第145回国会 本会議 第41号
平成十一年六月二十九日(火曜日)
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 議事日程 第三十号
  平成十一年六月二十九日
    午後一時開議
 第一 不正アクセス行為の禁止等に関する法律案(内閣提出)
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○本日の会議に付した案件
 議員請暇の件
 司法制度改革審議会委員任命につき同意を求めるの件
 日程第一 不正アクセス行為の禁止等に関する法律案(内閣提出)
 国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出)の趣旨説明及び質疑

    午後一時三分開議
○議長(伊藤宗一郎君) これより会議を開きます。
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 議員請暇の件
○議長(伊藤宗一郎君) 議員請暇の件につきお諮りいたします。
 辻一彦君から、七月六日から十七日まで十二日間、請暇の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(伊藤宗一郎君) 御異議なしと認めます。よって、許可することに決まりました。
     ――――◇―――――
 司法制度改革審議会委員任命につき同意を求めるの件
○議長(伊藤宗一郎君) お諮りいたします。
 内閣から、
 司法制度改革審議会委員に
次の諸君を任命することについて、それぞれ本院の同意を得たいとの申し出があります。
 まず、
 司法制度改革審議会委員に石井宏治君、鳥居泰彦君、藤田耕三君、水原敏博君及び山本勝君を
任命することについて、申し出のとおり同意を与えるに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
○議長(伊藤宗一郎君) 起立多数。よって、いずれも同意を与えることに決まりました。
 次に、
 司法制度改革審議会委員に井上正仁君及び三浦知壽子君を
任命することについて、申し出のとおり同意を与えるに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
○議長(伊藤宗一郎君) 起立多数。よって、いずれも同意を与えることに決まりました。
 次に、
 司法制度改革審議会委員に北村敬子君、佐藤幸治君、高木剛君、竹下守夫君、中坊公平君及び吉岡初子君を
任命することについて、申し出のとおり同意を与えるに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(伊藤宗一郎君) 御異議なしと認めます。よって、いずれも同意を与えることに決まりました。
     ――――◇―――――
 日程第一 不正アクセス行為の禁止等に関する法律案(内閣提出)
○議長(伊藤宗一郎君) 日程第一、不正アクセス行為の禁止等に関する法律案を議題といたします。
 委員長の報告を求めます。地方行政委員長坂井隆憲君。
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 不正アクセス行為の禁止等に関する法律案及び同報告書
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
    〔坂井隆憲君登壇〕
○坂井隆憲君 ただいま議題となりました不正アクセス行為の禁止等に関する法律案につきまして、地方行政委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。
 本案は、電気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪の防止及びアクセス制御機能により実現される電気通信に関する秩序の維持を図るため、所要の措置を講じようとするものであります。
 その主な内容は、
 第一に、アクセス制御機能により利用を制限されている電子計算機に、他人の識別符号等を入力して利用し得る状態にさせる行為を不正アクセス行為とし、これを禁止、処罰することとしております。
 第二に、他人の識別符号を無断で第三者に提供する行為を禁止、処罰することとしております。
 第三に、アクセス管理者は、識別符号等を適正に管理するとともに、不正アクセス行為の防御のために必要な措置を講ずるよう努めることとしております。
 第四に、都道府県公安委員会は、アクセス管理者からの申し出に応じ、不正アクセス行為の再発防止のための援助を行うとともに、国家公安委員会等は、毎年一回、不正アクセス行為の発生状況等を公表し、また、国は、不正アクセス行為の防御に関する啓発及び知識の普及に努めなければならないこととしております。
 本案は、六月十一日本委員会に付託され、同日野田国務大臣から提案理由の説明を聴取し、二十四日質疑を行い、去る二十五日には逓信委員会との連合審査会を開くなど慎重な審査を行い、同日質疑を終局いたしました。
 次いで、採決の結果、本案は全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。
 なお、本案に対し附帯決議を付することに決しました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
    ―――――――――――――
○議長(伊藤宗一郎君) 採決いたします。
 本案は委員長報告のとおり決するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(伊藤宗一郎君) 御異議なしと認めます。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。
     ――――◇―――――
 国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出)の趣旨説明
○議長(伊藤宗一郎君) この際、内閣提出、国旗及び国歌に関する法律案について、趣旨の説明を求めます。国務大臣野中広務君。
    〔国務大臣野中広務君登壇〕
○国務大臣(野中広務君) 国旗及び国歌に関する法律案の趣旨を御説明いたします。
 我が国におきましては、長年の慣行により、日章旗及び君が代がそれぞれ国旗及び国歌として国民の間に広く定着しているところであります。
 そこで、政府といたしましては、このことを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、この法律案を提出することとしたものであります。
 その概要は、次のとおりであります。
 第一に、国旗は日章旗とすることとし、その制式を定めることとしております。
 第二に、国歌は君が代とすることとし、その歌詞及び楽曲を定めることとしております。
 以上が、国旗及び国歌に関する法律案の趣旨であります。
 何とぞ、慎重に御審議の上、速やかに御可決あらんことをお願い申し上げます。(拍手)
     ――――◇―――――
 国旗及び国歌に関する法律案(内閣提出)の趣旨説明に対する質疑
○議長(伊藤宗一郎君) ただいまの趣旨の説明に対して質疑の通告があります。順次これを許します。御法川英文君。
    〔御法川英文君登壇〕
○御法川英文君 私は、自由民主党を代表いたしまして、国旗及び国歌に関する法律案に対しまして、小渕内閣総理大臣及び野中官房長官に質問いたします。
 新しい世紀の到来を目前に控えた今日、我が国の国旗である日章旗と国歌である君が代は、内外で広く定着していると考えております。このことについては、最近のNHKの世論調査にもあらわれているのであります。国旗については、ふさわしいと思う方が約九割でございます。国歌につきましては、七割を超えているのであります。
 国旗である日章旗については、既に江戸時代の末期に、我が国の国旗として取り扱われておりました。また、国歌である君が代についても、明治十三年に現在の歌詞及び曲が完成して以降、国民の間に浸透していき、国歌として広く歌われてきました。
 オリンピックや各種国際大会を見ても、日の丸の旗が振られ、表彰台では日の丸の旗が掲揚され、君が代が演奏されております。また、この春の選抜高校野球大会におきましては、その開会式で高校生が君が代を独唱し、多くの国民に感動を与えたことは、まだ記憶に新しいところであります。
 このように、日章旗と君が代が、我が国の国旗と国歌として広く定着している中で、二十一世紀を間近にした今日、政府が国旗と国歌の法制化を図る決断をされたことは、まことに時宜を得たことであると考えております。(拍手)
 まず初めに、今回の政府の法制化の趣旨について、いま一度、確認する意味でお伺いいたします。
 政府は、これまで、国旗と国歌の法制化については、慣習として定着していることをもって、特に法制化を図る必要はないと答弁してまいりました。しかし、この三月、野中官房長官は、小渕総理大臣と御相談の上、国旗と国歌の法制化を検討する旨表明されました。与党の私どもとしては、まさに長年の懸案であっただけに、政府のこの英断を高く評価するものであります。今回の国旗と国歌の法制化の趣旨あるいは意義について、総理にお伺いする次第であります。
 次に、国旗の法制化に関し、具体的な理由についてお伺いいたします。
 国旗につきましては、明治三年の商船規則で船舶に掲げるべき国旗の様式として定められ、それが現在もなお効力を有していると承知しております。このことから、国旗については、根拠となる法規範が存在しているとも考えられ、法制化を図る必要性は薄いのではないかとの指摘もあると聞いております。
 そこで、官房長官に、国旗に関し、今回法制化を図る必要性についてお伺いする次第であります。
 次に、君が代についてお伺いいたします。
 君が代の歌詞は、十世紀の古今和歌集にその起源を持ち、現在まで一千年を超える歴史を有する、由緒ある歌詞であると理解しております。特に、鎌倉時代以降、めでたいときの舞や謡曲などに取り入れられ、祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けてきたと承知いたしております。まさに、歌詞は、諸外国の国歌と比べても、平和を希求するすばらしいものであり、我が国の国歌として最もふさわしいものと考える次第であります。(拍手)
 ところが、一部でなお、君が代の歌詞は、現行憲法に照らし問題があり国歌としてふさわしくないという指摘がなされているとも聞いております。そこで、政府の君が代の歌詞の解釈に関するこれまでの見解を踏まえ、君が代の歌詞が我が国の国歌としてふさわしいことに関し、官房長官の御認識を改めてお伺いする次第であります。
