第136回国会 文教委員会 第3号
平成八年二月二十三日(金曜日)
    午前九時三十分開議
 出席委員
 委員長 柳沢 伯夫君
 理事 片岡 武司君 理事   塩谷  立君
 理事 渡瀬 憲明君 理事   藤村  修君
 理事 松田 岩夫君 理事   山口那津男君
 理事 輿石  東君 理事 五十嵐ふみひこ君
      小野 晋也君    栗原 博久君
      栗原 裕康君    栗本慎一郎君
      河野 洋平君    斉藤斗志二君
      島村 宜伸君    石田 勝之君
      坂口  力君    鮫島 宗明君
      西  博義君    西岡 武夫君
      鳩山 邦夫君    船田  元君
      松沢 成文君    池田 隆一君
      小林  守君    濱田 健一君
      山原健二郎君    嶋崎  譲君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 奥田 幹生君
 出席政府委員
        文部大臣官房長 佐藤 禎一君
        文部大臣官房総
        務審議官    辻村 哲夫君
        文部省生涯学習
        局長      草原 克豪君
        文部省初等中等
        教育局長    遠山 耕平君
        文部省教育助成
        局長      小林 敬治君
        文部省高等教育
        局長      雨宮  忠君
        文部省学術国際
        局長      林田 英樹君
        文部省体育局長 佐々木正峰君
        文化庁次長   小野 元之君
 委員外の出席者
        警察庁刑事局捜
        査第一課長   中島 勝利君
        法務省人権擁護
        局調査課長   長谷川逸雄君
        文教委員会調査
        室長      岡村  豊君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月二十一日
 辞任        補欠選任
  小野 晋也君     佐藤 剛男君
同日
 辞任        補欠選任
  佐藤 剛男君     小野 晋也君
同月二十三日
 辞任        補欠選任
  西岡 武夫君     松沢 成文君
  鳩山 邦夫君     鮫島 宗明君
同日
 辞任        補欠選任
  鮫島 宗明君     鳩山 邦夫君
  松沢 成文君     西岡 武夫君
    ―――――――――――――
二月二十二日
 学校五日制推進と学習指導要領の早期改定に関
 する陳情書外六件(石川県羽咋郡押水町字小川
 ハ二五〇押水町議会内勝二宏明外六名)(第三
 七号)
 義務教育の国庫負担及び教科書無償制度に関す
 る陳情書外十一件(福岡市博多区東公園七の七
 福岡県議会内横田進太外十一名)(第三八号)
 教育・文化の振興に関する陳情書(宮崎市宮田
 町一の一一吉野千利)(第三九号)
 教育行財政等に関する陳情書(山形市松波四の
 一の一五後藤和弘)(第四〇号)
 教職員配置改善計画の推進に関する陳情書外一
 件(山口市滝町一の一山口県議会内伊藤博彦外
 一名)(第四一号)
 教員特殊業務手当の改善に関する陳情書(山口
 市滝町一の一山口県議会内伊藤博彦)(第四二
 号)
 私学助成の堅持・充実に関する陳情書外五件
 (名古屋市中区三の丸三の一の二愛知県議会内
 山本和明外五名)(第四三号)
 国立組踊劇場の建設に関する陳情書(那覇市旭
 町一四安里安明)(第四四号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
○柳沢委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小野晋也君。
○小野委員 ことし、平成八年を迎えまして、いよいよ二十一世紀まで残すところ五年というところにやってまいりました。
 振り返りますと、昨年は、オウム真理教事件等、随分この日本社会に疑問を投げかける問題が多く起こってまいったわけでございますけれども、その混迷を脱却し、新たな日本の国の秩序、そして成長力を生み出すために、最も今求められますのは、やはり人材であろうと思います。この人づくりの側面で力を尽くしておられます文部省並びにこのたび文部大臣に御就任になられました奥田大臣に対しましては、この大役を果たしていただきますように、心よります御期待を申し上げたいと思う次第でございます。
 まず、質問に当たりまして、唐突ではございますけれども、奥田大臣におかれましては、今子供たちが幅広く読んでおります漫画雑誌でございます少年ジャンプという本の編集部が、昨年「いじめリポート」という本を出しているわけでございます。この本の評判等につきましてお聞きになったことがあるかどうか、ちょっとお尋ねをさせていただきたいと思います。
○奥田国務大臣 実は、きのう、参議院の文教委員会がございまして、その席で参議院の文教委員の先生からそのお話を聞きまして、今先生がおっしゃっております本の中身の御紹介もいただき、初めて知ったような状態でございます。
○小野委員 それでは、大臣におかれましては二重のお話になるかもしれませんが、私の感想も含めまして、この本の御紹介をさせてもらいたいと思うのです。
 この本は、先ほど申しましたとおり子供の間で一番広く読まれている漫画雑誌だろうと思いますが、少年ジャンプという本の編集部の人が、漫画雑誌発行を通して子供の心にいつも接触している中で、いじめ問題の議論というのは幅広くこの日本の国で行われているわけでございますけれども、その議論が大人の立場からのみ語られていて、子供の心に触れていないのではないだろうか、こんな疑問を持つ中から生まれたものだということでございます。
 この本の中に漫画もこのように出ているわけでございますけれども、これは、精神科医でございます土屋守さんという方が、そのお嬢さんの怜さんと一緒に、みずからのこのお嬢さんの体験を書いた「私のいじめられ日記」というのがあるそうでございますが、それからこの漫画を編成なさった。そして、それと同時に、その漫画を読みなが
ら子供たちがどのような意見を持っているかということについても集めながら、それを一体にまとめた本がこの「いじめリポート」という本だということでございます。手紙は何と千八百通、子供たちからの悲痛な叫びが寄せられた、こういうわけでございます。
 この編集部の人が、「あとがき」にこんなことを書いているのです。
  いじめの問題についての議論は、近年あちこ
 ちで盛んにおこなわれています。しかし、問題
 の核心にまで触れているものは、まだ少ないよ
 うです。この問題の中には、日本人と、日本人
 のつくりあげた社会の根幹に関わる問いかけが
 含まれていると思うのですが、私たちはいまだ
 に、いじめを語りうる言葉さえ持てずに、問題
 の周辺をぐるぐると回っているだけのような気
 がします。
 私も、この本を読みながら、子供たちが決していじめという問題を、自分たち子供の世界で、いじめる子供が一方にいて、もう一方にいじめられる子供がいる、こんな関係だけでとらえているわけではないということに気づきました。つまり、このいじめ問題の奥には、子供の心を本当に理解をせずにただ建前だけを押しつけてくる大人たちの存在、そしてまた、いじめはだめだと言いながら他人の問題には無関心であれ、こう勧めるような現代社会の風潮、このようなものが背景にあるということを、陰に陽に子供たちはこの中で語っていると思うわけでございます。
 このしばらくの期間の間にも、千葉県、福岡県そして愛媛県でいじめ自殺があったと報じられています。この子供たちはみんな遺書を残して自殺をしているわけでございますけれども、その自殺の表面にはいじめた子供への恨み等が書きつづられているわけでありますが、その一歩奥をのぞいてみますと、なぜ自分たちのこの悲痛な声が大人社会の中に届いていかないのか、そして、今のこの日本社会というのは何かおかしいところがあるのじゃないのか、こんな声が潜んでいるように思えてならないのでございます。
 そういうことから考えてまいりますと、このいじめ自殺の問題というのは、単に個々の人の特別の問題ではない、むしろ、私たち日本社会ないしは日本の教育界全体として真摯に受けとめていかなければ、表に出たものの何千倍、何万倍の子供たちの悲痛な思いというのがこの裏に秘められていると思うのでございます。
 そのような広い立場で考えてまいりましたときに、やはり、単に学校現場だけでこのいじめ問題が解決されればいいということではないのだろうと私は思います。
 昨年、文部省は、英断をもってスクールカウンセラーの充実等の問題について取り組みを進めていただきました。私は、この「いじめリポート」を読みながら、まさにそのスクールカウンセラーと言われるような、今までの学校教育の枠を超えた人たちが、横にいろいろな連絡を持ちながら解決するということを通して救われる子供たちが随分いるのではなかろうか、こんなことを感じた次第でございまして、本日は、そのスクールカウンセラーの問題について、幾つか御質問をさせていただきたいと思います。
 先ほど申しましたとおり、昨年三億円の予算をつけていただいたスクールカウンセラー事業でございますけれども、平成八年度事業に当たりましてはこれを十一億円と、約四倍弱の増額を今提案をいただいているわけでございます。このスクールカウンセラー、各地で御活躍をいただいていると思うわけでございますけれども、いかなる評価をいただいているのか、この点についてお尋ねをさせていただきたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 先生お話しのスクールカウンセラー活用調査研究委託事業でございますが、これは、学校におけるカウンセリング機能の充実を図るために、臨床心理士などの高度な専門家を学校に派遣して、児童生徒や保護者へのカウンセリング、それから教員への助言などを行うものでございまして、本年度から始められた事柄でございます。
 その研究成果はまだまとめられていないわけでございますが、聞いているところでは、スクールカウンセラーの評価はおおむね良好である、こういう情報を得ておりますので、今後の充実方策につきましては、調査研究の成果を見きわめながら検討することとしております。
○小野委員 私も、現場の皆さんに幾つか聞いてみました。その中で出されました意見というのが、スクールカウンセラーの人たちと子供たちの信頼関係をこれからいかに築いていけばいいのかという問題でございました。
 私どもも、平素の仕事や生活の中で経験があるわけでございますけれども、面識のない人のところに自分の心中の重大な問題を持ちかけて相談ができるかというと、これはなかなかすぐにはできないことだろうと思います。したがいまして、スクールカウンセラーの皆さん方も、問題があれば、一歩一歩子供の心に迫りながら、本音を引き出しながら、その答えを導き出そうと日々努力をしておられると思うわけでございますが、その入り口部分において、子供が本当に自分の悲痛な声をカウンセラーに投げかけることができるだろうかと考えましたときに、小さな一歩であるかもしれませんけれども、子供たちの心に少しでもこのカウンセラーを近づける努力をまず最初にやらなくてはならないのだろうと思うのでございます。
 まずお尋ねをさせていただきたいのは、今現在、このスクールカウンセラーに相談をしようという場合、どのように子供たちがそこヘアブローチできるようになっているのか、また子供たちや親にその相談が行えるというような周知をなさっておられるのか、この点についてお尋ねをしたいと思います。
○遠山政府委員 先ほどお答え申し上げましたように、スクールカウンセラーは、学校に出向いて校内で児童生徒やあるいは保護者のカウンセリング、それから教員への助言を行うものでございますので、それぞれの学校におきまして、児童生徒それから保護者に対しまして、その趣旨やあるいは内容など、カウンセリングについての周知がなされているものと考えております。
○小野委員 これも地元の方で教員OBの方から提案があったことでございますけれども、やはりカウンセラーの人の顔がじかに見えるということがあって初めて子供たちも親も相談をかけやすくなるのではなかろうかという指摘でございました。つまり、地域が持っております広報ですとか、またCATVが存在するところではそういうふうな地域テレビですとか、また必要に応じてVTRを活用するとか、また学校の授業の中にカウンセラーがじかに顔を見せて子供たちに語りかけるとか、こういうような舞台を設定をしていきながら、気楽に気安くこのカウンセラーに声をかけていただけるような環境を整えてはどうかという指摘でございましたけれども、この点、文部省はいかがお考えでございましょうか。
○遠山政府委員 スクールカウンセラーの実際の面接の記録等を見てみますと、先生との面談が一番多うございますが、そのほかにも行事への参加、あるいは研修会への参加、親との懇談というようなことがございまして、先生がおっしゃるようなスクールカウンセラーと学校とのつながり、あるいは生徒とのつながりというのがなされているのではないかというぐあいに考えております。
○小野委員 この点につきましては、まだ動き始めてしばらくでございますからいろいろと試行錯誤されながら取り組んでおられるものと思いますけれども、先ほど申し上げました点も、現場の教育に当たってこられた方々が語っていた声でございますので、今後の検討課題として真摯に取り組んでいただきたいと御要望を申し上げておきたいと思います。
 先ほど申しましたとおり、このいじめ問題は非常に大きな社会的な問題を投げかけております。例えば、随分以前でございますけれども、もう二
十年ぐらい前に、小学校の子供がみずから命を絶つというようなことで話題になったことがございました。あの当時、インドの方とたまたまお話しする機会があったわけでございますけれども、その方が、とてもインドじゃ考えられないことだということで、日本社会はどうなっているんだということを言われたのが今も耳に残っているのでございます。あの貧しくて、食べるものすらなくて、学校にも行けない、そんな国の子供でも自殺する人はいないのに、この豊かな国でなぜ日本の子供は自殺などをするんだろう、こういうことでございました。
 あのころに、「子どもの自殺」というタイトルで稲村さんという方が本を書いておられます。その中にこんな文章が出てきているわけです。
  今日は、事柄の深い意味において歴史上かつ
 てないほどの混迷の時代と思われる。いかなる
 目標を持ち、またいかなる未来を持ち得るかを
 人はともすると見定め得ず、まさに「喪失の時
 代」と呼ぶのがふさわしいように思う。人が
 依って立つ所以のもの、最も大切なものを喪失
 しているからである。
  喪失は、最も根源的なものの喪失というだけ
 にとどまらない。もっと具体的なあらゆる面で
 進行し、人間関係の喪失、未来の喪失はもとよ
 り、宗教、哲学、生甲斐など、万般に及んでい
 る。
  そうしたなかで、人は真の意味で依拠するも
 のがなく、深い空虚のまま、日々を物質的なも
 のや多忙でごまかそうとしているかにみえる。
 親たちのそうした雰囲気を、子どもたちは敏感
 に感じとり、明らかに強い影響を受けているよ
 うに思われる。
  自殺を考えている子どもたちは鋭く問いかけ
 る。なぜ生きねばならないのか、なぜ親のよう
 にならねばならないのか、おとなは生きる価値
 を確信しているのか、この社会は生きるに値す
 るのか、等々と。そしてまた問う。生きると
 いうことは、あくせくと競争して人を踏み倒
 し、結局はただ疲れるためだけではないのか
 と。このような文章が続いているわけでございますけれども、こういう文章に触れるときに、子供の世界で起こっているさまざまな問題は、決して子供の問題ではなくて、むしろ私たち大人の問題であり、かつ、先ほど御指摘を申し上げましたとおり、日本の社会全体としてはらんでいる問題だという認識を持ちながら取り組みを進めていかない限り、小さな部分で幾ら規制をかけてみるとか指導を行ってみるとか、こういうことだけでは恐らく解決がつかない問題だろうと考えている次第でございます。
 私も、昨年、大河内君の自殺に際しましていろいろと考えさせられるものがございました。私もこのような社会全体として受けとめるべきであるという結論に立ち至った一人でございますけれども、その結論部分として三つのことがあるような気持ちがしたわけでございます。
 それは、一つは社会の構成員、とりわけ未来社会の中心的な構成員になるべき子供たちに未来への夢とビジョンを明確に示し、さらにその目的に向けて困難に挑戦する人生姿勢のとうときことをきちんと伝授すべきことである。これが一つです。
 それから二つ目は、外見的なファッションや表面的な話題性で人が評価をされるのではなくて、人間の内なる魂から輝きが生まれて、それをお互いが認め合っていくような社会を私たちは目指すべきこと。
 それから三つ目、人々がよりよく出会い、そこに自然で健全な形で人間関係が築かれ、社会に共同体意識や連帯意識が形成されるような社会的な仕組みをつくっていくべきであること。このような志向性を持って教育現場のみならず社会全体としてこれからの日本社会を築いていく努力を欠いては、先ほど申しましたように、なかなか個々の問題の解決にも結びつきにくかろうという思いを持っている次第でございます。
 そこで、奥田文部大臣におかれましては、これまでいろいろな分野で御活躍をされながら議会生活をやってこられ、今文部大臣という立場におられるわけでございますけれども、文部大臣自身のお考えをお聞かせをいただきたいと思います。
○奥田国務大臣 いろいろと貴重な御意見、ありがとうございました。私も、先ほど先生がいじめのリポートを読まれて、それの感想をるるおっしゃっていただきましたが、加害者、被害者それから傍観者という、それはそれだけではなくて、何かそういうものには、余計なことにはかかわりたくないというような、そういう人もかなり今おりまして、先生の指摘が私は当を得ておる御指摘だと思っております。
 そこで、これへの取り組みでありますけれども、子供も私たちもそうでございますが、家庭それから学校それから社会といいましても、子供の場合はやはり一番地域社会に非常に影響を受けます。何か事件が起こりますと、学校はどうしてたの、先生はどういう方針で臨んでいるのという、学校に集中したようなそういう意見が出ますけれども、私は、一日二十四時間のうちで学校におります生徒の時間というのは大体三分の一ですよね、やはり家庭と地域社会の影響というものは非常に大きいと思います。
 まず、学校においては、やはり先生が生徒と接触する時間をたくさん持ってもらいたい。とりわけ、平成六年度の調査によりますと、全国で五万七千、いじめの事件が起きておるということでありますが、その半分は中学校に集まっておるわけですから、中学校の先生は、特に学科担任だけでなくてクラス担任の制度もあるわけですから、その学級担任の先生は、例えば給食の時間でも、あるいは勉強が終わった後のお掃除の時間でも生徒と一緒に掃除をする、そしてよく観察を続けるというようなことが、非常に私は大事だと思うんです。もしそれでいじめを発見しましたら、校長先生やらあるいは学年担任の先主、生徒補導の先生と十分横の連絡をとって、もちろん家庭の方にも連絡をとって、解決に知恵を絞るということも大事でございましょう。
 それから、家庭におきましても、私は、やはり事件が起きてからでは遅いので、起きないように、常に明るいさわやかな家庭環境を築いておくということが大事でございますから、おはよう、おやすみなさい、行ってきます、いただきますというようなあいさつは、家庭でも地域社会でも十分それは実行してほしいなというようなこともございます。
 それから、地域社会におきましても、いろいろお願いしたいことはございますけれども、このごろは見て見ぬ振りをする風潮がございますから、そうでなくて、いかがわしいことをやっておる、いじめ行為をしておるというのを見つけたら、よその子供であっても遠慮なしに注意するというような、そういう地域社会の環境になってほしいな。
 そういうことで、実は、この月の十日に全国の都道府県の教育長さん、政令市の教育長さんにお集まりいただきましたときにも、具体的にそういうようなことをお願いしておった。そういう、地域と家庭と学校とがうまく機能しまして、いじめというのは追放できるのではなかろうかというように思っております。
○小野委員 文部大臣からは大変適切な御指摘をいただいたように思います。
 私もかねてより、子供が最も不幸なのは、家庭内において何を信じていいかわからない、つまり親の、御主人さんと奥さんとが不和で考え方が違い、その間に挟まれる形になること。それから、学校現場において学校の教員とPTAとの間にわだかまりがあって、その間で子供たちがどちらを正しいと判断すればいいかわからないような状況に追い込まれるということ。それからもう一つ取り上げるならば、地域社会の中で持っている考え方と全国的にテレビ等を通じて流される考え方との間にギャップが存在をして、この間で子供たちが何を正義と考えていいか戸惑ってしまうこと。
これらが子供たちにとっての大変大きな不幸だと考えながらやってきたところがございます。
 先ほどの大臣のお考えというのは、その問題を円満に、みんなで子供たちを育てようというお考えでございまして、ぜひともその路線の上にこれからの日本教育を築いていただきますように、御期待を申し上げたいと思います。
 引き続きまして、高等教育機関における技術教育の問題について、少し触れさせていただきたいと考えております。
 大臣は、御就任早々でございますけれども、今の日本の大学におきます技術教育の側面でございますけれども、その授業時間数がドイツやアメリカ等の国々と比べてどのような関係になっているかということについて御存じでございますでしょうか。
○雨宮政府委員 我が国におきます大学卒業の要件でございますが、分野にかかわらず、これは一般的なことでございますが、設置基準におきまして百二十四単位以上を修得することになっておるわけでございます。実際に卒業に必要な単位数につきましては、それぞれの大学が、場合によっては学部ごとに定めるところでございますが、例えば東京大学の工学部を例にとりますと、専門教育科目で八十四単位ということでございまして、それ以外の科目単位を含めまして計百四十四単位ということになっておるわけでございます。
 ただいまの御指摘の、アメリカとかあるいはドイツの大学の同種の分野の学部などと比べて専門技術教育の総時間数がどうか、こういうお尋ねでございますが、実は、私どもちょうどそれに見合う比較データというものを持っておらないわけでございます。大学制度やあるいは単位の計算方法が異なるというところでなかなか難しい点もあるわけでございますけれども、確実なデータなしに申し上げて恐縮でございますけれども、今までのところ、私ども、工学の関係者の話から見て、それらの大学と比べて我が国の工学教育の総授業時間数が非常に少ないというようなことは、一般的に余り聞いていないところでございます。
○小野委員 このあたりは、外国でも教鞭をとったことのある方が私の近くにおりまして、その方とお話ししてみると、総授業時間が五割から倍違う、日本がそれだけ少ないという話でございます。もちろん、少なくなっている理由の一つには、一般教養課程に対する時間を大きくとっているがために専門教育の部分の時間が少なくなってきているというような事情もあるようでございますけれども、その方は、これから日本の国が技術立国を目指していこうというようなことを考えましたときに、非常に憂うべき事態になっているのではないかという指摘がございました。
 その方が以前、ヨーロッパから、日本の国はなぜこんな経済成長を遂げることができたのかということで、教育界だとか経済界の皆さんがミッションでこの国の教育を調べに来たことがあったんだそうです、そのときに案内をされたそうでございますけれども、最終的にそのミッションの方は、日本の大学というのは生徒学生の能力の選別は見事に行うけれども、我々が教育という視点から見た場合には見るべきものはほとんどない、こういうことを語って帰国をされたんだということでございました。
 それだけに、これからぜひ、技術創造立国を標榜するこの日本の国でございますから、さまざまな観点から御検討をいただきまして、本当にこの形の技術教育でいいのか、その点のお取り組みをお願い申し上げますと同時に、私の地元の方にも工業高等専門学校というのがございます。
 そこで話を聞いておりますと、高専の学校教育法の中におきます位置づけの中に研究という一項がないがためにいろいろな支障が生まれている。例えば、研究助成金を申請したところが、高専は研究機関ではないのだから、単なる学問を教授する場であるからその助成金は出せませんと断られるケースがあるのだそうでございます。そしてまた、地域の産業界と一緒にベンチャー育成の施設を学校内につくろうと考えましても、またこれは研究センター、研究実験施設ということであるから設置できないということがあるようでございまして、この点、ぜひ今後、改善方をお願いを申し上げておきたいと思います。
 時間がもういよいよ少なくなりましたので、最後に一点、奥田文部大臣にお願い申し上げ、御見解をお尋ねしたいことがございます。それは、今の若い人たちの政治離れという問題に関してでございます。
 実は、私ば、党の方で学生部長という役職を預かっておりまして、学生の皆さんと接触しながら、今政治方面への啓蒙活動に取り組みをさせていただいております。
 昨年の暮れには、学生の皆さんとも大会を学生主導で開かせていただいたわけでございますけれども、そのときにみんなから言われたのは、今の学生はもう全く政治に白けているよ、政治活動に関心なんかとても持ってくれないから、大会を開こうといったってこれは非常に難しい問題だよ、こういうことを言われたわけでございますが、いざ開いてみますと、五百人の会場を準備したところが八百人寄ってくださって、しかも大変活発な議論がその中で展開をされました。
 その様子を見ながら、若い人たち、学生というのは決して政治に白けているのではない、白けた政治に白けているのかもしれないけれども、本気の政治に対しては、それに対してきちんと考えていこうという姿勢を持っている人たちだなと改めて痛感をした次第でございます。
 ただ、そうは申しながら、一般には学生が政治に触れるという機会はほとんどございません。学校の中で学び、そしてみずからの下宿生活や家庭の周辺のことに関与すれば、それですべての時間でございます。そんなことを考えましたときに、学生にぜひ政治に触れる入り口をつくっていくべきではなかろうか、こう考える次第でございます。
 実はきょうも少し学生が傍聴に来ておりますけれども、この学生の皆さんが傍聴をして、そしてそれについてみずから何かを考え、感じ、レポートを提出するようなことを通して、これを単位として認める。本当に小さな単位でいいと思うのです。しかし、国会という場所が、また地方議会という場所が学生の皆さんを招き入れるのだよということをしっかりと示すためには、そういうような公的な認知を行う必要が私はあるような気持ちがしてならないのでございますけれども、このような傍聴活動等に対する単位化の問題について、大臣はいかがな御見解をお持ちでございましょう。
○奥田国務大臣 一般に政治離れが特にこのごろ進んでいる、したがってそれが選挙の際の投票率の低下につながっているというようなことを言われておりますが、これは政治家自身が政治の信頼回復に努めることが先決であろうと思いますけれども、それだけでなしに、やはり若い人が、これからとにかく長い人生を送っていただく若い学生さんが政治に関心を持っていただくということは、これからの日本の将来を考えた場合、非常に大事なことだろうと思うのです。
 でございますから、まず関心を持っていただけるように、先生が先ほどおっしゃった大きな大集会、五百人の予定が八百人お集まりいただいたというような、非常にうれしい、そういうような催しをこちらの方で企画するということも大事でございましょうし、それから、こういうように傍聴に来ていただいた後、これをレポートを提出してもらってそれを単位に計算をするということも、これは私は非常に意義のあることだと思うのです。
 ただ、それの決定は大学個々それぞれが行っていただけることでございまして、文部省としましては、いい教育環境で勉強していただけるように、環境づくりとかあるいはそれ以外のものでも予算面で応援をするとか、そういう、直接的な権限はございませんので、先生の具体的な御指摘は非常に結構なお話でありますけれども、学校で決めていただいたらどうかな、こう思っていま
す。
○小野委員 ぜひ、先ほどの大臣の御答弁でございますけれども、学校関係の皆さん方とお話し合いの場がございましたら、その点の問題提起をお願いを申し上げたいと思います。
 以上で質問を終了いたします。
○柳沢委員長 次に、斉藤斗志二君。
○斉藤(斗)委員 斉藤でございます。
 まずもって、奥田文部大臣には、大臣の就任をお祝いを申し上げたいと思います。おめでとうございます。
 私の持ち時間は十分という大変限られた時間でございますので、いじめの問題について絞って御質問を申し上げたいと思います。
 大臣は、所信の中で、この点についても「特に」という言葉を引用されまして触れられておられます。また、就任早々にして、一月三十日ですか、緊急アピールというのも発表をされておられます。私は、そういう意味で、大臣は非常にこの問題について深刻に考えられていらっしゃるというふうに評価をいたしているところでございます。
 そこで、まず大臣に、大臣は三人のお子さんがいらっしゃるというふうにお聞きしておりますし、今就学されておられるお孫さんも何人かおられるというふうに聞いております。そういう中で、大変家庭的な大臣だというふうに聞き及んでいるわけでありますが、御家庭の中でこのいじめの問題、そういったことがどのように話されているのか。またもう一つは、大臣はこのいじめの問題の深刻度について、どの程度の深刻度をもって御判断されているのか。この二点についてお伺いしたいというふうに思います。
○奥田国務大臣 私の家庭の中の状況をお尋ねいただきましたが、内孫が三人おります。
 ただ、一番上が小学校五年生の男子でございますが、これはまだいじめには全然傷がついておりませんで、大臣に就任させていただいて初めての土曜日に家へ帰りましたときに、おじいちゃん、お友達が皆頼んでくれとおっしゃっている、学校の先生に余り宿題を出さぬようにおじいちゃんから言ってくれ、その程度でございまして、いじめの問題については何にも孫の方からは話そうとしませんから、私もこちらから言っておりません。
 外孫が中学校の二年生、これはまたサッカーに夢中になっておりまして、そういう話も全然、日曜も土曜も、とにかく暇があればボールをけっておるというような状態でございますから。
 ただ、文部大臣に就任をさせていただきまして半月ぐらいの間に、既にお話の出ました福岡県中学校の男子生徒、それから愛媛県の中学校二年の女子生徒、立て続けにいじめによる自殺事件が続いたのです。これはえらいことになったなと非常に深刻に思いまして、私もかつて二年間だけ学校教員の経験がありますけれども、戦争直後の衣食住が極端に欠けておりましたその時代には、全然いじめというような問題はございませんでした。
 とにかく、文部省に聞きますと平成六年五万七千、小中高で起きておりますということでありますから、おととしの愛知県でのいじめによる自殺から、文部省としても非常に精力的にこの防止策について取り組んできていただいたのですけれども、なおさらそれに輪をかけて頑張りましようということで知恵を絞っていただいて、一月の三十日、ああいう、いじめる子供、いじめられる生徒、それから家庭、地域社会、それぞれアピールの提言をさせていただいたというようなことでございました。
 それで、既にお話し申し上げた、二月の十日には教育長会議、その日の午後には教育関係の三十九の団体の責任者にお集まりいただいて協力を要請させていただいたというような、今は具体的なことをお願いしたばかりでございますから、それをそれぞれの県、市町村の教育委員会と現場の学校でどういうように取り組んでいただき、それがどういう効果になってあらわれますか、ちょっと見ていようと。
 ただ、手をこまねいておるだけでなくて、二十七日にはスクールカウンセラーの代表の方、二十八日には養護教諭の代表の方にお集まりいただいて、また専門分野の御意見も聞かしていただき、こちらからも頼んでみよう、こういうことは思っておりますが、根気よくみんなで知恵を絞って取り組んでまいります。
○斉藤(斗)委員 私は、大臣の速やかな措置、対応を高く評価をいたしたいと思います。そういった認識がある一方、現実問題としては十年一日のごとくだという、私は憂うべき事態になっていると思っています。
 ここに、これは文部省が出した資料でありますが、「生徒指導上の諸問題の現状と文部省の施策について」というものを昨年出していますね。
 この中の七ページを見ますと、四項目めに「いじめ」という項目が挙げられて、一から九までずらっと今まで文部省がやってきたことがリストアップされている。昭和六十年「児童生徒のいじめの問題に関する指導の充実について」、引き続いて翌年、六十一年にも「いじめの問題に関する指導状況等に関する調査結果について」、そして「参考」として「いじめの問題の根絶について」ということも通知を出すなり文部省として対応している。平成になって、平成六年十二月「いじめの問題について当面緊急に対応すべき点について」とやっているじゃないか。また、平成七年についても「深刻ないじめ問題への対応について」とやっている。そしてさらに、先ほど大臣が言われたように平成八年。十年一日のごとくだ。事態の改善は見られないというのが私の認識でございます。
 そんな中で、生徒も非常に疲れている。先生も疲れている。生徒が疲労しているということでございます。先生も疲労している。そこには制度の疲労もあるのだという御認識をぜひ大臣に持っていただきたいわけであります。生徒が疲労しているの生徒は、スチューデントとかスクールキッズという意味の生徒です。制度が疲労しているというのは、システムが疲労している、こういう意味で私申し上げたのですが、現在の義務教育、特に大臣指摘のように、この問題が中学三年に集中している。もう今の体制では、システムでは無理だと私は思っております。そこで小中学校六三制から、少なくとも中学三年は短過ぎる。心身ともに成長期、激動的に成長するときに三年間は短過ぎる、四年間にすべきなのが妥当ではないかという考え方を持っています。
 そこで、現在中教審で諮問を文部省としてまた大臣からされておられます。それが三つ具体的には諮問をされておるわけでありますが、その中の一つに学校間の接続の改善というのがあるのでありますが、私は、現在の接続状況ではこのいじめ問題は根絶できない、いかに声を大きくしてもできないと思っております。この接続を変え、そして六・三制を例えば五‘四制に変える、そして中学校にゆとりを持たせる、そのシステムをすることこそが文部省の責任だと思っているわけでございます。
 義務教育というのは、御案内のように、教育基本法第四条にうたわれておりまして、九年の義務教育ということをうたっておるわけであります。ただ、これを六・三制にというのは、これは学校教育法の中でうたっているわけでございまして、義務教育の範囲の中での改善ということでは現実的な対応として私は評価されるべきものではないかと思うわけでございます。
 そこで、最後になります。中教審の諮問の中で、学校間の接続の改善の中にそういったことも入っているんだ、今六・三制を議論になっているけれども、五・四制も含めて、そういったことも検討の中に入っているんだ、また議論の中に入っているんだということで文部省、局長、どうですか、これは当然入っているんだろうな。
○辻村政府委員 ただいま中教審で御審議いただいております。その審議の中身の学校間の接続ということでございますけれども、私どもが御諮問申
し上げております内容は、現行の学校制度を前提にしながらその中での中高、小中、高大というものの接続を考えるということでございますので、今のような、御指摘の修業年限自体を変えるということにつきましては、直接的にはこの諮問の中には含まれていないというのが実際でございます。
○斉藤(斗)委員 時間が参りましたので、きょうはこれで終わります。ありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、濱田健一君。
