第101回国会 文教委員会 第12号
昭和五十九年五月九日(水曜日)
    午前十時三十一分開議
出席委員
  委員長 愛野興一郎君
   理事 大塚 雄司君 理事 白川 勝彦君
   理事 船田  元君 理事 佐藤  誼君
   理事 馬場  昇君 理事 有島 重武君
   理事 中野 寛成君
      青木 正久君    稻葉  修君
      臼井日出男君    榎本 和平君
      北川 正恭君    小杉  隆君
      坂田 道太君    二階 俊博君
      葉梨 信行君    町村 信孝君
      木島喜兵衛君    佐藤 徳雄君
      田中 克彦君    中西 績介君
      池田 克也君    伏屋 修治君
      滝沢 幸助君    藤木 洋子君
      山原健二郎君    江田 五月君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 森  喜朗君
 出席政府委員
        文部政務次官  中村  靖君
        文部大臣官房長 西崎 清久君
        文部大臣官房審
        議官      齋藤 尚夫君
        文部省初等中等
        教育局長    高石 邦男君
        文部省大学局長 宮地 貫一君
        文部省学術国際
        局長      大崎  仁君
        文部省社会教育
        局長      宮野 禮一君
        文部省体育局長 古村 澄一君
        文部省管理局長 阿部 充夫君
        文化庁次長   加戸 守行君
 委員外の出席者
        議     員 佐藤  誼君
        議     員 中西 績介君
        議     員 佐藤 徳雄君
        議     員 田中 克彦君
        外務省国際連合
        局専門機関課長 中村 実宏君
        厚生省児童家庭
        局母子福祉課長 佐野 利昭君
        文教委員会調査
        室長      中嶋 米夫君
    ―――――――――――――
委員の異動
五月九日
 辞任         補欠選任
  河野 洋平君     小杉  隆君
  江田 五月君     阿部 昭吾君
同日
 辞任         補欠選任
  小杉  隆君     河野 洋平君
  阿部 昭吾君     江田 五月君
同日
 理事石橋一弥君四月二十五日委員辞任につき、
 その補欠として石橋一弥君が理事に当選した。
    ―――――――――――――
五月八日
 教育職員免許法等の一部を改正する法律案(内
 閣提出第六〇号)
同月七日
 身体障害児者に対する学校教育改善に関する請
 願(岩垂寿喜男君紹介)(第三九二五号)
 同(安田修三君紹介)(第三九二六号)
 同(渡辺美智雄君紹介)(第三九二七号)
 高校新増設費国庫補助増額等に関する請願(金
 子みつ君紹介)(第四〇一九号)
同月八日
 私学助成大幅増額に関する請願(永末英一君紹
 介)(第四〇六〇号)
 身体障害児者に対する学校教育改善に関する請
 願(愛野興一郎君紹介)(第四一四七号)
 同(岡田利春君紹介)(第四一四八号)
 同(齋藤邦吉君紹介)(第四一四九号)
 同(渡辺省一君紹介)(第四一五〇号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 理事の補欠選任
 学校教育法の一部を改正する法律案(佐藤誼君
 外二名提出、衆法第六号)
 公立幼稚園の学級編制及び教職員定数の標準に
 関する法律案(中西績介君外二名提出、衆法第
 七号)
 公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員
 定数の標準等に関する法律案(馬場昇君外二名
 提出、衆法第八号)
 学校教育法等の一部を改正する法律案(中西績
 介君外二名提出、衆法第九号)
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
○愛野委員長 これより会議を開きます。
 この際、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
 委員異動に伴い、現在理事一名が欠員になっております。これよりその補欠選任を行いたいと存じますが、先例により、委員長において指名するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○愛野委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
 それでは、石橋一弥君を理事に指名いたします。
     ――――◇―――――
○愛野委員長 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。二階俊博君。
○二階委員 今国会における森文部大臣の所信及び御答弁を伺っておりまして、今日、教育改革の重大な時期を迎え、大臣の教育に対する御熱意と深い御造詣に心から期待を寄せる一人でありますが、私は最初に、戦後の教育の発展の歴史を振り返って、大臣御自身がさらに二十一世紀の教育を展望して、これだけは今後とも日本の教育のよき伝統としてぜひ残しておきたい、そして次の世代にずっと引き継いでいきたいと考えておられるものは何であるか。また、これだけは徹底的に改めるべきであると考えておられる点は何であるのか。長年、文教行政に深くかかわりを持って御努力をされてこられた大臣の御経験から、率直なお考えをお伺いしたいのであります。
○森国務大臣 二階さんは今度初当選をされてこられて、そしてこうして文教委員会にお入りをいただいて、お互いに日本の教育について議論を交わしながら、将来の日本の周を背負ってくれる子供たちのために政治家として御努力いただける。私もまた、少し早く国会には入りましたけれども、あなたと同じような世代の人間としてともに二十一世紀のことを心配していけるということ、大変私もうれしく思っておりますし、どうぞこれからもお互いに研さんし、努力して、日本の国家のために、いい日本の国を支えてくれる子供たちのために教育の問題にお互いに真剣に取り組んでいきたい。今私は行政府の立場にございますけれども、お互い政治家として日本の教育問題をこれからも末永く努力し合っていきたいな、まず委員会にお入りをいただいて、教育問題に御献身をいただくことに感謝をしつつ、ともに一緒にやりましょうということをまず二階さんにお願いをし、お呼びかけをしたい、こう思うわけでございます。
 そこで私は、今二階さんから、単に何を残し、そして何を改めるべきかという御質問で、大変難しい、簡単な時間にすぐ申し上げられることではございません。また、一人の政治家という立場もございますし、文部大臣という立場もございますから、そこはなかなかはっきりと申し上げることも非常に今、ちゅうちょすべきところもあるわけでございます。
 しかし、要は、戦前戦後を含めてこれだけ日本の国を大きくつくり上げてきたその最大の原因は、やはり教育だったと思います。これはよく言われることでありますが、いわゆる日本の国が世界の国に眼を向けて、目を開いて、そして諸外国に追いつけ追い越せと努力をした。その日本のエネルギーはやはり教育で、努力するものは報われていくのだ。それが家柄制度や身分制度というものを廃止をした。そして努力をした皆さんの人間の輪。そしてみんなの人間の総合力によって今日の日本はでき上がった。戦後、敗戦によって義務教育を、さらに年限が延長されて、そして量的にも拡大されましたし、それから水準も恐らく世界で最高の水準を示すほどの日本の教育になった。そういう意味で、量的な拡大あるいは水準の高さ、そしてもう一つは、先ほど申し上げた教育の機会均等、教育を受ける機会の均等を得た、こうしたことをこれからも日本の教育の正しいあり方として、これはみんなで守っていかなければならぬことだ、こう思います。
 しかし、その反面、いつも申し上げておりますが、やはり社会の変化というのは非常に激しいわけでありますから、長く申し上げると時間がかかってかえって御迷惑をかけますから一口に言えば、国際化時代になる。日本の教育で日本のことだけでは、世界の中に活躍していけない時代が来ている。つまり人間と人間、民族と民族の違いというものが出てくる。本質的な民族の違いはともかくといたしましても、世界全体の、例えば簡単なことですが、マナー一つ見ましてもそうでしょう。そういうふうにこれからの国際化時代ということを考えていく、あるいは高学歴社会、高齢化社会、情報化社会、あるいはコンピューター、ロボット社会とまで言われるそういう時代の中で、今日まで我々が大事に守ってきた日本の教育制度は若干きしみが出てくる。そういう社会のきしみに対して、例えば学歴偏重の社会とか、あるいはまた過熱した受験戦争でありますとか、あるいはまた多種多様な変化が量的にふえてきているのに、画一的にみんな同じ土俵の中で同じようなことをさせていくことが果たして本当に子供たちの教育にとってブラスなのかどうか、こういう画一的な問題、あるいはいろいろ問題になります問題児行動、そういうような問題は、これからのみんなの英知によって教育制度として改めていかなければならぬことではないだろうか。
 先生の御質問に対してお答えを申し上げるとすれば、そんなことを文部大臣として今考えなければならぬ。そういう意味で、二十一世紀にふさわしい日本の教育制度について幅の広い国民の皆さんの御議論を得て、日本の教育改革をぜひ皆さんの御協力を得て何とか完成をさしたいな、こんなふうに考えておるところであります。
○二階委員 次に、高等教育機関の整備についてお尋ねいたします。
 最近、地方において高等教育機関の整備が強く叫ばれ、国立大学の学部の増設等についても大きな関心が寄せられておることは大臣も御承知のとおりであります。しかしながら、学部の増設を抑える一方、臨調の答申や財政難に遮られてなかなか解決できないでいるのではないかと思われますが、この際、和歌山大学の理工学部増設の問題をもあわせ高等教育機関の整備について、現状と今後の見通しについてお尋ねいたしたいのであります。
○宮地政府委員 高等教育の整備につきましては、量的にも質的にも全体として均衡のとれた高等教育の発展を図るという考え方に立ちまして、従来から計画的な整備をやってきておるわけでございます。
 具体的には、先生御承知のとおり、昭和五十一年度以降五十五年度までの五年間を前期計画、五十六年度から六十一年度までを後期計画ということで整備を図ってきております。
 いろいろ関連する条件もあるわけでございますが、そういう中で具体的には量的な拡充よりも質的な充実に重点を置くということ、第二点としては、適正な地域配置を図るということで、大学等の大都市への過度の集中を抑制して地方において整備を進めるということ、第三点としては、高等教育の構造の柔軟化、流動化を進めるということで、いろいろ施策を進めてきておるわけでございます。
 今後の進め方でございますが、先般もお尋ねがあったわけでございますが、大学設置審議会の中に設けられました専門委員会で検討いたしまして、昨年十月、中間報告を発表したわけでございますが、ただいま関係方面の意見を伺いまして、その最終的な報告案の取りまとめをいたしておるというのが現状でございます。文部省としましても、その報告に沿って対応いたしたい、かように考えております。
 なお、お尋ねの和歌山大学について、地元から理工学部増設の要望があるということは承知をしておるわけでございますけれども、先生御承知のとおり、和歌山大学は現在、移転統合という大事業を遂行しておるわけでございます。当面これを円滑に進めるということが急務と私どもも考えております。大変、行財政事情が厳しい状況でございまして、学部を新たにつくるということについては慎重に対応しなければならないのではないか、かように考えております。
○二階委員 昨年十月、「昭和六十一年度以降の高等教育の計画的整備について」の中間報告、ただいまお話しのとおりでございますが、私は、この段階において文部省として今後これに対していかに積極的に取り組もうとされておるのか、その辺を大学局長、もう一度お答え願いたいと思います。
○宮地政府委員 先ほども申しましたように、六月じゅうには最終的な取りまとめをお願いしておるわけでございまして、例えば具体的に意見の出ておる点で申しますと、地域別の大学、短期大学の整備の目途につきまして、いろいろ地方公共団体等からも、例えばより一層地方に重点を置いた配分を考えるべきではないかというような御意見も出されております。それから、大学院の整備をどうするかというような点も問題点として出されております。それらを踏まえまして、ただいま取りまとめをしておるわけでございまして、六十一年度以降の計画的整備については、その取りまとめられました報告に沿いまして、私どもとしても万全を期してまいりたい、かように考えておるわけでございます。
○二階委員 今日、高等教育については、単に高等教育を文部省側から推進を図っていくというだけではなくて、地方においては、テクノポリス構想を初め、地域の特性を生かした新しい地域開発等を推進するために、陸海空の交通体系の整備とともに高等教育の必要性が別の面から熱心に要望されておるわけでございますが、特に理工科系の大学を誘致したいという希望は非常に強いものがあります。
 そこで、国立、公立、私立という従来の単純な方式だけではなくて、先ほどもお話ございましたが、いわゆる民間の活力、地方の持つエネルギーも大いに生かして、いわゆる官民合同による、国、地方公共団体及び学校法人のおのおの得意とする分野で相互に協力し合って大学をつくっていくということが必要でありますが、今日こうした姿で相互に、いわゆる三者協力体制でできておる大学としてどのような実例がおありか、お示し願いたいと思います。
○宮地政府委員 御指摘の、協力して大学を設置するという形でございますが、今日まで設置されてきておりますものは、形式上申しますと、私立学校法に基づいて学校法人が設置をしている私立大学として設置をされておるわけでございますが、その際、地方公共団体が積極的に協力している具体例といたしましては、例えば最近のもので申しますと、三重の松阪市にできました松阪大学でございますが、これは学校法人梅村学園が設置しておるものでございますけれども、地方公共団体として三重県並びに松阪市がそれぞれ相当、設置に当たりまして土地の問題でございますとか、あるいは施設について設置をするとか、その他資金についても積極的に援助をしているというようなことがございます。
 そのほか、五十八年度の例で申しますと、京都文化短期大学、これは地元の亀岡市が援助をいたしております。埼玉純真女子短期大学については、やはり同じく援助をしておりますのは地元の羽生市でございますとか、あるいは豊橋短期大学については豊橋市というような形のものがございます。そういう具体例は幾つかございますが、これらはいずれも既定の私立学校法上の学校法人として、私立大学として設置をする際に地方公共団体が援助をした例でございます。
 御指摘のいわゆる第三セクターというようなものについては、国、地方公共団体、学校法人の協力方式をどう考えていくかということについて、先ほどの中間報告においても趣旨が述べられているわけでございますが、私どもとしては、それを具体的に進めていく際の問題点というようなものについても、現在事務的にいろいろ洗い出しをいたしておるわけでございます。
 例えば具体的な例で申し上げますと、現在、学校法人が設置をする際に、校地については基準面積の二分の一を自己所有というようなことにいたしておるわけでございますけれども、具体的に地方公共団体が協力をする際に、現行の基準にどのように対応すれば、よりそれが促進をされるかというようなことについて、具体の問題点を私どもとしても洗い出して、それを検討しておるというのが現在の事務的な段階でございます。
 積極的に進めていくためには、現行のそういう問題点を十分洗い出しまして、さらに法制的な問題点もいろいろあるわけでございます。それらのまず問題点の洗い出しをして、それを積極的に進めていくためにどこまでどういう対応をするかということは今後の課題だと思っておりますが、私どもも、先ほどの中間報告、それから六月にまとめられます本報告でも、その点が積極的に述べられるものと考えておりますので、事務的にそれに対応することは今後積極的にやってまいりたい、かように考えております。
○二階委員 第三セクター方式の大学の設立について問題点を御検討いただいているようでございますが、私は、例えば和歌山大学の理工学部増設に関する要請のように、既に四十万人にも及ぶ多くの人々の署名を集めて、さらに理工学部増設のための用地も準備をしておる。県知事、県、市の議会、地方の経済界等が強い要請を繰り返しておるわけでありますが、先ほどの御答弁のとおり、これは今日の段階ではなかなか容易でないわけでありますが、このような地域の熱意というものは、ひとり和歌山県のみならず、各地にこうした声が起こっているはずであります。
 そこで、このような地方の熱意や社会の要請に文部省としてこたえるためには、今日の国の財政事情等を考えれば、大学誘致への熱意を持っているいわゆる地方のエネルギー、これをこの際大いに活用して、また積極的に協力を呼びかけて、国と地方公共団体及び私学及び経済界が相協力して早急に新しい道を開いていく必要がある。今、中間報告の後の審議を待っておるところであるようでありますが、私は、それぞれの長所を生かした、いわゆる知恵を出し合った、国、地方公共団体、私学及び地方の経済界も含めて、いわゆる三者協力方式についての幾つかの組み合わせのメニューをそろそろ文部省が提示すべき時期に来ておみと考えるわけでございますが、大臣のお考えを伺いたいと思います。
○森国務大臣 今二階さんのお話にございましたように、和歌山県にもそうした動きがございますが、全国いろいろなところからこうした動きが出てきているわけです。
 これはもちろん、高等教育機関を設置することによって、その地域のやはり文化や教育やという、そういうものを備えたふさわしい地域社会づくりをしようという意気込みもございますが、またある面では、どうも最近は企業の誘致などはなかなかはかばかしく進まない、そういう安定成長の状況に入ってきている。したがって、今さら工場は誘致できないから大学でもひとつつくろうかな、こういう発想もあるわけですね。ですから、北海道の例を挙げると大変恐縮なんですが、何とか村の村長さんがお見えになって、何の御用かなと思ったら、実は私のところに大学をひとつ、こういうようにお見えになるわけです。大学というものをそう簡単に、為政者の何か体裁だけのもので考えていいかどうかということもやはりこれは考えておかなければならぬと思う。それから、建物ができて、大学はできた。入るのはだれなのか、学生なんだ。それが学ぼうとする、何を学ぼうとしているのか。六十七年という一つの十八歳人口のピークというものを考えれば、今そういう入れ物をつくれば確かにそれを吸収でき得る、そういうある程度の中期的な見通しは立つわけですけれども、それからもう毎年毎年十八歳人口が激減をしていく。さっき大学局長が具体的な例を幾つか申し上げましたが、ちょっと固有名詞を挙げることは差し控えますけれども、現にできて数年たって、全然学生が来ないという大学もあるわけなんですね。さあ、その大学をどうするのかと言う、その面倒を見ろと言ったって、なかなか見れるものではない。そういうふうに考えますと、大学を設置するということはよほど慎重に考えていただかなければならぬ、こう思うのです。
 しかし、私自身としては、そういう物理的な理由はともかくといたしましても、やはり学問のあるいは研究の追求というのはこれは際限がないものだと思いますし、先ほども申し上げたように、社会の変化あるいは文化の進展というものを考えてみますと、やはり学問、学術というものは無限に広がっていくものでありますから、ただみんなが同じような学問を、みんなが同じような大学をつくることが果たしていかがなものかなという感じは私は持っておりますので、そういう意味で大学局長初め文部省、事務当局に私は指示をしているのです。国立大学がどの大学もみんな同じような学部をつくって、みんな同じような体制をつくる必要があるのだろうか。あるいはちょっと、申し上げるとしかられるかもしれませんけれども、坂田先生おられてこっちを見ておられますから、坂田先生に関係あるからちょっと申し上げますが、九州、あんなに畜産学部というのが必要なのだろうか、実際には現実にそれだけの必要がないような感じもする。
 あるいはもっと、いろいろな学部一つ取り上げてみますと、さっきあなたもおっしゃったように、今こういう財政状況である、行政改革の中で国立大学というのはなかなかつくっていけない、私学といえどもこれは国の助成の対象になっているものだ、こう考えますと、やはりもう要らない学問と、さらにもっと求めなければならない学問というのがあってもいいのじゃないか。そういうようなことも、もう少し文部省としても、やはりそういう専門の関係の皆さんの意見も十分踏まえながら、今あなたのおっしゃったように、単に国ができないから土地は県が出し、建物は市町村が出し、学校は既存の私学がやる、それを第三セクターと簡単にただ言っているだけの話であって、第三セクター方式というその設置主体はどんなものなのか。それに対して、先ほどもちょっと申し上げましたが、校地のそういう基準はどうあるべきなのか、あるいは学問の中身をどうすべきなのか、そういうようなことも、私は文部省としてもこれは少し対応がおくれているような感じがいたしておりますので、大学局長にももう少し真剣にこの問題を、具体的にやはりメニューを国民の前に明らかにしていく段階が来ているのではないか。単に御都合的に第三セクター方式なんということは、私はもう大変地方にとっても困る話ではないだろうか、こう思いますので、二階先生の御指摘は極めて時宜を得たものだ、私はこう考えておりまして、文部省としても、どういう方式でこれから高等教育機関の設置、あるいはどういう学問を進めていくか、あるいは設置主体というのはどうあるべきであるか、こうしたことなども検討をもっと具体的にさせていきたい、こう思っているところであります。
○二階委員 もう時間も参りましたので、この問題はこの程度にさせていただきます。
 次に、先日、こどもの日に、徳島のそっ啄育正会が青少年の健全な育成を願って、四国四県を対象に、第四回目の善行児童生徒の表彰が行われたことが新聞に載っておりました。早速森文部大臣からもメッセージが寄せられておりました。
 「そっ啄」の「そつ」は、鶏の卵がふ化するときに、卵のひなが殻を破って出ようとする、そして内側からつつくことを指し、「啄」は、そのとき親鳥が外からつつき破ることを言うそうであります。機を得て両者が相応ずること、師弟の機縁相熟するの例えに用いられ、教育の真髄を意味するようになったと説明が加えられております。
 財団法人のこの育正会は、単に成績優秀だけではなくて、お年寄りのために、体の不自由な人たちのためによいことをした子供たちを表彰する。私は、こうしたことを続けてこられた育正会の皆さんに敬意を表したいと思いますが、これにまた大臣も力強く、「二十一世紀はみんなの力で」というすばらしいメッセージを送られております。
 そこでお尋ねしたいのでありますが、現在の学校教育は余りにも画一化、平等化がし過ぎており、子供たちに励みになるようなものがないようであります。私たちの子供のころは、例えば一年間学校を休まずに通った場合、皆勤賞がもらえる、駆けっこで一番の人、病の親を助けて家のお手伝いを一生懸命やった人、一人一人の子供たちを励ます。そうした表彰があったわけでありますが、最近はそういうことはほとんど行われていない。差別、選別につながる、こういう理屈が言われておるようであります。私はこの間、ちょうど母校の小学校へ立ち寄りましたときに、この学校にも六年間皆勤の生徒が二人おります、しかしこれに何にも褒めてやることができないと先生がつぶやいておられました。周りからこうしたことをやっていただくのも一つの方法かと思いますが、学校自身がもっと、いいことはいい、勇気を持って一人一人の子供の持てる能力を引き出すような、いわゆる適性に合わせた表彰や励みになるような賞を与える制度を堂々と実施できるように、この際積極的に大臣として指導すべきではないか、こう思うのでありますが、御見解を伺いたいと思います。
○森国務大臣 二階さんのお話を今伺っておって、そう言えば私も小学校二年生のころまでは戦前でございましたから、確かに小学校の低学年のときに学校でしょっちゅう表彰制度があったような気がいたします。もっとも私は表彰されるような立派なことをしていないものですから、どうもその後全く表彰の経験がありませんが、私が五年生、六年生のころには、全校集会をやると、悪い子の記録、よい子の記録というのがありまして、よい子の記録というのは、名前を呼ばれた者が演壇に上がってみんなで拍手して、悪い子の記録というのは前に並んでみんなで頭を下げて帰るという、そういうことを今思い出しましたが、子供たちの心身の発達度合いによって、褒めることも大変いいことだし、それから物を上げるということ、表彰を上げたりノートを上げたり鉛筆を上げることも喜ぶかもしれませんが、今日のような物質的な豊かさの面から見れば、そんなものをもらっても喜ばないという面もあるかもしれない。しかし、こうしたことは、表彰して褒める、創意工夫に対して意欲を高めさせてあげるということはとても大事なことだと思いますが、逆に何かやって物をもらえるのだというような、そういう意識を持たすことも、これはまた教育上余りいいことではないなという感じもいたします。やはり表彰したり褒めたり称賛したりするということは、その学校や地域の教育委員会などで創意工夫をしてみる必要があるのではないか。人間は心の動物でありますから、そういう形で文部省からどうこうしろということではなくて、やはり学校長を中心に、あるいはその地域の教育委員会などが、どういうふうにしたら子供としての個性や特性や、あるいは子供たちの心身の発達の度合いによって、かえってそういう意欲が高まっていくのか。助長されていくのか、そういうことをみんなで話し合って、その中で工夫をしてもらいたいな、私は今の段階ではそういうふうな考え方を持っております。
○二階委員 大臣はそのようにお答えされるだろうと思っておりましたが、この間新聞を見ておりまして、そういう育正会が一生懸命やっていることに、大臣大分力を入れてメッセージを送られておりましたから、よそがやるときには一生懸命やるけれども、自分の方のあれではそういう通り一遍の当たりさわりのない御方針ではなかろうか、こう思っておりましたので、その点は答弁は結構ですから、もう一度お考えいただきたいと思います。
 なお、もう時間がございませんが、スポーツの振興について一言だけ、お願いを込めてお尋ねしたいと思います。
 最近オリンピックもいよいよということでございますが、一にも二にも、国民のスポーツに対してはすそ野を広げていくという努力が必要だと思います。最近は国民の総医療費が、今既に十四兆九千億円に及ぶ、こう言われておるわけでございますが、このうちの六割は運動不足が原因で生じた病だ、こう言われております。この点なんかも、ひとつこれから厚生省等ともいろいろ御相談なさって、文部省所管のスポーツ振興に大いに力を入れていただきたいと思うのであります。
 もう時間がございませんので、もう一つお願いがありますが、最近地方で少年野球だとかジュニアバレーだとかサッカー、キックベースボール、あらゆる子供たちのスポーツ熱というものが大変盛んになっておるわけであります。このリーダーが、大臣も御承知のとおり、ほとんどボランティアであります。私は、このような地域のスポーツ活動がさらに健全に発展することを願い、またこれを奨励するために、長い間全く無報酬でやっておるああいう方々に対して、大臣としてやはり感謝の意をあらわす、それについてはいろいろ創意工夫があろうと思いますが、その点もあわせて、今後ひとつ大いにスポーツの振興にも一層のお力添えをいただきたい、このことをお願いし、大臣の御決意を一言伺って、私の質問を終わりたいと思います。
○森国務大臣 最近のスポーツの隆盛といいますか、大変なものだと思っております。またその効果は、今先生が御心配をされましたような身体的な面から見ても、これからまた十年、二十年、いい結果が出てくるのじゃないか、私はこう思います。
 地域のボランティア指導者、確かに今日までも文部省はスポーツの所管の行政庁としまして、もちろんスポーツ団体、役員あるいはスポーツ振興に対しまして十分なる顕著な成果を上げた人たちに対しては表彰を行ってきたわけでありますが、今二階さんから御指摘がありましたように、ボランティアのお手伝いをしている方というのはほとんど日曜日、夜一生懸命やっていらっしゃる。私も自分の選挙区の方々を見ていても、よくそのことに頭が下がるのです。その中に学校の先生方も随分いらっしゃる。そして、もう本当に日曜日もない、夜もない、一生懸命やっていらっしゃる。自分の家に招いて奥さんにお握りをつくらせて、そして少年野球、少年剣道、少年柔道の指導者に、なっていらっしゃる。本当にすばらしいことだと思っています。また、そういう方々は本当に子供が好きで、スポーツが好きでやっていらっしゃる。何か表彰をもらおうなんと思っている方は一人もいらっしゃらない。ですから、かえってそういう方々に対して文部省として何らかの形で報いてあげる、喜びをあらわしてあげる、そういうことがないかということで、私は今、体育局長に命じて検討してもらっているのです。
 でき得ればそういう努力をしてくださる方に、単に今、先ほど申し上げたようにスポーツ功労者とか固体というのを選びますと、すぐに体育協会中心になって選んでしまうのですが、そういう選び方じゃなくて、やはり地域社会のみんなが、人のお世話でこんなふうになっているんだ、そういう方々にお報いができるように感謝状か何か差し上げられることがいいんじゃないかな、今事務的に体育局長の方で詰めていただいているわけでございまして、二階さんの御指摘、大変ありがたい御指摘であると私も考えて、できるだけ早く具体的にそういうことができるような方途をまとめたい、こう思っております。
○愛野委員長 稻葉修君。
○稻葉(修)委員 文部大臣に三つばかり項目を申し上げておきます。
 一つは、日本の社会世相、そういうことを踏まえて教育改革に本当に腹を据えて取りかかってもらいたいというのが一つ。
 もう一つは、教育は文化の源泉であるから、その文化とは何ぞや、文化と政治の関係といいますか、正しい教育観についてお尋ねしたい。
 第三は、私は、学校教育というのは先生次第、先生は校長次第だと思っているのです。正しい教師観が確立されていなければいい教育改革はできぬと思うから、その三つを、極めて短時間でありますけれどもお尋ねしておきたいと思います。
 日本の世相を私は非常に心配しておるわけでありますが、何かこうだんだんおかしくなっていく。経済的繁栄に酔いしれちゃって社会道義というものが地を払うておる。世界も多少そういう嫌いがあります。そういう点は、ちょうど大ローマ帝国が滅びるや、ウルピアヌスという法律家であり哲学者が、ローマの人々よ恥じよ、蛮族が強さにあらず、ローマ人が弱さにあらず、この滅びた原因は社会道義の退廃にある、こういうことを警告いたしました。そうして、あれはたしか近衛兵の反乱によって殺されちゃったんですが、そういうローマ滅亡の寸前のような世相に日本の状態は近いんじゃないかとさえ私は心配するわけです。また、現職の警察官が強盗を兼職しておったなんということは言語道断です。子が親をバットで殺したり、子供をほったらかして三日もほっつき歩いて子供を餓死させたり、こんなことはあきれ返ってしまうというくらいなんですね。そういうことは教育の荒廃に原因があるんで、その教育を直そうというのが中曽根総理であり、森文部大臣なわけだから、容易なことではないというお覚悟はあってしかるべきだ、こう思うのです。
 あなたは長い間文教部会におって勉強されて、ようやく今日望まれて大臣になり、担当大臣として第三次教育改革の衝に当たる、男子の本懐ではないですか。様子を見ているというと、ちょうど水を得たニシキゴイみたいな姿だね。
 この間、私はテレビを見ておりましたよ、あなたと細川隆元さんの「時事放談」の対談を。細川さんは、森さん、あなたは体が立派だからということを二度言った。頭のいいということは言わないんだ。私は、あれはいかぬと思う。あなたは非常に勉強されて頭がいいから質問しやすいんですけれども、これから申し上げますが、そういう教育の荒廃を非常に心配するちまたの声は満ち満ちておる。そこで、中曽根総理も内閣総体の責任においてこの教育改革に取り組もう、こういうわけでありますから、ひとつしっかりやってもらいたいんだ。お覚悟はいかがですか。
○森国務大臣 まず冒頭に、お答えを申し上げるということより、いろいろお励ましをいただきまして大変恐縮をいたしております。
 国会も議論ということはいいと思うのですが、質疑ということになりますと、質問する方と答える方ということになる。大体質問するというのは物を焦らない人が知っている人に聞くことを質問という、知っている人が知らない人に聞くというのは余り質問とは言えないのじゃないかと思うのです。そういう意味からいうと、稻葉先生は私たちの校長先生のような方でございまして、私ども今日こういう立場を得たというのも、稻葉先生や坂田先生あるいは灘尾先生という大先輩の御指導のもとになったわけであります。また今日、今の立場にございます文部大臣の大先輩でもございまして、その先生が私にいろいろ尋ねられるというのは、本当に正直言って、私にとってこんな苦しい日はないわけでありまして、ただただ先生の御指導をいただきながら、謙虚に今のこの任の重さを十分認識をしながら、先生がおっしゃったようにまさに容易ではない仕事だ、こう思っておりますが、一生懸命この仕事に全力投球をさしていただきたい。そして、私がいつも言いますように、今すぐそのことが完成するとは思っておりません。駅伝競争で言えば、ちょうど今たすきをまず背中に結びましてスタートをした、何とか次の走者にしっかりとバトンタッチをしたい、そういう気持ちで今教育行政の任にあります、こう私の心境を申し上げておきたいと思います。
