1. 会議録本文
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000・会議録情報
昭和五十三年三月三十一日(金曜日)
午前十時十二分開議
出席委員
委員長 鴨田 宗一君
理事 羽田野忠文君 理事 濱野 清吾君
理事 保岡 興治君 理事 山崎武三郎君
理事 稲葉 誠一君 理事 横山 利秋君
理事 沖本 泰幸君 理事 高橋 高望君
上村千一郎君 木村 武雄君
北川 石松君 篠田 弘作君
二階堂 進君 三池 信君
渡辺美智雄君 西宮 弘君
飯田 忠雄君 長谷雄幸久君
安藤 巖君 中馬 弘毅君
出席国務大臣
法 務 大 臣 瀬戸山三男君
出席政府委員
法務政務次官 青木 正久君
法務大臣官房長 前田 宏君
法務省刑事局長 伊藤 榮樹君
委員外の出席者
警察庁刑事局捜
査第一課長 加藤 晶君
最高裁判所事務
総局刑事局長 岡垣 勲君
法務委員会調査
室長 清水 達雄君
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委員の異動
三月二十九日
辞任 補欠選任
正森 成二君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
松本 善明君 正森 成二君
同月三十一日
辞任 補欠選任
前尾繁三郎君 北川 石松君
正森 成二君 安藤 巖君
加地 和君 中馬 弘毅君
同日
辞任 補欠選任
北川 石松君 前尾繁三郎君
安藤 巖君 正森 成二君
中馬 弘毅君 加地 和君
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本日の会議に付した案件
刑事補償法の一部を改正する法律案(内閣提出
第五四号)
————◇—————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/0
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001・鴨田宗一
○鴨田委員長 これより会議を開きます。
お諮りいたします。
本日、最高裁判所岡垣刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/1
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002・鴨田宗一
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。
————◇—————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/2
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003・鴨田宗一
○鴨田委員長 内閣提出、刑事補償法の一部を改正する法律案を議題といたします。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。西宮弘君。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/3
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004・西宮弘
○西宮委員 私は、いま提案されております刑事補償法について若干お尋ねをしたいのであります。
刑事補償法は昭和七年に制定をされて、さらに戦後二十五年に改定されて、いわゆる新しい刑事補償法ができたわけでありますが、この旧法と新法の間にいわば理念の相違というようなものはどういう点にあったのか、お尋ねしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/4
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005・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 御指摘のように昭和二十五年に現在の刑事補償法が制定されたわけでございますが、戦前からそれまで続いておりましたいわゆる旧刑事補償法と現在の刑事補償法とは、基本的な考え方を異にしておるように思います。
すなわち、戦前の刑事補償法におきましては、古い法律上の伝統的な考え方でございます国は不法を犯さないというようなことを前提に法律ができておりましたから、刑事補償というものは国の恩恵的な慰謝である、あるいは国の仁政であるというような基本的な思想に基づいて制定されておったように思うのでございますが、現行法は、もう御承知のとおり憲法第四十条ではっきりと国民に刑事補償の請求権を規定いたしましたので、正面から、そういう無罪等の裁判を受けた人の権利であるという立場からつくられております。そういう意味で法律の基本的な発想といいますか思想が全く異なっておる、こういうことだと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/5
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006・西宮弘
○西宮委員 新法になりましてからすでに四回の改正が行われたわけでありますが、これは主として金額の改定、それから同時に、身体の拘束をすることが許されるそういう新しい法律が次々出てまいりまして、それに伴って刑事補償法も改定されるということになったので、これは当然の成り行きだと思うのでありますが、それ以外に、法文としては何も書いてありませんけれども、四回の改正の中で、発想というか理念というか、そういう面について何らかの変化があるというふうに考えられましょうか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/6
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007・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 現在の刑事補償法が制定されましてから、大ざっぱに申しますと四回の改正を経ておるわけでございます。これは刑事補償法が定めております定型的な損害賠償というものの内容をなします補償金の額を、その都度経済情勢等を勘案しながらそれにスライドさせて引き上げていった、こういう改正でございまして、二十五年制定当時の憲法を踏まえた法というものをその都度手直ししてきている、こういうことでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/7
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008・西宮弘
○西宮委員 いまの御説明の定型化したという点ですね。それに対して、なぜこれが定型化されなければならないかという点と、それから、その四回の改定は、最初の二十五年当時のいわゆる一日二百円ないし四百円というそこを基礎にして、それを順次物価指数その他で改定してきている、こういう実態だと思いますけれども、私はそれについて、そもそも事の始まり、つまり昭和二十五年当時の基礎になった二百円ないし四百円というのに非常に無理があった、あるいは非常に安かった、それが基礎になっているために、今日改定はされても依然として現状に即さないというふうに考えるのですが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/8
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009・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 現在の金額は御案内のとおりでございますが、昭和二十五年に現在の刑事補償法がつくられますときに、戦前の刑事補償法における額を横目でにらみながらも、その当時としては思い切ったと申しますか、相当な額で定められておったわけでございまして、それを客観的なデータに基づいてスライドさせてきております今日の金額というものは一応妥当性がある、こういうふうに思っておるわけでございます。
さて、それではなぜそういう定型化したものになっておるかということでございますが、およそ無罪となった人の身体の拘束によって受けた損害というものはまさに千差万別、個人によってそれぞれ事情を異にするわけでございまして、一人一人に適合した金額を丹念に調べて決めるということも一つの行き方でございましょうけれども、やはり無罪の言い渡しが確定したという事情がございますれば、なるべく早くとにかく一定の額を差し上げてとりあえずの補償としたい、こういうことからとりあえずの金額を、上限と下限を決めて、その中で裁判所に判断してもらう、なお、これについて個々的な事情が仮にあるという場合には、たとえば国家賠償法とかそういうもので対処していただく、こういうふうになっておるのでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/9
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010・西宮弘
○西宮委員 御説明はわからないわけではありませんけれども、私はその辺に額が実情に沿わないという原因がひそんでいるのだというふうに考えるわけです。それで不十分ならば国家賠償法ということもありますけれども、これは故意、過失を要件とするような重大な制約がありますから、なかなかその足りないところを国賠法で補っていくということはむずかしいと思います。
二十五年に法律ができた当時、二百円から四百円ということを決めたことに対する政府委員の説明でありますが、結局諸般の事情を考慮したというようなことを言っておりますが、結論的には、いわゆる達観と申しますか、ということで金額を定めざるを得なかったと考えておりますと、こういうことで、いわゆる達観で決めた、こういうことを言っておるわけです。昭和二十四年の男子の工業労働者の平均賃金が一日三百七十四円、坑内夫が四百二十九円、交通業が三百五十円、これを平均したのが三百五十二円、職人は四百四十八円、こういうふうに当時の資料があるわけですが、それを達観ということで二百円ないし四百円ということで、しかも実際の実施の状況は、四百円の方ではなしに、その下限の二百円の方におおむねシフトしているという当時の状況等があるわけですが、そういうことを見ると、それを基礎にして改定されてきた四回の改定というのにはかなりの不合理があるのじゃないかというふうに考えるわけです。しかし、それはいろいろ見方の相違もありましょうから、余りその問題に長く拘泥しているわけにいきませんが、もしお答えがありましたらひとつ答えていただきたい。
それからもう一つぜひお尋ねしたいのは、そういう制度が設けられて、それによって実施をされている刑事補償の実施状況でありますけれども、これは法務省の出しております犯罪白書に載っておりますけれども、「刑事補償」という一項目を設けて書いてあるのでありますが、これはまことに不親切きわまるわけですね。これを見ただけでは全然わからない。つまり、全体の人員とそれから抑留または拘禁による補償が決定した人員と日数とトータルの金額、これだけしかないわけです。これでは、一人一日平均どうなっておるのか、あるいは該当者がどれだけあって、そのうち何人が請求して、その請求したうちの何人が補償されたのか、そういうことがかいもくわからないわけです。だから、私は、白書としてはまことに不親切きわまると思うのですが、これはどういうことですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/10
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011・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 犯罪白書の担当者でございませんから的確なお答えはいたしかねると思いますけれども、せっかく刑事補償という問題を取り上げながら、いま御指摘のようにはなはだ大ざっぱな記述しかできなかったということは、やはり遺憾なことであろうと思います。その原因は、多少顧みて他を言うようなことになりますけれども、運用自体は裁判所の方でおやりになっておりますものですから、裁判所の方でおつくりになって外へ発表されておりますような、そういう大ざっぱな資料に基づいて記述をしたということであろうと思うのでございます。
運用の詳細につきましては最高裁の方がよく御存じだと思いますので、そちらの方から明らかにしていただければと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/11
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012・西宮弘
○西宮委員 それじゃ最高裁に御説明いただきたいと思いますけれども、今度の関係資料の末尾に若干の資料がついているわけですね。しかし、これとてもよくわからない。特に、たとえば第三表なんというのは「一人当たりの平均金額」というので、二十七万六千二百二十八円というのを頭にしまして、ずっと下まで書いてあるわけですけれども、問題は、一日幾ら、こういうことで法律が規定されているわけですから、そういう点から言うと、これでは全くわからない、こういうことになるわけです。この辺の事情を……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/12
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013・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 最高裁判所で、下級裁判所その他で行われた補償に関する決定の運用というものをどの程度まで調べて、どの程度まで詳しく印刷物なり何なりにして外に出すかということでございますけれども、いままでのところでは、私どもとしましては、例の「法曹時報」という雑誌の中に、時に運用上問題になるような点があれば取り上げて発表するということでございまして、個々の補償決定の内容はどうであるかこうであるかということまでは実はやっておらないわけでございます。いまの一日当たりの金額が幾らくらいになっているのがどれくらいあるかという問題も、実は、これも一件一件非常にその内容が、たとえば心神喪失で無罪になった場合であるとか、そうじゃなくて、本人と犯罪との関係が立証できなくて無罪になったような場合であるとか、事情が非常に異なりますので、それをただ単に足して割ってみても余り意味がないのではなかろうかという考えもありまして、そこまで出していないということでございます。個々のあれについてこれはどういう内容になっているかというお尋ねがあれば、これはここでまたお答えできるかと思いますけれども……。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/13
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014・西宮弘
○西宮委員 もし「法曹時報」等で発表しておられるのなら、せめてそういう程度のものは犯罪白書に載せるとか、そういうことをやってほしいと思うのです。そうでないと、せっかく法律ができても、それがどういうふうに現実に運用されているかということは全く国民の目にはわからないわけですから、そのことを要望しておきたいと思います。
それから人数ですね。旧法当時は、さっき刑事局長が言われたような、いわゆる国の恩恵だ、仁政だというような考え方が基礎にあったからでありましょうけれども、昭和七年に実施をされて、昭和十八年までの統計が載っておりましたが、それを見ると、補償を受けることになったものは六百二十七件、それから棄却をされたものが四百四十九件、その四百四十九件というのは、請求した件数の約四〇%に当たるというふうに説明をされている。だから、ずいぶんたくさんの人が補償にあずからないわけです。補償を拒否されてしまっておるという状況にあるのだが、これは旧法時代でありますから、新法になってからは相当改善をされ、特に最近になるほど棄却される率というのは非常に低くなっておると思いますが、大体八割、あるいはもっと行っておりますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/14
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015・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 最近の未決の抑留、拘禁を受けたことを理由とする補償請求につきまして五十一年の数字を申し上げますと、四十六名請求しまして、決定人員が四十五名でございますので、棄却は一名だけでございます。ですから、パーセンテージにしますと九七・八%となっています。それから五十年は九六%、四十九年は九八%、四十八年は九九%でございまして、大体いまは、数十人から百人の請求がありましても、棄却になるものは一名ないし二名というふうな現状でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/15
