十万の子供たちがそういう状態を毎日味わっている。そういう形で教育の状態があるということについて、ぜひ大臣、こういう問題を非常に大事な問題として直視をしていただきたい。
 また同時に、先ほどは免許外担任を件数でもお話しになりましたが、私の手元にある北海道の教育白書によりますと、回答者四千七百十三人のうち二千九百三十四人が無免許による教科担任をいたしております。持ち時間の教科別に見ますと、一教科担当というのが七九%、二教科担当が一三%、三教科が四%、四教科が二%、五教科以上という恐るべき免許外担任も一%存在するのです。これはもう普通の教師ではやっていけない。しかし、子供が存在する、指導要領がある、卒業させなければならない、こういう中でこういう無理が行われているという事実は、これはやはり定員不足の問題から来ている非常に大きな教育上の問題だと思うのです。余りにも免許外担任の多い地帯とそういう免許状だけで教えられる地帯の子供たちの教育の落差といいますか、あるいは非常に大きな開きというものをいま本気になって考えていただかなければならない時期に来ているのではないか。現在、高校進学九三%、大学に非常に多くの志望者が出ているときに、五十万から六十万の子供たちは絶えず間に合わせの先生で教えられているという状態の中で、高校進学も大学入学も不可能になります。伸びれる子供が伸びれないという状態、そう考えますと、どうしてもこの問題について一日も早い定員増による解決をお願いしたい。本年度の足踏み分と来年度予算要求にかかわる場合に、この免許外担任の問題だけでも必死になっていただかなければならないと思うのですが、こういう点について大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
○海部国務大臣 詳細な数字は後ほど担当からお答えいたさせますが、実はこの問題について、春でございましたか、先生から同じ場所で御質問を受けて、そのとき、たしかピアノの先生が体操の教師を兼任させられて、とても鉄棒が握れないでやめたというお話を聞きまして大変心を痛めますと同時に、あのとき、まじめに検討してくれという先生の御趣旨で、私は検討させていただきました。そして、そういったものを充足する根本の問題はやはり定員増であります。しかもそれが繰り延べになっておるという現状はよくないと思いまして、五カ年計画は繰り延べ分も含めて全部達成しようと思って、いま要求をし、全力を挙げてこれに取り組んでおるところでありますが、それは来年度予算の話になってまいりますので、今年度もできるだけのことはやるようにということで、せめて教科外担任のたしか講習か何かをとりあえず考えてやったらどうかという先生の御指摘もございましたので、それらの点についてもすでに行ったところもあり、またこれから行おうという計画も初中局で立てて、少しでも現状を改善していくように努力をしておるところでございます。詳しいことは局長から答弁させます。
○小川(仁)委員 大臣のお話を聞いて、定員に対して非常に大きな意欲を燃やされておることにまず感謝を申し上げると同時に、この春にここで申し上げました免許外担任の講習会も、私の調査で、全部の県ではございませんけれども幾つかの県で行われているという予算上の配慮もありがたいことだと考えます。
 ただ、せっかくやっていただいたのにけちをつけるようで大変恐縮ですが、文部省が出したお金は一件十万円なんですね。十万円のお金で講習会というのは、やはり各県の持ち出しが大変なんです。あれは会場費と講師代で終わってしまいますから、旅費その他に大変かかる。ですから全教科にやれないで、せいぜい二教科ぐらいしかやっていないのが実態でございます。これは関連してぜひお願いしたいのですが、新採用者の教育、研修計画もありますし、それから十年生ですか、五年生ですかの研修計画もあります。そういう資格を持っている人の研修旅費も、無資格で教壇に立たなければならない人の方にそういう研修予算を回していただきたい、こういうお願いをこの前申し上げました。来年度予算編成の際にはこの点はぜひお考え願いたいし、同時に、これは四月から授業を始めるわけですから、いまのように十月や十一月に講習されても前の分はどうにもなりません。四月の学級担任が決まった時点で、この前申し上げたように、自分の習った大学でもいいし、知っている教員でもいいから、そこに行って勉強するという自主研修方式で、一週間くらいの時間と予算をとっていただきたいということを重ねてお願いをしておきます。この分についてはお願いで終わります。
 さらに定員の不足の分で申し上げたいと思いますことは、教員は現在非常に過労に陥っているようであります。私の調査でもかなりの人たちが体の故障を訴えておりますが、どうでしょうか、文部省の方で教員の健康状態等についての御調査がありましたらお伺いしたいのですが。
○諸沢政府委員 ちょっと体育局でないとわからないのですが……。
○小川(仁)委員 わかりました。大体六〇%くらいの教員がどこか体の故障を訴えております。そして現職中に死亡する教員が大変ふえてまいりました。一県十五人というような県も出てまいります。これも体育課が来ないとわからないわけですか。
 こういう過労状態が出てきている最大の原因は、現在定員不足の中で、小学校の教員が大体週二十九時間から三十時間、中学校で二十六、七時間くらいの担当をいたしております。一時間の授業に対して平均、事前に三十分、整理に三十分は要るというのが常識であります。作文等を書かせますと一時間の授業に対して数時間の整理が要るわけでございます。こういう状態で、一週五十五時間から六十時間くらいの労働があるわけでございますので、ぜひこういう面についての定員増というふうなことを考えていただかなければならないと思います。この点についても、来年度定員増になりました場合、一体小学校で一週間当たり一人の教員がどの程度の授業時数になり得るのか、中学校ではどの程度になり得るのか。そういう場合に、たとえば年次休暇はいままで消化率六%程度でございますが、二十日間とれるようになるのか、こういったようなことについての御見解を承りたいと思います。
