第087回国会 社会労働委員会 第6号
昭和五十四年三月一日(木曜日)
    午前十時三十三分開議
 出席委員
   委員長 森下 元晴君
   理事 越智 伊平君 理事 竹内 黎一君
   理事 戸井田三郎君 理事 向山 一人君
   理事 村山 富市君 理事 森井 忠良君
   理事 古寺  宏君
      相沢 英之君    石橋 一弥君
      川田 正則君    斉藤滋与史君
      戸沢 政方君    友納 武人君
      葉梨 信行君    水平 豊彦君
      村上 茂利君    山ロシヅエ君
      湯川  宏君    安島 友義君
      枝村 要作君    大原  亨君
      金子 みつ君    島本 虎三君
      矢山 有作君    草川 昭三君
      谷口 是巨君   平石磨作太郎君
      和田 耕作君    浦井  洋君
      田中美智子君    工藤  晃君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 橋本龍太郎君
 出席政府委員
        内閣総理大臣官
        房管理室長   小野佐千夫君
        厚生省公衆衛生
        局長      田中 明夫君
        厚生省環境衛生
        局長      山中  和君
        厚生省医務局長 佐分利輝彦君
        厚生省薬務局審
        議官      本橋 信夫君
        厚生省保険局長 石野 清治君
        厚生省年金局長 木暮 保成君
        厚生省援護局長 河野 義男君
        社会保険庁医療
        保険部長    此村 友一君
 委員外の出席者
        内閣総理大臣官
        房参事官    手塚 康夫君
        総理府統計局調
        査部国勢統計課
        長       北山 直樹君
        法務省民事局第
        五課長     宮崎 直見君
        外務省アジア局
        中国課長    谷野作太郎君
        大蔵省主計局共
        済課長     山崎  登君
        国税庁直税部法
        人税課長    山本 昭市君
        社会労働委員会
        調査室長    河村 次郎君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月二十八日
 辞任         補欠選任
  大原  亨君     川俣健二郎君
  草川 昭三君     近江巳記夫君
  谷口 是巨君     広沢 直樹君
  和田 耕作君     大内 啓伍君
  浦井  洋君     寺前  巖君
  工藤  晃君     大原 一三君
同日
 辞任         補欠選任
  川俣健二郎君     大原  亨君
  近江巳記夫君     草川 昭三君
  広沢 直樹君     谷口 是巨君
  大内 啓伍君     和田 耕作君
  寺前  巖君     浦井  洋君
  大原 一三君     工藤  晃君
三月一日
 辞任         補欠選任
  金子 みつ君     石橋 政嗣君
  草川 昭三君     二見 伸明君
  谷口 是巨君     坂井 弘一君
 平石磨作太郎君     坂口  力君
  田中美智子君     不破 哲三君
  工藤  晃君     大原 一三君
同日
 辞任         補欠選任
  石橋 政嗣君     金子 みつ君
  坂井 弘一君     谷口 是巨君
  坂口  力君    平石磨作太郎君
  二見 伸明君     草川 昭三君
  不破 哲三君     田中美智子君
  大原 一三君     工藤  晃君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
 る法律案(内閣提出第二二号)
 国民年金法等の一部を改正する法律案(内閣提
 出二三号)
 厚生関係の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
○森下委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大原亨君。
○大原(亨)委員 法案の審議にいよいよ入るわけですが、法案の審議が大臣、これは議会の本場ですから、きちっとやってくださいよ。
 それで、戦傷病者戦没者遺族等援護法は、国が第一条にある国家補償の精神に基づいて措置をしている法律はたくさんあるわけですが、戦争犠牲者に対する措置として言うなれば戦後いち早く立法化された法律であります。
 最初に、これについての部門別の適用状況をひとつお答えいただきたい。
○河野(義)政府委員 援護法の適用状況でございますが、先生の御質問の御趣旨は主として準軍属の身分別の適用状況ではなかろうか、こういうふうに思うわけでございます。
 準軍属につきましては、被徴用者とかあるいは戦闘参加者、開拓義勇隊員というふうに一号から七号までの該当者があるわけでございますが、さらに遺族給与金につきまして、公務死の遺族給与金が支給されている方とそれから勤務関連死亡に伴う遺族給与金が支給されている者と、この二つに分かれるわけでございまして、これにつきまして五十三年十一月末現在でとらえてみますと、公務死に伴う遺族給与金は三万二千八百五十件でございます。それから勤務関連死に伴う遺族給与金の支給件数は二千六百三十八件でございまして、合計いたしまして三万五千四百八十八件でございます。
○大原(亨)委員 ちょっと質問の仕方が悪かったのですが、軍人軍属、準軍属のうち、軍人については恩給法へ移していった、軍属についてはすでに概念は決まっておる、問題は、順次拡大をいたしまして軍人と準軍属の差をなくしてまいりましたが、その準軍属の身分別であります。身分別と言えば悪いから部門別と言ったのでありますが、改めて身分別の弔慰金、遺族給与金で、いわゆる第二号の戦闘参加者の現状、それから国民義勇隊員の適用の現状、この二点についてお答えいただきたい。
○河野(義)政府委員 戦闘参加者で公務死による遺族給与金が支給されている件数は、先ほど申しましたように五十三年十一月末現在において一万五百六十件、国民義勇隊の公務死については千四百九十件でございます。
○大原(亨)委員 私の手元の資料によると、戦闘参加者については遺族給与金は一万九千三百四十九件、弔慰金は六万二千六百八十件、国民義勇隊は遺族給与金が二千三百四十八件、弔慰金は四千百九十七件、そういうふうになっているかどうか。
○河野(義)政府委員 私が申し上げましたのは、五十三年十一月末現在で遺族年金受給者の数を申し上げたわけでございまして、いま先生が御指摘になりました一万九千三百四十九件は累積でございます。その後失権された方も相当あるわけでございまして、現在まで遺族給与金が支給された方の累積が一万九千三百四十九件ということでございます。
○大原(亨)委員 この戦闘参加者の中で準軍属の沖繩の在籍者が四万九千名というふうに出ておるわけですが、戦闘参加者と沖繩の準軍属の四万九千名との関係はどうなっていますか。
○河野(義)政府委員 戦闘参加者で公務死された方につきましては弔慰金がまず出るわけでございますが、その弔慰金が支給された件数は六万二千六百八十件でございます。その中で遺族給与金が先ほど申しましたように累積で一万九千三百四十九件でございます。
 これを沖繩について申し上げますと、準軍属として処遇された方は四万九千でございまして、これは弔慰金の対象になっておるわけでございます。全体と比較しますと、六万二千六百八十件に対しましてそのうち沖繩が四万九千件、こういうわけでございます。
○大原(亨)委員 沖繩の場合はどういう条件の人が戦闘参加者になっていますか。
○河野(義)政府委員 御承知のように、沖繩は戦場になりまして非常な苛烈な状況のもとに置かれたわけでございます。官民協力して戦われたわけでございまして、戦闘参加者の態様は、弾薬を運ぶとかあるいは食糧、水を運ぶとかあるいはごうを掘るとか、そういったことにつきまして、軍の要請に基づきまして沖繩県の方々が協力されたわけでございます。そういった方々を戦闘参加者として、準軍属として援護法上処遇しておるわけでございます。
○大原(亨)委員 戦闘参加者はいつからですか。
○河野(義)政府委員 そういう状態が発生いたしましたのは、米軍が沖繩に上陸いたしました二十年の四月一日以降そういう状態が出てまいったわけでございます。いま申しましたのは、それ以降沖繩の戦場の各地でそういう状態が起こりましたわけでございまして、そういった方々につきまして準軍属として処遇しておるわけでございます。
○大原(亨)委員 つまり、この援護法は軍人軍属、準軍属、その中で準軍属の処遇を決める際にそれぞれこの法律で規定をいたしておるわけでありますが、それは言うなれば国との特別の命令服従、特別な権力関係にある者の業務中の行為について、これを判定をして入れていったわけでありますね。ただし、沖繩の場合には昭和二十年の四月一日から、これは身分とは関係なしに、戦闘参加者についてその事実に基づいて準軍属として入れていったわけであります。
 もう一つこのことに関連して聞くのですが、沖繩のこの民間人の戦闘参加者で準軍属として扱われている以外で、日本の本土においてそういう範疇に入る準軍属がありますか。
○河野(義)政府委員 戦闘参加者は、実際にそこで戦闘が行われた場合にそういう状態があるわけでございます。したがいまして、沖繩以外につきましてはいわゆる戦場にはなっておりませんので、戦闘参加者に該当する方はございません。
○大原(亨)委員 私がいままでずっと指摘をして附帯決議にもあるのは、本土においてもそういう官民一体というか、一般国民に対して戦闘協力を法制上規定をした、そういう状況が一定の時期判断においてあるのではないか。言うなればこれは一つの特別権力関係でありますが、法律に基づく適法なそういう命令服従の関係という場合には国家補償の原則で処理する、こういう原則で本援護法をつくっておるのだと思うわけですが、そういう段階があるのではないかという点を繰り返して指摘をしたわけです。
 それは、一つの時期は昭和二十年の三月の東京大空襲という意見もあるだろう。その前の二月にはヤルタ会談があって、そして当時日本の軍は、日本が負けたならば長野県に皇居を移す、長野県で負けたならば旧満州に皇居を移して関東軍をとりでとして戦う、こういう方針を決めていた。それに対してアメリカは、そういう日本側のきわめて長期の情勢に対応して東京の大空襲を始めた。そしてヤルタ会談でソビエトの参戦を約束させて、それを取りつけた。そういう経過をたどってポツダム会議までいっておるわけですが、その一つの時期は三月の東京大空襲。これはやはり本土決戦を決定的にした段階であって、三月の二十三日に閣議決定、閣議決定でもこれは当時は法律、勅令と同じような状況であったわけですから、閣議決定に基づいて国民義勇隊組織に関する件を決定をしたのです。これを援護法の一つの対象にいたしておるわけであります。法二条の第三項第三号に該当するのが国民義勇隊であります。東京大空襲を受けて国民義勇隊の発足が閣議決定されて、そしてこれによって家屋疎開とかいろんな陣地構築等に動員をされたわけですが、それを決定的にしたのは、沖繩が陥落いたしまして、六月東京の空襲下において臨時国会が開かれて、そして国民義勇兵役に関する法律ができた。戦局がだんだんと緊迫してくるに従って、国民義勇兵役法ができて、十五歳以上六十歳までの全部の国民は兵役に従う者以外は戦闘に参加する、そういう刑事罰をつけた法律をつくった。きわめて簡単な法律です。そして施行するに当たっては勅令や政令全部を整備してある。そういうのはまさに、当時艦砲射撃その他もあったけれども、空挺部隊がおりてくるという想定もあったけれども、そういう状況の中における民間の戦闘協力体制というものは法律的にきちっと規定されておったのではないか。そういう点を私はいままで法律に基づいて追及をしてきたわけであります。附帯決議は、その点についての実態調査は十分するような措置をして、そしていわゆる戦争犠牲者に対する救済措置について遺憾なきを期する、こういうことであったわけであります。私の見解に対して政府はどう考えるか、お答えいただきたい。
○河野(義)政府委員 援護法の処遇の対象にいたしておりますのは、先生御指摘がございましたように、まず一つの要件は国との使用関係あるいはそれに準ずる関係があるということと、それから具体的に戦闘、戦争公務によって傷病にかかるとか死亡する、こういうのが基本的な考え方でございまして、それにつきましていろんな場合を考えまして処遇をしておるわけでございます。
 その一つが戦闘参加者でございます。戦闘参加者と申しますのはどういう場合に援護法上処遇をいたすかと申しますと、国との特別権力関係、特別の関係につきましては、戦闘について軍から何らかの形で要請があった、その要請に基づいて実際に戦闘行為に参加した、こういうわけでございまして、先ほどの国民義勇兵役法が昭和二十年六月二十三日に施行されたわけでございます。
 もちろんこれが施行される状況と申しますのは、本土が戦場になるおそれがあり、非常に急迫した状態にあったからでございます。幸いにして、いわゆる内地におきましては上陸して戦闘が行われるということには至らなかったわけでございますが、この場合におきましても、ある一つの時期を画してそれ以降は戦闘参加者としてとらえるという考え方ではなくして、たとえば先生のお話にございましたように、昭和二十年の三月九日の夜から十日にかけての東京大空襲とか、あるいは国民義勇兵役法が施行されました二十年六月二十三日以降とか、そういう時期はあるいは目安にはなるかもしれませんが、要するに戦闘参加の実態があったかどうかということで判断して援護法の適用をする、こういうことになるわけでございます。
○大原(亨)委員 依然としてそういう答弁を繰り返しているわけだ。それはなぜかというと、昭和二十八年に、これは二十八年だと思うのだが戦傷病者戦没者遺族等援護法をつくった。そのときに、旧防空法の関係と義勇隊の関係についてどこかで線引きをしなければならぬことになった。それで、旧防空法の関係で、空襲その他に対して、防空業務はむろん、家屋疎開とか食糧増産とか全部が総動員法で総動員業務であったわけですから、線引きをしないで民間の一般国民を権力で戦闘に動員するということになると、非戦闘員を戦闘に参加させたということで、参加させた当時の内務大臣とかそういうふうな者は、官僚知事その他全部そういう者は戦犯として追及を受ける、そういうことで線引きをした。そしてこの資料を一部隠した。私が指摘するとおり隠した。そこで線引きをした後に、私もずっと指摘をして、昭和四十九年に警防団、医療従事者、こういう者がここへ追加された。これは防空法のカテゴリーに入るものである。しかし、それをやるならば、旧防空法は全部職場や地域において軍の命令に協力いたしてやっておったわけですから、空襲というものがあったならば、これは戦闘参加である。その一部を端的に決めたのが三月二十二日の閣議決定、国民義勇隊に関する件である。当初二十八年につくったときには三月二十二日閣議決定というふうになっておったけれども、二十二日は閣議決定はなかったということを私は全部資料を出して指摘した。それで二十三日に直した、そういう経過がある。そういうふうに資料を隠しておいて、そして言うなれば、戦闘協力者と一般国民がボランタリー、自発的にやったのだということで線引きをした。しかし、一部は是正した。それをずっと追跡するならば、国家賠償の原則あるいは国家補償の原則で戦争犠牲者を救済する際に、公務員とかあるいは軍人軍属、準軍属という直接的なカテゴリーもあるだろう、範疇もあるだろう。しかし、たとえばこれから言うところの原爆による被災などというのは、原爆によって戦闘の継続を断念した者で、言うなれば、原爆の犠牲を担保にして戦争を終結して、多数の国民の非常に戦闘を激化させる状況を避けるため、そこで一つの戦争終結の決断をすることになった。そういう原爆の被害者に対する問題、これは放射能障害がある。その問題と一般戦災者も含めて、これは後で金子委員から説明があるけれども、やはり薄い厚いといういろいろな対象による特殊性はあるけれども、国としては国家補償の精神において一定の措置をすることが当然ではないかという議論を展開してきたところであります。
 私はこれ以上のことについては、いまの機会には申し上げません。時間がありませんからやりませんが、そういう状況を考えたならば、戦闘参加者というのは直接銃をとって戦闘することだけじゃないのだ。これは国民義勇隊の仕事の中にもあるように、あるいは戦闘協力者の仕事の中にもあるように、水をくんだり食糧を運んだり、本土においては飛行場をつくったり、空襲があったならば職場でも地域でも防空隊をつくって出動して、そして国の主権を守る、こういうふうなことを軍の協力でやる。もし空挺隊等で向こうの軍人がおりてきたならばすぐ戦闘に協力する、そういう体制をとったのが、法律的に全部の制度が完備したのが、六月二十三日の国会で議決になった国民義勇兵役法である。だからこの問題について、附帯決議にあるように事実を追求して、事実に即して、国民から見て常識に沿うような戦争犠牲者の救済法をつくるべきであるということを私は主張してきたわけです。この主張は撤回するわけではありません、引き続いてやってまいります。
 そこでもう一つの問題は、戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するに当たって、端的に私は聞きますが、原爆被爆者の医療法と特別措置法に基づく認定疾病の被爆者で、軍人や軍属や準軍属として障害を受けたりあるいは死亡した人の遺族、そういう者に対しましては、認定疾病を持っている被爆者については、これを業務中の疾病という認定の仕方をしているか、その点についてお答えをいただきます。
○河野(義)政府委員 軍人軍属としての身分を持っている方で、それぞれ任務を遂行中に原爆によって倒れられた方につきましては、恩給法あるいは援護法の遺族年金あるいは障害年金、そういった援護の措置の対象になっておるわけでございます。
○大原(亨)委員 もう一回聞きますよ。いままでにこの原爆医療法に基づいて認定疾患の被爆者と認定をされた人が、累積をいたしまして七千四百七十五件あるわけです。その人がもし軍人軍属、準軍属の身分がある人であるならば、全部援護法の対象になっていますか。
○河野(義)政府委員 先ほど申しましたように、まず援護法に限って申し上げますと、軍人あるいは軍属で特別のそういった関係にある人は援護法の対象になるわけでございまして、まずそういう要件を満たして、かつ公務の遂行中あるいは公務に関連しまして、原爆によって死亡あるいは傷病になられて障害を残された方につきましては、援護法上の処遇をすることは当然だと思います。
○大原(亨)委員 もう一回聞きますよ。つまり昭和二十年八月六日に、広島の場合でしたら広島で原爆を受けた人が、最近認定疾病の指定を受けて死んだとしますね。その人は戦傷病者戦没者遺族等援護法で、もし軍属であるならば、準軍属であるならば、これは指定になりますね。
○河野(義)政府委員 基本的には、先ほど申しましたように、そういう一定の身分関係がありまして、原爆に起因して死亡とかあるいは傷病にかかった場合には援護法の対象になるわけでございますが、いろいろ個々のケースによって事情も違うわけでございますので、具体的には個々のケースごとに判断せざるを得ない、かように考えております。
○大原(亨)委員 私がいろいろと関係いたしましたたとえば警防団や医療従事者について、昭和四十九年につくりまして現在まで、適用者が全国で千五百三十八名ほど遺族給与金をもらっていて、弔慰金は二千三百八十一件ほどあるわけですが、その適用を受けようとする際に、原爆症について援護局は非常に理解が足りない。一般の焼夷弾とか艦砲射撃等でありますと、被害を受けまして時間がたつに従って治癒していく。しかし、これは放射能障害が残っておるから、後遺症があるから、そういうことで後になって認定を受けて、そして不幸にも死亡される、こういう事態があった場合には援護法の適用をなかなかしない。
 特に一番問題なのは、放射能の特殊事情からいって、たとえば直接放射能をたくさん受けた人はほとんど死んで、爆心地から中心のところは一割か二割残っておる、その残った人が、五百メートルあるいは一千メートルの範囲ですと、政府やABCCその他の資料、大学の資料でもわかるのですが、たとえば脱毛する、それから歯ぐきから血が出る、血尿、血便、こういう状況がある。それをある程度繰り返す、あるいは習慣的にずっとそういう状況になって一週間ぐらいで、一キロ以内の人はたくさんの放射能を受けているから、中を越えることができない者は死んでしまう、そして後に残った人で生き延びる人が若干あるというふうな状況で、今日までずっと生きた人がいろいろな症状がある。その症状は、医療法によると、原子爆弾の傷害作用に起因する疾病というふうに認定をするようになっている。傷害作用に起因しているのだから、うんと後になってそういう認定の条件が起きてきても、当然に戦傷病者戦没者遺族等援護法で、そういう身分上の規定のある者については適用を受けるはずである。であるのに、当時の医学の常識からいうと、血便が出ると腸チフスだ、こういう診断を死亡診断書にやった人がある。それから呼吸器系統、結核系統の病気だというふうな、空気の放射能ですからそういう診断をしたのもある。当時、戦争直後は原爆の傷害ということがわかっていなかった。こういうこと等を類推をしてみて、明らかに原爆の傷害に起因するということであるならば、これは援護法の適用をすべきである。軍人軍属準軍属の適用に当たってすべきである。公務による傷害、疾病、死亡というふうにすべきであると考えるわけです。援護局はどういうふうに考えて処理をしておるか、お聞きいたします。
○河野(義)政府委員 原爆に起因する軍人軍属等の死亡あるいは障害につきましては、先生御指摘のように原爆医療と非常に密接な関係があるわけでございまして、部内におきましては、医学的な専門的な問題でございますので、公衆衛生局と十分連絡をして認定を行っておるわけでございまして、もし具体的なケースにおきまして特別何か納得できないというような事情がありましたら、また個別なケースとして十分検討はしなければならぬと思っております。
○大原(亨)委員 大臣にお聞きしますが、いまのような原爆症については、三十二年に医療法をつくって、また四十三年に、認定疾病の制度を中心として、特別措置法で特別手当を出すとか健康管理手当の制度ができて、それに対応する厚生大臣が指定する十一の疾病ができた。同じく特別措置法に、最近になりまして昭和五十年に、爆心地から二キロメートル以内の被爆をした人に対しましては保健手当を出すということにいたしておるわけです。
 その中心である認定の制度というものも、昭和三十二年以来、原爆による爆風や熱線や放射能によるそういう被害について、昭和二十年八月六日、九日当時はどさくさではっきり把握できなかった。そして二十八年に援護法が発足したそのときに、公務ということに関係をして一定の線引きをした。しかし、そういう公務の関係がある人であっても、原爆症による場合には、時間がたつに従って認定が非常にむずかしくなっておる。
 私が言っているのは、少なくとも認定患者というのは原子爆弾の傷害作用に起因するというふうになっているわけですから、これが一つ問題であるということば先般来議論していることですが、現行制度でもそうなっているわけですから、認定疾病の被爆者がそういう身分関係を持つ場合においては、当然これはそれに基づく障害、疾病、死亡というふうに認定をして、遺族に対する措置もきちっとすべきである、こう考える。その点を発足当時の、公務との関係とか障害等々について関係があるとかないとか時間がたっておるということは、この場合については言えないのです。従来からの被爆当時からの経過をずっとたどって初めてわかることである。そういう点を十分加味して本援護法の適用をすべきであると思うが、ひとつ総括的に大臣の御答弁をいただきます。
○橋本国務大臣 いまの大原委員の御指摘は、私も一般的にそのとおりであると思います。当然そうあるべきであろうと思います。それだけに、いま援護局長にそうしてないのかと言って尋ねてみましたところ、しているつもりでございますという返事が返ってまいりましたので、私は、いまの大原委員の御質問は一般的にそのとおりだと理解をし、同時に、個別ケースにおいてなお具体的に問題のあるケースがありましたならば、それこそ再審査の道があるわけでありますから、そうした中で努力をしてみたいと思います。
○大原(亨)委員 その問題は、原爆二法で中心的な役割りを果たしている認定被爆者の実情ですが、援護局長もちゃんと並んでおってよく聞いておらぬとだめですよ。やっておるつもりだと言うけれどもやってないのだ、君のところは。私が個々のケースを挙げると時間がかかるから、やらないけれども。これは原爆に関係があるとかないとか言って現在の症状だけをとらえてやるので、非常にトラブルが起きている。その点は十分注意して、公衆衛生局等と十分相談してやってもらいたい。相談する、相談すると言うだけで何も相談しておらぬ、そういう実績があるから私は指摘をしておきますが、せっかく大臣の答弁がありましたから、前に進みます。
 認定被爆者の現在の患者数は何名か。そして、いままでずっと認定してきた被爆者の総数は何名か。認定被爆者の中で三十二年に制度が発足して以来死亡した人は何名で、その中で認定書が返還されたのが何名であるか。これをお答えいただきます。
○田中(明)政府委員 現在といいますと、私ども把握しているのは昭和五十三年の九月末現在でございますが、認定被爆者の数は四千百八十六名でございます。認定被爆者として現在までに認定いたしました累積の数は七千四百七十五名でございます。そのうち、三十二年から五十三年九月末までに死亡いたしまして、認定書が返還されました数は千八百五十七でございます。
○大原(亨)委員 これは事実を簡潔にお答えいただきたいのですが、総合計いたしまして七千四百七十五件の累積があるわけですが、死没者が千八百五十七件ということになると、七千四百七十五件から千八百五十七件を引きますと四千百八十六人にならぬわけですね。それは簡単に言ってどういう理由ですか。
○田中(明)政府委員 先生御指摘のとおり、その間にギャップが千四百三十二あるわけでございますが、このうちの一番大きなものは、疾病が治癒いたしまして認定書が返還されたものでございます。ただし、それだけではございませんで、死亡された方等で返還がされてないというようなケースもあると考えておりますけれども、その点はっきりと把握しておりません。
○大原(亨)委員 これは事実が追跡をされてないわけですけれども、もう少し細かに追跡をしてもらいたいと思います。
 それから、最近の年間の認定患者の死亡者と新しい認定者の数を対比した数字がありましたら、お答えいただきたい。
○田中(明)政府委員 年度の数といたしましては、一番新しいのは昭和五十二年度でございますが、五十二年度の年間の死亡者数が百二十二名でございまして、その間におきまして新規に認定されました患者の数は六十二名でございます。したがいまして、六十名の差がございます。
○大原(亨)委員 さらに、この問題に関係をいたしまして調査を要求いたしておったわけですが、その点についてお答えいただきたいのですが、広島、長崎の両市において爆心地から五百メートル、千メートル、千五百メートル、そういう近距離被爆者で、現在生存をする被爆者の数は何名でありますか。認定患者との関係で御答弁をいただきたいと思います。つまり、放射能をたくさん受けた人々は、たとえば四百レムは半致死線量というふうに言われる。七百レムの放射能を全身に受けると、これはほとんど一〇〇%近く死ぬ、こういうふうに言われる。そういう観点で、現在生きている人、被爆者、これは当然被爆手帳をもらっているのですが、被爆者の数をお答えいただきたいと思います。
○田中(明)政府委員 広島、長崎におきまして被爆者手帳を交付されました人のうち、一キロ以内で直接に被爆いたした方の数は、広島におきましては四千二十一名、長崎におきましては千四百二十七名、計五千四百四十八名でございます。それから一キロを超えまして二キロまでの地域におきまして直接被爆を受けました方の数は、広島におきまして三万四千二百七人、長崎におきまして八千三百二十九人、合計しまして四万二千五百三十六名でございます。
○大原(亨)委員 爆心地に近いほど現在の生存者が非常に少ないわけです。五百メートル、千メートル、千五百メートル、二千メートルというふうに切ってみますと、非常にはっきりわかるわけであります。私は先般来分科会等で議論をしてまいりましたが、これは援護法にも関係いたしてくるわけですが、現在の認定制度についていろいろ議論をいたしまして、最終的に大臣や政府委員の答弁があったわけであります。で、事務当局の認識において、認識というかいままでの法律の適用を進めてきた場合において、反省すべき点があるのではないかという点を私は指摘をいたしたわけですが、その点について、公衆衛生局長の答弁は私を十分納得せしめるものではなかったということであります。もちろん、大臣答弁を踏まえましてこれから政府がどうするかということについて、これは大きな問題であります。
 援護法との関係でも指摘をいたしましたように、現在の原爆二法による認定制度というのは、言うなれば原爆二法の中心的な役割り、内容を持ったものであります。この制度の一番大きな問題は、傷害作用に起因する疾病を認定する際に、被爆者の立場から考えてみてもはっきりわからない。申請書主義でありますから、申請書を書く医者の立場からもなかなか明確でない。具体的な実例を先般来私も指摘いたしておりますが、そのことから示すように、実際に厚生省で医療法に基づく医療審議会の審査を経る過程、手続においても、これは非常に欠陥があるものではないか。たとえば原爆の傷害作用に起因するという認定疾病とは何かということについて、だれもがわかるように明確に規定してない。この点についてもう一回ひとつ公衆衛生局長の方から明快な御答弁をいただきます。
○田中(明)政府委員 認定疾病につきましては、被爆者の方が病気にかかられましてこれが原爆に起因するというふうに考えられました場合に、その疾病を原爆によるものであるというふうに認定してほしいという申請が厚生省に出されまして、その申請に基づきまして、専門家の方々による委員会において、病気の種類あるいは被曝線量の多寡あるいは被爆当時の年齢等いろいろ勘案されて、専門的に認定しているところでございまして、特にこれとこれとこれが原爆による認定疾病であるというようなことは医学的に特定することはできませんので、個々のケースにつきまして専門家が判断しているところでございます。
○大原(亨)委員 これは大臣もよく事実を理解してもらいたいということですが、いまのお話のように、つまり最終的には医療審議会において、権威のある審議会ということで、そこで個々のケースに当たって、どの疾病ということではない、白血病とか白内障とかがんとかいうふうなもので、概して言うならば非常に危険度の高いものでありますが、そういう個々のケースにわたって判断をしていくのだということになると、原爆被爆者の立場に立って申請しようとする場合も、あるいは開業医等その他第一線の医療機関の場合でも、申請書について時期を失しないで出すということが、個々のケースですからなかなかむずかしい。個々のケースを判断すると一緒に、いま申し上げた年齢とか被曝線量、距離等を判断するというふうになっておるわけでありますが、個々の疾病のケースについて判断していくわけですから非常にむずかしい、また非常に時期を失することがあるのではないか、こういうことであります。広島、長崎には軍人軍属、準軍属等含めてたくさんいたわけですから、そういう場合を一つとって考えてみましても非常にむずかしい。しかし明らかに原爆によって今日まで長い間ずっと苦しんで、最後にこういう病気で死んだということは、だれが見てもその周辺の人は間違いないという人の場合も、法律的になかなか原爆二法による認定制度自体が保護していないのではないかという点は残るわけであります。ですから、この問題について発想の転換をすべきではないかということを私どもは従来から指摘をいたしておるわけであります。