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016・西宮弘
○西宮委員 その点は大変改善されておると思いますが、問題は、該当者の中のどのくらいが請求をしているかということですね。当然に請求できるはずの人が請求しない、こういう件数が非常に多いのに私どもは大変意外に思っているわけですけれども、その点は数字的にわかりますか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/16
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017・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 刑事補償の請求可能な人がどれくらいあって、その中で実際に補償を受けた人がどれくらいかという問題でございますが、実は、これはそのものずばりの統計を私どもは持っておりません。推計は可能でございまして、そういたしますと、昭和四十九年、五十年、五十一年ということで、通常の第一審で無罪の裁判が確定した事件の受理時にどれくらい拘束されておったかということの拘束率を見ますと、三年平均で地裁では五六・七%、簡裁では二・五%というものが拘束されていたわけでございます。したがって、いま申し上げた割合というものがそのまま今度は無罪判決の場合に移っていくという前提で考えますと、これはいま申し上げた四十九年、五十年、五十一年の三年間に確定した人員を見てみますと、地裁では五百三十五人、簡裁では三百七十一人ということでございますので、先ほど申し上げた地裁では五六・七%、簡裁では二・五%という身柄の拘束率とでも申しましょうか、そういうものを掛けまして補償請求可能人員というものを推定して算出いたしますと、これに対する昭和四十九年から五十一年の三年間の地裁及び簡裁の言い渡した無罪判決の確定を理由として補償請求した者の割合というものは、地裁では三六・七%ということになっております。簡裁では六六・七%ということでございまして、地裁、簡裁の平均は三七・六%というのが一応の数字になっております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/17
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018・西宮弘
○西宮委員 せっかくこういう制度ができながら、いわば権利の上に眠っておるというか、そういう人が非常に多いというのは、私ども大変に意外に思うのですけれども、その原因は一体どこにあるというふうにお考えでしょうか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/18
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019・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 その補償請求の率が御指摘のとおり確かに低いわけでございますが、その理由を実は私どもいろいろ考えてみますが、必ずしもはっきりとこうだというふうにいま申し上げるだけつかんでおりません。
想定されますのは、わりに拘束された期間が短かったというふうなことでしなかった方がかなり多いのではなかろうかというふうに考えます。それから、これは弁解のようになりますけれども、大体身柄を拘束されていろいろと無罪ということで争われるというようなことになりますと、弁護人がついておられるのが、これは国選にしろ私選にしろ、常態でございまして、昭和五十一年度の簡易裁判所でいきますと九一・二%、地裁では九七・六%、控訴審では九四・二%と、ほとんどの方に弁護人がついておられるわけでございまして、弁護人がついておられるわけでございますから、そういうことを弁護人が教えておられないということもないと思います。ですから私どもとしては、あるいは自分がこれで主張どおり無罪になった、裁判所で認めてもらったということである程度満足しておられる方が多いのではないかというふうなことも想像するわけでございます。請求の手続がむずかしいとかなんとかいうことでやられないのではないかというふうな御批判があるいは起きるかもしれませんけれども、その点は、この補償請求というのは無方式でやれるわけでございますから、無方式と申しますか口頭でもやれるわけでございますから、法の求めている方式は非常に簡単なものでございまして、ですから、しようと思われる場合に障害になるような事情はないというふうに考えておるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/19
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020・西宮弘
○西宮委員 法務大臣、せっかくこういう制度があるのですから、これは本人の申請を待たずして、裁判所の方で決定して補償するというふうにされた方がいいのじゃないかと思うのです。これはすでに、昭和四十八年の五月でありますが、参議院の法務委員会で、当時の田中法務大臣が答弁をしておられるのであります。要点だけ申し上げると、そうするのが当然だと思う、「これはまあ何と申しますか、遠慮をせずに申し上げますと、わが国の官尊民卑の思想から出ておるものと思います。」つまり申請をさせてそれに許可するというような形をとるのはそういうことだと思う。「現行法の制度があるのかと言えば、官尊民卑の思想の残滓であろうというように」申し上げたい。「憲法が最高度に人権を尊重する。世界類例を見ざるほどの高度の憲法でございます。」「この種のものは請求を待たずして国家が責任をとるという方法がなければならぬ、こういうふうに考えます」こういうふうに答弁をしておられるのですね。これは昭和四十八年であります。それならば、むしろせっかくのこの制度をりっぱに生かすためには、そういう形にするという方が望ましいと思うのですが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/20
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021・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 いまの、元田中法務大臣が言われたようなことも、これは一つの考え方であろうと思いますけれども、御承知のように、補償法には請求権を認めておるわけでございます。別の観点から言いますと、請求するかしないか、そういうことをやるかやらないかは国民の自由に任せてある。これもまた一つの立場であります。しかも、いま最高裁からの御説明によりますと、多くの場合は弁護士さんがついておる、こういうことでございますから、反面から見ると、強制的にやらなければならぬということもこれまたおかしいような気もします。私は願わくは、これは裁判所のことでございますけれども、あなた、無罪になったのだから、こういう法律があるのだから請求しなさいよと親切に教えてやるくらいのことは、これは自律行為でございますけれども、願わしいことだ、かように考えます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/21
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022・西宮弘
○西宮委員 私、決して言葉じりをとらまえるわけではありませんけれども、強制的にやるのはどうかというお話だが、強制的という場合には権利を制限するとか義務を課するとかという場合だと思うのですね。これはそれとは完全に逆に、そういう者にお金を上げる制度ですから、裁判所の方が、無罪が確定すると同時にそれをやられても少しもおかしくない。これはひとつ研究をしていただきたいと思います。いま即答いただかなくても結構ですから、私は当然そうなるべきだというふうに考えますので、御検討をお願いしたいと思います。
最高裁にお尋ねをしますが、非常に該当者が少ない、わけても死刑囚については一件もないわけですね。これはどういうふうに理解をされますか。私はそれはこの前の委員会でもお尋ねをしたように、日本の場合には非常に無罪率が低いとか、したがって役所流にごらんになれば、役所の説明としては、要するにそれは捜査が完全に行われておる、あるいは起訴便宜主義が行われておる、そういうことで、そこで十分ふるいにかけておるから、後で無罪になるという者が少ないのだ、こういうふうに役所としてはお答えになると思うのであります。しかし私は、死刑囚についても、誤判によって死刑が宣告され、そうして死刑が執行されてしまった、こういう例は決して皆無ではないと思うのです。私は、それが全然出てこないというのは、死刑が執行されてしまうと、ほとんどその前にみんな再審の請求をするわけですけれども、再審がほとんど取り上げられない、これは暁の星のごとくりょうりょうたるものです。したがって、再審の門がきわめてかたいということから、再審は得られない、こういうことで死刑囚についてのいまの該当者が一人も出てこないという結果ではないかと思うのだが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/22
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023・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 いまの問題にお答えする前に、先ほど法務大臣から、裁判所の方で少し説明してやったらというふうなお話もございましたので、その点について申し上げますと、それは国会でもいろいろと御注意いただきまして、裁判官の会同の場合などに、私どもの方で、刑事補償の請求ができるのだぞということを被告人に説明してやるようにというような指導はしているわけでございます。
それからその次の、いまの問題になるわけでございますけれども、裁判所の方といたしましては、要するに無罪の判決がないことには補償の問題というのは起き得ないわけでございますので、それで、死刑確定して執行された者から出ないのは、これは何とも申し上げようもないわけでございます。したがいまして、問題は、いままで死刑確定して執行された者に対する再審の門が狭過ぎたのではないか、こういうお話になると存じますけれども、私どもとしましては、裁判所は再審の、法律の定められた開始の要件があるかどうかということを、それぞれ具体的な事件について、それぞれの裁判所が考えておやりになったことと存じますので、個々具体的な事件について、その取り扱いなり何なりがよかったか悪かったかということを私どもから申し上げる立場ではないと考えるわけでございます。ただ、最近の様子をごらんになるとおわかりのように、いろいろあちこちで再審の請求がありまして、また中には始まったものもあるわけでございますので、その辺は、私どもとしては同じ考え方であろうとは思いますけれども、事件数がふえてきていることは間違いないと存じます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/23
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024・西宮弘
○西宮委員 原因はまさに、再審の門が非常にかたいということにあるのだと私は思うので、したがって、ぜひ再審の門をもう少し広くしてもらいたいということを私がばかの一つ覚えのように言っておることですが、これは大臣も、御返事を聞かなくても結構ですから、ぜひ考えておいていただきたいと思います。
要するに、そういう死刑の宣告を受けた者で、それが再審の結果無罪になるというような者が出てこないと該当者がないということになるわけですが、今日まで再審の結果無罪になった人はたくさんありますけれども、死刑囚で無罪になったという人は一人もないのですね。私はそう思いますが、実態がそのとおりだということではないと思います。再審をしてみれば判明する。しかし死刑でも執行されてしまいますと、もう該当者が死んじゃっているのですから、非常に死刑執行後では困難だということはよくわかる。ですから、そういうことになる前にぜひもう一遍再審をしてみて、その結果どうであるかということが判定されれば、これはそれ以上やむを得ないと思うので、とにかく何とかして再審の門をもっと広げてもらうということを強く強くお願いしておきたいと思います。
この法律の提案者は法務省ですから、これは刑事局長の御所管だろうと思いますが、いま死刑の場合ですね、該当者がないのでありましょうが、しかし、法律としては千五百万円というのは今回据え置きになっているわけですね。これはいつ何どきその該当者が出ないとも限らないのですから、やはり訂正しておくべきではないでしょうか、どうですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/24
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025・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 一般の刑事補償の定型化されました金額は、財産上の損害とそれから精神的な損害に対する慰謝、この両方を含んで定型的な金額が決められているわけですが、死刑の場合につきましてはやや趣きを異にしておりまして、一千五百万円という現在の額は慰謝料に相当する額となっておりまして、そのほかに財産上の損失があればそれを上乗せしてお支払いをする、こういうたてまえになっておるわけでございます。
さてそこで、その死刑の執行を受けたということに対する慰謝料の額、これが何ほどであるべきかということは、はなはだ算定に困難な問題でございます。考えれば、幾らお金を上げても上げ過ぎということはないわけでございます。非常にそういう点で困難でございますが、最近におきます交通事故等でよく裁判事件になります死亡事件におきます慰謝料の額でございますとか、あるいは、余りぴったりしたものではないと思いますけれども、自動車損害賠償補償法によります死亡の場合の保険金額、こういうものを横目でにらんでおるわけでございます。この前この法律を改正していただきました際に、死刑執行に関する補償の政府原案は一千万円ということでお出しをしたのでございますが、たまたま同じ国会でいわゆる自賠法の保険金額が一千五百万円に引き上げられたということがございまして、それを国会におかれましても横目でごらんになって、やはり千五百万円が相当ではないかということで御修正をいただいた経緯がございますが、私どももそういった最近の民事訴訟におきます慰謝料の額あるいはそういった自動車事故によりまして人が亡くなられた場合の保険金額、こういうものを参酌しながら考えてまいりたい。そういう意味におきまして、今回はその辺の事情が五十年と変わっておりませんので、一応据え置かせていただいておる、こういうわけでございます。
なお、この点については、先ほど申しましたように、幾ら差し上げても差し上げ過ぎということはないわけでございますから、万一の場合を想定しまして、いかにあるべきか、根本的な問題の検討を続けたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/25
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026・西宮弘
○西宮委員 検討を続けるというお話でありますからこれ以上申し上げませんが、いまの自動車事故などの場合は、これは関係者もあきらめがつくと思うのです。しかし、裁判が誤ったために死刑になって執行されてしまったということになったら、これはもう本当に何を恨んでも恨み切れないと思うのです。残された家族たちにとっては、まことに深刻きわまる問題だと思うのですね。ですから、自賠責に右へならえするというのは私はきわめて不合理だと考えるわけです。しかも、衆議院で政府の原案の一千万円を千五百万に修正をして、これを参議院に持ち込んだわけですね。そのとき参議院に持ち込んできました衆議院の代表は、参議院に参りまして、この修正額も「必ずしも十分なものとは思われませんが」と、こういう公式の説明をしているわけです。いわば提案理由の説明みたいな形でこういう説明をしているわけです。だから、その千五百万に直したけれども、それでも十分とは思わないというふうに昭和五十年に言っているわけですから、今回は昭和五十年の基準を昭和五十三年の実情に合わせて直そうとしている際ですから、そういう点から申しましても、私は改定するのが当然だというふうに考えます。しかし、いまお話しのように、こういう点は徹底的に研究するということでありますから、これ以上申しません。
最高裁にもう一遍お尋ねいたしますが、賠償の上限と下限が決まっているわけですけれども、その中でどうも下限にしわ寄せされているという例が非常に多いというふうに私は思うのですけれども、特に期間が長い該当者にとっては、つまり身体の拘禁をされた期間が長い者ほど単価が少ないというような例があるわけですけれども、これは少し私の見た資料が古いので、最近はそういうことは全くないということであれば了解いたしますが、どういうことでしょうか。長ければむしろ逆に、受けた苦痛は非常に大きいので、したがって一日当たりの単価も高く見るというのが当然だと思うのですけれども、逆に期間が長い場合には単価を少なくしているというような例がかつてはあったわけです。最近はどうでしょうか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/26
