第156回国会 法務委員会 第33号
平成十五年七月十八日(金曜日)
    午前十時開議
 出席委員
   委員長 山本 有二君
   理事 佐藤 剛男君 理事 塩崎 恭久君
   理事 園田 博之君 理事 吉田 幸弘君
   理事 河村たかし君 理事 山花 郁夫君
   理事 漆原 良夫君 理事 石原健太郎君
      太田 誠一君    小西  理君
      後藤田正純君    左藤  章君
      笹川  堯君    下村 博文君
      中川 昭一君    中野  清君
      野田 聖子君    林 省之介君
      平沢 勝栄君    保利 耕輔君
      星野 行男君    森岡 正宏君
      吉川 貴盛君    吉野 正芳君
      鎌田さゆり君    田名部匡代君
      中村 哲治君    山内  功君
      上田  勇君    藤島 正之君
      木島日出夫君    瀬古由起子君
      保坂 展人君    山村  健君
    …………………………………
   法務大臣         森山 眞弓君
   法務副大臣        増田 敏男君
   法務大臣政務官      中野  清君
   参考人
   (早稲田大学法学部客員教
   授)           大森 政輔君
   参考人
   (お茶の水女子大学名誉教
   授)           森  隆夫君
   参考人
   (弁護士)        榊原富士子君
   参考人
   (埼玉県大井町議会議員) 民部 佳代君
   法務委員会専門員     横田 猛雄君
    ―――――――――――――
委員の異動
七月十八日
 辞任         補欠選任
  中川 昭一君     林 省之介君
  吉川 貴盛君     野田 聖子君
  吉野 正芳君     森岡 正宏君
  山田 正彦君     藤島 正之君
  不破 哲三君     瀬古由起子君
同日
 辞任         補欠選任
  野田 聖子君     吉川 貴盛君
  林 省之介君     中川 昭一君
  森岡 正宏君     吉野 正芳君
  藤島 正之君     山田 正彦君
  瀬古由起子君     不破 哲三君
    ―――――――――――――
七月十八日
 選択的夫婦別姓の導入など民法改正に関する請願(石井郁子君紹介)(第四三三二号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第四三三三号)
 同(中林よし子君紹介)(第四三三四号)
 同(藤木洋子君紹介)(第四三三五号)
 治安維持法の犠牲者に対する国家賠償法の制定に関する請願(中川智子君紹介)(第四三七二号)
 同(中川智子君紹介)(第四四〇七号)
 同(藤村修君紹介)(第四四三二号)
 重国籍容認に関する請願(伊藤忠治君紹介)(第四四五二号)
 裁判所の人的・物的充実に関する請願(大森猛君紹介)(第四四六四号)
 同(木島日出夫君紹介)(第四四六五号)
 同(児玉健次君紹介)(第四四六六号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第四四六七号)
 同(中林よし子君紹介)(第四四六八号)
 同(藤木洋子君紹介)(第四四六九号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第四四七〇号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、国内治安、人権擁護に関する件
 矯正施設運営に関する件

     ――――◇―――――
○山本委員長 これより会議を開きます。
 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政、国内治安、人権擁護に関する件について調査を進めます。
 本日は、各件調査のため、参考人として、早稲田大学法学部客員教授大森政輔君、お茶の水女子大学名誉教授森隆夫君、弁護士榊原富士子君、埼玉県大井町議会議員民部佳代君、以上四名の方々に御出席いただいております。
 この際、参考人各位に委員会を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 まず、大森参考人、森参考人、榊原参考人、民部参考人の順に、それぞれ十分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。
 それでは、まず大森参考人にお願いいたします。
○大森参考人 大森でございます。
 まず、申し上げるべき意見の結論を申し上げますと、選択的と申しますか例外的夫婦別氏制度に賛成し、速やかに民法その他の関係法令の改正を行うことを希望するというのが結論でございます。
 以下、その理由を申し上げます。
 私は、若い時代に、最高裁家庭局に家事事件担当の局付判事補として勤務して以来、民法の身分法及び戸籍の研究をライフワークとしている者でございます。したがいまして、本日は、そういう一研究者の立場から意見を述べることにいたしたいと思います。
 一九七八年、裁判所から法務省民事局の戸籍統括課長である第二課長に出向をして、初めて、夫婦別氏の主張に遭遇いたしました。その当時は、その賛同者は少なくと申しますか、非常に少なく、法務省としての対応も前向きではありませんでした。その後の検討によれば、その採用については戸籍上の支障はなく、各種世論調査の結果の推移によれば、将来的には前向きに対応する時期が来るであろうと私は見ておりました。
 国際婦人年に引き続く国際婦人の十年の成果として、一九九六年二月には法制審議会の答申に盛り込まれまして、法案化作業が進められるに至ったわけでございますが、今日まで実現されていないのは御承知のとおりでございます。
 公務員在職中は自分の意見を公表することは控えておりましたけれども、平成十三年の世論調査の結果を見まして、今や法制化の時期が到来したと考え、その旨の意見をいろいろな機会に表明したことがございます。
 冒頭に申し上げました結論を得るに至りました理由は、次のとおりでございます。
 まず、総論的な事柄でございますが、法制審議会の答申を受けた立法作業が滞っている間にも、男女共同参画社会の形成に向けた歩みは着実に進みまして、夫婦同氏を強いる現行制度は、男女が社会の対等な構成員としてみずからの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保される上で、いろいろな支障が生じている。そしてまた、婚姻に際して氏の変更を強いられる者は、これを苦痛に感じることが少なからずあると見受けられます。
 我々は、これを率直に受けとめまして、婚姻後も別氏を望む者の意思を尊重し、それを実現できる法制度に変えていく、これを二十一世紀の我が国の社会のあり方としたいものであります。
 ここで留意すべき点は、すなわち論議の対象は、一般に夫婦は別氏とする案ではなくて、夫婦別氏を望む者にはそれを認めるというものであるということを、まず前提として、はっきりと、しっかりと認識しておく必要があると思います。したがいまして、自分は同氏を選ぶが、別氏を選びたい者の気持ちはそれとして尊重するという、自分と異なる意見に対する寛容の精神を基本として対応すべきものであります。
 そうはいいましても、家族は社会を構成する基本的な単位であり、そのあり方については、社会、国家として関心を持ち、一定の規律をすることが必要であることは言うまでもありません。しかし、家族の形態は多様であり、それに対応して、構成員たる夫婦の考え方も一様ではありませんから、家族に関する法制度と申しますのは、それらを包含できる弾力的かつ柔軟性のある制度であることが望ましいと考えております。
 次に、選択的あるいは例外的夫婦別氏制度を採用するにつきまして、慎重に検討すべき要点の若干について私の意見を申し上げます。
 第一点は、夫婦別氏となるための要件についてであります。
 もともと氏の異なる男女が婚姻共同生活に入るに際して、氏を同じくすることが必須の事柄であるとは到底考えられません。したがいまして、理念的には、その自由意思により、同氏夫婦となるか、あるいは別氏夫婦となるかの選択を認めるのがよいと私は考えます。
 しかしながら、氏に関する国民の意識は多様でありまして、家の制度の廃止から五十年を経過した今日でも、家名の存続、祖先の祭祀の主宰、その他の多種多様な思い入れが存在するのが現実の姿であります。
 したがいまして、立法に当たりましては、それを直視して、例えば、男女共同参画社会の形成促進のために支障となる職業上の支障とか、あるいは祖先の祭祀の主宰の必要など特別の事情が存在することを要件とし、その特別事情の存否判断を家庭裁判所にゆだねることとすることによって、大方の意見の集約が速やかにできるのであれば、必ずしも理念案に固執することなく、そのような考え方を評価するにやぶさかではございません。
 次に、第二点は、別氏夫婦の子の氏のあり方に関してであります。
 親子の氏の問題につきましては、別氏夫婦間の子の氏が父母いずれかの氏と異なることになるのは、夫婦別氏を認める制度の一種の副作用でございまして、それにより生ずる支障を可能な限り軽減する努力が必要であることは言うまでもございません。
 現行制度においても、嫡出でない子は父母いずれかと氏が異なり、また、父母が離婚しても同様の事態となります。今後、別氏夫婦が法律上あり得ることとなれば、親子の氏が異なることも奇異ではなくなることが予測されます。
 それでもなお、夫婦のいずれかと子とが氏を異にするために著しい支障が生じる場合には、それを回避するため、婚姻後に夫婦同氏となることを制度として認めることが相当であると考えます。この点は法制審議会の答申には盛り込まれていないようでありますが、それは不十分であると私は思っております。
 なお、子供が複数の場合は、未成年の間は、その一体感を醸成するため、兄弟姉妹は同氏とする方がよいのではないかと考えております。
 次に、子の氏決定の時期でありますが、これにつきましては、出生後に父母の協議によって決めるとの案は、出生の届け出に際して協議が調わない事態が生ずることが予想されます。そのため、子の記載がおくれることは子の福祉のために好ましくないと考えますから、子の氏は、婚姻の際に決めることを原則とした上で、出生に際するこれと異なる定めを認めることは差し支えないのではないかというふうに考える次第でございます。
 最後に、経過措置でございますが、改正法施行後一定期間内、例えば二年内は、その協議によって届け出をすることにより、同氏夫婦も別氏夫婦となることを認めるべきであろうと考えます。
 そのほかいろいろな検討すべき問題があるわけでございますが、その主要な要点については、以上述べましたような方向で速やかに関係法令の改正をされることを期待する次第でございます。
 簡単でございますが、私の意見は以上のとおりでございます。(拍手)
○山本委員長 ありがとうございました。
 次に、森参考人にお願いいたします。
○森参考人 森でございます。
 私の意見は、お手元の資料の産経の「正論」にあるとおりでございますので、これを若干補足するような形で申し上げたいと思います。
 私は、この問題を考えましたのは、別に法律の専門家ではないんですが、別姓にすると子供の教育上どういうメリットがあるんだろうかという疑問から出発したわけであります。人間というのはメリットのないことをやらないわけでありますから、別姓にしても子供の教育上こんなメリットがあるんだという主張があるんだと思っていましたところ、別姓論にはそれほど教育論がないということに気づいたので、こういうエッセー的なものを書いたわけでございますが、そういう意味で、子供の教育不在の別姓論じゃないかなという感を強くするわけであります。
 児童の権利条約では、子供にも意見表明権があると言っているわけでありますから、別姓論について子供はどういう意見を持つのかということを子供の立場から考えてみたい、こういうことであります。
 まず第一でありますが、子供の教育不在ということです。