 先般私が指摘をいたしましたが、これは広島地方その他でも、全国的にも大きなショックになったわけですけれども、畠中敬恵さんという五十八歳の方は、三カ月の胎児で原爆小頭症で認定を受けた患者があるのに、母親は認定をされていない。先般十二月二十六日に亡くなられたわけですが、これは骨転移がんという症状で認定をされておるわけですね。しかし認定をするに当たっては、骨髄液を検査していないのではないかという点を審議会は指摘をいたしまして、その手続が済んで認定するということになれば死んだ後の認定になつてしまう、そういうことで、審議会等においては会長に委任の措置をとりまして、十二月二十五日に認定をした。手続は十一月の初めに出しておる。しかし出すに当たってもなかなか資料が整わない。がんではないかといって診断をしたところが骨転移がんということで、もう最終的な段階に来ておったということであります。
 その制度を振り返ってみますと、この畠中敬恵さんは七百三十メートル、一キロ以内で被爆をしている。大多数の被爆者というのは死んでいる。屋内におっても死んでいる。奇跡的に生き延びている人があるが、そういう人は直ちに頭髪が抜けたり、歯茎から血が出たり、吐血をしたり、血尿を出したり、そういう症状を呈している。それで、この人の場合は、背中に背負っておった長男は亡くなられた。これはしかし胃腸障害だという診断がなされている。今日で言えば明らかに認定疾患である。そして、その母親の母体の中で三カ月のときに被爆をして、いま三十二歳で、本当に知能指数もない、三歳以下だ、その人が、小頭症を認定患者に入れた昭和四十三年に認定をされた。しかし、そういう人を抱えて生きてきておりながら母親は認定をされていない。土壇場でこういう状況になった。こういうことは、いまの認定制度の非常に大きな欠陥を具体的にあらわしておるのではないか。ですから、戦争による認定の問題は個々のケース・バイ・ケースで認定をしていくという制度ではいけないのではないか一あるいはそれに類似した、われわれが明らかに推定ができるような条件で、もしくは疾病で死んだ人であっても、医者の誤診等あるいは別名の診断書等によって救済されない人がたくさんあるのではないか。ですから、それらのことを総括して締めくくって考えてみるならば、被曝線量や被爆距離を基礎にしてそして被爆者の認定制度や健康管理や手当の制度を運営していく、こういうことを基本にした考え方が必要ではないか、こういう点を指摘したわけです。それに対しまして公衆衛生局長の、いままでのことは慎重にやっておりて間違いないと思うけれどもということの意味の答弁があって、大臣答弁があったわけであります。議事録を読んでみますとそういうことになっておるわけであります。
 公衆衛生局長、事務当局は医療審議会の運営その他を通じまして今日までそういう欠陥を認めておるのかどうか。制度の欠陥を認めておるのかどうか。原爆の放射能によるそういう傷害作用というものについて、被爆者の立場に立ってこれを保護するという立場に立ったならば、これは欠陥があるのではないか。私はそうはっきり認めることが前提ではないかと思うわけです。その点について、速記はまだできておりませんけれども議事録に即して見てみますと、公衆衛生局長の、事務当局の理解に欠くるものがあるということを考えたので、その点を指摘しながらお答えをいただきたいと思います。
○田中(明)政府委員 先ほども申し上げましたように、原爆に起因する疾病の認定に当たりましては、疾病の種類あるいは被爆時の年齢あるいは被曝線量等を勘案しまして、専門家によって個々に認定しているわけでございますが、その際に、同じ疾病でございましても放射能に起因しないでも起こるものもございますし、あるいは医学的に全く放射能とは関連ないというような疾病もございますので、やはり私は専門家による審査が必要であると存じますが、先生御指摘の趣旨はまことにごもっともでございまして、被曝線量が非常に多いという場合には当然それに起因する疾病が起こりやすいということは考えられるわけでございます。また被爆者の方々が現在大分高齢に達しておりまして、がんその他の成人病を起こす方もかなりあらわれているというような実態もございますので、私どもといたしましては先生の御指摘の趣旨を十分勘案いたしまして、また広島、長崎等の認定資料を十分調べまして、さらに原爆医療審議会の意見も伺った上、先生御指摘の御趣旨を生かすべく努力してまいりたいと存じます。
○大原(亨)委員 やや具体的な答弁であります。
 私が申し上げておるのは、現行制度を全部否定するという意味ではない。原子爆弾の傷害作用に起因する疾病の認定は直接被爆者、瞬間被爆による被爆者だけでなしに、入市者その他においても残留放射能等の、条件によっては放射能障害を受けている人があるわけですから、疾病を中心に認定をしていくという制度があることは、発足以来変わっていないことが問題でありますが、これはいいと思うわけです。そういうことは広い意味でよろしい。これは保健手当と健康管理手当の関係と同じであります。しかし問題は、放射能を至近距離で受けて、そして周辺の状況その他において、あるいは被爆者のその後の健康状況等において、これは明らかに放射能を多量に受けてそして身体の構造に大きな影響を受けて、そして長い経過をたどって、土壇場で疾病認定だけの制度をするということになれば、致命傷がはっきりわかった段階で認定されるということになって、認定の制度が意味がなくなるのではないか。したがってもう一つ原則に返って、被曝線量の多い人ではっきりしている者についてはこれを前提として関連疾病を考えていく、疾病の幅を広げていく、こういう問題について十分な現実的な配慮をしながら専門的な検討を加えていただく、これが原爆二法を今日まで運営をしてみて、改善すべき妥当な方向ではないか、こういうふうに言っているわけであります。したがって、この指摘をした問題について公衆衛生局長がもう一回所見を述べられて、大臣の答弁をいただきたいと思います。
○田中(明)政府委員 先ほども申し上げましたとおり、先生御指摘の御趣旨は私どもとしても十分理解できますので、その趣旨を生かすべく、専門家の意見も聞きながら努力してまいりたいと存じます。
○橋本国務大臣 私、先ほどから大原委員の御指摘を伺っておりまして、一般論としてそのとおりだという感じがいたします。
 ただ、医学の分野の話につきましては私は素人でありますから、これは医療審議会等専門家の検討においていまのような御趣旨を十分に生かすような努力をしてもらいたい、私もそのように思います。
○大原(亨)委員 最後ですが、畠中敬恵さんの場合を考えてみますと、妊娠三カ月で被爆をした。その胎児がいま三十二歳になっているのですが、昭和四十三年に小頭症が認定患者に入ったときに認定疾病の指定を受けて、認定患者になったわけですね。そこで、母体の一部が認定患者になっておるわけですから、そのときにおいて母体である敬恵さんが認定されても不思議はないじゃないか。大臣、母体の一部の胎児が後で、時期はおくれましたが、制度が改善されまして認定患者になったわけですから、そうすると放射能の障害を受けているわけですから、そうすれば母体が認定患者になってもいいじゃないか。畠中敬恵さんは少なくともその段階において認定患者になってもいいじゃないか。現在原爆小頭症の人について、言うなれば当時胎児として懐妊されていた人が生まれてきて、知能指数の低い子供を抱えて、この子の将来をどうするかということで、いろいろな施策の改善を政府もしましたが、しかしたくさんの問題を残している。たとえば付き添いで治療を受けなければならない場合には一カ月に二十万円も三十万円もかかるわけですから、それ以上かかるわけですから、大変な子供を残しておるということになるから、施設の問題等もあるわけです。あるわけですが、認定制度から考えたならば、やはり七百三十メートルの至近距離で被爆をして、そして急性放射能の障害症状をずっと出しておる。そして自分の胎児が小頭症で認定されている。その母体が認定をされていないというのはおかしいじゃないか。私は水俣病で、三十四名の胎児水俣病で二十二名の母親は認定をされているということの例を言いましたけれども、これは熊本の場合ですが、原爆の場合だって、きのこ会という会をつくっておられますけれども、そういう措置をとってもいいのじゃないか。土壇場になって致命傷がわかってきて、そして亡くなられた後に認定書が届くというふうな、この場合も亡くなられた後に認定書が届いておる、そういうふうなことでは、認定制度としては、時間的におくれておるだけでなしに、制度が生きていないではないかということで、最初から議論しておる点を申し上げたのでありますが、たとえばそういう点は私はそういう処理をしてもいいじゃないかと思うのですね。これは時間もありませんから、大臣、ずばりとひとつ答弁してみてください。
○橋本国務大臣 私もこの間大原委員からそのお話を初めて伺いましたばかりでありますから、過去一体いつごろに認定申請をだされたかどうかその他、あるいはそれが却下された事実があるかどうか、そういった細かい事実についてはわかりません。ただ、この畠中さんの場合はたしか十一月の初めに申請を出されたというふうに、大原委員からの御指摘があったように思います。ただ、そういう事実関係その他の部分を別にして率直な感じを言えば、私も胎内にあるお子さんが原爆症として認定をされるような被曝線量を御本人も受けておられる場合、当然認定患者たり得る要件にはある、そのように思います。
○大原(亨)委員 協力いたしまして、一応これで終わります。
○森下委員長 次に、金子みつ君。
○金子(み)委員 私は、審議されておりますこの法案に関連いたしまして、初めに従軍看護婦の問題について一言だけ厚生大臣の御所感を承りたいと思うことがございますので、まずそれからお願いいたします。
 戦争中に戦地で旧陸海軍の戦時衛生勤務に従事した日赤の従軍看護婦に対しましては、前国会で日本赤十字社を通して毎年慰労金を支給するということが決定されまして、五十四年度の予算の中に八千六百万円ほどの金額を計上していただいたことでございますが、このことは、大変当然なこととはいいながら、ありがたいことであったと喜んでいるわけでございます。
 ところで、同じように戦争中に戦地で衛生勤務に従事した人たちは、必ずしも日赤の看護婦だけではなかったわけでございまして、同じように陸海軍所属の看護婦がおったわけでございます。陸海軍看護婦と称しておりますが、この人たちにつきましては何もございません。それで、赤十字社は、日赤の看護婦は自分たちの所属の人たちでありますから、言うなれば使用者の関係にあったというふうに考えられます。ですから、日本赤十字社はもう数回、何年も前から、この問題について
 そこで、私が考えますのは、旧陸海軍病院というのは戦後は国立病院になったわけですね。それで厚生省所管の病院になったわけです。ですから、言葉をかえて申しますれば、厚生省は旧陸海軍病院に勤務していた看護婦の親になったような感じでございます。あるいはまた、使用者としての関係が生まれたわけだというふうに理解できるわけでございます。ですから、旧陸海軍所属の看護婦たちにも、日赤の場合と同じような援護の方法を使用者の立場で厚生省は何かお考えになってしかるべきではないかというふうに思うのでございますが、お考えを聞かせていただきとうございます。
○橋本国務大臣 考え方の気持ちとして、金子先生の御指摘は私もよく理解ができることであります。ただ、一つには、私どもがいま御審議を願っております援護法というものの性格が、亡くなられた方の御遺族に対しての対応ということででき上がっておるものでありますだけに、私は援護法の体系にはこれは入らないと思うのです。ですから、むしろその限りでいくならば、その身分を引き継いだ国家公務員共済その他、共済制度の分野の話ではないか。対応するとすればそれしか方法がないような感じがいたします。
○金子(み)委員 この問題に関しましては、厚生省はそういうふうにお考えであるようですが、前回の場合には総理府の方で考えていただいたわけでありますが、総理府の方、来ていらっしゃいますか。――旧日赤看護婦の場合の措置にかんがみて、今度のいま私が申し上げた旧陸海軍看護婦に関しては同様の措置がとれるかどうか、御意見を述べていただきたいと思います。
○手塚説明員 先生ただいまお話がございましたように、昨年六党、各党の専門家の方々もお集まりいただいて、この問題を御検討されて、その合意といいますか結果もわれわれ政府として参考にしながら、ああいう措置をとったわけでございます。やはり既存の制度でどうこうすることはできないということで、現在予算で計上しております措置は、先生もおっしゃいましたように、日本赤十字社が自分の責任で赤紙召集をかけて、戦時救護事業ということで戦地に派遣した日赤の救護員に対して慰労金を出す、それに対して国が補助するという形をとっております。したがいまして、陸海軍看護婦の問題になりますと、内容的にいろいろ違う点がございます。この措置をそこまですぐ及ぼすということはちょっと考えられないというふうに思っております。
○金子(み)委員 きょうはこの問題についてはこれ以上いたしません。ただ、この問題については両方で、厚生省も総理府の方でも一応頭の中に入れて考えておいていただきたいと思います。
 それでは、いま審議されております法案に関連しまして、私は一般戦災者の援護について少し御意見を承りたいと思いますので、三、三質問させていただきたいと思います。
 太平洋戦争は、国家総動員法による体制下に、全国民が滅私奉公というような考え方、あるいは一億火の玉というような言葉も使われましたが、国のために全員で戦った戦争であったということはもう申し上げるまでもございません。
 ところで、この戦争の犠牲者に対して、政府は、国と一定の使用関係にあった者、軍人あるいは軍属のみを援護の対象として初めは進めてこられましたけれども、その後、本法の施行後、あるいは旧防空法の関係などの関連から、国と使用関係にないと言える準軍属の人たち、たとえば徴用令による被徴用者とかあるいは動員学徒であるとか警防団であるとか、あるいは先ほど大原先生のお話の中にも出てまいりました国民義勇隊とか、満州開拓義勇隊とかの隊員というような人たちにまでも、その範囲が順次広げられてきたという事実はございます。大変結構なことだと思っているのでございますけれども、それでもなおかつ、一般市民である戦災傷病者は除外されて今日に至っているということも事実でございます。
 そこで、この一般戦災者の問題でございますけれども、武器を持たない全くの無抵抗の非戦闘員である一般国民というのは、もうもっぱら被害を受ける一方であったということは事実でございますし、本土におりました銃後の国民たちも大変多くの犠牲者を出しております。本土もついには戦場と化したと私どもは考えましたし、国民のみんながそのように考えていたわけです。銃を自分の手にとって戦いませんでしたけれども、爆弾は受けるし、焼夷弾は落ちるし、艦砲射撃は受けるし、もっぱら一方的に攻め立てられて、そして死亡者を出し、傷病者を出し、戦災犠牲者というのは当時四十数万、東京だけでも十何万というふうに言われていたわけでございます。
 ところで、先ほど大原委員の質問に対しての政府側の御答弁を伺っておりましたところが、本土は戦場ではない、だから本土で、銃後で戦った、防空活動をした人たちに対しては対象として考えることは何もないというふうに言われたのでありますが、では、戦場というのは何でしょうかというふうに私はお尋ねしてみたいと思うのです。
 時間がございませんから、関連した質問をまとめて申し上げますので御答弁いただきたいのですが、そういう考え方から発想いたしますと、では、本土、銃後におりました国民たちは自分たちの意思で、みずからの意思で勝手に戦闘に参加したというふうに考えるのでございましょうか。これはどういうふうに考えていただいたらいいでしょうか。もしそういうふうな考えでいらっしゃるとするならば、旧防空法、昭和十二年につくられておりますが、この防空法の三条に、主務大臣は勅令の定めるところにより、防空上重要である事業または施設につき、行政庁にあらざる者を指定して防空計画を設定せしめることができる、そう書いてある。その三条を受けて十二条に「市町村長若ハ第三条第一項ノ規定ニ依ル防空計画ノ設定者ノ為ス防空ノ実施ニ従事スル者」云々というのがあるわけでございます。ここで、その従事する者が防火をなしあるいはこれに協力したために、けがをしたり病気になったり死亡したりした場合は、扶助金を給すべしというふうに書いてあるわけですね。これから見ますと、役人でもない、軍人でもない民間の人を指定して防空計画を設定させる、これは、あの当時のことでございますと、民間の町内の警防団の人たちというふうに考えられます。この警防団によって組織された隣組の一般の銃後の国民、それから国防婦人団とかそういった人たちがみんな防空活動をやったわけでございます。そういうのは全然関知しないというふうにお考えなんでございましょうか、御意見を承りたいと思います。
○河野(義)政府委員 援護法の処遇の対象になるための要件は、いま先生がお話しになりましたように、まず軍人とかあるいは軍属のように国との間に使用関係があるわけでございますが、そのほかそれに準ずるような関係、準軍属でございますが、国との関係に特別な権力関係があって、かつ公務に起因して死亡するとかあるいは傷病にかかった場合に、援護法の対象として処遇するわけでございます。
 いま、そういったことから考えまして、一般民間の方々も戦争、空襲等によりまして生命、財産の犠牲を強いられたわけでございますが、そういう方々に対しましては、私ども心情としては同情申し上げるわけでございますけれども、いま申しましたような前提がございまして、援護法上の対象にするわけにはいかない、こういう基本的な考え方を持っております。
 そこで、具体的に警防団活動につきまして取り上げられたわけでございますが、警防団員の活動につきまして準軍属として処遇することといたしましたのは、昭和十六年の防空法の改正によりまして、防空法の六条第二項によりまして、防空の実施につきまして特別の教育、訓練を受けた方、いわゆる幹部の警防団でございますが、そういう方が地方長官の命令によりまして防空活動、公共防空に従事されまして死亡その他の傷害を受けられた場合に、準軍属として処遇するわけでございます。
 それ以外にも、いまおっしゃるように、警防団令に基づきましていろいろ防空活動に従事された方があるわけでございますが、そういう方につきましては、国との使用関係あるいは特別な権力関係と申しますか、そういった関係が、いま申しました防空法に規定する幹部警防団に比べまして国との間にそういった関係がないということで、援護法上の対象にはなっていないわけでございます。
○金子(み)委員 もう一つ返事をしていただきたいことがありました。戦場とは何ですか。
○河野(義)政府委員 戦場という定義でございますが、これはなかなかむずかしいと思いますが、援護法上、戦場というふうに言っておりますのは、一つは、ある地域を指定いたしまして政令で定めまして、そこにおきまして軍人軍属が傷病にかかった場合に、因果関係の立証を要せずして公務としての処遇をすると、こういう一つの制度がございます。
 それからもう一つは、準軍属の中に戦闘参加者という規定があるわけでございますが、その場合に、軍の要請に基づきまして戦闘に参加した場合に、いわゆる戦場とか戦闘ということが問題になってくるわけでございます。その場合におきましては、実際に軍の要請、その要請もいろいろの形態があると思いますが、軍の要請に基づきまして軍の戦闘活動に協力し、参加した場合に準軍属として処遇する、こういう場合があるわけでございまして、先ほど大原先生がおっしゃいました、たとえば昭和二十年の三月九日の夜から十日にかけての東京の大空襲とか、あるいは国民義勇兵役法が施行されました六月二十三日でございますか、そういうある一つの時期を画して、本邦が戦場になったというふうに考えるべきだ、こういう御意見がございましたが、それに対して私が申し上げましたのは、準軍属として戦闘参加者として処遇する場合の問題でございますので、要は、その個々の実態が軍の要請に基づきまして戦闘に参加したかどうかということであります、というふうにお答えしたわけでございます。
○金子(み)委員 何だかわかったようなわからないような気がするのですが、正直申し上げてちょっとわからないですね。局長の上手な言葉でごまかされたような感じもしますけれども、どうもはっきりいたしません。根拠法令をきちっとさせていただきたいと思うのですけれども、いま局長の御答弁を伺っておりますと、戦場とは何だという定義が一つもはっきり出てこない。そして地域を指定するとおっしゃいますが、地域指定というのは一体だれがどういうふうにしてするのかもわからないし、戦闘に参加すると言われましたが、戦闘というのもわからないわけですね。そして一番おしまいにおっしゃったのは、軍の命令によって戦闘に参加した者は、警防団とかあるいは義勇隊ですか、その人たちは準軍属にしたのだというふうにおっしゃるのですが、軍の命令で町会なんかの地域の警防団もやはり防空活動を計画したわけです。そして訓練もやはりしたわけです、一般国民に対してですね。そして空襲されたときには防空活動というのをやったわけです。それをやったのですから、考えてみれば、国民が全員義勇隊の隊員だったのじゃないかというふうに考えられますね、いまのお話を伺っておりますと。そういうふうに考えていいのじゃないでしょうか。
○河野(義)政府委員 ちょっと私、説明不足の点がございましたが、警防団の活動につきまして、特定の教育訓練を受けました幹部警防団員が、地方長官の命令で防空活動に従事した場合ということを申し上げましたのは、まず地方長官から、その有資格者に対しまして従事令書という命令書が出されるわけでございます。
    〔委員長退席、竹内(黎)委員長代理着席〕
そこでその身分関係がはっきりするわけでございます。身分関係の実態は、その防空活動の実施につきましていろいろ命令違反等がありますと、強い罰則の規定があるわけでございます、懲役六カ月以下とか罰金の規定など。そのように、国との間に非常に強い強制力とか拘束力があるわけでございます。他の警防団その他の方々の協力もりっぱな行為でございますけれども、そういった制度的な強制力とかあるいは拘束力がないわけでございまして、援護法は、先ほど申しましたように国との間にそういった特別権力関係がある方につきまして対象として取り上げておる、こういう制度の仕組みであるわけでございます。
○金子(み)委員 どうもよくわかりません。私よっぽど頭が悪いのですね。
 軍の命令で、それが都道府県長官を通して民間の警防団のところへおりていって、そして民間の警防団がその防空活動を計画する、そこまでは使用者関係があるというふうにおっしゃっておるわけですね。ところが、民間の警防団が計画したあるいは組織した防空活動に従事した一般国民は何の関係もない。それでいいでしょうか。自分で好きこのんで防空活動をやったわけじゃないですね。頭の上に火の粉が振りかかってきて、そしてそれを払いのけるためにやったという問題ではなくて、一定の組織された動きをしているわけですね、銃後の国民たちは。それでもやはり何の関係もないというふうにおっしゃるということは、余りにも差別的な取り扱いだというふうに考えられてもやむを得ないのじゃないでしょうか。どうしてそういうふうに区別、差別をなさらなければならないのです。
○河野(義)政府委員 援護法におきましては、先ほど申しましたように、国との間に使用関係あるいはそういった強力な関係がある方につきまして、これらの方が戦争公務によりまして死亡あるいは傷病にかかられた場合に使用者の立場で補償しよう、こういう趣旨でできている制度でございますので、そこにそういった国との間に一定の関係があるということが要件になるわけでございます。しかし、国との関係もいろいろ段階がございまして、微妙なある一定のところで線を引くわけでございますが、警防団につきましては制度的に、地方長官が特定の資格を持っている方に従事令書を交付しまして、そして公共防空の実施に従事させる、そしてそれにつきまして強い罰則の規定で拘束する、強制する、こういう関係があるわけでございまして、その点におきまして銃後の方々とは、何らかの形で防空とかあるいは消火に協力はされたと思いますが、いま申し上げた点におきまして違いがある、わけでございます。
○金子(み)委員 線引きのやり方が大変に不本意だと思うのですが、警防団まででそこで線を切っていらっしゃる、その辺納得できませんけれども、いつまでもこの問題にかかわってもおられませんので、この辺でとめますが、しかし、一言大臣にお尋ねしたい。
 こういう問題は、この法律に基づくか基づかないかということは政府のお取り扱い上問題が起こるのかもしれませんけれども、しかし、先ほど来お話が出てまいりましたようにだんだん範囲を拡大してきていますね。範囲を拡大してきているのでありますから、その範囲の拡大と関連させて、
 一般の銃後の国民の人たちに対する何らかの援助、援護の方法を考えるべきだとお考えになりませんか。いや、それはもうよろしいんだ、国との直接の使用者関係はないのだから、結果的には勝手にやったことになるのだというふうに判断をするのでございましょうか。その辺を一言。
○橋本国務大臣 先ほどから御議論を伺いながら考えておりましたのですが、実は私は当時小学校の二年生でありまして、当時の状態自体がよくわかりません。はっきり申し上げて、当時の状態自体がよくわかりません。それだけに、お話を聞いておりまして、どちらの言い分がどうなのか、自分でも判断に苦しんでおります。ただ、やはり法律上は、私は、国との間の何らかの関係というものが一つの線引きになるということはやむを得ないのではないだろうかという感じもいたしております。
○金子(み)委員 大臣はお逃げになった感じがします。だから、線引きの話もさることながら、私が伺いたかったのは、こういう方たちに対する何か援護の方法を考えるべきだとお考えになるかどうかということをお尋ねしたのです。事情がよくわからなかったら親御さんにでもお聞きになってください。――私は大臣に伺いたいのです。
○河野(義)政府委員 ちょっと私、先に……。
 援護法におきましては、いま申しましたように、そういう使用関係あるいはそれに準ずる関係がある方々に対しまして、使用者としての国の立場に立って援護の措置を講ずるわけでございますが、それ以外にも気の毒な方がたくさんあるわけでございますが、これらの方々につきましては、従来から一般の社会保障の充実強化ということで対応してまいっておるわけでございます。今後もその方向で、社会保障の充実強化に努めてまいらなければならない、かような考え方を持っておるわけでございます。
○橋本国務大臣 いま金子委員からのお尋ねを実は法律上のお話として承ったものですから、私はよくわからぬと申し上げました。ただ、現実に一般戦災による傷病者に対して何らかの方法を考えるべきではないかというお話であれば、私は違ったお答えを申し上げたつもりであります。ですから、その部分を補足させていただきたいと思います。
 本委員会においても、従来から一般戦災による傷病者に対しての問題というものは何回か取り上げられてまいった経緯、私も存じておりまして、四十九年度及び五十年度の厚生行政基礎調査の中における障害者数等基礎的事項の調査という中である程度の調査をし、同時に、五十年度の身体障害者実態調査の一環として戦災障害者についての調査をしようというところまでいった、話が進んだわけでありますが、あの時点におきましてはいろいろ他の問題等もありまして、これが実施できなかったという状態がございました。五十四年度におきまして、そうした過去の経緯をも踏まえ、当時問題になりましたような点にも配慮をいたしながら、再び実態調査を行おうといたしております。その中におきまして一般戦災による傷病者の問題の調査等も実施してまいり、それを踏まえて今後考えてまいりたい、いま私はそのように考えております。この点、補足をさせていただきます。
○金子(み)委員 いまの実態調査の件でございますけれども、いつおやりになりますか。
○河野(義)政府委員 身体障害者の実態調査の一環としまして、戦災障害者につきまして実態調査を考えておるわけでございますが、現在御審議されております五十四年度予算案にそれが計上されております。五十四年度予算案が成立しましたらできるだけ早く内容の検討に入りたい、かように考えております。
○金子(み)委員 その実態調査と、昨年の参議院における社会労働委員会のこの法案が審議されましたときの附帯決議がございますね、この附帯決議と関連がございますでしょうか。
 と申しますのは、この附帯決議は昨年でもう五回目になるんですね。そもそも、四十八年に参議院で社会党の須原議員、いま故人でございます須原議員が単独法を提案されたのが、審議未了で廃案になったわけですが、そのときに附帯決議がついているのです。そのときについた附帯決議と同じ内容の附帯決議が、この法案を審議する都度参議院におきましては附帯決議として採択されてきているわけです。五年間も同じ附帯決議が毎回毎回採択されてきているのに、ひとつもそれを実施しておられないわけなんですけれども、政府ば、附帯決議というものは余り大したことないから取り扱わなくてもいいと、軽視したお考えをお持ちになっていらっしゃるんじゃないかと思うのです。この附帯決議といまの調査の内容と結びつくかどうかということなんです。
○橋本国務大臣 五十三年四月二十日、昨年の援護法改正の際の参議院の附帯決議の一番最初に「一般戦災者に対し、戦時災害によって身体に障害を受けた者及び死亡した者に関する援護の検討を目途としてその実態調査を実施すること。」とございます。これを踏まえての調査をいたしたいと考えております。
○金子(み)委員 まる五年たって六年目に、やっと実現できるというふうに理解できますね。もうこの次からこの附帯決議がつかなくてもいいということになるわけですね。ちゃんと実態調査をしてくださる、その実態調査に基づいて措置していただくことができるであろうと期待を持ちたいと考えます。
 そこで、総理府が来ていらっしゃいましたらお尋ねしたいことかあります。――総理府は、これはことしだけでなく、五十二年、五十三年、五十四年と予算を組んで、一般戦災者に対するものかどうかよくわかりませんが、戦争に関する史実の調査というのをするように計画を進めていらっしゃると思うのですが、そのことは、結果的には将来、一般戦災者に対する援護に関して参考となるような基礎資料になり得るものでしょうか。それを教えてください。
○小野(佐)政府委員 お答えいたします。
 総理府で昭和五十二年度から実施いたしております調査は、戦災犠牲者の慰霊に資することを目的とした調査でございます。
 昭和五十二年度におきましては、戦災をこうむった当時の戦災都市の概況、人口でございますとか空襲時の状況あるいは戦災被害の種類、被害の状況といったようなことを調査いたしました。それから五十三年度におきましては、一般戦災死没者の方々の慰霊碑、慰霊塔の実態調査、それから戦災当時の故人が記録されました戦災日誌とか戦災の体験記録等を収集いたしまして、これを本にまとめまして後世に伝えようといったことを委託調査で実施しているわけでございます。
○金子(み)委員 いま一般戦災者に対する援護の問題を論議しているわけですけれども、そのことがそのための根拠になるような基礎資料になり得るかどうかということをお尋ねしているのです。
○小野(佐)政府委員 いま申し上げました調査は、戦災を受けた都市での既存の資料を主として集めておりまして、被災の状況につきましては、たとえば当時の死傷者の数でございますとか負傷者の数といったものは大体出てまいると思いますが、具体的なお名前のたぐいにつきましては、わかる場合もあるしわからない場合もある。悉皆調査でございませんので、そういう点まで明らかになるということはちょっと期待できないという状況でございます。したがいまして、一般戦災傷病者の方々に対する援護のための施策に直接役立つような調査は含まれていないというふうに考えております。
○金子(み)委員 役に立たないということはわかりました。それに一千五百万円もお金を出すのはもったいないと思いますけれども、そうしたら、いまの資料は、役に立つのだったらそれを使われればというふうに思いましたが、どうもだめなようでございますから、厚生省は独自に、この附帯決議の趣旨に沿って調査をしっかりとおやりにならなければだめじゃないかと思います。
