第096回国会 予算委員会第二分科会 第3号
昭和五十七年三月一日(月曜日)
    午前九時三十分開議
 出席分科員
   主 査 砂田 重民君
      奥野 誠亮君    堀内 光雄君
      宮下 創平君    阿部 助哉君
      小川 国彦君    木島喜兵衞君
      矢山 有作君    石田幸四郎君
      鈴切 康雄君    楢崎弥之助君
      依田  実君
   兼務 稲葉 誠一君 兼務 佐藤  誼君
   兼務 土井たか子君 兼務 野口 幸一君
   兼務 横山 利秋君 兼務 竹本 孫一君
   兼務 部谷 孝之君 兼務 小沢 和秋君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 櫻内 義雄君
        文 部 大 臣 小川 平二君
 出席政府委員
        内閣法制局第一
        部長      味村  治君
        外務大臣官房長 伊達 宗起君
        外務大臣官房会
        計課長     恩田  宗君
        外務省アジア局
        長       木内 昭胤君
        外務省北米局長 淺尾新一郎君
        外務省欧亜局長 加藤 吉弥君
        外務省経済局長 深田  宏君
        外務省経済協力
        局長      柳  健一君
        外務省条約局長 栗山 尚一君
        外務省国際連合
        局長      門田 省三君
        文部大臣官房長 鈴木  勲君
        文部大臣官房会
        計課長     植木  浩君
        文部省初等中等
        教育局長    三角 哲生君
        文部省大学局長 宮地 貫一君
        文部省体育局長 高石 邦男君
        文部省管理局長 柳川 覺治君
        文化庁次長   山中 昌裕君
 分科員外の出席者
        外務大臣官房審
        議官      加藤 淳平君
        外務大臣官房領
        事移住部長   藤本 芳男君
        大蔵省主計局主
        計官      日吉  章君
        大蔵省主計局主
        計官      浜本 英輔君
        文部省学術国際
        局ユネスコ国際
        部海外子女教育
        室長      佐藤 國雄君
        参  考  人
        (国際協力事業
        団農業開発協力
        部長)     村田 稔尚君
    ―――――――――――――
分科員の異動
三月一日
 辞任         補欠選任
  木島喜兵衞君     小川 国彦君
  鈴切 康雄君     石田幸四郎君
  依田  実君     楢崎弥之助君
同日
 辞任         補欠選任
  小川 国彦君     矢山 有作君
  石田幸四郎君     田中 昭二君
  楢崎弥之助君     依田  実君
同日
 辞任         補欠選任
  矢山 有作君     田中 恒利君
  田中 昭二君     鈴切 康雄君
同日
 辞任         補欠選任
  田中 恒利君     木島喜兵衞君
同日
 第一分科員稲葉誠一君、佐藤誼君、横山利秋君、
 竹本孫一君、第三分科員土井たか子君、部谷孝
 之君、第四分科員野口幸一君及び第五分科員小
 沢和秋君が本分科兼務となった。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 昭和五十七年度一般会計予算
 昭和五十七年度特別会計予算
 昭和五十七年度政府関係機関予算
 (外務省及び文部省所管)
     ――――◇―――――
○砂田主査 これより予算委員会第二分科会を開会いたします。
 昭和五十七年度一般会計予算、昭和五十七年度特別会計予算及び昭和五十七年度政府関係機関予算中、外務省所管について質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小川国彦君。
○小川(国)分科員 私は、日本の経済協力の問題について質問をいたしたいと思います。
 日本の経済協力の予算が年々増加してまいりまして、昭和五十六年度四千二百五十三億円であったものが昭和五十七年度は四千七百十一億円ということになりまして、前年度より四百五十七億円も増加してきている。これは日本の国際協力の上から、政府の開発援助というものが増額されるということは当然のことであろうというふうに考えておりますけれども、その実態についてはいささか疑問に思える問題点もございます。
 私は先般来東南アジア、その中でも特にインドネシアにおける日本の商社の開発輸入の問題についていろいろ調査、取り組みをしてまいりました。その中でインドネシアのスマトラ島ランポン州における三井物産、三菱商事、伊藤忠、この三商社によるところの日本の代表的な農業プロジェクトというものの実態をいろいろ研究調査をしてまいったわけでありますが、どうも日本の代表的な農業プロジェクトがいまや失敗に帰そうとしておる、そういう状況が見受けられるわけであります。このインドネシアにおける三商社のつくりました農場、三井物産はミツゴロという農場をつくっております。三井物産のミツとコスゴロというインドネシアの在郷軍人会の名前をとったミツゴロ農場。それから三菱商事がつくりました、非常に長い名前があるのですが、略してパゴ三菱農場と言われている農場。それから伊藤忠がつくりましたダヤ・イトウという農場。これに対して経済協力基金あるいは国際協力事業団の金が経済協力という名のもとに貸し付けられてきているわけであります。この三農場に対する貸し付けの目的というもの、一体どういう目的でこの三農場に対する援助を開始されたのか、これをひとつ簡単に御答弁いただきたいと思います。
○柳政府委員 お答え申し上げます。
 私の方から国際協力事業団の貸し付けについて御説明をいたします。
 国際協力事業団のランポンの農業開発事業に対します貸し付けの実態は、関連インフラ事業といたしまして、海外貿の時代に三井物産に対しまして六千三百七十万円、三菱に対しまして三千八十万円、計九千四百五十万円。これはその後、昭和四十九年に国際協力事業団ができましてから承継いたしておりますが、これは全額償還になっております。それから国際協力事業団になりましてから、三井に対しまして三千七百二十万円、これも関連インフラとしてであります。さらに試験事業といたしまして同じく三井に対しまして八千五百六十万円、計一億二千二百八十万円を貸し付けております。
 そこで、この貸し付けの趣旨でございますが、これは農業開発を通ずる地域開発に貢献することが期待される経済社会開発効果の大きい事業であるとの観点から、当該事業の収益性の低さとか危険度の高さ等も考慮いたしまして国際協力事業団より融資が行われた、こういうことでございます。
○小川(国)分科員 同様に、経済協力基金からもこの三社に対しまして三十一億六千万という金が貸し出されておりますが、これについては外務省の方ではどういうふうに掌握されておりますか。
○柳政府委員 経済協力基金の一般案件としての貸し付けも、ただいま申し上げました国際協力事業団の貸し付けの趣旨と全く同一の趣旨に基づくものと了解しております。
○小川(国)分科員 その当初からの貸し付け総額を見てまいりますと、三井のミツゴロ農場に経済協力基金から十七億七千万円、パゴ三菱に八億二千万円、ダヤ・イトウに五億七千万円、合計いたしますと三十一億六千万円、この中には一部償還もあろうかと思いますが、を貸し付けられたということも、同様の趣旨ということでございますか。
○柳政府委員 そのとおりでございます。
○小川(国)分科員 いま外務省の御答弁によりますと、これら三社に対する貸し付けの目的は、農業開発と地域開発ということを中心の目的としてお貸しになった。確かにおっしゃるように、これら三社の事業というものはいずれも昭和四十年代の半ばにそれぞれ出発したわけでありますが、その目的は、農業開発と言いましても開発輸入ということが当時その三社によって非常に宣伝されたわけであります。それは日本の家畜飼料というものが、現行、アメリカ一辺倒である。世界の中でアメリカが穀物飼料の最大生産国であり、その中で日本の穀物飼料が七割程度アメリカに依存をしている。このアメリカ一辺倒の家畜のえさというものの供給源を多角化しよう、そういう商社の戦略で出発をしたというふうに思うわけであります。
 特に三井物産などでもメーズの買い付けを専門にやっておられまして、世界の穀物の六〇%に当たる一億三千万トンというものが米国産で、しかもシカゴの穀物取引所の相場というもの、ここで動かされる。日本の七割がアメリカに頼っておる。これを何とか多角化していこうということで、食糧輸入多角化の先兵とか日本の開発輸入の前線基地とか農産物の開発輸入時代、こういうことが言われて、これら三農場がトウモロコシの栽培に着手したわけでありますけれども、その後早いものは三年目ぐらい、遅いものでも四、五年目には、いずれもトウモロコシの開発輸入ということに、現地生産の面で、あるいは日本に輸入する面で失敗をいたしまして、現在ではもうほとんどがトウモロコシの栽培をやめてキャッサバという芋の生産に転換している。
 こういうことについて、外務省はこれら三社に対する貸し付けに当たって、トウモロコシ、いわゆるメーズの栽培が円滑に行われるであろう、こういう見通しを持っておったのかどうか、まずその見通しの点はどういうふうに持っておられたのか、お伺いしたいと思います。
○柳政府委員 先ほど申し上げましたように、私どもといたしましては、三社と申しましても実際に国際協力事業団といたしましては二社に融資をしておるわけでございますが、あくまでもインドネシアの農業開発を通じての現地の社会経済開発ということを目的としておりまして、結果といたしまして民間企業が当該農産物をわが国に輸入することを期待していたということは聞いておりますけれども、融資の趣旨はあくまでもインドネシアのランポン南部の経済社会開発に協力するというのが目的であったわけであります。
 それから、当初メーズについての協力を行ったわけでございますが、これは私ども必ずしも専門家ではございませんけれども、こういう発展途上国におきまして、メーズを開発することによって現地の住民にするということを目的といたしまして、その可能性を十分考慮いたしました上で融資をいたしたわけでございます。
○小川(国)分科員 これは大臣にもよく聞いておいていただきたいのですが、政府が最初三商社に貸し出すときの目的というのは、私は当時の新聞報道それから三社の関係者のいろいろな新聞記事の発言、そういったものを全部持っておるのですが、その主たる目的は、やはりインドネシアでトウモロコシをつくらして、大量に五千ヘクタールとか一万ヘクタールという土地をインドネシアからただ同然で借りまして、そこに日本政府が金をつぎ込んでトウモロコシを日本へ持ってくる、こういう構想が第一であったと思うのですね。第二番目に、その副次的な作用として、周辺の農村社会にも寄与する、こういうことが出ておって、この点は、政府の貸した方の立場と借りて使っている商社の考え方がまず食い違っている、この一点目をまず指摘しておきたいと思うのです。
 それからもう一つは、いま外務省の御答弁では、このトウモロコシの栽培によって周辺の農村を潤す、こういうことを言われたんでありますが、実はトウモロコシの栽培は完全に失敗したんです。これは私は、日本の商社のインドネシアに対する事前調査というものがきわめて欠けていたというふうに思うわけです。私がもう十年前の昭和四十七年にミツゴロ農場へ参りましたときには、直営農場でもう五千五百ヘクタール、日本ではちょっと見られない大農場です。それからダヤ・イトウには目標面積で四千七百ヘクタール、パゴ三菱には目標面積で八千ヘクタール、大変な勢いであったわけです。ところが、数年を経ずして干ばつの発生がある、ベト病、露菌病という病気の発生がある、それからイナゴや野ネズミの大発生がある、夜盗虫の発生がある、こういうことで、次々と天災や病気が起こって、トウモロコシは全滅に帰するわけなんです。
 それからもう一つは、インドネシアは熱帯だから、年に二回か三回つくれるんじゃないかという非常に甘い観測で出発しているのですが、半年が雨季で半年が乾季ですから、乾季の半年は全然雨が降らない、それからまた雨季には降り過ぎて病気発生の原因になる。こういうアメリカのトウモロコシをつくる安定した気候条件、日本のトウモロコシをつくる安定した気候条件、ところがインドネシアの気候条件というのは、そういう大量なトウモロコシの生産には適するかどうかかなり疑問がある、そういうところの調査がまず欠けていた。
 それからさらに、自然の原生林を切り開いて突然何千ヘクタールというところを開墾して優良作物をつくろうとしても、原生林の中から野ネズミがどんどん出てくる。一日に七千匹も野ネズミがとれる。何か商社が一匹四円で買い上げたら、毎日毎日野ネズミ売りの行列が来ちゃってどうにもならなくなった、こういう話もありますし、それからヒマの栽培をやっているところには、夜盗虫が一晩で来て、ヒマの栽培が真っ白な畑になって一晩で全滅しちゃった。それからまたもっと大変なのは、中国のパール・バックの「大地」の小説に出てくるようなイナゴの大群が、三十キロも四十キロも先からウンカのごとく押し寄せてくるというので、消防隊を用意してイナゴの大群を水でたたき落とそう、タイヤを燃やして火で落とそうとやったけれども、それも水泡に帰して、イナゴの大群のためにまたたく間にやはりトウモロコシは全滅した。
 こういう数々の事例を見ると、これは外務省も農林省も通産省も含めて、あるいは経済協力基金や国際協力事業団を含めて、現地のこういった自然条件、それから大地の生産条件というものを一体どれだけ調査をしたのか。ああいうスマトラの大自然を切り開いて、いきなり何千ヘクタール、中には一万ヘクタールも借りてトウモロコシをつくろうというようなことがきわめて無謀な計画ではなかったのか、そういう点の事前調査の不十分さというものが、今日もうトウモロコシはほとんど生産がストップに近い状態で、一社だけが細々とインドネシア農民のための種用のトウモロコシをつくっていますが、とても穀物用あるいはましてや日本に輸入するなんということはできない状況に陥っておるのですが、そういう事前調査というものは一体どういうふうになすったんですか。
○柳政府委員 この事業は、本来的には民間の事業でございまして、民間が現地でもって行う事業を私どもの国際協力事業団がその事業の趣旨をよく検討いたしまして、関係省庁あるいは専門家とも十分相談いたしまして、その検討した結果に基づきまして、これは国際協力事業団の融資というものは、やはり主として通常民間ではなかなか金の借りられない危険度の高いものではあるけれども、しかし現地の現住民、技術と結び合わせてやった場合に効果が上がるというものに融資するわけでございますから、当初からある程度の危険度は予想されているわけでございますが、それは専門家とも十分相談いたしまして、危険度は高いけれども、これでひとつ現地のためになることだからやってみようということで融資したわけでございます。
○小川(国)分科員 民間の事業でやったと言いましても、金を貸したのは政府なわけですから、それは同罪の責任を負わなければならない。事前の調査と言いますけれども、そういった関係省庁の専門家が調査をされたにしては、やはりその調査がずさんだったのではないか。
 そういうふうに思いますのは、現地の農民のためになると思ったということを言われているのですが、私はこのランポン州の農民の生活もずっとつぶさに見てまいりました。ランポン人は、ここではコーヒーとかコショウとか永年作物をつくっているわけです。トウモロコシのように半年足らずで収穫を上げようというようなことじゃなくて、コーヒーでもコショウでも、木を育てた永年作物の中で収穫を上げよう。ですから、ランポン州のコショウというのは、焼き畑で、原生林を焼いて、そしてそこに肥料分をつくり、そしてそこにコーヒーやコショウを植えて、化学肥料を最小限しか使いませんから、世界一有名なランポンコショウというのがつくられているわけです。現地の農民というのは、やはりそういう永年作物の工夫をしているわけです。
 さらに、長年インドネシアを植民地として支配してきたオランダのやり方を見ますと、インドネシアどこを回っても、もちろんマレーシアにも見られるのですが、大きなゴム園がある。それからヤシ園がある。それからパームヤシオイルをつくっている。このゴム園とかパームヤシオイルなんかも全部永年作物なんです。やはり十年、二十年かけてつくってきた作物から収穫を得るということを考えている。
 日本の商社のように、ばあっと行って五千町歩、一千町歩借りて、いきなりバーンとトウモロコシをまいてごっそりとって持ってこようなんという、そういうせっかちな農業に対する取り組み方、そういうものがわずか数年でこれが大失敗をしたということになると私は思うのです。そういう点のインドネシアの自然条件、農業条件、農民生活、そういう実態の調査というものがきわめて欠けていた。私は、これは大きくはIJPCの失敗の後退、あるいはいま日本のいろいろな行われている経済協力のあり方の中にも――この三農場農業開発援助というものをつぶさに調査した中で感じたことは、これはじゃ一体インドネシアのためにも、日本のためにもこの協力は役立ったのだろうかという、非常に疑問視せざるを得ないところがこの実態から出てきているわけです。
 それからもう一つ指摘したいのは、東南アジアはいずれもそうですし、インドネシアでもそうなんですが、かつて農業国と思われていた国が、いずれもいま食糧不足に陥っている。インドネシアにおいては、昭和四十八年に大干ばつがあって、その翌年の四十八年にはトウモロコシの輸出禁止令を出している。それからさらに昭和五十四年には、一遍四十八年に出されたトウモロコシの輸出禁止令が翌年解除されるのですが、また五十四年に再びトウモロコシの輸出禁止令が発令されて、現在もトウモロコシは輸出禁止になっているわけです。なるほどインドネシア国民の生活の中に入ってみると裕福な家庭は三食お米を食べておりますけれども、農民の家庭へ参りますと、大半は米の中に半分以上トウモロコシなりコウリャンなりをまぜて食べている。トウモロコシはインドネシアの国民にとっては主食であるわけなんですね。ですから、日本の商社が考えたように、インドネシアで農場をつくってトウモロコシをつくって日本の豚や鶏や牛のえさに持ってこようという考え方は、インドネシアの国民にとったら、自分の国の主食を日本の鶏のためにつくって持っていくのか、こういう感情が出てくると思うのですね。こういうインドネシアの食糧事情、こういうものの調査はなすっているのですか。
○柳政府委員 先生御指摘のとおりでございまして、先ほど申し上げましたように、本件事業に対します政府資金の貸し付けは、あくまでも当該地域の住民の食糧を増産するために新たな試みとしてぜひ成功させたい、こういう趣旨で始めたものでございまして、開発輸入を主な目的として始めたものではございません。
○小川(国)分科員 それは、十年たって失敗したいまだから、今度そういうふうに目的を変更されているのですがね。それはさっき私が言ったように、当時の三井も三菱も伊藤忠も商社の人は開発輸入の先兵ということで、これは当時の新聞、マスコミが挙げて現地へ行って、私も現地へ行って現地調査に来た人のいろいろな記録を見ましたけれども、皆日本の開発輸入のためにがんばれということなんですよ。だから、皆さんがいまになって現地農民のためにであったと言っても、それは出発点の貸した当初はやはり開発輸入が主で出発したものだというふうに私どもは理解しているのです。
 では、もう一歩下がって、いまどういう事態が起こっているかというと、そういった、日本人が来てインドネシアでトウモロコシをつくった、これはいわば日本の終戦直後を想像していただいたらいいと思うのです。戦後の日本の食糧難のときに、アメリカが日本へやってきて、日本で大きな面積を使ってそこでトウモロコシをつくって、アメリカの家畜にやるんだと言って持っていこうとしたら、これは当然日本人の猛烈な反発が起こると思うのです。それがやはりこの三農場に対する現地農民の反発として起こっているのです。
 具体的な事例を申し上げると、三商社に言わせると不法侵入ということなんですが、いまこの三農場の農地にジャワ島の農民なりあるいはスマトラ島の農民がどんどん入り込んで、無断耕作というか無断奪取というか、三井物産、三菱商事、伊藤忠がやっている農場に一ヘクタール、二ヘクタールずつみんなどんどん勝手に入り込んで囲いをして、そこに家を建てて農業を始めちゃっているわけです。それがミツゴロ農場ではもうすでに六百八十家族、約九百ヘクタールということですから、五千五百ヘクタールの開発面積の五分の一がインドネシア農民の不法侵入と言っている形でもう占拠されている。それからもう一つダヤ・イトウ農場では、やはり三百家族、約九百ヘクタール、これがやはり農民がどんどん入ってきて、一ヘクタール、二ヘクタールずつ囲いをつくってしている。この現象はだんだん全体に及んでいくだろうと私は思うのですね。
 それは結局、インドネシアの農民なり国民に言わせれば、インドネシアの大地はインドネシア国民のものであり農民のものであるんだ、あるいはまたアダットと言われる慣習法によれば、われわれはここに従来、耕作こそしてなくても焼き畑農業をやる占有権は持っていたんだ、そこに日本の商社が政府から借り受けたと称して大きく勝手な農業を始めたということは許せないんだ、そういう感情がこういう不法侵入という形でどんどん農場が侵食されている事態だと私は思うのです。これはやはり大変な問題だと思うのですが、こういう事態の御認識はございますか。
○柳政府委員 先生御指摘のような状況が起きているという話は、私も伺っております。
 ただ、先ほど来申し上げておりますように、昭和四十九年に国際協力事業団をつくりまして、民間の企業が海外に出かけて、そして当該発展途上国の開発のために、危険度は非常に高いけれども当地の住民のために役に立つような事業をするというときに、それに対して、またはその事業の周辺の関連インフラに対して国際協力事業団が新たな融資ができるようになりましたときに、いろいろ議論がございました。ございましたけれども、結局このときに、やはり開発輸入を目的とするのは間違っている、まさに先生がいまいろいろとおっしゃったとおりのことでございまして、あくまでも当該の住民の食糧増産のために民間の企業が危険度の高い仕事をするときに、これを政府としても若干助ける、協力するという趣旨でできました法律でございますし、私ども、その趣旨にのっとって運営してきているつもりでございます。
○小川(国)分科員 いま局長の答弁されたことと現地の実態、現地のインドネシアの受け取り方というものは大分かけ離れがありまして、開発輸入ではないのだ、現地農民のためであったのだというふうにいま外務省は言われるのですが、しかし、現地の人たちはそうは受け取っていないのですね。われわれのための農業であったら、五千ヘクタールも一万ヘクタールもそんな大規模なことをやるのじゃなくて、もっと小さな、農業改良なり農業普及のセンターをつくって長年やってきたランポンの伝統あるコショウづくりの農業とかあるいはコーヒーづくり、そういった農業に加えてどういうものがいいかというもっとじみちな長期的な農業指導であれば、これはわれわれ農民のためであったと理解すると思うのですが、いきなり五千ヘクタールも六千ヘクタールも切り開いて、先ほど申し上げた凶作や病虫のために大失敗する、こういうことはやはりあってはならないことじゃないかと思うのです。
 いまそういう状況で、皆さんの認識と現地とは大変かけ離れておりますけれども、そういう中で迫られている問題は、皆さんおっしゃるように、トウモロコシを農民のためにつくらせたけれどもそれは全部失敗に終わった。いま何をやっているかというと、さっき申し上げたようにキャッサバ、芋をつくっている。ところが、この芋もまたうまくいきません。日本の芋よりも大きいけれども非常にかたくて、食用にはしておりますけれども、えさ用が主のようであります。これがヨーロッパ向けに輸出をされておる。ところがやはり、さっき申し上げたように、半年雨が続くと天日での乾燥ができないのです。キューブといって、芋を細かに切って乾燥させてそれを袋に入れて、えさでヨーロッパに輸出しているのですが、えさの国際価格が下がってきている。特にこのキャッサバの栄養価値が低いせいか、価格は非常に低迷して、ミツゴロ農場では二十二億八千万投資したのだけれども、五十六年九月末現在の累積赤字が十二億円、毎年続けている赤字が一億円。パゴ三菱農場では十五億円の総投資額のうちに五億七千万の累積赤字、なおまた、毎年約七千万円の赤字。伊藤忠のダヤ・イトウ農場は総投資額六億七千万、累積赤字が二億五千万、毎年の赤字が平均千三百万、こういう状況で、いまいろいろ申し上げた経過の中から、もうこの三社は事業を継続できないだろうという状況に追いこまれているように思うのです。
 そういう中でどういうことを考えているかというと、この借金の穴埋めを日本政府の借款でしょう、われわれは五千ヘクタールも二千ヘクタールも三千ヘクタールも拡大したのだから、農地をつくったのだから、開拓インドネシア農民に渡すのならインドネシア政府からお金をください、インドネシア政府にお金がなかったら日本の借款で農地を買い上げてください、せめて開墾費はください、土壌造成費はください、こういう要求が現地で出ているようなんですね。こういう商社が、当初申し上げたように事前の計画、調査の失敗、その国の置かれている食糧事情あるいはまた国民的な土地に対する感情、そういういろいろな調査の不十分さから事業が失敗してきた。そのしりぬぐいを日本政府がもう一回おやりになるお考えですか。
○柳政府委員 先ほどから申し上げておりますように、本件事業はあくまでも民間の事業として行われているものを、先ほど申し上げましたような趣旨で政府としても協力いたしたわけでございます。ただ、いまのような事情になりまして、政府として、三社の事業を救済するために援助をするということは考えておりません。
○小川(国)分科員 最後に、外務大臣、さっき申し上げたように、海外経済協力の予算がふえてきたことは喜ばしいことである。しかし、それが本当に援助される国にとって、日本の国民の血税を使って捻出されるこの海外経済協力費が、いま申し上げたような援助を受けるインドネシアの国民にとっても、している日本にとっても、どちらにもプラスにならないようなこういう経済協力の実態があっていいのかどうか。これは私は具体的な例を申し上げて、この経済協力のあり方、インドネシアにおける農業援助のあり方について、大臣の、政府としてのこの問題に対する考え方、今後そういうものをどういうふうにあるべきと考えるか、いわば援助の哲学というものが私はなければならないと思うのですが、大臣はいま私の三十分にわたる質問をお聞きいただいた中でどうお考えになるか、その点をお伺いしたいと思います。
○櫻内国務大臣 一言で申し上げて、大変遺憾なことだと思います。それが事前調査が不十分であったということもございましょう、あるいは予期しない自然の悪条件下でトウモロコシの栽培をやったということもございましょう。いずれにしても、結果が大体出てきておる。大変三社を中心にして苦い経験をなめておるわけでございますが、現在インドネシア政府と三社との間で、どういう対処をするかという話し合いをしておる折からでございまして、この最後の対処ぶりいかんがやはり事業の最終的な結論というものになるのではないか。対処ぶりがうまくいって、地域の住民のために多少でも役立つような結果になれば大変よいことでは――まあこういう失敗ではあるが、最後には多少でも地域に貢献したというようなことになるのではないか、こう思うのでありますが、いずれにしても、このような苦い経験を繰り返してやってはならない、経済協力のあり方についてよくこの経験を生かしてまいりたいと思います。
○小川(国)分科員 終わります。
○砂田主査 これにて小川国彦君の質疑は終わりました。
 次に、土井たか子君。
○土井分科員 まず最初に、私はちょっとお尋ねをしたいことがあるのです。
 国際学術文化交流の発展というのは、学問探求の自由というものを大切にする、お互いが真理をとうとびて人権の尊厳性というものに根差して初めて期待し得るというふうに私は思うのですけれども、これは外務大臣、それと文部省からもきょうは御出席をお願いしているわけでございますから文部省からと、いま私が考えている考え方に対して、恐らく御回意いただけると思いますが、御所信をまず承りたいと思います。
○櫻内国務大臣 土井委員のおっしゃっておることは、一般的に人権の尊重ということはきわめて重要なことでございまして、いま国際学術交流の上で、あるいは文化交流の上でどうか、それももちろん入ることでございますが、人権の尊重ということは、われわれがまず第一に念頭に置かなければならないことだと思います。
○佐藤説明員 文部省の考え方も、先ほど外務大臣から御答弁がありましたように、まさに人権の尊重というのは基本でございまして、これを大切に守っていきたいというふうに考えております。
○土井分科員 そこで、いま一人の高名な社会学者について人権が大変問題になるテーマをきょうは取り上げて、質問をしたいと思います。
 京都精華大学の日高六郎教授なんですが、日高教授といえば学識の深い研究者でございまして、わが国では無視できない信望を寄せられている非常に高名な学者であることは言うまでもございません。きょうも後ろの方の傍聴席にお見えになっているはずであります。しかし、私は、これは考えていくと、単に日高教授だけの問題にとどまらないで、さらに大学の自治であるとか、学問の自由であるとか、国際間の自由な文化、学術の交流であるとか、ビザ制度の欠陥であるとか、国家主権と個人の人権との関係など、非常に重大な問題が含まれているテーマだと思うのです。外交のその基本にある、主権国家である日本としても、わが国がどれほど自由と人権を大切にして保障しているかということも問われている問題であるということをまず前置きにして、さて、国際交流基金にお尋ねをいたします。――国際交流基金よろしゅうございますか。
