1. 会議録本文
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000・会議録情報
昭和三十七年三月二十三日(金曜日)
午前十一時九分開議
出席委員
委員長 加藤常太郎君
理事 青木 正君 理事 篠田 弘作君
理事 竹山祐太郎君 理事 丹羽喬四郎君
理事 島上善五郎君 理事 畑 和君
荒舩清十郎君 薩摩 雄次君
首藤 新八君 田中 榮一君
中垣 國男君 福永 一臣君
太田 一夫君 坪野 米男君
堀 雄昌君 山中日露史君
井堀 繁男君
出席国務大臣
自 治 大 臣 安井 謙君
出席政府委員
警 視 監
(警察庁刑事局
長) 新井 裕君
自治事務官
(選挙局長) 松村 清之君
委員外の出席者
検 事
(刑事局参事
官) 海治 立憲君
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三月二十二日
連座制強化に関する請願(久保田鶴松君紹介)
(第二七五〇号)
同(門司亮君紹介)(第二八四九号)
選挙違反者の罰則強化に関する請願(久保田鶴
松君紹介)(第二七五一号)
同(門司亮君紹介)(第二八五〇号)
選挙区別人口と議員定数の不均衡是正に関する
請願(久保田鶴松君紹介)(第二七五二号)
同(門司亮君紹介)(第二八五一号)
会社、労働組合等からの政治献金禁止に関する
請願(門司亮君紹介)(第二九一八号)
は本委員会に付託された。
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本日の会議に付した案件
公職選挙法等の一部を改正する法律案(内閣提
出第一〇八号)
国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法
律の一部を改正する法律案(内閣提出第一〇九
号)
————◇—————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/0
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001・加藤常太郎
○加藤委員長 これより会議を開きます。
公職選挙法等の一部を改正する法律案、及び国会議員の選挙等の執行経費の基準に関する法律の一部を改正する法律案を一括議題といたします。
右両案並びに島上善五郎君外二名提出の修正案につき、一括して質疑を行ないます。質疑の通告がありますので、順次これを許します。坪野米男君。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/1
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002・坪野米男
○坪野委員 公職選挙法の改正法案に関連して、大臣がお見えになりませんが、選挙局長でけっこうです。最初に、沖繩住民——沖繩に居住している日本人の選挙権の問題についてお尋ねをしたいと思います。
御承知のように、沖繩は固有の日本領土であるということは言うまでもありませんし、最近アメリカのケネディ大統領が日本の領土であるということを再度確認したということもありまして、沖繩が日本の領土であるということは言うまでもありません。従って、そこに居住する住民が日本人であるということもまた当然のことであろうと思うわけでありますが、この沖繩に居住する日本人が、日本国憲法の適用を受ける人間であるかどうか、日本国憲法が沖繩にいる日本人に適用されているかどうかという点について、選挙局長の見解を最初に聞きたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/2
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003・松村清之
○松村(清)政府委員 日本の憲法の効力は、潜在的には沖繩にも及んでおります。いわゆる潜在的主権といわれておるゆえんでございます。ただ、平和条約第三条に基づきまして、行政、立法、司法のすべての統治権をアメリカが行使しておりますから、現実にはその制限を受けております。そういう状況だと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/3
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004・坪野米男
○坪野委員 もちろん、そういう法的地位にあるだろうと理解するわけでありますが、日本人が国外にあっても日本国憲法の適用を受けておる。日本人である限りにおいては、日本国憲法の保障する基本的人権を享受する、また、国政参加の権利も保有しているわけでありまして、沖繩という特殊な地域における日本人も、同様に日本国憲法の適用を受けておると理解すべきだろう。もちろん、そこの住民に対して行政権その他の施政権を行使するということは、現実に不可能であることは言うまでもないことであるわけであります。そこで、沖繩におる日本人が、憲法に保障された国政参加権、あるいは公職選挙法にいう選挙権、被選挙権があると解することができるか、あるいは公職選挙法にいう選挙権は与えられておらないというように解釈すべきかという点についての御意見を承りたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/4
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005・松村清之
○松村(清)政府委員 これは公職選挙法の規定から申しまして、選挙権と被選挙権と二つを分けて考えなければならないかと思います。被選挙権に関しましては、日本国民でありまするならば、年令等の要件はございますけれども、各選挙を通じまして、年令の要件を満たしておりまするならば、日本国民であれば被選挙権があると言えると思いますが、選挙権の方は、国の選挙でございまするならば選挙権はありますけれども、地方議会の議員の選挙権となりますると、住所の要件のようなものが付加されてきます。また、国の選挙に選挙権を持っておりましても、三カ月以来同一市町村に住所を続けて持っておりませんと、選挙人名籍に登録されませんから、選挙権を行使できない、こういうことになりますので、現実には沖繩の人は選挙権は持てない。被選挙権の方はあるけれども、選挙権の方は行使できない、こういうような関係になろうかと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/5
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006・坪野米男
○坪野委員 現行の公職選挙法では、沖繩住民が選挙権を行使する道はもちろん封じられているようであります。被選挙権については今局長の説明された通りであろうと思うわけでありますが、私は、沖繩住民が日本人であり、日本国憲法にいう国政参加の権利が与えらるべきであるといたしますならば、この沖繩住民に対して、何らかの措置を講じて公職選挙法を適用する方法を講ずる必要があるのではないか、被選挙権だけでなしに、選挙権行使の方法についても何らかの方法を講ずる必要があるのではないかと考えるわけでありますが、そういう沖繩住民に選挙権、被選挙権を現実に行使せしめるような具体的措置について、政府として検討されたことがあるかどうか、その点を伺いたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/6
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007・松村清之
○松村(清)政府委員 この問題はここ一年ばかり問題になっておる事柄でございまして、私どもも検討はいたしております。この問題は、結局、公職選挙法を沖繩の地域に適用することにいたしまして、そして沖繩にも、別表の改正によって衆議院の定数を割り当てる、こういう措置を法律的にとればできるわけでございます。しかし、この前提といたしましては、何分にも、先ほど申しましたように、日本の法律が沖繩に適用されていないことになっておりますので、この辺のことを対外的に解決することが前提でございまして、対外交渉の結果そういうことが認められるならば、法律を改正することは可能な問題でございますので、さような経過をたどって今日に至っておるような次第でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/7
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008・坪野米男
○坪野委員 ちょうど自治大臣もお見えになったようですが、沖繩に住んでおる日本人の選挙権、被選挙権の問題について、今政府の見解をただしておったわけであります。御承知のように、去る二月十三日に沖繩の立法院で決議がなされた。全会一致の決議で、日本国民として保有すべき国政参加の権利を認め、公選法その他の関係法規を整備して、沖繩住民代表を日本国会に参加させる措置を要請するという趣旨の決議であります。このように、沖繩立法院で、沖繩住民の意思として、国政参加の道を講じてほしいという要請が出されておるわけでありますが、日本政府においても、アメリカとの対外的な関係その他の考慮もあろうかと思いますけれども、潜在主権がある、日本の領土であり、その住民は日本人であるとすれば、当然日本国憲法の適用をして差しつかえないと思うわけでありまして、少なくとも日本の国内法で、現実にそれが沖繩の住民に適用して行使できるかどうかは別といたしまして、日本の国内法を整備して沖繩住民が国政に参加できるような措置を立法的に講じておいても何ら支障はなかろう、アメリカに対する気がねその他の配慮が必要だということであればともかくでありますけれども、私は日本の国内法でそのような措置を講ずることは何ら差しつかえないと思うわけでありまして、この沖繩住民の要望にこたえて、公選法その他の関係法規を整備して、住民代表を少なくともオブザーバーという形ででも日本の国会に参加せしめるような措置が必要ではないかと考えるわけでありますが、この立法院決議について政府として検討されたかどうか、検討されたならば、どのような立場をとっておられるか、その政府の立場をお聞きしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/8
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009・安井謙
○安井国務大臣 沖繩の日本国政に対する参加の問題につきましては、その御希望があるといったような点につきましてはかねがね承ってもおります。いろいろ検討もしておるわけでございます。今選挙局長からあるいは答弁いたしたかもしれませんが、この沖繩に住んでおられる方でも、日本の国籍法の適用を受けておられれば、これは日本での選挙は当然自由になるという建前になっております。それからオブザーバーその他の関係につきましては、これは単に機械的に公職選挙法だけの問題で片づくまいと思います。いろいろな関係もございます。また国会の御意思そのものもありまして、また性格によっては国会法だけで片づく問題でもあろうかと思っておりまして、この点についてはまだ明確な結論を得ていないのが現状でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/9
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010・坪野米男
○坪野委員 そういたしますと、この立法院の決議について政府としては検討中であるというように伺っていいかと思うのでありますが、ぜひこの住民の意思を尊重して、国政参加の道を講ずるような措置を政府として十分検討していただきたいということを要望しておきます。
それでは次の質問に移ります。
現行の公職選挙法は昭和二十五年に施行されたわけでありますが、いわゆる選挙民の自由に表明せる意思によって公明かつ適正に選挙が行なわれることを確保するための規定だということになっておるわけであります。そして第六条に、この選挙法規、選挙の方法、あるいは選挙違反その他選挙に関する事項を選挙人に周知させなければならないという規定もあるわけであります。ところが、この公職選挙法という規定は、非常に難解な、複雑な規定でありまして、われわれ法律の専門家でも読んで簡単に理解ができない。いわんや、選挙運動をやる一般の国民——政治家を含めての法律の専門家でない一般の国民にとって、きわめて難解な法律だということを痛感しているわけであります。この選挙法の、特に選挙運動の制限規定に関する規定についての解明の周知徹底方を、選挙局あるいは選挙管理委員会としてはどのようにやっておられるかということを簡単にお尋ねしておきます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/10
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011・安井謙
○安井国務大臣 かねがね、この選挙法につきまして、どうも末端での解釈上多少疑問になったり解釈の相違があるということは私ども承知いたしておりまして、でき得る限りこれを明らかにしたいということで、選挙管理委員会等を通じて解明すべく努力はいたしております。ことに、今回の法律案によりましていろいろな制度も変わってくるわけでありますから、今後も二つできるだけ具体的に明確に、こういうケースは違反であるとか、ないとかいったようなものを列挙いたしまして、管理委員会あるいはその他民間団体、機関を通じて周知徹底していただくように大いに努力したいと思い、そういう関係の予算も特に計上をいたしておるわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/11
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012・坪野米男
○坪野委員 この選挙法の解釈について、自治省当局の解釈あるいは警察、検察庁当局の解釈、この法運用の面で取り締まり当局と、それから選挙を所着しておられる自治省関係の解釈との間に相当違いがあるのではないかということを感ずるわけでありますが、私は、この公職選挙法の精神は、選挙運動というものは元来自由であるべきなんだ、選挙運動に限らず、政治活動、言論活動は自由が原則であるのだ、ただ、選挙の公明かつ適正と申しますか、過当競争を制限するという意味で最小必要限度の規制を加えたものが選挙運動の制限規定だ、そうあるべきだというように理解しておるわけでありますが、どうも警察や検察庁の、この法の取り締まり面の運用を担当しておられる当局の考え方は、戦前の衆議院議員選挙取締法ですか、戦前の選挙法規の解釈から一歩も出ておらないのではないか。新憲法下における言論の自由あるいは政治活動の自由という原則をむしろ忘れて、この選挙法規を拡大解釈して、できるだけ広く解釈して網を打とう、違反に問おうという傾向が、解釈、運用の面で出てきておると思うわけであります。
私は具体的に最初にお尋ねしたいことは、この公職選挙法の中に、選挙運動という言葉がたびたび出て参りますけれども、選挙運動という言葉の定義が明らかになっておらない。従って、事前の選挙運動あるいは事前の政治活動、あるいは事前の立候補準備行為といった言葉がございますが、その基本になる選挙運動とは何ぞやということが定義づけをされておらない。判例その他で非常に広く解釈されておるようであります。私は非常に不当に広く解釈されておると考えているわけですが、自治省当局で、この公職選挙法にいう選挙運動というものをどのように定義づけをされておるかということを
お尋ねしたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/12
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013・松村清之
○松村(清)政府委員 選挙運動の定義といたしましては、特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として投票を得または得させるために、直接または間接に必要かつ有利な行為、こういうふうに一応定義づけております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/13