 それから、最後になりますが、先ほど来話を進めておりますと、いま審議しておりますこの法律に関しては死亡者だけを対象にしているから、死亡者が起点になっているからというふうにおっしゃっておいでになって、存命する障害を受けている人たちについてはこの法律ではなじまないんだというふうに御説明がありました。そうであるとすれば、新しく何か考えてもいいはずでございますよ、これでできないんなら。何か考えたいと思うんだったら、この法律でなく、何か考えてみる必要があるんじゃないでしょうか。
 たとえば、西ドイツは日本と同じように敗戦国です。西ドイツでは戦争犠牲者の援護に関する法律というものがつくられていて、これは昭和二十五年、終戦後すぐですが、公務傷病と同視すべき傷病の範囲というものを大変広い範囲に規定しましたから、援護の手は一般市民の犠牲者にまで及んだ。その数は、昭和二十九年の末でございますが、四百十五万というふうに報じられております。こういうことだってやろうと思えばできないことはないので、先ほどの厚生大臣のお話からすれば、何か考えられるということが必要なんじゃないかと思うわけです。
 私は、援護という形になるといろいろな形が出てくる、大変金がかかるんじゃないかという心配をまず大蔵省あたりはなさるんだろうと思うのですけれども、財産の被害なんかは何も考える必要はない、そこまで及ぼす必要はないのですけれども、人体に及ぼされた被害、人体被害、健康被害、このことにつきましては、国家賠償の意味もありますから、戦争を引き起こしたという責めもございますから、その点から考えて、軍人軍属、準軍属というふうに範囲を広げてこられたその範囲をさらに広げて、一般市民の中の戦争による犠牲者に対しては同じような扱いを考えられるべきではないかと思います。この法律でできないとするならば何かを考える、それぐらいの思いやりと申しますか、反省を込めた考え方を現厚生大臣は責任上なさるべきではないかと思います。そうでなければいつまでも、軍の使用者、軍の命令を受けた者と一般の国民との間の差別的な国の取り扱いというものが消えない。それは一般国民が持っている感情でございますから、それを何とかして消していただきたいんです。そのためにどういう方法でやっていただくということまで申しませんから、国の方でどういうふうにしたらできるであろうということを検討してくださって何か考えていただきませんことには、調査もやっと五年たって附帯決議が実現するというような状態で、すべてに遅いです。大変怠慢だと思いますけれども、この問題についてはもう前々から話が出ているわけでありますので、どうか何かの方法で考えられるということを意思表示していただきまして、私の質問を終わりたいと思います。大臣、お願いします。
○河野(義)政府委員 ちょっと、ドイツの制度など出ましたので私、先に説明させていただきます。
 先生御指摘のように、ドイツにおきましては、一般戦災者につきまして援護の制度があるわけでございます。ドイツは過去二回の大戦によりまして一般国民、軍人軍属以外の方が相当な被害を受けたわけです。御承知のように、国土そのものが戦場になりまして生命、身体、財産につきまして相当な深刻な被害が出たわけでございます。わが国はその意味におきまして若干事情が違うわけでございまして、わが国のいまの制度は、先ほどから申しておりますように、軍人軍属等国との間に一定の関係のある方々に対しまして、使用者責任の精神に立って援護の制度を実施しているわけでございまして、それ以外の一般の戦災者、戦争被害者につきましては、一般の社会保障の充実強化によりまして対応してまいったわけでございますし、今後もその方向で努力していかなければならぬ、こういうふうに私ども努力をしてまいっておるわけでございます。
○橋本国務大臣 先ほど六年間たって初めてと言われましたけれども、実は五十年に国としては実施するつもりでありましたものが、これはほかの問題の不手際の結果ではありますけれども、実質的にできなかったという事情があったことも御理解をいただきたいと思います。私どもとしては、先ほど局長から申し上げましたように、この予算案が成立をいたしました段階におきましてできるだけ早く、少なくとも現在生きておられる一般戦災による傷病者の方々の実態をまず把握をいたし、それによって今後の対応を考えてまいりたいと思っておりますので、まずこの調査をやらせていただきたい、そしてその後、それを受けてまた今後検討を加えてまいりたい、そのように考えております。
○金子(み)委員 私はせっかちじゃありませんから、きちっとやっていただくんなら待っています。
 そこで、最後にこれだけ、もう一遍読みますからよく聞いてください。さっき読んだんですけれども、お聞き落としされたかもしれません。旧防空法のこれは改正された方です。昭和十二年につくられた分の改正が、十八年十月三十一日に法律百四号で行われています。改正された分の十二条「行政官庁、市町村長若ハ第三条第一項ノ規定二依ル防空計画ノ設定者ノ」これは民間のという意味です。「為ス防空ノ実施ニ従事スル者又ハ第八条ノ七ノ規定ニ依り応急防火ヲ為シ若ハ之ニ協力スル者之ガ為傷庚ヲ受ケ、疾病ニ罹リ又ハ死亡シタル場合ニ於テハ行政官庁又ハ第三条第一項ノ規定ニ依ル防空計画ノ設定者ハ勅令ノ定ムル所ニ依り扶助金ヲ給スベシ」、けがをしたり亡くなった方には扶助金を出すべしという法律があったわけですから、これは一つの根拠になるだろうと思いますので、聞いておいていただけば結構でございます。
 ありがとうございました。時間が参りました。
○竹内(黎)委員長代理 次に、森井忠良君。
○森井委員 今回の改正案、私ども詳細に見せていただきました。少しずつよくなっていっておるわけでありまして、その点についてはあらかじめ評価を申し上げておきたいと思うのです。ただ、戦争犠牲者の問題につきましては、先ほど来同僚、先輩の議員からも指摘がありましたようにまだまだずいぶん問題が多いわけでありまして、その意味では戦後が終わっていないと私どもは断ぜざるを得ない問題がたくさんございます。
 去年は満州に対する青年移民の皆さん方、なかんずく昭和十四年以前の方々に対する救済措置ができました。対象人員は少なかったと思うのでありますが、私はある意味で一つの前進であったと思うわけであります。しかし、今回の法の改正につきましてはどうも目玉がないような気がしていけません。援護局長、今度の法案の目玉は何ですか。特徴は何ですか。
○河野(義)政府委員 今回の援護法の改正につきましては、まず一つは、障害年金、遺族年金等につきまして恩給に準じて改善をしたということでございます。それから特別弔慰金につきまして、五十年に特別弔慰金が支給されたわけでございますが、その後におきまして特別弔慰金に該当する遺族が相当多数出てまいったわけでございますので、異例の措置といたしまして、五十四年四月一日時点における該当者につきまして特別弔慰金を支給することとしたわけでございます。それからまた、戦傷病者の妻に対しまして、昭和四十八年四月一日時点で押さえて特別給付金を支給されておりましたが、同様に、これも昭和五十四年四月一日までの間におきまして相当多数の方々がこれに該当するわけでございます。これにつきましても特別給付金を支給する。こういったことが内容として盛られてあるわけでございます。
 そのほかにも、年金受給者その他関係者が非常に高齢化しておりますので、きめ細かい改善の措置が講ぜられております。
○森井委員 どんなにあなたが御説明なさっても、従来のパターンの繰り返しであって、目ぼしいものはないじゃないですか。あえて私が取り上げるとすれば、先ほど申し上げましたが、満州青年移民の昭和十四年以前の方々の救済に対するそれの関連として、父母等に対しまして特別給付金を支給する。言うなれば、項目的に言えばそれがまあまあ新しいかなと思うのでありますが、これはすでに去年結論が出てその裏返しの問題ですから、私は残念ながら目玉とはもちろん申し上げにくいと思うわけです。
 そこで、去年の本委員会におきます本法案の採決に当たっての附帯決議で幾つか指摘をされておりますが、私どもが最も強く要求をした問題、たとえば満蒙開拓青少年義勇隊と呼んでおりましたけれども、義勇隊の段階まではどうにか救済ができた。しかし、義勇隊開拓団については、とにかく非常に大事な問題だから、さらに当時の状況を明らかにするよう努めること、私どもはその上に立って、少なくとも義勇軍と義勇隊とそれから義勇隊開拓団というのは質的に全く変わらない、したがって、義勇隊員と同じように救済をしたらどうかということを強くあなた方に申し上げました。これは一体どうなっているのですか。
○河野(義)政府委員 昨年の援護法の改正によりまして、義勇隊の適用につきまして、昭和十二年の閣議決定以降送出されました義勇隊の隊員につきまして、援護法の適用を拡大したわけでございますが、先生いま御指摘の点は、義勇隊として訓練期間中の者が対象であるわけでございますが、それを終えて開拓団等に出ていった人につきましても検討しろ、こういうような御趣旨だったと受け取っております。
 これにつきましていろいろ検討したわけでございますが、先ほど来申し上げておりますように、援護法の基本は、やはり国との間に使用関係に準ずる関係が必要であるわけでございます。それからさらに、戦争公務とかあるいは軍事関連業務、そういったものに従事して傷病あるいは死亡する、こういうことが前提になるわけでございますが、訓練期間を終えて開拓団に出ていかれた青年隊員の方は、まず国との間にそういう関係がなくなってくるということと、それから軍事関連業務、そういったものが一般的に考えられないということで、援護法の適用をそこまで拡大するということはきわめてむずかしいというふうに、私ども検討の結果考えておるわけでございます。
 しかし、現在の東北地区におきましては、八月九日にソ連が参戦いたしまして非常に厳しい戦場になったわけでございますが、そういった戦闘局面におきましては、これらの方々が戦闘参加者としての実態を備えておられる方とかあるいは抑留された方につきましては、援護法上準軍属として処遇しておるわけでございます。
○森井委員 援護局長さん、誠意を持って答弁をしていただくのはありがたいのでありますが、私に与えられた時間は四十分なんです。それで、僣越でありますが、私も毎年この法案の審議には参画をしておりますので、恐らく私がわかっておるであろうことは答弁の中に含めていただかないように、短くお願いしたいと思うのです。
 いまもちょっと言われましたけれども、大臣もお詳しいのでありますが、もう一度整理をいたしますと、満蒙開拓青少年義勇軍もしくは義勇隊の皆さんに関する問題は、まず第一は、最初に、ソ連の参戦以降の戦闘に従事をされた方々を中心にまず救済措置がとられました。その次は、今度は昭和十四年の十二月以降の方について救済措置がとられました。そして三番目が、先ほど申し上げましたように今度は昭和十二年の暮れにできましたあの閣議決定、青年移民に関する件、これで救済をされまして、いわゆる義勇隊の方々については、十分か不十分かは別にいたしまして、とにかく法の網がかぶさったわけであります。いま漏れている最大の問題は、義勇隊開拓団の問題なんですね。去年の附帯決議も、十分調査をしなさいと私ども附帯決議で明確にさしていただきましたけれども、いまの御答弁では十分調査をしたとは思えない。私はここが問題だと思うのですよ。
 関係者の言い分を聞きますと、たとえば、青年義勇隊というのは開拓団も含めた名称である、異口同音にいま現に帰ってきておられる方々から訴えが出ているわけです。
 私が実物を持っているのですが、これは宮崎県の平屋さんという人なんですけれども、経歴を聞いてみますと、内原訓練所へ昭和十三年七月十五日に入っておられる。そして約二カ月間の訓練を終えて、同年の九月二十三日に新潟港より満州丸という船に乗って清津港に上陸をしている。そして、ほとんど直ちにでありますが、昭和十三年の七月二十八日に満州国牡丹江省寧安県寧安満州開拓青年義勇隊訓練所第十中隊酒井中隊に入隊、そして一定の訓練を終えて、途中を省かしていただきますけれども、約三年後、昭和十六年十月に今度は満州国東満総省勃利県大東第一次大東義勇隊開拓団訓練所に移行、こうなっております。開拓団にきちっとした訓練所がやはりあったのですね。これは調べていらっしゃいますか。
    〔竹内(黎)委員長代理退席、委員長着席〕
○河野(義)政府委員 こういった問題を調べるに当たりましては、私ども持っているいろいろな文献その他の資料、いろいろな報告、それから関係者に利用できる資料があったら御提出願う、こういうことでやっているわけでございますが、私どもいろいろ検討した範囲におきましては、開拓団訓練所という事実に関する資料は見当たらなかったわけでございます。
○森井委員 この種の制度は認定等が問題になるわけですね。そうすると、一番いいのは物的証拠なんです。それは私もそのとおりだと思うのです。しかし物的証拠がなければ、いわゆる人証というものもかなりウエートを持つ。全国拓友会という会がありますね。これはずいぶんの皆さんがいらっしゃるわけですよ。きちっと聞かれれば私は十分人証は得られると思う。その努力をしましたか。
○河野(義)政府委員 拓友会の関係者との私ども連絡は日ごろあるわけでございますが、その方々につきましても、参考になる資料についてはできるだけ提出いただくように、そういう話は日ごろしているわけでございます。
○森井委員 ちょっと急な質問で恐縮ですけれども、内原訓練所へ入所した人々ですが、厚生省には、陸海軍等の軍歴証明をする立場から一定の資料をお持ちですね。内原訓練所へ入所した皆さんの名簿といいますか、軍歴といいますか、履歴どいいますか、そういうものは厚生省にあるのでしょうか。
○河野(義)政府委員 ちょっと正確には私も申し上げかねますが、第何次隊とか相当な資料がございますが、先生がいまおっしゃった資料はあるかどうか、ちょっと正確にお答え申し上げかねるわけでございます。後でまた御報告いたします。
○森井委員 少なくとも、去年の附帯決議で開拓団の問題について究明をしろということになっているのですから、これは基礎的な資料ですね、内原訓練所へだれが入ったというぐらいのことは。いま厚生省は陸海軍の当時の資料についてはかなり詳しいものを持っておりまして、たとえば通算年金等の請求の場合に、軍歴その他非常に貢献をしていらっしゃるわけです。しかし内原訓練所の名簿もいままだ把握をしていないということなんですが、私ども問題提起をしたのは、御承知のように義勇隊から義勇隊開拓団に移行した皆さんを問題にしているわけですから、当然義勇隊の問題については名簿その他がなければいけないじゃないですか。
○河野(義)政府委員 いまちょっと手元に見つからなかったのですが、出てきました。内原訓練所から送出された数が年次別にわかっております。たとえば昭和十三年度に内原訓練所から送出された数が二万一千九百九十九、それから二十年に三千幾らと、そのように年次別に数がありますので、恐らくこの基礎には、内原訓練所で訓練を受けられた個々の人が基礎になっていると思います。
○森井委員 そうすると、名前まで把握できますか。
○河野(義)政府委員 いま申し上げました送出数が出ておりますから、個々の人を当たらなければ数が出ない場合もありますし、あるいはその年次の訓練所の数から合計して年度別にまとめたかもわかりませんので、ちょっとその辺はいまお答えしかねますので、後でまた御報告申し上げます。
○森井委員 具体的に私は宮崎県の平屋さんと申し上げました。これは内原訓練所へ入っていると、本人の記録にちゃんと書いて出しているわけです。いるか、いないかということは名簿を見れば当然わかるわけです。あれだけ膨大な陸海軍旧軍人の方々の名簿があるわけですから、内原訓練所の名簿ぐらいなければならぬと思うのですよ。だから、それは後でいいですけれども、私は厚生省の態度を疑わざるを得ないですよ、本気でやろうとしているのかどうなのか。
 先ほど申し上げましたけれども、青年義勇隊開拓団の中に訓練所があって、そして実務訓練というのをやったという供述がずいぶん私どもの方に来ているのです。これは三年の基礎訓練、実務訓練以外の訓練なんですけれども、開拓団の訓練所に入って五年間かかったと言っているのです。本気で問題を解決するつもりなら、なぜそこまでやらないのですか。しかも、たくさんの供述によると、北満の辺地にやられて、ソ満国境が緊迫をして急遽駆り出された人もあるわけです。現に匪賊その他と戦闘を開始した例も、無数に来ているわけです。これはソ連参戦以降じゃないのですよ。それ以前もずいぶんあるのです。局長聞いていますか。たとえば鉄道自警村というのがあります。これは明らかに鉄砲を持って、もし鉄道破壊その他の妨害行為があれば少なくとも敵を相手に戦う、そういう目的のためにつくられたものでしょう。当時の政策基本要綱によりますと、もちろんそれ以外に農業の開拓というものも目的の中に入ってはおりますけれども、いざというときには敵と戦うというところまで入っているじゃありませんか。
 そうなってまいりますと、私はここで具体的に問題提起をしておきたいと思うのであります。まことに申しわけない言い方をしますが、昭和十四年の「満洲開拓政策基本要綱」これはあなた方はもうとっくに持っていらっしゃって検討もなさったと思うのでありますが、私の目でこれを見ただけでも、これはずいぶん軍事目的が強いなあという性格が明らかにあるのです。その意味ではこれは証拠文書ですから、もうちょっと細かく検討してごらんなさいよ。
 たとえば去年の国会で問題にならなかったことで一つ二つ言いますと、義勇隊開拓団に、当然のことでありますが、土地が与えられるわけですね。土地は国有なんですよ。自分のものにはしてもらえないのです。「国営」と書いてあります、この政策基本要綱を見ますと。そして管理も国がすると書いてある。
 もう一つだけ問題提起をしておきますけれども、昭和十二年十一月三十日の例の閣議決定ですね「満洲に於ける青少年移民送出に関する件」、あれを悪いことは申し上げませんからもう五回ほど読んでみてください。国家の非常事態に対処して青年移民を実施すると書いてある。時間がないから読み上げませんが、状況証拠はずっとそろっているのですよ。
 そこで具体的に申し上げますけれども、少なくとも関係者は、まだ決め手になる証拠はないかもわかりませんが、青年義勇隊というのは開拓団も含む名称であるということを訴えている。もう一つは、先ほど申し上げましたように開拓団の中にもちゃんと訓練所があった。それからもろもろの戦闘が時として行われた。これはぜひとも重要な課題として調べていただきたいと思いますけれども、その気持ちがありますか。
○河野(義)政府委員 先ほど、開拓団の実態について把握しているかという点でちょっと資料が見当たらなかったのですが、ちょうど資料がございましたので御報告させていただきます。
 満州開拓青年義勇隊それから義勇隊開拓団につきましては、その人たちの所属の訓練所、あるいは内部の中隊の中隊名、あるいは義勇隊の開拓団のどこに所属していたかその開拓団名、あるいは所属人員、そういった事項につきまして十分把握しております。また、これらの人々の引き揚げの状況につきましても資料を持っております。こういった資料を十分活用して検討していかなければならぬ、かように考えております。
 それから、青年移民の閣議決定などよく吟味するようにということでございます。私ども何回か見ましたけれども、先生がおっしゃる御趣旨もよくわかるわけでございますが、援護法上処遇しておりますのは、先ほど来申し上げておりますように一定の関係があるということと、それからそれらの関係者が戦争とか軍事業務についた場合に援護法を適用する、こういう考え方でございます。満州開拓青年義勇隊の方々の使命は、やはり国策でございますが、必ずしも戦争とか軍事を目的とした国策ではないわけでございまして、そうは言いましても、訓練期間中におけるいろいろな関係資料を見ますと、軍事業務等があり得るということで援護法を適用しておるわけでございますが、今後も関係資料等十分検討して、そういう実態をさらに把握する努力は続けていきたい、かように考えております。
○森井委員 状況証拠と申しますか、少なくとも義勇隊開拓団の皆さんか満州――これはお断りを申し上げておきますが、満州という言葉は古い言葉でございまして、余りいい言葉ではありません。いまは中国の東北地方でありますから、私はその趣旨で申し上げておるのでありますけれども、あれだけ戦闘状況の厳しいところで、しかも大部分の皆さんはあのソ満国境の危険の多いところで、もちろん気候も悪うございますけれども、そういったところで苦労なさった方で、しかも常に武装しなければならない状態にあった。このことを考えていただきますと、私は、もうこの辺で結論を出していただくしかないのじゃないか。ですから、この点については、いままでの厚生省の姿勢については私は強く抗議を申し上げておきたいと思うのです。
 そこで、元関東軍参謀の片倉衷という方がいらっしゃいますね。援護局長御存じですか。
○河野(義)政府委員 片倉中将、私存じておりません。
○森井委員 実は、私ももちろんよく存じ上げないわけでありますが、全国拓友協議会の機関紙で「拓友」というのがございますが、去年の十二月一日号で、拓友会の幹部の方々がこの片倉衷氏、いま局長は中将と言われましたが、どうも終戦のときは少将のようであります。この方と会われまして、幾つか貴重な資料を入手したという報道がなされております。よくわからないのでありますが、関東軍の秘密文書で満洲国防衛法というのが発見された。ただ記事を見ますと、私、直接義勇隊もしくは開拓団とどう結びつくのかまだわからないわけでありますけれども、これは厚生省にまだ持ち込まれておりませんか。
○河野(義)政府委員 いま先生が御指摘になりました資料、まだ私ども見ておりません。
○森井委員 そこで、これは御提案を申し上げますけれども、まだ御本人もお元気なようですし、先ほど私はくどくあなた方に何回も同じことを申し上げたのは、やはり前向きに問題を解決をするという立場なら、必要な文書も証拠も探していただくことも大事でありますが、現に生存していらっしゃる皆さんもずいぶんおられるわけでありますから、これは何も厚生省へ来てくれと言われなくても、連絡をとって、局長がお会いをして事情を聞くというようなことはできませんか。
○河野(義)政府委員 拓友会と連絡をとりまして、そういう機会が実現できるように努力いたします。
○森井委員 きょうは時間がありませんから、私も幾つか資料を持っているのでありますが、きょうそれは申し上げません。
 橋本厚生大臣に、非常に聞きにくいことを聞くのでありますが、気を悪くなさらないようにあらかじめひとつ御了承いただきたいのでありますが、先ほど申し上げましたこの「拓友」という雑誌に、与野党の国会議員にアンケートを出して、そして義勇隊もしくは義勇隊開拓団の方々に対する援護措置についての質問をしているわけですね。その中で、現在の閣僚の方々が実は三人ほど答えをなさっておられるわけであります。この根拠は「拓友」という雑誌でありますから、それはおれは覚えがないと言われればそれまででありますが、恐らく、橋本大臣も熱心な方でありますから、その意味で御回答になったと思うのであります。中身は省かせていただきますが、第一点とそれから第五点だけちょっと御紹介をいたしますと、設問が五つあるのでありますが、第一と第五についてちょっと申し上げてみますと、「私たち元満蒙開拓青少年義勇軍の処遇改善十万人の署名請願を国会に提出してありますが、先生はどのように思っておられますか。」「衆議院議員橋本竜太郎」先生のお答えは、「全国拓友協議会からご相談をうけ、いろいろ助言させていただいています。」ですから、この十万人署名につきましてもいろいろ御助言をいただいたようであります。それから第五点でありますが、前文を省略いたしますが「国策の犠牲者を慰め、忘れ去られた義勇軍の戦後を今年こそ終えたい、と思いますが、先生のご協力と今後の見通しを一言どうぞ。」これにつきましてお答えは「以前から努力して来ました。今後も努力します。」こうなっているわけであります。いろいろいま局長とやりとりをいたしましたけれども、厚生大臣のお気持ちはいかがでしょうか。
○橋本国務大臣 その設問、記憶いたしておりますし、事実そのとおりの回答をいたしました。私、この職につきましてから、今度は厚生省の内部として検討の場を持ったわけでありますが、いま御指摘が幾つかの点でありましたように、これは正直、拓友協議会と厚生省との間においても十分な資料の設定その他、まだ努力をせねばならぬ問題があるように思います。同時に、もともとが、実態は別として、農業政策として表看板が立ち、農業政策の一環として行われた制度でありますために、厚生省の事務当局とすると、なかなかそれをすり合わせるのに困難をしておることも事実でありまして、そういう事態も踏まえながら、私自身としてもこれからこの問題の処理に当たってまいりたい、そのように考えます。
 同時に、これが五十四年度の予算編成時までに結論が出せなかった点につきましては、この機会を拝借しておわびを申し上げます。
○森井委員 軍務との関係その他でなかなかデリケートな問題があるということなんですが、繰り返し申し上げませんが、いままでにあります数々の文書、証拠類からして、軍との関係についてもあったであろうと推定ができるようなものが幾つかあるわけでありますから、引き続いて御調査をいただきまして、少なくとも来年の国会ごろまでには何らかの目鼻がつけられるような、そういう状態にしていただきたいと思うわけであります。答えを求めますとまたむずかしい言葉が返ってきますから、あえて申し上げませんけれども、私どもも重大な気持ちで臨んでいるということを明確に申し上げておきたいと思うわけであります。
 時間がなくなりましたから、最後にもう一点だけお伺いをいたしたいと思いますが、この援護法におきます外国人犠牲者の排除の問題です。御承知のとおり、去年、私は朝鮮人の方々の、これは原爆被爆者でしたけれども、そういう方々の法適用について強く迫りました。それに対しまして、ここにいらしゃいますけれども、ちょうど大臣は小沢大臣でしたけれども不在でございまして、戸井田政務次官からりっぱな答えがありました。まことにりっぱでありまして、同じ外国人と言っても、朝鮮人の方々は少なくとも被爆当時は日本人であったということに着目をして、やはりこういったケースについてはあり得るので、前向きに検討したいという御返事がございました。結論はどのようになったでしょうか。
○河野(義)政府委員 軍人軍属とか戦争公務で倒れた方に対する現行制度は、恩給法あるいは援護法いずれも、その要件としまして日本国籍、日本人であるということが前提になっておるわけでございまして、これが基本でございまして、これを崩すということはきわめてむずかしい問題であるという結論でございますし、それから、そういった方々にはどういう措置がなされているかという問題も別にあるわけでございますが、朝鮮の方のうち、韓国につきましてはそういった請求権を含めまして外交的な決着がなされたという状況でございます。
○森井委員 要するに進歩がないということになるわけですけれども、これは去年も指摘しましたように犠牲に遭われたときは紛れもなく日本人、これはあなた方認めていらっしゃる。ただ、受給権者がそのまま日本におりましても、自動的に国籍が変えられたという問題なんです。そこのところが一番の問題になっているわけですね。いいですか。ですから、戸井田政務次官は、こういうケースについてはやはり特別のものとして前向きに検討しよう、こういう答弁があったのです。ここのところをお間違いなく。いずれにいたしましてもこれは非常に問題が多いわけでありまして、このままそうですがと言って引き下がるわけにいかない。いみじくもあなたおっしゃいましたように、いわゆる北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国やあるいは台湾の皆さんについては解決がついてない。韓国については、日韓平和条約で一応請求権放棄ということがありますから、解決をしたという形になっているわけですけれども、そうすると、問題はまだずいぶん残っていると私は思う。政務次官を何と心得るのですか。去年ちゃんと政務次官が答弁したものを、あなた方サボっているじゃありませんか。これも期限を差し上げますから、約束どおりもっと前向きな検討をお願いしたいと思います。
 そこで、本会議の開会予鈴が鳴りまして、もう時間が参りましたから最後になるのでありますが、大臣にお伺いするのですが、昔、四十五、六年ですか、援護問題懇談会というのがあったわけですね。名称は定かに覚えておりませんが。まだこれから各党の質問も続きますし、ずいぶんいろいろ戦後処理の問題について出てくると思うのですよ。それで、あれはいつの間にかやまったという感じなんですけれども、やはり単にこの委員会だけで審議をするといいましてもおのずから限界がありますし、国民の英知を結集しなければならぬという問題もありましょう。そこでこの際、やはり援護問題懇談会といったようなものを、これは有識者を集めて、厚生大臣の、もしくは総理大臣でもよろしゅうございます、諮問機関に近いものをおつくりになったらどうだろうか。そうでもしませんと問題は前へ進まないと思うわけであります。その点を最後にお伺いいたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○橋本国務大臣 四十二年の十月に、厚生大臣の私的諮問機関として発足をした援護問題懇談会、大変広範な問題を御論議をいただいてきたわけであります。そこで、むしろ事務当局の立場からしますと、あらゆる問題がそこで一応の議論の方向が尽きた、結論が出たという考え方をとっておりまして、現在の時点においてこれをつくる構想にはなっておりません。
 ただ、これは今度は私の完全な個人的な感じでありますが、援護法の進展も、今日まで時間がたってまいりますと、今後の起こってくるケースというものはむしろ非常なレアケースであったり、あるいは従来の発想でいく限りは対応の困難なものであったり、先ほどから御指摘を受けておるようなケースもそういうものの一環であるかもしれません。そういう意味では非常に判断のむずかしいものがふえてまいります。そうしますと、私はいますぐにこれをつくるつもりはございませんけれども、またその予定にもしておりませんが、将来においてそうしたものをもう一度考えなければいけないのではないだろうか、むしろ、従来この援護問題懇談会として取り扱ったような基本的な大きな問題を扱うこととは別に、その接点部分、レアケースに対応していくための判断をどこかでしなければならない、そういう必要がだんだん生じてきている事実は間違いない、そのように考えております。
○森井委員 終わります。
○森下委員長 午後二時三十分再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後零時五十六分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時三十分開議
○森下委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 厚生関係の基本施策に関する件について質疑の申し出がありますので、順次これを許します。村山富市君。
○村山(富)委員 最初に、腎不全対策について若干お尋ねをしたいのですが、現在腎臓病の患者で、人工透析を受ける必要のある患者の数はどのくらいありますか。
○佐分利政府委員 現在、腎臓病の患者の中で腎透析を受ける必要のある患者の数はどれくらいあるかという御質問でございますが、それにつきましてはまだ固まった意見がございません。
 そこで、実績から申し上げますと、慢性の腎不全のために透析を受けております者は、昨年の六月末現在でございますが二万五千二百五十名でございます。このうち昼間透析、外来透析を受けております者が一万九千百八十四名、また外来で夜間透析を受けております者が五千七百六十六名、その他三百名となっておりますが、このその他というのは家庭透析が大部分でございます。
○村山(富)委員 特に私がお尋ねを申し上げたいと思いますのは、人工透析を受ける患者の中で、いまお話がございましたように、夜間受けている方が約五千七百名あるわけですね。それで、これは仕事の関係などもあって、働きながら受ける必要があるという方が多いので、できるだけ夜間に受けさしてもらいたい、こういう要望が大変強いですね。私が調べてみましたら、その夜間透析をやっているところの七三%は私的医療機関がやっておる。特に、国立病院の場合はわずかに四十三人くらしかやってないわけですね。これはもう公的病院が比較的少ないわけです。もちろん仕事の関係あるいは定員の関係等々がございまして、右から左へ要望があるからすぐできるというものではないと思いますが、しかし少なくともこういう患者に対して、生活上の問題もあるし、これは切実な問題ですから、やはり率先して国立病院あたりが夜間透析も受け入れてやる、こういう態度をとるべきではないかと思うのですけれども、いま申し上げましたような条件がいろいろありますから、したがってそういう要望を受け入れる前提条件というものをしっかり整備をして、そして夜間透析も十分にやれる、こういう体制をつくることが必要ではないかと思うのですが、そこらについてはいかがですか。