○濱田(健)委員 奥田大臣におかれましては、御就任早々本当に、今小野委員、斉藤委員からお話がありましたとおりに、いじめ問題等を中心にしながら、この解決に向けてアピールや各団体間の協議等、積極的に事を進めていただいておりますことにまずは敬意を表し、感謝申し上げたいというふうに思います。
 時間が少ないですので、たくさん準備をしておりますが、はしょって御質問をさせていただきたいと思います。
 私、小学校の教員を長くやっておりました。特に初等中等教育においていろいろな課題があるということを認識しているわけですが、まず、大臣が御就任に当たられまして、この初等中等教育において御在任中に特に力を入れて改革し、そして新しい展望を見つけたいと思っていらっしゃるような部分の決意をお聞かせ願いたいというふうに思います。
○奥田国務大臣 学校教育、とりわけ初等教育におきましては、やはり豊かな人間になってくれるように、ゆとりを持ってすくすくと成長してもらえるようにというようなことが一般論としてはございますけれども、しかし、就任させていただいてすぐにいじめによる事件が続発いたしまして、しかも、これが一地域の問題でなくて全国的に非常に多発をしておるという現在の教育界でございますから、教育の責任者といたしましては、これはもう文部省の全職員挙げて、それから都道府県、市町村の教育委員会、学校の先生方、こぞってやはりいじめの根絶に一丸となって取り組ませていただきたい、こういうように思っております。先生も現場で貴重な御経験を積んできておられますので、いろいろとまた私どもにお教えを賜りたい。お願い申し上げます。
○濱田(健)委員 ありがとうございます。
 かつて宗像誠也という学者が、教育というのは人間の尊厳を確立するプロセスだというふうな言葉を残しているわけでございますが、このいじめの問題は、その一人一人の子供の存在する尊厳というものを打ち崩すような課題でございます。ぜひ、今の大臣の決意を一歩でも前進できるように私たちも努力をしてまいりたいというふうに決意を申し上げたいと思います。
 大臣が所信の中で、児童生徒のいじめ問題について、「弱い者をいじめることは人間として絶対に許されない」と言っておられます。逆に私は、この所信を読ませていただきまして、学校現場での先生たちの体罰の問題がまだまだいろいろなところで出てまいるわけでございますが、二十一日の朝日の朝刊の「天声人語」に、学校現場では幾ら体罰があっても先生たちはそのまま仕事ができるというような内容等が皮肉っぽく書かれている文章がございます。
 私は、大臣のこの言葉を学校の先生たちにも、こういう「弱い者をいじめることは」という形での警告の言葉と、まあ警告という言い方はちょっと大げさかもしれませんが、その辺十分考えて対応してほしいというお気持ちもこもっているのだという、勝手な判断かもしれませんが、そのように受けとめたのでございますけれども、大臣はいかがでございましょうか。
○奥田国務大臣 体罰というのは、これは学校教育法で禁止をされておりますですよね。ですから、絶対あってはならぬことです。仮にこれがあったとしましても、そんなことで教師と生徒との間の信頼関係というのは築かれるどころか失われてしまう、教育効果は上がらない、私はそのように思っております。
 したがって、教育効果を上げるためには、信頼関係を損なわないためにはやはり体罰というのは完全に追放して、もっとほかの手だてで子供と温かい気持ちで接していただきたい。別に体罰を加える先生が愛情があるとかないとかというのではなくて、やはり暴力はいけないということの基本に戻ってもらうべきだ、こういうように思っております。
○濱田(健)委員 大臣のおっしゃるとおりだというふうに思います。
 私たちも、愛のむちというような言葉がよく使われますけれども、本当に暴力そのものが社会的にも許されないということを現場の先生方にも十分いろいろな形で訴えていかなくてはならないというふうに思うのですが、この体罰における事件といいますか、さまざまな統計表があると思うのですが、いわゆる事件になっているようなものの数というものが、今年度、まだ途中なんですが、どういう形で文部省は把握されているのか、そして、それはふえているのか減っているのか、お願いいたします。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 現在把握しているのは平成六年度まででございますが、保護者や児童生徒からの訴えあるいは報告があったものを含めまして、体罰ではないかということで学校で事実関係を調査した事件は八百六十五件、これは平成六年度の数字でございます。平成五年度と比べますと約八十五件ふえておりますが、過去五年間で見れば必ずしもふえているということではございません。
○濱田(健)委員 学校の現場というのは、当然、教育をする場、教え育てる場、指導助言をする場ですので、私は警察の力が入ることを好むものではございませんが、余りにもひど過ぎる状況。当然、社会の中で行われれば刑事事件に発展するようなものというものもたくさん新聞紙上をにぎわしております。警察としてはこの状況をどのように把握されておられるのか、そして、対応の仕方として、なかなか現場には入りづらい、もちろん簡単に入ってもらっては困るわけなのですが、その部分をちょっとお知らせいただきたいと思います。
○中島説明員 いわゆる体罰という観点から犯罪統計というものは私どもはとっておりません。しかし、都道府県警察でいろいろ事案を処理した件につきまして、主要な事件の報告というものは当庁に寄せられておりますけれども、その中で平成七年中は、当庁に報告のあった事件は三件ございます。
 ちなみに一件は、平成七年六月に福岡県内の中学校における重傷害事件がございました。それから二件目は、同じく同年七月福岡県内の高校において女子生徒が被害に遭った傷害致死事件というものがございました。それから、平成七年十月に山梨県内の中学校で傷害事件というのがございまして、それぞれ所要の捜査をして検察庁に事件を送致しておるということでございます。
 それから、警察の対応でございますけれども、いわゆる体罰という問題につきましては、教育上の指導方法のあり方の問題として、第一義的にはやはり当事者あるいは関係者の間において解決されることが一番望ましいと考えておるわけでございますけれども、その指導方法等が明らかに刑罰法令に触れるというふうな状況でございましたら、今後とも適切に対処してまいるというふうに考えておるところでございます。
○濱田(健)委員 ありがとうございます。
 学校で起こるいろいろなこういう問題について、人権擁護委員会かれこれに相当数その状況等が知らされて、何とか救済できないものかというような話が入っているようでございますし、もちろん私たちの方にもそのような相談は日常茶飯事的に入ってくるわけですが、法務省としてはこの辺の把握と対応といいますか、どのように現実的にされておられるのか、お聞きしたいと思います。
○長谷川説明員 お答えいたします。
 平成七年において法務省の人権擁護機関が教師の体罰を人権侵犯事件として処理した件数は、百十二件でございます。
 その対応でございますが、教師の体罰につきましては、法務省といたしましては、従来から、一切の体罰は許されない、このような考え方のもとに積極的に啓発活動を実施してまいりました。
 具体的な事実関係につきましては、人権侵犯事件として事実関係を調査し、その調査結果に基づきまして、子供の人権を擁護するという観点から、体罰を加えた教師等に対しまして人権の思想を啓発してまいったところでございます。
 また、学校に体罰を容認する体質が認められる、このようなケースにつきましては、必要に応じてでございますけれども、校長や教育委員会に対しまして、再発を防止するための適切な措置を講じていただきたい、こういう要望をする等の措置をとってまいりました。
 今後とも、体罰だけではございませんけれども、子供をめぐる人権問題につきまして積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
○濱田(健)委員 役所の方も、警察や法務省の方も、一貫して体罰は暴力としてあってはならないという見解、人間として当然のことでございます。
 現場からの話を幾つか最近も聞いているわけですが、いじめをする子供たちの状況を子供たちの側から見ていると、全部がそれに当てはまるとは言えないのですけれども、教師による暴力や体罰を受けている子供たちの中に自分の仲間の子供たちをいじめている、いじめる状況になってしまった、つまり先生も力や言葉の暴力で私たちをいじめているではないかというような発言が出ているということなのでございます。
 私も、教師の体罰や暴力が子供たちの中でのいじめの問題に何らかの関連性を持っているのではないかということをずっと考え続けてきた者の一人でございますが、文部省としては、この関連性といいますか、なかなか難しいことなのですけれども、どういうふうにお考えか、お聞かせ願いたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 先生の方からは、教師の暴力を受けている子供が、先生も暴力を振るっているということでほかの子供をいじめている事例があるというお話でございますが、私どもは、必ずしも児童生徒のいじめの発生と教師の体罰というものが因果関係にあるということは言えないのではないかというぐあいに思っております。先生が暴力を振るったことを児童生徒の方で見ているという場合があると思いますけれども、それがすぐいじめにつながるという因果関係はなかなか実証はできないのではないかというぐあいに思っています。
○濱田(健)委員 そういう答えになるのかもしれませんけれども、とにかく、テレビの中で、例えば大きなケーキをぶつけ合って笑っているというような人権無視の行動がさも楽しい行為のように放映される、そのことで人をいじめることが悪いことではないのだというような子供たちの風潮が植えつけられるのだということを言っている人もおります。私たちもそうだったのですが、教師のこのような子供たちへの取り扱いというものがある面で正当化されるものであるということを小学生や中学生たちも考えている節があるということを申し上げたいところでございますので、これらは、これからいろいろないじめの問題を分析されるのに当たりまして、一つの要因としてとらえていただければ幸いだというふうに思っております。
 では、次に行きたいと思いますが、先ほど小野委員もお話しになりましたけれども、文部省のいじめや不登校、登校拒否の問題について、予算面で非常に御努力をいただきました。私たちも努力をしたつもりでございます。スクールカウンセラー活用調査研究委託事業、平成七年度が三億七百万円から、ことしの、今審議されている予算の中では十一億円に格上げされたということ。それと、市町村教育委員会の教育相談体制の充実について、地方財政措置として平成七年度は十四億円、ことしが二十二億円程度というふうにかさ上げされる。本当に、ハード面だけではなくて、人の心を扱う文部行政としてはすばらしい予算の増額になっているというふうに評価をしたいと思うのです。
 しかしながら、私も前に質問したんですが、このスクールカウンセラーや教育委員会等におられる相談員、専門員の皆さん方が一週間に一回か二回来るどこかのおじさんだというような形でのとらえ方とか、教育委員会の中で、外にも出ていかれるとは思うのですが、なかなか子供たちや先生方、保護者の皆さん方としっくりいかない、人間的な関係ができない状況というものがたくさん伝わってまいります。
 多分、文部省としては、予算をこのように計上し、各教育委員会や都道府県におろしていかれる中で、十分その辺の機能の仕方、人間関係もしっかりつくって対応してほしいと言われていると思うのですが、ややその辺が、画一的にといいますか、まだ引っ込んでいるような状態に、今までの現場の状況をお聞きすると見えてくるわけです。ぜひ、先生方、子供たち、保護者の皆さん方との強い信頼関係を築く中で、これがより機能していくような取り組みというものを目指していただきたいというふうに思うのですが、御見解をお聞きします。
○奥田国務大臣 二月の十日、先ほど申し上げました各都道府県、政令市の教育長会議で、今先生が御指摘になりましたスクールカウンセラーのその制度について、平成八年度はさらに積極的に取り組もうとしておる文部省の姿勢、これはありがたい、やはりいじめについてはみんなで取り組まなければならぬけれども、非常にこれは有効な方法であると思いますよという、そういう御意見が、たしか四、五人の教育長さんから、これは東北、北海道あるいは関東、ずっとブロック別に分かれて、みんなにマイクを回して御意見を聞いて回ったんですが、その中で四、五人の教育長さんから、やはりそういう大賛成の御意見をちょうだいいたしました。まだ取り組みましてから浅いので、しかし積極的にやっていきますから、地元でも歓迎されておりますし、温かい目で見守っていただきたいと思っております。
○濱田(健)委員 教育というのが、教え育てる、一緒に育つ、教えられ育っていくという、こういう関係ですので、やはり先ほど小野委員、斉藤委員の方からもお話がありましたとおりに、子供たちのゆとりといいますか、本当に人間として生きていく上での、その年代、年代で培っていかなくちゃならないものというものが何か欠落しているような気がいたしますし、先生方にも、教え育てる場としての仕事をしていくゆとりといいますか、促成栽培ではいいものは育たないというふうに昔から言われておりますが、やはり子供にも先生方にも、真摯に向き合う、そういう余裕といいますか、それを文部省も指導されているとは思うのですが、現場に行ってみると、朝八時過ぎから夜五時、または中学校になると、今の進学時期になると九時、十時、十一時までいなくちゃ仕事が済まない、納得した仕事が済まないという現実の中で、やはり制度そのものも十分私たちは検討を加えていく必要があるというふうに思いますので、よろしくお願いをいたしたいと思います。
 最後に、ちょっと一つ、地方の話題なんでございますが、熊本県で個人学習診断テストというものが一九九三年から、多分これは子供たちの学力向上につながるようにという配慮の中で教育委員会等を中心に実施をされているように聞いております。
 私のところに、実施協議会がつくられまして、これがなされているという資料が送られてきたわけですが、一九九三年度は熊本市が実施せずに、千七百四人がテストを受けていないという状況、一九九四年度は熊本市と合志町というところが実施せずに、テストを受けていない児童生徒が五百九十三人、そして今年度、一九九五年度が、熊本市が実施せずに、五百九十八人という児童生徒が
テストを受けていないというような資料がございます。
 このテストを受けないという子供たちについて、学校の現場では、そのテストの期間中には、教室に座っておけとか、別室に入っておけとか、さまざまな、人権侵害とまで言っていいかどうかわかりませんけれども、テストに対する子供たちへの対応がお父さん、お母さんたちの方から寄せられているという新聞記事も拝見をさせていただきました。
 子供たちの生きていく力、学力を高めるということは、教育関係者だけでなくて、多くの、すべての大人の願望であるというのはそのとおりなんですが、ある面で見ると、学校でやるいわゆる子供たちの実態をつかんでいくテストというものが、押しつけのような形で行われているというような見方もされているのですけれども、この個人学習診断テストについて文部省はどう見ていらっしゃるのか、御見解といいますか、感想を教えていただけたらというふうに思います。
○遠山政府委員 先生お話しの熊本県の個人学習診断テストでございますが、私ども、熊本県教育委員会からは、平成三年度と平成四年度におきましては県教委の方でモデル校で実施をした、それから平成五年度以降は、県と市町村の教育委員会、それから校長会、小中の教育研究会の関係者で構成します熊本県個人学習診断テスト実施協議会というものをつくりまして、そこが主体となって、熊本市を除く全市町村で実施しているというぐあいに聞いております。
 このテストにつきましては、児童生徒一人一人の基礎的、基本的事項の習熟の状況を明らかにして、個に応じた指導に役立てる趣旨で実施しているというぐあいに聞いております。したがって、偏差値ですとか平均点を出したり、あるいは学校比較や個人比較をするなど、テストの趣旨を損なうことがないようにしている。それからまた、個人情報保護には十分な配慮がなされているというぐあいに聞いております。
 したがって、熊本県の教育関係団体の協力によって、県内の教育の改善のために実施をしている、個人の学力の診断のために実施をしている、こういうぐあいに聞いておりますので、文部省としては特に問題があるというぐあいには思っておりません。
○濱田(健)委員 先ほど申し上げましたとおりに、全体の学力のかさ上げ、個々人の持つ、何といいますか、将来に向けての基礎づくりに大事なことだということは当然わかるわけですが、本来、学校現場そのものが子供たちの実態をしっかりと把握するという主体性がある中で、私のところに入ってくるいろいろな声というものが、教育委員会そのものが、学校現場にこのテストをやりなさい、教育課程の一環としてやりなさいと言うところに無理があるのではないかというような御意見が入ってくるわけでございます。
 ある市民団体の皆さん方が監査請求等もされているというふうにお聞きしているわけですけれども、この監査請求の回答の中に、平成六年度の実施要項を見てみると、「あたかも実施協議会がテストを通して学校の教育課程に介入するものであるかのように受け取られる文章となっており、ここから請求人の誤解を招いたのではないかとも考えられ、この点は不適切な事務執行と認められる。」というふうに去年の十一月一日に回答しているようでございます。
 局長としては何ら問題はないというふうなお答えを先ほどしていただいたわけなんですが、地教行法にある地教委等の調査研究に当たる部分と、直接学校がこういうふうにしてやる子供たち個々の学力の把握というものに、こういう形でやっていいのかどうかという疑問が私にも頭の中に少しございます。聞くところによりますと、裁判にも発展しそうな状況だというふうにお聞きするわけなんですが、お父さん、お母さんたちと学校の現場、そして教育委員会、決してこういうトラブルが大きくなってほしくないというような気持ちを私持っております。
 ぜひこれらについて適切な指導をしていただきたいというふうに思うのですが、その辺はいかがでございましょうか。
○遠山政府委員 テストの実施に際しまして、学校の現場でトラブル等が生ずることは好ましいことではございませんので、テストの実施者におきましては、そういうことの起きないようにいろいろな点で配慮をして実施をしていただきたいと思います。
 また、先ほど申し上げましたように、テストの結果につきまして、偏差値あるいは平均点を出したり、あるいは学校比較をやったり、あるいは個人比較をするなど、テストの趣旨を損なうことのないように指導をしていきたいと思います。
○濱田(健)委員 短い時間でしたけれども、奥田文部大臣のいじめを中心とする子供たちの問題解決に向かっての御意欲を私たちも十分感じ取ることができました。私たち委員も、そして学校の先生方、社会全体の大人たちが、子供たちの現実的な明るい生きる場、そして将来に向けて展望の持てる社会をつくっていくために頑張ってまいりたいと思います。
 きょうは、ありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、五十嵐ふみひこ君。
○五十嵐(ふ)委員 さきがけの五十嵐ふみひこでございます。
 最近、いじめ、自殺問題が大変深刻になってまいりました。私は私なりにこの問題を考えておりますけれども、どうも最近は、幼いころから競争の世界へ投げ込まれていってしまう、そして丸ごとの自我を受け入れられないという不安が幼い心の中にももう既にかなり広がっているのではないか。そして、その自我の保存のためには、心理学で学びましたけれども、逃避的機制というのと攻撃的機制というのがございます。キセイのキは「機械」の「機」で「制度」の「制」、いわゆる我々が言う規制緩和の規制とは違う機制ですけれども、その逃避的機制というのは不登校というような形であらわれてくるのではないか。攻撃的機制がいじめと自殺という形で、自殺も私は攻撃的な機制だと思っているわけです。自殺というのは自己破壊衝動であり、またその報復を秘めた自殺ということが最近は置き手紙という形であるわけですから、これも攻撃的な機制だ。
 もう一つ典型的な攻撃的機制がいじめである。これは、競争社会の中で落ちこぼれの範疇にならないためにみずから落ちこぼれをつくる、いわゆる不合格者をつくることによって合格者になろうとする、そういう本能的な気持ちが働いていることだろうと私は思うわけですね。そうすると、この社会全体のゆがみというものを直していかないと、なかなか対症療法的にはこの問題は直らないのではないか。小さい子供たちをむしばんでいるのは社会全体であるということを考えなければならないと思うのです。
 とはいえ、これを一つ一つ直していくことが政治でありますから、どこから手をつけるかということになってくると思います。親を直さなければいけないというのと、昔は競争社会の頂点は大学だから大学を直せばだんだん下が直ってくるんだというふうに思っていたわけですけれども、必ずしもそうではないのではないかな、これは小さいころから考え方を直していかなければいけないのではないかなというふうに私は思い始めております。
 学力だけが人間の尺度をはかる唯一の絶対の基準であるかのように、どうも間違えている大人や親が多い。学力は人間の価値のほんの一部であって、総合的な人間力といいますか、人格の力という方がむしろ評価されるべきだということをもっと小さいころから教えていく必要があるのではないかな、私はそう思っております。
 そして、それをすべて学校に押しつけるというのも無理があるかな。一面では、先ほど大臣の御答弁でも、そのすべてを教師に押しつけるのはどうかという趣旨の御発言があったかと思います。私もそう思います。そうした教育を社会全体でもしていかなければいけない、そういう意味で、社
会教育というものも、大変力をお入れになっているわけですけれども、必要になってくる。
 特に多様性の尊重、人と自分は違うんだ、人はみんな違うんだということを、だからこそすばらしいんだ、いいんだということを教えていく必要がある。あるいはその中には、生物そのものもいろいろ違っているからいいんだという、生物の多様性を教えるような環境教育だとか、あるいは国もばらばら、人種もばらばらで、それぞれがそれぞれの特色を生かした生き方、そうした存在だということを教える開発教育といったものも必要になってくるかと思います。
 こうした観点からの新しい教育というものの必要性について、大臣の御所見をちょうだいをいたしたいと思います。
○奥田国務大臣 これまでの教育を振り返っていただいて、いろいろと御意見を聞かせていただきましたが、私もこれまでの教育、初等中等教育、高等教育におきましてもやはりこの五十年間、あの敗戦の廃墟の中から今日まで来たわけですから、かなりの役割は果たしてきたことは事実だと思うのです。
 しかし、今になって反省をしますと、何か物とか金とか、そういうものを優先させてきたような嫌いがあるように思います。したがって、やはりこれからは優しい、思いやりの心、人間性豊かなそういう人格者に育っていってくれるような教育を、もちろん学校でもやっていかなければならないし、先生おっしゃるとおり社会全体もやはりそういう雰囲気になっていかなければなりません。
 私は申し上げているのですけれども、いじめを追放していくのに、地域社会でも、できれば中学校単位ぐらいで一つの対策本部のようなものをつくっていただきたい。校長先生が中心になっていただくが、育友会、地域女性会あるいは少年補導委員会、防犯協会、あるいはボランティアでガールスカウトとかボーイスカウトがございますが、そういうような組織の方も参画していただいて、そうして何か事があれば連絡し合う、事がないように、明るい社会につくり上げていただくというようなことも具体的に頼んだわけです。
 それを完全に仕上げていただくには、やはり地域社会で大人がそういう気持ちを持たないことには、これまでどおりの感覚で子供だけに押しつけるということでは実効が上がりませんから、これからはそういう点についても尊重して、やはり心の優しい豊かな人間になってくれるようなことを重視した学校教育も、それから社会教育、生涯教育の中でも取り上げていってもらえるようにお願いをしていきたいと思っております。
○五十嵐(ふ)委員 おっしゃるとおりだと思います。ただ、大人が忙し過ぎるのですよね。
 昔、私もキリスト教の教会の日曜学校というところで、高校一年生から二十八歳までそこの教師をしていましたけれども、いろいろなことを聖書を通じてお互いに勉強し合うというようなことは、大変役に立ったと思っております。今でもそのときの子供たちとはっき合っておりますけれども。
 また、うちの実弟が実は都内の小学校で教頭をしております。非常に普通の教諭のころから忙しいのですね。教師というのはどうしてそんなに忙しいのか、とにかく学校の雑務的なものも非常にたくさんあるというようなことで、もう少し教師にゆとりを持たせないと、大臣のおっしゃるような教師と子供の接触というのも実際にはできないのかな。
 あるいは、地域の大人たちにとっても、昔はそういう子供会的なものをボランティア的にやってくださる大人の方がたくさんいらっしゃったけれども、今はそういう時間がとてもとれないということもあるかと思います。ですから、非営利法人をどんどん活発化させて、そうした活動に期するというのも私は一つの方法かなと思います。
 一方、学校現場の方では、私はちょうど昭和五十四、五年のころに埼玉県の県庁の記者クラブにおりまして、伊奈学園の開設準備の取材をずっとしておりました。御存じのとおり、埼玉県立の伊奈学園は、三校分を一校として、総合制、選択制、単位制、講座制という、いわゆる職業科も普通科もないというような形で、子供たちに自分たちのカリキュラムをつくらせる、そういう学校でございます。
 その後、このシステムが注目されまして、文部省でも取り上げられて、おかげさまでかなり、十数校に広がったと伺っていますけれども、あるいはもっと多いかもしれませんが、こういう高校が、実は中学にも、あるいはもっと全国的に広がれば、これは私は、人間に序列をつけて持たなくてもいいコンプレックスを子供のころから植えつけられるというようなことはなくなると思うのです。なぜなら、意味がなくなるからです。平均点をとることの意味がなくなる。一人一人のとる科目、例えば試験をやったとしても、そのもととなる集団が、母集団が違うわけですから、序列をつけることに意味がなくなってくる。こういう総合選択制高校、中学というものを私はもっと広めていくべきだ。
 教育改革というのは、予算をかけなければ私はできないと思うのです。お金をかけて改革をすべきであり、その一つの大きなモデルがここにあると思っているのですが、総合選択制の学校システムに対する御所見を伺いたいと思います。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 学校の選択をいわゆる偏差値だけで判断するような風潮を改めるためには、進学しようとする学校や学科の特色を生徒が十分に理解した上で、高校生活に積極的に、意欲を持って学校や学科を選択できるように方策を工夫していくことは、非常に大切でございます。
 したがいまして、そのために、入学者選抜方法そのものを改善することも一つ大事でございますが、それから、先生がおっしゃるように高等学校における特色ある教育の展開、これが非常に大事でございます。それからもう一つは、中学校における個に応じた指導の展開、これが大事でございまして、この三者が相まって子供たちの進路が有益に展開されていくというぐあいに考えております。
 御指摘の総合学科につきましては、このような観点から、生徒の一人一人の多様な能力、適性、興味、関心等に対応しまして、選択幅の広い学習を多様な学習形態のもとに進めることができる特色ある学校でございまして、その設置につきましては引き続き推進してまいりたいと考えております。
○五十嵐(ふ)委員 重ねてお伺いしますけれども、その全国的な展開の目標だとか、そういうようなものはないわけでしょうか。
○遠山政府委員 この総合学科は平成七年度で二十三校でございまして、平成八年度は四十五校にふえる予定でございます。
 それで、文部省としてどこまで持っていくかということの目標はございませんで、それは設置者である都道府県にお考えいただきたいということで、都道府県には総合学科をふやしていただくように指導をしているところでございます。
○五十嵐(ふ)委員 確かに主体は都道府県なのですが、三校分一緒というような、あるいは少し大きな組織にならざるを得ないわけですから、お金がかかるという意味では国の後押しがなければ到底難しいことだろうと思いますので、引き続きお願いをしたい。また、中学校についてもある程度試み的に、モデル的にこうしたことをしてもいいのではないか、そのように私は考えているところでございます。
 それから、私は、一方で、かなり以前から、臨教審の専門委員でもいらっしゃいました、今明星大学の教授でいらっしゃいます高橋史朗さんとおつき合いをさせていただいておりまして、いろいろな全国的な実例を伺っていますが、やはり教師の質に問題があるということをおっしゃるのですね。問題の中学校とか高校へ行くと、教師の方が子供たちの、生徒の心を傷つけるような言動を不用意にしていたり、かなりいろいろな問題があ
る。
 それから、私は、先ほど申し上げました自分の実弟と話をしても、どうも、大学出たてからお互いに先生、先生と言い合って、いわば学校社会の中では、学級の中では王様になっているというようなことで、教師自体に社会性とかそういったものが備わるのだろうかという疑問を実は持っているところでございまして、教師に、今初任者研修もかなり進んできたとは思いますけれども、もう少し社会的な勉強といいますか、人間の総合力をつけるような場を与えるというような工夫ができないかなというふうに思っているのですが、その辺について御所見を伺いたいと思うのです。
○奥田国務大臣 今、先生、教員の資質の問題を指摘をされたわけでありますが、調べてみますと、教員免許を与える一つの条件に、小学校の免許を取る場合には教育実習を四週間、中学校、高等学校の場合には二週間でよろしいと、大体それが目安になっているようです。比較的容易に取れるものですから、平成六年の場合には免許を取った人が十二万八千三百四十二名、そのうち実際教職についた方が二万二千二百五十一、わずか一七・三%だ、こういう数字になっておるのです。
 非常に生徒がこのごろ減ってきておりますから、やむを得ないはやむを得ませんけれども、もう少しやはりきちっとした姿で教壇に立ってほしいなと。
 六、七年前でしたか、初任者研修制度が小学校の方からスタートしましたですよね。言葉が荒っぽい、服装がもう少しきちっとしてほしい、黒板に書く字は間違えないでほしい。したがって、学校へ赴任はしたけれども、先輩のOBの先生がついて指導をするとか、そういうようなことで、今五千七百人ぐらいの初任者研修の指導員の方が御苦労いただいておるようでございます。
 五年たったら、十年たったらまた研修を受けていただくというような制度もとっていただいておるようでございますが、やはりもう少し、最初に免許を取得する段階からきちっとした教育ができるように、これは現場の御意見を聞きながらではありますが、都道府県の教育委員会の御意見を聞きながらではありますが、文部省内部でも真剣に取り組むべき課題だなと思っております。
○五十嵐(ふ)委員 さらに工夫を重ねていただきたいと思います。
 それから、社会に出て普通の会社で働いてみたけれども、自分はもっと崇高な仕事として、新しい、若い世代を育てるということをしたいという意義に目覚める方もいらっしゃるかと思いますし、そういう方は、実は非常に貴重ないい教師としての人材になるのではないかなと思われるわけですね。
 大分、最近は経験者の採用、経験者といいますか社会経験のある方々の採用を、年齢を引き上げたり、あるいは個別の分野に限って社会人を採用するという都道府県もふえてきたようですけれども、私はもっともっと、社会にいったん出た人で教育の世界に新しく入りたいという人を受け入れてもいいのではないかなということを思っているわけですが、その点についてのお考えを伺いたいと思います。
○小林(敬)政府委員 ただいまのお話をやや数字を使って御説明をいたしますと、年齢制限の方では、平成二年と七年を比較をいたしますと、三十一歳未満というのが二十県から十一県に減っておりまして、それ以上のところがその分ふえたというような変化がございます。制限なしというのも二県ありますし、四十歳以上から五十歳までのものも一県あらわれました。こういうふうなことで、御趣旨には合う方向に動いているかなと思います。
 それから、もう一つ、特別非常勤講師制度のことかと思いますが、これは特定の分野を限って、例えば民間企業等で経験のある方々を先生としてお迎えをするということでございますが、これにつきましても、平成元年がわずかに百七十三人であったものが六年度では二千三百二十八人ということでございますので、まだレベルは大変低いわけでございますが、伸びとしては非常に大きな伸びを示しておりますので、私どもといたしましても、やはり現職の先生の方にはできるだけ外に出ていっていただくような機会をつくるということ、それから外の方々もできるだけ学校において活躍していただけるような方向で、これからも努力をいたしたいと思います。
○五十嵐(ふ)委員 実際に学校の現場、教育行政の現場ではかなりいろいろな工夫がされているということも、私は存じております。ますますこれを進められるとともに、もっと思い切って学制改革も含めた改革を改めてお考えいただけるよう要望いたしまして、質問を終わります。ありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、坂口力君。
○坂口委員 坂口でございますが、奥田文部大臣の御就任のお祝いを申し上げて、質問に入らせていただきたいと存じます。
 私も議員生活が長いわけでございますが、この文教委員会で質問させていただくのは初めてでございまして、緊張しながらここに立たせていただいております。したがいまして、新人でございますので、基本的なこともお聞きをして大変失礼かと思いますけれども、ひとつその辺はお許しをいただきたいと存じます。
 大臣も、就任されましていろいろと今御勉強中だというふうに思いますが、現在の文部行政の中で、総合的に見て何が一番大事だというふうにお考えになっているか、トータルなお話で結構でございますが、その辺のところをお聞かせいただきながら、具体的なお話に入らせていただきたいと思いますので、ひとつ御所見をお伺いしたいと存じます。
○奥田国務大臣 新人とおっしゃいましたけれども、非常に経験豊富な先生でございますから、私ども、先輩として尊敬しておりますし、いろいろと御教示を賜りますように冒頭にお願いさせていただきます。
 先ほどもちょっと他の先生から御意見がございましたけれども、戦後五十年、ここに来ていろいろと思うことがございますけれども、やはりこれまでは物とか金を優先させているような社会的な風潮がございました。別にそれを具体的に学校教育で教えたわけではありませんけれども、しかしそういう嫌いがございますから、やはりこれからは、それぞれ生徒が持っております個性を尊重して、いいところは伸ばしていく、それから思いやりのある、心の豊かな人間を育てていくというようなところに絞って重点的に教育を進めていったらどうかな、そういうようには思っておるわけでございます。
○坂口委員 文部大臣の所信表明を先日聞かせていただきました。確かに、それを拝見をいたしますと、第一の課題といたしまして、「個性の尊重を目指す教育の充実と生涯学習社会の構築であります。」こう述べておみえになりまして、今御指摘になりましたように、やはり個性の尊重を目指す教育ということを非常に重要視しておみえになるというのがよくわかります。
 こういう大臣の所見をお伺いをしながら、一方におきまして、この予算書を拝見させていただいて、そしてこの個性の尊重を目指す教育のところにどんな予算がついているのかということをいろいろ拝見をしているわけでございます。端的な疑問が幾つかございますので、お聞きをさせていただきたいと思います。