 どうも我々は、大人のエゴで物事を考えているんじゃないかと。最近の少年事件も、あれは、子供が悪いのは、みんな親が悪い、大人が悪いわけでありますが、大人が勝手なことを言って、また子供をもっと悪くする懸念もあるんじゃないかと。我々大人が、今日、自由を謳歌し、権利を行使して楽しい生活が送れるのは、かつて自分も子供であったわけでありますし、それが、親が神様から授かってくださったから今日の自分があるのに、自分のことだけ考えていていいのか、子供のことをもっと考えるべきじゃないか、子供のために、あえて言いますが、親が犠牲になるくらいの精神がないからいろいろな問題が起きているんじゃないか、こういうふうに考えるわけであります。
 ですから、自分が今謳歌している権利、自由を子孫にも伝えるというのは、人類の義務、人間としての義務ではないかということでございます。
 それから、次は家庭教育の問題であります。
 家庭教育というのは、これは私は教育改革国民会議でも申し上げたんですが、教育の原点であります。あるいは、中教審では教育の出発点と言っております。私は両方の会議に関係いたしまして、今、日本の教育で一番悪いのは家庭教育であります。
 憲法二十六条では、すべて国民に、教育を受ける権利と言っておりますが、すべて国民とは、赤ちゃんも乳児も入っているわけであります。さらに、民法八百二十条では、子の監護と教育の責任と義務は親権者にある、こうなっております。そういうことを考えますと、今日、教育を受ける権利が最も侵害されているのは家庭教育ではないか、こう思うわけであります。
 そういう意味で、別姓論の方は家庭教育のことをどのくらいお考えになったのかなとお伺いしたいんですが、参考人は質問しちゃいけないということなので、私の意見を申し上げておきます。
 それでは、家庭教育上どういう問題が起きるのかという予想される問題について次に申し上げたいと思うんです。
 まず、家庭のきずなが細くなる、あるいは切れていくという懸念があります。それはなぜかといいますと、家族というのは一緒に生活するというところに意味があります。
 今日、日本の家族、家庭は多様化しております。多様化しておりますが、その共通性は、基礎、基本は共通でありますが、それは、一緒に生活する、人と人が一緒に生活する、これをウイズの精神といいます。旧教護院では、これをウイズの精神として、父、母にかわる教護、教母を置いたわけでありますが、今日では児童自立支援施設になっておりますけれども、ともかく、一緒に生活するというのが家族の基本であります。
 きずなというのは、共通性があって生まれるんです。ですから、別姓になりますと、物理的に一緒に生活していても、精神的には距離ができるわけであります。そういう意味で、きずなが弱くなる、そういう懸念があります。
 学校へ行きましても、お父さんは山田さんだけれども、子供は佐藤だという。では、保護者はだれだ、保護者は名前がまた違う。学校の先生も戸惑うんじゃないか、こう思います。
 そういう意味で、家庭教育の基礎であるきずなが弱まる、これは精神的な問題であります。
 第二番目は、家庭教育というのは無意識的な教育であります。生活が教育するんです。ペスタロッチも言っておりますが、生活が教育する、ダス・レーベン・ビルデット。生活が教育するということは、家庭教育には時間割りも教科書も教師もいないということであります。知らず知らずのうちに受けるのが家庭教育であります。
 親は、そういう意味では人生最初の教師なんですが、そういう自覚が今日なくて、それぞれ別姓で自分の権利だけを主張している、そういう感が私には持たれるわけであります。
 子供にとっても、小さいときは別姓ということはわかりませんから、お父さんと仲よくふろに入っているんですが、ある日突然、あっ、お父さんの姓と自分の姓が違う。そのショックはいかばかりか。きのうまで一緒にふろに入っていたお父さんとおれは違うんだ、どうして違うんだろう、これがトラウマになっていくわけであります。
 さらに、祖父母に至っては、別姓になりますと、三十年後、五十年後ですが、祖父母は全部で四通りの名前がある。どうなるんでしょう、これは。ますます混乱していきます。
 三番目に、学校生活の違和感であります。
 保護者の姓と世帯主の姓と違う。学校の先生は、書類を見ると、戸籍では世帯主が違う、保護者は違う、これはどういうふうになっていくのかなと、私はわからないわけであります。子供によっては、保護者と同じ姓の子もいれば違う姓の子もいる、これが話題にならないはずがない。そうすると、そういうのが話し合いになっていじめに発展しないとも限りません。
 さらに、家庭教育というのは、民法上は親権者の共同責任であります。どちらが責任をとるのか。保護者を決める、世帯主を決める、どうなのか。これは、私は、今日の問題点の一つだと思うんです。
 私は附属小学校の校長をやっておりましたけれども、そのときに、問題があって家庭に電話をしますと、最初はお母さんが出る。お子さん元気で、いい話をしているときはお母さんが出るんですが、ところでおたくのお子さんはと、ちょっとまずい話をすると、ちょっとお待ちください、父親にかわります、そういうふうに逃げるんですね。
 だから、私は、この共同責任というのは一番悪いと思うんですが、ちょっと余計なことを言いましたが。
 さらに、四番目は、別姓によって孤独感が助長されます。要するに、一緒にの生活がないので、リースマンではないんですが、現代社会、孤独な群衆が孤独な家族になっていくわけであります。
 日本民族というのは伝統的に集団依存型の国民でありますが、これが欧米のような個人独立型になって家族が崩壊していく。
 その他気になることを申しますと、誕生後に姓を決めるのはどうやって決めるのか、将来どうするのかという問題もあります。それから、離婚した場合に、親権者に姓を変えたいと言った場合できるのかどうか。それから、誕生後すぐに離婚した場合、父が子供を引き取るといったときには父子手帳も出すのかどうか。フランスでは去年から父子手帳を出しておりますけれども。それから、お墓はどうするんだろうか。何々家というのはなくなりますから、それぞれ個人のお墓にするのか。
 時間が来たようであります。もっと申し上げたいことがあったんですが、最後に、家庭教育の原点、教育の原点は家庭教育である、よく家庭教育が大事だと言われますが、それはしつけ、しつけと言われますが、しつけの前にもっと大事なものがあるんです。それは何かといいますと、ほっとする機能、家庭がくつろぎの場、心の安らぎの場であるということであります。そういう機能が今なくなっております。別姓によって、そういう違和感、孤独感がほっとする機能を助長するのかどうかということをもう一度お考えの上、それでも別姓だとおっしゃるのなら、私はそういう考えもあって自由かと思います。
 一応私は原則論で議論をいたしました。例外で質問されても、困りませんけれども、よく例外で原則を覆すような質問をなさる方があるので……。最後にまた余計なことを言いましたが、以上でございます。(拍手)
○山本委員長 ありがとうございました。
 次に、榊原参考人にお願いいたします。
○榊原参考人 弁護士の榊原と申します。どうぞよろしくお願いします。
 結論から申し上げると、私はきょうは、別姓、選択的別姓、あるいは家裁許可制というのもあるようですが、その案に賛成の立場で話させていただきます。
 今、森先生のお話を横で伺っておりました。私は、仕事は弁護士ですが、離婚を専門にしております。ですから、ふだん、崩壊した家庭あるいは崩壊しつつある家庭の相談に毎日かかわっております。また、中には、崩壊して裁判になりながらもう一度やり直す家庭というのも横でサポートしてきております。そういう実態を見ておりますと、家庭が崩壊するかどうかということと、同姓夫婦であるか別姓夫婦であるかということは、全く関係がないと断言したいと思います。
 この議論については、かねてから賛成、反対いろいろあって、同じ日本に私たちは住んでいながら、また近いところに住んでいながら、まるで水と油のような議論であるというふうに感じています。
 しかし、この法改正の前から別姓を実践している人、通称使用という形あるいは結婚届をしばらくおくらせるというような形で別姓を実現している人が、特に東京は都会ですからもうたくさんいらっしゃいます。もし別姓ができるとどうなるのかということについて、子供は一体どうなるのか、日本はどうなるのかということについて不安を持っている方がいらっしゃったら、私はたくさん家庭を紹介しますので、その家庭に行って半日でも数時間でも一緒に団らんしていただいて、子供の意見を聞き、どんなふうに接しているのかを、現実をぜひ皆さんに見ていただきたい。ほんの数時間のことで結構です。本当に子供は不幸なのか、家庭の中で引き裂かれるような思いをして生活しているのかどうかが十分わかっていただけるのではないかと思います。
 私は、十数年前に、国立大学の先生が数十年使ってきた姓を転勤したために急に使えなくなったというケースで、自分の大学を相手取って、通称を使わせてほしいという裁判に携わったことがあります。これは九八年に東京高裁で和解をしまして、すみ分けをしまして、ここは戸籍姓、ここは両姓併記、ここは通称で、こういうふうにルールをつくりました。その際に裁判長が、今後も、両姓併記という形ではなくて、それがなるべく通称だけで済むように国は努力をしてほしいとおっしゃり、そして、大学の方はそれを真摯に受けとめますという形で終わりました。
 その後五年たちますが、大変急速な進展を見せまして、通称使用できる幅は広がりました。それから、行政の方の努力のおかげで、自治体だとか国家公務員の方はかなり広く通称を使えるようになりました。
 しかし、それでも、しょせん通称は通称でありまして、日々二つの名前を使い分けるという煩わしさは解消されていません。一つ一つのことは小さいかもしれない。例えば、保険証が戸籍上の姓で、病院に行くと、戸籍姓で何々さんと呼ばれて、待っていたんだけれども自分の姓として気づかなかったとか、あるいは、パスポートに通称の記載がないために、外国に行ってホテルに泊まったときに、そこに訪ねてきた外国の友達が、戸籍上の姓でチェックインされているので部屋がわからなかったとか、そういったことの積み重ねです。一つ一つは小さいのかもしれないんですが、その人にとっては人生の毎日毎日の日常生活の中でそれを繰り返し繰り返し経験しているわけで大変煩わしい。どうしてこういう不便を解消できないんだろうかといら立ちを感じているわけです。
 もう一つは、こうして通称使用をしようとする方たちは、結婚届を出して結婚したいという方たちです。結婚届を出さなくてもいいという方はこういう不便を感じないわけです。そういう意味で、今社会の流れは、女性が自立するということはとめられません、またこれからも拡大していくと思いますので、夫婦別姓の法改正を進めるということは、むしろ結婚制度を守る、結婚離れを食いとめる。そして、姓のために入り口で折り合えずに結婚しなかった、できなかった、両家の反対に遭ったという方もいるわけですから、少しでも結婚しやすく、そして仕事と家庭を両立できる制度をつくるということであって、私は、ひいては少子化の問題にもつながっていくのではないかと思います。
 本当に家庭の充実を図っていただけるのであれば、現場にいる者としては、例えば暴力を振るう夫の問題について、離婚まで至るような段階よりもっと前に、家庭裁判所という離婚を扱うようなところではなくて、ふだんからカウンセリングをして両者の間に入って加害者が立ち直るようなプログラムをつくるような機関をつくって、崩れかかっている夫婦をもとに戻すようなプログラムをつくる。あるいは、先ほど親権のお話がありましたが、離婚後、単独親権という制度なわけですが、このことのために養育費を払ってもらえない子供が八〇%おり、また半数以上の子供がお父さんと面会できない、こういう状況にあるわけですから、もし別れた後にも両方が共同親権でケースによっては協力し合えるような制度をつくるとか、もっといろいろ家庭を、あるいは崩壊した後の家庭を支えて、子供のためにするべき具体的なことというのがたくさんあると思います。それを優先していただきたいと思います。
 この七月の初めに国連の女性差別撤廃委員会がニューヨークで開かれまして、以前から別姓の法改正を行うと日本政府は約束しているんだけれども実現していないではないかという委員会での追及がありました。日本政府の代表者は、そのコメントを真摯に受けとめて今後の男女共同参画に役立てるという、少し苦しい答弁なんですが、答えておられたようです。そうした流れの中にあるこの法案、待ち続けておりますので、ぜひ実現をお願いしたい。