○佐分利政府委員 確かに、国公立病院における夜間透析の実施状況はそれほど多くございません。これは医師、看護婦などの職員の充足がなかなかできないものでございますから、そのような状況になっているわけでございます。しかし、働きながら透析を受けるということになりますと、どうしても夜間透析は必要でございますから、地域の実情をよく調べながら、国公立の病院においても夜間透析がもっとできるように今後努力をいたしたいと考えております。
 ただ、医学的に申し上げますと、夜間透析というのは少し無理があるわけでございまして、できれば一日入院でもして透析をしていただく方が医学的にはベターである。また、昼間ゆっくり時間をかけて透析をしていただく方が病気のためにはよろしいといった面もございます。そういったことも考えながら、地域の実情を勘案しながら、必要なところには整備をするように努力をいたしたいと思います。
○村山(富)委員 夜間人工透析をかけることが必ずしも適切ではない、それは一日ぐらい入院してゆっくり透析を受ける、あるいは昼間ゆっくり時間を見て受けられる方がいいということであるならば、そういうことができるような手だてを講じてやるべきであって、それをしなくて、体には悪いけれども、やはり生活のためには働かなければいかぬと言って、働きながら透析を受けている。しかも、昼間休めばそれだけ賃金が下がるわけですから、したがって、仕事は仕事でして夜間受けたい、こういう患者さんに対して、これから実情を調べてからなんという話ではなくて、これはもうずっと以前からそういう要望は出ているわけですから、もう少し積極的な対応をしてしかるべきではないかと思うのですけれども、もう一遍回答願います。
○佐分利政府委員 先ほども申し上げましたように、国立病院の場合には総定員法の枠がございまして、なかなか医師、看護婦の増員を図りがたいのでございます。同様に県立とか市立の病院においても、そのような定員増員のむずかしさがあろうかと思います。したがって、大変簡単にできることではございませんけれども、少しずつでも御期待に沿えるように努力をいたしたいと考えております。
○村山(富)委員 これはいまお話がありましたように、私も簡単にすぐ右から左へできるとは思いませんけれども、生活にも関連をするし、同時にその人の健康にも関連をする問題ですから、もう少し積極的な取り組みがあってしかるべきではないかと思いますので、そういう点を強く要請をいたしておきます。
 それからもう一つは、人工腎臓の装置については一応もうほとんど整備計画は終わったというふうに言われたように聞いておるのですけれども、単に患者数に対して保有台数がもう十分充足されているという計算だけではなかなかうまくいかぬのではないか。特に医療機関が偏在していますと、遠方におる患者さんは困るわけですから、したがって、地域的に十分配慮していくような指導がなければ、単に保有台数だけもう十分足りているからいいのだというような計算だけではいかぬのではないかと思うのですね。ある患者なんかは、昼間は仕事をして、夜また汽車に乗って医療機関に行くというような方もありますし、ほとんど一日を費やして行かなければならぬ、あるいは一泊して行かなければならぬ、こういう患者もあるわけですから、そういう地域の偏在をどう是正をしていくかというような問題については、どういうふうにお考えですか。
○佐分利政府委員 医務局といたしましては昭和四十六年度に全国の実態調査をいたしまして、人工腎臓の整備計画を立て、四十七年から四十九年にわたって補助金も交付して、少なくとも広域市町村圏に一カ所の腎透析センターを整備するように努めたところでございます。その後も融資等の政策によって普及に努めてまいりまして、最近では日本は約一万二千台の透析機器を持っておりまして、その処理能力は三万五千人となっているわけでございます。実際に透析を受けていらっしゃる患者さんは二万五千人でございますが。
 そこで、日本はすでに世界一腎透析の機器を整備しておりますし、北海道から沖繩まで一応まんべんなく整備されているのでございます。それで欧米の学者の中には、少し日本は腎透析をやり過ぎるのではないかというような批判的な意見も出始めております。アメリカは日本の倍の人口でございますが、現在透析をしております患者は三万六千人程度でございます。ヨーロッパ全部合わせて二万人程度の透析実施中の患者しかおりません。そういった問題もございますけれども、やはり個々の地域を見てまいりますと、御指摘のようなまだ不足をしているというようなところもございますので、先般来各都道府県にお願いいたしまして、もう一度地域の状況を調べて、必要なところがあるならば融資等のこちらの助成策があるわけでございますから、さらにでこぼこを補正するように整備を進めていただきたいというお願いをしているところでございます。
○村山(富)委員 公的負担というのは、指定医療機関の指定医の診断を受けなければ公的負担はできないわけですね。
○佐分利政府委員 育成医療、更生医療の適用を受ける場合にはそうでございますが、その適用を受けない場合には、つまり医療保険だけでやるというような場合には指定医療機関でなくてもいいわけでございます。
○村山(富)委員 いまお話がありましたように、更正医療なんかを受ける場合には指定医療機関でなければならぬということになっていますね。ですから、そういう点もやはり勘案をしながら適正に配置がされて、そして患者のためによくなっていくような方向に私は考えていく必要があるのではないか。特に最近、人工透析が必要以上に金もうけの手段に使われている、こういった批判もありましてなかなかむずかしい問題だと思いますけれども、しかし、やはり何と言ったって医療機関というのは患者のために存在しているわけです。したがって、そういった偏在等についても正すべきは正しながら適切に指導していくということが大事じゃないかと思いますから、その辺特にまた要望いたしておきます。
 それからもう一つの問題は、患者数というのは大体一年にどの程度ずつふえていますか。
○佐分利政府委員 ここ一、二年は四、五千名ずつふえております。
○村山(富)委員 そうしますと、さっき保有台数のお話がございましたけれども、単に台数だけでなくて、それに携わっている専門職員といいますか、そういうものの充足は、そうした一年に五千人ずつふえるというふえ方に対して十分なのか、今後そうした専門職員の養成なりそうした面についてはどうお考えですか。
○佐分利政府委員 確かに、腎透析に従事いたします医師、看護婦等の専門職員の養成確保は大切な問題でございます。したがって、医務局といたしましては、四十七年度から学会等の協力も得まして、医師、看護婦の講習会をいたしまして質を高めると同時に、必要数の確保に努めているところでございます。
○村山(富)委員 いま質問しましたように、仮に年間に五千人ふえる、その五千人に見合っていくぐらいの見通しはあるんですか。現状と見通しはどうなっていますか。
○佐分利政府委員 見通しはございます。
○村山(富)委員 いま専門職と思われる人は大体どれぐらいあって、そして年間にどの程度ぐらい養成される見込みですか。
○佐分利政府委員 専門医という定義がなかなかむずかしゅうございますけれども、現在透析に従事している医師、また学会に加盟しております医師、そういったものは三千人程度いると考えております。また、講習の方は厚生省が学会と協力して実施しておりますもののほかに、各地方で行われている講習会もあるわけでございまして、医師のみの場合でも年間の講習受講者は二、三百名にはなっております。
○村山(富)委員 次に、これは保険局長にお尋ねしますが、人工透析は保険点数が五時間から九時間以内ぐらいまでは四千点ですかね。そしてこの四千点の中に給食代が含まれておる、こういうふうに聞いておるわけですね。ところが、出しておる指導文書を見ますと「医療上、食事を供与することが必要であるというふうに判断される場合に給食を提供する」こうなっているわけです。これはいろいろ実情を調べてみますと、弁当、食事を持ってきてください、こう言って要請する医療機関もあるやに聞いています。それから中には、最近は余りないようですけれども、食料費を取っているところもあった、こういうことも聞いているわけです。これはやはり解釈があいまいだからそういうことが起こるのではないかというふうに思うのです。同時に、逆に言えば、四千点の中には当然給食代は含まれているということであれば、給食を与えないところは給食を出さないままその点数は点数でもらっている、こういうことにもなるわけですね。ですから、そこらの点はもう少し明確にしておく必要があるのではないかと思うのですが、どうですか。
○石野政府委員 確かに、その人工透析の給食の問題につきましては過去においてもいろいろ問題もございました。たしか去年の一月の末にその辺の疑義解釈をいたしまして明確にいたしたわけでございますけれども、患者の人工透析を受ける時間帯、時間数、それから患者の病状、そういうものを総合的に判断いたしまして、その患者についてはどうしても給食が必要であるというような病院長の判断に基づいてやらなければいけない、それはあくまでも常識的な話でございますので、どうしてもそういう時間帯にかかるような場合には給食してくださいよという指導をいたしておるわけでございます。その疑義解釈のときにも、そういう給食を行った場合の費用は当然この点数に含まれているということを明確に通知いたしたわけでございます。
 もう一つのお尋ねの方の、そういう明確な通知を打ち出しているけれども点数の設定自身が明確でないのでそういう問題が起こるのではないか、こういう御指摘でございますが、これは非常にむずかしい問題でございまして、点数の設定の際に個々の細かいものを全部積み上げてやる方式と、できるだけ一つの行為に着目して全体をまとめてやる方式と二つあると思うのです。現在の中央医療協議会で議論しています場合は、できるだけ医療行為全体をとらえてまとめていく方式の方が、千変万化のいろいろなケースがございますので、そういうものに対応しやすいということを含めまして、大体そういう方向で議論が進められておりまして、むしろ現在の点数の配分の際にはできるだけまとめる、そういう方向に向かっているわけでございますので、給食を行った場合に幾ら、給食を行わない場合に幾らということが果たしてその点数の設定上いいのか悪いのか、この辺確かに議論はございます。せっかくの御指摘でございますけれども、その方向は逆の方向ではないかなという感じがいたしております。
○村山(富)委員 診療報酬の点数の取り方についてはいろいろな意見があると思うのです。あると思うけれども現実にその解釈があいまいであり、医療機関の受けとめている受けとめ方と患者の受けとめている受けとめ方と違えば、そこにやはり疑念も起こるしトラブルも起こってくるわけです。したがって、そういう点はそういう混乱が起こらないように、もう少し明確にきちっと指導すべきだと思うのです。
 これは確認しておきますけれども、給食を供しようと供しまいと四千点なら四千点という点数には関係ない、変わりはない、こういうことですね。
○石野政府委員 そのとおりでございます。
○村山(富)委員 これは五時間から九時間もかかって治療を受けるという場合には、時間帯から考えればいろいろあっても、ほとんどの方が昼食か夕食かどっちかにかかる可能性はあるわけですから、そういう実態も踏まえて適切な指導をちゃんとしていただきたいと思います。
 それからいま一つは、これはさっきからお話がございましたように、年間に五千人ぐらいも患者がふえている。これはまだ完全に治せるという治療法はないわけですから、これほど不幸なことはないのです。したがって、こういう患者が起こらないような予防というものをもう少し徹底してやる必要があるのではないかということ。
 それから、人工透析によって救われているものはたくさんありますよ。しかしこれは根治療法じゃないわけですから、当面根治療法で一番有効なのは腎臓の移植ではないか、こういうふうに言われているわけです。そこで、そうした予防等も含めて、腎臓移植は、現在どの程度の施設を持っておって、実際にどれぐらいやられているかということについて聞いておきたいと思います。
○佐分利政府委員 日本移植学会の報告によりますと、五十二年十二月末現在の日本のこれまでの腎移植の実施件数は九百十八件でございまして、それを実施いたしました病院は六十二病院でございます。
 最近は毎年二百件前後腎移植が行われておりますけれども、先生も御存じのように、日本の場合には死体腎の提供のシステムがまだ十分でございませんので、生体腎、つまり親とか兄弟の腎臓をもらって移植するといったものが九割近くを占めております。欧米では逆に九割近くが死体腎の移植でございます。そういった問題がございますけれども、日本の腎移植もだんだんとふえてまいっております。
○村山(富)委員 これはそれぞれの国の倫理観や宗教観もあって大変むずかしいところもあると思うのですけれども、もしそういうことによって患者が救われるとするならば大変大事なことだと思いますから、もう少し積極的な啓蒙なり取り組みをやる必要があるのではないかと思います。
 それから、ついでにお尋ねしておきますが、仮に生体から腎を移植する場合に現状では保険は全然適用されませんから、そこで若干無理があるのではないか。そういうものも含めて、保険で見るなら見るというようなことも考えていく必要があるのではないかと思うのですね。最近こうした団体の皆さんから、腎臓移植法をつくってもらいたい、こういう要請もございますけれども、前段の移植提供者に対する治療代、手術代は保険で見るような方向で検討ができるのか。
 同時に、これは大臣にお尋ねしますけれども、腎臓移植法というような法律をつくることについて見解を聞いておきたいと思うのです。
○石野政府委員 前段の問題につきまして私からお答え申し上げます。
 腎移植術につきまして保険点数が取り入れられましたのが五十三年二月の診療報酬の改定時期でございます。しかし、これはあくまでも腎移植を受ける方につきましての点数でございまして、これを提供する側の費用につきましては保険点数に入っていない、これはそのとおりでございます。
 ただ、私どものいろいろ考えておりますのは、生体からの腎摘出そのものの行為につきましては、確かに保険給付を行っていないわけでございますけれども、摘出後の問題につきましては、たとえば入院費その他につきましては、合併症とかそういう問題が当然考えられますので、そういうことに着目いたしまして、その後につきましては保険給付で見ているのが大半でございます。
 ただ、残念ながら腎摘出そのものにつきましての費用を見ていない、こういうおしかりがあるわけでございます。この問題につきましての考え方でございますけれども、確かに国民感情からしますれば、せっかく提供しておるのだから提供する際の手術料を見ないのはおかしいではないかという御意見は、私もよくわかります。ただ問題は、これは保険の従来の理論等もございまして、疾病の治療というものが保険給付の保険理論の大宗をなしておるわけでございますが、その際に、たとえば骨を削って提供するというような場合につきましても、これと同じように骨を提供している場合も手術については見ていない、こういう問題もございます。こういうもの全体を含めましていろいろ検討してみなければならぬと思うわけでございますけれども、国民感情を参酌しながら全体についてどうすべきか、いろいろむずかしい問題がございますけれども、ぜひ検討させてほしいというふうに思っておるわけでございます。
○橋本国務大臣 いま村山さんから御指摘のありました腎移植につきまして、私どもは、腎移植だけではなく、同じような問題を抱えております角膜移植についてもこの際法制的に整備をいたしたいという考え方を持っておりまして、現在法務省その他関連する部門との相談をいたしております。最終的にどういう形をとって御相談をかけるかについてはもう少し検討させていただきたいと考えておりますが、準備は進めておる最中でございます。
○村山(富)委員 慎重な検討も必要でしょうから、前向きに十分努力をしてもらいたいというふうに思います。
 それから次に、ちょっと話題が違いますけれども、先般衆議院で環衛法の改正案が議決されて参議院で審議中でありますが、この環衛業者の中で、理容業界と美容業界の権益の問題で長い間ごたごたがあったと聞いております。先般両業界の代表が話し合いをして合意に達した。その合意事項を踏まえて環境衛生局長から文書が出されておりますけれども、この環境衛生局長が出した文書の中身についてそれぞれ解釈がまちまちで、むしろまた逆に混乱を起こすのではないか、こういうことが心配されます。せっかく合意に達して、しかも環衛法も改正されて消費者のためにも業者のためにももっと健全な経営運営ができるようにしていこう、こういうやさきですから、私は特に確認をしておきたいと思うのですけれども、昭和二十三年十二月八日付の公衆衛生局長通知の中の「理容師法の運用に関する件」という命題で出した文書があるわけです。その文書の第二項に「パーマネントウエーブは男子に対するものと女子に対するものとを問わずすべて美容の範囲に属する」こういう言葉があるわけです。昨年の十二月五日に出されました文書からはいま申し上げました言葉が全部削除されておる。したがってこの文はもうなくなったのだ、こういう解釈をされている向きもあるわけですね。以前出した、いま申しました二十三年に出した局長通知と今回出されました局長通知とは中身の違いがあるのか。これは美容の場合も、刈り込みを中心とした理容の場合も同じですけれども、その解釈はどうなのか、その点をはっきりさせておいてもらいたいと思うのです。
○山中政府委員 美容師法の第二条第一項は、代表的な美容行為の一つとしましてパーマネントウエーブ、また理容師法の第一条第一項は、代表的な理容行為の一つとしまして頭髪の刈り込みというのを掲げてございます。したがって対象者の性別のいかんにかかわらず、美容師がパーマネント、理容師が刈り込みをそれぞれ業として適法に行われることは当然でございまして、この取り扱いは従来どおりでございます。
 いま先生から御指摘ありましたように、この問題は、男子の長髪化に伴いましていろいろ社会風俗の変化がございまして、理容、美容両業界の業務の範囲ということにつきまして問題がずっとあったわけでございますが、厚生省としまして、両業界の話し合いを通じまして調整を図るのが適当であると考えまして、一昨年以来理美容問題検討委員会というもので検討しておりまして、最近、昨年末に最終的に合意に達したものでございます。それを踏まえまして今回十二月の末に局長通知を出したわけでございますが、こういういきさつがございます。
 したがいまして、先生御指摘のただいまの条項につきましては、これらの通知は廃止ということにいたしましたけれども、その精神あるいは従来の方針ということは変わりはございません。
○村山(富)委員 これは衛生局長から各県の担当の部長なら部長に出している文書ですし、今度は部長が保健所を通じて指導するわけですから、だからそこらの点は明確に、やはりきちっと指導できるような文書にしないといかぬのじゃないかと思いますから、その点はひとつ徹底するようにお願いしておきたいと思うのです。
 それから、それに関連をしまして、パーマネントあたりへ行きますと、パーマネントウエーブ用剤を使いますね。この用剤につきましては、四十一年の十月五日付で薬務局長から通知が出されておりますが、それを見ますとこういうふうに書かれておりますね。「本品は皮膚に附着すると、かぶれなどの皮膚障害を起こすことがあるので、頭皮、顔面、首筋等に薬液が附着しないよう留意すること」なお「特異体質の者または頭皮、顔面、首筋、手等に腫物や傷などがある者は薬液が皮膚や傷口に附着した場合、激しい障害を起すこともあるので、使用を避けること」こういう注意書きをつけた文書を出していますね。これは使い方によっては大変危険性を持ったものだというふうに理解をされるわけです。ところが最近、聞くところによりますと、一部の美容所などにおきましては、このパーマネントウエーブの用剤基準は変わらないのに、チオグリコール酸を主剤としたコールドパーマ液を用いて、酸性トリートメントウエーブ液と称してこういう宣伝をしているわけです。それは髪や皮膚を傷つけない、それから酸素を与えて血液をきれいにし老化を防ぐ、弱酸性液は殺菌力があり収斂作用もあるのでしわがふえない、あるいは体内に蓄積された中毒物質を排せつする作用がある、こういう宣伝をしながら扱っているところもあるやに聞くわけです。こういう実態を知っておるかどうか、もしその実態を知っておるとすればどういう措置を講じておるのか、お尋ねしたいと思うのです。
○本橋政府委員 お答えをいたします。
 チオグリコール酸を含有いたしておりますパーマネントウエーブ用剤につきましては、薬事法四十二条二項の基準を設けまして、そして一品目ごとに医薬部外品といたして承認をしておるわけでございます。医薬部外品のパーマネントウエーブ用剤につきましては、毛髪にウエーブを持たせ保つという効能が認められておるわけでございまして、それ以外の、いま先生が御指摘の髪を傷めないとか、あるいは殺菌力があるとか、あるいは老廃物、中毒物質を排出するとか、そういうようなことはこのパーマネントウエーブ用剤については認められておらないわけでございます。したがいまして、そういったようなことを、たとえば商品の添附文書であるとかあるいは容器に書きますと、これは薬事法六十条の規定の違反になりまして、販売あるいは事業の禁止ということに相なるわけでございます。また、これの広告等が行われる場合におきましては、薬事法六十六条の虚偽誇大広告の禁止という条項にかかりまして取り締まりを受けるということになるわけでございます。
 そして、ただいま御指摘の件につきましては、二年ぐらい前に、さる美容雑誌だと思いますが、こういう記事が掲載をされまして、それにつきましては厳重な警告を発しておる事例がございます。ただし、いわゆるメーカーが出した広告ではございませんで雑誌の記事でございますので、なかなかやりにくい面があるのでございますが、業者を呼びまして警告を発したということを聞いております。
○村山(富)委員 私は、そういうことは間々起こりがちだと思うのです。やはり売る方は買ってもらおうと思って、誇大なことを言ったりなんかすることはあり得ることですからね。ですから、そういう必要以上の混乱を避けるためには、やはりこの種のものは、たとえば有効期限を入れるとかあるいは成分を明示するとか、こういうことが必要ではないか。そうでないと、たとえばパーマネントウエーブをかけに行った人が、美容師さんなら美容師さんから、これはこういう成分があっていいんですよと、こう言われて不当に高く買わされているような向きもあるように聞いていますから、そういう点はできるだけ消費者の立場も守りながら健全な運用をしていただくという意味から、そういうことは当然考えてもいいことではないかというふうに思うのですが、どうですか。
○本橋政府委員 ただいま御指摘の成分表示等につきましては、ただいま検討をしております薬事法の改正案におきましてもそういう趣旨で進めております。また、従来から設けております薬事法四十二条第二項の規定によります厳格な品質基準というものも十分に守って、そして消費者に迷惑のかからないよう、また、そういったかぶれ等の障害の起きませんように十分注意をして進めてまいりたいというように考えております。
○村山(富)委員 これはひとつぜひ有効期限や成分については明示をして、そういうことが起こらないように、また不当な価格で売りつけられたりすることのないように配慮をしてもらいたいと思うのです。
 それからもう一つ、染毛剤ですけれども、これはやはり同じく薬務局長ですか、公衆衛生局長ですかの通達によりますと、この染毛剤を使う場合あるいは施術をする場合に、四十八時間前に皮膚の試験をしなければいかぬ、こういうふうになっていますね。ところが、実際に染毛しようとする人が美容所に行って、染毛してくださいと言ったら、あなたは四十八時間前に皮膚の試験をしないと使えませんよ、なんということにはならぬと思うんだ、私は実際問題として。そういうように実際に活用されないようなことであるとするならば、もう少し何か方法があるんじゃないかと思うのですけれども、その点はどうなんですか。
○本橋政府委員 ただいま御指摘の染毛剤に関しますパッチテストにつきましては、染毛剤がいわゆるフェニレンジアミンとかその他、いわゆる酸化染料と称します染料を使用しておりまして、体質あるいは健康状態によりましてはかぶれという現象が起こるわけでございまして、それを予防するためには、どうしてもパッチテストというテストが現在の皮膚科的なテストとしては最良の方法であるというふうに私どもも考えておるわけでございまして、特に遅発性のかぶれ、つけた直後でなくて、だんだん発生してまいりますかぶれ等につきましては、どうしても四十八時間程度の観察が必要ということにされております。したがいまして、今後もっと簡便な、非常に正確ないい方法が発見されますと、これは検討に値すると思うのでございますけれども、現在の段階では、染毛されます方のかぶれというのはやはり相当な障害でございますので、それを予防するためにはぜひともやっていただかなければならぬというふうに私どもは考えておるわけでございます。
 ただし、従来とも同じような種類の染毛剤を使って染毛されておるというようなことであれば、多少はパッチテストを簡略化するということもあり得るかと思いますけれども、大体アレルギー反応がございますので、感作をされてまいりまして、前回まで大丈夫だったものが次回でかぶれるというケースもないわけではございませんので、その辺を考えますと、できるだけパッチテストを励行していただきたいというふうに考えているわけでございます。
○村山(富)委員 それはあなた方薬を扱う専門の方から考えるとそういうことも必要かと思うのですけれども、実際にこの染毛剤というのは市販されているわけでしょう。ですから専門家が扱うだけでなくて、一般の家庭でも扱っているわけですよ。一般の家庭の方が四十八時間自分で皮膚の検査をして、それから使うなんということは実際に考えられませんし、同時にさっき言いましたように、美容院なら美容院においても、あなたは四十八時間試験しなければ使えませんからというようなことを言ってやっている美容院も、ぼくはないと思うのですね。だからそこらの点は、もちろんそういう慎重な前提を踏まえて使わなければ危ないというものであれば、やはり慎重な扱いをする必要があると思いますけれども、それは実際に使えるような、実際に活用されるような方法を考えないとちょっと無理があるんではないかというように思いますから、その点はひとつぜひ今後検討しておいてもらいたいと思うのです。
 それからさっきもちょっと触れましたように、これはもう一般に市販をされて、それぞれの方が家庭でもどこでも自由に使えることになっているわけですから、この染毛剤の扱いについては相当細かな注意が必要だし、配慮が必要だ。いま申しましたように四十八時間かかって皮膚の検査をしなければ使えないくらいなものですから、大変危険が伴うのではないかと思うのです。これはさっき申し上げましたパーマネントウエーブの溶液にしても、あるいはこの染毛剤にしても、そういう扱いをされているところにやはりちょっと心配になる点もあると思いますね。現に私は事故はあると思うのですよ。ですから、今後薬事法の改正等とも絡めて、医薬部外品の安全性についてはよほど慎重な洗い直しが必要ではないかというふうに思うのです。その点をひとつ最後に、時間もありませんから大臣にそうした点についての見解を聞いておきたいと思うのです。
○橋本国務大臣 同様の感じを私どもも持ちます。近い将来において御審議を願うことになるであろう薬事法の中において、いま審議官にも確かめてみましたが、そうした部分に対応できる準備を整えておるということでありますので、そうした角度からの御議論が願えるであろうと思います。
○村山(富)委員 時間が参りましたのでこれでやめますけれども、ぜひひとつそういう点は、単にいま申し上げました薬品だけでなくて、そうした部類のものもたくさんあるわけですから、そうしたものを一遍洗い直して、安全性については十分確保するということをしっかりやってもらうように強く要請して、終わります。
○森下委員長 次に、草川昭三君。
○草川委員 公明党・国民会議の草川昭三でございます。
 私は、いま世間で非常に話題を呼んでおります京都の医療法人十全会グループによる大量の株の買い占め問題を取り上げながら、後半、いわゆる厚生省が診療報酬の不正請求で保険医の指導、監査を強化するという通達を出しておるわけでございますが、それが具体的にどのような形でやられようとしておるのか、この点について質問をしたい、こういうふうに思うわけであります。
 医療法人というのは当然医療法の適用を受けるわけでございますけれども、医療法の第四十二条に業務の範囲というのがあるわけでございます。その業務の範囲を超えるかどうか、まず基本的な見解を賜りたいわけであります。
 それはどういうことかと言いますと、具体的に一つ例を挙げますけれども、京都の医療法人の十全会というのはいろいろな関係の子会社グループもあるわけでございますし、このグループによりまして、けさもある新聞にも出ておるわけでございますけれども、朝日麦酒の株をかなり、推定でございますけれども、これは私きょう確かめてきたわけでございますが、明確に会社の方も何株だということは言っておりませんが、少なくとも二千万株を超すであろう、あるところでは二千五百万株だ、こう言っておりますけれども、大量に買い占めておる。こういうようなことは医療法四十二条の業務の範囲を超えるのかどうか。まず基本的な見解についてお伺いをしたいと思います。
○佐分利政府委員 投機的な利益を目的といたしまして大量の株の売買をすることは、医療法に定める業務の範囲を超えるものではないかと考えております。つまり医療法に抵触するおそれが非常に強いと考えております。
○草川委員 そういうことになりますと、具体的にちょっとお伺いをしたいわけでございますが、たまたま朝日麦酒の場合は、東京証券取引所の方へ私どもも調査をいたしてまいりましたけれども、ただいまのところ、証券取引法違反になるかならないか、もう少し推移を見たいというわけでございまして、現在までのところ、株価形成上不公正な取引のところまでいくかいかぬかということでございますが、過去にずいぶんいろいろな実績があるわけでございます。たとえば昭和五十一年の五月に宝酒造を法人名義で約二千五百万株購入しておる、こういうわけであります。ほかの法人名義でも六百七十万株持っておる、こういうことでございます。しかも十全会病院というのは、十全会というのと双岡病院、ピネル病院、それぞれ理事長と理事長の奥さんが責任者になって登録されておるわけでありますけれども、いろいろなものを合わせましても、十全会の名義だけでも二百八十七万株も持っておった、こういう事実があるわけでございますが、そういう過去の事実について厚生省として何か調査をなされたことがあるかどうか、お伺いします。
○佐分利政府委員 特に調査したことはございません。関係方面の情報を若干収集した程度でございます。
○草川委員 京都府の衛生部がこの問題について調査したというような報告は、厚生省の方には上がっておらないわけですか。
○佐分利政府委員 厚生省には参っておりません。
○草川委員 本当に厚生省が知らぬ、存ぜぬというお立場ならば、たとえば私がいま申し上げましたように、少なくとも宝酒造の二千五百万株をこの十全会が買い占めておったとするならば、先ほどおっしゃられました医療法の四十二条、業務の範囲を超えるのではないかという答弁と矛盾をするのではないでしょうか。
○佐分利政府委員 事実そのような株式投資が行われているならば、ただいま先生が御発言のとおりでございます。
○草川委員 じゃ、このとおりだとするならば、完全に医療法の業務の範囲を超えておるということを認められたわけでございますが、たとえば問題提起をすることについて、今後事実調査をなさることをお約束できますか。
