第126回国会 外務委員会 第7号
平成五年五月十一日(火曜日)
    午前十時二分開議
出席委員
  委員長 伊藤 公介君
   理事 小里 貞利君 理事 狩野  勝君
   理事 古賀 一成君 理事 鈴木 宗男君
   理事 長勢 甚遠君 理事 上原 康助君
   理事 土井たか子君 理事 遠藤 乙彦君
      奥田 敬和君    坂本三十次君
      中山 正暉君    細田 博之君
      松浦  昭君    宮里 松正君
      井上 一成君    川島  實君
      高沢 寅男君    藤田 高敏君
      鍛冶  清君    古堅 実吉君
      柳田  稔君    和田 一仁君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 武藤 嘉文君
 出席政府委員
        外務大臣官房外
        務参事官    小池 寛治君
        外務省アジア局 池田  維君
        長
        外務省欧亜局長 野村 一成君
        外務省条約局長 丹波  實君
        外務省国際連合
        局長      澁谷 治彦君
 委員外の出席者
        内閣官房内閣内
        政審議室内閣審
        議官      小島比登志君
        内閣総理大臣官
        房参事官    坂本 幸一君
        内閣総理大臣官
        房参事官    成田 一郎君
        国際平和協力本
        部事務局参事官 川口  雄君
        警察庁刑事局保
        安部少年課長  今井 大助君
        防衛庁防衛局運
        用課長     野津 研二君
        法務省民事局第
        二課長     小池 信行君
        法務省民事局第
        五課長     下田 文男君
        法務省民事局参
        事官      岡光 民雄君
        法務省入国管理
        局参事官    坂中 英徳君
        外務大臣官房審
        議官      小西 正樹君
        文部省初等中等
        教育局高等学校
        課長      富岡 賢治君
        文部省学術国際
        局国際企画課長 行田  博君
        厚生省保健医療
        局精神保健課長 廣瀬  省君
        厚生省児童家庭
        局企画課長   宮島  彰君
        厚生省保険局国
        民健康保険課長 石本 宏昭君
        郵政省放送行政
        局第二業務課長 上田 誠也君
        外務委員会調査
        室長      黒河内久美君
    ―――――――――――――
委員の異動
五月十一日
 辞任         補欠選任
  東  祥三君     鍛冶  清君
  和田 一仁君     柳田  稔君
同日
 辞任         補欠選任
  柳田  稔君     和田 一仁君
同日
 理事東祥三君同日理事辞任につき、その補欠と
 して遠藤乙彦君が理事に当選した。
    ―――――――――――――
五月十一日
 子どもの権利条約批准に関する請願(沖田正人
君紹介)(第二〇一七号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 理事の辞任及び補欠選任
 児童の権利に関する条約の締結について承認を
 求めるの件(第百二十三回国会条約第九号)
     ――――◇―――――
○伊藤委員長 これより会議を開きます。
 議事に入るに先立ち、御報告いたします。
 去る四日、カンボジアにおいて、我が国から、国連平和維持活動のため、文民警察官として派遣された岡山県警警視高田晴行君が、職務中、何者かによる襲撃のため不慮の死を遂げました。まことに痛惜の念にたえません。
 ここに同君の死を悼み、謹んで黙祷をささげたいと存じます。
 御起立をお願いいたします。――黙祷。
    〔総員起立、黙祷〕
○伊藤委員長 黙祷を終わります。御着席願います。
     ――――◇―――――
○伊藤委員長 理事辞任の件についてお諮りいたします。
 理事東祥三君から、理事辞任の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○伊藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 引き続き、理事補欠選任の件についてお諮りいたします。
 ただいまの理事辞任に伴う補欠選任を行いたいと存じますが、先例によりまして、委員長において指名することに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○伊藤委員長 御異議なしと認めます。
 それでは、理事に遠藤乙彦君を指名いたします。寺
○伊藤委員長 児童の権利に関する条約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。狩野勝君。
○狩野委員 自由民主党の狩野勝でございます。
 きょうは、条約の審議の日でございますけれども、急を要しますので、冒頭二点、カンボジア問題について質問をさせていただきたいと思います。
 去る四日、カンボジアの西北部、タイ国境近くで、日本人文民警察官高田晴行警視が虐殺された痛ましい事件について、私どもはまことに悲しみにたえません。死亡した故高田警視の御冥福をお祈りするとともに、御遺族に心から哀悼の意を表したいと思います。
 今、政府も村田自治大臣をカンボジアに派遣し、努力されているところでございますが、私は次の二点について御質問をいたしたいと思います。
 まず第一点は、カンボジアにおいては、制憲議会選挙を二週間後に控えて、永続的平和を実現するため、重要な局面に至っておるわけであります。他方、ポル・ポト派は選挙への不参加を表明し、六日の北京での四派会合も欠席するなど独自の路線をとっております。
 ガリ事務総長は制憲議会選挙を予定どおり行う旨述べておりますが、かかる状況のもとで選挙は実施できるのかどうか。また、選挙後のカンボジアは安定するのか。カンボジア情勢の見通しに関する政府の見解をまずお伺いいたしたいと思います。
○武藤国務大臣 先般の高田警視の痛ましい死亡事件というのは、今おっしゃるとおりで、何者かによって、しかも、カンボジアの和平のために努力していたその高田警視が、何者かはわかりませんけれども、少なくとも考えられるのはカンボジアの国民によって殺害される、まことに義憤の念を禁じ得ませんし、本当に悲しい気持ちでいっぱいでございます。心から御冥福をお祈りしたいと思うのでございます。
 いずれにしても、選挙が行われるかということでございますけれども、このような事件が時たま起きていることは事実でございますが、しかし、全面的な戦争に至っているわけではございませんし、我々は、パリ和平協定の基本的な枠組みというのは維持されておると判断をいたしております。
 そういう観点からまいりまして、できるだけ今後ともUNTACともよく協議をしながら進めていかなければなりませんけれども、やはりカンボジアの大多数の国民は、何とか一日も早く平和な民主的な国家を再建したい、こういう気持ちでいることだけは間違いないわけでございます。選挙登録も五百万人近い方が登録されておるわけでございまして、そういうことを踏まえれば、やはりなるべく安定した環境の中で選挙が行われるように日本としても協力していきたい、ぜひ選挙はやるべきである。
 この間、私どもの今川大使それからアジア局長もシアヌーク殿下にもお会いし、その点についてはシアヌーク殿下も同じ考え方であるようでございますし、また、シアヌーク殿下が招集をされました北京における会議においてもその点は確認をされておるわけでございますから、選挙は予定どおり行われる、そして日本もそれを支持していきたい、こう考えております。
○狩野委員 今大臣がお話しのように、この制憲議会選挙はまさに自由民主主義カンボジア樹立への国際共同作業であり、UNTAC幹部からも、日本は本当によくやっているという声も聞くわけでございますけれども、このような事件を引き起こした犯人に対しましては、本当に私どもも激しい憤りを禁じ得ないわけでございます。
 それと同時に、故高田警視は、若い命をカンボジアにおける和平の実現のためにささげられたのであり、我々としては故人の崇高な御遺志に敬意を表するとともに、引き続き確固たる態度でカンボジア和平を求めるUNTACの活動を支持していく、こういう考えに立つべきだと思います。
 しかしながら、一部では、今回の事件につき、犯行のあり方からしてUNTACを組織的、計画的にねらったものであり、国際平和協力法に言うところの停戦合意等の五原則は崩れたのではないか、こういう見方もあるようでありますし、中には、撤退すべきであるという声さえあるわけでございます。ここで、政府の考え方を再度確認をいたしたいと思います。
○武藤国務大臣 今回の不幸な出来事につきましては、現在UNTACが調査中でございまして、計画的、組織的なポル・ポト派の犯行であるかどうかもはっきりいたしていないのが現状でございます。
 いずれにいたしましても、先ほども申し上げましたが、やはりパリ和平協定の基本的な枠組みは依然として維持されておる、ポル・ポト派もパリ和平協定は遵守する、こう言っておるわけでございますし、そういう面からいけば、私は日本のいわゆる五原則が崩れたという判断はいたしておりません。
○狩野委員 あしたには村田自治大臣も帰国されるわけでございますが、現地情勢をひとつよく分析をされまして、日本人だけの安全性というのではなくして、参加文民警察官のすべての安全のもとでカンボジアの和平が実現するよう全力を尽くされますことを要望いたしまして、次の質問に移りたいと思います。
 児童の権利条約についてでございますけれども、この児童の権利に関する条約の草案については、一九七八年の第三十三回国連総会以来十年間にわたる検討が行われた結果、一九八九年、すなわち平成元年度の第四十四回国連総会において無投票で採択をされております。
 児童の権利条約の発端というか根源は、一九二四年の児童の権利に関するジュネーブ宣言までさかのぼると言われていますが、このジュネーブ宣言は、第一次世界大戦で被害を受けたヨーロッパの子供たちを緊急に救済、保護することを主たる目的として児童の保護の原則をつくったと言われておるわけであります。
 そして、今なお発展途上国では何千万人の子供たちが飢えに苦しむ劣悪な環境下での生活をしている中で、この児童に関する条約は、先進国、開発途上国の別を問わず、困難な状況に置かれた児童の人権の尊重、保護の促進を目指した普遍的内容を持つものであると考えます。したがって、この条約の締結に対する関心も高いと思いますが、締結することの意義について、また、各国の締結状況につきまして外務大臣の御所見をお伺いいたしたいと思います。
○武藤国務大臣 この条約は、今御指摘のとおり、児童の権利に関しての基本的なことを決めておるわけでございます。例えば、生命に関する固有の権利あるいは思想の自由、社会保障についての権利あるいは教育についての権利、このように基本的なことが決められておるわけでございまして、このような権利がいわゆる差別もなしに尊重され及び確保されるように、締約国がすべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずることを定めております。
 この条約の締結国は既に百三十四カ国に及んでいるわけでございまして、またこの条約については、一九九〇年の子供のための世界サミットの宣言及び行動計画、さらには国連における諸決議でも要請されておりまして、今や世界的な関心事になっておるわけでございまして、我が国といたしましても、ぜひともこのような条約は一日も早く締結をすべきことであるというふうに考えてお願いをいたしておるわけでございます。
○狩野委員 この条約は、本文だけでも五十四条から成り、児童の人権と保護について広範に規定をいたしております。
 そこで、一部には、この条約が批准されれば国内の法律や制度を大きく変える必要があるのではないか、こんな意見も聞かれるわけでありますが、他方、我が国においては、児童を含む国民の人権は、憲法を初めとする現行国内法制で幅広く保障されているものと考えられますが、この条約と国内法との関係について外務省にお伺いをいたします。
○小西説明員 お答え申し上げます。
 この条約の締結につきましては、政府部内で鋭意検討を重ねてきました。その結果、その目的といたしますところは、基本的人権の尊重の理念に基づいている我が国の憲法と軌を一にするものであり、またこの条約上の権利につきましては、その内容の多くが我が国も既に一九七九年、昭和五十四年に締結しております国際人権規約に規定されておりまして、憲法を初めとする現行の国内法制で既に保障されているということから、政府としては、本件条約の実施のためには現行国内法令の改正または新たな国内立法措置を必要としていないというふうに考えております。
 ただ、本件条約におきます自由を奪われた児童の成人からの分離ということにつきましての規定、これは条約の三十七条(c)というところに規定がございますが、これに関しましては、その内容にかんがみまして、所要の留保をつけましてこの条約を締結することを考えております。
○狩野委員 この条約は、従来子供が管理の対象とされ、権利の主体として認められてこなかった点を改め、新しい子供観に立って子供の権利保障をしようとするものであるから、この条約の名称を子どもの権利条約とすべきであるとの主張があります。
 しかし、この条約は、我が国の憲法や我が国が締約国となっている国際人権規約において規定されている権利を児童についてより詳細かつ具体的に規定したものだと私は思います。すなわち、従来児童が権利の主体たり得なかったという議論は誇張であり、またこの条約は、これまでの児童の人権の保障をさらに充実するものとして重要であることは言うまでもないとしても、子供観の転換なるものを伴うものではありません。
 したがって、この条約の訳し方でございますが、チャイルドの訳し方を変えるべきであるとの指摘はそもそも前提を欠いておりますし、いずれにせよ、チャイルドの訳し方によって保障される権利の内容が変わるものではないことは明らかではないかと思います。
 これまで国際児童年とか国際児童基金というように、チャイルドが一般に児童という言葉であらわされていることからも、この名称は児童が適していると考えておりますが、この名称につきまして、あえて大臣の御見解をひとつ確認しておきたいと思います。
○武藤国務大臣 細かい従来の国内法などにつきましての具体的な事例については事務当局から答弁をさせますけれども、いわゆるチャイルドの訳を子供と訳すべきではないかということでございますが、後ほど事務当局から説明がありますように、従来の国内法との関連においても、私どもは児童という名称の方が適当であるというふうに考えております。ぜひ児童という名称でお願いを申し上げたいと思っております。
○小西説明員 追加的に御説明させていただきたいと思います。
 この条約は、先ほど先生も御指摘になられましたように、児童が持っている権利について規定しておりますけれども、児童の養育、発達についての父母等の責任等についても規定しておりまして、この点は、憲法や国際人権規約においてとられてきた考え方と軌を一にするものでございます。
 この条約の名称でございますけれども、政府といたしましては、我が国がこれまで締結した条約の訳語の例及び国内法令における用語との整合性、こういったことを考慮に入れまして、御指摘のとおり、チャイルドの訳として児童というのが最も適切であるというふうに判断いたしまして児童ということに決定したわけでございまして、子供に改めるということは考えておりません。
 その理由をもう少し具体的に申し上げますれば、我が国が現在まで締結した条約においては、チャイルドという英語の言葉が、親子関係における子という意味に限定されるときには子という訳が用いられているわけでございます。また、必ずしもこのような観点に着目しないで、一般的に低年齢層の者を指す場合には児童という訳語が用いられるのが通例となっておるわけでございます。
 他方、我が国の国内法令におきましても、児童の定義が必ずしも統一されているわけではございませんけれども、広く児童という言葉が、用語が法令用語として用いられているということでございます。このような点を勘案いたしまして、私どもはチャイルドを児童というふうに訳したわけでございます。
○狩野委員 次に、学校現場への影響について伺いたいと思います。
 児童の健やかで健全な成長を願い日々努力しておられる学校教育現場の先生方の間にも大変懸念される問題点が多々あるわけでございますが、表現の自由、思想、良心の自由、結社、集会の自由など条約に規定されている種々の権利は、さきに申しましたとおり、既に我が国では憲法や国際人権規約により普遍的に保障されているのであり、条約が批准されたとしても我が国の教育制度や基本的なあり方に変革が求められるものではないと私は思います。
 そういう観点から数点、時間が余りありませんけれども、ひとつ個々に質問をしたいと思いますが、まず一つは、第十二条の意見表明の権利と学校運営との関係についてでございますが、カリキュラムの編成や校則の決定などについて児童の意見を聞く必要があるとの見解が一部にありますけれども、これら学校運営の重要事項について、児童と相談してその意向を優先せねばならないとすれば、責任を持った学校運営は不可能であり、それらは学校の判断において決定せねばならないと思うが、文部省はこの点についてどう考えておるのか、お伺いいたします。
○富岡説明員 条約の第十二条の一項には、児童につきまして自己の意見を表明する権利を規定しているわけでございますが、同条は、児童の意見を年齢等に応じまして相応に考慮することを求めるものでございまして、児童の意見を無制限に認めよというものではないものでございます。したがいまして、例えば校則とかあるいは学校のカリキュラムにつきまして児童の意向を優先するということまで求めるものではなくて、それは学校の責任と判断におきまして決定されるものだというふうに考えておるわけでございます。
 また、十二条の二項でございますが、一定の行政上の手続につきまして児童が聴取される機会が与えられる旨規定しているわけでございますが、これは、個々の児童に直接影響を及ぼすような行政上の手続におきまして意見の聴取の機会を与えられる旨の規定でございます。したがいまして、個々の児童を直接対象としたということではない、例えば、学校のカリキュラムの編成、校則の決定等につきましては、条約上の義務ということとして、児童の意見を聞く機会を設けなければならないわけではないというふうに考えているところでございます。
○狩野委員 今ちょっと触れられたわけですけれども、自由権の保障の規定、今お話しのように校則による児童の行動の制約との関係ですが、これは我が国では、憲法や国際人権規約により児童にも既に保障されていると思いますが、この中で、校則等による児童生徒の行動の指導に大幅な変革を求められるとの見解が一部にあるわけであります。
 教育の場である学校が生徒の人格のよりよき発達を目指していくため、何らかの校則とか決まりが当然必要であり規制しなければならないと思いますけれども、この点、あえてもう一度お伺いしたいと思います。
○富岡説明員 校則は、先生御案内のとおり、児童生徒が健全な学校生活を営みまして、またよりよく成長、発展していくための指針としての役割を持つものでありまして、教育指導上大切なものでございます。
 学校におきましては、その学校の教育目的を達成するため、必要な合理的範囲内であれば校則等によりまして児童生徒の行動等に一定の制約を課すことができることとなっておるわけでございまして、このような基本的考え方は、条約が批准されましても変更されるものではないと考えているところであります。
○狩野委員 あえて細かく質問いたしますけれども、これはなかなかその内容等が正しく解釈されませんと、現場では大変混乱をすると思うわけでございます。第十四条にありますが、例えば思想、良心の自由、国旗・国歌の指導との関係でございますが、学習指導要領に基づく学校における国旗・国歌の指導が第十四条の趣旨に反するとの見解が一部にあるわけであります。国旗・国歌の指導は、児童が国民として必要な基礎的、基本的な事項を身につけるために行われているものであり、決して児童の思想、良心の自由の保障に抵触するものではないと思いますが、文部省の見解をお伺いいたしたいと思います。
○富岡説明員 我が国におきましては、長年の慣行によりまして日の丸が国旗、君が代が国歌であるという認識が広く国民の間に定着しているものでございまして、学校教育におきまして、学習指導要領に基づきまして児童生徒が国旗・国歌の意義を理解して、それを尊重する心情と態度を育てるために、入学式や卒業式などで国旗掲揚、国歌斉唱の指導を行うこととしているわけでございます。
 この学習指導要領に基づく指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるために行われるものでございまして、児童生徒の思想、信条を制約しようというものではないわけでございます。したがいまして、本条約に反するものではないと考えているところでございます。
○狩野委員 次に、教育情報の提供、第二十八条ですか、教育情報の提供と内申書、指導要録の開示との関係についてでありますが、これは本人への開示が義務づけられるようになるとの見解が一部にあるわけでございますが、これは、児童が自分にふさわしい学校、職業を選ぶためのガイダンス等を提供することを求めた規定であって、そのようなことまで求めているものではないと思いますが、いかがでしょうか。お伺いします。
○富岡説明員 御指摘のとおり、条約の第二十八条の第一項(b)でございますが、児童の教育を受ける権利を保障するため、児童が進学や就職に必要な案内やガイダンスを得る機会を保障する規定でございまして、内申書とか指導要録の本人への開示を義務づけるものではないというふうに考えているところでございます。
○狩野委員 幾つか今質問をいたしましたけれども、そのほか、あらゆる点が一部からも指摘されたり、あるいは国内法を改正しようとかいろいろ出ているわけでございますけれども、この条約の内容について学校現場で懸念されているような事柄に関しては、政府がこの条約の趣旨、内容、正しい解釈についてきちんとしたものを示して、学校現場が対応に困らないよう、混乱を生じないよう対処すべきだと思いますが、特に、学校教育現場における文部省の指導というか施策はどのように講じようとしているのか、その見解をお伺いいたしたいと思います。
○富岡説明員 本条約の第四十二条に、締約国は、適当かつ積極的な方法で条約の内容を広く知らせるべきことが規定されているわけでございます。
 この条約は、教育関係者に限らず広範な分野について規定しておるわけでございますので、条約全体に関する広報につきましては、外務省を中心に政府全体として取り組むべき課題であると承知しているわけでございますが、しかし、この条約の中に教育に関しまして重要な規定が多く盛り込まれているわけでございます。
 これらは学校におきます教育活動等にも深くかかわるものでございますので、条約が批准されました時点で、文部省といたしましても、学校関係者に対します指導通知の発出あるいは広報誌等による広報、いろいろな機会がございますが、外務省とも連携いたしまして、条約の趣旨、内容につきまして積極的に周知を図ってまいりたいというふうに考えているところでございます。
○狩野委員 私は、学校の教育現場におきましては、運用といいますか、解釈次第では現場が大変混乱する、そのように憂慮いたしますので、特に文部省のそのような指導といいますか、見解の徹底を一つお願いをいたしたいと思います。
 同時に、最後に、国民一般に対する条約の趣旨の徹底でございます。
 条約の趣旨、政府の正しい解釈について広く知らせることが当然必要と考えますが、政府としてこの条約の規定内容や解釈についてどのような方法で国民に周知するのか。例えば、これは外務省が中心でやるのか、あるいはまた総理府が中心でやるのか。特に、この四十二条では児童に対する広報も規定されており、子供たちを含めて国民の理解のために、政府全体として広報に力を入れるべきだと私は思うわけでございます。
 こういうことを考えますと、政府が全体的な広報をやるのかなと思いますけれども、先ほど申し上げましたように、第四十二条には特に児童に対するPRというものもあえて明記されておりますので、国民へのPR方につきまして、総理府でしょうか、まず御見解を伺います。
○成田説明員 児童の権利条約につきましては、これまで外務省の御要請によりまして、例えば昨年につきましては「今週の日本」、「フォト」といった政府刊行物を通じて広く広報を実施しております。また、テレビ番組、これは具体的には「タイムアイ」という定時番組でございますが、これに外務省の担当者に御出演をいただき、条約の趣旨を広報してきたところでございます。
 今後ともこの条約につきましては、外務省を初め関係省庁の要請があれば、関係省庁と連絡をとり、適切に対処してまいりたいと思っております。
○狩野委員 すると、国民へのPR方は全部総理府なり外務省が一括ということになりますか。
○小西説明員 この条約の広報につきましては、先生御指摘のとおり、この条約に、成人のみならず児童についても広く知らせるということを約束するというふうに規定されております。
 したがいまして、条約自体を主管しております外務省といたしましては、当然のことながら、国民一般に対する広報という場合には総理府と御協議し、また、教育の現場等に関する広報については文部省というように、関係省庁多うございますので、それぞれの関係省庁と……(「みんなにわかるように言えよ」と呼ぶ者あり)済みません。この条約の広報につきましては、四十二条に、児童も含めて国民一般に広く知らせるということが規定されておるわけでございます。
 したがいまして、私どももこの広報ということを重視しておりまして、国民一般に対する広報につきましては総理府と御相談し、また、教育現場を預かる文部省のお立場からして、教育問題については文部省と御協議する、あるいは、児童の保健とか母子、健康といった面では厚生省と御相談するというふうに、関係の各省庁と御相談して、外務省としても、児童、子供を含めまして、この広報について積極的に実施していきたいというふうに考えております。
○狩野委員 時間が参りましたので、終わります。
○伊藤委員長 高沢寅男君。
○高沢委員 先ほど委員長の発議で黙祷が行われましたけれども、私もまた、犠牲になられた中田さん、高田さんの御遺族に深く哀悼の意を表し、また、重軽傷を負われたそういう方々にもお見舞いの気持ちをまず表明したいと思います。
 それで、私きょういただいた時間は二時間でありますが、この情勢でありますから、やはりカンボジア情勢について前半の段階で御質問し、後半の段階で条約についての御質問をひとついたしたい、こんなふうに考えます。
 大臣にはまた後でお尋ねいたしますが、新聞報道によれば、五月五日に国際平和協力本部で日本人要員の安全確保についての協議が行われた、こういうことが伝えられておりますが、その協議の中身あるいは結論というものはどういうことであったのか、それをまず初めにお聞きしたいと思います。
○川口説明員 お答えいたします。
 まず、先生御指摘のとおり、五月四日の日に日本の文民警察要員の殺傷事件が生じまして、直ちに五月四日の日に、国際平和協力業務に従事する我が国要員の安全対策を強化するために、国際平和協力本部に官房長官を本部長とする国際平和協力業務安全対策本部を発足させました。そして、五月五日の日に最初の会議を招集いたしまして、文民警察要員に対する警護のさらなる強化とか、あるいは文民警察要員の配置先の再検討、それから、安全対策協議のため文民警察要員を一時的にプノンペンに集め会議を行うこと、あるいは選挙要員の警護の強化、安全対策の強化、そういったことをUNTACに申し入れることを決定いたしました。
 それから、ただいまのは官房長官を長といたしまして関係省庁の局長クラスの会議でございますけれども、五月七日の日に国際平和協力業務関係本部員会議というものを開催いたしました。これは大臣レベルの会議でございます。出席された大臣は、官房長官のほか、外務大臣、自治大臣、防衛庁長官、このときは事務代理でございますけれども、そういった方々の出席をいただきまして、今回の事件の概要とかあるいは安全対策、それから、最近のカンボジアの情勢などにつきまして説明を事務方から行いまして、それに対して、会議全体といたしましては、派遣要員の安全対策には万全を期していくという基本方針を確認したところでございます。
○高沢委員 お聞きすれば、結局、結論は、UNTACにさらなる安全対策を要請するというところに帰する、こう思うのであります。
 そのUNTACの関係でありますが、今、村田自治大臣が行っておられますね。あしたお帰りということでありますが、文民警察官の安全のための配置がえというようなことも提起された、しかし、UNTACからそれに対する同意は得られなかったというようなことであります。こちらはUNTACに要請する、相手のUNTACはこちらのそういう安全のための要望を全面的には受けてくれない、こういう現状をどのようにお考えであるか。これは大臣からお答えいただくのがいいでしょうか。
○武藤国務大臣 私の承知しているところでは、そういうような申し入れをしたのに対して、UNTACの方が拒否をしたのではなくて、検討するということを向こうが言ってくれている。私は、これは日本の要員だけではなくて、非常に危険なところがもしあるとするならば、配置がえをするということはUNTACも真剣に検討をするのではないかというふうに受けとめております。
○高沢委員 さて、そのUNTACでありますが、こちらからそういう要請をした場合に、ではUNTACに、本当に安全対策をとるということのどれだけの能力が現実にあるのかということが私は問題だと思います。高田晴行さんが死亡された、そのときの事件も、ここにはUNTACのいわば警護の部隊がついていたのです。オランダの海兵隊が安全確保のためについてくれた。しかし、それが本当の安全対策にはなり得なかった。こういうふうに考えてみますと、私はUNTACの安全対策というのは本当にできるのかどうかということを、その実態を我々もこの際冷静に見なければいかぬ、こう思うわけです。
 大体、この攻撃の仕方を見てもわかるでしょう。ジャングルとか草むらの中に潜伏していて、隠れていて不意打ちで撃ってくる。しかも、その武器はまず迫撃砲でしょう、あるいは対戦車ロケットというようなもので撃ってくるというときに、仮にそういうものに対抗する一定の部隊がこちらにいたとしても応戦のいとまはない。実際、オランダ海兵隊は全く応戦することもできないで、死者は出なかったけれども、やられた。そして、高田さんは死亡する、日本の文民警察官二人は重傷を負うという事態になった。
 こういう事態を考えますと、カンボジアの現地で安全確保ということが、やらねばならぬ、やりましょうという気持ちはお互いに間違いないけれども、本当にできるのかということをここで冷厳に判断しなければいかぬ、私はこう思いますが、この点、大臣の御所見はいかがでしょうか。
○武藤国務大臣 UNTACに対して、より要員の安全確保のための防衛体制の強化は申し入れているわけでございますし、また、防弾チョッキにつきましても、より強固な防弾チョッキを着用するような方向で進められておると報告を受けております。
 いずれにいたしましても、今お話しのように、突発的に起きてくるわけでございますからなかなか防ぎようがないではないかという御指摘かと思うのでございますけれども、できるだけそういうものに対応して、この間の事件の反省の上に立って、万が一のときにもそれに耐え得るような体制をつくるようにより努力をしていってもらいたいということをUNTACに申し入れているわけでございますし、日本の要員についても、今申し上げましたような形で、より強力な防弾チョッキを着用するような方向で進められておると報告を受けております。
