第165回国会 日本国憲法に関する調査特別委員会 第2号
平成十八年十月十九日(木曜日)
    午前十時開議
 出席委員
   委員長 中山 太郎君
   理事 愛知 和男君 理事 近藤 基彦君
   理事 福田 康夫君 理事 船田  元君
   理事 保岡 興治君 理事 枝野 幸男君
   理事 園田 康博君 理事 赤松 正雄君
      新井 悦二君    伊藤 公介君
      小野 次郎君    大村 秀章君
      加藤 勝信君    坂本 剛二君
      柴山 昌彦君    高鳥 修一君
      谷  公一君   戸井田とおる君
      冨岡  勉君    中野 正志君
      野田  毅君    早川 忠孝君
      林   潤君    平田 耕一君
      深谷 隆司君    藤井 勇治君
      二田 孝治君    三ッ矢憲生君
      森山 眞弓君    矢野 隆司君
      山崎  拓君    逢坂 誠二君
      玄葉光一郎君    鈴木 克昌君
      田中眞紀子君    筒井 信隆君
      中川 正春君    長妻  昭君
      平岡 秀夫君    古川 元久君
      鷲尾英一郎君    大口 善徳君
      斉藤 鉄夫君    谷口 隆義君
      笠井  亮君    辻元 清美君
      糸川 正晃君
    …………………………………
   議員           滝   実君
   衆議院憲法調査特別委員会及び憲法調査会事務局長  内田 正文君
    ―――――――――――――
委員の異動
十月二日
 辞任         補欠選任
  石井 啓一君     大口 善徳君
  滝   実君     糸川 正晃君
同月三日
 辞任         補欠選任
  井上 喜一君     矢野 隆司君
  遠藤 武彦君     深谷 隆司君
  小此木八郎君     中谷  元君
  小野寺五典君     藤井 勇治君
  坂本 剛二君     谷  公一君
  馳   浩君     新井 悦二君
同月四日
 辞任         補欠選任
  河村 建夫君     坂本 剛二君
同月十九日
 辞任         補欠選任
  越智 隆雄君     高鳥 修一君
  棚橋 泰文君     戸井田とおる君
  渡海紀三朗君     冨岡  勉君
  葉梨 康弘君     三ッ矢憲生君
  安井潤一郎君     小野 次郎君
  岡本 充功君     鷲尾英一郎君
  遠藤 乙彦君     谷口 隆義君
  福島  豊君     斉藤 鉄夫君
同日
 辞任         補欠選任
  小野 次郎君     安井潤一郎君
  高鳥 修一君     越智 隆雄君
  戸井田とおる君    棚橋 泰文君
  冨岡  勉君     渡海紀三朗君
  三ッ矢憲生君     葉梨 康弘君
  鷲尾英一郎君     岡本 充功君
  斉藤 鉄夫君     福島  豊君
  谷口 隆義君     遠藤 乙彦君
    ―――――――――――――
十月十六日
 国民投票法案に反対することに関する請願(笠井亮君紹介)(第六五号)
 同(笠井亮君紹介)(第一〇五号)
 国民投票法案の廃案を求めることに関する請願(笠井亮君紹介)(第六六号)
 同(笠井亮君紹介)(第一〇六号)
 国民投票法制定に関する請願(志位和夫君紹介)(第六七号)
 憲法改悪のための国民投票法案反対に関する請願(笠井亮君紹介)(第一〇四号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 日本国憲法改正国民投票制度及び日本国憲法に関する件
     ――――◇―――――
○中山委員長 これより会議を開きます。
 日本国憲法改正国民投票制度及び日本国憲法に関する件について調査を進めます。
 この際、欧州各国憲法及び国民投票制度調査議員団を代表いたしまして、御報告を申し上げます。
 私どもは、本年の七月十六日から二十九日まで、ポーランド、イタリア、デンマーク及びエストニアの憲法及び国民投票制度について調査をしてまいりました。
 この調査団は本特別委員会のメンバーをもって構成されたものでありますので、昨日、議長に提出した報告書を、本日、委員各位の机上にも配付させていただくとともに、恒例によりまして、団長を務めさせていただきました私からその概要について口頭で御報告をし、委員各位の御参考に供したいと存じます。
 議員団の構成は、私を団長に、自由民主党から保岡興治君及び船田元君、また民主党から枝野幸男君、公明党から斉藤鉄夫君、日本共産党から笠井亮君、国民新党・日本・無所属の会から滝実君がそれぞれ参加され、合計七名の議員をもって構成されました。なお、この議員団には、衆議院事務局、衆議院法制局及び国立国会図書館の職員が同行いたしました。
 まず、ポーランドについて御報告申し上げます。
 まず、最初の訪問地であるポーランドのワルシャワにおいては、七月十八日に憲法裁判所のサフィアン長官、国家選挙管理委員会のリマシュ委員長、カリシュ下院議員らを相次いで訪ねて懇談した後、夕刻には日本大使公邸にボルセビチ上院議長、マゾビエツキ元首相らポーランド政界の重鎮を招き、率直な意見交換をいたしました。また、翌十九日には最高行政裁判所のトシュチンスキ長官とも懇談いたしました。
 以下、その概要について御報告を申し上げます。
 まず、ポーランドの現行憲法制定の経緯に関しましては、憲法裁判所のサフィアン長官から、東欧の民主化に至る体制転換期に体制側と反体制側とが一堂に会する円卓会議が開かれ、その合意に基づき、暫定憲法である小憲法を経て、現行憲法である大憲法の制定に至ったとの説明を受けました。
 また、カリシュ下院議員は、円卓会議の時点で既に二院制、市場経済の導入、国民の権利、自由など後の憲法の骨格となる事項が話し合われたと指摘された上で、この憲法は妥協の産物ではあるが民主主義、法治主義を大事にし社会平等を大切にする立派な憲法であると強調され、印象深く感じました。
 さらに、現行憲法制定に深く関与されたボルセビチ上院議長、マゾビエツキ元首相、ゲレメク元外相及びボロフスキ元下院議長との意見交換では、連帯など非共産党側の政治家と旧共産党側の政治家との間で現行憲法の制定過程についてそれぞれ違う見方をする一方で、当時、大統領権限の強化を図ろうとしたワレサ大統領に対して議会側は旧共産党、非共産党を問わず一致してかなりの危惧感を持って対処したことなど、興味深いやりとりがございました。
 また、ポーランド憲法史について実に整理された説明をされました最高行政裁判所のトシュチンスキ長官も、この大統領権限の強化に関して、ポーランド憲法の伝統としては国会が国の最高機関であるという国会中心主義が根強くあり、これが民主主義であるとの観念が共有されているとの認識を示されたことも印象に残っております。
 憲法改正に係る合意形成プロセスについて申し上げます。
 憲法改正に関する説明の中ではカリシュ下院議員の発言が印象に残っております。
 同議員は、憲法改正のような事柄はすべての政党の話し合いの結果として誕生することが大事であることを強調され、まず憲法改正は与党と野党の闘いではなくて共通の目標のための作業でなければならないということ、同時に、社会の中においてもどうしても憲法改正が必要だという認識が醸成されていなければならないこと、この二点を指摘されました。
 その上で、議会と国民との接点についても次のように発言をされました。すなわち、今の時代、インターネットやテレビといった伝達手段があるとはいえ憲法改正については直接に議員が国民と話し合わなければならない、なぜなら憲法は国民一人一人が納得してこれを法規範として認めるものでなければならず、議員はそのことを国民に真摯に理解してもらわなければならないからだということであります。
 国民投票の実務的諸問題について申し上げます。
 次に、国民投票の実施に際して実務的諸問題に関しても、国家選挙管理委員会のリマシュ委員長らと懇談を行いました。そこでは、ポーランドにおける投票年齢が十八歳とされている理由、テレビ等における無料の投票運動放送は政党及び選管の許可を得た市民団体に平等に割り当てられること、白票は賛否いずれにもカウントされず無効票となることなどが話題となりました。
 次に、イタリアのローマでは、七月二十日、キーティ議会関係・制度改革担当大臣、トレモンティ下院副議長、ビオランテ下院憲法委員長、ビーレ憲法裁判所長官らを相次いで訪問して懇談し、翌二十一日にも、フィレンツェ大学のフサーロ教授、内務省の選挙部担当審議官と懇談いたしました。また、平成十二年の欧州各国憲法調査の際お会いいたしました現地在住の作家塩野七生先生を日本大使公邸にお招きして、懇談をいたしました。
