1. 会議録本文
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000・会議録情報
昭和二十九年四月八日(木曜日)
午前十時二十四分開会
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出席者は左の通り。
委員長 郡 祐一君
理事
上原 正吉君
宮城タマヨ君
亀田 得治君
委員
楠見 義男君
中山 福藏君
三橋八次郎君
棚橋 小虎君
一松 定吉君
羽仁 五郎君
政府委員
法務大臣官房調
査課長 位野木益雄君
法務省民事局長 村上 朝一君
事務局側
常任委員会専門
員 西村 高兄君
常任委員会専門
員 堀 真道君
説明員
最高裁判所長官
代理者
(事務総局民事
局長) 関根 小郷君
参考人
東京大学教授 菊井 維大君
弁 護 士 松本 正雄君
東京高等裁判所
判事 斎藤 直一君
最高裁判所判事 小林 俊三君
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本日の会議に付した事件
○裁判所法の一部を改正する法律案
(内閣法付)
○民事訴訟法等の一部を改正する法律
案(内閣送付)
―――――――――――――発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/0
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001・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 只今から委員会を開きます。
裁判所法の一部を改正する法律案、民事訴訟法等の一部を改正する法律案、両案を一括して議題といたします。本日は参考人の方からの御意見の聴取をいたします。
両参考人に対しまして御挨拶を申上げます。本日は極めて公務御多端の参考人の各位が本委員会において只今審議をいたしております法案について該博な御意見をお洩らし下さいますために御出席頂きましたことは、当委員会の今後の審議の上に極めて有益なことし存じまして、わざわざ御足労願いました段、厚くお礼を申上げます。
只今御出席になつております両参考人から、これから御意見の発表をお願いいたしますが、大体三十分ぐらいに御意見をおまとめ頂き、且つその後に委員諸君からの御質疑にお答え頂きたいと思います。先ず東京大学教授菊井維大氏からお願いをいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/1
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002・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 裁判所法の一部の改正と民事訴訟法等の一部の改正に関する法律案の二つについて若干意見を申上げたいと思います。
今度の改正査の大体の狙いは、申すまでもなく最高裁判所の負担の軽減にあると存じます。尤もそれだけでなくて、下級裁判所間の負担の調整とか、或いは事務の軽減などに関する規定も含まれておるようでありますが、併しこれは又同時に最高裁判所の負担の軽減にも役立つという意味において、やはりその改正の主流をなすものは、最高裁判所の負担の軽減であろうと思います。
最高裁判所の負担が軽減されなければならないということについては、もう私から申すまでもなく、年来識者の指摘するところでございます。要するに事件が非常に多くなつている。そのために重要な問題についての判決がなかなか下せないというような状況にあるわけであります。つまりそのため事件の洪水のために、本来の使命を達成することがなかなかできないということをどうして改善するかということが問題であるようであります。
ところが本来の使命がどこにあるかということが、この改正案というものに対する態度を決定する上に必要なことだと思いますので、一覧いたしますと最高裁判所の任務といたしましては、やはり法令解釈の統一ということを挙げなければならんと思います。又そのほかに憲法で定められております違憲裁判の終審としての審査ということも重要な任務であります。そのほか司法行政がこの最高裁判所に委せられた、或いは規則の制定の権限を持つているというふうなことも、従来の大審院と違つた性格をこれに与えているようであります。で、もとより大審院におきましてもこの法令解釈の統一という仕事を持つておりましたけれども、そのほかの例えば違憲裁判をするとか、或いは司法行政をするとか、規則の制定をするというふうな仕事は受持つておらなかつたわけであります。従つて問題はこういうふうな新らしい最高裁判所の仕事を、どうすれば一番前の法令解釈の統一という仕事と併せて達成できるかというところを主眼としなければならないと思います。従つて単にこの法令解釈の統一というふうなことだけを達成するというふうなことに考えの中心をもつて行きますと、やはり昔のような性格というものに返つて来るのではないか。つまり大審院的な性格というふうなものにだんだんと戻つて行くというふうなことも考えられるわけであります。こういうふうに、つまり改正におきましても、やはり新らしい長高裁判所の制度の本来の目的を十分速成させるようにしなければならんのであつて、昔のような大審院的な性格のほうに逆戻りするということは成るべく避けなければならんということが根本であろうと思います。
さてこの問題を解決するために、いろいろ代案が提出せられておるようであります。代案と申しましても、結局裁判所の機構との関係において考えられなければならないのでありまして、代案の多くはやはりこういう機構と相結んで提出されているように考えられます。例えば最高裁判所の裁判官の負担を軽減するために裁判官の増員をなすべしという議論がございます。この増員論は極めて魅力的である。というのは比較的いろいろ問題がありますけれども、一応簡単に事が片付くように考えられるわけであります。併しこの増員ということは、やはりどの程度増員すれば結局裁判所の負担を軽減することができるかということのめどがなかなかつきにくいので、又増員ということは結局裁判所事務の仕事の分量と比例して増員しなければならないということを考えますと、社会的、経済的な発展と共に事件が多くなるということになりますと、ますます員数を多くしなければならないということになると思います。このことは、ドイツにおきましても、又我が国の大審院時代におきましても、みんなそういうふうになつておりますので、まあドイツにおいては大審院は多いときは百人近いような判事がいたというようなことも聞いておるのであります。併しこう増員しまして仕事がはかが行くと申しましても、それはみんなが手分けをして五、六人で、或いは四、五人で部を作つて、そして事件を片付けて行くということになりますので、従つて今度はその大審院の中の各部の判断の統一、判例の統一ということが又問題になつて来るような次第でありまして、これも終局的に申しますと、妥当な解決案だとは申しかねるようであります。この大審院の時代におきましても各部の判例が矛盾をしたというふうな事例が少からず指摘されておつたのであります。けれども連合部と申しまして、大審院の裁判官全体がこの一つの大きな部になつて会議してきめるということもありますけれども、これは容易に……なかなかむずかしいというようなことで、ややもすればこれを回避するという傾向にあつたように記憶いたしておるのであります。従つて私は増員論で解決するということはいろいろ難点があるように思いますし、殊に新らしい最高裁判所の、この場合におきましては違憲審査につきましてもやはり全員がこれについて会議をしなければならんということになりますと、やはり判事の数がおのずから制限されて来ると存じます。そういう意味において、この増員論ということには、この新らしい最高裁判所の性格と相容れないものがあるのではないかというふうにも思うのであります。
なお一つの案といたしましては、現存は違憲裁判ということのほかに民事、刑事の一般の裁判をいたすことにもなつておるのでありますが、こういつた民事、刑事の裁判というものは、別に上告裁判所を設けてこれをして管轄せしめるというふうな意見もあるのでありますが、そうしてこの違憲裁判についてのみ更に最高裁判所に判定を求めるべきだというふうにする案もございますが、これはやはり現在の三審制度というものに更に一審を加えるというふうな結果になるのではないか。スモール・シュプリーム・コ―トというようなものを作ることになつて、その点から屋上屋を架するような形になるのではなかろうか。そういう意味で私はこれに賛成いたしかねるわけであります。
ところが今度の改正は、こういつた機構の改正というものを離れまして立案されたわけであります。離れたということは、結局その司法制度部会において裁判所の機構に関する意見がまとまらなかつたということにあるわけであります。そういう制約の下で改正するということになつて参つたわけであります。そういたしますと、やはりこの改正といたしましては、上告を何か制限する方法が必要だということになりますが、さてその際に、従来御承知のごとくに、この最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律というものがございまして、上告理由をいろいろ申立てて参りました場合においても、この法令の解釈に関して重要な主張を含んでおるものについては注意すれば足りる。つまり最高裁判所がその事件について或る一定の見解を示しますと、それが判例となつて事後の法律解釈に対する指導的な役割を果し得るというふうな場合に、そういうものだけを取上ければよろしいと、こういうふうな法律ができておつたわけであります。私の考えからいたしますと、この方式の改正ということがやはりいいのではないかというふうに考えております。又実際上も相当これによつて負担の軽減ができていたというふうに考えられておるのであります。尤もこういう改正に対しましては、つまり最高裁判所が重要でない、こういうふうに認めた場合には、それについて調査しなくてもいい。勿論調査してもかまわないのでありますが、調査しなくもいいということになりますと、つまりこれは重要なものを重要でない、ないと言つてはねつけてしまうというふうな結果になつて、その民権が尊重されないと、こういうふうなことが大変恐れられる、それでは正当な裁判とは言えないではないかというふうな非難があつたようであります。そうして又今でもそういうふうな御意見を持つておられる方もあるように聞いております。併し判例集などを見ましても、重要でない、こう判断しております場合においてこれは無理だと考えられるようなことはちよつと見付からないようにも、私には思われるのでありまして、又むしろいろいろな判例を見ておりますと、こういうものを重要だと言つて取上げておるのはどうかと思うようなものまでも取上げておるので、むしろ穏やかに取扱つておるのではないかというふうにすら思うのであります。裁判官のことを私裁判官でないのに申しますと如何かと思いますけれども、要するに日本の裁判官は従来非常に良心的、而も非常に慎重に事を運ぶような訓練を受けているのでありますからして、そういう意味において私は、従つてこの特例法が厳格にというよりも、むしろ緩かに適用されていたとすら感じられるのは、そういつたところに原因があるのではなかろうかと思つておるのであります。併しこの特例法については一般の方々は廃止すべきであるというふうな議論が強く、従つてこの廃止を、この法律は本年の六月の一日から効力を失うことになつておつて、それを恒久法として民訴の中に取入れるということは困難であるように考えられたということでありますので、若しもこれが残れば私はそれが一番いいというふうに考えております。
併しこれがなければどうするか、それならば前の何にも制限をしない状態に置いておくかというと、それでは又最高裁判所の働きがにぶることになりますから、そこで今度のような改正案が出されたのではないかというふうに存ずるのであります。従つて私から申しますと、この上告制度の改善、上告の制限などに関しまして、この法案によりますと、「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル法今ノ違背アルコトヲ理由トスルトキニ限リ之ヲ為スコトヲ得」というふうに搾つたような形になつておるのでありますが、併し今の特例法によるしぼり方と比べますと非常に弱いというふうに思うのであります。判決のいろいろの瑕疵、間違いというふうなものについて、それがあるからこの判決はおかしい、改めてくれとこう言つて来たときに、その中立られた理由が、判決の内容と因果関係、即ち若しもそれが正当に解釈されたならば、判決の結論は違つていたであろうというふうな場合でないと、この上告が立たないというふうなことになつておるのであります。ところがこの影響があるかないか、そういうふうな因果関係があるかないかというふうなことは大変に判断のむずかしいところでありますので、それがもう明解極まつて一点の疑いもないというふうなことは、比較的少いと言つたら言い過ぎかも知れませんけれども、少いというふうにみんなも言つておるようであります。従つて現在ではそういうふうな可能性があるということであれば、これは法令違背があるというふうに考えて、判決を破棄するというふうなことになつていたようであります。従つて明らかだというふうなことを加えました場合に、どれだけそれをしぼれるかということになりますと問題でありますが、まあ私の考えでは、若干心理的な影響ぐらいのものではないかというふうにも思うのですけれども、又或る方の説明ですとメークリツカイト可能性からワールシヤインリツヒカイト蓋然性の程度まで高まるから、若干の制限ができるのではないかというふうに考えられているのですが、私もそれも一理あるというふうに考えております。そこで併しながら、まあほかの点、例えば簡劾裁判所の事件が現在三万円を超えない事件に限るということになつておりますのを、例えばこれを二十万円に上げるとか、或いる調書の簡素化を図るというふうなこととか、或いは若干の判決に対する上告を制限するなどというふうなことによりまして、私は今次の改正案におきましては上告裁判所たるこの最高裁判所の負担がよほど軽減されるのではないか、そういうむしろそつちのほうで軽減されるのではないかというふうに考えているわけであります。ですから二つの法律案が提出されましたけれども、直接にこの制限を担つている上告理由についての合理化とか或いは制限というふうなことでは、なかなかこれの目前は達しないではないかというふうな気がするくらいでございます。むしろその簡素化の範囲など、事物管轄の範囲の拡張というふうなこと、その他によりまして却て負担の軽減が図れるのではなかろうかというふうに考えております。
そこで二、三この改正の要点につきまして私の意見を簡単に申上げたいと存じます。この改正喜につきましては、一つはこの上告手続、上告理由の制限というふうなことと、それから仮差押、仮処分の判決の上告の制限、それから仮執行の宣言の付く判決に対する上告の場合の執行停止の要件の拡張、それから調書及び判決の方式の合理化、それから簡易裁判所の事物管轄の範囲の拡張と、こういうような点がございますが、主として一応これを第一のものと最後のものについて御説明申上げたい、意見を申上げたいと存じます。
で、第一のまあ上告手続のことでありますが一つは上告理由の制限のことでありまして、先ほども申しましたように現行法では「法令二違背シタルコトヲ理由トスルトキニ限リ之ヲ為スコトヲ得」とのみ書いてありまするのに、ここでは「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルコトヲ理由トスルトキ」というふうに定めようといたすわけであります。でこの「明ナル」ということの意味が必ずしも明らかでないわけでありまして、これが先ほど申上げましように、そう大して上告の数を減らすということにはならないのではないかというふうに私は考えています。併しそれに対しましても明らかでない、明らかでないと言つて上告を棄却してしまつたんでは、大変に困るのではないかと、こういうふうな意見もあるかと思いますけれども、私は先ほどの特例法について裁判所が従来とつて来た態度などを勘案いたしますと、結局これも極く控え目にやるというよな結果になつて、上告制限は一層却て実を挙げんのではないかというふうな気がいたすわけであります。
もう一つは、この点について若干問題になりますのは、この上告を提起いたしますと、従来は原裁判所なり、或いは上告裁判所、最高裁判所で問題になると思いますのは、この上告状を提出いたすことになつておりまして、そうしていずれにいたしましても最高裁判所がこの判決、その上告が適法であるかどうか、理由があるかどうかということ、或いはその前に裁判長が上告状が適式であるかどうかということを調べるわけであります。ところが今度の案によりますと、そういう点についての若干の部分が、原裁判所つまり不服を申立てられた裁判をした裁判所みずからが審査をするという、こういうようなことになつておるわけであります。で、改正法律案の三百九十九条を見ますと、その前に三百九十七条を見ますと、「上告ノ提起ハ上告状ヲ原裁判所二提出シテ之ヲ為スコトヲ要ス」と、いたしてございます。そして、これは従来、上告状というものは原裁判所でも、上告裁判所に提出してもかまわんということになつていたのを、原裁判所に必ず提出させるということにいたしておるのでございます。そして、その上告状が通式であるかどうかということの判断も、原裁判所の裁判長がこれを行なつてよろしいということが、その第三項に規定してございます。これはつまり三百九十九条の伏線でありまして、この原裁判所に上告状が提出されたときに、原裁判所が三百九十九条によりまして、「上告ガ不適法ニシテ其ノ欠席が補正スルコト能ハザルモノナルトキ」例えば上告期間を遅らしたというようなとき等はその適例でありますが、そういうこととか、或いは「前条第一項規定二違背シ上告理由書ヲ提出セズ又ハ上告ノ理由ノ記載ガ同条第二項ノ規定二違背スルトキ」これはこの上告理由書を必ず付けて出すか、或いは出さなければ最高裁判所の規則に定めるところによつて、上告理由書を原裁判所に出さなければならない。この理由書が付いていないというときには、上告を却下してよろしいということにしてございます。それから次に、「上告ガ法令ノ違背ヲ理由トスルモノニ非ザルトキ又ハ判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」この場合、こういう三つの場合について、この上告状の提出を受けた、又不服の中立てをされた裁判所自身が上告をそこで却下する、それを上告してはいかん、こういうことを言うのであります。この点が又一応問題になると思うのであります。なぜならば不服を申立てられた原裁判所は、こういつた自分の判決に対しまして上告を提起して来た場合に、それを阻むというのでありますから、自分が判決をしその判決のかわいさの余りに、そういうような上告を何かあえて制限すると、阻むというような態度をとりやしないかということが、供れられるわけであります。で、併しながらこの点、この条文に書いてございます第一項の第一号、第三号の諸点は、いずれも形式的な事項でありますから、これは前に裁判をしたというようなことに、そういう偏見にとらわれてどうこうという余地は非常に少ないものだと申さなければならないと思います。のみならずこの第三百九十九の第一項の本文においては、「左ノ各号二該当スルコト明ナル場合」とありますから、一見明らかであるというような場合にのみ限定されることになりますので、いよいよその心配も少ないだろうと思うのであります。こういう事項は原裁判所がここで見逃がしたといたしましても、上告されました裁判所に廻つて参りましたときに、やはりなお且つ上告が不適法だ、理由書がくつついていなかつたということで、却下することは少しも差支えないことでございます。
第三号には、これは前の二つと違いまして、若干この本案に関係のあるようなことになりますので、この一号、二号の点は心配ないとおつしやる方も、第三号の点では大いにこれは警戒すべきだという考えをお打ちになるかと思います。「上告が法令ノ津背ヲ理由トスルモノニ非ザルトキ又ハ判決二影響ヲ及ボサザルコト川ナル法令ノ違背ヲ常トスルモノナルトキ」、こういうふうになつているのでありますが、これは法令違背を理由としなくちやならんというふうなことは、これを読めばわかることでありまして、大して問題はないかと思いますけれども、「判決ニ影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」ということは、丁度これは上告の理由になつておりますので、本来上告裁判所が判断をまさにすべきところを、ここでやつているというふうな感じがしないわけでもありません。で、この点は一応問題だと思うので、従つてこういうことについては、まさに上告裁判所そのものをして判断せしむべきであるという意見が相当強いかと思うのであります。で、併し「判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」というものがあるかどうかということを審査いたしまして、上告を却下する、原裁判所が却下する場合におきましても、それはなおそういうことが、これに第一項の本文がかかつて参りますから、それが又極めて明白だということになりますので、極くもう誰が見ても明らかだという場合だけがはねられるというふうになるのではなかろうかと思うのであります。従つて或る論者などは、こういう本来この成る上告理由たるところの法令違脅が、判決に影響を及ぼすかどうかということは、頗る明確にぴたつとわかるという場合と、及ぼさないということがはつきりわかる場合が比較的少いというふうなことを言つておられるのでありますから、そうなりますと、又これも余り大してこの上告を制限するという役割を却つて果さないというふうに働らく気持もいたすわけであります。尤もこの第二項によりまして、こういうふうな判決のみによつて決定を却下いたしまして、その決定のやり方が悪かつたという場合にも、第二項によりますと「前項ノ決定二対シテハ即時抗告ヲ為スコト」ができるとあつて、上級の裁判所の判断、調べ直しを受けるというので、その点で緩和されるのじやないかということも、そこに安心感を求めるということも考えられますが、併しこの決定に対して即時抗告をなすということができるのは、高等裁判所が上告裁判所である場合に限るのであります。最高裁判所が上告裁判所である場合には、かかる決定に対して即時抗告をして、最高裁判所の調べ直しを求めるという余地はないということは、この最高裁判所に対する抗告は裁判所法の第七条の第二号によりまして特に最高裁判所に抗告ができるというふうなことを規定した場合に限つているからであります。その点は、これらはどうも原裁判所のなしたこういうふうな決定に対しても即時抗告がなし得るように一見見えますけれども、併し他の条文との関係から申しますと、これは高等裁判所が原裁判所で、そうして決定で上告を却下したというものに対しては、即時抗告という途はないわけであります。ですから、その意味において或いは斬捨御免になるのじやないかというふうな不安も持たれるかと思うのでありますけれども、先ほども申しましたように、明らかということが二重になつております。又従来の経験から申しまして、それが濫用されるよりもむしろ働きがにぶくなるというようになるのじやないかとすら思われるわけであります。尤も、この点について一つ懸念されるのは、裁判官の除斥、忌避という規定が民事訴訟法の三十五条以下にございますが、これは前審の裁判に関与した裁判官は、同じ事件が上級審に来たとき上級審の裁判官として職務の執行をしてはならんということになつているのであります。ところが、これは丁度上級審に行つたわけではありませんけれども、そのやつた裁判官がまさにその上告が適法だ、或いは上告理由があるかないかということについて一応審判をするということになりますので、その点は若干疑問があるかと思うのであります。そのほか、上告裁判所が差戻しをしたときに、もとの裁判をした裁判官に扱わせないというふうな規定もあるのと考えますと、この点は如何かと思うのでありますけれども、併しまあこの規定から申しますと、法律でこういう場合を除外したということになりますから、こういう規定が明文で置かれております以上は、それとまあ関係、影響は受けないというふうに考えてよいかと思います。この条文の狙いは、恐らく前の不服を申し立てられた、上告を申し立てられた裁判をした裁判官がまさにこの裁判をなすというところにあると思います。ほかにも裁判官がいるんだから、前にその事件に関与した、前にその裁判に関与した裁判官はこの上告却下の決定をすべきでないというふうにいたしまして、ほかの裁判官にやらせるということになりますと、これは又その事件のことをよく知らないものですから、とても労力をたくさん必要とすることになると思いますしいたしますものですから、従つて、非常な負担になつて、却つてこの規定が煩わしくなるんじやないかというふうに考えるので、やはりそういつた原判決をした原裁判所の裁判官がこういう決定をするのだということにして、この規定が生きて来るのだと思います。そう考えますと、さつき言つたようないろいろな疑問も起つて来るというわけでございます。