 そして、夫婦別姓というのは、まだ近くで見たことがない方にはとても違和感のあるものかもしれませんけれども、少し知り合って話をして友人になれば、ごく平凡な、いろいろな方がいらっしゃる、愛情があって、子供を育てている人はたくさんいるんだということをわかっていただけるのではないかと思います。
 そうした形を許容するような社会であり、そして、少し不都合があれば、迅速に修正して制度疲労を直していけるような日本であってほしいというふうに思います。よろしくお願いいたします。(拍手)
○山本委員長 ありがとうございました。
 次に、民部参考人にお願いいたします。
○民部参考人 御紹介にあずかりました民部佳代です。
 私は、四年前に結婚式を挙げ、夫とともに暮らしていますが、婚姻届を出していない、いわゆる事実婚、内縁の状態にあります。きょうは、町議会議員としてではなく、法改正を待つ一人の女性として、なぜ夫婦別氏制度が必要なのかをお話しさせていただきたいと思います。
 結婚のときに改姓を望まない理由は人それぞれあります。例えば、自分の名前に愛着がある、仕事の都合上、家名の存続、手続の問題、それらがよく言われています。具体的にどういう不都合があるのか、プライベートな話で大変恐縮ですが、私自身の例を挙げて紹介させていただきたいと思います。
 まずは、名前への愛着。これは、多かれ少なかれだれもが持っているものだと思います。すべての女性が、結婚して名前が変わることをうれしいと感じるわけではない、名前が変わると違和感を覚える、そういう女性がいること、それをわかっていただきたいと思います。
 次に、仕事の都合という点です。
 私は、ことしの五月から町議会議員を務めていますが、同時に、ある民間企業の社員としての仕事も持っています。議員という仕事は余り一般的ではありませんので、会社員の立場としてお話しさせていただきたいと思います。
 私は、入社以来十四年間、営業を担当してきました。営業という仕事ですので、外部の方とお会いする機会は多く、今まで恐らく五、六百人の方と名刺の交換をさせていただいていると思います。
 もし仮に私が名前を変えた場合、取引先すべてに私の結婚と改姓を連絡することはまず不可能でしょう。現在おつき合いある取引先にだけ連絡することでしたら可能かもしれません。ただ、今取引がなくても、数年たってから私あてに問い合わせが来ることもしばしばあります。問い合わせの電話を受けたのが、私の旧姓を知る人間であれば問題はないのかもしれません。ところが、異動や新入社員などで、私の旧姓を知らない、新しい姓しか知らない、そういう人であれば、そのような者はおりません、そう答えるかもしれません。そうなれば、私自身の営業成績にかかわるだけでなく、取引先にも会社にも迷惑をかけてしまいます。
 実際に、そのような不都合を解消するために、社内では、数年前から通称使用が可能になりました。ただ、扱う製品によっては、薬剤師や危険物の取り扱いなど資格が必要なものがあり、資格が戸籍名になっているために、ダブルネームを使い分けているという人も現にいます。また、社会保障や税金、財形貯蓄、保険といった書類はすべて戸籍名になっています。そのため、社内で、書類が届かない、違う方の名前で書いてしまった、そういうトラブルも起きています。まだ通称使用をする人が少ないうちはいいのですが、これから女性が結婚して働き続けていくことが多くなって、女性が名前を途中で変えたり、通称使用したり、いろいろな人が混在すれば、社内はますます混乱することになると思います。
 社内外に混乱を起こさない最も簡単な方法が、結婚後も戸籍の名前を変えない、つまり、名前に関しては何もしないという選択でした。
 次に、家名の存続という点についてお話しさせていただきます。
 私の姓は大変珍しく、両親の住む岡山県にも、近い親戚以外、その名を名乗る者はいません。ただ、家名を守らなければならないというほどの旧家でもないようです。
 大正生まれの父は、数年前まで居酒屋を営んでいました。私には一人、兄がおりましたが、結婚後、子供はいませんでした。その兄が、おやじも年だからおれが後を継ぐと言い出して、居酒屋の手伝いを始めるようになりました。その数カ月後のこと、兄にがんが見つかり、その一年後、兄は四十歳で亡くなってしまいました。気を落とした父は、店をしまい、ふさぎがちになり、娘の私から見ても気の毒なぐらいでした。うちにはもう娘しかいない、そういう声をしばしば聞くこともありました。
 そのしばらく後に、私の結婚が決まりました。私が、名前を変えたくないので婚姻届は出さない、そう申し出たところ、さすがに、法律で保護されていない結婚というのに父は心配したようではありました。ただ、後から母に聞いたところ、親戚に、娘が名前を継いでくれる、そううれしそうに報告して回った、そういう話を聞きました。
 家名の存続というほどの立派な理由にならないかもしれません。少子化が進む中で、家がお寺だからとか旧家だからなどという理由で結婚できない人もたくさんいます。しかし、私のような普通の家でも、できれば子供に名前を残してほしいという思いを持つ親は多いようです。
 最後に、改姓の手続についてお話しさせていただきます。
 改姓の手続が面倒だと言えば、何を甘えたことをと考える方もいらっしゃるかもしれません。それは、余り女性が財産らしい財産を持っていなかったときの話じゃないでしょうか。
 今では、独身のときに複数の銀行や証券会社の口座を持つことは珍しくありません。運転免許証、パスポートは多くの独身女性が持っています。複数のクレジットカード、バイクや自家用車の登録、生命保険、傷害保険、印鑑登録などの手続も必要です。
 さらに、これは私もそうなのですが、独身のときにマンションを購入する女性もいます。そうすれば、マンションの登記だけでなく、住宅金融公庫や民間のローンの名義、それらに設定される抵当権、団体信用保険、火災保険、すべて改姓の手続が必要になってきます。
 マンションを購入したときは、営業マンが目の前に書類をそろえてくれ、それでも気が遠くなるほど署名をして捺印しました。結婚して名前を変える場合は、だれかが書類をそろえてくれるわけではありません。自分でやれば大変な労力もかかりますし、お金を払って司法書士にお願いしなければならない手続もあります。仕事を持つ身で、平日に銀行や役所を回ってこれらの手続をすることを考えていただきたいと思います。
 ここまでお話しすると、では、夫に名前を変えてもらえばいい、そういう意見もあろうかと思います。しかし、男性で喜んで名前を変える人はまずいません。
 幸い、私は理解ある夫に恵まれ、自分が名前を変えてもいい、そう申し出てくれました。ただ、夫は幼いころ父を亡くし、母と妹の三人家族でした。幾ら夫が名前を変えてもいいと言ったところで、夫の母の心情として、自分の息子が名前を変えて、しかも妻のマンションに引っ越す、どうしても、息子をとられた、寂しいという心情がわくのではないかと思います。夫自身が本心から名前を変わりたい、そう考えているならともかく、夫の母に寂しい思いをさせてまで、こちらの一方的な都合を押しつけるわけにはいきませんでした。
 よく、別姓を認めると離婚がふえる、そういう声を耳にします。姓が同じでなければうまくいかないという夫婦であれば同姓にしたらいいのです。しかし、私たちのような夫婦の場合、どちらか一方が気の進まないまま改姓する方が、二人や周囲との関係をぎくしゃくさせてしまいます。そもそも、夫婦はこうでなければうまくいかないなどと法律で決めること自体、無理があるかと思います。
 日本人でも、相手が国際結婚の場合は、同姓にするか別姓にするかを選択できます。離婚するときに、もとの姓に戻すか、婚姻時のままの姓でいるかを選択することもできます。なぜ日本人の結婚のときだけ、どちらかが必ず名前を変えなきゃいけない、そういうハードルを設けなければ離婚がふえるなどと、そんなおかしな考えが出てくるのか、私には全く理解できません。
 事実婚という結婚の形で今まで問題なく過ごしてきましたが、法的な夫婦でないことについての不安はあります。
 私は、ごらんのとおり、秋に出産の予定です。出産前に夫にもしものことがあったら、子供の法律的な立場はどうなるのか、遺族年金は受けられるのか、相続はどうなるのか、非常に心配しています。夫がもし転勤してしまえば、私は町議会議員ですから、引っ越しはまずできません。恐らく単身赴任になるでしょう。そうなると、私たち夫婦の関係は、内縁とは言えなくなってしまいます。別居の手当も出ませんし、内縁でも保障されているような制度を受けることもできません。
 まだ私たちは子供に恵まれたのでいいんです。実際に、不妊で治療を受けたい、でも事実婚だから治療してくれる病院がない、そう悩んでいる女性もいます。また、子供のことが心配で法律が改正されるまで子供をつくるのを待つ、そういうカップルもたくさんいます。
 私たちはリスクを承知の上で事実婚という形をとっていますが、このまま法改正されなければ、リスクをよく理解しないまま婚姻届を出さない、そういう夫婦がふえてくるのではないかと思います。実際、ここ数年、事実婚にしたという知人がふえました。いわゆる内縁の夫婦や非嫡出の子がふえる前に、早期に法改正を行って、姓を変えなくても夫婦として認める制度に改めるべきだと思います。
 以上で私の陳述を終わらせていただきたいと思います。(拍手)
○山本委員長 ありがとうございました。
 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
○山本委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。野田聖子君。
○野田(聖)委員 参考人の皆さん、ありがとうございました。
 私は、ぜひ御理解を賜りたく、森参考人に御質問させていただきます。
 私は、自由民主党において関連の議員提出法案を作成した者の一人です。既に党の法務部会へ提出し、自民党として議員提案を許可していただけるものか検討していただいているところですが、反対の議員の強い抵抗に遭い、議論は足踏みしている状態です。
 夫婦別姓については、先ほどもお話がありましたとおり、九一年に法制審議会が審議を始め、九六年二月に選択的夫婦別姓を盛り込んだ民法改正要綱を答申しました。そして、二〇〇〇年十二月には選択的夫婦別姓導入を盛り込んだ男女共同参画基本計画が閣議決定されています。現在国会に提出されている野党案、公明党案ともに法制審答申をベースに作成されたものだと思います。
 他方、私どもは、党内の根強い反対論にも歩み寄り、合意形成に向けて法案の中身を吟味してまいりました。
 安易に別姓が広がることは、家族のきずなを弱めるだけではなく、社会の基本を揺るがしかねないとする反対派の皆さんの不安を解消すべく、別姓を選択するには家庭裁判所の許可を必要とすることにし、限定的な仕組みを提案しています。夫婦はあくまでも同姓を原則とすることを明記し、家名の継承や職業生活上の必要性から姓を変えることで不利益をこうむる人たちに限り特別な措置を講ずるという内容です。
 また、子供への影響についてはとりわけ慎重に検討し、婚姻時に子の姓を決めることや子供の姓は統一することなどを規定しています。
 森参考人は、この流れについて御承知いただいておりましたでしょうか。そして、これについて御所見を賜りたいと思います。
○森参考人 お答えします。
 大方については承知しておりましたが、子供の姓については全部統一するというのは私も知りませんでした。
 私が言いたいことは、同姓を原則として、例外的に別姓を認めると今おっしゃいましたが、子供の教育をどの程度別姓論で審議された上で決まったのかという質問を、質問しちゃいけないんですが、疑問から私の考えがスタートしているわけです。
 ですから、子供の教育を考えても、別姓にした方が子供の教育にメリットがあるとお考えなら、それはそれでいいと思うんですが、どうもそういう意見がないんです。先ほどの参考人の御意見を聞いていましても、子供に不都合はないとおっしゃいましたが、子供の教育にとってこんなメリットがあるという発言はないんです。