 日高教授を海外への交流プログラムの中で一九八一年一月から一九八一年十月まで、オーストラリアのメルボルンのラトローブ大学社会学部それからモナシュ大学の日本語学部が共同で客員教授として迎えたいという要請を入れて推薦をして派遣を決定されたのはいつでございますか。
○加藤説明員 本日は国際交流基金からは参っておりませんので、外務省の情報文化局の方からかわってお答えいたします。
 オーストラリアのラトローブ大学及びモナシュ大学からの申請がございまして、国際交流基金が文化交流事業の一環といたしまして日高教授を五十六年一月十二日から十月十二日までの間、派遣することを決定いたしました。この決定に基づきまして日高教授から旅券の発給の申請がございまして、その申請に基づきまして旅券が発給されまして、日高教授が派遣されることになったわけでございます。
○土井分科員 いまここに国際交流基金から日高教授に対して、このように決定をしましたという通知の写しを私も持っておりますが、いま言われた旅券が発給されたのはいつでございますか。
○加藤説明員 一昨年、五十五年の十二月八日でございます。
○土井分科員 国際交流基金としては、日高教授をオーストラリアに派遣するにふさわしい学者として認めたからこそ、海外の日本研究機関に学者、専門家を派遣するプログラムの一つとしてこれを承認して決定した、そうして財政援助を認めたというふうに考えてよろしゅうございますね、もちろんこれは言うまでもない話だと思いますが。
○加藤説明員 先ほど十二月八日と申し上げましたが、これは旅券の申請がございました日でございまして、訂正いたします。旅券が発給されましたのは十二月二十三日でございます。どうも失礼いたしました。
 これはもちろん国際交流基金が日高教授の派遣を決定いたしまして、その決定に基づきまして旅券の申請がございましたので、当然旅券の発給をいたしたものでございます。
○土井分科員 ところが、ビザの問題について、ただいままでのところはそのとおりにいかないことになってしまったわけです。国際交流基金がオーストラリア政府からビザ拒否の通告を受けたときはいつですか。そしてその理由は聞かれているのですか、どうですか。
 同様に、外務省とされては旅券を発給されているのですから、これについて同様に、このビザ拒否についていつ拒否されたことをお知りになりましたか。そして理由はもちろん御存じだと思いますが、それもいつ聞かれましたか、それをまずお尋ねします。
○加藤(吉)政府委員 豪州側から日高教授の査証拒否の正式な通告がございましたのは昭和五十六年の二月六日及び二月九日でございます。そのときに簡単な理由の説明を聴取しております。
○土井分科員 その簡単な理由の説明とおっしゃる中身はどういうことなんですか。
○加藤(吉)政府委員 先生御案内のとおり、査証の拒否、それから発給についての理由は国際慣行上も公表しないことになっております。査証の供与というのは主権事項ということで、その理由は説明しないというのが一般的な慣行になっております。
 本件につきましては、新聞紙上でいろいろなことが報道されておりますけれども、日高先生御本人のプライバシーに関することでもあり、かつ豪州政府側も本件については公表ということは一切しておりません。そのような観点から、日本政府としてその理由をいまここで公表するのは適当ではないと考えております。
○土井分科員 異なことをお伺いしますね。オーストラリアの方では、ザ・オーストラリアンという新聞紙上で、インタビューを通じて大臣並びに次官は堂々とこのことに対して公表なさってますよ。いかがですか。
○加藤(吉)政府委員 堂々と公表されておられるという先生のお話でございますが、この新聞記事というのはかなり不正確な記事であったと私は承知しております。その後、豪州の官憲も新聞記事の内容についてこれは誤報であるというようなことを言っております。したがって、私どもはこれが豪州政府の公式の発表であるとは了承しておりません。
○土井分科員 旅券を外務省としては発給されたというお立場があるのです。日本の外務省が旅券を発給されたにもかかわらず、相手国からビザを出さないというふうな場合には、受給した立場からすればその理由に対して鮮明に知るという権利がありますよ、なぜかという。幾ら言っても恐らくはそのような答弁しかなさらないと思いますから、私はそこでいきさつを申し上げましょう。
 日高教授自身がこれに対して大変な苦労と努力をされております。八一年の二月の六日、大使館に電話をかけてその理由を聞かれて、三月九日、電話では、口頭ではだめだというということで、オーストラリア代理大使の方に拒否理由を正式文書として書簡でもって要求をされています。三月の二十六日、同じくオーストラリア大使館第一書記に拒否理由を正式文書として書簡で要求されています。六月の十九日に、いよいよオーストラリアの移民省のメナデュー次官に正式文書の回答を求める書簡を送っておられます。さらに六月三十日に、早く回答をいただきたいという要求を再度送っておられます。やっと七月二十八日になりまして、このオーストラリア移民局次官メナデュー氏からの返答があったのです。私はその返答の手紙の原文も持っておりますよ。
 書いてあることは、直訳すると、あなたとあなたの奥様に対して豪州入国を拒否する決定は、あなた方お二人の日本赤軍との直接関係に基づいていることを確認いたしますと書いてあるのです。よろしゅうございますか。
 さて、ここは非常に大事なところですから外務大臣、お尋ねをいたしますが、これは旅券法に基づいて旅券というものは発給されるのです。そうですね。したがいまして、旅券法からすれば、その治安条項に触れないということを確認した上で発給しているということはもう明々白々の事実と言わざるを得ない。そのことを申し上げた上で、外務大臣、お尋ねいたしますが、外務省とされては、すなわち日本政府とされては、日高六郎教授あるいは日高六郎教授夫妻を日本赤軍と直接関係のある、治安上問題のある人物というふうに考えていらっしゃいますか、いかがでございますか。これは非常に大事な問題だから大臣にお尋ねをいたします。いかがでございますか。
○櫻内国務大臣 私の乏しい経験からいたしまして、旅券が発券された、そして国際的にビザの必要があるという場合には、われわれもそれぞれの国に必要のあるところにはビザの申請をする。しかし、私もかつてビザが出なかったことがございます。そういう経験も持っておるわけでございますが、いまそのメナデュー次官の理由、赤軍の関係のことで拒否されたというお話をされておりますが、しかし同じ文章の、これは土井先生が本文をお持ちなんでございますから間違いがあったらお教えいただきたいのでありますが、これは新聞紙上に出されたものを見ると、豪州政府が手にしておる情報の性質上、この全貌を一般にもあなたに対してすらも打ち明けることができないことを容易に御了解願えると存じます、そういうことがついておると思うのです。したがって、いまの理由だけでビザが出なかったというふうには、私は乏しい材料の中で、土井委員の言うとおりにそういう理由でビザを出さなかったのだ、こういうふうではない、なお多少その他のことがあるんではないか、こういうふうに思うのでありますが、いずれにいたしましても、この査証の点は相手国政府の主権にかかわることでございまして、私はこれ以上とやかく言ってはいかがかと思います。
○土井分科員 これは相手国の主権の問題じゃない、まさに日本の主権の問題ですよ、私の聞いているのは。日本国政府が旅券を発給されたんじゃないですか。発給のときには旅券法に従ってこの法に違反していないということで発給されるんでしょう。つまり、治安条項に触れていないということで発給されているんです。だから、そういうことからすると、いろいろなコメントは大臣、不必要ですよ。オーストラリア政府がどう考えておられるか、向こうがどういうしんしゃくをされているか、そんなことを私はいま言っているわけじゃありません。日本政府としては、ここからお聞きくださいよ、日本政府としては、外務省としては、日高六郎教授あるいは日高教授夫妻を、日本赤軍と直接関係のある治安上問題のある人物だとお考えになっていらっしゃいますか、これを聞いているのです。お答えは全くまだいただいてない、いかがでございますか。
○櫻内国務大臣 いま私はお答え申し上げたと思うのですね。私の乏しい経験まで申し上げて、旅券が発券された、相手国に査証を求める、断られる場合もあるいはよろしいという場合も、よろしい方が大半でございましょうが、断られる場合も従来しばしばそういう場合があるわけで、旅券を発券したからどうこうでなくて、相手国がそれ相応の理由があってその査証をお断りになったのではないか。そのお断りになったことをいま土井委員がおっしゃっておるが、しかしそれだけではなかったんじゃないですか。しかし、そのことは相手国政府のことでありますからとやかく言うのはどうでございましょうか、こういうふうにお答え申し上げます。
○土井分科員 大臣、もういいかげんにしてください。オーストラリアのことを私は言っているわけじゃないのですよ。日本の外務省が旅券を発給なすったのです。したがって、外務省の認識としては、日高六郎教授、日高教授夫妻に対して、日本赤軍と直接関係のある、治安上問題のある人物とは考えていらっしゃらないのですね、こう言うているのです。いいですよ局長、大臣にもう一度その点をお尋ねします。簡単なことじゃありませんか。
○櫻内国務大臣 これは先ほど経緯のお話があって、オーストラリア側の大学から客員に招きたい、その招きたいということに伴って、日本政府としてはそれは別段のお断りする理由がない、こういうことで旅券を発券した、こういうことになっております。
○土井分科員 したがって、その旅券を発行なさるときには、旅券法に従って旅券を発行される。旅券法の中には治安条項があって、治安条項に触れるというような人物に対しては日本としては発給できませんよ。日本として、もう旅券を発給されているというお立場があるのだから、外務省の認識としては、治安条項に触れない人物であるという認識をお持ちになっている、こういうことに相なるのです。そのとおり確認させていただいてよろしゅうございますね。
○藤本説明員 領事移住部長でございます。
 旅券を発給いたしましたのは、御案内のとおり、旅券法十三条一項の拒否理由がないということで発給したわけでございます。その五号に、国の利益、公安その他のことが書いてございまして、日高教授の場合、これに該当しないということで発給したわけでございます。
 先ほど大臣の申し上げましたことを補足いたしますと……。
○土井分科員 いや、そんなことは要らないです。要らないことばかり大臣言われたので、あなたの答弁で結構です。
 いまのお答えを聞きました、大臣、いかがでございますか。そうしますと、再度重ねて申し上げますけれども、いま私は、オーストラリア政府がどうのこうのというのはこちらに置きますよ。単純素朴にいまから言うことをお聞きください。
 日高六郎教授あるいは日高教授夫妻を日本赤軍と直接関係のある、治安上問題のある人物とは考えない、このように理解してよろしゅうございますね。外務省としてはそういうふうにお思いになる。
○櫻内国務大臣 これは先ほど申し上げたとおり、旅券の申請があって、それで土井委員のおっしゃるように、旅券法に基づいて差し支えない、こういうことで出ております。
○土井分科員 したがって、そのことはたび重ねて何回か私がお尋ねしたことに対して、日本の外務省としては、直接日本赤軍と関係はない、治安上問題はない、こういうふうに認定をされているというふうに確認をさせていただきますが、確認をしてよろしゅうございますね。いや、それは大臣に確認をしているのです。しつこいようですが、これは大変大事なところです。初めはぐらかされたから時間がたってしまったのです。
○櫻内国務大臣 私はあらゆる物事を全部知っておるというような、そういう天才じゃございませんから。しかし旅券申請当時に、拒否する理由はない、これは旅券法に基づいて出してしかるべきもの、そういう判断で手続がとられたものと思います。
○土井分科員 したがって、いまおっしゃったことの中には、私が申し上げたような意味も含まれているというふうに理解をして差し支えない、このように思います。そう理解させていただきますよ。よろしゅうございますね。首を振ってないで言葉でおっしゃってください。
○加藤(吉)政府委員 理由として挙げられておりますのは、一九七四年におけるパリでの赤軍派の行動でございます。これにつきましては、私の記憶では、たしか日高教授の夫人がフランスの当局によって尋問を受けたというふうに承知しております。ただその内容は、あくまでもフランスの当局と日高夫人との関係でございまして、私どもは日本政府としてその捜査の内容を知る立場にございません。したがって、その事件に果たして日高夫人あるいは日高教授御夫妻が関係していたかどうかを私どもは判断する立場にはございません。
○土井分科員 要らないことを言われてますね。そういうことで問題があるのだったら旅券を発給できないじゃないですか。日本の警察が召喚するということも現実になければならないはずじゃないですか。
 局長、要らないことはよろしいです。言えば言うほどあなたはつらくなる。だから、これはもう言わない方がいいと思います。
 いままでの御答弁からすると、日本としては正当に旅券を発給しているのですから、したがって、オーストラリアの国のビザについての主権を尊重しながらも、いま大変これが大きな問題になっているのです。オーストラリアでは、大学、学界、知識人、新聞が非常に強い関心を持って動いているわけなんです。オーストラリアの中にある新聞は、数カ月にわたってキャンペーンを張る、これは異例のことと言わなければならない。両大学の教授陣は、再三再四にわたって移民省の大臣、次官に抗議をして再考を促す書簡を送ったり、いろいろ問い合わせをしたり大変なことです。
 日本の側も、京都の精華大学からメナデュー次官へ抗議文を送付されたことは言うまでもありません。オーストラリア政府の再考慮を求める声明に署名した国内の学識経験者、学者、知識人というのは五百名を超えているのです。きょうも私はその署名の一部を持ってまいりましたけれども、堤清二さん、桑原武夫さん、古谷綱正さん、貝塚茂樹さん、西春彦さん、入江徳郎さん、加藤周一さん、小林直樹さん、丸山真男さん、こういう高名な方々の名前もずらずら出ている。これは署名者の一覧を大臣にお見せすれば、初めから終わりまで高名な方々ばかりですから全部御存じだろうと思います。こういう方々がオーストラリア政府に再考を求める声明に署名をされている。幾たびかにわたってオーストラリア政府に対して書簡もこれらの学者、知識人の中から出されているということであります。事は大きいのです。
 日本の外務省は、旅券を発給した立場にある。国際交流基金というのは日高教授を推薦をしたわけです。この国際交流基金の監督省は外務省であります。そういう立場からすれば、オーストラリア政府に対して善処または再考慮を日本政府が求めるということが当然だと思われますけれども、いかがでございますか。
 これは私はここにその写しも持ってまいりましたけれども、オーストラリア側では、ザ・オーストラリアンという全国紙の中で、移民省のマクフィー大臣がこの問題に対してインタビューに答えて言われているところでは、日本政府関係者のだれからも彼に入国を認めるよう申し入れを受けたことは一度もなく、このことは意味深いと言えるだろう、こう言われております。いままでにこのことに対してオーストラリア側に再考を促す、また考慮を促すということについて連絡をされたことがございますか。いかがですか。
○加藤(吉)政府委員 ビザの発給は、繰り返し申し上げるとおり、先方の主権事項であり、別の表現で申しますれば、その個人と相手国政府との関係の問題である、かように認識しております。
 加えて、いま先生が御指摘になりましたとおり、この問題は豪州国内において非常に大きな論争の対象となっております。このような諸般の事情を考えまして、いま日本政府がこの問題に乗り出すことは適当でないし、また、そもそも日本政府が乗り出すべき問題ではないというふうに考えておりまして、そのような観点から、日高教授の入国をぜひ認めてくれというような形での申し入れないし折衝は、先方とはいままで一度も行っておりません。
○土井分科員 事情がわかるに及んで、事実無根もはなはだしい、人権がまことに無視され、誹謗され、名誉が棄損されているこの問題について、どういうことになるのですか。わからなければわからないままですよ。外務大臣はビザが出なかった例もあると安んじておられますけれども、学識経験者からすれば、これはもう黙っているわけにいかない問題である。ある場合には、これは研究の基本の問題にかかわる大きな、大変なことだと思っているのです。日本の外務省がオーストラリアに対してただの一度もそういうことをなさらなかったというのは、私は聞くにたえない。これはおかしいですよ。
 それじゃ言いますが、今後、ほかの外国においてもそうでありますけれども、特にいまオーストラリアが問題になっておりますから申し上げましょう。オーストラリアの大学や研究機関が日本の学者や研究者の交流を望んで、特にこの学者にということの要望を持ってこられたはずです。今回のこのような事件を通じて、日本の学者や研究者が行くことを拒まれるという場合が出てこないとは限らない。そういうことであるならば私は行きたくない、こういう事例が出てこないとは限りませんよ。多くのこれだけ著名な学者や知識人というのが、いま日高六郎教授の問題に対して再考を促し、抗議のための署名の行動を起こしておちれるわけであります。そうなってくると、オーストラリアの大学、研究機関に対しても、その希望に沿わない、非常に申しわけない不幸な結果をもたらすということにもなるのです。お互いの国同士の交流、文化交流、学術交流、これはスムーズに行われなければならない。そういう点から言うと、いま日本の外務省自身がなしつつある、努力すべきであることを努力してないという行為は、ひいては真理の探求であるとか学問の自由であるとか研究の自由であるとか、そういう問題に対しても棄損するということにもなりかねない。国際学術文化交流に対して損なうということにもならざるを得ない。こういうことをどういうふうに思われますか。
○加藤説明員 国際文化交流の振興という観点から申し上げますと、土井先生のおっしゃられましたとおり、この件は好ましくない事件であったと存じます。しかしながら、このようなケースはきわめて例外的なものでございますので、このようなことが再発することはないと考えておりますし、オーストラリア側といたしましても、このようなケースが起こったということについて、中での十分な議論等も行われていると承知しておりますので、今後はこういうようなことはないというふうに考えております。
○土井分科員 今後はこういうことはないなんておっしゃるのは、それこそ越権じゃないですか。それこそ、櫻内外務大臣が先ほど相手国のことであるからとおっしゃることを、いま平然とおっしゃっているのだ。そんなこと断言できますか。おかしなことをおっしゃる。それくらい断言できるなら、今日ただいまこの問題に対してもはっきりなさいよ。今日ただいまこれをはっきりすることが一番大事じゃないですか。そうしないと、将来にわたっていまおっしゃったようなことが確約できませんよ。
○加藤(吉)政府委員 今回の事例を例にとりますれば、もし豪州側の査証拒否というものが間違った情報に基づき、間違った判断のもとで行われたという確証をわれわれが持っておれば、日本政府として当然一言言える立場にあろうと思います。ただ、先ほど申し上げたとおり、本件の発生原因たる事情を私どもは直接知る立場にないということから、そういう行動を起こさなかったわけでございます。
 また、将来このような事例が起きたときにどうかという御質問でございますが、これは個々の事例に基づいて、そのときどきでケース・バイ・ケースに判断する以外はないのであって、いまから一般的にこうであるということはお答え申しかねる事情にございます。
○土井分科員 このことに対して反論する確証を持ち得ないとか、そのことに対してまだ十分にわかっていないとか言って済む問題じゃないと思うのです。わからなければ調査をすればいい、確証がなければ確かめればいい。そのための努力もせずして、国会で質問を受ければ答弁で逃げればそれでいいというふうな姿勢なんというのは、大変基本から間違っていると思いますよ。きょうはいかにして逃げようかと思って非常に苦労されてこられたでしょう。きのうから、いかにしてこの場をつくろって、いかにして逃げようかというので、ずいぶんゆうべはあれこれ考えられたに違いないと思う。だから、とっぱしから、これはプライバシーにかかわる問題だから中身については一切申し上げられないで答弁は始まった。そうはいきませんよ、この問題は。
 外務大臣、これは大変大きなことであります。真理探求というのは人間の基本問題ですよ。人権尊重の中でも、人間の生きるということに対して基本にかかわる問題であります。今回のこの事例に対して、外務大臣、ぜひともオーストラリアの方にどういうことであるかという確かめから、先ほどからの答弁をお伺いすればまだそれはなさってないようでありますから、していただかなければならないと思う。それは大臣、していただけそうですね。していただけますね、いかがですか。そのことをお伺いして、私はもう時間ですから終わりにします。
○櫻内国務大臣 国際的に査証というものが行われておる。そういうものがなければ非常に結構で、お互いに査証はしまいという場合もございますけれども、ある以上はそれ相応の、土井委員おしかりですが、先方が何らかの理由で査証を拒否しておる、しかし、拒否の理由というものが、いろいろな新聞報道なりあるいは先方からの手紙というようなものからすると、なかなかこれはむずかしい問題である。おしかりを受けるけれども、率直に申し上げなければいけませんね。個人のプライバシーに関することではないか。そして相手側は、そういうことはよくあなた方で御承知でないか。さっき私が読み上げた、一般にもあなたに対しても打ち明けることができないことを容易に御了解願えること、というふうに言っておられるわけでございまして、したがって、従来の査証のあり方からして、この問題について特に日本政府としてどうということはいまここでは考えておりません。
○土井分科員 ちょっと申し上げますけれども、国は個人のプライバシーを守るのも人権尊重であります。しかし、個人が事実無根の嫌疑をかけられているときに、これを晴らすのも人権尊重じゃないですか。(「時間厳守」と呼ぶ者あり)こういうことからすれば、プライバシーの尊重ということの中に、あらぬ嫌疑をかけられている中身を晴らすということを、ひとつもっと真剣に考えていただきたい。これは非常に大切なことですよ。時間厳守と横から声が出ておりますけれども、非常に大事な話です。外務大臣、もう一度そのことに対して御所信を承って、私は終わりにします。
○櫻内国務大臣 残念ながら、繰り返し申し上げておることで御了解をいただきたいと思います。
○土井分科員 終わります。
○砂田主査 これにて土井たか子君の質疑は終わりました。
 次に、竹本孫一君。
○竹本分科員 私は、外務大臣に三つほど質問をいたしたいと思います。
 第一は、最近問題になっております行政機構改革の問題に関連して一つだけ伺いたいのですが、行政改革を行財政改革と言って、いつの間にか内容がはっきりしなくなった。また、赤字国債を五十九年度にゼロにするということが財政改革の中心的あるいはすべての課題であるかのごとくに最近誤解をされておる。しかし、私は厳密な意味において言えば、行政機構の改革と、それから財政の再建もしくは財政改革と、さらに赤字国債をゼロにするという問題は、それぞれ関連はありますけれども、本質的には別の問題である、それを混乱させておることに非常に大きな悩みや矛盾があると思うのでございますが、特に外務省に関して申しますと、私は、大臣、最近の外務省のウエートというか、果たすべき使命というものは特別重大になってきておると思うのです。
 と申しますのは、政治、平和の問題、外交、防衛の問題はもちろん外交に重大な責務がある。ところが、従来は別問題と考えられておりました経済問題も、いまは極端に言えば八割ぐらいまでは外交問題なんです。日本の経済の選択の幅なんというものは、油の値上がり、値下がり、あるいはアメリカの金利の上げ下げ、こういうものによってほとんど致命的に動かされております。
 一昨日でしたか、私はこの席で大蔵大臣に、アメリカの高金利に対してもう少し真剣に抗議をしなければうそだ、ドイツ、フランスがあれだけ手を握ってやろうとしておるのに、日本もそれに加わってやるべきではないかということを強く申し上げました。きのうの新聞ですか、見ますと、イタリーの首相が今度はその独仏に加わって、共同戦線を張ってアメリカの高金利にプロテストシヨウということを言っておる。私の言っているとおりじゃないか。一体、日本の外交あるいは日本の大蔵省もそうですが、アメリカの高金利に対してどれだけ力強いプロテストをしたかということも、一つの問題だと私は思っておる。
 そういう経済問題も外交、防衛も、大部分、ほとんどと言っていいぐらいに外務省が大きな責任を背負わされている形になっておる。したがいまして、行政機構改革という場合には、いま言われているように、削るばかりが能ではない、減らすばかりが能ではない、縮小するばかりが能ではない、やはり日本の外交は、ウエートがまるきり変わって、ほとんど全体の政治を動かすこの重大な段階においては、外務省の果たすべき機能というものは従来と比べて飛躍的に大きくなっておる、それに対応した外務省の行政機構というものを考えなければ本当の意味の行政機構改革にならない、私はこう思っているわけです。
 そういう意味で、情報収集の面、あるいは宣伝、PRの面、あるいはいま申しました外交、防衛、経済の面、あらゆる面から考えて、さらに新しく加わった問題として考えるならば、軍縮省なんというものもよその国にはありますが、その軍縮の問題最近また特に言われる南北問題と海外経済協力の問題、こういうような新しい課題が次々に出てきておる、それらを含めて、これから臨調がどういう答申をするか知りませんけれども、外務省としては、来るべき六、七月の行政機構改革に際して、この背負わされた重大な課題を解決するために、時代に合ったような行政機構、外務省の機構の刷新、強化拡大をやらなければならぬと思いますが、これに取り組む外務大臣の決意と構想はどうでありますか、これを伺いたいと思います。
○櫻内国務大臣 竹本委員のおっしゃることには一〇〇%同感でございます。
 そこで、事はいま臨時行政調査会の手にございまして、行政改革の本格的な答申をちょうだいする、そういう機会を待っておるわけでございますが、外務当局におきましては、土光調査会の方から外交のあり方について種々下問がございまして、その折には竹本委員のいまおっしゃるような御趣旨にのっとっての意見を述べておる次第でございます。私も就任以来、いよいよ外務省の付与されておる責任というものは重いということを痛感しておりまして、過日の外交演説の際にも外交体制強化のことを申し上げておる次第でございます。ただいまの竹本委員の御意見はそのまま私も念頭に置いて、今後の外交体制の強化に努めてまいりたいと思います。
○竹本分科員 全く共感をいただいてありがたいのですが、新聞等に出るのが能ではありませんけれども、先ほど申しますように、臨調の考え方は削っていく方だけが中心になっておりますので、いま外務省からもそれぞれ適当な働きかけがあるという大臣のお話で意を強くいたしておりますけれども、やはり国民全体に少しはわかるようにPRもやってもらわぬといかぬと思うのですね。
 アメリカ人にも日本の立場のPRが不徹底だということが盛んに言われておりますけれども、日本国民にも――大体日本の国民は、そう言うとおかしいが、外交音痴なんですよ。特にもう一つの大きな問題は情報音痴なんです。私は戦争のときにも、企画院におりまして、経済対策委員会という情報をすべて収集する委員会の事務局長みたいなことをやりましたので、若干情報に関して知っておるのですけれども、あのときでも情報の収集というものが実にまずかった、次には情報の判断が実に間違っておったということをいまでも痛感しておるのですけれども、あのころ情報収集が一番早かったのは三井物産です。これは不思議に早く入る。次は日本郵船です。三番目が外務省でしょう。外務省のはある程度確実ではあったけれども、非常に遅い、したがって役に立たない。
 そういうことも含めまして、外交音痴の上に情報音痴でございますから、日本国民にも、臨調に対してだけでなくて、外交というものがいかに大事であるか、また外交の中の情報というものがいかに大事であるかということは、遠慮なくもう少しPRしていただきたいと思いますが、いかがですか。
○櫻内国務大臣 従来それなりの努力はいたしておるつもりでございますが、おっしゃるような欠くる点も多々あるかと思います。特に現在は、新聞、テレビ、ラジオ等非常に迅速にあらゆる情報が国民に伝わっていく、そういう情報化社会でございますから、適切な情報を国民に明らかにしていくということは、これからもますますその必要性が高くなってくる。したがって、それなりに情報の収集、確実な情報の把握、また判断、そういうものが必要になってくることは言うまでもないことでございまして、竹本委員おっしゃるように、これからの広報活動について一層の努力をしてまいりたいと思います。
○竹本分科員 御健闘を祈っておきたいと思います。