○高沢委員 いろいろ大臣御説明になりましたが、防弾チョッキをつけて頭には鉄かぶとをかぶっていますというふうな状態であったとしても、先ほど言った、迫撃砲で撃ってくる、対戦車ロケットで撃ってくるというときには全く何の役にも立たない。カンボジアの現地にいる文民警察官とか日本人の要員の人は、みんなそのことを本当に深刻に恐らく考えていると思います。したがって、彼らはあすは我が身かというふうな不安を持ちながら仕事をしておるという、このことを私は大所高所から、そういう人たちを派遣した日本政府の責任の問題として重大な判断を下さなければいかぬ、こんなふうにも思うわけであります。
 そこで、けさの読売新聞によりますれば、UNTACは、自分はそういう能力がないということをやはり知っているわけですよ。したがいまして、けさの新聞の報道するUNTACの対策は、四派だからあと残りは三派です、この三派に対して、武装解除で武器を撤収したその武器をまたその三派へ返して、そしてこれでポル・ポト派の攻撃に対する対抗力を持て、軍事力を強化せよということを、UNTACがもうそういう態度を決めているわけですね。私はこれは、そういうふうな武器を戻してこれでやりなさいという段階が来ているということは、もはやとてもとても停戦状態というふうなことは言えないという段階へ来たと判断すべきではないのか、こう思います。
 実は、もともとパリの和平協定の一番大事な柱は、四派の武装解除であったはずです。武装解除をやって、実際にお互いの戦闘状態が起きない状態をつくって、それから選挙をやりましょうということであったわけですね。ところが、これは昨年の六月の段階でありますが、いよいよ武装解除をやるという段階に、ポル・ポト派は武装解除を拒否するということになったわけですね。ほかの三派は武装解除に協力してある程度武装解除をやった。しかし、ポル・ポト派が拒否しているから、結局ほかの三派ももうこれ以上は武装解除はやめる、こうなってきた。それはUNTACも認めた。そして、そのときの武装解除で回収した武器をもう一度各派に返す。それがさつき言った、これでもっていざとなったらやれ、こういうUNTACの意思表示です。
 こうなりますと、パリ協定の最大の前提のこの武装解除は、もう昨年の六月から実はできていなかった。私は、むしろここで実際上はパリ和平協定はその実質は崩れたという判断をすべきであったと思いますが、しかし、そうはいっても、その後いろいろな努力をしてきているという経過の中で、その武装解除をもとへ戻す、それぞれに武器を返す、ここまで来れば、どうですか大臣、もはやパリ和平協定の一番大事なポイントは既にここでなくなった、停戦協定というものは実際上これは空文に帰したというふうな判断をすべきではないか、こう思いますが、もう一度御答弁願います。
○武藤国務大臣 今の新聞報道でございますけれども、私どもとしては、まだ正直確認をいたしておりません。現在照会中でございます。
 そこで、問題は、ポル・ポト派が武装解除をしなかったということでございまして、私どもとしては、先日、御承知のとおり今川大使とアジア局長を北京に派遣をいたしまして、シアヌーク殿下はポル・ポト派にも影響力のある方でございますから、やはりできる限りカンボジアが平和なうちに制憲議会の選挙が行われるようにぜひリーダーシップをとってもらいたいということも要請をしたわけでございますし、またポル・ポト派の北京における大使にも会いまして、ポル・ポト派に対しても反省を求めておるわけでございます。
 UNTACにできる限り安全確保のためにいろいろな手段をとってもらうように要請をするとともに、私どもとしては、そのような外交努力を通じてできるだけ平和な、安定した選挙が行われるように努力をしておるわけでございまして、今の点については、まだ情報を確認いたしておりませんので、何とも申し上げられないわけであります。
○高沢委員 先ほど私が言った、UNTACが三派に対して、武装解除した武器をまた戻すということは今確認している、こう言われましたが、それでは、確認した結果確かにそうである、そのとおりであるということが明らかになったら一体どういう態度をとられるのか。私はそれをここでお聞きしたい気もあるし、また、あしたは我が党の井上一成議員が質問いたします。当然そのことにも触れられると思いますが、これが本当であった、UNTACがそういう態度をとったということが確認されたら一体どういう判断をされるか。もしきようできれば、私は大臣にそのことのお考えも聞きたいと思います。
○武藤国務大臣 確認中でございまして、事実関係がはっきりした段階で私は判断をしていきたいと思いますが、どういう形でそのようにUNTACがおっしゃったのかも事実わかりませんので、それによって判断をしていきたいと思います。
○高沢委員 本当に現地は刻々に動いていますよね、カンボジア現地は。だから、例えばきょうの夕刊を見たら、またそこに日本のPKO要員の犠牲者が出たというニュースが出るかもしれない、あしたの朝刊を見たら、またそこに出るかもしれないというような、まさに今選挙を進めているというその中で、今までにこれだけの犠牲が出た、しかしあしたどうなるか、あさってどうなるかというふうに、また犠牲者が出てくる。私は、絶対にそうなっては困ると思いながら、しかし、そうなる可能性は決してないとは言えないというふうなことをここでは特に強調して申し上げたいと思います。
 もともと、先ほど言った武装解除が実現されていない。そのこと自体非常に危険な状態であるということの中で、しかし政府は、PKOの派遣に当たって、安全である、心配はない、危ないところには行かない、こう答えて今日まで来た。
 私は、これは結果論ということになるかしらぬが、政府は我々国会を欺いた、国民を欺いた、特に現地へ派遣された人たちを欺いた、こういう責任を問われなければならぬ、こう思います。そういう責任を大臣、一体だれがどうとるのかということももう考えなければならぬ段階に来ていると思いますが、そのことは一体いかがお考えですか。御所見をお聞きします。
○武藤国務大臣 いろいろとお話がございましたけれども、国連平和維持活動というものが全く危険が伴わないといったような、いわゆる政府からそのような見解が示されているとは私は承知していないわけでございます。国連平和維持活動については、とにかく全面的な戦争が終わった段階でそこへ出ていくわけでございまして、戦争が全面的に行われていないという状況の中にあるわけでございます。
 しかし、過渡的には多少危険な状態というのはやはり起こり得る場合があるのではないかなということは思っておるわけでございまして、あくまで、国連平和維持活動というものは全く危険がないというものではないのではないかというふうに判断をいたしており、その点は、きのうたまたま今回新たに選挙要員として派遣をされる方々の壮行会を行いましたけれども、その方々も、みずから全く危険がないという考え方ではいらっしゃらないということを私は非常に感じまして、大変その勇気と崇高な使命感に私は感激をしたようなことでございます。
○高沢委員 大臣、時間の関係を考えてください。
 昨年の国会でこのPKOの法案がとにかく自公民の多数で押し通された。そして、それを受けて実際にPKOの派遣が行われたのは昨年の九月でしょう。その前の六月、昨年の六月でポル・ポト・グループは、武装解除は受けない、やらない、こう言っている。
 先ほど言ったこのポル・ポト派というものの性格も大臣おわかりでしょう。あのカンボジアにおいて百万を超すと言われるカンボジアの国民を虐殺した集団ですよ。その集団が武装解除は受けない、こう言ったときに、その意味することは当然政府はわかったはずであるし、わからなければおかしい。それが既に昨年六月、その六月の後の九月にPKOを派遣している。安全でございます、心配はありませんと言った。このことが、つまりさっき私が言った、政府は派遣された要員を欺いたんじゃないのか、日本の国民を欺いたんじゃないのかということなんです。
 したがって、ここから当然大きな責任問題が出てくるということになるわけでありますが、その責任問題については、十分大臣も総理と相談されて責任のとり方というものをひとつお考えいただきたい、こう思います。
 そこで、あと言いたいことは、ポル・ポト派が、先ほど言った性格である、武装解除もしていないというふうなこの状況で、果たして今の選挙の活動が平和的に安全に運ぶかといったら、そうは考えられないということも私はさっき言ったわけであります。
 UNTACとの関係におきまして、今度はSNCがありますね。これもパリ和平協定でSNCの位置づけが決められております。これは要するに、選挙が済んで制憲議会ができて、憲法が制定されて、そしてカンボジアの新しい政府が設立されるという、このことを述べて、そういうことが完全にでき上がって、カンボジアの責任ある政権ができるまでの間の――SNCというのはカンボジアにおける民族の主権統一を代表する最高機関であるということは、これはパリ協定で決められております。だからSNCという機関は、その意味においてはUNTACと並んで今のカンボジア問題解決のために非常に重要な機関であるということは、もう申すまでもありません。
 そのSNCに最初参加していたポル・ポト派は、今実際上抜けてしまったでしょう。もうプノンペンのSNCには我々は出ない、こう言ったわけですね。そこで、プノンペンのSNCに出ないならば、それでは北京でやりましょう、北京なら君たち出られるだろうというふうな配慮を持ってこの間北京でSNCをやった。それも出てこない。もうここまで来れば、私は、実際上ポル・ポト派はSNCから脱退した、こういうふうな見方をすべきではないのか、こんなふうに思います。そうすると、これもまたパリ協定は実際上崩壊したということの非常に重要な内容である、私はこう思うわけです。
 この点は、大臣、そのうちにポルーポト派はSNCにまた出てくるよというふうに一体お考えですか。この五月末の選挙終了までの間、本当にわずか二週間程度の間が非常に重要な期間、その間にポル・ポト派はSNCへ出てきて、選挙を平和的にいくようにやりましょうというふうになってくるとお考えですか。私は大臣の御所見を聞きたいと思います。
○武藤国務大臣 申し上げたいことは、今国際社会においても、またカンボジア国内においても、何としても、あの長い間の内戦から一日も早く平和な、そしてみんなが安心して暮らしていける、そういうカンボジア国家をつくりたい、こういう気持ちであることは、私はもうだれもが思っていると思うのです。
 今御指摘のように、ポル・ポト派という、残念ながら非常に激しい集団があるわけでございますけれども、これに対しても私は日本としても粘り強く説得をしていくべきだという考え方を持ってまいりまして、先ほども申し上げましたように、そういう意味で私が指示をいたしまして、今川大使に、とにかく北京へ飛べということで、シアヌーク殿下にも、これはもうポル・ポト派にも影響力のある方でございますから、私はその努力をしてみろということで行かせたわけでございます。
 幸いそのときにポル・ポト派の大使にも会うことができまして、そのポル・ポト派の大使から、SNCからは脱退しないということをはっきりと意思表示を受けたわけでございまして、私は、SNCからポル・ポト派が脱退をするということは今のところないというふうに判断をいたしておるわけであります。
○高沢委員 私は、ポル・ポト派はパリ和平協定から脱退するなどということは絶対に言わないと思います。尊重します、脱退しません、こう言いながら、しかし、やってきている事実がまさに脱退の内容のことをやってきているということではないのですか。
 日本政府は、和平協定が崩れたかどうかと問われると、崩れておりません、崩れておりませんから撤収はしません、こう言ってきた。その崩れておりませんと言う非常に大きな理由は、まだポル・ポト派は脱退すると言っていない、だから崩れていない、こう言うのですが、彼らのそういう脱退しませんという言葉を、実際にやっておる行動との関係でそのとおり受けとめる、これは、言葉は悪いかしらぬが、よほどおめでたい考え方ということになるのじゃないですか。
 裸の王様という言葉がありました。王様は裸である、きれいな服を着ていますと王様は思って、あるいはみんなにそう言っておるが、子供が見たら、何だ、王様は裸じゃないかと。つまり、まだパリ協定は存続しておる、破られていないと盛んに政府は言う。これは王様と同じでしょう。しかし、我々から見れば、国民から見れば、あるいはその他各国の人が見ても、現実は破れているじゃないか、実際あれだけ戦闘行動が起きているじゃないか、犠牲者も出ているじゃないかと。
 これが私は、パリ和平協定がまだあるのかないのか、破られているのかいないのかの本当の見方ではないか、こんなふうに思いますが、大臣、いつまで裸の王様でいくつもりですか。
○武藤国務大臣 私は、先ほどから申し上げているように、日本だけじゃなくて、国際社会においても、またカンボジアの国内においても、何とか平和なうちに制憲議会の選挙が行われ、議会が開設され、憲法が制定され、そして新たに平和な民主的なカンボジアという国が再建をされていくということを望んでいる、これは決して日本だけじゃないと思うのです。世界の人たちがそう思っており、カンボジアの国内の人も、国民自身がそう思っているわけでございます。
 そういう意味において、私は先ほどから申し上げておりますように、だからこそポル・ポト派も、もしSNCから脱退すればポル・ポト派はそれこそ国内で孤立をしてしまうわけでございましょうし、そういうことから考えても、SNCからポル・ポト派は脱退しない。
 そういう中にあって、数からいけば非常に少ないわけでございまして、大半の国民がやはり選挙を望んでおるということから考えれば、その選挙が行われ得るように私どもはUNTACとも協力をしながら努力をしていかなければならない、こう考えております。
○高沢委員 私は、カンボジアの国民が、今大臣の言われた、本当に平和なカンボジアを望んでおる、まさにそのとおりだと思う。しかし、その国民がポル・ポト派に殺されている、襲撃されている。あれは泥棒がやったのだという見方もあるようですが、そのかなりのものは実際ポル・ポト派がやっているのでしょう。村落が襲撃される、列車が爆破される。カンボジアの国民がやられているのですよ。そういう状態の中で、カンボジアの国民は望んでいると言われても――望んでいることは間違いない。望んでいるからパリ協定は生きているというふうな言い方は、これもまた余りに裸の王様じゃないのか、私はこう言いたいと思います。
 それからもう一つ、政府が、まだパリ協定は生きている、こう言われる根拠の中に、確かに武力衝突は起きているがあれはまだ本当に点だ、まだ面にはなっていない、点にすぎない、だから全面的戦闘じゃないのだ、こういうふうに言われるわけでありますが、軍事的な専門家の意見としてこういうことがあります。
 いや、もともとポル・ポト派はカンボジアで全面戦争を展開するだけの数も装備もない、だから彼らがやってくる方法は、要するにゲリラでくるのだということですから、今ゲリラだから戦闘状態じゃないということは到底言えない、こんなふうに私は思います。またポル・ポト派は、仮に全面的に仕掛けてくる段階になっても、彼らは言葉としては、パリ協定は抜けません、パリ協定は尊重します、こう言いながらやってくるというように見るべきではないかと思います。
 これは戦争というものの見方にもなりますが、全面戦争、局地戦争、それからゲリラ的な戦争、それぞれあります。しかし、ゲリラ的戦争といえども戦争であるということを私ははっきり政府に申し上げたい。現にそうなっているのだから。
 したがって、既に五原則の前提は崩れたという認識を持つのが当然ではないか、こう私は思うわけですが、やはり崩れていないのですか。先ほど自民党の狩野さんに対する答弁では、大臣はそう言っていましたが、その考え方はあくまでも変えないわけですか、いかがですか。
○武藤国務大臣 現時点では、先ほど申し上げましたように、全面的な戦争になっているわけでもございませんし、また、パリ和平協定はその基本的枠組みは崩されていないという判断に立って、五原則は守られているという考え方でおります。
○高沢委員 その考え方でいって、さっきも言いましたが、それで、あしたまた犠牲者が出る、あさってまた出るというときに、一体その責任が負えますか。私は、だれがどういう責任をとるか、十分宮澤総理と相談してくれと先ほど言いましたが、外務大臣御自身もそういう責任という問題では非常にかなめの立場におられるということを私は申し上げたいと思います。
 そのかなめの立場にいる人が今のような、きょうの国会はこれで済んだ、あしたの国会もこれで済ませるというようなことで、これで心配ないよという気持ちでいって、私は、カンボジアの国民あるいは派遣されている日本の要員に対する責任がそれで果たせるのかということを大臣に本当に真剣に考えてもらいたいと思いますが、相変わらず五原則は守られているという条件でいかれるのですか、どうですか。
○武藤国務大臣 要員の安全確保につきましては、これ以上の犠牲が出ないようにということでUNTACにも強力に申し入れをしておるわけでございますし、それに対応してUNTACも、例えば選挙要員については部隊の所在しているところになるべく集めるとか、UNTACはUNTACなりに今いろいろと考えておるわけでございまして、そういう面では私どもは、犠牲者がこれ以上出ないようにということで一生懸命努力をいたしておるわけでございます。
 同時に、先ほど申し上げましたように、外交的に、外交ルートによってできるだけ、ポル・ポト派に対してその態度を少しでも改めていくように努力をいたしておる、こういうことでございます。
○高沢委員 これはもうニュースで伝えられておりますが、先般、閣議で小泉郵政大臣が、汗を流すところまではいいが、何で血まで流すのだというようなこととか、ここまで来ればもう撤収も考えなければならぬじゃないのかというようなことを発言された。私は、これはあの人の個人的思いつきではなくて、今の日本の国民世論というものをあの人はそういう発言で表現している、こう思うのですよ。
 よく各新聞社なども国民の意見を聞きますが、そういう中で、もう引き揚げるべきだ、これ以上の犠牲は困るという声、一方には、国際的考慮からすれば、なお引き揚げてはまずいぞという意見も国民の中に確かにあります。あるけれども、この意見がある、この意見があるという状況のときに、そのいろいろある意見を政治的な判断で選択する、これはもう政府の責任ですよ。その意味において、先ほど来私は、パリ協定は今でもあるのかないのか、実際はないぞということを申し上げております。
 それで、ないよということのもう一つの問題として、さっきSNCが非常に重要なカンボジアの代表機関であると言いました。それで、シアヌーク殿下はその議長、代表ですね。そのシアヌーク殿下が救国構想というものを出しておられます。この救国構想というのはこういう内容だということを一度説明していただきましょうか。
 アジア局長、この間も北京へ行かれて大変御苦労さまでした。シアヌーク殿下の救国構想の中身はこうだということをざっと説明してくれますか。
○池田政府委員 お答えを申し上げます。
 シアヌーク殿下の救国構想につきましては、三月一日の段階でシアヌーク殿下から声明が出されておりまして、その内容につきましては、必ずしも具体的ではございませんけれども、四派の首脳会談の開催であるとか四派の国民和解暫定政府の樹立、四派統一国軍の結成といったようなことを含んでいるというように承知いたしております。しかし、その後、殿下自身がこの構想を撤回されまして、五月八日に私自身直接伺いましたけれども、今の状況ではこの構想は白紙であるということでございました。
 ただ、シアヌーク殿下自身大変な求心力の持ち主でございますから、そういった意味で、今後、シアヌーク殿下が幾つかの情勢を踏まえながらどういうような構想を出されるのかということについては、関心を持って見守っているというのが現状でございます。
○高沢委員 池田アジア局長から今御説明がありましたが、シアヌーク提案の中にはもう一つ、後でカンボジア全土にわたる総選挙をやるというのがありますね。もう撤回されたということでありますが、この辺はかなりシアヌーク殿下の本音が出ているということではないかと私は思います。
 今UNTACが、選挙をやり遂げて、その選挙の結果、成立する議会でカンボジアの政府を構成するというふうに一生懸命やっています。ところが、さっきのシアヌーク構想によれば、そうなった後で、そこまでいけばシアヌークさんの考えではもうUNTACは撤退するはずだから、あとはおれたちカンボジア人がやる。そうなればポル・ポト派も入れた四派の首脳会談、ポル・ポト派も入れた政府をつくる、ポル・ポト派の支配地域も含めたカンボジア全土にわたる総選挙をやる、こんなことを言っておられたわけです。
 これがあの人の真意であるとすれば、今度の選挙で成立する政府、これとシアヌークさんがその後でつくるというポル・ポト派も入れた政府というのは、一体どういう関係になるのですか、この政府と政府は。あるいは、その段階でもう一回カンボジア全土の総選挙をやる、こう言われますと、今UNTACが必死でやっているこの選挙と、シアヌークさんが改めてまた総選挙をやるというこの選挙の関係は一体どうなるのですか。このことは、シアヌークさんの本音は、要するに今UNTACがやっていることは、あの方から見れば余り好ましくない、あるいは余りそれに乗りたくない、認めたくないという真意が私はあるのではないのか、こう思います。
 そうすると、後でもう一回総選挙をやるというふうなことになれば、今現に行われている選挙は意味がないことになる、その選挙のために我々日本の要員が一生懸命犠牲を払ってやっておる。大臣、この事態を一体どうお考えでしょうか。私はこれも、カンボジアにおける我々日本の勢力がどうすべきかということにまことに重大な影響のある問題点だ、こう思いますが、いおがでしょうか。
○池田政府委員 シアヌーク殿下の構想自体が余り具体的ではない、しかも現段階では撤回されたということもございまして、私どもは、三月一日に出されました声明については承知いたしておりますけれども、現在具体的にコメントすべき段階ではないというように考えているわけでございます。
 ただ、一般論としまして、シアヌーク殿下はカンボジアの民族和解の上で大変に重要な役割を果たす中心的な人物であり続けられるであろうという想定からいいますと、私ども、シアヌーク殿下の構想には大きな関心を寄せております。
 しかしながら、ただいま高沢先生が御指摘になられましたように、パリ和平協定との関連とか、そのあたりのことをどういうように殿下が今後考えていかれるのかということにつきましては、私どもとしまして、現在具体的なコメントはないということでございます。
○高沢委員 それでは、これはアジア局長にお聞きしますが、シアヌーク殿下は今どこにおられるのですか。今カンボジアにいるのでしょうか、あるいはピョンヤンにいるのでしょうか、北京にいるのでしょうか。今一体どこにおられるのですか。おわかりだったら教えてください。
○池田政府委員 現在は、北京のいわゆるシアヌーク公邸におられます。
○高沢委員 先ほど言ったSNCの最高責任者、カンボジアの国民が最も期待する平和を実現するために、身を投げ出しても今一番努力をしなければならぬその人が、今北京にいますということなのですね。いつまで北京におられるのか。
 つまり、これも私の考えですが、今UNTACが非常な苦労をして選挙を仕上げるためにやっておる、その選挙の後にこういう議会ができる、こういう政権ができるというこの過程全体が、恐らくシアヌークさんから見ると、それはおれと関係ないよ、済んだ後でおれがやるんだよという考え方があるのではないか、私はそういう感じがしました。
 そういたしますと、最高責任者がそういうお考えである、最高責任者が今現にカンボジアにいない、このこと自体、私は、既にパリ協定はやはり崩れているということにまたつながってくる。武装解除、できていない。UNTACは、もう一回三派に武器を返してやれと言っておる。完全に武装解除は崩壊しました。SNCからポル・ポト派は実際上脱退した。シアヌーク殿下はカンボジアにいもしない。ゲリラではあるが、現実に戦闘が起きて、現実に犠牲者が出ておる。これだけのことがあって、なおかつ和平協定は崩れていないと言えるのですか、大臣。もう少し普通の常識で答えてくださいよ。いかがですか。
○武藤国務大臣 SNCからポル・ポト派は脱退しないということを明言しているわけでございますし、武装解除したのをもう一回返せという今の点については、まだ私は、先ほど申し上げたように未確認でございます。
 それから、シアヌークさんが北京にいらっしゃるということについては、今回アジア局長と今川大使がシアヌークさんにお目にかかったときに、できるだけ早くカンボジアにお帰りをいただきたいということも要請をいたしておるわけでございます。
 私どもとしては、できる限りの努力を今続けておる。これは相手があることでございますから強制はできませんけれども、日本としては、日本の立場でできる限りの努力をしておるつもりでございます。
○高沢委員 今言われた、今川大使や池田アジア局長がシアヌークさんにできるだけ早くカンボジアへ帰ってくださいと言われたその意味は、帰って今の困難なカンボジアの事態をあなたが先頭に立って乗り切ってくれという気持ちを込めて言われたのでしょう。
 しかし、それではお帰りになるか。これはまだあした、あさってどうなるかはわかりませんが、何かあの金日成主席の誕生日のお祝いといってピョンヤンへ行かれて、以来ずっと北京にいるというこのシアヌークさんの出処進退というのは、もはやカンボジアの情勢に責任を持つ人の態度ではない、態度とは言えないというふうに私は思いますよ。こういうことは日本の国民は皆見ているのですよ。
 見ているから、これはきのうのテレビ朝日、例のあの久米宏さんがテレビ朝日で言った世論調査の結果ですが、千人の人たちに意見を聞いたところが、もう停戦協定は崩れていると答えた人は八六%、千名の人に聞いて八六%が崩れている、こう言っておる。それから、撤収すべきだということは、崩れていると見た人も、しかし国際関係があるだろうとかいろいろな考慮があって、撤収すべきだと言った人は五二%、しかし半数を超えていますね。これが私は今の本当の日本の国民の声ではないのか、こう思いますね。そこには、これ以上犠牲は出ないでほしい、これ以上死傷者は出ないでもらいたい、そういう非常に切実な日本の国民の願望がこの世論調査の答えに表明されていると私は思いますよ。
 そうすると、大臣、事ここまで来たときに、既に五原則は実際上崩れましたという認定に立って、そして撤収するというふうなことについても政府の大きな決断が必要だと私は思いますよ。その撤収のやり方等々は、それは一番適したやり方が必要になると思いますが、政府の大局判断としては、もう五原則は崩れた、パリ和平協定は崩れた、したがって、我が国のPKOのあの法律の趣旨からいっても撤収、こういう大きな決断、判断を政府の責任で出されるべき段階に来ているのではないか、こう思いますが、大臣、また繰り返しのあれで恐縮ですが、このことは大臣、いかがお考えですか。
○武藤国務大臣 答弁の繰り返しで恐縮でございますけれども、日本政府といたしましては、これ以上の犠牲者が出ないようにということで、一生懸命いろいろの努力をいたしておるわけでございます。
 参加五原則、これに対しては、私どもは現時点においては守られておるという判断に立っておるわけでございます。
○高沢委員 五月二十三日から投票が始まりますね。その投票でどのくらいの投票率になるかとか、投票されたその投票箱がどこかへ取られてしまうというような事故が起きるかどうかとか、いろいろな問題はありますが、しかし、とにかく選挙がなされた。その選挙の結果としてカンボジアの制憲議会というものが選ばれたというふうになって、その後は、先ほど言いましたね、その制憲議会で憲法を決めて、さらにはカンボジアの新しい政府を構成するという過程が進みますね。
 そういうふうな過程が進んでいって、そして政府ができましたというところまでいったときに、その先は一体どうなるのだろうか。これはまだそこまでは読めないとおっしゃるかもしれませんが、その先、ではUNTACは、終わりましたと言って撤収するのか、あるいは事態が期待したような平和状態ではなくなって、今度は逆にUNTACは少し残ってその機能をしなければならぬというようなことになるのか、そういうふうな見通しというのは、可能性はどういうことが考えられるか、これはいかがでしょうか。
○澁谷政府委員 これは現時点では何とも申し上げられませんけれども、その時点になりまして関係諸国が協議いたしまして、安全保障理事会で何らかの意思表示が行われるはずでございます。
○高沢委員 それは今のあれとしては一応お受けしますが、さて、日本の今カンボジアへ行っているPKO、この人たちの任務というものは、この選挙が済んだ後、一体どういう任務があるかということですね。さっき言った、選挙ができればそこで憲法を決めるとか、新しい政府を構成するとか、これはまさにカンボジアの人たちの仕事なんですよ。そこへ我々がこういう憲法をつくれとか、こういう政府をつくれとかいうようなことはもちろんあるはずがないし、それはカンボジアの人たちが進める仕事ですが、そういうふうになった段階で日本のPKOの仕事というか任務というか、一体どういうことがあるのでしょうか、選挙の済んだ後。
○川口説明員 先生が御指摘のとおり、パり包括和平協定によりますと、憲法をつくる議会の選挙、制憲議会選挙が五月二十三日から行われます。それで、その後、三カ月以内に新しい政府、立法機関といいますか、日本の国会のようなものに移行するわけでございますけれども、それが三カ月以内とされております。
 他方、UNTACの活動自体は九月十五日ごろまでということで任期がございます。
 施設部隊につきましては、道路、橋などをやってくれ、これが国連からの要請でございますと、九月ころまでやってくれということが一点ございます。
 それから、停戦監視につきましても同じく九月くらいまで、それから、文民警察につきましては九カ月ということでございますから、十月に行っておりますので七月くらいまで、それから、選挙要員につきましては五月十三日から約三週間、選挙監視要員につきましては、選挙が終われば任務が終わると思います。
 あと、その他につきましては、国連の方から九月くらいまで道路をつくってくれとか、あるいは停戦監視、その後もちょっとフォローしてくれと言われておりますので、現在やっている仕事が引き続く、そのように考えております。
○高沢委員 今それぞれの任務の御説明がありました。それで非常にはっきりしていることは、選挙監視とかいうふうな関係では、選挙が済めば仕事はもう終わりますね。それから、文民警察の停戦監視というようなことも、これはしかし、停戦監視といったってもう現にやっているわけですからね。一体、停戦監視という仕事自体が成り立つのかということも出てくる。それで、あとは施設部隊の道路の補修とか道路をつくるとかという仕事はあるということですが、しかし、先ほど来言っている非常に治安が悪化している状態の中で、そういう仕事をその施設部隊といえども果たして一体順調に遂行できるのか。
 今タケオにいると言われている施設部隊は、その道路をつくるというようなことでもってどういう仕事を現にやっていますか。とにかくその状況の中で、一生懸命ざんごうをつくって、土のうを積んで、来られても大丈夫な態勢をつくっている。その中へこもっているということなのか、そこからどんどん出ていって、十キロ、二十キロ離れた、あるいは五十キロ、百キロ離れたところまで行って道路を直している、そういう仕事を今現にやっているのでしょうか、それをひとつ説明を聞きたいと思います。
○野津説明員 御説明いたします。
 ただいまタケオにおります自衛隊の施設部隊でございますが、今御質問の中でお話しになりましたような宿営地の整備というふうなことも実施しておりますが、あわせて本来の業務である道路の補修等の作業は逐次実施している状況でございます。
○高沢委員 逐次という話でしたが、あの部隊がタケオへ派遣されてから今までにどのくらいの距離の道路を直したのかというふうな実績は一体どうなっているのか。それから、今現にそのタケオの本拠地からずっと南の海に近い方、そういうところまで行って道路の補修をしているのか。今逐次やっていますという説明だけでは私はよくわからぬので、そこのところのもう少し具体的な説明をお願いしたいと思います。
