第189回国会 本会議 第47号
平成二十七年九月十八日(金曜日)
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 議事日程 第三十九号
  平成二十七年九月十八日
    午前一時開議
 第一 瀬戸内海環境保全特別措置法の一部を改正する法律案(参議院提出)
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○本日の会議に付した案件
 安倍内閣不信任決議案(枝野幸男君外四名提出)
    午後四時三十二分開議
○議長(大島理森君) これより会議を開きます。
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○橘慶一郎君 議事日程追加の緊急動議を提出いたします。
 枝野幸男君外四名提出、安倍内閣不信任決議案は、提出者の要求のとおり、委員会の審査を省略してこれを上程し、その審議を進められることを望みます。
○議長(大島理森君) 橘慶一郎君の動議に御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(大島理森君) 御異議なしと認めます。よって、日程第一に先立ち追加されました。
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 安倍内閣不信任決議案(枝野幸男君外四名提出)
○議長(大島理森君) 安倍内閣不信任決議案を議題といたします。
 提出者の趣旨弁明を許します。枝野幸男君。
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 安倍内閣不信任決議案
    〔本号末尾に掲載〕
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    〔枝野幸男君登壇〕
○枝野幸男君 民主党の枝野幸男です。
 まず冒頭、今回の台風十八号関連による大雨被害によってお亡くなりになられた方々に対し、改めて衷心よりお悔やみを申し上げます。また、各地で被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。
 さて、これより、私は、民主党・無所属クラブ、維新の党、日本共産党、生活の党と山本太郎となかまたち、社会民主党・市民連合を代表し、安倍内閣に対する不信任決議案の提案の趣旨を説明いたします。(拍手)
 まず、決議案の案文を朗読します。
  本院は、安倍内閣を信任せず。
   右決議する。
    〔拍手〕
 二〇一二年末の総選挙で、総理は、日本を取り戻す、こう何度も絶叫し、政権の座に着きました。
 成長戦略実行国会、好循環実現国会、地方創生国会、改革断行国会。国会のたびに、安倍総理は、経済やさまざまな改革に取り組むようなキャッチフレーズをつくりました。
 しかし、安倍政権の経済政策は、日本銀行任せの異次元と称する節操なき金融緩和、そして財政出動という、いわば痛みどめとカンフル剤にすぎず、一時的に景気回復の幻想をばらまいただけに終わっています。
 地方創生もさまざまな改革も、そのポーズだけは立派でありますけれども、本気でやる気があるとは到底思えません。地方の疲弊はますますひどくなり、財政規律を無視したばらまきが大規模に復活をしています。
 そんな中で、安倍総理が唯一精魂込めて取り組んだのは、政府に都合のよい特定秘密保護法の成立であり、今回の、立憲主義を破壊し、戦後日本の骨格をゆがめようという安全保障法制の成立でありました。
 政府・与党は、七月十六日に本院で、そして九月十七日には参議院の特別委員会で、国民の理解が全く得られておらず、多くの国民が反対をしているにもかかわらず、この違憲法案を強行採決しました。
 立憲主義に反する戦後最悪の法案を戦後最悪の手続で強行する姿勢は、まさに暴挙そのものです。安倍内閣は、もはや、民主的政府としての理性を失い、みずからブレーキをかけることができない暴走状態と化しています。
 くしくも、本日九月十八日、一九三一年、いわゆる満州事変が勃発をした日であります。安倍総理が取り戻すと称している日本は、このころの、つまり満州事変から日華事変、日中、日米戦争へと至る、昭和初期の暴走していた時代の日本ではないのでしょうか。
 この暴走をとめる責任が私たちにはあります。私たちは、この今も、国会の周辺で、全国各地で、怒りを込めて声を上げている多くの主権者の皆さんの思いを背に、万感の怒りを込めて内閣不信任案を提出いたしました。
 以下、本決議案を提出する理由の一端について、具体的に説明を申し上げたいと思います。
 まずは、何といっても安全保障法制であります。
 安倍政権が今まさに無理やり成立させようとしている安全保障法制は、その内容においても、プロセスにおいても、その背後にある政治理念においても、戦争への深い反省に基づく民主主義と立憲主義、そして平和主義と専守防衛に基づく戦後の安全保障政策を大きく転換、破壊し、戦後七十年の平和国家、民主国家としての歩みを逆転させかねない、まさに戦後最悪のものであります。
 そもそも、安倍政権が進める自称積極的平和主義とは何なんでしょう。対話や地道な外交努力を軽視し、武力による抑止に偏っており、政府が言うような日本の安全と地域の平和を約束するものでは到底あり得ません。
 私は、この本会議場で、この安全保障法制の趣旨説明に対する本会議質疑に立たせてもいただきました。その折も申し上げました。
 昭和十二年、盧溝橋事件における当時の政府の声明は、東亜の平和の維持を掲げていました。昭和十六年、日米開戦の折の宣戦の詔書は、東亜永遠の平和を確立と掲げていました。
 我が国だけではありません。ベトナム戦争における米国両院合同決議、いわゆるトンキン湾決議は、東南アジアにおける国際平和と安全の維持が国益と国際平和にとって死活的であるとして、本格介入を承認しました。
 平和のためという大義名分は、まさに繰り返し、戦争を正当化するための方便として使われてきたのであります。平和が強調されている場合には、眉に唾をつけて受けとめるべきというのがまさに歴史の教訓なのではないでしょうか。
 戦後七十年のことし、なぜ、さきの日中、日米戦争などで多くの犠牲が払われたのか、その中から、なぜ戦後の平和主義が生まれたのか、そして、満州事変が勃発したきょう九月十八日、なぜあの柳条湖事件が起こり、満州事変へと拡大したのか、先人の歩みと思いにしっかりと目を向ける必要があると感じています。
 知者は歴史に学ぶといいます。こうした歴史をいかに総理が踏まえていないのか、それがこの安全保障法制、そしてこれをめぐる一連の国会審議等に如実にあらわれていると私は痛感をしています。
 安全保障法制の具体的な問題点にも触れていきたいと思います。
 まずは、何といっても、憲法違反であるという根本的な問題であります。
 政府案による集団的自衛権の行使容認、そして後方支援の武力行使との一体化、これは、日本への武力攻撃がなくても自衛隊による武力行使を容認するものであり、従来の専守防衛を明らかに逸脱し、従来の憲法解釈からは到底許されない、憲法違反のものであります。
 衆議院の憲法審査会においては、自民党推薦の参考人としておいでいただいた長谷部教授を含め、招致された憲法学者全員が、政府案は憲法違反であると明言をされました。
 七月に行われたアンケート調査では、百四十四人の憲法学者のうち、百二十二人という圧倒的多数の憲法学者が憲法違反だと批判をしました。
 山口繁元最高裁判所長官、濱田元最高裁判事、さらに、法制局長官を経験した専門家、見識ある、まともだったころの自民党の有力OBたちも、憲法違反だと批判を繰り返しています。
 政府は、安保法案が憲法違反であるという野党などからの批判に対し、違憲かどうかを判断できるのは憲法の番人である最高裁だけだと主張をしてきました。にもかかわらず、元最高裁長官などの究極の専門家の発言を受けると今度は、総理は、今や一私人と切って捨て、中谷防衛大臣も、一私人の発言に一々コメントしないと答弁をしています。
 最高裁長官を経験した方の言葉には相応の重みがあります。しかも、山口元長官は職業裁判官の出身でおられます。私も法曹の一角を占めさせていただいていますが、日本の職業裁判官がいかに政治的中立性の重要性を意識しているのか、これは本当に、ある意味で日本の司法、法曹の中立性、公正さ、こうした観点から誇るべきものだと私は感じています。
 そうした職業裁判官の中でしっかりと仕事、実績を積み重ねられ、その結果、最高裁判事、そして長官にまで上り詰められた山口氏は、誰よりもそのことを意識している方である。その山口元長官があえて発言をした意味を、さらには、山口氏のほかにも少なからぬ元職業裁判官が今声を上げているということの意味を理解しようとしない姿勢は、御都合主義そのものであると言わざるを得ません。
 政府が集団的自衛権の根拠たり得ると主張するいわゆる砂川判決は、国家がその自然権的権利として当然に自衛の措置をとり得ることを認めたにすぎません。それが個別的自衛権なのか集団的自衛権なのかは、判決では全く触れていません。これを集団的自衛権の根拠たり得るという主張は、全くもって、ないところから無理やりに何かを生じさせようとするものであり、奇想天外であります。
 だからこそ、当初、山口那津男公明党代表も、自衛隊が合憲か違憲かという論争の中で下された判決であり、集団的自衛権を視野に入れた判決ではないと発言をされています。繰り返します。山口那津男公明党代表の御発言であります。
 安倍政権は、集団的自衛権に関し、これまで政府の姿勢の基礎とされてきた昭和四十七年見解、これは、参議院決算委員会に提出された、昭和四十七年十月十四日、集団的自衛権と憲法との関係に関する政府資料でありますが、これについて、その一部のみを便宜的に切り取って基本的論理とした上で、それに今日の安全保障環境の変容を当てはめれば集団的自衛権行使は可能と主張をしておられます。
 しかし、この四十七年見解、しっかりと読めば、そんな奇想天外な話は出てくるはずがありません。
 四十七年見解はこう述べています。
 政府は、従来から一貫して、わが国は国際法上いわゆる集団的自衛権を有しているとしても、国権の発動としてこれを行使することは、憲法の容認する自衛の措置の限界をこえるものであつて許されないとの立場にたつているが、これは次のような考え方に基づくものである。
 いいですか。つまり、この後申し述べる部分は、集団的自衛権を行使できないということの理由を説明する部分です。
 その中で、
  憲法は、第九条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が…平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第一三条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、…国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであつて、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。しかしながら、だからといつて、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであつて、それは、あくまで外国の武力攻撃によつて国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべきものである。そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行なうことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであつて、したがつて、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。
この部分全体が、「次のような考え方に基づくものである。」という言葉のもとに置かれている文章であり、その集団的自衛権の行使は、憲法上容認する自衛の措置の限界を超えるものであるの理由として、今の部分が述べられているんです。
 この中から部分的に取り出して、集団的自衛権行使容認の根拠にするだなんというものは、無から生み出すんじゃなくて、マイナスから生み出すようなものです。到底、論理的に成り立ちません。
 まさに、本当に、この四十七年見解を根拠に憲法違反じゃないとおっしゃっている方は、この四十七年見解をちゃんと熟読されたんでしょうか。熟読されてあのような解釈を導かれるとすれば、小学校や中学校で接続詞の使い方とか意味を習ったんでしょうか。私は、日本語の使い方、接続詞の使い方、それを理解してこの日本語を読んで、ここから集団的自衛権の部分行使容認を導ける、これはとても、日本語の範疇を超えていると言わざるを得ないと思っています。
 政府は、安全保障環境が変わったから憲法解釈を変更できると強弁をしています。これを無条件に認めたのでは、時の政権の判断で憲法を勝手に解釈することになり、憲法の意味がなくなります。
 衆議院の審議で中谷大臣は、「現在の憲法をいかにこの法案に適用させていけばいいのかという議論を踏まえまして閣議決定を行ったわけであります」と。憲法に法律を適合させる、別に大学の法学部で習わなくても、中学校の社会科で習う世界だと思います。
 この内閣は、恐ろしいことに、憲法は法律の下にある、こんなことを堂々と国会の審議でおっしゃる。憲法が法律の下なら、安保法案もそれは適当かもしれません。しかし、中学生でもわかる話です。憲法に従って法律はつくられなければならないし、解釈されなければならない。こんな当たり前のことをこの国会の議場で言わなければならないことを、私は大変悲しく思います。
 大体、砂川判決の後も、昭和四十七年見解の後も、歴代自民党政権は、集団的自衛権は憲法違反とずっと言い続けてきたのではないですか。状況が変われば認める余地があり得るだなんという話を私は聞いたことがありませんし、今回の議論でもそうした説明は一度も聞かされておりません。
 高村副総裁は何度も、憲法違反じゃないといろいろな詭弁を弄されておりますが、高村さん御自身、外務大臣のときに、留保なく、つまり、状況が変われば容認される余地があるだなんということは全くおっしゃらずに、集団的自衛権の行使は憲法違反であると明言されているじゃないですか。
 中谷防衛大臣に至っては、集団的自衛権を行使容認できるようにしたいけれども、解釈ではできないから憲法典を改正するんだとおっしゃっているじゃないですか。
 従来から、状況によっては解釈する余地があると思っていたのなら、まずそれをやりましょうとなぜその時点で言わなかったんですか。まさに、今まで自分たちが言ってきたことを百八十度ひっくり返している話なんですよ。
 あるいは、お二人以外にも、たくさんの歴代自民党の閣僚、党幹部の皆さんが、留保なく、集団的自衛権行使は憲法違反だと繰り返されてこられました。中曽根元総理も福田元総理も、たくさんの歴代自民党政権の皆さん、こうした皆さんは本当は、状況が変われば行使できるというはずなのを、ずっとみんな間違え続けてきたんですか、中曽根さんも皆さんも。そう言っているにほかならないことですよ。その中には、集団的自衛権、本来なら行使したいと思っている方も少なからずいたはずではないですか。
 歴代内閣法制局長官も、当然、法律家の基本として、状況が変われば部分的に容認できる余地があるなら、そのことを付言して、集団的自衛権の行使は憲法違反だと歴代言い続けてきたはずですよ。何で急に、今度の長官になったら変わるんですか。歴代長官は気づかなかった、それは失礼じゃないですか、歴代長官に対して。
 集団的自衛権の行使を容認することは、憲法改正に匹敵するような、まさに憲法解釈の重大な変更です。これが本当に必要なことで、国民の理解を得られるのであるならば、憲法改正を言わなければいけないじゃないですか。国民の過半数の賛成を得て実施する憲法改正の手続をなぜ訴えなかったんですか。こうしたことを無視して一内閣の独断で解釈を変更している、これは立憲主義に反する暴挙であります。
 麻生副総理は自分で認めておられます。
 平成二十五年七月二十九日に開催されたシンポジウムでの発言、「僕は今、三分の二という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。」「ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。」「だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。」、結論部分を除けば、私も認識は一緒です。
 まさに、ナチス・ドイツは武力クーデターで独裁をつくったのではないんです。ワイマール憲法という、当時の世界においては最もと言っていいぐらい進歩的な憲法のもとで、民主的なプロセスを経て権力を握り、そうやって得た国会の議席の力で、いわゆる権力委任法という法律でワイマール憲法を事実上停止し、そして独裁に走った。まさに、時代認識はそのとおりです。