○諸沢政府委員 ちょっと恐縮ですけれども、定員の問題についてわれわれの努力してきたところもひとつお話しさせていただきたいのですが。――いまの標準法は四十九年から始まったわけですが、この四十九年から始まった標準法が五十三年に予定どおり完成しますと、中学校の三学級の学校では、一般の先生が校長さん以外に七人でありますものがプラス一人として八人になるわけです。それから四学級のものには七人強であるものが八人になる。こういうことで、小規模学校のところを重点に置いて改善をしてきたわけです。ただ、御承知のように中学校は九教科でございますから、各教科全部専門の方にお願いすれば九人要るわけですが、しかし、それでなくても教科によって担当時間数が、音楽、図工みたいなものもありますし、国語や社会みたいなものもございますから、どうしても一人で二つぐらい持っていただくということはあり得るわけです。やはり一つは、定数をふやすことはこれからも一生懸命努力をしますけれども、任命権者としては、一つの学校、特に小規模の学校についてはどういう担当の専門家をどういうふうに配置するかということが非常に大事なんで、御指摘のような五教科を一人の先生に持たせるというのは、特別の事情はあるかもしれませんけれども、これはやはり任命権者として考えていただかなければいかぬというふうに思うわけでございまして、もちろんそういう点を踏まえての御指摘と思いますけれども、今後さらに検討させていただきたいと思います。
 そして、その担当時間数でございますが、これは標準法をつくる場合の基礎として、一教員当たり小学校では二十六時間、中学校は二十四時間、高校は十八時間、こういうことを想定して、これが妥当であろうということでやったわけでございますが、その後、いま申しましたように四次にわたる標準法改正の結果としまして、四十九年度の教員調査によりますと、平均教科担当時数は、小学校教諭は二十三時間、中学校は十八・三時間、高等学校は十五・二時間、こういう数字が出ておるわけでございます。したがって、その標準法によっていま申しました五十三年度の完結時にはこれがもう少し改善されるかと思うわけでありますが、もちろん……(「積み残してはだめだ」と呼ぶ者あり)
○藤尾委員長 不規則発言を禁じます。
○諸沢政府委員 だから、その積み残しをしないように、これはわれわれとしても最重点として、最終的には予算の折衝で決まることでございますので、大蔵省の担当の方々にもぜひこれはやってほしいということでお願いをしておるわけでございます。
○小川(仁)委員 いままでの御努力には敬意を表しながら、なおつい欲が出るものでこういうことを申し上げているわけなんです。
 ただ、いまの御数字ですが、計算によればこうなる、こういうことでございますが、実態は、私、先日盛岡の一つの学校だけを調査いたしてまいりましたが、ほとんどの教師は二十八時間から三十二時間持っているのが実態であります。小学校ですよ。何せかなりきついのですよ。いろいろ理由があると思います。ただその中には、たとえばこのごろはやりの主任などというのが出てまいりましたら、もう管理職にでもなったような気がして、週に五、六時間しか持たないとか、小学校の教頭はほとんど授業を持っていないとか、こういったような一つの官僚体制と申し上げたらいいか、そういう管理体制みたいなものが学校の中に出てきましたので、逆に、皆さんがお考えになっている数字とはよほど大きな開きが存在するということだけはぜひ御認識願いたい。数字を持ってこいと言えば、これはいま各小・中学校で来年度の人事異動を前にそれぞれ身上調書というのを地域で出しています。そこの中には、何年生担当で持ち時間何時間、こういうふうに皆書いてありますから、それを見て私が申し上げているのですから、いまの二十三とか中学校で十八なんという話を聞くと、これは本当に十八時間なら予算要求しなくてもいいなと思うくらいのものなので、実態とかなり違うので再度改めて御調査を願いたいと思います。
 それで、大臣お忙しいようですが、こういう実態の中で、先ほども伺いましたが、もうこれは不退転の決意といいますか、一歩も引いてはならないという決意で、本年度の積み残しと来年度の予算をぜひ実現をしていただきたい、大臣にはこの点を強く要望いたしておきたいと思います。あとはそれぞれ各課に質問をいたします。
 それから、次いで自治省にお伺いいたしますが、もちろん現行の定数法に基づいて教員の定数が増加している、しかも来年度は最終計画年度だというようなことはおわかりだと思いますけれども、自治省からの今年度予算の策定に当たって各省庁に出されました定員の計画の繰り延べあるいは中止するような要請がございますが一これはどういう意図でお出しになったのでしょうか。
○小林説明員 先ほどお話がございましたように、地方財政も非常に苦しい状況になってまいりまして、特に五十年度以降その状況が著しいわけでございます。私どもの地方団体に対する財政措置といたしましては、いわゆる経常経費につきましては税と譲与税、交付税、いわゆる一般財源と言われるもので対処しなければならないわけでございます。しかし、御承知のような状況にございまして、五十年度以降は実は交付税におきまして特別会計で資金運用部からお金を借りまして、それを地方団体に交付している、非常に苦しい状況にあるわけでございます。それからもう一つ、そういうことでございますので、地方財政全般につきまして経常経費の節減、合理化を図る必要があるわけでございまして、その一環といたしまして職員増につきましても極力抑制をしていただく必要があるわけであります。政府におきましても、五十二年度から新たに国家公務員につきまして四年間で三・二%の削減を行う、こういう閣議決定をいたしました。また、ことしの給与改定の取り扱いの際におきましても、地方公共団体に人件費の累増を来すような定員、給与面における施策は厳に抑制すること、こういう閣議決定がされているわけでございます。こういう点もございまして、五十一年度以降、文部省の方に極力抑制をしていただきたいということでお願いをしてきたわけでございます。来年度も、いまの状況でいきますと恐らく四年続きの二兆円を超す赤字が出てくるおそれがありますので、そういう立場から要請をしているところでございます。
○小川(仁)委員 法律が存在していることはおわかりですね、定数法が存在していることは。