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014・坪野米男
○坪野委員 そういう定義は、戦前の大審院の判例以来大体一貫した解釈のように私も理解しているわけでありますけれども、現実に告示前のいわゆる事前の選挙運動と、日常に行なわておる政治活動、特に政党の政治活動、これは当然自由であるべきでありますけれども、その限界が、現実の問題として警察あるいは検察庁当局のこの法運用の面で非常に拡大解釈されてきておる。政党の日常活動は即選挙運動であり、選挙活動であるべきであります。また、特定の選挙を目ざして特定の複数の候補者を政党が公認して、その候補者の当選を期して政治活動をやる、あるいはその候補者に票を獲得するためのあらゆる政治活動をやるわけであります。主としては言論活動でありましょうけれども、その他、大衆活動その他の政治活動をやって選挙に勝つ運動をやるわけでありますが、そういう場合に、その今の抽象的な——特定な選挙において特定の候補者を当選せしめる目的、あるいは落選せしめる目的をもってする一切の行為云々、非常に抽象的でありかつ広範な概念規定では、政党の日常の政治活動あるいは個々の立候補者の政治家としての日常政治活動と、いわゆる事前の選挙運動というものの限界が、現実にどこで線を引いたらいいかということになると、これはきわめて困難な問題ではないかと思うわけでありますが、その点について、法務省なり警察庁当局では、この事前運動と、いわゆる政治活動との限界を具体的にどのように理解しておられるかということを参考に伺っておきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/14
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015・新井裕
○新井政府委員 御指摘のように、私どもも、公職選挙法に、選挙運動とは何をさすとかいうことがございませんために、非常に解釈に困難を感じております。従いまして、御指摘の、政治活動と選挙運動はどこが違うか、こういうことになりますと、社会的に言えば私はおそらく全く同じであろうと思います。ただ、今選挙局長からお話がありましたように、特定の選挙というものがあり、特定の候補者というものがわかるような運動になれば、選挙の事前運動である、そうでなく、選挙を目ざさないで政治的な所見を表明して政治的な啓蒙をしているということであれば、政治活動である、こういうふうに抽象的に理解するよりほかございません。個々の事例につきましては、そのたびにわれわれは非常に困難をして判定いたしております。それから、先ほどお言葉の中にありましたけれども、私どもは別に公職選挙法を拡大して解釈しようとは全く思っておらないのでありますが、公職選挙法という法律の各条文をごらんになりますとおわかりになりますように、きわめて一般的な事前運動の禁止という大ざっぱな規定があるかと思いますと、ポスターはこういう型で、こういう枚数だというように、非常にはっきりしたものがございまして、これが突きまざりますと、個々の事例については、われわれが見ても非常識だと思わざるを得ないような解釈をしなければならないような、そういう機構、仕組みになっておおりまして、私がもし個人的な意見を許されるならば、公職選挙法というものは、こんな長たらしい法律である必要はないと思います。ことに、言論、文書をもって戦うのは当然ということでありながら、ポスターの枚数を制限したり、演説会の回数を制限しておるということは、私どもは取り締まりをするたびごとに非常に苦痛を感じておるのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/15
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016・坪野米男
○坪野委員 ただいまの見解は私も同感でありまして、大体この公職選挙法が施行された当時、アメリカの進歩的な日刊紙といわれておりますが、クリスチャン・サイエンス・モニターでしたかの社説に載っておった、日本の公職選挙法は憲法違反の疑いがあるというような論説を、私、翻訳してもらって読んだことがあるわけでありますが、私も、公選法が施行された当時から、今の言論の自由に対する必要以上の制限規定がずいぶんたくさんある、演説会の回数制限その他、非常に必要以上に言論の自由を制限する規定があって、はたして憲法上どうかという疑義を感じてきたわけであります、もちろん、今回の改正法案は、当座の最小限必要な改正という答申の線に沿った改正案ではありますけれども、私は、根本的にこの公職選挙法の建前を検討する必要があると思う。その一つは、今言ったような悪質な買収犯その他の選挙犯罪に対しては、きびしい態度をもって臨む必要があろうかと思うわけでありますけれども、一方、口頭によろうと、あるいは文書戦によろうと、そういった言論活動による運動の規制は、できれば廃止すべきではないか、少なくとも最小必要限度にとどめるべきだという意見を持っておるわけであります。特に事前運動の制限規定のごときは、これは全く無用有害の規定だと思うわけであります。抽象的に先ほど説明されたけれども、現実にこの法を運用するのは、やはり取り締まりの面では警察なり検察当局であります。そして、なるほど、一年、二年と選挙の前に行なわれる政治活動、こういった場合は、特定選挙を指向しているかどうかという点で疑わしい場合もありますけれども、政党の日常活動は選挙に直結しているわけであります。立候補の直前まで政党は政治活動をやるわけでございまして、特定選挙に特定の候補者を当選せしめることが政党の日常活動である。これが制限を受けるということは許されるべきではないと思うわけでありまして、それが、候補者みずから、一票入れて下さいと言うような最も直接的な選挙運動、事前運動をやる場合ははっきりしておりますけれども、そうでなしに、運動員が特定の候補者を当選せしめるためのあらゆる選挙活動あるいは政治活動というものと、この法で禁止しておる事前運動との限界はきわめてあいまいになってくるわけでありまして、私は、そういう意味で事前運動の規定は根本的に廃止すべきだという考えを持っているわけであります。今回の答申に基づいて出された改正案でありますけれども、事前運動における演説会の回数を百回限り許すといいながら、非常に事こまかに制限規定を設けておられるわけであります。これは答申の精神に基づいて自治省なり法務省当局が立案する際の立法技術が技常に拙劣ではないかと私は考えるわけですが、非常に難解であると同時に、非常に取り締まり法規的な法案になっているわけであります。事前の個人演説会場でポスターを無制限に張ることが許されておる。しかしながら、告示がなされる前にはそれを撤去しなければならない。撤去しなければ刑罰に処せられる。ところが、ポスターというものは、当然多数掲示するわけでありますから、責任者が一人で張るわけじゃない。労務者あるいは運動員を使ってポスターを掲示せしめるわけでありますから、どこへ張ってきたかわからない。すべての選挙区域にわたって、一枚残らずそのポスターをまた運動員を使いあるいは労務者を使って撤去せしめなければならない。せしめなかったならば刑罰に処せられる。こういう、不可能をしいるような規定がなされているわけでありますけれども、そういうことではたしてポスターを掲示して事前の選挙運動ができるかどうか、私はきわめて疑問だと思うわけであります。また、この規定を裏返して言いますと、事前の街頭演説の規定がないからこれは許されないのではないかという反対解釈も出てくる。では、一体根本にさかのぼって、事前の政治活動が自由であるべきだという建前であれば、百回とか六十回とかいう回数制限をするまでもなく、街頭であろうと会場であろうと自由であるべきだということになるわけでありますが、こういう、百回に限って事前の演説会ができるのだという規定を設けることによって、選挙期間中の選挙運動の必要限度の規制、これが公職選挙法の本来の法の建前であろうと思うのでありますが、事前においても非常にきびしい運動の規制をされておる。憲法の精神なり法の精神から遠ざかるような印象を与えるのではないかという意味で、事前運動の公認、事前の演説会場の公認の規定というものは非常に疑問がある。むしろ、こういう規定がない方が、事前の活動が現行法の規定のもとにおいても自由なのです。事前の活動は原則として自由なんだという建前に合致するのではないかと思うのでありますが、事前の演説会場の回数を百回に限り、しかもポスターその他について罰則まで設けておるというような点について、私が今指摘したことをどのようにお考えになっているか、大臣あるいは選挙局長から御答弁願いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/16
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017・安井謙
○安井国務大臣 お話の通りに、政治活動というものはでき得る限り自由に言論、文書によってできることが好ましいと思います。また、選挙運動自体も、できる限り窮屈な感じでなく明朗にやられるように、選挙法も考えられなければなりませんし、またそういうふうに運営さるべきものであると私どもも考えております。今度も、そういうような意味におきまして、政党の選挙活動というものにつきましては、相当制限のワクを広げまして、かなり自由にやり得るというふうにいろいろ法の改正も考えておるつもりでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/17
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018・坪野米男
○坪野委員 比較的に現行法よりも自由になったという考え方では、この法の精神は生かされておらない。私は、むしろ逆に、禁止された事前運動というものをもう少し明確にして、こういった行為はいけないのだ、過当な、いわゆる必要以上の金のかがる不当な事前運動になるからというような意味で事前運動を規制する必要があれば、制限的にむしろ規定を設けて取り締まりをするという方が本筋であって、一般的に事前運動は許されないのだという建前のもとに、これだけはできる、だからこの点だけ運動が自由になったんだという改正の方向は、必ずしも憲法なり公職選挙法の精神に沿った改正とは理解できないと私は考えるわけですが、この点についてはこの程度にして、次の問題についてお尋ねしたいと思うわけであります。
最初に私も申し上げたように、悪質な買収行為その他の選挙運動に対してはきびしく規制をする必要がある、特に今度の答申案の中に出て参りました、悪質買収犯に対して連座制を強化すべきだという答申がなされ、それに対して政府の本改正案は大幅にこれが後退をして、いわば骨抜きになっておるということは、同僚委員からも指摘をされたところでありますが、その点について大臣に一つお尋ねしたいと思うのは、去る三月十四日に最高裁判所の大法廷で、連座制の規定が合憲だという判決が下ったわけであります。これは、もちろん、総括主宰者の買収犯罪に対して当然当選無効になるという趣旨の規定が憲法違反でないという判決が下されたわけでありますが、政府としてこの最高裁判所の判決を尊重される意思があるかどうかという点を最初にお尋ねしたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/18
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019・安井謙
○安井国務大臣 この判決は、当然現行のもとにおける連座制の合憲性を認めたものであると思っておりますし、また、この判決自身は十分尊重しなければならぬと考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/19
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020・坪野米男
○坪野委員 最高裁の判決でありますから、当然尊重する義務がある、また当然尊重すべきであると思うわけでありますが、政府の今回の改正案では、答申の線から相当大幅に後退をしてしぼりをかけられたわけでありますけれども、自民党議員の中には、連座制自体が憲法違反の疑いがある、こういう論をなす者があり、その理由として、罪九族に及ぶ封建思想の現われだ、こういうことを言っているわけでありますけれども、罪九族に及ぶ連座制の規定とは、本人の行為が、親族、九族にまでその責任が及ぶという——もちろん、刑事罰についてのことで、そういう趣旨でありますが、この総括主宰者あるいは出納責任者あるいは親族の連座規定はその逆でありまして、親族なりあるいは総括主宰者の行為によって、その行為の結果が候補者本人に及んでくる、しかもその当選を失うという意味の一種の社会的制裁でありますけれども、封建思想にいう罪九族に及ぶという連座思想はその逆で、本人の行為が何ら責任のない親族に累を及ぼすということじゃないか。この場合は、本人のために選挙運動をする、しかも悪質な買収その他の悪質な犯罪、選挙違反を犯して、その効果が本人の当落に及んでくるということでありますから、私は、この連座規定というものは、悪質な選挙違反を押えよう、防止しようという目的からいえば、きわめて合理的な規定だ。もちろん、不当にこれが拡大されるということについては警戒をしなければなりませんが、この連座制の規定そのものは合理的な制度だと考えるわけであります。この点について大臣はどのようにお考えになりますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/20
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021・安井謙
○安井国務大臣 悪質な違反ということにつきまして、私はいろいろな段階があると思います。違反そのものは本来悪質であるとも言えるでございましょうし、これにはいろいろな段階があるので、それを親族だけに、いわゆる質のよくないといわれる違反であれば、特別にほかの人より格別な扱いをしてそれを連座の対象にみな持っていくという考え方には、私ども、非常に無理がいく危険があるんじゃないか、そういう趣旨から、相当なしぼりをかけて、あまり行き過ぎのないようにというふうな配慮をいたしておるわけであります。罪九族云々の問題は、これは考え方でございまして、こういう親族だけを特別に取り上げてそういった対象にするということ自身に——思想的にそういうものがあるというお考えかもしれませんが、これに対する批判については私どもは差し控えたいと思っておるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/21
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022・坪野米男
○坪野委員 親族連座の規定について相当しぼりがありますけれども、候補者と意思を通じて選挙運動した親族というものでありますが、この規定の意味は、候補者と意思を通じて買収をしたという必要はないであろう、要するに、本人に頼まれて、あるいはみずから買って出て、本人の了承を得てと申しますか、その親族が本人のために選挙運動をしておるということで、本人が承知をしておればそれでよいわけで、あとはその家族が悪質な買収行為をやるという場合に連座に触れる、そのように解釈すべきだろうと思うのですが、そう解釈いたしますと、その程度のしぼりで十分であって、特に、同居の親族というようにこれを限定するのはしぼり過ぎではないか。骨抜きになったというわれわれの批判は、まさにそういう点にもあるわけでありまして、私は、意思を通じてという、本人との意思の通謀といいますか、意思が通じておればそれで十分ではないかと考えておるわけですが、この点について政府案はしぼりがかかり過ぎて、事実上骨抜きにされておるという感は、これをぬぐい去ることができないと思うわけです。