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027・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 私の見ましたところでは、従前もそうでございますけれども、比較的低いのは、要するに無罪の中でも心神喪失と申しますか、酒を飲み過ぎてその間にやったとか、あるいは精神異常があったとかいうふうな場合、それから犯情といいますか、無罪にはなったわけですが、それに至るまでの事情というものには、被告になった方の側にも多少これは問題があるというふうな事情、そういういろいろな事情を考えられた結果低いものは見当たりますけれども、被告人が本当に無罪であったというふうなものは大体最高限に近いところで出ているというふうに私は考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/27
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028・西宮弘
○西宮委員 いま御答弁のありました責任無能力者ですね、それに対しては低いというのがあるけれども、これは現実にそうなんですね。最下限をいっているというのが大半だという統計が出ているわけです。いま御答弁のように、たとえば酒を飲んで酔っぱらって事故を起こしたというようなこともあるかもしれませんけれども、そうではなしに、重大犯罪を犯して、しかもそれが心身障害者、心身薄弱者、要するに責任無能力者ということで無罪にするということは国民感情として許しがたい、そういうところから来ているのじゃないかと私は思うのですけれどもね。もしそうだとすれば、これは責任無能力者なんですから、それに対してそういう悪いことをしたのに補償してやるのは全くけしからぬ、そういう気持ちが裁判当局にもあるというようなことであるとこれは大変に問題だと私は思うので、決して酒を飲んだ酔っぱらいというようなことだけではないと思うので、ちょっとそのところだけ実態を説明してください。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/28
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029・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 問題は、もう一つ前の問題から申し上げるのは恐縮でございますけれども、たとえばいわゆる弘前大学教授夫人殺し事件がございますけれども、このときの一日当たりの補償金額というのは三千二百円で最高額が出してございます。この日にちは四千三百七十四日ということでございます。それからいわゆる加藤老事件でございますが、これも三千二百円で現行法の最高額ということで出ております。したがいまして、常識的にだれが考えてもこれはと思われるものは最高額で出しているのが通常であろうと思います。
それから無罪の場合でございますけれども、これは刑事補償の金額というものが定型的に決められて上限と下限とがある。したがって、裁判所としてはその幅の中のどの辺に置くかということをいろいろな事情を勘案しまして決めるわけでございます。それは刑事補償法の中にも、裁判所の考えるべき要件が、捜査機関の方に過失があったかなかったかとかいろいろな事情を考えて決めろというふうに書いてございまして、それを考えて決めるわけでございます。同じ定型的な補償と申しましても、形は定型でございますけれども、中身は、その人が自由に外で働いておったならば得たであろうところの利益を得られなかったとか、あるいは積極的に得られなかった場合とか、あるいはそれを逆にいろいろな支出が要ったとか、そういう物的なもののほかに精神的な損害を受けたとかいろいろな事情があるわけでございますけれども、その無罪になった人間の中で、職がなかった方だとかあるいはその当時収入というものがほとんどなかった方だとかということになりますと、やはり拘束による財産上の損害というものは通常働いている人に比べれば少ないわけでございますので、ある意味で精神的な損害の面だけに限られる、内容的には分けられませんが、観念的にはそういうことになるわけでございます。そういう点を考えてその幅の中でランクづけをする、そうすると低くなってくるという事情にあると存じます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/29
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030・西宮弘
○西宮委員 国家賠償法の場合には、今日までの実情を見るとゼロという人が非常に多いわけです。これはむろん法律第何条でしたか、いわゆる賠償法の方で十分に償いがついているという場合には、とにかく両方合わせて補償するということになっていますから、そっちで十分間に合っているというならばむろん差し支えないわけだけれども、ずいぶんゼロの人が多いわけです。これは一体どうなのか。国家賠償法に基づく損害賠償ということが十分に機能していないのではないかということを私は懸念するのですが、それはいかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/30
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031・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 ただいま御引用になりました資料、私はつまびらかにいたしませんが、国家賠償法の場合には故意、過失の立証ができないために敗訴したというケースが数からすると非常に多いように思います。ただ、勝訴の場合には必ず何らかの金額が主文で提示されておるのだろうと思います。ですから、ただいま御引用になりましたのは、国家賠償法に基づく損害賠償請求したけれども勝てなかったというのが多いのじゃないかというふうに思っております。その理由は、当該官憲等の故意、過失が立証されなかった、こういうことじゃないかと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/31
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032・西宮弘
○西宮委員 せっかくこういう制度ができながら十分に機能しないというようなことがもし仮にあるとすれば大変に残念なことでございます。ですから、そういうことにならないように、今日までその点はずいぶん留意しておられると思いますけれども、重ねて注意を喚起しておきたいと思います。
これは法務省の古い資料でありますが、昭和三十九年の法務省のお役人に井上五郎さんという方がおりますが、この人が書いた論文の中には「無実の人がいわゆる誤判の結果有罪の宣告を受けて獄に呻吟するようなことは、その本人や家族にとって悲劇であるばかりでなく、その国家社会にとっても救いがたい悲劇である」こういうふうに冒頭で書いているわけです。そしてこの刑事補償法の説明をしているわけですけれども、これはまさにこの井上さんという人の言うとおりだと思うのです。国家社会にとっても最大の悲劇だということに間違いないと思うので、そういう事態が起こらないことをまず第一に努力しなければなりませんし、起こったならばそれに対して十分な手当てをするということが当然だと思うのです。
その際に、要するにこれは大変議論の分かれるところだと思いますけれども、そういう該当者、つまり無実の人が罪になってしまった、こういう結果は、結局、社会全体の治安を守っていくというのがいまの国家の責任だ、その際に、したがって、途中で逮捕をしたり勾留したりあるいは裁判を行ったり、そういう間に非常な、本人としては耐えられない苦痛に耐えていくというか、そういう苦痛を経験するわけですけれども、それはやむを得ないのだ、国が社会の治安を維持するという責任を持っている以上はそういう人が出てもやむを得ないのだ、こういう考え方が根本にあるとすると、どうしても補償の制度などは完全なものになり得ないという気がするので、私は、そういうことではなしに、その本人たちになってみたらば、これは全く何物によっても償うことのできない非常な苦痛を経験するわけですね、ですから、それには思い切って手当てをする、もし万一そういう事態が発生したらば、それにはあらゆる手当てをするということが絶対に必要だと思うのですが、その見解はどうなんですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/32
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033・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 およそ刑事司法に携わる者といたしましては、一人の無事をも罰してはならない、これは常に考えておかなければならぬことであろうと思います。しかし実際の社会現象として、きわめて残念なことでありますが、裁判の結果やっと無罪になるという方がおられることも事実でございまして、そういう方のために刑事補償の制度があるわけでございますので、当然その運用は、ただいま御指摘になりましたような心構えで運用に当たらなければならぬ、かように思っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/33
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034・西宮弘
○西宮委員 そういう意味で、拘禁されない分、身体の拘禁を受けなかったというものに対しては何らの補償がないわけだけれども、いまの法律は、あくまでも身体を拘禁した場合に限っているわけですね。
しかし現実は、拘禁をされなくても、たとえば起訴されたというようなことになれば、それだけで非常な困難を味わうわけですね。ことに、たとえば役人ならば、国家公務員、地方公務員あるいは公共企業体に勤務をする人、こういう人などはいずれも休職になるわけですね、そして給与はもらえないという、これは制度化されておるわけです。そういうことなり、あるいは、たとえば一般の民間会社等でも、起訴された場合には休職処分にするというようなことは、おおむね労働協約なり就業規則なりに決められているというような例が多いと思うのですね。そういう実に厳しい状態に置かれるのだけれども、それが補償の対象にならないというのは私は大変な矛盾だと思うのですが、それはいかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/34
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035・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 起訴されました被告人でありましても無罪の推定を受けるという、これはたてまえはたてまえといたしまして、現在の刑事司法の運営上、起訴されたということで、たとえば新聞で「君」が取れたりするような一般的な社会的評価がございます。したがいまして、そういうことによりまして、被告人となったことによって受けられる有形無形の損害というものは確かに存在することを否定できないと思います。しかしながら、そういう観点から見てまいりますと、他にもやはり国の行政処分等で非常な不利益を受けるというような場合も考えられますし、あるいは裁判類似の制度で申し上げれば、海難審判とか特許の審決とか、いろいろなものでそういう事態が生ずる場合があるわけでございます。
したがいまして、刑事補償がいまとっておりますのは、とにもかくにも、身体の拘束というような、人間の基本的な人権の最も大事なものであります自由が奪われたというものに対してとりあえず補償して差し上げようというのが現在の制度でございまして、御指摘のような観点は確かにございます。この問題については、広く、国の行政行為によって被害を受けられた方というようなものを大所高所に立って検討しながら、将来の課題として研究していかなければならぬと思います。先般稲葉委員の御質問の中であったと思いますけれども、一部外国ではそういうものも取り入れかかっているところもありますので、鋭意検討をいたしていきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/35
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036・西宮弘
○西宮委員 これは大臣にもお尋ねをしたいのでありますが、いまの制度は、大臣も御承知のように身体の自由を拘束されたというものだけが補償されるわけですね。しかし、たとえば起訴されると、それは一家眷族、もう世間に顔向けもできないというような状態に陥るわけですね。いまは当事者主義が徹底しているから、被告人と検事は全く対等の立場にあるというようなことは、制度上はそういう制度ができておるけれども、実際問題として、社会的にはそんなものは全く通用しない。対等どころか、いやしくも起訴されたというようなことになったら、それでもう社会的には葬られてしまうというのが現実なんですね。そういうことであるとすれば、私は、拘禁されない期間についても十分補償していくというのが当然だと思うのですが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/36
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037・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 刑事事件にかかわらず、国家行政によって損害を受けた、こういう場合には国家賠償法もあるわけでございますが、いま言われたようなこともございますので、刑事局長から申し上げましたように、よく検討してみたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/37
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038・西宮弘
○西宮委員 それじゃ、十分検討するというお話でありますから、ぜひそういう方向で検討していただきたいということを申し上げておきたいと思います。
それから、そういう意味で、さっき申し上げたように、本人にとりましては、全く想像できないような苦痛にさらされるわけです。これは、国としては社会の治安を維持する任務を持っているのだから、そのためにそういう問題が起こっても、それはある程度本人の受忍義務だ、国民としての受忍の義務だ、こういう考え方が恐らく説明としてなされるのだと思うのですけれども、私もある程度の受忍義務ということを否定はいたしませんけれども、しかし、さっき申し上げたように大変な苦境に立つ。したがって、検事と被告人は対等の立場だと言いながら、本人の身になってみれば、全く針のむしろの上に座らされているわけですね。そういう状態が続いていく。こういうので、さらにそういう状態が長く続いて、やがて幸いにして無罪の判決を受ける。これは現在の一審、二審、三審の制度の中でもいいでしょうし、あるいはまた、確定したやつが再審で覆るということでもいいと思うのでありますが、とにかく無罪になるというときに、私は裁判所は——これは、そこまで行った過程が裁判所だけの責任じゃありませんよ、捜査段階から司法警察官あり、あるいは検察官あり、そしてまた判断をする裁判官がある。こういうので、裁判官だけの責任ではもちろんないのだけれども、しかし、司法警察官の捜査あるいは検事の捜査、そういうものをちゃんと見きわめをつけて、あくまでも適正妥当な判断をしなければならぬというときに判断を誤った、そういう途中に事故があったやつを気がつかなかったということであれば、それは裁判官のミスだということになりましょうけれども、しかし、私は必ずしも裁判官だけが悪いと言っているわけではありませんけれども、そういう裁判の全過程を通じてミスがあったというので無罪になったというときに、裁判所としてはあるいは裁判官としては何らの責任も感じないのか、私はその点が非常に不思議なんです。もっとわかりやすく言えば、無罪の判決をする、だから本人にとっては何物にもかえがたい無罪の判決をしてやるのだ、それで一切が帳消しだというふうにお考えなのかもしれませんけれども、われわれ一般市民の常識からすれば、そのときに、いままでこれだけの苦しみを与えて済まなかった、申しわけなかった、こういう気持ちがどこかに発露するというのが当然だと思うのだけれども、裁判においては全くそういうことはないわけですね。これはどういうことなんですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/38