 以下、その概要について御報告をいたしますと、まず、今年六月に国民投票に付された憲法改正案が国民投票で否決されたことが話題となりました。
 今回の憲法改正案は、昨年秋に、当時、野党であった中道左派の反対を押し切って、与党であった中道右派のベルルスコーニ前内閣によって提出され、国会で可決されたものでありますが、国民投票を目前にした四月の総選挙で政権が交代し、中道左派のプローディ内閣が発足し、この政府・与党による反対キャンペーンの中で国民投票が行われ、否決という結果に終わったものであります。
 このような経緯及び結果について意見を伺いましたところ、中道左派に属するキーティ議会関係・制度改革担当大臣は、今回否決された憲法改正案はイタリア憲法全体の半数近い条項を手直ししようとする大幅改正であったにもかかわらず、当時の中道右派は与党だけの賛成で可決を強行し国民投票に付したことが問題であったとの認識を示した上で、しかし、自分たち中道左派も憲法改正自体には反対ではなく、その改正内容の吟味とともに野党である中道右派と真摯な協議を行っていきたいと述べられました。
 これに対し、中道右派に属するトレモンティ下院副議長は、憲法改正それ自体の必要性については与野党とも共通認識を有していたこと、そして、今回否決された憲法改正案は、五年前に中道左派が主導して国民投票に付した憲法改正の積み残したテーマを整備するものであったにもかかわらず、中道左派は豊かな北部、貧しい南部をつくり出すものであるとの政治的言説を弄して南イタリアで大規模な反対運動を展開し、それが成功してしまったとの見方を示されました。
 憲法改正に係る合意形成のプロセスについて申し上げたいと思います。
 次に、私どもは、仕切り直しとなった憲法改正問題の与野党協議の現場である下院憲法委員会のビオランテ委員長とも懇談をいたしました。同委員長は、与野党折衝の行司役としての御自分の心構えとして、憲法改正のような重要問題については与野党が合意できそうな簡単な問題から片づけていくべきであること、その際には、あるべき国家像や目的などの高尚な議論から始めるのは得策ではなく、どうしても改正が必要な個別のテーマを積み上げていく実務的作業に重点を置くべきであることなどを指摘されました。
 この点に関して、先ほどのトレモンティ下院副議長も、憲法改正のような問題では決定的に重要なのは、議会が中心的な役割を果たすべきだと指摘した上で、憲法改正について議会で与野党が合意するには、すべてをやろうとしてはだめで優先順位をつけて幾つかの問題について集中的に議論することが重要である、その幾つかの問題というのは多過ぎてもだめだが少な過ぎてもだめだなどと述べられました。
 なお、この点に関して、今後の与野党交渉の与党側窓口となるキーティ議会関係・制度改革担当大臣が、私ども国会議員が国の形を議論するのは選挙で当選するためでなく純粋に国のためにやるのだという原則を確認すれば、与野党を問わずに必ず意思は通じると信じていると述べられたのが印象に残りました。
 次に、イタリア憲法と国民投票制度について、憲法学の観点からフィレンツェ大学のフサーロ教授から説明をいただきました。
 イタリアでは憲法改正案について上下両院が三分の二以上で可決したときは国民投票に付する必要がないとされておりますが、その理由について同教授は、民意をおおむね代表する議会において三分の二以上の多数で議決された案件については少なくとも国民の過半数が賛成しているとみなしてよいとイタリア憲法は考えているのであって、ここにイタリア憲法における間接民主制と直接民主制のバランスのとり方があらわれていると指摘しました上で、議会の議決で民意の動向がある程度推定されることを前提とするならば、最低投票率のような制度はできるだけ設けないか、設けるとしても可能な限り低く設定することが望ましいと述べておられました。
 また、国民投票におけるメディアのあり方について、フサーロ教授及び内務省選挙部担当審議官からは、新聞や雑誌などは社説で社としての賛否を明らかにしてよいがテレビ、ラジオなどではニュース番組のキャスターやスポーツ番組のコメンテーターが政治的意見を表明することは禁じられていること、新聞、テレビ等ともに報道に当たっては賛否双方の意見を公平に扱わなければならず、紙面や放送時間を同じように割り当てなければならないことなどのお話を伺いました。
 ところで、イタリアでは憲法改正国民投票のほかに法律廃止のための国民投票制度がございます。この制度につきましては、憲法裁判所のビーレ長官から、イタリアでは、国民投票制度は議会制民主主義に対する重大な例外と考えられており、法律案を制定するための積極的な国民投票は認められておらず、消極的な形の法律廃止のための制度だけが認められているという説明を受けました。ここにも、先ほど報告をいたしましたイタリア憲法における間接民主制と直接民主制のバランスのとり方があらわれていると言えると思います。
 なお、塩野七生氏と懇談をする機会がありました。
 ローマにおける調査日程の最後に、私どもは、作家の塩野七生氏と、憲法改正問題や現在の日本の政治状況について活発かつ率直な意見交換を行いました。塩野氏からは、憲法改正について、どういう国になりたいかといった抽象的なレベルではなく、より具体的な政策のレベルで問題を提起し、だから憲法改正が必要なのだというふうに論理を展開すれば国民はかなり正確な判断を下すものである、その際、世論調査などをもとに民意は憲法改正に反対であるなどと言うだけでなく、むしろ、政治家として必要と判断するのであれば、それを国民に訴え積極的に民意を喚起していくという姿勢こそが重要である、いずれにしても憲法改正は相当な大事業だと思うが、その場合、どこまでやるべきかという発想ではなく、どこまでしかやれないかという発想でやることが重要であるといった発言があり、大変に感銘を受けた次第であります。
 議員団は、続いてデンマークのコペンハーゲンに入り、まず、七月二十四日にポリティケン新聞社のサイデンファーデン総編集長及び最高裁判所のクリステンセン判事と、翌二十五日にコペンハーゲン大学のハンセン助教授及び内務・保健省のペーデ選挙コンサルタントと、さらに二十六日には欧州議会のアウケン議員とそれぞれ懇談するなど、精力的な調査活動を行いました。
 以下、その概要について御報告を申し上げます。
 デンマークでは、一九九二年にマーストリヒト条約が国民投票で否決され、当時デンマーク・ショックと呼ばれるほどの大きな議論を巻き起こしました。この問題につきましては、デンマーク政府と当時のECとの間でいわゆるエディンバラ合意が成立し、翌年の国民投票においてマーストリヒト条約が可決されることによって一応の収拾を見ましたが、二〇〇〇年のユーロ導入に関する国民投票で再びデンマーク国民はノーという判断を下しております。
 このことに関して、ポリティケン紙のサイデンファーデン総編集長は、政治記者としての長年の経験から、議会の三分の二の賛成を取りつけたから国民の多数も理解してくれているだろうという推定は成り立たないのであって、国民投票の成否は常にフィフティー・フィフティーだと思うべきだ、このように国民投票に付するという政治判断は一つのかけなのであって重要な政策判断をたびたびかけにゆだねるようなことは適切でない、要するに国民投票は荒れ狂うおりの中の猛獣のようなものであって、これを軽々におりの外に出してはいけない、このことを国民投票制度をこれからつくろうとしている皆さんに教訓として述べておきたいと指摘されたことが印象に残りました。
 ところで、デンマークはEU関連の国民投票における投票率がおおむね八〇%前後と他国に比べてもかなり高いのでありますが、この点に関して最高裁判所のクリステンセン判事及びコペンハーゲン大学のハンセン助教授は、その背景には我が国の国民教育がある、つまり、我が国では小さいころからの教育の結果、投票は国民の責務だと思っている人が多いのであると述べられました。
 さらに、国民投票における国民への周知広報に関して、先ほどのサイデンファーデン総編集長が、国民は日々の仕事で忙しく、政治家のように国民投票に付される議案の内容を熟知しているわけではない、だから、国民投票を実施する際には、国民はその問題となっているテーマについて全く白紙であることを前提に、わかりやすく平易にその内容を周知広報することが極めて重要になってくると強調されていたことは、そのとおりであると痛感いたしました。
 なお、この点に関し、欧州議会のアウケン議員が、我が国の国民投票では実に丁寧な周知広報活動が国民に対して行われるので、例えば一九九二年のマーストリヒト条約に関する国民投票では、イギリスのある新聞が、コペンハーゲンの酔っぱらいの方がイギリスの平均的な政治家よりもマーストリヒト条約のことをしっかりと理解していると書いたくらいだと胸を張って発言されたことも印象深く残っております。