○小林説明員 知っております。
○小川(仁)委員 それから、教育が、先ほどから申し上げているのをお聞き願ったと思いますけれども、非常に無理な状態で教師や子供たちが存在するということもおわかりになった中で、あえて法律にある事項を制限をするというような通達というものは、法治国家の中では一体どういう意味を持つのでしょうか。
○小林説明員 現在の教職員の定数の改善計画は四十九年度から行われているわけでございますが、これを作成いたしました当時におきましては財政状況が比較的順調に経過をしてきた時代でございます。その後、先ほど言いましたような状況になったわけでございまして、たとえば五十一年度の例をとってみますと、教員の改善計画につきまして一部繰り延べるという措置をとっていただいたわけですが、地方公共団体全体で二万四千人強が普通会計のところで出ているわけで、そのうちいわゆる教員と言われるものが一万七千人でございまして、七割が先生方でございます。私どもといたしましては、その法律が存在することを承知しておりますが、現在の状況はこの計画をつくっていただきました当時とは大変変わっている、こういうことで御協力をお願いしているわけでございます。
○小川(仁)委員 法律が存在して、その法律を実行できないというのであれば、法律の改正を文部省に要求するというのなら私はわかりますよ。法律が存在しているのに実行させないというのは、この法治国家の中で一体何の権限でやっているのだ、こう言っているのです。
○小林説明員 私どもが文部省にお願いしているのは、必要があれば法律の改正も含めて極力抑制をしてほしい、こういうことでお願いしているわけです。
○小川(仁)委員 そうすると、あなた方の方で今度の文書、一連のことをやっているのを見ますと、たとえば大蔵省に、片方は法律事項の要求を繰り延べさせながら、一方では政令事項であるところの消防職員、警察職員の増員を要求したりしている。法律事項の方に制限を加え、政令事項の方は増員をさせる、これは本気でおやりになったのか、あるいはいやがらせでおやりになったのか、どうもその辺がわからないのです。同じような立場でおやりになるのならわかるけれども、一体これはどういう関係ですか、
○小林説明員 先ほど言いましたように、地方公共団体の職員につきましてはいろいろな職種がございまして、最近の職員増の状況を見てみますと、教員につきましては自然増だけでも相当の数に上るわけでございます。また、教員の増いかんが地方公共団体の職員増に与える影響が非常に大きいわけでございまして、警察官は私どもの方ではございませんが、私どもといたしましては、地方公共団体の職員につきましては全体について極力抑制するという方向でお願いしておるところでございます。
○小川(仁)委員 法律があって、法律が変わらないうちはその法律を守ってもらうのが筋だと私は思います。そういう立場から、法律が変わらないうちはその法律事項を、地方財政権やその他を握っておられるからといって、か弱い文部省に対して繰り延べその他制限をさせるような通達等についてはぜひ慎んでいただきたい、こういうお願いをしておきますが、それについての見解を……。
○小林説明員 私どもといたしましては、先ほど申し上げましたように、地方財政状況が、たとえばこの三年間で建設地方債を特別に発行して三兆円を超す借金をふやしておるわけでございます。また、本来は税等で措置すべき交付税におきまして特別会計でやはり三兆円を超す借金をしておるわけでございまして、当時と違いました状況が出てまいりましたので特に文部省にお願いをしておる、こういうことでございます。
○小川(仁)委員 私は、財政の苦しさの問題を言っているのじゃないのですよ。法律が存在する以上は、法律を守らせないというような動きをするべきでないということを申し上げているのであって、そうなりますと、法律が存在しても守らなくてもいいというようなことを自治省が自分でお示しになる結果になるのじゃないの。だからもうおやめください、こう申し上げているのであって、法律事項として申し上げているのですから、この点は御理解願いたいと思いますが、よろしゅうございますか。
○小林説明員 私どもの要求は、具体的にどういう措置をおとりになるかは文部省の判断だと思いますが、財政が非常に苦しい状況でございますのでそういうお願いをしなければならない時代になってきておるということを御理解いただきたい、こう思うわけでございます。
○小川(仁)委員 それじゃ、私の見解はもうおわかりいただいたと思いますのでそれ以上は追及いたしませんが、法治国家でございますから、法律というものは、私の方から申し上げては大変失礼ですが、お守り願いたい。
 大蔵省の方にお伺いいたします。大蔵省もいままでこの五カ年計画に御協力をいただいて大変ありがたいわけでありますけれども、同時に、先ほど来申し上げていますような教員の状況、学校の状況があるわけでございます。教育というものは国家百年の大計、そして日本の将来を背負う子供たちの課題でございます。それに対する施設、設備というのは当然必要だと思われます。山本有三の小説の中に「米百俵」という小説がございました。お読みになっていただければ、これまた非常に苦しい時代における教育の必要性というのをおわかりいただいている、こういう前提の中で、まずこれは本年度の足踏み、そして来年度の五カ年計画の最終完結年度に対して最大の努力をお願いを申し上げたいと思うわけで、教育の現状をお考えになっておられる大蔵省としてどういう態度をおとりになろうとしておられるか、お伺いしたいと思います。
○的場説明員 お示しの事柄は来年度予算の事柄でございまして、御承知のとおり、財政状況は、国の財政も地方財政と同様に大変苦しい状況になっております。したがいまして、既定の制度あるいは施策等につきましても見直しを図るという見地で一般的に検討しているところでございます。教職員の定数を繰り延べさせていただいている問題をどうするかという点につきまして、大蔵省としていまの段階で態度を決めているわけでもございませんし、来年度予算の全体の枠の中で考えていくことだろうと思います。文部省と十分に検討、相談をさせていただき、また自治省の意見も聞かせていただきましてこれから決めることだというふうに考えております。