 その手法に学ぶというようなことを堂々とおっしゃっている。まさに、今やっていることはそれそのものではないんでしょうか。
 恐ろしいことに、東京大学法学部をお出になられた総理補佐官が、立憲主義を大学では教わらなかったとツイッターか何かで書かれています。
 ちなみに言うと、何も、最もレベルが高いと思われる東京大学法学部で習わなくても、立憲主義というのは中学校の社会科で教わります。
 まさに、権力は憲法によって制約される、権力者は憲法に従ってその権力を行使しなければならない、これが立憲主義であります。まさに、内閣総理大臣たるもの、この立憲主義によって拘束される忠臣であります。
 もちろん、我々国会議員も、その権力の一端を一時的にお預かりする者として、憲法に縛られ、憲法に反する法律をつくらない、そのために努力をするという責任を負っています。
 立憲主義をもって、それは王様の時代の、王様の権力を制約するためのものだ、こんな、あえて言えば、この話自体が一世代前の話と言っていいかもしれません、こんなすごいことをおっしゃっている方もいて、唖然としました。
 確かに、歴史的には、王様の権力を制約する、そのプロセスの中で立憲主義という考え方が広まり、あるいは鍛えられてきた、そういう側面が歴史的にあるのは間違いありません。では、いわゆる王権以外の権力は憲法に服さなくていいのか。そんなことはありません。
 まず、そもそも、私たち国会議員がお預かりをしている立法権という権力、それは何によって与えられているんですか、預かっているんですか。内閣総理大臣の権力、それは何によって与えられているんですか。
 選挙と言う人がいるかもしれません。それは半分でしかありません。その前提があります。選挙で勝った者にこういう権限を預ける、選挙で勝った者にこういう権力を行使させる、そういうことを憲法で決められているから、選挙で勝った者に一時的に権力が預けられている。
 同時に、その憲法は、無条件で権力を預けるのではない。こういうプロセスで誰に預けるかを決めることを規定していると同時に、その権力者はこういう規制の中でしか権力を使っちゃいけない、この両方を憲法で決めて、セットで私たちは委ねられているんです。この筋からいっても、王権ではない権力だといえども、私たちが預かっている権力そのものは、同時に、日本国憲法によって制限された中で負託をされている。選挙で勝ったから万能ではない。当たり前のことじゃないですか。
 しかも、民主主義というのは、戦後日本においては、民主主義の重要性がある意味で若干偏った形で強調され過ぎてきたのかもしれないと思うところがあります。立憲主義とセットになって初めて民主主義というのは正当化されます。
 なぜならば、民主主義は、決して多数決主義とはイコールではありませんが、多数の意見に従って物を決めていこうという考え方であること、これは否定をしません。しかし、多数の意見に従って物を決めていこうという考え方は、それだけでは決して正義ではありません。なぜならば、多数の暴力によってこそ、少数者の人権侵害というのは生じるからです。常に多数で物を決めればいい、多数意見が絶対なんだということであったら、あなたも私もみんな、この社会において安心して生きていくことはできません。
 今は、それは、自民党の皆さんが国会の中で多数、我々は少数かもしれないけれども、国家全体ということで考えれば、今、こうして元気に健康で仕事をさせていただき、こうしていろいろとお訴えをさせていただける。少数野党も含めて、ある意味では、人生のさまざまな側面において、我々は多数の側に立っています。
 しかしながら、例えば難病に侵されている方、けがを負って、障害を負っておられている方、例えばいろいろな形でその側面を見れば、少数の立場に立たれている方は世の中にたくさんいます。
 そして、皆さんも私たちも、今は相当の側面で多数派かもしれないけれども、常に、ある側面を切り取れば少数派である。あるいは、人生のいろいろな側面において、例えば不幸にも重い病気にかかったり事故に遭ったり、常に全ての人間は少数派になることがあり得る。少子高齢社会、高齢化が進んでいる社会とはいいながらも、人間年をとっていけば、年をとって体が自由にならなくなる。これは、やはりそうはいっても、少数者でしょう。誰もがいずれそうなる。
 そうしたときに、民主主義、多数で決めることが正義であるというその側面だけを取り上げたら、常に、自分が少数の側に立ったときに、多数によって何をされるかわからない、これでは誰も安心して暮らしていくことはできません。
 だから、民主主義というのは、憲法によって少数者の権利というものをしっかりと守る、民主的なプロセスで選ばれた権力といえども、ここは絶対やってはいけないんだ、こういうことはやってはいけないんだ、そういう縛りをかけておかなければ、民主主義は少数者に対する迫害になる。だから、民主主義と立憲主義というのはセットなんです。こんなことは世界の常識です。
 本人の了解を得ていませんから、とあると申し上げたいと思いますが、とある憲法学者の方が、この集団的自衛権の話のもっと前です、三分の二の国会の要件を外すという、裏口入学の憲法改正から入っていこうという試み、企てがなされたそんなころ、お話をしていたら、自分は立憲主義の重要性を十分に伝えてこなかったことにじくじたる思いがある、立憲主義というのは余りにも当たり前過ぎてしっかりと伝えてこなかった、そのことにじくじたる思いがあるというふうにおっしゃっていました。
 安倍総理大臣は、歴史に残る仕事をされたと思います。この国にいかに立憲主義というのが重要か、そのことを、当たり前過ぎていかに忘れていたか、そのことを、私も含めて多くの人たちに知らしめた、この限りにおいては大変大きな功績だと私は思います。
 立憲主義の破壊というものがいかに恐ろしいか、これは、歴史も私たちに教えてくれています。他国、ドイツの話だけではありません。戦前、日本が泥沼に陥っていったプロセスにはいろいろな節目があったと思います。
 まず申し上げておきたいのは、私たちはともすると、戦前、戦後と分けて、戦前がずっと暗黒の時代であったかのような印象を持っていらっしゃる方、あるいはそうしたことをおっしゃる方もいらっしゃいますが、私はそうは思いません。あえて申し上げれば、大日本帝国憲法、明治憲法も、あの時代の憲法としては、私は、世界史的に見ても相当進歩的な、すぐれた憲法であった側面があったし、だからこそ、普通選挙運動などを経て大正デモクラシー、そういう時代が築かれたりしました。
 しかし、それが道を誤っていった。これを憲法史の側面から捉えたとき、やはり憲法解釈の一方的な変更、これが一つの分かれ目になっていると思います。
 一つは天皇機関説です。
 先ほど、圧倒的多数の憲法学者あるいは裁判官、法制局長官、たくさんの人たちが、こんなものは憲法違反だ、これを一顧だにしない今の政府の姿勢をお話ししました。戦前、明治憲法において、天皇機関説は圧倒的通説でありました。美濃部達吉先生の特異な説ではない、当時の通説でありました。
 ところが、あるとき、この天皇機関説に対して、天皇陛下を機関車に例えるとは何事かという余りにも低レベルな批判でつるし上げ、この天皇機関説を、専門家が圧倒的に通説としている天皇機関説を排斥したんです。日本が曲がり角を間違えた、そんな時期と重なります。
 もう一つ、戦前の軍部の問題として、統帥権の独立が挙げられます。
 確かに、憲法の規定上、初めから統帥権は独立をしています。しかし、同時に、統帥権を有する天皇陛下の大権は、内閣の輔弼に基づいて仕事をすると明治憲法は定めております。ある時期まではしっかりと、内閣の輔弼を受けた天皇大権としての統帥権が独立をしているということであって、決して、内閣と無関係に、勝手に軍が統帥権に基づいて行動していい、そんな解釈や運用はされていませんでした。
 まさに、この解釈がいつの間にか勝手に変えられていて、内閣の言うことなんか聞かなくてもいいと解釈が変わり、運用が変わり、その中で、まさにきょう、全く同じ日に満州事変が勃発したと申し上げましたが、こうした軍部の暴走へとつながっていったのであります。
 こうした立憲主義を否定する、そうした政府は到底容認されるものではない、この一点をもっても、この内閣は不信任に相当すると申し上げなければならないと思っています。
 ちなみに、この憲法論を言うと、時々、いや、憲法学者は自衛隊違憲論が昔多数だったじゃないか、そんな中で、政府が決断をして自衛隊を合憲だと言って、だからよかったじゃないか、こういうことをおっしゃる方がいますが、本当に底の浅い議論ですね。
 解釈にはいろいろな次元と段階があります。新しいルールが設定されて、白地に新しい解釈をするとき、そのときには当然、憲法であれ、どんな法令であれ、どんなルールであれ、解釈には一定の幅があります。その幅の中で、許容される幅の中でどの解釈を選択するのか、ここには価値判断が入ります。価値判断が入るということは、政治の責任で判断もするということが入ります。
 日本国憲法ができ、憲法九条についての解釈が確立していない段階で、自衛隊まで、個別的自衛権までこの憲法で容認できるのかどうか。それとも、そうしたことまでだめで、自衛隊も違憲なのか。幅がある解釈の中で、白地に初めて解釈するに当たっては、まさに価値判断を政治の責任で行う、それは解釈論として正しい姿勢であります。
 しかしながら、個別的自衛権は合憲であるけれども集団的自衛権は憲法違反であるというこの解釈は、既に三十年、四十年の月日を経て確立した解釈になっているということです。
 確立した解釈を変えるに当たっては、まさに従来の解釈との論理的整合性と法的安定性が問われる、これもまた当然のことである。白地に初めて解釈をしたときの話と、今、確立した解釈を変更する話とを一緒くたにしていること自体で、この憲法論を語る資格はないと申し上げたいと思っています。
 今回の解釈変更、安全保障法制が立憲主義違反、憲法違反だということは、ある意味で、先ほど申し上げた立憲主義を御存じない礒崎首相補佐官が自白をされています。考えないといけないのは、我が国を守るために必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ないと言い放ちました。渋々撤回をされましたが、安倍政権の本音そのものじゃないですか。だから、礒崎補佐官をトカゲの尻尾切りできずに擁護し続けたのではないですか。
 憲法を頂点とする法秩序の安定性よりも政権のそのときの意向、判断を優先する姿勢は、立憲主義どころか、法の支配を否定するものです。法の支配を否定するような政権の存続は危険きわまりない。しかも、安倍総理が海外で法の支配を強調しているというのは、ブラックジョーク以外の何物でもありません。
 何が必要かという判断は人によって異なります。したがって、判断者によって結論がころころ変わることになります。判断者によって結論がころころ変わったのでは、社会は成り立ちません。お互い安心して暮らしていけません。だから、法的安定性というのが求められているんです。
 必要か否かを優先するというのは一見もっともらしく聞こえる側面があるかもしれませんが、必要か否かを優先したらころころ結論が変わって、安心して暮らしていけないから法的安定性なんですから。そんなことを言ったら、法的安定性を求める根拠自体がなくなってしまいます。
 これは決して難しい法律家の議論ではありません。社会としての当たり前の常識です。東京大学法学部で立憲主義を習っていなくてもわかるはずです。
 こうした立憲主義違反、憲法違反であることに加えて、そもそも、この安全保障法制には、もはや立法事実が存在をしていません。
 政策、法律を整備するに当たっては、それが必要だという事実が存在しなければなりません。これを立法事実といいます。しかし、この立法事実について、政府の説明した内容はことごとく論破をされました。つまり、今、集団的自衛権行使を容認しなければならない理由は、現時点では全く存在しないということです。
 総理は、昨年七月の憲法解釈変更の閣議決定に先立って、集団的自衛権行使などが必要になるとされる十五事例について、パネルを使って国民に説明されました。あの十五事例、どこに行っちゃったんですかね。
 その後に総理は、国会審議においては、今度は、集団的自衛権行使が必要になる事例としてはたった三つ、すなわち、ホルムズ海峡における機雷掃海、ミサイル防衛の任に当たる米国イージス艦の防護、退避邦人輸送中の米艦防護、この三つしか言わなくなりました。残り十二はどこに行ったんでしょうね。
 そもそも、ホルムズ海峡の封鎖については、我が国には約半年分の石油備蓄があります。
 JOGMEC、石油天然ガス・金属鉱物資源機構、これは政府関係機関ですね。このホームページには、国家備蓄、民間備蓄を合わせ約八千七十万キロリットルの石油が私たち国民の共通財産であり、その量を備蓄日数に換算すると、平成二十七年三月末現在で約百九十七日分となり、万一石油の輸入が途絶えた場合でも、現在とほぼ同様の生活を維持できますと書いています。繰り返します。政府機関であるJOGMECのホームページに書いてあるんですからね。
 そもそも、我が国が武力攻撃されたのと同程度の、日本の存立を根底から覆すといういわゆる新三要件にホルムズ海峡の封鎖が当てはまることはありません。
 去る十四日の参議院特別委員会の質疑で、山口那津男公明党代表から、ホルムズ海峡における機雷掃海について問われた総理は、今現在の国際情勢に照らせば、現実の問題として発生することを具体的には想定しているものではないと、これまでの説明を百八十度覆す。
 私も、衆議院の特別委員会で、このホルムズ海峡関連のところを質疑に立たせていただきました。前提が違うんですから、あの質疑、やり直させてください。
 そもそも、こうした経済的な事情、もちろん、経済政策というのは大変重要です。しかし、経済的理由を、武力行使を正当化するその要素にしてしまって本当にいいんでしょうか。
 日中、日米戦争、これも経済権益、しかも日米戦争は特に、太平洋戦争は石油をめぐる権益確保、これが主たる要素だったんじゃないんですか。そして、世界の多くの戦争が、まさに経済的権益の奪い合い、その権益を確保しなければ自国の経済が成り立たない、こういう大義名分で行われてきたんじゃないんですか。
 経済的な事情で戦争を起こすことがあるなんということを裸で堂々と言ったら、今の世界では、到底、国際的にも通用するものではありません。しかも、経済的な事情、例えば石油の途絶などのような場合も、どこからが根底から覆す事態なのか、誰に判定できるんですか。
 それは、石油がなくなったら大変苦しい状況になりますよ。おっしゃるとおりです。しかしながら、今、備蓄があります。備蓄がどれぐらい切り崩されたときが覆す事態なんですか。あるいは、石油がなくても、我が国の石油に対するエネルギー依存度は大体三分の一ぐらいですね、残りのエネルギーで、いろいろと苦労するけれども生きていける、そうした場合が覆す事態になるのかならないのか、まさに恣意的、相対的な判断じゃないんですか。
 新三要件には、他に手段があるか否かも要件にされています。他国から石油を輸入する、そのことについての努力をどの程度したのか、こうしたところで、他に手段があるかないかも非常に相対的で曖昧な概念です。
 必要最小限とは何なんですか。
 電気がこうこうとついて、石油を使い放題の生活をする状況になるまで取り戻すのが、回復させるのが必要最小限なんですか。それとも、飢え死にをしたり凍死をしたりしないようにするところまでが必要最小限なんですか。まさに相対的、曖昧な概念じゃないですか。
 こんなものに基づいて武力行使をするだなんということを、こんな曖昧な、基準のいいかげんな法律で認めることは到底許されるものではありません。
 ミサイル防衛の任に当たる米国イージス艦の防護については、もう論外。世界最強の軍事力を誇る米国海軍のイージス艦が単独で行動し、自衛隊の保護下に入るようなケースはあり得ない、これは政府自体が認めてしまっています。
 三つ目。退避邦人輸送中の米艦防護、これも先日の委員会審議において、日本人が乗っているかどうかは関係ないという驚くべき内容の答弁が飛び出しました。
 これはまさに、赤ちゃんと高齢者だったでしょうか、あのパネルを見せて、国民の情に訴えて、それは、こういうときはやはり守らなきゃねと私も思いますよ。でも、日本人が乗っているかどうか関係ない。では、世界じゅうの船を守るんですか。全く立法事実が消滅をした。
 少なくとも、これだけ国民世論の反対が強い中で、国会の審議も二転三転、空転する中で、答弁が変わる中で、今すぐ集団的自衛権の行使容認を認めなきゃならないような立法事実がない、明確に証明されています。
 どうしてもやりたいなら、どうぞ時間をかけて国民に訴えて、衆参両院で自民党三分の二をとって、憲法改正を発議しなさい。それが王道というものです。
 この安全保障法制については、法理と政策の乖離という、これまた基本的な問題が何度も出てきています。