 次に、公務員等の国民投票運動規制について、最高裁判所のクリステンセン判事や内務・保健省のペーデ選挙コンサルタントに伺いましたところ、そのような規制は全くない、そもそも法的規制などしなくても、裁判官や高級公務員が積極的に国民投票運動をするようなことは考えられない、そのようなことは法律以前の公務員のモラルの問題ではないかとの指摘がございました。
 また、テレビ、ラジオを通じたキャンペーンに関しては、放送法で政治的偏向がないことが義務づけられており、これに基づく自主ルールとして、キャスターなどは政治的発言を控えるとか、賛否平等に取り扱うこととされているとのお話がございました。
 次に、最後の訪問国となりましたエストニアにおいて、七月二十七日、エストニア議会においてレインサル憲法委員長及びヌット委員並びにピルビング議会選挙局長らと順次懇談し、次いでこれらの方々と同議会主催のワーキングランチに臨みました。その後、IT立国を目指す同国の現状を調査するため、内閣府のハンソン情報参事官及び経済通信省のハイデルベルグIT参事官から説明を聴取するとともに、エストニアの代表的なIT企業であるエルコテック社の工場内を視察いたしました。
 以下、その概要について御報告をいたしますと、まず、国民投票制度に関する認識について、エストニア議会憲法委員会のヌット委員からは、国民投票は代表制民主主義の中では非常に限定的なものであり、これについては慎重になるべきであり、だからこそ国民投票に付する案件は国会のみが議決することができるようにするなど、国会とのつながりを意識することが重要であるとの指摘がございました。
 次に、国民投票における政府の広報活動に関しては、同委員及びピルビング議会選挙局長によれば、政府は国民投票に付された案件について結果に影響を与えるような賛成、反対のキャンペーンを行うことはできないとのことでした。また、同選挙局長からは、裁判官や公務員、教育者の国民投票運動に対する規制などはなく、現実に公務員が国民投票運動にはほとんど参加しない、したがってこれに対して刑罰をもって対処すべきというような議論もない、また、テレビ、ラジオを通じたキャンペーンに関しては、放送法で政治的中立性を保持しなければならないとされているので賛否平等の報道が義務づけられるとの説明を受けました。
 以上のように極めて多忙な日程でございましたが、私ども議員団は、無事これを消化し、七月二十九日、帰国いたしました。振り返りますと本当に駆け足でめぐった今回の調査でありましたが、私は、この議員団に多くの会派から御参加いただきましたことに感謝と敬意の念を表したいと存じます。
 そして、憲法改正案その他国民投票に付する案件に関し合意を形成していくプロセスにおいて、欧州各国の政治家がそれぞれの信念に基づいて国民に対して真摯に向き合おうとしていたことは、その政治的立場を超えて派遣議員各位が深い感銘とともに受けとめられたことと確信いたします。
 また、国民投票に係る実務的な諸問題に関し、各国の取り扱いやそのもとになっている考え方につきましても、より深い理解が得られたものと思います。この成果を委員各位とともに共有しながら、今後の当委員会における審査及び調査がより建設的なものとなっていくことを切望するばかりであります。
 なお、以上の私の報告の足らざるところは、後ほど各派遣議員からの御発言で補充していただければと存じます。
 最後に、今回の調査に当たり、種々御協力をいただきました各位に心から感謝を申し上げますとともに、充実した調査日程を消化することができましたことに心からお礼を申し上げたいと存じます。
 以上、このたびの海外調査の概要を御報告させていただきました。ありがとうございました。
 引き続きまして、調査に参加された方々から海外派遣報告に関連しての発言をそれぞれ十分以内でお願いいたします。
 発言時間の経過につきましては、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
 それでは、まず、保岡興治君。
○保岡委員 自由民主党の保岡興治でございます。
 昨年に引き続いて、今回の海外派遣でも、国民投票法制及びその運用をめぐる諸問題について極めて充実した調査をすることができました。まずは、中山団長を初め同僚議員、そして御一緒していただいたスタッフの皆様に心から感謝の意を表したいと思います。
 さて、今回の調査の概要につきましてはただいまの中山団長の詳細な御報告でほぼ尽きていると思われますので、私からは、私が感銘を受けたやりとりを御紹介しながら若干の所見を申し述べたいと存じます。
 まず第一に、私は、今回の調査においても、前回同様、国民投票の投票権者の年齢要件について大きな関心を持って臨みました。そして、事前の文献調査によりデンマークに着目しておりました。というのは、同国では投票年齢の引き下げそれ自体に国民投票を必要とするというユニークな制度がとられているのですが、一九六九年に二十一歳から十八歳に下げようとしたところ、これが国民投票で否決されました。そのために、まず二年後の一九七一年に二十一歳から二十歳、さらにその七年後の一九七八年に二十歳から十八歳に引き下げたという経緯があったからでございます。
 このあたりの事情についてお尋ね申し上げたところ、報告書二百八十二ページにありますが、ポリティケン紙のサイデンファーデン総編集長は、一九六九年に十八歳への引き下げが失敗したのは六〇年代の学生運動に対する国民の反感があってサイレントマジョリティーとして反対票を投じた結果であるとのことでございました。他方、その九年後に十八歳への引き下げが成功した理由については、報告書三百十八ページでコペンハーゲン大学のハンセン助教授が述べているところによると、この間の世論の変化、つまり、七〇年代の自由な空気の中で、他の国々の年齢引き下げの動向や、徴兵年齢など他の成人年齢が十八歳ならば投票権年齢も十八歳であるべきとの考えが広がっていったからだとのことでした。
 投票権年齢の変更について国民投票で決するという制度の違いはともかくとして、このような基本的な国政参加権の変更については、国民世論の動向を踏まえつつ、かつ成人年齢や公選法の選挙権年齢など他の制度との整合性も考えながら判断する必要があると改めて感じた次第であります。ただ、前回と今回の海外調査、そして文献調査の結果を考えるならば、世界の標準は明らかに十八歳であるということも痛感した次第であります。
 二点目は、先ほどの中山団長の報告にもありましたように、イタリアにおきましては、訪問直前のことしの六月に、中道左派と中道右派の政権闘争に、総選挙ですが、これに巻き込まれる形で憲法改正案が国民投票において否決されました。私は、このような時期や状況から見て、この両者が、この両党が憲法改正問題について協議のテーブルに着くようになるのは相当先になるのではないかと思っておりました。ところが、中道左派のキーティ議会関係・制度改革担当大臣からも、また、反対の中道右派のトレモンティ下院副議長からも、与野党ともに憲法改正の必要については共通の認識があって既に真摯な協議が開始されているということでしたので、大変驚いた次第でございます。
 そこで、どのような心構えで協議に臨んでいるのかとお尋ねしましたところ、報告書百七十ページにもありますように、キーティ大臣は、我々は国のために政治改革を行っているのだという基本原則をはっきりさせ、それを浸透させることがポイントだ、それは、我々が改革を行ったから我々が選挙に勝つとか、改革に反対したから勝つとかいうような意識からは抜け出して、一緒に建設的に話し合おうではないかという意識が大切だと述べておられました。
 私も長年政治改革に体を張って取り組んできた者の一人でございますが、政権交代が可能である小選挙区制度や、日本版腐敗防止法など、政治主導でいろいろな法案を成立させてまいりましたけれども、その結果、当時は政権が交代したり多くの政党が誕生したり消滅したり大変な状況ではありましたが、その渦中にあって常に思っておりましたのが、まさしく、改革の結果自分が選挙に勝つとか負けるとかいうことではなくて我が国のために今どういう政治改革が必要なのかということ、また、どのようにすれば政治が国民の信頼を得て、国民と政治がしっかり結びつき、時代を変える力となり得るかということでございました。
