1. 会議録本文
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000・会議録情報
昭和三十九年四月二十八日(火曜日)
午前十時二十一分開会
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委員の異動
四月二十四日
辞任 補欠選任
天埜 良吉君 平島 敏夫君
四月二十五日
辞任 補欠選任
平島 敏夫君 天埜 良吉君
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出席者は左のとおり。
委員長 北村 暢君
理事
石井 桂君
稲浦 鹿藏君
増原 恵吉君
瀬谷 英行君
委員
岩沢 忠恭君
小沢久太郎君
熊谷太三郎君
高橋進太郎君
村上 春藏君
田中 一君
武内 五郎君
中尾 辰義君
田上 松衞君
政府委員
建設省河川局長 畑谷 正実君
事務局側
常任委員会専門
員 中島 博君
参考人
全国治水砂防協
会専務理事 赤木 正雄君
同志社大学教授 加藤 正男君
成蹊大学助教授 佐藤 竺君
菅谷水資源研究
所長 菅谷 重二君
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本日の会議に付した案件
○理事の辞任及び補欠互選の件
○河川法案(内閣提出、衆議院送付)
○河川法施行法案(内閣提出、衆議院
送付)
—————————————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/0
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001・北村暢
○委員長(北村暢君) これより建設委員会を開会いたします。
まず、委員長及び理事打ち合わせの結果を御報告いたします。
最初に、理事辞任に伴う補欠互選を行ない、次に、河川法案、河川法施行法案の両案について、参考人より意見の開陳をお願いいたし、それに対する質疑を行ないます。
—————————————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/1
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002・北村暢
○委員長(北村暢君) それでは本日の議事に入ります。
武内君から、都合により理事を辞任したい旨の申し出がございますので、これを許可することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/2
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003・北村暢
○委員長(北村暢君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
つきましては、直ちにその補欠互選を行ないたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/3
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004・北村暢
○委員長(北村暢君) 御異議ないと認めます。
互選の方法は、便宜その指名を委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/4
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005・北村暢
○委員長(北村暢君) 御異議ないと認めます。
それでは、理事に瀬谷英行君を指名いたします。
—————————————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/5
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006・北村暢
○委員長(北村暢君) 次に、河川法案及び河川法施行法案を議題といたします。
本日は、両案審査のため、参考人として全国治水砂防協会専務理事赤木正雄君、同志社大学教授加藤正男君、成蹊大学助教授佐藤竺君、菅谷水資源研究所長菅谷重二君の四君の御出席を願っております。
参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多忙のところ、本委員会のためまげて御出席を賜わり、厚く御礼申し上げます。
つきましては、両案に対する忌憚のない御意見を拝聴いたしたいと存じます。議事の順序は、初めに佐藤参考人、次に赤木参考人、加藤、菅谷参考人という順序で進めてまいります。
参考人の意見の開陳は、十五分ないし二十分くらいにお願いいたし、その後、参考人及び政府当局に質疑を行ないます。
それでは、佐藤参考人、お願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/6
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007・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) ただいま御紹介にあずかりました佐藤でございます。
河川法の改正問題と申しますと、とにかく御承知のとおりにたいへんにやっかいな問題でございまして、いろいろ複雑な面があるのでございましょうけれども、私は、きょうここでは問題を利害調整の問題にしぼりまして、その観点からの意見を申し述べさせていただきたいと存じます。
河川は、いまさら申し上げるまでもなく、治水と利水並びに利水相互間にいろいろと利害対立がございまして、それの調整がめんどうなところに特徴があると思います。ところで、この調整にあたりまして、まず第一に注意しておかなければならないことは、わが国の河川のこの特徴と申しますか、とにかく短小急流といったようなところから、依然として治水の面が非常に重要ではないかということ、それからもう一つは、わが国に特有な水田耕作ということのために農業用水に既得権が存在するということであります。あとから増加してまいりました利水というのは、当然この二つの点を念願に置いてかからなければならないと思います。特に最近の工業用水の需要増大に伴いましてこの改正案が出てきたものと考えられますけれども、その点ではたして十分な配慮がこの法案になされているかどうかという点、若干の危惧を感ずるわけであります。
まず、一級河川という、今度のこの一級河川でありますが、これを原則として建設大臣が管理し利水許可をするというのでありますけれども、この場合のその権限というのは、何も施設の建設、維持管理といった面だけに限られるわけではないと思います。もちろん、ダムなどができましたあとの放水をめぐって対立する利害というものを、施設管理の面から調整するということも大きな仕事の一つでありましょうけれども、それと並んでめんどうなのは、むしろそういう施設をするための水利権や補償をめぐる紛争、こういったものだろうと思います。これはいままで、公選知事がいろいろと目に見えない負担——金の面その他いろいろな負担をやりまして調整してきていたと思います。これを建設大臣なり地方建設局長なりが、具体的な状況を判断しながらはたしてやっていけるものだろうかという点、私はどうもそうは考えられないのであります。結局こういうめんどうなことは、この河川法ができましても依然として府県に押しつけられて、ダムをつくる場合にも、府県がそういっためんどうな問題を片づけたら工事にかかってやるということになりかねないと思います。したがいまして、河川法で得をするように見える県の知事さんまでも一応の警戒をしたのではないかと思います。こういったことは、これまでの水質保全の法律その他ですでにいろいろと経験済みのところであります。したがいまして、一級河川だから建設大臣が権限を持つという規定だけでは、実際の仕事をやる場合の責任という点できわめて不十分ではないか。逆に府県から見れば、これまでどおり責任だけはとらされるけれども、権限だけは持っていかれてしまうということになりかねないのであります。これでは結局十分な責任をとれなくなるのではないかと思います。
次に、この点と関連いたしまして、セクショナリズムの問題があると思います。普通は、水資源の開発を妨げるものは府県の利己主義だといわれてきたわけでありますが、私が二、三調査してまいりました限り、どうもそう簡単なものではないように思われるのであります。たとえば、四国の吉野川、これは私も二度ほど参っておりますが、水行政の一番難物だと見られております。で、結局この場合の県の対立というものは、その背後に県民の利害というものがありまして、また、それを通して中央各省とそれぞれ結びついているのではないかと思います。もし、こういった各省間の対立をまとめるものがあれば、問題は解決するはずだろうと思いますが、各省はそれぞれ自分かってな計画を立て、火中のクリを拾おうとしないわけであります。で、総合的な全体の計画をまとめ上げる気はさらさらなかったのであります。そうなりますと、たとえば一番水のほしい香川県は、農林省の指導で徳島県が認めてくれそうな農業用水のためだけの導水計画を立てていたのでありますが、ここは実は廃塩田の活用のためにも工業用水がほしいわけであります。したがいまして、農業用水だけならば、むしろため池で間に合うというわけでありまして、もしここで両方の水がもらえるということになりますと、結局これまでやってきました農林省の調査は初めからやり直しということになります。こういったことは、一番国費をむだに使ったことになるんじゃないか、こういう気がいたします。これをもっとまとめる役所なり役人なりがいればよいわけでありますけれども、どの省もうっかり言い出しますと、そこが金を出さなければならないということから、みんなしり込みしてきたようであります。しかも悪いことに、各省の出先の局長たちは二年くらいの期限で、入れかわり立ちかわり出入りしていまして、就任してようやく事情をのみ込んだころには他省の出先の局長がかわってしまいます。そうしてその人がどうにかわかってくると、今度は自分が出ていかなければならない、こういうイタチごっこを繰り返しておりました。これでは国の意見がまとまるはずはないわけであります。結局、ここは民間の四国電力の社長さん、元参議院議員でいらっしゃいますけれども、この方がようやく最近になって調査に成功されたようであります。しかし、これでは国が一体何をやっているかということになると思います。こういった場合、現在の地方建設局長の権限を強化しただけで、はたしてやれるかどうか。また、そもそもこういった場合に、はたして建設大臣はまとめ役として適任といえるのだろうか。四国電力の中川先生も地元に根をおろしていらっしゃるからやれたのじゃないかという気がするであります。
それからもう一つ、ここの場合に問題だったのは、多目的ダムをつくるとして、結局治水の利益を受ける県がかなりの大きな負担をするのでありますけれども、この徳島県とかあるいは利根川の場合の茨城県といったようなところを考えてみますと、洪水の被害と、それを防ぐための治水費負担のために、これまでたいへんに貧乏してきていたと思います。こういったところが利水ということになれば、これらの貧乏県は当然治水分はよそで出せ、もし出せないならばこちらのほうの利水が先だという気になるのは当然だろうと思います。先ほど治水をまず考えなければならないと申し上げましたのは、こういったものも含めて申し上げているわけであります。しかし、他県にしましても、そこまではとても負担が回らない。たとえば、吉野川の問題で香川県が治水費負担までするのはどうも理屈に合わないということもありましょうし、また現に、それだけの負担能力がないということになりますと、結局工業用水でも、上水でも利水ということになりますと、ダム負担以外にいろいろ大きな負担があるわけですから、こうなるわけですけれども、この場合は、治水費はやはり国のほうでかなりめんどうを見ていただかなければならないのじゃないか、これまで以上のことが必要じゃないかという気がいたします。しかも、常に河川の場合問題になりますのは、直轄河川以外の中小河川の工事の場合、改修はこれは非常におくれているわけであります。これを府県が担当するということになっているわけでありますから、ますますこの府県をしぼるわけにはいかないのではないか。この点、はたして新河川法案で十分な配慮がなされているかどうか、こういった点もちょっと心配な点であります。
こう考えてまいりますと、この法案の最大の焦点というのは、要するに河川管理者としてだれが最適任であるかという問題に帰着すると思います。また、その点に論議もしぼられてくるのではないかと思うのでありますが、この法案を提出されました側から見ますと、どうも知事は適任でない、特に全国の重要な水系については、建設大臣に取り上げてしまったほうがよい、この水系が二つ以上の府県にまたがるものなどは、そもそも分断して管理すること自体がおかしいのだということを前提にしているわけであります。しかし、逆の立場から見ますと、知事は総合的な行政権者だから、水問題のように、総合的な判断を要求されるものは知事がやるべきであって、治水という面からの他の利水関係者と並列的に存在するだけの建設大臣なり、その省では、その能力はないと見るわけであります。また、この立場から見るならば、もし、二府県以上にまたがる河川で、府県間の調整の必要があれば、結局、知事同士の自主的な協力機構を考えるので十分ではないかというようであります。私は、こういった対立の根を、ただ単に知事の人気取りときめつけるわけにはいかないと考えるものでありまして、やはり既得権の尊重の基本線を確認しつつ、知事が何らかの公的な機構のもとに公的に解決する道を考えるのが一番だと思います。その場合、もちろん、国がいろいろと援助することは必要でありましょう。財政的な裏づけ、技術的な助言、さらには全体的な水系別、あるいはもっと広い地域別の総合利用計画の樹立、たとえば利根川の水系を考えます場合に、通常利根川だけを問題にしておりますけれども、利根川の水は、たとえば、霞ケ浦を貯水池として使いますならば、さらに那珂川の水を持ってくるとか、それを霞ケ浦にためるとか、いろいろな。そういうまさに広い意味での総合的な利用計画が、こういったものは国で立てるよりほかにないと思いますが、そういうようなものを通して企画庁なり建設省なり、そのほかの各省庁の担当すべき分野は少なくないものと考えます。ただ、その場合気をつけなければいけないのは、権力的な、高圧的な態度だけは絶対に避けていただきたい、こういうふうに考えます。
こういった調整問題という点から見ますと、これは結論を申し上げますと、どうも欠ける点があるような気がするわけであります。かなり修正はされていると思いますけれども、何かまだ重大な欠陥があるのではないかという気がするのであります。と申しますのは、結局、水行政が総合的な判断が必要とされるものになった以上、それだけのますます総合的な判断のできる機関にまかせるべきであって、これまで治水を中心とした、いわゆる河川工事にしか経験のない建設省が適任とはどうしても思えないのであります。
それから既得権としての農業用水の尊重という点でありますけれども、法案の四十条の規定は、きわめて問題が大きいような気がいたします。このうち、旧水利権者の同意がなくても、一 当該水利使用に係る事業が関係河川使用者の当該河川の使用に係る事業に比し公益性が著しく大きい場合」は、河川審議会の意見を聞いた上で許可できる、要するに旧水利権者の同意がなくてもできるというのでありますが、農業用水はこの点で明らかに不利であろうと思います。また、その場合、水利権なるものの権利として性格がきわめて弱い、そのために、おそらく補償も十分なものが出そうには思いません。私は、こういった場合は、他の既得権を同意なくして侵すことは絶対に許してはならないのではないかと考えるのでありまして、その同意をとるために、余水を生み出す合口の費用を新規利水権者が出す、あるいは権利金を払うとか、また、どうしてもだめなら、当然ダムなどによって新たな水資源の開発をやるべきだと思います。とにかく、弱い者いじめになるようなことだけは、厳重に戒めてほしいと思いますので、その点でこの規定にはどうも疑問を感ずるのであります。
以上、結局問題は、どうもこの法案に関する限り、その改正となる事実認識の点に疑わしい点が二、三あるような気がするのであります。
第一に、公選知事が人気取りでセクショナリズムを発揮するから水行政がうまくいかないとしているようでありますけれども、これは公選知事の持つ長所、河川行政の一番重要な点であります利害調整に果たす役割りに目をつぶるものではないでしょうか、この点は、国の出先や中央官庁では万全を期し得ないような気がいたします。
第二に、工業用水や一部の上水を尊重するあまり、農業の慣行水利権をむだだと片づけてしまっているわけであります。こういった態度は、どうも許されないのではないかと思います。この点、もしも御質問ございましたらあとで述べさせていただきたいと思います。