 安倍総理は、ISILへの攻撃を行う有志連合に参加したり、これを後方支援することはないと答弁をしました。しかし、国際平和支援法を読むと、国連決議等の要件を満たせば後方支援が可能である、私が言っているんじゃありません、中谷防衛大臣が答弁をしています。
 安倍総理には支援を行う意思がないかもしれません。しかし、内閣がかわれば、安倍総理の気が変われば、法理上できる、法令上できるんですから、何の歯どめにもなっていません。
 自分はやるつもりがないから、法律に書いていなくても大丈夫です、こういうのを人治主義といいます。法治主義ではありません。誰がその法律を使っても同じ結論になるようにするために、法令というのはあるんです。
 同じような例は枚挙にいとまがありません。
 九・一一のように、米国本土がISILによるテロ攻撃を受け、次は日本も攻撃されるかもしれないというインテリジェンスがあるような事態も、新三要件が満たされれば、存立危機事態として集団的自衛権を行使し、ISILへの空爆に参加することや地上作戦、後方支援に自衛隊を派遣することも、今回の安保法制によって法理上は可能となります。
 安倍総理は、ホルムズ湾の機雷掃海は、事実上の停戦合意があった場合のみに限られると答弁してきています。
 しかし、今回の集団的自衛権行使に当たって、条文どこをひっくり返しても、事実上の停戦合意などという要件はありません。単なる政策上の、自分はそうすると言っているだけの話を普遍的な原則であるかのように言うのは、ごまかしというんです。
 一番大事なところ、海外派兵は一般的に禁止されており、他国領域で武力行使することはないと政府は答弁する一方で、法理としては否定されるわけではないというふうに言っています。
 国連に報告されている事例を見ても、他国領域内に行かない集団的自衛権などというのは考えにくいし、そもそも法理上容認されているんですから、何の歯どめにもなっていないということです。
 個別の要件についても多々問題があります。
 まず、そもそも、存立危機事態というのが全く意味不明です。
 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、これはいいんです。または我が国と密接な関係にある他国。密接な関係にある他国というのは何ですか。仲が悪いけれども密接な関係のある国はありますよね。日本にとっての貿易の一番の相手国、どこですか。これも密接な関係にある他国でしょうかね。密接な関係にあるのは日本語として間違いありませんよね。
 そこに対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される。そもそも、何をもって根底から覆されるのか。少なくとも、従来の要件は武力攻撃を受けた場合、そのときには確かに根底から覆されるでしょう。しかし、武力攻撃を受けていないのに根底から覆されるというのは何なんですかね。幾ら聞いても具体的な話は出てこない。
 しかも、その明白な危険というのは何なんですかね。ちなみに、我が国が武力攻撃をされようとしている場合でも、自衛隊の防衛出動の要件は、今度の政府の法案によっても、武力攻撃を受ける明白な危険が切迫していないと自衛隊は防衛出動できないんですよ。武力攻撃をされようとしている場合であっても、切迫していなきゃできないんですよ。武力攻撃をされる状況じゃないのに、明白な危険だけでどこまでできるんですかという話にほかなりません。
 存立危機事態、例えば他国に対する武力攻撃についても、例えばアメリカが実際に武力攻撃を受けた後なのか、あるいはアメリカが明白な危険があると認識した段階でこれに当たってしまうのか、全く明確になっていません。
 相手に攻撃の意図があるかどうか確認できなくても存立危機事態に認定されることがあると国会で答弁をされました。
 サダム・フセインが大量破壊兵器を隠し持っているかもしれない、大量破壊兵器がないということを証明できなかったんだから、いまだにあの武力攻撃は間違っていなかったとおっしゃっている政府です。相手が攻撃の意図を持っていないことが証明されないから攻撃する、先制攻撃が認められることになってしまうんじゃないですか。これは、政府の答弁に基づくとそうなるということを申し上げているんです。
 第二要件、国民を守るために他に適当な手段がないこと、第三要件、必要最小限の実力行使にとどまることについても、明確な基準は最後まで示されなかった。
 こうした法律は、憲法違反であるからもちろん許されるものではありませんが、そもそも法律案としてできが悪過ぎる。一度撤回して出し直すことが必要であるというふうに思います。
 政府が言ってきているのは、最終的には時の内閣が客観的、合理的に判断するという一点張りでありました。あらかじめ基準を明確にしておくことを避けてきました。
 確かに、非常に繊細な細かいところまで全部基準を決めろというのは難しいかもしれません。でも、こういうところまでやるんですけれどもここからはやりませんと何の説明もしないで、でも法律通してください、権限だけ与えてくださいと。まさに、政府に対する白紙委任にほかなりません。全く歯どめにはなりません。
 ちなみに、国会承認。確かに、国会承認、ないよりあった方がいいです。ないよりあった方がいいですが、我が国は議院内閣制です。
 大統領制のように、例えばアメリカ合衆国のように、大統領制で各政党会派の党議拘束が緩やかである場合には、それは一人一人の議員の信念に基づいて、例えば民主党大統領の提案した案件であっても民主党議員が反対票を投ずる、多々見られる、当たり前に行われることです。そうした仕組みであるならば、議会の承認というのは一定の歯どめになるでしょう。
 しかし、議院内閣制というのは、政府が国会のマジョリティーを占めていることが基本的前提になっています。そうしたことの中で、なおかつ、日本の議会制度は基本的には党議拘束ががっちりかけられる、こういう前提に立っています。初めから承認されるに決まっているんです。こうした仕組みにおける国会事前承認というのは、決定的な要素にならないということもつけ加えておきたいというふうに思います。
 後方支援の問題も取り上げなければなりません。
 私たちは、周辺事態における米軍への一定の後方支援は重要だと考えています。しかし、かつて小渕総理が、周辺事態として中東やインド洋は想定しないと答弁されていた、このことはどうなったんでしょうか。こんな基本的なことが後の内閣によって簡単に覆されています。つまり、安倍総理の答弁も後の内閣で簡単に覆されるということをみずから認めているにほかなりません。
 しかも、今回の国際平和支援法案では、日米安保条約と関係のない事態でも、現に戦闘行為が行われている場所でなければ、世界じゅうで他国軍隊に後方支援できるようになります。
 しかし、戦場近くで、運搬、補給、さまざまな後方支援活動を行っている。相手国から見たらどうなるでしょうか。従来の基準のように、派遣期間を通じて戦場になり得ない場所であったとしても、相手から見れば敵国に見えるでしょう。ましてや、今は戦場になっていないけれどもあした戦場になるかもしれないような場所で後方支援をしていれば、相手から見ればまとめて敵国じゃないですか。
 きのう、木村先生という首都大学の憲法の先生から指摘を受けて私も気づきましたが、逆はいいんですか。
 例えば、我が国がどこかの国から武力攻撃を受けた。武力攻撃で弾を撃っているのはA国だけれども、その戦場すぐそばでB国が武器弾薬補給をしている。これは、敵国と認めて攻撃の対象にできなくていいんですか。そうしたら、国を守れませんよね。それの裏返しですよね。こんなことを堂々とおっしゃっているというのは、全く軍事のリアリズムを欠いていると言わざるを得ないと思っています。
 こんなできの悪い法案だから、自衛隊の皆さんに大変なリスクを負わせます。
 今回の水害でも、自衛隊の皆さん、消防や警察、海上保安庁などの皆さんともども、大変な御尽力をしていただきました。あの東日本大震災のとき、自衛隊の半分の皆さんに災害対応に出動していただき、本当に首相官邸ではわからないような現場の多々の御苦労があったものというふうに思います。
 だからこそ、そうした活動をされた自衛隊の皆さんに、多くの国民の皆さんは感謝と敬意を払っておられると思います。そうした皆さんに必要のないリスクを課してはいけない、それは、私たち政治の役割だというふうに思います。
 後方支援と呼んでも、兵たんです。兵たんを狙うというのは、ギリシャ、ローマの時代から、中国三国時代の時代から軍事の基本です。それが、戦場近くまで行って活動できる、これでリスクが高まらないなんということをどうして言えるのか、私には全く理解ができません。
 PKO法の改正でも、治安維持任務を行えるようになりました。自衛隊が戦闘に巻き込まれ、撃ち、撃たれる両方のリスクが高まります。
 中谷大臣は、審議が始まった当初、自衛隊のリスクが変わることはないと答弁をしていましたが、途中から、リスクが上がる可能性はあるが極小化させると答弁を変更されました。どっちなんですか。
 政府は、自衛隊の安全確保措置を規定したと言いわけしていますが、これも、この規定の対象になっていない法文もある。しかも、自衛隊がより戦闘に巻き込まれやすいところで活動できるようにしておいて、危なくなったら活動を中断、退避するから大丈夫だと。自衛隊はどこでもドアを持っているんですか。危なくなったら中断、退避する。瞬間移動でもできるんですか。全くリアリティーを欠いた主張である。
 こんなことで、リスクを認めた上で、そのリスクが本当に自衛隊の皆さんに負っていただくに値するリスクなのか、そのための最小化、極小化措置が本当に適切なものなのか、それを審議しなきゃならないのに、リスクはふえないと言い募ってきた中谷大臣初め政府の責任は重たいと言わざるを得ません。
 実態的な話だけではありません。制度的にも自衛隊の皆さんに過大な負担を負わせます。
 自衛官は、捕虜になっても国際法上捕虜の扱いを受けない。何なんですか、これは。自衛官が過って民間人に危害を与えた場合、通常の刑法が適用される。司法は独立しているから、そこのところに政治的配慮は働かない。当然ですね。憲法が交戦権や海外での武力行使を否定しているんですから、こうなるのは当然なんです。にもかかわらず、むちゃな、憲法違反の解釈をしてこんな法案をつくるから、問題が生じるのは当然なんです。その負担を負わされるのは、安倍さんでも中谷さんでもありません。現場の自衛官なんです。
 こんな法律を進めようとしている政府を到底信任することはできません。
 日本を取り巻く安全保障環境の変化、それは私たちも全く同意です。北朝鮮のミサイル、尖閣問題、大変重要な問題です。しかし、領土、領海を守るというのは個別的自衛権です。
 北朝鮮のミサイルが日本の領土や領海に向かう、少なくとも向かいそうだ、照準を合わせて燃料が充填されている、武力攻撃の発動要件を満たしますから、以降、それに対抗するのは個別的自衛権です。尖閣諸島の領土、領海でこれに対する侵略的な行為が行われたとき、まさに個別的自衛権です。
 この個別的自衛権をいかに充実させるのかということこそが、まさにこの二つのテーマが重要であるならば、何よりもやらなきゃならないことじゃないですか。
 日本の防衛の基本の方針は、いわゆる防衛力構想というので定められます。かつて、基盤的防衛力構想というのがありました。三木内閣のときにつくられたと言われています。米ソ冷戦の時代です。
 米ソ冷戦の時代は、日本の自衛隊、防衛力というのは、当時のソ連が北から攻めてくる、このリスクが一番高いということで、それに備えた防衛力構想、基盤的防衛力構想が構想されました。これに基づいて、自衛隊の体制、装備あるいは訓練などが行われてきた。
 この基盤的防衛力構想はいつ転換されたのか。米ソ冷戦が終わり、ベルリンの壁が崩れ、ソ連が崩壊してロシアになり、もちろんロシアも、近隣諸国ですから、仲がよかろうと悪かろうと、それは一定の脅威はあります。今も脅威がゼロではありません。しかしながら、米ソ冷戦時代のソ連の脅威とは比較にならないぐらいそのリスクは小さくなり、そして一方、この冷戦崩壊後の二十年余りで、北朝鮮のミサイル問題や尖閣などの問題が急激に高まってきたわけであります。
 一九九〇年、米ソ冷戦が終わって、ベルリンの壁が壊れて、新しい世界秩序に入ってきた。すぐにこれを変えられたかといえば、それはできなかったでしょう。でも、そこからおよそ二十年、この米ソ冷戦時代の基盤的防衛力構想をそのまま存続し、放置してきたのは、歴代自民党政権です。とっくの昔に日本を取り巻く安全保障環境は変わっていたのに、米ソ冷戦時代の名残を変えることができないので放置してきた。変えたのは、しがらみのない民主党政権。動的防衛力構想に転換し、南西方面の島嶼防衛やミサイル防衛に重点を置く、これに変えたのは民主党政権である。
 集団的自衛権のように、一つの言葉を言えば何となく、国を守っていることに一生懸命やっているように国民に誤解を与えるような、そういう一言の言葉はありません。でも、まさにこうした地道に自衛隊の体制、装備、訓練、こうしたことを充実させて個別的自衛権を充実させること、これこそが日本の領土、領海を守ることだと私は考えます。
 私どもが定めた動的防衛力構想をさらに進化させて、現状では、南西方面の島嶼防衛やミサイル防衛のために日本の防衛力構想が進んでいる。今、このことを地道に着実に進めていくことこそが我が国の領土、領海を守ることにほかなりません。
 その中で、今法制上足りないところはどこなのかといえば、まさにグレーゾーンそのものじゃないですか。
 南西方面の離島、例えば尖閣諸島などが、他国の国権の発動として明々白々攻めてきたならば、それは初めから個別的自衛権の行使だから、これは法制上シンプルです。
 一方で、純粋に、民間人が例えば難民のような形で来た場合、これはまさに、自衛隊の力をかりることがあったとしても、それは警察権の行使です。
 問題は、一番可能性のあるリスクとしては、民間を装ってはいるものの、実態はどこかの国の国家権力の行使として尖閣諸島が襲われる、こうしたケースにしっかりと法律が整備をされているのか、体制が整備をされているのか。私たちは、ここの法整備こそが、今、日本の領土、領海を守る上で圧倒的に緊急度の高い我々の役割だと思っています。
 私たちは、こうしたケースに警察権、つまり海上保安庁などと自衛権、自衛隊との役割、連携がしっかりと進んでいけるように、領域警備法案を一部野党とともに提出いたしましたが、ほとんど審議はされませんでした。
 この領土、領海やその近辺といった一番身近な事態についての議論を避け、立法事実もない集団的自衛権の話にうつつを抜かしている。到底、国民の命と平和な暮らしを守るというのは、本当の思いではない。集団的自衛権という、歴史の教科書に残るかななんというでかい仕事をやりたいというどなたかの個人的な思いなのではないでしょうか。
 大丈夫です。先ほど申しましたとおり、歴史に残ります。私たち日本人に立憲主義の重要性を感じさせてくれた、大変大きな功績で歴史に残りますから、安心してください。
 いや、こういうところを守る上でも、アメリカとの連携を強化する、これによって日米同盟を強化する、このことが大事なんだ、それによって抑止力が増すんだという話は、一見もっともらしく聞こえます。しかしながら、私は、安全保障をリアルに考える上ではナイーブ過ぎる議論だと思っています。
 戦後七十年、占領時代から含めて七十年、アメリカ合衆国は、日本の防衛のために軍事力を提供しています。
 お人よしで守っているのでしょうか。アメリカだって民主主義の国です。国民世論があります。アメリカの国民が、自国の若者が命を失うかもしれない、自国民の払っている税金が使われる、そうした中で日本を守っているのは、お人よしな議論でやっているんじゃない、アメリカの国益にかなうからやっているんです。
 地政学的な見地から、アメリカ合衆国は、この太平洋の西側の外れ、この周辺に安定的な基地を持ちたい、これがアメリカの国益にかなう。私たちの国は、そのアメリカの国益のために基地を提供し続けてきている。沖縄の皆さんを初め多大な国民の皆さんの負担の上で、基地を提供し続けている。
 日本列島に自国の軍隊の基地があるんですから、アメリカは、当然のことながら、自国を守るのと同じように、日本にある米軍の基地を守るのは当然のことです。私たちは、その見返りとして、我が国の領土において基地を提供しているんです。集団的自衛権を、憲法解釈を変更し、立憲主義に反するようなことまでしてアメリカにおつき合いをしなかったからといって、日本に基地がある以上は、アメリカは日本を守るという義務から逃れることはできません。
 同時に申し上げれば、アメリカ合衆国も、ある意味では、ある時期までの日本以上に立憲主義の重要性というものを十分にわかっています。立憲主義に反するような無理をしてまでやることはできません、そのかわり、私たちは、アメリカの同盟国として、安定的な基地を提供するし、さらには、憲法の許す範囲内では最大限の協力をします、実際にこれで七十年間やってきたじゃないですか。