○稻葉(修)委員 教育改革に取り組むために臨時教育審議会というものを設置される、その法案を出しておられますが、私は、文化と政治の関係は文化の方が上だと思っているのです。政治は二の次だと思っている。政治権力が最高だ、人類価値にとって最高だとは思わないのです。そういう国は全体主義の国で、ソルジェニツィンのような大文豪を追放したりサハロフを幽閉したり、随分野蛮なことをやるなと私は思っております。自由民主主義の国家においては文化が上、その文化を生む源泉である教育が上、真、善、美という人類にとって非常な究極の理想価値、それを創造するために働いている人々が、自由にいい条件で文化財を創造し得る社会的条件の整備者が政治家である。したがって、人類価値にとっては第二義的な仕事にすぎない、こういうふうに思っているのですね。まあ張り切るのはいいけれども――中曽根さんにも言うんですけれども、張り切るのは結構だが政治が一番上だと思っちゃいかぬぜ。だからこそ臨時教育審議会という中立的な、公平な、独立的なそういう機関を設けて自由自在な討議を経て、その結果を答申してもらって尊重する、こうなっているんだ、こういうふうに思うが、それでよろしいでしょうか。わからぬから質問するんですよ。
○森国務大臣 結論から言えば、今の先生のお話のとおりでございます。人間というのは心の動物である、したがって、人間が生きていくことによって、また人間同士がお互いに人間関係を持つことによってそこからエネルギーが出ていく、それがやはり文化活動だろう、私はこう思っております。したがって、そういう文化あるいは創造を引き出すような場面や土壌を一生懸命に条件的に整備することが政治だ、私もそう認識をいたしておりますので、そういう意味では、政治家はまさにその土壌をつくるために、あるいは条件をつくるために努力しなければならぬ。先生の著書からのお言葉をかりれば、土方のつもりで、そういうつもりでこの条件の整備をしていかなければならぬ、こう思っております。
 したがいまして、今度の臨時教育審議会、国会にお願いをいたしておりますが、教育問題はお互いに遠いところで一番大事な問題をなかなか話し合うことができない。常に周りをぐるぐる回っていく。そして特にイデオロギーの問題になってくる。そうしますと、子供たちのことが置き去りにされてしまう。そんなことがあってはやはり日本の教育にとって決していい方向にはならない。私は常々予算委員会で申し上げたように、今の日本のこの一億一千万を超える世代、人間というのは、ちょうどいろんな教育を受けた人たちがみんな集まっているんです。先生のような御年齢もいらっしゃる。それから先生のような御年齢の方を父親に、母親に持つ我々の世代がある。さらに、戦後全く新しい感覚で育った人たちがいる。その人たちに育てられた子供、これはもう先生や親になってきている。そういう世代がいろいろありますから、単にこのことが戦前回帰の思想だとかあるいは憲法だとかあるいは再軍備だとか、そういう問題をすぐ引き出すというようなことを、今の若い世代の人たちは考えていないと私は思うんです。ですから、そういう幅広い世代間の中で、今こそこういう問題を議論するには一番いい時期ではないか。そういう意味で総理がこの問題をぜひ国民のみんなで議論してもらいたい、こう申されたことを私も大変ありがたく受けとめております。
 そして、先生の御指摘どおり、中立的な機関で幅広い中から皆さんでこの問題を十分譲諭していただいて、そして長期的な問題を十分の御議論をいただき、我々政治家に対してこれを御説明をいただく、御報告いただく、あるいは御指示をいただく、そういうことが先生の今おっしゃった、文化創造が上であって政治が下にありますよという構図とぴったり一致するものではないか、こう思っておるわけです。
○稻葉(修)委員 なかなかいいお心がけてあります。したがって、政治家は謙虚でなければいかぬ、こういうふうに思うんです。総理大臣なんかになると、何様になったつもりでいるのかわからぬようなのがおりましたがね。また、諸外国を歩いて声価が上がっているというふうに思って、世界は中曽根を求めているみたいな考えにならなければいいかと思っているんだ。かつてそういうことを言って総裁選挙ではかっと負けた人もいる。教育改革というものは国家百年の大計でありますから、そういうことになっては非常な間違いを起こすのじゃないかと思って心配しているわけであります。あなたのお心がけは大変見上げたものであると私は思う。しっかりやっていただきたいと思います。
 次は、教師とは一体何なんだ、労働者なのか。
 この間私は、見てくれ、見てくれと言うから、文化女子大学付属高等学校というものを見に行った。そうしたら、自動車の中でそこの校長先生が、お忙しいのに来てもらってまことにありがとうございますが、もしとてもお忙しくて時間がないというなら生徒の顔だけ見てください、こう言われた。えらいことを言うなと思った。つまり、教育の効果が上がっているかどうかは生徒の表情を見ればわかる、こういうことを言われるわけですね。私も同感だと思って、なかなかいいことをやっているなと行って見てきましたが、あなたも一度ごらんになってもいいと思うくらいであります。
 そこで、今日の教育の荒廃の原因はやっぱり先生と生徒がしっくりいっていない。たまにはしかってもらいたいところをしからなかったり、また能力に応じないで鍛錬して戸塚ヨットスクールみたいになっては困るけれども、神様のような性質と動物のような悪魔性と両方人間は持っているわけですから、やはり教育は人間の神様のようないい性質を伸ばし、引き出し、エデュケートし、エルツィーエンし、それから悪魔性はやっぱり抑えつけなければならぬ。どうも戦前の教育は鍛錬、強制に重点がかかり、戦後の教育は何でも引き出す、引き出すといって悪性までも引き出して、親を殴り殺すような悪性まで出てきた。だから小さいときにやっぱり、カントの言っているように、欲望を抑えるしつけを受けなかった人は不幸である、こういうことを言っていますな。今あなた、世相を見てどう思いますか。個人的にも職域的にも地域的にもエゴイズムのはんらん、そういう世相を非常に心配するわけです。だからローマ滅亡の前夜みたいな感じがする、こう申し上げたのです。
 学校教育にもそれから幼稚園の教育でも、まず先生を尊敬せしめるというしつけを家庭においてしなければいかぬと思うのだ。学校教育と家庭のしつけと歩調を合わせて進まなければいかぬと思うのだ。そして、子供をしつける標準が昔は教育勅語なんかありましたから、弱い者いじめなんかしたときにはそこへ座らせられて、教育勅語に反するぞということで母親なんかにしかられたものだが、そういう標準がなくなったものですから、どうも戦後のお母さんたちは、非常にいい意味における教育ママたらんとしても、標準がなくてしつけの能力が失われて、そしてだんだん小学校へ行ってもおかしくなったりするんじゃないか。そして、家庭は学校の教育が悪いからだと言い、学校の教師は家庭のしつけが悪いと言って、責任のなすり合いみたいなことをしております。
 この間、私は、はらたいら君というのと竹下景子ちゃんというのと対談をした。そのときに私が北鎌倉幼稚園、これは円覚寺の経営しておるところですが、孫も子供も皆そこへやって、そこからもらった「子供のしつけ二十五カ条」というものを見せたら、これはテレビに出たものだから、全国から大変に、あれくれ、あれくれと言ってくるんだよ。いいことだなと思った。それほど子供のしつけに大変に悩んでいるのが現状ではないかと思うのです。
 いいこと書いてありますよ。なるべく戸外で遊ばせよとか、早寝早起きの習慣をつけよとか、買い食いは子供の健康を損ない性格を悪くするというようなこと、子との約束に背くときはうそを教えるに同じ。きょうはおとなしくしていればおもちゃをお土産に買ってきてやるなんて言って、飲んだくれて忘れてしまう。よくあるでしょう。あなたはそんなことはないと思うが。うそを教えるに同じ。だから、あれは「子供のしつけ二十五カ条」だが、子供のしつけを担当する母親のしつけ二十五カ条なんだね。
 そういうことがございまして、幼児教育、それから小中学校の教育、高等学校教育、大学教育、社会教育と、こういくわけでありますけれども、その教育の荒廃が叫ばれて久しいが、内閣全体の総力を挙げてこれに取り組むということを言っているのは我が意を得た次第である。歴代文部大臣にも責任がある、私らや坂田道太さんなどにも責任がある、国民に対して非常に申しわけない次第であるな、こう思っているわけであります。
 あなたは総理大臣とこの問題について一生懸命に取り組んで相談もなすったようでありますが、早く臨教審を設けていい答申をいただいてやっていただかなければいかぬが、その際に、この間細川さんとの話において教育基本法のことが出ておりましたが、そのことを論ずると入り口でがちっとぶつかり合って、そして臨教審設置までもこぎつけられないうちに対立が激化するから困るんですとあなたが言っておられたが、それは大変にいい考えだと思いますよ。
 同時に、教員は労働者であるのか専門職であるのかというようなことをここで私が質問して、あなたがお答えになって、また委員会の空気を険悪にしたりすることは慎まなければならぬけれども、私は、やはり労働者も大事ですよ、労働者を卑しむものではない。しかし、レーバラーあるいはアルバイター、これは法律学上の言葉、経済学上の言葉なんだ。働く者すべて労働者であるわけはないんだ。家庭の主婦はよく働くけれども労働者とは言わないでしょう。言ったらおかしい。奇異な感じを受けるでしょう。それはどういうところにあるかというと、家庭の主婦は御主人に対する愛惜とか子供たちに対する愛情とかそういうことで一生懸命に働いているのですから、工場賃金労働者のように一時間働けば幾らとかいうふうに、時間との関係においてたやすく金銭に換算し得る内容の労働力の提供者ではないんだな。労働者というのはそういう学術上の術語でありますから。だから、倫理綱領により教師は言うまでもなく労働者であるというのは、学問的に誤りだと私は思っているんです。文部大臣もそういう考えであられるのかどうか。やるとまた入り口で与野党間の争いが激化して法案が通らなかったり、いろいろあるかもしらぬ。だから、この間のあなたのテレビの答弁はなかなかうまいことを言っているな、さすがに政治家として成長なさいましたな、こういうふうに私は感得しております。
 やはり正しい教育観、教育が文化の源泉であり、文化は広い意味においては学問的な真理、倫理道徳的な善、至高の善、芸術的な美、これを人類価値にとって究極の最高な価値であるという価値観のもとに、政治は第二義的なものであるという謙虚な気持ちで取り組まれるということと、やはりきちっと教師観を踏まえていただかなければ正しい教育改革はできぬと思う。何といったってこういうふうに学校教育でも暴力だとか家庭暴力だとかを来した原因は、子は親の言うとおりにはしないけれども、するとおりにはするという恐ろしい言葉がある。学校の生徒も、先生の言うとおりにはしないかもしらぬけれども、するとおりにはする。ですから、ストライキなどに出かけていって、おまえらは自習していろよなと言う先生に対し、どこへいらっしゃるんですか先生、とこう言うと、おれはこれから実力行使に行ってくる、こう言うんだから、それをまねするわな。言うとおりにはしないけれどもするとおりにはして、そして今度は集団を組んで先生に対して暴力行為をしかける、こういう状態になっておる。
 どうもそういう点で、師の影三尺下がって踏まずということは言わぬけれども、労働者ではないんだ、先生は先生なんだ。資本と労働というような経済社会における対等の地位ではなくて、先生は上、生徒は下。大学紛争のときには団交と称して、先生は下で生徒が止みたいでいるような光景がたくさんあった。そして、その委員長みたいなやつが肩を突き出して「てめえ」というような言葉を使う。言葉の乱れは世の乱れと言うんだ。ああいうことを是正するには、やはり教師は聖職であるという観念をまず出発点において持って、そして取り組まなければいかぬ、こういうふうに思うのですが、文部大臣はどうでしょうかな。
○森国務大臣 大変示唆に富む、しかも新米の大臣といたしまして大変いろいろと御指導をいただきまして、感激をいたしております。(稻葉(修)委員「いや、質問しているんだ」と呼ぶ)さっき申し上げたように、質問は知らない人が知っている人に聞くことでございます。先生のそれだけの含蓄あるお話というのは、私はむしろ教えられることが非常に多いわけでございます。
 先生も大変幅広くいろいろお話しになりましたので、一言で申し上げれば政府の答弁はそれで済むのかもしれませんが、時間をいただいて少し私も、先生のお話について自分の考え方を述べてみたいと思うのです。
 教育というのは社会教育、家庭教育、学校教育、いろいろあります。私は、先生が御質問されるというので何をされるだろうと思って、きのうから一生懸命先生の著書を読んでいたんです。その中で一番感じたのは、先生も幼少のみぎりはあんまりいい子供ではなかったようであります。だけれども、お父さんとお母さんが夜、修君――先生のことです、済みません。修君のことで議論をされているのを自分が夜中布団の中で聞いておって、お母さんが、ほかの兄貴たちよりも惨と愛情を持って接する期間が一番短い――これは人間の生命のライフワークでありますから当然でしょう。そういう意味で、少し大目に見てやろう、こういうふうにおっしゃっているのを寝ながら聞いて、本当に母親の愛惜を知った。つまり教育というのは、教育をする者と受ける者との間の中にやはり愛情というものがあるべきだろう、先生はそのことをおっしゃったんだろうと思うのです。
 したがって、教師像という問題は、確かに私どもはあの四%の調整額、人確法のときにいろいろ教師像というものについて議論はいたしました。確かに最高裁の判例やその他憲法二十八条に言う「勤労者」という意味では、教員がその中に入っておることは間違いございませんが、やはり教職者という教育を施す立場の者を、あえて労働者であるとか聖職者であるとか勤労者であるとかということを定義づけなくても、愛惜を持って接して、自分の人格を教育の現場で、あるいは教科書等を一つの手段として広い教養を子供たちに教えていく、授けていく。授けるという言葉はよくないかもしれませんが、触れ合わせる、そういう立場になる方に、あえて勤労者である、聖職者である、使命職であるということを言う必要はない。そういう人格を少なくとも持っておられるだろう、あるいはそういう使命感を持っておられるということで、あえてそうしたことの定義づけをすべきではない、こんなふうに私は思っておるのです。
 ですから、お母さんの愛情と学校の先生の愛情、同じです。私たちの子供のころの先生と生徒との関係と今の先生と生徒との関係を比較してみますと、確かに文化的で、民主的で、平和そのものに見えますけれども、やはり先生に対する尊厳ということが、子供が考えている以上に先生たちがみずからその尊厳を捨て去ってしまっておられるのじゃないか。もっと胸張って、先生は先生というものの偉大さを子供たちに堂々と示すべきである。そのことが今一番日本の教育にとって大事なことではないかなと私は思います。
 カントの哲学の御指導を今先生からいただきましたので、生意気のようですが私もカントの言葉を使わせていただくと、人間は教育によって人間になる、これもカントの言葉です。ですから、先ほど二十五カ条の子供のしつけという話が出ましたが、文部省にも学習指導要領というのがございまして、これには道徳に小学校で二十八項目、ちょっとさっきよりも三つ多いわけですが、ちゃんと示してあるわけです。結果的に私、怖いなと思うのは、なかなか道徳教育というのはうまくいってないのじゃないか、そういう御指摘もいただくし、文部省も調査をしてみると、やはりいろいろな意味で道徳教育が徹底していない面があるのは、今の若い先生方自身が道徳教育をどうも学んできていない。ですから、これをどう扱っていいのか、ただ二十八カ条を読むだけならだれだってやるわけですから、その二十八項目のことを身につけて、先生の体験と先生のヒューマンからどう子供たちにそれを自然な形で教え込んでいくのか、そういうことが若い先生方に実際には理解がなされてないんじゃないかという感じが私はする。それは先生を責めるのではなくて、やはりそういう時代を生きてきた教育に責任があるだろう。つまり、教育によって人間というのはでき上がっていくものだということを考えますと、先ほど先生からお褒めをいただいたという意味で大変感謝をいたしますが、入り口のところですぐ政治論議になったりイデオロギーになるということは、かえって子供たちにとって不幸な現象だけを残すのではないか、こんなふうに私は思って伺っておったわけでございます。
 そういう意味で、先ほども申し上げて、重なって恐縮ですが、どうぞ本当に忌憚のない意見をみんなで交わし合えるような、そういう意味で臨時教育審議会の設置をお願いしておるわけでございまして、その中で本当に教育論をみんなで語り合ってもらいたいな、こんなふうに私は切望しておるものでございます。
○稻葉(修)委員 大変あなたに教えられました。だから私は質問している。
 労働者だとか聖職だとか、余りあげつらわぬ方がいい、ごもっともです。ただ、倫理綱領に労働者だと書いて、労働者だ、労働者だと言い過ぎたものだから、こっちも、そうではないんだと言いたくなってくるわけなんだから、あなたの姿勢が一番いい。やはりあげつらわぬ方がいいです。なかなか頭がいいよ。それはそうだと思います。
 国民みんなが教育改革を望んでいるわけで、教育改革なんかやらぬでもいいと言う人は少ないんじゃないでしょうか。それは世相を心配するからでしょう。そういう意味で、どうかあなたも世相を憂えて、にこにこばかりしてないで真剣に取り組んでいただきたい。
 以上をもちまして私の質問を終わります。
○森国務大臣 ありがとうございました。
 ただ一つだけ、文部大臣として、先生のお話の中で触れておきたいことがございます。
 先生は、今日までの政治家としての長い間の御功績の中から、大変謙虚にお触れになって、坂田君やおれたちは責任を感じている、こうおっしゃった。それは私は先生のお人柄だと思いますが、文部大臣の後継者といたしまして、先生や坂田先生を初め歴代の文部大臣は、戦後の日本の教育のために大変な努力をされた。それが、私が冒頭に申し上げたように、量的にもあるいは質的にも世界で一流の教育になった。教育の機会均等もこれだけすばらしく、日本の憲法のとおりになっている。教育のこうした功績は歴代の大臣方のお力だ。ただ、先ほど申し上げたように、いかなるりっぱな制度でも、やはり時代の変化、文化の進展に対応していかなければならぬ。そういう意味で新しい教育の見直しが必要だ、こう私どもは考えているわけでございまして、先生の御謙虚なお気持ちには大変痛み入りますが、文部大臣として私どもは間違っておって、誤っておって……、そんなことはどうぞこれからお話しにならぬようにぜひお願いをしておきたい、こう思います。
○愛野委員長 中西績介君。
○中西(績)委員 私は、四十人学級の問題と改善増の問題などにつきましてまず質問を申し上げたいと思います。
 四十人学級につきましては、予算委員会以来何回か討論も行われておるのでありますけれども、私はもう少し立ち入って、この問題についての文部省なりの考え方をただしておきたいと思います。
 この四十人学級の問題は、もう私が申し上げるまでもなく、十二年間、そして昭和五十七年から三年間の凍結をされまして、いよいよ来年、六十年から再スタートすることになっています。そして六十六年が終了予定ですから、七年間にわたっての四十人学級実現を目指す具体的な政策としてどうあるべきかという中身が今のところまだ不明であります、既に出されている分についてはありますけれども。
 ただ、その場合に私が非常に危惧をいたしますのは、六十五年までの財政計画そのものがまだまだ、心配しておられるように赤字を脱却して健全な財政にということにはならないのではないかということになれば、また同じことが繰り返されていくのではないかということで大変危惧をいたしておりますけれども、この点については今どのように対応されようとしておるのか、明らかにしてほしいと思うのです。
○森国務大臣 中西先生を初め、多くの各党会派の先生方から四十人学級につきまして大変御心配をいただき、むしろ政府に督励をいただく、そういう意味で御質問いただいておりますことに感謝をいたしております。
 私自身も、四十人学級を含むこの十二年計画は大変膨大なもので、ロマンがある、こういうふうに竹下大蔵大臣はおっしゃっていましたけれども、そういう表現はともかくといたしましても、みんなで苦労して何とかこの配置計画を改善させたい、そういうことでスタートをさせたわけであります。御承知のような財政の状況がございまして、さらに、そのことを先生が御心配になるという点も私どもも内々は心配をしつつ、この問題への取り組み方について事務当局にも十分慎重に、そしてまたこの精神を大事にしながら取り組むことを指示をいたしておるわけでございます。
 御質問でございますけれども、現段階におきましては、再三申し上げておりますように、全体の規模と最終年度だけは絶対に変えない、そのことは予算委員会で行政管理庁長官あるいは大蔵大臣の前でもはっきりと申し上げ、また各種の委員会で大蔵大臣あるいは行政管理庁長官も文部大臣の考え方をある程度支持をしていただいているわけでございます。したがいまして、この方向であくまでも私どもも努力していきたい、こう思っておりますし、そういう基本的な考え方を変えるということも全く今のところは思っていないということもこの際、明確に申し上げておきます。
 ただ、先生も十分御承知のとおりでございますが、いよいよ来年六十年度の予算編成に対する概算の編成をそろそろしなければならぬ時期でございます。この夏に向けましてどのような考え方で進めるかについては、財政当局自体の基本的な姿勢がまだ私どもに示されておりませんので、私どもとしても、今の時点でああだこうだと言うことはやはり差し控えなければなりません。現時点において明確にすることができないということは大変残念であり、また、先生の御質問に対してお答えができないということで恐縮には思っておりますが、先ほど少し長々申し上げましたけれども、基本的にはその考え方を変えない。そしてあくまでも努力をして、いろんな方向、方法を考えながら、方途を見出しながら、これが着実に進められるように最大限の努力をしたい、こういうふうにお答えを申し上げるしか現在のところではお答えのしょうがない、こう申し上げておるところであります。
○中西(績)委員 今大臣答弁されましたように、十二年の計画になる以前の問題として、一年間空白の期間をつくり、そして五年間で実施すべきものを九年間という、こうした延長したものを提案してきたわけですね。ですから、実質的には十年という、今までのペースでいくならばちょうど倍数のもので提案をした。ところが、それだけでなしに、それに今度は延長をかけてきた、それが結果的には十二年間ということになっているわけです。
 ところが、今私が申し上げましたように、私が一番心配するのは、具体的に私たちがむしろ期待をしたのは、五年間で実施し得たならば、その次の三十五人学級へという、あなたが今言われたロマンへ大きな期待感があったわけですね。ところが、それが全部つぶされた上でこのような結果になり、しかも実質的には五十七年から三年間というものは完全に空白期間に再びなってきた、こういうような状況があるだけに、今言われた規模と年限については変えないということはあくまでも信頼をしたいと思いますけれども、しかし、四次にわたる定数改善について五年ごとの実施をしてきたものを一挙に十年に延長し、しかもそれにまた二年をプラスして延長していったという過去の経緯があるわけですね。その当時より、より以上に今度は財政的に厳しくなってきているわけでしょう。そうなると、今大臣が言われるように、規模と年限については変えないという、今のところという、ここがみそではないかという感じがするわけですね。
 それともう一つ、今言われた中で、財政当局の態度が不明だから、いよいよ八月に向けての概算要求時期にどのように対応していくかということについての論議なり、あるいはこれらについての見解を今示す内容にはなっていないという言い方だろうと思いますけれども、しかし、これはあくまでも今のところというところに引っかかり、財政当局の態度が不明であるというところに引っかかり、しかもこれが実施をされた時期、十二年に延期したとき、このような財政が厳しいときじゃなかったのです。こういう幾つかのものを総合しますと、大臣がずっと引き続いておられて、これに命をかけてやられるというなら私はまだ信頼をするんだけれども、かわってまた別の人が大臣になって、あのときはそう申したけれども今度は別だというふうなことを言われたんでは、行政の継承性というものがどうなのかということからしますと、森さんには悪いんだけれども、私はそうした不信の目があるんですよ。
 ですから、この点を払拭できるように、例えばこういうことが言えるかどうかお聞きしたいのですけれども、来年度の概算要求については、この計画にあるようにこのとおりに提出をし、要求をするということをここで約束できるかどうか、この点についてお答えいただきたい。
○高石政府委員 第五次の定数計画を立てる際に、五十五年から六十六年度までの極めて大ざっぱな推計、それに基づく各年度ごとの割り振りの人数、これを明らかにしていることは御指摘のとおりでございます。ただ、現在の時点で考えますと、児童生徒数が当初の計画よりもかなり変動しているということが明らかでございます。したがいまして、その児童生徒数の変動を的確につかんだ上で今後の計画を考えていかなければならないというふうに思っておりますので、ここに示されているとおりの内容で定数要求をするということは適当でなかろうと思っております。
○中西(績)委員 そういう詭弁を弄してもらっては困るのです。この数字を少なくともこうした場合には、例えば今あなたが言われたように、変動しておるので的確に把握をするという、そのことはしていただかなくちゃならぬと思うのですよ。これを無視してやれとは私は言っていない。ということになれば、的確に把握をしたそのときに、七年間の割り当ての計画がこういう比率になっていくかどうかということが明確になってくれば、この数は四千四百あるいは五千ということでなくても、それは当然、例えば数が減ったというならば四千になるかもわからぬ。そういう比率の面で、明確にそうしたものを把握されて提出するのかどうか、こういうことを聞いておるのです。そういう、数が変わるんだからそれが把握されなければ云々ということじゃない。先ほどからるる言ってきたように、そうした問題があった中だからこそ、私は、このことをどう措置しようとしておるのかということをお聞きしているわけですから、この点でお答えください。
○高石政府委員 現在、来年度の概算要求をするに必要な基礎データとして児童生徒数がどうなるか、それから、それぞれの学級編制がどういうふうになっているかということの調査をやっているわけです。それをもとにして来年度の概算要求をしていきたいというふうに思っているわけでございます。したがいまして、先生も御存じだと思いますが、自然減がどれだけある、改善増がどれだけある、それから配置率の改善がどれだけある、最終的にトータルとして教職員定数を何ぼ要求するかということになると思うわけでございます。したがいまして、そのデータをもとにして具体的な計画をつくらないと、ただ数年前に示したこの数字の比率でこうします、ああしますと言うのは、計数的には非常にラフになってくるというふうに思っておりますので、そのデータの上に立って、この方向を十分考えた上で対処していきたいというふうに思っております。
○中西(績)委員 いろいろへ理屈を言っていられますから、それでは聞き返しますけれども、大臣、六十年から数えますと六十六年度までにあと七年間。そうしますと、七年間で割り振りをして、この当時であれば、例えば四万三千百四十二名、そして配置率の改善で三万八千五百三十二名、合計八万一千六百七十四名という人員が出ているわけですね。今まで実施したものといたしますと、これから具体的にするのは七万三千七百二名という文部省の資料です。そうしますと、これは数の上では合致しないということはわかりました。したがって、こうした計算なり目標とした今度は調査はいつ結果が出るのか、それが一つ。
 しかも調査が出れば、この七年間でこういう措置をするという約束をした内容で、具体的に七年間で措置を必ずしていくという、今さっき規模と年限については変えないということを言っておるわけですから、その再確認でありますけれども、そうしたものの具体的なものを今度は概算要求に向けて提出をするかどうかをお答えください。
○高石政府委員 調査は、来年度の概算要求の作業をするに間に合わなければなりませんので、少なくとも八月の中ごろまでには計数をつかまなければいけないというふうに思っております。そして、その上に立って六十年度の概算要求をどうするかというのは、これは予算全体の規模とかそういうものに影響がないとは申し上げられませんので、そういう政府全体の予算編成の絡みということを考えて、六十年度の予算要求の中身を固めていかなければならないというふうに思っております。
 それから、六十六年度までの状況についてどうしていくかというのを現在の時点で、しかも各年度ごとの予算で決めるわけですから、そういうものを抜きにして、ただ六分の一にするとか五分の一にするとか、そういうような形式的な形での表をつくっても余り意味がないというふうに思っております。したがいまして、六十六年度までの見込みを立てた全体計画を夏の時点で明らかにすることはできないというふうに考えております。
○中西(績)委員 そう言うから信頼できぬと私は言うのですよ。なぜならば、今言われたように、調査している、だからこれは八月中旬までにまとめ上げなければならぬと言うけれども、八月中旬ではすでに遅いと私は思う。なぜなら、文部省の今までの実態からいたしますと、八月中旬までと言ったら必ず九月だとか十月だとかになるのですよ。そうすると、それができませんでしたということでまたあいまいな形になる。今までそうなんですよ。特に、五十五年にやったとき、その前の年になぜやらぬかということを私たちは追及したけれども、それをやらずじまいにしてしまって、あいまいもことしてやってきた。私たちはそういう経験をしてきているわけです。だから、さっき言うように、大変大臣には失礼だけれども、そうした不信感がすでに私にはあるということです。ところが、また同じことを今言っているわけです。八月中旬というのはだめです。大臣、これはあなたの方からも、八月中旬じゃだめだ、ちゃんと八月の提出時期に完全に間に合う体制というのはいつなのかということをもう一度確認をしていただいて、その中で割り出しをしていただきたいと思う。
 それから二点国の問題ですけれども、政府全体の中で六十年度の予算で固めると言えば、先ほど言っておったように、これは大臣の方が全般的な目が見えると思いますから、私は、先ほど稻葉先生のおっしゃったように大変すぐれた大臣ですから、ぜひひとつその点をあれしていただきたいと思いますけれども、それじゃ、六十年が財政的にある程度見通しが立つかどうかです。もう大体立たぬということは、破産しているということはみんな言っているわけですから、そうなってきたときに、こうした概算要求をその中でもなおかつ出すか出さないかということが、これから以降七年間にわたる中でこれを実施するという、大臣が先ほど言った規模と年限については変えないという、その最も核心に触れる部分だと私は思うのです。ですから、その点がどうなのかということを聞いたのだけれども、予算抜きにしては何だかんだと言ったら、これはもうやる気がないということを前提に言ったとしか私は受けとめることができません。したがって、この点を改めていただけるかどうか。どうでしょう。
○高石政府委員 八月中旬までというのは、当然、来年度六十年度の概算要求の締め切りが通常でございますと八月末でございますから、その作業に間に合うために調査をしているわけでございますので、それは概算要求に間に合うための調査でございますから、それをずらかるということになりますと、概算要求の基礎データがなくなるということになりますので、そういう御心配は要らないかと思います。
 第二の点については大臣から……。
○森国務大臣 財政の見通しを述べる、見通しをどういうように考えているかということの御指摘だろうと思いますが、頭がいいとか悪いとかということは別といたしまして、国務大臣という立場でございますので、そういう立場で、今の時点で大蔵大臣という担当大臣の権限を、外からこの国会の場所でその財政の見通し云々をここで申し上げるということはやはり適当ではない、こういうふうに私は考えますし、それこそ頭のいい中西先生ですから、私の立場はそういう意味では一番よくおわかりいただけると思います。
 それから、先ほどから先生のお話の中で、例えば、今のところとか財政次第というようなところがどうしても疑いを持つところだと、こういうふうにおっしゃいました。先生の御指摘される点も非常によくわかります。先生も、四十人学級を何とか実現をしたい、こういうお気持ちで常に述べておられます。私どもも、この計画を立てました際には、坂田先生に御指導いただいて、私たちも何とかこれをやり遂げたい、こう思ったのです。ですから、そういう意味での考え方は先生と共通の、同じ基盤を持っておるわけです。確かに私は、いつになるかわかりませんが、内閣の改造があれば閣外に出ることは当然だろうと思います。しかし私は、やはり国会議員として、ここにこうして稻葉先生や坂田先生がお座りのように、また文教委員会あるいは党の文教部会に、いつまでも一生懸命仕事をやりたいという希望を持っておりますから、健康がしっかりして選挙区で応援さえしてもらえれば、そのままここに座っておることができるわけですから、ここで、大臣のときに言ったことと全く違ったことを党の立場で、そのときも私は与党であるだろうと信じておりますけれども、先生に顔向けができないような、そんなことはできるはずがない、私はそう思っております。
 もう一つは、そこまで言うと高石局長はちょっと困るかもしれませんが、私も大臣になった以上は答弁に責任を持ちたい。ですから、予算委員会でこの問題を一番よく聞かれましたが、その都度当然役所の方はある程度の答弁資料をつくってくれますが、おれが責任を持ってこれを言っていいんだなということは、私は何回も事務当局と確認をして言っております。もしそのことが本当にできないで、先生がおっしゃるようにごまかしてしまうようなことがあったら、私はこれだけ規模や期間について明言はやはりちゅうちょせざるを得なかったのじゃないか、こう思っております。また、文部省の事務当局も、私を殺すようなことはしないだろうと、こう思っておりますから、そのことを十分議論をし、打ち合わせをして御答弁をさしていただいておるわけでございますので、いろいろ難しい事態はこれからも予想はされますけれども、私たちもその情熱は決してなくなっているわけじゃありません。むしろ何とか実現の方向に行きたい、こういう気持ちでおりますので、どうぞ疑うとか疑わないとかということよりも、先生自身がこのことについて情熱を傾けておられるのだ、そういうお気持ちのあらわれであるというふうに私は受けとめさしていただいて、一層の努力をしたい、こういうふうに私は御答弁をさしていただきたい、こう思うわけでございます。
○中西(績)委員 私は、これは、大臣がこの点について責任を持つ、あるいは情熱を傾けてやられるということに対しては敬意を表します。ただ問題は、来年度の概算要求にこれを提出するかどうかについては、政府全体の中で固めていくとかあるいは予算抜きにしてはできないということが前提になってくると、これはもうすでに、だれが見ても、また同じような轍を踏むのではないかとしか考えようがないと私は思うのです。