 だから、何時間でも一緒にその家庭を見ていただければきずなが強いということはわかるとおっしゃいましたが、家庭教育というのは数時間でわかるものじゃないんです。生活が教育するんですから、二十四時間、三百六十五日、無意識のうちの教育なんですね。
 そういうことを考えますと、私が言いたかったことは、家庭教育不在の別姓論は困ると言っているわけであります。よくお考えいただきたい。法律論としてはおっしゃっていることはわかるんですけれども、子供の教育についてぜひお考えいただきたい。家庭教育というのは、教育を受ける権利、憲法二十六条の中で一番侵害されている権利でございます。
○野田(聖)委員 先ほど来メリットを強調されていますけれども、強いて申し上げるならば、子供にとってのメリットは、自分の親が幸せに暮らしていく中で家庭環境が整うことだと思います。
 別姓に関しては、みずから主体的にその結婚を選んだ親が、自己責任のもとでちゃんとした家庭を形成しよう、そういう柱をつくっていくこと、これが、ひいては子供にとっては豊かな優しい家庭環境をつくるメリットにつながると私は信じております。
 続けて質問をさせていただきます。
 私は、きょうここで一番明らかにしたいことは、夫婦別姓制度を望む国民はあくまでも法律婚をしたいと望んでいることです。
 自民党の議論において別姓反対議員は、夫婦別姓は家庭、ひいては社会、国家を崩壊させるもので、それは反社会的な人間の望むことであると論じています。しかし、反社会的な人間であれば、国や法律の規範に基づく結婚など望むべくもなく、自分たちの好き勝手に共同生活をするのではないでしょうか。自分たちの家族のあり方を法律で認めてもらいたいなどと思うわけもなく、むしろ、国は家族のことに口出しするなくらいに思っているはずです。この点が夫婦別姓を望む人々の声と本質的に異なるのに、それが混同されている、ここに大きな誤解があると思います。
 法律で定められた枠の中で家族として生きていきたいと思う一方で、例えば、参考人からお話がありましたように、職業生活上の理由をもって、あるいは一人っ子であり、実家の名前を継ぐ必要性から、夫婦がどちらか一方の姓に決めることに支障がある、不利益を生ずるのに、そういう不利益を生ずる人の数が現在確実にふえています。
 法に従い生きていこうというまじめな国民が、姓について例外的な救済を求めていることに対し、国は制度を用意すべきではないでしょうか。しかも、その制度は選択であり、別姓を望まない人は同姓のまま、何らの変化も強制されるものではありません。
 法案をまとめる際にも、私たちは法律婚を望むまじめな国民の皆さんの要求を実現する方向で取り組みました。それに対して、家族の一体感は一つの姓のもとでしかはぐくまれず、家族の崩壊、社会の崩壊を食いとめるために家族が単一姓であらねばならないとする感情論に近い論拠で押し切ろうとするのは、余りに論理的でないように思われるんですが、いかがでしょうか。
○森参考人 同姓でないと一体感が生まれないと言っているんじゃなくて、一体感が薄れるんじゃないか、そういう懸念を言っているわけであります。
○野田(聖)委員 これは参考人の皆様方からも何度も話がございましたけれども、一つの制度がその時代の国民を必ず幸せにするという保証はございません。やはり、社会は大きく変化していますし、とりわけ御校出身の森山法務大臣がむしろこれは積極的に推進しておられるんですが、森山法務大臣のように職を持ち、そして社会で大いに活躍する女性をふやしていかなければならないというのも日本の使命であり、その中にあって不利益が生まれてきてしまったことに対しては国は迅速に対応していく、これはやはり国民に対する信義ではないかと信じているところです。
 いろいろありがとうございました。
○山本委員長 森岡正宏君。
○森岡委員 私は、自由民主党の森岡正宏でございます。
 まず、私は山本委員長に申し上げておきたいと思います。
 一昨年実施されました内閣府の世論調査でも、選択的夫婦別姓を望む人は、全回答者の七・六%にすぎませんでした。私の選挙区の女性後援者に聞きましても、過半数は今のままがいいとおっしゃっておりました。にもかかわらず、本日の参考人は、四人中三人までが夫婦別姓容認論者であります。これでは国民の意思を反映する場となっていない、バランスを欠いていることを指摘しておきたいと思います。
 夫婦別姓の問題点は我が党内でも何度も議論が重ねられておりますが、反対者が多く、意見は集約されておりません。尊敬する野田聖子先生の今のお話でございますが、私はこの件につきましては考え方を異にしております。
 二つのことを指摘させていただきたいと思います。
 一つは、先ほど森参考人がおっしゃった教育の問題でございます。
 夫婦別姓は子供の教育上よろしくないというふうに私も思います。最近、長崎で起こりました十二歳の少年による殺害事件、週刊誌を読んでおりますと、加害者の両親は一度離婚し、少年が母親の旧姓で呼ばれる姿も記憶されていると書かれておりました。子供は姓を選ぶことができない、親の都合で子供は姓を与えられる。内閣府の調査でも、六六%は、子供にとって好ましくない影響があると思うと答えておられました。
 二つ目は、夫婦別姓を認めると、届けをしない、三々九度の杯もない、そういう事実婚がふえ、結婚が非常にルーズになっていくことが心配されるわけでございます。
 昨年、私はスウェーデンへ行きまして、こんなことを聞きました。この国は、事実婚が半分以上、次から次へとパートナーがかわっていく。嫡出子も非嫡出子も同じような権利を与えられているものですから、子供が前のお母さんに会いに行く、そうすると、既にそのお母さんは別のパートナーと一緒になっている、お父さんもまた別のパートナーと一緒になっている。親子の関係、夫婦の関係、家族というものはどこまでなのか、非常に怪しくなってきているんだと。
 日本人で向こうに長くお住まいになっている女性の方にお会いしました。日本にいるときは時々、家族というものは煩わしいものだというふうに思っておりましたが、スウェーデンを見ておりますと、やはり日本がいいなというふうに思うようになりました、こういう感想でございました。
 私たちの先輩は、家名存続についても、養子縁組の制度を活用して解決してまいりました。家名存続は一代限りで、今提案のあります案におきましても、理由にならないと思います。
 また、婚姻前の通称使用も可能でございますし、夫婦、親子の一体感を損なってまで別姓にしなければならないというのは、一夫一婦制を否定し、家族の価値を認めない、一部イデオロギー集団の意図に乗ってしまうことになると私は考えております。
 私は、今申し上げた点につきまして、大森参考人そして榊原参考人、両参考人の御感想を聞かせていただきたいと思います。
○大森参考人 ただいまいろいろな理由をお述べになったわけでございますが、それに全部お答えすることは時間的に到底困難でございますので、一つ、子の教育上よろしくないのじゃないかという問題でございますけれども、これは確かに、そういう問題が生じないということを私が言っているわけじゃございません、場合によっては生じることもあろうかと思います。そのために制度として、やはりそういう悪影響が生じた場合には夫婦同氏になる道は法律上開いておいた方がいいのじゃないかというのは、そういうことに対する配慮でございます。
 ただ、こういう一つの社会制度を考えます場合には、子供の側面だけを考えて、それだけで制度を立てるということが必ずしも妥当な考え方ではないのじゃなかろうか。夫婦の氏の問題は、利害関係者と言うと語弊があるかもしれませんが、関係者として、夫婦そして子供そして社会、いろいろな関係者がいるわけでございまして、多面的にそれぞれ利害を考えて、そしてそれの総合的な検討、考慮の上で、できるだけ妥当な線を見出していく。そういう総体的、多面的、総合的な検討の結果として社会的制度を立てるべきじゃなかろうかなというふうに、基本的には私は考えております。
 それからもう一つ、夫婦別氏は子供に大きな影響を及ぼすという、確かにすべての夫婦が子供ができるならばそうでございますけれども、子供を望みながら生まれないという夫婦も残念ながら非常にたくさんいるわけでございまして、そういう観点からしましても、どうも子供との関係だけでこの夫婦別氏を、制度を切っていくというわけにはまいらないのじゃないかなという感じはしております。
 時間の関係で、その一点だけお答えをさせていただきたいと思います。
○榊原参考人 私も、質問の趣旨、たくさん述べていただいたので、どれにお答えしていいのか――子供のこと、それから一体感ということですね。
 まず、子供の姓の問題を考えたいと思うのですが、おっしゃった事例、お母さんが離婚して旧姓に戻ったために、子供もまたお母さんの旧姓を名乗るという例がある。これは確かに今の制度の中である問題でありまして、別姓夫婦になったらどうかということと直接は関係ないように思いますが、逆に私は、それを取り上げてお願いしたいのは、お母さんが結婚をする、子供が生まれる、離婚する、再婚する、離婚する、再婚する、こういう複合家族というのはだんだんふえているわけですが、その都度お母さんは姓を行ったり来たり、何回も戻さなければならない。そして、それに合わせて、親子同姓がよいと思われる母子あるいは父子の方は、子供さんもそれに合わせて姓を行ったり来たりされているという例がたくさんあります。逆に私は、そういうことが親の都合であるとしたら、それに子供が振り回されている、今の制度の中にそういう問題があります。
 そういうことを解消するためにも、親子でも別姓の夫婦、家族があるんだということが認められれば、逆に、離婚した後に、お母さんは旧姓に戻るけれども、子供はお父さんの姓のままであっても別におかしくない、あるいはお母さんが何回も姓が変わっても、子供は最初にもらったお父さんの姓のままでい続けてもおかしくない、お母さんと子供の人生は別々であるというような制度に向かっていくのではないかというふうに思います。
 ちょっとたくさんのことをお答えできないので、もう一つは、一体感の問題ですね。
 確かに、姓がばらばらだと見た目の一体感は減る、これはもうそのとおりだと思います。あとは、その一体感で何を求めているのかというと、やはり家族が仲よくあってほしいということですよね。さっき森先生もおっしゃったように、一緒に暮らして、一緒に食事をして、会話をして、そしてどこか一緒に旅行に出かける、こういった一体感、それこそが大事なのだとしたら、それには私も全く異論はありません。
 そうしたことが、別姓夫婦であるか同姓夫婦であるかということで、どちらの方がすぐれているとかすぐれていない、あるいは別姓夫婦の方が離婚しやすいとかしにくい、別姓の夫婦の方がすぐれているとも申し上げません、それと関係がないのではないでしょうかと、今既にある別姓夫婦を見て思うということです。
 私が日々離婚の相談を受けるときには、何が原因かといったら、配偶者の暴力であったり不貞であったり思いやりのなさであったり、あるいは、まだ若くて子供、大人になり切れていなくて結婚して、わがままがぶつかり合うというようなことで崩壊をしていくわけでありまして、それは同姓夫婦の中で起こっている現象なわけです。それと直接姓の問題とは関係がないのではないでしょうか、こういうふうに申し上げたいと思います。
 長くなって済みません。
○森岡委員 時間が参りました。終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
○山本委員長 山花郁夫君。
○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。本日は、参考人の皆様、朝早くからありがとうございます。
 大森参考人にお伺いをしたいと思います。
 別姓の議論の中では、通称使用でいいじゃないかという議論もあるわけですが、これについて、かつて大森参考人は読売新聞などでも、いや、それはいかがでしょうかという御意見を開陳されていらっしゃいますけれども、この点についてのお考えをお聞かせいただければと思います。
