第102回国会 決算委員会 第11号
昭和六十年六月十八日(火曜日)
    午前十時一分開議
出席委員
  委員長 安井 吉典君
   理事 糸山英太郎君 理事 白川 勝彦君
   理事 東家 嘉幸君 理事 林  大幹君
   理事 井上 一成君 理事 新村 勝雄君
   理事 貝沼 次郎君 理事 玉置 一弥君
      桜井  新君    森下 元晴君
      渡部 恒三君    金子 みつ君
      中村 重光君    斉藤  節君
      春田 重昭君    永江 一仁君
      中川利三郎君    阿部 昭吾君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 松永  光君
        国 務 大 臣
        (科学技術庁長
        官)      竹内 黎一君
 出席政府委員
        臨時教育審議会
        事務局次長   齋藤 諦淳君
        科学技術庁長官
        官房長     宇賀 道郎君
        科学技術庁長官
        官房会計課長  窪田  富君
        科学技術庁計画
        局長      堀内 昭雄君
        科学技術庁研究
        調整局長    内田 勇夫君
        科学技術庁振興
        局長      本郷 英一君
        科学技術庁原子
        力局長     中村 守孝君
        科学技術庁原子
        力安全局長   辻  栄一君
        文部大臣官房長 西崎 清久君
        文部大臣官房審
        議官      菱村 幸彦君
        文部大臣官房会
        計課長     坂元 弘直君
        文部省初等中等
        教育局長    高石 邦男君
        文部省教育助成
        局長      阿部 充夫君
        文部省高等教育
        局長      宮地 貫一君
        文部省学術国際
        局長      大崎  仁君
        文部省社会教育
        局長      齊藤 尚夫君
 委員外の出席者
        総務庁人事局参
        事官      上吉原一天君
        法務省刑事局刑
        事課長     東條伸一郎君
        法務省刑事局公
        安課長     原田 明夫君
        外務省アジア局
        北東アジア課長 渋谷 治彦君
        大蔵省主計局司
        計課長     西澤  裕君
        大蔵省主計局主
        計官      武藤 敏郎君
        厚生省保健医療
        局結核難病課長 窪木 外造君
        会計検査院事務
        総局第二局長  天野 基巳君
        決算委員会調査
        室長      大谷  強君
    ―――――――――――――
委員の異動
六月十八日
 辞任         補欠選任
  塚本 三郎君     永江 一仁君
同日
 辞任         補欠選任
  永江 一仁君     塚本 三郎君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 昭和五十七年度一般会計歳入歳出決算
 昭和五十七年度特別会計歳入歳出決算
 昭和五十七年度国税収納金整理資金受払計算書
 昭和五十七年度政府関係機関決算書
 昭和五十七年度国有財産増減及び現在額総計算
 書
 昭和五十七年度国有財産無償貸付状況総計算書
 〔総理府所管(科学技術庁)、文部省所管〕
     ――――◇―――――
○安井委員長 これより会議を開きます。
 昭和五十七年度決算外二件を一括して議題といたします。
 本日は、総理府所管中科学技術庁及び文部省所管について審査を行います。
 この際、科学技術庁長官及び文部大臣の概要説明、会計検査院の検査概要説明を求めるのでありますが、これを省略し、本日の委員会議録に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○安井委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
    ―――――――――――――
   昭和五十七年度科学技術庁決算に関する概要説明
                科学技術庁
 科学技術庁の昭和五十七年度決算につきまして、その概要をご説明申し上げます。
 まず、一般会計の歳出決算について申し上げます。
 昭和五十七年度の当初歳出予算額は、三千百九十二億四千九百八十六万円余でありましたが、これに予算補正追加額十五億七千五百万円、予算補正修正減少額八十一億一千七百五十四万円余、予算移替え増加額六千八百八十万円余、予算移替え減少額三十八億八千九百五十七万円余、前年度からの繰越額六億五千五百八十七万円余を増減いたしますと、昭和五十七年度歳出予算現額は、三千九十五億四千二百四十一万円余となります。この予算現額に対し支出済歳出額三千七十八億六十一万円余、翌年度への繰越額五億九千五百六十六万円余、不用額十一億四千六百十三万円余となっております。
 次に、支出済歳出額の主なる費途につきまして、その大略をご説明申し上げます。
 第一に、原子力関係経費といたしまして一千七百一億六千七百八十五万円余を支出いたしました。これは、動力炉・核燃料開発事業団における高速増殖炉及び新型転換炉の開発、ウラン資源の探鉱、ウラン濃縮技術の開発、日本原子力研究所における原子力施設の工学的安全研究、核融合の研究、多目的高温ガス炉の研究等の原子力関連試験研究及び各種原子炉の運転、日本原子力船研究開発事業団における原子力船「むつ」の遮蔽改修及び安全性総点検に基づく補修工事、放射線医学総合研究所における放射線による障害防止及び放射線の医学的利用に関する調査研究、民間企業等に対する原子力に関する試験研究の委託、原子力安全行政の強化等原子力平和利用の促進を図るために支出したものであります。
 第二に、宇宙開発関係経費といたしまして八百六十五億一千三万円余を支出いたしました。これは、宇宙開発事業団における人工衛星及びロケットの開発、打上げ及び追跡並びにこれらに必要な施設等の整備、航空宇宙技術研究所におけるロケット等に関する基礎的、先行的試験研究、種子島周辺漁業対策事業の助成等のために支出したものであります。
 第三に、海洋開発関係経費といたしまして五十二億八百二十九万円余を支出いたしました。これは、海洋科学技術センターにおける海中作業実験船の建造、深海潜水調査研究、関係省庁の協力により実施した黒潮の開発利用調査研究等のために支出したものであります。
 第四に、試験研究機関関係経費といたしまして、当庁の附属試験研究機関のうち航空宇宙技術研究所における短距離離着陸機の研究開発をはじめ金属材料技術研究所、国立防災科学技術センター及び無機材質研究所における各種試験研究及びこれに関連する研究施設の整備等を行うための経費として百六十五億百八十二万円余を支出いたしました。
 第五に、科学技術会議の方針に沿って我が国の科学技術振興に必要な重要研究業務の総合推進調整を実施するための科学技術振興調整費、新技術開発事業団における流動研究システムによる創造科学技術推進事業等を行うための経費、研究公務員等の資質向上のための海外及び国内留学の経費、国際科学技術博覧会の開催準備のための経費、理化学研究所及び日本科学技術情報センターの事業を行うための政府出資金及び補助金、科学技術庁一般行政費等の経費として二百九十四億一千二百六十一万円余を支出いたしました。
 次に、電源開発促進対策特別会計のうち、科学技術庁所掌分の歳出決算について申し上げます。
 まず、電源立地勘定につきましては、昭和五十七年度歳出予算現額は、百五十億八千四百七十二万円余であります。この予算現額に対し支出済歳出額七十五億二千百二十三万円余、翌年度への繰越額四十七億六千四百二十五万円余、不用額二十七億九千九百二十二万円余となっております。
 支出済歳出額の主なる費途について申し上げますと、これは、電源立地促進を図るため、地方公共団体に対して交付する電源立地促進対策交付金及び電源立地特別交付金並びに原子力発電所等の施設、設備の安全性を実証するための試験等を行うために支出したものであります。
 次に、電源多様化勘定につきましては、昭和五十七年度歳出予算現額は、七百八億八千六十万円余であります。この予算現額に対し支出済歳出額四百五十五億一千二百六十六万円余、翌年度への繰越額二百十一億百三十九万円余、不用額四十二億六千六百五十四万円余となっております。
 支出済歳出額の主なる費途について申し上げますと、これは、石油代替エネルギーの中核たる原子力に係る技術開発の推進を図るため、動力炉・核燃料開発事業団における高速増殖原型炉の建設、新型転換炉原型炉の運転、使用済核燃料の再処理技術開発等の事業に要する資金に充てるための政府出資金及び補助金並びに原子炉の解体技術開発の委託等を行うために支出したものであります。
 以上簡単でありますが、昭和五十七年度の決算の概要をご説明申し上げました。
 よろしくご審議のほど、お願いいたします。
    …………………………………
   昭和五十七年度決算科学技術庁についての検査の概要に関する主管局長の説明
               会計検査院
 昭和五十七年度科学技術庁の決算につきまして検査いたしました結果、特に違法又は不当と認めた事項はございません。
    …………………………………
   昭和五十七年度文部省所管決算の概要説明
 昭和五十七年度文部省所管一般会計及び国立学校特別会計の決算の概要を御説明申し上げます。
 まず、文部省主管一般会計の歳入につきましては、歳入予算額二十一億八万円余に対しまして、収納済歳入額は五十四億七千七百五十一万円余であり、差引き三十三億七千七百四十二万円余の増加となっております。
 次に、文部省所管一般会計の歳出につきましては、歳出予算額四兆五千六百五十三億九千百八十万円余、前年度からの繰越額百七十一億五千百四十六万円余、予備費使用額一億八千七百二十一万円余を合わせた歳出予算現額四兆五千八百二十七億三千四十八万円余に対しまして、支出済歳出額は四兆五千六百三十三億七千七百十八万円余であり、その差額は百九十三億五千三百三十万円余となっております。
 このうち、翌年度へ繰り越した額は百二十八億九千五百三十八万円余で、不用額は六十四億五千七百九十一万円余であります。
 支出済歳出額のうち主な事項は、義務教育費国庫負担金、国立学校特別会計へ繰入、科学技術振興費、文教施設費、教育振興助成費及び育英事業費であります。
 次に、これらの事項の概要を御説明申し上げます。
 第一に、義務教育費国庫負担金の支出済歳出額は二兆二千二百四億六千十八万円余であり、これは、公立の義務教育諸学校の教職員の給与費等及び教材費の二分の一を国が負担するために要した経費であります。
 第二に、国立学校特別会計へ繰入の支出済歳出額は一兆百五十四億八千三百六十四万円余であり、これは、国立学校、大学附属病院及び研究所の管理運営等に必要な経費に充てるため、その財源の一部を一般会計から国立学校特別会計へ繰り入れるために要した経費であります。
 第三に、科学技術振興費の支出済歳出額は四百八十四億二千四百四十七万円余であり、これは、科学研究費補助金、日本学術振興会補助金、文部本省所轄研究所及び文化庁附属研究所の運営等のために要した経費であります。
 第四に、文教施設費の支出済歳出額は五千三百十八億五千九百五十七万円であり、これは、公立の小学校、中学校、特殊教育諸学校、高等学校及び幼稚園の校舎等の整備並びに公立の学校施設等の災害復旧に必要な経費の一部を国が負担又は補助するために要した経費であります。
 第五に、教育振興助成費の支出済歳出額は五千九百八億九千七百四十四万円余であり、これは、養護学校教育費国庫負担金、義務教育教科書費、学校教育振興費、社会教育助成費、体育振興費及び私立学校助成費に要した経費であります。
 第六に、育英事業費の支出済歳出額は九百七億五千七百五十五万円余であり、これは、日本育英会に対する奨学資金の原資の貸付け及び事務費の一部補助のために要した経費であります。
 次に、翌年度繰越額百二十八億九千五百三十八万円余についてでありますが、その主なものは、文教施設費で、事業の実施に不測の日数を要したため、年度内に支出を終わらなかったものであります。
 次に、不用額六十四億五千七百九十一万円余についてでありますが、その主なものは、教育振興助成費で、学校教育振興費を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。
 次に、文部省におきまして、一般会計の予備費として使用いたしました一億八千七百二十一万円余についてでありますが、これは、公立文教施設災害復旧費に要した経費であります。
 次に、文部省所管国立学校特別会計の決算について御説明申し上げます。
 国立学校特別会計の収納済歳入額は一兆四千九百七十二億五千百五十九万円余、支出済歳出額は一兆四千五百二十四億二千五百五十一万円余であり、差引き四百四十八億二千六百七万円余の剰余を生じました。
 この剰余金は、国立学校特別会計法第十二条第一項の規定により四十億四千二百七十八万円余を積立金として積み立て、残額四百七億八千三百二十九万円余を翌年度の歳入に繰り入れることとして、決算を終了いたしました。
 次に、歳入につきましては、歳入予算額一兆四千五百二十六億九千三百七十二万円に対しまして、収納済歳入額は一兆四千九百七十二億五千百五十九万円余であり、差引き四百四十五億五千七百八十七万円余の増加となっております。
 次に、歳出につきましては、歳出予算額一兆四千五百二十六億九千三百七十二万円、前年度からの繰越額百八十四億八千二百五十二万円余を合わせた歳出予算現額一兆四千七百十一億七千六百二十四万円余に対しまして、支出済歳出額は一兆四千五百二十四億二千五百五十一万円余であり、その差額は百八十七億五千七十三万円余となっております。
 このうち、翌年度へ繰り越した額は百十七億五千三百四十万円余で、不用額は六十九億九千七百三十二万円余であります。
 支出済歳出額のうち主な事項は、国立学校、大学附属病院、研究所、施設整備費及び船舶建造費であります。
 次に、これらの事項の概要を御説明申し上げます。
 第一に、国立学校の支出済歳出額は八千十億九千四百七十三万円余であり、これは、国立学校の管理運営、研究教育等に要した経費であります。
 第二に、大学附属病院の支出済歳出額は三千二百八十一億七千九百七十五万円余であり、これは、大学附属病院の管理運営、研究教育、診療等に要した経費であります。
 第三に、研究所の支出済歳出額は九百四十四億一千二十八万円余であり、これは、研究所の管理運営、学術研究等に要した経費であります。
 第四に、施設整備費の支出済歳出額は一千九百四十九億四千五十一万円余であり、これは、国立学校、大学附属病院及び研究所の施設の整備に要した経費であります。
 第五に、船舶建造費の支出済歳出額は十九億六千二十八万円余であり、これは、国立学校における実習船及び大学附置研究所における研究船の代替建造に要した経費であります。
 次に、翌年度繰越額百十七億五千三百四十万円余についてでありますが、その主なものは、施設整備費で、事業の実施に不測の日数を要したため、年度内に支出を終わらなかったものであります。
 次に、不用額六十九億九千七百二十二万円余についてでありますが、その主なものは、国立学校で、退職手当を要することが少なかったこと等のため、不用となったものであります。
 なお、昭和五十七年度予算の執行に当たりましては、予算の効率的な使用と経理事務の厳正な処理に努力したのでありますが、会計検査院から不当事項十件の御指摘を受けましたことは、誠に遺憾に存じます。
 指摘を受けた事項につきましては、適切な措置を講ずるとともに、今後、この種の事例の発生を未然に防止するため、より一層指導監督の徹底を図る所存であります。
 以上、昭和五十七年度の文部省所管一般会計及び国立学校特別会計の決算につきまして、その概要を御説明申し上げました。
 何とぞ、よろしく御審議のほど、お願い申し上げます。
    …………………………………
   昭和五十七年度決算文部省についての検査の概要に関する主管局長の説明
                会計検査院
 昭和五十七年度文部省の決算につきまして、検査いたしました結果の概要を説明いたします。
 検査報告に掲記いたしましたものは、不当事項十件であります。
 検査報告番号一三号は、中高層大気観測施設の敷地造成等の工事の施行に当たり、電波障害防止フェンスの設計が適切でなかったため、その強度が不足しているもので、京都大学において、超高層電波研究センターの中高層大気観測施設として滋賀県甲賀郡信楽町地内に中高層大気観測レーダー等を建設しましたが、このレーダーの電波障害を防止するために築造したフェンスの支柱の設計を誤ったため、風荷重に対する強度が不足していたものであります。
 また、検査報告番号一四号から二二号までの九件は、補助事業の実施及び経理が不当と認められるもので、公立文教施設整備事業等において、補助の対象とは認められないものを事業費に含めていたり、事業の一部を実施していなかったり、契約の処置が適切を欠いていたりなどしていたものであります。
 以上、簡単でございますが説明を終わります。
    ―――――――――――――
○安井委員長 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。井上一成君。
○井上(一)委員 まず私は、最初に指紋押捺問題について文部大臣にお尋ねをしたいと思うのです。
 この問題は、歴史的な背景、さらには人権の問題、いろいろな見地から、大変大きな問題として国内のみにとどまらず、国際的な問題としても今関心が寄せられているわけです。特に、在日韓国人、在日朝鮮人の指紋押捺問題については、第二の教科書問題、いや、それ以上だと言われているわけなんです。
 私は、七月、八月、大量更新を前にして、今一つの具体的な事例を大臣に申し上げて、その見解を聞きたいと思うのです。
 実は、十三日の毎日新聞に、「指先の波紋」という報道の中で具体的な事例が報道されているわけです。大阪府立高等学校の一年生である洪薫子さん、十六歳、初めての手続で少し緊張はしていたけれども、「拒否します」と、東区役所の窓口で押捺欄を示す職員に、きっぱりと断固拒否の姿勢を示したわけです。
 この少女、両親を含む一家六人は、いずれも日本で生まれ育った。そして小学校の低学年、いわゆる義務教育課程の中で、あの第二次大戦の長崎あるいは広島の悲惨な原爆投下の実態、実情は教わった。しかし、一つ納得できないことがあった。それは何だ。何に納得ができなかったのか。その少女は、「両親から聞いていた日本の朝鮮支配の話が全くなかった」、そのことに納得ができなかった。こういうことなんです。
 さらにその五年前に、当時中学校一年のお姉さんが、クラスの男子生徒から、「韓国へ帰れ」という言葉を消しゴムを投げつけられて浴びせられた。この薫子さんは、そのときに押捺を拒否する人もいるということを知ったわけでありますけれども、以前に父親の登録証を何げなくのぞいて、目に入ったその黒い指紋の不気味さが二重写しになって、彼女の心を痛めたわけであります。
 「私たちを犯罪者扱いする指紋押なつと、歴史のゆがみや差別の根はみな同じ」という、そういう実感を込めて、十六歳になった洪薫子さんが、「拒否は私一人で決めたこと」と静かに語りながら指紋押捺を拒否した。まあ、だれの指図も受けずにみずからの、少女の心で決意をしたわけであります。その洪薫子さんの両親が、今まではいろいろな屈辱を感じながらも指紋押捺に応じてきたけれども、次の更新時には娘に見習って拒否をするという決意を教えられた、こういう報道がされているわけです。
 今回、私が今要点だけを申し上げたわけでありますけれども、洪薫子さんのこの十六歳の少女の決心した心に、あなたは何を感じられるのか、あるいは今回の行為をどう評価されるのか、まずこれからお聞きをしていきたいと思います。
○松永国務大臣 一般的に言って、先生よく御承知のとおり、指紋押捺問題、これは私どもの所管ではございませんので、お答えする立場にはないわけであります。しかし、学校教育とのかかわりがあるものですから申し上げますと、やはり一般的に言って、学校教育では、法律が存在しておる以上、その法律の意義や、また法律を守ることは大切であるということを指導しておるということなんでございますので、指紋押捺に関する我が国の法律が厳として存在している以上、学校において教育を受けている人が押捺を拒否したということは、法律が存在しておればそれは守りなさいというふうに教えている関係上、大変残念なことだというふうに思います。
 ただ、今先生の御指摘になりました教室などで、教室外の場でも同じでありますけれども、韓国の人に向かって、韓国へ帰れというようなことで消しゴムを投げつけたなどというのは甚だ遺憾なことでありまして、そういうことがないように指導していかなければならぬというふうに思います。
○井上(一)委員 法律云々ということでありますけれども、その法を拒否した少女の行為が、教育上与える影響はどういうものである、あるいはそのことが教育上よろしくないと言えば、その法律について検討を加えていく、こういうことをやはり次の段階で文部大臣として考えていかなければいけない。教育の最高機関であり、最高の権限を持っていらっしゃる文部大臣です。
 さらに私は、これは法があるから云々という、法を守る遵法精神ということは、それは教育に欠かせない問題であるけれども、やっぱりよって来るところの背景なり、あるいはその子供に与えた強い衝撃、そういうことを考えて、拒否したこの少女の行為が教育上に与える影響は大変大である、大きい問題である。大臣、いかがなんですか。
○松永国務大臣 先ほども申し上げましたように、この法律そのものにつきましては、私の方の所管する事項ではありませんので、私から御答弁をする立場にないわけでありますけれども、法が厳として存在している以上は、その法は守ってもらいたいという立場であるのが、私の立場でも実はあるわけでございます。
○井上(一)委員 指紋押捺制度が教育上どのような影響を与えているか、それじゃ逆に聞きましょう。今、法があるから法を守らなければいけないとおっしゃっているわけですね。その指紋押捺制度が教育上どのような効果、どのような影響を与えているのか。
○松永国務大臣 これも私の答弁する立場でありませんけれども、できる限り精神的な苦痛等を与えないような形で法が施行されることが望ましいというふうに思うのであります。今回、そういう改正措置もなされたと聞いておるわけでありますが、できますことならば、この外国人登録の関係におきましても、苦痛とか屈辱感とか、そういったものが極力ないような形で押捺がなされることが望ましいと思うのであります。そういう改正もなされたと聞いておりますけれども、そういうことで、存在する法は守られるというふうにしていただきたいなと思うわけです。
○井上(一)委員 屈辱感を与えているわけなんですね、今日。改正されたと言うが、改正されていないわけなんです。運用の問題で幾分かの、しかしそれは小手先の問題である。教育上好ましくないと私は思うのですよ、この指紋押捺制度の法律それ自体が。大臣はどう考えているのか。今我が国のその制度、法の存在ということは私もそれを否定し得ないわけなんです。しかし、教育上よろしくない。あなたの所管でないとかそういうものじゃないと思う。あなたの所管なんですよ。私は何も法そのものの、制度的なものをあなたに聞いているんじゃない。教育上どういう影響を与えているのか、好ましくないと。
 さらに、この洪薫子さんの今回の決意に感動して、同じように少年少女が集団で拒否してくる、このことはもう予測されるわけなんです。それがまた教育にどうはね返っていくか、教育上どういう影響を与えていくかという、そんなことをあなたはお考えですか。そのことを考えたら、この指紋押捺制度それ自体にもっと教育上の、教育的見地からの御意見を閣僚の一員として文部大臣は披瀝をしていくべきである。法律家でもある大臣だから、やはり前進した、本当に子供の心をつかんだ教育的配慮が何かなされるという強い期待を私は持っておるのですけれども、今申し上げたように、教育上の及ぼす影響、教育的な影響というのはどうなんでしょうか、指紋押捺制度は。
○松永国務大臣 今先生、私に対して法律家という表現があったわけでございますが、私自身、それほどの法律家とは思っておりませんけれども、いささか法律を勉強しあるいは法律にかかわる仕事をしてきたという立場で私の個人的な見解を申し上げますと、この指紋を押すことが犯罪者またはそれに類するものだという認識を、私は持ってないのです。同一性を確認するために一番的確な方法は、実は指紋だというふうに私は承知しております。判この場合には偽造もあり得る。サインの場合もにせサインがあり得る。しかし、指紋は同一人だということを最も的確に識別できる方法だ、こういうように私は理解をいたしております。したがって、外国人登録関係を所管する当局がその最も確実な方法をおとりになっておるというふうに理解しておるわけでありますが、その場合にあっても、できる限り関係者に心理的な影響を与えないような形でなされることが望ましいというふうに私は思っておるわけでございます。
○井上(一)委員 いろいろな理屈をつけて何とかこれを言い逃れていこうと、この場だけで、犯罪者扱いでないんですなんというような、こういうふうに文部大臣は受けと薫るんだと。しかし、五年に一度の強制更新なりいろいろな意味で、あなたはそう受けとめても、十六歳の少女はそう受けとめていませんよ。十六歳の少女の感覚を理解できませんか。そんなことで教育が論じられますか。政治が論じられるのか。それは、弁護士さんであり法律家であり、しかし文部大臣である。教育的な見地から指紋押捺制度というのは好ましくない。あなたがその権限があって、これをやめますとかあるいは改正しますなんということを言ったって、それはあなた一存でできる問題ではない。しかし、教育上好ましくない。
 少年少女の心の屈辱感、そして差別感、あるいは本当にこの人たちの心を理解することができるんですか、あなたは文部大臣として。むしろそういうことなら、文部省自身は本当に教育的な見地で指導のできる立場ではないですよ。私は、文部大臣は、少なくとも教育上の見地から指紋押捺というものは好ましくない、そういう一端が披瀝されて当然だと思う。重ねて、宿紋押捺制度が教育上どういう影響を与えるか、与えているか、大変恐縮ですけれども、大臣、再度お答えをいただきたい。