 安保法制については、そのプロセスにおいても到底容認できるものではありません。
 安倍総理は、国民への開かれた議論を拒み、反対意見を封じ、国会を軽視し、自分の思いどおりに法改正を実現しようとしています。
 まず、そもそも、スタートは、有識者による安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会や与党協議において、閉鎖的に議論を進めました。この議論のプロセスにおいては、国会において何度も、こうしたところでどういう議論をしているんだ、そして安倍総理自身はどういう考え方を持っているのか、幾ら国会で聞いても、こういうところで議論しているからと言って答えをはぐらかしました。
 一切実質的な議論に応じないで、そして昨年七月一日に、国会での審議も国民への十分な説明もないまま、新三要件に基づく閣議決定を行いました。
 そして、ことし四月、何度も言われていますが、まだ法案を国会に提出してもいないのに、米国議会で、安保法制をこの夏までに成立させると約束してきました。
 夏までに成立させたいというのがぎりぎりです。国民に法案の審議と成立をお願いする立場の総理が、かかる重要な法案の成立を他国で明言するなど前代未聞。いつから日本は米国の属国になったんですか。
 集団的自衛権の行使容認だけでなく、外国軍隊の後方支援、PKOなど性質の違う法案十一本をまとめて、しかも、そのうちの十本が一つの法案に束ねられて国会に提出をされました。衆議院の特別委員会では百十六時間審議しましたが、一本当たりわずか十時間程度の計算です。議論を深めないで成立を図りたい、こうした場合の常套手段。
 しかも、この審議においては、閣僚の答弁が行き詰まり二転三転し、衆議院でも参議院でも、くしくも同じ回数、百十一回、審議における速記がとまりました。要求した資料や政府の見解もなかなか提出されず、議論は時間に比例して深まることはありませんでした。むしろ、審議をすればするほど疑問がふえました。逆立ちしても、審議が尽くされたとは言えない状況であります。
 にもかかわらず、なぜ今週無理やり採決するんですか。
 我々は、きょう十八日の定例日、そして、異例であっても、これだけ重要な法案です、祝日である来週の二十二日、二十三日、これも定例日ですから、審議に応じると言っていました。にもかかわらず、こんなに急いだのはなぜでしょうか。まさか、この連休にゴルフに興じるため採決を急いだのではないでしょうね。
 国民の八割が政府の説明は不十分だとし、半数以上が政府の安全保障法案は憲法違反あるいは今国会での成立に反対と答えています。政府・与党内から、国民の理解が進まないのは、野党や一部のマスコミが政府案を喧伝したせいだという声も聞こえていますが、責任転嫁も甚だしく、聞き捨てなりません。
 大体、国会審議においても、聞かれたことに答えずに、自分の言いたいことをべらべらべらべらしゃべったのは誰ですか。疑問点を追及されるようなテレビからは逃げて、一方的に自説をまくし立てることができる媒体だけ選んでテレビ出演してきたのは誰ですか。
 大体、審議の姿勢、何度も総理のやじで国会審議が混乱をしました。国会審議で議論が白熱をしてくる中で不規則発言が出る、そうしたケースがあることは、私は否定しません。しかし、今回の一連の総理のやじは、審議の中で議論が熱を帯びてとは全く関係ない、発言者に、まさにおかしなレッテル張りをするのか、おかしな揚げ足取りをするのか、こうしたやじで、真摯な姿勢では到底ないし、到底許容されるやじの範囲を超え、しかも、学習能力がないのか、普通、一度やったら半年や一年は二度目やらないんじゃないですか。この国会中に三回ですよ。こんな学習能力のない方に総理大臣を続けさせていいんでしょうか。
 国民の理解と後押しがない外交・安全保障政策は対外的に説得力を持ちません。また、国民の理解と後押しがない、そうした安全保障は脆弱です。こうした中で無理に強行をするのは、まさに我が国の安全保障、そして外交をむしろ弱体化させます。
 きょうも国会の外ではたくさんの皆さんが、まさに世代を超え、立場を超え集まっておられます。全国各地でも集会が行われています。このまま政府案を強行させては、歴史に大きな汚点を残すだけでなく、この国の民主主義という観点からも大きな禍根を残し、国民の生命と財産をむしろ危険にさらす存立危機事態をまさに招来すると言わざるを得ません。
 そもそも、外交、安全保障と言われますが、安倍政権の外交は失態続きです。何といっても、近隣外交が破綻をしています。
 対立点はあっても、中国や韓国は選ぶことのできない隣国であります。確かに、例えば産経新聞のソウル支局長の件など、相手方にも多々問題があります。しかし、安倍総理の側の言動に全く問題なしと胸を張れるんでしょうか。
 総理就任以来二年半、日中首脳会談を開けず、実現しても、短時間の会談がわずか二回。日韓首脳会談も、安倍総理就任以来、二国間では一度も開催されていない異常事態です。
 安倍総理がいつも胸を張っている北朝鮮拉致問題、この交渉での進展も全く見られません。北朝鮮の再調査という口車に乗り、昨年七月に制裁を一部解除したものの、北朝鮮は誠意ある調査を行わず、一年以上たってもナシのつぶてであります。北朝鮮は近く核実験を行うとの観測も出ています。安倍総理は、完全に今、北朝鮮に手玉にとられています。
 手玉にとられているのは対ロ外交も一緒です。北方領土交渉は、むしろ後退をしています。
 八月二十二日には、メドベージェフ首相が択捉島を訪問し、北方領土の軍備増強を表明しました。メドベージェフ首相が、日本は第二次世界大戦の結果に異論を唱え続けているなどと述べたことに日本政府は抗議しましたが、ロシアの副首相は、伝統に従って腹切りをして落ちつけなどと無礼千万の発言をしています。
 九月二日には、ロシアの外務次官が北方領土問題について、私たちは日本側といかなる交渉も行わない、この問題は七十年前に解決されたなどと言っています。
 まさに、この北方領土問題は、この間大きく大きく後退をしてしまっています。
 外交ということで申し上げれば、南極海における調査捕鯨の訴訟に敗訴しました。二〇一四年三月、国際司法裁判所でオーストラリア、ニュージーランドに敗訴し、調査捕鯨は中断を余儀なくされました。政府は当初、勝てると楽観視していたようであります。政府の情報収集能力と外交手腕の欠如を露呈したものであります。
 沖縄問題にも触れなければなりません。
 辺野古移設反対の翁長知事と、知事就任以来四カ月間面会を拒否しました。話し合う場も聞く耳も持たず、粛々と進めると傲慢な態度で強行に事業を進め、沖縄県民の皆さんの心情に傷をつけました。
 その後、協議の場を持ったものの、知事の示した戦後沖縄の事情も勘案した見解に対して官房長官は、戦後は日本全国、悲惨な中で苦労したと発言をされました。
 確かに、戦後は日本全国苦労しましたよ。でも、沖縄が特別であるということは、これは常識じゃないですか。ある意味では、日本国民共有の認識じゃないんですか。唯一地上戦が行われ、そしてその後、統治下に置かれ、この沖縄の犠牲を、日本全体が苦労した、こんな言葉で返せる、こんな人に沖縄問題を扱う資格はない。
 沖縄の歩んだ歴史に全く寄り添う姿勢も見せず、協議も一カ月で打ち切って、既に行政判断は示されていると、再度高圧的な態度で埋め立てを強行しようとしています。これでは到底、沖縄県民の理解を得ることはできません。
 安倍総理は、戦後の平和主義、立憲主義、民主主義を破壊していますが、経済的にも、あるいは社会的にも、我が国の戦後七十年の宝を破壊しています。
 労働者派遣法、残業代ゼロ法案、解雇の金銭解決制度、労働法制の改悪を次々と打ち出しています。目指すのは、世界で一番企業が活躍しやすい国、つまり働く人たちが虐げられる国、堂々と公言をしておられます。
 労働者派遣法案はこれまで二度も廃案になりました。今回も、議論の中、多々問題点が明確に指摘されたにもかかわらず、そして大勢の働く人たちの反対の声を無視し、今国会で無理やり成立をさせました。
 安倍総理は、労働者派遣法案を、正社員の道を希望している方々についてはその道を開いていく法案であると説明をされました。しかし、実態は全く逆であります。成立した派遣法は、派遣労働者の期間制限を事実上撤廃し、正社員を減らして派遣社員をふやし、正社員になりづらくするものである、これはもう審議の中ではっきりしています。
 安倍内閣が、法律では初めて規定するんだと自慢している雇用安定措置も、要するに、派遣会社が新しい派遣先を紹介するだけで義務を果たしたことになり、正社員になりたい人には何の役にも立ちません。
 八月上旬に行われた日本経済新聞などの調査によれば、派遣社員当事者の七割近くが法案に反対をしています。理由として、多くの人が、派遣社員の根本的な地位向上にはならない、派遣社員が固定化する、二十六業務の人が契約更新されない可能性があると回答されています。
 安倍総理は、これであなたも正社員になれますと胸を張って言えるんでしょうか。まさに、一番状況をわかっている当事者の皆さんが、この法案を歓迎するどころか、反対をしているんです。七割も反対しているんです。
 法案成立によって、若者の正社員への道は狭まります。期間制限がかからない専門二十六業務で働いてきた派遣社員は、三年後に雇いどめに遭って路頭に迷ってしまう可能性もあります。
 今は正社員の方も、一旦離職をしたら正社員になれる保証はありません。どんな立場で働く人にとってもマイナスばかりです。派遣社員を使って人件費を削減できる企業が目先の利益を得るだけ、これが法案の真の姿であります。
 派遣社員の給与は正社員に比べて大幅に低く、派遣社員の女性は、産休や育休をとることが困難である、これもこの審議の中で改めて確認をされています。
 法案成立によって派遣社員がふえたら、結婚したり子供を持ちたいと思ってもできない人、いや、それどころか、こうした当たり前の夢や希望すら持てない人をふやし、むしろ、結果的に少子化対策の足を引っ張ることになります。
 不安定な雇用が中心の社会となれば、誰も安心して消費できません。わずかな給料を少しでも節約して、貯蓄を少しでもつくっておこう、そうなるのは当然です。消費が悪化して、経済にも結果的に悪い影響を与えます。
 しかも、法案成立から、与党が修正した施行日である九月三十日まで、わずか十九日間です。労働政策審議会で法施行に必要な政省令を検討する時間、その周知期間、パブリックコメントも非常に短い期間で終わらせてしまっています。どうしてこんな無理をしなければいけないんですか。
 さらには、過労死ゼロではなくて、残業代ゼロを目指しているのが安倍内閣であります。
 昨年の通常国会で全会一致で成立させた過労死防止対策法、残業代ゼロ法案は、これをほごにする悪質な法案であります。過労死で御家族を亡くされた遺族の皆さんの多くが、昨年の過労死防止対策法の成立を喜んでおられましたが、この残業代ゼロ法案の提出に怒り心頭であります。
 この法案で創設される高度プロフェッショナル制度のもとでは、残業代や休日手当を支払わず過重な長時間労働を合法的に課すことができるようになります。
 確かに、最初は、年収約一千万といった要件に合致した労働者だけが対象になっていますが、この手の制度はいずれも、最初はごく一部の人だけに適用される、そこから始まって、いつの間にかじわじわじわじわと拡大をされていく、何度もそんなことを経験してきたじゃないですか。
 しかも、同時に、営業職などへの裁量労働制が拡大をされています。これには年収要件すらありません。より多くの人に長時間労働を強いるものであります。
 そもそも、裁量労働制の対象者の労働時間は、企業側も把握していないケースの方が多い。これでは、過労死した場合でも過労死認定を受けられません。こんなケースが続出しかねない状況です。
 このように、働く人を物扱いして、いかに労働コストを下げるのか、ここには安倍政権の本質が如実にあらわれています。
 確かに、目先の企業収益のためには、人件費コストをいかに安く下げるのか、それは適切なことです。私も、企業経営者であれば、人件費コストをいかに下げるのか、そのために一生懸命努力します。しかし、あくまでもそれは、目先の企業収益のためです。
 そもそも、日本が戦後復興、高度成長を遂げてきた、その源泉はどこにあったのでしょうか。日本には、広大な国土面積を有している、そんな事情があったわけではありません。豊富な地下資源に恵まれていたわけでもありません。軍事力を背景に経済を成長させ発展させたわけでもありません。あくまでも、日本の戦後復興と高度成長、今の豊かさを先輩世代の皆さんがつくってくださったのは、まさに人の力です。人材力です。
 しかも、もちろん、松下幸之助さんを初めすぐれた企業経営者の方はたくさんいましたが、その日本の高度成長や戦後復興は、数少ないスーパーマンが頑張って、そのことによって戦後復興や高度成長がなされたのでしょうか。
 そうではありません。むしろ、一部のスーパーマンに引っ張られたのではなくて、あの時代を生きていたほとんどの働く皆さんがまさに一生懸命努力をした、その一人一人の働く皆さんの努力の集積が戦後復興と高度成長をつくり上げてきたのではないでしょうか。
 日本の経済を発展させ、今に至らせた、その力の源泉をぶち壊そうとしているのが、この労働法制の改悪です。
 日本のすぐれた労働力は、もちろん、家庭、学校教育にも大きな要素があります。でも、それと同じぐらい、場合によってはそれ以上に、企業内における広い意味でのオン・ザ・ジョブ・トレーニング、先輩から後輩へと技術やノウハウが引き継がれ、先輩が後輩を指導し、働く側もその職場に誇りを持ちながら努力をする、そうした積み重ねの中で、日本の一人一人の働く皆さんの労働生産性は著しく高まり、その総合力によって日本は高度成長を遂げてきたのではないでしょうか。
 働く人たちの労働コストを安く抑える。目先の経営にはいいでしょう。でも、来月はどこで働いているかわからない、四年後、五年後はどこで働いているかわからない、この職場にはいないだろう、そういう不安定な働き方をされている皆さんが、この職場で一生懸命技術、ノウハウを身につけて、そういうモチベーションがあるでしょうか。あるいは、同じ職場で働く正社員、先輩の皆さんが、この後輩に技術やあるいはノウハウをしっかりと引き継いで、自分を育ててくれたこの企業を将来にわたってしっかり支えてもらおう、そうした努力をするモチベーションが生じるでしょうか。残念ながら、それを期待することはできません。
 現に、ロストジェネレーションなどと言われている世代の皆さん、不安定な雇用の中で長年職を転々とせざるを得ない、そうした状況の中で、スキルを身につけることができずに、年を重ねても低所得に甘んじざるを得ない、そんな状況の人たちが、もはや若者とは言えない、そうした世代にまで広がってきています。
 ただでさえ、日本は人口が減り始めているんです。若い人たちの数が減っているんです。そうした状況の中で、数少ない若い人たちの中にこうした、職場の中でオン・ザ・ジョブ・トレーニングでスキルを身につけ、スキルを高め、こうした場を得ることができない、そんな人たちの数をふやしてしまって本当にいいんでしょうか。本当に、日本の五年、十年、三十年先を誰が支えるんでしょうか。
 企業経営者ならば、目先の、ことしの、来年の企業収益というものを考えて、少しでも労働コストを安く抑えよう、そういう方向に走りがちになるのは否めません。だからこそ、政治が、そういうことをやっていたら日本全体が沈むんですよ、だから、働く皆さんがそれぞれの職場でスキルを高め、スキルを身につけ、生産性を高めて、その企業を、日本経済を、十年、二十年、三十年先ももっともっとしっかりと発展させていける、そうした働き方ができるようにするのが政治の役割じゃないですか。目先の企業収益を高める、そのまさに目先のことのために後押しをする政治では、政治の役割を果たしているとは言えません。
 この労働者保護ルールというのは、まさに当事者である働く皆さんにとって大事な話であると同時に、日本の経済、社会にとっても大変大事な話であるということをしっかりと皆さんに理解していただきたいというふうに思っております。
 安倍内閣の不信任に値する問題は、例を挙げれば枚挙にいとまがありません。GPIFの年金積立金の運用問題、漏れた年金情報の問題、さまざまな問題があります。何といっても、アベノミクスの失敗は、もう包み隠すことができない状況になっていると思います。
 アベノミクスの第一の矢、異次元緩和は過度の円安を招き、輸入物価が上昇しています。賃金上昇は物価上昇に追いつかず、実質賃金は二年以上下落し、消費は低迷したままであります。第二の矢、大規模財政出動もさまざまな弊害をもたらし、財政悪化だけが拡大をしています。第三の矢、いわゆる成長戦略も遅々として進みません。根本が間違えているんです。
