第136回国会 規制緩和に関する特別委員会 第10号
平成八年六月十二日(水曜日)
    午前十時開議
出席委員
  委員長 石破  茂君
   理事 岸本 光造君 理事 橘 康太郎君
   理事 西川太一郎君 理事 野田 佳彦君
   理事 福島  豊君 理事 永井 哲男君
   理事 枝野 幸男君
      安倍 晋三君    栗本慎一郎君
      小杉  隆君    福田 康夫君
      宮路 和明君    森  英介君
      渡瀬 憲明君    伊藤 達也君
      上田 清司君    岡田 克也君
      河合 正智君    武山百合子君
      秋葉 忠利君    輿石  東君
      吉井 英勝君
 委員外の出席者
        参  考  人
        (東京大学社会
        科学研究所教
        授)      原田 純孝君
        参  考  人
        (森ビル株式会
        社代表取締役社
        長)      森   稔君
        特別委員会第三
        調査室長    金山 博泰君
    ―――――――――――――
六月十日
 規制緩和・撤廃に関する陳情書(大阪市中央区
 本町橋二の八三野重和外一名)(第四〇〇号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 規制緩和に関する件(土地に係る規制緩和)
     ――――◇―――――
○石破委員長 これより会議を開きます。
 規制緩和に関する件について調査を進めます。
 本日は、本件調査のため、理事会の協議に基づき、土地に係る規制緩和について、参考人から意見を聴取し、質疑を行うことといたします。
 ただいま御出席いただいております参考人は、東京大学社会科学研究所教授原田純孝君、森ビル株式会社代表取締役社長森稔君であります。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位には、土地に係る規制緩和につきまして、忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
 なお、議事の順序についてでございますが、参考人にそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、次に委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。
 それでは、まず原由参考人にお願いいたします。
○原田参考人 原田でございます。
 私の専門は、民法をベースとした法社会学的な研究でありますが、その一環として、土地とその利用をめぐる法制度について、都市部と農業、農村の双方を視野に入れた研究をしてまいりました。その際、日本と比較する形でフランスについての研究もしております。本日は、そうした研究者としての立場から、土地に係る規制緩和についての私の意見を申し述べさせていただきます。
 なお、皆様も御承知のように、この問題は地方分権の問題とも密接にかかわりますので、その点にも言及せざるを得ないこと、また、時間の制約上、大枠的な論点だけをやや箇条書き的な形で述べますことをあらかじめお断りいたします。
 まず、都市部の土地利用に関する問題の方から申し上げますが、最初に原則論的なことを三点ほど確認しておきたいと思います。
 第一は、今日の都市化社会では、都市の土地利用に対する社会的、公共的なコントロールはまさに必要不可欠のものだということです。実際、欧米諸国では早くから、都市計画とそれに基づく土地利用規制や建築規制が極めて精緻な形で発展してきました。都市施設や市街地の整備に必要な用地を公共団体が先行的に取得する仕組みも、多様な形で整えられております。その意味で、土地に係る規制は、他の分野での規制とは本来的に異なった性格を持っていると思っております。
 第二に、都市計画による諸規制は、個別の土地所有者にとっては確かに規制ですが、全体として見れば、むしろ望ましい都市をつくるために定められた土地利用の社会的なルールと見るべきであろうと考えます。土地も商品ですから一市場原理に従って取引され、その所有者が利用内容を決定する権利を持つのが原則ですが、現代社会では、その市場原理の作用を枠づける社会的なルールが不可欠になっているというわけです。
 第三に、ではその都市形成の目標や計画の内容は、だれがどのように決めるのかという問題があります。町づくりや都市計画の内容について絶対的な基準はありませんけれども、いずれにせよ、経済、生活、環境、衛生、景観などのさまざまな社会的要請を考慮し、その諸要請の間で一定の調整、バランスを図らなければならないことは確かであります。
 そこで、それをだれが決定するのかが大変重要になるわけですけれども、詰めて考えれば考えるほど、結局はそこに住む人々が決定するということにならざるを得ないのではないかと私は考えております。事実、アメリカでもドイツでも、都市計画の決定権は最も基礎的な地方自治体、つまり市町村にあります。フランスでは、第二次大戦中から一九七〇年代まで、最終的な決定権は国にあるとされていたのですが、八〇年代初めの地方分権化で、その権限が市町村に全面的に移譲されました。こうした場合の都市計画は、その市町村に住む住民が民主的な手続を経て合意し、決定したパブリックな共同のルールという意義を持つことになります。
 さて、以上を踏まえて昨今の我が国の状況を見てみますと、幾つか気にかかる問題がございます。
 第一は、これまでの我が国では、欧米諸国と比べると都市計画の規制・コントロール機能が格段に弱かった、そしてそのことが今日の都市、住宅、生活環境などをめぐる諸問題につながっていると見られることです。もちろん、近年には各種の地区計画などの新しい町づくりの手法も導入されておりますが、基本的には規制が緩いということには変わりがありません。その意味で、一般論としては、規制緩和を説くよりも、むしろ所要の規制とコントロールの機能をいかに強化していくかが検討されてよいのではないかと私は考えております。
 第二に、現在検討中の規制緩和措置について申しますと、それが何のため、だれのための規制緩和であるのかが必ずしも明確でないという感じがいたします。一般的には、その目的として、都市の内部では容積率を引き上げ、職住近接型の住宅供給をふやす、また外縁部でも新規の宅地供給を促進するという点が説かれています。しかし、容積率の緩和については、採光や日照、住環境、安全等は多少犠牲にしてもよいのではという考え方が示されているのがいささか気になります。他方、外縁部での宅地供給の促進論は、これは以前
から繰り返されてきたことの再度の繰り返しにすぎません。
 ですから、規制緩和によって差し当たりの住宅建設や宅地開発事業を活性化させたいというねらい自体はわかるとしても、最終的なユーザーにどのような質、規模、価格の住宅を供給しようとしているのかが見えてこないのです。また、それによりどのような都市をつくろうとしているのかも不鮮明です。一たんでき上がった市街地は、住民の生活条件を長期的に決定づけるわけでありますから、国や地方公共団体は、都市の将来像やそのための規制のあり方に対して、もっと責任を持った対応をするべきではないかというふうに私は考えております。
 第三に、我が国の都市計画制度は中央集権的なシステムをとっておりますが、そのことが都市計画とか町づくりを一般の市民にとってかなり縁遠いものにさせ、ひいては都市計画の規制機能を弱めさせていたのではないかという問題がございます。
 例えば、行政改革委員会の意見書には、規制緩和の理由として、規制を受ける国民にとって、なぜそのような規制を受けるのかが不明確だという趣旨の指摘がありますけれども、この「規制を受ける国民」という表現は、我が国の計画規制がいわば官から与えられた規制であって、パブリックな共同のルールにはなっていないことを示しております。ですから、規制を使うのも官であって、国民ではないということになります。
 さらに、現行の仕組みのもとでは、規制にしろ規制緩和にしろ、どうしても全国一律的なものになりがちです。その上、官の側では、その規制を膨大な量の通達等で詳細化し、それを民間の事業者に対する行政指導や交渉を通じて個別的に適用してまいりますから、国民にとってはそのルールがルールとしてどう機能しているのかも非常に見えにくいということになります。
 我が国でこうしたシステムがとられてきた理由は、一つには、欧米へのキャッチアップを目指して急速な経済発展と都市拡大をする必要があったということとかかわっていたように思われます。しかし、そうした時代がひとまず終わった今後におきましては、どのような町づくりをするか、そのためにどのような規制、コントロールをかけるかについては、もっと分権的な仕組みを取り入れていくべきであろうと私は考えております。
 ただし、土地利用についての分権化と規制緩和は、フランスなどの経験を見ましても、あらかじめ留意しておいた方がよいと思われる問題点も伴っておりますので、それを簡単に指摘しておきます。
 第一に、都市計画の分権化は、計画主体となる地方自治体に一定の裁量の幅を認める限りで、そのこと自体が規制緩和としての意味を持ち得るということです。フランスの場合には、分権化と八〇年代半ばの規制緩和措置とが重なりましたために、計画規制の適用に混乱が生じたケースも見られました。
 第二は、地方自治体への権限移譲は、自治体のレベルでは逆に権限の集中をもたらすことがあるということです。フランスでは、その結果としての権限の乱用や恣意的な行使という問題も発生したようです。
 としますと、第三に、そうした事態をチェックする仕組みを用意する必要が生じます。すぐ考えられるのは、国や第三者的な機関でということですけれども、都市計画に関してより重要なのは、情報を広く公開した上で、住民自身によるコントロールの道を積極的に開くことであろうと思います。この点、フランスやアメリカでは、町づくりに関する行政決定の是非を住民の側から裁判等で争う余地が広く認められているのですが、御承知のように、我が国ではその余地は極めて狭く制限されております。国会で関係の問題を御論議される際には、この点の見直しの是非をぜひ御検討いただきたいと思う次第です。
 続いて、農業、農地にかかわる問題について私の意見を申し上げます。
 ここでもまず原則論から入りますが、第一に、農政は、国の全体の食糧の自給、確保とその価格、そのために必要な国境措置や農地の総量の維持、国土の全体的な利用、保全などにかかわりますので、本来分権化にはなじみにくい性格を持っています。その点、各都市ごとにやれる町づくりとは性格が異なるわけです。もちろん、農業政策、とりわけ構造政策を地域の実情に即して進めることは必要ですが、農政そのものの分権化ということは、フランスなどでも問題になり得ませんでした。
 第二に、農地に係る規制に関しましては、地方分権とも絡めた形でその転用規制の緩和が問題とされております。しかし、私は、次のような理由から、その緩和には十分の慎重さが必要であると考えております。
 まず、我が国の農業を立て直し、食糧供給力の維持、向上を図るためには、農地を農地として維持、保全する確固たる制度があらゆる意味で不可欠であります。その意味で、先ほどの外縁部での宅地供給の促進論などに安易に迎合することは避けるべきだと思います。
 この農地保全の中核をなすのが農地法の転用規制です。それに対して、都市計画法の市街化区域の線引きは、農地法の転用規制を外すための制度として導入されました。市街化調整区域の制度も、現状では農地保全のために十分な機能を持ち得ておりません。だからこそ、農業サイドからは、農用地区域を指定して、そこでは農地法の転用規制を特に強化するという対応をとる必要があったわけです。
 ドイツやフランスでは、都市計画で具体的な基盤整備と開発行為が決定された区域以外の土地については、一切の建築や開発を禁止するという土地利用の大原則があるのですが、日本では、農地法の転用規制が、部分的にではあれ、それにかわる役割を果たしていると見ることもできます。ですから、仮に今後都市計画の分権化が進められるという場合にも、農地の転用規制の基本的な責任は国に残しておく必要があると考えます。農地の維持、保全は国民全体の食糧基盤の確保にかかわるということからいっても、その方が適切であると言えましょう。
 最後に、第三に、いわば農業内部的な農地の保有・利用規制としまして、農地法の権利移動統制があります。これについても、その耕作者主義の原則を緩和、さらには撤廃して、株式会社や一般の市民にももっと自由に農地を持てるようにせよという意見がございますが、それに対しては私は反対の意見を持っております。なぜかと申しますと、農地法の耕作者主義の原則は、戦後の我が国農業と農村社会のあり方を最も根本的なところで決定づけている大原則であります。その大原則を単に規制緩和ということだけで軽々に緩和、撤廃することは、農業、農村と日本社会の将来に対して、行き先の全く不透明なままで極めて大きな変動要因を持ち込むことになるというふうに思うからであります。
 多少早口で述べましたので、わかりにくい点がなかったかと恐れますけれども、以上でございます。御清聴ありがとうございました。(拍手)
○石破委員長 ありがとうございました。
 次に、森参考人にお願いをいたします。
○森参考人 森ビル株式会社の社長、森でございます。経済同友会の土地政策委員会の副委員長もいたしております。
 本日は、規制緩和に関する委員会でございます。この土地及び都市の問題の解決には、実は私は、一番その象徴的な問題として、東京二十三区の都市計画道路の実現という問題があるというふうに主張しております。この問題を通じて、かかわるテーマについてもお話しさせていただきたいと思っております。
 東京の特別区都市計画道路の完成率はまだ五四%にすぎません。周辺の横浜、川崎、千葉でも、四一から五九%と似たような状況にあります。しかも、東京区部の未完成都市計画道路八百キロを最近十カ年の平均完成速度七キロで整備し
ていくといたしますと、全部完成するには二十二世紀になります。ここ五年間の調子でいきますと二十三世紀にもなってしまうという状況でございます。
 この遅々として進まない東京都区部の都市計画道路を早急に完成させるために、また、もって不良債権問題解決の一助にしようということのために、資金とノウハウ、マンパワーを都市計画道路建設事業に集中的に投入することを提言したいと思っております。