○松永国務大臣 先ほども申し上げましたように、指紋というのが同一性を確認する上で一番的確な方法だというふうに私自身は理解しております。問題はどこにあるかというと、指紋を押すことが、かつては、被疑者、被告人等として取り調べを受けた場合に、非常に強引な形で指紋を押すというのがあったものですから、そこで、指紋イコール犯罪者ないしは犯罪の容疑を受けた者というふうに短絡的に結びつけて物を判断するあるいは考える、そこに私は問題のポイントがあるような気がいたします。したがいまして、指紋というのはそういうものじゃないんだ、同一性を識別する上で最も科学的に正確な方法だ、それだけのことだというふうな認識が一般化することが望ましいのじゃないかというふうに私は思っておるわけでございます。
○井上(一)委員 それは教育上当然応じていくべきである、そういう見地に立たれるわけなんですね、それなら。
○松永国務大臣 制度の必要性から、同一性を確認するということが必要だ、その場合一番正確なのは指紋であるということで現在の制度はあると思うのでありますけれども、先ほど来申し上げておりますように、我が国において一部に非常に問題が起こっておる。その背景にあるものは、指紋そのものについての過去の慣例等から嫌な認識をお持ちになっている方が多い、そこに問題のポイントがあるような気がするわけであります。
 したがって、指紋というのは、本人の同一性を識別するための仕組みであるから、それを押したからといって犯罪者ないしは犯罪の嫌疑を受けた者が押すものというふうに考えないで、同一性を識別する一つの科学的な方法だというふうにみんなが認め合うというふうになってくれば、私は、屈辱感とかそういったものは自然に解消されるであろうというふうに思っております。
○井上(一)委員 文部大臣、これは私はまた場所を改めますけれども、あなたは教育的な見地からの取り組みがないわけなんです。教育というのは人をつくっていくことだし、豊かな人間性を求めて文部省が努力をしていらっしゃる、僕はそう理解をしているわけなんです。その頂点に立つ大臣が、同一人物云々、いわゆる指紋の屈辱感を、何とかこんなもの、屈辱感をなくそうと思えば、制度それ自身を撤廃したらいいのですよ。いや、私はそう思っているのです。
 屈辱感をなくそう。そこに朝鮮支配の歴史も教えなければ、屈辱感を、十六歳の少女の心に傷をつけるようなことを、そういう制度があって何が教育だ。豊かな教育あるいは隣人愛に燃える、お互いの人格を尊重していこう、そういう人間をつくっていく、そういうことに反していくわけだ。これはなくしたらいい、指紋押捺制度なんてなくしたら、屈辱感も何もないんだから。しかし、今あなたが、そういうことをなくします、努力しますというふうに答弁しなさいなんて僕は言っていない。少なくともそういう気持ちは持ってもらわないと、文部省の最高責任者である文部大臣があるいは教育臨調がどれだけ教育を論じたって、現場ではこういうことがあるのですよ。
 もう一回確認をしたい。教育上好ましくないと私は受けとめている、やはり教育上検討に値し、これは一度検討したい、指紋押捺制度が教育に及ぼす影響というのがいかに大であるか、そのことを考えれば、やはり屈辱感を与えている今の指紋押捺制度について検討を加えていくべきであると私は思います。
○松永国務大臣 同じ答弁を繰り返して恐縮でございますが、指紋というものが犯罪者または犯罪の容疑を受けた者が押すものだというふうな認識が相当あるわけでありますけれども、私はそれがおかしいと思っているのです。
 我々、一般的な個人的なつき合いをする場合、あるいは取引などをする場合に、一番正確な方法は指紋なのでありまして、私は個人的に言えば、弁護士として仕事をしている場合に、正確には、あなたちょっと拇印を押しておいてよというわけで、拇印を押してもらったり自分で押したりしているわけなんでありまして、そういうものなんだというふうにみんなが認識することが当然じゃなかろうかなと、私個人は思っているわけなんです。
 したがいまして、教育の面で考えますと、指紋はそういうものなんだという認識が世間一般に広がってくれば、私はそのことが問題解決のポイントじゃないかというふうに思っております。
○井上(一)委員 文部大臣、あなたもいろいろと苦しい答弁をされているのか、あるいは本音で話をされているのか、私は同じ国会議員として、政治家として悔いを残さないようにやはり取り組んでいかなければいけないし、あなたが韓国へ行ってそういう発言で、韓国で好意を持ってあなたに理解をしてくれる人が何人いるであろうか、全くゼロに近い、私はこういうふうに思います。私は、朝鮮、韓国、この朝鮮半島から我が国に強制的に服従を強いられた人たちのその歴史的背景を、やはり私たちはしっかりと認識をしなければ正しい判断ができない、こういうことを特に強調しておきたい。
 さらに、私は厚生省に、被爆をされた韓国の人たち、朝鮮の人たちが今日どのような現状で自国で暮らしているのか、そういう実態、さらには毎年我が国に治療を目的に訪日をしている人たち、今後もこの受け入れは引き続いて続けられるのか、あるいはどういうふうに受け入れを変えようとしているのか、続けるにしても、さらにもっともっと積極的な強力な治療が受けられるように多くの人に呼びかけをしていこうとしているのか、そういう点についてもひとつ聞いておきたい、このように思います。
○窪木説明員 まず、被爆者の実態でございますけれども、原爆投下当時、かなりの数の朝鮮人が長崎、広島にいたと聞いているわけでございますけれども、その被爆の実態は把握しているわけでございません。ただ、一九七二年、昭和四十七年でございますけれども、韓国原爆被害者協会が発表いたしました資料によりますと、韓国人の被爆者は約七万人、うち生存者約三万人、帰国者二万三千人、在日者約七千人となっているわけでございます。
 また、北朝鮮については資料もなく、現在不明でございます。
 それから、渡日治療の問題でございますけれども、これは日韓両国の合意書に基づいて行われているわけでございます。昭和六十一年十二月末日までの効力を有することになっているわけでございます。昭和六十一年十二月以降につきましては、御指摘の趣旨を踏まえまして、時期を見て韓国政府と延長問題の協議をしてまいりたい、そういうふうに考えているところでございます。
○井上(一)委員 今まで延長の話し合いを持たれたことがあるのでしょうか。
○窪木説明員 まだ協議をしたことはございません。
○井上(一)委員 これはさっき協議をするというお答えがあったわけですけれども、私は、引き続いてさらに強い対応策を講じるように強く要望しておきたいと思うので、今答弁に立たれたあなたの決意、それを厚生省に反映していただきたい。不幸の集積が、ソウルの水道もない丘の上に被爆をされた人たちが住んでいる、そういう現状も、僕は直接見聞をいたしておりませんけれども、聞き及んでいるわけなんです。そういうことで、もう一度決意を聞かしてください。
○窪木説明員 先ほどもお答えいたしましたように、現在のところ、まだ六十一年十二月まで効力がございますので、その期間をその協議に基づいて精いっぱいやっていきたいと思います。それで、六十一年十二月以降につきましても、御指摘の趣旨を踏まえまして、時期を見て韓国政府と協議をしてまいりたいということでございます。
○井上(一)委員 さらに私は、次に障害児の問題について少し聞いていきたいと思うのです。
 とりわけ心身に障害を有する人たちの高等学校進学の問題についてでありますが、昭和四十一年七月十八日、文部省の初等中等教育局長通達という形で、「公立高等学校の入学者選抜について」という通達があるわけなんです。その中で特に指摘をしておきたいのは、「心身に異常があり修学に堪えないと認められる者その他」「入学させることは適当でない。」こういう項目があるわけなんです。
 ところが、五十九年七月二十日付の同じく初等中等教育局長の「公立高等学校の入学者選抜について」、これは通知になっているわけでありますけれども、その通知ではその文言は触れていないわけです。通達と通知に内容の変化があるわけなんです。どういう変化がそこにあったのか、まず聞いておきたい。障害を持っているがゆえに不利にならないような配慮がそこにあったのだということも私なりに予測されるのですけれども、そうであったのかどうか、念のためにそのことも踏まえて聞いておきたいと思います。
○高石政府委員 昭和四十一年の通達、それから昭和五十九年の通知、この通知と使うか通達と使うかというところに特に意味はございませんで、今回の高等学校の入学者選抜についての改正を行う際に、ただいま御指摘のありましたような内容に、選抜のあり方としてその点に触れないで出しているわけでございます。
○井上(一)委員 その点に触れないでというのは、どういうことなんですか。
○高石政府委員 四十一年の通達は、「高等学校教育を受けるに足る資質と能力を判定して行なうものとする。」という大原則で、四十一年当時の発想というのは、およそ高等学校教育を受けるに足る共通な一般的な能力判定基準ということを示しておるわけでございます。したがいまして、後半に「心身に異常があり修学に堪えないと認められる者その他高等学校の教育課程を履修できる見込みのない者をも入学させることは適当でない。」というふうに書いているわけでございますが、当時は進学率が七〇%程度であったと思います。
 五十九年度の通知を出したころの高等学校進学率は九四%、ほとんどの人が高等学校に、希望者が入れるという状況になっておりました。したがいまして、そういう変化をとらえまして、各高等学校で判断をしてもらう。各高等学校で判断をしてもらう際に、その学校の課程、学科を履修できる見込みがあれば、心身の障害のゆえをもって入学させないという取り扱いはしないということでございます。
○井上(一)委員 その判断の背景になっているのは、四十一年当時の進学率、いわゆる高校受験率と五十九年の受験率の変化、高等学校が義務教育に近い状況になってきたことと、さらに私が指摘したように、障害を持つがゆえに不利な条件に置かれないということがそこにあるわけでしょう。時代の変化ということもさることながら、時代の変化が考え方を変えさせていった。
 同時に、ちょっと気になったわけなんですが、今の答弁の中で、各学校の自主性、主体性を尊重していく。それに対して文部省は、協力を含めてどのような手だてをしているのか。心身に障害を有する者の高等学校進学についての基本的な物の考え方を、もう一度ここで確認しておきたいと思います。
○高石政府委員 そういうような仕組みにいたしましたので、それぞれの学校が判断をして受験を認め、入学させることができるわけでございます。したがいまして、入学後その子供がその学校の教育を受けるに支障のないような条件整備、これは当然学校でやっていかなければならないと思うわけでございます。そのために、例えば施設設備等について、その人のための特別の整備を必要とするというようなことも起きてこようかと思うわけでございます。そういう場合に、一般的に設置者である都道府県ないし市町村が、そういうものを整備していくと思うわけでございます。
 その際に、高等学校については国の補助制度というのはございませんで、一般的には地方交付税による財源措置、こういうことで対応しているわけでございます。したがいまして、国の対応措置といたしましては、自治省等の関係省庁とも協議をしながらそういうものに対応できるように検討し、努力をしていく必要があろうと思っております。
○井上(一)委員 努力をしていく必要があるということですが、努力をしますというのか。そこは、念を押して悪いですけれども、自治省を含めて関係省庁と協議して、そこに入学した障害児に支障がないように整備の充実も含めて努力をするということなんですか。必要があるというのは努力をしますということなんですか。
○高石政府委員 実態に支障のないように関係省庁と努力してまいりたいと思います。
○井上(一)委員 これは念を押すようで恐縮なんですが、四十一年の通達では、できれば養護学校の高等部に入学すればいい、むしろそのことがより好ましいのだという認識がその背景にあったのではないだろうか、私はそう思うのです。いや、そんなことは絶対ないのだとおっしゃるのか、四十一年にはそういう背景がそこにあったのだとおっしゃるのか、いかがなんでしょう。
○高石政府委員 進学をいたしまして、その子供が最も条件のいい形でその能力を開発していくことが必要でございます。したがいまして、障害の内容、程度によって違うと思いますけれども、養護学校の高等部に行って勉強する方がいい、ないしは盲聾学校の高等部に行って勉強した方がいい、そしてそのことがその子供のためになるということであればそういうところに行けばいいし、普通の高等学校に行った方がその子供の能力の開発ができるということであれば、そういう進学の道を選ぶということが必要であろうと思います。
○井上(一)委員 そこで問題になるのは、障害を持つ子供のためになる、どうすることがためになるのか。社会人としての暮らし、社会の中の一員としての生き方、生きる力を持つということ、同時に個人の能力を開発していく、そのためにはどうすることがベターなのか。絶対これでないといけないというのか、時には模索の中で結論が生まれてくる場合もあり得るだろう、私はこう思うのです。
 具体的な問題で恐縮なんですけれども、近くに養護学校がある、またその養護学校の近くに公立高校がある。障害を持つ子供、あるいは保護者も含めて、あるいは小中学校の義務教育課程における学校の先生等の意見も踏まえた中で、養護学校の高等部へ行くよりも普通高校に入学する方がより子供たちにとってよいという判断、あるいは子供も保護者もそういう意思を強く持った場合に、その判断というか、不利にならない条件というか、そういう配慮は当事者の立場から考えていくべきであるということになれば、まずは保護者の意見なりあるいは障害を持つ子供たちの側の意見を尊重していかなければならない、私はそう思うのです。
 そのことについては、私の考えに同調というか、同じ考えを持っていただけるであろうか。プロセスの問題と結果の問題はこれからです。まずは障害者の側に立っての配慮を必要とすみ、障害を持つ側の立場に立っての判断が優先されるべきではないだろうか、されるべきであるという私の認識なんですが、当局はいかがなものでございましょうか。
○高石政府委員 基本的には子供の立場に立って考えていかなければならないという点については、先生と同じでございます。
○井上(一)委員 実は、五十六年八月に、文部省のメモという形で、文部省より総理府の中央心身障害者対策協議会教育・育成部会に提出されたものの中で、こういうことが書かれているわけです。「障害の重い子どもを小・中学校で教育することの問題点」、それから一から四項目まで、あるいはさらにその中に(一)、(二)、(三)と詳細が書かれているわけですけれども、「現行の特殊教育制度、ひいては学校教育制度全体の根幹に触れる大きな問題となる。」ということを最終の締めくくりに書いているわけです。
 それは、「障害の重い子どもに対しては、小・中学校では適切な教育ができない。」とか、「一般の子どもたちの教育に支障が生ずる恐れがある。」とか、「多額の財政負担を強いられる。」とか、設備、整備が必要になるとか。さっき、自治省と相談して協議をして努力すると言う。ところが、この文部省のメモにはそういうことが書かれているわけです。今の答弁とは大分――五十六年だから、社会的な変化があって今日は変わったのです、五十六年はこういう認識でしたけれども、六十年の今日ではこういう考え方ではありません、先ほど答弁したような考えですとおっしゃるなら、私はそれはそれなりに受けとめますけれども、これは小中学校のいわゆる義務教育における問題点ということでありますが、この文部省のメモは、もう義務教育に近い状況に置かれている公立高等学校にも同じような意思を持っていらっしゃるのでしょうか、こういうことを聞いておきたいと思います。
○高石政府委員 障害児のための教育をどういう形で展開していくことがその子供たちに最も幸せなやり方であるかというのは、世界各国が非常に頭を痛めて今日までやってきているわけでございます。日本の場合もそうでございまして、日本の場合は、盲聾学校がまず中心になって整備されてまいりまして、その後養護学校の整備と進んでまいったわけでございます。そして養護学校の義務化ということを施行したわけでございます。
 その歴史的な流れにずっと沿って考えてまいりますと、障害の程度の非常に重たい者は、やはりそうした盲聾、養護学校の特殊教育諸学校の専門的なところで十分に教育をすることが、一般的にいい成果を上げるという判断でございますし、それから程度の軽い障害の者については小中学校の特殊学級に入れまして、普通児とも一緒に生活できるようなところに入れるという形で展開してきたわけでございます。
 したがいまして、ずっとここ百年の歩みの中でとってきました、そして国会の御審議も経て義務化に踏み切ってまいりました背景には、そういう哲学というか、考え方があるわけでございます。そういう観点で、障害を持っている子供たちの種類、程度に応じて、どういう形で展開していったらいいかということが出発点であることは、御指摘のとおりでございます。
 原則的には、その障害の程度、種類に応じて盲聾、養護学校へ進学させるという対応をしておりますし、障害の軽いのは特殊学級ということをやっているわけでございますので、障害があるから一切普通の小中学校に入れないというような、かたくなな発想をとっているというわけではないわけでございます。
○井上(一)委員 私は、さっき五十六年八月の文部省のメモについて指摘をしたわけなんですね。僕はこれはけしからぬと思っているんだけれども、このけしからぬメモ、これは小中学校だけですということにはならない。現行の特殊教育制度あるいは学校教育制度全体の根幹に触れる大きな問題だということは、ではどういうふうに根幹に触れているのか。
 まずそれまでに、さっき質問をしたのは、高等学校の分野にまでこれは及ぶのですかということ。通常常識的には義務教育の延長だ、私たちの認識では及ぶのでしょうということの理解をしているのです。その上に立って今高等学校の問題で質疑をしているわけでありますから、根幹に触れるって、これはどう触れるのですか、具体的に教えてくださいよ。
 私の質問に対して、時間が余りないから答弁をやはり――百年の背景、変化しつつあるわけなんだから、四十一年と五十九年、既に二十年で大きく変化をしてきている。障害を持つ子供たちも社会の一員であるという基本的な認識に立って私は議論をしているのだから……。
○高石政府委員 この資料は内部の検討資料ということで、文部省の公式の見解を示すという形で出されたものでないわけでございます。というのは、言いたいことを、おまえたちいろんな意見があろうから、その論点と言われている内容を整理しろということで出したのでございまして、公式的な文部省の見解を示す、そういうようなメモではないわけでございます。
 したがいまして、特殊教育諸学校の整備につきましては、先ほど申し上げましたような歴史の流れの上に立って整備してきたということでございますので、親の希望するとおりに障害児の選択をそれぞれの学校に任せるということは、やはり適当でないという判断を持っているわけでございます。したがいまして、その子供の立場に立ってどういうコースを選ぶのがベストであるかという判断基準のもとに、この問題については対処する必要があろうと考えております。
○井上(一)委員 公式な見解でないといったって、文部省の内部にいろんな意見があるということはわかるにしても、こういうものが内部資料として存在をしていたということ、これは本当にけしからぬ問題です。こんなことであなた方は本当に人間性豊かな教育ということが論じられるか。指導ができるか。指導のできる立場ではないじゃないですか。何が指導できるのですか。あなた方の考え、あなた方を指導しなければいけない。文部省を逆に指導しなければいけない。さっきの大臣の指紋押捺問題でもそうなんですよ。文部省って一体何のために――文部省は行革でばっさりと、必要がないんだというぐらい、今の状況であれば言わざるを得ないし、言いたくなる。そういうことなんですよ。
 さらに、今親の意見に云々というところまで答弁が入ってきたので、あなた方はたまから親の意見が保護者の意見ですね。私からいえば、親の意見というよりも保護者の意見が必ずしも適当でないというのは、さっき私の質問で、障害を持つ側の立場をまず優先して配慮していくべきだということにお答えをいただいたのと、たまから保護者の立場を否定するという今の答えとは矛盾するじゃないですか。どっちなんですか。たまから障害児を持つ保護者の立場というのは、その子供たちにとってためにならないという判断を文部省は持っているのですか。そして、さっきの答弁との食い違い。
○高石政府委員 先ほど申し上げましたのは、本人の立場、本人の将来のことを考えて、どういう機関で教育をすることがベストであるかということを考えて判断すべきである、それは先生と私は同じ意見でございます。
 そこで、では親がこの学校に入れたいといった場合の親の判断が、本当にその子供の教育をする機関としてどこを選ぶかという際に、ややもすると世間体とかそういうものを考えて、その子供の本当の教育をしてもらうのにどこがふさわしいかという判断を超えて行われるということがあり得る、そういう場合に申し上げたわけでございまして、あくまでもその本人の将来のことを考えて判断していかなければならない。その場合に、親の意見というのも貴重な参考意見であることは事実でございます。
○井上(一)委員 それでは、心身障害者の就学についてはどういう指導をしているのですか。
○高石政府委員 まず、進学時において適正な健康診断を行い、そしてどういう学校で勉強するのが一番いいかということを判定するために、通常の場合は教育委員会が就学通知を出すということで学校を指定するわけでございますが、特殊教育諸学校への就学の問題については、非常にデリケートないろいろ難しい問題がありますので、就学指導を適正にするための委員会をつくりまして、そこの意見を聞いた上で教育委員会が対応するということにしているわけでございます。
○井上(一)委員 義務教育施設、いわゆる小中学校の事例ですけれども、大阪の豊中市だとか高槻市の小中学校では、受け入れ側がちゃんと整備をしながら、あるいはそういう状態をつくりながら、努力をしながら障害児が受け入れられているわけなんです。同じように近くの自治体あるいは他県、大阪府外のそういう自治体で、すべてがそうだとは言い切れないわけなんです。他方で点拒否される、むしろ拒否される事例の方が多いと私は思うのです。だから、障害児が居住する自治体によってその受け入れ状態が障害児にとって変わるということは、本来その障害児のためにはならないわけであって、むしろそういうことが今日随所に問題を起こしているわけなんです。
 具体的に、保護者と教育委員会との話し合いの中で十分な結論が得られないで就学がまだ保証されていない、そういう子供たちが一体全国にどれくらいいらっしゃるのか、そしてそのことは何によって起こったのか、保護者の一方的な社会的な体裁をおもんぱかっての判断なのか、むしろ教育委員会、いわゆる行政側に対する十分な話し合いのなし得なかった責任、あるいはその間就学を保証されなかった子供たちの立場、それに対しての責任は一体だれが負うのか、そういうことを私はやはり聞いておかなければいけない。ぜひ聞かせていただきたいと思います。
○高石政府委員 現在、長期にわたって指定の特殊教育諸学校へ就学していない状況にある者が五名でございます。
 この内容を分析いたしますと、教育委員会と親の意見がなかなか一致しないということでございまして、子供を長い間教育が受けられないまま放置することは、まことに遺憾なことでございます。したがいまして、教育委員会に対しては、十分に親の理解を得られるように徹底的に話し合いをして、そして早期に解決してもらいたいということを指導しているところでございます。
○井上(一)委員 もう時間がないので、やはり説得をするとか話し合いをするというのは、当事者、保護者と教育委員会両方に、一日も早く結論を見出さなければいけない、そういう責任というものは等分にあるといって、公平にそういう理解を持つというのがごく一般的な常識であると私は思っているのです。
 ところが、行政の側が子供にとって十分な対応をしないから、保護者の方も納得をしない、こういうことなんです。その点でひとつ大臣、今までは保護者だけの責任をどうも強調されるわけなんですね。むしろそうじゃない。行政に大部分責任があるんじゃないか。理解を得られないという、あるいは十分な話し合いがされないという、この点は大臣、どうですか。私は行政に責任があると思う。一〇〇%というような、そういうことをここでは申し上げていない。しかし、一〇〇%保護者にあるんだというような今までの答弁、今までの考え方は間違いですよ。行政にも責任があるんですよ。大臣、いかがですか。
○松永国務大臣 先ほどから局長が答弁をいたしておりますように、心身障害児の就学問題につきましては、障害の程度に応じて、軽い者は普通の学級、やや軽くない者については普通の学校の特殊学級、そして重度の場合には養護学校とか盲聾学校に進学をさせるのが、一般的に言えばその子供の幸せになる。したがって、どういう学校に進学させるかは、先ほど来先生が御指摘のように、どうした方が一番子供の幸せになるか、子供の立場に立って話し合いをし、判断すべきものだと思います。
 先生御指摘がありました保護者と教育委員会との話が十分なされないで、そのために子供の進学すべき学校が決まらないなどというのは、大変残念なことでありまして、これは一面においては、先生御指摘のように、教育委員会がもっと親切にもっと丁寧に、子供の幸せという立場から親と十分話し合いをすべき事柄だと思いますので、今後ともそういう努力をするように、私の方では教育委員会を指導してまいりたいと考えております。
○井上(一)委員 最後に、具体的な問題提起とかあるいは具体的な行動が、今まで文部省ではなされていたのかどうか。話し合いをしない。頑張れ頑張れと言ったって、どうすることが頑張ることなんですか。運動会で子供に走れ走れ、頑張れ頑張れと言って拍手を送ったって、子供に頑張ることはどうすることかということがわからなければ、これは意が通じなければ頑張る結果にならぬでしょう。そういう意味で、今説得に十分行政の責任というものを認めながら、行政側にもその責任を感じながら、粘り強く話し合いをされ、効果的な結果を生むように努力をしてほしい、そのことは私は強く要求をしておきます。