それから次に大きな問題は、やはり簡易裁判所の算轄を拡張したという点であろうかと思いますが、私はこの二十万円に上げるということについては大体これでよろしかろうというふうに思つておるのであります。これは、この理由書にも書いてありますように、貨幣価値の変動というふうなことから申しますれば、もつと上げてもいいというふうにも考えられるのでありますけれども、併し簡易裁判所の性格などを考えまして、又国民感情というふうなものも考慮に入れますと、先ず二十万円がマキシマムではないかというふうに思うわけでございます。いろいろの資料によりますと、結局こういたしますれば、今まで戦後において地方裁判所が第一審として取扱つておつた事件が大変に多くて、簡易裁判所の取扱つておる事件の数が大変に少いというふうなアンバランスが是正されまして、地方裁判所の負担が非常に軽減される、簡易裁判所の事件が殖えるということになつてバランスがとれるわけだと思います。自然この高等裁判所の裁判事務というようなものの負担も少くなるように思われるのであります。のみならず、これは訟でもお気付きのことと思いますけれども、簡易裁判所から始まりました事件については、その判決に対して地方裁判所に控訴し、地方裁判所の判決に対しましては高等裁判所に上告するということになりまして、最高裁判所のほうには参らないわけでございますから、その意味におきまして、最高裁判所の負担というものが大変に軽減されるということになる。勿論違憲裁判につきましては、更に最高裁判所に特に上告することができるという途が残つておるのでありますが、一般の場合におきましては、そういう途がなくなることになります。そこで、そういうふうに最高裁判所に持つて行くことが金額によつて持つて行けるものと持つて行けないものが違つて来るということはけしからんことではないかという考があるかと思うのであります。併しこういう考え方は従来からも皆あつたことで、従来からも認められていたことでありまして、私は、前から上告制限というものにはいろいろ方法があるけれども、結局金額制限ということが、これが一番素朴的ではありますけれども、併しこれは止むを得ないのではないかというふうに考えております関係で、こういうふうな制限も必ずしも悪くはないと思う。むしろこういつた金額の少い、比較的少いものにつきましては、簡易な裁判所の手続によつて早く解決するというふうなことのほうが望ましいのではないかという、ふうに思つておりますが、この点はいろいろ御議論があるかと存じます。ともかく併し新らしい裁判制度になりましても、今までは三万円以下の事件は最高裁判所に行けなかつたのですが、それが若干いろいろ貨幣価値の変動その他によつてこれを多くしようというのでありますから、従来の建前が認められている以上は、これも認められていいのではないかと思います。この三十万円になりますと、大変事件が少くなる、殆んどすべての地方裁判所の事件が簡易裁判所のほうへ行くんじやないかという考えもあるかと思いますが、併しこれはいろいろな関係から、例えば合意管轄をするとか、或いは、訴訟物の価額を少し高めにするとか、そういうふうなことで、或いは応訴管轄というふうなことで、まあ資料によりますと、約六制程度のものが移つて行くんじやないかというふうなことであります。尤も、この点簡易裁判所に移すということになりましても、簡揚裁判所には御承知のごとくに、普通の裁判官の資格を持つておられる方と、それから特任判事とも申しきて、従来いろいろ裁判事務などの経験のある方を特別の選考によつて裁判官になつて頂いたという方もあるようであります。併しこういうふうに金額が多くなつて参りますと、そのものについて皆をそういう方にお任せするということはできないというふうにも考えられますので、この点は地方裁判所なりその支部の所在地の簡易裁判所の裁判官の中で、特に最高裁判所がこれはいいと認めた方に取扱わせるということにいたしておるのでありますからして、従つてその簡易裁判所に取扱わせるということによつて、事件の審理の著しく措置の取扱が粗漏になる、判断が間違う、従つて上告も誘発されるというふうな虞れはないものというふうに考えております。
まだそのほか、時間もございませんので、この程度でやめたいと思いますが、その他の例えば仮差押、仮処分事作の上告制限の点については、私は賛成でございます。これはまあ判決という形をとつておりますけれども、本来非訟事件的なものでございますから、従つてそれに対する法令の解釈の統一というふうなことも、そう大して問題にならないのではないか、そう気にしなくてもいいのじやないかと考えられるのであります。仮執行宣言付判決に対して上告した場合に、停止条件を拡張するというふうなことについては、私も賛成でございます。ただこの規定によりますと、若干控訴をした場合の、執行停止の要件が、五百条と五百十一条との対象から申上げまして、従来学者たちが考えていた線よりも、もつと緩やかになるのじやないかというふうな気がいたすのであります。併し実際現在行われているところより、緩くなるというところはないのでございますけれども、学者のほうは、なるべくそこを控訴いたしますと、その控訴の理由が一応尤もだと思われるときにのみ、強制執行を停止すべきものというふうな命令を発すべきだというのが、我が国でも外国でもそういう意見でありますけれども、裁判所の実際の取扱いは保証さえ立てれば、いつでも停止命令を与えているから、折角仮執行の宣言を得ているにもかかわらず、ストップがかけられておるようでございます。その点にちよつと疑問があります。
あと調査或いは判決の方式を規則できめるということについては、私はまさに規則で定めるとすれば、これなぞは典型的なものではないかと思いますが、時間もございませんので、これで私の意見の陳述を終らして頂きたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/2
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003・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 有難うございました。次に弁護士松本正雄氏から意見の陳述をお願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/3
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004・松本正雄
○参考人(松本正雄君) 先ほど委員長から御鄭重な御挨拶を頂きまして恐縮に存じます。私日本弁護士連合会の司法制度調査委員会の委員長を現在やつております関係から、この機会をお与え下さいまして、意見を述べさして頂きたいと思います。
裁判所法の一部及び民事訴訟法等の一部を改正をする法律案につきまして、日本弁護士連合会といたしましては、只今の菊井さんの御意見と異なりまして、総括的に申上げますと、この改正案には反対でございます。それは今回の改正案が立案されたのは、最高裁判所における審理査の遅延を打開することを主眼とせられたものでありまするが、それが間違つた方向に舵が向けられておる、こう考えておるのであります。即ち最高裁判所の機構を改革して、審理の打開をせられることなくして、本改正案のような上告を制限して、国民の裁判を受ける権利を抑制される。それによつて上告、最南裁判所の審理の遅滞を解決されようと、そこに狙いがあるものと考えられますので、根本的に反対なんであります。例えばこの改正案を見ますと、上告審において判断すべきことを高等裁判所に任せる。或いは簡易裁判所の事物の管轄を拡張することによつて、最高裁判所の上告を制限せられようとする。或いは迅速に処理するということに名をかりて、仮差押、仮処分の上告を制限せられようとする、こういうふうにその意図がよく見られるのであります。従つて私どもといたしましては、根本的にはこの改正案には反対でありますけれども、別の観点から、ほかの理由から改正案の内容の中には、特に反対すべき必要もないものもありますし、又改正をしたほうが或いはよいと認められる点もなきにしもあらずとこう思われますので、かような趣旨から改正案の要綱の個々につきまして、意見を要約して簡単に申上げたいと思います。
先ず最初に裁判所法の一部を改正する法律案について申上げさして頂きたいと思います。この主要な点は、簡易裁判所の民事に関する裁判権の範囲を拡張して、訴訟の目的の価額が二十万円を超えない請求について第一審の裁判権を有するものとするという点にありますが、即ち裁判所法の第三十三条第一項第一号のうちの三万円とあるのを二十万円と改正せられようとする点にありますが、この点につきましては、二十万円というのは現状から見て少し高過ぎる。三万円を十万円程度に改めるのが適当であろう、こう考えております。十万円程度の改正ならば、原案に賛成でございます。その理由は現在の経済事情並びに貨幣価価から判断しまして、法務省の本改正の理由書にもありますように、昭和二十五年の改正当時から物価指数も上つておりますし又戦前の裁判所の事件が千円以下であつたという、そういう権限を持つておつたという点を考えますと、改正案のように若干高めるということは認められるのでありますが、併し土地建物等に関する不動産の係争事件が非常に多いのであります実際問題として……。その土地建物等の訴訟物の価額は現在固定資産価額或いは賃料によつてきめられております。この固定資産価額とか賃料というものは、貨幣価値に応じて高まつておりません。殊に日本の地方の実情は比較的低いのであります。而も事件としては土地建物の一件は実際問題として非常に多いという、こういう点から見ますと、今急に三万円を二十万円に上げるということになりますと、簡易裁判所の事件が非常に多くなり過ぎる、簡易裁判所の判事にそれだけ処理し得る能力、負担はどうかという点が考えられるのであります。この点は地方の各地の弁護士会から特に強調せられておつて、二十万円は高過ぎるという意見が多いのであります。かような点から我々は十万円程度なら相当であろうということに意見が落ちついたのでございます。
改正案の第二点の家事調査官と少年調査官とを統合して、家庭裁判所調査官として各家庭裁判所における家事事件及び少年事件の適正迅速な処理を図るという点については、別に反対はございません。
次に民事訴訟法等の一部を改正する法律案について述べさして頂きます。改正案の要綱の第一点は、上告手続の合理化、第二点は仮差押、仮処分事件の上告の制限、第三点は仮執行宣言付判決に対する上告提起等の場合における執行停止等の要件の加重、第四に調書及び判決の方式等の合理化、という点にあるようでありますが、この中で第一の上告手続の合理化と、こう称せられまする改正案につきまして申上げたいと思います。
上告理由を、判決に憲法の解釈に誤りあること、三百九十四条でございます。「判決ニ憲法ノ解釈ノ誤アルコト其ノ他憲法ノ違背アルコト又ハ判決二影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルコトヲ理由トスルトキ」この場合に限るとする原案については強いて反対はいたしません。尤も東京の三弁護士会においては上告理由の中に更に判例違反という点を加えるべきである、これを上告理由として認めないのは不可解であるという見解を持つておりまするが、私は判例違反はやはり法令違背の中に含められるものであろうというような考え方から、連合会としては強いて反対して判例違反まで加える必要までないじやないかというところに落ちついたのでございます。
問題になりますのは、只今菊井さんからも主として取上げられて申された三百九十九条でございます。この上告に関する適法の要件を欠くことが明らかな場合には、原裁判所で上告を却下することを要する、こうせられた第三百九十九条の改正案には絶対に反対であります。これは在野法曹殆んど一人も残らず一致した意見でございます。上告は元来上告裁判所は原裁判所の裁判に不服である当事者から、その不服の理由を審理判断すべきものであるにかかわず、不服の判決を下したところのその裁判所が再び上告を審理して裁判するというようなことでは、現本の三審制度の破壊であり、上訴制度の否認であると考えるのであります。只今の菊井さんのお話を承わつておりましたが、原裁判所がする場合に、前の裁判官が決定をしたほうが労力その他の点から考えて、却つてその改正案の規定が活きると思われるような御意見でございましたが、我々はこれはどうしても納得が行かないのであります。東京のように高等裁判所に部が幾つもあります場合には、原判決をしたと違つた部の裁判において決定をするということも考えられますが、地方の各地の裁判所では高等裁判所は部がそうございません。自然同じ部で又裁判をするというよなことになりまして、それを特に恐れておるのであります。この点菊井さんの御悪鬼と全く違うのであります。この点はどうしても納得が行かない。上訴制度の否認、三審制度の破壊というような点から絶対に反対でございます。
改正案の要綱の第ニ点の、仮差押、仮処分事件の上告の制限についての四百九条の二、これについてでありますが、これは私どもといたしましては強いて反対はいたしません。尤も弁護士会によりましては、仮差押、仮処分事件についてだけ特別の扱いをするのは解せないと、かような改正案には反対であるという相当強い意向もございますが、併し我々といたしましては、仮差押、仮処分事件はやはり急速に解決を要したいものであり、而も仮の処分である、本案の裁判ではないというような御点から一応改正案にそう反対しないでもいいではないかといつて、意見をまとめたのでございます。而も法務省の示されました統計によれば、上告は僅か、この点に関しまする上告は四%程度しかないという事実と又民事事件は相手方もおるわけでございますから、相手方の利益も考慮せねばならないというようなことを考えまして、強いて反対はいたしません。
第三に五百十一条の仮執行の宣言を付した判決に対する上告審における執行停止に損害発生を疎明するように改正する案には、これは私どもとしても大体賛成でございます。この点に関しましても、弁護士会の一部には徒らに手数を複雑にするだけである、煩雑にするだけである。損害を生ずべきことの疎明ということについて煩雑になるんではないかという理由から有力な反対論がございますが、この点につきましても、我々民事事件の性質上、当事者双方の利益を考慮して、殊に勝訴の判決を得ながら、そうすぐに執行が停止せられるというのでは、折角勝訴の判決を得てもその損害が大きい。要件を加重することにはむしろ賛成であるというような結論になつたんでございます。
最後に、調書と判決の方式等の合理化と称せられておりまする改正案の要綱ですが、これは従査来の調書と判決の方式に関する規定に関しての修正又は削除をして、これを最高裁判所のルール、規則制定権に委譲しようとする案のようでありまするが、これについては全面的に反対でございます。最高裁判所がどのような規則を制定せられるか、現在皆目わからない状態にありながら、それにお任せするということはどうしても賛成しがたいのであります。又その最高裁判所の規則も、法律と違つて朝令暮改とならないと誰も保障できないのでありまして、無条件でそれに委譲するというような点について納得できず、反対せざる得ないのであります。
以上極く簡単でございますが、要約して意見を申上げました。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/4
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005・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 有難うございました。
只今の両参考人の御意見に対して御質疑のおありの方は順次御発言を願います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/5
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006・亀田得治
○亀田得治君 菊非先生にちよつとお伺いいたしますが、只今日本弁護士連合会の御意見と食い違つた点でございまするが、本来上告審が判断すべきことを、特定な問題に限つて原裁判所が判断する。而もその場合に原裁判所の中でも、違つた裁判官じやなしに、以前にその事件を取扱つた人にその判断をやらせる。これは今御指摘があつたように、私どもも非常に危険性のあることであるというふうに考えるんですが、便宜から言いましたならば、このほうが便利かも知れませんが、非常に危険性のあるという点についてはどのようにお考えになるか、それが一つと、それから調書の問題ですね。この調書なり判決の方式が、今度の改正案によると殆んど全部最高裁の規則に一任されておる。こういうことになりますが、これは非常な行き過ぎじやないか。現在の調書や判決の方式に関する民事訴訟法の規定が余りにも細か過ぎるというのであれば、幾らかその点は改正してもいいかも知れないが、殆んど全部をこの最高裁の規則に譲つてしまう。これでは調書なり判決の体裁というものが非常に厳格性を欠いて来るんじやないか。これは勿論規則の作り方にもよりますが、どういう規則が作られるかわかりませんが、そういう点を私どもやはり心配するんです。現在のものが欠点があれば、それを改正されることはよろしい。併し如何に改正をしても、調書とか判決の方式というものは重要な問題ですから、根本的な、基本的な点はやはり民事訴訟法の中で規定しておくべきじやないか。枝葉末節の点については規則に任してもよろしいが、そういうふうに考えるので、従つてこの改正案はやはりその点では行き過ぎのようにも考えるのですが、この点についてどうお考えになりますか。二つの点についてお開きしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/6
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007・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 第一の点でありますが、私は先ほどいろいろ申しましたように、その見込みから申しますと、この三百九十九条の第一項において「左ノ各号二該当スルコト明ナル場合」というふうに規定してありますし、又殊に第一号、第三号は形式的な事項で、これはもう誰が見てもよく判定のできることだと思いますこと、それから第三号の、「上告が法令ノ違背ヲ理由トスルモノ非ザルトキ又ハ判決ニ影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」というふうに書いてありますから、この明らかがダブつておりますので、よほど明白な場合でないと、実際には却下しない、こういうふうになると考えますので、実際的には只今御心配のようなことはなかろうかと思うのであります。
それから、上告をしたのに、その上告を上告裁判所において取扱わないで、その一部ではあれ、下級の裁判所にやらせるということは、上告を否認するものではないかという、こういうふうな御趣旨もあつたかと思いますけれども、併しまあ上告審がそういうふうにやるということは、できれば望ましいかと思いますが、併しこれを若し上告審のほうに持つて参りますと、やはり負担の軽減という点から申しますと、十分な効果を挙げることができないように考えられますし、それから又上告の制限などのいろいろの法制、私も余り詳しくは知りませんが例えば上告許可制というふうな、上告を許すかどうかというふうなことを原の裁判所がやつている。例えば判決を言渡すときに、この裁判に対しては上告を許すというような、そういうふうな法制もあることですから、必ずしも或る点に関して下級裁判所に上告の許否についての判断をやらせるということは不可能ではないんじやないか、要するに結局立法のこと、そういうふうないろいろのことを判断しまして、この法制も現在の上告制限ということから申しますと、止むを得ないのではなかろうかと思うのであります。何といつても上告裁判所が、殊に最高裁判所が、先ほど申しましたような最高裁判所たる本来の任務を遺憾なく発揮するということが、どうしても新らしい裁判制度の下においては主眼でなければなりませんから、それを活かすように持つて行くことを主にして考えたほうがよくないかと存ずるのであります。
それから第二の調書の点でありますけれども、これは私はどういうふうに最高裁判所で規則でおきめになるかわかりません。殊に日本では憲法上においても、ただ規則制定をする権利が最高裁判所に与えられているということだけでありまして、その制定をするときに、こういう方式にせよというふうなことにきめられておりません。私も詳しいことは存じませんが、英米法の学者の説によりますと、向うのほうでは、やはり国会がその規則制定についてあとで審査して、悪ければ直す、或いはそれを廃棄する権限を持つているということでありますけれども、併し日本ではそういうふうになつておらないのであります。従つて悪く考えれば、最高裁判所が勝手にそういうふうな規則を作つて、そうしてそこでその上告を思い切つて縮少しようとする裏面の会みがあるというふうな弁護士会の御意見のようなこともとれないわけではないかと思いますけれども、併し規則を制定するに当りまして、現在やはり規則制定諮問委員会というものが設けられておりまして、そこには弁護士その他実務家がたくさんお入りになつております。学者も若干加わつておりまして、そうしてそこで一番最新の実務に通じておられる方が議を尽しておきめになることでありますから、そこでそういうふうな切捨御免的な規則が制定されるとは、私には全く予想できないことなんで、むしろやはりそういつた技術的な専門的な事柄はその委員会において十分検討なさつておきめになる、そして又法律で改正するというよりも、そのときぞれの要求に応じて時々これをお開きになつて、一番この現状に適するような方向に改正になられたほうが私はよいのではないか、こういうふうに思つておるのでございます。事実今まで規則に任して、大変規則が悪くてどうも困るというふうなことは私余り聞いておらないのでございまして、殊に若しそうであれば弁護士会、特に日本弁護士連合会というような有力な団体がおありになるのでございますから、その具体的な事実を挙げて克明に調査して、我々学者のほうにも提供して下さいますし、又輿論を喚起して最高裁判所にその改正を迫るというふうになされば、そうこの規則に任しておいたから大変な規則ができたというふうなことにはならんのじやないかというふうに考えておるので、規則制定諮問委員会を最高裁判所のほうでお認めになつておるということも、まさにその狙いはそこにあるのでなかろうかと思うのであります。それから何でもかんでもみな法律から取つてしまつて規則に譲つているというふうに申されますが、併し判決の中でも、例えば判決の記載事項として根本的のもの、例えば主文だとか、事実だとか、事由というものは必ず判決に記載しなければならないことは法律にちやんと残つておるのでございます。ただそれをどういうふうに合理的にわかりやすく、そして裁判官たちがこれを記載するときに、できるだけ単なる労力的な仕事によつて煩わされないで、本来の裁判をよくするために力を注ぎ得るようにしようかということが狙いであると私は考えておる。そういうためには、それはもう極めて技術的なことでありますから、従つてそこで一番そういう法律技術に詳しい方がおいでになつて、こうだああだと言つておきめになるならば、それでもう大した支障はないのではないか、こういうふうに考えておりますので、訴訟法を通じて規則制定、判決の言渡につきましても、やはり判決はこれを言渡さなければならん、言渡によつて効力を生ずるという一事だけは残つておるのであります。言渡しの方式などにつきましては規則に譲ると言うのですけれども、今まで実際言渡というものは、いわばそのような形のものじやなくて、当事者がいてもいなくても言渡すというふうなことになつておる。誰もいないがらんどうの法廷で高々と判決の主文を読上げる、それが言渡しをしたということになつておる。言渡す方式をきめ、言渡さなければならん、それから言渡す、判決グ送達する、それから不変期間が進行する、そういう基本的なものがやはり法律に残つておるのでありますし、又規則の制定が先ほど申しましたように行われるということを考えますと、そう御心配になるようなことはないんじやないかと私は考えるのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/7
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008・亀田得治
○亀田得治君 もう一度ちよつとお伺いしますが、司法制度調査会なんかでいろいろ御意見があつたと思いますが、現在のように調書なり判決の方式を法律できめておると、これは何か非常に差支えがあるわけでしようか。非常に差支えがあつてこういう改正をされるのでございますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/8