 この事柄はすべて同じということではないとは思いますけれども、民主党の憲法調査会の枝野先生がかねて、憲法やその改正手続のルールはどの政党が政権に着こうが共通の土俵でありルールであるから、公正な中立な立場で論議を深めることが大切だというような趣旨のことを言われておるのでございますが、私も、そのためにも、党派による政権闘争や政局に絡めないで、できるだけ幅広い政党間の合意形成ができるように努力を尽くしていかなければならないと思いました。キーティ大臣の言葉には、国を超えて、やはり政治は同じだということを強く感じた次第でございます。
 三点目は、ローマ在住の作家、塩野七生さんとの懇談です。
 塩野さんは、ローマやギリシャの歴史に関する該博な知識を背景にして、現在の世界情勢や日本の政治状況に関して、卑近な生活上の実感から人類の普遍的法則に至るまで、実に鮮やかに話題を展開されました。
 この座談のだいご味は報告書末尾に要領よくまとめてある懇談録をお読みいただくことといたしまして、その中で塩野さんの日本の政治家に対するメッセージとして私が強く印象に残っているのは、政治家は抽象的な事柄を具体的な形に引き直して国民に対して説明責任を果たすべきである、そのような具体的な説明に対し反対の主張を受けた場合には論争を回避するのではなく堂々と反論すべきである、このような具体的な形での論議をすれば国民大衆というものは相当に正確な判断を下すことができるものであるということでした。
 これに対して私は、あえて日本で私が考えてきた立場から、いつの時代でも国民はこのような国でありたいという共通の目標を持つことが大切であるとか、我が国有史以来の和の精神をもってとことん話し合えば、おのずから筋道が見えて国の姿について共通のイメージを持つことができるのではないかとか、そうすれば各論的な問題についても無意味な論争や無原則な妥協を避けることができるのではないかというような考えを示してみましたところ、塩野さんは、何になりたいかという高尚な議論ではなくて、むしろ何にしかなれないかというような具体的な論議こそ展開すべきであり、国民に提示するのはあくまでも具体論でなければならないことを再度強調されました。
 この塩野さんの主張を私なりに解釈すると、日本のあるべき姿を白地の上に自由に描くわけにはいかないのであって、アジアの東に位置する我が国は同盟国アメリカとともに近隣諸国の動きを同様に考慮に入れながら変転する世界情勢の中で適切、迅速に行動しなければならない。つまり、常にベストを目指すのではなく時としてベター、あるいはワーストではなくワースを目指さなければならないときもある、それが現実の政治でありクレバーな政治家のとる道だというふうに思いました。
 私は、世界の中で日本がどうあるべきかを考えるとき、我が国の背負ってきた歴史や伝統、文化、特に和をもってとうとしとするという平和愛好国家としての特性は、大きな判断をするときの重要な考慮要素になるべきであり、憲法改正などの際も最も重視すべき理念であり、他の国と比べて我が国もこうすべきだというような単純な論議ではいけないと思っておりますが、塩野さんの言われる諸条件による制約の中での具体的な判断ということは、憲法改正の国民投票のあり方を考えていく上でもとても参考になる重要な御意見であったのではないかと思った次第でございます。
 最後に、前回及び今回の調査により、国民投票に係る実務的な諸問題に関しては、与野党を超えて相互の共通、豊かな認識が築けるものと確信いたしました。その上に立って、我々は今こそ、目先のことではなくこの国の将来を思い、その礎となる憲法改正国民投票法制をしっかり打ち立てていかなければなりません。その際重要なことは、各国の政治家が異口同音に言っておられたことですが、小さなことからでもよいから与野党合意の実績を一つずつ積み上げていくことだと思います。
 このような姿勢を堅持しつつ、私も、本委員会に付託されております与野党の二本の法律案を真摯な議論によって一刻も早くまとめていくことができますように努力をしてまいる所存でございます。
 委員各位のますますの御協力をお願い申し上げまして、多少長くなりまして恐縮でしたが、私の発言といたします。
○中山委員長 次に、船田元君。
○船田委員 私も、今回の海外調査に、日程の都合上で大変残念でありましたが、後半のデンマークと、それからエストニアの調査に同行させていただきました。
 関係の皆様の御助力が大変大きかったのでありますが、特に在外公館の方々には、私どもの調査の目的である憲法あるいは国民投票関係ということでかなり専門的なテーマを提示いたしまして、それにふさわしい面会相手を調整していただく、こういった大変困難な作業を見事にこなしていただいたということに改めて感謝を申し上げたいと思っております。
 また、今回の調査におきましては、我々与党もそうですし民主党さんもそうでありますが、国民投票法案を国会に提出してから初めての海外調査でございました。したがいまして、今までもそうでございますが、それ以上により具体的に、また有意義に各国の皆様と議論することができたということで大変よかったと思っております。
 その中で、幾つか御指摘といいますか、私の印象深かったものを御紹介したいと思っております。
 第一に、国民投票の扱いの難しさというものを改めて痛感させていただいたということであります。
 デンマークにおきましては、三大新聞の一つであるポリティケン紙のサイデンファーデン総編集長のお話の中でこのようなくだりがございました。デンマークでは、議会の圧倒的多数、例えば議会のメンバーのうちの七割から八割が賛成であった、そういうEU関係の案件の中でも、二回も国民投票においては否決をされるという大変予想外の結果をもたらしたこともあるということです。この現象は、昨年のフランスやオランダにおけるEU憲法条約の否決と同じような現象であったというふうに思っております。国民投票が議会制民主主義とは違う論理で左右をされるということ、予想しにくい代物であるということをサイデンファーデン氏は指摘されました。
 具体的には、議会での合意形成の成功と国民投票での成功は矛盾した関係にあるという興味深い言葉を我々に与えております。また、このようなことに基づくと、国民投票キャンペーンにおいても、議会の中での理屈はなるべく忘れて新商品のマーケティングと同様に考えるべきである、こういうお話も大変示唆に富んでおりました。
 さらに、サイデンファーデン氏は、デンマークにおいては議会の六分の五の賛成があれば国政に関する重要議題であっても国民投票に付さなくていいということに法的にはなっているんですが、次第にEUに関する重要案件についてはもうすべて国民投票に付する、そういう方向へと変化をしていったということであります。つまり、国民投票でこの問題については決着をつける、こういう観念がひとり歩きを始めたということを指摘されました。
 このことに関して、サイデンファーデン氏は具体的にこういう言葉を残しました。一度国民投票という名の動物をおりから出せば、再びそれをおりに返すことは非常に困難だ、こういう言葉であります。これから国民投票を整備していこうとする我々からしますとややショッキングな言葉でありますが、同時に、細心の注意を払いながらこの問題に対応していかなければいけない、そういう教訓を得させていただきました。
 二番目には、国民投票のメリットというのも十分認識することができたことであります。
 国民投票を実施することによって、デンマークにおきましては、国民が国政の重要課題に関心を持ち、一定の意見を持つ傾向が助長されたこと、すなわち国民投票に参加することによって国民が政治的に成熟してきているということをコペンハーゲン大学のハンセン助教授やアウケン欧州議会議員から指摘を受けたことは、大変注目に値するということであります。
 なお、デンマークでは国民投票の投票率がいつも八割から九割を超える状況にあるわけでございますが、今申し上げましたハンセン助教授あるいはクリステンセン最高裁判事もこういうことを言っておりました。デンマークの国民の文化や伝統あるいは学校教育の影響が大きく、現在においても選挙に参加することに一定の義務感を感じているということを指摘されました。我が国の現状に照らしましても、大変うらやましい限りであると考えた次第であります。
 三つ目のことは、EU関係条約の批准、これはヨーロッパの各国で行われているわけでありますが、それと憲法改正との関係についても幾つかの示唆をいただきました。
 最大のものは、これはデンマークでありますけれども、デンマーク初めEU各国で、EUにかかわる条約の批准をめぐって国民投票が頻繁に実施されておりますが、特にデンマークにおきましてはこのことを通じて実質的に憲法改正が実現している形になって、直接的に憲法を改正する必要がむしろ薄くなっているのではないか、こういうことを私は仮説として考えておりました。このような傾向については、デンマーク最高裁判所のクリステンセン判事も十分に認められるということでお認めをいただきました。私の疑問が一つ解消されたかなというふうに感じております。