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039・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 裁判所はやはり司法の一翼を担っており、しかも逮捕の段階から勾留、それから途中の証拠調べ、これらは皆、逮捕の問題にしましても裁判所が令状を出すわけでありますし、初めからタッチしてきているわけであります。そういう意味で、裁判所としては逮捕状の段階では公判の場合のように両方の言い分を聞いた上でという段階ではないわけでございまして、片方だけの言い分でこれは相当と思えばやらなければいかぬ、またそうしろと法律に書いてあるわけでございますからそうせざるを得ないわけでありますけれども、しかしその場合でも過ちのないように十分いつも神経をとがらし、また結局は人間の判断力に頼ることになりますので、研さんを積まねばならぬということだろうと思います。ですから、率直な感じとしましては、無罪の判決に至った場合には、本当に無事の人を救えてよかったという気持ちが強いことは事実でございますが、しかし、それだけで満足してはいけないわけでありまして、御指摘のとおりに裁判官は捜査の場合にも常に関与し、審理の場合に至っては主宰者でありますから、小心翼々として一人の無事も出すことがないように、またそういう結果だけではなくて、そういうことが事前に防げる場合にはできるだけ防げるように努力すべきであるというふうに考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/39
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040・西宮弘
○西宮委員 いま御答弁のように、裁判官としては無罪にしてやることができてよかった、御本人もそれ以上の満足感があると思うのですね。それはあると思うのだけれども、無罪にしてやることができてよかったという感情と同時に、本人にとっては長い間全く大変な苦痛を与えたわけですね。それは済まなかった、申しわけなかった、こういう気持ちがあってしかるべきだと思うのですね。普通、世の中ならば、どういう役所であろうと民間企業体であろうと何であろうと、何かそういうミスがあって人に迷惑をかけたということがあれば、これは大変遺憾である、申しわけなかったという意思表示はどこでもやるわけですね。裁判行為というのは国家権力そのままの行使でありますから、したがって、そういう意味でやらないのだというふうに言われるかもしれないが、私はそうじゃないと思う。それはたとえば行政なんかも国家の意思を体していろいろな行政をするわけだから、その行政上ミスがあったというならば、これは当然に申しわけなかったというようなことを何らかの形で意思表明をするわけですよ。そういうことが行われない。裁判についてだけそういうことがないというのは、世間の常識からするとまことに不思議だと思う。例の岩窟王の吉田石松さんの事件のとき、あのときだけですね。名古屋高裁の小林裁判長が、昭和三十八年でありますが、完全な無罪を宣言すると同時に、石松を被告人と言うに忍びない、自分は吉田翁と呼ぶ、先輩の誤判の罪をわびるとともに、冤罪をそそぐためにあらゆる迫害に耐えて闘ってきた不屈の精神力に深甚の敬意を表し、翁の余世に幸多からんことを祈る、判決の最後をこういうふうに結んだわけですね。先輩の誤判の罪をわびる、こういうことを述べているわけですね。私はこれはむしろあたりまえのことだと思うのだけれども、しかし、小林裁判長のこの判断というのは各方面から非常に高く評価をされたわけです。市民の常識からするとこれはあたりまえのことだというふうに私は思う。つまり裁判官たる者は、そういう誤判についての判断はこういう態度で対処すべきものだというふうに私は考えるのですが、法務大臣、私は当然そうあるべきだと考えるのですが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/40
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041・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 前にもこの席で申し上げたと思いますが、私の短い裁判官の経験から申し上げたことがあります。多くの刑事事件は、起訴されるときには形の上では必ず有罪になるということになっておるわけでございます。しかし、裁判官の立場で白紙の状態からしさいにその証拠を調べて無罪になった、みずから無罪を宣告する、こういう場合には、先ほど最高裁の刑事局長からお話のありましたように、裁判官としては多くは非常に喜びを感ずると私は思います。よかったと、こういうことを感ずると思います。それから、そうではなくて、そこまで発見できなくて、いろんな証拠によって裁判官は有罪と確信をして有罪を言い渡した、それが上訴されて、上訴審で無罪になった、そういうときに非常に心が痛むものであります。私の経験でもそうでありますが、申しわけなかったという気持ちは全部の裁判官が私は持っておると思います。ただ、いま引用された小林裁判官は過去の裁判に対してそういう気持ちを出された、こういうことでありまして、すべての裁判官は、それを外に出す出さないにかかわらずもちろんそういう気持ちを持って裁判に当たっておると私は本当に確信して疑いません。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/41
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042・西宮弘
○西宮委員 裁判官はみんなそれぞれそういう気持ちを持っている、このことを十分確信をするというお話だったので、恐らくそうだろうと私も思いますが、もしそうならば、ぜひそういうことを何らかの形で意思表示をするということが当然あるべきだと思う。小林裁判長は判決の中にそのことをうたったわけですけれども、一々判決に書くのが繁雑だというならば、たとえば法務大臣が談話を発表するというようなことでもいいと思うのですよ。私はぜひそういうことを考えていただきたいと思う。要するに私が言いたいのは、裁判というのは全くの国家権力そのものの立場で国民と相対するわけですから、われわれは国家権力を行使しているんだ、したがって、そういうおわびするなんというのはとんでもない、そんな気持ちではなしに、何らかの形でそれをやるべきだ。これは裁判官でもいいし、あるいは場合によったら法務大臣でも結構だと思う。つまり行政機関としての法務大臣でも結構だと思うのですが、そういうことを考えていただきたいと思う。
あえて私がこういうことをくどく申し上げるのは、さっき岡垣局長が弘前大学の教授夫人殺し事件と加藤老の事件とをちょっと別な問題で引例をされました。私はこの二つの事件を対照して申し上げたいと思うのですが、弘前事件の那須隆さんという人、あの人は再審の結果無罪になったわけです。そしてそれに対して、恐らくこれは弁護人などの皆さんが最初は非常な細かい心配りをした結果だろうと思いますけれども、その後市民の中に、那須さんに対して、那須さんの労といいますか苦痛をねぎらおう、そういう考えが非常に広く広がって、弘前の市長が先頭に立って那須さんを慰める、激励する、こういうことをいろいろな形でやっているわけです。市の広報機関を通じてやっているわけです。私は知人を通じてそういう情報を集めてみたのでありますけれども、非常に熱心にそういうことをやっている。したがって、いま那須さんは弘前の町を歩いても、出会うと、よかったなよかったなと言ってみんなから祝福される、そういう状態にあるというので、私は本当にその点は救われてよかったと思うわけです。
ところが、もう一人の加藤老、加藤新一さんですね、この人は六十一年ぶりでやっと青天白日の身になったわけです。しかし、これは中央公論の去年の八月号でありますが「ある再審請求者の人生」というので現地のルポが書かれておるわけですが、これを読むと、ああいうことで犯罪人に一たびなってしまった人がいかに後で苦労をしなければならぬかということがよく書かれているわけです。それは、なぜならば、刑務所はもうとっくの昔に出てきて自分の生まれ故郷で生活をしておる、そうすると、あれは人殺しだということでだれも世間が相手にしない、回覧板も自分の家には回ってこない、自分の玄関だけは素通りしていく、こういう状態で、ありとあらゆるものから排斥をされてきたわけです。そういう状態であらゆる迫害を受けてきた。ところが、今度は裁判で勝ったというわけですね。そうしたら、いわばいままで部落の人の気持ちとしては、自分たちが、あれは人殺しだ、けしからぬ、あいつはおれの村の面汚しだ、こういうように思っておった人間が逆に勝ってしまったということになると、これはもう感情としてまことにおもしろくないわけですね。いままで自分たちがあんなに軽べつしておった人間が今度は勝ったんだということになると、しかも、それに大変な補償金ももらえるんだ、無罪になった上に金までもらうんだそうだということで大変な嫉視、反目、あるいは感情的には、場合によったら従来以上に苦しんでいるという状態が書かれているわけです。
弘前の場合は市長が先頭に立って云々と申し上げたけれども、ここでは地方役場の行政当局まで全然そっぽを向いてしまっているというような状態、私はこういう二つを比べてみて、前者の方は関係者が非常に用意周到な気配りをして市民を教育していったということにあるのだろうと思いますけれども、そういう実態を見るにつけても、いまのような誤判の結果無罪になったというようなことが行われたら、何らかの形でいままでの苦痛をねぎらってやるというようなやり方が必要だということを痛感するので申し上げた。大臣、もう一遍お答えください。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/42
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043・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 これは社会の人間の気持ちでございますから、二つの場合を比較してのお話でございますが、それをとかくここで批評する立場にはございませんけれども、私は、気持ちとしては、長い間そういうことで苦痛を受けられた人が、いわゆる晴れた、こういう場合に、お互いに喜んでやるというのが好ましい人間の社会だと思います。
それから、さっきお答えいたしましたのにつけ加えておきますが、裁判官の立場としては、よく言われますけれども、裁判官は事件に対してはこれは気持としては神のような気持ちで、純粋に真実を発見しようと努力して、たまには、これは実例があるわけでございますから、結果においては誤判に陥ることもありますけれども、裁判官は弁解せずという一つのまた慣習というのか金言といいましょうか、そういうものもありまして、一々これを弁解するような立場になりましたらまた逆の意味で公正な裁判が非常に阻害されるおそれもある。ここはなかなか世間に対して言えないことでありましょうが、裁判官としては心のうちで喜びも感じ、また悲しみも感ずる、これが実情だと思っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/43
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044・西宮弘
○西宮委員 裁判官が心のうちで喜びを感じ、あるいは同時に無罪を宣言された被告人もこれもまた初めて青天白日を仰いで本当に欣喜雀躍の気持ちだろうと思いますね。ですからそれをもって、恐らく被告人も無罪を宣告されたというようなことになると、裁判官に対してもこうべをたれて丁重な礼をする。新聞等にそういう写真がよく載っていますね。ですから、被告人もそういう気持ちであるに違いないと思います。初めて解放されて感謝感激だ、そういう気持ちは被告人の方にも十分あると思うのですけれども、ただそれだけをもって満足しないで、いま申し上げたようなことをぜひ配慮していただくということをお願いをしておきたいと思います。
ちょっと一つだけお尋ねをしますが、法務省の刑事局長、例の被疑者補償の点は法務省の訓令で出ているのですが、これはやはり今回改正しますね。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/44
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045・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 ただいま御審議いただいております法律が成立いたしましたら、直ちにそれに合わせて金額を改定いたしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/45
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046・西宮弘
○西宮委員 私は警察からも来ていただいておりますのでぜひお尋ねをしたいのでありますが、さっき申し上げた例の弘前事件、あの弘前事件について私はこの前国会で議論をいたしました際に、私は、あの弘前事件についてはその捜査の段階において間違いがあったのではないか、間違いというのは要するにでっち上げがあったのではないかということを言ったわけでありますけれども、それに対して、当時の佐々参事官は「警察といたしましては、真実の追求ということを基本に、証拠主義の原則に基づきまして捜査を実施いたすものでございまして、」途中を略しまして「犯人をでっち上げるということはいたしません。」こういう答弁をされたのであります。その前に、福田一大臣でありますが、福田大臣は、私が警察の捜査段階におけるでっち上げというようなことはあるのではないかということを質問いたしましたのに対して「しかしまた、多数のうちには御指摘のようなことが絶無であるとは言い切れない。」「絶対にないかとおっしゃれば、それは絶無と考えるわけにはいかないと思っております。」こういう答弁をしておるので、私は、福田大臣の答弁の方が正直だ、こういうことで問答を打ち切ったのでありますが、あのときの、いまさら繰り返す必要もありませんが、再審における仙台高裁の判決は、徹底的にその捜査段階におけるでっち上げだ、でっち上げというような言葉は使わないけれども、そういうことを痛切に指摘をしたわけですね。もう一遍大事な点でありますから申し上げておきたいと思いますが、引用しておきます。「本件白シャツにはこれが押収された当時には、もともと血痕は附着していなかったのではないかという推察が可能となるのであり、そう推察することによって始めて前記」のそれぞれの疑問が解消する、こういうことを言っておるわけです。ですから、当然に捜査の段階において、最初に押収されたときには血はついてなかった、そう考える以外に道はない、こういうことを言っておるわけですね、判決で。ですから、言葉はあえてでっち上げという言葉を使っておらないけれども、そのことを言っておるわけです。
ところが最近になりまして、この間地方の新聞にも大きく報道されましたけれども、私それでさらに資料も取り寄せてみたのでありますが、それを見ると明らかに捜査の過程において間違いがある。たとえば、これは昭和二十四年の事件でありますけれども、昭和二十四年の八月二十二日に警察署から担当警察官が逮補状の請求をしているわけです。それによると、該当の「該ズック靴を松木明博士に鑑定方依頼の結果、被害者と同様B型なること判明」云々と書いてあるのでありますが、しかし、その時点では松木明さんの鑑定書は「血液型は試料不足のため検出不確實であった」こういうふうに書いてあって、血液型は判明しないということが書いてあるわけですよ。これは、こういう逮捕状あるいはまた逮捕状の請求書、それは早く提出をしてもらいたいということを弁護側が要求をし、あるいは裁判所からもそれを勧告しておった。にもかかわらず、その捜査の過程といいますか、裁判の過程ではそれが提出をされなかった。新聞の言葉をかりて言えば、もしそのときに出ていたならば那須さんは二十八年間の苦しみは受けずに済んだであろうというふうに報道をしておるわけですが、私はこういうことが行われるというところにそもそもの重大な間違いがあるのだというふうに言わざるを得ないので、ぜひその点について説明をしてもらいたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/46
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047・加藤晶
○加藤説明員 いま御質問の弘前大学の教授夫人の事件につきまして、これは何しろ古いことでございますので、当庁にはそういう詳細な関係記録というものが実在しないわけでございます。それで、いろいろ調べましてもなかなか断定的なことは申し上げられませんのですけれども、判決はこれは真摯に受けとめなければいかぬと思います。