 なお、先ほど言葉がひどかったから、ついでに弁解をいたしますが、説明しますが、実は重光さんが改進党の総裁になられるときに、堀木鎌三さんの関係で私親しかったものですから、お会いしまして、重光さんに一番言ったことは、情報収集、情報宣伝ということが一番大事ではないですかといって僕は一時間以上話をしたが、さっぱり通じなかったです。一応何かわかったようなお話もちょっとしたけれども、全然わからなかった。したがって、あの終戦直後でございますから、そういうことを言うとマッカーサーの覚えが悪いという意味があったかもしれませんけれども、重光さんが、あれだけの外交の先輩が、情報の重要性が余りわからないというのはどうも僕にはわからなかった。
 それから、もう一つ私が言ったのは、ヒューマニズムということにもう少し力を入れなさいということを言った。ところが重光さんは、それだけは半分わかりまして、後で改進党大会で言ったあいさつは、仁愛の政治と言った。仁愛の政治というのは仁徳天皇のころであって、いまごろヒューマニズムという言葉を使わないで仁愛の政治と言うようでは、重光さんの政治感覚も知れたものだと僕は堀木さんにも言いましたが、これは別問題として、とにかく、外務大臣経験者ですら外交、ことに情報宣伝の重要性がわかっていないのですから、ひとつ櫻内大臣はその意味で、いまお話しのとおりに、外交、防衛、経済、すべてについての情報の重要性のために御健闘いただきたいと思います。要望をしておきます。
 次に、MRAという問題についてひとつ大臣に、これも要望の方が多いのですが、申し上げたい。
 大臣は、MRAというのを御存じでしょうか。
○櫻内国務大臣 私は、戦後MRAの、当時本部と言っていいでしょう、マキノ島まで行っておる一人でございます。
○竹本分科員 実は、私も二十年前に、星島二郎さんや片山哲先生と一緒にMRAのコーの会合に出たことがあるのです。二十年ぶりに昨年の八月、一週間以上コーに参りましていろいろいい経験をいたしました。そのとき驚いたことは、そのコーの会議に日本の外交官はだれも来ていないのですよ。
 そこで、僕がいま大臣に要望を申し上げたいと思いますのは、そのコーの会議というのはまことに意味がある会議でございました。まず第一に、政治家会議というのがございましたけれども、その政治家会議には、一昨年は原文兵衛さんが行ったはずです。それから江田五月君も行きました。去年は私一人でございましたが、これは自発的にプライベートに行くわけですが、とにかく行ってみて驚きましたのは、ちょっと国の名を挙げてもいいですが、イギリス、アメリカ、フランス、ドイツはもちろんのこと、ラオスからもあるいはインドからも、あるいは特にアフリカからはたくさんの人が来ていた。ジンバブエの前の大蔵大臣も来ておりました。エジプトの前の経済企画庁長官も来ておりました。この人は、話しておるとなかなか気のきいたことを言うので、私は、あなたはどういうキャリアの人かと聞いてみたら、経済企画庁長官だったと言われたので、びっくりいたしました。マッケンジーさんは、御承知のようにブラント報告を書いた人でしょう。そういうすばらしい大使あるいは大臣、そういったような政治家がたくさん来ておる。それからさらに、ドイツのショックスさんを初めとして、経済界の有力者がたくさんまた見えておる。そのほかに、インドではマハトマ・ガンジーさんの孫の人が、いまジャーナリストですが、来ておりました。
 そういうわけで、とにかくわれわれが会いたいと思うような人、意見を聞いてみたいと思っておる人が何百人とおるわけですから、とにかく毎日、朝昼晩、三回の食事のたびごとに相手をかえて、大体二時間近く話ができる。こんなありがたい場はないですね。一ところへ腰かけておって、飯を食いながら、その間にまたいろいろミーティングはありますけれども、飯を食うことを中心にしながら、毎日五、六時間、聞きたい人、そういう相手と話ができる。そういう場を提供しているわけです。そこで、ここに日本の外務省からだれも来てないのは一体どういうわけかということを、これはよく外務省で調べてもらいたいですね。というのは、あんな一ところで世界じゅうの情報がわかる場所はないと思いますよ。
 私は、例を少し申し上げます。たとえば、フランスの政治家が来た。これは保守党の政治家ですよ。それで私は、フランが切り上げになることはないかとまず聞きました。そうしたら彼は、いやいや、フランの問題どころではないのだ、いまフランスではナショナリゼーションの問題が根本問題だということで、ミッテランの国有化、国営化の問題について二時間ほど話をいたしましたが、これはそれなりに非常に参考になりました。
 また、イギリスの政治家とはアイルランド問題というようなものを中心にいろいろ話をいたしました。また、大東亜戦争を始めなければならないところへ追い込まれた日本、あるいは追い込んだイギリスの反省ということについて非常に詳しく話を聞きまして、向こうさんの方から、日本をああいう立場にまで追い込んだことはわれわれとしても責任があると言ってまず謝られて、私の方がちょっと面食らったくらいです。そういう政治家もおる。
 ドイツは、実業家の産業人会議に私も出て会ったのですが、ショックスさんは、ドイツの経済はこの一年間に様相がまるっきり一変したということを言いまして、非常に正確な数字でスピーチをやりましたので、早速私が会見を申し込んで話しまして、ドイツ経済が今日抱えておる経済の悩みと矛盾というものを、私も非常に勉強になる話を聞きました。
 さらに、いまのアフリカの問題あるいはインドのガンジーさんの孫は、中ソの関係について非常にいい話をいたしました。それからまた、ある人はイスラエルの問題について非常にいい話を聞かせてくれました。
 とにかく、同じ場所で一週間で二十人ばかりの人とゆっくり懇談ができて、話ができるのですから、こんなありがたいところはない。もし外務省の相当な人がそこへ行って、それぞれの政治家に会見を申し込んで情報をとるなりPRをするなりやれば、こんなありがたい場所はないと思うのですね。それがだれも来ていない。たまたま後でジュネーブの書記官がやってまいりましたが、これは私を迎えに来てくれたわけでございまして、そのときに最後になってわかったのは、そこのダニエル・ムッツーさんというスイスの理事長さんと、彼はどこかの機会に会合で知っておったという仲でございましたけれども、しかし会議には出てきてなかった。
 そこで、大臣に私が申し上げたいことは、今度江崎さんがアメリカへ行かれましたけれども、そういうようないろいろな議員外交その他あって結構ですけれども、すそ野を広げ、日ごろのお互いの知り合いあるいは信頼関係をつくるという意味において、ああいう政府機関でない、プライベートというかボランタリーというか、そういう会合に出ていろいろな友人をつくるということは、最も有効適切な外交の基礎になると僕は思うのです。そこで、来年あたりから、ことしもあります、八月には必ずあるのですから、ひとつ外務省からは適当な人を、個人の資格でしょうが、ぜひ出してもらいたい。
 それからもう一つは、外務省の研修生あたりは、ああいうところへ参りまして、英語の勉強にもなりますし、外国の人の考え方もわかるし、それからいまは南北問題が非常に大きな課題になっておりますが、ミーティングではそういうものが多い。しかしながら、南北問題に対する理解の問題も含めまして、ひとつ外交の必要な基礎知識なりというものを身につけるように、研修生あたりをそういうところへある意味で派遣することはできないものか、そういう点についてひとつ御意見を伺いたい。
    〔主査退席、宮下主査代理着席〕
○櫻内国務大臣 最近私、MRAのことを承知しておりませんで、竹本委員から詳しい動きを承りまして過去のことを思い起こすのでありますが、アメリカのマキノ島では、その当時河野一郎さんが行かれて、私お伴をして、ただいまお話しのような雰囲気であったということを思い起こします。また、その後欧州へ回ってスイスへ行きましたときに、コーの本部からMRAの幹部の方がお訪ねをいただいたということも記憶にあるわけであります。その後いろいろ忙しくて、どういう動きをしておるかを十分承知しておりませんでしたが、確かにMRAの本部あるいは研修の場での状況というものは、情報の交換の上にあるいは国際感覚を養う上に大変貴重なものがあるかと思います。御意見は参考にさせていただきまして、外務省の中でも個人的にそういう場へ出ていくことを慫慂してみたいと思います。
○竹本分科員 ちょっと私、今度調べてわかったのですが、ヒューマンプランですね。独仏協力といいますか、独仏和解の問題、そしていまのヨーロッパのECの前の問題、そういう問題は、フランスの婦人がコーに泊まっておって、翌日五十人ほどドイツ人がやってくるということになりましたら、その婦人は、私はドイツ人はかたきだ、親のかたき、きょうだいのかたきだ、したがって一緒の屋根のもとにおるわけにいかぬ、帰ると言ってえらい怒って、帰る支度をしたのだそうです。そのときに理事長が、ちょっと待て、あなたは先ほど世界平和のために尽くしたいと言ったのに、フランスのすぐ隣のドイツと独仏の協力や理解もできないで、どうして欧州の平和、世界の平和ができますかと言って徹夜で口説いた。そこでその御婦人は、たしかローと言ったと思いますが、三日三晩くらい寝ないで悩み悩んで考えた結果、あそこはすぐチェンジという言葉を使うのですが、自己改革、心境の変化を来しまして、私が惑うございました、喜んで迎えましょうということになった。ところが、この婦人が非常に活動的な熱心な方でございますので、フランスへ帰って大統領にも会い、いろいろな工作をやりまして独仏提携の場をつくったというのですね。
 そういう意味で、外交上では戦後においても独仏の和解への橋渡しをしてみたり、あるいはジンバブエ、ローデシアですね、これの平和的な政権交代の裏の根回しをやっておるのでしょう。それから、いまのブラントさんの関係での南北問題をやっている。いわんや難民救済の問題もやっている。こういうことでございますから、はでではないかもしれないけれども、まじめな、すべてがモラルですから。
 御承知のように、事の起こりは一九三八年ごろ、第二次世界大戦が日増しに危機が迫ってきたときに、ブックマン博士が、戦争に勝っても精神や道徳面での満足は得られない、軍備よりも自己の精神、道徳心を鍛えるべきだと言って、モラルリアーマメント運動が起こったのですね。そういう沿革もありますから、日本の平和外交なんというものはモラルが中心にならなければいかぬ。そういう意味でもこの運動に対してはわれわれは非常に理解をし、ある意味で感謝をしながら協力をすべきだという感激、感謝を持って私は帰ってきたわけです。
 それで、きょうは特に大臣にこのことを申し上げて、一般論じゃなくて、もうことしの八月の総会あたりからは具体的に何人かは必ず出す、将来は研修生等もああいうところに行ってひとつ国際的な教養を身につけてもらいたいと思います。事務的に外務省の方へ伺いたいが、そういうことに特に重大な支障がありますか。
○伊達政府委員 先ほど来先生の御高説拝聴しておりまして、まことにもっともなことだと思います。事務的に申しまして、コー会議に外務省の者が出ていくことは、先方において差し支えない限り、私どもの方では全くございません。
○竹本分科員 それでは、これは第二の要望になりますが、ひとつ大臣、ぜひ積極的にあの場を利用するというと言葉が悪いかもしれませんが、利用し、活用しながら外交の基盤を広げていくということに御努力を願いたいと思います。
 最後に第三の問題ですけれども、これはことしの正月、朝日新聞がえらい力を入れて書いておりましたが、要するに、去年あたりからいろいろの会合の場合に日本が世界でどういう役割りができるのか、また何をやるべきかということを私なりに悩みかつ考えてまいりました。御存じのように「ひよわな花・日本」ブレジンスキーの書いた書物の中にこういうことがある。日本は経済大国になった、したがって日本がこれからいま以上にビッガーロール、より大きな役割りを果たそうと願うのはあたりまえであるということが書いてある。しかし、その後に痛いことが書いてありまして、しかし、日本の外交路線というものはアンビグイティーそのものだ、あいまいもことして、どこでどうして何をしようとしているのかわからない、ただ一つ言えることは、アメリカとともに、そしてもう一つはアメリカの後をついてくるであろう、こう書いてある。ビハインドという言葉がある。
 それはそれで結構ですが、いずれにいたしましても国際社会に対してアピールできるものがない。江崎さんが行っていろいろ御苦労願ったようだけれども、新聞等の伝えるところによれば、むしろ百億ドルのファンドをつくって困った地方団体に貸してやろうという方が行くところでみんなアメリカ人の関心が集まっておって、江崎さんの方にはさっぱり反応がなかったということも書いてある。要するに、セールスポイントといいますか、とにかく日本は何をやるんだ、何をやろうとしておるんだという目に見えるものがなければいかぬと思うのですね。
 去年あたりから三菱の総合研究所で、あそこの会長さん、中島さんあたりの世界の大きな国土計画みたようなプランが考えられている。しかし、これは大き過ぎてどこでまとまるかなというので私が心配しておりましたときに、たまたま今度大石さんが、国際軍縮議員連盟の会長であり緑化運動の国際環境の方の委員長もしておられる関係で、ことしの正月、世界の主要八カ国首脳に、世界平和のために軍事費を緑の地球防衛に充てるようにとの電報を打たれた。
    〔宮下主査代理退席、主査着席〕
二十七日の新聞にも出ておりますが、八カ国の反響、反応というものが出ておる。私、その中で一番気がきいていると思いましたのは、国連環境計画のトルバ事務局長が次のように言っておる。「人類が直面している最も重要な緑と平和を適切に結びつける運動を起こした大石氏の先見性に敬意を表したい。国連の砂漠化防止基金と緑の十字軍が結合できれば、政府に対し影響を与えるであろう」こういうことが書いてある。そう言ったらしいのですね。
 私はもともと緑が好きなんですが、緑の十字軍というようなことで、日本の再軍備に対する心配ばかりしておるところもずいぶんありますが、日本は本当の意味での平和と緑のために戦っていくのだという大きなスローガンを掲げて世界に呼びかけるということは、非常に意味がある、時宜に適した運動ではないかと思いますので、一体大臣はこういう動きというものをいかに評価して、また、今後この運動に対していかなる関係、接触を持たれようとしておられるかを伺いたいのであります。
○櫻内国務大臣 大石議員は私の長年の親友でもございまして、こういう動きをされる前に私のところにお出かけで、いろいろお話を承りました。なかなか熱意のある人でございますから、私が同感の意を表しましたところ、早速に具体的な行動に移されておるということで、敬意を表しておるわけでございますが、竹本委員御承知のように、本年五月ナイロビに環境関係の各国の首脳が寄るようになっておると思うのであります。また、軍縮議連、緑化議連としてもこのナイロビの会合に大きな関心を持っておられまして、何か積極的な行動をとろうというようなことも言われておる折からでございまして、せっかくきょう分科会でのお話でございますので、大石議員ともお会いして、これは政府としてどうこうということは、次にどういうような具体的な措置をとるのかというようなところから取り上げるべきで、まず第一には大石議員の構想が国連の構想とうまくマッチして、もう一つ前向きなものになっていくことを期待いたしたいと思います。
○竹本分科員 大臣が非常に御理解をいただきましてありがとうございました。
 以上、私は三つ、要望を主としてきょうは申し上げたわけでございますが、ぜひ御理解をいただき、積極的な御支援、御協力を強く要望いたしまして質問を終わります。ありがとうございました。
○砂田主査 これにて竹本孫一君の質疑は終わりました。
 次に、佐藤誼君。
○佐藤(誼)分科員 私は、在日韓国人政治犯の問題について質問をいたします。
 最初に原則的な点、特に政府の姿勢にかかわる点について一、二質問したいと思います。
 その第一点は、在日韓国人は日本の法律上の扱いで日本人と違いがあるのか、違いがあるとすれば具体的にどのような点なのか、これが第一点。第二は、在日韓国人政治犯として韓国で収監されている方々はどのくらいあるのか。また、これら在日韓国人政治犯に対し、日本政府はどのような姿勢で対処しているのか、まずその点についてお聞きかせいただきたいと思います。
○木内政府委員 在日韓国人の日本国内における法律上の扱いがどのようになっておるかというのが第一点のお尋ねだと存じますが、これはやはり外国人でございます。ただし、日本に滞在しておる、日本とのかかわり合いがきわめて深いということから、年金の制度あるいは生活保護等々の面におきまして一般の外国人よりも手厚く扱うように努力をいたしておる。一部、部分的に実現しておる点もあるわけでございます。その意味におきましては、結果的には内国民待遇に近いものが与えられているというふうに理解させていただきたいと思います。
 それから、在日韓国人政治犯と称される人々の数でございますが、現在私どもが掌握いたしておりますのは十七名でございます。
 最後に、これに対する政府の姿勢というものがどのようなものであるか。この問題は、基本的には韓国において韓国の法令に基づいて処断されておるということから、韓国の国内問題、韓国の司法の問題であるというふうに考えざるを得ないわけでございます。しかしながら、この人々は日本に生活の本拠を有しまするし、また家族、親族等々の方々が数多くの日本におられるということから、通常の外国人とは違います深いかかわり合いを持っておる人々でございます。そのような意味合いから、基本的には韓国の問題でございます、私どもとしてもこの人々の動向につきましては関心を持たざるを得ない、かように考えております。
○佐藤(誼)分科員 そうすると、この在日韓国人に対しての国内法上の扱いでは、内国民と待遇上ほとんど変わらない待遇で、ほとんど差別はない、こういうことですね。
○木内政府委員 そのような方向で努力を重ねてきておる次第でございます。
○佐藤(誼)分科員 それからいま、在日韓国人の政治犯に対しての政府外務省の姿勢ということで、基本的には関心を持たざるを得ないという、こういう程度の発言であったのでありますけれども、実はこの点については、昭和五十二年十月二十六日の衆議院の法務委員会、それから昭和五十四年四月十一日の同じく法務委員会の中で、かつてわが党の西宮委員が、この在日韓国人政治犯に対する政府の基本姿勢についてただしたくだりがあるわけです。
 昭和五十四年の七月十一日、この議事録でありますが、その中で政府の柳谷説明員が答弁しております。簡単に言うと、いまの問題については「二つの側面があろうかと思います。」「一つは」「もう一つの面は」ということで、そのもう一面の部分を次のように言っているわけです。
  もう一つの面は、やはり在日韓国人という特殊性、日本に生まれ、あるいは日本に親戚、友人があり、生活の本拠を持っている、その方の身の上に韓国において起こった出来事という意味において、普通の韓国国内における問題とは違うという側面であろうかと思います。
  私どもは、その後者の方の側面に即しまして、従来からいろいろ関係者からお話を伺ったり、その他の情報に基づきまして、言い方、扱い方には十分の配慮はいたしてはおりますけれども、私どもとしては、この問題についての日本側の関心というものは常時先方に伝えてまいっておるつもりでございまして、決して、日本政府がこの面において、この問題を軽んじておるということはないつもりでございます。
ということで、関心の程度というよりは、この問題に常時情報を提供したり、むしろその解決のために努力をするという面を強調した答弁になっておるわけです。
 いまの木内局長の答弁を聞きますと、この当時の答弁から見ると、関心を持たざるを得ないという程度の消極的な姿勢にしか受けとめられないのですけれども、その辺、どうなんですか。
○木内政府委員 私の表現が慎重過ぎるということは、あるいは御指摘のとおりかもしれませんけれども、基本的な姿勢におきましては、当時の柳谷説明員の表明されたとおりでございます。
○佐藤(誼)分科員 なお、この点について参考に申し上げますけれども、昭和五十二年二月七日、この点に対する自民党の見解が出ているのです。これは「「在日韓国人を救う会」の団体からの公開質問状に対する回答」なんです。その自民党の回答というのは、以下のように書いてある。「在日韓国人として日本に長く居住している者があり、これらの人々については、わが国の社会といろいろな面で密接な関連を有しておるので決して無関心ではありません。わが党としては、この事件がわが国に居住する韓国人社会に与える影響の大きいことを考えるとき、まことに残念であり、遺憾なことであります。」この次は重要だと思いますが、「今後も政府を督れいし、韓国当局に逮捕されている日本人をはじめ在日韓国人の方々の釈放につとめてまいります。」釈放に努めてまいりますと、非常に姿勢が前向きに自民党の見解として出ているわけです。しかも政府の与党である自民党の見解として出ているわけです。これが昭和五十二年の二月七日の自民党の公式見解です。
 先ほどの昭和五十四年の例の法務委員会の政府側の答弁からいうと、いま補足説明はありましたけれども、どうも何かしら一歩前向きという姿勢が全然感じられませんので、あえて私は、再度この政府側の姿勢について質問しておきたいと思います。
○木内政府委員 実はこの問題、佐藤先生よく御存じのとおり、率直に申し上げましてデリケートな側面があるわけでございます。私どもといたしましては十分関心を表明いたしておりますし、いたし続けるわけでございますが、その表明ぶりといった対応が、場合によっては関係者に逆の影響を及ぼす側面もあるわけでございまして、その辺十分勘案しながら関心を表明していかざるを得ないという点につきましては、佐藤先生よく御理解いただけるものと存じております。
○佐藤(誼)分科員 いまの局長の答弁で、実際この種の問題の特殊性から非常にデリケートであるということはわかるのですけれども、そういう意味を含めた答弁だと思うのですが、内実は、政府としては事の重要性にかんがみ十分対応し、その要望にこたえるように努力はしたいんだ、こういうふうに理解していいですか。
○木内政府委員 結構でございます。
○佐藤(誼)分科員 そこで、在日韓国人政治犯についていろいろなケースをずっと振り返ってみると、その逮捕の経過、裁判、その判決、拘置所における扱い、それに収監されている方々の病状の悪化、これなどを見ると、まさに人権擁護の立場から見て多くの問題があることは、いままでも国会の内部、外部でそれぞれ議論されてきたところでありまして、先ほど申し上げた法務委員会の記録等を見てもこのことがずいぶん議論されてきているわけであります。
 そこで、日本国政府は、いまの人道上の立場はもちろんのこと、在日韓国人という、日本に生まれ、日本に住み、将来も住むつもりであったこの方々が、たまたま韓国に行ったらわけのわからないことで拉致されて、そしてスピード判決を受けていまだに獄中につながれている、しかもその家族は日本におる、こういうことを考えたときに、先ほども答弁がありましたけれども、具体的な点で特別の配慮の上に立って韓国政府に対し物を申す、その解決策を求めていく、こういう積極的、具体的な対応があってしかるべきだと私は思うのですけれども、現在まで外務省はどのような基本的な態度とそれからどのようなことをやってきたのか、特徴的な点をひとつ御回答いただきたいと思います。
○木内政府委員 基本的には韓国の司法問題でございますが、先ほど来申し上げておりますとおり十分の関心の表明、したがいまして、いかようなる対応かという御指摘でございますが、やはり待遇の改善というものにつきましてはこれまでいろいろ韓国側に働きかけてきておるわけでございます。弁護士さんを通じましても努力いたしておりますし、また、なかなか思わしくいっていないということは佐藤先生御承知のとおりで遺憾に思っておりますが、面会のあっせん等についてできるだけ好意的な配慮を払うようにも注文をつけておるわけでございます。また、先ほど言及がございました健康の問題というのが昨今の一番大きな関心事であるわけでございまして、一ころは健康が回復したやに聞いておりましたところ、最近再び必ずしも健康上がすぐれていないということから、治療の面で十分の専門医の診断が受けられるようにもいろいろ韓国当局に御要望申し上げておる次第でございます。
○佐藤(誼)分科員 そこで具体的に、いまも答弁に一部ありましたけれども、韓国人政治犯のうちの死刑判決を受けている姜宇奎、崔哲教氏、このお二人の病状の点について質問していきたいのですが、後ほど細部に触れますけれども、この両氏の病状は、このまま進めば取り返しがつかないという危険な状態に置かれていると言われています。この点に対して、昨年の十一月二十八日、百六十一名の国会議員の署名で全斗換大統領に緊急要請文を出しております。また、同じ昨年十二月二十二日、東京弁護士会も人権擁護の立場で同様の要請文を送っておるし、一方、家族の方々や救援会の方々も、この両氏の入院、検査、治療について救援活動をいま積極的に展開している。こういう一連の事情を外務省は御存じですか。
○木内政府委員 よく承知いたしております。
○佐藤(誼)分科員 それじゃ、外務省としてこの姜宇奎、崔哲教氏の医師の診断書なりあるいは所見書なり、これを入手しているのかどうか、その入手している医師の診断書、所見に対して外務省はどのように思い、どのように考え、どのように対処しているのか。
○木内政府委員 崔哲教氏と姜宇奎氏の医師の診断書は入手いたしております。かなり健康を害されておるということは明らかでございます。したがいまして、この御両者に対する治療が円滑にまいりますように、私どもとしても韓国側に再度要請を行う所存でございます。
○佐藤(誼)分科員 それはいつの診断書、所見書なんですか。
○木内政府委員 本年二月三日の診断書でございます。
○佐藤(誼)分科員 私の方にもいま話があった二月三日の診断書も全部入っておりますが、これは時間がありませんから細部を申し上げるあれはありませんけれども、姜宇奎さんは年齢六十五歳、獄中生活五年、しかも片足切断という大変な身体的なハンディを持ちながら、いま病魔と闘いながら獄中におるわけです。
 この姜宇奎さんに対するカトリック医大附属江南聖母病院内科医師の閲博士の診断によれば、この診断名が「高血圧及び動脈硬化症心臓病」。それより以下ずっと所見がありまして、「精密な検査を要する。」というのが十月二十六日の診断書です。そしていま話がありましたことしの二月三日、同じように関博士の診断書と所見が来ております。その中には、高血圧といっても最低が百三十、最高が二百というもう脳内出血直前のような症状である。そして所見として「心臓ならびに脳血管の合併症が併発するおそれあり、精密検査、厳格な食事、薬物療法が必要」であるという所見が入っておるわけです。
 それに対しては、日本国内の医師である、江戸川区東瑞江ですか、井手佐武郎さんという医師、それから同じく医師の西村登喜子さんというこのお二人の医師が次のように言っているんです。時間がありませんから結論の部分だけ。この二人のお医者さんは関博士の診断及び所見書について次のようなことを書いているわけです。「ことは急を要する。これ以上の事態の遷延は取りかえすことのできない病状の悪化をもたらすものであろう。一刻も早く入院による診断、治療が切望される。」こういうふうに書いてある。
 この関博士の先ほど言った二月三日の診断、いまの日本の二人のお医者さんの診断、ともに予断を許さない緊急事態だということを言っているわけですね。
 それから、もう一人の崔哲教さんについて、この方は五十二歳で獄中七年、それで一九八一年の八月の診断書も、同じく関博士の診断があります。診断名は慢性肝炎、特に所見が重要だと思うのですが、「活動性肝炎と思われる。これは肝硬変症に移行する可能性が高いので肝組織検査を必要とする。」というふうに言っている。この肝硬変の恐ろしさは皆さん御承知のとおりです。これが先ほど局長も言われた二月三日、同じく閥博士が診断と所見を寄せておりますけれども、同じことを言っているのです。
 そして、日本の国立中野病院名誉院長新海明彦さんという方だと思いますが、この方が閔博士のこの診断書並びに所見に対して次のことを言っている。ここに寄せておりますコピーがありますけれども、「至急に入院の上、肝臓の組織検査、腎検査を行い、それらに基いて適切な治療が開始されます様ご配慮を頂きたくこの書面を認めました。」という文書が入っておるのです。
 これは、いま時間もありませんのでかいつまんで申し上げましたけれども、このいままでのあるいはごく最近の診断書、それから韓国側の医師、日本の医師、この診断、所見は、ほとんど、姜宇奎さんと崔哲教さんの病状については即刻入院、検査、治療を必要とする、医師の立場からいって一刻の猶予も許せない、このまま推移するならば、簡単に言えば獄中死の可能性が非常に高いということを言っているわけです。これに対して、いままでわれわれが入手した限りでは、韓国側の入院、検査、治療が適切な治療方法をとっているとは、私たちは聞いていないわけです。
 家族の方々からすれば、頼りになるのは日本政府と外務省しかないわけです。こういう緊急な事態、しかも人権上の問題、しかも在日韓国人、家族は毎日眠れない状態になっている。このことを考えたときに、私は、通り一遍の誠意をもって努力するという程度では済まない人道上の問題であり、これは御承知のとおり、国際的なあらゆる機関でもこのことが大きく取り上げられているのです。アムネスティー・インターナショナルでも、こういう長文の韓国人人権白書というのを出している。これに詳細に書いてあるのです。こういう緊迫した事態に、政府の緊急なる、しかも誠意ある、中身のある対応を早急にすべきだと私は思うのですが、どうですか。
○木内政府委員 先ほどの関博士の御両者に対する診断書のとおり、状況は非常に悪いということは佐藤先生御指摘のとおりであり、私どももこの事態を念頭に置きまして、先ほど触れましたが、即刻韓国当局にも私どもの希望を十分お伝えするような努力を行いたいと思っております。