 ですから、何としても政策的に、例えば文部省の文教政策の中で大変重要な課題だという認識があるならば、不要なものを削ったらどうですか。そのために、むしろ積極的に提出をしますと、その中で今度は他の省庁にまで向けてでも、問題の部分についてはそれを削っていただいても、我々文部省としてはこうした問題についてはもう長い懸案だし、しかも、文部省から言えばいろいろ平均値を出せばどうだとか、言い逃れはありますけれども、そうではなくて、密集地における状態というものは決していい条件にはなっておりませんからね。だから、こうした問題をやはり最重要課題として提案をしていく、そのことが結局他の条件、例えば軍事費だとかいろいろな問題等がありますよ。そういうような問題だとか、あるいは文部省の今施策としてやっておる主任手当の問題だとか、これが重要なのか四十人学級が重要なのかという判断を政策的に下さなくちゃならぬと思うのですね。そのことが今一番論議されております、教育をどう私たちの手によって再確立を図っていくのか、あるいは教育を守っていくのかということになるのではないでしょうかね。そうした論議なしに今言うようなことでは、なかなか納得がいきかねると言わざるを得ないわけですね。
 ですから、少なくともやっぱり来年度の概算要求については何が何でも、提案をしてでも、そして他のそうした不要の問題等まで踏まえてどうするかということを考えていきますぐらいに言ってもらわないと、今のようなあいまいな、あるいは抽象的な話では、来年度そうしたことが実現できるとは到底考えられない。というのは、既に報道されているように、この財源、税収だとかいろいろな問題からすれば、この不足額が何ぼだというようなことが的確にはまだ発表されておりませんけれども、出始めておるわけですよ。ですから、そうした教育施策の基本にかかわる問題としてどう踏まえていくかということを、その見地からどのようにお取り計らい願えるのか、この点もう一度お答えください。
○森国務大臣 私は党の立場で文部省の予算というものも応援をしてきた立場でございますから、つまびらかにすべて行政の中のことを知るわけではございませんが、従来もいわゆる財政状況がこういう形になってまいりまして、その中で当然文部省としては概算要求を提出をする、それまでの間にどこのところを優先するか、どこのところをカットしていくか、当然そういうプライオリティーの問題は議論しているわけですし、私どもも党の立場で文部省の教育予算というものについての、どこにウエートをかけるべきか、こういうことは従来もやってきておるわけでございます。
    〔委員長退席、船田委員長代理着席〕
 したがいまして、恐らくこの六十年度の予算編成の概算要求を始めるということになれば、やはり全体の枠は財政当局の一つの指針が示されるわけですから、それが示されて初めて文部省としてはどこを大事にして、どこを薄めていくのか、そういうことは当然議論をいたしますから、先生のお話のとおりのような考え方も当然みんなで議論をしていくことになると思います。
 ただ、今先生が例えばとおっしゃった引用のそれは、やっぱり政策のいろいろな違いがありますから、どこが大事でどこが大事でないのか、これは政党によって違ってくることであろうと思いますから、ここで私としては、そこのところを消してこちらをふやしていくというようなことは、今の時点では申し上げるわけにもいきませんし、これは当然事務当局も十分検討して、もちろん最終的には私も判断をしなければなりませんが、やはり与党の自由民主党の皆さんの意見もまた十分聞かなければなりませんし、そういう中で判断をせざるを得ないというふうに考えております。先生の御指摘のように、全体的な枠がシーリングという形で示されるということになれば、優先順位は何か、何を中心に最大の課題としてやるべきかということは当然検討していくことになる、こう思います。
○中西(績)委員 この点で時間を随分過ごしましたけれども、いずれにしても私は、これは一つの文部行政の根幹にかかわる姿勢として、これが最も端的なものではないかととらえて、きょうこの点について特に質問をしたわけでございます。
    〔船田委員長代理退席、委員長着席〕
 ですから、それ以外に、例えば今あなたが言われたように、政策的に自民党としては、あるいは文部省としては、私が言うこととは違うだろう。しかし、そのことを今度はまた私たちが指摘をする、その中身がじゃどうなのかという点についての論議はまた別の時間にあれしますけれども、いずれにしても、この問題については概算要求をやっぱり出していくということなしに、だれもが納得するということにはなりませんよ。この点だけは明確に持っておいていただきたいと思うのであります。
 そして、そのためには、この規模と年限については絶対に変えぬということがそこにあっての上の問題として――なぜかというと、財政的にお考えになってもおわかりでしょう。これをもしことしぐらいにやらなかったときには、今度どんどん万単位でやらなくちゃならぬということになるわけですから、そうしたときに果たして財政が好転しておるかどうかということを考えていただいたら、これまた不可能だということになることは必至なんですよ、今までの状況から考えましても。ですから、この点だけは何としても、私はやはりもう一度省内で論議をしていただいて、今度の概算要求に出すんだという決意を固めて、いつかの機会にまた何かに折り入って聞きますから、ぜひ討論をしておいていただきたい、要望しておきます。
 それから改善増も全く同じですか、これはどうでしょう。
○高石政府委員 そうでございます。改善増につきましても、全体の状況を見た上で対応していかなければならないと思っております。
○中西(績)委員 そうなりますと、先ほどから私、言っているように、七万三千七百二名という数になるわけですね、両方合わせますと。だから万単位ですよ。だから、数がわずかでも減ったから教員の数がある程度減ったといたしましても、例えば七万という数は大きくは動かないだろう、こう考えなくちゃなりませんね。そうすると万単位で操作をしなければならぬ。一年間を今度は変な格好で、あるいは二年間を変な格好でやったら、万単位どころじゃないですよ。一万五千なりという数で操作をしなくちゃならないということになってくるわけですからね。だからこの点を十分勘案して、将来必ずこれをやり遂げるという前提に立つならば、むしろ概算要求で積極的にこれを提出して実現をさしていくということの方が私はより有効ではないだろうか、こう考えます。
 この点は、あわせて一言だけ言っておきますけれども、公立文教施設整備費の関係あたりの答弁を求めますと、数が減ったし、それから県の教育委員会から上がってこないと、こう言うけれども、逆に今度聞き合わせてみると、文部省からこれだけ上げてこいということを言われていますから全部そこで制限をして上げていますということを言うわけですね。だから、こういうような公式の場でうそを言ってもらっちゃ困るのですよ。さっき稻葉先生言われたように、少なくともここの論議でうそを言っちゃいかぬですよ。極めてまじめに討論をしてもらわぬといかぬと思いますよ。必ず私たちが開いたときにはそういう返答がはね返ってくる。ところが今度自治体に聞いてみると、いや、それは実際には抑えられていますよ、こういうことになれば、だれがどこでうそを言っているかということになってしまうのですね。そして、いろいろ追及しておると、余り地方のことを言うと今度は調査資料がとれないから余り言わぬでください、というような話になってくるんだよ。それじゃ討論なんというのはどこでやるのかということになるのですよ。
 だから私は、そうした姿勢そのものがあるからこそ、先ほどから何回も繰り返しているけれども、不信感がありますよと言うのは当たり前でしょう。であれば、この施設整備費などというものは公共事業の中で典型的なものですよ。景気回復策からしましても、全国津々浦々にわたってこれがあるわけですからね。そういうものはどんどん、四百七十億も削っているわけでしょう。ここ三年間ぐらいで一千二百億ぐらいですか、削っているわけでしょう。それで片や前倒しにせいとかなんとか言って、やあやあ言っているでしょう。こんなばかげた論議というのはないですよ。だから、やっぱりこうした問題を私たちが信頼できるように、ぜひこの年限内に実施をしてほしいと思います。この点、きょうはそうした答弁もできぬようでありますから、先ほどの八月中旬までというものも再度点検をし直していただいて、果たしてできるのかどうかということも含めて、確たる答弁ができるようにしておいていただきたいと思います。
 以上、要望しておきます。
 それから次に、私は予算委員会のときにも分科会で質問をいたしましたけれども、同和対策関係について質問を申し上げたいと思います。
 そこで、いろいろありますけれども、この問題について文部省がその実態把握を本当にしておるかどうかということが大変大きな問題になっておるわけですから、この点はひとつ的確に私はお答えをいただきたいと思います。
 まず、大学の進学率が、この文部省資料によりましても、戦後初めて、一%程度ずつずっと上昇したものが五十八年度は低下をいたしました。このことは、もうここで申し上げるまでもありません。そこで、文部省としては、設置者別の大学進学率の内訳なりそれから都府県別の大学進学率の内訳、それから最後に、同和地区の場合、対前年比で都府県平均よりも進学率が低下したところの都府県のケースあたりがどのように調査され、掌握されておるのか、この点お答えください。
○宮地政府委員 同和地区の大学進学率の問題について、もう既に予算委員会の分科会でもお尋ねがありましてお答えをしておるわけでございますけれども、お尋ねの点で、一つは府県市別の大学進学率についてのお尋ねでございますけれども、従来、この調査は各府県市別の結果を公表しないということで各府県市の御協力をいただいて実施しておるわけてごさします。したがって、各府県市別の結果について申し上げることについては差し控えたいと思います。
 なお、今後各府県市別の結果を公表することを前提に調査を実施することにつきましては、関係の府県市の意見を聞いてみた上で対応をいたしたいと考えます。
 なお、対象地域の同和関係者の子弟の大学進学率の実態を正確に把握するということについては、大変困難があるということについても御理解を賜りたいと思います。
 それから、お尋ねの第二点でございますか、大学進学率が前年に比べて低下している割合のようなお尋ねであったかと思うのでございますが、五十七年度に比べ対象地域の大学進学率が低下している府県が約半数でございます。
 なお、前年度に比べ一%以上進学率が低下している府県は全体の三分の一程度というぐあいに私ども把握しております。
○中西(績)委員 そうしますと、今言われました設置者別の大学進学率の内訳並びに都府県別の大学進学率の内訳については、公表できないということですか。
○宮地政府委員 設置者別の進学者の内訳でございますが、五十八年度の一六・五%のうち二%が国公立大学、一四・五%が私立大学への進学率でございます。
 先ほど申し上げましたのは、府県市別の大学進学率の点については公表を差し控えさせていただきたいということで申し上げたわけでございます。
○中西(績)委員 そこで私、設置者別ということを言ったのは、例えば国公立四年制あり、私立四年制あり、短期大学があるわけですから、そうした設置者別のものはどうでしょう、こう言っているわけです。したがって、今あなたが言われる国公立二%、私立一四・五%という、これより以上のものはできないのかということを今お聞きしているわけですね。
○宮地政府委員 そのとおりでございます。
○中西(績)委員 そうしますと、あれですか、これは短期大学だからできぬということ、どうなんですか。
○宮地政府委員 調査として大学、短期大学を一本で調査をしておるものでございますから、その別はただいま資料として持ち合わせておりません。
○中西(績)委員 ですから、実態ですからね。少なくとも現在はこうして国公立、私立だけで調査をしているからできない。ならばこれから後は、国公立にしましても、私立にしましても、四年制あり二年制ありですから、そうしたことはこれから調査をしてやるつもりはおありですか。
○宮地政府委員 そういう問題につきましても、それぞれ関係府県市の担当者の意見を聞いた上で対応いたしたい、かように考えます。
○中西(績)委員 どうしてできないのですか。
○宮地政府委員 できないと申し上げておるわけではないわけでございまして、具体的に調査に当たっていただきますのはそれぞれ関係の府県市の関係者でございますので、その担当者の意見も聞きました上で、対応としてそういうこともやるべしという結論が出るならばそういう対応をいたしたいというぐあいに申し上げておるわけでございます。
○中西(績)委員 私があえてこれを挙げて言っているのは、文部省が同和対策なり教育なりの施策を確実なものにしていくためには、やはり資料なり何なりは持っておらぬと――皆さんの場合には、行政の場合には、私たちが抽象的に言ったってなかなか信頼しないと思いますよ。ですから、そうであればむしろ積極的に皆さんの方が、こうした問題については今までやってなかったけれども、さらに細かく手厚く調査をするなり何なりをして、十分な把握の中でこれから行政施策を強めてまいりますということであるなら私は納得いきますけれども、この点どうですか。
○宮地政府委員 四年制と短期大学との別もさらに細かくとることが、今後の施策の上でより的確に対応するということも考えられるわけでございまして、それらの点は関係府県市の関係者とも十分今後検討させていただきたい、かように考えます。
○中西(績)委員 それでは、この点についてはぜひ検討してほしいと思いますし、さらに皆さん方で十分な討議をしていただいて、そして一定の方向性というのを、よりよいものを出していただくようにお願いをしておきます。
 そこで、今度高校進学率を見ますと、文部省からいただいたのでは、全国平均としては九四%になっておりますけれども、対象地域は四十二年ごろから急激に増加をいたしまして、やはり同和対策そして奨学制度そのものが確立をされて以降、大体全国平均に近い状態にまでなってきました。ところが残念なことに、五十四年度が八九%までなってあと五%と来たところで、昨年今度は八六・六%に低下していますね。この点について、なぜこうした事態になったのだろうかということの分析なり何なりはなされておりますか。
○高石政府委員 これは各県の報告をもとにして考えてのことでございますが、一つは、進学の志向が技術修得というような変化が行われて、ただ形式的に高等学校に行ってもしょうがない、それよりも専門学校等に行ってそういう技能・技術をしっかり身につけていきたいという変化が出ているようでございます。これは一般の高校、一般の地域においてもそういう変化は今後も出てくるのではないかと思われます。それが一つ。それからもう一つは、やはりいろいろな不況の影響というのもあるのではないかということが考えられているわけでございます。
○中西(績)委員 今言われる大学の場合も、やはり同じように大学志向型が一般的には低下をした、こういう言い方をしたし、そして論議をした結果としては、一般の大学進学の場合が低下をしておるときに、経済的には非常に厳しい中だったけれども、この対象地域、同和地区の場合には一%ずつ上昇した。ところが今度は、五十七年の十月から奨学金の給付制が貸与制に変わってからは一%落ち込んだというのですから、この点については一般の場合の志向性とちょっと異質であったわけですね、大学の場合には。そこは確認できたと思うのです。
 ということになってくれば、今度のこの高等学校の場合のこれがなぜ落ちておるかということあたりも、今言われる一般的なものだということで片づけるべきものであるかどうかということ、ここはもう少しやはり掘り下げて検討しておく必要があるのではないか。私がこのことを特に申し上げるのも、先ほど同じように――高校の進学率も各県別の内訳というのは発表できないのですか、その前にちょっと聞いておきますが。
○高石政府委員 各県いろいろな事情がありまして、調査をお願いする際に、これは各県別の状況を発表しないという前提のもとに調査をしたわけでございますので、各県別の発表は差し控えているわけでございます。
○中西(績)委員 これは、発表しない、発表しないということになってくると、我々、知る由もないですね。討論に参加もできぬですね。だから、これは大変な問題じゃないかと私は思いますね。委員会でそうした的確な数字を得て的確な討論をしていくということが、私は今一番欠けておるのではないかと思うのですけれども、この点ができぬということになれば、何を基礎にしてこれからこうした問題について討論するのか、教えてください。
○高石政府委員 全体的な集計はして、申し上げているような形の状況が出ているわけでございます。ただ、各県にはそれぞれの事情がございますし、また、各県の対応というのも、その地域の実態に応じて対応していくというようなことでございますので、各県がこうであるから画一的にこうだということを論じにくいという点があるので、各県ごとの内容についての報告はしないということにしているわけでございます。
○中西(績)委員 そこまで言うなら私も言いますけれども、私たちは、かつて文部省が配置している教員数の問題等について、これについてもやはり同じなんですよね、発表しない。よく追及をしてみると、結果は、県の教育委員会がごまかしておったという実態があったわけですよ。だから我我にそれを発表すると、うそのものが我々に手渡されるわけですから、そうなってくると、今度は具体的に県における段階で、文部省からわざわざ定数上の予算が配置されているのにそれが実際に使われておらないということになってくると問題になるものですから、なかなか発表というのをやらなかったのですね。私は、そうしたこととかかわりがあるのではないかというような感じがしてなりません、かつてあったから。そういうことになると、的確な論議がされないということと同時に、そのような不正なことが許されるということを意味するのですね。少なくとも文部省が配置をした数ぐらいは、あるいは上がってきたデータについては責任を持ってやるということになっていないと、文部行政そのものがゆがめられていくという可能性だってあるわけですから、この点はどうでしょう。
○高石政府委員 一般的に、中学生の卒業後の進学状況等の調査に当たって、各県の協力を得て全国的な集約に努めなければならぬわけでございます。そこで各県は、個別の内容についての発表をしてもらわない方が県の行政としていいという判断もありますので、したがいまして、調査に当たりましては、各府県、指定都市別に内容は公表するものでありませんとわざわざ文書の中に入れて調査をしているわけでございます。そういう関係で、この内容を、そういう約束違反のような状況で国のレベルで発表するということは適当でないというふうに思っております。
 以上でございます。
○中西(績)委員 そうしますと、大臣、かつてそういうように不正なことをしておったことがそのことによってはれて、そして今度は大問題になり、それを補強するような、補完をするようなことがあったのですね。ですから、そうしたこと山体が含まれておって、文部省はそれを外に渡さない、各県別にはそれぞれ独自の問題があるからということを理由にして。それを許すということなら、今度ほかのことまでそうしてもらいたいのですよね、文部省が。ところが、そうしたことについては今度は強引に枠をはめてごり押しをしていく。かと思うと、本当に私たちがこうした問題について論議をしようとすると、こうした答弁がはね返ってくるということになりますと、ちょっと問題があると思うのです。
 大臣、この点について大臣に聞くのもちょっとなんですけれども、文部省の事務担当者、そういう人たちに、どこいら辺に真意があるのかを一度お聞きになっていただいて、きょうはもうできないと思いますから、後日でもまたお聞きしますので。そうしないと、これは私は的確な論議にならぬと思いますよ。私はむしろ積極的に、このことこそ明らかにして、おくれておるところを引き上げていく、あるいはそのためには今何をなすべきかということを討議をしなければ、ただ一方的に文部省の官僚の皆さんは知っていて、おれたちだけは知っているということで、我々にその討論の中に参加をさせない、こういう密室的なものになっていけば、これは開かれた行政施策というのは出てこないのではないかと私は感じますので、この点について後で話し合っていただけますか。
○森国務大臣 今事務当局の方がお答え申し上げたように、極めて大事な問題でありますから、先生が御心配になるような、過去の例示と対比されて引用されてお話をされましたけれども、そうした形で一緒にすべきような事柄ではなく、極めて大事なものであり、またそれぞれ個人個人のいろんな意味での事情というものがあるわけでございますから、今局長が答弁をいたしましたことがすべて、私は信じている、これは私は大臣としてそういう気持ちで事務当局を理解をしておるつもりでございます。
○中西(績)委員 大臣、見てください。これだけですよ、持ってきた資料は。これで私に討論に参加せいと言ったってできません、これだけでは。これ見たら、わかるでしょう。たった二行です。これもそうですよ。これで、どこに問題があるかということの核心を掘り下げて論議をするという習慣をつけぬと、文部省の文教委員会における討論の仕方というのは私は極めて遺憾です。これを改めるという態度を持っていただかないと、本格的な討議にならぬのじゃないですか。また本格的な討論を拒否をするのか、あるいは忌避をするのか、どちらですか。
○高石政府委員 データにつきましては各県の協力を得ないと、文部省でなかなか的確なものを直接調査するわけにいかないので、どうしても協力を得て調査しなければならないわけでございます。そこで、調査をするに当たって各県のいろんな意向もありまして、各県別、各地区別、市町村別というようなものについては公表しないという前提でやってもらいたい、こういう前提があるものですから、文部省がそこを無視してしまって結果は報告すると言えば、かえって県から正確な報告が来なかったり報告がおくれたり、こういうような事態にもなりかねないものですから、そういう意味での調査の形式をとっているわけでございます。
○中西(績)委員 そのことこそ、例えば同和教育なら同和教育問題を本格的にやるなら――本格的にやらぬからあなたたちはそういうことが平気で言えるのですよ。本格的にやるならば、少なくともそうしたことを言う都府県あるいは政令都市に対して、皆さん方からそうでないということを指導しなければいかぬと思いますよ。そして、相互間における信頼の中で一簡単に皆さんの場合には、例えば国士館の問題とかあるいは九州産業大学の問題なんかのときには、私学との関係の中で信頼を何だかんだと言うんだけれども、ここでは今あなたが言っておられることからすると、県教委なり何なりとの関係の中から言いますと信頼関係がないということですか。私は、少なくともそこに信頼関係が存在をしないと、この同和教育問題を行政的に措置をするなどということはできないと思います。まずこれが基盤じゃないですか。その点どうですか。
○高石政府委員 各県で同和地域の置かれている状況というのはいろいろ画一的でない、非常に変化に富んだ状況にあると思います。したがいまして、それぞれの県、市町村でそういう面の事業を展開する場合に、法律の精神に従いまして同和事業の推進を図っていかなければならないということを基本的に思っていると思うのです。その際にやはりいろんな、ある場合においては人権に関係するような問題もございましょうし、そういうことを配慮していけば、今の時点で逐一内容について公表されない方がいいという一つの行政的な判断というか、政策的な判断というものがあろうかと思うのです。したがいまして、公表がすべて善であってそういうような配慮がおかしいと言えないというふうに理解しているわけでございます。
○中西(績)委員 このケースがそういうものに値するのですか。そうお考えですか、局長は。例えば就職などの問題のときに今なお、進学の問題だってそうです、進学だって就職だっていろいろ多くの問題があるについても、労働省と文部省との関係になるのだけれども、文部省なんか、そうしたことについての指導がむしろ落ちているじゃないか、あなたがそれほど心配するなら。そういうことについては全然配慮も、全然と言ったら語弊がありますけれども、配慮が足りないくせに、こうした問題が公表されたら行政的にいろんな問題を醸し出すとお思いになっているということが私は不思議でなりません。
 そこで、ちょっと飛んで聞きますけれども、これはだれに聞いたらいいですか、文部省は同和研究会なり、あるいはこうした勉強会なりやっておるのですか。高石局長なんかはそういうことをやられた経験を持っていますか。
○西崎政府委員 同和教育にかかわります公務員としての研修、研さんは大変必要なことでございます。
 この意味におきまして、これは総理府の同和対策室が中心になりまして各省の幹部職員あるいは課長補佐以下の研修をやっておるわけでございますが、昨年で申しますと、二月に私ども、本省職員百七名を研修に参加させております。この場合は本省の課長補佐以下でございます。それから五十八年の十一月二十二日でございますが、この場合の研修会には幹部職員でございますが七名を参加させております。それから、五十八年の十二月七日におきましては課長補佐以下として六十八名を参加させる、こういうふうな実績もございまして、各局にわたります文部省関係の同和行政でございますので、広く職員が参加できるような研修の機会を持つようにいたしておるところでございます。
○中西(績)委員 今わかりました。五十八年度における実施、恐らく幹部職員の中に入っておっただろうと思うけれども、今の答弁を聞いておる限りではわかってないですね。私に言わしてみるならばわかってない。なぜなら、こうしたことがなぜ隠されなくてはならぬ。だから就職だとかいろいろやらなくてはならぬ問題については、なかなか手を触れようとしないんですよ。しかも進学する生徒の数ですよ。それが何で出されないかということは、この点は私はどうしても納得できないですね。もうこの点だけで時間を費やすわけにいきませんから、これは今度は個人的にでも私はもう一回論議を尽くしてみたいと思います。
 そこで、もう一つお聞きしますけれども、中学の卒業者を母数にしまして高校及び大学の奨学金を受給しておる者の比率がどれくらいになっておるのか、それから中学卒業者を母数にしまして高校あるいは大学進学率、これは奨学金受給者を対象にでなく全般的にどの程度になっておるのか、この点をお聞かせください。――わからなければ、これは後でまた提出をしてください。そのときにまた詳しくお聞かせください。
 最後になりますけれども、識字学級の問題でお聞きしたいと思います。
 識字学級問題は私がここで多くを申し上げる必要はございませんけれども、私がなおこのことについてここで申し上げますのも、これは大阪で調査をした結果いろいろなものが出ています。例えば同和地区の皆さんの十五歳以上の学歴構成比が全国と比べてどうなっておるかというような問題、例えば未就学の場合が全国は〇・三%、大阪府が〇・三%のときにこの同和地区の皆さんの場合には七・四%ある、そういう例だとか、それから今度は中等あるいは高等教育卒業者の比率が、全国と対比してみた場合に、全国で言うならば二十年前と全く同じ数になっておる、あるいは未就学者の場合であるならば三十年前の全国の水準と同じ率になっているとか、あるいは読み書き力の状況がどうなっておるのか、読むこと、書くことにおいて不自由さを感じておる人たちが二二・四%、あるいは書くことで二九・五%だとか、そういうものを全部調べてもらっています。こういうものを見ますと、私は、識字学級の果たす役割というものが大変大きな力になり得るし、また大変重要ではないかということを感じるわけですね。
 したがって、きょうここでお聞きしたいのは、識字学級に通っておられる方々の性別と年齢別などについてお調べになっていますか、これが一つ。それからもう一つは、同和地区の親たちの読み書きの能力、そうしたものの実態などをお調べになったことがございますか。この二点、どうでしょうか。
○宮野政府委員 識字学級について何遍かお答えしたことがございますが、昭和五十六年度に調査しました調査の内容は、昭和五十五年度間の識字学級の調査をしたところでございます。
 その中で、識字学級の受講者というのが、つまり昭和五十五年度の調査でございますが、若干出ておりまして、年齢別に申し上げますと、受講者のうち二十歳未満の方が二・七%、二十歳から二十九歳、二十歳台の方が八・三%、三十歳台の方が二一・六%、四十歳台の方が三一・六%、それから五十歳台の方が二二・二%、六十歳以上が一三・六%となっております。三十歳未満の若い人は一割、三十歳以上の方が大体中心を占めておられる。今までの国民の学校教育の普及状況を反映しているのではないかと思うわけでございます。
 なお、性別については遺憾ながら調査いたしておりません。昨年度、五十七年度間の調査をいたしましたが、そのときは、特にこの関係については調査しておりませんが、実態はそう当時と変わってないのではないかというふうに思うわけであります。
 それから、識字学級に参加されているいろいろな方々の読み書きの能力等は、これは総括して申し上げることは非常に難しゅうございます。私どもが例えば拝見した一例のテキストが、市でしたか、つくったのがあって、これを見ますと、簡単に言えば、平仮名も習うようなところから中学校修了程度ぐらいまでのテキストがありまして、かなり個人的にも差がある。したがって、学習もなかなか識字学級の学級を進めていく上では難しいということで、先生も御存じのことと存じますが、通常の学級と違いまして、識字学級の場合には一人の先生が、指導者が教えるということもありますけれども、補助者が何人かついて個別学習をかなり取り入れてやっていかないといけないというような実情があるようでございます。これは地区によってもまたいろいろ事情は違うと思いますが、そういう難しい問題があるということは認識しているつもりでございます。
○中西(績)委員 今言われましたけれども、性別を見ますと、大阪の実態調査からしますと、女性がやはり落ち込んでおることは事実なんですね。
 例えばこれを見ますと、未就学の場合が、男性の場合が四・八で女性の場合が九・七になっていますね。その結果、今度はどのような読み書きの実態が出てくるかといいますと、例えば、かなりの程度不自由しておるという者の中で、全く読み書きの力がないという人ですね、その場合には男性が一・八%で女性が四・四%、ほとんどという場合もその差が開いているだけということになっておりますから、やはり未就学というものがそうしたものを生んでおるとしか考えようのないような状況です。
 ですから、今お答えいただきましたように、年齢別を見ましても四十歳から五十歳くらいがたくさん識字学級に参加をしておる。そして、かつ六十歳以上になると未就学者がなおふえてくるわけですけれども、そうしたこと等ずっと考え合わせていきますと、何としてもこうした識字学級というものを私たちはやはり拡大をする。そして、この前も私が申し上げましたように、百時間しなければ識字学級でないというような認定の仕方でなくて、その点はこの前討論をお願いするようにしておきましたけれども、時間を七十なら七十時間程度でこれを認定をするとか、こうした問題等について再度検討していただいて、こうした実態を、この読み書き能力の実態等難しいというならば、可能な限り、行政だけを通じてでなしに、行政と力を合わせ得るような人たちのおるところではやはり一緒にして、具体的な内容をつかんでおく必要があるのではないか。これはもう全般的に言えることです。
 ですから、特に私は今要請をしたいと思いますけれども、学校基本調査というのをやっておりますが、これと同じ程度、最低限でも重点項目を絞って調査をしておく必要があるのではないかと思っています。この点について、識字学級の問題も含めまして、あるいは学校関係については学校基本調査、これに項目を合わせてでもある程度やっていくという体制をつくるべきではないかと思っていますけれども、この点、お答えいただきたいと思います。
○宮野政府委員 読み書き能力の実態等は、先ほども申し上げましたように、現実に個人の個別の能力の問題もありまして非常に実態把握が難しいと存じますが、私ども、例えば都道府県の担当者等の回答もございますので、できるだけ実態把握に努めてまいりたいと思っております。
○中西(績)委員 私は、少なくともこうした問題については、まだほかにたくさんございますけれども、一応高等学校、大学そして識字学級、この前やりましたので、その点についてのさらに綿密なこの行政施策を遂げていくという場合に、先ほども申し上げましたように、やはりそうした数をもって調査をしていただいて、その上に立って、かくあるべきだという方向性を積極的に出していただくためにも、ぜひこうした調査というものを細かくやっていただきたいと思いますが、この点について、全般的によろしいですか。
○高石政府委員 御指摘のように、具体的な実態を十分とらえて対応していかなければならないと思います。したがいまして、初中行政でございましたら、各都道府県の教育委員会とも密接な連携をとりながら、より具体的な実態把握に努めてまいりたいと思います。
○中西(績)委員 私は、文部省に最後にお願いでありますけれども、各省間でこうした同和問題についの研究会というのをやっておるようでありますけれども、先ほど稻葉先生の論議の中にありましたけれども、やはり私は、教育は何といっても人間だと思います。そうなりますと、人間の尊厳性だとか、人間を、命を大事にする、その基調なしには同和教育というのは成り立たないと思っております。そうなってまいりますと、今までのありきたりの同和教育あるいはそうした問題についての勉強会というのでなくて、やはり積極的にこれらの問題についても、私たちがその痛みを本当に少しでも知るための努力をしていかないと、そこには同和教育云々という施策はなかなか出てこないのではないかということを私は痛感しています。
 私自身が、まだまだそうした点において欠けておるところがたくさんあるわけですから、この点をぜひ、文部省は特に教育というものを担当する省でございますから、この点を最重要視していただくように再度お願いを申し上げておきたいと思いますが、大臣、よろしいでしょうか。
○森国務大臣 いろいろ中西先生から御指摘をいただきましたこと、大変大事な問題であると理解をいたしております。実態の把握をすることがやはり一番大事でございますが、そういう意味で、何といっても、各都道府県教育委員会の協力を得て調査をしていかなければなりません。今後とも同和教育の一層の充実を図るという観点から、実態の把握に努力をしていきたい、こう考えます。