○小川(仁)委員 来年度は五カ年計画の完結年度でございます。したがって、来年の三月三十一日の状態のときに、もし計画年度の定数が存在しないということになるとこれは一体どういうことになるのでしょうか。文部省でも大蔵省でも自治省でもいいから、ちょっとお聞かせ願いたい。
○諸沢政府委員 標準法のたてまえから言いますと、法律の規定どおり実施できないということになります。
○小川(仁)委員 現在までは、予算上の繰り延べという問題は一応完結年度以前ですから存在する可能性はあると私は思うのです。しかし、法律で決まった完結年度という時点においては、もしその時点で定数を存在させなければ明確な法律違反になると思うのですが、この点の御見解をそれぞれ文部省あるいは大蔵省、先ほど法律を守ってくださいとお願いした自治省、この御三者からその点についての御見解を承りたい。
○諸沢政府委員 御指摘のように、仮にそういう事態になりました場合には法律を手直しするかなにかという問題が起ころうかと思います。
○的場説明員 文部省の見解と同様でございます。
○小林説明員 文部省の見解と同様でございます。
○小川(仁)委員 そうすると、法律が直らなかったときはえらいことになるわけですね。法律が直らないときは大変なことになるわけですね。そのことを十分御理解をいただいて、ひとつ現在までの定員の足踏み分並びに来年度予算について、これは文部省は徹底してお願いする立場でしょうし、自治省さんのブレーキは少し緩めていただいて……(「少しではない、完全に緩めろ」と呼ぶ者あり)完全に緩めていただいて、それから大蔵省さんはぜひこれにこたえるようにということをお願いをしたいわけであります。教育に対する国民的な要望というものが非常に高まっております。現在のような経済が非常に厳しい低成長時代、こういう時代にこそ逆に教育というものが持つ意義というものは大きく力を発揮しなければ、国民の精神的な不安あるいは将来に対する不安の中から社会混乱が出てくる。あらゆる場合に教育が基本でございますけれども、持にそういう意味から先ほど山本有三の「米百俵」の話も申し上げました。ひとつ、お読みになっていなかったら後でお貸しいたしますからお読みをいただくことにいたしまして、教育というものに対する真剣なお取り組みをお願いを申し上げておきたいと思います。
 それとなおもう一つ、違った角度でこれはお願いだけをしておきますが、定員の問題ではございません。先ほど山原委員がお話しになりました君が代の問題の中で、私非常に疑問に思っていることが一つあるのです。というのは、私が教員をやりましたのは昭和十三年です。その当時は小学校で、戦争中でございました。修身の教科書に「国歌」という題で国歌の意義、君が代の意義が書いてありました。ところが、昭和十六年、戦争が非常に厳しくなって、国民学校に変わりました。国民学校に変わった修身の教科書では「国歌」という文字が外れて「君が代」という題になっておりました。当時、余り大きく気にもいたしませんでしたが、いま君が代に国歌という言葉がつく時代になってまいりますと、なぜあんなに厳しい戦争、国民学校と言われるような状態の中で、国歌という言葉が君が代という言葉に置きかえられたのだろうかということに対して、ぜひ勉強さしていただきたいと思うわけです。これは当時国定教科書でございますから、いまのような審議会の討論も何もなしに、文部省内で御討論をいただいたと思いますので、それらの資料その他がございましたらどうぞ調査をしておいていただきたい。これはお願いでございます。
 以上で終わります。
○藤尾委員長 土井たか子君。
○土井委員 義務教育小・中学校の学校設置基準というものは、学校教育法の第三条で制定が義務づけられているわけでございますが、現在、この総合的な基準というものを制定しておられるかどうかをまずお伺いいたしたいと思います。
○三角政府委員 たとえば小学校の設置基準といったようなものは、現在総合的なものはございません。
○土井委員 中学校はいかがですか。
○三角政府委員 中学校についても同様でございます。
○土井委員 ここに私、議事録を持ってまいりましたが、昭和四十七年五月十日の文教委員会の会議録でございます。この日に同僚の木島委員の方から質問されたのはまさにいま私がお尋ねをした問題でございまして、その節の御答弁の中で高見文部大臣が、「御指摘のように、あるいは制度の上でやる必要があるものなら、これはやるべきであるという考え方はあります。」というふうな当初の御答弁であったものが、だんだん木島委員の方の大変説得性の高い質問が展開されるに及びまして、文部大臣は、「これは私立に対しまして一応の基準を示すというのは、公立の基準を基準として示しておるのであります。ただ、ただいまお話しの問題につきましては、私も前向きにひとつ検討してみようということをお約束申し上げます。」こうお答えになっていらっしゃるわけです。これが昭和四十七年五月十日の出来事でございまして、ことしは昭和五十二年でございますからこれから五年たっているわけでありますが、この点に対しての御検討の結果がどうなったかということもあわせてひとつもう一度お答えくださいませんか。
○三角政府委員 私、当時から今日までの経緯をただいま非常につまびらかには承知しておりませんのですが、これまで小・中学校の建物の基準について、独自のものについて特段に検討をいたしておらないというふうに了解しております。
○土井委員 この独自のものはまだ制定していないように理解をなさっていらっしゃる、それは事実そのとおりなんでございますが、これは学校教育法ができましてから年久しいわけでございますね。それからまた、これはもう申し上げるまでもなく、私立学校法の附則の十六を見ますと、学校の施設及び設備の基準に関して規定する法律というものが予定されて、もうすでに三十年たっております。これだけ長い間たっているのに、義務化されていることが一向に果たされない原因と申しますか理由と申しますか、これはどの辺にございますか。