 この予算概要説明の中で、個性の尊重を目指す教育の充実と生涯学習の構築に関係のありますところでは、第六次教職員の配置改善計画の着実な実施、それから校長の管理職手当及び教員の特殊業務手当の引き上げ、こういうことをまずうたっておみえになりまして、そのほか生徒指導の充実強化では、いじめだとか登校拒否などへの適切な対応、次に教員の資質向上を図るための初任者研修などの充実等々、こうしたことがずっと並んでいるわけでございます。
 それぞれ一つ一つ拝見をしまして、それは重要
なことだというふうに私も認識をいたしておりますが、この個性の尊重を目指す教育というものの中身というものをもうひとつイメージすることができにくい。
 この第六次公立義務教育の諸学校教職員配置改善計画というのはことして、平成八年度はこれで第四年次に当たるんでしょうか、六年計画の第四年次だというふうに思いますが、着々と進められている。確かにチームティーチングなども重要で、新しい指導方法の工夫改善というようなことも確かに大事なことなんだろうというふうに思います。
 ここから浮かび上がってくるのは、先生の数をふやしていく、これも私たちも大事だと思っております。決して否定するわけじゃございません。大事だと思っておりますが、数をふやしていく。それから、校長先生の手当をふやすという、これも決して否定するわけじゃございません、大事なことだというふうに思います。また、一般の先生の特殊業務手当の引き上げも大事なことではあるというふうには思いますが、こうしたことと、それから個性の尊重を目指す教育というものとが直線的になかなか私の中で結びつかないものでございますから、文部省が目指しておみえになります個性の尊重を目指す教育というのは一体どんなことなのか、まことに基本的なことを聞いて申しわけないわけでございますが、少し御説明をいただけたら幸いでございます。
○奥田国務大臣 詳しいことは局長から答弁をしてもらいますけれども、私が思っておりますのは、まず先生御指摘のチームティーチングですね。やはり、個性の尊重ということは、画一的な教育を是正していくということに始まります。
 教育関係の一部の団体からは、四十人学級になったけれども、それをさらに縮めて三十人学級にしてくれないかというような御要望がある団体もありますけれども、やはり四十人学級にして、そして複数の先生で指導をしていただいたらより行き届いた教育ができるんではなかろうかな。
 私ども、昔担任しておりましたときには五十三名を担任しておった。そこから考えますと、かなり行き届いていくようになったわけですが、やはり教員の配置計画を引き続き推進することも大事な要素でございますし、それから高等学校の改革ですね、総合学科、あるいは単位制高校への移行というようなことも、やはりこれは学校で教育委員会と相談をしてお決めになることでございますけれども、非常に大きな変革です。
 進路指導というようなものも、もう卒業の直前になって、二学期の終わりごろから慌てて保護者と先生が相談をするというような傾向がこれまでございましたけれども、やはりこういうユニークな教育を進めていきますと、生徒がもう中学校の二年生ぐらいから、僕はこういうようなことで卒業したらこちらへ行こうかなという自主的な判断力がつくような、そういうようなことになっているようでございますから、私は、そういうことで、非常にいい傾向にあると思って喜んでおるわけなんです。
 詳しいことは局長から答弁してもらいます。
○遠山政府委員 今大臣から大体概要を御説明申し上げましたが、現在の新しい指導要領では、知識をたくさん覚えるのではなくて、みずから学ぶ意欲を持って、みずから考え、主体的に判断し行動する能力を子供たちにつけさせるということで、体験的な学習、あるいは問題解決的な学習を非常に重視しているところでございます。したがいまして、予算額は小さいんですが、指導方法の改善ということで、教員等の研修、あるいは指導資料の作成なども個性を生かす教育のために大事な予算だと考えております。
 それから、大臣からお話がございました高等学校教育の改革でございますが、これも、生徒が中学校から高校に進学するときに、高等学校が序列がつくことなく、高校がそれぞれ個性化をし、特色を持った高校になる、そこを生徒の方で自分が行きたい学校を選んで進学する、こういうことが望ましいわけでございますので、総合学科でございますとか、あるいは単位制高校ですとか、あるいは学校間の連携、こういうような事業のために、これも多額な金額ではないんですが予算を計上しているところでございます。
 それから、中学校から高校への進路指導をするときに、偏差値によらない指導が必要なわけでございますが、そのためにも、やはり先生の研修会あるいは研究協議会というようなことが大事でございますし、勤労体験学習についてもいろいろな指導が必要でございますので、あるいは進路指導資料の作成、配布というような経費も、やはりこれも大きな額ではございませんが予算に計上しておりまして、このような予算で学校の個性化を進めまして、中学校における、あるいは高校における教育の個性化を進めるということを考えているわけでございます。
○坂口委員 この所信表明だけではなくて、文部省から出ておりますさまざまな書類を拝見させていただきますと、やたらと指導という言葉が目につくんですね。文部省というところは指導の好きなところだな、こう思いながら拝見をしておるわけでございますが、今私が申し上げましたのは、実はこういうことでございます。
 大臣は体験を踏まえながらのお話をいただきまして、ありがとうございました。五十三名もの中で青春時代を送られたというお話がございましたが、それはそれで大変なことだろうと思うんです。私はまた山間僻地の中で、複式授業の中で育ったものでございますから、わずか十五名の中で育ちまして、それが村始まって以来一番多い人数でございました。ことしは多い、十五人もあったといって驚かれた中で私は育ったわけでございます。常に一年生と二年生は同じ教室、三年、四年は同じ教室、五年、六年は同じ教室、いつもおもしろい話の方を聞いている、こういうことでございました。
 ですから、生徒対先生の数からいえば、非常に少ない生徒数で、そして恵まれた環境の中で私は育ったということになるわけでございますが、私の青春時代というのは、それこそ先生の言われるとおり、指導そのものの中で育ったわけでございますから、あれしろ、これしろ、これを覚えろという中で育ったわけでございます。
 ですから、私は、この先生の数がある程度多くなければならないということもわかりますけれども、それじゃ一対一ならいいのか、じゃもう一人、先住二人と生徒一人で二対一ならもっといいのかということになってくると、先生の数と生徒の数のその比も大事ですけれども、しかし、どのような対峙の仕方をするのか。いつも指導をするという形の中で先生の数がいかにふえたとしても、果たしていいんだろうか、個性豊かな子供というのは生まれるんだろうかという疑問があったものですから、ちょっといま一つお聞きをしたわけでございます。
 かなり時間もとってまいりましたので、簡単にお答えをいただきまして、次の問題に移りたいと思います。
○遠山政府委員 先生おっしゃられるように、上から一律に指導するということもある面では必要でございますが、児童生徒の個性を尊重するということは、児童生徒の適性なり興味なり関心なり、そういうものを先生の方でつかんで、それに応じていろいろなことを、生徒の中からその能力を引き出していく、こういうことが個性を尊重する教育で一番大事なことだろうというぐあいに考えます。
○坂口委員 御指摘のとおりだと思うのですが、そこのところを間違えると、数はふやしたけれども個性豊かな教育は育たなかったということになってしまう嫌いがある。その辺のところをひとつしっかりと踏まえた行政をお願いをしたいというふうに思うわけでございます。
 自立した人間性の中に個性の豊かさというのは生まれてくるのであって、個性の豊かさの中に自立した人間性というのが生まれるのではないと私は思っておりまして、まず自立した人間性が先だ
というふうに思っております。したがいまして、自立した人間性というのは余り上からの指導、指導の中では育ってこないという気がするわけで、今局長からお答えいただきましたようなことで徹底してやっていただければよろしいわけですが、そこを一つ間違えますと、上からの押しつけになってしまって、先生の数はふえたけれどもふえた分だけ子供の方は圧迫を感じる、圧力を感じる、何ら前進はないということになりかねない。そこが非常に大事だということを思いましたので指摘をさせていただいたわけでございます。
 それから、もう一つは、きめ細かな生徒指導の充実というのがございまして、「近年増加している登校拒否に対応するためのきめ細かい生徒指導ができるような教職員配置の改善を図る。」これは平成七年度の「文教予算のあらまし」の中に書いてある言葉でございますが、平成八年度も趣旨は変わっていないというふうに思います。
 このきめ細かい生徒指導、これも生徒指導なのですね。きめ細かい生徒指導をすることによって登校拒否は改善されるのかな。ここにもまた、私、一つちょっと疑問を持っております。これはやはり指導だけではなくて相談、指導というよりも相談というのが適しているのではないか。中身はともかくとしまして、指導というのはだれでもできると思います。中身のよしあしは別ですよ、指導というのはだれでもできる。しかし、相談は相手の信頼があって初めてできることでありますから、私は、信頼される先生でありましたら、先ほどのお話じゃございませんが、たとえ五十人の生徒がいたといたしましてもやっていけるし、三十人の生徒であったといたしましても、そこに信頼がなければやっていけないのではないかというふうに思っております。これも一言つけ加えておきたいというふうに思います。
 それから、次の問題としまして、大臣の所信表明の中で学校五日制の円滑な実施がございまして、これも大変大事な問題だというふうに思いますし、恐らくこの委員会の中ではもう近年たくさんの意見があって、そして前進をしてきていることであろうというふうに思います。
 中教審の小委員会についての報道におきましても、学校五日制というのは、子供たちに生きる力をはぐくみ、ゆとりを回復するという今後の教育のあり方と軌を一にするものであり、完全実施を目指すべきであるというふうに述べられております。
 しかしながら、ここでも一つ、私は、このままで突っ走っていいかなという危惧も実は持っているわけでございます。それは、受験戦争のこの社会の現状をこのままにしたままで五日制を導入をいたしましても、そこには生きる力もゆとりも生まれてこないのではないだろうか。土曜日を休みにいたしましても、この現在の状況の中でありますと塾に走る子供もいるし、あるいは地域で全体で自然観察等を行ったといたしましても、やはり大変な受験戦争があるということを背景にして行いますと、それを乗り越えるための自然観察でしかあり得ない、そんな気がしてなりません。
 だから、そういうふうな意味で、この学校週五日制の円滑な実施を行いますためには、やはり日程をどうするとか、あるいはまた、この予算の中にもありますけれども、それに伴います教育課程やあるいは学校運営のあり方に関する研究を行うということも大事ではありましょう。それは学校週五日制を実施するに当たっての、あるいは実施した後での学校運営あるいは教育課程の問題というのは当然あると思いますが、その実施する前の条件整備のところをどうするかということが問われるのではないだろうか。その辺に対する大臣のお考えをちょっとお聞きをしておきたいと存じます。
○奥田国務大臣 この五日制につきましては、中央教育審議会で今御審議をいただいておるところでございますけれども、中教審任せというわけには、これは大事な問題ですから、いきません。文部省としても、先生がおっしゃったように、どうするかということは地方の教育委員会と相談をしながら受け皿づくりを考えていかなければならぬ問題だと思っております。
 そこで、例えば今は月二回でありますけれども、四回になりますと、毎週になりますと、今の状態で一遍にそれを実施しました場合には、家庭も困るから塾へ行っておいでとか、だから子供はほったらかしにされるとかいうことで、効果が全然上がらない心配がございます。したがって、家庭でも月一遍ぐらいは子供と家族挙げてハイキングに出かけるとか、あるいは月一遍ぐらいは地域のいろいろな育友会とか少年補導とかあるいは助成会とかいうようなボランティアが、校庭で、あるいはハイキングに一緒に連れていくとか、そういうような受け皿づくり、できれば自然と親しめるようなそういう行事をやってくれないものかなというように私どもは期待をしておるわけであります。
 もちろん、そういうようなそこそこ見当がつくような段階になって、今は二回ですから学習指導要領はこれまでのまま続いてやっておりますけれども、これが毎週五日制になりますと、とても今の学習指導要領では不可能でございますから、根本から新しい指導要領をつくってもらって、それにのっとって実施するということになりますが、やはりそういう両々相まって実施に踏み切らなければならぬと思いますけれども、まず条件整備を、これは文部省が、地域のいろいろな団体に、教育委員会から校長さんを通じてお願いをして受け皿づくりをやってもらう、これが非常に大事じゃなかろうかなと思っておるところでございます。ただ学校だけに任せておいたのでは非常に酷な仕事ではなかろうかと思いますね。
○坂口委員 ここは文部省だけではなかなか進まないことではあると思うのですが、文部省自身もそこにこそ私は予算をつけなきゃならないところではないかという気もするわけですね。
 中教審も「生きる力」と言っておりますが、この中教審が言っております「生きる力」は、何も受験戦争やそうした中での「生きる力」を言っているわけではなくて、今大臣が指摘になりましたように、自然に親しみながら、その中で、動植物がいかに生きているか、その中に人間がどう生きているかというようなことを学び、あるいはまた、ボランティア活動をやりながら、ともどもに生きるとはどういうことかというようなことを学んでいくということを「生きる力」、こう言っているのだろうと思うのですね。
 しかし、今の受験地獄という、この前提の中で自然に親しみましても、あの草の名前を覚えよとか、この木の名前を覚えよとか、この草は何年生で、雌しべはどうで雄しべはどうで、そういう、自然と親しんではおりますけれども、詰め込み教育の中の一端としての自然との親しみの中であっては、本当の、この中教審が言っております「生きる力」は生まれてこないのではないだろうかという気がするわけでございます。
 その辺のところを、文部省としても、私は、これは大変なことではございますけれども、条件整備のためにひとつ努力をしていただきたいと思いますし、これは文部省だけでは済まないことだというふうに思いますので、どうぞひとつ、文部省から各省庁に対して、こういうことをやってほしい、こういったことをもっと積極的に進めてほしいというようなことを提言をしてほしい、そんなふうに思うわけでございます。
 ひとつお答えをいただきまして、次の問題に進みたいと思います。
○辻村政府委員 中央教育審議会におきましても、学校週五日制の問題を円滑に実施するということのためにはいろいろな課題があるということで、今先生からお話がございましたようなことも含めまして、大変重要な課題として、今熱心な研究協議が続いているところでございます。
 文部省といたしましても、そのような趣旨を踏まえまして対応させていただきたいというふうに思います。
○坂口委員 ありがとうございました。
 それで、受験地獄にかかわりますことの一つ
で、中高一貫教育というのがございます。これは、昭和四十六年でございましたか、中教審からの報告の中にもございまして、中高一貫教育というのも、この中でかなり議論をされていることだというふうに思います。しかし、今回の大臣の所信表明の中には、中高一貫教育の文字はございません。
 これは、一遍に日本国じゅうやれといっても、これも混乱の起こる話でございますから、それはなかなかできることではないというふうに思いますし、これもいろいろの研究をしなければならないことではあるというふうに思いますが、条件整備の中の一つとして、私は、考えていくべき一つの課題ではないかというふうに思っております。
 したがいまして、そうしたことにつきましても、どうぞひとつこれから御検討いただきますように、これはお願いを申し上げておきたいと思います。一言だけいただいて、次に進みます。
○奥田国務大臣 確かにそういうお考えも貴重な御意見として参考にさせていただきますが、極端に言いますと、十五の春は泣かせない、十二の春はどうなるんかなというようなことにもこれはなってまいりますよね。それと、三年が六年になりますと、発育、伸び盛りの生徒の人間関係が固定化してしまうんじゃなかろうかなというようなこと。それから、受験戦争の低年齢化の心配というのは先ほど申し上げたとおり。それから、ゆとりのある教育という長所。一長一短ございますので、これは一遍に、さあ先生おっしゃったから来年から踏み切りますということにはなりませんことを、ひとつ御理解賜りたいと思います。
○坂口委員 ぜひ検討していただきたいと存じます。
 さて、きょうは、もう一つ別なお話をさせていただきたいと思います。これは、どちらかと申しますと私の専門分野の話でございまして、エイズの話でございます。これは、大臣はしばらくお聞きをいただきまして、担当の局長さんなり課長さんなりにお答えをいただいて、ひとつ要点のときだけお答えをいただいたら結構かと存じます。
 厚生省におきましても、このエイズの問題が非常に大きな問題になっております。一九八三年といいますと昭和五十八年になりますか、この年は、エイズ問題の非常に大事な年でございました。
 エイズというこの病気の病原菌と申しますかビールスが、アメリカ、フランス等で相次いで発見される。そして、世界的にこの不治の病が広がってくる。病原菌は発見をされたけれども、その感染ルートというものがまだ明確ではない。しかし、どうやら、同性愛者の間、あるいはまた特殊な、部族と申しますか種族と申しますかの人たちの間、あるいはまた血液の輸血、そうした中でどうも広がるらしいということが、だんだんとわかってきつつあった年でございました。一九八三年でございます。
 厚生省におきましては、この年の六月に研究班をつくりまして、そしてその研究に入ったという年でございます。
 そういう背景がありますが、文部省は、全国に多くの大学病院を抱えているわけでございます。各都道府県、とりわけ地方の県にとりましては、大学病院というのは、最大の総合病院、そして最大の研究機関であり、最も信頼すべき医療機関になっているわけでございます。したがって、私は、一九八三年のその時期に、文部省として、この病気に対してどう対応するかということが問題にならなかったわけはない、こう思っておりました。
 しかし、なかなかお聞きする機会がなかったものでございますから今日まで来たわけでございます。今まで、マスコミの中にもその辺のところは何ら登場してまいっておりません。
 私は、厚生省の問題ばかりがクローズアップをされておりますが、恐らく、四十七都道府県の中で、少なくとも一県一大学、一大学病院あるわけでございますから、大変大きな関心を示されたことは間違いないと思います。一九八三年、この年に文部省としてどのようなことをやられたのか、まずその辺をお聞きをしたいと存じます。
○雨宮政府委員 エイズの問題につきまして、まず全般的なことから申し上げたいと思うわけでございますが、文部省といたしまして、エイズ問題に対処をしておるその対応として、大きく分けて三つございます。
 一つは、子供に対するエイズ教育というのが一つございます。それからもう一つは、エイズ研究自体を推進するということ、これが二つ目でございます。それから三つ目で、大学附属病院、今先生御指摘になりました大学附属病院におきまして、具体にエイズ患者を受け入れてくる、その場合のエイズ患者の受け入れ体制の整備を図る、これが三つ目でございます。大きく分けましてこの三つにつきまして、それぞれ進めてきたわけでございます。
 一九八三年ごろはどうかということでございますが、特にそのうちの研究関係ということにつきましては、当然のことながら、関係する研究者の間でエイズにまつわる諸種の研究も行われていたわけでございますし、また診療するという立場からも、医師等関連の方々におきましてはエイズ問題に対する大きな関心が寄せられておったということは、当然推測されるわけでございます。
○坂口委員 私がお聞きをしましたのは、文部省としてどういう手を打たれたのかということをお聞きしたわけですね、一九八三年におきまして。それぞれの大学におきましては研究もされていたでしょう、それぞれの治療に対することも話し合われていたと思います、情報のとり合いもされていたというふうに思いますが、文部省としてどうされたかということをお聞きをしたわけです。
○雨宮政府委員 若干お尋ねを先取りすることになるのかもしれませんが、もしお尋ねが、現在問題とされております、いわゆる血液製剤の使用ということについて、文部省として大学附属病院に対して特段の指導をしたかというようなお尋ねかと、もしそういうことであるとするならば、昭和五十八年当時、文部省として特段の、独自の、独自のという意味は厚生省とは別個のという意味合いでございますけれども、文部省として独自の扱いを大学附属病院に対して措置をしたということではなかったということでございます。
○坂口委員 昨日係の方にお越しをいただきまして、それじゃ何もしなかったのか、すべては厚生省に任せて手をこまねいて見ていたのかということを申し上げましたら、いやそうではございません、昭和五十八年度に米国に調査団を派遣をいたしました、こういうことでございました。そこで早速、それじゃどんな方が行かれて、そしてどんな結果だったのか示してもらいたいということを申しました。随分時間がかかりましたけれども、夕方ちょうだいをいたしました。厚生省みたいにないと言われなくて済んだのが大変よかったというふうに思っております。
 それを拝見をいたしますと、もう時間がございませんから私の方から先に申し上げますが、この調査団の行かれましたのは昭和五十九年の二月ということに、このデータを見ますとなっております。まあ五十八年度ですから五十九年の二月でもいいと思うんです。調査団のメンバーといたしましては、団長に大阪大学の学長の山村雄一さん、そのほか研究者といたしまして、大阪大学の微生物病研究所の教授であります加藤四郎さん初め池上信子さん、螺良英郎さん、花岡正男さん、岸本忠三さん、六名の皆さん方が行っておみえになる。訪問されました先は、米国のコロラド州におきましてのシンポジウム、それから米国の国立衛生研究所、それから米国疾病コントロールセンター、米国エモリー大学、こういったところに行っておみえになるわけでございます。
 私の方からさらにこの内容を見せてもらった印象を先に申し上げさせていただきますと、この報告書ができ上がっております。この報告書の中で、この班長の山村さん、大阪大学の学長さん
は、「病因としてあげられている可能性の高いものはウイルスで、性交や輸血などによって感染すると考えられている。」この中で述べておみえになります。
 そして、このまとめが幾つかございまして、そのまとめの中の一つには、「この病原因子が血液中に混入し、血液を介して伝播されていることは、性的行為のない小児のAIDS発症、」それから、「例数は少ないが輸血による発症、濃縮血液製剤の投与をうけている血友病者のAIDS発症等が事実発生しており、最近やや増加しつつある。CDCの疫学調査研究グループは、一九八二年後半より増加しはじめた血友病者について、また輸血によるAIDS発症例の血液供給源について調査をすすめている。」こういう内容でございます。
 それからさらに、病因は多因子なのかというところがございまして、そこには、「濃厚接触または血液を介して、伝達する新たなウイルスによるものと想像することができる。」こう書いてある。
 それから、「AIDSに対する予防法」といたしまして、米国の「公衆衛生学的なAIDSの防疫対策として勧告されている事項」というのがずらっと並んでおりまして、そこにいろいろのことが書いてございますが、その五番目に、「血液製剤の製法について、感染性因子が不活化されるような処理を必ず行うこと。」もう一度申しますと、「血液製剤の製法について、感染性因子が不活化されるような処理を必ず行うこと。」六番といたしまして、「血液製剤、特に濃縮等価因子製剤の製法改良に関する開発研究を促進すること。」と書いてございまして、いずれも現在問題になっております問題点の指摘がこの中にあるわけでございます。
 大変重要な点をアメリカで私は聞いておみえになったというふうに思います。これは一九八四年の二月でありますから、日本が加熱製剤の発売をいたしましたのは一九八五年になってからでございますから、一九八四年の二月というのはまだまだ日本におきまして早い時期であった。
 それで、このいわゆる調査団の結果がどこで、どのように発表をされたのかということをひとつお聞きをしたい。この結果がどのように各大学病院で生かされたのかということをお聞きをしたい。この二点、ひとつお聞きをしたい。
○林田政府委員 先生が今御指摘になりましたような内容の報告書が、その研究グループから提出をされておるのは事実でございます。
 なお、私ども、その報告そのものは、非常に少数の人たちに対します報告書という形でつくられておりますので、必ずしも広く流布されたことにはなったとは承知しておりませんけれども、私ども、常日ごろ文部省では、支援をいたします科学研究費等によります研究結果につきましては、学会等における発表を通じてそのレビューを受けるとともに、社会に還元するようにお願いをしてきておるところでございまして、御指摘の調査結果につきましても、この班のメンバーでございました池上先生を初め、その他の方々を含めて多数のレポートを学術雑誌等に発表なさっておるというふうなことでございまして、広く多くの方々に御利用をいただけるような形になったというふうに理解をしておるわけでございます。私ども、このような形で、学術研究の成果が幅広い方々に活用いただけるような形で努力しておるということでございます。
 なお、その結果の大学病院におきます指導というふうなことにつきましては、これは雨宮局長からお答えいただいた方がいいのかもしれませんけれども、全体としてこういう成果を踏まえて、医療行為そのものにつきましては厚生省の方で基本的な方針をお出しになって、治療機関はそれに従って対応していくというような形になろうかと思っております。
○坂口委員 局長からお話ございますか。
○雨宮政府委員 ただいまの海外学術調査の結果を大学附属病院における診療あるいは診療に対する指導というのに直接生かしたか、こういうお尋ねでございますけれども、直接それを用いて指導したとか、あるいはそれについて、この研究の結果がこうこうであるからして附属病院における診療はかくかくあるべし、こういうような指導を行ったことはございません。
 ただし、今、林田局長からお答え申し上げましたように、諸種の幅広い研究の一つでございますこれらの研究の成果というものが、医療あるいは医学研究者の間のいわば共通の知識として共有されるというようなことを通じて、間接的に医療行政等の方に反映されるということは当然あり得るわけでございます。ただし、その部分になってまいりますと、私どもの直接の手を離れることになるわけでございまして、その辺につきましては、医療行政あるいは薬事行政をつかさどっている立場において判断される事柄であろうかというように考えております。
○坂口委員 ちょっと待ってくださいよ。確かに医療行政は厚生省がやっているかもしれません。しかし、大学病院のことにつきましては文部省が責任を持っているはずであります。たとえそれが大学病院の中で起こりましたことでありましても、医療的なことでありましても、それは医療のことだから厚生省の方へとはなかなかいかない。それはやはり文部省が責任を持たなければならないことになるのだろうというふうに思います。
 文部省が研究調査団を編成されて、そして行かれたということは立派なことだと僕は思うのです。五十九年の二月というのはいささか遅いかなと僕は思いますけれども、しかし行かないよりはいい、行かれたのですからよかった。ただ、行かれた結果が、これだけの内容のものを向こうで学んできながら、それが生かされていないではないかということを私は申し上げているわけでございます。
 その当時、厚生省の方もいろいろの間違いがございまして、そして、結果としては二千名からのエイズ患者をつくってしまった。血友病という重い病気をもともと持った人たち、特に幼い子供たちをエイズという病気にしてしまった。この罪はまことに重いと私は思うわけです。今、住専の問題が大変大きな問題になっております。住専の問題も大事でございます。しかし、これは金目の話でございます。このエイズの話は人の命の話でございます。私は、どちらが重いかといえば、やはり人の命の方がまだ重いと感じておる一人でございます。
 そんな中で、文部省も調査団を派遣された。派遣されたのは立派なことだと僕は思います。行かれた先生方も立派な先生方ばかりである。そして、こんな立派な報告書をつくっておみえになる。その結果は、今おっしゃったように、どこかの研究誌にあるいは発表になっているのかもしれない、部分的にされたのかもしれない。
 しかし、このことが全国の大学病院で生かされていないというのは、大変大きな問題があると私は思うのです。文部省が行ってちゃんとされたわけですから、そうでしょう、文部省が派遣された研究班なわけです。各大学の附属病院には、輸血部でありますとかそうしたところもあるわけであります。血液についてはこれこれのことを注意をしなければならないよ、あるいはまた、血液製剤についてはこれこれの注意が必要である、他の医療機関に先駆けてこうしたことを行わなければならないということをやはり大学病院がやらなければならない、その使命を帯びているというふうに私は思うわけです。
 これだけ立派なものがあるのですから、多分それは大学病院へそれぞれ報告されて、大学病院でそれなりの手は打たれたのだろうと僕は今の今まで思っておりましたけれども、今お聞きすると、いや、そんなことはやっていないと言うのです。やっていないということだったら、これは大変大きな問題だと思うのですね。
 これは、せっかく多くの研究費を使って米国へ行って、そして調査をしてこられたわけでありま
す。ほかの研究でも同じことであります、どれほど立派な研究をされましても、調査をされましても、この日本全体の中にそれが返還されなければ、フィードバックされなければ、何の役にも立たないわけであります。だから私は、大変これは残念なことだというふうに申し上げる以外にないだろうと思います。
 時間も参っておりますので、大臣、事の経過はこういうことでございます。ほかにもまだまだ文部省がおやりになっていることはあるのかもしれません。エイズ研究について、最近はかなり予算もつけておみえになります。お子さんへのさまざまな形での教育にも力を入れておみえになることも、十分承知をいたしております。
 しかし、スタートの時点でそれだけ立派なことを行いながら、それが生かされていなかった。また、厚生省が一方でへまをやっていたわけですから、文部省がそういうときには、いや、おれのところは行ってきたらこういうことになっているよ、それはこうしなければいけないよと、何でそのときに一言言ってくれなかったか、言ってもらえれば厚生省もそのときに目を覚ましたのではなかったかと私は思うわけですね。それが、厚生省は過ちを繰り返し、そして文部省は黙っていたというのでは、この患者さんたちは浮かばれない、こんなふうに私は感じてなりません。
 一言御意見を伺いまして、そして私は終わりにしたいと存じます。
○奥田国務大臣 今の先生のお話、私も初めて拝聴したわけでございますけれども、かなりの公的資金を使ってわざわざアメリカへ行って調査をしてきた、それが調査をしたまま、そのままになっておったということは、非常に残念でございます。
 これからも似たようなことが起きてくると思いますが、やはり公金を使っていろいろ調査します以上は、有効にそれが後々効果を発揮するような手だてを、ただいまの先生のお話を教訓として対処してまりたいと思っております。
 なお、各国立大学の医学部の附属病院、これも真剣に、今先生のお話のように、エイズの問題について取り組まなければならぬ大事な課題でございます。したがって、平成八年度におきましては、東京大学の医学部のエイズの研究部門を中心といたしましてほかにも新年度予算では六億円、前年を一億円上回る六億円計上をいたしまして御審議をちょうだいしておるところでございますが、なお、これからもひとつ積極的に研究に取り組んでまいりたいということを申し添えさせていただきます。
○坂口委員 もう一言だけ、済みません。
 これだけエイズの問題が厚生省を中心にしまして大きな問題になっているときでございます。大臣は今までこのことを知らなかったというふうにおっしゃいましたが、これだけ大きな問題になっているときでありますから、文部省においてはこういうことがございましたということを、局長さんや文部省のそれぞれのつかさの人は大臣に報告してもらわないといかぬと思うのですね。厚生省はこういうことに今なっておるけれども、文部省は実はこういうことがございましたということはきちっとやはり報告をしてもらうべきだと思うのです。それを報告せずに、こういう場所で私が質問をして大臣に恥をかかすというようなことでは僕はだめだと思うのです。もう少し敏感に反応してもらいたい。
 一言申し添えまして、終わりたいと存じます。
○柳沢委員長 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後零時一分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時開議
○柳沢委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。藤村修君。
○藤村委員 新進党の藤村修でございます。
 奥田文部大臣には、御就任おめでとうございます。教育現場の御経験もあるということで、新しい教育改革の時代に、ぜひとも指導力を発揮していただくことをお願い申し上げたいと存じます。
 さて、まず私の方は、大阪が地元ということもございます。阪神・淡路大震災、東京流に言うと、もう一年も、あるいは十三カ月も前の話ということで、どうものど元を過ぎればというふうなことがございますが、地元ではまだまだ大変であるということは、報道でもそれなりにとらえてくれておるところでございます。
 特に、この場におきましては、阪神・淡路大震災、文教施設等復旧・復興ということで、私、御報告を受けている範囲でも、文教施設の復旧など、この平成七年度の一次補正、二次補正で、公立学校など四百億円の一次あるいは百七十数億円の第二次補正、私立学校につきましても百八十億円ぐらいですか、迅速に対処をしていただいておりまして、地元との相談におきましても、非常に評価をされております。
 しかしまだ残る部分があるだろうかということで、今からのまだ阪神・淡路大震災に対する施策というものについて、まず最初にお伺い申し上げたいと思います。
○奥田国務大臣 私も、この一月の十七日、橋本総理とともに神戸にお伺いをいたしまして、厳粛な一周忌の記念式典に出席をさせてもらいました。その後、私だけは兵庫高校に行かせてもらって、あそこの生徒がしょげずに頑張って立ち直ろうという意味の集会を開いておられて、そこであいさつもさせていただいて、非常に心強く感じて帰ったのでございました。
 先生今お尋ねの件でございますが、平成七年度は、補正を含めて一通り必要な措置はとっておると私は聞いておるわけです。しかし、これですべてよしというわけにはまいりません。やはり児童生徒の健康管理の問題もございますし、育英奨学金を通じての支援の問題、それから、あのときに非常にお宮さんがぺちゃんこになったのをテレビで映しておりましたけれども、そういう大事な文化財の復元の問題もございます。これは今後ともやはり力を入れて、文部省としても応援をしてまいらなければならぬと思っております。
○藤村委員 わざわざ大臣からお答えをいただきました。
 文化財の復旧、この部分も当然、この平成八年度予算にもそれなりに手当てはいただいていることでございます。
 私、この中で、特に今大臣も言っていただきました子供たちの心の健康管理、心のケアというものが非常に重要かと思います。これはちょっと後ほど尋ねさせていただきます。