○大森参考人 読売新聞の「論点」で、あれは非常に字数が限られておりますので、ほんのさわりの部分しか活字にできなかったわけでございますが、それを若干引き伸ばして申し上げますと、通称使用論という法律改正論ですね、本当の事実上の通称使用の問題じゃございません、それを法律制度として導入すべしという意見があることはそのとおりでございますけれども、そういう届け出によって、例えば戸籍に通称を記載すれば済むじゃないかという意見があるわけですね。しかし、そういうことは、要するに法律上のものとしてその呼称を扱うということでございまして、それを通称と言うこと自体に若干の語弊を感ずるわけでございますけれども、それは別といたしまして。
 それと、そういうものと別個に民法上の氏というものをさらに考えて、その民法上の氏は同一でなければならない、それは同一を強制するという理由には非常に乏しいんじゃないか、だから、そのような、法律制度としてそういうものを立てるということは到底考えにくいと私は考えるわけでございます。
 それからもう一つは、氏というのは名と合体して人格の同一性識別のための呼称たる社会的機能を有する、非常に難しい言葉を使いますとそういうことを言われるわけでございますけれども、このような同一性識別の機能というのは、それを持つ呼称というのはやはり一つであるべきであって、社会生活の全部または一部において複数の呼称が用いられる余地のある制度を法律制度として立てるということはやはり問題があり、採用すべきじゃないんではなかろうか。
 若干引き伸ばして答えると、以上のような理由でございます。
○山花委員 森参考人、榊原参考人にお願いいたします。
 我が国では、現在、法律上の婚姻のためには同姓をとるべし、こうなっておりますが、こうした法制度をとっている国は、私は、日本とインドとタイとトルコぐらいしか寡聞にして聞いたことはないわけであります。また、お隣の韓半島では、別姓という形ですが、むしろ家族のきずなは大変強い国であるというふうに感じております。
 ところで、森参考人、先ほど子供の教育のお話をされました。確かにここのところ、少年の非行であるとか犯罪で大変胸が痛くなるような事件というものを目にいたしますが、ただ、これは、今同姓を強制している我が国で起きている話であります。
 私は、例えば少年非行であるとか、あるいは少年犯罪と言われる事件を起こした家庭が、家庭環境に非常に問題があったりであるとか、あるいは親からの愛情が足りなかったりであるとか、そういった話は聞いたことがありますし、統計上も有意な数字が出ていると承知はいたしております。
 ただ、反面、現に、現在でも事実婚の家庭であるとか、あるいは自分の氏を守るためにペーパー離婚を繰り返したりする方々がいらっしゃいます。少年非行とか犯罪を行った家庭が別姓の家庭が多いという話は私は寡聞にして聞いたことがないんですけれども、恐らく榊原参考人は関係ないんじゃないかと言われるのかなと思いながら、あえてお尋ねをいたしますが、この点について、何か統計上有意なデータというのが既に存在するのでしょうか。教えていただきたいと思います。
○森参考人 私には二つのことを聞かれているんじゃないかと思うんです。
 一つは、同姓は、日本は国際的に例外的じゃないかということなんですが、私は、そういう意見を聞くたびに、何か、国際的に画一化して標準化するのがいいことだという前提があるんじゃないかと思うんです。それぞれの国の伝統とか文化があるわけでありますし、中国が別姓なのは、あれは女性を軽視した結果なんですね。男性と同一にできないから別姓にしたという歴史的経緯がありますし、韓国の場合には、儒教的精神が家族の隅々にまで行き渡っているんです。そういう国だから別姓でもいいんです。日本が別姓になれば、それこそ宗教がないような国ですから、どうなるのかという懸念がございます。それが第一点です。
 第二点は、同姓の今日でも少年事件が起きているんじゃないかと。そのとおりなんです。私は、別姓にすればもっとふえる危険の可能性があるんじゃないか、ないかもしれません、しかし、そういうことを議論の視野に入れたかどうかということを言っているんです。そういうことを視野に入れて別姓論をやっていただきたい。
 特に、最近キレる家庭が多いというのは社会制度の問題だと言いますが、ローレンツが文明社会では大人が幼児化すると言ったのは、そういう耐性低下、つまりキレるということも一つの要因なんですが、そう言ってから三十年たちます。そういう人が親になって今子供を育てているから、もっともっと幼児化しているわけなんです。これは恐るべきことなんで、子供のことだけで社会制度を決められないという御意見もございましたけれども、私は、子供のことが十分考えられていないんじゃないかということを言っているわけであります。
○榊原参考人 済みません、短くお答えします。
 質問が幾つかあったと思うんですが、国際比較をすることの意味というのは、だから日本も倣えということではなくて、既に別姓の選択制がある国の実情を見ると、子供の非行がふえるのか、夫婦が崩壊しやすいのかということがよく見えるということであります。
 おっしゃったとおり、今、インド、タイとおっしゃったと思うんですが、そうですよね。(山花委員「インドとタイとトルコですか」と呼ぶ)トルコですよね。六月にタイの憲法裁判所では、夫婦は夫の氏を名乗らなければならないという法律が憲法違反であるという判決が出て、改正されました。ですから、あとインドとトルコですかね、私の知る範囲では。では、その他の国でどうかといいますと、日本よりも非行の多い国もあれば少ない国もある。
 それから、日本でこういう制度を実施したらどうなるかというのは、まだしていませんので、統計のとりようがありません。では、既に実際別姓をしている家族、通称などの工夫でしている家族と同姓夫婦の間で何か社会学的な調査があるかというと、それはありませんとしか答えようがないのですが。
 それからもう一つ、韓国なのですが、今、中国の話が出ましたが、韓国は夫婦別姓の国ですが、これは今、韓国の女性たちは、同姓の選択肢をふやしたいというふうに考えておりません。多数の方はこのままでいきたいと。
 そして、ことし韓国では、日本が持ち込んだ戸主制が廃止されようとしています。ほぼ確実に法改正がある見込みで、盧武鉉大統領のもとで、そういった男女共同参画を進めようというふうにしておりまして、場合によっては日本の制度を超えていくんではないかというふうに言われています。
○山花委員 民部参考人の御意見には大変共感を持って拝聴いたしましたが、残余の時間につきましては田名部委員の方にバトンタッチをいたしますので、よろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。
○山本委員長 田名部匡代君。
○田名部委員 二日前に議員になったばかりの新米議員でございます。民主党・無所属クラブの田名部匡代でございます。委員長初め委員の皆様、どうぞよろしくお願いいたします。
 それでは、まず初めに、民部参考人にお伺いいたします。
 通称使用でよいのではないか、そういう案もあるんですけれども、そのことについてどういうお考えをお持ちか、お伺いしたいと思います。
○民部参考人 通称使用というものについて、いろいろな方法があるかと思います。
 まず一つ目、今のような、社内だけで、対外的な面だけで通称を使用する、財産にかかわる面に関しては戸籍のまま、これは現に私自身が経験していることですが、ダブルネームを持つことになり、自分だけでなく周りに大変混乱を起こしている、そういう状態にあります。
 では、全部、戸籍以外のすべてを通称にすればいいんじゃないか、こういう話もあります。ところが、戸籍以外のものを全部通称にして旧姓使用を可能にして、戸籍というのは、恐らく普通の方ですと、パスポートの更新だとか、本籍地と違う場所に婚姻届を出すときぐらいしか見る機会がないかと思います。私の場合は、立候補の届け出を先日見たことがありますが、ふだんめったに目にしない書類にひっそりと、いつもは見なれない名前が書いてある、それで家族の一体感が保てるのかどうかという疑問が非常にあります。
 もう一つの案として、通称と戸籍名を併記したらどうか、こういう話もあります。通称と戸籍名を併記するのは、何も公的な書類だけではなく、民間の銀行口座だとか保険だとか、それらすべてに両方の名前が書かれることになるかと思うんですが、費用の面から考えて、現在、名前は一つというのが日本の制度ですから、それにもう一つ名前をつける欄をつくる、これが、例えば銀行の経費で行われたり、証券会社、保険会社、クレジットカードの会社で行われたり、そういうのを、民間の企業でその費用を負担するというのは非常に経済的にも問題があるのではないかと思います。
 また、公的な書類に関しても、例えば納税関係の書類に二つ名前を書くように法律を改正する、そういう場合は、皆さんの税金をもって行わなければいけないわけですが、私の町議会議員としての立場から言わせてもらうと、わずかの別姓を名乗りたい、通称を使用したいという方のために、皆さんの税金を投入して二つ名前をつくるのは非常にむだではないか、むしろ、戸籍のところに配偶者の名字を書く欄を一つ設けるだけでよいのではないか、そのように考えています。
○田名部委員 ありがとうございます。
 時間がないので、ちょっと早口で質問させていただきます。
 森参考人にお伺いしたいと思います。
 先ほど、子供の視点に立つということをお話しされておりました。私も、子供の視点に立って物事を考えていくというのは非常に大切なことだと思います。しかし、私、先ほど拝聴いたしましたところ、教師が戸惑う、また、孫が生まれた場合というのは、これは大人の視点なのではないかなということを思いながら聞いておりました。
 事実婚というのは現実にふえているわけでありますけれども、別姓を認めて、それを一つの家族として法律的に認めた方が、家族のきずなを強めるということになっていくのではないかと私自身思うわけでございますけれども、森参考人はどのようにお考えでいらっしゃるか、お聞かせください。
○森参考人 祖父の立場じゃないかとおっしゃいましたが、私は、孫の立場から混乱すると。四つも姓があるわけですから、おじいさん、おばあさん。まあ、それはどうでもいいんですが。
 次に、きずなの問題ですが、私は、一体感というのは共通性があって成り立つ、共通性の一つに同姓ということがあるということを言っているんです。ですから、それがなくなるということは、そういう危険性が増すということを言っているんです。だから、なくなってもいいということは言っていないんですね。そういう危険、そういうことも考えなきゃいけないんじゃないか。考えた上で、いや、それでもいいんだとおっしゃるのなら、それはそれでいいんじゃないかと思います。
○田名部委員 ありがとうございました。これで質問を終わらせていただきます。
○山本委員長 漆原良夫君。
○漆原委員 公明党の漆原でございます。きょうは、先生方、ありがとうございました。
 実は、私も選択的夫婦別姓の法案をこの衆議院に提案させていただいているわけなんです。この問題は今大問題になっておるんですが、ただ、先ほど民部参考人がおっしゃいました、現に我が国に困っている、同姓が困るという方がたくさんいらっしゃる、だとすれば、その方々も別姓を認めてさしあげる、そういう多様な社会を認めてもいいのではないかなという、こんな観点で法案を提出させてもらっているんですが、議論を聞いていますと本当に大議論になって、日本の社会がごちゃごちゃになるんじゃないかというふうな議論からイデオロギー対決までという話がありまして、余り大きな議論になり過ぎているんじゃないかなという感じが実はしないでもありません。
 日本はもともと、今の法律で夫婦同姓制度が導入されたのは明治三十一年というふうに私記憶しておるんですが、大森参考人にお尋ねしますが、明治三十一年に夫婦同一姓というのが導入された理由は一体どんな理由なのか、お聞かせ願いたいと思います。
○大森参考人 明治三十一年にいわゆる旧民法と申しますかが制定されて、そこで、結果としての夫婦同氏を定めておりました。しかし、現在のような同氏とは質的に異なるものでございまして、まず家の制度を前提とし、氏というのは家の呼称という位置づけをし、そして、妻は夫の家に入る、夫の家に入った者は家の氏を称する、結果として夫婦同氏が実現されていたという関係でございますね。御承知のとおり、戦後、家の制度を廃止いたしまして、しかし、やはり同氏は維持しよう、そこで、婚姻に際して夫または妻の氏を称するという形で、直接個人の呼称として同氏を維持したということでございます。