○三角政府委員 小学校、中学校といったようなものにつきましては、それをどういうぐあいに整備するかということにつきまして、やはり地域的条件と申しますか、あるいは立地的条件と申しますか、そういったことからいろいろ個々に対応の仕方が異なってこなければならないというようなこともあろうかと思います。そういったことで、高等学校ないし大学等につきましては面積基準とかそういうものがつくってございますけれども、小・中学校につきましては御承知のような実情でございます。
○土井委員 そういう御事情であるなら学校教育法第三条を変えなければならぬ。法律の改正が必要になってまいりますよ、いまのような理由でもっていままでつくることができなかったということをおっしゃるのならば。義務づけられていることを現に実行なさってないわけでございますから、四角四面な物の言い方をいたしますと法律改正の必要ありという状況になると私は思いますが、いかがでしょうか。
○三角政府委員 先生の御指摘によりますと、木島先生からも問題の御提起が五年前にあったということでございますから、十分勉強をし、検討さしていただきたいと存じます。
○土井委員 これはもう毎たび、検討に検討を重ねましてとか、検討させていただきたいとおっしゃる、その言葉というのは、俗な表現で言うとイタチの最後っぺみたいなものだといつも思うわけであります。慎重に検討しと言って、いつまで待ってもそれに対するお答えが返ってこないのを称してそのようにこのごろは使われるきらいというのが十分ございまして、これはいまから申し上げることもお含みいただいて、冗談ではなく、本当に取り組んでもらわなければならないように私自身は思います。
 そこでちょっとお尋ねしたいのですが、学校施設設計指針というのがございますね。学校施設設計指針というのは単なる参考資料だというふうに私自身は理解をいたしておりますが、この指針というのは現実の施設に対して規制力、拘束力というのを持っておりますか、いかがなんですか。
○三角政府委員 御指摘のございました学校施設設計指針は、学校の建物の建築計画を作成いたしましたりあるいは設計を実施いたしましたりする場合に、文部省の補助事業の建物の設計内容につきまして、補助金による事業でございますからいろいろ留意してほしいということで、留意すべき事項を記述したものでございます。いわゆる法的拘束力というようなものは厳密に言えばないかと存じますが、この指針によって、これを十分留意して設計並びに設計の実施が行われるように毎度指導しておる次第でございます。
○土井委員 いまるる御説明はございましたけれども、結論といたしましては、規制力、拘束力というものが法的に考えるとないということでございますね。ただ参考資料としてはそれは意味があるだろうと思うのです。ただそれだろうと思うのです。
 ところで、学校教育法の第三条に基づく総合的な基準はいま独自のものとしては制定されていないわけでありますが、学校独自のために定められているものに学校環境衛生の基準というのがあると思います。ところが、私はあると思いますという中身も、これはどういう性格のものであるかというのはちょっと私自身理解に苦しむところがあるのです。と申しますのは、昭和三十九年の六月十二日付で答申として出された中身が、そのまま据え置きで現在に至っているのが学校環境衛生の基準という中身だと思うのですね。「この答申では、技術上の細部な点にまで言及されていないこと、また項目によっては検査器具を必要とするものもあります。今後この答申を検討のうえ、適切な措置を講じなければならない」というのがこの答申の内容にも、もう申し上げるまでもなく書いてあるわけなんです。これを文部省とされては告示される必要があるに違いないと私は思うのですが、どこをどう探してもこれが告示されておりません。確認をここでさせていただくのは、学校環境衛生の基準というこの三十九年六月十二日付の諮問に対する答申は、答申のままで現在に至っているわけでございますね。いかがでございますか。
○柳川政府委員 学校環境基準につきましては大変内容が多岐にわたっておりまして、この答申に基づく趣旨の指導をいましておりますが、それをこのまま告示で適用するについて体制づくり等の問題があろうか、そういう経緯ではなかったかというように推測する次第でございます。
○土井委員 推測とか検討とか、もう何だか文部省というのは大変におおらかなところでいらっしゃるように私お見受けするわけです。いま学校環境基準とおっしゃいましたが、そんなものがあるのですか。私がいま申し上げたのは学校環境衛生基準です。いかがです。
○柳川政府委員 御指摘のとおり学校環境衛生基準でございます。
○土井委員 体制上種々検討することが必要かと思われるというふうな理由で現在までこれが告示をされていないということの御説明を賜ったようでございますが、これは先ほど申し上げたとおりで、三十九年六月十二日に出た答申でございますから、ことしはもう十三年目でございます。十三年の間これを鋭意ずっと御検討なんでございますか。いかがなんですか。
○柳川政府委員 告示の形はとっておりませんが、学校薬剤師の方々による学校環境衛生の検査に当たりましては、この答申の内容を十分踏まえた衛生検査をしていただいておるというように、事実上この基準を生かした衛生の保持を図っておるというように存じております。
○土井委員 そうすると、いまのお答えからすると、私、意地悪を言うわけじゃありませんが、学校環境衛生の基準についての答申に従っていろいろな措置をとるようにという通達を文部省としてはお出しになっているわけですか。
○柳川政府委員 たとえば給食の施設、設備の整備等に当たりまして、この環境衛生基準に盛られた内容を掲げまして指導通達を出しておるという例はございますが、環境衛生基準そのものの遵守についての通達を出しておるということはいまの私の頭の中にちょっと残っておりませんので、恐縮でございますが……。
○土井委員 そうすると、先ほどお答えになりました、学校の特に衛生面についてこの答申の中に盛られていることに留意するようないろいろ扱い方があるというふうな御答弁についても、これは別にこの答申についてこれを現実に適用するようにというふうな意味の通達がないまま行政指導としてなすっているだけの話なんでしょう。ですから、答申は答申のままであって、告示は現在までないわけですね。このことははっきり確認しておきます。そういうことから言うと、これは告示はないままに答申は出しっ放しというかっこうで現在に至っている。そういう意味では、だから文部省のいろいろな行政措置の中で、部分的にこの答申の中身をこのようにやることが好ましいというふうな認識を持っておやりになることはあるかもしれないけれども、答申は答申として、現に生かされていないということは確認できると思います。よろしゅうございますね。それを言ってください。