 施設関係で、今後の対応というか、地元では、道路にしても鉄道にしても、また今度同じような地震が来た場合に備える、耐震構造の強化みたいな、そういう発想があらゆる分野に必要であるということで措置をされておるところでございますが、小中学校施設の耐震補強についてどんなことがされ、あるいは考えるかということと、さらに地元府県の要望としては、公立高等学校の耐震補強について、これはまだちょっと手当てがないのではないかという声もございますので、この二点について、ちょっと具体的にお伺いしたいと思います。
○小林(敬)政府委員 お答えいたします。
 阪神・淡路大震災で被災いたしました公立の高等学校の復旧の場合の耐震機能の問題でございますが、この点につきましては、従来から、新しい耐震基準に適合するような補強工事も含めまして補助対象にいたしております。したがいまして、今回被災を受けました公立高等学校等におきましても、この基準でもって復旧工事がなされ、その経費については補助対象に入っている、こういうふうに御理解を賜りたいと思います。
 それから、なお、この七年度から一般的にこういう補強工事につきましても新たに起債措置等が講じられまして、私どもとしては、今後それを利用した補強が進んでいくのではないかと思いま
す。
 それから、さらに、平成七年度から耐震度調査に係る経費を補助の対象につけ加えまして、こちらの方の充実が図られたところでございます。
○藤村委員 ちょっと確認ですが、公立高等学校の耐震補強工事の件も今そういうことであるということでございますね。
 地元大阪の方では、公立高等学校の耐震補強工事については、実は補助制度がない、何かそういうものができないのかという相談がございましたが、これはもう一度ちょっと教えてください。
○小林(敬)政府委員 御説明がちょっと下手でございました。
 阪神・淡路地区以外の地域におきましても、公立高等学校の補強につきましては新たに起債措置が講ぜられたわけでございます。必要な財源措置がそれによってなされることになったわけでございます。
○藤村委員 続きまして、阪神・淡路大震災の関連でもございますが、奥田大臣、ちょっと聞いていただきたい点は、私ごとでもございますが、私自身は、学生時代から、交通遺児、交通事故で親を亡くした子供たちの奨学援助ということで、学生の募金運動であるとか、あるいはそういう育英事業に直接携わったり、さらに広がりまして災害遺児とかあるいは病気遺児とか、親を亡くした子供たちの奨学制度と教育問題、こういうものにずっと四半世紀以上携わってきた者の一人でございます。
 そんな観点からも、昨年の阪神・淡路大震災というものは大変な、いっときの、一瞬の大災害でございました。当然、災害遺児あるいは阪神・淡路大震災遺児というものが生まれたということで、我々は仲間や後輩たちとともに、何もないわけですから、とにかく二十歳から六十歳未満ぐらいで亡くなられた方の名簿を新聞で拾い上げまして、そして一軒一軒訪ねて、そこにお子さんはいなかったかどうかということで、阪神・淡路大震災による災害遺児の発生というものをおおむね二千人ぐらいのボランティアの人たちとともにつぶさに調査をいたしました。
 その結果として把握したのは五百七十人という数字でございます。これはゼロ歳から二十歳未満ということであります。それからさらに推計をすれば、阪神・淡路大震災での震災遺児は、推計六百四十人程度が発生をしているということでございます。
 ただ、文部省の方では、去年のこの委員会でも私は取り上げたのですが、各都道府県段階でそういうそれなりの報告があるのかもしれないが、まだ集めていない、こういうことでございましたのですが、文部省ではこれぐらいの数字というものの把握はございましょうか。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 このたびの阪神・淡路大震災によりまして、両親や保護者を亡くした児童生徒数につきましては、その実態の詳細については地元の自治体においても完全に把握し切れていない状況にあると聞いておりまして、文部省としましても、全部網羅的には把握し切れていないわけでございます。
 ただ、兵庫県から受けている報告では、小中高校生の被災孤児、すなわち、両親あるいは母子・父子家庭の父あるいは母親を亡くし遺児となった震災当時十八歳未満の児童生徒数ですが、これはおおむね六十名程度と聞いております。
○藤村委員 遺児の問題は、私たちの関連では、昭和四十四年以来、交通遺児というとらえ方ではそういう民間の運動がある程度功を奏し、国の方でもあるいは都道府県の方でも、奨学金制度が新設されたりということで、とらえられてきて、文部省でもそれなりにきっちりと今把握をされております。
 ですから、今後、災害、特に震災の遺児、ここはやはり、今から申しますが、非常にまだまだ大変な問題を残している、つまり心の傷の問題です。そういうことと、それから、一般的遺児の共通した進学、就学の困難性というものなどございますので、余りじゃけんにしないで、少し注目をして、震災遺児のことをひとつ考えていただきたいということでございます。
 そこで、私どもの関係では、あしなが育英会というのは災害遺児とか病気遺児の就学援助をする民間の団体でございますが、ここがそういう人たちの把握をし、それから六十数人への奨学金貸与も去年の四月から始めているところでございます。しかし、そういう就学援助より以上に心のケアというものが非常に今深刻で、かつ重要だということが、去年、育英会の方でも調査をしてわかってきたことでございます。
 我々は、親を亡くした遺児の問題に長年携わってきたのですが、この震災遺児の非常に特徴的に違うケースというのが、例えばみずからも瓦れきのもとで親の死に目に会っているということは、非常に特徴的なことでございます。さらに、自分自身も瓦れきに埋もれ、その恐怖の体験が消えていない。それから、自分の家がなくなっているわけでありますが、その後の生活不安で、結局、片親を亡くした場合でも、親も子も非常に落ちつきがなくなっている。さらに、全体が震災に遭っているということで、周りの復旧、復興の中で、自分のところが取り残されているのではないか、そういう不安感もある。こんなことが、去年の調査で今わかってきたようなことでございます。
 それで、この調査は、実は交通事故とか災害で既に親を亡くして奨学金を受けている大学生の人たちが中心で、家庭訪問をして聞き出してきたわけですけれども、実は、後ほどのいじめの問題でも触れますが、心のケアの問題というのは、特に同じ遺児同士といいますか、あるいは同じ障害を持つような人たちでの、お互いの励まし合いというのが非常に有効である。これは、心理学の先生なんかもそういう話を今持ち出しております。
 いじめでもそうだと思うのですが、過去にいじめられた経験のある大先輩の人が、今いじめに遭っている子供たちと、お互いの痛みを共有するといいますか、そういうことをしながら指導していく、こんなことも必要かと思いますので、そういう障害者あるいは震災遺児同士のネットワークづくりというのも、これまた今民間で進めようとしているところでございます。
 こんなところにも応援ができる部分がありましたら、ひとつ御支援を賜りたいというのが、一つ陳情でございます。
 特に、被災者の中でも親を亡くした遺児の心の傷の治癒について今後フォローが必要だということは、もう昨年末に村山総理大臣が現地に行かれましたときにも身近に感じてこられていることだと聞いております。ぜひともこういうことに対する支援を願いたいというのが陳情でございます。
 具体的には、一月に、震災遺児の子供たちの作文集、こんな本がもう先月出ております。この中にそういう調査も入っております。タイトルは「黒い虹」といいます。なぜ「黒い虹」かというと、昨年の八月に子供たちが集まって励まし合う集いがございました。そのときに、それぞれが木の板に絵をかくという、そんなプログラムがあった中で、ある震災遺児の子がにじをかいた。七色のにしか普通ですが、黒いにじをかいた。このこと一つ見たときに、大変心の傷というものが深いなということをみんなで感じ合って、こういう「黒い虹」というタイトルの震災遺児作文集をつくっておりますので、ぜひこれは大臣にも後ほど読んでいただきたいと思っております。
 そして、このあしながのグループが遺児同士の助け合いをしようということで、神戸に、心のケアセンターといいますか、そういうものもつくろうという民間の動きが出ておりますので、またこれに対しての御支援を賜りたいということが陳情でございます。
 以上、震災の、特に遺児の問題につきまして、奥田文部大臣、もし何かございましたら、お願い申し上げたいと思います。
○奥田国務大臣 先生が、非常に幅広く、献身的にデータを集めて、そして支援の措置を多角的にお考えいただいておる、非常に尊敬をしておりま
す。
 今いろいろと御指摘になりました問題、地元の県の教育委員会にも先生の方からも御連絡をいただきまして、そうして県教委、大阪の府教委と文部省とで、また対応策を考えさせていただきたいと思います。
 私の教えた子供も、宝塚で被害に遭い、幸いけがはなかったのですが、家がかなり傷んで、長い間、電気それから水道も途絶えて、やはりあのときの怖さというのはなかなか消えませんということを今もって言っておりますので、これは人ごとではない、自分のこととしてやはり受けとめて、対応させていただきたいと思っております。
○藤村委員 大変温かいお言葉、ありがとうございました。
 次に、いじめ問題につきまして質問させていただきます。
 最近の報道で、文部省内に、いじめ対策本部ですか、名称がはっきりしませんが、そういうものが設置されたということですので、まず、このいじめ対策本部の性格、目的、あるいは今後の活動の方向性、そういうものについて教えてください。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 いじめ問題の解決に当たりましては、家庭、学校、地域社会が、それぞれの役割を果たし、一体となって取り組むことが必要でございます。文部省といたしましても、全省挙げてこの問題に取り組むために、事務次官を本部長とする、いじめ問題対策本部を設置しまして、二月十三日に発足したところでございます。
 この本部では、学校教育を担当する初中局、それから家庭教育や青少年教育を担当する生涯学習局、体育、スポーツを担当する体育局、教育条件整備を担当する教育助成局、それから教員養成にかかわる高等教育局など、関係局課の各種施策の調整を図り、緊密な連携を保ちながら、いじめの問題に取り組むこととしております。
 当面は、先日、二月十日の臨時教育長会議で出されました意見あるいは要望などを踏まえまして、いじめ問題の対策について議論することとしておりますが、文部省に専門家による調査研究協力者会議がございますので、そちらの方との連携を図りながら、必要な緊急的対応措置あるいは総合的な施策について取り組む予定でございます。
○藤村委員 その中で、先ほどの震災でもやはり今からが心のケアだということを指摘しておりましたが、いじめ問題は、まさにこの子供たちの心のケアというか、先生が子供たちの心の中にある程度入り込みながら指導していく、そういうことが非常に重要ではないかと思います。
 そういう意味では、文部省の方では、本年度から学校カウンセラーという形で、各県三人ずつ配置をし、私も、これは去年の委員会でも質問をして、なかなかいい成果を上げているということを、現場の愛知へ行っても聞いてまいりました。来年度、これはさらに、四倍近い増員で全国五百六校に配置をしていただくということでございます。
 特に、阪神地域、震災ということで、先ほどの心のケアと絡んで何か特別な措置をしていただいておりますでしょうか。
○小林(敬)政府委員 私ども、兵庫県に対しまして、平成七年度におきまして、教職員定数で特別な措置をとったところでございます。
 考え方は二つございまして、一つは、平成七年五月一日の在籍児童生徒数に基づく教職員定数に、平成八年三月末までに兵庫県に戻ってくると見込まれる児童生徒数に基づく定数を加えた定数を年度当初から保障しようとする特別措置、それともう一つ、ただいま先生からお話がございましたけれども、児童生徒の心の健康の問題の相談に適切に対応できるようなカウンセリング担当教員の加配、この二点でございます。
 今、八年度として私ども考えておりますのは、兵庫県の御希望に沿った線で対応していきたいと思っておりまして、そのカウンセリング担当教員につきましては二百七名の定数措置を行う予定にいたしております。それから、一番目に、最初の方で申し上げたことにつきましては、ただいま県とも相談をし、関係省庁とも協議をして決定をしていきたいというふうに思っておる次第でございます。
○藤村委員 兵庫県にカウンセリング担当教員二百七人加配ということで、これは地元の方も非常に喜んでいる様子でございますので、ぜひ実施をしていただきたいと思います。
 それで、今そこに出てきましたカウンセリング担当教員というものでございますが、これは一体どんな先生なのかということでございますが、何か資格があるのかどうか、教えてください。
○小林(敬)政府委員 私どもとして考えておりますことは、特定の資格を持った先生ではなくて普通の先生で結構だというふうに思っております。
○藤村委員 そこで、奥田文部大臣、日本学校教育相談学会というのがございまして、そこが、ことしの初めからでございますが、いわゆるこの学会が認める、学会認定学校カウンセラーというものを始めたのです。それは認定制度でございますが、このことを御存じでございましたでしょうか。
○奥田国務大臣 私は、この七年度から文部省が発足させましたスクールカウンセラー、これについては伺っておりましたけれども、今先生が御指摘の学校カウンセラーにつきましては、よくは存じ上げません。
○藤村委員 まだできたばかりで、つまり今から動き出すというところでございますが、ちょっと簡略に御説明しますと、学校の教師自身が学校教育相談やカウンセリングなどの研修を積み、校内において学校教育相談を推進するとともに、問題行動に向き合っているホームルームの担任教師を援助する、そういう人材を発掘し、そして認定をするという民間の日本学校教育相談学会の制度で、スタートしたばかりでございます。
 細かくここの認定制度の資格その他を見てみると、非常にきっちりと研修をさせたりということで、つまり普通の学校の先生がカウンセリングマインドをきっちり備えて、その任に当たるという人たちを今からつくっていこうということでございますので、スクールカウンセラー、ある意味では専門家でございますが、その専門家が配置されたときのいわゆる補助役の現場の学校の先生をひとつつくっていくというふうな制度でございます。
 ぜひ文部省も、今後ともこういう応援をできる範囲でやっていただきたいな。ことし一月にスタートしてもう既に受験希望者が全国で二百数十人いらっしゃるそうで、今から認定をしていくという話でございますし、さらに、今から学校の先生がまさにカウンセリングマインドを持ってもらおうという、始まるばかりでございますが、こういう動きがございますので、これはぜひ文部省でもフォローをしていっていただきたいということを御要望したいと存じます。
 続きまして、教育の地方分権という、ちょっと大変大きなテーマではございますが、話題をそちらに変えさせていただきます。
 いろいろな分野で今地方分権ということが叫ばれ、そして昨年は国会でも地方分権推進法をつくり、推進委員会を発足させてスタートをしているところでございます。ここで、文部省文教政策、つまり教育の地方分権についての基本的な考え方を、まず奥田文部大臣にお伺い申し上げたいと存じます。
○奥田国務大臣 教育でありましても、先生おっしゃるとおり地方分権、これは大事でございますが、もう既に地方の市町村、自治体が主体的に実施をしておりますから、地域の実情に即しまして、国は主役でなくてどっちかというとわき役の立場で、制度の枠組みの問題、それから学校の設置基準や教育課程の問題、それから地方公共団体に対する助言、援助、こういうような問題で、言うなれば応援団のような、そういう立場にあるこ
とも、先生に御理解賜りたいと思います。
○藤村委員 基本的に、そういう戦後の新しい学制の中、教育施策の中で進められてきて、本来その地方の教育委員会というものが、ある意味では教育が一番最初に地方分権されたのではないかと思うぐらいでございます。ただし、それが戦後五十年を過ぎてきて、その建前がやや建前化するというか形骸化するというか、何となく教育が今中央集権でないかという部分も出てきておるし、そういう問題がこの地方分権推進委員会の方で今御検討中ではございます。三月にそれなりの中間報告が出るようでございますが、大分指摘をされておりますので、私もその幾つかの重要な点をちょっとここでお伺いしたいと思います。
 まず第一に、今の就学校の指定、自分がどこの学校に行くかということの指定は機関委任事務となっておりますので、つまりこれはまだ国の権限というか、その力があるということでございます。地域の実情や保護者の意向等を考えますと、いわゆる本当に地方の市町村が主体的に決定できる団体事務とすることができないのかどうか、この点について教えてください。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 憲法二十六条の規定する教育を受ける権利の保障につきましては、これは国が責務を負っているものでございます。その責務を果たしまして保護者が就学義務を履行することを確実に担保するためには、就学事務は国の事務となっておりまして、この事務を市町村あるいは都道府県の教育委員会に機関委任しているところでございます。したがって、機関委任事務として、市町村の教育委員会が小中学校については、それから特殊教育諸学校については都道府県教育委員会が就学すべき学校の指定を行っているものでございます。そして、具体的なその学校の指定につきましては、道路やあるいは河川等の地理的な状況、あるいは地域社会がつくられてきた長い歴史的経緯、あるいは住民感情、地域の実情に応じて、市町村の教育委員会が具体的な学校の指定を行っているものでございます。
 したがって、現在地方分権推進委員会におきまして国の機関委任事務全般のあり方について審議が進められているわけでございますが、就学すべき学校の指定につきましても、その一環として検討されていると承知しているところでございます。
 それで、文部省としましては、基本的には国と地方公共団体の適切な役割分担のもとで地方分権を推進していくことが重要であると考えておりますが、この就学する学校の指定の問題につきましては、就学する学校の指定を機関委任事務から地方公共団体の事務とした場合に、憲法上の国の責務を果たすことができるのかどうか、そこはもう少しきめ細かく検討していくことが必要であろう、こう考えております。
○藤村委員 それに近い話で、都道府県教育長は今文部大臣の任命承認ということになっております。これはその教育委員会制度ができて、日本の教育制度の当初からの、基本的には地方分権の発想があって、あるいは県の教育委員会も市の教育委員会もある意味で同格である、あるいは文部省もそういう意味では同格である、上下の関係ではないという発想がある中で、文部大臣がわざわざ地方の、都道府県の教育長の任命承認を行わないといけないのかどうか。あるいはこれを外して、これも地方で任命ということでどうしていけないのかなというのをちょっと教えていただきたいんです。
○小林(敬)政府委員 教育長の任命承認制度は、義務教育分野における国と都道府県と市町村の三者の連携協力の必要性や教育行政における政治的中立性を含めた教育の中立、安定の必要性にかんがみまして、国、都道府県、市町村の連携協力のもとに、柔軟な方法で適格者を確保しようという趣旨から設けられたものでございまして、これにより教育長の選任が適切かつ慎重な配慮のもとに行われてきたところでございます。
 ただいま先生からそういうふうな御指摘がございましたが、分権推進委員会でも検討事項の一つになっております。文部省といたしましては、地域における教育行政を一層活性化をし、地域の実情に即した施策の推進を図ることが求められているものと認識しているところでございますので、今後の推進委員会の審議状況も踏まえながら、教育委員会を活性化させるという観点から、ただいま御指摘のありましたような問題を含めて、今後慎重に検討をしていかなければならないというふうに考えておるところでございます。
○藤村委員 要は、慎重に検討するということはなかなか難しいというふうに受けとめたんですが、先ほどの就学指定校の問題の機関委任事務、団体委任はなかなか難しい。これは、いわば教育を受ける権利の保障と教育の機会均等という、憲法につながる部分としてそれなりに理屈が立つんですが、教育長の任命承認というのはそことつながりがあるのかどうか。むしろ、国、それから都道府県教育委員会、市町村教育委員会というのは、ある意味では同列で相互に連携をとるということが重要であるし、地域の実情に即してというのなら、国は遠いわけですから、より地方に任せていくということがどうしてとれないんだろうか。そうしたら何が一体不都合なのかということを教えていただきたいんです。
○小林(敬)政府委員 先ほど申し上げましたように、この制度が昭和三十一年に設けられました時点におきまして教育委員会が所管をする仕事の最も大きなものの一つは、やはり義務教育であったかと思います。この義務教育の水準を維持し、向上させるためには、国と都道府県とそれから市町村の三者の協力体制をどうやって緊密なものにしていくか、またそれを制度的にどう担保していくか、こういうことが大きな課題であったかと思います。そういうことで、いろいろ検討をした結果、この教育長の任命承認というものが出てきたものと考えておるわけであります。
 それともう一つは、やはり教育行政というものは、教育委員会制度そのものがそうでございますように、党派的な争いの影響を、子供に悪影響を与えたくないというところから教育委員会制度が設けられ、そのかなめとなる教育長にもやはりそうした要請があるわけでございます。そういったところもこの承認制度によって制度的に担保したい、こういうふうな考え方だったわけでございます。
 ただ、今日この問題が推進委員会の方で取り上げられておりますけれども、私どもとしては、やはりこれだけを取り上げるというのではなしに、教育委員会をどうして活性化したらいいのか、その中の重要な一環として、その教育行政のかなめともなる教育長にすぐれた人材をどうやって確保していったらいいのかというふうな観点から検討をしていくべき問題だと思います。
 教育委員会を活性化させるというためには、もちろんこの問題のほかにもいろいろあるわけでございます。例えて申し上げますと、市町村の場合には小規模の市町村というのがかなりあるわけでございます。これらの小規模の市町村の教育委員会は、やはり法律上の建前からしますと、大規模な教育委員会と同じ権限が与えられている。ところが、実際には、そうした小規模な場合にはその与えられた権限が十分に生きてこないというふうな問題もございますし、また、市町部局との関係でさまざまな所管事項をどういうふうに決めたらいいかというふうなことも重要な問題となっているのが今日の状況でございますので、そうしたものもひっくるめまして、教育委員会をどうして活性化したらいいかという観点から考えてまいりたい、こういうことでございます。
○藤村委員 その観点はそのとおりだと思うんです。ただ、今言っているのは、都道府県教育長の任命承認という話でありまして、これが教育の地方分権という大きなとらえ方でいうと、文部大臣承認ということから外すという意味では一つ教育の地方分権は実際に動くんじゃないか、それこそ教育委員会の活性化にまさに一つ切り口をつけるんじゃないかとも考えるわけでございます。
 ですから、まだ今からの議論になりますので、これは余りかたくなに、きょうまでやってきたから今からもやるんだというふうな説明も実は文部省の説明にありますので、やはり、いやそうじゃない、教育を地方分権していくんだという姿勢をあらわす部分でもあると思いますので、これはぜひ考え続けていただきたいと思います。
 さらに、同じような問題でありますが、いじめ問題での対応とか個性を伸ばす教育ということが一番今言われているわけで、そしてほとんどの都道府県では国の基準を超える教職員の配置を実際にはしているわけであります。そこで、学級編制や教職員定数の定め方について、しかし国はこうだと言っている。それは憲法の権利の保障あるいは教育の機会均等につながるわけですが、それはあるレベルを保障するわけで、そこから先のことは地元に相当任せていいんじゃないか。
 それまで規制するというか、それはおかしいみたいな文部省の答えがあるので、つまり、学級編制とか教職員の定数の定め方、あるいはこれだけを確保してくださいよという定め方にしてもいけないのか。こうでなければいけないというのじゃなしに、今は、例えば都道府県でこれだけという範囲の中ではちゃんとやってください、それは柔軟性はあるわけですが、さらに全体の教員定数というもののとらえ方も変えていかないといけないんじゃないかということを申し上げたいんですが、いかがですか。
○小林(敬)政府委員 教職員定数につきましては、実際上、私どもとしては、現在の標準法が、これは法律でございます。その法律で算出された定数というものを一つの標準とし、それが国庫負担の対象になるという、こういうシステムでございますので、それを上回って地方が単独で設置をするということについては、何ら私どもクレームをつける余地はございません。現に、多くの都道府県におきまして、県担教員というものが配置されております。
 そういうことでございますので、あるいはちょっと誤解があるのかなというふうには思いますけれども、ただ、一方でその標準法をベースにした国庫負担がございますから、この国庫負担の対象になるかならないかというところは、やはり厳密に考えさせていただかざるを得ないというふうに考えております。
○藤村委員 これは今ヒアリングの段階で、文部省が、都道府県教委が国の標準と異なる学級編制基準を定めることは、全国的な教育水準の維持や財政的に裏づけられた安定的な教育条件の確保の観点から問題があると指摘しているわけですが、国の基準を下回ることは問題がありますけれども、実態は、上回ることに問題があるようにとらえられるのですが、いかがですか。
○小林(敬)政府委員 実際問題として、上回るケースというのは余り私ども考えたことはないわけでございます。むしろ私どもがずっと警戒していたのは、下回るケースを抑えよう、こういうことでございました。ですから、下回ることと上回ることをあるいは同じように考えてとっていただいたのかなというふうに考えておるわけでございます。
 もし若干上回ることが仮にあったといたしました場合には、またそれがどういうふうな影響を与えるのかということも考えなければなりませんけれども、これを一概に上回っているからけしからぬ、こういうふうな態度は、やはり私どもはとるべきでないというふうに思います。
○藤村委員 そうだと思うのです。こうでなければならないという国の押しつけでなしに、ここだけは確保してくださいよ、そこから先はそれぞれ地方のやはり独自性を発揮してくださいよというものが、国の一つの教育施策の姿勢ではないかなということだと思います。
 もう一つ、公立の図書館、博物館、公民館の設置、運営に関して、今、法令で詳細な基準が定められているために、住民ニーズに適合した効率的なものとなっていないという地元の声が出てきているわけでございます。これらの法令を廃止することはどんな問題がありますか。
○佐藤(禎)政府委員 図書館等につきましては、特に補助事業の対象になります事業につき、館長等の必置規制の規定がございます。こういうことがこれまでも問題とされてきたわけでございます。このことにつきましては、私どもも生涯学習審議会の中で、全体としての職員の充実という観点から前向きに検討をしている、こういう状況でございます。
○藤村委員 そういうことだと思います。この部分というのは、相当これは廃止していけるのじゃないかということを指摘したいと思います。
 これら、実はもっともっとたくさんの項目で、今、教育のそういう分権、あるいは機関委任事務を団体事務にという、今の地方分権推進委員会が相当面期的な中間報告を多分三月に出されますので、これを受けとめて、教育の地方分権に対しての、文部大臣、今の議論をお聞きした上での所見をちょっとお聞かせ願いたいと思います。
○奥田国務大臣 機関委任事務は大体五百を少し上回ったぐらいあると思うのです。今の橋本内閣ができます前の村山政権時代から内閣を支えておる与党の三党では、行政改革、なかんずく一万一千ぐらいございました規制緩和、これとそれから地方分権、こういうようなことを中心に今真剣に取り組みまして、一千九十一件につきましては三月の末には規制緩和をやろうというような計画も立てて、実行が目前に迫っておるわけでございますが、地方分権につきましても、単に教育は例外でなしに、やはりもうこれは地方の時代でございますから、東京一極集中がこれだけいろいろと批判をされ、またみんな共鳴を国民的に言っておる、地方の活性化は大事な問題でございますから、やはりそれに政治も行政も正比例をしてやっていかなければならぬ大事な課題だと思っております。
○藤村委員 今、奥田大臣非常に力強い、地方の時代だ、教育も例外ではないという、この御姿勢を評価し、引き続きその姿勢でぜひ進んでいただきたいということをお願い申し上げます。
 続きまして、教員の配置と今後の採用というふうなことについてお尋ねをしたいと思います。
 午前中、坂口委員の方からの、第六次公立義務教育諸学校教職員配置改善計画で、配置改善だからふえるんだということとは実は違うと思います。この計画自身は、つまりチームティーチング等いろいろな項目で配置をふやす、定員をふやすと。しかし一方で、教員は自然減というのがございますので、平成五年から十年の六年計画がこの六次計画でございますが、この間改善をしてふやすのが三万四百人、その間自然に教員が減るのが六万四百人。結局、この六年で教員は三万人減るんだということでございますので、それは子供が減っている、こういうことだと思います。
 そこで結局、学校教員の採用の数が大幅に、これは年々今減ってきております。そのことによって、学校教員の年齢階層というかに非常にゆがみが出てきている。教員も、私なんかの世代、団塊の世代が非常に多いんですが、それからどんどん細ってきている。企業でもそうですが、若い人が入ってこなくなる、そうすると学校経営上に何か問題がないだろうかということをお尋ねしたいと思います。
○小林(敬)政府委員 若い先生が学校の中で少なくなってきた場合に何らかの影響があるのではないかというお尋ねかと思いますが、一言で言うと、やはり活性化が低下するおそれがあるということは言えようかと思います。
○藤村委員 そこで、学校経営上の活性化が低下するということが、やはり今の学校の諸問題、不登校、いじめを初めとするものにつながってくるのではなかろうか。ですから、教員の全体の定数で毎年三・五%ずつぐらいを新規に採用していくとちょうどバランスがとれて、階層もずっと平均的になるのですが、今やその辺が、新規の採用というのはもう相当低い数字ですよね。事によって、上がふえ、頭でっかちだけれども、若い人が入ってこなくなる、活性化が減じるというところ
に一つ問題点がなかろうか。
 いじめ問題一つとらえていろいろな観点から見れるわけですが、この面でそういうことの影響はないんだろうかと心配するのですが、いかがでしょうか。
○小林(敬)政府委員 学校の先生方の平均年齢といじめとの相関関係を示すような資料そのものはないわけでございますけれども、私どもとしても、平均年齢が上がっていくということに対する一種の不安のようなものというのはやはり持っておるわけでございます。
○藤村委員 そこでお伺いしたいのは、第六次計画で種々の増員の部分をつけながらも、やはり終わったら三万人減りますということですが、今、人口動態を見できますと、平成五年の出生率一・四六をボトムとして、今からはそれなりに上昇傾向にあるというふうにおおむね予測されているところでございます。
 その中で一方では、今度の法案にも、この国会にもかかると思いますが、いわゆる教員養成大学の、いわゆる教職員、教員養成の減少。午前中の質問で奥田文部大臣にも答えていただいておりました、今は非常にたくさんの資格を取る人がたった十数%しか実は教職採用されないんだということでありますが、これはきょうのある新聞ですが、例えば二〇一二年になると四万六千人の教員定数が必要だという、つまり、ちょっと今の方向のままでいくと養成過程にも影響が出てきはしないかなという気がしておりますが、第六次の改善計画終了以降の教員不足ということは少し認識されているのか、いや、こういう計画でやるんだというのか、教えていただきたいと思います。
○小林(敬)政府委員 私どもなりに試算をいたしておるところでは、中長期的なところでございますので若干の誤差があるだろうということでお聞き取りいただきたいわけでございますけれども、小学校におきましては、平成十三年くらいまで児童数が徐々に減っていって、それから増加に転じる。それから中学校につきましては、平成十八年がボトムで以後増加に転じる、こういうふうな推計をいたしております。小中合わせますと、大体平成十五年ぐらいが底ということでございまして、しかし、平成二十年のレベルで大体平成十年くらいの人数だと考えておりますので、現在の教員養成の人数がそのまま維持されていけば、先生が足らないというようなことにはならないのではないかなというふうに考えております。
○藤村委員 今までの教員養成に関して、今後の需給関係を的確な検討をした上でやってきたという視点がちょっと欠けていたのではないか、ある意味では直線的に子供が減っていくというところできようまで減らされてきたという実態があるように思いますので、これは少なくとも中期的にしっかりとした教員需給といいますか、そういうものを立てた上での教職員の定員の考え方をとらないといけないと思いますし、それから、教員の定員を考えるときは、一つは、今四十人学級という制度でございます。
 私ども前委員会でも提案をしておりますが、これは午前中奥田大臣も、ある団体からの三十人学級要望もありますがというのが、私ども新進党も実は三十人学級を提案をしております。これは何も三十人のクラスがいいと言っているのではなしに、そこの考え方を変えることで教員の配置がより柔軟に考えられる、チームティーチングにしても、複数担任にしても。そういう意味での三十人学級提案をしておりますので、この点、学級数というところが一つ政策的には考えられる、動かせるところだと思います。
 それから、その際に私、前回委員会では、一学級何人が適当かということはやはりきっちり研究してくださいよという要望をしておりますが、もう一つ加えたいのが、一人の先生の児童数というか生徒数、PTというのですかね。やはり外国の例を見ると、一人の先生に十数人とか二十人とか、いろいろな例がありますが、これも一つ大きな要素だと思います。つまり、日本の教育にとって教員がどれだけ必要なのかというところは、そういう観点からも見ないといけないということをひとつお願いをしておきたいと思います。
 それで、もう一つ実は、残りの時間で、これは大臣にちょっとまずお尋ねしたいと思いますが、奥田大臣、スペシャルオリンピックスという言葉を御存じだったでしょうか。
○奥田国務大臣 今おっしゃいましたスペシャルオリンピックにつきまして知っているかということでございますが、正直に申し上げまして、先生から質問の予告をちょうだいしましてそれで知ったというような状態で、恥ずかしながらそれ以前は存じ上げませんでした。
 それからもう一つ、先生の方は一クラス三十人をというお話でございましたですね、定員。これは専門家の意見を聞いてみないと何とも言えないわけですけれども、小学校、中学校、発達段階によって適当な人数というのは変わってくるのかもわかりませんが、少なくとも小学校段階で私たちが考えますのに、やはり男女共学でありますけれども、男は男で野球でもソフトボールでも一つのクラスで試合ができるような数ですね、九人二組といいますと十八人になりますか。男女ですと、それの倍。やはりそれぐらいが一番手ごろじゃなかろうかなと、私は素人でそんな感じはしておりますがね。
 これは文部省では文部省なりの対応をとっておるわけでございまして、独自の計画もあるわけでございますから、それはそれで進めてもらって結構ですが、私も、やはり文部省のこれまでとっておる方針に、大体個人的にも似たような考えを持っております。