そこで私は、もう一つさらに進んで、この連座規定が当然失格となるのでなしに、検察官の訴えを待って、しかもその訴訟の判決の確定を待って失格するということではなおさらこれは骨抜きになって、結局その選挙期間中にケリがつかない、次の選挙にまた立候補できるというような例が幾らもあるわけでありまして、本人がみずから選挙違反に問われて罰金以上の刑に処せられる、あるいはそのために選挙権、被選挙権を失う、公民権を失うという場合であれば、判決が確定した後に立候補できないということになりますけれども、総括主宰者やあるいは同居の親族などが買収で違反に問われる、そうしてその当選が無効になるといたしましても、任期が満了してしまった後、当選の無効ということは全くナンセンスでありまして、次の選挙に対する立候補制限というものが何らないわけでありますから、これは完全に骨抜きだと思うわけです。そこで私は、連座者の有罪判決が確定したときに当選無効となるという現行法からさらに一歩進めた、社会党の修正案がそれでありますが、そのような当然失格になるという規定を設けても、これは何ら本人が裁判を受ける権利を剥奪するというような理由でもって憲法違反の疑義は生じないものだと考えるわけであります。と申しますのは、その候補者と意思を通じて選挙運動をやって違反に問われる、その刑事裁判で、当然候補者と意思を通じたかどうかという点が審判の対象になるわけでありますから、候補者が証人その他の関係でその訴訟に参加するということは当然あり得るわけで、また一方、おとり罪を罰する規定もありまして、本人を陥れるために買収等をやったというような場合には、その候補者から告発、告訴等によってその当然失格の規定を免れる道も開かれておるわけであります。また、親族の連座規定についても、そのようなおとり罪の規定を補充すれば事足りるわけでありまして、私は、そういう意味で、当然失格とするというように規定を改めても、何ら憲法上の疑義は生じないと考えるわけですが、その点について自治大臣の御見解を伺っておきたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/22
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023・安井謙
○安井国務大臣 今度の場合、おとりによるという場合に免責になるということは、その条項からは削除されておるわけでもございまして、やはり失格という問題は、選挙された人にとってはほんとうに死命を制する問題でございます。また、法律上からも、何人も裁判を受けなくてそういった資格の剥奪等をやられることはできないという規定も一般に憲法にもあるわけでございまして、これは、取り扱いをやっておられる法律の専門家の大方の御意見は、当然この手続はとるべきものであるという強い御意見もあったわけでありまして、それを取り入れて本法のようにいたしたわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/23
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024・坪野米男
○坪野委員 ただいまの大臣の答弁に私は承服できません。当然失格とするような法の建前にして何ら憲法上の疑義は生じないし、またそうしなければ、せっかく設けた連座制の規定あるいは悪質買収犯を押えるという実効をおさめる改正にはならないと考えるわけでありまして、大臣の答弁には私は同意するわけにいきません。しかし、時間の関係でもう一点だけお尋ねします。
今度の改正案では、買収犯罪に対する連座制の強化その他だけでなしに、一般の選挙違反全般に通じて禁固以上の刑に処せられた場合に、執行猶予中は選挙権、被選挙権を停止するというように改正されることになっておるようでございますけれども、私が最初に申したように、現行の公職選挙法は、違憲の疑いがあるほど必要以上の制限規定を設けておる。そういった形式犯に対しても、罰金刑だけでなしに、禁固刑の刑罰まで設けられておるわけでありますが、最近の傾向を見ますと、公明選挙運動が相当徹底してきたと申しますか、選挙違反は、悪質であろうと、あるいは形式犯であろうと、すべて憎むべきだという考え方から、形式犯についても、略式で、しかも選挙権、被選挙権は剥奪される場合が多くなって参りました。また、起訴されて執行猶予にはなっておりますけれども、形式犯でやはり禁固刑の処罰を受ける例が非常に多くなってきておる。こういう、法の取り締まりが非常にきびしい、必要以上にきびしい不合理な規定である一方、法の運用では、禁固刑の執行猶予という判決例が相当多くなってきておるわけであります。そういう意味で、私は、ただ刑罰を強化するというだけでなしに、抜本的な選挙取り締まり関係の法条の改正をはからなければ、不当な結果になると考えるわけです。最近の選挙違反の事例について、罰金刑あるいは禁固刑を受けた事例について、法務省から統計的に簡単に説明を願いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/24
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025・海治立憲
○海治説明員 最近に行なわれました昭和三十五年十一月施行の衆議院議員総選挙の違反につきまして、検察庁から裁判所へ起訴いたしました者のうち、昭和三十六年十一月三十日まで、つまり約一年間に裁判所で有罪の判決がございました者が一万一千三人でございます。その内訳を見ますと、懲役または禁固の実刑に処せられました者が二十五名。それから懲役または禁固で執行猶予になりました者が八百十二名でございます。罰金または科料で実刑になりました者が一万百五十三名、罰金または禁固で執行猶予になりました者が十三名となっております。これらの比率は、懲役または禁固の実刑の者が〇・二%、懲役または禁固で執行猶予のついたものが七・四%、これを合わせますと、懲役または禁固刑が七・六%ということになっております。従って、罰金または科料で済んでおる者が九二・四%でございます。なお、罰金、科料の分は、略式命令だけで終わった者もございますし、普通の公判手続をやりまして罰金、科料となった者もございますが、両方合わせた数字でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/25
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026・坪野米男
○坪野委員 もう一つ統計的にお尋ねしたいのですが、いわゆる公民権の停止ですね。選挙権、被選挙権を停止された者と、停止の規定を免除された者、それから短縮された者、そういった者の統計がありましたら……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/26
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027・海治立憲
○海治説明員 懲役または禁固になりました八百三十七名のうちで、裁判所が選挙権を停止しなかった者が四名、〇・五%でございます。それから、選挙権を停止しますが、その法定期間を短縮した者が百二十五名で、一四・九%、従って、法律の原則通り選挙権を停止されました者が七百八名で、八四・六%となっております。罰金、科料の場合には、合計一万百六十六名のうちで、選挙権を停止しなかった者が四千七百四名、四六・三%、また選挙権を停止しました者で期間を短縮した者が三千七十七名、三〇・三%であります。従って、これについては、権を法定期間停止いたしました者が二千三百八十五名で、二三・四%となっております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/27
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028・坪野米男
○坪野委員 今伺った統計によると、懲役、禁固の実刑あるいは執行猶予を受けた者で、選挙権、被選挙権の停止を免れた者が一五%ぐらいで、大半が、八五%まではやはり選挙権の停止を受けておるという事犯のようであります。罰金刑についても、わずかではあるけれども、やはり公民権の剥奪を受けておるということになるわけでありまして、抜本的な改正を近く、これは政府においても、またわれわれ国会においても検討しなければならない時期にきておる。前回、林委員からも、買収が即悪質なものであることは言うまでもないが、現行規定でいう買収犯罪の中に、不可能をしいる事例があるのではないかというような御意見もあった。われわれもこの公選法の運用に関与しておる立場から、非常に不合理な買収規定、その他非常に不合理な規定が数多くあるということを承知しておるわけであります。その点については、林委員と全く同意見なんであります。ただ、こういういわゆる運動買収に対して買収犯だとしてきびしい刑罰をもって臨む現行法を抜本的に改正する必要があるのではないかというわれわれの意見だけでなしに、自治省の中にも、あるいは審議会の中にもそういった意見があったということを前回伺いましたが、にもかかわらず、法務省当局あるいは警察当局あたりの、この選挙取り締まりに関与する当局からは強い反対があった。選挙は手弁当でただ働きをして応援するのが建前だというような、およそ時代離れをした感覚で反対をされておったように聞きましたが、それは、戦前の選挙というものはこわいもの、あるいは選挙に対しては警察的な取り締まりをするのが建前という、そういった感覚から、あるいは役人のなわ張り根性から、この選挙犯罪の取り締まりの権限を大幅に残しておく必要がある、悪意に邪推すれば、そのような考え方も成り立つほどに、法務当局が、この買収犯罪についての抜本的な、いわゆる実情に即した改正にブレーキをかける、反対をされておるということを間接に聞いて、非常に遺憾に思っておるわけでありますが、そういった点についても、時間がありませんから、またの機会に一つ徹底的にお尋ねをしたいと考えておるわけでありますが、本日はこの程度で質問を留保して終わりたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/28
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029・加藤常太郎
○加藤委員長 青木正君。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/29
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030・青木正
○青木委員 私は、社会党提案の修正案につきまして、若干の質問をいたしたいと思います。
社会党の案を拝見いたしまして、御苦心の点はよくわかるのであります。私は、案の内客についての質問を申し上げます前に、全体の問題として承っておきたいと存ずる点があるのであります。島上委員は、長い間選挙法の問題に苦労をなすった方でもあり、私はここで社会党案を追及しようという考えはないのであります。ただ、しかし、答申案を受けてこれを立法化するにあたって、政府側が非常に苦労なさった点は、御承知の通りであります。社会党側におきましては、政府が答申を尊重する責任をなおざりにして勝手にやったということを追及いたしております。しかし、答申を受けてこれを立法化する上において、政府としては、答申尊重の責任があると同時に、それを立法技術上筋の通った法律にしなければならぬという責任があるわけでございまして、そういう点で政府が苦労したのであります。社会党も、おそらく、公党として修正案を出すにあたりまして、答申を尊重しなければならぬ、こういう基本的な立場に立ちながらも、なおかつ、修正案を作成する段階において立法技術上いろいろ苦心のあった点もあろうと思うのであります。私は決して言葉じりをつかまえ、あるいはあげ足をとる意味で言うのではないのでありますが、提案説明を読んでみますと、その中に「ほぼ答申通りの修正案」と、こう述べてあります。「ほぼ答申通りの修正案」、完全に答申通りに立法化することに困難を感じたという気持が言外にあるわけであります。そこで、答申の線に沿って修正案を作る、そういう基本的な態度に立って修正案を作るにあたり、おそらく立法技術上いろいろ困難な点に逢着したことがあると思うのであります。そのことが、提案説明において、ほぼ答申を尊重した、ほぼという言葉を入れざるを得なかったと思うのであります。そこで、修正案を作るにあたりまして、立法技術上どういう点に一番御苦心をなすったか、その点をまず承っておきたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/30
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031・島上善五郎
○島上委員 今御質問がありました通り、完全に百パーセントと言いがたい点があることは事実であります。そこで、正確を期する意味において、ほぼ、こうしたのであります。修正案をごらん願えばわかりますように、一番苦心したのは高級公務員の問題です。単に高級公務員なるがゆえに一律に全部制限してしまえば、これは一番簡単でありますけれども、そのポストによって影響力の相違するものがあります。また、任期が非常に短くて、在任期間が三カ月とか半年とかで、実際上ほとんど影響力を持たないというような人もあります。そこまで広げる必要はなかろう、こう思いまして、これは答申の趣旨を尊重しながらも、具体的に法律にする際には、極力影響力の強いもの、弊害の多いものにしぼろう、こういう配慮をしたわけであります。もう一つは親族連座の点であります。ごらん願って御承知のように、これには「意思を通じて」という条件を付しております。意思を通じるという条件を付しませんと、親族でありましても実際上は、同居しない親族の際には特にそうですが、兄弟でも政治的見解を異にする、政治的立場を興にする、あるいは政治的見解ではなくても、非常に仲が悪くて、逆に、この際陥れてやれというようなことも全然ないとは言えませんので、親族の場合には、やはり意思を通じるということだけは必要であろう、こういうふうに考えました。この二点について苦労した結果、一〇〇%とは言いがたいが、ほぼ九八%程度尊重した案ができたのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/31
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032・青木正
○青木委員 御苦労の点は私もよくわかるのです。御承知の通りに、さきに昭和三十四年に選挙制度調査会から答申がありましたときにも、その中に高級公務員の立候補制限と連座制の強化の問題がありまして、これを立法化するために私ども非常に苦労いたしたのであります。そこで、政府が立法化するにあたりまして、高級公務員の問題と、それから親族の連座について非常に苦心をした。その結果、それが骨抜きになったというような御批判を受けたのでありますが、しかし、やはりそこに問題点があるということだけは社会党も御了承願ったと思うのであります。これはだれがやっても、政府がやっても社会党がやりましても、この二点は、答申のままで出すということは立法技術上非常にむずかしいという点は、御理解願えたと思うのであります。これは意見になりますから、それ以上は申し上げませんが、そういう点で政府側も非常に苦労した。社会党側におきましても御苦労なさったことと思うのでありますが、それはそれといたしまして、社会党の修正案は主として三点に限られておるのでありますが、それ以来の政府提案につきましては、これは大体修正する必要はなし、政府原案でよろしいというお考えに立って、三点だけ修正なさったものかどうか。もし他の点について政府案を修正する必要があるとするならば、当然、今回の修正案の提出にあたりまして、他の条項につきましても修正を提案すべきはずでありますが、今回そのことがなかったということは、三点以外の他の条項は、政府が答申を尊重して出したことであり、いろいろ意見があるとしても、その答申を尊重して作った政府案に賛成である、こういう考えに立って修正案を出さなかったものかどうか、その点を承ります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/32
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033・島上善五郎