○佐分利政府委員 衛生当局といたしまして、できるだけの範囲内で調査をいたしたいと思います。なお、こういった問題については専門家の協力が必要であろうかと思っております。
○草川委員 専門家の協力が必要だということは、それはそれなりにいいわけでございますけれども、実際上は、京都府の衛生部というのは厚生省の指導を得て、法人買いは多少無理じゃないかというので、この宝酒造については売却をしたらどうだという勧告をしておると私どもは伝え聞いておるわけであります。
 この点について、さらにもう一つ突っ込んだことを言いますと、十全会は京都銀行というものの一・九%、第三位の株主でもあるわけであります。つい最近出ました「会社四季報」という、いろいろな会社の株式の現有高を示す一番オーソドックスな本がございますが、この八百五十五ページに、京都銀行の株を二百五十一万株十全会グループとして持っておるということが明記をされておるわけであります。これは第三位であります。しかも京都銀行というのは地元でかなり大きいわけでございますけれども、これは財産保全という程度の範囲内で認めたらどうだろうかという、京都府衛生部の指導があるやに聞いておるわけでございますが、そのことも厚生省は御存じないわけでございますか。
○佐分利政府委員 私どもは聞いておりません。
○草川委員 聞いてないということをあくまでもおっしゃられるわけですから、それを信用せざるを得ないわけでありますけれども、それでは、この京都銀行の第三位の株を持たれたということについても、私が先ほど質問を申し上げましたように、厚生省としては事実を調査する、こういうことをお約束できますか。
○佐分利政府委員 先ほどお答えいたしましたように、この問題の調査の一環として、京都銀行株の取得状況についても調査をしたいと思います。
○草川委員 では最初にまた戻りますけれども、朝日麦酒の株について、これが二千五百万株か二千万株かわかりませんけれども、会社の方は、推定だけれども二千万株を超すであろうというものが十全会グループによって買われておるということを言明しておるわけでありますから、この点についても、厚生省としては調べられますか。
○佐分利政府委員 調査をいたしたいと思います。
○草川委員 調査をしたいというお話でございますから、ひとつその調査の結果については、私どもの方にもぜひ明示を願いたいと思います。
 そのほか、実は高島屋というところに対しては名義がすでに八百六十万株も出ておるということがあります。これも専門家の方々によりますと、推定では二千万株を超すのではないだろうかとさえ言われ、さらに有名な企業であります立石電機三百万株、こういうようなものが出ておるわけでございますが、いずれにいたしましても、これはこの医療法人の十全会だけではなくて、子会社の関西食品だとかあるいは関西医薬だとか、いろいろな関連企業グループで、しかもお金は一カ所から支払われておるという、こういう調査があるわけであります。一般の商法の中には、関連会社の企業動態を親会社と一緒になって調べるという、いわゆる連結決算でいろいろと株主に対して保護をするというのがあるわけです。たとえば医療法人についてはそれとは全然別ではございますけれども、少なくとも、今後医療法人の経営実態をつかむためには関連会社もあわせて、いわゆる動向というものを把握する必要があると思うのですが、その点について厚生省としてはどういうようなお考えを持っておみえになりますか。
○佐分利政府委員 医療法人そのものの決算につきましては、その会計年度終了後二月以内に法人の方から届け出が行われることになっております。ただ、関連会社がございます場合に、そういったものまで衛生当局が調べることができるかどうか、法律上の問題もございましょうし、また、先ほど株式調査のところで申し上げましたけれども、こういった問題についてはかなりの専門家の協力も必要であると思います。したがって現時点におきましては、私どもは、医療法人そのものの決算をよく精査をするあるいは資産の状況を調べるということでどうかと思っておりますけれども、先生の御提案でございますから、その点についても検討はいたしてみたいと思います。
○草川委員 御参考までに申し上げておきますと、この医療法人十全会の双岡病院を初めといたしまして、関西食品だとか、それから関西理容サービスだとか、関西商事だとか、関西衛生材料サービスだとか、全部で二十を超す子会社があるわけでございますが、実は当初資本金八十万円、そうして倍額増資で百六十万円あるいは三百万円程度の資本金なんでございますが、こういうところが総トータル百億近い金を動かして、大量の株の買い占めに走っておるということが事実だとするならば、当然この関係会社に対しても、厚生省としては、専門家の協力を得るのも結構でございますけれども、十分な努力をしていただきたいと思うのですが、その点についてどういうお考えでございますか。
○佐分利政府委員 関係方面とよく協議をさしていただきたいと思います。
○草川委員 これは国税庁の方にお伺いをいたしますけれども、私、いま取り上げましたように、事は医療法人の問題と関連する子会社の関係でございますが、少なくとも一般世間の社会的常識の範囲を超える、本来は医療そのものに対して真剣にいろんな御努力をなすっていただかなければいかぬ、専任を義務づけた医療法のこういう団体がこういう過大な株式投資に走る、しかも投機に走るのではないだろうかというおそれが十分あるわけでございますけれども、そういうものに対してどのようなお考えを持っておみえになるのか、お伺いします。
○山本説明員 国税当局といたしましては、すべての納税者の申告の内容につきましてできる限りの情報、資料を検討いたしまして、平素適正な課税が行われますよう配意しているところでございます。
 ただいま先生お尋ねの十全会グループにつきまして、世上いろいろ報道等がありますことにつきましては、深い関心を持っておりまして、そういったことも資料、情報の一つとして十二分に活用してまいる所存でございます。
○草川委員 厚生省の具体的な調査と相まって、いわゆる法人税上の具体的な問題が出るならば、これは国民的な関心にもなるわけでございますし、悪い点は悪い点としてのうみを出さなければいけないわけでございますから、その点についてはより一層の、関心だけではなくて、具体的な行動というものを十分とっていただきたいと思いますし、ただいままでのところある程度の調査活動をなされてみえるかどうか、お伺いしたいと思います。
○山本説明員 特定の納税者につきましてのお尋ねでございますので、個別的な御説明は差し控えたいと思いますけれども、先ほどの答弁のとおり、十二分に関心を持って対処をいたす所存でございます。
○草川委員 守秘義務というものもあるわけでございますからあれでございますが、私どもの趣旨を体して十分な対応をしていただきたいということをお願い申し上げます。
 そこで、後半に移りますけれども、十全会のグループ、双岡病院を初めいろんなサナトリウム等もあるわけでございますけれども、具体的に経営体質について質問をしたいと思うわけでございます。
 まずたくさんの問題があるわけでございますが、一つ、大部屋に入院をしている患者に、大部屋にテレビがあるわけでございますけれども、一カ月二千五百円の聴視料を取っているわけでございます。それは個人のベッドに自分が必要に応じてテレビを置くという場合はどこの病院でもありますし、いわゆる電気代であろうとNHKの料金であろうと払う場面があるわけですが、大部屋に入院をしたがゆえにテレビ聴視料をいやでも取られるということについて、これは差額徴収になるのではないか、この点についてどうでしょうか。
○石野政府委員 大部屋の患者が共同で利用するような場合にその費用を徴収することは、これは私の方は適当ではないというふうに判断いたしておりますので、事実をよく調べた上で対処してまいりたいと思います。
○草川委員 では、事実を調べてその事実があるならば取りやめる、こういうことでございますね。
 ではもう一つ。やはり入院患者の方々、老人の方々が多いわけでございますが、当然寝たきり老人でございますからあかなんかも出ますので、頭を洗ってほしいということで、これはそういう要求がたくさんあると思うのですが、これは週一回九百五十円の実費を取っておるというのですが、これも差額徴収になるのかどうか、お聞かせ願いたいと思います。
○石野政府委員 これはいろいろなケースがあると思いますけれども、私どもが指導をいたしておりますのは、寝たきり患者等そういう方で、自分自身で洗髪ができないという方がおられます。そういう人たちについては当然病院の責任において行うべきものでございますので、これは看護の範囲内に入る、こう思っておりますので、もしそういう人たちに対してまでの費用を徴収するということであれば、これはやはり問題でございますので、先ほどの問題と同じように調査いたしまして善処いたしたいと思います。
○草川委員 では、直ちに調査をし、実行をしていただきたいと思います。
 次いで、双岡病院のベッド数と入院患者の比較でございますけれども、私どもの調査ですから、これは厚生省の方にも昨日申し上げておりますから、食い違いがあるならば私の方は撤回をいたします。五十三年、去年の十一月三十日現在では、双岡病院のベッド数は千四百三十七床というけれども千七百二人が入院をしておる、同じくピネル病院は四百十四床でございますけれども四百八十五人の入院患者をとっておる、東山サナトリウムは九百床でございますけれども千五十九人という調査報告があるわけですが、これは一体事実かどうか、御答弁願いたいと思います。
○佐分利政府委員 そのとおりでございます。
○草川委員 私は、実はこれは否定をされると思っておったのですが、そのとおりだということになりますと、ベッド数よりたくさんの入院患者がおるということについて、どのような御判断を持ってみえるのですか。
○佐分利政府委員 ベッド数より入院患者がたくさんいるということは好ましいことではございません。ただ、緊急の場合とかまた特に精神病院の場合には、普通の病院のように洋式のベッドがございませんで畳の部屋というのが少なくないわけでございます。そうすると洋式のベッドほど患者の数がはっきりと決まらないわけでございまして、少し余分に患者が収容されるということがございます。また地域によっては精神科の病床数が不足しておりますので、やむを得ず超過して収容しているというところもあるわけでございますけれども、この十全会系の病院のように二〇%近くも超過して患者を収容するということは、大変問題がございます。かつてもそのような状況にございましたので、四十九年から五十年にかけて行政指導をいたしまして、一時は七%程度まで下がっていたのでございますけれども、また最近もとのように一〇%を上回って二〇%近くになるというような状況になってまいりました。したがって、もう一度これらの病院に対して強力な指導をいたしたいと考えております。
○草川委員 四十九年から五十年にかけて過去そういう指導を具体的にしておる、どちらかと言えば非常に要注意の病院が世上言われるような株の買い占めに走っておるわけですから、私は厚生省は知らぬというのはおかしいと思うのですよ。知っておるはずですよ。そういうことは前向きに事実は事実として表明をして、悪い点をなくしていくということをしない限り、私は今日の医療行政というものは抜本的に解決にはならぬと思うのですよ。これはもう厳重に――二段ベッドを使っておるという説もございます。そして医療監査があったときには看護婦の詰め所も全部そこへ入れてしまう、あるいは職員の休憩室も臨時にベッドになるというようなことすらやっておるわけですよ。しかも監査の前日は、予告監査でありますから、職員あるいは患者に対して想定問答集まで配っておるわけですよ。そういう事実があるわけですから、そのようなことについても御存じないですか。
○佐分利政府委員 四十九年当時もこの二段ベッドが医学的に非常に問題になりましたので、強力な指導を行いまして、二段ベッドは取りやめてもらったわけでございます。その後毎年一度は医療監視を医療法に基づいて行っておりますが、五十三年度の医療監視のときも、われわれは二段ベッドは確認しておりません。指導どおり普通のベッドになっているという報告を受けております。
○草川委員 じゃ、二段ベッドはないけれども、大部屋では二割以上の患者を収容しておる。同様系列の三つの病院で、一つだけならたまたま地元からの要請もあって受け入れたという場合があるわけですけれども、三つの病院が同じように定員以上詰め込んでおるという事実は、私は見過ごすわけにはいかぬと思うのですね。ひとつ厳重な対策を立てていただきたい、こう思います。
 時間がございませんので、最後に、実は医療法人十全会精神科京都双岡病院の、昨年の七月に発行をいたしました診療報酬明細の部分的な写しを私は手にしておるわけであります。これは名前はもちろん伏せてあるわけでございますから触れませんが、年齢だけひとつ申し上げておきましょう。男の方で明治三十年生まれ、老人の方であります。傷病名は全部で九つついております。脳動脈硬化性痴呆、慢性気管支炎、虚血性心疾患、それからこれはちょっと字が小さくて読めませんけれども、何か腰を圧迫して骨折をした両下肢運動障害、慢性胃腸炎、皮膚炎、肺性心及び脳循環不全とか、ずっとたくさんなものがとにかく並べられておるわけであります。
 厚生省のこの通達を見ますと、不正請求、不正診療の中の一つにも、極端に診療点数が高いものあるいはその他の病名が多いものというのも対象になっておるわけでございますが、これが一カ月に十一万三千九百八十三点でございますから、お金にしまして、診療報酬の金額にしますと百十三万九千八百三十円の請求ということになります。老人の方で寝たきり老人です。私はお医者さんに聞いてみなければわかりませんから具体的なことを言いませんけれども、少なくとも他のお医者さんに言わせると、これはやはりちょっとおかしいと言うのですよ。一カ月に百十三万円も請求をする金額になるのもおかしい。しかも内容を見てまいりますと、注射料、これが一カ月の間に皮下筋肉内注射が九十回、静脈の中に入れるのが一回、その他が六十回ですから、百五十一回も注射を打っておるわけです。明治三十年生まれのお年寄りですよ。百五十一回も一カ月に注射を打ったら、それだけでも病気になるじゃないですか、いかに理屈があっても。こういうような内容についてどういうようにお考えになられますか。
○石野政府委員 いまの一例をもってではなかなかお答えにくいわけでございますけれども、一般的に、たとえば足骨折でございますか、足骨折で入院した場合だけでも大体月に三十万円程度の費用はかかるわけでございます。いまのお話では、そのほかにいろんな傷病名がついておりますので、それが事実であるとすれば当然その程度の金がかかると思うわけでございますが、問題は、そういう症状を持っておる者について常時そういうものをたくさんやっておられるということであるかどうか、これが一つ問題ではないかと思うわけでございますが、この一件だけで私ども判断はしかねるわけでございます。
○草川委員 もう一つ同じような内容でお伺いをしますが、検査料というのがあるんですよね。検査料というのは、いろんな検査をやれば当然請求点数というのは高くなるわけでございますけれども、これは非常におかしいのです。検査料の中に皮内反応テストというのがあるのです。二回で四十点です。これは大したことないでしょう。ところがそこに薬剤として一万一千八点、約一万一千点です。検査料だけで十一万円もの薬を入れるとするならば、皮内反応テスト二回というのはおかしいわけですよね。こういうような検査料の請求等についても、われわれ素人が見てもどう考えてもおかしい内容があるわけであります。こういうような点は、厚生省の通達にあります極端な高額請求も対象にするという、一月二十五日の石野保険局長名の通達の対象になると思うのですが、これはどうでしょうか。
○石野政府委員 私の方の通知を出した趣旨は、従来不正請求については当然指導、監督をやってまいりましたけれども、不当と思われるものについても特に医学常識から離れたものについては今後指導、監督をしますということをはっきり明示して、四つのパターンを決めまして明示いたしたわけでございます。
 その中で、特に一番目の常識的に外れました高額な医療費一件当たりの点数が常時非常に高いというような問題に該当するかどうかというお話であると思いますけれども、これはやはり、その中にも明示いたしましたように、多くの患者について幾つもの病名をつけていろんな検査をやり治療を行うということが、医学常識から判断いたしまして不当であるという場合について言っておるわけでございまして、なかなかいまの一件だけで云々というわけにはいかない。しかし、いずれにいたしましても、そういう御指摘でございますので、都道府県の保険課を通じましてよく事情を調べてみたいというふうに考えておるわけでございます。
○草川委員 今度の予算には、いわゆる厚生省の方も特別の要員というのですかGメンというのですか、いろんな予算措置もついておるわけでございますが、いろんな訓練で秋ぐらいになるだろうと言いますが、私は、十全会の問題についてはぜひひとつ今度の対象にしていただきたいと思うわけであります。いいことはいい、悪いことは悪いで、
 これは明確にしていく必要があると思うのですよ。そうしませんと、まじめに精神病院に取り組んでおみえになります病院の開設者の方々にも大変御迷惑なことだと思うので、私は明確にしていただきたい。
 時間がありませんので、最後に橋本厚生大臣に、私がいま取り上げましたように非常に重要な医療法人の具体的な一つの動きがあるわけでございますが、新大臣とされて非常に張り切っておみえになるわけでございますが、このような具体的な問題提起に対して大臣として一体どのような対応策を立てられるのか、ひとつ大いにがんばって督励をするというようなことをぜひ言っていただきたいわけでございますが、御見解を賜りたいと思います。
○橋本国務大臣 いま草川さんの御調査になりました内容に基づいての質疑を拝聴しておったわけでございますが、伺っておる限りにおいて、はなはだ好ましくないと感じます。この予算が通過しました時点において、社会保険診療報酬に対する指導、監査の要員等も厚生省は確保するわけであります。そうした体形の中でこうしたものについても事実を調査し、直させるべきところは直させ、適法な処置をとるように努力をしていきたいと感じます。
○草川委員 大臣の声明を具体的に実行されることを特に要望いたしまして、私の質問を終わります。
     ――――◇―――――
○森下委員長 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。平石磨作太郎君。
○平石委員 私は戦後の、戦闘が終わってから引き揚げ業務に従事をされました日赤の救護看護婦、この救護看護婦が四千六百八十八名、そのうち三十二名の方々が海難事故死あるいは公務起因によるところの疾病によって死亡しておりますが、これらの処遇についてお伺いをしてみたい、こう思います。
 一応事実を申し上げねばなりませんので、ちょっと事実を申し上げてみましょう。
 日本赤十字社が戦争中に派遣していた救護看護婦は、旧日本赤十字社令に基づき、陸海軍の戦時衛生勤務を幇助することを目的としていたので、終戦及び軍の解体と同時にその任務を終わるわけであった。したがって終戦の際、内地の陸海軍病院等に派遣されていた日赤救護班は、当初、軍の命令により、各配属部隊の復員とともに編成支部に復帰し、その任務を解かれることになっていた。
 ところが、そのような事態の急変の中で、直ちに日赤救護班が引き揚げてしまうと、それまで続けられてきた旧陸海軍病院における傷病者救護の業務に重大な支障を来すため、これらの病院を移管された政府機関(軍事保護院並びに厚生省医療局)からの要請により、日本赤十字社では、引き続き救護班を派遣することとし、これに関する協定を取り交わした。
 つまり、戦時勤務のために派遣されていた日赤救護班の大部分は、終戦後も、国の要請に基づいて引き続き残留勤務することになり、当該救護班の編成人員のうち病気、家庭事故、一身上の都合で解任した者については、その補充を日本赤十字社が行うことになった。
 なお、戦後の残留勤務に服していた救護班の要員であって、派遣先の国立病院から病院船に配乗勤務を命ぜられた救護員の数は六百三十名を数えておる。
 こういう中で、今度どういう海難事故があったかということでございますが、公務によって死亡したという佐世保沖の海難事故による死亡。
 昭和二十一年六月二十八日午前九時三十分ごろ、長崎県佐世保港内に停泊中の病院船VHOO1号(アルニタ号)及びVHOO7号(ウィークス号)に乗船勤務中の救護員は、公務による上陸のため、沖回り連絡船「藤栄丸」(十五トン)に便乗したところ、同船は、佐世保桟橋に向け航行中、午前九時四十分ごろ、埠頭信号所沖にて、風浪のため突如転覆沈没し、救護看護婦十三名が遭難死亡した、こういうことでございます。
 そして、この事故について、VHOO7号病院船衛生班から次のような状況報告が寄せられておる。その状況報告によりますと、当日、本船衛生班長吉田徹の命により、薬品受領のため国立川棚病院に出張することになった雇員徳地信一及び日赤救護員四名は、当日の外出者十名とともに、九時三十分ごろ、たまたま本船に来合した船舶運営会所属の定期上陸船「藤栄丸」に便乗し、佐世保桟橋に向けて出発した。当日、風浪やや強きため、船体の動揺はなはだしく、船内は相当浸水していたが、本船を離れること約五百メートル付近で、突如船は左舷に傾斜し、数名の乗船者が海中に投げ出された。満載の乗船者は一時に動揺を来し、ために同船は均衡を失って右舷に深く傾斜し、瞬時にして転覆、そのまま沈没し、乗船者は全員海中に投げ出された。付近航行中の舟艇数隻は直ちに現場に急行し救助に努めたが、風浪強きため意のごとくならず、多数の遭難者を生じた。これが海難事故でございます。
 次に、公務起因の疾病による死亡というのが五名ございます。これは、戦時中に召集を受けて内地の陸海軍病院に派遣され、戦後も引き続いて残留勤務を命ぜられていた救護員のうち、昭和二十年十一月三十日までの戦傷病者戦没者遺族等援護法の適用期間経過後、すなわち旧陸海軍病院が国立病院に移管された日、昭和二十年十二月一日以降の勤務における公務上の疾病によって死亡した者は五名である、こういうことでございます。
 それから戦後派遣の救護員、これは厚生省からの要請により、国立病院、引揚援護局検疫所及び病院船勤務のために派遣した救護班の編成要員(看護婦)であって、連日の激務による過労並びに不衛生な環境による伝染病の感染等に起因する疾病にかかり、在職期間内または在職期間経過後に、これがため死亡した者、これが十四名、合計三十二名ということでございます。
 以上が事実関係でありますが、この引き揚げ業務に協力をした看護婦さん、そしてこの引き揚げ業務に協力をした日赤、これは日赤の任意な業務の協力であったのかどうか、お伺いしたいのであります。
○河野(義)政府委員 いま先生が当時の資料を読み上げられましたが、そのとおりの事実でございまして、私ども、この方々の戦後の引揚船における御苦労とか、あるいは亡くなられたことにつきましては、大変お気の毒に思っております。
 この人たちについての援護の問題でございますが、御承知のように援護法は、戦時業務について一定の要件を備えておる者を対象にしておるわけでございまして、この引き揚げは戦時業務ではないわけでございます。いろいろ資料から見ますと、この引揚船における衛生業務につきましては、日赤の事業の一環としてなされておるようでございますし、いろいろ実施につきましての協定もございますが、給与その他については日赤が支弁するとか、あるいは亡くなられた方につきましては弔慰金とか扶助料とかそういう制度もございますので、そういう制度のもとにおきまして所要の措置がなされておると思いますし、この問題につきましてはひとつ日赤の責任で処理されるのが適当ではないか、かように考えておるわけでございます。
○平石委員 私がお聞きしたのは、日赤が任意にやったのかどうかというその一点です。ほかのことは要りません。
○河野(義)政府委員 この業務につきましては、先ほど先生から御説明がございましたように、日本赤十字社救護班派遣に関する協定が医療局長官と日本赤十字社社長の間で交わされておりまして、医療局長官の協力要請に応じて日赤が救護班を派遣された、こういう形になっております。
○平石委員 任意ではない、そういう要請に応じて協定に基づいて行った、こういうことですね。
 そこで、この引き揚げ業務というのは国の行為ですか、何でしたか。
○河野(義)政府委員 引き揚げの業務は国の責任において実施いたしておるわけでございます。
○平石委員 そういたしますと、国の業務に日赤に要請をして協力を求めたという形になるわけです。そうすると、いま事実関係を申し上げましたこれらの看護婦さんについては、これは国の業務に協力をしたということに相なろうと思う。そうであるのなら、いま審議されております戦傷病者戦没者遺族等援護法は結局戦時中の軍人軍属、いわゆる戦時中の者についての処遇の法律であって、それ以降におけるところの引き揚げ業務については関係ないので、日赤さんの方で処理したらどうかというお話が先ほど局長からありましたが、ところが、いまの話とさっきの話とではどうも矛盾が出てまいります。国の行為として日赤に協力を要請し、日赤がそれに派遣をした、こうなりますと、日赤がこれを処理するということは国の責任逃れではないかと私は思うが、どうですか。
○河野(義)政府委員 引き揚げ事業全体については国の責任において実施したわけでございますが、その中のいろいろな個々の業務がございます。たとえば輸送中の衛生管理の問題あるいは船舶をどこから確保するか、その乗組員はどういうふうにするか、いろいろあるわけでございますが、その中のいわゆる衛生管理については日赤の協力を得てその部分を担当してもらった、それから船舶については船舶運営会が担当するとか、そういう一つの役割りの分担がございまして、その部分についてはそれぞれのところが責任をもってやる、その場合に、協定に基づいてそれぞれ明確に役割り分担を決める、こういうことでございます。
○平石委員 日赤は国の機関ではない、だからこの引き揚げ業務については、戦後マッカーサーが覚書を日本政府に交付しておる、それに基づいてやっておるわけですね。だからマッカーサー指令で、連合軍司令官の日本政府あて覚書、引き揚げに関する基本指令、これが一番のもとになっておろうと思う。それに基づいて日本政府は引き揚げ業務を行った。それには、各所管省においてそれぞれ所管しておることについてはやった。ところが、この引き揚げ業務について厚生省は、政府の機関の一つとして日赤さんにもお願いをして看護婦の派遣を願った、こういうことになっておると思うのですよ。だからこの指令の中の引き揚げに関する基本指令付属五号の二のA、B、これらから見てみましても、日本政府は引揚船には看護人も乗せなさい、それから医師も乗せなさい、指令にぱしっと出ておるわけです。そういうことに基づいて厚生省が行った、こういうように私は理解ができると思うのです。
 この経過を見てみますと、陸海軍が廃止をされたのが昭和二十年十一月三十日です。これは終戦になりまして戦闘行為が終わりますと陸海軍がもう事実上解体された、そういうところから軍事保護院ができておったわけです。そして陸海軍が廃止と同時に同日廃止となっております。それと同時に第一復員省、第二復員省、これは陸海軍のことです、これができて、これがまた二十一年三月三十一日で廃止になって、内閣総理大臣がこれを継承した。この復員省では軍人を引き揚げる、いわゆる軍人の復員という形になっておるのです。それから今度は、復員省を廃止して内閣総理大臣が承継をし、それから二十一年六月の十四日に復員庁というのができた。これが第一復員局、第三復員局というものになっております。それから三十二年の十月の十五日に第一復員局、第二復員局を厚生省が引き取った。そして一方には、一般邦人の引き揚げのために引揚援護院というのが二十一年の三月十三日にできておる。この引揚援護院は、厚生大臣の管理に属し、引き揚げ者の応急援護を行う、こうなっている。そしてそれが二十三年の五月三十一日に引揚援護庁になっておる。そしてこれは厚生大臣が所管する。こうなっておりますので、そこらあたりから、厚生省の医務局が日赤に要請をして協定を結んでおるという経過になっておるわけです。そうしますと、ただ、これは日赤が協力をして、日赤で処理をしていただきますということでは私は済まされぬと思う。もう一回御返事をいただきたい。
○河野(義)政府委員 引き揚げの業務につきましては、いま先生がおっしゃいましたように復員省とか復員庁あるいは厚生省引揚援護庁、そういうところで引き継いで担当してまいったわけでございますが、実際の引き揚げの業務につきましては、全体についての責任は厚生省が持って実施するわけでございますが、その中のいろいろ特殊の部門につきましては、日赤とかあるいは船舶運営会の協力を得て実施いたしたわけでございます。その際に分担とか責任、そういったものを明らかにし、円滑に実施するために、そういう協定が結ばれているものと私は考えておるわけでございます。
○平石委員 昭和二十年の八月二十二日といいましたら終戦後一週間です。このときに陸軍大臣が通達を出しております。これは「日本赤十字社社長殿」ということで「追テ陸軍病院ハ復員ト共ニ軍事保護院所管ノ衛生機関二転移スルヲ以テ其ノ復員ノ際患者収療上引続キ勤務援助ノ必要アル場合ハ日本赤十字社社長、軍事保護院総裁相互協議決定セラレ度」というのを陸軍大臣が二十年の八月二十二日に日赤社長に出している、これが一番もとになって出ておるのです。そうして、いま私が説明をいたしましたように、あのどさくさでございますからいろいろ短時間に機構が変わっております。そういうことは事情はよくわかるのですが、そういう形にして、それから今度日本赤十字社副社長より病院長あてに出ておる文書がまたございます。これが二十年の十一月二十八日、約三カ月後です。これを見てみましても、これは日本赤十字社副社長より病院長あて「本社救護班派遣ノ件 陸海軍病院ニ派遣シアル本社救護班ハ病院ノ復員二伴ヒ解任シ爾後ハ希望者ヲ就職セシムル予定ニ有之候処今般其ノ所管変更後モ病院ノ所要ニ応ジ別紙協定事項ニ従ヒ引続キ救護班トシテ服務セシムルコトニ相成候条然ルベク取計相成度」というのが病院長あてに出ております。これは終戦後三カ月です。そして、これで見てみますと(一)として「厚生省又ハ軍事保護院ヨリ何分ノ指示アル筈」、これは全部厚生省の方の指示を仰ぎおるわけです。「貴院ニ就職スル看護婦中本社出身者ハ都合ニヨリ適宜救護班ニ編入スルコトヲ得」、それから(三)として「残留救護班ノ編成名簿調製ノ上送付相成度」、この三点が日赤副社長から出ておるわけです。厚生省の指示を仰げ、こういうことです。
 そして「救護班派遣ニ関シ協定事項」として、救護員の補充、俸給、いろいろ八項目にわたって出されておるわけです。この中で見てみますと「俸給及被服」については「本社ニ於テ支給ス」、いまおたくがおっしゃったとおり。「但シ被服類ノ購入ニ当リテハ貴院ニ於テ官需品トシテ取扱ヒ有償配給ヲ受クル様斡旋セラレ度」。それから「病院配属中服務ノ為出張スル時ノ経費」等については「病院ニ於テ支弁」してくれ。それから「給与」は「宿舎、寝具、糧食ハ官費支弁トシテ病院ニ於テ準備セラレ度」。それから「諸手当」は「病院勤務ノ為、支給ヲ要スル宿直、居残、詰切等ノ加給、伝染病予防其ノ他不健康業務従事ニ依ル手当等ハ官費支弁」とする。このように出ておるわけです。
 これが三カ月後ですが、後で「日本赤十字社救護班派遣に関する協定の件通牒」というのが昭和二十一年の二月六日に医療局病二九という番号で出ております。これは、いま私が読み上げたものをそのまま写して後から、つじつまを合わすと言ったらおかしいですが、さかのぼって適用するように大体同じ内容ででき上がった。これで完結しておるわけです。そして、この備考のところに「現在各病院に派遣勤務しつつある救護班に付ては本要綱に依り指命せられたるものと致度。」とついておるわけです。だから、私がさっき読み上げた三カ月後にどろなわ式にやったものをここで厚生省の医療局の方で追認をし、そして従来のものはこの要綱によるものであるというようになっておるわけです。だから私は、これはもう日赤の仕事だ、処遇については日赤さんだということは言い得られないと思うのです。どうですか。