それで、ただいま御指摘の白シャツが押収された当時、血痕の付着云々というふうなことでございますけれども、こういうふうな証拠の採取に疑念を生ぜしめるような捜査のやり方があったということでございますれば、その点はこれは十分に反省をしなければいかぬということでございます。前回佐々参事官がお答え申し上げましたように、事実に基づきまして科学的に、合理的に捜査を進めるというのが、これが私どもの指導理念でもございます。現実に一線の捜査もそういうふうに行われておるというのでございますけれども、そういう数多くの中に、いま申し上げましたようなそういう疑念を生ぜしめるというふうなことがございますれば、これを絶無にするようにさらに適正な捜査の実施ということについて指導していきたいと考えております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/47
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048・西宮弘
○西宮委員 本庁にはその当時の古い資料がないというならば、それも当然なことだと思います。やむを得ないと思います。しかし現地では——現地ではって、私もその資料を手に入れたのだけれども、明らかにいまのような矛盾があるわけですね。こういうことではああいう事件が起こるというのもけだしやむを得ないと考えざるを得ないので、そういうことのないようにこれは厳しく反省をしてもらわなければならないと思います。
私がたびたび申し上げたのだけれども、どうも最初にいわゆる見込み捜査ということで、この那須さんの場合なんかも全く見込み捜査の間違いだったと思う。そういう見込み捜査ということからそういう問題が起こってくるということは、厳に注意をしなければならぬことですね。無論、警察本庁としてはそういう考え方のもとに指導しているのだと思いますけれども、見込み捜査が間違いを起こしやすいという例を私もこの委員会の席上で何回か申し上げましたが、ぜひこれも耳に入れておいてもらいたいと思う。
それは、例の丸正事件の原因となった鈴木一男さんという人ですね。私は最近もこの一男さんという人の姉さんに会いましたので、もう八十近いお年寄りではありますけれども、この人などは絶対に自分の弟は無罪であるということを信じて、公判は一回も欠かしたことがないし、今日現在でも何かそういう手がかりがあれば東奔西走して、お年寄りだけれども大変な努力をしておる。その弟を思う心情というか私も非常に感激をしたのは、この人などは完全にいわゆる見込み捜査で、少し知能指数が低いのでこれなら落とせるという、だから逮捕すると同時に、別件逮捕ですけれども逮捕すると同時に署長のうちへ連れていって、そこでいわゆるドロを吐かした。署長の官舎で、そこで寛厳よろしきを得てあめとむちでドロを吐かした。それが原因になってしまった。それでお気の毒なことに、もうとつくの昔に刑期を終えて出てきているのでありますが、だれも世間が相手にしてくれないわけですね。それで、本人はその過去を伏せて就職をしても何かの機会にそれがばれてしまうということになると、すぐそこは首になってしまうというので、そのいまのたった一人の姉さんにも全然自分の居所を明かさないわけです。ただ、ときたま電話をよこす。電話で達者だということを言ってくるというだけで、本当に世間をはばかって隠れている。こういうことで、恐らくは非常に悲惨な生活をしているのだろうと思いますけれども、この人などは、私もずいぶん姉さんの持っている資料その他でいろいろなものを見せてもらいましたけれども、これは私は完全な見込み捜査が生んだ悲劇だというふうに考えざるを得ないわけです。何かまた機会がありましたら、私も警察にもそういう材料などを提示してもよろしいと思いますけれども、とにかくこの人が無罪になるということのために私も一生懸命骨折りたいと思うので、ぜひそういうことを含んでおいていただきたいと思います。
さっきの那須隆さんの場合などもこれは当然なことではありましょうけれども、一家、全く非常な悲惨な生活になってしまって、この人はお父さんとお母さんとあって、そもそもこの人の家は弓の名人那須与一の末孫なんだそうでありますが、したがっていろいろな家宝類などを持っておったものを、全部売り払ってしまって全部裁判の費用に使ってしまった。姉と妹が六人あって、弟が二人あるのですけれども、これが全部就職をしても断わられてしまう、結婚をすれば離婚をさせられるといったようなあらゆる悲劇を経験してきているわけです。そういう人がいま裁判闘争をしている。国家賠償法等で争っているわけですが、こういうこともつけ加えて申し上げておきたいと思います。
最後に、私は刑事補償法ではありませんけれども、この前改正された刑事訴訟法によって裁判費用を補償するということが行われるようになったわけでありますが、たとえばああいう制度ができたということは大変結構なことでありまして、この分だけまたその被告人であった人が救われるわけですから非常に望ましいことだと思うのでありますが、ただ、この点はどうなのでしょうか。捜査段階にいろいろな経費がかかるわけですね。そういうのは当然これに含めて補償すべきだというふうに考えるのですけれども、その点はどうですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/48
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049・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 御指摘のように、先般刑事訴訟法の一部改正におきまして費用補償という制度が新たに認められたわけでございまして、これは先ほど御指摘いただきました、いわば身体の拘束を受けなかった被告人に対する補償の一部の実現という見方もできようかと思うわけでございますが、それを今度は捜査段階の費用にも押し及ぼすべきではないかという御指摘のようでございますけれども、確かに一つの検討すべき事項であると思いますけれども、現在の裁判所における手続のように、公判期日に必ず出頭しなければならないとか弁護人がほとんどの場合についておる、こういうような事態と、それから捜査の段階の事態と必ずしも同一の状況ではございませんので、そこら辺もよく確かめながら今後検討していくべき問題だと存じております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/49
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050・西宮弘
○西宮委員 捜査段階にずいぶん金がかかる。いまのどの例を見ても大変な金がかかるということは当然だし、あるいは特に再審の請求をするというようなことになると、ここでもまた大変な苦労をする。たとえばいまの那須さんの場合なんかでも、せっかく真犯人が、おれが犯人だと言ってあらわれたにもかかわらず、最初は再審は棄却されているわけですね。ようやっと二度目の再審請求で再審が開始されるということが決定される。再審が開始されれば、いまお話しのように全部それによって該当するということで補償が受けられましょうけれども、むしろ再審が開始されるまでが、それまでが大変だと思うのですね。弁護人がいろいろ資料を集めたり、防御方法のために準備をしたりというような経費は実に莫大なものがかかると思うのですね。そういう点から言っても、私はぜひ、むしろ正式に裁判が開始される前のそこでの負担、これを考えてやらないと、その被告に対する救済もまさに画竜点睛を欠くというふうに思うので、たとえばいま捜査段階における問題について御説明があったけれども、再審等も再審開始までの段階、これは性格的には捜査の場合と同様かもしれませんけれども、それもぜひ含めるべきだというふうに私は思うのですが、いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/50
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051・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 御指摘の再審の問題につきましては、再審開始決定までこぎつける上でのいろいろな手続、たとえば現在国選弁護人の制度がないとか、いろいろな問題がございますので、再審問題に関する手続あるいは制度上の改正を要するのではないかというような点もございまして、現在研究を続けておるところでございますので、その過程におきましてただいま御指摘いただきましたことをよく拝承しておきたいと思っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/51
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052・西宮弘
○西宮委員 私が特にこのことを強調する理由は、無論被告人の経済性の負担を救うとかそういう点にもありますけれども、同時に、このことは弁護士のその防御活動を活発にさせるということのそれに重大な役割りを果たすわけですね。ですから、これはもしその弁護士の防御活動というのが活発に十分に行われることになれば、こういう無実の冤罪者を生ずるというようなことがなしに済む場合も相当あるのではないかというふうに思うわけです。私もこれもこの前ここで指摘をしたことがあります。例の島田事件の赤堀政夫なんという人の場合などは、最初にちゃんと弁護士がついて防御活動をやるというようなことがあれば、恐らくああいう結果にはならなかったのだろうと思う一例でありますが、そういう例は幾らでもあると思う。だから無罪を事前に防止するというためには、当然にその弁護人の防御活動というものに期待しないわけにいかないわけですから、そういう点で重大な意味を持っておるというので、私は、この制度がせっかく生まれた機会に、もっともっといま指摘をしたような点についてこれが適用されるというふうにしてもらいたいというふうに思うわけです。局長は、いま私が申し上げたことも十分念頭に置いて大いに考えようという御答弁でありましだので、それについての大臣のお考えを伺っておきたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/52
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053・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 捜査なりあるいは裁判によって無実になる裁判の結果、それによって非常に迷惑がかかることは事実でございますから、理論的にはいま西宮さんがおっしゃったようなことは当然考えなければならぬ問題だと思います。ただ、裁判になってからの費用、その前の費用、どの辺で限定するかどうかといういろいろむずかしい問題があると思いますから、これは十分考慮して検討を進めたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/53
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054・西宮弘
○西宮委員 終わります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/54
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055・鴨田宗一
○鴨田委員長 次に、安藤巖君。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/55
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056・安藤巖
○安藤委員 刑事補償法の今回の補償金額の改定問題についてまずお尋ねしたいのですが、先回の各委員の質問に対する答弁でいろいろ説明がなされたのですが、今回の補償金額の改定増額は、常用労働者の一日平均現金の給与額、それと消費者物価指数の上昇率から指数をそれぞれ求めて、足して二で割って一二九・二という指数を出して、それを掛けたのだという御説明がありました。
ところで、その説明にありました昭和五十年と昭和五十三年——昭和五十年というのが前回改定されたときだから、これを一つ基準にとられたということはわかります。そして昭和五十三年度常用労働者の一日平均の給与額をはじき出された。その差額はいいのです。今回の改定の上がり方の一二九・二という指数そのものには一応納得がいくのですけれども、問題は、昭和五十年のときの一日の平均現金給与額は、資料にもありますし、先回答弁していただいたのによりますと、五千九百七円とあるわけです。ところが、そのときに改定された補償金額の上限は三千二百円なんです。だから、もうすでにこのときに五千九百七円と三千二百円というふうに相当大きな開きがあるわけですね。だから五千九百七円と、五十三年の推定の七千六百七十三円とを比較して指数を出してくるというのは——そもそも五千九百七円と五十年の改定のときの上限の三千二百円という大きな幅がありますから、これもすでに問題があるのではないかと思うのですよ。だから昭和五十年に上限が三千二百円、そして下限が八百円というふうに改定されたときは、どういう根拠に基づいてこういうような金額の改定になったのか、まずお尋ねしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/56
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057・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 昭和五十年の改正の前の改正が昭和四十八年に行われております。昭和五十年の改正のときには、今回と同じような方式で、昭和四十八年を基準にして同じような計算をして、いまの金額にさしていただいたということでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/57
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058・安藤巖
○安藤委員 それでは、ちょっとさかのぼってお尋ねしたいと思うのですが、御承知のように昭和二十四年の戦後の国会で、改めて刑事補償法として成立を見たわけですね。そのときは、刑事補償金額が一日二百円以上四百円以下ということに決められたわけです。その当時、常用労働者の一日平均の賃金は幾らであったのか。恐らくそれを基準にされたと思うからそうお尋ねするのですが、あるいはほかに補償金額を算定される根拠というものがあったのかどうか、お尋ねしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/58
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059・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 昭和二十四年五月の時点の立法でございますので、そのころの賃金というものが、思い起こしてみますと、このころは大変経済変動の激しいときでございまして、なかなか定まった把握ができなかったようでございますが、その当時、立法者がまず念頭に置きましたのは、旧刑事訴訟法のもとにおきまして陪審員の日当が五円であったことを横目でにらみながら旧刑事補償法の補償金額が決まったというような歴史をまず考えまして、それからその五円というものに対して、昭和七年から昭和二十四年にかけましての賃金、物価の騰貴率、これを掛けてみますとどうなるか、こういう数字をまず考える。それから旧法当時の証人の日当の上がり方、これが二円から百二十円に当時なっておった。鑑定人の日当が二円以上十円以内というのから三百六十円以内になっておった。すなわち、それぞれ六十倍とか三十六倍になっておった。この数値で補償金額を計算しますと、一日三百円から百八十円という数字が出たようでございまして、それらをにらんで、この程度であれば一応定額的な補償と言い得るというきわめて常識的な判断——先ほどどなたかおっしゃいました達観というようなものを交えて、二百円以上四百円以下というふうに決めたようでございます。当時としては、先ほど申し上げましたように非常に物価変動が激しく、賃金も変動が激しいという状況でありましたので、ある程度常識的達観というものを要したのではないかと思っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/59
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060・安藤巖
○安藤委員 いまいろいろ資料をお挙げになりました。私の方もいろいろ調べてみたのですが、昭和二十四年の改めて刑事補償法ができた当時、二百円から四百円までということで、その当時、労働省の毎月の勤労統計調査総合報告書というのがありまして、これによると、日給二百九十四円、いまおっしゃった数字もそう違わぬと思うのですけれども、この当時四百円以下。それが昭和三十九年の戦後二度目の改定のときは、千円以下四百円以上。この当時は、先ほど私が言いました労働省の報告書によると、労働者の一日当たりの平均賃金は千百九十二円。この当時、上限が千円ですね。だから、ある程度照応しているということが言えると思うのです。ところが四十三年の改定になりますと、千三百円が上限で、六百円以上ということになりましたね。このときの労働者の一日当たりの平均賃金は千八百四十七円、ここでちょっと差が開いてくる。それから、先ほどおっしゃった昭和五十年の改定の根拠にされたという昭和四十八年、このときは二千二百円が上限で、六百円以上ということです。ところが、労働者の平均賃金は一日当たり四千八十四円というのが、労働省の方の報告書で出てきておるわけです。ここでさらにぐっと差が開いて、二倍近くも差があるわけですね。だから、いま達観とおっしゃったのですが、この補償金額をずっとにらみながらやってきたのなら、こんなに開きは出てこないはずじゃないかと思うのです。だから、一体その辺はどうなっておるか、どうしてこんなになったのかということをまずお尋ねしたいのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/60