○野津説明員 施設部隊がこれまでに実施いたしました工事の距離等の実績のデータはただいまちょっと手元にございませんが、カンボジア南部の国道二号線、三号線を中心とする道路の補修、それから所在地といたしましては、タケオのほかにもカンポットというところに約百名の要員が分派しておりまして、カンポット近辺の道路の補修も実施しているという状況でございます。
○高沢委員 さっき言った、今まで何キロぐらい道路の補修ができたのか、それはどうなんですか。
○野津説明員 ただいま手元にデータがございませんので、必要でございましたら後でお届けなりさせていただきたいと思います。
○高沢委員 それでは、その資料は後でお願いします。
 それで、私の判断は、ここでまた大臣の御意見を聞きたいわけでありますが、とにかく停戦協定は崩れました、五原則は既に空文となりました、だから撤収、これが我々の本来の立場であります。しかし政府は、いや、まだ崩れておりません、したがって撤収はいたしません。大変残念ながら、すれ違いになっております。しかし私は、いずれこのすれ違いは必ずある時点で破れる、政府が崩れたと認めざるを得ない事態が来るだろう、これは、来ては困る、来ては困るけれども来るだろうと実は考えております。
 その辺は後の問題に残して、今日本の国民の犠牲が出ている、これほど国民が心配している状況の中で、せめてこういうことはどうでしょうか。選挙が済んだら、その意味においては日本がカンボジアに派遣したPKOの任務のかなり大きな任務は終了した。その段階で、派遣したPKOを撤収するということをこの際決断すべきではないのか。そのことを、カンボジアに部隊を派遣しておるいろいろな国があるでしょう、そういう国々とも協議すべきではないのか、あるいはUNTACとも協議すべきではないのか、こう思いますが、大臣、いかがですか。
○武藤国務大臣 先ほど事務当局から説明をいたしましたように、選挙要員については、選挙が終われば、その任務が終われば当然帰ってこれると思うのでございますけれども、自衛隊を派遣しておりますのは、これも先ほど説明がありましたように道路の整備その他でございまして、今答弁がありましたように十月でございましたか、これはそういう形で国連からの要望に基づいて行っているわけでございまして、全部を撤収するというようなことは私は今のところ考えるべきではないというふうに思っております。
○高沢委員 今度村田自治大臣が、文民警察官は安全なところへ、具体的に言えばプノンペンに移させてくれということを提起されて、しかしUNTACはまだ同意はしていないということでありますが、プノンペンに移してくれということは、もしそうなったら、この文民警察官がそれぞれの場所へ行って仕事をしているというそのこと自体もうなくなるわけですよ。プノンペンにいて文民警察官は何をやるのですか。プノンペンなら安全だということでプノンペンに移してくれということではないかと思いますが、そうなれば、そのことで既に、文民警察官というのはもう実際上任務を終わってもいい、終わったと見るべき段階に来ておるということの一つのあらわれではないか。村田自治大臣がそれをカンボジアの現地でUNTACに要請しているというようなことではないのか。
 それから、これは二日ほど前でしたか、防衛庁長官の発言として、選挙が済んだらPKOの撤収も検討しなければいかぬという意見が出されております。先ほどの郵政大臣の発言、あるいは防衛庁長官のそういう発言、それぞれ今の日本の国民世論というものをそういう形で表現した発言ではなかったかと思います。
 私はこの際、最高責任者は総理でしょう、しかし、やはりこの問題における重要なかなめの責任者である外務大臣から、選挙が済んだら一応任務は一区切りという意味をもって、ここで撤収という決断をしてもらいたい、こう思いますが、どうでしょうか。これは大臣から答えてください。
○武藤国務大臣 同じ答弁になりますけれども、先ほど事務当局から説明がございましたように、それぞれ任務に応じて違っているわけでございまして、全部を引き揚げるというようなことは今のところはすべきではないというふうに私は考えております。
○高沢委員 期待した答えではありませんが、残念ですけれども、これで終わります。
○伊藤委員長 午後一時三十分から再開することとし、この際、休憩いたします。
     ――――◇―――――
    午前十一時三十六分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時三十六分開議
○伊藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。高沢寅男君。
○高沢委員 大臣、引き続き御苦労さまです。これから私、条約について質問をやらせていただきたいと思います。
 最初は総論ですから、大臣、今度の子どもの権利条約、政府のあれでは児童の権利条約ですね。この物の考え方に根本的な価値転換があった。つまり、今までの子供というものは保護されるべき対象であるというふうな考え方から、この条約ではもう独立した権利の主体であるという考え方に変わるわけです。これは一種の非常に根本的な価値転換だと思いますが、このことについて、まず総論として大臣の御所見をお聞きしたい、こんなふうに思います。
○武藤国務大臣 児童は、確かに人としての基本的人権の享有主体であることは当然でございます。同時に、身体的にも、また精神的にも成長過程にある児童に対しては、その人格の完全な、かつ調和のとれた発達が確保されて、社会の中で個人として生活するために十分な準備が整えられることが必要というのがこの条約の基本的な考え方でございます。この考え方は、我が国が締約国となっている国際人権規約や我が国の憲法とも共通していると思います。
 この条約に規定されているように、締約国は、児童の養育、発達についての第一義的な責任を有する父母などが児童の能力に応じて適当な指示を与える責任などを尊重しつつ、この条約において認められている児童の権利の尊重を引き続き図っていくということが重要と認識している。ということは、児童は児童で確かに基本的人権を認められなければいけないけれども、親は親としてのやはり責任、それを引っ張っていく責任がある、こういうことだと思うわけであります。
○高沢委員 今の大臣のお答えの要旨は、この条約ができるということは、そういう子供の権利から見れば非常に画期的なことであるという認識もお答えになったかと思いますが、今日のここまで来る過程で、一九九〇年の九月、子供のための世界サミットというものがあったわけですね。
 このサミット自体は、とにかく子どもの権利条約、こういう考え方、ある意味においては一つの哲学、価値判断に基づいて世界各国がその施策を進めようという意味のサミットであったと思いますが、このサミットには当時の海部総理大臣が出席をされて、その場でこの条約に署名をされるというような形になったわけでありますが、このサミット会議、子供のための世界サミットの英語の呼び方は、ワールド・サミット・フォー・チルドレン、このチルドレンは子供の複数でありますけれども、とにかくそれを外務省は子供のサミットという言葉で表現されている。つまり、チャイルドあるいはチルドレンは日本語にしたら子供というような形で外務省も訳しておられるし、そういう言葉を使っておられる。
 一方、海部総理が署名をしましたこの条約そのものは、コンベンション・オン・ザ・ライツーオブ・ザ・チャイルド、子どもの権利に関するコンベンション、条約。これは、今我々が審議をしております、外務省が出された日本語訳では児童の権利の条約。要するに、同じチャイルドという英語を、こちらでは子供という言葉で外務省は表現される、こちらでは児童という言葉で表現される。この辺は少し不統一というかちぐはぐというか、そういうようなことではないか。この条約の名称にかかわることにもなりますので、そのことについてひとつ外務省の御見解をお聞きしたい、こう思います。
○小西説明員 お答え申し上げます。
 先生御指摘のとおり、子供のための世界サミットのもとの言葉はワールド・サミット・フォー・チルドレンということで、チルドレン、チャイルドという言葉が使用されておるわけでございます。
 これは、ユニセフ、国連児童基金でございますけれども、この駐日代表事務所及び日本ユニセフ協会、このユニセフの国内委員会の資料などで既に子供という用語、訳語もこのチャイルド、チルドレンという言葉に当てて用いておりまして、例えばユニセフが毎年世界子供白書というものを発表いたしておりますけれども、それと同じように子供という訳語を用いておるわけでございます。
 したがって、いわば固有名詞というものに近いものになっているということを私どもは考慮いたしまして、子供のための世界サミットという訳語でこの際はいいのではないかということで判断いたしました。その結果、私どもは、子供のための世界サミットということでそういう訳語を当てたわけでございます。
 他方、今回御審議をお願いしております子どもの権利条約、児童の権利条約という私どもが用いた用語につきましては、これは条約の用語でございまして、条約の訳語、過去において私どもが「チャイルド」という英語の文字をどのように条約において訳してきたか、それから国内法令において低年齢層の者を表現する際にどういう用語を用いているか等の整合性を勘案しつつ、慎重に検討した上で、この日本語訳を用いたわけでございます。
 したがいまして、子供のための世界サミットと今回の審議をお願いしております児童のための権利条約というのは、私どもは、異なった性格の文書、それぞれの立場から適当な訳語を考えてしかるべきであるという考えに基づいて、「児童」という訳語を選んだわけでございます。
○高沢委員 今の御説明の中にもあったユニセフが、チャイルドという言葉を日本語では子供として、そういう白書を出したり等々してきているし、このサミット会議もユニセフが事務局としてやったというような関係で、それはしかしユニセフの使い方なんだ、こう今説明されたわけですが、ユニセフは言うまでもなく国連の機関であります。
 ということは、チャイルドを日本語でどう言うといえば、国連の機関は既に、チャイルドは日本語では子供であるということの一つのちゃんとした実績を示しているということであるとすれば、その国連の総会で採択されたこの条約というものに日本語の名前をつけるにも、子どもの権利条約、こういうふうに名称をつけるのが、私は非常に素直な、国連という性格から見ても素直な姿ではないのか。
 皆さんは、行政のよりどころとして、すべて国連というものを尊重する、国連に依拠する、こういう立場で来ておられる。そうであるとすれば、今言った国連の機関であるユニセフが、チャイルドは子供、こうしていることに対して、この条約の訳文についても当然そういう訳をとられてしかるべきではないのか、こう思います。
 今あなたの説明の中で、ちょっと子どもの権利条約と言って、後に児童の権利条約と言い直しされた。そこにも、子どもの権利条約というのが非常に素直である、非常に言いやすい、非常に聞きやすいということが図らずもあらわれた、私はこう思うのでありますが、ユニセフという国連の機関がそういう言葉を既に採用しているというこのことについて、条約ではそれと別な児童でいくんだ、こっちは条約だ、向こうはユニセフがやっておるんだというような、それでは私は説明にならぬと思う。どうでしょう。
○小西説明員 ただいまの先生の御指摘でございますけれども、この同じユニセフが発行しております、毎年発表いたしております世界子供白書、これは確かにチャイルドという言葉を子供ということで訳しておるわけでございますけれども、この世界子供白書の中においてこの条約について触れた部分がございますが、そこでは「児童の権利条約」という訳語を用いておるわけでございます。
 私ども、条約の訳語につきましては、その訳語がどういう意味で使われているか、それから条約の訳語としてどういうものが過去用いられているか、同じ英語の正文に対してどういうような訳語が使われているか、それから国内法令においてそれに該当する言葉としてどういうものが一般的に用いられているか、こういうことを慎重に考慮いたしまして訳語は決めておる次第でございます。
○高沢委員 今のあなたの御説明で、ユニセフのそういう文書の中でも条約については児童の権利に関する条約という言葉を使っている、こう言われましたね。そこのところをもう一度説明してくれませんか。どういう文書に、どういうふうな性格のものにそれを使っているのか。しかも、それはユニセフから出した日本語の資料でしょう。それをちょっともう一回説明してください。
○小西説明員 私が今手元に持っておりますのは一九八九年のユニセフ発行の世界子供白書でございますが、これの日本語訳でございます。
 それの目次の箇所でございますが、「子供最優先の原則」と題打ったところがございます。その中に、「子供に対する新しい関心が高まる兆しがみられる。「子供のための世界サミット」開催の見通しや新しい」、ここでございますけれども、「「児童の権利条約」、予防接種の完全実施の実現が近いなどの現実的な」云々、こういうところにこの条約の訳語が出てくるわけでございます。
 また、児童ということについては既に、過去私どもが条約の審議をお願いして締結いたしました国際人権規約という非常に重要な条約においても、同じ「チャイルド」というものを「児童」ということで訳してきておりますので、そういうこととの首尾一貫性を図るという観点から、児童という言葉を選んだわけでございます。
○高沢委員 さっき言った、九〇年に海部総理が署名されて、今は九三年ですね、昨年に国会へこの条約が提出された。その間、政府としていろいろこの条約の準備を進めてこられたと思いますが、政府が児童の権利に関する条約という名称を確定されたのは、今のユニセフの八九年の前なのか後なのか、その辺の時間の関係はどうですか。
○小西説明員 訳語につきましては、この条約が既に十年間という非常に長い期間を通じて審議が行われたわけでございますし、また、この条約が署名されました子供のための世界サミットというところで我が国も署名したわけでございますけれども、そういう署名した条約については、我が国としてはできるだけ早く締結準備を進めたいということで、訳語についてはその当時から既にいろいろな角度から検討は進めておったわけでございます。
 確定した時点は、この国会にお諮りするということで、政府として、閣議の決定を経て訳語を確定したということでございますので、昨年の国会にこの条約は提出いたしましたので、その前の閣議を経て正式に確定したということが申し上げられると思います。
    〔委員長退席、鈴木(宗)委員長代理着席〕
○高沢委員 子供という言葉は法律用語でないというふうな、一時そういうあれがありましたが、我々は、国民の祝日の法律の中にこどもの日というのがちゃんとあるのだから、子供というのはちゃんと法律用語だよというふうに言ってきました。
 そこで、こどもの日の関係について若干お尋ねしたいと思いますが、昭和二十三年の七月に国民の祝日に関する法律が制定された。その中に五月五日はこどもの日、こういうふうに入っているわけでありますが、このとき、当時の参議院の文化委員会、今は文教委員会と言っていますが、そこで三島通陽という参議院議員の方が、このこどもの日を設定することの非常な画期的な意義ということの意見を述べておられる。その言葉をざっと読みますと、「「こどもの日」と申しますと、とかくただ、今までの日本の行事にありました子供の日というようなものを連想するのでありますが、私共の着想といたしましては、そういった単なる家庭的なものという以上に、もっと社会運動として、子供の人格を認めて、子供のために、子供を本位にした、子供を祝う日にしたいということであります」、そういうことを三島通陽さんという方は述べているわけです。これはさっき大臣も認められた、子供というものを保護の対象になるという見方から独立した権利の主体であるというところに大きな価値転換、こう言いましたが、この三島通陽さんの発言に既にそういう価値転換の考え方がはっきりあらわれていた、私はこんなふうに思いますね。
 それからもう一つ、国民の祝日法の審議に参加した、当時は社会党の人であったわけですが、受田新吉さんという衆議院議員、この人も衆議院の審議に参加されたが、後「日本の新しい祝日」という本を自分で出しておられる。その本の中にこういうふうなことを言っておられます。「五月五日の季節的意義は端午の節句の意味ではなく、天地生成の春の息吹きが大地に芽ぐみ、やがて五月は若葉青葉の新緑に万物生気みなぎり、自然の生命の輝やかしい躍進を示す季節であり、それは実に生成はつらつとして心身に生気満ちあふれ、すくすくと伸びるこどもの生命に通ようものである。この季節をもつて心身ともに健全に成育するこどもを祝う大きい意義がここにあるのである。」これは要するに、五月五日をこどもの日に決めたその経過の中で、子供というものはそういう存在なのだということをこの受田新吉さんも自分の著書の中で述べている。これは一番最初にお聞きした子供というものに対する我々の認識を根本的に変えるそういうあらわれであったわけです。
 こういうふうな立場からこどもの日が制定された。そのこどもの日を、今度は政府は公式にそれを呼ぶのに、日本語はこどもの日ですが、英語でこどもの日というものを政府はどういうふうな呼び方をされるのか、これをお聞きしたいと思います。(発言する者あり)
○坂本説明員 お答えいたします。
 今先生御指摘の国民の祝日に関する法律を公式に英訳したものはございませんので、その中に規定されておりますこどもの日につきましても、公式に英訳したものはございませんので、御了解いただきたいと思います。
○高沢委員 ちょっとこれでは質問できないな。
    〔鈴木(宗)委員長代理退席、委員長着席〕
○伊藤委員長 ちょっと速記をとめておいてください。
    〔速記中止〕
○伊藤委員長 速記を起こしてください。
 今集めてますから、どうぞ質問を続行してください。
○高沢委員 今あなたがこどもの日のことで答えてくれた。それを英語で表現するようなものは別段ない、こういう答えでしたかな、さっきは。それをもう一度言ってください。
○坂本説明員 国民の祝日に関する法律を公式に英訳したものはございませんので、その中に規定されておりますこどもの日についての公式な英語訳というものはないということでございます。
○高沢委員 これは私の乏しい知識ではあるけれども、昭和二十三年は我が国はGHQの占領下にありましたよ。その当時は、国会で決める法律とか、あるいは当時は政府が発する政令なんていうのもありましたが、その種のものはすべてGHQに報告を出すということになっていたはずであります。そういうふうに見ますと、この国民の祝日の法律も、こういう法律が国会で成立したということは当時GHQに対して報告をされているはずであって、それは当然英語で報告をしているはずです。
 そうすると、このこどもの日というのは英語でどういう表現でもってGHQに報告したのか。そのものの中に必ずあるはずです。それを今あなたはないと、こう言われたわけでありますが、これは本当にないのですか。もう一度あなた、責任を持って答えてください。
○坂本説明員 GHQへの報告の件につきましては、私ども古いことで十分承知しておりませんで、先ほど申しましたのは、国民の祝日に関する法律の公式に英訳したものはないので、そこに規定されているこどもの日のことについても公式の英語に訳したものはないと答弁したわけでございます。
 ただ私どもとして、なお海外広報用の資料、「ザ・ジャパン・オブ・ツデー」というのがございますけれども、そこでこどもの日を紹介するものとしては、チルドレンズデーという言葉が使われているところでございます。
○高沢委員 やっと出てきた。初めからなぜそれを言わない。海外広報用といえども、それは政府が責任を持って出す海外広報でしょう。その中にチルドレンズデー、子供はチルドレン、ちゃんとそういうことを政府は公式に使っているじゃないですか。それを言わないで、国民の祝日法は英語はありません、これで済まそうとした。君、大体その根性はいかぬよ。あるはずだと言ったら、やっと出てきた。
 大臣、こういうところに、国会に対してなるべく物事は知らせないで、まあ議員の連中はこんなことはどうせ知らないんだから、これでもってきょう委員会一日、四時間済ませばいいや、それで条約は成立だというような考え方がここにはまことに露骨にあらわれている。私は坂本というあの人をそんなに責める気持ちはありませんが、全体として政府の姿勢というものは、立法と行政の関係において、これほど立法を言うならば、軽んじて、何事も行政でやるんだぞというようなことは絶対にあってはならぬ。改めてひとつ大臣もしかと腹に据えておいてください。
 そこで、今言われたこどもの日はチルドレンズデー。子供というのは英語ではチルドレンということは政府がちゃんとそういう言葉を使っておられるということで、もう一度さっきの子どもの権利条約か児童の権利条約か、そこへ戻るわけですが、私は繰り返して、やはりこれは子どもの権利条約という言葉を使うのがそういう政府の使われた経過からいっても自然ではないか、そしてそれがわかりやすいということではないか、こう言いますが、そのチルドレンズデーというのがあることをきっと大臣もここで初めて聞いたでしょう。その上に立って、大臣、もう一度その見解を述べてください。
○武藤国務大臣 私、先ほど答弁の中で、従来の国内法との整合性があるということを申し上げて、事務当局から答弁をさせたわけでございますが、例えば児童福祉法の第四条でございますか、それから児童手当法の第三条第一項、こういうところで「児童」の定義を「十八歳に満たない者」と定義をいたしておるわけでございますね。
 児童の権利に関する条約のこの日本語訳につきましても、「チャイルド」の訳をどうするかということでいろいろ政府部内でも検討をいたしたようでございますけれども、最終的には、そのような国内法などとの整合性を考えながら「児童」という形にしようということで閣議で決定されたと、こういうふうに私は承知をいたしております。
 立法と行政の問題についてもお触れになりましたけれども、あくまで立法は立法でありまして、立法機関が法律をお決めいただくわけで、政府は、行政府は提案をいたしておるわけでございますから、この条約も我々としては提案し、これがベストであるという形で行政府としては提案をいたしておるわけでございます。しかし、決して立法府の審議を制約するような気持ちは毛頭ございませんので、どうかその辺は御理解をいただきたいと思います。(発言する者あり)
○高沢委員 今上原理事が言っておりますよね。行政府は最高のものとして、ベストのものとして提案している、しかし、それを今度は審議して決するのは立法府でございますと。とすれば、これは当然立法府の審議の過程で、この言葉はこの方が政府の言うベストよりさらにベターで、ベストよりさらにベターということはありますよね、そういうときは率直に、ではそう改めましょうという態度があっていいのではないか、こんなふうに私は思います。
 それで、今大臣は整合性のことを言われました。国内法との整合性、児童福祉法とか児童手当法等々言われました。しかし、それを言われると大臣、ちょっと弱いですよ。では国内法で、ほかに児童というものが幾つも出てきますね。その幾つも出てくる中で、例えば学校教育法、これでは児童というのは小学校の子供たちであるということになっておる、中学の子供たちは生徒だ、高校の人たちも生徒だ、ここに児童と生徒は違うということの規定がはっきり学校教育法にありますね。
 それでは条約では、十八歳以下のそういう未成年の人たちは児童だ、こう一応条約でなっている。しかし、国内法の今言った学校教育法では、児童は十八歳以下の人たちではなくて、それは小学生であるということになっている。一体この整合性というのはどういうことになるのか。ほかに、道路交通法では、児童とは六歳以上で十三歳未満の子供、こうなっています。それから労働基準法では、児童とは十五歳未満の子供、こうなっています。
 すると、国内法の中で、そういうそれぞれの法律によってまことに児童という言葉の中身が不統一なんですね。まちまちなんですよ。そのまちまちのものを、これを部分をとってそれとの整合性ということは、整合性という言葉からしてもそれは適していない、こんなふうに私は思いますが、大臣、そのまちまちだということを一体どういうふうにお考えになりますか。
○小西説明員 ただいま先生から、学校教育法においては児童それから生徒という用語があるではないかという御指摘で、また道路交通法、労働基準法等にもそれぞれの児童についての定義が挙がっているではないかという御指摘でございました。
 私ども、これは繰り返しになりますが、先ほどから申し上げておりますことは、国内的に英語のチャイルドに当たる言葉として一番広く用いられて適切な言葉は何かという観点から国内法令の用語を検討したわけでございます。
 その際に、一つの可能性としては、先生の御指摘の子供というものも、こどもの日という法律で定められている例がございますので、一つの例としては当然その存在はもちろんわかっておったわけでございます。ただ、法律として用いられている例は、私どもが承知している限りこどもの日というのが唯一の日本の法律の例でございまして、その他の法律においては、先生の御指摘のとおり、学校教育法を初めいろいろな法律で児童という言葉が広く一般に用いられておるわけでございます。
 その児童という言葉につきましても、各法律によりまして、その法律の目的、役割、任務と申しますか、その内容に応じて、対象となる児童は当然その範囲が異なっていてしかるべきでございまして、例えば児童福祉法でございますと、第四条で「この法律で、児童とは、満十八歳に満たない者をいい、」あるいは児童手当法では第三条で「この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。」それから先生の御指摘になられました学校教育法、労働基準法もございますが、例えば母子及び寡婦福祉法第五条には、「この法律において「児童」とは、二十歳に満たない者をいう。」というような例もございます。
 したがいまして、今申し上げました御説明を取りまとめますと、児童ということで表現される低年齢層の者の範囲というのは法律によって区々いろいろ異なっておりますが、低年齢層の者を広く表示する、そういう用語として日本の法令は広く児童という言葉を用いているということは事実でございます。
 また他方、子供という言葉でございますけれども、私どもは条約の「チャイルド」という正文を訳すときに、それが果たして親子関係を指すものなのか、それとも低年齢層の一定の人間を指すものなのか、こういった観点から厳密に検討するわけでございますけれども、子供という言葉には、親との関係において子供である、親子関係を指す場合もあるわけでございます。そういった関係からいたしまして、私どもは、国内法律で広く用いられている児童という言葉、それから子供という例は、法律において唯一こどもの日というところには出てくるけれども、そのほかにはそういう例は見られない、したがいまして、「子供」というよりも「児童」という言葉でこの「チャイルド」を表現した方が的確ではないかという結論を得たわけでございます。
○高沢委員 小西審議官、あなたはいろいろ言ったけれども、随分矛盾があるよ。子供は親子をあらわす、親と子だ、だから子供は、五十になろうが六十になろうが、親にとっては子供だというふうな、それで子供という言葉は適当でない、今盛んにそういう説明をされたわけだが、しかし、英語では親と子という場合、子のことは大体、息子ならサン、娘ならドーター、一般的に親にとって、子供を親子の関係でチャイルドなんて言わないのですよ。要するに、まだ成年に達しない、年の若い人たちのことを英語ではチャイルドと言う。親と子ならファーザー、それにサン、あるいはマザー、ドーター、これが英語の親子のあらわし方なんですよ。そのことを理由にして子供という言葉は適当でないと言うのは、それは通らないあなたの議論ですよ。
 それからもう一つ、日本語で法律的に子供と言っているのは、国民の祝日法の一つしかケースがない、児童はたくさんほかにあります、こうあなたは今説明した。だから児童の方が適当だ、こう言うのだけれども、その児童が、二十歳以下が児童であったり、十八歳未満が児童であったり、小学生が児童であったり、六歳以上十三歳未満が児童であったり、かえって、あの児童もある、この児童もある、めちゃめちゃじゃないですか。それならなおさらこの「児童」という言葉は適当ではないということで私は言いたいと思う。
 そこで、どうですか、率直に直したら、こうさつきから言っているわけです。大臣だってそう思うでしょう。「児童」とはまずいぞ、余りいろいろあり過ぎる、整合性がない。まさに整合性という言葉を、逆に整合性をむしろこれは否定するのが児童の実態じゃないのか、こう思いますよ。どうです。率直にひとつ答えてください。
○武藤国務大臣 今説明がありましたとおり、先ほど私も同じようなことを申し上げたのでございますが、法律用語としては児童と使っている場合が、それぞれ定義はいろいろございますけれども、いずれにしても、この条約に該当するチャイルドというものと日本の法律用語をいろいろ見てみると、子供という表現になっているのはたしか国民の祝日の法律でこどもの日というのが決められているだけでありまして、あと法律用語としては子供というのはないというのが私の認識でございます。もし何かありましたら教えていただきたいのでございますが、いずれにしても、児童という言葉でやはりやっている。
 確かに、児童という定義はいろいろ法律によって違っているじゃないかという御指摘はあろうかと思いますが、少なくとも今の日本の国内法では、いわゆるチャイルドに対する表現は児童という形で使われている、そう見るべきではないか、こういう考え方から政府として「児童」という形に決めた、私はこう判断をいたしておるわけでございまして、私としてはあくまで児童に関する条約ということでお願いをしたいという立場にあるわけでございます。
○高沢委員 いつまでもこればかりやっているわけにいきませんので、私の意のあるところは一応おわかりいただいたとして、次へ進みたいと思います。
 今度の条約の原文はこれは何といったって英語であり、あるいはアラビア語であり、それが正文でしょう。それを我々の国会の審議のために日本語に訳してこうやって今出されておる。その訳し方が、私たちのような大して力のない者から見ても、この訳し方はどうかなという部分がやはりあるのですよ。これは語学の力は決して外務省が独占しているわけではない。こういう訳し方はどうかな、直した方がいいというところがある、ちょっとそれに触れたいと思います。
 条約二十八条の一の(b)、ここで中等教育のことに触れているわけですが、この中等教育の英語の文章が、中等教育の発展を奨励する、そしてその奨励する立場から適当な措置をとる、その「適当な措置」というのは何なんだといったら、「無償教育の導入」とか「必要な場合における財政的援助の提供」とかそういうふうなもの、「サッチ・アズ」、そのような措置をとるのが適当な措置だ、こうなっているその「サッチ・アズ」を、この外務省が出された翻訳では「例えば、」と、「例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供」こう訳していますが、これは中学の英語でもわかるように、例えばというのはフォー・イグザンプルでしょう。この英語の全文にはフォー・イグザンプルなんてないですよ。「サッチ・アズ」、つまり、これこれこれこれこのようなサッチ・アズの措置をとる、こういうことですから、この「例えば、」の訳はやはり間違った訳だ、訂正をすべきものだ、こんなふうに思いますが、これはやはり小西審議官かな、どうですか。
○小西説明員 お答えいたします。
 高沢先生御指摘のとおり、この英文ではこの箇所は「サッチ・アズ」という英語で表現してございます。ここの箇所につきましては、私どもも非常に注意して訳したわけでございますけれども、ここで挙がっていますのは、「無償教育の導入」ということに加えて「必要な場合における財政的援助の提供」ということも挙がってございます。
 この二十八条の(b)の後段でございますけれども、「すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとし、例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。」というのが訳でございます。これは私どもは、中等教育におけるこの「無償教育の導入」ということは、締約国がとるべき「適当な措置」の例示の一つとして具体的に列挙されているものだという考えでございまして、「サッチ・アズ」の部分を「例えば何々のような」ということで訳すことによりまして、条約の正文の意味が明確に、忠実に反映されるようにしたものでございます。