○河野(義)政府委員 いまいろいろお話がございましたけれども、結局日赤救護員と国との関係が協定その他から特別な使用関係にあるのではないか、こういう御趣旨じゃないかと思いますが、もともと、日赤救護員を養成確保し、それから陸海軍の要請に基づきまして戦時衛生勤務を幇助するとか、あるいは災害等に日赤救護員を派遣するとか、それが本来の使命であり任務であったわけでございます。まさにこの引き揚げ事業における衛生管理業務もその日赤本来の事業の一環であろう、私はこう思うわけでございまして、その場合に、いろいろその役割り、分担を決めて責任関係を明らかにするということが先ほどのいろいろな協定で決められておるわけでございまして、本質的に日赤救護員につきましてはそういう性格を持っておりますので、ある事業の中の一部を担当したことによりまして、そのことからその事業の責任、事業主体と特別な使用関係が生ずるというふうに考えるのは無理ではなかろうか、かように考えるわけでございます。
○平石委員 この日赤の看護婦さんというのは、日赤の看護婦養成所を卒業をされて、そしてもし国に戦争等そういった状態が生じたときにはいっでも招集に応じますという制約をつけて、そしてそれぞれの病院で勤務しておるわけです。だから必ずしも日赤の職員として日赤病院に勤務しておる者のみではありません。家庭の主婦として家庭におられる方もおるわけです。だからそういう者を集めて日赤が提供していた、こういうことになっておるわけです。
 そこで、公務に従事をした、国家の行為に協力した、こう言っているが、わずか三十二名ですよ。私は多くの人を言っておるのではないです。ところで、いま厚生省が、防空医療従事者及び入営途上等死亡者遺族等特別支出金、もう一つは防空医療従事者遺族等特別支出金、この二つを出してお見舞い金を出していますね。これについて説明してください。
○河野(義)政府委員 防空法に基づく医療従事者であって、業務に関係して死亡された方あるいは障害者となられた方につきましては、厚生省で支出金を出しております。それから、入営途上あるいは復員の途上におきまして死亡された方につきましても特別支出金を出しておるわけでございますが、これらの遺族に対しまして国として見舞い金として支給したわけでございます。
○平石委員 このようにやはり入営途上に亡くなられた方、この遺族に対するそういう見舞い金の支給等を考えましたときに、引き揚げ業務に携わっておられて不慮の事故に遭われたというような方には、やはり何らかの処置をすべきじゃないか。それと、なお予算の中でずっと私調べてみましたが、総理府では遭難学童及び戦用協力者死没者見舞金、これが出ております。それから文部省では、旧長崎医科大学原爆被爆学生遺族特別支出金、それからもう一つ、旧長崎医科大学付属病院助産婦看護婦養成所原爆被爆生徒遺族特別支出金、こういった形で出ております。それから消防庁のは防空従事死傷警防団員遺族特別支出金、こんな形で十余りも出ているのですよ。だからこれらのことを考えたときに、看護婦さんに対して国が、この戦傷病者の法律に準じた何らかの処置をとっていただくなり、あるいは適当な処遇をしてあげないと浮かばれぬと私は思うのですよ。最後に、大臣のお答えをお願いしたいと思うのです。
○橋本国務大臣 いまずっとお話を伺っておりまして、気持ちの上で、あなたと同じような感じを私も持ちました。ただ、いま事務当局に聞いてみますと、なるほど昭和三十八年の時点において、日赤と当時の厚生省との間で、この問題について援護法を適用せずという結論が出ていることは事実でありました。それだけに、事務当局とすれば、その当時からの状態の中で、今後やはり日赤本社において対応されるべき問題という割り切り方をしてきたことも、私は無理からぬことだと思います。
 ただ、午前中に出ておりました御質問の中にも、その意味では私どもなりに考えてみなければいけないような問題も幾つかあったわけでありますし、そうしたことを踏まえて、従来の援護問題懇談会を再開する考え方は私はありませんが、こうした長い時間がたち、援護法そのものの形態が確定してまいりますと、どうしても残ってくる問題はレアケース、ある程度小さい、当事者にとっては悲痛でありましても、個別の問題が多くなります。そうしたものについてもう一度考えてみるべき場を持つ必要があるんではないかと午前中も申し上げました。それだけに、これについてお答えを出すことば大変むずかしい問題であるとは思いますが、今後そうしたことも含めて少し研究をしてみたいと考えております。
○平石委員 大臣の午前中のお言葉を聞きながら私も感じたことでございましたが、いろいろ個別的にこういうように拾い上げていくと幾つも出てきます。そういうものを考えると、厚生省が、もう全然これは日赤でございましてというような形では済まされぬときが来た、大臣のお言葉をかりて言えば。三十八年に云々ということがいま大臣の言葉から出ましたが、これは援護法の適用ができないという結論を厚生省が出しています。これは文書でも何でもございません。日赤が要請に行ったときにそういう口頭でもって適用できない、こんなことを言われておるわけです。私は必ずしも法をそのものずばり適用しなさいとは言うてないわけです。だから、私どもとしましても、そういう処遇の仕方については協力も申し上げたいというような気持ちもございますので、ひとつ厚生省当局が大臣のいまの言葉どおりに前向きに取り組んでいただきたい。
 以上、要請をいたしまして、私の質問を終わらしてもらいます。
○森下委員長 次に、古寺宏君。
○古寺委員 健康保険の被扶養者の範囲を決定するに当たりまして、七十万円を超えますと健康保険の政管健保なりあるいは共済組合の被扶養者は国民健康保険に加入しなければならないという取り扱いを受けているわけでございますが、遺族年金や公務扶助料については現在の所得税法でもこれは非課税になっているわけです。したがいまして、非常に御苦労をなさった病気がちのお年寄りが、被扶養者でありながら差別されて、国民健康保険に加入しなければならないという取り扱いになっているわけでございまして、これは感情的にもわれわれとしては年金を受けておられる遺族の方々に対して非常に申しわけないのじゃないか、こういうふうに考えているわけでございますが、最初に、大蔵省は、所得税の方は非課税にしていながら、共済組合の方は七十万円を超えますと国民健康保険に追いやるわけでございますが、今度遺族年金も六月から九十九万円になるわけでございまして、したがいまして、遺族年金の受給者はすべて国民健康保険に移らなければならない、こういうような問題が起きているわけでございます。
    〔委員長退席、戸井田委員長代理着席〕
大蔵省の方からひとつ最初に御答弁を承りたいと思います。
○山崎説明員 いま先生御指摘のように、共済組合の被扶養者の認定につきましては、その者の年間所得が七十万円を超えますと被扶養者にしておりません。これは実は、一般職の給与法の扶養親族の認定の事実の例及び所得税法の控除対象、配偶者とか被扶養者の認定にかかわる所得金額の制限の取り扱いを参酌いたしまして、決められるというふうになっておるわけでございまして、遺族年金等におきましては、給与法上におきましては所得とみなされているわけでございます。したがいまして、これとの均衡上、私どもも、いま言ったような取り扱いになっているわけでございまして、また共済の場合は、短期だけでございませんで、長期の遺族年金の範囲、遺族の範囲とも直接関係あるものでございますので、こういった点につきましては慎重に取り扱わなければならないというふうに考えております。
○古寺委員 慎重に取り扱わなければならないというのはわかるのですが、今後少なくとも年金受給者、いわゆる遺族年金でございますが、遺族年金の対象の方あるいは公務扶助料を受けている方については、この七十万円という現在の枠の中に当てはめないで、特例措置として被扶養者として認めるとか、あるいは年金がだんだん上がっているように、いつまでも七十万円に据え置くわけではないでしょうから、こういうような年金受給者が、遺族年金を受けている方が被扶養者になれるような金額まで、その金額を上げるというようなことを大蔵省考えられませんですか。
○山崎説明員 御指摘のように、現行の七十万というのは共済に入ったのは四十九年でございまして、その後一般職の給与法における扶養親族の限度額とか所得額がだんだん上がってまいりまして、それらを考えまして今後とも検討してまいりたいと思いますが、いろいろと関係省庁との話し合いといいますか、そういうこともございますので、今後とも検討してまいりたいと思います。
○古寺委員 あなたはいま関係省庁とお話をして、こうおっしゃったのですが、実は私、厚生省の方の保険局の方にこのことを申し上げましたところが、大蔵省の方で特例措置を認めるということになれば、大蔵省の共済組合がオーケーすればわれわれもそれに右へならえをするのだ、こういうお話があったわけでございますので、おたくの方がこれをおやりになるかどうかということをまずおっしゃっていただかないと、保険局長さん、きょうおいでになっているのですが、保険局長さんにお尋ねできないわけでございますので、おたくの方がおやりになるというお考えをお持ちになっているようでございますので、その点についてもう一度ひとつ御答弁をお願いします。
○山崎説明員 七十万円のことにつきましては今後検討してまいりたいと思いますが、特例的に認められるかどうかというのは、先ほど申しましたように、公務員の一般職の給与法における扶養親族の考え方が、年金についても所得とみなされているということもございますので、そういった点も考えながら、今後検討してまいりたいというふうに考えております。
○古寺委員 所得税法では非課税になっているのですから、こういう遺族年金の場合は所得とみなさないで、いままでのような差別をしない、そういうような取り扱いをぜひ御検討をしていただきたいと思うのですが、厚生省の保険局長さんは――厚生大臣にお伺いしましょう。
○橋本国務大臣 大蔵省が関係省庁と協議をしてくれた瞬間に、厚生省は賛成をいたします。
○古寺委員 御承知のように、せっかく遺族年金を受給いたしましても、一人で今度は別になって国民健康保険に加入し、そして保険料を払い、なおかつ、病気がちでございますから、年金をほとんど医療費に使っている方もたくさんいらっしゃるわけです。そういうようなお立場を考えるならば、今後この制度につきましては、まあこれは通達が出ているわけでございますが、今後御検討をしていただきまして、厚生省と大蔵省でよく協議をしていただいて、こういう遺族年金あるいは公務扶助料の方に対しては特例の措置をひとつぜひお考えになっていただきたい、こう思います。大臣からもう一遍……。
○橋本国務大臣 いま非常に簡単明瞭に厚生省の考え方を申し上げましたけれども、実際におきまして、確かにいま、五十二年の四月に年収七十万円という認定の基準を設定したわけでありますけれども、これはあくまでも一般原則でありまして、実際の認定に当たりましては、申請者の世帯の必要経費その他生活実態を総合的に勘案して、被扶養者となるかどうかの決定をするように保険者を従来からも指導してきたわけであります。特に障害者あるいは病弱者等特別の事情によって生計費が多くかかると一般的に考えられる方々に対しては、必ずしも七十万円の基準にとらわれることもなく、個別に判断しまた認定を行うように、運用の適正を図ってきました。しかし、主として被保険者の収入によって生計を維持しているかどうかの認定については、収入の性格よりも、その額とか生計費に回るものがどの程度あるかということを考慮することもこれまた必要なことでありまして、遺族年金あるいは公務扶助料を一律に収入に含めない扱いをすることもまた、必ずしも妥当ではないという面もあります。ですから、今後とも、この七十万円という金額の問題とは別にして、私どもとしては、特別の事情があるケースについては個々に適正な判断がなされるよう十分配慮をしてまいりますと同時に、御指摘のように大蔵当局とも十分相談をしながら今後の対応を考えてまいりたい、そのように考えております。
○古寺委員 それでは、次に、再婚解消妻の再婚解消期間というのが、現在は昭和二十八年の七月三十一日となっているわけでございますが、これを養子縁組みの解消期間の昭和三十年の六月三十日まで延長すべきではないか、こういうふうに考えるわけでございます。
 と申しますのは、現在は二十八年でございますが、どうも養子縁組みと再婚解消妻について期間のずれがある、これをやはり調整する必要がある、こう思うのですが、いかがですか。
○橋本国務大臣 確かにそういう御議論もあろうかと思います。ただ、実はこれは、私ども、それこそ国会に出る前のことでありますが、調べてみますと、この養子縁組み解消の日が三十年六月三十日と決められましたのは、国会において修正をされてこのような日取りが設定されたという経緯でございました。この再婚解消妻の再婚解消時期が昭和二十八年七月三十一日という日取りになっており、養子縁組みとの間に開きがあります一つの理由として、奥さんの場合にはすでに御本人の意思において自分の行動が決せられる年齢でありますけれども、養子になられる方は、年齢的に必ずしも自己の判断によって自分の行動を決する能力をまだ持っていない年齢の場合もあるわけでありまして、そうしたことも含んで、これだけの年差を設けたというように聞いております。
 こうした問題から考えまして、いま私どもとしては、これをさらに延長するということは本来の趣旨から考えて必ずしも適当ではない、そのように判断をいたしております。
○古寺委員 そうしますと、今後は養子縁組みの解消期間の昭和三十年六月三十日と同じように取り扱う、こういうふうに理解してよろしいのですか。
○河野(義)政府委員 いま大臣から申し上げました趣旨は、再婚解消妻の問題は、恩給が停止になりまして再婚を余儀なくされた戦争未亡人の方につきましては、恩給が復活するまでの間に解消されておりますれば遺族年金等の受給権を認めよう、こういう趣旨でございますが、遺族以外の方と養子縁組みをされまして、そしてこれを解消された方につきましては、年齢も非常に低い方が多いわけでございまして、自分の判断で養子縁組みをするとかあるいは離縁をするとか、そういうことがなかなかできがたい年齢であるわけでございます。そういった事情が違いますので、養子縁組みの離縁に伴う解消は、その改正法が実施される三十年六月三十日までの期間内に解消した場合にこれを救済しようという措置をとったわけでございますが、再婚解消妻につきましては、さきに申しましたように、本来の趣旨からして、これを養子縁組みの場合の三十年六月三十日に延期することは困難である、こういう考え方でございます。
○古寺委員 どうも私、そこが理解できないのですよ。二十八年の七月三十一日にしたとおっしゃるのは、いわゆる恩給が復活したのでこの期間内に解消した人を対象にしているのだ、こういうふうにおっしゃるのです。ところが、非常に生活が苦しくて、もちろん恩給も停止になっている、生活が苦しくて再婚なさった方もたくさんおられます。あるいはまた、再婚はしたけれども、すでに離婚をしているという人もいまいるでしょう。ところがだんな様が戦死なさった、主人が生きていればこういうことはないのだという方がたくさんいるわけです。これは戦争のために、結局恩給が停止になったために再婚をしたわけですね。ところが、恩給が復活をしたから、じゃあしたから離婚します、こういうわけにはいかぬと思うのですよ。再婚をしておって、二十八年の七月三十一日以降において離婚をしたりあるいは御主人を亡くした方もたくさんいるわけですね。しかし、その方々の再婚の理由は、御主人が亡くなって、そしてまた恩給も停止になっているので生活上やむを得ず再婚しているわけなんですよ。恩給が復活したから、じゃその日からまたさようならして離婚しましょう、こういうふうにいかぬと私は思うのですよね。そういう見解に立つならば、私は、当然この二十八年七月三十一日を養子縁組みの解消期間と同じように三十年の六月三十日まで延長すべきである、こういうふうに考えるのですが、いかがですか。
○河野(義)政府委員 本来遺族年金はその遺族の生活を保障する性格のものでございますから、再婚して生活の本拠が変われば失権するのが原則でございますが、当時の事情、戦後の生活の非常に苦しいとき、しかも恩給制度が停止になった、そういった事情から生活のため再婚を余儀なくされたような人があるわけでございますが、そういう方につきまして、制度が全面的に復活するまでにそういった事情が解消されておれば例外的に救済しよう、こういうわけでございます。その時期は、やはり例外的な措置でございますので、恩給が全面的に復活するまでにそういう事実のあった方に限定するのが妥当であろう、かように考えるわけでございます。
○古寺委員 いまここで直ちにこれを変えるということはなかなかめんどうでございましょうが、やはり実態をよく御調査なさって、二十八年から恩給が復活したのですぐそこで離婚して再婚解消妻になるというような、そういうことは機械的にできないですね。そういう面をよく御検討していただいて、今後この問題を調整をしていただきたいと思います。
 それから次に、事実上の父母の認定に当たっては、親がわりに養育した者を分け隔てなく援護の対象としなければならないという御意見が非常に多いわけです。と申しますのは、私どもの地方に参りますと、養子としての手続をしないうちに、戦地へ行って戦死をしたという方がたくさんいらっしゃるわけです。あるいはまた、戦前においては長男が養子に行く場合にはこれは認められなかったのですね。そういうような地方の慣習と申しますかいろいろな関係から、実際には、養子として親がわりとして育て、事実上の父母と同じような関係にあるわけでございますが、そういう方々が除外されておりますので、今後これらの方々を援護の対象としていただきたいと思うのですが、いかがですか。
○河野(義)政府委員 援護法上におきましては、いま先生がおっしゃったような戦争中のいろいろな事情がございまして、戸籍上の親子関係はない場合でありましても、実態的に親子関係と同様の事情にある者につきましては、遺族として遺族年金を支給しておるわけでございますが、その場合に、個々のケースについての認定が非常に微妙かつむずかしいわけでございます。そこで、その認定につきましては援護審査会の議決を要する、こういうことで運用しておるわけでございまして、個々のケースにつきまして親子関係の実態を見きわめて裁定をしていきたい、かように考えておるわけでございます。
○古寺委員 過去にも、戦地から手紙が参りまして、お父さんお母さんにはいままで大変お世話になりましたとか、実際にそういう証拠になるようなお手紙とか、あるいは親戚とか近所の方々が証明しているにもかかわらず、対象になっていない方がたくさんいらっしゃるわけです。ですから、そういう面については今後よく実態を調査いたしまして、援護の手を差し伸べていただきたいと思います。
 次に、日中平和友好条約の締結に伴いまして、中国の孤児、日中孤児の調査はどこまで進んでいるのか、また条約の批准によって調査が進展するはずであるけれども、具体的にどう進められているか、お伺いしたいと思います。
○河野(義)政府委員 中国孤児の問題につきましては、御承知のように特に現在中国の東北地区において多いわけでございますが、非常な混乱の中で肉親と別れて、三十数年たったいまも肉親を捜しているわけでございます。それらの人の心情を十分くみ取りまして、肉親捜しには努力を続けておるわけでございます。ただ、非常に小さいとき別れた関係上、その捜す手がかりが非常に少ないわけでございます。したがいまして、厚生省あるいは都道府県、いろいろなところの資料を活用いたしまして肉親捜しをしておるわけでございます。
 ただ、日中平和友好条約が締結されて皆さん方のこの問題についての期待も大きいと思いますけれども、この仕事の性格上、やはり日ごろのじみちな努力を積み重ねる以外にはないと思います。そのじみちな努力の積み重ねによって実績は上がっていくというふうに考えております。なお一層、平素のじみちな努力を積み重ねてまいりたい、かように考えております。
○古寺委員 そこで、中国の日本に帰ってくる孤児もそうですが、国籍の問題あるいは戸籍の問題が非常に問題になっているわけですね。中国では中国籍であって、日本には日本国籍がない。そうしますと帰化をするとか何かしか方法がないわけで、最近就籍ということが盛んに言われているわけでございますが、この点について法務省の御見解を承りたいと思います。
○宮崎説明員 中国から帰ってきました孤児の国籍、これはいろいろケース・バイ・ケースでございまして、日本に戸籍がある者もない者もおりますが、国籍がないという場合には、帰化手続によって日本国籍を取得するという方法しか認められないわけです。
 ただ、日本の国籍はあるのだけれども、戸籍がないというケースもございます。そのような場合には、先ほど質問にあったように就籍という手続、これは家庭裁判所に申し立てまして就籍の許可を得て戸籍をつくる、こういう手続になっております。
○古寺委員 時間がございませんので、最後に中国の慰霊巡拝についてお伺いしたいわけでございますが、遺族の方々は非常に高齢化して生活も豊かではないわけですが、中国に参りたいという遺族の方々がたくさんいらっしゃるのです。今年度は各都道府県一名ぐらいの予定であるということを承っておりますし、また補助率も三分の一である、こういうお話でございますが、この慰霊巡拝団の人員の拡大と補助率の拡大、これをお願いできないかどうか、承りたいと思います。
○橋本国務大臣 古寺委員のお気持ちはよくわかる話でありますけれども、御承知のとおりに、第二次世界戦争の戦域というものが非常に大きく広範囲にわたったこと、そのために、これらのそれぞれの戦域に対しての慰霊巡拝の実施について関係遺族からの要望が大変多いこと、そうして私どもとしては、その中で一地域でも多くその要望にこたえたい、それを最優先に考えておりますために、補助率については、私はなかなか困難な問題があると思いますが、ただ、それについてもある程度、たとえば費用の軽減を図るために、定期航路のない船舶あるいは現地巡拝用バスの借り上げなど、これは国の方で支弁する等の工夫もいたしておるわけです。
 また、この中国の慰霊巡拝については、本当に長い間の懸案でありましたものが、日中平和友好条約の締結、批准を機にして、五十四年度に初めて行えるようになったわけでありますが、この巡拝をこれから本当にルールに乗せて行っていきますためには、外交ルートを通じて、巡拝地域でありますとか参加人員でありますとか巡拝の方法等について中国側の許可を得、また協力を得なければなりません。ただやはり、日本側の三十倍前後の犠牲者を出しております中国側の感情というものもありまして、一挙に余りたくさん代表を送ることについても大変微妙な問題がありますために、第一陣として本年から実施する場合には、やはり各都道府県一人というようなところからスタートをするのが限界ではないかというふうに私どもは受けとめております。
 ただ今後において、次第に地域も拡大をしたいと考えておりますし、また人員もふやせるように、中国側と外交ルートを通じての折衝をしてまいりたいと考えておりまして、本年はやはり、相手側の感情その他からいって、そう多くの人員を送ることは大変むずかしいというのが実情であります。
○古寺委員 時間ですからこれで終わりますが、中国側の感情を刺激してはならないということはよくわかりますが、各都道府県一名ではこれは余りにも少な過ぎて、むしろ中国の方から不思議に思われるのじゃないか、そういうふうに思いますので、今後こういう点についてはぜひひとつ前向きに進めていっていただきたいということを御要望申し上げまして、終わります。
○戸井田委員長代理 次に、和田耕作君。
    〔戸井田委員長代理退席、向山委員長代理着席〕
○和田(耕)委員 いま古寺委員から最後に御質問のあった中国の孤児問題でございますけれども、私もちょうど終戦当時新京におりまして、開拓団の人たちを中心にして、大都市に集まってくる人たちの状態というのは、いま思い出しても、本当にきのうのことのように思い出す、非常に惨たんたる状態だったのでございます。新京、当時の長春ですけれども、そういう人の集まるところが三カ所くらいありまして、何百人という人が地べたに、むしろも敷かないで、もう十月、十一月というときなのに寝そべっておる。あちらでもこちらでも亡くなっておる人がおる。中国人が通路をうろうろして、そして元気そうな子供を買っていくあるいは連れていくというような状態が、いまだに眼前にほうふつとするのですけれども、これは新京にもあったし、ハルビンあるいは満鉄沿線の主な町にはほとんど皆あった状況でございます。そのハルビンあるいは新京などの人が中心になって、あるいは父兄、同じ職場の人たちが中心になって、中国孤児の問題について、私も本当に頭の下がる思いでございますけれども、非常に熱心に中国孤児の日本への帰還、引き取った孤児に対するいろいろのめんどうを見る、これは本当に自腹を切って、あちらこちらから集まって、そしてもう七、八年も前からそういう運動をしておられる会がございます。これは満鉄におった人なんですけれども、阪口君という人が会長で集まった会なんですが、幸いこの人たちの熱意が実って、来年度から何ぼかの予算をつけていただいて、この最小限度の仕事を始めようということになっているわけでございます。こういうことについての配慮に対して深く敬意を表する次第でございますけれども、いまの古寺君の話にもありましたが、つまり何人ぐらいの人がどういう状態におるか、そして日本に帰ってきたい意思が、どのような気持ちを持っておられるのかということが、まだ一つはっきりしない問題があるわけでございます。しかし今度は平和条約もできましたので、国と国との正式の交渉というものもいままでよりはやりやすい条件ができてきたわけですから、おおよその見当はついておるようですけれども、どれくらいの人がどういう形で日本に帰ってきたいかということについて、ひとつ一層の御調査をいただきたいというのが第一点でございます。
 そして第二点は、やはり日本語を全然知らないということもありまして、日本語を教え込むということが、日本に帰ってきた場合でも、また来る意思を持っている人でも一番大事な問題でありますけれども、これは言うべくしてなかなかむずかしい問題でございまして、この最小限度の日本語をどのようにして習得さすかということについて、現在どのようなお考えを持っておられるのかということからお聞きしたいと思います。
 文部省の方おられますか。文部省の方、きょう古寺さんが呼んでおられると思って、残ってもらいたいと言ったのですが、いなければ、ひとつ援護局長からお答えいただきたいと思います。
○河野(義)政府委員 中国孤児の数でございますが、現在私ども把握しておりますのは、帰国を希望される方が大使館あるいは直接県、厚生省に申し出られておるわけでございますが、調査依頼のあった数は七百二人でございます。このうち身元が判明したものが三百二十人おりまして、その三百二十人のうちでもうすでに百三十四人が帰国しております。
 帰国の態様は、永住帰国と一時帰国がございます。もう相当の年輩で、家庭も持っておられますので、必ずしも全部永住帰国できる方ばかりではございませんが、現在まで永住帰国されておる方は二十九人でございます。一時帰国の方が百五人、こういう状況でございます。
 これら孤児の身元捜しでございますが、先ほど申しましたように非常に手がかりがないケースが多いわけでございまして、あらゆる機関、資料を使いますし、最終的には報道機関の協力も得る、そういった方法でやっておりますが、今後とも身元捜しにつきましては努力を重ねていきたいと考えております。
 それから、中国孤児で帰国されますと、一番最初の問題が日本語の問題でございます。日本語の習得につきましては最重点を置いていろいろな措置を講じておりますが、日本語の教科書とか、あるいは今回NHKの協力を得まして、やさしい日本語というテキストとそれからカセットを、そろえて七巻ございますが渡すことにしておりますし、また生活指導員の制度がございますが、従来生活指導員は月に二回、そのケースについて、日本語の習得とかあるいは職業の問題とかあるいは生活上のいろいろな問題の相談に応じておりますが、生活指導員の役割りの重要な部分は、日本語の習得についての指導もあるわけでございますが、生活指導員の指導回数の月二回を必要があれば毎週派遣するとか、そういうふうなこともあわせて考えております。また、学齢の子弟の日本語の問題もございますが、この問題につきましては、文部省と十分連絡をして、日本語の習得につきましていろいろ対策を考えておるわけでございます。
○和田(耕)委員 いろいろ苦労なさっていることはわかりましたが、たとえば職業のあっせんの問題にしましても、この間、長年熱心にやっておられる方が、向こうではり、きゅうのかなり高い技術を持っている孤児が帰ってこられた。その人の日本での仕事をということで、私もあっちこっち心当たりのところにあれをしたりした人がおるのですけれども、こういう場合でも、たとえば、向こうではりっぱにお医者さんの補助役ができる腕前を持っているんだけれども、日本でさてこの人を雇うとなるとなかなか雇い口がないのですね。こういう場合に、そういう人のめんどうを見る何らかのセンターでもあると――この方は富山県の人ですが、いま富山県のある市の関係でそういう関係の仕事をやっておるようですけれども、何か私が経験した中でも、最短距離でいい仕事になかなかうまくあっせんできないという問題があるわけですね。これは何か、専門機関は必要でないと思うが、そういう場合に、ここへ行ったらそういう一切のめんどうなり紹介をしてくれるというようなところが、何か必要なような感じが私はするのです。専門機関でなくても、ボランタリーでとにかく自前でやっている人がおるのですから、そういう人を当分厚生省の嘱託みたいなことにでもしてそういうめんどうを見さすとか、そういうふうな考え方が必要じゃないだろうかという感じがするわけで、時間がありませんから、そのことを一つ申し上げておきたいと思います。
 そして、国籍の問題なんかでもそうですね。余りやかましく言うと、これは身元のかなりはっきりしている者は、便法として何かうまく日本の国籍が――もともと国籍を持っているままで、そして一時中断しているわけですから、何か便法をもって国籍の問題も解決してあげていただきたいという感じがいたします。この問題についてはなお、これをやっている孤児の機関の阪口君のところから陳情をいつも行っていると思いますから、ぜひひとつお聞き取りを賜りたいと思います。
 そして、次の問題は、私もシベリアに四年二カ月ぐらい抑留されておりまして、昭和二十四年の十二月の最終船で帰ってきた一人でございますけれども、その後、私のおったところはアルマータとかカラガンダというところで、そこにおった者同士でときどき集まっていろいろな話をするという会があるのですけれども、最近シベリアの抑留者、兵隊の捕虜と一般の軍籍のない者は抑留者という形で、しかし向こうでの抑留の状態は大体同じ、捕虜よりもちょっと待遇が悪いような扱いを受けておるのですね。大体同じような生活状態で抑留されておったわけですけれども、この人たちが日本に帰ってきて役人になった場合は、やはり考慮をしていただいて、抑留期間を通算してくれるとか何かいろいろなことがあるようですけれども、日本で役人にならない人は、そういうめんどうを見てくれている人に比べて何にも恩典がないという状態であって、これはどうも理に合わないことではないか。われわれがソビエトへ抑留されたというのは、大きく見れば国の、ソビエトが何かの賠償を要求するのに対して、賠償の肩がわりみたいなかっこうで三年なり四年なり向こうで働いてきたのだ、それなのに、帰ってきたわれわれに対して何にも国からの見返りをしていただけないというような不満を基本的に持っているようです。こういう問題について、せんだっても総務長官と私的な話をしているときに、これはやはり何とか見てあげなければいかぬじゃないかという感想を総務長官も持っておられたようでございますけれども、この問題は厚生省でございますか、あるいは総理府でございますか、どちらでもひとつお答えいただきたいと思います。
○橋本国務大臣 いま和田委員からの御質問、本来なら総理府が答弁すべきでありますが、総理府が参っておりませんので、私から便宜答弁をさせていただきます。
 確かに関係される方々、抑留生活の苦しみ等からそういうお声が出てくるであろうことも、また現にそういう不満の声が出ておることも、私どもなりに承知をいたしております。総理府の方で研究をいたしているはずでありますが、私、その内容の詳細は実は存じません。