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009・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 私はそうだと思つております。例えば署名捺印というふうなことですね。私も裁判を実際やつたことはございませんからわかりません。一つ一つの判決に署名をする、捺印をするということは、これはもう極く簡単なことだと、そうでございますけれども、これが判決が、例えば判決以前にいろいろな、裁判にもよりますが、たくさん溜りますとなかなか馬鹿にならない労力を裁判官に与える。而もそういつた機械的な労力を要求する、これはとても大変なことだろうというようなことなんであります。それから私も深くは存じませんで、これは法案の審議のときに当局の方にお聞き願いたいと思いますけれども、記録の編纂方法をいろいろ合理的に変える。只今のは年月を逐つて年月日順にやておるようでありますけれども、それを何か事柄によつてそれを変えて、わかりやすくする、そういうようにきめるんだということをちよつと伺つたんです。そういう場合に、例えば今調書でありますと、一々その調書に、法律の規定にありますように判事さんが署名捺印をするというふうなことになつておりますけれども、ものによつては、例えば証拠の目録などというものがありまして、そこにまで一々やらなくちやならんかというようなことになつて来るわけで、今の規定だと、どうもそういう細かいところに手の届くように、又労力を省くようにしてやるということは、なかなかこれだけでは困るし、それから又法律ですとそういうときに、いや、やつてみたけれどもこれはうまく行かなかつた、変えたいというときにも、そこに時期に適した改善をするというようなこともとかく遅れ勝ちになるんじやないかということも考えますので、私はまあ規則でおやりになつて、又やる必要があるんじやないかと、こう考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/9
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010・羽仁五郎
○羽仁五郎君 お二人の参考人からお教えを受けたいと思うんですが、この上告の制限についての反対の御意見というものは十分伺つておきたいと思うので、松本さんからは東京三弁護士会の中におありになるとさつきおつしやいました反対の御意見を、若し御紹介できれば願いたいと思います。最初に菊井さんに伺つておきたいと思いますが、要するに今度の民事訴訟法等の一部を改正する法律案は、その立法の趣旨は、現状は甚だ困るから、そこでこの法律を動かそうということになつておるように考えられるんです。それで私は学問上余り現状というものに眼をとられて、そうして法律の原則を崩すということは、あとになつて非常に困ることがあるのではないかというふうに考えるのです。今お教えをもう一回、今亀田委員からも御質問があつたのですが、もう一度伺つておきたいと思うのですが、三百九十九条についてなんですが、この原裁判所が上告を却下するということになりますと、いわゆる裁判の原則として私どもは常に考えなければならんと思つておりますアキユーザーといいますか、原裁判所というのはそれは不服だという意味じや、まあ被告の立場に立つわけでしようが、その被告の立場に立つ人がその不服だという上告を却下した。つまり被告が判事になる。これはこの前にいわゆる裁判所侮辱罪法というようなものを作られるときにも、はやり今裁判所が非常に混乱しているから判事が検事のようになつて、そして又判事に戻つて、さわぐ人をつまみ出してしまうというように、右の手でやつたことを左の手で始末してしまうということが、どうも最近の政府提案の立法にはだんだん殖えて来るような気がいたします。それでこの第三百九十九条において又こういうことを殖やしそ行くということになると、訴える人とそれから訴えられる人と、それからそれを裁判する人と、原告と被告と裁判官というものがそれぞれ違う手であつて欲しいというふうに、学問上は求要されると思うのですが、この三百九十九条などが仮に裁判の根本原則を崩すほうに、つまり有害に作用をするというふうに私は心配をいたしますが、菊井教授はそういう心配は学問上ないというふうにお考えになりますか。現状困るだろうからということでなく、御礼見が伺われれば有難い仕合せだと思うのです。
それから私の伺いたいと思います最後の点は、やはり仮差押又は仮処分について、これはお二方からお教えを頂きたいと思うのですが、これを松本弁護士さんは民事事件だから相手方のことも考えてというお説を伺つたのでありますが、民事事件でこういうことをやることが、刑事事件においてはやり有害な影響を及ぼすことはないというふうにお考えになりましようか、如何でしようか。以上三点についてお教えを頂きたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/10
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011・松本正雄
○参考人(松本正雄君) それじや松本から申上げます。東京三会で改正案につきまして種々検討いたしまして、皆さんのお手許に意見を上申いたしておると思うのですが、私ども連合会のほうが連合会の司法制度調査委員会というものは、内情を申しまして恐縮でございますが、毎月全国から集りますので、月一回常例会合があります。重要案件がありますと臨時に開きますけれども、最初開きますときに、まだ法律の改正案の各条項について配付されておりませんで、やつと会合の当日手に入れた。逐条的に十分検討する余裕がなくて、一応意見がまとまりました。東京三会はその後連日集つて熱心に検討した結果を皆さんのお手許に申上げた。こういうようなことで詳細の点について若干の食い違いがあつたのでございますが、私連合会のその委員会の委員長として、責任者として連合会としての意見を申上げたのでございます。大体におきまして大した相違はないのでございます。只今お聞き下さいましたように大した食い違いはなく、根本的には改正案に反対であるということに、それは同様なんでございます。上告理由の点につきまして先ほども申したのですが、東京三会は判例違反ということをやつぱり入れるべきである。こういうことを言つておるのですが、我々判例違反も法令違背のうちにやつばり入るのじやないかと当時考えておりましたので、そしてまあ先ほどのように申上げたわけなんです。この点も従つてさほど食い違いはないはずでございます。ただ少し食い違いましたのは仮差押、仮処分につきまして、東京三会は、ほかの事件と特別扱いをする必要がないじやないか。これは確かに尤もな意見でございますが、我々全国から集まられた弁護士の方々の意見を斟酌したのでございますが、仮処分、仮差押の事件が余り長引くということは考えものである。民事事件においてやつぱり当事者双方おるのです。相手方のことも十分に考慮された法律でなければならないということから、これも特に賛成とは申しませんでしたように、強いて反対する必要がないじやないか。こういうふうに申上げた。その他の点につきましてはこの仮執行の宣言付判決に対する上告の提起の場合における執行停止の要件の加重、これにつきましては連合会としましては余り、やつぱり折角勝訴の判決を得たのに、簡単に停止されては、又一方的になり過ぎはしないかというような観点から、これはむしろの改正案のほうがいいじやないかというところで意見が落ちついた。かように内容の比較的、本改正案としては重要でない点において、若干の食い違いはありましたが、根本の問題において一番大事な点は先ほど強調いたしましたように、原審が自分で裁判した部が更に裁判するという三審制度の破壊、上訴権の否認ということについては、これは最も大きい改正案だと思うのです。これはもう絶対反対であるという点については十分弁護士会、全然意見の食い違いがないようであります。不十分かもしれませんがそれで……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/11
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012・羽仁五郎
○羽仁五郎君 今の第三百九十四条の上告の制限については、朝日新聞に稲田さんがお書きになつたりしていた御意見の中にもそういう点があつたと思うのですが、やはり最高裁判所の現状というものに目をとられて、国民の持つている上告権という基本的権利を軽軽しく制限することは、根本的によろしくないという御意見があるようにも伺つたのですが、その点は連合会の……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/12
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013・松本正雄
○参考人(松本正雄君) 勿論そういう考え方のもとに進んでおつたのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/13
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014・羽仁五郎
○羽仁五郎君 反対をしておられるわけですね。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/14
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015・松本正雄
○参考人(松本正雄君) はあさようでございます。又附加えさして頂きたいと思いますが、この三百九十九条の「左ノ各号ニ該当スルコト明ナル場合」ここで明らかとあるし、又この第三号で、「明ナル法令ノ違背ヲ理由トスル」、特にこうあつて、明らかと二重にあるから間違いも少いのではないかという菊井さんの御意見がありましたが、これらの点についても我々話合つたのですが、明らかか明らかでないかということを判断するので、明らかであるとこうきめ込んで、前に裁判した部が勝手に裁判をするということは無論とんでもないことではないかというような考えでございます。明らかかどうかということを判断するので、明らかと最初からきめ込まれてはこれは話にならんじやないかというふうなことでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/15
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016・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 三百九十九条の点について……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/16
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017・羽仁五郎
○羽仁五郎君 三百九十四条につきましても、今の最高裁判所の現状がどうあるかということと離れて、理論上国民の上告というものをこういうように制限されることが妥当であろうかどうかという点についても教えて頂ければ有難く存じます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/17
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018・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 勿論一般論としましては、それは欲するに従つて上告をして、そうして思い通りに裁判を受けるということは、これはもう誰も異論のないことだと思います。ただ併し如何なる裁判制度の下におきましても、この最高裁判所というふうなものができます限りは、つまり或る学者の言うように、円筒状じやなくて円錘形になつて行つて、頂点に最高裁判所があるということになりますと、たくさんの下からの事件がみんな流れ込んで来る。それを到底裁き切れない、裁こうとすると、今度の最高裁判所の本来の使命である法令解釈の統一、或いは日本の最高裁判所でありますと違憲の審査権、それがどうも死んでしまう、麻痺してしまう。これが今の最高裁判所、洋の東西を通じてそれをどう調和するかということが一審改正の根本なんであります。ですから御説の通りにそういうことをどんどん上告もできて、制限的のものがないということは、これはまさに理想でしようけれども、現実の状態としては、それは如何なる裁判制度をとつた場合においてもできないことであります。ですから立法の変遷の歴史を見ましても、みんなそこを如何にして制限するかということを中心にして立法者が頭を悩ましておるわけなんであります。ですから制限ということはこの最高裁判所か一つてあるということと切離せないことなんで、学者たちはみんなそれはそれとして、最高裁判所の任務というものを、ともかく法令解釈というふうなことの統一ということで制限して来ておるわけなんです。昔は例えば、ドイツのライヒスゲリヒト、大審院に相当する最高裁判所、大審院に相当するものでありますが、これなどもうライヒスゲリヒトの、前の普通法の時代だつたかと思いますが、その場合にはつまり一番上の審級、第三審級においても現実の、現在のごとく法律審だけじやなくて、事実の審理もし、そうして法令の適用、出実の確定の誤まり、それから適用も確定し、それから法令の適用の誤まりを審査したと、こういうように全く下と同じような円筒状だつたのですね。ところがドイツ帝国ができまして、そうして法令統一法ができました。その法令の解釈を統一しなくちやならんということになりますと、とてもそれでは間に合わなくなりますから、そこでも上告というものを法令違背を理由とするものに限るというふうに、もうそこで上告を制限しておるのです。それも一つの上告制限なんです。その点は実質的に上告制限をされておるのですね。そういうことはそれはもう当然なことだというふうにお考えになつておるのでありますけれども、実を言えば事実審理を第一審と第二審に限つてしまつて、法律審に限つてしまつておるということは、一種の法律上制限だと、こう言つてよいと思うのです。そうしてただその法令解釈の統一ということだけに限りましても、大審院の仕事におきましても事件がだんだん多くなつて来る。法令に違背するものは上告ができるのだというので、いろいろな法令違背が上つて来るものですから、そこで悲鳴を上げて来る。これはドイツでも同じことです。そこでその際は部を殖やせばいいということで、部を殖やしたこともあるし、減らしたこともありますが、そうなつて来ますと判例統一ということが困難になつて来る。理想とすれば一つの部がいつもやつておるということが望ましい。数個の部ですと、又裁判所が数個あるのと同じようなとまで行きませんが、大体そういうことになります。だから現状に目を離れてとおつしやいますけれども、こういつた技術的なもの、つまりいい裁判を作るという一つの技術的立法ですから、それはやはり現状と隔離した議論は成り立たないと私は思うのです。ですからどうしてもこの裁判、それからその判断は、結局問題は先ほど申上げましたように、現在の新憲法の下に最高裁判所の性格というものを維持して、旧大審院的なものにしないというようにしようとすれば、明らかにもう誰が見もて尤もだと、これは上告に適しないというたものは皆棄ててしまつて、本当にそこで判断されるにふさわしいような裁判だけを取上げてもらつて、そうしてその裁判官の叡智を傾けてして頂くというようにしないと、これは本当の立派な最高裁判所の仕事を期待するということは不可能だと思うのです。でここに挙げてありますようなものにいたしましても、大体皆期間が遅れたとかどうとかいう、そういつた形式的なものが一号二号に規定してございますが、これは裁判官のような合理的に、まあ裁判官が合理査的に働くということを前提にして、それは普通の経験的に言いまして、そう判断するのが普通だと思うのです。悪いことをするものだと思つてやれば、それはもう幾らでも悪く解釈できますけれども、まあ一般に合理的に動くものだということを前提として考えないと……、それは又本当の裁判官にとつてはそうだと思うのです。そうしないと法制度というものが成立たないと思います。或る特殊な法だけを考えて制度を作るということは、これはちよつとできないのでやはり平均的な、裁判官にいたしましても、非常に優秀な裁判官、非常に劣つた裁判官、これを眼中に置いて制度を作ることができれば、やはり平均的な裁判官というものを眼中に置かなくちやいかん。そういたしますればやはり合理的に、すべてを合理的に考え、合理的に裁判をするというふうに我々は考える。日本の今までの伝統ある司法部というものを眼中に置いて考えますと、どうしても私はそういうふうに思わざるを得ないのです。でそういたしますと、この前提といたしましても、こういうふうな形式的な条件たる三百九十九条の一号、二号のようなものは、これはまあ原裁判所に任してもいいのではないかというふうに考えます。一番問題になると思いますのは、先ほど御指摘のような三号の場合だと思います。これとても併し御承知の通りに特例法の、最高裁判所の民事事件の審判に関する何か特例法がございまました。あれが今度は廃止になるということでございますが、それの運用の経過などを見ておりましても、あれは法律の解釈に関する重要な主張を含むものと認めるものについて審査すれば足りる。重要でないといつて審査しないで切棄ててもよろしいというそういうことになるのです。けれどもあれなどを見ましても、さて切棄てられて、これは大変人権を制限したといつたふうなところは余り見えない。むしろ私は今までの裁判官及び現存の裁判官の方々のやつておられるところを見ますと、どうしても勢い慎重になり過ぎて、却つて制限の実がそれほど上らんじやないかというふうなむしろ見込みを持つておるわけであります。そういう意味で私はまあこれでもいいじやないかというふうに考えるわけなんです。それから裁判をした原裁判所に再び審査させるということはおかしいじやないか、私はこれは御尤もだと思います。できるならばまあそういうことがないほうが、そういういろいろの疑念を遅けるためだけでもいいかと思いますが、併し訴訟法におきまして、従つて又御承知の通り除斥忌避などという規定がございますし、又上告審が差戻し判決、移送判決をいたしますと、それを受けた原裁判所では、同じ裁判官は裁判ができない。若し従つて部が一つしがなくて同じ裁判官しかやれないというときには、ほかに移送すると、こういうふうな仕組になつていますところから見ますと、そういう精神から申しますと、まさにそういうふうなことが考えられまして、私もその点先ほど申上げた通りであります。併し然らば絶対に前に一度裁判をしたものが裁判をしないかというと、そういう例は民訴の中にないわけじやございません。例えば一つは再審の場合でございますけれども、再審はやつぱり不服を申立てられた裁判所へやる、こういうふうになつておりまして、この場合には除斥の忌避の適用はないのだということは学説で認められておるところだと思いますが、そのほか例えば仮差押、仮処分というのがございますが、これは決定でやります。決定でやつた場合には、不服をその決定をした同じ裁判所にもう一遍調べてくれ、調べ直してくれということを申立てることができる。仮差押、仮処分と申しましても判決でいたしますと、これは判決の一般の方式に従いまして上訴例えば控訴なり上告をするということになりますが、決定でありますともう一度やれる。なぜやれるかといいますと、前は口頭弁論を経ないでやつたから、今度は口頭弁論を開いてやつてくれということができます。その場合に厳格に申しますと予断の弊にとらわれるという弊害もございますけれども、口頭弁論を開いてやると、いろいろな材料も集まつて来るだろうということで、従つて新らしい材料が集まつて来ればいいだろうということもあるのだろうと思います。決定のことでございますから、まあ主査眼は口頭弁論を開いてやるからいいじやないかということなんです。ですから絶対に同じ裁判所がやるわけでもないのでございますけれども……。この場合などにつきましても、ですからやるといたしましても比較的形式的な事項だとか、或いは明らかなものだとかいうことになりますと、やはりさつきの上告審の本来の機能を活かすということとにらみ合せて、やはりこれを認めるということも理屈があるのではないかと、こう考えております。
それから先ほど仮執行の宣言の場合でございましたが、あれはやはり先ほど松本参考人からもお述べになりましたように、私たちも仮執行の宣言という制度は、つまり判決手続を経まして、一審なりニ審を経て来た判決に対して附するものなのであります。尤もその判決はまだ確定いたしませんから、それに対して相手方から上訴を提起するという制度になつておることは御承知だと思いますが、併しこの上訴が本来極めてまともに行われているならば仮執行の宣言という制度も実は必要がないのでございます。ところがやはりそういう制度があつて、不当な判決の是正のためにそういう武器が敗訴の当事者に与えられている限りこれを濫用いたしまして、全く訴広の引延しのためにのみこれを利用するというふうな者が現われて来るわけでして、そのために判決の確定が遅れる。そうしますと折角勝訴の判決を受けながら、それをいつまで強制執行ができないというので、仮執行の宣言の制度が設けられたわけなのです。それなのに今度は不服を申立てる。不服を申立てるために今度は保証金を積む。保証金を積めばいつでもとめられる。こういうのでは折角一審の丁重な審理をして後に判決をした、要するに折角勝訴の判決があつてやれやれと思つたものが、又長い間無意味な上訴のためにお預けを食つてしまつて適時に執行するということができなくなるということは、これは何としても不合理な制度で、国家がそういう丁重な審理の手続を進めてその判決をしたということも無意味になるし、当事者の保護にとつても十分でないと思われますので、私たちは前からこの仮執行宣言附判決に対して控訴の提起があつたときには、やはりその控訴が一応尤もだと思われるようなときにだけ停止命令を付けろということを考えておつたのであります。学者は誰も皆そういうふうに考えておると思うのです。ところが、五百十二条の規定によりますと、ただ五百条を準用しております関係で以て、ただ保証を立てればできるというふうに表面上なつておるものですからして、裁判の実例においてはもう保証さえ立つて申立てて来れば、これを停止しておつたというわけなんで、この点はいつも対立はしておつたと思われるのであります。今度の改正でそれを制限しようというのでございますから、私としては、我々は皆賛成をいたしておるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/18
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019・羽仁五郎
○羽仁五郎君 いろいろ評しく御説明を頂いて大変有難いことなんです。私が一番心配する点は、先ほどもちよつと言及されましたが、ライヒスゲリヒトを例に挙げられたのですが、私はドイツの裁判の制度が最も官僚的で悪くなつたのは、ライヒスゲリヒトの時代であるというふうに言われる、例えばマウラーなどの意見に全く信服するもです。どうも官僚主義的の考えがこの改正法律案にあるのじやないか。で、これについて新聞などに発表せられました例えば最高裁判所の長官の御意見の中にも濫上訴という言葉を使つておられる。これは実に国民の上訴権に対する侮辱でありまして、濫であるか濫でないかということは誰がきめるのだ。これは法作上にも最悪の場合に権利や自由を守らなければ、どうして権利や自由を守れるか。我々は人間であつて悪魔と天使とニつあるわけじやない。法律というものは天使は救うが悪魔は救わないのだという意味からは、私はどうも今の御説明ですが、この法律案にそういう意味で学問上問題になる点があるのじやないか。そこでもう一度伺つておきたいのは、最高裁判所がその任務を果すために、やはり或る程度の制限がなされなければならないということなんですが、その制限の方法としてここに今提案されておりますような、三百九十四条のようなそうして三百九十九条、こういうふうな制限以外の方法としては学問上何かないものでしようか。こういう点なんです。それで私はやはり実際上はこういうふうな制限をしても、いわゆる権利の濫用というものは防ぐことができないので、もう少しつまり時間をかけることによつて法律の本来の趣旨も活かされ、そうして又濫用もなされないというようないわゆるコンモン・ローを確立して行くというような方向に行くほうが健全じやないかというふうに思えるのであります。困ることがあるから、すぐ制限をするというようなことをやる。而もその制限をするときに、権利の濫用というものは制限してもいいのだ、それじやその濫用というのは誰がきめるのだ。官吏がきめるのだということになれば、いわゆるラィヒスゲリヒトのようになり、日本にもそういう官僚主義が再び復活して来るのじやないかというような意味でほかに方法はないか。もう少し時間をかけて現在の制度というものが適正に運用されるのを待つべきじやないか、そういう点については学者の間にどういうふうな考えがおありになるのか教えて預ければ有難いと思います。
最後の仮処分などの場合にも、やはりよいものばかり行りならば問題はないのだけれども濫用する人があるというようなことをさつきもちよつとおつしやつたのですが、どうもそういう考え方は官僚的に利用される場合が非常に多いので、濫用するかどうか、濫用したつて何だつて権利は権利なんだ。濫用を制限することによつて権利の行使ということがどんどんどんどん制限されて行く。そうすれば濫用どころか権利の行使そのものがだんだんにしなびて行くということになつては、民主主義の原則は崩れてしまうのじやないか。そういう点から私は何か他に方法はないか。その他の方法というのは、私の考えつくものでは、もう少し今の制度でやつて行つて見るということが可能なんじやないかというふうに考えるのですが、そういう点について今一応他に方法がないだろうかというようなことは学問上ではどんなふうにお考えになりますか、教えて頂きたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/19