 さらに、君が代の曲は、日本古来からの音楽性を十分に踏まえつくられたもので、まさに我が国の国歌として、これにかわるものはないと思っております。この点、君が代の曲についてどのような認識をお持ちか、官房長官にお伺いする次第であります。
 次に、今回の国旗と国歌の法制化と、学校における国旗と国歌の指導との関係についてお伺いいたします。
 国際化がますます進展する今日、日本の子供たちが、将来、国際社会で尊敬され、信頼される日本人として成長するためには、学校教育において、基本的な礼儀作法として、我が国の国旗と国歌はもとより、諸外国の国旗と国歌に対する正しい認識と、それらを尊重する態度を育てることが、極めて重要であると考えております。
 他方、今回の法律案には、いわゆる国旗と国歌に対する尊重規定が盛り込まれなかったことにより、学校におけるこれまでの国旗と国歌の指導が後退するのではないかとの危惧があります。今回の法制化と、学校における国旗と国歌の指導との関係について、小渕総理大臣にお尋ねいたしまして、質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 御法川英文議員にお答え申し上げます。
 国旗及び国歌の法制化の趣旨についてお尋ねがありました。
 日の丸及び君が代は、長年の慣行によりまして、それぞれ我が国の国旗と国歌であるとの認識が広く国民の間に定着していると考えられることから、本年二月の時点では、特に法制化することは考えていない旨答弁いたしたものであります。
 しかしながら、よくよく考えてみて、我が国は成文法の国であること、また諸外国では国旗と国歌を法制化している国もあることなどから、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、これまで慣習として定着してきた国旗と国歌を成文法で明確に規定することが必要と考え、法制化を図ることといたしたところであります。(拍手)
 国旗及び国歌の法制化と、学校における国旗及び国歌の指導についてのお尋ねがありました。
 学校における国旗と国歌の指導は、児童生徒が国旗と国歌の意義を理解し、それを尊重する態度を育てるとともに、すべての国の国旗と国歌に対して、ひとしく敬意を表する態度を育てるために行っているものであります。このような、学校における国旗と国歌の指導の重要性にかんがみ、今後とも、これまでと同様に適切に実施することといたしており、今回の法制化に伴い、その方針に変更が生ずるものではないと考えております。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁させます。(拍手)
    〔国務大臣野中広務君登壇〕
○国務大臣(野中広務君) 御法川議員の私に対する御質問にお答えをいたしたいと存じます。
 国旗を法制化する必要についてのお尋ねでございますが、商船規則は、船舶に掲げるべき国旗の様式を定めたものでございまして、国旗一般について定めた法律ではございません。したがって、日章旗が我が国の国旗であることについて、成文法でその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、法制化を図ることとしたものであります。
 次に、君が代の歌詞についてのお尋ねでございますが、君が代の歌詞は、我が国憲法のもとでは、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものと理解することが適当と考えており、憲法の主権在民の精神に合致するものであると認識をいたしております。(拍手)
 君が代の歌詞は、御法川議員御指摘のとおり、古歌に由来するものであり、悠久の時間の中で国の繁栄を祈る、極めて平和的な歌で、まさに我が国の国歌としてふさわしいものであると認識をいたしております。(拍手)
 さらに、君が代の曲についてのお尋ねでありますが、それぞれの国の国歌は、その国の歴史や国民性を背景とした音楽性を持つものでございまして、このようなことから、我が国の国歌君が代は、御法川議員も御指摘のとおり、我が国古来からの国民感情や音楽性を十分考慮してつくられたもので、歌詞と旋律が調和し、荘厳で優雅な曲であると認識をいたしております。(拍手)
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○議長(伊藤宗一郎君) 伊藤英成君。
    〔伊藤英成君登壇〕
○伊藤英成君 私は、民主党を代表して、ただいま議題となりました国旗及び国歌に関する法律案に対して、総理並びに関係大臣に質問をいたします。
 日の丸の日章は、続日本紀によれば、文武天皇の朝賀の儀に並べられたとあります。日章旗の白地は清純な心、赤の日の丸は太陽の光明と円満な真心、日出る国をあらわしているとされております。日の丸が実質的に国旗として制定されたのは、安政元年の総船印の布告、安政六年の御国総標のふれ書き、明治三年の太政官布告等によるものであると言われております。
 古今和歌集を原歌とする君が代は、国文学者の山田孝雄氏が、著書「君が代の歴史」の中で次のように言っております。「およそ日本国の歌謡にして、この「君が代」の如く、遠く汎く深く行き互ったものは無い」「しかも千二百年間絶えず謡われて来たという点から見て、又その祝賀の意の生命を祝ひつつある点から見て、日本国民の祝賀としてこれ以上のものは無い。」と。日の丸・君が代は、ともに古来より親しまれ、幾多の歴史を経て今日まで脈々と引き継がれてきたものであります。
 そこで、まず最初に、国旗・国歌について総理に伺います。
 私は、国旗は国家を表徴する荘厳なものであり、儀式的に重要な意味を持ち、国の単なる識別標識を超えた、国の主権を象徴する崇高な性質を付与されているものと考えます。国歌は、国家的祭典や国際的行事その他で、国民及び国家を代表するものとして歌われる歌のことであります。
 事実、各国の国旗・国歌は、その国の生成過程や理想、文化、政治と密接な関係があり、民族の伝承、神話、歴史や、建国の理想や信念をあらわしております。同時に、国旗・国歌は、独立国家として国民精神を奮起させ、国民を統合する対内的作用もあわせ持っております。
 小渕総理は国旗・国歌をどのようなものとお考えか、まず御所見をお伺いをいたします。
 第二に、政府の本法案提出過程について伺います。
 私は、今国会での本法案提出過程は、日本の国旗・国歌という極めて重い重いテーマを論ずるには、余りにも粗野で浮薄な対応であったと思わざるを得ません。(拍手)
 二月末に総理は、法制化については考えていないと発言して、一週間もたたないうちに法制化の検討を言い出しました。また野中官房長官の発言も二転三転し、国旗・国歌という日本国の基本的枠組みや象徴天皇制にかかわる非常に重要な問題を、あたかも政争の具としている印象さえ国民に与えました。もしも提案するならば、国会冒頭に提案すべき重要な案件であり、延長国会で軽々に処理すべき性格のものではないはずであります。(拍手)
 この意味で、小渕総理の今回の国旗・国歌に対する対応は、私どもには理解できないところであります。政府・自民党は、我が国の伝統、慣習に基づいた価値観の共有の意味を余りにも安易に受けとめているのではないでしょうか。今回の政府・自民党の対応に対し、国民の多くが、歴史的責任感の欠如、国家観に対する見識の脆弱性といったものを直観したのではないでしょうか。
 民主党は、国会での論議を通じ、多様な歴史観、価値観のある中で、国民の合意形成に最大限努力すべきだと考えております。国会での審議を通じ、より多くの国民の意見を聴取し、国民の間のコンセンサスを形成していくことが何よりも重要だと考えております。何ゆえに小渕総理は、会期末ぎりぎりに、国家の根本にかかわる重要法案を軽々しく提出したのか、その真意をお聞かせください。
 第三に、なぜ立法化するのか、その基本的考えを伺います。
 国旗・国歌は、その国の根本にかかわる崇高、深遠なテーマであります。例えば、フランス共和国では、国旗・国歌とも憲法に規定が置かれております。アメリカ合衆国では、国旗・国歌ともに連邦法で規定をされております。他方、イギリスでは、慣習として位置づけられ、国旗・国歌にかかわる法令はありません。イタリアでは、国旗は憲法、国歌は慣習となっております。
 私は、伝統や慣習の意味の重さを考えたとき、すべてを成文法によらなければ規制力たり得ないというのではなく、日の丸・君が代の歴史をかんがみれば、イギリスのように慣習によることも極めて有効な選択肢であったと考えます。事実、日の丸・君が代は、オリンピックを初め種々の行事で使用され、国際的にも国内的にも、日本の国旗・国歌として扱われております。さらに、各種世論調査の結果を見ても、日の丸については約七割から八割、君が代については約六割から七割が、日本の国旗・国歌と認め、広く国民の間に定着していると考えられます。
 そこでお伺いいたします。歴史と伝統のある日本が、今、国旗・国歌について、慣習もしくは憲法によらず、いかなる理由から法律で規定するとしたのか、また、イタリアのように、国旗と国歌を分けて取り扱うことについては検討をされたのか、総理の御所見をお聞かせください。
 また、国旗・国歌にかかわる規定を慣習、憲法、法律で行ったとき、どのような効果の相違が発生するのか、内閣官房長官の御見解をお聞かせいただきたい。
 第四に、君が代の解釈についてであります。
 政府は、君が代における「君」を、日本国憲法下では、日本国及び日本国民統合の象徴である天皇としています。確かに、政府の解釈は、憲法第一条の天皇は日本国民統合の象徴という理念に則したものであり、このような解釈も私は評価をいたします。しかし、古今和歌集を原歌とする君が代の「君」にはさまざまな解釈があり、「君」は賀を受ける相手を意味し、必ずしも天皇を意味しないとの解釈もあります。
 明治に入り、君が代は天皇の治世を意味するとされましたが、古今集の詠み人の心情や、詠み人知らずではありますが、この歌が賀の歌から普及、定着してきた歴史に思いをはせたとき、「君」を象徴天皇を指すと解釈する政府解釈は、やや硬直的であり、いささか深さと広がりに欠けるのではないでしょうか。また、一つの時代による歴史的評価、考察は、その狭隘さから免れ得ないことは、指摘されているところでもあります。
 このような意味から、私は、君が代の「君」は、もっと歴史的な広がりを持ち、世代間の理解を得ることができるように解釈してもよいのではないかと考えます。小渕総理の忌憚のないお考えをお聞かせ願います。
 第五に、本法案は、国旗及び国歌を法定化することにより、創設的効果を期待しているのか、それとも確認的効果を持つものなのか、質問をいたします。
 同法案は、第一条で「国旗は、日章旗とする。」第二条において「国歌は、君が代とする。」とあり、ともに「とする」と規定をされております。一般的に、法文上、「とする」というのは、創設的、拘束的な意味を持たせる場合に用いるとされております。