○佐藤(誼)分科員 私は、重ねていまの点を、緊急の事態であるということを受けとめて、早急に対応されることを望みます。重ねてですが、どうですか。
○木内政府委員 仰せのとおりでございます。
○佐藤(誼)分科員 最後に、いま日韓経済協力、つまり六十億ドル借款問題が論議されております。その中で借款の理由、ねらいが、安保経協か民生安定かの論議があることは御承知のとおりです。もしこの借款の理由が民生安定のためというならば、私は、法治国家として国民の人権を守るということが民生安定の最低の条件だ、これを満たされないで何で民生のための借款かというふうに言わざるを得ないと思うのです。したがって、民生安定のための借款ということを言う前に、いま申し上げました生命の危険な状態にある病人には、何はさておいても入院さるべきだという、人権を守るべきだという、このことを先に政府はそういう立場からも韓国に対して申し入れをすべきだと思いますが、外務大臣、どうですか。
○櫻内国務大臣 人権の確保は、いかなる場合も常に配慮されなければならないことでございます。
 経済協力の問題に関連して、いまお示しのお二人の方を初めとする在日韓国人の方で、遺憾ながら韓国の方に収監されておられる方々のことについて何か言うかどうかということにつきましては、私はこれは、この借款の関係の問題はまだある程度の時間を要することでございまして、先ほどアジア局長からお答えを申し上げておるとおり、早急に人道的立場でどんどんやるべきことをやっていかなければならない、こういうふうに思います。もちろん、外務大臣同士の協議の場において、きょうお取り上げになった問題も別途お話し合いをするということは、これは私もそのときに十分留意しておきたいと思います。
○佐藤(誼)分科員 大臣の答弁がありましたから、最後に重ねて要望して終わりますけれども、私は、時間の余裕があるということを言われましたが、借款問題の論議はこれからまだ続くと思うのです。これと並行しながら、民生安定という側面を重視し、人権の立場、人道上の立場から、当面緊急に姜さんと崔哲教さんの即時入院と検査と治療を求める、このことをぜひ強く韓国政府に訴え、要望していただきたい。このことを申し上げまして、私の質問を終わります。
○砂田主査 これにて佐藤誼君の質疑は終わりました。
 次に、楢崎弥之助君。
○楢崎分科員 私は、日米防衛協力ガイドラインの問題点が幾つかありますが、そのうちの一つの問題として、以下質問を進めたいと思います。
 まず、日米ガイドラインで言う極東有事の場合の「極東」とは、日米安保条約第六条の「極東」と同じ範囲でありますか。
○淺尾政府委員 同じでございます。
○楢崎分科員 しからば、国連軍の地位に関する協定、以下国連軍地位協定と私は申し上げますが、この前文における「国際連合の行動に従事する軍隊を日本国内及びその附近において支持することを日本国が許し且つ容易にすることを確認し」とあります。「その附近」とは一体どの範囲でありますか。三十分しかありませんから、法制局も見えておったら、どちらでもいいですよ。
○淺尾政府委員 いまお尋ねの件でございますが、確かに、御引用になりましたところの「附近」ということについて明確な定義はございません。しかし、安保条約あるいはその他の関連から言えば、やはりこの「附近」というのは極東というふうに観念していいんじゃないかと思います。
○楢崎分科員 これは初めての見解ですか。
○淺尾政府委員 吉田・アチソン交換公文の方で、極東における国際連合の行動のときの極東というのは、安保条約と同じだという御答弁はしていると思います。――とは一致しないということを言っておりますが、いまの国際連合の地位協定についてのお尋ねは、いままで私の記憶に関する限りは初めてのお尋ねじゃないかと思います。
○楢崎分科員 したがって、もし安保条約六条、極東の範囲と一致するとすれば、これは非常な地域的な広がりを持つことになりますね、極東有事という場合。全部連関をしておる。それは後から質問することに関係をいたしますから、しばらくおくことにいたしましょう。
 それで、淺尾局長は、私の二月十日の予算委員会における質問に際し「修理のために米軍の施設、区域に出入し、さらに民間の施設で修理を受けたというのは、韓国の飛行機でございます。」さらに、「日本の民間工場で修理されているのは全部韓国機でございます」、そのとおりでございますか。
○淺尾政府委員 そのときのお尋ねが、私の記憶では韓国の問題でございましたので韓国というふうにお答えいたしましたけれども、正確に言えば、タイの航空機も日本の施設に入って修理を受けているという実績はございます。
○楢崎分科員 この議事録では、修理をされておるのは全部韓国機、そういうふうになっておりますよね。この議事録を読めばそうなる。米軍以外のほかの国はない、この議事録ではそうなるのです。
 では確認をいたしますが、いまのタイ国航空機、軍用機の日本の民間工場における修理の状態について、御説明を詳細にお願いします。
○淺尾政府委員 お尋ねが、タイの航空機が日本の……(楢崎分科員「軍用機」と呼ぶ)軍用機でございますね、日本の空港に入って、その後日本の施設というか日本の会社において修理されているということだと思いますけれども、非常に古いことでございまして、いま全部について私ここに資料を持っているわけではございませんけれども、大体昭和二十九年から四十年ぐらいにかけまして、タイの航空機が日本に飛来して修理を受けたということはございます。特に最近では、四十六年から四十八年にかけて、合計八機のタイの軍用機が修理保全のために厚木の飛行場に参りまして、日本飛行機、日飛において修理を受けたものと承知しております。三十九年前にも、タイの軍用機四機が修理保全のために飛来したことがございます。
○楢崎分科員 二十九年から四十五年までの間は何機ですか。
○淺尾政府委員 大変失礼いたしました。私のさっきの答弁は間違っておりまして、二十九年から入ってきたのは、タイの航空機は入ってきておりますけれども、それは国連軍の飛行機として入ってきておりまして、修理を受けた飛行機は四十六年から四十八年にかけてでございまして、その内訳が――内訳と申しますか、合計が八機でございます。
○楢崎分科員 いまはっきりしましたが、まだ後から訂正なさると思いますけれども、ちょっと復唱しましょうか。
 二十九年から入ってきたが、修理として入ってきたのは四十六年から、そうですね。そうして、四十六年から四十八年まで修理として八機来ておる。内訳は、四十六年十二月HU16D、それが一機、四十七年六月HU16B一機、これはともに水陸両用飛行艇ですね。四十七年二月S2F一機、四十七年五月同じく一機、四十七年八月同じく一機、四十八年三機。このS2Fというのは対潜哨戒機ですね。
 念のため申し上げておきますけれども、このHU16Dというのは米空軍ではSAの16Bとして採用された飛行艇でありまして、米海軍制式のFU1飛行艇の翼の幅を延長して、そして尾翼を増築し性能を向上させた拡大型ですね。私がなぜこれを言うかというと、せんだって予算委員会で問題になりましたPS1の修理のときに、米軍より貸与されたのですね。貸与されて、それを参考にしながらPS1をつくっていった、そのときの飛行艇がこのHU16Dというものですね。念のために説明しておきます。
 そこで、これはまた全部MAPですかね。
○淺尾政府委員 そのとおりでございます。
○楢崎分科員 あなたは、私の二月十日の質問の終わった後記者団に、韓国機は三十年代だから、韓国機の修理についていわゆる武器禁輸三原則には該当しない、武器禁輸三原則は四十二年以来の問題だから、そういうふうに語られたそうですが、間違いないですか。
○淺尾政府委員 私がそういうふうに語ったということについては記憶ございません。恐らくそれは、正確でないんじゃないかと思います。
○楢崎分科員 日本の有力新聞にそれが載っておりましたから、念のために聞いたんです。
 そこで、私は前回も申し上げたけれども、外国の航空機が日本に飛んできて、飛行場から修理工場に行くために出た途端に輸入になる。それから今度修理して飛行場から外に出るとき、これは輸出になる。ただし、地位協定なりあるいは外為あるいは貿管令等でたとえば定期民間航空機、これは除外をされておる、手続がですね。しかし概念としては、これは輸出入になる、ただ除外されているだけである。法制局どうですか。
○味村政府委員 輸出に当たるか輸入に当たるかという問題は、本来、一次的には通産省がお答えするものだと思うのでございまして、私ども十分の研究をいたしておりませんが、アメリカ軍のわが国における基地は、これは日本の領土であることには変わりがございません。日本の領域でございます。米軍に基地を使用することを許しているというわけでございまして、日本の領土であることには変わりはございませんから、そこを出入りしたからといって輸出、輸入という関係にはならないと存じます。
○楢崎分科員 それは間違いですよ。研究をしてください。一般概念としては、そういうことになっておかぬと後でおかしな問題たくさん起こりますよ。ただ、さっき言ったとおり、地位協定とかあるいは貿管令とか外為の関係で手続を省かれているだけなんですよ。それは研究して、通産省とも打ち合わせをして、もう一度統一見解を出してください。よろしゅうございますね。
○味村政府委員 私も、十分な自信を持ってお答えするというわけではございませんが、いわゆる地位協定に基づきます外国為替管理令等の臨時特例に関する政令によって外しておりますのは、やはり合衆国軍隊が貨物を輸出する場合ということでございまして、これは普通には、わが国の領土から貨物を海外に輸出する場合を除外しているというふうに考えております。したがいまして、それ以外の特段の規定はないように存ずるわけでございます。しかし、通産省と相談をいたしまして検討はいたします。
○楢崎分科員 それは後ほど、非常に重要なところですから統一的な見解を明確にしてもらいたい。今後の武器禁輸三原則との関係が出てまいりますから。
 そこで、地位協定十二条によって、米軍が日本国内でいろいろ買ったりして米軍の物になったものは外に出してもいいんだ。したがって、いま懸案事項ですけれども、個々に米軍に武器を輸出する問題の一つの抜け穴があるということは、二月一日の石橋質問のときに指摘をされたとおりであろうと思うのです。ただ私は、そのままであればそのとおりでしょう、しかし武器禁輸三原則という国是がある以上、やはり十二条の抜け道に何らかの歯どめをかけるべきではなかろうか、そう私は思うのです。
 私が言っている意味わかりますか。地位協定によって、米軍が日本で手に入れた物は自由に出されますよ、現行の、いままでの解釈であれば。それはわかっておる。そうすると――本来ならこの問題は、そういうみみっちいことをアメリカは考えていない。それはわかっている。堂々と窓口を開いてちょうだい、これが米軍のあれですけれども、この地位協定に関する限りはそこで抜け道になる。いいですか。韓国の飛行機だってタイ空軍の飛行機だって、そういうことでできることになる。これは抜け道の非常に具体的な例なんですね。だから、武器禁輸三原則がある以上、地位協定十二条に対してそれが野放しにならないように何らかの歯どめをかける必要がある、武器禁輸三原則との関連で。武器輸出三原則は国是ですから。この点は、すぐれて私は政治問題であり、政治方針の問題であろうと思いますから、大臣の御見解を聞いておきたいと思います。
○櫻内国務大臣 十二条によってただいま御指摘のような問題があると思いますが、私は、安保条約及びその関連取り決めに伴っておるアメリカの場合は、それなりに一般的には違う立場にあるのではないか、こういうふうに思います。
○楢崎分科員 日本の方は非常に人がいいのですよね。昨年十二月二十一日にレーガン大統領が署名をした例のストラットン・グッディング修正法、アメリカの方から要請があっているからということで、まじめに日本の方は受けとめていま検討中なんでしょう。ところがアメリカの方は、さっさと自分の方の経済事情なり議員の選挙区の事情で、アメリカの軍需工場でつくっているものについてのライセンス生産はだめだというような事実を勝手につくっているのですよ、大臣。アメリカの方はそういう態度なんです。だから、それはおのおのの国益でできると思うのです。だから日本も日本の国益で、ただ安保条約があるからというような単純な考えではとても太刀打ちできないと思うのですね。それを私はお願いをしておるわけです。再度大臣の御見解をお聞かせ願いたい。
○櫻内国務大臣 私は、基本的には安保体制にある日米の関係でございますからアメリカに信義がある、こういうふうに思うのであります。したがって、地位協定十二条を利用して行き過ぎたことをやるというようなことは私は考えられない。しかし、(楢崎分科員「あったら」と呼ぶ)しかし、御注意でございますから、私なりに研究させていただきます。
○楢崎分科員 これはやはり真剣にひとつ、武器禁輸三原則との関係でこの点の抜け道がルーズにならないように、いま大臣はそういう感覚のようでございますから、期待をいたしておきたいと思います。
 次に、先ほどの御答弁に返りますが、二十九年からタイの空軍機が来ておる。正確に二十九年からですか。それは違うんじゃないですか。
○淺尾政府委員 非常に古いことでございますので、正確に何年ということを申し上げるのは非常に困難でございます。ただ、二十年代、こういうふうに申し上げるのが一番正確であろうと思います。それから、五十一年までにかけて国連軍の一員としてタイの分遣隊が立川におりました。そこで国連軍の飛行機として入ってきている。修理の問題は別でございますが、これは国連軍の飛行機として入ってきているということでございます。
○楢崎分科員 私がおたくの方に聞いたところでは、確認したところでは、昭和二十六年から五十一年まで部隊はおった。軍用機の方は昭和二十六年から四十四年十二月までいた。軍用機はどういう種類の軍用機であったかというと、まず最初のころはC47二機、その後はC123B二機。それで部隊のためのオフィスがあり、宿舎があった。この二十六年からというのは重要なところなんです。二十年代というふうに簡単にこれは扱ってはだめです。これは重要なところです。
○淺尾政府委員 先ほど来の答弁の繰り返しになりますので、正確に二十六年というふうに申し上げる自信がございませんが、二十六年ごろということは申し上げられると思います。
○楢崎分科員 私がこの二十六年というのを重視するゆえんのものは、タイが国連軍地位協定に加入申し入れをしたのは一九五四年八月十二日なんですね。最初にこの国連軍地位協定が発効したのは一九五四年二月十九日。そして、この地位協定の二十二条の四項によると、「最初の署名の日の後六箇月以内に加入書を寄託する各加入政府については、千九百五十二年四月二十八日から適用する」こうなっている。したがって、タイはこの六カ月、最初の署名の日から六カ月たつ一週間前にやっと加入したのです。それでこの二十二条四項に該当する。したがって、適用を受けるのは五二年四月二十八日からだ。タイの空軍は二十六年からいる。一年のずれがある。この一年前の滞在の法的理由を聞きたい。
○淺尾政府委員 昭和二十六年の九月八日に吉田・アチソン交換公文というのがございまして、その中で、国連軍の中の一または二以上の軍隊を日本の国内あるいはその付近において行動することを支持するということがございます。したがって、二十六年から二十九年というのは、この吉田・アチソン交換公文に基づいて行われております。
○楢崎分科員 だから、簡単に二十六年ごろでは、その前からかもしれないじゃないですか。したがって、この二十六年の何月何日から来ているか、これを明確にしてもらいたい。これは重要なところです。どうです。
○淺尾政府委員 再三御答弁いたしておりますように、非常に古いことでございますので、若干時間がかかると思いますが、できる範囲で私たちは調査をしたいと思います。
○楢崎分科員 同じくこの国連軍地位協定によって、統一司令部がある米軍はこういうことをする際には、国連軍を日本に入れる際には、その部隊の名前とか編成とか員数とか目的とかを日本政府に通知することになっている。このタイ空軍は立川に滞在していた。員数はどのくらいで、どういう部隊で、その目的は何であったか、当然通知を受けておるはずであります。
○淺尾政府委員 私たちが記録で見る限り、タイが分遣隊を立川に派遣しておりましたそれは輸送機でございますので、われわれ任務としては、やはり輸送というふうに考えております。
○楢崎分科員 朝鮮戦争が継続しておる最中は、少なくとも輸送ということは作戦行動に入ると思うが、どうですか。
○淺尾政府委員 これは楢崎委員よく御承知のとおり、戦闘作戦行動というのは具体的な態様、任務に即して考えるべきでございまして、輸送それ自体を取り出して、それが戦闘作戦行動に当たる
 ということは一概に言えないと思います。
○楢崎分科員 では、さきに言ったとおり、統一司令部、米軍の方から日本政府に、いま言った詳細の報告をなさなければならないことになっているでしょう。地位協定では。したがって、その明細をひとつ資料として出してもらいたい。これは国連軍地位協定三条にそうなっておる。出して下さい。
 あなたはいつもそうなんだ。明確な資料を手元に持たないで、そう思うとか、こう思うとか、断定するところがいけない。だから後で訂正することになる。目的と員数をはっきりしてください。
○淺尾政府委員 私の答弁が若干断定というか、歯切れがよ過ぎるということでございますが、この点については何分古いことでございますので、できる限り調査して御要望に沿うように最善の努力をしたいと思います。
○楢崎分科員 予算委員会が終わるまでに、ひとつ先ほどの統一見解と一緒に明確にしてもらいたい。
 では次に入ります。先ほどの問題とも触れますが、ここでもう一遍明確にしておきますが、国連軍地位協定によって日本の施設、区域を使うときに、その米軍以外の、国連軍地位協定によって滞在しておる外国軍隊は、その滞在しておる基地において作戦行動はできませんね。
○栗山政府委員 安保条約の事前協議の交換公文で言っておりますような戦闘作戦行動のための施設、区域の使用ということは、国連軍地位協定では予定されておりません。
○楢崎分科員 そのとおりであります。この国連軍地位協定では作戦行動はできない。単に補給とかその他の便宜供与ができるだけです、日本側は。したがって、日本の提供地域を使って作戦行動のための訓練もできない。それは明確です。この点はっきりしてもらいたい。
○栗山政府委員 先生よく御承知のとおりに、安保条約第六条の実施に関する交換公文で言っております戦闘作戦行動というのは、直接戦闘に従事することを目的とした軍事行動ということで従来から申し上げておるとおりでございまして、そのような行動を米軍以外の国連軍が日本の施設、区域を利用して行うということは、国連軍地位協定では認められておりません。
○楢崎分科員 再度確認をしておきます。極東有事の際にそのことは言えますね、国連軍であろうと。
○淺尾政府委員 楢崎委員御指摘の、現在着手し始めました日本以外における有事の際の研究ということは、これは日本とアメリカとの研究でございまして、しかもそこでは日本とアメリカが直接軍事的な意味で協力関係に立つということは全然想定していないわけでございます。
○楢崎分科員 だから、私は韓国機の修理問題あるいはタイ空軍の軍用機の修理問題を取り上げた。MAPの飛行機であればそういうことができるのでしょう。そういう名目によって、補給とか修理とかそういうことが抜け道としてできることになるから私は言っているのです。あなたはMAP、MAPと言うけれども、これは一言言っておかなければいかぬが、MAPは貸与ばかりじゃないのですよ。供与もあるのです。あなたは、韓国軍の飛行機なりあるいはいま取り上げたタイ国軍の飛行機なり、MAPであっても供与か貸与か、どのような資料で明確にされましたか。
○淺尾政府委員 韓国については、すでにそのときの韓国の情勢から見まして、アメリカがMAPによって貸与されたということは明らかでございますし、さらに日本とアメリカあるいは日本と韓国とのいろいろなやりとりの中でも、これは貸与品だということは明らかであります。
 タイについても大体同じことが言えるかと思いますが、この点についてさらに私たちとして十分検討していきたいと思います。
○楢崎分科員 大分宿題ができましたね。では、あと二間だけさせていただきます。
 そこで、先ほどのことに関連しますけれども、過去のやりとりの中で、国連軍が日本の基地を使って作戦行動はできないことになっているけれども、もし新しくその必要ができた場合には、国連軍側と新たな了解が要るというのが過去の政府側の答弁です。もし、そういう必要があると国連軍側から要請が日本政府にあったときには、新しい了解のためにどう受けますか。あり得る話であります。
○淺尾政府委員 いまの委員の御指摘が、今後われわれが進めていきますガイドラインに基づく研究協議ということであれば、そこの中で日本側としてどういう協力ができるか、あるいはアメリカ側としてどういう協力を求めてくるかということがまだ不明の事態でございます。かつ研究協議を進めるに際してはいろいろな制約がございます。御承知のとおり、憲法を対象にしないとか核を対象にしないとかいう問題のほかに、安保条約、地位協定あるいはその関連取り決め、さらには法令の範囲内ということでございます。そこで、いまの御質問について、ここで新しい取り決めを結ぶか結ばないかということについて答弁することは適当でないというふうに考えております。
○楢崎分科員 あと一問にいたします。
 あのガイドラインにあるとおり、あれは「関係法令」というのは、ここもちょっと文字としてはおかしいのですけれども、過去の答弁によれば現行の関係法令になっておる。したがって、現行の関連法規の中ではできませんね。いま言ったことはできませんね。御答弁のとおりです。国連軍地位協定によってもできない。
 最後に一問だけしておきます。極東有事の際に米軍が自衛隊に協力要請したら、自衛隊としては自衛隊基地を使用させる、それぐらいしかいま考えられないという答弁は何回もあっておる。国連軍として自衛隊基地を使用させてくださいという場合の対応はどうなりますか。それ一問にしておきます。
○栗山政府委員 いまの楢崎先生の御質問の趣旨、必ずしもよくわからないのですが、国連軍地位協定については、御承知のような合同会議を通じての手続によりまして施設、区域の提供を行うことになっておりますので、法律的には地位協定の第五条で、現在自衛隊が使用している施設であろうとも、合同会議を通じての合意がございますれば提供することは法律的には排除されてないと思います。
○楢崎分科員 外務大臣、最後に、これは政治方針になるから大臣の御見解を聞いておきたい。
 いまお答えのとおり、国連軍地位協定五条によって、自衛隊基地であろうと民間空港であろうと、合同会議にかけて合意が成り立てば使用できるのです。日本の政治方針としてはそういう場合に、国連軍の場合はノーと言われますか、イエスと言われますか。統一司令部はアメリカです。政治方針としては、外務大臣の現在のお考えを聞いておきたい。
○櫻内国務大臣 そのときの状況次第で判断をしなければならない、こう思います。
○楢崎分科員 これで終わりますけれども、非常に重要なときですから、いまのお答えで言えばケース・バイ・ケースということになるけれども、朝鮮戦争に対して国連軍の名によって十六カ国、国連軍に参加しているのです。全部使用できる、ふらふらしておる、そういう状態になりますから、ここはひとつ私はノーと言ってもらいたいけれども、慎重な御検討をいただきたい。
 以上、三つだけ宿題がありますからへ予算委員会が終わるまでにひとつ御回答をいただきたい。
 以上で終わります。
○砂田主査 これにて楢崎弥之助君の質疑は終わりました。
 次に、稲葉誠一君。
○稲葉分科員 大臣にお伺いをいたしたいわけですが、それは三月の下旬にアメリカへ行かれるということが言われておるわけです。そうすると防衛の問題、ことに貿易の問題その他でいろいろな話ができると思うのです。日本の場合は、余り物を言わないことが謙譲の美徳というふうに考えられているわけですが、アメリカの場合は逆であって、フランクに物を言うことが一つの美徳というか国民性になっております。そこで、大臣としては、アメリカに対してどういうことをフランクに言うお考えなのか。同時にまた、こっちの言うことだけではもちろんいけませんから、向こうの言うことももちろん聞かなければいけませんけれども、そういう点についてのお考えを最初にお伺いさせていただきたいと思います。
○櫻内国務大臣 稲葉委員おっしゃるように、アメリカへ参りまして首脳や高官と話し合うときに、それはもう私としては腹蔵のない意見交換をいたしたい、こう思っております。ただ、現在のところ国会の予算審議の段階でございまして、私が三月下旬に行く、そういう報道がなされておりますけれども、まだ確実にそのようにするということではございません。しかし、日米で外相が参っていろいろ話すというときには、これはもう腹蔵のない意見交換をしたい、こう思います。
○稲葉分科員 三月下旬ということは、まだ予算が通らない段階かもわかりませんから、日にちは別として、そこで腹蔵のない意見の交換ということの中で、私はやはり具体的にいろいろな問題をぶつける必要がある、こう思います。
 たとえばアメリカ側の要求してくるのは、貿易摩擦で言えば、牛肉の問題、オレンジの問題です。ところが、考えてみると、ではそれを自由化してということになれば、牛肉の問題の場合は、アメリカの牛肉が入ってくるよりもオーストラリアの牛肉の方がよけい入ってきます。品がいいし安いしということにもなるし、そうすれば今度アメリカのえさを買う必要がなくなってくる。だから、貿易の関係からいえばマイナス、逆の現象が出てくる。あるいはオレンジの問題にしても、アメリカのオレンジが入ってくるとは限らぬ。ほかの国のものが入ってくるということになると、日本のミカン栽培農家に大きな影響を与える。これはいろいろな問題があるわけです。
 だから、ちょっと私、アメリカの言うことが十月の選挙を意識し過ぎた感情論的なものになっておるというふうに考えるのです。そうした問題、いま私が挙げたのは二つの例ですが、その他皮革の問題もあります。こういうようなことについては、大臣としてはどういうふうにお考えでしょうか。簡単にひとつ……。
○櫻内国務大臣 今度の江崎ミッションも、ただいま稲葉委員のおっしゃるようなことに言及をいたしております。どの程度先方が理解したかは別として、取り上げてはおります。私が参った場合でも、アメリカの関心品目について当方の見解を率直に申し上げることは当然だと思います。
○稲葉分科員 たとえば牛場信彦さんのしゃべったことを書いた「最近の国際情勢と日本の安全保障」、これは外務省から各議員みんなに配ったものです。ここで言うのも悪いけれども、これは十月一日の講演です。それで発行日が十二月十五日です。私たち国会議員全部に配られたのがことしの二月十六日です。これはここで余り言うのは悪いけれども、どこが配ったかわからぬが、政府委員室を通してないらしい。こういうことでは広報関係非常に困るのです。それから後で吉田健三さんのものも配られました。これはちょっと早いけれども、こういうふうなものが非常に遅いです。
 そこで、たとえば私は考えるのです。この中にも出ていますが、ドブルイニンという人がいます。ソ連のアメリカ大使ですね。この人は戦後ずっといるのです。ここに出ていますけれども、アメリカとしてはソ連の本国とあれするよりも、この人に聞いた方が早いと言っているくらい、このドブルイニンという人が非常に詳しくいろいろなことを知っているわけです。
 では聞きますけれども、ドブルイニンという人は、ソ連の中ではどういう地位を占めている人ですか。
○加藤(吉)政府委員 かなり長い間駐米大使をしておりますが、本国では中央委員をしております。
○稲葉分科員 かなり長い聞じゃないでしょう。戦後でしょうが。中央委ですね。そうすると、ソ連として中央委員を大使に派遣している自由主義国はどことどこです。答弁はいいよ、そんなことはわかっているから。アメリカとフランスだよ。
○加藤(吉)政府委員 それから今度日本に参ります方が中央委員候補でございます。
○稲葉分科員 中央委員候補、候補じゃないよ、中央委員だよ。
○加藤(吉)政府委員 失礼しました。中央委員でした。
○稲葉分科員 それでは今度日本へ来るソ連の大使、この人は前はどこにいたのですか。ハンガリーでしょう。そんなことはわかっている。一九七一年の三月からいるんでしょう。十年ぐらいハンガリーに行ったのでしょう。その間三回中央委員になっていますね、ハンガリーに行く前から中央委員だったのだけれども。日本に来ている前の大使のことについては、私は触れません。この人は、中央委員を解任されたりなんかしているのでしょう。まあ、そんなことはどうでもいいけれども。とにかく大臣、ソビエトの場合はこのように長いのですよ。イシコフなどというのは、何年やっているかわからぬでしょう。とにかく長くいて、そこで情報をしっかり取っているのですね。
 それでは私、お聞きしますけれども、ワシントンにいる日本の大使館の人で、アメリカのホワイトハウスの高官なり議会の要人なりに対してファーストネームで呼び合える人が何人いるかと言ったら、いないと言う人もいるのだな。まあ多少いるかもしらぬけれども、とにかくファーストネームで呼び合える人がいないと言われているのですが、どうなのですか、実際は。
○淺尾政府委員 ホワイトハウスの高官を一体どういうふうに指すかということでございますが、少なくとも現在の大河原大使は、何人かの上院議員あるいはホワイトハウスのスタッフとファーストネームで呼び合う仲になっておりますし、それから最近、一年ぐらいになりますけれども、帰ってきました参事官も、もう少し下のレベルでございますが、ファーストネームで呼ぶ仲になっております。
 ただ、日本人は、ファーストネームで呼ぶというのは日本の中でもそういう慣行がございませんので、外国人に比べればどうしても数が少ないかもしれません。