○柳川政府委員 指導の機会はいろんな形で行政指導がなされるわけでございますが、文部省から「学校環境衛生の解説」というような手引書等も出しまして学校環境衛生の保持につきましての指導をいたしております。その中で、御答申をいただきました内容を盛り込みまして各学校における環境衛生の保持につきましての参考に資するという措置をいたしております。
○土井委員 答弁にならない答弁をただいまいただきましたが、これはせっかくいただいた答弁ですからお聞きすることはお聞きいたしますけれども、これ、どうなんでしょうね、告示を出す必要があるというふうに御認識になっていらっしゃいませんか。この答申に従って告示を考える必要があるというふうに文部省としてはお考えになっていらっしゃいませんか。どうですか。
○柳川政府委員 御答申をいただきました内容につきまして、大変多岐にわたっておるという面がございますので、いままでいろいろな形での指導で長年行ってきたものでございますから、この際改めてこれをそのまま告示する必要があるかどうかにつきまして十分検討してまいりたいと思っております。
○土井委員 新たに諮問をする必要はあるというふうにお考えになっていらっしゃいませんか、そうなってくると。
○柳川政府委員 そのことも含めまして検討させていただきたいと思います。
○土井委員 ところで、先ほどちょっと私が参考に申し上げました昭和四十七年の五月十日の文教委員会の会議録の中で、木島委員の御質問に答えまして安嶋政府委員からの御答弁の中に、いままでのところ、「実際問題として、現状ではなかなかそこまで検討が行き届きかねておる。一方、実態は先ほど申し上げたような形で一応カバーされておって特に支障もないのではないか、こういうことかと思います。」という御答弁があるのです。「特に支障もないのではないか、」というふうな御認識をお持ちになって、実際問題として検討は重ねておられますけれどもなかなか具体的な踏み切りができてないということも私はあろうかと思って、いまから少し御指摘申し上げたいと思うのです。
 兵庫県の宝塚市で最近、宝塚市というと人口急増が激しい地域でございますが、ここ数年大変学校建設ラッシュが続きまして、実は三年間予定よりもおくれて完成をいたしました新設校である長尾台小学校という小学校において、家庭科と理科の教室を見た場合に、厳密に言うと建築基準法違反ということになるのではないかと私は思いますが、現状、私もその学校を実は見ております。そしてその教室も見ておりますが、ただ、私自身そんな細かい点にまで気がつきませんでしたが、最近ここの学校の父母の会の方々がどうもこの教室はおかしいということをしきりに認識をされまして、現場の写真を建設省に送っていろいろ問いただしをなすったという一連の事情かございます。きょうは建設省さんにもそのために御出席をいただいているわけでございますから、この兵庫県の宝塚市の長尾台小学校の事例に対して、いま御存じでいてくださると思いますので、その経緯をひとつ御説明賜ることができれば聞かせていただきたいと思います。
○対馬説明員 ただいま先生から御指摘ございました事実につきまして私どもお知らせをいただいてございませんので……。
○土井委員 こういう建築基準法でいう特殊建築物、特に学校なんかの場合について建設省に問いただしをするときにはどこの部局でございますか。
○対馬説明員 住宅局の建築指導課でございます。
○土井委員 きょう御出席は、住宅局の建築指導課から御出席をいただいているわけでございますか。
○対馬説明員 住宅局建築指導課の建築物防災対策室長が御説明に出ております。
○土井委員 そうすると、実はいろいろ新聞記事についても、それから現地においての報告を聞きましても、この現場の写真を事情説明を添付して建設省に送り、建設省の方からはこれは建築基準法違反の疑いがあるというふうなことが言われているということを私自身は見聞しているわけでありますが、これは事実と相違しますか。
○対馬説明員 私どもの方ではそのような地元からの御連絡もいただいておりませんし、事実を初めて先生から御指摘いただきまして伺った次第でございます。
○土井委員 それでは改めてこの問題について、細かい点は後刻に譲るといたしまして、いま簡単に要約して申し上げますとこういうことなんです。理科室や家庭科教室というのはガスコンロをよく使用いたしますね。それで火器を使用するのに、建築基準法の二十八条の三項では換気設備を設けるということが定められておりますね。一つはこの換気設備が設けられていないのです。さらに、排気口は建築基準法の施行令二十条の四で天井から八十センチ以内の高さに設けなければなりませんね。ところが事実はそうなっていないわけで、天井から一メートル以上も離れた場所にこれが設置されているというかっこうになっているわけです。そして、直接外に開放するということが必要だと定められているのに、それがそうなっていないわけであります。こういう点がございまして、ガスコンロを使用するのにいま申し上げたとおりで、換気設備が設けられていないというのは安全性の点からいってもいかがかと思われる面もあったりいたしますので、このことがずいぶん取り上げられて建築基準法違反ではないかということになったのですが、県の方では言を左右されましてその事実に対してなかなか明確な答えをお出しにならなかったために、建設省に対してこのことを問いただすということになったようであります。いきさつは。まだお耳に達していないのならば、私はここに一連の現場の写真も持参をいたしておりますので後で御説明を申し上げたいと思っていますが、こういう単純な建築基準法違反と考えられるような事例というのが、人口急増地域に新設されていく小学校、中学校を点検した場合かなりあるのではないかという事実が最近いろいろな点で問題にされてまいっております。