 しかし、さきに述べたように、日の丸・君が代が、それぞれ国旗及び国歌として国民の間に広く定着していることは明らかであります。つまり、日の丸・君が代は、新たに創設するのではなく、既に慣習、伝統として定着していることを確認する「である」、いわゆる確認的規定が法文上正しいと言えます。
 本法案では、いかなる理由をもって、あえて「とする」と規定したのか、本法案には確認的意味ではなく創設的意味を持たせた意図は何か、総理の具体的な御所見を求めます。
 第六に、外国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、または汚損した者は、刑法により刑罰が科されております。しかし、日本国の国旗に対しては、それを処罰する規定がありません。他人の所有する国旗などの損壊などについては器物損壊罪が適用されることもあり得ますが、我が国の国旗そのものの損壊に対し、これを処罰する法律はありません。例えば、アメリカやドイツでは、国旗に対する尊重義務や侮辱罪を規定しております。
 オリンピックでの国旗掲揚のワンシーンを想起するまでもなく、国旗をとうとぶ心は万国共通の価値観ではないでしょうか。国旗に対する尊重規定や侮辱罪の創設について、小渕総理がどのようにお考えか、お聞かせください。
 また、刑法第九十二条では、外国の国旗については規定があるものの、日本国の国旗については処罰規定がありません。このことについてどのようにお考えか、法務大臣の御所見を求めます。
 第七に、国旗・国歌を法律で定めることによる立法効果、強制力についてお伺いをいたします。
 先般示された政府見解では、「国旗の掲揚等に関し義務付けを行うようなことは、考えていない。したがって、現行の運用に変更が生ずることとはならないと考えている。」としております。これは、一切の義務づけを否定するものなのでしょうか。
 特に教育現場では、長い間、日の丸・君が代をめぐり多くの混乱が生じてきました。本法案に対し多くの懸念と期待を持って見ているのも、小学校、中学校、高校などの教育現場の方々と言えましょう。学習指導要領では、日の丸・君が代について、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と書かれております。
 法制化に伴い、どのような場において国旗掲揚、国歌斉唱は義務づけられるのか。法制化することによって、一般国民やさまざまな各種行事、祭事などにどのような変化が起きるのか。また、教育現場での混乱を避けるためにどのように考えているのか。法制化の前と後でどのような違いが発生するのか。国民、教職員の方々、さらには生徒の理解の得られる具体的な御答弁を、小渕総理並びに有馬文部大臣に求めます。
 国旗・国歌は、何よりも国民の総意に基づくべきであり、国民の圧倒的な支持があって初めて国旗・国歌が国民統合の象徴としての意味を持ち得るものであります。
 昭和二十四年、マッカーサー元帥の日本国民に対する年頭メッセージにおいて、国旗、つまり日の丸が、人類のひとしく探し求めてきた正義と、自由の不易の観念に立脚した平和の象徴として、とこしえに世界の平和の前に翻らんことを願うと、国旗掲揚許可と日の丸の未来に大きな期待の念を寄せました。
 最後に、私は、本法案の国会内外での、拙速ではなく十分な論議を通じ、自国の国旗及び国歌に対する正しい理解と態度が養われ、ひいては他国の国旗・国歌を尊重し、さらには日本と他の国々の文化や歴史、伝統を敬愛する態度が、日本国民の共有する普遍的価値観として定着することを心から期待して、質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 伊藤英成議員にお答え申し上げます。
 国旗と国歌に関する認識についてお尋ねがございました。
 基本的には伊藤議員と同感でありまして、一般的には、国旗は国家を象徴する標識として、また国歌は国家を代表する歌として認識されておりまして、国旗及び国歌を通じて国民が自国についての帰属意識、一体感等を抱くことにより、国民の気持ちの上での統合の役割を果たしているものと考えております。
 法案の提出過程に関するお尋ねでありましたが、日の丸及び君が代は、長年の慣行により、それぞれ我が国の国旗と国歌であるとの認識が広く国民の間に定着していると考えられることから、本年二月の時点で、法制化することは考えていない旨答弁いたしたものであります。
 しかしながら、議員御指摘の我が国の伝統、慣習に基づいた価値観の共有の意味についてよくよく考えてみまして、我が国は成文法の国であること、また諸外国では国旗と国歌を法制化している国もあることなどから、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、これまで慣習として定着してきた国旗と国歌を成文法で明確に規定することが必要と考え、法制化を図ることといたしたものであります。
 政府としては、国権の最高機関である国会で慎重に御審議をいただいた上、法律案に御賛同いただき、成立することを望んでおるところであります。
 国旗と国歌を慣習のままとせず法制化を図ることにしたこと等の理由について、お尋ねがありました。
 既に御答弁申し上げたとおり、政府といたしましては、これまでの長年の慣行によりまして、日の丸・君が代が、それぞれ我が国の国旗・国歌として定着をいたしておることから、法律によって制度化する考えはない旨申し上げてきたところでございますが、さきに申し上げましたように、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法でその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、法制化を図ることといたしたものであります。
 また、日の丸と君が代は、双方ともに我が国の国旗・国歌として広く定着しておることから、国旗及び国歌を一体として法制化を図ることといたしたものであります。
 いずれにいたしましても、政府としては、国権の最高機関である国会におきまして、御指摘の点も含め、幅広い観点から御審議をいただきたいと考えております。
 君が代の「君」に関するお尋ねであります。
 議員御指摘のように、君が代の歌詞は、平安時代の古今和歌集や和漢朗詠集に起源を持ち、その後、明治時代に至るまで祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けてきたもので、この場合、君が代の「君」とは、相手を指すことが一般的で、必ずしも天皇を指しているとは限らなかったものと考えられます。
 ところで、古歌君が代が、明治時代に国歌として歌われるようになってからは、大日本帝国憲法の精神を踏まえ、君が代の「君」は、日本を統治する天皇の意味で用いられてまいりました。
 終戦後、日本国憲法が制定され、天皇の地位も戦前とは変わったことから、日本国憲法下においては、国歌君が代の「君」は日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代とは、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当であると考え、かつ、君が代についてこのような理解は、今日、広く各世代の理解を得られるものと考えております。(拍手)
 法案における規定の仕方に関するお尋ねがありました。
 今回、国旗と国歌の法制化を図るに当たりましては、これまで法制化されていなかった国旗と国歌を成文法で明確に規定する観点から、法案の第一条及び第二条で、「国旗は、日章旗とする。」及び「国歌は、君が代とする。」と記したものでありますが、これは、これまでも長年の慣行により、日章旗及び君が代が国旗・国歌として国民の間に広く定着していることを踏まえたものであります。
 国旗をたっとぶ心は万国共通の価値観ではないかとの御指摘がありました。その点については、まさに議員の御指摘のとおりと考えております。
 なお、今回の法制化の趣旨は、これまで長年の慣行により、国民の間に広く定着している国旗と国歌を成文法で明確に規定するものでありますことから、法制化に伴い、国旗に対する尊重規定や侮辱罪を創設することは考えておりません。
 法制化に際し義務づけを行わなかったことに関する政府の見解について、お尋ねでありました。
 御指摘の政府の見解は、政府としては、今回の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている旨を明らかにしたものであります。
 なお、学校における国旗と国歌の指導は、児童生徒が国旗と国歌の意義を理解し、それを尊重する態度を育てるとともに、すべての国の国旗と国歌に対して、ひとしく敬意を表する態度を育てるために行っているものであり、今回の法制化に伴い、その方針に変更が生ずるものではないと考えております。
 法制化に伴う義務づけや国民生活等における変化に関するお尋ねでありましたが、既に御答弁申し上げましたとおり、政府といたしましては、法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず、したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。
 教育の現場での国旗・国歌の取り扱いについてのお尋ねでありますが、今回の法案は、国旗・国歌の根拠について、慣習であるものを成文法としてより明確に位置づけるものであり、これによって、学校教育においても、国旗・国歌に対する正しい理解がさらに進むものと考えております。
 また、法制化に伴い、学校教育における国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものではないと考えており、今後とも、各学校における適切な指導を期待するものであります。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁させます。(拍手)
    〔国務大臣野中広務君登壇〕
○国務大臣(野中広務君) 伊藤議員の私に対する御質問にお答えいたしたいと存じます。
 国旗・国歌を慣習のままとせず法制化を図ることとした等の理由についてのお尋ねでございますが、先ほども小渕総理からも御答弁申し上げましたとおり、政府といたしましては、これまで長年の慣行によりまして、日の丸・君が代が、それぞれ我が国の国旗・国歌といたしまして定着をしておりますことから、今日まで法律によって制度化することなくやってきたところでございます。
 が、しかし、新しい世紀を迎えることを一つの契機といたしまして、法制化を図る必要があるとの認識に至ったものであり、法律という形式で規定することによって、国旗が日章旗であり、国歌が君が代であることが極めて明確になると考えるところであります。