○中西(績)委員 では、あと、きのう九州産業大学問題で文部省に教学部門の皆さんをお呼びになったそうですが、いろいろあると思いますけれども、時間がございませんので一、二の点だけお答えをいただければと思います。
 一つは、三億六千五百万、前理事長に退職金、そして今度はもう一つは前副理事長に一億一千万の退職金を支払うという内規があるようでございますけれども、この内規の写しを提出いただけますか。
○阿部政府委員 先生御指摘の内規でございますが、内規と称するものと申し上げた方がいいかと思いますけれども、これにつきましては文部省に対する提出方を再三求めたわけでございますけれども、学外に出さないという方針であるから提出できないということでございまして、最後に、それでは文部省限りにしていただけるならば出しますということで、私どもも内容を承知をしておきたいという観点から、文部省限りにするという約束で提出を得たというものでございます。したがいまして、現物を先生にお示しすることは、ひとつお許しをいただきたいと思うわけでございます。
○中西(績)委員 ところが、これは大臣のところに行っていないですか。自民党の皆さんのところには怪文書なるものが回っていますよ。その中にはちゃんとあるんですよ。だから、そうなるとどうもおかしいんですね。私たちが正式に、こうしたものがより正しいかどうかという判断をする。実際に今まで私学助成金をもらってなければいいんですけれども、それを支払う能力があるという前提は、やはり今まで一年間に十億なら十億を超える助成金、それを何年間があれした蓄積があるわけですからね。そうしたことからいたしますと、文部省の関係には出しましても、我々文教でそうした問題について論議をしようとしてもそれは出すことができない、こう言っておるのに、自民党だとかいろんなところには既に――それで計算をするとちゃんとあの金額になるんだよね、それが配布されているんですよ。これはまた大変なことだと思いますが、これはどう判断をしたらよろしいですか。
○阿部政府委員 その怪文書なるものは私どものところへは送ってきておりませんので承知しておりませんが、どういう形かで内容が流れておることだろうと思います。いずれにいたしましても、私どもも先ほど申し上げましたように大学側に提出を求めて、それは提出できないという話でございますし、それじゃ出さなくてもいいと言うわけにもまいりませんので、ぜひ見た上で判断をしたいということから、それでは外に出さないからという約束で中身を見せてもらったということでございます。
 中身は、あるいはその怪文書というものを見ておりませんのでわかりませんけれども、ごく簡単なものでございまして、計算方式等がある程度書いてあるという程度のものでございます。
○中西(績)委員 今のは、前理事長だとかあるいは前副理事長だとか現在の理事長だとかを擁護する立場に立っての文書になっているんですよ。ということになれば、これは出しちゃいけないという人が出したんです。出さなければあんな文書にはならぬ。そうでしょう。反対の人がこんなになりますよといって、こてんぱんにたたいている中身じゃないんです。これは当然これだけの資格があるんだということで出しているわけですから。これは当然出しちゃいけないという人が出したんですよ。こんな矛盾というのは私は許されてはいけないと思いますね。ですから、この点はもう一回大学側と十分確認をしていただいて、早急に措置をしていただきたいということが一つです。
 それから、もう一つは給与表、出されていますか、職員の給与表などすべて。
○阿部政府委員 給与表については受け取っておりません。
○中西(績)委員 これはぜひひとつとっていただいて、どのようになっておるのか、そうしないとこれまたごまかしが随分ありまして、教職員間における差別が非常に強くなってきていますね。ですから、表面に出すものとそれから今度実際に実施しておるものは全然違うのです。この給与表はちっともおかしくないわけですから、給与表というのは当然あるべきですし、これはひとつぜひ取り寄せていただいて明らかにしてください。
 そこで、この前から指摘をしておりますけれども、三億六千五百万あるいは一億一千万の退職金というのは、こうした事態を起こした人たちにしては、常識としては、新聞論調もそうなんですけれども、全体的に問題があるというのをみんな認めているわけですね。
 お聞きしますけれども、平野前副理事長には金額は確定をして支払いは済まされたのですか。この点どうでしょう。
○阿部政府委員 この五日でございますか、退陣された平野氏についての退職金が支払われたということはまだ聞いておりません。
○中西(績)委員 そうしますと、支払いをしてないとはいいますけれども、本人はまだ退職はなさっておらないのですか。
○阿部政府委員 本人から辞任願があり、退職をしたというふうに大学から報告を受けているわけでございます。
○中西(績)委員 その報告というのは、前回稲井理事長などがお見えになったときに報告を受けた、このように理解をしてよろしいですか。
○阿部政府委員 去る四月二十七日に稲井理事長が見えてそういう報告をされたわけでございます。
○中西(績)委員 ところが、相も変わらず朝早く出勤をしておるということですね。一般的には箝口令をしいているんじゃないでしょうか。他の人には全然そういうことを知らされてないということを私たちは聞きました。こうなりますと、果たしてどうなのかということですね。鶴岡前理事長だって全く同じでしょう。依然として出勤しているし、一つの部屋を与えられてやっているわけです。しかも公用車を乗り回して、そして公舎に住んでいるわけですから、そうなると、退職をしたとか退職金までもらったとかいう人が、そして辞職願を出しておる本人が――それならまだ理事会で決めてないということでしょうかね。そこら辺が全くわかりませんけれども、この点ははっきりしなくちゃいかぬと思いますが、どうでしょう。
○阿部政府委員 退職願を受理したというふうに聞いておるわけでございますので、私どもとしては退職したものと判断をしておるわけでございます。
○中西(績)委員 そうしますと、大学に出てきて部屋を与えられいろいろするということは間違いだということを確認できるわけですね。今度その指導はなさったのですか。
○阿部政府委員 鶴岡前理事長に関しましては、その後いろいろな形で大学の運営に関与をしている節があるということから、先ほど先生お話がございましたように、理事長の公邸に住んでいる問題の解決でございますとか、ちょっと名称は忘れましたけれども、同和問題等の対策室と申しますか、そういう室の仕事をやっているというような関係を早く断ち切るようにということをかねて指導しておるわけでございます。
 平野前理事につきましては、先ほど申し上げましたように、去る四月二十七日に退職をしたという報告を受けた段階でございますので、その後の状況というのはまだ承知をしておらないわけでございますが、その際にも、例えば退職金等の支払いは早く行って、完全に関係を切るように早く措置をすべきだということは言ってあるわけでございます。この五月二十二日にまたその後の状況報告等を求めるために理事長の来省を求めておりますので、その際にさらに突っ込んで話を開き、指導等もいたしたい、かように、考えます。
○中西(績)委員 今お聞きしたところでは、ちょっと私、変に思うのですけれども、一般的にはこの内規そのものがつくられた形跡というのが、正式の理事会にもかかっておらないし、そして従前の人は一切そうした退職金などというものの支払いをされておらないのです。鶴岡氏のみがこれをされておる。そして今度は、今言う一億一千万を縁を切るために支払えという指導をなさっておるのですか。おかしいと思うものを今支払えと言っておるようでありますが、この点どうですか。
○阿部政府委員 内規そのものにつきましては、私どももその制定の経緯あるいはその後の退職された理事さんたちの内規に従った措置というのは必ずしも行われてないということから、この内規そのものについてはかなり疑問を感じておるところでございます。
 したがいまして、私どもが退職金を早く支払ったらと言っておりますのは、その内規に従って支払えと言っているわけでは決してございません。いろいろな形で関係が断ち切れないままに残っているというケースが鶴岡前理事長のケース等あるということがございますので、そういう点を未然に防ぐという意味から、あらゆる意味で関係を早く切った方がいいということで、退職金の支払い義務があるならば早く支払ってしまえということを言っている、そういう趣旨でございます。
○中西(績)委員 そうしますと、以前の人はゼロなんですよ。だから、支払えと言う必要は何もないじゃないですか、あれだけの大変な被害を与えているわけですから。例えば二十五億返済されて、しかもその結果は十億円を超える五十八年度の分も全部ストップしたわけですから、三十五、六億円の被害を与え、そして学校の威信の低下などからしますと金にかえがたいものがある。そうした中であるならば、これは当然支払う必要はないんじゃないですか。しかもその内規なるものも、いつつくられたかわからない。やみからやみにつくられたものである。しかも本人は、全部こういう悪いことを私がしましたということを言っておるわけでしょう。表明しておるわけですから、その点から考えれば当然過ぎる中身じゃないですか。今あなたが言われておるように、早く支払えと言ったらまたこの内規によって一億一千万を払いますよ。
○阿部政府委員 退職金を支払うか支払わないかということはそれぞれの学校法人で決めることでございますので、その点について私どもがとやかく言うことはないわけでございます。例えば金額が高いであろうというような意見は申しますけれども、支払う、支払わないについては文部省として干渉することは難しいと思っております。しかしながら、学園側が支払うと決めておるわけでございますので、それならば、ひっかかりをいついつまでも持ち越すことによってなお今後とも影響力が実質的に残ってくるという事態を防ぐためには早く関係を断ち切ることがいいというのが私どもの判断でございまして、そういう意味で、退職金問題等が残っているならば早く解決してしまえということを言っておるわけでございます。
○中西(績)委員 今答弁を聞いておりますと、何を志向しているのか全然わからなくなってきました。内規そのものが問題があるということは指摘をしておるわけでしょう。ところが、従前であるならばこれはなかったわけです。そして、しかもこれが疑問のある中身であるとするなら、退職金の支払いということを決定しておるなら支払えとこう言ったら、何を根拠にするかといったら、これは当然疑問のあるものが根拠になるわけでしょう。そうなれば、またぞろ同じような中身になって、今言うように縁を切れとかなんとか言ったって切れっこないですね。そう私は断ぜざるを得ないわけですが、この点についての判断はどうですか。
○阿部政府委員 先生のようなお考えもあるかもしれませんけれども、私どもは現実に実態を見ております場合に、名実ともに運営のかなりの実権を持っておった方々が、名だけは少なくとも消えていくということになったわけでございますので、今度は実を消していくことが大事だと考えておるわけでございます。そういう意味で、まだ大学に出勤をしているというお話が先ほど先生からございましたが、退職金もまだもらってないんだから正式にやめたわけではないというような形でつながっていくことの方がむしろ問題であるというふうに考えておるわけでございまして、早く大学との全体のいろいろな関係を、いわゆるオフィシャルな関係はすべて切ってしまうということがまず大事だというふうに考え、そういう指導をしておるということでございます。
○中西(績)委員 だから、前理事長が切れておらないのに、この人たちだけ切れるわけないでしょう。そのことを考えての措置をしないと、片一方三億六千五百万のあれを支払うということ、それは問題だと言うけれども、そのことはそのままあれしているわけでしょう。だから私は、そうしたからその縁が切れるという判断は、前理事長に見受けられるように、切れぬと思いますね。だから、そうした文部省サイドの態度そのものがやはり問題なんです。
 時間が参りましたから、私、もう一点だけ指摘をしておきますけれども、理事会の刷新問題について、きのう局長が参議院での答弁で、あくまでも理事増員四名については理事会側から文部省にということになっておると言っておりましたけれども、ある情報によりますと、今度は逆のことを文部省の人は言っていますね。文部省からこの枠の拡大を要求したんだということになっていますね。こうした矛盾が次々に出てくるわけですよ。ここら辺の態度は私は極めて遺憾です。このことは結局、文部省の指導体制そのものが明確になっておらないというところに――きのう参議院では、依然として大臣は時限立法についての態度が変わってない、指導方針は変わってないということを明らかにしたようですけれども、しかし、その間に至る過程の中における態度がぐるぐる変わったのでは、これは当然できません。
 最後に、済みませんけれども一点だけ明らかにしてください。文部省の顧問弁護士に儀正市という人がいらっしゃるでしょう。
○阿部政府委員 俵正市という弁護士の方は存じておりますけれども、これは文部省の顧問弁護士とかそういう関係では全くないであろうと思います。
○中西(績)委員 それは私が一番よく知っているんですよ。私らの裁判に一番先頭になって文部省側から出てくるのはこの人なんです。だから、これは文部省と関係ないということは言わせませんよ。少なくとも私たちの裁判に出てきている人ですから。いいですか、聞いてくださいよ。その人に平野氏なんかは全部相談してやっていますよ。そうすると、文部省サイドと何か関係があるんじゃないの。
○西崎政府委員 儀正市弁護士は、かつて文部省勤務をしておったことがございます。この方が司法試験の資格を取り、文部省を退職し弁護士を開業されておる、そして教育関係について非常に詳しい法律的知識を持っておられる、そういう意味で各都道府県におきます教職員に関する係争事件について、各都道府県の依頼に基づいて訴訟弁護に当たっておられるということは、私どもも承知いたしております。
○中西(績)委員 文部省から派遣されて二名来ますね。紹介されてくるのがおるんですよ。堀家、それともう一名は俵正市。ということになれば、これは福岡県から来たんじゃないですよ。文部省が紹介をしてやっておるはずです。そうしなければこの人たちがのこのこ大阪から、東京から出てくるわけないですよ。地元には地元のちゃんとした弁護士が四人もついているわけですから。四人か五人ついていますよ。それに別個二人出てくるわけですよ。この人はその中の一人です。これは大阪に俵法律事務所というのを開設していますよ。副理事長はこの人と相談をしているんです。そうなってくると、どうも文部省サイドがそうしたことについての紹介等をしたのではないかという疑惑が私にはあります。
○阿部政府委員 そういうお話でございますから、はっきりお答えをさせていただきます。
 この件に関しまして先日、俵弁護士から文部省の方に、九産大から相談を受けたんだがという電話がございました。私どもの方からは、その問題について俵弁護士が関与するのであれば、今までの新聞記事を全部読んでからにしてくれ、こういう回答をいたしております。
○中西(績)委員 ですから、そのように文部省にちゃんと問い合わせがあるわけでしょう。ということは、文部省との関係があるんだよ。それはだれが関係を持っているか知りませんよ。知らないけれども、それがあるからこそ文部省にそうした問題を連絡してくる。そうでなかったら、個人的な関係であってするのだったら、何も文部省に云云という必要はないのです。
 こうしたことを考え合わせていきますと、先ほどからのこれに対する対応、特に理事会の刷新等についての態度は、それぞれ言う人がみんな違うのです。しかも先ほどの一億一千万あるいは三億六千五百万、それ以降におけるあり方なり何なりを考えますと、こういうような中身であっては、到底皆さんが期待するようなことにはなり得ないのではないかと私は考えます。
 時間が参りましたから、ぜひこの点はただして、もう一度皆さん方再検討して、明確な方針を出していただいた中で対応していただきたいと思いますので、この点ひとつよろしく要望をいたしまして、終わります。
○愛野委員長 午後二時に再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後一時十二分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時三分開議
○愛野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。馬場昇君。
○馬場委員 第二国立劇場の問題について質問をいたしたいと思います。
 去る四月二十三日でございますが、この第二国立劇場をつくる建築家の方々と、この劇場を使う音楽家、舞踊家の方々から、時を同じくして、この設計の国内コンペの見切り発車には反対でございます、再検討を要望するということが同じ日に行われたわけでございます。ここに建築家協会の要望書もあるのですけれども、この建築家協会の要望書の中に、直ちに実施段階へ移行することは極めて短兵急かつ奇異に感ずる、なお議論を尽くさざるを得ない諸点を指摘して再検討を強く求める、こういうことが書いてあるわけでございますし、芥川也寸志氏他二名の作曲家、舞台美術家の朝倉氏、舞踊家の小牧氏、五名の連名の要望書にも、「現在の段階では幅広い総意を得るには未だ至らず、未だ幾多の疑点に対する議論が不足の状態と考えます。将来に悔いを残す事の無さよう、拙速を避け、より時間をかけての再考、熟考を要望致します。」こういう要望書が出ておるわけでございます。
 この日本建築家協会の会長の圓堂さんは、聞くところによりますと、第二国立劇場の設立準備協議会の委員をなさっておるということでございますし、作曲家の團伊玖磨さんもこの要望書に署名しておられるわけでございますが、團さんもその専門委員をなさっておられるということを聞いておるわけでございますので、まず、素朴な疑問ですけれどもお尋ねしたいのは、こういう審議に参加された方々、そういう委員の方々から、さっき申し上げましたような異論が出るということは、私はやはり問題があるし、おかしいと思うのです。
 そういう点について、まず中身に入ります前に、この協議会の運営そのものに問題があったのではないかと私は思うのですけれども、これについていかがでございますか。
○加戸政府委員 先生ただいまおっしゃいましたように、建築家協会会長の圓堂先生は第二国立劇場設立準備協議会の委員でございます。いわゆる新協議会の委員でございます。それから、團先生はその下部組織でございます専門委員会の委員でございまして、この設立準備協議会は昭和四十七年に設置されまして以来たび重なる会合を経まして、その下部組織等も入れまして七十五回の会合、延べ二百十人に及ぶ精力的ないろいろな審議の積み重ねによりまして今日まで至っておるわけでございます。
 たまたま圓堂先生は、建築家協会会長に就任されまして、この委員の交代によりまして設立準備協議会の委員として初めて協議会に参加されましたのが本年の三月二十七日の設立準備協議会の会合でございまして、その席でこの二国構想についていろいろな御異論をお唱えになったわけでございます。したがいまして、従来は前会長でございます芦原先生が委員でいらっしゃったわけでございますが、新しい圓堂先生になられて、圓堂先生なりの御感覚で、二岡の準備、進め方についての、例えば国際コンペ、土地の問題あるいは客席数の問題等についての御指摘がございまして、その御意向を受けまして再度四月二十六日に引き続き設立準備協議会を開いた、こういうような状況がございます。
 それから團先生でございますが、専門委員会でございまして、実質的にはここが相当重要な役割を果たすわけでございますが、従来八回の会合がございまして、團先生はたまたまその会合のうち二回しか御出席になっていなかったという経緯はございますけれども、最終段階におきましては團先生も御出席で、本年の三月十六日の専門委員会の会合におきましては、当初構想どおりの形で御賛成いただいたものと理解しておったわけでございますが、突如四月になりましてこのような形で御意見をちょうだいしたこと、私ども甚だ遺憾に思いますけれども、先生方のお気持ちをそれぞれ率直に指摘されたものと受けとめておりまして、こういった考え方を十分取り入れながら今後の対応をしたいと考えている段階でございます。
○馬場委員 今次長の答弁を聞いておりますと、その設立準備協議会並びに専門委員会の運営に問題があったんじゃないかと質問したのですけれども、全然問題がなかったような答弁に聞こえるわけです。そして、たまたま圓堂さんなんか、ことしの三月就任なさったのだから前のことは御存じないのだ。しかし、これはやはり同じ団体ですから継続性があるわけですね。文部大臣だって、文部大臣にこの間なられたばかりだからといって前のことを質問したら知らぬということじゃなしに、引き継ぎもあるわけですよ。
 そういうことですけれども、例えば人がかわったというようなことをおっしゃって理屈をつけておられるわけですけれども、この建築家の三団体からは前もっていろいろ要望書が出ているのですよ。日本建築家協会並びに日本建築学会、日本建築士会連合会、これから、昭和五十三年十月二日と五十五年の七月二十二日に、設計競技はやはり国際コンペでやっていただきたい、こういう要請が出ておったにもかかわらず、これについて回答もない、話し合いも十分行われていない、こういう事実も聞くところによるとあるようでございます。
 それから、團先生、欠席をなさったことが多いみたいに、あなたの答弁を聞いておりますと、文化庁とか協議会には全然関係なしに委員がかわったとか委員が欠席なさったとか、こういうことじゃ、あと質問するのに対しても全然かみ合わないわけですけれども、個人に責任を負わせるような態度はもってのほかだと私は思います。
 そこで、私が剛いたところでは、この専門委員会というのも、ある人の意見では、何か意見が押しとどめられるような格好でなかなか発言ができなかったとか、こういうことなんかをおっしゃっておられる人もおるようなことを聞いておるのですが、また逆にもう一つの面からいうと、一部の人が非常に強引で、そして秘密裏にやっちゃった、こういう専門委員会の運営であったという批判も私は聞いておるわけでございます。そういう点につきまして、文化庁の方では、この協議会とか専門委員会の運営に全然問題はなかった、こう考えておられるのですか、簡単でいいから答弁してください。
○加戸政府委員 先生、最初に御質問ございました建築界からの要望書の件でございますが、五十三年には、こういった設計案につきましては公正な形で広く公募の方法をとっていただきたいという御要望でございました。御承知のように、第二国立劇場の設計につきましては、設計競技という形で実施する方向で進めているわけでございますが、五十五年に御要望をいただきましたのが国際コンペティションということで、このことにつきましてはまだ回答は申し上げておりませんが、いろいろ建設省等でも御検討願ったわけでございますけれども、実質上は国際コンペティションという形をとることは難しいだろうという状況のままで今日まで推移してきたわけでございまして、このことにつきましては、また機会がございましたら御説明申し上げたいと思います。
 それで、ただいまの協議会の運営方法についていろいろな御指摘をちょうだいしたわけでございます。私ども、設立準備協議会が四十七年に設置されましてから各種の会合を積み重ねてまいりましたし、また構想自体も昭和五十一年に基本構想が策定されまして、五十四年に一部修正があり、五十六年に建築規模あるいは設置構想というものを具体的に定めさしていただきまして今日まで推移したわけでございますが、ちょうど財政状況等もございまして、設計競技に入るステップが足踏み状態で五十九年度まで推移してきた、そういう空白があったことが、あるいはその意味におきまして、十分に関係者につきましてこの第二国立劇場の設立構想なりあるいは今後の進め方についての周知あるいは説明が不足していたということについては十分反省しているわけでございます。
 先生御指摘ございました、協議会あるいは専門委員会の進め方等に関しましてはいろいろな御意見もあろうかと思いますけれども、私ども文化庁の立場といたしましては、十分各界各層の御意見が自由な形で提起され、その中で積み上げられていったと理解しているわけでございまして、もちろん、一つの考え方についていろいろな、例えば客席数が幾らであるのがいいのかというようないろいろな御議論もあったことも事実でございますが、その御議論の積み重ねという形につきましては、私ども十分公正な方法でなされたと理解をしているわけでございます。
○馬場委員 私が見るに、公正に行われたとは思えないわけです。
 後でまたそういうことについても質問をいたしますけれども、これはやはり設立準備協議会の委員、専門委員というのはどうやって任命されたのですか。これは文部大臣、だれがどうやって任命されたのですか。聞くところによりますと、この協議会には音楽関係者というのは三人しかおられない、そして二十五人の委員の中で音楽とか演劇関係者というのは半数にも満たない、こういう委員の任命の状況になっておるわけですし、専門委員の任命というのもどういう形で行われたのか、この任命にも非常に私は、今、文部大臣は教育臨調の委員の人選なんかで、国民の総意をということで一生懸命やっておられるということですが、少なくとも、まだそのことは表に出ませんが、この問題についてもそういう国民の総意という――特に音楽関係者なんかが少ない。委員の任命の仕方にも私は問題があったと思います。
 もう一つは、これは後で言いますけれども、とにかく世紀の大事業ですよ、このオペラハウスをつくるということは。本格的なものが日本にないわけですから。そういうものについては、やはり国民が喜んでこれを建設するという状態をつくり上げるということが、その後の運営も含めて一番大切だ。そういう意味で、例えば運営の方法については、大綱ができたときには文化庁がそれを国民の前に示して、こういう例えば専門委員会の案ができた、協議会の案ができた、いかがなものだろうという、国民全体の意見を聞くような方法なんかも一つもとっていない。こういうものを国民の前に明らかにしたこともないわけですよ。そういう運営のやり方、こういうこともあるわけでございます。そしてまた、専門委員に連絡が悪かったと言いますけれども、今、二年間ぐらいは専門委員会は冬眠状態でやっていない、そういうこともある。
 そういうことで、やはりこの際、このことについては文部大臣にもお聞きしたいのですけれども、少なくともこういう大事業をする場合に、国民の意見を広く聞く。委員会は公開でやったのか秘密会でやったのか、それも私はよくわかりませんけれども、少なくとも委員の中にも問題があるし、国民は知らされていない、そして今大問題になっている。こういうことについては、やはりこの協議会の運営の仕方なんかに問題があったのではないかと思いますが、これは文部大臣、今の段階でいかが考えておられますか。
○加戸政府委員 大臣のお答えの前に、協議会の構成についてちょっと答えさせていただきたいと思いますが、この設立準備協議会の委員は文化庁長官が学識経験者等の中から委嘱するという形でございまして、文化庁長官の任命、お願いをしているわけでございます。
 それで、新協議会の方でございますが、一応構成といたしましては、現在のところオペラ団体協議会等の芸術関係団体の代表ということで四名、それから公共団体の代表ということで二名、日本劇場技術協会長など関係分野の学識経験者で十一名、一般の学識経験者十一名という形で、合計二十八名で現在構成されております。
 それから専門委員会でございますが、現在十五名の構成でございます。内訳としましては、現代舞台芸術関係者が七名、それから劇場技術関係者四名、建築家四名、合計十五名の構成でございます。
 なお、その音楽等の分野の話でございますが、ただいまの二十八名の親協議会のうち、音楽関係の方が四人、舞踊関係が二人、演劇関係が四人という構成でございます。それから専門委員会につきましても、それぞれバランスのとれた選び方をしていると私どもは考えているわけでございます。
○森国務大臣 二国につきまして、馬場さんからいろいろと御注意を含めながら御意見をちょうだいいたしております。私は文部大臣ということよりも、お許しをいただいたら政治家として、二国の問題に大変関心を今日まで持ってきた一人でございますから、率直なことを言わせていただくと、先般の委員会でもちょっと触れましたけれども、何を今さらという気持ちは正直言ってあるのです。圓堂さんは建築関係の方ですから、私はお目にかかったこともありませんから、どういう関係か知りませんが、少なくともここにいらっしゃる芥川さん、團先生、黛先生とはしょっちゅうお目にかかっております。お目にかかったときには一言もこんなことをおっしゃらないです。團先生とも、我々自民党という立場でこの二国の問題について今日まで何回となく協議をしておりますし、それははっきり言えば陳情される立場と陳情を受ける立場でございます。何とかしてやってほしい、そういうお立場でございます。したがって、この場所も、当時としては僕らは政治の立場で、こういうことについては専門的じゃありませんから、私もあの場所がいいのかなという気持ちも当時持っておったくらいですし、しかしそれはまた皆さんで御協議されて、それでいいということでもあったわけだし、藤原義江先生が、自分が生きているうちには恐らく使うことはないだろうが、ということの話も当時私も聞いて知っておりますし、先般亡くなられました服部智恵子さんも何回となく私、お目にかかって、何とか早くつくってほしい。したがって、いろいろ足らざるはあるけれども、そうした芸術界の皆さん方がみんなで気持ちを一つにして、現在の予定地のところで合意をされた、私はこう聞いております。また、そういうふうに直接、私もそれでいいんだというふうにも聞きました。
 その後、今先生から御指摘いただきましたけれども、秘密裏に密室でこの協議会の運営をしたのではないかということでございますが、この種のものは、いずれ設計やそういうものはコンペをして世の中に明らかにするものでありますが、どういう形でどういうものでというような柱の組み立ては、まあ密室でやらなきゃならぬものでもないが、あえて言えばまたそれを公開でやらなければならぬようなものでもないと私は思うのです。しかも、延べにして二百人という方々がこの長い間に参加しておられるわけですから。ですからそういう意味で、私には秘密性があったとも考えられません。しかも私どもは個々で、いろいろな立場でこういう方々にお目にかかっていても、そのことは、著作権のことなんかで随分いろいろ言ってこられました際も何回もお目にかかっていますが、全然お話がない。そして先生も御指摘のように、たまたま同じ日に全く違う立場の人たちがこういう話をされるということは――芸術家の皆さんというのはとても気持ちのいい人たちばかりだし、やはり自分の創造するものをどんどん表現される、そういうことにかけては大変傑出された方々でございますから、感じられたことをすぐ出されたのだろうとは思いますけれども、どうも私は、もう一遍断って申し上げますが、一政治家という立場で申し上げておるわけですが、そういう立場で、どうも何かこう、本当に御自分たちのお気持ちで出されたのかなというようなことを、私は長い間のおつき合いでございますから、そしてこの文書、同じようなときにこうやって建築関係と両方出てくるところに何かやはり別の動きがあったのかなという感じがして、大変残念だなという気持ちは当時持っておりました。しかし、それは今先生から全体的にどう思うかということでございましたから、あえてそういうふうなところまで踏み込んで申し上げたわけでございますが、幸い建設予定地の問題、客席数の問題、国際設計競技の問題等、先般協議会の方でですか、話し合ってある程度の理解を得た、こういうふうに結論を得られたようでございます。
 しかし、文化庁としても反省しなければならない面は十分に反省して、せっかくこうしてみんなの悲願を込めて、国会の附帯決議をやったのは昭和四十一年と記憶しておりますが、私どもまだ国会に出てこないときからこうした意見があり、そして我々が当選してきてから十五年間、このことについて一生懸命頑張ってきておりましただけに、そういう反省を込めつつも、何とかこの悲願を、みんなでいい形で完成ができるようにしてほしいものだな、こう思っております。
 そういう意味で、いろいろと御批判があったことについては文化庁も謙虚に反省をして、各界の意見を今後十分聞きながら、また建設の場合には建設省とも十分協力をして設立準備に取り組んでいきたい。こういう財政の厳しいときだけに、内輪の中で、お互いにいいものをつくりたいという気持ちの中でこんなことが続きますと、逆に言えばかえって話がこじれてしまうような気がいたしてしようがありません。しかし、小異は捨てて大同につけという、そんなことを言うわけではございませんけれども、この方々はやはりみんなでやろうという気持ちで十年間近く努力してきた方々ばかりですから、お互いにそういう意味で多くのそういう文化、芸術にかかわりを持った先人の皆さんのそういう祈りにも似たような気持ちも込められたこのテーマでございますから、何とかお互いにみんなが反省し合ってよりよきものをつくるように、なお一層みんなで協力して取り組んでほしい、これが馬場先生からどう思うかということに対しての率直な私の気持ちでございます。
○馬場委員 大臣が一政治家として、何を今さらと思うとおっしゃったのですが、私は逆に思うのですよ。何を今さらこんなのを出さなければならないのか、そういう感じがいたします。この文言は物すごく厳しいですよ。そして、なまはんかな書き方じゃないですよ。こんな大切なことを強行してはならぬというような形に出てきておるわけでございますから、何を今さらこんなのを関係者が出さなければならないような状況をつくったのかということで、私は何を今さらというような感じがするわけでございます。文部大臣が今責任者でございますから、今後はやはり一政治家じゃなしに文部大臣の責任において解決してもらわなければ困るわけで、例えばそういうぐあいに、わからぬ、何を今さらと思ったならば、直ちに大臣が長官に命令するなり、あるいはあなたがこういう団体から来た人たちと会って、何で今さらこうなんですかと聞かれる、そしてそこでコンセンサスを得る、そういう疑問があったならばこういうことをまたしてしかるべき問題ではなかろうか、私はこう思うのです。
 そういう意味で、特に今大臣が後半言われましたが、そこに質問を移して、今までのと関連して聞きたいのですけれども、去る二十六日に設立準備協議会が開かれましたね。これについて結論は出たのですかということをまず文化庁に聞きたいのです。この二十六日の設立準備協議会は結論は出たのですか、出なかったのですか。