最後に一言、この法案にも政令や省令への委任が重要な問題について幾つか見られるのでありますけれども、こういった問題の多い法案で、しかも、重要な点については、委任のしっぱなしにならないように十分御配慮いただきたい。できれば、その政令が、はたして法の趣旨のとおりにつくられているかどうかを立法府御自身がひとつ確かめる確認決議ぐらいはしていただきたいと思います。こういった手続は、西欧のおもな諸国はみんなやっておるはずであります。なお、そのためには、政令への委任をもっと明確な基準によって行なうべきだと思います。たとえば一級河川の範囲についてその点が強く感じられるのであります。
以上、簡単でございますが、河川法についてきわめて大まかなことを述べさせていただきました。(拍手)発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/7
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008・北村暢
○委員長(北村暢君) 次に、赤木参考人にお願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/8
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009・赤木正雄
○参考人(赤木正雄君) 赤木です。私は、この法案を主として砂防の観点から私の考えをお話しいたしたいと思います。
この法律の目的といたしまして、「河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もって公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的」としています。これを要約いたしますと、洪水の害を防止して、あわせて水の適正なる利用の増進の二つにおもな目的があるように解せられます。すなわち、治水の完璧と利水の万全を期すということに尽きるのであります。そこで、一体洪水とは何かと、申すまでもなく、これは異常の流水量でありますが、その流水量は、ダムの決壊その他の特例は別といたしまして、主として降雨による水量と、これによって水とともに流される土砂、石礫の量であります。このうち水量は、河川の流域面積、降雨量によりまして、その大体を測定をすることはできますが、水とともに流れる土砂の量に関しましては、容易にこれははかりがたいのでありまして、しかもその量は、各河川の流域の大きさ、地形、地質並びに降雨の状況等によって相違いたしますが、私ども実測の結果を見ましても、洪水のときにどれほど土砂が流れるか、むろんこれは河川によって相違しますが、その流れる洪水の容量のうちの二割も三割も土砂を含んで流れています。この土砂、石礫は、単に洪水量を増大するだけではなく、これは川床に沈積いたしますと、ますます川の断面を狭小にいたしますから、治水上からこれらの流下水、土砂、石礫を防ぎ、軽減するために、御承知のごとく、砂防法が制定されて砂防工事が今日施行されています。これに加うるに、今日のごとく利水が著しく重視されるようになりました。せっかく多目的ダムをつくりましても、土砂のためにおいおいとそれが埋没して利水の効果が漸次減少することは明らかなことでありますから、この観点からも砂防は必要なのであります。これは皆さま御承知だ思います。すなわち、治水並びに利水の目的を達成せしめんがためには、河川法と砂防法が両々相まって重要な法案で、なおこれに加えるのに、いわゆる森林の保安、警備等も重要な問題であります。よって、今回御提案になりましたこの法案を検討いたしますと、当然のこととは言えますが、この法案によりまして、砂防法が特に制限を受けていることは、どこにもありません。したがって、砂防指定地の編入についても、砂防工事施行に関しても、今日と何ら変わったことのないように、私は理解するものであります。すなわち、一級河川あるいは二級河川のいずれを問わず、治水上砂防のため、砂防設備を要する土地または治水上砂防のため一定の行為を禁止あるいは制限すべき土地は、主務大臣がこれを指定するものと解して、河川のほうと何ら抵触するところはありません。かように私は解釈いたします。
しかし、この法案と直接関係はないかもしれませんが、この際ひとつ申し上げたいのは、昨年あなた方のせっかくのお力によりまして、砂防法の一部が改正されまして、砂防災害として処理されるものが、砂防指定地内の天然河岸にまで及びまして、これは当然発生する災害をあらかじめ防いで災害の拡大を防ぐ、私はまことにりっぱな法律と思っております。しかし、これに関連して発令されました政令を見ますと、その第二条の二に、「砂防法第三条ノ二ノ政令ヲ以テ定ムル天然ノ河岸ハ河川法第一条ノ河川、同法第四条第一項ノ支川及派川並同法第五条ニ依リ同法ニ規定シタル事項ノ準用セラルル河川以外ノ河川ニ係ル天然ノ河岸トス」といわれています。この河川法一条、二条、その他申しませんが、要するに、今日この実情を各府県に調査いたしますと、いずれの地方におきましても、ほとんどその山間部の小さい河川では、ほとんど河川工事をしていません。のみならず、何ら仕事をされていない河川がありますが、これに対して、これを準用河川とされているのであります。そこで、せっかくこの砂防法の一部が改正されたために、これを天然河岸として砂防の災害を適用するために、砂防地と指定していながら、その法律が実際適用されないのです。でありますから、この法案と関連いたしまして、政令が出される場合には、いまのような不備の点を改めて、ほんとうに河川も砂防も一体となって災害を未然に防ぎ得るように、一段と政府の御高配を願う次第であります。
これをもって私の陳述は終わります。(拍手)発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/9
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010・北村暢
○委員長(北村暢君) 次に、加藤参考人にお願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/10
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011・加藤正男
○参考人(加藤正男君) 私は、二つの観点から河川法案及び同法施行法案についての意見を述べたいと思います。
まず、第一の観点と申しますのは、河川法案、あるいは現行の河川法よりも、若干の点では前進しているところがあると思います。また、法案の立案あるいは修正のプロセス、過程というものも、われわれに教えるところが少なくないのであります。何といっても、一番大きな問題は、現行法のいわゆる区間主義と今度の法案のこの水系主義の問題だと思いますが、さっき佐藤参考人も申されたような点であります。そのほか、現行法がちぐはぐのばらばらの法律である。とにかく制定以来七十年もたっているわけでありますから、そういう点をある程度整備したというような点、特にダムの規定の問題、それから利水の点でも幾らかの進歩を示しているというふうにも言えるかと思います。
第二の観点は、現行の河川法では、はたしてこの河川の管理に非常に大きな支障があるのかどうかということを、もう一度反省してみる必要があるのではないかということです。今日ただいまが改正の時期なのかどうかという、そういう点であります。やはり一番問題なのは、複数の、二つ以上の府県の大きな利害に関係のある河川の管理問題だろうと思いますが、この点は、現行法ではたして河川の管理に非常に大きな差しさわりがあるのかどうか、つまりまず関係の地元府県の知事の協議というようなことから出発して、その協議がととのわない場合に、初めて国家ないしは建設大臣が、その基本的な計画に基づいてこの管理や事務の総括をする、具体的な個々の管理は地元の知事にまかせてもよいのではないか。現行のもとでも、手続さえ経ますというと、国が知事の代執行もできるわけですし、知事の罷免というようなことも、場合によってはできるわけです。つまり国には知事の指導監督権、認可権というようなものが大幅に現行法でも認められている。まあ歴代の建設大臣、あるいは昔であれば内務大臣、まあ事情が違いますけれども、はたして現行制度で認められた権限を十分に活用して、それでもなおかつ河川の管理の責任を果たすことができなかったのかどうか、そういうことをもう一度考え直してみる必要があるというのが、私のいわゆる第二の観点であります。
これは、佐藤参考人も申されましたように、関連があるわけですが、上流の府県で、水の権利が唯一の財源であるというような府県は必ずしも少なくないのですが、そういうものから水の権利を奪わないように、それからまた、いわゆる一級河川をかかえる府県の河川課などを、あるいは廃止したり、あるいは事務を縮小したり、あるいは事務の大混乱があるというようなことのないようにするということが必要ではないか。また、地元の住民、特に農業水利権者等の生活だとか意向とかいうようなことを軽く見ないように、これは管理権者がだれであるかということは一番大きな問題かとも思いますけれども、基本的には、河川の管理のメルクマールを、基準を具体的に客観的にするということ。まあ特にこれは利水、水利権の許可処分の場合に特にそうだと思うのですが、そういうような点が大切な点ではないかと思います。
それから、これも佐藤参考人が申されましたが、この法案には、委任立法の規定が多いということは、非常に目立つわけであります。まあこまかいことは、ここでは省きます。
それから次に、国の河川管理そのものについてでありますが、まず、法案の四条とか五条の問題ですが、河川の認定基準あるいは、いわゆる一級河川そのものを法律で明文化するという、そういうことがいいかどうかという、そういう問題点であります。このことは、いわゆる一級河川をしぼるということにもなるわけです。従来この点に、三つの認定基準が並列的に並べてあるわけです。たとえば認定基準の第三というのは、二以上の府県に重大な利害関係——重大なというのは私のことばですけれども、利害関係のある河川などという、そういう三つの認定基準です。私は、いわゆるこの第三の認定基準ですね、これを唯一の要件ないし必須要件というふうに考えるべきではないか。それも、ごくわずかしか府県にまたがっていないような場合には、その場合でも問題があろうかと思います。少なくとも出ております、いわゆる第二の基準というようなものは必要がないのではないか。こういう認定基準に照らしましても、国が、あるいは建設大臣が、どうしても直接に管理をして、目を光らしていなければだめだというような河川は、そうたくさんは——二十以上とか、そうたくさんはないのではないか。また、一級河川のしぼり方にもよりますが、中央だけで国全体にわたって行き届いた解決ができるのかどうか。むしろいろんな例が考えられますが、建設大臣ないし建設省一人、あるいは一つの省だけで、事務を担当するというようなことになれば、むしろ煩瑣、わずらわしくなるという、そういう可能性もあるのではないか。特に、いわゆる慣行水利権の認定ということだけを考えてみましても、非常な事務の量になるというようなことに注目しなければならないと思います。
次に私は、河川法や水利権に関する裁判の実際を調べたことがあるのですが、水争いの場合、経済的な弱者、農民とかそれから売水——水を売る業者、そういうような者が裁判で負けていることが多いわけです。これも、ここでは詳しい話は省いておきますけれども、行政機関だとか独占企業に対して、経済的な弱者は、法理論的には勝てそうなような場合でも、この裁判に弱い。それからまた、今度の法案にも損失補償の規定が若干あるわけですが、現実には、現行法のもとでもそういう立法上、裁判上の補償のほかに、調停だとか、あっせんの結果として補償金だとか、見舞い金だとか涙金だとか、そういうことが問題になることが多いわけですが、これは水争いの場合に、一方の当事者は相手方に対する交渉、それから協議、あるいは関係官庁などに対する陳情だとか懇請の繰り返しをしていることが多いわけですが、そういう場合だけではなくて、現在までは地元の河川課あたりに陳情すればよいのを、一級河川だということになるというと、わざわざ東京までやってこなければならないというようなことになりはすまいか。
なお、この損失補償のほかに——まあ損失補償の規定も、若干今度の法案では整備されていると思いますが、それに関連して損害賠償というような問題の請求の問題などもあるわけですが、つまり建設大臣の故意だとか過失というようなことの立証が非常にむずかしいのではないかというような点であります。
それから、これは水資源開発促進法などが参考になると思いますが、この法律もそう完ぺきな法律であるかどうかは問題なんですが、一体建設省ないし建設大臣が、つまりそういういわゆる実力者だとか、一つの省というようなものが、国の統一的な意思を代表することができるのかどうかという、そういう疑問が残るわけです。これは特に利水面については農林省、自治省、通産省、厚生省その他がありますし、また、地元府県の問題があるということは繰り返して言っているとおりであります。
次に、いわゆる二級河川というものは、地元府県の知事に管理権があるというふうにしながら、場合によれば建設大臣が事業に関与するということがあり得るわけです、法案でも若干の規定がありますが。その際に、建設大臣がただ一方的に知事に通知をする、地元知事と協議をすることをしないというような、そういうことになりはすまいか。つまり現行の河川法よりも大臣の監督権がこの法案では強くなっているということにはならないか。この点については、たとえば道路法などが参考になるということだけについて一言しておくにとどめます。
なお、いわゆる河川区域、いわゆる河川予定地、そういった指定の問題がありますが、これも、さっきの管理権者がだれかという、そういう問題に関連するわけです。
それから次に、河川の管理費用の問題ですけれども、これは簡単に申しますと、河川、これはいわゆる二級河川も含めてなのですが、国は、やはり最高の責任あるいは総括をする総括者、そういうふうに考えるべきではないか。ですから、この一級河川や二級河川について、修正案などに出ておりますよりも、もう少し前進した費用負担の問題が考えられるのではないか。そういうふうな場合には、大蔵省などのいわゆる受益者負担というようなことが成り立つのかどうかという、そういう疑問があるわけです。
それからその次に、治水の問題、それから洪水の問題について簡単に……。赤木参考人も触れられましたが、まず水害が絶えずやってくる、水害が忘れたころではなしに、忘れずにやってくるというような、そういう地域を指定して、この防止のための施設を優先的に設けるべきではないか。それから、これは河川法の施行法案、したがって、この河川法の関係法律の問題ですが、水害の予防については、御承知のように、水防法そのほか、ごくわずかしかないので、今後の立法が待たれるというようなこと、それから、この現行水防法における費用負担の問題というようなことがあると思います。
それから次に、水害復旧事業、これも国が責任を持ってやると、そういうふうにすべきではないかというような問題。
それから最後に、私の一番最初に申しました、いわゆる第二の観点、この点についてなのですが、今度のこの河川法案よりも、もっと体系的な総合的な河川に関する法、水法といいますか、そういうふうにするというのが一つの理想なのではないか。よく立法は妥協であるというようなことがいわれますけれども、それでいいのかどうか。たとえば、ある地方では、大雪が降って洪水になりほとんど毎年水害がやってくる、ほかの地方では、工業用水だとか、飲み水にすら不足して困っている、そういうふうな場合に、国の総合的な立場から、何か大計画が考えられるのではないか。もし考えられるとすれば、そういうような観点も、この河川法の改正に盛り込むべきではないかという問題であります。
それから第二に、この河川法案では、利水面に手薄な点といいますか、立法によらないで依然として法解釈にまかされているというような点が少なくないのではないか。具体例はありますが略します。
最後に、やはり問題は、河川の管理の客観的な具体的な基準ということだと思いますが、それに関連して、河川管理権者の問題が起こる。その場合に、建設大臣だけが、建設省だけがやっていれば、管理していれば、すべてうまくいくので、地元庁県は黙っておれ、そういう観点ではなしに、そういう国と地元府県との関係というものを、みんながもう一度謙虚な気持ちで反省してみる必要があるのではないか。場合によっては地元府県のエゴイズムといいますか、そういうものがある程度制限されるというようなことが考えられないでもないのですけれども、それにもかかわらず、そういう国と、何よりも河川の管理に一番関係のある地元府県との関係というものについての問題が一番大切な問題ではないかというふうに思っております。
終わります。(拍手)発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/11