 いずれにいたしましても、政府といたしましては、国権の最高機関である国会におかれまして、伊藤議員御指摘の点も含め、幅広い観点から御審議をいただきたいと存じております。(拍手)
    〔国務大臣陣内孝雄君登壇〕
○国務大臣(陣内孝雄君) 伊藤議員にお答え申し上げます。
 刑法の処罰規定に関するお尋ねでございますが、刑法第九十二条第一項は、「外国に対して侮辱を加える目的で、その国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。」旨規定していますが、同条は、刑法第二編第四章の「国交に関する罪」の中に置かれているとおり、我が国の外交作用の円滑、安全等を考慮して、かかる行為を処罰することとしたものと考えられます。
 これに対し、我が国の国旗等に対する同様の行為については、これを処罰する規定がありませんが、これは、国家の威信の保護のあり方として、刑罰をもって強制することが適当かという根本的な問題のほか、他人の所有する国旗等の損壊等については、刑法第二百六十一条の器物損壊罪の規定が適用されることなども考慮されているものと考えております。(拍手)
    〔国務大臣有馬朗人君登壇〕
○国務大臣(有馬朗人君) 伊藤英成議員の御質問にお答え申し上げます。
 法制化の前と後でどのような違いが発生するのかについてのお尋ねでございますが、今回の法案は、国旗・国歌の根拠について、慣習であるものを成文法としてより明確に位置づけるものであり、学校教育において、国旗・国歌に対する正しい理解をさらに促進するものであると考えており、意義のあるものと受けとめております。
 文部省といたしましては、法制化が行われた場合においても、学習指導要領に基づき、学校におけるこれまでの国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものではないと考えており、今後とも、学校における指導の充実に努めてまいります。(拍手)
    ―――――――――――――
○議長(伊藤宗一郎君) 冬柴鐵三君。
    〔冬柴鐵三君登壇〕
○冬柴鐵三君 私は、公明党・改革クラブを代表して、ただいま議題となりました国旗及び国歌に関する法律案について、総理の所見を伺うものであります。
 このたび、国旗・国歌法案が提出されました。私も、さきの大戦において戦火をくぐる辛酸をなめ、その際、かけがえのない母を失った一人として、さまざまな感情と体験を想起せざるを得ません。そのような深い、特別の思いにとらわれる法案であります。それは、当時を生きた日本人が、多かれ少なかれひとしく胸に刻みつけられた、暗い、悲しい思い出に満ちたものであると思います。
 しかしながら、政府は、国の象徴として、ここに改めて国旗・国歌の法制化を閣議決定したのであります。政府の決定は、まさに甚深の意義を有するものと考えますが、なぜ法制化すべきだと決意されたのか、小渕総理にまず率直な感懐をお伺いするものであります。
 同時に、私どもは、国旗は日章旗、国歌は君が代とする国民の間のこれを是認する感情、つまり、国旗・国歌への幅広い各年代の国民の支持、深い定着ぶりもまた事実と認めます。政府はこの点をどのように見ておられるのか、過去の世論調査の上からお伺いするものであります。
 また、定着といえば、日の丸・君が代について共通して言えることは、その起源を探れば、一千年以上の歴史を尋ねることができるのであります。日の丸については、大宝律令が定められた西暦七〇一年元旦の朝賀の儀式に用いられた記述が残されており、君が代の歌詞の原歌は、周知のとおり、九〇五年に編さんされた古今和歌集におさめられていたとの由来は、著名な歴史的事実であります。我々の祖先が幾世代にもわたってこれらを大切に受け継いできた民族史があることを、誇りに思います。
 多くの国々が歴史の変遷の中で国旗や国歌を変えてきましたが、しかし、我々の祖先、なかんずく父や母は、幾多の歴史の激動にあっても、そしてさきの敗戦という革命というべき歴史の節目にあってさえ、日の丸と君が代を変えなかったという事実こそ、見落としてはならないと考えますが、総理の御所感はいかがでありましょうか。(拍手)
 しかし、国旗・国歌が国民に定着するとはいっても、君が代、特にその歌詞の「君」の意味について、「君」とは天皇を意味し、敗戦前の軍国主義を連想するものではないかと、国民の間に疑念あるいは懸念が浮かぶことは、認めざるを得ないところであります。
 この点について、一言私どもの見解を申し上げるならば、天皇と同じ語彙、表現を用いても、戦前の天皇は、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」との、主権者である天皇、神格化された天皇。
 一方、戦後の日本国憲法は、第一条において、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と定め、主権者は日本国民であること、天皇の地位は、主権者たる日本国民の総意に基づき、日本国の象徴、日本国民統合の象徴とされたものであることを明らかにしており、戦前の国のあり方との違いや、天皇の神聖性の否定を明白にしているのであります。
 したがって、現行憲法のもとにおける君が代の歌詞の解釈は、平和を愛する日本国民全体が、天皇を日本の象徴とするこの新生日本国が、小石が砂などと積み重なって大きな岩、れき岩となり、その上に美しいコケが一面に生えるまで、いつまでも栄えますようにとの祈りを込めたものと解せられるべきであると考えるのでありますが、政府はいかなる解釈に立つのか、ここで、しかとお伺いしたいのであります。(拍手)
 日章旗は、船舶に掲げるべき国旗として、明治三年、一八七〇年、太政官布告五十七号により定められ、君が代は、大日本礼式として、明治二十一年、一八八八年に世界各国及び諸官庁にその楽譜が通知されたとの説もあり、自来、百年を超える長期間、世界各国は、我が国の首相等首脳訪問時はもとより、オリンピックなどの国際的行事の際にもこれを掲揚し、吹奏を重ねてきました。
 私どもは、冒頭に申し上げたように、日の丸や君が代には、戦中、戦前の暗い、許すべからざる事実への連想から一部に強い拒否感があることを十分に承知しておりますが、しかしながら、少なくとも、昭和二十年八月十五日の敗戦の日以前に生起したこのような暗い出来事に対する認識と評価は、それぞれの心のうちの歴史認識、もしくは歴史観の問題として整理すべきものと考えているのでありますが、総理の所感をお伺いします。
 我が党は、従来より、軍国主義国家とは厳しく対決する姿勢を鮮明にしてきたところであり、今後もこの姿勢を断固として貫いていく決意であります。
 そして、この点に関して付言するならば、日の丸と君が代が、戦前、我が国を軍国主義国家へ駆り立てたものと見るべきではなく、軍国主義者たちがこれを利用したものと見るのが、道理にかなったものであると思います。
 そして、日の丸と君が代を法制化することによって再びこの国に軍国主義国家を再現することとなるとは到底考えられない、私どもは、強くこのことを信じ、またそのように決意しているのでありますが、この点についても、総理の明確な見解をお伺いするものであります。
 最後に、国旗・国歌の教育現場での取り扱いについてお伺いいたします。
 日本国憲法第十九条は、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」と明確に定めています。国のシンボルである国旗や国歌といえども、これを敬う心情は国民各個人の良心の領域の問題であり、強制的に扱うべきものではないと考えます。この観点から、今回の政府の法案が遵守義務や罰則を定めなかったのは、事柄の性質上、至極妥当な措置であったと解するものであります。
 アメリカにおいても、一九四三年連邦最高裁判決、いわゆるバーネット事件判決も、同様の趣旨を判示し、同国において判例法を形成しています。
 したがって、この法律が成立したといっても、教育現場での扱いについては、国旗・国歌に関する法律案とは別の次元で、これをどう扱うべきかを国会において論議、決定すべき筋合いであると考えます。
 私どもとしては、成熟した民主主義国家として、教育の場において、国の歴史、すなわちその成り立ちや変遷、国旗や国歌がこれらに呼応してどう位置づけられ、どのように意味づけられてきたかの軌跡を、国の責務として子供たちに教え、子供たちがこれを学ぶことは当然の姿だと思います。
 その結果として、国民各人の心の奥底に国旗や国歌に対する正当な認識と評価が芽生えるのが自然のことわりであり、さらに、そのような認識が他国や他国民への理解と敬愛へと発展し、人類全体の平和と協調の精神がはぐくまれるべきであると考えます。
 この点に関する総理の答弁を求め、私の質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 冬柴鐵三議員にお答え申し上げます。
 国旗と国歌の法制化を図る趣旨についてのお尋ねでありました。
 日の丸と君が代が、長年の慣行により、それぞれ国旗・国歌として国民の間に広く定着をいたしておることを踏まえ、新しい世紀、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、今般、法制化を図ることといたしたものであります。
 国旗と国歌が広く国民の間に定着していることにつきましては、昭和四十九年十二月に総理府が一万人を対象に実施した世論調査の結果によりますれば、日の丸を国旗としてふさわしいと思う人の比率は八四%、君が代を国歌としてふさわしいと思う人の比率は七七%であり、大多数の国民の方々は、日の丸と君が代が国旗・国歌としてふさわしいと考えているという結果があらわれております。
 また、政府がこの三月に法制化の検討に着手する旨表明して以降、報道機関数社が行われた世論調査でも、同様の結果があらわれているものと承知をいたしております。NHKの調査の結果では、日の丸が国旗としてふさわしいと思う人の比率は八九%、君が代が国歌としてふさわしいと思う人の比率は七二%であると承知をいたしております。このような世論調査の結果もあり、日の丸と君が代は、国民の間に広く定着しているものと考えております。
 日の丸と君が代に対する所感についてのお尋ねがありました。
 その際、議員から、日の丸について、大宝律令が定められた時代まで一千年以上の歴史を尋ねることができるとの御指摘がありました。いずれにいたしましても、日の丸が既に江戸時代の末期に、事実上国旗として取り扱われてまいりまして以降、一貫して我が国の国旗として定着しているものと認識をいたしております。
 君が代については、歌詞は十世紀の古今和歌集に由来するもので、鎌倉時代以降、祝い歌として民衆の間で広く支持されてきた歴史を有していると承知をいたしており、明治十三年に現在の歌詞と旋律を持つ君が代が成立して以降、国民の間に浸透し、国歌として広く演奏され、歌われてまいりました。