 先ほどの労働法制の話のように、目先の企業収益、これも大事です。ですが、目先の企業収益ではなくて、まさにこの二十年余りにわたって私たちの国の潜在成長力が低下しているんです。その中で人口が減少しているんです。一人一人の生産性を高める、そのためには、遠回りなようでも、例えば教育を充実させる、それも、貧困などによって十分な教育を受けられない子供たちがたくさん出ている、いかに減らして、ただでさえ数少ない子供たち、そのできるだけ全ての人たちを、しっかりと働いて、多くの収入を得られて、そして家庭を持って、希望すれば子供を産み育てて、こういう状況をつくっていくことが、遠回りなようでも、何よりもの日本の経済の立て直しではないでしょうか。
 若いころに頑張って、一定の蓄えを持ち、一定の年金をもらっている高齢者の皆さん、そうした皆さんが、例えば輸入物価の上昇によってますます財布のひもを閉ざしています。年金、医療、介護、将来の不安はますます大きくなる一方です。こうした皆さんが安心してお金を使えるような、安心できる年金、医療、介護、すぐにはできません、すぐにはできませんが一歩でもそちらに向かっている、そういう状況をつくることで、こうした先輩世代の皆さんが若いころに蓄えてきたものを少しずつでも使っていただく、そうしたことなしにどうやって消費がふえるんですか。
 こうした遠回りなことを先送りしてきて、放置してきて、目先のことばかりやってきたから、この二十年余りの失われた日本ができ上がってきたんじゃないですか。ますます目先のことに特化をしているのがこの二年余りの安倍政権である。これでは、確かに一時的に株価を上げることはできても、日本の迎えている危機を克服することはできないと言わざるを得ません。
 安倍政権は、例えば、我が国の基本である報道、表現の自由に対しても大変威圧的な態度であります。
 ことし六月二十五日の自民党文化芸術懇話会における発言については、事務局はいろいろ発言メモをつくってくれましたが、今さら繰り返すのも恥ずかしい話ばかりなので繰り返しませんが、そもそもが、公共放送であるNHK籾井会長、本当にこの方が適切だと思っていらっしゃるんでしょうか。政府が右と言うことに対して左とは言えない、籾井会長が就任の際におっしゃった発言です。まさにそういう報道になっているじゃないですか。籾井会長が言ったとおりにやっているじゃないですか。本当にこれでいいんでしょうか。
 五月二十六日のこの本会議場で、私は安全保障法制の趣旨説明に対する質疑に立ちました。
 そのとき、私は斎藤隆夫議員の反軍演説を取り上げました。昭和十五年のいわゆる反軍演説に対し、男性のみとはいえ、普通選挙により民主的に選ばれていたはずの本院は、賛成二百九十六、反対七という圧倒的多数で斎藤隆夫議員の除名を決定しました。
 民主的なプロセスに基づいていたとしても、いっときの多数が大きく道を誤ることがあり得るというのは、先ほど言ったナチス・ドイツだけではないんですね。我が国自身も、わずか七十五年前に経験をしているんです。だからこそ、民主的に選ばれた多数派といえども、憲法に拘束されるという立憲主義が重要なのであります。
 憲法違反の安全保障法制は、残念ながら、参議院での採決が行われるかどうかというところに来ています。この安全保障法制を衆議院議員の立場でとめることができるのは、この内閣不信任を可決することしかありません。
 斎藤隆夫議員の除名処分に対して賛成をした二百九十六名の当時の帝国議会衆議院議員、この人たちが、わずか五年後、歴史によって大きな間違いを犯したと断罪された。同じ過ちを犯したくないならば、今こそ安倍総理の不信任に賛成をすべきであります。
 私の尊敬する憲政の神様、尾崎咢堂氏は、昭和二十二年、「民主政治読本」でこう言っています。
 一般人民から選ばれた代表が一堂に会して会議を開くのは、何のためであるか。言うまでもなく、それらの代表が、どうすることが最大多数の最大幸福であるか、どうすれば国家の安全と繁栄が期待せられるかという立場に立って、思う存分に意見を闘わし、これを緊張した各代表が、何者にも縛られない完全に自由な良心を持って、議案の是非善悪を判断した結果、多数の賛成を得た意見を取り上げて、民意を政治に反映させるためである。
 ゆえに真正の議会においては、少数党の言い分であっても、正しければ多数の賛成を得て可決せられ、多数党から出した議案でも、議場の討論において、多数議員の良心を引き寄せることができなければ否決せられるのでなければならぬ。もし多数党の言い分なら何でも通り、少数党の言い分であれば何一つ通らないということが、会議を開く前からわかっているなら、会議を開くことは、全く無用無意味な暇つぶしである。
 憲政の神様、本院名誉議員である尾崎咢堂氏の弁であります。
 さらには、大正六年、「憲政の本義」においては、衆議院にしていやしくも立言議定の府ならんや、その最もとうとぶところは言論せざるべからず、しかるに我が衆議院及び世間は常に言論を侮辱し、欧米にあっては討論数各夜にわたるべき大問題も、我が国においては数時間以上の討論を許さず、賛否の議論、いまだ半ばに至らざるに当たって、討論終結の声、既に四方で沸く、我が衆議院は衆議院にあらずして表決院なり、我が国には表決堂ありて議事堂なし。大正六年の言であります。
 今、国会は、表決堂たるのか、議事堂たるのかが問われていると考えます。
 立憲主義を破壊し、民主主義を破壊し、日本の戦後平和主義を破壊する、この暴挙に対して、議員各位が、一人一人の個として、それぞれの所属政党ではなく、それぞれの政党で、次に大臣になれるか、副大臣になれるか、政務官になれるかではなく、本当に、歴史に対して責任を持って、責任を感じて、一票を投じていただきたい。
 私は、まさに、この国の立憲主義と民主主義を守るため、安倍内閣は不信任されるべき、皆様に心よりお訴えをして、趣旨説明とさせていただきます。
 皆様方の、心ある、一人一人の個の判断による賛成を心より期待申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
    ―――――――――――――
○議長(大島理森君) 討論の通告があります。順次これを許します。棚橋泰文君。
    〔棚橋泰文君登壇〕
○棚橋泰文君 自由民主党の棚橋泰文です。
 討論に先立ちまして、さきの台風十八号等による豪雨災害において犠牲となられた方々に謹んで御冥福をお祈り申し上げるとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
 私は、自由民主党を代表して、ただいま議題となりました安倍内閣不信任決議案に対し、断固反対の討論を行うものであります。(拍手)
 政権交代以降二年九カ月、第三次安倍内閣は、日本を取り戻すとの強い決意のもと、我が国を取り巻く山積する課題に果敢に取り組み、安定的かつ着実に政策を実行し、多くの成果を残してまいりました。
 その実行に際しては、国民の意見に真摯に耳を傾けながら、丁寧な政権運営と国会運営に心がけてまいりました。その結果、多くの国民の皆様からの御支持を高くいただきながら、今日まで政権運営を進めてまいられました。現在も、国民の皆様から強い御支持をいただいている状況でございます。
 にもかかわらず、今回の不信任決議案の提出は、そういった国民の声や期待を全く無視した、極めて横暴な行為であることは明白であります。
 私は、このような全く意味も理由もない、国会会期末の風物詩とも言えるような不信任案提出に強く反対するとともに、これまでの安倍内閣の実績や取り組みをお示しすることで、議員各位並びに国民の皆様にも、安倍内閣が今の日本にとって必要な内閣であること、また、安倍内閣が国家と国民を守るために真摯に行動している内閣であることを再確認していただけるものと確信しております。
 内閣発足から二年九カ月、安倍内閣は安定的かつ着実に政策を実行してまいりました。そして、具体的な成果を上げてまいりました。アベノミクスの二年九カ月によって、雇用は百四十万人以上ふえ、完全失業率は四・二%から三・三%まで下がりました。二年連続で二%超の賃上げ、中小・小規模事業の倒産も二十四年ぶりの低水準となっています。また、行き過ぎた円高は是正され、日経平均株価は二倍以上となりました。
 まさに、安倍内閣がデフレ脱却を目指し、経済最優先で政権運営を進めた結果、経済の好循環が生まれています。経済の再生に向けて一歩ずつ前進しています。
 あわせて、二〇二〇年度までに基礎的財政収支、プライマリーバランスを黒字化するという財政健全化目標の実現のため、消費税率八%への引き上げを実施し、また、歳出の効率化等に全力で取り組んでいます。
 東日本大震災からの復興への取り組みも、総理は被災地を頻繁に訪問され、被災者の方々に寄り添い続けていらっしゃいます。政権交代時の段階では、いつどこに何戸の住宅が完成するのか見通しすら立っていなかった状況でありましたが、高台移転は約五千戸、公営住宅は約一万戸が完成し、水産加工施設はその八割で業務を再開し、七割を超える被災農地で作付が可能になる等、住宅再建や農地、漁港等の整備は着実に進みつつあります。
 原子力災害から一日も早く福島を再生させる強い決意のもと、中間貯蔵施設建設を進め、除染を加速させるとともに、東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策に、国も前面に立ち全力で取り組んでいます。
 さらに、二十八年度以降の五年間を復興・創生期間と命名し、事業規模を六兆五千億円と見込み、これに必要な財源はしっかり確保したところであります。
 近年増加するゲリラ豪雨による水害や土砂災害などに対しても、インフラの整備に加え、避難計画の策定や訓練の実施等、事前防災・減災対策に取り組み、国土強靱化を進めてまいられました。
 総理は、今国会を改革断行国会と位置づけ、民間活力を引き出す規制緩和を推進し、成長戦略を強化するために、農業、労働、医療、エネルギー分野等の規制改革の実現に努めてまいられました。中でも、六十年ぶりの大改革となった農協改革は、強い農業をつくり、農家の所得をふやすために、中央会制度を廃止し、地域農協が創意工夫を持って自由に経済活動を行える環境を整備されました。
 また、地方創生も重要政策として掲げ、若い世代の就労、子育て等の希望の実現、東京一極集中への歯どめ、本社等の拠点を地方に移す企業への支援等、従来の各省の縦割りやばらまき型の対応を断固排除し、異次元の施策に取り組んでいくことで、地方の創意工夫を政府全体で強力に支援する体制を構築しています。
 さらに、家庭、地域、職場において、全ての女性が輝く社会の実現を掲げ、指導的立場で活躍される女性の増加や、子育ての不安の解消、母子家庭の生活の安定、非正規の方を含めた働く女性の処遇改善等、全ての女性の活躍推進のための施策の充実と推進に真剣に取り組んでいらっしゃいます。
 そして、今国会の最重要法案である平和安全法制は、我が国を取り巻く安全保障環境が大きく変化する中で、どの国も一国のみでは平和を守ることができないとの認識のもと、いかなる事態にあっても国民の生命と財産を守るため、現行憲法の範囲内で可能な、切れ目のない安全保障法制の整備を行うことで、抑止力をさらに高めて戦争を未然に防ぐとともに、地域や国際社会の平和と安全の確保のために、これまで以上に積極的に貢献することを可能としたものであります。
 この平和安全法制が日本国憲法に合致していることは、まさにこれまでの十分な審議の中で明らかにされてきたことであり、戦争法案、戦争に巻き込まれるとか徴兵制になるとかいうようなレッテル張りは、明らかに間違っているのです。この法案は、まさに名称のとおり、平和と安全の法案なのです。
 なお、法令解釈担当国務大臣なるものをかつて設置し、内閣法制局長官による国会での答弁を認めなかった鳩山内閣や菅内閣等に参画してきた人々が、専門家を自称する方々の言を援用して憲法問題を議論するとは、まさに天に唾する行為でしかありません。
 さて、さらに、先ほど申し上げた、こうした世界平和への貢献に対する日本の姿勢に対し、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリア、フィリピン、ベトナム等、世界の多くの国々から支持、評価、期待の声が寄せられています。こうした世界各国からの期待に応えるためにも、平和安全法制の一日も早い成立が重要であります。
 外交では、総理は就任以来、驚異的ともいうペースで五十カ国以上を訪問し、自由、民主主義、人権、法の支配を初めとした基本的価値を共有する国々と連携しながら、地球儀を俯瞰する外交を力強く進め、積極的平和主義のもと、国際社会の平和と安定に積極的に貢献されてまいりました。まさに、安倍総理は、世界の平和と繁栄に具体的な貢献を続けていらっしゃるのであります。
 オバマ大統領とは信頼関係を強固なものとし、日米同盟のきずなを復活させ、外交、安全保障、経済、相互理解の増進といったさまざまな分野において、地域や国際社会の平和と繁栄にともに貢献してこられました。
 プーチン大統領とは、数次にわたる首脳会談を重ね、対話を積み重ねながら、国益に資する日ロ関係の構築を進めていらっしゃいます。
 さらに、隣国の中国とは、昨年、二年半ぶりの首脳会談を実現させ、海上連絡メカニズムについて、実施のための具体的な事務作業に入ることに合意する等、戦略的互恵関係の原点に立ち、日中関係を改善させ、安定的な友好関係に発展させるために努力を行われているところであります。
 また、八月十四日に閣議決定された戦後七十年談話におかれましては、二十世紀という時代における、さきの大戦での日本の失敗の原因と、戦後その失敗を克服するために日本が行ってきた努力とその成果を分析し、さらには今後の日本の目指す方向性を示したという、歴史的意義が非常に高く、かつ、バランスのとれた談話であり、世界各国からも評価されています。この結果、日中韓首脳会談の開催も見込まれる等、中国、韓国両国とのさらなる関係改善の兆しも見え始めています。
 拉致問題についても、北朝鮮と日本人拉致被害者らの再調査を開始することに合意する等、全ての拉致被害者の帰国に向けて、対話と圧力、行動対行動の原則を貫き、全力を尽くしていらっしゃいます。
 TPP交渉については、成長戦略の重要な柱の一つとして、自由で公正な経済圏をつくり、国益を確保しながら海外の活力を取り込むために全力を尽くされています。
 さらに、沖縄の基地負担軽減に向けた取り組みについても、総理は、沖縄県民全体の思いを真摯に受けとめ、目に見える負担軽減を図っていくため、官房長官を沖縄基地負担軽減担当大臣に任命し、オバマ大統領に直接協力要請を行う等、全力で行っていらっしゃいます。
 以上申し上げたように、安倍内閣は、内政、外交等全ての面で非常に大きな実績を上げてこられました。そして、これらの実績が国民の皆様に評価されているからこそ、昨年末の衆議院総選挙において国民の皆様から強い支持をいただくことができたのであります。
 これからアベノミクスは第二ステージに入ります。この第二ステージを通じて、経済最優先で取り組み、デフレから脱却し、雇用と所得の拡大を通じた経済の好循環を回し続け、強い経済をつくり出していかなければなりません。
 そして、財政再建、人口減対策、社会保障制度改革等の山積する課題に立ち向かわなくてはなりません。
 さらには、二〇二〇年の東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会を成功させ、みんなが将来に夢や希望を持って頑張れる日本、世界の中心で輝く日本、そして、誇りある日本をつくらなくてはなりません。
 このような大切なときに、この道を後退させてはなりません。この道しかないのです。
 今の日本を取り巻く現状を踏まえると、政治が果たすべき役割、責任は重く、我々は、大局的な観点に立って、良識ある行動を貫くべきであります。
 この議場にいる議員各位には、このことを十分に御認識いただき、本案件について毅然として否決していただきますよう強くお願い申し上げ、私の反対討論を終わります。(拍手)
○議長(大島理森君) 岡田克也君。
    〔岡田克也君登壇〕
○岡田克也君 安倍総理、あなたは、集団的自衛権行使を含む安全保障関連法案を参議院特別委員会で強行採決しました。衆参両院での二百時間を超える審議の中で、議論を重ねれば重ねるほど法案の矛盾が明らかとなり、政府の答弁も場当たり的で、全く説得力のないものでした。
 この法案が憲法違反であることが明確になりました。圧倒的多数の憲法学者、歴代内閣法制局長官経験者、さらには元最高裁判所長官、判事までもが憲法違反と断じました。
 国会の周りを連日のように法案反対や憲法違反を叫ぶ人々が取り囲み、今まで政治に関心を示さなかった、子供を連れたお母さんや若いカップル、学生など、普通の人たちが、強い危機感を持って、みずからの意思で反対の声を上げています。
 国民の六割以上がこの国会での法案成立に反対し、八割が政府の説明不足を指摘しています。
 これは、単なる法案反対ではありません。平和憲法の根幹をなす憲法九条の解釈を根本的に変え、歴代内閣が一貫してできないとしてきた海外での武力行使を可能とすることに、圧倒的多数の国民が反対しているのです。