○稲葉分科員 それで、大臣よく考えてください。日本の場合、大使館筋の接触が非常に足りないのです。日本人の性質にもよるのですね。語学の関係というか、アメリカの英語というのが日本の英語と違う関係もあるかもわかりませんが、外国人とフランクにつき合うということが非常に少ないのですね。
 たとえばニューヨークの場合、去年私ニューヨークに行っていろんな人と会ってきたのです。そうすると聞くのは、経済に関する情報というものは、通産省はジェトロから取るのです。そうでしょう。それから大蔵省は日銀から取るわけでしょう、大蔵省は日銀と同じフロアにいるのですからね。そうすると、外務省はニューヨークの関係では経済の情報を取るところがないのです。手足がないのですよ。こういう状況なので、どうしても外務省の対応というのはおくれるのです。
 これでいいというのではないのですよ。それをもっとふやさなければいかぬということを私は言っているのです。インド以下だというのでしょう、せめてイタリア並みにしなければいかぬ。そういうのはちょっとおかしいので、イタリア並みになるについてもまだずいぶんかかるのじゃないですか。そういうのは非常におかしいですね。だから外務省の陣営というものをもっと強力にしなければいけない。日本の外務省の場合は、ことに経済貿易関係に対する情報が少ないのです。今後これはしっかりやってもらいたいと思うし、これは超党派で支援しなければいかぬと私は思っております。これは答えはいいですが、そういうことだけお聞きになっておいていただきたいと思います。
 そこで、この牛場さんの書いたものを皆さんがどういうつもりで私どもに配ったのかよくわかりませんが、これは読んでくれということでしょう。読んで質問してくれということで配ったのだと思うのだけれども、常識的にはそういうふうに考える。それで、牛場さんが言っていることはなかなかおもしろい。
 たとえばこの中で、アメリカが日本に要求していることで、これは経済協力に関係することですが、費用の分担問題を言っているわけですね。駐留軍の費用の問題、これは別としてその次に、これがよくわからないのだな。いいですか。「最後に、アメリカの中東における軍事基地建設に対する費用の分担問題があります。」「これは現に少しずつはやっておるわけです」こういうふうなことを言っているのです。真ん中辺は飛んでいますが、この真ん中辺の意味がよくわからないのです。この文章の意味がよくわからぬ。それから「アメリカの中東における軍事基地建設に対する費用の分担問題」というのは、具体的にどういうことなのですか。日本は、それに対してどういうふうに協力しているということになっているわけですか。どういうふうに負担しているのですか、これは。
○柳政府委員 お答えいたします。
 中近東に対する経済協力で、日本と米国が費用を分担してやっているという例はございません。
○稲葉分科員 だって書いてあるよ。牛場さん、はっきり言っているじゃないの。だから真ん中の意味はわからないんだよ。この文章で、最後の文章のところと真ん中の例を挙げているところと、牛場さんの言っていることが意味がつながらないの。だから聞いているの。
○柳政府委員 いずれにいたしましても、そういう事実はございませんので……。
○稲葉分科員 だって、これは外務省顧問とここに書いてあるぞ。あなた方が国会議員に読んでくれと言って配ったんだよ。だめだ、そんなの。だから僕はこれを読んだときに、おかしいと思ったんです。いまの「費用の分担問題があります。」と書いてあって、現に少しずつやっているということを言っていて、真ん中の例を挙げているわけでしょう。例を挙げているのが答えにくっつかないのですよ。だから僕は、これは変だなと思っておったのですが、あなたがそういうふうに言うなら、言うのが本当でしょう。
 ただ問題は、たとえば私は、トルコに対してあるいはオマーンに対しての日本の経済協力がどういうふうになっているかという二つの例を通告しておいたわけですが、これは大臣、御案内だと思いますが、あなたのところの中近東局長の村田さんの書いた「中東の世界」という本がある。これは非常にわかりやすくまとめた本です。村田良平さんの書いた本、非常にいい本ですよ。ただ、現職の外交官が書いたものですから、大事なところはやはりぼかしてありますね。これはしようがない、立場があるからね。たとえばトルコに対しても、トルコの政治的地位は重要だと書いてあるけれども、その意味はぼかしてある。オマーンに対しても、マシーラ島の軍事施設のことはちょっと書いてあるけれども、ぼかしてある、こういうことでしまう。これは現職の人が書くのですから無理はありませんが。
 そこで、トルコの場合は、ソ連のアフガン侵攻があってから、こういうふうな問題が、トルコに対する援助がふえてきている、こう常識的に考えられる。オマーンに対しては、マシーラ島がアメリカの基地になっておる。これは紛れもない事実です。あの本ではちょっとぼかしてあるけれども、事実でしょう。だから、オマーンに対する日本の経済協力というものもふえてきておる、こういうことではないでしょうか。そこのところをひとつ説明してください。
○柳政府委員 わが国が、トルコに対しまして最近円借款をふやしておりますのは、トルコの経済が疲弊しておりまして、そこで先生御案内のように、この二、三年来OECD諸国が集まりまして、トルコの経済疲弊を助けようということで、私どもも世界の平和と安定に貢献するという立場から協力しているわけでございます。
 それからオマーンにつきましては、御承知のように一人当たりの国民所得が非常に高いものでございますから、もっぱら技術協力だけをやっておるわけでございます。
○稲葉分科員 それは、トルコが経済的に疲弊していることはわかっているのですよ。トルココーヒーも飲めないくらいになっているというのでしょう。だって、あそこはギリシャと仲が悪いからね。いろいろありますけれども、それはソ連がアフガンに侵入してきてから援助がふえてきていることは紛れもない事実ですよ。オマーンが、では、マシーラ島はいまどうなっているのですか。アメリカの軍事基地になっているでしょうが。そのことを否定しないでしょう。だから、あそこに対する援助もふえてきている。それはもう紛れもない事実じゃないですか。村田さんの本も、そこら辺のところはぼかしていますよ。だけれども、それは事実なんでね。それはそれとして私は認めた方がいいと思いますが、いまの答えはまたまとめてしてください。
 それから日本の円借款、これが非常に未使用が多いのですね。ODAの中の円借款、未使用が非常に多い。一兆八千億ある。去年の十二月末の発表と、ことしの一月十五日の発表とあるわけでしょう。ある中でまたふえているのですよ。これは一体どういうわけなんですか。アメリカのドル借款、それは未消化は非常に少ないわけでしょう。日本の未消化の三分の一ぐらいだ、こういうふうに言われていますね。これはどこに原因があるのかということを、ひとつ御説明願いたいと思います。
○柳政府委員 最初の御質問につきましては、確かにソ連のアフガン侵攻以来、わが国といたしましても世界の平和と安定に寄与するために、トルコの経済が疲弊しているということもあわせ考えて、そこに援助を出してきているということは事実でございます。
 それから、日本の円借款の未消化……(稲葉分科員「オマーンの方は」と呼ぶ)オマーンにつきましては、先ほど申し上げておりますように技術協力、それもたしか最近水資源を調査するための技術協力をやるということと、それから開発調査といたしましてワジ・ジジという、これは農業開発ですか、農業開発の計画調査その他資源開発の協力調査、この程度のことしかやっておりません。研修員をいま十二名ぐらい受け入れている、その程度でございます。
 それから、二番目の円借款の件でございますが、円借款は意図表明をいたしましてから交換公文、それから借款契約を結びまして、実際に全部工事が完了するまでにはどうしても四、五年はかかるということで、実際に約束した額と支出した額の間に相当な差額が出るというのはどこの場合でも自然の理になっておりまして、わが国の場合は、ほかの世銀とか国際開発金融機関と比較いたしまして、パイプラインとそれから支出率、比率を比較してみますと、むしろ経済協力基金の場合はいい方でございます。
○稲葉分科員 これはアメリカのドル借款の問題と比べてみると、アメリカの方が未消化が非常に少ないわけでしょう。だから、それと日本のあれが違う。なぜ違うかというと、いろいろ問題がありますけれども、プロジェクトがはっきりしてないのに、日本の場合は円借款を供与すると約束している場合が多いのじゃないですか。だから、これは非常に誤解があるのですよ。
 たとえば私、去年タイへ行ったわけですよ。外務大臣、聞いていてください。去年、私はタイへ行った、ちょうど鈴木さんが行ったときは一月十七日でしょう。私もタイへ別なルートで入って、タイに私の友人がいますから、戦争前からいてあそこへ落ちついちゃったのがいますから、それでいろいろ話をしてみた。タイの日本人と会っていろいろ話をしてみた。そうしたら、タイの人たちがこういうことを言うのですね。あのとき、前の総理大臣かだれかが行って、タイに十億ドルか何か借款することを約束した。ところが、ちっともやってくれないじゃないか。日本人はうそつきだという考え方がタイの中に一般に広まっている。こういうことを僕は、行って話したときに指摘されたわけです。
 だから、僕はどうも変だなと思って、日本へ帰ってきて聞いてみたら、それは話が逆だ、向こうからプロジェクトが出てこない、適当なプロジェクトもないし案が出てこないから、こっちから金を貸さないだけの話なんで、日本に責任がないんだ。日本の答えはこういう答えですよ。ところが、現地ではそうとってないのですよ。そうとってなくて、日本人はうそつきなんだ、やるということを言っていながらやらないじゃないかと言っているから、どうもその辺がPRというか宣伝がはっきりしないですね。そういう点が非常に足りないということがある、私はこういうふうに考えたわけです。この辺は向こうの人の誤解なんですよ。誤解ではあるけれども、そういうふうにとられている可能性がありますから、これは問題をよく整理をしていただきたい、こういうふうに思います。
 それで大臣、いま円借款の未消化の目立つ中で、たとえば韓国に対してもまだ二百何億円かな、未消化になっているわけですよ。そこへまた今度韓国に対する借款をするというのは、普通の人から見るとちょっと理解できないのじゃないでしょうか。それが一つですね。
 それから、鈴木・レーガン会談の中でこの問題、韓国に対することは共同声明にはずっと毎年出ていますね。これはわかりますが、何かこちらの方から韓国に対する援助を拡大したいというようなことを言ったというのじゃないでしょうか。そういうようなことが言われていますね。私の耳には入ってきているわけです。どこから入ってきたかはちょっとあれですが、入ってきているのですが、その経過はどういう経過でしょうか。
○柳政府委員 韓国に対する円借款の消化率は、全体で眺めますと八〇%いっておりますし、それから過去五年間のものは、先ほど申し上げましたような理由でそれほどまだ、時間がたたないと消化できませんが、大体順調にいっているというふうに了解しております。
○櫻内国務大臣 韓国が今年から新しい五カ年計画で社会経済の建設に努めよう、これはお聞き及びだと思います。その中で日本に対してある程度の協力をしてもらいたい、こういうことでありますから、具体的なプロジェクトをお聞きしたり、あるいは先方の希望の中には商品借款の問題があったりして、現に実務者協議を繰り返しながら、なお今後も日本側が納得のできるように資料あるいは計画を十分承りたい、こういう段階にあるわけでございます。
 それから、韓国への協力拡大を総理がどこかで御発言されておる、それは私遺憾ながら承っておりません。
○稲葉分科員 アジア局長、どうでしょうか。
○木内政府委員 ただいまの韓国に対する経済協力の問題につきましては、鈴木総理がオタワでのサミットでレーガン大統領に会われましたときに、一般的な方針として、日本としては経済協力を鋭意着実に進めていきたいという政策を表明されまして、その中に韓国も含まれるという御発言があったわけでございます。
○稲葉分科員 だから、韓国に対する経済協力というのは日本の方から言い出したのですよ。これは間違いないわけですね。これは、日本の安保条約を補完するという立場から言い出されたことだというふうに常識的に考えられるのですが、いま局長の言われたのは確かにそうですよ。韓国はほかと比べれば、隣の中国が未消化が多過ぎるから、それと比べればあれだというふうになるわけですね。そういうふうに考えるわけです。
 私、いろいろなことを考えますけれども、時間もきょうは短い時間ですから、アジア局長に言いますけれども、ここでちょっと急な質問で悪いのですが、たとえばいま中国が、イタリア共産党それからハンガリーとの間の仲を修復していますわね。そして今度フランスとの仲も修復されますわね。一体これをどういうふうに見るかということです。そういうふうなことをやって、それから中ソの和解という方向に進むという意図に見るのか、あるいは逆に、それらをやって、そしてソ連を包囲するという行き方に見ていくのか。これはどっちの見方が正しいのか。
 いまソ連からどんどん中国へ来ているでしょう。中国の北部の方へはどんどん交流されているでしょう。人が来ている。これは御案内のとおりだね。そういうふうに、中国がいま言ったように、ほかの国と、イタリア、ハンガリー、今度はフランス、どんどん関係を修復していますね。それを一体ソ連との関係でどういうふうに見ていくのか。いま中国とアメリカとの関係が余りよくありませんね。今後もあるいはよくないかもわからぬわな。いろいろありますけれども、それをどう見ていくか。そこら辺は外務省としてはどういうふうに見ているのですか。
○木内政府委員 先ほどのイタリーあるいはフランス、ハンガリー等の関係の修復の問題は、政府間と申しますよりも、中国共産党と関係国の共産党との関係の修復というふうに御理解いただければいいと思います。それとは別途、関係国政府との良好な関係の維持ということには、中国の政府も鋭意腐心をいたしておるわけでございます。
 ただ、問題が中国とソ連という関係になりますと、先生御指摘のとおり、最近中国へソ連からかなりの方々が行かれた、あるいは先般のモスクワの体操の競技会に二十年ぶりに中国が出席したとか、いろいろ中ソ和解ということを示唆するような、そういうふうな外交評論家の方々の御意見では、十分ウォッチしなければならないという御意見も多々あるわけでございますが、私どもの承知しておりますところでは、中ソの関係というものは依然としてきわめて厳しいものがあるというふうに考えております。
○稲葉分科員 それはもちろん表向きは厳しいけれども、裏のいわゆるいろいろな問題は必ずしもそうではない、情勢は変わりますから。ここら辺のところは、日本の外務省としても十分注意をしていっていただきたいと思いますね。これはもう当然ですよ。
 それから日米の貿易摩擦についても、外務大臣、これは要望ですけれども、日本としてはシビアに受け取るということも必要ですね。いいですか。シビアに受け取ることも必要だし、シビアに受け取るようなポーズをしたシビアな受け取り方というか、そういう受け取り方もあるわけですから、そこら辺のところはやはり私は使い分けをしていく必要があるというふうに思います。ここら辺のところは十分注意をして、しっかりやってほしいということを思うわけです。
 最後に、私考えておりますのは、たとえばアフリカへ外務省の職員が派遣されますね。そうすると、アフリカは、ケニアやなんかの東海岸というのは俗に言う極楽です。おわかりでしょう。西海岸というのはいわゆる地獄、そんなこと言うと怒られるかもわからぬけれども、俗に外務省の人たちはそう言っているわけです。あなた方は知ってるわけだな。そんなことを言うと、西海岸の人から怒られるかもわからぬけれども。たとえばリベリアなんかに、あそこへ三年間も置かれたら、まいっちゃいますよ。余り詳しく言いませんけれども。だから、西海岸へ行く人というのは、大変な決意が必要なんです。みんな行きたがらない。だから、そこら辺のところは十分考慮をしていただいて、そういうふうに行った人たちの健康というか、あるいは何というか、そういうふうな問題についても私は考えてあげていただきたい、こういうふうに思います。
 だから、アフリカというものをやはり一つに考えないで、二つに大きく考えなきゃならないし、アメリカもそうでしょう。アメリカだって、シカゴやデトロイトもあるし、ヒューストンのように一千万以上の人口がどんどんふえているところもあるでしょう。エンパイアステートビルよりもっと高いビルをつくるというでしょう、ヒューストンへ。そういうふうに非常に景気のいいところもあるわけですから、一概にアメリカが貿易摩擦だ、それが日本の責任だというような形にとらわれないで、クールな目でもって対処をしていただきたい、こういうふうに希望をしておいて、時間が参りましたので、これで私の質問を終わります。
○砂田主査 これにて稲葉誠一君の質疑は終わりました。
 次に、横山利秋君。
○横山分科員 私は短い時間に、日ソ問題に限定して外務大臣の御意見を伺いたいと思うのであります。
 最近、日ソの大使が両国ともかわりました。高級事務レベル会談なども始まり、そして先般朝日新聞の秦取材団長がソビエトの首相と会って、いろいろと示唆に富む、ある意味では呼びかけとも言うべき内容が発表されました。私はいま園田外務大臣当時の五十三年の日ソに関する記録を全部参考のために読んでいるのですけれども、このときに答えておる外務大臣の答弁が、いま表面的にはちっとも変わっておらぬ。政府の態度、ソビエトに対する方針がちっとも変わっておらぬと表向きは思われるわけです。しかし、いろんな角度で、もうこの膠着状態を打開しなければならないのではないか。それはひとり日本政府の責任でなくして、日ソ両国政府の責任問題といいますか、なさなければならない重要な外交課題ではないか、こう思われるのでありますが、外務大臣はどうお考えでありますか。
○櫻内国務大臣 ソ連のアフガニスタン侵攻あるいはポーランドの関係、また極東における軍事力の強化などを見ますと、わが国とソ連の間は非常に厳しい情勢下に置かれておることは言うまでもないと思います。しかし、そういう困難な状況にあるだけに、また対話の必要があるのではないか。幸いにして昨年の国連総会に際しまして、園田、グロムイコ両大臣の間で、事務レベル協議をしようあるいは外相会談をしようということが、現実にこの一月には事務レベルで協議をいたしまして、腹蔵のない意見交換をいたしておるわけでございまして、これからも対話はぜひやらなければならない、そして両国の間のむずかしい問題を打開していきたい、このように思っております。
○横山分科員 日本側の主張としては、いま大臣おっしゃるように、アフガン、ポーランド、極東軍事力、それから言うまでもなく領土、そういう問題がある。先方はこの問題について、また別な立場でいろいろな反駁をしておるわけであります。この対話をするについて、双方とも自分の主張というものはきわめて明白になっておるわけでありますが、この打開のためのボールは一体どちら側にいまあると外務大臣はお考えですか。いまお話が出た四つの要求について、譲歩しなければ一切対話をしないというのであるか、ソビエトにボールがあるから、おまえの方回答しろというのであるか、そのボールがいまどちらにあるとお考えでしょうか。
○櫻内国務大臣 これは言うまでもなく、私の立場から言えば、ソ連側にボールはあると思います。と申しますのは、日ソ共同宣言の当時の経緯、また一九七三年の田中・ブレジネフ会談の経緯から考えまして、日本が強く主張しております領土問題を解決して、そして平和条約を結んで安定的な関係を結ぼうではないか。このことは日本の主張としては不動のものであって、これに対してソ連が何らかの意向を表明してくる、それが両国の対話の上に絶対に必要だ、このように見ておるわけでございます。
○横山分科員 何らかの対応が必要だということについて、ソビエトがにべもない話をしておるわけですね。領土は解決済みであると首相と秦氏との会談においてもはっきり言っておるわけですね。しかし、私は、昨年のモスクワにおきます円卓会議で、こういうことを言ったわけです。平和条約を結ぶについては、双方異議がない。平和条約というものは、国境の画定が当然のことのように行われるであろうと言ったら、それはそうだという答えをしておるわけであります。この平和条約を締結するという条件の中で、平和条約の案を日本政府は公表なさっていらっしゃいませんけれども、いずれにしても平和条約を締結するという段階で、出口では国境が確定する、こういうふうに考えてもいいんではありますまいか。いま向こうがはっきりしなければ、この四つの問題なり何なりの対応がはっきりしなければ、入らない、舞台に上がらないということで、一体この問題の打開ができるだろうか。そういう点を考えますと、日本政府の主張はきわめて明らかであるわけでありますから、まず舞台へ上がって、出口でそれを確定をする、当然のことでありますが、そういう考え方はありますまいか。
○加藤(吉)政府委員 平和条約の結果として国境の画定が決まるということはソ連側もかねがね数回言っておりまして、私どももそのように了解しております。ただ、同時にソ連側は、北方領土の問題は存在しない、あるいは解決済みだということも言っております。その両方から考えてみますと、ソ連側の言う平和条約というのは、北方領土の返還という問題を正面から取り上げている条約ではない、かように考えております。そういうふうにソ連は考えているというふうに思います。
○横山分科員 私も今日の段階ではそう思っているのですよ。しかし、舞台へ上がらずに犬の遠ぼえのようにいつもはっきりしないということをやっておるということは、いまの領土問題にしても、アフガン、北方の軍事力あるいはポーランド問題にしても、結局ソビエト側の譲歩がなければ、舞台へ上がらない、話し合いを公式に開かないということに究極的になって、それはいつのことやら、全然日ソ関係の打開の展望が開けない。これは何も日本ばかりの損ではなくて、ソビエト側にも損だと思っているのですが、いまの膠着状況を客観的に打開するための道というものが外務大臣の胸奥にございますか。少なくともいろいろ高級事務レベルなりあるいは大使の更迭なりの中で、アヒルの水かきでもしていらっしゃるのでしょうか。
○櫻内国務大臣 先ほどちょっと触れましたように、田中・ブレジネフ会談の折に、未解決の問題を含めて継続的に話し合う、こういうのが切れ目になっておると思うのですね。そして、この一月の会談の折に、今度はグロムイコ外務大臣が日本へ来ていただく番ですよということを申し上げて、そして向こうも首脳とよく相談しようというお答えがあって、どちらかというとグロムイコ外相の訪日をお待ちしておる、そして七三年当時のお話し合いをしたい。これは話し合いのことでございますからどういう経緯をたどるのか別として、そういう機会があればまたおのずから先方もわが国の真意をよく把握していただけるであろうし、あるいはソ連側もいろいろおっしゃりたいことをおっしゃるというようなこと、まずそういうことがなければ、おっしゃるとおりにお互いににらみ合っておってもどうかな、こういう気はいたします。
○横山分科員 よくわかります。要するにいまお話しのように、外務大臣日本へおいでくださいということは、率直にあなたの胸奥を考えてみますと、いらっしゃるには条件がありますよということでなくて、とにかくいらっしゃい、いらっしゃって話し合いをしてみましょう、自分たちの主張ももうかねがね申し上げておるのだが、ソビエト側の主張も聞いてみましょう、こういうことでございますね。
○櫻内国務大臣 物事の順序は、横山分科員のおっしゃるとおりだと思っております。
○横山分科員 少し別な角度でお伺いをしたいと思うのであります。
 ソ日善隣条約、この発表が一方的に先方からありましたときに、外務省筋及び当時の外務大臣も、あれは後進国並みだ、あれは衛星国並みだとおっしゃったことがあります。この外務の予算委員会で私が、少し話が違いやせぬかと言うて、アメリカとソ連邦、英国とソ連邦の議定書、フランスとソ連邦の議定書、カナダとソ連邦の議定書等を引用しまして、ソ日善隣友好条約の一番根幹となります点について、むしろこのようなアメリカ、フランス、カナダ等とソビエトの間に結ばれておる議定書とはきわめて類似性がある、これに比べると、ソビエトと開発途上国、ソビエトとソビエト圏の諸国のを比べると類似性がないということを言うたところ、外務大臣も、少し言い過ぎの点があったということをおっしゃったことがございます。
 私は、やはり同様円卓会議で、このソ日善隣条約案についてかなり内容的に厳しく質問をしたわけであります。このときの先方の答えは、軍事条約ではない、これが第一。第二番目に、日米安保条約があっても差し支えがない、矛盾はしない。第三番目に、これは最後通牒ではもちろんない。こういう答えがはね返ってまいりました。そしてまた、先般の訪ソ取材団の代表に対しまして首相が言っておりますことは、日本に用意があるならば双方が受け入れることのできる文書を策定することができる、こういうことをある意味では提案をしておる。ソ日善隣友好条約に必ずしも拘泥しないという意味のことを言っておるわけであります。
 私は、このソ日善隣友好条約について自分の意見はいま差し控えますけれども、いま日本の国内情勢としては政治的にはこれを受けることは、内容的には別といたしましても、やや困難ではないかと思います。そういう点から考えますと、一挙に平和条約に入るということも、今度はこちら側に要望があって向こう側に困難ではないか。そういたしますと、第三の道、つまり、ソビエトが資本主義国としております議定書なりアメリカとの間における基本原則なり、そういうことが第三の道としていま現実問題として考えられる方向ではないか、こう思いますが、外務大臣はどうお考えになりましょうか。
○櫻内国務大臣 大変恐縮なことでございますが、米ソあるいは英ソあるいはカナダ・ソ連関の議定書については、詳細に私検討いたしておりません。ただ、この議定書の目的としておる両国の間にいろいろ障害があってもお互いに協議をして進んでいこうという姿勢と申しますか方向、そういうものを考えますときに、先ほど申し上げましたように、現に日ソ間におきましては日ソ共同宣言があり、そしてその後の外交交渉の結果がお互いにそういう協議の場を持っていこうということでございまして、特にいま議定書を結んで日ソ間の新たな外交打開をするということがいいのかどうか、これは最初に申し上げたように議定書全文を詳細検討しておりませんが、議定書の範囲については日ソ共同宣言及びその後の外交折衝の上で大体の効果は上げておるのではないか、こういう認識を持っておるわけであります。
○横山分科員 先ほどのお話の日ソ共同宣言なり何なりの線に返ろうではないかというのが一つの提案だとは私は思っております。向こう側はその条件は変わったと言っておるわけでありますが、いやしくも一つのポイントをつくったという点については、私は先方に対する一つのお答えになっているとは思う。しかし、ここで外相会談をやって、そして直面しておるソ日善隣条約かあるいは平和条約かという、まあ入り口論、形式論と言っては恐縮でありますけれども、そういうことをやっておったらちっとも話は前へ進まないのではないか。何か先方が言う双方が満足できる一つの問題を模索しておるというのが日ソ両国の状況であるとするならば、御検討をしていらっしゃらないとは思いますけれども、ぜひひとつ議定書のありようについて御検討を煩わしたいと思います。
 それからあわせて、最近における対ソ経済制裁の問題であります。
 ここに国会図書館の「レファレンス」があるわけであります。これに「対ソ経済制裁とソ連の対外経済政策」という資料が載っております。これはきわめて具体的に、統計を挙げて言っておるわけであります。
  経済制裁下にありながら、一九八〇〜八一年にかけてソ連と西側先進国の貿易は大きな伸びを示している。一九八〇年をみると、ソ連の貿易全体が前年比で一七・二%伸びたなかで、西側先進国との貿易は二二・六%増と全体の伸びを上回り、制裁をうけていなかった七九年同様きわめて好調に推移した。なかでも特徴的なのは、東方外交を進め経済制裁に批判的な西独との貿易が往復で三八・一%増、同じく米ソ間にあって独自の外交を進めるフランスとの貿易が四二・三%増と大きく伸び、また第二次大戦後東西間で中立国とされ制裁措置を講じえないフィンランドとの貿易が五〇%増、同様の立場にある中立国・オーストリアが二五%増と、これまた刮目すべき伸びを示した。こうした傾向は一九八一年に入っても継続し、なかでも特徴的なのは米国の対ソ経済制裁に比較的同調して八〇年の対ソ貿易の伸びが小幅にとどまった英国のそれが上半期に往復で一七・三%伸び、日本も同じく一四・二%増を示している。そして肝心要の米国の対ソ貿易も八一年上半期で前年同期比四八・九%増と回復基調にある。
私はこの数字を見て、何たることか、かつて何回もここで同僚諸君から与野党問わず、日本政府の経済報復というものがばか正直でなっておらぬ、見ておれぬ、経済界の中にもこれに対して批判的なものがあったのですが、こういう統計を見てみますと、対ソ経済報復というものの実態が、日本がやっておるこの実態というものが、西側諸国はもちろんでありますが、アメリカ自身が何と四八・九%増、一番多いというばかげたことはどうしたことかということを痛感するわけであります。
 この点について、いろいろと各方面の批評なり何か載っておりますけれども、外務大臣は、今回の報復、あるいは世間ではお飾り、ショーウインドー的報復だ、底が割れておるという意見がきわめて強いのでありますけれども、この過去の実績と今回の措置をどういうふうにお考えでございますか。
○櫻内国務大臣 先般来各委員会の御質問でお答え申し上げておるのですが、ポーランド問題は明らかにソ連の圧力によって起きておる、ああいう異常事態になっておる、そしてこの上直接軍事介入があっては困る、こういうような判断のもとに、私どもは、ソ連に対する制裁措置ということよりも、ソ連に対しての自省を求める、最悪の事態が起きないようなそういう環境をつくっていきたい、そういうことで、先般発表されておるものは対ソ措置をこのようにとるということでまいっておるわけであります。したがって、一言で言いますと、ソ連にひとつ自省を求めたい、こういう趣旨でやったことでございます。