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012・北村暢
○委員長(北村暢君) 最後に、菅谷参考人にお願いいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/12
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013・菅谷重二
○参考人(菅谷重二君) 菅谷でございます。私は民間の、私は、有識者ではございませんけれども、有識者、経済人その他の者が集まりまして、常に河川法に対して大きな関心を持ち、行政官庁の方々などに来ていただいて意見を聞いたり、また、われわれ自身も、いろいろと議論したりしております。また、私自身も、たびたび公開の席上あるいは雑誌、放送等を通じて、この問題について意見を開陳しております。これから申し上げますことは、私の意見ではございますが、そういう民間の人間がこういう河川法に対してどういう考えを持っているかということの一つの目安になると思いますので、どうか私の意見を聞いていただきたいと思います。若干時間が超過するかもしれませんが、お許しを願ってしばらく述べさせていただきます。
私の立場を申しますと、私は、河川法を改正するということに対しては、全面的に賛成でございます。のみならず、でき得る限り早くこれを成立させるようにすることが望ましいと考えております。ですが、いま提出されております河川法案、これはいわば非常に不十分かつ不明瞭な点が多いと思っております。ですが、すでに衆議院を通過しております今日、われわれがいろいろなことを申し上げても、改正は困難かもしれません。ですが、今後こういうわれわれが申し上げた点を御参考にして、できるだけ立法府で検討を重ね、早い機会に部分的あるいは根本的な問題に対して改正していくべきだと考えております。この意味から、私のこの法律案に対する態度は、条件つきの賛成だと言うことができると思います。
第二に、この法律案を改正することに賛成する理由を申し述べてみたいと思います。
今日一般国民が河川法の改正を是認しているように見られるのは、それによって現在うまくいっていない河川に関するいろいろな状態が改善されると思うからだと考えております。いままで国については各省、地方については府県、こういういろいろな分割によりまして河川の行政が行なわれてきたのであります。その結果としまして、治水が計画的に行なわれないとか、公共的、合理的な水の利用開発が行なわれないとか、大規模な河川施設の設置がうまくいかないというようなことが起きていることは事実であります。そのために、河域内の住民は絶えず——これは主として水の利用者関係がおもでありますが、その他の人々も多大の不安を抱いてきたことは事実であります。特に国民の関心の的となっております水の利用問題では、川に水があってもとれない、また、とらせたいという矛盾状態を引き起こしておるのであります。社会的、経済的な障害、これが、言いかえれば、都市の上水道用水、工業用水の不足、それから引き起こります地下水のくみ上げ過ぎによる地盤沈下の問題、河川の水質汚染等によります水の費用の増大の問題、また、それが家庭や水を利用する産業に与える支出の負担増の問題等々で、日本の工業の国際競争力をかなり低下させているというのが現状でございます。新河川法の目的、管理の原則でうたわれておりますように、河川を水系別に一貫管理する方針が行なわれて、河川の責任管理体系が明らかになれば、前に申しましたような矛盾は改善されるだろうと、私は期待するからでございます。
第三に、法律案を不十分、不明瞭だとする理由と、そういう改善すべき問題点を述べてみたいと思います。
この河川法案並びにその施行法案の全般的な構成は、おおむね妥当だと考えております。特に新法案が、昨年提出されました法案に比べまして、この法案を通過させるために行なったのかは第二としまして、非常な弾力性を持たせるための努力を払ったということは十分認められると思います。また、第一条の法律の目的の不足、これを補うために、二条に河川管理の原則を付したことは、一歩前進だと考えております。けれども、私は、法律のこの目的、河川管理の原則の条文は、あまりにも作文的であって、新しい思想、積極的な意図が見当たらないと考えております。新しい法律を提案する眼目は、利水面にあるということは、この法案を提出されました建設大臣も常に述べていることでございます。私のこの水利用のいろいろな新思想というようなものは、たびたび先ほど申しましたような雑誌その他に書いておりますので、ここでは省略します。ですが、一言述べておきたいことは、日本の国には物理的な水不足はないということであります。そしてまた、川には需要がふえましてもその需要に応ずるだけの水が流れているということでございます。このことを認識することを前提にしまして、徹底的に現在ある水を使いこなすというのが一つの構想でありまして、その方法は、最近はやってきました河口貯水池、あるいは中下流に渇水補給用の貯水池を設けること、さらにまた、その水系としまして平水、豊水、現在の水利権は渇水を基準にしておりますので、それ以上の水の流れていると寺、平水、豊水の時期だけ水をとれるというような水利権を設定し、現在あります既得水利権、慣行水利権などの調整をすることだと考えております。こういう新しい構想を行なうにあたりまして、河川行政が真に国民の利益のために行なわれるものでありましたならば、従来の法律でも十分効果的に実行できたはずだと私は思っております。そして今日の水不足は起きなかったはずだと考えております。それができなかったのは、実行を不明確な法律の解釈論で逃げていた。そして積極的な河川行政を行なう努力を怠ってきたからだと考えております。消極的な法律の解釈を防止するためにも、法律の目的、管理の原則等の条項をさらに完全に、もっと明確に、しかも、その他のどの条項もこの目的を、確実に実行するように解釈すべきだということを、法律の条文の中に明記すべきだと考えております。この法案の条項を精読してみましても、こういう法律の目的を達成するための条項は十分だとは言えないと思います。法案の最後に、百十四字で書かれております提出の理由を見ましても、「国土保全」、「水の高度利用を図るため、」「一貫した河川の管理体系を確立し、」とあります。この法案では、そこまで行なうには十分だと考えておりますが、次に書かれております、水利を調整し「その他水利使用に関する制度を整備し、洪水時に対処する防災上の措置を講ずる等の必要がある。」と、こう書かれておりますが、法律案には、その具体的な内容が欠けているのであります。これを、先ほど前参考人が申されましたように、政令でやるのか、それとも、いままでどうり幾つかの省にわたる他の関連法でやるのか、不明な点が多いと思います。法律の目的を達成する上に最も重要である具体的な方法を、法律案と同時に決定しなければ、河川の管理権を国が県から取り上げるだけで、効果的な公共のための河川管理は行なわれがたいと考えております。この意味では、一部から、この法案は一つの食い逃げ法案だというような批判が出ておりますが、そう言われるのもやむを得ないと考える次第であります。
以上に述べましたことから、法律改正の方向づけは、前法に比べて一そう不明確さが目立っていると見ております。特にこの法案の中に、河川区域内の土地の一部に私権が存在することを認めるような条項が加わったことは、私は、二歩も三歩も後退と考えております。このことはまたあとで述べます。
その結果としまして、今後起こるであろう事態、すなわち、水資源、河川敷地の利用等におきまして、今後当然公共優先をはからなければならないのが、それが私権と競合し、紛争を引き起こすことも当然予想されるのであります。こういう事態を解決するのに、新しい法律の効力ははなはだ弱くなると認めざるを得ないと思います。今後立法府におかれましては、そのような条項を整備するための努力が必要であろうと考えております。
次に、特に問題点のある細部に触れてみたいと思います。
第二章の河川管理の第三節「河川の使用及び河川に関する規制」の項は、特に問題点が多いのであります。先ほど前参考人が述べられましたように、この項は、将来当然整理または取り消し処分を行なうべき慣行水利権や古い許可に基づく未利用——利用されていない水利権、これは水力に多いのでございますが、これらのものに触れるのを避けたのは、問題の解決を将来に残したことになるから、私は数歩も後退だと考えております。
また、新しい水利使用の申請や、その許可に対して、積極的なあっせん調整をするという意図も盛られていないのは遺憾だと思います。土地の使用許可、河川敷地の処分等につきましても、現行河川法では、すべての私権が排除されることになっていることは、皆さんすでに御承知のところでございます。新法でもその趣旨を貫いて、使用の目的が、営利の対象となるような場合には、許可、売却を行なわないというような条項を織り込むのが当然だと考えております。すでに営利の目的に使用されておりますものは、全面的な引き揚げをうたうべきだと考えております。河川法の適用を受ける一、二級及び準用河川の敷地面積を計算してみますと、概算しまして八千平方キロ、国土面積の二・五%、東京都の二倍強の広さに達するのでございます。この河川敷地は、現在土地の不足しております日本にとりまして、また、都市にとりましても、はなはだ重要な意味を持っているのでございます。河川の敷地は、都市の周辺になるほど面積比率といいますか、土地の面積に対する河川敷地面積の比率が大きくなるのでございます。この土地を積極的に公共のために利用していくという方法をとらなければ、将来はもちろん、現在も、都市の交通、上下水道その他リクリエーション等の社会施設の整備が望まれないと私は考えております。こういう公共の目的に使うべき公有地を、営利の目的のために占用を許可していたということ自体が不当なことだと考えておりますので、今後、全般的に取り消しの方向に進むのが当然だと考えております。
この法案の第六章、雑則の八十九、九十条に、既得権を承認するがごとき条項があるのははなはだ遺憾でありまして、これは近い将来改正されることが望まれるのでございます。
また、砂利の採取等についても、同じことが言えると思います。言うまでもなく、現在ほとんどの河川では、上流にダムがつくられておりまして、砂礫の流下がほとんど停止しております。そういう今日、従来どおりというよりも、むしろ従来にも増した数倍の量の砂利を毎年川から採取しますことは、河床を低下させまして、河川の堤防を危険に陥れていることは事実であります。このような事実は、この法案の目的でございます公共の安全に反することはなはだしいものがあると思います。ですから私は、このような砂利の採取は、全面的な禁止をたてまえとし、採取の許可は特例にするよう法律が改正される必要があると考えております。
最後に、第五章の河川審議会に関する問題でございます。との審議会は、建設大臣が委員を任命し、審議会は、諮問に応じ意見を述べることができる、というように書かれておりますが、このような弱体のものは、私は無用だと考えております。民主的な審議会制度が必要だとすれば、これは十分委員を厳選いたしまして、公正な意見を聞くべきであって、しかも、単に意見を聞くというにとどまらないで、審議会の決定に従う、という方向にいくのが当然だと考えております。そういう審議会の構成なり、運営が正しく行なわれなければ、河川管理者が全責任をもって事に当たるべきでありまして、はなはだ申しわけありませんが、御用学者、職業委員等を集めまして、責任転換をはかるということは、私は国民を欺くことになると考えております。
また、第四章、第七章の監督、罰則の項目は、河川の管理、監督の立場にある者にも向けられるべきだと考えております。民主国家におきます法律は、治める者のためだけにあるものではないのでありまして、条項中の、命令一処分、検査、処罰等がことごとく河川の利用者である国民だけに向けられているのは、不可解だと言わざるを得ません。監督や罰則は、法律の消極的な解釈を行ない、法律の意向、目的を実行せずに国民に損害を与える河川管理関係者にこそ向けられるべきだと考えております。そのためにも、今後の法律では、さらに検討いたしまして、積極的に、しかも明確に、目的、原則を述べ、それに新思想とその実行の意図を盛り込んだものにしていただきたいと考えております。
はなはだ失言もあると思いますが、私は、国民の一人としまして、河川法並びにその施行法案が今後実行され、われわれ国民生活にどのような影響を与えるかということに対して、重大な関心を持っているあまりの失言だと見てお許しを願いたいと思います。以上で私の意見を終わります。(拍手)発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/13
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014・北村暢
○委員長(北村暢君) 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。
午前は、若干時間が早いようでございますが、これにて休憩をいたします。
午前十一時三十二分休憩
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午後一時十七分開会発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/14
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015・北村暢
○委員長(北村暢君) これより休憩前に引き続き、委員会を開会いたします。
河川法案及び河川法施行法案を議題といたします。
御質疑のある方は、順次御発言願います。
ちょっと速記をとめて。
〔速記中止〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/15
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016・北村暢
○委員長(北村暢君) 速記を起こして。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/16
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017・田中一
○田中一君 参考人の方々にひとつ、着席のままで御答弁願ってけっこうでございますから……。
この河川法の改正案が本国会に——前国会にも提案されて、流産になっておりますけれども、流産になった原因というものは、単に国会の審議で審議未了になったという形式をとっておらないわけであります。昨年の暮れあたりから、河野建設大臣が担当して以来、河川法の改正というものが、一応アドバルーンとして打ち上げられておったころに、全国知事会は、この建設省の原案というものに対して、頭から反対をしておりました。これは皆さん方御承知と存じます。そこで、法律の提案のない前にですね、ことに国民は内容すら知っておりません。そうしてまた、われわれ国会としても、一つの構想としての、新聞等に出ている発表であろうと存じておりましたから、これに対する意見は別に言わぬでおりましたけれども、きょう、いま佐藤さん、加藤さんのお二人方に伺うのですが、全国知事会等が反対している一番大きな問題は何であるか。そうして知事会等が反対の意思表示をしておることが、その内容が、両先生とも共鳴、同調し得るものであったか、大体要約すると二つか三つの問題にしぼられますけれども、この問題についての御意見を伺いたいと思うのです。どちらからでもけっこうです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/17
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018・北村暢
○委員長(北村暢君) それでは、佐藤先生と加藤先生は、先ほどの発言の内容からいいましても、やや似たような御発言のようでございましたから、それぞれ、ただいまの質問に対してお答えを願いたいと思います。最初に佐藤参考人から……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/18