○藤村委員 学級編制のことでお答えいただきましたので、ちょっとその点もう一度申しますと、私も一学級が三十人がいいという話では実はないのです。つまり、教員の定員を文部省が計画し考えるときに四十人学級という一つの要素、これは非常に重要であって、ここから全部計算式が立っていく。これを三十人という、あるいは三十五人でも、それも変えることが政策的に教員数を変えていけることだということでございます。三十人の学級をつくりなさいということではございません。
 私自身も五十人クラス、それも午前午後の二部授業を戦後経験していまして、それが何も悪いとかいうことでなしに、そこはそこで。また私、前委員会でも国立教育研究所などに、本当に学級定員というのは幾らがいいのかむしろ専門的に研究してほしいという要望もしております。文部省にむしろこれは応援しているわけで、定員を考えるときにここをいじると変えられますよ、今我々新進党もそれを言っていますよという、そういう世論が出てきたときに、非常に大幅に教員のゆとりをつくっていける。
 きょう午前中の質問にもございました、子供にゆとりがない、それはやはり先生にゆとりがないということで、先生にゆとりを相当つくってあげるためにも、何も一学級三十人だからということでなしに、四十人学級もあってもいい。でも、そこに副担任がいて二人で見ていく、こういうことで、つまり定員をふやすためにどういう工夫が要るかという話でございます。
 それで、スペシャルオリンピックス、文部大臣、だれもほとんど知らない言葉でございましたので、ぜひこの機会に知っていただきたいと思いますが、知的障害を持つ子供たち、子供たちだけでもないのですが、人たちの世界のスポーツ大会であります。これはアメリカが発祥で、今世界で百四十カ国ぐらいが四年に一度のオリンピックに伴って、その間その間にやっていく。パラリンピックというのは多分よく御存じだと思うのですね。パラリンピックというのは同じ障害でも身体的障害の方で、一方、知的障害者のいわばオリンピックであります、スポーツの祭典でございます。これが、アメリカが発祥で、相当地域的なボランタリーな運動として世界的に動き出した。日本も十何年前にアメリカの方からの認定を受けたスペシャルオリンピックス・ジャパンというグループが地域で、神奈川県なんですが、できて、
少し活動をし出したのですが、なかなかうまくいかなくて、一たん消滅をいたしました。
 それを見た今度は厚生省の方が、ゆうあいピックという形で、これは知的障害者の国体ですね。そういうものを四年ほど前から支援をし出しているのですが、私は、厚生省がこういう問題に積極的になる以上に、やはりスポーツ、体育の問題でございますし、そして障害者も一緒になって地域でというノーマライゼーションというものが叫ばれる中で、文部省もちょっと真剣に知的障害者のスポーツというものを考えていただきたいと思うのですが、体育局長、何かございましたら……。
○佐々木(正)政府委員 スペシャルオリンピックスでございますけれども、御指摘いただきましたように、知的障害者の心理的、身体的発達と社会適応性の向上を目指す運動訓練プログラムであり、その到達度を発表し合うスポーツの祭典であるというふうに理解をしてございます。
 この我が国の組織は、平成六年にスペシャルオリンピックス日本ということで改めて組織されたようでございますが、その活動等の詳細については私どもも把握していないということもございますので、厚生省とも連絡をとりつつ対応してまいりたいと思っております。
○藤村委員 障害者問題がどうも厚生省に押しやられてしまっている感が否めないわけでございます。
 やはり今後の文部省の生涯教育の中で、特に今のスペシャルオリンピックスというのはボランティアということも非常に絡んでおります。結局、障害のない方がそういう方と接する機会をふやす、それから、どこに障害があろうともごく普通に社会生活をするのだという、それがまさに文部省でも提唱されるノーマライゼーションの考え方であろうかと思いますので、今後の課題として知的障害者のスポーツ大会、これも文部省の体育の分野でもきっちりとらえていただきたいということを要望いたしまして、質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、松沢成文君。
○松沢委員 新進党の松沢成文でございます。一時間という質問時間です。大臣、お疲れだと思いますけれども、よろしくお願いいたします。
 まず初めに、私は神奈川の川崎の選出なのですけれども、この地域は在日朝鮮人の方が大変多い地域でもあるのですね。実は、きょうの大手新聞の神奈川版なのですけれども、朝鮮の高級学校、日本でいう高校に通っている生徒さんたちにも日本の大学への入試資格というのを与えてほしいというのが川崎あるいは横浜で今大きな運動になっておりまして、実はきょうの新聞で私も知ったのでありますが、こういう地元の要望を受けて川崎、横浜、神奈川、この三自治体が文部大臣のところに来週にでも、朝鮮高級学校の生徒さんたちが卒業すれば大学を受けられるという資格を認めてほしいという要望を提出しに、行政の方も一緒になって文部省の方に来たいということを言っている。
 来週には来るのでしょうから、文部大臣としてこれにどのように対応されるおつもりなのか、まず伺いたいと思います。
    〔委員長退席、片岡委員長代理着席〕
○雨宮政府委員 制度的なことを簡単に御説明申し上げたいと思うわけでございますが、我が国の大学入学資格につきましては、先生先刻御案内のとおりかと思いますけれども、学校教育法の規定に基づきまして、高等学校卒業者またはこれと同等以上の学力があるということで文部大臣が定めた者に与えられているわけでございまして、この旨各大学に対しても指導しているわけでございます。
 今御指摘の朝鮮高級学校も含めまして国内の朝鮮人学校のほとんどは学校制度上は各種学校という地位にあるわけでございまして、御案内のように、各種学校の教育内容ということにつきましては法令上特段の定めが設けられていない。逆に申しますと、自由な教育内容を設定して行い得るような制度になっておるというようにも言えるわけでございます。そういうことでございまして、その卒業者に対して、一般的に高等学校卒業者、教育課程はこうこうであるというようなことがその制度上きちっと決められているような高等学校の卒業者と同等以上の学力があると認定するのは甚だ難しいということで、大学入学資格を認めていないということでございます。
 この問題につきましては、我が国の学校教育体系というものをそもそもどう考えるのだということに結局のところ行き着く話でございまして、学校教育体系の根幹にかかわるということで、この問題をどう扱うかということにつきましてはやはり慎重に対処すべき問題であろうかというように考えているところでございます。
 もちろん、先生御承知のように、在日の韓国・朝鮮人を含みます外国人の子供たちも希望すれば我が国の義務教育を受けることができますし、高等学校以上の段階につきましても、そういうルートを通って我が国の学校教育を受けていけば順次入学資格を認められるというルートはあるわけでありますけれども、各種学校の卒業者に対して大学入学資格を、こういうことになってまいりますと先ほど申しましたような対応になろうかと思うわけでございます。
 以上でございます。
○松沢委員 今の説明ですと、学校教育法に規定した高校卒業と同等以上の学力があるというふうには保証できないということだと思うのですね。
 確かに、今の法的にはそういう判断で私も適切かと思うのですけれども、では、例えばアメリカンスクールとか、あるいはドイツの子弟たちを扱っているような学校も神奈川県にはあるのですけれども、こういう学校も日本の学校教育法では各種学校というような形になって、当然アメリカンスクールの高校を出た子たちも大学入試の資格はそのままできない。これは朝鮮だけではなくてすべての学校という判断でよろしいのですか。
○雨宮政府委員 御指摘のとおりでございます。
○松沢委員 わかりました。
 それでは、私のきょうの質問の本題に入りたいと思います。私は、中等高等教育の改革に絞って質問をさせていただきたいと思うのです。
 大臣の何代か前に我が党の鳩山大臣がいらっしゃいましたけれども、鳩山文部大臣のときに、高校入試に過度に偏差値を使ってそれが大きな問題になって、鳩山文部大臣もその改革に向けて努力をしたわけであります。今の高校入試、よく十五の春を泣かせるなという言葉で言いあらわされておりますけれども、今の中学生が受験勉強をするのには過度に負担を与えている。また、内申書あるいは偏差値というのが完全にひとり歩きをしてしまって、生徒の個性だとかあるいは選択の自由というのが奪われてしまっていて、かなり問題が多い。その結果、高校への不本意入学も多くて中途退学者はなかなか減ってこない、簡単に言えばこういう状況があるように思うのです。
 そこで、まず初めに文部大臣にお伺いしたいのは、公立高校の選抜制度、これは各都道府県でも違いますし、いろいろと工夫はされていると思うのですけれども、やはり偏差値によって輪切りにされて、高校選択の自由というよりも偏差値が示した、行かされる学校に入れられてしまうというような形になっていると思うのですが、大臣は、公立高校の選抜制度というのはどういう形が望ましいというふうに思っていらっしゃいますか。大変大きな質問で恐縮なのですが、まず基本的なところを聞かせていただきたいと思います。
○奥田国務大臣 まず、鳩山元文相時代の大きな改革、私もあのときに非常によくやっていただいたという尊敬の眼を今なお捨てずに評価をしております。
 それから、高校の教育改革、なかんずく入学の選抜についてのお尋ねでございますけれども、まず、生徒が意欲や希望を持って学校や学科を選べるということが一つは大事でございますし、もう一つは、生徒の個性を多面的にとらえる、あるいは長所を非常に高く評価をしてやるというような
ことも大事ではなかろうかな。したがって、実際の選考に当たりましては、多様化といいましょうか、例えば面接あるいは論文を書かせてそれを評価すること、あるいはスポーツ面を評価をする、あるいは、この間、一年前の阪神・淡路で話題になりましたボランティアの活動、これも評価の対象にするとか、そういういろいろなことを多元的にとらえて、そうして決めていくというのがこれからますます大事になっていくのじゃなかろうかな、そういう感じを持っております。
○松沢委員 高校選抜制度の自由化というか多様化というか、そういう視点が大事だという御指摘だと思うのですが、先ほど取り上げさせていただきました偏差値偏重の今の高校入試、それの是正のために、鳩山文部大臣以降、文部省はさまざまなことをやってきたと思うのですけれども、まずこの偏差値偏向、偏差値の過度の偏向の是正について、文部省はこれまでどのような措置をとって、これを改革、是正してきたのか、この辺について伺いたいと思うのです。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 中学校の進路指導につきましては、平成五年の二月に通知を出しまして、業者テストの偏差値に依存することなく、学校の教育活動全体を通じて的確に把握しました生徒の能力、適性、興味、関心、それから将来の進路希望に基づきまして、また進学しようとする高等学校の特色や状況を生徒が十分理解した上で、生徒の行きたい学校を生徒が選択をする、そういう方向で指導してきておるところでございます。文部省では、通知の発出以後、各都道府県に対しまして、いろいろな会議を通じて、繰り返しこのことを指導してきております。
 それから、中学校の教員を対象にしまして進路指導研修等もやってきております。それから、進路指導資料を作成しまして、各中学校に配付をしております。それから、地域ぐるみで啓発的な経験の充実を図る。中身としましては、中学生に高等学校の学校訪問あるいは体験入学などをしてもらう中学校進路指導の総合改善事業などを行いまして、進路指導の改善の趣旨徹底を行ってきたところでございまして、各都道府県におきましても、この趣旨に沿って積極的な取り組みが進められているところでございます。
 ただ、この中学校の進路指導の改善だけでは目的が達せられませんで、毎度申し上げているのですが、もう一つは、やはり高等学校の入学選抜の改善を図ること、それからもう一つは、受け入れる側の高等学校を特色ある高等学校にしていく、この三つの要素といいますか、これを有機的に関連づけて実施していくことによりまして、偏差値によらない、生徒の個性に応じた進路指導が展開できる、こういうぐあいに考えておるところでございます。
○松沢委員 今の答弁の中でありました選抜制度の自由化というか多元化、多様化というのでしょうか、確かに進路指導をしっかりさせて、業者テストの偏差値に頼らないような高校選択を先生方がアドバイスをするということは大切だと思うのですが、私は、やはりこの選抜制度のシステムの改善というのは大変重要だと思うのですね。
 そこで、これまで文部省は、選抜制度の自由化、多様化ということをいろいろと各都道府県教委にも指導してきたと思うのですけれども、具体的にどういうことをやってきたのか、これをお聞かせいただきたいと思います。
○遠山政府委員 具体的な事柄でございますが、生徒の個性を多面的にとらえ、それから生徒のすぐれている点や長所などを積極的に評価するために、推薦入学を積極的に活用する、あるいは面接や小論文、作文を実施する、あるいはスポーツ活動やボランティア活動などいろいろな活動の実績を積極的に評価する、さまざまな工夫改善に努めているところでございます。
 また、調査書と学力検査によって選抜も行っているわけでございますが、この比重を変える工夫でございますとか、あるいは生徒が希望に応じて高等学校を選択できる機会を拡大するために、受験機会の複数化についても、各都道府県にお願いしているところでございます。
○松沢委員 高校受験に際して、文部省は、高校側と中学側、この選抜資料をどのようなバランスで見るのがいいと思われるのか。
 具体的に言いますと、例えば中学側での内中ですとか進路指導、こちらに重きを置いて、できる限り落ちない高校に振り分けていく方がいいのか、それとも中学側の資料というのは少し減らして、受け入れ側の高校に、こういう特色があるんだからこういう生徒を選びたいという選択権を与えていくのか、中学側と高校側、この選抜資料の比重というのはどの程度が好ましいと思っていらっしゃるか、これについての見解を伺いたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 高等学校の入学者選抜の合否の判定資料として、先生お話しの調査書と学力検査の成績が用いられているわけでございまして、多くの都道府県では両方の比重を同等にしているところが多いわけでございます。しかし、調査書それから学力検査の成績をどのように利用するかということは、基本的には各都道府県や学校等の判断によるものでございまして、文部省としては、どのくらいの比重が適当であるかということは示していないところでございます。
 そして、そのとき一番大事なことは、受験する生徒本位に考えるというのが一番大事な事柄であろうと思います。国なりあるいは都道府県の方で一つに決めるということは必ずしも適切なことではないのじゃないかというぐあいに考えておりまして、選抜方法につきまして、生徒の個性化に応じ選抜方法を多様化をするという観点から、各学校あるいは学科等あるいは定員の一部ごとに、学力検査を実施しない選抜、あるいは調査書の比重を大幅に軽減し合否判定の単なる参考資料とする選抜、あるいは調査書を用いない選抜を行う、こんなことで多様化をするということがいいのではないか、それで生徒にそれを選択させるということが生徒本位の選抜方法ではないかというぐあいに考えております。
○松沢委員 今大変いい御答弁をいただきましたけれども、どういう試験をやるか、例えば、うちは学力試験を重視しますよというところもあれば、うちは面接やその他の能力を重視しますよというのもあれば、あるいは推薦制を導入しますよというのもある。いろいろ試験の内容を多様化できるわけですよね。そうすることによって、偏差値だけではなくて、いろいろ個性だとか意欲をはかって、特色ある高校をつくるとしたら、その高校にふさわしい人たちを呼べるわけですね。
 そうしますと、試験の内容を決める権限というのは、先ほど、文部省としては、それを文部省が決めて都道府県に押しつけるのではなくて、あくまでも現場の考えを重視するということをおっしゃいましたけれども、そうしたら、その権限というのは各学校が持つべきだと思いますか、それとも、県として一つの、県教委が、我が県ではこういう方向にしていくという形で県教委にその権限を持たせるべきか、あるいは特色ある学校をつくるというのであれば、その選抜方式についても抜本的に、各学校側に試験の内容をつくらせる、極論を言ったら、問題までつくらせるような権限を持たせる、そこまで考えているのか、この辺について伺いたいと思います。
○遠山政府委員 現在の制度では、学力検査は都道府県の教育委員会が中身を決める、こういうことで実施されているわけでございます。そして、学力検査の実施教科数につきましては、現在では大体各都道府県ともおおむね五教科の実施になっております。それから、学力検査の問題については、中学校の教育内容に配慮しながら各都道府県の教育委員会が作成をしております。ただ、どの生徒を入学させるかということは、それは学力検査あるいは内申書等を参考にしながら各高等学校の校長が決めるということになっております。
 したがって、生徒の個性や希望に応じた学校選
択、あるいは各学校、学科等の特色に応じた選抜を可能とするために、各学校、学科等ごとに異なる方法を工夫することも必要であると考えております。例えば、各学校、学科ごとにあるいは定員の一部ごとに実施教科数を増減したり、あるいは教科によって配点の比重を変えたり、学校ごとに学力検査問題を一部作成して付加したり、あるいは教育委員会が多くの問題を作成して各学校がそこから選択をして出題したり、あるいは生徒が教科を選択したり、いろいろなことが考えられるところでございまして、今後とも、各都道府県においてこのような方向でいろいろな工夫が進められるように指導してまいりたいと思います。
○松沢委員 ぜひともその方向でお願いをしたいと思うのです。
 そうしますと、できるだけ現場に権限をおろして、各学校でその選抜制度もアイデアを使って、もちろん大まかなところは県教委で押さえなければいけないと思いますが、やっていくとした場合に、公立高校の学区のあり方、当然この選抜制度と大きく関係してくるわけですけれども、中学生の側の高校の選択の自由というのをどこまで保障するか。その中で、各学校が特色ある選抜制度から学校の内容を持っておるわけでありまして、そういう選抜制度の自由化、多様化というのを各学校レベルにおろしていくのであれば、それに好ましい学区のあり方というのはどのようなものなのか、その辺についての見解というのはあるのでしょうか。
○遠山政府委員 各高等学校の通学区域につきましては、設置者である各都道府県におきまして、地域の実情に即しまして総合的に判断していただくべき事柄であろうと思います。その際に注意していただきたいのは、生徒の居住地によって受験の機会が大きく異なるということになりますと不公平が生じますので、そういうことのないように配慮する必要があろうと思います。
○松沢委員 次に論を進めますと、選抜制度の自由化、多様化について今いろいろ議論をしましたけれども、高校の教育内容の自由化というのも大変大きな課題になると思います。
 そこで、文部大臣の所信表明の中にもありましたけれども、今までのような画一的な教育ではなくて、単位制高校というのをできる限りつくっていこうというふうに書いてありましたけれども、まず初めに、単位制高校の利点、今までの高校、全日制普通科高校とはこういうところが違ってこういう利点があるんだということはどういうものなのかということと、全国的に見た設置状況、どれぐらいこういう高校をつくっているのか、この辺についてお聞かせください。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 単位制高校は、学年による教育課程の枠を設けず、かつ学年ごとに進級認定を行わないで、卒業までに決められた単位を修得すれば卒業を認めるものでございます。単位制高校は、生徒の幅広いニーズにこたえる多様な履修形態を可能にし、生徒が自主的、主体性を持って、みずからの学習計画に基づき学びたい時期に学習できることや、留年等がないために学習意欲の減退やあるいは中途退学等を防止することができるなどの利点があり、特に定時制高校を中心に大きな成果が上がっていると考えております。
 単位制高校は、平成七年度現在四十二県におきまして八十九校設置されておりまして、来年度、平成八年度にはさらにふえまして、四十五県百二十六校に増加する予定でございます。
○松沢委員 この単位制高校の利点、今御説明がありましたけれども、普通の高校ですと年間八十単位とか九十単位、単位が決められておりまして、それが取れないと原級保留というのですか留年措置になってしまうわけですね。その辺を柔軟に、三年間でどれだけの単位を取ればいいかということでやっているということで、教育内容の自由化の面では非常に好ましい方向だと思うのですが、私は、今の全日制普通科の高校にももう少し単位制の要素を取り入れてあげることができないかというふうに思っているのです。
 例えば、今高校生の中途退学者が非常に多い。この一つの原因は、年間で取る単位が決まっているわけですね。それを一つでも落としてしまうとそこで留年になってしまって、また再履修をすればそのままの学年で進めるというふうにはなってないわけです。やはり一つでも単位を落としてしまうと上の学年に進めない。こういう非常に画一的な硬直化した制度であるために、一回留年してしまうとそのまま学校が嫌になってやめてしまうというパターンが大変に多いのですね。
 そういうことなので、全日制普通科における弾力的な単位制の導入ということを今後考えていくおつもりがあるのかどうか、この辺について、いかがでしょう。
○遠山政府委員 先ほど私、単位制高校、定時制を中心にと申し上げたつもりなんですが、全日制課程におきましても、平成五年度からこの単位制高校が設置できるように制度化されておりまして、何校か設置されているところでございます。
 それで、先生お尋ねの件でございますが、一単位落としただけでも留年してしまうような、そういう厳格な学年制を弾力化をすべきだ、こういう趣旨だと理解しますが、そういうことを防ぐために、文部省では、平成六年度入学生から適用されている現在の高等学校の指導要領におきまして、各学校におきまして「各学年の課程の修了の認定については、単位制が併用されていることを踏まえ、」これは高等学校の場合には八十単位というのが卒業要件でございますが、そういう単位制の趣旨と申しますか、それを踏まえて「弾力的に行うよう配慮するものとする。」こういうぐあいに指導要領上明確にしております。したがって、ある学年において数単位不認定となった生徒についても、一律に原級留置いわゆる落第という扱いではなくて、可能な限り弾力的に運用することとしまして、学校が定めた卒業までに修得すべき単位数を修業年限内、例えば普通であれば三年ですが、三年内に修得すれば卒業が可能となるように配慮することを求めております。
 それから、全日制の単位制高校でございますが、現在、平成七年度で七校設置されておりまして、来年度はこれが十六校にふえる予定でございます。
○松沢委員 もう少し話を進めますと、一つのアイデアとして、学区があります、その学区の中で学校間連携みたいなことをやって、これから特色ある高校をつくるわけですから、いろいろな特色のある高校が、A校、B校、C校とできてくるわけであります。たとえB校に入っても、そこにはない単位がA校やC校にある場合に、学校間連携をすることによって、例えば年間八十単位を取らなければいけない、その中の例えば二十単位はほかの連携されている学校で履修をして、それを自分の単位に生かせるような、こういう学区内の学校の連携による単位の習得ですね、こういうことも、私は、教育内容を弾力化、自由化するというのであれば考えてもいいと思うのですけれども、そういう発想というのはないのでしょうか。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 先生おっしゃるのは、学校間連携と私ども通常言っている事柄でございまして、生徒の多様な実態に対応して生徒の選択学習の機会を拡大するために、自校において生徒の多様な実態に対応した教科、科目の開設が困難な場合などに、生徒にほかの高等学校の科目を受講する機会を与えて、その学習の成果を自校の科目の単位として認めるものでございます。
 例えば、普通科の生徒に対しまして、その普通科では情報処理の関係の設備がないために、普通科の生徒が情報処理の関係の科目を勉強したいというときに、近くの商業高校に情報処理の科目があるときに、情報処理の科目をその商業高校で履修して修得すれば普通科の高校の単位として認める、こういう制度でございます。
 こういうことが平成五年度から制度化をされておりまして、平成七年度では十五県五十八校で既に実施をされております。それから、平成八年度からは新たに七県で実施される予定でございまし
て、今後、さらに各都道府県、各高等学校がこの制度を積極的に利用していくことを期待している次第でございます。
○松沢委員 私もちょっと知りませんでした。そういう形で進んでいるということなので、ぜひとも進めていただきたいと思います。
 そこで、今度はちょっと公立高校内での転校について伺いたいのです。
 いろいろな理由があると思うのですが、その学校でうまくいかずに、もちろん単位が取れないというのもあるでしょう、あるいはほかの理由もあるかもしれませんが、学校をやめざるを得ないとなった場合に、もう一度公立高校、ほかの学校でやり直したいという場合は、幾ら三年で退学をしたとしても一年生からやり直さなければいけないというのが今の現状なのですね。そうすると、三年まで来てやめてしまってもう一度一年に入り直すというのは、年齢から考えてもかなり難しい選択でありまして、そうなる生徒は、ほとんどがもう高校教育をあきらめてしまうというようなパターンが、私もケースで考えると多いと思うのです。
 そこで、ぜひとも公立高校内で、どうしても仕方がない理由のあった場合の転校を認めるような方策も考えられないかと私は以前から思っておりました。そうしている間に、先日新聞記事で、東京都が転校制度を認めようという方向で制度をつくったというふうに聞きました。私はこれはよく内容を知っているわけではないのですけれども、一つの画期的な動きだと思うのです。
 そこで、文部省はこの東京都の選択にはどういう評価をされているのか。また、公立高校内での転校を認めてしまった場合に、当然そこにはデメリットもあると思うのですね。転校を悪用して、自分の第一希望の高校じゃないけれども入っておいて、一年たったら転校すればいいじゃないか、こういう悪用も考えられるわけでありまして、その辺のデメリットをいかに防止するかという点も含めて、この東京都の、転校を認めたという制度についての文部省の見解を伺いたいと思います。
○遠山政府委員 先生お話しの高等学校の転校の話ですが、これは制度的には現在でも可能でございまして、学校教育法の施行規則で、転学先の校長は教育上支障がない場合に許可できるということになっておりまして、修得した単位に応じて相当学年に転入することができるとされております。
 したがって、東京都が平成八年度から実施したいということ、これは制度上違反とかそういうことではございませんし、それから、東京都以外にも既に何県かで実施されているところでございます。文部省としては、従来から各都道府県に対しましては、転入学につきましては可能な限り弾力的に取り扱うよう指導しているところでございます。
 しかしながら、やはり高等学校について学校格差ということが現実にはあるものですから、なかなか同一県内での転校については、特に全日制の場合には保護者の転勤等の理由以外によってはなかなか、大幅にといいますか、大きく認められている状況にはございません。そして、実施しているところについても、原則としてやはり欠員がある場合に限っているところがほとんどでございます。
 文部省としましては、かねてから、生徒の積極的な進路変更を可能にするということから、開かれた学校の仕組みを整えることが必要であるというぐあいに考えておりまして、転校あるいは転科の円滑な受け入れについて、各都道府県に配慮をお願いしてきたところでございます。
    〔片岡委員長代理退席、委員長着席〕
○松沢委員 今おっしゃるとおり、同一県内の高校、特に同じ学区内の高校等では、私もいろいろな生徒に相談を受けましたけれども、ほとんどの場合不可能ですよね。制度上認められておっても、おっしゃったように学校間格差の問題があったり、それを余り自由に認めてしまうと、本当に不本意入学を解消するために学校をどんどん移るということになってしまうという弊害もあったと思います。
 ただ、私は、今回の東京都の実験というのは大変重要だと思いまして、中途退学者を減らす、あるいは高校教育を受ける権利をいい意味で保障するという意味ではこの制度は非常に重要だと思いますので、文部省の方でもぜひとも東京都の制度を見守って、またいい方向に、全国的に推進をしていただきたいと要望をしておきます。
 さて、三つ目の自由化なのですけれども、これは、学校施設あるいは学校人事の自由化として私は位置づけたいと思うのです。
 公立高校の場合は、公立の小中学校と違いまして、ほぼ多くの県では学区が大きいわけですね。一つの学区の中に複数の公立高校があるという県が大変多いわけなんです。したがって、地域との密着度という意味では、小学校、中学校に比べて、大きな学区の中に幾つもある高校でありますから、やはり薄いわけでありまして、ここに、小学校、中学校の地域との密着性とは違った公立高校の現状があると思うのです。
 それで、今、企業市民論ということをよく言われています。企業も利益追求だけに走るのではなくて、地域社会にお世話になって活動しているわけだから、地域社会とともに生きていくような、そういうアイデンティティーを持つべきだということがここ数年間言われておりますけれども、私は、公立高校を含めた公立学校についても、何というか、学校市民論ともいうべき、地域とともに生きる学校というのをつくっていかなければいけないと思うのです。
 それは、今まで特に公立学校は、あるいは公立高校と言った方がいいかもしれませんが、余りにも地域社会との縁が疎遠であったと非常に思うわけなんです。それは、学区が広いという問題もありますけれども、学校というのは先生と生徒のものだ、学校は地域の中での聖域で、教育をやる聖域の場なんだ、こういう感覚が強かったと思うのですが、私は、そうではいけない、やはり学校というのは地域のコミュニティーセンターとして地域住民とともに生きる、学校市民論というような形の論を展開しているわけなのであります。
 そうしますと、それをするために何をすればいいのか。最大のテーマは、学校をいかに地域の中に開放していくかということであるかと思うのです。
 そこで、まず初めに文部大臣に、この学校市民論、学校聖域論という考え方もあると思うのですが、私はあえて学校は地域とともに生きるべきだという考えで学校市民論というのを展開しているのですが、ここら辺についての文部大臣の見解を伺いたいと思います。
○奥田国務大臣 先生おっしゃるとおり、私も、学校は市民の学習、スポーツあるいはお花だとかお茶を展示したり生ける、文化の活動の地域の拠点、こういうものにできるだけ開放をすべきだという考えであります。
 それで、文部省の統計によりますと、もう既に八九%が開放している、こういう数字が平成五年度の数字でも上がっておるわけで、これは大変喜ばしいことでございます。これは一般論で、恐らくその数字というのは、体育館でありますとか運動場の利用とか、そういうことであろうと思うのですよ。
 ただ、私はもう一つ欲張りまして、役所に聞きますと、小中学校の教室の数、全部で五十二万四千七百六十三あるというのですよね。その中の余裕教室が、生徒が少なくなっておりますから、大体一割で五万四千百、このような余裕教室がある。その中で、今申し上げたようなことで使ってもらっておる、学校以外の社会教育とか体育とかあるいは学童保育とかいうようなところでもう既に使ってもらっているのもかなり、老人福祉でもそうでありますけれども、千四百六十五はもう使ってもらっているというのですね。完全にあいているのがしかしまだ八千七百八十五あるという。これは私、最近もらった数字であります。
 そういうのをやはり地域のために、あるいは生涯学習の場として十分に活用してもらうことはどうだろうかな、それが即また地域の活性化にもつながるしと、こう思っております。
 私のところの京都市内の中心部の学校は、これは明治二年に明治天皇がちょっと東京へ行ってきますよと、いまだにお帰りにならぬわけですね。でございますから、こんなことでは教育を起こさなければいかぬ、あるいは商店街をつくって町の発展を考えていかなければいかぬということで、明治五年の学制ができる前に、明治二年にもう住民が土地を出し合って小学校をつくったわけです。立派な名前をつくった。これは今でも、これは我々の学校やと、こういう意識が非常に強いわけです。中心部ですから過疎、子供の数が減ってきまして、統合する、我々の学校をどうするんだというので、非常に難しい側面もありますけれども、やはりそういう非常に根強い意識ということも大事にして、活用方法を考えていかなければならぬというように思っております。
○松沢委員 文部大臣の経験に基づいた御意見を拝聴いたしまして、私もそのとおりと思います。
 そこで、ちょっと具体的なことをお聞きしたいのですけれども、今、全国的に見て、文部省が押さえている数字で、学校施設、特にグラウンド、体育館、プールあるいは図書館ですか、こういうものの開放状況を、特に小中学校に比べて公立高校の場合は、クラブ活動で使う時間が長かったり、あるいはさっき言ったように地域との密着性が小中学校ほどありませんから、そこまで進んでいないように思うのですけれども、大まかな数字でいいのですが、やはり高校は小中学校に比べてかなり開放度は低いように私は神奈川県の高校を見ていて感じるのですが、その辺の大きなデータというのはありますでしょうか。
○草原政府委員 開放の状況ですけれども、平成五年五月一日の時点における調査がございます。これによりますと、公立の小学校、中学校、高等学校すべて合わせますと、先ほど大臣が申し上げましたように、八九%の学校が何らかの学校施設を地域社会に開放しているという状況でございます。
 その中で高等学校だけを見てみますと、全体の高等学校の六三%が学校施設を開放しているということでございます。この六三%といいますのは、すべての高等学校のうちの六三%でございまして、その中には例えばグラウンドとか体育館がない学校もございますので、そこを多少配慮いたしますと、実際の開放率はもう少し高くなると思われます。それについては数字は把握しておりません。
○松沢委員 その開放のやり方なんですけれども、私の近隣の学校ではほとんどが、開放しているというのですが、団体登録制なんですね。体育館でもプールでもグラウンドでも、例えば地域の子供会とかあるいは地域の何々野球リーグとか、こういう団体として登録して、それで利用がかち合うと抽せんで決めているのですね。
 ところが、地域社会にはそういう団体に組み込まれてない圧倒的な多数の市民がいるわけでありまして、私は、やはり個人開放、これはすべての時間ができるわけではありません、に持っていかなければ、本当の意味ですべての市民が気軽に利用できる学校にはならないと思うのです。例えばプールを利用する場合に、団体に入っていないと利用できないというのでは、ほとんどの方は利用できないですね。やはり個人で行っても家族で子供を連れていっても、この時間は地域のプールなんだということでだれでも利用できる、こういう方向に持っていかなければいけないと思うのです。
 個人に開放すると、事故があったときの補償の問題ですとか、いろいろ管理者側の論理が先に立って、難しい難しいとどこの学校も言うわけでありますけれども、ぜひとも今後の開放の方向の中に、団体登録制だけじゃなくて個人に向けての開放というのを重点を置いてやっていただきたい。そうしないと、一般の多くの市民は、開放していると行政側は言うのだけれども、そこにあるプールがいつもすいているのにやはり全然泳げないという、こういう状況がずっと続いていくわけでありまして、これは要望にしておきますけれども、個人に向けての開放というのに文部省が旗を振っていただければなというふうに思います。