○島上委員 政府提案の法律を一渡り見ましたが、何と申しますか、言葉の表現上これでは疑義があるという点は二、三あるように思います。しかし、これは単に言葉づかい、表現上の問題で、三点を除いて答申を尊重したという点は認めます。私ども、答申案については、私どもの考えをはっきり言うならば、若干の異論のある点はあります。ありますが、このような与党、野党の選挙のルールをきめる、議員の身分に重大な関係のある法律は、各党の意見をそれぞれ持ち寄った形ではなかなか抜本的な改正はむずかしいということは、青木さんも御存じのはずです。そういう意味において、答申の中に若干私どもの異論のある点はありますけれども、今度は答申をそのまま尊重しよう、こういう態度をとっております。そのために、今お尋ねの三点以外は答申を尊重するのか、政府案に賛成するのかというお尋ねのようですが、その通りです。三点以外については、言葉の表現で不適当なところ、気がついている点がありますけれども、それは単なる言葉の表現の程度であって、三点以外は賛成をするという態度であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/33
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034・青木正
○青木委員 時間もあまりありませんから、次に内容に入って御質問申し上げたいと思います。
まず最初に、高級公務員の立候補制限の問題であります。今さら申し上げるまでもなく、憲法第十一条あるいは第十四条の、基本的人権尊重、あるいは法のもとに平等でなければならぬということ、さらにまた、憲法第四十四条の「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。」この憲法の規定から考えまして、私どもは、立候補という重大な国民の権利、これを制限することについては、よほど慎重な配慮がなければならない。憲法学者の意見を承りますと、制限するのに合理性があればよろしい、こういうのであります。確かにその通りであります。私ども、そこに合理性があれば、これは制限しても差しつかえないと思うのであります。しかし、抽象的にはそうでありますが、具体的に合理性がありやいなやということになりますと、これは非常にむずかしい問題であります。いやしくも法律としてこれを公布するための立法措置におきましては、これは感情や何かでやるべきものでないことは、言うまでもありません。同級公務員のある者が、全国区参議院の立候補にあたりまして、ひんしゅくすべき行動のあることは、私どもも十分承知しております。そうあってはならぬと思います。しかしながら、だからといって基本的な権利を制限するにつきましては、あくまでも合理性がなければならぬのであります。そういう意味で、今回社会党の案による高級公務員の立候補制限、この制限をするにあたりまして、はたして社会党案に合理性ありやいなや、もちろん、その確信があってお出しになったことと思うのでありますが、そういう確信がはたしてあるかどうか、その点を承りたいと思うのであります。あの立候補制限にはたして合理性ありやいなや、真に確信を持って、あれで合理性ありと断定できるかどうか、私はその点をまず承っておきたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/34
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035・島上善五郎
○島上委員 前段の憲法違反の問題ですが、私どももこの点については十分配慮をし、慎重に取っ組んで修正案を作りました。その結果、先ほども申しましたように、弊害の多い、影響力の多い地位に極力しぼったことと、在任期間、退職してからの期間も、影響力を考えまして、なるべく短期間にした、いわゆる特定の地位、特定の選挙、特定の期間ということにしぼりをかけて、その結果、憲法には抵触しないという確信を持っております。
それから、はたして合理性ありやいなやということでございますが、この合理性ということになりますと、人によって多少見解の異なる点もあろうと思いますが、私どもは、この程度ならば合理的な根拠がある、このように確信しております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/35
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036・青木正
○青木委員 合理性は主観的であってはならぬと思うのであります。あくまでも合理性というものは客観的でなければならぬはずであります。主観的の合理性というものは合理性にならぬのじゃないか、こう私は思うのであります。それはそれとして、まず同級公務員の立候補制限をするにあたりまして、高級公務員の職の指定をいたしておるわけでありますが、その職を指定するにあたりましての基本的な態度と申しますか、こういう職を制限する、なぜそういう職を制限することにしたか、その基本的な考え方をまず伺っておきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/36
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037・島上善五郎
○島上委員 地方に支分部局を持っておりまして——ここに掲げておりますように、制限しましたのは全国区の参議院です。地方区と衆議院は制限しておりません。全国的に地方支分部局を持って、この地方支分部局がその行政上選挙人に強い影響力を持っておる、その本省の部長、これを監督し指揮する地位にある部長、こういうような考え方の上に立って、その中でも、先ほど申しましたように最も影響力の強い、従って最も弊害の多いものと思われるものを選ぶ、こういう考えに立って選んだのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/37
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038・青木正
○青木委員 地方支分部局を下に持っておる省庁の局長というものを選んだ、こういうお話であります。しかし、高級公務員の立候補制限は、元来公の地位利用、また別の言葉で言うならば、公権の乱用、こういうところを規制せんとするのがねらいであるはずであります。組織を通じて行なう選挙、組織利用がいかぬということではないと私は思うのであります。地方支分部局を持っておるということは、地方に組織を持っておるということで、そういう組織のあるものはいかぬという考え方は、組織を通じて行なう選挙運動がいけないのだ、こういう観念に重点がいくおそれがあるのではないか、また、そういう考えから出てきているのではないか、そういう考えであるとするならば、全国的な組織を持ち、その組織を利用する選挙がいけないということになると、単に高級公務員に限らず、大きな会社の社長である、あるいは組合の委員長である、こういうものも、組織上の選挙ということになるわけであります。私は、この高級公務員の立候補制限は、あくまでも公の地位利用、従って、公権の乱用がいけないということでありますので、組織を持っておる局長がいけないという考えに重点を置くことははたしてどうか、こう思うのでありますが、その点はどうお考えになりますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/38
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039・島上善五郎
○島上委員 組織というよりは、つまり権力機構です。国の権力機構を通して有権者に強い影響力を持っておる。影響力を与える。会社とか、あるいは労働組合とかいうものは、国の権力機構とはおのずから性質が異なるのですから、私どもは、国の権力機構を悪用するということを考えておるわけです。
それから、先ほどお答えしませんでしたが、選挙制度審議会で答申案を作成する際には、過去において立候補し、当選したことのある地位をあげて、それを禁止したらどうかという意見もありました。いわゆる過去の実績主義ですが、私どもは過去の実績主義をとらないで、今申しましたような国の権力機構を悪用して、それが地方に支分部局を持ち、選挙人に強い影響力を持っておるものというふうに選びました関係で、過去の実績とは必ずしも一致しないし、また審議会におけるそういう過去の実績主義の意見とは多少違っておる結果になったのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/39
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040・青木正
○青木委員 組織を利用するのではない。しかしながら、地方支分部局を持っておる局長は、その公の組織を使って公権を乱用するおそれがあるからそれを選んだ、こういう御説明でありますが、それならば、地方支分部局を持っておる職というものはみな同じような立場に立つのではないか。各省の設置法をごらんになりましても、地方支分部局を持っておる局長は、おあげになりましたこれだけではありません。御承知のように、行政管理庁にしても、あるいは大蔵省の理財局、為替局、関税局、あるいは厚生省の医務局、薬務局、あるいは運輸省の船員局、航空局、さらに通産省の特許庁、郵政省の監察局、労働省の婦人少年局、建設省の計画局等は、各省設置法に基づきまして明らかに地方支分部局を持っておるのであります。ところが、こういう職は制限はしない。それはまあ常識的に大した影響力がないからであろうということからおそらくそうしたと思うのであります。しかし、法律にする以上は、単に常識的に、こういう局長は差しつかえないだろう、こういうのが影響力があるだろう、こういうことだけできめるべき性質ではないのではないか。過去の実績があるからということであるならば、今お話しのように、必ずしもそれにとらわれていない。私はあとから申し上げますが、過去の実績に関係ありません。過去そういう局長がその地位を利用して当選したからというのでこれにあげたというならば一応わかります。ところが、過去の実績によったのでもない。各省の設置法によって支分部局を持っておる全部を拾い上げたのでもない。そのうちこういうものは特に制限するということに、私は、どうしてもそこに合理性といいますか、妥当性を見出すことができ得ないと思います。その点は、各省設置法のうち、ある局だけは制限し、ある局は制限しない、その判定の根拠は一体どこに置いたもあか、その点を承りたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/40
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041・島上善五郎
○島上委員 お話のように、地方支分部局を持っておる局でも、制限しない局がたくさんあります。それから過去の実績主義にもよらないし、また、おそらく今度立つであろうというような人もありますが、そういうことにも必ずしもとらわれていません。何を根拠としたかということにつきましては、先ほども簡単に申しましたが、そういうような権力機構を通じて選挙人に非常に強い影響力を持っている、従って弊害が非常に多いと思われるところに極力しぼったのです。一般に高級公務員に広げますと、先ほどお話のありましたような憲法の被選挙権という問題に関連いたしますので、一言にして言えば、弊害の多いと思われるもの、影響力の多いと思われるものに極力しぼった、こういうことであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/41
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042・青木正
○青木委員 その弊害の多いと思われるということでしぼることに非常に疑問があるのではないか。それでは主観的な問題になるわけであります。やはりそれには、こういうものにしぼったという何か合理性がなければいかぬのではないか、私はこう思うのであります。しかし、これは議論になりますから、それはそれとして、時間もありませんから、さらに進みます。
先ほど来の御説明によりますと、権力機構を利用してやることはいかぬ、こういうことであります。しかし、権力機構の利用ということになりますと、単に地方支分部局を持っておる局だけが権力機構を利用する弊害があるであろうか。地方支分部局を持っていない役所でも、あるいは局長でも、地方公共団体にたくさんの仕事を委任し、あるいはまた、これを指揮監督する役所があります。さらにまた、多額の補助金や交付金を取り扱っておる役所もある。その他、諸般の許認可事項を扱っている役所もあります。こういう役所の局長は、直接地方支分部局は持っておりませんが、地方公共団体なり、あるいは外郭団体なりそういうものに対して権力機構を利用するおそれがむしろその方に多い場合もあるわけであります。ところが、そういう職については何ら拾い上げずに、単に地方支分部局を持っておるものだけに限ったというその根拠は一体どこにあるか。私は、その影響力の点からいって、局長として官庁内部における地方支分部局に対する影響力よりも、局長が官庁外の地方公共団体あるいは外郭団体等に対する影響力の方がはるかに強く多い場合もしばしば御承知のように見受けられるのであります。ところが、そういうものについては、権力機構の乱用があるとしても、その公務員の立候補制限はしない、単に支分部局を持っている局長だけを制限するということに、一体はたして理論的に妥当性があるかどうか、合理性があるかどうか、この点をついでに伺っておきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/42
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043・島上善五郎
○島上委員 地方公共団体やその他の外郭団体に対して強い影響力を持っておる局がある、それは確かにその通りです。その通りですが、機構上からいって直接のつながりのある関係ではありませんので、私は、やはり権力機構として直接のつながりのあるものの方が、権力を乱用すると申しますか、権力機構を悪用すると申しますか、そういう点から選定すべきではなかろうか、そういう見地から、ばく然とした影響力から申しますと、そういう地方支分部局を持たないでもかなり強いものがあることを知っておりますけれども、それを今回は一応除外したわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/43
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044・青木正
○青木委員 どうもその点は少しおかしいのではないか。つまり、身分関係においては確かに直接の関係があります。しかし、影響力の点からいうと、つまり、権力を乱用して選挙等をやるという場合のことを考えると、むしろ、役所の内部の身分関係のつながりよりは、補助金を出し、あるいは許認可事項を握っており、あるいは交付金を出す、そういうような権限を持っておる局長が役所外の公共団体なり、あるいはその他の外郭団体なりに対する影響力の方がはるかに強いのではないか、こう思われるのであります。これは利害が身分関係よりもっと密接であります。従って、影響力もその方が強いのではないか、こう思われるのでありますが、それを除外して、地方支分部局だけに限ったということについては、どうも私はそこに、合理性といいますか、妥当性というか、その点に納得しがたい点があるのであります。これは私は決してあげ足とりで言うのではないのであります。私も真剣に考えてみた問題でございますので、どうもそこに割り切ることに少し無理があるんじゃないかという私は気がしてならないのであります。その無理がないのだという確信は、私はおそらく島上さんにもないんじゃないかと思うのです。まあまあこうするより仕方がない端的に言えば、なかなかそこを拾い上げることはむずかしいものですから、こういうことにしたのではないかと思うのであります。その御苦心はわかるのでありますが、さてこうやってみると、やはりどうもそこには無理がある、合理性がない、私はこう言わざるを得ないのじゃないかと思うのであります。第一、こういう局長は実害を伴う、これは伴わないとか、そういうことを主観的に判断するということそれ自体、私はどうも合理性を発見することはできないと思うのであります。この問題は、確かに高級公務員の立候補制限はしなければならない問題だとは思いますが、さて取り組んでみると、そこに非常にむずかしい問題があるのでありまして、政府案がああいうような方向へ行ったことも、私はやむを得ないのじゃないかと思う次第であります。