 そういう中での強行採決は、我々の先輩たちが築き上げてきた戦後民主主義の否定にほかなりません。安倍総理の暴走を到底認めることはできません。安倍内閣が即時退陣することを求めます。(拍手)
 以下、安倍内閣不信任決議案に賛成する理由について、具体的に説明いたします。
 安倍総理は、昨年の予算委員会などにおける私を含めた各党の質問に対して、どのような論理で、どのような場合に集団的自衛権を認めるのか、全く答えませんでした。そして、公明党との与党協議が合意できた昨年七月一日、その日のうちにいきなり閣議決定したのです。
 法案の国会提出は本年五月で、それまで内容の説明は一切なされませんでした。
 また、安倍総理は、四月に米国連邦議会で演説し、夏までの法案成立を明言しました。日本の国会で同様の発言をすれば、立法権を軽視するものとして、大きな問題になったことは間違いありません。それを米国議会で約束したのみならず、そのことが問題ないと安倍総理は強弁しています。
 このような安倍総理の感覚こそが、三権分立という民主主義の根幹に対する無知、無理解のあらわれです。
 以上、安全保障関連法案提出に至るまでの安倍総理の振る舞いは、立法権を持つ国会の権能の極端な軽視、国民に対する説明姿勢の完全な欠如など、民主主義国家日本のリーダーとしての資質を根本的に欠くものです。このような安倍総理は即刻退陣すべきです。
 安倍内閣の集団的自衛権の行使容認は、憲法違反以外の何物でもありません。
 まず、安全保障関連法案の前提となっている憲法解釈の変更は、集団的自衛権行使を明確に否定した昭和四十七年政府見解と真逆の結論を導き出しました。にもかかわらず、基本的な論理の枠内と詭弁を弄したり、そもそも集団的自衛権を視野に置いていない砂川判決を挙げて最高裁判決と軌を一にすると強弁したりと、便宜的、意図的な憲法解釈の変更です。これらは明らかに法的安定性を無視するものであり、かつ立憲主義に反するものです。
 また、法案にある存立危機事態は、その要件、定義が極めて曖昧です。本来、武力行使の可否を判断する極めて重要な要件、定義であるにもかかわらず、論理的、具体的な説明ができないことが、二百時間の審議の結果、はっきりしたのです。
 安倍総理は、存立危機事態の認定は、最終的には時の内閣が客観的、合理的に判断すると答弁しました。しかし、これでは、我が国が武力行使できるか否かという判断を時の内閣に白紙委任するのも同じであり、これまた立憲主義に反しています。
 このように、二重三重の意味で憲法に違反する集団的自衛権を行使しようとする安倍内閣は即刻退陣すべきです。
 安倍内閣の不正確、不誠実な国会答弁も目に余るものがあります。
 例えば、ホルムズ海峡の機雷掃海について追及され、安倍総理は、最近、現実問題として発生することを想定していないと答弁しました。これは極めて不誠実な答弁です。武力行使に該当する機雷掃海が可能となるという事実は何ら変わっていないからです。
 邦人輸送中の米艦防護もしかりです。総理は、記者会見でみずから、赤ん坊を抱える母親が乗った米国艦船のパネルを用いて国民に訴えかけました。国会でも同じ説明を何度も繰り返しました。しかし、米国の艦船に日本人が乗っているかどうかは、存立危機事態の認定や集団的自衛権の行使には直接かかわりがないということが国会答弁によって判明しました。
 日本国民の命と平和な暮らしがかかっている極めて重大な法案であるにもかかわらず、安倍総理を初めとする政府の説明は、信じられないほどに不正確、そして不誠実です。このような答弁を繰り返す安倍内閣を断じて容認するわけにはいきません。安倍内閣は即刻退陣すべきです。
 憲法九条の平和主義の根幹をなす専守防衛、海外派兵の禁止についても、政府は詭弁を弄し続けています。
 相手から武力攻撃を受けたときに初めて必要最小限の防衛力を行使する専守防衛の考え方は、我が国防衛の基本方針です。自国が攻撃を受けていないにもかかわらず武力を行使する集団的自衛権が専守防衛の考え方と矛盾することは誰の目にも明らかですが、安倍総理は、専守防衛は何ら変わらないという驚くべき答弁を繰り返しています。
 個別的自衛権行使に当たり、海外派兵は認められないことも、国会審議を通じて確立した基本方針です。
 安倍総理は、集団的自衛権の場合も、必要最小限度の実力行使を超えるために海外派兵は憲法上許されないことに変わりはないとしています。しかし、日本自身に対する武力攻撃を排除する個別的自衛権と他国に対する攻撃を排除する集団的自衛権のそれぞれ必要最小限度が同じであるはずがありません。集団的自衛権の行使を認めれば、他国の領土、領海、領空であっても、新三要件に合致する限り、自衛隊を派遣できるようになるのです。その歯どめはどこにもありません。
 さらに、海外の戦争に巻き込まれることは絶対にないと総理は繰り返し答弁しています。しかし、日本が武力攻撃を受けていない国に対して武力行使をすれば、反撃を受ける可能性が高まることは、誰が考えても明らかです。
 こういった平和主義の根幹にかかわる基本的な考え方を根底から覆しているにもかかわらず、国民に真実を語らない安倍内閣は、国民に対して余りにも不誠実です。安倍内閣は即刻退陣すべきです。
 日本国憲法はGHQの素人がたった八日間でつくり上げた代物、今や余りにも有名となった安倍総理の憲法観です。我々は、憲法あるいは立憲主義に対する安倍総理の姿勢に根本的な疑念を持ちます。国の最高法規である憲法の役割は国民の自由と権利を守るために国家権力を制約するものであるという基本原理を、安倍総理は理解していないということです。
 だからこそ、長年積み上げられた憲法解釈を自分に都合よく、いとも簡単に変更し、武力行使の可否という国家の存立にかかわることの基準すら極めて曖昧な法案を強引に成立させようとしているのです。
 自民党の憲法改正草案を見ると、制約なしに幅広く集団的自衛権を行使することが明記されています。限定的集団的自衛権の行使は、そのための一里塚にすぎないのです。
 今、私たちの前には二つの道があります。一つは、自民党がその憲法改正草案に掲げるように、集団的自衛権を何ら制約なく行使できる国です。もう一つは、憲法の平和主義の理念を生かし、海外での武力行使には慎重である国です。どちらの道を私たちは選ぶのでしょうか。
 自国の防衛のために武力を行使することはあっても、海外での武力行使はしないというのは、戦後七十年、日本が築き上げてきた国家としての大方針です。それを、十分な国会での議論もなく、国民の理解もなく、一内閣が勝手に変えていいはずはありません。安倍内閣は即刻退陣すべきです。
 憲法と平和を守るため、今この瞬間も、国会周辺で、全国各地で、安全保障関連法案に反対する多くの人々が必死に訴えています。そして、その後ろには、同調する圧倒的多数の国民がいます。
 国民の八割、一億人の日本人が、政府の説明は不十分と言い、六割、七千万人以上の国民が、今国会での法案成立に反対しています。この本会議場で法案の審議を始めた五月と比べても、この数は一貫して変わっていません。
 もう答えは出ているのです。この法案は廃案にすべきなのです。それが、長い国会審議を経た国民の結論です。
 総理は、デモや集会に参加する人々など、日本人のほんの一握りにすぎないと考えているのかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。ふだん政治に関心がなかった普通の人々が、全国で、みずからの意思で立ち上がって、声を上げているのです。戦後七十年、平和で豊かな日本をつくるために努力された多くの先人たちの声でもあります。そして、日本を引き継ぐ未来の日本人たちの声でもあるのです。
 この会場にいる我々のみが、安倍総理、安倍内閣の暴走をとめることができるのです。今から採決される内閣不信任決議案に賛成することは、憲法の平和主義を守ることであり、日本の立憲主義、民主主義を守ることです。
 自民党の皆さん、公明党の皆さん、皆さんは本当に、平和主義、立憲主義、そして民主主義を大きく傷つけることに加担するのですか。
 この本会議場の全ての皆さんに訴えます。
 一人一人がいま一度、私たちの未来のために何をすべきか、静かに思いをめぐらせてください。
 心ある与野党の議員の皆さんが、安倍内閣不信任決議案に賛成していただくことを強く期待し、私の賛成討論といたします。(拍手)
○議長(大島理森君) 赤羽一嘉君。
    〔赤羽一嘉君登壇〕
○赤羽一嘉君 公明党の赤羽一嘉です。
 私は、公明党を代表し、ただいま議題となりました安倍内閣不信任決議案に対し、反対の立場から討論をいたします。(拍手)
 二〇一二年十二月、政権交代を実現した自公政権、安倍内閣は、日本の再生を強力に推し進め、昨年十二月の衆議院総選挙にて、国民の皆様より再び信任されました。
 現在に至るまで、自由民主党と公明党は、連立政権合意に基づき、経済再生、地方創生、東日本大震災からの復興の加速、社会保障と税の一体改革等の諸課題に全力で取り組み、具体的な成果を出してまいりました。
 今後とも、日本再生のため、安倍内閣には果たすべき大きな使命と役割があり、不信任には全く値しないと、まず強く申し上げる次第でございます。
 我が国経済は、長く続いた円高、デフレ不況のもと、自公連立政権の経済金融政策が実を結び、民主党政権末期と比較し、株価、失業率、有効求人倍率、企業収益などの主な経済指標は押しなべて改善し、実質賃金も本年七月には二年三カ月ぶりにプラスに転じるなど、デフレ脱却へ着実に歩みを進めています。
 学生の就職内定状況も大きく好転し、将来に夢を持つことが難しかった青年たちの瞳に輝きが戻り、社会に明るさと活力が戻りつつあることを実感いたします。
 さらに、自公連立政権は、安倍総理の強いリーダーシップのもと、女性が活躍できる社会、高齢者が安心して暮らせる社会を目指し、さまざまな施策に着手し、着実に前進をしております。
 今後は、経済好循環の流れを、地方へ、中小企業、小規模事業者へ、そして国民生活へとつなげていくことが課題であり、その実現に向け、政府・与党は全力で取り組んでまいります。
 東日本大震災からの復興の加速は、政府・与党がどこまでも被災者に寄り添い、きめの細かい支援に総力を挙げて取り組んでいます。
 公明党は、被災自治体ごとの担当議員を決めて、震災発生から四年半、被災地に足しげく通い、被災者の方々の生の声を政府に届けてまいりました。
 被災地の岩手、宮城の両県では、住宅再建や高台移転、まちづくり事業の約九割以上が着手され、また、被災地の南北の大動脈である高速常磐自動車道は、予定より二カ月以上早く全線開通を実現するなど、復興は着実に進んでおります。
 福島第一原発事故からの復興について、民主党政権は、三・一一から政権交代までの一年九カ月の間に、現地対策本部長を猫の目のようにかえ、国は前面に立つことなく、全てを東京電力任せにした結果、復興が著しく停滞する中、自公政権が引き継いだのであります。
 私自身も、何と第十一代目の現地対策本部長に就任し、政府と被災者の信頼関係がゼロの大変厳しい状況から出発、現場第一主義に徹し、関係者の皆様方の執念の闘いに支えられ、昨年、田村市及び川内村の避難指示の解除を実現することができました。
 そして、本年九月五日、公明党高木陽介現地対策本部長の指揮のもと、全町避難地域では初めて、楢葉町で避難指示解除を実現。ようやく、本格的ふるさと帰還への流れが始まったところであります。
 今後とも、万全な福島第一原発の廃炉・汚染水対策を講じながら、被災地の希望であり夢である福島イノベーション・コースト構想の着実な推進による雇用の創出、人材の結集、そして医療機関や商店街、鉄道等を含む社会インフラの整備等々に全力を尽くしてまいります。
 我が国は、現在、地方の疲弊と人口減少という大変深刻な構造的問題に直面しています。この解決に当たっては、強力で安定した政治のもと、一貫した政策をもって、産官学金労言が連携して知恵を絞り、じっくり粘り強く取り組んでいくことが必要であり、一瞬の停滞も許されません。
 自公政権、安倍内閣が引き続き政権を担い、国民のために我が国の諸課題に立ち向かうことが国益にかなうことであり、内閣不信任決議案は断固否決するべきであると重ねて申し上げます。
 反対理由の第二は、内閣不信任決議案では、今回の平和安全法制は憲法違反であると主張されていますが、その指摘は全くの誤りであるということであります。
 自由民主党と公明党は、安全保障に関する協議を重ね、政府は、この与党協議を踏まえて、昨年七月一日に閣議決定し、そして本年五月十五日に、この閣議決定の範囲内で本法案を提出いたしました。
 同法案は、国民の命と暮らしを守るとの政治の責任として、切れ目のない安全保障体制を構築することにより紛争を未然に防ぐことを目的としております。あくまで自国防衛に限定した政府の憲法解釈の論理の根幹を維持し、専守防衛を堅持しております。
 同法案は、国会で慎重かつ丁寧な審議を尽くし、衆参両院の特別委員会での審議時間は、合わせて、過去最長となる二百十六時間を超え、議論も論点も出尽くし、採決に至ったものと承知をしております。
 日本の平和安全創出は、対話外交の努力が最重要であることは言うまでもありません。我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している現状下、日米防衛協力体制の中で、今回の関連法案の成立によって抑止力が増すことにより、さらなる対話外交の努力が促進され、我が国及び国際社会の平和と安全がより確固たるものになると考えます。一部の野党が主張するような戦争法案ではなく、まさに戦争防止法案であります。
 今回の法案は、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性や法的安定性を確保し、憲法に適合した法制であります。
 自衛の措置の基本的論理を示した昭和四十七年見解の根幹は、外国の武力攻撃によって、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される急迫不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて許容されるものという点であります。
 昨年の閣議決定は、この基本的論理との整合性を追求し、憲法九条のもとで許容される自衛の措置として、大変厳しい縛りである新三要件を規範として定めたものであります。
 今回の法案は、これを忠実に反映しており、憲法に適合することは明らかであります。
 自衛隊が行う後方支援活動について、武力行使との一体化を回避するため、現に戦闘行為が行われている区域では活動は実施しないとしています。
 また、公明党の主張による自衛隊の海外派遣の三原則、すなわち、一、国連決議などの国際法上の正当性の確保、二、国会の関与による民主的統制、三、自衛隊員の安全確保の三原則に基づき法案が作成され、特に、新たな国際平和支援法に基づく協力支援活動は、国連決議がある場合のみに限定し、例外なき国会の事前承認を必要としたことや、改正PKO法における新たな国際連携平和安全活動は、従前同様、参加五原則を適用し、この条件が崩れれば撤退することなども規定されているところでございます。
 今回の法案は、そうした意味でしっかりとした歯どめが備わっており、政府による恣意的な運用ができない仕組みとなっています。
 公明党は、同法案の速やかな成立を求めるとともに、これからも、国民の命と平和な暮らしを守るため、平和的外交努力を根本とし、国民の皆様の期待に応えてまいります。
 なお、参議院の法案審議と並行し、私ども与党は、日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の三党と修正協議を行い、今月十六日に平和安全法制に関する合意事項について合意がなされました。
 これは、国会の事前承認をできる限り徹底するなど民主的統制を強め、国会の関与を強化するとともに、審議の中で論点となりました、自衛隊の実施区域については、自衛隊員の安全確保のため、自衛隊の部隊等が現実に活動を行う期間において戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を指定することや、弾薬の提供は、緊急の必要性が極めて高い状況下のみに限り、大量破壊兵器やクラスター弾の輸送は行わないことなど、これまでの委員会審議の成果が生かされたことは高く評価いたします。
 我々与党は、できるだけ幅広い合意形成を目指してきたものであり、それが実現できたことは、国民の皆様の幅広い理解に資するものであると確信をいたします。
 また、維新の党とも政党間協議を行ってまいりましたが、合意を得られなかったことはまことに残念であります。しかしながら、維新の党の提案や協議内容が、今回の野党三党と与党との合意案に実質的に生かされていると考えます。
 最後に、不信任決議案を提出した民主党の今回の対応は、余りに不可解と言わざるを得ません。
 我が国を取り巻く安全保障環境の厳しさについて、かつての民主党は我々与党と共通の認識を持っていたはずであります。しかしながら、衆参両院における長時間にわたる委員会審議の中で、民主党が提出された法案は領域警備法案だけでありました。現在の我が国の安全保障のすき間を放置しておくのでしょうか。一度政権を担当した政党である民主党が対案すら出せなかったことは、まことに残念であります。