 同時に、暫定的あるいは実験的という言葉を使っていいかどうかわかりませんが、実験的にでもせよ、普通高校に行きたい、普通学校に行きたいという、そういう障害児の側の意見があれば、一回やってみてごらんなさい。やって、こらんなさい。そして、もしそこで本当に子供のためにプラスにならない、効果が出ない、あるいはそのことが子供の将来に決してよい結果ではない、そういうことが確信を持って保護者に伝えられるなら、そういうことを体験を通して保護者に理解を求めていくということも一つの方法ではないだろうか、僕はそう思うのです。
 そういうことを考えたら、ひとつ十分この問題についての取り組みを具体例で示していかなければいけない。あえて私は最後に私の意見を提示してこの質問を終えたいと思うのですが、最後に提示した、保護者側の意見に応じて、試すという言葉は悪いけれども、実験的という言葉は悪いけれども、暫定的という言葉は悪いけれども、一回やってみたらどうだ。そしてやった結果、子供のためにならないという確信、確固たる一つの問題がはっきりすれば、それを保護者に伝えて説得というものが実っていくのじゃないだろうか、こういうふうに思うのです。大臣からこの答えを聞いて私の質問を終えたい、こういうふうに思います。
○松永国務大臣 心身障害児の就学問題、普通の学校に通わせるべきかあるいは養護学校等に通わせるべきか、その問題につきましては、日本だけじゃなくて、世界各国相当大事な問題として研究がなされているわけでございます。私どもの立場は先ほど申したようなところでございますが、先生のおっしゃったまず試験的に普通の学校に入れたらどうだ、その結果を見たらどうだという御意見でございますが、子供の教育の問題でありますから、そうたやすくテストというのはしにくい面もありますけれども、先生の貴重な御意見でありますので、今後の課題として研究していきたい、こういうふうに考えます。
○安井委員長 次に、中村重光君。
○中村(重)委員 大臣、今井上委員から身障児の教育の問題について意見を含めて質疑がなされたのですが、私は、大臣が先ほど答弁をされたあの考え方は正しいと思うのです。局長の考え方も、子供の幸せ、子供の立場に立っていずれの学校で教育をすることが一番ベターかということについて、お答えそのものは間違ってはいないのですよ。
 ところが、質問者の意見なり考え方を伺っていると、どうもかみ合わないですね。イデオロギーの問題じゃないのに、どうしてかみ合わないのだろうか。だから、局長がおっしゃった、子供の幸せのために、基本的には子供の立場に立ってということをお話しになっておられたのですけれども、保護者が考える子供の立場、それから行政当局が考える子供の立場、どうしてもそこに食い違ってくるものがあるのです。
 親はどうしても、普通学校に入れて健常な子供たちと一緒に教育を受けることの方が一番いいのだ、養護学校ということになってくると、みんな身障児ばかりでしょう、だからどうしても閉鎖的になるということから、これは全国的に問題になり、それから訴訟事件にまで発展をしている。だから、本当に子供の立場に立ってということになると、話し合いの中で一致点を見出せないはずはないと私は思っているのです。
 やはり受け入れ側が、どうしても身障児の教育は厄介なものだから、先ほど便所の問題であるとかいろいろなことについて井上委員からお尋ねがありましたが、そういういろいろな施設もしていかなければならないといったようなことから、教育委員会としては主観的にこれは養護学校に入れた方が一番ベターだ、子供の立場に立った考え方だというように、親の考え方と一致点を見出せないというところが非常に不幸なことだと思っているのです。
 これは具体的な問題を申し上げなければわからないのですけれども、私の長崎県でもそういうことがありまして、親から意見、考え方を聞き、それから教育委員会の考え方を聞きまして、私の提案、まず養護学校へ席を置こう、そして週二回か三回普通学校に通学をさせるということで、保護者もこれを納得して決まったわけです。ところが、諌早市が受け入れ側だったのですが、どうもうまくいかないということから、また県の教育委員会と話をすることになったのですけれども、一致点が見出せないまま、ついに訴訟事件に発展をしているというような現実があるわけです。
 私が今申し上げた教育委員会は私の提案を受け入れて、そして県の教育委員会は受け入れ側の諌早市の教育委員会と話をして、学校もそれで納得をして就学をしたのだけれども、やってみると、先ほど申し上げたように、端的な言葉で言えばどうもいろいろな面において厄介だということでしょう。このことを考えてみると、子供の立場に立って、あるいは保護者の意見というものを尊重してということよりも、それを受け入れることに非常に手数がかかる、厄介だということの方が先行するような感じがしてならないのです。
 時間の関係がありますから、井上委員からもあらゆる角度からの質疑なり意見の開陳があったわけですから、多く申し上げませんけれども、今大臣なり局長がお答えになったように、本当に子供の立場に立ち、子供の幸せを第一義的に考えていくということで取り組んでいかれないと、私は本当に子供たちを不幸にするということになろうと思いますから、先ほど来お答えになったことを本当に実践をしていく、そういうことでひとつ対処してもらいたいということ、具体的な問題を私自身が取り組んで解決をしたりしたことがあるわけですから、そういうことで申し上げたわけでございますから、その点に対して大臣からひとつお答えをいただきましょうか。
○松永国務大臣 先ほどからお答え申し上げておりますように、どういう学校に就学させた方がその子にとって幸せであるかという立場から学校は決めるべきでありますし、そのことの関係で、教育委員会、いわゆるお役所的な立場でなくして、親切に、懇切丁寧に保護者との間の話し合いをして、その子供の通う学校を決めるということが大切なことだというように思います。
 そしてまた、今先生から提案されました、その子供の障害の程度が何とか一般の学校に通える、耐え得るならば、今言ったような一般の子供たちと一緒に行動できる時間があるということは、大変いいことじゃないかと思います。養護学校と一般の学校との交流などというのも、普通の子供にとっても、また障害を持つ子供にとっても意味のあることなんでありまして、最近ややともすれば、傷ついた人や心身に障害のある者に対する思いやり、いたわりという気持ちを持っている子供が非常に少なくなっておるということが、いろいろな学校の困った問題の背景にある場合もあるようでありまして、これは非常に遺憾なことだ、やはり小学生あるいはその前から、心身障害児やあるいは老人やそういった者に対する思いやり、いたわりの心を育てていくということが大事なことだというふうに私は思うのであり史して、そういう基本的な立場から努力をしてみたいと考えます。
○中村(重)委員 いずれにしても、行政側もそれから保護者も、義務教育の中において子供を就学させる義務があるわけですから、教育委員会と保護者と話をしても一向一致点を見出せないということでいつまでも子供を就学させないということは、行政側も反省をしなければならないし、保護者も反省をしなければならぬ。そういう裁判で争うなんということでなくて、精力的な話し合いの中で、本当に子供の幸せなことを考えるならば、一致点を見出し得ないはずはないと私は思うのです。私はそこが一番中心で基本的なことでなければならぬと思っていますから、大臣が先ほども今もお答えになった、局長も同じでしたけれども、その幸せのためにというそれがすべて何事よりも、施設がどうだとか受け入れ側が嫌がるとかそういうようなことではなくて、哲学で対処していくということを強く望んでおきたいと思います。
 次に、私がきょう質問をしたいと思っております中心的な問題についてお尋ねをするのですが、本会議で、十二時に本鈴が鳴りますから時間がありません。そこで端的に伺うのですが、北九州病院グループの不正に端を発して、広島、長崎両大学との間に不明瞭なことというのか、違法、不当なことがあるのではないかということで、マスコミもこれを大きく取り上げているわけでございます。非常に残念なことでございますけれども、正すべきものは正して問題を解決しなければならないと思うのです。
 医員や研修医の民間病院に対する派遣というのが行われているわけですが、派遣の目的であるとか手続であるとか、そういったことについてお聞かせをいただきたいと思います。申し上げたような時間的な関係がありますから、私もできるだけ意見を避けてお尋ねをしていきますから、お答えもひとつ端的にやっていただきたいと思います。
○宮地政府委員 大学病院から民間病院へ医師を派遣しております流れでございますけれども、それぞれ病院からそういう希望がございますれば、大学の附属病院としては、医局長にそういう話が入りまして、医局会議にかけまして、本人の了解を得て具体的に派遣をするというのが一般的な流れでございます。
○中村(重)委員 派遣の期間というのは一年から三年くらいだと思っていますが、文部省の把握しているのもその程度ですか。
○宮地政府委員 私ども承知しておりますのは、先生ただいま御指摘のとおりでございます。
○中村(重)委員 派遣の決定は、どういうような形で行われているのですか。
○宮地政府委員 一般的な状況については最初にお答えしたとおりでございますけれども、民間病院から医師派遣についての要請が来ますれば、それを受けて医局長あるいは医局会議に諮りまして、本人の承諾を得て個別に決定をするというのが一般的な状況でございます。
○中村(重)委員 そうすると、北九州病院に対して広島、長崎両大学から派遣をしているのですが、それ以外のところからもいわゆる派遣依頼というものがあるわけですね。そこで、医局はローテーション計画というものを立てて、その申し入れに対してどうするかということを決めていくことになりますね。
○宮地政府委員 一般論としては大体そういうことで、医局員のローテーションを考慮しながら派遣を決めるというのが一般的な状況でございます。
○中村(重)委員 構えないでお答えになってください。一般的ということになってくると、例外というのか、何か違ったことがあるのかなという感じがいたしますから、特に一般的とおっしゃるのはどういうことです。
○宮地政府委員 御指摘の長崎大学なり広島大学のケースについてのお尋ねであったわけでございますが、ほかの大学においても、附属病院では通例そういうことが行われているという意味で申し上げたわけでございます。
○中村(重)委員 そうすると、派遣の最終決定はだれがするのですか。
○宮地政府委員 それぞれ医局で医局員をどう派遣するかということについては、先ほど来お答えしておりますように医局の会議にかけて決めるわけでございますが、具体的にだれをどうするかということについて言えば、やはりそのことについては教授が関与していくというぐあいに考えております。
○中村(重)委員 教授が関与するというと、関与は承認というものもありましょうし、それから教授という職責があるわけですから、教授という職務の面から最終決定をする、もっと端的な言葉で言えば最終決定権者は教授である、こういうように理解をしてよろしいですね。
○宮地政府委員 具体的にその病院に行くことにつきましては、本人の承諾なりそういうことが最終的には必要なわけでございまして、もちろん医局全体のローテーションもございますので、医局会議その他に諮ることはあるわけでございますけれども、本人が承諾して具体的に民間の病院に行くということは決まるわけでございます。そのことについて教授が関与することは当然あり得るわけでございますが、本来教授の職務であるかどうかという点は、教授の研究の機能そのもの、本来的な事柄からいえば、民間の病院に派遣すること自体についてはかかわりはないものではないか、かように私どもは考えております。
○中村(重)委員 どうしてそう構えて答弁をされるのかわからないんだ。私は特別の意図を持って質問をしているのではないのです。事実関係はどういうような手続のもとになされているのかということをお尋ねしているわけです。
 医局は医局長が中心になりますけれども、その講座においては教授が最高の決定をしていく人ですから、依頼が方々から来る、その具体的な申し入れによって、大学側としてもローテーション計画をあらかじめつくっているわけですから、どの医員なり研修医を派遣することが適当なのかということを医局の中でいろいろ検討する、そして教授は当然アドバイスをしていくということになるでしょう。最終的にこれを決めるのは当然教授ということになるわけでしょう。
 今あなたが用心深くお答えになっているのだけれども、もっと率直におっしゃられていいじゃないですか。何かしら私が特別の意図を持って質問しているのじゃないかなとあなたがおもんぱかって、わけのわからぬようなあいまいなお答えをしているような感じがしますよ。いかがですか。
○宮地政府委員 私、決してそういうような気持ちで答弁しているつもりではございませんで、率直に答弁しているつもりでございます。
 先生御指摘のように、実質的には教授が全体的な意思を決定するに当たって非常に重要な立場を占めているものとは考えておりますけれども、具体的に行くに当たってはもちろん本人の同意ということもございますし、全体的に医局の中で決められるものというようなことについて御答弁を申し上げたつもりでございます。
○中村(重)委員 もちろん本人の同意がなければ派遣できませんよ、給与の問題その他いろいろあるわけですから、また申し入れ側のいろいろな希望もあるわけですから。だからして、それらに対して教授がアドバイスしていくということも当然起こってくるわけです。それが常識ですよ。
 私はこの問題に対して質問しているわけですから、いろいろな意見を聞いているわけですが、承認ということを言われるのです。教授が承認をする。これは学校当局が言っているわけですから、承認をしていることは間違いない。そうすると、承認と職務権限というものはどう違うのでしょう。これは井上委員から大臣に対して、法律の専門家であると。これは専門家ですよ、あなた弁護士だもの。何だってあなたが専門家であることは間違いないわけですが、承認ということと権限というものとはどう違うのか。いかがですか。
○松永国務大臣 局長がやや明確を欠く点があるように受け取られて大変恐縮でございますが、捜査当局で問題については調べをしておるというところから、確定的なことはなかなか言いにくいという点もあろうかと思うのですけれども、今話を聞き、私も報告を聞いたところでは、派遣というのは一般的には非常勤の人が行くわけですね。
 非常勤の人が向こう側の病院との間に契約をして行く。その場合に医局の会議にかけて了承するというのでしょうか、了解するというふうなことでしょう。その了解をするというのが法律的な意味があるのか、事実上の慣行なのか、これはどういうふうに見るかという見方はあろうと思いますけれども、結局、非常勤の者が民間の病院との間に契約をして、そして一定の期間そこに行く。そのことについては事実問題としては医局の中で相談がなされる、その相談は事実上の相談なのか。そしてまた了承が与えられる、あるいは承認が与えられる、その承認とか了承というのは事実上のものなのか。法的に承認が与えられて初めて非常勤の医員と病院側との契約の効力が発生するのか、事実上了解を与えるというだけのことなのか、そこは大変難しい問題だろうと思いまして、当局の調べを待たなければいかぬというふうに思うわけであります。
○中村(重)委員 今大臣がお答えになった非常勤とおっしゃるのは、国家公務員ではなくて、医員であるとか研修医という意味ですか。
○松永国務大臣 国家公務員ではあるが、非常勤ということなんでございます。医員も非常勤で、そして日当による報酬を得ておるわけでありますので、広い意味では国家公務員。それが非常勤でありますので、勤めてない間別のところで契約をして、そして医療に従事する、こういうことでございます。
○中村(重)委員 局長、大臣の答弁をお認めになりますか。非常勤であるが国家公務員であるというのがどうもわからないのだけれども、この医員とか研修医というのは、日給もあるのですけれども、月給もあるのですよ。そうすると、日給ということになると、私はこれは国家公務員だとは思いません。今大臣が言われたように、これは非常勤という言葉が当たるのかもしれません。しかし、月給ということになってくると国家公務員になるのでしょうが、しかし一般的には、国家公務員とは講師であるとかあるいは助手であるとか、そういう者であって、医員とか研修医というのは国家公務員ということにはなっていないんじゃないですか。局長、いかがです。
○宮地政府委員 先ほど大臣がお答えしたとおりでございまして、非常勤の医局員がもちろんいるわけでございまして、それは非常勤の手当は国から支給をされております。そういう意味では非常勤の国家公務員ではございますけれども、いわゆる教授、助教授、講師あるいは助手というような形で、一般職の常勤の国家公務員ではないということで大臣はお答えを申し上げたわけでございます。
○中村(重)委員 わかりました。
 そこで、この医員等の派遣に当たって、これは私は新聞の切り抜きも持っているのですが、民間病院は相当額の寄附を行っているということですが、一人派遣をすることによって相手方からどの程度の寄附がなされているのか。それから経理上の措置というものはどういうことになっているのか。お聞かせください。
○宮地政府委員 端的に申しまして、医師を一人派遣したから幾らというようなことがあることは、まずないと私ども承知をしております。具体的に、例えば広島大学の場合で申しますと、今日まで二千四百四十万円、長崎大学で九百五十万円が奨学寄附金として受け入れられているということは、大学から報告を聞いているところでございます。
○中村(重)委員 国立学校特別会計法、これによって委任経理をしていますね。これが正規の寄附であろう。今挙げられた数字は、私は文部省からも資料をいただいているわけですが、同じような数字になっているわけです。それ以外に寄附というのはありませんか。
○宮地政府委員 正規の手続を経たもの以外に、具体的にそれぞれ医局で受け入れたケースがあるということが報道をされておりまして、私どもも、そのことについてただいま調査をいたしているところでございます。
○中村(重)委員 長崎大学の場合は医学部長の土山秀夫氏が、いわゆる正規の手続を経たもの以外に寄附を受け入れて、プールして各医局で使っている、こういうことを言っているわけですし、先日の文教委員会でもそれをお認めになっていらっしゃるわけでございますから、大分日にちがたちますが、広島大学、長崎大学で、正規の手続を経ないで寄附を受け入れて、プール計算して経費に充当している額というものをおつかみになっていらっしゃらないのですか。
○宮地政府委員 確かに、御指摘のような正規の手続を経ない寄附を医局において受け入れていたということについては、私ども承知をしておりますが、具体的に各診療科においてどのような実態であったかということは、ただいま鋭意調査をいたしているところでございます。具体的な金額については、まだそういうことで把握をしてないというのが現状で。ございます。
○中村(重)委員 大学当局の方でそれを認めているわけでございますが、正規の手続を経ないで寄附を受け入れて、プールして経費に充てる行為は、これは法に触れると思うのですが、この点はどういう見解をお持ちになっていらっしゃいますか。
○松永国務大臣 法に触れるかどうかということは、これは捜査当局の判断になろうかと思いますが、少なくとも疑惑を招く行為であって、極めて残念な行為であるというふうに思います。
 なお、先生先ほどの御質問の中にありましたけれども、派遣した場合に、何人派遣したから幾らなどという寄附は、私はおかしいと思うのです。それは、派遣と対価関係に立つような形の寄附は、私はおかしいと思うのです。
 やはり大学側が全体として病院の優秀な人を派遣して、そしてそこの研究に医員が従事する、そのことによってその大学も医療技術が向上するということでありますので、それならば善意を持ってその大学の研究に協力しようということでの寄附が、いわゆる善意による奨学寄附なんでありまして、それは認められてしかるべきだし、また疑惑を招かないように、きちっとした経理をするような奨学寄附という経理の項目があるわけであります。
 そういう経理ではなしに、今先生のおっしゃった、医局で寄附を受けてプールして、そして使うということは、これは法に触れるかどうかは別問題として、疑惑を招くことでありますので、不当なことであると思います。
○中村(重)委員 目的は、今大臣からお答えになりましたように、世界に伍して劣らないような医療技術の向上を図っていかなければならないし、さらにまた地域医療に貢献をするという目的でなければならないし、私もそうであろうと思っているわけです。しかし、現実には、国立学校特別会計法の十七条に言ういわゆる委任経理によって正規の手続を経ない、そして、大臣の言葉のとおり申し上げると疑惑を招くような行為、これは不当である、なぜにそういう不当な行為をしなければならないのでしょうか。
○宮地政府委員 私ども、特に大学の附属病院における金銭の扱いについては、正規の手続を経て会計上問題のない処理をするようにかねて指導をしてきておるところでございまして、国立大学全体について申せば、そういう点で、今日まで改善は相当進んできておるものと私ども考えているわけでございます。
 今回指摘のございました大学で、具体的に正規の手続を経ない形での経理が行われていたということはまことに遺憾でございまして、先生御指摘の、なぜそういうことが行われるかということでございますけれども、必要な経理については、奨学寄附金という手続を経れば、それによって教育研究に必要な経費を支出することは可能でございますので、私どもとしては、具体的な手続を経て、正規の手続に従って処理がなされることが当然であると考えております。したがって、御指摘のような事実があったことはまことに遺憾でございまして、それらの改善については今後一層努力をしてまいりたい、かように考えております。
○中村(重)委員 疑惑を招く行為は不当である、あるいは局長はこれを遺憾である、こうおっしゃっておられる。ところが、長崎大学の土山医学部長は、大臣なり局長がお答えになったとおりだけれども、そうは書いてありませんよ。この意味から、同じようなことで言っているようですが、実情はそうはいかないのだ。正規の手続を経るということは、申請をしてから一たん国庫に入れて支出をするという形をとるわけですから、だから委任経理ということになるのですね。
 そういう正規の手続を経ると、時間的に相当な期間がかかる、同時に非常に厳しい制限が設けられるということ、それでは医療技術の向上であるとかあるいは地域医療に貢献をするというようなその目的を十分果たすことができない、だからして寄附を受け入れて、プール計算でもって各医局が経費に充当をする、こういう形になっておる。
 それで、まだ調査中で、それ以外の寄附については把握しておられないというのですが、長崎大学の医学部長が認めたところによると、一千万円ということを言っていますね。大体、この土山医学部長というのはまじめな人でございますから、私は、いやそれはおかしい、もっと二千万も三千万ももらっているのではないかというようなことを言おうとは思いません。しかし、認めておられるだけでも一千万ということでございますからね。
 今のことではないわけですから、もう随分前からですから、正規の手続を経ているのにいたしましても、三年ないし四年前からの数字を資料として私はいただいているわけです。その都度、学校側と文部省との間には、厳しい制限であるとかあるいは手続がそう面倒でないように早くしてもらいたいという折衝を行われてきたのでしょうから、だから、なぜにそういうような疑惑を持たれる行為、不当と大臣が答弁しなければならないようなことを今日まで放置してきたのか、どこに原因があるのですか。
○宮地政府委員 奨学寄附金の取り扱いについては、大学における現実的な処理ということもかねて言われているところでございまして、昨年十二月でございますけれども、奨学寄附金等外部資金の受け入れについては改めて通知を出したところでございます。
 具体的には、歳入歳出外現金として国立学校の長に交付され、その経理が委任されているものでございまして、歳出予算に比べて、教育研究上の必要に応じ一層機動的に支出できる経費でございますので、例えば出張先での書籍、資料の購入等教育研究上必要な経費で通常の支出手続によることが明らかに困難な場合などは、立てかえ払いを認めるなど制度の趣旨に即して弾力的に取り扱うよう配慮することということなどについて、改めて昨年通知を出したところでございまして、先生御指摘のような、実際の教育研究上に応じて弾力的な支出ができることについては、かねて私どもとしてもそういう配慮をしているところでございまして、現実の処理については、ただいま申し上げたようなことで奨学寄附金の処理というものが行われるべきものではないか、かように考えております。
○中村(重)委員 今のは十分聞き取れなかったわけですが、正規の手続を経ているのはこういうものには使ってよろしい、こういうものには使っていけないというようなことで文部省の方針というのは示されているわけですから、弾力的とおっしゃるのは、その正規の手続を経ないで医局の中でプールして、必要な経費に充当をするということを認めるというように理解をしてよろしいのですか。違うのでしょう。正規の手続の方でしょう。それは、その通知をお出しになったり何かしたところで、手続を経なければ使ってはいけないわけですから、それを出しっ放しして問題は解決をしたという考え方自体に、今のような不明朗、不当と大臣が答弁しなければならない事態が起こっているということです。
 考えてみてごらんなさい。外国人学者を招聘するのも、正規の手続の中から支出をしていけないのですよ。そうでしょう。それから、学会に出席をする場合の旅費にいたしましても認めておられないでしょう。それから、学術論文を発表するための投稿料、これだって認めていないのでしょう。これは必要がないという考え方ですか。外国人の学者を招聘することは四月からお認めになった。しかし、今までは認めていなかった。そういうようなことをしておいて、世界に劣らないようなすぐれた医療技術の研究、地域医療に貢献をするというようなことになるという考え方を持っておられるのですか。いかがです。
○大崎政府委員 先生御指摘のように、委任経理制度の運用につきまして非常に制約が強過ぎるということで、十分活用ができないという御意見が研究者からかねて寄せられておりまして、ただいま先生御指摘になられました諸経費につきましても、実際の運用としては支出をしないという処理が従来なされておったわけでございます。