 ただ、従来からそういうお声が出ておって、受けとめておるのが総理府であるということだけ、この機会に御報告をさせていただきます。
○和田(耕)委員 総理府、きょう出てもらうようにぼくは言ったつもりでおったけれども、出てないのなら、これはいいでしょう。
 先ほど申し上げたとおり、この間、沖繩・北方等の問題で三原さんに会ったときに、三原さんも満州出身ですから、県参事官とかそういうことをやっておった人ですから、あの人の見聞きしている人でシベリア捕虜になった人は非常に多いわけですね。したがって、何とかしてあげなければいかぬと思って事務当局に話をしたのだけれども、なかなかおさまりにくいのだという話もしておったのですが、厚生大臣、ひとつこの問題は、総理府の総務長官とぜひお話し合いになって、厚生省としても全く関係のないことでもないわけですから、ぜひお願いしたいと思います。
 この前の日曜日も、浅草の公会堂かどこかで大会を持ったようです。私も出席を求められておったのですけれども、どうしても行けなくて、後から様子を聞いたのでございますけれども、そういう人がたくさんおるのですよ。
 私の例を申しますと、兵隊でフィリピンのパターン半島の作戦で一年半くらいおって、それからいろいろな思想事件でつかまって監獄に入った。監獄に入ったあれは別ですけれども、その後シベリアの捕虜で四年おった。その前は現役の軍人のときがあるし、そして企画院の調査官という役人のときもある。こういうのがあっても、私は何一つ恩給も何もいただいていなければ、一時金もいただいていない。それだから文句を言うわけじゃないのですけれども、今度の戦争の場合は、そういうふうな人が非常に多いわけです。やかましく言うと、あればもらっているのにおれはどうしてくれないのだ、こういう人が非常に多いわけで、ひとつこういう問題は、ぜひとも大きな気持ちで、役所として処理をしていただくというふうにお願いしたいと思います。
 もう一つ、それと関連した問題で、これは名古屋の一般戦災者の人たちの要望なんですが、これはよく聞いておられるでしょう。一般戦災者、爆弾とか何かでけがした人、こういう人も、いま私が申し上げたとおり、他の者がカバーされているのに自分たちは何にもカバーされてない、そういうやるせのない不満を持っているわけです。これは私、この前社労の委員会で問題にしたことがありましたけれども、そのときは対象を特定しがたいという問題があるので、法律的に考えようとしてもなかなかむずかしいのだという話があった。これも厚生省ではなくて総理府かな。総理府の関係の人は見えていますか。見えていたら、ちょっとその関係のお答えをいただきたいと思うのです。
○北山説明員 御説明します。
 私は、総理府の関係でございますが、統計のことをやっておりますので、政策的なことにつきましてはお答えができないかと思います。
○橋本国務大臣 総理府はおられないと思っておりまして、総理府分まで答えて失礼しました。どうぞ、長官に総理府分のことはちゃんと伝えてください。
 いまの一般戦災による傷病者の問題につきましては、前から本委員会で問題になっておりますこと、私もよく存じております。去る昭和五十年に、身体障害者実態調査の中においてその実情を把握したいと計画をしたわけでありますが、これは、他の問題におきまして関係者の合意が得られないままに、調査不能になりましたまま今日まで時間が遷延してまいりました。五十年の時点におきましてその身体障害者実態調査が成功しなかった理由等も反省しながら、五十四年度において、私どもがもう一度身体障害者実態調査を行い、その中において一般戦災による傷病者の実態の把握をいたしたいと考えております。
 従来から、厚生省としては、体系に乗せづらいこともありまして、一般社会福祉施策の中で対応するということを申し上げてまいったわけでありますが、果たしてそれでいいものかどうか、またいかなる実態にあるか等この調査を通じて把握をし、その上において改めて検討したいと考えております。
○和田(耕)委員 その調査で、大体対象が把握できる予想ですか。
○橋本国務大臣 この調査は、あくまでも現在生存しておられて、しかも当時の障害を残しておられる方々が調査の対象に出てくるわけでございますから、不幸にして今日までに亡くなられた方々はこの調査の上には出てまいりません。ただ当面、少なくとも現在生存しておられて、なお当時の一般戦災による傷病に悩んでおられる方々の実態は、この調査で把握できると考えております。
○和田(耕)委員 厚生大臣、これも内閣の関係の方と御相談をいただきたいのでありますが、それは、昭和五十五年に国勢調査がありますね。その国勢調査の項目に、何らかの戦災によってけがをした者はというふうな、あるいは戦災によって被害を受けたというような項目を、特別に挿入してもらうということはできないのでしょうか。それをひとつ……。
○北山説明員 御説明いたします。
 御承知のとおり、国勢調査は、全国のすべての世帯に申告を求める大規模な調査でありますので、従来から、調査項目につきましては、人口に関する最も基本的なしかも平明な事項に限られております。
 いまの戦争被災者につきましての被害状況その他の調査につきましては、実はその定義でありますとかあるいは調査の方法につきましてどうも統計技術的に大変むずかしいので、私どもとしましては国勢調査になじまないのではないかというふうに考えております。
○和田(耕)委員 いや、それもわからぬじゃないのですが、国勢調査の機会以外に調査のしょうがないのじゃないかという感じがするのですよ。たとえば厚生大臣のおっしゃる身体障害者の調査にしても、これは各地方公共団体を使ってやるわけでしょうけれども、なかなかそれでは捕捉できない問題が出てくるし、中途半端な調査だとかえって不平等感というものが出てくるわけだから、この際、戦争によって何らかの被害を受けた者はという言葉でもいいから――これは戦災を受けた場所と受けてない場所がある。あるけれども、受けた者が、たとえば大阪で受けた者が北海道へ行っているとか、東京で受けた者が鹿児島へ行っているとか、移動しているわけですから、これは国勢調査という形でないとなかなか実態がわからないわけですね。そういうことですから、戦後の総決算というような意味を含めて、戦争によって何らかの被害を受けた人はというような項目で、何とか頭をひねって項目にすることはできませんか。
○北山説明員 従来からのいきさつで言いますと、国勢調査の事項というのばある程度客観的に決まるものに限られておりまして、そのほかの事項をやったということはないわけでございます。また戦争後非常に時間がたっております。三十年以上たっておりますので、統計の常識からしますと、そういうような長い期間で記憶に基づいた調査をやるというのは、統計技術的には大変むずかしいというように私どもとしましては考えております。
○和田(耕)委員 さあ困ったな、そのほかに何かうまい方法があればいいが。私もむずかしいことはよくわかる。わかるけれども、たとえば国勢調査を、全国でなくて、東京とか大阪とか名古屋とかの大都市についてそれを付属的に調べるとか、本調査項目とは別にその地域に限定した調査としてやるとか、何かそういう方法はないですか。
○北山説明員 国勢調査につきましては、実は、国勢調査で調べたりストというふうなものは、原則としましてはほかに使わないということを考えておりまして、そういうふうな点から、従来付帯調査につきましてはこれをやっておらないわけでございます。そういうようなことがありまして、おっしゃることにつきましてはわかるわけでございますけれども、実際にはなかなかむずかしいのではないかというふうに考えております。
○和田(耕)委員 それは何か、国勢調査というものが、たとえば個人の秘密なり私的なことがありはしないかというような制約がありますか。そういう制約からですか。
○北山説明員 実は従来から国勢調査につきましては、そのような、国民全体に番号をつけるのと関係があるのではないかというふうないろいろな御批判がありまして、そういうことはないということで、私どもとしましては、いわば一度調査をしますとあとは全部匿名になるわけでございます。匿名の結果としてあと全部処理をする、こういうかっこうになっております。したがいまして、いまのように付帯調査をやりますと、いまおっしゃったようなプライバシーの問題等につきましてなかなかむずかしい問題が生ずるということで現在非常に慎重にやっている次第でございます。
○和田(耕)委員 それじゃ、最後の何か実態をつかむことができなくなるわけで、厚生大臣のおっしゃる身体障害者の調査、大臣、これで大体この見当はつけられる自信がありますか、調査なさって。
○橋本国務大臣 統計の総元締めの総理府の国勢統計でも音を上げておるぐらいむずかしい話ではありますけれども、私どもとしては最善を尽くしたいと考えておりますし、また、この身体障害者実態調査の中で把握できないとすれば、厚生省としてはとうてい実態の把握ができないということでもありまして、最善の努力をしてみたいと考えております。
○和田(耕)委員 そのようにして、戦災によって身体の障害ができたというときに、他の交通事故とかそういう事故の身体障害者と区別して、何らかのお見舞いをするとかいうようなことは考えられますか。
○橋本国務大臣 まだそこまで考えるだけのゆとりのない状態でありまして、実態の把握にまず努めると同時に、その方々がいまどのような状態におられるか、まずそれを把握した後に、そうした問題の必要があれば研究をしたいということにとどめさせていただきたいと思います。
○和田(耕)委員 そういう人たちは戦争によって被害を受けておるということで、一般の身体障害者として扱われている人がむろんたくさんおるわけです。だけれども、戦争によって自分たちは被害を受けているという意味では、他の戦傷病の人たちと同じような関連があるという意味で、特別の国家の手当てを求めておるという気持ちがあるのじゃないかと思うのです。これもそう理由のないことでもないわけで、その辺のところをひとつぜひとも、実態、対象が明らかになってくれば御検討をいただきたいと思います。
○橋本国務大臣 お気持ちはよくわかります。
○和田(耕)委員 どうも大臣は御答弁がとてもお上手になられまして、私はよくわからないのですけれども、ぜひともよろしく、これらの問題について何らかの、もうこれで戦争関係はおしまいだという手が打てるような処置をひとつお願いしたいと思います。
 そういうふうな意味で、いまの国勢調査で国がきちんとやるということなども一つの方法じゃないかと私は思うのですよ。戦争によって体あるいは財産に何らかの被害を受けた者というのを、国が国の費用で国勢調査の付属の項目として調べるということも、それは、いまあなたのお話しになったいろいろな理由で、つまり強制的にこれは調べるわけですからそういうものとなじまないという問題もよくわからぬじゃないんだけれども、戦後三十年過ぎましたから、そういう意味で、もうこれでおしまいだという意味の最後の幕が引けるような調査を何とかできる工夫をしていただきたいと思うし、そういう者に対してはそれぞれの手当てをして、もうこれで文字どおり戦後は終わったというようなことをぜひとも考えてもらいたいと思いますね。そうでないと、厚生大臣はいつまでたってもこの問題に後を追っかけられることになるわけで、もうここでおしまいだというところをぜひともひとつやっていただきたいと思います。
 まだ私の持ち時間はあるようですけれども、大分時間が延びているようですから、私はここで奉仕する意味で質問を終わります。ありがとうございました。
○向山委員長代理 次に、浦井洋君。
○浦井委員 戦傷病者等援護法の一つに戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法、これも今回改正をされるわけでありますが、五十年には六十年を目指して二十万円で十年国債ということであったのが、今回は五十四年三月三十一日以前の失権者に対して十二万円、六年国債、こういうふうになった経緯を簡単に説明してください。
○河野(義)政府委員 五十年四月一日時点で特別弔慰金を支給したわけでございますが、これはいま先生御指摘になりましたように二十万円の国債で十年間で償還する、こういうものでございました。これは戦後三十年という時期を画してそういう事業を起こしたわけでございますが、その後、五十四年三月三十一日までの間に相当多数の該当者が出たわけでございます。これらの人に特別弔慰金を支給しようというのが今度の改正の内容でございますが、その金額、償還期間につきましては五十年の第一回のそれとのバランスを考えまして、残っている期間が六年ということで、金額は十二万、六年間で償還するという考え方をとったわけでございます。
○浦井委員 そうすると、直接それと関係はないのですが、五十四年四月一日以降に失権をした人はどうなるのですか。
○河野(義)政府委員 これはある時点を画して国がそういう弔意の誠を示すということでございまして、その時点に基準日に該当する人が対象でございまして、したがいまして、五十四年四月一日後に該当する遺族につきましては特別弔慰金の支給の対象にはならないわけでございます。
    〔向山委員長代理退席、戸井田委員長代理着席〕
○浦井委員 対象にならないことは読めばわかるわけなんですが、一体どうするのかということを聞いているわけなんで、押し問答になってもあれですから、私、提案をしておきたいのですが、いままでの方式を踏襲するとすれば、六十年にまた十年国債を出すとすれば、百四万人にプラス五十四年度までの失権者二十九万人を足し、それにさらにプラスアルファという膨大な発生数になるわけでしょう。だから少なくとも六十年までは、毎年発生する失権者に対してきちんきちんと特別弔慰金を払うようなかっこうにしていった方が、わかりやすく区切りがつくんじゃないかというふうに私は思うのですが、これはどうですか。
○河野(義)政府委員 先ほど申しましたように、この事業は戦後二十年とか三十年、そういう時期を画しまして、その時点における年金遺族以外の遺族に対しまして弔意の誠を示そう、こういうわけでございまして、ある時点の記念事業のようなものでございまして、その後の該当者につきましては原則として予定されていないわけでございます。
 それからまた、六十年を見通した場合に、なおその特別弔慰金を支給する必要があるかどうかという点にもまだ問題があるわけでございまして、現時点におきましては、今後この方法を変更するとかある時期に特別弔慰金について考えるとか、そういう考え方は持っておりません。
○浦井委員 これはかなり政治的なお話だろうと思うのですが、この問題について私の提案も含めて政治家としての大臣の考え方、見解を聞いておきたいと思うのです。
○橋本国務大臣 ことしこれを予算化いたします時点においても、財政当局との間には相当な論争を呼んだ問題でありまして、二十九万にも上る方々が現に失権しておられるという状態に着目をして、財政当局に無理を言った、という言い方が正確かどうかわかりませんが、非常に無理をして予算化してきました経緯から申しましても、いま浦井さんの提案のような形で今後これをルール化するということは、私はなかなか困難だと思います。それと同時に、いま援護局長が申しましたように、昭和六十年という時点を想定した場合に、その時点における社会経済情勢等の中で果たしてこうした施策が必要であるかどうかも、いまの時点から想定をすることも大変困難だと私は考えております。
○浦井委員 これはその辺でとどめておきたいと思うわけでありますが、私が提案したということを大臣も御記憶しておいていただきたいと思います。
 そこで次の問題でありますが、中国からの引き揚げ者の援護措置についてでありますけれども、これはもう大臣もよく御承知のように、終戦といいますか、敗戦直後の非常な混乱期に孤児になるとか、いろいろな事情があって孤立して、帰るに帰れず、やむなく現地で中国人と結婚したりして、最近日本に引き揚げてこられておる方がぽつぽつあるわけであります。しかし、帰ってこられた方の現状を調べてみますと、同居してみたり、言葉が通じないということもありまして、かなりいろいろなトラブルがあるようであります。やはり、社会的に自立をするまで身内に任しておくのも大変なことだろうと思うわけです。
 そこでまず、こういう場合に厚生省としては一体どういうような援護措置を講じておられるのか、援護局長から聞いておきたいと思います。
○河野(義)政府委員 中国から帰ってこられて、一番先に困られるのは日本語の問題でございます。日本語の習得につきましては私ども重点を置いてやっておるわけでございますが、その方法といたしましては、日本語を習得するために必要な教材とかあるいは、先ほども申しましたが、NHKの協力を得まして日本語のテキストをつくりまして、これはカセット七巻とともにテープコーダーと添えて支給しておりますし、また、生活指導員が個別のケースに即して、生活のあらゆる面について生活指導をするわけでございます。その中でも非常に問題なのは、日本語の習得の問題があるわけでございますが、生活指導員も日常生活をしていく上に必要な日本語の習得について指導援助をする、こういうことになっております。やはり、引き揚げてこられた人の意欲とそれからそういった関係者の援助がぴったりいかないと、なかなか効果が上がらないわけでございます。
 それからその次に、この引き揚げてこられた方が自立されるためには、やはり職業訓練でございます。そういった問題につきましても、中央におきましても労働省なり関係機関と十分連絡をいたして進めておりますし、また一線の民生部とか労働部、職業訓練機関、そういったところとも緊密な連絡をとりまして、個々のケースに必要な職業訓練、職業指導を行っていきたい、かように考えております。
○浦井委員 大臣にこれも要望しておきたいのですが、いま援護局長そう言われたのですが、特殊なケースでありますから、まず言語障害が土台にあるということでありますから、普通の職訓だけではだめであります。そういう意味で、一年ぐらい共同生活も含みまして、国の持っておるような施設などをちょっと活用いたしまして、そこで総合的に自立できるような、そういう体形ができぬものかというふうに私は思うわけでありますけれども、いまのままの縦割りの中ではちょっとむずかしいというのが、大体口々に訴えられておるわけであります。一遍、大臣の方で実情をよく見ていただいて、より一層その人たちが社会的に自立できるような適切な措置を講じていただきたいと思うのですが、大臣どうですか。
○橋本国務大臣 浦井さんの御提案も、私は一つの考え方だと思います。ただ現実には、そうした集合体といいますか、国の施設をどういうものを使うにしましても、日本の一般社会の中とはいいながら、ある意味では特殊な場になるわけであります。それよりも、オリエンテーリングを済ましていただいた後、一日も早く日本の一般社会の生活環境になじんでいただく方策をとる方が、私どもは実際上、より効果が大きいのではないだろうかということを考えておりまして、そういう観点から、今回の生活指導員の指導回数の増等を図ってきたわけでありますが、私はそういうやり方の方が、全然異質な社会環境の中で今日まで過ごしてこられた方々に、早く日本の社会生活になじんでいただくという観点からは、よろしいのではないか、かように考えています。
○浦井委員 別に過保護をわれわれは望んでおるわけではないのですが、実態として私が聞いたところでは、そういう方法をわりにたくさんの人が望んでおられるということで、ひとつ前向きに検討していただきたいということであります。だから、大臣、どうなんですか。
○橋本国務大臣 いや、ですから私も、それは一つの方法だとは思うのです。ことに、異質な環境の中から、異質な生活環境にいわば移しかえられたと同じような形になるわけでありますから、その時点において、アレルギーといいましょうか違和感を覚えるということはありましようし、そういう中から、いま浦井さんが言われたような方法を望まれる声が出てくることも間違いないと思います。ただ、逆にそれを過保護というような理解で私は申し上げたのじゃありません。いま浦井さんが言われたような方策で対処することが、今度は実生活の場に移ったときに、むしろ、帰国後相当な時間がたってから実際の日常生活の中における違和感等を覚えると、かえって問題が多くなるのじゃないかという感じを私は持っております。ですから、浦井さんの御意見は一つの御意見として私は傾聴いたしますけれども、私どもはむしろ、ある意味では過酷なようでありますが、オリエンテーリングを済ました後は実際の日本の社会生活の中に一日も早く入っていただく、その中においての生活指導等の世話をしながら、一日も早くその違和感をぬぐい去っていただくような方向で努力をする方が望ましい、そのように考えております。
○浦井委員 これはこの辺でやめておきますけれども、これもそういう意見があったということで、ひとつ心にとめておいていただきたいと思います。
 それから、これは具体的な年金の話に関係をしてくるわけですが、こういう例があるわけなんです。
 いずれも神戸に住んでおられる御婦人の方でありますけれども、仮にAさん、Bさんで申し上げますと、Aさんというのが、昭和四十九年に四十五歳で帰国をされた。そして翌年五十年にある企業に就職をされた。これは厚生年金の強制適用の職場でありますから、当然厚生年金に加入をしておるわけです。ところが、五十五歳でその会社は定年だということでありまして、保険料は現在ずっとかけて、五十五歳まで行くとしたら九年間払うことになるわけであります。こういう人に、一体これからどう年金権を保障するのかという問題であります。これはどうですか。
○木暮政府委員 ただいまのAさんの場合でございますが、昭和五十年から三年間厚生年金に入っておられる。定年が五十五歳ということで、あと六年でございますと、九年の被保険者期間は満たせるわけでございます。それで厚生年金の老齢年金をもらいますのには、一般的には二十年入っていなければならないわけでございますが、高齢の女子の方の優遇措置といたしまして、三十五歳以降の被保険者期間が十五年あれば年金が出せるということになるわけでございまして、そういたしますと、定年まで九年でございますので、あと六年足りないということになるわけでございます。したがいまして、このAさんが年金受給できますためには、あと六年間この企業で定年後の延長雇用をしていただくなり、あるいはまたほかの職場でもいいわけでございますが、厚生年金の適用のある職場で働いていただかなければ、年金に結びつかないということでございます。
 なお、細かいことになりますけれども、任意継続被保険者制度というのがございまして、被保険者期間が十年ございますと、あとは職場を離れましても任意に継続できるということになっておるわけでございます。そういう意味では、定年後あと一年この企業で働くか、あるいはまた厚生年金の他の職場で働くことができますと十年になりますので、任意継続被保険者を五年、この場合には事業主分の保険料も自分で納めなければなりませんけれども、そういう形で十五年を満たすという形で、年金に結びつくという可能性はあるわけでございます。
○浦井委員 短縮の措置であれば十五年で、しかし、いま三年しかかけてないわけですよ。だから六年足す六年で、あと十二年働かなければならぬ。しかも途中で五十五歳定年だ。五十五歳の高齢のしかも単身の婦人に、果たしてそう簡単に厚生年金の次の職があるのかないのか。だからこういう人は、昭和三十六年に国民皆年金、国民皆保険ということになって、その当時日本におれば、当然保険料を掛けていってもう十分に資格を満たせる人であるわけなのです。それがたまたま自分の責任でなしに、先ほど申し上げたように終戦後の、敗戦後の混乱で孤児になったり、いろいろなことをして帰ってこられなくなって、それで今度やっと帰ってきた、離婚をして。それで子供さんも連れておられる。さあ、そういうことで、いまの制度にこんな方法もあります、こんな方法もあります、だからもう少し定年後も、六十過ぎても働いてくださいというような形で突っ放してよいのかどうか、私は疑問だと思うのですが、どうですか。
○木暮政府委員 この方の場合、十五年満たすためには、四十六歳からでございますから六十一歳まで働かなければならないわけでございます。現在の高年の方の雇用状況、非常に悪うございますので、大変な困難があることは事実だと思いますけれども、厚生年金にいたしましても国民年金にいたしましても、これらは、特定のグループの方々が保険料を一定期間掛けて、老齢のときあるいは障害のときに年金を出すというような、互助共済の制度という組み立てになっておるわけでございます。したがいまして、一定程度の被保険者期間が必要だというたてまえはどうしてもとらざるを得ない、こういうふうに思うわけでございます。この方の場合、自分の意思ではなく、戦争の影響で中国にとどまるということになられたわけでございまして、その点は大変お気の毒な事情だと思うのでございますけれども、ただいま申し上げました年金のたてまえからは、やはり十五年程度の加入期間は満たしていただくということにならざるを得ないというふうに考えているわけでございます。
○浦井委員 厚生省というのは、そういう外国からのいろいろな事情によって帰還した人に対して、手厚い援護をする役所というふうに聞いておるわけですが、とにかく厚生年金の掛金の期間を満たしてくれなければだめだ、非常に私は冷たいと思うわけです。
 たとえば、今度Bさんの場合ですが、この人もやはり四十九年に五十歳で帰国をされた御婦人です。そして、翌年五十年にある企業に勤めて、三年後にやめて、それで生活保護を受けておる。これはいまは余裕があればもちろん国民年金の被保険者になるのだろうと思うのですけれども、それが免除をされておるというかっこうになるのですが、この場合はどうですか。
○木暮政府委員 この方の場合には、原則としましては、先ほどの方と同じように年金に結びつく可能性は残されておりますけれども、前の方よりも非常にむずかしいと思うわけでございます。それで、生活保護を受けております間は、保険料を払いませんでも国民年金の上では被保険者の扱いになります。ただその場合には、年金額を計算いたします場合には国庫負担の三分の一の部分しかつかないわけでございます。しかし最短距離と申しますと、国年が入りますと二十五年要るわけでございますので、やはり厚生年金の十五年というルールに乗りませんと年金に結びつかないと思うわけでございます。五十歳でお帰りになってストレートに働かれても、六十五歳まで働かなければならないわけでございますが、生活保護を受けておられる期間もあるとすれば、非常にむずかしいケースになるというふうに思います。
○浦井委員 むずかしいケースになるということでは済まされぬので、大臣、先ほどから私がるる申し上げておりますように、かなり各地でこういう人が存在をしておるようであります。だから、数は多くないわけでありますから、こういう方たちに対して、やはり日本国民でありますから年金権があるわけなので、ひとつ何らかの特別の措置を講じるべきではないかというふうに思うわけですが、大臣の御意見を承っておきたい。
○橋本国務大臣 いま私は、大変むずかしいと思います。事務当局に、実はいわゆる無年金者対策における特別納付の制度の活用ができないかということも検討を命じてみましたけれども、現実問題としてこれにも乗りがたいという状況になりますと、年金制度の上ではどうも対応ができません。
○浦井委員 対応ができないということで突っ放されると、このAさんにしてもBさんにしても困るわけなので、そこを政治家として大臣にお願いをしておるわけです。どうですか。
○木暮政府委員 AさんやBさんのお立場、非常によくわかるのでございますが、年金の基本に触れる点を直さないとできない問題なのでございます。一例を挙げますと、この方が中国にいた期間はいわば空期間にするというようなことも考えられるわけでございます。空期間の取り扱いというのは国民年金でやっておるわけでございますが、御承知のように、国民年金の場合には、日本の国籍を持っていること、それから日本に居住していること、それから二十歳から六十歳の間であること、この三つの大原則があるわけでございます。その大原則の一つに、はっきりと日本の国内に居住しているという点があるのでございます。この例に挙げられた方たちとはまた別に、被用者の妻は国民年金では空期間扱いになるわけでございますが、夫が海外勤務をすると当然ついていかれるわけでございます。その際には、日本にいれば空期間になるわけでございますが、ついていくと空期間にはならないわけなのでございます。そういう基本的な問題でございますので、事情は非常によくわかるのでございますけれども、なかなか対応はむずかしいということでございます。
○浦井委員 空期間という話も出てきたわけですが、しかし本当に困っておられるのですよ。夜も寝られないのだと、まだ日本での経験が少ないものですから。だから、そういう人たちのグループから非常に強い要望があるので、一遍その実情を篤と調べていただいて、何かにひっかけると言っては表現が悪いですけれども、あるいは国の方で、根幹に触れると言われたのですけれども、そうかた苦しく考えなくても、数も少ないことですし、何か考えていただきたいと私は思うのです。いまたばこをつけられたばかりで恐縮なのですが、大臣の御意見をひとつ聞いておきたいと思います。
○橋本国務大臣 帰国された方々の実態把握には努めます。ただ、通常ならば年金で考えるべきものでありましょうけれども、いま局長から御答弁を申し上げたような理由で、どうにも対応ができないということになりますと、いまのところ私もどういう対応ができるか、ちょっと判断ができません。
○浦井委員 これはひとつ宿題にしておいて、また年金局と少し詰めてみたいというふうに私は思います。
 これはこれくらいにしておいて、次に、朝からずっと同僚委員の中でいろいろ出てきました、一般戦災者の障害者の問題であります。これは時間がないので、あなたの方から数字を一つだけ言うてみてください。わかりやすいように、現在、空襲なり艦砲射撃などで負傷をされた方、かなりの方が障害福祉年金を受けておられるだろうと思う。そうですね。それで、そういう人たちの中で、一側の上肢あるいは一側の下肢の切断であるとか全く機能が失われておるという場合、一体どれくらい障害福祉年金が受けられるのか。それから、その人がたまたま特別な権力関係にあってこの援護法の適用を受けられた場合には、一体どの程度の障害年金を受けられるのか、ちょっと数字を教えていただきたい。
○河野(義)政府委員 援護法の障害年金について申し上げます。
 いま御指摘のケースは、「一上肢又ハ一下肢ヲ全ク失ヒタルモノ」これは恩給法の第一号表ノ二、別表がございますが、それの第二項症に該当するわけでございます。その第二項症の障害年金の額は二百四十六万円でございます。
○浦井委員 国民年金、障害福祉年金でいけば二級に該当して月一万六千五百円、こういうことになるわけですね。そういうことですね。
○木暮政府委員 二級でございますので一万六千五百円でございますが、新年度から一万八千円になる予定でございます。
○浦井委員 大臣に、この数字を比べていただきたいんですけれども、同じように、アメリカの爆弾なり焼夷弾なりで片一方の手を失い、あるいは片一方の足を失った人が、社会保障と国家補償の違いはあるにしても、いまの数字と比べてみて計算をしてみたら七・六%、片一方を一〇〇にすると片一方が七・六であります。だから、これは国家補償の方が高過ぎるというようなことは私は言いません。こちらの社会保障の方がやはり低いわけなんで、これは同じように爆弾を受けて、あるいは焼夷弾を受けてなにしたわけですから、こういうところからも、ひとつ早く実態を調べて、そしてこの援護法を一般戦災の負傷者、現在の身障者の方に適用するような努力を私はしていただきたいと思うのですが、どうですか。
    〔戸井田委員長代理退席、向山委員長代理着席〕
○橋本国務大臣 浦井さん、これはちょっと大変恐縮でありますが、福祉年金と戦闘公務における軍人軍属、準軍属の比較を単純にされて言われるのは、性格の全然違うものでありますから、ちょっとむちゃな比較ではないかと私は思います。ただ、そういうことは別にして、先ほどもお答えいたしましたように、身体障害者実態調査を五十四年度において私どもは実施をいたしたい、そしてそれについて国会にも御協力をいただきたいわけでありますが、その中において、一般戦災による傷病者の実態の把握にまず努めたいということを先ほどから申し上げているわけであります。