○加戸政府委員 昭和五十六年六月の設立準備協議会におきまして、第二国立劇場の設置構想概要及び建築規模というものが一応御決定いただいておるわけでございまして、それが昭和五十九年度予算編成に当たりまして、当初予定しました建築規模、昭和五十六年で決定されましたものが六万二千平米でございましたが、それが財政当局との予算折衝の結果、約九・五%のカットを受けまして五万五千七百二十七平米という面積査定が行われたわけでございまして、そういった九・五%のカット、つまり五万五千七百二十七平米で昭和五十六年に御決定いただいた当初構想どおり進められるかどうかということにつきまして、専門委員会並びにこの設立準備協議会での御了承をいただくための会合が四月二十六日にあったわけでございます。したがいまして、その四月二十六日におきましては、建築面積五万五千七百二十七平米で何とかやっていける。と申しますのは、具体的にカット部分につきましては楽屋あるいは食堂あるいは道具製作場でございます、その三つと、その他共通管理部門等の若干の縮小によって、いわゆる劇場本体には影響を受けないで実施ができるという形での御了解を専門委員会でいただき、また、その専門委員会の報告を当設立協議会で御了承いただいたということでございます。
 ただ、この会合自体では、国際コンペにすべきである、あるいは大劇場の客席数をふやすべきである、あるいは用地が適切でない等の各種の御意見が出されたわけでございますので、当協議会におきましては、そのコンペのあり方あるいは大劇場の客席数あるいは用地利用のあり方等につきましては、各方面の意見に耳を傾けつつ、文化庁及び建設省で適切に対処されたいという御意見をあわせてちょうだいしたということでございまして、本協議会の会合の趣旨としての建築規模の縮小に伴う実施についての御了承は得られた、そういうふうに理解しておるわけでございます。
 なお、あわせて、先ほど申し上げました三つの条件といいますか、附帯条項がついておりますので、それを受けまして行政レベルで誠実に対応したいと考えているわけでございます。
○馬場委員 はっきり聞きますと、この協議会でもう既に設計コンペの予算がついているわけですが、この設計コンペを募集するということをやってよろしいというゴーサインが出たのか、あるいはそれまでは出ていないんだ、さっき言った条件がいろいろある、この条件を文化庁、建設省でいろいろ煮詰めて、さらにもう一遍協議会なら協議会にかける、それからでないとゴーはできないんだ、こう受けているのか、どっちなんですか。
○加戸政府委員 設立準備協議会といたしましては、この建築規模の変更についての御了解をちょうだいしたわけでございまして、設計コンペにかかるかどうか、これは行政レベルでございまして、建設省に置かれます建築設計競技審査会を発足させて設計コンペの準備を開始する、そういう形になるわけでございます。私どもの理解といたしますれば、建築規模についての御了承を得られたわけでございますので、今後建設省と相談をしながら、建築設計競技審査会の早期な発足並びに設計コンペへの着手ということをお願いしている段階でございまして、協議会で設計コンペを了承するとかしないとかいう性格ではございません。
 ただし、先ほど申し上げましたように、設立準備協議会におきます附帯条件、附帯的な事柄がございますので、そういった趣旨を踏まえて、設計コンペにつきましてはできる限り国際性を有する競技の方策をということを建設省にお願いしているわけでございますし、大劇場の客席数につきましては、専門委員会等の御意見もこれからちょうだいをして、早急に御意見を踏まえた対応を考えたい。それから用地利用のあり方につきましても、今後の行政努力を続けたいということで、並行して私たちは進めさせていただくつもりでおるわけでございます。
○馬場委員 そうしますと、例えば条件がコンペについては、これは後でまた質問いたしますけれども、外国人の参加もできる余地のあるように検討課題になっているわけでしょう。それから敷地についても、道路整備等に努力をせよというような条件がついていますね。それから席数についてもふやせ、こういうのを結局文化庁、建設省で各界の意見を聞きながら煮詰めてもらいたいという格好で有光会長は締めくくっておられるようでございますので、私がこの会議のこれを聞く限りにおいては、こういうことをあなた方が煮詰めて、例えば敷地はこういうぐあいにやりました、席数も千六百でなしにこうふやしました、コンペのやり方はこういうぐあいにいたしました、こういうことを煮詰めて、そこで、これはいかがでございましょうかということをやはり協議会にもう一遍かけて、皆さんの同意を得てやるというのがこの間の会議の結論じゃなかったろうかと思うのです。そういう点については、いや、もうそういうことは聞かなくてあとは建設省と文化庁でやってしまえばいいんだ、設計コンペに突入していいんだ、これじゃちょっと違うんじゃないか、またうまくいかないんじゃないか。
 例えば、そういう点について片一方に建築家協会なんかが、国際コンペの問題その他について、敷地についても条件を出している。これが入れられなければ、あるいは話し合いがつかなければ設計コンペはボイコットするということもあり得るんだということを言っておられるわけですよ。片一方では、やはりこの敷地やこの客席数ではだめなんだということを音楽家なんかの方も要望書を出しておられる。そういうところの人の理解なしには進めるべきではないと私は思うのですけれども、その辺についての考えはどうですか。
○加戸政府委員 事柄が三つあると思います。
 まず第一の設計コンペのあり方につきましては、最終的には建設大臣が任命いたします建築設計競技審査会の委員、この委員によって構成されます審査会がどのような形の公募方式をとるのかということをお決めいただくわけでございますから、その前段階としまして、文化庁としては、建設省に対し、この協議会の御意向を踏まえて、国際性を有し、国際的な色彩を踏まえた設計競技という形でぜひともお願いをしたいということを申し出ているわけでございますし、建設省もそれを踏まえまして、文化庁と相談をいただきながら具体的な方向性というものを今度発足いたします審査会の中で十分御意見を申し上げて、審査会の決定にしていただく、そういう方向でございまして、ある意味では設立準備協議会は、文化庁長官が任命されました委員で構成されているわけでございまして、形式的には全く別個の形になりますので、そういう行政レベルとして設計競技審査会にお願いをするというのが第一でございます。
 第二の客席数の問題につきましては、昭和五十一年に新協議会の方で千六百席程度ということで今日まで八年間推移してきたわけでございまして、ある意味では自主的な決定に修正を加えるものでございますので、当方としましては、新協議会の方では文化庁及び建設省において適切に対処と言われておりますけれども、文化庁独自で対処することは適切でないと判断いたしまして、その下部組織でございます専門委員会からまず議論を積み重ねて、ただいまこの千六何についての再検討をお願いしているという段階でございます。
 それから三番目の土地利用のあり方につきましては、行政レベルとして、例えば環六への抜け道の通路あるいは裏の方からの自動車の進入路の確保とかいうような問題が、用地の利用のあり方として今後十分行政努力を尽くすようにという御指摘を踏まえて、これからそういう方面での必死の対応をしたいと考えておるわけでございます。
 したがいまして、形式的には新協議会としての任務は一応この段階では終了しているわけでございますけれども、ただ、協議会での御意見としましては、建築家協会あるいは音楽家の先生方の御意見等も出ているわけでございますので、そういう意味の、芸術関係団体あるいは建築家団体の完全なコンセンサスを得てないでスタートすることについての問題点があるという認識のもとの御意見であったと私は思うわけでございますので、そういった御意見をお寄せいただきました方々には十分御説明申し上げ、また御連絡を申し上げ、御理解を得ながら今後の方向性を詰めてまいりたいと考えておるわけでございます。
○馬場委員 伝えられるところによりますと、やはり建築家協会なんかの方では、この間の協議会というのはゴーサインが出たんじゃないんだというような考え方を持っておられまして、文化庁による見切り発車はこれでできなくなったんだというような言い方をしておられますね。文化庁ではゴーサインが出たんだ、これは新聞報道で私、読んだんですけれども、そうしておられる。考え方が違うのですね。だから、今おっしゃいました具体的な敷地の問題その他については個々に、コンペのやり方でも質問しますから、一応ここで念を押しておきたいのは、やはりこういう団体が問題にして再考せいと言っておられて、項目もたくさん挙げておられるわけですね、今から質問しますけれども。
 それで、今最後に答弁されましたように、見解も食い違っているんだから、これはやはり一致させるというか理解を得るというか、そういう話し合いはするとおっしゃったんですけれども、こういう団体の方々、意見を言っておられる方々、またほかに関係の団体があれば、そういう人たちにきちんと話し合いをするという機会はぜひ持たなければならないと思うし、今、持つとおっしゃいましたけれども、ぜひ持っていただきたいと思うのですが、どうですか。
○加戸政府委員 私、先ほど答弁申し上げましたのは、形式的には、設立準備協議会としての任務でございます建築規模の縮小、いわゆる五万五千七百二十七平米ということについての御了解を得たということを申し上げたわけでございまして、今後の進め方につきましては、文化庁、建設省において適切に対処してほしいという附帯条項がついているわけでございます。その意味におきまして、私どもの対応の仕方としましては、例えば建築家協会からこういう御意見をお寄せになっているわけでございますので、今後の設計コンペの持っていき方等につきましても、もちろん建築家協会の会長であられる圓堂先生と十分御相談をしながら取り運びたいと思うわけでございますし、さらに、例えば客席数の問題につきましては、御意見をお寄せいただきました音楽家の先生方の御意見を踏まえ、かつ、そういった先生方とも御相談をしていきながら、広く各方面の御意見を聞きながら、御異論がないような形でスムーズに進めたいというのが今の仕事としての運びでございまして、設立準備協議会において、コンペはどんな形でやるとか、そういうことを決める事柄ではないと思うわけでございます。ただ、先ほどの繰り返しになりますが、客席数の問題につきましては、すでに五十一年の決定以来八年を経過して、それをある意味では修正するわけでございますので、私ども、その下部組織であります専門委員会での実質的な御議論を踏まえて対応したいということで一応進めているわけでございます。
○馬場委員 これはもう、今最高責任省の、文化庁長官ですが、文部大臣がおられるわけですから、文部大臣もぜひひとつそのように指導をしていただきたい、こういうぐあいに思います。
 そこで、この第二国立劇場関係の予算についてちょっとお尋ねをしたいと思うのですけれども、これは、先ほど大臣も言われましたように、私どもも議員でなかった昭和四十一年の四月に、第一の今の国立劇場設置法に対する附帯決議が行われまして、「政府は、伝統芸能以外の芸能の振興を図るため、施設その他につき、必要な措置を講ずべきである。」という附帯決議が行われました。それは四十一年ですから相当早い時期の問題で、長くなっている問題ですが、それから関係者の努力があってここまで来たのですけれども、五十六年に一応答申が出ているわけですが、最低五十七年度と五十八年度の第二国立劇場関係の予算、去年とおととしの予算はどうなっておったのですか。
○加戸政府委員 この国立第二劇場に関します経費としましては、昭和四十六年度に調査費が計上されまして、それ以来長い間調査費のままであったわけでございますが、昭和五十五年度に設立準備費ということで建築設計競技費あるいは土地購入費等がつきまして、予算が飛躍的に伸びたわけでございますが、この予算が五十五、六、七、八と四カ年同様な形、もちろん内容は土地購入費等の金額の差はございますけれども、二億から四億の間で数字は動いておりますが、大体平均しまして二億程度の経費がついてきたわけでございます。
 五十七年度、五十八年度は、今申し上げましたように、具体的に申し上げますと、五十七年度が四億二千九百三十万でございまして、それから五十八年度が二億三千四百八十四万という数字でございます。内訳は、設立準備協議会の開催費、国内施設等調査、建築設計競技費、土地購入費等でございまして、五十九年度予算との違いは、建築設計競技の賞金は計上されていなかったということでございます。
○馬場委員 これらの予算はどう消化されてきたのですか。
○加戸政府委員 設立準備協議会の開催経費、国内施設等調査あるいは土地購入費等は消化をいたしましたが、建築設計競技審査会というのは、これは具体的に建築規模、面積査定が行われないために審査会を開催することができないということで、開催経費は不用として返上してきたという状況でございます。
○馬場委員 五十九年度の予算はどのくらい、この国立劇場関係で要求なさったのですか。
○加戸政府委員 要求額は、ちょっと手元に数字を持ち合わせておりませんが、予算がつきましたのが一億三千八百万円でございまして、これを若干上回る金額で要求をさせていただいたと記憶いたしております。
○馬場委員 この予算は設計コンペの予算ですか。
○加戸政府委員 具体的には、設計競技審査会の開催等経費が五千二百万円、それから建築設計競技設計謝金が七千万円、その他の雑費等でございます。
○馬場委員 これは決定額じゃなしに、今私質問したのは要求ですけれども、要求どおり決定したのですか。
○加戸政府委員 設計謝金につきましては要求どおりでございますが、多分基本設計の経費を要求さしていただいたと思いますので、基本設計の要求経費はついておりません。
○馬場委員 これは大臣に質問ですけれども、この設計の賞金、これは最初は大蔵査定で削られまして、森さんと竹下大蔵大臣の政治折衝で復活をした、こういうぐあいに聞いておるわけですけれども、そのとおりですか。
○森国務大臣 最後の大臣折衝の項目の中で合意を見る、その項目の中に入っておったと記憶いたします。もちろんそれまでには局長あるいは次官、文化庁でございますから次長、長官折衝というのはないので次長が積み重ねていったようでありますし、当然事務レベルで大蔵省との詰めは非公式にもう進めておったようでございます。私のときには、その項目として了承、合意を得る段階に入ったのがちょうど私の折衝のときであったと、こう記憶しております。
○馬場委員 そこで、賞金の額のことは後でまた質問いたしますけれども、先ほど説明あったように、設計コンペの賞金は予算に盛られた。ところが、基本設計の費用は予算に盛られていないという今の答弁ですが、今後の見通しはどうなるのですか。設計コンペを五十九年度予算でする、そうしたらその次の基本設計の予算は来年取れるのか。そして、結局五百億近い費用になるわけですが、例えばコンペをことしやる、来年基本設計をやるとか、それからいつ着工するのか、そしていつ完成させようと思っているのか、今後のこの第二国立劇場の完成までの予定というのをどのように構想されてことしの予算をまずその出発で組まれたのか、今後のスケジュールを含めて構想を知らしてください。
○加戸政府委員 五十九年度予算要求におきましては、設計競技の賞金のほかに、先ほど申し上げました基本設計料の実は一部の要求をさしていただいたわけでございます。その考え方としては、五十九年度、六十年度の二カ年度で基本設計を行っていただくという考え方であったわけでございますが、設計競技自体が物理的に今の見通しですと来年の三月まではかかるということになりますと、当然基本設計にまでは入れない、そういう前提のもとに五十九年度予算では基本設計料は計上しなかったわけでございます。したがいまして、当然六十年度におきましては、当方の考え方としまして、もちろんシーリングの問題はございますが、基本設計料は要求してまいりたい。
 将来の道順ということでございますが、私どもの気持ちといたしますれば、基本設計が終了すれば次は実施設計、そして建築工事着工という形で順次進みたいという考え方を持っておるわけでございますが、今後の財政状況との関係の中で財政当局と十分相談をしながら、文化庁としては積極的に前向きに進めていきたいという気持ちを持っているわけでございます。
○馬場委員 積極的に前向きにということはわかるわけですけれども、大体五十九年度が設計コンペ、その次が基本設計、いろいろあって着工がいった、完成がいった、そういうスケジュールは今のところ文化庁にはないわけですね。前向きということで、前を向いてとまっておれば何もならぬわけだからね。
 そういうことで大臣にお聞きしたいのですけれども、これは伝えられるところのお話ですけれども、この設計コンペの賞金の予算のときに、第二国立劇場にかかわって何か大蔵大臣と文部大臣と藤尾政調会長が覚書か何かをつくっているというようなことが一部に伝えられておるんですね。それによりますと、それは伝えられているから私、真偽のほどは知りませんけれども、当面は基本設計にとどめて、着工時期についてはそれが可能な財政状況になったときとし、その時期については文部、大蔵両省において協議し、その場合別枠要求をせずに文部省予算全体の中で協議する、こういうものが文部大臣と大蔵大臣と藤尾政務調査会長の間で覚書として取り交わされておるということが一部伝わっておるのですけれども、こういう事実はあるのですか。
○森国務大臣 先ほどの加戸次長に対する御質問とかかわりといいますか、関連をいたしますが、私どもとしては、設計競技に入り、何とか少しでも早く着工へ進めたい、これはもう文化庁としては当然であろうと思います。また、我々政治の立場におりましても、一日も早くこれらの希望を何とかかなえさせてあげたい、こういう気持ちでおるわけでありますが、財政当局としては、やはり財政全般を考えますと、果たして今の時期にというお気持ちがあるでしょう。しかし、先ほどから御議論を申し上げておりますように、これはかなり長い間の懸案でございますし、やはり日本の国が文化国家として、あるいはまた同会の決議、あるいはまた伝統芸能についてはこうして国の劇場がある。これはもちろん欧米の文化ではございますが、日本の中にやはり大きくこれにかかわりを持って研さんをされている方々がたくさんいらっしゃる。その人たちの夢も何とかかなえてあげたい。こういう気持ちでまいりますと、当然文部省としても文化庁としても、何とか次の段階へ、次の段階へと行きます。財政当局はできるだけ、だめだ、だめだと言う。これは当然のことだろうと思うのです。そこで、我が国の予算の折衝は単年度主義でやっていますから、来年はこれですよという約束は絶対にしないことになっておる。これは、そういう意味では役所というのはお互いに単年、単年の詰めでいかなければならぬ。そのためにいろいろな施策もお互いにすることにもなるんだろうと思います。そのことは、文部省全体の予算の中でもしやるならやりなさいよということを決めることでもないし、来年は必ずつけますよということを約束することでもない。それはやはりそのときの文部大臣なり文化庁長官と大蔵大臣が最終的に判断をすることだろう。私は、行き方としてはやはりそれはそれなりに正しいだろう、こう思います。
 したがいまして、予算編成の際はそういうようなことも含めながら、これをつけたから来年はこうだよと要求をしちゃいけませんよ、こういうことを大蔵省としては当然求めたいだろうし、我々としては、来年は要らないからとりあえず賞金だけ頼みますよ、こんなことも言えるものではない。そういう中で、党がその中に入って調整をされるということになれば、党として、今先生から御指摘をいただきましたような、そういう形の中で予算、最終的に大臣折衝が合意を得るというような党の調整というのが今先生から御指摘のありましたようなことがあった、それは私も記憶をいたしております。
○馬場委員 これは文部大臣を激励する意味で私も言うのですけれども、やはりこの党の調整というのを見ますと、着工その他については別枠要求せずに文部省全体の中で協議するということじゃちょっと困るんじゃないか。物すごい額になるわけですからね。だから、こういう調整があったとおっしゃるわけですけれども、やはりこれは打ち破っていただきたいということをここでは大臣に激励をしておきたいと思います。
 そこで問題は、時間が余りありませんけれども、やはり文部大臣の、今もちょっとおっしゃったのですけれども、この第二国立劇場をつくりたい、つくらなければならないという決意、意欲というものをぜひひとつお聞かせ願っておきたいと思うのです。
 今度つくるこの第二国立劇場というのは、オペラとかバレエとか、そういう現代舞台芸術の日本における殿堂にしなければならぬ、こういうぐあいに思いますし、このことは先ほどから言っておりますように、昭和四十一年に我々の先輩が、これをつくろうじゃないかということを附帯決議で国会の意思として決めていることだし、そういう先輩、国会の意思にも沿うことになるわけです。実際問題として今日、我が国に海外の一流のオペラが来ても、彼らの演出を全部紹介できるような舞台というのは今日本にないわけですから、そういう意味からもこれはもう当然つくらなければならぬと思うし、またつくる以上は、もう何回でもこういうものをつくる、幾つでもつくるわけじゃないわけですから、これは本当にどちらかというと国際的な水準のものをつくらなければならぬと私は思います。そうして、日本がこういうものをつくって世界からもたくさん招いて公演してもらうし、国民も見るし、これは日本が文化国家として世界の文化水準というものに貢献する一つの機会でもあろう、こういうぐあいに考えるわけでございます。
 先ほど大臣も言われましたけれども、私はよくわかりませんが、日本も椿姫だとか、それからバレエでいいますと白鳥の湖とか、たくさんの国民が、愛好者も非常に多いわけでございます。それからまた片一方の面から言いますと、日本は経済大国、経済大国と言いますけれども、本当にこれだけ経済大国になったならば、文化を貧弱にしておいて経済大国なのかといって批判を受けないように、やはり経済大国の文化政策というのはこういうものですよということを世界に見せなければならぬ、こういうぐあいに考えますし、憲法にも、我が国は文化国家として発展することになっているわけですから、本当に文化国家のシンボルとしてつくらなければならぬ。そういう意味からいいますと、先ほどのように、党の調整として、着工時期についてはいつかわからぬ、しかしその場合でも別枠要求せずに文部省の予算の中でやろうということじゃ話にならぬと私は思う。そういう意味で、この第二国立劇場をつくる意義、それに対する文部大臣の決意というものを披瀝してもらって、その予算についても大いに張り切ってもらいたいと思うのですが、どうですか。
○森国務大臣 第二国立劇場を設立したい、そして長い間の懸案としてみんなが取り組んできた、これはもう今さらまたここで時間をかけて申し上げる必要はありません。私自身も、大臣であろうとなかろうと、この問題に関心を持ってお手伝いをしてきた一人でございますから、なお一層こうしたいろいろな御意見が出てきて、せっかくできるのに、何か意見がまとまらないうちにできたということであってはならぬ、やはりみんなの喜びの中で完成できるように私も最大限の努力をしたいと思います。
 ただ、予算につきましては、もう先生もよく御存じのことですから、前もってこういう約束の上で予算を計上する、あるいは大臣折衝できるという、これは仕組みはいろいろと制限があるわけでございますが、私どもとしては一歩でも二歩でも、半歩でも進みたい。仮にいよいよ具体的な進み方になりましたとしても、私は専門的なことはわかりませんが、一挙に五百億近い金が必要であるわけではございませんし、またいろいろなやり方が当然考えられる。そういう意味ではまた創意も工夫もしていかなければならぬことだと思います。
 要は、みんなで本当に喜びを分かち合うことが、そして喜びをともにすることができるようにいきたい。先生初めこうして大変御激励をいただくという意味で御質疑をいただくということも大変ありがたいことだと思っておりますし、先ほど青木先生いらっしゃいましたが、青木先生を中心にする各党の皆さんのお集まりの音楽議員連盟もぜひやれと、こういうお考えも示していただいておりますから、それは当然みんなの意見を十分聞いてやれということであることは言うまでもないということも承知をいたしております。一生懸命こうした目標に少しでも近づいて、先生が今おっしゃったように、本当に日本の国はこうした海外から来る文化も日本の文化としてしっかり定着をさしておりますよということで、きちっとした、確固たるものにしていきたい、こういう気持ちでおりますので、今後とも御指導また御支援を心からお願いをしたい、こう申し上げておきたいと存じます。
○馬場委員 次に移りますが、国際コンペという方法をとらなかった理由は何ですか。
○加戸政府委員 幾つかの理由がございますが、基本的には、我が国の建築士法という法律の規定がございまして、五百平米以上の劇場施設等につきましては一級建築士でなければ建築設計及び工事監理をしてはならないという規定がございまして、この一級建築士の資格を持っておられます方方は事実上ほとんど日本人に限られておる状況でございます。多分この理由は、建設省の説明によりますと、日本は地震国であって特殊な耐震構造というものを考える必要がある、あるいは気温の変化、春夏秋冬という変化に富んだ国でございますので、高度な冷暖房設備等への配慮が必要であるとか、あるいは日本の建築基準諸法規等におきまして……(馬場委員「時間がありませんから要点だけ言ってください」と呼ぶ)はい。いろんな各種細かい法規がございまして、そういう意味では一級建築士でなければならないという基本条件がございます。
 それから、この建築設計競技と申しますのは、コンペを通じまして将来の設計並びに工事監理をする者をだれにするかということに主眼があるわけでございますので、そういう意味では、設計コンペの一位当選者イコール設計者並びに工事監理者になるということは、結果的に日本人である一級建築士でなければならないという制約があるために、厳密な意味での国際コンペを実施することは不可能だという意味でございます。
○馬場委員 私が聞いたところによりますと、設計コンペの段階では一級建築士の資格は要らないんじゃないかという意見も聞いたんです。そういうことはかなり要るんですか。コンペの段階ですよ。
○加戸政府委員 一つの考え方として、アイデア的な意味でその設計コンペを行うということも考えられなくはないわけでございますが、その場合には、それでは例えば五百億に上る工事の設計をだれに頼むのかということになりますと、極めて大きな問題が起こるわけでございますし、また、現実に一等に当選したアイデアを具体的に生かす設計家、その著作権の問題はどうするのだとか、あるいは注文がついたときに対応できるかというような、実務的には極めて難しい技術的な困難性に遭遇する。従来から設計コンペというのは、設計並びに工事監理をお願いする建築家を選ぶという趣旨で、従来の第一国立劇場あるいは国立国際競技場あるいは最高裁判所の庁舎等の設計コンペ、いずれもこのような方式で行われておるわけでございまして、その考え方を踏襲しようとしているということでございます。
○馬場委員 その説明を聞きますと、そしたら日本の建築というのは国際コンペは全然できないというシステムに今なっているということにしか聞こえない。例えばコンペをやって、それが基本設計するし、建築の監督までするというようなことで、そういう感じで受け取れてならないわけでございますが、国際コンペというのは、例えば昨年なんかパリのバスチーユのオペラで国際コンペが行われまして、ミッテラン大統領が主催して最後決めた。それは外国人が当選したわけでしょう。日本の国からも大分これに応募した人もおるわけでございますね。それで、国際的なオペラ劇場をつくるという意味において、これは非常に好評だったということを私は聞いておるわけでございます。
 そういたしますと、このような方法というのが、外国ではいわゆるUIAでいろいろ決めておりますけれども、これも原則であって、必ずそれに従わなければならぬということでもないし、フランスが去年やりましたのは、やはりそれに必ずしも従っていないわけですから、そういうようなことは日本ではできないのですか。
○加戸政府委員 先生御指摘の、昨年実施されましたパリの新オペラ座の設計競技は厳密な意味での、つまりUIAが言います国際コンペティションではございませんで、国際的な要素を取り入れた設計競技であったというぐあいに私ども、状況を把握いたしております。
 そこで、我が国の場合でございますが、先般来こういう御意見も寄せられているわけでございますので、例えば外国人が日本人とペアを組んでやるとか、あるいはいろいろな工夫等によりまして実質的に外国人の考え方も取り入れられる、あるいは外国人も設計競技に参加できる方策というのを建設省に御検討を今お願いしているわけでございますけれども、厳密な意味での国際コンペティションということはどうしても、建築基準法あるいは国際コンペの性格が、当選者をもって設計あるいは工事監理をさせるという従来の考え方を踏襲する限りは、法規改正その他がなければ難しいという状況であろうと思います。
○馬場委員 今ちょっとおっしゃったのですけれども、これはやはり日本の一級建築士と組んでコンペに参加できる、しかし、これは一級建築士をだれもがみんな知っているわけじゃあるまいし、友だちがおるわけじゃないし、そういう近い関係にあるわけじゃない。実際問題としては、これは締め出しということにならざるを得ない。一級建築士と組むなんといったって、非現実的な問題。中には、こういう公募する場合においてはできる人もおるかもしれませんけれども。
 それで、フランスがやったのは厳密な意味における国際コンペではないんだ、UIAではないんだとおっしゃいましたが、少なくとも我が国でもフランスがやったようなことはやろうと思えばできないことはない、こういうぐあいに思いますし、そういう点についてぜひ国際コンペについて道を開かれるような方法をとってもらいたい、実はこう思うのです。
 なぜ私はここでこういうことを言うかといいますと、やはりオペラハウスというのは国際的な水準のものをつくらなければだめですよ。ところが日本では、オペラに対する歴史は非常に浅いわけだし、本格的にオペラハウスをつくったという建築家もいないわけだし、設計家もいないわけです。こういうことで経験も知識もないわけですから、現実問題としてやはり外国の建築家のそういう力をかりなければならぬ。そうしなければ国際的な評価にたえるような建物はできないんじゃないかと私は思います。そして、こういうものはなるべく広く集めた方がよりいい作品に恵まれるのは当たり前の話であって、そういう意味でぜひそういうことをやるべきだと私は実は思います。そして、日本の建築三団体も、外人を締め出す競技では世界の笑い物になりますよということを言って、再検討しなさい、こういうことも言っているわけでございますので、こういう点について国際的なコンペ、外国人が、経験知識を持っている人が参加できるような方法はぜひとるべきだと思いますので、その点について、さっきの建設省の審査会なんかについてはそういう方向で文化庁の意見として言っていただきたいと思いますが、どうですか。
○加戸政府委員 建築家協会の会長の圓堂先生からも御意見を寄せられておりますし、また、ただいま先生の御指摘の考え方もほぼ同様の方向であろうかと思います。私ども、御趣旨を体しまして建設省には、国際性あるいは国際的色彩の強い形でなるべく開かれた、そしてかつ外国の意見も十分取り入れられるような方向での設計コンペをお願いしたいと考えておるわけでございまして、御意見を十分建設省にも伝えまして、その方向への努力をお願いしたいと思っております。
○馬場委員 今言いましたように、国際コンペで非常に国際的な水準のオペラの殿堂をつくるということをぜひやってもらいたいのですが、もう一つ、巷間こういううわさが週刊誌等に出ております。
 それは、一つは、国内コンペを文化庁とか何かが固執されるという側面からも出ているうわさじゃないかと私は思うのですけれども、それによりますと、こういううわさが出ておる。設計競技に入る前から、審査委員長には中曽根さんのブレーンの建築家がなり、コンペの一等当せんは中曽根さんに近い建築家の某氏が大体なる、施工も○○建設が内定しているそうだ、こういうようなうわさが週刊誌等に出ておるのです。このことにつきましては、それが事実とすればもうもってのほかでして、犯罪ものですが、私は、特に大臣に言っておきたいのです。
 文化庁は五十七年、おととし、文化庁汚職をやっているのです。そして世間を大変騒がせて、行政の信用を失墜させておる。そのことを文化庁は忘れてはならないし、だから、うわさであろうとも、こういうことが出ないように物すごく姿勢を正し、潔癖でなければならぬと私は思うのです。やはり国内コンペにしがみついているところからこういうことがくるとすれば、私さっき言ったように、国際コンペにやるように努力をすると答弁なさっておるわけでございますけれども、そういう面からもぜひ国際コンペにしていただきたい。そういうあらぬうわさを立てられないためにも、文化庁の、文部省の態度というものに疑いがかからないようにしていかなければならぬ、こういうぐあいに思います。そういう点につきまして、いろいろうわさが出ておりますから、この機会に、そのうわさに対する文部大臣の御見解を聞いておきたいと思います。
○森国務大臣 先ほど私は、今さら異なことをというようなことをちょっと申し上げたのですが、文化庁にとっても、こんな迷惑な話はないと思うのです。国際コンペにしないというのは何も文化庁が決めているのじゃない。これは先生よく御存じのとおり、建設省が決めているわけです。文化庁としては別にそんなことを、世界の人たちの考え、設計を入れるというのは反対だと言っているわけじゃないのです。これは行政の一つの仕組みで、文化庁で予算はもちろん取ったにしても、国のこうした建設を進めるのは建設省の営繕でやるわけですから、建設省のその考え方が入っているわけですから、今の馬場さんがおっしゃられたことにそのまま私は感想を申し上げるとするならば、文化庁は甚だいい迷惑だろう、そのために文化庁があらぬ疑いをかけられるなんというのは本当におかしなことで、これは私は加戸さん、むしろ次長、長官にも後で言っておいて、文化庁の方から、もっと責任を持って国際コンペをやれと建設省に言えばいい。私も建設大臣にそう言いたい、こう思っております。馬場先生とは長いおつき合いですから、先生は、いい方向にということでおっしゃっておられるのだろうと思いますが、今の御質問に対して答えをすること自身も腹が立ってまいります。