 だから、先ほども申し上げたように基準を制定されるという必要がおありになるのではないか。特に学校環境衛生の基準などということについて告示がいまだに出されていないということは、文部省の姿勢そのものに対していろいろな点で疑問が出てまいりますよということをさらに申し上げたいと思いますが、それは、実は建築基準法上の問題ではなくて、今度は同じ宝塚市内にあるM中学校の例なんでありますが、家庭科教室の換気がまことに思わしくない設計状況になっているわけであります。これは教室の中で給排気器がショートをするという可能性も十分ございますし、ガスコンロを使用しないでいろいろ現場で実験した場合に、鉄道用の発煙筒をたきますと煙が排除されていくのが目に映る状況では約二十分から三十分かかるという、教室の真ん中でそれをやってですね、そういうふうな状況がいろいろございます。例があちこち新設校の中に浮かび出てまいっております。
 だから、そういうことから言うと、本来この学校環境衛生の基準の中で問題にされている換気という点からいたしましても、火を使う場合、火を使わない場合、いろいろな例があるかと思いますけれども、現行法上、建築基準法の上では問題がなくても、学校教育という立場から考えると種々問題点が出てくる。換気がうまくいかないケースというのが現実あるようでありますから、そういう意味も含めますと、四十七年五月十日のときの御答弁にある「一応カバーされておって特に支障もないのではないか、」と安易にお考えになったら大分実情にそぐわない御認識ですよということを私は申し上げたいのです。人口急増地域では続々新設校をつくっていかなければならないという実情にございますので、これは自治体の方としても大変悩みの種だろうと思います。したがいまして、こういう点はいかがです。文部省としても基準なり指針なり具体的なものを御用意になる必要が私はあるように思いますが、きょうは時間の関係から簡単にしか質問をいたしませんけれども、どのような御認識をお持ちいただけるかを御答弁いただきたいと思います。
○三角政府委員 先生御指摘になりましたように、現状では建築基準法施行令の算定方式と申しますか、それにのっとりまして、普通教室の場合と、それから御指摘のような火を使用するような理科教室、調理教室等の場合、それぞれ基準がございますので、それによりまして、必要な換気扇の設置とかそういうことは、学校建築の実施の主体であります市町村の側において十分留意してやっていただくということで来ておるわけでございますが、御指摘でもございますので、先生の御意見を十分参考にして検討させていただきたいと存じます。
○土井委員 さらに、四十六年以前の学校の校舎、これは現行法に照らし合わせてみますと、換気の点から考えましてもずいぶん問題になる校舎がたくさんございます。換気の点だけを取り上げて考えましても、校舎が老朽化しているとか、それから校舎に対してはプレハブの取り扱いというのが一連の文部省からの指導として一時期大変深刻な問題としてあったわけでありますけれども、換気の問題に対しても同じく、四十六年以前の学校校舎に対して、これをつくりかえる場合いろいろ校舎と同じような補助対象にしていただかなければどうにもならないという実情も現にございますので、この点もひとつあわせて考えていただかなければならないように思います。いかがでございますか。
○三角政府委員 換気につきましても、従来、建築基準法の定めもございまして、通常はその定めに従って建築をしておれば必要な換気ができるわけでございますし、また学校のようなところにおきましては、状況に応じまして授業の途中で窓をあけて空気を入れかえるというようなことも指導してまいらなければならないと存じます。ただいま御指摘のそういうつくりかえにつきまして、そこで補助が必要であるという問題でございますが、これにつきましては新しい問題でございますので、これまた慎重に検討させていただきたいと存じます。
○土井委員 さらにもう一点、この換気の問題で申し上げたいのは、最近、国道に沿った学校の校舎というのは、車の台数がふえますとまことに騒音と振動が深刻な問題になってまいりまして、窓を閉めっ放しにしなければならなくなっております。それから、御承知のとおりに、空港周辺の航空機騒音に悩まされている地域の学校におきましては防音装置というものをきちんと備えているわけでありまして、防音校舎の設備を設けられているわけですが、ところが、そういう学校に参りますと、湿度を落とすために除湿装置というか、ファンでずっと回しているわけです。機械的なものによっているわけですが、夏はようございますが、冬は寒いから使うわけにはまいりません。そして、いまおっしゃいました窓をあけて空気の入れかえなんということは現実できないわけでございます。こういうことから空気がまことに悪くなるために、気分を悪くする生徒というのが非常に多いということを私は聞いておりますし、現場に行きましても、このところどうも小さい子供にそれがふえていっているという話をしきりに私も伺います。こういうことからいたしますと、冷暖房をともに備えた換気設備というものが防音校舎に対してはどうしても必要だということを言わざるを得ないのでございますが、この点、どのようにお考えになりますか。
○三角政府委員 公害を受ける対象となっております学校につきましては、二重窓の使用を設計上いたしましてそのように建築し、かついわゆる空調装置でございますか、そういうことを施すというふうに措置をしているわけでございます。道路沿いにつきましては、道路だけの騒音の程度がどの程度であるかというようなことが関係してくるかと存じます。
○土井委員 私は公害対策並びに環境保全特別委員会の方で終始この問題を取り上げて問題にしている一人なんでございますが、これは公害の指定地域にされて初めて問題になるということは御指摘のとおりなんです。しかしその節、この防音校舎を建設するに当たって冷暖房をともに備えた換気設備になっていないからいま私は問題にしているのです。これは文部省さんの方がそういうことに対しての認識をどのようにお持ちになるかによって中身が違うのですよ。したがいまして、きょうはわざわざ当文教委員会において時間をいただいて、このことに対して質問をいたしているわけでありますから、その点の御認識を新たにしていただいて御答弁をお願いいたします。