 ただ、昨年、東京工業大学等の各大学で、いわゆる関係法人を通じての資金の受け入れというようなことが問題になったということを契機といたしまして、この際はっきり、寄附金につきましては奨学寄附金として正規に受け入れるということは十分徹底はいたします。しかし、その寄附金の趣旨に従って教育研究上できるだけ弾力的に使えるようにしたいということで、省内研究会を開きまして、その結果を、先ほど宮地局長が申し上げましたように御通知を申し上げたわけでございます。その結果、ただいま先生が御指摘になられましたような諸経費につきましては、昨年の十二月の通知でそういうようなものも支出してよろしいんだというようなことを指導して、現在、鋭意その趣旨の徹底を図っておるという状況にあるわけでございます。
○中村(重)委員 私が今申し上げた外国人学者の招聘、これは弾力的に使ってよろしいという意味でしょう。これはお認めになりました。ところが、学会に出席をする費用としては、申し上げたように、医員であるとかあるいは研修医というものの経費は認めていないのです。それから、学術論文の投稿料も認めていないのです。だから、学会に出席をするときは、助手が行くという場合、助手には経費が認められますから。ところが、助手だけは行かないのです。必ず医員なり研修医を二人あるいは三人連れていくのです。そうすると、助手に支給された旅費を二人行ったら二人で、三人行ったら三人で分けなければいけないのです。当然足りません。その不足は足を出すわけです。いわゆる自己負担という形になるのです。これを認めていないというのが実態です。弾力的云々と言われるけれども、弾力的というのは、先ほど申し上げましたように、外国人の学者の招聘に対する諸経費をお認めになっただけです。
 大臣、これが現実ですが、どのようにお考えになりますか。
○大崎政府委員 先ほど申し上げましたように、昨年の十二月の通知でございますので、まだ十分各大学に徹底してないという面はあろうかとは存じますが、通知といたしましては、先生御指摘の、例えば研究連絡のための会合費で。ございますとか、あるいはその研究の調査等に学生を連れてまいります経費でございますとかというようなものも含めまして例示をいたしてございまして、できるだけ先生御指摘のようなものについても認め得るんだという趣旨で現在鋭意指導に努め始めた、こういうことでございます。
○中村(重)委員 それは結構なことです。ところが、手続をとると相当な時間がかかる。間に合わない。その制限の問題もですが、時間の問題等もあって、寄附を受け入れて、正規の手続を経ないでプール計算で使わなければならぬということになっている。これが実態です。
 もう一つは、これは大蔵省がお見えですから耳を傾けてもらいたいのですけれども、国が五十八年度に、長大の場合ですが、校費として支出されているのは四億七千三百二十一万二千円、五十九年度は四億五千九十一万三千円。これから職員の旅費であるとかあるいは物件費であるとか光熱費を支出するのですよ。そこで、各医局に対して配分される金額は、五十八年度で百九十九万四千円です。五十九年度は二百万四千円。こういう数字です。機械一台買ったらすっ飛んでしまいます。
 大きな役割を大学の医師に対して担わせているのです。ところが、現実にはそういうけちった予算の配分しか行われておりません。そこで、正規の寄附を受け入れて正規の手続を経ましても、今弾力的にやらせるということでございますけれども、いろいろな制限が設けられ、時間もかかる。だからして、実際は土山医学部長が言われるように、プールして、正規の手続を経ないで使わなければならない、これが実態なんだと言っているわけでございますから、時間的な関係あるいは制限されている費目の支出、そういうことにも適切に対応していかれる必要があると私は思います。
 この予算の問題並びに私が申し上げましたような寄附の問題の扱い等々について大臣からお答えをいただき、大蔵省もお見えでございますから、耳を傾けられただけではなくて、予算の増額という点についても十分配慮される必要があるであろうと思いますから、それぞれお答えをいただきます。
○松永国務大臣 奨学寄附金として受け入れた場合に、その支出について、今までは必ずしも医学部関係の研究者が研究に行く場合の旅費等についての支出ができなかったということを含めたことになっておりましたために大変苦しかったということは、先生の御指摘の面も事実だと思います。が、その点は局長が答弁いたしましたように改善措置をいたしまして、それを今各大学に周知させたところでございます。
 問題は、正規の手続を経ないでプールして、そして使ったという問題でありますが、もう一つ申し上げたいことは、使った場合には、その使う前に学部長なり事務局長なり、やはり報告は必要じゃなかろうか。仲間内だけでもしやってしまったというなら、それは非常に妥当性を欠くのじゃなかろうか。だから、形式的に不当な点があるが、実質上はなるほどきちっと使われておったんだ、そのことについては上司に報告はちゃんとしてあるというような場合ならば、同じく不当であると一般的には言っても、まあ心情的に言えば理解できる点も多々あろうかと思います。要は、世間の疑惑を招かないように措置することが大事なのでありまして、一番望ましいのは、奨学寄附金として正規に受け入れる、そして正規に支出をして、その関係を明らかにしておくということが必要なことではなかろうか、こういうふうに思うわけであります。
 同時にまた、先生が強く御指摘になりましたように、大学ですぐれた教育研究をしていただく、このことのためにはそのための経費は必要なのでございまして、その関係では国立大学の経費としては、学生数、教官数、講座数を基礎としていろいろな経費が措置されておるわけでございますが、必ずしも十分というふうにはまいらぬと思いますので、今後とも先生方の応援も得ながら、それらの予算を確保するために努力をしていきたいというふうに考えているところでございます。
○武藤説明員 ただいま先生から具体的ないろいろ御指摘があったわけでございますけれども、一般論として申し上げますと、六十年度の国立学校特別会計予算〇・三%増ということで、わずかながらの微増を何とか確保したということでございまして、今後この増額を図っていくというのは、現下の財政事情を考えますと大変厳しい問題があるのではないかというふうに考えておるわけでございます。
 そこで、必要な経費を確保するためには、どうしても一方で効率化なり節約なり、あるいは国立学校特別会計という特別会計という性格から、自己収入の確保を図るといったような工夫をいたしまして、必要な予算を確保するといったようなことにならざるを得ないのではないかというふうに一般論として考えているわけでございますが、具体的な問題につきましては、今後文部省とも十分相談してまいりたいというふうに考えます。
○中村(重)委員 時間がありません。科学技術庁長官にもお越しいただいているのですが、到底私が質問をしようとする時間帯にどうしても入れません。文部省関係だけでもまだ三十分いただいてもどうにもならないのです。恐縮ですが……。
 先ほど大臣は、派遣に基づいての寄附金は、一人幾らということがあってはならないというような意味のお答えであったわけですが、現実はそうではないのです。広島が二千四百四十万円、長崎大学は九百五十万円、なぜにこう違うのかと言ったら、長崎大学は、三十八講座の中で派遣をしているのは三講座だけですね。広島大学は、四十講座の中で十一講座派遣をしているわけです。だからして、それだけ派遣の医師が多いから、寄附金も多くなっているわけです。一人幾らという形の、そういうような寄附に好むと好まざるとにかかわらずなっているという事実を、十分反省をして対処される必要があるであろうということを申し上げておきます。
 もう一つは、新聞報道でもあるわけですが、派遣に伴いまして教授に対して金品を贈る、あるいは教授の方からわいろを要求をされたといったような報道があるわけでございますが、この事実はお認めになりますか。
○宮地政府委員 御指摘の点につきましても、それぞれ関係大学にただいま調査を指示をいたしているところでございます。
○中村(重)委員 では、大臣の時間の関係がありますから、このことだけはひとつ大臣にお答えをいただきます。
 今お聞きのとおり、大臣が疑問点をお持ちになったとおり、制度の上においてあるいは法的な面において整備しなければならない点が数多くあるというように私は思います。したがって、法的整備あるいは制度の改善その他適切な措置を講ずるという用意があられるかどうか、ひとつ大臣にお答えをいただきます。
○松永国務大臣 先ほどお答えいたしましたように一部の改善はしましたが、なお研究をいたしまして、必要があれば所要の改善措置をしたいというふうに考えます。
○中村(重)委員 答弁としては必要があらばというようなことですが、今既にここで議論したことだけ、それだけでも、これは問題だ、改めなければならない点があるということはあなたもお認めになるでしょう。少なくとも、あなたは法律家であり政治家なんです。文部大臣という重要な地位にあるわけです。最も国民から信頼を受けなければならないこの大学医学部の問題に対して、このようにマスコミが大きく報道し、国会においてこういう議論をする中で、問題点をあなたもお気づきになったであろうと私は思います。必要があらばという、そういうしゃくし定規のことではなくて、もっと端的にひとつお答えをいただきます。
○松永国務大臣 医学部の関係でマスコミをにぎわわすような事件が起こったことは、甚だ遺憾なことであります。
 新聞に出ておりますように、教授その他が社交上の儀礼の範囲を超えるものを受け取ったりなどするということは、これは教授自身のモラルの問題でございます。
 なお、大学の医学部関係の教育研究のための予算が不足しておるということ等もやはりあろうかと思います。そしてまた、それを補う意味で外部からの寄附というものも実はあるわけでありますけれども、その取り扱いがややともすれば実情に合わないで、そのために大学関係者のその寄附金による支弁がやりにくいという面もあるように思われますので、研究をして改善するよう努力をしてまいりたいと思います。
○中村(重)委員 もう時間がありません。したがって、私の質問は保留をいたしまして、午後に続行させていただきたいと思いますので、委員並びに理事の皆さん方に御協力をお願いをいたしておきます。いずれにいたしましても、国家公務員法あるいは教育公務員特例法に違反する行為、そういうものがあることは事実でありますから、そうした問題について私は続けて質疑をいたしますので、よろしくお願いいたしまして、留保してこれで終わりたいと思います。
○安井委員長 この際、休憩いたします。
    午前十一時五十五分休憩
     ――――◇―――――
    午後二時五十九分開議
○安井委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。中村重光君。
○中村(重)委員 先ほど大臣から前の答弁よりも若干前向きのお答えがあったわけですけれども、「新聞に出ておりますように、教授その他が社交上の儀礼の範囲を超えるものを受け取ったりなどとするということは、これは教授自身のモラルの問題でございます。」とお答えになっていらっしゃるのですが、私は単にモラルの問題という形で片づけられることではないと思うのです。少なくとも医員の派遣に関連をしてわいろを要求したりあるいはそれに対して謝礼をもらったりするということは、これはやはり贈収賄の刑法に触れることであるというように考えるのです。だから、その点に対しましては、法務省もお見えですからお答えをいただきたいのであります。
 もう一点は、国家公務員法によって兼職禁止というのがあるわけですね。ところが、教育公務員は特例法によって兼業を許可される場合が実はあるわけです。だから、新聞にはA教授という形で言っておりましたから、私もそのことに対して名前を明らかにしろということを言おうとは考えておりません。ただ、兼業の許可が受けられる道が開かれているのだから、法律に基づいて兼業許可申請をするということ、そのことが私は大切なことだと思っているわけです。
 もちろん、医師の場合は緊急な手術というようなことがありますから、手続をとることができないという面、できにくいという面があることは理解をするわけです。しかし、毎回毎回そうだとは言えないのではないか。教授がルーズになりますと、結局助手も講師も右へ倣え、ルーズになると思います。そのことは、まあモラルの問題ということで反省を促すということも適当であろう、そのように私は考えます。
 それらの点に対しまして、今後どう対処していくのか、そのことをひとつ改めてお尋ねをいたしますが、法務省も法的解釈についてお答えを求めたいと思います。
○東條説明員 私どもの立場といたしましては、具体的な事実関係が証拠によっていまだ明らかにされておりませんので、あらかじめ問題の行為が贈収賄に当たるかどうかということについては、答弁を差し控えさせていただきたいと思います。
 一般論的に申し上げますと、これは釈迦に説法でございますが、公務員がその職務に関してわいろを受け取ったり要求したりしたら収賄罪になるわけでございますけれども、一体どういう関係で、どういうふうに金品が流れたのかというようなことは、仮にそういう疑いがあるのであれば捜査当局の方で解明した上で、しかるべき罰条が適用できるものかどうかということについて検討するものだと思っております。
○松永国務大臣 兼業の問題でございますが、国立大学の教官等の、これは常勤の公務員ですね、これが他の仕事に継続して、あるいはしばしばつくような場合には、必ず兼業の許可が必要なんでございまして、その手続を経て、そして他の業務にはついてもらわなきゃならぬわけであります。いわゆるやみ兼業というものがあったのかどうか。そういう新聞の報道等もありますけれども、私どもの方ではまだ確認いたしておりませんで、その点につきましては今調査中でございます。
 いずれにいたしましても、大学の教官、教授、こういった人たちが兼業の許可を受けずに民間の病院等で継続して仕事をするということは、甚だ遺憾なことなんでございまして、今後そういう点がないように適切な通達もし、指導もしてまいりたいというふうに考えております。
○中村(重)委員 大臣の本会議前の答弁で、制度の改善あるいは予算の増額といったようなことに対しましても、積極的に対応する姿勢を答弁の中でお示しになったわけでございますが、そこで、局長にお尋ねをいたします。
 先日、国立大学活性化研究会議というものを設けて、当面は人事、会計を中心に、研究、教育の場にふさわしい規制の弾力化の具体策を検討するということでございます。私は、北九州病院グループの不正事件に関連をして出てまいりましたこの広島、長崎大学の場合に、まあ全般的にはそういうこともというようなことであるかもしれませんけれども、積極的にこれの検討の対象ということにして取り組みをされる必要があるのではないか、そのように考えますが、見解はいかがですか。
○宮地政府委員 御指摘の国立大学の活性化のために、特に大学の教育研究活動というものが積極的に行えるように、既存の制度について見直しを、特に大事なり会計制度なりを中心として積極的な検討をし、国立大学内部の研究者その他の取り扱いにおいていろいろと問題点を指摘されている点については積極的に検討いたしたい、かように考えております。
 御指摘の事柄についても、教育研究の活性化という観点から、先ほど大臣がお答えしました趣旨に沿いまして、私ども、積極的な取り組みはいたしたい、かように考えております。
○中村(重)委員 これで持ち時間が既にオーバーいたしましたから終わることにいたします。
 私は、今回の広島、長崎両大学のいわゆる派遣医員等をめぐりまして金品の授受がなされたということに対しましては、大臣からも局長からもお答えになりましたように、これは大変残念なことだと思っているわけです。ただ、医師という職業というのか役割、これは大変重要な役割を要求されるわけでございます。世界に劣らないように、すぐれた医療技術の研究開発を行っていかなければならない。また、大学病院はどうしても中核的な役割を果たしますから、したがいまして、地域医療に貢献をするということも、これまた要求されるわけでございます。しかしながら、私が取り上げてまいりましたことあるいはマスコミが大きく取り上げておりますような問題は、厳しく追及することは追及をして、反省を求めることは求めて、また法的な整備あるいは制度の改善というものが必要であるということは論をまたないというように思います。
 午前中、本会議前の答弁でも一応大臣の考え方は明らかにされたわけでございますけれども、本当に、この委員会の質疑を通じて答弁は前向きの答弁をされるけれども、実際に取り組むことは極めて消極的であるというようなことは許されないと思います。したがいまして、積極的に対応されるということが要求されるわけでございますから、改めてひとつ大臣の決意を明らかにしていただきたい、そのように考えます。
○松永国務大臣 先生御指摘のように、大学の教官等専門的な知識をお持ちなんでございまして、こういう方が民間と協力し合う形で、兼業の許可を得て民間の診療所で手術をしたりなどするということ、そのことは御本人の研究のためにもなりますし、また民間の医療技術の向上にもなるわけでございますので、正規の許可を得て兼業なさる点は、これは差し支えないのみならず、大学の教員、教官等が持っていらっしゃる知識や技術というものが生かされるし、また、御本人の研究も進むという点で望ましいことだと思います。ただ問題は、無許可でやるということが甚だいかぬわけなんでございまして、そういう点がないようにきちっと指導してまいりたいというふうに考えるわけであります。
 なお、非常勤の医局の医員等の派遣のことに関連して、奨学寄附金という形で処理せずに、医局で分けちゃったなどということは、甚だ遺憾なことであると思います。
 なお、そのことの関連で、大学の研究室等の研究のための予算等が不足がちであるという点につきましては、今後とも予算の確保に努めてまいりたいと思います。
 なお、奨学資金として受け入れた寄附につきまして、その使い道につきましては、実情に合った使い道ができるように、今後とも検討を加えて改善措置をしてまいりたいというふうに思います。
 ただ、そういう予算の不足とか制度の不備があるとしても、民間の方から金を受け取る、あるいは物をいただくなどということで道義に反することがあるとするならば、その反道義性というものは決して免責されるものではない、やはりその点については学校の関係者は厳しく自粛自戒してもらいたいものだというふうに思う次第でございます。
 先生の御指摘の趣旨を踏まえて、口だけじゃなくして、実際の努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○中村(重)委員 終わります。
○安井委員長 次に、新村勝雄君。
○新村(勝)委員 文部大臣にまずお伺いいたしますが、日本は戦後の経済復興を通じて世界のトップレベルの経済大国、同時にまた、科学技術においても最高の水準に達したわけでありますが、これから日本が国際社会に立ってそれ相当の国際的な役割、あるいは世界に対して経済の面であるいは文化の面で貢献をしていかなければいけないという立場にあろうと思いますけれども、そういう観点から見た場合に、日本が現在及び将来において世界に対してどういうような形で貢献をしていくか、あるいは世界の文化をリードしていかれるのであるか、その基本的な方針なり構想について伺いたいと思います。
○松永国務大臣 これから我が国は、我が国の持っておる経済の力あるいは学問や技術の力を活用して、東南アジアその他発展途上国の国づくりその他につきまして積極的な協力をしていくことが、我が国の国際的な信頼をかち得る道であるというふうに思います。
 我が国が今日の繁栄をしておるその原因をたどってみますというと、今から千数百年前あたりは、主として中国などから、あるいは韓国などからもそうでございましたが、産業技術あるいは学問、そういったものを習って、そしてまた、その当時は日本から積極的に中国の方に遣唐使、遣隋使というような形で学問の勉強に行って、その人たちが帰ってきて我が国に学問を広め、あるいは産業を興した、そういうその当時の外国から恩恵を受けたという我々の歴史があります。
 戦後は、欧米諸国から新たな学問、技術を学びまして、それを基礎にして今日の日本の発展が実はもたらされたというふうに思うわけでありまして、今日、我が国の持っておる経済の力、学問の力あるいは科学技術の力、これを積極的に活用して、発展途上国の国づくりの基礎である人づくりに積極的に貢献していかなければならぬというふうに思います。そのために、二〇〇〇年を目標にして留学生を十万人にふやしたい、そういう施策を進めるべく構想を立てまして、実行に入っておるところでございます。
○新村(勝)委員 今大臣のお話しのように、二十一世紀を目指して十万人の留学生を受け入れる、そういう構想を政府はお持ちだそうでございまして、これは立派な構想だと思います。ですから、これをいかにして実現をするかということでありますけれども、これについては必ずしも容易ではないと思うのです。というのは、現在の状況からいたしまして、日本に留学をする外国人が非常に少ないわけです。これは日本の科学技術の実力からすると、まことに不相応だと思うのです。
 これは文部省の調査でありますけれども、最近の数字によりましても、アメリカの受け入れております外国人留学生の数は三十二万五千、それに対して日本はわずかに一万二千ということでありますから、これは全くけた外れに少ない、こういうことでありますが、二〇〇〇年に十万人の目標を達成するにはどうしたらいいのか、これには諸般の施策を今から十分整備をしていかないと、とても達成ができないと思うのです。そういう点でどういう具体的な御計画があるのか、それをまず伺いたいと思います。
○松永国務大臣 二十一世紀留学生十万人計画を達成するために大事なやるべき仕事は、まず一つは、国費留学生の増員、これが第一でございます。それから二番目に、我が国の大学等における受け入れ体制の整備充実、それから三番目には、大学及びその他の場所における留学生のための宿舎の整備、四番目には、日本語教育体制の充実、こういったものを総合的に、かつ着実に進めていくことが大事なんでありまして、そういう施策にこれから取り組んでいきたい、既に一部では取り組みつつあるわけでありますけれども、そういう留学生を増員するための基本的に大事な施策を進めてまいる所存でございます。
○新村(勝)委員 大臣の言われたように国費留学生の増加ということでありますけれども、実は先般アフリカ諸国を回りましたところが、アフリカ諸国の大使館では、国費留学生の枠が非常に少ないので困っている、現地では希望者もあるんだけれども、アフリカ諸国の大使館に対する国費留学生の割り当ては二人ないし三人、多くて四、五人という規模です。これではとても十万人体制は望むべくもないと思うのです。ですから、この国費留学生の枠の拡大については格段の努力を願わなければならないと思います。
 それから受け入れ体制、特に宿舎あるいは日本語教育の体制、そういったものについても努力を願わなければならないわけでありますが、そのほかに、日本が外国留学生を受け入れるための総合的な環境というか雰囲気、あるいはPRが不足しているのではないかと思うのでありますが、アメリカが今まさに世界の科学技術あるいは近代的な文明の大中心地であるかのような観を呈しておりまして、したがって留学生も圧倒的にアメリカ志向が多いわけです。これは言葉の障害という問題を離れてそういう傾向があるわけです。
 これも文部省の御調査でありますけれども、例えば台湾、中国合計してアメリカに一万八千人行っている、日本にはその一割ちょっとぐらいしか来ていない。タイからも日本へはわずかに三百二十一人しか来ていないのに、アメリカには六千五百人も行っている。同じアジアの同文同種の国からも、日本には来ないでアメリカに行っている。こういうことは、やはり留学生を受け入れる雰囲気というものが不足している、ということは具体的には施策が不足しているということだと思いますけれども、そういうことについてよほど根本的な原因を検討して対策を考えないと、単なる計画だけでは机上の空論に終わってしまうのではないかと思いますけれども、そういう点はいかがでしょうか。
○大崎政府委員 先生御指摘のように、欧米諸国に比べますと日本の留学生の数が少ないわけでございます。ただ、最近日本に対する関心が非常に高まってまいりまして、例えば五十八年から五十九年までの一年間で一万から一万二千と、二千人の増加という数字も出ておるわけでございます。私どもといたしましては、こういう日本に対する関心、機運が高まっている機会に受け入れ体制を御指摘のように整備いたしまして、留学生が充実した学習生活が送れるための諸施策を、先ほど大臣が申し上げましたように各方面にわたって努力をいたしておるところでございます。
 ただ、その際、先般ちょうだいいたしました学識経験者からの御提言にも御指摘をいただいているわけでございますが、日本の社会あるいは大学というものに留学生を温かく受け入れていただくという環境醸成が非常に大事であるという点は痛感をいたしておる次第でございます。
 アメリカでございますと、各種の財団でございますとか、大学自体にいろいろ奨学制度があるとかあるいはアルバイトの機会があるというようなことで、留学の諸条件、環境というものは、日本に比べて非常に留学しやすいということは事実でございますので、私どもといたしましても、一つは、各大学に働きかけまして、留学生に対する配慮をぜひやっていただきたいということはお願いをいたしておりますし、同時に、民間あるいは地方公共団体の御配慮というものもお願いをいたしておるわけでございます。
 最近そのような機運が高まりまして、昨年末に、立て続けでございますが、三つほど留学生対象の奨学財団が生まれたということもございますし、また、日本国際教育協会というところが、留学生のお世話をしている団体でございますが、そこで公共広告機構というところにお願いをして、各広告で留学生に対する援助の手をお願いする呼びかけをいたしましたところが、多数の方から、例えば下宿でございますとかホームステイですとかというようなお申し出がありまして、またそういうものを冊子にして各大学にお配りするというようなことで徐々にそういう機運を高める努力をし、また高まりつつある、こういう努力を一層強化しなければならないと考えているわけでございます。
○新村(勝)委員 日本は経済大国でありますけれども、将来とも絶対に軍事大国にはならない、あるいはなりもしないと思いますけれども、ならないという決意を固めておるわけでございます。そういたしますと、先進諸国は少ないところでも三%ないし四%の軍事費を使っておるわけでありますけれども、幸い日本は平和憲法のおかげで、あるいはまた政府もそういう御努力をなさっていると思いますけれども、一%以内の軍事費で済んでおるわけであります。したがって、その余力は対外的に文化的な方面に使っていく、それから中後進国に対する経済援助等に使っていくというのが、日本が将来文化大国として世界的な発言力を強化していく上からいっても必要だと思います。それと、そういうことが回り回って貿易摩擦というような問題に対する外国の感情を和らげるためにも必要ではないかと思うのです。ですから、軍事以外の対外援助ないしは文化的な方面における国際的な役割をこれから大いに拡大していくことが必要だと思うのです。