 私もその週刊誌、ここに持っております。この間、何が書いてあるかわからなかったのですが、だれかが飛行機の中で、大臣、あなたの漫画、本物よりよくないな、こう言われたので、隣の人が読んでおられて、それで、見ましたら、私の顔が漫画でかいてありまして、もうちょっといい顔をしているのじゃないかなと思って、大変残念なんですが、週刊誌もいろいろございますから、週刊誌のことに一々柳眉を逆立てていたら生きていけませんが、事が週刊朝日ですから、もうちょっと見識あるものを書いてほしかったな、こう思っております。
 いずれにいたしましても、そういううわさがおもしろおかしく書かれるということならば、私は、この問題が起きて、先般の委員会でこの議論があったとき、やめたらいいと思ったのです。私は本当にそう思ったのです。私は、自民党の原田憲先生や藤波先生や海部さんや、今日までずっと一生懸命やってこられた坂田先生、稻葉先生、みんなと御相談したのです。みんなが、もうやめてしまおうかと言うのです。私もそのときに、本当に腹立たしく、そう感じたことがありました。そしてまたこんなことが出てきて、何だか、森だの、竹下だの、藤波だのと、いろいろおもしろおかしく書いてあるのを見たら、ますますやる気がなくなってきて、こんな建物、そんなにまで皆さんがおっしゃるのなら、そしてまた、そのことを一番恩恵にあずかる立場の皆さんが、こんな不満足なものだとおっしゃるなら、こんなことはやめたらいいじゃないか。私自身もこの週刊誌を見て本当に、そう思いました。
 しかし、今、文部大臣でありますから、このことに一生懸念情熱を傾けてこられた文化庁長官以下、文化庁の諸君の気持ちを考えると、やはり何とかして立派なものにしてあげたい、その糸口もつけてあげたい、こう思っておるところであります。しかし、先生御指摘のようなことがないように十分気をつけていかなければなりませんが、こうした話が出るということは、私は極めて不愉快だともう一度申し上げて、答弁としたいと思います。
○馬場委員 文部大臣ですから、第二国立劇場、オペラの殿堂、世界的に恥ずかしくないような、文化国家の象徴として全力を挙げて頑張るということになっているわけですから、ひとつそういう趣旨で頑張ってもらいたいと思うのですが、くれぐれもこういううわさのないように注意をしてもらいたいと思います。
 次に建設地についてですが、あそこは結論から言いますと、不適切だと思います。と言いますのは、大体、都市には都市の顔というのがありまして、そしてお互いに大体ここは文教地区だとか、ここは商業地区だとか、ここは住宅地だとか、あそこは特別工業地区ですよね、今見てみますと。そういうものから考えますと、新宿駅から二十分と言いますが、これは徒歩で行くのは難しいと思いますし、甲州街道の上に架設された高速道路の騒音もあるわけですし、高速道路のすぐそばの文化施設というのはおよそ不似合いでございます。通産省の工業試験所の跡地だ、国有地だから手に入れやすい、こういうことで、どこでもいいというような感じで手に入れたのじゃないか。景観もないし閑静もないわけでございまして、よく言われますように、敷地の選定を誤っては名建築はできない、成り立たないということはもう鉄則として言われておるわけでございます。そういう点からいいますと、あそこは絶対に適地ではないと私は思うわけでございまして、これは文化庁だって、例えば国立劇場のあの能楽堂をつくられた、あれは私はやはりいい場所じゃないかと思いますし、そして、ことし完成いたしました国立の文楽劇場は大阪ですね、あれだってそれぞれ発生した土壌というか、歴史的にも地理的にもふさわしいところに建てるべきだ、私はこう思います。外国を見たって皆そうなっているでしょう、大体こういうオペラハウスというのは。
 そういう意味からも、ここに対して東京都に意見を聞かれたのかどうかということも――東京都はこの前の知事選挙で、マイタウン、マイタウンと言って大分やっているわけですから、ここに先生もおられますけれども、そういう意味で、とにかくそういうことから考えて、あの地区は不適格であって、今ほかにないのだとおっしゃればないのですが、ほかにあると皆さん言っているんですよ。だからそういう点について、五百億あるいはまたそれ以上の世界に冠たる文化国家の象徴たるオペラハウスをつくるというのだったら、やはりいい場所を選定する。場所がないわけではないと皆さん言っているのですから、もう一遍探して、今からつくり始めたって六年先、七年先でき上がるかどうかわからない。そして、二十一世紀に残す文化遺産ですから、そういうものは本当に一年やそこら慌てなくてもいい。財政状況もまたいろいろあるでしょうから、そういう中で敷地はもう一遍選定し直すべきだ、私はそう思うのですが、これについていかがですか。
○加戸政府委員 敷地の問題につきましては非常に難航したわけでございまして、既に東京都内で適地を求めまして二十数カ所以上候補地を挙げまして、約八年がかりで専門家等の検討も煩わして、いろいろと敷地の選定に当たってきたわけでございます。
 途中段階で有力でございましたのが駒場の東京教育大学農学部跡地だったわけでございますが、その土地は利用できないという形になりまして、昭和五十二年でございますが、この東京工業試験所跡地の提供方を関係者の総意のもとにお願いをするということでスタートいたしまして、昭和五十四年には設立準備協議会で御了承いただき、昭和五十五年には東京都からもこの用地についての御了解をいただきまして、そして同じく昭和五十五年に国有財産審議会におきまして第二国立劇場用地としての利用を御了承いただいたわけでございまして、話としましては長い間の紆余曲折を経ながら既に五十四年に実質的に決定しているわけでございまして、それが五年たった今、その当時とは違うからということで言われるなら別でございますけれども、私どもの感じとしましては、ベストではないとしても、あるいは文化庁の力が弱かったにしても、第二国立劇場の敷地としては可能な限り、人知の及ぶ範囲において選び得た最高のものだという理解の仕方をしているわけでございまして、新宿副都心からは約一・五キロの距離にございますし、京王新線初台の駅からはすぐでございます。また、高速道路沿いという御意見もございますが、そういった点も十分配慮いたしまして、高速道路沿いに面しました部分につきましては、場内に樹木、芝生等を十分入れた地域住民に対します憩いの場を設け、景観も整え、かつ劇場建物へ騒音等の影響を及ぼさない配慮もする予定でございますし、また、これは専門家の先生方の各種の技術的な御検討もちょうだいして、十分第二国立劇場としてふさわしい敷地であるという御判断をちょうだいして既に五年前に決めたわけでございまして、今の時点になってそれがよくないとおっしゃられても、それにかわるべき敷地がすぐ出てくるわけでもございませんし、私どもとしましては現在の諸条件の中で最善を尽くしていく、今後、先ほど御答弁申し上げましたように、環六への抜け道あるいは裏方面からの自動車の進入路等を何とか確保すべく、行政レベルとして条件整備の努力だけは何とかしていきたいと考えておるわけでございます。
○馬場委員 繰り返して言いますけれども、あそこはやはりオペラハウスとしては、今おっしゃいましたけれども、三流か四流ですよ、その土地は。ないとおっしゃるけれども、今いろいろな団体の人たちが、ここはどうだこうだと言っている。それは話し合いでしょうけれども、意見を聞くということ、もう一遍決めたんだから仕方がないというんじゃいけないと私は思う。意見があったらどんどん聞いてみて、また土地の交換をしたっていいんだから、何も予定地があればそこと土地を交換することだってあり得るわけだから、そういう土地のことについて再検討していただきたいということを申し上げておきたいと思います。
 次に、時間がないのでちょっと要望がたがた、要望を主に申し上げまして、あと意見も一つ二つ聞きたいと思うのですが、劇場の構想ですね。これは客席をふやすということを今検討することになったんですが、オペラ、バレエ、ミュージカルのための大劇場が千六百席のやつが一つと、現代演劇、室内オペラ向きの中劇場千席ぐらいなのが一つと、それから実験劇場的な小劇場三百から四百五十席、この三つが入るというのは、あの土地ではやはり狭いですよ、景観もないし。こういうこともありますが、それが一つと、それから、やはりこれからのオペラの大劇場というのは普通二千席とかあるいは三千、できれば三千五百席ぐらいが採算がとれるんだ、こういう意見もあるわけですけれども、千六百は実に少ない。こういうふうな問題もありますし、それから専門家に聞きますと、オペラ、バレエのための施設が他の演劇用の施設に相乗りになる、結局現代演劇にひさしを貸して母屋を取られるというようなことになってしまうのではないか、こういうこともありますし、それから、最初構想にありましたオーケストラだとか合唱団だとか歌手団、これは当面考えない、こういうことですけれども、これはやはり考えなければいけないと思います。
 今の考え方を集約して結論から申し上げますと、文化庁の最初構想したものが、土地が難しいとかあるいは予算が問題ということで、結局最近は、何かメンツにかけて建物さえつくれば後はどうにかなるのだというぐらいにしか見えないような現状です。そういう点につきまして、この構想というものも、今言いました、まだほかにございますけれども、もう一遍考え直す必要があるのではないか、こういうことをまず考えます。まとめて質問いたしますけれども、それが一つです。
 それからもう一つは、管理運営の問題です。先ほど言いました専属のオーケストラとか合唱団だとか歌手団、こういうものは当面つくらないようになっておるのですが、そういうものも必要ということも含めてまずオペラとかバレエ、これは私も詳しく知りませんけれども、これは世界どこでも、それを育成していくとか上演するためには非常に巨額の費用がかかるわけですから、民間とかなんとかの団体で支えられるものではなくて、世界各国見てみましても、国なり地方団体あるいは強力な財団が財政援助をどこでもして維持運営されておるのは御存じのとおりでございまして、運営費の六割とか七割とか、こういうものは国とかなんとかで補助しておるというところも多いわけです。それからさらに道具とか衣装とか、そういうものを入れる倉庫だとか、毎年毎年多額の国費というものが要るんじゃないか、こういうことを考えます。
 何か運営について聞きますと、国費による自主公演というのは年間五十日足らずだということも、この間も質問があって聞いたわけでありますし、残りは民間の興行団体に貸すのだ。こうなりますと、国立オペラハウスでなしに国立の貸し劇場をつくるようなものにしかならないじゃないか。そして東京の上野の文化会館、これはこの場所よりも交通の便もいいですし、環境もいいでしょう。そして席も千六百に比べたら七百も多いわけです。こういうところがあるわけですから、こういうところよりももし高い賃貸料になりますと、だれも借りないんじゃないか。自主公演というのはたくさんしない、人も余り借りない、そうなりますと、建物は建てたけれども閑古鳥が鳴いてしまうのじゃないか。こういうことだってあり得るわけであります。
 だから、こういう劇場の構想、運営管理、こういう問題についてもまだ未成熟ですよ。ただ本当に今期の予算を取って建物さえ建てればいいということで――こういう建物とする場合には、例えば工事をするとき環境アセスメントが要るように、どういうふうになるのかという影響をぴしゃっと調査して、そして慎重にやる必要があるんじゃないか、こういうことを思います。そういう意味で、例えば管理運営について十分検討が済んでおるのか。この構想というのはちょっと変えた方がいいんじゃないのか、こういうことについてはどうですか。
○加戸政府委員 二つの御指摘がございまして、一つが劇場群としての構成がどうかということでございますが、私ども、オペラ、バレエ、ミュージカルあるいは現代舞踊、現代演劇、現代舞台芸術というのはこういうものが相互に関連し合って発達してきたわけでございまして、今回の構想自体も昭和五十一年に基本構想ができまして以来、一つの劇場群構想として、ヨーロッパの現在の主流となっております。そういう建築方式を取り入れるという考え方で、今日まで専門家等の御検討を煩わしてまいったわけでございます。
 中でも、今客席数の問題について御指摘がございましたが、この問題は一般に、ただ千六百という数字がちょっとひとり歩きしておるようでございますけれども、私どもの考え方としましては、専門家等の御意見あるいは西欧の学識経験者等のいろいろな文献等からも判断しまして、経験則上、現在のプロセニアム方式、いわゆる額縁方式と言われますものの中で、舞台の見通し角度がどうであるか、その水平方向の角度あるいは垂直方向の角度あるいは視界の距離、最大視距離を何メートルにするのか、あるいは視界角度を何度にとるのかといったことの最適の条件を計算いたしますと、図面を引けば約千四百平米程度というのを固定席として考えたわけでございまして、これに日本の建築基準法規等で通路を設ける等の諸条件を勘案いたしますと、千六百席という形で今日まできたわけでございます。例えば、ドイツで最大の規模を有しますのがドイツ・ベルリン・オペラ劇場でございますけれども、千九百席ございますが、平米数は千四百十三平米でございまして、今回の構想とほとんど変わりないわけでございます。ただ、ドイツの場合には建築基準法規等、通路を設ける条件等が厳しくございませんから千九百席までできる。そんな状況で一応千六百席までまいったわけでございますが、このほかに立ち見席等のオープンスペースを三百六十平米準備しておりますので、その範囲内でいろいろ各種の御要望におこたえするという、座席を増加する方向でこれから検討するわけでございます。ただ、その場合には完全に舞台の隅から隅まで見えるという状況ではなく、あるいは音も少し聞こえなくなるかもしれないけれども、ただ関係者の御意見がそういうことであるならば、その千六百席ということには固執しないという形で今後の対応をしようと考えているわけでもございます。
 なお、第二点の管理運営についての御指摘でございまして、これはこれからの大きな検討課題でございます。ただ、これからは舞台芸術関係省あるいは学識経験者等から構成します管理運営委員会といったようなものを設けまして、どういう方向で持っていくかというのはこれからの大きな検討課題でもございます。ただ、事務レベルとしていろいろな検討をしている段階におきましては、少なくとも国の主催公演というのを三割程度あるいは共催公演というのを三割程度で、いわゆる貸し方式というものは四割というような程度の目算は立てておりますが、これはもちろん今後、舞台芸術の専門家とかあるいは学識経験者等の御意見等によって流動性があるわけでございますし、また予算、財政状況との絡みもありますけれども、今後文化庁として努力すべき最大の課題だろうという認識は持っているわけでございまして、各界各層の御意見を踏まえながら適切に対応したいと考えているわけでございます。
○馬場委員 バレエとかあるいはオペラとかミュージカルとか、総合的にやっているところがヨーロッパでありますよ。しかし、そういうところでも専属のオペラハウスというのがまたありますよね。そういうところで、やはりそういう専属のオペラハウスという考え方でこれは発足しなければ、母屋を取られるのじゃないかと私は心配なんです。
 そこで、最後にこれは大臣にお願いしておきたいと思うのです。今までずっと質問いたしましたが、時間が来ましたけれども、現段階ではまだ関係者だけではなしにやはり国民全体の合意に至ってはいない、こう私は思います。だから、拙速を避けて、より時間をかけて検討すべきだということを結論として考えておるわけでございます。そして、いよいよ国税をもって建設する第二劇場ですから、国民の合意のもとに、さっき大臣も言われたのですけれども、利用者である国民の意見を大いに反映した開かれた劇場でなければならないと思いますし、そしてまた、同時に、文化国家日本のこういうオペラハウスですから、日本の全芸術文化界とか全舞台芸術家たちの総意に基づくものであり、全体が賛意を表するものでなければ今後の運営というものに支障を来す、こういうぐあいにも私は思います。
 それで、柔軟な姿勢もところどころにあったわけですけれども、現在の案で私が指摘したようなところに固執して着工を急ぐのではなしに、二十一世紀に残る日本の文化遺産をつくるのだ、文化遺産として末代までこれは問われるのだ、それで教養、文化に対するところの日本政府の理解の度合い、日本国民の理解の度合いというものを世界からも問われておるのだ、そういう大切な仕事を文部大臣、文化庁が中心になって今やっているのだ、こういうことでもってぜひひとつ、今ずっと長い間質問しましたことを踏まえて、皆さんのコンセンサスを得るように努力をしていただきたいと思いますが、大臣の答弁を伺って、終わりたいと思います。
○森国務大臣 いろいろ、第二国立劇場をぜひいいものにしてほしい、こういう見地で馬場さんから御指摘をいただきましたり、また御注意をいただいたり、あるいはまた御激励もいただきまして、感謝を申し上げるわけです。
 ただ、先生のお話の中に拙速という言葉がございましたけれども、先ほど加戸次長が専門的な答弁で、私はもうちょっとわかりやすい答弁をしますと、二十三カ所あたりの場所を八年かかってやっているのです。私は当時、党におりましたから、一体いつやるのだと、なかなか場所が決まらない。私も冒頭に申し上げたように、今の場所で本当にいいのかなと当時思いました。いいなと思う場所は随分ありました。現に党の関係者や我々が、その持ち主のところや関係者のところにお百度参りしたこともあるのです、こういうものをつくるんだから何とかと。しかし、みんなその都度、例えば新宿なんかでも副都心、いい場所があるじゃないかと言ったって、都庁は出さないのですよ。目黒に高速で行きますところに迎賓館があります。あれなんかもいい場所だと思いますが、あそこにホテルができるときに反対連動が出ましたね。それは人が来るというよりも、後ろの何か東京都の自然教育園というのですか、公園が侵されるからだめだと言う。むしろ旗がいっぱい立っていましたけれども、そんなふうにいろいろやってまいりますと、なかなかいい場所が得られなくて、そして関係者の皆さんとも十分御相談をし、御納得、御理解をいただいて、八年かけて今の場所を決めたという経緯があるわけであります。
 確かに、先生もあえて考えるという意味でおっしゃったんだと思いますが、あの能楽堂はいいところだと先生おっしゃいましたが、私は当時、うん、代々木の能楽堂、あの後ろの方は、ちょっと言いにくいけれども、ラブホテルがいっぱいなんですね、あそこになあと私は思いました。しかし、こっちから見ると明治神宮外苑だし、東京都体育館があるから、こっちから見るということになればいいのかな。しかし、あっちの山手通りから見るとどうかなという感じは私も当時しました。
 現に、文楽劇場もこの間、私はこけら落としに行ってきました。これはもう知っておられる方はよく――あの周り見てください。飲み屋とホテルばかりです、あの後ろの通り。しかし、それを私は言ったのです。あんなところにとこう言ったら、文化庁は、いや文楽というのは庶民のものなんだから……。なるほど、言い得て妙な答えだと思いましたが、そういうことでなかなかなんです。
 結果的に、結論からいえば、日本はやはり狭隘な国土なんですから、そこの中でお互いにああだこうだと言ってもなかなかうまくまとまらぬものでありますから、これでも拙速ではなくて八年もかけて選んだんだということで、いまその周りを、先ほどから加戸次長が申し上げているように、いろいろな意味で何とかいい環境になるように最大の努力をこれからしていく。大塚さんもいらっしゃいますが、ぜひ東京都あるいは都の政治の関係の方々も、最善の努力をこれからもしていただけるのではないか、こう思っているわけです。
 それから、国民の利用する大事なものだ、こう馬場さん御指摘されましたが、先ほどの團先生なんかのあれを読んでおりますと、どうも何か国民の利用するものなのか、関係者だけのものなのか、ちょっと首をかしげなければならぬようなところも随分あって、お互いにみんなで努力しておったのに、いよいよできるようになったら、突然入ってきたミュージカルを、あれは商業ものだからだめだとか、こういうお互いに芸術の文化の中に一緒になってこられた方々が、いよいよ具体的になると、あいつらは新参者だとか、あいつらは関係がない、何か政治家の自民党の派閥よりもっと悪い感じがして、そんなことで本当に国民の利用できるものになるのかなと、私はそういう感想を持ったのです。
 先生がおっしゃったように、本当に国民が利用するものであるということで、我々はやはり一番いい考えをまとめていかなければならぬ、こう思っておりますが、先生のおっしゃっていただいたことは、大変大事なポイントでございますから、ちょっと先ほども申し上げましたように、加戸さんからも出ましたように、今まではどっちかというと協議会の団体の御専門家の皆さんの意見をできるだけ尊重してきた。しかし、もうそろそろ行政レベルでやりなさい、私はそう申し上げています。行政レベルでもう少し責任を狩って関係省と十分話し合って、そしていろいろな意見を聞いて、弾力的に対応していく段階が来ておるのではないか、こんなふうにも指示をいたしておるところでございますが、御注意を十分守って、本当に国民の皆さんが喜んで、そして本当に文化の薫り高いものにできるように、最大の努力をするように事務当局を督励していきたい、こう思います。
○馬場委員 言いたい放題と言うと余り失礼に当たるかもしれませんが、最後の部分はよかったのですけれども……。
 八年八年とおっしゃいますけれども、密室の八年と言ってもいいぐらいに僕は考えるのです。本当に国民のために開かれた八年であったならばいいのです。国民の意見を聞く、そういう面について。まだまだ長い二十一世紀に向かって残す文化の殿堂を、これだけ意見があるのだったらもう少し謙虚に、八年八年と言わなくて意見は十分聞いて――できるもの、できないもの、あるでしょう。いいところがあれば一番いいことだし、なければまた次のことも考えられるかもしれぬけれども、その辺は国民の意見に、あるいはこういうところで議論した意見に謙虚にやってもらわなければ、たとえできたとしても今後運営上うまくいかぬと私は思うのです。
 そういうことを最後につけ加えて、質問を終わります。
○愛野委員長 有島重武君。
○有島委員 けさの朝刊を見ますと、各紙とも一面のトップに真っ黒なすごい見出しが出ておりまして、戦争でも始まるんじゃないかというショッキングな表現でございました。ソ連がロサンゼルスのオリンピックをボイコットするという報道でございました。既に官房長官なんかがちょっとコメントもしておられたようでございますけれども、文部大臣としてどんなふうにお感じになっておるか、御感想を承っておきたいと思います。
○森国務大臣 私も、けさのテレビのニュースを見て大変驚きましたし、そのときに率直に残念だ牧、オリンピックが行われるということは世界が平和であるという何よりのあかしだ、こういつも思っておりまして、ことしもいよいよロサンゼルス・オリンピックだし、聖火リレーが始まったというのもゆうベニユースを見ておりましたので、けさのニュースを見て本当にショックでもございました。
 しかし、先ほど申し上げましたように、オリンピックは、より平和な世界の建設に助力して国際親善をつくり出すことを目的とするということでもございます。こうしてロサンゼルス・オリンピック大会にはソ連の国内オリンピック委が不参加ということを発表したことは本当に残念なことだ、こう申し上げたいと思います。
 ただ、今後オリンピック競技大会の参加につきましては各国のオリンピック委員会が決定をする、そういう責任を有するものだというふうに承知をいたしておりますので、オリンピックを主催いたしますIOC、そして米ソ両国の国内オリンピック委員会の間で協議をして決定するものだろうと思いますので、できるだけ円満な話し合いをしてもらいたいな、私はこういう希望をぜひ表明しておきたいと思います。
○有島委員 オリンピックの問題に国家としての何か力が加わる、コメントをする、これは望ましくないことであると思うのですね。若者の純粋な、国際的な平和への活動の場にしたい。それは一般論でございますけれども、日本の立場というものが米ソの大きな比重の中に今度は伍して、日本の比重が大きくなってくるわけですね。日本のオリンピック委員会の、こういういろいろな事態が起こってきた場合の重さといいますか責任といいますか、こういったものも従来と少し違ってきておるんじゃないだろうかというふうに私は思いますけれども、そんな点はどうでしょうか。
○森国務大臣 有島先生が従来と違ってきたという御指摘の点は、どの角度からか、ちょっと明確には私は理解できなかったのですが、確かにオリンピックに対する意義とか位置づけとか、これはいろいろな意味で私は変遷があるなどいう感じがいたします。
 現に、オリンピックを開催するということは、国にとってはとてもすばらしい国威発揚でありますけれども、大変な財政的な負担になるということで、だんだん少しずつ昔のようなオリンピックではなくなっている。例えばことしのロサンゼルスなんか、まさに商業主義の上に立ったオリンピックだと言われていますね。何か聖火の権利を売ってそれの経費をつくるのだとか、最近は、これは何もロサンゼルスだけではない、かなり以前からですが、何かマスコットみたいなものをつくったり、それで収益を上げるというようなことで、そういう意味でオリンピックというものもだんだん若干商業的なものになってきて、昔のようにどちらかというと純粋なオリンピックだなという感じは、私はちょっと薄れてきたなという感じもします。
 それからもう一つは、また別の視点から見ると、どうも政治的に東西の対立の渦の中に巻き込まれてしまっている。そして、ボイコットすることが当時のモスクワ・オリンピックのことから始まったと言えばそうなるのかもしれません。もちろん昔は、ベルリン・オリンピックやいろいろずっと過去の経緯を見ましても、かつて日本もそういうことで中止をしたという経緯もあるわけでございますが、そういう国際的な動向の中の焦点になって、そのことが好むと好まざるとにかかわらず政治の道具になってきているような点もなきにしもあらず、そういう見方をされる人もあるわけですね。そういう意味で、大変残念なことだなという感じがいたします。
 しかし、どんな形であれ、どんな形態をとれ、どういう背景があれ、その中で競技するスポーツマン、若者たちは純粋に、我々が考える以上に、国のためだとか国の名誉だとかいうよりも、自己の一番の、自分の持っておる技術といいますか体力を駆使して、そして世界のひのき舞台で戦ってみたい、自分の可能性に対して挑戦をしてみたいという純粋な気持ちでやっている。どういうオリンピックであっても、やる選手にとっては、自分の生涯をまさに生死をかけてやっている、そういう純粋なものであることには変わりがないと思いますので、いろいろな見方はあるにいたしましても、やはりオリンピックはオリンピックの中で競技する選手が私は中心であるべきだと思いますので、そういう意味で、オリンピックを守り、そしてまたオリンピックを育てるようにみんなが考える、私はそうあってほしいな、大事なものとして考えてほしいなと思っております。
○有島委員 こうした国際的なちょっとした紛争とはいえ、この中にあって日本が果たすべき何か役割というようなものがあるとお考えですか。それとも、そういったことは考えないでよろしいとお思いですか。
○森国務大臣 これはまだ政府部内で話し合ったことでもありませんし、私のある程度個人的な見解としてお聞き取りをいただきたいのですが、モスクワ・オリンピックに対してアメリカが参加しなかった、そのことに対する、単純に考えればしっぺ返してはないかということも一部新聞には出ています。あるいは、いろいろ読んでみますと、何か大統領選挙にかかわりがあるのではないかとかいろいろ出ておりますが、いわばそういう東西の、米ソの問題ということだけであるとするならば、余り日本人として、日本の政府として直接中に入ってどうこうするということは、私は適当ではないなという感じがいたします。
 そういう意味で、さっき申し上げたように、あくまでもこれはIOCと米ソ両国内のオリンピック委員会が円満に解決を図るべきことだろう、こう思いますので、政府としてどうこうということよりも、政府としては大変残念なことで、ぜひ平和的にやってほしい、円満に解決をしてほしいというのが政府の立場だろうと思いますが、日本の国内オリンピック委員会の関係者の皆さんが、整然といいオリンピックになるように、そんなことでお考えになりあるいは行動されるか、それは私はわかりませんけれども、オリンピック関係者の皆さんがいろいろな意味で何とかいい方向になるように努力してもらいたいな。これはさっき申しましたが、政府部内で検討しておりませんので、個人として私は、お互いにアメリカの国内、ソ連の国内オリンピック委員会の皆さんとぜひ円満な話し合いができるように、環境を整えることにもし日本のオリンピック委員会などがそういう形ができるものなら、あるいはそういう役割ができるものなら、ぜひオリンピックの関係者の皆さんに頑張って努力してもらいたいな、こう熱望といいますか、願望をいたします。
○有島委員 それでは、その問題は終わります。
 臨教審、いわゆるではなくて今度は正式に臨時教育審議会ということでございますけれども、この法案がいよいよ内閣委員会に付託されました。このことによって国会はやがてその審査を始めるわけですけれども、それと同時に、なるべく広い各層の国民が教育改革をめぐっての議論をしていっていただきたい。その中で新しい教育の物の考え方といいますか、これからの教育をどういった考え方に従って見直していかなければならぬのかということ、あるいはどういった点を改革しなければいけないんだろうか。先ほど、どういった点を保存し、どういった点を改革すべきなのかということがここで話題になっておりました。私どももおととしですか、竹入委員長からまさにそのことを言われまして、随分議論をしてまいったところでございますけれども、そういった何をどうすべきかということと、三番目には、それはどこから手をつけてどういうふうにやっていきましょうかという手順の問題、こういったことを大きな国民の議論の中でだんだん合意を形成していってもらいたい、そういうふうに私たちも心から望んで、そのように努力をしていきたいと思っておるものでございます。
 それで、きょうここでもって一番最初に提起しておきたいのは、どんな改革をするにしても、これは現場をよく知っておくということと同時に、現場の問題点だけに集中しているのでは、これは改善とか充実というところにおさまっていくであろう。大きな立場から、大きな新しい視点から行われる改革ということにつきましては、これはひとつまた現場を離れての理論的な展開といいますか机上論といいますか、やはりそういったことも大切になるでしょう。審議会はそういったことになろうかと思うのですけれども、それにつきましても、この理論的なものと実践論といいますかあるいは実践というものの本当の仲立ちをしていくためには、試行といいますか、これは私たちパイロットスクールということを提唱してまいったわけですけれども、パイロットスクールということを相当積極的にやっていかなければならないのではないか。これは審議会がどういう構成でどんなふうに行われるかということとは別建てに考えても、そういった議論の素材としてのパイロットスクールというようなことは必要じゃないだろうかと我々は思って提案をしたわけであります。
 大臣におかれまして、このことは去年からも申し上げていたかと思うのですけれども、私たちが言っておりますパイロットスクールというこの構想につきましてどんな御認識を持っておられるか、どんな評価をしておられるか、その点をまず最初に、聞いておきたいと思います。
○森国務大臣 パイロットスクールなどを含めた、公明党の皆さんが御研究をされました教育改革に関します文献というか書物、著書をちょうだいいたしました。全部細かく完全に読んでおりませんので、すべてを申し上げるわけにはいきませんけれども、いわゆる中教審四十六年答申のときに「先導的試行」という文言もありました。あるいはまた、この国会が始まりまして多くの学制問題に対する御論議もございました。それからまた、教育改革に関しまして多くの識者の意見も、新聞やテレビやいろいろな出版物において発表もされております。そういうふうに、これからの日本の教育、二十一世紀を担う子供たちへの教育はもう少し多様的に、柔軟に考えていくべきではないだろうか、こういうお考えがやはり一つの背景として出ておるわけでございまして、そういう考え方から見ますと、今有島さんがお話しになりましたいわゆるパイロットスクールも軌を同じゅうしておる考え方だ、こういうふうに思いますので、そういう意味では国民の多くの皆さんが、今日の教育の仕組みや制度についてはもう少し柔軟に構えてみたらどうかという御意見が非常に多いのだなということ、私は今の立場でそんな感想を持っておるわけでございます。
 しかし、このことを教育改革にそのまま取り入れるかどうかということは、私が今ここで申し上げる立場ではないわけでありまして、もう今さら申し上げるまでもなく、新しい臨時教育審議会の皆さんで十分に御論議をいただくことになりますが、当然、学制問題について恐らく検討される課題になるであろうと私は想像もいたしますし、また期待もしたいな、こう思っておりますから、そういう場合にはこのパイロットスクールも一つの御議論の中の重要な参考になるのではないか、私はパイロットスクールを読みながら、そんなことを感じておるわけでございます。
○有島委員 試行というふうに四六答申で言われていたもの、あるいは私どもがパイロットスクールというふうに言ったもの、その共通点と言いますと、従来の教育のしきたりをちょっと外れているということですね。規格外であるということが一つの特徴ですね。それが規格外であるということは、お役所の方から言いますと、これは余り望ましくないことであろうと思うわけです。お役所は整合性を持って管理をしていかなければならない、その責任がおありになるところですから、それは当然のことであります。しかし、現時点で何か新しいステップを踏み出さなければならない、そのために、教育のことですから余り失敗は許すことはできない、そこでひとついろいろな試みというものをやっていくべきではないか、要するにこういうことですね。簡単に言えば、そういうことをこの際積極的にどんどんやっていくべきなんじゃないだろうかということなんですよ。
 初中局長、ここに来ていらっしゃるから局長に聞きたいのだけれども、今まではそういったことは例外だから、なるべくそういったものは少なくしていきましょうという方向で来たと思います。今後は、この教育改革論議とともにそういった例外というのも、ははあ、これはおもしろいじゃないか、ひとつ見守ってやろうじゃないかというふうに、何か教育的な評価の対象にしていこうという構えがこれからは必要になるのじゃないだろうかと思うわけです。そういった提案なわけなんですよ。そういうことは文部省として、そうですか、それじゃひとつその向きでやってみようというふうに言えるか。それは、そういうことをなさるのは文部省外でもって、どうかお好きなようにやってくださいうちの方ではそういったことはできませんと、こういうふうにおっしゃるのか、その辺はどうでしょうか、懐ぐあいというか、懐の広さというか。