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020・菊井維大
○参考人(菊井維大君) まあ字間上と申しましても、これは一種の政策的立法的議論になるのですが、上告制限の方法といましてはいろいろのやり方がほうぼうの国で行われているようでございますね。例えばドイツは官僚的だということでありますから、余り例にならないかも知れませんが、金額で制限しているというのが、これがどうも各国で一番多いようであります。それからどうも私もはつきり知りませんけれども、イギリスなんかの上告が少いというのも結局費用がたくさんかかるし、面倒くさいからなかなかやれないのだというところでおのすから制限されているのだというふうにも聞いております。金額制限が一番何といつても素朴で機械的で手取り早いものですから、結局ほかに名案がないものですから、ほうぼうの国でそれを採用しているような気がいたします。結局簡易裁判所を地方裁判所の事物の管轄を分けているということも間接ではありますけれども、一種の上告制限みたいな役割を果しているのでございます。併しこれはこれがいいんだということを言い切れないのであります。これは金持が、端的に育つて非常に金権的な思想が支配しているというふうなことも言えるのでありますけれども、併し考え方によつてはそういうことも、例えば金額の少いものをわざわざ一番最上級の裁制所まで持つて行かないで、もつと簡単に片付けてやつたらいいじやないかという考え方もあるので、考え方を少し変えればそういう制限もあながち不当でもないという一面も持つているのであります。それがそういう制限を支えている理由だと思います。そのほか上告の制限といたしましては、例えば一審の判決と二審の判決が同じだつたらもう上告を許さないようにしようじやないかというふうな何か方式もあるようであります。ところが同じであるかどうかということを判断することが実にむずかしいことなんです。単に判決の主文を比べてみるということはできませんで、やはり事由までも審査して、それこそ自主的にやるんですから、門前払いの方策としましてはとてもむずかしいことなんでありまして、そういうことを議論する人がいろいろありますけれども、いわゆるそれがなかなか採用されないところを見るというと、そういうと難点があるんではないか。それからほかに上告許可制というようなのもとつているのもあるのじやないか。上のほうで許可するのもあるし、下級の原裁判所で許可するという方式もあると思うんです。この際上告はそれじや制限できるかということなんですが、やり方によつては非常な制限になるし、又やり方によつては余り制限に人ならないということ、つまり自分の判決に対して自信を持つておるとか、或いはあまり又制限して非難を受けちやいかんということが心理的に働いて、どんどん上告を制限するということもあるし、やはりその点一利一害だと思います。ですからごの訴訟法のいろいろな原則というものは、要するにやはりその国々の訴訟の運営の状態という、その一つの、まあ病気のようなものですから、それに合うような手当をしなくちやいけないということになりますと、やはり現状を離れてはなかなか行かないだろうと思うんです。それから先ほども申しましたように、最高裁判所の機構だとか性格をがらつと変えて参りますと、又別の構想も生まれないものでもないと思います。例えばよく唱えられておりまする最高裁判所の裁判官の増員ということがありますが、この増員論は結局のどが渇いたからといつて、何ぱいも水を飲む、飲んだといつて渇きがとまるものではないと思います。事件が多くなればなるほど、裁判官も無限に増大するという、これも抽象的な論理かも知れんのですが、これも最終的な解決方法じやないというふうに思います。それからそのほか民事、刑事を扱う上告裁判所を別に設けるという議論がある。これならば、最高裁判所を純粋に憲法裁判所というふうな性格のほうへ持つて行きますから、これも一つの考え方だと思いますけれども、併しそれによりますと、三審制度が四審になつて屋上屋を架するといつたふうな感じがありますから、裁判制度としてはすつきりしないし、世界にもそこまで慎重を重ねているという所はなかなかないように思うのであります。アメリカなどを見ますと、一審と二審で、もうそれで裁判は終りなんだというような考え方もあるようなんです。これもアメリカで大変いろいろ議論をした結果、そういうところへ皆が考えるようになつたということなんであります。日本では何と言つても裁判所の信用というものが絶大なものですから、何と言つても一番いい裁判所の判断を最後には受けたいという国民の心理、国民がそういうような心理を持つているということは見逃がせないと思います。しかしそれだけ信頼してくれているんですから、それをこわすというのも問題ですけれども、それをそのままにしておくということになりますと、やはり裁判所の機能というものが十分に発揮できないことになりますのでまあ、いわば余りこれといつた特効薬はないように私は思うんです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/20
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021・宮城タマヨ
○宮城タマヨ君 私誠に素人でございますが、菊井先生のやはり三百九十九条のところの問題でございますが、私やはり素人といたしましても、これは被告に対して非常に不利ではないかというように考えるのでございます。先ほど先生の御説明を伺つておりましたら、原審の判事がその事件を扱えば、もうすつかり事件の内容を知つておるので、処理する上に非常に便利だからということもあるとおつしやつたのでございますけれども、裁判が、そうして三審制のある精神から申しましても、やはり新らしい判事が取扱うというところで初めて被告のためにも利益がある場合が多いと思うんです。それはその意味におきまして、先生、学者として一体裁判の精神というものについてどうでございましよう。最高裁の事件をしぼるという意味においては便利かも知れませんけれども、それで非常に被告の権利が侵害されるというような点に及ぶというようなことはどんなものでございましようか、先生のお考えは……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/21
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022・菊井維大
○参考人(菊井維大君) この三百九十九条の第三号なんですけれども、御心配になればそういうことも起らないとは……。抽象的に申しますと、それはいろいろな可能性がありますから、どうもなんでございますけれども、やはり例えば碁をやります場合にも、理屈から考えますと、千変万化でいろいろなことが考えられますけれども、やはり打つ手は一つだということになるのと同じように、裁判官の現状だとかそういう裁判官の合理性とか、そういうようなものを考慮に入れて考えますと、これが濫用されるというふうな虞れは私はないというふうに思つておるんです。御承知のようにそれは勿論全部手を変え、顔を変えてするということは又一つのやり方で、勿論そのほうが新らしい目で見るということから申しますれば結構かと思いますけれども、併しそうしない……それは又非常にたくさんの裁判官の人手を要することになりますから、その点でどうも衝突するということになるんじやないかと思います。ここに書いてあるようなことは、一見上告の理由の中でも、これはもうただ上告しているとしか思われないような上告理由を書いて出ているのがやはりちよいちよいあるのでございます。それをやりたいというだけの話で、その裁判の実質に入りまして、終局的な判断をするということをここにこの条文が認めておるわけではないのでございますからして、恐らく私は今までの経験から申しますと、これが比較的控え目に使われるので、却つて上告制限という趣旨はこの一号、ニ号のほうは形式的に非常にはつきりしておりますが、これもやはり相当役に立ちますけれども、こつちのほうは成るべく非常に明らかでないと、本当にこれは一見してもう関係ないと思われるのじやないとやらないというふうに思うのです。そこはもう結局その被告を扱う裁判官全体に対しての信用の問題というふうに考えます。これは併しこの問題はだからそれで法律をはつきりさせて、もう何の心配もないようにしろというふうなことになりますと、これは又規定が大変むずかしくなるだろうと思います。やはり大体において大正十五年の民事訴訟法の改正以来の傾向を見ますと、裁判官に非常に裁量権と申しますか、訴訟指揮その他についてカを与えて来て、そうして訴訟を合理的に最短距離において終了させるというふうなことになつて来ております。これはやはり裁判官がその当時から信用を博しているということを前提としてのことだと思います。若しこれは絶対に裁判官を信用できないというふうなことになりますと、今度は又別の条件をもつと付けるということになつて、昔の訴訟のように非常に窮屈なことになつて来るだろうと思いますので、その測定度如何によつて大分違つて来ると思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/22
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023・宮城タマヨ
○宮城タマヨ君 それでやはり今の問題でございますが、三百九十九条の三号の一番最後のところに「前項ノ決定ニ対シテハ即時抗告ヲ為スコトヲ得」とございますね。非常にこれで被告にも有利であろうと思いますが、これの活用実益はやはりございますでしようか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/23
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024・菊井維大
○参考人(菊井維大君) これはこの限りにおいてはございます。勿論それに対して例えば地方裁判所の判決に対して高等裁判所に上告をするというふうなときに、地方裁判所がいやその明らかでないものを明らかだ、こういうふうに判定して却下した場合に、それに対して不服を申立てて、その上告裁判所としての高等裁判所に即時抗告をいたしますから、そこで今度全く今までその事件を扱わない裁判官がこれを判定してくれますから、その意味においてはあると思います。併し先ほども指摘申上げましたように、この規定は一般にこういう却下の決定に対しては、即応抗告できるから常にできるのだ、こういうふうに見えますけれども、実は高等裁判所が第二審として判決をいたしたときに、それに対して上告を提起しようとして高等裁判所にこの上告を出します。そのときに三百九十九条によつてその上告を不適法として却下する決定をいたしますと、それに対してはこの規定にかかわらず最高裁判所には即時抗告はできないのでございます。そこで何でも皆できるように思いますけれども、できない。これはちよつとできないということになつておるのは、それは裁判所法の第七条の第二号に最高裁判所に対する抗告は訴訟法で最高裁判所に特にできるのだというふうに規定していないと許されないということの結果なのでございますから、これによつてまあこの旭川定は働くと思いますけれども、この規定があつても救済されない場合もあるということだけはお含みおき願いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/24
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025・宮城タマヨ
○宮城タマヨ君 それで私実益があるかどうかということを心配しているのでございますけれども、わかりました。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/25
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026・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 最高裁判所に対する限りにおいては、下級地方裁判所の第一審の判決に対して上告を提起したときには大変実益があります。こつちは高等裁判所の判決に対して上告を提起したときはこの規定は働かない、こういうことになります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/26
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027・宮城タマヨ
○宮城タマヨ君 それから松本先生にちよつとお伺いしたいのでございますが、この裁判所法の一部改正で、第六十一条の二でございますが、これは家庭裁判所の承事調査官と少年調査官と統合いたしまして、家庭裁判所調査官とする規定なんでございますが、これについても非常に問題があるはずなのでございますが、先ほど先生はこれは問題なしと片付けておしまいになりましたが、これは研究なさいました結果でございましようか、如何でございましようか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/27
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028・松本正雄
○参考人(松本正雄君) これはほかの問題の検討に追われておりまして、そう深く検討を正直なところいたしませんでした。差支えなかろうじやないかということだつたのでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/28
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029・宮城タマヨ
○宮城タマヨ君 わかりました。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/29
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030・一松定吉
○一松定吉君 ちよつと簡単に一つ菊井さんに伺いますが、この今の三百九十九条の一号、二号は議論ないね。これは色彩が明確だし議論ないが、この三の「又ハ判決ニ影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」これがどうもなかなか問題がたくさんあるのじやないかと思うのだがね。例を挙げたらどうなりますかね。ちよつと一つその例を挙げて頂きたい。「判決ニ影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」という場合かどういう場合口を……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/30
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031・菊井維大
○参考人(菊井維大君) そうでございますね。例えば訓示規定のようなことをその上告理由に引つかけて来るというふうなこともあるのじやないか、或いはその証人を採用しなかつたとかなんとかいうことがいけないということを上告理由にしてやつて来るとか、或いは調書の作成が、調書は期日ごとに作成しなくちやいけないというのに、それが遅れて行つた、だからこの調書は駄目だというようなことを言いたてて上告して来るような場合もあると開いておるのでございます。そういうふうなもう原審の裁判官の専権に属するようなことまでも言いたてて来るようなのは、そんなものは明らかに法令違背、判決に影響を及ぼさないものだというふうに甘えますが、私はそういう程度のものを排除するものであろう、こう考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/31
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032・一松定吉
○一松定吉君 それが主観的で判決に影響を及ぼさないものだと判事が思うわけです。併し上告した人がこれがいわゆる判決に影響を及ぼすのだと以つて上告理由にしてやる。裁判官はそんなことは判決に影響を及ぼさんことだ、こう見るということになると、それをどんどん却下されるということは、やはりこの上告人の権利を侵害する著しいものだと思うから、こういうときはやはりこれは箒一号、第二号みたような顕著なものは別として、三号の「又ハ」から下のような場合は、やはりこれは直ちに却下することができないようにした、ほうがいいのじやないかと私は思つておる。成るはどこれらの決定に対しては即時抗告ができることはありますけれども、即時抗告ができるということによつて、必ずしもそれが救済できるということにならんとすれば、こういう主観的で勝手にきめられるようなことは、やはりそうさせずして、上告審に持つて行かせるようにしておいたほうがよくはないかと思いますが、そこには心見の相違ですがね。例えば裁判所の構成は本当はこれを三人にしなければならんのに、二人でこれをやつた。だからしてこれはいかんのだ。或いは宣誓させなければいかんのに宣誓させずにやつたその人の証言を取つたのはいかんというようなことを理由にして来たときに、それが直ちに判決に影響を及ぼすことは明らかであるということは言えるのじやないかと私は思います。宣誓しないて供述したことをすぐ採つておる。併しそれが即ち判決に影絆を及ぼす場合がある、ないとも限らん。又判事が三人で構成すべきところを二人でやつた。それは明らかに判決に影響を及ぼさんのである、併し上告人からすれば、仮に二人の知識で見るよりも三人で見たほうがいい。三人でやつたんだから、これは判決に影響を及ぼすのだというのは、そこは意見の相違ということでなく、やはりそういうときは、「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背」、これはあいまいだと思う。こういうようなことはやはり第一号、二号みたいなような明確なときは別だが、こういう第三号の後段みたいなときは、やはり即時すぐに決定をして上告を棄却するということは、これは少し早計じやないかと思うのですが、どうですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/32
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033・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 私はまあ先ほど申上げましたように、本文にもここに明らかに書いてありますから、極くまあ本来上告理由としては誰が見てもおかしいようなものだけがこれによて却下されるというのではないかと考えております。先ほど裁判所の構成のことをお上げになりましたけれども、これはまあ絶対的上告理由になつております関係で、そこまでやるということは、ちよつと私は考えられないと思うのです。又第一号第二号につきましても、形式的に明らかだと申しましたけれども、これだつてやはりその送達の適用だとか、或いは起算点の考え方というものから申しますと、疑問が出て来ないわけでもないと思いますけれども、併しそういうふうの議論の出て来るところは、これは又あとへ延ばすでしようし、要するに期間が又はつきりしておるというふうな、期間が経過してはつきりしているというような場合だけをともかく取扱うことになるので、その点は一号、二号のほうは、形式的に明らかだという比較の話であると思いますが、関越をこう根堀り葉堀りほぢくつて参りますと、やはりどこでも若干のそういう問題は出て来るのだろうと思います。ですからまあそこはまだやつぱり従来の裁判制度の運営についての、我々が経験したということ、又それが将来どう変つて行くかということを睨み合せながら、やはり制度を設けて行くより仕方がないと思いますので、私はそういう心配のようなことは起らないと、又よしんば仮に起こつたといたしましたならば、そういう事例を取上げて、まあ有力なる日本弁護士連合会などで具体的な事実を上げて、この場合はこうだということを御指摘になつて、大いに輿論を喚起するというのであれば、おのずからそこに調節作用が行われて行くだろうと私は考えますので、これが濫用されるというふうなことは、ちよつと予想されないように私には思えるのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/33
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034・一松定吉
○一松定吉君 それは意見の相違でありますからこれ以上議論はよします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/34
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035・亀田得治
○亀田得治君 例の最高裁の規則の問題ですね、これはその各条項について一つ一つ具体的に検討して見なければならん問題だと思うが、ただ私一般的にこういう懸念がやはりあるように思いますので、菊井先生にはそうめつたにお会いできませんものですから、幾らか希望も申上げるものですが、例えば私が実務に携わつていて、刑事訴訟規則の三十条、これが被告人の接見の制限禁止の条項なんですけれども、この母法は勿論刑事訴訟法の三十九条なんです。ところがこの二つを私どもは比較して見ますると、いつの間にか刑事訴訟法の三十九条の弁護人の接見の範囲が非常に実質上制限されている。こういうふうに実はこの頃感じておるのであります。で、こういうことが、実際上の実務において規則を感違いして、非常に不当な取扱いをやるというふうなことにも、やはり場合によつてはなるのですね。で、これは最近私共体的な問題にぶつかつたので、成るほど規則というものを、こういうところに、母法との関係で問題があるというようなことがわかるのですが。まあそれは併し規則が作られて、具体的な事件に当つて見ないとわからない。だからそういう意味で、この規則が最高裁の中だけで、勿論諮問機関はございますが、法律のような厳重ないろいろな関門を通らないで作られて行く、これは非常な問題がいろいろあろうと思う。で、具体的に、それでは一つだけお教え願いたいのですが、今度百九十一条、判決の書き方ですね、これが百九十一条で問題になつておるわけですけれども、この改正法と現行法とを比較しますると、結局改正法で簡単にされるところは、現行法の第二項に書いてある「事実及争点ノ記載ハ口頭弁論ニ於ケル当事者ノ陳述二基キ要領ヲ摘示シテ之ヲ為スコトヲ要ス」、この点が抜けることが一番大きな問題だろうと思うので、両方を比較すると、そのほかのことは、これはもう絶対に判決という以上は必要な事柄ばかりだと思う。だから恐らくこの百九十一条に手をつけられているということは、この百九十一条の第二項を最高裁規則を作るときにはこんなことはもう書いても書かんでもいいのだ、こういうふうになつて来るのじやないかと大体想像するわけなんですが、果してこの百九十一条に手をつけられたのは、そういうところに狙いがあるのかどうか。こういう点を一つ若しおかわりであればお教え願いたい点と、同時に若しそういうことになれば一体どつちがいいのか。現在の百九十一条で行けば、判決だけを見ればこの当事者がどういう主張をしたかということがもう一見明白なんですね。ところが新らしい判決になればやはり事実を書くにしても裁判官のどうしたつてそこに一つの主観が入つて来る。誰が書いたつて、同じものを書のじやないですから、そうすると一々原告、被告の準備害面なりそういうものを調べて見なければならないわけですね。判決を十分見るために、これはあ甚だ私不便だと思う。殊にそういう何を絶えず研究されている学者の菊井先生なんかには特に不便なんじやないかと思うんですね。我々実務家でも一般に不便で、勿論これは判決を書く判事にとつては一つの負担かも知れない。現行法のようなやり方は負担かも知れないが、こういうふうにしておくことが、やはりこの当事者の事実関係というものを判事が丹念に追求して行くという、やはり一つの根拠にも私なろうかと思うんです。そこで私恐らくこの百九十一条に手をつけられたのは、この負担を判事から取るのだ、こういうところに狙いがあるように思うのですが、それであればなお更こういうことは手をつけちやならない。百九十一条はこのままにしておかなければならない、こういうことを非常に心配するわけなんです。これは午後裁判官の方が来られるからこの点いろいろ又聞いてみたいと思つておりますが、菊非先生のほうじやどういうふうにお考えになりますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/35