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019・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) おそらくあとのほうでもっとこわい質問が出てくるだろうと思いますと、いまうっかり答えられないのですけれども、知事会のほうで問題にしておりますのは、昨年は、かなり知事会のほうでいろいろなものを出したかと思いますけれども、ことしの法案について、かなり修正されてきている法案について、どうであるかということは、私もよくわかりません。知事会のほうの仕事も、別の面で手伝っていることはございますけれども、河川法については、聞いたことはございませんので、最近のことはわからないというわけでございますが、少なくとも昨年、いま御質問になりました建設省の原案について、どうであるかという点になりますと、河川の管理というものを、要するに建設大臣のところに、特に一級河川の管理を持っていって、はたしてそれでその河川の行政がうまくいくかどうか、いままで知事が持っていたものを、そういう形で持っていくことが、事の解決になるかどうかという点でいろいろと理由をあげているのではないかと思います。その中にもちろん納得——その中で知事会があげておられます点、いろいろもっともな点は多いと思います。そうかといって、それでは今日の河川法改正案のすべてが問題なのかと、全然だめなのかといいますと、これはそうではないと思います。ただ問題は、往々にしてこの改正ということになりますと、前の悪いところと、あとのいいところだけを比較するような、そういうかっこうが多いのでありますけれども、それではいけないのではないか。
それからもう一つの問題は、河川というものの非常な複雑さといいますか、先ほど冒頭に申し上げましたような複雑さというものから考えましたときに、これが知事から、じゃ、かりにそういう重要な河川について管理権を吸い上げた場合に、現在の建設大臣のもとでそれがやれるのかどうかという点で、私は、この省というもののたてまえからいたしましたときに、ほかの省がほとんど対等な関係で関係しておりますこの河川行政について、一つの省である建設省がやれるかどうかという点、これは非常に疑問があるわけであります。そういう点で、知事会の意見に賛成か反対かということはさておきまして、それよりも、現在の河川法改正案というものの問題点がそこにあるのではないか、こういうふうに考えて、きょうはいろいろ意見を申し上げた次第であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/19
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020・加藤正男
○参考人(加藤正男君) 私は知事ではないのですが、知事会の反対理由を言えということですが、田中委員の御質問の御趣旨もよくわからないのですけれども、少なくとも昨年の知事会の反対というのは、最小限度、この河川法案というのは中央集権化のあらわれであって、これは地方自治を侵害するものだという、そういう点に一番基本的な反対理由があったと思います。しかしそれも、御承知のように、知事会の内部というのは非常に複雑であるわけで、まあ上流県に頭を押えつけられておるというか、そういう下流県、あるいは実際に水不足であえいでおるというような、これは飲み水についても、それから工業用水についても、そういう都府県その他で利害関係はさまざまだろうと思います。ですから、知事会がこの河川法案に反対だというふうに言っても、その内心は賛成をしておるような向きもあったようです。現在もあるのかもしれません。この点は、たとえば中央のこの行政官庁内部でも、建設省そのほか農林省——最初の陳述でも申しましたように、いろいろな省庁、これも実は賛成というふうに表面では言っても、事務当局などとしては、かなり不満の念を持っておる向きがあるかもしれません。少なくとも昨年はそうであった。それから社会党の中でも、この法案に賛成の向きもあれば、反対の向きもあるというのは、せんだっての衆議院の建設委員会などでもあらわれておるようであります。現在知事会が、そして個々の知事が賛成か反対かということは、私にもよくわからないのですが、たとえば、せんだっての四月十四日の衆議院の建設委員会の会議録によりますと、滋賀県知事の谷口参考人の意見が見られるわけであります。これは御承知のように、琵琶湖を持っている滋賀県知事としての意見だと思います。それから、聞くところによりますと、最初はこの委員会にも、二、三の知事の御出席を求められていたということですが、しかし、きょうは、幸か不幸か参考人として御出席になっていない。たとえば群馬県の神田知事の御意見などは、少なくとも昨年は非常にことばを荒げて、今度の河川法案によると、知事の手元に残るのはどぶ川だけだというような、そういうような表現までされていたわけであります。現在はどこまでそういろ反対理由が続いているのかどうか、それはこの河川法案のたびたびの修正というようなものと関連があるわけだろうと思います。
それからこの知事会に賛成か反対かということですが、この点は午前中の陳述でも述べましたように、特にいわゆる一級河川の管理者がだれかという、そういう点に一番問題があるだろうと思うわけですし、それからそれに関連して申しましたように、もっと管理の基準を具体的に客観的に合理的にするということ、それが大事なことだろうと思うので、少なくとも私の意見によりますというと、さっき菅谷参考人も触れられましたように、今度の法案の目的とか、あるいは河川管理の原則というようなことが非常に抽象的に過ぎる、こういうことでは、だれが河川管理者になってもそう大差ないんじゃないかというような、そういう意見も成り立つかと思いますが、ですからそういう河川管理、これは特に水利使用許可処分の基準という点がわりあい大事な点としてしぼられるだろうと思いますが、そういうメルクマールをはっきりするということが大事なことで、そしてそれに関連して、午前中も陳述しましたように、建設大臣が日本の全河川を一人で、あるいは建設省がたった一つの省でにらみをきかしているだけでは、十分な河川の管理はできないのではないかというのが私の意見であります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/20
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021・田中一
○田中一君 私、こう伺ったのは、佐藤さんも加藤さんも、県知事会等からその立場立場でいろんな御相談を受けておるんではないかという点でお伺いしたわけなんです。お二方とも、水行政のほうを担当していらっしゃると伺っておるものですから、こういう質問をしたわけです。
私ども、要は、国民の一人としては、年間降雨量の一〇%も生かして使っておらぬという現在の日本の水行政のあり方、それから水は生きもので、多ければ、うっちゃっておけば——降雨量の多いときにうっちゃっておけば災害が起こってくるし、足りないときには、それこそ生存も危うくなる。だから、水行政の根本が——この河川法に盛り込んである管理者が云々、治水を施行する者が云々というのは、一つの方法論であって、国民はとにかく水というものを、これだけあり余る水なんだからフルに使わしてくれというところに水行政の根本があると思うのです。決していまの管理面とか治水の施行面とかの問題じゃなくして、率直に、生きられる、生存の水をくれ、これは農業といわず工業といわず、あらゆる面でこれが率直な国民の要求なんであります。で、いまのお二方のお話のように、水源を持っておる行政区と持たない区、特たない区というのは何かというと、水をそのかわり——行政区域内には水は流れてくるわけです。で、公平な分配というものを望んでおるんであって、公平な分配ができるという水の制度が最高なるものじゃないかと思うのです。根本的なそういう国民のほんとうの要求から、さてどうしたらいいかというものが生まれてこなくちゃならないと思うのです。
先ほどもちょっと食堂で座談的にお話ししたように、私は、そういう見方から見る場合に、通産省一省が水行政を一手でまかなってもまかない切れないじゃないかという御意見に対しては、疑問を持っておるわけなんです。というのは、都道府県知事は、これまた建設大臣の、国の委任行政というものを当然これは持っておるのです。単なる地方自治体の長であるばかりでなく、国の行政権も委任されておるという見方からすれば、私は、やはり水の多いところ、少ないところ、これらをひっくるめて一元的な行政がなされなければ、公平な分配にはならないんじゃないかという気持ちを私は持っているわけなんです。そこで、現行法が、まあ私ども俗に言う治水法だというような見方をしている。何といっても水が多いから、水をいかにして、水の災害からいかに——川というその媒体を通して流れてくるものを、いかに災害から守ろうかというところに、二十九年の河川法があったんじゃないかと思うのです。いま社会情勢が変わっています。根本的な改正というものは、やはり公平な分配、そして無際限——やはり水が国民全部に利益をもたらすものだという前提で考えたいというのが私の希望でありますけれども、現行の河川法と今度提案されたところの河川法、それからこの中間にある建設省案——水行政を一本で自分で担当するんだという意気込みでつくった原案と比較して、どれが一番いいのかということをひとつ伺いたいと思うんです。こういうことは非常にむずかしいことを言うというんじゃなくて、率直に、私ども、技術的にも行政的にも何らかたまった知識を持っておりません。率直に国民の要求として出す場合には、新しく法律ができるんでありますから、過去の行政にこだわらずして、夢のようなマスター・プランでもいいから、それを示していただくことが望ましい。これがほんとうの河川法改正の目的でなくちゃならぬと思うんですよ。あとの問題は非常に枝葉末節的な問題だと思うんです。これはもう日本の官庁機構なり、それから官僚のなわ張り主義というものは、非常にあくどく日本の行政面に食い込んでおりますから、こいつはどうにもなりませんけれども、それをやっぱりどうあるべきかというのを私どもは求めておりますので、その点について、ひとつ法律にこだわらない、行政にこだわらない、現行官僚制度、現行行政制度にこだわらないひとつの夢をお聞かせ願いたいと思うんです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/21
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022・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) それじゃ続けて、お答えになるかどうか……発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/22
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023・北村暢
○委員長(北村暢君) 恐縮でございますが、質問者のほうのだいぶ意見で長くなったようでございますけれども、参考人のほうにおいても簡潔に要領よくひとつ御答弁願います。御協力願います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/23
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024・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) いま田中先生のおっしゃっていらっしゃるのは、要するに現在水が足りない、水が足りなくて、そして特に東京の上水道とか大阪の上水道の問題とかいろいろ出てきている、そういう問題なのに、実際には水は余っているじゃないか、水は実際には年間、利根川でも淀川でも一〇%ないし一五%の使用量ということが事実だと思います。したがって、余っているのに一部で足りないということが出てきているのは、これは要するに公平の分配がないからだという御意見だと思うんですけれども、この点に実は私は疑問があるのでございます。と申しますのは、ではフルに使わしてくれといって、たとえば東京の場合に、東京といいますか、もう少し広く首都圏の問題を考えましたときには、これは田中先生の御専門の領域かと思いますけれども、私は千葉県の京葉工業地帯の工業用水の問題で、一昨年から東大のほうの仕事をずっとやって、調査してまいりましたんですが、ここでわかりましたことは、水が足りないということではないということだろうと思います。たとえば、あすこに養老川という川がございまして、これは県内の小さな河川でございますが、その河川に山倉ダムという土堰堤の小さなダムをつくりまして、これを一番最初に入ってまいりました工場群に水を提供しようとしたわけでございますが、これが非常におくれてしまっております。おくれたのは、水がないからおくれたのではなくて、会社の不景気のために、とうとう昭和四十八年まで、約十年も完成が延びなければならない。その間のいろいろの自主負担その他は全部県がかぶっているわけであります。この一つからも、先ほど菅谷先生も河口せきの問題を持ち出しておられましたのですが、たとえば利根川の河口せき一つつくるにしましても、百五十億の金がかかるわけです。それによって工業用水を引いたら、現在のトン当たり六円という基準ではとても引けない。また別の観点からいたしますと、東京の水を引っぱるために矢木沢にダムをつくる。しかし、あそこから引っぱってくる水は、現在の東京都の水道料金の倍になるはずであります。そういったことをずっと考えていきますと、工業用水が足りない足りないと言いながら、現実にはこれが河口せきその他によってやれるのかという問題とからんでくるんではないか。ある意味では私は別の観点からいたしますと、首都圏その他にそういうふうに限りなく集中させてくるというところに一つの問題があるような気がするわけであります。ですから、むしろ、こういう特定の河川だけが現在問題になっておるだけでありまして、それ以外のところで足りないというようなことはまず聞いていないのでございますし、で、そういう足りないところの水というのは、これは先生がいま御指摘になりましたような、まあおそらくその背景には農業水利権の問題が、慣行水利権の問題がきっとあるのではないかと推察いたしておりますけれども、そういうような農業水利権というようなものの合理化というようなこと一つとりましても、これは実はたいへんなことだろうと思います。現在の日本の農業のあり方というもの、あるいは現在の水利権のあり方というようなものから考えますと、これに手をつけるということはたいへんなことで、それを覚悟されたならば私はけっこうだと思うのでございますけれども、そういった点には全然金を出さずにやれるのかどうか、非常に疑問だと思います。
それからもう一つの点、要するに建設省でこれがやれるのかどうか。知事だって国の機関委任を要するにやっておるのだということでございましたのですが、私は建設省に何もうらみがあるわけでもありませんので、建設省でそれだけの意気込みを持っておやりになるならけっこうだと思います。しかし、先ほどもお話しいたしましたように、四国の実例一つとりましても、これは各省が責任のなすり合いをやっておるわけでございまして、はたして建設省にそれだけのやる意気込みがあったならば、四国の吉野川の問題は、もう十年も前に片づいておったのじゃないか。水の問題については責任があるのじゃないかという意気込みを持っていたとすれば片づいていたと思います。そういうような問題に、建設局、いまの地建では力が弱いから、今度建設局の改正の問題を出してきたのだと、こういうふうにおっしゃるかもしれませんが、こういうふうな強化のしかたでは、ちょうど地方農政局と同じことで、府県にとってはじゃま者が一つふえたということになりかねないという気がするわけであります。
それからもう一つ、建設省ということで考えていきますときの心配は、おそらく実績主義だろうと思います。道路でも何でもみんなそうだろうと思います。要するに、たとえばこういう水の開発といいますか、そういう観点から、はたしてどれだけおやりになれるか、これは非常に疑問のような気がするわけであります。で、とにかく現行の河川法が治水法であり、そしてそれにいろいろ欠陥があるということはわかるのでありますけれども、ただしかし、それは何でもかんでも改正すればいいという問題ではなくして、改正の方向が一体どうなのか、ほんとうにそこに実効があるのかどうか、これをやはり考えていかなければならないのじゃないか、私はそういうふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/24
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025・加藤正男
○参考人(加藤正男君) 田中委員の御質問には、大体三つの点があるかと思います。第一に、簡単に申しますが、私も学者としてだけじゃなしに、国民の一人として申すわけですが、河水の公平な分配という点は、お説のとおりだと思いますが、ただどういう分配が公平かということが非常に問題なので、一番問題なので、たとえば田中委員のお得意の慣行水利権一つ取り上げてみましても、これは全国のおもな河川の取り入れ口というようなことについてみましても、非常に慣行水利権がたくさん存在しているということがわかるわけです。淀川にしても、石狩川にしても、吉野川、筑後川、阿武隈川——おもな川どれ一つを取り上げてみましても、非常に慣行水利権がたくさんあって、非常にむずかしい。よく農民が慣行水利権が既得権だというふうに言って水をむだにしているじゃないかという意見もありますけれども、そういう現象は確かにあるわけですが、ただ理由なしにそうしているわけではないので、安定した農業経営のために、渇水期の必要水量を確保しようとすることからくる現象であるというような、そういう点にも注意をしないといかぬと思うのです、それはほんの一つの例ですが。