 先ほど大臣は国費留学生をふやすとおっしゃいましたけれども、こういった面で画期的な、国際的に活躍する新しい分野を開いていくべきであると思うわけです。そこで、具体的に今年度あるいは来年度予算等においても国費留学生の飛躍的な枠の拡大をぜひお願いしたいと思いますけれども、お考えはいかがですか。
 それから、日本は既に世界第一の債権国になったと言われております。これだけの経済力を持っているわけでありますから、財界等にも要請をして、アメリカに負けない程度の民間の、教育に対する、特に外国人留学生に対する奨学資金であるとか、そういう財政的な援助をお願いするようにしたらいかがかと思いますけれども、大臣のお考えはいかがですか。
○松永国務大臣 我が国は経済大国になったといいますけれども、それは諸外国との友好関係が保たれでおるから我が国の経済は成り立っておるわけでありまして、将来にわたって我が国が諸外国と友好関係を保持していくためには、日本が持っておる経済の力や学問や技術の力を活用して、そして発展途上国等を中心にそれぞれの国の国づくりに協力をしていくことが大事なことだろうと思います。経済援助その他も相手国の経済社会の発展のための援助でありますけれども、結局国づくりの基礎は人づくりでございますから、その意味で発展途上国等相手国の優秀な青年を日本に招いて、日本でしっかり教育をしてそれを身につけていただいて、御自分の国で国づくりのためにその国の中心となって働いていただく、そういう人たちの人づくりにも協力していくことが、将来にわたる日本の国際的な信用とか尊敬をから得るために非常に大切なことであると私は思うわけでして、そういう立場で留学生十万人計画ということはすばらしいことだというわけで、積極的に取り組むことにしたわけであります。
 なお、予算の関係でございますが、五十九年度までは国費留学生は千三百五十五人でしたけれども、六十年度の予算で二百三十人増加をいたしまして千五百八十五人にいたしましたが、今後ともそれを上回るペースで何とか予算を確保して、国費留学生を増加をしてまいりたいと思うわけです。
 国費留学生というのは、それぞれの国の政府なりあるいは我々の方も協力してでありますけれども、特に優秀な人を選んでいただいて、そして日本に派遣してもらっているという、そういう留学生でありますので、それだけに優秀な人が日本に来てくれているようでありまして、非常に意味のあることであります。また、そういう国費留学生がふえれば、それにつれて、私費で日本に学びたいということで留学する人もふえてくるわけであります。
 この私費留学生に対する応援の便につきましては、先ほど局長も答弁いたしましたけれども、数十の奨学財団が日本にもあります。これがもっとふえればいいと思っているわけでありますが、そういう奨学財団の集める寄附等につきましては、いわゆる免税措置等をしていただきまして、そして寄附を集めていただいて日本におる留学生の中で優秀な人に奨学資金を給付する、こういったことをやっておるわけでありますけれども、そういう活動がさらに盛んになるように私どもは努力をしていきたい、こう考えておるわけでございます。
○新村(勝)委員 それじゃ外国人留学生の枠を飛躍的に拡大をしていただきたい、また日本の技術者の海外派遣等もできる限り推進をしていただきたいと思います。
 そこで、時間がなくなりましたので、竹内大臣に一つだけお伺いをいたします。
 実は科学万博へ行ってまいりました。そこで、アメリカ館の中へ行きましたところが、アメリカの自然科学系統でノーベル賞を受けた人たちの表がございます、百数十人おりますけれども。その人たちの中で、アメリカで生まれなくて、アメリカへ移住をしてアメリカ人になって立派な業績を残した人がたくさんいるわけです。昨年だったですか、ノーベル賞の自然科学部門の五名の受賞者が、全部アメリカ人で独占をされております。その独占をしておるアメリカ人の五名のうちで、三名はアメリカで生まれていない、外国で生まれて後にアメリカに移住をして、アメリカで研究をして大成をした、そういう人が五名のうち三名いるわけです。
 こういうふうに世界の頭脳をアメリカは吸収する強大な吸引力を持っているわけでありますけれども、この点はやはり日本は見習っていかなければいけないと思うのです。日本はもう世界のトップに達したから外国に学ぶ点は何もないということをよく聞きますけれども、まだまだそういう思い上がった状態ではないと思います。そういう点で、ひとつ現在の日本の科学水準、特に応用的な面ではなくて純粋の先端技術、特に研究部門における日本の水準はどの程度であるのかということが一つです。
 それから、ぜひひとつ日本が世界の頭脳を吸収できるような、そういう雰囲気あるいはそういう環境をつくっていかなければいけないと思いますけれども、それに対するお考えはどうであるのか。残念ながら、現状ではまだ世界的に優秀な日本の研究者が何人かアメリカに流れておるという事実もあるわけであります。これを逆に世界の最優秀な頭脳を日本が吸収できるような雰囲気、体制をぜひつくるべきであると思いますけれども、長官のお考えを伺いたいと思います。
○竹内国務大臣 私も科学万博へ出かけまして、アメリカのパビリオンを拝見いたしました。そして、あそこにアメリカのノーベル賞受賞者の顔写真を見まして、私も全く先生と同じような考えを持っておったわけでございます。
 さて、お尋ねが二つございますが、まずいわゆる基礎研究部門の国際比較、いわば日本の水準はどうかということでございますけれども、基礎研究費で申し上げますと、昭和五十八年度で日本の場合は約九千四百億円、研究費の総額約六兆五千億円の一四%に相当いたしますが、米国はどうかと申しますと、米国が基礎研究に投じております金額は約二兆五千億円で、総額約二十兆八千億円の一二%、西ドイツは約七千億円で、総額約三兆七千億円の約一九%と、こういうことになっておりまして、アメリカの基礎研究部門に対する投資はけた違い、こう申し上げてよろしいかと思うのであります。しかも、ただいま日本の場合は昭和五十八年度で一四%と申し上げましたが、大変残念なことに、近年、我が国研究費全体の中に占めるこの基礎部門研究費の比率が若干低下の傾向にあるというのが、また私どもの心配の種でもございます。
 一方、我が国の基礎研究の現状を内容の面から見ますと、昭和五十八年度の科学技術白書でも分析しているわけでありますけれども、新材料、情報・電子、ライフサイエンスといった先端技術の幾つかの基礎的な分野におきまして、代表的な国際学術誌に掲載された日本の学者、研究者の論文数というのを米国の数字と比較いたしましても、まだ十分の一以下である、こういうことで、我が国の基礎研究が非常に弱いということは歴然としている、こう思うわけでありまして、今後私どもも、大学、民間、そして国立研究機関、いずれの各部門においても、いわば物質の原理、現象に戻った基礎のところからの研究を、もっともっと充実をしなければならぬということを痛感をしておる次第でございます。
 さて、第二のいわば世界の頭脳を日本に呼び寄せるようなことを考えないか、こういう御指摘でございます。
 率直に申し上げまして、大変難しい御質問をいただいたわけでありまして、御満足いただくような答弁ができますか、大変自信がないのでありますが、そういう世界のいわば頭脳を日本に呼ぶ、それを満たす条件というものはどういうものかと考えますと、まず第一には、創造的な、独創的な研究が高く評価されるという、そういう一つの雰囲気が大事じゃないだろうか、それから第二は、もちろん国際的に開かれた研究開発体制が進められているということ、この二点が特に肝要じゃなかろうかと思います。
 実はこの点につきましては、昨年十一月に科学技術会議が、二十一世紀を展望いたしまして、これからの科学技術行政のよるべき指針というもので、第十一号答申というものを私どもに提示をいただきましたが、その中でもこの二点を特段と強調しておるわけでございます。私ども、その提言に従ってこれからその方面の充実に心がけてまいりたいと思いますけれども、国際性ということになりますと、海外との共同研究上の障害を極力少なくして、我が国の研究機関に優秀な研究者がたくさんお越しいただくということを、もっともっと積極的に検討すべき必要があるのだろうと思います。
 これは私の私見でございますけれども、御案内のように、今科学万博を開いておりますのは例の筑波の研究学園都市でございます。こういうところに世界の各国から特に若い学者なり研究者がたくさん研究に参加できないだろうかということで、今そういう国立研究機関への外国の若手研究者の参加の道の障害は何かということを真剣に検討いたしております。そういうところから順次国際交流を深め、さらには今申し上げましたように、諸外国の優秀な研究者が日本での研究に魅力を持つような環境づくりに一歩一歩確実に前進してまいりたいと思っております。以上でございます。
○新村(勝)委員 大臣の御健闘を御期待しまして、終わります。
○安井委員長 次に、斉藤節君。
○斉藤(節)委員 私は、文部省と科学技術庁と両方ありますけれども、文部大臣お見えですから、最初に文部省の方にお尋ねいたします。
 最近、大学における研究並びに教育という問題、大変大きな問題になっているんじゃないかなと私は思うわけです。私自身も大学の教授をやっておりまして経験を持っているわけでありますけれども、我が国の大学の学生の学問に対する気力といいますか、非常に弱い、そんなふうに感ずるわけです。
 現に、外国から日本に留学してくる若い学生が来ます。そういう学生が、日本の大学へ来て大変失望しているという状況があるわけです。これはなぜかといいますと、日本はこれだけ経済力、GNPも高いし、しかも学問水準も相当高い、そういうことで我が国の大学へ大変なる希望を持って留学してくるわけでありますけれども、それが日本の国の学生の姿を見ると幻滅を感じてしまう、勉強したくなくなってしまう、何でこんな日本へ留学したのかというようなことを言っている学生もいるわけでございます。
 そういう点で、まず文部省といたしまして、大学における研究とそれから教育のあり方についてどのように考えておられるのか、まず大臣の御所見をお伺いしたいと思うわけでございます。
○松永国務大臣 先生御承知のとおり、大学というところは、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」こう大学の目的が書いてあるわけでございまして、それぞれの大学の教授の先生方を中心にして、創意工夫のもとに多様な形で研究あるいは教育活動がなされるのが望ましいわけであります。
 特に最近は、科学技術の急速な発展がありますし、そしてまた、一方においては大学進学率が大変高まってまいりまして、言うなれば大量の人が大学の学生となる、こういう状況でありますので、今後の大学教育のあり方につきましては、いろんな問題点が出てきておるわけであります。
 我々の方といたしましては、昭和五十九年の六月に大学設置審議会から「昭和六十一年度以降の高等教育の計画的整備について」という報告をいただいておりますので、この報告を基礎にしながら、「開かれた高等教育機関」、「高等教育機関の国際化」、「特色ある高等教育機関」という視点を踏まえて、大学の多様な発展がなされるような施策を推進をしてまいりたいと考えておるわけでございます。
○斉藤(節)委員 大学は、私もおりましたけれども、大学自治というのは非常に大事だと私は思うのです。これは大変大事でありますけれども、その名をかりて非常に自由奔放に振る舞っている教官がいるんじゃないかなと、私自身そう思うわけでございます。概して理科系の教官の場合、研究が忙しいということで、休講も余りないし、一生懸命やっている場合も多いわけですけれども、文科系の先生の場合、私は余り言いにくいのでありますけれども、とかく休講などもさっとやっちゃったりしまして、そういったことが学生の勉学意欲を相当そいでいるんじゃないか、そんなふうに考えるわけでございます。
 そういう点で、やはり教育ということについて、今大臣も仰せでありますけれども、いわゆる大学の教官の昇任あるいは昇格、この場合にはいわゆる評価の基準になるのは学術論文なんですね。学術論文がどのくらいあるかということ、もちろん経歴もそれは見ますけれども、主として学術論文が、どういう研究をしているかということが主となるわけでありますけれども、そういう意味で、教育については、教育の業績というものについてはほとんど見られない、そういう状況にあると思うのです。
 そういうことから、教育はおろそかにして、研究をよくやれば黙っていても業績が上がる、そういうようなことになりまして、どうしても研究の方に非常に重点がかかると思うわけです。そういう点で教育業績を何か見る方法を文部省として考えているかどうか、その辺、ちょっとお伺いしたいと思うのです。
○宮地政府委員 先生御指摘のように、確かに大学の教官、もちろん研究は大変大事なことでございますし、研究業績を上げていただかなければならないわけでございますが、ややともすみと、そちらを重視する余り、教育の面が扱いとしておろそかになってはいないかという御指摘でございます。
 それらの点については、私どもとしても、例えば大学の教官の任用等についても、教育面を十分評価するような形を取り入れるように設置基準の改正等も行っておるわけでございます。ただ、研究業績につきましてもなかなか一概に言えない点がございまして、ある一定期間継続的な研究をしなければならない分野でございますとか、あるいは先生御指摘のように、文科系の場合についてもなかなか長期間の研究を要する分野とか、いろいろさまざまな分野があるわけでございます。私どもとしては、教育の評価について積極的に行うように省令改正等も行って対応はしておるわけでありますが、要は、それを運用する大学自体が、その面をみずから積極的に取り上げて評価をしていくということが肝要かと思っております。
 そういう面では、教育業績とかあるいは研究業績ということは、直接論文その他ではない場合でも、例えば一つの例で申し上げれば、裁判官としての経験が長いというような方を積極的に例えば法学部の教官に教授として採用していくということも、具体的にはそういう例も出てまいっておるわけでございまして、大学の活性化のためにはそういうこともぜひとも必要なことではないか、かように考えております。
○斉藤(節)委員 確かに、そういういわゆる社会のいろいろの分野において活躍してこられた方々の採用、私はそれは大変歓迎すべきだと思うのです。しかし、今実際教官になっている人々は、講師、助教授あるいは教授へと昇任する場合に、論文の書けないいわゆる学問分野もございます。そういう点で、そういう書けない分野の教官に対しての教育的な業績を評価するために教育活動報告みたいなもの、これは学術研究じゃありません、そういうようなものなども提出させて何かのジャーナルに出すようなことでもやったらどうかな、そんなふうに思うのですけれども、いかがでしょうか。
○宮地政府委員 御指摘のように、具体的に研究業績といいますかなかなか出しにくい分野もあるわけでございまして、先ほどお答えしたことの繰り返しになるわけでございますけれども、まずは大学の場において、それぞれ大学自身で内部的な評価をするといいますか、積極的に自発的な内部評価を行いまして、例えば一定期間に業績を公表するというようなことなども積極的に取り組んでいただくということで、大学自身の評価といいますか、が、まずみずから行われるべきではないか、かように考える次第でございます。
 先生のお話は、そういう評価を、例えば外部の者が総合的に評価をして評点をしたらどうかというようなお話ではないかと思いますが、確かにそういうことも大学を活性化していくための一つの手だてではあろうかと思いますが、当面は、まず大学みずから、大学人みずからが内部で評価をするということが取り組みの第一ではないか、かように考えております。
○斉藤(節)委員 わかりました。そういうような内部でもって評価するということは、私どもも今までやってきたわけでありますけれども、もっと客観的に評価できる方法ということで申し上げたわけでございます。
 ところで、科研費の問題でありますけれども、科研費がどのくらいの配分になっているのか、その辺、ちょっと教えていただきたいと思います。
○大崎政府委員 科学研究費につきましては、先生御承知のとおり、研究の性格、形態等によりまして幾つかの研究種目に分かれておるわけでございますが、全体の状況を申し上げますと、五十九年度におきましては申請が約五万二千件ございまして、そのうちから、学術審議会で厳正な審査をいたしまして、約一万四千二百件というものを採択をいたしております。採択率は約二七%ということでございます。なお、採択されたものの申請の研究費を、これも若干割り引かせていただいておるわけでございますが、その率といたしましては、申請額の約七六%を差し上げておる、そういう状況になっております。
○斉藤(節)委員 その科研費でありますけれども、科研費の中でも一般研究に絞りたいと私は思うのです。一般研究でどのぐらいのいわゆる申請数があって、どのくらいの配分数になっているのか、それは人文系と理工系、それから生物系に分けてちょっと報告していただきたいと思います。
○大崎政府委員 お答え申し上げます。
 一般研究だけをとりますと、人文系で、採択率だけ申し上げますが、二九・八%でございます。それから理工系が二三・三%、生物系が二三・九%ということでございまして、全体で見ますと二四・一%ということでございます。
○斉藤(節)委員 そういう採択率はいいのでありますけれども、私がいただいているデータでは、申請数が人文系が二千二百五十三件で構成比が九・一%、理工系が一万五百七十一件で構成比で四二・七%、生物系が一万一千九百十二件、それで構成比が四八・二%、これは人文、理工、生物系で教官の比率も相当違うと思うわけでありますけれども、件数が極端に人文系が少ない。現に私が今まで感じたあれでも、人文系の申請というのは、教官が申請するのは少ないのですね。それは一体どういうわけなのかということなんですけれども、この辺は文部省としてはどんなふうに考えておられますか。
○大崎政府委員 人文社会科学関係の申請数あるいは配分数が少ないというのは、御指摘のとおりでございます。その理由といたしましては、いろいろ私どもも検討はいたしておるわけでございますが、一般的に申しますと、どうしても一定の研究経費がなければ研究計画が推進困難であるという自然科学系に比べまして、人文社会科学系の研究の多くは、いわば個々の研究者がいろいろ御工夫になって、何とか研究を続け得るというような状況も一部反映しているのではないかと考えておるわけでございます。
 ただ、私どもも一面反省をいたしますのは、やはり私どもが学術の振興ということを考えますときには、どうしても自然科学ということが頭にあって、そちらを中心のいろいろの制度なり仕組みということになりがちでもございますので、実は先般学術審議会から学術の振興の今後のあり方についての御答申をいただきました際にも、特に人文社会科学の問題につきまして小委員会も設けていただきまして、いろいろ御検討もいただいたところでございます。
 科研費の配分につきましても、一般研究につきましては、一定の方式でその前年度の実績とかあるいは当該年度の申請件数とかというようなものに応じて各分野へ割り振る方式があるわけでございますが、それ以外に、人文社会には若干調整ということで上積みをするというようなことも最近いたしておりまして、そちらの方への配慮もできるだけ今後やってまいりたいというふうに考えておるところであります。
○斉藤(節)委員 人文社会系がどうしても理工系に対してよりも低いといいますか、軽く見られているわけでありますけれども、それはやはりまずいことだと思います。人文社会系の研究をやはりこれから相当重要視していかなければならない、私はそう思うわけでございます。科学はもちろん大事でありますけれども、そういったことで研究が大事じゃないかなと思うわけであります。
 そこで、教官当たりの積算校費、これはいわゆるいろいろの構成によって違います。修士講座制、学科目制、それによっていろいろ実験経費、非実験経費が違うわけでありますけれども、この伸びぐあいはどうなっておりますでしょうか。
○宮地政府委員 御指摘の教官当たり積算校費あるいは学生当たり積算校費でございますけれども、今日大変財政状況の厳しい状況下にございまして、私どもとしてもその経費の確保に苦慮いたしておるところでございます。
 昭和六十年度でございますが、物件費全体は大変削減を余儀なくされているわけでございますが、これらの基幹的な経費でございます教官当たり積算校費等については、前年度と同一の単価を維持するということで確保をしたわけでございます。もちろん、全体に物価の上昇その他から見れば、相対的にそのことが目減りをしているということはあろうかと思いますけれども、やはり全体非常に厳しい中で、私どもとしては六十年度については前年度同単価を維持したというのが現状でございます。
○斉藤(節)委員 ここに「教官当積算校費、学生当積算校費の単価及び予算額の推移」というのがあるんですが、これを見ていると、今宮地局長が御答弁されたと同じ状況でございます。これは、いわゆる積算校費はいろいろの電気料から何から全部入っているわけですね。だから、実際に教官に入る研究費というのは、これよりもずっと少なくなるわけです。実際にはどのくらい研究費として入っているのでしょうか。
○宮地政府委員 もちろん御指摘のように、学生数、教官数、講座数を基礎として積算をされておるわけでございまして、各大学に配分をいたしまして、もちろん学内全体の予算の効率的な執行といいますか、共通経費といいますか、光熱水料その他も当然その経費で充てられるわけでございます。したがって、御指摘のように、単価で掲げられておりますものすべてが教官の研究費そのものに使われるということにはまいらないわけでございまして、具体的な各大学ごとのそれらの事務処理といいますか配分については、もちろん学内のそれぞれの委員会に諮られまして予算配分を行うわけでございます。大学の個々の事情によりましてそれらの配分が区々でございますので、一律に申し上げることは無理でございますが、実態として一、二の大学に当たりましたところでは、例えばその単価のほぼ半分くらいが共通経費で賄われているというようなケースもあるわけでございます。
○斉藤(節)委員 今お話のありましたように五〇%程度だということであれば、例えば学科目制の非実験系の教授の積算校費が五十六万六千円ですね。つまり、これの五〇%は共通経費その他で引かれて半分だ、だから二十万、多くても三十万にならないのですね。一年間これだけの研究費をもらって、そして科研費も申請しない、あるいは申請してももらえなかったということであれば、三十万で一体どのくらいの研究ができるかということなんです。私は、これは本当にできないのじゃないかなと思うわけです。講座制の修士課程を持っているところならまだいいのですけれども、こういう非実験系あるいは一般教養課程の教官は非常に研究費が少なくて、これでは何も研究できない、しようがないからテープレコーダーでも買おうかということになってしまいまして、非実験系の教官がそういうものを買っているというような状況では研究にならないのじゃないかなと思うわけです。
 そういう点で、最初にお聞きしました文部省として大学の教官の研究、教育のどちらに力を入れているのか、そのことを改めて問い直していきたいわけなんです。教官にうんと研究をさせようとしておるのか、教育をさせようとしておるのか。しかし、教育をした場合その業績として何も残らない。教育業績というのは全然はかられてない。それでは、よそで弁護士とか裁判官をやってきた人がぼんと来る、残っている人が研究もできなければ、結局やる気をなくしてしまうんではないか、それが即学生にいっているんじゃないかな。余り三段論法過ぎて、即断過ぎるかもしれませんが、何かそういう感じもしないわけではないのです。確かに、非常に厳しい財政状況にありながら、積算校費もこれだけ配分されているということは大変な努力だと思います。しかし、これでは研究をしろといっても無理じゃないかと思うわけですが、その辺、いかがお考えでしょうか。
○宮地政府委員 もちろん教育、研究いずれも大学の基本的な使命でございまして、それが十分行われるように、私どもとしても予算その他で対応いたしておるわけでございます。御指摘の基幹的経費としては十分でないではないかということでございますが、それらの充実については今後とも努力をいたしたい、かように考えます。
 なお、基幹的経費以外に教育研究について、若干でございますけれども特別経費を別途増額措置を講ずるというようなことで、いわば基準的な教育研究経費の補完的な経費としてそういう経費の措置等も講じておるわけでございまして、いろいろな分野で必要な経費の確保に努力はいたしておるつもりでございます。これで私ども決して十分だとは考えていないわけでございまして、今後ともその充実に努力をいたしたいと思います。
○斉藤(節)委員 先ほど活性法案というようなものを考えているということでございましたけれども、私は、日本の大学を特に教育の面で本当に活性化をしなければならないなと思っているわけであります。
 ここに、放送教育開発センター教授の阿部美哉さんが、「セレクティブ・ガイド・ツー・カレッジス」、一九八四年から八五年について、アメリカでニューヨーク・タイムズが出した大学案内を、ダイジェスト版的に書いてくれているのがあるのです。これを見ますと、アメリカではいろいろの基準を設けまして大学を評価しているのです。これは、学問水準、社交生活、全般的な生活内容といった三つの項目について、各大学がどのぐらいやっているかというようなことで調べて書いたものなのであります。主として学問水準について強調されてはおりますけれども、それに五つ星だとか電話機のマークを五つつけたりして、五段階評価をやっているわけです。
 大学の評価の仕方は、例えば学問であれば、判断基準でありますけれども、当該大学の全般的な学問的環境はどうなっているかというようなことを評価しているわけです。それはどういうことかと申しますと、学問の水準については、学界における当該大学の評判はどうなのか、教授陣の質はどうなのか、教育と研究のレベル、学生の学力、図書館その他教育施設の充実度はどうか、学生及び教授陣の学問への取り組みの真剣度などはどうなんだといった項目について総合的に判断しまして、一番すぐれているところは五つ星、三つ星が普通である、二つの場合はそれよりも低いレベル、一つ星の場合はもっと低いといったようなことで、大学をいろいろと評価しているわけであります。