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036・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 私もその規則の内合のどうこうということは、又どういうふうに簡素化されるのかということの評しいことは何も存じませんので、その点についてはこの係りの方にお聞き願いたいと思うんですけれども、これは私はその事実及び争点或いは理由を記載するというような場合に結局その判決を見てよくわかるというふうな状態は、少くとも書くように立案されるのじやないかと期待はしているわけです。勿論恐らく事実の記載とか何かは今御指摘になりましたように、非常に裁判官の負担になるものであるから、それを軽減するという議論は今までもございましたし、又狙いは恐らくそこに一つあると確かに思います。で、従つて或いは準備書面を引用するというふうなことが或いはできるようになさるつもりはないかと思うのです。それははつきりしたこは私はわかりませんが、その際に従来でも準備書面を引用しておつたと思いますが、その準備書面も判決のあとのほうにくつついていたかと思うのです。今度は或いは場合によつて、その準備書面、記録のほうのやつをそのまま引出して済ませるというふうなことになるというふうなことも考えられないことはないのです。その点は私はどういう案を当局がお持ちになつているのか知りませんからわかりません。併し何と言つても判決に事実とか理由、そういつたものを書かなくちやいけないということは、それによつてやはり裁判を受けた当事者が納得し、又それによつてこの上訴をするかしないかをきめるという重要なものですからして、それに必要なものは必ず書くことにならないと、判決書ということの体裁をなさないのじやないか、おのずからそうなるのだと私は思つております。それから口頭弁論における当事者の陳述に基くということは、これはやはり口頭弁論主義をとつております関係で、やはりそれに基いてやることは当然だと思いますので、この要領を、記載を適宜してというその精神が記録のほうに移されるのではないかというふうに莫然と想像いたしているわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/36
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037・楠見義男
○楠見義男君 大分時間が経ちましたから、簡単に一つだけお伺いしたいと思います。これはお二人にお伺いしたいのですが、それは現在特例法ができまして、その特例法には、この政府のほうからの提案理由説明を伺いますと、この際特例法の趣旨を恒久化して、これを民訴の中に規定すべしという有力な意見もある、有力な意見もあるけれども、今回はそれをとらなかつたのだ、こういう理由の説明がございますわけであります。そこでお二人にお伺いいたしたいことは、現存の特例法を恒久化することについてどういうふうにお考えになつているか、それと今度の改正案と比較してどちらがいいとお考えになるか、これは松本さんのほうは上告理由の制限自体について御反対のようでありますけれども、甚だ恐縮ですが、その点についての御意見を伺いたいし、又菊井さんからも御意見を伺いたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/37
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038・松本正雄
○参考人(松本正雄君) 私どもこの特例法は名前の通り飽くまでも特例であつて、これはこの前の規定の通り、六月一日から効力を失う、そう信じている次第でございます。これに代るものとして民訴改正案が提出せられたのは、その趣旨において根本から不賛成な次第でございして、民訴は民訴自体の従来不備な点を改正するという趣旨から改正せらるべきであつて、改正の動機が特例法を盛込もうとか、或いは最高裁判所の事務の渋滞、審理の遅延ということを救済するために民訴を改正しようという、その動機、趣旨には全く根本から反対なんであります。最高裁判所の審理の促進については我々も勿論頭を悩ましているので、これはやはり機構改革その他の方法によつて処理せられなければならん。民訴をかように上告を制限せられることは、やはり国民の裁判を受ける権利を根本的に抑圧しようというような点から一般的に不賛成なんであります。ただ個々の内容について、先ほど申しましたように取上げていいような面もなきにしもあらずと、こう考えている次第であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/38
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039・楠見義男
○楠見義男君 ちよつと今の問題に関連しまして、郷趣旨はよくわかりました。そこで現在の特例法は特例法なんだが、今回改正するに当つて従来の特例法で内容としておつたもの取上げることについてはやはり御反対で、飽くまで現行民訴の規定で行くべきだというふうに了解していいのですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/39
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040・松本正雄
○参考人(松本正雄君) さような趣旨でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/40
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041・菊井維大
○参考人(菊井維大君) 私は特殊法を民訴の中に盛込むようなほうが、上告を制限するとすればよりいいのではないか、又最近の上告裁判所の傾向が法令解釈の統一というほうにだんだんと重点が移つているということは、恐らく各国の立法もそうだと思いますので、又それにはそれの理由があると思いますので、この特例法を恒例法を恒久化するということについては私もそういう議論に賛成でございます。ただそういうことが事実上非常にむずかしいということであれば、現在のようなことにならざるを、差当りのところならざるを得ませんけれども、併したびたび申しますように、参画の規定から申しますと制限のように見えますけれども、実際はそう制限にはならないのじやないか、その程度は比較的少いのじやないか、こういうふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/41
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042・楠見義男
○楠見義男君 その点でお伺いしたいのは、現在の特例法は「法令の解釈に関する重要な主張」とこうありまして、それから今度の改正案は判決に重要な影響を及ぼすことが明らかな法令の違背とこうなつておりまして、少し字句が迷うのですが、それはどちらのほうをおとりになるのか、その点をお伺いしたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/42
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043・菊井維大
○参考人(菊井維大君) それは特例法を維持しております関係で、若し特例法を盛込めばそちらのほうがいいと思います。現在のままで行きますと、法令解釈の統一という色彩はやや薄れまして、全然なくなつてしまうわけでもございませんが、併しその「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル」という字句かございますから、およそ一切の法令違背が皆取上げられなくちやいかんということになりまして、従つて事件の正当な解決による当事者の保護という点は、今までよりも具体的事実について保護という点は強く言われている、こういうことだと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/43
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044・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 他に御質疑ございませんか。……それでは両参考人に一言御挨拶を申上げます。長時間に亘り、有益な御意見の陳述を得、又各委員の御質疑に対して適切な御答弁を得ましたことは、本委員会の今後の慎重審議の上に誠に得るところ甚大だと思います。厚く御礼を申上げます。
それでは午後は二時から再開することにいたしまして二時まで休憩いたします。
午後一時零分休憩
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午後二時二十二分開会発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/44
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045・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 午前に引続き委員会を再開いたします。
先ず参考人の方に御挨拶を申上げます。本委員会で現在審査をいたしております裁判所法の一部を改正する法律案及び民事訴訟法等の一部を改正する法律策につきまして、本委員会の審議上参考人として御出席を願いましたところ、公務極めて御多端なところわざわざおいで頂きまして誠に有難うございます。
それでは只今から東京高等裁判所判事、斎藤直一氏から本法律案につきましての柳意見の御陳述を願います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/45
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046・斎藤直一
○参考人(斎藤直一君) 法律案、ニつございますが、どちらのほうから先に申上げましようか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/46
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047・郡祐一
○委員長(郡祐一君) どちらでも御自由にどうぞ……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/47
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048・斎藤直一
○参考人(斎藤直一君) では裁判所法の一部を改正する法律案のほうから意見を申上げたいと存じます。
この法案を拝見いたしますると、内容は簡易裁判所の事物の管轄を拡張いたしまする点と、家庭裁判所に現在設けられておりまする調査官に関する改正点でございまするが、その初めの点が私の意見を申すべき点と考えますので、その点を申上げます。法案を拝見いたしますると、三十三条一項一号中の三万円を二十万円に拡張になりまして、そして括弘内でこれまで「行政処分の取消又は変更の請求を除く」としてありましたのを少し拡げまして、「その他公法上の権利関係に関する請求」をも除くようになつておるようでございまするが、結論から先に申しますると、この点全面的に相当であろうと存じます。
その理由がいろいろございますが、第一点は、頂戴いたしました参考資料の中でもわかりまするが、この二、三年地方裁判所の民事事件が全国的に激増をしておりまするが、それに比しまして簡易裁判所の民事第一審事件の増加の割合はさまででもないようでございます。一体今度終戦後裁判所法ができましてから新たに設けられました簡易裁判所の制度ではございまするけれども、地方裁判所より下級の裁判所という点では、従前の区裁判所とその点の似通いがございまするし、簡易裁判所で民事及び刑事の両方の第一審事件を扱つておりまするというような類似の点からいたしまして、戦前の地方裁判所と区裁判所の民事第一審事件の比率と、それから戦後の地方裁判所と簡易裁判所民事第一審事件の比率とをこの御配付の参考資料に基いて見てみますと、それがまるで逆になつておりまして、戦前の地方裁判所におきましては、民事第一審の事件というもののうち、昭和七年から十六年まで十カ年の平均が一四・七%、十五%にも及ばないくらいであり、区裁判所民事第一審事件が八五・三%という数でありましたのが、昭和二十七年、二十八年の地方裁判所と簡劾裁判所の民事第一審事件を比較いたしてみますと、民事第一審事件総数のうち二十七年度は六九・七%、二十八年度は七三%が地方裁判所に参り、簡易裁判所とは僅かに三〇%及び二七%、殊に二十八年になりましては二十七年度よりもまだ減つておるというような状態でございまするので、自然地方裁判所におきましても、判事そのものの絶対数には余り変更もできません関係から、負担の増加に悩んでおる実情のようでございます。
それに理由の第ニ点は、物価指数が戦後におきましても著しく変動して参りまして、これも御配付の参考資料第四表に物価指数の調べが出ておりまするので、これで見ますと、大正十四年に当時の区裁所の事物の管轄が千円未満の第一審事件となつておりましたが、それが昭和二十二年まで相当長い間続いて或る恒久性を持つておりましたので、大体この大正十四年の物価指数を基にしてみますと、この表ではすぐにはわかりにくいようでございまするので、ちよつと自分で計算をしてみましたところが、昭和二十五年には大正十四年のときの物価指数の百二十七倍強になつております。昨年末には更に二百二十四倍強と相成つておりまするので、大正十四年に千円未満が適当てありましたものは二十万円くらいまでが、物価指数の面からだけ見ますれば、適当ではないかということも一応言えると思いまするが、更にそうするとこの案のように簡易裁判所の事物の管轄の限度を二十万円未満というところまで引上げました結果、現在の地方裁判所の第一審事件として参るはずの事件の何割くらいが簡易裁判所に移るだろうかということを考えなければなりませんが、それもこの参考資料の第五表に出ておりまするように、只今の地方裁判所で受理しておりまする第一審民事拝件の訴訟物の価額二十万円までのものは、全体の六六・九%になつております。大体六七%となつておるようでございます。そうすると、この案通りに仮に実施になりますれば、現在の地方裁判所の事件中の六〇%以上のものが簡易裁判所に移り、その結果、初めに申上げました地方裁判所と簡易裁判所との第一審民事事件の比率というものが戦前までは参りませんでも、或る程度今とはパーセンテージがひつくり返りまして、只今の地方裁判所の陣容を持つていましても、戦前程度に民事事件をよくさばくことができるのではないかということが考えられます。
そうすると、地方裁判所のほうはそれでよいとしても、簡易裁判所のほうでそれだけの事件を消化し、且つ当事者の納得の行くような裁判ができるかという問題が出て参りまするが、これは後の附則の第三項によりまして、この点は心配なくなると考えられますが、それは附則第三項について更に申上げることといたしまして、なお只今申しました理由に、更に附加える必要があると思われますことは、訴訟物の価額で管轄を分けましても、民事訴訟法には二十五条に、合意管轄の規定もありまするし、二十六条に応訴管轄の規定もありまして、例えば事物の管轄が二十万円未満のものでありましても、当事者の合意又は合意に準ずるような場合に、必ずしも簡易裁判所で裁判をしてもらいませず、地方裁判所を第一審として裁判をしてもらうこともできるわけでありまするし、又今日先ほど申上げましたような、物価指数上昇の現象からいたしまして、不動産に関する事件、これは民事第一審の事件中相当割合を占めておりまするが、これは殆んど簡易裁判所には参らないだろうと思われます。ただ貸金とか、金額そのもので請求いたしまする、金額のはつきりした事件のうち、二十万円未満のものが行くということになろうかと思います。当事者の側から申しまても、成るべく地元に近いところで訴訟ができる、而も地方裁判所第一審事件と異なりまして、簡易裁判所におきましては、民事訴訟法上簡易な手続で訴訟ができるようになつておりまするもので、自然費用、手数の点におきましても当事者の利便を増すと考えられるのであります。
それからなお簡易裁判所の管轄を種類で分けませんで、金額だけで分けまする結果、或いは金額の如何にかかわらず、煩難の事件も確かにありまするが、これは戦後民訴改正の結果、第三十一条の二というのが設けられまして、簡易裁判所におきましては、自己の管轄に属する事件でありましても、その裁量によりまして相当と思いますれば、こをれ上級の地方裁判所に移送することもできるのでありまするし、現在簡易裁判所の扱いを見ておりますると、地方裁判所へ移送するということも相当やつておるようでありまするから、炬雑な事件は、地方裁判所第一審として審判されるという機会も自然備わつておるわけでありまするし、又改正案によりまする、いわゆる行政事件として、公法上の権利関係に関する請求をも簡易裁判にはやらないことにいたしました結果、やはり解釈といたしましては取消変更の請求に限らず、例えば金銭の請求にいたしましても、それが前提としてやはり行政処分の無効を請求するというようなものでありまして、その金銭の請求が公法上の金銭請求になりますると、やはり依然地方裁判所の管幣にとどまつておるということになりまするので、やや煩難事件を含みがちの公法上の権利関係に関する事件もやはり地方裁判所でやるということにもなりまするし、最後の理由といたしましては、今度の改正の狙いが説明書の中にもありますように、上告審としての最高裁判所の、余りに事件が輻輳していることの緩和という面をも考えられておるようでありまするので、自然民事の第一審事件が先ほど申上げましたように六〇%以上も簡易裁判所へ移行することになりますと、その第三審たる上告審は自然最高裁判所へは参りませず、高等裁判所どまりになりますので、そうして而もこの数年の上告事件の割合を見てみますと、大体控訴審で判決のありましたうちの二割ぐらいのものが上告審になつておりまするので、六七%ばかりの簡易裁判所へ移行いたしました事件のうちの、更に二割乃至三割くらいのものは最高裁判所への上告審が減じ、それだけ最高裁判所の負担も軽減されるという面も確しかに結果として現われて来て差支ない、いい点と思つております。
それから次に附則第三項の簡易裁判所のうちの或るところの事務を他の簡易裁判所に移転するという問題でございますが、これは考えようによりますと、同じ簡易裁判所の裁判官でありながら、民事の裁判をやらない裁判官ができて来る、或いはそれを何か能力等の点で区別することになつて面白くないではないかという議論も、確かに立つのでございますが、現状におきましては裁判所法第四十五条に規定しておりまする、いわゆる選考によつた特任の裁判官が全体の備劾裁判所判事の約半数はおるそうでございまして、裁判所法施行早々新らしくできました制度でありましたがために、最初の選考のときには急にたくさんの人が要りまする関係上、ほかの職業の部分でも同じと思いますが、或いはやや実務に、当時としては不熟練の人たちがなつておるかも知れないと思われまするし、又私どもが実際下級審の事件を見ておりましても、審理の上で、資格のある裁判官から見、もう一息という感じのする人がないでもございません。自然さような関係から民間におきましても簡易裁判所の裁判官に余り金額の大きい事件を扱わせることに危惧を持つというような面もあつたりするようなことでありまするので、この附則三項にありまするように、当分の間に限つて、つまり今のような過渡的の例外として、堪能な裁判官のおる簡易裁判所に事務を移転するという方法も、一方策としてはこの際適当であろうと思われます。で、只今最高裁判所の事務局のほうにおきましても、簡易裁判所の、殊に特任裁判官につきましては研修の方法も講じておりまするし、又特任の裁判官自身も任命後相当時も経つておりますし、実務に慣れ、又めいめいの研究も積んでおるようでございまして、だんだんにこの不慣れであるという評判が除去されておるようでありますので、将来或る年限が経ちますれば、もうこういう区別をする必要なく、金額二十万円未満の民事事件ならばどの簡易裁判所でも扱えるようになる時期が必ず参ると存ぜられまするし、又過去のこの種の事例を見ましても、例えば大正十二年の一月一日から現在の破産法が施行せられましたが、それまで破産事件は地方裁判所の専属管轄でありましたのを区裁判所の専属管轄といたしましたのであります。自然当時の区裁判所判事が破産法に熟達しておらないという関係もありましたでしようが、その当時地方裁判所や支部の所在地の裁判所のみに破産事件を取扱う事務の移転をやつておる例がございます。例えば小田原の区裁判所の破産事件は横浜の裁判所に移すというようなことを当時実際にやつた例もございまするので、そういう例がないわけでもない。当時はそれが適当な方法としてとられたのでありまして、今度もそういう例から見ましても、いろいろこの案に非難するような向きもありまするが、私は差支えないことと考えております。これで裁判所法の一部改正案につきましての考えは終りました。
次に、民事訴訟法昨の一部改正法律案について考えを申上げたいと思います。改正になる条文の数が大変多いようでありまするが、頂きました書類の中にあります法律案提案理由説明書を拝見いたしますると、大体大きい点は四つになつているようでありますので、便宜この四つに分けまして考えを申上げたいと思います。
第一は、ここに上告手続の合理化という言葉で現わされておりまするが、これは改正法の三百九十四条を指している説明のようであります。現在行われております最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律がこの五月限りで失効することに代る方法というような説明になつておりまするので、先ずそれと最初に比較してみたいと思いまするが、特例法では最高裁判所の機能の一つでありまする法令解釈の統一を図るという見地に重きを置いてあるのでありまして、上告そのものを禁止しないという形はとつておりましても、上告理由のすべてを判断するものでなくて、ただ法令の解釈に関する重要な主張を含むものだけを調査して判断すればいいというのでありますから、実質的にはやはり上告制限でありまして、それについては最高裁判所の判断が受けられないのであります。でありまするから、個々の具体的事件につきましては、重要点についての法令の違背はないが、併し法令の違背があつて、その具体的の事件はどうも面白くないというようなときの救済ができないわけでありまするが、今度の改正案では憲法違背の点は別といたしまして、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背を上告理由といたしておりまするから、その点では現行の特例法よりも上告制限、実質上の上告制限が大いに緩和されていると考えられます。現在高等裁判所においても簡易裁判所第一審事作の上告内容又最高裁判所の上告の判決も始終県ておりまるが、中には実益のない、無駄な上告であることが一見明瞭なものも大分あります。そういう無駄な手間にかける時間を、ほかの事件の実質的審理に集中することが日本全体の公共の福祉という立場から考えてみましても適当であろうと考えられる次第であります。
もう少し内容に入つて細かく考えてみますると、原裁判所で今申しましたような一見明瞭に無駄な上告であつた場合には、三百九十九条で却下することができることになつておりまするのて、この条文と関連しながら考えてみる必要があると思いまするが、「原裁判所ハ決定ヲ以テ上告ヲ却下スルコトヲ要ス」とありまするので、実質に触れた点ではなく上告の適否、適法か不適法かという点だけについて、而も当事者を審尋することすらもいたさないでやるのでありますから、上告状を見ただけ、或いは手続上のことで記録だけによつて一見明瞭な不適法が明らかである場合におきましては、原裁判所におきまして決定で上告を却下するということにしたわけでありまして、それが三百九十九条の一月、二号、三号にありまするもので、この案につきまして私どものほうでも画期的なことでありまするし、殊に高等裁判所の働きもこの点では大変重要なことになりまするので、研究もいたしてみたのでありまするが、先ず第一月は「上告が不適法ニシテソノ欠缺が補正スルコト能ハザルモノナルトキ」例えて見ますると、上告の期間経過後に上告状が屈いておるという時には、これは欠缺の補正ができないのでありまして、こういう記録をわざわざ上告裁判所まで送りまして、上告裁判所の手で訴えを却下してもらわなければならんということは、これは無駄なことでありまするし現に私どもが扱つておりまする事件でも、原審で上告状が出たが、その上告状に赤い符箋紙で上告期間経過というビラが付いて、それをわざわざ送つて来ておる。記録を上告裁判所まで新潟から東京まで費用をかけて送り、又東京の高等裁判所から当事者のほうへどういうわけで遅れたのかということを聞いたりする、その往復の無駄等をかけながら、結局において上告を却下しておるという例もまあありまするので、こういうふうなものは当事者の権利の伸張という上から考えましても、そこまで無駄な丁寧さをかける必要はないと思います。
第二号はやはり似たことでありまして、上告理由書の提出が期間内になかつた、或いは上告理由の記載が今度規則できめられまする形式に全く反していたとします。これも本文にありまするように、明かなる場合でありまするから、これも差支えなしと思います。現に期間内に上告理由の提出がありませんために却下されておる数も相当あるのでございまして、御配付の参考資料の中にもその数が出ておるようでございます。参考資料の第三表で、これは現在の最高裁判所の上告事件でありまするが、ここに却下されたのでありまするが、それが二十七年度におきましては上告総件数の二五・一%もあります。二十八年になりまして一九・二%に下つておりまするが、こんなたくさんの上告が不適法で却下されておりますので、それだけいわば無駄をやつておるようなことにも相成ろうかと考えます。