 四番目に感じましたことは、ヨーロッパ、特にデンマーク、エストニアにおきましても国民投票の運動規制あるいは罰則というのは極めて緩やかであるということでございます。
 特に、デンマークにおきましては意見放送というのは政党ごとに平等に扱われるというようなこと、あるいは、公務員やニュースキャスターの政治的中立性というものは規制によってではなくむしろ本人の常識にゆだねられているんだということがデンマーク内務省のぺーデ選挙コンサルタントやエストニアの議会選挙局コティマエ参事官からも指摘をされました。にわかに我が国の場合に当てはまることはないとしても、政治的に成熟をした国家というのはこうあるべきなのか、あるいはこうあるものなのかということで感心をした次第でございます。
 最後に、今後のこの委員会の運営について若干付言をしておきたいと思っております。
 今回の海外派遣、海外調査の結果も踏まえながら、当委員会においてはこの国会でも鋭意議論を進めていきたいというふうに考えております。
 その中で、与野党それぞれに前の通常国会において法案が提出をされましたけれども、その法案の中身はほとんどの部分が一致をしております。あるいは、一致していない部分におきましても今後の話し合いによって十分に一致が可能な状況に来ている、このように認識をしております。したがいまして、できるだけ幅広い合意を目指して真摯な議論をこの国会中に続けていきたいと考えているわけであります。
 また、これは言うまでもないことでございますが、この国民投票法案は一般の法律案でございますので過半数の賛成によって最後までいくことはできますけれども、しかし、我々は、この国民投票法案は将来の憲法改正の非常に重要な土俵づくりであるという考え方から、憲法改正の条項の重要な部分である国会の三分の二以上という発議権、発議要件というものにこだわってこれまでもやってまいりました。この原則は今後もあくまでも守っていかなければいけない原則である、こう理解をしております。
 最後になりますが、我々衆議院での議論と同様に参議院の議論もいずれ行われると思いますけれども、参議院の方々にも私どもと同じ認識のもとで、できるだけ早く議論の受け皿を設けていただきますように我々衆議院側からも働きかけをしていきたい、このように考えております。
 以上、調査報告をもとにしまして私の感想を述べさせていただきました。ありがとうございました。
○中山委員長 次に、枝野幸男君。
○枝野委員 民主党の枝野でございます。
 今回の海外調査に参加をさせていただきまして、中山委員長のおさばき、そして事務局あるいは在外公館の皆さんの御尽力によりまして、先ほど来同行された諸先輩もおっしゃっておられますとおり、大変充実した調査をすることができました。まずは、この場をかりて委員長を初め関係者の皆さんに御礼を申し上げます。
 私からも、今、お三方が御報告をされたのに付随をして、感想、印象を申し上げたいというふうに思っております。
 私は、特に各国における合意形成のプロセスというものに着目をして今回調査をいたしました。
 まず、ポーランドにおきましては、円卓会議という方法を使いまして、いわゆる旧共産党の勢力、これに対して対抗した労働組合、連帯をベースとする勢力、そして、この国は、前のローマ法王もポーランドの御出身でいらっしゃいますが、カソリックの大変強い国でございまして、カソリック勢力、この三者がこの円卓会議の場で合意形成のために大変真摯な努力を積み重ねた。そのプロセス、詳細というものは、特に大使公邸に当時の大物の政治家の皆さんがお集まりをいただいて、懇談というよりも懇親の場で意見を聞かせていただきまして、それだけにかなり本音ベースのところを聞かせていただきました。詳細はこの報告書にゆだねますけれども、それぞれの立場で大変な努力をされた。特に、交渉の当事者である皆さんとそれぞれの勢力、交渉の当事者でなければそれだけ自分たちの主張を通そうという勢力をそれぞれのグループ内に抱えている中で、それでも三者による合意形成の上で進めていかなければならないという使命感のもとで進めてこられたということを、強く印象深く受けとめさせていただきました。
 また、特にこのポーランドにおいて印象深かったことであり、これは我々にとっても参考になるべきではないかと思っておりますが、御承知のとおり、いわゆる社会主義圏から民主化を進めてくるプロセスで、この場合の憲法改正は改正というよりも新憲法制定に等しい作業であったと思いますが、合意形成が比較的容易ないわゆる統治機構に関する分野を、小憲法と事務局の方で訳してくれておりますが、まずこの部分についての合意形成をして、こちらを先行させて進めていく。その上で、ここはカソリックの勢力が強いということもあるんでしょう、宗教問題を初めとして人権分野のところについてはなかなか合意形成が進まなかったので、この部分は後に回して二段階で新憲法を制定する、こうしたプロセスをとっておられます。
 結果的に、もちろん実際の国民投票あるいは選挙の際にはさまざまな政治的理由で政党間での対立が見られたりしましたが、結果的に三者とも納得した円満な形で新しい憲法がスタートし、施行されている、こうした現状につながっているというふうに理解をいたしました。この後のイタリアでの調査などにおきましても、まずは合意形成の容易なところから進めていくべきであるという指摘を何人もの方から言われておりますが、まさにこうした知恵が多分これから私たちの国の憲法議論において大変重要な意味を持つのではないか、こんなふうに思っている次第であります。
 イタリアにおきましては、これまた先ほど来御報告ございますとおり、ことしの春に、これはいわゆる政権を争う総選挙との絡みもあって、前の与党が進めていた憲法改正が国民投票によって否決をされるという事態を受けての調査でございました。
 委員長を初め御報告ございましたとおり、それぞれの与野党の事実上のこの憲法問題の当事者、責任者の皆さんからは、そうしたことを乗り越えて合意形成に向けて努力をするんだ、あるいはし始めているんだという大変意欲的なお話もございましたし、また、それについて内容的にはかなりの部分で合意ができているので、先ほど来お話ししていますとおり、合意のしやすいところから、できるところから一個一個進めていけば、合意形成は可能ではあるという印象を受けました。
 ただ、同時にでございますが、当事者ではないフサーロ・フィレンツェ大学教授が、この後に私どもお話を伺いまして、この報告書では二百十七ページにございますが、合意形成が今後与野党間で可能かと、かつて与党であった現在野党の中道右派が提起したものを中道左派が反対して国民投票で否決をした、今度はその中道左派が与党の立場で中道右派に呼びかけて合意形成して憲法改正を進めようとしている、本当にそんなことが政治的に可能かというような質問を投げかけましたら、るるの説明の上で、一番最後に、要するに、中道右派は、憲法改正の内容について中道左派との合意があるのはわかっているわけであるが、それで合意して今の政権を支えていくよりは、今の政権を一刻も早く窮地に追い込む形で総選挙に持ち込みたい、それが関心事項になってくるのではないかと思うと。イタリアの政治、政局に大変詳しいフサーロ教授のこの発言というのは、かなり重く受けとめなければいけない。
 一つには、現在は野党の立場である私どもの立場としても、こうしたことを我々が考えてはいけない。と同時に、こういう事態になっていることの原因には、中道右派が、みずからが与党多数派でありましたときに、かなり強引なやり方で、中道左派との合意形成よりもみずからの案をごり押しするというプロセスが前提にあったわけでありまして、こういったことがあると、このフサーロ教授の見るように、なかなか合意形成が進まなくなって、いろいろな意味で暗礁に乗り上げるというような事態であろうと思います。
 さらに、それを乗り越えてということで両サイドの当事者の方は努力をされていることに期待をしたいと思っていますが、私たちの国が同じような状況にならないためには、この間、例えばビオランテ憲法委員長の、百九十二ページの発言にございますが、合意は徐々に形成されていくものである、与党でつくったものを野党に押しつける、あるいは野党でつくったものを与党に押しつける、そのような強制的なものであってはならないというふうにおっしゃっておりますが、こうしたことにそれぞれが留意をしていかなければ、我が国の憲法議論というものは大変不幸な状況になるのではないか。改めてこの点について真摯に取り組まなければならないという認識をして帰ってきたところでございます。