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061・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 昭和二十四年当時の数値をいろいろ見てみますと、そのころは物価の騰貴が非常に激しくて、反面、賃金の伸びがこれに追いつかない状態の時期であったように思います。したがいまして、当時の物価の上がり方と賃金の上がり方というものを平均化してながめますと、必ずしも不合理なものではなかったのじゃないか。ただ何分、賃金が物価の騰貴に追いつかない時代でありましたから、補償金の額の方が賃金を上回ったということであろうと思います。じゃ、賃金だけ考えてスライドさせるのがいいか、消費者物価というものも見ながらスライドさせるのがいいか、いろいろ御議論のあるところだと思いますけれども、一応両方見ながらスライドさせていくのが妥当であろうということで現在まで来ておるわけですが、確かに御指摘のように、賃金がどんどん上がり物価が余り上がらないという時期になりますと、平均賃金と補償金額との差が目立つわけでございまして、また逆の事態になればその差が詰まってくるというようなことでございまして、将来の方式としてはこれがいいのか、何かもっといい方法があれば考えてみることはやぶさかではございません。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/61
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062・安藤巖
○安藤委員 そうしますと、いま私が具体的に数字を挙げて、相当な開きがある——これは労働者の平均賃金を基準にしてお話ししたのですけれども、その開きの理由の一つは、物価に相当変動があったので、その物価と一緒にして計算をした結果こういうような開きが出てきたのじゃないかというような趣旨にとれるのですけれども、いろいろいままでの御答弁によると、刑事補償というのは国家賠償と本質的には同じものであって、ただ故意、過失なしということでやっておるのだというお話なんですね。だから、損害をてん補するものでなければおかしいと思うのですね。だから、一つの大きな基準として考えられるのは、労働者の一日平均の賃金——抑留される、拘禁されるということになれば働くことができないのですから、これは完全に逸失利益ですね、だからまずこれを考えるべきじゃないかと思うのです。ところが、物価の方はどうこうというのですが、それを一応抜きにしても、まずそれは逸失利益として確保されなければならぬ補償だと思うのです。それが平均賃金と比べてみると、先ほど言いましたように相当な格差があるということになると、刑事補償の本質というものがこの金額では失われてきているのではないかと思うのですが、そういうふうにお考えになりませんか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/62
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063・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 いろいろな観点があると思いますけれども、身柄の拘束を未決の段階で受けたということから必ず無収入になると限ったものでもないわけでございます。また、定型化して補償するという場合に、一体どの程度とりあえず補償すれば足りるのか、こういうことになりますと、現在の刑事補償法の考え方を抜本塞源的に考え直さない限りは、従前の金額に対して合理的なスライドといいますか、そういうことをやっていくのがまずまず相応ではないかという考えでやっておるわけでございますけれども、先ほど申し上げましたように、そういう合理的なつもりでやっておる数字が、計算が、結果においてきわめて異常な事態になるというようなことになるとしますれば、何らか抜本的な検討をする必要はあろうかと思っておりますが、いまのところは従来方式でやってみて、まあまあいい線ではないかというふうに思っておるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/63
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064・安藤巖
○安藤委員 まあまあいい線じゃないかとおっしゃるけれども、いま私が言いましたように相当な開きがあって、これでは損害を賠償するという趣旨から大きく外れているということは数字の上からいってはっきりしていると思うのですね。今度改定される場合でも、上限が四千百円以下ですね。ところが、労働者の昭和五十二年のを見ましても一日平均七千三百二十一円、相当な開きが出てきております。ですから、いま伊藤局長おっしゃったように、これはもうすでにその体をなしていない、そういう計算の仕方では——計算の根拠ではと言った方がいいかもしれませんが。だからこれはまさに抜本的に考えてみるべき段階に来ているのではないか、計算の基礎をどこに置くかということは。これはもう明らかなことだと思うのですが、じゃ抜本的にどういうことを考えるべきかということはまだ具体的に考えておらないですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/64
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065・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 御承知のように、このところたとえば石油ショック等から非常な物価の変動がございまして、最近ようやく物価も鎮静してきており、かつ賃金の上昇率もだんだん小幅なものになるのではないかと言われておるわけでございます。したがいまして、この両者が比較的鎮静した数年間を見まして、そして数字をはじいてみて、なおかつ非常におかしい事態であるということであれば抜本的に考えなければいかぬだろう、その場合には、御指摘をいただいたようなことをやはりよく頭に入れて見直すべきであろうと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/65
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066・安藤巖
○安藤委員 抜本的に考えていただかなくてはいかぬと思うのですが、先ほど、昭和六年ごろの補償金額五円という算定をされたいろいろな根拠みたいなことをおっしゃったのですが、その戦前の昭和六年にできた刑事補償法では補償額五円ということになっております。この当時、先ほどいろいろな根拠をおっしゃったのですが、常用労働者の一日当たりの平均賃金から見ると、わりといい金額だと思います。この五円以内というのは。これまでのいろいろな御答弁によりますと、戦前はいわゆる国は不法を犯さずということで、恩恵的なものとして刑事補償というものを考えておったということなんですが、それが戦後まさに刑事補償法という法律がしっかりできて、無罪の判決を受けた被害者、元被告人の人たちの方から補償金の請求をするという権利としてこれは出てきたわけですね。認められるようになったわけです。ところが、いままで申し上げてまいりましたような金額だとすると、権利として認められておりながら、これは逆にその中身が権利として位置づけられていない、実質的にはそういうような扱いを受けてないという結果になっていると言わざるを得ないのですね。だから、これは早急に抜本的な改善をしていただきたいというふうに思うのです。そこで、少なくとも上限の補償金額は平均賃金と同等ぐらいのところまでやはり引き上げなくてはおかしいのじゃないかと思うのです。それはもうすぐ統計で出てくるわけですから、そういうような方向でやっていただきたい。
しかし、本当はこれは私は大分遠慮した言い方でございまして、いろいろ法務省当局の御答弁の中にもこれまでありましたけれども、これは賃金その他の物質的な損害をてん補する、賠償するんだという意味合いのほかに、精神的な苦痛に対しても償うんだというのも含まれているのだというお話がございましたね。まさにそのとおりで、刑事補償法の、御承知だと思いますからあえて言わなくてもいいかと思うのですが、念のために、これは第四条で、刑事補償の請求があったときは、裁判所は「本人が受けた財産上の損失、得るはずであった利益の喪失、」これは逸失利益に入ります。それから「精神上の苦痛及び身体上の損傷並びに」云々と、それぞれの事情を考慮して、そしてこの金額の範囲内で決めるんだということになっているわけです。だから、上限が労働者の平均賃金の額ということで、平均賃金の額で決められておるということ、せめてそこまではやってほしいということを私はいま申し上げておるのですが、本来のそういう慰謝料とかなんとかという精神的なものを含めると、もっとそれを上回らなくては本当はおかしいのじゃないかと思うのですね。だから、そういうような意味も含めて抜本的な改正をしていただくように——先ほどそういうことも考えなければならぬとおっしゃったのですが、まさにこれはそういうような異常な金額になっていると思うのです。だから、そういう認識をはっきり持っていただきたい。
それから、いま伊藤局長は、そういう実態になっておるとするならばとおっしゃったのですが、もう現実になっていると私は思うのですが、なっているというふうにまだ思っていないのですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/66
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067・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 現在異常な事態になっているとは思いませんし、現在御提案申し上げておる金額が、今日の時点では合理性のあるものだと思っておりますが、前回の御審議の際にもちょっと出てまいりましたけれども、たとえば西ドイツのように上限を書いてないところもあるわけでして、それらの国の運用の実情、上が書いてないとどういうことになっておるか、こういうことも調べてみたいと思っておりますし、十分研究してしかるべき措置をとりたい、こういうことでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/67
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068・安藤巖
○安藤委員 現在のところは刑事補償法の改正ということで、改定金額を示して国会の審議に採決を求めておられるわけですから、直ちにじゃあ金額を改めて安藤委員が言っておるようにこれだけにしますというわけにはまいらぬと思うのですが、近いところで、いまおっしゃったような方向で補償金額を上げるようもう一度この刑事補償法の改正ということで提案をされる御意思はあるのかないのか、このことを強く要求して、これは大臣にお尋ねしたいと思うのですがいかがでしょう。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/68
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069・瀬戸山三男
○瀬戸山国務大臣 先ほど来いろいろ御意見ありまして傾聴しておるわけでございます。
御承知のように、情勢の変化に応じて逐次改正をしておるわけでございますから、そういうつもりで改正の研究をしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/69
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070・安藤巖
○安藤委員 次の問題に移りますが、先ほど西宮委員の方からいろいろ質問されまして、これは最高裁の方からお答えになったのですか、身柄拘束事件で無罪になって、その刑事補償の請求をすることができる人、その対象ですね、ところが補償請求をする人というのが地裁、簡裁両方含めて四十九年から五十一年まで三七・六%という数字がありましたね。この原因はどうかというお尋ねもあったのですが、よくわからなかったのです。どういうわけでこういう少ない原因になっておるのかということをまずお尋ねしたいのと、裁判所の方で、あなたはこういう刑事補償の請求をすることができますよということを何らかの形で告知をしておられるのではないかと思うのですが、それはどういうような方法でやっておられるのか、お尋ねしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/70
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071・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 先ほどお答え申し上げましたとおりに、補償請求できるはずの方々が必ずしも全員が請求されないのはなぜかという原因について、格別の調査をしたわけではございませんし、こういう理由であるというふうにはっきりと申し上げられる理由を把握していないということは先ほど申し上げたとおりでございます。
推察しているところを申し上げますと、拘束の期間が比較的短いということで、裁判所も自分の主張を認めてくれたという、そういうことであるいは満足されて、まあいいよという方もおられるかもしれない。それから弁護人がおられるわけで、その弁護人から話を聞かれても、自分はこれで満足であるということでやられない人が多いであろう。ですから裁判所としては、手続がめんどうだからとか、あるいはそういうことを知らないからということでやられないという理由はないのではないかというふうにいま考えておるわけであります。
しかしこれは、従来国会でもそうでありましたし、本日大臣からも御指摘がありましたけれども、無罪判決を言い渡すときに何らかの説示をするなり何なりすることはどうかという話がありました。それで私ども刑事局としましては、毎年全国の裁判官の会同などがございますので、その際に係官の方で、無罪の判決の宣告をした場合には、刑事補償法の適用がないことが明らかな事件は別でございますけれども、そうではない判決が確定すれば刑事補償の請求をすることができるというふうな事件については、こういうのができますよ、その請求期間もこういうものでございますよということを説明するということが相当ではありませんかということを申し上げているわけであります。そういう方法をとっております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/71
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072・安藤巖
○安藤委員 そういう説示のやり方あるいは場所等々については、裁判官会同できちっと、こういう方法でやったらどうかということで、大体方針、やり方としては意思統一なされておるわけですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/72
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073・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 これは個々の裁判所の判決のやり方でございますので、意思統一とかなんとかいうことをどうこうするということはやっておりませんで、ただ、こういうことが国会でも指摘されております。したがってこういう点については言い渡しのときに御留意願いたいと思いますということを私どもが事務当局の立場として情勢の説明といいますか、そういうことをするということでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/73
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074・安藤巖
○安藤委員 直接判決言い渡しの手続とはちょっと違うと思いますからお尋ねしたのですけれども、そういうことで徹底をしていただいておるということで理解をしておきます。