 都市計画道路網の実現がなぜかくもおくれてきたかということでございますが、その原因といたしましては、都市計画道路の対象地を取得するべき側の行政側に、最初から自信の欠如といいますか、敗北感が存在しているというふうに思われます。だんだんこういうふうになったわけでございますが、このような状況が一般化したその時代背景は次のようであったというふうに理解しております。
 まず、人口の増大圧力がございました。その中で、住宅地の場合でありますが、替え地といいますか、道路予定地の替え地がない。また、金銭補償で簡単に代替地の取得が不可能だという強迫観念に皆とらわれていたと思います。また、地価の上昇が続きまして、つけられた予算ではいつも足りなくなる、評価が低過ぎるという傾向もありました。また、バブル時代には地価高騰の中で必要資金手当ては無限大に膨張するように思われました。一方、土地を収用される側の苦労に報いようということになりましても、収用対価の割り増し要求に対しまして、社会的にはそれを非常に不公平であるというふうにみなして、税金のむだ遣いを防げといった主張も強いものがありました。当然の要求に対してもごね得扱いにするという風潮もございました。事実、そのような状況下では、替え地の入手とか手当ては困難をきわめたわけでございます。
 一方、道路予定地の所有者の側の状況はといいますと、戦後建て直したばかりの家に住んで、やっと安心できた、事業も軌道に乗ったという非常に満足しているところに、住みかえへの要求というのは非常に抵抗がありました。また、買収する行政側には、全体主義国家的強権発動的色彩といいますか、そういうものが残っておりました。戦後の民主主義的風潮あるいは利己主義的風潮といったものと対立しがちであったということがございました。
 また、一般社会でございますけれども、道路の新設とか拡幅に対しまして、これを環境破壊であるとか、交通事故がむしろ多発するのではないかとか、大気が汚染されるのではないかとか、都市の過密化を招くのではないかとか、地価がますます高騰するのではないかとか、東京への一極集中を助長するのではないかといったような立場から、反対という空気がございました。非常に批判的なものがございました。また、借地借家法を絶対とする考え方がありまして、特に居住権は絶対であるというふうな風潮があって、これがまた大変な抵抗になりました。一方、強制執行とか代執行は、成田空港の例にございますように、権力の乱用だというような形で、非常に反社会的な行為であるというふうにみなされました。したがって、世論や議会は計画の実行に積極的ではなくて、むしろ改廃運動の方が多かったという状況でございました。
 ところで、今日はどうなったかといいますと、状況は一変したと思います。
 まず、代替地の取得に関してですけれども、既に東京への人口増大圧力というのはとまりました。都心部の人口はこの数年減少傾向にございます。外周部の区でさえも人口は減少に転じておりまして、また地方から東京大都市圏への流入もとまって、むしろ減少が一部始まったところもございます。また、バブルの後遺症がございまして、大量の空き地が至るところに存在する状況になりました。当然、もう住宅も東京区部で一〇%余っている、空き家になっているという状況も背景にございます。そういうわけで、多様な種類の代替地を容易に取得できる状況に変わっているわけであります。
 また、地価でございますけれども、既に御承知のとおり、バブル期以前の状況にまで下落いたしました。事業費が天文学的に膨らむ状況ではなくなりまして、バブル期と同じ事業費があれば、二倍または三倍という用地取得も可能になりました。
 道路予定地所有者の方の状況でございますけれども、これも相当意識変化がございまして、むしろ早期事業化の要請が出るようになりました。まず、戦後五十年を経過して家屋の老朽化も進みました。建てかえの時期が来ているものも多いわけです。また、昨年の阪神・淡路大震災の惨状を見て、建物の構造強化、道路など市街地基盤整備の必要性というものを再認識するようになりました。
 また、都市計画道路予定地の方々は、建築規制がかかっておりまして、ほとんど建てかえることもなく暮らしていましたが、時代に合った建物とか環境に変わってまいりました周辺の状況と比較して、商店としても、住宅としても、明らかに見劣りがするようになってきた。経済的にも心理的にも建築制限が耐えられなくなってきたという状況でございますし、特に耐震上見劣りがするといいますか、危険があるということが認識されてきております。また、再開発による質のよい環境の実例がたくさん出てきまして、みずからの環境をレベルアップすることのイメージができるようになりました。そういうわけで、道路予定地の方々には早い事業化を望むという声が出てきたというわけでございます。
 また、社会の道路整備に対する理解も高まってまいりました。沿道環境に配慮した植栽帯をたっぷりとった道路や、カラー舗装等の楽しいショッピング道路が幾つもできてきたことによりまして、一般的にも道路建設に対する抵抗感が薄れてまいりまして、むしろ地震のときの避難通路確保とか、平常時の通過車両の細街路への進入の削減ですとか、渋滞の解消などの必要性とか、幹線道路の整備に対する要望が強くなっている状況でございます。
 また、国際的な視点からもその必要性が認識されてまいりました。国際的な都市間競争ですね。経済成長が目覚ましい東アジアの拠点都市は、ハイレベルのインフラ整備を強力に推し進めておりまして、事業活動環境、居住環境を高めておりますが、このままでは東京は国際活動の中心都市としての地位を滑り落ちるおそれがある。都市計画道路を初めとする都市整備が緊急の課題だということが認識されてきているわけでございます。
 ここで、都市計画道路の整備の役割と効果といったようなものを振り返らせていただきたいと思うのですが、まず平常時の都市活動を高め、安全とか快適とか環境の面でも大きく寄与することになります。都市内の施設に集まる交通、都市内施設から発生する交通を集めまして、効率よく処理することにより、都市活動を円滑にいたします。また、交通渋滞を解消して、人の移動コストとか物流コストを削減し、騒音、排気ガス面でも環境の改善にも役立つことになります。住宅街等の細街路へ通過交通が進入することを防いで、交通安全上も環境改善上も寄与することがわかっております。
 また、電気、水道、ガス、下水道、電話などの都市インフラの埋設スペースを提供することになりまして、広幅員であるがゆえに強固な共同溝の埋設も可能であります。また、歩道が整備されることによって、街路樹を植えることができ、散策やサイクリング等も可能にし、ショッピング等も楽しめるといった潤いを町に与えるものであります。
 防災上も、避難路、救援人員、救援物資の輸送路、火災の延焼遮断帯というようなことにもなりまして、生命、財産の被害を少なくするとともに、仮に被害があった場合の復興も容易にするということが理解されました。
 再開発と都心居住の関係にも寄与します。つま
り、広幅員道路は土地の高度利用を可能ならしめまして、またその売り渡し資金とか買いかえのための需要、裏地への需要を生みまして、この機会に裏地の表地化するための共同事業に結びつきやすく、後背地を含めた市街地の職住近接型の大規模再開発計画の誘因となり、都心型住宅街の実現のチャンスとなります。
 さらに、この点を強調いたしたいのですが、土地市場の流動化に寄与できるのです。都市計画道路用地の取得は、取得される土地所有者の代替地取得を伴います。代替地として取得される土地の所有者もまた代替地を求めることが多い。こうして連鎖的に所有権が移動することが、すなわち土地取得実需を生み出します。東京の土地市場を流動化させて、不良債権問題の解決を促進することになります。ちなみに、不良債権の中の東京の市街地の割合は七五%から八〇%を占めているということが共国債権買取機構に持ち込まれました不動産の割合等から推測されます。
 さらに、道路整備をすることによりまして土地の有効利用が可能になりますから、土地の固定資産税の評価額がアップするといいますか、価値が上がります。そして、建築物も増大いたしますから、固定資産税そのものと、もちろんその活性化によります。その他の税収、経済活動が活発化いたしますから地方税収源も充実、拡充につながっていくということになります。
 また、東京の都市計画道路をやるということが全国のモデルになりまして、相対的に高地価で、未整備市街地が広大で、整備効果が大きい東京が成功すれば、他の都市に対する効果的なモデルになると思われます。ちなみに、一番おくれているのは東京圏でございまして、名古屋あるいは大阪等の進行状況はかなり高いものがございます。
 それから、最後になりますけれども、東京の国際的な地位の維持向上に寄与すると思います。都市計画道路の完成は、東京の事業環境、生活環境を大いに改善し、国際的な都市間競争に勝ち抜くという都市経営戦略上必要不可欠な都市整備の一翼を担うものと思います。これは東京の美的なもの、あるいは道路等の基盤ができているかどうかということは、町の格といったことにも影響するものがございます。
 さて、ところで、この都市計画道路を完成するのにどのぐらいの費用がかかるかということを計算してみました。
 余り時間がなくなってまいりましたので、結論を申し上げますと、用地費で約九・八兆円でございます。
 その他の費用、道路築造費ですね、営業補償ですとか建物補償ですとかその他をし、かつ、道路舗装費等を入れまして計算いたしますと、総額一・四兆円でございます。ごめんなさい、間違えました、十四兆円でございます。一けた間違えました。平成三年に東京都が定めました第二次事業化計画では、百七十九キロ、約四分の一をやるためには八兆円を必要とすると言っておりましたが、現在ではその二倍弱の投資で全部が完成できるという状況になっております。
 それでは、この都市計画道路を完成させるためにどのようにすればいいか。この道路を五年とか十年以内に完成させることを提唱したいと思っておりますが、このためには、まず公共投資の重点配分が必要かと思います。
 東京都の道路投資額及び都市計画事業予算を見ますと、バブル経済の崩壊に伴い、都の財政収入も落ち込んでまいりまして、都市計画事業予算も落ち込んでまいりました。これでは、地価が下落した好機を生かして事業の速度を高めることはできない。東京都区部の都市計画道路の整備の広範な効果とその早急な整備の必要性を十分認識して、国と東京都ともに格別の予算配分を行うようにお願いしたいと思っております。
 この費用、十四兆円でございますが、十カ年に国で行う公共投資額、六百三十兆と言われておりますが、その二・二%であります。日本の人口の六・五%が住み、日本の就業者の一一・八%が働いておる、あるいは日本の全評価額の二〇%に当たる東京都区部、これの都市機能を支える都市計画道路整備に二%強というものを用いることは、偏った配分とは言えないのではないかと思います。
 また、都市計画道路の早期完成にはきめ細かな代替地の手当てが必要となりますが、資金のほかに多大なマンパワーも必要となります。この必要とされるマンパワーを公務員として抱えるのでは、事業完成後の負担が懸念されますし、また、その面からも予算要求自体が消極的になっていくというおそれがあります。また、特に不良債権化した土地の取得や、法的規制のかかっていない一般の土地の取得には、複雑な関係を解きほぐしながら粘り強く交渉していく必要があるために、経験豊かな人材が必要であります。
 ところで、現在不動産不況にありまして、都市開発のノウハウを有するディベロッパーには人材の余裕が多いところがたくさんございます。そこで、都市計画道路予定地及びそれに伴い必要となる代替地の取得をディベロッパーに代行させて、ディベロッパーのノウハウとマンパワーを活用するということを提言いたしたいと思います。この代行制ですね、都市計画事業代行者制度によって、これまでのネックであった用地取得スピードが大いに速まると考えられます。
 また、この代行事業の発展形といたしまして、都市計画道路予定地周辺市街地の面的整備が望まれる地区においては、道路整備とその周辺市街地の面的整備をワンセットとして事業化する手法を採用して、都市計画道路部分はその中で特許事業として整備させる方法もあわせて提言したいと思います。
 この方法は、単に幹線道路が整備されるだけではなくて、その周辺の市街地も整備されるため、街区内部が未整備のまま残されているという通常見られる問題を生じず、また、道路完成時には同時にその沿道も高度利用されて、それぞれの場所柄に応じて都心居住の推進や活気ある複合市街地の形成に寄与すると思うからでございます。
 以上でございます。(拍手)
○石破委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
○石破委員長 これより参考人に対する質疑に入るのでありますが、本日の参考人に対する質疑は、理事会での協議により、最初にあらかじめ申し出のありました質疑を行い、その後は参考人に対して自由に質疑を行うことといたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小杉隆君。
○小杉委員 きょうは、二人の参考人の皆さんには御苦労さまでございます。
 まず、原田参考人に対して質問をいたします。
 先ほどのお話によりますと、都市部におきましても農業地におきましても、土地に関しては規制緩和はなじまない、一定のルールとかコントロールが必要ではないか、こういう御趣旨は私も賛同するものであります。
 そして、もう一つの分権とのかかわり合いについては、都市部においてはできるだけ住民の意思を尊重して市町村にその権限を移譲する、分権を進めるべきだ、こういうことに対しまして、農業地におきましては分権化はなじまない、こういうお話がございました。
 私は、まず、東京出身なものですから、最近の生産緑地法施行以来の状況を東京の周辺部で見ております。あのちょうどバブルの盛りのときには、大変たくさんの方が、生産緑地ではなくてもう宅地にしてしまいたい、こういう意向が強かったわけですが、例えば私の選挙区である世田谷区では、しかしやはり一定の生産緑地というものは保全しなければいけない。そして、地域の農協も非常に指導力を発揮しまして、組合員に対して余りだれでもかれでも宅地化するというのは避けた方がいいということで、比較的生産緑地が確保されたのですね。
 むしろ東京の区部よりも、その周辺の近県の方が生産緑地の申請が少なかったのです。ところ