それから御質問の第二、つまり建設省が一元的にやるほうがいいのではないかという、そういう点ですが、これは午前中にも陳述しましたように、一元的、系統的なのはけっこうなのですが、その方法が実は問題ではないかというふうに思うわけです。さっきも申しましたように、建設省が国の統一的な意思を代表し得るのかどうか、少なくとも利水の面では農林省、そのほか利水に関係のある行政官庁も多いわけであります。ですから建設省がいいのか、建設大臣が管理者として最適任なのかどうかという点は、依然として私は疑問に思っております。
それから、それに関連して御質問の第三、河川法の改正というのは何も、御承知のように、昭和二十九年に始まったことではないので、古くは戦前、大正中期からそういうような計画はあるわけで、二十九年の要綱といいましたか、それではっきりした、ある意味ではすっきりした規定、すっきりした法案になったと思うんですが、ただ、そのすっきりのしかたがやはり問題なので、午前中にも申しましたように、昭和二十九年以降この法案の立案並びに修正の過程が御承知のようにいろいろありまして、どれがいいかということになりますと、前に言いましたように、やはり今度の法案に賛成できる若干の整備した諸規定に意味があるというような、そういう点で今度の法案がまあまあある程度、自治省や大蔵省そのほかの意見も取り入れた修正をしているというような意味では、さっき私が申しましたようなことを含めて、今度の法案のほうがまあある意味では、現行法その他よりも前進した面があるように思います。
なお、それに関連して、河川法というのは、言うまでもなく河川の治水面——もともと制定以来治水の面に非常に河川法は力点置いているわけですが、技葉末節というふうに言われても、治水の面にしても利水の面にしても、いろいろ具体的な諸問題をたくさん残しているというような点、これはさっき申したとおりであります。
それから、それに関連して河川法に関する夢を話せというようなことですが、この点も、午前中の陳述である程度触れましが、どうせ改正をするのなら、そうして建設省が責任を持ってやるというのでしたら、この法案に即していえば、水法はもっと体系的に、もっと総合的にするというのが一つの理想ではないかというふうに思うこと。改正というふうに言いましても、改正であるのか、改悪であるのかという点になりますと、河川法についても、若干の疑問を私は持っている。まあさっきもここで申しましたように、いつも水害が毎年のようにやってくるような地帯があるかと思えば、他の地方では水不足で悩んでいる。そういうような場合に、どうせ改正をするというのなら、もっと国の総合的な、大局的な立場から、何か大計画が考えられるのではないか、これは社会科学者だけではなしに、自然科学者などが、あるいはその他の専門家が衆知を集めて考えなければいけないわけでしょうが、そういうふうな視点も河川法の改正というようなことには、これは将来の問題になるかもしれませんが、盛り込んでいくべきではないか。まあそのほかに、私は枝葉末節だとは思わないのですが、今度の法案で河川使用などで若干の進歩した面もありますけれども、やはり慣行水利権の内容というようなことは、御承知のように、はっきりしていない。それから地下水の問題や伏流水の問題、あるいは河川の敷地の私的所有権の問題、そういうふうな問題も残っているのではないかというふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/25
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026・田中一
○田中一君 三十三年の農林省が発行した農地行政白書の中にも、御承知のように、慣行水利権というものはもうこの際考えなければならぬのじゃないか、合理化しなければならぬのじゃないかというようなことも言っております。おそらく水行政に携わる学者の中にも、この問題はずいぶん考えられ、論議されたものだと思いますけれども、これは全然表面に出てきておらないわけです。で、なぜ出てこないかということを私は非常に疑問に思っているんです。これは一つの——私の郷里は青森県ですけれども、青森県の赤石川の流域変更の問題で、ちょうど三年ぐらい連続してそれに行ってまいりましたけれども、農民の率直な疑問は、水がほしいときに流してくれないんじゃないかというふうな気持ちなわけですね。水がほしいときに流してくれないんじゃないか。むろんこれには、流木、漁業、かんがい用の水というものがありますけれども、決して水を自分で独占しようという考えは農民持っておらないわけです。まあこれは話し合いの結果一応妥結して、十何カ条の協定書でもって一応運営しておりますけれども、結局問題は行政面、行政の貧困からくる不信感から、慣行水利権というものに対して農民が固執するんじゃないかというような気持ちを持っておるんですが、この慣行水利権、ことに農民のかんがい用水の問題については、このままでいいというようにお考えでしょうか。それとも、このままじゃいけないんだ、もう少し、水の利用度といいますか——が高まっている以上、明治二十九年には人口だって五千万程度のものだったと思いますよ。そがれ倍以上になっておる今日、ことに、先ほど佐藤さんがおっしゃったように、加藤さんでしたか、どちらでしたか、ただ単に地域の住民のための水なんて考えないで、もっと別な面から考えるべきじゃないかということを言っておりましたけれども、現に住んでおるんです。その土地に生存しておるんですから、これに供給するのは、これは行政です。また、首都圏整備、近畿圏整備でもっていろいろ計画はあるでしょうけれども、現在住んでおるという者の必要の水は供給しなければならぬ。といって、常に学者も口を減らしているのは慣行水利権の問題、ことに農民の必要な水というものを不必要のときでも流すという、流れておるという自然の姿があるんだから、これをカットしちゃいけないというような考え方もとっておるように思うんです。これは佐藤さんどうですか。農業用水に与えられた慣行水利権というものがこのままでいいとお考えになっていらっしゃるのか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/26
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027・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) 別にこのままでいいというふうには考えておりませんのです。私は別に口を緘していたわけではございませんで、これまでたびたびいろいろ書いております。あるいはお目にとまらなかったのかと思いますが、私はこれの解決の方法というのは、これはいけないからといいますか、要するに余っているからこれをただみたいに取ろうという考えが背景にあるんじゃないか。そうじゃなくて、あくまでも水利権というのは農民の権利であるということをまず確認してかからなければいけないという考えを持っているわけです。それは別に、農民がいままで持っているからというだけの問題じゃなくて、ほかの例から申しますと、これはまあ私の発想で、あるいはかってな発想なのかもしれませんが、少なくとも徳川時代の末期までは、農民は土地に対するまあ今日でいえば所有権に相当するものと、それから入り会いの権利と、それから水利権と、これだけはとにかく水田耕作のための一番大切な権利であったと思うのであります。その権利が、たまたま土地に関しては、要するに近代法を日本が持ち込んでまいりましたときに、所有権という形で非常に強固な権利設定がされた。しかし、入り会い権になりますと、そういうものが近代法の中にないものですから、若干弱められてきた。しかし、水利権になりますと、これは公権であるという形で、非常に弱い権利しか設定されなかったと思います。しかし、日本の、水田耕作というものを前提としている農業では、この水利権を認めなければやっていけなかった。ですから、水利権を剥奪するということができなかったのだろうと思います。そういう水利権でありますから、したがいまして、これをいま農民から余っているから水をよこせという形をいくら言いましても、農民はたとえ稲に害があるということがわかっていてもとにかくあるだけの水をかけてしまうだろうと思います。私はそういう点から、もしもそういった問題を解決していくにはどうしたらいいかということをいろいろ考えたわけでありますが、要するに水田耕作というものに対する検討が、これはむしろ農業問題全体の問題として必要だろうと思います。それと同時に、現在の零細経営の問題とか、いろいろあるかと思うのでありますが、水利権の問題だけに限って申し上げますと、結局合口をした一いままでたくさん取水口がありましたのを一本にした、その結果水が余ってくる。あるいは、農民が次第に脱農していった場合に水が余ってきたといったような問題、これは当然出てくると思いますし、それからもう一つは、そういったような場合に、農民は水を売る制度を考えたらどうか。通常学者たちの意見の中には、水を農民が買うようにしたらいい、買うようにすれば節約するだろうということを言いますが、私は、農民の水利権というものは、とにかく既得権である。したがって、その水を引っぱってくるために非常に多くの労力が、とにかく徳川時代以来、農民の先祖以来ずっとつぎ込まれてるわけでありますから、そういったものはやはり権利として認めて、農民の余した水というのはこれを売るようにしたらどうだろうか。そういう売る水を買うというのがあたりまえだと思うのであります。土地だったら、当然農民から買い取るときに、それだけ補償をするのでありますから、これは買わなければいけないのではないか。それが不満だというならば、とにかく資源開発をやるべきだ。資源開発によってやるほうがずっと高いのじゃないかと思います。だから、みな資源開発をやらないのではないか。たとえば河口せきをやるにしろ、多目的ダムをやるにしろ、たいへんな金になるのでありますから、したがって、それを考えるならば、農民の水を売るというのは一つの考え方じゃないか、そういう気がするわけであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/27
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028・田中一
○田中一君 私ども、たとえば空気、太陽熱等が水と同じような性格を持っているのではなかろうか、こういう気がするわけなんです。ちょうど、裏町に住んでおってどうにもならぬから、太陽の日照のいい地区にまあかりに小さな家を建てた。ところが、前の南側のほうに十階の建物ができて、また日陰になってしまった。そうすると、水利権というものも、日照権というものも、同じような解釈をしていいのではないかと思うのです。というのは、水の場合に、当然まあかつての封建社会においては、食糧というもの、米というもの、水田耕作というものが日本の主たる産業であって、これにすべてを依存したという時代からくる、それが水利権だというきめ方を佐藤先生はしていらっしゃいますけれども、それでいいのかという疑問を国民は持つのじゃないかと思うのです。いまの日照の問題から見ても、そのとおりです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/28
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029・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) その点申し上げてよろしゅうございますか。——日照権の問題も、これは当然本来権利として、たとえばイギリスなんかの場合にはあるわけでございます。したがって、水利権の場合も、いま農民が非常にむだづかいをしているのじゃないかとか、そういったような意味から、そういう国民の声が出てくるのかもしれませんけれども、それだったらば、土地の所有権も同じだと思うのであります。私は、とにかく土地の所有というものは、所有権というものは、もう否定していいのじゃないかという考えでおります。これは何も資本主義社会を否定するとか何とかいう問題でなしに、いま先生のおっしゃったような意味でございましたら、そうだと思います。そういうことならば、私は、水利権という権利はもともと要らないのじゃないか。もともと水というものは、合理的に一番必要なところから使う。その場合には、農民の権利というものを奪う。それに対する、生活なり生産なりその他の面での万全な措置をとれるかどうか。それをやった上でしたら私はよろしいと思いますが、ただその点でちょっと、とてもそんな社会がまだこないのじゃないかという気がするわけでございます。
その点と関連しまして、先ほど先生がおっしゃった点で、要するに、おまえは理想的な水の利用のための機構というものを一体どうするかという点、ちょっと言っておられたと思うのでありますが、私はやっぱり、その場合にも、水の総合利用というようなことを考えていく場合にも、やはりこれは、単に水の問題、非常に狭く水の問題というふうに考えるのではなくして、それこそやっぱり、全国総合開発計画の観点からこれを考えていかなきゃという気がするわけであります。要するに、農民なら農民をどうするか、農業をどうするのかということを——これはいまの総合開発計画の一番の根幹だと思うのであります。そういった問題を考え、そうしますと、要するに、単なる水系別という考えを私はとるべきじゃないのじゃないか。もっともっと広いものを考えていくという必要があると思うのであります。その場合に、広くものを考えるということは、直ちにそれは建設省がすべてに対して全権を持つというものではないというふうに考えるのであります。むしろその場合に、できれば知事に、むしろ機関委任事務の面での財政、人事、許認可権を通しての監督を排除して、知事に権限を与える。二県以上の場合に、直轄工事にするという場合には、これは建設省やってもけっこうでありますが、しかしそれ以外の点では、もう少し各省の調整をとった上で、むしろもっとそれならば総合的な、総理大臣のもとなら総理大臣のもとで、そういった総合開発計画の一環として考えていくのが理想的な方向じゃないか、まあこんなふうに考えているわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/29
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030・田中一
○田中一君 私が先ほど言ったのは、決して建設省にやらせようということを言っているのじゃないんです。建設省の書いた原案のことを言ったので、その前提から、行政というものを、現行制度を捨てて考えられないかということをさっき伺ったのであります。したがって、新しい国土計画を行なう省が、専門の省ができるのも、これは一向に差しつかえないのです。したがって、ただ単に行政面だけでなくて、建設面の省が扱っても一向差しつかえないと思う。その点はひとつ、私も同じでありますから……。
そこで、いま佐藤さんのお話のあったように、この提案されている法律の中には、社会党の修正案が入っているのです。昨年いろいろ衆議院で問題がありまして、この第二節の十六条ですけれども、「工事実施基本計画」二項、これは原案の中にはなかったんです。私ども社会党は、当然初めからもうこれは、この改正案では賛成しにくいというので、反対する態度をとっておりました。しかし、よりいいものを得ないというので、この二項——多少建設省はこれをごまかしています、われわれの意思を。昨年出した、われわれが修正した法律案よりも、もっと後退さした文章にしておりますけれども、「工事実施基本計画は、水害発生の状況並びに水資源の利用の現況及び開発を考慮し、かつ、国土総合開発計画との調整を図って」というのが私どものつけ加えた修正案なんです。反対しなければならぬから、これは自民党に提案させまして、そのままうのみにしたのであります。これ一つでも、この法律案の提案にあたって各省から非常に大きな抵抗があったことは御承知と思いますけれども、いま加藤さん、佐藤さんのお話を伺っておりますと、私ども、この法律案提案にあたっての政府部内も、また与党部内も、いろんな各省、セクション、セクションからの要求、議論というものを見ておりまして、やはりこれは本筋のものになっておらぬということを考えているのです。ほんとうに、最初に言った水の——河川というよりも、これは結局水です。その本物が、もうずたずたに——各省のメンツです。単なるメンツです。国民を忘れているメンツです。それで寸断されている法律案なんです、この提案されている法律は。