 このような日の丸と君が代は、議員御指摘のように、幾多の歴史の節目を超えて、さきの大戦後も変更されることなく、我が国の国旗と国歌として今日まで国民の間に定着しているものと考えております。
 君が代の歌詞の解釈について、議員より、日本国憲法第一条、天皇の地位、国民主権を御引用の上、お尋ねがありました。
 天皇の地位につきましては、戦前と戦後で変わったことはまさに議員の御指摘のとおりであり、君が代の歌詞は、現日本国憲法では、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものと理解することが妥当であると考え、議員がただいま解説をされたことと軌を一にするものと考えております。いずれにせよ、君が代の歌詞は、古歌に由来するもので、悠久の時間の中で国の繁栄を祈る、極めて平和的な歌であると考えております。
 過去の歴史に関する考え方についてのお尋ねがありました。
 私も、冬柴議員が御指摘のとおり、昭和二十年八月十五日以前に生起した出来事に対する認識と評価につきましては、歴史認識や歴史観の問題として整理すべきであり、日の丸や君が代はこれと区別して考えていくべきであるという考えに同感であります。
 なお、戦後五十余年を経て、我が国は今や平和と繁栄を享受する国となりましたが、過去の一時期に多くの国々の人々に対し多大な損害と苦痛を与えた事実を謙虚に受けとめるとともに、現在の我が国の平和と繁栄は、先人の方々のとうとい犠牲の上に築かれたことを決して忘れることなく、今後とも、我が国はもとより、世界の平和と繁栄に向かって力を尽くしていくことは当然のことと考えております。
 軍国主義との関係についてお尋ねがありました。
 今回の国旗と国歌の法制化は、日の丸と君が代が、長年の慣行により、それぞれ国旗と国歌として国民の間に広く定着いたしておることを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定するものであります。政府といたしましては、従来と同様、日本国憲法のもとで世界の平和と繁栄のために努力していくことに変わりなく、国旗と国歌の法制化は、軍国主義の再現などとは全く無縁のものであると考えております。
 最後に、学校における国旗及び国歌の指導についてお尋ねがありました。
 子供たちが、将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長するためには、我が国の国旗・国歌はもとより、諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識と、それらを尊重する態度を育てることは、極めて重要であります。国旗・国歌の指導は、こうした認識のもとに行っているものであります。このような国旗・国歌の指導に当たりましては、議員御指摘のように、子供たち一人一人に国旗・国歌への正しい理解がはぐくまれるよう、各学校において適切に指導がなされることが大切であると考えます。
 以上、お答えといたします。(拍手)
    ―――――――――――――
    〔議長退席、副議長着席〕
○副議長(渡部恒三君) 西村章三君。
    〔西村章三君登壇〕
○西村章三君 私は、自由党を代表して、国旗及び国歌に関する法律案に対し、総理に質問をいたします。
 世界の国々は、国の独立を示す象徴として国旗・国歌を持っており、各国は、互いの国旗・国歌を尊重し合い、敬意を払っております。これは、近代国家における常識であります。
 我が日本の国旗は日章旗日の丸であり、国歌は君が代であります。国旗日の丸は、日出るところ、日の本の我が国をあらわすものとして、また国歌君が代は、平和と長寿を祈る民衆の祝い歌として古来から受け継がれ、今日では、象徴天皇の長寿と御代の繁栄を祈ることを通じ、国家国民の平和と安寧を祈る歌として、国民の間に広く深く定着してきており、いずれも今さら新しく創設されるものではありません。
 日の丸と君が代は、我が国の長い歴史と伝統の中で培われてきたものであり、日本そして日本人の象徴であります。これを尊重し敬意を払うことは、日本人として極めて当然のことでありますが、これらの点について、改めて確認を求めたいと思います。
 日の丸・君が代に反対する人は、日の丸はかつてアジア近隣諸国への侵略を進めた大日本帝国の象徴であり、君が代は天皇主権の賛歌である、いずれも平和主義と国民主権主義を基本原理とする現行憲法に違反すると言います。しかし、戦争は時代背景と政治的理由によるものであり、我が国の国旗が日の丸だから、国歌が君が代だから戦争になったわけではございません。国歌・国旗に罪はありません。
 また、君が代において天皇の御長寿を祈ることは、すなわち天皇により象徴される日本国及び日本国民すべての長久繁栄を祈ることにほかなりません。その意味で、現行憲法に違反するどころか、むしろ合致するものと思いますが、総理の見解を伺います。(拍手)
 政府は、慣習として定着してきた日の丸と君が代を、今回、国旗・国歌として法制化しようとしております。私は、その意義を高くかつ積極的に評価をいたします。
 その理由の第一は、二十一世紀の日本が、平和国家、文化国家として世界に積極的に貢献していく決意と姿勢を示すという意義であります。
 日本は、これまで世界の各国に対し幾多の貢献、協力をしているにもかかわらず、自国の経済的繁栄のみを追求している等の、いわゆる顔の見えにくい国との残念な評価があります。このときに、平和と繁栄を希求するシンボルである日の丸・君が代を法制化することは、国論を統一し、我が日本が平和国家、文化国家として生きていくことを改めて世界に発信することにつながります。
 第二は、我が国の文化、歴史、伝統を次の世代に正しく継承していく必要性からであります。
 国民の間に定着しているとはいうものの、教育現場においては、いまだ一部に根強い抵抗があり、混乱が見られます。その中には、法制化されていないから日の丸・君が代は国旗・国歌として認められないという主張もあります。日の丸の掲揚と君が代の斉唱の強制は、表現の自由、思想信条の自由に反するとの誤った意見もあります。国民の間に、日の丸・君が代を国旗・国歌とは認めつつも、これを尊重し敬意を払うという意識が薄れつつあることも、残念ながら事実であります。まことに嘆かわしい事態であります。
 国旗・国歌の問題は、日本人であるかどうかという問題であり、学問とか思想信条の問題とは別次元の問題であります。(拍手)
 日の丸・君が代に法的根拠を与え、学校教育のみならず、家庭、地域、社会において、その意義を伝え、教えることを通じ、日本の文化や歴史、伝統を次代を担う若い世代に正しく継承していかなければなりません。
 第三は、国を愛する心を育て、二十一世紀日本を自立した責任ある国家として再興するためであります。
 世界の人々は、当然のこととして、自分の国を愛し、誇りを持っております。国を愛することは、国民の自国の価値を高めようとする心がけであり、その努力であります。同時に、国を愛する心は隣人愛、人類愛に通じます。国を愛する心の涵養が大切であり、国旗・国歌を大切にすることは国を愛することと同じであります。
 我が国は今、他を思いやる心、社会や国を大切にする心が失われ、利己主義、享楽主義が蔓延するなど、精神的な荒廃の進行が危惧されておりますが、この現状を一日も早く正し、二十一世紀日本の新たな発展の精神的基盤を築いていかなければなりません。法制化をその大きな契機とすべきであります。
 以上、国旗・国歌の法制化の必要性について申し述べました。総理の見解を伺い、私の質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 西村章三議員にお答え申し上げます。
 ただいま議員から、日の丸・君が代は、いずれも我が国の長い歴史と伝統の中で培われてきており、国民の間に広く定着しておる、日本及び日本人の象徴であり、これらを尊重し敬意を払うのは、日本人として極めて当然との御意見がございました。
 日の丸・君が代を、それぞれ国旗・国歌として国民がどのように受けとめるかは、最終的には個々人の内心にかかわる事柄ではありますが、国旗・国歌の意義にかんがみ、国民一人一人が自国の国旗・国歌について正しい知識を持ち、理解を深めるとともに、大切に取り扱うよう努めることが望ましいことであります。
 また、他国の国旗・国歌についても、自国の国旗・国歌と同様に尊重することが、国際化が一層進展する現代社会における基本的なマナーであると考えております。
 日の丸・君が代と現行憲法との関係についてお尋ねでありました。
 我が国の国旗が日の丸だから、国歌が君が代だから戦争になったわけではないことは、まさに西村議員の御指摘のとおりであります。(拍手)
 国旗・国歌の法制化に当たり、日の丸・君が代が、平和主義と国民主権を基本とする現行憲法に違反しないことは申し上げるまでもないところであり、日本国憲法のこうした基本的理念を反映するものであることは、これまた議員の御指摘のとおりと考えております。
 国旗・国歌の法制化の必要性に関して、議員から御見解を承りました。
 二十一世紀の日本が、平和国家、文化国家として世界に積極的に貢献していく決意を示すこと、日本の文化や歴史、伝統を次代を担う若い世代に正しく継承していくこと、二十一世紀の日本を自立した責任ある国家としていくことなど、傾聴に値する御意見であります。
 次に、国旗と国歌の法制化の必要性についてでありますが、しばしば申し上げておりますように、日の丸と君が代は長い間の慣行でございましたが、国旗と国歌として広く定着していることを踏まえまして、新しい世紀、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法としてその根拠を明確に規定する必要があるとの認識のもとで、法制化を図ることといたしたものであります。
 以上、答弁とさせていただきます。(拍手)
    ―――――――――――――
○副議長(渡部恒三君) 志位和夫君。
    〔志位和夫君登壇〕
○志位和夫君 私は、日本共産党を代表し、日の丸・君が代を国旗・国歌とする法案について、小渕総理に質問します。
 まず第一にただしたいのは、総理が、この問題についての国民的討論について、どう考えているかということです。
 我が党は、国旗・国歌の問題は国民にとって重大な問題であって、それを決めていく上では、国民的討論が十分に保障されることが何よりも大切であると考えています。
 この点で重要なことは、政府が法制化の検討を始めたことを一つの契機として、今、日本の歴史で初めて、国旗・国歌をどうするかについて、現に国民的な討論が起こりつつあるということであります。マスコミでも自由な討論が始まり、新聞の投書欄を見ても、さまざまな立場からの意見が毎日のように掲載されています。日本共産党としても、しんぶん赤旗の号外を全国の四千六百万世帯を対象に配布し、討論を呼びかけてきましたが、広範な方々からのたくさんの反響が寄せられています。