が、このバブルの崩壊によって、みんな宅地化した農地にどんどんアパートをつくったりマンションをつくったりしたのですが、最近は、どんなに値段を下げても空き家がふえてしまって貸せない、こういうことで、しまったと後悔している方々が多いんですね。そこで、私はその後いろいろ調べてみますと、生産緑地の追加指定というのがどんどんふえているということを聞きまして、大変心強く思ったわけです。
 先ほどから御指摘がありますように、やはり都市における農地というものは、もちろん緑の保全とか、環境の維持とか、あるいは都市住民に潤いを与えるとか、あるいは災害のときのオープンスペースであるとか、あるいはまた新鮮な野菜を供給するというようなことで大変な効用があると私は思っておりますので、これ以上外延的な拡大というものは避けるべきだと思っております。
 そこで、先生に伺いたいのは、農地につきましては分権化になじまないというお話でしたけれども、さっき申し上げたように、世田谷区などはかなり生産緑地を残せ、こういう指導をしているので、むしろ地域によっては、分権にした方がかえって緑地を守れるというようなことも言えるのではないか。
 ただ、過疎地域なんかへ行きますと、やはり開発志向の方が大きいのですね。今、私はアマミノクロウサギを守れという議員連盟をつくりましたけれども、地元の市町村に任せますと、どうしてもゴルフ場をつくるとかいろいろな開発志向が強くなってしまって、そういう分野に限っては私は余り分権化はなじまないのではないかなと思うのですけれども、そうでない地域もあるわけで、むしろそういう積極的に緑地を守ろうというような自治体というものの存在もあるということで、私は、場所によっては分権化をした方がいいというケースもあろうかと思うのです。その点について一つお伺いしたいと思います。
 だから、全部が全部分権化はだめだよというのではなくて、むしろ先ほど言われたように、情報の公開によってその地域、地域の住民の意識を高めるということが並行して行われれば、私は分権化も歓迎すべきじゃないかなというふうに思うのですが、その点、一点だけ伺いたいと思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 私は、ただいまの御意見は私の意見と基本的に変わっていないというふうに思います。その点、若干補足しながらお答えさせていただきます。
 私は、基本的に農地について、特に生産基盤としての農地の管理については分権化がなじまないという話をいたしました。なお、都市についての町づくりについては、これからの日本社会ではやはり分権という方向がどうしても出てくるであろう、それに対応する必要があるというふうに申しました。その中で、ただいまお話にありましたいわば市街化区域内の農地の問題は、実はかなり特殊な位置をもともと占めているというふうに私は考えております。
 この問題を考えるには、実はきょうのテーマである規制緩和との関係でも、そういう問題がなぜ生じたかということをもう一度思い起こしておく必要があるようにいつも私は思っております。つまりこれは、一九六八年に新都市計画法を施行し、それに基づいた市街化区域の線引きを全国で行ったわけでありますが、その過程で膨大な農地が市街化区域内に包摂されたということに端を発しているわけです。
 なぜそのようなことになったのかと申しますと、その当時の背景として、やはり地価上昇がありました。そして、土地の供給不足であるという議論があったわけでございます。土地の供給不足をカバーするためには、要するに宅地、土地の供給をふやす必要がある、その供給源となるストックを都市周辺部の農地に求めて、その転用を促進しようという議論が出てまいりました。その場合に、農地法の転用規制がかかっていてなかなか思うようにならない。そこで、市街化区域の線引きをしまして、市街化区域内に入った農地については届け出だけでよい。ですから、転用を事実上自由にする、そうやって供給されるべき宅地のストック、潜在的ストックをふやせば地価は下がるんだ、こういう議論で始まったわけであります。ですから、この制度は、もともと規制緩和を意図して、それによる宅地供給を促進させるという制度で出発いたしました。
 御承知のように、その結果が、現在の市街化区域内、特に周辺部の、一方ではスプロール的な都市基盤が整わないままの開発、他方ではなおかつ農業をやりたいという人にとっての存続の可能性の問題という形で、非常に特殊な問題を投げかけて、残してきたわけでございます。
 都市計画の制度について見ますと、要するに本来開発できる、つまりそのための都市基盤を用意する、財源も用意するということなくしていわば商品として供給可能な自由な土地商品を膨大につくるというのは、これは西欧、アメリカもそうだと思いますが、欧米の都市計画の論理としてはまず考えられないことであります。そのボタンのかけ違いから生じてきた問題であるということを一言まず申し上げたいというふうに思います。
 そういうことであるからこそ、一たん転用すべき農地、優先的に転用すべき区域内にある農地としながら、その中で農業の継続を望む人々、土地所有者、農家の方々に対してやはり行政としても強い決定的な対応はとれない、だから長期営農継続農地を認め、宅地並み課税を免除する。それから、九一年だったと思いますが、現在の生産緑地制度ができ上がったときにも、やはり残したい人の農地は残せるようにする、こういう措置がとられたのだろうと私は思っております。
 そこで、御質問のところに戻りますけれども、この新しい制度のもとで生産緑地に入った部分は、都市計画上の区域、用途区域として位置づけられております。ということは、これは実は、確かに都市住民にとって緑の環境あるいは緑との触れ合い、農との触れ合いあるいは新鮮な食糧の供給基盤というような面もありますけれども、都市計画区域内で、しかも都市計画上で位置づけられた区域になっているということは、先ほど申しました私の区分けから申しますと、これはまさに都市内部のことであるわけでございます。そして、世田谷では、先ほどのお話にありましたように、この生産緑地制度を施行する過程で、生産緑地となるべきところを、それもできるだけいい形で残していきたい、それは区民にとっての必要な施設としても使えるんだということで努力がされたことも知っております。ですから、そういう部分というのはまさにそれこそ自治体がやってよい、私はそう思って、そのつもりで最初のお話もいたしました。
 ただ、ついでに一言だけつけ加えますと、そういう位置づけを与えられた以上、やはりその生産緑地はその与えられた位置づけに対応する役割を果たすべき負担を負ったのだろうというふうに思います。これがやはり都市計画の論理であり、また負担とメリットの論理であろうと思います。私は法律家でございますので、すぐそのことを考えてしまうのですが、そういうふうに思います。
 したがって、生産緑地に入ったところは、その本来の役割を果たすように維持され、かつ管理され、市民に開かれているというようなことが必要になってくるでありましょう。そして、そういうことに役立つ農地であれば、現在の土地不況といいますか、不動産不況の中で荒れたままでどうしようもない状態で残すよりは、もしそういう役割を果たし得る農地がなお生産緑地の指定を受けないままで残っているとすれば、それを指定し直していくということはあってよいのではないかというふうに私は考える次第です。
○小杉委員 それでは、次に森参考人に伺いますが、基本的に森参考人の御意見に私も賛同するものであります。
 そこで、私は、先ほどいろいろ数字を挙げて言われましたけれども、ちょうど今度の国会、恐らくあした提案になると思うのですが、国会等の移転法案、これについて今回私ども東京選出の国会議員でいろいろな角度から議論をいたしました。
今詳しくは申し上げませんけれども、東京を、首都を移転するということに関しては私は非常に反対である。首都機能を移転するということである限りは、我々も平成二年の国会決議あるいは平成四年の現行法に賛成した立場から、それは否定するものではありませんが、昨年の暮れに発表になった国の調査会の報告書では、その内容は、大体六十万人規模の都市をつくり、東京から六十キロから三百キロ圏内というようなことで、司法、立法、行政、あるいは国際的な大使館等も全部移すということになると、実質的にはこれはもう機能の移転どころか首都そのものの移転ではないかということで、問題を提起したわけです。私はもっともっとこの東京について手を尽くすべきだということを考えております。
 例えば、今までこの東京に対しては莫大なインフラ投資をやっているわけですね。地下鉄網も東京オリンピック以来十数路線走っておりますし、首都高速道路も何路線もふえておりますし、そのほか学校とか病院とか福祉施設とか、そういう面で東京の区部というのはかなり整備されてきたと思うのです。ところが、バブルによって都心部ではもうほとんど今ビルががらがらにあいてしまって借り手がいない。これはもう森参考人が一番痛切に感じておられることと思うのです。
 したがって、私は、先ほど申したように、東京の外縁部は一定の歯どめをかけて、やはり緑地なりそういうオープンスペースを持つ必要があるけれども、都心部の今まで莫大なインフラ投資をしてきた地域についてはもっと効率的に活用することが必要じゃないかというふうに考えているわけですが、せっかくこれだけインフラ整備をした東京の都心地域を効率的に活用するために、都市計画道路を整備するのは今が最大のチャンスだ、こういう森さんの御意見には私も賛同いたします。そして、大変建設的な、民間の力を都市計画道路の事業達成のために活用するという非常にユニークな提案も、私は大いに賛同したいと思います。
 そこで、私は伺いたいと思うのですが、デパートとかスーパーマーケットの売り上げ、あるいは設備投資とか住宅建設とかのいろいろな指標を見ますと、今景気は少しずつよくなっております。ところが、今最大のネックとなっているのは、不良資産がなかなか動かない。今度の国会の最大の焦点であったこの不良資産問題、住専の問題も恐らく今週中には決着がつくと思うのですが、この眠っている東京の不良資産をどう動かすか、これが景気対策上も非常に重要だと思うのです。
 そこで、先ほどの数字によりますと、日本全体の中での東京区部における不良資産が七〇%から八〇%ということですから、この問題を解決しないとなかなか景気対策上も効果が出てこない。そういう面から、森参考人の指摘された、今こそ絶好のタイミングだから都市計画道路を大いに進めるべきだ、今までのペースでいけば二十二世紀、二十三世紀になってしまうということで、しかも財源調達の面で、あるいはマンパワーの面で、ノウハウの面で民間の力を活用すべきだというふうなお話がありました。全くそのとおりだと私は思うのですが、財源の面で民間の力を活用するということについて、もう少し具体的にお話をいただけたらありがたいと思うのです。
○森参考人 その財源の面というのは私一番不得意なのでございますが、道路財源が今、年間二十兆ぐらいでございますか、そのうち都市計画道路に入れられているのは四千億ぐらいにすぎないというふうに記憶しております。余りにも少ないではないかというふうにかねがね思っているわけですが、いろいろな仕組みがあってなかなか簡単には一方だけをふやすわけにいかないというふうに聞いておりますので、この際全く別に、今先生の御指摘のとおり、不良債権問題解決のために別途予算を引いて、それこそ十兆ぐらいを持ち出してこれを土地の流動化対策として充てる、ひいては都市計画道路を実現する。つまり、要らないものを買うのではなくて要るものを先行取得するわけですから、一石二鳥ではないか。
 そういう財源をどこから持ってきたらいいのかは先生方にお考えいただきたいのですけれども、少なくとも十四兆のお金を新都市に今持っていくならば、東京の救済、再生に同じ十四兆を投じていただいたらどうだろう、そんなふうに思うわけでございます。
○小杉委員 今銀行も不良債権問題あるいは住専問題の処理のために相当出費を求められている最中でございますので、我々も、何とか六千八百億の税金をつぎ込まないで、母体行や一般行や系統金融機関のさらなる負担によって実質的に国民の負担がゼロという方策を今一生懸命考えているところですが、民間のディベロッパーとか不動産あるいは建築関係の会社の中には、バブルの影響を克服した会社もいっぱいあると思うのですね。
 したがって、公共予算をふやすというのはなかなか大変なんですね。それでなくても今財政難でございますので、例えば民間で共同買い取り機関みたいなものをつくって、そこで道路の予定地も民間が買い取る、そして面的な整備も含めてそれもやっていくというような構想ができれば一番いいと思うのですが、そんなような考えはございませんか。
○森参考人 今一番ダメージを受けておりますのが不動産業界でございまして、年間三十二兆円の売り上げに対して百兆円ぐらいの負債を抱えているわけです。ですから、これは逆でございまして、政府がこれをいかに救済していただくかということが問題ではないかと思います。
 ただ、先ほど申し上げましたように、マンパワーはあるわけでございますし、それを活用して、代行して仕事をするということによってむしろ救済策の一環にもなるというふうには思います。
○小杉委員 ありがとうございました。
○石破委員長 輿石東君。
○輿石委員 社民党の輿石です。
 原田、森お二人の参考人の皆さん、大変御苦労さまでございます。
 貴重な御示唆をいただいて大変うれしく思うわけですけれども、先ほどお二人のお話を聞きながら、国土庁で五年ぶりに土地政策の見直しを行うという方針をこの四月に打ち出して、今後の土地政策のあり方について、首相の諮問機関であります土地政策審議会、日経連の根本会長以下二十三名で議論をされていくはずでありますが、その見直しの背景とか、今後何をどのようにその場で検討していくのかということが大変注目をされていると思います。マスコミといいますと、今までの土地政策は地価抑制というような観点でなされておった、それをこれからは土地の有効利用、そのための取引の活性化、そんなような視点で論議をされるのではないかというふうなことが予想されるわけであります。
 そうした中で、バブル経済がはじけて金融システムの危機と言われているわけですけれども、何しろこのバブル経済の元凶というのは、一つは土地投機にあった、そのことを私どもは強く反省をしながら今後の土地政策のあり方についても論議がされるべきだ、こう私は思うわけであります。新たな経済社会システムを我が国に築いていくために、間違っても土地を投機や利殖または資産保有、そういう目的で取得をしていくということはもう避けなければならない、そこにこれからの土地政策の理念というものを置くべきだ、こう思うわけであります。