 デンマークに関しましては、これは今船田先生のお話にもございましたが、国会の多数が推進をしている案件であっても、国民投票では時としてそれを否決することがある。デンマークのEU関連の場合については、おおむね半分ぐらいは議会の圧倒的多数の意思に反して国民はノーという判断を下しています。
 昨年のフランスなどのEU憲法条約の国民投票などの結果も踏まえるならば、これは私どもがそれぞれにかなり強く意識をして今後の議論を進めていかなければならない。国会の中で議論が煮詰まり、国会の中で双方の理解が深まっていたとしても、それが本当に国民的なものとなっているのかどうかということの検証を常に進めながら我々は議論を進めていかなければならないだろうと思っています。
 この委員会における今後の進め方にもかかわりますが、例えば、一般的に参考人として、あるいは公述人として公聴会などで意見をお伺いするだけではなくて、これは理事会等でこれから知恵を出し合っていかなければいけないというふうに思っていますが、国民投票制度について御意見、見識を持っていらっしゃる方から、私どもを初めとする、例えば提案者などに疑問点などを逆に問いただしていただくとか、そういった双方向でのコミュニケーションをとりながら、国民全体とこの議会の中における認識の深まりというものの足並みをそろえていく必要性というものを強く感じた次第であります。
 また、このデンマークのサイデンファーデン総編集長のお話には多々示唆に富むことがございましたが、このうちテレビ等での各賛成派、反対派へのキャンペーンの時間配分について、私どももさきの国会に提出してあります提案では、議会における議席配分というものをベースにして時間配分すべきではないかと提案をしているところではありますが、この総編集長との議論の中で、例えばそういう形で、議会の多数が賛成しているから提案しているわけですから、反対派に配分される時間が少ないとなると、その少ないこと自体をもってこれ全体が不公平であるというキャンペーンがなされ、それが国民に対してかなりの影響力を持つ、そういう可能性がある、報告書の二百七十八ページにございますが、こうした趣旨の御発言をいただいております。これについては我々もかなり真摯に受けとめなければいけないだろうというふうに思っておりまして、これは今後のことでありますが、場合によっては、私ども自身、現在提案している中身を見直さなければいけないのかな、国民から見て公平なキャンペーンがなされているんだという、まず公平らしさが見えなければいけないということを考えると、むしろ賛否それぞれに対等な時間を配分するということの方が公平らしく国民の皆さんから受けとめられるのではないかということを感じてまいりました。
 以上、ポイントを絞らせていただいて今回の印象を御報告させていただきました。ありがとうございました。
○中山委員長 次に、斉藤鉄夫君。
○斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫でございます。
 衆議院欧州各国憲法及び国民投票制度調査議員団の一員として、ポーランド共和国、イタリア共和国、デンマーク王国及びエストニア共和国を訪問し、調査、勉強する機会に恵まれました。大変有意義な調査になったことにつきまして、中山団長を初め参加された議員の方々、そして支えてくださったスタッフ、事務局、大使館の方々の皆様に心から感謝の念を表したいと思います。
 本日は、私が特に印象を受けた、深く感じた点について御報告をさせていただきたいと思います。
 まず最初に申し上げたいのは、調査団に社民党さんが参加されなかったのが大変残念でしたけれども、国会に議員提案として国民投票法案を提出している自民、民主、公明の三党のみならず、日本共産党、そして当時の国民新党・新党日本の会派の代表も参加されたことに大きな意義を感じました。
 もとより、国民投票法案の議論は、憲法改正の中身、内容の議論ではなく、憲法九十六条に規定された手続を完成させるためのものでございます。中身の議論を行う大前提となる基本的なルールを決めるものでございます。したがって、各党が率直に意見を出し合い、議論し、そして納得のいく公平なものにしていかなければなりません。その意味で、多くの会派の代表の方々の参加を得ての今回の調査は大変大きな意味があった、このように感じております。
 さて、今回の調査で私が最も深く印象に残りましたのは、これは先ほど船田委員からもありました、また枝野議員からもありました、デンマーク最大の政治紙ポリティケン紙本社における総編集長サイデンファーデン氏の次の発言でございました。
 すなわち、先ほどの船田先生がおっしゃったのとちょっと言葉が、私はこのように記録していたんですが、国民投票とはコントロールのきかない怪獣のようなもので、おりから出すにはよほど慎重でなければならないという発言でございました。これについて少しその発言を詳しく御紹介したいと思いますけれども、これはサイデンファーデン総編集長の発言ですけれども、一部を御紹介します。
 国民投票は通常の議会制民主主義とは異なる政治のシステムを新たに生み出し、新しい政治力学を生み出す。そして、この新しいシステムの政治力学は政治的な提案を拒絶に導く傾向を持つのである。この議会制民主主義と異なる論理のもとにあり、議会や政党がうまく取り扱うことのできない、議会制民主主義と相入れない面もある新しいシステムを国民投票政治システムと呼び、これについて幾つかその特徴について述べてみたいということでたくさん特徴を述べているんですが、二つだけ御紹介したいと思います。
 第一の特徴は、非常に単純なものである。通常の政治過程ではさまざまな選択肢があるのに対し、国民投票の際には賛成または反対というたった二つの可能性しかない議論しか生まれない。国民投票では、人々は賛成か反対かという非常に窮屈な二つの選択に追い込まれる。そして、これが特に反対派において、有益な議論を行う機会を奪うのである。つまり、もし少しでも疑念が存在する場合には何も変えなければよいと人々はただ反対に投票する。そのため反対派が非常に有利になる。このような発言がございました。
 これは、問題意識としては、議会の圧倒的多数が賛成しているのに、国民投票にかければそれが反対になってしまうということに対しての問題意識でございます。
 もう一つ、第三の特徴は、通常の選挙では、有権者は政治家の発言、行動、そしてその政治家を信頼できるかという三つの条件に基づき判断し投票する。しかし、国民投票の際には、人を選んでいるわけではないため、行動や信頼というものは問題にならない。ただ、語られる言葉のみですべてが判断されることになる。しかも、だれも発言をチェックしているわけではないため、好きなように発言ができ、その結果、無責任な政治的発言が増大する。このように問題提起をされました。
 これに対して私は次のような質問をいたしました。国民投票の欠点をいかに克服するかという問題において、総編集長からは代議制の要素を導入したらどうかとの提案があった。しかし、そこで選ばれる代表者とは議員とは別の存在なのか。同じだとすれば、そのような代表者による決定はそもそも議会における決定になるのではないか。このように私は質問をしたわけです。
 これに対しての答えは、私は、直近の国民投票の際、反対派が勝利した場合、何が起こるかとしばしば尋ねられたが、そのとき私は極右と極左の主導者が手をとり合って連立政権をつくるだろうと答えたものだ。なぜなら、反対派はその極右と極左の二党のみだったからである。これを聞いた者は皆笑った。しかし、彼らは反対に投票するつもりだったのである。この例から、いかに国民投票において、自身が行った決定に対し皆がいかに無責任であるかがわかるであろう。一般に、人を選ぶ場合にはもっと自身の責任について意識するものであるから、私は、国民投票の際にも代表者を選ぶようにしておけば、国民投票の後にも、政治も責任感のあるものになるであろうと考えるのである。
 国民投票で否決されるということは、確立された政治システムを持つ民主主義国家にとって恥ずべきことである。フランスやオランダ、デンマークやスウェーデン、アイルランドの政治家はこの否決を非常に恥じているため、国民投票については口が重く、率直には語ってくれないであろう。なぜなら、政治家が、このような案を否決するとは何と有権者は愚か者なんだろうかなどとは決して発言することはできず、また何の解決策も存在しないからである。
 繰り返しになるが、このようなことから、私は、いかに国民投票が危険な状況を生み出すものであるかを皆さんに強調するのである。このような発言がございました。
 当然、憲法改正のための国民投票、憲法で定められている国民投票ですので、このような代議制ということはあり得ませんけれども、そこに大きな示唆があったと思います。