 総理、主権者である国民が、国旗・国歌をどうするかについて歴史上初めて声を上げ、討論を始めたことは歓迎すべきことであり、この国民的討論を十分に保障することこそ、政治の責務ではありませんか。今国会中のわずかな期間に法制化を強行しようとする態度は、国民的討論を封殺するものではありませんか。総理の見解を問うものです。
 政府は、日の丸・君が代の法制化を強行する理由として、これが国民的に定着しているということを挙げています。しかし、国民的討論が始まると、国民的に定着という主張が成り立たないことが直ちに明らかになりました。
 この問題について、大手新聞だけでも百二十を超える投書が掲載されましたが、そのうち、日の丸・君が代の法制化に賛成するものは二十三にすぎず、圧倒的多数は、もっと討論を尽くして決めるべきというものであります。NHKが六月十五日に発表した世論調査の結果でも、日の丸・君が代の法制化に賛成するという人は四七%、両方とも反対ないしはどちらか一方は反対という人が四八%となっています。
 圧倒的多数の国民の日常生活の中で、その旗や歌が心から親しまれ、生きているということになって初めて国民的定着と言えます。現状はそういう実態でないことは明らかであります。特に、法制化について国論が二分しているもとでこの法案を強行することは、国旗・国歌という国民の重大事を決めるときのやり方として、民主主義にもとる乱暴きわまるものではありませんか。答弁を求めます。(拍手)
 第二は、日の丸・君が代が、日本国憲法を土台とした今の日本の国旗・国歌としてふさわしいかという問題です。
 日の丸・君が代に対して、少なくない国民が抵抗感を持ち、同意できないという気持ちを持っていることは、否定できない事実であります。総理は、これをなぜだと考えますか。与党の首脳からは、そうした人々を特殊な思想とか過激な人々とする発言が出されました。批判的意見を持つ人々を異端視する発言は、戦前の暗い時代を想起させるものでありますが、総理もそういうお考えでしょうか。
 我が党は、少なくない国民が抵抗感や批判を持つことは、個人の好みの問題ではなく、歴史的な根拠があり、日本国憲法に照らして根拠があると考えます。日の丸・君が代が、戦後政治の原点である、侵略戦争への反省、国民主権という憲法の大原則と相入れない問題点を持っているからであります。
 君が代の問題点は、何よりもその歌詞の内容にあります。この歌は、千年以上前の作者の意に反して、明治以後、天皇の治めるこの御代が末永く続き栄えますようにという意味づけをされ、そういう歌として国歌として扱われてきたことは動かすことのできない歴史的事実であります。
 戦後、日本の国のあり方が天皇主権から国民主権へと大転換が図られたにもかかわらず、こうした天皇統治を礼賛する歌を、歌詞も楽曲もそのままで、小手先の解釈の変更だけで、あたかも憲法の主権在民の原則と両立するかのように扱うことは、およそ歴史で通用しない御都合主義と言うほかないものではありませんか。
 総理は、さきの答弁で、君が代は大日本帝国憲法の精神を踏まえて国歌とされたことを認めました。この大日本帝国憲法こそ、戦後、主権在民の原則に反するものとして廃棄されたのであります。現憲法のもとで君が代を復活させようという企てに道理がないことは明瞭ではありませんか。
 今回の法制化に当たっての政府見解では、君が代の「君」は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である天皇を指すとされています。「君」に続く「が」は、所有をあらわす格助詞です。それでは「代」とは何か。「代」とは、一般的に、時、時代を意味します。そうなりますと、今回の政府見解でも、君が代とは天皇の時代という意味となり、この歌全体の意味は、天皇の時代が永久に続くことを願うという意味となるではありませんか。こうした歌が主権在民の原則とどうして両立し得るのか、国民に納得のいくよう、また、国語の文法上も説明がつくように答弁していただきたい。
 日の丸の問題点は、これが、日本がアジア諸国に対する侵略戦争を行った際に、その旗印として使われたというところにあります。日本軍行くところ日の丸なびき、日の丸翻ると言われたように、日本軍が占領した土地には、占領の印として日の丸が掲げられました。総理は、今回の法制化の動きに対して、アジア諸国のマスコミから、日本軍国主義の象徴の復活という強い警戒が寄せられていることをどう考えますか。
 日本共産党は、日の丸・君が代は、今の日本の国旗・国歌にはふさわしくないと考えます。今、国民的討論の中で、日の丸・君が代にかわる新しい国旗・国歌を生み出そうというさまざまな提案も出されています。二十一世紀の日本の国旗・国歌には、国民の大多数がこだわりなく歌え、日常生活の中にも親しまれ、アジア諸国民からも歓迎されるものがふさわしいのではないでしょうか。
 我が党は、二十一世紀の日本にふさわしい新しい国旗・国歌を、国民的討論の中から、国民の英知を集めて生み出すべきであると考えますが、総理の見解を問うものであります。(拍手)
 第三は、日の丸・君が代を国民一人一人に強制すること、特に教育現場に強制することについて、どう考えるのかということです。
 政府が今回の法制化に踏み出した直接の契機は、広島の県立高校の校長先生が自殺するという痛ましい事件でした。総理は、この悲劇がどうして生まれたと考えていますか。卒業式、入学式に一律に国旗掲揚、国歌斉唱を義務づけるという形で、日の丸・君が代を教育現場に強制してきたことがその重要な原因であったことを認めますか。こうした悲劇を二度と起こさないためには、教育現場への強制は一切やめることが唯一の解決方法ではありませんか。
 総理は、今回の法制化について、学習指導要領だけではなくて、法制化によって掲揚、斉唱をきちんとすることが望ましいと述べています。結局今回の法制化は、教育現場への強制を一層強めることを目的としたものですか。そうだとすれば、問題が解決するどころか、悲劇が繰り返され、矛盾は一層広がるだけではありませんか。
 一九八九年の学習指導要領の改訂で、入学式や卒業式などで国旗掲揚、国歌斉唱の指導をするものとするとされてから、教育現場への強制は一層激しくなりました。文部省と教育委員会は、校長に職務命令と処分を盾に強制する。校長から同じ強制が教職員に行われる。教職員が歌っているかどうかをビデオで調査した学校もあります。君が代を歌わない子供を校長室に呼んで叱責した学校もあります。
 こうした合意なしの強制を毎年繰り返すことによって、校長は教育者としての面目を失い、教員は子供たちの信頼を失う。それが、個人の尊厳を重んじ、個性豊かな文化の創造を目指す場であるべき教育現場をどんなに荒廃させているか、はかり知れないものがあります。
 総理に伺いますが、サミット七カ国で、このように学校の入学式、卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱を義務づけている国が日本以外にありますか。今我が国の教育現場で横行していることは、およそ前近代的な軍国主義時代の野蛮な統制の遺物ではありませんか。
 憲法十九条は、思想及び良心の自由を保障しています。国家が国民の内心、物の考え方を制限したり介入したりすることはできないというのが近代国家の共通の基本原則です。アメリカでは、一九四三年に、ある州がその州の法律で国旗への敬礼を子供たちに義務づけたことに対して、連邦最高裁が、国民の良心の自由を侵すものだとする厳しい判決を下し、この精神は今日でも守られています。入学式、卒業式で日の丸掲揚、君が代斉唱を義務づけるということは、憲法で保障された教職員の良心の自由、子供たちの良心の自由を侵害するものではありませんか。
 総理は、今回の法律について、国民に対して国旗の掲揚、国歌の斉唱を義務づけるものではないとしています。しかし、国民に義務づけることができないものが、どうして教育の場、教職員と子供には義務づけることができるのですか。総理が国民に対して義務づけるものでないとしたことは、そうした義務づけが憲法十九条の内心の自由に抵触するおそれがあるからと考えているからではないのですか。そうであるならば、教職員や子供にもそういう義務づけはできないのではありませんか。
 それを教育の名で合理化することはできません。どのような形であれ、思想、良心の自由など人間の内面の自由に介入できないことは、近代公教育の原理であり、教育基本法の原則ではありませんか。日本共産党は、法律に根拠がない現状ではもちろん、我が党が主張するように国民的討論と合意を経て法制化が行われたとしても、国旗・国歌は、国が公的な場で公式に用いるというところに限られるべきであって、国民一人一人にも教育の場にも強制すべきものではないと考えます。総理の見解を問うものであります。
 私は、日の丸・君が代法案について、三つの角度からその問題点を究明してまいりました。今ここで、起こりつつある国民的討論を断ち切って、この法案を強行するならば、日本の歴史に大きな汚点を残し、日本の社会に深刻なひずみをもたらすことになるでしょう。教育現場で起こっている矛盾についても、何も解決しないどころか、一層のあつれきと悲劇を生むことになるでしょう。
 日本共産党は、この法案を廃案にすることを強く求めるものであります。国民的討論を十分に保障し、国民的合意によって日本にふさわしい国旗・国歌を決めていくことこそ、政治の責務であることを重ねて強調し、質問を終わります。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 志位和夫議員にお答え申し上げます。
 まず、国民的討論に関してのお尋ねがございました。
 今回の国旗と国歌の法制化は、日の丸と君が代が、長年の慣行によりまして、それぞれ国旗と国歌として国民の間に広く定着いたしていることを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとで、法制化を図るものとしたものであります。したがいまして、政府としては、このような国民の意識も踏まえ、法律案を国会に提出いたしたものであり、国権の最高機関で御審議の上、決していただくべき事柄であると考えております。
 法制化を図ることについてのお尋ねでありましたが、既にお答えをいたしましたとおりでございまして、この国権の最高機関で、先ほど申し上げましたように、ぜひ十分な御審議をいただき、決定をいただきたいと願っております。
 日の丸・君が代の抵抗感についてお尋ねがありました。
 国民の一部に日の丸・君が代に対して御指摘のような意見のあることは承知をいたしておりますが、国民の多くの方々の間に、日の丸・君が代は我が国の国旗と国歌としてふさわしいという認識が定着をいたしており、このことは総理府の世論調査や最近の報道各社の世論調査の結果からも裏づけられているところであると考えております。