 そして、この住専国会でも見られますように、土地をめぐる、土地に対するルールとかモラルというのが欠如しているのではないかなというふうにも思うわけですけれども、そのルールやモラルを確立するということも大事な点だろう、こう思います。今後の土地政策のあり方について、お二人の先生方から簡単に考え方を御披瀝いただければありがたいというふうに思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 大変大きな問題でありますので、どれだけのことをお答えできるかというのはわからないところがありますが、私が基本的な要点というふうに思われるところについて多少お話しさせていただき
ます。
 土地、不動産のバブルということで見ますと、これは実は東京だけでなくて、ヨーロッパ、アメリカを含めた大都市で割と同じ時期に、多少のずれを伴いながら発生しております。ただ、一番ひどかったのは、激しかったのは、やはり日本の東京でございます。
 バブルの背景としては、もちろん種々の事情、特に八五年のプラザ合意以降のいろいろな金融政策、経済政策等の影響もあったのは間違いないわけでございますが、ただ日本の場合には、私から見ますと、八三年ごろから始まった規制緩和、民間活力の拡大、それから内需増大のための都市再開発の推進等のいろいろな動きが、やはりそのバブルの激しさを助長する役割を果たしたというふうに思っております。ですから、先ほどの御意見に私も賛成でございます。
 しかも、日本の場合には、その前提となる規制自体が、先ほどから私繰り返しておりますように、やはり欧米と比べると弱かったという状況もございました。
 したがって、そのバブルがはじけた後の今後の土地政策の方向としましては、先ほどのお話にもありましたように、やはり地価対策という観点、これからは地価の引き上げということになるかもしれませんが、そういう観点からではなくて、やはり本当の土地対策、土地の有効利用対策を考えるべきである、そして私自身は、そのためにはどうしても計画的な規制のルールが必要であるというふうに考えております。
 先ほどからお話に出ております都市計画道路の実現という場合にも、いわば計画と、今度規制と、それに加えたさまざまな公的な土地の取得手段というものが実はそれに伴って必要になり、また出てまいります。欧米の場合にはそれが必ず伴っておりました。必要であればまた後で申します。
 そして、その計画のルールを確立していくに際しましては、先ほどの私の最初の意見表明でも申しましたように、やはり今後は単に経済だけではなく、生活とか住居、居住とか環境とか防災、安全というふうなところを重視していく、それでこそまた共同のルールとして市民一般から認められていく、こういう関係にあるのではないかというふうに思います。そして、分権的な要素が都市計画にどの程度今後実際に入ってくるのかわかりませんが、できるだけその方向が望ましい。
 そうやって見ますと、先ほどの御意見とある意味では重なるのだと思いますけれども、都市の土地というのは確かに個別の私的な所有権に細分化されております。しかしながら、全体として見ますと、それは都市の住民にとっての共同の生活空間をつくり出していくためのいわば物理的な基盤であるというとらえ方も可能になるのではないかと思います。また、そのようなとらえ方が確立されてこそ、本当に実効的な、しかも広く承認される共同のルールとしての計画的な利用と規制ができ上がっていくのではないかというふうに思います。
 そして、そのような物理的な基盤の一部であればこそ、その土地の私的な取引については、要するにその土地についての市場原理については、税制等も含めたさまざまな規制がある程度かけられていくということになるかと思うわけです。
 総じて申しますと、そのような前提のもとで、やはり土地でもうけることはよくないんだというような意識、モラルが、例えばこういう意識は北欧なんかでは非常に強いようでありますけれども、そういうふうな意識がやはり日本の中にも、これから二十一世紀の社会、都市づくりに向けて根づいていくことが望ましい、この点は先ほどの御意見のとおりではないかというふうに思います。
 なお、ちなみに申しますと、実は農地の転用規制に関する制度も、その外側から、土地を投機の対象とはしない、そうすることを法制度的には禁止し、制限している、こういう役割を果たしているのではないかというふうに思っております。
 以上でございます。
○森参考人 土地にはいつも思惑というものが動くわけでございまして、戦後も三回ほど土地が高騰したことがございます。特にその中で大きかったのは列島改造論のときでございまして、日本じゅうが工場になってしまうのではないかというような騒ぎでございました。そういう畑地、山林が九州から四国、北海道まで、あるいは東北の最北端まで買い進まれたということがありました。
 今度のバブルは、やはり国土庁が、日本じゅうが国際金融センターになってしまうのではないかというような、そういう需要予測を発表して思惑をあおったということもあったと思います。日本じゅうが事務所になってしまうのではないかというようなムードになりまして、都心から思惑が発生いたしました。
 しかし、状況はすっかり変わりまして、一番根本になって動いておりましたのは住宅に対する渇望だったのですけれども、これも人口移動があるために住宅がアンバランスになるということで、今は既に住宅問題は東京問題、少なくとも大都市問題に絞られてしまった。しかも少子・老齢化時代ですから、それに、もう住宅は行き渡ってしまって、全国的に見れば二割近くも余っているという状況ですから、そういう思惑が出てくる余地はなくなった。
 しかも、国際化の流れの中で、空洞化の方を心配しなければならぬという状況ですね。畑も、どんどん農産物を輸入すれば畑を輸入したと同じだ、工場も、産物を輸入すれば工場を輸入したと同じだ、事務所だって、どんどんオフィスの利用者、つまり、今の場合金融業者ですとか、あるいは通信業者ですとか、出ていってしまえば事務所を輸入したと同じだ、逆に言えば、空洞化を心配しなければならない時代になっているという状況を御認識いただきたいと思います。
○輿石委員 土地を間違っても投機の対象にしない、そういうモラルの確立が大事だというお話もありました。
 それで、原田先生の方で先ほどの御質問にもあったわけですが、農地法の転用規制は国に残しておくべきだという主張があるわけですが、この問題について、やはり転用規制を緩和すべきだという議論もかなり出ているやに思うわけであります。
 例えば、日経連の永野前会長は、一九九四年十一月二十二日の週刊東洋経済というところで、「農地法さえ改正すれば、ぱっと目の前が開けるように事業の機会が出てくる」「農地法改正こそ内需拡大の突破口だ」、さらに、「農地転用を制限している農地法を関東六県で撤廃し、土地の用途を自由にする」、そうすれば「住宅関連をはじめ様々なニュービジネスの登場が見込める」のだ、そんな御意見もあるわけであります。
 先ほど私が申し上げました新たな土地政策の議論もこれから国会の場で議論をされていくわけですが、このように一部には、農地法は農地改革後にできた古い法律で時代おくれではないか、大幅に改正し、規制を緩和すべきだという御意見があるわけです。こうした意見とは先生は異にされていまして、農地法の意義と役割というようなものを今後の土地政策の中でどのように位置づけていったらいいのか、その点についてもう一度お話をいただきたいと思います。
○原田参考人 これも大変大きな話であるわけですが、私の考えの基本的な部分は、先ほど最初のお話でもお話しいたしました。
 農地法の最重要な意義は、やはり農業サイドとの関係であるわけでありまして、農地改革の成果を維持して、その後の今日までに至る農業、農村の一番根底的なところを支えている、基礎づけているというふうに思っております。
 とりわけ問題とされる、要するに農地の所有に関しては耕作する者でなければだめだというところがございますけれども、よく考えていただきたいのですが、実はまさにその前提の上で我が国の戦後の農村社会と農村の土地関係というのはすべてつくり出されてきているということです。しか
も、それは、農地法でそのような特別の規制、転用規制も加えまして、農地を農業生産の手段として、法制度上では抑えているんだ、だれもが自由に買え、自由に転用でき、自由に建築できる土地一般ではないんだ、こういう区別をしていることであろうかと思います。戦後の農地行政も農地制度もすべてその上に成り立っているわけです。そして、その転用統制がどういう役割を果たしてきたか、これは先ほどお話ししたとおりかと思います。
 ですから、この農地法が古いと言われるのは、確かに古い法律といえば古い法律です。したがって、現実に動いていない部分もございます。しかし、今述べた点というのは、現実に機能し、また現在の日本社会の中で非常に重要な役割を果たしているからこそ存続してきている。もし、これを大幅に緩和する、一挙に撤廃する、先ほど御紹介された意見のように、どこでもだれでも自由に買えて自由に開発ができるということになりますと、非常に大きな変動が農業、農村に起こってくるだろうと思います。
 もしそうなりますと、これからの農業政策の中で、食糧自給力がどうなっていくのかという問題はあるわけですが、そういう問題を考える場合にも、大変大きないわば障害があらかじめでき上がってしまう。そのようなことから見ましても、農地法というのは現在でもなおかなり重要な意義を担っている、こういうふうに私は考えている次第です。
○輿石委員 今の問題と関連をいたしまして、昨年の行政改革委員会の規制緩和小委員会の議論の中に、株式会社にも農地の権利取得を認めるように規制を緩和すべきではないかという意見が出ているというふうに記憶しているわけです。また、その議論の中では、先ほど先生がこれには反対だという御意見を主張されましたけれども、永久農地として線引きするなど利用規制をかければ、株式会社であろうとサラリーマンであろうとだれにでも農地の権利取得を認めたらいかがなものか、こんな反論もあるように思います。
 ヨーロッパ、特にフランス等の例も引かれたわけですけれども、ヨーロッパ等ではこの問題についてはどのような扱いになっているのか、その辺を再度お尋ねしたいと思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 株式会社の問題についても、意見をもう少し具体的に申し述べた方がよろしいのでしょうか。
○輿石委員 はい。
○原田参考人 時間の制約がございますので簡単に申しますが、要するに、株式会社というのは、資本を株式にして自由に売買できる、ですから、そういう点で構成員が全く自由に流動することを前提にしております。そういう株式会社が農地を自由に所有できるようにすることは、それではなぜ自然人がだめなのだということを当然もたらしてまいります。そのような意味で、先ほど申しました農地法の耕作者主義の原則とちょうど真っ向から対立するのではないかと私は考えております。
 それから、転用目的の農地取得を制限するために永久農地と指定すればいいではないかという議論があるようでございますが、本当に永久農地として規制がかけられるのかという問題、これはきちんと考えてみるべき事柄であろうと思います。例えば、農用地区域というのはまさに農業用に確保すべき区域として定められているにもかかわらず、繰り返しその規制緩和論が出てまいります。株式会社が永久農地とされた農地を一たん取得して、しかしやはり経営が成り立たないというか、採算が合わない、利潤が上がらない、配当ができない、したがって経営をやめるとした場合、じゃ、永久農地として買われたその土地の後始末をどうするのかというような問題も当然出てくるわけで、そうなりますと、やはり転用をというような話が出てくるのではないか。これまでの転用規制の緩和の歴史を見ますと、そういう不安があります。
 それから、もし株式会社が経営するとすれば、非常にいいところで、そこにいる既存の農家を排除して経営をすることになります。他方、株式会社の経営が非常に採算がうまくいって、低いコストで農業をやれるということになりますと、そこが農業関係施策の水準になりますので、今度は、それ以外の、例えば中山間地域のようなところの経営が非常にやりにくくなるということが出てくるであろうかと思います。
 さらに、先ほど申しましたように、もし農村一般に株式会社が農業をやるという形になってきますと、これまでの農村社会と農村の土地所有構造、それから農村の中でのいろいろな社会関係というようなものも大きく変動してくるのではないか。
 それらを考えた上で、なおかつ株式会社に農地の保有を積極的に認める意味が果たしてあるのだろうか、こういうバランス論を考えているわけでございます。
 外国の例もというお話がございましたので、簡単に申しますが、私が一番よく知っているのはフランスの場合でございます。
 フランスの場合には、戦後の農地改革に相当する部分をいわば耕作権の強化方式で行いました。四〇%の小作地の賃借権を抜本的に強化したわけです。ですから、その延長上で、土地所有に対する規制のあり方、所有権レベルでの規制のあり方は多少違っております。ですから、所有のレベルでは、原則は一応自由であるとされているわけです。しかし、他方、その農地を使って農業経営にかかわってくるところでは、恐らく現在では我が国以上にさまざまな規制が加えられている。農業はフランスにとっては輸出産業でありまして、非常に重要な産業として見られておりますから、その分だけ政策的な努力も大きいというふうに私は見ているわけです。
 具体的に申しますと、まず農地の賃借権は非常に強く保障されております。これは我が国と全く逆になります。
 それから、我が国でもかつて農地管理事業団法案というのがあって、そういう特別の、農地の売買に介入する公的な機関というものをつくろうとしたわけですが、それに相当するものがフランスでは存在しております。しかも、先買い権を持っておりまして、毎年非常に大量の農地を買っております。それはどういうときに買うかといいますと、その農地を農業用として利用するために維持する必要があると考えれば買うわけでございます。
 さらに、経営権の移動に関しても細かいコントロール、規制がございます。したがいまして、株式会社が農地を取得するのは自由だとしても、実際に経営するというのは非常に難しい、まれなことになるわけです。現実に、株式会社その他、有限会社がフランスの場合には存在しておりますが、わずか〇・数%でありまして、大部分は、大規模なブドウ酒生産を行う、したがって販売額が多い、それゆえ商事会社的な組織をとっているというケースになっております。