 一方、自衛隊を違憲とし、その解消を目指すとともに、日米安全保障条約を廃棄するべきと主張する政党もありますが、日本の安全保障環境が激変する中、どうやって、憲法十三条にうたわれている、国民の生命、自由及び幸福追求の権利を守るというのでしょうか。
 本法案を戦争法案とレッテルを張り、国民の不安をいたずらにあおる行為は、国民を欺くものであり、余りにも不誠実、余りにも無責任と言わざるを得ません。
 以上が、内閣不信任決議案に反対する理由であります。
 与党議員のみならず、心ある野党の議員の皆様におかれましても、本決議案には到底賛成しかねるものと私たちは確信をしております。
 最後に、改めて、このたびの理不尽な内閣不信任決議案に対し断固反対し、私の討論を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。(拍手)
○議長(大島理森君) 松野頼久君。
    〔松野頼久君登壇〕
○松野頼久君 維新の党の松野頼久です。
 冒頭、今回の台風十八号の被害に遭われた皆様に心よりお見舞いを申し上げたいと思います。
 さて、私は、維新の党を代表して、内閣不信任案への賛成討論を行います。(拍手)
 安倍総理、あなたが、常軌を逸しているほどの情熱を傾けて、ほかの重要政策を犠牲にしてまで拙速に進めてきた安全保障法制ですが、その中身は疑問だらけで、このような問題のある法案を提出した責任は極めて重いと言わざるを得ません。
 安保法案の中身は、安倍総理が答弁すればするほど、疑問点が深まるものとなりました。
 そもそも、いかなる場合が存立危機事態に該当し得るのか。
 衆議院の答弁では唯一の立法事実とされていたホルムズ海峡の機雷掃海についても、九月十四日の答弁で、現在の国際情勢に照らせば、具体的に想定しているものではないと軌道修正。立法事実はどこにあるのか、全くわかりません。
 また、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険などという限界状況は、我が国に武力攻撃が及ばなければ生じ得ないのではないかという基本的な疑問に、明確な答えはありませんでした。
 また、国民が次々に生命を奪われている状況であれば、当然国民保護法を改正して対応するべきですが、それは行わない。しかも、他国の要請がなければ自衛権を発動できない。このように、そもそも論理が矛盾し、それについて政府の答弁も全く要領を得ないものでありました。
 他方、昨年の七月の閣議決定では、切れ目のない安全保障法制の整備をうたい、武装集団の離島上陸のようないわゆるグレーゾーン事態への対処を第一に掲げながら、今回は、そのための法案を提出せず、運用の改善で取り繕う始末です。
 第一に対処しなければならないはずの事態に法制上大きな切れ目が生じてしまっており、これでは、一体何のために安保法制の整備をしているのか、全くわかりません。
 結局、厳格な歯どめと称する新三要件は、海外派兵を事実上認める論理そのものであり、それが本質ではありませんか。
 さらに、事態認定と武力行使の判断について時の政権の裁量に任せてしまう、そして、やろうと思えば世界のどこででも何でもできてしまう、このような非常に危険な法制、そう言わざるを得ません。
 このように、安倍内閣が推し進める今回の安全保障法制は、憲法の範囲を逸脱する内容を含む、違憲性の疑いの極めて濃厚な法案です。そしてそのことは、もはや、多方面から指摘され、動かしがたい事実になりつつあります。
 六月四日衆議院の憲法審査会では、自民党推薦の長谷部恭男先生を初め、小林節先生、笹田栄司先生という日本を代表する憲法学者三人がそろって憲法違反と断じ、引き続く六月二十二日衆議院特別委員会の参考人質疑では、内閣法制局歴代長官である阪田雅裕氏、宮崎礼壹氏も違憲性を次々に指摘しました。
 こうした違憲の指摘に対して、政府・与党は、合憲性の最終的判断を有するのは最高裁だと言って反論してきましたが、今やその最高裁の長官経験者までが、集団的自衛権の行使を認める立法は違憲と言わざるを得ないと、ついに明言しています。砂川事件判決を根拠とするなどという無理のある解釈は、ほとんどの専門家から理解を得られておらず、もう限界であります。
 このように、法案の内容、合憲性に問題があるだけでなく、その質疑を通じて、安倍総理自身の憲法原理の理解や政治姿勢に大きな問題があることが白日のもとにさらされました。
 一つは、先ほどからも言われています立憲主義の理解です。
 昨年の衆議院予算委員会で、憲法の意味について問われた安倍総理は、憲法について、考え方の一つとして、いわば国家権力を縛るものだという考え方はあります、しかし、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的な考えであってと答弁しています。立憲主義は絶対王政のころの考え方という、常識では考えられない驚くべき見解を述べられています。
 そして、ことし五月の党首討論では、安保法制について問われ、我々が提出する法案についての説明は全く正しい、私は総理なのだからと、まるで王権が絶対権力を持っていた時代をほうふつとさせる答弁を行いました。法案も首相の権限も当然憲法に縛られるという立憲主義への理解のかけらも見られない答弁です。
 立憲主義を理解しない者に内閣総理大臣の資格はありません。
 もう一つは、国会軽視の姿勢です。
 安倍総理は、安保法制について、四月のアメリカの議会の演説で、この夏までに成就させると表明されました。法案提出すらされていない段階でこれほどの重要法案の成立を外国で約束するとは、国会審議を無視しているとしか思えません。議会制民主主義をどのように理解されているのか。
 国会軽視の姿勢は、我々が提出している法案、対案への姿勢にもあらわれています。
 我が党は、単に政府案に反対するだけではなく、安保法制について建設的な議論ができるよう、憲法適合性の高い総合的な独自案を提出した唯一の政党だと思っています。そして、国会審議の中で政府案と並行して我々の独自案について十分審議すれば、国民の理解も深まったはずです。
 にもかかわらず、政府・与党は、我が党の案を十分に審議しないまま政府案の採決を強行したばかりか、我が党の独自案について、採決すら行いませんでした。対案を出せ、出せば真摯に対応するとおっしゃっていたのは、全くうそだったのでしょうか。このような姿勢は、対案の提出による建設的議論と国民の理解をないがしろにし、議会制民主主義を否定するものであります。
 こうした根本原理の理解だけではなくて、政治姿勢としても、安倍政権の安保法制に関する答弁や発言は終始真摯さに欠け、国民の不安と不信を増幅するものでありました。
 衆議院の法案審議では、安倍総理自身、早く質問しろよとのやじに始まり、その後も安倍総理の自席からのやじはたびたび問題になりました。総理は、その都度、形ばかりの釈明を行うのみで、傲慢な姿勢ばかりが目につきました。
 こうした姿勢を模倣したのか、中谷防衛大臣は、法案への理解不足から答弁がたびたび二転三転し、あげくの果てには、現在の憲法をいかに法案に適応させればいいかなどと、立憲主義の理解に全く欠ける驚くべき発言をし、礒崎総理補佐官は、法的安定性は関係ない、このように発言をし、戦後一貫して積み上げてきた専守防衛を初めとする憲法解釈の重みを全く感じていないことが露呈をされたのであります。
 安保法制について国民の理解が得られないのは、まさに法案の違憲性と総理の憲法原理への無理解、そして総理や大臣の傲慢な答弁姿勢に原因があると考えます。
 実際、安保法制の理解度について、審議入りの時点の五月の世論調査では、よく理解をしているとある程度理解をしているの合計が五三・五%でしたが、参議院での審議が進む中で、直近の八月の世論調査では、よく理解しているとある程度理解をしているの合計が四八・三%と、五ポイント以上も下落しているのです。国民の理解は深まらず、むしろ今国会での強引な法案成立に反対する声が日増しに高まっているではありませんか。
 安倍内閣の暴走は、安保法制だけではありません。安保法制と並んで安倍総理の責任が重大と考えるのが、原子力発電所の再稼働の問題です。
 八月十一日、九州電力川内原発第一号機の原子炉が起動し、再稼働が始まりました。
 しかし、福島第一原発の事故から四年たった現在でも、避難指示区域から避難して故郷に戻れない方は十万人以上に上っているんです。世論調査でも、原発再稼働に反対している声が賛成の二倍以上あり、国民の理解が得られているとは到底言えない状況です。
 維新の党は、当面、原発再稼働に厳格な条件を法定することが必要だと考えています。
 現状では、原発再稼働を誰がどのように決定するのかという判断と責任の主体が明確でなく、二番目としては、自治体任せとなっている防災計画の実効性も疑われ、同意が必要な自治体の範囲も法定されておらず、最終処分の方法のめども立っていません。さらに、火山の噴火、事故対応設備等に関しても、専門家から投げかけられている不安も払拭できていません。
 結論ありきで原発再稼働に突き進むかのような安倍内閣の姿勢には、大変な危惧を覚えています。再度の過酷な事故を起こしてしまったら、日本の国家としての信用はそれこそ地に落ちるということを肝に銘じなければなりません。
 再稼働決定のプロセスと責任の所在を明確にせず、国民の生命と健康よりも経済の論理を優先させ、安全対策に真摯に取り組まない安倍内閣の姿勢を信任することは到底できないものであります。
 さらには、二千五百二十億にも上る巨額の建設費が問題視され、計画が白紙撤回された新国立競技場の問題。事務方が事実上更迭されていますが、これは政治問題である以上、下村文科大臣は責任をとらなければならない。
 また、百二十五万件にも及ぶ年金情報の流出問題についても、年金機構だけではなくて、大臣を初めとする厚労省上層部に問題があったことが、検証委員会の報告書で明らかになりました。しかし、大臣は、検証委員会の報告が出たらボーナス返上などの責任のとり方を検討すると答弁しながら、本日まで何ら責任をとっていません。
 これらの問題は、原発再稼働と同様に、安倍内閣の無責任体質をあらわすものであります。
 以上、国家国民の命運を左右する最重要法案である安保法制について、憲法原理の理解を欠き、誠実さにも欠ける答弁を繰り返すこと。我々のような建設的な野党の提案にも全く法文修正も行わないどころか、対案の採決すら行わず、違憲の法律を制定するという、憲政史上大きな汚点を残していること。また、国民を守るという国家の第一の責務よりも経済の論理を優先し、原発の安全対策に真摯に取り組まないこと。さらには、問題を起こした大臣についても、責任をとらせず、無責任政治の悪弊を拡大させていること。安倍内閣総理大臣初め政権の責任は極めて重く、不信任に値せざるを得ません。
 最後に一言申し上げます。
 安倍政権、そして自民党のやりたい放題を許しているのは、一強多弱と言われている私たち野党の側にも責任があります。
 今や国民は、安倍政権にかわる、信頼に足りる、現実的な改革勢力の誕生を求めています。それは、我が党が結党当初から一貫して目指してきた目標であり、我々の信ずる国益でもあります。
 今こそ、身を捨てて、理念と政策を軸とした政権交代可能な改革勢力の結集に意を決して取り組む、このことを、この場をおかりして国民の皆様とお約束をし、内閣不信任案に賛成する立場の討論といたします。
 ありがとうございました。(拍手)
○議長(大島理森君) 志位和夫君。
    〔志位和夫君登壇〕
○志位和夫君 私は、日本共産党を代表して、安倍内閣不信任決議案への賛成討論を行います。(拍手)
 私は、不信任の理由として、安倍政権が、安保法案、戦争法案のごり押しによって、次の三つの大罪を犯してきたことを厳しく指弾するものです。
 第一の大罪は、日本国憲法の平和主義を根底から覆し、日本を海外で戦争する国につくりかえようとしていることであります。
 戦争法案には、戦闘地域での米軍への兵たん、戦乱が続く地域での治安活動、地球のどこでも米軍を守るための武器使用、そして集団的自衛権の行使、自衛隊が海外での武力の行使を行う仕掛けが幾重にも盛り込まれています。そのどれもが、戦争を放棄し、戦力保持を禁止した憲法九条を乱暴にじゅうりんするものであることは、国会論議を通じて、今や明々白々であります。
 私が強調したいのは、安倍首相が繰り返した戦争法案推進論がことごとく破綻したということであります。
 首相は、集団的自衛権は日本人の命を守るためにどうしても必要として、日本人母子のイラストまで掲げて、邦人輸送の米艦防護を繰り返しました。しかし、最近になって、日本人が乗っていなくても集団的自衛権の発動はあり得ると言い出しました。
 首相があれほど繰り返したホルムズ海峡の機雷掃海についても、イラン政府が機雷敷設などあり得ないと表明する中で、最近になって、現実の問題として発生することを具体的に想定しているものではないと言い出しました。
 日本人の命を守るとしてあれだけ繰り返した二つの事例がどちらも破綻した。立法事実が示せない。結局、集団的自衛権行使の目的は、日本人の命を守ることではなく、世界のどこであれ米軍とともに戦争をすることにあることが、はっきりしたではありませんか。
 首相は、米軍等への後方支援、兵たんについて、武力の行使に当たらないと弁明しました。
 しかし、非戦闘地域という歯どめを撤廃し、これまで戦闘地域とされてきた場所にまで自衛隊が行って米軍への軍事支援を行えば、相手方からの攻撃にさらされることになります。攻撃されたらどうするのか。首相は、武器の使用をすると認めました。そうなれば、殺し、殺される戦闘になるではありませんか。憲法九条が禁止した武力の行使そのものではありませんか。
 加えて、兵たんの内容の面でも、武器弾薬の輸送、弾薬の補給、戦闘行動に向かう航空機への給油等を可能にしようとしています。
 海上自衛隊が作成したイメージ図では、敵潜水艦を攻撃している米軍ヘリが、自衛隊のヘリ空母で給油し、また敵潜水艦を攻撃するというものまでありましたが、政府はそれも可能だと認めました。このような活動は、誰がどう見ても、米軍と一体になった武力行使そのものではありませんか。
 首相は、法案は北朝鮮の脅威等への抑止力になると繰り返しました。
 しかし、こうした議論に対して、大森政輔元内閣法制局長官は、九月八日の参考人質疑で次のように批判しました。我が国が集団的自衛権の行使として、第三国に武力攻撃の矛先を向けますと、その第三国は、我が国に対し攻撃の矛先を向けてくることは必定であり、集団的自衛権の抑止力以上に紛争に巻き込まれる危険を覚悟しなければならず、バラ色の局面到来は到底期待できない。
 集団的自衛権行使とは、日本に対して武力攻撃を行っていない国に対して、日本の側から武力の行使を行うということです。それは、相手国から見れば、日本による事実上の先制攻撃となります。それは、相手国に日本を攻撃する大義名分を与え、相手国が今度は日本に対して攻撃の矛先を向けてくることは、まさに必定となります。
 国民を守るというよりも、進んで国民を危険にさらす、日本を武力紛争にまさに呼び込んでくる、ここにこそ集団的自衛権行使の本質があることは、審議を通じて浮き彫りになったではありませんか。
 戦後、自衛隊は、一人の外国人も殺さず、一人の戦死者も出していません。これをもたらした力は、憲法九条が存在し、平和を希求する国民の世論と運動が脈々と続き、集団的自衛権行使は許されないという憲法解釈を政府にとらせてきたことにあります。憲法九条を壊して、この平和の歩みを断ち切り、日本を殺し、殺される国へとつくりかえる暴挙を断じて認めるわけにはいきません。
 第二の大罪は、安倍政権が、こうした日本の国のあり方の大転換を憲法解釈の変更というクーデター的手法によって進め、我が国の立憲主義を根底から破壊しようとしていることであります。
 圧倒的多数の憲法学者、歴代の内閣法制局長官に続いて、最高裁判所長官を務めた山口繁氏が、安保法案は憲法違反と断ずる発言をされました。
 山口氏は、次のように述べました。集団的自衛権は憲法違反という憲法解釈が六十余年間とられ、国民の支持を得てきたという事実は重い。それは、単なる解釈ではなく、規範へと昇格しているのではないか。九条の骨肉と化している解釈を変えて集団的自衛権を行使したいのなら、九条を改正するのが筋だ。
 安倍首相は忘れたのですか。六月に憲法学者から憲法違反との批判が上がったときに、あなた方は何と言ったか。憲法解釈の最高権威は最高裁だ、憲法学者でも内閣法制局でもないと言い放ったではありませんか。
 ところが、その最高裁の元長官から違憲との批判が出ると、首相は何と言っているか。退官した一私人の発言と切り捨てた。これは、余りに恥ずかしい、専門家の学識への敬意を欠く、傲慢きわまりない態度ではありませんか。