 ただ、そういうことで、家の氏を称する同氏時代を含めますと約百年の歴史があるわけでございますが、それ以前は、実は同氏ではなかったわけでございますね。特に明治初年、太政官政府で、一体妻はどういう氏を称するのかという照会を受けまして、それに対して回答は、要するに、妻は所生の氏を称することとすべきであると。その所生の氏というのは、要するに、実家の氏を称する。だから、婚姻後も妻は実家の氏を称することとするんだという、公式にはそういう政策がずっと続いたわけでございます。
 これは、御承知のとおり、武士社会における一つの考え方を打ち出した、維持した。ところが、庶民社会では、やはり同じ氏を称するということの方が現実には進んでおりまして、やはり所生の氏論というのは実態に合わないんじゃないかということでいろいろ調査を進めまして、それが途中で家の制度の導入ということと絡んで、明治三十一年民法では御指摘のようなことになった。
 私の記憶では、そういう経過をたどったというふうに理解しております。
○漆原委員 これは大森参考人と榊原参考人にお尋ねしたいんですが、夫婦別姓制度を導入、今、議員立法が提案されておりますが、さらに最近、例外的夫婦別姓制度というのが、これまた新しい議論として提唱されております。原則は今の民法のままの夫婦同姓なんだ、ただ、職業の必要性あるいは祖先の祭祀の関係なんかでどうしても名前を守らなきゃならないという場合には裁判所の許可を得た上で別姓になる、こういう新しい考え方がある、いわゆる例外的夫婦別姓制度というふうに言われておるわけなんです。
 これは考え方に大きな差がありまして、選択的夫婦別姓というのは夫婦の自由意思を前提にしております。自由に決められる、こういう考え方なんですが、例外的夫婦別姓というのは、これは裁判所の許可に係らしめるという点で、二つの考え方は大きな差があると私は思うんです。先ほど大森参考人はどちらでもいいようなお話をされたかなというふうに記憶しておるんですが、この選択的夫婦別姓制度といわゆる例外的夫婦別姓制度についてどんな御意見をお持ちか、大森参考人と榊原参考人にお尋ねしたいと思います。
○大森参考人 ただいまの御質問に対して、実は私は、心情的にはなかなか答えにくい面があるわけでございまして、先ほども申し上げましたように、夫婦の氏と申しますのは、もともと氏の異なる男女が婚姻共同生活に入る際に決める問題だと。その場合に、その氏を同じくするということが婚姻共同生活の不可欠の、必須の要件では到底ないんじゃなかろうかと私自身は思っているわけでございます。したがって、法制審の答申、そして御党の御提案もそうだと思うんですが、選択的夫婦別姓制度の方が理念的には合しているんじゃなかろうかと思っております。
 ただ、立法ということになりますと、いろいろな意見をどこまで集約して実現していくかという現実論があるものですから、やはり、法制審の答申あるいは御党の御提案のような考え方を貫けば、別姓制度の一部を実現するのに時間的に相当時間がかかる。しかし、できるだけ早くそういう余地を制度としてつくり出してもらいたいという切なる希望も強いということになりますと、理念をどこまで妥協するかという問題をやはり現実問題としては考えていただきたいという点で、家庭裁判所許可にもあえて絶対反対だというほどの固執はいたしませんということを申し上げたわけでございます。ただ、家庭裁判所の運用にもよるんですけれども、余り厳格に、申請したらほとんど却下だという運用がなされるような基準は書くべきじゃないであろうというふうに考えております。
○榊原参考人 結論は、私も大森先生とほぼ同様です。ただ、一つつけ加えるとしましたら、家庭裁判所は、この間、成年後見制度ができ、来年は人事訴訟が家庭裁判所に移管するということで、大変事件がふえ、そして年々離婚がふえるということで、扱う事柄が多過ぎて大変ギブアップしていらっしゃる。そこにまたこれが入ってくるとふえるということでありまして、びっくりされていることだと思います。
 そのためには、私は、この制度であっても、現実に困っている人が救済されるということであれば導入していただきたいと思いますけれども、家庭裁判所の手当てを十分していただきたい。そうでないと本当に、例えば、子供に関する紛争、非行問題、心の大事な問題について、家裁の大事な人材がそこに時間を割けないというようなことになっていく可能性もあるというふうに思います。
 それからもう一つは、従来、氏の変更という制度が戸籍法上ありました。そのときに、祭祀承継のために氏を変更したいという申請をしますと、戦後ずっとこれは不許可でした。なぜかというと、日本の憲法の趣旨に反する、家制度を廃止した制度に反するということで不許可で来たわけですが、そこで矛盾を起こすという問題があります。この点に関しては、私は、別に法律をつくる専門家ではありませんので、大変ドラスチックなといいますか、ちょっとびっくりしております。そういった問題もあります。
○漆原委員 民部参考人にお尋ねしますが、夫婦別姓制度を導入すると、大きな問題、子供の氏の決め方の問題があります。
 これは、夫婦が婚姻の際にあらかじめ決めておく。したがって、子供が三人いても四人いてもみんな同じ氏になるわけですね。そういう決め方をした方がいいという考え方と、いや、これはもう生まれた都度決めていいんだ、ばらばらになるんだという考えと二つ、導入に際して大きな問題点があるんですが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。
○民部参考人 私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 私は、まず、家族が名前が違うことできずなが薄れるというのは幻想ではないかと思っています。したがって、兄弟で名前が違うことによって問題が特別起きることは考えられない。現に、お兄さんは父親の姓だけれども、弟は母方の姓を継ぐために母方の祖父母と養子縁組をした、そういう例もありますし、だからといって兄弟仲が悪いというわけではないようですので、兄弟の姓が違うことによって兄弟のきずなが弱まる、そういうことはないのではないかと思います。そういう意味で、もし家名の存続という問題があるのであれば、兄弟の姓が違うことを認めてもよいのではないかと思います。
 ただ、名前を決めるときに、夫婦間の問題が起きることをあらかじめ予防したい、そう考えるのであれば、私の立場から、全く別姓を認めないよりは、あらかじめ名前を決めることで婚姻が認められるのであれば、そちらの方を望みます。
○漆原委員 最後に、森参考人にお尋ねしたいと思います。
 榊原参考人の方からは、弁護士の経験をもとに、家庭崩壊と、夫婦同姓であるとか別姓であるとかというのは関係がないのではないかというふうな御意見がございました。また、世論調査の結果も、平成八年の当時と平成十三年の当時では、夫婦別姓導入についての国民の理解も相当深まっておるというふうに私も考えておりますが、この点について森参考人の御意見をお尋ねしたいと思います。
○森参考人 家庭崩壊と同姓か別姓かという御質問ですけれども、私は、すべての教育問題の原因の原因の原因は家庭にあると思うんです。
 そういうことを考えますと、今同姓のときにいろいろな問題が起きている、事実であります。別姓になった場合にはどうなるか、問題がもっとひどくなるんじゃないかという危険性があるんじゃないか。そういうことも視野に入れて御議論なさったかどうかということを言っているわけであります。
○漆原委員 以上で終わります。どうも大変ありがとうございました。
○山本委員長 石原健太郎君。
○石原(健)委員 大森参考人と榊原参考人にまずお尋ねしたいと思うんですが、祭祀とかお墓の問題ですね。
 これは、その家その家で本当にそれぞれの考え方があると思うんですけれども、夫婦別姓になった場合、大森参考人としては、お墓なんかはどういうふうになっていくとお考えになっておられるのか。また、榊原参考人にもその点についてお聞かせいただけたらと思います。
○大森参考人 現行民法におきましても、家の制度を廃止したと言いながら、氏と祭祀の問題を若干関連づけた。そういう点では、旧民法のしっぽがまだ残っているわけでございますので、決して、氏と祭祀の問題を切り離すべきだとか、無関係に考えるべきだということを私は申し上げるつもりはありません。
 それで、別氏制度を主張する人の中には、その理由として、祭祀承継の問題があるから別氏制度を設けるべきであるという、その面からの主張もあるわけですね。したがいまして、祭祀承継あるいはその主宰者をどうするかという問題と、別氏にするか同氏のままに維持するかという問題は、直接関連する問題じゃなくて、別氏制度を導入いたしましても、祭祀承継問題を害する、困難にするということはないんじゃなかろうかなというふうに考えております。
○榊原参考人 お墓はどうなるかという御質問だったと思うので、ちょっと私もよくわかりませんが、それにお答えするとすると、最近、お墓も大変おしゃれになってきまして、バリエーションがふえています。形もいろいろですし、例えば墓石に書くという場合にも、姓を書かない、心だとか憩だとか、あるいは、いすがあって、いすの上に来て、皆さん座ってくださいというようなお墓もあるようです。
 別姓夫婦がふえていきますと、夫婦で一緒に入りたいというときに、どんどん姓を書き込んでいくかというと、なかなか不便で、一々墓石を書きかえるとお金がかかるということだと、多分、私が今申し上げたような、だれでも入れる墓石、お墓がふえていくのではないかと思います。
 そういった意味でも、費用の節約という面もあるのではないだろうかと予想します。
○石原(健)委員 大森参考人にお尋ねします。
 夫婦別姓になった場合、子供の姓は、一人一人ばらばらでなくて同一なのが好ましいというような御意見だったんですけれども、その理由等についてお聞かせいただけたらと思います。
○大森参考人 氏を同じくするかどうかということは、家庭の一体感を決定的に害する、阻害する事柄であるとは私は思わないわけでございます。ただ、やはり若干の関係を、また否定するわけでもございません。
 したがいまして、選択的あるいは例外的に夫婦別氏制度を採用するに伴って生ずる一種の副作用をできるだけ少なくするという観点から、夫婦別氏制度と本質的に相反しない限度内で、兄弟姉妹は少なくとも未成年の間は同じ氏であることが好ましいのではなかろうか、兄弟姉妹間の一体感を醸成するという観点からは好ましいであろう。また、夫婦別氏制度を採用してもそれは実現できる事柄である、相反しない。
 大体、そういう非常に複雑、微妙な考え方でございます。
○石原(健)委員 質問を終わります。どうもありがとうございました。
○山本委員長 瀬古由起子君。
○瀬古委員 日本共産党の瀬古由起子でございます。
 まず、大森参考人と榊原参考人にお聞きしたいと思います。
 今議論されました家裁許可制度の問題でございます。例えば祭祀の問題やまた勤務のいろいろな状況の中で、家裁が一定の判断を持つ、意見を持つということも選択の一つとしてあるんじゃないかという御意見が大森参考人からも出されておりましたが、例えば祭祀とか勤務とか関係なしに、やはり名前を変えるということは、女性にとって、自分が否定されることになるんじゃないか、自分のアイデンティティーが阻害されていくんじゃないかと。やはり、その意味でも、祭祀とか勤務とか関係なしに、自分の名前を引き続き続けたいという場合に、家裁の判断によってそれが認められるかどうかという問題が出てくるんじゃないかと思うんですが、その点、どのようにお考えでしょうか。
○大森参考人 先ほど申しましたように、私は、いわゆる選択的別氏論の方が理念的にはいいという立場でございますので、なかなか今の、お答えしにくい面があるんですけれども、先ほど申しましたように、職業上の支障、先祖の祭祀の主宰の必要など、その他の事情、特別の事情があり云々という法律の規定にいたしますと、その他の事情の一つの例示を挙げたにすぎませんので、どうしても自分は、自分の人格が吸い取られるように思って、もうたまらぬ、それは、ほかの人よりももっと自分は特別の思いがあるんだというときには、その他の理由があるんだということで、家庭裁判所においても許可ができるような、そういう柔軟な、ふわっとした基準を書くことで妥協ができないのかなと。実はそういうことなんですね。