それはさておきまして、これ以上は議論になりますから申し上げませんが、もう一つは、先ほどお話もありましたが、選挙制度審議会で一委員の方から、実績主義によりまして、過去の実績によってこういう地位の人は立候補を制限すべきであるということを試案として出したことがあるのであります。その案はいけないからということで、こういう案にしたとのことでありますが、この社会党案によりますと、局長、公社、公団等の関係全部含めまして、六十四の職の者が立候補制限を受けることになると思うのであります。ところが、実績について調べてみますると、過去の五回の参議院の全国区選挙におきまして、このうち立候補して当選した者は六十四職のうち十四職であります。そして二十七名が当選いたしております。そうすると、六十四職のうちの大部分の、五十の職というものは、その地位で立候補して当選した者はないであります。また一方、この六十四職以外の職で一応高級公務員と考えられる人たちで当選した者は十一職、そして当選者が十二名となっております。そうすると、一方におきましては、本来実績から言うと、十四職しか、そういう高級公務員で立候補した人がないのに、六十四職に拡げるということはいたずらに制限を拡大したということになるわけです。また一方から見ますると、これだけ、六十四職も規制いたしましても、この職以外で高級公務員として当選した者が十一職十二名もありますので、この点から言うと、この規制では不十分だということが言えるのであります。そういたしますと、この社会党案では、一方ではいたずらに制限を拡大したことになっておりながら、他方では、実際の面から見ると規制が不十分である、こういう結果になっておるのであります。これは実績主義によったのではないと申しますから、何も実績にとらわれる必要はないかもしれませんが、しかし、そもそも選挙制度審議会がこの問題を取り上げた出発点はどこにあったかと考えますと、過去の実績に照らして、こういう高級公務員がその地位を利用して選挙をやって当選したことはけしからぬ、そういう実績主義から出発してきたわけであります。従って、この規制をする以上は、やはり実績というものに相当配慮をし、頭を配りまして、やはり実績に重点を置いて規制をする必要があるのではないか、この問題が起こった沿革から考えて、そうすべきではないか。そういたしますと、その実績主義から見ると、この修正案では、どうも形においてはいたずらに制限を拡大したことになっておりながら、実際は規制が不十分である、こういう結果になっておるのであります。そういたしますと、この職のきめ方が非常に合理性がない、実績から見てもこれは必ずしも適当な案ではない、こういうことが私は言えるのではないかと思うのでありますが、それに対するお考えを承りたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/44
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045・島上善五郎
○島上委員 過去のいわゆる実績ですね、高級公務員が立候補して選挙運動をし、当選した、これが私は必ずしも全部が全部地位をあるいは権力機構を悪用して、選挙の公正、公明を乱したものばかりだとは言えないと思うんです。その中にはその地位にあっても、権力機構を悪用しなかった、選挙を乱さない、そういう人もあったと思います。それが今御指摘のようにちょうど十一職十二名になるかどうか、これは別といたしまして、そういうふうに見てよいのではないかと私は思います。
それから、いたずらに広げ過ぎているという点につきましては、先ほど申しましたような基準に照らして、その基準に合うものを選んだ結果こういうことになったので、これは過去においてはそういう実績は何らない職が非常に多い。過去においてはなかったけれども、今後起こるという心配があるわけでありますから、均衡上こういうふうにせざるを得なかったのです。これは五十歩百歩ではないか、こうもし言われますれば、それは五十歩百歩のところもあるかもしれぬと思うのです。しかしそれは先ほど申しましたように、極力しぼるという苦心をお察し願いたい。極力しぼった結果、かりに五十歩百歩のものであれば、百歩のものを制限する、こういうことにならざるを得なかったわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/45
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046・青木正
○青木委員 座談としてはわかるのであります。確かにその通り、私も作りました気持はよくわかります。しかし法律にするということになると、どうも座談式の考え方じゃいかぬのじゃないか。それで、今後起こるかもしれぬということを入れたんだ。それならば地方の支分部局を持っておる他の局長も入れるべきじゃないか。あるいは支分部局を持っておらなくても、項を扱い、あるいは補助金、交付金を出しておる局長も入れなければならぬのじゃないか。将来起こるかもしれないということを言うならば、もっと広げなければならぬ。過去の実績からということなら、六十四職というのはどうも広げ過ぎる。私は端的に申し上げて、気持はわかるのですよ。気持はわかるのですが、こういう形の法律にすことはどう考えても私は納得できないのであります。これは選挙制度審議会においても述べてきたつもりでありますが、やはりあくまでも合理性がなければいかぬのじゃないか。その気持と申しますか、御苦心の点はよくわかるのでありますが、どうも法律として作る場合は、そういう点において妥当性がない、合理性がないのじゃないか、こういう気がいたすのであります。時間が切迫して参りましたからそれ以上、まだいろいろこの点に関して承りたい点があるのでありますが、それはそれといたしまして……。
それから指定された「職の一文は二以上に引き続き二年以上在った者」を制限するということでありますが、これは単に機械的にはいかないのじゃないか。たとえば一つの具体的な例をもって申し上げますれば、郵政省の貯金局長と次官、これは同じように郵政省の組織を利用するおそれがあるのであります。しかしこの例が適当かどうかわかりませんが、同じ郵政省でも電波監理局長とそれから貯金局長と、こういうものを考えると、通じて二年といっても、その下の機構というものはまるで別なものであります。そういうものを通じて二年あるから、これはこの職の一又は二」、この局長とこの局長をやったから、通じて二年やったからこれは制限するということは、どうも実際に合わないのではないか。単に、あげられた職と関係があろうがなかろうが、通じて二年ということはいかぬということは、私はどうもおかしいと思うのであります。それからまた二年以上おった者はいけない。これはおそらく常識的に考えて、二年以上おった者は相当地方支分部局に対して影響力を持っておるであろう、こういう常識的判断だと思うのであります。これは三百代言式な議論になりますが、二年おった者は影響力がある、一年十一カ月の者は影響力がないということは言えないわけで、そうなってくると、これは単に常識的に、まあまあ二年ぐらいおった人は影響力があるであろうから制限しよう、こういう常識論から出てきたと思うのであります。法律に常識論を入れることも時に必要やむを得ないこともあると思うのでありますが、しかしこれは重大な権利に関する問題でございますから、単に常識論で、二年以上おった者は影響力があるであろうという考え方で二年にきめることが適当であるかどうか、これは実際問題として、しからばどういう合理的な点を発見するか、むずかしい問題であります。むずかしい問題であって、私にすぐしからばどういう点があるかと反問されても、私にはすぐ回答はできませんが、しかし常識的に二年以上は影響力があるであろうからということで二年にしたということは、これはちょっと無理があるのではないか、やはり国民の重大な権利に関することでありますから、単に常識でなしに、一体二年に限った根拠はどこにあるか、そうしてまた、通じて二年以上とする場合の局長の地位を、関連のないものまでも含めるという根拠はどこにあるか、その点について承りたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/46
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047・島上善五郎
○島上委員 御承知のように、答申にはそういうことは全然触れておりません。しかし実際問題として三カ月とか、極端に言えば一カ月とか、短期のものもあろうかと思います。そういうものまで含めることはどうかと思いまして、つまり非常に短期間の就任であって影響力が薄いものまで含めることは行き過ぎではなからうか、こう考えまして、答申案にはありませんでしたが、私たちはその在任期間を極力長くしよう、一年という意見もありましたが、影響力が非常に強いという点から、長くしようと考えたのであります。それでは一年十一ケ月と二年とはどれだけの差があるか、どういう科学的な根拠があるかといわれると、それはちょっと仰せの通り困るわけです。困るわけですけれども、しかしどこかで線を引きませんと、たとえば選挙法の居住要件でも三カ月、三カ月と二カ月二十九日とどれだけの科学的根拠の相違があるかということと同じことで、どこかでやはり線を引かなければならない。その線の引き方をなるべく任期の長いもの、影響力の強いものということを考えて二年ということにしたわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/47
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048・青木正
○青木委員 いや、私はここで常識論を法律に入れることはいけないということを申し上げたわけではないのでございます。それは法律は時に常識論でやらざるを得ない場合もあるわけであります。しかし今のお話もある通り、一年という議論もあった、二年という議論もあった、まあ二年にしよう、こういうあなたのお話でありますから、簡単になぜ二年にしたかということを私は聞きたいのであります。その常識論は一体どこから出てきたか、まあ大体二年ぐらい、こういうことではないかと思います。それはそれとして、時間がありませんので、さらにもう一つ常識論を申し上げますと、離職後一年以内の選挙に限る、これもやはり同じような常識論と思うのであります。もうやめて一年ぐらいたてばいいんじゃないか、一年もたてば大して地方に対する影響力もなくなるであろうということだと思うのでありまして、これも三百代言式の言葉で言えば、一年一カ月と十一カ月とどう違うかということになると、これはまあ今の常識論で、そういう例もしばしばあるから申しますが、どうもこういうふうな常識論ではたしていいのかどうか。そうしてまた、この離職後一年以内の選挙に限るということにいたしますと、私はおそらく実際問題になると、高級公務員の方で、この法律が成立した場合は、立候補しようとする人はおそらく一年一カ月前にやめるでしょう。おそらくそうなります。そうなりますと、この法律の効果は全くゼロになるわけであります。制限はされないわけで、おそらく一年一カ月前にやめることと思うのであります。そういう点についても、私は、これは常識論はよくわかりますが、せっかく制定しても、この法律の効果を期待することはできなくなってくるのではないか、そう考えざるを得ないのです。そういう離職後一年以内の選挙——まあまあ一年、これも一つの常識論と思うのでありますが、まあまあ一年にした理論的な根拠がないとしても、常識的な根拠でけっこうであります。どうして一年にしたかをお聞きしたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/48
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049・島上善五郎
○島上委員 答申は御承知のように、最初の全国区選挙、こうなっております。最初の選挙ということになりますと、最高は三年です。そこで私たちは、先ほど申しましたような意味で、影響力がだんだん薄れていきますから、離職して半年、一年、二年、三年とたてばだんだん影響力が薄くなっていきますから、そういう影響力の薄くなっていくことを考えまして、どこかなるべくしぼったところで線を引く必要があると思います。こういうところから一年にしたのであって、そうすると一年一カ月前にやめる人が出てくるだろう、きっとそうだろうと思います。もし一年一カ月前にやめて、それがまた非常に選挙の公正を乱し、弊害が顕著になってきましたならば、その際には一年半とか二年とかに修正する必要が生じてこようかと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/49
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050・青木正
○青木委員 どうもそういう確信のない法律じゃ困るですね。それから参議院全国区に限ったのは、これはおそらく答申を尊重したということだと思うのであります。しかし公権乱用の弊害というのは、単に参議院全国区だけに限った問題じゃないと思います。それは参議院地方区あるいは衆議院あるいは地方議会の場合もあるわけであります。そういう公権乱用を規制するという考えに立って制限すべきものであるとするならば、全国区だけに限るということは、答申ではそうなっておりましたが、その点について、他の方までこういう制限をする必要ありというお考えありやいなや、またこの修正案立案の過程において、そういう点について何かお考えになったことがあるかどうか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/50
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051・島上善五郎
○島上委員 確かに選挙制度審議会におきましても、地方区はどうか衆議院はどうか、さらに地方議員の選挙の場合はどうかというような議論もございました。私もこれだけやるということは片手落ちの感があると思います。将来の問題として、これは審議会においても検討の課題として残しておるようです。私どももこのような改正をした後、他の問題については今後検討を深めて参りたい、こう存じております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/51
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052・青木正
○青木委員 この問題につきましてはまだいろいろ承りたいのでありますが、私の時間がなくなって参りましたので、またの機会に承ります。
次に連座制につきまして若干触れてみたいと思います。一体連座制をきめるにあたりましての理論的根拠と申しますか、どういう理論的根拠から連座制というものをお認めになったのか、その点をまず承りたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/52
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053・島上善五郎
○島上委員 連座制は、現行法においても厳として存在しております。あります。考え方は、私どもは現行法において連座制を採用するに至ったと同じ考え方を持ってやっております。候補者本人が買収等悪質違反をいたしますれば失格することは言うまでもありませんが、候補者が選定した出納責任者及び総括主宰者の悪質違反は候補者と非常に一体性が強いので、候補者が当然責任を負うべきものである、こういうふうに私どもは考えます。そういう意味において、今度は候補者及び出納責任者から、さらに法定費用の過額以上支出した者、相当の広い地域を総括主宰した者にまで範囲を広げました。これは政府案もその通りです。問題は、今度はさらに親族にまで広げたわけでありますが、この親族の場合も、候補者と意思を通じて選挙運動した場合には、その一体性が他の運動員よりは非常に強い。出納責任者、総括主宰者同様に候補者が責任を負うべきものである、こういうふうに考えているわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/53