 したがいまして、私どもは、この訳が不適当あるいは不的確ではないかという御指摘には当たらないのではないかというふうに考えております。
○高沢委員 今「例えば、」としたという説明をしましたが、では、「例えば、」と言ったからといって「無償教育の導入」や「必要な場合における財政的援助の提供」、これは締約国に対してこの条約がいわば義務づける、そういうことをやりなさいという中身であるということには変わりはないのですか。「例えば、」と言ったからといって、それらは例示されたものではあるが、それはこの条約が締約国に言うならば義務づける、しなければいけませんよということに該当するのかどうか。
 そうではなくて、「例えば、」だから、ここに例示で挙がっているけれども、それはまあ、やれる場合はやってもいいし、そうでなければやらなくてもいいというふうな位置づけで「例えば、」という言葉にしたのか。その実態はどうなんですか。
○小西説明員 この規定は、締約国に対しまして、中等教育の発展を奨励して、すべての児童に対してこれらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるようにするため、締約国がその裁量によりまして適当な措置をとることを義務づけており、そのような措置の例示として「無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供」を挙げているものでございます。
○高沢委員 あなたは今裁量によりましてと言ったけれども、この条約のどこに裁量によってと書いてある。裁量によってというのは、やってもいいし、やらなくてもいい、選択はその締約国が決めればいいんだ、裁量によってというのはそういう意味です。この条約の二十八条に、どこに裁量によってなんて書いてありますか。
○小西説明員 今先生の御指摘の点は、まさにこの同じ条文でございますけれども、「例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。」ということで、「適当な措置」の内容の判断は各締約国にゆだねられておるわけでございます。
○高沢委員 我々の日本語でも、あいつ適当なやつだというふうなことを言う場合は、あいつは言行一致でないやつだというふうな意味をしますが、今あなたは、「適当な」という言葉が条約にあるから、したがって場合によればやってもいい、やらなくてもいいんだというふうな意味にとるという答えをされましたが、中等教育の発展のために必要であり、かつ、それをやれば中等教育の発展に非常に役立つという適当な措置ということをこれは意味しているわけであって、さっきの裁量によってというふうなことも全く条約の中には余計な言葉であって、これは、加盟国は、中等教育発展のためにこういうことをするんだよ、しなければいけないよ、こういうふうに読むのが常識じゃないですか。その点はどういう考え方ですか。
○小西説明員 この条約につきましては、第四条にも「締約国は、この条約において認められる権利の実現のため、すべての適当な立法措置、行政措置その他の措置を講ずる。」というふうにございますけれども、ここの箇所にも今問題になっております箇所においても、適当な措置をとるという規定ぶりになっておるわけでございます。適当な措置については、各国がそれぞれ持っているいろいろな手段の中から、その国の事情、条件に応じていろいろな可能性、かつ適当な、それこそ適当な措置というのがあるのではないかと思います。
 したがいまして、条約は、そういう締約国が適当と認める措置をとるように義務づけておるわけであって、個々の適当な措置の例示として「無償教育の導入」というものが示されているという解釈でございます。
○高沢委員 第四条で「適当な」とかぶせてある、こう言いましたが、それでは、この条約のどの条項も全部適当な、裁量によってやってもいい、やらなくてもいい、そうなるのですか。まさかそんなことはないでしょう。そんな条約の読み方が外務省の責任者から出るというのは、私は驚くべきことだ、こう思いますよ。
 これはだから、さっき言った「サッチ・アズ」を無理に「例えば、」に訳したということは、中等教育の財政的裏づけ措置とかいうことをやりたくないから、それをやらないで済ますためには「例えば、」だというような訳文につくり上げたというのが本当の姿ではないんですか。どうですか。まじめにこれは答えて、まじめにひとつやってもらいたいですよ。
○小西説明員 私ども、この条約は非常に重要な条約であるということでまじめに取り組んできておりまして、先生御指摘のように、特定の目的で歪曲するとか、そういう考えは毛頭ございません。
 具体的に、この箇所につきましては、我が国も非常に大きな関心を持っておったところでございまして、条約審議を行う過程におきまして、まさにこの英語の表現という点が加盟国にどのような関係を持つかということについて、我が国の代表というか我が国としても関心を持ってその考え方を述べておったところでございます。
 審議経過に照らしますと、我が国の代表は、この条約のこの部分の作成過程におきまして、無償教育の導入は締約国の義務ではないというふうに日本としては理解するということを発言いたしまして、その際に、この審議を行っておった各国の代表から何らその点について異議も反対も差し挟まれなかったという経緯がございます。
○高沢委員 これは、今また大事な話を言われたのですね。
 各国の代表が審議をした中でこのことについて何の異議もなかった、こう言うのですが、それでは、この条約の各条項について、各国代表がこの審議に参加した日本代表に対して、この条項では各国代表はどうであったのか、この条項は各国代表はどうであったのかというようなことは全部出してもらわなければ困りますね。
 これは、私がこの質問でずっと責めていったら、そうしたらやっと、いや各国代表もこれには異議はなかったというようなことをちらりと出してきたというようなことで、そもそも、ここに全体の問題を出して、この条約審議を本当に内容あるものに進めようというふうな前向きの姿勢がないじゃないですか。触れないでおいて、隠しておいて、いよいよ迫ってきたら、いや実は各国代表は異議はありませんでしたというような、そこでもって逃げようとする。私は、これは審議の態度としてまことに誠意がない。大臣、さっきのあれに重ねて、これも誠意ないですよ、こういう審議の仕方は。私は、それを厳しくやはり指摘しなければいかぬ。
 そして、こればかりもいかぬから、また次へいかなければいけませんが、要するに「サッチ・アズ」は「例えば、」ではない、「例えば、」という訳し方は間違いだということを私はもう一度申し上げて、次へまたいきたいと思います。
 三十条は原住民、先住民というこの問題の条項ですが、この訳し方も「原住民」になっていますけれども、これは私はやはり「先住民」と訳すのが正しい、こう実は思います。
 それで、そのことの一つの議論として、「インディジナス」というこの英語を、外務省はここには「原住民」と訳して出してきているわけです。ことしは国際先住民年でしょう。大臣もよく御承知の、国連で決められた国際先住民年。この名称はもう国際先住民年で確定しておりますが、そのもとはこの「インディジナス」。要するに、この言葉を訳して国際先住民年という言葉にしているし、現に外務省もその言葉を使っている。というふうになれば、この「インディジナス」という言葉は、「原住民」という訳でなくて「先住民」という訳がやはり正しいし、外務省もこの国際先住民年という呼び方でその立場を現にとっている、こう思いますが、なぜこの条約の中ではこれを「原住民」と訳したのか、これがどうしてもわからぬのです。これはやはり間違った訳じゃないのか、こう私は思いますが、いかがですか。
○小西説明員 お答え申し上げます。
 この条約におきまして、先生御指摘の「インディジナス」という言葉は「原住民」と訳しております。先生の御指摘の中にありました世界の先住民のための国際年、確かに一九九三年、本年でございますけれども、この国連の国際年というのは、国連が目的とします平和、経済的発展、社会的発展、人権の促進などに関する問題について国際協力の推進を図るという趣旨で、私どもは非常に有意義な年である、国際年は有意義な試みであるというふうに考えておりますが、この名称につきましては、在京の国連広報センターの資料あるいは新聞等におきまして、既に先住民という訳語が用いられているわけでございます。したがいまして、いわば一種の固有名詞に近いものになっているということから、世界の先住民のための国際年という訳語を外務省としても用いることが適当ではないか、こういう判断でございます。
 この国際年というものは、国家問あるいは国民の問の法的な権利義務関係を生じさせるものではございません。日本語の名称についても、この児童の権利条約におきましては、繰り返しになりますが、既に締結しておるほかの条約における訳語、あるいは日本の関係の法律における訳がどうなっているか、関係の法律においてどういう用語が用いられているか、こういった点を慎重に検討いたしまして、この原住民という言葉につきましても、既に米国との渡り鳥保護条約において、正文として「インディジナス」を「原住民」と訳しているという経緯を踏まえまして、私どもは「原住民」というふうに訳したわけでございます。
○高沢委員 長い説明があったけれども、さっきあなた、先住民という言葉は既に固有名詞になっておる、たしかこう言いましたね。これは本当に固有名詞なんですか。固有名詞というのは、例えば高沢寅男さん、これは固有名詞です。小西審議官、これは固有名詞です。アイヌの民族、これは固有名詞ですよ。エスキモーの人たち、これは固有名詞ですよ。だけれども、それらのアイヌとかエスキモー等々のもの全体を通ずるいわば普通名詞としてインディジナス、つまり先住民という言葉ができておるので、この言葉は固有名詞じゃないです。
 あなたは、固有名詞に既になっておる、それは固有名詞なんだから、この条約では別な「原住民」にした、こう言うのですが、それは全然説明にならぬ、私はこう思いますが、どうですか。
○小西説明員 私の説明に若干明確性を欠く点があったとすればおわびいたしますが、世界の先住民のための国際年という表現そのものが、そういう名前としていわば固有名詞のような用いられ方をしているという点を申し上げたつもりでございます。
○高沢委員 つまり、それほど、各国にあるそうした先住民の人たちの権利や宗教の自由、言葉の自由、いろいろなものを保障しなければならぬというこの第三十条、この精神をまた一つの国際的な運動としようということで国際先住民年というイヤーが決められて、そのイヤーにはそれにふさわしいいろいろな行事がなされるということできているわけであって、そのこととこの条約の精神は全く一致している。そして、それを国連として、国際的に国際先住民年という名称を皆が統一して認めて使っていながら、我が国のこの条約の訳し方では「原住民」となってきた、これが私はどうしても理解できない。国際的に既にそうなっておるなら、なぜこの条約の言葉を「先住民」という訳し方にしなかったのか。小西さん、どうなのですか。
○小西説明員 先ほど申し上げましたけれども、私どもは、条約の訳語として既にどういう訳語がほかの条約について用いられているかということも考慮に入れるわけでございますけれども、米国との渡り鳥等保護条約におきまして、「インディジナス・ピープルズ」という言葉に該当する日本語の訳語といたしまして「原住民」という表現を用いているわけでございます。したがいまして、私どもはそういう整合性も考慮に入れまして、この訳語として「原住民」という言葉を使用しているわけでございます。
○高沢委員 渡り鳥条約の中でこう言っておるということですが、私は今度の、児童の権利条約と一応呼びましょう、この重要性から考えれば、むしろさかのぼって、渡り鳥条約で「原住民」と訳しているその訳語を変える。今まで、条約で使った日本語の訳を変えた前例はあるでしょう。変えるぐらいのことをやって、そして、これは先住民というのが本来の呼び方であるというところに統一するのがやるべき立場じゃないのですか。私はそれを強く主張したいと思います。
 それから大臣、これは私の思い過ごしなら勘弁してもらいたい。なぜそれほど原住民にこだわるか。つまり、日本の国内にはアイヌ民族があります。このアイヌ民族は、今度の国際先住民年の出発に当たってウタリ協会の野村さんという理事長が国連に呼ばれて、そこで先住民の代表として堂々たる立派なあいさつをしているのです。つまり、国連で既に日本のアイヌの代表の人は先住民の代表として認められて、立派なあいさつをされた。これを素直に受ければ、日本のアイヌ民族は先住民であるということに当然なる。
 ところが、どういうわけか外務省は、アイヌを先住民と言いたくない、原住民と呼ぶのだと。原住民と呼ぶのだというところにばかに外務省はこだわっている。そうするために、この子どもの権利条約も、重要な部分にわざわざ原住民という言葉を使っていると実は私は見るわけです。そういう下心があって、先住民と言うところを無理やり原住民にしているということがあれば、外務省当局の態度としてはまことに公正でない、まことに残念なことである、私はこんなふうに思います。
 時間が五分前ということで来ていますからもう終わりますけれども、こういうやり方がまだ幾つかありますね。そういう指摘を受けたら、私は、外務省当局として、いやその言葉の方がよりよい、ベターであるということになれば、率直にこの審議の過程で改めるということをぜひやってもらいたい。それが誠意ある立法に対する行政の態度ではないかと思いますが、この点、大臣いかがですか。
○武藤国務大臣 先住民と原住民の今の表現の問題ですけれども、私も、今の議論を踏まえて一遍よく聞いてみます。
 しかし、いずれにしても、私ども行政府の立場では、この条約案につきまして、閣議を経てこの国会に提案をいたしておるわけでございますから、あとはひとつやはり立法府の中で御議論いただいてお決めをいただく、それには当然私ども行政府が従うのは当然でございますので、私どもの方から自発的にそのような修正案を出すというのはいかがなものかと思っておるわけでございます。
○高沢委員 我々は責任持って出した、我々の方から変えますとは言えないと、今の大臣のお話。
 じゃ今度は、我々は立法の立場で、これはこう変えた方がベターである、より正しいという立場があるわけですから、このことの扱いをどうするかは別途十分理事会で検討していただきたい。このことをお願いして、ちょうど時間になりました、終わりたいと思います。
○伊藤委員長 理事会で協議いたします。
○高沢委員 よろしくお願いいたします。
○伊藤委員長 川島實君。
○川島委員 私は、ただいま議題となっております子どもの権利に関する条約についてお尋ねをいたしたいと思います。
 この条約は、一九五九年の第十四回国連総会において子供の権利に関する宣言が採択され、一九七八年の第三十三回国連総会に条約の草案が提出され、十カ年間にわたる検討が行われてまいりました。その結果、権利宣言三十周年及び国際児童年十周年に当たる平成元年の第四十四回国連総会においてこの条約案が無投票で採択されました。また、平成二年九月二日に効力が生じております。
 現在百二十一カ国がこの条約を締結していると言われておりますが、各国が締結してから今日まで既に二年六カ月たつわけでございますが、我が国がこの条約を締結できなかった理由というのは一体どこにあるのでしょうか。まずお伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約につきましては、政府といたしましても、非常に重要な条約であるということで、子供のための世界サミットが行われた際に署名したわけでございますけれども、その後引き続き、この条約の各条につきまして検討を行ってまいりました。
 この条約は、何分五十四カ条に及ぶ非常に大部な広範な条約でございます。関係省庁にもお願いいたしまして、それぞれの担当の箇所について十分慎重に検討を行っていただき、国内法との整合性等について十分検討を行っていただいた、そういう過程におきまして各国の実施状況等も調査し、いろいろ詰めるべき点を詰めて検討をしたということでございまして、私どもとしては鋭意早期締結のための準備を進めておったところでございます。
○川島委員 外務委員会で正式に審議がされるのはきょうからでございますけれども、実はこの条約、顧みますると、百十六国会、一九八九年十月二十六日から審議がなされておりまして、昨年の百二十三国会までの間に実は七十九名の代議士がこの国会で質問に立っておるわけでございますね。ところが、外務省は、この七十九名の人たちから受けた問題点について一々きちっと整理をして、そして政府の統一見解、その問題についてどうかというものを明らかにして、七十九名の人たちの発言を重要視しながら、提案された今日の外務委員会に提示をすべきだと思うわけですが、それらをできなかった理由というのはどこにありますか、お伺いしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約につきましては、この国会におきましても、先生御指摘のとおり、いろいろな角度から既にいろいろな委員会で御審議をお願いしておりまして、その都度いろいろな質問が出てきたことは事実でございます。
 また、政府の方といたしましても、外務省に限らずそれぞれ担当の省におきましてその質問に応じて的確に答弁すべくいろいろ努力してきておりまして、先生御指摘のとおりいろいろな質問がございましたので、その都度その質問の内容に応じた的確な答弁をするように政府としては常に努力してきたつもりでございます。
○川島委員 私どもがいろいろ資料をいただいて、それで疑問に思う点がございまして、ずっとさかのぼってみますといろいろな質問がなされて答弁をしておるわけですね。そういうものが整理をされないから、それで貴重な国会の時間が削減されてしまっている。
 例えば、先ほど外務大臣がネーミングの問題で若干ございました。これも渡辺前外務大臣が、既に同じようなことでお答えをしておるわけなんですね。こういう状況があるということは、やはりこれからの国会審議上、特に条約関係はこれからもたくさんそういう問題が出てこようかと思いますので、ひとつ今後、さきに議員が、特にこの場合は七十九名という多数の人たちでございますので、条約の条文に対して全部やっていることですから、重複する点を全部まとめれば整理ができるはずなんですよ。だから、今後そのことについては強く要望をしておきたいと思います。
 まず、お尋ねをいたしたいと思います。
 この条約のすぐれている点の内容というか特徴について、政府はどう受けとめておるのか。国際的に子供の権利をどのようにお考えになっておるのか、まずお伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この児童の権利条約は、児童に着目して広範に自由権、社会権、文化的、社会的、経済的な権利、こういったものを包括的に取り決め、規定しております。
 この条約はまた、特定の国あるいは社会体制に偏るというようなことなく、広く普遍的な規定を盛り込んでおりまして、開発途上国のみならず先進国においても、例えば困難な状況にある児童に対する虐待でございますとか麻薬の害に悩む児童、こういったものを念頭に置きまして、広く普遍的な内容を取り上げたものでございまして、日本との関係で申し上げれば、先ほど来御説明いたしておりますように、憲法あるいは児童関係の国内法の精神と合致するものである、したがって私どもは、ぜひとも早くこの条約を締結すべきである、こういうふうに評価をしておったわけでございます。
○川島委員 我が国におけるこの条約とのかかわり方について、例えば日本の慣習とか多くの法律の中で改正してほしいという学者の皆さんの指摘とか非常に出てきておるわけでございますけれども、それらについてはどのように整理をされるおつもりなのか。条約の中に入るまでに、まずこの点についてお伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約は、ただいまも触れましたとおり、いわゆる表現の自由等自由権、それから経済的、社会的、文化的な権利、こういった非常に広範な権利の内容になっております。
 したがいまして、今先生が御指摘のような国内におけるいろいろな意見というものもございますけれども、私ども政府といたしましては、これらいろいろな広範な権利について、それぞれ具体的な施策に当たっておられます関係省庁にお願いいたしまして、関係省庁の立場から国内法の整合性ということについて検討をお願いし、その結果、国内法については新たな立法措置を必要としない、現在の法律を改正する必要もない、こういう結果を得ておるわけでございます。その関係省庁の検討の過程において、いろいろな見解というものは検討されたのではないかというふうに私どもは承知しております。
○川島委員 先ほども指摘をいたしましたけれども、三年六カ月の間の七十九名ですか、その人たちの審議過程の中でいろいろな問題点がはや浮かび上がってきておると思うわけですけれども、現在時点でもおのおのの省庁は、そういう慣習だとか法律の不備な問題点については一切手を加えなくてもいいという解釈をしておるのか。そして、そのように指示をしているのは一体どこが中心になって、責任を持っているのか。問題点が出てきても各省庁おのおのばらばらにまとめさせているのか。統括して外務省がそれでよろしいといってゴーサイン出すのかどうか。そこはどこがやっておみえになるわけですか。我々もちっとも見えてこないわけですけれども。
○小西説明員 その点につきましては、例えば教育でございますと文部省、あるいは母子、健康につきましては厚生省、少年の犯罪からの保護あるいは手続面での保護ということにつきましては法務省というふうに、それぞれ具体的な省庁におきまして御検討いただきまして、その結果を私ども持ち寄りまして総合的に検討いたしまして、その結果をさらに法制局の審査を経て我々の考え方を確定したわけでございます。
○川島委員 この問題は後ほど具体的な条約の中でまたお伺いをしておきたいと思いますが、次に、留保している点について、日本の学者の中では訳文が正しくないのではないかという提起をしている人たちがおみえになるわけですが、このことについてどのように受けとめておみえになりますか、お伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 ただいま先生から留保の訳文が適当でない部分があるのではないかという御指摘でございましたが、具体的にどの箇所でございますでしょうか。
○川島委員 後ほど、これも条文の中で出てまいりますから、そのときにちょっと審議に入りたいと思います。
 批准した国々は既に権利委員会が開かれておりますけれども、これらの国際的な動き、権利委員会でどのような活動がなされてきておるのか、お伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約には先生御指摘の児童の権利委員会という権利委員会が設置されております。この委員会は、条約において負う義務の履行の達成に関する締約国による進捗の状況を審査するために設置されたものでございます。
 既に、この委員会はこれまで三回開催されております。
 第一回の会合は、九一年の九月三十日から十月十八日までジュネーブで開催されております。第一回会合においては役員の選出、仮手続、規則、各締約国が提出いたします報告書のガイドラインの採択を行い、第二回会合、これは九二年九月二十八日から十月九日まで同じくジュネーブで開催されておりますが、この会合におきましては、今後の会合日程を採択したほか、委員会の作業方法について審議を行っております。
 また、第三回の会合は九三年、本年の一月十一日から二十九日まで行われておりますが、この会合におきましては、主に各締約国より提出されました報告書、これはスウェーデン等十一カ国ございますけれども、この報告書のうちスウェーデン、ロシア、エジプト、こういった国々七カ国の報告書の審査を行っております。
○川島委員 大臣にちょっとお伺いをしておきたいのですが、先ほど議題になっておりましたネーミングの問題ですね。実は参議院で議員懇談会という形で子供たちと懇談会を開いたわけですが、中学校の高学年それから高等学校の生徒、その人たちは全部私たちは児童じゃない、こうおっしゃるわけですね。何とか直してほしい。この条約の中には子供の意見表明権というのがございまして、もう中学校から高校にかけては何でも自分の意見を言えるような、それほどまでに子供たちは発達してきておるわけです。そういう時代の進化というのが実はあると思うわけです。
 そういう点で、今名称を変更できる一番責任者はだれかというと、外務大臣がオーケーと言えばこれは変わることだと言われておりますし、さらにこの委員会で、後ほど委員長が理事会に図っていただいて、委員の皆さんだけでも多数で賛成になれば、立法府が名称変更に対して特別な配慮をして申し入れることができる。それが名称の変わる条件になろうかと思うわけです。
 我々が話を聞いておりますと、今回の条約の権利を享有し行使する主体というのは子供の権利論を基礎に置いた子供たちだ、こういうことですから、用語が子供の方が適しているという見方。
 それから二つ目は、この条約が大人と子供、親と子という関係の中で子供の権利保障を考えている、このことを正確に表現すると子供だ、こう言われる。
 それから三つ目は、現行の法律が、先ほども大分議論をされておりましたけれども、不統一だ。例えば、文部省の学校教育法では小学生を対象にしておったり、母子及び寡婦福祉法では二十歳未満と、これだけの開きがある。だから、どちらかを整理をするのか、それとも国民の皆さんが、一般的にこどもの日という祝日もあるし、小学生よりも中学生や高校生の方が意見表明権で何でも述べられる、そういう国際的な協力面からこの条約の趣旨を生かすためにも、そういう人たちの気持ちを酌み取ってあげられるとか、そういう形になろうかと思いますが、これらの整理をしてどちらかに直していくのかどうかという問題点にもなろうかと思います。
 それから四つ目は、この条約のように、国際社会の子供の権利という包括的かつ現実的保障を目指した基準の確立からいっても、これを総称する子供というのが適している。こういうふうに皆さんの意見は大体集約されてきておるわけですけれども、このことについて大臣は一向に変わりませんですか、自分の気持ちは。裏方から言ったことのとおりでいかれるのか。渡辺大臣と同じように、まだちょっと少しは揺れておるところがございますか。
○小池政府委員 若干技術的な問題点がありますので、私から先にお答えさせていただきます。
 先ほどからこの国会において訳がどうかという御審議が真剣に行われてきたわけですけれども、それと関連いたしまして、国会でただいま承認を求められているのは何かということについて、後で誤解が生じるといけませんので私の方から御説明いたしたいと思います。
 先生方よく御承知のとおり、憲法七十三条によりまして、条約の締結権そのものは内閣にございます。同じく憲法七十三条三号によりまして、事前または事後に国会の承認を受けることとなっております。したがいまして、この規定に基づきまして児童の権利に関する条約の締結について承認を求めているものでございます。
 すなわち、この国会承認の対象は児童の権利に関する条約の締結についてであります。すなわち、再び言葉をかえて言いますと、この条約に全体として日本が拘束されるのが是か非かということを国会に対してお諮りしているものでございます。
 条約の締結のそういう可否といいますか、締結することがいいのか悪いのかということを審議するに当たりましては、当然のことながら具体的な条約の内容を十分に審議する必要がございます。その条約の審議に資するために条約のテキストを提出しておるわけでございます。もちろん、我が国が国際的に拘束されるのは条約の正文でございますけれども、その正文をできるだけ正確に訳したものとして日本語訳を提出しておりますが、若干繰り返しになりますけれども、国会が条約を締結するか否かを判断していただくための審議を行う際の参考としての資料でございます。
 したがいまして、国会の承認の対象になっているのは訳文そのものではございません。国会の承認の対象になっておりますのは、そういう条約を締結することがいいのか悪いのか、十分な御審議の末に御判断をいただきたいと思います。
 以上でございます。
○川島委員 今言われた答弁の中に真実はございますけれども、例えば皆さん方の提案について、各省庁のいろいろな法律との整合性について審議をしておるわけですから、審議の中でいろいろな問題が出てきた。例えば明らかなのは、小学生じか対象にしてないとかそういう問題を今後どうするかとか、例えば海外が十八歳以下を子供、我が国は二十以下を子供、それならば十八歳から二十の子供を第一条で――我が国としては、十八歳以上選挙権だとか、公職選挙法に基づいたそういう権限をいつ与えるような形にされるのか。努力をしていく目標。行動計画は後からも出てくるわけですけれども、その点についてまずお伺いしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約は第一条におきまして、「この条約の適用上、児童とは、十八歳未満のすべての者をいう。」という規定を置いております。しかし、この条約の適用上において、しからば成年というものをどういうふうに考えるかということについては一切触れておらないわけでございます。したがいまして、この条約の適用に当たっては、児童というものを十八歳未満の人間、そういった者に適用していくという趣旨の規定に沿って我が国はこの条約を適用していくわけでございまして、この条約でいずれの年をもって成年とするかということは条約そのものからは出てこないわけでございます。
○川島委員 それじゃお伺いしますけれども、この締結を機会に、第一条の十八歳以上すべての者を成人扱いするための国会における検討委員会を設置したらどうかと思いますが、その点についていかがでございますか。
○小西説明員 ただいま申し上げましたとおり、この条約の適用上は児童を「十八歳未満のすべての者」ということで考えておりまして、どの年をもって成年とするということを規定したものではございませんので、この条約の運用に関する限り、この定義に従っていって何ら国内法との関係においては問題が生じないのであります。
○川島委員 私は、我が国が先進国としてこれから国際貢献を果たしていかなければならない、特に、我が国の外交方針は国連中心主義、こういうことをうたっておる限りは、体や頭脳ともに既に大人になっているこういう状況を見て、この条約を機会に直していったらどうだろうか、こういう発言をしておるわけでございますが、大臣、この議論はここでするにはそぐわないと思いますか。
○武藤国務大臣 外務委員会で、今この条約を審議している場でそのような議論をするというのは適当な場所ではないと私は思っております。
○川島委員 それじゃ委員長にまずお願いをしておきたいのですが、先ほどのネーミングの問題は、前の渡辺大臣もそうですし、文部大臣も子供と言う方がいいというような発言もさきにやっているように聞いておりますし、ひとつ理事会でその問題について御議論をいただきたいと思いますが、いかがでございますか。
○伊藤委員長 ネーミングの問題は委員会でよく審議をしていただいた方がいいんじゃないでしょうか。(発言する者あり)――理事会でよく協議します。
○川島委員 次に、この第一条で、子供も、生まれたときから言うべきだという学者の皆さんがおみえになるわけですが、胎児というのはこの条約の中に入っていないのかどうか、お伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約の対象であります児童の範囲は、繰り返しになりますが、第一条の定義条項において、児童は十八歳未満の者である、「者」というのは「ヒューマン・ビーイング」という英語の日本語訳でございますが、そういうふうに規定されております。そこで、特に出生前の胎児を含む旨の断りはございません。