私のほうで一番研究の時に問題にいたしましたのは、この第三号に「上告が法令ノ違背ヲ理由トスルモノ二非ザルトキ又ハ判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」この前段に当りまするのも実例としてよくありまするので、法令の違背を理由としませんので、事実の誤認だけを主張しておる。こう認定してもらつたことが不服なんだという上告理由を長々と書いておるものがありまするが、それらも明らな場合だけに限りますので、或いは若しやその中に法令の違背をも言つておる趣旨が現れるのではないかというようなときには、これは明らかでありませんから、これも問題でありませんし、後段でありまするが、「判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」でありまして、これは三百九十四条の字句の丁度裏、反対を書いておるようなものでありまする結果、よく読んでみますると、上告理由の中には、判決に影響を及ぼすことが明らかなる法令の違背を理由とするときと、それから今後は判決に影響を及ぼさないことが明らかな法令違背を理由とするのほかに、その中間に位いする理由というものであると思います。そういう時には原裁判所では却下できないのでありまするので、これは勿論そういうあいまいなものは必ず上告裁判所に送らなければならんことになります。そうするとどんなものが「判決ニ影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背」になりまするかというと、これは三百九十五条の各号に、現在の場合でも「判決ハ、左ノ場合ニ於テハ常ニ法令二違背シタルモノトス」というので各号が挙つておりまして、この各号は改正になつておりませんようですから、この場合は全部これは上告理由たる場合になると思いますので、たとえ手続法令の違背でありましても、三百九十五条各号に該当するうな違背は、これは今の三号後役には入らない。そうしてみますと、手続違背の中で極く些末な場合、主に訓令的な規定、法令の違背になると思いますけれども、例えば上告理由の中にこんなのもあります。当事者の一方が欠席のままで口頭弁論を終結いたしまして判決言渡期日をきめました場合に、その判決言渡期日に不出頭の当事者に対して期日呼出をしないままで判決を言渡す、それは違法で、判決が破れる理由になるというような上告理由を挙げて参りまするが、これは旧大審院時代からもたびたび判決もありまして、強いてこれは呼出をしておらなくても言渡した判決は有効だとなつております。つまり訓令的規定の違背で、判決には影響を及ぼさないんだということも明かになつております。そういうようなことも考えられます。又そういう上告理由も実際ありまするので、それをわざわざ上告裁判所に送るということも無駄なことでありまするので、こういう点で原裁判所で決定で却下するということは、只今のような最高裁判所に限りませず、下級裁判所でも人手の足りない際に、そういう無駄なことにかける労力と時間とを、ほかの事件の実質的な審査のほうに用いましたほうが、ほかにもたくさん事件がありまするので、ほかの事件に自然いい影響も与えることになり、会面的に考えますればいい改正だろうと考えております。なお、この決定に対しては三百九十九条第ニ項にありますように、即時抗告もできるのでありまして、判断をしてもらえることになつております。ただ、高等裁判所がこの決定をいたしましたときには、これは最高裁判所に即時抗告ができない形になると思います。これは条文の上ではすぐにわかりませんが、私どものほうで研究いたしましても、これはそのほかには、最高裁判所では特に訴訟法で定めた場合でなければ抗告ができないことになつておるのに、即時抗告が最高裁判所へできるという規定がほかにもありませんから、それはできないと思いますが、それはほかの決定と全く同じでありまして、特にこれだけについて例外を設けるほどのことではないと思うのであります。勿論憲法違背を理由にするときには、これは特別抗告の途がありまするので、三百九十九条によつてなされました決定に憲法違背がありますれば、これは最高裁判所に特別抗告ができるのでありまするから、それで十分だと思います。なお、これは上告全部についての規定でありまするがゆえに、最高裁判所が上告裁判所でなく、高等裁判所が上告審の場合にも同じように行くわけでありまして、勿論私どもといたしましては又理論上そうでなければならんものと思つております。先ほど申上げました民事訴訟特例法は成るほどこれは最高裁判所の事件のことだけを規定しておりまするが、今度民事訴訟法の恒久的な改正といたしましては、いやしくも上告手続でありまするのならば、高等裁判所が、上告裁判所の場合でも同じような行き方で参りませんと、理論上誠におかしなものになると思うのであります。なおこの結果当事者もよほど利便を得ると思います。当事者と申しましても、よく被告の側の立場からの反対議論も聞かれるのでありまするが、大ざつぱに申しますると、当事者の半分はこれは原告なのであります。そして一審、二審と費用と時とをかけて、漸く勝訴の判決があつたと思つても、無駄な上告のために又それが延ばされる。殊に上告審はだんだん上へ行くほど狭くなりまする関係上、少数の判事で上告の事件が多いと、非常にたくさんの事件をやることになりまする結果、事件の審理に相当期間もかかりますので、勝訴の当事者から見ますると非常に又延ばされるために困つたことになる。私どものほうへも当事者から直接投書が来ることなどありまして、中には折角自分の家へ戦時中のどさくに人に入られてしまつて、自分の本来の今までの家は焼けて、そこへ住まおうと思うのに、戦後四年も五年も空けてもらえなくて困つておる。訴訟を起して漸く一審も勝つたと思つたら、又控訴されてまだ入れない。控訴まで行つて勝つたから、それでは仮執行して入ろうと思うとそれも執行をとめられてしまつて、又上告、一体どうしたらいいんですかというような投書もよくやつて来るのでありまして、当事者と申しましても原告の側の権利保護のことも考えてみますると、やはりこういうな無駄な上告というものは、この程度の制限があつても国民の私権保護に欠くるという非難をするまでには当らない。むしろそのための労力がほかの事件の実質的審査に有能に用いられるということになりまして、訴訟当事者全体のためを考えますれば利便がある思います。
なお、この結果原裁判所におきましてもこういう形式ではありまするけれども、上告審に類似した事務をとることになりまするので、自然裁判官のみならずその手足となります書記官にも、この程度の上告手続に馴れたものが欲しいのでありまするが、私ども研究いたしましれたけども、今日の財政状態の際、こういうための書記官の増員というようなことは勿論全然要求すべきことではありませんが、最高裁判所のほうにおきましてこの法案が通りまするときには、やはり過渡期には下級原裁判所のほうにもこの種上告事務に馴れた書記官等を交代して寄こしてもらいたいものだということの希望は持つております。
あとは、長いことありませんが、仮差押、仮処分の上告を制限いたしておりまする三百九十三条の第二項でございますが、仮差押、仮処分は本来訴訟で終局的な権利保護がなされますまでの仮定的な保全手続でありまするので、非常に敏速を尊ぶというような点から一審、二審が済んでも、まだ上告まで行つて片が付かないというようなのでは、折角保全訴訟を認めておりながら、その実益の相当部分がそがれるわけであります。上告審を設けましたのは、主として法令解釈の統一ということに存するのであります。法令違背をしたときにこれができるわけでありますが、併し仮差押、仮処分手続そのものに関する法令解釈の統一というのは、実際には余り問題がないのであります。むしろ当事者の争わんとする法令解釈は、その本案に関する点における法令解釈が多いわけでありまして、それは本案訴訟のほうで争うべき点でありまして、仮差押、仮処分は相当裁判所の自由裁量の範囲が広い、自由裁量によつて適当な保全手続を付与するのでありまするから、これをわざわざ上告まで持つて行く必要はない。やはりこの点で省かれる労力と時間というものは、裁判所においてほかの実質的な事件のほうに振り向けるべきだと考えるのであります。ただ、今日殊に第一審をやりまする裁判所におきまして、仮処分において本案と殆んど同じような審理をいたしまする傾向がややともするとありまするがために、当事者が本案訴訟のほうは起さない、そつちを延ばしておいて仮処分だけで事件の片を付けよう、又そのほうが費用も少くて済みまするし、手続も証人調べなども証人を連れて来て、どんどん即時に早く書面審理をやつてもらえまするので、早く済むというような関係もあり、仮処分の事件で本案と同じような結果を得ようとする傾向がありまするが、これは民事訴訟法本来から見ますると邪道なんでありまして、本案で上告審まで行けるのだから、仮処分のほうも上告審まで行つて争わせるほうがいいのだという議論は今のような立場からもおかしいと思います。これでもやはり憲法違背を理由といたしまするときには、上告はこれは認めておるので、殊に今度は地方裁判所が第ニ審でいたしました仮処分、仮差押に関する事件の上告も高等裁判所でなく、もうすぐに最高裁判所へ行くようにしてありまするくらいで、そういうような点から見ましても、仮差押、仮処分の保全手続というものは早く片を付けさせるべきものと思うものであります。
第三点は、仮執行の宣言付の判決に対しまする上告提起の場合に、その仮執行をきめまする点等を重くしたようでありまして、それが五百十一条に現われております。五百十一条は現行法では削られたままになつておりましたところへ新しく一条入つたのでございまするが、現在この五百十二条がありまして、これには広く上訴と書いてありまするために、控訴の場合のみたらず上告の場合にも五百条を準用して、殆んど上告の申立てがあれば、一応は仮執行をとめるのだというような扱い方になつておるようでありまするが、先ほども申しましたように当事者の半分は原告の立場におるものであり、殊にそのものが相当の費用と時間を費して漸く勝訴いたしたにかかわらず、まだ上告審が確定するまではその仮執行すらもできない。これは仮執行でありまするから、若し仮に上告へ行きまして敗れることがありましても、仮執行の結果給付したものの返還を請求する、上告審の判決ですぐ言つてもらえるほどになつておるのでありまするし、又上告で原判決が破れる割合というものは、これも参考資料に出ておりまするようにパーセンテージが非常に少いのであります。これは旧大審院時代からも非常に少くなつておるのでありまするので、やはり勝訴の当事者のほうと、それから仮執行宣言の本来の制度の趣旨などを考えてみますれば、今度の案のように、その執行により償うことのできない損害を生ずべき疎明のあつたときに限つて、強制執行の一時停止という程度にするのが適当と思います。これもたしかドイツの、民事非訟法におきましてもこの程度の立法制になつていたと記憶しております。
第四は、調書の合理化と判決の合理化のことでありまして、これは大筋だけを法律できめて、あとは最高裁判所の規則に譲るということになつておりまするが、これは現に刑事訴訟法におきましても、刑事訴訟法自体の中には大筋だけを書いておきまして、あと細かいことは規則に譲つておる。大体この形をとつておるように思われます。裁判所のほうにおきましても一つの地方裁判所、一つの高等裁判所において人の多いところはもう民事や刑事専門に分れて執務をいたしておりましても、大部分の裁判所は刑事の執務もいたしまするし、民事の執務もいたしまするし、先ず書記官のほうからも声が上つておりまして、いわゆる刑事の手続では調書も非常に合理的に執務がしやすくなつたじやないか、民事のほうはなぜいつまでも五十年来の形でやつておるのだろうかという声が上るのであります。その同じ刑事の調書を公判でとり、又そのほかの刑事訴訟の執務をしておりまする書記官が、今度は民事のほうの執務をすることになると、まるで違つた、例えば調書を作るにいたしましても期日を逐いまして一々口頭弁論調書、その中に証人調べがありますれば、そのすぐあとへ証人尋問調書を付ける、公判廷において証拠の提出があると釈明事項などにすぐ並べて証拠を出す、それからすぐにどういう証人を調べたということを書く。又そのでき上つた調書を裁判官が見ましても、一々日附の順を逐つて今のようにごちやごちやに書きました調書をひつくり返して行つて、自分でそのほかに相当な労力をかけて形式だけの仕分けをいたしましたメモを取つてからでないと、事件がわかりにくいというような実情でありまするので、これはどうしても少くも刊事訴訟法で今やつておる程度の合理化が必要だということが叫ばれておりましたので、民事訴訟法のような大きい法律の改正はそう始終できるものでもありませんし、刑事訴訟法の改正ができ、刑事訴訟規則もできまして、三年ぐらい経ちまして漸やくそのほうに熟練いたしましたような時期、時期から申しましても、このような民事訴訟法の改正の機会には、上告事件の煩雑さの緩和というようなことの目的そのものではないといたしましても、同時にかような合理化の改正の行われることが望ましいと思うのであります。
刑訴法のほうで、刑事訴訟規則でどういうふうになつておるかというようなことを、私直接刑事事件はやつておりませんので詳しくは当つておりませんが、例えば調書にいたしましても、いわゆる期日の調書ごとに裁判官が一一墨をすつて署名捺印する、刑訴では、刑事訴訟規則では裁判長はただ責任は同じでありますが、認印を捺せばいいというようなことになる。なぜ認印を捺すだけと改正して悪いのですか。而もそれらは憲法の七十七条第一項の趣旨から申しましても、わざわざそんな細かいことまで法律に書く趣旨ではありませんで、そういうところに規則制定権を認められた趣旨があるのじやないか。憲法でも司法事務処理に関する事項というような、憲法としては細かいぐらいの文字を使つております。司法当務処理に関する事項の設例だと思うのでありまして、かようなものを細かく一々法律で規定いたしませんでも、規則に譲つて、最高裁判所で戦後折角与えられましたこの規則制定権を使つてやつてもらえばいいじやないか、こういうことを考えます。勿説大筋はこれは法律に規定されなければならんことになるので、又こういう点について細かい手続上の点で規則を制定いたしましたからと言いましても、国会における法律制定の審議権にはちつとも触れる問題ではないと考えられるのであります。合理化というような点から、調書や判決の記載の形式的な末節の問題は規則に移してやつてもらいたい。ただ希望といたしましては、これは最高裁判所で規則を制定される際には、実際に訴訟に携わつておりまする裁判官、それから弁護士、十分広く意見を聞かれまして、多数の意見の一致するところで、それに基いて合理的な規則を作つて頂きたいということを考えております。一々内容の細かい点をどうこうということまでは強いて意見を申上げることもないと思いますので、第四の点につきましてはこの程度にいたしておきまして、ふつつかではありましたが、以上を以て一通り終ります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/48
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049・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 有難うございました。
引続き最高裁判所判事の小林俊三氏から意見の御陳述をお願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/49
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050・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 私小林俊三でございます。
今回の改正案の実際の事務には携わつておりませんのですが、最高裁判所の裁判官として、従来の体験等から今度の改正案を挑めました点から意見を申上げたいと存じます。
結論を先に申上げますと、大体において賛同をいたしたいと存じます。そうして是非この改正案が成立することを切望するのであります。そしてこの改正案の裁判所法の関係は、簡易裁判所の事物管轄を拡張する点、それから民事の改正は上告理由の範囲を或る明確な限界を設けるというところにありますので、これは上告制度にも関係いたしますので、その点を少し遡つて申上げることが必要であろうと存じます。
これは皆さんがたびたびお聞き及びのことと存じますけれども、最高裁判所が発足いたしましてから、初めのうちはそうでもなかつたのでありますが、だんだん時勢の状況と申しますか、非常に刑事事件が多くなりまして、二十六年度が最高の形を示したのでありますが、刑事が八千七百五十七件で民事が千三百一件、一万件を超えたのであります。それを大審院時代の戦前昭和十六年までの十年の年間平均ですと、これは五千八百八十四件、これで結局そうして大審院時代はこれも御承知のことでありますが、判事は最少の場合でも三十名を下つたことは恐らくないと思います。多いときは四十五名、その代りその処理する対象は非常に広汎ではありましたけれども、とにかくそういう状態であつたのでありますが、この状態で最高裁判所はそのまま続けて行くのは人間としての能力の限界に達しておつて、それを越える状態がだんだんに増加して行く、こういうわけだつたのであります。それで、なぜこういう状態が起つたかということはこれは関係方面、関係方面と申しますのは、日本のこの制度に携わつた方々の意味でありまするが、こういう見通しはなかつたのだろうと思うのであります。一般に二つの面から考えられますが、一つは裁判官の数を十五名にしたということ、それからその半面に、事務処理の面においては刑訴は大体相当の理由の制限がありますけれども、併し実際上告に現われて来るのは、これは裁判官自身が直接その責任において処理しなければならない状態に置いてそのまま制度を残したのであります。従つてこの二つの非常に人数を少くしたということと、それから事務処理の現実の面が、法律の理由の制限にかかわらず、現実の面が非常に煩瑣な複雑な、そうして幾らでも増加する形のままに残したというところに、こういう形が、或いは原因が生じたのだ、こう考えるのであります。それでこの十五名の裁判官という数でありますが、御承知の通り新憲法の裁判所の位置というものは非常に高くなりました。特に最高裁判所の職責というものは重く、それから裁判所全体としまして非常に仕事の方面が広くなつたのであります。この中で最も注目すべきことは、裁判所が完全に独立したということと、それから最高裁判所が違憲審査権の最終の段階の地位を得たというこの二つの面がありますが、この最高裁判所のこういう位置を保つて、そうして重要な仕事をする裁判官の数というものをそう多くするわけには行かん。併しながら日本の大審院時代から仕事は大体法令違背ということを特に制限なく処理して参つた現実がありますし、それから非常に裁判官の数も多かつたのでありますから、こういう事実から全然飛躍するわけにも行かないので、結局十五名というような一種の妥協的な数に到達したのではないか、これは私の解するところであります。私見によりますればアメリカのように最高裁判所の受取る事件が非常に狭く、そうして又受理の制度がありますれば、あそこは九人でありますが、日本でも九人若しくはもう少し少くてもいいのじやないかと思つておりますが、併し日本の旧来裁判所構成法以来の数十年に亘る体験、国民の間の一つのあり方をそのまま捨て去つて、急にそういうところへ飛躍するわけには到底行かないのであります。そこで十五名というような数にきめたのであろうと思うのでありますが、同時にこの最高裁判所の裁判官の職務は一番重いのは、やはり違憲審査の仕事でありますが、これは全裁判官が関与しなければならんのであります。それから一方に国民審査という一つの制度がある、裁判所の地位が非常に重くなつたため、特に最高裁判所の裁判官について国民審査のような制度まで設けられることになりましたのは、これは法治国としての当然の要請でありまして、新憲法の精神もそういう法治国として民主国家として、法治国の体制を確立することが最も肝要であるという見地から、そういうような手続まで定められたのだろうと思われます。従つてこういうような裁判官の数をただ事務的な面からのみ見てそうたくさんにするわけには行かない、そこで十五名という数に落ちついたのであろうと考えられます。然るにその他の面の事務処理の範囲でありますが、これは刑訴は御承知の通りに相当範囲を定めましたけれども、民事はそのままでありますし、刑事におきましてもとにかく上告はすべて提起されれば、裁判官自身の責任で処理を必要とする関係にあつたのでありまして、そのために如何に全然問題にならんような上告趣意でありましても、とにかく我々の責任においてその判決書を作る。こういうことになりまして、そういうことのために大きな事件が相当犠牲になるような状態が現われて来たのであります。まあこういうような二つの面が相矛盾した関係が、現在我々が遭遇しているような事件が山積して行詰りの状態に当面するに至つたのであろうと、こう考えられます。
それでこの改正のほうの問題になりまするが、今度の改正は私の見るところでは、一番の眼目はいろいろ不合理な面のあるのをこれを調整するのが第一の主眼でありまして、それと同時に結果として最高裁判所のほうもその事件の山積を幾分でも調整するという効果を狙つたものであろうと、こう考えのるであります。
それで先に民訴のほうの問題を申上げますが、この最高裁判所は終戦後ああいう状態においては、民事事件というのは非常に少いのであります。それで最高に現われた統計を調べて見ますと、二十四年は五百二件、それから二十五年が六百五十一件、二十六年にたりまして千三百一となつて、それで二十七年になりますと、急に千八百一件それから二十八年は千九百八十二件、この分で行きますと、民事というものは相当に増加して行くということが考えられるのであります。これは国が整頓して来ますと、刑事がずつと減りまして、民事のほうが多くなるのは確かにまあ祝福すべきことでありまして、戦前の大審院時代におきましても、民事部のほうが多かつたのであります。で刑事のほうを見ますと、この二十六年の八千七百何件というのが順々に減つて来ております。それで二十八年にはこれが六千九百七十六件となつておりますから、だんだんに減つて行くと見ていいだろうと思うのであります。こういうような関係におきまして民事が非常に殖えて参りますると、民事事件というものは御承知の通り非常に細かい理論とそれから正確を要する。正確は民刑を通じて必要でありまするけれども、特にその民事の当事者双方の主張は非常に細かくていろいろ多岐に亘るのであります。それでこういう事件が殖えるに従いまして、これがすべて最高裁判所に最後に来まして、十五人の裁判官でこれをすべて細部に亘つてまで検討しなきやならんということになると、これは到底人力の及ぶところでないのでありまして、民事特例法で応急的な措置をとりましたのは、すでにこれは昭和二十五年でありますが、あの当時何か手を打たなければならんので、ああいう立法ができたと見るのであります。これが本年の五月一ぱいで廃止になる。この廃止になるということの必至の見地に立つてこの改正案ができたと思うのでありますが、一部の意見としては民訴の、民訴は御承知の通りもう非常に古い。特に強制執行のほうなんかは初めのまんまで現在に来ているので、まあ翻訳したまんまの文句のようなものもあの中に現われておるのでありますが、これを根本的に今の裁判所の制度に合せるために、こんな姑息な改正は避くべきであるという意見もあるのでありますが、併しそのためにはやはりそうすると民事特例法というものをもつと存続しなければ、これは絶対に不可能なんであります。そういう意味で、現在はこの改正案の基本たる見地は、この特例法が廃止になるという前提に立つておるということを一応これは誰でも承知していることでありまするけれども、特に強調しなければならんと存じます。
それで民訴のいろいろ細かいことはありますが、一番大きな問題は、例の上告理由を原判決の憲法違背及び判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背に限ると、こうした点にあると思います。それからもう一つ、これにもまして皆さんの重要な関心を持たれることは原裁判所で、不適法な上告を原裁判所において却下できることとしたこと、この点であろうと思うのでありますが、これは民事特例法から比べますと、これは非常に広くなつておるとまあ考えられるわけであります。立法の方面に関係された方の言うところによりますれば、従来の民事特例法の枠の考え方を改めて、つまり紛争を解決するという方面の目的によつてこういうような規定をしたのだ、こういうようなことを聞いております。それでこの法令違背、原判決の憲法違背の場合は別にいたしまして、法令違背が判決に影響を及ぼすことが明らかということについて、これはまあいろいろな見方があるのでありまするが、従来何でも法令違背があれば、上告の理由とすることができる。というと、これは大審院時代からもそうでありまするが、全く判決には何にも影響がないことに理由がありまして、そしてそれについて一々判断しなきやならん。このためにはもつと大きな問題である紛争を解決するということが犠牲になつてしまう慮れが十分にあるのであります。この民事におきましては原告、被告、法曹は両面の位置を常にどちらになるか、そのときによつて違うのでありまするが、併し大体の原則といたしましては原告、原告というのは必ずしも権利者とはきまつてはいないでありましようが、まあ権利者の意味において権利を実現する方面の当事君のその主張が若し理由があつたらば、その方面を通すようにするのが訴訟のあり方ではないかと、こう思うのであります。それで若し被告代理人の立場になりましてこれは一審も二審も被告が大した理由がなくて敗れた。こういう場合に更に非常に枝葉末節な法令違背の理由でもつてこれと又更に闘いを交えて、そして一年半二年と延びるということになりますと、正当な権利を持つておるものがそれを貫徹するという訴訟の本来の目的というものは相当犠牲になる、或いは極端な場合は無視されてしまうような場合も現実にはあるのであります。つまり余り長くなるために結局勝訴の判決が確定したときはもう実効がなかつたというようなことも稀には見られるのであります。そういう意味におきまして結局判決に影響を及ぼすことが明らかであるということの程度の枠は、どうしてもそういう意味から言つても必要であろうと思うのであります。