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054・青木正
○青木委員 いわゆる無過失責任を超越して、選挙法だけ連座という規定を置いている根拠、その一体性の御議論もありましたが、先ほどお話がありました、最高裁の連座が違憲にあらずという判決、あの判決の考え方も、連座の理論というものを一体性に重点を置いておるのではないと思うのであります。そうでなくして、その者のやった行為が選挙全般に影響力があるから、従って、たとえば総括主宰者あるいは会計責任者が不正な手段で選挙運動を主宰した、選挙全体が不正な票で獲得されたもの、あるいは大部分が不正手段によったものと一応判定されますので、その選挙全体が無効なりということで当選者が失格する、こういう考え方が、私は連座制の理論の一番大きな問題だと思います。一体性の理論からいうならば、私はさらに質問を申し上げたいのでありますが、親族が候補者と一体となる、それは、選挙等に関して一つの具体的な例をもって申し上げますれば、議員の秘書などというものは、むしろ子供たちよりもっと候補者と常に一体となって選挙運動をやっておるわけであります。そういう一体性の深い秘書については連座を適用しないわけであります。親族だけは適用する、そういうところに、一体性の理論だけでいくと矛盾が出てくるのではないかと思うのであります。やはり親族の場合は、親族は単に一体というよりは、総括主宰者あるいは出納責任者のように、候補者の身近におって、常に候補者といろいろな連絡もあり、選挙全体が汚されておるという一つの考え方も出てくるかもしれません。やはり親族を連座させるという考え方には、一体性の理論のほかにそういう理論も取り入れなければ出てこないのではないか。そうでなかったら、なぜ一体秘書は連座しないか、こういう疑問が出てくると思うのでありますが、連座の理論についてのお考えをさらに承っておきたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/54
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055・島上善五郎
○島上委員 今私お答えの際に落としましたが、それは青木委員のおっしゃる通り、選挙運動全体に対する強い影響力を持っておるということも、当然連座の重要な要件であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/55
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056・青木正
○青木委員 そこで私どもが考えますことは、単に親族が一体だということだけに重点を置くならば、候補者と意思を通じたということだけで私はいいと思うのであります。あるいはそれで一体性という理論を満足させることができるかもしれません。しかしそうでないとするならば、さらにその者のやった行為が選挙全体に影響力があるという考え方を取り入れるとするならば、その親族のやった違反行為というものが、相当広範囲に影響力のあるような違反行為でなければいかぬと思うのであります。これも三百代言式の議論を私は言いたくありませんが、極端に、かりに親族なるがゆえに三票買収したからといって、全部が選挙違反だということは私は言えないと思います。連座させるということは無理だと思うのであります。やはり親族という一体的の関係のあるもの、それが相当広い範囲に影響力を持っておる、その影響力を悪用して広範囲な違反行為をやった場合には連座するということが私は筋ではないかと思う。そこで、親族の場合の違反行為についても、そういったような考え方をどういう形かにおいて入れる必要があるのじゃないか。単に意思を通じたということだけでなしに、そういう考え方をどこかに入れなければ、私は連座の理論からいっても無理ではないかと思うのでありますが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/56
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057・島上善五郎
○島上委員 これは実際問題として、何票買収したかということを判定するということは非常に困難だと思うのです。たしか青木さんが考えられたと思いますが、減票制という説がございました。的確に減票制を実施することが可能ならば、私どももまた減票制ということを考えてもいいと思います。しかし、これは実際問題として不可能だと思います。親族を取り入れましたのは、先ほども申しましたように、過去の実例を見ましてもそうです。選挙運動の際に、少なくとも候補者と意思を通じて選挙運動に携わっておる親族は、重要な役割を果たしております。出納責任者及び総括主宰者、今度はそれに準ずる者を加えましたが、それと同様の重要な役割を果たしております。こういうふうに私ども考えて加えたのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/57
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058・青木正
○青木委員 さらに連座の問題を考えるときに、私どもは冷静に考えてみなければいかぬと思いますことは、ややもすれば連座の問題を論ずる場合に、たとえば出納責任者の違反行為はけしからぬ、あるいはまた候補者の家族の違反はけしからぬ、そういう気持から連座の問題を論じられておりますが、しかし冷静に考えますと、連座というものはよほど慎重にしなければいかぬのではないか。つまり一部に違反があった。それは不正手段によって獲得した票かもしれません。しかし連座すれば他の公正適切に投票された票も全部無効になるのであります。これは国民側の立場に立って私どもは連座問題を考えてみる必要がどうしてもあると思うのであります。連座の問題を考えるときに、その問題がややもすれば閑却されがちであります。しかし一部に不正があったからといって、他の大部分の公正な投票というものを無効にするという問題は、よほど慎重な配慮がなければいけないのではないか。議員の立場というようなことを離れて、国民の大事な権利を守るという意味からいって、その点慎重に考える必要があるのではないか、こう私は思うのであります。
それから先ほど、親族の連座は過去のいまわしい実例があったからというお話、その通りであります。その通りでありますが、このことは、親族のそういう違反行為を直す、自粛させなければいけないということが目的であります。決して連座が目的じゃありません。連座は自粛させるための手段にしかすぎないわけであります。私どもはその目的を果たすためにこういう手段をとらざるを得ないということで、連座のことがきておるのでありますが、しかし目的は、あくまでも家族、候補者の身辺の者が身を清くしなければならないという、そこにあるわけであります。そういたしますと、やはりその目的を果たすことに重点を置き、同時にまた、連座の理論、また国民の貴重な権利というものが一部無効になるということも考えに入れて、そうしてこの親族の問題等につきましても、私は慎重な配慮がなければならぬと思うのであります。その点は、私は社会党案について批判しようとか、またわれわれの案がいいとか、どうとかいう意味でなくて、お互いに連座問題を考えるときに、それくらいの配慮がなければならぬのではないか。単に私どもは、先ほどお話がありましたが、罪九族に及ぶというような、そういう考え方でものを論じておるのではないのでありまして、選挙法の改正というものは、それは候補者のけしからぬこと、あるいは親族のけしからぬこと、これを直させることももちろん重要な問題であり、考えなければなりませんが、同時に、国民側に立って選挙法というものを考えるときに、連座の問題についても、そういう配慮が当然なければならぬのではないか。そこで親族の連座については、私どもの案が完全だということも言い切れぬかもしれませんが、社会党の案でも、はたしてあれでいいかどうか、多分の疑問を持たざるを得ない。そこであの点につきましては答申をそのまま尊重できなかった。候補者と意思を通じて、ということを入れたわけでありますが、その立法過程におきまして、親族問題についてさらにいろいろ検討された問題、あるいはこう申したらよかったろう、こう申したらというお考えが過程においてありましたならば、お互い将来の検討をする参考のために承っておきたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/58
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059・畑和
○畑委員 親族の連座の規定は、今度初めて政府案にも盛られましたし、われわれの修正案にも盛られた条項でございます。今までは御承知のように、総括主宰者並びに出納責任者、これの悪質違反が当選人の当選を無効にするという連座の規定でございました。これも先ほど青木委員のおっしゃるように、非常に多くの投票の部分がその違反によって公正を疑われるというような点がある、それが大きいのではないかというようなお話でございましたが、それもあることはありますけれども、しかし同時に候補者と一体をなしておるという点もあるわけです。むしろそれが大きな理由じゃなかろうかと思う。そこで、選挙違反が最近非常に多くなった、しかもその中で親族が特に大きな役割を占めておる。これは人情の常といたしまして当然でございましょうけれども、しかしそれがやはりすべてもとであるということで、これを何とか厳重に取り締まる。またそれが結局当選に影響するということにすることによって、初めて選挙界が抜本的に粛正されるのではないかというような基本的な考えに基づきまして答申もなされ、それに対して相当大幅な修正をされて政府案が出されたわけであります。われわれはその答申案の趣旨を百パーセント尊重したいという気持でございましたが、一つのしぼりだけをいたして、政府案と大へん違っておるわけです。これはやはり一体性というのが大きな理由でございました。しかもまた根本的には、これは不利益処分ではございますけれども、刑罰ではないわけです。従って憲法三十一条のいわゆる刑罰には当たらない。それじゃ何だろうということで、われわれの考えは、これはもう選挙法による候補者の道義的責任である、それはどこから来るかというと一体性から来るということで、道義的責任をもとにする、政治的責任だ、それを公職選挙法できめるものがこの親族の連座だというふうにわれわれは理解いたしておるわけであります。従って、先ほど青木委員のおっしゃるように、極端な例として、たとえば三票の買収をした、それでも親族の場合はひっかかるということになると、それでは選挙民の意思と違うではないかというような御意見もございました。それは見方によってはそういう見方もできると思いますけれども、しかしこの道義的一体というようなこと、それをその場合に本人が連座をするというきびしいきまりにしなければ、なかなか選挙界が粛正されないという大きな目的に出たことでございます。そういうことで、自民党さんや政府案の方とはだいぶ考え方が違うのでありまして、その点、理解できにくいところもあろうと存じますが、われわれはそういう基本的な考えでやっておるわけです。従って、なかなか一致点が見出せない。しかも政府案は、だいぶしぼりをかけにかけて、御承知のように執行猶予の場合には連座をしないということに至ると、該当する者はほとんど皆無にひとしいような状態になるのではないかということで、少なくとも意思を通ずれば、一体性の理屈からいたしますればよろしいということで、実はそこに踏み切ったわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/59
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060・青木正
○青木委員 ただいまの御説明によりますと、連座の理論につきまして、一体性に重点を置いたということであります。しかし私は、連座の理論を一体性に重点を置くことについては、非常に疑問を持つのであります。たとえばイギリスの連座の規定は、明らかに一体性じゃないのであります。それから先ほど申し上げました最高裁の判決をごらんになりましても、あれは一体性の理論じゃありません。公選法についてだけ、今お話しのような特別な連座というような扱いをやっているということは、やはりその者のやった行為が全体の選挙に影響力があるというところに重点が置いてあるのであります。私は、一体性理論をもっぱら展開する法制学者の方々も存じ上げております。存じ上げておりますが、一体性理論にだけ重点を置く考え方が、はたして連座の場合に適当かどうか、私はこれには多分の疑問を持つのであります。一体性理論を重視してもけっこうであります。けっこうでありますが、一方におきましては、イギリス等におけるそういう考え方もやはり十分取り入れて、連座というものはきめければならぬのではないか、そうしてまた家族の場合等につきましても、お話しの通り、確かにこれは粛正させなければいけない。しかし目的は、粛正さすことが目的なのでありまして、国民の多数の投票の意思を無視するということが目的なのではないのでありますから、やはりそういう点に重点を置く考え方の方が、私はいいのではないかという気がいたすのであります。
それはそれとして、この当然失格の問題であります。連座は刑罰ではない、確かにその通りであります。これは刑罰じゃないから差しつかえないというお話もありますが、しかし憲法三十一条の考え方は、単に刑事上の刑罰のみに解釈すべきかどうか、これは御承知のように、学者によっていろいろ意見があるわけであります。この考え方は、明らかにもっと広く、生命、身体、財産に対する一切の侵害その他の不正処分を含むものだという学説もあるわけであります。従って、憲法の条文には、あるいは反しないかもしれません。しかし憲法の精神には抵触する点があるのではないか、そうしてまたさらに三十二条の関連におきまして、何と申しましても、候補者にとりまして失格というような非常な不利益処分であります。そういう処分を受ける場合に、先ほどのお話では、裁判の途中だって、意思を通じたかどうか、総括主宰者かどうかということはわかるから、それでいいのだとおっしゃいますが、しかし、やはり候補者自身が裁判において、意思を通じたかいなか、あるいはまた総括主宰者であるかどうか、そういうことを申し述べる機会を一言も与えずに、直ちに決定するということ、私は、これは決して連座の効果を失わせるようなけちな考えから言うのではなくて、やはり法律論としては筋を通さなければいかぬのではないか。憲法の条文には反しないかもしれませんが、少なくとも憲法の精神から見ると、こういう不利益処分を受けるにあたりまして、一言も裁判所で陳弁の機会も与えないということが憲法の精神かどうか。私は、当然失格という考え方に対しては、憲法学者じゃありませんから、はっきりしたことは言い得ませんが、どう考えても、弁明あるいは証拠提出その他の機会を与えるということが憲法の精神の認むるところであり、憲法の精神だと思うのであります。
この点につきましては、法務省から見えておりますので、法務省側の考え方もこの機会に承っておきたいと思うのであります。自動失格ということ、このことがはたして、憲法の精神から見て妥当なりやいなや、当然失格ということについての法務当局の見解を承っておきたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/60
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061・海治立憲
○海治説明員 総括主宰者などが選挙違反で有罪の判決が確定いたしました場合に、直ちに当選人を失格させるべきであるというような御意見もございまして、政府案の作成にあたりましては、法務省の立場から自治省に御協力申し上げまて、いろいろこの点を検討いたしたわけでございます。青木先生の御指摘の通り、当然失格にするということは、やはり憲法三十一条及び憲法三十二条に抵触するおそれがあるのではないか、相当おそれが強いのではないかという判断をしたわけでございます。