そこでお二方に、もっとすっきりしたものにするのには、どういうものがいいだろうか——先ほどから建設費、費用の問題とか、いろいろお話がございますけれども、私は先生方にはそういうものを忘れていただきたいという気持ちを持っているわけです。水行政を専門になさっていらっしゃると、現行行政制度というものを中心に出た水の管理方式なり開発方式なりをお考ええになると思いますけれども、それを忘れたものが、すなおなものが国民は知りたい。またわれわれも、せめて河川法の改正をするならば、そうしたものが国民の中に持ち込まれることが一番希望するところじゃないかという気持ちでいて、あえて伺うわけですがね。お二方の御意見——お二方というと、はなはだどうも申しわけないけれども、どうもやはり現行行政制度というものを中心に、費用の点をお話しになったり何かなさいますけれども、これはまあ私の、自分の意見を申し上げたわけですけれども、ただ少し学者として、若手の学者として、もう率直にですよ、資本主義とか、社会主義とかという問題じゃございません。これは生存の法律なんです。人類ばかりじゃない、生物生存の法律ですからね。もっとわれわれが生きている社会に有効に使える道、したがって慣行水利権等はもう忘れるという前提でもって、新しい建設的な御意見を聞かしてほしいと思うのですがね、この点どうでしょう。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/30
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031・北村暢
○委員長(北村暢君) ちょっと速記をとめて。
〔速記中止〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/31
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032・北村暢
○委員長(北村暢君) 速記を起こして。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/32
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033・田中一
○田中一君 現行法の中に全然無視されておるものが一つあるのです。したがって、今度の河川法の中にも、先ほど加藤さんが御指摘になったと思うのですが、河川というものの定義は河川敷を通っておるわけですね。そうすると、水の流れるところは河川であり河川敷だ。その区域だということになる。そこにその区域は国が一切の管理をするのだ。洪水がある私有地、民有地ですね、それを河川敷にしてしまったという場合に、この河川敷は買収補償して国の所有にするのが正しいのか、それはそれとして、一挙に民有地が河川敷になったのだから、それはもう管理権は国とかあるいは公共団体が持つのだということに、補償もせずにするのが正しいのか。その点はどうお考えになっていらっしゃいますか。これはどちらに伺ったらいいか……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/33
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034・加藤正男
○参考人(加藤正男君) 簡単にいままでの田中委員の御質問にお答えしたいと思います。
まず第一に、慣行水利権の問題は学者は何も言っておらぬじゃないかというふうに言われますが、佐藤参考人もお書きになったし、私も書いたことがありますし、そのほか農業水利権についての権威ある文献はたくさんあるわけでございます。やはりこの問題は、基本的には日本の農業をどういうふうに考えるかということ、佐藤参考人の御意見と大体ダブる点が多いわけですが、慣行水利権がけしからぬというふうに——田中委員はおっしゃらないのですが、そういうふうに言う人があるわけですが、水を売る、売水の制度の提唱、これは佐藤参考人が提唱されておるのですが、私もそれに賛成で、これは東京の三田用水などは、あれは御承知のように徳川時代以来の用水で、調べればはっきりした事実もわかるのですが、少なくとも昭和の初めくらいからそういうことをやっている。ビール会社なんかへ水を売るというようなことをやっているわけですが、農業水利権に関連しましては、農業水利権がけしからぬということの前に、やはり新しい水資源開発の問題を考えるべきではないか。それから大都市にあまりにも人口が集中し過ぎているというような問題、ですから、工場そのほかを積極的に地方に分散するというような事柄、したがって、全国的な総合開発という視点、それらの視点を考えなければならない。慣行水利権がけしからぬというのであれば、そういう権利が必要ではないようなそういう経済体制、政治体制に変えるしか方法はないのではないか。ですから、これは河川法ないし河川法案の問題だけではなしに、農地法そのほかの改正の問題もあるわけで、その点若干意見もありますけれども、現在はその場所ではありませんから、ここでは省くことにいたします。
それから第二に、河川法案の修正についての社会党や田中委員の御功績は私たちもよく存じているわけで、田中委員がおっしゃった以後にも社会党の修正案があったということを聞いております。川というのはこれは人類のものだというのはお説のとおりなんで、やはりさっき申しましたような社会体制、政治体制そのものの問題が基本的な問題であるというふうに思います。
それから第三に、河川区域の問題だったと思いますが、これは法案の第六条ですね。この点についてお答えになるかどうか、一つだけ申しますと、河川区域にしましても、それから五十六条そのほかの河川予定地、現行法のこれは四十七条、四十八条といったところですが、そういう河川区域なり河川予定地の指定をする場合には、ただ建設省なり国なりが一方的に管理をするんだというような立場ではなしに、あるいは知事に通知するだけだというのじゃなしに、やはり地元の府県の知事の意見を聞くようにすべきではないか、そういうふうなこれは私なりの修正案を持っているわけであります。
なお、それに関連しまして、河川の敷地の所有権の問題、それらの補償というようなことですが、これはせんだっての衆議院の委員会に出されました社会党の修正案によりますと、私権の排除というふうにしまして、私権の目的になることができないのは流水だけなんで、ですから敷地の私権というものは認められる、これは河川法案の提案理由の中にもあったように思います。そうだとしますというと、やはりこれを取り上げるというのであれば、補償の問題を考えなければいけないと思うので、この河川法案である程度補償の規定を整備している、これは河川の調査、いわば水文的な規定が入ったわけで、前進だと思うのですが、それから河川の工事に伴う土地の立ち入り、それから河川予定地制度などに伴う損失の補償というものについて、この法案では現行法よりもある程度整備している、前進しているのではないかというふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/34
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035・瀬谷英行
○瀬谷英行君 ちょっとお伺いしたいと思いますが、佐藤参考人、加藤参考人お二人の話を聞いているうちに、ちょっとごっちゃになったので、どちらのお話だったかわからなくなった点もあるかもわかりませんが、お答え願いたいと思います。四月三日付全国知事会議から私らに河川法案についての要望というのがありました。この知事会議の要望というのは、昨年来強く反対の要望を重ねてきたが、第四十四国会における審議の次第にも徴して相当の修正が行なわれ、われわれの要望もある程度取り入れられているが——ということで。しかし、その内容において、建設大臣の河川管理権及び国庫負担率をはじめ、なお相当問題点が残されている。よって国会におかれては、これらの点について十分御審議を願いたい、こういう要望書がきているわけです。これを大別すると、知事会議の要望書というのは、大臣の河川管理権の問題が一つと、国庫負担率が一つと、それからなお相当問題点が残されている、相当問題点というのはさっぱりわからないわけなんです。しかし、こういったような要望が知事会議からきております。非常に抽象的でわかりにくいわけなんですが、先ほど田中委員からもいろいろ御質問がございましたが、知事会議等がおしなべて共通して言えるという問題点は、一体どの辺にあるというふうに理解したらよろしいのか、おそらくは管理権の問題ではないかというふうな気もいたしますが、そのほかに国庫負担率、相当な問題点といわれているだけでは見当がつかない。残念なことには知事の方が全然出席になられなかったので、私らに見当がつかないので、皆さん方から推定をされる点は、問題点はこういうところじゃないかという御指摘がいただければ幸いだと、こう思っております。
それから佐藤参考人からもお話がございましたが、総合的な河川管理者としてだれが適任かという点で、総合的な判断ができる機関は一体何かという御意見がございました。で、総合的な判断のできる機関としてはどういう機関が適切であるというふうにお考えになっておられるか。これは必ずしも現在の常識的に考えられる建設大臣であるとか、あるいは県知事であるとかに限らなくてもけっこうなんでありますが、学者的な立場でこういう機関がよろしいのだというふうに見解をお持ちだったならば、この機会にお示しをいただきたい、こう思います。
それから慣行水利権の確保といったようなことも相当重要な問題だろうと思いますが、条文上の問題点ですね、まあ四十条から四十二、三条でしたか、この辺にいろいろ出ておりますが、条文上の問題点、あるいは内容的に指摘したいような点等がございましたら、具体的にお示しを願えれば幸いであるというふうに考えております。以上です。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/35
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036・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) 先ほどちょっと田中先生が、知事会議から何か意見を聞かれたのじゃないかというお話でございましたが、私はそういう事実は一ぺんもございませんので、むしろ推察すると申しましても、古い資料で私推察するよりほかにないのでございますが、やはり問題としているのは、結局突き詰めますと、私が午前中申し上げましたように、大臣の河川管理広い意味での管理でございますが、こういった管理権というものがはたして知事から奪われていいかどうかということに帰着するのじゃないか。それに付随していまの国庫負担率の問題その他が出てくるのだろうと思います。私は国庫負担率、もちろんこれは茨城県でもう数年来私調査してまいりましたものを考えましても、とにかく茨城の地域格差という問題は、これまでの治水費負担によってかなり格差がつくられてしまったというふうに考えております。ですから、ああいう茨城のように利水についてはほとんど農業用水はごく一部のものしがなくて、もっぱら上流のほうから流れてくる治水の場合の危険負担だけさせられているような場合には、これは国庫負担が当然じゃないか、こういうふうに考えるわけです。そういった具体的な河川の状況によって国庫負担率を変えていくということはかなり困難かと思いますが、そういう点ももちろんここでは大きな問題ではないか。そのほかに相当いろいろ問題があるということは、何か知事会のほうでお出しになっていらっしゃる各条文についての、これは昨年の改正案についての問題点というのを条文ごとに書いておられるのを見ますと、確かにいろいろ知事会としては問題がおありだろうと思います。これはこまかく私が申し上げますよりも、それをごらんいただきますとわかっていただけるのじゃないかと思いますが、したがいまして、知事会が問題点にしているのは、要するに、一番大きな問題は、やはりその知事から大臣にこの管理権が吸い上げられてしまうという点ではないかと思います。その場合に、それではどういった総合的な管理機関が望ましいのかという点かと思うのでありますが、これは非常にむずかしい問題でございまして、河川というのはとにかく総合的な判断が必要だということから考えましても、現在の各省のセクショナリズムという問題を、何といいますか調整していくという点からいたしましたときに、各省の機構を水に関する限りなくしてしまって、そうしてこれをどこかの省に、たとえば国土省のようなものに持っていって、それで解決するかといいますと、私は解決しないのじゃないか。と申しますのは、セクショナリズムというのは何も各省ごとの対立ではなくて、たとえば農林省の内部における問題あるいは建設省内部における問題というものもあると思うのであります。道路の問題一つを取りましても、建設省の局ごとの対立はこれは伺っております。いろいろ対立といいますか、あるいは意見の食い違いというものは出てくると思うのであります。ですから、セクショナリズムは何も各省ごとの対立だというふうに単純に考えてはいけないのじゃないか。したがいまして、水の問題に関してのそういうセクショナリズムというものが、それぞれその背景にいわば受益者といいますか、そういったものを持っております限りは、これはどうしても出てくるだろう。その場合に、それを調整する力が、これはまさに内閣にあるはずだと思うのであります。内閣は国会の信任を受けているわけであります。国会は国民のとにかく信任を受けている。そういうことからいたしますと、強力な調整をするということは、これは結局内閣の仕事ではないか。それを一つの省の大臣がやろうとするということは、戦前の内務省のように警察権力でも握っておれば別でございますが、そういったこともなしにこれをやろうといっても、そう簡単にいくものではない。それをまた府県の知事がやろうといたしましても、国と地方との格差といいますか、差別というか、そういったものから考えましても、知事が中央の各省の強力な統制のもとでやれと言われても、とれまたできる問題ではない。ですから、そういった意味では、そういう調整というか、現在一番行政に要求されているのはまさに総合調整の問題だろうと思うのですが、この点がまあ日本の行政中の未知のものでありますし、欠けているわけであります。戦前の内閣というのは、これは国会によって意見統一をされなかったのでありますから、それぞれの仕事に対して天皇に対する補弼責任を持っているということで、最高の権力者である。したがって、そういう各省というものの伝統を持っている限り、これは現状ではなかなか調整しにくい。ところが、現在は議院内閣制でありますから、当然この仕事は内閣がやるべきであります。一つの省がやるべきではなくて、内閣がやるべきである。地方においては、それは知事がやるべきである。公選の知事がやるべきもので、知事が、二県以上にまたがってくる問題に対しては、それなりの機構を考えていかなければならない。これが広域行政の問題だろうと思うのです。ですから、したがいまして、そういうものを妨げているものをここで除いていくということが、私は河川法の場合に非常に重要な問題じゃないか。それをただ単に一つの省に権力を集中したら、それですべてが片づくかといいますと、私はそうは考えないわけであります。ですから、その意味では、これはまさに内閣総理大臣の責任ではないか。内閣総理大臣がそういう強力な機構を設けるべきではないか。あるいは、今度地方に関しては、地方の実情に即して知事がそういうものを持つのが当然じゃないか。もちろん、現状ではいろいろ府県の実態その他については危惧を感じておりますけれども、そういったことが本来のたてまえ、あり方じゃないか、こういうふうに考えられるわけであります。
もう一点については、むしろ私よりも加藤参考人のほうが御専門だと思いますので、そちらのほうにお譲りしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/36
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037・瀬谷英行
○瀬谷英行君 佐藤参考人のほうに、お急ぎのようですから、もう一点お伺いしますけれども、そうすると結局、一省が調整するということもどだい無理がある。それから、知事が行なうということもなかなかむずかしい。内閣が責任を持ってやらなければならないが、その際には総合的な調整機関というものが内閣直属のような形でもって存在したほうが望ましい、こういうふうな結論というふうに理解してよいのでございますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/37
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038・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) けっこうでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/38
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039・熊谷太三郎