 以上でございます。
○輿石委員 分権の問題についてもお尋ねをしたがったわけですけれども、時間が参りましたのでこれで終わります。
○石破委員長 西川太一郎君。
○西川委員 本日は、原田教授、森社長、両参考人におかれましては御多用のみぎりこうして御協力をいただきまして、新進党の規制緩和委員会筆頭理事として心から御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
 早速両先生にお尋ねを申し上げたいと存じます。
 土地というものは、言うまでもなく、私どもの生活、また生産、これを支える不可欠な資本財であります。イギリスやアメリカの経済学の教科書を見ますと、土地について日本のような、いわゆる地価についての議論というのは余り展開されていないという経験を私は持っております。それは、資本財として、松下幸之助翁のかつての構想のように、山を崩して海を埋めるというようなこ
とでもしない限り供給は一定であるということが一つの前提になっているし、また欧米においては土地の有効利用ということは日本よりもはるかに規制が緩く、これらについては所与の条件として当然視されているということもあるのではないかと思うのでございます。
 かつてOECDによって指摘されたウサギ小屋に住む日本人という状況は、先ほど森参考人の御指摘のように、我が国の住宅供給が極めて活発であり、一人当たりの国民の居住に関する、いわゆる雨露をしのぐという観点からすれば一わたり行き届いているように見られます。しかし、海外に生活をした経験を持つ方々や若い方々からすれば、現在の住宅供給のあり方ということについては、その質において、特に広さにおいて御不満があるというふうに私は受けとめております。
 この委員会は、規制を促進するにしても、また規制を強化するにしても、いずれにしても規制というポイントによって議論を進めている委員会であることは言うまでもないのでありますけれども、先ほどから両先生のお話を承り、特に森参考人におかれましては、実は個人的なことを申して恐縮でありますが、冒頭質問されました小杉議員と不肖私は東京都議会議員の出身でございまして、ともに十数年行動を同じくしてきた時期もある同志であります。そういう意味では、先ほど来の森参考人の都市計画道路のあり方についての御見解については全く同感でありまして、これは今後の課題としてぜひ党派を乗り越えて東京のためにもひとつ努力をしていきたいということを申し上げたいのでありますが、ここは東京都議会ではありません、国会であります。
 そこで、全国的な問題として、まず先ほどの御論議の中でいろいろお触れになっております。特に、原田教授がお触れになっておりますが、私のお尋ねをするポイントとしては、いわゆるウサギ小屋を解消するためにどういう規制の緩和があり得るのかというような観点から、改めて税制等も含めて、また容積率の緩和等も含めて規制緩和はどうあるべきかということにつきまして、両先生の御意見を承りたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
    〔委員長退席、野田(佳)委員長代理着席〕
○原田参考人 お答えいたします。
 ウサギ小屋を解消するためにどのような規制緩和、あるいはどのような他の施策があるかということですけれども、ウサギ小屋の問題はまず住宅の問題でございます。
 住宅をいかなる場所に、どのような規模、質、価格でどうやって供給していくかということになりますと、当然その基盤となる土地の確保の問題がございます。したがいまして、一方ではその土地のところでの対策が当然必要になるわけでございまして、それに関しましては先ほどから、私の基本的な考え方は土地対策、そしてその背後にあるべき土地利用計画とそれに基づく種々の規制措置の整備というのが必要だという形でお話ししてまいりました。
 他方、住宅の問題に関しましては、一方で住宅それ自体に関する住宅政策のあり方の問題が関連してまいります。これは、住宅の供給対策として、例えば我が国でも公営、公団、公社、そしてまた民間等のいろいろな供給対策がありますが、同時に欧米の場合との比較で申しますと、住宅の質とか規模とか、そのようなものをどのように規制し、基準づけるかという部分がございます。一定の規模、質、しかも一定の住宅を保障するという前提を仮に立てますと、必ず家賃補助の問題が出てくるわけでありまして、欧米諸国ではそのような努力をしております。
 したがいまして、先ほどの質問に全面的に答えることは非常に困難な問題になるわけですが、規制緩和によりまして、都心部で一定の容積率を増し、そこを住宅に充てたらどうか、職住近接にもなるというのが昨今の規制緩和論の議論の一つの筋かと思いますけれども、それによって住宅の質、環境、安全、あるいは町の環境そのものが阻害されない範囲内であれば、それは一つの方法であろうかと私は思います。しかし、それを犠牲にしてまでという形で今それをやる必要があるのかどうかに関しては、また考える余地があるだろう。
 それからもう一つは、そうした場合の住宅の質、価格、特に価格の問題でございます。これがどうなるかについての手当ては、やはり我が国ではなかなかかかれない。例えば、都心部で住宅附置義務のようなことをやりまして住宅をつくっても、非常に高い住宅でありますと、それはそういう高い広い住宅に住める人だけになりまして、ウサギ小屋と評されたような我が国の住宅事情を抜本的に変えることにはすぐつながらないのではないかという問題を考えております。
 ですから、そういう意味では非常に総合的な対策が要る問題であるということで、私のお答えにさせていただきます。
○森参考人 申し上げたいことはたくさんあるのですが、限られた時間の中で何を申し上げたらいいかと思ったのですが……。
 住宅問題は今や大都市問題でございまして、大都市において不足している、あるいはまだ十分な質及び規模のものは供給されていない。それは、やたらに遠くに住んでいてはいろいろな意味で生活が改善されませんので、なるべくコンパクトに中心部周辺に住む方法はないのかということを考えますと、当然いかに土地を高度利用し、有効利用して住むかという問題になってくるかと思います。
 今、容積緩和論も盛んなのでございますけれども、ただ容積緩和してしまっても、都市環境が悪くなるだけで有効に使えるわけではなくて、建物の土地に対する容積率を上げて使うためには敷地面積の拡大ということと、しかるべき道路計画の変更ということを要するわけですね。とにかく三十坪ぐらいでは二階建てを建てるのが精いっぱいで、三階、四階を建てますと隣が見えなくなってしまう、要するに、日影でどうにもならぬということになるわけですが、これが三百坪、三千坪となりますと、十五階、三十階というふうに建てることができまして、倍率も五倍、六倍というふうなものを建てても隣棟間隔は十分にあいて、住環境としていいものがっくれる。日影といっても、地上からの距離に反比例して濃くなるわけでして、高く遠いものの影はそれほどの影響はないわけなんですね。天空率の問題だというふうなことで、もう一度、建築基準法等もあるいは都市計画法も見直していくべきではないかというふうに思っております。
 また、道路も、今みたいに細分化された土地を賄うように通っていたのでは使いようがないわけでして、これを統合して幹線道路を広くする、あるいは補助幹線道路にまとめるといったふうに再編成するということなくしてはできない。そのためにも、先ほど申し上げました都市計画道路をまず仕上げて、その次の仕事へ持っていくというふうに、その中で再開発という形でいろいろな事業を生み出し、高度利用を図っていくというふうにすべきじゃないかと思っております。
○西川委員 ありがとうございました。
 原田先生に、また森社長にもさらにお尋ねをするわけでありますが、ただいまの原田先生の御見解の中で、欧米における社会政策の一環としての家賃補助制度について言及をされましたが、我が国のこの土地の活用度合いの低さ、有効利用の度合いの低さということを解消せずして社会政策的な家賃補助をということに至りますと、それは人口定住策や地域振興策としては一つの効果はあるかもしれませんが、いわゆる土地がディストーションとして、経済の一種のひずみとして、我が国の場合にはこれはバブルの問題に直結して非常に深刻になったわけでございますね。
 先ほど来の先生のお話を伺いますと、いわゆる土地を投機の対象にしたり、ビジネス、もうけをねらう、そういうことの対象にすることは否定的な御見解であったというふうに思いますが、しかし、健全な有効土地活用によって展開をされる不動産業のリスクテーキングにかなった利益を追求
していくということは、私は否定するべきものではない。多分先生もうなずいておられますから、そのことについてまで否定されるものじゃないと。とすれば、一体そのバブル、ファンダメンタルズと呼ばれるもの以上に期待をかけて地価が暴騰してしまったゆえんのものは何かといえば、長い日本の土地信仰に対する、土地を持っていれば何とかなるぞ、土地は必ず値上がりするぞ、こういうことが問題であって、したがって、税制についてもタックス・オン・タックスの批判があるように、また猫の目税制と言われるように、絶えず規制、規制の観点から税制が使われている。有効利用させようという問題からは一向に税制が活用されていないというふうに言い切ってもいいのではないかと私は思うのであります。
 例えば、もう少し申し上げさせていただきますと、土地をもっと活発に使えれば、床面積という土地にかわるオルタナティブが供給されるわけであって、限りある土地、例えば一つの土地に三階建てしか建てられないときよりも、十階建てといえば三倍以上の資産が出てくるわけでありまして、これは釈迦に説法でありますけれども、そういう発想で、地価をいじくり回すのではなくて、いかに有効に活用するかという方法を考えていくことが国民にとって有効な政策ではないかというふうに思うわけでございます。この点について、原田先生にお尋ねをしたいと思います。
 それから森社長には、実は、私も東京都の都市計画審議会の委員も五年ほど務めたことがあります。そういう経験からいたしますと、先ほどの御指摘のとおりなんですね。実は、容積率は余っているんですね。使い切っていないのです。東京都の中について言えば、特に二十三区内について言えば。その最大の理由が道路なんです。したがって、私は先ほどの森さんの御議論は全く同感であるというふうに申し上げたゆえんのものはそこにあるわけでございます。
 そこでお伺いをいたしますが、最近、経済週刊誌に森参考人がコメントを載せておられます。それを拝見しますと、今土地取引が不活発なのは、不景気のせいもあるが――そうはおっしゃっていませんけれども、私なりにかみ砕いて申しますと、いわゆる評価額が三年ごとの固定資産税の評価のシステムで、御案内のとおり逆転現象が起こっている、これが来年の評価で実勢価格に近づく評価がされれば、固定資産税も落ちついて土地の取引は活発になる、こういう御議論であった。読み間違っておりましたらおわびを申し上げますが、そんな御議論ではなかったかと思うのです。
 固定資産税の実効税率が下がると地価は上がるというのが経済議論の一般論ではないか、こう思うわけでございますが、つまり、固定資産税の負担率が低ければ所有しやすいわけでありますから、それを放棄する人はいない。むしろ、税が上がることによってそれの活用をできない人は、活用できる人にそれを売却するか貸すかによってその税負担をクリアしなければ土地所有はかなわないわけでありまして、そういう意味では、税制のシステムによって土地の流動化を図るという方法も一つの方法ではないかというふうに思いますが、ここらについての御見解を伺わせていただきたいというふうに思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 私に対しての御質問は、容積率をもっと引き上げて土地を有効利用すれば住宅等の供給もふえてくる、そして恐らく都心居住も実現できるということについてどう考えるかという御質問としてお伺いいたしました。
 この点に関しましては、先ほどからの議論の中にも出ておりますが、やはり容積率を引き上げるためには、一般的にはそれを支える公共設備、特に道路等の整備が前提になる。これは、皆様先刻御承知のことかと思います。もう一つは、どの程度の容積率をどういうふうな形で使い、町づくりをしていけば、それはどれが有効利用なのかということに関しまして、その有効利用の中身をめぐっていろいろな考え方が現実に社会の中にはあるのだと思います。非常に高層な住宅用のビルがいいというのもあれば、高層ビルは住宅としては必ずしもよくないというような議論も、両方ございます。
 そのような中で、その有効利用の中身を、特に居住とか生活環境、そしてさらに住宅ということになりますと、その中身をどのように考えていくのかという議論がもう一つやはり必要になるのだろうというふうに私は思っております。
 ちなみに申しますと、パリなどの場合には、現在最高の容積率が、これは一番商業・金融地域であるオペラ座あたりでありますけれども、三五〇%に規制されているのですね。ただ、一九六〇年代には、パリでも近代的な都市計画で高いビルを建てようという発想がございました。現在建っているビルは大体そのころ計画されたものでございます。しかし一七〇年代の後半以降考え方が変わりまして、これはだめだということになりまして、それ以降の再開発等ではそういう高いビルは建てないという方向で、いわば別の有効利用の考え方がとられている。それで、その中にできるだけ住宅を残そうというようなこともとられております。そこの議論がやはり出てくることになるのだろうと存ずる次第です。
 以上でございます。
○森参考人 固定資産税の問題は非常に難しい問題でございますが、たまたま私は興味のある資料を持っておりますので、御紹介したいと思います。
 ニューヨーク市と東京二十三区との関係なんですが、面積はほぼ同じでございます。それで、人口は東京の方が一・一六倍ですから、まあこれも余り違わないということだと思います。そこで、現在、固定資産税をどう払っているかということになるのですが、一人当たりに直しますと、これは百円ベースですけれども、東京が十二・六万円、ニューヨークが十・八万円ということになっておりまして、ほとんど同じなんですね。土地の評価額はどうなっているのかというふうに見ますと、これは、向こうは土地建物を一緒に評価するのが原則でございまして、一緒にした数字しか実はないわけでございますが、東京の方が三百七十兆七千億円に対して、ニューヨークは二十九兆三千億円で、九分の一なのですね。