○高石政府委員 言葉一言で言えばパイロットスクールということですが、そのやり方に幾つかの考え方があると思うのです。
 一つは、現行の教育内容について、例えば小学校ではこれだけの教科を何時間教えなければならない、中学校ではこうだ、高校ではこうだと、そういう教育内容の問題については、既に研究開発学校でパイロット的な調査研究を実施しているわけでございます。それは、あくまで現行制度の教育課程の特例措置としてそういう実施の道を研究開発学校でやっているわけでございます。ですから、そういう意味での研究開発をもっと進めていくということは当然考えられることだと思います。それが一つ。
 それから、学校の制度に関係するようなパイロットスクールということになると、これは非常にいろいろ考えていかなければならない問題があります。
 幾つかの提案がございますが、例えば中高一貫の教育を公立学校で試みるという提案は、実質上、それを公立学校で中高一貫の学校を、中学校、高校とをつくって、そして運用上一貫教育をやるような実験を試みるという場合には、学校制度を変えなくても運用上の問題として実現する道はある。そこで、現在も我々が事務的にやり得ることは、そういう現行の法律制度を変えないで、実質上の運用としてそれをやってみる、そういう意味のパイロットというのは、今後当然対象として考え得ると思います。また考えてもいいのではないかと思うのです。
 ところがもう一つは、いろんな提案がございますが、例えば小学校の就学年齢の考えで、ゼロ歳の就学を小学校で認めるということになりますと、満六歳から就学しなければならないという法律の制度があるので、こういう意味のパイロットは法律改正をどうしても伴うわけでございます。法律改正をやる以上は、国会の御審議を煩わしてそういうことがやり得るような法律改正をした上でないと、そういう意味のパイロットは実行できないということになるわけでございます。したがいまして、そういう法律制度の改正を伴うようなパイロットについては、今後の臨時教育審議会でいろんな審議で出された結論が、そういうことのステップを踏んで、その成果を見た上で、恒久的にどういう制度にしたらいいかという手法としてやるべきではないかという指摘が出てくれば、国会の法律の手続をとりまして、そういうことが可能なパイロットスクールという実験ができる、こういうことになろうかと思うのです。
 したがいまして、パイロットスクールについての提案に対する対応として現時点で行政がなし得るのは、先ほど申し上げました一、二の点でございまして、三の法律制度の改正ということを伴うことになりますと、これは今すぐ行政、文部省で対応できないというふうに思うわけでございます。
○有島委員 大変明快に、現行制度内のパイロットスクール、それから制度を変えなければできないパイロットスクール、こういうことでした。そして、制度を変えなければならないような問題というのが、これは恐らくこれからできるであろう、あるいはできるかもしれないといいますか、臨教審などの御審議があって、こういったものはひとつ踏み出してみたらどうかというものに関してのこれは特別な例であろう。
 その第一番目の現行の制度内でできる方のことですけれども、それに関しては、これまた二つあると思うのですよ。というのは、一つのねらいをあらかじめこちらが定めて、こうこうこういうねらいでもって、このカリキュラムを指導要領によらないでもとにかくやってみたらどうかとかいうような今やっていらっしゃる研究ですね、そうやって積極的にこっちからプランを組んでやらせるという一つのテストケース。それと、現にいろいろと行われている例外的な学校運営といいますか、教育運営といいますか、今まではそういうものは一つの例外として、なるべく早く正常に戻すようにというふうな目でもって見ていたようなものかもしれないけれども、今度はそういうものをむしろ積極的に評価してあげる、こういうような行き方がある。二つあろうかと思いますね。
 そういうことに対して文部省は、今までの態度とはまたひとつ、うんと前向きに、そういうようないろいろな試みに対して気を配って、それをむしろ評価していくというような態度を今後とってもらいたいと思うのですけれども、それは可能でしょうか。
○高石政府委員 法律制度の枠内で、教育内容については、先ほど申し上げたような学習指導要領の基準の特例を設けてやるということを申し上げたわけですが、今までやってきた以上にそういうことを積極的に地方で試みたいということがあれば、それは前向きに受けて対応していかなければならないというふうに思います。
○有島委員 文部大臣もいろいろなケースを御存じかもしれないけれども、私も幾つかの学校を見てまいりました。
 先日行ってきた神奈川県の弥栄東高校、弥栄西高校というのがございますが、それは人口急増地帯に今高校をつくらなければならぬわけですな。それで、それを一つつくれば膨大なものになるわけでしょう。そこで、これは二つ敷地を接してつくったわけですね。それで、体育館だとかあるいは絵をかくところであるとか、いろいろな特別教室を全部共有するようにしたというのですね。それから、そのために音楽であるとか理科であるとか、あるいは天文学なんかもやるでしょう。あるいはフランス語であるとか、スペイン語までやるなんて言っておりました。そういった講師を頼んでくるのは、共同でできるようにしたわけですね。それには、県の方で二年も三年も、相当周到に計画も組んで、いろいろな議論の末にそういったふうになったらしいのですけれども、そういった試みがありました。埼玉県の方にも、三つの高校が一緒になってやっていこうという試みがあります。千葉の幕張の方でも、幕張東、幕張西、幕張北というのですか、三つの高校がやる。そういうような試み、こういうものも、一つのパイロットスクールとしてランクアップしていきたいと私たちは思うのですね。そのほかにも随分いろいろな試みがあります。
 こういったものは、まだ走り出したばかりなわけなので、いろいろな問題をたくさん内蔵しておることもある。これをひとつ御注目いただき、それから大臣が大変御熱心に、寸暇を割いてあちらこちらを見て回られるというようなことを、僕は本当に感心しているわけですけれども、こういった新しい試みをやっているところをひとつ大臣に見てもらいたい。いかがですか。
○森国務大臣 もちろん、そういう実験的な試みをやっておられますところも当然でありますし、できる限り現場も見たり、また関係者にお会いをしたり、我々の方がむしろ教えていただくことが多いわけですから、いろいろと勉強していきたい、こう思っております。特に、今先生が御指摘になりましたような、新しい試みでいろいろ知恵と創意の工夫の中でつくられておりますような学校は、時間を見てできるだけ早く私もぜひ足を運んでみたい、こう思います。
○有島委員 今後、私たちも調べて御報告をいたしますから、大臣がいらっしゃれば、大変そこに光が当たってくる。
 また、その際にメリット、デメリットは両方出る場合があるんですよ。ということは、これは高校ではなくて大学の場合のことなんですけれども、信州大学が一つの試みをした、共通一次試験の扱いについて特別な試み。それが一年目になって、留年が非常に多いとか多くないとかいうことが報道された。そういった新しい試みも一年たったところでうわっといって、そのウイークポイントみたいなところだけに光を照らされてしまうと、これもちょっと意気消沈してしまうというようなことがあってまずいなと。むしろ、そういうものを長い目で見てあげるからといって、激励をしてもらうというようなこともやはり必要なのじゃないかと思うのですね。そういったことがパイロットスクール、これは一つの名前みたいなものだけれども、一つの運動というかそういうことである、こう思うのですけれども、いかがでしょうか。
○森国務大臣 教育は、その教育を受けた児童生徒たちが、将来、社会人としてどのような行動をしていくか、そういうことを見守っていかなければ、成果というのはなかなか明確にわかるものではございません。そういう意味で、いろいろな実験的な試みを、いわゆる運用上柔軟な考え方でやっておられる公の教育の場合も、簡単に結論を出してしまうことは私はよくないと思います。しかし、さっきも先生がちょっとおっしゃったように、ちょっと実験してみるということにも、今度は子供たちに犠牲が伴うことでありますから、犠牲という言葉はよくありませんけれども、ですから、そう簡単にやってみるかというわけでもないわけであります。
 したがって、やはりその成果はみんなで十分に見守ってあげる必要があるし、足らざるところは、またいろいろな角度で補ってあげるということも大事だろうと思うのですが、いずれにしても、いろいろな考え方があるということは非常にいいことだと私は思いますので、できるだけ多様な考え方をみんなで見守って伸ばしてあげる、そういうことが大事じゃないか、そんなふうに考えます。
○有島委員 ちょっと余談になりますけれども、さっきの神奈川県の弥栄高校なんかにも行ってみたら、こういうことがございました。生徒の八割くらいが女子学生ですね。男の子はやはり余り新しい試みの中に足を突っ込まない人が多いのかもしれない。で、女子にとっては非常にいい環境、柔軟に個性が出て。これは余談だけれども、そういったところを選ぶ側も相当考えて選んでいくだろうし、やっている方も相当考えて人を選んで、一応希望に燃えてやっているようであります。
 それから、この前もちょっと触れましたけれども、世界を考える京都座会というのがあるんですね。これが新聞広告を出したのがちょうど三月二十二日の日であった。文教懇ですか、文教懇の日と同じに出ていて、それでその次の日に質問で、どうお考えになりますかと言いましたけれども、この中にもこんなくだりがあるんですね。「この際六・三・三制の区切り方にこだわらず、固定的でない、自由で弾力性ある新しい学校制度を試みる必要があると思います。さらにまた学校を卒業していなくても、進学資格や職業資格が取得できる仕組みを整備することが大切だと思われます。」云々、「教育制度を弾力化することが必要でしょう。独学で、あるいは私塾で学んで途中から大学にいくことができる、社会人となってからまた勉強することもできる、といった多様な選択を可能にすることが望ましい」云々、それには「自由で、正しい競争原理が機能する、多様な個性ある教育あってはじめて、可能である」こんなようなこと。
 ここにもやはり柔軟性と多様化というようなこと、だれが考えてもこうなるのだろうなというふうに思います。これも京都座会の人たちに直接聞いてみました。教育全部をこういうふうにしてしまえということではないんですね。今の教育体系は大切にしておく、それで、そういった例外もどんどん許していったらいいじゃないだろうか、そこに競争原理をつくったらいいのじゃないだろうか、そういうお考えのようでありました。
 このパイロットスクールということについて、ひとつそういった新しくとにかく実験をしてみる、長い目で見る。一つの資料としてそういうものを踏んまえて、次の改革ということを地について踏み出していく、そういったことをひとつくれぐれも了解してもらいたいし、それからそういうふうに力を尽くして、そしてその面に予算もつけていってもらいたい。そうお願い申し上げたいわけなんです。大臣、いかがでしょうか。
○森国務大臣 現行の制度の中で、その枠の中でいろいろと柔軟に、多様的に取り組んでいかれるということについては、例えばさっき例示に挙げられましたような、そういうことについての学校教育がつつがなく進められるように、直接文部省としては手を下せませんが、監督します県教育委員会に対しましては、十分な配慮をするような、そういう指導はしてまいりたいと思います。
○有島委員 今まで心ならずもこうだったということも、これからは積極的に見てもらいたい、これはくどいみたいだけれども言います。
 それで、ここで大学入学資格検定制度ということなんですね。これも昔は、高校に行けなかったが大学に行きたい、こういう方々のためのものですけれども、今、高校中退者が五十七年度十万六千人いる、こういうことになっておりますね。それから、いわゆる中学浪人という方々があるかと思うのです。これは、就職をした人もわずかはあるでしょう。しかし、現在、中学卒の就職というのはなかなか少ないのですね。この高校に行かない子供たちというのが大体年々どのくらいいるだろうか、初中局長、おわかりになりますか。
○高石政府委員 高等学校の進学率が九四%でございますので、中学卒のうち六%程度が高等学校に行ってないわけです。その六%の中で、専修学校等に行っている者があると思います。それから、養護学校等に行っている者もございます。ですから、完全な中学浪人がどの程度いるかというのはちょっと掌握しかねるわけでございますが、府県によって偏りがあるようでございまして、いることは事実でございます。
○有島委員 報道されておりましたけれども、いわゆる大検の専門の学校あるいは予備校の大検専門コースというのですか、こういったものが出てきている。これは私も見てきました。今後も相当これが盛んになるのじゃないかと予想されておりますね。従来は、こういったものは非常にけしからぬものであるというか、文部省のお立場からいうと、余り望ましくないものであるというふうにお思いになるんじゃないかと思うのだけれども、こういったこともやはり一つの新しい生き方として大きく見守っていくべきじゃないかと思うのですが、今までの話の延長ですが、大臣、どうでしょう。
○森国務大臣 大検コースというのですか、私も余りつまびらかではないのです。新聞で知る程度ですが、いわゆる中卒後高校へ進学しなかった人あるいは高校中退者のためにもう一度、大学へ行きたいというそういう方のために、この制度といいましょうか、そういう資格を得させる。途中で挫折したり、また、働いて定職を持ったけれどもまた学校へ行きたくなった、そういう人たちに対する一つの手だてとしてそれなりに意義があると思うのです。そのこと自体、私は、いけないとかどうこうと言う必要はない、むしろそういう人たちのために大変いいなというふうに思います。
 ただ、最近は、どうも大学に入るための手段としてそっちへ行った方が入りいいという形で、キャッチフレーズで――まあキャッチフレーズであえて募集したのかどうか知りませんけれども、そういうブームが新聞に出ておったというふうに承知をいたしておりますが、その事態を見ると、私はやはり何とも言えない寂しい感じですね。高等学校というのは一体何のためにあるのか、大学を受験するための高等学校なんだろうか。やはり高等学校三年の間で、学問も学び、友達とも接し、先生の人格にも触れ、いわゆる知徳体のバランスのとれた教育を行って人格を磨き上げるものだ。高校はそういう意味では、十五歳から十八歳という人間にとって最も大事な、変化のある、恐らく人間の生涯を全うする上においても最も大事な期間だと思います。その期間に、その期間の人格陶冶を無視して、大学へ入るためにそれを捨てて、大学のことだけやるためにそれを利用するというのは、これはちょっと言葉はよくないかもしれませんが、どうも人間のとるべき道ではないな、私はそういう感想を持って、そういう方がおられるとは思いたくないのだけれども、もしそういう方がおられて、大学に入られて人生を歩んでいかれたとしても、その人の人生は決して豊かな人生ではないだろうなと、むしろ警告を与えたい気持ちがします。
○有島委員 大臣、私も実はそんなふうに思って見に行ったのですよ。そうしたら、やはり大分違うのです。今言った大事な青春の、人生の中の一番大切な年ごろ、人間形成の一番大切な時期である。では、現在高校に行っている人たちに、今大臣がおっしゃったような、人生を基礎づけていく大事ないろいろの経験とか思索とか友情であるとかあるいは冒険であるとか、そういったことが与えられているかというと、そうじゃないのじゃないですか。それは、一部の学校にはそういったところがあるかもしれない。だけれども、大部分の公立高校などの高校生の方々に聞いてみる、あるいは高校出身の方々に聞いてみても、じゃ高校のときに何をしていたろうか、高校のときの一番の思い出は何だろうかというと、何だか知らない、がむしゃらにこの科目とこの科目をやっておかなければだめなんだというわけでそこに集中をしておった、柔道部も剣道部もやめて二年間そっちへ行ってしまった、そういうような人も相当いるわけですね。だから、あながち高校に行けばそういったような充実した青春の体験が得られるというふうな保証はないというか、少ないというか半分ぐらいというか、どのくらいの歩どまりになりますかね、高校というものが本当にいいんだというのは。
 だから、大臣の今おっしゃったことは、高校の方も全面的にまず認めて言っていらっしゃるわけですね。その点はちょっと高校に対しての買いかぶりがおありになるのじゃないかと思うのですけれども、どうだろうか。
○森国務大臣 高等学校に学ぶということを拒否して大学に受験するための大検コースというものだけを選択するという、そういうことでお話がありましたから、そういう人たちと比較してみれば、そういう人たちは大変かわいそうだなと、むしろ私はそう警告と同情を申し上げたわけですが、そうは言っても確かに高等学校は、今有島さんが指摘されるように、表現がいいかどうかわかりませんが、やはり今日の高等学校の状況を見れば、暗い青春だと言い得るのかもしれません。確かに進学というものを控えての過度次受験競争みたいなものがやはりあるし、そういう意味では、今あなたがおっしゃったように、クラブ活動もみんなやめて受験に一生懸命になるという意味から見れば、暗いとは言えぬが、灰色の人生なのかもしれません。しかし私は、それでもそういう大検コースのようなものだけ選んで大学へ入るという人の人生から見れば、厳しいそういう競争の中かもしれないけれども、それはそれなりに友人もつくり、先生、先輩との触れ合いもできるという意味では、そういう検定だけを受けて入る人よりも人生ははるかに豊かだ、こう思います。
 しかし、だからといって今の高等学校がいいとは言っているのじゃないわけでありまして、確かにそういう子供たちにとっては大変過酷な条件の中で高等学校に学んでいる人たちもやはり多いだろうということは十分に承知をいたしておりますから、そのためには勉強するなともなかなか言い切れない。私は前もちょっとお話ししたかと思って長くなって恐縮ですが、国大協の先生方とお話をしたときも、受験科目の五教科七科目を減らしたりすると、あるいは受験のレベルを下げたりすると、高等学校の教育体系が乱れますよなんて、ちょっとおどかされたりしましたけれども、私は構わないのじゃないかと実は思っているのです。高等学校は別に義務教育じゃないのだから、やりたければやればいいし、やりたくなければやらなくてもいいのだなと、本当は私はそう若干心の中では思っております。高等学校の中はもっと多様で楽しいものであっていいのではないか。ですから、そういう意味では、勉強で能力を見てあげる人もあってもいいが、クラブ活動やあるいはその他の学生らしい活動をいろいろやった、そういうことに対する評価も学問と同じような形で認めてあげられるような、そういう選抜方式というものは考えられないだろうか。また、社会もそういう人たちをいろいろな角度で、多様的に人の価値判断ができるような、そういう社会をつくるべきではないだろうか。それには学校制度だけをいじっても、学校教育関係の人たちだけが考えても、なかなかそのことは実現できません。やはり学歴社会全体から見る日本人全体の考え方というものもとても大事なことだというふうに思いますので、新しい教育改革の中にはこうした問題も十分御議論をしていただくことが大事ではないか、こんなふうに私は期待をいたしておるところであります。
○有島委員 ここは三つほど問題が、今のいわゆる大検ということにあると思っているのですけれども、今一番最初の問題はこれで片づいた。
 それで、報道によると「高等教育否定の恐れも」なんて極端なことを書いているわけですね。ジャーナリズムは極端なことを書かないとならぬということがありますからなにだけれども、こういった書かれ方は余りよくないと思うのです。どんなにこんなバイパススクールみたいなものが繁盛しようとも、恐らく今の高校制度というものは、一つの大きな柱というものは揺るぐものではないと思います。それが第二段。
 それから、私、行ってみて意外だったのは、そういういわゆる大学に入るからその勉強だけやっちゃおうという猛勉型の人が来ているのかと思ったら、そうじゃないのですね、私の行ったところでは。そういうのもいるのかもしれないけれども、二十人ぐらいでのんびりやっているのですね。それで中には、高校に一年だけ行ったんだけれども、自分は体育学校に入りたいと言うわけね。それで友人たちがみんな勉強の方に向いちゃっているわけですね。それでどうしようかなと思っていたんだけれども、自分は体育の大学に入る、その受験資格だけをこっちでもってやった方がいいなと思ったからこっちへ来た、そういう人がいました。
 それから、中学校から直接こっちへ来ちゃった人もいました、高校を落ちこぼれたんじゃなくて。落ちこぼれの人もいました。それは成績が悪くてという人じゃないのですね。教師とちょっと肌合いが合わないとか、何かちょっとわがままなところがあったのかもしれない。あるいは多様化というのですか、そのようなことを望んで来ておられるのかもしれない。
 それから、中学のときに志望局校があった。志望高校に入れなかった。そうすると、第二志望、第三志望だと思っていたところというのは、同じ日に試験があるというのですね。だからずっと違うところに行かなければならなくなっちゃった。親が、では一年待ちなさい、中学浪人しなさい、どうしようかということだったんだけれども、中学浪人を覚悟した。だけれども、ここへ行ったことがあるということを聞いたものだから大検に来ました、そういう人もいました。
 ことしの春入ったんだから、大検の試験を受けるのはことしの八月は見送って、来年の四月に受けるのですかと聞いたのですね。そうしたら、中学出の女の子なんですけれども、私は国語得意だから、ことしは国語だけ受けちゃいますと言うのです。来年になったらまた別のものを受けると、こう言う。それで二年かかっても三年でも、できの悪いのは五年かかってもいいのですね。独学でもってやれるというシステムですから、独学のかわりに、ただそこで塾に行っている、それを利用している、そういうこと。かなり自分たちが主体的にそういったシステムを使っているという人が大勢いる。これは僕は非常に意外であったわけです。こういう一つの芽があるんだなと思ったのですね。
 これは報道を見ていますと、「高校は不要!?大学へ直行=vだとか、「「資格検定」大モテ」だとか、こうどぎつく書いてあるから、何か本当に鬼のごとく大学に殺到しようという感じかなと思ったんだけれども、どうもそうでもない。
 それから、幾つかの学校がございますけれども、その中のある学校では、個性のある人たちが来ちゃっているんだからというので、三十人以上のクラスはつくらないというのですね。それでやっているのです。その中には年齢の別々なのがみんな入ってやっているわけですね。それで、体育なんかどうしているんだ、体育は別にそこではやらないものですから、学校とは違う、そのかわり年に何遍かピクニックみたいなことをやっていると言っていました。そういった存在があるんだということを、これも知っていていただきたいわけなんです。
 早急に大臣に行って見てもらうというと、これまた騒ぎになっちゃうと困る。これは学校でない教育システムなんですね、学校によく似ているけれども。文部省からの全然制限を受けていないというのが特徴ですね。本当に不思議なところなんだな、学校によく似ているんだけれどもね。
 それで、そこの先生になっていらっしゃる方々はどんな方ですかと言ったのです。ここでもって余り詳しく言うことできないのだけれども、かなり優秀な方が来ているのですね。高校ではとてもできなかったんだけれどもここならばできるというような、理想の教育を一生懸命やろうとしている人もいるわけです。いろいろなのがありましょう。だから、これはこれからも多く出るでしょう。いいところ悪いところ、いろいろなものが出るだろうと思いますけれども、これも一つのテストといいますかパイロットといいますか、そういうふうなランクづけをしてもいいんだなというふうに私は思いました。ただ、これをパイロットスクールというふうに、スクールということになると文部省から、第何条の何に当たる学校であるかというようなことになると全然アウトローになってしまうから、それはカウントできない分野なんですね。カウントできない分野なんだけれども、横目でにらんでそれはどうなっているのかなということはやはり知っていた方がいいんじゃなかろうかということを思いました。これはこの辺で終わります。
 次に、幼稚園の問題であります。幼稚園の教育を見直すということで報道が出ております。これはどうなるんですか。この報道によると、読み書きだとかあるいは数字などをどの辺まで教えたらいいかということをもう一遍考え直すようにするんだというふうに出ておりますけれども、事実でございましょうか。
○高石政府委員 幼稚園の教育要領を検討するための専門家会議と申しますか、そういうものを発足させることにしておりまして、第一回目を近く開催するということにしているわけでございます。
 そういう内容の調査研究会を発足させるに至りました背景は、実は、中央教育審議会の例の教育内容等の小委員会の経過報告の中で「幼児及び幼児を取り巻く環境等の変化に対応した幼稚園教育の内容・方法の改善について、早急に検討を進める必要がある。」という経過報告があることと、この経過報告を出された際の会長のあいさつの中で、「直ちに実務的検討に着手することが望ましい課題であり、文部省としても適切に対応されるよう希望します。」こういうような経過がございます。そこで、そういう経過を受けまして、現在の教育要領の見直しをするための基本的なデータ、基本的な実態の把握、そういうものを進めていかなければならないということを考えておりまして、どういう方向で検討するか、方向の内容とかそういうのはこれからの会議の中で論議されていくことになろうかと思います。
○有島委員 大臣、これは臨教審と別建てでこういうふうになさるというのは、どういった根拠からでしょうか。
○高石政府委員 これは臨教審と文部省のいろいろなやっていかなければならない行政の処理との関係でございますが、この問題に限ったことではございませんが、やはり文部省としては、実態への対応というのは常に心がけていかなければならないと思うのです。したがって、よく調査すべきものは調査していく、研究すべきものは研究していくというような基本的な態度が必要だと思います。何もかも向こうの方にお任せしているから、その間一、三年遊んでおるわけにいかないという姿勢でこれからの文部省の仕事はやっていかなければならないということと、先ほど申し上げましたような経緯がありますので、その調査研究のための協力者会議をつくっていろいろな実態把握に努めていきたい、こういうことでございます。
○有島委員 それはよくわかります。ただ、幼児教育をどういうふうに見ていかなければならないかという、見方そのものを全体の生涯教育の上から考え直さなければならない時期であるという指摘があろうかと思うのです。
 さっきも大臣から、従来が画一的であったという反省がある。それは、現在社会の非常に大きな変化がある、あるいは二十一世紀に向かってさらに変化をしていくであろう、それに対応していくという意味からも柔軟な多様化ということが望まれるであろうという意味であったかと思うのです。変化の中で大臣が挙げられたのは、四つほど言われたんじゃないかと記憶しますけれども、国際社会にますます入っていくであろう、高学歴社会というものがあるだろう、情報化社会があるだろう、それからもう既に高齢化になっているというようなことがありました。こういった社会の変化、変化していくその光と、同時にそれによって失われていく部分というものがあろうと思うのです。これは失われてはならないものと、その中で失われても仕方がないものとあるかもしれない。ただ、例えば今までの学校制度あるいは幼稚園なんかをめぐって、その背景にあった家庭環境、社会環境というようなものは現在の環境と随分違うんじゃないかと思うのです。
 というのは、私がここでちょっと思いつきみたいに考えただけでも、いろいろなものが混在している状況があったんじゃないかと思うのです。子供たちにしても、兄弟が多いとかいとこ、はとこがいたんだとか、だから異年齢が混在している身近な環境がある。それから、病人がいるあるいは妊産婦がいる、だから生まれていく、死ぬというようなことが生活の中にある。現在はそういったものが隔離されているわけです。小さい子供にそういった経験がない。犬や猫を飼っているところはありますけれども、もっともっと植物だとか動物だとかいうもの、動いているもの、死んでいるもの、あるいは冬眠してしまうもの、そういったものと身近なところに親も子もいたと思うのです。もう一つは知識不足ということもあり、物不足ということもあった。今それがなくなった。そういったことがいろいろあろうと思うのです。
 そういう中で幼児教育、幼稚園というもののあり方、あるいは学校教育が同年齢で輪切りにしてやっていくというような風習といいますか、そういうものが形成されてきたというふうに思われるわけだけれども、これからの家庭、あるいは家庭における幼児の扱い、幼児教育、あるいは幼児教育の背景にある社会、家庭のあり方、こういったものに着目して、先日、経済企画庁から一つのアンケートが出されたというふうに報道がございましたけれども、これは宮野社会教育局長さんの方からでしょうか、それについて御存じであったらばちょっと御報告をいただきたいと思います。
○宮野政府委員 今先生の挙げられました経済企画庁から出されました調査というのは、「家庭機能とその施策の充実の方向に関する調査研究」ということで、経済企画庁の方が国民生活の諸分野に関連されている有識者六百名に対するアンケート調査を行って、その結果をまとめられたものであるという形で先日の新聞紙上に報道されたわけでございます。
 調査の内容は、詳しくは切りがないかと存じますが、非常に簡単にその概要を申し上げますと、家庭の家族の持つ機能をこの調査では四つに区分されておりまして、一番目は、子供の養育とかしつけの機能、二番目は、親族間の扶養、介護の機能、三番目に、家族構成員の間の精神的きずなというものの機能、四番目に、家族構成員全体が一定の生活水準を維持していくという、その四つの機能を家族の持つ機能として分類されて、三十年くらい前と現在とでどういうふうにその四つの機能が変わってきているかということをアンケート調査されているわけであります。
 それによりますと、その四つの機能のうち、最初に申し上げた三つの機能は三十年前に比べて弱体化傾向にある、それに対して一番最後に申し上げました一定の生活水準を維持するという家族の機能については、三十年前よりは強まっておるのではないかという結果が出ておりまして、それに対する有識者のいろいろな考え方がアンケートでまとめられている。
 概要はそういうことだと存ずる次第であります。
○有島委員 大臣、これはかなり厚い報告でございまして、私も経済企画庁からの説明を受けましたが、まだちょっと素人っぽいアンケートのとり方のように私は印象を受けたのですけれども、これからの大変大切な幼児教育あるいは家庭教育に対してのよりどころといいますか、考える上のよりどころを示唆しているというふうに思いました。
 そういうことから考えて、幼稚園の教育の見直しもいいんだけれども、これが何か学習指導要領の改正みたいな感じで、漢字は幾つぐらいまでは教えてもいいんだろうとか、数字は幾つまでやってもいいんだろうというような方向に行くことが大切なのか、あるいはもっと、従来には当たり前であったけれども、今は欠けている要素というものをどう充足していかなければならないのかということがむしろ見直しの視点になるべきであるのかということ、これは考えていかなければならないと思います。
 もう一つ、幼保の問題をここでもってちょっと扱っておきます。今国会始まってから予算委員会、衆参ともに何遍も何遍も言われておりました。それで、僕は扱おうと思っていたけれども扱うチャンスが一遍もなかったものですから、しつこいみたいだけれども一つだけ言っておきます。
 幼保一元の試みもやってごらんなさいというようなことで、既に全国を探しますと幾つか、そういった試みに踏み切っているところもあるわけでありますけれども、「幼稚園及び保育所に関する懇談会報告」というのが五十六年六月二十二日に出ております。その結論ですけれども、簡単に一元化が実現できるような状況にはない、こういうことですね。それに向かって努力しましょうということがある。
 厚生省、ここに来ていらっしゃいますね。それで、「以上を総括して考えるならば、文部・厚生両省としては、今後における流動的な状況に適切に対処することができるように、幼稚園と保育所の調整を目的とした会合を適宜開催すべきでありここう書いてある。御承知のようにこのことが国会で相当問題になりました。これは、この調整を目的とした会合を開催していらっしゃいますか。
○佐野説明員 お答えいたします。
 中央レベルの厚生省と文部省の関係の会合でございますと、これは局の課レベルでございますけれども、私どもの課と文部省の初中局の幼稚園教育課とはしょっちゅう会合を持って、お互いの情報交換なり、先ほど御議論が出ておりましたが、幼稚園における教育水準、それから保育所におけるいわゆる保育内容の水準、教育水準と申しますか、そういうものの例えばレベルアップなり同等に扱うなり、あるいは職員の養成の問題といったことについて検討、協議はいたしております。
 また、地方段階につきましては、我々行政指導という形で、そういう調整を図る場を設けるようにという行政指導はいたしておりますけれども、これは必ずしも十分に行われている状況とは言えないのではなかろうかと考えております。ことしも、例えば全国の民生部長会議なり児童家庭課長会議という席上で、各県の民生部長なり児童課長には、そういう連絡調整の場を設けるようにという指導はいたしております。
 また、例えば、昨日先生からそういうお話をいただきましたものですから、関東近辺の設置状況などをちょっと調べてまいりました。そうしますと、県レベルでは、残念ながら東京都にはそういう場はないようでございますけれども、埼玉県あるいは神奈川県、あるいは市でも横浜市、川崎市などにはそういう連絡調整の場を設けておるということを聞いております。また市町村レベルでも、これは必ずしも十分ではございませんけれども、特に幼稚園、保育所の設置状況あるいはそこの運営状況の連絡調整を図るための協議会を設けるという状況もある市町村も幾つかございます。
 以上でございます。
○有島委員 ありがとうございました。幼稚園の方でもって見直しをするということでございますね。
 そうしますと、保育所の方も大体それと並行しての見直しというような作業をお考えになりますね。