 さて、高等学校の議論に戻りますけれども、高等学校を活性化させる、特色ある高校をつくるためには、私は人事の自由化というのも大変大きな要素になってくると思うのです。
 そこでお尋ねしたいのですけれども、高等学校の校長先生というのは、会社に例えれば社長さんであります。この校長先生の平均在任期間と、それと校長就任のときの平均年齢、平均年齢というか、なったときの年齢ですね、これはどれくらいでしょうか。文部省、数字があったら教えていただきたい。
○小林(敬)政府委員 公立高校の校長の平均在職期間でございますが、平成六年度末に退職をされた方について見ると、全国平均で二・七年となっております。念のために申し上げますが、これは一つの学校に二・七年いた、こういう意味でございます。(松沢委員「二つ三つやる人もいるということですね」と呼ぶ)はい。
 それからまた、就任時の平均年齢でございますが、平成七年度当初に校長として登用された方について見ますと、全国平均で五十五・三歳となっております。
○松沢委員 特色のある高校をつくらせるためには、やはり会社の社長さんが自分の経営理念を持ってその会社を運営するように、私は、学校の校長先生がある一定期間権限をしっかり任されて、自分の教育理念に基づいてその学校を引っ張るという時間と権限が与えられていなければ難しいと思うのです。
 今お聞きしましたように、校長先生になるのがもう五十五歳を過ぎてから、そして平均在職期間は一校につき二・七年。余りにも短過ぎると私は思うし、また退職の直前にローテーションによって校長先生になりましたというのでは、逆に言えば保身に走ってしまって、余り過激なことをやって周りに敵をつくって退職金もらえなくなっちゃうよりも、とにかく無難に無難に三年間校長の仕事を全うしよう、こういう保身になるのは目に見えていると思うんですね。そう思いませんか、いかがでしょうか。
○小林(敬)政府委員 御指摘のようなケースもあるかと思いますが、せっかく教職の最後に校長におなりになったわけでございますので、すべての教職をかけてやっていただきたいなと思います。
○松沢委員 ちょっと酷な質問だったと思うんですけれども、本当に特色のある高校、公立高校も特色のある、地域に根差した高校をつくるのであれば、思い切って、やる気のある先生には四十代ぐらいから、おまえ、五年十年かけてこの高校をおまえの理念でやってみろというような大胆な権限と時間を保障してあげないと、公立高校がそれぞれ特色を持って、地域に根差して活性化することは私はできないと思うんです。
 これは余りここで議論をしてもしようがないですけれども、ぜひとも、単にローテーションの中の人事で校長を退職前にやるというのではなくて、やはり五年以上の時間を保障して、そしてかなり若いうちからその高校をつかさどることに、任せるというような大胆な権限移譲が必要だと思いますので、これは要望にしておきます。
 そこで大臣、大臣も教員の経験があったそうであります、今の日本の教員の資質について、大臣はいかが見解をお持ちですか。
○奥田国務大臣 いろいろと言われております。いじめの問題が表ざたになりますと、学校はどうしたの、先生はしっかりしているのというようなところで、矛先がどうしても学校へ来るんですよね。
 それで、私は、全責任が学校に、先生にあるとは申し上げませんけれども、もう少し学校の先生
も自信を持ってほしいなと。そうして、子供だけでなしに、いろいろ家庭についても言いたいことがありましょうから、子供の健全な生育を願っておる先生であるとすればするほど、親に対しても注文をつけたいときが間々あると思うんです。そういうときには遠慮なくつけていける、それだけ胸を張って注文ができるような、そういう先生になってほしいな、決して今は百点満点というわけにはまいらないという感じは持っております。
○松沢委員 私は、教員こそが、生徒を指導するわけでありますから、豊富な経験を持つべき人材だと思うんです。しかし、残念ながら、今の日本の教員制度の中では、難しい大学を出て、難しい国家試験に通って、それで超エリートとして二十三歳ぐらいで学校に赴任をして、その塀の中でずっと教員人生を送るわけですね。こういう人生が決して悪いというんじゃありませんが、余りにも、生徒を指導する教師としての豊富な経験を積むということにシステムとしてなっていないということを強く感じております。
 文部省は、もう大分前になりますけれども、若い先生、特に初任者研修制度ということで、いろいろな経験を積ませて、あるいは指導教員までつけて、その先生が一人前になるまでの指導をしっかりやっていこうということで、日教組といろいろ闘いをしながらこの制度を根づかせたわけであります。
 私は、ここで一つ提案したいんですけれども、初任者研修というのは入ってすぐの先生でありますけれども、先生になってから十年以内の間に、半年あるいは一年の民間研修というのを位置づけてはどうかと思うんです。
 先ほど言ったように、一度教師になってしまうとその塀の中で、いろいろ県の教育センターなんかに行って短期的な研修はしますけれども、やはり、よその飯を食ってくる、民間の社会の論理、動きというものを実体験として身につけてくる、経験を積んでくるということが余りにも機会としてできないんですね。もちろん、行政でお給料を払う側からしてみれば、もう寸分を惜しんで教室で教育をしてもらわなきゃいけないのかもしれませんが、私は、教員の人材を育てるという意味では、それぐらい思い切った研修制度をつくっていく必要があるように思うんです。
 そこで、この私の提案であります、できれば五年か十年以内に半年あるいは一年間ぐらいの民間研修、企業でもいいじゃないですか、あるいはいろいろな民間の団体、機関でこういう思い切った社会経験をさせるというようなことは考えられないかどうか、その辺について、文部省の見解がありましたらお聞きしたいと思います。
○小林(敬)政府委員 ただいまの先生の御提案に関連して申し上げますと、現在行っております初任者研修あるいは経験者研修等におきましても、民間等への研修というのが一部入ってはおるわけでございますが、いずれにしても、余り長期のものということは想定をいたしておりません。
 ただ、実際問題としては、数県におきまして、一カ月以上の長期の学校以外の施設での研修というものを数十人単位でやっている県もございます。
 私どもとしては、昨年の六月から、教員の長期派遣研修に関する調査研究という研究会を持ったところでございます。この場合の長期というのは、ただいま御指摘ございましたように、一カ月以上一年くらいまで、場合によったら二年くらいもあるかなと思いますが、こういったところを念頭に置いて調査研究をやっておりまして、来年度の予算におきましては、この調査研究を拡充いたしまして、企業等に先生が実際に行っていただいて実践的な研修をしていただくようなレベルでの調査研究を数県にお願いをしてやっていただこう、こういうふうな段階にまで来ておるところでございます。
 今後とも、こうした学校外での、民間企業でありますとか社会福祉施設でありますとか、そういったところにある程度の期間まとめて行っていただいて研修をするという機会を充実をさせたいと思っております。
○松沢委員 ぜひともそういう方向で検討していただきたいと思います。
 そこで、多様な先生方を教室の中に入れる、これが学校を活性化するには大変重要だと思うんです。
 そこで、教員になる試験を受ける資格の年齢なんですけれども、これを調べますと、多くの県で大体三十代前半なんですね。この前埼玉県が、新聞では一芸先生を登用しようなんといううたい文句で、五十何歳かに上げたんですけれども、確かに、先生の給与体系等々で、非常に社会で経験を積んだ、逆に言えば若くない方が途中でどんどん先生に入ってくると、公務員の組織の中では難しい部分がたくさんあると思うんですけれども、私は、今の先生方の資質向上のためにも、多様な人材を学校の中に入れて、いろいろな経験を持った人を先生にしていく、こういう方向がぜひとも必要だと思うんです。
 教員の試験を受ける年齢、資格というんでしょうか、これをぜひとも四十、五十にまで上げて、社会の中で経験を積んだ人が第二の人生として教師をやってみようということも可能なように、私は、ここもできる限り自由化をしていくべきだと思うんですが、いかがでしょうか。
○小林(敬)政府委員 文部省といたしましても、受験年齢制限を緩和する方向で、都道府県、指定都市の教育委員会を指導してきたところでございまして、近年着実な改善が図られているところでございます。
 数字を申し上げますが、平成二年度の試験におきましては、三十一歳未満というところで切っておったのが二十県ございました。それが、七年度の試験におきましては十一県に減っております。その分が、四十一歳から五十歳までというのが一県出てまいりました。それから、四十歳から三十六歳、これが十七県から二十二県に増加をいたしました。三十五歳から三十一歳というのが十九から二十三県・市になった、こういうふうなことで、御指摘のように受験年齢というのは徐々に高くなってきておる次第でございます。
 なお、私どもといたしましては、平成六年三月から教員採用等に関する調査研究協力者会議というものを発足させまして、教員の多様な人材の確保の方策についてただいま研究をいたしておるところでございます。
○松沢委員 今この一時間、るる高校教育の自由化について議論をさせていただきましたけれども、私は、今の公立高校というのは、例えば機会の不平等、運用の不自由になっていると思うのですね。やはりこれを機会の平等、運用の自由という方向に変えていかなければなかなか活性はできないというふうに思っております。文部省の方でもいろいろ改革案を考えていると思いますけれども、選抜制度、教育内容、学校施設、人事、すべて自由化の方向で対応していただきたいということをお願いいたしまして、質問を終わります。ありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、西博義君。
○西委員 新進党の西博義でございます。大臣、きょうは長時間にわたって大変御苦労さまでございます。
 私たち新進党の方でも教育改革推進本部というものを発足させましてかれこれ一年になるわけでございますが、この問特に中学・高校の間の問題を研究をしてまいりました。中高一貫教育をこれから推進させていこうという基本的な考え方のもとに、昨年七月の参議院選挙でもこれを訴えさせていただいたわけでございます。大変な反響がございまして、いかに今、中学校段階での生徒さんまた先生方また家庭が悩んでおられるか、将来の問題を抱えておられるかということを、一般の国民の皆さんの反響を通して逆に知ったという感じがいたしております。
 前文部大臣の島村文部大臣も、お聞きしますところ、中高一貫教育には比較的前向きな御見解を持っておられるということを報道等でも知ることができました。そういうこともございまして、奥
田文部大臣のこの中高一貫教育、これもそれぞれ構想等いろいろお考えもあることは十分承知をしておりますが、この一貫教育に関するお考えをまずお伺いをしたいと思います。
○奥田国務大臣 中高一貫教育、きのうも参議院の文教委員の先生方からいろいろお尋ねいただいたわけでありますが、率直に申し上げてやはり私は一長一短あると思うのです。それで、中学校三年、高等学校三年、そのたびに受験ということになりますと、どうもぎすぎすせわしない。ゆとりあるためにはやはり一貫した方がいいのではなかろうかという先生方の御意見も、そういうところに理由があるのではなかろうかと思うわけであります。
 そうすると、確かに十五の春は泣かないまでも、今度は中学校へ行きますときに、十二の春にかなりまた現在よりもしんどい思いをしなければならぬということもございますし、それから、やはりこういう改革を行います場合には、非常に大きな問題ですから、そこそこ国民的な合意を得ないことにはとてもおぼつかない、手がつけられないというようなこともございます。したがって、いじめを初めとしまして学校の先生の質の問題、先ほどお尋ねいただきましたようなことも非常に今いろいろ注視の的になっておりますから、そういう中で、今先生がお話しのようなこともどういう程度に起きてくるのかなということ。
 それからまた、教育改革につきましては、これはまた全般についてでありますけれども、中教審でもいろいろ御議論を賜っている最中でございますから、この議論の経過というものをしばらく見てみたい、このように思っております。
○西委員 今の大臣のお言葉の中に、もうしばらく注目をして見守ってみたい、こういう結論のようでございましたが、やはり国民の皆さんの合意等、大変大きな課題を抱えていると思います。
 そんな中で、とりあえず今文部省としてやっていこうとしている高校改革、先ほどからも松沢委員の方から種々御質問がございましたけれども、ことしの一月、「高等学校教育の改革に関する推進状況」というこの分厚い報告書を私も見せていただきました。先ほどから御議論たくさんいただきました点もございますが、この一連の高校改革のねらいというもの、また展望というものをどうお考えになっていらっしゃるのかということについて御所見をお願いいたします。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 高等学校につきましては、多様な生徒の能力、適性、興味、関心等に対応し生徒の個性を最大限伸長させるため、生徒の学習の選択幅の拡大や特色ある学校づくりが必要であると思っております。このため、総合学科あるいは単位制高校を初めとする新しいタイプの高等学校の設置、それから多様な科目の開設など、生徒の選択を中心としたカリキュラムづくりを進めているところでございます。
 また、高等学校の入学者選抜につきましても、生徒の個性を多面的にとらえ長所を積極的に評価するために、推薦入学の拡大あるいは調査書の改善などを推進しているところでございます。
 それから、平成七年四月現在、総合学科は二十三校、単位制高校は八十九校設置されておりまして、平成八年度には、それがそれぞれ四十五校、百二十六校に拡大するなど、各都道府県におきましても高等学校教育の改革には真剣に取り組んでいただいているところでございまして、着実に進展していると考えております。
 今後は、学校間連携の実施などによりまして、改革が特定の学校にとどまらず広く各学校で生徒の多様なニーズにこたえていくことが重要であると考えております。特に、全国の高等学校の四分の三を占める普通科、ここにおいて教育課程面を中心としましてどういう特色を出していくか、ここが一番これからの問題点であろうと思いますので、ここで積極的な取り組みが必要であろうというぐあいに考えております。
 文部省としましては、引き続き各都道府県や各高等学校におきます高校改革の一層の取り組みを促してまいりたいと思っております。
○西委員 ただいま御答弁いただきました中に、やはり高校改革の一つの大きな目標として生徒の側からの選択の自由化、教科の幅というものが大きな要素を占めていると同時に、年限を必ずしも三年というふうに区切るのではなくて、やはり生徒が単位制で主体的に卒業までプロセスを踏んでいくというかなりの自由化が促進されていることと思います。
 その中で、私は、総合学科という考え方、これはもうことして三年目を迎えているわけでございます、先ほどからも年限ごとに設立の数を紹介していただきましたが、大変重要な位置づけを持っているものだというふうに認識をしておるわけでございます。大臣、その点について何か御感想はございますか。
○奥田国務大臣 私も、まさに先生おっしゃるとおり、この総合学科というのは高等学校教育改革のパイオニア、このように思っております。非常に期待しております。
○西委員 ありがとうございます。
 実は、私もそのとおりでございまして、平成九年以降、ことし八年ですから来年以降に向けて、既に準備しているところも十県、それからさらに将来にわたって検討中が二十八県、ほぼ全国にわたって総合学科が展開されていくという状況が報告書の中にもあらわれているわけでございます。今、例えば全国に四千二百ほどの公立高校があるわけでございますが、大体いつごろぐらいまでにどの程度の規模でこの総合学科、もちろん文部省がここにという指定はできないわけでございますが、期待も込めてどの程度の規模に拡大をすればいいなというふうに思っていらっしゃるか、その辺をお聞かせ願いたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 総合学科の将来構想でございますが、これは先生先ほどおっしゃいましたように、設置者である都道府県がどれくらいのことを考えるかということに尽きるわけでございまして、文部省としてはそれを支援していくということでございます。
 各都道府県としましては、やはりとりあえず数校つくって、その状況を見ながらさらに将来拡充をしていく、こういうことが基本的な考え方であろうと思います。
○西委員 今の答弁で、とりあえず数校という御答弁がありましたけれども、私は、大体、数校といいますと、何といいますか、校区よりもまだちょっと広いぐらいの規模で一つぐらいかなという気がするのですが、この程度でおさまってしまいますと、先ほど答弁がありました、四分の三がいわゆる普通科、校区で実際に進学できる範囲の中でいいますと四分の三が普通科、その中に特色ある専門高校として工業高校がある、農業高校がある、総合高校、総合学科もできた、こういう認識にすぎなくなってしまうおそれがあるのではないかな。つまり、多様な専門高校のうちの一つというところに定着していってしまうのではないか、こういうふうに考えるわけです。
 そういたしますと、今文部省が進めようとしているこの高校改革という一つの流れの中で、そこで詰まってしまいますと、ああおもしろい学校ができたな、ここへ行けばこういうものが学べるんだなということで、最終的な中高間の今の接続の問題点は十分解消されないのではないかというふうな考えを持っておりますが、この点についての御見解をお伺いします。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 総合学科がこれからどれぐらいの広がりを持っていくかというのは、学校が生徒のニーズにどれだけ対応できるかということが一番の決め手になろうかと思います。したがって、高等学校としましては、生徒のニーズにこたえるようなカリキュラムを組み、また生徒のニーズに対応できるような進路を開拓していくということでその総合高校の評価が決まっていくということであろうかと思いますので、各都道府県教委それから各総合高校におきましては、それらのことを十分勘案しながらやはり頑張っていただきたいと思っておりま
す。
○西委員 確かにそのとおりだと思います。今、県下に一つ二つできました総合学科がどう順調に船出をするかということが、一つは大きな問題ではあろうと思います。
 私、今ここに一つの本のコピーを持っているのですが、実は筑波大学の附属駒場中・高等学校、これは中高一貫の国立の学校だと思うのですが、ここで行われましたシンポジウムのコピーでございます。タイトルは「中高一貫教育のいま・これから」、こういうタイトルのシンポジウムの中で、文部省の高等教育局医学教育課長の木曽さんという方がこの中のお一人に参加をされているのですが、こういうことをおっしゃっているのです。
 ちょっと長いので、少しはしょって御紹介したいと思うのですが、今までの問題点の経過はずっとあるのですが、結論的に、「中高一貫教育というものは魅力のあるアイディアだと思っています。」と。まず一つは、「内容の重複が少なくなりますし、これだけ高等学校教育が一般化すれば、中高一貫ということは現実的に視野に入ってくると思います。」こういうお話の中で、「一つの大きな問題点は」、これからの問題点は、中高一貫教育においては、生徒の能力、才能が六年間の間により多様化してくる、三年間よりももっと多様化してくるということがあるというお話。しかし、中高一貫教育を全面的に今度導入した場合には、「中学校の入学段階での生徒が、一定の学力レベルにあったとしても、その後急速に能力・才能・興味・関心が分化し」、分かれてきて、そして教育が成り立たなくなるおそれがある。それはよく予想されることでございます。私も、工業高専で五年間の一貫教育の中で二十年ほど教育をしておりましたものですから、功罪もある程度理解できるところでございます。
 それで、こういうお話をなさった上で、「私が個人的に考えている解決策というのは、高等学校教育全体が総合学科的な世界に移行できないだろうかというものです。もし、そうなれば中高一貫教育というものの全面導入の可能性が出てくると思います。」こういう位置づけを木曽さんがやっておられるわけでございます。
 つまり、中高一貫で六年間の一貫教育をすると、今度高等学校の段階になってきますと、生徒の個性それから志向性もどんどん変わってくる、能力もばらつきが出てくる、それを受け入れる大きな将来のシステムとして総合学科というのは一つの大きな方向性を示しているのではないか、こういう期待があるのではないかと思うのですが、全くこのことに関しては同感でございます。そういう意味で、「多様な教育を行う高校が、中学校の上に接続しているというのであれば、」さまざまな子供たちに対して適応できるのではないかという御意見を述べておられます。
 私は、今御答弁いただきましたけれども、さらにその上に、こういう多様な、何といいますか、カリキュラムを有する総合学科というのは、県下に三つ四つというレベルじゃなくて、もっともっと花開いた方が生徒のためにいいのじゃないか、こういう考えでおります。その点についての御見解、もし大臣の方にも御所見がございましたら、ひとつ御感想をお願いいたします。
○奥田国務大臣 先ほど私は、総合学科というのは高校の教育改革のパイオニアとしての位置づけを申し上げたところでありますけれども、初中局長は今遠慮ぎみに答弁をされましたが、私は、もう少し都道府県段階で設置者が総合学科をたくさん設置するようになっていくんじゃなかろうかな、そんな感じがしますがね。ただ、そうかといって、今先生が御披露されました中高一貫教育の中での総合学科の云々ということは、案ずるより産むがやすしという言葉がありますけれども、すぐにはちょっと乗れぬな、用心して、吟味してかかりたいと思います。
○西委員 私は、一つの道筋としての、プロセスとしての考え方を申し上げたわけで、なかなかそのまま一つにつなぎ合わせるというのは難しい面が、これから技術的にも、またシステムそのものにも解決しなければならない問題がいっぱいあるのではないかというふうには思っておるところでございます。
 総合学科の本質、先ほどから申し上げました、また御答弁がございましたように、多様な教科を開設して、生徒の個性に応じた選択ができる、こういうことでございますが、そういう意味で、松沢委員の方からも御議論ございました学校間連携も大変重要な要素を持っている内容であると思います。
 私の地元の和歌山の市内の方でも三校の連携をやっておりますし、また、ちょっとこの間、興味がありまして、川崎市の方からも資料を送っていただきましたが、川崎市は市内で三つの普通科高校と二つの専門高校、市立の高校を五つ持っているのだそうでございますが、今後、この五つの市立高校をつないで連携をしながら、多様な教科を開設していこう、こういう動きが出てきているように伺っております。
 今度は面的な特色の変化が出てくるということで、大変楽しみにしているところでございますが、これをさらに進めて、先生が隣の学校へ行っていただく、こういう形の方が効率的にもいいんじゃないか。例えば、隣と申しましても、同じ八時半から始まってずっと時間が過ぎていくわけですから、向こうの学校に行って授業を受ける前に前の時間が飛ぶ、一時間受けて帰ってくるときにまた時間が飛ぶ、最終の時間とか始業のときであれば前後は一つは楽なんですが、そういうことがございますので、先生が隣同士の学校に出張して、そして多様な教科を担当していただく、こういうシステムもあっていいんじゃないかと思いますが、その実情についてお伺いをしたいと思います。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 現在考えられている学校間連携は、生徒の多様な能力、適性、興味、関心、進路等に対応するため、各学校において多様な選択科目の開設が望まれるにもかかわらず、教員組織、施設設備等の問題から困難である場合が多いことから創設された制度でございます。
 したがって、ポイントは二つございまして、教員組織から科目が開設できないという場合と、施設設備の問題からその科目が開設できないという二つの問題がございますので、先生おっしゃるように、教員が移動するというのは、教員組織に問題があってその科目が開設できないという場合には有効なんですが、先ほどちょっと申し上げたんですが、例えば普通科で情報処理に関する科目を勉強したいというときに、その普通科の高校に情報処理に関する設備がない場合には、そこに先生に来ていただいても、ちょっと授業としては不十分でございますので、やはり生徒の方で設備のあるところへ移動してその科目を勉強するということが必要であろうと思います。
○西委員 もう一度確認をさせていただきたいのですが、そういう施設設備の面で来ていただかないとうまくいかない、例えば実験とか特別の設備が要るというときには、生徒さんの方からこちらの方へ来ていただかなければならないということですが、そういう条件じゃなくて、例えば授業なんかの場合は、先生から出向くということも既に現実にやっておられるというふうに解釈してよろしいのでしょうか。
○遠山政府委員 それは、現在でも教員の併任発令とか兼務発令とか、そういうような形で実施できると思います。
○西委員 実は、その程度、どの程度にやられているかというのがまた問題もあるのです。
 実は、高知県で非常におもしろい構想をお持ちのようで、これは昨年の九月のある雑誌の記事なんですが、高知県の教育委員会で、九六年度ですから来年度からですね、中学、高校の六年間を通して系統的な教育を推進する中高連携教育という構想を打ち出したということでございます。
 これはどういうことかといいますと、県立高校とその地域の複数の中学校を、一つのグループと
いいますか、区域を指定をいたしまして、その間で、学力の向上や地域の特色を生かした教育をこの一つの地域の中で連携をしながらやっていこう、こういうことでございます。所管の違う中学校、高等学校、これが連携してカリキュラムを工夫しながら、お互いに先生方の相互乗り入れをしながらやっていこうということでございます。
 つまり、中学校でも発達段階の早い子供たちには高校の先生が若干教えていただく、また高校に行ってももう少し基礎的なことを勉強をした方がいいという生徒には、中学校から高校の方に行ってまた補習等もやっていただく、さらに、中学校にある専門の先生がいない場合には高等学校の先生がその部分を若干担当していただくというふうな、こういう形で、中学校と高校の垣根を取っ払って、お互いの先生方の交流をしながらつないでいこうという、こういう発想のようでございます。
 こういうことが行われようとしているということは、文部省の方で掌握をしていらっしゃいますか。今の私の解釈でよろしいでしょうか。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 高等学校と中学との接続を改善する試みの一つとして、高知県で平成八年度から、先生お話しのような中高連携教育を実施するということで私どもも承知をしておりまして、私どももその試みは注目をしているところでございます。
○西委員 本当に、困ったという言い方は失礼かもしれませんが、全国どこでも困っているといえば困っているわけでございますが、本当に何とか打開策がないかということを真剣に考えたところからいろいろな知恵が生まれてくるものだなということをつくづく感じるわけでございます。
 高知の方も、自分たちのこの地域から優秀な中学校の生徒、またそこから地元で優秀な高等学校の生徒をという、そういう思いから持ち上がってきた構想でもあるというふうにも伺っておりますが、これから全国多様な考え方のもとに、幸いにして文部省自身が数年前と全く違う展開ができるということを例示していただいたがゆえにこういう各地の発想が生まれてきているんだというふうに思うのですが、どうか前向きに各地の構想を支援をして、また見守って、その成果をまた全国に広げていっていただきたいものだなということを御要望申し上げておきたいと思います。
 それでは論点を少し変えまして、情報教育について少し質問をさせていただきたいと思います。
 まず、平成七年度の予算から情報教育用のソフトウェアライブラリセンター事業について予算がついておりますが、昨年度の実績を報告をお願いします。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 教育用ソフトウェアライブラリセンターでございますが、これは、予算は五十九カ所ついているわけですが、平成七年度、二十八カ所に設置する見込みでございます。これは、各都道府県あるいは市町村の方でこの整備について時間を要したということで、予定どおりに進んでいないという状況でございます。
○西委員 予定どおりに進んでいないということは、今のところ、まだ全くということでございますか。
○遠山政府委員 最初の予定では、各都道府県一カ所に必ず設置する、それから指定都市にも一カ所設置するということで平成七年度の予算を組んだのですが、その準備が間に合わずに二十八カ所にとどまっているということでございます。
○西委員 申しわけございません。私の勘違いでございました。
 地元というか都道府県の方に十分な準備ができていなかったということが主な原因のようですが、きちっとした体制をしいた上での予算づけをお願いをしたいと思います。
 昨年の十二月に公表されました、文部省の「学校における情報教育の実態等に関する調査結果」というのがあるのですが、この中身を見せていただきますと、各学校におけるコンピューターのハード面での整備はかなり進んできております。しかし、その反面で、肝心な、コンピューターを使って指導できる先生の割合が、なかなか実情に追いつかない、ハードに追いつかないという感じがいたします。
 例えばこれで、先生方の実態ということで、小中高合計でございますが、先生方の中でコンピューターに関して指導できる教員数を全教員数で割り算をしてみますと、一五%程度、こういう結果が出ております。パーセントそのままは書いていないのですけれども、六ページの表から計算をいたしました。十分な設備が整いながら、なかなかそれを活用できるまで、もちろん熱心な先生がたくさんいらっしゃることは私もよく存じ上げているつもりですが、全体的には十分活用できる状態にまでは至っていないというのが実態でございます。
 もちろん、そのことに対して、文部省として研修をし、何とか早急に実態に合うように、十分な活用ができるようにという努力をしているということもお聞きをしております。長期的に見れば、若い人たちがどんどんコンピューターになれ親しんでおりますのでそういう問題は解消されるのは当然のことだと思いますが、とりあえず今、ここ数年といいますか短期的に、この問題に対して何か対策というものを考えていらっしゃるでしょうか。
○遠山政府委員 先生御指摘のように、情報教育を充実するためには、ハードウエアとともに、教員の資質、能力の向上を図ることが非常に大事であると文部省でも認識をしておりまして、文部省では、国立教育会館と協力をしまして、指導者の養成を目的としまして、小学校と中学校と高等学校の情報教育担当教員の研修を実施をしております。その研修を受けた先生が、今度は各現場に帰って先生方の指導者になるということを目標に、研修を実施をしております。
 それから、教員全般の指導力を向上する必要があることから、若い先生だけではなくて、教職経験十年目あるいは二十年目に先生がもう一度全員研修を受けますが、そのときにコンピューターについても基礎的な研修をするということで、教員の資質、能力の向上を図っているところでございます。
○西委員 文部省は、平成七年一月に、情報化の進展に対応した文教施策の推進について「マルチメディアの発展に対応した文教施策の推進について」、こういう方針を出しておられます。
 その中で、まず第一番目に、政府全体としての取り組みの中で、文教行政はユーザーの立場に立った行政を推進をしていく、こういう言葉でまず始まっております。これは大変重要なことではないか。ユーザー、つまり使い手、先生でありまた生徒であるわけですが、こういう人たちの立場に立って行政をする、こういうことを明確に表明をしております。
 この文部省の基準に照らして、前回も若干申し上げましたが、文部省が行っている教育用ソフトウェアライブラリセンター、この事業というのは、まだ本当にユーザーの先生方の立場に立ってはいないのではないか。それはどういうことかといいますと、この教育用のソフトウエアそのものへの先生方のアクセスが非常に悪いということが言えると思います。
 文部省は、教育用ソフトウエアのデータベースを構築して、オンラインでその情報を先生方に提供する、こういう予定をしておるようですが、それは、ソフトウエアそのものの提供ではなくて、ただその概要、こういうソフトがあるんだよ、これはこういうソフトだよ、こういうレベルだというふうにお聞きをしております。先生方、我々もそうですが、ソフトウエアというのは動かしてみて、中身を見た上でどういうものかということがはっきりわかるわけでございまして、いわば店頭に並べられている陳列だけをのぞけるという形のデータベースになってしまうのではないか、こういうふうに思うわけでございます。
 今計画されているこのセンターは、都道府県に
まず一カ所、もちろん政令指定都市もそうでございますが、こういう形でございますので、今の形でございますと、先生方、休んでというか出張で探しに行かれるということもなきにしもあらずでございます。ちょっと土日にでも行って調べてこようか、いいソフトがあるかどうか見てこよう、こういうふうに思っても、逆にセンターの方が閉まっている。非常に使い勝手の悪い、情報といいながら、なかなか情報がとれないという形のセンターに成り下がってしまうのではないかというふうな感じがしてなりません。
 そこで、ぜひ考えていただきたいのは、先生がこのライブラリーに、またはセンターに行くのではなくて、ユーザー、つまり先生の方が便利なように、ぜひ学校の方に一式のソフト、二千とも三千とも言われる学習用のソフトが今開発されているそうでございますが、それを巡回をさせるというプログラムを展開をしていただきたいなというふうに思っております。
 こんなことをいろいろ考えているさなか、今の日本にバスなんて、バスに乗ってテープを持って回るなんて、前にも理科教育でバスという提案をさせていただいたのですが、古臭いなとは思いながら、逆に日本は、バスといいますとレントゲン車というのがすぐに思い浮かぶわけですけれども、結核から始まって胃がん、乳がん、子宮がんと、今ずっと展開をしながら、日本の隅から隅まで予防医学に多大な貢献をしている。現場に行ってそして検診をし、大勢の人の健康を保つというあのシステム、学校教育の中でも現場まで届けていくという方式がとられればいいがな、こういうふうに思っていたやさき、実はこれは新聞のちょっと小さな記事から発展したことでございますが、イギリス大使館にお勤めの山内さんとおっしゃる方が、イギリスの科学技術、特に女性の方の理科離れを解消するためにイギリスが行っているやり方というのを紹介をされている記事が目にとまりました。
 早速大使館の方から送っていただいたのですが、実はイギリスも御多分に漏れず特に女性の理科離れが激しくて、それを解消するために、こういうバスで機材を積んでそして巡回をしながら、この場合は中学生をターゲットにして、理科離れ解消のために十年間各学校を回って啓発運動をした。それで、十年前の女性の理科系に対する進学率はこうでした、十年たったらこうなりましたというデータまでつけて紹介をしているわけですが、さすが外国らしくて、期間を決めて、どの程度の目標、いつまでにどうするというようなことをある程度予想を立ててやった結果だと思いますが、こういうものが見つかりました。
 いろいろ資料を取り出しまして今の日本の現状を考えるとき、先ほど提案したバスに、もしできればコンピューターに少し堪能な方に一緒に乗っていただいて、そして先生方が、例えば算数のどこかのこんなコンピューターのプログラムがないかな、こういういわば相談もできる、また瞬時にいろいろなソフトを実際により分けていただける、こういうような人を乗せてそれぞれの学校に行っていただければ、今の先生方の、まだ指導が十分できない方も含めて役に立つのではないか、こういうことを今提案をさせていただきたいと思いますが、このことについての御感想をひとつお願いいたします。