 また、この条約が規定をしております権利を見ますと、音心見表明、教育等々ほとんどの規定が明らかに出生後の児童のみを対象としたものでございます。また、どうしても胎児を対象とするといういうふうに考えなければならないという趣旨の規定はないということから、この条約は胎児を対象とすることを規定していないというふうに解しております。
○川島委員 第二条の問題点として、非嫡出子に対する差別の問題が指摘をされておるわけでございますが、一つには、出生届の父母の続柄、それから住民票の続柄欄、二つは、非嫡出子の遺産相続の関係、それから未婚の母の寡婦控除の税法の関係、それから、十六歳以上の外国人の指紋押捺に関する政令、それから、婚姻年齢の男が十八歳、女が十六歳以上、こういう差別の問題、これらについていかに受けとめておみえになりますか。
○小池説明員 私の方は、出生届における戸籍の取り扱いに関しましてお答えを申し上げます。
 御質問の、出生届それから戸籍上の記載に関しましては、本条約七条で登録される権利について規定されているところでございまして、戸籍制度もここに言います登録される権利にかかわる制度でございまして、本条約二条1によりまして、不合理な差別を設けることは禁じられているというふうに理解をしております。
 ところで、我が国の現行の法制におきましては、国民の身分関係は民法によって規律をされております。戸籍制度は、民法に規定する身分関係を戸籍という公簿に記載をして公開をする、こういう機能になっているわけでございます。
 嫡出である子、嫡出でない子、この区別も民法が用いているものでございまして、その嫡出という言葉がややかたいイメージを持っておりますが、これは端的に言えば、婚姻関係にある男女から生まれた子であるかそうでないか、こういう区別になるわけでございます。この事実を戸籍法の上では親との間の続き柄を正確に公示する、そういう目的のために戸籍に記載をするということにしているわけでございまして、この事実を事実として記載すること自体は、本条約二条に言う不合理な差別には当たらないというふうに考えているところでございます。
○岡光説明員 私の方からは、相続分の問題、それから婚姻年齢の問題、この二つの問題をお答えさせていただきたいと思います。
 相続の問題は、確かに嫡出子と嫡出でない子と相続分に違いを設けてございます。嫡出でない子は嫡出子の相続分の半分、こういうふうな規定が民法にあるわけでございますが、ただ、相続の問題というのは親と子の問題でありまして、子供が児童であるかどうかにかかわらないわけでございまして、六十の方がお亡くなりになって三十の方が相続される場合でもそういうことが起きるわけですから、児童の固有の問題ではないとは思っておりますけれども、その点は一応さておきまして、民法がそういうふうな規定を設けている趣旨というものを御説明申し上げますと、これは、法律上の婚姻という制度を擁護するために必要な制度ではなかろうかということで取り入れられているものでございます。
 これにつきましてはいろいろな考え方がございますけれども、そういった立法趣旨を体しまして、私どもは、こういった子どものあるいは児童の権利条約の批准というテーマを迎えたときに、民法を変えるとかということは特に直ちに必要ではないのではなかろうか、かように思っておるところでございます。
 それから、婚姻年齢の問題でございますが、これは、日本の民法では男は十八それから女子は十六ということになっております。これはなぜそういう違いを設けておるかといいますと、肉体的、精神的な成熟度に男女に違いがあるだろうということが立法趣旨として言われておるところでございまして、女性の方が比較的早い年齢でそういった成熟度に達するということで、十六歳でも場合によっては結婚できるというふうにされておるわけでございます。こういった違いというのは合理的な取り扱いであろうということで、それはそれで特に支障がないのではないかと思っておるわけでございます。
 ちなみに御紹介いたしますと、諸外国でも男女の婚姻の年齢につきまして違いを設けている国はたくさんございまして、例えばフランスは十八、十五、スイスが二十、十八、オーストリアが十九、十六、同じ年齢を設けている、男女に違いを設けてないというところももちろんございます。アメリカ・カリフォルニア州だとかイギリス、ドイツといろいろございますけれども、ここらあたりはそれぞれの国々の立法政策の問題じゃなかろうか、かように思っているところでございます。
○川島委員 外国人の指紋押捺に関する政令については答弁をいただいておりませんね。
 それから、戦傷病者戦没者遺族等援護法それから恩給法、国民健康保険法等の改正の適用を受けることのできない者の特別措置、これをやらなければ差別につながるという意見もございます。
 それから、国民健康保険の外国人の適用が現在されない人もおみえになっておるわけでございますが、同時に、国民年金、児童手当諸法の国籍要件、これによって差別をされている、これらについてはどう受けとめておみえになりますか。
○石本説明員 国民健康保険についてお答えをいたします。
 国民健康保険につきましては、御案内のとおり従来は日本国籍を有する者に限定して適用を行ってまいりましたが、昭和六十年に政府がまとめました内外無差別を原則とする市場開放のためのアクションプログラムに従いまして、昭和六十一年より国籍要件を撤廃いたしまして、適法に在留する外国人に対しましては、国籍のいかんを問わず、日本人と同様に適用するものとしております。
 ただ、国保制度は地域住民の相互扶助で成り立っている社会保険制度でございますから、被保険者は市町村に生活の本拠を有することが必要でございます。このため、観光目的で入国した場合など一年以上日本に滞在すると見込まれない外国人につきましては、我が国に生活の本拠たる住所を有していないということで国保の適用は行っていないところでございます。
○川島委員 四条に移ります。
 答弁漏れを大分されておりますが、よく答弁できないというのは、やはり矛盾があるわけでしょう。
 四条の締約国の実施義務というところで、本条約で定められた子供の権利実現のための努力が求められている。現在の縦割り行政の弊害を克服するため、子供にかかわる法制、行政の総合的な推進が強く求められる、こう我々は受けとめておるわけでございますけれども、先ほどからの外務省の答弁はなかなか前向きでないように思います。しかし、国際協力の重要性からいって、第三世界の子供たちに対する我が国に課せられた責務が非常に大きいと思うわけでございますが、このことをどう受けとめておみえになりますか。
○小西説明員 ただいまの国際協力の御指摘でございますが、第四条に、御指摘のとおり「必要な場合には国際協力の枠内で、これらの措置を講ずる。」という規定がございまして、この条約においては種々の箇所に国際協力の規定があるわけでございます。
 例えば第十七条においては、マスメディアの果たす重要な機能ということで、情報の交換、作成、普及における国際協力に触れておりますし、それから第二十二条におきましては、難民の問題における国際協力、あるいは保健の問題において、二十三条においての国際協力、二十四条において、身体、精神の健康を享受する権利におきまして国際協力の促進というふうに、国際協力ということが非常にたくさん言及されているわけでございます。
 この条約の前文におきましても、この国際協力について言及されておりますが、日本といたしまして、私ども外務省といたしましても、この点につきましては、国際協力の重要性ということは十分認識しておりまして、この点につきまして、例えば昨年六月に閣議決定されましたODAの大綱において、ODAの効果的実施のための方策の一つとして、子供等社会的な弱者、弱い者に対する十分な配慮をするという指摘を置いておるわけでございます。
 このような考え方のもとに、これまでも開発途上国の子供等の生活条件を改善するために、例えば二国間援助により小中学校の校舎の建設や器材の供与、母子保健、小児病院のプロジェクト等の協力を行ってきております。また、関係の国際機関でございますユニセフ、国連児童基金あるいはWHO、国連世界保健機関、ユネスコ、こういった国際機関を通じた資金協力等も行ってきておるわけでございます。
 今後とも、この条約について御承認いただきますれば、この条約の趣旨を体しまして、これらの協力の充実に努めていきたいというふうに考えております。
○川島委員 国際協力については理解をいたしております。しかし国際協力の前に、みずからの国が、いろいろな問題点は国際的に認知がされるような形で実は整理をしなければいけないと思うわけでございますが、第七条は、名前、国籍を得る権利、親を知り、養育される権利、この内容について記されておるわけでございます。
 ここでまず一つは、出生届を出さない無国籍の子供が非常に存在をしておる。この際、医師や助産婦に第一次届け出義務、こういうものをつくるべきじゃないかという声があるわけですが、いかがでございますか。
○小池説明員 御指摘の届け出義務の件につきましては、現在の法制では、第一次的には父母それから親族が義務者になっているわけでございます。そういう第一次的な届け出義務者がその義務が履行できないような特別の事情がある場合には、出産に立ち会った医師ないしはその助産婦が届け出をするという補助的な義務を負っているわけでございまして、現在の構造そのものは、やはり第一次的には、子の監護義務を負う親あるいは親族がその出生届をするというそういう義務づけを与えたものというふうに理解をされるわけでございまして、それ自体は非常に合理的な仕組みではないかというふうに考えているところでございます。
○川島委員 次に、国籍取得権に関して、戦前から日本に在住しております朝鮮人だとか台湾人の子孫、そういう人たちの子供が日本で帰化を希望する場合は国籍が与えられるような形がとれるのかどうか。これはいかがでしょう。今の法律ではだめだということになっているわけですが、この条約締結後はそういうことが可能になるというふうに理解をしていいのかどうか。
○下田説明員 在日朝鮮人につきましては外国人ということになりますので、我が国におきまして帰化の申請手続をされれば、そしてそれが許可されるということになりますときにはもちろん日本人ということになるわけでございます。
 こういった在日朝鮮人の方々の帰化後の氏名についての問題につきましては、かつては日本人らしい名前を使用するように極力指導していた時期もございます。しかし、現在ではそのような指導は全くしていないところでありますので、こういった氏名の問題につきましても特に問題はないかと思っているところでございます。
 以上でございます。
○川島委員 次に、人工授精児、こういう子供たちの父を知る権利、あるいは借り腹の子供、それから借り卵というのですかね、精子をいただいたこの子供、こういうことについては現行法では全く規定がないわけでございますけれども、子供の自己のアイデンティティーを知る権利を保障していくために、この条約の中にもアイデンティティーのことがあるわけでございますが、こういう整備が必要だ、立法上の。このことについてどのように受けとめておみえになりますか。
○岡光説明員 人工授精に伴う出生あるいは借り腹とか、そういった形での出生につきましては新しい問題だと受けとめておりまして、子供さんが知る権利がどうのこうのという以前に、そもそもだれが父親であり母親であるかという問題をどう解決するかということが先決問題としてあろうかと思っております。
 これは倫理にも絡む問題でありまして、そういう問題が解決されるということは、逆に言えばそれが是認されるということにもなりかねませんので、私どもといたしましても、こういった問題につきまして、新しい問題として受けとめまして慎重に検討してまいりたいというふうに考えておるところでございます。
○川島委員 次に、今外国人が非常に日本に来ておりまして、外国人の女性と日本の妻帯者が、男性が外国人に子供を産ました。その認知は胎内に見えるときに認知をしないと国籍が与えられない。ところが、生れた子供を認知をしても裁判で負ける。しかし、この子どもの権利条約上では、そういう子供たちにきちっと国籍を与えるような規定になっているわけですが、こういうような矛盾はどのようにお考えでございますか。
○下田説明員 それではお答えいたします。
 出生による国籍の取得につきましては、我が国の国籍法は原則として父母両系血統主義を採用しているところでございますが、この主義を貫くということになりますと、日本で出生した子が無国籍となる場合も生じるということから、これを防止するために出生地主義を加味するという配慮をしているところでございます。
 この場合、今先生から御指摘がありました認知につきましては、この血統主義との関係から、日本人を父または母とする子から出生した子につきましては、出生により日本国籍を取得することとされております。その場合の父といいますのは法律上の父を指すわけでございまして、したがいまして、胎児認知がされている場合には、これは法律上の父に当るということになりますが、出生後に認知がされるという場合には、これは出生のときに法律上の父がいないということになりまして、日本国籍の取得をすることはできないということになっているわけでございます。
 本条約との関係につきましては、本条約におきましては、その第七条第二項におきまして、締約国が国内法及び関連する国際文書に基づく自国の義務にしたがって同条一項の権利の実現を確保すべき旨規定をしているところでございまして、締約国に対しまして、自国内で出生した場合を含め、自国内にいるすべての児童が無国籍とならないようにする義務を課しているものではありませんので、そういった意味からも、本条約に反するあるいは抵触するものではないというふうに考えているわけでございます。
○川島委員 今はフィリピンで何か二十人ぐらいの女性が、子供を日本のお父さんが認知をしているんだけれども国籍が与えられぬ、日本へ子供たち帰りたい、こうおっしゃっているのですが、その願いがかなえられぬ、これから訴訟が始まる、こういうような報道もされているわけでございますが、この精神からいって、今後ひとつその分についてもひとつ御検討をいただきたいと思っております。
 次に、第八条の関係で、重国籍になっている子供に対する喪失問題、それから二つ目は、認知を受けた非嫡出子が父の氏への変更を認めない例が我が国であるわけでございますが、それについてどうか。
 それから、在日朝鮮人、中国人の帰化やアイヌ民族などの戸籍登録に際しまして、我が国が日本式の氏名を名のるように指導しておる行為は、この条約の権利保障に反するのではないか、そういう学者の皆さんの見方があるわけですが、このことについてどうか。お伺いをしておきたいと思います。
○下田説明員 それでは、まず重国籍者の問題につきましてお答えさせていただきます。
 重国籍者につきましては、複数の国から自国の国民とされるために、国民としての義務が重複したり、あるいは外交保護権が衝突するというような、国際法上種々の問題が生じ、その個人にとっても、また国家にとりましても問題があるということから、できる限り重国籍の発生を防止し、また、その解消を図るべきだというふうに考えられているところでございます。
 そこで、諸外国におきましても、重国籍を防止、解消するための立法措置がとられているところでございますが、我が国の国籍法におきましても、外国国籍を有する日本国民に対しましていずれかの国籍の選択を義務づけることによりまして、自主的に重国籍の解消を図っているというものでございまして、このような重国籍者に対する国籍選択の制度のにつきましては、本条約に反するものではないものと考えているわけでございます。
 次に、在日朝鮮人等の帰化後の氏名の点につきましてお答え申し上げます。
 帰化後の氏名につきましては、かつては日本人らしい氏名を使用するよう極力指導していた時期もあったわけでございますけれども、現在ではそのような指導は行ってはおりません。もっとも、帰化に当りまして定めた氏というものにつきましては、これを容易に変更することはできないとされているわけでございまして、子あるいは孫のことをも考えて慎重に氏を定めるよう注意を喚起するということはありますけれども、本人が希望する限り韓国式氏名等をも認めているというところでありまして、本条約の批准に伴い改める点はないものと考えているわけでございます。
○川島委員 次に、第十条の関係で、出稼ぎ労働者や難民の親子の再会、家族の再会のための出入国に関する権利の保障がされてないというのは問題があるのではないか。難民認定法の第二十六条ですね。このことについてどのようにお受けとめになっておみえになりますか。
○坂中説明員 この条約は、締約国の出入国管理に関する権限には何ら影響を及ぼすものではないと解されておりまして、本条約の批准に伴い御指摘のことを入管法上規定するというようなことは必要がないというふうに考えております。
○川島委員 次に、第十一条の国外不法移送、不返還の防止。この中の問題で、国際結婚が増加をいたしておりまして、外国人出稼ぎ労働者が急増していることから、本状に基づく国際協定をおのおのと締結する必要があるのではないか、こういうことでございますが、この件についていかがですか、国際結婚について。
○小池説明員 お答え申し上げます。
 必ずしも先生の御質問の趣旨にぴったり合致するかどうかわかりませんけれども、十一条の一項というのは、「児童が不法に国外へ移送されることを防止」するということになっておりまして、必ずしも国際結婚ということではございません。
 それで、これを防止するための措置といたしましては、略取あるいは人身売買を処罰するということについて、日本の刑法二百二十六条あるいは二百二十四条等の規定が既にございます。
 それで、十一条二項にあります、二国間、多数国間の協定の締結あるいはそれへの加入を促進するとございますけれども、それに該当するようなそのための特別の二国間の協定というものはございません。
 それから、多数国間の協定といたしましては、国際的な児童の奪取の民事的側面に関する協定というものがございますけれども、現時点でそれを締結を必要とする国内的な事情はないという状況にございます。
○川島委員 民法、刑法、人身保護法、出入国管理及び難民認定法、これらの国内法に抵触をしない、これはわかっているわけです。
 しかし、本条の主な目的は、親による国境を越えた子供の奪い合いを防止をするため、これは国際結婚もその枠内に入るという受けとめ方を学者の皆さんはしておるわけでございます。だから国際協定が必要じゃないか。だから前段の、抵触しないというところは合っているわけですけれども、後段の、子供の奪い合いという新しい問題について答弁がなされていないわけです。この点についてお伺いをいたします。
○小西説明員 お答えいたします。
 国際協定に関しての御質問でございますけれども、児童福祉法三十四条第一項は「刑罰法令に触れる行為をなす虞のある者に、情を知って、児童を引き渡す行為及び当該引渡し行為のなされる虞があるの情を知って、他人に児童を引き渡す行為」を禁止し、これに違反した者を処罰することとしております。それで、国外から帰還できない事態を防止するための措置といたしましては、行政府間で国際的な捜査協力を行っているわけでございます。
 したがいまして、先生が御指摘になりましたようなケースがこういった違法な行為であれば、この児童福祉法によって対処いたしますし、その際の具体的な国際協力は、行政府間の司法当局間の捜査協力ということで対応が可能なのではないかと思います。
○川島委員 次に、第十二条の意見表明権についてお伺いをいたします。
 条約の内容は、子供に影響を与えるすべての事柄について自由に見解を表明する権利、子供の見解の正当な重視、こういうことが主な内容だと受けとめておるわけでございますが、この中で一つは、学校においての停学や退学のときの子供の弁明、それから未成年者の結婚のとき、それから両親が協議離婚をする際の子供の監護の受けとめ方の権利、それから家庭裁判所における、親の虐待、放任などの理由の親権の喪失の宣言に関する子供の権利、それから児童福祉措置における親権者の同意を要しての施設へ入居する子供の表明の権利、この件について一括お伺いをしておきたいと思います。
○富岡説明員 ただいまの先生の停学、退学の件の御質問にお答えいたします。
 先生御案内のように、第十二条の二項では、一定の行政手続につきまして児童が意見を聴取される機会が与えられる旨規定しているわけでございます。これは、個々の児童に直接影響を及ぼすような行政上の手続、先生御指摘になりましたように、教育関係では退学、停学などが当たるわけでございますけれども、この場合、当該児童の意見が聴取される機会が与えられる旨の規定でございます。
 この停退学処分につきまして、そのような懲戒処分を行うに際しましては、学校教育法の施行規則第十三条におきまして「教育上必要な配慮をしなければならない。」という規定がございますし、また、生徒の実態に即しましてよく生徒から事情を聞くなど、従前からも指導をしてまいっているところでございます。
 条約締結後、これらの手続におきまして本条の趣旨が一層生かされるように、今後とも努力してまいりたいと考えております。
○岡光説明員 私の方からは、未成年者の婚姻の問題と協議離婚における親権者の決定、それから親権喪失の場面でのそれぞれにつきまして児童の意見表明はどうなっておるか、こういう点についてお答えしたいと思います。
 未成年者が婚姻をするときには父母の同意が要るということになっておるわけですけれども、まさに未成年者はその場面では当事者そのものでありますから、婚姻をしたいということを親に言って、そして同意をいただければ役場に行って婚姻届を出すということになるわけですから、まさに当事者として意見を表明するということは十分できているといいますか、それ自体意見表明の機会だということになると思います。
 多分、同意が得られなかった場合に何らかの措置がとれないのか、そこを御質問されているのではなかろうかと思いますが、そういう意味でお答え申し上げれば、この条約の意見表明というのは、子供たちが意見を述べる機会があればいいということで、救済ができるかどうかとは必ずしも同じ問題ではないというふうに言われておると思います。
 したがいまして、父母の同意が要るというのは、未成年者の婚姻につきまして、やはり後見的な見地からの要請として必要なわけでありまして、その同意が得られなくて、しかもそのことにつきまして意見を述べた以上、あとそれがどうなるかというのは、一つの合理的な判断として、今の日本の民法では、同意がない以上は婚姻ができないというふうになっておる、そのこと自体をとらえてどうこう言うことはできないのではなかろうか、かように思うわけでございます。
 それから、順番がちょっとよくわかりませんけれども、協議離婚におきまして、親権者あるいは監護者を決定するときに子供の意見はどうなっておるのかということでございます。
 協議離婚は、まさに親御様が双方の協議で離婚する、その際には親権者を決めなくてはいけないということになっております。子供がかわいくない親というのはあるはずがないわけでありまして、親は皆さん自分の方に引き取って育てたいという強い念願が恐らくあるのでありましょう。それがいろいろな事情でできないということで、どちらかがあきらめ、どちらかが引き取るということで普通は協議離婚が成立するわけでございますけれども、その場面では当然親御さんは子供さんの意向、気持ち、意見を聞いておるわけでありまして、子供さんの側から見れば、そういったことを通じまして意見表明はできるというふうになっておろうかと思います。
 親御さんの方で、協議離婚に際しまして、親権者をだれにするかの決定といいますか、協議ができないという場面もございます。双方が御自分の方に引き取りたいということで対立してしまう。この場面では協議離婚が成立しないわけでありまして、今の親権者の決定の問題につきまして家庭裁判所にお願いするということになっております。
 家庭裁判所の方では、そういった事件を受けた場合には子供の意見を聞くような手続がきちっと整っておりますので、その場面でありましても子供さんの意見表明は確保されておるというふうに思えるわけでございます。
 それからもう一つの問題は、親権喪失の場面で子供の意見表明はどうなっておるかという御質問でございました。
 親権者が親権を乱用する場合につきましては、子供さんの親族あるいは検察官の請求によりまして家庭裁判所が親権の喪失宣告をする、こういうふうになっております。その手続は家事審判法に従って行われまして、この手続におきましては、家庭裁判所の方で子供さんの意向を十分聞くような制度が整っておりますので、いずれにいたしましても子供さんの意見表明は満たされておるというふうに理解しておるところでございます。
○宮島説明員 児童福祉法の入所措置の関係についてお答えいたします。
 入所措置に当たりましては、児童の人権が十分確保されるよう、一つは法第二十七条第四項によりまして、親権者または後見人の意に反してこれを行うことができないという規定がございます。
 それから、児童自身の意見表明につきましては、児童福祉法の趣旨を踏まえまして、児童相談所運営指針におきまして、入所措置を行う際には児童自身にも面接し、生活環境等を調査するとともに、児童及び保護者に十分措置の内容を説明し、かつ、児童、保護者の意見を十分聞くよう都道府県を指導しているところでありまして、現実にもそうした措置をとっているところでございます。したがいまして、本条、第十二条が求めます児童の意見表明権の要請には十分こたえていけるものと理解しております。
 なお、今後ともこうした児童の表明の機会が十分確保されるよう、こうした運営指針の実施の徹底を図ってまいりたいというふうに思っております。
○川島委員 次に、第十七条の関係ですが、マスメディアの重要な機能の承認、子供が多様な情報源からの情報、資料ヘアクセスすることの確保、今自治体で多くなされております有害図書の規制は、情報の自由化や親の第一次的養育責任を妨げるおそれがある、こういう意見もあるわけでございます。
 それからもう一つは、子供の知る権利や親の教育権を尊重し、またマスメディアの言論、出版の自由、報道の自由を保障するという要請、それとマスメディアが子供の成長、発達にとって極めて大きな役割を果たしておりますテレビ番組、CMが日常無防備に子供の目に飛び込んでくる、これらに対して、市民運動のテレビ局に対する働きかけに対してきちっとこたえてほしいという要望、こういう事柄についてどのように受けとめておるのか、お伺いをしておきたいと思います。
○上田説明員 お答え申し上げます。
 先生御指摘のとおり、テレビ番組といいますものは、児童、青少年に対しまして極めて強い影響力を有しているものというふうに我々としても認識しておる次第でございます。そして、先生の御指摘のございました点について、例えば昨年の七月三十一日に開催されました社団法人の日本民間放送連盟と視聴者との懇談会におきましても、視聴者の団体から、性的場面や暴力場面をできるだけ少なくしてほしいといったような意見が出されているというふうに承知しているわけでございます。
 そういう中にありまして、放送法でございますが、放送事業者に放送番組編集の自由を保障いたしておりますし、それとともに、放送事業者の自覚と責任におきまして放送番組の向上を図ることを基本としております。そして、放送事業者に対しましては、番組審議機関の設置、あるいは番組基準の制定とその遵守というものを義務づけておるわけでございます。
 したがいまして、放送事業者は、番組編集の自由と表裏の関係にある社会的責任を深く自覚し、視聴者からの意見にも不断に耳を傾けることはもとより、放送基準の遵守徹底、あるいは放送番組審議会の活性化等を通じまして放送番組の向上に真摯に取り組むことが必要と考える所存でございます。
 郵政省としましては、それらの趣旨を踏まえまして、これまでも放送事業者に対しまして、放送番組が児童及び青少年に与える影響を十分に考慮することなど、放送番組の向上について要請してきたところでありますが、今後とも、放送事業者の自主的な取り組みを通じまして放送番組の向上が図られるよう、児童及び青少年に対する配慮などについて放送事業者に対して要請していく考えでございます。
 以上でございます。
○川島委員 第二十二条の難民の子供の保護、援助につきましてお伺いをいたします。
 日本は難民の受け入れ実績が非常に少ない。今国際紛争が非常に発生をいたしておりまして、難民の数というのは非常に莫大な人数になってきておるわけでございますが、国際的にも日本の受け入れを求める難民が急増している、こう言われているわけでございます。
 このことに対して、我が国は難民の子供の保護や援助の促進に対してどのような役割を果たすおつもりか、お伺いをしておきたいと思います。
○坂中説明員 お答えいたします。
 我が国は、昭和五十七年、いわゆる難民条約及び同議定書の効力が我が国に発生して以来、入管法に規定する難民認定制度に従いまして、条約に定める諸協定を誠実かつ厳正に履行しておりまして、入管法の難民認定制度及びその運用は同条約の趣旨に十分合致しているものと考えております。
 したがいまして、この児童の権利に関する条約の批准に伴い、難民認定制度を改め、あるいはこれまでの運用を改める必要はないというふうに考えております。
○川島委員 それでは、現在我が国の難民は、受け入れておるのは一万名ですか。
○坂中説明員 一万人といいますのは、条約上の難民として受け入れたのではございませんで、インドシナ難民の救済といいますか、国際協力の観点から受け入れたのが約一万人ということでございます。
○川島委員 国際法上、我が国の難民施設の問題、受け入れの実績、それから難民の認定、難民の権利保障、認定法の特別の規定等が非常に問題になってきている。そして、我が国の国際的な難民受け入れの貢献度が非常に少ないと言われているわけですが、この条約を機会に見直しをして、国際貢献にこたえるお気持ちはございませんか。
○坂中説明員 私どもといたしましては、難民条約に加入して以来、難民認定制度を設けて誠実に運用しておりまして、条約の趣旨に十分合致していると考えておりまして、この児童の権利に関する条約の批准に伴いまして、入管法を改正して難民認定制度を改め、あるいはこれまでの運用を改める必要はないというふうに考えております。
○川島委員 次に、第三十条の少数者先住民の子供の権利の問題についてお伺いをいたします。
 先ほどアイヌ民族の権利保障の議論がいろいろあったわけでございますが、アイヌ民族基本法というのをアイヌの人たちがつくっておりまして、これをひとつ制定してほしいという要望がございます。この件についてはいかがになっておりますか。
○小島説明員 いわゆるアイヌ新法のお尋ねだと思いますが、政府といたしましては、北海道のアイヌ民族に関する法律制定についての要望を受けまして、十省庁から成る検討委員会を設けて鋭意検討を行っているところでございます。
 検討委員会におきましては、要望を出されました北海道からのヒアリングに引き続きまして、昨年四月には現地調査を実施いたしました。また、昨年六月と十月の二回、北海道ウタリ協会からのヒアリングを実施しております。また、ことしに入りましてからは、関係者からのヒアリングということで、真剣に検討を進めておりますが、問題が大変広範多岐にわたることから、今の時点では、検討結果の見通しについてはなかなか出せないという状況でございます。
 引き続き検討委員会におきまして鋭意検討を行っていきたい、こういうふうに考えております。
○川島委員 次に、在日韓国人・朝鮮人、在日中国人などの民族教育の問題でございます。
 このことについて、我が国は、民族教育に対するもろもろの教育助成は行われていないわけでございますが、この教育助成について。
 それから、考えますと、我が国の子弟が例えば韓国なら韓国の、向こうの高等学校へ入って帰ってきますと、高等学校卒業の認定がちゃんと与えられるわけですが、日本における韓国なら韓国の民族の高等学校を卒業しても、日本はその人が正規の高校を卒業したということを与えない。この差は一体どういうところから出てくるのか、お伺いをしておきたいと思います。
○行田説明員 教育助成の関係でございますけれども、在日の朝鮮人学校等の学校はほとんどが各種学校ということになっているわけでございます。
 日本の教育助成の考え方といたしましては、経済的理由によって就学困難な児童生徒の保護者に対しまして、義務教育の円滑な実施に資することを目的として、法律に基づいて実施されているわけでございます。これは学校教育法の関係ではいわゆる一条校と言っておりますけれども、日本の学校教育法に基づきます小中学校に就学すべき児童生徒、この関係でただいま申し上げましたような措置がとられているわけでございます。