 この議論を通じて、私は、国民に賛成か反対かを問う発議をする国会での事前の議論を十分過ぎるほど徹底的に行っておくことの大切さを認識いたしました。事前の議会での議論を熟成させた後に、わかりやすく整理された形で国民投票に付すことが、いわゆる国民投票を怪獣化させないことになると深く感じた次第でございます。
 さて次に、各国で、投票したけれども何も書いていない白票の取り扱いについて質問をさせていただきました。
 すべての国で同様の答えが返ってきたわけですけれども、例えばポーランドのリマシュ国家選挙管理委員長との会見の際、その部下のチャプリツキ国家選挙管理委員会書記は、私の次のような質問、何も記載がなかった投票、いわゆる白票の扱いはどうなっているのかという問いに対して次のように答えております。
 それは、投票に参加したものであるから、一般的国民投票の成立要件とされる投票率にはカウントされる。しかし、イエス、ノーの印がないので、賛否いずれにもカウントされない票となる。したがって、御指摘の白票は、投票率が重要な要件である一般的国民投票の場合には重要な意味を持ってくることになる。こういう答えでございました。報告書の七十七ページにございます。こういう答えが各国共通でございました。
 メディア規制につきましては各国事情が異なっているところもありましたが、テレビについてはその影響力からか公平な放送を求めるが、新聞、雑誌については社説等で独自の主張の掲載を認めるというのが一般的なものだと感じた次第でございます。
 そのほか、投票年齢は四カ国すべて選挙権年齢と同一で、十八歳でございました。人を選ぶ選挙年齢と国の基本的方針を選ぶ国民投票権年齢は一致させるということで十八歳ということでございましたけれども、一致させるのは当然という意見が大勢でありました。したがって、我が国も投票権年齢は選挙権年齢である二十歳からスタートし、いずれ両方とも十八歳に引き下げていく必要があると感じた次第でございます。
 あと、国民的関心が高く大きな議論が巻き起こる場合、イエスと答える人はその案件に一〇〇%確信を持っている人だけで、ほんのわずかでも疑問を持っている人はノーと答える傾向が強いという現象が四カ国でも見られました。このことが議会では大半の政党、議員が賛成でも国民投票にかけると否決されることの理由だ、四カ国ともこのような説明がございました。
 以上、今回の視察を通じ、国民投票で国民の審判を仰ぐことの民主的プロセスの大切さを感じ、しかしながら、それを有効たらしめるのは、それに至る国会での問題点を深掘りする議論の大切さ、時間をかけての議論によって、イエスかノーしか選択肢を持たない国民にいかに問題点を整理して提供できるか、その議論の大切さを痛感した次第でございます。
 以上でございます。
○中山委員長 次に、笠井亮君。
○笠井委員 日本共産党の笠井亮です。
 中山団長を初め調査議員団、同行の皆さん、そして関係者の方々には大変にお世話になりました。ありがとうございました。
 私は、日程の都合でポーランドとイタリアの調査に参加しました。感想を三点述べたいと思います。
 第一に、憲法の基本原則というのは非常に重くて、国民というのはこれを根本から変更するような改憲は認めないんだということを目の当たりにいたしました。
 イタリアでは、六月の末に、戦後の憲法の大もとを変える大幅な改憲案についての国民投票が行われて、大差で否決されたばかりでありました。
 今のイタリア憲法は一九四八年に施行されたもので、ムソリーニ独裁政権時代の反省に基づいて、首相に権限が集中しないようにする反ファシズム的内容を持っています。ところが、昨年秋、当時の与党、ベルルスコーニ政権が、首相権限を強化し、議会の力を縮小するなど、共和国の機構の大部分を書きかえたり国民の福祉を切り捨てたりする内容の改憲案を出しました。
 今回の国民投票は、改憲案を出した政権が四月の総選挙で敗れるという政治的激動の直後に行われたものでした。改憲反対派は憲法を守ろう委員会をつくって、首相権限強化は戦前への逆戻り、国民サービス切り捨ては許せないと運動したとのことでした。結果は、有権者の過半数を超える五二・三%が投票し、反対六一・三%、賛成三八・七%の大差で改憲案は不承認となりました。
 私たちが最初に懇談したキーティ議会関係・制度改革大臣はこう言っていました。イタリア国民は現行の憲法こそが我々が遵守しなければならない憲法であると認めたと解釈している、現行憲法の半分近くを変更する大幅な改正というものはやはりイタリア国民のコンセンサスを得られていない。
 翻って、日本では公権力に対する制限規範としての憲法の性格を変更して国民の行為規範としての役割を持たせるなどという議論が一部でなされておりますが、それは歴史的にも世界的にも全く通用しないものだということを一層強く感じた次第であります。
 第二に、いかなる場合に国民が憲法改正を必要とするのかということについて、なるほどと思う経験に接することができました。
 ポーランドでは、異口同音に、ポーランドは一七九一年、ヨーロッパで最初に憲法をつくった国だが、そういう国がヨーロッパで最後に新憲法を決議したと語られ、それは一九八九年に政治体制が変わったからだという説明でありました。
 ソ連、東欧の激変が起こり、社会主義を名乗ってきた専制、覇権の支配体制が崩壊した、それを受けて、体制の転換を国民みずからが選択し、新憲法をつくったという経過を具体的につかむことができました。
 日本では、体制の大きな転換があるわけではありません。また、安倍新内閣発足時の世論調査でも、優先して取り組むべき課題は、あるいは最も期待することというのは、社会保障制度改革や景気、雇用対策などが上位で、憲法改正は極めて低く、国民も改憲を優先して取り組むべき課題とは見ておりません。まさに、民意とかけ離れて改憲が進められようとしているところに、日本の政治の状況を改めて感じたところであります。
 第三は、今回の訪問国の中に、日本の国会で継続審議扱いされている改憲手続法案のような、改憲案を通しやすい国民投票制度を持っている国はどこにもなく、その点で法案の重大な問題点を改めて痛感したということであります。
 例えば、日本の国会に提出されている改憲手続法案では、無料でできる政党等によるテレビ、ラジオのCMと新聞広告の放送時間や掲載スペースは、所属議員数を踏まえてとされています。しかし、そもそも改憲発議には三分の二以上の賛成が必要とされている以上、改憲に賛成した政党が圧倒的に有利に大キャンペーンをできるのは自明のことであります。今回調査してきた国々には、そういう反民主的、党利党略的な仕組みは全くありませんでした。
 イタリアでは、国民投票に関して賛成、反対の運動を行う個人、団体は、通信における権利保障独立委員会に届け出ることになっています。そして、テレビ、ラジオの討論番組や意見広告の放送でも、新聞広告でも、届け出た賛成派、反対派に均等な放送時間の確保が義務づけられております、スペースの確保が義務づけられております。議席数に応じて利用できるなどという仕組みはあり得ない。個人、政党、労働組合も届け出できるが、実際には、賛成派、反対派がそれぞれグループをつくって広告を出し、それぞれ半分ずつスペースをとるのだそうです。こういうルールの根拠について尋ねると、イタリア内務省の選挙部担当審議官は、なぜかと言うまでもなく当たり前のことだという口ぶりでした。
 ポーランドや、さらには、今回私は行けませんでしたが、デンマークなどでも、改憲案に関する周知、広報活動における新聞や放送の利用に関して、所属議員数を踏まえてなどという規定はなく、賛否の意見は平等に扱われるというのが原則とされているそうであります。何のための手続法案なのかを改めて考えさせられました。
 最後に、今、世界が日本の憲法をどう見ているのか、その一端を示すエピソードを紹介しておきたいと思います。
 この報告書の中にもありますが、ポーランドで日本の憲法九条が話題となったときに、中山団長が、憲法九条は集団的自衛権は行使できないと解釈されており、これが国際貢献に当たってのネックとなっていることも事実と言われ、ひとしきり議論になりました。その中で、ゲレメク元外務大臣が、私は日本国憲法九条の存在は日本のソフトパワーとしての大国という意味において決して障害にはならないと考える。日本は、将来、平和な大国としてより大きな役割を果たすべきであり、また、必ずそうなる国だと考えていると述べ、これを受けて中山団長がおっしゃるとおりと応じたやりとりが印象に残っております。
 その中で、中山団長が、憲法九条に関しては国民的な関心も高く、例えばノーベル文学賞を受賞した大江健三郎という作家などは九条の会という全国的ネットワークをつくって運動していると、私が紹介しようとする前におっしゃってくださいました。そうしますと、ボロフスキ元下院議長が、それは九条に関してどういう主張の会か、憲法九条の改正に対して賛成する会か、それとも反対する会かと質問してきて、中山団長が、憲法九条改正に断固反対の護憲の会である、こうお答えになって大爆笑になりました。