○横山分科員 ちっとも答えになってないじゃありませんか。日本政府がまじめにやっておって一番ばかをみて、肝心かなめのアメリカが対ソ貿易の伸びが一番いい、こういうことをどうお考えになっておるかということを聞いておるのです。
○加藤(吉)政府委員 アフガン以降一連の措置をとりましたけれども、これは西側一致してとっているわけでございますが、その効果が出るにはやはり若干の時間がかかるのではないかというふうに考えております。
 アメリカの例を先生お引きになりましたけれども、御案内のとおり、一時アメリカは穀物の禁輸をいたしまして、その後これをまたもとへ戻した、こういう結果が恐らく統計として出てきているのではないかと考えます。
 いずれにしても、各種の対ソ措置の効果というのはかなり長期的な観点に立って判断しなければならない問題ではないかと思います。この観点から、ちょうど八〇年から八一年にかけてソ連の五カ年計画の変わり目、節目になっておりますが、ソ連の長期経済計画に実はかなりの影響を及ぼしているということが、ソ連側の首脳者の発言その他からもわかりますし、また、最近の日ソ間あるいは西側諸国とソ連との貿易関係等の面においても、幾つかの徴候を私どもは看取しております。
○横山分科員 報復貿易、経済制裁というものは、言うまでもありません、だれでもわかっているのですが、先方ばかり困るわけではない、当方も困っておるわけですね。アメリカでも困った結果、日本政府に黙って頭越しに穀物の禁輸を緩和した。そのとき日本政府は、ああそうですが、ああごもっともですとよくも言えたものだと私は思うのです。世間は、今回の報復はまことに中身のない、おつき合いでショーウインドー的である、ソビエトに見えるようにしただけである、こう言うておるわけでございますが、ソビエト側としても、底が見えておる、こう思っておると私は思いますよ。
 それに関連しまして、実は私、御存じのように赤城さんが会長の日ソ親善協会の理事長です。それから石田さんが日ソ議連の会長です。松前さんが対文協の責任者でおみえになるわけですね。日ソ親善団体五団体が四月に第三回円卓会議をやることになっている。そうしたら、その円卓会議に来るソビエトの要人に対するビザの問題が報復措置の中に入っているかのごとき新聞報道がされました。まことにどういうつもりだろう。先ほどは外務大臣、どうぞいらっしゃい、無条件でとにかく話をしましょう、お互いの言い分をひとつひざを交えてやりましょうと言っているときに、円卓会議で今度は民間同士、ある意味では日本側としては民間外交のつもりで、去年もおととしも実に率直に大胆にぶつけ合ったわけであります。この第三回円卓会議は、このビザの問題で報復措置の中に入れていらっしゃるのですか。
○加藤(吉)政府委員 アフガン事件に関連してとられた一連の措置の中には、ハイレベルの人物交流をケース・バイ・ケースで判断してこれを抑制するという条項がございます。もちろん私どもとしては、政府間の話し合い、交渉、そういうもののために訪日される閣僚あるいは閣僚レベルの方々の入国を阻止するつもりは毛頭ございません。ただし、親善とか友好を目的とするハイレベルの方の訪日については、こういう時期でございますから、日本側としてソ連の行動を容認しないという姿勢をはっきりさせるためにも極力その入国は制限する、そういう方針をとってきております。
○横山分科員 大臣、あなたはわざと黙って部下に答えさせているような気がするわけですがね。私どもの円卓会議は、東京で一回、モスクワで二回目、今度が三回目です。これが成功するか否かは、いま私が質問しておるようなことを含めて、私どもはやはり国益の立場に立っておりますから、決してソビエトの言うままに言っておるわけではありません、北方領土の問題についても言っておるわけですから、そういう民間の努力というものがあうんの呼吸であなたが理解なさらなければ、おれらがやるのはいいけれどもおまえらがやるのは邪魔してやるというような考えではだめだと思いますよ。もちろん私どもは、親善だとか文化だとかいうことも目指しておりますが、同時に、ある意味では民間から日ソの今日の膠着状況を打開したいという念願で超党派でやっておるわけですから、そういう点について大臣、お答えがなければないで、後で慎重に検討していただけますか。どうですか大臣。
○櫻内国務大臣 アフガニスタン以来、国際情勢の中でソ連に対する批判が非常に強いわけであります。そしてその当時に人物交流についても抑制しようというような考え方が出て、その後、民間レベルの交流も大変結構であるが、そういう折にそれは外交査証は出せない、こういうことできておりますので、今回の場合でも、別にまだはっきりしたお話し合いをしておるわけではございませんが、ひとつ特定査証でおいでをいただくのがしかるべきだ、こういう方針をとっておるわけでございます。
○横山分科員 時間がなくなりましたが、もう一問だけ。
 これは私どもとしては非常に意義のある円卓会議でございますから、くどくこれからお願いに参るつもりでございますから、ひとつ十分考えておいていただきたいと思います。
 それから、もう最後に重要なことを端的にお伺いをするのですが、先ほど同僚委員の質問の中に中ソの問題が出ておりました。私は将来歴史的光栄ある中ソの和解があり得ると思っておる、いまはその条件はないけれども、あり得ると思っておる一人なんです。
 ただお伺いしたいのは、日本政府は、外務大臣は中ソの和解があった方が本当はいいと思っておるのか。それともいまの日本、鈴木内閣の外交姿勢からいって、中ソが将来ともにけんかしておって、そして日本、アメリカ、中国、韓国のラインとしてソビエトを牽制しておった方がいいと思われるのであろうか、どちらを一体お望みかということが一つであります。
 二つ目は、これも率直な質問でありますが、アジア非核武装地帯の問題であります。私どもの委員長が朝鮮民主主義人民共和国へ行きまして、アジア非核武装地帯のコンセンサスを得たのはもう二、三年前でありますけれども、ヨーロッパにおきましてもこの論議というものはきわめて大きくなりました。アジア非核武装地帯、範囲はいろいろございますけれども、条件はいろいろございますけれども、原則的に外務大臣はどうお考えでございますか。
○櫻内国務大臣 まず最初の方のことでございますが、中ソが和解するについてどうか。これは両国の関係のことでございますから、とやかく言う筋合いのものではございませんが、それが国際緊張を緩和し、あるいはさらに進んで平和と安定に向かうということでありますならば、そのことをとやかく言うべきものではない。実際は、一番大事なのは米ソの間だと思うのです。
 それで、米ソの間でも、厳しい状況下にはございましても、中距離核戦略の削減交渉なども昨年から始められて、さらには米ソの首脳会談が取りざたされる、こういうことでございまして、わが国として米ソの間、中ソの間がうまくいくということは大いに期待してしかるべきだ、こう思うのであります。いろいろ国際関係は複雑でございますから、それに伴う見通しとか判断とかというものもございましょうが、虚心坦懐に東西間が、あるいはその中の中ソ間が本当にうまくいくということは好ましいと思うのであります。
 それから非核武装地帯、これについては先ほどちょっと申し上げたように、アジアの情勢で日本としても大きな関心を持っておる極東にSS20、SS4、SS5というものが配備されておる状況の中で非核武装地帯を設けることがいいんだといっても、これは現実的にどうかな、まず先にそういうものの撤退が必要ではないか、こういうふうに思っておるところでございます。
○横山分科員 終わります。
○砂田主査 これにて横山利秋君の質疑は終わりました。
 以上をもちまして、外務省所管についての質疑は終了いたしました。
 午後一時三十分から再開し、文部省所管について審査を行うこととし、この際、休憩いたします。
    午後一時十五分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時三十分開議
○砂田主査 休憩前に引き続き会議を開きます。
 文部省所管について質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。矢山有作君。
○矢山分科員 私は、東京女子医科大学衛生学教室第II講座、教授石津澄子さんでありますが、において、昭和四十八年の一月から同五十五年十二月の間に行った昭和電工、三菱化成その他の企業等から委託された多数の毒性試験等に関して、農薬、医薬品、化成品として使用されるに際し、その安全性を疑わざるを得ないような重大な問題が含まれていることを知って、昨年十月八日以降二度にわたって、東京女子医科大学衛生学教室第II講座における企業等からの委託実験に関する質問主意書を提出いたしましたが、これに対する答弁書の内容は不誠意きわまるものであり、事が人の生命、健康にも大きな関係を持つ重要な事柄でありますだけにこのまま放置することができず、本日はとりあえず答弁書に関連をして質疑をしておきたいと存じます。
 まず最初に、再質問書の第一におきまして、
  同大学衛生学教室第五講座(石津澄子教授)においては、先の答弁書によれば、昭和四十八年一月から同五十五年十二月の間に、九十八件の委託実験を受託(当方の調査によれば百数十件)しており、いずれも企業等からの要請によるものである。この事実を大学理事者は承知されているか否か。
  教室の独自研究を全く行わず、企業等からの委託実験が教室の「研究」活動のすべてであるような実態は、大学として正常の姿とはとうてい考えられない。同大学理事者が、あえてこれを容認しているはずもない。実際はどうか。
という質問をいたしました。それに対する答弁が、
  東京女子医科大学の担当者の説明によれば、大学の理事者においては、御指摘の事実については承知していなかつたが、受託実験の実施により医学部医学科第二衛生学講座の教育研究に支障があったとは考えていないということであつた。
という答弁であります。
 この質問と答弁を比べてみて、私は大きな問題があると思うのです。というのは、九十八件に上る委託実験の事実について一切承知をしていないという答弁をしております。そうでありながら「教育研究に支障があったとは考えていない」と言って断言をしている。一体ここのところの脈絡をどう解釈をされてこういう答弁書をわざわざ私の手元に届けられたのか。それをまず担当の文部省にお伺いしたいのであります。
    〔主査退席、宮下主査代理着席〕
○宮地政府委員 御指摘のような質問主意書をいただきまして御答弁を申し上げたわけでございますが、先生からの御質問の主意書に接しまして、私どもとしては東京女子医科大学の担当者を文部省に招きまして、質問の趣旨を大学の担当者へ伝え、質問事項のすべてについて答弁するための情報の提供を求めたわけでございます。数次にわたりまして、私ども大学側からは事情を聴取をいたしました。そして、文部省としては、御質問の事項に関して大学の担当者から説明があったとおりのことを答弁書として記載をいたしたわけでございます。
 なお、大学の担当者の説明によりますと、同大学においては受託試験等については申し入れを受けた個々の講座等において適宜その採否を決定の上、大学当局が承知しないままに各講座等で区々に受託試験を実施するという状況であったということを聞きまして、受託試験等の実施のあり方としては私ども必ずしも適切ではないものがあるというぐあいに考えたわけでございます。
 そこで、この点につきましては、受託試験は大学の責任において実施されるべきものであるという点に留意をして、大学において受託試験の受け入れに関する基準を定め、大学当局がその受け入れの採否を決定し、また完了の報告を徴するなど、受託試験の取り扱いに関する体制は整備するように大学側に指導をいたしたわけでございます。
 大学の担当者の説明によりますと、大学においてはすでに受託試験の取り扱いに関する学内規定の整備について検討に着手するとともに、受託試験を部外の研究機関で実施することは厳に慎むよう関係者の注意を促しているということを大学側からは報告を聞いているわけでございます。したがいまして、前段に答弁しております「御指摘の事実については承知していなかつた」という点は確かにございまして、その点は、大学の指導体制としては必ずしも十分でないというぐあいに私どもも把握し、そして、その点は大学側にも指導をいたしたわけでございます。
 なお、大学の教育研究に支障があったかどうかという点については、大学側の責任者から、その点については「支障があったとは考えていない」という考え方を伺いましたので、そのように答弁をしたわけでございまして、ただいま御指摘の点は、承知していなくて支障がなかったということが言えるはずがないではないかという御指摘のように承ったわけでございますが、私ども、それらの点については大学の担当者から、先ほども申しましたように数次にわたって事情を聴取いたしまして、事柄を把握して御答弁を申し上げたという経緯でございます。
○矢山分科員 私は答弁の中身に非常に矛盾があるということを言っているわけです。きょうはこれ以上進めません。ただ、私が把握しておるところでは、大学当局は九十八件と彼らが称しておる受託実験について、理事長も承知をしておる、また某理事も承知をしておるという確証があります。さらに、教育研究に支障がなかったと言っておりますが、大いに支障があったという事実も究明されておりますので、この点については、いまの答弁は答弁として承っておきまして、後日また質問をさしていただきます。
 次に、再質問の第二について私はこう質問したわけであります。
  一般に大学の講座費、実験・実習費等金銭の出納は、大学の経理部・課を通じ、その責任においてなされるのが通則である。
  しかるに、同大同講座においては、右期間の受託実験に係る合計一億円を上回る多額の金銭を住友銀行成城支店に開設された同教室(石津澄子)名義の口座(普265605)を指定して収受し、独自の管理を行ってきたが、大学当局はこの事実を知っていたか否か。
  この口座名義人の住所はどこか。また、この口座の所有者は同教室か、石津澄子教授個人か。
  同教授個人の口座でないとしたら、同教授居住地の最寄銀行(東京都世田谷区成城)に開設した理由は何か。
こういう質問に対しましては、ただ、こう言って回答してまいりました。
 「大学の担当者の説明によれば、大学当局においては、御指摘の事実については承知していなかつたということであった。」これで質問に対する回答になると思いますか。
○宮地政府委員 確かに質問の具体的な内容は、ただいま先生御指摘のような内容を示して御質問があったわけでございますが、先ほどもお答えを申したわけでございますけれども、私ども、質問の趣旨を大学の担当者に伝えまして、それらについての情報のすべてを提供するように求めたわけでございますが、大学の担当者から説明があったことは以上でございまして、大変結果としては必ずしも十分な答弁となっていなかったことはまことに遺憾に存じますけれども、私ども、大学側に対する文部省の調査権限といたしましてはやはり限られたものがございまして、大学側の任意の説明を聴取するにとどめざるを得ないというような事情もあるということは御理解をいただきたい、かように考えるわけでございます。
○矢山分科員 これは質問事項に対して答えてないのですよ。答えてないものについてはどうかということぐらい言えるんじゃないの。口座が開設されておったかどうかは知らなかったというなら知らなかったでいいです。そうしたら、そういう指摘に対して口座名義人の住所はどこかと言っておるのだから、これに対する答弁としては、口座の開設は知らなかったが云々という何かが出てくるのではないですか。それはよろしい。
 次に再質問の第三で、
  同大学が同教室第II講座に配分した昭和四十九年度以降各年度の講座費、実習費その他の費用の総額並びに使途を明らかにされたい。
  また、同講座が受託実験費用として企業等から収受した金銭の出納(昭和四十八年一月から現在まで)を明らかにされたい。
  特に収入については、
   (一) 入金年月日
   (二) 支払企業等の名称
   (三) 実験名
   (四) 金額
 その他明細な答弁を求める。
という質問をいたしました。これに対して、
  大学の担当者の説明によれば、大学においては、各講座に対し、それぞれの教育研究上必要な機械器具費、消耗備品費、消耗品費等を各年度の予算の範囲内で配分してきており、また、収受した受託実験費については、検査委託費等直接受託実験に必要な諸経費として支払つたほか、講座の教育研究を充実するための経費に充当していたということであった。
これまた質問に対して答えになっていないと私は思う。
 受託実験費として委託企業等からの金銭をすべて住友銀行成城支店に開設された同教室石津澄子教授名義の口座普二六五六〇五を指定して収受し、独自の管理を行ってきたという事実を知らぬと言って答弁しておるわけです。その大学当局にこの質問に答えられるわけがないじゃありませんか。その大学当局がなぜ「受託実験費については、検査委託費等直接受託実験に必要な諸経費として支払つたほか、講座の教育研究を充実するための経費に充当していた」と言えるのでしょうか。受託実験の金銭出納について一切知らぬ大学当局には、こういうような答えができるわけがないのです。
 こういう答えを受けたときに疑問を感じなかったのですか。しかしながら、大学自治だというのでそれ以上突っ込まないで、こんな矛盾だらけの答弁があったのをそのままうのみにして私の方に出されたのですか。幾ら大学自治とはいえ、受託実験の中身というのは、最初指摘をしたように、人の生命、健康に関する重大な問題を含んでいるのですよ。そうするなら、少なくとも答弁の中に出てきた矛盾点だけは指摘をして、一体これはどうなのだということを究明をして答弁書に載せなければ、文部省というのは大学当局と質問者との問のメッセンジャーボーイにしかすぎないのではないですか、その点どうなのですか。
○宮地政府委員 以上の点は先ほど来御答弁申し上げている点に尽きるわけでございまして、私どもとしても今後受託研究のあり方について改善を図るよう十分指導もし、また大学側もそれに対応する体制を整えるという方向に向かっているわけでございまして、私どもとしてはそれらの点については十分指導をいたしておるつもりでございます。
 御指摘の点は先ほども御答弁申し上げた点でございますけれども、十分な御答弁になっていないという点についてはまことに遺憾に存ずる点がございますが、ただ先ほど来御答弁申し上げておりますように、大学側の説明について私どもとしても十分突っ込んだやりとりはいたしておるわけでございますけれども、答弁書に申し上げているような事柄が私ども把握したところであるということで、それに従って答弁書を作成したものでございます。
○矢山分科員 改善を指導しておる、指導しておるとおっしゃり、また改善をすると言っておると言っても、過去一体どういうことが行われておったのか、私に言わせれば、そのでたらめぶりをはっきりさせなければ、どこをどう改善していいのか、また文部省はどこをどう改善したのかという実態がつかめぬのじゃないですか。それで私は言っているのですよ。
 次に、再質問書の第四において、
  大学から配分される講座費、大学の施設・設備等を使用し、かつ、大学から給与を受ける教職員の手でなされる受託実験の実施に際し、「費用」と称して、施設使用料、考査料、人件費を企業等に請求し、その収入を大学経理に帰属させることなしに、また、「人件費」として請求受領した金銭を実験担当者に支給することもなく処理することは、同大学として正常の行為と認められるのか。
こういう質問をいたしました。それに対して、
  大学の担当者の説明によれば、受託実験は、講座の教育研究の目的、内容と合致したものとして実施されたものであり、これに関して収受した金銭についても検査委託費等直接受託実験に必要な諸経費として支払われたほか、すべて講座の教育研究の充実に必要な経費に充てられていたものであるので、大学当局としては容認できるものと判断しているということであった。
こういう答弁書であります。
 先ほど言いましたように、質問の第一に対する答弁で九十八件の企業等からの委託実験を大学当局は一切知らなかったと答弁しておるのであります。したがって、そういう者が「講座の教育研究の目的、内容と合致したもの」であったかどうかということを判断して責任を持って答弁できるわけがない、知らぬと言う以上は。さらにまた、先ほど言った再質問の第二に対する答弁で、大学当局は受託実験にかかる金銭の収受、管理に対しては一切知らぬと言っておるのであります。そういう者が受託実験に関して「収受した金銭についても検査委託費等直接受託実験に必要な諸経費として支払われたほか、すべて講座の教育研究の充実に必要な経費に充てられていたものである」というような答弁ができるのですか。
 全くあなたからもらった答弁というのは、私が質問書を出したから、それに対して何とか言い抜けをするために答えておけばいいという、大学が言ったことをそのままうのみにして答弁をしたとしか考えられないじゃありませんか。少なくとも答弁書を作成するときには、大学当局の説明を聞いて首尾一貫した答弁書をつくりなさい。読んでみればどこもかしこも矛盾だらけというような答弁書をよく頭のいい文部官僚がつくりましたね。文部大臣、あなたの監督下にあるのですよ。こんな矛盾だらけの答弁書がつくられて、それを内閣総理大臣鈴木善幸氏の名前で私のところに送ってきている、こんなでたらめが許されるのですか。重ねて聞いておきます。
○宮地政府委員 質問に対する答弁書としては、先ほど来御説明を申し上げた点に尽きるわけでございます。個々の具体の事実について私どもが必ずしも御質問の趣旨に即した詳細な御答弁ができなかった部分があるということは先ほど来御答弁申し上げているわけでございますが、先生の御指摘のような事柄について、私どもも数度大学の担当責任者を呼んで十分に事情聴取はいたしたわけでございまして、それらの事情聴取をした過程を通じて把握した事柄を答弁書では申し上げているわけでございます。したがって、先生の御質問のように、指摘の事実について承知していないということを第一で答えておきながら後でこういう答弁をしておる点はどうかという御指摘でございますが、それらについては、私どもとしてはそれぞれの事柄について十分事情聴取をした結果把握したことについてさらに御答弁申し上げているということでございまして、この答弁についてはもちろんそれぞれ関係者について十分吟味、検討いたしまして、内閣で答弁書として作成をお願いして御答弁申し上げたわけでございます。
○矢山分科員 あなた、文部省がわざわざ十分な事情聴取をして、そしてこういう答弁書をつくるのがこれでいいのかどうか慎重に吟味をして出した答弁書ですよ、その答弁書が首尾一貫しないじゃありませんか。だれが読んだって、読んだ途端におかしいじゃないかと出てくるのですよ。そういうものをよく事情を聴取して十分吟味して答弁書にしてつくったと言えますかね。
 個々に指摘しておきます。たとえば、再質問の三で、四十九年度以降配分の各年度ごとの講座費、実習費その他の費用の総額及び使途を明示せよ。こういうことに対しては一切答えていないわけですね。これは大学自治に立ち入りたくないんだと言えばそれまでの話でしょう。
 受託実験費として収受した金銭の出納を明示せよ。特に収入については、入金年月日、支払い企業名、実験名、金額の明示を求めたわけでありますが、これは一切無視されております。こういうものが一切無視されて、大学当局がわからぬと言いながら、その実験費として収受した金が教育研究に充当されて十分な効果を上げたという答弁が出てくるというのが私にはわからない。
 受託実験した九十八件について、実施期間、場所、担当スタッフ、実験費受領額を明示せよ。これは再質問の五です。これについては一切回答なし。
 それから、最初の質問なり再質問で、実験に当たった研究室スタッフの氏名、地位、それから大学から受けた給与、教室、講座からの手当、平均勤務時間その他の労働条件について回答を求めたのに対して、氏名と地位だけの回答がありました。そして、あと大学からの給与、教室、講座からの手当、平均勤務時間その他の労働条件については一切答弁がありません。私がなぜわざわざ教室、講座からの手当を何ぼもらっているか明らかにしてもらいたいと言ったかというのは、受託実験の際に人件費として担当スタッフが企業から金を受けておる。金を受けておるのにかかわらず、それが担当スタッフに渡されてないという事実をつかんでおるからこの質問をしたのです。注釈を加えておきましょう。
 それから、研究室の担当スタッフの氏名については、最初の質問に対して出てきた氏名、再質問に対して出てきた氏名に食い違いがある。さらに、最初の質問、再質問において全く落ちておるスタッフがあるということを指摘しておきたいと存じます。
 そして、次に申し上げたいのは、再質問書に対する答弁書によると、衛生学教室第II講座が実験を受託した九十八件、このうちで昭和電工株式会社中央研究所薬品研究部が実験実施場所となっているものが二十九件であります。その中の二十一件は委託企業が昭和電工株式会社及び同社の出資会社となっております。そして、実験担当スタッフはすべて石津澄子教授と海老沢久研究生であります。海老沢久研究生は昭和電工株式会社の職員です。大学への出入りの便利のために研究生となっているにすぎないというのが実態であります。これでは、実験は委託企業の内部で委託企業の職員が実施をして、衛生学教室の石津澄子教授はできてきた成績表に判こを押すだけではないのですか。また、事実そうだったという確実な言明もあります。これでは毒性試験等のデータの信頼性と製品の安全性確保のため行われておる権威ある第三者の試験研究機関で試験を実施するという行政指導というものは全くしり抜けであります。試験結果の信頼性というものが疑わしくなると考えられても、これは不思議ないのじゃないですか。この点はどうなんです。
○宮地政府委員 東京女子医大が受託試験を行うに当たりまして約半数を部外の研究機関に再委託をした問題についての御指摘でございますが、一般的に言えば、大学に委託する場合に、委託者の側としては、大学の関係講座等の研究者についてその研究業績等を勘案の上、講座の研究者の責任において試験等が実施されることを期待して委託していると考えられるわけでございます。したがって、その点から申せば、大学側において委託者に断りなしに当該試験等を他の研究機関と共同で実施したりあるいは一部を他の研究機関に再委託するということは、委託者との関係で申せば原則的に適切ではないと考えられるかと思います。その点については私ども担当者から説明を聞いたわけでございますが、部外の研究機関で実施した試験等につきましても、講座の教授において研究機関の状況を十分把握し、また適宜試験状況を視察したりあるいは必要な指示を与えていたということでございまして、その結果そのものについては教授において十分責任が持てるものである、そして教授の責任において報告書を作成したというぐあいに把握しているわけでございます。
 以上のような事柄でございまして、委託者側が了解しているならばあながち不当とは言えないかと思うのでございますが、そういう場合におきましても、部外の研究機関で実施した受託試験等について報告書にそのようなことを明らかにするというようなことがやはり適切な処理の仕方であろうか、かように考えます。
○矢山分科員 それでは最後にまとめて申し上げておきます。
 東京女子医科大学衛生学教室第II講座が昭和四十八年一月から五十五年十二月の間に実施した企業等からの委託実験は、総数大学の答弁で九十八件、私の調査によりますと百三十件から百四十件に上っております。これらの実験は、いずれも農薬、医薬、化成品の原材料についての毒性試験であります。
 これは、それぞれの所管官庁の指導によって、認可に際しての必要条件の一つとして、信頼性と安全性確保のため権威ある第三者の試験機関の名において行われております。
 大学側の言う九十八件は、農薬、医薬品、化成品として、農水省、通産省、厚生省の認可に関係する基礎試験であります。限られた期間、限られたスタッフで、とうていこれだけ多数の実験を正確、適正にこなすということは不可能であろうというのが私がお聞きした専門家の言でありました。
 そこで実際に調査してみると、案の定、企業等の研究所で実施した実験、作成した報告書に大学名と教室、教授名の入った判こを押すだけ、まことにずさんなものが少なからずあることが明らかになりました。
 このことは、現在認可をされ、一般に使用されておる農薬、医薬品、化成品の中に、メーカー、企業の一方的な実験によって毒性や安全性が試験されただけのまことに危険なものが野放し状態でまじって出回っているということを意味します。大変な社会問題と言わざるを得ないと思います。
 再度にわたる質問主意書は、こうしたきわめて重要な問題の究明の手段として提出したものであります。それにもかかわらず、いままで質疑の中で述べてきましたように、いわば門前払いを食わされたに等しいような答弁になってまいりました。通産省にも農水省にも厚生省にも問い合わせをして調査の手がかりを得ようといたしましたが、通産省からは該当するものなしというよりも、むしろ調査も報告もできないという趣旨の返答が返ってまいりました。農水省からは二件、厚生省からは五件という報告を受けております。
 きょうは、私は、時間の制約がありますので、質問主意書と答弁書との関係で、答弁書の中での矛盾点を指摘をしてきました。これらの指摘をした問題について、私は、後日的確な調査に基づく答弁を要求したいのであります。そして後日機会を改めて、そのいただいた答弁なりまた私自身が調査をして持っておりますそれぞれの資料に基づいて、いかにでたらめな実験が行われておったかという実態を明らかにしてまいりたいと思います。