 他方、在日朝鮮人・韓国人の方々が、それぞれみずからの民族教育あるいは母国語等の教育を行うことを目的としてつくっております学校において勉強しておられることに対する助成をすべきではないかという御趣旨の発言かと存じますけれども、我が国の義務教育の円滑な実施を図ることを目的として先ほど申し上げた就学援助の制度というものができておりますので、外国人学校の在学生あるいは各種学校の生徒に対する助成はこの制度の趣旨には合致しないということで、国としてはこれに対して就学助成をするというところまでは考えておりません。
○川島委員 非常に理解しにくいのですけれども、例えば我が国の子弟が諸外国の高等学校を出た場合はきちっと認定を受けるのですが、我が国にあるそういう他国の高等学校を卒業しても高校卒業という形で認定を受けられないというのは、カリキュラムなりいろいろな問題点があればそれを直すように、我が国はその学校へ、これだけのことをやれば認定を受けられますよというような指導といいますか、そういうことだからあなたのところは認定を受けられないのですよというのを知らせたというか、そういうことを向こうに表明した、そういう事柄はございますか。
○富岡説明員 先生の御指摘の外国人学校でございますが、先生よく御案内のように、ほとんどの外国人学校が各種学校として都道府県知事の認可を受けている状況にございます。これらの認可を受けました外国人学校は、一般の各種学校と同様の取り扱いがなされているということになるわけでございます。
 そうしますと、先生よく御存じのように、各種学校の教育内容あるいは水準等につきまして、法令上特段の規制というものがございません。したがいまして、各種学校を高等学校や中学校と同等のものと認定することは困難でありますことから、外国人学校の卒業者には大学、高校入学資格を認めていないということになっているわけでございます。
 御案内のように、一条学校と申しますのは、先生の免許とか教育課程とかいろいろな制約がございますが、現在は各種学校という取り扱いがなされておりますので、そのような取り扱いになっているところでございます。
○川島委員 これはやはり、これからの国際社会で世界と仲よくいくには、我が国にある学校もきちっと認めてあげなければいけないと思うわけです。例えば高等学校の野球で、甲子園で日本の人たちと一緒に外国人がやれることによって子供たちが非常に喜んだという報道もございます。
 逆の場合、世界のあちこちで我が国自身の学校ができておりますけれども、そういうようなことも考えたときに、やはり国際社会での問題点として解決をしていかなければならない問題だろうと思いますので、これは今後の課題として強く要望をしておきたいと思います。
 次に、第三十三条の、子供を麻薬、向精神剤の不法な使用から保護し、その不法な生産、取引に利用させないための立法、行政、社会、教育上の措置、こういう点で、特に今日、覚せい剤、劇毒物などの犠牲となった子供が多く存在をしている。それは暴力団絡みの事例が非常に多いわけでございますが、本条の要請を実現するために、向精神剤の使用、販売を防止し、子供を保護するために、行政上、社会上及び教育上の措置のいろいろな充実が叫ばれるわけでございます。この点についてどのように受けとめておるのか。
 もう一つは、子供たちが精神病院なり教護院などで治療を受けるときに、向精神剤新薬が子供たちに乱用されているというようなケースが見られるという指摘をしておる人たちもおるわけですが、これらに対しての慎重さが求められておる。このことについてどのように受けとめておるか。二点についてお伺いをいたします。
○今井説明員 平成四年中に覚せい剤取締法違反で補導した少年は千一人で、前年に比べますと五十八人、六・二%増加しております。内容的に見ますと、無職少年が五百三十三人と全体の五三・二%を占めていること、また、女子の割合が五一・九%を占めていることなどが特徴でございます。
 覚せい剤から少年を保護するための防止策につきましては、暴力団が、勢力の拡大、資金獲得のために少年に覚せい剤を密売している現状にあることから、暴力団を中心とした覚せい剤密売事犯の取り締まりを強化するとともに、覚せい剤の乱用少年の早期発見、早期補導に努めております。また、覚せい剤の乱用の実態、覚せい剤の有害性、危険性等についての広報、啓発活動等を実施し、覚せい剤追放意識の高揚を図るなどの対策を推進しているところであります。
○廣瀬説明員 精神病院における児童に対する向精神薬の乱用についてでございますが、精神病院における向精神薬の使用については、患者の症状等に基づきまして、医師の医学的判断で適正な使用がなされているものと理解しております。
 厚生省においては、今後とも、精神病院における児童の治療における向精神薬の適正な使用については、五年に一回の精神保健指定医の研修会というのがございますので、それを通じまして乱用について十分に指導してまいりたいというふうに考えております。
○川島委員 次に、第三十四条のあらゆる形態の性的搾取、虐待からの子供の保護、この条約内容の中で国内法で特に問題になりますのは、ポルノ的な映画、ビデオ、写真、出版物などに子供を使用することについて禁止をする明文規定がない。だから、ポルノ的な制作物に子供を使用することを禁止する規定を追加をしてほしい。それから、個室つき浴場業その他売春産業を公認していることは、女性の人権尊重の精神に反するものである、また、これが子供のそういう実態の温床になっている、こういう原因を指摘をしておる。さらにまた、テレクラ、ホテトルなど性産業で子供たちを売春に従事させておる、こういう実態等が言われておるわけでございますが、これらについて、政府はその防止のためにどのような考え方をお持ちになっているか、お伺いをしておきたいと思います。
○今井説明員 子供を性的搾取、虐待している事案については、少年の福祉を害する犯罪としてとらえておりまして、事犯の形態によりまして、児童福祉法、売春防止法、労働基準法、あるいは各都道府県が定めております青少年保護育成条例等を適用した積極的な取り締まりに努めているところでございます。
 また、この種事案の被害に遭う少女は家出をしたり盛り場を排回している場合が多いところから、警察としては、その未然防止のため、家出少年の発見保護活動、盛り場等における街頭補導活動、テレホンクラブ等性的被害のきっかけとなる営業に係る事犯の重点的取り締まり、学校を初めとする関係機関、団体と連携した啓蒙活動などを推進するとともに、少年指導委員等のボランティアと連携し、少年の健全な育成に障害を及ぼす環境の浄化活動を推進しているところであります。
○川島委員 余り時間もございませんので、あと四十二条の条約の広報義務についてお伺いをしておきたいと思います。
 本条が特に子供に対しての広報義務を課している意味は非常に大きいと思いますが、権利主体の子供が条約の趣旨、内容を理解をして実践していく、このことは学習資料や学習機会を学校側が提供しなければいけない。私どもが子供と協議をしたときにも、この条約の中身についてもっともっと知りたい、だからわかりやすい広報の文を中学生や高校の学生の皆さんにひとつ国から発行していただきたい、こういう要望も出てきておるわけでございます。特に、条約の内容について、生徒会とかそういうところで協議をしながら、社会参加、国際的にこのことがうたわれているわけでございますから、教育界で子供たちがそういうものに行動として参加できるようなことも必要になってこようかと思うわけでございますが、こういう事柄についてどのようにお考えでありますか、お伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 この条約の広報につきましては、先生御指摘のとおり、四十二条に、成人及び児童のいずれに対しても広く知らせるということが規定されておるものでございまして、私どもは、この条約につきまして国会の御承認をいただいて締結いたしました際には、外務省としまして、関係の省庁と一致協力して、この条約の内容、考え方を関係各方面に幅広く広報していくという考えでございます。
 具体的には、既に政府の広報誌等においてこの条約の精神や内容について紹介、普及に努めているところでございますけれども、今後とも、各種のメディア、講演会等を通じまして、必要かつ適切な広報を行ってまいりたいと考えております。特に、児童に対します広報については、小冊子、リーフレット、こういったもの等各種の媒体を用いまして、児童にもわかりやすい広報の具体的方策について、現在関係省庁と検討しているところでございます。
○川島委員 最後に、四十三条の子供の権利委員会の設置、この義務といたしまして実施状況を審査する、こういうことがあるわけでございますが、我が国の自治体レベルの子供の権利委員会の設置はどのような構想をお持ちなのか、お伺いをしておきたいと思います。
○小西説明員 児童の権利委員会については、この条約の四十三条で、この条約が対象とする分野において能力を認められた十人の専門家で構成されることになっております。既にこの専門家が選ばれまして三回にわたる会合を開いております。
 我が国がこの国会で御承認を得まして締約国になった暁には、我が国からもこのような委員会に日本人が個人の資格で専門家として加われるように、我が国としても努力していきたいというふうに考えております。
○川島委員 我が国の各県レベルでのそういう子供の権利委員会というものをつくって、きちっとその義務が果たされているかどうかという審査をしなければいけないという受けとめ方を私はしているわけです。中央だけでは的確なそういう権利委員会としての機能を果たせないんじゃないかと思うわけですが、この件についてはいかがでございますか。
○小西説明員 この条約の実施は、先生御指摘のとおり全国レベルの話でございます。
 今先生の御指摘の点は大切な点でございますので、関係省庁と協議いたしまして検討をさせていただきたいと思います。
○川島委員 もう一つは、締結をされた以後、各県の自治体職員にこの条約を理解をさせて研修をする必要があるんじゃないか、こういう声も聞こえてくるわけでございますが、この件についてお伺いをしておきたいと思います。
 それからさらに、子供の権利の日という形で十一月二十日を子供の権利の日にしてほしい、こういう要望が多く出されてきておるわけでございますが、この件についてもあわせて御答弁をいただきたいと思います。権利の日はひとつ大臣の方、よろしくお願いします。
○小西説明員 この委員会は国際的なレベルでつくられておりまして、日本のそういった専門的な見識、知識を持っておる人が個人の資格で参加できるよう我が国としても努力いたしたいと思います。
 それと、国内における実施体制につきましては、それぞれ関係省庁がそれぞれの担当分野について検討されまして、今先生が御指摘のような事態も含めましてどういう形で対応していくことが一番いいのか、これから協議をしてまいりたいというふうに考えております。
○武藤国務大臣 いろいろと今ずっと御議論いただいてまいりましたように、既にいろいろなことをやっているわけでございますし、これからももっと啓蒙活動といいますか、PRをしていこうということでございますから、子供の権利の日をつくるということについては、特に必要なのかどうかというのは私は多少疑念を持ちますけれども、せっかくの御提案でございますから検討はさせていただきます。
○川島委員 時間が来ましたので終わりますけれども、この条約を一つずつ見ていきますと、関係法令のいろいろな多くの解釈だとか問題、それから設定を直していかなければならないというようなことがあります。だから、私どもは条約締結には反対ではございませんので、ぜひ条約を締結をしていただくと同時に、この機会にひとつ外務省を中心にして、条約が国際法上きちっとした義務が果たせるような形で国内法整備のために前向きに御検討を強く要望いたしまして、質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
○伊藤委員長 鍛冶清君。
○鍛冶委員 私は、公明党・国民会議を代表して、この児童の権利に関する条約等に関連して質問をいたしたいと思います。
 児童の権利に関する条約が昨年三月に国会の批准案件として初めて国会に提出されましたが、それ以後一年二カ月というものが経過をいたしまして、ようやく去る四月二十二日に衆議院本会議における趣旨説明、質疑、これを経て本日第一回の委員会での質問になりました。私は、この条約につきましては、子供の人権を国際的に保障するものでありまして、この条約の意義を考えますと早期に批准すべきである、賛成という立場でこれから幾つか御質問を申し上げたいと思います。
 この条約につきましては、平成元年の採択時から国際的な関心というものが大変集まっておりまして、我が国におきましても、これまでにこの条約の内容それから解釈といったことにつきましていろいろと意見や主張というものがなされてきております。私は、この委員会等の審議を通じて、国会での審議を通じて、本条約は正しい趣旨、解釈、こういうものが明らかにされながら実施されていかなければならない、これは大切なことであるというふうに考えております。
 そこで、私としましては、この条約に関して既に昨年の六月三日の文教委員会で、条約の意義等を含めて教育問題に関連していろいろ質疑を申し上げましたけれども、きょうはさらにひとつ教育関係を中心として質問を申し上げて、政府の解釈それから今後の対応、方策等についてお聞きをしてまいりたい、こういうふうに思いますのでよろしくお願いを申し上げます。
 まず、この条約の趣旨、意義について、確認のため外務省にお尋ねをいたします。
 一部の中には、この条約は子供を保護の主体から権利の主体としてとらえるものであって、子供観のコペルニクス的転換を図る画期的なものである、こういう表現をなさっている方もおりますし、そういう主張をしている方もおります。これについて、この条約を見ますと、条約で保障されております児童の権利というものは、おおむね我が国において日本国憲法、それから国際人権規約で児童を含むすべての人々に保障されているというふうにも私は思っておるのでありますけれども、そうしますと、この条約を我が国で批准するということの意義というのはどこにあるのだろうか、こういうことを考えるわけですが、これについて最初は大臣にお尋ねをいたします。
○武藤国務大臣 今御指摘のとおりで、国際人権規約あるいは国内法では憲法その他、いろいろ先ほど来議論がございますように、国内法でも相当基本的人権は認められているわけでございまして、当然児童といえどもその基本的人権の主体的享受者であるわけでございます。
 それでは、なぜこのような条約をまたつくっていくのかというその意義、こういうことでございますが、これによってより児童に対する権利を認めるということを国内外に日本として宣明をするということも一つの大きな意義だと思います。また、国民の皆さんに対してもそのように、子供の権利といいますか、児童の権利というものをよく理解をしていただくというようなことについても、やはりこのような条約を締約していけば大変そういう点においてもプラスになるのではないか、こんなことがこれを提案をさせていただいた意義だ、こういうふうに私は考えております。
○鍛冶委員 続いてまた外務省にお尋ねをいたしますけれども、今申し上げましたように、子供観というもののコペルニクス的転換、これは、昨年の六月三日に私が文教委員会で質問しましたときに当時の鳩山文部大臣がそういう表現をしたわけでございますけれども、そういったことを言っていらっしゃる方が随分いるわけでありますけれども、これについて政府はどのような見解を有しているのか、御説明をいただきたいと思います。
○小西説明員 お答えいたします。
 この条約は、我が国が一九七九年に締約国となりました経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約及び市民的及び政治的権利に関する国際規約、この二つの人権規約において定められております権利を児童につきましても広範に規定するとともに、さらに児童の人権の尊重及び確保の観点から、必要となる詳細かつ具体的な事項を規定したものとして有意であるというふうに私どもは考えております。
 また、児童は、その人格の完全なかつ調和のとれた発達が確保され、社会の中で個人として生活をするため十分な準備が整えられることが必要だというのがこの条約の基本的な考え方でございます。そのため、この条約に規定されているように、児童の養育、発達につきましての第一義的な責任を有する父母等が児童の能力に応じて適当な指示を与える責任等を尊重しながら、政府としても本件条約において認められている児童の権利の尊重、保護を引き続き図っていくことが重要であるというふうに考えております。
○鍛冶委員 答弁のお話の内容は、要約してみると、余りコペルニクス的転換を図るという意味ではないような御答弁のようでありますけれども、先ほど大臣にもお答えはいただきましたが、これを批准する意義というものがそうすると何となく弱いような感じがするのですけれども、これを具体的にもう一度お尋ねをいたしますが、これが批准されたときにどういう点が国内的な中で具体的に変わっていくのか、そういった点をひとつお尋ねをいたします。
○小西説明員 この条約上の権利は、繰り返し御説明しているとおり、我が国の憲法を初め現行の国内法制で既におおむね保障されているところでございます。
 この条約を締結することにより、それでは一体どういう違いが出てくるのかということでございますけれども、児童の基本的な人権の尊重に対する国全体の意識を高めて、児童に対する非人間的な取り扱いあるいは搾取、虐待等の防止、児童の法的保護及び福祉の向上、こういった実体面での改善を図っていくというきっかけとなるというふうに考えております。
 現在の日本の児童福祉のレベル等は、法制度的には国際的にも非常に高い水準にあるというふうに考えております。しかし、人権保護のレベルについて、先進国であれ途上国であれ、法制度の面のみならず、意識面、実体面において不断の努力によってさらに向上させるということが必要かつ重要でございまして、そういう意味でこの条約の締結は日本にとっても大きな意義を有しているというふうに考えております。
○鍛冶委員 あと、広報との関連もありますので、今おっしゃったことは後でお尋ねをいたしますが、私はこの条約は、最初に申し上げましたように非常に大切な子供の権利、人権というものを保障するという意味で大切な条約ですから、批准することはやぶさかでないし、むしろ積極的にやるべきである、こういうことを前提に申し上げるわけですけれども、権利とか人権といいますと、私はすぐに義務と責任という言葉が浮かんでくるわけです。
 というのは、教育関係をずっとやってきておりまして、そういったことで私なんかが見て非常に行き過ぎというものがありまして、人権とか権利を主張する余りに義務を果たさないとか、権利を認められた人がそのかわり責任をしっかり果たすということがやられていないとかいうようなことがよくあるのですね。
 これはもう十五、六年前になりますけれども、私はスウェーデンに行きましたときに、あそこは非常に福祉が進んでいて、あのころ大変世界各国のモデルみたいに言われていたのですけれども、あそこに行ったときに、外務省の方、大使館の方からお話を聞いたのは、あのスウェーデンで文部大臣になった方、たしか女性の方だとお聞きしましたけれども、その方が就任のときに言った、どう言ったかというと、私は非常に印象に残っているのですが、我が国はこれまで二十年間権利の主張をし続けてきた、しかしそれは誤りであった、これからは義務を果たすことを主張していかなければならないというような意味の話を聞いたことがある。それが私は非常に印象に残っております。
 それでなくても今子供というのは非常に弱い立場で、確かに保護される立場にあるわけですが、教育の世界でも、今まで体験したことを含めて申し上げますと、特にマスコミの報道等もそういうことがあるのですが、子供というと学校教育の中で一番弱い者とされて、これが一番正しいというような感じでよく言われることが多いわけですね。
 例えば教育の関係でいいますと、文部省と地方の県教委の問題が何かあったときに、報道されたりいろいろ言われるのは大体本省、文部省が悪者扱いですね。県教委は善玉。それから、県教委と今度は学校の現場ということになると、大体教委が悪玉で学校が善玉。校長と先生となると、校長が悪玉で大体教員は善玉。それから父母が出てきますと、父母の方が大体善玉で先生が悪玉。子供が出てくると、これは最高に善玉になってしまうわけですね。それで、子供は文句なしにとにかくいいんだ、しかし、父母が悪い、社会が悪い、地域が悪いというようなことがよく言われるわけです。
 だから私がそこで心配するのは、子供でもやっていることで悪いことは悪いということがある。また子供なりに責任をとらなければならぬこともあるでしょう。ところが、そこらあたりというのは案外忘れられて、私は、繰り返すようですが、これはもう賛成ですからやらなければいけない、子供の権利、人権を守るためにこれは批准すべきであるということを前提で申し上げるのですけれども、場合によっては一部、義務とか責任とかいうようなことだけが強調されますと、悪くたって、いや、それは周囲が悪いんだとかいうようなことで話が変な方へ行くというようなことはよくあるのです。
 ですから、そういう意味で、私は本条約にいく前に、私これは個人的な心配を含めてのことでございますけれども、権利といえば今申し上げたように義務と責任というようなことが裏側で私には浮かんでくるのですけれども、こういう点について、外務省、文部省はどういうふうにお考えになっているのか、この際、お聞きをしておきたいと思います。
○小西説明員 学校教育については先生、非常にお詳しくていらっしゃいますし、私ども、直接現場をお預かりしておらないのでそれについて申し述べる立場にはございませんけれども、一般的にこの条約ということで申し上げれば、この条約におきましては、児童が負う義務、責任という意味で具体的に定めた規定はございません。
 第五条によれば、「締約国は、児童がこの条約において認められる権利を行使するに当たり、父母」などが「その児童の発達しつつある能力に適合する方法で適当な指示及び指導を与える責任、権利及び義務を尊重する。」ということが規定されております。この規定は、日本におきましては民法にございますが、「成年に達しない子は、父母の親権に服する。」ということが規定されておりまして、また同じ民法で「親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」というふうにされていることにいわば対応しておるわけでございます。
 両親は、子に対する監護、教育権の一環として、その子に対して適当な指示、指導をする権利を持っており、かつ義務を負っておるわけでございます。それでまた、そのようなことを子供に果たす役割、これが社会的に求められているのではないかというふうに私どもは考えております。
○富岡説明員 児童生徒に権利と義務、両方ともに正しく理解させるということは極めて重要なことでございます。
 学校教育におきましても、日本国憲法及び教育基本法の精神にのっとりまして、学校の全教育活動を通じて指導しているというところでございます。特に社会科におきまして、日本国憲法について学習する中で国民としての権利と並びまして義務の重要性を指導しているわけでございますし、また道徳におきまして、児童生徒の発達段階に応ずるわけでございますけれども、小学校高学年では、公徳心をもって法や決まりを守る、自他の権利を大切にし、進んで義務を果たすよう、また中学校では、法の精神を理解し、自他の権利を重んじ、義務を確実に履行するとともに、公徳心をもって社会の秩序と規律を高めていくよう努めるよう指導しているところでございます。
 御指摘の点は、基本的に非常に大事なことだという認識は私ども持っておるところでございます。
○鍛冶委員 これは昨年六月三日にもお尋ねしたし、またほかの委員の方々も質問された方も多いようですが、改めてお聞きしたいのです。
 条約の名称についてですけれども、これは子どもの権利に関する条約とすべし、私もそう思うのですけれども、そういう見解が非常に多いわけですが、政府が「子ども」でなく「児童」という言葉を用いた理由というのは何か、まずお尋ねをいたします。
○小西説明員 外務省といたしましては、条約の適当な訳語を決めるに当たりましては、既に結んでおりますほかの条約や国内法令におきます用語の例、こういったものとの整合性を勘案しながら、関係省庁と協議の上、法制局の審査、閣議を経てこの条約についても確定したものでございまして、政府としては、大臣から御答弁しておりますとおり、この訳文を修正するということは全く考えておりません。
○鍛冶委員 一般論的にお聞きしますけれども、閣議決定されて国会に提出された条約についての条約名というのは変更するということは可能なのかどうなのか。今そういう考えはないと言われましたけれども、政府として変更する意思というものを持ってやられた方がいいのではないかと思いますが、再度お尋ねをいたします。
○小池政府委員 若干法律論にかかわりますので私の方から御答弁さしていただきたいと思います。
 条約の締結権というのは、先生御承知のとおり内閣の方にございます。しかし、その条約を締結するに当たって、事前または事後に国会の承認を受けるということになっております。したがいまして、内閣は、この憲法の規定に基づきまして、条約を締結することがよろしいのかいけないのか国会にお諮りするということでございます。したがいまして、国会の議案といたしましては、「児童の権利に関する条約の締結について承認を求めるの件」ということで国会にお諮りしている次第でございます。
 国会では、承認することの可否を決定するに当たっては、当然のことながら、その条約の内容について審議していただく必要がありますので、正文と訳文の関係がよろしいのかどうか、それを審議してもらうということは、条約に盛られております法的な規範というのが、我が国が国際的に拘束されるのがいいのかどうかという判断をするための材料になっているわけでございます。
 したがいまして、訳文というものは条約の内容を御検討していただくための資料というものでございまして、議案といいますか、それ自身が言葉のよしあしを決めるというか、国会がそれについて判断をするということではございませんで、条約を締結するということ自体がよろしいのか、いけないのかということを判断してもらうわけでございます。
    〔委員長退席、狩野委員長代理着席〕
○鍛冶委員 時間の関係もありまして次に進ませていただきますが、教育関係の論点について幾つか文部省、外務省にお尋ねをいたしたいと思います。
 最初に、意見表明の権利、先ほどからも各委員からも論議されているようでございますが、第十二条の関係でございますが、これと学校運営との関係でお尋ねをいたします。
 第十二条の児童の意見表明権につきましては、第十三条の表現の自由の一部であると考えるわけですが、これは昨年の六月三日の質問のときにもそういうふうにお答えがございました。まさにそうだと思います。これが十三条の表現の自由の一部であるにもかかわらず、十二条に独立した条項としてここで柱が立てられているわけです。
 これは私は非常に注目すべきではないかなという気がしておりますが、この十二条というものは大体どういうような目的で設けられたのか、また、これによって締約国はどのようなことが求められるようになるのか、この点についてお尋ねをいたします。
○小西説明員 十二条の趣旨でございますけれども、十二条の第一項は、児童が自分の意見を言えるような、そういう能力を持つ段階になれば、児童といっても、だれと結婚するか、どういった職業を選ぶか、どのような学校に行くか、こういった児童の個人に関するすべての事項について自分の意見を述べることが認められるべきであって、ただ子供であるからということでその意見が無視されるというようなことがあってはならない、そのような事項については、その意見が相応に考慮されるべきであるという理念を一般的に規定したものであるというふうに考えております。
 したがいまして、この十二条一項の規定自体は締約国に対して積極的にその聴取の機会を設けるという義務を課すものではないというふうに解されますけれども、締約国が児童に対してこのような事項について意見を述べるというようなことを禁ずるようなことはもちろん許されないわけでございます。
 次に、第十二条の二項の方でございますけれども、この二項につきましては、児童が自己に影響を及ぼす事項についての意見を表明するという児童の権利を手続的に保障するということを目的といたしまして、児童一般に対してでなく、特に、個々の児童に対して直接影響を及ぼす司法上及び行政上の決定または措置に関する手続において、その当該児童に対して意見を聴取される機会を用意されるように国家に対して義務づけたものというふうに解されます。
○鍛冶委員 特別に条項を設けたということのお答えとしてはどうもちょっとぴんときにくいものがあるのですが、やはり表現の自由の中で、子供にとっては、こういう意見表明権というものについては、世界各国の例から見て、ないがしろにされる場合が多いので、特にこれを取り上げて条文に立てたというふうに理解していいんでしょうか。
○小西説明員 この児童は、先ほど先生がお尋ねになりましたとおり、十三条との関係において、特にそういう児童が発達段階にあるということに着目いたしまして、そういう子供が成長段階に達したら、大人である両親等が、その子供に関する個人的な事項について子供が意見を言おうというときに、それを無視してはならないという意味で、そういう児童の発達段階に着目して特に設けた規定でございまして、先生の御指摘の十三条については、表現の自由という形で一般的に規定した趣旨でございます。
○鍛冶委員 これは午前中に狩野委員から御質問があったのと重複するかもわかりませんが、これが批准されましたならばカリキュラムの編成、それから校則の制定、こういったことについて児童の意見を聞く必要があるというようなことを盛んに言われるわけです。日ごろ学校運営や教育指導というものが児童の実態や意見などを踏まえて行われるということが非常に大切であるということは、私はそう思っているわけですけれども、しかし、行き過ぎるといいますか、これら学校運営の重要事項について児童と相談してその意向を優先させなければならぬというようなことでこれが解釈されてくると、ちょっと大変だなというような気もするわけですが、これについて文部省はどういうふうに考えているのか、文部省の方、お願いします。
○富岡説明員 先生御指摘の条約の第十二条の件でございますが、一項が児童につきまして自己の意見を表明する権利を規定するものでございますが、同条は、児童の意見を年齢等に応じ相応に考慮することを求めるものでございまして、児童の意見を無制限に認めるというものではないものでもあります。したがいまして、例えば校則や学校のカリキュラムにつきまして児童の意向を優先することまで求めるものではなく、それらは学校の判断と責任において決定されるものであるというふうに考えておるところでございます。
 また、同条二項では、一定の行政上の手続につきまして児童が聴取される機会が与えられる旨規定しているわけでございますが、これは、個々の児童に直接影響を及ぼすような行政上の手続において当該児童の意見が聴取される機会を与えられる旨の規定でございます。したがいまして、個々の児童を直接対象とした行政上の手続ではない学校のカリキュラムの編成とか校則の決定等につきましては、条約上の義務として児童の意見を聞く機会を設けなければならないというわけではないというふうに考えておるわけでございます。
 ただ、今先生御指摘がございましたように、学校におきまして、児童生徒の発達段階に応じましていろいろな創意工夫した学校運営ということは大事なことでございまして、例えば、生徒が自主的に判断しあるいは行動し、積極的に自分を生かしていくことができるような生徒指導の充実というようなことを図る場合におきましては、校則の制定とか見直しに当たりまして、学級会や生徒会等でいろいろ生徒自身がみずからの課題として討議する場を設けるということなど、いろいろな指導上の工夫を行うということは大事なことだというふうには思っております。