 君が代の歌詞についてのお尋ねでありましたが、君が代の歌詞は、日本国憲法のもとでは、日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものと理解することが適当であり、憲法の主権在民の精神に合致するものであると考えております。いずれにせよ、君が代の歌詞は、古歌に由来するもので、悠久の時間の中で国の繁栄を祈る極めて平和的な歌であると考えております。
 君が代と憲法の主権在民の原則との関係について重ねてお尋ねがありましたが、「代」とは、本来時間的概念をあらわすものでありますが、転じて、国をあらわす意味もあると理解いたしております。また、日本国憲法下で君が代とは、日本国民の総意に基づき天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄を祈念したものと解することが適当であると考えております。したがって、日本国憲法の主権在民の精神にいささかも反するものではない、こう考えております。
 法制化に対するアジア諸国の受けとめ方のお尋ねがありましたが、アジア諸国の政府より何らかの懸念の表明があったとは聞いておりません。
 新しい国旗・国歌の制定に関するお尋ねでありますが、日の丸と君が代は、長年の慣行により、それぞれ国旗と国歌として国民の間に広く定着していると考えております。
 校長自殺の原因及び教育現場での国旗掲揚、国歌斉唱を強制するのはやめるべきではないかとのお尋ねでありますが、広島県立世羅高校の石川校長がみずから命を絶たれたことはまことに痛ましいことと考えております。その原因を断定することは困難ではありますが、国旗・国歌の問題をめぐり教職員間で種々の議論があり、孤立感を抱いておられたと承知をいたしております。
 子供たちが、将来、国際社会において尊敬され信頼される日本人として成長するためには、日本国民としての基本的マナーとして、我が国の国旗・国歌はもとより、諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識と、それらを尊重する態度を育てることが極めて重要であります。国旗・国歌についてこのような観点に立って指導を行っているものであり、ぜひ関係者においてはこの趣旨を理解してほしいと考えております。
 国旗及び国歌の法制化と学校における国旗及び国歌の指導との関係について、お尋ねがありました。
 学校における国旗と国歌の指導は、児童生徒が国旗と国歌の意義を理解し、それを尊重する態度を育てるとともに、すべての国の国旗と国歌に対してひとしく敬意を表する態度を育てるために行っているものであり、今回の法制化に伴い、その方針に変更が生ずるものでないと考えております。
 次に、サミット七カ国の国旗・国歌の取り扱いについてのお尋ねがありましたが、政府で行いました調査によりますれば、入学式や卒業式自体を持たないなどという国もあり、その扱いはさまざまであり、アメリカ合衆国では、連邦法により、国旗は授業日にはすべての学校の校舎等に掲揚されなければならないと規定いたしておると承知をいたしております。国旗・国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度を育てる上で、入学式等にこれらを指導することは妥当なものと考えております。
 良心の自由についてお尋ねがありましたが、憲法で保障された良心の自由は、一般に、内心について国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないという意味であると理解をいたしております。学校におきまして、学習指導要領に基づき、国旗・国家について児童生徒を指導すべき責務を負っており、学校におけるこのような国旗・国歌の指導は、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでありまして、子供たちの良心の自由を制約しようというものでないと考えております。
 教育現場での教職員や子供への国旗の掲揚等の義務づけについてお尋ねがありましたが、国旗・国歌等、学校が指導すべき内容については、従来から、学校教育法に基づく学習指導要領によって定めることとされております。学習指導要領では、各教科、道徳、特別活動それぞれにわたり、子供たちが身につけるべき内容が定められておりますが、国旗・国歌について子供たちが正しい認識を持ち、尊重する態度を育てることをねらいとして指導することといたしておるものであります。
 国旗掲揚等の義務づけを行わなかったことに関するお尋ねでありますが、今回の国旗及び国歌の法制化の趣旨は、日の丸・君が代が長年の慣行により、それぞれ国の国旗と国歌として定着していることを踏まえ、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法にその根拠を明確に規定することであります。したがって、このような法制化の趣旨にかんがみ、法律案は国旗と国歌を規定する簡明なものといたした次第でございます。
 教職員や子供たちにも国旗の掲揚等を義務づけはできないのではないかとのお尋ねでありますが、国旗・国歌等、学校教育において指導すべき内容は学習指導要領において定めることとされており、各学校はこれに基づいて児童生徒を指導すべき責務を負うものであります。
 教育基本法の原則についてでありますが、教育基本法は、日本国憲法の精神にのっとり、教育の目的を明示したものであり、学校教育における国旗・国歌に関する指導は、教育基本法の精神を受けて定められている学習指導要領に基づき、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるため行われるものであり、これは児童生徒の思想、良心を制約しようとするものではありません。
 国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。
 なお、学校における国旗及び国歌の指導については、教育指導上の観点から行っていることは、既に答弁いたしたところでございます。
 以上、御答弁を申し上げました。(拍手)
    ―――――――――――――
○副議長(渡部恒三君) 中西績介君。
    〔中西績介君登壇〕
○中西績介君 私は、社会民主党・市民連合を代表して、国旗及び国歌に関する法律案について、小渕総理大臣並びに関係大臣に質問いたします。
 まず、総理にお尋ねいたしますが、総理は、去る二月二十五日、参議院予算委員会において、現時点では政府として法制化は考えていないと言明されました。にもかかわらず、その後、見解が二転三転したあげく、現在このように法案が提出されているのはいかなることでありましょうか。全く理解ができません。そこで、総理、まず、当初法制化を考えなかった理由についてお答えいただきたい。
 次いで、二月二十五日の時点においては法制化を考えていなかったものが、わずかの期間を経て法案提出するに至った十分かつ相当な理由について、先ほどの総理の答弁はますます軽率さを露呈したが、答弁ごとに変わるようなことでなく、十分に整理して明確に御答弁いただきたい。
 続いて、今回の日の丸・君が代法制化全般にわたる問題について、官房長官及び関係各大臣に質問いたします。
 第一に、政府は、法制化の目的と背景について、長年の慣行によって国民に定着しているとか、二十一世紀を迎えることを一つの契機にしてなどと説明しているようでありますが、これでは、立法動機の説明になっていないのではないでしょうか。御見解をお伺いいたします。
 第二は、日の丸・君が代が果たして国民に定着しているのかという問題についてであります。
 政府は長年の慣行により定着しているとしておりますが、この場合、定着の根拠は長年の慣行ということになります。ならば、長年の慣行とは何なのか具体的に御答弁いただいた上で、その長年の慣行が何ゆえに定着の根拠たり得るかの御説明をいただきたいと存じます。
 さらに申し上げれば、定着の根拠が具体的に明らかにされていない限り、定着とはあくまでも主観的な見解にすぎず、およそ法制化の根拠たり得ませんし、仮に定着しているとするならば、あえて法制化など必要ないのではないでしょうか。御見解を伺います。
 第三は、日の丸及び君が代の認識に関連して質問いたします。
 まず、日の丸・君が代をどう認識するかについては、基本的には国民一人一人がみずからの思想信条に基づいて判断するものであると考えますが、御見解を伺います。
 日の丸については、国家の標識として取り扱われてきたことは事実でありますが、過去の歴史において侵略のシンボルであったことを踏まえ、侵略戦争、植民地支配への反省の意が内外に明確な形で宣言されることが必要だと考えますが、見解を伺います。
 君が代については、戦前、大日本帝国憲法のもとで、主権者たる天皇をたたえる歌として、我が国はもちろん、侵略や植民地支配の中でアジアの人々に強制してきた歴史的事実がある以上、主権在民、平和主義をうたった日本国憲法のもとで、ふさわしいものではありません。
 また、現在、君が代の「君」については、天皇を指すのか、一般的にあなたを指すのか、その解釈には定説がないのが実情であります。仮に天皇を指すとした場合、君が代のもととなったとされる和歌の初見は古今和歌集でありますから、当然、その時代背景を考えれば、天皇とは専制君主としての天皇を指すことは明白であり、帝国憲法のもとで神格化された天皇と同様であります。
 政府は、今回、「君」について、日本国及び国民統合の象徴である天皇と改めて解釈し、特定しておりますが、文学作品は、しかも、政府は、歌詞全体にまで解釈を加えておりますが、これは政治による文学への介入ではないでしょうか。御見解を伺います。
 四点目は、学校現場で、日の丸・君が代の掲揚、斉唱が強制されている実態について質問いたします。官房長官と文部大臣に答弁を求めます。
 現在、学習指導要領によって強制されている日の丸掲揚、君が代斉唱は、明らかに、憲法が保障する内心の自由や思想、良心などの精神的自由に抵触するものであると考えますが、見解を伺います。
 一九九四年七月の衆議院本会議において、当時の村山総理が、国旗の掲揚、国歌の斉唱は本来強制すべきものではないと答弁しているにもかかわらず、現実には、強制の方向が強められてきました。過日、広島県で、県立高校の校長が自殺するという痛ましい事件が起こったのも、県教育委員会が、学校現場におけるさまざまな意見を無視して、卒業式で君が代斉唱を強制するよう、文部省指導で処分を対象に、学校長に強く命じたことが原因にあります。人の命すら奪う事態が学習指導要領に基づく強制によって起こっているということについて、御見解を伺います。
 さらに、これまでの指導と称する日の丸・君が代の強制がさらに教科書検定で強められているし、今後、法制化をてこにして、教育の場に限らず、地域や社会の隅々までに掲揚、斉唱を当然のごとく強いることとなり、そのことが人権侵害事件となることは広島の事件を見ても明らかであると考えますが、この点については、官房長官、文部大臣に加えて、法務大臣の御見解についてもお伺いいたします。