 現在、北朝鮮の核実験問題に対して、国連安全保障理事会決議が全会一致で採択され、国際社会が一致結束して平和的、外交的努力で問題解決を図ろうとしています。そうした現実を見たとき、ゲレメク元外務大臣が述べた憲法九条への思いには重い意味があると考えます。
 今、日本に求められているのは、憲法九条改憲のための手続法をつくることではなく、唯一の被爆国であり憲法九条を持つ国として、日本ならではの外交の役割を発揮し、平和な大国としての大きな役割を果たすことだ、このことを今回の調査を振り返りながら改めて確信しているところです。
 以上で発言を終わります。ありがとうございました。
○中山委員長 この際、お諮りいたします。
 海外派遣報告に関しまして、調査に参加されました議員滝実君から御意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○中山委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 滝実君。
○滝議員 滝実でございます。
 海外調査には、国民新党・日本・無所属の会のメンバーとして参加をさせていただきました。大変意義深い調査に参加させていただきましたことを改めて感謝を申し上げる次第でございます。しかし、現在は院内会派の解消によりまして当委員会の委員を続けることができませんので、きょう、こうして委員長のお計らいで発言の機会をおつくりいただきましたことに感謝を申し上げる次第でございます。
 先ほど来いろいろな報告がございましたから、それにつけ加えることはほとんどないわけでございますけれども、一点だけ最初に感謝を申し上げなければいけないことがございます。それは、この報告書を見て、私も、この調査内容がいかにすばらしいものであったかということを改めて実は実感をさせていただきました。調査中は、無我夢中でと申しますよりも、訪問先の意見を聞き取るだけで精一杯でございましたから、前後左右のことは余りわからないのでございますけれども、改めてこの報告書を見ると、実に克明に、正確に編集されているということでございまして、本当に意義の深い調査だったということを改めて感じさせていただいております。
 以下、私は、五点について若干の感想を申し上げさせていただきたいと思います。
 まず第一に感じましたのは、憲法というのは国家の基本法であることは洋の東西を問わず共通の認識だと思いますけれども、この調査で改めて感じましたのは、単なる基本法という感覚では政治家が受け取っていない、むしろ憲法を成立させるために結集した国民融合の歴史あるいは記念碑、そういうような感覚をこの憲法に皆さんがお持ちになっているということではないだろうかと思います。
 それだけに、この憲法をめぐる改正論議も、その憲法成立の際の国民のいろいろな意見を結集するに当たっての努力と申しますか、思い、そういうものがこの憲法に込められているのを後々の政治家がどういうふうに大切に守っていくか、その上で改めるべきものは改めるという議論をしていく必要がある、こういうような感覚を持たせていただいた次第でございます。特にポーランドでは、あるいはエストニアとか、そういう外国の支配が不幸にして続いた国においてはそういう感覚が特に顕著に見えていたように思います。
 それから、第二点目でございますけれども、憲法制定以後今日まで、ポーランドにいたしましても、あるいはイタリアにいたしましても、執行権を持っている行政の長の権限をどういうふうに位置づけるかということで苦労されているということを感じ取りました。
 例えば、ポーランドでもそうでございますけれども、かつてはワレサ大統領が持っていた大きな大統領権限をどうやってはがしていくか、こういうことがポーランドの憲法の歴史ではなかったかと思いますし、イタリアの憲法でも、首相の権限をいかに抑えていくか、こういうようなことではなかっただろうかと思います。
 特に外国の支配下にあったところでは、大統領、要するに行政の長に大きな権限を与えると、その行政の長、単独の長でございますから、それに揺さぶりをかければ簡単にコントロールできるんだろう、こういう歴史があったように思います。そういう歴史の反省から、大統領あるいは首相の権限をいかに抑えるか、それにかわって国会がその国の防波堤となって守っていく、こういうような歴史を経た国々においては特にそういうことを意識として強くお持ちになっているというふうに考えております。
 余談ながら、そういうようなポーランドでも、大統領と首相を双子の兄弟がそれぞれ占めてしまった、こういうような制度が予想しない事態が出てきたものですから、制度論というのもある意味では限界があるかもしれませんけれども、少なくとも、制度としては大統領の権限をいかに抑えていくか、こういうような感覚というものが大切だということを改めて学ばせていただきました。
 三点目でございますけれども、私は、衆議院の本会議で質問させていただいた点について、以下三点ほど申し上げたいと思います。
 一つは、先ほども船田委員あるいは斉藤委員からございましたけれども、国民投票は荒れ狂う猛獣だ、したがってその猛獣をおりの外へ出してはいけない、出したら最後、ひとり歩きする、こういうようなデンマークのサイデンファーデン総編集長の意見がこの場でも披露されましたけれども、逆に言いますと、今の日本の状況は、昨年の衆議院の解散の際の郵政民営化法案、あれによって小泉総理が国民投票的に国民の判断を仰ぐんだと言った以上は既におりから外に出ているんですね。したがって、日本の場合は、このおりから出た猛獣をどうやってもう一遍おりに入れるのかということが問われなければならないと思っておりますし、ある意味では、おりから出たものを恐らくこれからも何回かお使いになる方々が出てくる、そういうことについてどういうふうに考えるのかということも必要じゃないだろうかな。私は、サイデンファーデン総編集長の意見は非常にもっともだと思って聞きましたけれども、日本の場合に、ああ、そうですかというわけにはいかないような感じを受けた次第でございます。
 それから二点目は、国民投票、特にデンマークの場合の反省ということでございましたけれども、そこでアウケン議員が言っておられたのは、やはり国民というのは具体的なことが示されないとなかなか的確な判断ができないのではないだろうかな、こういうような趣旨として受けとめました。特にデンマークでユーロへの参加に対して国民投票で否決された裏には、デンマークのクローネが大変安定した通貨である、それがドルとかユーロということになるとやはり心配である、こういうことでユーロへの参加に対して国民はノーの回答を出した、そこに議会と国民との間のギャップがある。それは、国民の側からすると、やはり具体的に、クローネに対する信頼感、そういうものがまず身近な問題として意識されたということでございますから、国民投票の場合にもそういうようなことを意識しませんと、なかなか、一般的な、抽象的な文言だけで国民投票法の案件を出した場合には具体的な問題で足をすくわれる、そういうおそれが多分にあるのではないだろうかな、こういうふうに考えられる次第でございます。
 ちなみに、アウケン議員は、今となっては、自分は当初はユーロへの参加を反対したけれども今は賛成だ、本人みずからもそういうような判断の転換を表明しているぐらいでございますから、なかなか難しい問題があるのではないだろうかな、こういう感じがいたします。
 それから三点目でございますけれども、先ほど来も紹介がございましたけれども、国民投票運動におけるテレビ等の便宜供与、要するに無料の取り扱いでございますけれども、訪問先四カ国のうち、賛成、反対派均等に配分すべきだというのが二カ国、それから、賛否じゃなくて登録された団体に均等にというのが一カ国、それから、エストニアのように何もそういう便宜供与がないというふうに割り切っているところが一カ国、こういうことでございまして、したがって、日本の場合にどうするかということでございますけれども、先ほど笠井委員がおっしゃったように、在籍する議員数で時間等の割り振りをするというのはいかがなものだろうかな、こういう感じを強く受けた次第でございます。
 以上、五点になりましたけれども、感想だけを申し上げまして、報告のかわりとさせていただきたいと存じます。
 ありがとうございました。
○中山委員長 これにて調査に参加された方々からの発言は終了いたしました。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時二十五分散会