○浦井委員 いま大臣の言われた、ことしの春ごろに結局厚生行政基礎調査をやられて、下肢をも含むところの障害者の存在をつかむ、それから秋ごろには身体障害者実態調査をやって、その中には戦傷病あるいは戦災の区別をして、障害の程度もかなり明らかにした上での実数がつかめる、こういう見通しがあるわけですね。
○河野(義)政府委員 戦災障害者の調査でございますが、これは身体障害者実態調査の一環としてその中に組み込むわけでございまして、五十年に計画されたその内容は、障害の種類とか程度あるいは介護の必要の有無とか、そういった基本的な項目でございますが、五十四年度に実施する分につきましても、前回のそれは参考としまして、どういう項目でどういう結果表を考えるか、これから検討することになります。
○浦井委員 春日遅々という言葉がありますけれども、戦災で現在もなお障害が残っておられる人というのは、もっと国の手厚い援護を期待しておられるわけで、ぜひ大臣の前向きの検討を期待したいと思うわけです。
 最後に、これは一言でいいです、大臣にお聞きしたいのですが、軍歴通算の問題であります。これは国会の中に議員連盟も誕生をしたことでもあるし、厚生省としても何らかの対応を考えておられるのではないかと思うわけでありますけれども、ひとつ見解をお聞きして、私の質問を終わりたいと思います。
○橋本国務大臣 軍歴通算の問題私もよく存じておりますし、その関係者の方々の御相談にも、この仕事につく以前に乗っておりました。ただ、さきの国会におきまして総理から、この問題について検討する旨の答弁を申し上げております。一つ、共済制度は恩給制度をそのまま引き継いだものであって、制度上短期の軍人期間について特別の措置を講じているものではなく、また、厚生年金保険や国民年金は一般的社会保障であって、軍人期間のある者だけを特例的に扱うことは公平の観点から問題があり、軍人期間を通算することは制度的にきわめて困難である。御質問の趣旨については、関係省庁においてさらにその問題点について深く勉強をしたいが、いずれにしても大変むずかしい問題であることは御理解願いたい。この総理の答弁を受けまして、現在、内閣審議室において検討を始めております。
○浦井委員 終わります。
○向山委員長代理 次に、工藤晃君。
○工藤(晃)委員(新自) きょうは、戦傷病者戦没者遺族等援護法に関連する質疑をいたす予定でおりました。しかし、その前に、人命をどう扱うかということについての関連で、ちょっと気になる新聞記事がけさ目に映りましたので、その点をまず最初にただしたいと思うわけでございます。
 きょうの読売新聞の朝刊にこういう記事が出ております。見出しは「年中無休の二十四時間病院神奈川進出、国会で論議 「大変結構」と厚相 地元医の阻止、行き過ぎ」こういうタイトルで記事が出ておりまして、簡単に部分的に内容を読みますと、
  「年中無休、二十四時間オープン」ということで注目を集めている医療法人「徳洲会」(徳田虎雄理事長、本部・大阪)が、神奈川県茅ケ崎市に進出しようとしたため、これに地元医師会が反対して混乱している問題が、二十八日の衆議院予算委第三分科会で取り上げられた。見解を求められた橋本厚相らは、同会の理念について「大変結構なこと」と評価する一方、地元医師会の動きについては「少し行き過ぎがあるのでは……」と“クギ”をさした。しかし、解決策については「知事が関係者の意見を聞き、円満な解決を」と、地元にゲタを預けた。
こういう記事でございます。私は、徳洲会という病院がどんな病院か、あるいはまたどういう問題が現地で起きているかについては、新聞報道その他の程度の知識しか持っておりませんし、また、国会でこういう問題を取り上げるほどの問題ではないというふうに評価をしておりました。しかしながら、こういうふうに大きな見出しで新聞が取り上げてまいりますと、また国会で取り上げられたということになりますと、いささか私もこれに注目をし、興味を持たざるを得ないのでございます。
 その理由は、まず第一番に、橋本厚相らが当会の理念について、大変結構だ、こういう評価をしたということに対して、私は大変興味を持ったわけですね。もう一つは、佐分利医務局長が「大阪の四病院の診療内容をまだ十分掌握していないが、現時点では理念通りにやっていると聞いており、大変よくやっているといってよいのではないか。ただ、歴史が浅いとか、医師が若いという指摘もあり、もう少し推移を見たい」、こういうような答弁をされている。これにも私は大変興味を持った。そこでもう一度ただしたいと思うわけでございますが、大臣は何が結構だとおっしゃったのか私にはわかりませんし、またもう一点は、地元医師会が少し行き過ぎているのではないかというような御意見もおっしゃっているようですが、いままでに地元医師会と大臣が直接お話し合いをされたことがあるのかどうか、その二点について簡単にお答えをいただきたいと思うのです。
○橋本国務大臣 昨日の御質問は、徳洲会病院の掲げている年中無休・二十四時間オープンという、こうした理念についてどう思うかというお話でありました。私は、そのとおりであれば大変結構なことであります、と確かに申し上げております。そのとおりであれば大変結構であります、と申し上げました。同時に私は、正確にそのときどういう言葉を使ったかいま思い出しかねておりますけれども、私は茅ヶ崎医師会だけを批判した記憶はございません。むしろ、どちらもどちらといった感じでお答えをしたと自分では思っております。
○工藤(晃)委員(新自) 次に佐分利医務局長に、先ほど申し上げました点についての簡単な御説明をいただきたいと思います。
○佐分利政府委員 徳洲会の理念はいろいろございますけれども、二十四時間オープン・年中無休とか、部屋代の差額を取りません、冷房代の差額をとりませんといったことだとか、また、もしも医療保障の本人負担分が払えないような場合には減免をいたしますとか、また、患者さんあるいは家族がお困りになるときにはその生活費も一時お立てかえをいたしますとか、さらに、病院の医師とか看護婦は一切謝礼を取りません、こういったことを言っているわけでございまして、きのうの第三分科会でもお話ししたのでございますけれども、こういった理念はきわめてりっぱなことであると私は思うわけでございます。
    〔向山委員長代理退席、委員長着席〕
特に二十四時間オープン・年中無休といった理念については、私が地元の衛生部長その他から聞くところによりますと、すでにオープンしております大阪の四病院ではまだそのように行われております。そういった点は結構なことではないか。したがって、現時点においてはよくやっている病院の中に入るのではないかということを申し上げたわけでございます。
 また、一部の医師会に行き過ぎがあったというような発言は、これは大臣がなさったのではございませんで、私が申し上げたわけでございますけれども、たとえば茅ヶ崎の医師会を例にとりますと、予防接種の返上はいたしておりますし、学校医の返上も近くやりますよというようなことを申しておりますし、またそのほか、市議会が中に入りまして、教育委員会の委員長、委員等に対して、いろいろとそういった方々に関する文書等をお配りになっている、こういったことはやはり少し行き過ぎではないか。もう少し双方で話し合って円満に解決するような道を考えるべきではないか。たとえば沖繩の医師会の場合には、これは有名な大浜会長でございますけれども、円満に話し合って、場所も決めて、現在建設中でございます。非常に仲よくいっております。また大阪の場合も、若干問題はあるようでございますけれども、一応大阪府医師会と現在オープンしております四つの病院とは平和共存をしているわけでございます。したがって、そういった医師会と同じように、茅ケ崎市の医師会ももう少しよく話し合っていただくという必要があったんじゃなかろうか。しかし、これはやはり双方に責任がある問題でございますから、双方がいろいろと従来のことを考え合わせて、話し合いの場で妥結点を見出すというような方法が望ましい。その場合に、やはり神奈川県の知事さんが地元の事情にも詳しいわけでございますから、よく関係者の意見を聞いてあっせん、仲介の労をおとりになったらどうかということを申し上げたわけでございます。
○工藤(晃)委員(新自) 私はいまの答弁で幾つかの疑問点を指摘しておきたいと思うわけです。ということは、先ほど御説明になりましたように、年中無休だとか二十四時間オープンだとか差額ベッドは取らないとか、すべて非常に結構ずくめの経営がやっていけるという、こういうことについていささか私は理解しにくい。ということは、いまの医療の現状の中で、この徳洲会という病院はどういう目的でお建てになるのか知りませんが、利益追求という、こういう立場でやはり建てられるのであって、公共施設ではないわけですね、私企業ですから。もうけるためにそこへお建てになるということの前提に立って、それでそういうふうな、すべてのいまの医療のひずみになっているようなところ、国民のすべてが非常に不平不満になっているようなところを全部解消いたしますというふうな、こういう経営をやりますと、私は果たしてできるのかどうかということを大変疑問に思うのです。なぜならば、皆さん方がお抱えになっている国公立病院をお考えになるといいのです。毎年半数以上の病院が赤字に苦しんでいる、こういう事実があるじゃありませんか。税金も払わない、すべての施設は国の補助によって賄っている、そういうところですら赤字で苦しんでいて、それをどうするかということはいま国の大きな悩みの一つになっているでしょう。逆に、皆さん方がこういう問題について、これは結構でございますと言って国民の前におっしゃるには、それだけの根拠がなければいけない。もしこういうことが結構であるなら、皆さん方が管理されている病院の皆さん方の責任はどうなるのか。国民の税金を使っていてですね。こういうことが実際に私企業としてできるんだ、税金を払って、投資をして金利を払って、そしてこれがまともにできるものであるならば、皆さんの国公立病院はなお十分できるはずじゃないですか。それができてないんだ。長年こういう問題を続けてきたんじゃないですか。それは皆さん方の責任だとぼくは思う。怠慢経営だと思う。そうでないとすれば、この問題が、一体どこに問題点が包含されているかということを私は心配するんです。どっちかに真実があるんですよ。両方が真実ということはないと思う。そういうきれいごとで経営をなさるところへ、少なくとも国の最高の責任者がこういう発言をされるという以上は、私はそれなりの資料をお持ちになっているはずだと思う。それで十分国民の命が守れる、地域社会において命が守れるという前提がなければそういう言葉は言えないと思う。だから、私は後で資料を出していただきたいと思います。時間がございませんので、私は自分の言いたいことを言って、もし問題があればまたこの次にいたしますけれども、しかしながら、こういうことができるなら、健康保険制度の矛盾で、われわれが毎年毎年財政赤字をどうするかというような問題を一々云々する必要はないんですよ。徳洲会病院にみんな勉強に行けばいいんです。日本全国の国公立病院のリーダー、皆さん方がまず第一番に徳洲会に行って、勉強してこられたらどうですか。
 そこで私は思うのは、そういうことはどこかにまやかしがあるんじゃないかという心配をするんです。利益を追求して、それだけの利益が追求できるような状態ではないと私は思う。だから、私はそういう意味においての懸念をいま申し上げます。
 それは、やはり利益追求型である以上は、不利益なところはカットするんですよ。足切りをやるんじゃないか。もうからぬところはやらぬ、もうかるところだけやるという、こういう経営方針なら、やはり利益は追求されると思いますし、またその経常利益も出てくる。しかしながら、人命を預かる仕事を、もうかるところだけやりますというようなことができるかどうか。もしやったとすれば、その犠牲は一体どこへいくか。あの世へ行ってしまうのですよ。来る患者さんは、自分が採算ベースに乗るような患者であるかどうかは自分ではわからないわけですから、病院の方で勝手に不採算なところは足切りをしてしまう。切られた患者さんは知らないうちにあの世へ行ってしまう。ということがもしあったとすれば大変なことだと思う。だから、まことに二十四時間開いているのは結構でございます。それは結構なんです。しかし、診療内容というのは、人の命をどう守るかという崇高な仕事をしなければならぬわけで、そのときに、利益追求をまず第一番に結構ですと言ったら、私はまず、いまの医療法を改正してもらわなければいかぬ、それから医師法も改正してもらわなければいかぬと思う。この二八%税制の問題でいろいろ問題になっているのも、医療法人が非常に厳しい状況の中に置かれているのも、一般みなし法人と比べて、一人法人と比べて大変厳しい条件の中に置かれているのも、すべて、そういう利益を追求しちゃいかぬというそういう前提に立ってやっているのじゃないですか。そのときに、利益追求しますよということをはっきり言って企業進出するのに対して、皆さん方が結構でございますと言うのなら、私は、この医療法人の問題についてもこれは大変考えなければいかぬ問題がいっぱい出てくると思う。
 それから差額ベッドにしても、それはない方がいいに決まっている。国民はすべてそれを求めているのだ。しかしながら、経営が実際に成り立つか成り立たぬかということが問題であり、人の命をどう守るかということが問題なのだ。そのときに、これで経営が成り立ちますよと言えば、成り立たぬことはわかっていてですよ、それでそこの病院はりっぱにやっている、結構でございますと言うのなら、私はその証拠を見せてもらいたい。それができるなら、なぜ自本の多くの病院、国公立病院を初めとして私立の病院もすべてそうですが、みんな赤字で苦しんでいるのじゃないですか。差額ベッドを取らなければやっていけない現状があるのじゃないですか。大学に入るのに、やはり私立の大学では大変な入学金を取っていかなければならない。これはすべて赤字が前提に立つからじゃないですか。そういう中で、その病院だけはおまじないみたいにみんなきれいごとを言って、みんなもうかりますよ、私に右へならえしてくださいというのなら、皆さん方の救急医療体制、大臣もこの中におっしゃっている、「第五に保健医療対策については、救急医療対策をはじめ、へき地医療対策、公的病院等の財政対策の一層の推進を図りますとともに、」こういうことをおっしゃっておられるが、それなら今後すべて、救急医療対策はいまから徳洲会形式をとって、徳洲会に救急医療対策を国がお任かせになるつもりでいらっしゃるのかどうか、そういうことにもやはり言及しなければいかぬ。それは一番安上がりでいい、結構ですよ、何もしなくったっていいのだから。しかしながら、そこで足切りをされて、もうかる人だけしか経営の対象にしないというような病院ができたら、知らないうちにあの世へ行ってしまう人もいっぱい出てくるのじゃないかという心配を、一番最初に私はするのですよ。それが、いや、そんなことはございませんよとあなた方はおっしゃっているのだから、証拠を出してください。大変よくやっていらっしゃる、そんなことは私には考えられない。考えられないから皆さんに申し上げるので、大変危険なものが潜在していないかどうか。いるとは言っていませんよ。いるとは言わないが、そういうことがなければ、そういう健全経営、黒字経営、借金をして土地を買い、建物を建てて、設備をして、そういうことができるわけがない。わけがないことができるのだ、それが結構だとおっしゃっているのなら、国の対策というものはすべて徳洲会に委託されたらいいと思うのですよ。その辺、皆さん方の責任はどうなるのか、私は改めて追及したいと思う。それが一点。
 もう一点は、救急医療というのは、地域社会において第一次、第二次、第三次応需病院あるいは第四次、そういう健全な連携が保てなければ、人の命一人を救うことはできないのです。そのときに、地域医療の中でそういう猛反対を食っている中へ飛び込んでいって、私はやりますよ、それで果たして救急医療対策は完全に地域住民のためにとれるかどうか、大変私は疑問だと思う。医療の内容というのは大変レパートリーが広うございますから、一人の先生がいれば神様みたいに何でも診れるわけじゃはい。専門以外のところはやはりその専門の先生に対応してもらわなければいかぬ。徳洲会病院がもしそういうことが言えるというなら、大学病院程度の設備とその対応をしなければできないと私は思う。そういう地域社会の中で、私はやりますよと言って、大きなことを言って門戸を開いて、国民は何も知らないから、そういう裏方の話は何にもわからぬから、そういうところへどんどん行っちゃって、いまさらよそへ送るといったって送るところがない。来てくれる先生もいない。専門の先生もいない。そういう中で、あなたがここに懸念されているじゃないですか、まだ歴史が浅いとか、医師が若いという指摘もこれありで、そういう先生がすべてのものを全部賄えるとは私には思えない、私も医者の一人でございますから。そういう意味で、こういう問題については、地域医師会か行き過ぎているという指摘をする前に、その人たちと話し合ってみて、一体どこがどういう問題になっているのか、そういうところを十分検討した上で、発言されるべき筋合いのものだったと私は思う。
 それからもう一点。これは本当かうそか知りませんが、私が知っているニュースによりますと、地域医師会は何も救急医療体制を整えないと言っているのじゃない。東海大学の分院のような病院をわれわれはつくりたい。言うならば、第一次から第三次まで十分連携のとれるそういう病院をつくりたいのだ。それについてわれわれが計画している最中に、こういう問題が飛び込んできて、皆さんで結構、結構と言っているのじゃないですか。一体どちらが地域住民のためにプラスなのか、そこら辺のところはよく考えなければいけない問題だ、そう私は思うのです。これは声を大にして言っておきますが、指摘しろと言えば、時間があればまだまだ幾らでも指摘します。人命が軽視されること、陰の知らないところで人の命が失われていくこと、幾らでも軽視していくことの問題がある、こういうところにこういう問題があるじゃないか、こういうところにこういう問題があるじゃないかということは幾らでも指摘できますが、しかし時間がございませんのでこの程度にやめておきますが、十分ひとつ、この点については軽率な御判断とか軽率な御発言は控えていただきたい、こういうことを強く要望したいと思います。大臣、お答え願います。
○橋本国務大臣 医務局長が答弁いたしました分も含めて、国会における答弁でありますから、私が責任者として申し上げたいと思います。
 工藤先生、大変医学の専門家としておしかりを受けましたけれども、新聞で要約をされたもので御判断をいただきますと、私どもとしても大変お答えに苦しむ場面がございます。これはきのう予算委員会の第三分科会において、加藤万吉委員からの質問に対して私どもがお答えをしたことでありまして、ですから、基本理念そのものが住民サイドから見ていいものかどうかと言われれば、確かに私は、二十四時間オープン・年中無休ということそれ自体が悪いことだとは思いません。また、そういう部分についてのみのお尋ねに対しての答えでありますから、改めて議事録をお読みいただきまして、その上の御批判は十分ちょうだいをいたしたいと思いますが、工藤委員が心配をされるようないろいろな状態について、いま御指摘のありましたことは、私どもも自分たちの記憶にとどめておきたいと思います。
○工藤(晃)委員(新自) 国民が見るときは、議事録を見ていないのですよ。この新聞を見るのですよ。そこに問題があるから私は指摘しておるわけなんです。議事録を一々国民は見るわけじゃないのです。だから私は国民の代表としてここに申し上げているので、この新聞を見たときに国民はどういう見方をするかということなんです。だから、そこに問題がありますよという点を指摘しておきたいわけです。ですから、何も私はこれを正しいという前提に立って言っているのじゃないのです。こういうことが載っておることについては、こういう発言がそうじゃないならないで結構なんですよ。ないのだけれども、実際新聞にはこう出てしまっているというこの事実はゆがめられないと思うんですね。だから、そういう点については十分ひとつお答えを注意してもらいたいということを指摘しておくわけです。
 それから同時に、この問題はもう少し研究してみてくださいよ。二十四時間云々の理念は結構だ。しかしながら、実際に行動するのですよ。これで行うのですよ。問題は――やらなければいいですよ、やらなければ。しかし、やったときの結果がどうなるかということを私は指摘しているのであって、理念結構、理念結構と、私は念仏を言っているんじゃないと思うのですよ。実際やるかやらぬかという問題が起きているのですよ。その中でやはり、地域医療を担当する医師会の先生方の意見というのはどういう意見を持っているか、それを十分聞いてみる必要があるのではないか。単に反対反対と言って、自分の利益の追求のために反対しておるのかどうか、そこら辺のところはよくお聞きになったらどうですか。それを最後になにして、一度聞くなら聞くということをお答えいただいたならば、次の本当のきょうの議題に入らなければいかぬので、だからひとつ頼みます。
○橋本国務大臣 私は、報道機関は報道機関の良識によって記事をまとめられ、それぞれの立場で報道されると思っております。私どもが話したこと自体は、これは国会の場の話でありますので、工藤さんも議事録によって御判断を願いたいと存じます。また、私は昨日も、これは両者がむしろ冷静に話し合ってもらうべき問題だという観点から話をいたしておりまして、県も含めて少しじっくり話し合いをされた方がいいと思っております。
○工藤(晃)委員(新自) 話せば長くなって時間がなくなりますからやめますが、あなたのおっしゃった中に、少し行き過ぎがあるのではという言葉が載っているけれども、これは、行き過ぎがあるかないかということを話し合わないうちにおっしゃったということは問題があると思う。議事録にこう書いてあるのかどうか知りませんが、確かめてみますが、そういう点はやはり今後の問題としたいと思います。これはこれでやめます。
 ところで、きょうの本題に入らせていただきますが、時間が短くなりましたので要点だけにします。
 昭和五十四年度には中国において慰霊巡拝をすることになっているようであるが、これは多数の人々が長い間希望してきたことなので、ぜひ実現していただきたいという声が強いそうでございます。しかし、この事業は当然外交ルートに乗せなければならないし、また、相手国との交渉も十分必要とするという前提がございますので、まず第一番に、外務省がこのような問題についてどのような働きかけをいままでしてこられたか、今後なさるかどうか、そういう点についてお答えを願いたいと思います。
○谷野説明員 お答えいたします。
 御遺骨の直接の収集ということになりますと、中国側の国民感情もまだあり得ますので、厚生省とも御協議いたしました上で、とりあえずは、御遺骨の収集ということではなくて、御遺族による慰霊の巡拝団の派遣という形で、たとえば先般中国のケ小平氏が十月に来日しました折に、これに同行いたしておりました黄華外交部長に対しまして、園田外務大臣より慰霊巡拝団の派遣について申し入れを行いました。これに対しまして黄華部長の反応は、とりあえずはうなずいておりました。しかしながら、それ以上の反応はございませんでした。
 なお、最近におきましては、たまたまいま来日しております中国の外交部のアジア局長に対しまして、二月の二十四日、外務省のアジア局長から同様の申し入れを行ったことがございます。これに対しまして先方は、早速日本側の意向を中国に持ち帰りまして、中国の関係機関において検討いたしましょう、こういう答えでございました。
 いずれにいたしましても、私どもは、事柄の性質上、まだまだ時間がかかるかとは思いますけれども、外務省といたしましても、御遺族のお気持ちは十分わかっておるつもりでございますし、そういうお気持ちを体しまして、今後ともしんほう強く外交ルートで先方の理解を求めてまいりたい、このように考えております。
○工藤(晃)委員(新自) 多くの方々の切なる願いがぜひかなえられるように、強力な推進方をお願いしたいと思います。
 次に、戦傷病者戦没者遺族等の援護施策は今後どのようにしておいきになるのか、基本的な考え方をひとつお聞かせを願いたいと思います。
○河野(義)政府委員 戦傷病者戦没者遺族の援護につきましては、従来から障害年金、遺族年金、そういった基本的な年金給付の改善ということを中心に努力をしてまいったわけでございますが、今後も関係者、遺族あるいは戦傷病者がだんだん高齢化が進むわけでございますので、そういった状況を十分踏まえまして、援護対策の充実を図っていきたい、かように考えております。
○工藤(晃)委員(新自) 次に、この五十四年度における戦没者の遺骨収集、慰霊巡拝あるいは慰霊碑建設の計画その他がございましたら、御説明を願いたいと思います。
○河野(義)政府委員 五十四年度におきましては、遺骨収集を実施する地域はフィリピン、マリアナ諸島、パプア・ニューギニア、沖繩、硫黄島、小笠原、この六地域を予定しております。
 それから慰霊巡拝を実施する地域につきましては、中国、ビスマルクソロモン諸島、フィリピン、ビルマ、南西諸島、硫黄島の六地域を予定しております。
 それから慰霊碑の建設につきましては、五十四年度におきましてはビルマとラバウルの二地域を予定しておりまして、五十三年度に比べまして、金額あるいは地域におきましても大幅に伸びているわけでございます。
○工藤(晃)委員(新自) ぜひとも、そういう問題についても、遺族の立場に立って推進をしていただけるようにお願いをしておきます。
 別の質問に入りますけれども、日中友好条約が締結された現時点におきましては、だんだんに中国から日本へ帰国される方も多くなってまいろうかと思うのです。そういう方に対して、早く日本の社会に復帰できるような対策をいまから考えておかれる必要が十分あると思いますので、そういう施策について五十四年度にはどういうことをお考えになっていらっしゃるか、具体的な対策がございましたらひとつ御説明を願いたいと思います。
○河野(義)政府委員 中国から帰ってこられる引き揚げ者の援護につきましても、昨年秋日中平和友好条約が締結されましたし、皆さんの関心も非常に高いわけでございます。この対策につきましても一層充実強化をしていきたい、かように考えておりますが、具体的には、まず引き揚げ者の援護の範囲を拡大したい。いままでの経験から、帰国する場合の援護につきましては、一時帰国か永住帰国か、いずれかを選択していただいたわけでございますが、最近の実際の例からいたしまして、一時帰国した人が永住帰国したいという方もありますので、こういう方にも永住帰国の援護ができるようにしたいというふうに考えております。
 それから引き揚げ者の援護対策の充実強化でございますが、引き揚げてこられる方には、一日も早く日本の社会になじんで自立していただかなければならぬわけでございます。そこで、定着化の対策を中心にきめの細かい施策を講じていきたい、かように考えております。
 一、二申し上げますと、引揚者指導員が生活のあらゆる部面で個別に指導しておるわけでございます。これは月二回ということでございますが、いままでの経験から申し上げますと非常な効果を上げておりますので、五十四年度からは月四回と申しますか、毎週生活指導員が行っていろいろと指導助言をする、また日本語の習得についてもいろいろお世話する、こういうようなことを考えております。
 また引き揚げ者の援護につきましては、いま申しました引揚者指導員とかあるいは、県の機関といたしましては、生活面におきましては民生部、あるいは職業問題につきましては労働部、あるいは住宅の関係の部局、あるいは子弟の教育の関係の部局、いろいろあるわけでございますが、これらの各関係機関が緊密な連携のもとに、有機的に援護の措置を講じなければ効果が上がらないわけでございますので、これらの機関で構成する連絡会議を設けまして、効果的な援護の施策を講じていこう、こういうふうに考えております。
 それから、ちょっと前後しますけれども、成田とかあるいは大阪に帰ってこられるわけでございますが、農業社会から工業社会に帰ってまいられますから、最初は、向こうの生活と比べまして著しく違うわけでございます。そこでこの空港のホテルに一泊していただきまして、行き届いたオリエンテーションを行う、そういうことも考えております。
 それから、現行の帰還手当につきましても改善をするというようなことを、五十四年度におきましては実施したいというふうに考えております。
○工藤(晃)委員(新自) ぜひ、援護行政についてはより一層強力な推進方をお願いして、私の質疑を終わります。(拍手)
○森下委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。
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○森下委員長 次に、内閣提出、国民年金法等の一部を改正する法律案を議題とし、提案理由の説明を聴取いたします。厚生大臣橋本龍太郎君。
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 国民年金法等の一部を改正する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
○橋本国務大臣 ただいま議題となりました国民年金法等の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 所得保障の中心である年金制度を初め、児童、母子家庭、心身障害者に係る諸手当の制度については、従来より充実に努めてきたところでありますが、昨今の経済社会情勢にかんがみ、これらの制度について所要の改善を行い、老齢者を初め、児童、母子家庭、心身障害者の福祉の向上を図る必要があります。
 今回の改正案は、このような趣旨にかんがみ、厚生年金等の拠出制年金について物価スライドの特例措置を実施するとともに、福祉年金並びに児童扶養手当、特別児童扶養手当、福祉手当及び児童手当の額の引き上げその他の改正を行い、これらの制度の充実を図ろうとするものであります。
 以下、改正案の内容について、概略を御説明申し上げます。
 第一に、厚生年金、船員保険及び拠出制国民年金の物価スライドの特例措置について申し上げます。
 現行の制度におきましては、消費者物価上昇率が五%を超えない場合には物価スライドは実施されないことになっておりますが、年金受給者を取り巻く諸状況を勘案し、昭和五十四年度の特例措置として、昭和五十三年度の物価上昇率が五%を超えない場合であっても物価上昇率に応じた年金額の引き上げを実施することとしております。
 なお、この年金額の引き上げは、厚生年金及び船員保険については本年六月から、拠出制国民年金については本年七月から行うこととしております。
 第二に、福祉年金の額につきましては、本年八月から老齢福祉年金を月額一万六千五百円から一万八千円に引き上げる等消費者物価上昇率を上回る改善を行うこととしております。
 第三に、厚生年金及び船員保険の改正について申し上げます。
 まず、在職老齢年金について、最近の物価等の動向に対応し、本年六月から、六十歳以上六十五歳未満の在職者に支給される老齢年金の支給対象を標準報酬月額十四万二千円までの者に拡大する等の改善を図ることとしております。
 次に、寡婦加算額について、本年六月から子供二人以上の寡婦の場合月額六千円から七千円に引き上げる等の改善を図ることとしております。
 第四に、児童扶養手当及び特別児童扶養手当の額につきましては、福祉年金に準じて、本年八月から児童扶養手当の額を児童一人の場合月額二万千五百円から二万三千四百円に引き上げる等所要の改善を図るとともに、福祉手当についても引き上げを行うこととしております。
 また、児童手当の額につきましては、低所得者に支給する児童手当の額を本年十月より月額六千円から六千五百円に引き上げることとしております。
 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要であります。何とぞ慎重御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願いいたします。
○森下委員長 これにて提案理由の説明は終了いたしました。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後六時三十四分散会
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