 これを見ましても、評価額が低いから土地の値段が上がるとか下がるとかという問題とは違うだろうというふうには申し上げられると思いますが、むしろ、日本の土地の評価、土地と建物とを切り離して、有効利用している土地も有効利用していない土地も同じだというふうに見るのは、欧米諸国のやり方と全く違いまして、建物を建てて有効利用していないところはむしろ非常に安いといいますか、そういうふうになっている。もっとも、町によっていろいろ議論がありまして、最有効利用しているとみなして評価するところもあるそうでございますけれども、この辺が大いに議論が分かれていくところじゃないかと思います。
 基本に返って、日本の土地総額がアメリカの土地総額の四倍だというふうに言います。土地費は広さと人口とGNPに比例すると考えられるのですが、広さは二十五分の一、人口は二分の一、GNPは〇・六割ですか、掛け合わせていきますと、日本の土地の値段は七十五分の一になってもいいところなんですね。それが四倍するというのは、どこかおかしいのじゃないか、評価の仕方がおかしいのじゃないかと一つは考えるべきじゃないか。これが高ければ高いほどいいというふうに一時期思っていたのが、何かどこかに勘違いがあるのじゃないかと、よく考えてみる必要があるというふうに思っております。
○西川委員 ありがとうございました。
 両先生から大変興味深い、また有益なお答えをいただいたと思います。そこで、時間がもうあと五分しかありません、最後のお尋ねにさせていただきます。
 先ほど来、原田教授は、都市計画のあり方について、市街地についてはこれは地方分権、そして農地にかかわる問題についてはそれはなかなかなじみにくい、こういうことでございました。今我
が国にも両論、そういうものがあるということを承知をいたしております。
 そこで、都市計画のあり方について、森嶋通夫先生、ロンドン大学の名誉教授であられますが、日本の場合とイギリスの場合を比較されていまして、日本では戦後、自分の家さえ建てられればいいという感覚が育ってしまった。したがって、住宅は町づくりの一環だという、そういう感覚が育たなかった。自分の家しか考えなければ町には品格というものがなくなってしまう。
 さらに、ニュータウンの開発なんということを日本で例にとれば、電鉄会社とか不動産会社が宅地を造成して販売する。イギリスでは、地方自治体がグランドデザインを描いて、本当の意味で新しい都市をつくる。住宅とともに商業地域や工業地区を設け、道路網もつくるし、仕事に来るビジネスマン用のホテルまでつくる。町づくりの権限が自治体にあり、個人住宅の改造でも自治体の許可が必要だし、自治体は、許可を与える前に近隣の人々を対象に公聴会を開くこともある。ですから、これは、規制緩和をしながら、また同時に地方分権を推進しながらも、規律あるきちっとした方針というものを全体として立てなければいけない、こういうことだろうというふうに思うわけであります。
 私もこの御意見には賛成をいたしているわけでございますが、両先生にこのことにつきまして、つまり都市計画の地方分権のあり方ということについてのお答えを賜って、私の質問を終わりたいと存じます。
○原田参考人 お答えいたします。
 ただいま御紹介にありました、恐らく森嶋先生の書かれたもの、そこに書かれていたこと、それから今、西川議員の発言された、最後の方でおっしゃられた点、わたしは全く同感でございます。
 分権化することは、同時に規制緩和と絡むところがございますけれども、都市計画に関しては、きょう繰り返し述べておりますように、分権しつつ、かつ規制のきちんとした仕組み、コントロールの仕組みというものをどうやってつくっていくかということが大切なんだろうと私は思っております。
○森参考人 私も先生のおっしゃるとおりだと思います。ただ、私どももこういう仕事をやっておりましてたびたび感じることがございますが、それは結局地域エゴということなんですね。あるいは、別の言葉で言うと、上位計画に対する無理解といいますか、全体計画の中の位置づけに対する無理解といいますか、そういうことがあります。
 一例をもって申し上げますと、港区では、人口がふえる施策は要るけれども事務所をつくることは一切まかりならぬということにしようじゃないかということになるわけです。あるいは、大規模なホテル等をつくるのも問題だということになるのです。例えば、港区は東京あるいは日本の中においてどういう位置づけにあるのか、つまり国際的な町あるいは全国の中心の町、そういう町のまた中心区なら中心区はどういうものであるべきかといったことの視点が欠け落ちてしまうことがあるということですが、逆に建築基準法等で全国一律に縛ってしまうのもまた大いに問題があることをたびたび感じることもあります。
 問題はその辺の調整をどういうふうに進めるのか。原則は、地方が決定権を持つべきだけれども、その調整を十分にする機構は必要だというふうに思っております。
○西川委員 どうもありがとうございました。
○野田(佳)委員長代理 石破茂君。
    〔野田(佳)委員長代理退席、西川委員長代理着席〕
○石破委員 一人の議員としてお尋ねをしたいと思っております。
 両参考人、わけても原田参考人にお尋ねをしたいのですが、どうも日本の国というのは、都市と農村というのが反目し合っている非常に珍しい国だなという気がしているのですね。
 政界再編は、都会党と田舎党に分けたらちょうどいいのじゃないかなんと言う人もおりますけれども、都市の言っていることと農村の言っていることが全く正反対で、都市は非常に農村をうらやみ、農村は都市をうらやんでいる。お互いに全く相互理解がないという、これは何かおかしいのじゃないかという気がして仕方がないのであります。
 私は選挙区は鳥取県でございますが、この間、経済企画庁ですか何ですか、住みやすさランキングというのを出した。一番が富山。大体日本海側の県がずらっと並んで、鳥取県も第七位という話で、どうだ、農村はいいだろう、こういう話なんですが、その割には過疎は全然とまらない。そんなに住みやすければ、人口ふえてもよさそうなものなんですが、全然ふえない。不思議なことである。
 都市の人に言わせますと、農村はいいね、こういう話になるのですね。何でいいのと言ったら、広い家に住んで車は三台もあって、非常にうらやましい、こういうことを言うのです。それは、広い家というのは、家族が何せいっぱいいますので、おじいさんもおばあさんもいるわけで、広い家でなければどうにもならぬ。自動車三台あっていいね、こう言うわけですが、それは働き手が三人いれば車が三台要るわけです。終バスとか終電、電車はないから終汽車というのでしょうか、そういうのはもう八時には終わってしまうわけでして、一家に働き手が三人いれば三台車が要るのは当たり前のお話でございまして、そんなによければ農村に住んだらと言うと、それだけは御勘弁、こう言われると、何のことだかわけがわからない。
 都市と農村というのは、本当に相互無理解のままずっと来てしまったなという気がして仕方がない。それは何でそういうことが可能であったかというと、恐らく高度経済成長というのがそれを可能にしたのだろう、こう思うのです。
 また、中選挙区制ですから、例えば同じ自由民主党の議員であっても、新進党の議員であってもそうかもしれません。我が党はという話をしないで、北海道では北海道に向いたような話をしますし、東京では東京に向いたような話をしますし、鳥取では鳥取に向いたような話をするわけで、それを可能にしたのは恐らく高度経済成長、そういうものだったのだろう。
 ただ、これは経済がフラットになってきますと、都市も農村も、どっちも言いたいことを言ってお互い反目しているということはもう無理だろう。国家経営上一体どういうようなことをやったらいいのかという施策、それを立てていかなければこの国はどうにもならない、私はそういう問題意識を持っておるわけでございます。
 外縁部の宅地化というのは、私はやはりある程度必要なことじゃないだろうかというふうに思えてなりません。それは、いろいろな理由がございますが、一つは、まず、都市農業存立の意義というのが私にはよく理解ができないのです。
 先ほど委員がおっしゃっておられましたが、緑を供給するというお話ですね。だけれども、田んぼというのは、緑なのは六、七、八、九、四カ月ぐらいであって、あとは荒涼たるもので、緑なんぞと言われたら大変迷惑な話。そしてまた、ビニールハウスでも緑地だというと、これは緑地じゃないでしょうという気がするのですね。新鮮な野菜を供給するといいますが、それは長野でもどこでもいいわけで、何も新鮮な野菜を東京でつくってもらういわれはどこにもない。避難場所として必要だと言われますが、それは農地である必要はないのでありまして、それはもう都市計画、都市政策の問題で、それは避難地帯なりオープンスペースなり公園なり、それをどうつくるかというお話なのでありましょう。何もそこで農業をやってはいけないとは言いませんが、そこは、きちんとした税金をお支払いになって、そこでおやりになるべきものであろうというふうに私には思えてなりません。
 そしてまた、日本の国の自給率というのはどんどん下がる一方です。これは穀物自給率でとるか何でとるか、それはいろいろな考え方があろうと
思いますが、かけ声とは裏腹に、自給率というのは下がる一方で、とまりません。これはもう国全体でどう自給率を維持するか、こういうお話でありまして、転作緩和、転作増強、いろいろなことをやっております。新食糧法になれば転作が緩和されるのかと思ったら、どんと転作が強化されてきたのですね。これは何でかというと、それは皆さん方、つくり過ぎると損するから、今までのように国が強制的なことはやらないけれども、損したくなかったら転作しなさいね、こういう話です。
 ただ、本当に今ほうっておいても中山間地における農地というのはどんどんなくなっている。都市で農業をやらないで、そこは住宅地にし、そして本来の農村地帯でもっと守るべき農地というのがあるのじゃなかろうか。都市農業のあるべき姿というものについてどのようにお考えか、両先生に承りたいと存じます。
○原田参考人 お答えいたします。
 最後のあたりのところが御質問の趣旨かと思いますので、その辺から入ってまいりますが、自給率が下がる、他方で農地が転作で使われていない、中山間地域では、経営困難のためにやはり農地の利用率が急速に下がっている、そして、全体として自給率を上げるためには、むしろある程度転用を都市近郊ではやってもいいのではないかというようなお話があったかと思います。
 市街化区域内の農地については、その位置づけがかなり特殊であるということは私さきに申しました。今繰り返しましても同じ話になりますのでこれ以上申しませんが、その外にある、調整区域内にある農地というのは、これまでの過程でもやはり必要に応じて転用されてきております。現在の仕組みのもとでも、この転用は、都市の拡大が外延的に続いていけばやはりある程度は進んでいくだろうと思います。
 ただ、農業との関係で申しますと、特に食糧の全体としての確保という点で申しますと、やはりそこに最も優良な農地が同時に共存している、その競合する部分をどうするかという問題がございます。
 他方、中山間地域のお話がございました。そこでの農業活動の維持の困難さ、そこに現在でも残っている農家の方々の生活の厳しさというのは、私もそれなりには存じているつもりでございます。問題は、もし、その地域の農業経営と、それなりの優良な地域、条件のいい地域、つまり大規模な耕作ができる地域での農業経営と同じ条件でやっていくと申しますと、これから先の、要するに国際化を要求される体制のもとでは、どうしても中山間地域の農業経営はいろいろな意味で不利を受け、なかなか存続が難しいということになるのだと思います。
 したがいまして、農地の維持というときに、都市の農地を捨てて、あるいは都市周辺の農地は転用して、中山間地域の農地を維持するという考え方だけではやはり済まないのだと思いまして、むしろ中山間地域の方でも農業活動が実際にやれるような対策、政策というものを農政としてどのようにやっていくかが非常に重要なのではないのだろうか、こういうふうに思っている次第です。その両方をあわせてやはり農地の維持という問題を考える必要があるのでは、こういうふうに考えます。
 完全なお答えになっていないかもしれませんけれども、以上でございます。
○森参考人 先生の御趣旨は農地の方の立場からおっしゃいましたけれども、宅地の方の立場から申し上げることになりますが、市街化調整区域というのは市街化区域の約二・七倍ございまして、しかも、この制度ができまして十年の間にGNPとのバランスが極端に離れて、GNPの二・七倍上がったという事実がございます。つまり、ああいう制度をつくったために、東京とか大都市の住宅問題は大変な目に遭ったのではないかと今でも思っているわけです。ましてや市街化区域内農地というのは、せめてここぐらいまではという最低限を実は線を引いたはずでございまして、その中の農地の保存ということは、小杉先生のお話にございましたけれども、いかにも私どもは理解しがたい、より高度に利用すべき地域というふうなはずである。調整区域もどんどん転用されたではないかとおっしゃいましたけれども、現時点でまだ市街化区域の約二・七倍あるわけでして、そんなに転用されてはいない、まだまだ少ない。
 しかも、土地が高い、高いと言いますけれども、戦後GNPの伸びに平均的には比例しているわけでして、例えば、昭和三十年から現在に至るまでGNPは五十四・五倍伸びた。それに対して、商業地は四十・九倍にしかなっていない。ところが、住宅地は百十一倍になっている。四十・九倍に対して百十一倍になっている。
 つまり、問題は住宅地の問題だということなのでして、この辺はやはり農業サイドもよほど考えていただかないとならぬのではないか。つまり、宅地が少し少なすぎるのではないか。ちなみに、日本全国の宅地の割合というのは、工場等全部入れまして九%、農地はたしか三二、三%だと思います。その辺のバランスもいろいろ考える必要があるのではないかと私は思っている次第です。
○石破委員 恐らく次の国会におきましては農協法というのをいじらざるを得ないだろう、こう思っております。それとあわせて農地法、土地改良法、全部見直していかないと、これから先なかなかもたないのではないかというふうに思っております。