その要旨を簡単に申し上げますと、憲法三十一条は、法律の定める手続によらなけば刑罰を課せられないということを言っておりますが、その刑罰というのは、多くの学者の本を読みますと、単に刑事裁判所において適用するところの、刊法で規定しておる狭い意味の刑罰だけではない、それよりもかなり広い概念であるということが通説であるように見受けました。ただ、どこまで広がるものであるかということは相当疑問がありましたけれども、現行の選挙法の連座規定は、選挙違反というものを原因としておる、つまり犯罪行為というものを原因としておる、そういう制裁でございますので、やはり刑罰的色彩の濃いものであるというふうに考えたわけであります。
それから「法律の定める手続」というふうに申しておりますが、これは成文法で書きさえすれば、どういう規定であっても法律の手続にのっとったものであるかといいますと、三十一条の趣旨は、やはり学説の多くによりますと、これはいわゆるアメリカの適正手続条項というものを日本に取り入れたものであって、その法律に定めた手続そのものが、やはり実体的に適正なものでなければならないということが言われております。この点も私どもとしましてはその通りであるというふうに判断したわけであります。
それから憲法三十二条は、裁判を受ける権利というもの保障しておりますが、これは民事の場合と刑事の場合と二通りあるわけであます。民事事件につきましては、民事的な不利益を負わせるために、事前に裁判を行なうということはないわけであります。ある不利益が生じた場合に、事後において裁判所に出して救済を求めるというのが憲然三十二条の趣旨でございます。また刑事事件につきましては、事後の救済ということでなくて、あくまでも三十一条に規定するように、事前と申しますか、あらかじめ定められた手続に従って刑罰を課さなければならない、こういう趣旨に解釈されております。従いまして連座の本質を刑罰的なものというふうに考えますならば、三十一条の問題と同時に三十二条の問題を考えなければならない。三十一条に違反するおそれがあるということは、すなわち三十二条にも違反するおそれがあるというふうに判断をいたしました。また一部の考え方では、連座の問題は刑罰的色彩の全くないものである、単純な民事的問題であるというふうにいたしますと、三十二条の趣旨から、この連座に対して事後の民事的な救済手続が裁判所によって行なわれなければならないというふうに考えられるわけでございます。その点からも、直ちに当選失格にいたしましても、民事的な救済手続が現行法上保証されていないわけでございまして、かりに刑罰的色彩が全くないものだという前提に立っても、三十二条の問題が残ると考えますから、結局のところ連座は刑事的な分野に属する問題であるというふうに考えまして、三十一条及び三十二条に違反するおそれが相当強いということでございます。もちろんその点は、終局的に最高裁判所で判断することでございますし、また法律の制定にあたりましては国会で御審議なさることでもございますが、私どもの立場におきましては、今申し上げたような判断をしたわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/61
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062・畑和
○畑委員 私の方からも見解を答弁させてもらいたい。先ほどのは法務省当局の統一的な見解かもしれぬけれども、しかしそれがすべて憲法解釈の権威ではございません。いろいろ学者もございまして、意見は大体二つに分かれておる。一体この連座が刑罰であるかどうかということが第一の問題だと思います。三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」というように規定してある。これは先ほどの法務省の見解からすれば、また一部の学者もそう申しておりますが、一つの適正手続によらなければこういった刑罰等の不利益処分は課せられることはないのだという規定であります。いわゆるデュー・プロセス、適正条項、適正手続ということを中心として書かれた条文である、こういうようなことが大体いわれておりますけれども、しかしその場合でありましても、私の見解をもっていたしますならば、ここにいう刑罰は法律にいう刑罰であって、制そのものは刑罰ではない、かように考えております、「生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」その生命を奪われて死刑にされる、あるいは自由を奪われて懲役に処せられ、禁固に処せられる、そういうことや、その他の刑罰、罰金、そういうことは、法律に定める手続によらなければ、今言った死刑、懲役刑、禁固刑あるいは罰金刑等の刑罰を課せられない、こういうきめであるとわれわれは理解しております。それは文字解釈に過ぎるという批判もあろうかと思いますけれども、少なくともそういうことから、連座制は刑罰ではない。先ほどから私が申し上げておりますように、道義的責任に基づく一つの政治的責任、それが公職選挙法にきめられるということであって、しかも大きな目的があるのであるから私は憲法には抵触しない、かように思うわけであります。一応私の方の見解を申し上げておく次第であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/62
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063・青木正
○青木委員 この問題につきましては、いろいろ御意見も承って、私の考えも申し上げたい点もあるのでありますが、私の時間がだいぶ超過しておりますので、一応その程度にしまして、最後に政治資金の問題について、ただ一点だけ承っておきたいと思うわけであります。
申し上げるまでもなく、議会主義民主政治の健全な発展のためには、政党の健全な育成をはからなければならぬ。しかし政党は事業をやっておるわけではありませんので、その財政的基礎というようなものについては、これは公正な姿において守っていかなければならぬと私どもは考えるのでありますが、そういう基本的な考え方に立ち、さらにまた政党というのは一体何ぞやということを、私どもこの機会に考えてみる必要があると思うのであります。政治資金規正法には一応書いてはありますが、しかし政党というものは一体どういうものであるか、そうしてまた政党の政治活動というものはどういうものであるか、そういうような政党についての規定が今のところはっきりしたものがないのであります。従って政党に対しては、国は何らの特典を与えておるわけでもなく、恩典を与えておるわけでもないのであります。そういう国が何らの保護も与えていない政党に対して、資金の規正だけするということは、私はそこに少し疑問があるのであります。ただ公職選挙法におきまして、今回の改正で、政党というものは、選挙活動については一種の特典を与えられることになるのであります。そういう意味におきまして、選挙活動に関しては、やはり国が資金を規正することも妥当ではないか。しかし一般の政治活動については、国が何らの保護も与えるわけでも何でもありませんので、やはり資金の規正をすることは片手落ちではないか。選挙制度審議会におきまして、少なくとも現段階で政党法の問題を取り上げて検討しておりますので、今回の場合は、選挙法についての政党に対する一極の特権を与えておりますので、その資金の規正をする、そうして政党法等を作る場合、政治活動について国が何らかの保護を与えるというようなときに、その政治資金を規正することの方が筋として正しいのではないかと私は思いますが、選挙制度審議会の考え方は、すべて個人の寄付によるべきであるという姿、これは私どもわかるわけでありますが、現段階におきましては、私は自由民主党とか社会党とかいうことを言うのではなくて、政党というものが現実に政治の責任を持っており、従ってその健全な育成をはかっていかなければならない、健全な育成をはかるためには、やはり財政的基礎というものを与えていかなければならない、そう考えますと、理想は理想として、現実に政党がやっていけるような姿にすることが、政党のためというよりは、国家にとっても必要なことではないか。そこで政治資金規正、寄付の制限の問題は、社会党案によりますと、答申そのままを採用したというお考えでありますが、しかしこれは社会党の内部のことをここでお聞きすることは失礼になりますから伺いませんが、社会党自体としても、政党資金の問題については、もっと本格的に掘り下げて考えてみる必要に逢着しておるのではないかと思います。党費は集めようとしてもなかなか集まってこないのであります。社会党は、あの人は組合の資金があるといいますけれども、組合資金は組合資金で、党活動に必要な資金は党自体が集めなければなければならぬことは言うまでもないことであります。そういうことで、政党の政治資金の問題については、ここでその場しのぎといいますか、単に一時的なムードのようなことできめることでなしに、私はもっと握り下げて検討してみる必要があるのではないか。審議会において政党法を研究しておりますがお互いに、かって政党法を作ろうということで、ずいぶん検討したわけであります。そういう積み上げをやっていき、またお互いもそういう努力を重ねていき、その際にやはり政治資金の問題ももっと真剣に取り組んできめることが適当ではないかと思うのでありますが、そういう点についての御意見を伺っておきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/63
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064・島上善五郎
○島上委員 政党の政治資金のあるべき理想的なあり方について、十分検討する必要があるということについては、私どもも同感であります。そして私どもの考えをこの機会に言わせていただきますならば、政党は党員の資金、主として党員の党費によってまかなうべきものである。外国の事例等を見ましても、たとえば党員が、西ドイツの社会民主党の場合には六十万もおる。もし六十万もおって、月々三十円も党本部に党費を払うということになれば、これで今の社会党がやっておる活動の程度は十分まかなえるわけです。しかしこれはそこまで到達するには時間を要する、努力を要することで、それまでの間どうするかという過渡的な方法も、実際問題として考えなければならないと思います。御承知のように、審議会におきましても、そういう点十分審議、検討しまして、理想論としては献金は個人に限るべきものであるというような議論がありました。私どもも同感の意を表しましたが、審議会の考えも、今後の問題はさらに検討を続けていくとしまして、さしあたってこの程度のことは必要であるというので、財政投融資、補助金、交付金、利子補給等をしている会社、法人からは、政党の献金を受けないようにしよう、これだけのものであって、審議会はさらに政党法とあわせて、その先の政治資金のあり方について検討を深めていこう、こういう考え方のようです。ですからこれはさしあたっての措置として、私どももこの程度のことは必要であろう、これであとよろしいとかというものではなくて、今後引き続き政党法とあわせて検討を進めていくという前提に立って、当面これだけの規制措置が必要であろう、こういうふうに考えます。これは修正案にもありますように、答申案にもありますように、きわめて限られた国と財政上、経済上、特殊の利害関係のつながりのあるものに限っておるのでありますから、私どもは最小限さしあたってこの程度のものが必要である、今後進んで検討は深めていくべきものである、こういうように考えます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/64
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065・青木正
○青木委員 先ほどの連座の問題、政治資金の問題については、いろいろ私、承りたいこともあるのでありますが、時間もだいぶ超過いたしましたので、一応この程度で打ち切らせていただきます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/65
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066・加藤常太郎
○加藤委員長 次に、井堀繁男君。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/66
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067・井堀繁男
○井堀委員 大へん時間が少なくなりましたので、ごく大まかな質問の糸口だけをつけておくという意味でお尋ねをしていきたいと思うのであります。社会党がせっかく修正案を出していただいておりますので、議員立法を尊重するという意味で、社会党の案に敬意を表して一、二お尋ねをし、並行して政府案について原則的なことをお尋ねしてみたいと思うわけです。
ただいままで、自民党のその方の権威着であります青木君からの質疑応答の中で、大体自民党の考え方がわかったような気がいたします。また社会党の答弁についても、もう少し明確に態度を示したらどうかと思われるような感じで実は伺っておったわけであります。と申し上げますのは、この選挙法改正の基礎をなしまするのは、言うまでもなく選挙制度審議会の答申案に基ついてでありますから、この選挙制度審議会答申案のワクの中において、種々論議が集約されることはやむを得ぬと思うのであります。しかしこれはここにも述べてありますように、これで答申が全部終わったわけではないのであります。中間答申というふうにとるべきであると思うのであります。それには重要な部分が答申されていないからであると言わなければならぬのであります。そこで、あとあとの問題は別にしまして、この答申案に限定して、まず社会党も修正案を出してきたようであります。そこに私は非常な無理があると思うのであります。
それから、ただいままでの質疑応答を伺っておりますと、この答申案に対する基本的な考え方に、私は社会党と自民党との考え方がはっきり浮き出てきているんじゃないかと思って実は伺っておったわけであります。こういう点が不明確なようでありますから、この点を実ははっきりお尋ねしてみたいと思うのであります。
なお、お尋ねする前に、私の聞こうとする意思を明らかにすることによって御答弁が正確になってくると思いますから、私の見解、わが党の見解を述べながらお尋ねしていきたいと思います。わが党はこの答申案については、さきにも述べましたように、中間の答申でありますから、このことをもって選挙法を完成しようとすることには私は無理がある、でありますから、事前にそのことを予定して、選挙法の改正を提出すべきであると思うのであります。これは政府案にも社会党案にも言いたいところであります。ところが、両案ともその用意がないと私どもは一応判断をいたしておるのであります。これは私どもの判断でありますから、食い違いがあれば、あとで御答弁の節、明らかにしていただけばいいのであります。
それから第二に、これからお尋ねしようとする前提になりますのは、この答申案にも、大別いたしますと三つに分けてその考え方を述べておるのであります。一つ一つについては、後日時間をいただきまして、とくと納得のいくように御答弁を願おうと思っているのでありますが、この三つの点は、一、二、三、順番は必ずしもその重要度を示すものではもちろんないと思いますが、第一は選挙運動と管理に関する事項を取り上げております。第二の問題は政治資金の問題を取り上げております。第三にあげておりますのが、公明選挙推進に関する事項であります。ところが政府案を拝見いたしましても、社会党の修正案を見ましても、この一番重要だと思いまする公明選挙運動推進に関することについて無関心であったり、冷淡であったり、あるいは積極的に言うならば、意識的に見送ったのではないかと思われる節もあります。さらに他の法律やあるいは行政的な手段などにおいて補完しなければならぬものももちろんあるようであります。こういう点については後日委員長にも御了解を得て、この委員会に文部大臣やあるいは法務大臣、厚生大臣などの所管に属する問題もがなりあるようでありますから、そういう関係方面の御出席を求めて、答申案の趣旨を徹底していくようにいたさなけけば、この法案に、質疑応答の際における基礎知識その他に混乱を生ずると思うのであります。きょうはそういう時間がありませんから、そういう私どもの見解の上に立ちまして、今社会党が修正案を出してきておりまするのは、答申のうちの第一と第二について修正をしておることはもう間違いがないのであります。私どもの考えは、選挙法というのは言うまでもなく憲法の精神を受けて立つものには違いありませんけれども、基本的には私は民主政治の基礎を作る行為でありますから、あまり枝葉末節にこだわって問題を論ずることは、私は中心をぼかすことになると思うのであります。政府が提案理由で非常にりっぱなことを言って、感心しておりましたが、法案の内容を見ますと、まるきりそういう誠意が見受けられぬことを残念に思って実はお尋ねをしようということで立ったわけでございます。以上、非常に雑駁な私どもの見解でありますが、そういう見解の上に立ってこれからお尋ねをしていきたいと思います。以上のような次第でありまするから、便宜上政府に御答弁を願おうと思うのであります。