 これなどは大変いいあれだなと私は思うのです。私もアメリカのイリノイ大学に行っておりました。これは文部省のおかげで、在外研究乙種で行ったのでありますけれども、その大学に毎年評価が来るわけです。その辺、自分のいる大学がどうなのかということを興味を持って見たわけでありますけれども、そういうように我が国の大学においても、文部省がこれをやったらちょっと問題かもしれませんけれども、第三機関がこういったことをやって、大学間で切磋琢磨させていくといったようなことをやってはどうかなと思うのですけれども、文部省としては、そういうことはやめた方がいいとか、大変いいことだと思うけれども難しいとか、いろいろあると思うのですが、その辺、いかがでございますか。
○松永国務大臣 先生御指摘のように、アメリカでは大学をいろいろな視点から評価をして、それが公表されるということになっているようでございまして、そういう大学の教育研究のレベルとか、あるいは学生生活の内容、そういったものについての適正な評価がなされて、それが公表されるということになりますと、大学に入学を希望する者がどの大学に行ったらいいのかということで適切な選択ができるということになりますので、私は大変よいことだと思いますし、また、大学にとっても刺激となりますので、大学の活性化に資するんだというふうに思います。
 我が国でも、大学基準協会や国立大学協会等で大学の評価のあり方について検討がなされておるというふうに聞いておるわけでありますが、その成果が出されることを私どもは期待をしておるわけであります。
 いずれにしても、それぞれの大学がそうした評価を受け、かつ、それに基づいて自分自身の大学をより充実したものにしようということで努力がなされるということは、大変結構なことだというふうに思うわけでありまして、そうした各大学の努力というものを私どもは期待をしておるわけでございます。
○斉藤(節)委員 大臣、御答弁いただきましたような、そういう方向に行ってほしいと私は思うわけであります。
 そこで、ちょっと私がお尋ね申し上げたいのは、今度は理工系で結構でございますが、大学における研究がどういうこと、いわゆる基礎研究なのか、それとも応用研究なのか、開発研究なのか、その辺、我が国の大学について、私の感じている範囲では、ともするとどうも応用研究あるいは開発研究が多いと思うのですけれども、我が国の大学の研究はどの辺に重点があるとお思いでございますか。
○大崎政府委員 大学における研究につきましては、私どもは基本的には基礎研究が中心であり、またあるべきであろうと思っておりますが、ただ、もちろん工学部、あるいは医学部の臨床関係でございますとか農学部とか、そういう応用関係の学部もございますので、いわゆる応用研究等も現実には行われておりますし、それが重要な意味を持っておると考えているわけでございます。
 これは個々の研究者の研究がどの分野に属するかということは大変調べにくいわけでございますが、一応私どもで調査をいたしております。その分け方によりますと、今明確な数字を手元に持ち合わせておりませんけれども、五〇%ちょっと超えたぐらいがいわゆる基礎研究、それからその他が応用、開発に分かれるという感じでございますけれども、ただ、これは他の例えば各省庁の研究機関あるいは産業界が基礎、応用、開発と言っている場合の分け方から見ますと、やはり全体的には基礎に傾斜しておるというふうに考えておるわけでございます。
○斉藤(節)委員 今大体五〇%ぐらいじゃないかなというお答え、正しいと思います。これも科学技術白書に載っているんですよ、全部。つまり「大学における研究費の性格別構成比の推移」というやつで出ているのです。
 これは既にお読みだと思いますけれども、これはグラフで出ておりますので、先ほど私、ここでグラフをちょっとやってみたあれでは、一九七四年は基礎が七五%、応用が二〇%、開発は五%ですね。それがだんだんと年がたつに従って、つまり七五年では基礎が七〇%、応用が二四%、開発が六%。これは正確じゃないですけれども、私の目測ですから。それから一九七六年になりますと、急に基礎研究が五五%に落ちるのですよ。そして応用が四〇%なんですね。開発が五%。七八年には五六%。五〇%台になってしまうのです。そして応用が三九%、開発が五%。七九年が五五%まで落ちますね。それから三九%。六%。八〇年も五五%、八一年五五%、八二年五五%です。応用も大体三〇%台ですね。そして開発が少しふえてくるのですね。七九年が六%、八〇年が八%、八一年が九%、八二年が一〇%。
 こういうふうになってくるのでありますけれども、アメリカだとかあるいはフランス、西ドイツですね。イギリスは、この白書には余りはっきりしていないからあれですけれども、アメリカなどは、基礎研究が一九六五年から一九八二年の間では、大体六〇から七〇%なんですね。非常に基礎研究に力が入っているということです。そして、応用が二〇から三〇%、それから開発が一〇から二〇%なんですね。
 フランスに至っては、基礎研究が八〇から九〇%、それから応用が一〇から二〇%。これは一九六七年から一九七七年ですけれども、開発はゼロなんですね、大学の研究。
 西ドイツあたりも、これは年によってちょっと違うのですけれども、一九六九年、一九七一年などは一〇〇%なんですね。応用、開発はやってないのです。そうかと思うと、一九七三年と七五年は、今度は開発だけが一〇〇%なんですね。あと全部ゼロなんです。今度は、一九七七年は基礎が一〇〇%。一九七九年は基礎が五五%、開発が四五%。そして一九八一年は、基礎が六〇%で開発が四〇%で応用はゼロ。七九年も応用はゼロです。
 こういうように、大学の研究というのは、基礎が今挙げた国では大体主なんですね。それが我が国の場合は、半分が基礎で、あと半分は応用か開発だ。
 確かに、私も考えてみまして、開発とか応用の方が華々しいのですお、実用化されるわけですから。基礎というのは、いつそれが物になるかわかりません。そういうことで、非常に基礎に対して力が入りにくいといいますか、華々しい方に行ってしまう。理学部なんというのは当然基礎ばかりやるところだと思うのでありますけれども、しかし応用あるいは開発もやるのですね。そういう点では、やはりこの辺ではっきり大学の研究のあり方というものを考え直してみる必要があるのじゃないかなと思うわけです。
 この白書で企業その他の方の研究所など見ますと、これはやはり開発、応用が多いのですね。基礎はほんのわずかです。しかし、アメリカあたりの企業などは、これは科学技術庁の関係になってしまってまた後でやろうと思っていたのですけれども、確かに基礎の方が相当多いのですね。
 そういう点で文部省の方々にお願いしたいのは、やはり大学の研究というのは相当基礎に力を入れて、基礎の研究に対しては思う存分金を出すべきじゃないか、そんなふうに私は思うのでありますけれども、いかがでございますか。
○松永国務大臣 先ほど局長の方からも答弁を申し上げましたが、やはり大学の研究というのは、基本的には基礎研究が中心であるべきだというふうに考えておるわけでございます。これからもそういう考え方で対処してまいりたいと思います。
○大崎政府委員 日本の大学の場合には、工学部、農学部の比重がヨーロッパ諸国よりは高いというような状況もございますが、先生御指摘のように比率が低下をしておるということは、やはり大学の研究の性格から見て問題ではなかろうかというふうに私ども考えますので、御趣旨の線に沿った努力を私どもとしてもいたしてまいりたいと思っております。
○斉藤(節)委員 そういうことで、大学の研究のあり方というのはいわゆる基礎に力を入れていただいて、特に若い頭脳、若い学者が基礎を一生懸命やっていただかないと、後でも科学技術庁関係で申し上げようと思ったのですけれども、ノーベル賞を受賞する学者が我が国は極端に少ない、やはりその辺はどうも応用、開発の方に力が入り過ぎて、なかなか基礎は、何年かかって理論が解明されるかわからぬような、そういうことには余り力が入らないのではないか、そういうような心配があるわけでありますので、大学の研究のあり方ということについては、私はそのようにお願いしたいものだと思うわけでございます。
 以上で文部省関係の質問を終わるわけでありますけれども、どうもありがとうございました。結構でございます。
 今度は科学技術庁関係の質問をまず申し上げたいと思います。
 我が国の科学技術研究の問題でありますけれども、先ほども社会党の方がやっておられましたように、我が国の場合、科学技術関係予算が他の国に比べまして大変低いのじゃないかな、そんなふうに思うわけです。基礎研究などは特に低いわけでございまして、総予算に対してアメリカなどは五・一%、フランスは六・九%、日本はたったの二・九%ということでありますけれども、科学技術庁長官、これについてコメント願いたいと思います。
○竹内国務大臣 先ほど新村先生からもお尋ねありまして、我が国の基礎的部門の研究状況、国際比較について若干のお答えを申し上げたわけでありますが、先生も御承知のように、今日技術先進国の一つに我が国も数えられるに至りましたけれども、その内容を分析いたすとなれば、諸外国から導入したものの応用、改良したという面に負うところが非常に多いわけでございまして、いわば原理的な日本の土壌に根差したオリジナリティーのある基礎研究というのは、至って乏しいというのが率直な現実であろうかと思います。
 先生も御承知のように、科学技術会議が先般出しました答申第十一号におきましても特に力を込めておっしゃっていることは、まさに創造的、独創的な科学技術をこれから振興していかなければならぬ、そのためには物質の原理、現象に返って、そこからいわば革新的な技術シーズとなるような、そういうものの探求にもっともっと力を入れていかなければならぬというぐあいにお示してございますので、私どもとしても、これからは基礎的な研究部門の充実、特に民間にはその研究の期待しがたいものもいろいろあるわけでございまして、そういった分野におきましては国立研究機関がその役割を担っていかなければならぬのじゃないか、こう考えているようなところでございます。
○斉藤(節)委員 そこで、私、提案的にお願いもあるし、これは御意見をお伺いしたいのでありますが、我が国の基礎研究、これは先ほども文部省の方々に申し上げましたように、大変我が国は弱いと思うわけでございます。基礎にかけている研究費も大変少のうございます。そういう点で、我が国の基礎研究を発展させるために、米国が行っているように、いわゆる優秀な能力を持つ研究者の招聘、これに力をうんと入れるべきじゃないか、そのように思うわけであります。特に若い頭脳の輸入を考えるべきと思いますけれども、いかがでございますか。
○堀内政府委員 先ほどお話がありましたように、我が国の科学技術立国というものを達成していくためには、創造性豊かな科学技術の振興が不可欠であるということでございますが、このためには基礎的な研究が必要であるということであります。特にこの基礎的な研究の成果を十分発揮されるためには、創造的な人材の育成が必要であるということでありまして、昨年十一月の科学技術会議の答申というのがございますけれども、そこでもこの創造性豊かな人材の育成ということを非常に重視しております。
 そのために何が必要であるかということで四つばかり掲げております。一つが、学校教育における、もちろんこれは大学学部の段階の教育も含めてでございますけれども、そこにおける創造性の教育。それから第二番目が、大学院の組織・編成の弾力化、それから教育、研究指導の充実というポイントでございます。三番目が、若年研究者の研究の場における実践的な訓練ということでありまして、先生御指摘の点はこの点だろうと思いますけれども、若手研究者をできるだけ研究現場において創造性を引き出せるような訓練を必要とするということでございます。特に四番目、その関連でございますけれども、創造的な能力にすぐれた人を見つけ出す研究リーダーが非常に重要であるということでありまして、また、見つけ出したからには、その人を十分育成するということで、これは研究指導者あるいは研究所全体の意識を改めまして、そちらの方に持っていくということが必要であろう、こういうことでございまして、もちろんその一環といたしまして優秀な若手の研究者の処遇の改善を図るということも重要なことかと思います。
 当庁におきましては、五十六年度から創造科学技術推進制度という制度がございまして、これは非常に基礎的な研究を行うものでございますけれども、人中心の仕組みでかなり大きな基礎研究を進めまして、独創的な革新技術を生み出すという研究開発でございますけれども、こういう面を通じましても非常に優秀な人材が育つのではないかと我々は期待しているところでございます。
○斉藤(節)委員 そのように外国の頭脳を輸入するということは、大変結構だと私は思います。それと同時に、我が国の優秀な頭脳に対して惜しみなく金を出すべきじゃないかなと思うわけでございます。特に研究助成は、研究費として出してもらうのはあれですけれども、研究者は生活が相当安定してないと、十分研究というのはできないと私は思うわけであります。そういう点で、いわゆる生活費なども助成できるような、そういう何か制度みたいなものを設けられるのかどうか、設けてもらいたいなと私は思うのですけれども、その辺、いかがお考えでございますか。
○大崎政府委員 先生の御指摘の趣旨を体した制度といたしまして、実はことしから特別研究員制度というものを設けまして、特にすぐれた研究者に対しまして大体助手の初任給程度の研究奨励金というものを差し上げ、また研究費につきましては、科学研究費の奨励研究の申請資格を認めるというようなことで、学術振興会を通じまして、いわばポストドクトラル・フェローシップと大学院の博士課程在学中の極めて優秀な者に対する奨学制度というものを合わせたような制度を発足いたしたところでございますが、今後ともそういうものの充実を図ってまいりたいというふうに考えているわけでございます。
○斉藤(節)委員 余りこの質問をやっていますと、次の私の別の質問がもう一つありますので、これはこの辺でやめさせていただきまして、次は原子力発電所の安全性についてちょっと質問したいと思います。
 まず、長官にお尋ねいたしたいのですが、将来の我が国におけるエネルギー需給の中における原子力発電の位置はどんなふうになっていますか。
○中村(守)政府委員 お答えいたします。
 我が国の原子力発電は、御承知のように、現在二十九基、二千百四十三万キロワットという規模に達しておりまして、総発電電力量に占める原子力の割合は二三%という五十九年度の実績を得ておるように、我が国のエネルギーの中で非常に重要な位置を占めております。一次エネルギー全体につきまして勘定いたしますと、ちょっと五十九年度の実績がございませんが、五十八年度の実績では、全体に対して約七%ということになっております。
 これを長期的に見たらどうなるかということでございますが、五十八年の十一月に閣議決定をいたしました「石油代替エネルギーの供給目標」におきまして、昭和七十年度、これから十年先でございますが、ここにおける原子力発電による供給目標といたしましては、施設の大きさで、出力で四千 八百万キロワット、発電電力量にいたしまして二千八百五十億キロワットアワーということで、そのときの総発電電力量に占める割合が約三五%ということになります。一次エネルギー供給に占める原子力発電の割合は、一四%という数字になっておるわけでございます。
 それで、これらの数字はまだふえるといいますか、原子力発電所も負荷に対する追随性というものを改善していきますと、こういった発電に占める割合も大きくなりますし、それから、原子力の熱を発電以外の用途にも供給していくというようなことも考えられますので、一次エネルギー供給に占める原子力の割合というのはさらに増大をしていく、こういうぐあいに私ども見ておるわけでございます。
○斉藤(節)委員 そのように三五%も占めるほどの電力の発電量が原子力によって行われているということでありますれば、それに対するいろいろの原子力発電の安全性ということについて非常に心配すると思うわけです。そういう点で、原子力発電所の運転に伴って国民の個人及び社会に対して新たなリスクが追加されてはならない、そんなふうに私は思うわけでございます。これに対して科学技術庁としてはどのように考えておられるか、お伺いしたいと思います。
○辻政府委員 原子力に限りませず、すべての人間の活動におきまして安全を確保していくということは、第一の課題であろうかと考えております。原子力施設におきましても、それによりまして個人あるいは社会の生命と健康、こういったものにかかわるリスクが有意な増加をもたらすことのないようにしていくこと、そうしてそのリスクの増加については、合理的に達成できる限り低く抑えていくということが最も重要なことであろうかと考えております。
○斉藤(節)委員 そういうことは確かに言えると思うわけでありますが、そこで、じゃその判断の目標値をどのくらいに置いているのか、その辺をお聞きしたいと思うのです。例えばアメリカでは、アメリカ国民が現在受けているすべてのリスクの合計の〇・一%以下になる値を提案しているわけです。これはまだ実現しているわけじゃありません、提案でありますけれども、そういうような具体的な数値をもってあらわされているのですが、我が国の場合、その辺はどうでございますか。
○辻政府委員 先生御指摘のように、アメリカにおきましては、最近研究開発の発展の著しい確率論的安全評価、PRAと略して言っておりますが、こういう手法の研究開発の発展を背景といたしまして、アメリカの原子力規制委員会、NRCが御指摘のようなセーフティーゴールというものを提案しているわけでございまして、これは原子力発電所がどの程度安全であれば社会に受け入れられるか、すなわち、原子力発電所の事故によります公衆のリスクが、どのレベルまで社会的に受け入れられるものかという判断基準をリスク評価によって数字的に示そう、こういう試みがなされているわけでございます。
 先生御指摘のように、これは二年間の評価期間で行われておりまして、一九八三年以降いろいろなところで検討が行われておる。その二年間の期間が終了しまして、ただいまNRCにおきましてこの見直し作業が行われているという現状であると承知しておりますが、現在のところ、規制としてこれを採用していくかどうかの見通しはまだはっきりしてないというのが現状でございます。
 そこで、こういったような考え方を我が国に取り入れることはどうかということでございますけれども、基本的には、原発の設置に当たっての判断基準として米国流にこのPRAに基づきました安全目標を設定していくということは、各種のいろいろな安全対策、そういうものを従来よりもっと合理的にしていく、かつ首尾一貫した、より整合性のとれたものとしていくことができるという見通しがあるかもしれない。それから、他の産業のリスク、そういうものとの比較を数字でできることになるというようなことが予想されます。そういったような観点から、非常に有用な手段であると考えている次第でございます。
 しかしながら、我が国におきましてこのような考え方を今すぐ採用することはどうか、こういう問題になりますと、現状では幾つかの問題点があるんじゃないかというふうに考えておりまして、その一つは、まずこのセーフティーゴールの基礎となっておりますPRAの手法についての技術的な水準が、まだ十分に成熟するまで発展してないということでございます。この定量的な安全目標を決定いたしますためには、そのベースとなる手法であるとか、あるいはリスクを正しく算定するための十分な事故のデータベース、こういうものを整備する必要があるということですが、残念ながら、現時点におきましては、この解析手法もそうでありますし、データベースについてもまだ十分確立するという段階には来ていないというのが実態であろうということでございます。
 それともう一つ、何でもかんでも確率の数字だけで物事を判断していくというようないわばアメリカ流のやり方が、日本の社会において果たして素直に受け入れられるかどうかという点についても、若干疑問なしとはしないといったような問題点の認識を持っているところでございます。
 しかしながら、このような問題点があるにもかかわらず、このPRAであるとかあるいは安全目標のような考え方につきましては、その手法が十分に成熟してまいりますれば、非常に有用な手法になってくるんではないかというふうに考えておりますので、これをどのように今後の安全規制において取り入れていくか。このアメリカのセーフティーゴールについては、日本のみならず、ヨーロッパ諸国においても非常な関心を持って研究をやっておりますので、そういった国際的動向を見きわめながら検討をしていきたい。当面のところは、先ほどのPRAの手法の研究等につきまして鋭意力を注いでいきたいというのが現状の考え方でございます。
○斉藤(節)委員 確かに今答えていただきましたように、PRA、確率論的な安全性ということをぜひやらなければならないのじゃないかと私は思っているのです。しかし、現在やっているのは、いわゆる単一故障基準による安全評価ということでやっているわけです。これはやはり問題があると思うのですけれども、その辺のお答えはどうでしょうか。
○辻政府委員 我が国の安全評価のやり方といいますのは、先ほどの確率論的な安全評価に対しまして、決定論的な安全評価という手法が取り入れられております。これは我が国だけでなくて、諸外国におきましてもこの決定論的な安全評価の手法でやっているというのが現状でございます。
 各種の原子力施設は、設計段階におきまして、例えば非常用の炉心冷却系であるとか、そういった安全上重要な設備につきましては、その機能の信頼性を十分高めるために、一つの安全系につきまして、二つ以上の多重の設備をするというようなこととか、さらにそれらがそれぞれ独立して作動する、共通の原因によっては同時に事故が生じないといったような、そういうような設計とするなどの基準が設けられているわけでございまして、現在の信頼性については十分なものがあるというふうに認識しております。さらに、これに加えまして、品質保証の活動を厳重にやる、あるいは運転管理に万全を期すというようなことで、信頼性の向上の施策がとられているわけでございます。
 原子炉施設の安全審査におきましては、重要な施設系統におきます万一の故障、事故を想定いたしました安全評価を行っているわけでございますけれども、この安全評価に際して、単一故障のみの評価しか行っていないのじゃないかというのが御質問の趣旨であろうかと存じますけれども、それは、これらの重要な設備におきます故障が起こる確率が、もともとそれぞれ極めて低いものである。さらにそのような故障が重畳して発生するということを想定いたしますと、これはそれぞれ独立事象ですから、掛け合わせるということになって、さらに確率が低くなる。極めて低い発生確率であり、そういうことを考えるのは非現実的であるというのが、現在の安全審査の考え方の基本となっておるわけでございます。これは先ほど申し上げましたように、世界各国同様の考え方をとっておるのが現状でございます。
 さらに、アメリカのスリーマイルアイランドの事故がございました。あのときに二重事故というのが起こったじゃないかという議論がございまして、この点は、原子力安全委員会の検討事項として、実はTMIの教訓で五十二項目というのが検討事項に上がっておりまして、これの一つのテーマでございまして、その後一年間かけましていろいろな調査、解析を行い、かつは討論が行われました結果、五十六年の七月に専門部会の報告が出ているわけでございますけれども、その二重の故障につきましては、現状の安全審査の考え方並びにふり一層品質保証あるいは運転管理の充実強化を図るということで防止できるものである。従来の発電用軽水型の安全審査指針を変更する必要はないということで、一応の結論は出ております。
 現在はこれでやっておりますけれども、しかしながら、先ほど申し上げましたように、今後の安全規制をより一国会理的にやっていくとかいうような観点から、確率論的な研究についても今後力を入れて検討していく必要がある、かように考えております。
○斉藤(節)委員 大体、安全基準についてお答えいただいてわかったわけでありますけれども、いずれにしましても、国民一般の方々にわかりやすいということが大事だと思うのです。例えば公開ヒアリング、前にやっておりますけれども、これに対して、原子炉安全専門審査会による参酌結果では、米国のような事故は、品質保証や運転管理の欠陥から生じたもので、これらの改善により防止し得るのだといったような、非常に割り切ったそういう言い方をして、単一故障の現在の審査指針で評価すれば十分だということでありましょうけれども、これがやはり国民に十分納得されてないのじゃないかと思うのです。そういう点、国民が十分納得できるような、そういうことをやっていただきたいと思うわけでございますけれども、もう私の質問時間がなくなりましたので、大臣に最後に、これらについて総合的に御所見をお願いして、私の質問を終わりたいと思います。
○竹内国務大臣 お答え申し上げます。
 今日、国民の皆様の原子力発電に関する一番の関心は、先生御指摘の安全性の問題だと思います。また、従来の公開ヒアリング等々において私どもの方の説明が非常にわかりにくいという御指摘も、私もある程度うなずけるような気がいたします。もっともっとわかりやすく、かつ納得しやすいような方法ということを私ども考えてまいります。
 と同時に、先ほど先生お取り上げになりましたセーフティーゴールという考え方とかPRAという考え方、私どもこれは重要な一つの示唆を示しているものだと思いますので、実は私どもの原子力研究所におきましてもこの関係の研究を進めておりまして、特に六十年度におきましては、原研のPRAの関係につきましては、昨年よりも予算をかなり上積みして、そっちの方の研究も急ぎたい、こう考えておるところでございます。
○斉藤(節)委員 それでは、以上で終わります。
 どうもありがとうございました。
○安井委員長 次に、永江一仁君。
○永江委員 それでは、文教行政につきまして、数点お尋ねいたしたいと思います。
 今日、我が国の政治課題といたしましては、二十一世紀に向かって、国際化、老齢化、技術革新、これにどう対応するか、これは党派を超えた問題でございます。
 そこで一点、国際化と教育という観点についてお尋ねしたいわけでございますが、この国際化ということについては、ややもすれば物の国際化といいますか、貿易摩擦というようなことが非常に大きくクローズアップされております。確かに経済の国際化の中での摩擦ということも重要な問題でありますが、恐らくこれからの国際化の最大の問題は、人間としての、日本人としての国際化がどうでき得るか、ここに非常に重要な課題があると私は考えておるわけでございます。