○熊谷太三郎君 先ほどの先生の御説明の中にはなかったかもしれませんが、ちょうど河川の権威者の皆さんがおいででございますから、お考えがあったら承わりたいと思うのですが、費用の問題で、たとえば国が三分の二持って、あとの三分の一を府県が持つ、そういうことに何か理論的な根拠というものをお認めにおなりになりますかどうか、どなたでもひとつ。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/39
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040・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) ちょっといまの……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/40
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041・熊谷太三郎
○熊谷太三郎君 費用を、国が管理して、その三分の二は国が持って、三分の一は県が持つということについて、理論的な何か御見解をお持ち合わせかどうか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/41
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042・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) 私は、こういう大きな費用を要するものというのは、これは別に県が持たなければならない理由はないんじゃないかという気がいたします。全額国庫負担で当然やるべきものではないか。もしも一級河川がそれほどに府県の範囲を越えて重要性を持っているというものならば、それに要する費用というものは当然国のほうで全額持つべきじゃないか、こう考えます。いままでの考え方というものは、要するに、県も治水の点では利益があるから、したがいまして負担を持つべきだと、こういうふうな考え方と思うのでありますけれども、特に大きい河川の場合には、治水で非常にほか以上に大きな負担をしておるところが幾つも県としてございますものですから、そういったところを回ってきた限りでは、できればこれは国庫負担に全部してしまうべきじゃないか、こういうふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/42
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043・熊谷太三郎
○熊谷太三郎君 それをお尋ねしましたことは、つまりどのほうでもそうなんですが、大体、地がかりの府県が三分の一なら三分の一の負担を持つことになるわけですが、もしいまおっしゃったような利益を受けるからという意味でございますと、河川の場合は往々にして、上流の改修をすれば、つまり下流が非常に利益を受ける。ところが、比較的利益を受けない府県が、その地がかりでやるために負担を持つ。あるいはまた、下流を改修すると、上流の水はけがよくなって、上流が利益を受けるにもかかわらず、それは工事をした地がかりの府県が負担を持つということにいまなっておるわけですが、それがちょっとどうも……。たとえば下水道ぐらいですと、その区域の全域が全部負担をしております。必ずしもその工事をする地域でなしに。その辺がちょっとどうも矛盾だと思うので、かりに従来の慣行からしまして、受益的な関係から負担を持つとしますと、やはり理屈からいえば、利益を受ける全域ということになるべきであって、府県が二つ以上にまたがった場合にはそういうことを考える必要がないかということを考えてお尋ねしたわけなんですが、もちろん国庫が全部持てばそれにこしたことはないのですが……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/43
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044・佐藤竺
○参考人(佐藤竺君) そうなりますと、実はたいへんやっかいな問題になるのでございますが、河川によって沿革が違うと思うのでございます。たとえば利根川の場合に——これは茨城のことばかり言って恐縮でございますが、実は利根川は、御承知かと思いますけれども、現在の隅田川に流れてきておった川でございます。それを、徳川幕府の江戸を守るということとか、あるいは水運の便とか、いろいろなことがございまして、江戸川と、ちょうどあれは渡良瀬川が一緒になっておった川でございますが、それにつないで、そのあとさらに現在の鬼怒川と現在の利根の河口とをつなげてまいっておったわけでございます。そういった形でつなげていったものですから、本来の川の流れからしますと、勾配が下流にはない。そのために茨城は治水上の被害を受けておった。ですから、利水のほうは、これは茨城のほうはほとんどない。そういう意味で、利根川の問題のようなことになってまいりますと、これを茨城県が全国一の負担をしておるわけでございますが、そういう大きな負担をしなければならない理由というものはどうもないわけでございます。ですから、こういう場合もございましょうし、確かに治水ということからすると茨城県は利益があるのかもしれませんが、本来東京に流れておる川をこちらに持ってきたから非常に迷惑だ。ですから、そのために長い間それだけ苦労してきたということになりますので、もちろん全額国庫負担というのが理想的でございますが、財政その他の点で問題があるとすれば、それを私は画一的でなくて、河川別、それこそ水系別というもので問題にする以上は、そういった水系によって異なった扱いができるような形を何か考えるべきじゃないか。それができない、できないという形で、総花に考えたのでは、決して正しい解決のやり方ではないというような気がするわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/44
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045・北村暢
○委員長(北村暢君) それでは、佐藤参考人にはたいへん御苦労さんでございました。時間の関係もあるようでございますから、退席していただいてけっこうでございます。たいへんどうもありがとうございました。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/45
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046・加藤正男
○参考人(加藤正男君) この管理費用の負担の問題ですが、これは社会党の修正もあることは御承知のとおりですが、私は、いわゆる一級河川については、やはり国がこの管理をするというならば、むろん全額負担すべきであるし、その府県知事に機関委任するような場合でも、やはり全額負担が適当なのではないか。それから、いわゆる二級河川については、午前中にも申しましたように、現在直轄で工事中の河川については別ですが、国と都道府県とがはっきり二分の一ずつ負担するのがいいのじゃないか。原則とか例外とかというような、適当なことばではないかもしれませんが、みみっちいことを言わないほうがいいのじゃないか。その根拠は、これはさっき申しましたが、大蔵省あたりは受益者負担の原則ということに固執しているようでありますが、これが成り立つのかどうかということをどうも疑問に思うわけで、ほかの現行法では、たとえば特定多目的ダム法であるとか、あるいは海岸法であるとか、あるいは地すべり等防止法などというような法律では、受益者負担というのが明文化されておりますから、それしかしようがないわけですが、河川法案の場合にはそういう規定がないわけです。これは私はやはり、ないほうがいいと思います。それから、その理論的な根拠はかなりむずかしい問題ですが、午前中にも申しましたように、河川というものは、いわゆる一級河川はむろんですが、二級河川の場合でも、やはり国が最高責任者といいますか、あるいは最高の総括者といいますか、そういうふうに考えるべきじゃないか。これはむしろ社会党あたりにお答えしていただくほうが適当な御質問かと思いますが、私は簡単に申しますと、そういうふうに考えております。
なお、さっきの瀬谷委員の御質問は、私の午前中の陳述や、また田中委員に対するお答えの中で若干お答えしていると思いますから、ここで省くことにいたします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/46
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047・田中一
○田中一君 菅谷さん、私同じことを二へん繰り返すのはたいへんなんです。いろいろ疑問点について二人の先生方に答弁をお願いしたのですが、それを全部ひっくるめて御意見を伺いたいと思うのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/47
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048・菅谷重二
○参考人(菅谷重二君) いま田中委員の質問と、質問の途中で御意見をまじえてお話しになったこと——質問は第二にしまして、御意見のほうを先に申しますと、田中委員の御意見と私の意見とは全く一致しております。あえて御返答申し上げるまでもありません。
それから、ずっと御質問を整理しまして御返答申し上げますと、まず知事会の反対の問題でございますが、知事会では中央集権化という問題に対して反対をしている、これがまあ根本になっていると思います。ところが、一方知事会のほうでは、中央に直結した政治というようなことを言っているわけであります。こういう矛盾をあえて言っている知事会も、全くどうかと思います。ですから、私はこういう反対などというものはこの際御破算にしまして、一応一級河川、二級河川というぐあいに分担の範囲がこの法律案できまったわけでございますから、その分担範囲内でおのおのの責任を尽くして事の解決に当たるという方向に進めるのが当然でなかろうかと思っております。また水利権の問題ですが、これは私の意見は午前中の陳述に尽くしていると思いますから、あえてこれには触れません。ですが、もう一つ利水の問題に関しまして、水系別の施策ということをこの法案では言っておられるわけですが、これはもっと幅を広げまして、いわゆる広域利水、幾つかの河川を総合、糾合しまして、水の過不足をなくし、できるだけ水の有効需要をはかるというぐあいに持っていかなければ当然いけないことだろうと思います。
次に、総合的な河川の管理の機関としてどのようなものが適当かということでございますが、先ほど佐藤参考人やほかの方はいろいろ申し述べておられましたが、私はこれは管理そのものは、現在の段階としては、総合的な調整をして内閣でやる、総理府でやるというような案もございましょうが、せっかく事がここまで進んできたのでございますから、これは現在の案のように、一応建設省にまかしてやらしたらよかろうかと思っております。もちろん、その次に来たるべきものはもし利水だとすれば、これは水行政を統合するような機関を当然考えていくべきだ。それとしまして、いろいろなものも考えられましょうが、私は、一応建設省が管理に当たるという形にしまして、おのおのの利用する河川ないし広域利水を考えました場合、その給水区域、そういうものに、一つの水の総合的な配給機構、こういうものを設けまして、これはいろいろな形のものが考えられますが、たとえば現在一番水のいわゆる配給がうまくいっておりますのは、米国で言えば南カリホルニア水道でございます。こういうような、これは水道管区と言っておりますが、地域内の各市、郡、そういうものから委員を選挙で選出しまして、その委員会が全責任を持ってそれに当たるというような方式をとっておりますから、そういうものにある地域内の広域利水の権限を与えるという、地域別の一つのいわゆる利水の方式をとっていくというような方向に進めるのが妥当だと思っております。
次に、その調整の問題でありますが、これはなかなか調整といいましても簡単にできる問題でありませんので、現在までその調整で皆さんが苦労なさってきたことは、私もよく知っております。そしてまた、今後もその調整という方法でやるということは、事態を改善することには私はならぬと思います。ですから、これはやはり一つの責任体系をつくりまして、個々の体系の中でおのおのが力を尽くして事に当たるという以外に、解決の方法はないと思います。現在の日本の状態を見ておりまして、また将来を考えてみますに、戦後の日本というものは、私は一つの新しく生まれかわった地域社会ではなかろうかと思っております。地域社会というよりも、一つの国民社会ではなかろうかと思っております。こういう新しい社会が、さらに今後飛躍的な発展をしていくという段階で、恋恋としてそういう古い法律にたよっていることは、いわゆる西洋のことばにありますように、新しい酒を古い皮袋に入れるということになりまして、これは当然多くの破綻を来たしていくことになりますから、この際、一挙に改ためて、新しい法律を採用し、その法律が当然不備なものでありますこと、これは人間の考えましたものでありますから、当然でありますので、それを漸進的に改善していくという方向に進めまして、この問題を解決していくというのが妥当じゃなかろうかと考えております。私は地球物理学者でありまして、頭はすこぶる粗雑にできております。地球物理的なミクロ——微視的にものを見る学問と、マクロ——巨視的にものを見る学問とありますが、私は後者のマクロでございますので、非常に頭が粗雑にできております。物事の筋はどうやらわかるのでありますが、ほかの御参考人と違いまして、こまかいことはとうていわかりません。また御答弁もできないと思いますから、私の不足のところは、また御質問において答弁いたしますが、なるべくやさしいことをお尋ね願いたいと考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/48
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049・田中一
○田中一君 加藤さん、十六条をちょっと見てくださいませんか。十六条の2に、先ほど佐藤さんに申し上げたのですが、「かつ、国土総合開発計画との調整を図って、」という一行をここに入れたわけなんです。河川行政とは言いません、決して。この今回提案された河川法が、利水重点ではないかという批判をしている向きもあるわけなんですけれども、私は治水なくして利水がないという見方をしているのです。治水が一応完成されなければ、利水というものは得られないのじゃないかということなんですが、国土総合開発計画というものは、御承知のように、国土総合開発計画法でもってこれをきめているわけなんです、法律的には。第三項は、「建設大臣は、工事実施基本計画を定めようとするときは、あらかじめ、河川審議会の意見をきかなければならない。」ということになっておりまして、国土総合開発審議会を河川審議会と並立して、両方の意見を聞くというような方向は、どうお感じになりますか。これは加藤さんと、菅谷さんにも伺っておきたいのですが、屋上屋を架すように、二つのものに聞かなければならぬということになりますけれども、少なくとも国土総合開発計価との調整ということになりますと、国土総合開発審議会というものもございます。これの意見も聞かなければならぬというように修正したらどういうものでしょうか、ちょっと伺っておきしたいのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/49
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050・加藤正男
○参考人(加藤正男君) 簡単にお答えします。利水よりもむしろ治水のほうが大事じゃないかという御質問中のおことばですが、これは御承知のように、明治二十九年の現行河川法の制定以来、大体治水に力点が置かれているわけで、この態度は今度の法案にも受け継がれていると思います。それに関連して、午前中に若干触れましたように、そうしてさっきの瀬谷委員の御質問に対する一つのお答えにもなるかと思うのですが、治水の面について、河川法ないし河川法案の関係法律として、したがってこれは河川法施行法案に関連するわけですが、水防法の改正というようなことも必要ではないか。そうして現行法では、たしか水防の義務と費用負担が水防管理団体である市町村にあるわけだと思いますが、これをできれば、水防義務と費用の負担の主体を、国が管理をするというのなら、国が、つまり河川管理者がそういう義務と費用とを負担するように改めるべきではないかというようなこと、それから、たとえば公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法というのがございますが、その一部も改正して、いわゆる一級河川の水害の復旧事業というのは国が責任を持って行なうと、そういうふうにするのがいいのではないかというふうに考えております。そういうふうに治水の問題は非常に大事ですが、それと同時に、諸外国の法律と比べましても、今度の河川法案には、利水の面で若干弱い点があるのではないか。その点の具体的な内容は、先ほどの私の陳述なり、御質問に対する答えなどの中に、ある程度織り込んだつもりでおります。