 これで質問を終わりますが、ただいまの私の質疑を聞いておられまして大臣はどうお考えになりますか、最後に御所見を承っておきたいと存じます。
○小川国務大臣 東京女子医大の第二衛生学講座が行いました受託実験につきましては、適切を欠いた点があると存じております。
 矢山先生の質問主意書に対して差し上げました答弁について、ただいまきついおしかりをいただいたわけでございますが、何分にも文部省は調査権を持っておりませんので、大学の当局について事情を聴取する以上に、立ち入っていろいろ詳細に真相をきわめるということができかねる事情も御賢察をいただきたいと存じております。
 文部省といたしましては、大学当局におきましては受託実験についての規定がないということでございますから、受託実験の受け入れに関する基準を定めて、その採否については大学当局がこれに当たる、また報告を徴する等、世間の批判を招かないような規定を整備するように強く注意を喚起いたしたところでございます。大学におきましても、すでにこの規定の作成に着手しておると同時に、今後部外の研究機関で受託実験を行うことは厳に慎むように関係者の注意を促したということでございます。今後も適宜適正な指導に努めてまいるつもりでございます。
○宮下主査代理 これにて矢山有作君の質疑は終わりました。
 次に、石田幸四郎君。
○石田(幸)分科員 私は、学校給食に関連をして、若干給食関係者の問題について概況をお伺いいたしたいと思います。
   〔宮下主査代理退席、主査着席〕
 わずかな時間でございますので、状況をお伺いする程度になろうかと思うのでございますが、この問題については改めてほかの場所で論議を進めてまいりたいというのが、私の質問の前提でございます。
 まず、この学校給食の給食調理員関係というのは、全国でどのくらいおられるか、御報告をいただきたいと存じます。
○高石政府委員 五十六年五月一日現在の調査でございますが、小中学校の給食調理従事員は、常勤で七万四千五百七十八人、非常勤で六千六百七十九人でございます。
 なお、小中学校一校当たりの調理員数を平均いたしますと、約三・六人でございます。
○石田(幸)分科員 平均で三・六人とおっしゃるのですが、三・六人でどのくらいの生徒数の給食をやっておるわけですか。
○高石政府委員 一人の調理従事員でつくっておる給食数は、約二百人程度でございます。したがいまして、三・六人ということでございますから、三・六人に二百人を掛けた程度の規模、八百人前後でございます。
○石田(幸)分科員 そうすると、これはいま大体一人平均二百人とおっしゃいましたけれども、この問題は第一義的には地方自治体が責任を持って運営をするわけでございますから、文部省の方では直接その実態があるいはおわかりになっていないのかもしれませんけれども、しかし、児童に与える影響も大きいので、この問題をこれから議論しようというわけです。
 それで、この問題はいわゆる地方自治体が基準を定めているのか、あるいは文部省の方でその基準を定めておられるのか、その責任はどちらにあるわけですか。
○高石政府委員 各地方自治体で調理従事員を配置する一つの目安といたしまして、文部省で学校給食調理員数の基準というものを一応示しているわけでございます。しかし、具体的にどのような人数を配置するかは、それぞれの実施者である市町村において具体的な採用をし、人員の配置をする、こういう形になっているわけでございます。
○石田(幸)分科員 いま言った一人二百人ということの基準は、各地方自治体に示されているわけですか。
○高石政府委員 これは児童生徒の規模別で示しておりますので、たとえば百人以下は一または二、百人から三百人は二人、三百人から五百人は三人というような、児童生徒の規模別に一応の基準を示しているわけでございます。
○石田(幸)分科員 この給食調理員の方々の一年の実働日数、一カ月の実働日数、それから一日の実働時間、こういうものについて御報告をいただきたいと思います。
○高石政府委員 給食日数が全国平均で約二百日でございます。百九十日から二百日というのが全国的な給食実施回数でございます。週五回、月曜日から金曜日までというのが通例でございます。したがいまして、夏休み、春休み、冬休み、こういう期間、要するに授業のない期間は休みということで、年間二百日前後が給食実施回数であるわけでございます。
 そこで、月曜日から金曜日までの調理従事員の勤務時間は原則的に八時間労働ということで、一般の公務員と同様な勤務時間でございます。したがいまして、年間を通じての勤務の状況からいいますと、働く日数その他につきましては、他の公務員よりもある意味では若干弾力性のある勤務時間になっているということでございます。
○石田(幸)分科員 年齢構成はどうなっていますか。平均年齢はどのくらいになりますか。
○高石政府委員 具体的に調理従事員の平均年齢の調査はしておりません。
○石田(幸)分科員 それでは少し具体的な問題に入りまして、私もあのエネルギーショック後の給食費の急騰のときに、給食関係について、党として給食総点検をやったことがあるわけなんですけれども、その問題は別にいたしまして、やはり給食関係者の人たちは圧倒的に御婦人が多いわけでして、その人たちの現場の声をいろいろ聞いてみますと、たとえば組合等から仕事に関係してのいろいろな職業的な疾患といいますか、職業病とは申し上げませんけれども、そういうような職業的疾患というものについてのお訴えがかなりあるわけですね。たとえば腰痛の問題、かなり重いものを運んだり、あるいは大ぜいの調理をするわけでございますから、調理そのものもかなり肉体的な労働が加味されてくるわけでございますので、そういうような訴えがあるわけでございます。
 非常勤を入れますれば八万人を超えておるわけでございますね。そこら辺の把握、その人たちをより機能的に、また健康的に職業に従事させるためにも十分なる健康管理というものが行われていかなければならない。しかし、現場の声を聞くと、いろいろな組合等のアンケート調査もあるんだけれども、そんなことはもう何回もやっておるけれども一つも改善されてこないという声があるわけでして、文部省としてはこういう問題についての把握をどのようになされておりますか、お伺いをいたしておきたいと存じます。
○高石政府委員 先生御指摘のとおりに、給食調理員の健康管理その他については、十分配慮していかなければならない問題だと考えております。昭和五十三年度の学校給食職員の公務災害発生状況というのを、これは地方公務員災害補償基金調査によって行われたデータがございますが、それによりますと、千人当たりの発生件数は二十五・七件であります。これを清掃関係の発生件数と比較いたしますと、清掃事業関係では七十・六件ということで、調理員の発生件数がこれらの職種に比較して高いというふうな数字には一般的にはなっていないわけであります。
 しかしながら、学校給食調理員の健康管理というのは、それぞれの任命権者である市町村教育委員会においても十分配慮されなければならない問題でありますので、実は労働省とも協議をいたしまして、現在学校給食における安全衛生管理に関する調査を実施しているところであります。近くその調査結果の集計分析が行われる段階に来ておりますので、これらの問題については一層の適正化を図っていくように努力をしていきたいと思っております。
○石田(幸)分科員 労働省との合同調査の結論というのは、いつごろ出るわけですか。
○高石政府委員 現在調査中でございますので、調査結果がまとまるのは五、六月ごろになろうかと思います。
○石田(幸)分科員 いま清掃関係との職業的疾患についてのデータを報告されましたけれども、これはやはり仕事の性質がいろいろ違うわけで、御要望として、そういった他との比較ももちろん大事ですけれども、そういった個別の問題についての調査を十分にやっていただくと同時に、手当てをしていただかなければならない、こういうふうに思うのです。
 腰痛なんというのは、これは先ほど年齢層がどうなっているかの問題については未調査ということでございますが、拝見をしたところかなり年輩の人が多い、高年齢層が多いというような状況でございますから、人間の健康という問題あるいは生理機能というものを考えれば、当然そういった四十代、五十代になりますればそれなりの故障が出てくることはあたりまえなんであって、また腰痛などの問題についてはきわめて神経的なそういうような問題でございますから、症状になってくるわけですから、なかなか病気の認定もむずかしいという状況、ここら辺は十分研究して手当てをしていただきたい。
 東京都の給食関係の方々のお話を聞きましても、あるいは私ども地元の方での話を聞きましても、そういう腰痛なんかになった場合に、はりとかあるいはマッサージ等したいけれども、こういうものは保険がきかないわけで、きくものもありますけれども、一般的にはきかないところが多いというようなことで、非常に難渋をしているんだというような話が多いわけで、そういう特殊な職業に絡むそういうような健康管理についての手当ても、それなりの個別的な考え方をお持ちいただきたいということを御要望を申し上げておきたいと思うわけでございます。
 それから、この給食者の管理面の問題ですね。これがたとえば東京都の一つの区とかあるいは市全体となってくれば何百人というような状況になってくるのでしょうけれども、学校の中での人数というのはいま御報告があったように大ぜいじゃないわけです。ところが、この管理面の体制というものが、いわゆる地方自治体の方の教育委員会ですか、それから学校長というふうに複合的になっておるというような状況ですね。それからまた、学校のいわゆる教育公務員、先生方とのコミュニケーションが余りうまくいかないというようなことも週刊誌などの報道にもあるわけで、どうもここら辺の管理体制がうまくいってないんじゃないか。また、それらの人たちの話がなかなか中央に吸い上がってこないというような感じがしてならないわけでございますけれども、ここら辺の、直接は地方自治体がやるべきことなんでしょうけれども、いわゆる教育担当者との協議を十分にやらなければいかぬ、そのための原則的な方途というものもやはり考えなければいかぬのじゃないかと思うのですが、そこら辺についての御意見をちょっと伺っておきたい。
○高石政府委員 先生御存じのとおりかと思いますが、学校には県費負担教職員、要するに教員は県費によって支弁される職員という形、それから調理従事員は市町村負担職員、こういうような給与負担の差がございますことが一つ、それと学校の現場が教職員を中心として学校の管理運営が行われるというような関係等から、調理従事員とそれらの職員との一体的な体制づくりというのに若干の問題点というか、障害点があるところがあるわけでございます。
 しかしながら、およそ学校の職員として配置されているわけでございますから、学校長の管理責任のもとで一体になって仕事が進められるという体制が必要でありますし、制度上の管理責任者というのは学校長であるわけでございます。したがいまして、学校長がそれぞれの職員の実態をよく把握いたしまして、そして最終的には市町村当局なり学校当局に向かってお願いをしていかなければならない分につきましては、調理従事員については市町村当局へ、そして学校の先生方については県当局へ、こういうようなふるい分けをして対応していくわけでございます。そういう制度上の差が若干ございますけれども、仕事の運営上は一体になって学校の管理運営の観点で仕事を遂行すべきものであろうと思います。
○石田(幸)分科員 それからもう一点、これは仕事の特殊性といいますか、そういう観点から考えられるのだと思うのですが、第二臨調においても、実働時間が少ない割りには給与は高いのじゃないかというような問題点が出ているようですね。それから、いままで一般公務員等の退職についても退職の規定がなかったわけでございますから、かなり高年齢層になってもそのまま勤めておる、要するに、かなり重労働を要するような仕事でありながら、それに向かない人たちも若干は含まれているような感じなんですね。そこら辺の問題をもう少し整理をしてもらう必要はもちろんあろうかと思うのですけれども、いずれにしても、現在調査している内容がどういうものであるかは私はまだよく承知をいたしておりませんけれども、大至急にこれを取りまとめていただいて改善方をお願いしたい面が多々ある、このように感じておるわけです。
 大臣にお伺いするわけでございますが、この学校給食、給食法というものがあってその目的等が明確になされているのではございますけれども、文部省としては、いま第二臨調のお話をちょっと申し上げましたけれども、そこら辺のところを整理しなければならぬだろうということであります。それがいわゆる給食そのものを否定しているということではなかろうと思うのでございますけれども、文部省としてはこの給食の問題、将来展望をどういうふうにお考えになっているのか、お伺いをいたしたいと思います。
○小川国務大臣 第二臨調は、申すまでもなく給食そのものを否定する趣旨の答申をいたしているわけではない、私も先生と同様に理解をしているわけでございます。
 学校給食の意義ということになりますれば、改めて申し上げるまでもなく、給食を通じて子供の体位の向上に資するということもございましょう、あるいは礼儀作法を正しくするというようなこともございましょう、共同で作業をすることになじませるというようなこともございましょう、いろいろな教育的な効果を持っておることでございますから、これから先もこの普及を図るために努力を重ねてまいりたい、こう考えております。
○石田(幸)分科員 いま、一つぐらいの例しか申し上げませんでしたけれども、そういうようなことで、いずれにしても、学校給食関係者の状況というものが余りよく把握されていないように私は思います。年齢構成がどのくらいになっているかということもわからぬということでは、それのいろいろな訓練、教育というものができないわけでございますので、そういう面でひとつぜひとも、八万人からの関係者がおるわけでございますので、これに注目をしていただいて、そして改善すべきものは改善するというふうに御努力いただきたい、この点だけ申し上げておきたいと思います。
 時間がありませんので、放送大学の方に移らせていただきます。放送大学の方で若干お伺いをいたしておくわけでございます。
 放送大学法案が成立をいたしました。五十六年にも三億五千万の予算がついたわけでございますが、現在の進行状況並びに開校への見通しについて、現況並びに見通しを御報告いただきたい。
○宮地政府委員 御案内のとおり、昭和五十六年六月に成立いたしました放送大学学園法に基づきまして七月一日に特殊法人放送大学学園が設立をされまして、放送大学の開学準備に着手しておるわけでございます。
 現在、昭和五十八年四月に大学の設置認可を受けるための大学の認可申請が行われているわけでございます。これは、昨年十月末に、文部大臣あてに大学の設置認可申請をこの特殊法人放送大学学園から提出をされまして、大学設置審議会においてただいまその審議に当たっているというのが現時点の大学の設置認可のための状況でございます。そして、これが一応一般の私学と同様に、二カ年間の審査ということで審査が進められておりまして、ただいまは、五十六年度中については放送大学の基本構想の審査を行いまして、五十七年度にはその内容の詳細審査を行い、五十七年度末に大学の設置認可を受ける運びが予定されているわけでございます。
 なお、放送局の免許申請につきましては、五十七年度中に郵政大臣に対して免許申請を行い、予備免許を受けた後、施設、設備を整えまして五十九年度末までに本免許を受けて開局するということで準備を進めております。
 そういうことで、五十七年度予算案におきましては本部施設の建設と大学の設置及び放送局の開局等の諸準備を進めるための予算を計上して、ただいま御審議をいただいているというのが現状でございます。
○石田(幸)分科員 そうしますと、実際の開校はいつごろになりますか。ちょっと第二臨調あたりで議論があるようですけれども、いかがですか。
○宮地政府委員 大学の開設については、ただいま申し上げたような状況で進めておるわけでございますが、具体的な学生の受け入れ開始はどうかというお尋ねかと思うのでございますが、放送大学学園法案を国会で御審議いただきました際に御説明をしておりましたのは、五十九年四月からの学生受け入れということで諸準備を進めるということでまいってきておったわけでございます。
 ところが、法案成立後、臨時行政調査会の第一次答申におきましても、現下の財政状況等を踏まえまして、そしてまた放送大学の創設準備を十分慎重に、かつ周到に行うというようなことも勘案いたしまして、当初の予定を一年おくらせまして、私どもといたしましては、ただいま昭和六十年四月に学生を受け入れるということで、たとえば施設の計画その他につきましても、二年計画を三年計画に延ばすというような形で対応をいたしているところでございます。
○石田(幸)分科員 一年おくれるということは大変残念なのでございます。私としましては、特にわが党としてはこの放送大学の大学教育におけるいろいろな影響というものがプラスの面に働いてくるだろうというふうに考えておるわけで、それが一年学生の受け入れがおくれるということは非常に残念に思うわけでございます。しかし、財政事情難あるわけでございますから、そうせっついてもどうしようもないかとは思いますが、ぜひとも事前の準備において万遺漏のないようにお願いをしておきたい、こういうふうに思うわけでございます。
 五十七年度には六億五千万の予算がついておるわけでございますが、大学並びに放送局を完備するために、少なくとも五十九年度中には終わらなければならぬわけで、そうすると、建物の建設期間等を見ますと、当然五十八年度の予算は大幅な伸びを確保しなければならない状況ではないかと思うのです。本格的な準備態勢というのはむしろ五十八年度中にやっておかなければならぬと思うのですが、その予算規模の見通し等についてお答えをいただきたい。
○宮地政府委員 御指摘のとおり、五十七年度予算におきましては、放送大学学園に対する補助として約三億四千万余り、そして施設整備に関しまして六億五千万余りを計上いたしておるわけでございます。
 先ほど申し上げましたように、先生また御指摘のように、放送大学の設置について特におくれることのないように十分な態勢をとってやれという御指摘でございますが、私どもといたしましては十分慎重な態勢で、かつこの学生受け入れがおくれることのないように、六十年四月には実施できるように万全の態勢で臨みたい、かように考えております。御指摘のように、五十八年度以降の予算については、さらに施設の整備その他について、もちろん全体第一期の計画を念頭におきましての整備に遺漏のないような態勢で私どもとしては準備を整えたい、かように考えております。
○石田(幸)分科員 大臣、わずかな時間で恐縮でございましたけれども、この放送大学は日本の高等教育にとってきわめて画期的な事件になろうかと私どもは思っておるわけでございまして、そういう意味では、五十八年度の文部省の対応がきわめて重要なかぎを握ると私どもは見ておるわけでございます。この放送大学開校までの格段の御努力を大臣にもお願いを申し上げておきたい、このように思いますのでよろしくお願いいたします。
 以上です。
○砂田主査 これにて石田幸四郎君の質疑は終わりました。
 次に、部谷孝之君。
○部谷分科員 まず私は、古い教職員、先生方に一等級の適用を、こういう問題についてお尋ねしたいと思います。
 公務員が労働基本権を取り上げられまして、その代償といたしまして人事院制度の中で労働条件の改善が図られておる、こういうことになっておるわけでありますが、この人事院制度が必ずしも公正な中立機関といたしまして機能をしていない。人確法に基づく賃金の改善に見られますように、差別賃金体系が強化されておるという現象が見られるのでありまして、人事院が機能を十分果たしていないというふうに言えると思うわけであります。
 そして、いまひしめく五十代、こういう言葉が使われておりますけれども、五十歳代の年齢層の方々が、年齢別に見ますと若い先生方に比べて非常に多くなっておりまして、年齢層の低い先生方の三倍以上もあるというふうな年齢別のグラフを示しておるわけであります。そこで、この年代のほとんどの先生方は、したがってほとんど管理職につくことができません。学校の運営上リーダーとなるべきこれらの年代の先生方に、最近白けムードといいましょうか、そうした感じが漂い始めておる、こういうふうに言われておるのでありまして、これでは教育の正常な発展を図ることはできない、望むべくもない、このように思うわけであります。このことはまた、高等学校においてはもっと激しい傾向を示しておるのでありまして、こうしたベテランの先生方に一等級適用の道を開くべきではないか、このように考えるわけでございますが、御見解を伺いたいと思います。
○三角政府委員 非常に豊富な教育経験を持っており、そしてすぐれた先生であるというような教員を一等級に格づける道を開くことが望ましいということにつきましては、昭和五十年三月の国会の附帯決議にもございますし、また、昭和五十一年三月十一日の人事院勧告、これは人材確保に関する法律に基づく改善の第三次分の一回分でありますが、この勧告の説明におきまして、人事院の方におきましても将来におけるその実施を示唆されておりますので、そういうことにもかんがみまして、五十三年以来、文部省からも毎年人事院に対しましてこれの実施を要望してきておるところでございますけれども、これの具体化の上にはさらにいろいろと検討すべき課題が多うございまして、そういった事情からまだ実施を見るに至っていないのでございます。したがいまして、私どもとしてもこれは引き続き課題として検討してまいりたい、こういうふうに考えております。
    〔主査退席、宮下主査代理着席〕
○部谷分科員 ひとつ強力な御推進をお願いしたいと思います。
 次に、学校事務職員の待遇の改善についてであります。
 かねてから文部省の方も学校事務職員の職務の複雑性、困難性その職場の特殊性、こういうものは認めていただきながら、具体的な実効ある改善措置というものを講じようとされておりません。特に昭和四十九年の人確法の成立したときにおける国会の附帯決議、こういうものについて、すでに七年もあるいは八年も時間を経過しておるにもかかわらず、ほとんど進捗が見られないまま今日に至っております。このことは、ただ単に学校職員の士気が下がってくるということのみならず、学校の運営や事務能率等にも多大の影響を及ぼす、こういうふうに考えられるわけであります。
 そこで、かねてから学校事務職員の独自の俸給表を新設されたい、こういうことを基本といたしまして、以下数点の要請がなされてまいっております。
 その二番目は、小中学校事務職員に事務長補職制度を確立いたしまして、当面三等級格づけを制度化してほしい。また三番目に、特殊性のある職務といたしまして給料の調整額を支給してほしい。また四番目は、特殊学校の事務職員に支給されております特殊業務手当を特殊学級設置校にも支給するようにこれを拡大してほしい。あるいはまた五番目に、育児休業法を学校職員にも適用してもらいたい。その他まだまだありますけれども、そういった要望が繰り返し出されておるわけでありますが、これらの点につきまして文部省はどのように対応しようとしておられるのか、お尋ねいたします。
○三角政府委員 学校事務職員は、学校という教育の場で、そして多くの場合には一人ないしは多い場合でも二人とか、そういった非常に少数の人数で間口も広いところのいろいろな学校の事務を処理しておりますそういう立場でございまして、学校運営上の役割りも大きいわけでございます。したがって、文部省といたしましても、学校事務職員の勤務条件などの改善には従前から意を用いてきたつもりでございます。
 ただ、この学校事務職員が処理しております事務そのものは、いわゆる庶務あるいは会計あるいは給与関係あるいはその他の書類、文書関係の事務等でございまして、他の分野の一般の事務職員が処理している事柄に比べまして、性質の上では、これを給与上特別の俸給表というような形で配慮するほどの独自性、特殊性があるとまで申すことはちょっと困難でございまして、それからまた、独立した取り扱いにすること自体が結果として果たして有利になるかどうかという問題もございまして、私どもとしては現状を変えるということは困難ではないか、こういうふうに思っているのでございます。
 第二の事務長補職制度確立の問題でございますが、これは昭和五十一年十一月の学校教育法施行規則の一部を改正する省令によりまして主任制というものが実施されましたが、その際、小中学校におきましては事務主任を置くことができることとし、また高等学校におきましては事務長を置くものといたしまして、学校事務職員の位置づけについて規定の整備を図っているところでございます。
 そこで、この学校事務職員の等級の格づけでございますけれども、これにつきましては昭和三十二年以来、特に昭和四十九年、五十年の国会の附帯決議を踏まえまして、行政職四等級、これは本省の一般の課長補佐級でございまして、県の場合は、いろいろ県の等級の決め方が必ずしも全県一律でございませんけれども、通常の場合では県の場合では三等級に該当するかと思いますが、これへの格づけ措置の実現につきまして毎年各都道府県に対しまして指導してまいりまして、その結果、昭和四十九年当時は事務職員を四等級に格づける道を開いていました県は十九県でございましたが、五十五年にこれが四十三県にまで拡大されまして、翌五十六年になりまして全県四等級格づけが実現した、こういうような経過状況になってございます。
 それから第三に、学校事務職員に調整額の支給措置をとることの問題でございますが、これは御承知のとおり、俸給の調整額というのは、職務の複雑、困難もしくは責任の度合いまたは勤労の強度、勤務時間、勤労環境などが他の官職に比べまして著しく特殊な官職、こういうものに対して、その特殊性に基づいて支給されるものでございます。教育関係で適用されている例を挙げますと、障害児の教育に従事する盲、聾、養護学校の教員、それから特殊学級担当の教員がございます。
 学校事務職員は、先ほど申し上げましたような立場にあるとは申しましても、やはり調整額の支給対象となっている他の職種との比較におきまして、調整額支給というところまでの複雑、困難な職務と言えるかどうか、これについてはなお非常に慎重に検討し、比較して問題を解決していく必要がございまして、現状では直ちにそういう道を開くということについては困難な状況にある、こういうぐあいに申し上げざるを得ないのでございます。
 それから、学校事務職員にいわゆる特殊業務手当を拡大してはどうか、こういう御指摘でございますが、この特殊勤務手当と申しますものが、これは著しく危険とかあるいは不快あるいは不健康または困難な勤務その他非常に特殊な勤務で、給与上の特別の考慮を必要とする、そしてその特殊性を本俸といったような俸給そのもので考慮することが適当でないと認められる、そういうものに従事する職員にその勤務の特殊性に応じて支給される手当でございます。
 小中学校関係では、二つ以上の学年の児童生徒で編制されているいわゆる複式学級、この授業を担当している教員に対しまして多学年学級担当手当、それから非常災害時におきます緊急業務や修学旅行等の児童生徒を引率して泊を伴う業務などに従事した教員に支給される教員特殊業務手当、それから教務主任、学年主任等の教員に支給される教育業務連絡指導手当、これはいわゆる主任手当でございます。こういったものがございますが、学校事務職員の場合は、こういったいま申し上げましたようなものと比べまして、必ずしも著しく特殊な勤務に従事しているというふうにはなかなか申せませんものでございますので、一般の事務職員に特殊勤務手当を拡大して適用するということは、目下のところ考えておらないというのが私どもの状況でございます。
 育児休業は、これは申すまでもなく、女子教職員の職務の特殊性にかんがみまして、そして学校における教育の円滑な実施を確保するということを目的にして、一歳に満たない乳児を養育する女子教職員に休業を与える、こういうものでございまして、これは教員の確保あるいは教員という職務の性格から、そういう育児というものについても積極的な意味合いをまたそこへ付与することもできるといったこともあろうかと存じます。
 学校事務職員にこの育児休業法の適用を拡大するということは、これは他の一般の事務職員との均衡上問題がございますので、これは先日も同趣旨の御質問もいただいたのでございますが、その際にもお答え申し上げましたのですが、現状では非常に困難である、こういうふうに考えておるのでございます。
    〔宮下主査代理退席、主査着席〕
○部谷分科員 いま私が申しました学校事務職員と特殊業務手当の支給についてという項ですけれども、特殊学校に支給をされておる八%ですか、これは教職員にも事務職員にもこうした手当があるわけですけれども、特殊学級の方にはないわけですね。私は山口県徳山というところに住んでいるのですけれども、養護学校の方はそうした措置が全部とられております。小学校へ行きますと、たとえば言葉の教室だとか難聴学級だとか、通常の学校にそうした特殊学級を併設されておるところがあるわけですが、そういうところの事務職員の方にはそうした手当が支給されないことは片手落ちではないか、それを拡大してはどうかというお尋ねだったのですが、いかがですか。
○三角政府委員 御説明申し上げますが、事務職員の場合には、いま御指摘の特殊学級を設けている小中学校についてもそういう手当の支給がないわけでございますが、盲学校、聾学校、養護学校などのいわゆる特殊教育諸学校の事務職員につきましても、俸給の調整額ないしはいま御指摘の特殊勤務手当は現状では支給されておりませんので、扱いは同じになっておる次第でございます。
○部谷分科員 それは、それでは私の考え違いかもしれませんから、もう一度調べてみたいと思います。
 次に、僻地教育の優遇措置についてお尋ねいたしたいと思います。