 古い法律でもそれなりの意義はございます。ただ、その法律をつくったときの社会環境と今の社会環境と大きく異なってきたことがたくさんあるのではないだろうか。農協法なんていうのは、あれははっきり言ってGHQ立法ですよね。農民は貧しいものである、そして都市の住民とは格差があるのである、そして、労働組合法とパラレルみたいな話ですが、労働者はその権利としてストライキ等々行うことができるが農民はそれはできない、したがって米価のときにはいろいろな闘争をするんだ、こういうお話でした。それからもう五十年たって、今はそれと全く違う。そういうような意味からも、農地法というのも随分見直していかなければ全体的な整合性はとれないのではないだろうかという気がして私は仕方がないわけでございます。
 それで、住専、別にここは金融特ではありませんから住専の話をするつもりもないのですが、住専のときに、これは農業問題である、農協問題である、こういうふうなおしかりをいただきまして、私どもそういう関係の議員は随分と肩身の狭い思いをしたのです。ちょっと待ってちょうだいと。住専に引っかかった農協系統というのは、大体都市部が多いですね。筆頭は静岡でございますけれども、都市部の系統が住専にどんと貸している。そのお金はどこから出てきたのというと、土地代金みたいな話なのですが、私は、やはりこの問題の根底は土地問題だったのだろう。今、森参考人がおっしゃったように、もっと宅地を供給するということを真剣に考えなければいけないのではないだろうかという気がして仕方がございません。
 それは同時に、これは副次的な効果かもしれませんが、景気浮揚に大きな意味を持つものであろう。やはり広い宅地がある、そしてまたこれに大きな家が建つ、さすれば自動車をもう一台買おうという話になり、国産材を使おうという話になり、ハイビジョンでも買おうか、こういうお話になるわけでありまして、私は、住専の問題というのは実は土地問題ではないのだろうか、そういう問題で外縁部の秩序ある開発、宅地化というものはやはり必要なことではないだろうかなという気がしてならないのですが、いかがでございましょうか。
 もう一つは、先ほど西川委員がお尋ねになったことでありますけれども、例えば、日照権、容積率、いろいろなことがございます。しかしながら、日照権は必要ないという人は、多分世の中にいるのでしょうね。朝早く出かけて夜遅くなると帰ってくる、そういう人は一日お日様なんか見な
いわけでありまして、日照権というものを本当にそれぞれの個人のニーズに従って考えてみる必要があるのではないだろうか、一律に考える必要はないのではないだろうか。そうしたら子供の教育はどうなるという話ですが、子供たちは、それはそれで別にオープンスペースをつくって、そこでお日様を浴びて遊べばいいわけでありまして、そういうようなことも余り四角四面に考えるのはいかがなものかというふうに考えておりますが、二点、いかがでございましょうか。
○原田参考人 お答えいたします。
 農業サイドの農地法にかかわる問題と、それから都市の方での宅地の供給、及び多少は日照権等を犠牲にしても容積率の緩和等をしたらいいのではないか、こういう趣旨のお話だったかと思います。
 まず、農地法について、一言ごく簡単に申しますが、恐らく、農協法や土地改良法に比べれば、同じ時期にできた法律の中では、一九七〇年代以降最も頻繁に実質的な改正を受けてきていると思います。七〇年の農地法改正、これは実質的には大幅な改正でありまして、やはりでき上がった段階の農地法とは違う、新しい条件のもとに適用する第一歩をまさしく踏み出したと思います。その後、七五年、八〇年、それからさらに八九年といろいろな改正がありまして、九三年には、農地法を前提としつつ、しかもそのもとでの新しい状況に対応する農業政策を進めるための立法が制定された、農業経営基盤強化促進法ができたということは御承知のところかと思います。ですから、そういう点では、過去の、五十年前の状況そのままである、対応していないということにはならないのだと思うのです。むしろ、根本的なところで意味のあるところを残しつつ、対応の道を農地制度はたどってきている、私はこういうふうに評価しております。
 それから、宅地をもっと供給することが必要だ、特に大都市の周辺部でということでございますけれども、私は、それを規制緩和をして、つまり、現在ある制度でもそれなりの開発の仕組みはあるわけでありまして、それを現在規制緩和して、差し当たりの景気浮揚あるいは住宅開発事業の活性化のためにやるというのは、やはり規制の用い方としては望ましくないのではないか、こう考えておりまして、きょうずっとそういう趣旨の話をしてきている次第でございます。これは、土地についての規制というところから私は問題を説き起こしたつもりでありますので、その線で考えております。
 それから、どういう住宅あるいは環境質の条件に住むかは各個人の選択の問題である、したがって、日照がなくても、その人の生活条件に応じては日照がないところでもいいのだ、これは、そういう人はもちろんあるだろうと思います。そういう点で申しますと、どんなウサギ小屋だっていいではないか、その人が好んで住んでいるのだという言い方もできるわけでありまして、あるいは、そういう形で個人の自己決定、選択の自由を持ち込みますと、ある意味では、町づくりあるいは住宅の規模、質、生活環境等についての基準はそれこそ絶対的にないとなってしまうおそれがあるわけでございます。
 ですから、そういう点では、それだけではやはり理由にならないわけでありまして、むしろその部分は、町というのは、また住宅というのは、どなたかのお話にもあったと思いますが、個人にとっての住みかというだけではなくて、要するに、全体としての町のあり方、環境、品格、そういうものも全部かかわってくる問題であろうと思います。そういう点では、やはり全体としての社会共同部なルールというものがどうしても必要になる、環境基準についても同じではないだろうか、こういうふうに思う次第です。
○森参考人 今先生から非常に興味あるお話をいただいたのですが、つまり、農協が貸したそのお金はどこから出たのかという、それは確かに私もかねがねそう思っておったのですが、バブルで一番もうけた人たちのグループが一番損している人たちに貸した問題ではなかったか、こう思っているわけなのでございます。しかも、大都市周辺の農協はむしろ今や住宅供給組合みたいになっておりまして、この問題にどういうふうに取り組んでいくかが一番大事な問題だ。確かに農協をつぶしていいというわけではないのでございますが、責任のとり方も含めて、あるいは今後のあり方も含めて、根本的にいろいろ議論すべき問題だというふうに存じておりました。
 ところで、一方の日照権の問題、実は先ほどから申し上げたくて仕方がなかった問題なのでございますが、あるとき、非常にマンションが建ち始めた初期でしたけれども、一戸建ての住宅が主流だったものですから、その住宅を守れということを基準に、非常に厳しいものをかけることになりました。つまり、その時点では一戸建ての住宅が主流で、マンションを制限するための方法だったように思われます。その後、状況は変わって、その規制の範囲内でほとんどの家がマンションに建てかわってきております。東京の不燃化率は中心部になるほど高くて、九一、二のところから六〇くらいになってきている、マンション化している。どういう形になったかというと、そういう規制の中でぺしゃんこに、低容積で、本当のところを言うと、日は多少当たるかもしれませんけれども、非常に開放感のない、プライバシーのないようなものになっているというのが現状でございます。
 私は、やはりこの際、日影規制を大幅に緩和すべきだ。先ほどもちょっと申し上げましたけれども、同じ影でも近いところからの影と遠い影では全然違うわけですから、むしろ大規模化し、高層化する、超高層化する。これは東洋でも何でも主流でございますが、超高層化して高度利用しながら、かつ環境をよくする、環境を保持する、開放感をとる、あるいは緑を残す。マンション化したために緑はなくなってしまったわけです。つまり、せせこましいところに緑は残りません。ところが、土地を五倍、十倍に利用しても、超高層化して建ぺい率を一割、二割に抑えれば、要するに緑もできますし、避難広場もできる。そういうふうなものができるように基準法及び都市計画法及び日影規制を改めるべきだ。
 それともう一つ、基準法の中で日照基準というものもありまして、これも、北を向いている家をつくってはいかぬというようなものは今どきナンセンスだというふうに思っております。
 以上でございます。
○石破委員 ありがとうございました。
 この問題は、規制緩和はいろいろございますが、土地の規制というのは国家的な課題として、住専問題を契機としてというのは変な言い方ですけれども、本当に徹底的に議論をしなければいかぬことだろう。土地、そして農業、国家のあり方、そういうことにつきまして、また両先生から今後とも御教示をいただきたいと思います。
 以上で終わります。ありがとうございました。
○西川委員長代理 吉井英勝君。
○吉井委員 きょうは土地問題を中心に議論する日でありますが、日本の土地の問題というのは、これは国土政策全体にかかわる問題でもあって、六〇年代の高度成長の時期に、三大都市圏を初めとする大都市への人口集中、過密過疎を同時につくり出してきた、そういう中で日本の国土全体が非常に大きなゆがみ、ひずみを生み出しているわけですから、そのゆがみ、ひずみをどう取り除いていくのかという視点から論ずる立場もあれば、ゆがみ、ひずみは出てしまっているのだから、それを一応前提とした上で、かつてのものをどう規制を緩和したり法律を取りかえてしまうかという立場で物を考えるのかという、この点は非常に議論の分かれるところで、実はそこが非常に大事なところだと思うのですが、私の持ち時間の十五分でそれをやり出しますととてもおさまり切りません。そこで私は、きょうは最初に森参考人の方から伺いました地価の大幅下落という問題、これの実情について、今日の状況ということでお話ありましたが、御専門の立場から少し伺っておきたい
というふうに思うのです。
 不動産業者や銀行などが、バブルの時期に随分広大な土地を押さえて不良資産化していった。これが今問題になっているわけですが、問題は、地価の下落といっても、私なんかはその分野の専門家じゃありませんからもう一つぴんときませんので、実はせんだって伊藤忠ビジネスコンサルティングの地価動向調査報告書というのをもらいまして、いろいろ見ておりますと、昨年一月の路線価とことし四月の実勢地価を比較してみた場合に、東京の都心部で実勢倍率が〇・六とか七とか八とか、実際随分下落しているというのがよくわかるわけです。全国の主要都市で見ましても、例えばもう〇・五ぐらいになっているところとか、〇・五、〇・六、〇・七、非常に多いわけですね。
 それで、実際に土地を扱っていらっしゃる立場からして、ことしの一月の路線価は八月ごろ発表になりますから、昨年一月の路線価に比べてみて今の実勢地価が大体感じでどれぐらいなものか、大ざっぱな議論になるかもしれませんが。それから、そういうところが競売にかけられたとき、例えば森参考人のところが落とされるときでいえば路線価に比べて大体どれぐらいのものになるか、その辺のところを御専門の立場からちょっとお聞かせ願いたいのです。
○森参考人 端的にお答えしたいのですけれども、場所によって余りにも違うものですから。たまたまこちらに、先ほどお配りしました資料の三ページ目に、地価がどうなったかということを調べて参考につくっておきました。
 これをごらんいただくとわかるのですが、全国的には昭和五十五年から平成六年の間に非常に上がってかつ下がったのです。つまり二四、五%上がって、いや、もっとですね、全国的に見ますと、六百四十兆が二千百兆になった、あるいは、宅地の場合は五百兆が千八百兆になったということですから、二倍半以上上がったわけですね。それがまた今下がってまいりまして千四百兆になったということですから、約四百六十兆下がって、二四・七%ピークから下がったというふうに出ております。
 東京都の場合は、これが百十七兆が五百四十兆、五倍近く上がりまして、四・五倍上がりまして、また今三百二十四兆まで下がって、二百二十兆下がって、四〇%の下落だ。
 その下に区部のが一つございますが、これも御参考までに。これは東京都区部、東京都の調査でございます。東京都全部ではないのですが、しかしながらこちらの方が実態を反映していると私どもは思っておりまして、こちらでは何とピークから七三・四%下がった。そして、もとの一九八五年に比べて、つまりこの場合は昭和六十年と比べておるわけですが、むしろ商業地はその時点より下がってしまったという、それほどの状況でございます。
 先ほど路線価というのは実勢地価の八掛けということになっておりますので、端的にお答えしますと、去年の路線価がことしの実勢地価であるべきだという程度、二〇%近く下がったということでございますけれども、実際のマーケットはさらにそれを一〇%、二〇%下回っているというようなのが東京都心部の住宅地等の事情でございます。
○吉井委員 表六の方のお話は公示価格で出ておりまして、私、特に路線価を基準にして資産評価をやって、それが土地を売って債権回収ということで進められているというところから、ちょっとその点を伺ったわけです。
 民間の方でも、共国債権買取機構、株式会社までつくられて、そういうやり方で不良債権を買い取って土地を売って回収するとか、いろいろやられておりますが、せんだって東京共同銀行の場合は、この間の回収実績一五%と、八五%が回収できなかったというふうな実績が紹介されておりました。そういうこともありまして、実際に路線価をもとに資産評価をやり直してみて、この売買実勢などからして、それがなかなか売れないということでなかなか処分できない、あるいは非常にややこしい問題も絡んできて、競売にかけられて、例えば森参考人のところが落とされるときに大体どれぐらいになるものかなというふうなことも参考のために聞いておきたかったわけなんです。これはそれぞれの事例、事例によって違いますから、確かに一概には、一言で言える話ではなかろうとは思いますが、大体の感じでいいますと、どんなところでしょうか。
○森参考人 余り無責任なことは申し上げかねるのですけれども、金融機関が貸す場合のつまり債権額は、そもそも貸す時点で実勢地価にさらに数年分の金利をつけて貸すというむちゃくちゃなことをしておりましたので、それと比べて、現状どのぐらいで回収できるかという見当はつかないような状況でございます。本当に一〇%、一五%という状況になってしまったのではないかとは思います。