○小林(敬)政府委員 この教育用ソフトウェアライブラリセンターにつきましては、そのアクセスに問題があるということは当初から私ども考えておりまして、全体構想におきましても、そのために、県内一カ所ではなしに数カ所に計画的に整備をしていこうということでございました。できるなら、平成十一年度までの五年間ぐらいのところで教育事務所単位ぐらいにできないものだろうかというふうに考えておるところでございます。しかし、仮にそのようになったとしても、やはり教育事務所まで行かなければいけない、完全にアクセスの問題が解消するわけではございません。
 そこで、巡回バスのようなものはどうだろうかということなんでございますけれども、巡回バスの御提案につきましても、私ども結論的には研究させていただきたいと思いますが、ちょっと考えますのに、運用が効率的にいかがなものだろうか、それから財政的にどのくらいお金がかかるのか、それから著作権の関係ではどうだろうか、こういうふうな問題点はやはり避けて通れないところであろうかと思っております。
 それからまた、しからば、ではオンラインはどうだろうかなということなんでございますが、オンラインにいたしましても著作権上の問題というのはやはりございますので、いわゆるフリーソフトウェアは除きまして、市販のソフトの場合にはやはり問題は残るわけでございます。
 そういうことでございますので、せっかくの教育用ソフトウェアライブラリセンターの弱点をこれからいろいろな御提案もいただきながら解決して、よりよいものにしてまいりたいと思います。
○西委員 情報の最後の質問でございますが、最近インターネットが大変普及してまいりました。今後も爆発的に普及していくのではないかということが言われておりますが、学校現場でもこの利用がふえつつあるように思います。ことしに入ってでございますが、このインターネットについての、例えばわいせつ画像なんかが摘発されたりその他有害な情報も、かなりインターネットそのものが自由な体制になっておりますので、いろいろ問題があるようにお聞きをしております。この問題をどうするか。教育という観点からインターネット、特に学校教育、家庭ももちろん大きく言えばあるわけですが、今回は特に学校教育の中でインターネットなんかを取り入れた場合の影響について考えてみたいと思います。
 何点かやり方があるかと思うのですが、一つは、つい最近、二月の八日に成立したアメリカの電気通信法ですが、そうしたわいせつ画像とか特殊な情報をインターネットに流すことを法律でまず禁止する、こういう方法があると思います。二つ目の方法としては、我が国が今現実に行っているような、通産省を中心にやっているのですが、自主規制という方法がございます。三つ目に、何らかの機関を設立して情報の交通整理をしてはどうか。いい情報、悪い情報というのは、これもまた現実には非常に微妙なところがあることは十分承知しているのですが、自由に使えるということがインターネット並びに情報の大事な利点でもございます。ただし、自由にも限りがある。
 このはざまにあって、文部省としてはどういう方法を、特にインターネットに関してというか情報の規制に関してお考えか、御所見をお伺いしたいと思います。
○遠山政府委員 お答えいたします。
 インターネットは世界のさまざまな情報が蓄積されており、有効に活用されれば情報活用能力の育成を図る点で非常に有効であると考えておりますが、先生御指摘のように、ポルノやあるいは銃、薬物など、学校教育にふさわしくない情報も盛り込まれていると承知しております。
 我が国におきましては、通産省それから電子ネットワーク協議会がつい先日、二月の十六日に、公序良俗違反などさまざまな倫理問題が生じないようにするためのガイドライン、電子ネットワーク運営における倫理綱領を発表したところでございまして、この動きがこれからどう広がっていくか、文部省としては注目していきたいと考えております。アメリカにおきましては、先生御指摘のように法規制ということが行われているようでございますが、この制度が日本になじむかどうか注目をしていく必要があろうかと思います。
 学校におきましては、現在インターネットを利用した授業に当たっては、例えば教師が生徒と同室するようにしたり、接続先を教師が検索したりするなど、適切に対応をしているところでございます。情報化の進展に伴いまして、情報のモラルの確立が求められているところでございますけれども、学校においてもこれからの情報化社会に生きていくために必要な資質、能力を養うという観点から、情報モラルについて中学校の技術・家庭
科を初め社会科や道徳の時間などを中心に指導をすることとしております。
 文部省としましても、学校におけるインターネットの利用については今後の研究課題とすべきことが多いと考えております。
○西委員 インターネットの急速な普及と同時に、家庭にもどんどん入ってくると思いますし、生徒の知識の向上も、これは瞬く間に先生を追い抜くぐらいの生徒がたくさん出てくるんじゃないかと思います。そういう意味で、自由に使えるという一方で、どうこの問題を解決していくかということはかなり急がなければならない問題ではないかと思いますので、精力的にお取り組みをお願いをしたいと思います。
 次に、三つ目の論点で、科学技術、それから理科教育の振興策について少し議論を進めていきたいと思います。
 長年私も、先ほど申し上げましたように、高専の教師として科学に携わってきたわけでございますが、科学技術が、日本だけでなく人類の将来の発展のために大変重要な基盤であり、政府の主要政策と位置づけられるべきである、こういう認識から科学技術の推進を訴えてまいりました。昨年三月にも科学技術委員会において、二十一世紀を展望して政治家がリーダーシップを発揮して、この一、二年間で研究開発の投資額を二倍にしてほしい、こういう要求もさせていただきましたが、今回、昨年の十一月に科学技術基本法が制定をされて、ようやく科学技術創造立国への第一歩が踏み出されたことは大変喜ばしいことだと思っております。その歩みが着実なものとなるように、今後とも支援をさせていただきたいと思います。
 そういう意味で、この科学技術創造立国を目指す上で、理科教育は大変重要なことは言うまでもありません。この理科教育の現在の状況をどう認識するか、これは施策の最も基本となる視点でございます。私は、理科教育に関してさまざまな問題が指摘される中で、最も優先されるべき課題、これは理科離れ、特に中学生に顕著に見られるこの理科離れ、小学生の間はまだ比較的興味が続くんですが、中学校になってまいりますと急速に落ち込んでくる、この部分に注目をしていきたいと思います。
 科学技術庁が出しましたデータにも、学年別に、小学校五年生、六年生、中学校一年、二年、三年と学年が進行してまいりますとともに理科の好きな人の割合が減ってまいります。男子でまいりますと、中学に入りますと六〇%程度に落ち込んでいく。女子でいいますと、四〇%か五〇%しか好きな人がいなくなってくるという実態がございます。また、科学館とか博物館なんかにも、中学校ぐらいになってまいりますと、もうほとんどの人が行きたくもない、こういうことも言われている実情がこのアンケートに載っております。
 この傾向について早急に何らかの対策を講じる必要があるのではないか、こう考えておりますが、大臣、このことについて一言御所見を賜りたいと存じます。
○奥田国務大臣 これまでの社会経済状況の発展ぐあいを見ますと、非常に理科教育が貢献をしてきた、これはもう先生も十分お認めいただけると思います。加えてこれからは、やはりるる先ほどからお話しいただいております情報化時代に入ってきております。かなりこれからもそういう時代が続くわけでございますので、問題はやはり、ただ、今の理科の先生で、十年、十五年前に免許を初めてお取りになったときには全然そういうコンピューターの指導方法というようなことはなかったわけですね。
 そこを文部省は、都道府県の教育委員会と汗を流して、何とかこれは十分なカバーをしなくちゃならぬなということで頑張ってくれておるわけでありますが、さらに文部省としましては、指導力の向上、あるいは今お話しのような科学センターの活用、整備の充実、こういうものをさらにさらに図ってまいらなければならぬと思っております。
 私が、四年前でございましたか、湯島の小学校に自民党の文教部会の皆さんと一緒に見学に上がりましたときには、もうそこにはコンピューターが入っておったんですが、きのうも聞いてみますると、小学校で八〇%、中学校ではもう九〇%がちゃんと備えつけられてあるということでございましたから非常に喜んでおるんですが、そういう数字になお油断をしないで、先生の充実ともども進めてまいりたいと思っております。
○西委員 昨年度から、これも文部省の予算において幾つかの新規事業を開始して、理科教育の振興に力を入れていただいております。大変ありがたいことだというふうに感謝をしております。しかし、予算という限られた額を、現在のこの課題を克服するためにいかに有効に使うかということが問題になってくるのではないかと思います。先ほどイギリスの例を挙げるまでもなく、やはり一つの投資というものは、ターゲットを決めて、例えばどの年齢層にどれぐらいの期間をかけてどのぐらいの程度にというものが必要ではないかと思います。
 昨年の文教委員会でも、この科学学習センター事業についても指摘をさせていただきましたが、そのときには、文部省は、五年をめどに四十七都道府県に一つずつ科学学習センターを設置をする、こういう説明でございました。昨年のこの予算の概要説明では、市町村単位程度の一定地域に設置すると印刷物のところに書かれておりまして、まあ全国、もちろん三千という市町村は無理でしょうが、かなり細かくこの科学学習センターが設置をされる計画になっているようでございます。
 ただ、現実には、これは、全額国の予算が投入されるわけじゃなくて、補助という形ですので、地元の皆さんの要望とかで実際にはかなり難しいということもお聞きをいたしました。昨年は三カ所の予想で予算をつけておりましたところ、徳島県一カ所でまず初年度はやっていただく、今年度は何とか三カ所つく予定だというふうなこともお伺いをしておりますが、その現状について、ちょっと昨年はお聞きをしたんですが、ことしは何カ所でございましたでしょうか。
○遠山政府委員 お答え申し上げます。
 科学学習センターの施設整備費の予算でございますが、平成七年度は一カ所だったわけでございますが、平成八年度は現在のところ三カ所、予算書どおり整備されるということで考えております。
○西委員 大変な金額がかかるわけでございまして、例えば今の単価でいきますと、三百カ所程度つくるとなると、一カ所十億円程度だと思いますから、三千億とかいうような数字になってまいります。もちろん、それで充実した理科教育が展開できればいいわけですが、その期間といい、かなり大きな事業であり、また長い年月がかかることでございますので、やはりこれも早急に、例えば私は中学生が一番いいと思うんですが、理科離れの始まりである中学校一年生、二年生あたりをターゲットにして、センターをたとえつくるにしても、この人たちに何を提供するかというようなことをきちっと考えていただいて、効果の上がる内容、また、何人の人に見せられるのか、全国の中学生のうち何%の人に効果を上げられるのかということも十分考えていただいて、ただ象徴的につくったんだ、何年かすればもう地元から要望が上がらないからやめちゃったというような中途半端なものでない計画を、ぜひお願いをしたいと思います。
 さらに、理科教育の充実に関しては、やはり授業そのものを充実してほしいという結論が、このアンケートの中でも出ております。
 今、文部省がサイエンスボランティア制度というのをやっておられるようでございます。また科学技術庁の方でも、科学技術理解増進事業という形で、その一部として、技術者を各学校に派遣をして、そして講演をしたりというようなことも考えていらっしゃるようにお聞きをしております。このような大学教員、研究者、技術者の皆さんに
よるボランティア事業、それから教員の支援策として研修制度を充実するとか、こういうことを十分に充実していただいて、先生方に対する授業の向上についてもぜひとも頑張っていただきたいと思います。
 きょうは、大臣にいろいろと率直な、前向きな御答弁をいただきましてありがとうございました。理科教育のためにもまた御努力いただきますように心からお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
○柳沢委員長 次に、鮫島宗明君。
○鮫島委員 新進党の鮫島でございます。
 きょうは、我が国の大学院の抱える問題について少しお尋ねをしたいと思います。
 大臣も御承知だと思いますけれども、平成七年の六月末に大学審議会の答申が出まして、教員の任期制についてとかあるいは大学運営の円滑化について提案がなされたところでございますけれども、この同じ大学審議会の答申の中に、実は大学院の問題についても一部触れられております。
 ただ、今まで多分この文教委員会でも、むしろ小中学校の教育の問題が中心で、大学院の問題というのは、関係している人も少ないしということもあって、あるいは国会議員的にいえば票にならないというようなこともありまして、余り取り上げられたこともないのかもしれませんけれども、先ほども西委員の話に出ておりましたけれども、昨年の十一月に科学技術基本法が超党派で通りまして、いよいよ科学技術創造立国に向けて我が国が本格的な歩みを始めようというときに、やはり良質な若手研究者の育成、その育成の場である大学院のあり方、あるいはその内容の充実というのが、私は大変重要な問題として今俎上に上るべき時期に来ているのではないかという気がいたします。
 この審議会の中の大学院部会においても、大学院の機能として一番重要なのは「学術研究の高度化と優れた研究者養成機能の強化」。当然、そういう機能が満たされれば教育研究を通じた国際貢献も果たせるし、あるいは民間セクターに対して高度な専門職業人の卵を供給する機能も果たせる。そういう意味で大学院というのは大変大事だという認識が語られた後、現在の大学院の抱えている問題点ということが六点整理されております。
 その中で、六点だけ簡単に繰り返しますと、まず、カリキュラムの問題として「どのような人材を育成するのか、課程の目的が明確ではなく、目的に沿った体系的なカリキュラムが編成されていない」というのが第一点目。それから二番目に、「学生・教員の同質性が高すぎて、学問的刺激が弱い」。これは大学院制度の充実と裏腹の関係にありますけれども、新制大学も随分自前で供給できる体制が整ってきたために同一大学の出身者で講座なりユニットを独占してしまうという、同質性の過剰という問題があります。
 それで、それとの関係でどうしてもなれ合い的な関係になって「評価システムが十分でなく、競争原理が働かない」。それから「国内・国際的交流、社会との連携協力が不十分」。あと、施設面でいえば、教育研究環境が、施設の老朽化、狭隘化、あるいは最近の視点でいいますと安全性という観点からも、大学院の施設の中で問題を抱えている施設がかなりふえている。それから六番目に、「学生が経済的に自立していない」という問題が指摘されています。
 初めに、大学院の学生の経済的な問題についてお伺いしたいと思うのです。
 大学院は、私きょうは主に理科系の分野に限って御質問したいと思いますけれども、修士課程が二年間、博士課程が三年間というのが一応標準コースになっていますけれども、二十二で大学を出たとしても、それから五年間、二十七歳まで月謝を払いながら大学院に行くわけですから、かなり太いすねを持った親でないと、なかなか大学院を卒業するまで学生を経済的に庇護することができないという環境にあると思います。
 大学院生というのは、もちろん大学院の学生ですから学ぶ人という側面はあるわけですけれども、同時に、若手研究者として働く人、情報生産という労働にも従事しているわけです。
 そういう意味では、同じ例えば大学を出ても、国の研究機関に行った場合、それから民間の研究機関に行った場合、あるいは大学院に残った場合。前二者の場合は、採用された最初の年から普通のほかの営業で入った人と同じような給料が支払われる。ところが最初の二、三年は大体使えなくて、半人前ですから先輩たちが面倒を見たり上司が面倒を見て、一人前の研究者になるようにその組織内で指導するのが一般的ですけれども、大学院生の場合は、そういう意味では、全くその五年間給料は保障されていなくて、いわば学ぶ人という側面だけが評価されているというのが実態だと思います。
 私、プラントサイエンスといいますか植物科学の分野にいましたけれども、今国内の学会で、この植物科学の分野全体でさまざまな学会がありますけれども、発表される論文のうちの七割近くは、すべて何らかの形で大学院生が関与している論文でございます。ですから、そのぐらいある意味では研究労働者として情報生産に貢献しているわけでして、働く人という側面が全く無視されている今の大学院制度というのは、今後の科学技術立国を考えたときに、あるいは優秀な若手研究者をもっと養成しなくてはいけないというときに、問題になってきているのではないかという気がいたします。
 今、一番そういう意味で生活面をカバーしているのは日本育英会の奨学金でして、修士課程の学生が年間百万近く、ただ、受け取っているのが二三・二%。それから、博士課程になりますと年間百三十万ぐらい、月十一万程度ですけれども、この場合ですと、受領者の比率が五三・一%という数字が出ております。この奨学金というのは、貸与ですから、いずれ返さなければいけないわけでして、また、こういう低金利の時代の中で、育英会も資産の管理になかなか苦労しているというのが実態だと思います。
 これ以外に大学院生の、働く人という側面を評価しなければいけないのは特に博士課程に行ってからだと思いますけれども、修士の二年間はある意味では本当に学ぶ人という要素が強くて、ところが、博士課程になりますと、大体どの大学院崖でも卒論の学生を一人が一人ずつ持ちますし、かなり独立した発想でできるようになってくるという意味では、特に大学院の博士課程で働く人という側面を評価する制度が、今文部省としてどんな制度が用意されているのか、御紹介いただきたいと思います。
○林田政府委員 先生今御指摘のございましたように、大学院生の経済的自立を支援するための措置の必要性につきましては、文部省の審議会でも指摘をされておるわけでございまして、今御指摘のございました育英奨学制度の充実というものもございますし、その他の点でも、例えば日本学術振興会がやっております特別研究員制度というものがございますけれども、昭和六十年度からスタートいたしておるわけでございますけれども、この拡充を図るというようなことで、平成八年度におきましては、研究奨励金の増額を図りますとか、採用人員を憎いたしますとかいうことで、予算額的には平成七年度予算六十四億円余りでございますけれども、これを八十五億円余りにふやすというようなことでのかなり力を入れた増員を図るということもございます。
 それから、ティーチングアシスタント制度は既にスタートしておるわけでございますけれども、そのほかに、アメリカなどでも行われていることも参考にいたしながら、リサーチアシスタント制度を来年度創設させていただきたいということで御提案をさせていただいておるわけでございます。すぐれた大学院の博士課程在学者を、大学などが行います研究プロジェクトなどに研究補助者として参画させ、研究遂行能力の育成を図るというふうなことも図っていこうとしておるわけでご
ざいます。
 そのほか、今度新たに日本学術振興会に出資金制度というもので研究をさせていただくというようなことも御提案をさせていただいておるわけでございますけれども、この中でも、研究活動の中でポスドクのリサーチアソシエートを、今の予算上では四百四十人程度研究活動に従事をしていただけるようなことも考えていくということで、現在、各種の若手研究者、大学院生も含めました若手研究者の養成の施策に努力をいたしておるところでございます。
○鮫島委員 この問題の次にポスドク制度の問題については改めてお伺いしようと思うのですけれども、今おっしゃいました学振の特別研究員制度のうちで、博士課程の大学院生の枠というのは何人ぐらい用意されておられるのでしょうか。それから、先ほど研究投資の枠の方で、四百二十六人だと思いますけれども、その枠の中でどのぐらいが博士課程の大学院生に充当させられるのか。
 このポスドクの問題と大学院の博士課程在籍者との問題がかなりいろいろな制度の中で錯綜しておりまして、ややわかりにくくなっているのですけれども、まず博士課程の問題についてお伺いしたいものですから、その人数を教えていただきたいと思います。
○林田政府委員 特別研究員の中には、ドクターコースの者とドクターを終わりましたポスドクの者とがあるわけでございますけれども、お尋ねのドクターコースに在籍しておる者の数は、平成八年度予算案におきましては二千二百人を考えておるところでございます。
 それから、先ほど、出資金制度によります若手研究者を研究に従事をさせる仕組みについて申し上げましたけれども、これは、恐縮でございますが、大学院生は含まれておりませんで、大学院を終わりました者の研究活動ということでございます。
○鮫島委員 もう一度整理しますと、博士課程に在籍している大学院生の約半数強に当たる五三・一%が日本育英会の奨学金を受けている。それから、二千二百人が今度学振の特別研究員制度で生活費がカバーされる。この場合は、年間二百三十万程度というふうに聞いております。それから、ティーチングアシスタント、リサーチアシスタントが平成八年度から発足する。あと、理化学研究所の方でも、ジュニア・リサーチ・アソシエートというポスドクの約五割の処遇を得られるポストを何人分かは用意するというふうに聞いております。
 徐々に、日本もおくればせながら、シニアの大学院生の働く人という側面に目が行き届いて、このような制度が充実していくことは大変好ましいことだというふうに思いますけれども、はっきり言えば、やや腰が引けた支援策でして、例えば、このティーチングアシスタントの月額というのを調べてみると、四、五万円です。それからリサーチアシスタントも似たようなもの、四、五万円、年間五十万円ちょっと。今、大学院生の月謝が、平成九年度からまたちょっと上がりますけれども、四十五万円。そうしますと、差し引きでほとんどこれは授業料免除程度の話でして、とても二十五歳以上の研究労働者に対する処遇とは言えないような些少な額ではないかという気がいたします。
 既に、カリフォルニア州を中心とするアメリカの西側では、今や大学院生が給料をもらうということが一般化しておりまして、私が三年ほど前に行ったときも、マスターの学生が賃上げのデモをしておりました。ですから、こういう学ぶ人と同時に働く人、やはり情報生産の労働者という側面もあるわけですから、この問題は余り軽々に扱って、親のすねだけに頼るということを続けていると、私は早晩社会問題化するというふうに思いますので、もう少し考え方を前向きにしていただきたいと思います。
 多少この性格がわからないのが学術振興会の特別研究員制度なのですけれども、これはもちろん博士課程の学生に対する支援制度でもあると同時に、ポスドクについても、恐らく二千人以上この制度でカバーするのだと思います。
 ここで渡される給与の性格ですけれども、この払われるお金というのは、生活費として渡すのか、つまり給料として渡すのか、それとも何か別の性格のものとして渡すのか。この学振の特別研究員制度では、どういう考え方でこのお金を出すということになっておられるのでしょうか。
○林田政府委員 これは、特別研究員に安心して研究に従事をしていただくということでございまして、研究費の姿といたしましては研究奨励金ということで出すわけでございますけれども、これが実際上はいろいろな形で使われることができるような形でお渡しはしておるわけでございます。確かに人によりましては、研究活動にほとんど使っていただいているような形の方も多いのだろうとは思いますけれども、現在、今御指摘のございました、これはいわゆる所得であるのかそれとも研究費であるのかということが、私どもとして、問題点の一つとして感じておるところでございます。
 実は、今年度の税制改革の折にも、従来、所得税の課税対象になっておるというような経過がございましたものですから、私どもとしては、もっと研究奨励的な意味合いを持っておるものであるので、生活費、所得というよりも研究奨励として位置づけてもちいたいというようなことを要望いたしまして、これにつきましては、私どもの意もある程度受けとめていただきながら、今後、税務当局ともう少し詰めをさせていただきたいと思っているわけでございます。私どもといたしましては、いずれにしても、研究を奨励する、研究活動をもっと高めていただくというために出しておるわけでございますけれども、位置づけにつきましては、今のような現実の問題点があり、もっと研究費的な位置づけをしていただくような努力をしておるという状況でございます。
○鮫島委員 次に、ポスドクの問題に移ります。
 今の学振の特別研究員制度は、博士課程の学生に対する奨励を行うと同時に、ポスドクに対しても年間三百三十四万という奨励金を渡せる制度になっています。今度、同じ文部省のポスドクの中で、先ほどおっしゃいました投資的経費で雇える枠、この場合は非常勤研究員制度という名前になっていて、身分は大学の非常勤職員、このときに渡すお金が年間三百七十六万というふうになっていますけれども、このお金の性格というのは、先ほどのカテゴリーでいいますと、研究費に使ってもいいし、一部生活費に使ってもいいというような、ややあいまいな性格を持った研究奨励金なのか、それとも給与に近いものなのか。この非常勤研究員制度で支払われるお金の性格というのはどういうものなんでしょうか。
○林田政府委員 もう少し御説明を要するかと思いますけれども、現在、非常勤研究員制度というのは、先ほど申しました出資金制度とは別な形で実は制度があるわけでございます。国立大学や大学の共同利用機関におきまして、博士課程修了者等を一般職の非常勤職員といたしまして採用いたしまして、月額三十一万六千円程度を支給をしておるということでございますので、この場合は、これは給与所得というような形になるわけでございます。したがいまして、これは大学や共同利用機関の研究を進めるための非常勤の研究者を雇用し、研究に従事をしていただくということでございます。
 それから先ほどの、今度、新年度お願いしたいと思っております、日本学術振興会へ出資をいたしました経費で研究をしていただく、その研究費の一部をポスドク・リサーチ・アソシエートというような形で研究に従事をしていただくというふうなことを今、制度化させていただきたいと思っておるわけでございますけれども、この制度は基本的にはリサーチアシスタントの場合と同じような形の制度づけをしたいと思っておるわけでございまして、これにつきましては、先ほど申しました研究奨励金というふうな位置づけにいたしたいと思っておるところでございます。
○鮫島委員 私は、大学院の問題を調べるために、この間大学の先生方何人かを訪問していろいろ話を聞きましたけれども、ポスドク制度の全容をつかんでおられる先生はまずいなかったんですね。文部省でも、今おっしゃったように三種類ぐらいの制度があって、渡されるお金の性格も何やら微妙に違う。それから年額も違う。税金の扱いも、給与所得になったり、そうじやなかったりと。
 それから、科学技術庁は平成七年度で六百八十人のポスドク枠を持っていますけれども、新技術事業団の枠でいいますと、これは給与として払われて、しかも生活費は約七百万円。それから理化学研究所も百二十人の枠を持っていて、この場合は七百八十三万円、そのほかに百五十万の研究費もつきますという制度になっています。それから通産省のNEDOが平成七年度で六十五人の枠を持っていますけれども、この場合も生活費として七百二十万のお金が出て、文部省が一番、同じポスドク制度の中で、いわゆる働く人という視点が弱い。
 ほかの科技庁、通産省の制度では、年俸としても一応独立した生活が営める。あるいは場合によったら、結婚しても生活できるという給与水準になっておりますけれども、文部省の方はどうも奨励金というふうに、本人が自分で学ぶ場合は奨励金です、それから先生の言うことを聞いて、研究機関等々である種の非研究的労働に従事する場合は給与所得として認めましようというような考え方が少しうかがわれて、私はもうちょっと、もう学位を取って一応研究者として自立している人を扱う場合には、しかも同じ日本の国の中のポスドク制度で、これほど他省庁と文部省とで差があるのはいかがなものかという気がいたします。
 このことは、研究者の生活を考えると実は生涯に関係する話でして、一番最後に流動化の問題に触れさせていただきますけれども、やはり若いときの扱い方をちゃんとしてその身分保障をしておかないと、先々大変大きな不利益をこういう人たちがこうむることになることを私は憂えるものであります。
 このポスドク制度を、まあ日本ではこれは日本の弱点と言われていましたから、ポスドクを充実しましようというのはある意味では国際的な横並びの観点からも好ましい計画だと思いますし、平成十年から十二年をめどにポスドク一万人を実現しようという計画が今、科技庁、文部省、通産省が中心になって進めているところでありますけれども、実は、ポスドクの後の問題をどうするのですかということがあります。
 ポストポスドク問題といいますか、一挙に一万人もポスドクがふえて、大学院でドクターを取って、一番順調に行って二十六、七歳。途中で大学に入るときに浪人したり、一、二年ダブると三十近くになるわけでして、それからポスドクを二、三年やると三十二、三という年になってきた中で、ポスドク制度が一年ごとの雇用ですよと。そうしますと、いつになっても生活が安定してこない。しかも、ポスドクの枠だけはたくさんふえたけれども、次のパーマネントな安定したポジションの方は広がらないということですと、ある意味では、最近のはやりの言葉で言えば、問題の先送りではないかということがこの分野でも言えるのではないかという気がいたします。
 特に、大学院の充実という観点から、これは私はどちらがリーダーシップをとって進めてきたのかよくわからないところがあるのですけれども、自然科学系の大学院の大講座制というのが大変普及しつつあります。従来は教授一人、助教授一人、助手二というのを基本単位とする講座制が日本全国で標準型でしたけれども、最近は五・五・五、教授五人、助教授五人、助手五人という大講座制というのが、これは文部省がリーダーシップをとって進めてこられたのか、あるいは大学側の自発的な発意に基づくものなのかわかりませんけれども、結果的には大分この大講座制が普及してきたと思いますけれども、現在、自然科学分野で国立大学の大講座制の普及状況はどの程度になっておるのでしょうか。
○雨宮政府委員 先生今御指摘の、いわば小部屋から大部屋にするという仕掛けの普及状況でございますが、基本的には大学の発意に基づいて文部省としても有意義であるということでできてきたものでございます。先生、今自然科学系とおっしゃいましたけれども、手元に理学部のことだけございますので、ちょっとその例を申し上げたいと思うわけでございますが、理学部理学研究科を置く国立大学のうちで、八割方が大講座制をとっておりまして、従来の形の講座制、小部屋の式をとっておる国立大学が八つというところでございます。
○鮫島委員 確かに、大講座制という名前にしてそこに教授の名前を五人、助教授の名前を五人、助手の名前を五人書けば大きくなったような気分にはなりますけれども、実態として、ではこの五人の人たちが大教授室というようなところにいるのかどうか、それともそれぞれの教授はいわば五人の中では同格なのか、それともそのユニット全体に責任を持つ教授というのをだれか決めるようになっているのでしょうか。それから、実態としてのユニット構成が十五人ワンユニットなのか、あるいは三人一ユニットが五つになっているのか、実態としてどんな状態になっているというふうに把握しておられますか。
○雨宮政府委員 目に見える形としまして、いわゆる施設の形がどうなっているかということも一つの要素になろうかと思うわけでございますが、従来の形のものをそのまま踏襲しているという場合もあろうかと思うわけでございます。
 それから、いわゆる教室内部での運営の仕方をどうするか。これもまた先生今御指摘の中にございましたように、チーフ的なものを決めてそれがその講座全体を仕切る、学部等での運営については、その講座の全体の何人かのうちの一人を決めて運営するということもあろうかと思いますし、従来どおりそれぞれの教授が同一の形で参画する教授会という形のままということもあろうかと思いますし、それはまた事柄に応じて異なった扱いをしているということもあろうかと思うわけでございまして、一律にどうこうという形には必ずしもなっていないのではなかろうかと考えております。
○鮫島委員 少なくとも東京大学に関して言えば、全く従来と変わっていない居住の仕方、教授室はそのまま教授が住んで、皆さん、まあ東大に限らず国立大学の教授の方々、プライドは大変お高いですから、なかなかその五人の中でチーフを決めろと言っても潔しとしないということが大学人の一般的なキャラクターとして考えられるのではないか。
 そういう意味では文部省の御苦労もわからないわけでもないですけれども、ある意味では、これは別の見方から見ると、実際にこの大講座制が普及していく過程の中で助手ポストの教授ポストヘの振りかえというのが大変多く行われました。そのことによって、従来一・一・二だった構成が一・一・一という比率に変わりましたから、そういう意味では、いわばポスドクで何年か過ごした人が最初に臨むポスト、最初になる助手というポストがそれだけ総枠として非常に減ってきたということが同時に起こっているはずでして、一方でポスドク一万人計画をつくります。
 今度はそのポスドクの後に行くはずの助手のポストを非常に狭めて教授のポストをふやしてずん胴形にするというのは、同じ考え方でこの両方を構想するというのが大変理解しにくい面があるのですけれども、ポスドクがこれだけ近い将来急増します。この人たちの、研究者としてちゃんと生活していくための保障をどんなふうにお考えになっておられますでしょうか。
○林田政府委員 確かに、先生御指摘のように、若手研究者の養成のためのいろいろな措置を現在講じておるわけでございますが、一万人にふえた場合のその後の問題ということは、既に私どもとしてもいろいろ考えながら遺漏のないようにしなければならないと思っているところの一つである
わけでございます。
 しかしながら、現在、いずれにいたしましても、これをぜひ実現をしなければならない。そうしなければ、日本の未来の、今後の研究の足腰というのが非常に弱くなってしまうということでございますので、いずれにしても、これはぜひ続けていかなければならない課題の一つであると思っております。
 実際これをやった段階でどうなるかということについては、いろいろな要素もあると思いますので、今必ずしも明言しかねる面もあると思いますけれども、今後それぞれ関係機関とも連携をしながら、それぞれの動向を十分考えながら重要な課題として検討をしなければならないというふうには思っておるわけでございます。
 しかし一面では、現在私ども、学術審議会におきましても、「二十一世紀に向けての研究者の養成・確保について」というような審議を今いただいておりまして、その中で昨年の七月に中間まとめも出しておるわけでございますけれども、今後の研究者の需給の見込みというようなものも、その中で研究者にお願いをいたしまして研究調査もやっておるわけでございますし、それによりますと、例えば、いろいろな前提のあってのことで、需要予測というあくまで予測ではございますけれども、平成八年度から十二年度ぐらいの間にも、おおよそ毎年の需要が、大学等において博士課程を卒業した研究者を約三千人は必要とするであろうというふうな見込みがその中にも入っておるわけでございます。
 仮に今の一万人というようなことをいたしましても、これは博士課程在学の者からポスドク、通常は三年程度になると思いますけれども、そういうもの全体を合わせまして一万人ということでございますので、各年度に卒業いたします数というものは、今の大学等だけで収容する数を見ましても、数から申しますと相当の需要があるものだろうと思っております。