 ただ、では、そんな、基準を書かずに白紙で許可を家裁にゆだねてはどうか。しかし、それでは家庭裁判所は困ると思うんですね。これを許可するかどうかの判断のしようがないわけでございますから、家庭裁判所の許可制度として立てる限りは、やはり許可基準を書かぬことには、家庭裁判所も、裁判所としても受け入れられないでしょうし、また制度としても相当な制度ではなかろう。
 なかなか、非常に複雑、微妙なことを言っているわけですから、答えもなかなかすっぱりとは答えにくいということでございます。
○榊原参考人 そういった制度を導入した後どうなるだろうかという御質問だと思いますので、私も先のことについて確定的なお答えはできないのですが、法律というのは、あらゆる法律がすべてのことを書いてあるわけではない。その法律に書かれていることから類推して、思わぬ例が出てきたときに、これは当てはまるのか、当てはまらないのかを、その時々に裁判官が考えて、類推をしたり、拡大をしたり、あるいは否定をしたりしていくわけです。
 そうしますと、多分、導入当初は明示された理由に拘束されながら解釈され、そして、時代が変わり、十年、二十年たちすると、またそれは変わっているのではないだろうかというように予想します。
○瀬古委員 榊原参考人と民部参考人にお伺いしたいと思います。
 先ほど出ておりましたように、家庭の崩壊と別姓か同姓かは、私も全く関係はないというふうに思っています。しかし、この別姓制度をとった場合に、例えば、先ほど子供の負担の問題が出ておりましたが、親と子供が姓が違うという問題もあります。子供自身は、兄弟が一緒という場合もあるし、違うという場合が出てまいりますし、また子供が成長する段階で、この姓は嫌だという問題も出てきます。
 そういう問題は、夫婦別姓における子供への負担という問題は、どのように解消するというふうに考えていらっしゃるでしょうか、お二人にお聞きします。
○榊原参考人 この問題で、やはり、さっき森先生がおっしゃった、子供の意見表明権というものが大切にされなければならないというふうに思います。
 一定の自分の意見を表明できる十歳から十五歳ぐらいに達したときに、自分の意思で選び直せる、あるいは、今の法律では、十五歳以上になると、民法上、親権者の同意を得ず、本人でできる、遺言もできる、父母の氏が違うときに氏の変更もできるというような制度になっていますので、それと同様に、柔軟に対応できるというふうな制度であってほしいと思います。
○民部参考人 私も、榊原参考人のおっしゃっているとおり、子供の姓の決定権というものは、現在でも、子供は父方の姓を選ぶか母方の姓を選ぶか、認められておりませんので、このことを特別、夫婦別姓を導入することの不利益として考えるのはどうかと思います。
 名前が違うことできずなが云々という話がありますが、想像してみていただきたいのですが、自分の母方の祖母と父方の祖母、大抵どちらかの名前が違うと思うんですが、そのことによってきずなが、どちらかが弱いということは余りないのではないかと思いますので、姓によってきずながどうとかという問題は、この場合関係ないと思います。
○瀬古委員 民部参考人にお聞きしたいと思うんですけれども、出産を控えた、事実婚で一体子供がどうなっていくかという、やはりそれは親としての不安があるかと思うんですね。
 私も実際に聞いてみますと、子供が生まれるたびにペーパー結婚をやり、また離婚するというのを何回も、五回も六回も、子供の人数が多い方で繰り返された方が実際にありまして、その辺の御苦労なんかは、どのように聞いていらっしゃいますでしょうか、御存じでしょうか。
○民部参考人 私の立場からすると、特別、子供が非嫡出子であることで、何か直接差別を受ける、相続だとかそういう問題以外で直接差別を受けるとか、そういう話は聞いておりませんが、法律上の離再婚を繰り返すことによって、例えば、年度末にかかってしまったために配偶者の税金の控除が受けられないであるとか、そのたびにいろいろ会社に知られるとまずいだとか、そのような話はたびたび耳にいたします。
○瀬古委員 榊原参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、選択的夫婦別姓推進を言っていらっしゃった森山法務大臣になりまして、私たちも大変期待をしていたわけなんです。また、御存じのように、世論調査は、導入賛成派が反対派を初めて上回った、こういう状況も生まれてきているわけですね。法制化がいよいよと本当に待ち望まれていたにもかかわらず、閣法は提出はされない。野党が提出しております民法改正案もなかなか審議がされずに来たわけなんですね。
 なぜ、これは根本的な問題なんですが、ここまで選択的夫婦別姓に反対する、そういう動きがあるその背景みたいなものはどのように考えていらっしゃいますでしょうか。
○榊原参考人 適切な回答者ではないと思います。むしろ、森先生だとか傍聴の方の方が適切に答えていただくのではないかと思います。
 それでもお答えするとすると、私は、やはり何か、まだ見たことのない、あるいは違うものに対する違和感、畏怖感というんですかね、恐れというようなものが漠然とある。それが導入されると、何か既存のものががらがらっと崩れていくようなという不安感、そういうものではないかなというふうに想像します。
 それで、最初に私が申し上げたように、本当に、そんなに違う人間同士じゃなく、同じ日本語を話す者同士が同じ近いところに住んでいるわけですから、もう少し歩み寄れないのかというふうに思うわけです。
○瀬古委員 もう一度榊原参考人にお伺いしたいんですけれども、離婚だとか結婚しない場合もそうですけれども、夫婦と子供がいるという標準的な世帯とは異なる家族形態を持った場合に、まだまだ日本社会では差別的な取り扱いをされるということが大変多いわけなんです。私は、やはり婚姻家族を法制度の設計の中心にするんじゃなくて、もっと個人に着目した制度に変えていく方向というのが将来望ましいというふうに思うんですけれども、その点、いかがでしょうか。
○榊原参考人 婚姻制度というものがない国というのはないわけでありまして、また、そうした試みが一時なされた国というのはありますが、それは長続きがしなかった。
 ですから、結婚というものが家族の中の中心にないということはちょっと考えにくいのですが、しかし、おっしゃったとおり、離婚する、あるいは何らかの事情で結婚しないで子供を産むということを、望む望まないにかかわらず選んだという方たちがたくさんいるわけです。その方たちを排除するのではなくて、そういう方たちもやはりまた子育てをしているわけでありまして、すべての子供が健全に育ってほしいということであれば、どんな形の家族を選んだとしても、同じように、疎外感を感じずに、また経済的にもある程度豊かに育てられるというような条件づくりをしていただきたいというふうに考えています。
○瀬古委員 非嫡出子の相続差別についても、最高裁判所の判例では変えられていませんけれども、差別を違憲とする少数意見も必ず付されております。この問題も、私は民法改正の待ったなしの問題だと思っています。
 野党三党が、現在、衆参両院で選択的夫婦別姓等の民法改正案を共同提案して、し続けているわけなんですね。それで、与党は、ぜひ委員会付託をしていただき、そして審議をし、私は成立するためにお互いに努力をしていただきたいと思います。
 この点でも頑張ることも私ども表明させていただきまして、質問とさせていただきました。どうもありがとうございました。
○山本委員長 保坂展人君。
○保坂(展)委員 社民党の保坂展人です。
 きょうは、四人の参考人の皆さん、ありがとうございました。
 実は、私、ここに議事録を携えておりますが、ちょうど今を去ること六年前の六月に、何度かこの問題の議論をいたしました。衆議院の法務委員会で議事録に残る形で議論が交わされるのは、実に六年ぶりでございます。
 世の中の変わるスピードは物すごく速いわけですから、この六年という歳月、例えば、もうすぐ結論が出るんだと、三十五歳と三十六歳のカップルの方は、今四十代になっているわけです。そういう意味で、待っていた方も、いつまで待てばいいのかなというような思いを抱かれていると思います。
 しかし、国会の中では、議事録には出てきませんけれども、各党の中で実に激しい、情熱的な議論が交わされていたということでございまして、どのようにこの選択的夫婦別姓を工夫をして、あるいは、若干当初の趣旨から見れば狭くして導入するか否かをめぐっても、何か激しい議論が、この委員会ではなく政党の中であった、与党の中であったというふうに聞いています。私たち野党は淡々と法務省が出すべき法案を出してきたというところで、こういう議論を決断していただいた委員長の英断を私はたたえたいと思います。やはり議論は必要なんです。
 それを前置きにしまして、まず、榊原さん、民部さん、両参考人に伺いたいんですけれども、この六年、こうやって、アヒルの水かきみたいな、あるいは後ろに流れていくのか前に行くのかわかりませんが、何か判然とせず進まないという状況が続いたと思いますし、国民が大きく注目してくるような議論の焦点というものも、少なくとも国会の中では見づらかったと思うんですけれども、この六年、この制度の問題で、評価すべき六年だったのか、どんな六年だったのかという思いをお二人に語っていただきたいと思います。
○榊原参考人 この制度に限れば何も変わっていないわけでして、待っていた方は、あきらめ、そのうちに結婚をする場合には、通称を使用し、あるいは事実婚をし、婚外子を産みというふうに流れてきております。制度がどうであれ、家族の生活というのはあるわけで、徐々にまた通称を使用する人がふえてきている。その方たちにとっては、どうも日本は非常に制度が変わりにくい国であるというふうな、何かあきらめといいますか、国会に対してがっかりをするといいますか、そういった雰囲気というのがあるように思います。そういった意味でも、ああこれで日本はやはり変わっていくんだというような糸口をぜひ皆さんにつけていただきたいと思います。
 事実婚で婚外子を産む方も、徐々にですが、統計で見ますとふえています。中絶をしてしまう非婚で婚外子になるはずだった子供よりも、生まれて婚外子になる方の方がある年から逆転をしてふえております。先日のニューヨークの差別撤廃委員会では、日本の相続分差別あるいは戸籍上の記載の差別が国際法違反ではないか、あるいは早く改正してほしいというふうに日本政府に要求が出ております。ぜひそのことも改善をお願いしたいと思います。
○民部参考人 この六年間について評価すべきかどうか、私の意見を述べさせていただきたいと思います。
 夫婦別氏についての議論が全く出ていない時期であったならばこれほど悩むことがなかったのかと思いますが、もうすぐ改正されるという話が五年、六年と続いていきますと、では改正するまで結婚は待とうか、もしくは子供をつくるのを待とうか、そういうカップルがふえております。そのために出産適齢期を過ぎてしまった、そういうカップルも実際に見聞きします。そういった意味では、この六年間余り進展がなかったことで、私自身は余り評価できない、そのように考えています。
 一方で、別氏、事実婚という言葉だけが先走り、ここ数年の間に事実婚の夫婦がふえてしまった、非嫡出子で子供を産もうというカップルがふえた。そういう意味では、逆に長引いてしまったことはマイナスではないか、そのように思います。
○保坂(展)委員 続いて森参考人に伺いたいんですけれども、ある面では森参考人がお述べいただいたような御意見、慎重論でございますね、これは国会の中では相当の強い影響力を持って、やはりこの委員会でも六年ぶりというぐらい、九六年のこの委員会での審議の雰囲気は、ことしだめでもまあそろそろだろうという雰囲気ではあったんですね。しかし、こう時間が過ぎてしまった。
 今お話のあったように、私の周りにも、制度が変わるんだから結婚を待とうという人がいたんですね。なかなか変わらないので、事実婚で、そして子供を持つのはもう、ちょっと年齢的に無理かなと。やはり、子供が生まれて家族ができて、その家族の中で教育の問題が生まれるわけで、子供が生まれなければ教育の問題も生まれないわけでございます。こういう意味で、この六年は先生にとってはどんな六年でございましたでしょうか。