○佐野説明員 いわゆる教育分野の関係につきましては、従来から文部省の方とも御相談をいたしておりますけれども、文部省の方のリーダーシップのもとに、私どもがそれに追従するといいますか従っていくという形でやっております。したがいまして、今回も幼稚園の教育要領の改訂という作業が行われますならば、それを受けて、私どもの方も保育指針の内容改訂というものを、その教育要領の改訂に準じた形で講じていきたいと考えております。
○有島委員 私があちこち歩くと、地方の自治体に行くと聞いてみるのですけれども、通達が来ているということは余り聞いていないのですよ。今厚生省さんの方では通達をしていらっしゃる、こういうことですね。
 それから、今の両省においては「適宜開催すべきでありこその後は読まなかったけれども、読まないところまでずっと言ってくださいました。「地方自治体に対しても、同じ性質を持った会合を開催するように指導する必要がある。」こういうことでございました。
 文部省の方では各地方自治体に対して、そういった会合を持てという指導をしていらっしゃるのでしょうか。
○高石政府委員 基本的にそういう線に沿って指導をしておりまして、現にそういう調整の場としての協議会を設けておりますのは、都道府県では二十八、市町村段階では約五百の市町村で、そういう幼保の連絡協議をやるための協議会の機関がつくられているわけでございます。
○有島委員 全体の総数からするとどのくらいになりますか。今五百とおっしゃったけれども、何%ぐらいになりますか。
○高石政府委員 市町村の数が約三千でございますから、その六分の一程度でございます。
○有島委員 今後、両省でそういったことをお進めいただくことが大変必要であろうと思います。
 今お話し合いをしているところでもって、どんな話し合いをしているかということですね。これは大分人口が減ってきたし、子供の数も減ってきたから今度建てるのはどっちにしようか、その折り合わせなんかが主な話題になっているのではないか。私の知っているのはそうなんですけれども、どちらからでもいいです、大体そういったことが主なんじゃないですか。
○高石政府委員 一つは、今御指摘もありましたように園児数が少なくなっていく。そこで、それぞれの経営が可能な条件というものを探っていかなければならない。その場合に、それぞれの施設なり幼稚園の人数をどうするか。また、新たに急増地域で施設をつくる場合に将来見通しを考えてどう配置するかというような問題。それからもう一つは、教育の面では幼稚園の教育要領に準拠しているわけですから、研修は幼稚園の先生も保育所の先生も同じような形で研修を受ける、そのための連絡協議会で研修をやっていく、そういうようなことが主たる内容でございます。
○有島委員 私どもから言いますと、親御さんから見て、あるいはその行っている子供たちから見ての立場から、幼稚園と保育園というのは大体同じような機能を持ってもらいたいという願いが、願いといいますか、これは社会的な要請といいますか、そういったものがある。そういうものを前提としてのお話し合いであるというように望みたいわけであります。
 それで、もうこれは時間がなくなってきちゃったけれども、今度は家庭教育ということの中に家庭科教育というのがございますよね。これも最近報道されていろいろ問題になっております。外務省の方も来ていらっしゃるかどうか、これは条約の批准ということがあって、婦人差別撤廃ということと絡んで、高校でもって家庭科を学ぶのが今は女子だけが必修になって、男子は必修でない。これを両方とも必修にさせるか、あるいは両方とも必修でなくてもいいかというようなことが議論になっておるようでございますけれども、文部大臣としては、大体その高校の家庭科というものがなかなかこれはやはり効果があるものだ、あるいは家庭教育ということにそういうふうな評価をしておいでになるかどうか、どうでしょうか。
○森国務大臣 婦人差別撤廃条約第十条に抵触するとかしないとか、この問題をちょっと切り離して、高等学校の女子高校生が家庭科一般を習得するといいますか、習うということは女性にとってとても大事なことだと思っております。
○有島委員 大事であるということになりますと、これはそろってやめてしまおうということではなしに、やはりやった方がよかろうということに傾いてきているというような御意見じゃないかというふうに推察をいたします。
 ただ、ここで一つ提言めいたことを言いますと、家庭科でもって週一遍、何かちょっと講義を聞いた、お料理をつくった、あるいは何か電気のねじ回しを使ってこうやった、いろいろやっているようであります。ということも大切かもしれないけれども、ボランティア活動と今言われているもの、幼稚園、保育園に手伝いに行く、あるいはお年寄りのところに行くというのは、そこでもっていろいろ多様な経験になっちゃうから、そろって何をやってきたということじゃないけれども、そういうものを持ってきて教室でもって、私はああだった、こうだった、それを、それにはこういった裏づけがあるのよ、これは大切なのよ、そういったことはむだなんだ、そういうような行き方がこれからは大切なんじゃないだろうかというふうに思いますけれども、どうでしょうか。
○森国務大臣 家庭科の内容にもいろいろよるのでしょうが、この間私は、先ほどちょっと議論に出ました文楽劇場の竣工式がありまして、たまたま大阪でホテルにおりましたら、全く知らない御婦人が何人かおられまして、あ、文部大臣だなんて言って飛んでこられて、家庭科をやめたらいけませんよ、こうおっしゃったのです。いや、やめるんじゃないのです。――たまたま予算委員会での私の答弁で、必修の問題について何か工夫を凝らさなければならぬということが新聞に出たためですが、やはりだんだん家庭の状況も昔と違って、御婦人が社会に出られる機会が非常に多くなってきておりますから、そういう意味からいえば、本来家庭でお母さんが教えられることもあると思いますけれども、すべての家庭がそのように機能を果たしているわけでもありませんから、ますますこういう複雑な社会になってきますし、女性がいよいよ社会に出ていかれる機会が多くなりますれば、学校におきまして女性としての家庭科として、ある程度基本的なことは十分学ふということはますます必要になってくると私は思います。
 同時に、今先生が大変いい御提案をなさいましたけれども、単にそうした従来の家庭科と言われるものだけではなくて、まあ病院などは専門的で難しいと思いますけれども、例えば老人ホームでありますとかそうしたところへヘルパーでお手伝いをする、そういうボランティアの活動、あるいはまたもっと簡単に言えば農作業のお手伝いをしてみる、災害地のお手伝いをしに行ってみる、そういうような、社会に奉仕するという言葉はどうもいい表現でないかもしれませんが、社会に参加をしてみる、体験的なことを学校で学んでみる、高等学校時代や中学校時代は私はとてもいいことじゃないかなというような感じがいたします。単に奉仕を義務づけるということではなくて、大人の社会というもの、そして社会はみんなの力で成り立っていくものだ、こういうようなことを学んでいくということも、一つの考え方として私は大変いい考えではないかな。有島先生のそういう御提言、今一つ提言をしますが、こうおっしゃいましたので、あえて御提言というふうにちょうだいをいたしますならば、とても示唆に富んでおりますし、これからの複雑な社会というものを考えてまいりますと、とても大事な課題ではないかな、いわゆる「読み書きそろばん」というのは教育の基本だろう、こう思いますだけに、そうした社会に対して奉仕をする、社会に参加をしていくということを学問の中で体験的に学ぶということも、ある意味では「読み書きそろばん」に通ずるような基本的な教育の大事な問題ではないかな、こんなふうに私は考えます。
 先生の御提言、私は極めて満腔の意をもって歓迎をするものであります。
○有島委員 時間が来たからやめますけれども、教育を改革していかなければならない、その方向として、大体硬直化に対して柔軟化あるいは多様化ということがあります。ありますけれども、ここでもう一つ、今お話にも出ましたけれども、知識というもののやりとりの背後に生活があった時代、生活をはぎ取った知識だけが情報として通用している時代というような一つの見方があろうかと思うのです。今欠けているのは生活、生活に根差したものというものが大体欠落しつつあるんじゃないのだろうか。だから、いろいろな改革の中で、その生活を呼び戻そうということが相当重要なものなんじゃないだろうかということを私はかねがね思っていたものですから、きょうはあっちこっち食いちらかしたような質問でございましたけれども、以上でもって終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。
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○愛野委員長 この際、佐藤誼君外二名提出、学校教育法の一部を改正する法律案、中西績介君外二名提出、公立幼稚園の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律案、馬場昇君外二名提出、公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準等に関する法律案及び中西績介君外二名提出、学校教育法等の一部を改正する法律案の各案を議題とし、順次趣旨の説明を聴取いたします。佐藤誼君。
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 学校教育法の一部を改正する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
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○佐藤(誼)議員 それでは、私の方から、学校教育法の一部を改正する法律案の提案理由について申し上げます。
 ただいま議題となりました学校教育法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 学校には、校長、教頭、教諭、養護教諭のほか、学校事務職員、学校栄養職員、司書、給食調理員、用務員、警備員など各種の職員が配置されており、これらの職員が一体となって活動しなければ、学校教育の目的を十分に達成することはできません。これらの職種のうち、特に養護教諭及び事務職員につきましては、その職務の重要性にかんがみ、小中学校及び盲・聾・養護学校には原則として置かなければならないことを学校教育法において定めているのであります。
 しかるに、学校教育法制定以来、三分の一世紀を経過した今日においても、法制定時の事情から未設置の根拠となっている経過規定や例外規定がいまだに撤廃されず、養護教諭及び事務職員の全校配置は実現を見ていないのであります。すなわち、昭和五十八年度における公立小中学校の平均配置率を見ますと、養護教諭が八五・一%(定数上八一・四%)、事務職員が八四・九%(定数上七七・〇%)となっております。
 また、昭和五十五年度から発足いたしました第五次学級編制及び教職員定数改善十二年計画においても、この計画が終了する昭和六十六年度になお公立小中学校の四%、約一千四百校が養護教諭及び事務職員を未設置のまま放置されることになっております。
 養護教諭と事務職員の重要性、必要性につきましては、既に当文教委員会においてたびたび真剣に論議されてきた問題でありますが、行政の理解不十分と努力不足はまことに遺憾であります。そこで両者の職務の重要性と全校配置の必要性につきまして重ねて御説明申し上げます。
 まず第一に、養護教諭について申し上げます。
 御承知のように、養護教諭は児童生徒の保健、安全に関する管理と指導という極めて重要な職務を行っております。特に近年、社会、経済等の急撃な変化に伴う生活環境の悪化と入試準備教育の過熱を背景として、心臓、腎臓疾患を初めとして、情緒障害の増加、さらには骨折の多発など子供の健康、体力について、極めて憂うべき状況が生じており、養護教諭の役割の重要性が一段と高まっているのであります。その結果、父母や学校関係者から子供の生命と健康を守るために養護教諭の必置を求める声がますます強まってきております。この要請にこたえるため、各都道府県は標準定数法の定める定員を上回って養護教諭を配置せざるを得ないばかりか、相当数の養護教諭が複数校の勤務を強いられる事態を生じ、子供の健康管理を十分に行えないだけでなく、養護教諭自身の過労など人権にかかわる問題まで生ずるに至っております。また、近年、健康診断の機能附検査を初め、保健室を訪れる子供たちの精神的な相談相手としての勤務に加えて、学校事故の多発がその事務処理等養護教諭の職務の過重を招来していることも見逃せないところであります。
 次に、留意すべき問題は、学校教育法第二十八条第十二項で、特別の事情のあるときは、養護教諭にかえて養護助教諭を置くことができる旨の規定が置かれていることから生ずる問題であります。すなわち、政府は現在養護教諭の増員計画を進めておりますが、その養成制度の不備等から有資格者が得られず、資格を持たない養護担当教員が安易に配置される傾向が目立ち、子供の生命と健康に直接かかわる職種であるところから、専門職としての資格を持った養護教諭を早期に配置する庁」とが急務であります。
 次に、高等学校の養護教諭については、学校教育法上任意設置の建前となっておりますが、すべての高校に養護教諭を配置する必要性のあることは、小中学校と同様であります。またこのこと一は、高校における養護教諭が全日制の課程と定時制の課程の兼務を余儀なくされて、労働過重になっている事態を解決するためにも必要な措置であります。
 第二、事務職員について申し上げます。
 学校事務職員の職務は、まず文書、統計、給与、福利厚生、学校予算執行事務などがあり、また直接子供にかかわる事務としては、教材教典、施設設備、就学奨励及び転出入などに関する事務、さらには地域の父母にかかわるPTAの諸活動への援助など、極めて多方面にわたっております。
 さらに、これらの複雑多岐にわたる学校事務を適正に行うためには、学校教育の理念、教育内容、教育行政の仕組み及び子供の学習環境に関する知識を習得する必要があるなど一般行政事務とは別の意味での専門性が要請されており、学校事務職員は教員の教育活動と相まって学校運営を有機的、一体的に進めるために極めて重要な役割を果たしているのであります。特に、近年における学校教育の役割の増大等による学校運営の複雑困難化に伴って、事務職員には速やかな校内、地域及び教育行政機関との連絡調整機能が要求され、その職務は複雑かつ高度化が一層進みつつあります。さらにまた、事務職員も、日々子供たちと親しく接する存在でありますから、子供への深い愛情の持ち主であることが教員と同様に必要であることも見逃せないところであります。
 その上、修学旅行、遠足、キャンプ等の付き添いはもとより今日の教育の現状及び子供の要求もあり、部活動、クラブ活動、生活指導等を担当せざるを得ない実態がふえております。
 次に、学校事務職員の置かれていない学校は主として小規模校でありますが、学校事務すなわち学校運営に必要な業務の種類は学校規模と関係なく同様であります。したがって、小規模校においては、少数の教員が多くの校務を分掌せざるを得ない上に学校事務を分担しているのであります。そのため、教育活動や学校事務の処理に支障を生ずるなど学校教育の正常な運営が阻害されているのが実情であります。
 なお、各都道府県が標準定数法の定める定員を大幅に上回って学校事務職員を配置していることにも、その必要性があらわれております。
 以上述べました理由から、養護教諭及び学校事務職員の全校必置を速やかに実現しなければならないものと考え、本改正案を提出した次第であります。
 なお、養護教諭の必置制を実現するためには、養成機関の増設とその内容の充実、養護教諭の地位、処遇の改善等が極めて重要であることを付言しておきたいと存じます。
 次に、改正案の内容について申し上げます。
 第一は、高等学校に置かなければならない職員として養護教諭を加えることとしております。
 第二に、小中高等学校に養護教諭を置かないことができる期間を昭和六十四年三月三十一日までの間に改めております。
 第三に、昭和六十四年四月一日以降、養護教諭にかえて養護助教諭を置くことはできないこととしております。
 第四に、小中学校等に事務職員を置かないことができる期間を昭和六十四年三月三十一日までの間としております。
 第五に、附則において、政府は速やかに養護教諭の養成計画を樹立し、これを実施しなければならないこととしております。
 以上が本法律案を提案いたしました理由と内容の概要であります。
 何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成いただきますようお願い申し上げます。
○愛野委員長 次に、中西績介君。
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 公立幼稚園の学級編制及び教職員定数の標準に
  関する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
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○中西(績)議員 ただいま議題となりました法律案について、その提案理由と内容の概要を御説明申し上げます。
 我が国の五歳児の幼稚園と保育所の在籍率は、昭和五十七年度現在で九五%となっており、その内訳は、幼稚園が六四%、保育所が三一%であります。四歳児の場合も両者で八三%と高く、このほか無認可施設の幼児まで加えますと、四、五歳の在籍率は、一〇〇%に迫る高いものになると考えられます。
 このように幼児教育に対する国民の要求は高まっております。これら幼児の多数が通園している保育施設は、戦後、幼稚園は学校教育施設として、保育所は児童福祉施設としてそれぞれ固有の目的、機能のもとに制度化され、文部省と厚生省による二元行政が行われてまいりました。その結果、一貫した乳幼児保育、教育内容の追求は立ちおくれ、両施設の地域的偏在や父母負担の格差、教職員の労働条件格差など多くの問題が提起されております。
 現在の保育施設がこのような状態では、次の世代を担う幼児の健やかな発達、成長やその教育が十分に保障されているとは言えません。このような現在の保育制度を抜本的に改善するためには、幼児の教育と福祉が分離された二元行政を改め、幼児の健やかに成長する権利と教育を受ける権利とを一体化した保育の一元化が必要と考えられます。そのためには、解決すべき多くの課題があります。この際、その実現を目指すための経過的措置として、ここに、本法律案を提案する次第であります。
 現行の幼稚園についての法的基準としては、昭和三十一年に文部省令として公布された幼稚園設置基準があります。この基準は、現在までに数次の一部改正が行われておりますが、基本的な事項は何ら改善されておりません。その中で学級規模については、一学級の幼児数を四十人以下を原則とするとしており、この点について文部省は、一、二名程度の増加を認め得るという指導を行っております。このような緩和規定のため、近年における園児の大幅な減少にもかかわらず過密学級の大規模幼稚園が一部で容認されたり、幼稚園の統廃合や学級減が行われる結果となっております。
 明治三十三年の小学校令で、小学校の学級規模が七十人以下と定められた際、幼稚園のそれは四十人以下とされ、小中学校で四十人学級が発足した現在、幼稚園の基準はいまだに四十人のままであります。これに対し、西欧諸国における学級規模は二十五名前後が多く、また、一九六一年の国際公教育会議は、就学前教育について「教師一人当たりの幼児の標準的な数は二十五名を超えないことが望ましい」と勧告しております。
 なお、我が国の保育所について見ますと、保母の配置基準を三歳児については二十名につき一人以上、四、五歳児については三十名につき一人以上としており、おおむねこの基準で学級編制が行われております。
 次に、幼稚園の教職員定数については、前に述べました設置基準の中で、園長のほか、各学級ごとに専任の教諭一人を必置することとし、特別の事情があるときは、学級数の三分の一の範囲内で専任の助教諭もしくは講師にかえることができる旨規定されております。また、養護教諭と事務職員については置くように努めなければならないとされ、その他の職員については触れられておりません。
 この基準に基づく公立幼稚園の実態は、兼任の園長のほかは学級数と同数の教諭のみ、または学級数プラス一名の教諭を置いている園が八〇%を占めております。このような少ない教職員の状態では、責任の持てる保育が行い得ないばかりでなく、保育時間の延長や行き届いた保育など多様化する父母の要求にこたえることは到底不可能であります。
 一方、公立の小中学校の場合は、その定数法により、学級担任のほか、校長、専科教員、養護教諭、事務職員などについて規定されており、これらに伴う財源措置も別途制度化されておりますことは御承知のとおりであります。
 したがって、幼稚園についても、学級編制の適正化と教職員定数の確保を図るための定数法が必要なことは時代の趨勢であります。その制定に伴い、公立幼稚園に対する地方交付税の財源措置も別途改善を図ることとなりますが、これらの措置が私立幼稚園と保育所の教育条件や教職員の労働条件の改善を促し、ひいては、保育全体の向上に資するものと考えられます。
 次に、本法律案の内容の概要を御説明いたします。一第一は、この法律は、公立の幼稚園に関し、学級編制の適正化及び教職員定数の確保を図るため、学級編制及び教職員定数の標準について必要な事項を定め、もって幼稚園の教育水準の維持向上に資することを目的としております。
 第二は、学級編制の標準についてであります。三歳児学級については二十人、四歳児及び五歳児の学級についてそれぞれ二十五人、小規模幼稚園において異なる年齢の幼児で編制する学級については十人としております。
 第三は、教職員定数の標準についてであります。その一は、園長を一園に一人置くほか、教諭等の数は、学級数の一・五倍とし、障害児の受け入れについては必要な加算を行うこととしております。その二は、養護教諭等、事務職員及び学校用員については、一園につきそれぞれ一人置くこととし、このほか、給食を実施する幼稚園については、学校栄養職員及び学校給食調理員を置くこととしております。その三は、教職員の長期研修など特別の事情があるときの加算措置について定めることとしております。
 第四は、この法律は、昭和六十年四月一日から施行することとし、学級編制の標準及び教職員定数の標準に関しましては、今後の幼児人口の減少等を考慮し、これを五年間の年次計画で実施することとしておりますので、それに必要な経過措置を定めることとしております。
 以上が、本法律案の提案理由及び内容の概要であります。
 何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○愛野委員長 次に、佐藤徳雑言。
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 公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員
  定数の標準等に関する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
○佐藤(徳)議員 ただいま議題となりました公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準等に関する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 本案は、障害児教育の水準の維持向上のため、新たに単独法として、公立の障害児教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準法を制定し、学級編制及び寄宿舎の舎室編制の適正化並びに教職員定数の確保を図ることにより、障害児教育へのきめ細かい配慮を行い、障害児教育の一層の充実に寄与しようとするものであります。
 現行法では、公立の障害児教育のための学校の学級編制及び教職員定数の標準について、小学部及び中学部については公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律に規定し、高等部については公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律で定め、幼稚部については何らの規定も設けておりません。
 しかし、幼稚園、小学校、中学校または高等学校の場合と異なり、障害児教育のための学校の場合は、幼稚部、小学部、中学部または高等部を併置することが多いばかりでなく、相互の緊密な連携のもとに一貫した教育を行う必要性が極めて強いものがあります。
 また、障害児教育においては、早期教育の必要性が特に高く、幼稚部教育の重要性から見て幼稚部についても、学級編制及び教職員定数の標準について定める必要があります。
 したがいまして、本案は、幼稚部から高等部に至るまでの各都の学級編制及び教職員定数の標準について改善充実を行うとともに、これを包括的に規定しようとするものであります。
 昭和五十五年五月の第九十一回国会で成立した政府提出による義務教育諸学校教職員定数標準法等改正法による障害児学校関係部分の改善は、十二カ年計画で教員、寮母の定数を総計五千百二十四名増員する計画になっています。うち昭和五十五年度より五十九年度までの五年間に、養護、訓練担当教員を毎年百五十名ずつ総計七百五十名増員するなど、一応の前進であると評価できます。しかし、例えば、寄宿舎の寮母の定数については、最低保障及び肢体不自由児の寄宿舎のみに改善が行われたにすぎず、障害児教育諸学校の寄宿舎に、重度・重複障害児の入舎がふえているという実情が無視されております。
 また、重度・重複障害児の急速な増加や盲・聾学校の児童生徒数の減少などに対応し、その現状と実態に即した改善を図り、とりわけ重度・重複障害児の増加等による過度の勤務のため腰痛等教職員の健康破壊が急速に進みつつあるのを阻止するためにも、さらに教職員の大幅な増員と医療保障的役割をも担う養護教諭の増員が必要となっております。
 以上の諸点が、本案を提出する理由であります。
 次に、本案の主な内容について御説明申し上げます。
 第一に、従来、盲・襲・養護学校は特殊教育諸学校と称しておりますが、本案においては、これを障害児教育諸学校と改めることにしております。
 第二に、学級編制の標準についてでありますが、小中学部及び高等部普通科は現行法より一人少ない六人または八人とし、高等部の専門教育を主とする学科にあっては一学級七人に改善することとし、新たに、幼稚部については一学級の標準を五人とすることといたしております。
 第三に、教職員定数の標準の改善についてであります。
 その一は、教諭等の数について、現行の算定方式を改め、障害の程度に応じ、集団指導や個別指導など充実した教育が行えるよう、小中学部及び高等部ともに部の規模の大小等にかかわらず一定の基礎数を学級数に乗じて算定することとし、必要な加算等を行うほか、新たに幼稚部について教員定数の標準を定め、一学級当たり三人といたしております。
 その二は、養護、訓練担当教員については、障害の軽減、克服に必要かつ適切な教育の重要な部分を担うという重要性にかんがみ、その配置基準を改善することとし、特に精神薄弱・肢体本日出・病虚弱養護学校については、部の数に二を加えた数の合計数の教員を、肢体不自由養護学校にあっては、さらに児童等の数八人に一人の教員を置くことといたしております。
 その三は、新たに派遣教員の配置基準を定め、訪問教育指導を充実する立場から、児童生徒数五人まで三人の教員を、六人以上は三人増すごとに一人の教員を、児童生徒の在籍する学校に加算することとしております。
 第四は、養護教諭の数について現行法では、盲・聾・養護学校一校につき一人となっていますが、重度・重複障害児の増加に伴い健康保持、向上を図ることが重要になっておりますので、部の数、学級数等を考慮し、複数の養護教諭を置くことができるよう改善することといたしております。
 第五に、寮母の数でありますが、寮母の障害児教育における重要性にかんがみ、舎生を男女別にし、小中学部については、児童生徒数五人に二人の寮母を、高等部は生徒数三人に一人の寮母をそれぞれ置くこととし、新たに幼稚部について、幼児数五人に三人の寮母を置くこととしております。なお、重度・重複障害児については一人を三人とみなして計算しております。
 第六に、事務職員についてでありますが、その学校規模に応じて、種々の加算配置を行う等その充実を図ることとしております。
 第七に、学校栄養職員についてでありますが、学校教職施設を持ち、学校教職実施の障害児教育諸学校のうち、寄宿舎を置く学校については二人、その他の学校については一人配置することとしております。
 第八に、新たに、寄宿舎看護婦、通学用自動車運転職員、学校給食調理員等についての配置の標準を定め、障害児教育に欠くことのできない必要な職員の確保を図っております。
 その他、市町村立学校職員給与負担法等関係法律について必要な規定の整備を行っております。
 なお、この法律は、昭和六十年四月一日から施行することとしておりますが、学級編制の標準及び教職員定数の標準に関しましては、六年間の年次計画で実施することにしておりますので、それに必要な経過措置を定めております。
 以上が本案の提案の理由及び内容の概要であります。
 何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げまして、提案理由の説明を終わります。
○愛野委員長 次に、田中克彦君。
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 学校教育法等の一部を改正する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
○田中(克)議員 ただいま議題となりました学校教育法等の一部を改正する法律案について、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 学校教育法は、高等学校の目的として、「心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施す」と定めております。
 今日、あらゆる分野において急速な科学技術の進展がなされており、高等学校における専門教育の重要性は特に重視されなければなりません。
 ところで、高等学校の専門教育において、実験・実習の教育は、観察、測定、機器の操作及び材料の加工や製造を通じて、生徒に、理論と実際の関係や生産にかかわる基礎的知識と技能・技術を習得させ、あわせて、一般教科との有機的関連づけを行うことにより、科学的認識力、自主的判断力及び適応力を培う上で極めて重要な役割を果たしているものであります。
 現在、高等学校には実習助手が置かれ、実習助手は、学校教育法上、実験・実習について教諭の職務を助けることとされており、高等学校の実験・実習の教育は、教諭と実習助手によって行われております。これら実験・実習の教育に携わる教員については、さきに述べた事情にかんがみ、処遇の改善等について積極的な施策が求められています。
 さて、これまでの当委員会における質疑の中で明らかなように、教育現場における実習助手は、実験・実習の準備指導、整理等については言うまでもなく、指導計画、成績の評価等に至るまで、担当の教諭と何ら異ならない職務を行うとともに、生徒指導、クラブ活動、校務分掌についての分担など直接生徒の教育にかかわる職務に携わっており、教育職員としての責務と自覚の上に立って職務の遂行に当っている実習助手の教育上の功績はまことに。大きなものがあります。それだけに、実習助手は、教育職員免許法に基づく認定講習会や各種教育講座に参加する等、みずから積極的に研修を積み、今日では、実習教科免許状取得者も約六五%に上っています。にもかかわらず、現行制度下では実習教科担当教諭への移行は容易ではありませんし、また、実習助手の置かれている現状は、助手なるがゆえに教諭に比較して低い処遇を受け、上位等級への昇進の道も閉ざされていることはまことに遺憾なことと言わざるを得ません。これらの問題点については当委員会での二度にわたる質疑の中で明らかになっています。そのため文部省も、実習教科免許状取得省の教諭への任用、現行三等級俸給表の改善など実習助手の処遇の改善を検討せざるを得なくなっており、少なくとも現状のまま放置できないことが確認されています。
 以上のような事情にかんがみ、実験・実習の教育を担当する教員についての制度を、すべての人が望むあり方に是正するとともに、現に実習助手である者について、制度改正に伴う移行措置を講じ、その処遇につき遺漏なきを期することが必要であると認め、この法律案を提出することとした次第であります。
 次に、この法律案の概要でありますが、
 まず第一は、実習助手制度を廃止するため、学校教育法等必要な関係法律の改正を行うとともに、実習助手の廃止について十二年間の経過措置を設けることといたしております。
 第二は、高等学校の教職員定数の標準を改正し、実習助手の規定を削除し、教諭等の数の規定に実験・実習担当の教諭の数を加えるとともに、必要な措置を定めることとしております。
 第三は、教育職員免許法を改正し、実習担当教諭の免許状取得資格として、新たに、高等専門学校を卒業した者及び看護婦の免許状取得者を加えるとともに、現に実習助手である者のうち、理科及び特殊教科担当の者で文部省令に定める資格を有する省については、教諭免許状取得の措置を講ずることができることとしております。
 第四は、この法律は、昭和六十年四月一日から施行することといたしております。
 なお、本法律案の措置により、実習助手の教諭への一元化が可及的速やかに実現されることになると思われますが、そのためには、教諭資格付与のために認定講習会の開催、研修会等への参加の保障等の措置を講じ、教諭への円滑な移行がなされるよう政府においても特段の配慮が要望されるところであります。
 以上がこの法律案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。
 何とぞ十分御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願いいたします。
○愛野委員長 これにて各案の趣旨の説明は終わりました。
 次回は、来る十一日午前十時理事会、午前十時十五分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時四十二分散会
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