○三角政府委員 いわゆる、いま先生がおっしゃいました公害指定地域外でございましても、騒音等が一定の程度以上になります場合には二重窓等の設計をし、かつその場合には冷暖房の手当てをいたしてございます。
○土井委員 冷暖房の手当てをしてある、換気設備を設けている防音校舎ばかりだとお思いになったらこれが違うのですから。どうもひとつ現実をきちっと調査をされる必要があるようですね。これは机上の空論はだめですよ。それじゃ現実の問題を私は具体的に後刻指摘しましょう。
 それで、私いままでのところで申し上げますが、御答弁はすべて、検討する、検討するの一点張りだったのですが、その検討結果はいつ具体的に答えとして私に聞かせてくださいますか。
○三角政府委員 ある程度検討が進みましたら御連絡をさせていただきまして、また委員会の席上で御説明をさせていただく機会が得られれば私どもとしては幸いと存じます。
○土井委員 これはそんなあいまいなことでは私は黙って引き下がらないです。質問も時間をきちっと決めて質問をやるようになっているのです。検討もひとつ時間を限ってください。時間を限って検討結果をはっきり報告していただくようお願いします。
○藤尾委員長 委員長におきましてきちっとさせますから、私が責任を持ちましてやらせますから、大丈夫です。
○土井委員 委員長に責任をいろいろとお持ちいただくというのはまことに結構でございますけれども、当臨時国会が終わりまして通常国会になりますと、委員長交代ではないかと私は危ぶんでいるわけであります。
○藤尾委員長 私が委員長在任中にやります。
○土井委員 委員長在任中に必ずこのことに対して具体的にそれでは報告を聞かせていただけますね。
○藤尾委員長 はい。
○土井委員 それではそのことをひとつ確認をいたしまして、最後に一問だけ申し上げて終わりにいたします。
 それは、学校給食について、最近地方財政が行き詰まっているところから、直営ではなくて民間に委託するという地方自治体が出てまいりまして、そうして実は民間委託してから後種々の問題が出てきた中で、特にもうこれは覆いがたい間違いが今回出てまいりまして、とうとう民間委託というのをあきらめなければならなくなったという実例がございます。これもその自治体を言えばもうおわかりかと思いますが、兵庫県の宝塚市なんであります。実は全国で初めて中学校の給食の民間委託を実施してみましたけれども、実は契約条項に反しまして無資格の少年が調理主任として派遣をされていた、調理ミスがあったというふうなことが実は露見をいたしまして、現にただいまは給食をストップしているというような状況であります。これが長らく続きますと、もうすでに教育不信といういろいろな側面での思わしくない風潮が出てまいっておりますけれども、これを何とかしなければならないということで、現にお父様方やお母様方が一生懸命になっていらっしゃるわけであります。
 ひとつここで一点だけお伺いしたいのは、調理師についての衛生管理の問題なんですが、労働安全衛生規則からいたしますと四十七条で、「事業者は、事業に附属する食堂又は炊事場における給食の業務に従事する労働者に対し、その雇入れの際又は当該業務への配置替えの際、検便による健康診断を行なわなければならない。」こうなっております。学校給食の場合は、給食を受ける側から、調理人は健診を受けていなければならないという決め手がどこにもございません。したがいまして、民間委託の場合はこの義務づけがないことのために、アルバイトの場合もないことのために、現に宝塚市におきましても、この健康診断を全然受けなかったという人たちが民間委託で現に学校給食を取り扱っていたという実態も出てまいっております。この点、どうなんでしょう、学校給食に当たりまして調理人に対しては健診を受けていなければならないという、そういうことが一つは義務づけられなければならぬと思うのです。これは当然のことなんですよね。いかが相なっておりますか。
○柳川政府委員 学校給食におきましては、特に集団中毒の防止等の点には大変な注意を払いまして、給食に従事する職員につきましては定期的な診断を行うということで、厳しい検便等の検査を行っておるわけでございますが、いまの問題、御指摘を受けましたが、私どもの文部省としては、学校給食が設置者の明確な責任において実施できるようにするという体制のたてまえをとりまして、いわゆる直営方式を主体として指導し、またその実現を期してまいりましたから、民間委託のような形のものをまともに是認している立場で取り組んでおらないというところの盲点があったかと思います。この面、民間委託というような事実が若干あるということはございますので、いま御指摘の点につきましては、いままでそこまで及んでおりませんでしたが、この面につきましてもその事実の上に、また学校給食の今後の実施体制の指導の理念の上に立ってどのような対応をするか、これまた検討さしていただきたいと思います。
○土井委員 もう一問申し上げます。これは本来直営方式でなければならぬのですよ。民間委託そのものが学校給食法から考えたらその趣旨に反するんじゃないですか。したがいまして、文部省としては民間委託に及ぶとは考えていなかったので……、あたりまえのことなのであります。民間委託そのものを認めるということ自身が間違っていると言わなければならないと私は思うのですが、この点どうなんですか。
○柳川政府委員 御指摘のとおり、学校給食は学校教育の一環としての目標をもちまして設置者の責任において実施していくというたてまえをとっています。その具体の実施方法につきまして、必ずしも明文上直営でなければいかぬというような規定は給食法にはないわけでございますが、設置者が責任を持って実施するというそのたてまえに立って、文部省としては、いろいろ財政事情はありますが、いわゆる直営方式をたてまえとしてというこの姿勢は今後とも続けてまいりたいと思います。
○土井委員 終わります。
○藤尾委員長 次回は、来る二十五日開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後六時三十六分散会