 このほかにも、研究機関でございますとか会社等におきましても一定の数がございますし、企業等で今後博士課程修了者をどのように採用してもらえるかということにもかかってくるわけでございますので今直ちには申せない面もございますけれども、いずれにいたしましても、今後大学院教育、さらにはポスドクの研究の内容というものを充実をすることによりまして、これらの研究者の資質、能力を高めていただければ、いろいろな研究所、さらには企業、さらにはいろいろな研究所への就職という道も開かれていくのではなかろうかというふうに思うわけでございますので、一定の数を確保しながら、また、その質的な充実ということに努めていくことが当面の一番の大きな課題ではないかと思っております。
○鮫島委員 今博士課程大学院の入学者が大体一万二千人程度、これが毎年入ってくるわけですから、多少の目減りがあっても一万人近くが一応博士課程を卒業する。一方で、ポスドク制度の枠の拡大によって、平成八年度予算案では三省庁合わせて六千人弱という枠がありますから、一万六千人ぐらいが、いわば研究職としての仕事を求める人たちとして、集団として社会的に存在することになる。
 それに対して、大学の方で今三千人強はそういうポストを用意できるというお話でしたけれども、この点についてはまた日本の大学院の特殊性をやや引きずる問題でして、特にアメリカの場合は、大学院を卒業した博士とは何かという定義に沿って、博士というのは、新しい事柄に直面したときに、自分の独自の見方によってその問題を、その事象を専門的に解析し、かつその結果を発表する能力のある者、これは言葉と文章と両方ですけれども、そういう定義の中で、ある意味では総合的な専門家教育が行われておりますけれども、日本の大学院の場合は、実態として、その講座に対する帰属が非常に強く求められるために、大講座とはいっても、実態的には一・一・一という小さなユニットの中で、そこで蓄積されている技術を、伝統芸能と言うとやや問題がありますけれども、いわば徒弟制度的な環境の中で伝授される。
 したがって、非常に奇妙な博士がたくさん出ると言われておりまして、私はずっと電子顕微鏡をやってきたので電子顕微鏡しかできませんとか、あるいは別の機械を使っていたのでそれしかできませんとか、新しい事柄に直面して、それを専門的な視点から解析する能力というにはほど遠い、ある意味では特殊技術者のようなドクターがかなり育っているというのが現状ではないか。そればかりとは言いませんけれども、ややそういう傾向が諸外国と比べると強い。そのことが民間の研究機関からは大変嫌われる原因になっています。俗に言う言葉で言えば、大学でドクターまで取った人はつぶしがきかないという言い方をされまして、したがって、民間の研究機関に行く場合も、工学部の場合は非常にその率が高いですけれども、大体マスターで卒業して民間の研究機関に行く場合が多い。
 それは、もうちょっと日本の大学院が、先ほど今日の大学院問題の第一点目で指摘されたように、何を目的としてどういうカリキュラムを組むのかということがちゃんと整備されていませんと、徒弟制度的な小さな講座制という環境の中で、ポスドクはいっぱい育ちます、それから学位を持ったドクターもいっぱい育ちます、この人たちは、大学ないしは国の研究機関以外にはなかなか行きにくい職能的な資質になってしまうという傾向があります。私は、もうちょっと総合的な目配りの中でこういう制度を推進していかないと、いろいろな分野に矛盾が出てくるのではないかという気がしています。
 例えば、その顕著な例で言いますと、科学技術創造立国を目指して、議員立法でああいう法律もできました。大蔵省もその分野の理解が深まって、大型の予算が大分通るようになった。ところが、実際は、定員削減はいまだに行われていて、実際の研究を担うパーマネントな研究者の数というのは相変わらず定員削減の対象になっている。科学技術創造立国を目指して、予算はいっぱいふやします、しかしその担い手である、少なくとも研究職公務員なり教育職の公務員については定員削減を相変わらずかけ続けますよというのは、これも国の政策として矛盾があるのではないかという気がいたしますけれども、これについてはどなたに御答弁いただけばいいのかわかりませんが。
○雨宮政府委員 大学院を含めまして、大学の教育研究というものを推進していくという場合に、さまざまなリソースが必要なわけでございまして、先生今御指摘の人の問題というものもその大きな要素でございます。
 ただ、国立大学につきましては、国が直接運営する機関ということでございますので、他の行政機関と同様の扱いというものを原則的な形としては免れがたいということでございまして、行政改革全体の方針のもとで、やはり国立大学についてもあわせて行っているというところでございます。
 ただし、国立大学の教育研究の全体的な活力というものを維持するという観点から、同じ定員削減というようなことの扱いにつきましても、教官の方につきましての削減率というものはかなり抑え込んだ形で運用もしておるわけでございます。
 もちろん、人もそれから施設設備もそれぞれの項目で拡充が求められておりますし、私どもとしても、先ほどのポスドクにつきましてもそうでございますし、育英奨学の点についてもそうでございますし、あらゆる面で最大の努力を払っておるわけでございまして、行財政事情の厳しい中ではございますけれども、私どもとしてできる限りの拡充整備の努力をしていきたい、こういうことでございます。
○鮫島委員 非常に大事なことなんですけれども、これは多分、私は自信を持って、世界の科学者の共通認識だと思いますけれども、研究というのは人がやるものだと。幾らお金があったり立派
な設備があっても、人の頭脳が自由に羽ばたく環境がない限り、そういうお金は非常に効果が薄いものになりますし、立派な施設があっても宝の持ち腐れになる。やはり人こそが研究の担い手であり、人こそが基本だということは、あらゆる行政判断を、特に高等教育、大学院の問題を考えるとき、あるいは実際の研究の担い手の人たちのことを考えるときに、そのことだけは、私はぜひしっかり念頭に置いておいていただきたいというふうに思います。
 実態は、定員削減が行われている環境の中でますます劣化しておりまして、今おっしゃったように、確かに定員削減は、ある意味では研究サポート部門にしわ寄せをされている。教官優遇と言ってもいいのかもしれません。さらに、この大講座制の動きと相まって、教官の中でも特に教授、助教授クラスが優遇されていて、助手の枠は減りました。そうしますと、研究サポート部門も弱体化するし、さらに研究部門の若手クラスのところも弱体化するということがずっと流れとして起こってきているのが現状でございます。
 さらに、予算が大型化してきます。ところが施設はそのままです、ポスドクも雇いますよ、そうしますと、大きな億単位の予算が今までと同じ狭い古びた研究室に入ってきて、ポスドクもそこに二人住み込む。環境は全く変わらずに、お金と人だけそこにつぎ込む。そこはある種の、職場環境としては逆に悪化したりして、研究効率の低下にもつながりかねない。いわば予算の規模と研究ユニットのスケールあるいは研究ユニットのスペースとのアンバランスがこの予算の拡大とともにまた生じかねない問題として今既に心配しておられる方々も出てきております。
 こういうことは、ある意味ではみんな非常に硬直的な運営に依拠しているわけでして、いろいろな意味で柔軟な仕組み、例えば施設にしても、研究施設で最近欧米で新しくできるところは、壁やなんかを全部固定にしないで、天井のどこからでも、エネルギーなり水あるいは特殊なガスはとれる。壁はけ飛ばせばいつでも外れる、棚も自由に動かせる、いわば非常に柔軟なデザインにしておくというのが新しい研究所のはやりです。
 それはだれだってこの技術革新というか動きの激しい研究の世界の中で十年後にどういう分野が主流になるか、だれもわかる研究者はいない。それなのに、ある固定的な考えで、今の研究にとってはこういうスペースの配置がやりやすいからということでデザインするようなことは愚の骨頂ではないか。建物のデザインについても研究の世界では非常に柔軟な思想が入ってきています。
 それから、もちろん、研究者の雇用なり実際にどういうポストについていくかということについても海外ではかなり流動化していまして、それぞれの、助手の段階、教授の段階、助教授の段階で公募なり客観的な審査というのがあっていろいろな意味で渡りの柔軟性というのが保障されています。日本の場合は、流動化を促進しなければならぬという指摘は最近強くなっていますけれども、これが言われているのは実は若手に対してだけ言われていまして、先ほど言ったような大講座制という、一・一・一というユニットの中では、一回助手になれば大体そのまま、死なない限りというと大げさですけれども教授になれるということで、これは、ある意味では流動化と反対の形が今まさにできつつあるのではないか。そのことだけではなくて制度的にも、まことに日本の制度、特に国家公務員の場合は流動化を妨げる制度になっています。
 年金の問題にしても退職金の問題にしても、例えば、大学院を出てポスドクを何年かやって、その後三年ほどアメリカに行って、それで日本に帰ってきて国の研究機関に勤めるとする。そうしますと、三十五から入ったとして六十でやめても二十五年間、あるいは場合によっては二十五年間を切ることもある。そういった場合に、退職金は必ず長くいればいるほど有利になるようになっていますから非常に不利益が生じてきたり、それから年金がぶつぶつに切れて非常に条件が悪くなったりというようなことがありまして、こういうことを解消していかない限り、研究従事者の流動化を図り研究場面を活性化しようといってもなかなか難しいのではないかという気がいたします。
 そこで、先ほどのポスドクの身分の問題に戻るのですけれども、文部省の特別研究員制度でポスドクとして扱われた場合、これは職歴になるのでしょうか。
○林田政府委員 職歴になるかということ、ポスドクにつきましても、先ほど御説明申し上げましたようにいろいろな形があるわけでございますので、それぞれによってまた個別に検討しなければならないこともあろうかと思います。また、職歴になるのかということについて申しますと、例えば国家公務員としての計算上どういう扱いになるのかとか、民間の場合ではどうなるのかというようないろいろなケースに応じて考えなければならないことがあろうかと思いますけれども、一般的には、もちろん、助手などに採用されました場合と比べますと必ずしも同じような扱いにならないケースは多いのではないかというふうに思っております。
○鮫島委員 先ほど私は、日本のポスドク制度が充実していくのは結構なのですけれども省庁間のアンバランスがひど過ぎるという問題を指摘しましたけれども、少なくとも科技庁と通産省のポスドクになった場合は、これは、その後国の研究機関に勤めればちゃんとその年数の職歴としてカウントされることが明らかになっています。したがいまして、奨励金として渡している、いわば労働の対価ではない、給与ではないというところに実は問題がありまして、少なくとも学位を持ったポスドクについてはやはりもう一人前の研究者として情報生産の分野の立派な従事者だという考え方を持たないと、若い時期の二、三年のずれというのが生涯給与的には、同じ研究室を出て、たまたまもらったポスドクの制度が違うというだけでその後の人生の処遇に非常に大きな影響を及ぼすという問題があることを、ぜひ御認識いただきたいというふうに思います。
 それから、大学の先生方も、助手の数は減り、研究サポート部門は減りという中で予算は巨大化して雑用はふえる、プロポーザルを書く機会も大変ふえてくるという意味では大分皆さんお疲れになっているなという気がいたしましたけれども、そういう中で、もちろん疲れを取ってもう一度リフレッシュするという意味とともに、これだけ新しい技術が次々出てくる中ですと、助教授、教授たちもやはり生涯学ぶ人という気持ちを持って新しい分野に果敢に挑戦していく覚悟と決意を持たないと、あっという間に世界の研究の第一線からおくれていくということがあります。
 そういう意味では、その研究職の特性というのを配慮して、世界の先進国、これはアジアの台湾、韓国も含めて、七年に一年のサバティカルイヤーというのが、もう一度脳の活動をリフレッシュすることとともに新技術を身につける期間としてこの意味が大変深く認識されて広く世界に普及しているわけですけれども、日本だけはいつになってもこれを認めようとしない。
 文部省の方では、どうでしょうか、少なくとも大学の助教授、教授クラスのややとうが立ってきた人たちに、七年に一回のサバティカルイヤーでもう一度技術的にも思考的にも若返るチャンスを与えるということを、そろそろお考えになる気はないでしょうか。
○雨宮政府委員 海外に研修で行くとかあるいは出張で行きますとか在外研究員の制度というようなことを通じて、先生のおっしゃったような成果というものを得る場合もあるわけでございますが、サバティカルイヤーというような形での制度化がなされていないのは御指摘のとおりでございます。この辺につきましては、特に国公立大学につきましては公務員制度全体との関連ということは当然出てまいるわけでございます。
 先生のおっしゃる意味は理解しているつもりでございます。今後の検討課題になろうかと思うわ
けでございます。
○鮫島委員 少なくとも、科学技術創造立国の一翼を担う、大上段に振りかぶる、あるいは文部省がむしろその中で中核的な行政組織として推進役を果たすという意味では、私は、これはかなり重い責任と複雑な業務をしょうことになるなという気がいたします。恐らく、研究従事者の流動化を図ったり海外とのいろいろな人的交流をやる場合にでも、ある程度制度がそろってないと、余りにも日本だけで通用しているような特殊な国家公務員法とか教育公務員特例法の枠の中でこなそうと思っても、早晩無理が来るのは目に見えている。あるいはもう既に無理が来ていると言っていいのかもしれません。
 よく言われる話ですけれども、昨年も十月に利根川進さんが国会に来てくれまして独創的研究を生むための条件とは何かというお話を伺う機会を得ましたけれども、今、自然科学分野で、ノーベル賞受賞者の少なくとも七五%は、その研究のコアといいますか骨格部分は三十代でスタートしほぼ仕上げの形になっている。利根川さん自身にしても、三十二歳でアイデアが浮かんでそのための仕事を始めて、三十八歳ですべての仕事をやり終わったと言っておりました。
 ある意味では、創造的な基礎研究の担い手は三十代というのが世界的な風潮で、日本人だけが遅いということも私はないと思います。この三十代の研究者の人たちが精神的にも安定して、また生き生きと伸び伸びと自由ないい研究ができる環境をつくることが、私は科学技術創造立国の問題にとって大変重要な問題ではないかと思います。
 ところが、実態として三十代の人は大体何をやっているかといいますと、場合によったらまだポスドクでいたり、あるいは大学の場合は助手が多いでしょうし、それから国の研究機関の場合でも、これは室長との相性なんかありますけれども、大体まだ平の研究員か主任研究官になりたてと、それほどその人の、自分の権限なり自分の発想で自由に仕事ができるという環境には置かれていないというのが制度的な実態です。こういう制度も早急に直して、もっと柔軟な、能力に応じた、あるいは年齢に応じた自由度というのを持たせないと、私は科学技術創造立国がかけ声だけで終わるのではないかということを大変憂慮いたします。
 最後に、大臣に、大学院にもそれなりにいろいろな問題があることを御認識いただけたと思いますけれども、ひとつ大学院改革の御決意なり、あるいはその制度的な問題に取り組む御決意をお伺いしたいと思います。
○奥田国務大臣 非常に高い次元に立たれての先生の大学院に対する将来の期待、御意見、拝聴させていただきました。
 要するに、これからも日本が限りなく発展を続けていきます。そのためには、やはり高度の人材養成と学術研究の中核をなしていただく大学院の果たしてもらう役割というのは、私は非常に大きいと思うわけです。
 先ほど、一・一・二が一・一・一にというようなお話も聞かせていただきましたけれども、やはり私は、そういう質、量ともに充実をさせていかなかったら科学技術創造立国を名実ともに達成することはなかなか難しいと思いますから、文部省挙げて一生懸命取り組ませていただきます。
○鮫島委員 どうもありがとうございました。
 これで質問を終わります。
○柳沢委員長 次に、山原健二郎君。
○山原委員 いじめの自殺問題について伺います。
 一昨年の暮れの大河内清輝君の自殺事件以来、ことしに入りましても三件既に起こっておりますから、これはもう重大な事態だと言わなければなりません。
 そこで、いじめの克服というのは、これはまさに国民的課題になっておると思いますし、文部省はもとよりですが、国会も総力を挙げて取り組まなければならぬ問題だと思っております。
 大臣が就任早々、「かけがえのない子どもの命を守るために」という緊急アピールを出されました。また、教育長会議とか教育関係諸団体への協力要請など精力的に取り組んでこられたわけですが、今このいじめ克服問題は、文部省の最重要課題であると同時に、国会にとりましても重要な課題となっておると思います。
 そこで、文部大臣の緊急アピールについてお聞きしたいのですが、アピールの5では、「全ての学校の先生方には、深刻ないじめは、どの学校にも、どのクラスにも、どの子どもにも起こりうるものであることを訴えたい。いじめの問題を現下の最大の課題として取り組むよう訴えたい。」こう出ておりますね。これはそのとおりだと思います。そして「いじめられている子どもを守り通すということを言葉と態度で示し、毅然と対応してほしい。そして何よりも、子どもたちとできる限り多く接し、子どもたちに信頼される人間関係をつくり、いじめの発見や予防に努めることが大事である。」私もそのとおりだと思います。どんなに教師が忙しくてもいじめの問題を第一にとらえることが大事であると思っておりますし、我が党もそういう政策を出しております。
 ところで、このように言うことはだれでも言えるわけですが、行政として何をやるかという問題ですけれども、それは、そういうことが具体的にできるような条件整備を行うのが行政の責任ではなかろうかというふうに思うわけです。
 教育基本法第十条に明記されておりますように、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。」これが教育基本法の精神ですね。そうすると、つまり教育行政は教育の目的を遂行するための諸条件整備を行うことだと基本法は明らかにしておりますが、いじめ問題を現下の最大の課題と言うならば、その克服の条件整備のためにはあらゆる努力を惜しまないというのが文部省の当然とるべき態度であろうと思いますが、この点について文部大臣の見解を伺っておきたいのです。
○奥田国務大臣 やはり私も、まさに先生がおっしゃるとおりでございます。
 やはりいじめ問題は、何回も申し上げておりますけれども、学校、家庭、地域社会、この三つがうまく機能しておりませんとなかなか克服はできないというように思います。そこで、文部省といたしましては、主役ではございません、その三つとも、先ほどから言っておりますように、例えばスクールカウンセラーの充実でございますとか、やはりそういう学校、家庭、地域社会がきちっとやっていただくについて環境整備のお手伝いをするというのが私ども文部省の役割ではなかろうかと思っておるわけでございます。
 それでは平成八年度にどういうそのための予算がついておるかということは、必要なら後で担当の局長から説明をしていただきますけれども、その限りにおいては、やはり先生と私と全く同じような感じを持っております。
○山原委員 現在教師がどういう状態に置かれているのかということでいろいろ調べてみますと、例えば三年前、一九九二年の十一月十六日から二十二日の一週間、これは全日本教職員組合が「教職員の生活と勤務に関する調査」を行っておりますが、その結果をまとめております。それを見ますと、大変多忙な教職員の姿というものが浮き彫りになるわけでございます。
 教職員の一週間の労働時間は五十五時間であり、法定労働時間である週四十四時間を十一時間上回っております。平日には九時間半も働いていることを示しております。また家庭、家に持ち帰りの仕事が五十分余という結果が出ています。これは平均の数値ですから大変な数字になると言わなければなりません。その労働時間たるや長距離トラック運転手並みという数字が出ております。先生の二割近くは七十時間以上で過労死ラインに接近しておるという数字でございます。
 調査の余白には、学校では時間が足りず、余裕のない毎日、学校でトイレにも行けず一日を終わることもある、学校での休息、一服などというこ
とはもう夢のまた夢であって、何とかしてくれという声が書かれているわけです。
 食事・休憩時間は平日で小学校で十二分、先生同士の会話もままならず、休憩時間に立ち話程度というのが実態だというふうに報告されております。
 今申し上げました平日の九時間三十分の中身ですが、授業に要する時間二時間五十八分、授業の準備と処理が一時間四十四分、学校学年行事が三十分、給食等生活指導が四十三分、職員会議が四十分、実務処理三十三分、学校経営関係の仕事が二十九分、そして部活動指導が十三分、こういうふうに細切れの実態が出ておるわけでございまして、まさに忙し過ぎる、体がもたないというのが現実の声となってあらわれております。
 ゆとりがあればもっとやりたいことという質問に対しまして、トップに挙げられているのが授業の準備、その次に子供たちとの触れ合い、この子供たちとの触れ合いでは、小学校の教員の何と八〇・八%が、中学校で五七・六%の教員がこのことを望んでおります。
 まさに、文部省が子供たちと接してほしいと言っておられるわけですが、そう接しておられないという忙しい現実があり、逆に子供たちにゆとりを持って接せられるように文部省にその条件整備の必要性を切実に訴えておるというのが実情ではないかと思いますが、こういう資料について、文部省、検討されたことがあるでしょうか、まず伺っておきます。
○小林(敬)政府委員 私が以前に全教の方々から、詳しい数字は忘れましたけれども、伺ったことはございます。
○山原委員 本当に事態は重大だと思うのですが、もちろん第六次定数改善計画に取り組んでおられることは知っておりますけれども、それで事足れりとしていいのかというのが今突きつけられておると思うわけですね。
 そういう意味におきまして、今、いじめの多発の学年といいますか、それはどうなっておるかといいますと、皆さんの調査でも、「生徒指導上の諸問題の現状と文部省の施策について」によりますと、小学校では六年生でいじめの件数がピークを迎え、中学校一年で一万八百六十一件、中学校二年生で一万四十件となっております。
 例えば、一昨年の暮れから自殺した生徒を調べてみますと、これは全部調べてみたんですが、十五件自殺しておるんですね。その中で十三件は中学校一年生、二年生、圧倒的にここへ集中しておるわけですが、自殺者を出すなと呼びかけるだけではなくて、こうしたいじめの多発している小学校六年、中学校一年、中学校二年の部分に手厚い教職員の配置をすべきではないかというのが私の質問の趣旨なんです。
 私は、前々から三十人学級のための教職員配置を主張してまいりましたが、緊急避難的に、小学校の六年生、中学校の一年、二年のところを試験的に三十人学級にして教職員を増員することを提起したいのでございます。三十人クラスにして少人数で対応すれば、それこそゆとりを持って子供たちに接することができ、少なくとも自殺件数を減らすことができるのではないかと考えておりますが、この点について文部省の見解を伺っておきます。
○小林(敬)政府委員 先生もよく御承知のように、現在、第六次の定数改善計画を着々と進行させているわけでございます。その考え方は、一言で言えば、個に応じた、多様で柔軟な新しい指導方法が工夫できるような教職員配置を行うための計画と申し上げてよろしいかと思います。つまり、もっと端的に言いますと、教育の個性化を図っていきたい、そのための教員加配を行って、学校でそれぞれ独自に新しい指導方法を開発して研究していっていただきたいというふうなことでございます。
 その際に、私どもとしては、当時これを立案した段階では、一学級当たりの全国平均というものをとってみると、平成七年度では小学校が二十八・三人、中学校でも三十三人になっております、それから、今後、児童生徒数がかなりのスピードで減少をしてまいりますので、その減少に伴って学級サイズもまた若干小さくなるのではないかというふうなことも考えて、四十人学級というのは据え置いて、いわば学校サイドで自由にお使いになれるようなと言うと言い過ぎでございますが、いろいろな指導方法を研究をしてもらえるようにという趣旨でこの計画は成り立っておるわけでございます。
 それで、御指摘の、一部分でも三十人学級にしたらいじめがなくなるのではないかというふうな御提案でございますけれども、私どもが考えますのに、いじめと学級規模との関係というもの、その因果関係といいましょうか、相関関係というものがもう一つはっきりわかりません。そういう段階でそれをテスト的にやるということになりますと、教職員定数のアンバランス、改善の年度間におけるバランスを欠いた措置につながってまいります。
 ということは、教職員を採用するサイドの都道府県あるいは政令指定都市の方から見ますと、大変都合の悪いことになるということもあるだろうというふうなことでございまして、この学級規模をどうするか、もちろんいじめの問題も現在非常に大きいわけでございますけれども、いじめとの関係をも含めて、今後学級規模をどうするかという課題につきましては、この第六次の計画終了後までにじっくり考えさせていただけないだろうか、こう思っておるわけでございます。
○山原委員 ちょっとわかりにくかったのですけれども、こういう事態ですから、私の方は、三十人学級、二十人学級、どちらがいいかという、そういう問題についても文部省は、恐らく検討といいますか、そういういわゆる調査をしたことがないのではないかと思うのですよ。実際に文部省が研究指定校などをつくって研究して、その調査結果を報告してしかるべき時期に来ておると私は思っております。
 そして今、このすべてを三十人学級に踏み込んでいくべきだと私は思いますけれども、こういう事態の中で、この件について、今言いましたような六年生あるいは中学校一年、二年という一番今問題になっておる時期にこれを解消するために思い切った措置をとるのが、実際文部大臣が呼びかけている訴えに合致するのではないかというふうに思うわけです。これはここで決着的な回答を得ることはできないかもしれませんが、文部大臣として、ぜひこれは研究もし、実現もしていただきたいと私は考えておりますので、その点についてお答えをいただきます。
○奥田国務大臣 確かに、以前に比べて学校の先生が本来の授業以外に職員室の中で非常に仕事がふえてきておる、これは言えると思いますね。だから、それをもう少し何とか効率的にこなしてもらえるようにならないかな、このように思っております。
 ただ、この間、二月の十日に全国の教育長会議を開かせていただきましたが、そこで四十七都道府県、十二の政令指定都市、五十九名、代理が七名でございましたが、お集まりいただきました。そこで、先生が今おっしゃる三十人学級にというお話はお一人だけでした。
 五十九名の中で半分以上が、現場の体験を持った先生が教育長になっていらっしゃるんですね。非常に最近の学校現場の実情もよく把握しておられます。その先生が、やはり今の先生の一クラス複数配置、この方が非常に効率的で、その上でスクールカウンセラーのさらなる充実、あるいは市町村での教育相談員の人数の増員というようなことを望む、期待する、こういうようにおっしゃっておられますので、私ども文部省としましても、やはりそういう大勢の、地域を、教育委員会を代表しておられる皆さん方の声を尊重して、行政に反映してまいりたいと思っております。
○山原委員 私も、大河内君の場合も、今度起こりました愛媛県の八幡浜の場合も、現地へ行きまして、御両親にもお会いし、教育委員長あるいは校長にもお会いして実態をお聞きしているわけで
すが、そういうような中で、本当に今、文部省としてやらなければならぬ条件整備といえばここだな、ここのところへ手を加えるべきだなという感じがいたしておりますのできょうのような質問になったわけですが、なお御検討いただくようにお願いをいたします。
 そして、養護教諭の問題ですが、今度のいじめ対策緊急会議報告の中で、養護教諭をどういうふうに位置づけておるかといいますと、「養護教諭は、悩みを持っている児童生徒の「心の居場所」としての役割を果たしているという実態がある。」と、極めて重要な位置づけをしておられますね。ところが、現実にはどうかといいますと、これも全日本教職員組合が調査しました第二次調査の中では、次のような結果が出ています。
 学校をやめたいと思うかの問いに対しまして、養護教諭の五八・四%がよく思う、時々思うと答えています。そしてその理由に、多忙を挙げたのが四〇・二%、体がもたないを挙げたのが四〇・二%となっています。重要な役割を果たしているはずの養護教諭は、本当に疲れ切っていると言っても過言ではないと思うわけでございまして、この養護教諭の増員を行わなければ、養護教諭が精神的にも肉体的にも大変な事態とならざるを得ない。事実、過労死への不安を持っている人が五九・七%の数に上っているわけでございます。
 三十学級以上の学校はわずかでありますから、改善計画では四百十二校に措置することになっておりますが、既に二百七十校に措置しております。残りはあと百四十二校であり、わずかです。改善計画を前倒しにしてでも三十学級以上の学校に養護教諭を複数配置をし、これを一気にやり遂げまして、引き続き、三十学級以下の学校でも一定規模以上の学校の養護教諭を複数配置をすべきであると思いますが、この点についてお伺いをしておきます。いかがでしょうか。
○小林(敬)政府委員 養護教諭の問題でございますが、確かに、先生御指摘のように、養護教諭は心身の健康に関する指導に当たる職員でございまして、いじめやら不登校の問題等につきましても大きな役割を期待いたしたいと考えている職員でございます。
 御承知のように、第六次の計画では、三学級までに全部一名ずつ配置をするということと、それから三十学級以上について複数配置をするというふうな目標を持って年次計画を進めているわけでございますが、それを前衛しにして、残った年度について配置基準を引き下げたらどうかというふうなことでございます。
 この点につきましても、やはり大きな計画の一部でございます。私どもとしては、計画全体を、計画どおりに着々と年次計画に従って進めさせていただきたいと思っております。
○山原委員 養護教諭に対する重要性の認識というのは一致しておるわけでございまして、そういう意味で、ぜひこれは実現の方向に向かっていただきたい。これは、そういう意味でぜひよろしくお願いしたいと思います。
 もう一つの問題は、阪神・淡路大震災の被災地の教職員の配置の問題ですが、昨年の二月七日に、私は、この委員会で、与謝野前文部大臣に対しまして特別措置をとることを求めましたが、与謝野大臣は特別措置をとられたわけでございます。
 それは、一つは、児童生徒が親類縁者のところへ行ってまた帰ってくるという問題もありますし、同時にもう一つは、子供たちの心のケアの必要性を挙げておられたわけでありまして、そういう意味で、政府は、政令、省令改正などをしまして、兵庫県に対する教職員配置の特別措置をとったわけです。
 ところが、この特別措置は、ことし、一九九五年度限りとなっております。改めて措置し直さないと兵庫県は大幅に教職員が減らされるという事態が起ころうとしておりまして、一年を経た今日、震災地の子供と学校の実態からいっても、どうしても引き続いて特別措置をとる必要があると考えるわけでございます。
 兵庫県児童相談所が昨年六月−七月に行った「被災児童こころの健康調査」というのがありますけれども、数カ月後に新たな症状を出す児童が少なくない、心のケアの問題は長期的かつ注意深い対応が必要な課題である、こうまとめておるわけでございますし、また、現場の先生方からも、こういう問題がたくさん出ているわけでございます。被災地の子供たち、学校の実態を見れば、特別措置をこの三月で切ってしまうことは、これはとてもできないことだと思うわけです。
 恐らく文部大臣に対しましても、県からの要望が寄せられていると思います。ぜひ、この実情に見合った教職員配置の特別措置、加配措置を引き続きとっていただきたいと思いますが、大臣の決意を伺っておきたいのであります。
○奥田国務大臣 この一月十七日に、橋本総理のお供をいたしまして、神戸の追悼式にも出席をさせていただきました。
 そのときに、兵庫県の教育委員会、それから神戸市の教育委員会、別個にお邪魔いたしまして、それぞれ教育長さんから御要請の内容を聞かせてもらいました。
 先生御案内のとおり、この平成七年度は、第一次、第二次の補正を含めまして「やるだけのことはやってもらっておりますけれども、御心配の新年度をどうするかというお尋ねであります。
 これもお話しのとおり、ケアの問題だけでなしに、育英奨学金の問題、あるいは損傷、倒れた文化財の復元の問題等々ございますから、可能な限り十分な対応をとらせていただくように、準備をいたしております。
○山原委員 最後に、震災関連でありますが、児童、生徒、学生の就学上の経済的援助措置についても確認をいたしたいのです。
 一つは、被災した児童、生徒、学生への就学援助、奨学金、授業料減免等について、引き続き弾力的対応で措置していただきたい、そのための予算も確保していただきたい、こういうふうに思います。この点について伺います。
 そして、特に私立学校の場合ですが、被災生徒学生などへの授業料減免措置に対し国が特別助成をしてこれを支援してきたわけでありますが、これも引き続きやるべきでございます。家を失い、仕事を失うなどして今なお多くの被災者が経済的な苦境にありますし、こうした被災子弟の経済的負担を軽減しようという私立学校に対して国が財政支援で後押しすべきであると思いますし、特に被災地にある私立学校は、学校自体が震災で経営的にも非常に大きな困難を抱えておることは御承知のとおりでございまして、教育の機会均等の原則に立って、文部大臣として温かい判断をされますように心からお願いしたいのですが、これについて、最後の質問としてお伺いをしておきます。
○雨宮政府委員 阪神・淡路大震災により被災した学生生徒等を対象といたしました授業料等の減免事業に対する支援措置でございますが、私立大学等が学費減免事業を実施する場合にその事業費について補助する、それから、私立高等学校等が実施する学費減免事業に対して関係府県が助成を実施する場合には、関係府県の助成経費について補助するというこの二つのことを内容といたしまして、平成七年度、今年度の第一次補正予算の私立学校経常費助成におきまして、総額で四十九億二千万円を措置したところでございます。
 実は、これらの措置は被災学生生徒等の就学上の負担軽減を図るということのために、七年度限りの臨時的な措置として講じられたものでございまして、国の支援措置の継続ということについては困難なわけでございますけれども、今回の震災に伴いまして、日本育英会におきまして奨学金を貸与できるような措置を講じた被災学生等に対しましては、八年度も引き続き事業を継続することといたしておりまして、八年度予算案におきまして約三十億円、約五千三百人分でございますけれども、これらの学生につきましては事業継続ということで、被災学生等の就学上の負担軽減をこれ
によって図ってまいりたい、かように考えておるところでございます。
○小林(敬)政府委員 教職員定数の関係と、それから児童生徒の就学援助対策についてお答えいたします。
 教職員定数に関しましては、平成七年におきまして、つまり今年度におきましては、先生御指摘がございましたような特例措置を講じましたほか、児童生徒のカウンセリング担当教員の加配をいたしました。来年度につきましても、この考え方は基本的に継続をいたしたいということで、カウンセリング担当教員につきましては二百七名を措置する予定にいたしております。もう一つの特例措置につきましては、関係省庁と現在協議中でございます。
 それから、もう一つの児童生徒の就学援助対策でございますが、市町村が学用品でありますとか学校給食費等の援助を行いました場合には、その二分の一を私どもとして国庫で補助したいと考えております。
○山原委員 時間が来ましたので、終わります。
○柳沢委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時一二十三分散会