○鍛冶委員 自由権の保障の規定、十二条から十六条までですが、この規定等と校則による児童の行動の制約との関係でまたちょっとお尋ねをしたいのですけれども、十二条から十六条の権利というものは、我が国では憲法や国際人権規約で児童にも既に保障されているというふうに理解していいのか、この点についてお伺いします。
○小西説明員 先生御指摘のとおりでございます。この条約第十二条から第十六条に定める権利は、日本では憲法によって保障されております。憲法の第十三条、十九条、二十条及び二十一条、こういった条項で保障されておるわけでございます。
 ただ、このような憲法で保障されている基本的な人権も、その行使は無制限に認められているものではなくて、公共の福祉による制限を受けるとともに、特に、心身ともに発達途上の段階にあります児童につきましては、学校において校則等によりその行動等に一定の制約を加えて指導を行い得るものというふうに解されております。
○鍛冶委員 この十二条から十六条までの各条については、憲法初め国内法で具体的に保障されておるということで、これも昨年の質疑のときお聞きしましたが、これは具体的にどういうふうに国内法で対応できるのか。あのときの答弁では、大変長くなるのでということで割愛されたのですけれども、長くなるようでしたら、後で、書類としてでもいいのですが、私の方に一覧表を届けていただきたい。それをしてほしいのですが、いかがですか。
○小西説明員 先生の御指摘のとおり、憲法等各条項、該当する条項は多うございますので、後ほど資料の形でお渡しするように準備いたしたいと思います。
○鍛冶委員 十二条から十六条の権利が児童に認められるということになりますと、校則等によって児童生徒の行動の指導に大幅な変更、変革といいますか、これが求められるようになるのじゃないかという考え方が強くあるわけですが、私は、大幅にあるといってもこれも制限つきのものになるのではないかなという気がするのです。こういったことについて、教育指導上合理的な範囲内で児童生徒の行動を規制しなければならないというようなこともあるのじゃないかと思いますけれども、これについて文部省はどういうふうに考えているのか。
 それと、前回私質問しましたときに初中局長が、批准されたらまたこれに対する対応はきちっとやっていくというような御答弁があったのですね。これについて具体的にどういうふうになさっていくおつもりなのか、お伺いをしたいと思います。これは文部省、お願いします。
○富岡説明員 十二条から十六条の関係で校則との関係の御質問でございますけれども、先生御案内のように、校則は、児童生徒が健全な学校生活を営み、よりよく成長、発展していくための指針としての役割を持つものでございまして、教育指導上非常に重要なものでございます。学校におきましては、その学校の教育目的を達成するため必要な合理的な範囲内であれば、校則等によりまして児童生徒の行動あるいは権利等に一定の制約を課すことができることとなっておるわけでございます。このような基本的考え方は、条約が批准されても変更されるものではないというふうに考えているところでございます。
 しかしながら、先生御案内のように、例えば校則につきましても、日々の教育指導に係るものでございますので、児童生徒の実態とかあるいは時代の進展等を踏まえまして絶えず見直しを行いまして、常にそれが教育的に見て適切なものとなるようにすることが大事でございまして、文部省としては、前から校則などの見直しを進めるように指導してきたところでございます。本条約の趣旨も踏まえまして、今後校則指導が適切なものとなるよう一層の指導に努めてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
 この校則の見直し等の指導につきましては、いろいろな機会があるわけでございまして、各種の主管課長会議とか講習会等いろいろな機会を利用いたしまして積極的に進めてまいりたい、こういうふうに思っているところでございます。
○鍛冶委員 随分前から文部省が通達を出されておるのは承知しておるわけですけれども、その見直しというのは、どうなのでしょう、今相当数進んできておるのかどうか。私の知る限りでは、相当それに取り組んでいい形に直ってきているところがあると思うのですけれども、どうも今全体の空気を見ていると、学校は校則でがんじがらめでもうどうにもならぬような空気が強いのですが、実態はどこまでどういうふうに進んでいるのか、そういったのがわかればお知らせをいただきたいと思います。
○富岡説明員 校則の見直しということにつきましては、今先生御指摘のように、文部省が各県を通じましてお願いをしておるわけでございます。
 ちょっと古いデータになりますけれども、平成二年十一月に校長会等が調べましたところによりますと、見直し等をお願いすることになりました六十三年四月以降の校則の見直しの取り組み状況というようなことでお聞きしたときには、見直し中も含めると、全体として七〇%以上の学校で取り組まれている。特に預末にわたるような校則とか、そういうようなものの見直しを進めていただいているわけでございますけれども、その内容といたしまして、服装が最も多い。それから校外生活、校内生活、頭髪というような順になっているというようなことだと承知しております。
 私ども、繰り返しになりますけれども、学校教育として適切な校則の内容というものについては、そういう機会に今後も引き続き大いに見直していただきたいということで進めてまいりたいというふうに思っているわけでございます。
○鍛冶委員 子供の皆さんが伸び伸びといい形で学校教育を受けられる、学ぶことができるという雰囲気をつくるための校則づくりという意味で、今後もぜひ指導を徹底しながらやっていただきたい。これが管理主義にならないように、ある程度私は管理というものはなければならぬと思いますけれども、主義で行き過ぎると大変なことになりますので、内容をチェックしながら文部省の方でも的確に指導徹底をしていただきたい、これは御要望を申し上げておきます。
 外務省にお尋ねしますが、十二条から十六条の権利と校則による児童の行動の制約ということの関係につきまして、諸外国も我が国と同様の解釈をしているのかどうか。今までいろいろお答えいただきましたが、同様の解釈をしているのかどうか、お尋ねいたします。
○小西説明員 校則その他学校の規律につきましては、この条約もその存在を当然の前提として認めておりまして、二十八条の二項に「締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。」という条項がございます。この点につきまして、諸外国においても、心身ともに発達途上の段階にある児童の人権に対しまして、学校において教育的な観点から一定の合理的な制約を加えて指導を行い得るということで、校則は広く認められているというふうに承知しております。したがいまして、これらの点につきまして、我が国の立場と諸外国の立場は基本的に共通しているというふうに考えております。
○鍛冶委員 高校生の政治活動の関係でちょっとお尋ねをしたいのです。
 昭和四十四年の初中局長通知というものがありますけれども、この内容は十三条から十五条の趣旨に反するものであって撤回すべきである、こういう意見を私は非常によく聞くのですけれども、この昭和四十四年の局長通知の趣旨、内容はどういうものなのか、ひとつお答えをいただきたいと思います。
○富岡説明員 昭和四十四年の初中局長通知でございますが、高等学校におきます政治的教養を豊かにする教育の一層の改善充実を図るとともに、高校生の政治的活動につきまして、例えば教科・科目等の授業や生徒会活動の場を政治的活動の手段として利用しないこと等、学校におきます政治的活動の制限等を行う内容でございまして、各高等学校が適切な指導を行うための指針を示したものでございます。
○鍛冶委員 私はこの件については、高校生の皆さんは心身ともにまだ成人というところまでいっていないわけでして、政治的教養については基礎を培っている段階にあるわけですから、政治活動に対しても行き過ぎたことをやるということはよくないだろうという気はいたしますけれども、文部省は具体的にどのようなお考えを持っていらっしゃるのか、お尋ねいたします。
○富岡説明員 高校生は、心身ともに発達の過程にあるわけでございまして、学校の指導のもとに政治的教養の基礎を培っている段階であります。そういうことにかんがみますと、政治的活動を行うことは、高校生という発達段階を考えますと、その心身に及ぼす影響も大きく、また全人格的発達を阻害するものであるとともに、いろいろな形で校内の他の生徒に好ましくない影響を与えることから、高校生の政治的活動につきまして一定の規制を求める必要があると考えているわけでございます。
 昭和四十四年の通知は、今申し上げましたように、高校におきます政治的教養を豊かにする教育の改善充実と、高校生の政治的活動についての適切な指導を行うための指針を示したものでございまして、高等学校がその教育目的を達成するために必要な合理的範囲内のものであると考えておりまして、条約に反するものではないというふうに考えているところでございます。
○鍛冶委員 続いて、教育を受ける権利と高校教育の無償化との問題についてお尋ねしたいのです。これは二十八条の一項(b)になりますか。
 まず外務省にお尋ねしたいのですけれども、第二十八条一項(b)というのは、締約国にどのような義務を課するものであるのか。また、国際人権規約の場合には、中等教育への無償教育の導入の部分を留保しているのに、今回は特に留保していないわけですけれども、これはどういう理由によるものか、お尋ねいたします。
○小西説明員 この二十八条1(b)の規定は、締約国に対して中等教育の発展を奨励して、「すべての児童に対し、これらの中等教育が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられる」ようにするため、締約国が「適当な措置」をとることを義務づけておるわけでございます。そのような措置の例示といたしまして「無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供」を示しておるわけでございます。
 第二の御質問の人権規約との関係でございますけれども、中等教育における無償教育の導入につきましては、いわゆるA規約と呼ばれる人権規約の第十三条の2の(b)において、引用でございますが、「特に、無償教育の漸進的な導入により、」こういう文言によって規定されております。こういう文言に示されるとおり、特に締約国がとる義務のある措置の一つとされているために留保をする必要があったわけでございます。
 しかし、今回の児童の権利条約二十八条1(b)の規定におきましては、御説明申し上げておりますとおり、「例えば、無償教育の導入、必要な場合における財政的援助の提供のような適当な措置をとる。」という規定ぶりになっておるわけでございます。したがいまして、中等教育をすべての児童に利用し得るものとするために締約国がとるべき「適当な措置」の例示の一つとして挙げているにすぎず、無償教育の導入自体を義務として課しているというふうには条約の解釈上考えられないということで、この規定には留保を付さなかったわけでございます。
○鍛冶委員 今の御答弁では、中等教育の無償化は例示の一つという解釈ですけれども、この条約の締結によって、政府としては中等教育の機会の確保のために今後どのような措置をとっていくのか、これは文部省の方にお尋ねをいたします。
○富岡説明員 今外務省から御説明がありましたように、二十八条一項の(b)では、締約国のとることが義務づけられる「適当な措置」として考えられる措置の例示といたしまして、「無償教育の導入」と「必要な場合における財政的援助の提供」が挙げられているというふうに承知しているところでございます。
 我が国では、高等学校におきます教育につきましては、必要な場合におきます財政的援助の提供といたしまして、育英奨学とか就学奨励等、修学が経済的に困難な者に対する経済的な援助及び私立高等学校の修学上の経済負担の軽減のための私学助成などを行っておるわけでございまして、これらの措置によりまして本規定の趣旨とする中等教育の機会の確保のための適切な措置をとっているところでございますが、今後ともその充実に一生懸命努力してまいりたいというふうに考えておるところでございます。
○鍛冶委員 続きまして、二十八条の1の(d)の教育情報の提供と、内申書、指導要録の開示との関係についてお尋ねをいたします。
 二十八条の1の(d)によって、内申書、指導要録の本人への開示が義務づけられるようになるのだというような意見を強く言っている方もいらっしゃいます。政府としては、児童が自分にふさわしい学校、職業を選ぶためのガイダンス等を提供することを求めた規定である、その趣旨に沿ってされるべきであるというふうに解釈をされているのだと思いますが、具体的にはどういう意味になるのか。まずこの条文の解釈を外務省にお願いして、文部省は具体的な考え方についてお答えをいただきたいと思います。
○小西説明員 第二十八条1は、児童の教育を受ける権利について定めたものでございます。
 この条の1(d)に「教育及び職業に関する情報及び指導」という規定がありますが、これは「すべての児童に対し、」「利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられる」という趣旨を規定しております。これは、児童の教育を受ける権利を達成するため、児童が自分にふさわしい学校、職業を選ぶために、必要な情報やガイダンスの機会、例えば入学のための案内、進学しようとする学校の教育内容の概要、あるいは職業の内容の案内、こういったものを提供すべきという趣旨で規定されたものでございます。
 この同じ条1の(d)に言う「利用可能」あるいは「利用する機会が与えられる」ということは、進学情報がだれにでも、だれかれ差別なく適切に利用できる状態にある、そういうことを意味しておりまして、本人の成績に関する記録、こういった自己情報の開示、こういう請求を根拠づけるものではないというふうに解されます。したがいまして、この規定が内申書や指導要録などの本人の情報の開示を行うことを義務づけるものというふうには解しておりません。
○富岡説明員 今外務省から御答弁ございましたように、本規定は、児童の教育を受ける権利を保障するために、児童が進学や就職に必要な案内やガイダンスを得る機会を保障する規定でございまして、内申書や指導要録の本人への開示を義務づけるものではないというふうに考えているわけでございます。
 内申書や指導要録でございますが、児童生徒の成績評価に関する資料でございまして、その作成に当たっては教師の評価が公正かつ客観的に行われるようにということからいたしますと、通常本人への開示を前提としない取り扱いとされているわけでございます。したがいまして、これを開示することについては慎重に対応すべき問題であるというふうに考えておるところでございます。
○鍛冶委員 これは十六条の一にも規定がありますけれども、平たく言えば、むやみに他人にのぞき見をされないという権利になりますか、そういうようなことにも関連してくると思いますが、ひとつバランスよくこれは対応していただきたい。
 ただ、私はやはり情報の公開ということは一つの時代の流れのような気がいたしておりまして、そういう意味で、これはもう好むと好まざるとにかかわらず、こういう情報公開というのは進んでいくような気がいたします。内申書、指導要録、既にそういうのが一部開示されているところも出てきておるわけでございまして、そのときに今申し上げたように個人のプライバシーを守るというような意味とのバランスにおいて、これはしっかり見届けながら対応していただきたい。これは御要望を申し上げておきます。
 次に、障害を持つ子供の学習権の保障の問題でお尋ねをいたします。
 これは私は、現行法制下においても障害を持つ子供さん方も一応教育を受ける権利の主体ということにされておるわけですけれども、教育の体制、それから教育内容等種々の点からも必ずしも十分に保障されてないんじゃないかなというふうにも思います。そういう意味で、文部省はひとつこの点について、この児童権利条約が批准される機会に力を入れてやっていただきたいのです。基本的には私ども、障害というものを持っているために他と差別をされるということはやはり許されないことであろうと思います。
 ただ、この皆さんが学校に行く、さらには高等学校に行く、大学に行きたいと言ったときに、ほかの健常なお子さん方はそれなりに行けるわけですけれども、障害を持っておるがゆえに学校の方で拒否をしてしまうとか、文部省等でそれなりの手当てをして財政的にもきちっとする、さらには、建物的にもいろいろ改造していくというような形がどうしてもこれはおくれてきておる。これはやはり私は、将来早目に解消していかなければならない問題だろうというふうにも思います。そういったことを含めて、この障害を持つ子供さんの学習権の保障ということについて文部省でひとつ具体的にお答えをいただきたい。
 さらにもう一つ、教育基本法の三条の中に、国民は「人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」という規定があるわけですけれども、この権利条約の二条の規定にもございますし、障害という言葉も差別禁止事項としてこの教育基本法の中に明記すべきじゃないか、こういうふうに私は思うのですが、この点はいかがでしょうか。文部省にお尋ねをいたします。
○富岡説明員 心身に障害を持つ子供に対します教育ということはもちろん大事なことでございまして、その障害の種類、程度に応じまして適切な教育を行い、その能力を最大限に伸ばし、可能な限り積極的に社会に参加することができるようにすることが重要でございます。
 これは先生よく御案内かと思いますけれども、文部省としては、心身障害を有する子供の教育施策につきましては一生懸命努力しているわけでございますが、今後ともその点での充実を図ってまいりたいというふうに思っておるわけでございます。
 それから、先生御指摘の条約の二条と教育基本法の関係でございますけれども、条約の二条におきましては、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見や財産、心身障害等につきまして不合理な差別を設けず、本条約の諸権利が平等に享受されるよう求めているものというふうに私どもは理解しているわけでございます。
 一方、教育基本法の三条も、「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と規定されておるわけでございまして、心身障害という言葉について特に明記されていないわけでございますが、本条の趣旨は、心身障害を含みますいかなる教育上の不合理な差別も禁止しているものと考えているわけでございまして、本条約は憲法や教育基本法と軌を一にしているというふうに考えているわけでございますので、文部省としては、このような考え方のもとで、教育基本法の改正ということは考えておりませんけれども、心身障害児に対します教育の充実に一層努めてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
○鍛冶委員 それでは続いて、条約の批准に伴う学校への影響、条約の趣旨等についての広報についてお尋ねをいたしたいと思います。
 いろいろ今までお伺いしましたけれども、条約が批准されても、現在の学校教育の制度や仕組みで基本的に変更は求められるものではないというふうに私は受け取れたわけです。しかしながら、学校教育の現場においては、児童の一人一人の人権と個性を大切にした学校運営が行われることが非常に大事なわけでございまして、この条約の批准に伴って学校教育の制度や運営にどのような影響があるのだろうかということを考えるわけですが、この点について文部省にお尋ねをいたします。
○富岡説明員 本条約におきます種々の権利等の規定がございますけれども、我が国では憲法や国際人権規約の規定によって既にいろいろ保障されているものでございまして、その意味では、条約の批准によりまして現在の学校教育の制度や仕組みに基本的な変更が求められるものではないと考えております。
 しかしながら、学校教育におきまして、児童生徒の人権ということに十分配慮しまして、一人一人の個性を大切にした教育指導や学校運営が行われるということは大切なことでございますので、そのためには児童生徒の意見や考え方を十分把握して日々の教育指導に生かしていくことが必要であるというふうに考えているわけでございます。
 文部省といたしましては、このような考え方に立ちまして、関係者に対して従前からいろいろな指導を行ってきたところでございますけれども、今後は、この条約の締結を契機といたしまして、児童も人格を持った一個の人間として尊重していこうという条約全体の趣旨を踏まえまして、さらに適切な教育指導が行われるよう、いろいろな機会がございますので、その指導を徹底していきたいというふうに考えているところでございます。
○鍛冶委員 外務省にお尋ねしますが、きょういろいろ質疑を申し上げましたし、ほかの委員の方からも条約の趣旨、政府の解釈についていろいろとやりとりがあったわけですけれども、この点について学校現場が混乱することのないように、これは周知徹底というものが大切になるわけです。
 これはほかの委員も言われておりましたけれども、大臣は最後にお答えいただくとして、まず外務省の方では、特に第四十二条で児童に対する広報も規定されているわけですが、子供たちに対してどのような広報の方法を考えておられるのか、お尋ねをいたします。
○小西説明員 具体的な対応について私の方から御答弁させていただきたいと思います。
 まず、既に政府は政府の広報誌等によって本件条約の精神や内容について紹介、普及に努めてきているところでございます。今後とも各種のメディア、講演会等を通じて必要かつ適切な広報を行っていきたいというふうに考えております。
 特に児童に対します広報につきましては、こういう対象になっている子供にとっても、わかりやすい、そういう表現で小冊子、リーフレット、こういった各種の媒体を用いることによって子供にもわかりやすい広報にぜひとも努めていきたいというふうに考えておりまして、これについては関係省庁とも連絡、検討をしているところでございます。
○鍛冶委員 これは文部省にもう一度お尋ねしますが、子どもの権利条約、一番最初にも申し上げましたけれども、子供というのは、どうも最終的には一番強い立場でマスコミを含めて議論というのが行われる可能性が強いわけです。それが行き過ぎた場合にはやはり大変なことになります。そういう意味で、この条約に関する解釈、周知徹底というものは、これは本当に正確に、しかも丁寧に私は学校現場でしていかなければならぬと思います。
 先ほど大枠についてのお答えをいただきましたけれども、具体的に文部省としてどういうふうに取り組んでいくのか。もう一度これをお尋ねをしたいと思います。
    〔狩野委員長代理退席、委員長着席〕
○富岡説明員 先生御指摘のように、本条約の中には教育に関しまして重要な規定が多く盛り込まれているわけでございます。これらは学校におきます教育活動に深くかかわるものと考えておるわけでございまして、文部省といたしましては、条約締結後、学校関係への通知の発出等あるいは広報誌等による広報、各種の会議もございますので、外務省とも連携をとりつつ、積極的に条約の趣旨、規定、内容等につきまして学校関係者、教員等に周知を図っていくという所存でございます。
○鍛冶委員 最後に大臣にお尋ねをいたしますけれども、広報活動につきましては外務省が主管官庁であるわけでございまして、責任を持って各省と連携をとりながら広報活動を進めていただきたい、こういうふうに思っております。
 特に、繰り返して申し上げるようですが、人権、権利ということが主張されてきますと、行き過ぎることもある、足りないこともある、こういったことで、いろいろな議論が我々一般の方々とお話し合いをしているとしょっちゅうあるわけですね。そしてその中で、行き過ぎた形、やはり子供を守るということは大切ですから、行き過ぎた形をわざと悪用してそういうことをやるという場合もあり得るわけでございまして、そういうことがないように、本当に子供の権利、人権を守りながら、しかも学校現場においていい形で進められていくように広報活動というものは非常に丁寧に、大切にしていっていただきたい、こういうふうに私は思いますが、主務官庁の大臣として御所見をお伺いしたいと思います。
○武藤国務大臣 今両省から事務当局の説明がございましたけれども、そのとおりでございまして、また先生のおっしゃるとおりで、行き過ぎてもいけないし、また足りなくてもいけないわけでございまして、その辺よく、本当に条約の考え方、そして子供の権利とそれに対して親の保護、また国としての応援の仕方、それらすべてを含めて正しい形で行われるように十分啓蒙活動に努力をしていきたいと考えております。
○鍛冶委員 これで質問を終わります。大変ありがとうございました。
○伊藤委員長 古堅実吉君。
○古堅委員 きょうから始まりましたこの大事な条約の審議に当たって、これから何回か質問をする機会はあると思いますが、最初に基本的な面からお尋ねしていきたいと思います。
 大臣、ユニセフの駐日代表事務所がこういうパンフレットを出しました。「児童の権利に関する条約」、御存じだと思いますが、これです。この序文に、ユニセフ日本・オーストラリア・ニュージーランド代表事務所の所長でありますアンワルル・カリム・チョウドリ氏が書いてございます。その中でこういうくだりがございます。
  ユニセフのジェームズ・P・グラント事務局長は、この条約を「子どものための『マグナカルター大憲章)』」であり、「『子ども最優先の原則』を遵守しなければならないという世界的な決意の現れ」であるといい、この原則を生かすためには、「政治家、報道人、そして一般市民が広範に参加して、それぞれの社会のあり方を条約の規定に照らして評価するようにならなければならない。条約の規定を守るか、それともそれに違反するかが急速に国の関心事になり、国の誇りになり、あるいは国の恥にならなければならない」と、訴えています。というふうに序文で書いています。まさに大事なところ。画期的と言われる子どもの権利条約の批准、そしてこれからの実践、それを通じて国の姿勢のまじめさの問われるこういうところだと思うのですが、そこをこの所長は言おうとしているというふうに思います。
 その条約の担当をされる大臣として、子供最優先の原則を遵守しなければならぬとずばり指摘しているその基本姿勢、そこを踏まえて大臣の決意が述べられますか。
○武藤国務大臣 今御指摘のございました、ユニセフの子供最優先の原則の重要性は理解をいたしておるつもりでございます。
 この条約は、いずれにいたしましても、児童の人格の完全な、かつ調和のとれた発達のため、児童の人格が保障されるとともに、一方、児童が特別な保護及び援助を受けるべきであるという精神に立脚して作成されたものであると認識しております。したがって、この条約の精神に基づいて、児童の法的保護及び福祉の向上のために一層努力をしていかなければならない、こう理解をいたしております。
○古堅委員 この条約をめぐってこれまでいろいろな形で日本共産党としても申し入れをしたり、あるいは関係の委員がそれなりの立場で質問を交わしたり、この間は本会議での代表質問などもございました。そういうかかわりを通じても感じてきたことなんですが、本日始まったその審議を通じて、先ほど来の質疑、答弁、その中でも私は大変痛感していますのは、何か今、条約についてのまじめさが問われているというこれにこたえようというふうな立場からではなしに、ここに壁をつくって、いや、そういうことにならなくて済むのですよということを言ってこの条約の批准を済ませようというふうな態度ではないか、残念ながらそういう感じを強く受けたのであります。
 そういうことともかかわりますが、先ほど御質問もございましたけれども、本条約の名称その他について訳語が問題にされております。「チャイルド」を「児童」ではなく「子供」だというふうに訳した方が、この条約の趣旨に照らして私もその方が適切だというふうに考え、日本共産党とし
てもそういう立場からの申し入れをしたこともございます。しかし本日、先ほどこの問題について詳しい質疑がございましたし、その質疑を通じて取り扱いを本委員会の理事会で検討をするという先ほど委員長からの表明もございましたので、あえて私も、同様の取り扱いをしてほしいという要望をここで表明するということできようはとどめておいて、これにかかわるいろいろな意見を持ちながらも、本日は質問は保留しておきたいというふうに考えております。
 ところで、政府は、この条約の国会提出に当たりまして、説明書の最後のくだりで、「条約の実施のための国内措置」ということについて立場を明らかにしています。「1 この条約の実施のためには、新たな国内立法措置を必要としない。」「2 なお、この条約を実施するためには、予算措置は不要である。」というふうに述べています。
 この問の、四月二十二日の本会議における審議で、本条約にふさわしい前向きの政府の答弁がほとんどなかった、私はこのように受けとめました。政府はこの条約を単に批准をしてしまえばいいという程度に受けとめているのではないかと思うのですけれども、違いますか。
○小西説明員 御指摘の説明書におきましては、「新たな国内立法措置を必要としない。」また、「予算措置は不要である。」という指摘がございます。国内立法措置、予算措置双方につきまして、この条約は非常に広範な権利、いろいろな形の権利を規定しておるわけでございまして、そういう意味におきまして、それぞれの担当分野を所掌しておられます関係省庁、例えば教育でございますと文部省、母子、健康等につきましては厚生省、犯罪を犯した児童、少年等につきましては法務省、あるいは出入国につきましては入国管理局、こういうようにそれぞれの所掌の官庁におきまして、この条約を実施するために、新たに国内的な立法措置が必要かどうか、あるいは現在存在する国内法、これを改廃する必要があるかどうか、この点についての検討をお願いしたわけでございます。
 関係省庁ともこの条約に照らしましていろいろ十分に検討した結果、この条約の義務として国内立法措置を行う必要はない、あるいは現在存在する国内法を改廃する必要はない、こういう結論が得られたわけでございます。
 また、予算措置についても、現在の予算として認められている範囲内においてこの条約の実施ができる、新たに予算として、例えばこの条約が分担金といったような義務を課しておるわけではございませんで、この条約を実施するためにどういった形の予算措置が必要か、あるいは政策の問題としてこの条約のいろいろな実施について予算をどういうふうに使っていくか、これは政策的な立場から検討して決めていくということでございますが、この条約の批准、この条約の義務を果たす上において、日本の国の立場として何か新たな義務が生じるかというと、その点は生じない、こういう解釈でございます。
 したがいまして、予算措置につきましても立法措置につきましても、関係省庁といろいろ検討しました結果、そういう条約上の義務を実施するという観点からの新たな立法措置、法令の改正、こういったものは必要ではないという結論に達したわけでございます。
○古堅委員 先ほど最初に、ユニセフの駐日代表事務所所長、そのパンフレットの序文を引用しましたけれども、これは、この国会で承認が得られていわゆる批准ということが完了していく、手続的なそういうものを済ましたことによって終わりとすることにならないものですよ。
 むしろこれが出発点となり、それを関係者に徹底して周知させていくなどを通じて、この子どもの権利条約の趣旨を踏まえた実践によって子供がこの条約の精神に沿ったしかるべき取り扱いを受けるようになりていくか、そこが求められる一番大事な点だと思うのです。
 今のような立場で、新たな立法の必要もない、改廃の必要もない、予算を計上する必要もないというふうな形でこの条約の実践を考えるということになりますというと、文字どおり、ここで言われているように、国の誇りとする立場ではなしに、国の恥とされる、そういうふうなことをさらけ出すということにならざるを得ないと思うのです。入りますというと、子供権利委員会に、我が国がとった措置、前進させたいろいろな内容についての報告を遠からず求められますよ。そこらを通じていろいろ検証もされます。