○森参考人 私は日ごろ法律が専門ではございませんので、別姓論が出て六年もたったと今初めて聞いて、ああそんなにたったのかなと思ったのですが……(保坂(展)委員「いや、もっと前からです」と呼ぶ)もっと前からですか。
 私の基本的な考えは、新しい、制度が変わるということはこれは大変なことなんです。制度が変わる、あらゆる制度にはメリットもあればデメリットもあります。だから、制度を変えるときには、メリットとデメリットを勘案した上で、現在の歴史的時点で我々はこれを選択するというのが筋だと思うんです。
 そのいい例が小選挙区制ですね。あのときに、メリットだけ主張して、やってから困った困ったと言う。あれほど、あれはもう本当にどうしようもないんですが、その轍を踏まないためにも、別姓論のメリットとデメリットをよくお考えいただきたい。新しい製品には、新しい方法には新しいリスクがあるんです、これは電気製品でもみんなそうですけれども。ですから、別姓論のいいところ、バラ色のところばかり先ほどからおっしゃっていますけれども、私は果たして本当かなと。どんな制度にも欠点はある。その欠点を事前に察知して考えるのが政治じゃないかと思うんですね。だから、一寸先はやみだと言っているのはおかしいんで、一寸先も見えない人が政治家になっている方がおかしいと思います。
○保坂(展)委員 小選挙区の例えは大変、小選挙区制度自身には問題は私もあると思っていますが、この夫婦別姓の問題が出たのは九一年ぐらいからですね。そして法務省の中で作業が始まって、法制審答申が出て、そして九六年の国会で議論になった。それからまた六年という話で、実際、最初から見れば、もう十二年ぐらいやっているという話でございます。
 一つだけ森参考人に、これは簡単にお答えいただきたいんですが、子供の立場を忘れてはいまいかと、これは私にとっても痛い言葉なんですね。そうしますと、私は、この制度の問題で、先ほど出ました婚外子差別の問題、子供は親を選ぶことはできません。結婚した夫婦のもとで生まれたいとして子供みずからが選択できない。そういう理由で、婚外子である場合に、相続制の問題や戸籍上の差別の問題が今指摘されているという点について、これは解消すべきではないでしょうか。どういう御意見でしょうか。
○森参考人 私は、今の親は子供のことは余り考え過ぎていないと思うんです。親というのは人生最初の教師だという自覚がまずないですね。そういう意味で、もっと子供のことを考えるべきだと思うんですが、それがなされていないからいろいろな問題が起きる。
 特に私は、育児と仕事の両立というのは幻想だと思うんです。あえて育児を先に持っていきました。仕事と育児と言いません。育児の方が、二十一世紀を担う社会の宝の子供の方が大事なんです。ところが、我々はどうも仕事と育児、仕事を先に持ってきていますが、大体、両立と言ったって、一人の人間が二つのことを同時にできないんです。両立するはずがないんです。どちらかに重点を置くべきなんです。
 私は、教師論で随分調べたんですけれども、いい学校の先生はいい家庭の親かという、これは大問題なんですね。名教師を調べますと、ほとんど独身の女性が多いんですよね、国語の先生で大村はまさんが典型ですけれども。
 だから、最初から仕事と育児、育児と仕事が両立するという幻想で出発するよりも、両立は難しいんだけれども努力しましょうというスタンスでいかなきゃいけないのに、両立両立と言うからみんな安心して、現在の混乱を招いていると思います。
○保坂(展)委員 ちょっと残念ながら時間が制約がございますので、私は、婚外子差別ということも、子供の権利という立場に立ったときに重要な点ではないかということをお伺いしたかったのですが。
 大森参考人に。先ほどの家裁案なども、現実的にこれだけ、恐らくは、自民党の皆さんの気持ちもわかるんですよ。要するに、これだけ議論してきて何にも変えられないということ、これはやはりいかがなものかというところで出てきている論だと思いますけれども、やはり先ほど触れました六年前の国会の議事録を見ると、随分出ているんですね。やはり婚外子差別にかかわることについて、これは一人一人の、生まれてくる子供が選べない状況、それについて明快な、差別ですね、差別があるということを国際機関からも指摘されている、ここについてはどうすべきだとお考えですか。
○大森参考人 婚外子の差別と一言に申しましても、念頭、質問の主題は多分相続権の問題ではなかろうかと思います。
 その点は、御承知のとおり、法制審議会の答申の中にはその点も盛り込まれているわけでございますね。しかし、あの点につきましては、この選択的あるいは例外的夫婦別氏制度の採用以上に、やはりあの分野では大きな見解の相違が残っているわけでございまして、その点は私もわかるわけで、そう非常にきっぱりとあの法制審答申が直ちに実現すべきであるんだということを言い切るには、私の気持ちの中では若干のまだちゅうちょがあるというのが私の立場でございます。
○保坂(展)委員 もう一度、大森参考人に伺います。
 政治家の中には、やはり、本来こうすべきだけれども、現状やそれぞれの人々の意見を見ると、まずはこれから優先をしてと、大事だけれどもこれはとっておいてという判断がありますね。かなりある。そういう形での態度決定というのはされると思いますけれども、私は、これはもちろん、選択的夫婦別姓は大きな問題で、早く実現したいんですけれども、国際社会的に見ると、婚外児である、そのように生まれたというだけで不当な差別を制度として受けるということを国際社会から指摘されても、一向に変えない、変えないどころか、その議論はやめようというふうになっているということについて、やはり政治の世界の外にいる方が厳しく物を言っていただきたいというふうに思うんですね。
 ですから、今、現実的にということではなくて、広い立場に立ったときに、かつての法制審の答申にすらあったこの問題がネグレクトされていいんだろうかという先生自身の御意見を伺いたいと思います。
○大森参考人 先ほどは歯に物が挟まったような言い方をしたわけでございますが、現在の非嫡出子の相続分の定めは差別かどうかという点につきまして、もう一つの議論すべき側面があるんじゃないか、その側面についての議論がまだ欠けているんじゃないかということを私は言いたいわけでございまして、それは、相続権、相続の基礎は何なのかという問題でございますね。
 子は親を選べない、子は親の夫婦形態を選べない。それはまさにそのとおりでございますけれども、相続という観点から見ましたときには、嫡出子と非嫡出子で、相続財産の形成等に対してどういう立場に立つのであろうか、形成に対してどれほどの寄与がどちらが多いのかということをも含めて、あの問題は検討すべきだと思っております。まだここでは、どちらであるべきかということは申し上げませんが、より議論を、議論をやめたらだめなんです、議論を大いに続けて、相続の基礎、根拠との関係を含めて議論をしていただいた上ならば、妥当な結論はおのずから出るのではなかろうかと考えております。
○保坂(展)委員 私は、全面的にこの議論を、きょうは本当に小さなスタートかもしれません、再スタートかもしれませんが、大いに、これは政党内だけじゃなくて、国会全体で、国民全体で行っていくことを強く望んで、終わります。どうもありがとうございました。
○山本委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。(拍手)
 参考人の方々は御退席いただいて結構でございます。
    ―――――――――――――
○山本委員長 引き続き、調査を進めます。
 この際、園田博之君外五名から、自由民主党、民主党・無所属クラブ、公明党、自由党、日本共産党及び社会民主党・市民連合の共同提案による矯正施設運営に関する件について決議すべしとの動議が提出されております。
 提出者から趣旨の説明を聴取いたします。園田博之君。
○園田委員 ただいま議題となりました決議案は、今国会、当委員会における行刑運営の実情、死亡帳調査班による調査結果中間報告、行刑施設における医療体制などの審議を踏まえ、与野党協議の上、まとめられたものであります。
 本案について、提出者を代表いたしまして、案文を朗読し、趣旨の説明といたします。
    矯正施設運営に関する決議(案)
  当委員会は、政府に対し、矯正施設運営に当たっては、次の事項に特段の措置を執るよう強く求める。
 一 昨年来、全国の矯正施設において種々の問題が表面化したことにより、行刑運営及び矯正行政に対する国民の信頼が大きく揺らいでおり、このような事態を放置することは、到底看過できないものである。
   このような状況下にもかかわらず、いわゆる名古屋刑務所三事案を中心とする「行刑運営の実情に関する中間報告」は、当委員会の審議に照らしても、事実の存否を含め、不正確且つ不十分であるものといわざるを得ない。
   この際、政府は、国民に信頼される開かれた行刑改革を実現するため、過剰収容問題の解消及び刑務官の増員を含む行刑運営のあり方全体を徹底的に見直し、特に矯正行政の責任や検察のあり方についても検討し、再調査の上、速やかに当委員会に報告すべきである。
 二 矯正施設における医療については、格段に遅れていることから、早急な医療体制の充実が求められている現況にかんがみ、緊急に改善すべき点として、医師出勤体制の強化、医療スタッフの充実、外部病院への通院及び入院を含めた緊急医療体制の確立、精神医療及び薬物医療における専門医の配置、検査医療及び予防医療の導入などについて検討し、将来的には、医療と治療の観点から、厚生労働省や文部科学省との連携体制や、各医師会等との協力体制の構築を図り、十分な人的物的措置を施した矯正医療体制を確立するよう努めるべきである。
 三 受刑者に対する人権救済については、国連人権委員会の勧告を十分に尊重したうえで、受刑者の基本的権利の法制化、公正で開かれた所内規則の制定、懲罰制度のあり方、信書の検閲のあり方、不服申立てシステムの確立、独立した第三者機関の専門家からなる刑務所監察制度の実現などを検討し、刑務所の最終目的が受刑者の有効な社会復帰にあることを念頭に、所要の措置を執るよう努めるべきである。
  右決議する。
以上であります。
 何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。(拍手)
○山本委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
 採決いたします。
 園田博之君外五名提出の動議に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
○山本委員長 起立総員。よって、本動議のとおり決しました。
 この際、ただいまの決議につきまして、法務大臣から発言を求められておりますので、これを許します。森山法務大臣。
○森山国務大臣 ただいま可決されました決議につきましては、これを重く受けとめ、適切に対処してまいりたいと存じます。
 名古屋刑務所三事案に端を発して、矯正施設内の深刻かつ重大な問題があらわとなり、行刑運営に対する国民の信頼が失われようとしている中、本委員会におかれましては、貴重な時間を割いて、真剣かつ熱心に御議論をいただきました。改めて、山本委員長を初め委員各位に感謝を申し上げます。
 長い伝統と歴史を有する我が国の行刑行政を抜本的に改革することは容易なことではないと思いますが、本決議の趣旨を踏まえ、国民に理解され、支えられる行刑施設をつくるべく、民間の有識者から成る行刑改革会議の御協力もいただきながら、省を挙げて全力で取り組んでまいる覚悟でございます。
 今後とも、御支援、御指導をお願い申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
○山本委員長 お諮りいたします。
 ただいまの決議についての議長に対する報告及び関係当局への参考送付の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○山本委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後零時八分散会