○吉井委員 それでは、今度は原田参考人の方に伺いたいのですが、全国の農業会議などから「株式会社の農地取得に関する要望書」ということで、株式会社が農地を取得することについては反対だという意見書等が挙がっております。それで、株式会社所有の問題点を、これは耕作者主義の原則の問題とか農地の権利移動規制の問題、農業経営のあり方の問題とか農業社会そのものの問題、いろいろな角度から恐らく株式会社所有の問題というのは考えていかなければいけないのだろうと思うのですが、少しその点を整理してお考えを聞かせていただきたいと思います。
○原田参考人 そのお話については先ほどもある程度述べたわけでございまして、それと基本的に同じ形の話になりますが、この問題が出てきたのは別に今回ではありませんで、既に九三年の農業経営基盤強化促進法の立案過程でいろいろな議論がございました。それは農業生産法人制度の見直しということから始まったわけですが、さらに株式会社までどうかという形の議論であったかと思っております。
 私自身は、その時点から私なりに考えまして、きょう申しましたように、ほぼ四点ぐらいの観点から、現時点で株式会社に全く自由な土地取得を認め、農業経営を自由にやれるようにすることはやはり望ましくないという判断をして、いろいろ物を書いたりしております。
 第一点は、先ほどのお話にもちょっと出ておりましたが、要するに、現在でも農地法が定めている耕作者主義の原則というものは我が国の農業と農村の社会のかなり基本的な部分を決定づけており、それを大幅に変えることのプラス、マイナスの判断でございます。
 第二は、農地法の中にある特に権利移動統制と転用規制の部分というのは、これもきょうお話の中で申しましたが、やはり農地を農業の生産手段としてとらえた上で、他の土地とは違う規制をかけるということでございます。株式会社を認めますと、やはりその部分との抵触も出てくるだろう、特に転用規制のところでいろいろな問題が出てくるおそれがあるというふうに考えました。九三年の制度改正のときに、株式会社の自由な取得を認めよという議論に対して、そこまではいくべきでないという判断を農政審議会なり農水省なり、さらには、これは立法ですから、国会なりがなさったというのも、そういうところをかなり重視されたように思います。
 それから、問題の第三点は、やはり株式会社の自由な農業参入を仮に認めた場合に、それと、もう一方での既存の家族農業経営あるいは九三年以降の新しい法制度のもとで、これから育てていこうとしているいろいろな意味での先進的な、いわゆる個別農業経営体というふうに言われておりますけれども、そういうものとの間が対立的な関係にならざるを得ない。その両方がどのようになっていくのかがわからない。特に、中山間地域の農地、農業が今でも維持されているのは、まさにそこに家族農業経営としての農家が残っているからなのだろうと思います。もしそれが企業であれば当然すぐ撤退してしまうわけであるけれども、そこに住み、かつ生活している農家であるからこそ
今でもまだ維持されているという側面がございますが、その部分は当然存立不可能になりかねないだろうというふうに思いました。
 また第四点は、これも先ほど触れたわけですけれども、やはりそのようなリスクを冒してまで、これまでの農業、農地政策の考え方、あるいは農村社会のあり方を全面的に変えるような判断を果たして今できるのであろうか。そのためには、今後二十一世紀に向けての我が国社会の将来、その中での農業、農村の位置づけという一定の将来像をやはり示し、それに向けた政策体系をはっきりさせる中で、その制度を基礎づけるものとしての農地制度のあり方、こういうふうに物を考えていくべきではないかと思っている次第でございます。
 以上でございます。
    〔西川委員長代理退席、委員長着席〕
○吉井委員 時間が参りましたので終わりにしたいと思うのですが、土地に関する規制緩和、特に農地の方に関しての議論を聞いておりますと、やはり規制緩和論の方は農地法に異議ありという農地法を否定するという立場。その点で、日本農業にとっての、逆に農地法の持ってきた意義とか今なお持っている意味合い、この点について、一言ですぱっと原田参考人の方からお伺いして、質問を終わりたいと思います。
○原田参考人 その点も既に多少お話し申し上げたつもりでおりますが、すぱっとと申されますと、やはり農地を農地として、また農地として利用すべきものという形で、特に農地法の権利移動統制、転用規制、それからさらに、ベースとなる農地法の理念、目的のようなところで農地を農地としてとらえ、それを農業生産の手段である、そういうものとして農地の法律的な把握をしていることがまずベースになるのだろうと思います。そして、そのベースの上で、それが農地改革後の農村社会と相まって、現在までの農村における土地所有構造、それを前提とした農村社会のあり方というものをつくり上げてきた。
 したがいまして、そういう土地制度の根幹のところをいじるとすれば、それは大きな変革をやはり意味するわけでありまして、変革後の次のあり方というものをよくよく考えながらその問題は詰めていく必要がある、こういうふうに考えている次第です。
○吉井委員 どうもありがとうございました。
○石破委員長 以上であらかじめ申し出のありました質疑は終了いたしました。
 この際、委員各位に申し上げます。
 これより、質疑のある委員は、挙手の上、委員長の許可を得て発言するようお願いいたします。また、発言の際は、自席にて起立し、所属会派及び氏名並びに質疑する参考人の名前をあらかじめお告げいただきたいと存じます。
 なお、発言は簡潔にお願いを申し上げます。
 それでは、質疑を続行いたします。質疑のある委員は挙手をお願いいたします。
○野田(佳)委員 新進党の野田佳彦でございます。
 両参考人にお尋ねをいたしますけれども、土地政策にかかわる規制、その規制手段一つをとれば、それは価値中立的であって、それだけでよしあしは語れない。その規制をするタイミングあるいは取り外すタイミングでよしあしを語るべきものも数多くあるだろうと思います。
 特に私が思い出すのは、私自身は昭和六十二年に初めて千葉県議会に参画をすることになりましたが、その当時、一番問題になっていたのは監視区域制度でありました。どこまで網を広げるのか、あるいはどの程度の規模で届け出とするのか、こうした議論が行われていました。ただし、もうそのころにはかなり土地が高騰していて、そのタイミング、政策出動のタイミングが遅かっただろうというふうに今から思うと私は考えます。また、その取り外しの時期も、土地がかなり動かなくなった、もうバブルが鎮静化したころだったのではないかなという印象を持っています。
 例えば、今監視区域制度を例として挙げましたけれども、あの監視区域制度自体の有効性と、都道府県によって導入をしたタイミングが若干ずれたり取り組みが違ったりしたことはあったかもしれませんが、あの監視区域制度の導入、そして取り外し、それぞれのタイミングについては、両参考人はどのように検証をされているでしょうか、お尋ねをしたいと思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 まず、監視区域の制度ですね。これは、私がきょう規制という言葉で表現したような規制とはやや性格が違っていると思います。ある意味では、特殊な地価上昇、騰貴があるという場合に出動ずるいわば消防車のような役割を担わされているものでありまして、それはある意味できょう私が述べてきた規制というのとは、それを前提にしながらやはり問題が起こったときに出ていく、こういうものだろうと思うのですね。だからこそ、そのタイミングというのが、出るタイミング、帰るタイミングが非常に重要になる、こういう性質の規制ではないかというふうに思います。
 ただ、バブルで地価が急速に上がって、それがしぼんでいく過程、地価が下がる過程、あるいは少なくともそれ以上の地価上昇を抑制する過程では この監視区域の規制の適用はやはり効果があったというふうに一般に評価されているというふうに私は理解しております。
 そして、具体的にいつ適用を始め、またいつ撤退すべきか、このタイミングの問題については、私は土地経済の専門家でありませんので、地価の動きあるいはその他のファンダメンタルの動き、いろいろな金融の動き等々をあわせて考えるべき事柄だと思いますので、私としては正確にどうこうという判断がちょっとできかねるところでございます。
 以上でございます。
○森参考人 私は、この監視区域制度そのものの存在と必要性というものについて全く疑問視をしておるわけでございまして、私どもの仕事を通じて、何といいますか、これが有効だというふうに感じたことはありません。つまり、マーケットの動きをこの中で表現して見せろと言っているにすぎないので、そのために地価が上がったとか下がつたとかいうのは実は全く関係がない、どう表現したかというだけの話のように思っております。自由経済の中で、土地だけが統制下でうまくいけるというふうに考えるのは全くの錯覚だというふうに思っております。
○野田(佳)委員 ありがとうございました。
○福島委員 新進党の福島豊でございます。
 両参考人には、本日は本当に貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。
 両参考人に追加的にお聞きをいたしたいと思うのですが、地下の利用権のことにつきましての御意見をお聞きしたいと思います。都市部におきましては、地下の利用ということが今後さらにまた重要な課題であると思いますし、大深度地下の利用ということも含めまして、どのように今後規制緩和を進めるべきなのかということにつきまして御意見をお聞きしたいと思います。
○原田参考人 お答えいたします。
 大深度地下の利用のあり方をめぐっては、もう既に長らくいろんな議論がなされてきております。ただ、実は私、その部分については余り詳しい研究をしたことがございません。また、現在の制度のあり方がどういう問題点を持ち、それでどういう規制の緩和が今問題となっているのかについても、ちょっと私として責任を持てる発言をしかねますので、こういうことで御容赦をお願いできればというふうに思います。
○森参考人 私は、非常にこの問題は重要な問題だというふうに認識しておりまして、つまり大深度の都市計画というのもつくっておくべきだというふうに考えております。まあ、なかなか確かに利用しにくい要素はあるわけですが、いろいろ技術進歩によって解決されていくと思います。
 例えば、車を大深度を走らせてそこから上げてくることができないじゃないか、非常に大きなランプが要るじゃないかということがあるのです
が、新しいエレベーターの開発ですね、それもリニアエレベーターの開発で一本の道で続々と上げてくることができる、メリーゴーラウンドみたいなエレベーターを開発することもできるというふうなことでございまして、それができればまた一段と使いやすくなるというようなこともあると思います。
 いずれにしましても、大深度は全く使われてなく、地価がただだという利点もありますし、技術が開発されてくると、大深度を掘削すること自体も非常に経済的にできるようになると思われますし、この計画を今からつくって備えるべきじゃないかと考えている次第であります。
○石破委員長 他に御発言はございませんか。
○福島委員 もう一点追加的にお聞きしたいのですが、これは原田先生にお聞きしたいと思っております。
 阪神・淡路大震災の後の神戸の復興の問題なんでございますけれども、なかなかさまざまな意見がぶつかって、見取り図といいますか、描きにくいような状況であるというふうにもお聞きしておるのでございますが、都市計画という観点からどういうあたりがネックなのか、どうすべきなのかということにつきまして、御意見がありましたらお聞きしたいと思います。
○原田参考人 阪神・淡路大震災後に神戸市その他の都市でいろいろな復興計画を進める、そのためにいろいろな新しい都市計画なり都市計画事業の決定を進めているということはそれなりに知っておりますが、実態的な調査をそこでやったことは私まだございません。そのことをまずお話ししておきます。
 実は、震災当時私は海外におりまして、戻ってきたのはもう既に三月末でありましたから、何カ月かたってからでありました。帰ってきてからいろいろな情報を聞いたのですけれども、その後知ったことも含めて申しますと、一つは、新しい都市計画事業決定的なもの、確かに土地区画整理事業の決定のようなものが行政の側からかなり早い時期に出されたと聞いております。他方、それに対して、それを町づくり協議会等に説得し、その意見とすり合わせていく過程でやはりいろいろな問題が出てきた。これは、財政問題とかその他の問題はちょっと別にいたしまして、今のような点にお話を集約いたしますけれども、出てきた。そこが非常にやはり問題になっているのではないかというふうに思います。
 それともう一つは、やはり震災を経た経験というものがその後の町づくり、新しい神戸市の復興に向けた町づくりの中でそれがどう生かされていくのかということをめぐってもいろいろな意見がぶつかり合っているのではないかと思います。そのあたりのところは、詳細なことは今ここでちょっと申し上げることもできないのですが、そうすることで時間がかかるという問題が恐らく大きなことになるのだろうと思います。
 ただ、震災後という特別の場合を別にしますと、やはり町づくりにある程度の時間がかかるのは仕方がないというふうに、一般論として私は考えております。というのは、できたものは長い間、長期にわたっていろいろな条件を決定するわけですね。そして、合意が必要である。
 ただ、震災後の神戸市の復興を困難にしている条件としては、私は、法律家として今まで聞いたこと、あるいはいろいろな研究者仲間で議論したり報告したりしていることから聞き得たこととしまして、要するに、既存のいろいろな法制度的な仕組みが、ああいう震災後の面的な復興を図る、しかも町づくり協議会等を組織して積極的に住民の意見を聞きながら進めていくというときに、どうもうまく機能しない部分をいろいろ持っている、その点の見直しがやはり必要なのではないかという印象を、これはこれとしてかなり強く持っております。
 以上の程度で御容赦をお願いいたします。
○石破委員長 他に御発言はございませんか。――以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして心から厚く御礼を申し上げます。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後零時三十九分散会