それで原審でそういうような点について却下ができるということは、ここがまあ一番調整をする意味においての重要な点であろうと思いまするが、この点が在野法曹の皆さんなどから御覧になると、一抹の懸念をお持ちであろうと思うのであります。これは私の見るところでは、結局この三百九十九条の三号の「上告が法令ノ違背ヲ理由トスルモノニ非ザルトキ又ハ判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」とありまして、これは先ほど斎藤氏も述べておられましたが、本来の規定である三百九十四条の、裏の書き方になるわけです。三百九十四条のほうは「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル」云々とあるのでありますが、原裁判所が処理できる方面の形は「影響を及ボサザルコト明ナル」云々と、こうありまするから、高等裁判所では若し影響を及ぼさないということが不明瞭ならばこれは最高へ送付する、こういうことになるのだろうと思います。ですから高等裁判所が処理をする場合において何でも非常に粗雑にというような、粗雑に却下をしてしまうのではないかというような御懸念が生ずるかも知れませんが、私どもの見るところでは、この規定の趣旨から言つても結局は最高へ、そういうような疑いのあるものは最高へ送付することに結局はなるのではないか、こう思つております。そういうような意味で、この上告理由のこの程度の枠をつけることは、是非成立をさせて頂きたいとこういうふうに考えております。
それから次の仮差脚、仮処分は、これも特に申上げる必要はないと思いますが、この終戦後の事情について申上げてみたいことは、このどういうものですか、終戦後特に仮処分、仮差押のほうは、これもまあ含めてよろしうございますが、ともかくこの保全的な方法によつて大きな事件が非常に起りまして、そうしてそれが実際本案の訴訟をそつちのけで、それで以て殆んど事態を解決をして行こうというような風潮がだんだんに現われて参りまして、実はそのために本案で争うことよりその仮処分というような方法によつて本案と同じような目的を達しようと、そういうような事例が非常に殖えて参りました。これは別に当事者の意図はどうということは申上げられませんが、まあそういう終戦後のいろいろな労働組合関係その他非常に急を要すること、急を要する事件が出ますと、一応そういう保全処分をとる。そうするとそれに全力を集中するので、勢い本案のほうは長くかかるからというので、そちらのほうに全力を集中いたします結果、そちらのみが進行して行くとこういうようなまあ状態が起つたわけでございます。併しこれはどこまでも仮の処分でありまするから、本案は本来本当の権利の存在、不存在等は本案において定めなければならないのでありますが、併しこの勢いに引ずられまして、下級裁判所におきましても、勢い本案と殆んど同じような精細な取調べをしまして、このために仮どころではない。むしろ本案と百じような調査、それからまあ時日を費して、結局それが最高まで行くというようなことにたつているんであります。で、こういうような変則な状態を避けることは、どうしても必要であろうと思いますので、今度の改正案はこの意味においては是非これも成立させる必要があろうと思います。
それから仮執行宣言付判決に対する上告提起の場合の執行停止、これも和が自分で体験をしてみるところによりますと、一審、二審で完全に敗けておる、それで上告も理由がなさそうであるが、上告して来たときに執行停止を求められますと、まだ記録が届かない、判決だけがやつと手に入る。それで見ると本当のことはよくわからない。一審、二審勝つた人に、例えば家屋の問題なんかについても一審、二審に勝つても、三審で又とめられて、そうしてどれくらい時日を要するかという問題が生ずるのであります。それでこの点は我々も非常に頭を悩ましておるのでありますが、すでに上告がありました以上は……、併しその理由を本当に見ないと判断ができないわけでありますから、結局そういう制度がある以上は保証金でも少し多額にして、一応とめるというようなことにならざるを得ない。結局勝訴の判決を得た当事者は、又そこで一年間、一年半という時日を打たなければならないということになるのでありますが、これは裁判官の間でも、いろいろ方針についてめいめいの意見がいろいろあるのでありますが、要するに、そういう現実の状況から言いましたが、上告へ来た場合においては、今度の改正のような方法が是非とられなければならんと、こういうように考えております。それから調書の問題でありますが、調書は刑訴のほうは相当に合理化されておりますが、これに近付くのでありますが、特にこの中で判決の調書を直接、まあ結局相並んで大きな改正になると思いますが、判決の内答の書き方、従来の民訴もやはり同じようになつておるのでありますが、今度ああいうふうにして、あと規則に譲るということになります。これは非常にいいことであると期待いたしますのは、これも私は在野法曹時代にもよく感じたのでありますが、日本の民事の裁判でも、刑事でもですが、特に民事のほうで末だにこの非常に古風な判決の書き方が残つておる。で、これは初めから終いまで、極端なのは初めから終いまでずつと書いて、どこからどういう事項になるのかさつぱり一行々々読んで見ないとわからない。で、結局全部初めから終いまで一つ一つ見ないとわからないというようなことがまだあるのでありますが、これはいずれ規則で定められるのであろうと思いますが、事実のうち当事者の争いのないものと、争いのあるもの、それから法律上の争点と、事実上の争点等をはつきりして、そうして理由は理由で別にこれも段階を設けてはつきりすると、こういうことは最高裁判所によりますと、下のほう、一審、ニ審を見ます場合において、非常にこれはただ我々が労を省くという意味でなく、どこに争いがあるのかということをすぐつかむために是非必要なので、これは当事者の方々にとりましても、判決が非常に正確な、科学的でないいわゆる古風な大福帳式なやり方はお困りであろうと思うのであります。そういう意味において判決の書き方なんかは、もうちよつと具体的に、正確性を持つように附則で定められることを切望するのであります。
調書の点もそういう意味において、是非これはただ簡潔、簡潔ということが一方において粗漏になる、こういう御心配もあるかとも存じますが、これは規則でその重要な点とそうでないのを分けまして、重要な点は勿論正確に記載するようにすることは当然でありますから、そうなることと思うのであります。
それからもう一つは、親則ということで無闇に勝手に定められることを御心配になる向きもおありだろうと思いますが、規則、法律の優劣論等は、ここでは申上げるわけにも参りませんし、いろいろ大きな争いの問題でありますが、規則制定権が最高裁判所に与えられたその本質的の問題は、これは別にいたしまして、民間の法曹なんかに聞き、いろいろな方に聞くところによると、細かい手続的な規定、そういうものは結局これはその専門家だけにわかり、又関心を打つ事項なんで、そうでない方は直接まあ関心を持たない、又利害関係も薄いのであります。それで関係法曹が一番これは利害関係があるのであるから、そういう専門的なことは、別の面から言えば、裁判所の内部のいろいろな運営の方法、訴訟運営の方法に属することは、結局専門家同士できめたほうがいい。そういう意味で裁判所の則規というものは、特に自分で定めることができるということになつている。つまり大きな根本的な問題は、国会で、定めて頂くわけでありますが、そういう専門の法曹だけが関心を持つことは、一般的な国会の問題としてはむしろ適切でないというようなところに、大きな理由の一つがあるのだというふうに聞いております。まあそういう意味において、規則制定の委員会が、在野法曹もそれから専門の法曹も、皆集まつて、いろいろ審議するのでありますから、そういう意味において、最も適当な方法が講ぜられることであろうと期待いたしております。従つてそういう点についても、別に御心配になるほどのこともないのではないかと考えております。
あとの細かいことは別に申上げないでもよろしいと思いますが、次に裁判所法の一部改正でありますが、これはつまり簡易裁判所の民事の事物管轄を二十万円ということにしたわけでありますが、これは一口に言いますと、戦前の千円という額のこれは二百倍、二十万円ならば二百倍でありますが、素人考えでも一体二百倍ということは、ちつとも高くない。ただこの上げ方が、前に三万円に一回上げましたので、非常に飛躍するように見えまするけれども、根本的に考えてみると、ちつとも不思議でない額であろうと思います。それからこの数字を見ますと、この二十八年の簡易裁判所の一年間の民事事件は、二万七千百六十四件、これが区裁判所時代の、これも昭和十六年以前の十年間の平均ですが、これが十三万八千六百二十六と非常に、これだけの差があるのでありまして、それで、地方裁判所ではどうであるかというと、これは戦争前の十カ年の平均が三万三千、然るに昨年度は地方裁判所は七万四千七百十三という数を示しております。それで控訴もやはりそれに準じまして控訴院自体の十カ年の平均が三千八百九十一、然るに高等裁判所の二十八年度は七千四百十七、これで見ますとつまり本来のあり方と非常に違つた形ができて参りまして、地方裁判所が非常に多くなつて来ている。地方裁判所が七万四千というような昨年度の数は、これは何とか調整しませんと、地方裁判所だけとしましてもやり切れない形になつております。東京地方なんかは、実は数字を記憶しませんが、一部、一つの部で千件近いのが溜つているのもあるというふうに聞いております。で、これを調整することはどうしても必要であろう、こう思うのであります。
それからもう一つこうしました上において心配される向きのお話はつまり、簡易裁判所の全国五百幾つかありましたところの簡易裁判所の判事の中には、特任判事もあるし、非常に老齢な方もある。そういうところですべてこういう事件を処理されてはたまらない、こういう御意見も伺つておりますが、今度の立法の説明書によりますと、これは元の区裁判所にだけに、まあ最高裁判所の規則によつて、元の区裁判所に相当するところの簡易裁判所だけを指定しまして、そうしてそれに処理させる、こういう方針がきまつてるようであります。そうしますと、元は、戦前は区裁判所は当然やつておつたのでありまするから、それと同じ形がまあできるわけだろうと思うので、甲号支部、乙号支部というようなのがありますが、そこへは、それも全部ということはなく、最高の規則で恐らく何か指定をすることになると思いますが、何人かの裁判官があつて、そこで相当優秀な判事を配置して、そこで処理をしてもらう、こういうことになりますれば、これだけの事物管轄を上げましても、そう心配はないではないかと、こういうふうに考えております。大木この程度でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/50
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051・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 有難うございました。委員の各位から御質疑がありましたら順次御質疑を願います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/51
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052・一松定吉
○一松定吉君 ちよつと一つなんですが、この民訴の一部改正の三百九十九条三号の後段ですね、今の「上告が法令ノ違背ヲ理由トスルモノニ非ザルトキ又ハ判決二影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」これは斎藤さんも、あなたも特にここにお力を入れて御説明なさつたのでありますが、この三百九十四条の「判決二影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背」これはまあよくわかるが、その裏、判決に影響を及ぼさざること明かなる法令の違背、これは例を上げると民訴法の三百九十五条みたようなものは当然それへ入るように思われるのですが、あいまいなものはこれには入らんで、あいまいなものは上告審に送らなければならんということもわかる。あいまいであるとか、明らかであるとかいうことはその判事の主観的できめるのだろうから、それがそこに非常に幸不幸がありやせんだろうか。もう少しこれを明確にするか、然らざれはこれはもうとつてのけて、三号は「上告が法令ノ違背ヲ理由トスルモノニ非ザルトキ」ということで一、二、三とこうしたほうがいいじやないだろうか、その点を一つもう一遍話して下さい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/52
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053・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 私の考えでは、むしろこのほうが安全じやないかと思うのでございますがね。判決に影響を及ぼさない……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/53
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054・一松定吉
○一松定吉君 これか明らかな法令の違背……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/54
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055・小林俊三
○参考人(小林俊三君) ですから明らかでなければやはり送付するということに結果はなる。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/55
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056・一松定吉
○一松定吉君 主観的でしよう。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/56
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057・小林俊三
○参考人(小林俊三君) まあ主観的ではありませんが……、それはまあ結局主観的になるだろうと思いますが……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/57
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058・一松定吉
○一松定吉君 それにはもう少し具体的に民事訴訟法の三百九十五条みたいなようにすればわかるのだが、三百九十五条は「判決ハ左ノ場合二於テハ常二法令二違背北シタルモノトス」こうあるね。この場合は即ちこれが明らかなものだ、こういうようにすれば三百九十九条のように具体的に列挙すれば、そういう問題はもうなくなるだろう。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/58
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059・小林俊三
○参考人(小林俊三君) つまり絶対的上告理由のようにしたほうがよかないかという御意見でございますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/59
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060・一松定吉
○一松定吉君 どうもこれだとすると、判事はこれは明らかに判決に影響を及ぼさんことの明らかな法令の違背だからと言つてぴつと却下しちやう、こうやれる。そうするとその次で即時抗告をすることができますけれども、これは少しく自由裁量に余り広範囲に逸脱し過ぎていやせんだろうかという疑いを持つのだね。民訴の三百九十五条みたいなものをこしらえれば、これを物差にするからすぐわかる。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/60
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061・小林俊三
○参考人(小林俊三君) この三百九十五条はこれはもう一号から五号まではお読みの通りに非常に形式的にはつきりしてしまうのですね。ただ第六月だけが非常に広範囲に見えるのでありますが、この部分も従来はつまり一目してわかるような理由不備若しくは理由齟齬をこの六号の中にそういうのが入るのだ、こういうふうに解しておつたようであります。ところがこれがだんだん在野法曹のほうで何でもこれへ持つて来てやるので、実際そう解釈している以上に非常に拡つておるというような、その拡つた部分は今度の改正の法令の違背のほうへ結局法令の違背の主張の中へ入つて来るのだろうとこう思うのですが、それでも判決に影響を及ぼすものが私はあるだろうと思います。場合によつては……。ですから絶対的上告理由の中に今おつしやつたようなのをここへ入れるということは、これはほかの五月までの対比上非常に無理ではないかと思うのでございます。この六号自身も五号までの五つの事項と非常に違うのでありますから、今言つたような解釈が従来出ておるのですね。すぐ一見してわかる甲という事実を認定しておりながら乙という結論が出ておるのです。判決自体でわかると、このようなもの……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/61
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062・一松定吉
○一松定吉君 そういうものでないといかんのです。一見してわかるやつ。それだからこれはつまらんとぽんと却下するということはわかる。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/62
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063・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 併しそれ以外のもの、例えば判決にはちやんと筋が通つておるけれども、よく読んで見ると、甲という事実を認定して、やはり甲という結論が出ているものを、よく見ると、どうしても甲という結論は出て来ないというようなのは、これは六号へは入らないので、やはり今度の改正によれば、こつちのぼうの枠へ入つて、上告して来れば……。でそういう理由を主張して来れば、高等裁判所では、これは少し影響がないと、はつきりわからないのですから、これはやはり最高裁判所で……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/63
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064・一松定吉
○一松定吉君 最高では却下できるのですね、そういいうときは……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/64
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065・小林俊三
○参考人(小林俊三君) ええ、当然却下になるのだろうと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/65
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066・一松定吉
○一松定吉君 これは非常に明確で、もう上告の裁判所に、高等裁判所に送る必要のない、こんな馬鹿々々しいものをということが現に明らかであるものをぽんと蹴とばすという意味であるか。それは一号、二号で明らかになつている。それで三号の場合も明らかだが、後段のほうが少しどうかなと私は思つているのですが、斎藤さんの話で、そのあなたのさつきのは、どうもあいまいなものはやはり最高裁判所に送るようにしなければいかんので、この範囲に入ればすぐ却下できないというような説明をなさつて丁度おられたようですが、これを私はさつき、菊井東京大学教授にもこの点を聞いてみたのだが、やはりどうもその点が十分明確になつていないのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/66
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067・小林俊三
○参考人(小林俊三君) ただこうしませんと、結川又元のもくあみになつてしまつて……。そうするとまあ事務処理だけが仕事になつてしまう。事務的になつちまうことになるのです。ですから、そこが狙つているところが外れてしまうので、そこにまあ御心配のような点と、両方出て来るわけなのです。これは裏から規定したことによつて、私はむしろ御心配のようなことが外されるのだろうと思うのでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/67
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068・一松定吉
○一松定吉君 これは例の即時抗告の規定があつて救済できるけれども、少し行き過ぎじやないかと思うのですけれども、これは意見の相違ですから、よろしうございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/68
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069・亀田得治
○亀田得治君 二点ばかりお伺いいたしますが、この三百九十四条の上告理由の中にですね、判例の違背ということが盛られておりますか。刑訴ではこういうふうに入つておりますが、これは午前中、何か日弁のほうの御意向なんか開くと、判例違背の場合は、法令違背の中に含まれるような考え方も幾らかあるようにおつしやつたようですか……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/69
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070・小林俊三
○参考人(小林俊三君) いや、私は……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/70
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071・亀田得治
○亀田得治君 それは私はちよつと無理だと思うのです。これは刑事訴訟法とも均衡がその点とれませんのでね。入れるべきではないかと思うのですが、どうなんでしよう。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/71
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072・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 私も実はその点立法に関与しておりませんので、いろいろ聞いてみました。勿論判例違背は法令違背の中へ含めた趣旨だと、こういうふうに聞きました。又当然そう解すべきだろうと思うのであります。そういう言葉がない以上ですね、いわゆる判例法的な考え方として……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/72
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073・亀田得治