 今日ほど教育に対する人々の関心と要求が高まっておる時代はないと思うわけですが、そのことは最近高校進学希望者が爆発的にふえておる、そういうことが端的に示しておると思います。しかし、果たしてそうしたニーズにこたえておるか。特に能力に応じて教育を受ける機会をだれにも平等に保障していくという観点に立ちますと、今後解決しなければならない問題が山積いたしておるわけであります。特に地域格差のある僻地、辺地の小規模校、この教育水準の向上を図るために、僻地教育を強力に推進していかなければならないと思います。
 そこで、以下数点お尋ねしたいと思うのですが、この大方針について、大臣、ひとつ御見解をいただきたいと思うのです。
○小川国務大臣 僻地教育が今日なお解決を要する問題をたくさん抱えておることは、御指摘のとおりだと存じます。
 そこで、先刻から御質疑のあります学校事務職員につきましても、計画的にこれの配置を図りまして、当面の目標では、昭和六十六年度には、一学級または二学級等のきわめて小規模な学校は別でありますが、ほとんどことごとく事務職員が配置されることになり、配置率九八%になる、このような改善を図っていきたいということを目標といたしておりますが、これが実施できますように努力を重ねてまいりたい、こう考えております。
○部谷分科員 そういうことで、僻地における教職員の配置、同時にまた、事務職員、養護教諭、そうした方々もきわめて少ない状態でありまして、そうした人たちに対する過酷な勤務を求めておる、こういうことになろうと私は思うわけでありまして、続いて、事務職員、養護教諭、こういうものの全校配置を図る必要はないのかどうか、これが一つ。
 それから、昭和五十三年度から僻地教育研究センターという制度が設置されました。これは指定されたセンターに対して、定数外の教職員を三年間そうした指定をして枠外の先生を配置する、こういうことになっておると思うのですが、これは後から理由を申し上げますが、もう一年延ばして四年間にする必要があるのではないか。
 それで、山口県の実態を私が調べてみますと、現在指定校が三校ございます。そしてその三校のうち定数外の枠外教員を持っておるところは一校だけ、あと二校は、そうした指定はあるけれども、教員の配置がされておりません。それは一体どういうことなのか、その点が一つ。
 それから、この三年間の指定が終わりますと、三年間そうしたセンターとしてのいろいろな調査研究、そういうものをやる特殊な学校ということに、専門的な学校ということになるわけでありますから、それが終わりましても他の学校からの見学者が引きも切らずやってまいります。そしてまた、そのほか三年間の成果を先生方がまとめる作業、こういうものが必要になってまいります。同時にまた、ほかの学校からそうした三年間の成果を発表してもらいたい、講演してもらいたいということで、周辺の僻地校からいろいろとその先生はそうした要請を受けて出ていってそうしたニーズにこたえていくということになりますと、先生がそういうことで校外に出ますと、その指定になっておった学校の先生がきわめて手薄になってくる、そういう状態が次々と出てまいっておるわけでございますから、いまの指定三年間というのをもう一年延ばして四年にしてもらいたい、そしてあとの一年でいま私がるる申し上げたような、そういうことの処理をやっていかなければとてもやりきれたものじゃない、こういうふうに現場の人たちは言っておるわけでございます。せっかくの成果がしり切れトンボにならないためにも、私はやはり指定期間を四年間にすべきである、このように考えるわけであります。この点についてどのようにお考えか。
 さらに、寮のある学校の舎監さんの問題であります。現行では五十人に一人の舎監が置かれておるようでございますが、業務の実態をいろいろと調べてみますと、これもかなり過重な労働をかけておるようでございます。当面四十名に一人にしてほしいという当事者の方からの要求も強く出ておるようでございますけれども、これも早急に対応してあげなければならない問題であろうと思います。
 もう一つ、寮のある学校でも養護教員が一人しかいない場合がほとんどでございまして、子供が病気になりますと養護教諭の先生は寮の方へ行って、いわば寮の方のいわゆるお母さんがわりと、それから学校の方とかけ持ちをやらなければならぬという状態に置かれておるわけでございます。こうした問題を解消するためには、やはりそのような寮のあるところについては養護教諭の先生の二名配置がどうしても欠かせない、こういうふうに思うわけですが、いまるる述べました諸点について御答弁をいただきたいと思います。
○三角政府委員 僻地教育に関するいろいろな問題でございますが、まず事務職員及び学校の養護教諭の全校配置の問題でございますが、これは今回の第五次の定数改善十二年計画におきまして、六十六年度までには、学級が一つとか二つとかしかないという非常に小規模な学校を除きましては、全校配置にほとんど近い状況まで持っていこう、こういうことで計画を立てておる次第でございます。
 それから、山口県の僻地教育研究センター校の例でございますが、これは山口県で独自にお考えいただきまして、ブロックの一つの僻地教育の中心校というような形でやっておるものでございます。私どもとしても非常に注目して、私どもの刊行しております「初等教育指導」の誌面で紹介したりしたことがございます。これの定数の配置でございますが、私どもとしては、定数は、現在のところ基準を設けましてその県での総数を計算して県に措置をいたしますけれども、個々具体に、どの学校にどういうふうに定数をつけていくかということは、ある程度県が考えることができることでございまして、ただいま先生おっしゃいました、三校のうち一つについては別枠配置しておるというのは、恐らく県の判断でおやりになっていることだろうと思います。
 さっきも申しました第五次の定数改善計画の中では、私どもは、教頭代替定数とか、あるいは小学校での専科教員の定数でございますとか、それから小規模の中学校でも、校長以下九人は配置することによりまして免許外の教科を担当する教員をなくしていこう、その他研修代替定数等改善を図ることにしております。そのほかになおさらにいわゆる山口でやっておりますような僻地教育研究センター校の分、こういうことは現在のところ考えておりませんが、いろいろ考えられておりますことの枠を県で独自に活用する、こういうことはできるというふうに思っておる次第でございます。
 それから、舎監の問題でございますが、これはやはり同じ第五次改善計画で、御指摘と同様に四十人以下の寄宿舎には一人を配置しよう、こういう計画にいたしておりまして、もっと人数の多いところは多いなりに、たとえば八十人までの寄宿舎には二人にするとか、百二十人までは三人にするというような計画にいたしてございます。
 それから、養護教諭の定数でございますが、これは冒頭申し上げましたように、事務職員も養護教諭も、まず未設置校をできるだけ少なくしていこう、そちらの計画を先に走らせることにしているものでございますから、御指摘のような寄宿舎のある僻地の学校、あるいは都会地でも非常に児童生徒数の多い大規模校、これへの複数配置ということも一つの問題ではございますけれども、それはいまのところはまだ取り上げる時期になっておりませんで、まずやはりできるだけ未設置校を解消していこうという方に努力をいたしたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
○部谷分科員 時間が参りましたのでこれで終わりたいと思いますが、きわめて短時間でございますので、きょうは問題提起にとどめまして、これからまた文部省ともいろいろな関係機関を通してお話し合いを進めていきたい、このように思います。ありがとうございました。
○砂田主査 これにて部谷孝之君の質疑は終わりました。
 次に、小沢和秋君。
○小沢(和)分科員 私は、埋蔵文化財の問題について質問をいたしたいと思います。
 最近、大規模な開発などが各地で行われる中で、埋蔵文化財の破壊がさらに深刻な問題になってきております。そして、埋蔵文化財を守るには現在の文化財保護法では不十分だというような声が高まりまして、先日は日本学術会議がこの問題でシンポジウムを開くというような状況も生まれておりますし、この秋には学術会議として、法改正の勧告が政府に提出されるのではないかというようなことも聞いております。
 先日いただきました資料によりますと、この十年間に埋蔵文化財の発掘届け出などは、昭和四十六年千二百七十五件から昭和五十五年九千四百十二件へと飛躍的に伸びておるわけであります。最近数年間は、私の記憶では公共事業などは頭打ち、民間も不況ということで余り伸びているというふうには考えられないわけですが、その中でこれだけ届け出件数がふえているというのは、世論の高まりの中で、工事関係者などがきちんと届け出をするというような意識が浸透してきた結果だというようにも見られると思うのですが、そういうふうに理解しておいてよいのでしょうか。
○山中政府委員 どのように評価するか、ちょっとむずかしい問題もございますが、諸外国の方から見ますと、日本の場合にはわりあい正直に届け出られていると感心されることもございます。ただ問題は、以前は埋蔵文化財のありそうな土地は、まだ十分余裕がありましたから避けて工事をいたしておりましたが、最近土地がなくなりましたので、どうしてもそういう埋蔵文化財の包蔵されている山手の土地の方にいろいろ事業が行われるということから、事業総数は減らなくても発掘の届け出はかえってふえるというような結果になっているとも言われておりますので、はっきりこれが原因とはなかなかつかみ得ない状況でございます。
○小沢(和)分科員 いずれにせよ、こういうように届け出がふえてきたというのは、私は一つの進歩だと思うのですが、問題はその後の処理だと思うのです。
 私は、地元の北九州市を調査してみたのですが、一九六九年以後、市内だけで百六件遺跡が発掘されているのですが、その後現状維持、つまり残されたところは三件だけなんです。一部維持が四件だけです。大部分が破壊されてしまっているわけです。しかも、年代を追ってみますと、現状維持の三件というのは初期のことでして、その後数年間に一部維持が何件か出て、最近二年間はそういうようなことも一件もない。つまり、保護行政が叫ばれて届け出もだんだんきちんとやられるようになってきたというふうな話がいま出ているそういう中で、むしろ遺跡の破壊のスピードはどんどん上がってきて保護の実は上がってない。私は、これが北九州だけの傾向ではなく、全国的にそういうことになっておるのではないかというように心配をするわけですが、そういうことではないのですか。
○山中政府委員 全国的に見ますと、埋蔵文化財包蔵地は約三十万カ所ぐらいあると言われております。そこで、工事をいたしますときには届け出ていただくということで、いま御指摘のように九千件の届け出があるわけでございますが、その地域の中で本当に後世にまで残さなきゃならないものがどれだけあるかというと三十万カ所全部あるわけではございませんで、私どもに受けております九千件の届け出のうち、発掘調査を必要とすると思われるのは大体四千件弱でございます。あとは、県の専門の職員の立ち会いのもとに工事していただければいいというようなものが大部分でございます。
 それからまた、発掘調査いたしました四千件くらいのうち、後世にそのままの形で残さなければならないというものと、それから記録として歴史学なり考古学の研究史料として残しておくのがいいと判断されたもの、二種類に分けますと、平均いたしますと、そのままの形で後世に残すべしとされるものは年間大体十数件でございます。こういったどのような仕分けをするかということにつきましては、歴史学や考古学の専門家をもって構成いたします文化財保護審議会の御検討によってそういう判断を下し、後世に残すべきとされたものは史跡に指定する、こういう形にいたしておりますし、また史跡に指定されたもの以外でございましても、学問上の記録として十分研究いたして活用するということで行っております。
○小沢(和)分科員 北九州市の資料を見ますというと、発掘調査の原因者は先ほど全体で百六件と言いましたけれども、国の関係が二十九、市の関係が三十四、これだけで合わせてすでに過半数になっているわけです。私は、そういう関係の調査後の処理というのをずっと調べてみたんですけれども、国や自治体の関係だからということで、特にその維持について配慮がなされているような傾向はあるとも、この表を見たら全く考えられないわけです。
 私は、いまの文化財保護法によりますと、民間の所有者がいる場合には私権の制限というような問題になるので、この遺跡を残そうという場合には、国の指定にして買い上げるという以外に保障がないというふうに聞いておりますけれども、国とか自治体というようなものがやる場合には、もともとそういう公共性のあるものが持っているわけですから、これはもっと配慮のしようというのもあるんじゃなかろうかと思うのですが、民間の場合と傾向としてはほとんど同じように破壊が続いておるということについては、これは問題じゃなかろうか、国や自治体の場合にはもっと配慮があってしかるべきじゃなかろうかということも私は考えるのですが、その点はいかがですか。
○山中政府委員 御指摘のように、国や自治体が行います場合には公共事業として行うわけでございます。公共事業がたとえば道路の場合、河川の場合あるいは住宅の場合、それぞれ公共的使命もあるわけでございますので、計画がなされましたごく初期の段階から教育委員会の文化財の専門当局の方に御相談いただくという形で、民間で工事が行われますものよりはるか計画の以前の段階から文化財の面との調整を考えてやっていただいておりますので、比較的そういう大規模な調査は最近円滑にいくようになっております。計画段階から調整が行われている、このように御理解いただきたいと存じます。
○小沢(和)分科員 こういうような埋蔵文化財を保存をしていく上で、現在どこにどういうような遺跡がある、先ほど三十万カ所ということも言われたわけですが、その遺跡については、およそこれは相当重要だとかあるいはこれは仕方がないとかいうようなことは、ある程度把握されておられるんじゃないかと思うのですね。そういう全体の状況をにらみながら、文化庁としても、これは残していくべきだというようなものについては日常的に検討して、ガイドラインというか考え方を持っておくというようなことも私は重要じゃないかと思うのですが、この点いかがでしょう。
○山中政府委員 過去の文献とか記録、言い伝えなどから、ここにはこういうものがあると相当確実になっているものについては、御指摘のようにわりあいはっきりしております。ところが、埋蔵されておりますものは、たとえば日本においては旧石器時代はないと言われておったのが、発掘された石のかけらから、いや、旧石器時代はあるということになって、最近日本の歴史学界の定説が変えられるというようなことがございますし、そういった目で見ますと、旧石器の方が、遺物と思われるものはあちこちいろいろ出てまいるようになってきた、こういう現象もございます。それからまた、わかっていないものにつきましても、たとえば先般、太安万侶のお墓が出てまいりましたが、あの奈良の茶畑のあそこから出てくるとはよもやどなたも思わなかったわけでございますし、稲荷山の鉄剣にしても、ああいうものが出てくるとは思わなかったわけでございまして、地中にございますものですから、文献、史料だけで推測して重要度を判定するというのはきわめて困難であるというところにむずかしい問題がございます。
    〔主査退席、宮下主査代理着席〕
○小沢(和)分科員 それからもう一つ、埋蔵文化財を保護していく上で考えなければならないと思いますのは、発掘調査経費の原因者負担の問題ではないかと私は思うのです。やはり金を出す方がこういう問題についてのイニシアチブを握ってしまう。だから、調査さえ済ませば後は壊してしまうことはできるということにどうしてもなっていくと思うのですね。そして、もともと調査員は少なくて、いつも発掘調査などに追われておりますために、後でいろいろ検討してみたら非常に重要だということがわかっても、もう史跡の方は壊されてしまっておったというような、後の祭りになるようなことはしばしば起こるんじゃなかろうかということを私は大変心配するわけです。この点についてどうお考えになるか。
 この機会に、発掘調査費の年間総額が幾らか、そのうち、国と国に関係する公社とか公団などの負担額が幾らになっているかということについてもお示しを願いたいと思います。
○山中政府委員 原因者負担による発掘調査の経費でございますが、総額を申し上げると約二百五十六億でございます。そのうち国、地方の公共事業関係が二百十二億でございます。
 そして、こういった経費の負担で行われるので、発掘調査が完全に行われないのではないかという御疑念にございますが、これは私どもそうは思っておらないわけでございます。埋蔵文化財はもともと先祖の残してきた遺産でございますから、役所だけでなしに、国民どなたもこれを守るようにしていただかなければならないということで、文化財保護法によりまして、埋蔵文化財包蔵地で工事をなさる方は届け出て文化庁長官の指示に従って発掘しなければならないとされているわけでございまして、そこで経費の負担をお願いいたすわけでございます。
 ただ、この発掘調査を行いますのは考古学の専門の職員でなければできませんので、これは教育委員会に考古の専門職員を置きまして、経費はその工事者の方に持っていただきますが、専門の調査をするわけでございます。この職員は、現在のわが国の考古学界を支えておる中堅メンバーでございまして、その経費が事業者の負担でなされるからといって、いいかげんな調査をするようなことは決してございませんし、私どももそういうことがないように十分指導しておるつもりでございます。
○小沢(和)分科員 私は、正確に聞いたのは、国と国に関係する公社公団などの負担している経費は幾らかということを伺ったのですが、これは手元にいただいている資料によると約百十八億ということになります。それはもう資料をいただいておりますから、そういうことで確認をしておきます。
 私は、原因者負担ということをいま否定的に言ったわけじゃないのです。原因者負担をするようになったということは一つの進歩だったと思うけれども、しかし、いまになって考えてみると、原因者負担をしたからといって、この遺跡の破壊のスピードはちっとも歯どめがきかないどころか、先ほども言ったように、むしろ上がっているじゃないかというような現実があるから、これでもまだ不十分じゃないかという角度から私は言っておるわけであります。
 私は、いま百十八億というお金が、国それから国の公社公団の関係で埋蔵文化財の発掘のために使われているということをあえて確認したのは、文化庁がもともと持っております埋蔵文化財発掘調査補助金というのはわずか十七億五千七百万円、これと比べてみても非常に大きい金額であります。同じ国の関係で結局のところは国費からこういうものが出てくるということになるのであれば、これは初めから文化庁の方で、およそこれぐらい、こういう埋蔵文化財の発掘のために必要だというようなものをこちらの方にとっておいて、届け出があったような場合には文化庁の方がイニシアチブを握る形でできるように、財政的にも裏づけをしておくというようなことも考えてみるべきじゃなかろうか、私はこういう立場から、いまあえてその金額が幾らかということをお尋ねしたわけですが、この点、いかがですか。
○山中政府委員 文化庁の方で持っておりますのは、地方公共団体が個人の住宅などについて肩がわりして発掘調査を行います場合に、半額補助するという額でございます。
 それから、先生からお話がありました国、公社のそういう予算は、発掘調査をいたしますのは、県、市町村でございます。文化庁が行うわけではございませんので、こちらに計上というわけにはまいらないわけでございます。
○小沢(和)分科員 だから、こちらの方が握って、こちらの方がイニシアチブを発揮するような仕組みを考えないというと、いまのこれでは、私は、一つの進歩だとは言ったけれども歯どめになっていないじゃないか、結局のところは調査をして壊してしまうということを、いわば手法的に確立をしたということにしかまだなっていないじゃないかということを言っているわけなんです。その点いかがですか。
○山中政府委員 再度申し上げますが、文化庁が発掘調査いたします場合にはこちらの予算を使いますので、公社からこちらへもらうということも可能でございますが、私ども、その事業がどこで行われるかということを細目つかむことは不可能でございます。たとえば道路なり住宅なりでございますと、何村で行われる場合にはその村の専門家に委託するという形になりますので、その経費について移しかえあるいは私どもの方で計上するということは不可能でございますし、全国の、道路もございますし住宅もございます、河川もございます、それらが毎年何月の時期にどのあたりで行われるのかということを文化庁で計画を全部把握する、それに必要な予算を持つということは、技術的には不可能でございます。
○小沢(和)分科員 私の一つの提案としてそういうことを申し上げたのですけれども、そうすると文化庁としては、いまのようなやり方がベストだ、現状で十分歯どめがかかっておるというふうにお考えだと私は理解しておきますが、それでいいでしょうか。
○山中政府委員 制度としては、現制度におきましても十分全力を尽くして成果を上げることはできると私どもは考えておりますし、県、市町村とともにそのように努力しておりますので、御理解いただきたいと思います。
○小沢(和)分科員 私はさっきから、努力しておるとあなた方は言われるけれども、実際にそういう破壊については歯どめらしいものがかかっている形跡がないではないかと言っているわけで、どうもそういう姿勢では、私は大変残念だと言わざるを得ません。
 きょうは、余り時間がないので先に進みたいと思うのですが、いままで述べてきたとおり、発掘調査をした跡はほとんどつぶしているので、その成果をきちんと整理、公開し、後世に伝えるということが私は非常に重要だと思うのです。ところが、北九州市の場合を調べてみますと、そういう報告がまとめて出されておるのは百六件中二十六件なんですね。十年以上たっているけれども、まだ何も成果が公表されていないものもあります。出土品どうなっているかと聞いてみたら、一回の発掘で千点ぐらい出土品が出るというようなことがざらだそうですけれども、魚を入れるトロ箱みたいなものにそういうのをぶち込んで、市の倉庫にほうり込んであるだけだ。これでは幾らそういう箱をどんどん重ねておいたからといって、市民には全く役に立たない。私は、これが全国的な普通の状態だとすればゆゆしいことじゃないかと思うのです。報告書の公表や出土品の整理、展示、こういうふうなことについては、古代史がいま大きなブームを呼び起こしているという中で、私は市民の要求でもあると思うのですが、この点についてどう対処、指導しておられるか、お伺いしたいと思います。
○山中政府委員 記録につきましてその意向を判断する必要のある、概説でもって現在ほとんど終わっている、詳細な学術報告書がおくれがちである、この点は残念ながらそのとおりでございます。こういった面もできるだけ急いでまいりたいと思っております。
 また、そこから出てまいりました遺物についてでございます。これは、全国的にいま歴史民俗資料館というものが各地につくられております。私どももそれの建設費の助成をいたしておりますが、そういった中においてこれを復元整理して利用していくということが着々と進んでおりますし、今後もそのテンポを速めてまいりたいと思っております。
 なお、そこから先の、つまり展示して利用できる資料と、将来はコンピューターにかけらのたぐいまで入れて、学問研究としてどこにどういう分布が見られるかというふうに使うものと二種類ございます。展示するものは歴史民俗資料館や何かで展示できますが、学問研究で分布だけ見る微細な破片というようなものになりますといますぐ手はつぎませんので、箱に入れて蔵の中に置いてあるという状況でございます。これははるか先にそういった方向も考えますので、みだりに捨てられないということで保存してございます。
○小沢(和)分科員 時間がありませんから、次に装飾古墳の問題でお尋ねをしたいと思うのです。
 福岡県は、熊本県と並び装飾古墳の一大集中地として知られておりまして、国の特別史跡である王塚古墳初め竹原古墳などもよく知られております。
    〔宮下主査代理退席、主査着席〕
しかし、この保存対策がまたほとんど講じられておらず、どんどん荒廃しておるわけであります。
 ここに八年前に装飾古墳を守る会が発行した「装飾古墳白書」がございますけれども、これを読みますと、福岡県内にある約三十の装飾古墳がもうどこも色はあせ、カビが生え、崩壊の危険にさらされておるというような状況が書かれております。文化庁はこういう状態を御存じだと思うのですが、どうですか。特に、わが国で高松塚と並んで全国でたった二つしかない特別史跡の指定を受けているもう片一方の王塚古墳の状態がどういう状態か、御存じでしょうか。
○小川国務大臣 ごくあらましのことは承知いたしております。
○小沢(和)分科員 私は、地元の田崎町長の好意でごく最近、この王塚古墳というのを見せていただいたわけであります。ほかに比べれば、ここはそれなりに保存の努力がなされておると思います。しかし実態は、大臣、ごらんいただきたいと思うのですが、この写真にあるように、鉄柱で支えないと崩落してしまうかもしれないというようなみじめな状態になっておるわけですね。そうして、石室の中を塗られた強烈な赤茶色の顔料も、あるいは豪華な人や馬の絵なども、もう雨水に洗われたりカビで変色したりして、ようやくそれとわかる程度でしかないわけです。まさにそういう意味では危機的な状態だと思います。
 王塚の保存のために、装飾古墳保存対策研究会が学者約十五名ほどの方を網羅して、いまから十年ほど前に三年間にわたって研究して、その結果が「特別史跡王塚古墳の保存」という表題の報告として発表されているわけであります。ところが問題なのは、こういうようなもうすでに報告も出ておるというのに、この報告の中身というのは高松塚の保存のとき大いに活用されたというのですが、肝心の王塚古墳の保存工事の方はさっぱり手がついておらない、こういう状態なんです。これを本当に何とかしないと、いまごらんいただいたとおりで、崩壊してしまうかもしれないというような状況にまであるのです。この点どういうような対策をお持ちか、お尋ねいたします。
○小川国務大臣 これは、非常にむずかしい技術面の問題があると聞いております。壁画の崩落を防ぎつつ、同時に湿度を保持していかなければならない非常にむずかしい問題と心得ておりますが、地元の関係者の方々と連絡をとって検討委員会で研究をいたしまして、何とかその方策を発見して適切な保存を図っていかなければならない。大変むずかしいと聞いております。
○小沢(和)分科員 いまも強調しましたように、危機的な状態にあるということが言われてからもう十年からたっているわけなんです。ですから本当にタイムリミットが迫っていると思うのですが、地元では石室内の抜本的な修理と密閉、それから前方後円墳を復元してその公園化をしてほしい、そこに資料展示館をつくって石室内の模型や出土品を置いてほしいというような要望を出しておりますけれども、これに、いまの大臣のお答えからすると、積極的にタイムリミットに間に合うようにこたえていただけるというように私、理解したのですが、それでよいかどうか。
 また出土品が、私も京都の博物館まで見せていただきに行ったのですが、この馬具や鏡も国の重要美術品に指定されて、しばしば京都博物館などで展示もなされておるというようなものだと聞いたのですが、こういうものについてもどうなさるお考えでしょうか。
○山中政府委員 技術的な問題について専門家の間で煮詰めまして、少なくとも来年度その答えを出して、どうやって前庭部分をおさえていくか、あるいは鉄の支柱は、石組みを空気にさらして組みかえられれば支柱なしに済むかもしれませんけれども、空気にさらしますと、壁画は全部乾いて落ちてしまいますから、湿度を落とせないとすれば鉄の支柱はなかなか外せないであろう。そういったときに、外ですでに模写しておりますから、どういうふうな利用の仕方をするかというのは、学者の研究を待ちました上で、県あるいは町と相談して対処してまいりたい、このように考えております。
○小沢(和)分科員 では、時間もぼつぼつ迫っておりますからこれで終わりにしたいと思いますが、全国に装飾古墳が約三百あると言われております。そのうちの七割までが福岡を中心とした北部九州に集中しておって、ここに一つの文化圏が存在したということをうかがわせるわけであります。その築造は五世紀から七世紀にかけて行われたと言われておりますが、歴史史料が乏しい時期であるだけに、装飾古墳の史料的な価値というのはきわめて大きなものがあると思うのです。私は、いま王塚古墳を例に挙げましたけれども、王塚以外も含めて保存しなければならないものが幾つもあると思うのですが、全体としてこういう装飾古墳の保存、またそのための財政措置などについても積極的に取り組んでいただけるかどうか、最後に重ねてお尋ねして終わりたいと思います。
○山中政府委員 どれを史跡として後世に残すかという問題は、文化財保護審議会で詰めてまいります。それは装飾古墳だけの問題で考えるわけにまいりませんけれども、やはり代表的なものであって後世に残すべきものとされたものについては、どのような形で残すか、またどのような形で利用されるようにしていくかということを考えていくのが私どもの仕事だと思っております。
○小沢(和)分科員 終わります。
○砂田主査 これにて小沢和秋君の質疑は終わりました。
 次に、野口幸一君。
 速記を中止してください。
    〔速記中止〕
○砂田主査 速記を始めてください。
 この際、主査より申し上げます。
 各質疑者に対し再三出席を求めたのでありますが、いまだに御出席がありません。
 本日は、この程度にとどめ、明二日午前九時三十分より開会することといたします。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後六時六分散会