 今回の法案については、その立法動機すら明確に示されていないばかりか、当然踏まえるべき国民的論議が全くなされておりません。まずは、国旗・国歌が法律で定めるべきものかどうか、日の丸・君が代が国旗・国歌としてふさわしいものかどうかなどを初め、数多くの本質的論点について広く国民的論議を行い、延長国会などという場で、数によって押し通すのではなく、国民的合意を得るまで慎重に検討すべきであります。
 最後に、こうした当然必要とされる作業を抜きに提出された国旗及び国歌に関する法律案について、私は、断固反対であることを表明し、質問を終わらせていただきます。(拍手)
    〔内閣総理大臣小渕恵三君登壇〕
○内閣総理大臣(小渕恵三君) 中西績介議員にお答え申し上げます。
 私に対しましては一問でありますが、今回法律案を提出するに至りました理由についてお尋ねがありました。
 政府といたしましては、これまで、国旗・国歌について、長年の慣行により、日の丸・君が代は我が国の国旗・国歌であるとの認識が確立し、広く国民の間にも定着していると考えていることから、国旗・国歌を法律によって制度化する考えはない旨お答えをいたしたところでございます。
 しかしながら、よくよく考えてみて、我が国は成文法を旨とする国であること、また、諸外国においても国旗・国歌を成文法で規定している国が多々あることなどから、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、これまで慣習として定着をしてまいりました国旗・国歌を、成文法にその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、法制化を図ることといたしたものであります。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁させます。(拍手)
    〔国務大臣陣内孝雄君登壇〕
○国務大臣(陣内孝雄君) 中西議員にお答えを申し上げます。
 日の丸・君が代についてのお尋ねがありました。
 国旗及び国歌に関する法律案は、日章旗を国旗、君が代を国歌とするにとどまるもので、このような法制化が直ちに人権侵害につながることはないものと考えております。(拍手)
    〔国務大臣有馬朗人君登壇〕
○国務大臣(有馬朗人君) 中西績介議員の御質問にお答えいたします。
 国旗・国歌と内心の自由についてのお尋ねでございますが、憲法第十九条の思想及び良心の自由とは、一般に、内心、すなわち物の考え方ないし見方について、国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないという意味であると解されております。
 学校における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導は、児童生徒が国旗及び国歌の意義を理解し、それを尊重する心情と態度を育てるとともに、すべての国の国旗及び国歌に対してひとしく敬意を表する態度を育てるために行うこととしているものであります。このような指導は、児童生徒が将来広い視野に立って物事を考えられるようにとの観点から、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われているものであり、児童生徒の思想、良心を制約しようというものではないと考えております。
 次に、校長の自殺についてのお尋ねでございますが、広島県立世羅高等学校の石川校長が、今春の卒業式における国旗・国歌の実施をめぐる学校内外の厳しい状況の中で、深く悩まれ、孤立感を抱き、結果としてみずから命を絶つことになったことは、まことに痛ましく残念なことであります。
 石川校長の自殺について、広島県教育委員会からは、自殺の原因を断定することは困難でありますが、死の直前の段階において石川校長が深い孤立感と無力感に陥っていたことがうかがわれ、そのような状況に至った背景、要因として、校長の権限が実質的に大きく制約されていたこと、職員団体等による組織的な反対運動が展開されていたこと等が報告されております。
 学校における国旗・国歌の指導は、国民の基本的なマナーとして、我が国の国旗・国歌はもとより、諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識と、それらを尊重する態度を育てるために行っているものであり、この趣旨を学校関係者にはぜひ御理解をいただきたいと考えております。(拍手)
 法制化と人権侵害についてのお尋ねでありますが、今回の法案は、国旗・国歌の根拠について、慣習であるものを成文法としてより明確に位置づけるものであり、法制化に伴い、地域や社会における国旗の掲揚、国歌の斉唱等に関し義務づけを行うものではないと承知いたしております。
 文部省といたしましては、今回の法制化は学習指導要領に基づく学校におけるこれまでの国旗・国歌の指導に関する取り扱いを変えるものではないと考えており、今後とも学校における指導の充実に努めてまいります。(拍手)
    〔国務大臣野中広務君登壇〕
○国務大臣(野中広務君) 中西議員の私に対する質問にお答えをいたします。
 立法動機として不十分ではないかとの御指摘をいただきましたが、再三にわたり小渕総理より御答弁を申し上げておりますとおり、今回の国旗・国歌の法制化の趣旨は、日の丸・君が代が長年の慣行によりまして、それぞれ国旗・国歌として国民の間に広く定着していることを踏まえまして、二十一世紀を迎えることを一つの契機として、成文法によりその根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、法制化を図ることとしたものでございます。
 次に、定着の根拠について御指摘をいただきましたが、政府において過去に実施をいたしました世論調査を初め、今回、国旗・国歌の法制化の検討に着手する旨を表明して以降、報道数社で国旗・国歌に関する世論調査が実施をされているところでありますが、全般的に、国民は日の丸・君が代が我が国国旗・国歌としてふさわしいとの受けとめをされているものと承知をいたしておるところであります。また、御承知のように、オリンピックや各種国際大会を見ましても、日の丸の旗が掲揚され、君が代が演奏をされております。
 法制化の必要性につきましては、我が国は成文法を旨とする国でありますことから、また、諸外国におきましても国旗・国歌を成文法で規定している国々が多いことなどを考えまして、これまで慣習として定着していた国旗・国歌を、成文法にこの根拠を明確に規定することが必要であるとの認識のもとに、法制化を図ることとしたものでございます。
 日の丸・君が代の認識についての御質問をいただきましたが、国民一人一人が日の丸・君が代に対してどのように認識するかにつきましては、基本的には個々人がみずから判断することであると考えております。
 過去の歴史に関する政府の考え方についてのお尋ねでございますけれども、一九九五年の戦後五十年の節目に当たりまして、時の村山内閣総理大臣談話を基本といたしまして、我が国が、過去の一時期に、植民地支配と侵略により、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた事実を謙虚に受けとめ、これらに対する深い反省とおわびの気持ちに立って、世界の平和と繁栄に向かって力を尽くしていくというものでありまして、これまでもこのような考え方を累次表明してきたところでございます。
 君が代の解釈についてのお尋ねでありますが、君が代の歌詞は、我が国憲法下では、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものと解することが適当であると考えております。
 なお、政府といたしましては、古歌君が代は、平安時代の古今和歌集や和漢朗詠集に起源を持ち、その後、明治時代に至るまで祝い歌として長い間民衆の幅広い支持を受けてきたものであり、政府として文学作品としての君が代の解釈に立ち入るものではございません。
 広島県立世羅高校の石川校長が、今春の卒業式における国旗・国歌の実施をめぐりみずから命を絶たれたことは、まことに痛ましいことと考えており、改めて御冥福をお祈り申し上げる次第であります。
 憲法が保障する思想、良心の自由とは、一般に、内心について国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないという意味であると解されており、国旗・国歌についての指導は、児童生徒が将来広い視野に立って物事を考えられるようにとの観点から、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけることを目的として行われておるものでございまして、児童生徒の思想、良心を制約しようというものではございません。
 自殺という事態を引き起こした原因が学習指導要領ではないかとの御指摘でありますけれども、学校においては、国旗・国歌の問題をめぐりまして、教職員の間やあるいは他の運動団体との間でさまざまの議論がございまして、石川校長は孤立感を抱いておられたと承知をいたしております。
 なお、村山元総理の衆議院本会議における答弁を引用されましたが、同じ国会の参議院本会議において、村山元総理は、国旗・国歌の指導について、これからの国際社会に生きていく国民として必要な基礎的、基本的な資質を身につけるために必要なことであるという旨答弁をされておるところでございます。
 さらに、私は、今、村山元総理の答弁について中西議員からの御指摘を伺いながら、同じ年の、一九九四年七月十八日、村山元総理大臣が所信表明の質疑に答えられ、この場所から、自衛隊、日米安保体制を容認されますとともに、国旗・国歌について、長年の慣習により、日の丸が国旗、君が代が国歌であると認識をする中で定着をしており、私自身これを尊重してまいりたいと答弁されたことを感慨深く思い起こしておるところでございます。
 以上でございます。(拍手)
○副議長(渡部恒三君) これにて質疑は終了いたしました。
     ――――◇―――――
○副議長(渡部恒三君) 本日は、これにて散会いたします。
    午後三時十分散会
    ――――◇―――――
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  小渕 恵三君
        法務大臣    陣内 孝雄君
        文部大臣    有馬 朗人君
        国務大臣    野田  毅君
        国務大臣    野中 広務君
 出席政府委員
        内閣総理大臣官房審議官  佐藤 正紀君