ところで、刑事補償の金額というのは裁判官がお決めになる、だから最高裁の予算の方から出されるわけですね。だから、最高裁は予算を組んで大蔵省に要求をされて、そしていろいろ折衝して、その結果決まるということなんですが、この予算折衝をされるときに、具体的に補償金額を幾らにするかということはもちろん当然おはじきになると思うのですね。だから、法案としてはもちろんこれは法務省からお出しになっているわけですけれども、具体的な補償金額を幾らにするかということは最高裁判所のお考えが——相談はなさると思うのですが、相当多く占めておって、大蔵省との予算の折衝のことも踏まえてこの金額はいろいろお考えになっておると思うのです。だから、そういう大蔵省との予算折衝の見通しとか何かも踏まえて補償金額というものをお決めになっているのかどうかということをまずお尋ねしたい。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/74
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075・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 御承知のとおりに予算として審議されているもの、これは裁判所が最終的にこれでいいというふうに考え、そしてまた法務省あるいは大蔵省とも詰めた上で要求という形で出したものでございますが、それに至るまでの過程というのは、これは概算要求の段階からいろいろな過程がございます。そして一応の要求をし、それからほかの、たとえば理論的には直接の関係はございませんけれども、証人日当等の関係だとか、いろいろなものをにらみながら現在の数字に落ちついた、こういうことになるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/75
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076・安藤巖
○安藤委員 そうしますと、最高裁は別だとおっしゃるのかもしれませんが、普通の各省庁が大蔵省に予算を当初要求をされる、あるいは概算要求をされる、いろいろ折衝されるということだとすると、この補償金額を今回千円から四千百円ということになって提案をされておるわけですけれども、最初要求をされておられたときの金額というのはこれよりもっと高い金額じゃなかったのですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/76
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077・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 仰せのとおりでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/77
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078・安藤巖
○安藤委員 そうしますと、最初要求されるときはいまの四千百円よりも高い金額が上限としては一日当たりの刑事補償金額としては妥当であるというふうに最高裁判所としてはお考えになったということになりはしないのですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/78
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079・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 刑事補償は、故意、過失がなくても定型的に補償するというものでございますが、故意、過失があればこれは国家賠償でその損害の金額を補償される。故意、過失がない場合にどの程度の定額的な補償をするか、その補償の仕方から、額から、これは政策決定の問題でございまして、言うならばポリシーの問題でございます。したがって、それについて最高裁判所の方で決定的にどうのこうのという筋合いは本来はないわけでございます。ただし、予算を持っている関係上、また相手方がある関係上、これぐらいどうだろうかという線を出すわけでございますけれども、しかし、本当に詰めたところその段階でもうこれ以外考えられないとか、これが絶対妥当であるとかいうふうに考えているわけではございません。突き詰めていけば現在の額が妥当というほかはないわけでございますが、しかし、できればこうなった方が好ましいかなということはもちろんあるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/79
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080・安藤巖
○安藤委員 いまいろいろおっしゃったのですけれども、最高限四千百円よりも高い金額であったということになれば、これは実際には幾らをお考えになっておったのかということもお尋ねしたいのですが、それが刑事補償金額としては妥当だということでおはじきになった。
先ほど一二九・二という指数を掛けてこうなったんだというこれまでの何回もの御答弁が法務省の方からありました。そして、いま私が金額的にもおかしいじゃないかとお尋ねしたのですが、異常な事態だと思っておられないということもあったのですが、どうも大蔵省との交渉の結果、その予算の配分の関係で補償金額というものが決まってくるということになるとすると、これは本当にそういう被害を受けた人に対する損害のてん補ということではなくて、先ほどポリシーとおっしゃったのですが、まさにそういう予算の関係でこれが決まってくるということになって、全く逆じゃないかと思うのですが、その点いかがですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/80
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081・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 先ほど申し上げましたとおりに、裁判所としましては、これが絶対にこうあるべきであるということが、たとえば法律の適用なんかで出てくるような性質のものでないこともまた事実でございますので、どれくらいが適当であろうか。それで、いろんな、たとえば証人の費用が、先ほどもちょっと申し上げましたが、日当との関係だとかいろいろなものとの関係をにらみながらいくわけでございまして、それからまた、最初の段階では、これはたとえば一二九%でございますか、あれが出るまでの間には、政府見通しという、これも見通しでございますね。それから指数と申しましても、たとえば五十三年度はいろいろな操作によって推定するということでもございますし、ですから、そういったものの推定方法によっていろいろな数字も出得るわけでございます。そのようなことで、あれこれ試行錯誤しておったということでありまして、何も、本来こうなければいかぬなと思いながら、予算の関係でこんなことでしょうがないがとあきらめている、そういうものではございません。それだけ申し上げておきます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/81
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082・安藤巖
○安藤委員 予算の関係であきらめていただいちゃ困るのですが、一二九・二という指数を掛けるという計算は、当初要求を最高裁判所がされるころにもうしておられたのですか。大蔵省と折衝されて、なるほどこのくらいの数字でないとということでなってきたのではないですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/82
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083・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 当初要求のときには、いま出している一二九・二という数字、そういう数字は確定していなかったと思うのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/83
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084・安藤巖
○安藤委員 それから、先ほど私がお尋ねしておりますが、当初要求あるいは概算要求で、最高裁判所が刑事補償金額一日幾らというふうに出しておられた金額は幾らでしたか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/84
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085・岡垣勲
○岡垣最高裁判所長官代理者 上限六千円というふうに考えております。(安藤委員「下限は」と呼ぶ)下限千円、上限六千円ということでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/85
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086・安藤巖
○安藤委員 となりますと、最高裁判所としては、千円以上六千円が今回の改定としては妥当な額であるということを一応お考えになっておったというふうに私は思うのです。だから、こうなりますと、いよいよ今回の改定額というものは全く実情に合っていない金額であるということも出てくるのじゃないかというふうに思うのです。いま、この法律案ですぐそういうふうにすべきだということまでは私は申しませんが、先ほどから申し上げておりますように、近いうちに、大臣の方からも御答弁がありましたが、改めて実情に沿うような補償金額を実現するように御努力をいただきたいということを重ねて御要望しておきます。
次の問題に移りたいのですが、先回稲葉委員がいろいろ質問をしておられたのに対しまして、法務省の方から御答弁があった中で、いわゆる無罪率の話があったんですね。無罪率で、通常事件が、全部はもちろん申し上げませんが、たとえば五十年〇・四%、五十一年〇・三%。ところが凶器準備集合罪というので起訴されて無罪になった件数の割合が、五十年が二・三%そして五十一年が七・八%と、これは相当高い無罪率ですね。その理由はどうかという御質問もあって御答弁もあったのですが、私もよくわからなかったので、もう少し詳しくお尋ねしたいと思うのです。どういうようなことでこの無罪率が高いのか、何か黙秘のままで起訴してどうこうというお話もありましたけれども、そういうことも含めてもう一回説明していただきたいと思うのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/86
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087・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 第一審で裁判が行われ、終結しました事件というものの数が総体が大きゅうございます。したがって、それに対する無罪率何%、〇・四%あるいは〇・三%ということは意味のある数値になると思いますが、凶器準備集合罪のようなことになりますと、一審裁判終結の件数自体が非常に少ない上に、年によってばらつきがございますから、これに対する無罪のパーセンテージを論じましても余り意味ある数値にはならぬと思います。しかしながら、具体的に事件を見てみますと、凶器準備集合罪という罪名で起訴した事件の中に、無罪になったものがある程度普通の場合よりも目立つということはまた事実でございます。
なぜこういうことになるかということを反省いたしてみますと、凶器準備集合罪の事件と申しますのは、そのほとんどが取り調べに対して黙秘のまま公訴の提起に至るというような状況でございまして、公判廷におきまして全く予想しなかったような弁解が出るということも多いわけです。無罪になっております主なるものは、共謀関係を裁判所は否定された、要するに共謀共同正犯の範囲から脱落したというようなことで無罪になっておる者が多いように思うわけでございます。すなわち、現場に火炎びんなら火炎びん、鉄パイプなら鉄パイプを持って何人かが集合しておる、この者が、共謀による共同の行為であるということで認定して、黙秘のまま起訴しまして、公判廷で、いや、自分はあそこにたまたま居合わせただけだとか、そういういろんな弁解が出まして、捜査の段階で黙秘されておりましたために、完全に行き届いた裏づけ資料が得られなかったということのために、そういう弁解を法廷で崩せない、こういう事例がときどきございます。そういうのが無罪として目立つ主な理由であろうと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/87
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088・安藤巖
○安藤委員 いま無罪率のことをお尋ねしてみたのですが、一般的に今度は起訴率の方でいきますと、一般事件は九六%の起訴率だけれども、たとえば内ゲバ事件のような凶器準備集合なんかも案外入るのじゃないかと思うのですが、そういうものの起訴率は四〇%から五〇%くらいだというようなことはよく言われておりますね。だからこれは検挙率も低いのじゃないかというふうに言われておるように私も聞いておるのですけれども、その点はどうなんですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/88
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089・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 極左過激派の犯しますもろもろの事件、これは言葉がおかしいのですが、近視眼的に見ますと、検挙率が非常に低いわけです。といいますのは、被害者も捜査に協力しない、それから犯人も皆目見当がつかないという状態から捜査が始まりますから、捜査に相当の年月を要します。そこで、大ざっぱに言えば、一年おくれ二年おくれでやっと検挙ができる、こういう状況でありますので、相当な期間を——長期的に見ますと、ある程度の検挙は見ておると思います。ただ、それにしましても、ただいま申し上げましたような捜査上の難点から、一般の事件に比して検挙率が低いということは遺憾ながら認めざるを得ません。今度、検挙になりました者も、これも先ほど申しましたように黙秘戦術の壁というものにぶつかりますほかに、たとえば内ゲバ事件ですと、被害者も黙秘しておるというような状態で、これが君を襲った犯人であるかどうかといういわゆる面通しもできない。そういういろいろな証拠収集上の制約がございますために、鋭意情況証拠その他を得て訴追するようにしておりますけれども、これも遺憾ながら一般の刑法犯に比して起訴率が低い、こういう状況でございまして、この辺は今後警察とも協力しまして、もう少し科学的な捜査方法を充実させてがんばらなければいけないと思っておるところであります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/89
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090・安藤巖
○安藤委員 大いにがんばっていただきたいと思うのですが、起訴率は低いわ、そして起訴して裁判になったんですけれども、片一方で無罪率が、それはいろいろ近視眼的に見てくれるなという趣旨の御答弁だったのですけれども、起訴率は低いわ、起訴はしたが無罪率が高いわということになってくると、刑事補償との関係で、刑事補償金を彼らが請求してきたら出す、無罪になれば支払うのは当然だと思うのですが、そうすると、いろいろこれから努力するとおっしゃったのですが、その努力不足のおかげでそういうようなことになって、無罪になって刑事補償金を支払うということになると、これはまさに補償金で追い銭をやっているみたいなとんでもない結果になるのじゃないかというふうに思うのです。だから、きのうも衆議院の本会議でいろいろ成田空港のあの極左暴力集団の問題が取り上げられましたけれども、いままでどうも手ぬるかったというようなことが、総理までがそういった趣旨の答弁をしておられるぐらいですから、やはりそういうところが検挙率とか無罪率とかいうことにも出てくるのじゃないかと思うのですね。だから、いま、おっしゃったように、しっかりとこの点は腹を据えてやっていただきたいと強く要望しておきます。
それから、前からよく問題になっておるのですが、抑留、拘禁された場合に、そして無罪の判決の言い渡しを受けた場合の刑事補償法というようなことになっておりますが、身柄を抑留されない、あるいは拘禁されないままで刑事訴追を受けてそして被告になっておって、それが無罪になったというような場合にも、被告になっておった人が精神的な苦痛を受けるということは、これは法務省当局でも、伊藤刑事局長でもお認めになることだと思うのですね、これは相当な精神的な負担になると。それで、そういう場合の補償ということも考えられるべきではないかというふうに思うのです。