 そこで、これからの日本人、将来を背負って立つ特に高校生を中心とした若い人たちのこういう国際化という面から、かつて日本も先進国に追いつけということで、指導者になるべき人が外国へ明治維新、その前も留学しておったわけでございますけれども、最近は、私的に個人として海外へ留学する人もかなりおるわけでございますが、これを何とかやはり行政的に援助していく、こういうことが必要になるのじゃないかと思うのでございますが、こういった日本の高校生が外国で勉強することについての助成について、文部省のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
○松永国務大臣 高校生が、外国に留学と言える期間かどうかわかりませんけれども、夏休みの期間、あるいは一学期、二学期程度外国に参りまして、外国での学校生活やあるいは外国の家庭に泊まる、いわゆるホームステイという形で体験を積むということは、その子供の国際的な視野を広げるということ、それから外国の少年との間の交流が深まるということ、相互理解も進むということ、非常に意義のあることだというふうに思っております。
 しかし、こういう高校生の交換につきましては、例えば民間のロータリーとかそういった民間団体でやっていらっしゃることでありまして、政府がやるというところまで実はいってないわけであります。しかし、財団法人AFS日本協会というものに対しその活動を助成するとか、あるいはYFU日本協会の行っておる高校生の交流事業についていろいろな協力をするとか、そういうことをやっておるわけでありますけれども、政府が資金的な応援をするというところまではまだやってないわけであります。
 このことにつきましては、やはり高校生、いわゆる後期中等教育に該当するわけでありますが、その後期中等教育の段階では、やはり教育というものはそれぞれの国の国情に適した教育ということに力を注いでいるということから、政府が資金的な応援まではしない、こういうふうになっているのだろうと思うのです。しかし、民間の方でいろいろな応援をすることは結構なことでありますし、また、そういうことについては我々としても協力をしていきたいというふうに考えておるわけでございます。
○永江委員 このごろは、高校生といえどもだんだんしっかりしてきておるのでございますし、しかもやはり若いときに一度外国へ行く、そこで生活をするということは、本当に人生にとって大きな意味があると思うのでございます。国際化国際化と言いながら、実際文部省においてそういったものに対する資金援助はしておらないということでございますが、恐らくこれからのまさに国際化の中で、必ず文部省もこういった問題に対応せざるを得ない時代がもう既に来ておると私は思うわけでございまして、今の大臣のお答えでは、民間にはぜひやってもらいたい。
 民間にぜひやってもらいたいということは、これは悪いことだとは思っていらっしゃらないわけでありまして、もし後期中等教育の子供が余り外国に行くのはいかぬということであれば、民間のそういうことにもストップをかけなきゃいかぬわけでございまして、民間のやることなら大いに結構だということは、基本的にそういうことはぜひ進めたいということで、こういう観点から、いいことだけれども国は援助しないというのでは、いささか論理としてはおかしいのじゃないかと思うのでございます。ぜひそういうことについても文部省あるいは国がひとつ何らかの積極的な対応をしていくということをぜひお願いをいたしたいと思います。
 時間の関係もございますので、これについての御答弁、それ以上要求いたしませんが、次に――よろしいですか、それじゃひとつ答えてください。
○松永国務大臣 先ほど申し上げましたのは、国費で直接相当のものを高校生またはその父母に与えるということはやってないわけでありますけれども、民間の行う高校生の交流事業につきましては、その団体に対する補助をいたしまして、そして助成をし、協力をしておる、こういうことでございます。
 ちょっと申し上げますと、AFS日本協会に対しましては千四百万円程度、これは大体派遣が百二十人分、受け入れが五人分の経費の一部、それから社団法人日本生活体験協会、これにつきましては約四百万円、これは高校生及び大学生の派遣に関する補助でございます。それからオーストラリア科学奨学生、これには二百五十八万九千円、これは五人分として旅費の応援でございます。それから外務省関係でございますが、YFU国際協会、これには二十五万ドルを日米交流特別計画分から補助が拠出をされておる、こういうことでございまして、民間のやるのに資金的な応援もいたしておりますけれども、国費留学生みたいな形で政府が直接その個人に金を出すような形での処置はいたしておりませんが、これを実施する公益法人に対して補助を出しておる、こういうことでございます。
○永江委員 それは了解いたしましたが、できるだけこれからもそういう形でさらに若い人の交流に積極的に取り組んでいただきたいと思います。
 次に、今度は外国から日本への留学生の問題でございますが、先般もある新聞で、インドネシアの日本に留学した人のことが随分連載で出ておりました。その中で私、非常に印象深かったのは、信州大学へ来た人が今帰って非常に日本びいきになっている、その人の言として、自分は信州大学だったからよかった、その地方の素朴な日本のよさがわかった、あれが東京で留学生活を送っておったら、恐らく日本の悪口を言っておっただろうということが書かれておりまして、非常に私もどきっとしたのでございます。そういうことを考えますと、留学生の条件という面でどうしても東京中心のようでございますが、これをやはり大都市中心でなくて、地方にも分散していくということについて努力をしなければいけないと思うのでございますが、この点についてはどうお考えになっておるか。
 あわせまして、日本に留学した場合に、なかなか言葉の問題もあろうと思いますが、学位を取ることが非常に難しい。そして、せっかく取りましても、それぞれの国へ帰れば欧米に比べて評価が低いと言われておるわけでございますが、これに対してもやはり何らかの措置をとっていかなければいけないと思いますが、いかがお考えでございますか、お尋ねいたします。
○松永国務大臣 先生の御指摘、もっともでございまして、留学生が日本に来られまして、日本の大学等で学問や技術を身につけてお帰りをいただくわけでありますが、その場合に、学問や技術の面でどれだけのものを身につけていただけるかという問題のほかに、やはり全般的な環境、雰囲気、そういったものが留学生に対していい印象を与えるような、そういう条件が必要だろうと思います。
 そういう点からいえば、先ほど先生のおっしゃいました地方大学、落ちついた、いい雰囲気であって、そのことが非常によかったという実例をおっしゃったんだと思うのでありますけれども、現在どうなっているかと申し上げますと、五十八年五月一日現在の調査で、日本に在留しておる留学生、約一万四百二十八人でございますが、そのうちの六割が東京を中心にした関東地区、二割が大阪を中心とした近畿地区の大学等に在籍をしておるわけでございまして、その意味では大都市圏への集中傾向がやや強いなという感じがいたしますが、地方における留学生受け入れ体制の整備を進めてまいりまして、徐々にこうした大都市中心的な傾向を改善をしていきたい、そして落ちついた、いい雰囲気の中で留学生の人に勉強していただけるということが実現するように努力をしていきたいというふうに考えるわけでございます。
 もう一つは学位の問題でございますが、留学生の学位取得状況を見ますというと、博士課程を終えた者のうち、六二%が学位を取得をしておるようでございます。ただ、日本の場合には、理科系は学位が取得しやすいが、文科系は日本人の場合もなかなか学位をくれないというふうなことがあるようであります。これはどういうものか、理科系の場合には研究の成果が客観的に評価しやすいという点があるのかもしれませんが、文科系の場合にはどうも既に博士になっている人が自分の博士の格が下がるからかどうか知りませんけれども、どうも文科系の方が少ないようでありますが、せっかく日本に留学をしていただいた方で博士課程を終えられた方がありますならば、その人の勉強の結果によることでありますけれども、学位を取得してお帰りになるということは大変いいことであると思いますので、学位取得が困難にならないように、いろいろな面で努力をしていきたいというふうに考えるわけでございます。
 なお、最近の留学生の傾向を見ますというと、大学一年生から日本へ留学するというのよりは、特に国費留学生等の場合でございますが、発展途上国等の大学を出られて、そしてより高い、より深い勉強や研究をしたいということで日本の大学院に留学をなさる留学生が大分ふえてきておるわけでありまして、国費留学生の場合はほとんどがそうであります。
 また語学の、日本語の問題でございますが、埼玉大学とか東京大学とか京都大学等では英語による教育をやっているのもございます。これは日本語の勉強をするまでもなく、英語は大体の人ができるようでありますから、日本の側の教授の方で英語で講義をする、そして二年間程度勉強している間に、生活用語を中心にして徐々に日本語も習得していただく、こういう形でうまくいっているケースも実はあるわけでありますが、こういったものをさらに拡充する努力を続けてまいりたい、こう思っている次第でございます。
○永江委員 ちょっともう一つ、せっかく取った学位が欧米に比べて評価が低いという問題もよく言われておるのでございます。これは長い歴史的な蓄積といいますか、そういうことだと思いますが、やはり我が国といたしましてもこれを座視するわけにいかぬわけでございまして、文部省としてその点についてどうお考えになって対策を立てられるか、お答えいただきたいと思います。
○松永国務大臣 この点は、我が国の大学や我が国の学位がそもそもどれほどの権威があるかということについての諸外国の信用の度合い、信頼の度合いが背景にはあると思うのでありますが、我が国としては、英文による大学案内を諸外国へ配付するなど我が国の教育、学術の実情の紹介等を通じて、我が国の大学の学位が外国においても正当に評価をされるように、今後とも努力をしてまいりたいというふうに考えております。
○永江委員 今大臣がいみじくもおっしゃったように、日本の大学が国際的にどう評価されるか、ということはやはり国際的なレベルに立たなければいかぬわけですね。そこでやはり大学の開放というか、こういう問題が出てくる。
 特に外国人、国公立の大学教授の門戸が数年前にやっと開かれた。非常に閉鎖性である。これは我が党の大先輩であります受田新吉先生の努力の中で、第九十六国会におきまして外国人教員任用法ということがやっと通過をいたしまして、それからようやく国公立大学に外国人の教授も入るようになった。このような閉鎖的なことが続いておれば、日本の大学なり教育というものが国際的になかなか評価しづらいということは、当然と言わなければならないと思うのでございます。そういう意味で、やはりこういった人の面での開放をもっともっと進めていく必要があるのではないか。
 あわせまして、最近も問題になっておる高校の先生、在日韓国人の問題もありましたけれども、このことについて文部省は基本的にどうお考えでございますか、お尋ねいたします。
○松永国務大臣 先生御指摘のように、大学の教授等につきまして、特別に法律を改正いたしまして外国人の任用ができる道をつくったわけでございます。日本の大学は閉鎖的である、国際化が進んでないという指摘があること、まことにごもっともなんでありまして、これからの大学のあり方としては、もっともっと閉鎖性を打破して、そして開かれた大学にする必要がある、それから、国際的に交流を深めていわゆる国際化を進めていく必要がある、先生の御所論のとおりでございますので、我々はその方向で努力をしていきたい、こう考えております。
 もう一つは、小学校、中学校の教員の問題でございますが、これはちょっと事情を別に我々は考えておるわけでありまして、公立の小中高等学校の正規の教諭に任用することにつきましては、公務員に関する当然の法理というのがございまして、やはり任用はできないということに実はなっておるわけでございます。
 それは、やはり学校、小学校、中学校、高等学校等初等中等教育は、次代を担う国民を育成する、すなわち国民教育であるという見地もございまして、やはり初等中等教育については日本国籍を有する者が正規の教員としてこれに当たる、こういう考え方に立っておるわけでありますが、諸外国でも多くは日本と同じような制度になっておるようでございます。
 ただ、正規の教員ではないけれども、国際化を進めるという時代でございますから、何らかの形で、初等中等教育に外国の人が非常勤講師等の形で、例えば英語の先生といったもので教育に当たっていただくことは大変有意義なことなのでございますので、現に非常勤講師の形で英国人や米国人を招聘して、英語教育に協力をしていただいて大変すばらしい成果を上げているケースもたくさんあるわけでございますので、今後ともこういった方向で進めてまいりたいというふうに考えているわけでございます。
○永江委員 今大臣おっしゃったのは、小学校、中学校ですね。高等学校についてはいかがですか。
○阿部政府委員 小学校、中学校、それから高等学校についても、大臣からお答えした中身で同じように考えておるわけでございます。特に最後に大臣からお答え申し上げましたように、アメリカ、イギリス等の国の方々をいろいろお招きしたりなんかしておりますのは、高校では特にそういう点に重点を置いてやっているということでございます。
○永江委員 小学校、中学校は義務教育であり、高等学校は義務教育でないというところで、若干の差異があっても当然じゃないかと私は思っておるんでございますが、大臣、国際化は文部省だけの問題でないということは私、十分承知しておるのです。まさに日本の国の全体の国際化をどうやっていくかということにかかわってくると思うのです。これは卑近な例でなんですが、プロ野球なんて助っ人が来ましてレベルが非常に上がった。大相撲もああいったことの中で国際化していく時代ですね。
 私は、先ほど冒頭申しましたように、国際化の問題は物とか経済だけでなくて、まさに人間の交流という国際化、これに我々日本民族がどう対応していくかということだという考えを持っておるんでございます。そういう意味で、ようやく大学は開放したというこの一つの流れの中において、高等学校についてもいずれやはり考えざるを得ない。それくらいの門戸を開いたからといって、日本の民族あるいは民族教育が台なしになるほど我々日本国民というものは少数でもないし、やはりそういう新しい血を入れるくらいの勇気をこれからの文部行政の中にも持つべきでないかと思うのでございますが、いかがでございますか。
○松永国務大臣 これは先生御指摘のように、外国人を日本の公務員として採用する場合の原則の問題でございます。大学の場合は、世界共通の真理の探求あるいは学問学術の研究、こういった面から考えますと、国籍のいかんを問わず共通に真理を探求するあるいは学問学術の研究をするということでありますので、特例法をつくりまして任用の道を開いたわけであります。
 特例法でありますから、そうでない公務員につきましては原則に返る。原則は、公権力の行使あるいは公の意思形成にかかわる公務員につきましては、その国の国民をもってこれに充てるというのが日本の法理でありますが、同時に、実は大部分の先進国の採用している原則でもあるわけでございまして、その意味で、私立の方はもちろん自由なんでございますけれども、国公立の場合には、今申し上げました公務員の任用に関する原則というものがあるものですから、せっかくの先生の御指摘でありますけれども、そうはいかぬわけなんでございまして、御理解を願いたいわけであります。
○永江委員 私のこの主張といいますか、考えはいささかラジカル過ぎるかもわかりませんが、まさにこれから二十一世紀に向かって日本の国際化という問題、そういった人の問題まで突き詰めて考えざるを得ないというふうに思っておりますので、主張をさせていただいたわけでございます。
 次に、一点だけお尋ねいたしますが、最近新聞紙上でもユネスコの問題がよく取り上げられておるのでございます。ユネスコの運営についてもいろいろ問題があるということで、我が国もそれを脱退というような懸念がなされておるわけでございますが、文部省はこの問題にどう対処するおつもりなのか、あるいは外務省との間にこの問題についてはどういう意思疎通を図っておるのか、お答えいただきたいと思います。
○松永国務大臣 先生よく御承知のとおり、ユネスコは、アメリカが脱退した、英国が脱退を通告をしておるということから、深刻な危機に直面をしておるわけでありますが、この際ユネスコの本来の重要な使命を果たし得るように、事業活動や運営の改善改革を推進することがぜひとも必要であるというふうに考えておるわけでありまして、先般事務局長のムボウさんがおいでになったときにも、私どもはユネスコの改善改革の必要性を申し上げ、かつ改革の実現のために格段の努力をしていただきたいということを申し入れたところでございます。
 この問題につきましては、日本ユネスコ国内委員会から改善改革についての申し入れがユネスコになされておりまして、文部省としても、この日本ユネスコ国内委員会の見解を尊重しつつ、外務省と密接に連絡協力して、その趣旨がユネスコ執行委員会等で反映されるように今後とも努力をして、ユネスコの改革が進むように努力をしていく考えでございます。
○永江委員 次に、ちょっと時間の関係で、一、二、せっかく文部大臣もお見えでございますから、臨教審に関することについてお尋ねいたしたいと思います。
 臨教審の第一次答申も、新聞の報道によりますと六月二十六日と言われておるわけでございますが、間近に迫っておることは間違いないようであります。今日まで臨教審が、国民の声を聞くために、あるいは各種団体、地方公聴会を行っておるわけでございますが、その中で、特に現場の先生方がどの程度参加して、今回の教育改善にどういうような発言があったのか、少しお聞かせいただきたいと思います。
○齋藤(諦)政府委員 先生御案内のように、臨教審には、委員、専門委員の中に現場の関係者もいるわけでありますけれども、他方、できる限り国民の意見等を審議に反映させるということで、公聴会について申しますれば六回開いてきたところでございます。これまで意見発表者総数四十八人でございますが、そのうち十九人が教員で、大体三九・六%でございます、なお、傍聴者はそれぞれの希望者、もちろん意見発表者もその希望者から採用するわけでありますが、傍聴者も希望者から採用いたしました。従来のトータルで申しますと、約三千三百人の傍聴者のうち四割程度が教員であった、こういう状況になっております。
○永江委員 どういうような意見が主に出されておったか。
○齋藤(諦)政府委員 公聴会で述べられた意見等につきましては、教育改革の方向とかあるいは現状の問題点等に関するものがありますけれども、どうしても現場の先生方につきましては、現状の問題点とかあるいは教育内容についての自分の経験に基づく、例えば内容の精選であるとか、もう少し教員と生徒が人間的なつき合いができるような環境の設営であるとか、そういう実際の運営に対する御希望が非常に多いところでございます。
 なお、人によりましては、六・三・三という、こういう制度が定着したことを前提にしてぜひ検討していただきたいという意見もありますし、他方、それに対して現場の先生から、四国でございましたけれども、六・三・三を別の制度にしてもいいのではないか、こういう提案をする現場の先生もおられたりいたしまして、その点は必ずしも内容が一定の方向にあるというわけでもない、このように見ておる次第でございます。
○永江委員 これは臨教審の答申が出てみないとわかりませんので、なかなか御答弁もしにくいと思うのでございますが、いろいろ漏れ聞くところによりますと、制度をいじるということとか、今いみじくも六・三・三制のことについてのお話ございましたけれども、そういった中学高校一貫教育の学校を試験的にやってみてはどうかというような意見等がかなり強いということでございますが、こういうことになると、制度をいじればやはり全部財政がついて回る。こういうことについて、また財政的な困難さの中でなかなか難しいと思うのでございます。
 これは答申を見てからのことでございますけれども、一つだけ私が文部大臣にお聞きいたしたいことは、やはり国民の見ておるのは、制度も確かにいろいろいじってもらいたいけれども、今おっしゃったように、先生と子供がぴったり心のつながりが少ない、あるいは先生の資質にいささか欠けるところがあるのじゃないかという不満が国民の中に多いのでございます。これはしかし、もちろんいい先生もあれば悪い先生もいますから、十把一からげにという議論はなかなか難しいのですけれども、しかし、素朴な国民の、親の気持ちというのは、いい先生に当たれば、少々制度がどうであろうと、子供は幸せだと喜んでおるわけでございます。ここにこそやはり教育の根源があるということは、かなり多くの一致した意見として私は考えるのでございますけれども、そうなりますと、そういった先生の資質についてどうやっていくか、これは文部省にとっても一番重要な問題でございますが、この点についての御所見を伺いたいと思います。
○松永国務大臣 永江先生御指摘のとおりでありまして、昔から教育は人なりと言われておりますように、教育のよしあしは教育に当たってくださる教師、先生の、よしあしという言葉は適当でないかもしれませんが、いい先生が意欲を持って教育に当たってくださるということが教育の成果を上げることができるかどうかの決め手だというふうに思います。
 そのためには、一つは教員の資質の向上という問題になってくるわけでございますが、これは教員の養成あるいは採用に関する制度の問題もございますが、これらの点については臨教審の方でさらに論議を深めていただけるように聞いております。
 その制度の問題は別といたしまして、現在の学校の現場の先生にいかにして意欲を持っていただき、あるいは教師としての使命感を持っていただいて、そして教育に当たっていただけるか、そういう状況をいかにしてつくり上げていくかというのが、行政の場にある我々としては一番大事な仕事であるというふうに思っておるわけでありまして、学校現場の活性化、教師の意欲をいかにして盛り上げるかということに、今後とも最善の努力をしていかなければならぬというふうに思っているわけでございます。
○永江委員 ところで、一つだけ具体的にお尋ねいたしますが、これで六月二十六日に第一次答申が出ましたときに、やはりそれはいいことはすぐにどんどん実行していかなければいかぬと思うのでございます。答申が出されたけれども腕をこまねいておるというわけにいかないはずでございまして、今国会はもう六月二十五日で終わるわけでございますが、次、臨時国会があるか通常国会があるか別といたしまして、来年度予算その他の、あるいは法改正等それに必要なことの答申が出れば、次の国会にはそういった法改正なり予算なり、これは積極的に文部省として提案をしていくおつもりであるかどうか、お答えいただきたいのでございます。
○松永国務大臣 臨教審では、六月末を目途に、いわゆる第一次答申を出していただくということになっております。臨教審設置法で、答申につきましては、政府はこれを尊重する義務があるということに明記されておりますので、答申の内容の実現のために我々としては最大限の努力を払う所存でございます。
 したがいまして、答申が出ましたならば、直ちに具体的な対応策について検討を始めるわけでございますけれども、では、具体的にどういう立法をいかなる時期に行うか、あるいはどういう行政上、財政上の措置をするかというのは、具体的な答申が出てからその対応策が決まるわけなんでありますので、答申が具体的に示された段階で直ちに検討に入る、そしてその結果として、いかなる時期にいかなる立法をするか、いかなる行政上、財政上の措置をするかということの検討を直ちに進めたいというふうに考えておるわけでございます。
○永江委員 大臣としてはそれ以上のお答えは難しいかもわかりませんが、ぜひここの機会で、せっかく出た答申には積極的に取り組んでいくという御答弁をいただきたいのでございます。そして秋の国会、さらに留任の意欲ぐらい燃やす中で、積極的に出していくというお答えをもう一つ重ねてしていただけませんでしょうか。
○松永国務大臣 答申が出ましたならば、これを尊重し、その内容の実現に向けて積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
○永江委員 臨教審の問題はこれでおいておきます。
 次に、最近世の親たちが、いろいろいじめの問題についてよく心配をしておるのでございます。私のところにも小さな子供がまだ三人おりまして、いじめられるのかいじめるのか、どっちにいたしましてもそういうことは非常に問題でございます。
 そこで、いろいろ見ておりまして、いじめの問題の一つとして、やはり心の問題、心というとすぐ道徳教育に結びつける嫌いがありますが、やはり今日の教育の問題として、心の豊かさというものが欠けておるのじゃないか。これは我々政治家も反省すべき点があるわけでありまして、ことしの正月の朝日新聞でしたか、世論調査を見ましても、今や国民の八五%以上は物よりも心を求めておる。
 ところが、我々は、物や金を与えるのが政治の仕事だということで、ずっとやってきたのですね。これは私もアンケートを見まして、非常に反省したのでございますが、これはやはり今日までの政治の流れとして、政治は国民に物を与えるんだ、あるいは道路をつける、橋をかける、これが政治家の仕事だということでやってきた。この中で国民の方は、既に物よりも心を求めておる。このずれがやはりそういったところにも全部影響しておるように思うのでございます。
 そういうことで、本当に今日の子供の学校教育の中で、心の豊かな人間、心という問題についてどう受けとめていくか、これは宗教との関係もあって非常に難しい点があるわけでございますが、文部省としてはいかがお考えでございますか。
○松永国務大臣 先生の御指摘のとおりでありまして、かつて我々が、あるいは我が国が貧しいときには、まず衣食住、これの充足が第一であったわけでありまして、その時代は、いわゆる物がやはり大事であった時期もあったわけでありますが、最近のように物が充足してまいりますと、やはり大事なのは心であり、あるいは心を中心にした文化の時代に入ってきておるというふうに思います。
 その心という問題でございますが、結局今一番欠けておる問題は、他を思いやり、他をいたわるという心。いじめの問題の関係では、そこらの点がもとにあるんじゃなかろうか。で、いじめという問題が深刻になってきておるわけでありますが、やれ世間が悪い、やれ教育がなっておらぬということをよく指摘されまずし、また、文部省何しているのだというおしかりを受けるわけでありますけれども、このいじめの問題につきまして、その背景、原因等を考えますと、一つには、その子供が生まれてから、幼いころに親からどういう育てられ方をしたか、そういう幼いときのしつけや育て方の問題、あるいは学校における先生の指導の問題、いろいろ背景にあるわけでありますけれども、そのもととなるのは、弱い者やその他に対するいたわりとか思いやり、そういう心が欠けている場合に、いじめとかそういったものが起こっておるんじゃなかろうかというふうに思われます。