 六十余年間の積み重ねで規範となり骨肉となった憲法解釈を一内閣の専断で覆す。これは、立憲主義、法的安定性、法の支配を根底から覆す暴挙と言わなければなりません。
 礒崎首相補佐官の法的安定性は関係ないとの発言こそ、安倍政権の本音、そして安倍首相の本音をあからさまに語ったものだったのではないでしょうか。
 審議の中で、自衛隊中枢の暴走という大問題が明るみに出ました。
 自衛隊統幕監部が、既に五月の段階で、法案の成立を前提にして具体化の検討をしていた。そこには、米軍と自衛隊の軍軍間の調整所の設置、日米共同軍事司令部を平時からつくることなど、国会に一度も説明されていない事項がずらりと並んでおりました。
 自衛隊の河野統幕長が昨年十二月に訪米し、米軍幹部と会談した記録も明るみに出ました。米側から安保法制は予定どおり進んでいるかと問われ、統幕長は、来年夏までには終了すると約束しています。
 法案が閣議決定された五月のはるか前の時期に、成立の時期を米軍に約束する。これを軍の暴走と言わずして何と言うのか。
 この重大事態の究明なくして採決など論外であります。安倍政権が、この暴走をかばい、真相にふたをし、文民統制という大原則をみずから投げ捨てる態度をとっていることを、絶対に容認するわけにはいきません。
 首相は、世界に向かっては法の支配を説いています。しかし、ほかならぬこの日本で法の支配をないがしろにしているのが安倍政権ではありませんか。
 法の支配をないがしろにする政治の行き着く先は独裁政治です。このような内閣に国政を担う資格は断じてありません。
 第三の大罪は、安倍政権が、国民の異論や批判に一切耳を傾けようとしない、民主主義否定の姿勢をとり続けてきたということです。
 どの世論調査でも、国民の六割以上が、戦争法案の今国会での成立に反対と答えています。首相は、丁寧に説明して理解を得ると言ってきましたが、説明すればするほど反対は広がるばかりです。
 三カ月余りの衆参の審議を通じて、安倍政権は、ついに国民の理解を得ることができなかった。国民を説得する立場も、論理も、能力もなかった。首相はその冷厳な事実を率直に認めるべきです。
 首相は、決めるべきときに決める、それが民主主義だと言い放ち、あくまで戦争法案の強行を図ろうとしています。沖縄新基地建設問題でも、原発再稼働問題でも、圧倒的多数の民意を無視し、問答無用の暴挙を重ねています。
 しかし、民主主義とは何か。民主主義とは、一旦選挙で多数を獲得すれば何でも許されるというものではありません。異論や批判に謙虚に耳を傾け、真摯に向き合う。異なる立場であっても、事実と道理に立って真剣な議論を尽くす。その不断のプロセスこそが民主主義ではありませんか。
 安倍首相、あなたには、その資質、姿勢が決定的に欠けています。早く質問しろよ、どうでもいいじゃん、そんなこと。唖然とするような閣僚席からのやじは、あなたの問答無用の姿勢を象徴するものであり、それだけでも首相失格と言わなければなりません。
 大体、昨年の総選挙で自民党が得た得票は有権者比で一七%にすぎず、多数の議席を得たのは、ひとえに小選挙区制によるものにすぎません。一七%の支持で六割以上の国民の多数意思を踏みにじることは、国民主権という日本国憲法が立脚する民主主義の根幹を破壊するものにほかなりません。
 今、連日のように、国会前で、全国で、戦争法案強行に反対する闘いが燎原の火のように広がっています。中央公聴会で、大学生の奥田愛基さんは、私たちは一人一人個人として声を上げています、不断の努力なくして、この国の憲法や民主主義が機能しないことを自覚しているからですと語りました。
 私は、この言葉に胸が熱くなりました。国民一人一人が、主権者として、今声を上げなければと自覚的、自発的に立ち上がっている。これは戦後かつてない新しい国民運動です。それは、戦後七十年、日本国憲法の理念、民主主義の理念が、国民の中に深く根をおろし、豊かに成熟しつつあることを示しているのではないでしょうか。私は、これは日本の未来にとって大きな希望だと確信するものであります。
 この国民の歩みをとめることは誰にもできません。国民の皆さん、憲法の平和主義、立憲主義、民主主義を貫く新しい政治をつくろうじゃありませんか。
 そして、この国民の声が聞こえない者、聞こうとしない者に未来はありません。
 戦争法案の廃案、安倍内閣の速やかな退陣を強く求めて、私の賛成討論を終わります。(拍手)
○議長(大島理森君) これにて討論は終局いたしました。
    ―――――――――――――
○議長(大島理森君) 採決いたします。
 この採決は記名投票をもって行います。
 本決議案に賛成の諸君は白票、反対の諸君は青票を持参されることを望みます。――議場閉鎖。
 氏名点呼を命じます。
    〔参事氏名を点呼〕
    〔各員投票〕
○議長(大島理森君) 投票漏れはありませんか。――投票漏れなしと認めます。投票箱閉鎖。開票。――議場開鎖。
 投票を計算させます。
    〔参事投票を計算〕
○議長(大島理森君) 投票の結果を事務総長から報告させます。
    〔事務総長報告〕
 投票総数 四百六十四
  可とする者(白票)       百三十九
  否とする者(青票)      三百二十五
○議長(大島理森君) 右の結果、安倍内閣不信任決議案は否決されました。(拍手)
    ―――――――――――――
枝野幸男君外四名提出安倍内閣不信任決議案を可とする議員の氏名
安住   淳君   阿部  知子君   赤松  広隆君   荒井   聰君
泉   健太君   枝野  幸男君   小川  淳也君   緒方 林太郎君
大串  博志君   大島   敦君   大西  健介君   大畠  章宏君
逢坂  誠二君   岡田  克也君   岡本  充功君   奥野 総一郎君
金子  恵美君   神山  洋介君   菅   直人君   吉良  州司君
黄川田  徹君   菊田 真紀子君   岸本  周平君   黒岩  宇洋君
玄葉 光一郎君   小宮山 泰子君   小山  展弘君   後藤  祐一君
郡   和子君   近藤  昭一君   近藤  洋介君   佐々木 隆博君
階    猛君   篠原   孝君   鈴木  克昌君   鈴木  貴子君
田島  一成君   田嶋   要君   高木  義明君   武正  公一君
玉木 雄一郎君   津村  啓介君   辻元  清美君   寺田   学君
中川  正春君   中島  克仁君   中根  康浩君   長島  昭久君
長妻   昭君   西村 智奈美君   野田  佳彦君   伴野   豊君
平野  博文君   福島  伸享君   福田  昭夫君   古川  元久君
古本 伸一郎君   細野  豪志君   馬淵  澄夫君   前原  誠司君
松原   仁君   松本  剛明君   宮崎  岳志君   本村 賢太郎君
山尾 志桜里君   山井  和則君   柚木  道義君   横路  孝弘君
笠   浩史君   鷲尾 英一郎君   渡辺   周君   足立  康史君
青柳 陽一郎君   井坂  信彦君   井出  庸生君   井上  英孝君
伊東  信久君   石関  貴史君   今井  雅人君   浦野  靖人君
江田  憲司君   遠藤   敬君   小熊  慎司君   小沢  鋭仁君
太田  和美君   落合  貴之君   柿沢  未途君   河野  正美君
木内  孝胤君   木下  智彦君   坂本 祐之輔君   重徳  和彦君
篠原   豪君   下地  幹郎君   鈴木  義弘君   高井  崇志君
谷畑   孝君   馬場  伸幸君   初鹿  明博君   牧   義夫君
升田 世喜男君   松木けんこう君   松田  直久君   松浪  健太君
松野  頼久君   丸山  穂高君   水戸  将史君   村岡  敏英君
横山  博幸君   吉田  豊史君   吉村  洋文君   赤嶺  政賢君
池内 さおり君   梅村 さえこ君   大平  喜信君   笠井   亮君
穀田  恵二君   斉藤  和子君   志位  和夫君   清水  忠史君
塩川  鉄也君   島津  幸広君   田村  貴昭君   高橋 千鶴子君
畑野  君枝君   畠山  和也君   藤野  保史君   堀内  照文君
真島  省三君   宮本  岳志君   宮本   徹君   本村  伸子君
小沢  一郎君   玉城 デニー君   照屋  寛徳君   吉川   元君
上西 小百合君   川端  達夫君   仲里  利信君
否とする議員の氏名
あかま 二郎君   あべ  俊子君   安倍  晋三君   逢沢  一郎君
青山  周平君   赤枝  恒雄君   赤澤  亮正君   秋葉  賢也君
秋元   司君   秋本  真利君   麻生  太郎君   穴見  陽一君
甘利   明君   安藤   裕君   井野  俊郎君   井上  信治君
井上  貴博君   井林  辰憲君   伊東  良孝君   伊藤 信太郎君
伊藤  忠彦君   伊藤  達也君   伊吹  文明君   池田  道孝君
池田  佳隆君   石川  昭政君   石崎   徹君   石田  真敏君
石破   茂君   石原  伸晃君   石原  宏高君   稲田  朋美君
今枝 宗一郎君   今津   寛君   今村  雅弘君   岩田  和親君
岩屋   毅君   うえの賢一郎君   江崎  鐵磨君   江渡  聡徳君
江藤   拓君   衛藤 征士郎君   遠藤  利明君   小倉  將信君
小此木 八郎君   小里  泰弘君   小田原  潔君   小野寺 五典君
小渕  優子君   尾身  朝子君   越智  隆雄君   大岡  敏孝君
大串  正樹君   大隈  和英君   大塚  高司君   大塚   拓君
大西  英男君   大西  宏幸君   大野 敬太郎君   大見   正君
岡下  昌平君   奥野  信亮君   鬼木   誠君   加藤  鮎子君
加藤  勝信君   加藤  寛治君   梶山  弘志君   勝沼  栄明君
勝俣  孝明君   門   博文君   門山  宏哲君   金子 万寿夫君
金子 めぐみ君   金子  恭之君   金田  勝年君   上川  陽子君
神谷   昇君   神山  佐市君   亀岡  偉民君   鴨下  一郎君
川崎  二郎君   河井  克行君   河村  建夫君   神田  憲次君
菅家  一郎君   木内   均君   木原  誠二君   木原   稔君
木村  太郎君   木村  弥生君   城内   実君   黄川田 仁志君
岸   信夫君   岸田  文雄君   北川  知克君   北村  茂男君
北村  誠吾君   工藤  彰三君   熊田  裕通君   小池 百合子君
小泉 進次郎君   小島  敏文君   小林  鷹之君   小林  史明君
小松   裕君   古賀   篤君   後藤  茂之君   河野  太郎君
高村  正彦君   國場 幸之助君   今野  智博君   左藤   章君
佐々木  紀君   佐田 玄一郎君   佐藤   勉君   佐藤 ゆかり君
齋藤   健君   斎藤  洋明君   坂井   学君   坂本  哲志君
櫻田  義孝君   笹川  博義君   塩崎  恭久君   塩谷   立君
柴山  昌彦君   島田  佳和君   下村  博文君   白石   徹君
白須賀 貴樹君   新谷  正義君   新藤  義孝君   菅   義偉君
菅原  一秀君   助田  重義君   鈴木  馨祐君   鈴木  俊一君
鈴木  淳司君   鈴木  憲和君   鈴木  隼人君   瀬戸  隆一君
関   芳弘君   薗浦 健太郎君   田所  嘉徳君   田中  和徳君
田中  英之君   田中  良生君   田野瀬 太道君   田畑  裕明君
田村  憲久君   平   将明君   高市  早苗君   高木   毅君
高木  宏壽君   高鳥  修一君   高橋 ひなこ君   竹下   亘君
竹本  直一君   武井  俊輔君   武田  良太君   武部   新君
武村  展英君   橘  慶一郎君   棚橋  泰文君   谷   公一君
谷垣  禎一君   谷川  とむ君   谷川  弥一君   津島   淳君
辻   清人君   土屋  品子君   土屋  正忠君   寺田   稔君
とかしきなおみ君   土井   亨君   冨樫  博之君   渡海 紀三朗君
冨岡   勉君   豊田 真由子君   中川  俊直君   中川  郁子君
中谷   元君   中谷  真一君   中根  一幸君   中村  裕之君
中山  展宏君   中山  泰秀君   永岡  桂子君   長尾   敬君
長坂  康正君   長島  忠美君   二階  俊博君   丹羽  秀樹君
丹羽  雄哉君   西川  公也君   西村  明宏君   西村  康稔君
西銘 恒三郎君   額賀 福志郎君   根本   匠君   根本  幸典君
野田  聖子君   野田   毅君   野中   厚君   葉梨  康弘君
萩生田 光一君   橋本   岳君   橋本  英教君   馳    浩君
鳩山  邦夫君   浜田  靖一君   林   幹雄君   原田  憲治君
原田  義昭君   比嘉 奈津美君   平井 たくや君   平口   洋君
平沢  勝栄君   ふくだ 峰之君   福井   照君   福田  達夫君
福山   守君   藤井 比早之君   藤丸   敏君   藤原   崇君
船田   元君   古川   康君   古川  禎久君   古田  圭一君
古屋  圭司君   星野  剛士君   細田  健一君   細田  博之君
堀井   学君   堀内  詔子君   前川   恵君   前田  一男君
牧島 かれん君   牧原  秀樹君   松島 みどり君   松野  博一君
松本   純君   松本  文明君   松本  洋平君   三ッ林 裕巳君
三ッ矢 憲生君   三原  朝彦君   御法川 信英君   宮内  秀樹君
宮川  典子君   宮腰  光寛君   宮崎  謙介君   宮崎  政久君
宮澤  博行君   宮路  拓馬君   宮下  一郎君   武藤  容治君
務台  俊介君   宗清  皇一君   村井  英樹君   村上 誠一郎君
望月  義夫君   茂木  敏充君   盛山  正仁君   森   英介君
森山   裕君   八木  哲也君   保岡  興治君   簗   和生君
山際 大志郎君   山口  俊一君   山口  泰明君   山口   壯君
山下  貴司君   山田  賢司君   山田  美樹君   山本  公一君
山本  幸三君   山本   拓君   山本ともひろ君   山本  有二君
吉川  貴盛君   吉野  正芳君   義家  弘介君   若狭   勝君
若宮  健嗣君   渡辺  孝一君   渡辺  博道君   赤羽  一嘉君
井上  義久君   伊佐  進一君   伊藤   渉君   石井  啓一君
石田  祝稔君   稲津   久君   上田   勇君   浮島  智子君
漆原  良夫君   江田  康幸君   大口  善徳君   太田  昭宏君
岡本  三成君   北側  一雄君   國重   徹君   輿水  恵一君
佐藤  茂樹君   佐藤  英道君   斉藤  鉄夫君   高木 美智代君
高木  陽介君   竹内   譲君   角田  秀穂君   遠山  清彦君
富田  茂之君   中川  康洋君   中野  洋昌君   浜地  雅一君
濱村   進君   樋口  尚也君   古屋  範子君   真山  祐一君
桝屋  敬悟君   吉田  宣弘君   園田  博之君   小泉  龍司君
長崎 幸太郎君
     ――――◇―――――
○議長(大島理森君) この際、暫時休憩いたします。
    午後八時休憩
     ――――◇―――――
    午後九時三十二分開議
○議長(大島理森君) 休憩前に引き続き会議を開きます。
 明十九日午前零時十分から本会議を開くこととし、本日は、これにて延会いたします。
    午後九時三十三分延会
     ――――◇―――――
 出席国務大臣
       内閣総理大臣  安倍 晋三君
       財務大臣    麻生 太郎君
       総務大臣    高市 早苗君
       法務大臣    上川 陽子君
       外務大臣    岸田 文雄君
       文部科学大臣  下村 博文君
       厚生労働大臣  塩崎 恭久君
       農林水産大臣  林  芳正君
       経済産業大臣  宮沢 洋一君
       国土交通大臣  太田 昭宏君
       環境大臣    望月 義夫君
       防衛大臣    中谷  元君
       国務大臣    甘利  明君
       国務大臣    有村 治子君
       国務大臣    石破  茂君
       国務大臣    遠藤 利明君
       国務大臣    菅  義偉君
       国務大臣    竹下  亘君
       国務大臣    山口 俊一君
       国務大臣    山谷えり子君