それから第二に、第十六条の工事実施基本計画の問題でございますが、これはやはり、お説のとおりに、なるべく衆知を集めて基本計画を立てるほうがいいのではないか。この点は、河川の管理者がだれであるかということにも関連するわけですが、たとえば現行の水資源開発促進法では、内閣総理大臣が御承知のように、基本計画を立てて、そして事務局的なものとして経済企画庁の水資源局というのがあって、これに水資源開発審議会というものがある、そういうような点がある意味では参考になるのではないかというふうに思っております。ですから、河川審議会の組織とか、構成とか、これは国土総合開発の場合でも同じですけれども、そういう組織とか構成、あるいは部会あるいは特別委員というものをどういうふうに考えるかというような、そういう問題は残りますけれども、こういろ河川、水というような全国民あるいは地元府県民全体に大きな利害関係のある事柄については、できるだけ衆知を集めるほうがいいと、その点はお説のとおりでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/50
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051・菅谷重二
○参考人(菅谷重二君) 田中委員の御質問で、治水か利水かという問題、田中委員は治水なくして利水なしというぐあいにおっしゃられたのですが、私は若干ことばをかえまして、利水の目的なくして治水はなしというぐあいに考えております。従来の河川法は治水法だと言われております。これは昔から利水面というのは農業面しかなかったわけでございます。そして、農業面の利水という一つの目標がありまして、それを維持していく上において治水ということが大切だということが主になりまして、日本の河川行政というものは治水面に重点を置かれてきたのでございます。ところが、世界の情勢を見てみますと、この利水の範囲というものは非常に広範囲に変わってきております。言いかえれば、水は非常に多目的に利用されるようになった。これは水ばかりではなくて、一つの河川というものは非常に多目的に利用されるようになってきたというのが趨勢であります。これは、農業はもとより、工業用水、エネルギー、その他舟運というような方向に、河川並びにその水というものは非常に大規模に使われるようになってきたわけであります。これは昔のいわゆる利水に比べまして一けた違う量になってきているのが世界の現状であります。日本の国は、幸い非常に雨が多く、川の流量も豊富でございましたので、そういう大規模ないわゆる利水をやらなくてもある程度いままで何とかしのいでこれたわけです。その他の国におきましては、相当大規模に完全利水を第一目標にしてかからなければ実際に多目的利用ができないというのが現実でありまして、これが行なわれるようになりましてから、諸外国のいわゆる河川の利用並びに治水というものが非常に好転してまいっております。米国を例にとりますと、一八〇〇年代の半ばごろまでは、いわゆる舟運というものが行わなれておりましたが、これが鉄道が普及するに従いまして、舟運というものは一時鳴りをひそめたわけであります。その後、この工業用水、また都市の発達ということで、非常に他の利水面が強調されまして、それに伴ってあちこちにダムができる。また河水の統制を行なうということがされまして、再び完全に統制され、かつコントロールされた水ないし河川を利用しまして舟運というものが復活しまして、現在米国における国内総輸送量の二七%近くのものはいわゆるバージという鉄船はしけ——鉄船はしけをたくさんつなげた輸送方式によってやられているのが現状でありまして、それに追われて鉄道がかえって衰微しているというのが現状でございます。そうなりましてから、米国の治水というものは非常に発達しまして、今日米国では、テネシーを初め、その他多くの川——オハイオ川、ミシシッピー川、デラウエア川、サンフランシスコ付近のサクラメント川、このすべての川におきましても、完全治水は、利水を元にして、その投資によって行なわれているというのが現状であります。ですから、私は、日本の国でも、言葉をかえまして、利水を完全にする方式はいわゆる治水につながるものだというものの考え方で、将来の河川の管理の方式というものは、利水を重点においてやっていくべきだというぐあいに考えております。
第二の質問の、いろいろな査問事項を国土総合開発審議会と河川審議会の両方にかけて、いろいろ意見を聞かれてきめるということにつきましては、私は委員会を否定する立場の論者でございますから、まあお聞きになる程度ならまだしも、その実効は認めがたいというぐあいに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/51
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052・瀬谷英行
○瀬谷英行君 加藤参考人にちょっとお伺いいたしますが、先ほどの御説明の中で、水争い等が起こった場合には、法理論的にたとえば農民側が勝てそうな場合でも、どうしても敗北をするというケースのほうが多かった、この種の御説明がございましたが、これは一体法文上の問題なのか、あるいは行政上の問題なのか、どういったようなところに理由があるのか、その点をちょっと具体的に御説明願えましたらばお聞かせ願いたいと思うのであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/52
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053・加藤正男
○参考人(加藤正男君) その点は、私、お目にとまったかどうかわかりませんが、「法律時報」という雑誌の三十五巻第九号というのに若干書いておりますので、詳しいことはできればそれを御参照願いたいと思いますが、この法理論としては負ける気づかいがないような場合でも、どうも、たとえば東京地方裁判所の昭和三十六年の十月二十六日の日付の、これは有名な三田用水に関する裁判ですが、それからそれに関連して、やはり東京地裁の昭和三十五年の十一月二十二日日付の裁判でありますが、これはこの争いの一方の主体が、この三田用水という点でダブっているわけですが、これはくどくどと説明するまでもなく、すでに御承知かと思うのですが、そういう水を売る業者だとか、それから農業水利権者などが、大工業であるとか、発電会社であるとか、あるいは行政機関というようなものに対して経済的に弱いものが裁判にも同時に弱い。これは河川法に限りませんが、立法自体にもこの問題があるし、それから現在の裁判機構そのものにも関係がある。つまり、法律の解釈、適用、運用、そういったような点にも問題があって、大体意識として、裁判所というものが、やはりお上の、天皇陛下の裁判所だというような意識などがあったりして、どうも民衆の意識としては裁判所には行きにくいというような点からいっても、あるいは現行の立法を多少修正しましてもどうも勝てそうもないというような、そういう意識になったり、あるいは、いわば独占企業とか行政機関というものは、これは裁判の場合、何といってもお金を持ってるわけですから、そういう点でも強い。逆に経済的な弱者というのは、裁判所に行く前に、調停であるとか、あるいはあっせんの結果として、実は補償というようなことを考えますと、それにはどういう根拠から補償を取るかということが大事なことだと思うのですけれども、現実には、わずかの見舞い金とか、そういうものでいわゆる泣いてしまうというふうなことが少なくない。これはそういう調停、あっせんの主体というようなことにも関係があるわけですし、その主体が行政官庁である、あるいは部落のいわゆるボスであるというような場合、それから調停そのものの性格、これはたとえば調停読本なんかを見てみますというと、調停いろはがるたというやつがあるので、たとえば「く」というところでは、黒白というような——正確な表現は忘れましたが、つまりこの争いの本質と言いますか、これは利害関係が対立しているわけですが、この利害関係の対立というものをいわゆる水に流すという、そしてシャンシャンシャンと手を打って、何となしに解決したような、そういうムードがある。そういうようなところにも、現実には経済的な弱者が裁判に弱い、あるいは法律的なものに弱いということが出てくるのではないかというふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/53
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054・田中一
○田中一君 赤木さんにちょっと聞いておきたいわけですが、現行法には四十六条に、土砂流出の土地の所有者の義務等というのがありまして、これでは砂防施設を義務としてその所有者はしなければならぬようになっておる、現行法で。ところが、この新法にはこれらの規定が発見されないのですが、そこで砂防法がございますから、これは砂防法でやればいいのだということになっておるのか。こういう規定が現行法にあるにかかわらず、この新河川法にはそれが一つも入っておらぬのですが、これは赤木さん御存じですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/54
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055・赤木正雄
○参考人(赤木正雄君) 一つの例を申しましょう。これは渡良瀬川の水源の足尾で、足尾がああいうふうに荒廃したのは足尾銅山に起因するのだ、そこで足尾銅山のあのあたりに砂防法を施行しまして砂防をやる場合に、こういうふうに荒廃した原因は足尾銅山だから、その砂防事業費の一部を銅山から出していいのではないかということがありました。しかし、一面におきまして、あの銅山はまた非常に銅を生産して、その面からお国に奉公しているから、それを免除しようということで、いまでは国とそれから地方庁で出しております。そのほかにも、確かに非常に不合理な仕事をして、そのために水源をこわし、砂防しなければならぬ、この原因をしたものは、やはり当然この砂防事業に一部を出すべきであるということが、いま田中先生のおっしゃったようにありますが、しかし、何分砂防する場合は、多くは山間の貧弱な町村でありますから、それほど金を出すゆとりもなし、また、砂防事業は、その影響するところは下流に非常に大きな範囲にわたりますから、砂防事業によって受ける利益は、仕事をする場所よりも、むしろ下流のほうが大きいというふうな観点から、現在では、その法律にはありますが、実際砂防事業に対して原因を起こしたものがその事業費の一部を出しているということはやっていません。でありますから、私は、特殊にしなくても、実際問題としては新しい河川法で差しつかえない。何と申しましても、要するに、砂防事業はむしろ、くれぐれも申しますが、その利益を受けるのが下流なんです。仕事する場所とは違いますから、仕事する場所で利益が案外少ないという観点からして、この点を留意しています。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/55
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056・田中一
○田中一君 そうすると、赤木参考人の意見としては、河川法の中に砂防法との関連事項がなくても、砂防法がある限り砂防事業は完全に遂行されるのだというような気持ちを持っているのですか。あるいは、上流のどの地点から河川法の河川として認定し、それと砂防指定区域との関係はどういうぐあいに割り切ろうとすることなのか、これはあなたの認識というか、理解というか、それを伺いたいと思うのですが。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/56
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057・赤木正雄
○参考人(赤木正雄君) いままでの長年の場合、多くの例に徴して申します。なるほど河川法にそういったことを……、第一私がこの法案をもって一番おもしろいと思ったのは、河川とは何か、全然解釈がありません。河川の区域はありますが、どこが河川か全然ないのであります。それで私は、河川というものは、自然の流路は河川、こういうふうに解釈しています。人工でつくった流路は河川ではない、自然の流路が河川である。したがいまして、けさほども申しましたとおりに、この法案が適用されましても、現在砂防法はそのままで何ら支障なしに砂防指定地に取り上げることができる。また、関係大臣が砂防指定地になさる、こういう考えを持っていますから、やはり水源でこれは水を治めることが主なるものか、まずもって土砂を治めることが主であるのか、各河川によっておのずから判断がわかりますから、この土砂を治めることが主になるものである、これは砂防法で砂防指定地にする、こういうふうに解釈していますから、どこからが二級河川、一級河川、そういう区別もあって、砂防との関係においては何ら支障なしにいままでどおりに施行されるものと、こういうふうに解釈して、その意味で、この法律をいよいよ採用されますと、砂防法は何ら拘束を受けるものはない、こういう考えを持っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/57
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058・田中一
○田中一君 それじゃ、政府委員にこれは聞きたいのですが、次回の委員会までにこの法律で指定している政令を全部出していただきたい、政令案を全部出していただきたい。
それから、新しくできる地方河川審議会、これは新しく町村の河川審議会もできるのですね。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/58
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059・畑谷正実
○政府委員(畑谷正実君) 府県です。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/59
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060・田中一
○田中一君 府県ですか。その構成をひとつ、現在ある審議会の構成メンバー、権限などを資材として出していただきたい。これだけお願いしておきます。私の質問は終わります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/60
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061・北村暢
○委員長(北村暢君) ただいまの田中君の資料要求、河川局長、わかりましたか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/61
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062・畑谷正実
○政府委員(畑谷正実君) 承知いたしました。出しますが、県のほうの河川審議会のは現在ありませんので……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/62
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063・田中一
○田中一君 なかったら、それに対する構成、手続とか、権限とか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/104614149X02419640428/63
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064・北村暢
○委員長(北村暢君) それでは、河川局長、地方の、府県の河川審議会の構成の構想ですね、これをはっきりしてくれということですから、どうですか、これはできると思いますので、取り計らっていただきます。
他に御発言もなければ、両案に対する質疑は、本日はこの程度にとどめます。
参考人の方々には、長時間にわたり、両案審議のため御協力を賜わり、厚くお礼を申し上げます。
本日はこれにて散会いたします。
午後三時三十五分散会
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