 したがいまして、原因とか背景は大変複雑なんでありまして一これをすれば一遍に直るという問題でもありませんが、それぞれを直していかなければこの問題は終局的には解決しないと思います。しかし、文部省といたしましては、学校におけるこうした極めて遺憾な事態が多いということなんでありますので、一生懸命になってその対応策をやっておるわけでございます。
 まず、従来から学校の先生に対して、生徒指導をしっかりやってもらいたい、そのために指導資料の作成、配付、こういったものもやったところでありますが、さらにお医者さんとかあるいは心理学の先生とか、そういった有識者にお集まり願って、そうしていじめ対策に関する検討会議というのをこの四月に発足させたわけでありまして、間もなくその検討会議で専門家の先生方に検討していただいて、いろいろな意見がいただけるものと思いますが、その意見が出ましたならば、それを踏まえまして、このいじめの問題についてはより一層積極的に対応してまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
○永江委員 文部省の子供たちに対する基本的な生活態度とか、まあ道徳教育とまではいきませんが、今大臣おっしゃったように、この生徒指導――ところが、私はこれをちょっと見ましても、確かに言葉遣いをよくするとか、身だしなみを清潔にすみ、これは大事なことです。しかし、どうも日本の場合は、何かそういうことをするとすぐ形を気にする。形だけを考えるということが余りにも多いような気が一面するのでございます。
 よく聞くのですけれども、女の子のスカートのひだが何本以上あったらいかぬとか、くるぶしからのスカートの長さが何ぼというので、先生が校門で差し持ってはかるとか、子供の前髪を先生が追いかけて切るとか、全くそういう心を離れて、言うことが非常に、我が民族のせいかもわかりませんが、自由だというと勝手気ままにやる、ちょっと何か規則せなければいかぬとなると、全くしゃくし定規で、校門に先生が立って、毎朝差しで女の子のスカートの長さをはかって、一センチ違っておったらというような、こういうところに私はどうも、本当の人間の心の豊かさというような教育ではないという気が常にしているのでございます。
 本当に、飼っておる小鳥が死ねば涙を流すというのが心のことであって、スカートのひだが一本多いか少ないか、前髪が長いか短いかというようなことで心の豊かさをつくろうというやり方というのは、私はどこか間違っておるように思うのですけれども、いかがでございますか。
○松永国務大臣 先生の御指摘、ごもっともだと思うので、ありまして、形式じゃないと思うのです。いたわり、思いやり。例えば背の低い子がおる、あるいはひょろっとした子がおる、そうすると、そういったやや弱い者や発育不健全だとか、そういう者が案外陰湿ないじめの対象になっているという例がしばしばあるようでありまして、あるいは親の転勤に基づいて地方から転校してきた子供が方言である、そうすると、そのことをとらえてみんなでいじめるなどということがあるようでありますが、これこそまさにいたわる気持ちが足りないわけですね、いたわる心が。そうした心の問題として我々はとらえていかなければならぬ。いかにして他をいたわる心を幼少のころからはぐくみ、育てていくかということが大事なことであろうと思います。
 またもう一つは、学校という現場は、規則や規律は基本的なことは守るという慣習、これは必要だと思うのでありまして、だからといって、余り細かい点まで形式に流れてしゃくし定規にやっていくのもいかがかなというふうに思うのでありますが、要は形式よりも実質であるというふうに思います。
○永江委員 時間が参りましたので、質問はこれで終わりますけれども、文部行政というのは、確かにこれはなかなか難しい。今の問題でも、盾の両面ではございませんが、人によりましてやはり厳しくやれという意見も確かにあるのです。しかし一面、そういったいびつな形というものがまた違った問題を醸し出しておる。これは大変難しい行政だと思いますけれども、今大臣がおっしゃったように、他をいたわる、ここが大事なんだということを基本に置いて、ぜひとも行政に携わっていただきたい。通達とかなんかになりますと、どうしてもしゃくし定規にならざるを得ない面があると思いますけれども、そこはやはり人間性というものを持った行政、これこそ文部行政である、文教行政であると思うわけでございますので、ぜひともそういうことで、今後とも将来の日本を背負って立つ子供たちの教育に当たっていただきますように強く要望申し上げまして、質問を終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。
○安井委員長 次に、中川利三郎君。
○中川(利)委員 国立大学の学長や臨教審委員のあり方でお聞きするのでありますが、まず最初に外務省にお聞きいたします。
 御承知の世界基督教統一神霊協会、いわゆる統一協会、あるいは原理運動と言っていますが、その教祖の文鮮明、韓国人でありますが、この方が昨年七月、アメリカで刑務所に収監されたわけであります。どんな理由で収監されたのか、外務省が把握しておりましたならばお答えいただきたいと思います。簡単で結構です。
○渋谷説明員 文鮮明は、脱税容疑で起訴され、判決内容は懲役十八カ月、罰金二万五千ドルというぐあいに承知しております。
○中川(利)委員 その際、アメリカで彼は、おれの方は宗教団体だから脱税には該当しないんだと、大分抵抗したのですね。しかし、アメリカは、最後は連邦最高裁でありますが、それを認めなかった。とんでもないということでとうとう収監した。こういうことでありますから、もう宗教法人なんというものではない、いわば淫祠邪教のたぐいに規定づけられたわけであります。
 アメリカでさえもそうでありますが、日本国内で、例えば国会でも、この統一協会がいかにひどいいろいろな悪業を重ねているのかという問題でありますが、国会で追及された。その犯罪行為の一部を政府御答弁で若干拾ってみますと、例えば一つには、これは政府答弁です。「統一協会関係の空気銃、昭和四十三年当時」、「それの販売をめぐって当時十三件の検挙をいたしております。」これは五十二年四月二十日の法務委員会での柳館警察庁保安課長の答弁です。
 二つ目には、一九七四年一月に統一協会の関係者五百八十二名がビザの資格変更を申請、この五百八十二名のうち日本人は二百八十一名、アメリカの移民帰化局は、統一協会の学校がニューヨークで正式に認可されたわけでもない、花売りとか募金活動等々をやっておるということで、この資格変更は却下された。一九七六年七月に百七十名の統一協会関係者が、同じく申請百七十名のうち百六十五名が日本人、これら統一協会員はアメリカで違法行為を働いて、不法滞在者として国外追放をされた。このような答弁は、七七年四月二十日と五月二十五日の法務委員会での遠藤外務省北東アジア課長の答弁です。
 三つ目で言いますと、五十三年二月から七月までの間、徳山市内で高麗ニンジン濃縮液等を販売、それが薬事法違反で最高裁でも有罪の判決が確定。これは法務省の前田刑事局長の答弁です。それから、「背景に統一協会ということがございまして、組織的な事件だという観点から、わりかた重点的に事件の捜査はした」、これは前田局長と同時に警察庁の中島公害課長の答弁、日付はいずれも八二年四月十四日の法務委員会であります。
 四つ目には、印鑑などの訪問販売に関してこう言っています。「ちょっと調査いたしましたところ、ここ二、三年の間に警視庁の方で詐欺あるいは訪問販売法違反として検挙を数件やっております」、これは八四年四月十一日、法務委員会で警察庁保安部の清島経済調査官の答弁です。
 これらの事例はほんの数例にすぎない。これらを見るまでもなく、一連のこうした犯罪行為が数十回にわたりまして国会で追及された。その答弁が今のような形になっているということです。まさに異常なことだと思うのです。
 そこで、私は法務省に聞くのでありますが、統一協会と国際勝共連合の関係についてであります。昨年の四月十一日、法務委員会で我が党の野間議員の質問に対しまして、法務省の寛刑事局長さんはこう言っていますね。「宗教法人世界基督教統一神霊協会と政治団体国際勝共連合とは、団体としては別個のものであるが、思想的には相連結するところがあり、また、両者の間には役員、会員、賛同者の共通する者が多く、その点において両者は組織上も関連するところがあり、さらに、両者の間に資金面の関連も否定できないとされております。」こういうふうに五十二年一月の神戸地裁判決を引用して答えております。
 そこで、法務省に改めて確認するのでありますが、いわゆる統一協会と国際勝共連合の組織の同一性というのは、この局長の答弁どおりと認識してよろしいかどうか、改めてお聞きします。
○原田説明員 お答え申し上げます。
 お尋ねの事件に関連いたしまして、御指摘のとおり刑事局長が答弁いたしております。その答弁内容は、判決でどのように勝共連合及び統一協会等との関係が判示されているかというお尋ねに対しお答え申し上げたものでございまして、判決の認定するところに従いまして御指摘のような判示がなされているということを答弁いたしておりまして、その内容につきまして変更すべき点はございません。
○中川(利)委員 ここに若干の資料がございます。これはCAUSAという団体ですが、「CAUSA日本会議 ご案内」という資料でございます。昭和六十年二月吉日に各界に出した案内状の世話人代表は、景山哲夫近畿大学学長、木内信胤世界経済調査会理事長、郷司浩平日本生産性本部会長とか、こういうそうそうたる顔ぶれが世話人代表になりまして、これはことしの三月二十九日から三月三十一日までの日本会議の御案内なんです。会場は箱根プリンスホテル、参加資格、「(一)大学の総長、学長、理事長(経験者も含む)及びそれに準ずる大学関係者 (二)各界の指導者」、こういう格好で案内が来ておるわけでありまして、それに従って第一回の日本会議が、先ほど述べました箱根プリンスホテルで三月二十九日から三十一日です。
 第二回の会合が五月三十日から六月二日、これは志摩観光ホテル。第三回が六月二十一日から六月二十三日まで、これはすぐ近くですね、箱根プリンスホテル。第四回が六月二十七日から六月三十日まで、これが軽井沢プリンスホテル。
 そこで、文部省にお聞きするのでありますが、CAUSAとはだれが何の目的でつくったのかということですね。御承知ならばお聞かせいただきたいと思います。
○松永国務大臣 私どもは承知いたしておりません。
○中川(利)委員 この呼びかけ人のメンバーの中には若干の国会議員もおるわけでありますが、今大臣は承知しておらない、こういうことでありますから、では、私の方から申し上げます。
 CAUSAというのは、私もにわか勉強でありますが、教祖文鮮明が提唱し、設立した。CAUSAそのものはラテン語でございまして、原因という意味だそうでございます。すべての根源とか原因という意味。
 ここに「思想新聞」というものがございます。これは昨年、八四年二月二十六日の「思想新聞」でございますが、国際勝共連合が発行場所であります。ここに、「CAUSAとは 日本語訳はアメリカ社会統一協会連合」、「設立当初の目的は、南北アメリカ大陸で国際共産主義と対決する宗教勢力の、イデオロギー的空白を補うことであった。」といって、でかでかと、南米ウルグアイの首都モンテビデオで開いた第一回会議の状況を伝えておるわけであります。そうしてこの延長線上に、勝共連合の機関紙であります「思想新聞」のことし、八五年四月十四日付、この中にも、「カウサとは本連合の友好団体で、共産主義運動を克服するとともに価値観の検討と道徳的復興の促進を目的に米国で設立された民間教育団体。本連合の創始者でもある文鮮明師によって提唱され、」云々ということが書いてあります。
 今御承知になったと思いますが、このように明白な目的意識ですね。しかも、先ほど申し上げましたCAUSAの案内状の中にも、同じことが書かれております。先ほどのCAUSA日本会議の御案内文は、「CAUSAは先進国共通の社会問題」云々ということをずっと言いまして、「伝統的価値観を否定する共産主義思想の克服を通して道徳的復興、文明社会の再建を目指しています。」この目的のために開かれる、明らかにはっきり言っておるわけであります。
 そこで、大臣がこういう重要な問題を知らないということがどういうことかは別にいたしまして、この中に国立大学の学長である、詳しく申しますと筑波大学の学長の福田信之さんという方が出席しておりまして、これは第一回にも出席し、来るべき第四回にも、案内状にはっきりCAUSAのスピーカーといいますか、報告者になっているのですね。このことが一体どういうことなのかということです。文部省はこれを承知しておりますか。
○西崎政府委員 ただいま先生御指摘の福田筑波大学長のCAUSA出席の件でございますが、私ども、先生の御質疑通告がありましたことで、大学の事務当局を通じまして学長本人に問い合わせをいたした次第でございます。事務当局を通じての学長のお答えといたしましては、第一点は、CAUSAの実態はよく承知していない。したがって第二点、関係もしていない。そういうふうな状況の返事をいただいておるところでございます。
○中川(利)委員 福田学長という人の性質を最もよく物語る今の言い方だと私は思うのですけれども、国までだますというか、私は今の福田学長側の発言を重大な問題として受けとめておるわけであります。先ほど申し上げました三月二十九日から三十一日、三日間箱根プリンスホテルで開かれました第一回のCAUSA日本会議、このシンポジウムに、外人が一人と福田信之筑波大学学長がCAUSAの講師となっておるのです。それなら、これは実態について御調査いただけるかどうか。
 それから、来るべき第四回のCAUSA、つまり、これは六月二十七日−六月三十日ですからまだ若干日にちがありますが、この最後の、つまり四回目で最後の会議で、草柳大蔵さんと福田信之氏、それからジョン・S・トールとかというアメリカのどこかの大学の学長が講師になっておりますが、今の前段の方は改めて調査していただきたいと私は思うわけであります。
 なぜそう言うかというと、筑波大学の学長が、いやしくも国立の大学の学長ですが、ある新聞社の編集委員から、余りにもひどい、何というか、自分のやったことをやらないと言ったり、あるいはいろいろな問題について告発される、そういう動きを私、今キャッチしているわけでありますが、そういうことと同じような、自分がしたことを知らないと言う、こういうやり方、これはもう全く資質にかかわる問題と思うのでありまして、今お聞きすることは、一つは、向こうの言い分だけじゃなくて調べていただきたいということ。もう一つは、大臣にお聞きするのでありますが、少なくとも国立大学の学長などは一党一派に偏してはならない、したがってこれらの報告者になるべきじゃないと思うのですが、この点についてどうかという点であります。
○西崎政府委員 ただいま先生御指摘の点で、第四回の会議が六月二十七日から軽井沢プリンスホテルであるということのお話でございまして、私ども、その点も含めまして事務当局を通じて筑波大学へ照会したところでございます。学長からのお答えといたしましては、報告者の中に学長の名前があるということではあるが、私としては一切知らないというふうなお答えでございました。
 それから、先生この点についての調査をというお話でございますが、私どもは、今申し上げましたように、先生の御質疑の通告を受けまして、このような事務当局を通じての御本人のお答えをいただいておるところでございますので、以上をもちましてお答えとさせていただきたいと思います。
○松永国務大臣 今官房長が答えたとおりであると思いますが、一般的に言って、大学の教員がシンポジウムなりあるいはセミナーなりに参加するかどうかということは、それぞれの教員が自主的に判断される事柄だというふうに思います。
○中川(利)委員 一般論で聞いているのじゃないんですよ。先ほどから具体的に福田何がしという筑波大学の学長、しかもこれが犯罪的な、まさに犯罪の、反共のためにはどんなまねもするという、アメリカでさえも指摘、糾弾老受けまして教祖が刑務所に収監されているというような、そういう団体なんです。
 特に私はこの機会に申し上げたいのは、当時副学長であった方がやはり国会で問題にされたことがございますね。七六年五月二十一日でありますが、衆議院の文教委員会の席上で、当時の文部大臣である永井さんは、大学での原理運動、統一協会運動に関連し、こう言っているのです。「大学は研究、教育の自由を重んすべきでございますから、一党一派に偏してはならないと考えます。また、御指摘のとおり学長に限らず教官の場合にも恐らくいろいろ一党一派に偏する刊行物への投稿というものにはある種の節度は必要だと」「われわれとして助言いたすべきであろうと思います。」こう述べています。この永井さんの答弁と今のあなたのあれは、大分後退が目立つと私は思っておるわけでありますが、それはそれとして、次の方に進ませていただくわけであります。
 それは、CAUSAを知らない、つまりこういう団体とは関係ないのだ、こういうようなあれですが、これはだれでも御承知のとおりで、あの勝共連合にいつも寄稿する常連執筆者、これが福田氏でありあるいはその他の方々でございますが、私が今お聞きしたいのは、筑波大学の学長であるこの方は、最近一年間だけでも四回にわたって外国に出張しておりますね。そのうち五十九年七月四日から七月七日と六十年四月二十七日から四月二十八日の二回は韓国に行っております。文鮮明の、教祖のいる韓国ですね。それはどんな目的で行ったのか、文部省にお聞きするのであります。
○西崎政府委員 ただいま御指摘の筑波大学長の韓国出張の件でございますが、まず第一回の昨年七月の出張につきましては、韓国ソウルにおける大韓民国政府の文教部長官及び監査院長と日韓間の学術、文化交流計画の推進について会談を行うことを目的として渡航いたしたというふうに承知いたしております。それから第二回目、本年の四月でございますが、この出張目的は、大韓民国檀国大学校における教育事情を視察し、意見交換を行い、講演等を行うということを目的として訪韓をしたものであるというふうに承知いたしております。
 以上でございます。
○中川(利)委員 国立大学の学長が四回外国へ行って、そのうち二回は韓国ですね。やはり何か少しにおいがするわけでありますが、いずれも立派な会議に出席したということであるわけでありますが、同時に、その四回のうちのもう一つはニュージーランドへ行っているのです。これは六十年三月二日から三月十三日までね。私が調査したところだけじゃなくて、いろいろな統一協会内部の証言を聞いてみますと、この統一協会の事業部門であるハッピーワールドといって、あの高麗ニンジン茶とか多宝塔とかつぼを売ったり、あるいは印鑑を何倍から何百倍で売る大変指弾を受けておる事業体がございますが、そのメンバーがほぼ同じころにニュージーランドに行っておるし、一般のそういう人々の話を聞きますと、あれは学長がハッピーワールドに先乗りして行ったのじゃないか、そういううわさまで出ておるわけであります。私はあえて個人的な中傷を申し上げているのじゃなくて、それほどにひどい状態が慢性化しておるという話でございますが、私は、この福田学長と文鮮明及び統一協会との密接な関係は、今ほど文部省からお答えがありましたが、知らぬは文部省ばかりなり、こういうことだと思うのです。
 先ほどちょっと申し上げましたように、昨年十一月十九日から東京で開かれました統一協会文鮮明教祖提唱の世界言論者会議にも姿を見せたことも明らかにされているわけでありますが、どうも国立大学の学長としての資質を私は疑わざるを得ないと思うのです。
 とりわけ、ここに持ってきておるのは「文芸春秋」、昨年の七月号でありますが、ここに統一協会の機関紙である「世界日報」という新聞もございますが、この元編集局長、統一協会本部の広報局長も兼務しておりました副島嘉和さんという方の手記が掲載されております。その中に非常に注目すべきことが書かれているわけでありますから、その部分をちょっと読みますと、統一協会のイデオロギー部門の一つである世界平和教授アカデミーの話でありますが、こう書いてあります。
  これらのおぜんだてをする「世界平和教授アカデミー」の日本組織は、元立教大学総長松下正寿氏や、現筑波大学長福田信之氏らが中心となっている。実は、統一教会はこの両氏を含む四人の学者を教会に貢献する重要人物に指定し、定期的に手当てを支払っていた。統一教会本部局長会議での予算配分の報告の時は、四人に対する支払い金額が記録されていた。その金額は私が記憶するかぎり、月々六十万円が二人、四十万円が二人だった。
こう言っておるわけであります。
 そこでお聞きするのでありますが、大変リアルに書いてあるのであります。総務庁にお聞きするのでありますが、国家公務員法第百四条、「他の事業又は事務の関与制限」という項目がございます。国家公務員は何らかの対価として報酬を得る場合は、「内閣総理大臣及びその職員の所轄庁の長の許可を要する。」となっております。国立大学学長の場合は、教育職俸給表の一等級以上になっているはずでございますから、報酬を得る場合、当然内閣総理大臣の許可を得ることになると思うのです。総務庁に聞くのでありますが、福田学長は五十七年以降、総理大臣の許可を得ているのかどうか、明らかにされていただきたいと思います。
○上吉原説明員 お尋ねの点につきましては、昭和五十七年以降現在までの間におきまして、許可を行ったという実績はございません。
○中川(利)委員 大変ショッキングな話を聞きましたが、許可を受けないで勝手にもらっておった。道理で、この本がこういうふうに公刊されたにもかかわらず、福田学長からは何ら「文芸春秋」や執筆した副島さんのところに訂正申し入れもなかった、こういうことでありますから、結果的には自分が懐に入れながらも報告しなかった、こういうことであります。
 それでは、文部省にお聞きするのでありますが、国立大学の学長が国家公務員法に違反している疑いがあるわけでありますが、このことは国民、学生に対して示しがつかないと思うのです。この際、事実確認を行うべきであると思いますけれども、いかがでありますか。
○西崎政府委員 まず、「文芸春秋」にかかわる記事の件でございますが、昨年七月号において先生御指摘のような記事が載ったことは承知いたしております。そこで、私ども当時、昨年の六月十二日でございますが、大学を通じまして本人に確認をいたしました。そのときの学長からの答えとして、そのような金銭の授受の事実はないということでございました。これは昨年の六月十二日の照会の学長の答えでございます。
 なお、申し上げますれば、福田学長は、「文芸春秋」編集長に対し抗議を行ったというふうに私どもは聞いております。それが第一点でございます。
 それから、兼職、兼業の関係でございますが、国家公務員法百四条にかかわる兼職、兼業は、報酬を得て兼職、兼業をする場合、先生御指摘のとおり、総理大臣及び所轄の大臣の許可が必要だということで明記されておるわけでございますが、報酬を得ないで兼職、兼業をする場合は、百四条とかかわらないところでございます。福田学長に関しましては、ただいまお答えがございましたように、報酬を得ての百四条にかかわる兼職、兼業の許可申請はなく、許可の実績がないわけでありますが、報酬を得ないで兼職、兼業をする場合については、文部省の方に届け出、承認をするべく申請が来て、それに私どもは同意をしておるというケースが六件ございます。
 以上でございます。
○中川(利)委員 時間がありませんので最後になりますが、今文部省が学長に問い合わせたのは、学長の言い分をそっくり取り次いだ、こういうことでありまして、文部省が調査したことの内容ではないわけでありますので、再度この点を、本人に言ったらこう答えましたといったら何も文部省じゃないじゃないですか、指導機関ですから、中身に入ってその実態を明らかにするという責任がある、この点をはっきりさせていただきたいということが一つであります。
 それから、第二回CAUSA日本会議が、先ほど申し上げましたとおり、ことしの五月三十日から六月二日にかけて行われました。この中で、臨教審の第二部会の専門委員である石井公一郎氏がこのときのシンポジウムの報告者になっております。また、今月二十一日、二十三日にかけて行われる第三回のCAUSA日本会議では、臨教審の第一部会の会長である天谷直弘氏、それから第四部会の専門委員である渡部昇一氏、両氏もシンポジウムスピーカー、つまり報告者として出席予定になっております。
 しかも天谷氏の場合は、我が党の記者の取材に対して、「福田君(筑波大学長)からいわれ、渡部君も出るというからオーケーした。」と言っています。「「文鮮明に関係しているとは知らなかった」といいながらも、「引き受けたからには断ることはできない」」と、あくまでも出席することを主張しています。我が「赤旗」という新聞の記者にこう言っておるわけでありますが、この点について文部省はどう思うかということが第二点。
 第三点は、臨教審の法第一条で「目的及び設置」が規定されておりますが、その中ではっきりと「教育基本法の精神にのっとり、」と記されておるわけです。同法九条三項では、「事務局長は、文部事務次官をもって充てる。」となっています。つまり、教育基本法の精神というのは憲法の精神にのっとるということだと思うのでありますが、教育的に中立を標榜している臨教審委員が、犯罪の数々を重ねている集団に顔を出しているのは問題だと思いますが、この点に対する見解をお聞きして、終わりといたします。
○西崎政府委員 ただいま先生御指摘の三点のうち、第二点からお答えいたしますが、臨教審の委員に対して、福田学長からシンポジウム出席について話をした事実があるかないかの点でございます。この点は先ほど問い合わせをし、お答えをいただいた際あわせてお尋ねいたしましたところ、臨教審天谷委員等と話したこともないし、石井委員にシンポジウムの出席依頼をしたこともないというお答えをいただいておるところでございます。
 それから、第一点の問題で調査をなお詳細にするようにというふうな御要望でございますが、やはり学長として私的な活動がいろいろあるわけでございまして、その点について私ども、先生御指摘の点でございますので、できる限りの連絡をし、お答えをいただいておるところでございますので、これ以上の立ち入った調査は困難でございますので、御容赦いただきたいと思います。
○中川(利)委員 以上で終わります。
○安井委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後六時五分散会