これは直接身柄非拘束で無罪というわけではないのですけれども、三年ほど前に名古屋地裁の豊橋支部というところで、これは豊橋事件という母子三人殺しで有名な事件があります。この被告であった人が無罪の判決を受けて、もちろんこれは刑事補償金を受け取っているのですけれども、千三百八十五日間ですか勾留を受けておったんですね。相当な長期間です。ちょうどまた、まさに青年期の間をそれだけ勾留を受けておった。出てきたのは無罪の判決の言い渡しを受けて出てきたのですけれども、それ以後も、豊橋という人口二十万足らずの小さな都会なものですから、無罪の判決を受けてきても、あの人がああだったということで、無罪で完全に罪が晴れて潔白の身になったということは法的にもはっきりしておるのですけれども、だからもうあの人は別にどうということもないのだ、そうすっきり一般の住民感情としてはなかなかなりにくいというのもあるんですね、これは残念なことですが。それで、とうとう一年足らずで豊橋にいたたまれなくなって東京の方へ出てきてしまったというような事例もあるのです。
だから、これはいま言ったような不拘束のままで無罪になったというわけではないのですが、無罪の判決を受けてすらなおかつそういうような精神的な苦痛があるということからしますと、それから憲法四十条の、無実でありながら刑事訴追を受けたというようなことになってきた人を救済するという趣旨からすると、非拘束で無罪を受けた人を救済するということも考えてしかるべきではないかと思うのです。いまこの場では具体的にどうこうということは申し上げませんが、そういうような方向でお考えになることはできないかどうか、お尋ねしたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/90
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091・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 その問題は以前からある問題でございまして、ただ刑事訴追を受けたというだけの方と、それから人間の自由というものを奪われた、身柄の拘束を受けたという場合とは質的に相当な差があるであろう。とりあえず身柄の拘束を受けた場合の補償を現在やっておるわけですが、考えてみますと、いま御指摘のような観点もあるわけでして、一つの研究課題であろうということで研究の結果、とりあえず一昨年、費用補償という制度を刑事訴訟法を改正して入れたわけでございます。これは不拘束の人ももちろん対象になるわけでございます。さらにこの趣旨を広めていくかどうかという点になりますと、広く、国の行政処分等によって非常な損害を事実上受けられる方もありましょうし、あるいは海難審判とか特許審決、こういうもので非常な不利益をこうむられる方もあるわけでございます。それらのものの横並びもよく見ながら今後の研究課題としてさらに勉強を続けていきたいと思っております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/91
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092・安藤巖
○安藤委員 被疑者補償規程のことをちょっとお尋ねしておきたいと思います。
今回の改定によってこの補償規程の方も連動して金額を改めていくということは先ほど御答弁がありましたが、被疑者補償規程に基づく補償は、不起訴裁定主文の「嫌疑なし」それから「罪とならず」ですか、この二つだけということになっておりますね。これを、嫌疑不十分、という場合に拡大するというようなことは全く考えておられないのかどうかということをお尋ねしたいのです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/92
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093・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 捜査は裁判と違いまして、必ずしもとことんまでシロ・クロ決着をつけるというものでございません。したがいまして、嫌疑が晴れたわけではないのだけれどもさらに捜査を尽くすまでもなく起訴価値がないという場合には、嫌疑不十分ということで処理をいたします。したがいまして、その中身は必ずしも無実の人とは限らないという意味におきまして、嫌疑不十分まで補償の対象とするということは適当でないと思っております。逆に「嫌疑なし」という裁定主文が現在あるわけでございまして、本当に無実の人ならば必ず、嫌疑なし、あるいは、罪とならず、こういうふうにはっきりした裁定をして、裁定をしましたら必ず義務的に被疑者補償事件として立件をしろ、こういうふうにしておるわけでございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/93
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094・安藤巖
○安藤委員 被疑者補償事件として立件をするのは、その裁定をした——裁定はもっと上の検事さんがおやりになるのかしれませんが、裁定主文を書いた、捜査を担当した検察官がおやりになるのですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/94
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095・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 被疑者補償のその辺の仕組みをちょっと御説明しますと、個々の検事が事件を処理します。御承知のように検察官は自分の責任において事件を処理いたしますから、個々の検察官が不起訴裁定をいたします。それを決裁官が見ます。地方の検察庁ですと検事正、次席検事、これが見まして、内容が、嫌疑なし、あるいは、罪とならず、であるべきものが、嫌疑不十分、というようなことになっておりますと、指揮をいたしまして、あるべき裁定主文に書き直させます。そういうことをやりました上、大体の検察庁では次席検事が被疑者補償事件の立件担当官、こういうことになっておりまして、立件されましたものは全部法務大臣あてに報告がなされまして、その内容を私どもでもチェックをして処理をする、こういうふうにいたしております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/95
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096・安藤巖
○安藤委員 そういう訴追関係はわかりましたが、昭和五十一年から——といいますのは、五十年十二月二十日にいわゆる法務省の皆さん方が言っておられる大臣訓令というのが出て以後、だから五十一年からお尋ねするのですが、その被疑者補償事件として立件をされた数と、それから実際に補償をした人の数、それをお知らせ願いたいと思います。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/96
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097・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 昭和五十一年に新たに被疑者補償規程によりまして補償事件として立件した数が四十八、これに対しまして補償をいたしましたのが九、金額が十三万八百円。それから五十二年が、立件しましたのが四十五、補償しましたのが七、金額が十六万七千三百円。五十三年が、立件が十、補償することにいたしておりますのが十三、これは前年からの繰り越しが入りますから必ずしも数字が合いません。まだ支払っておらない分を含めて六十一万八千円。こういう状況でございます。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/97
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098・安藤巖
○安藤委員 そこで、いまおっしゃった五十一年の四十八件のうち補償されたのが九、それから五十二年も同じ件数のうち七というふうに、これは非常に少ないわけですね。この少ないのは一体どういう理由なんですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/98
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099・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 細かい数字を申し上げてもよろしいわけですが、ざっと申し上げますと、たとえば五十一年度で見てみますと、一番多い数字、補償しない理由として出てきますのは、心神喪失による罪とならず、それから、もともと本人が虚偽の自白をしたため、たとえば身がわりで出てきたようなために嫌疑なしになった、それからその事件は逮捕状に書いてある事件以外の事件で起訴されておるというもの、この三つが大部分でございまして、中には、こちらから補償を差し上げると言ったのに辞退をした人が五人いる、こういうような状況。五十二年も、一番多いのがいま申し上げた三つのもので、補償辞退が二人、そんなような状況になっております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/99
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100・安藤巖
○安藤委員 そうしますと、心神喪失あるいは身がわり、だから人違いというのもあるわけですね。だから、そういう場合でも一応補償事件として担当検事が立件はするわけですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/100
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101・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 とにかく、罪とならず、嫌疑なしなら全部立件しろ、こう言っておりますから、当該被疑者が他人の犯罪をしょって身がわりで出てきたようなものでも一応立件する、こういうことになっております。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/101
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102・安藤巖
○安藤委員 そこで、担当検事がおやりになるということで、次席検事さんがいろいろ裁定をなさるということですけれども、これはよくある事例で、私もちょくちょく経験するのですが、被疑者補償の関係については具体的に知りませんから、これは一つの推定としてお話しするのですが、労働争議があって、どういうような被疑事実かどうか知りませんが、とにかく逮捕する、そして不起訴になる場合——これは不起訴になる場合がわりと多いのです。私が幾つか経験した中でもそういうのがあるのですが、その場合に、嫌疑なし、罪とならず、というような裁定をすると、刑事被疑者補償で立件をして被疑者補償をしなければならぬ、だから、嫌疑不十分あるいは起訴猶予ということになれば被疑者補償をやらなくてもいいということになれば、そういうふうに事実関係を適当にして、そして被疑者補償しなくても、立件しなくてもいいようにするというようなことだって大いにあり得るのじゃないかというふうに思われてしようがないのです。だから、担当検事ではなくてほかの検察官に被疑者補償の立件をさせるというようなことのほうが妥当じゃないかと思うのですが、どうですか。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/102
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103・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 補償金のことを考えながら事件を処理する検事というのはまずまず——まずというか、全然ないと思います。また、立件しますのは次席検事でございますので、担当検事は、全く馬車馬みたいですけれども、事件だけにらんで処理をしておるはずです。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/103
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104・安藤巖
○安藤委員 前に、この被疑者補償の問題で立法化するかどうかというお話が出ておったということは承知しておるのですが、私はそこまでいま申し上げないのですけれども、これは申し出という規定もあるわけですね。被疑者補償規程の四条の三号ですか「補償の申し出があったとき。」これは被疑者になった人の方から補償の申し出があった場合をいうのかということ。
時間がありませんからもう一つお尋ねするのですが、補償立件されたけれどもだめだったというような場合に、法ということになると行政不服とかいうことでいろいろな問題があるので、というお話が前からありましたが、上級の検察庁へ不服申し立てをするとか、そういうような方向でお考えになることはできないかどうかも含めてお尋ねします。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/104
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105・伊藤榮樹
○伊藤(榮)政府委員 被疑者であった人、あるいはその弁護人であった人が代理人となって申し出がある場合もございます。いま私どもがとっております方針は、申し出の有無にかかわらず、とにかく立件しろ。今度は、申し出てこられる方の中には、起訴猶予になったような人も申し出てこられます。そういう事件を含めて判断しておるわけでございます。この現地における判断に対しては、一般の不服申し立ての方法によりまして、上級検察庁あるいは法務大臣に不服の申し立てをしていただく、こういう道がございます。
この被疑者補償ということは、個々の事件の起訴、不起訴——公訴の維持と違いまして、検察事務ではなくて行政事務でございますから、この件に関する限りは法務大臣に具体的な指揮権がございますから、法務大臣の方で是正をし、あるいは現地から、これは補償をしなくてもいいのじゃないかという意見で上がってきたものを、私どもの方でやはり補償しなければいかぬということで厳格にやっておる状態です。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/105
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106・安藤巖
○安藤委員 では、終わります。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/106
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107・鴨田宗一
○鴨田委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。
—————————————発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/107
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108・鴨田宗一
○鴨田委員長 これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありませんので、直ちに採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/108
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109・鴨田宗一
○鴨田委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
お諮りいたします。
ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/109
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110・鴨田宗一
○鴨田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/110
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111・鴨田宗一
○鴨田委員長 次回は、来る四月四日火曜日午前十時理事会、午前十時十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
午後零時四十九分散会発言のURL:https://kokkai.ndl.go.jp/simple/txt/108405206X01219780331/111
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