それは、この第三に規定されております公明選挙を推進するということが、この審議会の設置の際における世論の支持を受けた大きな要素であったと私は思うのです。でありますから、ここに筋金が入ってきさえすれば、あとの制裁規定でありますとか、あるいは資金の問題については、おのずから道が開ける、こう考えるべきではないか、また答申はそういう精神に満たされておると私は拝見しておるのでありますが、まずこの答申案に対する政府の全体から受ける感じを伺っておきたいと思うのであります。これは一々具体的にお尋ねする時間がありませんので、まずこの答申のうち最も重視しなければならぬ第三の公明選挙推進に関する事項についてお尋ねしたい。
聞くところによりますと、自治省には予算を用意されましたり、スタッフの充実をはかるなどの準備があるかにほのかに聞いておるのであります。しかしこの答申案を一々見ていきますと、なかなかもってそういう行政的な整備充実だけとか、少々の自治省の予算のやりくり程度でできるものではないと判断しておるのであります。相当財政的にもまとまった財源を必要とするのではないか。それから従来の選挙局の構成では、今後この答申案に対処するための陣容としては大きく欠くるところがあるのではないか。ことに選挙管理委員会の問題については、この答申は強くしかも具体的に多くのことを要求しておるのであります。こういう問題は、政府の今回の法案提出にあたって、選挙法だけで満たすことができませんならば、他の法案を同時に用意することが当然義務づけられておるものと私は判断するのであります。もちろん用意があるかもしれませんが、そういうようなこの選挙法を補完しあるいは答申案の趣旨を生かしていくための他の法規の準備、あるいは予算の問題、スタッフの問題などについて御用意の点があれば、まずこの際先に御発表願って、また質問を進めていきたいと考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/67
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068・安井謙
○安井国務大臣 御説の通りでございまして、おそらくこの審議会の答申は公明にしてフェアな選挙をやるということに本旨は貫かれておると思います。そういう意味におきましては、でき得るだけこの公明選挙の運動というものについて、従来不十分でございますので、さらに充実してやっていきたいということで、ことしも二億円ばかりすでに三十六年度よりふやしまして、新聞、テレビ、ラジオ等を動員して、また地方の民間団体にも働きかけをいたしておりますが、三十七年度は特にそれを徹底いたしていきたいというふうに考えております。
なお、付帯した補足すべき法案があるべきではないか、これもごもっともでありまして、自治省でもって、今の選挙管理委員会制度につきましては補完した法案を提出するつもりでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/68
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069・井堀繁男
○井堀委員 具体的にお答えをいただきたいと思いますが、三十七年度でこの答申案に割愛できる財源はどのくらい予定しておられるか、また三十八年には相当大幅な要求をしなければならぬと思うのでありますが、そういうお見込み、それから別途に法規を用意されておるとするなら、どういう法規を準備されておりますか、またそれはいつごろ提出される御予定であるか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/69
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070・松村清之
○松村(清)政府委員 来年度の予算といたしましては、ただいま大臣がおっしゃいましたように、本年度に比較いたしまして、国費において一億五千万、もっともこの中には参議院選挙がありますための分も含まれておりますが一億五千万、地方費において五千万、合わせて二億円予算的に増額されております。今、国会で予算を審議中でございます。
それから地方自治法の改正といたしましては、まず選挙管理委員の資格といたしまして、答申通り、人格高潔で、政治、選挙に関し公正な識見を有する者でなければならない、選挙犯罪を犯した者であってはならない、地方公共団体の長、議員との兼職はいけない、こういうようにいたしまして、法律でもって選挙管理委員の信頼性というものを確保しようという内容であります。それから任期を三年から四年に改めております。
なお、その事務組織につきましては、私どもといたしましては、毎年財政措置をもって許す限り専任職員の充実をはかっておりますが、地方自治法の改正といたしましては、事務組織の責任者といたしまして、都道府県と市の選挙管理委員会には書記長というものを必ず置く、こういう内容の法案をただいま国会に提出いたしております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/70
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071・井堀繁男
○井堀委員 自治大臣が何か御所用のようでありますから、後日時間を得て明らかにしていきたいと思いますけれども、このことを先に明らかにしませんと、この選挙法を論議いたしましても焦点がぼけてくる。これは先ほど来の自民党の質問を伺っておりましても想像ができるのであります。選挙が今日腐敗しております実情は国民から指摘される通りでありまして、これをどう粛正していくかということについては、大きく三つの提案がなされておるわけであります。一つには制裁を加える、すなわち懲罰によって粛正をはかろうという方法で、これもやむを得ぬ、また選挙管理をもっと合理化、強化して、その面から粛正をはかろうという趣旨も理解できないわけではないのであります。しかし選挙は民主社会における、しかも民主政治を目標に置く人々にとりましては、選挙民の公正な自由な判断に基づいて——われわれは選ばれる方の側でありますから、そういう意味では国民の側の意思というものが選挙法の中に盛り込まれてくるということは、他の法律と全く本質を異にすると思うのであります。そういう意味で答申が尊重されなければならぬことは、世論の一致するところであろうと思うわけであります。でありますから、どうしても第三項の答申が明確に、ある程度政府なり各党の意見が一致することが望ましいことは言うまでもありません。その一致ができるかできぬかは、今後のこの委員会の努力に待つことになると思うのでありますが、私どもは公明選挙の実現は、制裁規定を強化したり、あるいは選挙管理を強化していくというようなことは望ましい行き方ではない、あくまで選挙民の深い理解と政治に対する積極的な意欲が盛り上がってくるという本筋をねらっていくべきではないか、そのために選挙法も抜本的な改正を迫られている。それから政府自身も、他の行政法規などによって、そういう国民の政治意識を啓蒙啓発していく一切の準備がなされなければならぬと思うのであります。こういう点については、自治省の責任は非常に重大だと私は思うのであります。こういう意味で、われわれは政府の責任を明確にしかも具体的に承知していくことが大切だと思いまして、先ほど自治大臣に伺ったのでありますが、時間の御都合で十分な御意見を聞くことができませんので、このことを、要するに今後時間を得て、できるなら具体的に質問をしていきたいと思います。
今、選挙局長の御答弁によりますと、一億五千万、それに参議院の選挙のために五千万などと言っておりますが、こんなものは答申に対する資金でも何でもありません。従来のそのままのものを言っておりまして、それがすべてとは私は思いませんけれども、大臣は決してそういう答弁はしないと思って質問したわけであります。もっと多額の財政的な準備が——あとで述べますけれども、答申案では要求されております。そういうことを聞かなければ、結局はこの答申の精神を上手にすりかえ、そして人民と候補者を罪悪視するような前提で取り締まりを強化したり、あるいは選挙管理をいたずらにきびしくすることだけによって、何か公明選挙を期待できるような印象をもし国民に与えたとするならば、この委員会としては大失敗だと思う。そういう点に眼目がありますので、私は社会党の修正案についても、第一と第二の点に重点を注がれて——社会党の従来の立場からいたしますならば、社会党の一貫した主張というものは、選挙民の選挙常識を啓蒙啓発して、その上に民主主義を推進していこうという建前でありましょうから、あまりワクの中に閉じこもって、適切な比喩ではありませんけれども、鹿を追う猟師が山を見ないといったようなことのないように、答申案の精神を大きく見て、あまりこういう部分的なものにまどわされることなく、もっと大上段に振りかぶらなければならなかったところは、この第三に盛られておりまするところではなかったか。
それで、あとでまただんだんお尋ねをしていくためのちょっと前ぶれとしで申し上げておきますが、たとえば立候補の制限などということについては、先ほどの質疑応答を伺っておりますると、どうも軍配が青木さんに上がるようなことになってしまって、まずいと思う。ちょっと立場が違っておる、建前が違っておるはずでありますから、そういう点では一つ堂々と社会党の意のあるところを述べていただきませんと、今後質疑を続けます上にも——私は決して文章の一つ一つにこだわって質問をしようとは思いません。大筋をついて、そして条文のいけないところはそれぞれ専門家の知識を借りるという便宜もありますから、もっと本質的に、たとえばここで言われております立候補の制限を必要とするというのでありますから、それがいろいろな弊害を生むことはもう当然であります。憲法の精神と憲法の条文についてという大へん親切な質問がありましたが、こういう点に問題があると私は思う。大精神がどこにあるか。そして一罰百戒なんというような言葉がありますが、そういうものが選挙法の中には従来もかなり規定されておるわけであります。そういう点に立って、もし社会党案が論議され、あるいは政府案の足りないところが取り上げられてくるということになるならば、本格的な論議になると思うのです。そういう点で、どうも社会党の提案趣旨の説明と今の質問を伺っておりますと、どうやら部分にばかりこだわって、大局が主張されていないように思われる。それとも、そういうものがないのでありますか。ないものであるならば、私どもが社会党を買いかぶっておるということになる。そこら辺について一言なかるべからずと思いますから、その機会を一つ社会党に与える意味で質問をいたしまして、きょうは時間がないようでありますから終りますが、まだ十分ほどありそうですから、一つ堂々と社会党の意のあるところを述べていただきたい、あと、私まだ質問する都合がありますから。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/71
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072・島上善五郎
○島上委員 大へんな御高説を伺いましたが、確かに現在の選挙界を粛正するためには、法律を改正して刑罰を重くするというだけで足りないことはその通りです。答申にもあります第三の、公明選挙推進ということの重要性も、私ども井堀委員同様に考えております。法律の改正と、公明選挙運動推進と、政党自身の自粛、この三本建によらなければほんとうに目的を達することができないと思います。ただ答申の第三にあります部分については、その大部分が政府の行政的な措置によって、またこれに対する国民の協力によって達せられる事柄である、こういうふうに私ども理解して、一部についてはもちろん法律の改正を必要とする面もありまする、予算措置なども、先ほど答弁がありましたような程度のものではなくて、もっと思い切った措置が必要である、こういうふうに考えております。
社会党の修正案につきましては、先ほど時間も不十分でしたし、私どもも大臣答弁になれておりませんから、あまり正直過ぎて青木君につり込まれたのかもしれませんが、この次の時間のある機会に、もっと大所高所に立って、はっきりとお答えする機会を得たいと存じております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/72
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073・畑和
○畑委員 答弁をいたします。先ほどの公務員の立候補の制限の問題につきまして、古木委員からいろいろ島上委員の方に御質問がございました。先ほども言われるように、きわめてざっくばらんに、かたくならぬで答弁した関係もありましょうが、軍配が青木委員の方に上がったと見たのはひが目だと思います。私の見解からいたしますれば、まだまだそこまでいっているのではなくて、逆に私は、実はむしろ反問したいのでありますけれども、大体われわれの方の案が、一体どの官職を指定してきめるかという点につきまして、それはいろいろあっちからこっちからつつきますれば、必ずしも完璧なものではないということは、われわれも承知しておるわけであります。しかしながらわれわれの意図するところは、そうした高級公務員の立候補そのものを制限する、ただし憲法違反になっちゃいかぬから、なるべく合理的な方法で、理由で、制限をするということでございました。政府の方はそれに辟易したのか、あるいはまたそうやる気がないのか知らぬけれども、ともかく官職を指定することが非常にむずかしい、合理的な根拠がむずかしいということで逃げているかのごとき感じがいたしております。われわれはつたないながらも、それをまず立候補させないのだということの方が、まだはるかに今までの弊害をためるにはよろしいのだ。政府案のように、立候補制限は憲法違反になりそうだから自由にする、ただその後いろいろ地位を利用して選挙運動をやったことがわかったときに失格だ、こういったことよりも、全国区の候補者が今まで職権を乱用した例があまりに多過ぎるから、それをまず立候補を制限しよう、こういうのでありますから、大体考えの持ちどころによって、だいぶ理解の仕方が違うと思うのであります。しかし、どうぞわれわれの意のあるところをおくみ取りいただきまして、御理解いただきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/73
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074・井堀繁男
○井堀委員 大へん時間がないので御無礼のことも申し上げたかと思いますが、ぜひ一つこの次は、社会党の修正されました根本的な考え方をまずもう少し伺ってみたいと思っております。それから、もちろんその結果、それぞれの項目についてお尋ねしたいと思います。
きょうは時間がないようでありますから、中途半端ですが、一応これで私の質疑を保留いたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/74
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075・加藤常太郎
○加藤委員長 本日はこの程度とし、次会は来たる二十八日午前十時三十分より開会いたします。
これにて散会いたします。
午後二時散会発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104004219X00819620323/75
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