○亀田得治君 それは非常に、言葉だけの普通の使い方から言うと、そういうものを含ませるというのは無理なのじやないですか。わざわざ刑事訴訟法の上告の場合には、項目を分けて書いてあるわけですね。これが普通の言葉の使い方だと思うのですが、どうなんですか。若し含ませていいのであれば、別に項目をここへはつきり書いたほうが、争いを避ける意味で非常にいいと思うのですがね。又判例を尊重する意味において……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/73
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074・小林俊三
○参考人(小林俊三君) はつきりでぎれば、そうしたほうがいいと思いますが、今言つたような趣旨であるということを聞きましたので……。なぜその判例違背という字を避けたかという理由については、私まだ調べており戻せんですが、ただ含むと解するのであるというと同時に、私自身も、当無然らば法令違背の中に含めるべきであると、こういうふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/74
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075・亀田得治
○亀田得治君 それからもう一つは、先ほどからも問題になつている三百九十五条に関連することですが、原裁判所にこの特定の明確な問題について判断をさせる。この点はですね、現状のままで私はいいのではないか、こう私は思うのです。その理由は、そういう上告が出れば、たとえそれが高等裁判所の役人であろうと、最高裁の役人であろうと、碓かがその書類にタッチして、仕事をしなきやならないわけなんですね。どこで仕事をするかということの違いだけなんです。若し高等裁判所にこの仕事をやらすとすれば……。先ほどのお話を開いていても、幾らか最高裁のそういう上告関係の書類に馴れた書記官などを廻す必要があるのじやないかというふうなことを、ちよつとどちらかの方からもおつしやつたようでしたが、そういうことになれば、これは私は同じだと思うのですね。それは幾らか原裁判所がやれば訴訟記録を送つたりすることの手間は省けますが、その書類を一応見たりして、事務を処理することは同じなんです。幾らか殖えるだけですよ。ところが一方では、単にそれだけのことのために、この同じ裁判所で、それに対する一種の異議、それを同じ人が判断する、形の上ではそういうことになる、これは非常におかしいじやないか、こういう議論が非常に強いわけですね。これは私は正しいと思うのです、飽くまでもそういう正しい一つの立場を犠牲にしなきやならんほど、この何と言いますか、事務関係がそれで非常に楽になるのである、そういうふうに私は考えられないわけなんですね。現在の制度であつても、こういう明白な上告の却下ということができるような判断については、恐らく最高裁でも判事さんが皆タッチされているのじやないと思うのです。これは調査官なり、事務官の方が、こういう段階のことをやつておられるのですね。だからやはり現在の三審制度というものは非常に大切なのですから、そこを守つて、まあ上告理由をこういうふうに制限するか否かというような点は別として、この原案通り上告理由をこの程度に制限するにしても、取扱い方はこういう改正が必要なのじやないか。忙しければ現在の最高裁の事務関係の人を少し殖やす。これで十分間に合うのだと思うのですが、これでどうなんですか、実際の事情は……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/75
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076・小林俊三
○参考人(小林俊三君) その点は非常にまあ違つた御見解のように思うのでありますが、一つは事務の方面の点をお答えします。非常に明瞭な不適法なものは、裁判官がタッチしないで片付けておるのだろうから、そういう機構を最高裁へ少し補強すれば、それでいいのじやないか、こういうことでございますね。併しそれは現実はそうでないのでございます。私どもは実際自分で判決をする場合、非常に明瞭な、不適法な、全く簡単な事件でも、自分の名前を出すと、非常に固くなるのでございます。それで皆調べた報告はありますけれども、それを皆検討いたしまして、それで処理をして参るのです。ですから事務的に任してしまうというようなことは全くないのでございます。皆一応我々が、もうこれは例えば被告人がたつた二行ぐらいの上告趣意書を出しまして、どうか御寛大に願います、こんなのならばいわば見ないでもいいくらいな、実際はことであろうと思いますけれども、それも併し報告が来まして、それを見て、そうして趣意書がそれだけであつて、初めて確認をしてから案を作るのでございます。ですから今の点はそういうふうにお考え下すつて、我々がそういうふうにできれば非常に楽なんでございますけれども、現実には自分がその場所に立つてみると、到底そういうことはできないのでございます。ですから高等裁判所におきましても、やはり裁判官が、実際相当ちやんと責任を持つて、これは良心の問題でございますから、良心に抵抗を生ずるようなことは、やはり裁判ということに携わりますと、なかなかそう簡単に片付けるということはできないのでございます。ですから今の点は、やはり高等裁判所で一応いわゆる関所によつて調べるということによつて、相当の調整が期待できるのじやないかとこう思うのであります。
それからもう一つは、先ほどの高等裁判所で応じ裁判官が自分のことを調べる、こういうお話がございましたが、前の制度で再度の公判なんていうのがございましたですね。やはり自分で裁判をした部が、そういうものが出たらば、もう一回前の再度の公判をして、やはり理由があつたら改めるという制度がある点は、やつぱり裁判官に対する或る信頼だろうと思うのでありますが、もう一度同じ部がやることになるかどうかは、これからの問題であろうと思うのです。これは高等裁判所の会議できまるか、或いは規則等できまりますか、それからどちらがいいかということは、必ずしも今どつちとも言えない。或いは原裁判所、判決をした裁判所のほうがいいのか、或いは別な部が調べたはうが、形式は確かに公正であろうと思いますが、実際にそのほうがいいかどうかという問題は、実際はもう少しこれは朝野の方々の御検討によつてきめるべきだろうと思いますが、結局は恐らくその高等裁判所の会議できめることになると思います。これは斎藤さんなんかどうお考えになつているか存じませんが……。それからただそれを仮にほかの部がそれを見るということになりますると、できない高等裁判所が生じて来るのです。例えば高等裁判所の支部なんかは、民事一つしかない。そういうようなのは、今仰せの通りな応じ部が見るということを許さなきやならんということはあり得ると思います。併しその点は、今私自身としては、どちらがいいか、或いはどういうふうに持つて行くべきかということは、今未確定の問題であろうと思つております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/76
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077・一松定吉
○一松定吉君 今の小林さんのお話の場合の、三百九十九条の原裁判所の決定を以て上告の却下をする……、原裁判所というのは、そのやつた判事がやることも原裁判所のことですし、それから同じ裁判所の他の判事がやることも、やはり原裁判所であるし、これはそう解釈できる。そこで問題は、やはりさつきからも本当に裁判の公正を維持し、裁判に信頼をするということであれば、その先にやつた判事が、今度は又その判事のやつたことに不服を言つて来たときに、その判事が蹴とばすということは、どうも裁判の公正が疑われるから、やはり他の判事がやつたはうがよくはないかという議論がさつきから出たのです。やはり我々もそう思うのですが、これをやはりここに明確に書いたほうがよくはないかね。原裁判所の他の部においてとか、他の判事においてとかいうことを書けば、その誤解はなくなるが、これを書かなければ……、規則にしなきやならんければすることにするし、問題は、あなたのお話の支部の判事の数が少いということになれば、それは又そこで何かそこに適当な方法を考えて、それに近いような取扱いをして、とにかく要はその不服を申立てる人の安心して、不公平でないのだというような安心感を与えるような方法での上告機関ということのほうがいいのじやないかと私は思うのですがね。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/77
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078・小林俊三
○参考人(小林俊三君) それは今の他の部が見るほうが公正であるというのは、一応の形としてはそう見られるのであります。実際においては、やはり別な意見も出て来るようでございます。それでこれはどうなりますかは、もう少し関係方面の方々の御検討を願いたいと思うのでありますが、若しそういうふうにはつきりするならば、一つしか民事部のない支部の判決は、それに対しては結局その本庁の高等裁判所へでも頼む……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/78
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079・一松定吉
○一松定吉君 そうすればいい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/79
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080・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 例外を作ることになるだろうと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/80
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081・一松定吉
○一松定吉君 本庁の裁判所はやはりその支部と同じ原裁判所だね。やはりそうせんと私が裁判をしておつて、私がやつておつて、私の手でこれは各号に該当するのだからということで、ぽつと私が蹴とばすということは、本当にどうだかと私は思うがね。斎藤さんどうです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/81
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082・斎藤直一
○参考人(斎藤直一君) これはこの条文で見ましても、左の各号に該当することが明らかな場合とありますので、判決をいたしました裁判所自体で、あとでその判決に極めて一見明瞭な誤謬がありますときに、更正決定をすると、殆んど同じような場合を考えてみれば同様であろうと思いますのですが、つまり一見誰が見ても無駄な、不満法な上告であることがわかるようなときに限つてでなければできない意味で、非常に絞りをかけてありまして、本文で明らかな場合と言つております。ほかに又三号の後段になりますと、そこでもう一遍「影響ヲ及ボサザルコト明ナル法令ノ違背ヲ理由トスルモノナルトキ」と言つておりますので、特に当事者を便宜呼び出して審議するということすらもいたさないでやる手続で、上告書類だけを見る、原判決をとつて照り合して見る、それからあと送達報告書などで期間を調べるというふうなことしかしないでいたします決定でありますから、もう一見明瞭な場合でなければやり得ないことでありますから、その心配はないと思いますし、私ども長年裁判所で仕事をやつております経験上は、割りに裁判をいたしますときには、こういうものの適用範囲は狭くしがちのものでありまするし、殊に仮に原裁判所で各号に該当するというような客観的な場合であるにかかわらず、事件を上告裁判所へ送りましても、上告裁判所でなお同じような理由のありますときには、次の三百九十九条の三で、上告裁判所は口頭弁論を経ずして判決を以て上告を却下することになりますので、先ほども申しましたが、少しでも不明瞭だというときには、これは上告裁判所で却下してもらおうという気分になるのがこれは普通であります。原裁判所自体がやりましても倒懸念のないことは、丁度原裁判所自体が更正決定をなし得ると同じように考えられるのだろうと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/82
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083・一松定吉
○一松定吉君 それは意見の相違ですから……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/83
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084・斎藤直一
○参考人(斎藤直一君) 先ほど申しましたことについて、或いは亀田さんのお聞き取り頂きましたるうちに誤解があるといけませんから、ちよつともう一度補足さして頂きたいと思います。先ほど原裁判所でこの程度の上告審的な事務をやることになるという前提で申しましたうちで、書記官のほうで過渡的には或いは手続上のことで慣れんかも知れんから、一時そういう事務に慣れた者との交代ということを申しましたが、それは全く実質に触れません、書記官として形式的にいたしますところの送達でありますとか、通知でありますとか、呼び出しというようなことだけに限られまして、こういう上告状が出たときに主体調査をするなんていうことには全然触れる問題じやないのでございますから、その点誤解を頂かないように申上げておきます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/84
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085・羽仁五郎
○羽仁五郎君 おニ方に伺いたいと思うのですが、或いは失礼なことを伺うというように思召になればお答えを頂かんでもよろしいのでありますが、裁判官をしていらつしやいまして、裁判の判決というものは一体にどの程度まで正しいものであろうか、どの程度まで誤りがあるものであろうかというようにお考えでございましようか。甚だ失礼なことを伺うようですけれども、実は失礼の意味ではないのでありまして、明治の初年に長く裁判官をやつておられた方の感想というものが述べられたのを拝見しましたときに、それはなかなか尊敬せられていた裁判官のようでありますが、どうも裁判の判決というものは半ば近く誤りがあるのではないかというような感想を洩らしておられたということを拝見したのでありますが、これは、その方の特に主観的な御判断であるのか、それとも一般にそういうふうに考えられてよろしいものであろうか、その点についてお教えを頂きたいと思うのですが、如何でございましようか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/85
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086・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 非常にむずかしいお尋ねなんでございますが、自分だけについて考えてみますと、一般的なことは申上げられません。一審、二審を経て来た裁判が最高へ参りまして、非常に明瞭なものは別といたしまして、非常に複雑な困難な問題については相当に悩むわけであります。そういう問題は一度に会議をしても片付きませんで、何度も何度も会議をしてやる。そうしてその上で結局どちらかにきまる。それからこういうことをもう少し調べなければこういう結論は出ないというようなときは、原審に差し戻すというような態度でおりますので、私が見た限りにおきましては、これはとにかく正しく判断をしたもので、そう誤りはないのじやないか、こういうふうに考えるので、それ以上はまあ神様でないからという弁解を申上げるはかないのであります。それでも或いは誤りがあるかも知れんという懸念はどつかにひそむわけでありますが、併し自分としてはそういう懸念を生じないところまで、ほかの皆さんもそうだろうと思いますが、そういうところまで、各所を叩いた上で判断に到達するというのでありまするから、つまり良心的にさつぱりするところまで来ませんと、到底最後の判断に到達いたしませんですから、そういう意味において、先ず自分は主観的にはそう誤りはないつもりで判断をしておる。こういう程度のお答えを申上げておきます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/86
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087・斎藤直一
○参考人(斎藤直一君) 只今小林裁判官からお話の点と全く同じ見解を持つておりまするが、もう少し迎つた方面からお答え申し上げてみますと、裁判は、民事の裁判は、当事者が争つております事実をきめまして、それからそれに法律上の判断を下して参りまするから、法律上の判断の点では、これはもう確かに確信を持つてこれが正しいと思う判断をして行くわけでありますけれども、これには見解の相違もございまするから、上級の裁判所へ行つて敗れることもありますので、法律上の解釈について、或いはあとで上級裁判所の判断のありました結果、やはりあの裁判をやつたときの解釈は間違つていたと感ずることすらございます。
今度は事実の認定でございまするが、これは必ず或る客観的の事実は存在するに相違ないわけでありますけれども、これはやはり人間でございまするし、又客観的な事実をつかまえる材料によつてつかまえて行かなければなりませんので、この材料は、今の訴訟の形では、当事者のほうで法廷へ持出しました材料だけで判断しなければならない建前になつております。材料を持出してくれなければ、判断のしようがありませんですから、結果から言つて、ほかの第三者で客観的の事実を、裁判所が認定いたしました事実と違つたことを確実によく知つておられる方から見ますと、あの裁判は間違つていたと批評されることがあるかも知れません。これは裁判官といたしましても、良心上ちつとも今の制度の下で恥かしくもやましくも何ともないと思つておりますし、例えて言いますと、金を貸したから返してくれという請求に対しまして、返したのだということを主張いたしますと、裁判所は今度はその方の両方の言いますことに束縛されまして、返還したかどうかという点だけを判断いたしますので、そのときに返したという証拠が何もありませんで、逆に貸したほうから、この通りまだ借用証があると言つて出して参りますると、仮にそれがどこかにそういう事実を客観的に知つておる人がありまして、あれはたまたま借用証ないとか何とか言つて返してもらわなかつたのだ、実際は返したんだと青いましても、それを証明する人でも出て来ません限り、裁判所としては、まだ返済がないのだとして裁判して、それが正しい裁判だとやつて行くよりほかし方がないものですから、意味のとりようによりまして、裁判官としても正しい裁判をしておるという確信は必ずしもないのでありますけれども、ほかから客客観的に見たときに、あの裁判は違つておるという批評が出て来ないでもない。これは止むを得ない。そういう制度でございますから……。お答えにたるかどうか、そんなふうに……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/87
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088・羽仁五郎
○羽仁五郎君 もう一つ伺いたいのは、先ほど小林裁判官のお述べ下すつた中に、民事訴訟法の改正のことについて、現状のいろいろの差支ということから、或いは今ここで問題になつておりますような、こういう姑息な改正というようなお言葉があつたように思いますのですが、若し現在の改正というものは姑息なものだというふうにお考えであるとすれば、姑息でない、最も根本的な方法として、そうして実現の可能性のある方法として、何かお考えがおありでございましたならばお教えを順いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/88
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089・小林俊三
○参考人(小林俊三君) いや、先ほど申上げましたのは、そういう意見の方があると申上げたのでございます。ですが、私はそう思わないのでございます。それで、そういう御意見の方は民事特例法をもつと延ばして頂いて、そうしてもつと落ちついて改正を全面的に考えたらいいじやないか、こういう御意見のようです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/89
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090・亀田得治
○亀田得治君 今日の議題と少しそれるのですが、こういう機会にちよつとお聞きしたいのですが、現在の規定で行きますと、憲法違反の虞れがある法令の審査を最高裁に求める、こういうことは第一審として受付けてもらうということができない、こういう状態になつておりますね。憲法の精神から言うならば、新らしい最高裁の性格任務から言つて、それができるのが私ども本当じやないか、こう思つておるのです。そういう立場がはつきり出て来るのであれば、憲法なり或いは重要な法令の違背、そういつたようなものが最高裁に集中して行く、仕事が……。それ以外のことはもう高等裁判所までの段階でけりをつける、こういうふうな行き方も私非常に意味があると思います。ところが、現在ではそうじやなしに、非常に中途半端な、これは刑事関係などではもつと上告が多いのですね。事実誤認の問題なんかでも例外的に入つて来ますね。そういう意味で、最高裁の構成というものは一体今後どういうふうに進んで行こうとしておるのか、非常にあいまいだと思うのです。そういう点がはつきりして来れば、どちらの方向でも私は意味があると思うのですが、それがはつきりして来れば、来ればと言いますか、それをはつきりさせることがやはりこういう部分的な一応の改正をやつて行く際にも必要なことじやないか、こう思つておるのです。恐らくその点は最高裁の判事さんたちもお考えになつておると思うのですが、終局的に一体どういうふうに機構というものをお考えになつておるのですか。殊に憲法違背の法令の審査を第一審として初めからやる、そういう具体的な紛争、事件が起きなくても、国会が憲法違背の虞れのあるものを可決した、誰かがそれを最高裁に持出せばそれを審査してやる、そういうところまで一体進む気なのかどうか。そういうふうになつて、むしろ細かい事実関係なんか整理して、私は或る意味でいろいろ工夫をして積極的に協力すべきだと思いますが、そこいらのことを少し御説明を願いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/90
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091・小林俊三
○参考人(小林俊三君) 只今の御意見は、これは私としてはちよつとお答えしにくいと思うのです。なぜなれば、これは日本の国民がどういうふうに持つて行こうかというお考えできまることで、特に国会においておきめ下さる方向なんでありまして、最高裁判所の裁判官の中でも、これはその点については各自めいめい違うのであろうと思います。いろいろな意見を持たれるだろうと思います。現在は御承知のように日本の最高裁判所は違憲審査権を持つているけれども、それは係争に関連して取扱うものだ、外国の或るところであるように、最高裁が直接法令違背の訴えそのものを審理する制度になつておりませんので、紛争、権利を侵害されたり、或いは法律関係に争いがあることに関連したその法令が憲法に違背するや否やを第一審から始める、こういう解釈をとつております。いずれがいいかということは、今私は申上げても、これは個人の意見に過ぎませんし、私自身としてはもう少し考えてみないと申上げられないと思いますが、最高裁の今の解釈としましては、前に判例も出ているし、そういう次第であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/91
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092・郡祐一
○委員長(郡祐一君) 他に御質疑はございませんか。
それでは参考人のお二方に御挨拶を申上げます。本日は長時間に亘りまして有益な且つ貴重御意見の陳述を得、又適切な質疑の御応答を得まして、本委員会としては誠に得るところ多大でございました。厚くお礼を申上げます。
本日はこれを以て散会いたします。
午後四時四十九分散会発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/101915206X01619540408/92
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