 ですから、今おっしゃるような姿勢でこの子どもの権利条約についての態度を貫こうというふうな形では越えられない大事さをこの子どもの権利条約は持っているということだけは厳しく指摘しておきたいと思います。
 具体的な事例をもって政府の見解を伺っておきたいというふうに思います。
 一九八八年の十月に、山形県寒河江市の陵東中学校の文化祭で、生徒会が「ブナの森に生きる」と題する、自然保護を内容とした演劇を計画をしておりました。ところが、外部からの不当な介入など圧力があってそれは中止されたという事件にかかわる問題です。いろいろ新聞ざたにもなりましたから御存じだと思います。
 その演劇上演計画の記事が現地の新聞で報道されました。文化祭前日の十月二十一日であります。そうしますというと、その報道がなされてすぐに山形営林署が、台本を見たいというふうに学校に電話で申し込んできました。学校がそれを断りますというと、営林署の次長が直接学校に乗り込んできて、内容によっては問題にしなければならないというふうな態度をとって台本の提示を執拗に迫ったのであります。しかし、それでも学校はそれを断ったそうです。
 ところが、今度は寒河江警察署防犯係主任婦人補導官が電話で、台本を見たい、きょうは残業なので遅くなっても構わないという趣旨の申し入れが来たそうであります。そこで、学校の指導主事が出かけていってその台本を手渡した。それと同時に、学校側は生徒の意見も聞かずに一方的にその演劇を中止する決定をして、取りやめたという事件なのであります。
 それについて地元で大問題になりました。山形弁護士会にもこの問題が持ち込まれました。そして山形弁護士会は、営林署に対しては警告書を出しました。警察に対しては勧告書、そして学校に対しても勧告書を出したのであります。そのそれぞれを全部読み上げる時間もございませんから、学校にあてられた勧告書、最後の結論部分を大急ぎで読みますと、こうなっています。
 第三、当弁護士会の勧告
  一、子どもも、憲法で保障される自由や人格権の主体であり、教育を受け、よりよき環境を享受し、人間としての成長発達を全うする権利を有する存在である。学校教育の過程にあるということは、子どもの人権を制限する根拠にはなり得ないものである。本件テーマ劇の上演は、生徒たちの基本的人権の一つである「学習権」及び「表現の自由」の具体的な表われである。
  二、陵東中学校が、本件テーマ劇の上演を中止する前記措置を取ったことは、生徒達の表現の自由を侵害するものであり、その制約の理由及び手段においても、教育上の正当性を見出すことはできない。
  三、従って、当弁護士会は、陵東中学校が今後二度と前記のような事態を惹起しないよう、子どもの人権を尊重するとともに、生徒だちに対し、本テーマ劇「ブナの村に生きる」を上演する機会を与えるなど、適切な措置を講じるよう勧告するものである。という勧告書を出したのであります。
 読み上げた勧告書によって、この問題のいろいろな面からの重大な指摘される問題点が御理解願えたと思いますが、ここには、営林署と警察による教育活動への不当な介入、支配があり、学校側が子供の意見も聞かずに一方的に中止決定をなし、それを生徒に押しつけたという、子供の思想、良心の自由あるいは表現の自由の侵害という重大な問題があったと思われます。
 そして、この条約に照らして考えてみますと、さらに子供の意見は尊重されなければならないという点からしても、意見を表明する子供の権利の侵害にも当たるというふうに考えます。この子どもの権利条約の実践を迫られている、こういう立場でいいますと、このようなことは条約に違反する許されない事例だというふうに思うのですが、どのように考えられますか。
○小西説明員 ただいま先生から具体的な事案についてお尋ねがあったわけでございますけれども、私ども、今御説明を伺っている範囲では、必ずしも具体的にその事件の全貌といったようなものについて十分把握できないのではないかというような感じを持っておりまして、この問題がどういういきさつで出てきた問題なのか、特にこの案件につきましては学校の問題のように承っておりますけれども、学校の問題について所管されておられます文部省が第一義的にこの事件をどう見ておられるか、私ども承知いたしておりませんので、この場でこの具体的な事件について、条約との関係で、適用された場合にどういう関係になるのかということについて、具体的にお答えすることは差し控えさせていただきたいと思います。
 先生御指摘のとおり、この条約では、十二条で児童の意見の表明の自由、権利、十三条におきましては表現の自由ということが当然規定されておる、このことはもちろん事実でございます。ただ、そのこととこの具体的な事件とがどういうふうに関係づけられるか、そのことについて私ども外務省の立場といたしまして、具体的なコメントは差し控えさしていただきたいと思います。
○古堅委員 質問を繰り返しても恐らく同じような答弁が出てくるのかなというように思うので、時間との関係もありまして、内容にかかわるものを繰り返して申し上げませんが、これから何度かにわたってこの委員会が続きますし、質問する機会がありますから、今すぐ答えられないということの関係で、内容を知る必要がありましたら、すぐにでも手の届くところですから調べて、再度の質問のときにでも、これはこの条約に照らして許されないものであるのか、この条約上も問題がないというふうな態度をとられるのか、そこを聞きたいのですから、そこについてちゃんとした答えができるように準備をしておいてください。
 子どもの権利条約の画期的な意義について先ほど来強調されておりますけれども、これは子供を権利主体とみなすだけではなしに、権利行使の主体とみなした、そういうところにございます。その具体的条項の一つが第十二条の「自己の意見を表明する権利」だと思います。これは、子供が政府にも社会にも学校に対しても意見を表明する権利を持ち、かつ、その意見を政府、学校、社会が尊重する義務を課したというところにございます。問題は、政府が子供の社会参加を促す立場でこの権利を正当に扱うかどうかというところが問われます。
 そこで伺いますが、第十二条で言う子供の意見表明権は、「児童に影響を及ぼすすべての事項について」と規定されているように、その対象を広く解釈しているかどうか、その問題について御意見を聞かせてください。
○小西説明員 この条約第十二条の趣旨でございますが、ここで「自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。」という規定ぶりになっております。この規定は、子供、児童が大きくなってきて、自分で自分のことを判断する能力がつく、そういう年齢に達して能力ができてきた、そういう子供の意見を親なり周囲の者が、子供だからといってその意見表明、自己の意見を表明する権利を無視する、そういうことがないようにという趣旨で規定されたものでございます。
 子供がだれと結婚するのか、あるいはどのような職業につくのか、どのような学校を選ぶのか、こういった児童の個人の問題に関する例が審議の過程において挙げられておりまして、そういう意味では極めて個人的な、児童の本人に関する事項が想定されたというふうに考えられております。
 したがいまして、大人であれば本来自分で決定するような問題、したがってほかの人がその決定に介入しないような、積極的な関与が想定されてない、そういうような児童の個人に関する事項を指すものだというふうに解しております。
○古堅委員 この十二条の引用しました部分、それを政府が狭く解釈して進めよう、こういう感じがした、その懸念があったのであえて質問をしたわけなんですけれども、文字どおり、この十二条は「児童に影響を及ぼすすべての事項について」というふうに、「すべての事項について」というふうになっています。それを今おっしゃるような形で限定して、そういう範囲で解釈をされるべきだというふうな態度をとることは許されないと思うのだが、もう一度。
○小西説明員 もう一度御説明申し上げますが、私どもは、児童の権利について制約するというような意図は毛頭ございませんで、むしろこの条約は、そういう児童の権利を確保していくという立場に立っておる条約でございまして、私どもは、この条約を的確に解釈するという立場に立って、先ほど申し上げましたような条約審議の過程も踏まえまして、この条項が、一体どういう事態を想定して児童の意見表明の権利の確保についてここに特に規定したものかということを考えて、その結果、今申し上げましたような解釈に結論として至ったということで御説明申し上げたわけでございます。
 審議の過程では、児童がどういう人と結婚するか、どういう職業を選ぶか、こういった個人的な事項、この個人的な事項としてはもちろんここにございますように、その特定の「児童に影響を及ぼすすべての事項」、これが入るわけでございますけれども、こういったものについて「自由に自己の意見を表明する権利を確保する。」ということでございまして、この十二条一項で想定されておるこの「すべての事項」というのは、その児童の個人に関するそういったすべての事項だというふうに解釈しておるわけでございます。
○古堅委員 時間が参りました。これから次々予定しているものがございまして、それはあした以降に進めたいと思いますけれども、先ほど来の質疑との関係で、このことだけは、あした以降質疑をさせていただくことの関係でちょっと確認をしておきたいというふうに思います。
 二十八条です。二十八条の第二項ですが、「締約国は、学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。」というふうに言っています。
 それで、先ほど来、やはり政府がどういう立場から物を言おうとしているかということをちょっと懸念しながら感じるのですけれども、学校現場におけるところの校則との関係、何もだれもここで校則一般すべてを否定する、その条約をもって否定されるなどとかいうふうなことを言おうとしている者もないし、そう言っている者は一人もいないのですよ。
 しかし、従来、管理主義的な教育、子供を単に保護する、そういうふうな対象として扱ってきたという流れの中でつくられた校則の持つ適当でない、皆さんは必要で合理的ななどとかいうことを言っていましたけれども、そういうことから重大な指摘を受けざるを得ないような面が多分にございます。そういうことなどを含めて、この画期的と言われている条約に照らして既存の校則なども見直すなどということをも含めて、この条約が言おうとしているものとのかかわりがあるのではないか。
 この皆さんの訳文はこのようになっていますが、ユニセフが訳したものはこうなっているのです。「締約国は、学校の規律が、児童の人間としての尊厳に合致し、かつ本条約に適合した方法で運用されるようにするため、すべての適当な措置をとらなければならない。」というふうになっていまして、ここを根拠に校則がつくれるんだ、子供の意見が優先するんではないんだというふうな言い分にするのではなしに、ここを根拠にして、あるところの校則などについても、抜本的な見直しの上で、その画期的な条約に合致するような校則というふうなことになっていかなくちゃいかぬじゃないか、このようにとらえるべき問題ではないかというふうに思うのですが、どうなんです。
○小西説明員 校則の問題について、一義的には文部省の有権的な見解が待たれるところでございますけれども、この条項、二十八条の2の解釈の問題として申し上げれば、この条約の言わんとしている趣旨は、学校の規律が適用されるに当たりまして、人間の尊厳に合致した方法で行われるようにするために、児童に対する残虐なあるいは非人道的なまたは品位を傷つけるような取り扱いが行われることがないよう、また、この条約で規定されているいろいろな権利がございますけれども、そういった権利を不当に侵害しないような方法で行われるように締約国に対して適当な措置を求めているというのがこの条項の趣旨であるというふうに理解しております。
○古堅委員 終わります。
○伊藤委員長 柳田稔君
○柳田委員 冒頭、カンボジアのUNTACについて、私の個人的な考えを述べさせていただければと思います。
 今回お亡くなりになった方々、大変残念なことであり、心から哀悼の意を表したいと思います。
 ただ、一昨年、カナダであり、そしてスウェーデンであり、西ドイツ、ドイツになっていましたけれども、そして国連に行ってPKO、国連平和維持活動の話をいろいろな方にお伺いをいたしました。そのときに、皆さんの一致した御意見は、自分の国だけが平和であってはいけない、世界の国々が平和になるように我々は努力をしたい、精いっぱいの努力をするのが今平和である自分たちの国の責任である、そういうふうなお話でありました。
 いろいろなPKOの活動があるようでありますが、中には大変厳しい活動もあったように聞いております。ただ、その厳しいPKOの作戦についても、我々としては誇りを持ってその国の平和をつくるために努力をした、最大限の努力をしたことに対して誇りを持っております、そういうふうなお話もありましたし、また、国民の中でもやはりそのような崇高な任務また活動に対して大変な称賛が与えられておる、よく頑張っていらっしゃった、そういうふうな声が強いわけであります。
 今日、カンボジアの問題が出てまいりまして、その行ったときの各国のお話、それを思い起こしながら今の日本の状況を考えた場合に、日本という国は若干違うのではないかな、世界の国々が一生懸命世界の平和をつくるために努力をしておる、その崇高な理念のために頑張っておるのに、何かしら日本の場合は若干違うような気がしてならない、これが私の感じであります。
 UNTACにおきまして大変いろいろな面で厳しいことが出ておるというのはマスコミを通じてわかるわけでありますが、私自身は、まだ最大限の努力をする過程である、まだ努力をしなければならないと思っておる次第であります。もし万が一ここでUNTACが引き揚げますと、後はもうカンボジアの皆さん自由にやってくれといった場合にどうなるかであります。もう既に何十年間内戦がありまして、何万人の人が亡くなっている。再度ここでUNTACが引き揚げたら、さらなる何万人、何十万人のカンボジアの人がお亡くなりになる。きょうは児童の権利条約でありますが、子供も親を失い、さらには子供の命さえなくなる、その危険がどんどん膨らむわけでありますから、そうならないように、私は、まだまだ最大限の努力を世界の各国とともに日本もすべきだと思っておる一人であります。
 という立場で、大変厳しい中でありますけれども、こういう厳しい中に大臣になられて大変なことだと思いますけれども、大臣の姿勢を評価したいと思いますし、安全を確保すると同時に、さらなる努力を日本としてもしていただきたいと思う一人でありますが、大臣いかがでありましょうか。
○武藤国務大臣 今御指摘のとおりで、やはりuNTACも、長い間の内戦からカンボジアの国民が何とか平和で安定した国家になりたい、こういう気持ちから総選挙を目指し、そしてそれをUNTACは支援をする、そしてそれに対して日本も協力を求められ、日本が今、PKO協力法ができて初めて人的な貢献をさせていただいているわけでございます。
 大変危険なところもあるだろうと思うのでございますが、その中で御苦労いただいておる日本のPKO派遣隊員の皆様方に対して心から感謝を申し上げ、そしてその崇高な使命に対して、本当に勇気を持ってやっていただいていることに対しても本当に敬意を表したいと思っております。
 しかし、今お話しのとおりで、もしこれでこのままその方向が失敗に終わったならば、結局この間お亡くなりになった中田君にしましても、今度の高田警視にしましても、本当に無駄な死に方になるわけでございまして、何とかその犠牲を成功に導く、やはりそれはあくまでもあのカンボジアの国家が一日も早く平和な民主的な国家になることであろう、そしてカンボジアの国民の皆さんが幸せに暮らしていただけるような方向に持っていくべきことではなかろうか、そんな気持ちで、今もいろいろと、私は少し時間をいただきましたのも、外交ルートを通じてできるだけそういう方向に努力をしていきたいということで今取り組んでおるということでございます。
○柳田委員 お亡くなりになった方々、本当にここでカンボジアの平和を築くということが皆様の気持ちに報いることだと私も思います。
 これからいろいろなことがあるかと思いますけれども、できるだけ世界の平和をつくるのだ、日本だけではなくて世界の各国と一緒に世界を平和にするためにやるんだ、そういう気持ちで頑張っていただければと思います。(発言する者あり)
 言うつもりはなかったのでありますけれども、いろいろとお言葉が出てきているようで、言いますけれども、法律の審議過程の際に私もいろいろと外務省の皆さんとも相談をさせていただきましたし、どうすべきか考えさせていただきました。やはり今まで内乱があった、そしてどちらかというと気候的にも環境的にも非常に厳しい、そういう中に行って自分の手で生活をしながら貢献をする、大変厳しい状況の中で仕事をしなければならない。そうした場合に、今日本としてできる最適の人材はどこにあるかということであの法案を決めたわけでありますが、それを行かせずに、民間人を行かせ、何の訓練もしていない民間人を募って行かせ、私はこれは非常に無謀過ぎるんではないか。逆に今回、文民の方が亡くなっておる。言わせていただくと、文民だからねらってきたのかもしれない。私はそうであってはならないとは思うのですが、現実的に今まで内乱があった。カンボジア八百万人の国民であるんだったら、みんなが八百万丁の銃を持っている。そういう状況の中にあって、武器は、撤収はしますけれども残っておる、そして貧困がある、食べる物がない、医薬品もない、それは強盗も出るだろう、そういう場合に身を守るすべを知っている人を行かすべきではないか。そうでなければ活動もできないではないか。そういうこともあったわけでありまして、民間人を行かせた、そういうことについては今回はいい教訓になるんではないかと私は思っておる次第であります。
 余計なことを言いましたけれども、条約について質問をさせていただきます。
 留保、解釈宣言がございますけれども、このことについて質問をさせていただきたいと思います。
 この条約の中では、少年司法、出入国管理に関する事項について留保、解釈宣言が付されております。例えば第九条1は、児童の父母からの分離として、権限のある当局が必要と決定する場合を除くほか、「児童がその父母の意思に反してその父母から分離されないことを確保する。」旨規定しておりますけれども、これに対し政府は、この規定は父母が児童を虐待する場合のような特定の場合について適用されるものであり、出入国管理法に基づく退去強制の結果として児童が父母から分離される場合については適用されるものではないと解する旨の宣言を行おうとしていらっしゃいます。
 また、第十条1ですけれども、家族の再統合のための出入国について「締約国が積極的、人道的かつ迅速な方法で取り扱う。」旨規定しておりますけれども、この義務は申請の結果に影響を与えるものではないとの宣言を行おうともまたいたしております。
 出入国行政についてまずお伺いをしたいわけでありますけれども、出入国行政という行政の特別性を考慮しますと、最終的には国の裁量の余地を残しておくべきであるという姿勢については私も理解をいたしたいと思います。しかしながら、それはあくまで人道が根底にあるべきだというふうに思うわけであります。
 バブルが華やかなりしころ、外国人労働者を入国させよという議論が至るところで起きました。しかし、バブルが崩壊してしまった後、どういうふうなことになったかというと、その声もだんだん消えていってしまいました。つまり出入国行政というのは、経済動向、そういうものによって安易に変化をするようなものであってはならないと思うからであります。外国人を単なる雇用調整手段にしてはならないということもあるわけでありますけれども、出入国行政は事の性質上、国益を最優先にして考えるべきものであります。
 しかし、先ほども申しましたように、やはりそれも人道的配慮なしては円滑に進まないと思っております。今回の解釈宣言等には、この条項の乱用があってはならないということからかと思いますけれども、国家主権との関係から一定の理解は示しますけれども、この解釈を適用するということは最後の最後であって、あくまでも基本としては、条文に沿った児童の父母からの分離の制限、家族の再統合のための便宜的運用を心がけていただきたいと思いますけれども、いかがでございましょうか。
○坂中説明員 条約九条一項及び十条一項は、いずれも締約国の出入国管理に関する権限に何ら影響を及ぼすものではないと解されるわけでございますけれども、出入国管理行政の運用に当たりましては、人道面にも配慮して適正な運用に努めてまいりたいと考えております。
○柳田委員 次に、留保、解釈宣言の線引きについて質問をさせていただきたいと思います。
 解釈宣言は、一般には、条約にある規定の解釈を、自国に関する限り、確定的に固定するために行われるとされております。留保が、明確な法的効果を得るために厳格な方式、要件や手続が法定されているのに対しまして、解釈宣言の存在意義は、その柔軟性あるいは非公式性にあると言われております。
 この留保と解釈宣言のことについてでありますけれども、この解釈宣言をする、しかし、内容によりましては、解釈宣言はしたものの、留保をしたのと同じような格好になる場合もあるのではないかな、そういうふうな気がするわけです。うがった見方になるかもわかりませんけれども、解釈宣言はしたけれども、現実やってみたら、よく見ると留保になったのではないか、そういうふうなうがっ.た見方もできるかと思うのですけれども、この辺についてはどのようにお考えになっていらっしゃるんでしょうか。
○小池政府委員 お答えいたします。
 留保とは、多数国問条約について、特定の規定の全部あるいはその一部を適用しないこととする、あるいはそれを変更する旨をある国が一方的に意思表示するということでございます。通常、条約を署名する際、批准、受諾、承認または加入のときに行われております。
 他方、解釈宣言とは、多数国間条約について、特定の規定に関して解釈を対外的に明らかにする宣言でございます。多数国間の条約というのはさまざまな交渉を経て文言などが確定する場合が多いわけなんですけれども、そのような規定には複数の解釈が可能であるとか、あるいは解釈に幅があるような場合、自分の国にとっての解釈を念のために明確にしておくというものでございます。すなわち、特定の規定が適用されるというのが解釈宣言の前提に立っているということで、この点において留保とは全く異なるものでございます。
 ちなみに、具体的に、我が国が解釈宣言をいたします九条一項それから十条一項に沿って若干付言いたします。
 九条一項については、児童の権利に関する原則として、児童が父母の意思に反して父母から分離されないことを確保するよう締約国に義務づけているものでございます。これは、児童または父母の退去強制、抑留、拘禁などによって結果的に親子の分離が生ずることまで妨げるものではないというふうに我々は解しております。すなわち、このような前提のもとで九条一項の義務を我が国としては履行するということに変わりはございません。
 それから、条約第十条の一項は、「締約国が」出入国の申請を「積極的、人道的かつ迅速な方法で取り扱う。」というふうに規定しておりますが、これは例えば、その意味するところは、出入国の申請を原則的に拒否するような消極的な取り扱いは禁止する、あるいは、出入国に関する申請の受理から申請を通じた手続の中で人道的な配慮が必要と認められる場合は、かかる配慮を行うべきであることを定めたものであって、出入国の申請の審査の結果を予断し、拘束するものではないというふうに解されます。すなわち、十条一項を適用するに当たって、結果を予断するものではないとの解釈を我々として明らかにするものであります。
 ということで、これらの九条一項、十条一項に対する解釈宣言というのは、いずれもそれぞれの規定の解釈を我が国として対外的に明らかにするものでございまして、これらの規定の適用を変更するというものではなくて、形式的にも実質的にも留保と同様の効果を意図したものではないということを御理解願いたいと思います。
○柳田委員 例えば、いろいろな国々と協力していかなきゃならないという場合が起きたときに、他国と解釈が違うことも多分出てくるのではないかと思うのですけれども、ほかの国々と一緒にやろう、しかし我が国はほかの国と解釈が違いますよといった場合には、どういうふうな対処をお考えになっていらっしゃるんでしょうか。
○小池政府委員 先ほど御説明いたしましたように、九条一項、十条一項に関して日本が行おうとしている解釈宣言につきましては、条約の審議経過それから主要国の解釈などにかんがみまして、ほかの国が異論を唱えるということはないというふうに考えております。
 それから、一般論として若干付言いたしますれば、特に多数の国の間でいわば妥協の産物として作成されるような多数国間条約の場合には、採用された字句や表現について必ずしも常に明々白々であるとは限らない場合がある、そのときには解釈にある程度の幅が生じ得るものでございますけれども、そういう際に行うのが解釈宣言であるということで、したがいまして、通常の場合、こういう解釈宣言であればほかの国から異論が提起されるということはまずないと考えてよろしいかと思います。
○柳田委員 では、一つの例を挙げたいと思うのですけれども、例えばこの条約の趣旨に反する事態ということで、ある国が深刻な児童虐待を行う、そのような人道にももとるような行為に対しまして国際協調していこう、そういうことで締約国が一致して対処しようとした場合に、日本から退去強制される人、送り返すわけでありますが、送り返せば今申したように人権侵害が行われる、しかし法的には、今の解釈に基づいて考えた場合には退去させなきゃならない、そういうふうな場合も想定はされるのですけれども、こういう場合はいかがでしょうか。
○坂中説明員 お答えいたします。
 退去強制による送還先は、入管法第五十三条に基づいて決定することになりますが、児童の人権にも十分配慮した運用に努めてまいりたいと考えております。
○柳田委員 外務省さん、いかがですか。
○小西説明員 今先生お尋ねの点でございますけれども、この条約第九条一項は、締約国に対しまして、父母による児童の虐待または父母の別居等のそういった特定の場合を除きまして、権限のある当局が司法の審査に従うことを条件といたしまして、児童の最善の利益のために必要であると決定する場合を除いて児童がその父母の意思に反して父母から分離されないことを確保するように義務づけたものでございます。
 児童または父母の退去強制、抑留、拘禁、こういった事態は、本件条約の第九条4において国がとり得る措置として認められている措置でございまして、そういう措置により結果的に親子の分離が生ずるということは、この条約で必ずしも妨げるということにはなっていないわけでございます。
 ただし、このような解釈は文言上必ずしも一義的でないので、解釈をめぐって問題が生じないようにということで解釈宣言を行うことにしたものでございます。
○柳田委員 もう一つ具体的な例で質問したいと思いますけれども、この解釈宣言の内容をめぐってまさに裁判が起きた、つまり、日本政府が退去強制を決定した、しかし解釈宣言の内容ではそうではないではないか、そういうふうなぐあいで裁判が行われた場合、裁判所は条約の正文に拘束されるのではないかと思うのですけれども、その際に、政府が示した解釈宣言、これはどのような取り扱いになり、どういうふうな裁判になるのでしょうか。
○小池政府委員 我が国が条約を締結した場合、我が国が拘束される法規範の内容はその条約の正文が意味するところになりますので、裁判所が判断を行う根拠というのは、先生御指摘のとおり正文により確定するというふうに考えております。
 解釈宣言は、先ほどから御説明申し上げておりますように、特定の規定について解釈の幅が許容されるような場合において、そういう解釈の幅の中で政府がとる解釈を明確にするものでございます。したがって、そのような政府の解釈として、また国際社会でそのような解釈に異議が唱えられていないものとして、裁判所においても、当該規定の解釈に当たり、考慮に入れられるべきものであるというふうに考えております。
○柳田委員 具体的な例はないわけでありますけれども、もし裁判になった場合、果たしてどうなるのだろうかという気が若干ぬぐえない面もありますけれども、こういうふうなことがないように行われるのが一番いいことだろうと思っておりますので、いろいろな面で、この退去強制の問題、人道的な立場でそれを基本にして進めていただきたいと思います。
 まだ決定をしたわけではありませんけれども、現在策定作業が進んでおります行政手続法案について質問をさせていただきます。
 この中で、出入国管理手続、これは除外をされているというふうに聞き及んでおるわけであります。しかし、現実の窓口におきましては、言葉が不自由な外国人が、いつ許可がおりるのか、おりないのかわからない、そして戸惑う、あるいは不許可となったとしても、具体的理由がわからない、そういうふうな声もいろいろ聞くわけであります。
 先ほどからの出入国管理行政が有する特別の趣旨から、児童権利条約と同様、国家主権にかかわるこの分野で特別の配慮をするということは理解ができるわけでありますけれども、やはり児童権利条約、また行政手続法の運用においても、できるだけその趣旨を生かしていただきたいと思う次第であります。このことについて御見解をお伺いしたいと思います。
○坂中説明員 お答えいたします。
 入国管理局では、かねてより職員に対しまして、親切、丁寧、公平をモットーとして外国人の接遇に当たるよう指導に努めているところでありますが、これを今後とも一層努力してまいりたいというふうに考えております。
 また、外国人の入国、在留に関する相談や手続の案内に応じる外国人在留総合インフォメーション・センターを設けておりますが、このように制度面におきましても行政サービスの向上に努めているところでございます。
○柳田委員 最後に、文部省の方にお尋ねをしたいと思います。
 第二十八条の1(d)、「すべての児童に対し、教育及び職業に関する情報及び指導が利用可能であり、かつ、これらを利用する機会が与えられるものとする。」というのがございます。これまでの政府の答弁を聞いておりますと、ここに言う教育に関すする情報、これは入学案内等を指すものであり、内申書等の人の評価に関するものは含まないというふうな御判断のようであります。私も、この条約から直接内申書等の開示を導き出すということは非常に難しいとは思います。
 しかし、今各地方自治体で情報公開、特に教育情報を公開せよという議論がいろいろなところで起こってきておるわけであります。ということで、条約との関連でこの教育情報を公開せよとまでは言いませんけれども、いろいろなことで公開を進めていくべきではないかと思っておる次第であります。
 そういう意味からして、人物評価の開示に関して、父母の信頼をかち取っていくためにも、父母からの請求があれば、せめて親権者に対しては開示していく方向を考えるべきだと思っておるわけでありますけれども、このことについてはいかがでございましょうか。
○富岡説明員 先生御指摘のとおり、二十八条の一項(d)は、児童の教育を受ける権利を保障するために、児童が進学や就職に必要な案内やガイダンスを得る機会を保障する規定でございまして、内申書や指導要録の本人への開示を義務づけるものではないと解釈しているわけでございます。
 それで、内申書でございますが、高校入学者選抜のために用いられる資料でございますし、また先生からお話がございました指導要録は、学校教育法施行規則に基づきまして、児童生徒の学籍並びに学習の状況を記録いたしまして、指導や外部に対する証明等に役立たせる原簿でございます。この作成に当たりまして、評価ということにつきまして公正かつ客観的に行われるということのためには、通常、本人への開示を前提としない取り扱いとされているわけでございます。
 先生の御指摘もございますが、これを開示することにつきましては、文部省としては慎重に対応すべきことだというふうに考えておるところでございます。
○柳田委員 もう時間であります。大変難しい時代でありますけれども、武藤外務大臣の的確な判断を期待をいたしまして、質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○伊藤委員長 次回は、明十二日水曜日午前九時四十五分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後六時十七分散会